明治民法(明治29・31年)

法典調査会 民法整理会議事速記録 第12回

参考原資料

第十二回整理會速記録
出席員
箕作麟祥 君
村田 保 君
岸本辰雄 君
田部 芳 君
清浦奎吾 君
穂積陳重 君
富井政章 君
梅謙次郎 君
横田國臣 君
長谷川喬 君
井上正一 君
南部甕男 君
磯部國郎 君
三浦 安 君
中村元嘉 君
西源四郎 君
岡野敬次朗君
議長(箕作麟祥君)
ソレテハ會議ヲ開キマス此前五百八十三條テ「モノ」ト云フニ付テ議論カアリマシタガ如何々テスカ
梅 謙次郎君
アレハ評議テ致シマシタガ如何ニモ「モノ」ト云フヨリハ「費用」ト言ツタ方ガ宜カラウソレデ「第五百八十一條ニ掲ケタル費用ヲ拂ヒテ」ト云フコトニ改メマスソレカラ序ニ此文章ノ意義ニ付テ尚ホ又協議ヲ凝ラシマシテ詰リ穂積君ノ修正案ヲ採用致シマスコトニ致シマシタ即チ「費用ヲ拂ヒテ買戻ヲ爲スコトヲ得此場合ニ於テハ賣主ハ其不動産ノ全部ノ所有權ヲ取得ス」斯ウ云フコトニ御改メヲ願ヒマス
議長(箕作麟祥君)
御異議ガナケレバ只今梅君カラ述ヘラレマシタ修正ニ決シマスソレデハ次ヘ往キマス第五百八十四條
長谷川 喬君
所有權以外ト云フノガ前ニ直ツタカラ此處モ直ツタノテアリマスカ
梅 謙次郎君
前ノ方ハ如何々テモ宜イガ此處ハ「ニ非サル」ト云フ方ガ宜イト云フノデ斯ウナツタ「金錢ノ所有權」ト云フト下ノ權利ニモ掛ル恐レガアルカラ「金錢ノ所有權ニ非サル財産權」ト言ヘハ其嫌ヒガ幾分カ少ナイト云フ位ナコトテアリマス
議長(箕作麟祥君)
五百八十四條御議論ガナケレバ朱書ニ決シマス第五百八十五條
【テキスト未作成】
ケタル者ガ他人ニ損害ヲ及ホシタトキハ返シテヤラナケレバナラヌ其事テ明カニ書イテ置ク必要ガアリマスカラ此ニ加ヘマシタ
議長(箕作麟祥君)
他人ノ給付ト云フノハ何ンダカ可笑シイヤウデスネ
穂積陳重君
給付ト云フ字ハ是迄モ一般ノ言葉トシテアリマシタカラソレ故ニ斯ノ如クイタシマシタ
長谷川 喬君
他人ニ損害ヲ及ホシタルトキト云フノハ此條ノ性質カラ言フタナラバ宜イデアリマセウガ之ガアルト云フト一方ニ利益ヲ與ヘタトカ又自分ガ損ヲシタト云フコトヲ二ツ證明シテ掛ラナケレバナラヌト云フノデスネソレカラ文章ガ損害ヲ及ホシタルトキハ其利益ノ存スル限度ニ於テ」ト云フトドウモ語路ガ面白クナイヤウデハアリマセヌカソレカラ利益ノ限度ト云フコトハ大分改マツテ來タガ現ニ受ケタル利益ト云フノト現存スル利益ト云フノト利益ノ存スル限度ト云フノト三ツアル
議長(箕作麟祥君)
ドウカ尚ホ考ヘテ下サイ
穂積陳重君
尚ホ考ヘマシテ是ヨリ穏カナ善イ書キ方ガアリマスレバ改メルコトニシマス
議長(箕作麟祥君)
ソレデハ御再考ヲ願ヒマス第七百二條第七百六條朱書ノ通リ決シマス第七百九條
穂積陳重君
