凡例
一、括弧中ノ數字ハ法令ノ箇條ノ號數ヲ示ス而シテ上ニ其所屬法令ヲ揭ケサルハ改正法案ノ箇條ナリ
二、單ニ法令ノ種類ノミヲ示シテ其國名ヲ揭ケサルハ本邦ノ法令ナリ
三、單ニ國名ノミヲ揭ケテ其法令ノ種類ヲ示ササルハ民法ノ箇條ナリ
四、「人」ハ既成法典人事編、「財」ハ財産編、「取」ハ財産取得編、「擔」ハ債權擔保編、「證」ハ證據編ノ略ナリ
五、「憲」ハ憲法、「商」ハ商法、「民訴」ハ民事訴訟法、「刑」ハ刑法、「刑訴」ハ刑事訴訟法ノ略ナリ
六、「法」ハ法律、「敕」ハ敕令、「閣」ハ閣令、「省」ハ省令、「府」ハ府令、「縣」ハ縣令、「警」ハ警察令、「訓」ハ訓令、「指」ハ指令、「告」ハ布告、「布」ハ布達ノ略ナリ
七、「佛」ハ佛蘭西、「獨」ハ獨逸、「普」ハ普漏西、「索」ハ索遜、「巴」ハ巴威爾、「澳」ハ澳太利、「匈」ハ匈牙利、「英」ハ英吉利、「伊」ハ伊太利、「西」ハ西班牙、「葡」ハ葡萄牙、「白」ハ白耳義、「蘭」ハ荷蘭、「露」ハ露西亞、「希」ハ希臘、「瑞」ハ瑞西、「米」ハ北米合衆國、「紐」ハ紐育、「加」ハ加里保爾尼亞、「亞」ハ亞爾然丁、「印」ハ印度ノ略ナリ
八、「草」ハ草案、「一草」ハ一讀會草案、「二草」ハ二讀會草案ノ略ナリ
九、法文ハ總テ之ヲ省略シテ條數ノミヲ示ス此條數ハ修正案ニ依ル
十、理由書中援引セル本案ノ條數ハ未タ訂正ヲ經サルヲ以テ符合セサルモノアリ
第一編 總則
(理由)本編ハ旣成法典人事編、財產編、財產取得編及ヒ證據編ノ一部ヨリ成ル蓋シ一種ノ權利ニ特別ナルモノヲ除キ凡ソ各種ノ權利ニ共通ナル規則ハ皆之ヲ網羅シテ本編ニ揭ケント欲シタルナリ而シテ其順序モ亦力メテ論理ニ從ハンコトヲ期セリ乃チ第一章ニ於テ權利ノ主格タル人 ノ總則ヲ揭ケ第二章ニ於テ人ニ非スシテ權利ノ主格タルヘキ法人 ノ規則ヲ揭ケ第三章ニ於テ或權利ノ目的タル物 ノ原則ヲ揭ケ第四章ニ於テ權利ノ得喪ニ關スル法律行爲 ノ總則ヲ定メ第五章ニ於テ諸種ノ權利ニ通スル期間 ノ計算法ヲ定メ第六章ニ於テ直接又ハ間接ニ權利ノ消滅ニ關スル時效 ノ規則ヲ定メタリ
第一章 人
(理由)本章ノ規定ハ主トシテ旣成法典ノ人事編中ニ取レリ乃チ第一節ヲ權利ノ享有 ト爲シ何人カ權利ノ主格タルコトヲ得ルカヲ規定シ第二節ヲ能力 ト爲シ其權利ノ主格タル人カ如何ナル條件ヲ以テ其權利ヲ行使スルコトヲ得ルカヲ示シ第三節ヲ住所 ト爲シ人ノ生活ノ本據ヲ定メ第四節ヲ失踪 ト爲シ人ノ踪跡分明ナラサル時ノ處置ヲ明カニセリ
旣成法典中國民分限 及ヒ身分證書 ニ關スル規定ハ之ヲ削除セリ蓋シ此等ノ事ハ主トシテ公法ニ屬スルノミナラス種々手續ニ關スルモノ多キヲ以テ之ヲ特別法ニ讓ルヲ至當トシタレハナリ
第一節 私權ノ享有
(理由)旣成法典人事編第一章ニハ私權ノ享有及ヒ行使 ト曰ヘリ今其行使 ヲ省キタルハ之ヲ別節ニ規定スルヲ以テ優レリトシタレハナリ
第一條
(理由)旣成法典人事編第一條ニハ權利ノ享有ト行使トヲ併セテ規定セリ而シテ其前半ニ言ヘル凡ソ人ハ私權ヲ享有シ ノ文字ハ聊カ贅言ニ屬スルヲ以テ今之ヲ省キタリ又同第二條ニハ蘭(三)澳(二二)索(三二)西(二九)ツユーリヒ(九)グラウブュンデン(五、三項)等諸國ノ法典ニ規定セルカ如ク一般ニ胎兒ノ利益トナルヘキ場合ニ於テハ之ヲ旣生兒ト同視スルト雖モ斯ク一般ニ之ヲ規定スルトキハ往々意外ノ結果ヲ生シ頗ル適用ニ苦シムノ虞アリ因テ今佛(七二五、九〇六)伊(七二四、七六四、一〇五三)等ノ規定及ヒ獨白兩國ノ民法草案ニ傚ヒ相續、遺贈、損害賠償等ニ關シ特ニ胎兒ノ權利ヲ認メ一般ニハ旣生兒ニ非サレハ權利ヲ享有スルコトヲ得サルモノトシタリ(獨一草七二三、一七五八、一九六四、二項、白草七四三、七五五)
第二條
(理由)本條ハ旣成法典ノ字句ヲ修正シタルニ過キス伹法律 ヲ改メテ法令 ト爲シタルハ憲法上命令ヲ以テ外國人ノ權利ヲ規定スルコトヲ得レハナリ
第二節 能力
(理由)旣成法典ニハ能力ニ關スル一般ノ規程ナク唯人事編及ヒ財產編ノ各處ニ其法規ノ散在セルアルノミ而モ未成年者ノ能力ニ至リテハ銷除ニ關スル法文ニ依リテ僅ニ之ヲ推知スルコトヲ得ルニ過キス今各種ノ無能力者ヲ本節中ニ列敍シ其能力ノ程度ヲ明カニセリ
本案ニ自治產未成年者ヲ除キタルハ本邦ニ於テ未タ其必要ヲ見サルヲ以テナリ又刑事禁治產者ヲ除キタルハ改正刑法ニ於テ之ヲ認メサルコトヲ豫期シテナリ
第三條
(理由)本條ハ旣成法典ノ字句ヲ修正シタルニ過キス但私權ノ行使ニ關スル ノ數文字ヲ削除シタルハ第一民法ニ於テハ總テ私權ニ關スル規程ノミヲ揭クルト第二他ノ法令ニ於テモ單ニ成年 ト曰ヒタルトキハ解釋上民法ノ成年ヲ指シタルモノト認メサルヘカラサルトニ因ル
旣成法典人事編第一條ニハ法律ニ定メタル無能力者ニ非サル限リハ自ラ其私權ヲ行使スルコトヲ得 ト曰ヘルモ是レ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ今之ヲ省キタリ
第四條
(理由)旣成法典財產編第五百四十七條第二項及ヒ第五百四十八條第一項ニ據レハ暗ニ未成年者ハ一切ノ法律行爲ヲ獨斷ニテ爲シ得サルヲ原則トシ唯同第三百十九條第一項ニ據レハ未成年者ノミ其獨斷ニテ爲シタル行爲ヲ銷除スルコトヲ得ルモノトセルカ故ニ實際未成年者カ利益ノミヲ受クヘキ行爲ハ之ヲ銷除スルコト殆ト之アラサルヘシ殊ニ其法定代理人カ獨斷ニテ爲シ得ル行爲ヲ未成年者カ獨斷ニテ爲シタルトキハ缺損ニ基クニ非サレハ之ヲ銷除スルコトヲ得ストセルカ故ニ(財五四八、一項)此場合ニ於テハ未成年者ニ利益アル行爲ヲ銷除スルコトヲ得サルハ勿論ナリ是ニ由リテ之ヲ觀レハ旣成法典ノ規定モ實際本文ト略同一ノ結果ヲ生スヘシト雖モ第一其原則ヲ明カニスルノ必要アルノミナラス其細目ニ至リテ大ニ同シカラサルモノアリ蓋シ旣成法典ニ於テハ通常缺損ニ基クニ非サレハ銷除ヲ許ササルモ缺損ノ有無ヲ斷定スルハ極メテ難ク或ハ法官ノ判斷其當ヲ失ヒ動モスレハ相手方ヲ損害シ又ハ未成年者ノ保護ヲシテ全カラサラシムルノ虞アリ故ニ今之ヲ廢シタリ又旣成法典ニ據レハ贈與ト雖モ親族會ノ許可ヲ受クルニ非サレハ之ヲ受諾スルコトヲ得サルモノトセリ(人一九四、四號、財五四七、二項)然リト雖モ此等ノ財產上ノ能力ニ付テハ法律ハ財產上ノ利害ノミヲ較量シ若シ未成年者ニ利益アル行爲ナランニハ毫モ之カ取消ヲ許スノ理アラサルナリ故ニ負擔ナキ贈與ハ未成年者獨斷ニテ之ヲ受諾シタルモ敢テ之ヲ取消スコトヲ得サルモノトセリ
第五條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典中ニ存セス又外國ニ於テモ法文ニ此規定ヲ揭クルモノ甚タ多カラス而モ其必要缺クヘカラサルコトハ敢テ疑ヲ容レス蓋シ未成年者ト雖モ修學其他ノ需要ノ爲メ多少ノ契約ヲ締結シ多少ノ財產ヲ處分スルノ必要アルハ論ヲ待タス然ルニ若シ此等日需ノ行爲ニ付テ猶ホ一一法定代理人ノ同意ヲ得タルニ非サレハ後日取消サルルコトアリトセハ誰レカ安ンシテ未成年者ト此等ノ取引ヲ爲ス者アランヤ故ニ法定代理人カ目的ヲ定メ又ハ之ヲ定メスシテ處分ヲ許シタル財產ニ限リ有效ニ之ヲ處分スルコトヲ得ルモノトシ以テ未成年者ヲ保護シ併セテ取引ノ便利ヲ謀レリ(英國ニ於テモ千八百七十四年 Infants Relief Act 第一條ニ據レハ未成年者カ必要品ヲ購ヒタルハ全ク有效ナリトセリ是レ蓋シ本條ト同一ノ精神ニ出テタルモノナリト雖モ或ハ狹キニ失シ或ハ廣キニ過クルヲ以テ寧ロ獨法ニ往往行ハルル本條ノ主義ヲ採用セリ)
第六條
(理由)一、旣成法典ニハ商業及ヒ工業ニ付キ本條ニ類スル規定ヲ設クルト雖モ是レ聊カ狹隘ニ失スルノ憾アルヲ以テ本案ニ於テハ汎ク營業 トセリ
二、旣成法典ニ據レハ不動產ノ讓渡ニ關シテハ商業ヲ許サレタル未成年者ト雖モ普通ノ未成年者ト其能力ヲ同シウスルモノトセリ是レ近來學者ノ大ニ非難スル所ナリ蓋シ商業ヲ營ムノ許可ヲ得タル未成年者ハ其商業ノ爲メニ不動產ヲ抵當トシ又ハ質入スルコトヲ得ヘシ是レ恰モ直接ニ讓渡スコトハ之ヲ許サスト雖モ間接ニ之ヲ爲スハ可ナリト曰フト一般頗ル條理ニ合ハサルモノト謂フヘシ是レ本案ニ於テ未成年者ハ其許サレタル營業ニ關シテハ全ク成年者ト同一ノ能力ヲ有スルモノトシタル所以ナリ
三、本條第二項ノ規定ハ旣成法典ニハ之ナキモ其必要ナルコトハ敢テ蝶々ヲ須タサルカ如シ蓋シ父母、後見人等ハ未成年者カ旣ニ某ノ職業ヲ營ムニ必要ナル智能ヲ有スルモノト信シ之ヲ許シタルモ其未成年者濫ニ其資本ヲ遊蕩ニ費シ又ハ常ニ商機ヲ失ヒ動モスレハ損失ヲ被ムルカ如キコトアラハ速ニ之ヲ防遏スルコトヲ得スンハアルヘカラス是レ本條第二項ノ必要アル所以ナリ
第七條
(理由)一、旣成法典ニハ時時本心ニ復スルコト有ル モ ト云ヘルモ本案ニ於テハ之ヲ削除セリ是レ他ナシ旣ニ心神喪失ノ 常況 ニ在ル ト云ヘル以上ハ心神ノ喪失カ唯通常ノ狀況ナルトキハ以テ足レリトスヘキコト明カナレハナリ蓋シ喪心者ニシテ一切本心ニ復スルコトナシトセハ其行爲ハ禁治產ナキモ皆當然無效タルヘキカ故ニ特ニ其治產ヲ禁スルノ要ナシ唯時時本心ニ復スルコト有ル 場合ニ於テノミ特ニ其治產ヲ禁シ以テ一ノ行爲カ其喪心中ニ爲シタルモノナルヤ將タ本心ニ復シタル間ニ爲シタルモノナルヤニ付キ生スヘキ爭議ヲ未然ニ防クノ要アルナリ而シテ其本心ニ復スルコト有ルト否トヲ問ハス治產ヲ禁スル所以ノ者ハ他ナシ其本心ニ復スルコト有ルヘキヤ否ヤヲ豫知スルコト難キト後見人ヲ選ヒ又第三者ニ吿知スル爲メニ裁判上ニ其病ヲ公認スルノ必要アリ而シテ之ニ禁治產ノ制ヲ利用スルノ簡且便ナルニ如カサルトヲ以テナリ
二、禁治產ヲ請求スルコトヲ得ル者ノ中ニ本人 、後見人 、保佐人 ヲ加ヘタルハ時時本心ニ復スル喪心者ハ自ラ禁治產ノ必要ナルコトヲ悟リ之ヲ請求セント欲スルコトアルト未成年者ノ禁治產ヲ宣吿スヘキ場合ニ於テハ後見人、準禁治產者ニ付テハ保佐人カ尤モ其必要ヲ覺知スヘキ地位ニ在ルトニ因ル
三、旣成法典人事編第二百二十三條第一項ノ區裁判所ニ ノ文字ヲ削リタルハ是レ專ラ裁判所ノ管轄ニ關スルモノニシテ手續法ニ屬スルヲ以テナリ(二十三年十月八日法一〇四號二〇ニ之ヲ定メタリ)
四、同條第二項モ亦手續法ニ屬スルヲ以テ之ヲ削レリ
第八條
(理由)本條ハ全ク旣成法典人事編第二百二十四條第一項ニ同シ而シテ其第二項以下ヲ削リタル理由ハ後見ニ關スル規定ハ總テ親族編ニ揭クルコトトシタルヲ以テナリ
第九條
(理由)一、旣成法典人事編第二百三十條ニハ裁判言渡ノ日ヨリ無能力者トス ト云ヘリ然レトモ是レ裁判ノ效力ニ關スルモノナルヲ以テ之ヲ手續法ノ規定ニ讓リ玆ニ明言セス
二、無能力者トス ト曰フモ其無能力ノ程度判然セス從テ次項ノ規定ヲ要スルニ至レリ故ニ寧ロ本文ノ如ク改ムルヲ以テ妥當トス
三、同條第三項ヲ削除シタル理由ハ未タ禁治產ノ宣吿アラサル間ハ普通ノ原則ニ從ヒ意思ノ有無ニ依リテ行爲ノ有效、無效ヲ分ツヲ以テ穩當トス蓋シ同シク精神ノ錯亂セル者ノ行爲ニシテ一ハ後日禁治產ヲ受ケ一ハ終ニ禁治產ヲ受ケサリシニ因リ差等ヲ設クルノ理アラサレハナリ殊ニ原文ニ據レハ行爲ノ當時ニ於テ喪心ノ明確ナルトキハ鎖除訴權ヲ行フコトヲ得 ルモノトセルカ故ニ後日禁治產ヲ受クルニ至リタル重症ノ瘋癲者ノ行爲ハ單ニ之ヲ鎖除スルコトヲ得ルニ止マリ終ニ禁治產ヲ受クルノ必要ナカリシ輕症ノ瘋癲者ノ行爲ハ却テ全ク無效トナルノ奇觀ヲ呈スヘシ是レ此原文ヲ削除スルノ愈レルニ如カスト信シタル所以ナリ
四、禁治產ヲ受ケサル瘋癲者ニ關スル規定ヲ全廢シタル理由ハ元來佛、白、蘭等ノ諸國ニ於テ禁治產者ノ外別ニ瘋癲病院ニ在ル者ノ能力ヲ定ムルノ必要ヲ認メタルハ全ク禁治產ノ制其宜シキヲ得サルニ職由セスンハアラス然ルニ今新ニ法典ヲ編纂スルニ當リ故ラニ禁治產ノ制ヲ不完全ニシ以テ禁治產外ニ別個ノ制度ヲ設ケテ之ヲ補フノ必要ヲ生セシムルノ不可ナルハ固ヨリ言フヲ待タス若シ禁治產ノ制ニシテ其宜シキヲ得ハ禁治產外ニ之ト並行スヘキ別個ノ制度ヲ設クルハ聊カ蛇足ニ類スルモノアルヲ恐ル唯夫レ瘋癲者ハ事實ニ於テ自ラ其財產ヲ治ムルコト能ハサルカ爲メニ特ニ管理人ヲ置キ之カ職分ヲ定メ又不法ノ監禁ヲ防遏シ狂人カ公安ヲ害スルノ危險ヲ豫防センカ爲メニ適當ノ處置ヲ施スカ如キハ事或ハ行政ニ關スルモノアルヲ以テ總テ之ヲ特別法令ニ讓ルコト諸外國ノ例ノ如クスルヲ可トシタルナリ
第十條
(理由)一、旣成法典人事編第二百三十一條ニハ禁治產ノ解止ヲ請求スルコトヲ得ル者ヲ列擧セリ然ルニ前ノ禁治產ノ宣吿ヲ請求スルコトヲ得ルモノト小異アリ是レ聊カ其當ヲ得サルカ如シ蓋シ或事ヲ創始スルノ權利アルモノハ又之ヲ廢止スルコトヲ得ルヲ常トスルハ普通ノ原則ナリ而シテ改正案ニ據レハ尤モ禁治產ヲ請求スルコトヲ得ル者ノ範圍ヲ擴メタルカ故ニ旣ニ此等ノ者ニ禁治產ノ解止ヲ請求スルコトヲ得セシメハ以テ足レリトスヘク又此等ノ者ハ尤モ禁治產ノ宣吿ニ付キ利害ノ關係ヲ有スルト同時ニ其解止ニ付テモ亦大ニ利害ノ關係ヲ有スルカ故ニ此等ノ者ニハ必ス之ヲ請求スルコトヲ得セシメスンハアルヘカラス
二、原文ノ第二項ハ當然言フヲ待タサルヲ以テ之ヲ除キタリ
第十一條
(理由)本條ハ殆ト旣成法典人事編第二百三十二條第一項ニ字句ノ修正ヲ施シタルニ過キス唯原文ニ聾啞者 トアリシヲ聾者 、啞者 ト改メ必スシモ聾ニシテ啞ナルモノニ限ラス苟モ聾者、啞者ハ皆準禁治產者トスルコトヲ得ルモノトシタリ葢シ旣成法典ハ伊、澳、西諸國ノ法律及ヒ白國民法草案ニ於ケルカ如ク生來ノ聾啞者ニ限リ準禁治產者トスルノ精神ナルヘシト雖モ其十分ノ理由ヲ發見シ難キノミナラス若シ聾啞者ニシテ然ラハ盲者モ亦生來ノ盲者ニ限ラサルヘカラス是レ普索諸國ノ法律(索遜法ニハ聾啞者ト聾者、啞者ト聊カ其規定ヲ同シウセスト雖モ其之ヲ後見ニ付スルハ則チ一ナリ)及ヒ獨逸民法草案ニ傚ヒ必スシモ聾啞者タルコトヲ要セサルモノトシタリ
第十二條
(理由)一、旣成法典ニハ保佐人ノ同意ヲ要スル行爲ニ付テハ先ツ自治產未成年者ニ關スル法條ニ讓リ其自治產未成年者ニ關スル法條ニ於テハ又後見ニ關スル法條ニ讓レリト雖モ後見ニ關シテハ頗ル改正ヲ要スルモノアルヲ信スルカ故ニ之ヲ玆ニ明記スルヲ必要トセリ
二、旣成法典人事編第百九十四條ニハ贈與ヲ爲スコトヲ言ハス財產取得編第三百五十六條ニハ財產讓渡ノ爲メ法律ノ要スル方式ニ從フ ヘキコトヲ言ヘルヲ以テ不動產又ハ重要ナル動產ノ贈與ヲ爲スニハ準禁治產者ハ保佐人ノ同意ヲ經テ之ヲ爲スヘキモノトセルカ如シ然リト雖モ贈與ハ損失ノミアリテ毫モ利益ナキモノナルカ故ニ一切ノ場合ニ於テ保佐人ノ同意ヲ得ルコトヲ要スルモノトスルヲ可トシタリ
三、負擔ナキ贈與、遺贈等ヲ受クルハ未成年者猶ホ且ツ獨斷ニテ之ヲ爲スコトヲ得ルモノトセシカ故ニ準禁治產者カ獨斷ニテ之ヲ爲スコトヲ得ヘキハ言フヲ待タサルナリ
四、旣成法典ニハ一切保證ノ事ヲ言ハス蓋シ是レ亦保佐人ノ同意ヲ要スルモノトスル意ナラン然レトモ之ヲ明言セサレハ疑ヲ招ク虞アルヲ以テ本案ニハ之ヲ明言セリ
五、原文ノ如ク保佐人 ノ立會 ト云フトキハ保佐人必ス其席ニ在ルコトヲ要スルカ如ク見エテ不可ナルヲ以テ之ヲ同意 ト改メタリ
六、旣成法典財產編ニハ特別ノ方式ヲ要スル行爲ニ付テハ若シ其方式ヲ踐マサルトキハ當然其行爲ヲ取消スコトヲ得ルモ(財五四七、二項)單ニ保佐人ノ同意ノミヲ要スル場合ニ於テ其同意ナクシテ其行爲ヲ爲シタルトキハ缺損ニ因リテノミ之ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ(財五四八、二項)然レトモ準禁治產者ノ行爲ニ特別ノ方式ヲ必要トスルモノハ法典中之ヲ發見セス且缺損ノ有無ヲ別ツハ困難ニシテ弊害ヲ生シ易キコトハ旣ニ論シタルカ如シ(四)是レ本條ニ列擧セル行爲ニ付キ保佐人ノ同意ヲ得サリシトキハ總テ之ヲ取消スコトヲ得ルモノトシタル所以ナリ但財產編ニハ前述ノ如ク規定セリト雖モ人事編第二百三十四條ニハ第二百三十條ヲ適用シ其第二百三十條ニハ禁治產者カ當然其行爲ヲ取消スコトヲ得ル旨ヲ規定セルヲ以テ人事編ノ規定ハ本案ト毫モ異ナル所ナキナリ
七、旣成法典人事編第二百三十三條ノ如ク第二項ニ於テ管理行爲ト曰フトキハ第一項ニハ一切管理行爲 ヲ包含セス又處分行爲ハ皆之ヲ包含スルモノノ如ク見ユルモ是レ事實ニ反スルヲ以テ本文ノ如ク改メタリ
八、準禁治產者ノ爲シタル行爲ハ原則トシテハ有效ナルカ故ニ保佐人ノ立會アルニ非サレハ管理行爲ヲ爲スコトヲ 得ス ト曰フハ聊カ穩ナラサルヲ以テ保佐人ノ同意アルコトヲ要ス ト改メタリ
第十三條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第二百三十二條第二項及ヒ第二百三十五條ニ該當ス然レトモ準禁治產ノ請求及ヒ取消ニ付テ禁治產ト其規定ヲ異ニスル理由ナキヲ以テ總テ禁治產ニ關スル規定ヲ準用スルコトトセリ
第十四條
(理由)一、旣成法典人事編第六十八條ニハ許可ヲ得ルニ非サレハ 某某ノ事ヲ爲スコトヲ得ス ト云ヘルモ全ク得サルニ非ス後日之ヲ取消スコトヲ得ルノミ故ニ取消ヲ請フマテハ其行爲有效ナリト謂ハサルコトヲ得ス此レ單ニ行爲ヲ爲スニハ 夫ノ許可ヲ要ス ト改メタル所以ナリ
二、同條ニ據レハ元本ヲ領收スルニハ夫ノ許可ヲ要スルモ之ヲ利用スルニハ其許可ヲ要セサルモノトセリ然リト雖モ其利用ノ方法如何ニ依リテハ或ハ妻カ夫ニ對スル義務ヲ盡ササルモノト視ルヘキコトナキヲ保セス是レ元本ノ利用モ其領收ト同シク夫ノ許可ヲ要スルモノトシタル所以ナリ
三、動產ノ重要ナルモノハ敢テ不動產ト其輕重ヲ異ニセス讓受モ亦讓渡ト同樣ニ重要ナルモノト視ルヘキコトハ旣ニ準禁治產者ニ付テ執レル所ノ主義ナリ(一二、三號)
四、訴訟ニ答辯スルハ其危險之ヲ提起スルト毫モ異ナル所ナク其他訴訟行爲ハ總テ危險多キモノナルヲ以テ準禁治產者ニ付テ規定セシ如ク妻モ訴訟行爲ヲ爲スニハ常ニ夫ノ許可ヲ要スルモノトセリ(一二、四號)
五、原文ニ於テハ贈與ヲ受諾スルニハ夫ノ許可ヲ要スルモ之ヲ拒絕スルニハ其許可ヲ要セサルモノトセリ是レ一理ナキニ非ス何トナレハ贈與ハ素ト一ノ契約ニシテ受贈者ニ於テ之ヲ受諾スルマテハ未タ成立セルモノト視ルコトヲ得サレハナリ然リト雖モ之ヲ拒絕スルノ槪シテ不利益ナルコトハ敢テ疑ヲ容レス是レ之ヲ拒絕スルニモ夫ノ許可ヲ要スルモノト改メタル所以ナリ
六、遺贈ノ受諾、拒絕、相續ノ承認、抛棄ハ原文ニハ之ヲ妻カ夫ノ許可ヲ受クヘキ事項中ニ揭ケスト雖モ遺贈ヲ受クルハ其遺贈者ニ因リテハ或ハ之ヲ屑トセサルコトアリ又他人ノ家督又ハ遺產ヲ相續スルハ事頗ル重大ニ屬シ且財產上ニ於テモ相續人ノ爲メニ不利益ナルコトナシトセス又遺贈ヲ拒絕シ相續ヲ抛棄スルノ通常不利益ナルコトハ敢テ喋々ヲ待タス是レ新ニ遺贈ノ受諾、拒絕、相續ノ承認、抛棄ヲ加ヘタル所以ナリ
七、之ヲ要スルニ本條ニ列擧スル行爲ハ殆ト第十二條ニ列擧セルモノニ同シ而シテ其全ク同シカラサル所以ノモノハ他ナシ準禁治產者ハ其精神完全ナラサルヲ以テ專ラ之ニ不利益ナル行爲ヲ爲ササラシメンコトヲ謀ラスンハアルヘカラス之ニ反シテ妻ハ其精神ノ不完全ナルカ故ニ無能力ナルニ非ス是ヲ以テ未婚ノ女子及ヒ寡婦ハ其無能ニ於テ男子ト異ナルナキヲ原則トス唯有夫ノ婦ハ夫ニ順從スルノ義務アルカ故ニ行爲ノ性質ニ依リ夫ノ許可ヲ受クルコトヲ要スルモノトシタルナリ是レ妻ト準禁治產者ト聊カ異ナラサルコトヲ得サル所以ナリ
第十五條
(理由)旣成民法ニハ此規定ナク商法ニノミ之アリト雖モ事能力ニ關スルヲ以テ未成年者ノ例ニ傚ヒ此ニ之ヲ揭クルヲ妥當トス况ヤ是レ必スシモ商業ノミニ關セス一切ノ職業ニ付テ皆同一ナルヘキニ於テヲヤ
商法第十三條ニハ凡ソ商ヲ爲ス 妻ノ能力ヲ揭ケタリト雖モ一ノ商取引ヲ爲スニ付テハ別ニ特例ヲ設クルノ謂ハレナク唯商業 其他一ノ職業ヲ營メル妻ノ能力ハ特ニ之ヲ規定スルノ理由アリ蓋シ一ノ職業殊ニ商業ヲ營ムノ許可ヲ得タル妻ハ事苟モ其職業ニ關スル以上ハ每事夫ノ許可ヲ受ケテ始メテ之ヲ行フコトヲ得ルトセハ到底其職業ヲ營ムコト能ハサルヘシ故ニ一旦其職業ヲ許シタル以上ハ其當然ノ結果トシテ其職業ニ關スル一切ノ行爲ヲ爲スノ許可ヲ與ヘタルモノト視サルコトヲ得サルナリ是レ佛、獨、伊、白、蘭、澳、西、瑞、希(商五、一項、七)等ノ諸國ニ於テ皆商業又ハ其他ノ職業ヲ營メル妻ニ付テノミ規定スル所以ナリ
第十六條
(理由)一、旣成法典人事編第六十九條ニハ夫ノ許可ハ特定又ハ總括ナルコトヲ得 ト云ヘルモ是レ反對ノ明文ナキ以上ハ言フヲ待タサル所ナリ佛、蘭民法ノ如キハ特ニ管理行爲ニ付テノミ總括ノ許可ヲ與フルコトヲ得ルト云ヘルニ因リ處分行爲ニ付テハ之ヲ與フルコトヲ得サルナリ故ニ佛蘭ノ如キ明文ヲ揭ケサレハ夫ノ許可カ特定又ハ總括ナルコトヲ得ルハ自ラ明カナリ
二、同條ニハ總括ノ許可ハ證書ヲ以テ之ヲ與フルコトヲ要ス ト云ヘルモ夫婦間ニ證書ヲ授受スルカ如キハ我慣習ニ之ナキ所ニシテ苟モ其許可アリタル證據明カナル以上ハ必スシモ證書ヲ要スルノ理由アラサルナリ
第十七條
(理由)一、旣成法典人事編第七十條ニ夫カ失踪ノ推定ヲ受ケタルトキ トアリタルヲ夫ノ生死分明ナラサルトキ ト改メタルハ失踪ノ推定 ナル語ヲ廢センカ爲メナリ尚ホ第四節ニ至リテ之ヲ詳述スヘシ
二、商法第十二條ニハ妻カ夫ニ遺棄セラレ又ハ夫ヨリ必要ノ給養ヲ受ケサルトキハ 夫ノ承諾ヲ要セサルモノトセリ是レ至當ノ規定ニシテ啻ニ商業ニ關シテノミ之ヲ設クヘキニ非ス如何ナル行爲ニモ之ヲ適用スヘキカ如シ唯夫ヨリ必要ノ給養ヲ受ケサルトキハ 若シ夫ニ惡意アランカ是レ夫ニ遺棄セラレ タルナリ若シ夫ニ給養ヲ爲スノ資力ナカランカ是レ夫ニ罪ナキカ故ニ猶ホ妻ヲシテ之ニ順從セシメスンハアルヘカラス因テ本文ノ如ク改メタリ
三、前ニ瘋癲ノ爲メ病院又ハ私宅ニ監置セラルル 者ヲ以テ無能力者トセサルコトヲ言ヒ(九理由四)而シテ夫カ瘋癲ノ爲メ病院又ハ私宅ニ監置セラルルトキ ハ妻ハ其許可ヲ受クルコトヲ要セストセルハ頗ル前後矛盾セルニ似タリト雖モ妻カ夫ノ許可ヲ受クルコトヲ要セサルハ必スシモ夫ノ無能力ナル場合ニ限ラス唯實際其許可ヲ受クルコト能ハサル場合ニ於テハ皆之ヲ要セサルコトトシタルナリ
四、本條第五號及ヒ第六號ヲ加ヘタルハ實際ノ必要ヲ慮リテナリ
第十八條
(理由)旣成法典ニハ本條ノ規定ナシ故ニ未成年ノ夫ハ自己ノ爲メニハ未タ獨斷ニテ重大ナル行爲ヲ爲スノ能力ヲ有セサルニ拘ハラス其妻ニハ之ヲ許可スルコトヲ得ヘシ是レ頗ル其當ヲ得サルモノアリ蓋シ未成年者ハ未タ重大ノ行爲ニ付キ十分ニ其利害得失ヲ辨識スルノ智能ヲ備ヘサル者ト認メテ之ヲ無能力者トセルナリ然ルニ自己ノ利害得失ハ之ヲ辨識スルノ智能ヲ備ヘサルモ他人ノ利害得失ハ之ヲ辨識スルノ智能アリト曰フハ前後矛盾ト謂ハサルヲ得ス是レ白國法律ニ傚ヒ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ(白國法律ハ商業ニ關シテノミ之ヲ規定スルト雖モ商業ト他ノ行爲トヲ區別スル理由ナキカ如シ)
第十九條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニハ全ク之ヲ缺ケリ然レトモ其必要ナルコトハ多辯ヲ待タスシテ明カナリ蓋シ旣成法典ノ如クンハ相手方ハ無能力者カ能力者トナリタル後五年ヲ經過スルマテハ何時其行爲ノ取消ヲ請求セラルルヤ計ルヘカラス其間其權利不確定ニシテ其者ノ不利益ハ勿論公益上亦斯ク權利ヲ不確定ノ狀態ニ委スルハ策ノ得タルモノニ非ス故ニ短期内ニ其行爲ヲ取消スヤ否ヤヲ確答セシメ以テ速ニ其權利ヲ確定スルコトヲ得セシメント欲シタルナリ
第二十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百四十九條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミ
第三節 住所
(理由)旣成法典ニハ本籍 ヲ以テ住所 トスルノ主義ヲ執レリト雖モ所謂本籍ナルモノハ往々有名無實ニシテ法律上ノ生活ヲ爲スノ地ト同シカラサルコト多シ是レ旣成法典人事編第二百六十六條ニモ例外ヲ設ケ本籍地カ生計ノ主要タル地ト異ナルトキハ主要地ヲ以テ住所ト爲ス ト規定セル所以ナランカ若シ然ラハ寧ロ例外ヲ以テ原則トシ生活ノ本據 ヲ以テ住所ト定ムルノ主義ヲ執ルヲ以テ愈レリトス是レ本節改正ノ眼目ナリ
第二十一條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第二百六十二條及ヒ第二百六十六條ヲ旣ニ述ヘタル理由ニ依リテ改メタルナリ而シテ原文ニ民法上ノ 住所 トアリシヲ單ニ住所 ト改メタルハ凡テ改正法典ニ於テハ力メテ民法中ニ公法ニ屬スル事項ヲ規定セサルノ主義ヲ執レルカ故ニ特ニ民法上 云々ト曰ハサルモ其公法上ノモノヲ規定スルニアラサルコトハ明カナリ且此ニ住所 ト曰ヘルモノハ純然タル民法 ノミナラス商法、民事訴訟法等ニモ適用スキキモノナルカ故ニ單ニ住所 ト曰フヲ以テ優レリト信シタレハナリ
旣成法典ニハ住所ヲ定メ又ハ移スニハ心ス之ヲ屆出ツルコトヲ要スルモノトセリ是レ葢シ從來ノ本籍ヲ取リテ直チニ住所トスルトキハ或ハ必要ナラント雖モ苟モ生活ノ本據ヲ以テ住所トスル以上ハ敢テ屆出ノ有無ヲ問ハス專ラ事實上生活ノ本據ト爲レル地ヲ以テ住所トセサルヘカラス是レ人事編第二百六十三條第一項、第二百六十四條第一項及ヒ第二百六十五條ヲ削除シタル所以ナリ
旣成法典人事編第二百六十三條第二項及ヒ第二百六十四條第二項ヲ削除シタル所以ハ未成年者ノ住所ニ付テハ親族編中親權及ヒ後見ノ部ニ於テ之ヲ規定スヘキモノト信シタルヲ以テナリ
第二十二條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第二百六十七條第一號ニ同シ而シテ其第二號ヲ分チテ次條ヲ設ケタル所以ハ日本ニ住所ヲ定メサル外國人 ニ關シテハ必スシモ其居所ヲ以テ住所ニ代用スルコトヲ得サルハ次ニ論スルカ如クナレハナリ
第二十三條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第二百六十七條第二項ニ左ノ增補正ヲ加ヘタルモノナリ
一、法例第八條ニ據レハ本國法ヲ適用ス可キ諸般ノ場合ニ於テ何レノ國民分限ヲモ有セサル者又ハ地方ニ依リ法律ヲ異ニスル國ノ人民ハ其 住所 ノ法律ニ從フ ヘキモノトセリ而シテ此住所 ト云フハ日本又ハ外國ニ於テ其者ノ有スル住所ナルコト疑ヲ容ルヘカラス若シ然ラスシテ此場合ニモ亦旣成法典人事編第二百六十七條ヲ適用スヘキモノトセハ常ニ日本ノ法律ニ依ルヘキモノトナルカ故ニ徒ラニ迂遠ナル住所 ノ法律ニ從フ ノ語ヲ用ユルノ理ナシ是レ本條但書ヲ必要トシタル所以ナリ
二、原文ニハ單ニ左ノ場合ニ於テハ居所ヲ以テ住所ニ代用ス ……日本ニ住所ヲ定メサル外國人ニ關スルトキ ト曰ヘルヲ以テ其居所外國ニ在ルモ猶ホ居所ヲ以テ住所ニ代用スヘキモノノ如シ是レ日本ニ於ケル ノ數文字ヲ加ヘタル所以ナリ
第二十四條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第二百六十八條ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ而シテ原文ノ但書ヲ除キタル理由ハ苟モ當事者ノ意思ニシテ明瞭ナル以上ハ必スシモ書面ヲ要スルノ理ナキヲ以テナリ他ハ字句ノ修正ニ過キス
第四節 失踪
(理由)旣成法典ニ據レハ何人ニテモ生死ノ分明ナラサルコト五年又ハ七年ニ至ルマテハ通常其者ヲ生存セルモノト看做シ單ニ其財產ヲ管理セシムルニ止メ五年又ハ七年ヲ經過スルトキハ殆ト之ヲ死亡セシモノト同一視シ其死亡ニ因リテ權利ヲ得ヘキモノヲ保護スルト雖モ猶ホ幾分カ失踪者ヲ保護スルノ規定ナキニ非ス今之ヲ從來ノ慣例ニ稽ヘ又之ヲ一般ノ法理ニ照ラスニ聊カ其當ヲ得サルモノアルカ如シ蓋シ失踪ノ宣吿アルマテハ專ラ不在者ヲ保護スヘキハ論ヲ俟タスト雖モ一旦失踪ヲ宣吿スル以上ハ全ク之ヲ死亡セルモノト看做シ敢テ利害關係人ヲシテ不確定ノ狀態ニ在ラシメサルコトヲ要ス唯此斷定ヲ下タス以上ハ幾分カ其年限ヲ伸長シ以テ失踪者ヲ保護スルノ必要ヲ生スヘシ但生死不分明ヲ以テ離婚ノ原因ト爲スカ如キハ從來旣ニ慣行セル所ニシテ而モ其期限ニ至リテハ維新前ハ僅々數月ノ後之ヲ許スノ慣例尠カラサリシカ如ク(民事慣例類集一八三頁以下)維新後ニ至リテモ滿二年ノ後又事情ニ因リテハ是ヨリモ早ク離婚ヲ許セルカ故ニ(法例彙纂初版四〇九頁以下、第二版一九〇頁以下、第三版一三七頁以下等)失踪ノ宣吿前ニ之ヲ許スニ非サレハ頗ル舊慣ニ悖ルノ虞アルヘシ猶ホ此等ノ事ハ親族編ニ至リテ規定スヘキ所ナリ
第二十五條
(理由)一、本條ノ規定アル所以ハ他ナシ不在者ノ財產ハ動モスレハ朽廢消失ノ虞アルヲ以テ之ヲシテ力メテ適當ノ管理ヲ得セシメント欲シタルナリ故ニ敢テ其本人ノ生死ノ分明ナルト分明ナラサルトニ論ナク裁判所ヲシテ必要ナル處分ヲ命スルコトヲ得セシメスンハアルヘカラス是レ旣成法典人事編第二百七十一條ニ於テ失踪ノ推定ヲ受ケタル者 ノ財產ニ付キ管理人ヲ指定セシムルト同時ニ其第二百八十八條ニ於テ未タ失踪ノ推定ヲ受ケサル者ノ財產ニ付キ必要ノ保存處分ヲ命セ シムル所以ナリ而シテ之ヲ一條ニ纒括シテ本文ノ如ク規定スルヲ以テ簡且明ナリト信シタルナリ
二、原文ニハ住所及ヒ居所ヨリ亡失シ 又ハ住所若クハ居所ヲ去ル ト云ヘリ然レトモ改正案ニ於テハ各人ノ生活ノ本據ヲ以テ住所トシタルカ故ニ從來ノ住所ヲ去リテ新ニ住所ヲ定メタルヤモ知ルヘカラス況ヤ居所ニ至リテハ實際之ナキコトハ稀ナルヲヤ是レ從來ノ ナル文字ヲ加ヘタル所以ナリ
三、原文ニハ區 裁判所 トアリタルヲ單ニ裁判所 ト改メタル所以ハ他ナシ裁判所ノ權限ハ或ハ之ヲ變更スルノ必要ヲ生スルコトアルヘキカ故ニ特別法又ハ民法施行條例中ニ其裁判所ノ種類ヲ定メ民法中ニハ之ヲ定メサルヲ可トシタレハナリ(七理由三ヲ參觀セヨ)
第二十六條
(理由)一、旣成法典人事編第二百七十條ニハ代理人ハ失踪ノ推定中本人ノ財產ヲ管理ス トアリタルモ代理人ノ權限ハ特ニ期限ヲ定メサルトキハ通常委任者又ハ代理人ノ死亡ニ至ルマテ繼續スヘキモノニシテ今失踪ノ推定ヲ受ケタル者ハ生死未タ判然セス而シテ死亡ニ因リテ權限消滅シタリト主張スル者ハ先ツ其死亡ヲ證明セサルヘカラス故ニ其死亡ノ判然スルマテハ代理人ノ權限繼續スヘキハ言フヲ待タス又特ニ期限ヲ定メタルトキハ其期限ノ到來ニ因リテ其權限消滅スヘキハ勿論ナリ故ニ必スシモ失踪ノ推定中本人ノ財產ヲ管理ス ト曰フコトヲ得ス是レ右ノ十數字ヲ削除シタル所以ナリ
二、原文ニハ現實ノ利益ヲ有スル關係人、推定相續人 トアリタルヲ單ニ利害關係人 ト改メタルハ他ナシ利害關係人 ト云ヘハ通常ハ現實ノ利害ヲ有スル 者ヲ指シ而モ推定相續人 ノ如キハ現實ノ利益ヲ有セスト雖モ其中ニ包含スヘキヲ以テナリ
三、原文ニハ代理人ノ解任ヲ言渡シ 又ハ 其後任ヲ指定スルコトヲ得 トアリタルヲ管理人ヲ改任スルコトヲ得 ト改メタルハ原文ニ據レハ單ニ之ヲ解任 スルノミニテ後任者ヲ選定セサルコトヲ得ルモノノ如ク見エテ不可ナルト管理人ノ權限消滅シタルニ因リ其後任者ヲ選定スル場合ハ旣ニ前條ニ之ヲ規定シタルトニ因ル
第二十七條
(理由)一、旣成法典人事編第二百七十三條ニハ動產及ヒ證書ノ目錄ヲ調製ス可シ又不動產ノ形狀ヲ確定セシムル爲メ鑑定人ノ選定ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得鑑定人ノ報吿書ハ裁判所ノ認可ニ付スルコトヲ要ス ト云ヘリ然レトモ是等ハ皆手續ニ屬スル規定ニシテ現ニ明治二十三年十月三日法律第九十五號非訟事件手續法第四十三條ニ類似ノ規定アリ唯旣成法典ニハ不動產ニ付テ鑑定人ヲ選定スヘキコトヲ言ヒ非訟事件手續法ニハ之ヲ言ハサルノ差アルノミ然リト雖モ何カ故ニ不動產ニハ鑑定ヲ要シ動產ニハ之ヲ要セサルヤ頗ル了解ニ苦シム所ナリ又何カ故ニ他ノ場合ニ於テハ之ヲ要セサルニ此場合ニ於テノミ鑑定ヲ要スルヤ是亦其理由ヲ發見スルコト能ハサルナリ因テ改正案ニハ單ニ財產ノ目錄ヲ調製スヘシ ト爲シタリ
二、第三項ヲ附加シタル所以ハ他ナシ管理人カ金錢ヲ受取リタルトキ其適當ノ處分ヲ命シ其他時時計算書ヲ提出セシムル等財產ノ保存ニ付キ終始裁判所ニ於テ監督、指揮ヲ爲スニ非サレハ管理人動モスレハ奸曲又ハ怠慢ノ所爲ナキヲ保セス然リト雖モ蘭國ニ於ケルカ如ク其命スヘキ處分ヲ列擧スルトキハ簡ニ失シテ一切ノ必要處分ヲ包含セサルニ非サレハ必ス煩冗蕪雜ニ涉ルノ虞アリ而モ獨、澳、瑞等ノ諸國ニ於ケルカ如ク或ハ不在者ヲ後見ニ付シ或ハ之ニ後見ノ規則ヲ適用スルハ聊カ鄭重ニ失スルカ如シ是レ本文第三項ヲ以テ包括的ノ規定ヲ設ケ裁判所ヲシテ時宜ニ從ヒ最モ恰當ノ處分ヲ施スコトヲ得セシメント欲シタル所以ナリ
第二十八條
(理由)旣成法典人事編第二百七十二條第二項ノ規定ヲ削除シタルハ他ナシ其規定中ニ揭ケタル行爲ハ當然管理行爲中ニ包含セラルルモノト信シタルヲ以テナリ但本案ニ於テハ管理行爲 ナル文字ヲ用ヒスシテ後ノ第百三條ニ定メタル權限 トセリ
改正案ニハ旣成法典人事編第二百七十一條ニ於ケルカ如ク必ス裁判所ニ於テ管理人ヲ選定スヘキコトヲ言ハス突然管理人ノ權限ヲ規定スルハ或ハ其當ヲ得サルカヲ疑フ者アラン然レトモ財產ノ管理ニ付キ必要ナル處分 (二五)ト云ヘハ通常管理人ヲ選定スルヲ以テ第一著トナスハ論ヲ俟タス又稀ニハ別ニ管理人ヲ選定スル必要ナキコトモアラン故ニ必スシモ管理人ヲ選定スヘキコトヲ言ハス裁判所ヲシテ便宜ノ處置ヲ爲サシメント欲シタルナリ殊ニ原文ニハ成ル可ク 推定相續人ヲ以テ管理人トスヘキコトヲ言ヘルモ失踪ノ宣言アルマテハ不在者ヲ以テ未タ死亡セサル者ト看做ササルヘカラサルカ故ニ必スシモ推定相續人ヲシテ財產ヲ管理セシムルコトヲ要セス最モ適任ノ人ヲ選ヒテ之ヲ管理セシムヘキノミ法典編纂者モ敢テ之ヲ悟ラサルニ非サルカ成ルヘク ナル語ヲ用井タリ然リト雖モ法文ニハ右樣ノ曖眛ナル文字ハ力メテ之ヲ避クヘキカ故ニ寧ロ其全文ヲ削除スルノ愈レルニ如カスト信シタルナリ
旣成法典人事編第二百七十五條ハ之ヲ削除セリ其理由ハ同條ニ規定セル事項ハ皆管理行爲外ノ行爲ニシテ本文第一項但書ノ場合ニ該當ス然ルニ此場合ニ於テハ必ス裁判所ノ許可ヲ要スルモノトセルカ故ニ別ニ此ノ如キ法文ヲ要セサルナリ
第二十九條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第二百七十四條ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ其要點左ノ如シ
一、原文ニハ擔保トシテ保證人其他相當ノ擔保ヲ立テシムルコトヲ得 トアリタルモ擔保 ノ種類ハ一ニ裁判官ノ專斷ニ委スルカ又ハ民事訴訟法其他ノ手續法中ニ規定スヘキモノナリト信スルヲ以テ單ニ擔保ト改メタリ
二、原文ニハ管理人ハ推定相續人ヲ除ク外其請求ニ因リテ裁判所ノ定メタル給料ヲ受ク トアリタルモ旣ニ推定相續人中ヨリ管理人ヲ選フノ主義ヲ改メタル以上ハ特ニ推定相續人ニ就テ言フハ其當ヲ得サルノミナラス假令推定相續人ナラサルモ子カ父ノ財產ヲ管理シ父カ子ノ財產ヲ管理スルカ如キハ別ニ給料ヲ與フルノ必要ナキカ如シ是レ裁判官ヲシテ十分事情ヲ斟酌シテ給料ヲ與フルト否トヲ定ムルコトヲ得セシメント欲シタル所以ナリ
第三十條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第二百七十六條ニ稍重要ナル修正ヲ加ヘタルモノナリ其要點左ノ如シ
一、原文ニハ不在者カ代理人ヲ定メ置キタルト之ヲ定メ置カサリシトニ因リ年限ニ差等ヲ設クルト雖モ代理人ヲ定メ置クト之ヲ定メ置カサルトハ多クハ偶然ノ事實ニシテ忽チ死亡スヘキトキハ代理人ヲ定メ置カス長ク生存スヘキトキハ代理人ヲ定メ置クモノト斷定シ難キカ如シ故ニ此差等ヲ廢シタリ
二、原文ニハ右ノ區別ニ依リ五年又ハ七年ノ後失踪ノ宣吿ヲ請求スルコトヲ得ルモノトセリ然リト雖モ旣ニ節首ニ述ヘタルカ如ク失踪ノ宣吿ヲ以テ死亡ニ等シキ效力ヲ生スヘキモノトスル以上ハ遠ク海外ニ旅行スル者多キ今日ニ在リテハ五年乃至七年ハ通常ノ場合ニ於テハ聊カ短期ニ失スルノ虞ナキニ非ス故ニ十年ト改メタリ
三、然レトモ右ハ通常ノ場合ニ就テ論シタルモノニシテ本文第二項ノ場合ニ於テハ殊ニ死亡ヲ推定スルノ理由アルヲ以テ五年、七年猶ホ且ツ其長キヲ覺ユ故ニ之ヲ三年ニ短縮シタリ
四、原文ニハ失踪者ノ死亡ニ因リテ發生スル權利ヲ其財產上ニ有スル者 ニ限リ失踪ノ宣吿ヲ請求スルコトヲ得ルモノトセリ然リト雖モ管理人、債權者等モ失踪ノ宣吿ニ付テ正當ノ利益ヲ有スルコトアルヲ以テ此等ノ者ニモ亦失踪ノ宣吿ヲ請求スルコトヲ得セシムルヲ至當トス是レ汎ク利害關係人 ト改メタル所以ナリ
五、原文ニハ失踪者ノ住所ノ區裁判所 ニ請求スヘキコトヲ規定スルト雖モ旣ニ屢々述ヘタルカ如ク(七理由三、二五理由三)此等ノ手續ニ屬スル事ハ民法中ニ揭ケサルヲ可トスルヲ以テ之ヲ省キタリ
六、人事編第二百七十七條乃至第二百七十九條ヲ削除シタル理由ハ是レ皆手續ニ關スル規定ニシテ多クハ明治二十三年十月三日法律第九十五號非訟事件手續法第四條乃至第九條ノ規定ト相重複セルヲ以テナリ蓋シ右ノ法律ニ未タ足ラサル所ノモノアラハ之ヲ補ヒテ可ナリ何ソ之ヲ民法中ニ規定スルコトヲ要センヤ
第三十一條
(理由)一、旣成法典ニ據レハ失踪ノ宣吿ハ未タ失踪者ヲ死亡シタル者ト看做サシムルノ効力ヲ生セサルモノトセリ是レ佛、伊、蘭(死亡ノ推定 Présomption de décès ナル文字ヲ用ユルト雖モ其効力ニ至リテハ毫モ我カ法典ノ規定ニ異ナルコトナシ)民法、白國民法草案等ノ主義トスル所ニ依レルナリ然リト雖モ一面ハ生者ノ如ク一面ハ死者ノ如キ中間ノ位置ニ在ル者ハ其權利極メテ不確定ニシテ延テ他人ノ權利ニマテ其不確定ノ結果ヲ及ホスニ至ル故ニ獨、澳、瑞、西等ノ諸國ニ傚ヒ失踪者ハ反對ノ證據出ツルマテハ死者ト看做スヲ可トシタルナリ(此ニ援引セル國々ノ法律ニ於テモ或ハ單ニ相續ニ付テノミ失踪者ヲ死者ト視ルモノナキニ非スト雖モ是亦事理ニ合ハス且實際ニ便ナラサルヲ以テ今之ヲ取ラス)
二、旣成法典ニ據レハ人ノ生死ニ付テハ必ス確證ヲ要スルノ主義ヲ執リ失踪者ハ幾分カ死者ニ近キ取扱ヲ受クルト雖モ失踪ノ宣吿前ノ不在者ヲ以テ生者ト看做サス某ノ時ニ生存スル者ニ限リ某ノ權利ヲ有スヘキ場合ニ於テハ寧ロ之ヲ死者ノ如ク取扱フヘキモノトセリ斯クノ如ク失踪ノ宣吿前旣ニ不在者ノ權利ヲ認メス失踪ノ宣吿後猶ホ他ノ利害關係人ノ權利ヲ認メス初メニハ死セルカ如ク後ニハ却テ生ケルカ如ク初メニハ他ノ利害關係人ノ權利ヲ認メテ後ニハ却テ之ヲ認メサルハ甚タ事理ニ合ハス今之ヲ改メテ失踪ノ年限マテハ不在者ヲ生者ト看做シ其後ハ之ヲ死者ト看做シ以テ權利ノ所在ヲ明カニシタリ
三、旣成法典ニハ一タヒ失踪ノ宣吿アルトキハ失踪者ノ亡失又ハ最後音信ノ日ニ於ケル推定相續人其他失踪者ノ死亡ニ因リテ發生スル權利ヲ其財產上ニ有スル者ハ直チニ其財產ヲ占有スルコトヲ得 ルモノトセリ(人二八〇、二項)是レ蓋シ佛、伊(此等ノ國ニ於テハ失踪ノ宣吿カ直チニ右ノ效力ヲ生スルニ非スト雖モ今煩ヲ恐レテ敢テ說カス)蘭等ノ法律及ヒ白國民法草案ノ規定ニ傚ヘルナリ然リト雖モ亡失ノ日又ハ最後音信ノ日ニ其者カ死亡セリト推測スヘキ場合ハ極メテ稀ナルヘシ然ラスンハ何ヲ以テ亡失後又ハ最後音信後數年ヲ待チテ始メテ其失踪ヲ宣吿セシムルカ恰モ亡失後又ハ最後音信後數年ヲ經テ歸來シ又ハ其生存セル證據分明トナルコト多キカ故ニ數年ヲ待チテ始メテ其失踪ヲ宣吿セシムルニ非スヤ然ラハ則チ何レノ時ヲ以テ死亡シタルモノト看做スヘキカ此點ニ關シテハ右ノ佛法ノ主義ノ外澳、西(西國民法ニハ明カニ某ノ日ヲ以テ死亡ノ日ト看做スト曰ハス唯死亡ノ推定ノ判決確定スルトキハ相續開始スヘキコトヲ言ヘルニ因リ少クモ相續ニ付テハ右ノ判決確定ノ日ヲ以テ死亡ノ日ト看做シタルモノト謂ハサルヲ得ス又西國民法ニ於テモ佛、伊等ニ於ケルカ如ク失踪ノ宣吿ハ未タ右ノ效力ヲ生セサルモノトシ其後更ニ死亡ノ推定 Présomption de mort ナルモノヲ宣吿セシムルナリ)「グラウブユンデン」普漏西、巴威爾其他數多ノ獨逸聯邦(Motive zum bürgerlichen Gestezbuch für das Deutsche Reich, I, S.47)ノ法律及ヒ獨逸民法一讀會草案(二一)ノ如ク失踪宣吿ノ日又ハ其宣吿カ確定シタル日ニ死亡シタルモノト看做スアリ又索遜、「ツューリヒ」(「ツューリヒ」ニ於テハ生死不分明ナルコト十五年間ハ仍ホ生者ト看做シ其後十五年間ハ生死全ク不分明ナル者ト看做シ其後ニ至リテ始メテ死者ト看做スナリ)ノ民法及ヒ獨逸民法ニ讀會草案ノ如ク法律ニ定メタル期間滿了ノ日ニ死亡シタルモノト看做スアリ(尚ホ右ノ外公示催吿期間滿了ノ日ヲ以テ死亡ノ日ト看做スノ國アリト雖モ其據ル所極メテ薄弱ナルヲ覺ユルカ故ニ今之ヲ略ス Motive zum bürgerlichen Gestezbuch für das Deutsche Reich, I, S. 49)而シテ此後者最モ正鵠ヲ得タルニ似タリ葢シ裁判所ニ於テ失踪ノ宣吿スルニ當リ苟モ生死不分明ナルコト十年(國々年數ハ同シカラス又改正案ニ於テモ塲合ニ因リ十年ナラサルコトアリ)ニ達スルノ事實アレハ必ス之ヲ宣吿セサルコトヲ得サルナリ故ニ失踪者ヲ以テ死者ト視ルハ其宣吿アルニ因ルト曰フト雖モ其宣吿ハ單ニ法律ニ定メタル事實アルニ因レリト謂ハサルコトヲ得ス是ニ由リテ之ヲ觀レハ其法律ニ定メタル事實ノ生セシ時ヲ以テ死亡ノ時ト見ルハ理ノ當然ナルカ如シ殊ニ失踪ノ宣吿ナルモノハ利害關係人ノ速ニ之ヲ請求スルト否ト又法官ノ其宣吿ヲ怠ルト否トニ因リ其日ヲ同シウセス爲メニ相續其他ノ權利ヲ得ル者ヲ異ニスルカ如キコトアラハ豈ニ之ヲ不公平ト謂ハサルヘケンヤ況ヤ狡猾ナル利害關係人ハ失踪ノ宣吿カ已ニ不利益ナル間ハ力メテ其事實ヲ隱蔽シ已ニ利益アルニ至ルトキハ遽カニ之ヲ請求シ又ハ他人カ之ヲ請求スルニ方リ若シ已ニ不利益ナルトキハ虛僞ノ事證ヲ作爲シテ一時其宣吿ヲ延引セシメ已ニ利益アルヲ待チテ之ヲ宣吿セシムルカ如キ詐欺ヲ行フコトナキヲ保セサルヲヤ或ハ曰ク失踪ノ宣吿ノ效力法律ニ定メタル期間滿了ノ時ニ遡ルトキハ其當時何人カ相續人タルヘキ權利ヲ有セシカ又失踪者ノ終身間享有スヘキ權利ニ付テハ幾年間不當ニ之ヲ享有セシカ等種々煩維ナル問題ヲ惹起スヘシ而シテ事旣ニ數年乃至十數年ノ前ニ係ルトキハ之ヲ調査スルコト極メテ難カルヘシト然リト雖モ此不便ヲ以テ前ノ便益ニ比スレハ利弊相償ヒテ猶ホ餘リアルカ如シ
第三十二條
(理由)一、旣成法典ニハ失踪ノ宣吿ヲ以テ生死ノ分界ヲ示スモノトセサルカ故ニ失踪者カ後日ニ至リ現出シタル塲合ニ付テハ細ニ規定スル所アリト雖モ失踪者ノ死亡シタル時ニ付キ正確ナル音信ヲ得タル塲合ニ關シテハ毫モ直接ニ規定スル所ナシ今失踪ノ宣吿ニ由リテ假ニ死亡ノ時ヲ定ムルカ故ニ若シ失踪者カ之ト異ナリタル時ニ死亡シタル確證ヲ得ルトキハ其事實カ如何ナル效力ヲ失踪者ノ親族上又ハ財產上ノ關係ニ及ホスカヲ規定セサルヘカラス
二、旣成法典ニ於テハ失踪者カ後日ニ至リ現出シタル塲合ニ付キ其現出ノ事實ノミニ因リ失踪ノ宣吿ハ其效力ヲ失フヘキモノトセリト雖モ是レ聊カ不確實タルヲ免レサルヲ以テ本案ニ於テハ特ニ裁判所ノ取消ヲ必要トセリ且旣成法典ハ單ニ財產ニ付テノミ規定シ毫モ親族上ノ關係ニ付テ規定スル所ナシ故ニ人事編第二百八十二條第一項ニ因リ失踪ニ基ケル離婚モ失踪者カ後ニ現出スルト同時ニ其效力ヲ失ヒ其婦人ハ更ニ失踪者ノ妻タル資格ヲ回復シ若シ離婚後旣ニ他人ト再婚シタル場合ニ於テハ其再婚モ亦自ラ無效ニ歸スヘキカ如シ是レ頗ル妥當ヲ缺クノ譏ヲ免レス故ニ本案ニ於テハ切ノ行爲ニ付テ失踪ノ取消其效力ヲ旣往ニ及ホササルヲ原則トシタリ
三、旣成法典ニ據レハ失踪者後日ニ至リ現出シタルトキハ失踪ノ宣吿ニ依リ財產ヲ占有スル者ハ現在ノ儘ニテ其財產ノ元本ヲ返還シ猶ホ旣ニ處分シタル財產ニ付テハ單ニ之ニ由リテ不當ニ取リタル利得ノミヲ返還スヘキモ(人二八二、二項)其果實ニ付テハ生死不分明ナルコト十年ニ及フマテハ必ス其五分ノ一ヲ失踪者ニ返還セサルヘカラス(人二八三)是レ聊カ權衡ヲ得サルモノアルカ如シ故ニ寧ロ元本ト果實トヲ分タス凡ソ占有者カ現ニ利得スル所ノモノハ之ヲ返還スヘク其他ハ一切之ヲ返還スルコトヲ要セスト改メタリ葢シ占有者ハ裁判所ニ於テ不在者ノ失踪ヲ宣吿シタルニ因リ失踪者ヲ以テ死者ナリト信シ其財產ヲ正當ニ獲タリト思惟シ總テ其所有者タルノ考慮ヲ以テ之ヲ處分セシモノト看做ササルコトヲ得ス是レ旣成法典ニ於テモ現在ノ儘ニテ財產ヲ返還シ其旣ニ處分シタルモノニ付テハ之ニ由リテ利得シタルモノノミヲ返還スルヲ以テ足レリトセル所以ナリ若シ然ラハ敢テ元本ト果實トヲ分ツノ理アラサルナリ
四、旣成法典人事編第二百八十四條及ヒ第二百八十七條ノ場合ニ於テハ三十年間又ハ普通ノ時效ノ成就スルマテハ果實ニ關シ第二百八十四條第二項ノ規定アルノ外毫モ占有者ヲ保護セス然リト雖モ一旦失踪ノ宣吿ヲ以テ失踪者ノ死亡ノ時ヲ假定スル以上ハ如何ナル場合ニ於テモ又如何ナル人ニ對シテモ其失踪ノ宣吿ニ因リテ財產ヲ得タル者ヲ保護スルニ非スンハ失踪ノ宣吿ハ却テ其者ヲシテ不虞ノ損害ヲ被ムラシムルノ恐アラン是レ本案ニ於テハ汎ク占有者ヲ保護スル所以ナリ
五、人事編第二百八十四條ニハ財產占有ヲ得タル日ヨリ三十ヶ年間 ハ眞ノ相續人ニ財產ヲ返還スヘキモノトセリ然リト雖モ裁判所ニ於テ失踪ノ宣吿アリタルカ爲メ失踪者ハ其ノ時ニ死亡シタリト信シ正當ニ相續ヲ得タル者ハ必ス善意且正權原ノ占有トセサルヘカラス若シ然ラハ旣成法典ニ據レハ十五年ニシテ時效ヲ得ヘキモノナリ(證一四〇、一項、一四九、三項)若シ又右ノ條件ヲ具備セストスレハ人事編ノ明文ナキモ三十年ヲ以テ時效ヲ得ヘキノミ(證一四〇、二項)故ニ此等ハ一ニ時效ニ關スル規定ニ讓リ玆ニ定メサルヲ以テ可トス
第二章 法人
(理由)本章ニ於テハ法律ノ規定ニ依リテ人格ヲ享クヘキ者ニ關スル規程ヲ揭ク旣成法典ハ人事編第五條ニ於テ只法人ノ成立ハ法律ノ認許ニ依リ其私權ノ亭有ハ法律ノ規定ニ從フヘキノ原則ヲ示スニ止マリ敢テ其成立ノ認許及ヒ私權ノ享有ニ關スル規定ヲ揭ケス蓋シ主トシテ之ヲ商法及ヒ特別法ニ讓リタルモノナリ佛國民法ニ於テハ法人ナルモノノ存在ヲ明記セスシテ只間接ニ之ヲ認ムルニ止マリ(佛五三七乃至五四二、六一九、九一〇、九三七、一七一二、二〇四五、二一二一、二二二七)其他ハ特別法令ノ定ムル所ニ依レリ佛國民法ニ傚ヒタル諸國ノ法典ハ槪ネ皆同一ノ體裁ヲ採用シ來リシカ輓近公共心ノ發達及ヒ經濟上ノ進步ニ因リ法人設立ノ必要大ニ增加シ從テ諸國ノ立法ハ特ニ法人ニ關スル通則ヲ纒括シテ之ヲ民法中ニ揭クルノ主義ヲ採ルニ至レリ現ニ伊國民法ハ佛國民法ニ傚ヒタルニモ拘ハラス其第二條ニ於テ法人ノ存在ヲ明記シ白國民法草案ハ特ニ之カ爲メニ一章ヲ置キ(白草五三一乃至五五五)其他西班牙、瑞西諸聯邦、獨乙諸聯邦ノ民法、北米紐育州及ヒ獨逸帝國民法草案等ニ於テモ皆法人ニ關スル規定ノ爲メ特ニ一章ヲ設ケタリ本案ニ於テハ法人ハ自然人ト相竝ヒテ私權ノ主格タルヲ以テ民法總則中ニ之カ規程ヲ揭クルノ必要ヲ認メ玆ニ其設立、管理、解散及ヒ其私權ノ享有、行使ニ關スル通則ヲ擧ケ之ニ關スル細則及ヒ特種ノ法人ニ關スル規則ノ如キハ之ヲ特別法令ノ規定ニ讓リタリ
法人ニシテ自然人ノ集合體ヨリ成ルモノアリ無主財產ノ集合體ヨリ成ルモノアリ前者ヲ社團法人 トシ後者ヲ財團法人 トス然レトモ本案ニ於テハ獨逸民法草案「ツューリヒ」、「モンテネグロ」ノ民法等ニ於ケルカ如ク敢テ之ヲ各別ニ規定スルコトヲ爲サス蓋シ本章ノ規程ハ兩者ニ共通ナルモノ多キニ居ルヲ以テ之ヲ各別ニ規定スルトキハ徒ラニ條數ヲ增シ動モスレハ重複ニ涉ルノ恐アレハナリ
第一節 法人ノ設立
(理由)本節ニ於テハ法人ノ設立ニ必要ナル條件ヲ定メ併セテ法人ノ權利義務ヲ明カニシ以テ法人設立ノ效果ヲ示セリ
第三十三條
(理由)本條ハ人事編第五條ヲ改正シタルモノナリ抑モ法人ハ自然ノ存在ヲ有スルモノニ非スシテ法律ノ創制ニ係ルモノタルハ古來ノ學說、諸國ノ法制ノ均シク認ムル所ナリ近世ニ至リ往々法人ノ自然存在說ヲ唱フルノ學者アリ又此主義ニ據リテ法律ヲ制定シタル國ナキニ非スト雖モ是レ必竟法人タル資格ヲ受クヘキ團體ノ存在ト其團體ノ受クヘキ法人タル資格トヲ混同シタルモノニシテ其團體ハ或ハ自然ニ存在セリト云フヲ得ヘキモ其團體カ人格ヲ得ルハ之ヲ法律ノ效力ニ歸セサルコトヲ得ス是レ本條ニ於テ仍ホ旣成法典ノ主義ヲ採用シ法律ノ規定ヲ以テ法人成立ノ基礎トシタル所以ナリ
人事編第五條中公私ヲ問ハス ノ文字ヲ省キタルハ之ヲ言フノ必要ナク且民法ニ於テハ公法人ニ關スル規定ヲ揭ケサルヲ以テナリ法律 ヲ改メテ本法又ハ特別法 トセルハ前ニ云ヘル如ク旣成法典ノ主トシテ特別法ニ讓ルノ主義ヲ改メテ玆ニ法人ニ關スル通則ヲ揭ケ同時ニ商法及ヒ特別法ニ依ルノ餘地アルヲ明示センカ爲メナリ認許 ヲ改メテ規定ニ依ル ト爲シタルハ法人設立ノ認許ニ關スル規定ハ次條以下ニ於テ別ニ之ヲ揭クヘク殊ニ認許 ノ文字ハ或ハ一法人ヲ設立スル每ニ一ノ法律ヲ制定スルノ必要アルカヲ疑ハシメ且認許 トハ旣ニ存在スルモノヲ認 ムルノ謂ニシテ法人ノ自然存在說ヲ取リタルモノノ如ク見ユルヲ以テナリ又第五條ノ後半ヲ削リタルハ更ニ第四十五條ニ於テ之ヲ規定スルヲ必要トシタレハナリ
第三十四條
(理由)法人ノ設立ニ關シ諸國ノ法制ノ採ル所ノ主義槪ネ四アリ曰ク國長特許主義 、各法人ノ設立ハ國家主長ノ特許ニ因ルモノトスル是レナリ曰ク法律特許主義 、各法人ノ設立ハ特ニ之カ爲メニ制定シタル法律ニ因ルヘキモノトスル是レナリ曰ク準則主義 、法律ヲ以テ準格ヲ定メ之ニ適合スルモノハ法人タルコトヲ得ルモノトスル是レナリ曰ク自由設立主義 、法人ハ當事者ノ意思ニ因リテ自由ニ之ヲ設立スルコトヲ得ルモノトスル是レナリ此四者各得失アリト雖モ純然タル特許主義ハ中世以來往往諸國ニ行ハレタルモ其狹隘ナルカ爲メニ近世公共心ノ發達竝ニ經濟上ノ進步ニ因リ頗ル其不便ヲ感スルニ至レリ又自由設立主義ハ放任ニ失シテ公益上ノ團體ニ對スル國家ノ保護及ヒ監督ヲ缺クニ至ル故ニ今姑ク準則主義ト特許主義トノ長所ヲ採リ商法ニ於ケル株式會社ノ設立其他社寺、學校、病院等ニ關スル現行法規ヲ參酌シ法人ノ設立ニハ主務官廳ノ許可ヲ要スルモノトセリ
本條ニ於テ祭祀、宗敎、慈善、學問、技藝ヲ列擧シテ其他ヲ略記セルハ單ニ公益ニ關スル社團及ヒ財團ト汎稱スルトキハ其意義稍漠然ニ失スルノ嫌アルヲ以テ獨乙民法草案及ヒ瑞西債務法其他諸國ノ法典ニ往往見ル所ノ例ニ傚ヒ特ニ法人設立ノ目的中最モ普通ナルモノヲ指示スルヲ便利ナリトセンカ故ナリ本條ニ營利ヲ目的トスル團體ヲ除外セルハ別ニ次條ニ於テ之ヲ規定スヘキヲ以テナリ
第三十五條
(理由)旣成法典ニ於テハ數人カ各自ニ配當スヘキ利益ヲ収ムル目的ヲ以テ設立セル團體ヲ民事會社トシ民事會社ハ當事者ノ意思ニ因リテ法人ト爲スコトヲ得ル モノトセリ故ニ人事編第五條ニ於テハ主トシテ特別法ニ依ルノ主義ヲ採リ特ニ營利ヲ目的トスル法人ニ關シテハ自由設立主義ヲ採リタルモノノ如シ財產取得編第十八條ニ依レハ民事會社ヲ法人ト爲ス場合ニ於テハ會社ニ社名ヲ付シ且商事會社ニ關スル規則ニ從ヒ其契約ヲ公示スルコトヲ要スルモノトシ又同編第百二十條ニ依レハ資本ヲ株式ニ分ツトキハ商法ノ規定ニ從フヘキモノトセリ而シテ資本ヲ株式ニ分タサルモノニ對シテハ只法人トナスコトヲ得ヘシト云フニ止マリ其資格權限ニ至リテハ之ヲ契約ニ一任シタルモノノ如シ營利的團體ハ純然タル公益上ノ團體ト其目的ヲ異ニスルカ爲メ自ラ其規定ヲ殊ニセサルヘカラス而シテ本案ニ於テ營利的團體ハ其資本ヲ株式ニ分ツト分タサルトニ拘ハラス苟モ法人ヲ組成セント欲スルトキハ商事會社ノ規定ニ從フヘシトセル理由ハ主トシテ〔一〕其目的ノ商事會社ニ同シク利益ノ收得ニ在ルコト〔二〕法人タルトキハ公益上其事業ノ商事タルト非商事タルトニ拘ハラス均シク保護及ヒ取締ヲ要スルコト〔三〕其設立、解散及ヒ社員間相互ノ關係竝ニ第三者ニ對スル社員ノ權利義務等ニ關シテ必要ナル規定ハ槪ネ商事會社ノ規定ニ同シキコト等ニ在リ但本條ノ規定カ農業、漁業其他ノ非商事團體ニ關スル特別法令ノ效用ヲ妨ケサルヤ固ヨリ論ヲ俟タサルナリ
第三十六條
(理由)法人ハ法律ノ創設ニ因リテ存スルモノナルヲ以テ其法人タル資格ハ只其法律ノ效力ヲ及ホス境域内ニ止マルヘキヤ論ヲ俟タス故ニ一國ノ法人ハ他國ニ於テ當然其人格ヲ保有スルコトヲ得ス且法人設立ノ許否ハ各國ニ於テ主トシテ自國ノ公益ヲ標準トシテ之ヲ定ムルモノナルヲ以テ假令其國ニ於テ公益ニ利アリトシテ設立ヲ許可シタルモノト雖モ他國ニ於テハ公益ニ反スルモノトシテ之ヲ許可セサルコト無シトスヘカラス故ニ若シ多數ノ學者ノ說ヲ採リ外國ニ於テ認許シタル法人ハ當然我邦ニ於テモ其人格ヲ保有スルコトヲ得ヘシトスルトキハ之カ爲メニ我公益ヲ害スルノ虞ナシトスヘカラス是レ葢シ旣成法典ハ槪括ナル原則ヲ揭ケテ法律ハ外國法人ヲ認許セス ト云ヘル所以ナリ
旣成法典ノ執ル所ノ主義ハ能ク法人ノ性質上ヨリ生スル法理ニ適合シタルモノト云フヘシ然レトモ近世各國ノ交通及ヒ貿易ニ關スル狀況ハ此原則ヲ無制限ニ適用スルコトヲ許サス是レ他ナシ現今外國貿易ノ重要ナル部分ハ主トシテ法人ノ事業ニ屬スルヲ以テ若シ一タヒ絕對的ニ右ノ原則ヲ適用スルトキハ外國貿易ハ之カ爲メニ非常ノ障害ヲ蒙ルニ至ラン故ニ泰西諸國ニ於テハ旣ニ數十年前ヨリ右ノ原則ノ不便ヲ覺リ漸ク法律、條約又ハ裁判例ヲ以テ之カ除外例ヲ設ケ現今ニ至リテハ實際上右ノ原則ハ却テ例外タルカ如キ觀ヲ呈スルニ至レリ故ニ本條ニ於テハ法人ハ國外ニ成立ヲ有セサルヲ原則トシ國際關係上又ハ經濟上之ヲ認許スルヲ必要トスル外國法人ハ除外例トシテ之ヲ認許スルコトヲ得ヘシトセリ
然ラハ其除外例ニ屬スル外國法人ノ種類如何曰ク國及ヒ其行政區劃ノ如キハ今日ノ國際關係上之ヲ法人トシテ認ムルヲ通常トシ又我ニ於テ之ヲ認許スルモ敢テ危害アルコトナシ又外國ノ商事會社ハ若シ之ヲ認許セサルトキハ貿易上彼我共ニ非常ノ便ヲ感スヘキヤ必セリ故ニ此ニ種ハ當然人格ヲ有スルモノトシ其他ハ特別ノ立法又ハ條約ニ依ルヘキモノトセリ
認許セラレタル外國法人ニシテ若シ我邦ニ於テ成立セル同種ノ者ノ有スル能ハサル權利ヲ有スルコトヲ得ルモノトスレハ彼ニ厚クシテ却テ我ニ薄キノ嫌アルヲ免カレス是レ彼我ノ權衡其宜ヲ得タルモノト云フコトヲ得ス故ニ本案ニ於テハ認許セラレタル外國法人ハ我邦ニ成立スル同種ノ者ト同一ノ權利ヲ有スルヲ常則トシ法律又ハ條約ニ特別ノ規定アル塲合ヲ除外スルコトトセリ
第三十七條
(理由)定款ハ社團法人ノ成立及ヒ活動ノ基礎タル規程ヲ載スヘキモノナルヲ以テ此種ノ法人ニ關スル最モ重要ナル事項竝ニ疑議ノ生スヘキ虞アル事項ハ豫メ之ヲ定欵中ニ規定セシムルコトヲ要ス本條ニ列記シタル事項以外ノ事ヲ定款中ニ規定スルハ固ヨリ本則ノ妨ケサル所ナリ
第三十八條
(理由)一、定款ハ社團法人ノ基本規程ナルヲ以テ總會ノ權限ハ只定款ノ範圍内ニ於テ存スルモノトス故ニ若シ定款ニ於テ其變更ノ議決權ニ關スル規定ヲ載スルトキハ是レ基本規程カ其變更ノ議決權ヲ總會ニ與ヘタルモノナリト雖モ若シ其規定ナキトキハ總會ニ定款變更ノ議決權ナキハ當然ナリ然レトモ定款中ノ條項ハ業務ノ景況、時勢ノ變遷等ニ因リテ之ヲ改ムルノ必要アルヘキヲ以テ本條ニ於テ豫メ此等ノ場合ニ備ヘンカ爲メニ總會ニ其議決權ヲ與ヘタリ而シテ定款ノ變更ハ事重大ニ涉ルヲ以テ總社員ノ四分三以上ノ同意ヲ要スルヲ穩當ト思惟セリ
二、法人ハ其性質ニ依リ或ハ其社員遠隔ノ地ニ散在スルコトアリ故ニ定款變更ノ如キ重大ノ事件ハ會議ニ出席セサル者ニモ其可否ヲ云フコトヲ得セシムルヲ至當ナリトス是レ會議ニ出席セサル者ニモ書面ヲ以テ其同意ヲ表スルコトヲ得セシムル所以ナリ
三、定款ノ條項ハ設立許可ノ條件ト爲レルヲ以テ若シ擅ニ之ヲ變更スルコトヲ得ルモノトスレハ國家ノ監督權ハ爲メニ有名無實ナルニ至ラン故ニ其變更ハ更ニ主務官廳ノ認可ヲ得ルニ非サレハ效力ヲ有セサルモノトセリ
第三十九條
(理由)財團法人ノ設立ヲ目的トスル寄附行為ヲ以テ寄附ノ目的及ヒ寄附スヘキ財產ノ部分ヲ確定スルノ必要ナルハ言フヲ竢タス又社團法人ニ於テハ社員總會ノ如キ機關アリテ理事選定ノ方法ヲ議定スルコトヲ得ヘシト雖モ財團法人ニ於テハ此ノ如キ機關ヲ缺クヲ以テ其始ニ於テ豫メ之ヲ定メサレハ財團存スルモ之ヲ管理スル者ナキヲ以テ爲メニ其目的ヲ達スルコト能ハサルニ至ラン故ニ寄附行爲ヲ以テ之ヲ定ムヘキモノトセリ
第四十條
(理由)生前處分ニ依ル寄附行爲ヲ以テ法人ヲ設立セントスルトキ若シ其寄附行爲カ前條ニ揭ケタル要件ヲ缺クカ爲メニ無效ト爲リタルトキハ寄附者ハ更ニ寄附行爲ヲ爲スコトヲ得ルヲ常トスト雖モ行爲カ遺言ニ依ル場合及ヒ生前處分ノ場合ニ於テモ寄附者若シ前條ノ要件ヲ定メスシテ死亡スルトキハ其目的及ヒ寄附スヘキ財產ヲ確定セサリシトキ其行爲ヲ無效トスルハ固ヨリ止ムヲ得サルノ事ナルモ若シ理事選任ノ方法ヲ定メサルカ爲メ其寄附行爲ヲ無效トスルトキハ更ニ改メテ其要件ヲ具備スル行爲ヲ爲スコト能ハサルヲ以テ爲メニ寄附者ノ公義心ヲ空シウセサルヘカラス是レ本條ニ於テ除外例ヲ設ケタル所以ナリ
第四十一條
(理由)寄附行爲ハ純然タル單獨行爲ニシテ無形ノ目的ノ爲メニ自己ノ財產ヲ分割シテ新ニ之ニ人格ヲ與ヘントスルモノナルヲ以テ贈與若クハ遺贈ノ場合ニ於ケルカ如ク他人ニ權利ヲ移轉スルモノトハ自ラ其性質ヲ異ニス然レトモ寄附者カ無償ニテ其財產ヲ處分スルノ點ニ於テハ贈與若クハ遺贈ト異ナルコトナク又其寄附行爲カ償權者又ハ相續人ニ及ホス影響ニ付テモ亦敢テ贈與若クハ遺贈ノ場合ト異ナルコトナシ是レ本條ニ於テ其寄附行爲カ生前處分ナルト死後處分ナルトノ區別ニ依リ贈與若クハ遺贈ノ規則ヲ適用スヘキモノトシタル所以ナリ
第四十二條
(理由)法人ハ政府ノ許可ヲ得テ始メテ成立スルモノナルカ故ニ生前處分ヲ以テ寄附行爲ヲ爲シタルトキハ其法人ノ成立スルト同時ニ其財產ハ法人ノ財產ヲ組成スルモノトスルヲ當然トス然レトモ遺言ノ塲合ニ於テハ其許可ヲ申請スル前ニ於テ遺言旣ニ其效力ヲ生スルヲ以テ遺言ニ依ル寄附財團ハ胎兒ニ遺贈ヲ爲シタル塲合ト酷タ相肖タルモノアリ若シ其遺產ハ法人ノ始メテ成立スル時ヨリ其法人ニ移轉スルモノトスルトキハ其以前ニ於ケル果實其他ノ利益ハ悉ク相續人ニ屬スルモノトセサルコトヲ得ス果シテ此ノ如クナラハ獨リ寄附著ノ意思ニ反スルノミナラス又相續人ニ於テモ許可ノ申請ヲ遲延スルノ虞ナシトスヘカラス故ニ今胎兒ノ權利ニ關スル諸國ノ法制ニ倣ヒ又法人ニ關スル二三法典ノ例ニ則リ法人ハ其遺言ノ效力ヲ生シタル時ニ遡リテ其財團ノ利益ヲ收受スルコトヲ得ルモノトセリ
第四十三條
(理由)法人ハ固ト法律ノ創設ニ係リ或目的ノ爲メニ存スルモノナルヲ以テ其權利能力モ法律ノ規定及ヒ其目的ノ範圍内ニ於テノミ存シ其限界以外ニ於テハ法律上ノ存在ヲ有スルコトナシ特別法ニ因リテ特ニ創設セラレタル法人ノ權利義務ハ主トシテ其規定ニ依リテ定マリ一般法若クハ特別法ノ一般規定ニ從ヒテ設立シタル法人ノ權利義務ハ主トシテ其定款若クハ寄附行爲ニ依リテ定マルモノナリ而シテ法人ノ私法上ニ於ケル權利義務ハ財產ニ屬スルモノナルヲ通常トスレトモ特別法ニ因リ或ハ財產以外ノ權利ヲ有シ義務ヲ負フコトナシトスヘカラス故ニ本條ニ於テハ單ニ權利義務ト云ヘリ
中世以來往々法人ノ擬制ヲ不當ニ擴張シ法人ハ自然人ニ均シキ能力ヲ有スルモノナリトシタレトモ近世ニ至リテハ法人ハ限定能力ヲ有シ其能力ハ其設立ノ目的ニ因リテ限界セラルヽモノナリトノ說ハ殆ト疑ヲ容ルヽ者ナキニ至レリ故ニ法人ノ行爲ニシテ其設立ノ目的ノ範圍外ニ在ルモノハ謂ハユル越權行爲 ニシテ(Ultra vires)之ヲ無效トスヘキヤ固ヨリ論ヲ竢タサルナリ
第四十四條
(理由)一、法人ノ行爲能力ハ法律ノ規定ニ因ルモノナリ而シテ法律ハ固ヨリ法人ニ不法行爲ヲ爲スノ能力ヲ與フルモノニ非ス且法人ハ意思ヲ有セサル無形體ナルヲ以テ不法行爲ヲ爲スコト能ハサルモノナリトハ旣ニ羅馬法典(L.15、§1、D.、 de dolo malo、4.3)ノ認ムル所ノ原則ニシテ中古以來多少此原則ノ當否ニ關シテ疑ヲ抱ク者アリト雖モ多數ノ學說及ヒ諸國ノ法制ハ槪ネ此原則ヲ採用セリ然ルニ此原則ノ適用ハ種々ノ弊害ヲ觀ルニ至レリ葢シ法人ノ代理人ニシテ不法行爲アルトキハ其被害者ハ其代理人ヲ訴フルコトヲ得ルモ法人ヲ訴フルコトヲ得サルヲ以テ被害者ハ表面上法律ノ保護アルモ理事又ハ其他ノ代理人ハ法人ニ比シ通常資力少ナキ者ナルカ故ニ實際上不利益ヲ蒙ルノ結果ヲ生シタルヲ以テ近世ニ至リ諸國ノ法制竝ニ裁判例ハ漸ク此原則ヲ排斥スルニ至レリ學者ノ議論ハ未タ一定セスト雖モ立法論トシテハ槪ネ皆法律ヲ以テ特ニ其責任ヲ定ムルヲ至當トスルニ至レリ斯ノ如ク不法行爲ニ關スル法人ノ責任ニ付キテハ疑議ノ存スルモノアルヲ以テ今玆ニ明文ヲ以テ之ヲ確定スルヲ必要トセリ
二、本條ニ於テハ法人ノ代理人ノ行爲ヨリ損害ヲ生シタル塲合ヲ二種ニ分別シ代理人カ其委任セラレタル業務ヲ施行スルニ際シテ過失又ハ懈怠ニ因リテ他人ニ損害ヲ加ヘタルトキハ其業務ハ固ト法人ニ屬スルモノナルニ因リ法人ノ資產ヲ以テ其賠償ニ充ツルヲ最モ穩當ナリトシ之ヲ第一項ニ規定セリ然レトモ代理人カ擅ニ法人ノ目的ノ範圍外ノ行爲ヲ爲シ之カ爲メニ他人ニ損害ヲ加ヘタルトキハ假令法人ノ名ヲ以テシタルトキト雖モ其事業ハ固ト法人ノ業務ニ屬セサルモノナルヲ以テ其行爲ヲ議決シ又ハ之ヲ實行シタル者ノミ其責ニ任スヘキヲ當然トシ之ヲ第二項ニ規定セリ
第四十五條
(理由)一、法人ハ其團體ニ存スル自然ノ性質以外ニ人格ヲ有スルモノナルヲ以テ登記及ヒ公吿アルニ非サレハ公衆ハ其資格ヲ知ルニ由ナシ故ニ假令旣ニ設立シタル法人ト雖モ其公示アルマテハ他人ノ其事實ヲ知ルト否トニ拘ハラス之ニ對シテ法人タル效ヲ生セサルモノトセリ
二、法人ニ關スル登記ノ方法ハ別ニ之ヲ定ムヘキヲ以テ本案ニ於テハ其手續等ニ關スル規則ヲ揭ケス而シテ本文ニ唯登記ヲ受クヘキコトヲ言ヒ敢テ公吿ノ事ヲ言ハサルハ他ナシ當事者ハ單ニ登記ヲ請求スルニ止マリ公吿ハ登記官吏ニ於テ其職務トシテ之カ手續ヲ爲スヘキモノト信スルヲ以テ登記ノ時ヨリ直チニ何人ニ對シテモ法人ノ效力ヲ生セシムルヲ妥當トシタレハナリ
三、法人ノ主タル事務所ハ其業務ノ本據ニンテ其業務ノ施行ニ最モ關係多キ地ナルヲ以テ此地ニ於テ登記ヲ爲サシムルハ其利害關係者ヲ保護スルニ於テ最モ緊要ナリトス是レ第二項ヲ設ケタル所以ナリ
第四十六條
(理由)一、法人ニ登記ヲ要スルハ一ハ法人ノ性質上ヨリ來リ一ハ公益上ヨリ來ル法人ハ固ト有形ノ存在ヲ有セサルモノナルヲ以テ登記ニ由リテ其存在ヲ明確ナラシムルノ必要ハ法人ノ性質上ヨリ來ルモノナリ其性質及ヒ組織ヲ明カニシテ其信用ヲ保持シ併セテ公衆ノ利益ヲ保護スルノ必要ハ公益上ヨリ來ルモノナリ本條ニ列擧シタル登記ヲ受クヘキ事項ハ皆前記ノ目的ニ必要ナル條件ニ外ナラサルナリ
二、登記ヲ受クヘキ事項ハ皆法人ノ存在及ヒ活動ノ要素タリ若シ前ニ公示シタル要素ニシテ變動ヲ受クルコトアルモ登記及ヒ公吿ヲ改ムルコトナクンハ登記ハ事實ト齟齬シ却テ人ヲ欺クノ媒タルコトアルヘシ是レ速ニ之ヲ訂正セシムルコトヲ要スル所以ナリ
第四十七條
(理由)本條ハ第四十五條第一項及ヒ前條第二項ニ揭ケタル登記期間ノ例外ヲ示スモノナリ抑官廳ノ許可ヲ要スル事項ハ其許可アリタル時ヨリ成立スルモノナルヲ以テ其許可ノ日ヨリ登記期間ヲ起算スヘキモノトスルトキハ遠隔ノ地ニ於テハ二週間若クハ一週間ノ短期ハ往々ニシテ許可書ノ到達以前ニ經過スルノ虞ナシトセス是レ本條ノ例外ヲ設クルヲ必要トセシ所以ナリ
第四十八條
(理由)事務所ノ移轉ヲ登記セシムルハ第四十五條ト同一ノ理由ニ基ケリ而シテ新所在地ニ於テハ新ニ法人ヲ設立スルトキト同一ノ登記ヲ爲サシムルハ他ナシ新所在地ニ於テハ始メテ法人ノ設立ヲ登記スルモノナレハナリ又同一ノ登記所ノ管轄區域内ニ於ケル移轉ニ於テハ更ニ其登記事項ヲ改ムルコトヲ要セサルヲ以テ只其移轉ノ事實ノミヲ登記セシムルヲ以テ足レリトス
第四十九條
(理由)外國法人ヲ認許スル場合ハ第三十六條ニ於テ之ヲ限定セリ而シテ同條ノ規定ニ依リテ認許セラレタル外國法人カ日本ニ於テ事務所ヲ設クル場合ハ槪ネ其法人カ永ク日本ニ於テ其事業ヲ營マントスル場合ナルヲ以テ之ニ登記ノ義務ヲ負ハシメ其法人ノ存在及ヒ性質ヲ公示セシムルノ必要アルハ敢テ内國法人ニ異ルコト無シ
第五十條
(理由)法人ノ事務所ハ其活動ノ本據ナルヲ以テ自然人ノ生活ノ本據ヲ其住所ト做スト同一ノ理由ニ基キ之ヲ法人ノ住所ト看做シ民事上住所ニ關スル規則ハ法人ノ性質ノ許ス限リハ之ヲ玆ニ適用スヘキモノトスルヲ至當トセリ本案ニ於テ主タル事務所 ト云ヘルハ數所ニ於テ事務所ヲ設ケタル場合ニ住所ニ關スル疑議ヲ生セサラシメンカ爲メナリ
第五十一條
(理由)法人ニ財產目錄ヲ備ヘシムルハ其財產ヲ鞏固ナラシメ且其濫用ヲ豫防シ傍ラ監督及ヒ證明ノ便ニ供セントスルニ在リ營利ヲ目的トスル法人ハ總テ商事會社ノ規定ニ從フヘキモノトスルヲ以テ商法第三十二條ニ從ヒ財產目錄ヲ備フルノ義務アリ故ニ本條ノ規定ハ專ラ公益ヲ目的トスル法人ニノミ適用ス而シテ社員各自ノ利益ヲ目的トセサル法人ニ於テハ殊ニ其監督ヲ嚴ニシ其財產ノ濫用ヲ防止セサルヘカラス是レ本條ノ規定ヲ要スル所以ナリ
社團ヲシテ社員名簿ヲ作ラシムルハ其組織ヲ明カニセンカタメナリ
第二節 法人ノ管理
(理由)本節ハ法人ノ機關ニ關スル事ヲ規定セリ法人ノ機關ハ之ヲ業務施行ノ機關ト業務監督ノ機關トニ別チ理事 ヲシテ其業務施行ノ任ニ當ラシメ監事 ヲシテ其業務監督ノ事ニ任セシム前者ハ法人ノ法律上ノ代理人ニシテ其常務ノ施行ニ缺クヘカラサル機關ナルヲ以テ必ス之ヲ置クコトヲ要スルモノトシ後者ハ業務ノ監督上必要アル場合ニ於テ之ヲ置クコトヲ得ルモノトセリ又社團法人ニ在リテハ社員ノ合同意思ヲ以テ法人ノ意思ト爲スコトヲ得ヘキヲ以テ社員ノ總會 ヲ以テ法人ノ意思ヲ確定スヘキ最高機關トシ法人ノ業務ヲ指揮監督セシム又主務官廳 ヲ以テ法人ノ最高監督府トシ各法人ヲシテ皆其監督ノ下ニ立タシメ以テ公益保護ノ目的ヲ貫徹セシメンコトヲ謀レリ
第五十二條
(理由)一、法人ハ限定セラレタル權利能力ヲ有スルモノナルモ行爲能力ニ至リテハ全ク之ヲ缺クモノナリ故ニ其權利ヲ行使セントナラハ必ス之カ機關ヲ設ケサルヘカラス而シテ一ノ行爲ヲ爲ス每ニ特別ノ代理人ヲ選任スルカ如キハ獨リ其繁ニ耐ヘサルノミナラス他人ヨリ法人ニ對スル行爲ヲ爲スニ當リ常置ノ代理人ナキトキハ其不便尠カラス又社團法人ニ於テハ或ハ社員ヲ以テ常置代理人ト爲スコトヲ得ヘシト雖モ通常其人員ノ多キカ爲メニ或ハ事務ノ統一ヲ缺キ或ハ事業ノ澁滯ヲ來スノ不便アルヲ免レサルヲ以テ前記ノ二法ハ共ニ適當ナル方法ト稱スヘカラス是レ法人ニハ必ス常置ノ行爲機關ヲ設クルコトヲ要スル所以ナリ
二、理事ハ法人ノ事業ノ性質ニ依リ或ハ一人ナルヲ便利ナリトシ或ハ數人ナルヲ必要トスルコトアルヘキモ理事ノ代理權ハ通常總括代理ナルヲ以テ假令數人ノ理事アル場合ト雖モ一體ノ代理人ニシテ各理事ハ其全體ノ議決ニ依リテ動クヘキモノナリ且一箇ノ法人ニ數箇ノ總理代人アルコトヲ許ササルナリ但本條ノ規定カ特別法令ニ依リ法人ニ特別ノ代理人アル場合ヲ含マサルハ固ヨリ言フヲ竢タサルナリ
三、理事數人アル場合ニ於テハ其業務ノ取扱ニ關シ理事中意見ヲ異ニスルコト屢之アルヘキヲ以テ今玆ニ之ヲ決定スルノ方法ヲ定メサルヘカラス而シテ若シ其決定ハ理事總員ノ同意ニ依ルヘキモノトスルトキハ一ノ事務ニ付キ一人之ヲ非トスレハ他ノ理事盡ク之ヲ是トスルモ之ヲ決行スルコトヲ得サルカ如キ不便アルヲ以テ通常ニ行ハルル團體ノ意思決定ノ方法ニ從ヒ多數決ニ依ルノ外他ニ適當ナル方法アルヲ見ス現ニ獨乙民法第一讀會草案(四四)ニ於テハ總員ノ同意ヲ要スルヲ通則トセシモ第二讀會草案(二七)ニ於テ之ヲ改メテ多數決ノ方法ヲ採ルニ至リシハ蓋シ此理由ニ基キシモノナリ而シテ理事總員ノ同意ヲ要スヘキ場合或ハ各理事カ業務ヲ分擔シ理事全體ノ議決ヲ要セサル場合等ノ如キハ定款ヲ以テ之ヲ本條ノ規定ヨリ除外スルノ餘地アルヲ以テ多數決ノ議定法ハ敢テ實際ニ不都合ヲ生スルノ虞アラサルナリ
第五十三條
(理由)理事ハ法人ノ法律上ノ代理人ニシテ其權限ハ總括代理ナルヲ常則トスルヲ以テ苟モ其本人タル法人ニ屬スル權利ハ盡ク之ヲ行使スルコトヲ得ルモノトス然レトモ其代理行爲ハ定款ノ規定、寄附行爲ノ趣旨又ハ總會ノ決議ニ依リテ制限セラルルコトアリ此場合ニ於テ理事ハ其總理代人タルノ故ヲ以テ其制限ニ服セサルコトヲ主張スルヲ得ス是レ但書ノ規定ヲ要スル所以ナリ
第五十四條
(理由)法人ハ本來無能力者ナルヲ以テ理事ノ代理權ハ其法人ノ目的ノ範圍内ニ於ケル行爲ニ付テハ無制限ナルヲ本則トスヘキモノナリ故ニ若シ定款ノ規定、寄附行爲又ハ總會ノ議決ヲ以テ或種類ノ行爲ヲ禁止シ又ハ或行爲ヲ爲スノ條件若クハ方法ヲ定ムルカ如キ制限ヲ設クルコトアルトキハ其制限ハ前條ニ規定セルカ如ク固ヨリ議事ヲ覊束スヘキモノナリト雖モ第三者ニハ其効力ヲ及ホスヘキモノニ非ス故ニ近世諸國ニ於テハ之ニ關シ種々ノ規定ヲ設ケタリト雖モ要スルニ次ノ三種ノ一ニ出テサルモノノ如シ或ハ(一)其制限ヲ登記セシメ第三者ニ對シ總テ之ヲ有效ナリトスルモノアリ或ハ(二)取引ノ安全ヲ圖リ第三者ヲ保護センカ爲メニ其制限ハ全ク無效ナリトスルモノアリ又或ハ(三)其當事者ノ善意惡意ヲ區別シ其制限アルヲ知ラスシテ取引ヲ爲シタル者卽チ善意者ニ對シテハ之ヲ無效トシ其制限アルヲ知テ取引ヲ爲シタル者卽チ惡意者ニ對シテハ之ヲ有效トスルモノアリ前擧三種ノ規定中第一種ノ如キ規定ニ依レハ法人ト取引ヲ爲サントスルトキハ登記ヲ檢閲スルノ必要アルカ如キ煩アリ又此煩ヲ厭フノ第三者ハ爲メニ損失ヲ被ムルノ危險アルヲ以テ法人ノ保護ニ厚クシテ第三者ノ保護ニ薄キノ弊アリ又第二種ノ規定ニハ定款ノ規定、寄附行爲又ハ總會ノ議決ト雖モ理事ノ擅恣ヲ制シ代理權ノ行用ヲシテ其適度ヲ得セシムルコト能ハサルヲ以テ第三者ノ保護ニ厚クシテ法人ノ保護ニ薄キモノト云ハサルコトヲ得ス特ニ第三種ノ規定ハ法人ニハ其代理權ニ制限ヲ加フルコトヲ許スト雖モ之ニ由リテ善意者ヲ害スルコトヲ得サルモノナルヲ以テ最モ衡平ヲ得タルモノト稱スルコトヲ得ヘシ是レ本案ニ於テ第三種ノ規定ヲ採リシ所以ナリ
第五十五條
(理由)前二條ニ於テ述ヘタル如ク理事ノ權限ハ包括的ノモノナルヲ以テ其委任事件ニ屬スル代理行爲ヲ悉ク自ラ取扱フノ難事タルヤ論ヲ竢タス然レトモ獨乙民法草案ノ如ク理事ノ外ニ特別ノ代理人ヲ置クコトヲ得ルモノトスレハ法人ノ代理權一途ニ歸セス第三者ニ對シテハ始ト理事ノ代理權制限ト同一ノ結果ヲ生スヘキヲ以テ本案ニ於テハ復代理ニ關スル規定ニ從ヒ理事ニ他人ヲシテ自己ニ代ハリテ特定ノ行爲 ヲ爲サシムルコトヲ許セリ唯之ヲ代理ノ部ニ讓ラスシテ玆ニ揭クル所以ノモノハ復代理ニ關スル規定ニ依レハ委任事件ノ全部 又ハ一分 ヲ代理セシムルヲ得ヘシトスルコトアルヘキモ玆ニハ此ノ如キ包括的ノ復委任ヲ許サスシテ一個又ハ數個ノ行爲ヲ單獨的ニ指定シテ代理セシムルコトヲ許スニ止マルヲ以テナリ
第五十六條
(理由)理事ノ死亡、辭任、解任其他ノ原因ニ依リ理事中ニ缺員ヲ生シ又ハ理事全ク缺亡シタル場合ニ於テ其後任者ヲ選任スルニハ前條ノ規定ニ依リ定款又ハ寄附行爲ニ定メタル手續ヲ踐ムヘキヲ以テ或ハ直チニ其人ヲ得難ク爲メニ其選任ヲ遷延スルコトナシトセス此場合ニ於テ法人又ハ他人ニシテ一定ノ期間内ニ爲スヘキ行爲アルモ理事ヲ缺クカ爲メニ之ヲ爲スコト能ハサルカ如キコトアルヘキヲ以テ本條ニ於テハ此ノ如キ場合ニ於テ不都合ヲ生セサラシメンカ爲メニ利害關係人又ハ檢事ハ假管理人ノ選任ヲ請求スルコトヲ得ルモノトセリ
第五十七條
