〔書記朗讀〕
修正案 起草委員提出
第七百三十一条の次に左の一条を加う
第七百三十二条 他人ノ生命ヲ害シタル者ハ被害者ノ父母、配偶者及ヒ子ニ対シテモソノ損害ヲ賠償スルコトヲ要ス
穂積陳重君
説明はかなり簡単に申ます。この生命、身体、自由、名誉に付いては、その本人が健康を害されたということに付いて請求権のあることは疑いませぬが、その父母がその子に付いて権利を持って居るということはどうも言えますまい。又配偶者が夫を生かして置くとか妻を生かして置くとかいうような権利も、亦無いと言わなければならぬ。そうして見ると七百十九条の中へは、本条に規定する事は這入って居らぬのであります。実際この事は、横田君から出ました御説に拠って別にしたのでありますが、人がその不法行為の結果を感ずるの度に於ては、或場合に於ては自己の身体財産などを害されたよりは余程大いなる痛みを感ずるということもあるかも分らぬ。それでそれでは法が保護するならば、やはりその処らにまで及ぼさねばならぬものであるという考が出まして、ほぼそういう事を提出するという約束のようなことに為って居りました。で本案は丸で例外規定で、本条あって始めてあたかも父母は子を喪はぬ民法上の権利があるということが言えるように為って来ます。ローマではもとより請求権は無かったのであります。ドイツの普通法では学説共に、斯ういう場合に於ては請求権があるということに為って居ります。ドイツの判決例などに拠て見るも、幾らかその場合が限ってあって、未亡人、遺子という者に限ってあります。又オーストリアなどは未亡人及び遺子、オランダも寡婦、父母、子、又前に申しました労働者の労働に拠って生活するというような場合も這入って居りますが、之は他の場合に於ては自分の権利を害されたということに為りますが、ポルトガルでも未亡人再び嫁するまで、それから尊属親ということに書て居ります。「モンテネグロ」は、之はやはり七百三十一条の方へ這入りましょうと思いますが、相続人と書てあります。之は相続人、自分の権利を害されたというようなことに為って居ります。プロイセンも未亡人、子だけに為って居ります。但し子は成年まで寡婦は再び嫁するまでということに為って居ります。バイエルンでもやはり未亡人と為って居ります。要するに多くの例に於ては、夫が殺された場合には之は別に損害を賠償せぬでもたよる人を失うということで、特別の請求権が与えてあると思います。子は多くの場合には、やはり親をたよるのでありますから、即ちたよる者を喪ったということが特別の事由に為って居って、且非常に悲しむということがあるでございましょう。しかしながら、父母を喪ったという場合も、前に挙げました一所か二所ろかにありましたが、之は日本などではやはり、如斯愛情上に非常な損害を受けたというようなときには、父母、子、配偶者外国の如く夫が妻を喪った場合は、一向それに権利が無いということにして置くのも、如何にも片落ちでありますからして、それ故にその範囲を「父母、配偶者及ヒ子」と致しました。
議長(箕作麟祥君)
ちょっと伺いますが、之は三つの者から一時に損害賠償を取られるのでありますね。
議長(箕作麟祥君)
祖父母、孫、という者には及ばぬのでありますか。
議長(箕作麟祥君)
お祖父さん計りで孫を養って居った、そのお祖父さんが殺されたその時は。
穂積陳重君
本案の如く特別の請求権が出ませぬので、唯だ前条又は七百十九条に拠って扶養の権利を害されたというような風の場合だけで済ます。
議長(箕作麟祥君)
唯だ養うというだけで、賠償という方は構わぬのでありますか。
穂積陳重君
何処かで打切らぬけれはならぬから一等親で打切りました。オランダでありましたか、斯ういうような起訴は二等親まで訴えて宜しいというような事があります。
議長(箕作麟祥君)
外国はどうでも宜しい。立案の精神さえ聞けば宜しい。
穂積陳重君
それとなお、是に付いて御参考までに申しますが、死者の父母の名誉を害し或は配偶者の名誉を害すというような風の事は、本案では見てありませぬ。
田部芳君
先程御議決に為った所の七百三十七条の一項を、七百十九条に持って往くということに為りましたが、その処で七百十九条に七百三十一条の一項が這入るということに為ると、この処で損害に対して賠償を為すということだけでは損害というものは重もに、財産以外の損害の場合が多かろうと思いますが、何かやはり書き方を変えなければならぬ必要はありますまいか。
穂積陳重君
是は、私は説明を略したのでありますが、もちろん父その父母、配偶者、子か自分の権利を害された場合は他の箇条で済む。財産上当人・・・・・、損害が生じたときは・・・・・、しかしながら「害シタル者ハ其損害ヲ賠償スルコトヲ要ス」と書きました以上は、その害せられたことが既に損害の原因であるということで殊更に斯う書きました。