是ハ少シ御改メヲ願ヒマス元此七百九條ト云フノハ議場ノ御注文デ這入ツテ來タノテアリマス即チ横田君ノ發議ニ依リマシテ他人ノ生命ヲ害シタル者ハ其被害者ノ遺族ニ對シテ損害賠償ヲ爲スコトガ必要デアル財産上ニ損害ヲ及ホサヌ場合デモ無論損害ノ責ガアルト思フテ朱書ノ如ク改メテ出シマシタガ併シ元本條斯ノ如ク這入リマシタ精神ヲ成ル可ク明カニシテ置カヌト前條ニ於テ「他人ノ身體自由又ハ名譽ヲ害シタル場合ト財産權ヲ害シタル場合トヲ問ハス前條ノ規定ニ依リテ損害賠償ノ責ニ任スル者ハ財産以外ノ損害ニ對シテモ其賠償ヲ爲スコトヲ要ス」トアツテ生命ノコトガ抜イテアルサウスルト生命ヲ害シタ場合ガ七百七條ノ通則ニ依ラヌヤウニ見ヘル故ニ整理原案ノ如クシマスト矢張リ疑ヲ生ズルダラウシテ見レバ前ニ議決セラレマシタヤウニスル方ガ宜イト思ヒマシタソレニ付テ少シ文章ヲ改メテ「子ニ對シテハ其財産權ヲ害セサリシ場合ニ於テモ損害ノ賠償ヲ爲スコトヲ要ス」ト言ツタ方ガ宜イト思フ斯ノ如ク書キマスト財産權ヲ害シマシタ場合ハ勿論又金錢デアリマセヌデモ例ヘバ終身年金債權者ガ之ニ依テ損害ヲ受ケマシタナラバ此範圍外ノ人デモイケルト云フコトガ明カニ分リマスソレ故ニ其利益モ原文ヨリハ少シアルト思フ
議長(箕作麟祥君)
ソレデハ朱書ニ決シマス第七百十二條第七百十三條条第七百十六条朱書ニ決シマス第七百二十二條
梅 謙次郎君
是ト同ジ樣ナ文例デ總則ニ一ツ直シ落シタ所ガアリマス取消權ノ所デ黒字ノ第百二十六條ニ「取消權ハ追認ヲ爲スコトヲ得ル時ヨリ五年ヲ經過シタルトキハ時效ニ因リテ消滅ス」トアル此處ハ「三年間之ヲ行ハサルトキハ時效ニ因リテ消滅ス」トナツテ居リマス「經過シタル」ト云フヨリ「行ハサル」ト云フ方ガ宜イ知テ行ハナイノデアルカラ少シ依怙地ニ讀メバ行ツテモ經過スレバ善イト云フヤウニ讀メルト思フ前ノ方モ「五年間之ヲ行ハサルトキハ」ト文章ヲ揃ヘルコトヲ御許シテ願ヒマス序ニ申シテ置キマスガ尚ホ文例ノ揃ハヌ所ハ跡デ直スコトニ致ス積リデアリマスカラ左樣御承知ヲ願ヒマス
議長(箕作麟祥君)
ソレデハ七百二十二條ハ朱書ニ決シマス
井上正一君
私ハ一ツ修正ヲ出シタウゴザイマス此間八十七條ニ付テ梅君ニ御問ヲシマシタガ後ノ「土地及ヒ定着物」デアリマス昨年ノ整理案ニハ建物ト云フ字ガ這入ツテ居リマス餘リ氣ガ附キ過ギテ色々ノコトヲ言ツタ故ニ建物ト云フ字ガ削ラレタサウデアリマスソレデ建物ト云フ字ニ付テハ抵當權ノ所ノ三百六十七條デ當時間題ニナツタノデアリマス此處デハ「建物ヲ除ク外」トナツテ居リマスガ此第八十七條ノ土地及ヒ其定着物ト云フト定着物ノ中ニ建物ガ這入ツテ居ルニハ違ヒナイノデアリマスガ抵當權ノ方デハ本法ノ慣習ガ土地ト建物ト云フモノハイツデモ分レ分レニ法律行爲ノ目的トナツテ居ル土地建物書入質入規則ト云フモノガアリマシテ別々ニナツテ居ルソレデ私ハ全ク土地建物ハ獨立シタモノト御整理ニナルト思ツテ既ニ登記簿ヲ調ベマスニモ登記簿ト云フ者ハ土地ニ關スルモノ建物ニ關スルモノト別々ニ設ケラレナケレバナラヌト云フノデサウナツタノデアリマス然ルニ第八十七條ガ土地及ヒ其定着物ハ」ト云フト建物ト云フモノガドウモ獨立シタ不動産トハ見憎カラウソレデ起草委員ノ御説明デハ建物ハ抵當權ニハ特別デアル一體建物ト云フモノハ土地ニ定着シタモノデ即チ此土地ト共ニ移動スルノガ原則デアルト云ルコトデゴザイマスガソレガ少シ慣習ト違ツテ居ルノデ抵當