(理由)本條ハ專ラ法人ト理事トノ間ニ利益ノ牴觸アル場合ニ於テ理事ノ權力濫用ヲ防止センカ爲メニ設ケタルモノナリ抑代理人カ自己ノ資格ヲ以テ其委任者ト取引ヲ爲スハ固ヨリ法律ノ禁セサル所ナリト雖モ法人ノ場合ニ於テハ其本人タル者全ク意思ヲ缺ケルヲ以テ其利益ノ相反スル場合ニ於テ理事ハ一方ニ在リテハ法人ノ相手方タリ又一方ニ在リテハ法人ノ代理人ト爲リ一身主客ノ位地ヲ兼ヌルカ如キハ最モ忌避スヘキノ事タリ故ニ玆ニ之ヲ禁止シ特別管理人ヲ以テ之ニ代ハラシムルコトトセリ葢シ法人ハ之ニ依リテ其取引ノ安全ヲ得理事ハ之ニ依リテ嫌疑ヲ免レ充分ニ自己ノ權利ヲ主張シ得ヘキヲ以テ此規定ニ依リテ法人、理事共ニ其便益ヲ受クルモノト謂フヘシ
第五十八條
(理由)理事ノ職務ハ頗ル廣濶ニシテ或ハ擅橫ノ弊ナキコトヲ保セサルニ法人ハ固ト意思ヲ有セサルモノナルヲ以テ自ラ其業務ノ施行ヲ監督スルコト能ハス且營利ヲ目的トセサル社團法人ニ於テハ社員ハ動モスレハ理事ヲ信任シテ自ラ其業務ヲ監督スルコト少ク殊ニ財團法人ニ於テハ屢其業務ノ施行ヲ監督スヘキ者ナキコトアルヲ以テ必要ナル場合ニ於テハ定款、寄附行爲又ハ總會ノ決議ヲ以テ監事ヲ置クコトヲ得ルモノトセリ而シテ之ヲ定款、寄附行爲又ハ總會ノ議決ニ一任セスシテ特ニ之ヲ規定スル所以ノモノハ法律上ノ代理人タル理事ノ職務ヲ監督スヘキ重任ヲ負フ者ヲ私設ノ役員トセスシテ之ニ法律上ノ位置ヲ與フルヲ適當ト認メタルヲ以テナリ
第五十九條
(理由)一、本條ハ監事ノ職務ヲ規定シ之ヲ分チテ財產ノ監査及ヒ業務施行ノ監査トセリ而シテ單ニ之ヲ監視、檢査ニ止ムル所以ノモノハ監事ノ職務ト理事ノ職務トノ分界ヲ明カニシ互ニ相牴觸スルコト勿ラシメンカ爲メナリ
二、監事若シ財產ノ現况又ハ業務ノ施行ニ不整ノ事アルヲ發見スルモ自ラ之ヲ整理スル職權ヲ有セスシテ單ニ之ヲ總會又ハ主務官廳ニ報吿スル責ヲ有スルニ止マルノ理由亦前項ニ同シ
第六十條
(理由)社團法人ノ社員ハ平常其業務ヲ理事ニ一任スルモノナルヲ以テ其業務施行ノ報吿及ヒ監事ノ報吿ヲ受ケ其他重要ノ事項ニ付キ議定ヲ爲サンカ爲メニ社員ノ總會ヲ開クヲ必要トス故ニ理事ニ負ハシムルニ少クトモ每年一囘之ヲ開クノ義務ヲ以テシタリ
第六十一條
(理由)一、社團法人ハ定期ノ通常總會以外ニ於テ臨時ニ議定又ハ報吿スヘキ事項ノ爲メ總會ヲ開クヲ要スルコトアルヘキヲ以テ本條ニ於テ理事ニ臨時總會ヲ招集スル職權アルモノトセリ
二、總會ハ法人ノ事務ヲ議定スル最高機關ニシテ理事ト雖モ其決議ニ依リテ覊束セラルヘキモノナルヲ以テ其招集ヲ理事ノ隨意ニ任シテ他ヨリ之ヲ促スコトヲ得サルモノトスレハ臨時緊急ノ場合ニ於テ社員カ其開會ヲ欲スルトキト雖モ理事之ニ同意スルニ非サレハ開會スルコトヲ得サルノ不都合ヲ生スルコトアルヘシ殊ニ理事ノ意見ニ反スル事項ヲ議定セントスル場合ニ於テハ到底開會ノ途ナカルヘキヲ以テ玆ニ定數以上ノ社員カ必要又ハ有益ト認メタルトキハ其招集ヲ請求スルコトヲ得ルモノトシ且理事ニ負ハシムルニ招集ノ義務ヲ以テシタリ
三、定數ヲ五分一トセルハ商法ノ規定ニ倣ヘルナリ然レトモ社團ノ種類、事業ノ性質、社員ノ多寡等ニ依リ若シ之ヲ不便トスルトキハ定款ヲ以テ別ニ之ヲ定ムルノ餘地ヲ存セリ故ニ本條ハ定款ニ別段ノ定ナキ場合ニ於テノミ之ヲ適用スヘキモノトス
第六十二條
(理由)一、總會招集ノ目的ヲ豫メ會日前ニ通示セシムルハ獨リ社員ニ調査及ヒ考慮ノ時間ヲ與フル爲メノミナラス苟モ多數決ノ主義ヲ執ル集會ニ方テハ此方法ニ依ルヲ以テ最モ至當トス何トナレハ社員ハ其議事ノ性質ニ依リ他ノ要務ヲ措キテモ會議ニ出席スヘキヤ否ヤヲ決スルコトヲ得ヘキヲ以テナリ
二、招集ハ定款ニ定メタル方法ニ從ヒテ之ヲ爲スモノトセルハ社員ノ多寡ニ依リ其通知ノ方法ヲ異ニスルカ如キコトアルヘキヲ以テナリ
第六十三條
(理由)本條ハ社員ノ總會ハ社團法人ノ最高機關タルヲ示シタルモノナリ然レトモ總會ノ議決權ハ固ヨリ定款ノ範圍内ニ於テ存スルモノナルヲ以テ特ニ定款ヲ以テ之ヲ理事其他ノ役員ニ委任シタル事務ハ通常ノ決議ヲ以テ之ヲ變更スルコトヲ得サルモノトセリ
第六十四條
(理由)總會ハ社團法人ノ事務ニ付キ至大ノ權力ヲ有スルモノナリ故ニ若シ豫メ通示セサル事項ニ付テモ決議ヲ爲スコトヲ得ルモノトスレハ理事又ハ社員ハ總會ノ情況ニ依リ不意ニ重要ナル議案ヲ提出シテ反對者ノ不知ノ間ニ於テ之ヲ議定セシムルカ如キ弊ナシトスヘカラス然レトモ若シ商法第百九十九條、普國國法、獨乙商法等ノ規定ノ如ク豫メ通知ヲ爲シタル事項ニ非レハ議決スルコトヲ得ストスルトキハ瑣末ノ事項ト雖モ之ヲ議定スルコトヲ得ス爲メニ或ハ不便ヲ生ズルコトナキヲ期シ難シ然レトモ索遜法ノ如ク法律ヲ以テ通知ヲ要セサル事件ヲ示スモ亦煩雜ニ涉ルノ嫌アルヲ以テ本條但書ニ於テハ定款ヲ以テ除外例ヲ設クルコトヲ得ルモノトセリ
第六十五條
(理由)社員ノ議決權ハ或ハ出資ノ多寡ニ因リ或ハ發起者タルト贊同者タルトノ區別ニ從ヒ等差ヲ立テ或ハ或社員ニ特權ヲ與フル等ノ事アリ又或ハ女子、幼者、罪囚、資金怠納者等ニ議決權ナキモノトスルコトアリト雖モ若シ定款ニ此ノ如キ規定ヲ設ケサルトキハ各社員皆議決權ヲ有シ且其議決權ノ平等ナルヲ以テ最モ穩當ナリトス故ニ本條ニ於テハ表面ニ於テ議決權ノ平等ナルコト竝ニ各社員皆議決權ヲ有スルノ通例ナルコトヲ示シ裏面ニ於テ事情ニ依リ定款ヲ以テ等差ヲ設クルコトヲ得ル旨ヲ示セリ
第六十六條
(理由)法律上ノ行爲ノ當事者間ニハ利益相反スルコトアルヲ通常トスルヲ以テ社員若シ一方ノ當事者タルトキハ之ニ關シテ公平ナル判斷ヲ下スコト能ハサルノ虞アリ且若シ社員ノ多數カ其當事者ナルトキハ其危險殊ニ多シトス故ニ其社員ハ議決權ヲ有セサルモノトセリ
第六十七條
(理由)法人ハ總テ公益ニ關シ其業務ノ景況如何ハ國家ノ治安及ヒ經濟ニ影響ヲ及ホシ公衆ノ利害ニ關係ヲ有スルコト頗ル大ナルヲ以テ行政上ノ監督ヲ要スルモノトス
本條ハ法人ノ設立ニ主務官廳ノ許可ヲ受ケシメ又主務官廳カ許可ノ取消ヲ爲スコトヲ得ルノ條ト照應シテ法人ノ設立ヨリ生スル濫弊ヲ防制スルノ旨意ニ出テタルモノナリ
第三節 解散
(理由)本節ニ於テハ法人解散ノ原因ヲ列敍シ其解散シタル法人ノ財產ノ歸屬スヘキ者ヲ定メ又淸算事務ノ範圍及ヒ淸算人ノ職分ヲ示シ且債權者、債務者及ヒ歸屬權利者ノ保護ニ必要ナル規定ヲ揭ケタリ
第六十八條
(理由)一、本條ハ法人解散ノ場合ヲ列記シタルモノナリ近世諸國ノ民法ニ於テ法人解散ノ原因トスルモノ槪ネ本條ニ揭ケタル六箇ノ事由ニ出テス蓋シ第一項第一號及ヒ第二項第一號ハ法人ノ設立者又ハ其社員ノ意思ニ基キタル解散ノ場合ヲ示シ第一項第二號、第三號及ヒ第二項第二號ハ法人ノ性質又ハ其業務ノ狀况ヨリ生スル自然ノ結果ニ因ル解散ノ場合ヲ示シ第一項第四號ハ國ノ監督權ヨリ生スル解散ノ場合ヲ示シタルモノナリ
二、定款又ハ寄附行爲ヲ以テ定メタル解散事由ハ存立時期ノ經過其他總テ豫メ定款中ニ揭ケタル解散ノ原由ヲ包括ス故ニ第一項第一號及ヒ第二項ノ如キ原因ニシテ若シ定款ニ特別ノ規定アルトキハ之ニ依ルヘキハ論ヲ竢タス
三、社團法人カノ任意ノ解散ヲ爲ス場合ハ次條ニ於テ之ヲ說明スヘシ
四、法人ハ總テ或目的ヲ達スル爲メニ存スルモノナルヲ以テ其目的タル事業ヲ成功シ又ハ法令ノ變更其他世態ノ變遷等ニ因リ其事業ヲ成スコト能ハサルニ至ルトキハ自然ノ結果トシテ解散スヘキモノナリ
五、社團法人ノ社員カ死亡、退社等ニ因リ全ク存在セサルニ至リタルトキハ其法人ノ解散スヘキヤ論ヲ竢タス或ハ社員カ一人ニ減少シタルトキハ社團法人タルノ性質ヲ失フモノナルヲ以テ其法人ハ當然消滅スヘキモノナリトスル者アリト雖モ社團法人ハ總テ或目的ノ爲メニ存スルモノニシテ一旦設立シタル以上ハ全ク社員各自トハ別箇ナル無形人ヲ生スルモノナルヲ以テ法人ノ設立 ニハ數人ノ社員アルコトヲ要スルモノトスルモ其存在 ニハ必スシモ之ヲ要スルモノトスヘカラス故ニ假令其社員ハ漸次減少シテ僅ニ一人ヲ殘スニ至ルモ苟モ其目的タル事業ノ成功ニシテ妨ナキ以上ハ之ヲ解散セシムルノ理由アルヲ見ス故ニ本案ニ於テハ社員ノ全ク存在セサルニ至ルコトヲ以テ解散ノ原因トセリ
六、法人ノ破產及ヒ政府カ其設立ノ許可ヲ取消ス場合ハ別條ニ於テ之ヲ說明ス
第六十九條
(理由)社團法人ハ其社員ノ存セサルニ至リタルトキニ於テ消滅スヘキモノナリトスレハ總社員一致ノ决議ヲ以テ法人ヲ解散スルコトヲ得ヘキハ固ヨリ當然ノ事ナリトス是レ他ナシ其決議ハ總社員ノ退社ニ均シキヲ以テナリ然レトモ社員ノ多數カ其解散ヲ必要ナリト認メタル場合ニ於テ猶ホ强ヒテ其事業ヲ繼續セシメント欲スルモ頗ル困難ナルコト多カラン然レトモ亦一方ニ在リテハ商法ノ規定ノ如ク單ニ株主ノ半數以上ニシテ株金ノ半額以上ヲ代表スルモノ出席シ其議決權ノ過半數ニ依リテ解散スルコトヲ得ルモノトスルハ(商一六四、二項、二〇三)之ヲ公益ヲ目的トスル法人ニ適用セハ些シク輕易ニ失スルノ虞アリ是レ本條ニ於テハ四分三以上ノ多數ノ承諾ヲ要スルモノトセル所以ナリ
第七十條
(理由)公益ヲ目的トスル法人ト營利ヲ目的トスル法人トハ其平素ノ事業ヲ異ニスト雖モ其債務ヲ完濟スルコト能ハサル場合ニ於ケル處置ニ付テハ二者ノ間ニ區別ヲ設クヘキ理由アルヲ觀ス故ニ本法中特ニ其規定ヲ揭ケスシテ破產ニ關スル一般ノ規程ヲ適用スヘキモノトセリ
第七十一條
(理由)一、法律カ特ニ法人ナル擬制ヲ設ケテ無形體ニ權利義務ノ主格タルコトヲ許ス所以ノモノハ其公益ヲ進捗スヘキモノナルヲ以テナリ故ニ苟モ公益ニ反スルコトアルトキハ法人ハ其存在ノ理由ヲ失フモノト謂ハサルコトヲ得ス若シ法人ニシテ慈善、技術等ヲ名トシテ實ハ社員カ私利ヲ營ムノ機關タリ又ハ宗敎、學問等ヲ目的トスルモノニシテ政治上ノ事業ヲ爲シ其他治安ヲ害シ風俗ヲ紊ルカ如キコトアルトキハ國ハ其監督權ニ依リ其許可ヲ取消シ之ヲ解散セシムルコトヲ得ヘキモノトス
二、商事會社及ヒ之ニ准スヘキ營利的法人ノ事業カ公安又ハ風俗ヲ害スヘキ虞アルトキハ商法ノ規定ニ依リ裁判所ノ命令ヲ以テ之ヲ解散セシムルコトヲ得ヘキモノナリト雖モ本法ニ依ルヘキ法人ハ主トシテ行政ノ管轄ニ屬スル事業ヲ目的トスルモノナルヲ以テ諸國ノ法制ノ多ク執ル所ノ主義ニ隨ヒ之ヲ主務行政官廳ノ職權内ニ屬セシメタリ
第七十二條
(理由)法人ハ自然人ノ如ク相續人ヲ有スル者ニ非ス且遺言ヲ爲ス能力ヲモ有セサルモノナルヲ以テ其解散ノ場合ニ於ケル遺產ノ處分ハ特ニ法律ヲ以テ之ヲ規定セサルヘカラス本案ニ於テハ法人創立者ノ意思ニ基キテ遺產歸屬ノ順位ヲ定ムルノ主義ヲ採リ 第一ニ定款ノ規定ニ依リ指定セラレタル人ヲ歸屬權利者トシ次ニ其法人ノ目的ト類似セル目的ノ爲メニ其遺產ヲ處分スルコトヲ許シ終リニ國庫ニ歸屬スヘキモノトセリ
一、法人ノ創立者カ定款中ニ歸屬權利者ヲ指定シ又ハ之ヲ指定スル方法ヲ定ムルトキハ法人ノ遺產ハ其者ニ歸屬スルヲ當然トス是レ他ナシ法人ノ創立者カ創立行爲ヲ以テ或公益事業ノ存續期間ハ自己ノ財產ヲ其目的ニ供シ其事業ノ廢止シタル後ハ之ヲ豫定ノ人ニ與ヘントスル意思ヲ表シタルトキ法律カ之ニ效力ヲ與フルモ公益上敢テ妨ナキノミナラス此ノ如ク公義心ヲ有スル者ノ意思ヲ保護スルハ公益事業ノ發達ヲ奬勵スルノ一途タレハナリ
二、營利的法人解散ノ場合ニ於テ若シ定款ニ歸屬權利者ヲ定メサルトキハ其遺產ハ創立者若クハ其子孫又ハ社員ニ復歸スルヲ當然トスヘキカ如シト雖モ純然タル公益ヲ目的トスル法人ニ於テハ其創立者又ハ社員ハ各公共ノ利益ノ爲メニ自己ノ財產ヲ義捐シタルモノナルヲ以テ之ヲ其出資者又ハ其子孫ニ還付スルハ却テ其本意ニ背クモノト言ハサルヲ得ス加之若シ法人ノ遺產ヲ創立者又ハ社員ニ分配スルコトヲ得ヘシトスルトキハ或ハ私利ノ爲メニ公益事業ヲ廢止スルカ如キ弊ヲ生スルコトナキヲ保スヘカラス然リト雖モ直チニ其財產ヲ國庫ニ沒入スルモ又創立者ノ意思ニ反スルノ虞アルヲ以テ本案ニ於テハ成ルヘク創立者ノ意思ヲ貫徹セシメンカ爲メニ其遺產ヲ類似ノ目的ノ爲メニ處分スルコトヲ許シ或ハ之ヲ資本トシテ新ニ法人ヲ設立シ或ハ之ヲ公益業事ニ寄附スルコトヲ許スモノトセリ
三、法人ノ財產ハ固ト公益ノ目的ニ供シタルモノナルヲ以テ若シ前二項ニ揭ケタル歸屬權利者ナキトキハ其遺產ヲ國庫ニ收入シテ一般ノ國用ニ供スルハ蓋シ其創立者ノ意思ニ適合スルモノト謂ハサルヘカラス或ハ一地方ノ利益ヲ目的トシタル法人ト一般ノ利益ヲ目的トシタル法人トヲ區別シ前者ノ遺產ハ其地方ニ收入シ後者ノ遺產ハ國庫ニ收入シ且成ルヘク之ヲ其法人ノ目的ト類似セル目的ニ使用スヘキノ規定ヲ設クル國アリト雖モ此ノ如キ規定ハ徒ラニ國庫若クハ地方庫ニ用途指定ノ費目ヲ增シ或ハ煩雜ヲ招クノ虞ナシトセス故ニ恰モ無相續遺產ノ國庫ニ歸屬スル場合ノ如ク無主物、國庫ニ屬スルノ原則ニ據リ之ヲ國庫ニ收入シテ一般ノ國用ニ供スルノ簡ニシテ且創立者ノ意ニ適フノ優レルニ如カサルナリ
第七十三條
(理由)法人ハ解散ニ因リテ消滅スルモノナリ故ニ淸算人ハ固ヨリ法人ノ代理人タル資格ヲ有スルモノニ非スシテ特ニ法律ノ規定ニ依リテ解散シタル法人ノ殘務ヲ整理スルノ職務ヲ有スルモノナリ然レトモ若シ此法理ヲ貫徹セント欲スルトキハ次ニ揭クルカ如キ種々ノ不都合ヲ生スヘキヲ以テ近世諸國ノ立法ハ實際上ノ必要ヨリ本條ノ如キ規定ヲ設クルニ至レリ
一、若シ淸算人ハ其職務上自己ノ資格ヲ以テ淸算ヲ行フモノナリトスレハ解散シタル法人ノ住所ハ旣ニ全ク消滅シタルモノナルヲ以テ住所ニ於テスヘキ債務ノ辨濟ハ法人ノ住所ニ於テセスシテ淸算人ノ住所ニ於テセサルヘカラス又法人ノ普通裁判籍ハ其解散ニ因リテ消滅スルモノナルヲ以テ淸算事務ノ終結ニ至ルマテ之ヲ保績スルコトヲ得ス爲メニ淸算事項ニ係ル訴訟ハ法人ノ裁判籍ニ於テセスシテ淸算人ノ裁判籍ニ於テセサルヘカラス是等ノ場合ニ於テ數人ノ淸算人アルトキハ其不便更ニ大ナリトス
二、社團法人解散ノ場合ニ於テハ其淸算ニ付キ社員ハ利害ノ關係ヲ有スルコト頗ル厚キモノナルヲ以テ社員ノ總會ヲシテ直接ニ淸算ヲ監督セシムルヲ最モ便利ナリトス然レトモ法人旣ニ消滅シタルモノトスルトキハ當然其社員ナルモノ存スルコトナキヲ以テ若シ總會ヲ必要トスルトキハ必ス其法人ヲ存在セルモノト規定セサルヘカラス商法ニ於テハ暗ニ本條ノ主義ヲ採リタリト雖モ之ヲ法文ニ明記セスシテ單ニ淸算人ハ會社ヲ代理スヘキコトヲ言ヒ又總會ノ事ヲ揭ケタルヲ以テ淸算人ハ旣ニ消滅シタル會社ヲ代理シ又旣ニ消滅シタル會社カ總會ヲ開キ決議ヲ爲スコトヲ得ルカ如キ奇觀ヲ呈スルニ至レリ其他淸算人ガ淸算ノ目的ノ爲メニ新ニ取引ヲ爲シ又ハ訴訟行爲ヲ爲スカ如キ場合ニ於テモ自己ノ資格ヲ以テスルモノトスルヨリハ寧ロ法人ノ代理人タル資格ヲ以テスルモノトセンコト能ク實際ニ適合シ且當事者ノ爲メニ便利ナルハ敢テ論ヲ竢タス要スルニ本條ノ規定ハ淸算人ノ行爲ニ關シテ生スヘキ種々ノ疑問ヲ解クノ標凖ト爲リ爲メニ之ニ關スル詳細ノ規定ヲ設クルノ煩ヲ省クノ利アリト信ス
第七十四條
(理由)法人解散スルトキハ理事ハ當然其法律上ノ代理人タル資格ヲ失フヲ以テ法令ニ依リ特ニ之ヲ定メサレハ其殘務ヲ結了スヘキ者ナシ商法ニ於テハ商事會社ノ社員之ヲ選定スヘキモノトスレトモ此規定ハ財團法人ノ解散及ヒ社團法人カ社員ノ缺亡ノ爲メニ解散スル場合ニ適用スヘカラス故ニ法人ノ解散ト共ニ管理人ハ其資格ヲ變シテ直チニ淸算人ト爲ルモノトスルヲ最モ便利ナリトス然レトモ理事或ハ淸算人ノ職務ニ適セサルコトアルヘキヲ以テ本條ニ於テハ定款、寄附行爲又ハ總會ノ議決ニ依リ他人ヲ選定スルノ餘地ヲ存セリ而シテ破產ノ場合ヲ除外セルハ此場合ニ於テハ裁判所カ職務上破產管財人ヲ選任スヘキヲ以テ別ニ淸算人ヲ置ク必要ナキヲ以テナリ
第七十五條
(理由)前條ニ於テ淸算人タルヘキ者ヲ指定シタリト雖モ尚ホ或ハ淸算人ナキ場合ヲ生スルコトナシトスヘカラス例ヘハ社團法人ノ社員缺亡ノ爲メ解散ヲ爲ス場合理事カ淸算人ト爲リタル後死亡シタル場合定款ニ於テ之ニ關スル別段ノ規定ナク且社團ノ總會ニ於テモ其選定ヲ爲ササル場合ノ如キ是レナリ又淸算人ノ亡死、辭任、解任其他ノ原因ニ由リ淸算人全ク缺亡シ又ハ其定數ニ缺員ヲ生シタルトキ第七十三條ノ規定ニ依リ法人ハ尚ホ存續スルモノト看做シ得ヘキヲ以テ其後任者ヲ選任スルコトヲ得ヘシト雖モ財團法人ノ場合又ハ社團法人カ社員ノ缺亡ノ爲メニ解散セル場合等ニ於テハ其後任者ヲ選任スヘキ者ナキコトアリ此ノ如キ場合ニ於テ淸算人缺亡ノ爲メ法人ノ遺產ヲ管理、處分スル者ナキトキハ獨リ債權者、債務者、歸屬權利者等ノ損害ヲ蒙ルヘキノ虞アルノミナラス亦一般ノ經濟上ニ害アルモノト云ハサルヲ得ス是レ本條ニ於テ裁判所ハ自動的又ハ他動的ニ淸算人ヲ選任スル職權ヲ有スルモノトセル所以ナリ
第七十六條
(理由)本條ノ重要ナル事由 トハ淸算人カ其職權ヲ濫用シ其職務ヲ曠廢シ其他職任ニ堪ヘサル重大ノ理由アルヲ言フ是等ノ場合ニ於テハ裁判所ハ其命令ヲ以テ淸算人ヲ解任スルコトヲ得ルモノトセリ而シテ其命令ニ對シ卽時抗吿ヲ爲スコトヲ許シタルハ其事タル淸算人ノ名譽及ヒ法人ノ利害ニ大ナル關係ヲ有スルコトアルヘキヲ以テナリ
裁判所カ職權ヲ以テ 淸算人ノ選任及ヒ解任ヲ爲スコトヲ得ルモノトセルヤ第八十二條ニ依リ裁判所ハ解散及ヒ淸算ノ實况ヲ監視スルノ權アルニ因レルナリ
第七十七條
(理由)一、法人ハ固ト法律ノ擬制ニ依リテ設ケタルモノナルヲ以テ其存立ノ有無ハ登記其他ノ公示法ニ依ルニ非サレハ之ヲ確知スルコト能ハス故ニ其設立ニ登記ヲ要スルカ如ク其解散モ亦登記ヲ要スヘキモノトセリ
二、商法ニ於テハ會社解散ノ登記ヲ受クルヲ以テ會社ノ取締役ノ任トシ淸算人ノ職務ハ登記ノ時ヨリ始マルモノトセリ然レトモ登記ヲ受クルハ法人解散後ノ事務ニ屬スルモノナルヲ以テ之ヲ淸算人ノ任トスルヲ適當トス殊ニ社團法人ノ社員存在セサルニ至リテ解散スル塲合ニ於ケルカ如キハ之ヲ理事ノ職務トスルコト能ハサルナリ
三、本條ヨリ破產ノ塲合ヲ除外セルハ其公示ハ破產法ノ規定ニ從フヘキモノナルヲ以テナリ登記ノ期間ヲ七日内トセルハ其速カナランコトヲ欲シテナリ
四、解散ノ原因ハ解散ノ事實ヲ明カニシ解散ノ年月日ハ淸算事務ノ開始、權利ノ移屬等ノ時ヲ明カニシ淸算人ノ氏名、住所ハ殘務ヲ處理スル人ヲ明カニスルモノナルヲ以テ皆之ヲ登記ノ必要事項トセリ主務官廳ニ屆出ヲ爲サシムルハ法人ハ固ト主務官廳ノ許可ニ由リテ設立シ其監督ニ屬スルモノナルヲ以テナリ
第七十八條
(理由)一、本條ニ於テハ淸算事務ニ屬スル事項ノ範圍ヲ定メ第一項ニ於テハ淸算人ノ職務ヲ揭ケ第二項ニ於テハ其職權ヲ揭ク抑淸算人ハ法人ノ終局事務ヲ整理スヘキモノナルヲ以テ旣ニ著手シタル法人ノ事務ヲ結了シ其債權ヲ取立テ其債務ヲ辨濟シ其殘餘財產ヲ歸屬權利者ニ引渡スヲ以テ其職務トス商法第百三十條其他外國ノ法典中ニ於テハ往々特ニ換價處分ヲ淸算事項ノ一トスルモノアリト雖モ是レ必竟債務ノ辨濟及ヒ分割ノ爲メニ必要ナルコトアル事項ニ過キスシテ之ヲ以テ直チニ淸算事務ニ屬スルモノトスレハ聊カ其當ヲ得ス營利的法人ニ在リテハ其目的固ト金錢上ノ利益ニ在ルヲ以テ或ハ其殘餘財產ヲ賣却シテ其代價ヲ社員ニ分割スルヲ便利ナリトスルコト多カルヘシト雖モ公益ヲ目的トスル法人ニ在リテハ或ハ第七十二條ノ規定ニ依リ其殘餘財產ヲ類似ノ目的ニ寄附スルコトアルヘク又豫メ歸屬權利者ヲ定メタルトキト雖モ營利的法人解散ノ場合ニ於ケル如ク必スシモ其殘餘財產ヲ多數ノ社員ニ分割スルニ非サルヲ以テ之ヲ現狀ノ儘ニテ歸屬權利者ニ引渡スヘキ場合尠シトセス故ニ本案ニ於テハ換價處分ヲ淸算ノ必要事項中ニ揭ケス若シ之ヲ必要ナリトスルトキハ第二項ノ規定ニ依リテ之ヲ爲スコトヲ得ヘキモノトセリ
二、第二項ハ淸算人ノ職權ヲ槪括的ニ規定シ旣成法典及ヒ商法ノ如ク淸算人ノ職權ヲ列記スルノ方法ニ據ラス總テ第一項ニ揭ケタル職務ニ必要ナルコトハ淸算人之ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ故ニ前ニ擧ケタル換價處分ハ言フヲ俟タス苟モ淸算ノ目的ニ必要ナルトキハ新ニ取引ヲ爲シ又ハ訴訟行爲ヲ爲シ和解契約、仲裁契約ヲ爲スコトヲ得ルカ如キ總テ此條文中ニ包含スルモノトス
第七十九條
(理由)本條ハ淸算事項中債務ノ辨濟ニ必要ナル手續ヲ定メ且債權者ノ利益ヲ保護スルヲ目的トスルモノナリ公吿ノ期間ヲ六十日内トセルハ淸算人ニ財產ノ現況ヲ取調フルノ猶豫ヲ與フルコトヲ要スルヲ以テナリ債權請求ノ申出期間ヲ六十日以上トシ知レタル債權者ニ特別ノ催吿ヲ爲サシムルハ皆債權者ノ利益ヲ保護センカ爲メナリ知レサル償權者カ催吿期間内ニ申出ヲ爲ササルトキ之ヲ淸算ヨリ除斥スルハ三回以上ノ公吿六十日以上ノ催吿期間ヲ以テ債權者ニ充分ノ注意ヲ與ヘタルニモ拘ハラス猶ホ申出ヲ爲ササルトキハ淸算事務徒ラニ遲延ニ涉ルノ虞アルヲ以テ其結了ノ爲メ止ムヲ得サルノ處置ニ出テタルモノナリ
第八十條
(理由)本條ハ前條ノ期間内ニ申出ヲ爲ササル債權者ノ權利ヲ定メタルモノナリ前條ノ規定ハ淸算事務ノ結了ノ爲メ止ムヲ得サルニ出ツルモノナルヲ以テ債權者カ右ノ期間内ニ申出ヲ爲スコトヲ怠リシカ爲メニ全ク其權利ヲ失フモノトスルハ頗ル苛酷ニ失スルモノト言ハサルヲ得ス故ニ本案ニ於テハ申出ヲ怠リタル債權者ハ他ノ債權者竝ニ旣ニ引渡ヲ受ケタル歸屬權利者ニハ讓ラサルコトヲ得サルモ旣ニ他ノ債權者ニ辨濟シ未タ歸屬權利者ニ引渡ササル財產アルトキハ之ニ對シテハ請求ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ
第八十一條
(理由)本條ハ淸算人カ旣ニ淸算ニ著手シタル後法人ノ資力到底其債務ノ全額ヲ辨濟スルニ足ラサルコトヲ發見スルトキハ各債權者ハ其債權ノ全額ノ辨濟ヲ受クルコトヲ得サルカ故ニ尤モ公平ニ其間ニ法人ノ財產ヲ分配スルコトヲ要ス而シテ破產手續ハ此目的ヲ以テ設ケタルモノナルカ故ニ簡易ナル淸算手續ヲ止メテ綿密ナル破產手續ニ依ルヲ以テ至當トシタリ而シテ破產ノ場合ニ於テハ總債權者平等ニ辨濟ヲ受クルヲ通則トスルヲ以テ旣ニ支拂ヲ受ケタル債權者ノミ特別ノ利益ヲ受クルコトヲ得ス故ニ旣ニ支拂ヒタルモノト雖モ之ヲ取戾スコトヲ得ルモノトセリ又此場合ニ於テハ歸屬權利者其遺產ヲ受クヘキ權利ナキヲ以テ旣ニ引渡ヲ爲シタルモノト雖モ亦之ヲ取戾スコトヲ得ルモノトセリ
本條第二項ヲ設ケタル理由ハ他ナシ破產手續ヲ開始スルトキハ必ス破產管財人ナルモノアリ若シ此外ニ淸算人仍ホ存スルトキハ其兩者ノ權限ニ付キ多少ノ疑議ヲ釀スコトナキヲ保セサルノミナラス無用ノ人ヲ置キテ之ニ給料ヲ與フルカ如キハ全ク冗費ト謂ハサコトヲ得サレハレナリ
第八十二條
(理由)法人ノ業務ハ公益ニ關スルヲ以テ第六十七條ノ規定ニ依リ政行宮廳ハ平素其業務ヲ監督スル職權ヲ有スルモノトセリ然レトモ法人解散スルニ至リテハ其業務ヲ停止シ其終局事務ヲ開始スルヲ以テ行政上ノ監督ヲ離レテ司法上ノ監督ヲ受ケシメ裁判所ハ私權保護ノ爲メ之ヲ監督スル職權ヲ有スルモノナリ
第八十三條
(理由)第六十七條ノ規定ニ依リ法人ノ業務ハ行政官廳ノ監督ニ屬スルモノナリ故ニ淸算結了シ法人ノ殘務全ク終局ヲ吿ケタルトキハ之ヲ主務官廳ニ屆出テシムルハ固ヨリ當然ノ事ナリ
第四節 罰則
(理由)法人ノ理事、監事又ハ淸算人ニ於テ本法ノ規定ニ反スル行爲アルトキハ其行爲ハ固ヨリ無效ニシテ且之ニ因リテ他人ニ損害ヲ及ホシタル塲合ニ於テハ之ヲ賠償スルノ責ニ任スヘキヤ言フヲ俟タス然レトモ法人ノ事業タル公益ニ重大ナル關係ヲ有スルモノナルヲ以テ其理事、監事及ヒ淸算人ヲシテ嚴ニ其職分ヲ守ラシメサルヘカラス然ルニ純然タル民事上ノ制裁ノミニテハ未タ充分ニ本章ノ規定ヲ遵守セシムルノ保障ト爲スニ足ラス是レ本章ノ末尾ニ於テ罰則ノ一節ヲ附加シテ法人ノ機關ノ匪行ヲ制止シ以テ其ノ職務ノ厲行ヲ期スルノ必要アル所以ナリ
第八十四條
(理由)本條ハ法人ノ理事、監事又ハ淸算人カ本章ノ規定ニ反シ其職務ヲ怠リタルカ爲メニ公益ヲ害スヘキ塲合ヲ列擧シテ之ニ制裁ヲ附シタルモノナリ而シテ商事會社法ノ罰則ニ於ケル如ク其匪行ヲ數級ニ分チテ其制裁ニ差等ヲ設クルノ主義ヲ採ラスシテ之ヲ一條ニ纒括シテ同等ノ罰ヲ科シタル所以ノモノハ其匪行ノ情狀ニ輕重アリ其公益上ニ及ホスヘキ影響ニ於テモ亦必スシモ豫メ其程度ヲ測知シ得ヘキモノニ非サルヲ以テ强ヒテ其匪行ヲ區別シテ之ニ對スル制裁ニ差等ヲ設クルハ却テ膠柱ノ議アルヘキヲ以テナリ故ニ本條ニ於テハ敢テ其匪行ノ間ニ細微ナル區別ヲ設ケス極メテ其制裁ノ圍ヲ廣クシ其情狀ニ從ヒテ之ヲ處斷スルニ充分ノ餘地ヲ與ヘンコトヲ期セリ
第三章 物
(理由)前二章ニ於テハ私權ノ主格ニ關スル事ヲ規定セリ本章ニ於テハ其權利ノ目的トナルヘキ物 ニ關スル事ヲ規定ス
旣成法典ハ物ノ種別ニ關シテ頗ル細密ナル規定ヲ揭ケタリト雖モ(財產編五以下)其條文煩雜ニ過キ實用極メテ少ナカ如シ本案ニハ成ルヘク其必要ナキ規定ヲ删除シ唯其最モ適用多ク且ツ或ハ疑議ヲ生スヘキモノノミヲ存シ之ニ適當ト信スル所ノ修正ヲ加ヘタリ
財產編第五條ハ物ノ區別ヲ三個ノ原因ニ歸シ物ノ性質、人ノ意思及ヒ法律ノ規定ニ出ツルモノト爲セリ然レトモ是レ全ク何等ノ必要モナキ條規ニシテ却テ法文ノ體裁ヲ失フカ如シ故ニ本案ニハ之ヲ删除セリ
同編第六條ハ物ノ第一ノ區別トシテ有體物 ト無體物 トノ區別ヲ揭ケ且之カ定義ヲ下シタリ然レトモ是亦無益ノ條文タルノミナラス其定義中ニハ往往穩當ナラサル點ナシトセス殊ニ無體物ヲ以テ物權、人權其他ノ權利ヲ謂フモノトシ常ニ物權、人權ノ目的物タルモノトシタルハ甚タ其當ヲ得ス其結果トシテ債權ノ所有權ナルモノヲ認ムルニ至リテハ(取二四、六八)實ニ物權ノ何物タルヲ知ルコト能ハサラシム此ノ如クンハ所謂人權ナルモノハ常ニ物權ノ目的物ニ過キスシテ結局財產編第一條及ヒ第二條ノ原則ト撞著スルニ至ラン本案ハ左ニ揭クル如ク法律上物 トハ單ニ有體物ノミヲ指スコトニ定メタルニ依リ右ノ條文ハ之ヲ删除スルヲ至當ト認メタリ
同編第十六條ニハ「物ハ左ノ如ク之ヲ見ルコトヲ得」ト云ヒ特定物 、定量物 、聚合物 及ヒ包括財產 ノ四種ヲ列記シ且其各種ノ例目ヲ指示セリ然リト雖モ特定物ノ何物タルコトハ別ニ說明ヲ須タスシテ明カナリ定量物ハ特定物ニ對シテ言フノ語ナリト雖モ一個ノ時計、一頭ノ馬ノ如キハ定量物ナル語中ニ含蓄セシメ難キカ如シ故ニ寧ロ明瞭ナル不特定物ナル語ヲ用ユルニ如カス然レトモ斯ノ如キ事ハ敢テ之ヲ法文ニ揭クルヲ必要トセサルナリ聚合物トハ增减シ得ヘキ多少類似ナル物 ヲ謂フモノトセリト雖モ是レ唯行爲ノ性質、當事者ノ意思等ニ依リ特定物ノ聚合セルモノニ付テ特種ノ權利ヲ付與スルニ過キス故ニ便宜上其全體ニ一ノ總括名稱ヲ附スルハ固ヨリ妨ナシト雖モ一名稱ノ之ニ附セルアルカ爲メニ之ヲ特種ノ一物ト視ルハ誤レリ包括財產ハ其性質ヲ言ヘハ權利ト義務トノ聚合體ニシテ塲合ニ因リ法律上之ヲ一體物ノ如ク視ルコトナキニ非スト雖モ是レ其關係法文ノ規定ヨリ生スル結果ニ過キス故ニ物ノ種別トシテ玆ニ之ヲ揭クルハ其當ヲ得ス殊ニ本案ニ於テ物 ト稱スルハ有體物ノミヲ謂フヲ以テ包括財產ヲ物トスルコトヲ得サルハ言フヲ待タサルナリ
同編第十七條ニハ消費物 、不消費物 ノ別ヲ揭クト雖モ其適用極メテ狹ク且ツ其義自ラ明カナルヲ以テ玆ニ其名稱及ヒ定義ヲ揭クルノ必要ヲ見サルナリ
同編第十八條ニハ代替物 、不代替物 ノ別ヲ揭クト雖モ其實特定物、不特定物ノ別ト異ナルナシ特ニ同條ノ規定ハ一ニ當事者ノ意思ノミニ依ルヘキモノトセルカ故ニ毫モ物ノ種別ニ關セサルカ如シ然リト雖モ又羅馬法及ヒ獨逸民法草案ニ於ケル如ク數量尺度ヲ以テ定ムルモノヲ代替物トスルハ全ク當事者ノ意思ヲ度外視シタルノ觀ナキニ非ス余輩ノ所見ヲ以テスレハ代替物トハ同一ノ種類中ニ於テ特別ノ價格ナキ物ニシテ反對ノ意思表示ナキ限ハ數量、尺度及ヒ品等ノ同シキ物ヲ以テ交互代用スルコトヲ得ルモノヲ云フ即チ畢竟ハ當事者ノ意思ニ依リテ定マルヘキモノナリト雖モ又物トシテ一定ノ性質ヲ有スルノ必要ナルコトヲ知ルヘシ然リト雖モ斯ノ如キ事ハ學說ニ之ヲ一任スルヲ可トス法文ニ之ヲ規定スルノ必要ヲ見サルナリ
財產編第十九條ハ可分物 ト不可分物 トノ區別ヲ揭クト雖モ是亦實際無用ノ規定ニシテ凡ソ如何ナル物又ハ如何ナル權利義務カ可分若クハ不可分ナルヤハ到底一々列擧スルコトヲ得ヘキニ非ス且原文ノ如キ例示法ハ本案ノ力メテ取ラサル所ナリ第二編中地役權以下ノ章竝ニ第三編中不可分債務ニ關スル條文等ニ於テ各其規定ヲ揭クヘキヲ以テ原文ハ之ヲ删除スルヲ至當ト信シタリ
同編第二十條ハ物ヲ區別シテ所有ニ屬スルモノ ト所有ニ屬セサルモノ トノ二種トシ所有ニ屬スルモノノ中ニ就キ更ニ公ノ法人ニ屬スル物ヲ分チテ分有 、私有 ノ二種トシ(財二一)其各定義及ヒ例目ヲ示セリ(同二二、二三)又所有ニ屬セサル物トハ無主物 及ヒ公共物 ヲ謂フモノトシ(同二〇、三項)何レモ其定義及ヒ實例ヲ指示セリ(同二四、二五)而シテ第二十六條ニ至リ融通物 ト不融通物 トノ區別ヲ揭ケ公ノ秩序ノ爲メ法律ニ於テ處分ヲ禁シタル物 及ヒ前示公有財產ハ不融通物タルコトヲ記載セリ右數條ノ規定ハ啻ニ其必要ヲ見サルノミナラス民法ヲ以テ行政法ノ範圍ヲ侵シ公法、私法ノ分界ヲ誤リタルモノト謂ハサルヲ得ス蓋シ公ノ法人ニ屬スル物ハ其國用ニ供スルモノタルト否トヲ問ハス總テ公有物ト爲スヲ至當トス民法ノ規定ニ依ルカ爲メ私有物ト爲ルヘキ謂レナシト信ス又第二十二條ニ列記セル公有物ノ如キ擧テ之ヲ不融通物トシテ行政上必要ノ處分ヲ許ササルハ我邦從來ノ慣習ニ悖リ又近世ノ進步セル立法例ニ反スルモノトス凡テ此等ノ條項ハ行政ニ關スル法令ニ定ムヘキモノト信スルヲ以テ本案ニハ之ヲ删除セリ又無主物、國庫ニ屬スルノ規定ノ如キハ(財二三、二項)物權編ニ揭クヘキモノト信スルヲ以テ玆ニハ亦之ヲ省ケリ
同編第二十七條ニハ讓渡スコトヲ得ル物 ト讓渡スコトヲ得サル物 トノ區別ヲ揭ケ第二十八條ニハ時效ニ罹ルコトヲ得ル物ト時效ニ罹ルコトヲ得サル物 トヲ區別シ第二十九條ニハ更ニ物ヲ區別シテ差押フルコトヲ得ル物ト差押フルコトヲ得サル物 ト爲セリ然リト雖モ是レ多クハ權利ノ性質ニ關スルモノニシテ本案ニ所謂物 ノ性質ニ關スルニ非ス且何々ノ物又ハ權利カ果シテ右ニ列擧スル性質ヲ具備スルヤ否ヤハ各編中ノ條規ニ依リ之ヲ知ルコトヲ得ヘク立法者自ラ一定ノ名稱ヲ附シテ此等ノ區別アルコトヲ豫定スルノ必要ナシ若シ夫レ法律ノ條規外ニ一定ノ標凖アリテ以テ一權利ノ時效ニ罹ルコトヲ得ルヤ否ヤ又ハ差押フルコトヲ得ルヤ否ヤ等ヲ決スルコトヲ得ヘキモノトセハ其標準ヲ示シ置クコト或ハ便利ナルヘシト雖モ已ニ斯カル標凖ナキ以上ハ此等ノ區別又ハ例目ヲ揭クルニ於テ何等ノ實益アルヲ見ス若シ又何レノ點ニ於テカ法律上ノ結果ヲ異ニスル故ヲ以テ物ノ種別ヲ揭示セントナラハ登記スヘキ權利ノ目的ト爲ル物ト其目的ト爲ラサル物トアリ抵當ト爲スコトヲ得ル物ト抵當ト爲スコトヲ得サル物トアリ其數實ニ別擧ニ遑アラサルヘシ是レ本案ニ於テ右數條ノ規定ヲ删除シタル所以ナリ
第八十五條
(理由)旣成法典ハ物ニ無體物アリトシ物權人權モ亦常ニ權利ノ目的物タルモノトシタルカ爲メ頗ル奇異ナル結果ヲ生スルニ至レルコトハ已ニ之ヲ述ヘタリ故ニ本案ニ於テハ法律上所謂物 トハ專ラ有體物ノミヲ謂フモノトシ以テ右ノ誤謬ヲ避クルト同時ニ有體物ニ關スル規定ヲ揭クル各條ニ「有體」ナル形容詞ヲ冠スルノ煩ヲ省カント欲セリ此事ハ特ニ一條ヲ設ケテ之ヲ明示スルノ必要ナキカ如シト雖モ物ノ如キ普通ノ用語ニシテ旣成法典ニ於ケルト大ニ異ナリタル意義ヲ以テ之ヲ用ユルカ故ニ此ニ之ヲ明言スルコトト爲セリ
或特別ノ場合ニ於テ無體物タル權利ヲ物ト同一視スルノ必要アルトキハ其關係條文ノ規定ニ依リテ自ラ明カナラシムルコトヲ得ヘキヲ以テ玆ニ通則トシテ之カ規定ヲ揭クルコトヲ要セサルナリ
第八十六條
(理由)不動產 及ヒ動產 ノ區別ノ標凖ニ付テハ各國其法制ヲ一ニセス或ハ佛國其他多數ノ國ノ民法ニ於ケル如ク列擧法ヲ採ルモノアリ或ハ之ニ反シテ獨逸民法草案ニ於ケル如ク不動產ハ土地ナリトシ別ニ物ノ構成分 ナルモノヲ認メ建物又ハ植物ノ如キハ土地ノ構成分又建物ニ定著セル附屬物ハ建物ノ構成分ナリトシ以テ間接ニ此等ノ物ヲ不動產ト爲スノ制ヲ採ルモノアリ旣成法典ハ例示的列擧法ヲ採リ財產編第七條ニ於テ動產及ヒ不動產ノ定義竝ニ其種類ヲ揭ケ次ノ數條ニ於テ其各種ノ不動產及ヒ動產ノ例ヲ列記セリ然リト雖モ是レ必要ナキニ法文ヲ煩雜ナラシムルノミナラス例示ニ過キサルトハ言ヘ或ハ其列擧シタル數ニ漏レタルカ爲メ後日ニ至リ不動產タルヘキ物ヲ動產ト認定スルノ恐ナキコトヲ保セス本案ニ於テハ立法上必要ナキ定義又ハ例示等ハ力メテ之ヲ揭ケサル方針ヲ取ルヲ以テ右數條ノ規定ハ之ヲ削除シ專ラ動產、不動產ヲ識別スルノ標凖ヲ示スニ止ムルコトヲ至當トセリ
旣成法典ニ於テ用方ニ因ル動產 ナルモノヲ認メタルハ(財一二)佛國其他ノ國ノ法典中ニモ未タ嘗テ其例ヲ見サル所ニシテ確タル理由アルニ非ス唯用法ニ因ル不動產ヲ認メタルカ爲メ權衡上名稱ノ同シキ動產アルコトヲ適當トシタルニ過キサルカ如シ
財產編第十二條ニ列記セル用方ニ因ル動產ノ種目中其第一乃至第三ハ土地ニ定著シタルモノニ非サルヲ以テ明文ナキモ前條ノ規定ニ依リ其動產タルコト疑ヲ存セス又第四ノ「取毀ツ爲メニ讓渡シタル建物其他ノ工作物及ヒ收去スル爲メニ讓渡シタル樹木又ハ收穫物」ハ其性質現ニ不動產ナルヲ以テ之ヲ動產ト爲サント欲セハ固ヨリ明文ヲ必要トスヘシト雖モ是等ノ物ノ讓渡ハ通常當事者ノ意思ニ於テ現在不動產ノ儘ニテ之ヲ讓渡スニ非スシテ必竟之ヲ收去スルニ至リ其收去シタル物ヲ讓渡サント欲スルコト多カルヘキヲ以テ特ニ現在ノ不動產ヲ動產ト視ルノ必要ナカルヘシ若シ又當事者ニ於テ不動產ノ儘ニテ之ヲ讓渡スノ意思アルトキハ之ニ不動產ノ規定ヲ適用スルモ敢テ不便ヲ感スルコトナカルヘシ是レ右ノ全條ヲ削除シタル所以ナリ
旣成法典財產編第十條及ヒ第十三條ニハ法律ノ規定ニ因ル不動產 及ヒ動產 ナルモノヲ揭ケ無體物タル權利ニ適用スルニ有體物ニ限ルヘキ動產、不動產ノ區別ヲ以テシタリ是レ一切ノ有體無體ノ物ヲ動產、不動產ノ二種ニ分別スルノ主義ニ據レルモノナリ唯實際ニ於テハ一ノ權利ヲ動產又ハ不動產ト視ルコトノ必要ナル場合ナキニ非スト雖モ此ノ如キ場合ハ各其關係條文ニ於テ之ヲ規定スルコトヲ得ヘキヲ以テ玆ニ一般ニ之ヲ規定スルノ要アルヲ見ス殊ニ法律ノ規定ニ因ル動產 、不動產 ノ語ハ法律ノ規定外ニ動產 、不動產 ナルモノアリテ之ト相對スルカ如キ觀アラシムルノ嫌アルヲ以テ本案ニハ全ク此用語ヲ取ラサルコトトセリ
本條第三項ハ無記名債權ノ性質ニ基ク特例ナリトス蓋シ無記名債權ナルモノハ其證書ヲ所持スルニ非サレハ之ヲ行使スルコトヲ得サルノミナラス其讓渡又ハ質入等ノ如キモ亦證書ノ授受ヲ爲スニ非サレハ其效力ヲ生セサルモノナルカ故ニ無記名債權ト其證書トハ終始離ル可カラサル關係ヲ有シ實際ニ於テハ無記名債權ノ證書ハ無記名債權其者タルカ如キ觀アリトス是レ無記名債權ヲ動產ト看做スノ規定ヲ要スル所以ナリ
第八十七條
(理由)本條第一項ハ旣成法典財產編第十五條ニ修正ヲ加ヘタルモノニシテ用方ニ因ル不動產トシテ同編第九條ニ列擧セル物ヲ以テ必スシモ從物 ト斷定セサル一點ハ最モ原文ト異ナル所ナリ本案ニハ用方ニ因ル不動產ヲ認メサルノミナラス又其名稱ノ下ニ列擧セル各種ノ物ヲ以テ當然從物ト爲サス蓋シ用方ニ因ル不動產ナルモノハ唯法律ニ此種ノ不動產ヲ認メタルノミヲ以テ弊害アルニ非ス乃チ原文第二項ニ於テ之ヲ從物トシ更ニ主物ノ處分ハ從物ノ處分ヲ帶フ トノ規定アルカ爲メ(財四一、二項)往々本邦ノ慣習ニ違ヒ不虞ノ損害ヲ受クル者アルヘキヲ以テナリ故ニ本條ニハ從物ヲ列擧スルコトヲ爲サスシテ唯之ヲ識別スルノ標準ヲ示スニ止メ其適用ニ至リテハ一ニ之ヲ法官ノ認定ニ委ヌルコトトセリ
從物ハ必ス主物ト別個ノモノナルコトヲ要ス本條ニ此要件ヲ明示シタル所以ハ多クノ國ノ法律ニ於テハ仍ホ羅馬法ヲ襲用シ所謂從物(accessio-accesoire)ノ中ニハ果實又ハ添附ヨリ生シタル增加額ノ如キモノヲモ包含スルモノトシ學者亦往々其分界ヲ明示セサルカ爲メ或ハ誤解ノ生センコトヲ恐ルレハナリ蓋シ果實、增加額等ハ物質上ノ結合ニ因リ物ノ一部分ヲ組成スルモノニシテ別ニ一體ヲ成スニ非ス故ニ之ヲ從物トシテ主物ト共ニ處分セラルヘキコトヲ示スハ甚タ其當ヲ得ス尤モ原文ニハ「物カ他ニ附屬セスシテ完全ナル效用ヲ爲スト否トニ從ヒテ云々」トアルヲ以テ主從其物ヲ異ニスルノ必要ナルコト其文面上ニ於テハ疑ヲ生セスト雖モ草案說明書ニ依ルトキハ其所謂從物ノ中ニハ或ハ別個ノ物ニ非サル附屬物ヲモ包含セシムルノ精神ナルカ如キヲ以テ更ニ疑議ヲ生スル恐アリ故ニ本條ハ獨逸民法草案(一草七八九)ニ傚ヒ從タル物トハ一物ヲ構成スル部分ヲ含マサルモノタルコトヲ明示セリ
主從兩物カ同一人ノ所有ニ屬スルノ必要ナルコトヲ明言シタルハ外國ノ法律中ニ多ク其例ヲ見サル所ナリ原文ニモ此要件ヲ揭ケスト雖モ用方ニ因ル不動產ノ規定ヲ揭クルニ當リ「動產ノ所有者カ其 土地又ハ建物云々」(財九)ト明言シタル以上ハ少ナクトモ此種ノ從物ニ付テハ主物ト其所有者ノ同一ナルヲ要スルコト明カナリ此規定アルトキハ例ヘハ土地又ハ建物ノ賃借人又ハ占有者カ其土地又ハ建物ノ利用ニ供スル爲メ之ニ動產ヲ附屬セシメタルモ之カ爲メ其所有權ヲ失フニ至ルコトナキヲ得ヘシト雖モ從物ハ用方ニ因ル不動產ニ限ラス又用方ニ因ル不動產ハ本案ニ於テハ已ニ之ヲ認メサルヲ以テ若シ果シテ右ノ要件ヲ揭クルノ必要アリトスレハ本條ノ外ニ其所ヲ見サルナリ蓋シ法律ニ物ノ主從ヲ定ムルノ必要アルハ卽チ主物ノ處分ハ反對ノ意思ヲ表セサル場合ニ於テハ常ニ從物ノ處分ヲ包含ストノ規定アルカ故ナリ然ルニ若シ從物ノ何タルコトヲ定ムルニ當リ主物ト其所有者ノ同一ナルヘキコトヲ示ササルトキハ或ハ所有者ノ何人タルヲ問ハス一物ノ用ニ供スル爲メ之ニ他ノ一物ヲ附屬セシメタル事實ノミヲ以テ法律上當然之ヲ從物トシ其結果遂ニ主物ト共ニ處分セラレタルモノト解釋スルニ至ルコトナキヲ保セス是レ卽チ本條ニ右ノ要件ヲ明示スルコトヲ必要トシタル所以ナリ
本條第二項ハ財產編第四十一條第二項ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス已ニ本條ニ於テ物ノ主從ノ區別ヲ揭クル以上ハ幷セテ其區別ノ實用ヲ示スコト至當ナルヲ信スルナリ但此規定ハ意思ノ解釋ニ基クモノナルヲ以テ反對ノ意思表示又ハ慣習ヲ容ルヽモノタルコト疑ヲ存セス故ニ原文ノ但書ハ之ヲ削除セリ
主從ノ關係ハ獨リ物ニ付テ存スルノミナラス權利ニ付テモ亦之アリ例ヘハ地役權又ハ債權ノ擔保ノ如キハ從タル權利ナリ然リト雖モ此等ノ權利ニ關スル規定ハ各其條章ニ揭クヘキモノナルヲ以テ敢テ之ヲ本章中ニ揭ケサルナリ
第八十八條
(理由)旣成法典ニハ果實ニ關スル通則ヲ設ケス殊ニ其常ニ事物ノ定義ヲ揭クルニモ拘ハラス果實ノ何タルコトニ至リテハ敢テ之ヲ明示スルコトナシ唯用益權ノ章ニ於テ其取得ニ關スル若干ノ規定ヲ設ケ之ヲ賃貸借及ヒ占有ノ場合ニ適用スヘキモノト爲セリ是レ殆ト佛國民法ノ例ニ傚ヒタルモノナリト雖モ現ニ同國ニ於テハ民法中ニ右ノ通則ナキカ爲メ疑議ヲ生シタリ本案ニ於テハ特ニ總則編ヲ置キ更ニ物ニ關スル通則ヲ揭クル爲メ本章ヲ設ケタルニ由リ玆ニ果實ノ性質ヲ明示スルハ最モ其所ヲ得タルモノト信スルナリ
果實ノ性質ニ付テハ多少議論ナキニ非ス佛國一般ノ學者ハ定期收穫ヲ以テ其要素ト爲スカ如シト雖モ本案ニハ此說ヲ採用セス蓋シ物ノ用方ニ從ヒ其產出物ヲ收穫スルニハ自ラ一定ノ時期ニ於テスルヲ要スルコト多シト雖モ通常果實ト認ムルモノニシテ定期收穫ヲ要セサルモノモ亦尠シトセス故ニ定期收穫ハ通常ノ場合ニ於テ物ノ果實タルコトヲ知ルノ資料タルニ過キス其收穫ノ方法ヲ以テ直ニ其性質ヲ定メントスルハ本末ヲ失フモノト謂ハサルヲ得サルナリ又物ノ元質ヲ耗盡スルコトナキヲ以テ果實ノ一要素ト爲スノ說ナキニ非スト雖モ彼ノ鑛物、石材ノ如キハ其採取ニ因リテ漸次元物ヲ減少スルニモ拘ハラス大率皆之ヲ果實トセリ故ニ本案ニ於テハ獨逸民法草案ノ例ニ倣ヒ物ノ用方ニ從フノミヲ以テ果實ノ要素トセリ
法定ノ果實ナルモノハ物ヨリ直チニ生スル純然タル果實ニ非スト雖モ恰モ果實ニ代ルモノナルヲ以テ旣成法典ハ諸國ノ法律ニ倣ヒ之ヲ一種ノ果實トシ賃借人、占有者等ノ權利ヲ定ムルニ付キ之ヲ眞ノ果實ト同一視セリ本案ニ於テモ便宜上此名稱ヲ採用シ以テ此等ノ者ノ權利ヲ定ムルニ當リ一々其例目ヲ擧示スルノ煩ヲ省クコトトセリ
第八十九條
(理由)果實ハ未タ元物ヨリ分離セサル間ハ其物ノ一部分ニシテ別人ノ所有ト爲ルコトナキハ論ヲ俟タス佛國其他諸國ノ民法ニ特ニ此原則ヲ明記シタルハ贅文ト謂フヘシ然リト雖モ果實ヲ生スル物カ一旦賃借權、占有權等ノ目的ト爲リタル場合ニ於テハ果實ノ取得者ヲ異ニスヘシ其他所有權移轉ノ場合ニ於テモ亦果實ノ取得者ヲ定ムルノ要アリ本條ハ是等ノ場合ニ於テ果實ヲ取得スル方法及ヒ時期ヲ定メタルモノニシテ賃借人、占有者等ニ通用スヘキ規則ナルヲ以テ便宜上此ニ之ヲ揭クルコトトセリ
旣成法典ハ果實取得ノ方法ニ關シテ用益者及ヒ賃借人ト善意ノ占有者トノ間ニ一ノ差別ヲ設ケタリ卽チ用益者及ヒ賃借人ハ自身又ハ代人ニテ土地ヨリ離シタルト事變又ハ盜奪ニ因リテ土地ヨリ離レタルトヲ問ハス一切天然ノ果實ヲ收得スヘシト雖モ(財五二、一二六)善意ノ占有者ハ自身又ハ代人ヲ以テ土地ヨリ離シタルモノニ非サレハ之ヲ取得スルコトヲ得サルモノトセリ(財一九四)而シテ此差別ヲ設ケタル理由ニ至リテハ實ニ之ヲ發見スルニ苦ムナリ起草者ノ說明ニ從ヘハ用益者ハ正當ニ得タル權利ニ依リ果實ヲ取得スト雖モ占有者ハ唯法律ノ恩典ニ依リ之ヲ取得スト云フニ過キス(草案說明書終版一卷三〇四節)然リト雖モ苟モ一定ノ條件ヲ具備セル占有ヨリ生スル權利ヲ以テ一ノ物權トシ(財二)之ニ果實ヲ取得スルノ效力ヲ附スル以上ハ同シク適法ニ得タル權利ノ效力ニシテ用益者其他ノ者ノ權利ト相異ナルヘキ理由ナシ故ニ本案ニ於テハ分離ノ方法ニ付キ果實權利者ノ間ニ差別ヲ設ケサルコトトセリ
法定ノ果實ニ至リテハ其性質上收益者ノ權利ノ繼續スル期間中日割ヲ以テ之ヲ取得スルモノト定ムルヲ至當トス是レ各國ノ法律ニ定ムル所ニシテ又此點ニ於テハ旣成法典ノ規定ヲ改メタルニ非ス唯之ヲ格段ノ場合ニ付テノ規定ト爲サスシテ一般ノ規則ト爲シタルノミ
第四章 法律行爲
第一節 總則
(理由)旣成法典ハ其財產編第二部ニ於テ合意ニ關スル規定ヲ設ケタリト雖モ總テノ法律行爲ニ通用スヘキ規則ヲ設ケス是レ甚タ遺憾トスル所ナリ蓋シ私法上ノ行爲ハ合意ノミニ非ス或ハ寄附行爲ノ如キ何人ニモ對セサル單獨行爲アリ或ハ催吿又ハ追認ノ如キ一定ノ人ニ對スル單獨行爲ニシテ契約ニ於ケル如ク相手方ノ承諾ヲ必要トセサルモノアリ旣成法典ハ固ヨリ此等ノ行爲ノ有效ナルコトヲ認メサルニハ非スト雖モ其通則ノ設ナキニ至リテハ一大缺點ト謂ハサルヲ得ス本案ニ於テハ特ニ總則編ヲ設ケ私權ノ得喪及ヒ行使ニ關スル通則ヲ揭クルコトトシタルニ因リ玆ニ一般ノ法律行爲ニ通用スヘキ規定ヲ載スルハ當然ノ事ト信シタリ
第九十條
(理由)法例第十五條ニ依レハ「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ關スル法律ニ牴觸 シ又ハ其適用ヲ免カレントスル合意又ハ行爲ハ不成立トス」トアリ若シ同條ニ所謂法律トハ刑法其他ノ成文法ノミヲ謂フモノトセハ是レ甚タ不十分ナル規定ト謂ハサルヲ得ス何トナレハ同條ニ揭クル事項ハ盡ク成文法中ニ之ヲ規定セルニ非サレハナリ若シ之ニ反シテ慣習法ヲモ包含スルモノトセハ法文外ニ禁制法ヲ認ムルノ結果ニ至ルノミナラス果シテ同條ニ揭クル如キ事項ヲ網羅セル一定ノ慣習法アルヤ疑フヘシ盖シ普通ノ立法例ニ於テ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ト稱スルモノハ何レモ裁判官ノ認定ニ放任セルモノニ非サルハナシ假令之ニ關スル法律云々ト言フモ畢竟裁判官ノ認定ニ依リ之ヲ判斷スルノ外ナカルヘシ若シ夫レ制限的ニ其種類ノ法律ヲ列擧スルコトヲ得ハ或ハ可ナラント雖モ苟モ然スルコトヲ得サル以上ハ法例第十五條ノ如キ文言ヲ用ユルハ無益又ハ不十分ナル規定タルコトヲ免レサルナリ故ニ本條ニハ旣成法典財產編第三百二十八條但書ノ例ニ傚ヒ直チニ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル行爲 云々ト曰ヒ之ニ關シテ一定ノ法律アルコトヲ不必要トセリ裁判官ハ則チ本條第一項ノ規定ニ依リ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル行爲ナルヤ否ヤヲ認定スルノ職權ヲ得ルモノト謂フヘシ斯クテハ或ハ濫用ノ恐アル如シト雖モ若シ之ヲ恐レテ苛細ノ法文ヲ作ルトキハ法律ハ爲メニ其活用ノ妙ヲ失ヒ終ニ實際ノ要需ニ適セサルニ至ラン
本案ニ於テハ不法ノ行爲ヲ目的トスル意思表示ノ無效ナルコトヲ規定セス是レ蓋シ當然言フヲ俟サル事ト信シタルヲ以テナリ但反對ノ意思表示ニ因リ其適用ヲ避クルコトヲ得ヘキ性質ノ條規ニ反スル行爲ハ固ヨリ不法ノ行爲ニ非サルヲ以テ右ノ原則ノ例外ニ非サルコト敢テ疑ヲ容ルヘカラサルヲ信スルナリ
右ノ理由ニ依リ旣成法典財產編第三百二十二條及ヒ第四百十三條中ノ不法ノ行爲ニ關スル一部分ハ無用ノ規定タルヲ信ス又商法第十五條第一項、第六十七條第一項及ヒ第六十八條ノ規定ノ如キモ之ヲ設クルノ必要アルヲ見ス
第九十一條
(理由)本條ノ規定ハ始ト說明ヲ要セサルモノトス唯別段ノ意思ハ之ヲ表示 (明示又ハ默示ニテ)スヘキコトヲ原則ト爲シタルト旣成法典ニ於ケル如ク各種ノ場合ニ付キ此事ヲ複言スルノ煩ヲ省ク爲メ玆ニハ一括シテ此規定ヲ設ケタルニ過キス而シテ本案ニ於テモ稍疑アリト認メタル場合ニハ特ニ別段ノ意思表示ヲ容ル丶コトヲ明示シ以テ本條ノ趣旨ヲ一貫スルコトヲ計レリ
第九十二條
(理由)本條ハ慣習ノ效力ヲ定メタルモノトス抑モ法典ヲ編纂スルノ目的ハ複雜ナル慣習ニ代フルニ明確ナル法規ヲ以テシ立法ノ統一ヲ計ルニ在リ然リト雖モ公益上ニ害アル慣習ハ別トシ其弊害ナキモノニハ其效力ヲ保タシムルコト我邦今日ノ情況ニ考ヘテ最モ穩當ナルヲ信スルナリ唯當事者ノ意思表示 ナキ場合ニ於テ直チニ慣習ニ從フヘキモノトスルトキハ實際當事者ノ意思ニ反スルコト明ナル場合ニマテ其慣習ヲ有效トスル如キ觀アリテ甚其當ヲ得サルヲ以テ當事者カ慣習ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキニ於テ其慣習ニ從フヘキモノト爲セリ
旣成法典ニハ諸般ノ法律行爲ニ付キ慣習ノ效力ヲ規定セサルヲ以テ其精神明瞭ナラス本案ニ於テハ總則ナル一編ヲ設ケ更ニ一般ノ法律行爲ニ關スル規定ヲ揭クルコトニシタルヲ以テ玆ニ其總則トシテ本條ノ規定ヲ置クハ最モ其處ヲ得タルモノト信スルナリ
第二節 意思表示
(理由)意思ハ法律行爲ノ基本ナリ而シテ表示ナキ意思ハ法律上ノ效力ヲ生セス故ニ本章中意思表示ニ關スル規定ハ總則ニ次キ直チニ之ヲ揭クルヲ以テ當然ノ順序トス
旣成法典財產編第二部ハ合意ノ成立又ハ有效ノ條件トシテ意思及ヒ其表示ニ關スル規定ヲ揭ケタリト雖モ前ニ述ヘタル如ク是レ獨リ合意ノミニ關スル事項ニ非ス但其規定ニシテ一般ノ法律行爲ニ通用スヘキモノハ採テ之ヲ本節中ニ揭ケ其契約ニ特別ナルモノハ之ヲ第三編中ニ編入セント欲スルナリ
財產編第三百七條ハ合意ニ關シテ意思表示ハ明示又ハ默示タルコトヲ得ルノ原則ヲ揭ケ且其明示ノ方法ヲ列擧セリト雖モ斯ノ如キ規定ハ全ク之ヲ設クルノ必要ヲ見ス蓋シ近世ノ立法ハ意思表示ノ方法ヲ限定セサルヲ以テ原則トス而シテ或特別ノ場合ニ於テ一定ノ方法ニ依リ意思ヲ表示スルコトヲ必要トスルトキハ特ニ之ヲ明言スルヲ例トス故ニ右ノ條文ハ之ヲ删除スルコトヲ至當トセリ
第九十三條
(理由)凡ソ意思表示ニ關シテ從來二學說ノ行ハルルアリ曰ク意思主義 曰ク表示主義 是ナリ意思主義トハ表示ナキ意思ト雖モ苟モ其證明ヲ得レハ以テ足レリトシ表示主義トハ意思ナキコト明確ナルモ偏ニ表示スル所ニ據リ以テ其效力ヲ定メント欲セリ本案ニ於テハ此兩極端主義ノ一ニ偏セスシテ意思 ト表示 トノ兩者相須チテ始メテ法律上ノ效力ヲ生スヘキヲ原則トセリ唯實際ノ必要ニ因リ一二ノ例外ヲ設クルニ過キス本條ハ則チ此原則ト例外トヲ包含セルモノナリ
本條ハ意思ヲ表示スル者カ其相手方ニ對シテ眞實ノ意思ヲ隱祕シタル塲合ノ規定ナリ若シ此塲合ニ於テ右ノ原則ヲ適用セハ其意思表示ハ表示アルモ意思ナキカ爲メニ當然無效ナラサルヘカラス旣成法典ハ佛伊民法ニ傚ヒ特別ノ規定ヲ設ケサルヲ以テ一般ノ原則(意思主義)ニ依リ之ヲ無效トセルモノト解釋セサルコトヲ得ス是レ相手方カ表意者ノ眞意ヲ知リタル塲合ニ於テハ然ラサルコトヲ得サル所ナリト雖モ相手方カ表意者ニ欺カレタル塲合ニ於テハ若シ之ヲ有效トセサレハ取引ノ安全鞏固ハ終ニ得テ望ムヘカラサルニ至ラン是レ本條上段ノ規定ヲ必要トシタル所以ナリ但書ハ特ニ相手方ヲ保護スルノ必要ナキ場合ナルヲ以テ本則ニ復ヘルヘキモノトシ以テ本文ノ適用ノ範圍ヲ明ニシタルモノナリ
第九十四條
(理由)本條ハ旣成法典證據編第五十條ヲ修正シタルモノナリ原文ハ佛伊民法ノ例ニ傚反對證書ヲ以テ本證書ノ效力ヲ變更若クハ減却スル塲合ニ付テノミ規定セリト雖モ是レ甚タ狹隘ニ失スルモノト謂ハサルヲ得ス蓋シ意思表示ハ一切ノ方法ヲ以テ之ヲ爲スコトヲ得ヘキヲ原則トス虛僞ノ意思表示ノ如キモ敢テ證書ヲ以テ之ヲ爲スニ限ラス又口頭ニテ之ヲ爲スコトアルヘシ之ニ反對セル内實ノ意思モ又口頭ニテ之ヲ表示スルコトナシトセス而シテ其證書ヲ以テスル場合ト敢テ法理ヲ異ニスヘキ理由ヲ見サルナリ故ニ本案ニ於テハ虛僞ノ意思表示ノ效力如何ヲ以テ證書ニ關スル問題ト爲サス汎ク意思表示ニ關スル事項トシテ此ニ之ヲ規定セリ
虛僞行爲ノ無效ナルコト(少ナクトモ當事者間ニ於テ)ハ普通一般ニ認ムル所ナリ唯其適用ノ範圍ニ付キ各國ノ法規ニ多少相異ナル所アルノミ本條ハ原則トシテハ虛僞ノ意思表示ヲ無效トシ第三者ニシテ善意ナル者ハ特ニ之ヲ保護シ以テ不虞ノ損害ヲ蒙ラサラシメンコトヲ謀レリ但第三者ト雖モ惡意ナル者ハ之ヲ保護スヘキ理由ナキヲ以テ其惡意ヲ證明スルトキハ之ニ其意思表示ノ無效ヲ對抗スルコトヲ得セシムルヲ至當トス是レ現ニ證據編第五十條ニ規定スル所ナリ
證據編第五十條ニハ債權者及ヒ特定承繼人 ト云ヘルヲ本案ニハ單ニ第三者 ト云ヘリ是レ他ナシ本案ニ於テハ當事者及ヒ法律上之ト同一人ト看做スヘキ者ヲ除ク外皆之ヲ第三者ト稱スルヲ可トシタレハナリ尚ホ其詳細ニ至リテハ債權編ニ於テ之ヲ論スヘシ
本條ニ於テハ單ニ虛僞ノ意思表示ノ無效ナルコトヲ規定シ之ニ由リテ隱蔽スルコトアルヘキ他ノ行爲ノ有效ナルヤ無效ナルヤハ敢テ之ヲ玆ニ規定セス蓋シ其隱蔽スル行爲ハ往々法律ニ違反スル目的ヲ有スルカ爲メ無效タルヘキコトアリト雖モ苟モ其目的ニシテ合法ナランニハ唯之ヲ隱蔽セルカ爲メニ必スシモ無效タルヘキニ非ス其有效ト無效トハ一ニ其行爲ニ要スル條件ヲ具備セルト否トニ依リ之ヲ决セサルヘカラス外國ノ立法例中明カニ之ヲ規定スルモノ尠カラスト雖モ(澳九一六、瑞債務法一六、一項、モンテネグロ九一三、獨一草九六、二項、同二草九二、二項)是レ解釋上疑ヲ容レサル所ナリト信スルヲ以テ今之カ明文ヲ揭ケス
第九十五條
(理由)錯誤ノ規定ハ法律行爲ノ成立及ヒ效力ニ關スル至難ノ問題ニシテ諸國ノ法制亦一樣ナラス或ハ旣成法典及ヒ瑞西債務法ノ如ク錯誤ノ爲メ合意ノ無效又ハ取消スコトヲ得ヘキモノト爲ル場合ヲ列擧セルモノアリ或ハ又佛、伊、西諸國ノ民法ノ如ク當然無效ト爲ル場合ハ之ヲ指示セスシテ唯取消スコトヲ得ヘキ場合ノミヲ規定セルモノアリ而モ其立法ノ精神ニ至リテハ何レモ當事者ノ意思ニ重ヲ置キ其主眼トシタル目的物ノ性質ニ付キ錯誤アリタルトキハ合意ノ效力ヲ妨クルモノトセサルハナシ殊ニ獨逸民法草案ノ如キハ全ク錯誤ノ種類ヲ指定セス凡テ錯誤者ニ於テ事態ヲ知リタランニハ意思表示ヲ爲ササリシナラント認ムヘキトキハ其意思表示ハ無效(獨一草九八)又ハ取消シ得ヘキモノ(同二草九四)トセリ然リト雖モ若シ立法上斯ノ如キ主義ヲ採ルニ於テハ常ニ錯誤ニ陷リタルヲ口實トシテ無效又ハ取消ヲ申立ツルノ弊害ヲ生シ裁判官ニ於テモ亦確證ヲ得ルニ困難ナル心情如何ニ基キ意思表示ノ效力ヲ維持スヘキヤ否ヤヲ决セサルヲ得ス其取引ノ安全ト利便トヲ害スルコト蓋シ少ナカラサルヘシ故ニ本案ニ於テハ此主義ヲ採用セスシテ法律行爲ノ要素ニ錯誤アル 場合ニ限リ意思表示ヲ無效ナラシムルモノトセリ蓋シ行爲ノ要素ニ錯誤アルトキハ表意者ノ意中ニ欲スル所ト其表示シタル所ト符合セサルノ尤モ甚シキモノナルヲ以テナリ
旣成法典財產編第三百九條第一項ニ於テ所謂承諾ヲ阻却スル 第一種ノ錯誤トシテ合意ノ性質 ノ錯誤ヲ揭ケタルハ普通ノ學說及ヒ立法例ニ依リタルモノナリト雖モ此種ノ錯誤アル場合ハ卽チ本條ニ規定セル法律行爲ノ要素ニ錯誤アル場合ナルヲ以テ特ニ之ヲ規定スルコトヲ要セス
同項ニ目的 ノ錯誤ヲ以テ亦承諾ヲ阻却スル 錯誤トセリ然レトモ行爲ノ目的ハ常ニ行爲ノ要素ナルヲ以テ之ニ錯誤アレハ即チ行爲ノ要素ニ錯誤アルモノナリ故ニ亦特ニ之ヲ規定スルコトヲ要セス
同項ニ合意ノ原因 ノ錯誤ヲ揭ケタリ然レトモ契約ニ原因ト稱スヘキ特種ノ成立要件アリト云フハ頗ル了解ニ苦シム所ナリ其佛國學者ノ通說ニ原因ト名クルモノハ常ニ契約ヲ爲ス意思ノ合致又ハ其目的ニ外ナラス卽チ何レノ場合ニ於テモ他ノ成立要件ト混同スルモノナリ故ニ所謂合意ノ原因ノ錯誤ハ卽チ本案ノ行爲ノ要素ノ錯誤ニ外ナラス是レ特ニ之ヲ規定セサル所以ナリ
同條第二項ノ本文ヲ削除シタル所以ハ已ニ行爲ノ要素ニ錯誤アル場合ニ限リ意思表示ヲ無效ナラシムルモノトセル以上ハ緣由ノ錯誤ノ爲メ意思表示ノ無效ト爲ラサルコトハ明文ヲ俟タサレハナリ又同項但書ハ詐欺ニ關スル次條ノ規定中ニ包含セシムヘキ場合ナルヲ以テ共ニ之ヲ削除セリ
同條第三項ニ規定セル錯誤ハ或ハ行爲ノ性質ニ因リ本案ニ所謂行爲ノ要素ニ錯誤アルモノトスヘク或ハ其要素ニ關係ナキヲ以テ本案ニハ之ヲ揭ケス
同條第四項ヲ削除シタル所以ハ其錯誤ノ性質タル行爲ノ要素ニ關係ナキヲ以テ敢テ意思表示ノ效力ヲ左右スルニ足ラスト信シタレハナリ蓋シ何レノ國ノ法律ニ於テモ此種ノ錯誤ヲ以テ取消ノ原由ト爲シタル例アルヲ知ラス
財產編第三百十條第一項及ヒ第二項ニ依レハ物ノ品質又ハ品格ニ存スル錯誤カ當事者ノ決意ヲ助成シタルトキハ承諾ノ瑕疵ヲ爲スモノトセリ是レ頗ル其當ヲ得サル規定ト謂ハサルヲ得ス蓋シ此規定ニ從ヘハ凡ソ一物品ヲ買取リタル者ハ唯其品質ニ付キ鑑定ヲ誤リタルヲ理由トシテ賣買ノ取消ヲ求ムルコトヲ得ヘシ若シ夫レ斯ノ如クナレハ其結果タルヤ必ス健訟ノ弊ヲ生シ契約、取引ノ安全ヲ害スルコト少ナシトセス是レ決シテ社會經濟上ノ必要ニ適スルモノニ非サルナリ故ニ立法上ニ於テハ物ノ品質、數量又ハ價格等ハ當事者自ラ其責任ヲ以テ之ヲ鑑定スヘキモノトスルヲ原則トセサルヘカラス若シ當事者ニ於テ特ニ一定ノ品質アルコトヲ必要トセハ相手方ヲシテ特別ノ保證ヲ爲サシムルコトヲ得ヘシ自ラ其利益ヲ保護スルノ方法ヲ有シナカラ單ニ鑑定ヲ誤リタルヲ理由トシテ旣成ノ取引ヲ無效ト爲スコトヲ得ル如キハ甚タ不當ト謂ハサルヲ得ス本條ニ於テハ行爲ノ要素ニ錯誤アル場合ニ限リ意思表示ヲ無效ナラシムルモノトセリ故ニ行爲ノ目的タル物ニ付テハ毫モ錯誤ナク唯其品質等如何ニ付テ錯誤アルモ爲メニ意思表示ノ成立ニ何等ノ影響ヲ及ホササルハ言フヲ待タサルナリ尤モ當事者ニ於テ一定ノ品質ヲ指示シタルニモ拘ハラス其ノ品質ヲ具備セル物ヲ得サリシトキハ其取引タル必スシモ有效ナルニ非ス卽チ斯カル場合ニ於テハ事實ノ如何ニ依リ 或ハ目的ニ錯誤アルカ爲メ無效トナルコトアルヘク或ハ又詐欺ヲ理由トシテ之ヲ取消スコトヲ得ヘシ而シテ其何レノ理由ニモ據ルコトヲ得サル場合ニ於テハ其意思表示ハ固ヨリ有效ナルヘシ故ニ原文ノ如キ規定ナキモ毫モ實際ニ支障ヲ生スルノ虞ナキヲ信スルナリ
同條第三項ヲ削除シタル所以モ亦其規定スル所ノ錯誤ヲ以テ無效又ハ取消ノ原因ト爲スノ價値ナキモノト認メタルカ故ナリ
同條第四項ヲ削除シタル所以ハ別ニ多辯ヲ要セス巳ニ本條ニ於テ意思表示ヲ無效トスル錯誤ノ種類ヲ限定シタル以上ハ同項ニ列擧スル如キ事項ニ付キ錯誤アリタルカ爲メ意思表示ノ效力ニ影響ヲ來スコトナキハ明文ヲ俟タスシテ判然タレハナリ而シテ證據保存ノ爲メトシテ此等誤謬ノ訂正ヲ要求スルコトヲ得ヘキハ又疑ヲ容レサル所ナリ
財產編第三百十一條ハ法律ノ錯誤ニ關スル規定ヲ揭ケ其合意ノ成立又ハ效力ニ影響スル場合ニ付キ事實ノ錯誤ト多少相異ナル所アルコトヲ示セリ然レトモ仔細ニ考フルトキハ全ク兩者ノ間ニ區別ヲ立ツヘキ理由アルヲ發見スルコト能ハス蓋シ法律ノ錯誤ナルモノハ事實ノ錯誤ト混同スルコト屢之アリ從テ本條第一項ニ依リ意思表示ヲ無效トナスコトアルヘク(例ヘハ法律ノ效果ニ因リ債務ノ現ニ存在セサルコトヲ知ラスシテ更改ヲナシタル如キハ原文ニ所謂合意ノ原因ニ存スル法律ノ錯誤ニシテ本案ニ所謂法律行爲ノ要素ニ錯誤アルモノナリ故ニ此場合ニハ本條第一項ニ依リ意思表示其效力ヲ生セサルコトト爲ルヘシ)或ハ又錯誤ニ關係ナキ理由ニ依リ之ヲ無效ト爲スコトアルヘシト雖モ多クハ意思表示ノ效力ニ影響スヘカラサルモノトス己ニ事實ノ錯誤ニテ本條ニ定ムル如ク多クノ國ノ法典ニ於ケルヨリモ逈カニ其效果ヲ生スル塲合ヲ少ナクシタル以上ハ法律ノ錯誤ニ付キ原文ノ如キ汎博ナル規定ヲ存スルノ不可ナルコトハ固ヨリ論ヲ俟タス故ニ今之ヲ删除セリ是レ法律ノ錯誤ニ付キ反對主義ヲ採リタルニ非スシテ畢竟事實ノ錯誤ト其規定ヲ異ニスヘカラサルモノト認メタルヲ以テナリ而シテ本條ニ於テ單ニ錯誤 ト言ヘル以上ハ事實ノ錯誤ト法律ノ錯誤トヲ區別スルノ精神ニ非サルコト疑フヘキニ非サルヲ信スルナリ但同條第二項ニ規定セル宥恕スヘカラサル情狀アルトキハ假令其錯誤カ行爲ノ要素ニ關スルモ本條但書ノ重大ナル過失 アル場合ニ該當スルコト多カルヘキヲ以テ敢テ實際ニ不都合ヲ見ルコトナキヲ信スルナリ
同條末項ニ列擧セル場合ハ其特別ノ規定アルカ爲メ法律ノ錯誤カ行爲ノ效力ニ影響セサルニ非スシテ其錯誤シタル法律ノ性質上錯誤ノ有無ヲ問ハサルモノニ外ナラス故ニ錯誤ニ關スル規定トシテ存スヘキモノニ非サルヲ信スルナリ
本條ノ本文ニ依リ意思表示カ錯誤ノ爲メ無效ナル塲合ニ於テモ若シ表意者ノ過失ヨリ其錯誤ヲ生シ相手方ニ損害ヲ被ラシメタルトキハ賠償ノ責ヲ免カルヘカラサルコト論ヲ俟タス外國ノ法律ニハ特ニ此事ヲ明言セルモノアリト雖モ(瑞債務法二三、獨二草九四)是レ全ク損害賠償ニ關スル原則ノ結果ニ過キサルヲ以テ此ニ其規定ヲ設クルヲ不必要トセリ唯表意者ニ重大ノ過失アリシトキハ表意者自ラ其意思表示ノ無效ヲ主張スルコトヲ得サルモノト爲セリ(獨一草九九)蓋シ損害賠償ナルモノハ當事者ヲシテ十分ノ滿足ヲ得セシムルコト能ハサルヲ以テ錯誤者ニ重大ノ過失アル場合ニ於テハ其意思表示ヲ有效トシ以テ十分ニ其相手方ヲ保護シ由テ以テ取引ノ安全ヲ圖ラント欲シタルナリ
第九十六條
(理由)本條ハ詐欺及ヒ强暴ニ關スル旣成法典財產編第三百十二條乃至第三百十七條ヲ修正シタルモノナリ左ニ先ツ詐欺ニ關スル規定ヲ修正シタル理由ヨリ述ヘントス
財產編第三百十二條第一項ノ規定ヲ設ケタル理由ヲ察スルニ凡ソ一方ニ詐欺アレハ必ス他ノ一方ニ錯誤アリ而シテ其錯誤ノミヲ以テ承諾ヲ阻却シ又ハ其瑕疵ヲ成ストキハ詐欺ニ出テタルト否トヲ問ハス專ラ錯誤ノ爲メ合意ハ無效又ハ取消シ得ヘキモノトス之ニ反シテ合意ノ效力ヲ左右スルニ足ラサル錯誤ハ其詐欺ニ出テタルカ爲メ結果ヲ異ニセス卽チ詐欺其モノハ合意ヲ無效又ハ取消シ得ヘキモノト爲スノ效力ヲ有セスシテ唯損害賠償ノ原因タルニ過キスト云フニ在ルカ如シ
同條第二項ハ則チ此原則ノ適用ヲ揭ケタルモノニ外ナラス又其第三項ノ如キハ實際本條ノ規定ト大ニ相異ナル所ナシト雖モ補償名義 ナル語ヲ加ヘ以テ右ノ原則ニ反セサルノ意ヲ示セリ
然レトモ旣成法典編纂者ノ見ル所ニ從ヒ詐欺ハ直チニ意思表示ノ效力ヲ左右スルモノニ非スシテ之ヨリ發生ンタル錯誤ニ因リ意思表示ノ效ナキニ至ルモノトスルモ現ニ其錯誤ニ因リ意思表示ヲ取消スコトヲ得ルモノトスル以上ハ原文ニ言ヘル如ク補償名義ヲ以テスルニ非サレハ其結果ヲ得ル能ハストスルノ意ヲ解スルニ苦ムナリ蓋シ單純ナル錯誤ノミヲ以テハ意思表示ノ効力ヲ妨クルニ足ラスシテ其詐欺ニ出テタルコトヲ要スルトスルモ畢竟一種ノ錯誤ノ效果ニ外ナラス敢テ此點ニ付キ他ノ錯誤ト其性質ヲ異ニスヘキ謂レナシ假令如何ナル事項ニ付キ錯誤アリタルニモセヨ其詐欺ヨリ發シタルカ爲メ補償名義ニ非サレハ取消ヲ爲スコトヲ得サルモノトスルハ全ク其理由ヲ見サルナリ且夫レ法文ニハ唯取消ヲ爲スコトヲ得ルヤ否ヤヲ定ムヘキノミ取消ノ名義ヲ揭クル如キハ其體裁ヲ得タルモノニ非ス故ニ本條第一項ノ如ク之ヲ修正セリ
尚ホ一ノ原文ヲ修正シタル點ハ右取消ノ規定タル獨リ合意ニノミ適用スヘキモノニ非スシテ總テノ意思表示ニ通用スヘキモノナルヲ以テ本條第一項ノ如ク汎博ナル規定ニ改メ又或人ニ對シテ意思表示ヲ爲シタル場合ニ於テ相手方ニ責ムル所ナキ第三者ノ詐欺ノ爲メ取消ヲ許ササルコトハ第二項ノ規定ヲ以テ之ヲ明カニセリ
前示ノ理由ニ基キ巳ニ原文ノ主意ヲ改ムル以上ハ其第一項及ヒ第二項ノ規定ハ固ヨリ之ヲ存スルコトヲ得ス又其第三項ノ規定中取消ヲ得ル外ニ尚損害アルトキハ其賠償ヲ求ムルコトヲ得 トアルハ普通一般ノ原則ノ適用ニ過キス唯同項但書ノ規定ハ採テ之ヲ本條第三項ニ揭ケタリ
本條第二項ノ場合ニ於テ第三者カ詐欺ヲ行ヒタルモ相手方カ之ヲ知リタルトキハ取消ヲ爲スコトヲ妨ケサルノ規定ハ旣成法典及ヒ其模範トシタル佛、伊等ノ典ニハ之ヲ揭ケスト雖モ其甚タ公平ナルコトヲ信スルヲ以テ瑞西債務法及ヒ獨逸民法草案ノ規定ヲ參酌シ玆ニ之ヲ加ヘタリ
財產編第三百十三條乃至第三百十七條ハ强暴ニ關スル規定ヲ揭ケタリ本條ハ則チ其中ニ於テ第三百十三條第三項ノ規定ノミヲ存シ之ニ修正ヲ加ヘ他ハ總テ之ヲ削除セリ
財產編第三百十三條第一項ハ抵抗スヘカラサル暴力ヲ身體ニ加ヘ以テ其意ニ非サル合意ヲ爲サシメタル場合ヲ規定セリ然レトモ此場合ニ於テ其合意ノ無効ナルコトハ明文ヲ以テ之ヲ爲スコトヲ必要トセス蓋シ此場合ニ於テ其暴行ニ强制セラレテ意思表示ヲ爲シタル者ハ暴行者ノ機械、手足ト爲リタルニ過キス其表示シタル意思ハ決シテ表意者ノ意思ニ非スシテ全ク暴行者ノ意思ナリ故ニ其表意者ノ意思表示トシテ無效ナルハ固ヨリ言フヲ俟タサル所ニシテ佛國其他諸國ノ民法ニ於テモ未タ嘗テ此場合ニ付キ規定ヲ設ケタルヲ見ス依テ原文ハ之ヲ删除セリ
同條第二項ニ規定シタル場合ハ學者間ニ多少議論ナキニ非スト雖モ其所謂不可抗力ニ出テタル急迫ノ災害ナルモノハ其人爲ニ出テタルモノト雖モ義務ノ約束又ハ讓渡ヲ爲サシムルノ目的ヲ以テシタルニ非スシテ唯其機會ト爲リタルニ過キサルカ故ニ固ヨリ無效又ハ取消ノ原因ト爲スヘキモノニ非サルナリ佛國其他諸國ノ法典ニ於テ契約ノ效力ニ影響スルモノト定メタル暴行、脅迫ハ其條文ヲ一目シテモ決シテ右ノ場合ヲ包含スルモノニ非サルコトヲ知ルヘシ故ニ本條ニ於テモ「强迫ニ因ル云々」ト曰ヒ以テ右ノ場合ヲ除外スルノ意ヲ示セリ但本問ノ場合ニ於テモ實際精神ヲ喪失シタル事實明カナルトキハ意思表示ノ效ナキコト論ヲ俟タス是レ普通一般ノ原則ノ適用ニ過キサルナリ
同條第三項ノ規定ハ則チ本條ニ採用シタルモノナリト雖モ頗ル煩雜ニ涉レルヲ以テ大ニ其文ヲ簡ニセリ殊ニ强迫ハ抵抗スヘカラサルモノタルコトヲ要セストアレトモ是レ全ク無用ノ冗言ニシテ凡ソ强迫ニ遇フ者ハ目前ニ巨害ヲ受ケントスルニ畏怖シテ其意ニ非サル意思表示ヲ爲スモノニ外ナラス其强迫ノ抵抗スヘカラサルモノト否トハ固ヨリ問フ所ニ非サルナリ又原文ニハ「當事者又ハ第三者ノ身體、財產ノ爲メ」トアレトモ特ニ當事者ト限ラサル以上ハ敢テ此點ニ付キ疑ノ生スヘキ虞ナシ且夫レ身體 、財產 ト言フトキハ名譽ノ如キハ之ヲ包含セサル如シト雖モ名譽ト身體、財產トノ間ニ法律ノ規定ヲ異ニスヘキ理由ヲ見ス其之ニ對スル急迫ノ危害ヲ避クル爲メ畏怖心ヲ以テ爲シタル意思表示ハ同シク之ヲ取消スコトヲ得サルヘカラス(瑞債務法二七、一項)故ニ本條ハ逐一此等ノモノヲ列記スルノ煩ヲ省キ唯强迫ニ因リ畏怖心ヲ生シタルコトヲ要スルノ一點ニ重ヲ置クノ意ヲ示セリ又原文「切迫ニシテ」以下ノ如キモ之ヲ明言スルノ必要ヲ認メサルヲ以テ共ニ之ヲ削除セリ
財產編第三百十四條ノ規定ハ巳ニ强迫ニ因リ危害ヲ受クヘキ者カ第三者タルヲ得ルコトヲ認ムル以上ハ全ク不必要ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
同編第三百十五條ノ如キモ己ニ强迫カ相手方ノ所爲タルヲ要スルコトヲ言ハサル以上ハ當然ノ事ニシテ特ニ明文ヲ設クルノ必要ヲ見ス况ヤ本條ノ規定ハ相手方アルコトヲ要スル契約ニ特別ナルモノニ非サルニ於テヲヤ
同編第三百十六條第一項ノ規定ハ總テ自巳ノ利益ノ爲メ與ヘラレタル權利ハ之ヲ抛棄スルコトヲ得ヘシト云ヘル當然ノ原則ノ適用ヲ揭ケタルモノニ過キス又同條第二項ノ規定ハ已ニ本條ニ記載セル强迫ノ要件ヲ缺ク場合ニ係ルヲ以テ同シク之ヲ存スルノ必要ヲ見ス其他損害賠償ニ付キ規定スル所ノ如キモ通則ノ適用ニ過キス故ニ全條ヲ削除セリ
同編第三百十七條第一項ノ規定ハ裁判官ニ對スル訓令ニ過キス强迫ニ因リ畏怖心ヲ生シタルヤ否ヤヲ査定スルニハ自ラ原文ニ列記セル如キ事項ヲ參酌セサルヘカラサルコト言フヲ俟タス又同條第二項ニ於テ尊屬親ニ對スル畏敬心ハ取消ノ理由ト爲ラサルコトヲ明記スレトモ是亦當然ノ事ナルヲ以テ共ニ之ヲ削除セリ英米法ニ於テハ不當ノ威力 ト稱シ當事者相互ノ關係其他ノ事情ヨリ意思ノ自由ヲ缺ケリトノ推定ニ基キ契約ヲ取消スコトヲ得ル場合ヲ認ムルト雖モ本案ニ於テハ之ヲ採用スルノ必要ナシト信シタリ
第九十七條
(理由)隔地者ニ對スル意思表示カ其效力ヲ生スヘキ時期ヲ定ムルコトニ付テハ立法上三種ノ主義アリ卽チ(一)相手方ニ對シテ其通知ヲ發シタル時ヨリ效力ヲ生スルモノト爲スモノ(發信主義)(二)相手方ニ其通知カ到達シタル時ヲ以テ其效力發生ノ時期ト爲スモノ(受信主義)(三)相手方カ其意思表示ヲ了知シタル時ニ始メテ效力ヲ生スルモノト爲スモノ(了知主義)是ナリ今諸國ノ法律ヲ見ルニ索遜民法及ヒ獨乙民法草案ヲ除ク外未タ甞テ一般ノ意思表示ニ付キ此問題ヲ決シタルモノナシ唯契約ノ申込ニ對スル承諾ノ通知カ其效力ヲ生ス可キ時期ニ關シ立法例、學說及ヒ判决例ノ分カル丶ヲ見ルノミ抑モ契約ノ申込ニ對スル承諾ハ意思表示中ノ最モ著ルシキモノナルコト論ヲ俟タスト雖モ今普通ノ立法例ニ據ラスシテ玆ニ一般ノ法律行爲ニ付キ意思表示ノ一節ヲ設ケ其通則ヲ定ムルニ當リテハ唯一ニ契約ノ承諾ヲ眼中ニ置クコトヲ得ス必スヤ各種ノ意思表示ニ付キ深ク實際ノ利害ヲ考ヘ以テ一般ノ規定ヲ設ケサル可カラス故ニ假令契約ノ承諾ニ付テハ甲主義ニ據ルヲ便利トスルモ若シ他ノ多クノ種類ノ行爲ニ付キ乙主義ニ從フヲ妥當トセハ通則ハ寧ロ之ヲ乙主義ニ採ラサルヲ得ス今諸般ノ意思表示ニ付キ考ルニ其種類極メテ多シト雖トモ契約ヲ除ク外ハ何レモ單獨行爲ニ非サルハナシ卽チ追認、催吿、解約ノ如キ皆是ナリ若シ此等ノ行爲ニ付キ發信主義ヲ採リ通知ヲ發シタル一事ヲ以テ其効力ヲ生スルモノトセハ相手方ノ迷惑實ニ少ナカラサルヘシ尤モ發信主義ニ據ルヲ便トスル場合モ之ナキニ非スト雖モ多クノ場合ニ於テハ相手方ノ保護不充分ナルヲ以テ通則トシテハ之ニ據ルコトヲ得サルナリ然ラハ了知主義ニ據ランカ此主義弊害トシテ若相手方カ故意ニ意思表示ヲ了知スルコトヲ避ケ又ハ過失ニ依リテ之ヲ了知スルニ至ラサルトキハ意思表示ハ遂ニ其効力ヲ生スルコト能ハサルヘク加之相手方カ之ヲ了知シタルトキト雖モ其時期極メテ不確實ナル爲メ紛爭ヲ生スルノ恐アリ故ニ本案ニ於テハ右兩極端ノ主義ヲ斥ケ玆ニ主トシテ獨逸民法草案ニ倣ヒ受信主義ヲ採用セリ
本條第二項ノ規定ハ便宜上之ヲ設ケタルモノトス若シ此規定ナキトキハ反對ノ解釋ヲ採ラサルヲ得ス然ルニ表意者カ死亡シ又ハ能力ヲ失ヒタルトキハ相手方ニ於テ之ヲ知ラサルカ又ハ適當ナル期間ニ之ヲ知ラサルコト多カル可キヲ以テ意思表示ノ通知ヲ受ケタルカ爲メ種々ノ用意ヲ爲スコトナキヲ保セス若シ此ノ如キ場合ニ於テ其意思表示ヲ無效トセハ相手方ハ已レニ寸毫ノ過失ナキニ拘ハラス往々少ナカラサル損害ヲ蒙ルニ至ル可シ是レ此規定アル所以ナリ但契約ノ申込ニ付テハ第五百二十四條ノ規定アルカ爲メ如何ナル場合ニ於テモ本條第二項ノ適用ヲ生スルモノニ非サルコトニ注意スヘシ(財三〇八、五項)要スルニ本條ハ適當ノ範圍内ニ於テ相手方ヲ保護スルノ精神ヲ一貫シタルモノナリ
第九十八條
(理由)本編第一章第二節ニ於テ未成年者又ハ禁治產者カ自ラ法律行爲ヲ爲スニ付テ如何ナル能力ヲ有スルカヲ規定セリト雖モ他人カ之ニ對シテ意思表示ヲ爲シタル場合ニ於テ其意思表示ハ有效ナルヤ否ヤハ本節ニ於テ之ヲ規定スルヲ至當トス而シテ本案ニ於テハ其意思表示ハ右ノ無能力者ニ對シテ其效ナキモノトセリ蓋シ右ノ無能力者ハ多クハ其意思表示ヲ受クルモ十分其效力ヲ了解スルノ智能ヲ具ヘサルヲ以テ特ニ之ヲ保護シ之ニ利アルトキハ表意者ニ對シテ之ヲ採用スルコトヲ得ヘク之ニ利アラサルトキハ表意者ヨリ之ヲ對抗スルコトヲ得サラシメタルナリ而シテ離隔地ニ在リテハ其通知ヲ受ケタル時ニ無能力ナルトキハ假令之ヲ發シタル時ニハ猶ホ能力ヲ具備セル場合ト雖モ亦意思表示之ニ對シテ效ナキモノトセリ是レ無能力者ヲ保護スルニ付テ止ムコトヲ得サル規定ナリト信スルナリ
然レトモ法律上ノ代理人旣ニ其意思表示アリタルコトヲ知リタルトキハ無能力者ノ利益ヲ保護スルニ十分ノ擔保アリト信スルヲ以テ特ニ但書ノ規定ヲ設ケタリ
本條ニハ單ニ未成年者ト禁治產者トノミヲ言ヒ其他ニ及ハサル所以ノモノハ他ナシ妻及ヒ凖禁治產者ハ同一ノ保護ヲ要セスト信シタレハナリ
第三節 代理
(理由)凡ソ法律行爲ハ其行爲ノ性質ニ反セサル限ハ他人ヲシテ之ヲ爲サシムルコトヲ得サル可カラス加之法律ハ或場合ニ於テ他人ノ代理人トシテ諸般ノ法律行爲ヲ爲サシムル必要アリ是ニ於テカ委任ニ因ル代理ト法律上ノ代理トノ區別ヲ生ス而シテ代理カ其何レノ種類ニ屬スルヲ問ハス常ニ二種ノ關係ヲ生ス本人ト代理人トノ關係及ヒ第三者ト本人竝ニ代理人トノ關係即チ是ナリ本案ニ於テハ獨逸民法草案ノ例ニ倣ヒ玆ニ主トシテ第三者ト本人及ヒ代理人トノ關係ニ付キ必要ノ規定ヲ揭ケタリ是蓋シ一般ノ法律行爲ニ缺クヘカラサル意思表示ノ規定ト密接ノ關係ヲ有スルモノナルヲ以テナリ但此第三者ト代理人トノ關係タルヤ素ト純然タル代理關係ニ非スト雖モ汎ク代理關係ヲ解スルトキハ之ヲ以テ其一部ト認ムルコトヲ得ヘシ是レ本節ニ於テ第三者ト本人トノ關係ヲ規定スルト同時ニ第三者ト代理人トノ關係ヲ併セテ規定シタル所以ナリ又委任ニ因ル代理ニ付テハ本人ト代理人トノ關係ハ委任契約ノ關係ニシテ代理關係ノ範圍内ニ屬セサルヲ以テ之ヲ第三編ニ讓リタリ但法律上ノ代理ハ其各種ノ代理人ニ付キ別段ノ定ナキ限ハ本節ノ規定ニ依ルヘキモノトス
旣成法典ハ財產取得編第十一章ニ於テ代理ト云ヘル標題ニテ委任者ト代理人トノ關係及ヒ第三者ト委任者又ハ代理人トノ關係ヲ併セ規定シタリト雖モ其規定ノ十中八九ハ委任者ト代理人トノ契約干係ニ屬シ彼ノ第三者ト本人又ハ代理人トノ關係ニ至リテハ之ヲ規定スル條項甚タ不充分ナリトス旣成法典ハ近世ノ學理ニ基キ實際ノ必要上ヨリ一般ノ法律行爲ニ付キ純然タル代理ヲ認メタルニ拘ラス尚ホ此點ニ付キ羅馬法ノ舊套ヲ脫セサル如キ觀アルハ頗ル惜ムヘキコトト謂フヘシ今本案ニ於テ玆ニ代理ニ關スル規定ヲ揭クルモノハ主トシテ此缺點ヲ補ハントスルノ主意ニ外ナラサルナリ
第九十九條
(理由)本條ハ代理人カ代理行爲ヲ爲スニ必要ナル條件及ヒ其代理行爲ノ効力ヲ規定シタルモノナリ所謂代理行爲ノ必要條件トハ代理人カ其代理權ノ範圍内ニ於テ法律行爲ヲ爲スコト及ヒ明示又ハ默示ニテ本人ニ代リ其行爲ヲ爲スノ意思ヲ表示スルコト即チ是レナリ而シテ此二條件ヲ具備シタル代理人ノ法律行爲ハ直接ニ本人ニ對シテ其効力ヲ生シ本人ハ之ニ因リテ權利ヲ得又ハ義務ヲ負フモノトス蓋シ代理人ハ單ニ本人ノ機具ニ非スシテ自已ノ意思ヲ表示シ其意思表示カ直接ニ本人ノ利害ニ於テ其効力ヲ生スルモノタルコトヲ示シタルナリ