土方寧君
この条は御説明に拠ると、一種特別の権利を与えたものであるということでありますか。つまり被害者本人に権利のあるということは言うを俟たぬ。それで死んで居れば相続人が承継を行使することが出来る。それは法文を俟たぬということでございましょう。又人が殺された。それが為めに親戚の者なり、たとい他人であろうとも、人に殺されたということは・・・・・・と同じこと。人を殺して財産権を侵されたならば、之も求める権利があるということは言わぬで分かって居る。そうすると残る所は、特に権利を与えるのはこの法文で見るというと、殺された者の内の者に賠償権を与えるという、そういうことにしか見えませぬが、之は如何なものでございましょうか。損害と云って、どんなにして見積るのでございましょうか。前条の七百三十一条でも余程難しいと思いますが、この場合は尚更難しいと思います。恰度親が殺された。大変な苦痛を感ずるに違いない。それが為めに身体の健康を害うとか、直接の損害その為めに、或は前条の如く身体を害されて病気で寝て居るかも知れぬ。親が殺された、それが為めに子が病気に為って居るというような事があるかも分らぬ。そういう者は、人情上現に悲みを授来すに違いないというので、それを慰める為めに賠償をするということであると大変難しいと思いますが、どういう事を言うのでありますか。前条は長谷川君の御説で改めることに為ったのでありますが、それに付いて心附きましたが、前条は「裁判所ハ」云々とあったのを「被害者ハソノ損害賠償ヲ請求スルコトヲ得」ということにしようということでありましたが、それは宜しうございますが、生命の如きは被害者が請求することを得るということにしても言葉が追付かないと思いますが、何んとか変わらぬと往かぬと思いますが。
田部芳君
先程の質問に対して御説明がありましたが、どうもこの処の「其損害」というのは生命を害したる損害という意味であるということでありましたが、どうもしかし、本案では「損害」と通例言って居るときは、やはり先程の七百三十一条の箇条から推して往くと、通例どうも財産権という様な風の解釈が付きそうに思います。そういう以外のものまでも籠めるというようなときには、わざわざ断わるということに為って居りはしないか。或はこの通りでも御趣意の通りに為るかも知れぬが、少し疑いがありますからそれで土方君からも疑問もありまするし、やはり書き方は余程難しいかも知れませぬか。この無形の悲みとか、どう書いて宜しいか知れませぬが、そういうようなものに付いても損害賠償を求めることが出来るという様な趣意かどうか、書かれぬものでございましょうか。どうも趣意が明瞭し兼ねると思いますが。
富井政章君
今議決になりました七百三十一条第一項は、必ずしも七百十九条の例外と見なければならぬということはありませぬ。即ち七百十九条に於ては「損害」という字は、この規定があるが為めに民事上の損害に限るという意味に、必ずしも為るとは思いませぬ。この規定は七百十九条の適用を明かにしたとも見らるると思います。私はむしろ、重もにその方に見る。そうすれは「損害」という字は唯だ「損害」と言えば、何も財産上の損害ということではないと思います。それでこの処も「損害」と言って置て少しも差支なかろうと思います。
穂積陳重君
土方君から御論がありましたが、之は賛成することは甚だ難しいと思います。しかし・・・・・・場合も這入りまするし、裁判上往々あることで、まず第一に被害者が請求し又裁判所が正当と認めた額に為るであろうと思います。一言を以て之を御答えをすれは、ピチンとした算盤上から割出せる損害というものが生ずるのではないということを御答えをするより外ないと思います。
横田国臣君
田部君の言われる所は御もっともと思いますが、この七百十九条の次に持って往って、今度の七百三十一条の一項が這入ると、この七百三十一条は自己の場合と私は見て宜しいと思います。そうしてその次にこの箇条を入れて、それを宜い塩梅に嵌まるように、どうしてもして貰いたいと思います。そうして、この処はまず「損害賠償」と入れるが宜しいか又は入れぬが宜しいかは、その作り方で復た論じてはどうてしょうか。どうしても、この七百三十一条の一項を入れるに付いて幾分か変化を生じて、是も幾分か変化を来たすかも知れぬ。
長谷川喬君
私は、田部君の御問いに対する御答えに付いて疑いが生じました。「ソノ損害」ということは生命を害した、その害の所に当るのである故に、自分の受けた害のことならば本案の支配する所でない、斯ういうことに聴きましたが果してそうでございましょうか。