權ノ所デ八ケ間數カツタ原因デハナイカ昨年ノ案ニアツタ建物ト云フコトガナクナツタノハ御異論ガアツタカラデアリマセウガ私ハ今日改メテ修正説ヲ出シマス土地建物及ヒ定着物ト書ケバ土地ト建物ハ獨立シタ不動産デ土地ヲ賣ツテモ建物ハ別ダト云フコトモアラウ建物ヲ賣ツテモ土地ハ賣ラヌト云フ樣ニナツテ別々ダト云フコトガ自ラ分ツテ來ルト思ヒマスノデ私ハ試ミニ土地建物ト云フコトニ昨年ノ整理ノ時ノ如ク復活スルコトヲ希望シマス
田部 芳君
贊成
富井政章君
此處ハ私ガ説明ノ主任者デアリマスカラ先ツ私カラ申シマス此八十七條ニ付テハ今井上君ガ御述ベニナツタ問題ヲ決シテ居ルノデナイ建物ハ土地ト一體ヲ爲シテ居ルヤ否ヤト云フ問題ヲ決シテ居ラヌノデアリマス序ニ申シマスガ私ハ外ノ理由デ建物ト云フ字ガ欲シイト云フノデ出シタノデ併シ案ヲ出スノデハナイ私ガ土地建物ト云ヒタイノハ建物ノ定着物ハ直接ニ土地ニ定着シテ居ラヌソレカラ土地及ヒ其定着物ハ之ヲ不動産トスト言ヘバ建物ノ不動産ハ定着物デナイ樣デアリマスカラ定着物ハ土地ニモ建物ニモ掛ルカラソレデ置キタイト思ツテ其説ヲ述ベタガ併シ反對論デハ斯ウ云フコトガ言ヘルソレハ建物ノ定着物ト云フモノハ建物ノ一部分デアル明文ガナイトキニハ建物ニ定着シテ居ルモノハ建物ノ一部分ダ矢張リ建物ノ構成部分デアルカラ土地ニ定着シテ居ル若シ其點ニ付テ規定ヲ要スルナラバ獨逸民法草案ニ倣ツテ土地ノ構成分ガ斯ウ云フモノデアル建物ノ構成分ガ斯ウ云フモノデアルト云フ構成分ノ規定ヲ置クナラバ分ツテ居ルガ明文ガナケレバ構成分ノ疑ヒアルモノニ付テ不動産デアルト云フコトヲ言フ必要ハナイドウモ其方ガ詰リ正シイノカト思ツテソレデ建物ト云フ字ヲ除イタケレドモ今御述ベニナツタ建物ハ不動産デアルト云フコトハ少シモ疑ヒナイコトデアルト思フ而テ本條ハ只ソレダケノコトハ極メテ丈ケノコトデアル又明文ニ表ハレテ居ルコトモソレダケノコトデアルト思フ
井上正一君
私モ此ニ建物ト云フ字ヲ入レタラ建物ハ獨立シタモノト明カニナラウトハ思ハナイノデス併シ此ニ建物ト云フ字ヲ入レタニハ何カ憑ラレタコトガアラウト思フノデアリマスサウスルト土地ト建物ハ別々ニナツテ居ルガ一ツ物ニ全部シナケレバナラヌト云フコトハドノ條デ分リマスカ
梅 謙次郎君
ソレハ當事者ノ意思デ法律ノ方デ極マツテ居ルノデナイ土地建物及ヒ其定着物ト云フト建物ハ土地ノ定着物デナイト云フヤウニ讀メル尚ホ御考ヘヲ願ヒタイ
横田國臣君
土地ト家トハ之ヲ別ニスルガ日本ノ慣習デアル只梅君ハソレヲ解釋シテ意思デ往クト言ヒマスガ意思デ往キマスト登記簿デモ今度變ナモノニナツテクル帳面ヲ作ツテ法律ガ最初カラ貴樣達ノ意思ハ斯ウデアラウト云フコトヲ極メ附ケテ書イタ樣ナモノニナルお前達ノ意思ハ斯ウダラウト云フコトヲ極メ附ケルノハ變ナモノデアラウト思フ
議長(箕作麟祥君)
ソレデハ決ヲ採リマセウ井上君カラ「土地」ノ下ニ「建物」ノ二字ヲ入レルト云フ説ガ出マシタカラ其決ヲ採リマス井上君ノ説ニ贊成ノ諸君ハ起立ヲ請ヒマス

起立者 少數

議長(箕作麟祥君)
少數、ソレデハ是デ整理ハ終リマシタ