第二項ハ第三者カ代理人ニ對シテ催吿又ハ解約ノ通知ノ如キ單獨行爲ヲ爲シタル場合ヲ規定シタルモノトス蓋シ此場合ニ於テハ直ニ第一項ノ規定ヲ適用スルコト能ハサルニ因リ特ニ之ヲ置ケリ
第百條
(理由)本條ハ代理人カ法律行爲ヲ爲スニ當リテ本人ノ爲メニスル意思ヲ表示セス又自已ノ爲メニスル意思ヲ有セサルヘキ場合ヲ規定シタルモノトス蓋シ此場合ニ於テハ眞實ノ意思ハ表示セラレス現ニ表示セラレタル意思ハ眞實ノ意思ニ非ラサルヲ以テ一般ノ原則ニ依ルトキハ其意思表示ハ何等ノ効力ヲモ生セサルモノナリ然レトモ代理人カ本人ノ爲メニスル意思ヲ表示スルコトヲ怠リタル場合ニ於テハ假令自已ノ爲メニスルノ意思ヲ有セサリシトキト雖モ之ヲシテ其意思表示ノ拘束ヲ受ケシムルコトハ實際ニ於テ極メテ必要ナリトス之ヲ要スルニ本條上段ノ規定ハ前條ニ所謂本人ノ爲メニスルコトヲ示シテ意思表示ヲ爲スヘキ要件ニ背キタル制裁ナリトス若シ夫レ代理人カ本人ノ爲メニスル意思ヲ表示セスシテ爲シタル法律行爲ニ何等ノ效力ヲモ附セサルトキハ第三者ハ之カ爲メニ不測ノ損害ヲ蒙ルニ至ルヘシ是レ獨乙民法草案ノ例ニ傚ヒ代理人カ本人ノ爲メニスルコトヲ示サスシテ爲シタル意思表示ハ自己ノ爲メニ之ヲ爲シタルモノト看做スト云ヘル規定ヲ置クノ必要アル所以ナリトス然レトモ此規定タルヤ代理人カ本人ノ爲メニスルコトヲ示サヽルカ爲メ相手方カ代理人ノ本人ニ代リテ法律行爲ヲ爲スコトヲ知ラサルノ結果トシテ代理人ハ法律行爲ヲ爲スノ意思ヲ有シタルモノト認ム可キ場合ニ之ヲ適用ス可キモノトス故ニ若シ相手方カ代理人ノ資格ヲ知リタルカ又ハ之ヲ知ルコトヲ得ヘカリシ場合ニ於テハ前條第一項ノ規定ヲ凖用スルヲ以テ其當ヲ得タルモノトス是レ日常取引ノ圓滑ヲ保ツニ缺クヘカラサル制限タルヲ信スルナリ
第百一條
(理由)本案ニ於テハ代理人ハ自己ノ意思ヲ表示スルモノトスルノ主義ヲ採レリト雖モ第九十九條第一項ノ規定ハ未タ此主義ヲ明ニスルニ足ラサルヲ以テ玆ニ本條第一項ノ規定ヲ設ケ以テ此主義ヨリ生スル一大結果ヲ示シタリ第二項ハ卽チ第一項ニ對スル制限ニ外ナラス而シテ此制限ヲ設ケタル所以ハ他ナシ此場合ニ於テハ本人ハ代理人ノ意思ニ一任セサリシヲ以テナリ是獨逸民法草案ニ倣ヒテ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ナリトス
第百二條
(理由)本條ハ財產取得編第二百三十四條ノ規定ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニ過キス原文ニハ只委任者ト代理人トノ關係ノミニ付キ規定セリト雖モ此規定タル本人ト第三者トノ關係ニ於テモ亦適用スヘキモノトス蓋シ代理人ノ無能力者タルコトヲ妨ケサル所以ハ他ナシ其代理行爲ニ依リテ自ラ損失ヲ受クルコトナキヲ以テ無能力者ノ保護ヲ害スルコトナシ無能力者ト雖モ苟モ本人ニ於テ自己ノ代理人ト爲スニ足ルモノトセハ敢テ之ヲ禁スルノ必要ヲ見サルナリ但本案ニ於テ無能力者ト稱スル者ハ限定能力者ノ謂ニシテ其全ク意思能力ナキ者ニ付テハ固ヨリ本條ヲ適用スヘキニ非サルナリ
第百三條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典及ヒ諸外國ノ法律ニ存スル規定ナリトス抑モ代理權ノ範圍ヲ定ムルハ畢竟意思ノ解釋ニ歸スヘキモノタルコト論ヲ俟タスト雖モ若シ本人カ代理權ノ範圍ヲ定メスシテ汎博ナル委任ヲ與ヘタル場合ニ於テ代理人カ賣買贈與其他ノ處分行爲ヲモ爲スコトヲ得ルモノトセハ本人ノ意思ニ反スルコト多ク其危險甚タ大ナルヘキニ依リ法律ヲ以テ其權限ノ範圍ヲ定ムルヲ便トス而シテ今之ヲ定メントスルニ當リ代理人ハ管理行爲ノミヲ爲ス權限ヲ有ストスルコト取得編第二百三十二條第二項ノ如クナルトキハ管理行爲ナル語ノ意義ノ漠然タルカ爲メ疑議ヲ生スルノ恐アリ故ニ本條ニ於テハ管理行爲ナル語ヲ用井スシテ代理人ノ權限ニ屬ス可キ行爲ヲ明示シタリ
第百四條
(理由)本條ハ財產取得編第二百三十條ニ修正ヲ加ヘタルモノトス原文ニ依レハ代理人ハ特ニ禁セラレサル限ハ復代理人ヲ選任スルコトヲ得ルモノトセリ是レ佛國其他多クノ立法例ニ傚ヒタルモノナリト雖モ委任ノ本旨ニ悖ルモノト謂ハサルヲ得ス蓋シ委任者ハ代理人ノ適任ナルコトヲ信シテ之ニ委任ヲ爲シタルモノニシテ代理人カ自ラ適任ト認メタル者ニ代理ヲ爲サシムル意思アリタルモノト推定スルハ頗ル其當ヲ得サルナリ故ニ本案ニ於テハ代理人ハ其一己ノ意思ヲ以テ復代理人ヲ選任スルコトヲ得サルヲ原則トシ玆ニ便宜上此原則ニ對スル例外ノ場合ヲ規定シタリ
第百五條
(理由)旣成法典ニ依レハ委任者カ明示又ハ默示ニテ復代理人ノ選任ヲ禁セサル限ハ代理人ハ隨意ニ其選任ヲ爲スコトヲ得ヘキヲ以テ其場合ニ於テ代理人ハ復代理人ノ行爲ニ付キ自己ノ管理ニ於ケルト同一ノ責ニ任スヘキコトニ定メタリト雖モ(取二三五、一項末段)本案ニ於テハ前條ニ列擧セル場合ニ限リ復代理ヲ許スニ因リ其場合ニ於ケル代理人ノ責任ハ旣成法典ニ定ムルヨリモ一層輕カラサルコトヲ得ス是レ本條第一項ヲ設ケタル所以ナリ第二項ハ原文第二項ニ聊カ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニ過キス又原文第三項ハ前述復代理ニ關スル原則ノ變更ノ結果トシテ之ヲ削除セリ
第百六條
(理由)本條ハ復代理人ノ選任ニ付キ法定代理人ノ權限ヲ定メタルモノナリ抑モ法定代理人ハ法律ノ規定ニ依リテ無能力者又ハ不在者ノ如キ者ノ財產ヲ管理スル者ナルヲ以テ第百四條ノ場合ニ非サレハ復代理人ヲ選任スルコトヲ得サルモノトセハ其不便實ニ少ナシトセス況ンヤ本人ノ許諾ヲ得テ復代理人ヲ選任スル場合ハ殆ト之ナキニ於テオヤ是レ此點ニ於テ法定代理人ノ權限ヲ擴張スルノ必要アル所以ナリ然レトモ其權限ヲ廣クスル以上ハ又其責任ヲ重クスルノ必要ナルコト論ヲ俟タス伹已ムコトヲ得サル場合ニ限リ委任ニ因ル代理人ト其責任ヲ異ニスヘキ理由ナキヲ以テ但書ヲ加ヘタリ
第百七條
(理由)本條ノ規定ハ代理人ト復代理人ト其名稱ヲ異ニスル爲メ或ハ疑議ノ生スルアランコトヲ恐レ之ヲ設ケタルモノトス旣成法典ハ取得編第二百三十六條第一項ニ於テ復代理人ハ本人ニ對シテ代理人ト同一ノ權利義務ヲ有スルコトヲ規定シタリト雖モ復代理人カ其權限内ノ行爲ニ付キ本人ヲ代表スルコト及ヒ第三者ニ對シテ代理人ト同一ノ權利義務ヲ有スルコトヲ規定セス是レ蓋シ取得編第二百三十六條第一項ハ本人ト復代理人トノ間ニ於ケル關係ノミヲ規定セントシタルカ爲メナル可シト雖モ本案ニ於テハ代理人ノ行爲ニ依リテ本人ト第三者トノ間又代理人ト第三者トノ間ニ如何ナル關係ヲ生ス可キヤヲ規定シタルヲ以テ復代理人ニ付キテモ亦タ此等ノ關係ヲ生ス可キコトヲ明ニシタルナリ
第百八條
(理由)凡ソ代理人カ本人ノ爲メニ代理ヲ爲スニ當リテハ忠實以テ其事ニ從ハサル可カラス今若シ代理人カ本人ニ代ハリテ自已ト法律行爲ヲ爲スコトヲ得ヘシトセハ本人ノ利益ト自已ノ利益ト抵觸スルノ結果ヲ生スルコトナシトセス此場合ニ於テ代理人ハ本人ノ利益ヲ後ニシテ自已ノ利益ヲ先キニスルコトアルヲ免レサルヘシ然ルニ若シ之ニ責ムルニ必ス本人ノ利益ヲ先キニスヘキコトヲ以テスルハ是レ難キヲ人ニ責ムルモノト謂ハサル可カラス代理人カ第三者ノ代理人トシテ法律行爲ヲ爲ス場合ニ於テモ亦殆ト同一ノ困難ヲ生シ其一方ノ本人ヲ利セントスルトキハ他ノ一方ノ本人ノ利益ヲ顧ルニ遑アラサルコト多シトス故ニ本案ニ於テハ獨逸民法第二讀會草案ノ主義ニ倣ヒ代理人ハ本人ノ名ヲ以テ自己ト法律行爲ヲ爲シ又ハ同一ノ法律行爲ニ付キ其當事者双方ノ代理人ト爲ルコトヲ得サルヲ以テ原則ト爲シタリ但第二項ノ場合ニ於テハ毫モ弊害ノ之ニ伴フモノナキヲ以テ例外トシテ之ヲ許スコトニ定メタリ
第百九條
(理由)旣成法典其他佛法系ニ屬スル諸國ノ法典ニハ第三者ニ對スル意思表示ニ依リテ他人ニ代理權ヲ授與スルコトヲ得ル規定アルナシ是レ一ノ缺點ナリト信ス蓋シ吾人カ第三者ニ對シテ或人ニ代理權ヲ授與スル意思ヲ表示シタルトキハ單ニ代理權授與ノ事實ヲ第三者ニ吿知シタル場合ト異ナリ之ニ依リテ代理權授與ノ結果ヲ生セシメントスル意思ヲ有スルモノト謂ハサル可カラス此場合ニ於テハ本人ト代理人トノ間ニ委任契約ノ關係ナキニ係ラス右ノ意思表示ニ附スルニ代理權授與ノ効力ヲ以テスルコト實際ニ於テ極メテ必要ナリトス是レ獨逸民法草案ニ傚ヒテ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ
第百十條
(理由)本條ハ財產取得編第二百五十條第二項ノ規定ヲ採用シタルモノナリ凡ソ代理人カ權限外ノ行爲ヲ爲シタルトキハ其行爲ハ固ヨリ本人ニ對シテ何等ノ効力ヲモ生セサルモノトス假令第三者ニシテ善意ナルモ其一事ヲ以テハ未タ此原則ヲ覆スニ足ラサルナリ然リト雖モ若シ第三者カ善意ニシテ且ツ代理人ニ其行爲ヲ爲ス權限アリト信ス可キ正當ノ理由ヲ有スルトキハ契約取引ノ安全ヲ保持スル爲メ其代理人ノ爲シタル權限外ノ行爲ヲ有效ト爲スノ必要アリトス是レ本條ノ規定ヲ置キタル所以ナリ但原文ノ善意云々ハ他ノ要件中ニ自ラ包含スルモノナルヲ以テ之ヲ削除シタリ
第百十一條
(理由)本條第一項ハ法律上ノ代理ト委任ニ因ル代理トニ通用スヘキ規則ナルヲ以テ此ニ之ヲ置ケリ固ヨリ各種ノ法定代理人ニ付キ別段ノ規定アルコトヲ妨ケス而シテ委任ニ因ル代理ニ特別ナル代理權消滅ノ原因ハ之ヲ第三編中委任ノ條下ニ於テ規定スヘシ
本條ニ揭ケタル事由ハ代理關係ノ性質上至當ノ事ニシテ諸外國ノ法律ニ定ムル所モ亦之ニ外ナラサルヲ以テ玆ニ其各ニ付キ喋々說明ヲ爲スノ必要ヲ見サルナリ
第百十二條
(理由)本條ハ財產取得編第二百五十八條ニ依リタルモノニシテ第三者ヲ保護スル爲メ極メテ必要ナル規定ナリトス瑞西債務法及ヒ獨逸民法草案ニ依レハ代理權ノ消滅ハ之ヲ第三者ニ通知スルニ非サレハ其效ナキモノトアリ然リト雖モ此規定タル其通知ノ方法如何ニ依リ或ハ第三者ノ爲メニ不充分ナルヘク或ハ之ニ反シテ巨多ノ費用ト手數トヲ要シ煩ニ過クル弊アルヘシ故ニ本案ニ於テハ佛國民法其他大半ノ立法例ニ傚ヒ代理權ハ前條ニ揭ケタル事由ニ依リテ當然消滅スルモノトシ只事實上善意ニシテ且ツ過失ナキ第三者ニノミ之ヲ以テ對抗スルコトヲ得サルモノトセリ又獨逸民法草案ニ於テハ本人カ代理人ニ委任狀ヲ交付シタル場合ニ於テ其委任狀ノ返還ヲ受ケサルカ又ハ裁判所カ其無效ヲ宣言セサル間ハ代理權ハ消滅セサルモノト爲スト雖モ是レ亦第三者ヲ保護セント欲シテ却テ其適當ノ範圍ヲ出テ且場合ニ依リテハ極メテ不便ナル規定タルヲ免レス故ニ本案ニ於テハ此ノ如キ格別ナル場合ニ付キ規定スルノ方法ヲ採ラスシテ專ラ裁判官ノ事實認定ニ一任シタリ
第百十三條
(理由)本條以下ハ全ク代理權ヲ有セス又ハ代理權ノ範圍ヲ超ヘテ爲シタル法律行爲ノ效果ヲ規定シタルモノナリ本案ハ獨逸民法草案ニ傚ヒ先ツ契約ノ場合ト單獨行爲ノ場合トヲ區別セリ先ツ代理權ヲ有セサル者カ契約ヲ爲シタル場合ニ於テハ其契約ハ本人ノ追認ナキ限ハ之ニ對シテ全ク其效力ヲ生セスト雖モ代理人ハ相手方ニ對シテ全ク其責ヲ免レス相手方モ亦一定ノ範圍内ニ於テ拘束セラルルモノトス要スルニ此場合ニ於テハ代理權ヲ有セサル者ノ行爲ハ何人ニ對シテモ無效ナルニ非スシテ一種ノ效力ヲ生スルモノタリ之ニ反シテ代理權ヲ有セサル者カ爲シタル單獨行爲ハ相手方ニ對シテモ其效力ナキヲ原則トシ只第百十八條ニ揭ケタル場合ニ限リ契約ニ關スル本條以下ノ規定ヲ凖用スヘキモノトセリ是他ナシ單獨行爲ハ契約ト異ナリテ全ク相手方ノ行爲ニ非ス追認ニ因リテ其效力ヲ生スヘキモノトスルハ本人ノ爲メニハ利益ナルコト論ヲ俟タスト雖モ相手方ニ於テハ其行爲ノ效力不確定ナル爲メ迷惑少ナシトセス尤モ本人ニ對シテ或期間内ニ確答ヲ爲スヘキ旨ヲ催吿セシムルコトヲ得サルニ非スト雖モ斯ノ如キ煩勞ヲ取ラシムルハ理由ナキ酷待ト謂ハサルヲ得ス唯其代理人ト稱スル者ノ代理權ヲ有セスシテ單獨行爲ヲ爲スコトニ同意シ又ハ其代理權ヲ爭ハサリシトキニ限リ契約ニ關スル規定ヲ適用スルコトヲ得ヘキノミ要スルニ代理權ナキ代理ヲ認ムルノ必要ハ主トシテ契約ニ付キ之ヲ見ルナリ
旣成法典ニ於テハ代理人ノ權限外ニ爲シタル行爲ニ付キ委任者ハ追認ニ因リテ其責ニ任スルコトノ外(取二五〇、二項、第一土)何等ノ規定ヲモ設ケタルヲ見ス或ハ事務管理ニ關スル規定ノ適用ニ依リ代理セラレタル者ノ利益ハ多クノ場合ニ於テ保護セラルルコトヲ得ヘシト雖モ正面ヨリ觀察スルトキハ不完全ヲ免レス是玆ニ純然タル代理ノ規定ニ次キ本條以下ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ
第二項ハ相手方ヲ保護センカ爲メ設ケタル規定ナリトス蓋シ相手方ハ追認及ヒ其拒絕ニ付キ直接ニ利害ノ關係ヲ有スル者ナルヲ以テ之ヲシテ追認又ハ其拒絕ノ事實ヲ知ルコトヲ得セシムルニ足ル可キ方法ヲ設ケサル可カラサルナリ
第百十四條
(理由)本條ハ代理權ヲ有セサル者ト契約ヲ爲シタル相手方カ其契約ニ拘束セラルルコトヲ示スト共ニ其拘束ヲ免カルルノ方法ヲ定メタルモノトス蓋シ契約ト雖モ相手方ヲシテ際限ナク之ニ拘束セラル可キモノトナストキハ權利關係ノ永ク確定セサル不都合ヲ生スヘキヲ以テ相手方ヲシテ相當ノ期間ヲ定メ其期間内ニ追認ヲ爲スヤ否ヤヲ確答スヘキ旨ヲ本人ニ催吿スルコトヲ得セシメタリ而シテ本人カ其期間内ニ確答ヲ爲ササルトキハ追認ヲ拒絕シタルモノト看做スヘキコト固ヨリ論ヲ俟タサル所ナリ獨逸民法草案ニ於テハ本人カ二週間内ニ確答ヲ爲ササルトキハ追認ヲ拒絕シタルモノト看做スノ規定ナリト雖モ斯ク法律ニ於テ一切ノ場合ニ適用スヘキ期間ヲ定メンヨリハ寧ロ瑞西債務法ニ倣ヒ相當ノ期間内ニ確答ヲ爲サシムルヲ以テ便利ト信シタリ
第百十五條
(理由)代理權ヲ有セサル者ノ爲シタル契約ハ其相手方ニ對シテハ當然無效ニ非サルコト前二條ノ規定ニ依リテ已ニ明ナリト雖モ相手方ニ於テ其代理人ト稱スル者カ代理權ヲ有セサルコトヲ知リタル場合ト之ヲ知ラサリシ場合トニ依リテ其結果ヲ異ニスル所ナカルヘカラス若夫レ相手方カ代理權ノ欠缺ヲ知ラサリシトキハ之ヲシテ契約ノ取消ヲ求ムルコトヲ得セシムルヲ至當ナリトス之ニ反シテ代理權ノ欠缺ヲ知リタル場合ニ於テハ本人ノ追認ヲ賭シテ契約ヲ爲シタルモノナルヲ以テ恰モ彼ノ未成年者ト契約ヲ爲シタルニ同シク前條ノ規定ニ依リ本人ニ對シテ催吿ヲ爲スコトヲ得ルノ外他ノ保護ヲ享ク可キモノニ非サルナリ
第百十六條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニハ之ナシト雖モ諸國ノ法律及ヒ學說ニ於テ殆ト一般ニ認ムル所ナリ然リト雖モ文明ナキトキハ或ハ疑ヲ生シ得ヘキト但書ヲ以テ其適用ヲ制限スルノ必要アルヲ以テ此ニ之ヲ置ケリ
第百十七條
(理由)本條ハ代理權ヲ有セサル者カ他人ノ代理人トシテ契約ヲ爲シタル場合ニ於テ其相手方ニ對スル責任ヲ定メタルモノナリ此場合ニ於テ若本人カ其契約ヲ追認スレハ代理人ニ責任アルコトヲ要セスト雖モ追認ナキトキハ相手方ニ對シテ代理權アリト信セシメタル過失ノ責ニ任セサルヘカラス本條第一項ハ卽チ其責任ノ何タルコトヲ示シタルモノニシテ代理人カ相手方ニ對シテ損害賠償ノ責任ヲ負フコトニ付テハ諸國ノ法律其規定ヲ異ニセスト雖モ尚ホ相手方ノ選擇ニ從ヒテ履行ノ責ニ任スヘキヤ否ヤニ付テハ立法例一定セス旣成法典財產取得編第二百四十四條末文ハ卽チ本條第一項ノ場合ヲ規定シタルモノニシテ此規定ニ依ルトキハ代理人ハ單ニ損害賠償ノ責任ノミヲ負擔スルモノナルヤ又ハ履行ノ責任ヲモ負擔スルモノナルヤニ付キ頗ル明瞭ヲ缺ケリ然レトモ草案註釋書ニ就キ考ルトキハ單ニ賠償ノ責任ヲ規定シタルモノノ如シ佛蘭西、荷蘭、伊太利「モンテネグロ」、西班牙諸國ノ民法及ヒ印度契約法等ニ於テモ亦此主義ヲ採レリ商法第三百四十三條ハ代理ノ通則トシテ本條ノ場合ヲ規定シタリト雖モ其規定甚タ簡ニシテ草案說明書(三九六)ニ依ルモ本論ノ點ニ付キ其何レニ決セント欲シタルヤヲ確知スルニ苦ムナリ察スルニ民法ト同一ノ精神ナラン然リト雖モ同法第四十九條ハ代務人ニ付キ本條第一項ト同一ノ規定ヲ揭ケタリ是レ獨逸商法ノ規定ニ倣ヒタルモノナリ獨逸民法草案ニ於テハ代理ノ通則トシテ本條第一項ノ場合ニ履行又ハ賠償ノ責任アルコトヲ規定セリ是レ取引ノ安全ヲ維持スルニ適當ノ規定ト認ムルヲ以テ此ニ之ヲ採用セリ
第二項ノ規定ハ第百十五條ノ規定ト相照應シテ相手方ノ權利ヲ定メタルモノナリト雖モ其條件ニ付テハ少シク相異ナル所アリ第百十五條ニ於テハ相手方カ代理權ノ欠缺ヲ知リタル場合ト過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシ場合トヲ同一視セス其過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシ場合ニ於テハ取消權ヲ有スルモノトセリ抑モ相手方カ代理權ナキコトヲ知リテ契約ヲ爲シタル場合ニ於テハ本人ノ追認ヲ期望シタルモノナルヲ以テ猥リニ之カ取消ヲ爲スコトヲ得セシム可カラスト雖モ過失ニ因リテ其事實ヲ知ラサリシ場合ニ於テハ同一ノ斷定ヲ下スコトヲ得フ理論上ヨリ觀察スレハ其契約タル當事者ナキノ故ヲ以テ本來無效ノモノトス然ルニ法律上當然之ヲ無效トセサル所以ハ唯相手方ノ所爲ヲ責ムル趣意ニアラスシテ寧ロ本人及ヒ相手方双方ノ爲メニ便利ナルヘキカ故ナリ果シテ然ラハ其取消權ノ範圍ハ特別ノ理由ナキ限リハ妄リニ之ヲ制限セサルヲ當然トス代理權ナキヲ知ラリシコトニ付テマテ相手方ノ不注意ヲ責ムルノ理由ヲ見サルナリ之ニ反シテ本條ノ場合ニ於テハ元自已ノ爲メニ契約ヲ爲スノ意思ナキ者ノ責任ヲ定メタルモノニシテ其代理人ト稱スル者ハ或ハ好意ヲ以テ之ヲ爲シタルヤ知ルヘカラス然ルニ其一方ノ事情ハ毫モ顧ル所ナク相手方カ相當ノ注意ヲ用ユレハ知ルコトヲ得ヘキ代理權ノ欠缺ニ付テマテ之ニ對シテ其責ニ任セサルコトヲ得サルモノトスルハ少シク酷ニ過クルモノト謂ハサルヲ得ス假令ヒ其場合ニ於テ代理人ニ對シテハ本條第一項ノ權利ヲ有セサルモノトスルモ善意ナル故ヲ以テ第百十五條ノ保護ヲ享有スヘク又常ニ第百十四條ノ催吿ヲ爲スコトヲ得ヘシ故ニ其過失ノ責ニ任セシムルモ敢テ酷ニ失スルモノト謂フコトヲ得サルナリ
第二項末文ハ無能力者ヲ保護スル爲メノ規定ニシテ說明ノ必要ヲ見サルナリ
第百十八條
(理由)單獨行爲ニ付テハ本條ニ揭クル條件ノ具備スル場合ノ外代理權ナキ代理ヲ認メサルヲ以テ原則トナスヘキコトハ己ニ第百十三條ノ說明中ニ述ヘタルヲ以テ玆ニ再ヒ之ヲ論セス本條末文ノ規定ハ例ヘハ辨濟受領ノ權限ヲ有セサル者ニ辨濟ヲ爲シタル如キ場合ニ適用スヘキモノニシテ本文中ニ包含セサルヲ以テ之ヲ加ヘタリ
第四節 無効及ヒ取消
(理由)本節ハ凡テ法律行爲ノ無効ナル場合及ヒ取消シ得ヘキ場合ニ付キ其無効又ハ取消ノ結果ヲ定メ且此ノ如キ行爲ヲ有効ト爲シ得ルヤ否ヤ及ヒ其方法ノ如何ニ關シテ規定スルモノナリ實際如何ナル行爲ハ果シテ無効又ハ取消シ得ヘキモノナルヤハ之ヲ各場合ノ規定ニ讓ル
旣成法典ニハ本節ニ規定スルカ如キコトヲ主トシテ財產編義務銷除ノ部ニ於テ規定セリト雖モ無効及ヒ取消ハ汎ク一般ノ法律行爲ニ關スルモノニシテ决シテ義務ノミニ限ルニアラス且旣成法典ノ銷除ト曰ヘルハ單ニ取消シ得ヘキコトノミニシテ决シテ其中ニ無効ヲ含マサルカ故ニ本案ハ之ヲ採ラス索遜民法獨逸民法草案等ニ倣ヒ爰ニ無効及ヒ取消ノ一節ヲ設ケテ一般ニ規定スルコトトセリ
第百十九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百五十八條ト大體ノ趣意ヲ同シウス然レトモ本案ハ旣成法典ト異ナリテ自然義務ノ規定ヲ設ケサルカ故ニ追認ニ關スルコトハ本條但書ニ於テ之ヲ定メタルナリ當事者追認ヲ爲シタルトキハ新ナル行爲ヲ爲シタルモノト看做ストセシハ舊行爲カ有効ト爲ルニ非サルコトヲ明カニシ且其行爲ハ追認ノ時ヨリ成立スルモノトシ追認ノ効力ヲ旣住ニ遡ルモノトセサルコトヲ示サンカ爲メナリ
第百二十條
(理由)本條ハ旣成法典人事編第七十二條第二項ト財產編第三百十九條第一項トヲ併合シタルモノナリ其財產編第三百十九條第二項ヲ除キタルハ本案ニ於テハ刑事禁治產ナルモノヲ認メサルコトハ旣ニ能力ノ節ノ初ニ於テ述ヘタルカ如クナレハナリ(第一章第二節理由)
財產編第三百十八條ヲ削除シタルハ言フヲ待タサルコトナルヲ以テナリ
第百二十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百五十二條ト其趣意ヲ同フシ字句ニ於テ左ノ如キ修正ヲ施コセリ
一、原文第一項ハ單ニ其行爲ニ因リテ旣ニ受取リタル物ヲ返還スル コトニ付テノミ規定セリト雖モ之ヲ改メ汎ク取消シタル行爲ハ初ヨリ無効ナリシモノト看做シ 而シテ受取リタル物ヲ返還スルカ如キハ其當然ノ一結果トスルヲ至當ナリト信スルカ故ニ獨白民法草案ニ倣ヒ本案ノ如ク修正セリ
二、原文ニハ成年者 ト曰ヒ凡テノ能力者ヲ包含セシメテ無能力者ニ對セシメントセルコトハ原案ノ說明ニ據リテモ明カナル所ナレト成年者ニシテ無能力ノ者モアルヲ以テ本條ノ如ク修正セリ
三、原文ニハ無能力者ハ銷除ヲ得タル行爲ニ因リテ 仍ホ現ニ己レヲ利スル物 ノミヲ返還スル責ニ任ス ト曰ヘリ然レトモ無能力者ハ仍ホ己レヲ利スル實物 ハ有セサルモ之ニ因リテ得タル利益ノ仍ホ存スル トキハ之ヲ償還セシムヘキコトトセサレハ無能力者ニ不當ノ利得ヲ得セシムルコトトナルヲ以テ本案ハ此點ニ於テ修正ヲ加ヘタリ
四、原文第三項ハ言フヲ待タサルコトナルカ故ニ之ヲ削除セリ
財產編第五百五十三條ノ規定ハ本條ノ當然ノ結果ニシテ唯之ニ登記ノ原則ヲ適用シタルニ過キス特ニ之ヲ揭クルノ必要ナシト信スルカ故ニ之ヲ削除セリ
第百二十二條
(理由)本條ハ財產編第三百二十條第五百五十四條及ヒ第五百五十七條ノ規定ヲ纒括シタルモノナリ追認ニハ明示ノモノト默示ノモノトアリ旣成法典ニハ特定ノ承繼人ノ權利ヲ害スルコトヲ得ストスレト本案ニ於テハ當事者及ヒ之ト同一人ト看做スヘキ者ヲ除ク外皆之ヲ第三者ト稱スルニヨリ本條ニ於テモ亦特定ノ承繼人ト曰ハスシテ 汎ク第三者 ノ權利ヲ害スルコトヲ得ストセリ
財產編第五百五十五條ヲ削除シタルハ追認ニ證書ヲ必要トスルノ理由ナク又證書ニ記載スヘキ事項ヲ法文ニ揭クルノ必要モナシト信シタレハナリ
第百二十三條
(理由)旣成法典ニ於テハ取消ハ之ヲ裁判所ニ請求スルヲ本則トセルカ如シト雖モ是レ必要ナラサル手續ト信スルヲ以テ單ニ意思表示ノミヲ以テ足レリトシ相手方ノ確定セル場合ニ於テハ之ニ對シテ其意思表示ヲ爲スヘキモノトセリ
第百二十四條
(理由)本條ハ財產編第五百五十四條ノ規定ト略ホ其趣意ヲ同フス唯旣成法典ハ錯誤ヲモ取消ノ原因トスレト本案ハ旣ニ意思表示ノ節ニ於テ錯誤ヲ以テ取消ノ原因トセサリシカ故ニ本條ノ取消ノ原因ノ中ニハ錯誤ヲ含マサルコト明カナリ
原因ノ止ミタル後ト曰ハスシテ其情况ノ止ミタル後トセシハ例ヘハ詐欺ハ止ムモ詐欺セラレタル情况ノ止マサル中ニ追認ヲ爲スモ其效ナキコトヲ明ニセント欲シタレハナリ
第百二十五條
(理由)本條ハ財產編第五百五十六條ニ小修正ヲ加ヘタルノミ其修正ノ重ナルモノハ原文ニ於テハ異議ヲ留ムルコトヲ獨リ强制執行ノ場合ニ關シテノミ言ヒオレト他ノ場合ニ於テモ亦異議ヲ止メタルトキハ追認ヲ爲シタルモノト看做ササルハ同條ノ精神ニシテ草案ノ說明中ニモ明言シオル所ナルニヨリ本案ニ於テモ此文字ヲ冒頭ニ置キ凡テノ場合ニ適用スルモノナルコトヲ明カニ示セリ
第百二十六條
(理由)本條ハ人事編第七十三條及ヒ財產編第五百四十四條乃至第五百四十六條ヲ併合シタルモノナリ取消權ノ時效ヲ定メサルトキハ多クノ權利ヲ永ク不確ノ情况ニ置キ公私ノ利益ヲ害スルヲ以テ本條ヲ置クノ必要アルナリ本條ニ於テ旣成法典ヲ補正セシ點左ノ如シ
一、人事編第七十三條ハ夫ニ屬スル消除訴權ハ其消除シ得ヘキ行爲ヲ知リタル日ヨリ五个年ノ時效ニ因リ又ハ婚姻ノ解消ニヨリテ消滅ス トセリ抑モ妻ヲ無能力トスル法律ノ精神ハ之ニ因リテ夫權ヲ保護シ以テ間接ニ一家ノ利益ヲ保衛スルニアリ然ルニ妻ハ婚姻解消ノ後五ヶ年間取消權ヲ行使シ得ルニ夫ハ其行爲ヲ知リタル日ヨリ五个年ノ後又ハ婚姻ノ解消ニ因リテ其取消權ヲ失フモノトスルハ一家ノ利益ヲ保衛スル法律ノ精神ニ照シテ聊カ權衡ヲ得サルモノノ如シ蓋シ妻ニ婚姻解消ノ後五个年間取消權アリトスル所以ハ若シ妻ニシテ婚姻ノ繼續中ニ夫ノ許可ヲ受ケスシテ爲シタル行爲ヲ取消サントシ之カ爲メニ或ハ訴訟ヲ起スノ必要生シ訴訟ヲ起スニ付キ夫ノ許可ヲ得ントシ勢ヒ前ノ失擧ヲモ吿白セサルヘカラサルニ至リ爲メニ夫ノ感情ヲ害シテ一家ノ平和ヲ傷ルノ虞アルカ故ニ妻ハ忍ヒテ其行爲ノ取消ヲ爲ササルコトアルヘキヲ以テ妻ハ婚姻ノ繼續中ニ其取消權ヲ行ハサルモ決シテ之ヲ失フコトナシトセルナリ果シテ然ラハ夫ニモ亦此クセサルヘカラス何トナラハ妻カ夫ノ許可ヲ受ケスシテ本案第十四條ノ如キ行爲ヲ爲シタルトキ夫之ヲ知リテ婚姻繼續中ニ之ヲ取消サントスルトキハ爲メニ妻ノ感情ヲ害シテ一家ノ平和ヲ傷ルノ虞ナシトセサレハナリ故ニ妻ニ婚姻解消後五ヶ年間ノ取消權ヲ與フルモノトセハ宜シク夫ニモ亦之ヲ與フヘキナリ
本案ハ夫妻間ニ區別ヲ設ケス一般ニ取消權ハ追認ヲ爲スコトヲ得ル日ヨリ五年ヲ經過スルトキハ時效ニ罹ルモノトセリ
旣成法典ニ於テ婚姻ノ解消ト同時ニ夫ニ其取消權ヲ失ハシムルニ至リテハ頗ル不當ノ規定ト言フヘシ若シ此ノ如クスルトキハ婚姻ノ將ニ解消セントスルニ當リ妻ハ夫ニ秘シテ種々ノ行爲ヲ爲シ婚姻解消ノ時マテ巧ニ之ヲ秘スルニ於テハ後日ニ至リテ夫之ヲ知ルモ復如何トモスルヲ得サラン是レ夫權ヲ保護スルノ精神ニ協ハス
二、本條第二項ハ明文ナクトモ解釋上正ニ然ルヘキコトナレトモ明言スルノ安全ナルニ如カスト信セシヲ以テ獨逸民法草案ニ倣フテ之ヲ揭ケタリ
財產編第五百五十九條ヲ削除シタルハ算數、氏名、日附、場所ノ錯誤ト雖モ權利ニ影響ヲ及ホスコト多シ此場合ニハ其權利ニ就テ訂正ヲ許ス場合ニ非サレハ算數氏名等ノ錯誤ニ付テモ亦訂正ヲ許スヘキニ非ラス又毫モ權利ニ影響ヲ及ホササル場合ニ於テハ特ニカ丶ル錯誤ノミニ訂正ヲ許スコトヲ要セスト信シタレハナリ
同編第五百四十五條第四項ノ如キ文意ヲ省キタルハ苟モ本條ノ規定ニ於テ時效 ト稱スル以上ハ之ニ時效ノ通則ヲ適用スヘキハ當然ニシテ言フヲ待タサルヲ以テナリ
第五節 條件及ヒ期限
(理由)本節ハ法律行爲ノ附帶事項タル條件及ヒ期限ニ關スル規定ヲ揭クルモノニシテ旣成法典第四百三條乃至第四百二十六條ノ規定ニ相當ス而シテ其第四百二十一條以下ノ規定ハ契約解除ノ部ニ屬スヘキモノナレハ玆ニ之ヲ省ケリ又旣成法典ハ本節ノ規定ヲ財產編第二部第二章義務ノ效力ニ關スル部分ニ揭クト雖モ本案ハ之ヲ總則中ニ揭クル所以ハ條件及ヒ期限ハ總テノ法律行爲ニ附帶セシムルコトヲ得ヘキ事項ニシテ之ヲ附シ得サルハ法律行爲ノ特別ノ性質ニ因ル例外タレハナリ其他條件及ヒ期限ノ二項目ヲ合シテ本節ニ規定シタルハ條件ハ法律行爲ノ效力ニ關シ期限ハ法律行爲ノ存在ニ關シ共ニ法律行爲ノ附帶事項トシテ之ニ關スル規定ハ互ニ相類似シ期限ニ付テハ殆ンド條件ノ規定ヲ準用スルコトヲ得諸國ノ法典モ多ク此例ニ依レハナリ
本節ニ法律上ノ條件ヲ揭ケサルハ本節ハ法律行爲ニ關スル規定ナレハ法律行爲ニ本ツカサル法律上ノ條件ヲ此ニ規定スルハ其當ヲ得サレハナリ又旣成法典ハ第四百六條第四百二十一條等ニ於テ恩惠期限ナルモノヲ認ムト雖モ恩惠期限ハ裁判所ノ定ムル所ニシテ當事者之ヲ動カスコトヲ得サルモノナレハ卽チ契約ノ自由ヲ濫リニ束縛スルモノニシテ其必要ナキノミナラス當事者カ期限ヲ定メテ取引ヲ爲シタルニ拘ラス裁判所カ恩惠期限ヲ與ヘ之レカ爲メニ豫定ノ期限ニ從ヒ取引ヲ實行スルコトヲ得サラシムルニ於テハ取引ノ確實ヲ害スルコト少カラス且旣成法典第四百〇六條ニ依レハ債權者ハ確實ナル損害ヲ受クルニ非サレハ裁判所ハ債務者ニ恩惠期限ヲ與フルコトヲ得ト規定スト雖モ確實ナル損害ノ有無ハ其標準極メテ曖眛ニシテ往々不公平ノ結果ヲ生セシムルコトナシトセス此等ノ理由ニ因リテ本案ハ恩惠期限ヲ認メスト雖モ之ニ依リテ本案ハ旣成法典ノ趣旨ニ反シ債務者ニ不利益ヲ與フルモノニアラス只本案ハ當事者カ自由ニ約束スヘク又其約束シタル所ハ能ク之ヲ遵守シ取引ヲ確實ニスヘキコトヲ望ムモノニシテ取引上隨意ノ條項ニ至リテハ總テ之ヲ當事者ノ自由ニ放任スル主意ニ出ツルノミ
第百二十七條
(理由)旣成法典財產編第四百八條ハ二三ノ立法例ニ倣フテ條件ノ定義ヲ揭クト雖モ之レ固ヨリ本案ノ主義ニ適セサルヲ以テ之ヲ省キ本條ニ於テ單ニ條件成就ノ場合ニ於ケル其效果ヲ規定セリ而シテ條件成就ノ效果ニ付テモ諸國ノ立法例一ニ歸セス旣成法典ハ義務ノ發生又ハ消滅ヲ以テ條件ノ成就ニ係ラシムト雖モ條件ハ法律行爲ノ附帶事項ニシテ其效力ノ發生又ハ消滅ヲ左右スルモノナレハ本案ハ條件ノ法律的性質ニ因リテ本條第一項及ヒ第二項ニ揭クル主義ヲ採用シ法律行爲ハ當初ヨリ存在スルモ其效力ノ發生又ハ消滅ハ條件ノ成就ニ關スルモノタルコトヲ明ニセリ
條件成就ノ效果ハ旣往ニ遡ルヤ否ヤニ付テモ學說及ヒ立法例ハ實ニ區々ヲ極ム旣成法典第四百〇九條ハ明ニ條件ノ溯及效ヲ認ムト雖モ本條第三項ハ全ク反對ノ主義ヲ採リ旣成ニ溯ラサルヲ以テ原則トシ本條第三項ニ當事者カ旣往ニ溯ラシムヘキ意思ヲ有シタルトキハ其意思ニ從フモノト爲セリ之レ條件ハ單ニ一個ノ事實ニシテ法理上當然旣往ニ遡リテ效力ヲ生スヘキモノニ非サルコト明白ナルノミナラス本項ハ當事者カ旣往ニ遡ラシムヘキ意思ヲ有セシヤ否ヤニ付テハ明示又ハ默示ノ表示ハ勿論事情ニ依リテ之ヲ認定スルコトヲモ妨ケサルヲ以テ實際上ノ不便ナク且我國慣習上ニ於テモ條件成就ノ效果カ當然旣往ニ遡ルモノニアラサレハ本項ノ規定ハ當事者ノ意思ニ最モ適スルモノト云フヘシ
第百二十八條
旣ニ第百二十七條ニ於テ條件附法律行爲ニ付テハ法律行爲ハ現ニ存在スルモ其效力ハ未タ發生セス從テ當事者ノ目的トスル本來ノ權利義務ハ未タ發生セサルコトヲ明示セリ然レトモ本案ハ條件附法律行爲ニ由リテ何等ノ關係モ生スルコトナシトスルニアラス却テ一種ノ權利義務ノ發生ヲ認ムト雖モ此權利義務ハ果シテ當事者ノ眞ノ目的トスル權利義務ナルカ將タ單ニ一種ノ希望又ハ拘束ニ止マルカニ付キ種々ノ見觧アルヲ以テ特ニ本條ノ規定ヲ設ケ條件未定ノ間ニ於テハ法律行爲ノ本來ノ目的タル權利義務ニ非サル他ノ一種ノ權利義務ヲ生スルコトヲ明カニセリ蓋當事者カ條件附ニテ法律行爲ヲ爲シタル場合ニ於テ條件成就スルトキハ法律行爲ノ效力ハ完然ニ發生シ初ヨリ無條件ニテ法律行爲ヲ爲セシト同一ノ利益ヲ受ケント欲スルハ當然ニシテ換言スレハ條件未定ノ間ニ於ケル當事者ハ條件ノ成就ニ因リテ將來當ニ受クヘキ利益ヲ害セラレサランコトヲ欲スルモノト云フヘシ然レトモ之單ニ一個ノ希望ニ止マリ未タ權利ト稱スルコトヲ得ス本案ハ即チ之ニ保護ヲ與ヘ以テ始メテ權利ト爲スモノニシテ所謂條件附權利ハ此權利ニ外ナラス而シテ之ニ對スル義務ハ卽チ條件附義務ニシテ條件ノ成就ニ因リテ法律行爲ヨリ生スヘキ相手方ノ利益ヲ害セサルニ存スルモノトス
第百二十九條
本條ハ當事者カ第百二十八條ノ規定ニ依リ條件未定ノ間ニ取得シタル權利義務ハ如何ニ之ヲ處置スルヲ得ヘキカヲ定ムルモノニシテ旣成法典財產編第四百十條第四百十七條及ヒ第四百二十五條ヲ合シテ其主義ニ從フモノトス即チ條件附權利義務ト雖モ特ニ無條件ノ權利義務ト其取扱ヲ異ニスヘキ理由ナキヲ以テ無條件ノ權利義務ニ關スル規定ニ從フ以上ハ隨意ニ處分相續保存又ハ擔保スルコトヲ得ト爲セリ
第百三十條
本條ハ旣成法典財產編第四百十四條ノ字句ヲ修正シタルニ過キス葢自己ノ不利益ヲ恐レ故意ニ條件ノ成就ヲ妨ケ法律行爲ノ效力ノ發生ヲ阻止セントスルハ固ヨリ本法ノ所爲タルヲ以テ其責罰トシテ如斯場合ニ於テハ條件カ成就シタリト認ムルハ正當ノ事タルヘク又之ニ依リテ當事者カ最初法律行爲ヲ爲セシ時ノ希望ニ適ハシムルモノト云フヘシ
第百三十一條
本條ハ過去ノ事實ヲ以テ條件ト爲シ得ルコトヲ認ムルモノニシテ當事者カ條件トシテ附加スル事實ハ過去ニ屬スルコトヲ知リ又ハ之ヲ知ラスシテ法律行爲ニ附加シタル場合ニ於テ法律行爲ノ效力ハ何時ヨリ發生スルヤヲ定ムルモノナリ
蓋條件ハ客觀的ニ未來且不確定ノ事實タルコトヲ要セスシテ單ニ主觀的即チ當事者ヨリ觀察シテ不確定タルコトヲ要スルノミナレハ客觀的ニハ旣ニ確定セル事實ト雖モ主觀的ニ不確定ナルトキハ當事者ニ取リテハ將來ニ確定スヘキ事實ナリト云フヘシ而シテ如斯事實ヲ條件トシテ法律行爲ニ附加スルハ固ヨリ當事者ノ自由ニシテ法律ハ之ヲ禁スル理由ナキノミナラス若シ之ヲ禁セハ取引上ノ不便甚シカルヘシ故ニ本案ハ如斯條件ヲ法律行爲ニ附加スルコトヲ認許スト雖モ如斯條件附法律行爲ハ何時ヨリ效力ヲ生スルモノナルカヲ規定セサルトキハ直ニ第百二十七條ノ規定ヲ適用スル虞ナシトセス故ニ本條第一項及ヒ第二項ニ於テ條件カ旣ニ成就スル場合ト條件ノ不成就カ旣ニ確定セル場合トヲ區別シ且停止條件及ヒ解除條件ニ付テ各法律行爲ノ效力ノ發生時期ヲ明ニセリ
又過去ニ屬スル條件ト雖モ當事者カ條件ノ成就又ハ不成就ヲ知ラサル間ハ當事者ニ取リテハ條件未定ノ狀况ニ在ルモノナレハ此間ニ於テ當事者ハ又第百二十八條ノ規定ニ從ヒ條件附權利義務ヲ有シ得ルハ勿論ニシテ且ツ之ヲ第百二十九條ノ規定ニ從ヒ處分相續等ヲ爲シ得ルヲ以テ當然トス故ニ本條第三項ハ當事者カ條件成就又ハ不成就ヲ知ラサル間ハ右二條ノ規定ヲ凖用スルコトヲ示セリ
第百三十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百十三條ノ一部ヲ採用シテ之ニ字句ニ修正ヲ加ヘタルノミ本條ハ固ヨリ當然ノ規定ニシテ特ニ之ヲ明示スル必要ナキカ如ク獨逸民法草案ノ如キモ此理由ニ因リテ之ヲ省略セリト雖モ條件ハ元來法律行爲ノ附帶事項ニシテ此附帶事項ノ爲メニ其本體タル法律行爲ヲ無效ナラシムルノミナラス遺言ノ場合ニ於テハ不法ノ條件ハ之ヲ附加セサリシモノト見做シ以テ遺言ノ效力ヲ保タシムル如キコトアルヲ以テ此等ノ疑ヲ避クルニハ明白ナル規定ヲ設クル必要アリト信シ旣成法典ノ如ク本條ノ規定ヲ存シタリ
次ニ不法ノ行爲ヲ爲ササルヲ以テ條件ト爲ス場合ニ於テハ或ハ觀察ノ方法ニ依リテ法律行爲ヲ無效トスル理由ナク却テ之ヲ奬勵スヘキモノノ如ク見ユト雖モ法律ノ正面ヨリ觀察スルトキハ不法ノ行爲ヲ爲スヘカラサルハ當然ノ事ニシテ當然ノ事ヲ爲スカ爲メニ利益ヲ受ケ報酬ヲ得ヘキ理由ナク即チ不法行爲ヲ爲ササルコトニ價ヲ附シテ之レヲ買フカ如キハ法律上許スヘカラサルコトトス又不法行爲ヲ爲ササルカ爲ス不利益ヲ受クヘキ場合ハ其條件ノ不法ナル固ヨリ論ヲ俟タス故ニ本條末文ニ於テ不法行爲ヲ爲ササルヲ以テ條件ト爲ス場合ノミヲ規定シ如斯條件附法律行爲モ又無効ナルコトヲ示セリ
第百三十三條
(理由)本條ハ一部ハ旣成法典財產編第四百十三條第一項ノ主義ヲ採リ一部ハ之ニ修正ヲ加ヘタリ而シテ本條ヲ設ケタル所以ハ或場合ニ於テハ法律行爲ニ不能ノ條件ヲ附加スルモ之ヲ附加セサリシモノト見做シ法律行爲ヲ有效ナラシムルコトアルヲ以テ此等ノ疑ヲ避クルノ必要ニ出タリ卽チ本條第一項ハ不能ノ停止條件ヲ附シタルトキハ法律行爲ノ效力カ發生スヘキ時期决ンテ之レ無キヲ以テ如斯法律行爲ハ無效タルヘキ原則ヲ示セリ之ニ反シテ第二項ハ旣成法典ト正反對ノ主義ヲ採リ不能ノ解除條件ヲ附シタル法律行爲ハ無條件トスト規定セリ卽チ旣成法典ノ主義ニ依レハ不能ノ解除條件モ亦不能ノ停止條件ノ如ク法律行爲ノ無效ヲ引起スト雖モ解除條件ノ場合ニハ法律行爲ハ旣ニ效力ヲ生シ之ヲ失フ時ハ到底到來セサルモノナレハ之ヲ以テ法律行爲ヲ無效トスルノ理由ナキハ勿論此場合ニハ却テ條件ヲ附帶セシメサリシモノト見做スヲ以テ正當ト認メ此點ニ於テ旣成法典ノ主義ヲ改メタリ
第百三十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百十五條ノ主義ヲ全然變更シタルモノニシテ旣成法典ハ本條ノ場合ニ於ケル法律行爲ヲ以テ無效ト認メスト雖モ本案ハ全ク之ヲ無效ト爲セリ而シテ其理由ハ條件ハ法律行爲ノ附帶事項ナリト雖モ法律行爲ノ效力ヲ發生セシムル要件ナレハ此要件ニシテ單ニ人ノ意思ニ存スルトキハ極メテ不確定ニシテ何等ノ拘束力ヲ生セス又法律上何等ノ效力ヲ有セシムヘキモノニ非ス例ヘハ或人カ自己ノ欲シタル時ニ或物ヲ與フヘシト云フカ如キハ少シモ法律上ノ價値ヲ有セサルカ如シ故ニ如斯不確定ナル條件ヲ有スル法律行爲ノ効力ハ之ヲ認メサルヲ以テ至當トス然ルニ旣成法典ハ之ニ保護ヲ與ヘ斯ル場合ニ於テハ債權者ハ裁判所ニ對シ債務者カ其意思ヲ確定スヘキ期限ヲ定ムルコトヲ請求シ得ト爲セリ之レ全ク各人隨意ノ取引ニ放任スヘキ事項ニ裁判所ノ權限ヲ及ホサシムルモノト云ハサルヘカラス故ニ本案ハ旣成法典ト正反對ノ主義ヲ採リ本條ノ場合ニ於テハ法律行爲ハ全ク其効力ヲ有セスト爲セリ
次ニ本條ニ於テ單ニ停止條件附法律行爲ノミヲ規定シタルハ解除條件ノ場合ニハ旣ニ充分ニ法律行爲ノ拘束力ヲ生スルヲ以テ之ヲ無効トスヘキ理由ナケレハナリ又債務者ノ意思ノミニ係ルトキト定メタルハ債權者ノ意思ノミニ係ル場合ニハ前ト同シク法律行爲ハ充分ニ拘束力ヲ生スルヲ以テ之亦無効トスヘキ理由ナケレハナリ
第百三十五條
(理由)本條ハ一切ノ法律行爲ニ適用シ得ヘキ期限ニ關スル規定ニシテ旣成法典財產編第四百三條第一項及ヒ第二項ノ主義ニ依レリ即チ第一項ハ法律行爲ニ始期ヲ附シタルトキハ法律行爲ハ旣ニ成立シ其效力モ亦發生スト雖モ期限ノ到來スルマテハ單ニ其履行ヲ請求シ得サルコトヲ定メ又第二項ハ法律行爲ニ終期ヲ附シタルトキハ旣ニ發生シタル法律行爲ノ效力ハ期限ノ到來ニ因リテ消滅スルコトヲ定ムルモノナリ而シテ如斯規定ハ特ニ之ヲ揭クル必要ナキカ如シト雖モ旣ニ次條第二項ニ於テ期限ノ利益ハ之ヲ抛棄スルコトヲ得ト云フ規定ニ對シ又タ期限ノ期定ハ條件ノ規定ト關連シテ相互類似スト雖モ二者其効力ヲ異ニシ期限ハ單ニ法律行爲ノ履行ニ關スルニ拘ラス或ハ之ヲ法律行爲ノ成立又ハ其効力ニ係ラシムル者アルヲ以テ玆ニ明文ヲ揭クル必要アリト認メタリ
次ニ旣成法典財產編第四百三條第三項ヲ除キタルハ義務ノ履行ヲ債務者ノ隨意ノ時ニ任カシタル場合ニ於テ裁判所ヲシテ期限ヲ定メシムルコトヲ許スハ即チ契約ノ自由ヲ濫リニ妨クルモノナレハナリ葢裁判所ハ人民相互ノ法律行爲ヲ補ヒ之レカ爲ニ期限ヲ定ムル如キ職權ヲ有セサルハ明白ニシテ若シ裁判所ヲシテ隨意ニ期限ヲ定メシムルトキハ當事者相互ノ望マサリシコトヲモ裁判上之ヲ强要スル結果ヲ生スルコトアレハナリ
第百三十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百〇四條ノ規定ニ從フモノニシテ法律行爲ニ始期ヲ定メタルトキハ其到來スルマテ債務者ハ履行スルコトヲ要セス又終期ヲ定メタルトキハ此時ニ至リテ義務ヲ免ルヘキモノナレハ通常ノ場合ニ於テ期限ノ利益ハ債務者之レヲ受クルモノト見做スヘキヲ以テ本條第一項ハ反對ノ證據ナキ限ハ此推定ヲ下ストシ而シテ此反證中ニハ旣成法典ノ如ク廣ク要約其他ノ事情ニ因リテ認定スヘキ證據ヲモ含マシムルモノナリ
本條第二項ハ自己ノ利益ハ他人ヲ害セサル限ハ之ヲ抛棄スルコトヲ得ル原則ニ依ルモノニシテ旣成法典第四〇四條第一項第二項ヲ包含セリ然レトモ旣成法典同條第二項ハ第一項ノ如キ但書ナキヲ以テ少シク疑ナキ能ハス故ニ本條第二項ノ如ク其場合ヲ廣クシ相手方カ不利益ヲ受クルコトヲ主張セサル限ハ期限ノ利益ヲ抛棄スルコトヲ得ト定ムルトキハ更ニ疑ヲ生スル虞ナカルヘシ又旣成法典同條第三項ノ規定ハ錯誤辨濟又ハ不當辨濟ノ部ニ入ルヘキモノナレハ此ニ之ヲ省ケリ
第百三十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四〇五條ト殆ント其主義ヲ一ニシ債務者ハ期限ノ利益ヲ失フ場合ヲ規定シ以テ第百三十六條ノ例外ヲ定メタリ旣成法典ハ債權者ノ方ヨリ觀察シ債權者ノ請求ニ因リ債務者ハ期限ノ利益ヲ失フト爲セリ然レトモ期限ハ債務者ノ利益ノ爲メニ定メタルモノトスルヲ以テ原則ト爲スモノナレハ本案ハ債務者ノ方ヨリ觀察シテ本條ノ規定ヲ設ケタリ而シテ本條第一號ニ於テ家資分散ノ事ヲ揭ケサルハ家資分散ハ破產ノ中ニ含マルヘキヲ以テ單ニ破產ノ宣吿ト爲セリ
次ニ本條第二號ハ旣成法典第四〇五條第三號ト同一ニシテ旣成法典ニハ特別擔保ナル字句ヲ用ユト雖モ之レ旣成法典ハ擔保編第一條ニ於テ債務者ノ財產ハ總債權者ノ共同擔保ナリト云フ如キ見解ヲ取リタルニ因リ之ニ照合セシムル爲メ如斯字句ヲ用ヒタルモノニシテ元來擔保ト云フ以上ハ特定セルモノナルコト勿論ナルヲ以テ本案ハ單ニ擔保ト稱シタリ又本條第三號ハ旣成法典第四〇五條第三號ヲ簡約シタルニ過キサレハ別ニ說明ヲ要セス
旣成法典第四〇五條第二號ノ規定ハ旣ニ本條第一號及ヒ第三號ノ規定ニ依リテ明ナルノミナラス破產法ヲ設ケラルル以上ハ其必要ヲ見サルヲ以テ之ヲ删除セリ
又同條第四號ノ規定ハ諸國ノ法典ニ其例ヲ見サル規定ニシテ義務不履行ニ本ツク解除條件ト見做シ契約解除ノ規定中ニ入ルヘキモノナレハ此ニ之ヲ删除セリ
第五章 期間
(理由)本章ハ法令、裁判上ノ命令又ハ法律行爲ノ中ニ期間ヲ定メタル場合ニ於テ其期間ノ計算法ヲ規定スルモノナリ旣成ノ民法ハ時効ニ關シ商法ハ契約上ノ期間ニ關シ民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法ハ訴訟ノ期間刑事ノ時効等ニ關シテ各特別ノ規定ヲ爲スノミニシテ未タ一般ニ共通ノ計算方法ヲ規定セルモノアラス從テ一ニハ右ノ特別ノ規定ニ漏レタル事項ニ關シテハ如何ナル計算法ヲ採ルヘキヤニ付キ疑義ヲ生スルコトアルヘク又一ニハ右ノ規定中往々其主義ヲ異ニスルモノアリテ彼此權衡ヲ得サルノ虞アルヲ以テ本條ニ於テハ索遜、モンテネクロノ民法及ヒ獨逸民法草案等ニ倣ヒ爰ニ一章ヲ設ケテ期間ノ一般ノ計算法ヲ規定シ特別ノ規定命令又ハ合意ノアル場合ノ外ハ凡テ之ニ依ラシムルコトトセリ
商法第三百七條ニハ滿期日ハ日ヲ指シテ之ヲ定メ又ハ期間ヲ設ケテ之ヲ定ムルコトヲ得ト云ヘルモ是レ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ爰ニ之ヲ揭ケス
民事訴訟法第百六十七條ニハ當事者ノ住居地ト裁判所所在地トノ距離ニ應シ法律上ノ期間ヲ伸長スルノ規定アリト雖是レ一般ノ期間計算法ニ悉ク適用シ得ルモノニアラサルヲ以テ亦爰ニ之ヲ揭ケス
第百三十八條
(理由)旣ニ述タルカ如ク本章ノ規定ハ法令、裁判上ノ命令又ハ法律行爲ニ特別ノ期間計算法ヲ定メサル場合ニ限リテ之ヲ適用スヘキモノナルカ故ニ首條ニ於テ其旨ヲ明カニセリ
第百三十九條
(理由)本條ノ規定ハ民事訴訟法及ヒ刑事訴訟法ニハ之ヲ揭ケタレトモ民法及ヒ商法ニハ之ヲ揭ケス是レ其言フヲ待タサルコトナルニ因ルヘシト雖モ旣ニ日、週、月、年ニ付テハ此種ノ規定ヲ設ケ獨リ時ニ付テノミ之ヲ略スルハ體裁上其宜ヲ得タルモノニアラス且又意外ニモ時ノ起算ニ關シテ疑ヲ起スモノアルヤモ計ラレサルカ故ニ爰ニ本條ヲ設ケタルナリ
第百四十條
(理由)一、本條ノ規定ハ刑法ヲ除クノ外我諸法典ノ凡テ採用シ又モンテネグロ西班牙ノ民法澳太利白耳義ノ刑事訴訟法ヲ除キ諸外國法典ノ等シク採用セル主義ニ從フテ設ケタルモノナリ刑法ニ於テ之ニ異ナル規定アルハ成ルヘク刑期ノ經過ヲ速メテ犯人ノ利益ト爲サント欲スルニ因ルモノニシテ民法ニ於テ之ニ模倣シ難シ商法ニ於テハ日ヲ以テ時間ヲ定メサル場合ニノミ本條ノ規定ヲ採用シ週、月、年ヲ以テ定メタル場合ニハ之ヲ採用セス唯第三百八條ニ最後ノ週、月又ハ年ニ於テ結約ノ日ニ應當スル日ヲ滿期日ト看做スト云ヘルニヨリ本條ノ規定ト略同一ノ結果ヲ得ヘシト雖モ必スシモ常ニ然リト言フヲ得ス仍第百四十三條ニ至リテ之ヲ說明スヘシ此ノ如ク日ヲ以テ定ムルト週、月、年ヲ以テ定ムルトニヨリ其期間ノ計算法ヲ異ニスルハ甚タ不可ナルコトト信スルヲ以テ本案ニ於テハ總テ一樣ニ之ヲ規定セリ
二、本條但書ヲ加ヘタルハ一ノ期間ノ終リタル後直チニ開始スヘキ期間又ハ零時ニ出產シタル人ノ年齡ヲ算スルカ如キ場合等ニ於テ本文ヲ適用スレハ一日ヲ空フスルノ結果ヲ生スルニヨリ獨逸民法草案ニ倣フテ之ヲ置キシナリ(獨二草一五五、二項)
三、我民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法及ヒ索遜民法、西班牙商法、獨逸伊太利ノ刑法等ニハ一日トハ二十四時間ヲ謂フモノトシ民法證據編(九九、二項)及ヒモンテネグロ索遜ノ民法等ニ於テハ午前零時ヨリ午後十二時マテヲ一日トスル旨ヲ規定セリト雖モ旣ニ本條ニ於テ初日ヲ算入セスト云ヒ又次條ニ於テ末日ノ終了ヲ以テ期間ノ滿了トスト云フ以上ハ一日トハ午前零時ヨリ午後十二時マテ卽チ二十四時間ナルコトハ自ラ明白ナリ且又殊更玆ニ二十四時間ヲ以テ一日トスル旨ヲ揭クルトキハ却テ時ニ依リテ期間ヲ算スヘキモノナルヤノ疑ヲ起サシムルノ嫌アルヲ以テ本案ニハ此ノ如キコトヲ揭ケス
第百四十一條
(理由)本條第一項ハ殆ント言フヲ待タサルカ如シト雖モ之ニ異ナル法文又ハ慣習モ往々是レアリ商法第三百六條(澳商三二八、瑞債務法八八、獨商三二八)ノ如キハ滿期日卽チ期間ノ末日ニ契約ノ履行ヲ請求シ得ルモノトシ其他實際ノ慣習ニ於テモ屢本條ノ規定ト異ナルモノアルヲ以テ爰ニ法文ニ於テ一般ノ原則ヲ示シ置クコトヲ必要トス商事ニ關シテ特別ノ規定ヲ必要トスレハ商法ニ之ヲ揭ケテ可ナリ又明瞭ナル慣習アル場合ニハ其慣習ニ從フテ可ナリ唯特別ノ規定モナク又慣習モナキトキハ本條ノ規定ニ從フヘキモノトス第二項ハ商法第三百十二條(澳商三三二瑞債務法九二獨商三三二)ニ倣ヒテ之ヲ加ヘタリ唯商法ニハ特別ノ情況アルトキノ外ハ履行地ニ於ケル慣習上ノ取引時間ヲ以テ履行ニ付テノ一日ノ時間ト看做スト云ヒテ苟モ履行地ニ取引時間ナルモノアルトキハ皆之ニ從ハサルヘカラサルカ如シト雖モ商業ノ種類ニ依リ一定ノ取引時間ノ外取引ヲ爲ササルモノト然ラサルモノトアルカ故ニ單ニ法定又ハ慣習ノ取引時間アルトキハ云々トセリ
第百四十二條
(理由)本條ハ商法民事訴訟法及ヒ刑事訴訟法ノ規定ヲ襲用シタルモノナリ唯此等ノ諸法典ニハ日曜日其他一般ノ休日ニハ凡テ此規定ヲ適用スヘキモノトセルモ本案ニ於テハ之レカ適用ヲ其日ニ取引ヲ爲ササル慣習アル場合ニ限レリ是レ訴訟ノ如キコトハ事法廷ニ關スルカ故ニ宜シク旣成法典ノ如クスヘキモノナリト雖モ通常ノ取引ニ至テハ決シテ然ラス我國ノ慣習上日曜日及ヒ大祭日ニ取引ヲ休廢スルモノ甚タ多カラス而シテ現ニ取引ヲ爲シオルニ其日ヲ期間ノ計算ニ入レサルハ大ニ不可ナルヲ以テナリ又銀行其他ノ諸會社ハ槪ネ官廳ト同樣ニ休日ヲ定ムルモ此他ノ日ヲ以テ休日トスル慣習ノ往々存スルコトアルニ因リ本文ノ如ク記載シテ專ラ慣習ニ依ルコトヲ得セシム
第百四十三條
(理由)一、旣成法典證據編ハ年又ハ月ヲ以テ定メタル期間ハ曆ニ從フト云ヒ民事訴訟法、刑法及ヒ刑事訴訟法ハ年ヲ以テスル期間ハ曆ニ從フト云ヒ英法ニ於テハ月ハ曆ニ從ヒテ之ヲ算スルノ規定ナリ單ニ曆ニ從フト云フトキハ週、月又ハ年ノ始ヨリ期間ヲ起算スヘキ場合ニハ明瞭ナリト雖モ其半途ヨリシテ之カ起算ヲ爲ス際ニハ實際ノ適用ニ關シテ屢疑ヲ生スルコトアルヲ以テ本條第二項ノ如キ規定ヲ必要トス、商法ハ澳太利、瑞西、モンテネグロ及ヒ獨逸等ノ法律ニ於ケルカ如ク結約ノ日ニ應當スル日ヲ 以テ滿期日ト見做セリ此ノ如クスルトキハ期間開始ノ月又ハ年ニ存スル日カ最後ノ月又ハ年ニ之ナキ場合ニハ如何スヘキカ又例ハ平年二月ノ末日即チ二十八日ニ一箇月ノ期間ヲ以テ結約シタル場合ニ於テ此規定ニ據ルトキハ三月二十八日ヲ以テ滿期日トスヘキカ如シ結約ノ日即チ二月二十八日ヨリ起算シ越エテ翌三月ノ二十八日ニ至レハ一箇月ノ期間經過セリト云フモ可ナレトモ期間ノ計算ニハ凡テ初日ヲ算入セサル主義ヲ採リシカ故ニ前例ニ於テハ二月二十八日ノ翌日即チ三月一日ヨリ起算セサルヘカラス三月一日ヨリ起算シ同二十八日ヲ以テ期間ノ滿了トスレハ一箇月ノ中ニ尚三日ノ殘餘アルニ旣ニ一箇月ヲ經過セシモノト看做スハ大ニ不可ナルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ改メ起算日ニ應當スル日ノ前日 ヲ以テ期間ヲ滿了スルモノトシタリ然リ而シテ最後ノ月ニ起算日ニ應當スル日ノ存セサル場合アリ例ハ二月ニハ通常二十九日三十日及ヒ三十一日ナク小ノ月ニハ凡テ三十一日ナク又閏年ニハ二月二十九日アルモ平年ニハ之ナキカ如シ故ニ豫メ此ノ如キ場合ヲ規定シオカサルトキハ實際ニ臨ミテ不都合ヲ生スルコトアルヲ以テ本條第二項ニ但書ヲ加ヘタリ
二、民事訴訟法、刑法及ヒ刑事訴訟法ニ於テハ一箇月ノ期限ハ三十日トスル旨ヲ規定シ外國ニ於テモ其例ナシトセス(伊二一三三、二項、同刑三〇、二項、獨二草一五九、索八三)唐ノ名例律ニモ稱年者以三百六十日ト云ヒ我名例律ニモ同一ノ規定アリタルカ如ク隨テ一箇月ハ三十日トセルカ如シト雖モ苟モ月ヲ定ムルニ日ヲ以テスルトキハ年ヲ定ムルニモ亦日ヲ以テシ一年ハ三百六十日若クハ三百六十五日ナリトセサレハ年ト月トノ計算ノ間ニ其權衡ヲ得サルカ如シ獨逸民法草案索遜民法西班芽商法唐律等ニ於テハ年ヲ算スルニモ亦日數ヲ以テセリト雖モ旣ニ法律ニ於テ日ヲ以テ期間ヲ定ムルコトヲ得ルモノトセルニ拘ラス特ニ月又ハ年ヲ以テ之ヲ定メタル以上ハ反對ノ證據アルマテハ曆ニ從ヒテ之ヲ算スルノ意ナリト解スルヲ穩當トス獨逸民法草案及ヒ索遜民法ニ於テハ一ノ區別ヲ設ケ唯漠然ト幾月又ハ幾年ト云ヘル場合ニハ日ヲ以テ之ヲ算シ起算點ノ確定セル場合ニ於テハ曆ニ從ヒテ之ヲ算スヘキコトトセルモ此ノ如キ區別ハ實際ノ適用上往々爭疑ヲ惹起スルノ虞アルノミナラス唯漠然ト月數又ハ年數ヲ以テ期間ヲ定ムル場合ト雖モ法律ノ推測ヲ以テ日數ヲ以テ期間ヲ算定スルノ意思アリシモノトフルハ或ハ事實ニ適合セサルコトアルヘキヲ以テ本案ニ於テハ此ノ如キ區別ヲ設ケス一定シテ凡テ曆ニ從フヘキモノトセリ
三、商法第三百十條ニハ半箇月ハ十五日ノ期間ト看做スト云ヒ外國ニ於テモ其例乏シカラスト雖モ本案ハ之ヲ採ラス蓋シ我邦ニ於テハ期間ヲ定ムルニ半箇月ヲ以テスルコト甚タ少ク偶々之アル場合ニハ曆ニ從ヒ一箇月ト看做スヘキ日數ノ半ヲ以テ半箇月トスレハ可ナルヲ以テナリ本案ノ如キ計算法ニ據ルトキハ半箇月ハ十四日又ハ十五日ノ外十四日半若クハ十五日半ノ如キ半日數ヲ生シ半日ノ計算ハ稍困難ナルノ感アレトモ本案ニ於テハ期間ノ計算ニハ初日ヲ算入セサルカ故ニ一日トイヘハ必ス午前零時ヨリ午後十二時マテヲ云フモノトナリ半日ハ常ニ正午ヲ以テ終ハルヘキニ依リ半日ノ計算頗ル容易ナリ且又半箇月ニ關スル規定ヲ必要トスレハ勢ヒ半箇年ニ關スル規定ヲモ設ケサルヲ得ス獨逸民法草案索遜民法等ニハ現ニ之ヲ規定セリト雖モ半箇年ハ六箇月ノ謂ナルコトハ我邦ノ慣習ニ於テ殆ント一定セル所ニシテ又一年ヲ算スルニハ曆ニ從ヒ日數ヲ以テセストセル以上ハ殆ント此他ニ解釋ノ方法ナキナリ此ノ如キ理由ニ因リ本案ニ於テハ半箇月及ヒ半箇年ニ關スル規定ハ凡テ之ヲ設ケサルコトトセリ
第六章 時效
(理由)旣成法典ハ時效ヲ以テ證據ノ一種ト爲シ之ヲ證據編ノ終ニ規定セリ是レ葢シ時效ヲ法律上ノ推定トシ法律上ノ推定ヲ一ノ證據トシタルニ因レルナリ反證ヲ許ササル法律上ノ推定ヲ證據ナリト云フコト旣ニ不穩當ナリ且又時效ヲ法律上ノ推定ナリトスルノ說ニ至リテモ未タ其正鵠ヲ得タルモノト謂フコトヲ得ス占有者ノ善意ナルト惡意ナルトニヨリテ取得時效ノ年數ヲ異ニスルノ一事ヲ見テモ時效ノ決シテ法律上ノ推定ニアラサルコトヲ知ルニ足ル之ヲ沿革ニ徵スルモ羅馬ノ「ウズカピオ」 Usucapio. ハ法定ノ取得方法ニシテ「テオドシユス」第二世ノ制定シタル三十年ノ時效ハ訴權ノ消滅方法ナリシコトハ疑ヲ容サル所ナルヲ以テ本案ハ之ニ倣ヒ旣成法典ノ主義ヲ變シ時效ヲ以テ權利ノ取得及ヒ消滅ノ方法ト認メタリ
取得時效ハ主トシテ物權取得ノ方法ニシテ消滅時效ハ主トシテ人權消滅ノ方法ナルカ故ニ前者ハ之ヲ物權編ニ揭ケ後者ハ之ヲ債權編ニ揭クルヲ可トスルノ說アリ又獨逸民法草案索遜民法等ノ如ク消滅時效ノミ民法ノ總則ニ揭ケ取得時效ハ之ヲ物權編ニ揭クルノ例アリ其他瑞西聯邦中ニ於テモ取得時效ヲ物權編ニ揭クルノ例ニ乏シカラスト雖モ本案ニ於テハ取得時效ハ物權取得ノ方法タルト同時ニ又人權取得ノ方法トモ爲ルモノトシ消滅時效ハ人權其他各種ノ財產權ニ通シテ消滅ノ方法ト爲ルモノトスルカ故ニ勢ヒ悉ク之ヲ總則ニ揭ケサルコトヲ得ス且時效ニ關スル規則ノ中ニハ取得時效ト消滅時效ニ共通スルモノ頗ル多クアリ隨テ之ヲ一所ニ規定スルヲ便ナリトスルカ故ニ總則中ニ本章ヲ置キ以テ時效ニ關スル原則ヲ網羅シタリ
證據編第百四十四條以下ニ規定セル所謂即時時效 ナルモノハ其性質時效 ニアラスト信スルヲ以テ占有權ノ章ニ規定スヘキモノトシテ玆ニ之ヲ省ケリ
證據編ハ其末尾ニ附則ヲ置キ新法實施前ニ生シタル權利ノ時效ニ關スル特別ノ規定ヲ設ケタリト雖モ本案ニ於テハ此ノ如キ規定ハ凡テ之ヲ民法施行條例ニ讓ルコトトセリ
第一節 總則
(理由)前段旣ニ論スルカ如ク時效ノ規則中ニハ取得時效ト消滅時效ニ共通ナルモノ多キカ故ニ之ヲ一節ニ纒括シテ總則 トナシ次ノ二節ニ於テハ各種ノ時效ニ特別ナル規則ヲ揭クルコトトセリ
證據編第八十九條ニハ時效ノ定義ヲ揭クルト雖モ本案ニハ成ルヘク不必要ノ定義ヲ揭ケサルコトトセルニ因リ之ヲ省キタリ況ンヤ證據編ニ揭クル定義ノ如キハ旣ニ章首ニ於テ論シタル本案ノ主義ト合セサルモノナルカ故ニ右ノ條文ハ之ヲ削除セリ
同編第九十條ハ時效ヲ法律上ノ推定トセル結果ヲ揭ケタルモノニシテ本案ニハ全ク必要ナキモノナルヲ以テ亦之ヲ削除セリ
同編第九十二條ハ或ル訴權ノ行使ノ爲メ法律ニ定メタル期間 ハ時效ノ一般ノ規則ニ從フヘキモノトシ旣成法典ノ人事編財產編等ニ此種ノ期間頗ル多シ然レトモ其中ニハ或ハ之ヲ時效トシテ可ナルモノモアレトモ多クハ時效ノ規定ヲ適用シ難キモノナルヲ以テ旣成法典ノ如キ槪括ノ法文ヲ設ケテ之ヲ覆フコトナク時效ノ規定ヲ適用スヘキ場合ニハ殊ニ時效 ナル文字ヲ用井其他ノ場合ハ豫定期限 (délai préfixe)ト稱シテ之ニ時效ノ中斷停止等ノ規定ヲ適用セサルヲ妥當ナリトス是レ第九十二條ヲ削除シタル所以ナリ
同編第九十三條ニハ何人モ時效ヲ援用スルコトヲ得又時效ノ對抗ヲ受クヘキコトヲ規定セリト雖モ是レ固ヨリ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
同編第九十四條ニハ融通物及ヒ讓渡スコトヲ得ル物ニ非サレハ時效ニ罹ラストセリト雖モ元來融通物ニアラサレハ財產權ノ目的タルコトヲ得サルモノナルヲ以テ不融通物ノ時效ニ罹ルコトヲ得サルハ當然ノ事ナリ又讓渡スコトヲ得サル物ハ時效ニ罹ルコトヲ得ストノ一般ノ規定ヲ設クルノ必要ナク若シ或場合ニ於テ之ヲ必要ナリトスレハ其場所ニ於テ殊ニ規定シテ可ナリ又第三項ニ於テ公有ノ財產ハ凡テ時效ニ罹ラストスルノ規定ハ稍廣キニ失スルノ嫌アルヲ以テ同條ハ全然之ヲ削除セリ
同編第九十五條ニハ權能ハ時效ニ罹ラスト云ヘル規定ヲ設クルモ所謂權能 ナルモノ亦權利 ニ外ナラス原則トシテ之ヲ時效ニ罹ラサルモノトスルハ不可ナリ唯或ル權利ノ性質ヨリシテ長ク之ヲ行使セサルモ時效ニ罹ラサルモノアリト雖モ是レ其權利ニ就テ特ニ規定スヘキモノナリト信スルヲ以テ本條モ亦之ヲ削除セリ
同編第九十六條第二項及ヒ第百六十一條ハ時效ヲ法律上ノ推定トセシ結果ニシテ本案ノ主義ト異ナルカ故ニ之ヲ削除セリ
同編第九十七條ノ規定ハ言フヲ待タスト信スルヲ以テ之ヲ削除セリ
同編第九十八條ハ民事訴訟法ノ規定ノ當然ノ結果ニ過キサルカ故ニ之ヲ削除セリ
以上ノ如キ理由ニ因リ證據編ノ時效ノ性質及ヒ適用ニ關スル規定ハ大略之ヲ削除セリ
第百四十四條
(理由)本條ノ規定ハ證據編第九十一條ト其主意ヲ同シウス旣ニ章首ニ於テ述ヘタルカ如ク本案ハ時效ヲ以テ取得又ハ消滅ノ直接ノ方法トセルカ故ニ特別ノ明文ナキ以上ハ其效力ハ决シテ旣往ニ遡ルモノニアラス然リト雖モ時效ハ公益上ノ必要ヨリ生スル規定ニシテ權利ノ長ク不確定ノ有樣ニアルコトヲ防キ成ルヘク爭訟ノ少カランコトヲ欲スルモノナルニ若シ此時效ノ主義ヲ一貫シ其效力ハ單ニ取得又ハ消滅ノ時以後ニアルモノトスルトキハ時效ノ起算日ヨリ其完成ノ時ニ至ルマテノ期間ニ生シタル種々ノ錯綜セル法律關係ヲ一々決定セサルヘカラサルコトトナリ爲メニ時效ノ效用ヲ大ニ減少スルニ至ルヲ以テ本案ニ於テモ本條ヲ設ケテ此種ノ弊害ヲ避ケタリ唯旣成法典ノ如ク取得時效ト消滅時效トヲ分チテ二項ニ規定スルノ必要ナシト信シタルヲ以テ本條ニハ纒メテ之ヲ一項ニ規定セリ
第百四十五條
(理由)本條ハ證據編第九十六條第一項ノ規定ト其主義ヲ同シウシ唯聊カ其文ニ修正ヲ加ヘタルノミ證據編ニ判事トアルヲ改メテ裁判所トセシハ裁判ヲ爲スハ裁判所ニシテ判事其人ニアラサルカ故ナリ
第百四十六條
(理由)本條ハ證據編第百條ト其主意ヲ同シウシ唯其文ヲ簡ニシタルニ過キス但同條第二項ニ進行中ト雖モ旣ニ經過シタル時期ノ利益ハ之ヲ抛棄スルコトヲ得 ト言ヘルハ即チ時效中斷ノ一方法トシテ追認ヲ許セルモノニシテ同第三項ノ暗ニ認ムル所ナレトモ本案ニ於テハ時效中斷ノ方法タル承認ノコトハ之ヲ次條ニ規定スルヲ以テ玆ニハ之ヲ省ケリ
證據編第百一條及ヒ第百二條ハ言フヲ待タサルコトナルヲ以テ之ヲ削除シ第百三條ハ第三編ニ規定スヘキコトト信スルニ據リ同シク之ヲ削除セリ
第百四十七條
(理由)一、證據編第百四條第一項ニハ經過シタル時期ノ利益カ消滅スルトキハ時效ハ中斷ストアルモ是レ時效中斷ノ定義ノ如キモノニシテ殊更法文ニ之ヲ揭クルノ必要無シト信スルニ據リ之ヲ削除セリ又第百五條ニハ自然ノ中斷ト法定ノ中斷 トヲ區別セリト雖モ自然ノ中斷ハ取得時效ノミニ關スルモノナルカ故ニ之ヲ第二節取得時效ノ部ニ讓リテ玆ニハ之ヲ規定セス且特ニ此ノ如キ名稱ヲ付スルノ必要モ無シト信シタルヲ以テ本案ニ於テハ單ニ中斷ト曰ヘリ
二、同編第百九條ハ一切ノ請求ヲ以テ時效中斷ノ方法トセスシテ唯裁判上ノ請求、勸解上ノ召喚又ハ任意出席執行文提示又ハ催吿 ニ之ヲ限レリ右ノ催吿 ト言ヘルハ果シテ執達吏ニ依リテ爲スヘキモノノミナルカ若シ然リトスレハ大ニ我邦ノ慣習ニ反スルモノト言ハサルヲ得ス我邦ニハ執達吏ヲ使用シテ督促ヲ爲スカ如キ一般ノ慣習決シテナキナリ且余輩ノ信スル所ニ據レハ執達吏ヲ使用セサルモ督促ノ意思ニシテ苟クモ十分明瞭ナルニ於テハ之ニ時效中斷ノ效ヲ付スルモ敢テ不可ナキナリ若シ又催吿 ノ文字ニシテ執達吏ニ依ルト否トヲ問ハス一切ノ督促ヲ包含スルモノトセハ是レ單ニ請求ト言フニ等シク且請求 ト曰ハハ原文第一號乃至第三號ニ列擧セル請求ヲ悉ク網羅シ尚此上ニ破產手續參加 ノ如キモノマテヲモ明カニ含蓄セシメテ法文ノ意ヲ正確ナラシムルコトヲ得ルナリ旣成法典ハ裁判上ノ請求ト曰ヘルモノノ中ニ破產手續參加ヲモ包含セシムルノ意ナルカ如シト雖モ破產ノ手續ハ普通ノ裁判手續ト大ニ異ナル所アルカ故ニ若シ原文ノ如クニ諸般ノ請求ヲ列擧スルモノトセハ破產手續參加ノ如キハ亦特ニ明揭スヘキモノナラン而シテ本案ハ列擧ノ方法ヲ採ラス伊、西、「ヴヲー」等ノ法典ニ倣ヒ一切ノ請求 ヲ時效中斷ノ方法トスル旨ヲ槪括的ニ揭ケタリ
三、同條第三號ニハ執行文提示 ヲ揭ケタレトモ民事訴訟法ニ於テハ單ニ之ヲ執行手續ノ一部ト看做シ差押ノ際ニ爲スヘキモノトセルヲ以テ殊更之ヲ特別ノ中斷方法ト爲ササルヲ可ナリト信シ本案ニ於テハ之ヲ省ケリ蓋シ之ヲ中斷方法トセサル例ハ外國ニモ多クアル所ナリ(澳、瑞、「モンテネグロ」、西、獨、印)此修正ノ結果トシテ證據編第百十五條ノ削除ヲ來ス
四、同條ハ單ニ差押ノミヲ揭ケタレトモ本案ニ於テハ更ニ假差押 及ヒ假處分 ヲ加ヘタリ同條ノ草案ニハ純然タル差押ヲ執行差押 (saisie-exécution)又ハ差押命令 (saisie-arrêt)ト曰ヒ假差押 ヲ「セージーコンセルヴヮトワール」(saisie conservatoire 保存差押 ノ意)ト曰ヒ汎ク差押 ヲ稱シテ「セージー」(saisie)ト曰ヘルヲ以テ單ニ差押ト言フトキハ純然タル差押ノ外ニ假差押マテヲモ包含スルコトトナルモ我現行ノ民事訴訟法ニ於テハ差押ト假差押ヲ明カニ區別スルカ故ニ民法ニモ亦之ヲ別記スルノ必要アリ殊ニ假處分ノ如キハ到底差押ノ中ニ包含セシムルコトヲ得サルヲ以テ旁本條ノ如ク補正セリ
五、同條第二項ノ規定ハ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
第百四十八條
(理由)證據編第百十條ト其意義ヲ同ウシ唯文字ニ修正ヲ加ヘタルノミ
第百四十九條
(理由)一、證據編第百十一條ハ方式ニ於テ無效タル請求及ヒ管轄違ノ請求モ亦時效中斷ノ效ヲ生スルモノトセリ是レ外國ニ於テモ其例ナキニ非スト雖モ不適法ノ請求ヲ以テ法律上ノ效力ヲ生スルモノトスルハ决シテ其當ヲ得タルモノニアラス且又裁判上ノ請求ニ關シテ此ノ如キコトヲ認ムルニ於テハ法規ノ權衡上他ノ中斷行爲ニ關シテモ亦不適法ノモノヲ有效トセサルヘカラサルニ至ラン本案ハ此ノ如キ主義ヲ採ラスシテ無效ノ請求ハ總テ之ヲ採用セサルコトトセリ或ハ少シク酷ニ失スルノ觀アレトモ本案ニ於テハ汎ク如何ナル請求ヲ以テモ時效ヲ中斷シ得ルモノトセルカ故ニ當事者少シク注意スレハ違式又ハ管轄違ノ爲メニ其權利ヲシテ時效ニ罹ラシムルカ如キ憂决シテナカルヘシ
二、同條ニハ本訴ト附帶訴ト反訴トヲ問ハスト曰ヘルモ是レ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ省ク
三、同編第百十二條第三號ニハ時ニ訴訟手續カ民事訴訟法ニ定メタル時間休止シテ無效ト爲リタルトキハ中斷ハ不成立 ナリト曰ヘトモ此場合ハ民事訴訟法第百八十八條第三項ノ規定ニ於テ訴訟ヲ取下ケタルモノト看做セルモノナルヲ以テ自ラ本條ノ中ニ包含スルモノトシテ今特ニ之ヲ揭ケス
第百五十條
(理由)前條ニ於テ裁判上ノ請求カ時效中斷ノ效ヲ生セサル場合ヲ規定セルト同一ノ精神ヨリシテ本條ニ於テハ支拂命令ニ關シテ同種ノ規定ヲ設ケタルナリ
第百五十一條
(理由)本條ハ證據編第百十四條ニ些少ノ修正ヲ加ヘテ民事訴訟法ノ規定ニ恊合セシメント欲シタルノミ
第百五十二條
(理由)本條ハ旣成法典ノ明文ニ無キ所ナリ玆ニ之ヲ加ヘタルノ理由ハ第百四十七條ノ理由中ニ述ヘタルカ如ク破產手續參加ハ裁判上ノ請求ナリト言ヒ難キヲ以テナリ猶支拂命令ニ關スル一條ヲ設ケシト同理由ニ基ク
第百五十三條
(理由)本條ハ證據編第百十六條ト略其意義ヲ同シウス唯證據編ニハ單ニ裁判上又ハ勸解上ノ請求ヲ爲シタルニ非サレハト曰ヒシヲ本案ニ於テハ更ニ任意出頭、破產手續參加以下ノモノヲ加ヘテ一層適理ノモノト爲シタル差アリ
第百五十四條
(理由)本條ハ證據編第百十七條第一項及ヒ第二項ヲ合併シテ修正ヲ加ヘタルモノナリ其第三項ハ別條ヲ設ケテ之ヲ規定スルヲ便ナリトス同條第一項及ヒ第二項ハ互ニ立法ノ精神ヲ同シウシ從テ成ルヘク其規定ヲ均一ニ爲スヘキモノナルニ原文ニハ別異ノ法文ヲ設ケタルカ爲ニ頗ル不體裁ノ觀アルヲ以テ今改メテ之ヲ一ニス其假處分ヲ加ヘタルハ第百四十七條第二號ノ結果ニ過キサルナリ又同條第二項ハ單ニ民事訴訟法第七百四十六條ノ場合ノミヲ豫想シテ規定スルモ他ノ場合ニ於テモ若シ法律ノ規定ニ從ハサルトキハ 亦時效中斷ノ效ヲ生セサルモノトナスヘキカ故ニ宜シク本案ノ如ク修正スヘキナリ又差押等ノ取消ノ原因ハ法律ノ規定ニ從ハサルト權利者ノ請求 ニ因ルトヲ區別スヘキ必要ナク且之ヲ區別スルトキハ第百四十九條以下ノ規定ト權衡ヲ失スルヲ以テ本案ハ旣成法典ヲ補正シテ「權利者ノ請求ニ因リ」ナル文字ヲ加ヘタリ
第百五十五條
(理由)本條ハ證據編第百十七條第三項ニ假差押及ヒ假處分ヲ加ヘタルノミ之ヲ加ヘタルハ第百四十七條ノ規定ニ恊合セシメンカ爲メナリ
第百五十六條
(理由)一、本條ハ證據編第百二十二條第一項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス其第二項ヲ削除シタルハ不動產ニ關シテ特別ノ能力又ハ權限ヲ必要トスルノ理ナシト信シタレハナリ
二、同編第百十八條及ヒ第百十九條ニハ裁判上ノ追認 、裁判外ノ追認 、口頭追認 、書面追認 、自發追認 、應問追認 、明示追認 、默示追認 ノ區別ヲ爲スト雖モ此ノ如キ區別ハ法律ノ明文ニ揭クルコトヲ要セス又第百十九條ニハ默示追認ノ例ヲ擧ケタリト雖モ其列擧セル場合ハ何レモ皆明瞭ニシテ特別ノ明文ヲ要セサルモノナルカ故ニ右ノ二條ハ全然之ヲ削除セリ
三、同編第百二十三條ノ規定モ亦當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ蓋シ特別ノ證據方法ヲ要スル場合ナレハ特ニ之ヲ規定スルノ必要アリト雖モ通常ノ證據方法ニテ可ナル場合ニ一々之ヲ明言スレハ到底其煩ニ堪ヘサレハナリ
第百五十七條
(理由)本條第一項ノ規定ハ證據編第百四條第二項ト其主意ヲ同シウス同編第百二十一條及ヒ第百六十三條ニ據レハ短期時效カ追認又ハ裁判上ノ請求ニ因リテ中斷セラレタルトキハ長期時效ニ變スルモノトセルコト猶佛國民法及ヒ白國民法草案ノ如クシ和蘭瑞西等ノ法律及ヒ獨逸民法草案ニ之ニ類スルノ規定アレトモ權利ハ單ニ權利者カ承認ヲ爲スコトニ因リテ其性質ヲ變スヘキノ理ナク又裁判ハ唯以前ヨリ存セル權利ヲ認定スルニ過キサルコトハ今日ノ法制ニ於テ一般ニ認ムル所ナルヲ以テ權利者ニシテ特ニ更改ヲナスノ意志ヲ表示セサルニ於テハ權利ハ決シテ其性質ヲ變セサルモノト視ルヲ妥當ナリトス故ニ本案ハ伊國民法(二一四一、二項)印度出訴期限法(一九、二〇)等ニ倣ヒ短期時效ハ之ヲ中斷スルモ爲メニ長期時效ニ變スルコトナキモノトセリ
二、本條第二項ハ證據編第百十三條ト其主意ヲ同シウス唯其記載ノ方法ハ彼ハ時效ノ停止セラルル期間ヲ示シ此ハ更ニ其進行ヲ始ムヘキ時期ヲ示シタルノ差アルノミ
三、同編第百二十四條ハ單ニ或ル事項ヲ債權擔保編ノ規定ニ讓ルトノ旨ヲ規定シタルニ過キス第三編ニ至リテ實際ニ其事項ヲ規定スレハ此旨自ラ明瞭トナルヘキヲ以テ同條ハ之ヲ削除セリ
第百五十八條
(理由)一、本案ハ佛、蘭、伊等ノ如ク未成年者又ハ禁治產者ニ對シテハ時效ハ進行セスト絕對的ニ定ムルノ主義ヲ採ラサルハ勿論印度出訴期限法ノ如ク無能力ノ止ミタル後又ハ無能力者ノ死亡シタル後三年ヲ經過スルニ非サレハ時效ハ完成セストスルノ主義又ハ旣成法典ノ如ク無能力者ニ對シテハ長期時效ハ常ニ最後ノ一年間停止ストノ主義ヲモ採ラサルナリ蓋シ無能力者ニ對シテ時效ノ停止アルモノトスルハ無能力者ヲ保護スルノ精神ニ出テタルニ相違ナキモ旣ニ法定代理人ヲ設ケ無能力者ニ代リテ權利ヲ行使スル者アルコトヲ得セシメ且其代理人ノ責任ヲ重クシ猶ホ之ヲ確實ナラシムル爲メ相當ノ擔保ヲ供セシムルノ規定等ヲ設クル以上ハ無能力者ノ保護ハ蓋シ至レリト謂フヘシ然ルニ尚時效ニ關シテ之ニ過當ノ利益ヲ與フルニ於テハ無能力者ヲ保護スルニ過キテ他人ヲ省ミサルコトトナリ他人ハ其相手方ノ偶無能力者タルカ爲ニ時效ヲ十數年乃至數十年延長セラレ其間ハ决シテ自己ノ權利ノ確定ヲ見ルコト能ハサルノ不幸ニ陷ラン果シテ此ノ如クナルトキハ時勢ノ進步ニ伴ヒ社會上各般ノ取引益頻繁トナルニ從ヒ其不便ヲ感スルモノ頗ル多キヲ加ヘン是レ本案ニ於テ前述ノ如キ諸主義ヲ採ラサル所以ナリ旣成法典ノ佛、蘭、伊等ノ例ニ倣ハサリシモ想フニ亦此理由ニ基クナルヘシ然ルニ旣成法典ハ法定代理人ノ存スル場合ニ於テモ仍ホ總テ無能力者カ能力者ト爲リタルヨリ後一年間時效完成セストセルカ故ニ法定代理人アルニ未成年者ニ就テハ動モスレハ二十年許時效ノ延長スルコトトナリ禁治產者ニ就テハ幾十年ニシテ時效ノ完成スルヤ計ラレサルコトアリ此ノ如キ規定ハ果シテ今日ノ時勢ニ克ク適合シタルモノト言フヲ得ヘキカ然リト雖モ又西國民法、白國民法草案等ノ如ク他ノ極端ニ走リテ無能力者ニ關スル特例ヲ全ク設ケサルトキハ或ハ無能力者ニ法定代理人ノ無キ間ニ時效ノ完成スルカ如キ場合ヲ生スルニ至リ無能力者ヲ保護スル我法制ノ主意ニ反ス故ニ本案ハ獨澳諸國ノ例ニ倣ヒ無能力者カ法定代理人ヲ缺ケル場合ニ限リテ特ニ猶豫ヲ與フルコトトセリ而シテ猶豫ノ期間ノ如キハ澳國ハ之ヲ二年トシ索國ハ之ヲ一年トスルモ本案ニ於テハ獨逸民法草案ノ例ニ仍リテ六个月トセリ是レ能力者ト爲リタル者又ハ法定代理人カ書類ヲ點檢シ權利ノ有無ヲ調査シテ之ヲ行使スルニハ此期間ヲ以テ十分ナリト信シタレハナリ
二、本案ニ於テハ未成年者及ヒ禁治產者ニ關シテ特ニ長期時效ト短期時效ヲ區別スルノ必要ナキカ故ニ之ヲ廢セリ(證一三一)
三、證據編第百三十一條第一項但書ヲ削除シタルハ是レ後見人ニ關スル一般ノ規定ノ結果ニ過キサレハナリ
四、同編第百三十三條ヲ削除シタルハ是レ旣ニ本案ノ無效及ヒ取消 ノ節ニ於テ規定シタル所ニシテ今之カ記憶ヲ喚起スルノ必要ナケレハナリ
第百五十九條
(理由)一、本條ハ證據編第百三十四條及ヒ第百三十五條ヲ併合シテ之ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ無能力者ヨリ父母若クハ後見人ニ對シ又ハ妻ヨリ夫ニ對シテ權利ヲ主張スルハ或ハ事實上不能ナルコトモアレハ或ハ當事者間ノ關係上之ヲ爲シ得サルコトモアラン是レ本條ヲ設ケテ無能力者及ヒ妻ヲ保護スル所以ニシテ佛國及ヒ和蘭等ニ於テモ亦此種ノ規定アリ然レトモ其例ヲ反對ニシ後見人ヨリ無能力者ニ對シ若クハ夫ヨリ妻ニ對スル場合ニ於テハ後見人若クハ夫ノ爲ニ殊更ニ本條ノ如キ保護ヲ與フルコトヲ要セス蓋シ彼等ハ總テ無能力者ノ負擔セル義務ヲ履行スル權限及ヒ責任ヲ有シ又ハ無能力者ヲシテ義務ヲ履行セシムルコトヲ得ルモノナレハナリ
二、原案兩條ノ末文ヲ削除シタルハ本案ニ於テハ所謂卽時時效 ヲ認メサレハナリ(章首理由第三項)況ンヤ其規定ノ實質ニ於テモ亦大ニ妥當ヲ疑フヘキモノアルニ於テヲヤ
三、同編第百三十二條ハ不必要ノコトナルヲ以テ全然之ヲ削除セリ殊ニ其末文ノ如キハ旣成法典ニ於テモ尚適用ヲ見サルモノナリ
第百六十條
(理由)一、本條ノ規定ハ旣成法典ニナキ所ナレトモ之ヲ設クルノ必要ナルハ疑ヲ容レス相續人ノ確定セサル財產ニ管理人ナキトキハ一方ニアリテハ此財產ノ爲メニ權利ヲ行フ者ナク又一方ニアリテハ此財產ニ對シテ何人モ權利ヲ行フコトヲ得ス從テ權利者ニ過失ナキニ彼等ニ對シテ時效ノ完成スヘキ虞アルヲ以テ本案ハ獨逸民法草案索遜民法「ヴヲー」民法及ヒ印度出訴期限法等ニ傚ヒ殊ニ本條ヲ設ケタルナリ
二、證據編第百二十六條ニ於テ原案起草者ノ想像セルカ如キ場合ハ本邦ニ起ラサルヘシ假令起ルコトアリトスルモ是レ畢竟有期若クハ條件附ノ權利ニシテ本案第百六十六條ノ適用ニ過キサルカ故ニ同條ハ之ヲ削除セリ
三、同編第百二十七條ノ如ク規定シテ相續人ヲ保護スヘクンハ他ノ場合ニ於テモ亦類似ノ規定ヲ設ケテ之ヲ保護スヘキモノ頗ル多カラン本案ハ總テ斯ノ如キ保護ヲ必要ト認メサルカ故ニ同條ヲ削除セリ
第百六十一條
(理由)一、本案ハ證據編第百三十六條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ニハ時效ノ進行ヲ停止スル場合ヲ列擧シテ交通ノ閉塞裁判事務ノ停止トシ又陸海軍人ニアリテハ戰亂ノ時モ然リトスレトモ本案ニ於テハ槪括的ニ之ヲ規定シ汎ク天災其他避クヘカラサル事變トセリ且同條ニハ權利ノ效用ヲ致サシメ又ハ時效ヲ中斷スル爲メ云々ト言ヘト權利ノ行使ハ必ラス時效ヲ中斷スルヲ以テ本條ニハ單ニ時效ヲ中斷スルコト能ハサルトキハト爲シタリ又同條ハ停止ノ原因ノ止ミタル後直チニ請求ヲ爲スヘキコトヲ命スレトモ是レ少シク嚴ニ失スルノ嫌アルヲ以テ本案ニ於テハ二週間ノ猶豫ヲ與フルコトトセリ