富井政章君
ただ今のは、私が先刻申した所にも関係があるようでありますからちょっと一言しますが、この修正案たる本条の規定に依て、自己の権利を害されたる場合でなければ、損害賠償を請求することは出来ぬということが明かに為りました。権利侵害というものは、自己の権利侵害ということがなければならぬということが明かに為った。
富井政章君
けれども、損害というものは自己の権利に判わなければならぬものではない。
穂積陳重君
初め、この七百三十一条を書くときにも、吾々の間にも議論がありましたので、「他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハソノ損害ノ責ニ任ス」というような風に書こうかとも思いましたが、前に申しましたような理由に依ってやはり権利侵害ということ、それから一つの損害ということか出るという具合に書きました。本案は直くにその事実が生命を害したという、それ自身が損害であるということを示す為めに「其損害」と書いたのでありますが、なるほど立派によく分るように書こうと思うと田部君の言われるような疑いがあります。外国には・・・・・・、即ち「痛ミ金」というようなことがありますが、元と横田君の発議されたのも之は外の権利を害されたという名も附けられませぬ。しかしながら、権利を害されたというよりも、なお酷どい事がありはしますまいか。その悲みに対してということでありますから、それ故にその生命を害するということ、それ自身が損害を請求する権利発生の原因とは、他には何も無くても宜しいという考で唯だ「損害」と書いたのであります。若し之をもっと詳しく書こうとすると、余程文章が今のような「痛ミ」というような字があるというと、「痛ミ金ヲ払フコトヲ要ス」というようなことがあると宜しいが。
議長(箕作麟祥君)
「慰謝金」でありましたか。それが宜しいというのでもありませぬが、何んでもそういうことがあったのでありますか。
富井政章君
私は「損害賠償」で宜しいと思います。何処までも損害賠償で宜しい。権利侵害がなければ損害賠償があり得ないということは別にちっともない。之は権利侵害の有無に拘わらない。
梅謙次郎君
「其損害」ということはどうも何か不明瞭である。「之ニ因リテ生シタル損害」と言っても財産以外の損害もやはり見積るということか極って居れは宜さそうなものである。
横田国臣君
私は斯ういう風に書て貰いたい。この前の何れ何の箇条が這入って、この悲みの所の、今の一項が這入るからしてその次に持って往って「父母、配偶者、子ニ対シテモ亦財産以外ノ何々ヲ賠償スルコトヲ要ス」という、斯ういう様な風にすれば、外のは皆自分が権利を害されたが故に生ずる悲みの賠償、是はそうでない、その子に対しても亦生ずるということであるから、恰度宜くなるだろうと思います。
梅謙次郎君
私は斯うした方が一番宜くはないかと思います。七百十九条の次に、多分別条に為らなければ往けますまいが、今の恰度七百三十二条とあるのでありますが、修正案を入れまして、そうして「及ヒ子カ之ニ因リテ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ要ス」として、その次に持って往って七百三十一条の一項の文章を、例えばこんな風にする、「生命、身体、自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権ヲ害シタル場合」。之は何んでも宜しい。「之ニ因リテ生シタル財産以外ノ損害ヲ賠償スルコトヲ要ス」として置く。そうしてその生命を害した場合に於てですな、この自己の権利を害された場合計りを七百三十一条が見たものとすると、本統は自己の生命を害されて居らぬ、自己の財産権を害されて居るということに為る。そうすると生命を害したより生じたものは、他人の財産権を害したからということになる。是が先きに出るのはどうも面白くない。後とへ往くが穏かであります。
議長(箕作麟祥君)
趣意さえ極まれば宜いのでしょう。
梅謙次郎君
そうすれば、二箇条とも意味だけ極めて置て貰って、文章と場所を考えて見たいと思います。
議長(箕作麟祥君)
意味は、蒟蒻摺の方の意味は、宜しうございますか。
土方寧君
七百三十一条の一項の前に置こうということは不同意であります。
議長(箕作麟祥君)
意味は宜しうございますが、意味が不分明というとアナタの方で。
梅謙次郎君
意味は分かって居ります。意味は元とのままで宜しいが、元のままでは吾々の考えのように見えないからということであるようであります。
議長(箕作麟祥君)
何も実際上のことでありませぬ。それでは是は措て次に移ります。