二、同編第百二十九條及ヒ第百三十條ハ不必要ノ規定ト信スルヲ以テ之ヲ削除セリ
三、同編第百三十七條ハ第三編ノ規定ニ據リテ自ラ明カナルヘキヲ以テ之ヲ削除セリ
第二節 取得時效
(理由)本節ニ於テハ動產ノ取得時效ト不動產ノ取得時效トヲ合セテ之ヲ規定シタリ蓋シ所謂即時時效ナルモノヲ除クノ外ハ動產ノ取得時效モ不動產ノ取得時效モ共ニ同一ノ規定ニ據ルヘキコトハ證據編第百四十八條及ヒ第百四十九條第三項ノ規定ニ依リテモ明カナル所ニシテ殊ニ本案ニ於テハ所謂即時時效ナルモノヲ認メサルヲ以テ本節ノ規定ニ於テ動產ト不動產トノ間ニ區別ヲ設クルノ必要毫モ存セサレハナリ
第百六十二條
(理由)本條ハ證據編第百三十八條、第百四十條及ヒ第百四十八條ヲ併合シテ之ニ修正ヲ施コシタルモノナリ左ニ其修正ノ要點ヲ列叙セン
一、原文ニハ最長時效ノ期間ヲ三十年トセリ是レ外國ニ於テモ其例尤モ多キトコロニシテ又稀ニハ場合ニ因リテ四十年ノ期間ヲ採ルモノモアリ(澳一四七二、「グラウブユンデン」二〇四)ト雖モ世運ノ進步ニ因リ一方ニ於テハ交通ノ便著シク增加シタルカ爲メ遠隔ノ地ニ居ルモ其財產ノ狀況ヲ知悉スルコト難カラサルニ至リ又一方ニ於テハ取引ノ益頻繁ニ趣クニ從ヒ權利ヲ長ク不確定ノ狀態ニ置クハ大ニ不可ナル所アルヲ以テ本案ハ白國民法草案(二三九三)印度出訴期限法(二八)等ニ倣ヒ普通時效ノ最長期間ハ之ヲ二十年ニ短縮シタリ而シテ善意ニシテ且過失ナキ場合ニ限リ其期間ヲ半減シテ十年ト爲シタルハ意思ノ善惡過失ノ有無ヲ參酌シテ其間ニ權衡ヲ得セシメント欲シタレハナリ而シテ動產ニ關シテ特例ヲ設クルノ國尠カラスト雖モ本案ニ於テハ善意ノ動產占有者ハ占有ノ即時ニ其所有權ヲ取得スルモノトシテ占有權ノ章ニ之ヲ規定スルコトトナシ惡意ノ占有者ニハ何等ノ特例ヲモ設ケサルナリ
二、原文第百三十八條ニ占有ノ繼續シテ中斷ナキ コトヲ要スル旨ヲ規定セリト雖モ占有ノ中斷 シ從テ時效ノ中斷スルトキハ總テ其經過シタル時期ヲ無效ニ歸セシメ更ニ其進行ヲ始ムヘキコトハ旣ニ第百五十七條ノ規定セルトコロナルヲ以テ特ニ取得時效ニ付テ再ヒ之ヲ明言スルノ要ナシ又法理上占有ノ繼續 トハ占有ノ斷絕セサルコトヲ謂ヒ占有ノ斷絕セサルコトトハ占有ノ要素タル意志ト占有ノ事實ノ斷絕セサルコトヲ謂フモノニシテ若シ此二要件中ノ一ヲ斷絕スルトキハ占有ノ中斷トナリ從テ時效ノ中斷トナルハ後ノ占有權 ノ規定ヲ參照スレハ明カナリ且繼續トイフモ中斷ナシトイフモ其實相同シキモノニシテ毫モ二者ヲ區別スルノ理由ナク本條ハ中斷ニ付テ別ニ明言セサル如ク繼續ニ付テモ亦別ニ明言ヲ爲サス
三、同條第二項ノ規定ハ全ク第一項ノ裏面ヲ示シタルニ過キスシテ更ニ言フヲ待タサルコトト信シタルヲ以テ之ヲ削除セリ
四、原文第百四十條ニ據レハ時效ノ期間ヲ半減スルニハ善意及ヒ正權原ノ二條件ヲ要スルモノトセリ是レ外國ニ於テモ其例頗ル多キ所ナレトモ本案ハ獨逸民法草案(八八一、二項)ニ倣ヒ正權原ナル條件ヲ省キ代フルニ過失ナキコトヲ以テシタリ其理由ハ他ナシ諸國ノ法典ニ於テ正權原ヲ要スルハ畢竟時效ニハ占有者ニ過失ナクシテ正當ノ法律行爲ニ因リテ其占有ヲ得タルコトヲ必要トスルノ精神ナルニモ拘ラス正權原ト過失ナキコトトハ必スシモ常ニ相伴フモノニアラスシテ正權原アルモ過失アルコトアレハ又過失ナクトモ正權原ナキコトアルヲ以テナリ而シテ本條ノ如ク修正セルノ結果トシテ證據編第百四十一條及ヒ第百四十二條ヲ削除セリ
第百六十三條
(理由)前條ハ單ニ所有權ニ關シテ規定シ本條ハ所有權以外ノ總テノ財產權ニ關シテ規定セルナリ本條ノ規定ハ證據編第百四十九條第三項ト其精神ヲ同シウスレトモ彼ニアリテハ唯記名債權及ヒ包括財產ノ二種ニ限リテ所有權ノ取得時效ヲ適用スルモノノ如クシ此ニハ汎ク之ヲ所有權以外ノ總テノ財產權ニ適用スヘキモノトセリ旣成法典ニ於テハ物ヲ分チテ有體物及ヒ無體物ノ二トシ權利ヲモ亦物ノ中ニ包含セシメ所謂權利ノ所有權ナルモノヲ認ムルヲ以テ其主義ニ依レハ本案前條ノ如キ規定アレハ或ハ夫レニテ十分ナリト言フコトヲ得レトモ本案ニテ物ト稱スルハ有體物ニ限リ所有權ハ有體物ニ關スル最大ノ物權ノミヲ示スノ語トセルヲ以テ唯前條ノ規定ノミニテハ所有權以外ノ財產權ニ關シテ何等ノ規定モナキコトトナリ實際ノ適用上頗ル不便ヲ感スヘキヲ以テ特ニ本條ヲ設ケテ豫メ之ニ備フルモノナリ
第百六十四條
(理由)本條ハ證據編第百六條第百八條及ヒ第百三十九條ヲ併セテ一條ト爲シタルナリ而シテ旣成法典ト異ナリテ單ニ占有ノ中斷ノミヲ言ヒ不繼續ヲ言ハサルハ此二者ハ全ク相同シキモノナルコト旣ニ第百六十二條ノ理由(二)ニ於テ說明セシカ如クナレハナリ占有ノ中斷ハ或ハ任意ニ因リ或ハ他人ノ所爲ニ因ル、任意ニ因ル場合ニアリテハ直チニ時效中斷ノ效ヲ生スレトモ他人ノ所爲ニ因ル場合ニアリテハ占有權ノ效力ニ關スル規定ニ基キ一年内ニ之ヲ取返スカ又ハ同期間内ニ其取返ヲ訴ヘ終ニ之ヲ取返シタルトキハ時效ハ中斷セサルモノナリ而シテ旣成法典ニハ只一年内ニ之ヲ取返シタル場合ノミ時效ハ中斷セストスルニ本案ニ於テ白國民法草案ニ倣ヒ此場合ノ外更ニ一年内ニ其取返ヲ訴ヘ終ニ之ヲ取返シタル場合ニモ亦時效ヲ中斷セサルコトトシタルハ過失ナキ占有者ヲ保護スル精神ヨリ當然生スヘキ所ナレハナリ
二、證據編第百六條第二項ヲ削除シタルハ占有ヲ取戾セハ時效ノ更ニ進行スルハ本案第百五十七條ノ規定ニ因リテ明カナレハナリ
三、同條第三項ヲ削除シタルハ旣ニ任意占有ヲ中止シ又ハ他人ノ爲メニ之レヲ奪ハレタルトキハ時效ハ中斷ストノコトヲ明言シ不可抗力ニ因リテ占有ヲ奪ハレタル場合ニ關シテ何等ノ規定ヲモ爲ササルトキハ此場合ニ於テハ時效ノ中斷セサルハ言フヲ待タサルヲ以テナリ
四、同編第百七條ヲ削除シタルモ前段ノ理由ニ等シ旣ニ本案第百四十八條ニ於テ所謂法定ノ中斷 ハ當事者及ヒ其承繼人ノ間ニ於テノミ其效力ヲ有ス ト明言シ所謂自然ノ中斷ニ關シテハ何等ノ規定ヲモ設ケサルトキハ此中斷ノ效力總テノ利害關係人ニ及フハ言フヲ待タサルナリ
五、同編第百三十九條ニハ或ル長キ時間 占有ヲ止メシトキハ其占有ハ不繼續タル旨ヲ規定セリト雖モ或ル長キ時間トイフカ如キハ頗ル漠然トシテ幾日幾月ヲ指スモノナルヤ判明シ難ク實際ノ適用上屢不便ヲ感スルコトナシトセス且又占有者ニシテ一旦任意ニ其占有ヲ止メタルトキハ占有ノ要件タル意志ヲ缺クモノニシテ從テ直チニ時效ノ中斷アルモノトスルヲ妥當ナリト信シタルヲ以テ右ノ數字ハ全ク之ヲ削除セリ
六、同編第百三十九條第二項ハ占有中斷ノ當然ノ結果ナルカ故ニ之ヲ削除セリ旣成法典ニ於テハ不繼續ト中斷トヲ別異ノモノトセシカ故ニ或ハ此種ノ規定ヲ要セシナランナレトモ本案ニ於テハ全ク之ヲ同一視シタルヲ以テ決シテ此ノ如キ規定ヲ要セサルナリ
七、同編第百二十條及ヒ第百四十三條ヲ削除シタルハ第百二十條第一項ノ規定ハ言フヲ待タサル所ニシテ其第二項及ヒ第百四十三條ノ規定ハ占有權ノ章ニ於テ規定スヘキモノナレハナリ
第百六十五條
(理由)是レ第百六十三條ヲ設ケタル當然ノ結果ナリ
第三節 消滅時效
(理由)一、旣成法典ニハ免責時效アリテ消滅時效ナシ免責時效ハ其文字ノ示ス所ニ據ルモ又條文ノ實際ニ規定セル所ニ據ルモ單ニ義務ノ消滅ノミニ關シテ債權以外ノ權利ノ消滅ニ及ハス然リト雖モ義務ハ時效ニ因リテ消滅スル如ク債權以外ノ權利モ亦時效ニ因リテ消滅スルヲ以テ消滅時效ノ總則ナキトキハ決シテ完璧ノ規定ナリト言フコトヲ得ス或ハ辦シテ所有權ノ消滅時效ニ罹ルハ他方ニ於テ取得時效ニ罹ルノ結果ナルヲ以テ所有權ニ付テハ取得時效ノ規定アレハソレニテ足レリ又所有權以外ノ物權ニ關シテハ大抵特別ノ規定ヲ設クルヲ以テ殊更玆ニ消滅時效ノ總則ヲ設クルコトヲ要セスト言フモノアレトモ所有權ハ取得時效ニ罹ルノ外時效ニ罹ルコトナキハ旣成法典ニ明文ナキ所ナリ又所有權以外ノ物權ニ關シテハ大抵特別ノ規定ヲ設クレトモ決シテ悉ク然ルニアラサルカ故ニ特別ノ規定ナキ物權ニ適用スヘキ條文ナキトキハ往々不都合ヲ生スルコトアルヘキヲ以テ本案ニ於テハ消滅時效ノ總則ヲ設ケテ此缺點ヲ補正シタリ
二、旣成法典ハ特別時效ト稱スルモノヲ設ケ普通時效トセサルモノヲ悉ク其中ニ包含セシメントスルノ主意ナルカ如キモ其實際ノ規定ヲ見ルニ決シテ諸種ノ特別時效ヲ網羅シ盡セルニ非スシテ多クハ短期ノ消滅時效ヲ規定セルニ止マリ之ニ聊カ身分ニ關スル訴權(證一五四)及ヒ遺產請求ノ訴權(同一五五)ニ付テノ規定ヲ加ヘタルノミ然リト雖モ身分權ハ特別ノ規定アル場合ノ外ハ決シテ時效ニ罹ラサルモノナルヲ以テ本案ハ殊ニ注意シテ財產權ナル文字ヲ使用シ(一六三、一六七)且又遺產請求ノ訴權ハ普通ノ時效期限ヲ經過スレハ消滅スルモノトシタルヲ以テ本案ニ於テハ殊更ニ特別時效ト稱スルモノヲ設クルノ必要ナシト信シ消滅時效ノ下ニ總テ各種ノ時效ヲ包含セシムルコトトセリ
第百六十六條
(理由)本條ハ證據編第百二十五條及ヒ第百二十八條ヲ併セテ一條ト爲シタルナリ唯左ノ三點ニ於テ原文ト異ナレリ
一、原文ハ本條ノ規定ヲ諸種ノ時效ニ適用スヘキモノノ如ク記載スレトモ取得時效ハ占有ノ始ヨリ其期間ヲ算スルノ一途アルノミニシテ决シテ本條ノ適用ヲ受ケス從テ本條ハ唯消滅時效ニ特別ナル規定トナルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ消滅時效ノ節ニ揭クルコトトシタルナリ
二、旣成法典ハ本條ノ如キ規定ヲ時效ノ停止ト題スル章ニ揭載シ學說中ニモ此種ノ規定ヲ以テ時效ノ停止ニ關スルモノトセルモノ頗ル多シト雖モ原來消滅時效ハ權利ヲ行使シ得ル者カ長ク之ヲ行使セサルニ因リテ其權利ヲ消滅セシムルモノナルヲ以テ未タ發生セサルカ又ハ未タ行使スルコトヲ得サル權利ニ對シテハ時效ノ進行アリ得ヘキ筈ナシ而シテ未タ其進行ヲ始メサルニ之カ停止アリト云フハ決シテ妥當ノコトニアラサルカ故ニ本案ハ之ヲ改正シテ消滅時效ノ起算點 ハ權利ヲ行使スルコトヲ得ルノ時ニアリトセリ
三、原文ハ本條ノ如キ場合ニ例外ヲ設ケ一ニ第三者ノ爲メニ取得時效ノ直チニ進行スルコトヲ妨ケストシ二ニ抵當ノ消滅時效ノ直ニ進行スルコトヲ妨ケストセリ然リト雖モ抵當ハ債權ノ擔保ニシテ通常其債權ト共ニ一定ノ期限又ハ條件ヲ有シ詳細ニ之ヲ登記スヘキモノナルヲ以テ之ニ關スル時效ノ利益ヲ受クル者ニ對シテハ期限又ハ條件ノ到來セル時ヨリ其進行ヲ始ムヘキコトトスルヲ妥當ナリト信シ本案ノ第二項ニハ抵當ノ消滅時效ニ關シ原文ノ如キ規定ヲ揭ケス然レトモ第三者カ取得時效ヲ援用スル場合ニ於テハ抵當ノ消滅時效モ之ト其起算點ヲ同フスヘキハ勿論ノコトナリトス
第百六十七條
(理由)一、證據編第百五十條及ヒ第百五十五條ハ義務ノ免責及ヒ遺產請求ノ訴權ニ關シテ三十年ノ時效ヲ定メタリ是レ外國ニ於テモ其例多キトコロナレトモ本案ハ第百六十二條ニ於テ說明シタル理由ニ因リテ之ヲ二十年ニ短縮シ又同時ニ原文ヲ補正シテ汎ク所有權以外ノ財產權ヲ一律ノ下ニ規定セリ是レ第百六十三條ニ述ヘタル精神ニ因ルナリ
二、同編第百五十一條ノ規定ハ當然言フヲ待タサルヲ以テ之ヲ削除セリ
三、同編第百五十三條ニハ質ノ返還ヲ得ル爲メノ對人訴權ハ債務ノ消滅シタル後ニ非サレハ時效ニ罹ラスト曰ヘトモ原來質物返還ノ請求權ハ債務消滅ノ時ニ始メテ生スルモノナルヲ以テ原文ノ如キ規定ハ本案前條ノ規定ノ當然ノ結果ニシテ殊更之ヲ明言スルヲ要セサルカ故ニ之ヲ削除セリ
第百六十八條
(理由)本條ハ證據編第百五十二條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ原文ニハ二十八年ノ後ニ至リ追認證書ヲ要求スルコトヲ得ト規定セルモ追認證書ヲ與フルカ如キコトハ債務者ニ取リテ大煩勞ノコトトイフニアラス又債權者ヨリ每年之ヲ請求シテ債務者ニ非常ノ累ヲ加フルカ如キコトナカルヘキヲ以テ本案ニハ二十八年後ト云ヘルカ如キ制限ヲ設ケスシテ何時ニテモ之ヲ要求シ得ルモノトシタリ又原文ニハ裁判上又ハ裁判外ノ費用ノ負擔ニ關シテ稍詳細ノ規定ヲ設ケタレトモ追認證書作成ノ費用ハ通常些少ナルヲ以テ總テ之ヲ債務者ノ負擔ニ歸スルモ決シテ酷ナリト言フヲ得ス是レ本案ノ削正ノ要點ナリ
第百六十九條
(理由)證據編第百五十六條ハ其第一項ニ諸種ノ債權ヲ例示シ第二項ニ之カ原則ヲ揭ケタレトモ此ノ如キ例示ハ到底十分ナラス且又之ヲ揭クルニ於テハ其列擧セラレタルモノト特別法ノ規定トノ間ニ往々牴觸ヲ生スルコトアリ例ヘハ恩給ハ民法ニハ五年ノ時效トセルモ恩給法ニ於テハ之ヲ三年トセルカ如シ故ニ本案ハ唯原則ノミヲ揭ケ特別法ニ規定ナキモノハ總テ之ニ據ラシムルコトトシ一方ニ於テハ本法ト特別法トノ牴觸ヲ防キ又一方ニ於テハ此種ノ債權ヲシテ決シテ法律ノ規定ニ漏ルルコトナカラシメタリ
第百七十條
(理由)本條ハ證據編第百五十七條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ其要點左ノ如シ
一、原文第二號ハ之ヲ削除セリ何トナレハ謝金又ハ給料ニ關スル債權ノ時效ヲ五年三年及ヒ六个月ノ三段ニ區別スルハ稍煩ニ過クルノ嫌アリ殊ニ原文第二號ノ示ス如キ期間卽チ月ヨリハ長ク年ヨリハ短キ時期ニ據リテ人ヲ傭フカ如キコトハ我邦ノ慣習ニ於テ多ク見サルコトナルヲ以テナリ
二、原文第三號及ヒ第四號ノ債權ノ種類ハ頗ル類似セルヲ以テ本案ニ於テハ合シテ一號ノ中ニ之ヲ包含セシメタリ
三、本條第二號ニ但書ヲ加ヘタルハ此種ノ債權ハ工事終了ノ後ニ始メテ行使スルノ慣習多カルヘシト信シタレハナリ(伊二一四〇、六項)
第百七十一條
(理由)本條ハ證據編第百六十二條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
第百七十二條
(理由)本條ハ證據編第百五十八條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
第百七十三條
(理由)本條ハ證據編第百五十九條ニ左ノ修正ヲ施コシタルモノナリ
一、原文ニ一年トアルヲ改メテ二年トシタルハ從來ノ慣習上本條ニ揭クルカ如キ債權ハ一年以上之ヲ請求セサルコト多クアルニ若シ此債權ニシテ一年ヲ以テ時效ニ罹ルモノトスルトキハ爲メニ當事者間ノ信用ヲ減縮シテ訴訟ノ數ヲ增加スル虞アルヲ以テナリ
二、第一號ニ生產者ヲ加ヘタルハ生產者ヨリ消費者ニ賣リタル場合ト商人ヨリ之ニ賣リタル場合トニ於テ其債權ノ時效ヲ異ニスヘキ理由ナケレハナリ(獨二草一六三、二號)
三、原文ニ於テハ職工等カ注文者ノ材料又ハ動產物ニ付キテ爲シタル仕事ト自己ノ材料又ハ動產物ニ付キテ爲シタル仕事ニ據テ其債權ノ時效ヲ異ニスルノ主義ヲ採レトモ此二者ノ間ニ區別ヲ爲スノ理由ナク殊ニ自己ノ材料ニ付キテ爲シタルトキハ二十年(旣成法典ノ三十年)ノ長期時效ニ罹ルヘキモノトセルカ如キハ頗ル不當ナルヲ以テ本案ニ於テハ全ク此間ノ區別ヲ廢シ通シテ之ヲ二年トシタリ
四、第三號ニ敎師ヲ加ヘタルハ我邦ノ慣習上敎師ハ他ノ雇人等ト同一視スルヨリハ寧ロ校主、塾主等ト同一ノ取扱ヲ爲スヘキモノナレハナリ(證一五六、六號、一五七、二號、一六〇、一號)
第百七十四條
(理由)本條ハ證據編第百六十條ニ左ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ
一、六个月ヲ改メテ一年トシタルハ前條ニ於テ旣成法典ニ一年トアルヲ改メテ二年トシタルト其精神ヲ同ウス
二、第一號ニ於テ敎師ヲ削リタル理由ハ前條ニ於テ旣ニ之ヲ說明セリ
三、運送賃 及ヒ動產ノ損料 ハ原文ニナキトコロナレトモ此ノ如キ債權ハ通常長ク請求セスシテ放擲シ置クモノニアラス且往々其證據ヲ失ヒ易キモノナルヲ以テ之ニ短期ノ時效ヲ適用スルヲ可ナリト信シテ之ヲ加ヘタリ
四、貸席及ヒ娛遊場ノ債權モ原文ニナキトコロナレトモ此等ノ債權ト旅店料理店等ノ債權トハ同種ノモノニシテ决シテ其時效ニ一年ト(證據編ニハ六个月)二十年(證據編ニハ三十年商法ニハ六年)ノ大差ヲ設クヘキモノニアラサルカ故ニ之ヲ加ヘ其時效ヲ通シテ一年トシタルナリ
第二編 物權
(理由)本編ハ旣成法典財產編第一部ニ揭クル主タル物權及ヒ債權擔保編ニ揭クル從タル物權ニ關スル規定ヲ併合スルモノニシテ特ニ旣成法典ヲ修正シタル點ハ用益權、使用權、住居權及ヒ賃借權ヲ删除シタルニ在リ又物權ニ關スル特別ノ取得方法ニシテ旣成法典財產取得編ニ規定スル所ノ條項ハ必要ニ應シ之ヲ摘出シテ本編ニ編入セリ
本編ノ物權トハ財產權ニシテ物ノ上ニ行ハレ總テノ人ニ對抗スルコトヲ得ル權利ヲ云フ故ニ生命身體、榮譽、自由等ニ關スル權利ノ如キハ之ヲ包含セス蓋此等ノ權利ハ不法ノ行爲、不正ノ損害等ニ關スル規定ニ依リテ間接ニ保護ヲ受クヘシト雖モ之ヲ一種ノ物權トシテ直接ニ保護スルコトハ本案ノ採ラサル所ナリ故ニ本案ニ謂フ所ノ物權ハ狹義ノ意味ニ於テ財產ニ關スル權利ニ限ルモノトス
第一章 總則
(理由)本章ニハ物權全體ニ通スル槪則ヲ揭ク故ニ物權ノ創設得喪ニ關スル規定ニシテ一切ノ物權ニ適用スヘキモノハ總テ玆ニ纒括シテ之ヲ記載セリ旣成法典ハ合意ノ結果トシテ物權ノ得喪移轉ニ關スル規定ヲ財產編第二百九十六條第三百三十一條第三百四十八條等ニ揭ケタリト雖モ此等ノ規定ハ固ト物權ノ通則ニ屬スヘキモノナレハ本案ニ於テハ之ヲ物權ノ總則中ニ揭クルコトトセリ
第百七十五條
(理由)抑モ物權ハ總テノ人ニ對抗スルコトヲ得ヘキ强力ノ權利ナルヲ以テ若シ各自カ隨意ニ之ヲ創設シ得トスルトキハ公益ニ反スル弊害ヲ生スルコト固ヨリ論ヲ俟タス之レ本案ハ總則ノ主條ニ於テ物權ハ法律ニ定ムルモノヽ外之ヲ創設スルコトヲ得スト規定シ其種類ハ限定的ノモノナルコトヲ明示シタル所以ナリ故ニ本條ハ其裏面ニ於テ第一ニ物權ハ人意ニテ創設シ得サルコト第二ニ物權ハ慣習ニ依リテ成立シ得サルコトヲ示シ第三ニ諸國ノ法典幷ニ學說上ニ存スル疑義ノ一點即チ質權、留置權、先取特權ノ如キハ人權ナルカ將タ物權ナルカノ疑問ヲ决定シテ此等ノ權利ハ本法ニ依リテ物權タルコトヲ示セリ
本條ニ於テ本法其他ノ法律ト云フ所以ハ物權ノ創設ハ主トシテ本法ノ規定ニ依ルコトヲ示スト共ニ著述者ノ權、技術者ノ權ノ如キ本法以外ノ法律ニ依リテ創設セラルル權利アルヘキコトヲ示スノ意ニ出タリ又本案ハ旣成法典財產編第二條ノ如ク物權ノ種類ヲ列擧セサルハ今後法律ニ依リテ物權ヲ創設スルコトヲ妨ケサル爲ニシテ獨逸民法第一草案ノ如ク處分權ナキ所有權ヲ意思ニ因リテ創設スルコトヲ得スト規定シ裏面ヨリ物權ノ隨意創設ヲ禁スル方法ヲ取ラサリシハ之レ立法ノ主義ニ付キ明了ナラサル虞アルヲ以テナリ
第百七十六條
(理由)物權ハ單ニ當事者ノ意思ニ因リテ設定シ又ハ之ヲ移轉シ得ルヤ將タ目的物ノ引渡ヲ要スルヤニ付キ諸國ノ立法ノ主義ハ二派ニ分レ從テ實際上大ニ利害ノ關係ヲ有スル疑義ノ存スルヲ見ル而シテ本條ハ旣成法典財產編第二百九十六條及ヒ第三百三十一條ノ主義ニ依リテ設ケタル規定ニシテ多數ノ立法例ニ倣ヒ當事者ノ意思ヲ重ンシ其意思ノミニ因リテ物權ヲ設定シ又ハ之ヲ移轉シ得ルコトヲ認ムルモノナリ蓋物權ノ設定又ハ移轉ニ付キ物ノ引渡ヲ要スルハ物權ノ性質上ヨリ生シタル規定ニアラス證明法ノ未タ完備セス取引ノ未タ頻繁ナラサル時代ニ於テ行ハルヘキ規定ナリト雖モ旣ニ我國今日ノ狀況ニ在リテハ此ノ如キ規定ハ徒ニ取引ノ不便ヲ生スルニ過キサルヲ以テ本案ニ於テハ實際上ノ便宜ヲ圖リ當事者ノ意思ノミニ因リテ之ヲ移轉スルコトヲ得ルノ主義ヲ採レリ
第百七十七條
(理由)本條ハ第百七十六條ノ例外トモ稱スヘキモノニシテ第百七十六條ノ規定ニ依レハ物權ハ當事者ノ意思ノミニ因リテ設定又ハ移轉スルコトヲ得從テ第三者ニ對シテモ其效力ヲ主張シ得ヘシト雖モ若シ此原則ヲ絕對的ニ適用スルトキハ第三者ハ爲メニ不測ノ損害ヲ蒙リ取引上種々ノ弊害ヲ生スル虞アリ故ニ本案ハ不動產ニ關スル物權ノ得喪及ヒ變更ニ付テハ特ニ本條ノ規定ニ依リテ第百七十六條ノ原則ヲ制限スルモノニシテ物權ハ當事者ノ意思ノミニ因リテ設定又ハ移轉スルコトヲ得ルト雖モ之ヲ以テ直ニ第三者ニ對抗シ爲メニ不利益ヲ被ラシムルコトヲ得スト爲セリ然レトモ一旦登記法ノ規定ニ從ヒ公示ノ手續ヲ盡シタル以上ハ第三者カ善意タルト惡意タルトヲ問ハス總テ之ヲ以テ有效ニ對抗スルコトヲ得ヘシトス
第百七十八條
(理由)本條モ第百七十六條ノ原則ニ對スル例外トモ稱スヘキモノニシテ第百七十七條ト同一ノ趣旨ニ本ツキ動產ニ關スル物權讓渡ノ場合ニ於テ公益上ノ必要ニ因リテ規定スルモノナリ旣成法典第三百四十六條ハ本條ト同一ノ主義ニ出ツト雖モ其適用ヲ特別ノ場合ニ限ルニ反シ本條ハ廣ク動產ニ關スル物權讓渡ノ場合ヲ包含セリ又同條第二項ハ無記名證券ニモ第一項ノ規定ヲ適用スヘキコトヲ示スト雖モ之レ或ハ償權讓渡ノ規定ニ屬スヘキモノニシテ物權ノ總則ニ揭クルハ不適當ト認ムルヲ以テ删除セリ
物件引渡ノ效力ニ付テハ學者或ハ之ヲ以テ權利移轉ノ方法トシ或ハ單ニ公示ノ方法タルニ過キストス本案ハ旣ニ第百七十六條ノ原則ニ從ヒ當事者ノ意思ノミニ因リテ有效ニ物權ヲ設定又ハ移轉シ得ルコトヲ認ムルモノナレハ本條ニ於ケル引渡モ亦單ニ公示ノ方法證明ノ方法タルニ過キサルナリ只其引渡ナキトキハ物權ノ讓渡ヲ第三者ニ對抗シテ之ニ不利益ヲ被ラシムルコトヲ得サルモノトス
第百七十九條
(理由)本條ハ物權ノ消滅ニ關シ占有權以外ノ總テノ物權ニ適用スヘキ通則ヲ定ムルモノトス蓋諸種ノ物權中所有權ハ其範圍最モ廣ク目的物全體ノ關係ヲ擧ケテ其效力ニ歸セシムルニ反シ他ノ物權ハ目的物ノ一部ノ關係ニ限リテ其效力ヲ及ホスニ過キスト雖モ旣ニ此等ノ物權ハ互ニ獨立シテ其存在ヲ保ツ以上ハ假令同一物ニ付所有權ト其他ノ物權カ同一人ニ歸スルモ之ニ因リテ其物權ハ當然消滅スルモノニアラスシテ理論上尚ホ存續シテ成立スルモノト云ハサルヘカラス而シテ苟モ此物權ニシテ尚ホ存立スルトキハ之ニ關スル法律上ノ諸關係モ亦消滅スルコトナクシテ徒ニ法律上ノ狀況ノ混雜ヲ殘スニ過キス之レ本條ノ明文ヲ要スル所以ニシテ之ニ依リテ同一物ニ付所有權ト他ノ物權カ同一人ニ歸シタルトキハ其物權カ消滅スルモノトス然レトモ其物又ハ其物權ニ付テ第三者カ權利ヲ有スル場合ニ於テ本條ノ通則ヲ適用スルトキハ物權ノ消滅ニ因リテ第三者ハ故ナク旣得ノ權利ヲ害セラルルニ至ルヘシ故ニ本案ハ本條第一項ノ但書ニ依リテ其例外ヲ設ケ以テ第三者ノ權利ヲ保全セシム
本條第二項ハ所有權以外ノ物權ト此物權カ他ノ權利ノ目的タル場合ニ於テ雙方ノ權利カ同一人ニ歸シタル狀況ヲ豫想スルモノニシテ第一項ノ規定トハ其場合ヲ一ニセスト雖モ理論上ニ於テハ相異ナルコトナシ故ニ本項ノ場合ニ於テハ第一項ノ規定ヲ凖用セシムルモノナリ
又物權中獨リ占有權ハ特別ノ性質ヲ有シ特別ノ保護ヲ受クルモノニシテ假令所有權ト共ニ同一人ニ歸シ或ハ他ノ權利ノ目的タル場合ニ於テ其權利ト共ニ同一人ニ歸スルモ之ヲシテ消滅セシムル必要ナキノミナラス占有權ハ次章ニ於テ規定スル如ク諸種ノ訴權ニ依リテ本權ノ有無ニ關セス特別ノ保護ヲ受クルモノナレハ本條第一項及ヒ第二項ノ場合ニ於テ占有權ヲ消滅セシムルトキハ此保護ヲ失ハシムル結果ヲ生スルヲ以テ本條第三項ニ於テ占有權ニハ第一項及ヒ第二項ノ規定ヲ適用セサルコトヲ示セリ
第二章 占有權
(理由)占有ハ事實ナリヤ將タ權利ナリヤハ學者ノ論爭スル所ナリト雖モ本案ニ於テハ立法上占有ヲ以テ物權ノ一種トシ之ニ法律ノ保護ヲ與フヘキモノト認メタリ而テ占有ノ規定ハ法典中如何ナル位置ヲ占ムヘキヤニ付テハ立法上ノ見解區區タルニ拘ラス本案ハ旣成法典其他多數ノ立法例ニ倣フテ之ヲ物權編ニ規定スト雖モ旣成法典ノ編纂法ニ反シ之ヲ本編ノ主位ニ置キタリ是レ他ナシ占有ノ事實ハ殆ント總テノ物權ノ基礎ヲ爲スモノニシテ占有ノ保護アリテ始メテ他ノ物權モ完全ナル保護ヲ得ヘキモノナルヲ以テナリ
本章ノ規定ハ之ヲ三節ニ分チ第一節ハ占有權ノ取得ニ關シ第二節ハ其效力ニ關シ第三節ハ其消滅ヲ規定シ順次旣成法典ニ修正ヲ加ヘタリ
第一節 占有權ノ取得
(理由)本節ハ占有權ノ取得ニ關スル規定ヲ揭クルモノニシテ特ニ說明ヲ要セサルヲ以テ此ニ旣成法典ノ條項ヲ删除セシ理由ヲ述フルニ止メン
旣成法典ハ占有ノ種類及ヒ取得スルコトヲ得ヘキ物ニ關シテ特ニ一節ヲ設クト雖モ其條項ハ槪ネ不必要ノ規定ニ屬ス即チ第百七十九條ノ占有ノ區別ハ學理上其必要アルヘシト雖モ立法上ニ於テハ規定ノ必要ナシト認ムルニ因リ之ニ關連セル第百八十條ト共ニ之ヲ删除セリ第百八十一條ニ揭クル所ノ正權原及ヒ無權原ノ占有ノ區別ハ不用ニ非スト雖モ本案ハ他ノ條項ニ依リテ自ラ之ヲ明ナラシムルヲ以テ之レカ爲メニ特ニ一條ヲ規定スル必要ナシト認メタリ次ニ第百八十二條ニ揭クル所ノ善意及ヒ惡意ノ占有ノ區別ハ保護ノ點ニ於テ其程度ヲ異ニスルヲ以テ其必要アリト雖モ玆ニ謂フ所ノ善意及ヒ惡意モ他ノ場合ニ於ケル善意及ヒ惡意ト同一ナルヲ以テ占有ニ付テ特ニ之ヲ規定スルノ必要アルコトナシ又瑕疵占有ニ關スル第百八十三條ノ規定モ保護ヲ異ニスル點ニ以テ不必要ノ條文ニ非スト雖モ同條ノ如ク瑕疵ノ意義ヲ狹ク解釋スルハ却テ不當ナリト云ハサルヘカラス其他第百八十四條ノ自然ノ占有ニ關スル規定ハ固ヨリ不用ノ條文ニ過キス此等ノ理由ニ因リテ本案ハ旣成法典財產編第四章第一節ノ規定ハ槪ネ之ヲ删除セリ
第百八十條
(理由)本條ハ占有權取得ノ原則ヲ定ムルト同時ニ占有權ノ性質ヲ說明スルモノニシテ旣成法典第百八十九條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ旣成法典ハ占有ノ目的ハ有體物タルト權利タルトヲ區別セス又占有ヲ三級ニ分チ眞正ノ占有ハ心素トシテ所有ノ意思ヲ要ストセリ本案ハ此二點ニ於テ反對ノ主義ヲ採ルモノニシテ占有權ノ目的ハ原則トシテ有體物ニ限リ權利ヲ目的トスル場合ハ之ニ凖スルモノトシ又心素ハ自己ノ所有ト爲ス意思ヲ要セスシテ單ニ自己ノ爲メニスル意思アルヲ以テ足レリトス之レ一ハ本案ハ占有ヲ以テ一ノ物權ト爲シタルニ因リ又一ハ占有者カ自己ノ利益ノ爲メニ或物ヲ占有スル以上ハ假令之ヲ所有スル意思ナキモ公益上旣ニ法律ノ保護ヲ與フヘキ必要アリト認ムレハナリ其他旣成法典ニハ目的物ヲ握取スル所爲ニ因リテ占有ヲ取得ストシ恰モ體力ヲ以テ直接ニ目的物ヲ掌握スルコトヲ要スルカノ疑ヲ起サシムルヲ以テ本案ハ所持ナル文字ヲ用ヒ占有權目的ハ自己ノ力ノ範圍内ニ在レハ占有ヲ取得シ得ルコトヲ明ニセリ
第百八十一條
(理由)本條ハ代理人ニ依リテ占有權ヲ取得スル場合ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第百九十條ト其主義ヲ一ニス抑モ權利ハ代理人ニ依リテ之ヲ取得シ得ルコト更ニ疑ナキヲ以テ獨リ占有權ニ付テ如此規定ヲ設クル必要ナキカ如シト雖モ占有權ナルモノハ本來事實ニ本ツクモノニシテ法律ノ保護ヲ受クルニハ自己ノ爲メニスル意思ノ外必ス目的物ヲ所持スルコトヲ要スルモノナレハ事實上他人カ之ヲ所持スルニ於テハ法律ノ保護ヲ與フルニ足ラストシ或ハ占有保護ヲ以テ人身保護ノ一部トシ爲メニ占有ニハ代理ヲ許サストノ見解ヲ取ル者少カラサルニ因リ諸國ノ法典モ占有ハ自己又ハ代理人ニ依リテ之ヲ取得シ得ルコトヲ明示シ旣成法典モ之レカ爲メニ特ニ一條ヲ設ケテ其疑ナカラシメタリ本案モ又タ其必要アリト信スルヲ以テ旣成法典ノ如ク本條第一項ノ規定ヲ設ケタリ
法定代理人ニ依リテ占有權ヲ取得スル場合ニ於テハ本人ハ目的物ノ所持ハ勿論占有ノ意思ヲ有セサルコトアリ或ハ意思能力ナキコトアリ如斯場合ニ於テ法律ノ保護ヲ與フヘキヤ否ヤニ付テハ一層疑惑ヲ生スル虞アルヘシ故ニ本案ハ本條第二項ヲ設ケテ法定代理人ハ其意思ヲ以テ本人ノ意思ヲ補充シ之ニ依リテ本人ハ占有權ヲ取得シ得ルコトヲ明示セリ然レトモ本條ノ規定ハ固ヨリ本人カ獨立シテ占有權ヲ取得スルコトヲ妨ケサルモノニシテ意思能力ナキ者ハ代理人ニ依リテ取得スルノ外ナシト雖モ意思能力ヲ制限セラレタル者ハ旣ニ自ラ占有權ヲ取得シ得ルコト別ニ疑ナカルヘシ
第百八十二條
(理由)本案ハ占有ヲ以テ一ノ物權トシ他ノ權利ノ如ク讓渡シ又ハ相續シ得ルコトヲ認ムルモノナレハ占有權ノ性質上其讓渡ニ關シ特ニ本條ヲ設ケテ其方法ヲ規定スル必要ヲ生シタリ即チ占有權ニハ自己ノ爲メニスル意思ノ外目的物ヲ所持スルコトヲ要スルヲ以テ本條ニ於テ其讓渡ノ方法モ亦タ物ノ引渡ニ依ラサルヘカラサルコトヲ示セリ若シ本條ノ規定ナキトキハ物權ノ設定又ハ移轉ニ關スル通則ニ從ヒ單ニ當事者ノ意思ノミニ因リテ占有權ヲ讓渡シ得ヘシトノ誤解ヲ生スル虞ナシトセス故ニ本條第一項ノ規定ノ如キハ第百七十六條ニ謂フ所ノ別段ノ定ニ屬スルモノニシテ同條ニ規定スル通則ニ對シテ一種ノ例外ヲ定ムルモノナリ
本條第二項ハ合意ノミニ因リテ占有權ヲ讓渡シ得ルコトヲ定ムルモノニシテ第一項ニ對シテハ變則ナリト雖モ第百七十六條ノ規定ヨリ見ルトキハ寧ロ通則ニ復スルモノナリ而シテ本項ハ旣成法典財產編第百九十一條第一項乃至第三項ノ規定ヲ纒括シタルモノニシテ簡易ノ引渡及ヒ占有改正ノ場合ヲ包含セリ又同條第四項ハ權利ノ行使ニ關スル規定ニシテ本案ハ別條ニ於テ規定スルヲ以テ此ニ之ヲ省ケリ
第百八十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百九一條第三項ニ揭クル占有改定ノ場合ヲ規定スルモノニシテ前條第二項ノ適用ノ一ナリ而シテ特ニ本條ヲ設クル所以ハ代理人カ本人ニ代リテ自己ノ有セシ占有物ヲ爾後本人ノ爲メニ占有スルコトヲ禁スル理由ナキニ拘ラス本案第百八條ノ規定ニ依ルトキハ代理人ハ本人ニ代リテ自己ト法律行爲ヲ爲スコトヲ得サルヲ以テ若シ本條ノ明文ナキトキハ代理人ノ有スル占有權ハ占有改定ニ因リテ本人之ヲ取得シ得サル結果ヲ生スルノミナラス本條ノ規定スル所ハ前條第二項ヨリ推知シ難ケレハナリ
第百八十四條
(理由)本條ハ占有改定ノ一變體ニシテ實際上多ク行ハルルモノナレハ特ニ一條ヲ加フルコトニ決セリ卽チ通常ノ占有改定ノ場合ニ於ケルヨリモ關係人一名ヲ增加シ從テ法律關係ハ一層複雜トナリタル場合ヲ規定セリ蓋通常ノ占有改定ノ場合ニ於テハ前主ハ後主ノ代理人トナリテ目的物ヲ占有スルモノナレハ本條ノ場合ニ於ケル代理人ハ第三者ノ複代理人トナルモノナリ然ラハ第三者ハ此複代理人ニ依リテ目的物ヲ所持シ得ヘク前主ニ對シテ占有ノ意思ヲ表示シ複代理人ニ依ル所持ヲ承諾シタルトキハ之ニ因リテ占有權ヲ取得シ得ヘキヤ明ナリ而シテ此場合ニ於テハ實際上多クハ前主ノ代理人ハ第三者ノ複代理人トナラスシテ直ニ其代理人トナルニ等シト雖モ代理人ト第三者トノ間ニ於テ代理意思ノ直接ノ合致ナキニ因リ代理人ヲ以テ直ニ第三者ノ代理人ト云フコトヲ得ス占有改定ノ一種ノ變例ニ屬スルヲ以テ如斯取得方法ハ明文ニ依リテ規定スル必要アリト認メ特ニ本條ヲ加ヘタリ
第百八十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百八十五條ニ相當スルモノニシテ旣成法典ハ容假ノ占有ト法定ノ占有トヲ區別スルヲ以テ所有ノ意思ノ加ハルニ因リテ容假ノ占有ハ法定ノ占有ニ變スト雖モ本案ハ斯ノ如キ占有ノ種類ヲ認メサルニ因リ所有ノ意思ノ有無ニ因リテ占有ハ其性質ヲ變スルコトヲ規定スル必要ナシ而シテ所有ノ意思ノ有無カ占有ノ效果ニ及ホス影響ハ取得時效其他果實ノ取得等ニ關スル規定ニ依リテ旣ニ明カナルヲ以テ本條ニ於テハ單ニ占有カ其性質ヲ變スル時ヲ明示スル必要アリト認メ旣成法典ノ主義ニ依リテ本條ヲ規定セリ然レトモ旣成法典財產編第百八十五條第三項第一號ハ所有ノ意思ヲ吿知スヘキコトヲ定ムト雖モ吿知ト云フトキハ其適用狹キニ失スルニ因リ本條ハ廣ク所有ノ意思アルコトヲ表示スヘシトシ明示又ハ默示ノ表示ヲ區別セサルコトト爲セリ
第百八十六條
(理由)本條ハ占有權ニ關スル推定ノ規定ニシテ旣成法典財產編第百八十六條乃至第百八十八條ヲ纒括シテ聊カ之ニ修正ヲ加ヘタリ旣成法典ハ正權原ノ場合ノミヲ規定スト雖モ占有ノ保護ハ其正權原タルト無權原タルトヲ區別セサルヲ以テ本案ハ之ヲ省ケリ又旣成法典ハ公然ノ占有ニ付テハ法律ノ推定ヲ與ヘス而シテ其理由トスル所ハ公然ノ占有ヲ證明スルコトハ有的ノ事實ニ屬スルヲ以テ極メテ容易ナレハ之レカ爲メニ特ニ推定ヲ下ス必要ナシトスルニ在リ然レトモ占有保護ノ必要上ヨリ一般ニ推定ヲ下ス以上ハ獨リ公然ノ占有ヲ除外スル理由ナキヲ以テ本案ハ公然ノ占有ニモ法律ノ推定ヲ與フルコトト爲セリ
第百八十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百九十二條ヲ修正シタルモノニシテ規定ノ形式ハ相似タリト雖モ其主義ニ於テハ大ニ異ナレリ卽チ旣成法典ハ占有ノ合併ヲ以テ本則トシ相續人其他包括權原ノ承繼人ハ前主ノ占有ヲ其性質及ヒ瑕疵ヲ以テ承繼シ只特定權原ノ取得者ノミ其利益ニ從ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ前主ノ占有ヲモ併セテ主張スルコトヲ得ト爲セリ然ルニ本案ハ占有ノ分割ヲ以テ本則トシ承繼人ハ包括權原タルト特定權原タルトヲ問ハス其選擇ニ從ヒ自己ノ占有ヲ前主ノ占有ト分割シ又ハ之ト併合シテ主張スルコトヲ得トス蓋旣成法典財產編第百九十二條第一項ノ規定ニ依レハ前主ハ善意ニシテ後主ハ惡意ナルトキハ前主ノ善意ヲ承繼スルコトヲ得又前主ハ惡意ナレハ後主ハ善意ナルニ拘ラス前主ノ惡意ヲ承繼シテ不利益ナル效果ヲ受ケサルヘカラサルカ如ク甚不當ノ結果ニ陷ルヘシ故ニ本案ハ後主ノ占有權承繼ハ包括權原タルト特定權原タルトヲ問ハス前主ノ占有ト分割シ又ハ之ト併合シテ自己ノ占有ヲ主張スルコトヲ得ト爲セリ
然レトモ前主ノ占有ト自己ノ占有トヲ合併スルヲ以テ自己ノ利益ナリト認メ之ヲ主張スル以上ハ其不利益ナル點ヲ捨テテ單ニ利益ナル點ノミヲ利用スルハ法律ノ許スヘカラサル所ニシテ一ノ事實ヲ援引利用セントスルニハ固ヨリ其全體ヲ引用スヘク其不利益ノ點ノミヲ取捨ツルコトヲ許サス之レ本條第二項ニ於テ前主ノ占有ヲ主張セントスル者ハ其瑕疵ヲモ承繼セサルヘカラサルコトヲ規定スル所以ナリ
第二節 占有權ノ效力
(理由)本節ハ旣成法典財產編第四章第三節ニ依リ占有權ノ效果ヲ規定スルモノニシテ占有權ノ行使、果實ノ取得、物權取得ノ原因、特別訴權ノ發生其他占有回復ノ場合ニ於ケル損害賠償ノ請求及ヒ之ニ本ツク留置權等ニ關スル條文ヲ包括セリ
第百八十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百九十三條ノ字句ヲ修正シ又其一部ヲ删除シタルニ止マル旣ニ本案ハ法定ノ占有容假ノ占有等ヲ區別セサルニ因リ旣成法典第百九十三條ノ法定ナル文字ヲ除キ以テ占有ノ意義ヲ廣クセリ又本條ハ占有物ノ上ニ行使スル權利ト云フヲ以テ單ニ占有權ニ限ルニアラス賃借權ノ如キ質權ノ如キ總テ占有物ノ上ニ行使スル權利ハ反對ノ證據ナキ限ハ占有者カ適法ニ之ヲ有スト推定スルモノニシテ占有保護ノ要點ハ實ニ此ニ存ス蓋占有者ハ本權ノ訴ニ於テ常ニ被吿ノ位置ニ立ツコトハ此推定ニ本ツキ權利行使ノ自然ノ結果トシテ生スル利益ニシテ特ニ明文ヲ以テ之ヲ指定スル必要ナキヲ以テ本案ハ旣成法典財產編第百九十三條ノ末文ヲ除キタリ
第百八十九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百九十四條ヲ修正セリ旣成法典ハ正權原且ツ善意ノ占有者ハ果實ヲ取得スト規定スト雖モ本案ハ權原ノ有無ヲ問ハサルヲ以テ正權原ナル文字ヲ除キ單ニ善意ノ占有者トシ其場合ヲ廣クセリ又旣成法典ハ果實取得ノ時期及ヒ方法ニ付キ細則ヲ定ムト雖モ本案ハ旣ニ第九十二條ニ於テ果實取得ニ關シ一般ノ規定ヲ設ケタルヲ以テ之ヲ除ケリ次ニ旣成法典財產編第百九十四條第二項ハ正權原ヲ有セサル善意ノ占有者ハ消費シタル果實ニ付利益ヲ得サリシ證據ヲ擧クルトキハ返還ノ責ニ任セスト規定スト雖モ本案ハ固ヨリ權原ノ有無ヲ區別セス且善意ノ占有者ハ總テ占有物ヨリ生スル果實ヲ取得シ得トスルヲ以テ占有保護ノ目的ニ適スルモノト認ムルニ因リ此點ニ於テモ修正ヲ加ヘタリ然レトモ所有ノ意思ナキ善意ノ占有者カ果實ヲ取得シ得ルヤ否ヤニ付テハ其場合ニ依リテ特別ノ規定ニ從フヘク又本條ニ謂フ所ノ果實ハ占有物ヨリ生スルモノノミナレハ天然ノ果實ヲ指スニ止マリ法定ノ果實ノ如キ權利ヨリ生スルモノハ權利行使ニ關スル規定、凖占有ノ規定ニ依リテ之ヲ定ムルモノトス
旣成法典財產編第百九十四條第三項前段ハ占有者ハ占有物カ自已ニ屬セサルコトヲ知リタルトキハ將來ニ向ヒ果實返還ノ責ニ任スヘキコトヲ規定スト雖モ本案ハ旣ニ本條第一項ニ於テ善意ノ占有者ハ果實取得ノ權ヲ有スルコトヲ認ムルト共ニ若シ此者カ占有物カ自己ニ屬セサルコトヲ知リタルトキハ旣ニ善意ニアラサルヲ以テ其後ノ果實ハ之ヲ返還セサルヘカラサルコト明白ナレハ同條第三項前段ハ之ヲ省ケリ然レトモ占有者ハ本權ノ訴ヲ受ケタル場合ニ於テ敗訴ノ判決アル迄尚ホ占有物ハ自己ニ屬スト信シタルトキハ起訴ノ時ヨリ判決ニ至ルマテ數多ノ時日ヲ經過シタルニ拘ハラス其間ニ於ケル果實ハ占有者ニ屬ストスルトキハ占有者ノ保護ニ偏シテ相手方ノ保護ニ疎ナリト云ハサルヘカラス加之若シ敗訴ノ判決ニ至ルマテ占有者ハ果實ヲ取得スルコトヲ得トスルトキハ種々ノ手段ヲ以テ殊更ニ訴訟ヲ延ハシ不當ノ利益ヲ貪ルコトナシトセス此等ノ弊害ヲ矯メントスルニハ假令善意ノ占有者タリトモ本權ノ訴ニ於テ確定ニ敗訴スルトキハ起訴ノ時ヨリ惡意ノ占有者ト見做シ之レヨリ以後ノ果實返還ノ義務ヲ負ハシムル必要アリト認メ且如斯事項ハ法律ノ明文アルニアラサレハ爲シ能ハサルヲ以テ本案モ旣成法典第百九十四條第三項末文ノ規定ニ傚ヒ本條第二項ヲ設ケタリ
第百九十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百九十五條ノ字句ヲ修正シタルニ過キス旣成法典ニハ囘復ノ請求ヲ受ケタル物ヲ返還スヘキコトヲ明示スト雖モ固ヨリ自明ノコトナレハ之ヲ省ケリ又本條第二項モ旣成法典同條第三項ヲ簡約シタル止マリ實質ニ於テ異ナル所ナシ
第百九十一條
(理由)本條モ旣成法典財產編第百九十八條ノ字句ヲ修正シタルニ過キス旣成法典ニハ物カ毀損シ又ハ價格ヲ減シタル場合ヲ擧ケ其滅失シタル場合ヲ含マサルハ狹ニ失スト認ムルヲ以テ本案ハ滅失又ハ毀損ト改メタリ其他本條但書ノ規定ハ新ニ加ヘタル例外ニシテ善意ノ占有者ト雖モ所有ノ意思ヲ有セス即チ他ニ所有者アルコトヲ知リタル場合ニ於テハ自己ノ責ニ歸スヘキ物ノ滅失又ハ毀損ニ付テハ全部ノ賠償ヲ爲スコトヲ要スルコト明カナレハナリ
第百九十二條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ於テ之ヲ即時時效ト稱シ證據編第百四十四條ニ規定スト雖モ時效ハ時ノ經過ニ因リテ法律上ノ效果ヲ受クヘキ規定ナレハ時ノ經過ニ關セサル即時ノ權利取得ヲ以テ時效ノ效果ニ歸スルハ理論上正當ノ見解ト云フコトヲ得ス又卽時時效ナル用語ハ法律上ノ意義ヲナササルコトハ旣ニ本案時效ノ章ニ於テ說明セシ如クナレハ本條ニ於テモ即時時效ナル見解幷ニ其用語ヲ採用セス又動產ノ占有ニ因リテ即時ニ權利ヲ取得スルコトヲ得ル如キコトハ固ヨリ之ヲ占有權ノ效果トシテ規定スヘキモノニシテ時效ノ規定中ニ編入スルハ其當ヲ失スルモノト云ハサルヘカラス何トナレハ如斯事項ハ時ノ效果ニ關係ナキモノニシテ其性質ハ全ク占有保護ノ規定ニ屬スレハナリ要スルニ動產ノ如キ容易ニ所有者ヲ變更スルモノニ付テハ之ヲ所持スル者及ヒ第三者ノ利益保護ノ爲メ完全ナル占有取得ト共ニ法律ノ力ニ依リテ即時ニ所有權其他ノ權利ヲモ取得シ得ルコトヲ認ムルコト極メテ必要ナルヲ以テ本案モ旣成法典第百四十四條ト其精神ヲ同フスト雖モ只之ヲ占有權ノ效果トシテ本節ニ規定セリ又旣成法典ハ本條ノ規定ヲ以テ一種ノ推定ト認ムルニ反シ本案ハ以太利、西班牙、瑞士等ノ法律ト同一主義ニ依リ本條ヲ以テ占有權ノ直接效果トシテ權利取得ノ一方法ト認ムルモノナリ
第百九十三條
(理由)本條ハ旣成法典證據編第百四十五條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス同條第一項但書及ヒ第二項ハ明文ヲ要セスト認ムルニ因リテ之ヲ除ケリ蓋本案第百九十三條ノ規定ニ依リ占有者ヲシテ即時ニ所有權ヲ取得スルコトヲ得セシムルハ之レ全ク公益上ノ理由ニ基ツクモノニシテ何レノ場合ニモ此規定ヲ適用スルトキハ一方ニ於テ所有權保護ノ精神ヲ誤ルニ至ルヘシ即チ本條ニ揭クル所ノ盜品又ハ遺失物ノ所有者ノ如キハ毫モ其所有權ヲ抛棄スル意思ヲ有セス寧ロ之ヲ保有セントスル者ニシテ所有物ヲ失フ情况ニ於テ眞ニ憐ムヘキモノナリ然ルニ盜品又ハ遺失物ヲ占有スル者ヲシテ假令第百九十三條ノ要件ヲ備フルモ即時ニ所有權ヲ取得セシメ所有者ヲシテ之ヲ失ハシムルハ酷ニ失スト云ハサルヘカラス故ニ本案ニ於テモ旣成法典ノ精神ニ依リ第百九十三條ノ如キ公益上ノ理由ニ基ツク規定ハ總テノ場合ニ適用スヘキモノニ非スト認メ本條ノ規定ヲ以テ其例外ヲ定メ所有權保護ノ精神ヲ全フセリ
第百九十四條
(理由)本條ハ旣成法典證據編第百四十六條第一項ノ字句ヲ修正シタルニ過キス又同條第二項ハ損害賠償ノ一般原則ニ從フヘキモノナレハ之ヲ删除セリ
第百九十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產證據編第十三條ニ當ルモノニシテ旣成法典ハ之ヲ不動產上ノ添附ニ因ル所有權取得ノ方法ト爲スト雖モ如斯場合ハ占有ノ效果ニ因ル所有權取得ノ方法タルヲ以テ本案ハ之ヲ本節ニ編入セリ又旣成法典ハ私有池ノ魚、鳩舍ノ鳩又ハ蜜蜂ト云フ如ク目的物ヲ限定スルニ拘ラス本案ハ廣ク家畜外ノ動物ト改メタルハ目的物ノ限定ハ其必要ナキノミナラス却テ法律適用ノ範圍ヲ不當ニ狹ムルモノナレハナリ其他旣成法典ノ時日ヲ變更シタルハ一般ノ場合ニ通シテ相當ト認ムヘキ期間ヲ以テ之ニ代ヘタルニ過キス
第百九十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百九十六條ヲ修正セリ旣成法典ハ占有者ノ善意タルト惡意タルトヲ問ハサルコトヲ明示スト雖モ本案ハ其必要ナシト認ムルニ因リ單ニ占有者ト爲セリ又旣成法典ハ物ノ保存ノ爲メニ費シタル金額ノミヲ揭クト雖モ或必要ノ費用ニシテ然モ之ヲ保存費ト稱スルコトヲ得サルモノアリ故ニ本案ハ保存費ノ外ニ必要費ナルモノヲ加ヘタリト雖モ旣成法典モ固ヨリ其精神ニ於テ異ナルニ非サルヘシ只疑義ヲ生セシメサルカ爲メ本案ハ之ヲ明示スルノミ
次ニ旣成法典ハ物ノ增價ノ爲メニ費シタル金額ノ償還請求ヲ許スト雖モ之レ頗ル廣キニ失スト云ハサルヘカラス何トナレハ增價ノ爲メニ費シタル金額ハ現在ノ增價額ヨリ大ナルトキハ囘復者ハ之レカ爲メニ損害ヲ蒙ラサルヘカラス又タ占有者ノ嗜好ニ因リテ隨意ニ占有物ニ費用ヲ掛ケタル場合ニ於テ假令價格ヲ增スモ所有者ノ意思ニ反スルコトナシトセサレハナリ故ニ本案ハ本條第二項ニ於テ物ノ改良費其他ノ有益費ニ付テハ其價格ノ增加カ現存スル場合ニ限リ占有者ニ償還請求權ヲ與ヘタリ而シテ此場合ニ於ケル請求金額ノ標凖ニ付テハ伊太利民法ノ如ク增價ノ爲メニ費シタル金額ト增價額トヲ比較シテ其最少額ヲ償還セシムトスルヲ以テ妥當ト認ムト雖モ此兩額ヲ定ムルコト甚タ困難ナルニ因リ本案ハ囘復者ノ撰擇ニ從ヒ其費シタル金額又ハ其物ノ增價額ヲ償還セシムルコトヲ得トシ證明ノ責任ヲ囘復者ニ歸シテ法律適用上ノ混雜ヲ避ケタリ又旣成法典財產編第百九十六條第二項ハ本條ノ規定ニ依リ自ラ明カナルヲ以テ之ヲ除キタリ
第百九十七條
(理由)旣成法典財產編第百九十九條ハ占有ノ效力トシテ四種ノ訴權ヲ認ムト雖モ本案ハ占有權ノ效果トシテ本條以下數條ニ規定スル所ノ三種ノ訴ヲ提起スルコトヲ得トスルヲ以テ妥當ナリト認メ本條ニ於テ占有保護ノ本則ヲ示セリ即チ占有ニ對スル現在ノ妨害ニ付テハ保持ノ訴ヲ許シ未來ノ障害ニ對シテハ保全ノ訴ヲ許シ過去ノ障害ニ付テハ囘收ノ訴ヲ許シ而シテ保全ノ訴ニ依リテ旣成法典ニ謂フ所ノ新工吿發訴權及急害吿發訴權ノ事實ヲ認メタリ
次ニ本條後段ノ規定ハ占有ノ訴ハ一般ニ急速ヲ要スルモノニシテ訴訟法ニ於テモ手續其他立證ノ方法ヲ異ニスル如キモノナレハ他人ヲシテ物ヲ占有セシムル場合ニ於テ本人ニ非サレハ占有ノ訴ヲ起スコトヲ得ストスルトキハ實際ノ不便甚シカルヘク占有保護ノ精神ニ反スルヲ以テ他人ノ爲メニ占有物ヲ所持スル者ニモ占有ノ訴ヲ提起スルコトヲ許シ以テ占有保護ノ趣旨ヲ全カラシムルモノナリ
第百九十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百條ヲ修正セリ旣成法典ハ同編第二百四條ニ於テ囘收訴權ハ暴行脅迫又ハ詐術ニ因ル占有奪取ノ場合ニ限リ保持訴權ハ其他ノ奪取ノ場合ニ之ヲ行フコトヲ許スモノニシテ其範圍甚タ廣ク互ニ混同スルコトアリ故ニ本案ハ占有奪取ノ場合ニハ總テ囘收ノ訴ヲ許シ保持ノ訴ハ未タ占有ヲ失ハスシテ妨害ヲ受クル場合ノミニ限リ以テ其區域ヲ明ニセリ
第百九十九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百一條及ヒ第二百二條ノ規定ヲ併合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ旣成法典ノ如ク危害ノ原因ヲ列擧スルハ徒ニ煩雜ナルノミナラス之ヲ盡スコト能ハサルヲ以テ本案ハ廣ク妨害ノ虞アルトキト改メタリ又旣成法典ハ新工吿發及ヒ急害吿發ノ訴權ハ共ニ不動產ノ占有者ニ屬スト規定スト雖モ本案ハ如斯限定スル理由ナシト認ムルニ因リ動產ノ占有者タルト不動產ノ占有者タルトヲ問ハス本條ノ訴ヲ提起スルコトヲ許セリ其他旣成法典同編第二百二條第二項ハ損害賠償ニ對スル擔保トシテ保證人ヲ立テシムルコトニ限ルト雖モ之亦其方法ヲ制限スル必要ナキヲ以テ本案ハ廣ク擔保ヲ請求スルコトヲ得ト改メタリ
第二百條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百四條ヲ修正セリ旣成法典ハ占有ノ奪取ハ暴行脅迫又ハ詐術ニ原因スル場合ニ限ルト雖モ本案ハ廣ク占有ヲ奪取セラレタルトキト改メタルハ之ヲ限定スル理由ナケレハナリ又旣成法典同條第一項ノ但書ハ甚タ危險ニシテ之ヲ反言スレハ暴行脅迫又ハ詐術ニ因リテ占有ヲ奪取セラレタル者ハ又此等ノ手段ニ依リテ占有ヲ囘復スルモ可ナリト云フ如キ解釋ヲ生スヘシ故ニ本案ハ之ヲ删除シテ一旦占有ヲ奪取セラレタル者ハ必ス訴ノ方法ニ依リテ之ヲ取戾スヘキコトヲ明ニセリ又本條第二項ハ旣成法典財產編第二百四條第二項ニ聊カ修正ヲ加ヘタルモノニシテ旣成法典同項但書ニハ特定承繼人ハ不法ノ所爲ニ關與シタルトキニ限リ例外ヲ設クト雖モ本案ハ如斯制限ハ却テ不當ニシテ承繼人カ一般ニ惡意ナリシトキハ本條第一項ノ訴ヲ受ケサルヘカラサルモノト認ムルニ因リ廣ク侵奪ノ事實ヲ知リタルトキハ占有囘收ノ訴ヲ對抗セラルルモノト爲セリ
第二百一條
(理由)本條第一項ハ旣成法典財產編第二百六條第一項ノ文字ヲ改メタルノミ又第二項ハ旣成法典同條第二項第三項ニ相當スルモノニシテ聊カ之ヲ修正セリ即チ旣成法典ハ新工吿發ノ訴權ハ工事ノ竣成セサル間ハ之ヲ許スト雖モ數年ヲ要スル工事ニシテ占有者カ之ニ因リテ損害ヲ受クヘキ虞アルヲ知リナカラ一年以上モ默視シテ占有保全ノ訴ヲ起サ丶ル以上ハ最早此訴ノ提起ヲ許ス必要ナク工事ノ竣成シタル場合ト同一ニ取扱フヲ以テ妥當ト認ムルニ因リ本條第二項但書ニ依リテ新工著手後一年ヲ經過シタルトキハ占有保全ノ訴ヲ提起スルコトヲ許サスト改メタリ又旣成法典同條第二項但書ハ占有保持ノ訴ノ場合ヲ規定スルモノニシテ本條第一項ノ規定ニ依リテ明カナルヲ以テ之ヲ除キタリ
第二百二條
(理由)占有ノ訴ト本權ノ訴トノ關係ニ付キ旣成法典ノ採ル所ノ主義ハ本權ノ訴ハ占有ノ訴ヲ包含スルモノニシテ此兩訴訟ハ併行スルコトヲ得ス又占有ノ訴ハ槪ネ皆迅速ヲ要スルモノナレハ訴訟手續上ノ理由ヨリ兩訴訟ノ併合ヲ許サストスルモノニシテ財產編第二百七條乃至第二百九條及ヒ第二百十二條ハ此主義ニ依リテ規定セラレタリ本案ハ全ク之ニ異ナル主義ヲ取ルモノニシテ本權ノ訴ト占有ノ訴トハ相互獨立シテ互ニ相妨クルコトナシトセス蓋本案ヲ以テ獨立セル一種ノ物權ト認ムル以上ハ之ニ關スル訴ハ訴訟上ニ於テモ一個獨立ノ訴トシテ之ヲ取扱フニ依リテ法律ノ保護ヲ全フスルモノト云フヘシ故ニ本條第一項ハ本權ノ訴ハ占有ノ訴ト互ニ相妨ケサルコトヲ明示シ本權ノ訴ノ提起又ハ其判決ハ占有ノ訴ノ提起又ハ其判決ヲ妨クルコトナク本權ノ訴ヲ取下クルモ占有ノ訴ノ提起ニ影響ヲ及ホスコトナシトセリ
本條第二項ハ旣成法典財產編第二百七條第二項ト同一ニシテ本條第一項ノ自然ノ結果トシテ特ニ之ヲ明示スル必要ナキカ如シト雖モ或ハ本權審理ノ事實ニ因リテ占有ノ訴ヲ判決スル虞ナシトセス又本權ノ訴ノ判決アレハ占有ノ訴ハ提起スルコトヲ得サルモノノ如ク疑ハシムルヲ以テ此等ノ疑惑ヲ解キ且本權ノ訴ト占有ノ訴トハ互ニ獨立セルコトヲ明カナラシムルカ爲メニ本項ヲ存スルコトニ決セリ
第三節 占有權ノ消滅
(理由)本節ハ占有權消滅ノ原因ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第四章第四節ニ相當シ別ニ說明ノ要ナシ只本案ニ於テハ消滅ナル語ヲ用ヒ喪失ト云ハサルハ旣ニ占有ヲ以テ權利ト認ムル以上ハ法律ノ規定ニ因リテ權利ハ消滅スルモノナレハ從來ノ用例ニ從ヒ之ヲ變更セシノミ
第二百三條
(理由)旣成法典財產編第二百十三條ハ占有喪失ノ原因ヲ列擧スト雖モ其必要ナキノミナラス列擧法ノ通弊トシテ脫漏ノ憂アルヲ以テ本條ハ之ニ修正ヲ加ヘ原則ノミヲ示セリ又本條但書ハ旣成法典同條第三號伹書ト其趣旨ヲ一ニス即チ占有者カ他人ノ爲メニ占有ヲ侵奪セラレタル場合ヲ豫想シテ本則ニ對スル例外ヲ設クルモノニシテ占有者カ實際其所持ヲ失フモ法律ノ規定ニ依リテ占有ハ繼續スト認ムルモノナリ蓋本案ハ占有者タルト所有者タルトヲ問ハス侵奪セラレタル占有物ヲ私力ヲ以テ回復スルコトヲ禁シタレハ若シ所持ヲ奪ハルルト共ニ占有權モ消滅ストスルトキハ占有者ニ取リテ酷ニ失スト云ハサルヘカラス故ニ占有者ノ自助ヲ禁スル代リニ本條但書ニ依リテ保護ヲ與ヘ占有者カ回收ノ訴ヲ起シタルトキハ占有權ハ未タ消滅セスト見做スモノナリ
第二百四條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ存セスト雖モ旣ニ代理人ニ依リテ占有權ヲ取得シ得ルコトヲ認ムル以上ハ又代理人ニ依リテ占有ヲ爲ス場合ニ於ケル占有權ノ消滅ヲ規定スル必要アリト認メ多數ノ立法例ニ依リテ本條ヲ設ケタリ又本條第二項モ占有保護ノ爲メニ設クルモノニシテ代理人カ死亡シ又ハ無能力トナリタルトキハ代理權ハ消滅スト雖モ本人ノ爲メニ占有權ハ消滅セサルコトヲ認ムルモノナリ
第四節 準占有
(理由)權利ノ占有ハ實際上多ク存在スル事實ニシテ之ニ關シテ特ニ規定ヲ設クル必要アリト雖モ本章ノ規定ハ物權ノ一タル占有權ニ關スルモノナレハ權利ノ占有ニ關スル規定ハ其何レノ節ニモ編入スルコト能ハサルニ因リ特ニ本節ヲ設ケ凖占有ノ名目ヲ以テ之ヲ規定セリ而シテ之ヲ權利占有ト稱セサリシハ准占有ノ名ハ旣ニ殆ト一般ノ用例ニシテ其意義旣ニ明白ナレハナリ
第二百五條
(理由)旣成法典財產編第百八十九條ハ權利ノ實行ニ依リテ其占有ヲ取得シ得ルコトヲ認ムト雖モ本案ハ旣ニ第百八十一條ニ於テ占有權ノ目的物ハ有體物タルヲ明示セリ蓋占有保護ノ沿革ハ物ノ所持ヲ保護スルニ始マリ終ニ一種ノ物權トシテ保護ヲ受クルニ至リタルモノナリト雖モ學理上其性質ヲ極ムルトキハ占有權ハ總テ權利ノ現實ノ行使ニシテ占有ハ總テ權利ノ占有ト稱スルコトヲ得ヘシ然レトモ旣ニ占有權ハ物權ニシテ物ノ上ニ行ハルヽ權利トスル以上ハ他ノ權利ヲ以テ其目的ト爲スコトヲ得サルハ明カニシテ他ノ權利ヲ自己ノ爲メニスル意思ヲ以テ實際ニ行使スル場合ニ於テハ其權利ハ物權タルト人權タルトヲ問ハス公益上此事實ヲ保護スル必要ハ有體物ノ占有ヲ保護スルト異ナルコトナシ而シテ此場合ニ於テ諸國ノ法律其保護ノ範圍ヲ一ニセス羅馬法ハ所有權ニ限リ「チユーリヒ」及ヒ「バイエルン」民法ハ物權ノ行使ニ限リテ凖占有ヲ認メ墺太利民法ハ財產權ニ限リ佛蘭西及ヒ伊太利民法ハ身分權ニ迄凖占有ヲ認ムルカ如シ本案ハ凖占有ヲ認ムル以上ハ物權ト人權トヲ問ハス苟モ自己ノ爲メニスル意思ヲ以テ行使スル財產權ハ凡テ占有權ト同樣ノ保護ヲ與フヘキモノナリト信シ本條ニ依リテ占有權ニ關スル本章ノ規定ハ總テ之ヲ凖占有ニ凖用スヘシト規定セリ
第三章 所有權
(理由)本章ハ旣成法典財產編第一部第一章ニ當レリ然レトモ其規定ノ範圍ニ至リテハ二者大ニ相同シカラサルモノアリ左ニ之ヲ列叙セン
一、本案ニ於テハ第一節ニ所有權ノ限界ナルモノヲ置キ所有者ハ如何ナル範圍内ニ於テ其權利ヲ行フコトヲ得ルカヲ明カニシ以テ暗ニ所有權ノ定義ヲ示セリ而シテ從來法律上ノ地役 ト稱スルモノハ畢竟法律ヲ以テ或ル土地ノ所有權ヲ保護センカ爲メニ他ノ土地ノ所有權ノ範圍ヲ縮少スルニ過キサルモノナルカ故ニ之ヲ特別ノ物權トシテ視ンヨリハ寧ロ法律ヲ以テ所有權ノ限界ヲ定メタルモノト視ルヲ妥當ナリト信シ本案ハ獨、瑞、蘭、「モンテネグロ」等ノ法律ニ倣ヒテ之ヲ本章ニ規定シタリ
二、旣成法典財產編第四十一條ニハ所有權ハ本編及ヒ財產取得編ニ記載シタル原因及ヒ方法ニ依リ之ヲ取得シ保存シ及ヒ轉付ス トノ旨ヲ揭クルト雖モ本案ニ於テハ旣ニ物權編總則中ニ物權取得ノ原則ヲ定メ(一七六、一七七、一七八)旣成法典ノ如ク別ニ特別ノ取得方法ヲ規定スル財產取得編ナルモノヲ置カス物權ノ取得ニ關スル規程ハ之ヲ物權編中ニ揭ケ其主トシテ人權ノ取得ニ關スルモノハ之ヲ債權編中ニ揭クルコトトセルヲ以テ先占添附等ノ如キ所有權ノ取得ニ特別ナルモノハ之ヲ本章中ニ揭クヘキコトトセリ是レ特ニ第二節ヲ置キテ所有權ノ取得 ト題シタル所以ナリ
三、旣成法典財產編第四十二條ニハ所有權消滅ノ原因ヲ列擧セリ是レ外國ニモ其例ナキニ非スト雖モ最多數ノ國ハ此列擧ノ主權ヲ採ラズ今右條文ニ列擧セルモノヲ觀ルニ其第一號、第二號及ヒ第三號ノ如キハ皆取得ニ伴フ消滅ニシテ旣ニ取得ノ事ヲ規定セハ復消滅ノ事ヲ規定スルノ要ナキモノナリ其第四號ニ揭ケタル場合ノ多クハ旣往ニ遡リテ所有權ナカリシト視ルヘキモノナルカ故ニ之ヲ以テ所有權ノ消滅トスルヲ得サルヘク其他ノ場合ハ必ス取得ニ伴フヘキ消滅ナルカ故ニ別ニ之ヲ規定スルノ要アラサルヘシ而シテ其第五號及ヒ第六號ハ當然言フヲ竣タサルノミナラス一切ノ權利ニ就キ同シキ所ナルヲ以テ特ニ之ヲ所有權ノ章ニ於テ明言スルヲ要セス以上ノ理由ニ依リ第四十二條ハ全然之ヲ削除セリ
四、本案ハ時效ヲ以テ取得及ヒ消滅ノ方法ト認メタレトモ仍前二項ノ理由ニ因リ財產編第四十三條ノ如キ法文ヲ設クルコトナシ旣成法典ハ時效ヲ證據ナリトスルノ主義ヲ採リナカラ仍該條ノ如キ規程ヲ挿入セルハ實ニ自家撞著ノ甚シキモノト謂フヘシ
五、本章ニ共有ノ一節ヲ置キテ旣成法典財產編第三十七條乃至第三十九條及ヒ財產取得編第四百六條以下ノ規定ヲ網羅シ以テ共有ニ關スル一切ノ規定ヲ包括セシメタリ但財產編第四十條ノ規定ハ純然タル共有ノ問題ニ非サルヲ以テ之ヲ第一節中ニ挿入スルコトトス
六、財產編第二百六十五條ニハ所謂法律上ノ地役ナルモノニ關スル諸規則ヲ國府縣ノ如キ公法人ノ所有スル財產ニモ適用スル旨及ヒ其例外ノ場合ヲモ揭ケタレトモ是レ或ハ言フヲ待タサルコトタリ或ハ特別法ノ規定ニ讓ルヘキモノタルヲ以テ本案ニハ之ヲ削除セリ
第一節 所有權ノ限界
(理由)本條中ニハ所有者ノ權利ヲ揭ケ兼ネテ所謂法律上ノ地役 ナルモノヲ規定セリ其理由ハ旣ニ章首ニ於テ之ヲ陳ヘタルヲ以テ復玆ニ贅セズ
第二百六條
(理由)本條ハ財產編第三十條ニ左ノ修正ヲ施コシタルモノナリ
一、定義ノ體裁ヲ捨テ規定ヲ實體ヨリシテ所有權ノ何タルヲ知ラシム
二、原文第二項ニハ所有權ハ法律又ハ合意又ハ遺言ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ制限スルコトヲ得ストシ恰モ所有權ハ本來無制限ノモノナルヲ法律又ハ合意等ヲ以テ特ニ之ヲ制限スルカ如キ意ヲ表セリ然レトモ元來權利ノ範圍ハ總テ法律ニ依リテ定マリ只法律ノ制限内ニ於テノミ存在スルコトヲ得ルモノニシテ所有權ト雖モ亦此性質ノモノニ外ナラス唯所有權ハ各種ノ權利中最モ廣且大ナリトイフニ過キサル耳故ニ本案ニ於テハ法令ノ制限内ニ於テ自由ニ 云々ト曰ヒ以テ此義ヲ明カニセリ
三、原文ニハ法律トアリタルヲ法令ト改メタルハ往々警察命令ノ如キモノヲ以テ所有權ノ作用ヲ制限スルノ必要アルヘキカ故ナリ外ハ單ニ法律ト曰フモ解釋ニ據リテ其中ニ法律命令ノ二者ヲ包含セシムルヲ得レトモ旣ニ憲法ニ於テ法律ナル語ニ一定ノ意義ヲ附シタル以上ハ此二者ハ成ヘク明カニ之ヲ區別スルコトヲ要ス草案ニハ初メ法律(loi)トノミ云ヒタリシカ民法發布後ニ改版シタルモノニハ法令(la lei et les reglements)ト改メオレリ
四、合意又ハ遺言ヲ省キタルハ他ナシ合意又ハ遺言ヲ以テ所有權ヲ制限スルハ畢竟所有者カ其所有物ヲ使用、収益又ハ處分スルノ方法ニ過キサレハナリ
旣成法典財產編第三十一條乃至第三十三條ノ規定ハ土地收用法其他ノ法令ニ由リテ自カラ明カナルヘキモノニシテ特ニ之ヲ民法ニ揭クルノ要ナキ且之ヲ揭クルトキハ却テ他ニ不便ヲ釀スノ虞アルヲ以テ此等ノ條文ハ總テ之ヲ削除セリ
同編第三十六條ノ規定ハ占有權及ヒ時效ニ關スル規定ニ因リテ自カラ明カナルカ故ニ亦之ヲ削除セリ
第二百七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三十四條ト粗其意義ヲ同シウス唯原文ニハ適用ヲ揭ケ本條ニハ原則ヲ揭クルノ差アルノミ此修正ヲ施コシタル所以ハ他ナシ原則ニ揭クルニ非サレハ必要ナル總テノ場合ヲ悉ク包含セシムルコト能ハサルカ故ナリ例ハ他人カ空中ニ工事ヲ施コスニ當リ其下ニアル土地ノ所有者ハ之ヲ妨ケ得ヘキコト當然ナルニ原文ニハ此場合ヲ脫漏セルカ如キハ蓋シ其一例ナリ
同條第三項第四項及ヒ第三十五條ノ規定ハ敢テ明文ヲ要セサルヲ以テ之ヲ削除セリ
第二百八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四十條ノ規定ト大差ナシ唯各自一部分ヲ所有スルトキハ之ヲ處分シ又之ニ關スル費用ヲ一人ニテ負擔スルハ當然ナルヲ以テ條文中ニ之ヲ明揭セサルコトトシ却テ共用部分ノ共有ニ屬スヘキコト幷ヒニ其費用負擔ノ割合ヲ明文ニ揭クルヲ必要ト信シテ本條ノ如ク修正シタルナリ
第二百九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百十五條乃至第二百十七條ヲ併セテ一條トシ之ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其要點ヲ列叙セン
一、原文ニハ土地ノ分界ニ於テ又ハ自己ノ土地ニ工事ヲ爲シ得ル餘地ナキ距離ニ於テ 云々ト曰ヘルモ疆界又ハ其近傍ニ於テ 築造又ハ修繕スル爲メ必要ナルトキ ト曰ハヽ却テ簡明ナリト信シタルヲ以テ右ノ如ク之ヲ修正シタルナリ
二、原文第二百十六條第一項ノ規定ハ不用ノ規定ナリト信シタルヲ以テ之ヲ削除セリ蓋シ季節ノ如何ニ拘ハラス築造又ハ修繕ノ必要ヲ生スルコトアリ又隣地ノ所有者又ハ占有者ノ不在ノ場合ニ於テ其歸宅ヲ待チ難キ事情ナキヲ保セス是レ蓋シ同項ニ於テモ但書ヲ加ヘタル所以ナラン本條ハ之ニ反對ノ精神ニアラサルモ苟モ旣ニ必要 ノ範圍内ニ於テ此權利アルモノトスル以上ハ所有者ハ其必要ナキニ 他人ノ收穫ヲ害スヘキ季節ニ於テ又ハ隣地ノ所有者若クハ占有者ノ一時不在ノ場合ニ於テ隣地ニ立入ルコトヲ得サルハ素ヨリ論ヲ待タサルナリ又之ニ反シ若シ其必要アル ニ於テハ季節ノ如何ヲ省ミス又ハ隣地ノ主人ノ歸宅ヲ待タスシテ隣地ニ立入ルコトヲ得ルモノトスヘキコト亦勿論ナリ故ニ本條ノ如ク規定スルトキハ甚タシク原文ノ意ヲ變セスシテ而モ無用ノ長文ヲ省クコトヲ得ルナリ
第二百十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百十八條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミ殊ニ袋地ナル名稱ハ寧ロ學者ノ用語ニ委ネ法文ニ用井サルヲ可トシテ之ヲ除キタリ
第二百十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百十九條ヲ改正シタルモノナリ原文ニハ袋地ノ利用又ハ其住居人ノ需用ノ爲メ定期又ハ不斷ニ車輛ヲ用ユルコトヲ要スルトキハ通路ノ幅ハ其用ニ相應スルコトヲ要ス ト曰ヒ又通行ノ必要又ハ其方法及ヒ條件ニ付當事者ノ議恊ハサルトキハ裁判所ハ成ルヘク袋地ノ需用及ヒ通行ノ便利ト承役地ノ損害トヲ斟酌スルコトヲ要スト 曰ヘリ詳細ノ適用ニ涉リ却テ大體ヲ失スルノ嫌アルヲ以テ本案ハ之ヲ改メテ單ニ其原則ヲ示スコトトセリ
本條第二項ヲ設ケタルハ他ナシ通路ノ開設ハ一ノ特別ナル工事ニ屬シ土地ヲ通行スルノ權アレハトテ必ラスシモ當然其上ニ工事ヲ施コスノ權アリト云ヒ難ク然レハトテ其必要アルニ若シ其上ニ通路ヲ設クルコトヲ得サルトキハ往々通行權ヲ行使シ得サルノ結果ヲ生スルヤモ計ラレサラン是レ特ニ第二項ヲ設ケテ此必要ニ應シタル所以ナリ
第二百十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百二十條第二項及ヒ第三項ニ文字ノ修正ヲ加ヘ之ヲ簡明ニシタルノミ
同編第二百二十一條及ヒ第二百二十二條ハ之ヲ削除シタリ蓋シ袋地ナルカ故ニ通行權アルモノニシテ袋地タルコト止メハ通行權ノ自カラ消滅シ隨テ償金ノ義務モ亦消滅スヘキハ論ヲ俟タス若シ又袋地タルコト依然タルニ所有者カ通行權ヲ不用ナリトシテ之ヲ抛棄シ之カ爲メニ其袋地ハ永久ニ他ニ通セサルトキハ全ク天物ヲ暴殄スルノ虞アルヲ以テ通行權ハ决シテ所有者ノ任意ニテ之ヲ消滅セシムルコトヲ得サルモノトスヘキナリ隨テ償金ノ義務モ亦永久ニ之ヲ免カルルヲ得サルモノトナル或ハ一時全ク通行セサルカ爲メニ隣地ニ直接ノ損害ヲ及ホササルコトアルヘシト雖モ右ノ通行權ノ存スルカ爲メニ隣地ノ價格ニ必ラス多少ノ影響ヲ及ホスヘキヲ以テ此場合ニ於テモ亦之ニ相當スルノ償金ヲ拂フヘキコト勿論ナリ若シ此等ノ償金ニ付キ特ニ契約ヲ爲ストキハ單ニ債務者一方ノ意思ヲ以テ其償金ノ義務ヲ免カルルコト能ハサルハ言フヲ待タス
第二百二十二條第一項ノ不必要ナルハ敢テ喋々ヲ要セス全ク結約自由ノ結果ニ過キサレハナリ又同條第二項ノ規定ハ動モスレハ結約者ノ意思ニ反スルコトアルヘキヲ以テ寧ロ全條ヲ削除スルノ愈レルニ如カス
第二百十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百二十三條ト其意義ヲ同シウス同條ノ末文ヲ削リタル理由ハ旣ニ前條ニ於テ之ヲ說明シタルヲ以テ復玆ニ贅セス
第二百十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百二十四條ニ些少ノ修正ヲ施シタルモノナリ左ニ其要點ヲ略叙セン
一、原文ニハ低地 ノ所有者ハ 高地 ヨリ流下 スル云々ト云ヘルモ土地ニ高低ナキ場合ト雖モ溢水ノ自然ニ流レ來ルコトヲ妨クヘカラサルコト勿論ナルヲ以テ獨逸民法第一讀會草案ニ倣ヒテ本文ノ如ク改メタリ
二、原文ニハ雨水及ヒ泉水 ト云ヘルモ池水ノ溢レ來ルカ如キヲモ妨クヘカラサルコト勿論ナルヲ以テ本案ハ外國法ノ多數ノ例ニ倣ヒテ單ニ水ト改メタリ
三、原文ニハ雨水及ヒ泉水ヲ承クル 義務アリ ト云ヘルモ其意味タルヤ决シテ此水ヲ承クルカ爲メニ特ニ工事ヲ施ス等ノ義務アリト云フニ非スシテ唯之ヲ承ケサラント欲シテ工事ヲ施スカ如キ事ヲ爲スヘカラスト云フニ過キス此意ヲ表ハスニハ本案ノ如ク水ノ自然ニ流レ來ルヲ 妨クルコトヲ得スト曰フヲ以テ妥當トス
四、原文第二項ヲ削除シタルハ他ナシ是レ純然タル地役即チ旣成法典ニ所謂人爲ヲ以テ設定シタル地役 ニ關スル規定ナルヲ以テナリ
第二百十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百二十五條第二項ニ同シ唯其末文ヲ削除シタルハ他ナシ特ニ義務アルコトヲ言ハサレハ義務ナキコトハ言フヲ待タサレハナリ
第二百十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百二十五條第一項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ其要點左ノ如シ
一、原文ニハ低地ノ所有者ハ急害吿發訴權ヲ行フコトヲ得ヘシト云ヘルモ本案ニ於テハ之ヲ削レリ其理由他ナシ財產編第二百十一條ニ據レハ急害吿發訴權ノ場合ニ於テハ豫防處分ヲ爲サシムル等ノ外ニ旣ニ生シタル損害ノ賠償ヲモ請求スルコトヲ得ルモノトセルカ如シト雖モ本案ニ於テハ土地ノ所有者ハ隣地ヨリ水ノ流レ來ルコトヲ妨碍スルヲ得サルモノトシ其結果トシテ水ノ自然ニ流レ來リタルカ爲メ損害ヲ生スルモ敢テ其賠償ヲ求ムルコトヲ得スシテ單ニ堤防等ノ修繕ヲ爲サシムルヲ得ルノミトセルカ故ニ旣成法典ノ所謂急害吿發訴權トハ稍其精神ヲ異ニスルヲ以テナリ
二、原文ニハ低地ノ所有者ハ高地ノ所有者ノ費用ヲ以テ修繕ヲ爲スコトヲ得ルト云ヘルモ本案ニ於テハ隣地ノ所有者ヲシテ修繕ヲ爲サシムルヲ本則トシ若シ隣地ノ所有者ニシテ其義務ヲ盡ササルトキハ履行ノ方法トシテ債權者自ラ修繕ノ行爲ヲ爲シ債務者ヲシテ其費用ヲ償ハシムルコトヲ債權者ニ於テ規定スヘシ
三、本條第一項末文ハ伊國民法ニ傚ヒテ之ヲ加ヘタルナリ蓋シ甲地ニ堤防ナキ爲メ頻リニ乙地ニ水害ヲ及ホスコトアラハ乙地ノ所有者ハ甲地ノ所有者ヲシテ堤防ヲ設ケシムルコトヲ得ルハ當然ノコトナレハナリ
第二百十七條
(理由)前二條ニ於テ費用ノ負擔者ヲ定メタレトモ特別ノ慣習アルトキ例ヘハ甲乙兩地ノ所有者其費用ヲ分擔スル慣習アルトキノ如キハ其慣習ニ據ラシムルヲ便ナリトスルカ故ニ特ニ玆ニ本條ヲ設ケテ其旨ヲ明カニセリ伊西等ノ諸國ハ法律ヲ以テ其費用ヲ分擔スヘキ旨ヲ規定スレトモ是レ決シテ摸倣スヘキニアラス
第二百十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百二十六條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
第二百十九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百二十九條ニ修正ニ加ヘタルモノナリ左ニ其要點ヲ列叙セン
一、原文ニ溝渠、水流、堀割又ハ池沼ノ沿岸者ニシテ其床地ヲ所有スル者 ト云ヘルヲ本案ニ於テ溝渠其他ノ水流地ノ所有者 ト改メタルハ溝渠モ堀割モ皆水流ニシテ殊ニ渠ハ漢字ニテ堀割ノ意義ヲ有スルカ故ニ之ヲ列記スルハ聊カ重複ノ嫌ナキニ非ス且池沼ノ水路ヲ變スルト云フハ頗ル奇異ノ想ナキニ非ス又沿岸者ニシテ床地ノミヲ所有スルモ若シ其水流ヲモ併セテ所有スル非サレハ本條ノ適用アルヘカラス是レ水流地ノ所有者ト改メタル所以ナリ
二、原文ニハ家用及ヒ農工業用ニ水ヲ使用スルコトヲ得ル 旨ヲ明記セリト雖モ水流地ノ所有者ハ其所有地ノ水ヲ自由ニ使用スルコトヲ得ルハ固ヨリ明文ヲ待タサル所ナルヲ以テ本案ニ於テハ右ノ句ヲ省キタリ
三、原文第三項ヲ削除シタルハ他ナシ旣ニ旣成法典ニ沿岸者トアルヲ改メテ水流地ノ所有者ト爲シタル以上ハ其所有者カ苟モ漁業法令ニ反セサル限リハ自己ノ所有地ノ魚ヲ隨意ニ捕漁シ得ルコト言フヲ待タサレハナリ
四、原文第四項ノ如キハ外國ニモ其例ヲ聞カス本案ニ於テ之ヲ削除シタルハ他ナシ自己ノ所有地ヲ防護センカ爲メニ之ニ工事ヲ施スハ所有者ノ當然爲シ得ヘキ事項ニシテ假令之カ爲メニ對岸所有者ニ損害ヲ釀スコトアルモ實ニ止ムヲ得サル所ナレハナリ若シ從來ノ習慣又ハ明約ニ因リテ水除ヲ築カサルコトアラハ是レ其地ニ純然タル地役アルモノト視ルヘクシテ宜シク地役ノ規定ニ從フヘキモノトス
五、本條第三項ヲ設ケタルハ此種ノ事項ニ關シテハ各地ニ種々ノ慣習アリ決シテ法律ヲ以テ之ヲ打破スルノ必要ヲ視サルヲ以テ法文ニハ單ニ一般ノ原則ヲ示シ之ニ異ナル慣習アルトキハ其慣習ニ據ラシムルヲ可ナリト信シタレハナリ
同編第二百二十七條ニハ泉源ノ所有者ハ隨意ニ之ヲ使用シ且自然ニ隣地ニ流ルヘキ餘水ヲ隣人ニ與ヘサルコトヲ得 ト云ヘリ外國ニモ其例尠カラスト雖モ苟モ反對ノ規定ナキ限ハ是レ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ削除セリ但人爲ヲ以テ地役ヲ設定スルコトヲ得ルハ後ノ規定ニ因リテ明ナルヘシ
同編第二百二十八條ヲ削除シタルハ一町村又ハ一部落ノ住民 カ私有地ノ水ヲ使用スルコトヲ得ルヤ否ヤハ專ラ行政法令ノ定ムル所ニ依ルヘキモノト信スルヲ以テナリ
同編第二百三十條ヲ削除シタルハ他ナシ是レ或ハ法官ニ與フルニ過大ノ權限ヲ以テスルノ虞アリ且又此ノ如キ事項ハ民法ニ於テ規定スヘキモノニアラスト信シタレハナリ
同編第二百三十一條ハ地方廳ノ權限ヲ定メ官制ノ範圍ニ侵入スルノ嫌アルヲ以テ之ヲ削除セリ
同編第二百三十二條ハ單ニ或事項ヲ行政法ニ讓ルトノ規定ナルヲ以テ之ヲ揭クルノ要ナキモノトシテ削除セリ
第二百二十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百三十四條及ヒ第二百三十五條ヲ併合シ之ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其修正ノ要點ヲ示サン
一、原文第二百三十四條第一項ノ出水ノ疏通 ノ爲メナル文字ヲ省キタルハ他ナシ本條ニ於テ旣ニ浸水地ヲ乾カス爲メ低地ニ水ヲ通過セシムルコトヲ得トセル以上ハ苟モ浸水地ヲ乾カス爲メニスルモノナレハ水出ノ疏通ノ爲メタルト何タルトハ問フ所ニアラサレハナリ
二、原文第二百三十五條第二項ヲ除キタルハ他ナシ本條ニ於テ低地ノ爲メニ損害最モ少ナキ場所ヲ選フ ヘキモノトセルカ故ニ實際ニハ建物ノ下又ハ住家ニ連接シタル庭園ヲ經テ水ヲ通過セシムルカ如キハ槪ネ許ササルコトトナルニ相違ナキモ若シ他ニ一切水ヲ通過セシムヘキ場所ナキニ於テハ低地ニ損害ノ最モ少ナキ方法ヲ以テ建物又ハ庭園ノ下ヲ通過セシムルコトヲ許シテ可ナリト信シタルヲ以テナリ
旣成法典財產編第二百三十三條ニハ佛、伊、西、「ツューリヒ」等ニ於ケルカ如ク自己ノ土地外ニ在ル天然又ハ人工ノ水ヲ用ユル權利ヲ有スル所有者ハ家用又ハ農工業用ノ爲メ償金ヲ拂ヒ其水ノ通過ヲ中間ノ土地ニ要求スルコトヲ得ル モノトセリ少シク或土地ノ所有者ヲ保護スルニ過キタル規定ト謂フヘシ此ノ如キ保護ヲ爲サストモ土地ノ所有者ハ公路ヲ經テ其水ヲ汲ミ又ハ行政法令ノ規定ニ牴觸セサル限ハ水道ヲ設ケテ之ヲ引クコトヲ得ヘシ若シ又中間ノ私有地ヲ通過セシムルヲ便ナリトセハ其所有者ノ承諾ヲ經テ之ヲ通過セシムレハ即チ可ナリ其承諾ナキニ强ヒテ之ヲ通過セシムルノ權ヲ法律ニテ附與スルハ宜シカラス是レ同條ヲ削除シタル所以ナリ
同編第二百三十六條ニハ水ノ通路ニ必要ナル工作物ノ築造及ヒ保持ハ其工作物ニ付キ利益ヲ得ル所有者ノ費用ニテ之ヲ爲ス ト云ヘルモ是レ當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
第二百二十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百三十七條ニ些少ノ修正ヲ施シタルニ過キス其修正ハ同編第二百三十三條ヲ削除シタル當然ノ結果ナリ
第二百二十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百三十八條ニ些少ノ修正ヲ施シタルニ過キス其修正ハ一ニ本案第二百十九條ノ修正ノ結果ナリ
第二百二十三條
(理由)一、本條ハ旣成法典財產編第二百三十九條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス而シテ地方ノ慣習ニ從ヒ ナル文字ヲ省キタル所以ハ他ナシ別ニ條文ニ於テ其標示物ヲ限定セスシテ單ニ疆界ヲ標示スヘキ物 ト曰ヘハ自ラ慣習ニ從ヒテ其物ヲ定ムヘキコト勿論ニシテ特ニ之ヲ言フコトヲ要セスト信シタレハナリ原文ニハ標示物ヲ樹石杭杙ノ如キ物ニ限レリト雖モ是レ或ハ狹隘ニ失スルノ恐レアルヲ以テ本案ニハ此ノ如キ例擧ヲ爲サス又原文ノ如ク互ニ强要スルコトヲ得 ト曰ハンヨリハ寧ロ共同ノ費用ヲ以テ疆界ヲ標示スヘキ物ヲ設クルコトヲ得 ト曰フヲ可トス權利アレハ强要スルコトヲ得ルハ勿論ニシテ何レノ面ヨリ之ヲ記載スルモ其意味ニ於テハ毫モ異ナル所ナカルヘシト雖モ本案ノ規定ノ從來ノ方針ニ倣ヒ單ニ權利ノ存在ヲ明カニスルニ止ムルヲ宜シト信シタルヲ以テナリ
二、旣成法典財產編第二百四十條ハ之ヲ削除セリ蓋シ建物ノ全ク相接スル場合ニ於テハ其境壁自ラ界標ヲ成スカ故ニ別ニ界標ヲ設クルノ必要ナカルヘク又之ヲ設クルコト能ハサルヲ常トス土屛、垣柵モ亦旣ニ界標ヲ成スカ故ニ他ニ工事ヲ施スノ要ナキハ言フヲ待タス、公路公流ニテ隔テタル土地ハ相隣地ニ非ス故ニ本條ノ規定ヲ此場合ニ適用スヘカラサルハ亦疑ヲ容レサル所ナレハナリ
三、同編第二百四十一條第一項ニハ經界訴權ノ時效ニ罹ラサルコトヲ言ヒ其第二項ニハ土地ノ所有權又ハ占有ニ付キ爭ヲ生シタルトキハ先ツ其爭ヲ決シタル後疆界ヲ定ムヘキコトヲ言ヘリ旣ニ本條ノ權利ヲ以テ地役ニ非ストセル以上ハ第一項ノ規定ハ當然言フヲ待タサル所ナリ(獨二草八三七)第二項ノ規定中取得時效ニ關スルコトハ事物當然ノ理ニ據リテ然ルヘキモノニシテ別ニ明文ヲ要セス所有權確定セサレハ其疆界ヲ定ムルヲ得サルハ當然ノコトナレハナリ同項ニハ占有ニ付キ爭アルトキハ先ツ回復又ハ回收ノ訴ヲ爲スコトヲ要ストセルモ若シ所有權ニシテ旣ニ明カナリトセハ其疆界ヲ定ムルカ爲メニ先ツ占有ノ爭ヲ決スルノ必要ナカルヘシ故ニ右ノ條文ハ全ク之ヲ削除セリ
四、同編第二百四十二條及ヒ第二百四十三條ニハ所有權ノ爭及ヒ其證據ニ關スル規定ヲ設ケタリ是レ歐洲ニ於テハ沿革上經界訴權ニ伴フヘキモノトセリト雖モ其性質ヲ原ヌレハ兩者全ク別異ノモノニシテ所有權ノ爭及ヒ其證據モ他ノ權利ノ爭及ヒ其證據ト同シク全ク民事訴訟法又ハ其附屬法ノ規定ニ依ルヘキモノナリ殊ニ界限ノ證書ヲ作ラシムルカ如キハ頗ル干涉ニ失スルノ嫌アルヲ以テ本案ニ於テハ右ノ二條ハ之ヲ全廢セリ
第二百二十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百四十四條ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ其修正ハ蓋シ前數條ヲ修正改削シタル當然ノ結果ニ過キス
一、原文ニ保存ノ費用 ヲ言ハサリシハ旣成法典ハ樹石杭杙 ノ如ク殆ト保存ノ費用ヲ要セサル物ノミヲ以テ界標ト爲スノ精神ナレハナリ然ルニ本案ニ於テハ標示物ニ制限ヲ設ケサルニヨリ往々障壁又ハ溝渠ヲ以テ界標ト爲スコトアルヘキヲ以テ保存ノ費用ニ關スル法律ノ規定ヲ必要ト信シテ之ヲ加ヘタリ
二、訴訟費用ハ敗訴者之ヲ負擔スヘキコトハ訴訟法ノ通則ニシテ(民訴七二)特ニ玆ニ言フコトヲ要セスト信シテ削除セリ
界標ノ設置及ヒ保存ノ費用ハ分擔スヘキモノナレトモ若シ相隣者一人ノ過失ニ因リテ此界標ヲ毀壞シタルトキハ其過失者ノミ之カ修繕又ハ改置ノ費用ヲ負擔スヘキモノトス是レ不正ノ損害ノ原則ヲ適用シタルモノニシテ本條ハ決シテ此原則ニ變例ヲ設クルモノニアラス
第二百二十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百四十六條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
同編第二百四十五條ハ之ヲ削除セリ蓋シ所有者カ其所有地内ニ圍障ヲ設ケ得ルコト幷ニ之カ爲ニ他人ノ權利ヲ害スルコトヲ得サルハ當然ナルヲ以テナリ
第二百二十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百四十七條第一項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
同編第二百四十八條ヲ削除シタルハ他ナシ旣ニ本案第二百二十五條ニ於テ當事者ノ恊議整ハサルトキハ 云々ト曰ヘルヲ以テ新ニ圍障ヲ設置スルニハ先ツ恊議ヲ爲スヘキコト論ヲ竢タス恊議ヲ爲スハ是レ相隣者ヲ遲滯ニ付スル一方法ナリ又修繕ヲ爲スニハ必シモ恊議ヲ要セス獨斷ニテ之ヲ爲シ相隣者ヲシテ其費用ヲ分擔セシメテ可ナルモノニシテ外國ニ於テモ修繕ニ協議ヲ要スルノ例アルヲ聞カサルナリ終版ノ草案ニハ遲滯ニ附セスシテ設置ノ費用ヲ分擔セシムルコトヲ得スト明言シ修繕ノ費用ハ之ヲ分擔セシムルコトヲ得ヘシトノ旨ヲ其註釋ニ於テ明言セリ前版ニハ此ノ如キ明言ナケレトモ起草者ノ意ハ蓋シ終始同一ナルカ如シ
第二百二十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百四十七條第二項ニ一ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ原文ニハ保持及ヒ修繕ノ費用ノ全額 ヲ良好ナル材料ヲ用井又ハ高サヲ增シタル者ノ負擔ニ歸スヘキモノトセルヲ今之ヲ改メ其破格ノ圍障ヲ設クルニ因リテ生スル費用ノ增額 ノミヲ負擔スヘキモノトセリ是レ公平ヲ主トスルノ精神ニ出タルナリ
第二百二十八條
(理由)前三條ニ於テ土地ノ所有者ニ圍障ヲ設クルノ權アルコト圍障ノ種類及ヒ其設置保存ノ費用等ニ關シテ規定シタルニモ是レ唯他ニ何等ノ慣習モナキ場合ニ適用スヘキ一般ノ原則ヲ示セルニ過キサルナリ此類ノ事多クハ各地方ノ慣習ニ依テ定マリ法律ヲ以テ猥リニ之ヲ變更セサルヲ可トス本條ハ法律ノ規定ニ先テ慣習ノ適用セラルヘキ旨ヲ殊更ニ明揭スルモノナリ
第二百二十九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百四十九條及ヒ第二百五十條ヲ併合シテ之ニ修正ヲ施コシタルモノナリ
一、第二百四十九條ニハ界標ノ事ヲ曰ハス第二百五十條ニハ單ニ圍障及ヒ隔壁ニ就テノミ規定セリト雖モ本案ニ於テハ界標、圍障、牆壁及ヒ溝渠ニモ汎ク本條ノ規定ヲ適用スルコトトセリ草案ニハ本條ト同シク最モ汎ク規定シタリシニ確定法文ニ於テ改メテ之ヲ狹隘ニシタルハ頗ル解シ難キコトナリ
二、原文ニハ反證ヲ許ス場合ヲ制限セルモ本案ハ汎ク之ヲ許スノ主義ヲ採リ其結果トシテ第二百五十條ノ但書ヲ改メテ本條ノ如クセリ
三、同編第二百五十一條ニハ所謂非互有ノ推定ナルモノヲ設ケ外國ニモ其例ニ乏シカラスト雖モ此レ本案ニ於テ採用シタル自由採證ノ主義ニ反スル所ナルヲ以テ同條ハ之ヲ削除セリ
四、同編第二百五十三條ハ同第二百五十一條ヲ削除シタルノ結果トシテ當然削除スヘキモノトナル殊ニ旣成法典ニハ毫モ互有ノ目標ニ關スルノ規定ナキヲ以テ玆ニ至リテ突然原文ノ如キ條文ヲ設クルトキハ其意義頗ル解シ難キモノアラン外國ニモ未タ原文ノ如キ規定アルヲ聞カス只伊國民法第五百四十七條第三項ニ非互有ノ目標雙方ニ在ルトキハ共有ト看做スト言ヘルノミ
五、同編第二百五十四條及ヒ第二百五十五條第一項、第二項、第四項及ヒ第五項ヲ削除シタルハ他ナシ此等ノ規定ハ或ハ共有物ノ修繕ノ費用ヲ分擔スルコトニ關シ或ハ之ヲ使用スル權利ノ範圍ニ關シテ共有ヨリ生スル當然ノ結果ヲ列擧セルニ過キサレハナリ本案ニ於テハ共有ノ事ハ他ノ節ニ於テ之ヲ規定スヘク而シテ其詳細ニ至リテハ之ヲ慣習ニ一任スルコトトス
第二百三十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百五十二條ニ殆ト文字ノ修正ノミヲ施シタルモノナリ其第二項ニ但書ヲ加ヘタルハ防火牆壁ハ其性質上雙方ノ建物ヨリ高キニ非サレハ其用ヲ爲シ難キヲ以テナリ
第二百三十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百五十五條第三項ニ文字ノ修正ヲ施シタルノミ
第二百三十二條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニナカリシヲ今伊、西民法、白民法草案等ニ倣ヒテ之ヲ設ケタルナリ此事タル蓋シ言フヲ待タサルカ如シト雖モ旣ニ前條ニ於テ相隣者ノ一人カ牆壁ノ高サヲ增スノ權利ヲ有スルコトヲ認ムル以上ハ或ハ其權利ノ行使ニ因リテ生シタル損害ニ對シテハ償金ヲ拂フコトヲ要セスト曰フコトヲ得ヘキヲ以テ特ニ本條ヲ設クルヲ可トシタルナリ
第二百三十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百六十二條第四項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ他ノ諸項ノ規定ハ專ラ慣習ニ依ルヘキモノトシ本案ニハ之ヲ揭ケス
第二百三十四條
(理由)旣成法典ハ諸外國ノ例ニ倣ヒ財產編第二百五十七條ニ於テ建物ニ付キ疆界線ヨリ一定ノ距離ヲ存スヘキ慣習アルトキハ其慣習ニ從フヘキコトヲ規定シ之ヲ慣習ニ一任シ去レリ是レ蓋シ此種ノ慣習ハ至ル所區々ニシテ到底法文ヲ以テ一定シ難シト思惟セルニ因ルモノナルヘシト雖モ時トシテハ或ハ何等ノ慣習モ存セサル地方アリ或ハ其慣習ノ頗ル判然セサルモノモアリ此ノ如キ場合ニ應スルノ法文ナキトキハ實際上ノ不便甚タ尠シトセス現ニ旣成法典ニ於テモ財產編第二百五十八條乃至第二百六十條ニハ窓及ヒ椽側ニ付キ一定ノ距離ヲ存スヘキコトヲ規定シオルニアラスヤ然ルニ獨リ建物ニ關シテノミ一定ノ標凖ヲ與ヘサルハ決シテ其當ヲ得タルモノニアラス是レ本條第一項ヲ設クル所以ナリ
財產編第二百五十七條第三項ニハ單ニ一種ノ損害ノミヲ豫見シテ其償金ヲ要求シ得ルコトヲ規定セルモ本案ニ於テハ一切ノ損害ニ付キ之ヲ規定セリ蓋シ不正ノ損害ヲ受ケタル者ハ其損害ノ如何ナルモノタルヲ問ハス之ニ對シテ賠償ヲ要求シ得ルコト當然ナレハナリ又建築著手ノ時ヨリ一年ヲ經過シタル後モ亦損害賠償ノ請求ノミヲ爲スコトヲ得ルモノトシタルハ第二百一條ト同一ノ精神ニ出テタルモノナリ
第二百三十五條
(理由)本案ハ旣成法典財產編第二百五十八條乃至第二百六十條ヲ併合シテ之ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其重ナル點ヲ示サン
一、財產編第二百五十八條ニハ窓又ハ椽側ヲ設ケテ他人ノ所有地 ヲ直線ニ觀望スルコトヲ得ストシ其所有地ノ宅地タルト又ハ畑地若クハ水田タルトヲ區別セサルカ如クナルモ同編第二百六十條ノ規定ニ據レハ其適用ノ宅地ニ限レルコト明カナルヲ以テ寧ロ初メヨリ宅地ト稱スルノ優レルニ若カスト信シ本案ニ於テハ之ヲ修正シテ他人ノ宅地ヲ觀望スヘキ云々トセリ而シテ苟クモ宅地タルニ於テハ其上ノ建設物ニ牖孔ノ存スルト否トハ之ヲ問ハス總テ本條ノ規定ヲ適用スヘキコトトス是レ相隣者ヲシテ成ヘク善隣ノ誼ヲ保タシメント欲シタレハナリ
二、旣成法典ニハ明取窓ト他ノ窓トヲ區別シ明取窓ニハ一定ノ條件ヲ具備スルニ於テハ目隱ヲ要セサルコトトセリ然レトモ旣成法典ニ規定セルカ如キ條件ヲ明取窓ニ要スルモノトスルトキハ大ニ明取ノ實ヲ失ヒ殆ント其用ヲ爲ササル場合多ク生スヘキカ故ニ本案ハ此ノ如キ區別ヲ設ケス單ニ其物ノ他人ノ宅地ヲ觀望スヘキモノナルヤ否ヤヲ區別シ若シ之ヲ觀望スヘキモノタルニ於テハ總テ目隱ヲ附スルコトヲ必要トシタリ
第二百三十六條
(理由)旣ニ說明シタル如ク建物ノ築造觀望及ヒ明取窓ニ關スル規定ハ只一定ノ慣習ナキ場合ニ應スルノ規定ニシテ決シテ之ヲ以テ慣習ヲ打破スルノ精神ニアラス以下二條ノ規定ト其趣ヲ異ニス
第二百三十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百六十一條第一項乃至第三項ニ左ノ修正ヲ加ヘタリ
一、地窖ハ通常乾燥ナリ覆蓋ナキモ水溜ニ比スレハ危險少ナキヲ以テ總テ其距離ヲ三尺トセリ
二、厠坑ハ從來疆界線ニ接シテ之ヲ穿ツコト多シ俄カニ改メテ其距離ヲ六尺トスルハ著シク慣習ニ悖リ人民ニ非常ノ不便ヲ來スノ虞アルヲ以テ之ヲ三尺トセリ而シテ肥料溜ニ至リテハ用水溜及ヒ下水溜ト等シク其距離ヲ六尺トスヘキモノト信シテ之ヲ厠坑ト區別シタリ
三、原文ニハ石樋ニ付テノミ規定セリト雖モ木樋陶樋等ハ却テ一層危險ニシテ又損害ヲ生スルノ虞多キヲ以テ單ニ水樋 ト曰ヒ以テ其材料ヲ區別セサルコトトセリ
第二百三十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百六十一條第一項但書及ヒ第四項ヲ以テ一條ト爲シタルナリ蓋シ規定ノ範圍ヲ汎クシテ一切ノ場合ニ適合スヘキモノト爲スヲ必要トシタレハナリ
同編第二百六十三條ヲ削除シタルハ此等ノ工事ニ付テノ規定ハ大ニ公益ニ關スルカ故ニ强制的ニ執行スヘキモノニシテ決シテ慣習ニ一任スヘキモノニアラサレハナリ
同編第二百六十四條ハ無用ノ規定ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
第二節 所有權ノ取得
(理由)旣成法典ニハ財產取得編ナル一編ヲ設ケ其中ニ物權及ヒ債權ノ取得ニ共通ナル規定アリ又所有樣若クハ債權ノ取得ニ關スル規定アリト雖モ本案ニ於テハ財產取得ニ關シテ特ニ一編ヲ設ケサルヲ以テ此點ニ付テハ自ラ旣成法典ト其體裁ヲ異ニセサルコトヲ得ス即チ物權取得ノ通則ハ本編第一章ニ於テ之ヲ規定シ或物權ノ取得ニ特別ナル規定ハ本編第二章以下ニ於テ之ヲ揭ケタリ而シテ債權ノ取得ニ關スル規定ハ之ヲ第三編中ニ揭クルコトヽセリ
本節ハ即チ此方針ニ基キ所有權取得ノ方法ヲ規定シタルモノナリ尤モ所有權取得ノ場合ハ本節ノ外ニ其規定ナキニ非スト雖モ他ノ條項中ニ於テ規定スルコトヲ至當トスヘキモノハ之ヲ省キ此ニハ自ラ特種ノ性質ヲ有スルモノノミヲ規定セリ
旣成法典ニ於テハ本節中ニ揭クル所有權ヲ取得ノ方法ニ特別ノ名稱ヲ附シ各々章ヲ分チテ之ニ干スル規定ヲ揭ケタリト雖モ本案ニ於テハ其必要ヲ認メサルヲ以テ總テ之ヲ削レリ蓋其條數多カラサルト遺失物及ヒ埋藏物ニ干スル細則ハ行政上ノ便宜ヲ計リ之ヲ特別法ニ讓ランコトヲ欲シタレハナリ
左ニ旣成法典中ニ於テ削除シタル條文及ヒ其削除ノ理由ヲ說明スヘシ
財產取得編第三條第一項ノ規定ハ狩獵捕漁ノ權利ノ行使及ヒ漂流物遺失物ノ取得ハ特別法ヲ以テ之ヲ定ム可キコトヲ示シタルマテナレハ敢テ之ヲ明文ニ記載スルノ必要ナカルヘク又其第二項ノ如キハ民法ノ範圍内ニ屬セサルモノトス同第四條モ又特ニ之ヲ揭クルヲ要セス蓋シ權利ノ抛棄ノ推定スヘカラサルコトハ固ヨリ論ヲ俟タサレハナリ同第七條乃至第十一條ヲ削除シタル理由ハ本案第二百四十二條ノ說明ニ依リテ自ラ明ナリ同第十二條ハ第三條第一項ヲ削除シタルト同一ノ理由ニ因リ特ニ之ヲ設クルノ必要ナシ同第十四條モ亦之ヲ揭クルヲ要セス蓋シ添附ニ因リテ所有權ヲ取得スルハ法律ノ規定ヲ俟テ始メテ生スヘキ事實ナルヲ以テ苟モ附合シタル物ニシテ分離スルコトヲ得ヘキトキハ其各物ノ所有者ハ其分離ヲ請求シ且ツ損害アレハ其賠償ヲ請求スルヲ得ヘキコト論ヲ俟タサレハナリ同第十六條、第十九條及ヒ第二十條第四項ハ本案第二百四十八條ノ規定アルヲ以テ之ヲ存スルノ必要ヲ見ス同第二十一條及ヒ第二十二條ハ當然ノ事タルノミナラス第二十二條ノ如キハ殆ト其適用ノ場合ヲ生スヘカラサルヲ以テ之ヲ削除セリ又第二十三條第二項以下ヲ削リタル理由ハ本案第二百四十一條ノ說明ニ依リテ自ラ明ナルヘシ
第二百三十九條
(理由)本條ハ所謂先占ノ場合ヲ規定シタルモノナリ先占ハ無主物ノ所有權取得ニシテ他人ノ所有物ヲ取得スルモノニ非ラス故ニ本案第百九十二條以下ノ場合ト大ニ其性質ヲ異ニス是レ特ニ本條ヲ設ケタル所以ナリ第一項ハ財產取得編第二條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニシテ最先 ノ占有ナル文字ヲ削リタルハ無主物ナル語ト重複スルヲ以テナリ又取得スル方法ナリ ト云フカ如キハ聊カ法文ノ體裁ニ反スルヲ以テ之ヲ改メタリ第二項ハ財產編第二十三條第二項ニ當ルモノニシテ之カ規定ヲ設ケントセハ本條ニ於テスルヲ以テ最モ至當ナリト信ス
第二百四十條
(理由)遺失物ニ關スル詳細ナル規定ハ之ヲ特別法ニ讓ルヲ便トス蓋シ其規定ニシテ行政上ノ手續ニ關スルモノ極メテ多カル可キヲ以テナリ然レトモ遺失物ノ所有權ノ取得ニ付テハ之ヲ民法ニ規定スルヲ至當トス凡ソ遺失物ヲ拾取シタル者カ所有者ヲ求ムルノ手續ヲ盡シタル後一定ノ期間ノ經過シタルモ尚ホ所有者ノ知レサル場合ニ於テ其所有權ヲ取得スルハ固ヨリ其當ヲ得タルモノトス唯其期間ノ長短ニ付テハ諸國ノ法律其軌ヲ一ニセス我現行法ニハ之ヲ一年トセリ然レトモ先年議會ニ提出セラレタル遺失物ニ關スル法律案ヲ見ルニ右ノ期間ヲ六ヶ月ト定メタリ本案ニ於テハ主務官廳ノ意見ハ其當ヲ得タルモノナル可キヲ信スルヲ以テ其意見ニ從ヒ本條ノ如キニ規定セリ而シテ漂流物ニ關シテ明文ヲ置カサルハ之ヲ以テ遺失物ト爲ス可キヲ以テナリ
第二百四十一條
(理由)本條ハ財產取得編第六條及ヒ第二十三條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ旣成法典ハ先占及ヒ添附ノ兩章ニ於テ埋藏物ニ關スル規定ヲ揭ケ埋藏物發見者カ其所有權ヲ取得スルハ先占ニ因ルモノトシ包藏物ノ所有者カ埋藏物ヲ取得スルハ添附ニ因ルモノト爲シタリ然レトモ埋藏物ハ本來無主物ニ非ラサルヲ以テ先占ニ關スル規定ノ適用ヲ受クヘキモノニ非ス又埋藏物ト包藏物トハ主從ノ關係ヲ有スルモノニ非サルヲ以テ添附ニ關スル規定ハ其場合ニ之ヲ適用スヘキモノニ非サルナリ本案ニ於テハ埋藏物ノ所有權ヲ取得スルハ一ニ便宜法ノ規定ニ因ルモノトスルノ見解ヲ採リ其所有權ハ發見者ニ屬スルヲ以テ原則ト爲シ他人ノ物ノ中ニ於テ之ヲ發見シタル場合ニ限リ發見者ト包藏物ノ所有者ト之ヲ折半スヘキモノト定メタリ是レ羅馬法以來ノ立法例ニ傚ヒタルモノニ外ナラス又旣成法典ハ本條但書ノ場合ニ於テ偶然 ニ埋藏物ヲ發見スルヲ以テ其所有權ヲ取得スルニ必要ナル條件ト爲セリ是レ蓋シ猥リニ他人ノ物ヲ搜査スルノ弊ヲ防止セントノ意ニ出テタルモノナラン然レトモ斯カル弊害ヲ防カンニハ他ニ其方法アリ敢テ偶然ノ發見ヲ以テ所有權取得ノ條件トナスコトヲ要セサルナリ只埋藏物ノ所有權ヲ取得スルニハ其所有者ノ知レサルコトヲ必要トス而シテ其所有者ノ知レサルモノト認ムルハ果シテ何レノ時ニ於テスヘキヤ旣成法典ニ於テハ場合ニヨリ發見後三年若クハ三十年ヲ經過スルコトヲ必要トシタレトモ此等ノ期間ハ稍ヤ永キニ過キ遺失物ノ規定トモ權衡ヲ失フモノトス故ニ本案ニ於テハ埋藏物所有者ノ現出ヲ促カスヘキ相當ノ手續ヲ爲シタル後六ヶ月ノ期間ヲ經過シタルトキハ原所有者ヲシテ其權利ヲ主張スルコトヲ得セシメサルモノトシ前條ノ規定ヲ凖用ス可キモノト爲シタルナリ
第二百四十二條
(理由)本條以下ハ所謂添附ニ關スル規定ナリトス旣成法典ニ於テハ不動產上ノ添附ト動產上ノ添附トヲ區別シテ詳細ナル規定ヲ設ケタリ而シテ其不動產上ノ添附ニ關スル規定(取八乃至一三)ハ各種ノ場合ニ干スルカ爲メ詳細ヲ欲シテ却テ缺漏ニ失スルノ虞ナキ能ハス故ニ本條ヲ以テ之ヲ包括的ノ規定ニ改メタリ
第二百四十三條
(理由)本條ノ規定ハ財產取得編第十五條第一項ト其越意ヲ異ニセス唯原文但書ハ本案第二百四十八條アルヲ以テ之ヲ删除シタリ
同條第二項及ヒ第三項ハ物ノ主從ヲ定ムヘキ標凖ヲ示シタルモノニシテ羅馬法以來諸外國ノ法律ニ於テ多ク見ル所ナリト雖モ此標凖ニ依ルトキハ往々公平ナル結果ヲ生スルコト能ハサル場合ナキニ非ス故ニ本案ニ於テハ獨逸民法草案ノ例ニ倣ヒ裁判所ノ認定ニ依リテ物ノ主從ヲ定ムヘキモノト爲シ右兩項ハ之ヲ削除セリ
第二百四十四條
(理由)本條ノ規定ハ財產取得編第十七條ニ一ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ即チ原文ニ平等ノ權利ニテ 云々トアルヲ本條ニ於テハ之ヲ改メテ附合ノ當時ニ於ケル價格ノ割合ニ應シテ 云々ト改メタリ是レ前條ニ於テ財產取得編第十五條第二項ノ規定ヲ採用セサリシ結果ニ外ナラス蓋シ旣成法典ニ於テハ同條ニ揭クル標凖ニ依リテ物ノ主從ヲ區別スルコト能ハサル場合ニ始メテ合成物ノ共有ヲ生スヘキヲ以テ其共有ノ割合ハ勢ヒ平等ナラサルヲ得ス然レトモ本案ニ於テハ物ノ主從ノ區別ハ裁判所ノ認定ニ一任シタルヲ以テ裁判所ハ價格ノ不均ナルニ拘ハラス主從ノ區別ヲ立テサルコトナシトセス故ニ斯カル場合ニ於テハ其價格ノ割合ニ應シテ之ヲ共有スルモノト定ムル外ナキナリ
第二百四十五條
(理由)本條ハ財產取得編第十八條ニ該當スルモノニシテ其第二項ノ規定ハ此ニ之ヲ採用セス是亦本案ニ於テ物ノ主從ヲ區別スルノ標凖ヲ定メサル結果ナリトス
第二百四十六條
(理由)本條ハ所謂製作ニ關スル規定ナリトス旣成法典ニ於テハ製作ヲ以テ物ト勞力ト相附合シタルノ結果ト認メタルカ爲メ添附ノ章ニ於テ之カ規定ヲ揭ケタリト雖モ其當ヲ失スルコト論ヲ俟タス抑モ或人カ他人ノ材料ニ工作ヲ施シタル場合ニ於テ其加工物ノ所有權ハ果シテ何人ニ歸ス可キモノナルヤニ付テハ立法例區々ニシテ或ハ材料ノ所有者ヲシテ加工物ノ所有權ヲ取得セシムルモノアリ或ハ勞力ニ重ヲ置キ加工者ヲシテ加工物ヲ所有セシムルモノアリ或ハ加工物ノ原狀ニ復スルコト能ハサルトキ又ハ加工者ノ善意ナルトキニ限リ加工者ヲシテ加工物ノ所有權ヲ取得セシムルモノアリ蓋シ加工者ヲシテ加工物ノ所有權ヲ取得セシムルノ主義ハ物ニ勞力ヲ加フルトキハ玆ニ一ノ新ナル物ヲ生ストスル思想ニ出テタルモノニ外ナラス然レトモ加工ニ因リテ常ニ新ナル物ヲ生ストスルハ事實ニ反スルコトアルヲ免レス故ニ製作ナル文字ヲ改メテ工作トセリ而シテ其加工物ノ所有權ニ關スル原則ニ至テハ旣成法典ノ規定ヲ以テ其當ヲ得タルモノトシ本條第一項ニ之ヲ採用セリ唯其但書ノ場合ニ於テ手間賃 ナル文字ヲ改メテ工作ニ因リテ生シタル價格 云々ト爲シタルハ加工者ニ於テ加工物ノ所有權ヲ取得スルニハ實際ノ增價額ニ依ルヲ至當ト認メタルヲ以テナリ又本條第二項ハ原文第三項ト大差ナキヲ以テ之ヲ說明スルノ必要ヲ見ス
第二百四十七條
(理由)本條第一項ノ規定ノ正當ナルコトハ論ヲ俟タス蓋シ前五條ノ場合ニ於テ物ノ所有權ノ消滅スル所以ハ物ノ滅失シタルカ爲メナルヲ以テ其物ノ上ニ存セル他ノ權利モ亦所有權ト同シク消滅セサル可カラサルヲ以テナリ然レトモ若シ明文ナキトキハ疑議ヲ生スルコトナシトセス故ニ獨逸民法草案ニ傚ヒテ玆ニ之ヲ揭ケタリ第二項ハ必要ノ制限ヲ定メタルモノニシテ第一項ノ規定アル以上ハ之ヲ明示スルノ已ムヲ得サルコト敢テ說明ヲ要セサル所ナリ
第二百四十八條
(理由)旣成法典ニ於テハ添附ノ各種ノ場合ニ付キ償還又ハ賠償ノ責アルコトヲ規定セリト雖モ本案ニ於テハ便宜上其規定ヲ一括シ本條ニ之ヲ揭クルコトト爲セリ是固ヨリ規定ヲ要スル事ナリト雖モ一タヒ其規定ヲ設クル以上ハ何レノ場合モ不當ノ利得又ハ不正ノ所爲ノ責任ニ外ナラサルヲ以テ其各條ニ讓ルヲ便利トス
第三節 共有
(理由)共有ハ所有權ノ一狀態ニ外ナラス故ニ本章ノ一節トシテ玆ニ之ヲ規定セリ旣成法典ハ財產編第三十七條乃至第四十條ニ於テ共有ニ關スル規定ヲ揭ケ更ニ財產取得編第十四章第五節ニ於テ共有物ノ分割ニ關スル詳細ノ規定ヲ揭ケタリ本案ニ於テハ前述ノ理由ニ依リ共有ニ關スル一般ノ規定ハ總テ之ヲ本節中ニ揭クルコトヽ爲セリ
左ニ旣成法典中ノ削除シタル條文及ヒ其削除ノ理由ヲ示サン
財產編第三十七條第三項ハ只通常ノ事實ヲ示シタルニ過キス蓋シ共有物ノ果實ト雖モ之ヲ分割セサル間ハ各共有者ノ持分ニ應シテ其共有トナルヘキハ論ヲ俟タス然リト雖モ共有者ハ又何時タリトモ共有物ノ分割ヲ請求スルコトヲ得而シテ果實ノ如キハ其物ノ性質上及ヒ共有者相互ノ便利ノ爲メ直チニ其分割ヲ爲セルモノト見ルコトヲ得ヘシ原文ハ決シテ果實ノ共有ヲ禁シタル命令的規定ニ非サルコト疑ヲ容レス果シテ然ラハ特ニ此ノ如キ規定ヲ設クルノ必要ヲ見サルナリ同編第三十八條第一項末段及ヒ第二項モ亦當然ノ事ナルヲ以テ之ヲ削レリ又同編第四十條ハ共有ニ關スル規定ニ非ラス本案ニ於テハ曩ニ修正ヲ加ヘテ本章第一節中ニ之ヲ揭ケタリ(二〇八)
財產取得編第四百八條ノ規定ハ不必要ニシテ且誤解ヲ生シ得ヘキヲ以テ之ヲ削レリ蓋シ分割ハ其意思表示ノ確定ナルコトヲ要スルハ論ヲ俟タスト雖モ普通所謂明示タルコトヲ必要トスヘキ理由ヲ見サレハナリ同編第四百九條第一項ハ當然ノ事ナルヲ以テ之ヲ置クノ必要ヲ見ス其第二項第一號ハ苟モ法定代理人ノ選任ナキ間ハ一般ノ規定ニ從ヒ分割ヲ取消スコトヲ得ヘキモノトシテ足レリトス又其第二號及ヒ第三號ノ場合ハ本案第二百五十八條ニ於テ之ヲ規定セリ同編第四百十條第四百十一條ハ分割ノ手續ニ關スルモノニシテ特別法ノ規定ニ讓ルヲ便利トス又第四百十二條本文ノ規定ハ合意上ノ分割ニ適用スヘキモノトシテハ殆ト其意義ナク又裁判上ノ分割ニ付テハ本案第二百五十八條ニ於テ裁判所ノ職權ヲ明定シタルヲ以テ原文ノ如キ規定ヲ存スルノ必要ヲ見ス又其但書上段ノ如キハ當然ノ事ニシテ敢テ明文ヲ要セス下段ノ規定モ其必要ヲ見サルノミナラス本案第二百五十八條但書ノ規定ニ依リ其場合ニハ實際裁判所ニ於テ競賣ヲ命スヘキヲ以テ共ニ之ヲ削除セリ加之債權者タル共有者ノ權利ハ本案第二百五十三條第二百五十四條及第二百五十九條ノ規定ニ依リ十分ニ保護セラルヘキヲ以テ此點ニ付テモ原文ヲ存スルノ必要ヲ見サルナリ同編第四百十三條ノ規定ハ通則ノ適用ニ依リ特ニ之ヲ設クルヲ要セス又第四百十四條ハ本案第百八條ノ規定アルヲ以テ特ニ之ヲ揭クル必要ナキノミナラス共有者中ニ無能力者又ハ不在者アルトキハ裁判上ノ分割ヲ生スヘキヲ以テ之ヲ削除セリ第四百十六條ノ規定ハ共有ノ通則トシテハ其當ヲ得サルコト明ナルヲ以テ同シク之ヲ削レリ
同編第四百十七條ハ分割ヲ以テ認定ノ效力ヲ有スルモノト爲スノ規定ニシテ素ト一ノ假想ニ出テタルモノニ過キス若シ佛國民法ノ如ク遺產相續ニ付キ平分主義ヲ採ルトキハ或ハ此ノ如キ擬制ヲ設クルノ必要アル可シト雖モ共有ノ通則トシテハ敢テ之ヲ設クルノ必要ナキノミナラス分割者ノ一人ヲ保護セント欲シテ却テ抵當權者其他ノ第三者ヲ害スルノ結果ヲ生スヘク又追奪擔保ノ責任ニ關スル次條ノ規定等トモ抵觸スルニ至ルヘシ故ニ本案ニ於テハ反對主義ヲ採用シ原文ヲ削除セリ又同編第四百十九條ハ債權讓渡ノ效力ニ關スル變例ナリトス(取六八)案スルニ旣成法典ニ於テ此變例ヲ設ケタル所以ハ蓋シ分割ヲ以テ射利ノ目的ヲ以テスルモノト爲サス從テ分割者間ニ損益ノ差別ヲ生スル如キ不公平ナカランコトヲ欲シタルニ外ナラス今若シ相續ニ關シテ平分主義ヲ採ラハ其場合ニ付キ或ハ此ノ如キ變例ヲ設クルノ必要アルヘシト雖モ通常ノ場合ニ付テハ此ノ如キ變例ヲ設クルノ必要アルヲ見ス且夫レ分割ノ當時ニ遡リテ資力ノ有無及ヒ限度ヲ明ニスルハ往々困難ナルモノト謂ハサルヲ得ス已ニ分割ヲ以テ賣買ト同シク權利授付ノ行爲トスル以上ハ獨リ債權ニ付テノミ特例ヲ揭クルハ其當ヲ得ス故ニ原文ハ之ヲ削除セリ
同編第四百二十條前段ハ本案總則編ノ規定ヲ以テ足レリトシ敢テ之ヲ置クノ必要ヲ見ス蓋シ分割ノ法律行爲タルコトハ自ラ明カナルヲ以テナリ又其後段ノ缺損ニ關スル規定ハ平分主義ノ相續法ニ於テハ或ハ至當ノ規定ナルヘシト雖モ己ニ一般ノ法律行爲ニ付キ之ヲ以テ其取消ノ一原因ト爲サス共有物ノ分割ニ付テモ亦通則トシテ之ヲ認ムルハ極メテ其當ヲ得サルモノト信スルヲ以テ原文ハ之ヲ削除セリ
同編第四百二十一條ノ規定モ亦法律行爲ノ通則アル以上ハ敢テ之ヲ設クルノ必要アラサルナリ
第二百四十九條
(理由)本條ハ財產編第三十七條第一項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ原文ニ持分ノ均不均ニ拘ハラス トアルヲ改メテ其持分ニ應シタル使用 ト爲シタルハ持分ノ少キ共有者ト雖モ尚ホ共有物ノ全部ニ付キ持分ノ多キ者ト同一ノ使用權ヲ有スルモノトスレハ極テ不公平ナルカ爲メナリ原文ノ趣意或ハ然ラサルヘシト雖モ極メテ不明瞭タルヲ免カレス故ニ此ニ原則トシテ共有者ノ使用權ノ範圍ハ其持分ニ應スルモノト爲シタリ
第二百五十條
(理由)本條ハ財產編第三十七條第二項ノ本文ト毫モ異ナル處ナシ而シテ其但書ヲ削除シタルハ本案ニ於テ推定スト云ヘル文字ヲ用ユルトキハ必ス反對ノ證據ヲ許ス意ナルカ爲メナリ
第二百五十一條
(理由)本條ノ規定ハ財產編第三十八條第一項ニ該當スルモノニシテ特ニ之ヲ設ル必要ナキカ如シト雖モ第二百四十九條及ヒ殊ニ次條ノ規定アル爲メ或ハ疑議ノ生センコトヲ恐レ之ヲ置クコトヲ至當ト信シタリ
第二百五十二條
(理由)財產編第三十七條第四項ニ依ルトキハ保存行爲ヲ除ク外共有物ノ管理ニ關スル行爲ハ總テ共有者合同シテ之ヲ爲スニ非サレハ其效力ナキモノトセリ然レトモ此ノ如クスルトキハ許多ノ場合ニ於テ不便ナルヘキヲ以テ本條ノ如クニ修正セリ而シテ前條ノ場合ヲ除ク外 ト云ヘル數字ヲ加ヘタルハ管理ナル文字ノ意義汎博ナルカ爲メ或ハ前條ノ場合ヲ含ムモノトスルノ恐アルカ爲メナリ
第二百五十三條
(理由)本條第一項ハ財產編第三十七條第五項ニ同シ第二項以下ハ債權者タル共有者ノ權利ヲ確保スルニ付キ必要ト信シタルヲ以テ或二三ノ立法例ニ傚ヒテ之ヲ置ケリ
第二百五十四條
(理由)本條ハ財產編第三十七條第六項ニ修正ヲ加ヘタルモノニシテ原文ニ於テハ前數項ニ揭クル事項ニ付キ別段ノ合意ヲ爲スヲ得ヘキコトヲ示シタルニ過キス然レトモ此點ニ付テハ敢テ明文ヲ設クルノ必要ヲ見ス唯規定スヘキハ其契約カ各共有者ノ特定承繼人ニ對シテ效力ヲ生スル事ナリトス但登記法ニ於テ此等ノ契約ト雖モ之ヲ登記スヘキモノトスルコト必要ナルヘシ本條ハ即チ此目的ヲ以テ原文ヲ修正シ獨逸民法第二讀會草案ニ於テ各種ノ場合ニ付キ規定スル所ヲ一括シテ汎ク共有者ノ一人カ本節ノ規定ニ依リテ共有物ニ付キ他ノ共有者ニ對シテ有スル債權ハ其特定承繼人ニ對シテモ之ヲ行フコトヲ得ヘキ旨ヲ明ニセリ今若シ本條ノ規定ナキトキハ他ノ共有者ニ對シテ債務ヲ負擔スル共有者ハ持分ノ讓渡ヲ爲スニ依リテ相手方ノ債權ヲ有名無實ニ歸セシムルコトヲ得ヘキナリ
第二百五十五條
(理由)本條ノ規定ハ諸國ノ法典ニ其例ヲ見サル所ナリト雖モ若シ之ナキトキハ持分ヲ抛棄シタル共有者又ハ相續人ナクシテ死亡シタル共有者ノ持分ハ何人ニ歸屬スヘキヤニ付キ疑ヲ生ス可キヲ以テ之ヲ置ケリ殊ニ不動產共有ノ場合ニ於テ若シ本條ノ如キ規定ナキトキハ本案第二百三十九條第二項ノ規定アルカ爲メ國ヲシテ共有者タラシムルノ結果ヲ生シ甚不便ナルヘシ
第二百五十六條
(理由)本條第一項及ヒ第二項ハ財產編第三十九條第一項乃至第三項ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニ外ナラス共有ハ往々ニシテ紛議ノ基ト爲リ共有者ノ一致鞏固ナルニ非サレハ共有物ノ改良ハ到底望ムヘカラサルヲ以テ其一人ノ請求アルトキハ分割ヲ爲スヘキモノトスルハ殆ト諸國ノ法律ニ認ムル所ナリ
第二百五十七條
(理由)本案第二百八條及ヒ第二百二十九條ニ揭クル共有物ハ其性質上分割ヲ許スモノニ非スト雖モ若シ明文ヲ以テ之ヲ禁セサルニ於テハ前條ノ規定ノ適用セラルヘキニ依リ特ニ本條ノ規定ヲ設ケタリ
第二百五十八條
(理由)凡ソ裁判上ノ分割ヲ必要トスルハ分割ニ付キ共有者ノ一致セサル場合トス此場合ニ於テ裁判所ノ職權ヲ定ムルコトニ付テハ諸國ノ法律其原則ヲ異ニス本案ニ於テハ分割ノ方法及ヒ割合ニ付キ成ルヘク裁判所ノ職權ヲ制限セサルヲ便利トシ唯但書ニ揭クルカ如キ不便ナキ限リハ現物ニテ分割ヲ爲スコトヲ要スルモノト定メタリ但其別段ノ場合ニ履行スヘキ競賣ノ手續ハ他ノ場合ニ付テモ之ヲ定ムルノ必要アルヘキヲ以テ之ヲ特別法ニ讓リタリ
第二百五十九條
(理由)本條ハ便宜ノ規定ト認メ獨逸民法草案ニ傚ヒ之ヲ設ケタリ蓋シ共有者ノ一人カ共有ニ基ケル債權ヲ有スルトキハ分割前ニ於テハ第二百五十三條第二項及ヒ第二百五十四條ニ依リテ保護ヲ受クルコトヲ得ヘシト雖モ場合ニ依リテハ速ニ辨濟ヲ得ルヲ欲セサルコトアルヘク或ハ又分割ノ目前ニ迫ルトキハ其保護ヲ受クルコト能ハサル場合アルヘシ斯カル場合ニ於テハ其共有者ヲシテ分割ノ際ニ辨濟ヲ受クルコトヲ得セシムル方法ノ定アルヲ至當トス旣成法典ニ於テハ即チ此ノ如キ場合ニ於テ分割者ノ爲メ先取特權ヲ認メタリト雖モ先取特權ヲ實行スルニハ多少ノ時日費用等ヲ要ス寧ロ分割ノ未タ結了セサル前ニ於テ償還ヲ受クルコトヲ得セシムルノ簡便ナルニ若カス是レ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ
第二百六十條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ缼クル所ナリ然レトモ若シ共有物ノ買戾權ヲ有スル者ノ如キ共有物ニ付キ權利ヲ有スル者又ハ共有者ノ債權者カ自己ノ費用ヲ以テ分割ニ參加スル以上ハ敢テ他人ヲ害スル弊ナキノミナラス正當ノ範圍ニ於テ其權利ヲ保持スルニ付キ利益少ナカラサルヲ以テ之ヲ置ケリ
第二百六十一條
(理由)本條ハ財產取得編第四百十八條ニ少ク修正ヲ加ヘタルモノナリ旣成法典ニ於テハ共有者ノ擔保ノ責任ニ付キ其責任ノ限度、條件等ノ事ヲ規定セス此ニ於テ乎賣主ノ擔保義務ニ關スル規定ヲ凖用スルコトヲ得ヘキヤ否ヤニ付キ疑アリ蓋シ旣成法典ニ於テハ分割ヲ以テ認定ノ效力ヲ生スルモノト爲シタルカ爲メ別段ノ規定ナキ限ハ賣主ノ擔保義務ニ關スル規定ヲ之ニ凖用スルコト能ハサルカ如シ本案ニ於テハ分割ヲ以テ權利移轉ノ效力ヲ有スルモノトシタルニ因リ此點ニ付キ賣買ノ規定ヲ準用スヘキコトヲ明ニセンカ爲メ玆ニ賣主ト同ク 云々ノ數字ヲ加ヘタリ
第二百六十二條
(理由)本條ハ財產編第四百十五條ニ聊カ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニ過キス苟モ共有者一人ノ要求ニ依リ分割ヲ爲スヘキモノトシタル以上ハ民法上ノ義務トシテ證書ヲ保存スヘキ者ヲ定ムルノ必要ナルコトハ疑ヲ存セサルナリ
第二百六十三條
(理由)入會權ニ付テハ各地方廳及ヒ裁判所ニ照會シ其囘答トシテ得タル書類ヲ閲スルニ慣例區區一定セスト雖モ要スルニ地役ノ性質ヲ有スルニ非サレハ共有ノ性質ヲ有スルモノノ如シ而シテ其共有ノ性質ヲ有スル者ハ本節ノ規定ニ從フヘキカ如シト雖モ入會權ヲ有スル村民ニシテ若自由ニ持分ヲ讓渡シ又ハ何時ニテモ分割ヲ請求スルコトヲ得ルモノトセハ多地方ノ慣習ニ背キ其弊害極メテ大ナルヘキヲ以テ主トシテ各地方ノ慣習ニ從フヘキモノトナセリ
第二百六十四條
(理由)數人カ或物ニ付キ共ニ有スル權利ハ多クハ所有權ニ外ナラスト雖モ占有權其他ノ權利ニ付テモ亦之ナシトセス而シテ本節ノ規定ハ其權利ノ性質又ハ法令ノ規定ニ反セサル限リハ此等ノ權利ニモ適用スヘキモノトスルノ至當ナルコト論ヲ俟タス是玆ニ此規定ヲ置キタル所以ナリ
第四章 地上權
(理由)本章ニ於テ規定スル地上權ハ旣成法典ニ規定セル地上權トハ大ニ異ナルモノナリ旣成法典ニ於テハ地上權ヲ完全ノ所有權ヲ以テ建物又ハ竹木ヲ占有スルノ權利ナリトシ恰モ之ヲ所有權ノ一種トセルカ如シト雖モ本案ニ於テハ地上權ヲ以テ土地ノ使用權トシタルナリ 其普通ノ使用權ト異ナル所ハ此權利ハ唯工作物又ハ竹木ヲ所有スル爲メニノミ存スルノ點ニアリ詳細ノ理由ニ至テハ尚第二百六十四條ヲ說明スル際ニ陳述スヘシ
旣成法典財產編第一部第三章第二節第二款ニハ地上權ヲ規定シ總テ之ヲ八ヶ條トスレトモ其中不用ト認ムヘキ條項亦尠ナカラサルヲ以テ此等ノモノハ本案ニ於テ悉ク之ヲ削除セリ左ニ其理由ヲ示サン
一、同編第百七十二條ニ地上權設定行爲ノ基本、方式及ヒ公示ハ不動產讓渡ノ一般ノ規則ニ從フ トスレトモ本案ハ旣ニ物權ノ總則ニ於テ一般ニ物權ノ設定及ヒ其移轉ノ方法ヲ規定シ且不動產ノ公示方法ニ付テモ亦適當ノ規定ヲ設ケタルヲ以テ玆ニ地上權ニ關シテ之ヲ再言スルノ要ナシト信シテ之ヲ削除セリ
二、第百七十四條ニハ設定行爲ヲ以テ建物又ハ竹木ノ周邊ノ地面ヲ明示セサル際ニ地上權ノ從トシテ當然之ニ屬スヘキ地面ノ廣狹ニ關シテ細密ノ規定ヲ爲セトモ此等ハ權利ノ設定ニ關スル一般ノ場合ト等シク總テ地上權ノ設定行爲ノ解釋ニ一任シテ可ナルモノニシテ特ニ明文ヲ以テ一定スルノ要ナシト信シテ之ヲ削除セリ
三、第百七十八條ノ規定ハ當然民法施行條例ニ揭クヘキモノト信スルヲ以テ之レ亦削除セリ
第二百六十五條
(理由)旣成法典ハ佛國一部ノ學者ノ說ニ從ヒ地上權ヲ以テ建物又ハ竹木ノ所有權ナリトセリ地上權ニシテ果シテ所有權ノ一種ナリトセハ宜シク之ヲ所有權ノ中ニ規定スヘク决シテ特種ノ物權ヲ以テ待ツヘキニアラス且旣成法典ニ於テハ賃借人ト雖モ賃貸借ノ存續期間ハ借地ノ上ニ存スル建物又ハ竹木ヲ完全ニ所有シ得ルモノト規定シ而シテ我國ノ慣習モ亦之ヲ認ムルカ故ニ若シ右ノ旣成法典ノ定義ニ從フトキハ賃借權モ亦地上權ノ一種ナリト言ハサルヲ得サルニ至ラン殊ニ建物又ハ竹木ヲ完全ノ所有權ヲ以テ 占有スル 權利ナリ ト曰ヒテ建物又ハ竹木ノ所有者ハ其所有物ヲ占有スルコトヲ得ルト云ヘルカ如キ文字ヲ排列シテ當然言フヲ待タサルコトヲ明揭スルハ法典ノ體裁上亦不可ナル所アルニ似タリ之ヲ解シテ地上權ハ建物又ハ竹木ヲ完全ニ所有スルカ爲メニ他人ノ土地ヲ占有スル權利ナリトスルトキハ其意稍本案ニ近似シ來リテ理論ノ正ヲ得ヘキカナレトモ原文ノ如キ字句ニテハ到底此ノ如キ解釋ヲ爲スコトヲ得ス是レ本案ニ於テ旣成法典ノ定義ヲ採用セサル所以ナリ
外國ノ法律ヲ見ルニ澳國民法ハ土地ノ所有權ヲ分ケテ地上權者ノ有ニ屬スル部分ト地盤ノ所有者ニ屬スル部分トヲ區別セリ是レ我國ノ慣習ニ反ス獨逸民法草案及ヒ索遜民法ハ地上權ヲ以テ土地ノ上下ニ建設物ヲ有スル權利ナリトセリ單ニ建設物ヲ有スルニ限レルヲ以テ其土地ノ上ニ竹木ヲ有スルヲ得サルコトヽナリ亦我國ノ慣習ニ反ス普漏西國法ハ地上權者ハ他人ノ土地ノ上ニ有スル建物及ヒ樹木ヲ所有者ノ如ク自由ニ處分スルコトヲ得トセリ建物及ヒ樹木ト曰ヘルヲ以テ旣成法典ニ於ケルト等シク池沼其他ノ工作物ハ之ヲ包含セサルコトトナリ狹隘ニ失スルノ弊アリ殊ニ建物又ハ竹木ヲ所有者ノ如ク自由ニ處分スルコトヲ得ト曰ヘルニヨリ地上權者自ラ建物又ハ樹木ノ所有者ニアラス只所有者ノ如クニ之ヲ處分シ得ルノミナリトセルモノニシテ決シテ完全ノ規定ト云フヲ得ス白國民法草案ハ地上權ハ所有權ノ支分權トシテ他人ノ土地ノ上ニ建築物又ハ樹木ヲ有スル權利ナリト曰ヘリ建築物又ハ樹木トイヘルヲ以テ其中ニ池沼其他ノ工作物ヲ包含セスシテ狹隘ニ失ス且單ニ地上權ハ所有權ノ支分權(Démembrement de la proprieté)ナリトイフモ支分權タルヤ否ヤヲ論スルハ寧ロ學說ニ屬スヘキモノナルノミナラス恰モ其支分權ノ性質如何ヲ知ルノ要アルナリ殊ニ支分權トシテ建物又ハ樹木ヲ有スルト謂フニ至テハ頗ル不明了ノ點ナキ能ハス其說明中ニ地上權者ハ建物又ハ樹木ノ所有者ニアラス唯所有者ニ類スルノ權利ヲ有スルモノナリト謂フモ未タ地上權ノ性質ヲ明カニセス到底本案ノ模範トスヘキ法文ニアラス又蘭國民法及ヒ白國現行法ニ於テハ地上權ハ他人ノ土地ノ上ニ建物工作物又ハ樹木ヲ有スル權利ナリト曰ヒ前記ノ諸法律ニ比シテハ大ニ優レル所アルモ未タ土地ヲ使用スル權利ナルコトヲ明言セス
之ヲ要スルニ旣成法典及ヒ外國法律ノ規定ハ或ハ我國ノ慣習ニ合セサル所多ク或ハ其文字ニ穩當ヲ缺ク所アルヲ以テ何レモ本案ニ採用スルコトヲ得サルナリ抑地上權ノ名ハ從來曾テ我國ニ無キ所ナリト雖モ其實ハ畢竟宅地林地等ノ借主ノ要スル權利ニ過キスシテ此等ノ借主ハ借地料ヲ拂フト否トヲ問ハス權利ノ存續期間ハ土地ノ上ニ存スル工作物又ハ竹木ヲ所有スル爲メ其土地ヲ使用スルコトヲ得ルモノトセルコト我國從來ノ慣習ナルカ如キヲ以テ本案ハ此慣習ヲ採リ地上權者ハ他人ノ土地ニ於テ工作物又ハ竹木ヲ所有スル爲メ其土地ヲ使用スル權利ヲ有ス ルモノトシタルナリ而シテ其永小作權ト異ナル點ハ永小作權ハ耕作又ハ牧畜ノ爲メニ存スル使用及ヒ收益ノ權ナルモ地上權ハ工作物又ハ竹木ヲ所有スル爲メニ存スル使用權ナリ二者ノ目的トスル所モ相異ナレハ從テ權利ノ範圍ニ付テモ亦自ラ廣狹ノ差ナキ能ハス
第二百六十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百七十三條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其要點ヲ列叙セン
一、原文ニハ土地ノ上ニ建物又ハ樹木ノ旣ニ存セル場合ト新タニ之ヲ築栽スル場合トヲ區別シ甲ハ地上權ニシテ乙ハ賃借權ナリトシ乙ノ場合ニ於テ建物ヲ築造シ又ハ樹木ヲ栽植スルトキハ賃借權忽チ變シテ地上權ト爲ルモノトセルハ草案ノ說明ニ依リテ明カナルノミナラス原文第二項ニ賃借ノ文字ヲ用ユルヲ見テモ亦此主意タルヲ知ルヘキナリ是レ旣成法典ニ於テ地上權ヲ建物又ハ樹木ノ所有權トシタルノ結果ニシテ即チ未タ建物又ハ樹木ノナキニ之ヲ所有スル地上權ノ生存スヘキ理ナシトノ事由ニ基クモノナリ然レトモ本案ニ於テハ工作物又ハ竹木ヲ所有スル爲メ土地ヲ使用スルノ權利トシタルヲ以テ其設定行爲ノ初メニ建物又ハ樹木等ノ旣ニ存スルト又ハ後ニ之ヲ築造栽植スルトヲ區別スルノ必要ナク唯之ヲ築造栽植セサルニ於テハ地上權ハ實際ノ活動ヲ爲サスト謂フマテノ事ナルヲ以テ原文ノ如キ區別ハ全ク之ヲ廢セリ
二、原文ニハ土地ノ面積ニ應シテ 土地ノ所有者ニ規定ノ納額ヲ拂フヘキトキハ 云々ト曰ヘルモ土地ノ面積ニ應スル ト否トハ敢テ之ヲ問フコトヲ要セス唯定期ニ金額其他ノ物ヲ拂フヘキト否トヲ區別スヘキノミ蓋シ普通賃貸借又ハ永貸借ニ於テモ借賃ハ必スシモ土地ノ面積ニ應シテ之ヲ拂フヘキコトヲ必要トセサルナリ
三、原文ノ納額ナル文字ハ(Redevance)ナル佛語ヲ譯シタルモノナランカナレトモ本邦ニハ從來地代ナル語アルヲ以テ特ニ新奇ナル熟語ヲ玆ニ發明スルノ要ナク殊ニ地代ナル語ニ由リテ地上權ハ從來ノ借地人ノ權利ナルコトヲ知ラシムルノ利アルヲ以テ本案ニ於テハ納額ヲ改メテ地代トナシタリ
四、原文ニハ地上權者カ納額ヲ拂フ可キ場合ニ於テハ其權利義務ニ付テハ賃貸借ニ關スル規則ニ從フヘキモノトセルモ若シ此ノ如クスルトキハ地上權ノ實質ハ殆ト賃借權ト同一ノモノトナリ從テ一ヲ物權トシ他ヲ人權トシタルノ主意ニモ反スル嫌アルヲ以テ本案ニ於テハ地上權ニハ永小作權ニ關スル第二百七十四條乃至第二百七十六條ノ規定ヲ凖用シ其他地代ニ付テノミ賃貸借ノ規定ニ從フヘキモノトセリ
五、原文ニハ通常賃貸借ノ規則ニ從フヘキモノトセルモ地上權ハ通常ノ賃借權ヨリ寧ロ永小作權ニ近キカ故ニ永小作權ノ規則ヲ之ニ適用スルヲ可ナリトス最終版ノ草案ニハ賃貸借(Bail)ト言ヒテ其中ニハ永貸借ヲモ包含セシムルノ意ナルモ單ニ賃貸借トイフトキハ人世多クハ通常ノ賃貸借ヲ指スモノト解スヘキヲ以テ本案ニ於テハ特ニ地上權ニハ主トシテ永小作權ノ規定ヲ凖用スヘキコトヲ明カニシ唯借賃ニ付テハ永小作權モ亦賃借權ノ規定ニ從フヘキモノナルカ故ニ地代ニ付テハ自ラ賃貸借ノ規定ヲ適用スヘキモノトシタルナリ(白國民法草案ニハ地上權ニハ永借權ノ規定ヲ適用スヘキコトヲ言ヘリ)
六、原文第一項ノ終リニ繼續期間ノコトヲ言ヘルモ旣ニ地代ニ付テノミ賃貸借ノ規定ヲ適用スルコトトセル以上ハ繼續期間ハ本條ノ適用ノ範圍外ナルヲ以テ原文第一項ノ末文ハ之ヲ削除セリ
第二百六十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百七十五條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ原文ニハ本條ノ適用ヲ地上權設定後ニ築造シタル建物又ハ栽植シタル樹木ニ限レルモ此制限ハ決シテ之ヲ爲スコトヲ要セス地上權設定以前ヨリ旣ニ存セル建物又ハ樹木ニ關シテモ亦宜シク本條ヲ適用スヘキモノナルヲ以テ本案ニ於テハ設定ノ前後ニ區別ヲ附セスシテ汎ク所有權ノ限界ニ關スル規定ヲ地上權ニモ凖用スルコトトシタリ獨リ地上權設定前ニ爲シタル工事ハ總テ土地ノ所有者カ爲シタルモノト推定スヘキヲ至當トスルヲ以テ此場合ニ付キ但書ヲ加ヘ以テ本條ノ適用ヲ制限セリ
第二百六十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百七十六條ニ改正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其要點ヲ列叙セン
一、本條ノ適用ヲ別段ノ慣習ナキ場合ニ限リシハ旣成法典ト大ニ異ナルカ如キ觀アルモ其實決シテ然ラス原文第三項ニハ地上權ハ通常賃借權ト同一ノ原因ニ由リテ消滅ス但所有者ノ爲ス解約申入ハ此限ニ在ラストシ而シテ賃借權消滅ノ規定ノ下ニ於テ解約申入ノ規定ハ地方慣習ナキトキニ非サレハ之ヲ適用セス(第百五十二條)ト曰ヘルヲ以テ旣成法典ニ於テモ亦慣習ヲ先キニスルノ精神ナルハ裕ニ之ヲ窺知スルコトヲ得ルナリ唯旣成法典ニ於テハ慣習ノ效力ヲ解約申入ノ場合ニ限リシヲ本案ニ於テハ更ニ之ヲ擴張シテ地上權ノ存續期間ニ關スル全體ノ事ニ及ホシシ差アルノミ而シテ之ヲ擴張シタル所以ハ此ノ如キ事ニ關シテハ各地ニ往々特別ナル慣習ノ存スルモノニシテ此慣習ヲ採用スルハ立法上頗ル得策ナルヲ以テナリ
二、本案ニ於テハ地上權者ハ何時ニテモ其權利ヲ抛棄シ得ルヲ原則トシ唯地代ヲ拂フヘキトキニ限リテ一年前ノ豫吿又ハ一年分ノ地代ノ前拂ヲ必要トセリ是レ旣成法典ニ於テ如何ナル場合ニ於テモ豫吿又ハ前拂ヲ必要トセルモノト異ナル所ナリ抑權利ハ權利者ノ利益ナリ其任意ニ之ヲ抛棄シ得ルハ當然ノ事ニシテ殆ト說明ヲ要セス而シテ法律ニ於テ之ヲ制限スヘキハ唯其抛棄ニ因リテ他人ニ損害ヲ釀スノ恐レアル場合ニ限ルヘキモノトス地上權ハ地上權者ノ有スル權利ナリ宜シク其自由ニ之ヲ抛棄スルニ任セ其存續期間ノ確定セルト否トハ全ク之ヲ問ハサルコトトスヘシ然レトモ若シ存續期間ノ一定シ居リ其期間地上權者ヨリ土地ノ所有者ニ對シテ地代ヲ支拂フヘキ場合ニ於テ尚地上權者ノ隨意ニ其權利ヲ抛棄シ同時ニ合セテ其義務ヲモ抛棄シ得ルモノトスルトキハ之カ爲メニ土地ノ所有者ノ權利ヲ害スルコト頗ル大ナルヲ以テ此ノ如キ場合ニ限リテ地上權ヲ抛棄スルコトヲ得サルモノトシ其期間ノ定ナキ場合ニ於テモ或ハ豫吿ヲ要スルコトトシ或ハ地代ノ前拂ヲナスヘキモノトシタルナリ
三、本條第二項ハ原文ニナキ所ナレトモ我國ニハ必要ノ規定ナリト信シテ新ニ之ヲ挿入セリ其目的トスル所ハ地上權ノ存續期間ヲ定メサリシ場合ニ於テ地上權ヲ永久ノモノトセスシテ相當ノ期間ヲ定メシムルニアリ地上權者カ其權利ヲ抛棄セサルニ於テハ地上權ハ永久ニ存續スヘキモノナリトスルノ例外國ニ頗ル多シ澳國ハ地上權ヲ以テ一種ノ土地所有權トセルニ因リ當然之ヲ永久ノモノトシ獨逸ニ於テハ地上權ハ實際ニ極メテ稀少ナルカ故ニ特ニ之ニ制限ヲ加フルノ要ナシトシテ同シク地上權ヲ永久ノモノトシ其他蘭普ノ民法白國民法草案等ノ如キモ亦之ト同種ノ規定ヲ爲セリト雖モ永久ノ地上權ハ殆ト土地ノ所有權ト異ナル所ナク所有權ノ他ニ又一種ノ所有權ヲ生スルノ恐レアルヲ以テ公益上勉メテ此ノ如キ權利ノ發生ヲ妨ケ唯別段ノ契約若クハ慣習ノ存スル場合ニ限リテ之ヲ許スコトトシ其他ハ總テ適當ノ期間内ニ之ヲ限定スルヲ可ナリトス旣成法典ハ建物ノアル場合ニハ地上權ハ建物ノ存立時期間繼續スヘキモノト規定セリ是レ旣成法典ニ於テハ地上權ヲ以テ建物ノ所有權ト認メタルニヨレハナリ又其規定ノ結果トシテ地上權者ハ所有者ノ承諾ナクシテ大修繕ヲ爲スヲ得サルコトトナリ從テ大小修繕ノ區域ニ關シテ屢爭ノ生スルコトアラン本案ハ旣成法典ト異ナリテ地上權ヲ建物ノ所有權トセス唯工作物又ハ竹木ヲ所有スル爲メ土地ヲ使用スルノ權利トシタルヲ以テ建物ノ有無ニ拘ハラス地上權ノ存續期間ヲ一定シ得ルコトトナレリ(澳一一五〇、獨二草九二七、普國法一部二二章二四五ニハ建物倒ルルモ地上權消滅セサルコトヲ言ヘリ)旣成法典ハ樹木ニ付テハ採伐スル時期又ハ其有用ナル最長大ニ至ル可キ時期ヲ以テ地上權ノ期限トセリト雖モ樹木ニハ採伐ヲ目的トスルモノト否ラサルモノトアリ之ヲ目的トセサル樹木ノ如キハ如何ニ長大トナルモ猥リニ强ヒテ之ヲ採伐セシムヘキニアラス此規定ハ旣成法典ノ採用セル「地上權ハ樹木ノ所有權ナリ」ト曰ヘル主義ヨリ見ルモ尚論理ノ貫徹セサル所アリ以上ノ如キ理由アルヲ以テ本案ハ旣成法典ノ規定ヲ改メ裁判所ヲシテ工作物又ハ竹木ノ種類及ヒ狀況其他地上權設定ノ當時ノ事情ヲ斟酌シテ設定者ノ意思ニ尤モ近キモノヲ執リテ以テ地上權ノ存續期間ヲ定メシムルコトトセリ然リト雖モ若シ其大體ノ範圍ニ關シテ毫モ定ムル所ナクンハ動モスレハ判官ノ專橫ヲ來スノ恐レアルヲ以テ法律ニ於テ宜シク一定ノ標凖ヲ與フ可キモノトス而シテ今我國從來ノ慣例ヲ調査スルニ頗ル茫漠トシテ明瞭ナラスト雖モ多クハ十年乃至三十年ヲ以テ限トスルモノノ如ク(民事慣例類集五六二、五八一)又和蘭民法ノ規定ニ據ルモ土地ノ所有者ハ三十年ノ後一年前ノ豫吿ヲ以テ地上權ヲ消滅セシムルコトヲ得ルモノトシ其他三十年ヲ以テ限トスルノ例多シト雖モ石造煉瓦造等ノ建物ハ假令三十年ヲ經ルモ尚依然トシテ有用ニ存シ强ヒテ之ヲ毀壞セシムルハ經濟上極メテ不利益ノ事ナルカ故ニ苟モ設定者ノ意思カ之ヲ三十年以下ニ限定スルニ在リタル證憑ナキ以上ハ之ヨリ長ク地上權ヲ存續セシムルヲ至當トス而シテ又忽チ毀壞ス可キ家屋若クハ直ニ採伐ス可キ樹木ヲ所有スル爲メニハ十年ヲ以テ足レリトスルカ故ニ之カ爲メニ存スル地上權ヲ十年ニシテ消滅スルモノト定ムルモ敢テ短キニ失スルノ恐ナキヲ以テ本案ニ於テハ最短期ハ從來ノ慣習ニ因リテ之ヲ十年トシ最長期ハ旣成法典ノ永借權ノ規定及ヒ本案ノ永小作權ノ場合ト等シク之ヲ五十年トシ判官ヲシテ此兩極點内ニ於テ適當ノ期間ヲ定メシムルコトトシタリ
四、原文第三項ニハ此他地上權ハ通常ノ賃借權ト同一ノ原因ニ由リテ消滅スト云ヘトモ賃借權ノ下ニ規定セル消滅方法ハ所謂解約申入ニ關スル特別規定ノ外ハ總テ當然言フヲ待タサル所ナルニ原文ニ於テ解約申入ニ付テハ此限ニ在ラスト云ヘルヲ以テ益本項ノ必要ヲ見サルニ至リ從テ之ヲ削除セリ
第二百六十九條
(理由)旣成法典財產編第百七十七條ニハ地上權者カ其建物又ハ樹木ヲ賣ラントスルトキハ土地ノ所有者ハ之ニ對シテ先買權ヲ有ストシ文字ノ上ヨリ觀察スルトキハ頗ル土地ノ所有者ヲ偏愛スルモノノ如クナルモ其實却テ之ヲ保護スルノ途ヲ盡ササルモノナリ所有者ノ先買權ヲ有スルハ唯地上權者カ其建物又ハ樹木ヲ賣ラントスルノ場合ニ限レルヲ以テ地上權者ニシテ苟モ之ヲ賣ルヲ欲セス或ハ家屋ヲ毀壞シテ他ニ之ヲ運搬シ或ハ樹木ヲ掘去シテ他ノ地ニ之ヲ移植セントスルニ當リテハ土地ノ所有者ハ之ヲ如何トモスルコトヲ得サルヘシ甚シキニ至リテハ單ニ土地ノ所有者ニ之ヲ賣ルヲ欲セストノ理由ニ因リテ其建物又ハ樹木ヲ收去スルモ尚所有者ハ法律ノ保護ヲ受クルヲ得サルモノトナル本案ハ此ノ如キ場合ニ應スル爲メニ地上權消滅ノ時ニ土地ノ所有者ヨリ時價ヲ提供シテ之ヲ買取ルヘキ旨ヲ通知シ來ルトキハ地上權者ハ正當ノ理由ナクシテ之ヲ拒ムコトヲ得ストシ以テ土地ノ所有者ニ工作物若クハ竹木ヲ買取ルノ權利ヲ與ヘタリ而シテ原則トシテハ地上權者ハ其工作物及ヒ竹木ヲ收去スルコトヲ得ルモノトシ且正當ノ理由アルニ於テハ土地ノ所有者ヨリ如何ニ買取ヲ請求シ來ルモ尚之ヲ拒絕シ得ルモノトシタルヲ以テ地上權者ニ對シテモ决シテ酷ナルノ規定ニアラス即チ先買權ノ如キ名ヲ採ラスシテ而モ能ク其實ヲ收メ當事者ノ間ニ全ク衡平ヲ得タルモノト言フ可シ外國ニハ地上權消滅ノ際ニ建物樹木等ハ當然土地ノ所有者ノ有ニ歸シ而シテ所有者ハ之ニ對シテ償金ヲ拂フ可キモノトスルノ例多シト雖モ是レ啻ニ我國從來ノ慣習ニ反スルノミナラス地上權者ニ對シテ頗ル苛酷ノ規定ニシテ土地所有者ニアリテモ亦屢々迷惑ノコトナキニシモアラサルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ採用セス普漏西國法(一部二二章二四三)ハ之ニ反シ地上權者ハ所有者ノ如ク其建物樹木等ヲ處分スルコトヲ得ト謂ヒテ暗ニ地上權者ハ常ニ之ヲ收去シ得ルモノト認メ土地ノ所有者ニ買取ノ權利ナキモノトセルカ如シト雖モ是レ國家ノ經濟上頗ル不利益ノ規定ニシテ他ノ占有添附等ノ規定(一九六、二四二)ノ主義ト相合セサル所ナルヲ以テ此レ亦本案ニ採用セス
第五章 永小作權
(理由)本章規定ハ旣成法典ニ於ケル永借權ノ規定ニ該當ス而シテ其規定ノ本質ニ至リテハ二者大ニ相同シカラサル所アリ旣成法典ニ於テ永借權ト稱スルモノハ唯長期ノ賃貸借ヲ指スニ過キサレトモ單ニ期間ノ長短ノ差ニ因リテ性質ノ相等シキ權利ニ殊別ノ名稱ヲ附シテ法律ノ規定ヲ異ニスルハ決シテ穩當ノ事トイフヘカラス本案ニ於テハ賃借權ヲ人權トシタルヲ以テ永小作權ハ賃借權トハ全ク性質ノ相異ナルモノトナリ特別ニ之ヲ規定スルノ必要益明了トナリシニ因リ此點ニ關シテハ全ク旣成法典ヲ改正シタルナリ又旣成法典ニ於テハ永借權ヲ汎ク一般ノ不動產ノ賃借權トセルモ建物又ハ樹木ノ上ニ永小作權ヲ設定スルカ如キコトハ嘗テ聞カサル所ナルヲ以テ本案ハ單ニ之ヲ土地ノ上ニ限ルモノトシ且耕作又ハ牧畜ノ爲メニ存スルモノトシテ永小作權ノ性質ヲ明確ニセリ其存續期間ニ至リテモ旣成法典ニ於テハ常ニ三十年ヲ超ユルモノトセルモ之ヲ我國ノ慣習ニ照ラスニ三十年以下ノ永小作ヲ認ムルヲ以テ本案ニ於テハ改メテ最短期ヲ十年トシタリ其最長期ニ至リテハ昔時ニハ永代小作ト唱ヘテ無期限ノモノ多カリシカトモ維新以來ノ小作ニハ通常一定ノ期限ヲ附スルノ例ナルヲ以テ本案ハ此最近ノ慣習ニ基キ各地ノ情况ヲ斟酌シテ之ヲ五十年トセリ其權利ノ名稱ヲ永借權トセスシテ永小作權ト改メタルカ如キハ我國從來ノ慣習ニ從ヒタルニ外ナラス尚第二百六十九條第二百七十五條等ノ理由ヲ述フルニ當リテ說明スル所アルヘシ
旣成法典財產編第百五十六條第五項及ヒ第六項ノ規定ハ當然民法施行條例ニ揭クヘキモノトシテ之ヲ削除セリ
第二百七十條、第二百七十一條
(理由)一、旣成法典財產編第百五十八條第一項ニハ永借人ノ權利ヲ定メ永借人ハ永借地ノ形質ヲ變スルコトヲ得但永久ノ毀損ヲ生セシメサルコトヲ要ス ト云ヒ以下數條ニ規定スル所ハ大率此條項ノ適用ニ過キス或ハ當然言フヲ待サルコトアリ或ハ全ク行政法ノ規定ニ讓ルヘキモノアリテ削除スヘキ條項尠シトセス而シテ右第百五十八條ノ規定ニ至リテモ亦大ニ修正ヲ要スルモノアリ同條ハ其第一項ニ由リテ永借權ト賃借權トヲ區別シ但書ヲ以テ永借權ト所有權トヲ區別セントシタリ永借人ハ永借地ノ形質ヲ變スルコトヲ得トセルモ本邦從來ノ永小作ハ主トシテ田畑ノ耕作ニ限レルカ故ニ永借人ニ與フルニ借地ノ形質ヲ變更スルノ權ヲ以テセサルモ之カ爲メニ敢テ非常ノ不便ヲ感スルコトナカルヘシ若シ又稀ニ形質變更ノ必要ヲ感スルコトアリトセハ別ニ所有者ノ承諾ヲ得レハ可ナリ或ハ之ヲ非トシ荒地ノ起復新田ノ開發等ノ事ハ明カニ土地ノ用方ヲ變更スルモノナルニ若シ本案ノ主意ノ如クスルトキハ永借人ハ此等ノ行爲ヲ爲スコトヲ得サルニ至リ從テ永借權ヲ設定スルノ効用著シク減セント云フ者アランナレトモ荒地ノ起復新田ノ開發等ノ場合ニ於テハ槪ネ其初メニ當リ之ヲ目的トシテ永借權ヲ設定スルモノニシテ設定ノ當時旣ニ其土地ハ起復若クハ開發スヘキモノトナリ决シテ永借人ノ任意ニ從來ノ用方ヲ變スルニアラサルヲ以テ永借人ノ此等ノ行爲ヲ爲スニ何等ノ障碍ヲモ生セサルヘシ故ニ一般ノ原則トシテハ永借人ハ隨意ニ借地ノ形質ヲ變スルコトヲ得サルモノトスヘシ殊ニ本案ニ於テハ永小作權ト稱シテ永小作ハ耕作又ハ牧畜ヲ爲ス場合ニ限レルヲ以テ此原則ヲ採ルモ決シテ永小作人ニ非常ノ不利益ヲ生スルコトナカルヘシ或ハ又之ヲ難シ本案ノ如クスルトキハ永貸借ト普通ノ貸借トノ間ニ殆ント差異ナキニ至ルヘシト云フモノアレトモ兩者大ニ異ナル所アリ普通ノ賃貸借ニ於テハ賃貸人ハ賃借人ヲシテ賃借物ノ使用及ヒ收益ヲ爲スコトヲ得セシムルノ義務ヲ有スルモ永貸借ニ於テハ永借人自ラ土地ノ使用及ヒ收益ヲ爲スニ止マリ永貸借當然ノ結果トシテ永貸人ニ何等ノ義務ヲモ生スルコトナシ一ハ人權ニシテ一ハ物權ナルヲ以テ兩者ノ間ニ著ルシキ差異ノ存スルハ實ニ明了ノコトタリ而シテ土地ノ所有者ニシテ諸般ノ煩累ヲ避ケント欲スル者ハ永借權ヲ設定スヘク又假令多少ノ煩累アルモ寧ロ借賃ノ多カランコトヲ望ムモノハ賃貸ヲ爲スコトナルヲ以テ此兩種ノ權ハ共ニ宜シク法律ノ認ムヘキモノトス
二、旣成法典財產編第百五十六條ニハ永借權ハ契約ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ設定スルコトヲ得ストセリ是レ永借權ヲ以テ賃借權ノ一ナリトシ賃借權ハ必ス契約ヲ以テ之ヲ設定スヘキモノトセルニ因レハナリ然リト雖モ本案ニ於テハ永小作權ト賃借權トハ全ク別種ノ權利ナリト認メタルヲ以テ賃借權ノ設定方法ニ異ナリタル方法ニ由リテモ永小作權ヲ設定シ得ルモノトシ從テ原文ノ如キ規定ヲ必要トセス尚深ク之ヲ論スルトキハ賃借權ト雖モ一旦之ヲ物權ナリトスル以上ハ其設定ニ必スシモ契約ヲ要スルノ理由ナキナリ兎ニ角本案ニ於テハ永小作權ハ地上權ト等シク契約以外ノ行爲ヲ以テモ之ヲ設定スルコトヲ得ルモノトシ從テ右ノ規定ヲ全然削除セリ
三、同編第百六十四條ニ永貸人ハ永貸借契約ノ當時ノ現狀ニテ永貸物ヲ引渡スモノトス永貸人ハ貸借ノ期間大小修繕ヲ負擔セスト言ヘリ是レ亦旣成法典ニ於テハ永貸借ヲ賃貸借ノ一種トシ通常賃貸借ノ規則ニ從フヘキモノトセルノ結果ナリ(財一五七、二項)即チ旣成法典ニ於テハ賃貸人ハ物ノ引渡前ニ一切ノ修繕ヲ整ヘ且賃貸借ノ期間大小修繕ヲ爲スノ責ヲ負フモノトセルヲ以テ原文ノ如キ條文ナキトキハ永貸人モ亦當然此ノ如キ義務ヲ負フヘキモノト解セラルルノ恐レアルヲ以テ殊ニ右ノ條文ヲ設ケテ其然ラサル旨ヲ明言セシナリ然レトモ本案ハ旣成法典ト異ナリテ永小作ヲ賃貸借トセス唯永小作人ノ義務ニ付テノミ賃貸借ノ規定ヲ準用スヘキコトトシタルヲ以テ原文ノ如キ條項ハ全ク不用ノモノトナリシニ因リ之ヲ削除シタリ或ハ永貸人ニ引渡ノ義務アルコトヲ明言スルノ必要アリト言フモノアレトモ是レ所有權ノ讓渡地上權ノ設定等ニ就テモ亦同シキ所ニシテ敢テ永小作權ニ關シテノミ之ヲ言フヲ要セサルナリ
第二百七十二條
(理由)旣成法典ニ於テハ賃借人ハ其權利ヲ讓渡シ又ハ之ヲ抵當トシ或ハ其賃借物ヲ轉貸スルコトヲ得ルモノトシ而シテ其規定ヲ永借人ニモ適用セリ外國ニ於テモ賃借人ハ其權利ヲ讓渡シ又ハ賃借物ヲ轉貸シ得ルモノトスルノ例甚タ多キモ我國各地方ノ慣習ヲ見ルニ原則トシテハ却テ永小作權ヲ自由ニ處分スルコトヲ得サルモノトスルノ例多ク(民事慣例類集五五頁以下九个所ニ對スル十二个所ノ多數)唯轉貸ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ然レトモ旣ニ轉貸ヲ許ス以上ハ其權利ヲ讓渡スコトヲモ許シテ可ナリ是レ本案ニ於テモ旣成法典ノ主義ニ倣ヒ永小作人ニハ永小作權ヲ讓渡シ若クハ之ヲ擔保ニ供シ或ハ土地ノ轉貸ヲ爲スノ權アルモノトセル所以ナリ
第二百七十三條
(理由)一、本條ハ旣成法典財產編第百五十七條第二項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ旣成法典ニハ特別ノ合意又ハ規定ナキトキハ總テ通常賃貸借ノ規則ニ從フヘキモノトセルモ永借人ノ權利ト賃借人ノ權利トノ間ニハ著ルシキ差異アリ殊ニ本案ニ於テハ永小作權ハ之ヲ物權トシ賃借權ハ之ヲ人權トシタルヲ以テ兩者ノ性質全ク相異ナルモノトナリ到底賃借權ノ規定ヲ悉ク永小作權ニ凖用スルコトヲ得サルニ至リシヲ以テ永小作人ノ權利ニ關シテハ特ニ第二百六十九條及ヒ第二百七十條ノ法文ヲ設ケ單ニ其義務ニ付テノミ賃貸借ノ規定ヲ之ニ凖用スヘキコトトセリ
二、旣成法典財產編第百六十六條ニハ永借人ハ租稅其他ノ公課ヲ負擔スヘキモノナリト言ヘルモ此ハ我國今日ノ慣習ニ反スルモノニシテ且本案ニ於テハ租稅其他ノ公課ニ關スル規定ヲ一切規定セサルコトトシタルヲ以テ右ノ條文ハ全ク之ヲ削除セリ
三、同編第百六十七條ニハ永借人ハ借賃ニ付キ連帶且不可分ノ義務ヲ負フヘキモノトスレトモ毫モ此ノ如ク爲スノ理由ナク又之ヲ連帶ト爲スハ外國ニモ其例ヲ見サル所ナリ不可分ニ關シテハ僅カニ蘭白兩國ノ法律ニ其例ヲ見ルモ是レ此兩國ニ於テハ封建ノ遺制ヲ襲ヒテ永借賃ヲ以テ土地ノ所有者ノ權利ヲ承認スルノ證徵トシ而シテ權利承認ノ證徵ハ不可分ナリト信シタルニ因レハナリ然レトモ此兩國ニ於テモ尚此ノ如キ規定ヲ難スル者頗ル多ク現ニ白國民法草案ニ於テハ之ヲ改メ賃借ハ純然タル借賃ニシテ隨テ之ヲ支拂フノ義務ハ可分ナルモノトセリ(Laurent ; Avant-projet de révision du code civil. III, p. 199 et 204.)白國ニ於テ尚且然リ况ンヤ我邦ノ如キハ此沿革上ノ事蹟ナキヲ以テ毫モ永借人ノ義務ヲ不可分トスルノ理由ヲ發見セサルナリ草案理由書ニハ永借權ノ期間ノ長キト永借人ノ多數ナルトヲ以テ之カ理由トスレトモ(Boissonade ; Projet de code civil, 1. No. 235)賃借ノ期間長ケレハトテ其借料ヲ常ニ連帶且不可分ト爲スヘキノ理由ナク又永借人ハ常ニ多數ナリト云フハ全ク事實ニ反スルモノナリ又假ニ之ヲ事實ナリトスルモ永借人多數ナレハトテ必スシモ其義務ヲ連帶且不可分ト爲スヘキノ理ナシ尚草案理由書ニハ永借人多數ナルトキハ通常會社ヲ爲シ會社ノ社員ハ連帶且不可分ノ義務ヲ負フヘキモノナルヲ以テ永借人ノ義務モ亦之ト同種ノモノナラサルヘカラスト言ヘトモ會社ヲ結フト否トハ永借人ノ意思如何ニ因ルモノニシテ若シ之ヲ結ヒタルトキハ會社法ノ規定ニ從フテ其義務ヲ連帶トスヘキモ是レ會社契約ノ結果ニシテ且其義務ヲ不可分トスル理由ハ之アルコトナシ是レ本案ニ於テ財產編第百六十七條ヲ削除シタル所以ナリ
第二百七十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百六十五條ト全ク其意義ヲ同シウシ唯無用ノ文字ヲ省キタルノミ其但書ヲ削除シタルハ次條ノ規定アルヲ以テ本條ニ於テ特ニ之ヲ言フヲ要セスト信シタレハナリ
第二百七十五條
(理由)本條ノ前半ハ旣成法典財產編第百六十九條ニ同シク其後半ハ聊カ之ニ改正ヲ施シタルモノナリ原文ニハ其一部ノ毀損ニ因リテ將來ノ收益カ借賃ノ年額ヲ超ユヘキ見込ナキトキハ永貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得ルモノトスレトモ將來ノ見込ヲ豫測シテ解除ノ請求ヲ爲スコトヲ許ストキハ之カ爲メニ屢爭ヲ生シ判官ノ認定モ亦往々誤謬ナキヲ保セサルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ改メ五年ノ經驗ニ因リ過去ノ事實ニ基キテ解除ノ請求ヲ爲シ得ルモノトセリ
第二百七十六條
(理由)一、本條ハ旣成法典財產編第百六十八條ニ修正ヲ施シタルモノナリ原文ニハ永借人カ公課ノ辨濟ヲ爲ササルトキハ永貸人ハ永貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得トセルモ本案ハ旣ニ第二百七十一條ニ述ヘタル理由ニ因リ公課ニ關スル規定ハ總テ之ヲ特別法ニ讓ルコトトシタルノミナラス今日ノ慣習ニ於テハ永小作人ヲシテ公課ヲ負擔セシメサルヲ原則トセルカ故ニ玆ニハ毫モ公課ニ關スルノ規定ヲ爲ササルコトトセリ
二、原文ニハ永借人カ他ノ債權者ノ追訴ニ因リテ破產ノ宣吿ヲ受ケタル場合ニ限リテ地主ハ永小作權ノ消滅ヲ請求シ得ルコトトセルモ本案ニ於テハ此ノ如キ區別ヲ設ケス如何ナル原因ニ因リテ破產ノ宣吿ヲ受クルモ總テ地主ニ解除ノ請求權アルモノトセリ
三、原文ニハ三年間引續キ借賃ノ拂入ヲ爲ササルトキニ解除ヲ請求シ得ルモノトセルヲ本案ニ於テハ改テ之ヲ二年トセリ我國從來ノ慣習ヲ調査スルニ或ハ之ヲ二年トシ或ハ三年若クハ四年トスルモノアレトモ多クハ小作料ノ支拂ヲ遲滯スルトキハ直チニ其小作權ヲ消滅セシムルコトヲ得ルモノトセルヲ以テ本案ニ於テモ亦宜シク此慣習ヲ採用スヘキナレトモ本案ニ規定セル永小作權ニハ五十年ノ長最期限ヲ附シテ從來ノ如ク永代ノ權利ヲ許サヽルカ故ニ又他ノ一方ニアリテハ小作人ニ從來ヨリモ多クノ保護ヲ與フルヲ至當ト信シタルニヨリ之ヲ二年ノ後ト定メタルナリ而シテ從來ノ慣習タリトモ形式ノ上ニ於テハ小作料ノ拂入ナキトキハ地主ハ直チニ小作ヲ解除シ得ルモノトセリト雖モ實際ニ於テハ常ニ必ラスシモ此權ヲ行使スルニアラスシテ槪ネ多少ノ猶豫ヲ與ヘオルヲ以テ玆ニ本案ノ規定ニ於テ二年ノ猶豫ヲ與フルモ穴勝慣習ニ激變ヲ加ヘタルモノトイフヲ得ス
第二百七十七條
(理由)小作ノ事タル各地慣習ヲ一ニセス本案ニ於テハ其尤モ實際ニ便ナリト信スル所ニ據リテ前數條ノ原則ヲ設ケタレトモ決シテ之ヲ以テ從來ノ慣習ヲ打破スルノ精神ニアラス本邦ノ如キ古來農ヲ以テ國ヲ建テ各地ニ諸般ノ慣習ノ存セル國ニ於テ僅ニ一篇ノ法律ニ因リテ從來ノ慣習ヲ悉ク變更セントスルトキハ社會上及ヒ經濟上尠ナカラサル害毒ヲ釀シ而モ其得ル所多カラサルヘキヲ以テ苟モ一定ノ慣習ノ存スルトキハ成ヘク之ニ據ラシムルヲ可トス是レ本案ノ主義トスル所ニシテ殊更玆ニ本條ヲ設ケテ此旨ヲ明カニセルナリ
第二百七十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百五十五條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其要點ヲ示サン
一、旣成法典ニ於テハ永貸借トハ期間三十年ヲ起ユル賃貸借ナリト言ヘルヲ以テ三十年以下ノ永借權ナク又五十年ヲ超ユルヲ得ストセルカ故ニ五十年ヨリ長キ永借權ナク歸スル所永借權ノ存續期間ハ三十年ヨリ長ク五十年ヲ超エサルモノトスレトモ本邦ノ慣習ニ據レハ三十年以下ノ永小作ヲ設定スルコト尠カラサルヲ以テ本案ニ於テハ永小作權ハ地上權ノ如ク十年以上五十年以下ノモノトシタルナリ而シテ地上權ノ場合ニ於テハ設定行爲ヲ以テ其存續期間ヲ定メス又別段ノ慣習モナキ場合ニ限リ裁判所ヲシテ此期間ノ範圍内ニ於テ地上權ノ存續期間ヲ定メシムルコトトセルモ永小作權ノ場合ニ於テハ其存續期間ハ常ニ 十年以上五十年以下トシ二者ノ間ニ著シキ差異ヲ設ケタリ是レ此兩種ノ權利ノ性質ノ相異ナルヨリ生スルノ區別ナリ而シテ永小作權ノ性質ヨリイヘハ法律ヲ以テ其存續期間ノ最長期ヲ限定スルヲ可ナリト信シタルニ因リ本條ノ如ク規定シタリ
二、旣成法典ニハ期間ヲ定メサルトキハ之ヲ四十年トストイヘリ是レ旣成法典ニ於テハ永借權ノ最短期ヲ以テ三十年ヨリ長シトシ其最長期ヲ五十年トシタルヲ以テ之カ中ヲ採リテ四十年トシタルモノナラン本案ニ於テハ永小作權ハ十年以上五十年以下ノモノトシタルニ因リ其中間ノ年限ノ如キモ亦從テ三十年ト成レリ而シテ地上權ノ場合ト異ナリテ別段ノ慣習アル場合ノ外ハ其存續期間ヲ三十年ト一定シ決シテ永小作人ニ與フルニ永小作權ヲ抛棄スルノ權ヲ以テセサリシハ地上權ニ於テハ地代ナキコトアルモ永小作權ニ於テハ必ス永小作料ヲ支拂フヘキモノトシタルト其他ニ尚此兩種ノ權利間ニ性質上ノ差異ノ多ク存スルニ因レハナリ
第二百七十九條
(理由)旣成法典財產編第百七十條ニ依レハ永借人カ永借地ニ加ヘタル改良及ヒ栽植シタル樹木ハ永貸借ノ滿期又ハ其解除ニ當リ賠償ナクシテ之ヲ殘シ置クヘキモノトシ唯建物ニ付テハ永貸人ニ先買權アルモノトセリ是レ外國ニモ未タ其例ヲ見サル所ナリ今原文ノ說明ヲ聞クニ永貸借ハ土地ノ改良ヲ目的トスルカ故ニ通常ノ改良及ヒ樹木ハ無償ニテ之ヲ永貸人ニ讓與スルヲ當然トス殊ニ樹木ハ之ヲ栽ウルノ始メハ僅少ノ價格ヲ有スルニ過キス他ノ改良ハ之ヲ土地ヨリ分離スルコトヲ得サルモノニシテ且其價格ヲ評定スルコト頗ル難シ獨リ建物ニ至リテハ其價格ノ高キモノ多ク且土地ヨリ之ヲ分離スルコト容易ナルヲ以テ永貸人ニハ單ニ之カ先買權ヲ與フルニ止メタリト(Boissonade, Projet de code civil, I, No. 239)言フニアレトモ實際ニ於テハ決シテ此ノ言ノ如クナラス永貸借ニハ土地ノ改良ヲ目的トセスシテ永借人獨リ利ヲ得ントスルモノモ多クアルヘシ又假ニ悉ク土地ノ改良ヲ目的トセルモノトスルモ必ラスシモ其當然ノ結果トシテ此改良又ハ樹木ヲ無償ニテ地主ニ與フヘキノ理ヲ生セサルナリ樹木ハ之ヲ栽ユルノ始メハ僅少ノ價格ヲ有スルニ過キスト言ヘト實際ニハ往々旣ニ成長シテ若干ノ價値ヲ有スル物ヲ栽ユルコトアリ土地ニ加ヘタル改良ハ之ヲ土地ヨリ分離シ難シト言ヘトモ此ハ土地ノ改良トイヘハ單ニ肥料ヲ施コシ荊棘ヲ拓クノ類ニ限レルモノト思惟シ他ニ石垣籬牆等ノ如キ工作物アルヲ見サルノ論ナリ以上ノ如キ理由ニ因リ本案ハ旣成法典ヲ改メ地上權ノ場合ト等シク永小作權ノ場合ニ於テモ永小作人ハ工作物又ハ竹木ヲ悉皆收去スルコトヲ得ルヲ原則トシ唯地主カ時價ヲ提供シテ之ヲ買取ルヘキ旨ヲ通知スル場合ニ限リ永小作人ハ正當ノ理由ナクシテ之ヲ拒ムコトヲ得サルモノトセシナリ尚ホ第二百六十八條ノ理由ヲ參照スヘシ
第六章 地役權
(理由)本案ハ法律上ノ地役ナルモノヲ認メス旣成法典ニ於テ法律上ノ地役ト稱スルモノハ本案ニ於テハ之ヲ所有權ノ限界トシテ所有權ノ章中ニ規定セリ而シテ玆ニハ單ニ所謂人爲ノ地役ナルモノノミニ付テ規定ス
地役ノ規定ニシテ所有權ノ限界ニ適用スヘキモノアラハ之ヲ適用シ且其趣ヲ條文ニ揭クルコト猶旣成法典財產編第二百七十條ノ如クスヘキナレトモ地役ト所有權ノ限界トハ全ク其性質ヲ異ニスルモノナルヲ以テ從テ地役ニハ特別ノ規定ヲ要スル場合タリトモ所有權ノ限界ニハ之ヲ要セサルコト多クアリ例ヘハ財產編第二百六十七條乃至第二百六十九條ノ規定ノ如キハ所有權ノ限界ニハ當然ノコトニシテ敢テ地役ノ規定ノ適用トイフニモアラサレハ旣成法典ニ於テ人爲ノ地役ノ規定ヲ法律上ノ地役ニモ適用ストイヘル第二百七十條ノ規定ハ本案ニ於テ之ヲ削除セリ
旣成法典財產編第二百六十九條ニハ訴權ニ關スル規定ヲ揭クレトモ本案ニ於テハ訴權ノ事ハ所有權ニ就テモ之ヲ揭ケサリシ如ク地役ニ就テモ亦之ヲ揭ケス
同編第二百七十一條乃至第二百七十四條ニハ地役ノ種類ヲ揭ケ且之ニ定義ヲ附セリト雖モ本案ニ於テハ成ルヘク定義ヲ揭ケサルノ主義ヲ採リタルト殊ニ旣成法典ニ揭クル定義ノ如キハ槪ネ諸學者ノ間ニ異論ナキ所ニシテ唯問題ノ生スルハ某ノ地役カ果シテ右ノ定義中ノ何レニ適合スルヤニアルモノナルヲ以テ此ノ如キ定義ハ法律ノ明文ニ揭クルコトナク宜シク學者ノ說明ニ放任スルヲ可ナリトス殊ニ有的無的ノ區別ノ如キハ旣成法典中ニモ之カ實用ヲ認メサルモノナリ是レ外國ニ其例多キニ拘ハラス本案ニ於テ右ノ四條ヲ削除シタル所以ナリ
第二百八十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百十四條及ヒ第二百六十六條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其要點ヲ示サン
一、旣成法典財產編第二百十四條第二項ニハ地役ハ法律又ハ人爲ヲ以テ設定スト言ヘトモ本案ニ於テハ所謂法律上ノ地役ナルモノヲ地役ト稱セス其理由ハ旣ニ說明シオキタルヲ以テ再ヒ玆ニ贅セサルヘシ
二、同條及ヒ第二百六十六條ニ地役ハ一人ノ不動產ノ便益ノ爲メ他人ノ不動產上ニ設ケタル負擔ナリトシ地役ヲ土地ニ限ラスシテ廣ク建物等ニモ及ホセシハ隣家ノ牆壁ヲシテ自己ノ家屋ヲ支持セシムルカ如キ場合ヲ想像シタルモノニシテ我國從來ノ家屋ニ關シテハ多ク其適用ヲ見サルヘシ將來西洋風ノ家屋ヲ續々我國ニ建築スルコトアリトスルモ尚右ノ規定ヲ必要トスルヤ否ヤニ關シテハ頗ル疑ナキ能ハス、土地ノ所有者カ同時ニ家屋ノ所有者ナルトキハ家屋モ亦土地ノ一部ヲ爲ストノ理由ニ依リテ本條以下ノ規定ヲ適用スルコトヲ得ヘク若シ又土地ト家屋トハ全ク別人ニ屬スルトキハ家屋ニ關シテ地役ヲ設定シ得サルハ本條ノ規定スル所ナリ此際若シ建物ノ所有者等ニシテ隣地ニ地上權又ハ永小作權ヲ有スル者ノ建物ニ自己ノ建物ヲ支持セシメントスルトキハ宜シク人權關係ニ因リテ其目的ヲ達スヘシ之カ爲メニ敢テ物權ナル地役權ヲ設定スルコトヲ要セサルナリ是本條ニ於テハ永小作權ノ例ニ倣ヒテ地役權ハ土地ニ關シテノミ存スルモノト規定スル所以ナリ
三、原文ニハ地役ハ不動產上ノ負擔ナリト言ヒ義務本位ニ基キテ地役ノ規定ヲ爲セトモ本案ニ於テハ地役ヲ權利ナリトシ地上權及ヒ永借權ト等シク權利本位ニ基キ權利ノ側面ヨリ之ヲ規定シタリ殊ニ土地カ義務ヲ負擔スト云フカ如キハ寧ロ形容ノ辭ニシテ頗ル正確ヲ缺ケル語ト謂フヘシ
四、第二百六十六條但書ニハ地役カ公ノ秩序ニ反セサルコトヲ要ストセリ若シ文字ノ表面ニ現ハルル如キ意義ナリトスレハ是レ當然言フヲ待タサル所ニシテ宜シク削除スヘキモノナルモ旣成法典ノ精神ヲ探ルニ决シテ此ノ如キ漫然タルコトヲ言フノ意ニ非スシテ其眞意ハ人爲地役ヲ設定スルノ行爲ニ依リテ法定地役ノ規定中公ケノ秩序ニ關スルモノヲ破ルヲ得ストスルニアルヲ以テ本案ハ但書ニ修正ヲ加ヘテ其主義ヲ明カニセリ
五、入會權ノ中ニハ或ハ共有ノ性質ヲ有スルモノアリ或ハ地役ノ性質ヲ帶フルモノアリ全國至ル所ニ入會權ニ關スル慣習ノ存セサルナシ今法律ヲ以テ直チニ之ヲ一定スルコト難キカ故ニ共有ノ性質ヲ有スルモノニハ共有ノ規定ヲ適用シ地役ト同一ノ性質ヲ有スルモノニハ本章ノ規定ヲ凖用スルコトトセリ而シテ入會權ニ關シテ各地方ニ散在スル慣習ノ如キハ决シテ法律ヲ以テ之ヲ更ムヘキニアラサルカ故ニ先ツ慣習ニ仍ルコトヲ原則トシ唯慣習ノ明カナラサル場合ニ於テノミ本章ノ規定ヲ適用スヘキモノトシタルナリ
第二百八十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百六十七條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ
一、原文第一項ニハ唯所有權移轉ノ場合ニ關シテノミ規定スレトモ所有權ヲ移轉セスシテ單ニ他ノ權利ヲ設定スルコトモアリ此ノ如キ場合ニ於テモ尚地役權ハ之カ目的タルヘキヲ以テ本條ノ如ク增補セリ
二、原文ニハ地役ハ働方又ハ受方ニテ不動產ノ從トシテ附着スト言ヘリ然リト雖モ地役權ヲ物權ナリトスル以上ハ物權ハ其目的物ノ何人ニ移轉スルコトアルモ敢テ消滅セサルヲ原則トスルヲ以テ之カ適用トシテ承役地カ何人ノ有ニ歸スルモ其上ニ存スル地役權ノ消滅セサルコト亦自ラ明カナリ從テ地役ハ受方ニテ不動產ニ附着スノ文字ハ全ク無用ノモノトナルカ故ニ外國ニ其例アルニ拘ハラス本案ニ於テハ之ヲ省キ「モンテネグロ」民法獨逸民法一讀會草案印度地役法等ニ倣ヒ働方ニ就テノミ之カ規定ヲ設ケタリ
三、本條但書ハ原文ニナキ所ナレトモ土地ノ所有者ハ時トシテハ其人ヲ信シテ之カ爲メニ地役ヲ設定スルコトアリ此ノ如キ場合ニ要役地ノ所有權ヲ移轉スルニ伴フテ地役權モ亦必ス之ニ附隨シテ移轉スルモノトスルトキハ設定者ノ意志ニ反スルニ至ルヘキヲ以テ豫メ特約ヲ附シテ地役權ノ移轉セサルコトヲ定ムルコトヲ得セシムルヲ可トス而シテ地役權ハ通常要役地ノ所有權ニ伴フテ移轉スルモノナルヲ以テ第三者ニ對シテ此特約ヲ對抗センニハ地役權ト共ニ之ヲ登記セシムルコトトスヘク登記ヲ爲セハ決シテ第三者ヲ誤ルノ虞ナキナリ旣成法典ノ主意モ亦或ハ本案ノ如クナルヤモ計ラレサルモ明文ナキカ故ニ或ハ其如何ヲ疑フ者アルヘキヲ以テ本案ニ於テハ但書ヲ加ヘテ此主意ヲ明カニシタリ
第二百八十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百六十八條ノ文字ヲ改メタルノミ原文ハ稍敎科書ノ口氣ニ類スルノ嫌アルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ削正セリ
第二百八十三條
(理由)一、本條ハ旣成法典財產編第二百七十六條第一項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
二、原文第二項ニハ引水地役權ヲ取得スル時效ノ起算ハ要役地又ハ承役地ニ外見ノ工作物ヲ作リタル時ヨリスト言ヒ要役地ニ工事ヲ施コスモ若シ其工作物ノ外見タルニ於テハ其地役ハ總テ之ヲ表見ノモノトスレトモ地役ノ表見タルト否トハ全ク之ヲ事實ノ問題トシ其工作物ニシテ承役地ヨリ容易ニ見ルコトヲ得ヘキトキハ之ヲ表見ノモノトシ容易ニ見ルコト能ハサルモノナルトキハ之ヲ不表見ノモノトスルヲ妥當ナリト信シテ右ノ第二項ヲ削除セリ
三、本條ニ於テ旣ニ地役權ハ繼續且表現ノモノニ限リ時效ニ因リテ之ヲ取得スルコトヲ得トセル以上ハ不繼續及ヒ不表見ノ地役ハ時效ニ因リテ之ヲ取得スルコトヲ得サルハ反照ノ論理ニ據リテ明白ナルコトニシテ別ニ法文ヲ要セサルコトト信スルヲ以テ財產編第二百七十八條ハ之ヲ削除セリ
四、旣成法典財產編第二百七十五條第一項ニハ地役ハ合意又ハ遺言ヲ以テ之ヲ設定スルコトヲ得トシ外國ニモ其例アレトモ(澳四八〇、ツューリヒ二四三、索五六七)所有者カ其權利ノ全部若クハ一部ヲ隨意ニ讓渡シ得ルハ當然ノコトニシテ又其方法ノ如キニ至リテモ合意ニ因ルト將タ又遺言ニ因ルトハ總テ其自由ニ任スヘキハ明白ノコトニシテ殊更法文ヲ要セサルコトト信シテ右ノ條文ハ之ヲ削除セリ
五、同編第二百七十七條ニ所有者ノ用方ニ因リテ或ル種ノ地役ヲ設定シタルモノト看做スト規定セリ此レ亦外國ニ其例アル所ナレトモ單ニ所有者ノ用方ニ因リテ地役設定ノ意志ヲ推測スルハ决シテ妥當ヲ得タルモノニアラス宜シク之ヲ事實ノ問題トシ所有者ノ意思ノ明カナルトキニ限リテ地役ノ設定アリシモノトシ其不明ナル場合ニ於テハ尚事實ヲ審査シテ之ヲ决スヘキモノトスヘシ所有者カ自己ノ所有ニ屬スル二箇ノ土地ニ付キ甲地ノ爲メニ乙地ヲ使用スルノ一事アルモ之ニ由テ直チニ地役權ヲ設定スルノ意思アルモノト推測スルハ蓋シ早計ニ失スルモノト言ハサルヲ得ス殊ニ我國ニハ從來曾テ此ノ如キ推測ヲ下セルノ例ナカリシヲ以テ本案ニ於テハ全ク之ヲ事實ノ問題トシ從テ右ノ條文ハ之ヲ削除セリ
六、同編第二百七十五條第二項ハ當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ伹登記法ニ於テ或ハ繼續且表規ノ地役ハ之ヲ登記スルヲ要セスト規定スルコトナシトセサレトモ此ノ如キコトハ一ニ登記法ノ規定ニ讓ルヘキモノトシ玆ニハ登記ニ關シテ何事ヲモ言ハサルナリ
七、同編第二百七十八條ノ規定ハ專ラ證據ニ關スルモノナルカ故ニ本案ノ主義ニ從ヒテ之ヲ削除セリ
第二百八十四條
(理由)本條ハ旣成法典及ヒ外國普通ノ例ニ倣ヒ共有者ノ一人カ地役權ヲ行使スルトキハ地役權不可分ノ結果トシテ當然他ノ共有者ノ爲ニモ之ヲ行使スルモノトシ而シテ此主義ヲ取得及ヒ消滅ノ時效ニモ適用シタルナリ旣成法典及ヒ外國多數ノ例ニ於テハ單ニ消滅時效ニ付テノミ之ヲ適用スレトモ苟モ地役不可分ノ主義ヲ採ル以上ハ取得ト消滅トノ間ニ此ノ如キ區別ヲ付スヘキノ理ナシ和蘭及ヒ索遜民法ハ本案ノ如ク之ヲ兩種ノ時效ニ適用スレトモ又本案ト異ナリテ契約ヲ以テ地役權ヲ設定スル場合ニモ同一ノ主義ヲ採用シ印度地役法ノ如キハ契約ニ付テノミ之ヲ規定スレトモ契約ノ效力ハ當事者間ニ限ルモノナルハ普通ノ原則ナルヲ以テ本案ハ單ニ時效ニ關シテノミ其不可分ノ主義ヲ貫通セリ
二、本條第二項及ヒ第三項ノ規定ハ未タ他ニ其例ヲ見サル所ナレトモ前述ノ理由ニ因リ當然此ノ如ク爲ササルヘカラス而モ明文ナキトキハ必ス爭疑ヲ生スヘキヲ以テ特ニ之ヲ加ヘタリ
第二百八十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百八十二條ニ左ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ
一、原文第一項ノ規定ハ伊國民法第六百五十條及ヒ第六百五十一條ニ其例アリト雖モ當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
二、原文ニハ水ハ要役地ノ所有者ト承役地ノ所有者トノ需用ニ不足ヲ吿クルトキハ第一家用ニ第二農業用ニ第三工業用ニ之ヲ供スルモノトセリ外國ニハ未タ其例ヲ見サル所ナレトモ水ノ使用方法ニ區別ヲ附シ家用ヲ先キニシ他ノ用ヲ後ニスルハ大ニ其當ヲ得タルモノナリ唯農業ト工業トノ間ニ差等ヲ附シタルハ稍其理由ニ乏シキヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ家用ト他ノ用トニ二大別セリ
三、原文ニハ取水ノ量ハ不動產ノ重要ノ度ニ割合フモノトスレトモ水ノ需要ノ高ハ不動產ノ種類ヨリモ寧ロ人工ノ多少又ハ職業ノ種類ニ由リテ異ナルモノナルカ故ニ本案ニ於テハ原文ヲ改メテ各地ノ需用ニ應スヘキモノト修正セリ
四、原文ニハ數個ノ用水地役權アルトキハ家用ノ爲メニ要スル水ハ之ヲ各地役權者ノ間ニ平分シ農工業ニ要スル水ニ付テハ地役權設定ノ前後ニ從フヘキモノトセリ此規定ハ先位ノ地役權者ノ權利ヲ害シテ後位ノ地役權者ニ不當ノ利益ヲ與フルモノナリ如何トナレハ先位ノ地役權者ハ地役權ノ設定ニ因リテ承役地ノ所有者ト其水ヲ平等ニ分用スルノ權ヲ取得シオルモノニシテ承役地ノ所有者ハ旣ニ此範圍ニ於テ其權利ヲ減縮セラレタルモノナリ然ルニ後ニ至リ地役權者ノ承諾ナクシテ恣ニ彼ノ有スル權利ヲ割キテ之ヲ他人ニ與フルヲ得ルモノトセハ是レ法律カ故ナク一人ノ權利ヲ奪ヒテ之ヲ他人ニ與フルモノニアラスシテ何ソヤ唯承役地ノ所有者ノ爲シ得ル事ハ自已ノ使用シ得ヘキ水量ノ一部ヲ割キテ之ヲ他人ニ分與スルコト是レノミ是レ原文ヲ改メテ本條第二項ノ如クシタル所以ナリ蓋シ原文ノ如キ例ハ外國ニモ未タ見サルモノナリ
五、原文ニ依レハ其規定ヲ命令的ノモノトセルヤ將タ又隨意的ノモノトセルヤハ明ラカナラサルカ爲メニ往往世ノ疑ヲ招クコトアルヘキヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ明定シ第一項ノ規定ハ隨意的ノモノニシテ第二項ノ規定ハ設定者ニ於テ隨意ニ之ヲ變更スルコトヲ得サルモノトシタルナリ蓋シ第一項ノ規定ハ單ニ當事者ノ意思ヲ推測シテ定メタルモノナルカ故ニ之カ反對ノ合意ヲ爲スヲ禁スルノ理由ナキヲ以テ但書ヲ加ヘテ其旨ヲ明カニシ第二項ハ法律ヲ以テ地役權者間ノ關係ヲ定メタルモノニシテ之ニ因テ先位ノ地役權者ノ權利ヲ鞏固ナラシムルモノニシテ決シテ設定者ノ隨意ニ之ヲ變更シ得サルモノトスルノ精神ナルカ故ニ第一項ノ如キ但書ヲ加ヘサルナリ然リ而シテ設定者ト先位ノ地役權者トノ間ニ一ノ特約ヲ爲シテ設定者ハ先位地役權者ノ使用ス可キ水ヲ分割シテ之ヲ他人ニ與フルコトヲ得ルモノト定メ或ハ地役權者間ニ特約ヲ爲シテ先位ノ地役權者カ後位ノ地役權者ニ用水ノ權利ヲ讓與スルカ如キコトハ總テ普通ノ原則ニヨリテ當然爲シ得ルコトニシテ殊更ニ玆ニ明文ヲ揭クルヲ要セス
之ヨリ旣成法典ノ條文中其削除シタルモノヲ擧クヘシ
一、旣成法典財產編第二百八十條ノ規定ハ外國ニモ其例多シト雖モ實ニ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
二、同編第二百八十一條第一項ニハ地役權行使ノ時日場所等ニ關シテ不明ノ點アルトキハ其定メ方ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得ト言ヘルモ是亦當然言フヲ待タサル所ニシテ殊ニ其第二項ノ如キハ裁判ノ標凖ヲ示シタルモノニシテ全ク必要ナキ規定ナルヲ以テ原文ハ全ク之ヲ削除セリ
三、同編第二百八十三條ニハ要役地及ヒ承役地ノ所有者ハ各相手方ヲ害セサル限リハ地役權ノ廣狹又ハ其行使ノ方法ヲ變更スルコトヲ得ルモノトセリ相手方ニ損害ヲ生セサルコト明ラカナル以上ハ如何ニ之ヲ變更スルモ可ナルカ如シト雖モ實際上或ル變更ハ果シテ相手方ニ損害ヲ生スルモノナルヤ否ヤヲ判斷スルコト頗ル困難ナル場合アリ且一旦設定行爲判決等ニ因リテ其權利ノ廣狹及ヒ行使方法ノ一定セルニ尚一方ノ意思ヲ以テ容易ニ之ヲ變更スルコトヲ得ルモノトスルトキハ權利ノ確實ヲ妨クルコト尠ナカラサルヲ以テ本案ハ此點ニ關シテ旣成法典ノ主義ヲ變シ從テ原文ヲ削除セリ
第二百八十六條
(理由)旣成法典財產編第二百八十四條及ヒ第二百八十五條ニハ外國多數ノ例ニ倣ヒ地役ノ設定若クハ其行使ニ必要ナル工作物ノ建設及ヒ修繕ノ費用ハ總テ地役權者ノ負擔ニ屬スルヲ原則トスル旨ヲ明言セリト雖モ是レ當然言フヲ待タサルコトナルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ削除シ却テ承役地ノ所有者カ建設及ヒ修繕ノ義務ヲ負擔セル場合ニ於テ其義務カ特定承繼人ニモ及フコトヲ明言セリ蓋シ一般ノ承繼人ハ前者ノ權義ヲ悉ク承繼スルモノナルヲ以テ地役ニ關スル義務モ亦之ヲ承繼スルハ疑ナキコトナレトモ特定承繼人ニ至リテハ單ニ權利ノミヲ承繼スルコト普通ノ有樣ナルカ故ニ本條ノ規定ナケレハ建設及ヒ修繕ノ義務ハ承繼人ニ及ハサルヲ以テ特ニ本條ヲ設ケテ其承繼人ニ及フコトヲ明カニシタルナリ
第二百八十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百八十條第二項ニ文字ノ修正ヲ施シタルノミ
第二百八十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百八十六條第二項ニ文字ノ修正ヲ施シタルノミ其主要ノ點ハ第一承役地ノ所有者ハ地役權ノ行使ヲ妨クルコトヲ得サル旨ヲ明言シタルト第二旣成法典ニハ承役地ノ所有者ハ工作物ヨリ收ムル便益及ヒ其使用ニ因リ增加ス可キ費用ニ應シテ其建設又ハ保持ノ費用ヲ分擔スヘキモノトセルヲ本案ニ於テハ之ヲ改メテ本案第二百二十條ノ例ニ倣ヒ其利益ヲ受クル割合ニ應シテ其費用ヲ分擔スヘキモノトシタルトニアリ而シテ原文第一項ノ如キハ當然言フヲ待タサルコトト信シタルヲ以テ之ヲ削除セリ
第二百八十九條
(理由)一、本條ハ旣成法典財產編第二百八十七條第二項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ旣成法典ニ於テハ時效ヲ推定トシ本案ニハ之ヲ推定トセサル故ニ條文ノ字句ニ自ラ差違ヲ生セリ
二、同條第一項ニハ地役ノ消滅原因ヲ列擧セリト雖モ其第一號乃至第四號ノ如キハ全ク普通原則ノ適用ニシテ其第五號及ヒ第六號ノ如キモ或ハ時效ノ規定ヨリ或ハ物權總則ノ規定ヨリ自ラ明カナルモノナルヲ以テ特ニ明文ヲ要セスト信シテ第一項ハ全ク之ヲ削除セリ(第三章理由三參照)
三、同編第二百八十八條ニハ地役ノ抛棄ハ之ヲ明言スルコトヲ要スト曰ヘトモ特ニ地役ノ抛棄ニ限リ普通ノ原則ニ反シテ之ヲ明示スヘキモノトスヘキ理由ヲ有セス又其第二項ノ如キモ當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ同條ハ全然之ヲ削除セリ
四、同編第二百八十九條ニハ地役ハ混同ニ因リテ消滅スト規定スレトモ本案ニ於テハ旣ニ物權ノ總則ニ於テ混同ニ關スル一般ノ原則ヲ定メタルヲ以テ特ニ地役ニ關シテ玆ニ之ヲ再言スルノ要ナシ又旣成法典ニ於テハ混同ヲ生セシメタル行爲カ解除銷除又ハ廢罷セラルルトキハ地役ハ曾テ消滅セサルモノト看做スト言ヘト一旦全ク死シタルモノノ再ヒ蘇生スヘキ理ナク又若シ解除銷除等ノ效力ノ旣住ニ遡ルモノトスレハ是レ遡及效一般ノ原則ニ因リテ混同ハ初メヨリ無カリシコトトナルヲ以テ亦特ニ明文ヲ揭クルヲ要セサルナリ而シテ同條第二項ニ於テ不動產ヲ再ヒ分離シタルトキハ繼續且表見ノ地役ハ再生スト言ヘルハ畢竟旣成法典ニ於テハ所有者ノ用方ニ因リテ地役ヲ設定シタルモノト看做スノ主義ヲ採用スルノ結果ナレトモ本案ニアリテハ所有者ノ用方ニヨル設定方法ヲ認メサルカ故ニ到底地役ノ再生ヲ來スカ如キコトナク旁同條ハ全然之ヲ削除セリ
第二百九十條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニモナク又外國ノ立法例ニモ未タ聞カサル所ナレトモ一旦前條ノ消滅時效ヲ規定シナカラ本條ヲ設ケサルトキハ前條ノ消滅時效ハ之ヲ中斷シ得サルモノトナリテ地役權者ノ利益ヲ害スルコト頗ル大ナレハナリ前條ニハ承役地ノ占有者カ取得時效ニ必要ナル條件ヲ具備シタル占有ヲ爲ストキハ地役權モ亦消滅スト言ヘルヲ以テ若シ單ニ前條ノミニシテ他ニ條文ナキトキハ地役權ノ消滅ヲ防クハ唯取得時效ノ條件ノ具備スルヲ妨クルヨリ外ニ途ナク取得時效ノ中斷ナケレハ地役權ノ消滅時效モ決シテ中斷スルヲ得サルコトトナリ地役權者ノ不利益尠カラサルヲ以テ玆ニ本條ヲ設ケテ之ヲ補正シタルナリ
第二百九十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百九十條第二項ニ文字ノ修正ヲ施シタルノミ其第一項ヲ削除シタルハ本案ニ於テハ旣ニ消滅時效ナルモノヲ認メ物權人權ニ通シテ之ヲ適用スルモノトスルカ故ニ地役ニ關シテ更ニ之ヲ再言スルノ要ナケレハナリ而シテ原文第三項ノ如キハ當然言フヲ待タサル所ナルノミナラス獨リ時效ニ付テノミ言フヘキ事ニモアラサルヲ以テ此レ亦削除セリ而シテ此消滅時效ノ期間ヲ二十年トシタルハ時效ノ總則ニ於テ消滅時效ノ期間ヲ二十年トシタルノ結果ニシテ地役ニ關シテハ特ニ之ヲ三十年若クハ四十年トスルノ必要ナケレハナリ
第二百九十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百九十一條ノ文字ヲ改メタルノミ
第二百九十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第二百九十二條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
第二百九十四條
第七章 留置權
(理由)本章ハ留置權ニ關シ旣成法典債權擔保編第九十二條乃至第九十六條ヲ修正シテ規定スルモノトス抑モ留置權ニ關スル規定ハ多數ノ立法例ニ依レハ法典ノ各部ニ散在シ必要ニ應シテ所々ニ規定セラルルヲ以テ通例トス然ルニ旣成法典ハ便宜上之ヲ一處ニ纒括シテ擔保編第二部第一章ヲ設ケタルモノニシテ諸國ノ商法ニハ其例少カラスト雖モ民法ニ於テ此主義ヲ採用セルハ獨逸民法草案アルノミ然レトモ之レ固ヨリ便利ニシテ且編纂ノ方法ニ適スルモノナレハ本案モ亦本章ニ於テ留置權ノ通則效力及ヒ其消滅ニ關スル一般ノ規定ヲ設クルコトニ決セリ其他法典中ニ於ケル本章ノ位置ニ付テモ種々ノ見解行ハレ或ハ留置權ヲ以テ正當防禦ノ一方法トシテ之ヲ總則中ニ規定シ或ハ債權擔保ノ一方法トシテ債權編ニ現定シ若クハ差押ノ一種類トシテ訴訟法中ニ揭クル例アリト雖モ本案ハ留置權ヲ以テ債權擔保ノ方法ト爲スニ拘ラス亦之ヲ純然タル一種ノ物權ト認メタルニ因リ物權編中ニ規定スルモノナリ
第二百九十五條
(理由)旣成法典擔保編第九十二條ノ規定ニ付キ種々ノ評論アルニ拘ラス本案ハ其主義ニ於テハ之ニ從フヘキモノト認メタルヲ以テ本條ノ修正ハ多クハ字句ノ修正ニ止マレリ即チ
(第一)旣成法典ハ留置權ノ目的物ヲ債務者ノ動產又ハ不動產ニ限定スト雖モ債務者以外ノ者ハ屬スル物ヲ善意ニテ占有スル場合ニ於テハ又固ヨリ留置權ヲ生セシメサルヘカラサルヲ以テ本案ハ廣ク他人ノ物ヲ占有スルトキト改メタリ
(第二)旣成法典ハ占有ノ原因ヲ表面ヨリ觀察シテ正當ノ原因ニ基クコトヲ要スト規定セリ然レトモ單ニ正當ノ原因ニ因リテ占有スト云フトキハ其始メ不正ノ原因タルモ後ニ至リテ正當ト爲ルトキハ留置權ハ存立スル如ク解セシムルニ足ルヘシ之レ本案ノ避ケントスル疑點ニシテ占有カ詐欺ノ如キ不正ノ原因ニ由リテ始マリタルトキハ其後ニ至リ正當ノ名義ヲ得ルモ法律ハ之ニ因リテ留置權ヲ生セシムヘキニアラス故ニ本案ハ此主意ヲ明了ナラシムル爲メ本條第二項ニ於テ旣成法典ノ正當ノ原因ナル字句ヲ裏面ヨリ解シテ占有カ不法行爲ニ因リテ始マリタルトキハ留置權ヲ生セシメサルコトヲ明カニセリ又旣成法典ノ規定ニ依レハ留置權者ハ正當ノ原因タルコトヲ證明セサルヘカラスト雖モ本條第二項ノ如クナレハ證明ノ責任ハ留置權ヲ攻擊スル者ニ存シ之ニ因リテ又權利保護ノ趣旨ニ適セシムルコトヲ得ヘシ
(第三)旣成法典ノ條文ニ依レハ債權發生ト共ニ留置權モ亦直ニ成立スル如キ疑ヲ生セシムルニ足ルト雖モ若シ斯クノ如クナレハ取引ノ安全ヲ害スルコト少ナカラサルヲ以テ本案ハ債權カ辨濟期ニ在ルコトヲ要スル旨ヲ示シ期限前ニ留置權ノ成立セサルコトヲ明カニセリ蓋留置權ノ規定ヲシテ實際ノ便利ニ適セシムルニハ其當サニ成立スヘキ時期ヲ明示スルヲ以テ必要ト信スレハナリ
(第四)旣成法典ハ債權發生ノ原因ヲ詳細ニ記載スト雖モ之レ固ヨリ脫漏ノ虞ナキ能ハス例ヘハ旣成法典ニ依レハ改良費用ニ基ク債權ノ如キハ留置權ヲ生セサルカ如シ本案ハ苟モ債權カ存在スル以上ハ其原因ノ何タルヲ問ハス廣ク留置權ヲ生セシメ先取特權ノ如ク債權ノ種類ヲ區別スヘキモノニアラスト信スルヲ以テ單ニ占有物ニ關シテ生シタル債權ト改メタリ
又旣成法典第九十二條第二項ノ規定ハ事務管理ノ規定ニ屬スヘキモノナレハ之ヲ删除セリ
第二百九十六條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第九十三條第二項ト同一ニシテ同條第一項ハ無用ノ法文ニ過キサルヲ以テ之ヲ删除セリ
第二百九十七條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第九十四條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ即チ同條第一項ハ留置權ニ先取特權ノ存セサルコトヲ明示スト雖モ先取特權ハ法律ノ明文ニ因リテ始メテ發生スルモノナレハ特ニ之ヲ規定セサレハ留置權ニ先取特權ノ存セサルコト明白ナルヲ以テ之ヲ删除セリ又同條第三項ハ留置權者ニ果實收取ノ特權ヲ附與スルニ對シテ此者カ收取ヲ怠リタル場合ニ於ケル特別ノ責任ヲ規定スト雖モ留置權ハ通常永續スヘキモノニアラス法律モ亦固ヨリ其早ク消滅スルコトヲ望ムモノニシテ債務者ノ辨濟ヲ促カシ其履行ヲ待ツモノナレハ債權者ニ對シ果實收取ニ付キ充分ノ注意ヲ强要スルコトハ頗ル酷ニ失スト云ハサルヘカラス殊ニ法定ノ果實ニ付テ其然ルヲ見ルヘシ故ニ本案ハ之ヲ删除シテ債權者ニ過當ノ責任ヲ免カレシメタリ要スルニ本條ハ旣成法典擔保編第九十四條第二項ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミニシテ單ニ果實ト謂フモ固ヨリ自然及ヒ法定ノ二種ヲ包含スルモノトス
第二百九十八條
(理由)本條以下數條ハ動產質ニ關スル旣成法典ノ規定ヨリ摘出シタルモノニシテ旣成法典ハ動產質不動產質ノ規定ヲ留置權ニ適用スヘキコトヲ定ムト雖モ旣ニ留置權ノ爲メニ一章ヲ設クルノミナラス之ヲ質權ノ前ニ規定スル以上ハ留置權ニ關スル通則ハ本章ニ規定スルヲ以テ當然トス本條ハ即チ旣成法典擔保編第百六條ノ規定ニ依リ之ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニシテ其實質ヲ變更シタルニアラサレハ別ニ說明ヲ要セス
第二百九十九條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百〇九條ニ相當ス蓋留置權ノ行使ハ債權者ノ利益ノ爲メナレハ留置物ノ保存費用其他ノ必要費及ヒ有益費ハ債權者ノ負擔ニ歸スヘキモノノ如ク誤解スル虞アルヲ以テ此明文ヲ存シタリ
第三百條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百十四條ヲ修正シタルモノニシテ同條ノ規定ニ依レハ質物ハ質取債權者ニ存スル間ハ債務ノ免責時效ヲ停止スト雖モ本案ハ全ク之ニ反對ノ主義ヲ取レリ「ポアソナード」氏ノ草案モ亦旣成法典ニ反シテ免責時效ヲ停止セストスルモ其理由トスル所ハ時效ハ一個ノ推定ニシテ推定ハ質物カ債權者ニ存スルコトニ因リテ妨ケラルルコトナシトスルニ在リ本案ハ固ヨリ時效ヲ以テ推定ト見做サスト雖モ留置權ハ元來債權ノ特別保護タルニ止マリ之レカ爲メニ債權ノ行使ヲ怠タラシムルカ如キ結果ヲ生スルハ决シテ望ム所ニアラス之レ旣成法典ニ反對ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ
第三百一條
(理由)本條ハ旣成法典ノ認メサル所ナリト雖モ商法ニハ之ト同樣ノ規定アリ又諸國ノ法典ニ於テモ多クハ本條ノ如キ規定ヲ設クルヲ見ル蓋留置權ハ債權擔保ノ爲メニ認メラレタル便宜上ノ權利ナレハ債權者ノ權利ヲ擔保スルニ足ルヘキ他ノ物件ヲ供シ又ハ相當ノ保證ヲ供スルトキハ濫リニ債務者ヲ拘束シテ取引ノ不便ヲ生セシムヘカラス故ニ本案ハ債務者カ相當ノ擔保ヲ供シテ留置權ノ消滅ヲ請求スルコトヲ得セシメ一方ニ於テ債務者ヲ保護スルト同時ニ他ノ一方ニ於テハ債務者ノ便利ヲモ斟酌シテ本條ノ規定ヲ設ケタリ之ニ反シテ旣成法典擔保編第九十五條ノ規定ハ留置權ノ性質上明白ナルヲ以テ之ヲ删除セリ
第三百二條
(理由)他人ノ物ヲ占有スルコトハ留置權ノ要素ナルヲ以テ占有ノ喪失ハ留置權消滅ノ原因タルコト明白ナリト雖モ旣ニ第二百九十八條ノ規定ニ依リテ留置權者ハ債務者ノ承諾アルトキハ留置物ヲ賃貸又ハ質入スルコトヲ得ルモノナレハ是等ノ場合ニ於テハ占有ノ事實ナシト雖モ留置權ハ消滅セサルノミナラス賃借人ノ如キハ當然留置權者ノ代理人ト云ヒ難キヲ以テ此等ノ疑義ヲ豫防スル爲メ特ニ本條ヲ設ケタリ
第八章 先取特權
(理由)先取特權ノ性質及ヒ其規定ノ方法ハ諸國ノ法典ニ於テ頗ル區々ニシテ或法典ハ之ヲ以テ一種ノ人權ト認ムルニ反シ他ノ法典ハ之ヲ以テ物權ノ一種トシ又其規定スル所ニ付テモ或ハ之ヲ民法中ニ揭ケ或ハ之ヲ破產法ニ揭クルヲ見ル本案ハ先取特權ヲ以テ一種ノ物權ト認ムルモノナレハ之ニ關スル規定ハ物權編中ニ揭クルヲ以テ當然ナリトス
先取特權ニ關スル旣成法典ノ規定ハ精密ニ過キテ頗ル煩雜ナリト雖モ能ク立法ノ本旨ヲ得且槪ネ理論ニ適スルヲ以テ本案ハ主トシテ之ニ凖據シ其修正ヲ要スル場合ニ於テハ常ニ左ノ二點ニ著眼シ先取特權ノ如キ强力ナル優先權ヲシテ之ヲ認ムル立法上ノ必要及ヒ其趣旨ニ適セシメンコトヲ期セリ
第一、先取特權ハ强力ナル優先權ナレハ一方ニ於テハ斯ノ如キ特權ヲ債權者ニ與フルニ因リテ他ノ債權者ヲ不當ニ害セシメサランコトニ注意スルト共ニ他ノ一方ニ於テハ若シ此特權ヲ與ヘサルトキハ或債權者ヲシテ自己ノ財產ヲ以テ債務者ノ負擔ヲ分擔シ他ノ債權者ニ故ナク利益ヲ得セシムル結果ニ陷ラシメサルコトニ注意セリ
第二、先取特權ノ規定ハ公益上ノ理由ニ本ツクモノナルコトニ注意シ若シ此特權ヲ與ヘサルトキハ德義ニ背キ風儀ヲ壞リ或ハ經濟上ノ利益ヲ害スル虞アル場合ニ於テ之ヲ附與シ以テ特別ノ債權者ノ利益ヲ保護セリ
其他先取特權ノ原因ニ付テモ間接ノ原因ニ過キサルモノニハ此特權ヲ與ヘサルコトニ决セリ例ヘハ旣成法典ニ於テハ公吏ノ保證金ヲ貸シタル債權者ニ先取特權ヲ與フル如キ固ヨリ其理由ナキニ非スト雖モ若シ斯ノ如クナレハ特權附與ノ範圍廣キニ失スル弊アルヲ以テ之ヲ删除セシ如シ又先取特權ノ目的物ニ付テモ限定ノ方針ヲ取リタリ例ヘハ旣成法典ハ目的物カ金錢ニ變シ或ハ債務者ノ手ヲ離レテ他ニ移轉スル如キコトニ因リテ其狀體ヲ變更セシニ拘ラス先取特權ハ常ニ之ニ追從シテ存立スルコトヲ認ムルモノニシテ固ヨリ其理由ナキニ非スト雖モ之レ亦特權附與ノ範圍廣キニ失スル嫌アルヲ以テ之ニ制限ヲ加ヘタルカ如シ
要スルニ先取特權ハ强力ナル優先權ナレハ他ノ債權者ニ取リテ不利益ナルコト固ヨリ明ナルヲ以テ本案ハ勉メテ特權附與ノ範圍及ヒ其目的物ヲ限定シ已ムヲ得サル場合ニ於テノミ此權利ヲ生セシムル主義ヲ取ルト雖モ債權ノ强弱及ヒ其保護ヲ要スル程度ノ如キハ頗ル判別シ難キヲ以テ洽ク諸國ノ法制及ヒ我國今日ノ狀况ヲ斟酌シテ旣成法典ニ修正ヲ加ヘ其煩雜ナル規定ヲシテ稍簡明ナラシメンコトヲ期シタリ
第一節 總則
(理由)本節ハ旣成法典先取特權ノ總則ニ從フモノニシテ只其不用ノ條項ヲ删除シタルノ外多クハ字句ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス即チ旣成法典擔保編第百三十一條第二項及ヒ第三項ハ特ニ明文ヲ要セス第百三十四條ハ單ニ先取特權ノ種類ヲ揭クルモノニシテ本案ニ於テモ總テ此等ノ先取特權ヲ認ムト雖モ特ニ之ヲ明示スル必要ナク又第百三十五條第一項ハ固ヨリ無用ニシテ其第二項及ヒ第三項ノ規定ハ本案第三節ノ規定ニ屬シ而シテ第百三十六條ノ規定モ亦特ニ明示スルノ必要ナキヲ以テ此等ノ條項ハ總テ之ヲ删除セリ
第三百三條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百三十一條ヲ修正シテ先取特權ノ性質ヲ明ニセリ旣成法典同條ノ法文ノミニ依レハ先取特權ハ如何ナル性質ヲ有スル優先權ナルヤ明ナラサルノミナラス此特權ハ債權ノ一種ノ效力タルニ過キサルカ將タ一種ノ物權タルカニ付キ疑ナシトセス故ニ本案ハ先取特權ノ優先ノ性質ヲ示シ且ツ債務者ノ財產ヲ以テ其目的物ト爲スコトヲ揭ケ以テ本權ノ物權タルコトヲ明ニセリ
次ニ本案ハ先取特權ハ本法其他ノ法律ノ規定ニ因リテ發生スヘキ特權ナルコトヲ示シ本法以外ノ法律例ヘハ公法若クハ商法破產法等ニ於テ特別ノ先取特權ヲ認定シ得ルコトヲ認ムルト同時ニ先取特權ハ必ス法律ノ規定ニ因リテ始メテ發生スルコトヲ明ニセリ其他旣成法典ハ合意上ノ先取特權ト否ラサルモノトヲ區別スト雖モ先取特權ハ總テ法律ノ規定ニ本ツクモノナレハ斯ノ如キ區別ヲ設クル理由ナキニ因リ之ヲ廢止セリ
第三百四條
(理由)本案ハ先取特權ノ目的物カ其狀體ヲ變シタルニ拘ハラス尚ホ之ニ追從シテ先取特權ノ存立シ得ルコトヲ認メサル主義ナリト雖モ本條ハ實際ノ便宜上此主義ヲ制限スルモノニシテ旣成法典擔保編第百三十三條ニ比シ或ハ其範圍ヲ廣メタルモノト云ハサルヘカラス何トナレハ旣成法典同條ノ法文ニ依レハ火災保險ノ如キ場合ニ於テ保險物ニ付キ先取特權ヲ有スル者ハ其目的物カ火災ニテ滅失スルトキハ被保險額ニ付キ直ニ先取特權ヲ行フコト能ハスト雖モ之レ甚タ實際ニ不便ナルノミナラス理論上ニ於テモ必スシモ正當ト認ムルコトヲ得サルモノナレハ本案ハ廣ク目的物ノ滅失又ハ毀損ニ因リ債務者ノ受クヘキ金錢云々ト明記シ被保險額ノ如キモノニ付テモ直ニ先取特權ヲ行ヒ得ヘキコトヲ認ムレハナリ蓋シ先取特權ノ目的物カ保險ニ付セラルルトキハ先取特權者モ當然其利益ヲ受クヘキモノニシテ獨佛諸國ノ法文ノ解釋ニ從ヘハ旣成法典ノ如ク先取特權ハ被保險額ノ如キモノニ及ハスト雖モ實際上極メテ不便ナルヲ以テ巧ニ法律ノ規定ヲ潜リテ其不便ヲ避クルコトハ殆ント普通ノ狀况ナレハ本案ハ此等ノ事情ヲ斟酌シテ旣成法典ノ趣旨ヲ擴張セリト雖モ其他ハ旣成法典第百三十三條ノ字句ヲ修正シタルニ過キス
第三百五條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百三十二條ノ字句ヲ修正シタルニ過キサレハ別ニ說明ヲ要セス
第二節 先取特權ノ種類
(理由)本節ハ先取特權ノ種類ヲ指定スルモノニシテ其區別ノ大體ハ旣成法典ノ主義ニ倣ヒ一般及ヒ特別ノ先取特權ヲ區別シ次ニ動產又ハ不動產ニ關スル特別ノ先取特權ヲ認メタリ
第一欵 一般ノ先取特權
(理由)旣成法典ハ佛伊諸國ノ法典ニ倣フテ一般ノ先取特權ハ總動產ニ付キ之ヲ行フタル後ニアラサレハ不動產ニ及フコトヲ得サルヲ以テ原則ト爲スト雖モ本案ハ原則上斯ノ如キ區別ヲ爲サスシテ一般ノ先取特權ハ債務者ノ總動產及ヒ總不動產ニ存スルモノトシ其實際ノ效力ニ至リテハ之ヲ第四節ノ規定ニ讓リタリ
第三百六條
(理由)本條ハ一般ノ先取特權ヲ說明シ併セテ其種類ヲ擧クルモノニシテ旣成法典擔保編第百三十七條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ旣成法典同條ハ動產及ヒ不動產ニ係ル先取特權アル債權ヲ揭クル主意ナリト雖モ却テ諸種ノ費用ヲ揭クルヲ以テ其記載スル所ハ債權ニアラスシテ其原因ナリ故ニ本案ハ先取特權ノ種類ヲ示スニ當リ總テ債權ノ原因ニ依リテ之ヲ揭ケタリ
次ハ本案ハ最後疾病費用ヲ以テ先取特權ノ原因ト認メサルコトニ決セリ蓋此費用ニ對シテ先取特權ヲ與フル類例極メテ多ク又其理由ナキニアラスト雖モ總債權者ノ利益ヲ保護スル必要ニ比シテ如斯先取特權ヲ認ムル必要ナク且最後疾病費用ノ如キハ多クハ情義ニ關スルモノナレハ之ニ本ツク債權ニ先取特權ヲ附スルハ却テ我國ノ民情ニ反シ其必要ナシト信スレハナリ
第三百七條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百三十八條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミナレハ別ニ說明ヲ要セス
第三百八條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百三十九條ヲ修正セリ旣成法典ハ慣習ニ從フコトヲ以テ一要件ト爲スト雖モ身分相應ト云フトキハ多クハ慣習ニ從フモノナルノミナラス斯ノ如キ字句アルトキハ慣習ニ從ハサル葬式ノ費用ニ對シテハ先取特權ヲ生セサル如キ疑ヲ生セシムルヲ以テ之ヲ删レリ
旣成法典同條第二項ニ依レハ同居親族ノ葬式費用ニ限リテ先取特權ヲ生セシムト雖モ本案ハ債務者カ扶養スヘキ親族ナレハ同居セサル者ト雖モ其最後ノ始末ヲ爲スヘキモノト認ムルモ以テ此點ニ於テ先取特權ノ原因ノ範圍ヲ廣メタリ又旣成法典ノ法文ニ依レハ同居親族ノ葬式費用モ債務者ノ身分ニ應スル費用ノ如ク解セラルト雖モ本案ハ死亡シタル者ノ身分ニ應スル費用タルコトヲ明示セリ其他旣成法典同條第三項ハ其必要ナキニ因リ之ヲ删除セリ
第三百九條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百四十一條ニ修正ヲ加ヘタルモノニシテ旣成法典ハ最後一ヶ年ノ給料ヲ擔保セシムト雖モ本案ハ之ヲ半減シテ六ヶ月ト爲シタル所以ハ給料ハ大抵月拂ナルノミナラス一ヶ年前ニ溯リテ保護ヲ與フルトキハ他ノ債權者ノ保護ニ比シテ其度ニ過クト信スレハナリ又本條但書ニ依リテ給料ノ金額ヲ限定シタルハ雇人ト云フ如キ廣キ文字ヲ用ユルトキハ其中ニハ高給ノ雇人モアルヘク而シテ此等ノ者ニ總テ六ヶ月間ノ給料ニ對スル先取特權ヲ與フルトキハ甚シク他ノ債權者ノ利益ヲ害スルコトアルヲ以テ英國破產法カ單ニ薄給ノ雇人ノミヲ保護シ且ツ給料ノ額ヲ限定スル例ニ倣ヒ五十圓ヲ限度トスルヲ以テ相當ト認メタルニ因レリ其他旣成法典ノ如ク同居親族ノ雇人ノ先取特權ヲ認メサルハ此等ハ通常債務者本人ノ雇人タルヘキヲ以テ特ニ之ヲ明示スル必要ナケレハナリ
第三百十條
(理由)旣成法典擔保編第百四十二條ニ依レハ日用品ノ範圍明ナラス又總テノ雇人ノ日用品ノ供給ニ對シテ先取特權ヲ與フルハ頗ル廣キニ失スト云ハサルヘカラス故ニ本案ハ日用品中特ニ必要ナルモノヲ撰ヒテ飮食料及ヒ薪炭油ノ費用ニ限レリ又僕婢ハ主人カ之ヲ養フヘキモノニシテ或種類ノ雇人ノ如ク自ラ日用品ヲ辨スル者ト異ナルニ因リ本案ハ旣成法典ノ如ク雇人ト云ハスシテ其範圍ヲ僕婢ニ限リタリ
第二款 動產ノ先取特權
(理由)旣成法典擔保編第四章第二節ハ動產ニ關スル特別ノ先取特權ト云フ表題ヲ揭クルニ反シ本案ハ單ニ之ヲ動產ノ先取特權ト改メタリト雖モ其意義ヲ變スルニアラス蓋シ本款ノ先取特權ノ特別ナルコトハ第三百十一條ノ規定ニ依リテ直ニ知リ得ヘケレハナリ
第三百十一條
(理由)旣成法典擔保編第百三十七條ハ一般ノ先取特權ヲ示スニ當リ債權ノ原因ヲ揭クルニ反シ同第百四十六條ハ動產ニ關スル特別ノ先取特權ヲ示スニ當リ債權者ヲ揭クルハ立法上ノ體裁ヲ得タルモノト云フヘカラス本案ハ旣ニ第三百六條ニ於テ債權ノ原因ヲ揭ケタレハ本條ニ於テモ亦債權ノ原因ニ依リテ動產ノ先取特權ヲ列擧セリ然レトモ其實質ニ於テハ旣成法典ト大同小異ニシテ只列擧ノ順序ニ付キ聊カ變更ヲ加ヘタルノミ卽チ第一號乃至第三號ノ場合ハ默示ノ質トモ稱セラルルモノナレハ之ヲ先ニシ他ノ債權者ノ共同利益ト爲リタル原因ノ如キモノヲ後ニ揭クルコトト爲セリ又公吏ノ保證金貸主ノ先取特權ハ旣ニ本章ノ始ニ於テ說明セシ理由ニ因リテ之ヲ删除セリ
第三百十二條
(理由)本條乃至第三百十六條ハ不動產ノ賃貸借ニ本ツク先取特權ヲ規定シ就中本條ハ其總則ヲ定ムルモノニシテ固ヨリ土地及ヒ建物ニ共通ノモノトス旣成法典擔保編第百五十一條ハ債權ノ種々ノ原因ヲ揭ケ併セテ先取特權ノ範圍ヲ規定スト雖モ本案ハ脫漏ヲ避クル爲メ本條ニ於テ廣ク債權ノ原因ノミヲ規定シ先取特權ノ範圍ハ之ヲ第三百十五條ニ讓リタリ
第三百十三條
(理由)本條ハ土地又ハ建物ノ賃貸人ノ先取特權ノ目的物ヲ指定スルモノニシテ旣成法典擔保編第百四十九條及ヒ第百四十七條ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ旣成法典第百四十九條ハ田畑山林ノ賃貸借ニ限ルト雖モ邸宅池沼等ノ賃貸人ニモ同樣ノ保護ヲ與フヘキモノナレハ本案ハ本條第一項ニ於テ廣ク土地ノ賃貸人ト改メタリ之ニ反シテ旣成法典ハ單ニ居宅ニ備附ケタル總テノ動產ニ迄先取特權ヲ及ハシムト雖モ居宅ニ備ヘタル動產ト土地賃貸ノ先取特權トハ毫モ關係ヲ有セサルコト多ク從テ先取特權ノ範圍廣キニ失スル虞アルヲ以テ本案ハ之ヲ限定スル主意ニ本ツキ居宅ノ二字ヲ削リタリ然レトモ本案ハ賃借地ニ備附ケタル動產ト云フヲ以テ賃借地ノ上ニ在ル居宅其他ノ建物ノ内ニ備附ケタル動產ニ付キ當然先取特權ヲ行フコトヲ得ヘキモノニシテ地役權又ハ地上權ノ場合ニ於ケル如ク建物内ニ備附ケタル動產ハ又建物ノ存在スル土地ニ備附ケタルモノト云フヘキナリ又本條ノ如ク賃借人ノ占有ニ在ル果實ト云フトキハ榖物ノ如キモノヲ賃借地以外ニ持出シテ居宅倉庫等ニ收ムルモ先取特權ハ之ニ及フモノニシテ旣成法典第百四十九條第二項ノ規定ヨリハ其範圍ヲ廣メタルモノト云フヘシ其他旣成法典同條第三項ノ分果小作人ニ關スル規定ハ本條第一項ノ規定ニ含マルヘキヲ以テ之ヲ删除セリ
本條第二項ハ旣成法典擔保編第百四十七條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ卽チ旣成法典ハ貸借人カ使用又ハ商工業ノ爲メニ備ヘタル動產ニ限ルト雖モ斯ノ如ク限定スル理由ナキヲ以テ本案ハ廣ク建物ニ備附ケタル動產ト改メタリ又同條第二項ノ規定ニ付テハ本案ハ之ヲ第三百十四條ノ規定ニ讓リ其第三項ニ揭クル現金其他ノ金玉寳石ノ如キハ建物ニ備附ケタル物ニアラスシテ先取特權ノ目的物タラサルコト明白ナルニ因リ之ヲ删除セリ
又旣成法典擔保編第百四十八條ヲ删除シタル理由ハ其第一項ノ規定ハ我國ノ慣習ニ反スルノミナラス貸賃ノ多額ナル建物ヲ借受ケタル場合ニ於テ債務者ニ本項ノ如キ義務ヲ負ハシムルハ實際不便ニシテ徒ニ賃借人ヲ困マシムルノミナルヲ以テ寧ロ相互ノ信用又ハ約束ニ放任スルヲ便ナリト認ムレハナリ次ニ同條第二項ノ規定ハ第一項删除ノ結果トシテ不用ニ歸シ又其第四項ハ別ニ明文ヲ要セス獨リ第三項ハ詐害行爲ニ關スル規定ニシテ實質上其必要アリト雖モ本章ニ規定スヘキ事項ニアラサルヲ以テ遂ニ本條全體ヲ删除セリ
第三百十四條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百五十條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミ又同條ニハ備附ケノ場所ヲ指定スト雖モ本案ハ旣ニ第三百十三條ノ規定ニ依リテ明了ナリト認ムルニ因リ之ヲ删除セリ
第三百十五條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百五十一條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ旣成法典同條第二項ニ依レハ先取特權ハ前期及ヒ當期ニ生シタル損害ノ賠償ヲ擔保スルニ止マルト雖モ合意上ノ義務ニ付テハ期限ノ定ナキカ如シ故ニ本案ハ之ニ制限ヲ付シテ前期當期及ヒ次期ノ義務ヲ擔保スルコトヲ明ニセリ又旣成法典擔保編第百五十二條ハ賃貸借ノ規定ニ屬スヘキモノナレハ之ヲ删除セリ
第三百十六條
(理由)本條ハ旣成法典ニ存セサル規定ニシテ且從來賃貸借ノ關係ニ於テハ敷金ヲ以テ貸賃ノ擔保トシ其以外ニ先取特權ヲ認メスト雖モ本案ハ敷金ヲ以テ充當シ得サル債權ノ部分ニ付テモ亦他ノ貸賃ト同シク先取特權ヲ附與スヘキモノト認ムルニ因リ新ニ本條ヲ加ヘタリ故ニ賃貸人ハ先ツ敷金ノ全額ト貸賃トノ差引ヲ爲シ尚ホ辨濟ヲ受ケサル殘額アルトキハ此部分ニ付テノミ先取特權ヲ行フコトヲ得ルモノニシテ敷金ヲ差置キ債權ノ全部ニ付テ先取特權ヲ行フコトヲ得サルヤ明ナリ
第三百十七條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百五十九條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミ又携帶ナル文字ハ諸國ノ法典ニモ其用例多シト雖モ携帶ト云フトキハ後ヨリ送リシ物ニ付テハ先取特權ヲ行フコト能ハサルカ如キ疑ヲ生セシムルニ因リ之ヲ除キタリ
第三百十八條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百六十條ヲ修正シタルモノニシテ旣成法典ハ舟車運送營業人ニ限リテ先取特權ヲ與フト雖モ舟車運送ノ外、人又ハ牛馬ニ依ル運送多ク又先取得權ヲ以テ保護スヘキ者ハ單ニ運送營業人ニ限ル理由ナキヲ以テ本案ハ廣ク運輸ノ先取特權ト改メタリ又旣成法典ニハ關稅其他正當ノ費用ト云フト雖モ之レ單ニ例示ニ過キサルノミナラス不正當ヲ費用タルコトヲ得サルハ勿論ナルヲ以テ之ヲ删レリ
次ニ旣成法典同條第二項ハ運送物引渡後ニ於テ先取特權カ尚ホ存續セル場合ヲ認ムルモノニシテ固ヨリ其理由ナキニアラスト雖モ本案ハ先取特權ノ範圍ヲ制限スル主意ニ因リ且本項ノ規定アルカ爲メ特ニ物品ノ配達ヲ迅速ナラシムル利益ヲ見出シ難キニ因リ之ヲ删除セリ又同條第三項ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルノミナラス第二項删除ノ結果トシテ當然之ヲ删レリ
第三百十九條
(理由)第百九十二條乃至第百九十五條ハ所謂即時時效ニ關スル規定ニシテ善意ノ占有者ヲ保護スル必要ニ出テタルモノナリ而シテ本案第三百十二條乃至第三百十九條ノ場合ニ於テ不動產賃貸人、旅店主人又ハ運送人カ善意ナルトキハ賃借人、旅客又ハ運送依賴人ニ屬セサル物ニ付テモ先取特權ヲ行ハシムル必要アリト認ムルニ因リ本條ニ於テ第百九十二條乃至第百九十五條ノ規定ハ第三百十二條乃至第三百十九條ノ先取特權ニ凖用スヘキコトヲ明示セリ
第三百二十條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百六十一條ニ字句ノ修正ヲ加エタルノミ又其第百六十二條ヲ删除セシハ先取特權ノ範圍ヲ制限スル主意ニ出ツルモノニシテ債權ノ間接ノ原因トモ云フヘキモノニ迄先取特權ヲ與フル必要ナシト信スレハナリ
第三百二十一條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百五十五條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミニシテ其主意ニ於テ異ナル所ナキヲ以テ別ニ說明ヲ要セス
第三百二十二條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百五十六條第一項ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニシテ旣成法典ハ期限ヲ附與シタルト否トヲ問ハサルコトヲ明示スト雖モ其必要ナキヲ以テ之ヲ删レリ又同條第二項ハ交換ニ關スル規定ニシテ實質上必要ノ法文ナリト雖モ之ヲ删除シタルハ交換ノ補足額ニ付テハ賣買ノ規定ヲ適用スヘキモノニシテ本條ノ規定ハ當然之ニ適用セラルルニ因レリ
次ニ旣成法典擔保編第百五十七條ノ規定ハ先取特權ノ範圍ヲ制限セントスル本案ノ主意ニ本ツキ且用方ニ因ル不動產ハ本案ノ認メサル所ナルヲ以テ之ヲ删レリ又同第百五十八條ヲ删除シタルハ之レ固ヨリ明文ヲ要セサレハナリ
第三百二十三條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百五十三條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典ハ種子ニ限ルト雖モ農產物ノ植付ハ獨リ種子ノミナラス苗ヲ以テスルコト頗ル多キヲ以テ本案ハ種子ヲ改メテ廣ク種苗ト爲セリ又旣成法典ハ種子肥料ヲ用井タル年ノ果實ニ付キ先取特權ヲ有スト規定スルヲ以テ元料ヲ下セシ年ニ限ルカ又之ヲ下セシ時ヨリ十二个月内ノ果實ニ及フモノナルカノ疑ナキ能ハス故ニ本案ハ明ニ元料ヲ用井タル時ヨリ一年間ニ生シタル果實タルコトヲ示セリ然レトモ本案ノ主意ニ依ルモ或種類ノ植物ニシテ元料ヲ下セシ時ヨリ一年内ニ果實ヲ生セサルモノニ付テハ先取特權ヲ與フルコトヲ得サルモノニシテ之レ已ムヲ得サル事ニ屬ス若シ此期間ヲ一層延長スルトキハ他ノ債權者ノ保護ニ比シテ偏頗ニ失スル虞アレハナリ蓋シ旣成法典モ此點ニ於テハ同一ノ主意ニ出ツルモノナルヘシ
第三百二十四條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百五十四條ニ相當ス本案ハ旣ニ第三百六條ニ於テ雇人ノ先取特權ヲ認メタレハ本條ノ規定ハ雇人以外ノ農工業勞役者ノ先取特權ニ關スルコト明白ナルヲ以テ旣成法典同條ニ於ケル雇人ノ外ト云フ四字ヲ删リ從テ通常雇人ノ報酬ヲ言ヒ顯ハスヘキ給料ナル文字ノ代リニ賃金ナル文字ヲ用井タリ又旣成法典ハ工業勞役者ノ先取特權ノミヲ最後ノ三个月間ノ給料ニ限ルト雖モ本案ハ農業勞役者ノ先取特權モ亦最後ノ一个年ニ限リタルハ至當ノ事ト云フヘキノミ
第三款 不動產ノ先取特權
(理由)本欵表題ノ變更ニ付テハ旣ニ第二欵ニ於テ述ヘシ如ク單ニ字句ヲ簡明ナラシムルニ出タルノミ
第三百二十五條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百六十五條ヲ修正セリ即チ旣成法典ハ先取特權ヲ有スル四種ノ債權者ヲ揭クト雖モ本案ハ之ヲ三種ニ減少シ且ツ第三百六條及ヒ第三百十一條ノ例ニ依リテ債權ノ原因ヲ揭ケタリ
旣成法典擔保編第百六十五條第一號ハ特ニ交換ノ場合ニ於ケル先取特權ヲ明示スト雖モ交換ニ付テハ多クハ賣買ノ規定ヲ凖用セラルルノミナラス交換ハ賣買ニ比シ取引上必要且頻繁ナル行爲ニ非サルヲ以テ本案ハ旣ニ本章ノ始ニ於テ說明セル理由ニ本ツキ先取特權ヲ限定シ且ツ其範圍ヲ明確ナラシメンカ爲メニ之ヲ删除セシノミナラス旣成法典同號ノ有償又ハ無償ノ讓渡ニ對スル先取特權ノ規定モ同一ノ理由ニ因リテ之ヲ删除セリ
旣成法典同條第二號ハ共同分割者ノ先取特權ヲ認ムト雖モ本案ハ旣ニ第二百五十九條ノ規定ニ依リテ共有者ニ充分ノ保護ヲ與ヘタレハ本條ニ於テ特ニ此者ノ先取特權ヲ認ムル必要ナキノミナラス若シ之ヲ認ムルトキハ第二百五十九條ノ便法ヲシテ却テ徒法ニ歸セシメ或ハ二重ノ保護ヲ與フルコトトナルヲ以テ之ヲ删除セリ又旣成法典同條第四號ハ讓渡人等ニ支拂ヒタル金錢ノ貸主ノ先取特權ヲ認ムト雖モ本案ハ旣ニ動產ノ先取特權ヲ規定スルニ當リ公吏ノ保證金貸主ノ先取特權ヲ删除セシト同一ノ理由ニ因リ此等ノ者ニマテ先取特權ヲ與フル必要ナシト認メ之ヲ删除セリ之ニ反シテ旣成法典ハ不動產保存者ノ先取特權ヲ認メスト雖モ旣ニ動產保存者ノ先取特權ヲ認ムル以上ハ不動產ノ保存ニ本ツク債權ニモ先取特權ヲ付スルヲ以テ至當ト信シタレハ本案ハ不動產ノ保存ヲ以テ先取特權ノ一原因トシ新ニ之ヲ加ヘタリ
又旣成法典同條第三號ニ揭クル先取特權ハ固ヨリ必要ナルヲ以テ之ニ字句ノ修正ヲ加ヘ其實質ヲ存セリ故ニ本案ハ不動產ノ先取特權ヲ三種ニ限定シ不動產ノ保存ニ因ル先取特權、不動產ノ工事ニ因ル先取特權及ヒ不動產ノ賣買ニ因ル先取特權ヲ認メタルナリ
斯ノ如ク本案ハ不動產ノ先取特權ノ種類ヲ減少シタルヲ以テ交換其他ノ讓渡ノ場合ニ於ケル先取特權及ヒ共同分割者ノ先取特權ニ關スル旣成法典ノ條項ハ總テ之ヲ删除スルニ至レリ
第三百二十六條
(理由)本案ハ旣ニ第三百二十五條ノ規定ニ依リテ不動產保存ノ先取特權ヲ認メタルヲ以テ從テ其原因及ヒ範圍ヲ指定スル必要ヲ生シタリ之レ本條ノ規定ヲ設クル所以ニシテ其實質ニ於テハ動產保存ノ先取特權ノ規定ト異ナル所ナキヲ以テ第三百二十一條第二項ノ規定モ亦本條ノ場合ニ凖用スヘキコトヲ示セリ
第三百二十七條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百七十四條及ヒ第百七十五條ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典第百七十四條ハ工事ノ種類ヲ例示スト雖モ本案ハ固ヨリ例示的ノ法文ヲ設ケサル主義ナルヲ以テ之ヲ除キ單ニ債務者ノ不動產ニ關シテ爲シタル工事ト改メタリ又本條第二項ハ旣成法典擔保編第百七十五條第一項ト其實質ヲ一ニス而シテ同條第二項以下ノ規定ハ增價證明ノ方法ヲ定ムルモノナレハ本案ハ之ヲ先取特權ノ效力ニ關スル第三百三十八條ノ規定ニ讓リタリ
第三百二十八條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百六十六條第一號ニ相當ス又同條以下第百六十九條ノ規定ハ證明ノ方法又ハ交換其他ノ讓渡ニ關スル規定ニシテ其ノ必要ナキニ因リ總テ之ヲ删除セリ
第三節 先取特權ノ順位
(理由)先取特權ノ順位ニ關スル規定ハ各國共ニ錯雜ニシテ立法上ノ斟酌モ亦頗ル困難ナリトス而シテ旣成法典ハ一般ノ先取特權ノ順位、動產ニ關スル特別ノ先取特權ノ順位及ヒ不動產ニ關スル特別ノ先取特權ノ順位ニ付キ各一款ヲ設クルニ拘ハラス先取特權ノ總則ニ於テモ亦其規定ヲ揭クルモノニシテ特ニ錯雜ヲ極ムルヲ見ル故ニ本案ハ多數ノ立法例ニ傚ヒ順位ニ關スル規定ヲ纒括シテ本節ヲ設ケ務メテ之ヲ簡明ナラシメタリ
第三百二十九條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百四十四條ノ一部及ヒ第百六十三條ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ即チ本條第一項ニ定ムル所ノ順位ハ旣成法典ノ順位ト異ナルコトナシト雖モ一般ノ先取特權ト特別ノ先取特權ト競合スル場合ニ於ケル第二項ノ規定ハ原則上旣成法典ト反對ノ主義ヲ取ルモノトス旣成法典擔保編第百六十三條第一號ハ本條第二項伹書ノ如ク訟事費用ハ其有益タリシ限度ニ於テ總債權者ノ債權ニ先ツコトヲ認ムト雖モ其第二號ニ於テ訟事費用外ノ一般ノ先取特權ハ特別ノ先取特權ニ先ツヲ以テ原則ト爲セリ然ルニ本案ハ務メテ各債權者ヲ平等ニ滿足セシメ公平ノ結果ヲ得ンコトヲ期シ和蘭西班牙等ノ立法例ニ傚フテ特別ノ先取特權ハ一般ノ先取特權ニ先ツヲ以テ原則ト定メタリ而シテ其理由トスル所ハ一般ノ先取特權ハ債務者ノ總財產ニ及フモノナレハ此特權ヲ有スル債權者ハ自己ノ債權擔保ノ點ニ於テ安固ナルニ反シ他ノ債權者ハ之レニ凖シテ擔保ノ減縮ヲ受クルモノト云ハサルヘカラス之ニ反シテ特別ノ先取特權ノ目的物ハ限定セルモノナレハ之レカ爲メニ一般ニ他ノ債權者ヲ害スルコト比較的ニ少カルヘシ然ルニ一般ノ先取特權ニ付スルニ特別ノ先取特權ヲモ除却スル力ヲ以テスルトキハ益一般ノ先取特權者ヲ保護スルノ度ニ失シ特別ノ先取特權ノ效力ヲ減少スレハナリ故ニ本案ハ各債權者ノ利害ヲ斟酌シテ旣成法典ニ反對ノ原則ヲ取ルト雖モ實際ニ於テハ表面ニ於ケル如キ反對ノ結果ヲ生スルニ非ス何トナレハ旣成法典モ亦擔保編第百六十三條第二號ノ但書ニ依リテ一般ノ先取特權ニ充當スルニハ先ツ特別ノ先取特權ノ附著セサル動產ヲ以テスヘキコトヲ規定シ又同第百四十四條第四項ニ於テ不動產ニ係ル特別ノ先取特權ハ一般ノ先取特權ニ先チ特別ノ抵當ハ後ノ設定ニ係ルト雖モ一般ノ先取特權ニ先ツコトヲ認ムレハナリ
第三百三十條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百六十四條ニ修正ヲ加ヘタリト雖モ其實質ニ於テ大差アルニアラス旣成法典ハ原則トシテ先取特權ノ目的物ノ保存者ニ第一ノ順位ヲ與ヘ不動產賃貸人等ニ第二ノ順位ヲ與フト雖モ不動產賃貸人ノ如キ者ハ所謂默示ノ質權ヲ有スルモノナレハ恰モ旣成法典同條第六項ニ於テ動產質設定ノ時其目的物ノ存保費用カ未タ支拂ハレサルコトヲ知ラサリシ質取債權者ニ第一ノ順位ヲ與フル如ク默示ノ質取債權者ニモ之ト同樣ノ順位ヲ得セシムルヲ以テ至當ト認メタレハ本案ハ原則トシテ不動產賃貸等ノ先取特權ヲ第一順位ニ置キ動產保存ノ先取特權ニ第二ノ順位ヲ與ヘ動產賣買等ノ先取特權ハ旣成法典ノ如ク之ヲ第三ノ順位ニ置クト雖モ本條第二項ノ規定ニ依リテ之ニ例外ヲ設ケ第一ノ順位ニ在ル者ヲ債權取得ノ當時ニ第二又ハ第三ノ順位ニ在ル先取特權ノ存在ヲ知リタルトキハ之ニ先ツコトヲ得サル旨ヲ揭クルヲ以テ其實質ニ於テハ旣成法典ト別ニ異ナル所ナシトス又本條ニ於テ動產質取債權者ノ順位ヲ揭ケサルハ本案ハ之ヲ先取特權ノ效力ニ關スル第三百三十一條ノ規定ニ讓リタレハナリ
次ニ本條第三項ハ旣成法典第百六十四條第八項ト同趣旨ニ依リ之ヲ規定シ旣成法典同條第九項ノ工業者ノ先取特權ノ順位ハ此ノ中ニ含マルルニ因リ之ヲ删除セリ又旣成法典同條第十項前段ノ規定ハ質權ノ規定ニ依リテ明白ナルノミナラス其後段ニ於ケル保證金貸主ノ先取特權ハ本案ノ認メサル所ナルヲ以テ第十項ノ規定ハ之ヲ删除セリ
第三百三十一條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百八十七條ヲ修正シタルモノニシテ旣ニ本案カ共同分割者及ヒ交換其他有償又ハ無償ノ讓渡人ノ先取特權ニ關スル規定ヲ删除セシト新ニ不動產保存ノ先取特權ヲ認メタル自然ノ結果ニ出ツルモノトス而シテ旣成法典同條第一號但書以下ハ明文ヲ要セサルヲ以テ又同條第二號末文ノ先取特權ハ本案ノ認メサル所ナルヲ以テ共ニ之ヲ删除セリ
第三百三十二條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百三十五條第三項ノ規定ト同一ナルヲ以テ別ニ說明ヲ要セス只タ旣成法典ハ之ヲ先取特權ノ總則中ニ規定スト雖モ旣ニ先取特權ノ順位ノ爲メニ一節ヲ設クル以上ハ本節ニ規定スルヲ以テ至當ト認ムルニ因リ其位置ヲ變更シタルノミ
第四節 先取特權ノ效力
(理由)旣成法典ハ先取特權ノ順位ト共ニ其效力ニ付テモ亦一般ノ先取特權、動產ニ關スル特別ノ先取特權及ヒ不動產ニ關スル特別ノ先取特權ノ區別ニ從フテ各別ニ規定スト雖モ本條ハ便宜ノ爲メ之ヲ本節ニ纒括セリ又旣成法典ハ先取特權ノ保存ニ關シ精密ナル規定ヲ揭クト雖モ本條ハ之ヲ登記法若クハ抵當ノ規定ニ讓リ本節ニ於テハ先取特權ノ效力ニ關スル一般ノ規定ノミヲ揭ケ之ニ依リテ旣成法典ノ煩雜ナル條項ヲ簡明ナラシメタリ
第三百三十三條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百六十條第二項及ヒ第百四十八條第二項ノ規定ノ如ク取引ノ安全ヲ保護スル必要ニ本ツクモノニシテ旣成法典ト同一ノ主義ニ從フモノナリ
第三百三十四條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百六十四條第四項ノ一部ヲ取ルモノニシテ旣成法典ハ原則トシテ物ノ保存者ヲ第一ノ順位ニ置キ質權者ヲ第二ノ順位ニ置クト雖モ本案ハ旣ニ第三百三十條ニ於テ不動產賃貸人等ノ先取特權ヲ第一ノ順位ニ置キタルヲ以テ本條ニ於テモ亦固ヨリ動產質權ハ先取特權ニ先ツモノト爲セリ蓋シ質權者ハ現實ニ其動產ヲ以テ債權ノ目的物トナスモノナレハ保存者トハ大ニ其事情ヲ異ニスルノミナラス保存ノ事實ニ付テハ往々詐僞ノ行ハルルコトアルヲ以テ保存者ノ先取特權ニ第一ノ順位ヲ與フルコトヲ原則ト爲スハ頗ル妥當ナラサレハナリ又本案カ旣成法典ノ位置ヲ變更シタル所以ハ本條ハ先取特權ト動產質權ト競合スル場合ヲ規定スルモノニシテ先取特權ノ效力ニ關スレハナリ
第三百三十五條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百四十三條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ卽チ本條第一項及ヒ第二項ノ規定ハ旣成法典同條第一項ノ主意ニ依ルモノニシテ本條末項ハ旣成法典同條第二項ノ規定ニ從フ便宜法タリ而シテ本條第三項ハ旣成法典同條第三項ト殆ント同一ナリト雖モ旣成法典ハ本項ノ場合ニ於テ盡ク優先權ヲ失ハシムルニ反シ本案ハ登記ヲ爲シタル第三者ニ對シテノミ先取特權ヲ行フコトヲ得ストシ從テ普通ノ債權者ニ對シテハ尚ホ優先權ヲ有セシムルモノニシテ之レ固ヨリ至當ノ修正ト云フヘキノミ
第三百三十六條
(理由)本條第一項ハ旣成法典擔保編第百四十五條ニ相當ス旣成法典ハ單ニ他ノ債權者ニ對抗スル爲メ登記ヲ要セスト規定スト雖モ聊カ廣キニ失スル虞アルヲ以テ本案ハ特別ノ擔保ナキ債權者ニ對抗スル爲メ登記ヲ要セスト改メタリ又本案第二項ハ旣成法典擔保編第百九十條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス
第三百三十七條
(理由)本條ハ不動產保存ノ先取特權ヲ保存スル手續ヲ定ムルモノニシテ本案カ旣ニ第三百二十五條ノ規定ニ依リテ此特權ヲ認メタル自然ノ結果ニ出ツルモノナリ而シテ其保存ノ方法ハ他ノ不動產ノ先取特權ノ如ク登記セシムルヲ以テ適當ト認ムルニ因リ保存行爲完了ノ後直チニ登記ヲ爲スヘキモノト定メタリ
第三百三十八條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百七十五條及ヒ第百八十三條ノ規定ヲ纒括シテ之ニ修正ヲ加ヘタルモノニシテ不動產工事ノ先取特權ヲ保存スル時期增價額評定ノ標凖及ヒ其方法ヲ定ムルモノトス旣成法典ハ擔保編第百七十五條ニ於テ三種ノ調書ヲ作ルヘキコト及ヒ同第百八十三條ニ於テ此等ノ調書ニ依ル登記ノ時ニ關シ精密ナル規定ヲ揭クト雖モ如斯手續ハ從來ノ慣習上到底行ハレ難ク之レカ爲メニ先取特權ノ便益ヲ滅殺スル虞アルヲ以テ本案ハ務メテ之ヲ簡略ニシ工事著手前ニ一度豫算額ヲ登記セハ之ニ依リテ先取特權ヲ保存スルコトヲ得トシ且此登記ニ依リテ增價額評定ノ標凖ヲ定メタリ又本條第二項ハ旣成法典擔保編第百七十五條第二項前段ノ規定ノ如ク增價額評定ノ手續ヲ定ムルモノトス
第三百三十九條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百三十五條第二項ノ規定ニ依ルモノニシテ旣成法典ハ之ヲ先取特權ノ總則中ニ揭クト雖モ本條ノ規定ハ固ヨリ先取特權ノ效力ニ關スルモノナレハ本案ハ其位置ヲ變シテ之ヲ本節ニ揭ケタリ卽チ本條ハ第三百三十七條及ヒ第三百三十八條ノ規定ニ從ヒ保存シタル二種ノ先取特權カ抵當權ト競合スル場合ニ於テ此二種ノ先取特權カ優先ノ效力ヲ有スルコトヲ認ムルモノニシテ不動產保存ノ先取特權ト抵當權ト競合スル場合ハ旣成法典ノ豫想セサル所ナリト雖モ本案ハ新ニ此特權ヲ認メタルヲ以テ本條ノ主意ニ於テハ旣成法典ト異ナル所ナシト雖モ其場合ヲ一ニセサルモノナリ
第三百四十條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百七十八條及ヒ第百八十一條ヲ修正シタルモノナリト雖モ多クハ字句ノ修正ニ止マレリ卽チ旣成法典ハ代價ノ全部又ハ一分ノ辨濟ナキ旨ヲ記シタル所有權移轉證書ニ依リテ登記ヲ爲スヘキコトヲ要スト雖モ本案ハ所有權移轉ハ必ス登記セサルヘカラサルモノナレハ之ヲ登記スルニ當リ附隨ノ登記トシテ代價又ハ利息ノ辨濟ナキ旨ヲ附記スヘシト改メタリ又本案ハ旣成法典擔保編第百八十一條第三項ノ如ク所有權移轉ヲ登記スルトキ右ノ附記ヲ爲ササリシ賣主ハ何時ニテモ其附記ヲ爲スコトヲ得ルモ附記前ニ登記ヲ爲シタル第三者ニ對シテ先取特權ヲ行フコトヲ得サル主意ナリト雖モ斯ノ如キ事項ハ別ニ明文ヲ要セサルヘシ其他旣成法典擔保編第百七十七條ハ無用ノ條文タルヲ以テ又第百七十八條乃至第百八十一條ノ交換分割等ニ關スル規定ハ旣ニ本案第三百二十五條ニ於テ說明セシ理由ニ因リテ總テ之ヲ删除シ且旣成法典擔保編第百八十二條ハ解除訴權ニ關スル規定ナルヲ以テ之ヲ除キタリ
第三百四十一條
(理由)先取特權ノ效力ニ關スル規定ハ固ヨリ本節ノ條項ヲ以テ盡シタリト云フコトヲ得ス然レトモ此ニ之ヲ規定スルトキハ抵當權ニ關スル規定ト重複スルヲ以テ本案モ亦旣成法典擔保編第百八十八條及ヒ第百九十四條ノ規定ニ傚ヒ本條ヲ設ケタリ
第九章 質權
(理由)旣成法典ハ質權全体ニ關スル規定ヲ設ケスシテ債權擔保編第二章ニ於テ動產質ヲ規定シ同第三章ニ於テ不動產質ヲ規定シタリ然レトモ動產質及ヒ不動產質ハ共ニ質權ノ一種類ニシテ只タ其目的ノ異ナルニ過キス故ニ本案ニ於テハ廣ク質權全体ニ通スル規定ヲ設ケンカ爲メ先ツ第一節トシテ總則ヲ置キ次キニ第二節及ヒ第三節ニ於テ動產質及ヒ不動產質ニ關スル規定ヲ揭ケタリ又本案ノ採リタル主義ニ依レハ動產及ヒ不動產ハ共ニ有体物ナルヲ以テ動產質及ヒ不動產質ニ關スル本案ノ規定ハ直チニ權利ヲ以テ目的トスル質權ニ之ヲ適用スルコト能ハサルヲ以テ第四節ニ於テ權利質ニ關スル規定ヲ載セタリ
第一節 總則
(理由)旣成法典ニ於ケル動產質ニ關スル規定ノ中動產質及ヒ不動產質ニ通スルモノ頗ル多ク債權擔保編第百三十條ニ列擧シタルモノノミヲ以テ之ヲ盡ス可キニ非ス故ニ本章ニ於テハ此種ノ規定ヲ總テ總則中ニ揭ケタリ今左ニ旣成法典ノ規定ヲ削除シタル理由ヲ說明ス可シ
債權擔保編第九十八條第一項及ヒ第百十七條前段ハ敢テ明文ヲ必要トセス况ンヤ本案第三百四十二條及ヒ第三百五十條ニ於テ他人ノ爲メニ質權ヲ設定スルヲ得ヘキコト自ラ明ナルニ於テオヤ同第百十三條ハ動產質ニ關スル規定ナリト雖トモ同第百三十條ノ規定アルカ爲メ不動產質ニモ亦タ之ヲ適用ス可キモノニシテ所謂流質ヲ禁シタル規定ナリトス此ノ如キ規定ハ諸國ノ法律ニ於テ多ク見ル所ナリト雖モ流質ノ契約タル普通唱道スル如キ大ナル弊害ヲ生スルモノニ非ラス且ツ從來我國ニ於テ廣ク行ハルルモノナルヲ以テ今之ヲ禁スルトキハ反テ金融ノ圓滑ヲ妨クルノ結果ヲ生スルコトアル可シ加之流質禁止ノ規定ハ大ニ當事者間ノ契約ニ干涉スルモノト謂ハサル可カラス凡ソ當事者ニシテ無能力者ニ非サル以上ハ其自由ノ意思ニ放任シテ可ナリ若シ法律ノ規定ヲ以テ此ノ如ク契約ノ自由ヲ拘束ス可キモノトセハ决シテ流質契約ノミニ限ルヘカラサルナリ又此ノ如キ禁止法ハ利息制限法ニ於テ明ニ之ヲ見ルカ如ク到底實際ニ行ハルルコトヲ期ス可カラス若シ此禁止法ノ飽マテ行ハレンコトヲ欲セハ裁判所ヲシテ實際ノ情况ニ鑑ミテ流質禁止ノ規定ニ反スル當事者ノ行爲ヲ無效ト爲スコトヲ得セシメサル可ラス果シテ此ノ如クンハ之カ爲メ裁判所ノ干涉殆ト底止スル所ナキノ結果ヲ生シ其煩遂ニ堪ユ可カラサルニ至ラン又同第百十五條ハ同第百三十條ノ設アルカ爲メ動產質及ヒ不動產質ニ通スル規定ナリト雖モ本案第百六十三條及ヒ第百八十五條ノ規定アルヲ以テ之ヲ削レリ此他旣成法典ノ規定ヲ削除シタルモノ敢テ尠カラスト雖モ之ヲ削除シタル理由ハ總テ之ヲ各條ノ說明ニ讓ラントス
第三百四十二條
(理由)本條ニ於テハ質權ノ定義ヲ揭ケスシテ質權者ノ權利ヲ定メ之ニ依リテ質權ノ性質ヲ明ニシ他ノ物上擔保ト異ナル所ヲ示シタルノミ
第三百四十三條
(理由)凡ソ質權ハ性質上讓渡シ得サル物ヲ以テ目的トスルコト能ハサルハ言フヲ俟タサル處ナリ然レトモ若シ本條ヲ設クルトキハ本案第三百六十一條第二項ノ規定アルカ爲メ當事者カ特約ヲ以テ讓渡シ得サルモノト爲シタル債權ニ本條ノ規定ヲ凖用スルコトヲ得ルノ便利アリ而シテ當事者ノ特約ニ依リテ讓渡シ得サルモノト爲シタル債權ノ質入ヲ許ス可カラサルハ論ヲ俟タサル處ナリ
第三百四十四條
(理由)債權擔保編第百條ニ依ルトキハ質契約ハ一ノ書面契約ナリト謂ハサル可カラサルカ如シ然レトモ旣成法典ノ精神タル質契約ノ成立ハ只證書ノミニ依リテ之ヲ證スルコトヲ得ヘシト云フニ外ナラス是レ債權擔保編第百一條ニ於テ自ラ明ナル處ナリトス只タ如何セン不動產質ニ關スル同第百十九條ノ規定アルカ爲メ旣成法典ノ精神ハ此ノ如シトスルモ法律ノ明文上質契約ヲ以テ一ノ書面契約ト爲ササルヲ得サルナリ本案ニ於テハ質契約ヲ書面契約トナスノ必要ヲ認メス又證書ニ依リテノミ質契約ノ成立ヲ證明セシムルノ必要ナキモノト認ムルヲ以テ本條ノ如ク修正ヲ加ヘタリ又旣成法典ニ於テハ質權設定ノ爲メ質物ノ引渡ヲ必要トスルコトヲ言ハス然レトモ質物ノ引渡ハ質權設定ニ極メテ必要ナルモノニシテ質權ノ抵當權ト大ニ異ナル處ナルヲ以テ本案ニ於テハ明ニ之ヲ規定セリ
第三百四十五條
(理由)本條ノ規定ハ質權ノ性質ヨリ當然生ス可シト雖モ本案ニ於テハ已ニ代理占有ヲ認メタルノミナラス第百八十三條ノ規定アルカ爲メ或ハ疑ノ生スルコトアランヲ恐レ特ニ之ヲ揭ケタリ
第三百四十六條
(理由)本條ハ債權擔保編第百九條及ヒ第百十一條ニ當ルモノトス同第百三十條ニ依ルトキハ此等ノ規定ハ亦タ不動產質ニモ適用セラルルモノナリ本條ニ於テハ質權ヲ以テ違約金質權實行ノ費用及ヒ不履行ヨリ生スル損害ノ賠償ヲモ擔保ス可キモノトナシタリト雖モ敢テ旣成法典ノ精神ト異ル處ナカル可シ
第三百四十七條
(理由)本條ノ規定ハ質權者カ留置權ヲ有スルコトヲ明ニシタルモノニシテ之カ爲メ債權擔保編第百六條第百八條第百二十八條第一項及ヒ第百三十條ノ一部ヲ削除スルコトヲ得ヘシ旣成法典ノ規定ニ依レハ質權者ハ其債權ノ辨濟期限到來シタル場合ニ於テハ如何ナル債權者カ質物ノ賣却ヲ求ムルモ之ヲ拒ムコトヲ得スト雖モ若シ質權者ノ有スル債權ノ辨濟期限未タ到來セサルトキハ質權者ハ動產質ノ場合ニ於テハ他ノ債權者ノ差押及ヒ競賣ヲ拒ムコトヲ得ヘク又不動產質ノ場合ニ於テハ之ヲ拒ムコトヲ得ス然レトモ今此ノ如キ區別ヲ爲ス可キ理由ナキヲ以テ本案ニ於テハ質權ノ目的物ノ如何ヲ問ハス又債權ノ辨濟期限ノ到來シタルト否トニ係ラスシテ單ニ質物ノ差押及ヒ競賣ヲ求ムル債權者ノ優先權ヲ有スルト否トニ依リテ區別ヲ爲シタリ從來佛法學者ノ唱フル處ニ依レハ留置權者ハ如何ナル債權者ニ對シテモ物ヲ留置スルコトヲ得ルモノトナセリ然レトモ此ノ如ク留置權ノ效力ヲ强大ナラシムルハ極テ其當ヲ得ス特ニ質權者ヲシテ優先權アル他ノ債權者ニ對シ質物ヲ留置スルヲ得セシムルハ最モ其當ヲ失スルモノト謂フ可シ然レトモ若シ之ヲシテ己レニ劣ル債權者ニ對シ質物ヲ留置スルコトヲ得セシメサルトキハ留置權ハ全ク有名無實トナルノ恐アリ是レ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ナリトス若シ質權者ノ有スル債權ノ辨濟期限未タ到來セサル間ニ優先權ヲ有スル債權者カ競賣ヲ爲シタルトキハ之ヲシテ質權者ノ爲メ代金ノ一部ヲ供託セシムルヲ可トス債權擔保編第百二十九條ニ定メタルカ如ク留置權ノ尚ホ繼續スルモノトスルハ極テ其當ヲ得サルモノト謂フ可シ
第三百四十八條
(理由)本條ハ債權擔保編第百七條及ヒ第百二十四條第二項ニ當ルモノトス今之ヲ規定スル必要アルハ本案第二百九十八條ノ規定アルカ爲メナリトス
第三百四十九條
(理由)旣成法典ニ於テハ本條ニ該當スル規定ナシ債權擔保編第百十條及ヒ第百三十條ニ依ルトキハ動產質及ヒ不動產質ノ不可分タルコトヲ知ルヲ得ヘシト雖モ明ニ之ヲ規定スルコト極メテ必要ナリトス又本案第三百四條ノ規定ヲ質權ニ準用ス可キコトハ先取特權ニ付キ之ヲ設ケタルト同一ノ必要アルモノト謂フヘシ
第三百五十條
(理由)本條ハ債權擔保編第九十八條第二項及ヒ第百十七條後段ニ當ルモノニシテ毫モ其實質ヲ變更セサルナリ
第二節 動產質
(理由)旣成法典ハ動產質ニ關スル章ヲ二節ニ分チ第一節ニ於テ動產質契約ノ成立及ヒ性質ヲ規定シ第二節ニ於テ其效力ヲ規定セリト雖モ本案ニ於テハ動產質ヲ以テ質權ノ一種ト爲シ質權中ノ一節ニ於テ之ヲ規定セリ旣成法典ノ動產質ニ關スル規定ハ採ツテ之ヲ質權ノ總則中ニ移シタルモノ極テ多シ又動產質ニ關スル債權擔保編第九十六條ハ一般ノ規定ニ依リテ明ナルヲ以テ之ヲ削レリ
第三百五十一條
(理由)本條ハ債權擔保編第百二條第一項ニ當ルモノトス今現實 ノ二字ヲ削リタル所以ハ敢テ之ヲ存スルノ必要ナキノミナラス若シ之ヲ存スルトキハ第三者ニ對シテ代理占有ヲ認メサルカ如キ嫌アルヲ以テナリ
第三百五十二條
(理由)旣成法典ハ質權者カ質物ノ占有ヲ奪ハレタル場合ニ之ヲ回復ス可キ方法ヲ規定セス今之ヲ瑞西債務法ノ例ニ見ルニ質物ノ占有ヲ奪ハレタル質權者ハ所有者ト同一ノ權利ヲ以テ占有ヲ恢復スルコトヲ得ヘシトアリ獨逸民法草案モ亦タ殆ト同一ノ主義ヲ採レリ然レトモ若シ此主義ニ依ルトキハ質權者ヲ保護スルコト厚キニ過クルノ恐アルヲ以テ本案ノ如キ規定ヲ設ケ以テ適當ノ範圍内ニ於テ之ヲ保護スルコトトナセリ
第三百五十三條
(理由)本條ハ債權擔保編第百十二條ニ當ルモノトス凡ソ質權者ハ債務者ノ辨濟ヲ爲ササル場合ニ於テ質物ノ競賣ヲ爲ス可キコト明文ヲ俟タスシテ明ナリ本條ノ規定ハ即チ此原則ニ對スル例外ニシテ競賣ノ不便ナル場合ニ之ヲ適用ス可キモノナリトス同條第一項ニ他ノ債權者ヨリ競賣ヲ求メス トアルハ啻ニ不用ノ文字タルノミナラス質權者ハ本案第三百四十七條ノ規定ニ依リ競賣ヲ拒ムコトヲ得ルヲ以テ之ヲ削レリ又第一項中ニ之ヲ實行スルコトヲ得サルトキ トアルヲ改メテ正當ノ理由アル場合 ト爲シタルハ若シ原文ノ如クナルトキハ本條ノ規定ヲ適用スルコトヲ得ヘキ範圍ノ甚タ狹キニ失スル恐アルヲ以テナリ第二項ハ言ハスシテ自ラ明ナルヲ以テ之ヲ削レリ
第三百五十四條
(理由)凡ソ質權者ハ他人ヲシテ己ニ代リ質物ヲ占有セシムルコトヲ得ルヲ以テ同一ノ物ニ付キ數個ノ質權併ヒ存スルコトアルハ毫モ怪ムニ足ラサルナリ此ノ如ク同一ノ物ニ付キ二個以上ノ質權併ヒ存スル場合ニ於テ其順位ヲ定ムルハ設定ノ前後ニ依ル可キコト當然ナルカ如シト雖モ多少疑ナキ能ハス是レ獨逸民法草案ニ倣ヒ本條ノ規定ヲ置ク所以ナリ
第三節 不動產質
(理由)旣成法典ノ不動產質ニ關スル規定ハ之ヲ削除シタルモノ敢テ少シトセス今左ニ削除ノ理由ヲ說明ス可シ
債權擔保編第百十八條ハ不動產賣ノ目的物及ヒ質權設定ノ能力ヲ規定セリ然レトモ不動產質ノ目的ノ何タルハ敢テ之ヲ言フヲ要セス質權設定ノ能力ニ付キテモ亦タ特ニ明文ヲ設クルノ必要ヲ見サルナリ彼ノ地上權ノ如キ權利ヲ以テ質權ノ目的ト爲ス場合ニ至リテハ次節ニ於テ之ヲ規定スル處アリ是レ同條ヲ削リタル所以ナリトス同第百十九條第一項ヲ削リタルハ已ニ述ヘタルカ如ク質權設定ニ際シ必シモ證書ヲ作成スルコトヲ要セサルカ爲メニシテ同條第二項ヲ削リタルハ本案ニ於テ質物ノ引渡ヲ以テ質權設定ノ要件ト爲シタルカ爲メナリ又同條第三項ニ於テ不動產質ノ第三者ニ對スル效力ハ單ニ登記ノ有無ノミニ係ルモノト定メタルハ本案ノ採リタル主義ニ反スルヲ以テ之ヲ削レリ且同條中ノ登記ニ關スル規定ハ之ヲ登記法ニ讓リ本案ニ於テ之ヲ揭ケサルコトト爲セリ同第百二十七條ノ規定ハ質權者ノ爲メ便利ナルモ當事者ノ意思ニ反スルモノト謂ハサル可カラス同第百二十九條ハ本案第三百四十七條ノ規定アルカ爲メ之ヲ削除シタリ
第三百五十五條
(理由)本條ハ旣成法典ノ規定ト其實質ヲ同ウス旣成法典ニ於テハ明ニ不動產質權者カ質物ヲ使用スルヲ得ルコトヲ言ハスト雖モ敢テ其ノ使用權ヲ認メサルノ意ニ非サル可シ
第三百五十六條
(理由)本條ハ債權擔保編第百二十五條ニ些少ノ修正ヲ施シタルモノニ外ナラス旣成法典ニ於テハ質權者ハ或場合ニ於テ不動產ノ大修繕ヲ爲スノ義務ヲ負フモノトナシタリト雖トモ若シ此ノ如クンハ質權者ノ負擔重キニ過クルヲ以テ本條ノ如ク改メタリ
第三百五十七條
(理由)本條ハ債權擔保編第百二十六條ニ當ルモノトス同條ノ規定ハ頗ル煩シキヲ以テ不動產ノ使用及ヒ收益ニ基ク利得ハ總テ利息ト相殺スルモノトナシタリ
第三百五十八條
(理由)旣成法典ニ於テハ債權擔保編第百二十六條第二項ノ規定ハ反對ノ合意ヲ以テ之ヲ變更スルコトヲ得ル旨ヲ示シタリト雖モ本案第三百五十五條乃至第三百五十七條ニ該當スル規定ノ當事者ノ意思ニ依リテ變更セラルルコトヲ得ルヤ否ヤヲ明ニセス本案ニ於テハ本條ノ規定ヲ設ケ以テ此意ヲ明ニシタリ蓋シ本條ノ規定ナキトキハ或ハ疑ヲ生スルノ恐アルヲ以テナリ
第三百五十九條
(理由)債權擔保編第百十六條第三項ニ於テハ不動產質契約ノ期限ヲ三十个年トナシタリ草案ノ說明ニ依ルニ此規定ハ我國ノ現行法ニ依リタルモノナリトアリ然レトモ明治六年ノ地所書入質入規則ハ契約ノ期限ヲ三ヶ年トナシタルヲ以テ草案ノ說明ハ誤謬タルヲ免レス然ラハ不動產質契約期限ハ如何ニ之ヲ定ム可キヤ現行法ニ於ケル三个年ノ期限ハ短キハ失シ旣成法典ノ定メタル三十个年ノ期限ハ長キニ失スルモノト謂ハサル可カラス抑モ不動產質契約ハ不動產ノ改良ヲ妨クルカ如キ種々ノ弊害ヲ生スルノミナラス抵當ノ發達ト共ニ漸々衰滅ニ歸スルモノニシテ現ニ佛法系諸國ニ於テ之ヲ禁スルモノアルニ至レリ本案ニ於テ旣成法典ニ於ケル不動產質契約ノ期限ヲ短縮シテ十个年ト爲シタルハ一ハ地方ノ慣習ニ依リタルモノニシテ又一ハ此契約ヲ奬勵セサルノ主意ニ出テタルモノナリ
第三百六十條
(理由)不動產質ニ付テハ抵當權ニ關スル規定ヲ準用ス可キモノ少カラサルヲ以テ本條ニ於テ之ヲ明ニシタリ
第四節 權利質
(理由)凡ソ權利ヲ以テ質權ノ目的ト爲スコトヲ得ルハ諸國ノ法律ニ於テ均シク認ムル處ナリトス而シテ獨逸民法草案ヲ除クノ外皆動產質ニ關スル規定ノ中ニ權利質ノ規定ヲ揭ケタリト雖モ本案ニ於テハ動產不動產ヲ以テ有体物ノ區別ト爲シタルヲ以テ特ニ本節ヲ設ケテ權利質ヲ規定シタリ
第三百六十一條
(理由)凡ソ質權ノ目的タル權利ハ動產上ノ權利ナルコトアリ又ハ不動產上ノ權利ナルコトアリ故ニ權利ヲ以テ目的トスル質權ニハ之ニ特別ナル本節ノ規定ヲ適用スルノ外尚ホ動產質及ヒ不動產質ノ規定ヲ準用スヘキナリ
第三百六十二條
(理由)旣成法典ニ於テハ證券ノ交付ヲ以テ債權ヲ目的トスル質權ヲ設定スルニ必要ナル要件ト爲サスシテ第三者ニ對シ質權ノ效力ヲ生スルニ缺ク可カラサル要件トナシタリ然レトモ已ニ動產質及ヒ不動產質ニ付キ物ノ引渡ヲ必要トシタル以上ハ債權ヲ目的トスル質權ヲ設定スルニ證券ノ引渡ヲ爲スコトヲ要スルモノトスルコト前後權衡ヲ得ルノミナラス亦タ質權ノ性質ニ適スルモノト謂フ可シ
第三百六十三條
(理由)本條ハ債權擔保編第百三條ノ一部ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノニ外ナラス今記名證券ノ文字ニ代フルニ指名債權ナル文字ヲ以テシタルハ本條ヲ適用スヘキ場合ハ獨リ債權ノ證券アル場合ノミニ限ラサルノ意ヲ明ニセンカ爲メナリ
第三百六十四條
(理由)本條ハ債權擔保編第百四條ニ當ルモノトス同條ニ會社ノ定款 云々トアルヲ改メテ株式又ハ社債ノ讓渡ニ關スル規定ニ從ヒト爲シタルハ會社ノ定款ハ法律ニ反スルコトヲ得サルヲ以テ株式又ハ社債ノ讓渡ニ關スル規定ニ從ヒ云々ノ語アルトキハ會社ノ定款ナル文字ヲ省クコトヲ得ルヲ以テナリ
本條ノ規定ハ我邦現在ノ慣習ニ反スルコトヲ認ムト雖モ前條及ヒ次條ト同シク第三者ヲ保護スルノ目的ニ出ツ恰モ不動產ニ關スル權利ノ移動ヲ以テ第三者ニ對抗スルニハ登記ヲ必要トスルト毫モ異ナル所ナキ公益的規定ナリトス若夫レ本條ノ場合ニ限リ質權ノ設定ヲ公示セサルモ尚第三者ニ對シテ其效アルモノトセハ立法者ハ公益上第三者ヲ保護スルノ主旨ヲ一貫セサル責ヲ免カルヽコト能ハサルヘシ本條ニ定ムル所ハ敢テ煩ニ失セル手續ニモ非サルヲ以テ其慣習ニ背馳スルニ拘ハラス公益上之ヲ遵守スヘキモノトシ以テ實際取引ノ安全、鞏固竝ニ信用ヲ保持スルコトヲ計ルノ至當ナルヲ疑ハサルナリ
第三百六十五條
(理由)債權擔保編第百三條末項ニ於テハ本條ノ場合ニ關スル規定ヲ商法ニ讓リタリト雖モ裏書ニ依リテ讓渡スコトヲ得ヘキ債權ニ付キ質權ヲ設定スルハ獨リ商事ニ限ラサルヲ以テ本案ニ於テハ特ニ此一條ヲ設ケタリ
第三百六十六條
(理由)凡ソ質權ノ目的カ債權ナル場合ニ於テハ之ヲ實行スルノ方法果シテ如何今此點ニ付キ民法商法及ヒ民事訴訟法ヲ比較スルニ各其主義ヲ異ニセリ債權擔保編第百八條第二項ニ依ルトキハ質權者ハ債務者ノ特別ノ委任ナキトキハ債權ヲ取立ツルコトヲ得ス故ニ民法ニ於テハ質權者ハ其質權ノ目的タル債權ヲ賣却スルヲ以テ原則ト爲スモノト謂ハサルヘカラス然ルニ商法ノ規定ニ依ルトキハ質權者ハ質權ノ目的タル債權ノ賣却ニ代フルニ取立ヲ以テセルコトヲ得ヘク且ツ取立ノ爲メ債務者ノ特別ノ委任ヲ受クルコトヲ要セサルナリ但民法ト同シク賣却ヲ以テ質權實行ノ本則ト爲シタルコトヲ知ルヘシ之ニ反シテ民事訴訟法ニ於テハ債權者ハ其債務者ノ第三債務者ニ對シテ有スル債權ノ取立又ハ轉付ヲ請求ス可キヲ以テ原則トシ特別ノ事情ノ存スル場合ニ限リテ他ノ換價方法ヲ許セリ只取立ノ爲メ債務者ノ特別ノ委任ヲ必要トセサルハ毫モ商法ト異ナルコトナシ
凡ソ質權ノ目的カ債權ナルトキハ質物ノ性質上質權者ヲシテ債權ノ取立ヲ爲スヲ得セシムルコト極メテ其當ヲ得タルモノト謂ハサル可カラス加之競賣ハ往々債務者ノ不利益ヲ來スコトアルヲ以テ債權ノ取立ヲ許スコト能ク實際ノ便宜ニ伴フモノト謂フ可シ故ニ本案ニ於テハ民事訴訟法ノ主義ヲ採用シテ本條ノ規定ヲ設ケタリ又本案ニ於テハ質權者ノ債權カ未タ辨濟期ニ到ラサルモ質權ノ目的タル債權カ已ニ辨濟期ニ至リタルトキハ質權者ヲシテ之ヲ取立ツルコトヲ得セシムルノ主義ヲ採レリ而シテ質權ノ目的タル債權カ金錢ノ債權ナルトキハ之ヲ供托セシム可シト雖モ債權ノ目的カ金錢ニ非ラサルトキハ質權者ヲシテ其目的タル物ニ付キ質權ヲ有セシムルヨリ他ニ道ナキモノト謂フヘシ
第三百六十七條
(理由)本案ニ於テハ債權ノ取立ヲ以テ質權實行ノ本則トナシタリト雖モ債權ノ取立カ極メテ困難ナル場合例ヘハ有價證券殊ニ株券カ質權ノ目的タル場合ニ於テハ其賣却ヲ爲スヲ至當ト認ムルヲ以テ本條ニ於テ民事訴訟法ノ規定ヲ引用シ質權者ヲシテ或場合ニ於テ債權ノ賣却ヲ爲スコトヲ得セシメタリ加之本條ノ規定アルカ爲メ質權者ハ時宜ニ依リ債權ノ取立ニ代ヘテ其轉付ヲ請求スルコトヲ得ヘシ
第十章 抵當權
(理由)本章ハ旣成法典債權擔保編第五章ニ該當セリ而シテ旣成法典ニハ第一節ヲ抵當ノ性質及ヒ目的 トシ第二節ヲ抵當ノ種類 トシ之ヲ細別シテ第一款法律上ノ抵當 第二款合意上ノ抵當 第三款遺言上ノ抵當 トシ第三節ヲ抵當ノ公示 トシ之ヲ細別シテ第一款登記ノ條件及ヒ期間 第二款登記ノ抹消、減少及ヒ正誤 トシ第四節ヲ債權者間ノ抵當ノ效力及ヒ順位 トシ第五節ヲ第三所持者ニ對スル抵當ノ效力 トシ之ヲ細別シテ總則 ノ外第一款抵當債務ノ辨濟 第二款滌除 第三款財產檢索ノ抗辨 第四款委棄 トシ第六節ヲ登記官吏ノ責任 トシ而シテ第七節ヲ抵當ノ消滅 トセリ然ルニ本案ニ於テハ單ニ之ヲ三節ニ約シ第一節ヲ總則 トシ抵當權ノ性質ニ關スル原則ヲ揭ケ第二節ヲ抵當權ノ效力 トシ債權者間及ヒ第三者ニ對スル抵當權ノ效力ヲ規定シ第三節ヲ抵當權ノ消滅 トシ抵當權ノ消滅ニ關スル特別ノ規定ノミヲ揭ケタリ其改正ノ理由ニ至リテハ請フ左ニ之ヲ列陳セン
一、抵當權ノ種類ヲ揭ケサルコト
抵當權ノ種類ヲ揭クルハ外國ニ其例多シト雖モ特ニ之ヲ法文ニ列擧スルカ如キハ啻ニ其用ナキノミナラス本案ニ於テハ抵當ノ種類ヲ細別セス第一法律上ノ抵當ハ本案ニ之ヲ揭ケス蓋シ國ノ會計吏員ニ關スル抵當權ハ明治二十三年四月三十日勅令第六十號會計規則第百三條乃至第百五條ニ之ヲ規定セリト雖モ是ハ身元保證金トシテ一定ノ金額ヲ納メシムルヲ原則トシ唯土地ヲ以テ之ニ代フルコトヲ許スノミ府縣制第五十二條第二項、郡制第五十八條第二項及ヒ市制第五十八條第四項ニ據レハ府、縣、郡、市ノ收入役ハ身元保證金ヲ納ムヘキコトヲ規定スルモ其果シテ土地ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得ルヤ否ヤハ明カナラス町村制第六十二條ノ如キハ收入役ニ身元保證金ヲ納ムル義務アルコトヲモ言ハサルナリ之ヲ要スルニ我現行法ハ佛國ノ如ク國其他ノ公ノ法人カ收入官吏ノ身元保證トシテ當然其不動產ニ付キ抵當權ヲ有スルモノトスルノ制ヲ採ラス又將來ニ於テモ此制ヲ採用スルコトアルヘキヤ否ヤヲ知ラス且假ニ將來此制ヲ採用スルモノトスルモ是レ自ラ行政法ノ定ムル所ニ依ルヘキモノニシテ敢テ之ヲ民法中ニ揭クルコトヲ要セス先取特權ノ抵當權ニ變性スルコトハ本案ノ認メサル所ナルカ故ニ(三三六、三三七)是レ亦玆ニ揭クルコトヲ得ス餘ス所ハ僅ニ無能力者カ夫又ハ後見人ノ不動產上ニ有スル抵當權ノミナリ是レ西洋諸國ニ於テ多ク行ハルル所ナリト雖モ又之ニ異ナル例モ多クアリ蘭、伊、白等ノ如キハ此抵當ノ目的タル不動產ヲ限定シ白耳義民法草案ノ如キハ殆ト之ヲ以テ契約上ノ抵當トシ尚此外單ニ裁判所ニ於テ必要ト認ムル場合ニ限リ相當ノ擔保ヲ供セシムルニ止ムルモノモ亦尠ナカラス而シテ本案ハ後者ノ主義ニ左袒スルモノナリ何トナレハ法律上ノ抵當ニ於テ若シ其財產ヲ限定セサルトキハ夫又ハ後見人ノ負擔重キニ過キテ頗ル酷ニ失スルモノアリ且旣成法典ノ如キ主義ヲ採ルトキハ不動產ノ權利移轉ヲ澁難ナラシメ公益上亦其弊害少シトセス現ニ佛國ニ於テハ此弊害ヲ矯メンカ爲メ妻ヲシテ其抵當ヲ讓渡シ又ハ之ヲ抛棄スルコトヲ得セシム而シテ此法律上ノ擔保ヲ抵當トシ之ヲ不動產ニ限リシニ至リテハ益立法ノ非ナルヲ見ル宜シク之ヲ改メ不動產外ノ財產ヲモ擔保ニ供スルヲ得ルモノトスヘシ然ラサレハ後見人カ財產ヲ有スルニ拘ラス無能力者ハ全ク無擔保トナルカ或ハ適任ノ人モ單ニ不動產ヲ有セサルカ爲メニ後見人タルコトヲ得サルニ至ルヘケレハナリ
遺言上ノ抵當モ亦本案ニ之ヲ揭ケス上ヲ揭ケサルハ決シテ遺言上ノ抵當ナシトイフニアラス唯特別ノ明文ヲ要セスシテ當然存シ得ヘキモノト信スレハナリ蓋シ物權ハ當事者ノ意思ヲ以テ之ヲ設定スルコトヲ得ルハ本編ノ總則ニ於テ旣ニ之ヲ規定スル所ニシテ(一七七)而シテ當事者ノ意思ハ或ハ契約ヲ以テ或ハ遺言ヲ以テ之ヲ表示シ得ルハ敢テ疑ヲ容レサル所ナルカ故ニ苟モ反對ノ明文ナク又行爲ノ性質カ遺言ヲ容レサル場合ニアラサル限リハ當事者ノ意思ハ遺言ヲ以テモ之ヲ表示スルコトヲ得可キハ特ニ言フヲ待タルモノナレハナリ擔保編第二百十二條ニハ抵當ハ遺贈ノ擔保ノ爲メ又ハ第三者ノ債務ノ擔保ノ爲メニノミ遺言ヲ以テ之ヲ設定スルコトヲ得ル モノト明言シ其裏面ニ於テ抵當ハ自己ノ債務ノ爲メニ遺言ヲ以テ之ヲ設定スルコトヲ得サルモノトスルノ意ヲ表セリ是レ草案理由書中ニハ特ニ明言セル所ニシテ今其理由ヲ繹ヌルニ死亡者ニ對スル債權ハ其死亡ノ時ニ確定スルモノニシテ死亡ノ後ニ效力ヲ生スヘキ遺言ヲ以テ之ヲ變更スルコトヲ得サルヲ以テナリト曰フニアレトモ苟モ新ニ遺贈ヲ爲シテ之ヲ擔保スルニ抵當ヲ以テスルコトヲ得ル以上ハ單ニ抵當ノミヲ遺贈スルコトヲ得ストスルノ理ナキカ故ニ本案ハ此點ニ關シテ旣成法典ノ主義ヲ採ラサルナリ
二、登記ニ關スル規定ヲ揭ケサルコト
登記ニ關スル規定ヲ揭クルノ例外國ニ多シト雖モ本案ニ於テハ登記ニ關スル事項ハ一切之ヲ揭ケス總テ之ヲ特別法ノ規定ニ讓ルコトトセリ擔保編第二百十四條ニハ債務者ノ無資力顯然トナリタルトキハ抵當ヲ登記スルコトヲ得ストシ尚ホ破產ノ場合ニ付キ商法ノ規定ニ依ルヘキ旨ヲ揭クレトモ本案ハ破產法ヲ以テ民事商事ニ通スル特別法トシ而シテ破產宣吿ノ結果トシテ抵當ノ登記ヲ許ササルコトトナスノ精神ニシテ總テ破產ノ効力ノ下ニ之ヲ規定スヘキヲ以テ原文ハ之ヲ削除セリ其無能力者ノ爲メニスル抵當ノ登記ニ關スル規定ノ如キハ或ハ之ヲ登記法ニ揭ケ或ハ之ヲ親族編ニ揭クルヲ妥當ナリトス殊ニ本案ニ於テハ無能力者ノ爲メニ存スル法律上ノ抵當ヲ認メサルニ因リ此種ノ規定ヲ全ク必要トセサルニ至レリ
登記ノ更新ハ其例外國ニ尠ナカラスト雖モ登記法ヲ改良シ不動產ヲ基礎トシテ登記簿ヲ調製スルトキハ毫モ更新ノ必要ヲ見サルヘキヲ以テ之ヲ削除セリ
登記ノ减少ハ元來抵當ノ減少ナリ從テ若シ之ニ關スル規定ヲ必要ナリトセハ玆ニ之ヲ揭ケサルヲ得スト雖モ素ト是レ一般ノ抵當ニ付キ設ケタル規定ニシテ佛國民法第二千百六十一條第二項ノ如キハ明カニ之ヲ合意上ノ抵當ニ適用スヘカラサルコトヲ言ヘリ蓋シ一旦設定シタル抵當權ヲ一方ノ隨意ニテ減少スルカ如キハ抵當不可分ノ原則ニモ悖レルモノニシテ毫モ之ヲ許スヘキノ理由ナキヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ廢セリ
登記官吏カ登記ノ謄本又ハ拔抄ヲ當事者ニ與フルニ當リ誤脫ヲ爲シタルトキハ之ヨリ生スル損害ハ抵當權者之ヲ負擔スヘキヤ將タ第三者之ヲ負擔スヘキヤハ頗ル議論アル所ニシテ外國ノ立法例モ亦一樣ナラス旣成法典ハ之ヲ債權者ノ損害ニ歸スヘキモノトセリト雖モ(擔二九〇、二九一)一旦登記ヲ爲ス以上ハ偶之カ謄本又ハ拔抄ニ誤脫アリシトテ之ヲ理由トシテ登記ノ效力ヲ失ハシムルハ頗ル其當ヲ得サルヲ以テ本案ニハ反對ノ說ヲ採リ而シテ別ニ明文ヲ揭ケスシテ暗ニ其意ヲ示スコトトセリ
三、抵當權ノ效力ニ付キ債權者間ノ效力ト第三者ニ對スル效力トヲ分タサルコト
本案第二節ノ規定中ニハ債權者間ノ抵當權ノ效力ト第三者ニ對スル抵當權ノ效力トアリ(三六九乃至三七一)且第三者ニ對スル效力ニ付テハ大ニ省略セシ所アルヲ以テ其條數意外ニ僅少ト爲リタルカ故ニ之ヲ細別スルノ必要ナキニ至レリ猶ホ此省略ヲ施シタル理由ハ請フ第二節ニ至リテ之ヲ說明セン
第一節 總則
(理由)本節ニ於テハ抵當權ノ性質ニ關スル原則ヲ揭ケタリ而シテ旣成法典中ニ之ニ關スル規定甚タ多カリシニ今大半ハ之ヲ削除セリ請フ左ニ其理由ヲ開陳セン
一、旣成法典擔保編第百九十九條ニハ此章ノ規定ハ商法其他特別法ニ於テ異例ヲ設ケサル限リハ此等ノ法律ヲ以テ設定シタル抵當ニ之ヲ適用ス ト云ヘトモ是レ明文ヲ要セサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
二、同編第二百一條ニハ抵當財產ノ滅失又ハ毀損カ不可抗力ニ因ルトキハ債權者ノ損失ニ歸スヘク債務者ノ過失ニ因ルトキハ此カ爲メ債權者ノ擔保カ不十分ト爲リタルトキ ニ限リ債務者ハ抵當ヲ補充スル義務アルモノトシ此補充ヲ與フルコト能ハサル場合ニ於テハ債務者ハ擔保ノ不十分ト爲リタル限度ニ應シ滿期前ト雖モ債務ヲ辨濟スル責ニ任ス ルモノトセリ右ノ第一項ノ規定ハ現行法ノ規定及ヒ西洋諸國ノ多數ノ例ニ反スト雖モ能ク其當ヲ得タルモノト言フヘシ抵當權ハ物權ナリ物カ所有者ノ過失ナクシテ滅失、毀損シタル場合ニ於テハ所有者カ其所有權ノ全部又ハ一部ヲ失フト等シク抵當權者モ亦其抵當權ノ全部又ハ一部ヲ失フハ固ヨリ當然ノコトタリ此場合ニ於テ若シ所有者ハ旣ニ其所有權ヲ失フタルカ上ニ猶ホ抵當權者ニ新抵當ヲ供スヘキモノトセハ抵當權者ノ爲メニハ甚タ利益ナリト雖モ所有者ニ取リテハ實ニ不幸ニ不幸ヲ重ヌルノ歎アリ是レ本案ノ旣成法典ノ主意ヲ贊スル所以ナリ然リト雖モ此ハ反對ノ明文ナケレハ當然斯クノ如クナルヘキ所ニシテ之カ爲メニ特ニ明文ヲ置クノ要ナキヲ以テ其主意ハ贊シテ條文ハ之ヲ削除セリ
第二項ハ一方ニ於テハ債務者ヲ利シ其過失ニ因リテ抵當不動產ノ滅失毀損シタル場合ニ於テモ尚本案第百三十八條第二號(財四〇五、三號)ノ制裁ヲ免カレテ單ニ抵當ヲ補充スルヲ以テ足レリトセルノミナラス其擔保ノ不十分ト爲ラサル場合ニ於テハ之ヲ補充スルコトヲモ要セサルモノトシ又一方ニ於テハ債權者ヲ利シ債務者ノ過失ニ際シテ他ノ抵當ヲ獲ルノ便ヲ與フルト雖モ是レ兩ナカラ未其正鵠ヲ得タルモノト爲スヘカラス請フ聊カ其理由ヲ述ヘン夫レ抵當權ハ物權ナリ一旦之ヲ設定シタルトキハ債務者其他ノ抵當權設定者ノ所有權ハ最早完全ナルモノニ非ス物ハ所有者ノ權利ノ目的タルト同時ニ併セテ又抵當權ノ目的ト爲レリ然ルニ所有者一方ノ過失ニ因リテ之ヲ滅失、毀損シタル場合ニ於テ唯代物ヲ供スレハ可ナリトシ甚シキニ至リテハ擔保ノ十分ナルヲ口實トシテ之カ補充ヲモ拒ムコトヲ許スカ如キハ不當ノ尤モ甚シキモノト言ハサルヘカラス今ハ十分ノ擔保ナルモ後ニ至リテ天災地變ノ爲メニ或ハ全ク其物ヲ失ヒ或ハ著シク其價格ヲ失フコトナシトセサルヘシ債權者ニ與フルニ代抵當ヲ要求スルノ權ヲ以テスレハ稍此點ヲ補フニ似タリト雖モ抵當權ノ目的ハ何物ニテモ可ナルニ非ス且假ニ代物ヲ許ストスルモ尚其代抵當ノ相當ナルヤ否ヤニ付キ爭訟ヲ惹起スルノ虞多カルヘキヲ以テ本案ニ於テハ旣成法典ノ主義ヲ取ラサルナリ殊ニ又若シ是等ノ規定ヲ必要トセハ宜シク擔保ヲ毀滅、減少シタル場合ニ關シテ一般ニ之ヲ規定スヘシ特ニ抵當ノミニ就キテ規定スヘキニ非ス是レ本案ニ於テ右ノ第二項ヲ削除シタル所以ナリ
第三項ニ至リテハ猶ホ之ヨリ甚シキモノアリ同項ハ債務者カ補充ノ抵當ヲ與フルコト能ハサル場合ニ於テハ單ニ擔保ノ不十分ナル限度ニ應シテ債務ノ辨濟ヲ爲スヲ以テ足レリトセリ此ノ如クスルトキハ後日擔保ノ全ク滅失スルカ若クハ其價格ヲ减スル場合ニ於テ債權者ニ不利ナルノミナラス債務者ニ過失アルカ爲メニ債權者ニ一部ノ辨濟ヲ强フルヲ得ルコトトナリ且抵當不可分ノ原則ヲ十分ニ行ハレサラシムルノ奇觀ヲ呈スルカ故ニ本案ニ於テハ右ノ第三項ヲ削除セリ
三、同編第二百五條乃至第二百八條ニ於テハ抵當ヲ設定スルニ證書ヲ用ユヘキコトヲ規定シ猶ホ細カニ其證書ニ記載スヘキ事項ヲ指定セリ是レ外國ニ其例多キ所ナリト雖モ此種ノ束縛ハ力メテ之ヲ避クルヲ以テ本案ノ主義トスルノミナラス外國法ニ之ヲ規定セルト旣成法典ニ之ヲ規定セルトハ全ク其主意ヲ異ニセルモノノ如シ外國ニ於テハ多ク公證ヲ用井公證人ヲシテ抵當權設定者ニ諭シテ抵當ノ設定ニ關スル債權者ノ不當ナル要求ヲ拒マシメントスルノ主意ニ出テ我民法草案ニ於テモ亦同一ノ精神ヲ以テ公證ヲ必要トセリト雖モ旣成法典ニハ公正證書又ハ 私署 證書 ト云ヘルヲ見レハ旣成法典ハ此ノ如キ主意ニアラスシテ單ニ後日ノ爲メ確實ナル證據ヲ得ント欲シテ之ヲ必要トシタルモノノ如シ若シ果シテ證據ノ爲メナリトスレハ證書ナキモ敢テ之ヲ無效トスルノ理ナシ且抵當ハ通常之ヲ登記シ登記ハ最モ確實ナル證據トナルカ故ニ別ニ玆ニ證書ノ作成ヲ規定スルヲ要セサルナリ而シテ登記ヲ請求スルニハ書面ヲ必要トスルヤ否ヤハ一ニ登記法ノ定ムル所ニ從フヘキモノトス其登記スヘキ事項トシテ或ハ擔保編第二百七條及ヒ第二百八條ノ如キ規定ヲ要スルヤモ計ラレスト雖モ是レ亦玆ニ規定スヘキ所ニ非サルヲ以テ右ノ條文ハ總テ之ヲ削除セリ
四、同編第二百九條及ヒ第二百十條ハ抵當權ヲ設定スル分限ニ關シテ規定セリト雖モ本案ニ於テハ能力ニ關スル規定ハ旣ニ第一編ニ於テ之ヲ設ケ猶ホ無能力者ノ法定代理人カ如何ナル條件ヲ以テ抵當權ヲ設定スルコトヲ得ルカハ後ニ親族編ニ至リテ規定ス可キヲ以テ右ノ條文ハ之ヲ削除セリ尚第二百九條ニハ抵當權ヲ設定スルニハ抵當ニ充テント欲スル 物ノ所有權又ハ収益權 ヲ有スル ヲ以テ足レリトセリト雖モ是レ實ニ了解ニ苦シム所ニシテ例ハ永小作人カ其小作セル土地ヲ抵當ニ供スルコトヲ得ヘシト曰ハヽ蓋シ何人ト雖モ一見其不當ナルコトヲ知ラン思フニ草案ニハ抵當ニ充テント欲スル 所有權又ハ收益權 ト曰ヘルヲ(le droit de propriété ou de jouissance, qu"il entend soumettre à l"hypothéque)翻譯ノ際之ヲ誤譯セシモノカ而シテ抵當ニ充テント欲スル權利ヲ有スル者又ハ其代人ニ非サレハ抵當權ヲ設定スルコトヲ得サルハ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ旁同條ハ之ヲ削除セリ
右ノ外尚削除シタル條項少ナカラスト雖モ他ノ箇條ト牽連セルヲ以テ其條下ニ於テ之カ理由ヲ說明スヘシ
第三百六十八條
(理由)一、本條第一項ニ於テハ抵當權ノ性質ヲ定メ以テ他ノ權利ト異ナル所ヲ明カニセリ旣成法典擔保編第百九十五條ニハ抵當ノ定義ヲ下セリト雖モ其中ニ占有ヲ移ササルコトヲ言ハサルヲ以テ不動產上ノ優先權ハ皆右ノ定義ニ適合スルコトヲ得テ抵當權ノ他ノ優先權ト異ナル所ヲ明カニセス是レ本案ニ於テハ特ニ占有ヲ移サスシテノ文字ヲ加ヘタル所以ナリ又本案ニ於テハ法律上ノ抵當ヲ廢セルヲ以テ右ノ定義中法律云々ノ文字ハ之ヲ削除スヘキコトトナレリ而シテ旣成法典ニ於テハ第三者カ抵當權ヲ設定スルヲ得ルコトハ第二百十一條ニ至リテ始メテ之ヲ言フト雖モ寧ロ始ニ之ヲ揭クルヲ妥當ナリトシテ本條ニ之ヲ揭ケタリ
二、第二項ハ旣成法典擔保編第百九十七條ヲ修正シタルモノナリ用益權、用方ニ因ル不動產等ハ本案ニ於テ之ヲ認メサルヲ以テ之ニ關スル規定ハ當然之ヲ削除スヘキコトトナリ賃借權ハ本案ニ於テハ之ヲ物權トセサルカ故ニ之ヲ抵當トスルコトヲ許ササルハ當然ノコトトナリ地役權ニ關シテハ旣ニ第二百八十條第二項ノ規定アリ而シテ所謂虧缺ノ所有權及ヒ一部ノ所有權ヲ抵當トスルコトヲ得ルハ明文ヲ待タサル所ナルヲ以テ是等ハ一切之ヲ揭ケサルコトトセリ
三、同編第百九十八條ノ規定ハ之ヲ削除セリ蓋シ抵當ノ畢竟ノ目的ハ其財產ヲ讓渡シ又ハ之ヲ差押フルニ在ルヲ以テ讓渡スルコトヲ得ス又差押フルコトヲ得サル財產ハ之ヲ抵當トスルコトヲ得サルハ敢テ明文ヲ待タサル所ナレハナリ第二號、第三號ノ權利ハ本案ニ於テハ之ヲ不動產ト認メス、故ニ之ヲ抵當トスルコトヲ得サルヲ明言スルノ要ナシ船舶ノ抵當ニ至リテハ商法ニ自ラ其規定アルヲ以テ特ニ之ヲ玆ニ言フコトヲ要セサルナリ
四、第二項末文ハ或ハ不用ナルニ似タリト雖元來抵當權ヲ物權トシ物權ノ目的ヲ物トセルニヨリ權利ヲ目的トセルモノハ眞ノ抵當權ト謂ヒ難キ所アリ且規定ノ性質ニ因リテハ單ニ之ヲ凖用スルコトヲ得ルノミニシテ全然之ヲ適用スルコト能ハサルモノアリ例ヘハ第三百七十三條乃至第三百七十五條ノ如キ條文アルヲ以テ玆ニ此文字ヲ挿入シタルナリ
第三百六十九條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百條ニ文字ノ修正ヲ施シタルモノナリ今其修正ノ重ナルモノヲ左ニ揭ク
一、原文第二項ニハ抵當カ隣接地ニ及ハサルコトヲ言ヘリト雖モ是レ固ヨリ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
二、原文ニハ意外及ヒ無償ノ原因ニ由リ或ハ債務者ノ所爲及ヒ費用ニ因リテ不動產ニ生スルコト有ル可キ增加又ハ改良 ト云ヘルモ別段ニ區別ヲ設ケテ之ヲ規定セサル以上ハ右ノ一切ノ場合ヲ包含スルコト勿論ナルカ故ニ本案ニ於テハ唯不動產ニ附加シテ之ト一體ヲ成シタル物 ト言ヘリ
三、原文ニ他ノ債權者ニ對シテ詐害ナキコトヲ要ス ル旨ヲ言ヘルハ畢竟廢罷訴權 (Actio Pautiana)ノ適用ニ過キサルカ故ニ寧ロ總テ之ヲ廢罷訴權ノ規定ニ讓リテ玆ニ云ハザルヲ可トス是レ本案ニ於テ第 條ノ規定ニ依リ 云々ト改メタル所以ナリ或ハ債權者カ債務者ノ行爲ヲ取消ストキハ附加ノ事實ハ總テ初メヨリ無キモノトナリ從テ債權者ノ權利ノ害セラルヽコト決シテナカルヘク即チ取消當然ノ結果ニシテ特ニ玆ニ揭クルヲ要セスト言フモノアレトモ全ク之ヲ人權編ノ規定ニ讓ルコトヲ得サル所以ノモノハ人權編ノ規定ハ單ニ法律行爲ノ取消ノミニ關スルカ故ニ行爲ノ取消ヲ以テ十分ノ救濟ヲ得ヘキ場合ハ夫レニテ足レリト雖モ行爲其物ヲ取消スニ非スシテ行爲ヨリ生シタル結果ナル工作物等ニ付キ債權者ヲシテ權利ヲ行フヲ得セシメンニハ是非共本條ノ規定ヲ必要トスルナリ且本條ノ規定アルトキハ債權者ハ特別ニ取消ノ請求ヲ爲スコトヲ要セスシテ而モ其利ヲ收ムルノ便アリ
四、原文ノ工匠、技師及ヒ工事請負人ノ先取特權ニ關スル例外ヲ削リタルハ只本案第八章ノ規定ヨリ自ラ生スルノ結果ニシテ玆ニ之ヲ明言スルコトヲ須タサレハナリ(三三五、三項)
五、設定行爲ニ別段ノ定アルトキ ノ例外ヲ加ヘタルハ他ナシ本條ノ規定ハ隨意的規定ニシテ命令的規定ニ非スト雖モ之ニ類セル添附ノ規定ハ命令的規定ニシテ反對ノ契約ヲ許サヽルモノナルヲ以テ若シ之ヲ明言セサレハ或ハ疑惑ヲ生スルノ虞ナシトセサレハナリ(モンテネグロ二〇五、一項、印財產移轉法七〇ニモ之ヲ明言セリ)
第三百七十條
(理由)本條ノ規定ハ其實體ニ於テハ旣成法典擔保編第二百二條及ヒ第二百八十六條ノ規定ト大差ナシ唯左ノ二點ニ於テ聊カ異ナレリ
一、第二百二條ニハ債務者ハ其不動產ヲ賃貸スルコトヲ得ト規定セリ此ハ外國ニモ其例ナキニ非スト雖モ固ヨリ言フヲ待タサル所ナリ抵當ハ所有權ヲ移轉スルモノニアラサルノミナラス第三百六十四條ニ於テ債務者カ抵當物ノ占有ヲ移サヽルコトヲ言ヘルカ故ニ苟モ債權者ノ權利ヲ害セサル限リハ隨意ニ之カ管理ヲ爲スコトヲ得ルハ勿論ナレハナリ殊ニ賃貸ニ關シテハ後ニ第三百九十三條ノ規定アルニ於テオヤ又旣成法典ハ前揭ノ諸外國法ト等シク債務者ニ總テノ產出物ノ處分權アリトスレトモ之レ其當ヲ得サルモノナリ果實トシテ視ルヘカラサル產出物ハ當然抵當權者ノ權利ニ服スヘキモノニシテ若シ然ラストセハ例ハ家屋ノ崩壞セシ場合ニ於テ其材料ハ悉ク抵當權設定者ノ處分スルヲ得ヘキモノトナリ抵當權者ノ權利ハ全ク蔑如セラルルニ至ラン是レ本案ニ於テハ果實ニ關スル規定ノ外ハ皆之ヲ削除シタル所以ナリ
二、第二百八十六條ニ據レハ第三取得者カ抵當權者ノ通知ヲ受ケタル後ハ永久ニ果實ニ付キ權利ヲ失ヒ單ニ抵當權者ノ爲メニ之ヲ保存スヘキモノト爲セリ此規定ハ第三者ノ利益ヲ奪ヒ且其負擔ヲ加フルコト頗ル大ナルヲ以テ今二三ノ國ノ例ニ倣ヒテ相當ノ期間ヲ設ケ其期間内ニ抵當權者カ差押ヲ爲シタル場合ニ限リ右ノ規定ヲ適用スヘキモノトセリ而シテ其期間ニ至リテハ之ヲ三年トスルモノ多シト雖モ長キニ過キテ第三取得者ヲ害スルコト多カルヘキヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ一年ニ短縮セリ(伊二〇二一)
第三百七十一條
(理由)本條ノ規定ノ實體ハ旣成法典擔保編第百九十六條、第二百一條第一項、第二百九條第二項、第二百十一條、第二百五十八條第三項、第二百八十三條、第二百九十二條第六號及ヒ第七號等ニ散在シテ特別ニ規定セラルルト雖モ本案ニ於テハ此等ノ事ハ先取特權及ヒ質權ニ付テ規定セル所ナルヲ以テ直チニ之ヲ此ニ適用スルヲ可トシ本條ノ如キ讓他的規定ヲ設ケタリ
擔保編第二百十一條第二項及ヒ第三項ヲ削除シタルハ敎訓的說明ナレハナリ
第二節 抵當權ノ効力
(理由)本節ニ於テ債權者間ノ効力ト第三者ニ對スル効力トヲ併セテ規定スルコトハ旣ニ述ヘタルカ如シ其旣成法典ニ删修ヲ施シタルモノハ各條下ニ於テ之ヲ述フヘシ
第三百七十二條
(理由)一、本條ハ旣成法典擔保編第二百三十九條第二項及ヒ登記法第二十四條ノ規定ト全ク其意義ニ同シウス而シテ旣成法典中ニアル法律上、合意上又ハ遺言上ノ文字及ヒ數箇ノ登記ヲ同日ニ爲シタルトキト雖モ ノ文字ハ不用ナルヲ以テ之ヲ削リタリ
二、擔保編第二百三十九條第一項ハ之ヲ削除セリ是レ登記シタル抵當債權者ノ無特權債權者ニ先チテ辨濟ヲ受クルコトヲ得ルハ第百七十八條及ヒ第三百六十五條ノ規定ニ因リテ自ラ明カナレハナリ
三、同編第二百四十一條ノ規定ヲ削除シタルハ本條ノ規定ヨリ當然生スルノ結果ニ過キサレハナリ
四、同編第二百四十六條ノ規定ヲ削除シタルモ亦前項ノ理由ニ同シ且登記ハ第三者ニ對スル權利成立ノ條件ナルコトハ第百七十八條ニ明カニシテ決シテ抵當權ニ特別ナルモノニ非サレハナリ
第三百七十三條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第百八十六條及ヒ第二百四十條ノ規定ニ修正ヲ加ヘタルナリ
右ノ條文ハ年金ヲ以テ利息ノ如ク看做シ常ニ主タル債權ニ附從スルモノトセルモ年金ハ必スシモ常ニ主債權ニ附從スルモノニアラス否年金アル場合ニハ元本又ハ主債權ノ無キヲ通常トス然レトモ獨立ノ年金タリトモ數年間之ヲ請求セサルトキハ他ノ債權者ハ旣ニ之カ辨濟アリシモノト誤マルヘキヲ以テ總テノ年金ニ關シテ亦利息ト同樣ノ制限ヲ付スルヲ可トス是レ本案ニ於テ旣成法典ヲ修正セルノ點ナリ其年金トイハスシテ定期金ト改メタルハ我國ノ慣習トシテ一年拂ノモノノ外月拂若クハ半年拂ノ債權尠カラサルヲ以テナリ
第三百七十四條
(理由)旣成法典擔保編第二百四十四條ニ據レハ抵當權者ハ同一債務者ノ他ノ債權者ノ利益ニ於テ自己ノ抵當又ハ其順位ノミヲ抛棄スルコトヲ得ル ノミニシテ第一其抵當權ヲ以テ他ノ債權ノ擔保ト爲シ 第二抵當權ノ順位ノミヲ讓渡ス 場合ヲ規定セス蓋シ第一ノ場合ハ佛國ニ倣ヒテ之ヲ許ササルノ意ナリシナラン是レ外國ニモ其例ニ乏シカラスト雖モ羅馬法及ヒ佛國舊法ハ之ヲ許シ今日ニ在リテモ之ヲ許セル例亦尠カラス旣成法典ニ於テモ更改ノ場合ニハ舊債權ノ抵當ヲ新債權ニ移スコトヲ認許セリ旣ニ或場合ニ於テ抵當ヲ移轉シテ他ノ債權ノ擔保トナスヲ許セルニ他ノ場合ニ之ヲ禁スルハ果シテ如何ナル理由ニ由ルモノナルカ佛國法律ニ於テハ特ニ妻ノ有スル法律上ノ抵當ノ讓渡ニ付キ規定スル所アリト雖モ妻ノ抵當ニ限リテ之ヲ讓渡スコトヲ得ルノ理ナク且右ノ法文モ敢テ之ヲ妻ニ特許スルノ規定ニアラスシテ唯一般ニ爲シ得ルコトヲ妻ニモ許ス如キ記載方ナルヲ以テ佛國法律ニ於テハ抵當ハ一般ニ之ヲ讓渡スコトヲ得ルモノト認メタリ若シ抵當ハ之ヲ讓渡スコトヲ得ルモノトスレハ抵當權者ノ債務ノ爲メニ更ニ之ヲ擔保トスルコトヲ得ヘキハ固ヨリ當然ナリト謂ハサルヘカラス之レ本案ノ如ク修正セル所以ナリ
第二、旣成法典ニ於テ順位ノミヲ讓渡ス 場合ヲ規定セサリシハ蓋シ之ヲ以テ順位ヲ抛棄スル 場合ト同一ノ結果ヲ生スルモノト思惟セシニヨルナルヘシト雖モ二者必シモ全ク同一ナリト謂フヲ得ス例ヘハ千五百圓ノ價格ヲ有スル不動產ヲ各々千圓ノ債權ヲ有スル甲乙丙ノ三人ニ順次ニ抵當ト爲シタル場合ニ於テ甲若シ丙ノ爲メニ單ニ其順位ヲ抛棄スルトキハ丙ニアリテハ自己ヨリ優先ノ權ヲ持スル者ハ乙ノミニシテ從テ乙先ツ千圓ヲ取リ丙ハ殘額五百圓ヲ取ルヘキコトトナルナリ然レトモ甲ハ素ト丙ノ爲メニノミ其順位ヲ抛棄シタルモノナルカ故ニ乙ハ是ニ由リテ毫モ利益ヲ受クルコトヲ得ス是ニ於テカ乙ヨリ見ルトキハ甲ノ抵當ハ從來ノ順位ヲ保持スルモノニシテ從テ甲ハ千圓ヲ取リ乙ハ殘額五百圓ヲ取ルヘキナリ故ニ畢竟ノ配當額ハ甲五百圓、乙五百圓、丙五百圓トナル之ニ反シテ甲若シ其順位ヲ丙ニ讓渡ストキハ丙ハ甲ニ代リテ千圓ヲ取リ乙ハ五百圓ヲ取リ而シテ甲ハ一錢ヲモ得ルコト能ハサルヘシ是レ順位ノ抛棄ト其讓渡ノ別アル所以ナリ而シテ一ヲ許シテ他ヲ許ササルノ理ナキカ故ニ本案ニ於テハ兩者共ニ之ヲ許スコトトセリ
第三百七十五條
(理由)旣成法典財產編第五百條ニ據レハ更改ノ場合ニ於テ舊債權ノ抵當權ヲ新債權ニ移ストキハ債權ノ讓渡ニ必要ナル方式ヲ踐ムニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得サルモノトセリ是レ固ヨリ當然ノ規定ナリ蓋シ債務者ニシテ抵當權ノ處分ヲ知ラサルトキハ其處分者ニ辨濟ヲ爲スハ自然ノ順序ト謂フヘク此場合ニ於テ若シ此辨濟ヲ有効ナリトセハ處分ノ受益者ハ實際ニ處分ノ利益ヲ受クルコト能ハサルヘク然レハトテ受益者ヲ保護セント欲シテ此辨濟ヲ無効ナリトセハ過失ナキ債務者ヲシテ二重ノ辨濟ヲ爲サシムルニ至ルヘケレハナリ或ハ辨シテ旣ニ登記アルカ故ニ債務者ハ登記ヲ觀テ然ル後辨濟ヲ爲サハ右ノ損失ヲ免カルヘシト言フ者アレトモ登記ハ主トシテ第三者ノ爲メニ設ケタルモノナリ債務者ノ爲メニ設ケタルモノニ非サルカ故ニ債務者之ヲ觀スシテ辨濟ヲ爲シタリトテ二重ノ辨濟ヲ爲サシムルハ頗ル其當ヲ得サルモノトス立法者ハ更改ノ場合ニ就テハ之ヲ悟ルニ拘ラス他ノ場合ニ就テ之ヲ悟ラサルハ抑欠點タルヲ免カレス擔保編第百八十五條第五項、第二百四十四條及ヒ第二百四十五條ヲ參照スルトキハ旣成法典ハ抵當又ハ其順位ヲ他ノ債權者ノ爲メニ抛棄シタル場合ニ於テハ此抛棄ハ債務者ニ對シテハ單ニ登記ヲ爲スニ由リテ其效力ヲ生セシメント欲シタルカ如シト雖モ其不當ナルコトハ旣ニ論シタルカ如キモノナルヲ以テ本案ニ於テハ澳國民法ノ規定ニ倣ヒテ本條ノ規定ヲ設ケタリ
第三百七十六條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニナク又伊國民法ヲ除キ外國ノ法律ニ曾テ其例ヲ見サル所ナリト雖モ苟モ滌除ヲ認許スル以上ハ又本條ノ規定ヲ設ケサルヲ得サルナリ蓋シ抵當權者ハ第三百一條及ヒ第三百六十八條ニ據リテ物權ノ代價ヲ請求シテ尚ホ足ラサル時ニ不動產ニ付テ更ニ抵當權ヲ行フコトヲ得ルモノトスレハ第三取得者ハ二重ノ辨濟ヲ爲ササルヘカラサルニ至リ頗ル不當ノ事タレトモ若シ本條ノ規定ナキトキハ此結果ヲ生スルハ實ニ止ムヲ得サルコトトナルナリ唯滌除ノ方法ヲ以テ之ヲ免カルヲ得ヘシト雖モ滌除ニハ種々ノ手續ヲ要スルヲ以テ或ハ之ヲ好マサルモノアラン故ニ更ニ本條ノ規定ヲ設ケ當事者ヲシテ自由ニ之ヲ撰擇セシムルヲ可トス伊國民法ニハ單ニ取得ノ代價ト曰ヒテ所有權ノ讓渡ノ場合ノミニ適用セラルヘキモノノ如クスレトモ狹キニ失スルノ嫌アルヲ以テ本條ニテハ地上權讓渡ノ場合ヲモ加ヘタリ
第三百七十七條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百五十五條及ヒ第二百六十八條ノ規定ト殆ト其意義ヲ同シウス左ニ重要ナル字句ノ修正ヲ述ヘン
一、擔保編第二百五十五條ニハ單ニ第三所持者 ト云ヘリ然レトモ條文中ニ取得代價 ト云ヘルヲ以テ或ハ抵當權ノ目的ヲ取得シタル者ノミ滌除ヲ爲シ得ルモノノ如クニ解セラレ而シテ是レ實際ニ生スル百中ノ九十九ノ場合ナルヲ以テ諸外國ニ於テモ亦唯此場合ニ付テノミ規定セリト雖モ抵當不動產上ノ地上權又ハ永小作權ヲ取得シタル者ニモ滌除ヲ行フコトヲ得セシムルヲ可トス而シテ又一方ニ於テハ占有權、地役權又ハ留置權ヲ取得シタル者ニハ此權ヲ與フルコトヲ得サル者ナルヲ以テ玆ニ明文ヲ設ケテ疑ヲ未發ニ防ケリ佛國ニ於テハ明文ナキカ爲メニ之ニ關シテ種々ノ議論ヲ惹起シタリ
二、同編第二百六十八條ノ規定ハ第二百五十五條ノ規定ト重複スルノ嫌アルヲ以テ合セテ之ヲ一條トセリ而シテ辨濟又ハ供託ノ手續ノ如キハ或ハ他ノ法律ノ規定ニ因リ或ハ本案第三百七十九條第三號ノ規定ニ因リテ自ラ明カナルヘキヲ以テ之ヲ削除ス殊ニ原文第二項ノ規定ノ如キハ滌除 ノ意義中ニ當然包含セルモノナルヲ以テ全ク之ヲ削除セリ
三、同編第二百五十八條ノ規定ハ言フヲ待タサルモノナルヲ以テ之ヲ削除ス殊ニ滌除ヲ爲スノ限ニ在ラス ト云フトキハ或ハ滌除ヲ爲スコトヲ得サルノ意ナリト誤解スル者アルヘキヲ以テ蘭國民法(一二五四乃至一二五六)ニ類似ノ規定アルニ拘ハラス之ヲ削除セリ
四、同編第二百五十九條モ亦之ヲ削除セリ同條ハ之ヲ二樣ノ意義ニ解スルヲ得一ハ不動產ニ付キ賃借權地役權等ヲ得タル第三者ハ抵當權ヲ滌除スルコトヲ得ストノコトトナル若シ此意味ナリトスルトキハ旣ニ本案ノ規定ヲ以テ十分ナリトス又一ハ不動產ノ第三取得者ハ賃借權地役權等ヲ滌除スルコトヲ得ストノコトトナル若シ此意味ナリトスレハ抵當權ヲ規定スル場合ニ於テ此等ノ權利ニ關シテ言フコト不當ナリ且前條ノ例ニ仍レハ滌除ヲ爲ス限ニ在ラス トイフトキハ滌除ヲ爲スコトヲ要セストノ意ナルヲ以テ賃借權地役權等ハ之ヲ滌除セサルモ自ラ消滅スルモノナリトノ解釋ヲ生シ得ヘキヲ以テ旁之ヲ削ラサルヘカラス又第四項ニ於テ第三所持者 ハ第二百四十八條ノ制限ニ從ヒ賃借權ヲ遵守スヘキコトヲ言ヘルハ實ニ了解ニ苦シマサルヲ得ス第一是レ賃借權ノ規定ニシテ抵當權ノ規定ニ非サルカ故ニ其必要アリトスルモ玆ニ規定スヘキ限ニアラス第二賃借權ヲ物權トスルトキハ期間ノ長短ヲ問ハス第三者ハ之ヲ遵守スルノ責アルハ當然ノコトニシテ賃借權ノ期間愈々長ケレハ物權タルノ效力愈々强カラサルヲ得サルナリ又草案ヲ按スルニ競落人 ハ第二百四十八條(草一二六二)ノ制限ニ從ヒテ賃借權ヲ遵守スヘキコトヲ言ヘリ固ヨリ當然ノ事ナリト雖モ旣ニ第二百四十八條(三九三)ノ規定アルニ尚之ヲ言フハ重複ニ涉ルノ嫌アルヲ以テ第二百五十九條ハ全ク之ヲ削除スヘキモノトス
第三百七十八條
(理由)本條ノ意義ハ旣成法典擔保編第二百五十七條ノ意義ト異ナル所ナシ唯左ノ二點ニ於テ文字ノ修正ヲ施シタルノミ
一、原文第一項ニハ第三所持者 ト云ヘトモ其文字ノ意味ハ不明ナルヲ以テ之ヲ削ル蓋シ原文ニ於テ第三者トイヘルハ債權者、債務者ノ關係ヨリ言ヘルモノニ非ス又抵當契約ノ當事者ヨリ見テ言ヘルモノニモ非スシテ其意味頗ル不明ナリ
二、原文第二項ハ之ヲ削除セリ蓋シ本案ニ於テハ前條ニ抵當不動產ニ付キ所有權、地上權又ハ永小作權ヲ取得シタル第三者 ト云ヒ而シテ自己ノ物ヲ取得スルトイフコトナキヲ以テ右ノ第三者ノ中ニ自己ノ不動產ヲ抵當トシタル者ヲ包含セサルコト自ラ明瞭ナレハナリ伊國民法、白國民法草案ノ如キハ債務者ナラサル取得者ハ皆滌除ヲ爲スコトヲ得ル旨ヲ規定セリ
第三百七十九條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百五十六條ニ該當ス本案ニ於テハ條件ノ效力ハ旣往ニ遡ラサルモノトセルカ故ニ本條ノ規定ハ當然言フヲ待タサルカ如シト雖モ旣ニ第百二十九條ニ於テ當事者ハ條件未定ノ間其權利ヲ保存スル爲メ一般ノ規定ニ依ルコトヲ得ルモノトセルヲ以テ若シ此明文ヲ置カサルトキハ停止條件附第三取得者ハ滌除ヲ爲スコトヲ得ルモノト謂ハサルヘカラス是レ本條ヲ存スル所以ナリ然リト雖モ原文第二項乃至第四項ノ規定ニ至リテハ苟モ條件ハ旣往ニ遡ラサルモノトスルトキハ全ク無用ニ屬スルヲ以テ之ヲ削除セリ
第三百八十條
(理由)旣成法典ハ第三取得者ヲ以テ辨濟ノ義務アル者トシ從テ抵當權者ニシテ其抵當權ノ實行ヲ爲サント欲スルトキハ必ス先ツ第三取得者ニ催吿ヲ爲スヘキモノトス而シテ之ヲ以テ民事訴訟法ノ規定ヨリ生スル當然ノ結果ナリト思惟シ別ニ民法ニ於テ抵當權者ノ爲スヘキ通知ニ關スル明文ヲ設ケスシテ唯擔保編第二百六十條ニ至リ突然第三所持者カ辨濟ヲ爲スカ又ハ不動產ヲ委棄スルカノ催吿ヲ受ケタル後 云々ト曰ヘリ旣成法典ノ主義ヲ執ルモ尚ホ其規定ノ方法ニ於テ聊カ穩當ヲ缺ケル所アルカ如シ何トナレハ擔保編第二百四十八條ニハ單ニ抵當權者ハ第三取得者ニ對シ債務ノ辨濟ヲ請求スル權利ヲ保有ス ルコトヲ云ヘルノミナルヲ以テ抵當權ヲ實行スルニ當リテハ果シテ先ツ第三取得者ニ催吿スヘキモノナルヤ否ヤ詳カナラス殊ニ委棄ノ催吿ニ關シテハ未タ何事ヲモ曰ハサルニ第二百六十條ニ至リテ突然彼カ如キ規定ヲナスハ稍々唐突ノ感ナキ能ハス況ンヤ本案ニ於テハ第三取得者ニハ辨濟ノ義務ナキモノトシ又民事訴訟法ニハ殆ト判決ノ執行ニ付テノミ規定セルカ故ニ玆ニ本條ノ規定ヲ置キテ通知ノ義務アルコトヲ明カニスルノ必要生ス而シテ本條ニ於テ委棄ノ催吿ヲ爲スヘキコトヲ言ハサルハ旣ニ述ヘタルカ如ク(三七二理由三)本案ニ於テハ所謂委棄ナルモノヲ許ササレハナリ
第三百八十一條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百六十條ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其要點ヲ揭ケン
一、原文及第二項及ヒ第三項ニ據レハ第三取得者カ一个月内ニ滌除ノ手續ヲ爲ササルモ(第一)抵當權者ノ請求アルニ非サレハ滌除ノ權ヲ失ハストシ(第二)假令抵當權者ノ請求アルモ第三所持者カ正當ノ障碍アリシコトヲ證シ且債權者カ其遲延ノ爲メニ現實ノ損害ヲ受ケサルヘキニ於テハ 第三取得者ハ猶ホ滌除ノ權ヲ失ハサルコトアリ(第三)抵當權者カ第三取得者ヨリ滌除ノ提供ヲ爲シ來リタル後一个月内ニ右ノ請求ヲ爲ササルトキハ第三取得者ハ終ニ滌除ノ權ヲ失ハサルモノトセリ是レ第三取得者ヲ保護スルノ厚キニ過クルモノト言フヘシ佛、伊、白等ノ諸國ニ於テモ未タ斯クノ如キ保護ヲ加ヘス殊ニ白國民法草案ノ如キハ期間内ニ滌除ノ手續ヲ爲ササレハ第三取得者ハ滌除ノ權ヲ失フヘキモノナリト明言セリ至當ノ事ト云フヘシ(二三一四)是レ右ノ第二項及ヒ第三項ヲ削除シタル所以ナリ
二、本條第三項ハ新ニ之ヲ加ヘタリ蓋シ抵當權者ハ登記簿ヲ見テ第三取得者ノ存在ヲ知リ之ニ前條ノ通知ヲ發シタル後ニ權利ヲ取得シタル者アリトセンカ此場合ニ於テ彼ニ滌除ノ權ヲ全ク與ヘサルトキハ頗ル酷ニ失スルニ似タリ然リト雖モ抵當權者ヲシテ彼ニ前條ノ通知ヲ爲サシメ更ニ一个月間權利ノ實行ヲ延期セシムルトキハ抵當權者ノ迷惑實ニ想フヘキヲ以テ本條ノ如ク規定シ後ノ取得者ニ滌除ノ權ヲ與フルト同時ニ抵當權實行ノ期ヲ遲延セシムルコトナク以テ雙方ノ權利ヲ保護シタリ
第三百八十二條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典擔保編第二百六十二條ノ規定ト略其意義ヲ同シウセリ今其改メタル要點ヲ左ニ揭ク
一、原文ニハ上ニ記載シタル一个月ノ期間 ニ吿知スルコトヲ要スト云ヘルモ第三取得者ハ何時ニテモ滌除ヲ爲スコトヲ得ルヲ原則トシ只抵當權者ヨリ抵當權實行ノ通知アリタル後一个月ヲ經レハ初メテ滌除ノ權ヲ失フモノナルヲ以テ一般ノ原則トシテ原文ノ如キ期間ノ制限ヲ設ケサルヲ可トシテ之ヲ省キタリ
二、原文ニハ登記シタル各債權者ト第百十九條、第百七十八條及ヒ第百七十九條ニ從ヒ登記カ抵當ノ登記ニ同シキ效力ヲ有スル債權者 トニ吿知ヲ爲スヘキ旨ヲ言ヘルモ旣ニ登記ヲ爲シタル各債權者 ト云フトキハ總テ右等ノ債權者ヲ包含スルヲ以テ本案ニ於テハ單ニ登記ヲ爲シタル各債權者ト改メタリ(但旣成法典第百七十九條ノ先取特權ハ本案ニ於テ之ヲ認メス)旣成法典ニ於テ登記カ抵當ノ登記ニ同シキ效力ヲ有スル ト云ヘルハ頗ル解シ難キノ文字ナリ草案ニ「トランスクリプシヨン」カ「アェンスクリプシヨン」ニ同シキ效力ヲ有スル(La transcription vaut inscription)云々ト言ヒシヲ翻譯ノ際孰レヲモ登記 ト譯シタル爲メ登記カ登記ノ效力ヲ有スト爲リ甚タ奇ナルヲ以テ終ニ「アェンスクリプシヨン」ヲ譯シテ抵當ノ登記 トシテ以テ破綻ヲ彌縫セントシタルモノノ如シ直譯ノ跡歷然トシテ存シテ讀ムニ耐ヘサルモノアリ
三、取得證書ノ旨趣 ヲ改メテ取得ノ原因 トシタルハ取得ニハ證書ハ必スシモ常ニ存スルニアラサレハナリ草案ニハ取得ノ「チートル」ノ旨趣 (exposé de son titre d"acquisition)ト云ヒ取得 權原 ノ旨趣 ノ意ナリシニ翻譯ノ際誤テ「チートル」ヲ證書 トシタルカ爲メニ此不都合ヲ生シタルナリ
四、職業ヲ除キタルハ其必要ヲ認メサレハナリ登記法第七條第八號ニモ唯所有者及ヒ登記ヲ受クル者ノ 氏名住所 ノミヲ言ヒテ職業 ニ及ハス佛國民法ニハ唯賣主又ハ贈與者ノ正確ナル指示 ト云ヒ伊國民法ニハ一切之ヲ必要トセス白國民法草案及ヒ其現行法ニハ單ニ當事者ノ指示 ト云ヘリ
五、原文ニハ讓渡ノ代價 及ヒ 其負擔ト云ヘルモ代價モ亦負擔ノ一種ナルカ故ニ代價 其他取得者ノ負擔 ト改メタリ
六、原文第一號但書ハ之ヲ削除セリ原文ニ之ヲ入レタルハ第三取得者ハ不動產ノ代價 ヲ提供シテ滌除ヲ行フヲ本則トシ而シテ賣買以外ノ場合ニ於テハ代價ナキヲ以テ之ニ代ハルノ評價 ヲ附スヘキモノトシタルニヨレハナリ外國ニモ其例アリト雖モ第三取得者ニシテ是非共其不動產ヲ保有セント欲スルトキハ特ニ相當代價ヲ超ユル金額ヲ提供スルコトヲ得又旣ニ代價ヲ賣主ニ辨濟シタルトキハ或ハ其代價ヨリ少ナキ金額ヲ提供シテ滌除ヲ請フコトヲ得ルモノナルヲ以テ殊更ニ權利ノ評價ヲ爲スヲ要セサルナリ況ンヤ第三者ノ自ラ爲ス評價ハ通常滌除ノ爲メニ提供スル金額ト相等シカルヘキニ於テヲヤ是レ右ノ但書ヲ削除シ且本條第三號ニ至リテ代價又ハ其指定スル金額 ト改メタル所以ナリ
七、原文第二號ニハ登記ノ日附、帳簿ノ葉數等ヲ記載セル登記表ヲ吿知 (送達 カ)スヘキコトヲ言ヘリ佛國登記法ノ如ク人名ニ依リテ登記簿ヲ作レル制度ノ下ニアリテハ此規定ヲ可ナリトスレトモ本邦ノ如ク專ラ不動產ヲ基礎トシテ登記簿ヲ製スヘキモノトセル國ニアリテハ寧ロ其謄本ヲ送達セシムルノ簡ニシテ誤ナキニ如カスト信シ本文ノ如ク改メタリ
八、原文第三號ノ滿期、末滿期又ハ條件附ノ債權ヲ區別セスシテ 之ヲ削リタルハ他ナシ旣ニ汎ク債權 ト云ヒ又辨濟又ハ供託 ト云ヘハ諸般ノ債權ヲ網羅セルコト自ラ明カナルヲ以テナリ
九、原文ニハ各債權者ノ抵當登記ノ順序ニ從ヒ ト云ヘルモ先取特權ノ如キハ必スシモ登記ノ順序ニ依ラス殊ニ抵當登記 ハ「アエンスクリプシヨン」ノ直譯ニシテ頗ル其當ヲ得サルヲ以テ單ニ債權ノ順位ニ從ヒ ト改メタリ
同編第二百六十一條ハ是ヲ削除セリ蓋シ登記ヲ爲ササレハ第三者ニ對シテ取得ノ效ナキハ當然言フヲ待タス又第二項ノ規定ハ當然ノ手續ニシテ特ニ法文ニ規定スルコトヲ要セス殊ニ本案ニ於テハ登記簿ノ謄本ヲ請フヘキコト次條ノ規定ニ因テ明カナルヲ以テナリ
同編第二百六十三條ノ規定ハ白國民法草案(二三一九)及ヒ同國現行法(千八百五十一年法一一四)ニ類似ノ規定ヲ載スルニ拘ハラス契約ノ規定ナルカ故ニ玆ニ之ヲ省キタリ
同編第二百六十四條ヲ削除シタルハ言フヲ待タサルヲ以テナリ
第三百八十三條
(理由)本條第一項ノ規定ハ旣成法典擔保編第二百五十五條第二百六十二條第三號、第二百六十五條及ヒ第二百六十八條ノ規定ニ因ルモ又本案前數條ノ規定ヨリ推測スルモ明白ノ事ナリト雖モ抵當權ヲシテ消滅ニ歸セシムル重大ノ規定ナルカ故ニ特ニ之ヲ明揭スルヲ必要トセリ
二、同編第二百六十五條第一號ニハ代價ノ全部及ヒ費用ノ爲メ十分ナル保證人又ハ擔保ヲ供スル旨ノ陳述ヲ爲スヘシ 若シ此ニ違フトキハ其要求ハ無效タリト云ヘルモ擔保ハ單ニ之ヲ供スル旨ノ陳述ヲ爲スノミニテハ足ラスシテ現實之ヲ供スルヲ肝要トス是レ原文ヲ改メテ本條第三項ノ如クシタル所以ナリ
三、原文ニハ保證人又ハ擔保 ト云ヘルヲ本案ニ於テハ單ニ擔保 ト改メタリ是レ保證モ亦一ノ擔保ナレハナリ而シテ當事者間ニ於テ擔保ノ種類ニ付キ協議整ハサルトキハ民事訴訟法其他ノ法律ニ因リテ之ヲ定ムヘキモノトシ特別ノ理由アル場合ノ外ハ民法ニ於テ擔保ノ種類ヲ限ラサルヲヨシトセリ
四、擔保編第二百六十五條第一號但書ハ之ヲ削除セリ蓋シ要求書ニ署名ヲ要スルハ佛伊法律及ヒ白國民法草案等皆同シキ所ナリト雖モ書面作成者ノ明瞭ナル場合ニ於テ單ニ署名ナキノ一事ヲ以テ其要求ヲ無效トスルハ聊カ酷ニ失スルモノノ如シ是レ右ノ但書ヲ削除シタル所以ナリ
五、同編第二百六十六條ヲ削除シタルハ他ナシ是レ契約ノ規定ニ屬スレハナリ
六、同編第二百六十九條ヲ削除シタルハ是レ賣買、交換、贈與等ノ規定ヨリ當然生スル結果ニ過キサレナリ但第二號但書ノ規定ハ聊カ穩當ヲ缼ク所アルカ故ニ之ヲ改ムルヲ可トス
第三百八十四條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百六十五條第三號及ヒ第四號ト其意義ヲ同シウス唯條文ノ長キヲ厭ヒテ之ヲ別條トセシノミ
第三百八十五條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百六十七條第一項ト其意義ヲ同シウス而シテ其第二項ヲ削除シタルハ本法ニ競賣 ト云フモノノ中ニハ增價競賣ヲモ包含シ而シテ競賣ノ手續ハ總テ特別法又ハ民事訴訟法ヲ以テ之ヲ規定スヘキモノトシタルニ因レハナリ旣成法典ニ於テハ擔保編第二百七十八條第二項ノ明文ヲ設ケナカラ尚右ノ第二項ノ規定ヲナスハ實ニ重複ト謂フヘシ本案ニ於テハ何レモ不用ナリトシテ削除セリ
第三百八十六條
(理由)一、本條ハ旣成法典擔保編第二百七十八條ト其意義ヲ同シウス而シテ其第一項ノ民事訴訟法ニ規定シタル方式ト公示トヲ以テ ノ文字及ヒ第二項ヲ削リタル理由ハ旣ニ前條ノ下ニ詳カニセルヲ以テ再ヒ玆ニ贅セス
二、同編第二百七十九條ヲ削除シタルハ是レ契約ノ規定ナレハナリ(三七九理由參觀)
三、同編第二百八十七條ヲ削除シタルハ是レ言フヲ待タサル所ナレハナリ
四、同編第二百八十八條ヲ削除シタルハ是レ大率債權編ノ規定ヨリ當然生スヘキ結果ニ過キサレハナリ但其第四項ハ抵當權ニ關スル特別ノモノナリト雖モ其規定ノ非ナルカ爲メニ本案ニ於テ之ヲ採ラス蓋シ第三取得者ハ始ヨリ抵當權アルコトヲ知リテ之ヲ取得シタルモノト視ルヘキカ故ニ其權利ヲ保存スル爲メニ費シタル所ノモノハ自ラ之ヲ負擔スヘキハ至當ナリト信シタルヲ以テナリ
第三百八十七條
(理由)土地又ハ建物ノミヲ抵當トナシタル場合ニ於テ何等ノ規定モナキトキハ之カ競賣ノ際ニ當リ建物ヲ其儘ニ存シテ必ス地上權ヲ設定スヘキモノナリヤ或ハ之ヲ破壞シテ土地ノ所有者ノ利益ヲ全フスヘキモノナルヤ明ナラス無償ニテ建物ノ所有者ニ當然地上權ヲ與フヘキモノトスレハ土地ノ抵當權者ノ利益ヲ害スルコト甚シク又總テノ建物ヲ破壞スヘキモノトスルハ經濟上甚タ害アリ故ニ本條ノ規定ヲ設ケテ此ノ如キ場合ヲ豫定シ抵當權設定者ニ地上權設定ノ意志アリシモノト看做シ而シテ建物ノ所有者ヨリハ相當ノ地代ヲ支拂フヘキコトトシタルナリ
第三百八十八條
(理由)前條ハ抵當權ノ設定以前ヨリ建物ノ存スル場合ヲ規定シ其場合ニ於テハ土地ノ抵當權者ハ單ニ土地ノミヲ競賣スルコトヲ得ルモノトセルモ抵當設定者カ抵當ノ設定後ニ建物ヲ築造シタル場合ニ於テモ尚ホ抵當權者ハ土地ノミヨリ競賣スルコトヲ得ストスルトキハ抵當權者ノ利益ヲ害スルコト少ナカラサルカ故ニ此場合ニ限リ抵當權者ニ許スニ土地ト共ニ建物ヲモ競賣スルコトヲ以テシタリ然レトモ抵當權者ハ建物ノ競賣ヨリ生スル代價ニ付キテ優先權ヲ行フヲ得ヘキノ理由ナキヲ以テ本條ニ但書ヲ加ヘテ此旨ヲ明ニス
第三百八十九條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百八十條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ原文ニ原證書確認ノ證據トシテ ト云ヘルハ啻ニ法文トシテノ體裁宜シキヲ得サルノミナラス第三取得者カ競落人トナリタル場合ニ於テハ寧ロ新權原ニ由リテ之ヲ取得シタルモノト視ルヲ妥當トス而シテ唯權原ノ更マルノミニシテ取得者ハ其人ヲ同シウスルヲ以テ單ニ附記ヲ爲セハ足レルモノトスルナリ殊ニ證書 確認 ト言フハ頗ル解シ難キモノナリ或ハ草案ニ於テ權原 (titre)ノ確認 ト云ヒシヲ誤リテ證書確認 ト譯シタルモノナラン
第三百九十條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百八十五條ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルノミ左ニ其要點ヲ列叙セン
一、原文ニハ第三取得者カ不動產ヲ毀損シタルトキハ抵當權者ニ對シテ之カ計算ヲ爲ス ヘキコトヲ言ヘルモ旣ニ抵當權ヲ以テ物權ナリトスル以上ハ第三取得者ノ其權利ノ行使ヲ妨クルコトヲ得サルハ固ヨリ當然ノ事ニシテ若シ之ヲ犯ストキハ其侵犯ニ因リテ生スル損害ノ賠償ヲ爲スヘキモ亦蓋シ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ右ノ規定ハ之ヲ削除シタリ
二、原文ニハ必要若クハ有益ノ出費ヲ爲シタルトキハ其計算ヲ爲ス ヘキ旨ヲ規定セリ必要費ノ全額ヲ辨償スヘキコトニ付テハ毫モ疑ナケレトモ有益費ノ辨償ニ關シテハ諸國ノ法典異ナル所アリ而シテ本案占有ノ規則ニ於テハ償還義務者ハ自己ノ選擇ニ從ヒ或ハ有益費ノ全額ヲ償還シ或ハ其增價額ヲ償還スヘキモノトスルカ故ニ本條ノ場合ニ於テモ亦之ト同一ノ規定ヲ適用スルヲ至當トシタルナリ或ハ第三取得者モ亦占有者ナルカ故ニ本條ノ明文ナキモ右占有ノ規定ヲ適用スヘキコト自ラ明カナリト言フ者アレトモ右第百九十七條ノ規定ハ所有者ナラサル占有者ヨリ所有者ニ其占有物ヲ返還スル場合ニ關スル場合ノ規定ニシテ本條ノ場合トハ稍異ナルヲ以テ直チニ玆ニ之ヲ適用シ難シ是レ本條ノ明文ヲ設ケタル所以ナリ
第三百九十一條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百四十二條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ原文ノ總不動產 ナル文字ハ或ハ抵當不動產ニ非サルモノマテヲモ包含スルノ嫌アリ又不動產中ノ一個 ノ代價ニ因リテ辨濟ヲ受クル場合ヲ云ヘルモ或ハ二個、三個ノ賣却ヲ要スルコトナキヲ保セス又辨濟ヲ受ケタル債權者ノ抵當ニ當然代位ス ト云ヘルモ其主意タル決シテ債權ノ全額ニ付テ代位スルニ非スシテ各抵當不動產ノ債務ヲ負擔セル價額ニ凖シテ代位ヲ爲スヘキカ故ニ本文ノ如ク改メタルナリ
第三百九十二條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百四十三條ト其精神ヲ同シウスルト雖モ之ヲ改正シタル所尠カラス左ニ其要點ヲ揭ケン
一、原文第一項ハ言フヲ待タサルノミナラス登記ヲ爲シタル債權者ニ對シテ其效ヲ生ス ト云フトキハ他ノ債權者ニ對シテハ其效ヲ生セサルカヲ疑ハシムルヲ以テ之ヲ削除セリ
二、原文第二項ヲ改メタルハ他ナシ債權者旣ニ附記ヲ爲シタル以上ハ之ヲ配當ニ加ハラシメ又其承諾ナクシテ其附記ヲ抹消スルコトヲ得サルハ固ヨリ言フヲ待タサル所ニシテ寧ロ明ニ玆ニ規定スヘキハ附記ヲ爲ス權利ノ代位債權者ニ存スル事是ナリ
三、擔保編第百八十五條第五項及ヒ第二百四十五條ニ據レハ債權者ハ代位ノ附記ヲ爲スニ非サレハ債務者又ハ其承繼人ニ代位ヲ對抗スルコトヲ得サルカ如シト雖モ抑此代位ハ法定ノ代位ニシテ且第一抵當權者カ辨濟ヲ受ケタル場合ニ限リテ之ヲ得ルモノナルヲ以テ登記ナクシテ債務者及ヒ其承繼人ニ對抗スヘキモノトスルモ何人モ之カ爲メニ毫モ損害ヲ被ムルノ虞ナシ殊ニ登記ハ債務者及ヒ其承繼人ノ爲メニ設ケタルモノニ非サルコトハ旣ニ論シタルカ如シ(三七二理由)是レ本案ニ於テ旣成法典ノ主義ヲ執ラサリシ所以ナリ而シテ本條ノ如ク規定シタルハ滌除ノ如キ場合ニ於テ若シ代位ノ附記ナケレハ代位者ハ滌除ノ通知ヲ受ケサルヲ以テ頗ル不利益ナルト且ハ配當ノ場合ニ於テハ登記ニ依リテ之ヲ爲スヘキカ故ニ若シ代位ノ登記ナキトキハ代位者ハ遂ニ配當ニ漏ルルコトナキヲ保セサルヲ以テ本條ヲ設ケテ登記ヲ爲スノ權ヲ與ヘタルナリ
第三百九十三條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百四十七條ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノナリ蓋シ旣成法典ハ佛國商法ノ規定ニ傚ヒ極メテ公平ニ債權者ヲ保護セント欲シタルモノナリト雖モ其計算煩雜ニ過キ實際ノ手數ヲ勞スルコト尠ナカラサルヘキヲ以テ本案ニ於テハ力メテ簡易ヲ旨トシタルナリ原文第一項ニ殘額ニ付テハ無特權債權者タリ ト云ヘルカ如キハ聊カ敎訓的體裁ヲ免カレ難ク第五項ニ於テ純粹ノ無特權者ト有益ニ配當ニ加入スルヲ得サル抵當債權者及ヒ債權ノ一分ノミニ付キ之ニ加入シタル抵當債權者ト ヲ區別セルカ如キハ力メテ明瞭ナランコトヲ欲シタルニハ相違ナキモ却テ法文ノ體ヲ失シ且第一項ト重複スルノ嫌ヲ生ス又第二項乃至第四項ニ於テ屢動產有價物動產財團 ト云ヘルヲ以テ恰モ抵當不動產ノ外ニ常ニ必ス動產ノ存スルカ如ク見ユルノ弊アルヲ以テ旁本條ノ如ク修正シタルナリ現行法ニ於テハ單ニ抵當權者ハ抵當不動產ヲ以テ辨濟ヲ受クルコトヲ得サル部分ニ付テハ他ノ財產ヲ以テ辨濟ヲ受クルコトヲ得ヘキモノトセルノミニシテ本條第二項ノ場合ニ付テハ毫モ規定スル所ナキカ故ニ或ハ解釋上此場合ニハ他ノ財產ヲ以テ辨濟ヲ受クルコトヲ得サルモノトスヘキニ至リ酷ニ失スルノ譏ヲ免レス而シテ又澳索「グラウブュンデン」「モンテネグロ」等ニ於ケルガ如ク抵當權者ハ他ノ財產ヨリ先キニ辨濟ヲ受クルコトヲ得ルモノトスレハ他ノ債權者ニ對スル必要ノ保護ヲ缺クノ嫌アルヲ以テ是レ亦採用スルコトヲ得ス
第三百九十四條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百四十八條第二項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス而シテ旣成法典ニ於テハ賃借權ヲ物權トシタルカ故ニ之ヲ登記スヘキハ勿論ニシテ登記スレハ他ノ物權ノ如ク其後ニ抵當權ヲ設定スルコトアルモ爲メニ賃借權ヲ害セラルルコトナク又若シ抵當權ノ登記後ニ之ヲ登記スルトキハ抵當權者ニ對シテ何等ノ效力モナキヲ原則トスルハ亦勿論ナリ本案ニ於テハ賃借權ヲ以テ物權トセスト雖モ之ヲ登記スレハ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得ヘキモノトシ其抵當權トノ關係ニ付テハ毫モ旣成法典ト異ナル所ナシ然レトモ短期ノ賃貸借ハ之ヲ不動產ノ管理行爲ト認ムヘキカ故ニ抵當權ノ登記後ニ登記シタルモノト雖モ仍抵當權者ハ之ヲ是認スヘキモノトシ旣成法典ニ倣フテ本條ノ規定ヲ設ケタルナリ
第三節 抵當權ノ消滅
(理由)本節ノ規定ハ旣成法典擔保編第五章第七節ノ規定ト大差ナシト雖モ第二百九十二條乃至第二百九十四條ノ規定ヲ削リ第二百四十九條ノ規定ヲ玆ニ加ヘタリ今其理由ヲ左ニ略陳セン
一、第二百九十二條ニハ諸國ノ法律ニ倣ヒ抵當權ノ消滅原因ヲ列擧スルト雖モ皆當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削除セリ
二、第二百九十三條ニハ誤テ抵當登記ヲ抹削シタル場合ニ付テ規定セリト雖モ是レ殆ント言フヲ待タサル所ナルノミナラス若シ之ヲ必要ナリトセハ登記法ニ揭クヘキモノナルカ故ニ本案ニ於テハ之ヲ削除セリ
三、第二百九十四條ニハ抵當權ヲ抛棄スル能力ト默示ノ抛棄トニ付キ規定スル所アリト雖モ能力ニ關シテハ力メテ一般ノ規定ニ讓ルヲ可トスルノミナラス抵當權ハ債權ヲ抛棄スレハ當然共ニ消滅スヘキモノナルカ故ニ苟モ債權ヲ抛棄スル能力ヲ有スル者ハ單ニ之ヲ擔保セル抵當權ノミヲ抛棄スルコトヲ得ルハ當然ニシテ又抵當權ハ不動產ニ關スル物權ナルヲ以テ之ヲ抛棄スルニハ債權ヲ抛棄スルヨリ少ナキ能力ニテ可ナル可シト思フ者ナカルヘク又抵當權ノ順位ヲ抛棄スルハ往々抵當權ヲ抛棄スルト同一ノ結果ニ至ルヘキヲ以テ亦同一ノ能力ヲ要スルコトモ蓋シ疑ヲ容レサルヲ以テ抛棄ノ能力ニ關シテ特ニ之ヲ揭クルヲ要セサルヘシ又抛棄ハ他ノ意思表示ト同シク默示タルコトヲ得ヘキハ反對ノ明文ナキ限リハ固ヨリ論ヲ俟タサル所ナリ而シテ旣成法典ニ於テハ抵當權者カ不動產ノ讓渡ニ參加シタルトキハ追及權ニ關シテ其抵當權ヲ抛棄シタルモノト推定セリト雖モ此推定ハ往々事實ニ戾ルコトナキヲ保セサルカ故ニ是等ハ總テ事實問題トシ法官ノ公明ナル認定ニ一任スルヲ可トス是レ本條ヲ削除シタル所以ナリ
四、第二百四十九條ノ規定ヲ本節ニ移シタルヤ是レ抵當權ノ消滅ニ關スル問題ニシテ其效力ニ關スルモノニ非サレハナリ
第三百九十五條
(理由)一、本條ハ旣成法典擔保編第二百九十五條第一項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス旣成法典ニハ佛、伊、白ノ法律及ヒ白國民法草案ニ倣ヒ不動產カ債務者ノ資產中ニ存スル場合ニ於テ ト曰ヘリ此ノ如ク曰フトキハ債務者ナラサル者カ抵當權ヲ設定シタル場合ニ於テ債務者カ其抵當不動產ヲ取得シタルトキ債務者及ヒ設定者ハ果シテ抵當權ノ消滅時效ヲ援用シ得ルモノナリヤノ疑ヲ生シ且抵當不動產ハ依然債務者ノ資產中ニ在ルモ若シ第三者カ之ニ付キ支分權ヲ取得シタルトキハ次條ニ因リテ取得時效ヲ援用シ得ヘキカ故ニ右ノ文字ニテハ聊カ妥當ヲ缺クノ嫌アルヲ以テ本文ノ如ク改正シタルナリ
二、同條第二項ヲ削除シタルハ是レ本文ノ規定ノ當然ノ結果ナレハナリ
第三百九十六條
(理由)一、旣成法典ニハ占有者カ所有者ヨリ不動產ヲ讓受ケタル場合ト所有者ナラサル者ヨリ之ヲ讓受ケタル場合トヲ分チ甲ノ場合ニハ必ス三十年ヲ要シ乙ノ場合ニハ取得時效ノ通則ヲ適用スルモノトセリ然リト雖モ此區別ハ全ク理由ナキ所ニシテ若シ强ヒテ區別ヲ爲サハ却テ之ニ正反對ノ決定ヲ爲スヘキカ如シ殊ニ財產編ニ於テ地役權ニ付テ其第二百八十七條第二項ニ規定セル所ト頗ル權衡ヲ得サルノ譏ヲ免レス是レ右ノ區別ヲ廢シテ全ク取得時效ノ通則ニ依ルヘキモノトシタル所以ナリ
二、旣成法典擔保編第二百九十六條但書ノ規定ヲ削除シタルハ他ナシ債權ナクシテ抵當權ノミ存スルコトヲ得サルハ言フヲ待タサル所ナレハナリ
三、同條及ヒ第二百九十七條ニ於テハ抵當不動產ノ全部ノ讓渡ヲ受ケ之ヲ占有スル場合ニ付テノミ規定シ毫モ不動產上ニ他ノ物權ヲ設定シタル場合ニ付テ規定セス又所有者タル債務者 ト云ヒ債務者ニ非サル者カ抵當權ヲ設定シタル場合ヲ豫想セサルコト猶ホ前條ニ於ケルカ如シ本案ハ此文字ノ缺點ヲ補修セリ
四、同編第二百九十八條ヲ削除シタルハ他ナシ苟モ取得時效ニ必要ナル條件ヲ具備シタル占有ヲ爲ス ト云フ以上ハ一切時效ニ關スル規定ヲ適用スヘキコト盡シ疑ヲ容レス又登記ノ更新カ時效ヲ中斷スヘキモノニ非サルコトハ固ヨリ言フヲ待タサル所ニシテ且本案ニ於テハ登記ノ更新ノ必要ヲ認メサルヲ以テ右ノ規定ノ全文ハ毫モ必要ナキモノト信シタレハナリ
第三百九十七條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第二百四十九條ニ文字ノ修正ヲ施シタルノミ本案ニ於テ所有權ノ支分權中抵當ト爲スコトヲ得ルモノハ單ニ地上權及ヒ永小作權ノミ又登記ヲ爲スマテハ第三者ニ對シテ抵當權ヲ行フコトヲ得サルハ當然ニシテ特ニ抛棄ノ登記前ニ抵當登記ヲ爲シタル債權者 ト云フコトヲ要セサルヲ以テ本文ノ如ク改メタルナリ
第三編 債權
(理由)本編ハ旣成法典財產編第二部ニ該當ス旣成法典ハ人權即チ債權ニ關スル規定ヲ以テ財產編ノ一部ト爲スト雖モ近世社會ノ進步ト共ニ人事ノ關係益々複雜ナルニ從ヒ人權ノ成立ハ獨リ財產上ノ關係ニ止マラサルコト明白ナル事實トナリタルヲ以テ本案ハ獨乙民法草案ノ如ク人權ニ關スル規定ノ爲メニ特ニ一編ヲ設ケタリ而シテ本編ノ表題ニ付テハ旣成法典ハ之ヲ人權及ヒ義務ト題スト雖モ人權ナル文字ハ物權ニ對スル慣習上ノ用語トシテ用井ラルルノミニシテ權利ノ性質ニ至リテハ義務者ニ對シテ其作爲又ハ不作爲ヲ督促要求スルニ在リ又旣成法典カ義務ナル文字ヲ附加シタルハ法律關係ノ受方ノ側面ヲモ斟酌シ且自然義務ノ如キモノヲ認メタルニ因ルモノニシテ特ニ之ヲ附加スヘキ學理上實際上ノ理由アルニアラス故ニ本案ハ權利ノ性質ニ從ヒ且近世立法ノ趨勢ハ權利本位ニ傾クモノナレハ本編ヲ題シテ單ニ債權編ト名ケタリ
本編ノ編纂法ニ付テハ大ニ旣成法典ノ編纂法ヲ改メタリ旣成法典財產編第二部ハ總則以外ニ四章ヲ分チ義務ノ原因、效力及ヒ消滅ニ關シテ各一章ヲ設クル外自然義務ニ關シテ特ニ一章ヲ設クト雖モ義務ノ效力又ハ消滅ニ關スル規定ハ各種ノ義務ニ通シテ適用スルコトヲ得ヘキモノナレハ本案ハ之ニ債權ノ目的、債務ノ體樣及ヒ債權ノ讓渡ニ關スル規定ノ如キ各種ノ債權債務ニ共通スヘキ規定ヲ加ヘ以テ債權全體ニ通スル總則ヲ編制シ之ヲ本編第一章ニ規定セリ之ニ反シテ義務ノ原因ニ付テハ各種ノ原因ニ關スル規定ハ多クハ共通ノモノニアラスシテ各別ノ規定ヲ要スルニ因リ本案ハ獨乙民法草案等ノ例ニ傚ヒ此等ノ原因ニ對シテ各別ニ一章ヲ設ケ即チ第二章ニ於テ契約、第三章ニ於テ事務管理、第四章ニ於テ不當利得、第五章ニ於テ不法行爲ニ關スル規定ヲ揭ケタリ而シテ旣成法典ノ合意ニ關スル規定中其效力ニ關スル規定ノ如キハ總則ニ屬スヘキモノナレハ之ヲ本編第一章ニ編入スト雖モ其契約ノ規定ニ屬スヘキモノナレハ之ヲ本編第二章ニ讓リ又其不必要ナル多數ノ條項ハ總テ之ヲ删除セリ其他自然義務ナルモノヲ成法上ニ規定スルハ學理ノ許ササル所ナルノミナラス自然義務ハ其名ニ於テ成法上效力ヲ有スヘキモノニアラサレハ本案ハ當然之ヲ删除セリ故ニ本編ハ總則ヲ始メトシテ契約、事務管理、不當利得及ヒ不法行爲ノ五章ニ依リテ編制セラルルモノニシテ其他各節各條ニ付キ旣成法典ニ加ヘタル數多ノ修正ハ各其所ニ就テ之ヲ說明スヘシ
第一章 總則
(理由)本章ハ債權ニ關スル通則ヲ揭クルモノニシテ其原因ハ契約ニ存スルト事務管理、不當利得若クハ不法行爲ニ存スルトヲ問ハス各種ノ債權ニ共通スヘキ規則ハ總テ之ヲ纒括セリ而シテ旣成法典財產編第二部總則ニ於ケル第二百九十三條及ヒ第二百九十四條ハ人權及ヒ義務ノ定義ヲ揭ケ或ハ人定法ノ義務ト自然法ノ義務トノ區別ヲ示スモノニシテ實際上其必要ナキノミナラス之ニ因リテ一ノ疑義ヲ决スル價値ナキヲ以テ又旣成法典第二百九十五條ノ規定モ別ニ明文ヲ要セサルニ因リ共ニ之ヲ删除セリ
本章ハ之ヲ五節ニ分チ第一節ヲ債權ノ目的トシ第二節ヲ債權ノ效力トシ第三節ヲ多數當事者ノ債權トシ第四節ヲ債權ノ讓渡トシ第五節ヲ債權ノ消滅トシ各其通則ヲ規定セリ其詳細ノ說明ハ各本節ニ於テ之ヲ爲スヘシ
第一節 債權ノ目的
(理由)債權ノ目的ト其目的物カ互ニ相異ナルコトハ別ニ說明ヲ要セス然レトモ債權ノ目的ニ付テハ古來ノ學說又ハ立法例ニ於テ或ハ之ヲ作爲又ハ不作爲トシ或ハ此二者ノ外更ニ給與ナルコトヲ加フル例アリト雖モ本案ハ斯ノ如キ區別ニ關セスシテ債權ノ目的ハ總テ直接ニ行爲ニ存スルモノトシ此行爲ノ積極的タルト消極的タルトハ敢テ之ヲ問ハサル所トス而シテ旣成法典ハ債權ノ目的ニ關スル規定ヲ多クハ義務辨濟ノ節ニ揭クト雖モ此ニ所謂目的ナルモノハ辨濟ノ目的ニアラスシテ債權ノ目的ナレハ債權成立ノ一要素トシテ之ニ關スル規定ハ總テノ債權ニ通シテ適用セラルヘキ總則中ニ揭クルヲ以テ至當トス其他旣成法典ハ目的ニ關スル規定ノ一部ヲ合意ノ規定中ニ揭ケ又二三ノ立法例ハ之ヲ契約ノ部ニ揭クト雖モ此規定ハ固ヨリ合意又ハ契約ニ因リテ生スル債權ニ限リテ通用セラルヘキモノニアラサレハ本案ハ之ヲ總則中ニ移シタルハ其當ヲ得タルモノト云フヘシ
第三百九十八條
(理由)本條ハ債權ノ目的ニ關スル大問題ヲ決シ之ニ依リテ本案ノ主義ヲ明ナラシムルモノニシテ旣成法典ハ本條ノ事項ニ關シ別ニ明文ヲ揭ケスト雖モ大體ノ主義ニ於テ又其編纂ノ方法ニ依リテ當サニ本案ト反對ノ主義ヲ有スルコト明ナリトス蓋旣成法典ハ債權ノ目的ハ物質上ノ利益即チ金錢ニ見積ルコトヲ得ヘキモノタルコトヲ要スルハ當然ノ事理ニシテ特ニ之ヲ記載スル必要ナシト認メタルカ如ク又羅馬法ヲ解スル多數ノ學者モ債權ノ目的ハ金錢ニ見積ルコトヲ得ヘキモノタルコトヲ要セリ然レトモ近世社會ノ進步ト共ニ人事ノ關係益複雜トナリ物質的利益ノ外例ヘハ學問上若クハ精神上ノ利益ノ如キモノヲ以テ取引關係ノ目的ト爲スコト多ク法律モ亦之ヲ認メサルヘカラサル必要ヲ生シ從來ノ如キ限定ハ徒ニ取引ノ不便ヲ與フルニ過キサルコトヲ知ルニ至レリ加之斯ノ如キ限定ハ其境界頗ル曖眛ニシテ却テ疑議爭訟ヲ起ス媒介タルコト多ク或ハ物質的利益ヲ有セサルモノニモ强ヒテ金錢上ノ價値ヲ附シ之ヲ以テ債權ノ目的ト見做スコト少ナシトセス故ニ本案ハ今日ノ實際ニ照ラシテ旣成法典ノ主義ヲ改メ本條ニ於テ特ニ債權ノ目的ハ金錢ニ見積リ得ヘキモノタルコトヲ要セサル主義ヲ明ニセリ而シテ本案ハ旣ニ債權編ヲ以テ獨立ノ一編トシ旣成法典ノ如ク財產編ノ一部ト認メサルニ因リ本條ニ於テ債權ノ目的ヲ廣ク物質的利益ノ外ニ及ホスモ之レカ爲メニ編纂ノ方法ニ抵觸スルコトナシトス只タ特ニ注意スヘキハ本條ノ規定ト雖モ固ヨリ無制限ニ廣キモノニアラス債權ノ目的ハ必ス法律ノ規定及ヒ善良ナル風俗ニ反スヘカラサルハ勿論日常交際上ノ漠然タル約束ノ如キハ之ニ因リテ債權ヲ生セシムルコト能ハサルモノニシテ當事者カ債務ヲ負擔セントスル眞誠ノ意思ヲ有スルコトノ必要ナルハ固ヨリ明白ナルヲ以テ自ラ限定ノ意義ヲ有スルモノトス
第三百九十九條
(理由)旣成法典ハ特定物引渡ノ場合ニ於ケル債務者ノ義務ニ關シ財產編第三百三十四條及ヒ第四百六十二條ノ二ヶ條ヲ設クト雖モ却テ煩雜ヲ增スノミナレハ本案ハ之ヲ合シテ本條ノ通則ヲ規定シ且債務者カ加フヘキ注意ノ度ニ付テ聊カ修正ヲ加ヘタリ卽チ旣成法典ハ債務者ノ利益ノ有無ニ因リテ其加フヘキ注意ノ程度ヲ異ニスト雖モ本案ハ苟モ引渡ノ義務ヲ負フ以上ハ通則トシテ總テ同一ノ義務ヲ負ハシムルヲ以テ至當ト認メ本條ニ於テ總テ債務者ハ其引渡スヘキ物ノ保存ニ付キ善良ナル管理人ノ注意ヲ加フル義務アリトシ些少ノ利益ノ差違ニ因リテ注意ノ程度ヲ異ニセシムル如キ煩ヲ避ケタリ故ニ債務者ヲシテ特ニ輕キ注意又ハ重キ注意ヲ加ヘシムルニハ明約ヲ要スルモノニシテ例ヘハ債務者カ目的物ヲ利用スル場合ニ於テハ特ニ重キ注意ヲ要スヘク又寄托、贈與ノ如キ場合ニ於テハ債務者ノ注意ヲ輕減スルヲ以テ通常ト爲スト雖モ此等ハ明約ヲ以テ容易ニ之ヲ定メ得ヘキカ如シ其他旣成法典同二條ニ於ケル損害賠償ニ關スル規定ハ賠償ノ通則ニ依リテ明ナルヲ以テ之ヲ删レリ
第四百條
(理由)本條ハ第一項ノ規定旣成法典財產編第四百六十條第三項ヲ修正シタルモノニシテ同條第一項及ヒ第二項ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ之ヲ删レリ即チ種類ノミニ依リテ債權ノ目的物ヲ指示シタル場合ニ於テ債務者ヲシテ目的物ヲ選擇セシムルニ付キ凡ソ三種ノ立法例アリ一ハ佛、伊、蘭諸國ノ民法及ヒ旣成法典ノ如ク品質ノ兩極端ヲ示シテ選擇ノ範圍ヲ限定スルモノニシテ此主義ノ弊害ハ果シテ品質ハ何レカノ極端ナルヤ否ヤニ付テ爭フ生セシメ殆ント最惡品トモ云フヘキ物ヲ以テ債權者ニ强ヒ又ハ殆ント最良品トモ云フヘキ物ヲ以テ債務者ニ强ユル結果ヲ生シ實際上頗ル不便ヲ感セシムルニ在リ一ハ瑞士、撒遜等ノ法典ニ於テ採用セラルヽ主義ニシテ中等以下ニアラサル品質ヲ選定スヘシトシ頗ル債權者ノ保護ニ偏スルモノニシテ尚ホ其中等以下ナルヤ否ヤニ付テ爭ヲ生スル弊害アリ第三ノ立法例ハ普國民法獨逸民法草案等ニ於ケル主義ニシテ單ニ中等ノ品質ヲ選定スヘシト規定スルモノニシテ是亦其中等ナルヤ否ヤヲ定ムルニ付キ頗ル困難ナキニ非スト雖モ前述二種ノ立法例ニ比シ最モ妥當ニシテ且ツ當事者ノ意思ニモ適合スルモノト云フヘシ故ニ本案ハ此主義ニ依リテ旣成法典ノ主義ヲ改メタリ然ト雖モ債務者ヲシテ斯ノ如ク品質ヲ選定セシムルハ他ニ毫モ標準ノ據ルヘキモノナキ場合ニ限リ苟モ法律行爲ノ性質又ハ當事者ノ意思ニ依リテ品質ヲ定ムルコトヲ得ル場合ニ於テハ必ス之ニ依ルヘキハ論ヲ竣タサルコトナルヲ以テ本案ハ此趣旨ヲ明示シテ債務者選定ノ場合ヲ制限スルコトトセリ
本條第二項ハ種類ノミニ依リテ定メラレタル目的物カ特定物ト爲ルヘキ時期ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第三百三十二條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ蓋危險移轉ノ問題ハ所謂代替物カ特定物トナリタル時ニ及ンテ始メテ生スルモノニシテ本案第三百九十八條ノ義務モ亦此時ヨリ生スルモノナレハ本項ノ規定ノ必要ナルコトハ旣ニ明白ナルニ拘ハラス諸國ノ立法例ハ頗ル區々ニ分カルヲ見ル旣成法典ハ代替物ノ所有權カ移轉スル時期ヲ定ムル趣旨ニ本ツキ物ヲ引渡シタル時及ヒ當事者立會ニテ物ヲ指定シタル時ノ兩時期ヲ揭クト雖モ物ノ引渡ニ因リテ目的物ノ特定スルハ特ニ明文ヲ要セサルヲ以テ本案ハ之ヲ删リ又物ノ指定ハ必スシモ當事者立會ノ上之ヲ爲ササルヘカラサル必要ナキヲ以テ本案ハ廣ク債務者カ債權者ノ同意ヲ得テ給付スヘキモノヲ指定シタルトキト改メタリ殊ニ旣成法典ハ債務者カ物ノ給付ヲ爲スニ必要ナル行爲ヲ完了スルニ因リテ目的物カ特定スヘキコトヲ認メスト雖モ若シ斯ノ如クナレハ債務者カ義務ノ本旨ニ適シテ總テ自己ノ爲スヘキコトヲ爲シタルニ拘ハラス之ヲシテ尚ホ危險ノ負擔ニ任セシムル如キ不當ノ結果ヲ生スルニ因リ本案ハ債務者カ物ノ給付ヲ爲スニ必要ナル行爲ヲ完了シタルトキハ爾後其物ヲ以テ債權ノ目的物ト爲スト規定セリ其他旣成法典同條前段ノ規定ハ別ニ明文ヲ要セサルニ因リ之ヲ删レリ
第四百一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百六十三條及ヒ第四百六十五條ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ旣成法典第四百六十三條第一項ハ貨幣ノ種類ヲ金若クハ銀ノ國貨ニ限ルト雖モ之レ固ヨリ狹キニ失スル虞アルノミナラス紙幣ノミニ强制通用ナル文字ヲ冠セシムル理由ナキヲ以テ本案ハ單ニ各種ノ通貨ヲ以テ辨濟ヲ爲スコトヲ得トシ又同條第二項ノ規定ハ殆ント其實用ナキノミナラス斯ノ如キ事項ハ特別法ニ依リテ隨時規定セラルヘキモノナレハ之ヲ删レリ而シテ同條第三項ノ規定ニ付テハ本案ハ旣成法典ニ反對ノ主義ヲ採ルモノニシテ即チ旣成法典ハ通貨ノ選定ヲ禁シ債務者ヲシテ特種ノ通貨ヲ以テ給付ヲ爲サシムルハ通貨ノ性質ニ悖リ公益ニ反スルモノナレハ斯ノ如キ合意ハ無效タルヘシト規定セリ然レトモ我國ノ貨幣制度ハ決シテ總テノ通貨ハ取引ヲ爲スモノノ意思ヲ排斥シテ同一ニ通用セラルヘキコトヲ强要スルモノニアラス故ニ特權ノ通貨ノ給付ヲ以テ債權ノ目的ト爲スモ之ニ因リテ通貨ノ性質ニ反シ不法ノ合意ヲ爲シタリト云フヘカラス加之旣成法典ノ如ク特種ノ通貨ヲ選定スルコトヲ禁スルハ只ニ不必要ノ事タルニ止マラス却テ取引上ニ不便ヲ與フルコト少カラサルニ因リ諸國ノ法律ハ決シテ斯ノ如キ禁制ヲ設クルコトナシ之レ本案ハ本條第一項伹書ノ規定ヲ加ヘ特種ノ通貨ノ給付ヲ以テ債權ノ目的ト爲シ得ルコトヲ認メ旣成法典ノ主義ヲ改メタル所以ニシテ旣成法典第四百六十五條第一項及ヒ第二項ノ規定ハ右修正ノ當然ノ結果トシテ之ヲ删レリ伹同條第一項ノ場合ニ於テ金貨又ハ銀貨ヲ以テ負擔ノ金額ヲ指定シタルハ果シテ特種ノ通貨ノ給付ヲ目的ト爲シタルヤ否ヤハ事實問題ニシテ當事者ノ意思解釋ニ歸スルコト多カルヘシ然レトモ第一項ノ規定ニ本ツキ特種ノ通貨ノ給付ヲ以テ債權ノ目的ト爲シタル場合ニ於テ此通貨カ辨濟期ニ於テ强制通用ノ效力ヲ失ヒタルトキハ之ニ因リテ債務者ハ其負擔スル金錢債務ヲ全然免レ得ヘキモノナルカ否ナ決シテ然ラサルヘシ何トナレハ通貨ノ種類ヲ特定シタルハ單ニ金錢債務ノ附隨ノ約束ニ過キスシテ此約束ヲ實行スルコト能ハサルモ主タル金錢債務ノ存立ニ影響ヲ及ホスヘキ理ナケレハナリ然レトモ又一方ニ於テハ前述ノ如キ場合ニ於テ履行不能等ノ理由ニ籍リ債務ノ免除ヲ主張セントスルモ强チ其理ナキニ非ラサルニ因リ本案ハ此疑惑ヲ生セシメサルカ爲メ特ニ本條第二項ノ規定ヲ設ケ本項ノ場合ニ於テハ債務者ハ他ノ通貨ヲ以テ辨濟ヲ爲スヘキコトヲ明ニセリ
本條第三項モ第二項ト同シク旣成法典ニ存セスト雖モ本案ノ主義ニ依レハ外國ノ通貨ノ給付ヲ以テ債權ノ目的ト爲スコトハ固ヨリ之ヲ禁スル理由ナク又其通貨ノ種類ヲ特定スルコトモ主タル金錢債務ニ關係ヲ及ホスコトナキハ第一項及ヒ第二項ノ場合ト異ナル所ナキヲ以テ本項ノ場合ニ於テハ前二項ノ規定ヲ準用スヘシト爲セリ其他旣成法典財產編第四百六十四條ノ規定ハ契約自由ノ範圍ニ屬シ同第四百六十六條ノ規定ハ特別法ニ記載スヘキ事項ニシテ同第四百六十七條ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ總テ之ヲ删除セリ
第四百二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百六十五條第三項ノ字句ヲ修正シタルノミニシテ同條第一項及ヒ第二項ノ規定ヲ删除シタル理由ハ旣ニ前述ニ於テ之ヲ說明セリ蓋日本ノ通貨ヲ以テ債權額ヲ指定シタル場合ニ於テ各種ノ日本ノ通貨ヲ以テ辨濟ヲ爲シ得ルコト勿論ナリト雖モ外國ノ通貨ハ日本ニ於テハ一種ノ品物タルニ過キサルニ因リ之ヲ以テ債權額ヲ指定シタル場合ニ於テハ當然日本ノ通貨ヲ以テ辨濟ヲ爲スコトヲ得ト云フヘカラス之レ本條ノ規定ヲ存スル所以ニシテ債務者カ爲替相場ノ損益ヲ受ケサルヘカラサルコト及ヒ本條ノ規定ニ異ナル規定アルトキハ之ニ從フヘキコトハ固ヨリ至當ノ事ト云フヘシ
第四百三條
(理由)旣成法典財產取得編第百八十六條第二項ハ借主カ利息ヲ辨濟スヘキ合意ヲ爲シ然モ其額ヲ定メサルトキハ法律上ノ利息ニ從フヘキコトヲ規定スルノミニシテ其利率ヲ示サス又明治十年第六十六號布吿利息制限法第三條ハ法定利率ヲ規定スト雖モ利息ハ債務關係ヨリ生スル普通ノ結果ニシテ民法ニ規定スヘキモノナレハ本案ハ本條ニ於テ法定利率ヲ明示セリ而シテ其利率ニ付テハ利息制限法ハ之ヲ年六分トシ商法ハ之ヲ年七分ト爲スト雖モ今日我國ノ經濟ハ利息制限法制定ノ當時ト頗ル其狀況ヲ異ニシ利率モ漸ク低落セルノミナラス民法ニ規定スヘキ法定利率ハ其國普通ノ利率ニ依ルヘキモノニシテ特ニ商業會社ニ行ハルル利率ニ依ルコトヲ得サルヤ明ナリ故ニ本案ハ我國經濟上ノ實況ト從來整理公債等ニ採用シタル利率其他各國經濟ノ狀況ヲ參酌シテ年五分ヲ以テ法定利率ト爲セリ然レトモ之レ固ヨリ民法ノ通則タレハ商法等ニ特別ノ利率ヲ規定スルハ毫モ妨ケサル所ナリ
第四百四條
(理由)旣成法典財產編第三百九十四條第一項ハ利息制限法ト同一ノ精神ニ本ツキ債務者ノ保護ヲ目的トシテ重利ヲ禁シ利息ヲ元本ニ組入ルニハ特別ノ合意又ハ裁判所ニ請求スルコトヲ要スト規定セリ然レトモ斯ノ如キ制限ハ種々ノ方法ニ依リテ容易ニ之ヲ免レ得ヘク債務者保護ノ目的ハ之レカ爲メニ畫餅ニ歸スルコト殆ント疑ナキ所トス故ニ本案ハ利息ヲ元本ニ組入ルルニ必要ナル手續ヲ簡便ニシテ寧ロ債務者ノ怠慢ヲ責メ利息カ一年分以上延滯シタル場合ニ於テ債權者カ其催吿ヲ爲スモ債務者之ヲ支拂ハサルトキハ直チニ元本ニ組入ルルコトヲ得ト改メタリ又旣成法典同項ノ規定ニ依レハ一年每ニ利息ヲ元本ニ組入ルカ如シト雖モ之レ亦斯ノ如キ制限スル必要ナキヲ以テ本案ハ一年ヨリ以上延滯ノ利息トシ單ニ其最低期間ヲ示スニ止メタリ其他旣成法典同條第二項ニ揭クル貸賃年金等ノ如キモノハ元本ニ對スル利息ト稱スヘキモノニアラス從テ重利ニ關スル本條ノ規定ニ入ルヘキモノニアラサルヲ以テ又同條第三項ハ明文ヲ要セサルニ因リ共ニ之ヲ删除セリ
第四百五條
(理由)本條乃至第四百九條ハ所謂選擇債務ニ關スル規定ナリトス蓋シ選擇債權ハ債權ノ目的ニ關スル其變體ノ一ナルヲ以テ本節ニ於テ之カ規定ヲ設クルコトトナセリ
本條ハ財產編第四百二十八條ニ修正ヲ施シタルモノナリ同條第三項ハ言フヲ俟タサルヲ以テ之ヲ削除シ唯同條ノ第一項及ヒ第二項ノ規定ヲ採用シテ其體裁ヲ改メタリ
第四百六條
(理由)本條ハ財產編第四百三十條ニ該當スルモノナリ同條ノ規定ニ依ルトキハ債務者ノ實物ノ提供ヲ爲シ又債權者ハ合式ノ請求ヲ爲シテ選擇權ヲ行フヘキモノナリト雖モ選擇權ノ行使タルヤ素ト意思ノ表示ニ外ナラサルカ故ニ苟モ選擇ヲ爲スノ意思明ナルトキハ必シモ此等ノ手續ヲ爲スノ必要ナカルヘシ西班牙民法及ヒ白耳義草案ノ規定ニ依ルトキハ選擇ヲ爲ス者ハ其旨ヲ相手方ニ通知スレハ足レリト雖モ此規定タルヤ少シク狹キニ失スルノ感ナキニ非サルヲ以テ獨乙民法草案ノ主義ニ傚ヒ相手方ニ對スル意思表示ニ依テ選擇ヲ爲スヘキモノト爲シタリ
本條第二項ノ規定ハ旣成法典ノ原文ヲ存シタルモノニ外ナラス
第四百七條
(理由)本條ノ如キ規定ハ旣成法典及ヒ其他諸國ノ法典ニ見サル所ニシテ唯獨乙民法草案ニ之ト類スル規定アルニ過キス本條ノ規定ハ選擇權ヲ有スル者ノ相手方ヲ保護スルノ意思ニ出テタルモノニシテ亦タ極メテ便ナルモノト信ス
第四百八條
(理由)旣成法典其他多數ノ法典ニ於テハ第三者カ選擇ヲナス場合ヲ規定セスト雖モ實際ニ於テハ第三者カ選擇ヲ爲スコト反テ多カルヘシ故ニ本案ニ於テハ獨乙民法第一讀會草案ニ倣フテ本條ノ規定ヲ設ケタリ只同草案ニ於テハ第三者ノ選擇ヲ以テ純然タル停止條件ノ成就シタルモノト看做シ其效力ヲ旣往ニ遡ラシメスト雖モ本案ニ於テハ他ノ場合ト區別スルノ理由ヲ見サルヲ以テ此主義ヲ採用セサルナリ
本條第二項ハ諸國ノ法律ニ殆ト其例ヲ見サル所ナリト雖モ明文ナキトキハ疑議ノ生スル恐アルヲ以テ之ヲ置キタリ而シテ其實質ハ選擇債務ノ原則ニ從ヒ選擇權ノ債務者ニ在ルモノトスルヲ至當トス
第四百九條
(理由)本條ハ財產編第四百二十九條乃至第四百三十四條ニ該當ス第一項ノ規定ハ財產編第四百二十九條第一項ノ規定ト其精神ヲ同ウスルモノニシテ諸國ノ法典皆然ラサルハナシ旣成法典ニ於テハ物ノ滅失ノ場合ノミニ付キ規定ヲ設ケタルヲ以テ其規定少シク狹キニ失スルノ感アリ故ニ本條ニ於テハ廣ク履行不能ノ場合ニ付キ規定ヲ爲シタリ財產編第四百二十九條第二項ハ言フヲ俟タサルヲ以テ之ヲ削リ同第三項ハ條件ノ規定ヲ爲スニ當リテ財產編第四百十九條ノ規定ヲ採用セサルト同一ノ理由ニ依リテ之ヲ削除セリ
財產編第四百三十一條乃至第四百三十四條ノ規定ノ大半ハ一般ノ原則ノ適用ニシテ亦タ往々不當ノ規定ナキニ非ラサルヲ以テ總テ之ヲ削除シ獨乙民法草案ニ倣フテ選擇權ヲ有スル者ノ相手方ノ過失ニ依リテ給付ノ不能ヲ來シタル場合ニ付キ之カ適用ヲ設ケ以テ第一項ノ規定ヲ制限セリ
第四百十條
(理由)本條ハ財產編第四百三十五條ノ規定ヲ採用シタルモノニシテ諸國ノ法典ニ於テモ亦タ均ク此ノ如キ規定アリトス
第二節 債權ノ效力
(理由)本節ハ主トシテ旣成法典財產編第二部第二章義務ノ效力及ヒ第一章第一節第三款合意ノ效力ニ關スル規定ニ修正ヲ加ヘタルモノニシテ履行、賠償及ヒ第三者ニ對スル債權者ノ權利ニ付キ其規定ヲ設ケタリ而シテ旣成法典ハ擔保ニ關スル規定ヲ義務ノ效力中ニ揭クト雖モ擔保ハ債權ノ效力ニアラスシテ其行使ニ關スルモノナレハ本案ハ之ヲ除去シ又旣成法典カ義務ノ效力ニ關スル一節トシテ義務ノ體樣ニ關スル規定ヲ揭クト雖モ本案ハ別ニ多數當事者ノ債權ニ關シテ一節ヲ設ケテ義務ノ變體ニ關スル規定ヲ揭クルニ由リ本節ニ於テハ總テ之ヲ删除セリ然レトモ債權者カ其權利ニ本ツキ第三者ニ對シテ有スル關係ハ債權ノ普通ノ效力ニ出ツルモノナレハ本案ハ之レカ爲メニ特ニ一款ヲ設ケテ其規定ヲ揭ケタリ
本節ニ於テ特ニ辨明スヘキ事項ハ本案カ旣成法典其他諸國ノ法典ニ規定セル付遲滯ニ關スル條項ヲ删除シタルニ在リ即チ旣成法典財產編第三百三十六條ハ遲滯ニ付セラルル場合ヲ指示シ債務不履行ノ場合ニ於テモ債務者ヲ遲滯ニ付シタル後ニアラサレハ債權ハ實際ニ其效力ヲ現ハスコトヲ得ストセリ然レトモ斯ノ如キ法律ハ經濟社會未タ發達セス取引關係尚ホ頻繁ナラサル時ニハ行ハルヘシト雖モ今日ノ如ク經濟上ノ狀況一變シ取引關係ハ益頻繁ニシテ各人相互ノ信用及ヒ約定ヲ重ンスルニ至リ尚ホ斯ノ如キ迂遠ノ法律規定ヲ存スルコトハ只ニ取引上ニ不便ヲ與フルノミナラス却テ信用ヲ害シ期限ノ約定ヲ無益ニ歸セシムルモノト云ハサルヘカラス況ンヤ債務者ヲシテ債務ノ履行ハ債權者ノ催吿ヲ受ケタル後ニ於テスルモ尚且ツ足レリトスル如キ怠慢心ヲ起サシメ從テ一方ニ於テハ債權ノ效力ヲ减シ他ノ一方ニ於テハ債務ヲ輕ンセシムル弊害ヲ生スルコトアルニ於テオヤ故ニ英米ノ法律ハ元ヨリ付遲滯ノ規定ヲ設ケス又伊太利民法ノ如キモ前述ノ理由ニ因リ付遲滯ニ關スル規定ヲ除去セリ要スルニ付遲滯ノ規定ハ今日ニ於テ特ニ其必要又ハ利益アルヲ見サルノミナラス我國ニ於テハ從來斯ノ如キ慣習ナキヲ以テ本案ハ總テ付遲滯ノ規定ヲ删除スルニ至レリ
旣成法典ハ義務ノ效力トシテ第一ニ直接履行ノ訴權ヲ揭ケ直接履行ハ裁判所ノ命令ニ依ル强制履行ノミニ限リ任意履行ハ之ヲ辨濟ノ部ニ規定セリ然レトモ單ニ債務ノ履行ト云フトキハ寧ロ任意履行ヲ以テ當然ノ履行ヲ爲スモノナレハ本案ハ一般ニ債務ノ履行ニ關スル規定ヲ揭クルニ當リ其任意タルト强制タルトヲ問ハス總テ之ヲ本節ニ纒括セリ
履行ニ關スル規定ト辨濟ニ關スル規定トハ相關連シテ互ニ混同シ易シ之レ辨濟ハ義務ノ本旨ニ從フ履行ナレハナリ然レトモ辨濟ハ債權消滅ノ一方法ニシテ債權其モノノ一部ヲ爲スニアラス之ニ反シテ履行ハ債權ノ一部トシテ當事者初メヨリ之ヲ豫想シタルモノト云フヘシ例ヘハ或時又ハ或場所ニ於テ履行スヘシト云フカ如キハ債權成立ノ時ヨリ當事者ノ見込ミシ所ニシテ債權ノ一部ヲ爲スト雖モ代位辨濟、辨濟充當ノ如キハ債權消滅ノ時ニ至リテ始メテ生スル事項ナルカ如シ故ニ本案ハ履行及ヒ辨濟ニ關スル規定ニ付キ此ニ區別ノ標凖ヲ定メ本款ニ於テハ一般ニ履行ニ關スル規定ノミヲ揭ケタリ
第四百十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百三十六條及ヒ第三百三十三條第六項ノ規定ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典第三百三十六條第一號ハ多數ノ立法例ニ倣ヒ債務履行ノ期限カ到來スルモ債務者ヲシテ遲滯ノ責ニ任セシムルニハ債權者ニ於テ一定ノ手續ヲ爲スコトヲ要スト雖モ之レ固ヨリ債務者ノ保護ニ失スルモノニシテ旣ニ本節ノ始メニ說明セシ如ク其必要ナキノミナラス却テ取引上ニ妨害ヲ與フルモノト云フヘシ故ニ本條第一項ハ本案カ付遲滯ノ制度ヲ採用セサリシ主意ニ本ツキ債務履行ノ期限了ルトキハ債務者ハ期限到來ノ時ヨリ當然遲滯ノ責ニ任スヘシト規定シ自己カ承諾ノ上約定シタル期限ハ正ニ之ヲ確守セサルヘカラサルコトヲ示シ依リテ以テ相互ノ信用取引ノ安全ヲ保護セリ又旣成法典ハ同條第二號及ヒ第三號ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ之ヲ删除セリ
然レトモ債務履行ノ時期ニ付キ別段ノ定ナキトキハ債務者ハ何時ヨリ遲滯ノ責ニ任スヘキヤ旣成法典ハ之ニ關シ特ニ明文ヲ設ケサルニ因リ或ハ疑惑ヲ生セシムルコトナシトセス故ニ本案ハ本條第二項ノ規定ヲ設ケ債權者カ履行ノ請求ヲ爲シタル時ヨリ債權者ハ遲滯ノ責ニ任スヘシトシ第一項ノ規定ニ相應セシムルモノニシテ債權者カ履行ヲ請求スルコトヲ得ル時期ニ付テハ旣成法典財產編第三百三十三條第六項ノ如ク何時ニテモ履行ヲ請求スルコトヲ得ト爲セリ
第四百十二條
(理由)旣成法典ハ債權者ノ遲滯ニ關シ特ニ規定ヲ設クルコトナク辨濟提供ノ規定ニ依リテ債權者ヲ保護スルニ止マルト雖モ辨濟ノ提供ハ本案カ旣成法典ノ主義ヲ修正シテ其效力ヲ擴張シタルニ拘ハラス尚ホ債務者ヲシテ債務ノ不履行ニ因リテ生スヘキ自己ノ責任ヲ免レシムルニ過キスシテ未タ債權者一身ノ事由ニ因リテ債務者カ受クヘキ不利益ヲ救フニ足ラス之レ本條ニ於テ債權者モ亦遲滯ノ責ニ任スヘキコトヲ認メ其要件及ヒ時期ヲ指定スル所以ニシテ債務者ノ遲滯ニ關スル前條ノ規定ト照應シ雙方ノ利益ヲ平等ニ保護スルモノト云フヘシ
債權者ノ遲滯ノ責任ヲ定ムルニ付キ諸國ノ立法例ハ凡ソ三種ニ區別セラル即チ一ハ債權者ニ過失アル場合ニ於テノミ遲滯ノ責ニ任セシメ二ハ過失ノ存在ヲ要セサルモ債權者ノ意思ノ加ハルコトヲ要ストシ三ハ過失アル場合ハ勿論病氣天災等ニテ已ムコトヲ得サリシ場合ト雖モ總テ遲滯ノ責ニ任セシムルモノトス本案ハ即チ此第三ノ主義ニ依ルモノニシテ或ハ債權者ニ酷ナルカ如シト雖モ債務者モ亦旣ニ債務ノ本旨ニ從フテ履行ヲ提供シタルモノナレハ雙方共ニ過失ナキ場合ニ於テハ適當ニ提供セラレタル履行ヲ受領スルコトヲ妨ケラレタル者即チ債權者ニ於テ不利益ヲ甘受シ遲滯ノ責ニ任スルヲ以テ妥當トス故ニ本案ハ墺太利民法、獨乙民法草案等ニ傚ヒ本條ニ於テ債權者ハ債務ノ履行ヲ受領スルコトヲ拒ミタルトキハ勿論之ヲ受領スルコト能ハサルトキト雖モ遲滯ノ責ニ任ストシ後ニ本案カ債權ノ目的ノ減失又ハ毀損ニ付キ債務者ニ過失ナキトキハ債權者ハ其危險ヲ負擔スヘシトスル主義ニ恰當セシムルモノニシテ遲滯ノ責任ヲ生セシムル時期ニ付テハ履行ノ提供アリタル時ヨリトスルハ固ヨリ至當ノ規定タルヘシ
第四百十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百八十二條ヲ修正セリ先ツ同條第二項ハ訴訟法ニ屬スヘキ規定ナルヲ以テ又同條末項ハ明文ヲ要セサルニ因リ共ニ之ヲ删除シ次ニ直接履行ナル用語ヲ改メテ强制履行ト爲セリ蓋直接履行ハ通常間接履行即チ不履行ノ場合ニ於ケル損害賠償ノ如キモノニ對スル用語ナリト雖モ間接履行ハ旣ニ義務ノ履行ニ非サルニ因リ之ニ對シテ特ニ直接履行ナルモノヲ區別スヘキ理由ナキノミナラス本條ノ趣旨ハ債權者ヲシテ强制方法ニ依リ債務ノ履行ヲ得セシムルニ存スルモノナレハ强制履行ナル用語ハ此趣旨ヲ表ハスニ最モ其當ヲ得レハナリ
旣成法典其他二三ノ立法例ハ特ニ明文ヲ以テ債務者ノ身體ヲ拘束セスシテ義務ヲ履行セシムルコトヲ得ル場合ニ於テノミ直接履行ヲ許ス旨ヲ規定セリ然レトモ債務者カ其負擔シタル義務ニ服スルハ自ラ進ミテ其自由ヲ制限シタルモノニシテ强制執行及ヒ强制履行ノ方法ハ總テ外見上債務者ノ自由ヲ制限スルカ如シト雖モ義務負擔ノ當時ヲ顧ミルトキハ之ニ因リテ殊更ニ債務者ノ自由ヲ制限シタルニアラス又之レカ爲メニ不當ニ自己ノ自由ヲ制限セラレタリト云フコトヲ得サルナリ故ニ旣成法典等ニ於テ身體ヲ拘束スルニアラサレハ履行スルコトヲ得サル債務ト云フハ宜シク債務ノ性質カ强制履行ヲ許ササルトキト解セサルヘカラサルモノニシテ債務カ假令强制方法ヲ要スルコトモ之ニ依リテ履行セシムルコトヲ得ルモノナレハ債權者ヲシテ其履行ヲ得セシムルヲ以テ當然トシ而シテ債務ノ性質カ强制履行ヲ許スヘキモノナルヤ否ヤハ事實問題ニシテ不當ニ自由ヲ制限セサルヘカラサル場合ニ於テハ裁判所ハ固ヨリ强制履行ヲ許サスシテ他ノ方法ニ依ラシメ決シテ不法ノ結果ヲ生セシムルコトナカルヘシ故ニ本案ハ旣成法典財產編第三百八十二條ニ於ケル身體拘束云々ノ字句ヲ删リ本條第一項但書ノ規定ニ依リテ債務ノ性質カ强制履行ヲ許ササル場合ヲ除外セリ其他本條第二項以下ノ規定ハ旣成法典同條第三項乃至第五項ノ字句ヲ修正シタルニ過キサレハ別ニ說明ヲ要セス
第四百十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百八十三條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ即チ同條第一項前段ノ規定ハ旣ニ本案第四百十三條ニ於テ本則トシテ强制履行ノ請求權ヲ規定シタルニ因リ之ヲ删リ本條ニ於テハ債務者カ債務ノ本旨ニ從ヒタル履行ヲ爲ササルトキ及ヒ債務者ノ責ニ歸スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ爲スコト能ハサルニ至リタルトキノ效濟方法ヲ定メ即チ債權者ヲシテ損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得セシムルモノニシテ債務者カ强制履行又ハ任意履行ニ應セサルトキノミナラス廣ク履行ヲ遲延シタル場合ニモ賠償ヲ請求スルコトヲ得ルモノトス故ニ旣成法典同條第二項ノ規定ハ當然本條ノ規定ニ包含セラルルモノニシテ同條第三項ノ規定ハ不必要ナルニ因リ之ヲ删レリ
第四百十五條
(理由)損害賠償ノ金額ヲ定ムル標凖ニ付テハ諸國ノ立法例區々ニシテ容易ニ其可否ヲ判別スルコト能ハス本條ハ即チ旣成法典財產編第三百八十五條ニ修正ヲ加ヘ此標凖ヲ適當ニ指定スルモノニシテ先ツ債權者ノ受ケタル損害ト債務者ノ債務不履行トハ原因結果ノ關係ヲ有セサルヘカラサルコトヲ明ニシ然モ此關係ハ直接ノモノタルヲ要スルヤ將タ間接ノ關係ヲモ包含スヘキカヲ法文ニ記載スルハ却テ錯雜ヲ增スニ過キサレハ斯ノ如キ區別ヲ爲スコトヲ止メ單ニ債權者ニシテ損害ト不履行トノ間ニ因果ノ關係アルコトヲ證明スルコトヲ得ハ之ニ賠償ノ請求權ヲ認ムヘキ主義ヲ取リ即チ債務者ハ債務ノ不履行ニ因リ通常生スヘキ損害ヲ賠償スヘシト爲セリ
次ニ旣成法典ハ債權者ノ損害カ債務者ノ意思ニ本ツク場合ト否ラサル場合トヲ區別シテ賠償額ノ標凖ヲ定メ二三ノ立法例ハ更ニ惡意重懈怠及ヒ輕懈怠ノ如キ階級ヲ區別シ之ニ依リテ債務者責任ノ程度ヲ異ニセシム然レトモ債務關係ニ本ツキ債務者ヲシテ賠償ヲ爲サシムルニ當リ此者ノ德義上又ハ心意上ノ狀況ニ依リテ其標凖ヲ定ムルハ決シテ損害ヲ受ケタル債權者ヲ滿足セシムル賠償ノ本旨ニ適スルモノト云フヘカラス債務者德義上ノ責任ノ輕重ハ裁判官カ其局ニ當リテ宜シク之ヲ斟酌スヘシト雖モ特ニ之ヲ法文ニ明示スル必要ナク法律ノ正面ニ於テハ損害賠償ノ標凖ハ一ニ債權者ノ受ケタル損害ニ依ルヲ以テ正當トス故ニ本案ハ旣成法典ノ主義ヲ改メ債務者ノ惡意又ハ懈怠ニ本ツキテ賠償額ノ標凖ヲ定ムルコトヲ止メ單ニ債權者カ債務ノ不履行ニ因リテ受ケタル損害ニ照ラシテ賠償額ヲ定ムヘキモノト爲シ從テ旣成法典財產編第三百八十五條第三項ノ規定ハ之ヲ删除セリト雖モ同項ノ精神ハ却テ廣ク之ヲ認定シ苟モ債權者ニシテ原因結果ノ關係ヲ證明スル限ハ債務者ノ善意タルト惡意タルトヲ問ハス債務者ヲシテ損害賠償ノ責ニ任セシムルコトハ旣ニ說明セシ所ニシテ損害ノ豫見シ得サリシモノナルヤ否ヤハ敢テ問フ所ニアラサルナリ
旣成法典ハ又賠償ノ範圍ニ付キ豫見シ又ハ豫見シ得ヘカリシ損害及ヒ豫見スルヲ得サリシ損害ヲ區別シ此豫見ナルコトハ合意ノ當時ニ付テ之ヲ定ムト雖モ頗ル狹ニ失スル規定ト云ハサルヘカラス何トナレハ豫見ノ事實ハ獨リ損害其モノニ止マラス又合意ノ當時ニ限ラスシテ苟モ債務者カ損害ヲ生スヘキ事情ヲ豫見シ又ハ豫見シ得ヘカリシトキ及ヒ合意後ニ於テ之ヲ豫見シ又ハ豫見シ得ヘカリシトキト雖モ損害賠償ノ責ニ任スルハ當然ナレハナリ而シテ此事情カ損害ノ通常ノ原因タル場合ニ於テ債務者カ右ノ範圍ニ於テ賠償ノ責ニ任スヘキハ旣ニ本條第一項ノ規定ニ因リテ疑ナシト雖モ若シ其事情ハ特別ノ事情ニ屬シ損害ノ通常ノ原因ト認ムルコト能ハサルトキハ債務者カ假令此事情ヲ豫見シ又ハ豫見シ得ヘカリシトキト雖モ賠償ノ責任ナシト云ハサルヲ得ス之レ即チ本條第二項ノ明文ヲ揭クル所以ニシテ特別ノ事情ト雖モ當事者之ヲ豫見シ又ハ豫見シ得ヘカリシトキハ此事情ヨリ生シタル損害ノ賠償ヲ請求シ得ルコトヲ認ムルモノナリ
其他旣成法典財產編第三百八十五條第一項ハ多數立法例ニ倣フテ損害賠償ハ債權者ノ受ケタル損失及ヒ其失ヒタル利得ノ塡補ニ及フコトヲ規定スト雖モ單ニ損害ト云フヘキハ積極的ノ損害即チ現ニ受ケタル損失及ヒ消極的ノ損害即チ失ヒタル利得ヲ當然包含スヘキニ因リ之ヲ删レリ
第四百十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百八十六條第一項ノ規定ニ該當ス二三ノ立法例ニ依レハ損害賠償ノ意義ヲ擴張シテ或ハ原狀回復ヲモ包含セシメ或ハ金錢以外ノ物ヲ以テ賠償スルコトヲ許スモノアリト雖モ此等賠償ノ方法ハ徒ニ事物ノ混雜ヲ來タシ却テ不便ナルヘシ故ニ本案ハ旣成法典ノ如ク損害ヲ測定スルニ最モ便利ナル金錢ニ依リテ其賠償ヲ定ムルモノト爲セリ只旣成法典同條第一項ハ損害賠償カ主タル訴ノ目的タルトキニ限ルト雖モ之レ單ニ同條第二項及ヒ第三項ノ規定ニ對シテ用井タル字句ニシテ斯ノ如キ字句アルトキハ其他ノ場合ニ於テハ金錢以外ノ物ヲ以テ賠償スルコトアルヲ認ムルカ如キ疑義ヲ生セシムルニ因リ此字句ヲ删レリ又旣成法典同條第二項及ヒ第三項ノ規定モ便利ナリト雖モ寧ロ民事訴訟法ニ揭クヘキ事項ニ屬スルヲ以テ之ヲ删レリ
第四百十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百八十七條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典ハ特ニ遲延ノ場合ヲモ明示スト雖モ單ニ不履行ト云フトキハ此場合ヲモ包含スヘキニ因リ本案ハ之ヲ删リ又旣成法典ハ當事者雙方ニ非理アルトキト規定シ之ニ依リテ債權者ニ過失アレハ賠償額ヲ減少シ債務者ノ過失大ナレハ之ヲ增加スル趣旨ヲ示スト雖モ本案ハ旣ニ第四百十五條ニ於テ說明セシ如ク賠償額ヲ定ムルニハ債權者ノ受ケタル損害ヲ以テ其標凖トシ從テ債務者ノ過失大ナルカ故ニ懲罰的ニ賠償額ヲ增加スル如キ規定ノ必要ナク獨リ債務ノ不履行ニ關シ債權者ニ過失アリタルトキハ如何ニ之ヲ處分スヘキヤニ付キ規定ノ必要アリト認メ本案ハ此點ニ關シ特ニ本條ノ規定ヲ存セリ而シテ旣成法典同條ノ法文ニ依レハ裁判所ハ損害賠償ノ責任ノ有無ヲモ決定シ得ルヤ否ヤ明ナラスト雖モ債權者ノ過失ハ固ヨリ債務者賠償ノ責任ノ有無ヲ决スル點ニマテ及フヘキモノナレハ本案ハ旣成法典ノ法文ヲ補足シ裁判所ハ賠償ノ金額ヲ斟酌スルノミナラス其責任ノ有無ヲモ規定シ得ルコトヲ明カニセリ
第四百十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百九十一條及ヒ第三百九十二條ヲ合シテ聊カ之ヲ修正セリ旣成法典第三百九十一條第一項ハ義務ノ遲延ノ損害賠償ト稱スレトモ本案ハ廣ク債務ノ不履行ナル用語ニ依ルコトハ旣ニ說明セシ所トス而シテ本案モ亦旣成法典ノ如ク法定利率ニ依ルヲ以テ本則トシ約定利率ハ恩惠等ニ本ツキテ法定利率ヨリ低カリシトキト雖モ一旦不履行ノ事實アルトキハ債務者ヲシテ法定利率ヲ支拂ハシムルノ至當ナルコトヲ認ムト雖モ約定利率カ法定利率ニ超ユル場合ニ於テ債務ノ不履行ニ因リ其以後ハ法定利率ニ依ルヘシトスルトキハ債務者ハ不法ニ利益ヲ受クヘキ結果ヲ生スルニ因リ特ニ本條但書ノ規定ヲ附加セリ然レトモ旣成法典同條第一項但書及ヒ第二項ノ規定ハ不必要ナレハ總テ之ヲ删除シ又旣成法典第三百九十二條ノ規定ハ之ニ字句ノ修正ヲ加ヘ以テ本條第二項ノ規定ヲ設ケタリ
第四百十九條
(理由)旣成法典財產編第三百八十八條乃至第三百九十條ハ所謂過怠約款ニ關スル規定ニシテ本案ハ之ヲ本條ニ纒括シ且之ニ適當ノ修正ヲ加ヘタリ即チ過怠約款ナル用語ヲ改メテ豫定損害賠償ト爲シタルハ懲罰的ノ意義ヲ有スル字句ヲ避ケテ實際ノ意義ニ適スル字句ヲ用井タルニ過キス又本條第一項前段ノ規定ハ旣成法典第三百八十八條ノ字句ヲ修正シタルニ過キスト雖モ其後段ノ規定ハ旣成法典第三百八十九條ノ實質ヲ修正セリ旣成法典同條後段ノ規定ニ依レハ不履行又ハ遲延カ債務者ノ過失ニ出サルトキ又ハ一分ノ履行アリタルトキハ裁判所ハ豫定賠償額ヲ減スルコトヲ得ルモノニシテ此點ニ關スル諸國ノ立法例ハ頗ル區々ヲ極メ或ハ增減スルコトヲ許サストシ或ハ一分ノ履行アリタルトキハ減額スルコトヲ許シ或ハ旣ニ減額スルコトヲ許ス以上ハ增額スルコトヲモ許ササルヘカラストシ其他損害ヲ受ケサレハ豫定賠償額ヲ請求スルコトヲ得ストシ若クハ實際ノ損害ト豫定賠償額トノ間ニ非常ノ差違アルトキニ限リ之ヲ增減スルコトヲ得ト爲セリ然レトモ當事者カ賠償額ヲ豫定スル所以竝ニ法律カ之ヲ認許スル所以ハ債務ノ履行ヲ確保シ恰モ不履行ニ對スル罰金トシテ履行ヲ强制スル方法ト爲スノミナラス賠償額ヲ定ムルニ當リ手數ヲ省キ極メテ便利ナルニ因ルモノナレハ若シ裁判所ヲシテ此豫定額ヲ增減スルコトヲ得セシムルトキハ之レカ爲メニ豫定損害賠償ノ規定ハ徒法ニ歸シ其效用ヲ失フニ至ラン故ニ本案ハ旣成法典同條前段ノ主義ヲ擴張シテ豫定賠償額ハ裁判所之ヲ增減スルコトヲ得ストシ以テ立法ノ本旨ニ適セシメタリ
旣成法典財產編第三百九十條ハ損害賠償ノ豫定ハ解除ノ請求ヲ妨ケサルコトノミヲ規定シテ履行ノ請求ヲ妨ケサルコトヲ揭ケサルハ疑義ノ基タルヘキニ因リ本案ハ本條第二項ニ於テ双方共ニ之ヲ明示セリ蓋本項ハ賠償額ノ豫定ト履行又ハ解除ノ請求トハ互ニ無關係ナルコトヲ示スニ止マルモノニシテ全部不履行ニ對スル豫定賠償額ヲ請求スルト同時ニ債務ノ履行ヲ請求シ得サルハ明白ナリト雖モ旣成法典ノ如ク解除ト豫定賠償トヲ併セテ請求スルコトヲ得ルハ履行遲延ノミニ付テ豫定賠償ヲ約シタルトキニ限ルハ狹ニ失シ豫定賠償ノ規定ノ效用ヲ減殺スルモノナレハ本案ハ廣ク不履行ノ場合ニ於テモ解除ト豫定賠償トヲ併セテ請求シ得ルコトヲ認メタリ只之レカ爲メニ不當利得ノ規定ニ觸ルルトキハ其原則ニ依リテ之ヲ定ムヘキハ勿論ナリトス
本條第三項ハ商法草案第七章第五節違約金ニ關スル規定ノ趣旨ニ依ルモノニシテ違約金ノ約定ハ固ヨリ民事上ノ取引ニモ常ニ行ハルル所ナレハ民法ニ於テ其通則ヲ揭クルヲ正當ナリト認メ此ニ之ヲ規定セリ而シテ損害賠償ノ豫定ハ主トシテ賠償額ヲ計算スル手數ヲ省ク爲メニシ違約金ノ約定ハ契約ノ履行ヲ確ムル爲メニスルノミナラス彼ハ總テノ債務關係ニ關シ是ハ契約ノ履行ニ關スルモノニシテ互ニ其性質ヲ異ニスト雖モ實際上ノ應用ニ至リテハ殆ント相類似シ違約金ハ損害賠償ヲ含ミ或ハ損害賠償ハ違約金ヲ含ムコト多ク從テ此二者ヲ一所ニ規定スルコトハ多數ノ立法例ニ就テ見ル所ナレハ本案ハ寧ロ違約金ヲ損害賠償ノ豫定ト見做スヲ以テ實際ノ取引ニ適スルモノト認メ本項ノ規定ヲ設ケタリ
第四百二十條
(理由)本案ハ旣ニ第四百十六條ノ規定ニ依リ損害賠償ハ通則トシテ金錢ヲ以テ之ヲ定ムヘシト雖モ之レ固ヨリ賠償ヲシテ能ク其損害ニ相當スルコトヲ得セシムル便利ニ本ツキ且ツ裁判所ヲシテ金錢以外ノモノヲ以テ賠償ヲ定メシムルトキハ當事者ノ意思ニ反スル結果ヲ生スルコト多カルヘキヲ以テ法律上ノ通則トシテハ金錢ヲ以テ賠償ヲ定ムヘシト爲スノミ故ニ當事者双方カ承諾ノ上金錢以外ノモノヲ以テ賠償ニ充ツヘキコトヲ豫定シタル場合ニ於テハ右ニ述フル如キ弊害及ヒ不便ヲ生スルコトナキニ因リ毫モ之ヲ禁スル理由ナシト雖モ旣ニ第四百十六條ノ通則ヲ揭ケタル以上ハ本條ノ明文ナキトキハ金錢以外ノモノヲ以テ賠償ニ充ツヘキ豫定ヲ爲スコトヲ得サルカノ疑ヲ生セシムルコトナシトセス之レ本案ハ多數ノ立法例ニ傚フテ特ニ本條ノ規定ヲ設ケ特種ノ損害賠償ヲ認ムル所以ナリ
第四百二十一條
(理由)本條モ亦前條ト同シク新設ノ規定ニシテ旣成法典ノ認メサル所ナリト雖モ本條ニ豫定スル場合ハ實際上屢遭遇スル所ニシテ若シ本條ノ明文ナキトキハ債權者ハ物又ハ權利ノ價格ニ對スル全部ノ賠償ヲ受ケタルニ拘ハラス尚ホ其物又ハ權利ヲ有シ二重ニ利益ヲ受クルノ結果ヲ生スヘシ而シテ債權者ハ旣ニ充分ノ賠償ヲ得タル以上ハ之ニ對スル物又ハ權利ハ消滅シタルモノト認ムルハ普通ニシテ且至當ノ事タルヲ以テ本案ハ特ニ本條ノ規定ヲ設ケ全部ノ賠償ヲ完濟シタル者ヲシテ其物又ハ權利ニ關シ債權者ニ代位セシムルコトヽ爲セリ
第四百二十二條
(理由)本條ハ所謂間接訴權ニ關スル規定ニシテ旣成法典財產編第三百三十九條ヲ修正セリ旣成法典同條第一項ノ法文ニ依レハ債權者ハ何時ニテモ隨意ニ債務者ニ屬スル權利ヲ行使スルコトヲ得ル如ク聊カ廣キニ失スル虞アルヲ以テ本案ハ本條第一項ニ於テ債權者ハ自己ノ債權ヲ保全スル爲メニアラサレハ債務者ニ屬スル權利ヲ行フコトヲ得サル旨ヲ明示シ且本條第二項ノ規定ニ依リテ債權者ハ其債權ノ期限カ到來シタルニアラサレハ第一項ノ權利ヲ行フコトヲ得サル至當ノ制限ヲ附シタリ然レトモ債權者ハ民事訴訟法ノ規定ニ因リ裁判上ノ代位權ヲ得タルトキハ期限前ト雖モ債務者ニ代ハリテ其權利ヲ行フコトヲ得ヘキハ勿論其他債務者ニ屬スル權利ヲ登記スル如キ保存行爲ハ同時ニ債務者ノ利益トナリ又自己ノ債權ノ期限ニ關セサルコトナレハ債權者ハ何時ニテモ之ヲ爲シ得ヘキニ因リ本條第二項ニ於テ此二種ノ例外ヲ認メタリ
次ニ旣成法典同條第二項ノ規定ハ債務者ニ屬スル權利ヲ行使スル方法ヲ示スニ止マリ寧ロ民事訴訟法ノ規定ニ屬スヘキモノナレハ之ヲ删除シ又同條第三項前段ノ規定ハ本條第一項但書ノ規定ニ依リテ明白ナルヘク其後段ノ規定ハ明文ヲ要セサルニ因リ之ヲ删レリ
第四百二十三條
(理由)本條乃至第四百二十七條ハ所謂廢罷訴權ニ關スル規定ニシテ本條ハ旣成法典財產編第三百四十條及ヒ第三百四十一條ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ卽チ旣成法典第三百四十條第一項前段ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セス且本條第一項ノ規定ノ裏面ヨリ推知スルコトヲ得ヘク又旣成法典同條第二項ハ詐害行爲ノ解釋ヲ下スモノニシテ之レ亦本案ノ法文ニ依リ自ラ明白ナルヲ以テ共ニ之ヲ删リ獨リ旣成法典同條第一項但書ノ趣旨ニ本ツキテ本條第一項ノ規定ヲ設ケ債權者カ債務者ノ法律行爲ヲ取消シ得ルコト及ヒ其場合ヲ明示セリ
本條第一項ハ何人ニ對シテ廢罷訴權ヲ主張シ得ルカヲ規定セリ旣成法典第三百四十一條第一項ハ債務者ト約束シタル者及ヒ轉得者ニ對シテ起訴スルモノトシ又同條第三項ハ債務者ヲシテ訴訟ニ參加セシムルコトヲ要スル規定ヲ置キタリト雖モ是レ皆手續ニ屬スルモノナレハ本案ニ於テハ之ヲ揭ケサルコトトセリ
第四百二十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百四十三條ノ規定ニ依ルモノニシテ同條前段ハ廢罷訴權ヲ行フコトヲ得ヘキ債權者ヲ指定スト雖モ之レ旣ニ本案第四百二十三條ノ通則ニ依リテ疑ヲ存セス又同條伹書ノ規定モ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ共ニ之ヲ删除シ獨リ同條後段ハ詐害行爲廢罷ノ結果ヲ規定スルモノニシテ若シ此明文ナキトキハ判決ノ效力ハ當事者間ニ止マルト云フ原則ニ從ヒ詐害行爲ノ取消ヲ請求シタル者ノミ利益ヲ受クヘシトノ疑ヒヲ生セシムルニ因リ本案ハ特ニ本條ノ明文ヲ存シテ廢罷訴權ノ結果ハ總債權者ノ利益ニ歸スルコトヲ明ニセリ
第四百二十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百四十四條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ即チ本條第一項ハ旣成法典同條第一項後段ト同一ニシテ其第二項ハ旣成法典同條第一項前段ノ規定ニ期間ノ變更ヲ加ヘタルノミ之レ本案ニ於テハ旣ニ消滅時效ノ期間ヲ改メテ二十年ト定メタレハナリ又旣成法典同條第二項ノ規定ハ民事訴訟法ニ屬スヘキモノナレハ之ヲ删レリ
第三節 多數當事者ノ債權
(理由)旣成法典ニ於テハ義務ノ諸種ノ體樣ト題スル一節ヲ設ケ各種ノ債務ニ關スル規定ヲ揭ケタリト雖モ本案ニ於テハ所謂有期義務及ヒ條件附義務ニ關スル規定ハ之ヲ總則ニ揭ケ又選擇義務ハ債權ノ目的ニ關スル事項トシテ本編第一章第一節中ニ之ヲ規定シ任意義務ハ代物辨濟ノ豫約ニ外ナラサルモノト信スルカ故ニ本章第五節第一款中代物辨濟ニ關スル規定アルヲ以テ足レリトシ特ニ之ヲ規定セス而シテ不可分債務、連帶債務及ヒ保證債務ニ至テハ債權者又ハ債務者ノ多數ナル場合ニシテ數多ノ規定ヲ要スルモノナルカ故ニ玆ニ多數當事者ノ債權ト題スル一節ヲ設ケ以テ之ニ關スル規定ヲ揭ケタリ
第一款 總則
第四百二十六條
(理由)數人ノ債權者又ハ債務者アル場合ニ於テハ權利義務ハ平等ニ數人ノ間ニ分割セラル可キモノナルヤ旣成法典ニ於テハ明ニ此問題ヲ決セスト雖モ其ノ平分主義ヲ採リタルコトハ各種ノ規定ニ依リテ自ラ明ナリトス本案ニ於テハ不可分債務連帶債務及ヒ保證債務ノ總則トシテ本條ヲ設ケ以テ其主義ヲ明ニセリ而シテ此規定ヲ設クル以上ハ財產編第四百四十四條ノ如キ規定ハ自ラ其必要ナキニ至ルヘキナリ
第二款 不可分債務
旣成法典ニハ不可分債務ノ原因ニ關シ詳細ナル規定ヲ設ケタリト雖モ煩ニ失シ實際其必要ヲ見サルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ削除シ唯不可分ハ債務ノ目的ノ性質又ハ當事者ノ意思ニ因リテ生スルモノナルコトヲ示スニ止メタリ
財產編第四百四十一條及ヒ第四百四十二條ハ不可分債務ノ原因ヲ規定セルモノニシテ前記ノ理由ニ依リ本案第四百二十九條ノ規定ヲ以テ之ニ代ヘタリ同第四百四十三條ハ言フヲ俟タサルヲ以テ之ヲ削レリ又第四百四十四條ハ本案第四百二十八條及ヒ第四百三十一條アルカ爲メ之ヲ存スル必要ナキヲ以テ共ニ之ヲ削レリ同第四百四十九條ハ延期抗辯ノ規定ナリ若シ延期抗辯ヲ認ムルコト旣成法典ノ如クナルトキハ債權者ニ損害ヲ及ホスコト決シテ少シトセス加之債務者ハ自ラ辨濟ヲ爲スコトヲ豫メ覺悟セサル可カラサルモノナルカ故ニ債務者ヲシテ延期抗辯ヲ爲スコトヲ得セシムルトキハ其保護ノ厚キニ失スル嫌アリ故ニ之ヲ削レリ
旣成法典ハ不可分債務ニ關スル規定ヲ財產編ト擔保編トニ分載セリ然レトモ其擔保編中ニ規定セル任意ノ不可分ナルモノハ連帶ノ如ク只之ヲ一種ノ債權擔保ト見タルカ故ニ過キス固ヨリ財產編ノ規定外ニ其適用ヲ有スルモノニ非ス故ニ本案ニ於テハ其財產編ノ規定ヲ參酌修正シテ之ヲ採用シ擔保編ノ規定ハ全ク之ヲ削除セリ
第四百二十七條
(理由)不可分債務ニ關シテ債權者ノ多數ナル場合ニ付キ諸國ノ立法例ニ於テ三種ノ異ナリタル主義アリ第一ハ總債權者共同ニテ履行ヲ請求シ又債務者ハ總債權者ニ辨濟ヲ爲スヘキモノトスル主義ナリ第二ハ佛、伊、端士等諸國ノ法典ニ於テ採ル所ノモノニシテ各債權者ハ全部ノ履行ヲ求メ又債務者ハ各債權者ニ全部ノ履行ヲ爲スコトヲ得ヘキモノトスル主義ナリ第三ハ獨逸民法草案ノ採ル處ニシテ一人ノ債權者ニ對シテ爲ス履行カ總債權者ノ利益ト爲ルヘキ場合ヲ除ク外ハ各債權者ハ全部ノ履行ヲ請求シ得ヘキモ總債權者ニ履行ヲ爲スヘキコトヲ請求セサルヘカラストスル主義是ナリ第一ノ主義ハ理論ニ偏シテ實際不便ナルコト論ヲ俟タス之ニ反シテ第二ノ主義ハ不可分債務ノ性質ヨリ論スルトキハ甚タ其當ヲ得ス何トナレハ各債權者ハ本來全部ノ履行ヲ求ムルノ權利ヲ有セサレハナリ然リト雖モ債務者カ一部ノ履行ヲ爲スモ各債權者ハ實際履行ノ利益ヲ受クルコト能ハサルカ故ニ便宜上斯ク規定シタルモノニ過キサルナリ又獨逸民法草案ノ主義ハ理論ト實際ノ必要トヲ調和シテ巧ナル如シト雖モ强制執行ニ際シテ其不便少ナカラサルヘシ故ニ本案ニ於テハ各債權者ハ總債權者ノ爲メニ履行ヲ請求シ又債務者ハ總債權者ノ爲メニ各債權者ニ履行ヲ爲スヘキモノト定メ以テ不可分債務ノ性質ニ反セサル範圍内ニ於テ第二ノ主義ヲ採用シ實際ニ不便ナカランコトヲ欲セリ
第四百二十八條
(理由)本條第一項ハ財產編第四百四十五條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニ過キス其相殺ニ關スル部分ヲ削リタル所以ハ本案ニ定メタル相殺ノ要件旣成法典ニ定ムル所ト異ナルカ爲メ之ヲ置クコトヲ必要トセサルニ在リ
同編第四百四十六條ノ規定ハ不可分債務ノ性質ニ反スルモノト謂フ可シ蓋シ各債權者ハ債權全部ニ付キ權利ヲ有スルモノニ非ス又固ヨリ其間ニ代理關係ノ存スルモノニ非サルナリ故ニ同條ヲ削除シ之ニ代フルニ本條第二項ヲ以テシタリ
第四百二十九條
(理由)債務者數人アル場合ニ於テハ目的ノ不可分ナルヨリシテ履行ニ關シテハ債權者ヲシテ各債務者ニ對シ全部ノ請求ヲ爲スコトヲ得セシムルコト必要ナリト雖モ債務者相互ノ間ニハ代理其他連帶ノ場合ニ於ケル如キ關係ノ存スルモノニ非ス故ニ本條ヲ以テ其一人ニ付キ生シタル事項ハ他ノ債務者ニ對シテ效力ヲ生セサルコトヲ明示スルノ必要アルナリ
第四百三十條
(理由)旣成法典ニ於テハ不可分債務ニ關シテ詳細ナル規定ヲ設ケタルニ拘ハラス本條ノ規定アルヲ見ス然レトモ不可分債務カ可分債務ニ變シタルトキ即チ例ハ損害賠償ヲ爲スヘキ債務ニ變シタルカ如キ場合ニ在リテハ當初不可分債務タリシ爲メ或ハ疑議ヲ生スル恐ナキニ非ラサルヲ以テ此ニ本條ノ規定ヲ設ケタリ
第三款 連帶債務
(理由)旣成法典ハ羅馬法以來ノ立法例ニ倣ヒテ債權者間ノ連帶ト債務者間ノ連帶トヲ認メタリ然レトモ債權者間ノ連帶ハ實際ニ於テ殆ト其適用ヲ見サルヲ以テ特ニ之ニ關スル規定ヲ置カス故ニ本款ハ題シテ連帶債務ト云ヒ以テ債務者間ノ連帶ヲ規定シタリ又旣成法典ニ於テハ全部義務ナルモノヲ認メタリト雖モ是レ主トシテ連帶債務者間ニハ代理關係アリトスル主義ヲ採リタル爲メ別ニ斯ノ如キ一種ノ債務ヲ認ムルノ必要ヲ感シタルモノナラン然ルニ下ニ述フルカ如ク本案ニ於テハ連帶ニ付キ此主義ヲ採ラサリシヲ以テ更ニ全部義務ト稱スル如キモノヲ認ムル必要ナシ故ニ本案ニ於テハ之ニ關スル規定ヲ削除セリ
旣成法典ハ連帶債務者間ニ代理ノ關係アルモノトシテ廣ク其結果ヲ認メタリ即チ例ヘハ一人ノ連帶債務者ノ過失ニ付テモ他ノ連帶債務者ハ其責ニ任ス可キモノトシタル如シ然レトモ此ノ如キハ過失責任ノ原理ニ悖リ且ツ當事者ノ意思ニ反スルモノニシテ近來ノ立法例ハ代理關係ヲ認メサルノ主義ニ傾ケリ故ニ本案ニ於テモ亦タ此主義ヲ採用シ代理關係ノ存在ヲ認メス然リト雖モ連帶債務者ノ一人ニ付キ生シタル事項ハ他ノ連帶債務者ニ對シテ每ニ其效ナシトスルコト其當ヲ得サルヲ以テ或場合ニ於テハ連帶債務者ノ一人ニ付キ生シタル事項ト雖モ他ノ連帶債務者ニ對シテ其效ヲ生スヘキモノトナセリ要スルニ本案ニ於テハ連帶債務者間ニ代理關係ノ存スルコトヲ云ハスシテ唯實際ノ必要アル場合ニ限リ連帶債務者ノ一人ニ付キ生シタル事項ノ他ノ連帶債務者ニ效ヲ及ホス可キコトヲ規定シタリ然レトモ當事者ノ契約ヲ以テ本案ノ主義ト異ナリタル結果ヲ生セシムルコトヲ得ルハ勿論ナリトス
債權擔保編第五十一條ハ實質上何等ノ規定ヲモ設ケタルモノニ非サルカ故ニ之ヲ置クノ必要ナク同第五十二條第一項ハ連帶債務ノ性質ヲ揭ケ債務者間ニ代理ノ關係アルコトヲ示シタルモノナリト雖モ本案ニ於テハ已ニ述ヘタルカ如ク斯ル思想ヲ以テ立法ノ根據トナササルカ故ニ共ニ之ヲ削レリ同條第二項ハ連帶債務ノ原因ヲ示シタルノミナレハ之ヲ置クノ必要ナク同第五十三條ハ殆ト疑ナキ規定ナルヲ以テ均シク之ヲ削除シタリ同第五十九條ハ判决及ヒ自白ノ效力ニ關スル規定ニシテ判决ノ性質ト相容レサルモノトス且夫レ斯ノ如キ事ハ畢竟證據ニ關スルモノナレハ之ヲ手續法ニ讓ルヲ至當トス殊ニ自白ヲ以テ判決ト同一ノ效力ヲ有スルモノトシタル如キハ最モ其當ヲ得サルモノト謂フヘシ同編第七十二條ノ規定ハ連帶債務ニ付キテノミ之ヲ適用ス可キモノニ非ス保證債務ニ付キテモ此ノ如キ規定ヲ採用セサル可ラス要スルニ同條ノ規定ハ連帶債務者ノ一人カ代位ヲ妨ケラレタル場合ニ於ケル債權者ニ對スル一ノ制裁ナルヲ以テ代位辨濟ノ規定トシテ之ヲ揭クルヲ至當トス
第四百三十一條
(理由)本條ハ債權擔保編第五十四條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニ外ナラス今諸國ノ立法例ヲ見ルニ本條ニ規定スルカ如キ連帶ノ效力ヲ認メサルモノナシ唯我訴答文例ニハ之ニ反スルノ條項アルノミ債權擔保編第五十五條ノ規定ハ言フヲ俟タサルノミナラス辨濟ニ關スル規定アルカ爲メ特ニ之ヲ設クルノ必要ナシ同第五十六條ハ之ヲ置クノ必要ヲ見ス蓋シ連帶債務者ヲシテ延期抗辯ヲ有セシムルコトノ果シテ至當ナルヤニ付テハ大ニ疑ナキ能ハス又同條第一項末文ニ所謂訴ヲ受ケタル連帶債務者ノ一人カ被吿タルコトハ明文ヲ俟タスシテ明ナル所ナルヘシ其第二項ハ民事訴訟法ノ規定アルカ爲メ重複ニ亙ルモノト謂フ可シ要スルニ原文ノ如キハ手續法ニ定ムヘキ事項ナルヲ以テ之ヲ削レリ
第四百三十二條
(理由)本條ハ解釋上或ハ疑ノ生スルコトアランヲ恐レ特ニ之ヲ設ケタルモノナリ蓋シ連帶債務ハ債務者ノ多數ナルニモ拘ハラス一個ノ債務ナリトス論者ハ或ハ本條ノ規定ト異ナリタル解釋ヲ爲スコトアル可シ然レトモ連帶債務ヲ以テ一個ノ債務ナリトスルト否トニ拘ハラス實際ノ結果ニ於テ本條ノ規定ノ如クナラサル可ラサルコトハ近時學說ノ殆ト一定スル所ナリ旣成法典ハ取消ノ場合ノミニ付キテ規定ヲ設ケタルヲ以テ無效ノ場合ニ於テハ如何ナル結果ヲ生スヘキカニ付キ疑ヲ生スルニ至レリ故ニ本案ニ於テハ無效ノ場合ト取消ノ場合トニ付キ區別ノ存セサルコトヲ明ニセリ
第四百三十三條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ノ主義ヲ採用シタルモノニシテ債權擔保編第六十一條第一項及ヒ第六十二條ニ該當ス本條ノ如キ規定ハ諸國ノ法典ニ於テ均ク認ムル所ニシテ連帶債務者間ニ代理關係ノ存スルモノトスルト否トニ拘ハラス極メテ必要ナル規定ナリトス今若シ本條ノ規定ナキトキハ債權者ハ總テノ連帶債務者ニ對シテ履行ノ請求ヲ爲サヽル可カラサルニ至リ其不便大ナルノミナラス債權者ハ連帶債務者ノ一人ニ對シテ履行ノ請求ヲ爲スコトヲ得ヘシト云ヘル第四百三十一條ノ精神ヲ貫カサルノ結果ヲ生スルニ至ル可キナリ
第四百三十四條
(理由)本條ハ財產編第五百一條ノ規定ヲ採用シタルモノニシテ只其位置ヲ轉シタルニ過キス諸國ノ法典皆本條ノ如クナラサルハナシ
第四百三十五條
(理由)本條第一項ハ財產編第五百二十一條第二項末文ニ該當ス今其規定ヲ見ルニ然レトモ自己ノ權ニ基キ相殺ヲ以テ對抗ス可キトキハ全部ニ付キ之ヲ申立ツルコトヲ得 トアリ而シテ此ノ如ク相殺ヲ申立テタルトキハ如何ナル結果ヲ生スヘキモノナルヤ或ハ相殺ヲ申立テタル者ノ利益ノ爲メニノミ效ヲ生スヘキヤ或ハ總債務者ノ利益ノ爲メ效ヲ生スヘキヤ旣成法典ハ敢テ之ヲ明カニセスト雖モ連帶債務者ノ一人カ自己ノ債權ニ基キ相殺ヲ援用シタルトキハ總債務者ノ利益ノ爲メ債權ノ消滅ヲ來スヘキモノトスルノ精神ナルコトハ自ラ明ナル所ナリトス
第二項ノ規定ハ財產編第五百二十一條第二項前段ニ該當ス連帶債權者ノ一人カ債權者ニ對シテ債權ヲ有スル場合ニ於テ他ノ連帶債務者カ債務ノ全部ニ付キ相殺ヲ引用シ得ヘキモノトセハ債權者ノ請求ヲ受ケタル一人ノ連帶債務者カ他ノ連帶債務者ヲシテ辨濟ヲ爲サシムルト同一ノ結果ヲ生スルニ至ル可シ若シ此ノ如クナルトキハ其連帶ノ性質ト相容レサルコト甚シキモノト謂ハサル可ラサルナリ法律上ノ相殺ヲ認メタル旣成法典ニ於テモ尚ホ且ツ本條ノ主義ヲ採用セルヲ以テ見ルトキハ本條ノ規定ノ必要ナルコト明ナリト謂フ可シ又之ニ反シテ債權者ヨリ請求ヲ受ケタル連帶債務者ノ一人カ全ク相殺ヲ引用スルコトヲ得サルモノトセハ債權者ニ對シテ債權ヲ有スル他ノ連帶債務者ハ辨濟ヲ爲シタル連帶債務者ノ一人ニ其負擔部分ヲ償還シ更ニ債權者ニ對シテ自己ノ債權ノ辨濟ヲ求メサル可ラス其煩タル決シテ少カラサルノミナラス若シ債權者カ其間ニ無資力トナルニ至リタルトキハ自ラ損失ヲ蒙ラサル可ラサルニ至ル可キナリ
第四百三十六條
(理由)本條ハ財產編第五百六條第二項ニ修正ヲ施シタルモノナリ債權者カ連帶債務者ノ一人ニ對シテ免除ヲ爲シタルトキハ總債務者ハ其義務ヲ免ルヽモノナルヤ旣成法典ニ於テハ債權者カ特ニ一人ヲ免除スルノ意思ヲ明ニセサルトキハ總債務者ハ免除ノ利益ヲ受ク可キモノトナシタリ此法律上ノ推定ハ一般ノ原則ニ反スルモノト謂ハサル可ラス何トナレハ抛棄ハ素ト推定ス可ラサルモノナルカ故ニ債權者カ總債務者ヲ免除セントシタルノ意思明ナラサルトキハ總債務者ヲシテ免除ノ利益ヲ享ケシム可ラサレハナリ
第四百三十七條
(理由)本條ハ財產編第五百三十五條第一項ニ字句ノ修正ヲ施シタルモノニ過キス只原文ノ如クニ記スルトキハ求償ノ點ニ於テ疑ヲ生スヘキヲ以テ本條末文ノ如ク改メタリ
第四百三十八條
本案ニ於テハ第四百三十三條ニ於テ連帶債務者ノ一人ニ對スル履行ノ請求ハ他ノ債務者ニ對シテモ其効力ヲ生スルモノトセリト雖モ連帶債務者ノ一人ニ付キ生シタル他ノ時效中斷ノ原因ハ他ノ債務者ニ對シテ其効力ヲ生セサルモノト爲シタルカ故ニ連帶債務者ノ一人ニ對スル時效ノ中斷ハ必スシモ他ノ債務者ニ對スル時效ノ中斷ト爲ラス又連帶債務者中ニハ或ハ期限ヲ異ニシ或ハ條件附ニテ債務ヲ負擔スル者アルコトヲ得可キカ故ニ時效ハ各連帶債務者ニ付キ其進行ヲ始ムル時期ヲ異ニスルコトアリ從テ連帶債務者ノ一人ノ爲メニ時效ノ完成シタルニ拘ハラス他ノ債務者ノ爲メニハ未タ時效ノ完成セサルコトアリトス今此場合ニ於テ債權者カ尚ホ全部ノ履行ヲ請求スルコトヲ得ヘシトセハ時效ノ利益ヲ享ケタル債務者ノ負擔部分ハ時效ノ利益ヲ享ケサル債務者ノ負擔ニ歸スルノ結果ヲ生スルニ至ル可キナリ之ニ反シテ債權者ヲシテ時效ノ利益ヲ享ケタル債務者ノ負擔部分ニ付キ權利ヲ失ハシムルモノトセハ實察公平ナル結果ヲ生スルニ至ル可シ蓋シ債權者ハ時效ノ完成ヲ妨ケサルニ付キ過失アルヲ以テ自ラ其責ニ任セサル可カラサレハナリ
第四百三十九條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ於テ之ヲ見ス旣成法典ハ時效ノ停止ヲ除キ連帶債務者ノ一人ニ付キ生シタル事項ハ利ト不利トヲ問ハス總テ他ノ債務者ニ效力ヲ及ホスモノト爲シタリ此事タルヤ旣成法典ニ於ケルカ如ク連帶債務者間ニ代理關係ノ存スルコトヲ認ムルトキハ一理ナキニ非スト雖モ本案ニ於テハ此ノ如キ代理關係ノ存在ヲ認メサルヲ以テ別段ノ定ナキ限リハ連帶債務者ノ一人ニ付キ生シタル事項ハ他ノ債務者ニ對シテ效ヲ生セサルモノトセリ殊ニ旣成法典ニ於テ連帶債務者ノ一人ノ過失ニ付キ他ノ債務者モ亦タ其責ニ任スヘキモノトナシタルハ尤モ其當ヲ得サルモノト謂フ可シ又債權者カ連帶債務者ノ一人ニ對シテ連帶ノミノ免除ヲ爲シタルトキハ他ノ債務者ハ其債務者ノ負擔部分ニ付キ責ヲ免ル丶モノトスル財產編第五百九條第一項ノ規定ノ如キモ亦當事者ノ意思ニ反スル不當ノ規定ト謂ハサルヘカラサルナリ
第四百四十條
(理由)本條ハ債權擔保編第六十九條ニ該當スルモノナリ今本條ノ說明ヲ爲スニ先チテ同編第六十七條及ヒ第六十八條ヲ削除シタル理由ヲ說明スルコトヲ要ス第六十七條第一項ハ連帶ノ性質ヨリ當然生スヘキ結果ニ過キス又債權者ハ數人ノ連帶債務者ニ對シテ同時又ハ順次ニ請求ヲ爲スコトヲ得ルモノナルカ故ニ同條第二項前段ノ如キモ特ニ之ヲ置クノ必要ナシ或ハ其但書ヲ喚起スル爲メナランモ是亦言フヲ俟タサル所ナリト信ス何ントナレハ債權者ハ已ニ債權ノ全額ニ付キ淸算ニ加入シタルモノナルヲ以テ若シ自己ノ負擔部分ヲ超ヘテ辨濟ヲ爲シタル債務者カ淸算ニ加入スルトキハ同一ノ債權ニ付キ再度淸算ニ加入スルノ結果ヲ生スルヲ以テナリ加之此但書ナキカ爲メ解釋上疑ヲ生スヘキモノト假定スルモ自己ノ負擔部分外ニ辨濟ヲ爲シタル債務者カ淸算ニ加入セントスル場合ニハ已ニ淸算ノ結了スルコト多カルヘキヲ以テ實際ニ於テハ斯ル塲合ノ生スルコト極メテ少ナカルヘシ故ニ特ニ之カ規定ヲ置クノ必要ヲ見サルナリ債權擔保編第六十八條ノ規定モ亦タ特ニ之ヲ置クノ必要ナシ蓋シ一部ノ辨濟ヲ受ケタル債權者カ全額ニ付キ淸算ニ加入スルトキハ前後二重ニ債權ノ辨濟ヲ求ムルノ結果ヲ生スヘク又一部ノ辨濟ヲ爲シタル債務者ハ無資力ト爲リタル債務者ニ對シテ求償ヲ求ムルコトヲ得ヘキ債權者ニ外ナラサルカ故ニ其淸算ニ加入スルコトヲ得ルハ論ヲ俟タサル所ナレハナリ
債權擔保編第六十九條ハ連帶債務者一同又ハ其中ノ二人以上カ無資力トナリタル場合ニ關スル規定ナリ同條第一項ハ連帶ノ性質ヨリ生スル結果ニシテ諸國ノ法典ノ規定ヲ見ルニ皆然ラサルハナシ本案ニ於テモ亦タ此主義ヲ採用シテ本條第一項ヲ設ケタリ然レトモ其第二項ハ極メテ當ヲ得サル規定ナリト謂ハサルヲ得ス此規定ニ依ルトキハ債權者カ全部ノ辨濟ヲ受クルコトヲ得ヘキトキト雖モ決シテ全額ヲ受クルコトヲ得サルナリ凡ソ債權者ヲシテ債權ノ全額ニ付キ淸算ニ加ハルコトヲ得セシムル所以ハ之ヲシテ成ル可ク完全ナル辨濟ヲ受クルコトヲ得セシメンカ爲メナリ然ルニ今全部ノ辨濟ヲ受クルコトヲ得ヘキニ係ハラス之ヲ受クルコトヲ得セシメサルハ前後相抵觸スルモノト謂フ可シ草案ノ說明ヲ見ルニ若シ右ノ規定ナキトキハ債權者ハ債務者カ無資者トナラサル場合ヨリモ多額ノ辨濟ヲ受クルコトトナルヘシトアリ然レトモ債權者カ其債權額ヲ超ヘテ配當ヲ受クルコト能ハサルハ一般ノ原則ニ依リテ明ナルノミナラス破產法ノ規定ニ依リテモ亦更ニ疑ヲ生セサル所ナル可シ又旣成法典ハ連帶債務者カ順次ニ無資力トナリタル場合ノミヲ豫想シテ規定ヲ設ケタルヲ以テ其ノ同時ニ無資力トナリタル場合ニ付テハ原文ノ適用極メテ困難ナルヘシ之ヲ要スルニ連帶債務者ノ數人カ同時又ハ順次ニ無資力トナリタル場合ニ付キ區別ヲ爲スコトナク債權額ヲ超ヘサル限度ニ於テ債權者ニ對スル配當額ヲ定メサルヘカラサルナリ
旣成法典ノ無資力ナル文字ヲ改メテ破產ト爲シタルハ本案ノ主義ニ依リ破產ハ商事ニノミ限ラサルヲ以テ無資力ノ場合ニ於テハ破產ノ結果ヲ生スヘキヲ以テナリ
第四百四十一條
(理由)本條ノ規定ハ債權擔保編第六十三條ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルモノニ外ナラス
第四百四十二條
(理由)本條ハ債權擔保編第六十五條ニ該當ス同條ニ於テハ保證ニ關スル同編第三十二條及ヒ第三十三條ノ規定ヲ凖用スヘキコトヲ規定セリ而ルニ第三十二條ノ規定ニ依ルトキハ債務者カ債權者ヨリ訴ヲ受ケタル場合ニ限リテ同條ノ適用ヲ生スルモノニシテ少シク狹キニ失スルモノト謂フ可シ故ニ本案ニ於テハ債權者カ連帶債務者ノ一人ニ對シテ訴ヲ爲シタル場合ニ限ラサルコトヲ明ニセリ又相殺ニ付キ本條但書ノ如キ規定ナキトキハ適用上疑ヲ生スヘキヲ以テ實際ノ便宜ヲ考ヘ成ルヘク公平ナル結果ヲ得ン爲メ此規定ヲ置クコトニセリ
本條第二項ハ債權擔保編第六十五條及ヒ第三十三條ノ規定ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノニ外ナラス
第四百四十三條
(理由)本條ノ規定ハ債權擔保編第六十六條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ニ無資力者ノ部分 トアルヲ改メテ其償還スルコト能ハサル部分 ト爲シタルハ無資力ノ部分ト云フトキハ其ノ負擔部分ノ全額ナルカ如キ觀アルヲ以テナリ
第四百四十四條
(理由)本條ハ債權擔保編第七十一條第二項ノ字句ヲ修正シテ一層其主意ヲ明ニシタルモノニ外ナラス此規定ナキトキハ佛伊民法ノ解釋上ニ於ケル如キ疑ヲ生シ連帶ノ免除ヲ得タル者ト債權者トニ於テ無資力者カ辨濟スルコト能ハサル部分ヲ負擔スルコトト爲リ連帶ノ免除ヲ得タル者ヲシテ其利益ヲ享クルコトヲ得セシメサル結果ヲ生スルニ至ルヘキナリ
第四款 保證債務
(理由)本款ハ旣成法典債權擔保編第一部第一章ノ規定ニ該當ス其實質ニ至リテハ二者ノ間ニ大差ナシト雖モ外形ニ於テハ大ニ相異ナルモノアリ請フ左ニ其異同ヲ說示セン
一、旣成法典ハ明文ヲ以テ保證ノ種類ヲ三別シ任意ノ保證、法律上ノ保證及ヒ裁判上ノ保證トセリ保證ノ原因ニ基キテ之ヲ區別スルトキハ或ハ此三種ニ別ツヲ得ヘシト雖モ特ニ法文ヲ以テ之ヲ明示スルヲ要セサルナリ而シテ旣成法典ハ此區別ヲ明示スルニ拘ハラス其規定ニ至リテハ殆ント全ク右三種ノ保證ニ共通ノモノニシテ擔保編第三條ヲ以テ其趣ヲ明ラカニセリ獨リ同編第四節ノミハ法律上及ヒ裁判上ノ保證ニ特別ナル規則トセルモ右ノ條文タルヤ或ハ不必要ノモノタリ或ハ不穩當ノモノニシテ一モ存シ置クノ必要ナキヲ以テ第四節ハ全ク之ヲ削除スルニ至レリ今簡單ニ各條ニ付キテ其削除ノ理由ヲ示サン
第四十七條第一項ハ同第十五條ノ適用ニ過キス唯旣成法典第十五條ニハ債務者カ保證人ヲ立ツ可キ合意ヲ以テ 義務ヲ負ヒタルトキハト言ヘルニ因リ法律ノ規定又ハ判決ニ從ヒテ保證人ヲ立ツル義務ヲ負ヒタル場合ニ關シテハ特ニ同項ノ如ク言フノ必要生スルモ本案第四百五十二條ノ如ク汎ク債務者カ保證人ヲ立ツヘキ義務ヲ負フ場合トスルトキハ其中ニ總テノ場合ヲ包含セシムルヲ得ルナリ又同條第二項ノ規定ハ保證人承認ノ手續ヲ民事訴訟法ニ讓レルモノナリト雖モ是レ不必要ナルノミナラス民事訴訟法ニハ特ニ保證人承認ノ手續ヲ定メサルカ故ニ此規定ハ之ヲ適用スルニ由ナキモノナリ
同第四十八條モ亦不要ノモノナリ蓋シ裁判所ハ法律ニ因リテ動クヘキハ當然ノコトナレハナリ
同第四十九條ノ規定ハ不穩當ノモノナリ裁判上ノ擔保ハ人ヲ以テスヘキモノトスル羅馬法其他ノ主義ヲ取ルトキハ或ハ同條ノ如キ規定ヲ設クルノ理由アルモ現今ノ如ク物ヲ以テ擔保ト爲ス風習ノ盛ンニ行ハルル時代ニ當リテ裁判上ノ保證人ニ檢索ノ利益ヲ與ヘサルノ理由決シテ無キナリ
同第五十條ノ規定ハ依テ以テ法律上及ヒ裁判上ノ保證人ヲ保護セントシタルモノナランカナレトモ特ニ彼等ニ限リテ此恩典ヲ與ヘ任意ノ保證人ト區別スヘキ必要ナシト認メタルヲ以テ同條モ亦之ヲ削除シタリ
以上ノ理由ニ因リ旣成法典債權擔保編第四節ハ全ク之ヲ削除シ從テ旣ニ不必要ナル同編第三條モ亦自ラ消滅スルコトトナレリ
二、旣成法典債權擔保編第三節ハ保證ノ消滅ト題シテ三條ノ規定ヲ設ケタレトモ此中第四十四條第一項ハ保證モ亦一ノ義務タルヲ以テ義務消滅ノ通常ノ原因ニ由リテ消滅スルハ言ヲ待タストノ點ヨリ不要ナリ同第四十五條第一項ハ保證ノ從タル義務ナル性質ヨリ生スル當然ノ結果ニシテ明文ヲ要セサルモノナリ又右二條ノ第二項モ本案從來ノ主義ニ從ヒテ各削除スヘキモノナリ獨リ同第四十五條ノ規定ハ其當ヲ得タルモノニシテ明文ヲ要スヘキ事ナレトモ本案ハ後節ノ辨濟ノ規定ニ於テ右ト殆ント同一ノ明文ヲ揭ケテ保證ノ場合ニモ之ヲ適用スヘキコトトシタルヲ以テ殊更保證ノ款ニ之ヲ言フノ要ナキニ至レリ此ノ如ク右第三節中ノ三ヶ條ヲ悉ク削除シタルノ結果トシテ同節ハ自然ニ消滅セリ
第四百四十五條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第四條ノ前半ト大差ナシ後半ノ賠償ニ關スルコトハ寧ロ別條ニ規定スルヲ可ナリト信シテ次條ニ送レリ
今左ニ旣成法典中削除シタル條文ヲ擧クヘシ
第十條ノ如キ條文ハ他國ニ其例ナキニアラサルモ敢テ明文ヲ要セサルコトト認メ質權ノ場合ニ於テモ揭ケサリシ如ク玆ニモ亦之ヲ揭ケス
第十一條ノ規定モ亦明文ヲ待タスシテ明ラカナリ況ンヤ代位辨濟ニ關スル規定アルニ於テオヤ
第十二條ハ能力ニ關スルモノナルモ旣ニ總則ノ規定アルヲ以テ今玆ニ之ヲ復言スルノ要ナシ第二項ハ佛國ニ於テハ或ハ其必要アルモ我國法ノ下ニアリテハ總テ總則ノ適用ヲ以テ足レリトシ敢テ此種ノ條項ヲ設クルノ要ナシ
第十三條第一項ニハ保證ノ意志ハ明カニ事情ヨリ生スルコトヲ要ストセリ慢ニ保證ノ意志ヲ推測スルコトヲ許ササルノ規定ニシテ佛伊ノ法律ト同一ノ主義ナリトス然レトモ別ニ明文ヲ要セス一般ノ規定ニテ足ル事ナルヲ以テ之ヲ削除シタリ同條第二項ノ推定ニ至リテハ大ニ非ナルモノアリ共同債務者ナルカ保證人ナルカニ疑アルノ際之ヲ保證人ト看做ストキハ多クノ場合ニ於テハ其人ヲ保護スルコトトナルヘキモ共同債務者タルモノ貧窮ニシテ其債務ヲ辨濟スルコト能ハサルトキハ此推定ハ彼ニ不利ヲ來スコト多シ卽チ彼ハ共同債務者ト定マルトキハ自己ノ負擔部分ヲ辨濟シテ其責ヲ免レ得ルモ保證人ト推定セラルルトキハ一人ニテ悉ク債務ヲ負擔セサルヘカラサル結果ヲ生シ保證人ト推定セラレタルカ爲メ非常ノ難ニ陷ルコトトナル假ニ此ノ如キ弊ナシトスルモ此種ノ事ニ關シテ推定ヲ下スハ制法ノ宜キヲ得タルモノニアラサルヲ以テ本案ハ本條ヲ全ク削除シタリ第十四條ハ羅馬法及ヒ佛法ノ沿革ヨリ生シタルモノナラン羅馬法ニ於テハ保證ノ義務ハ相續人ニ移ラサルヲ原則トセルモ後多クノ場合ニ於テ相續人ニ移ルコトトナリタリシカ佛法ニ於テハ斷然相續人ニ移ルモノトシタルナリ且ツ佛法ニ於テハ保證人ハ債務ニ關シテ監禁ヲ受クルモ相續人ハ之ヲ受クルコトナク唯其債務ヲ承繼スルノミトセシモ是ハ今日旣ニ其適用ヲ失ヘリ同條ノ明文ハ蓋シ之ヨリ生シタルナリ此外草案ニハ尚一二ノ理由ヲ述フルモ別ニ採ルヘキモノナク唯上述ノ沿革的ノ理由アルノミ然ルニ我國ニハ右ノ如キ沿革ナキヲ以テ同條ハ全ク不要ノモノナリ
第十七條ハ言フヲ要セサルモノナルヲ以テ之ヲ削除シタリ
第四百四十六條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第四條第五條及ヒ第八條ノ規定ヲ併合シタルモノナリ第四條ニハ保證人ノ義務ニハ債務者ノ不履行ノ場合ニ於ケル損害賠償ヲ包含スト云ヒ第八條ニハ金額又ハ定マリタル物ニ制限シタル保證ハ利息果實其他ノ附從物ニ及フコトナシトセリ損害賠償ヲ包含シ利息ヲ包含セスト言フハ聊矛盾ノ嫌ナキ能ハス保證ヲ爲スニ當リテ明カニ保證ノ額ヲ制限スルトキハ保證人ノ義務ハ之ニ止マルハ勿論ナルモ之ヲ制限セサルトキハ汎ク諸般ノ義務ヲモ負フヘキコトトナルナリ本案ハ保證債務ニハ主債務ニ從タル總テノモノヲ包含スルヲ原則トシ別段ノ定アル場合ノミヲ例外トシタリ
原文第五條第一項ハ不要ノモノナルヲ以テ之ヲ削リ其第二項ハ必要アリトシテ之ヲ採用ス卽チ主債務者ハ損害賠償ノ額ヲ約セサルモ保證人ハ主債務ノ不履行ヲ豫見シ保證債務ニ付キテ損害賠償ヲ約定スルヲ得ルモノトセリ之ヲ禁スヘキノ理由ナク從テ明文ヲ要セサルカ如キモ或ハ其間ニ疑ノ生セサルニモアラサレハ明カニ之ヲ揭クルヲヨシトス而シテ旣成法典ノ原文ニハ唯過怠約款ノミナリシヲ本案ニ於テ違約金ヲ加ヘタリ
第四百四十七條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第六條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ同第七條ハ不要ナルヲ以テ之ヲ削ル
第四百四十八條
(理由)旣成法典債權擔保編第九條第一項ハ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削リ第二項ニ修正ヲ加ヘテ本條ヲ草シタルナリ右第二項ニハ無能力者ノ取消スコトヲ得ヘキ義務ト雖モ之ヲ保證スルコトヲ得ト言ヒ更ニ進ンテ義務カ取消サレタル後ト雖モ保證ハ其效力ヲ存スト言ヒ恰カモ主タル義務ナクシテ尚從タル保證ノ義務アルモノノ如クセリ其理由トスル所ハ假令法定ノ義務ハ取消サルルモ自然義務ハ存スルヲ以テ之ニ對シテ保證ノ義務アリト言フニアレト本案ニハ所謂自然義務ナルモノヲ認メス且旣成法典ノ理由書ニ於ケル自然義務ノ說明ニ關シテモ亦大ニ異論ナキ能ハサルヲ以テ本案ハ此點ニ關シテ全ク旣成法典ノ條文ヲ改メ右ノ如キ場合ニ於テ債務ヲ保證シタル者ハ無能力者ノ義務トハ全ク獨立ノ義務ヲ負フモノトシ而シテ之ニハ反證ヲ許スコトトセリ
本條ハ或人カ無能力ニ因リテ取消スコトヲ得ヘキ債務ヲ保證シタル際ニ獨立ノ義務ヲ負擔スヘキモノト推定セルナリ其他ノ原因、例ハ詐欺若クハ强暴ニ因リテ取消スコトヲ得ヘキ債務ヲ保證スル場合ニハ決シテ此推定ヲ下サス蓋シ斯ノ如キ債務ヲ保證シタル場合ニモ尚保證人ニ獨立ノ義務ヲ負ハシメ債權者ヲシテ其義務ノ履行ヲ得セシムルトキハ或ハ詐欺强暴等ヲ奬勵スルノ結果ヲ生センコトヲ恐ルルカ爲メナリ旣成法典債權擔保編第二十五條第二項ハ或ハ反對ノ解釋ヲ容ルル餘地アルヲ以テ之ヲ删除セリ
第四百四十九條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第十五條及ヒ第四十七條ヲ併合シテ修正ヲ加ヘタルモノナリ旣成法典ハ債務者カ合意ヲ以テ保證人ヲ立ツ可キ義務ヲ負ヒタル場合ト法律ノ規定又ハ判決ニ從ヒテ之ヲ負ヒタル場合トヲ分テリト雖モ本案ノ如ク汎ク債務者カ保證人ヲ立ツ可キ義務ヲ負フ場合トシテ一條ニ纒括シ其此ノ如キ義務ヲ負フニ至リシ事由ニ從ヒ法律ノ條文ヲ分タサルヲ可トス
同編第十五條ニハ資力ノ事ト住所ノ事ノミヲ言ヒ能力ニ關シテハ規定スル所ナシ是或ハ保證人ノ能力者タルヲ要スルハ當然ノ事ニシテ言フヲ待タサル所ナリト信シタルノ結果ナルヘシト雖モ時トシテ或ハ此間ニ疑ヲ懷クモノナキニシモアラス殊ニ外國ノ法典ニ於テハ皆此條件ヲ明記セルヲ以テ本案モ亦其例ニ倣フテ第一項第一號ヲ入ルルヲ安全ナリトセリ
同條ニハ債務者ハ債務ノ性質及ヒ大小ニ應シ有資力ノ人ニ非サレハ云々ト言ヘルモ這ハ辨濟ノ資力ヲ有スト言ヘル法條ノ解釋ニ由リ當然此ノ如クナルヘキモノト信シ本條ノ如ク修正シテ文ヲ簡ニシタリ
尚旣成法典ハ有資力ノ保證人カ無資力トナリタルトキハ債務者カ前項ト同一ノ條件ヲ具備スル他ノ者ヲ立ツルコトヲ要ストシ保證人ノ更替ニ關スル規定ヲ資力ノ場合ニ限リ保證人ノ住所ヲ轉スル場合ニ及ホササルハ聊カ足ラサルノ感アリ保證人其住所ヲ轉スルトキハ債權者ノ請求ニ因リ多クハ元住所若クハ其地域内ニ假住所ヲ定メテ保證ノ實ヲ盡ス可シト雖モ明カニ法律ノ規定ニテ之ヲ命スルニアラサレハ債權者ノ保護未タ十分ナリト言フヲ得ス從テ本案ハ此場合ニ於テモ亦債權者ハ他ノ保證人ヲ請求シ得ルコトトシタリ而シテ本條ノ主意タル一ニ債權者ヲ保護スルノ主意ニ過キサルヲ以テ債務者ハ債權者ノ請求ニ因リテ 代保證人ヲ立ツヘキコトトシ常ニ自ラ進ンテ之ヲ立ツルコトヲ要スルモノトセサリシナリ
本條第二項ニ第二號又ハ第三號ノ條件ヲ缺クニ至リタルトキト言ヒ第一號ノ能力ヲ缺クニ至リシ場合ヲ其中ニ入レサリシハ能力者タル保證人ハ後ニ至リテ無能力者トナルモ法定代理人之ニ代ツテ保證ノ義務ヲ履行シ得ルヲ以テナリ
第四百五十條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第十六條ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ
第四百五十一條
(理由)本條以下ハ保證人債權者間ニ於ケル保證ノ効力ニ關シテ規定スルモノナリ債權者カ保證人ニ對シテ辨濟ヲ迫ルコトヲ得ルニ先チテ爲スヘキ事項ニ關シテハ諸國ノ法典其軌ヲ一ニセス獨逸民法草案ハ債權者カ債務者ニ對シテ强制執行ヲ爲スモ尚完全ナル辨濟ヲ得サル場合ニ於テ保證人ニ係リテ辨濟ヲ請求シ得ルモノトシ我現行法モ亦之ト同一ノ主義ヲ有ス旣成法典及ヒ澳國民法ハ債務者ニ催吿シタルモ債務者之ヲ履行セサル場合ニ保證人ニ係ルヘキモノトシ西班牙民法ハ極端ノ主義ヲ採リテ債權者ハ同時ニ主債務者及ヒ保證人ヲ訴追スルコトヲ得ルモノトセリ此三主義中西班牙民法ノ如キハ到底余輩ノ贊スルヲ得サルモノナリ獨逸民法草案及ヒ我現行法ノ主義ハ保證債務ノ性質ヨリ論シテ或ハ純理ニ適スルカ如シト雖モ事々迅速ヲ貴ヒ信用ヲ重スル現時ノ情況ニ比シテ債權者ノ保護ニ盡ササル所アリ又當事者ノ意思ニモ適合セサル所アリト信シ本案ハ旣成法典及ヒ澳國民法ノ主義ヲ採用シタルナリ唯之ヲ記載スルノ方法ハ旣成法典債權擔保編第十八條第一項ノ如クスルヨリモ寧ロ本條第一項ノ如クスルヲ便宜ナリト信シタリ尚原文第二項ニ債務者ノ破產及ヒ行方不知ノ外顯然タル無資力ノ場合ヲ入レタルハ旣成法典ノ主義ニ因レハ破產ノ範圍ハ本案ニ採レル範圍ヨリモ狹少ナルヲ以テナリ
同編第二十四條ニ保證人訴追ヲ受ケタルトキハ債務者ヲ訴訟ニ參加セシムル爲メ民事訴訟法ニ定メタル方式及ヒ條件ニ從ヒ延期抗辯ヲ對抗スルコトヲ得トスレトモ現行ノ民事訴訟法ニハ未タ之ニ關スル方式及ヒ條件ヲ定メサルナリ又此際保證人ニ一定ノ期間ヲ與フルハ素ヨリ至當ノ事ナルヘシト雖モ此般ノ事ハ須ラク民事訴訟法ノ規定ニ讓ルヘキモノト信シ旣ニ連帶ノ場合ニ於テ訴訟參加ノ條文(擔五六)ヲ削除シタル如ク玆ニモ亦之ヲ削除ス
同第二十五條第二項ヲ削除シタル理由ハ旣ニ第四百五十一條ノ下ニ之ヲ述ヘタリ同第一項ノ規定モ亦言フヲ待タサル所ナリトス蓋シ保證人ハ主タル債務者カ其債務ヲ履行セサル際ニ之ヲ履行スヘキモノナルヲ以テ主債務ノ存セサルニ保證人ノ履行スヘキ責任ノアルヘキ理ナク且債務ノ成立又ハ其消滅ヨリ生スル抗辯ヲ對抗シ得ルハ當然ノ事ナレハナリ從テ同第一項ヲモ亦削除シタリ
第四百五十二條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第十九條及ヒ第二十一條ヲ併合シタルモノニシテ大體ノ精神ニ至リテハ旣成法典ト大差アルナシ唯旣成法典ニハ檢索ニ係ルヘキ債務者ノ財產ニ關シテ綿密ナル規定ヲ爲シ不動產ニシテ義務ヲ履行ス可キ控訴院ノ管轄内ニアルモノ、爭ニ係ラサルモノ、他ノ債權者ニ優先ニテ抵當ト爲ラサルモノ等トスレトモ此ノ如キ條件ヲ一々列記セントスルトキハ却テ狹隘ニ失シ却テ要領ヲ得サルコトアルヲ以テ本案ニハ之ヲ改メタリ蓋シ財產ニ制限ヲ設クル所以ハ畢竟債權者ヲ保護スルニアリシ保證人ヲシテ無謀ニ瑣瑣タル財產ヲ指示シテ撿索ノ利益ヲ對抗シ得セシメサルニアリ果シテ然ラハ債務者ニ債務ヲ辨濟スルニ十分ナル財產ニシテ且之カ執行ノ容易ナルモノアルニ於テハ保證人ヲシテ之ヲ指示シテ債權者ニ對抗スルヲ得セシムルモ決シテ債權者ノ利益ヲ害スルコトナカルヘキナリ其如何ナル財產ハ果シテ債務ノ全額ヲ辨濟スルニ十分ニシテ且執行ノ容易ナルヤハ各場合ノ情况ニ因リテ異ナリ宜シク判官ノ認定ニ一任スヘキモノトス之レ本條ノ如ク改正シタル所以ナリ
尚旣成法典ト少シク異ナル所ハ旣成法典ニアリテハ苟モ債務者ニシテ法定ノ條件ヲ具備セル財產ヲ有スルニ於テハ其價額ノ大小ニ拘ラス保證人ハ之ヲ指示シ得ルモノトスルモ本案ニ於テハ債務者ノ財產カ其債務ノ全額ヲ辨濟シ得ルニ十分ナル場合ニ限リテノミ之ヲ指示シ得ルモノトセルナリ是レ債權者ヲシテ財產檢索ノ對抗ニ因リ債務者ノ財制ノ强制執行ヨリ一部ノ辨濟ヲ得保證人ヨリ其殘部ヲ得ルカ如キ煩ヲ免レシメンカ爲メナリ
第四百五十三條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第二十條第一項ノ一部分ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ニハ保證人ハ主タル債務者ト連帶シテ義務ヲ負擔シタルトキハ檢索ノ利益ヲ享ケストシ催吿ノ利益ニ關シテハ何事ヲモ規定セサルモ保證人カ兼ネテ連帶債務者トナリシ場合ニ尚催吿ノ利益ヲ債權者ニ對抗シ得ルトスルハ其當ヲ得タルモノニアラス旣成法典ニ於テモ亦本案ト同一ノ主義ヲ採レルモノナルヘシト雖モ其解釋上大ニ疑ヲ生スヘキヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ修正シテ其精神ヲ明カニシタリ
同項ノ前部ハ言フヲ待タサル所ニシテ同條第二項ノ規定ハ寧ロ民事訴訟法ノ規定ニ讓ルヲ可トシテ共ニ之ヲ削除シタリ
第四百五十四條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第二十二條ニ該當ス旣成法典ハ單ニ檢索ノ利益ヲ對抗スルコトニ關シテノミ規定スレトモ本案ニハ催吿ノ利益ヲモ加ヘタリ此レ前數條ノ修正ヨリ生スル當然ノ結果ナリ
第四百五十五條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第二十三條ト同一ノ主意ナリトス唯本案ニハ多數當事者ノ債權ノ總則ニ於テ數人ノ債務者ハ平等ノ割合ヲ以テ義務ヲ負フノ原則ヲ揭ケタルヲ以テ旣成法典ノ如ク保證債務ノ款ニ於テ特ニ詳細ノ規定ヲ要セサルニ至レリ本條ヲ揭クル必要ノ有無ニ至リテハ有力者間稍議論ナキニアラス或ハ旣ニ第四百二十八條ノ規定アル以上ハ自ラ之カ適用トナルヘキヲ以テ特別ノ明文ヲ要セスト唱フル者アルモ保證債務ハ他ノ債務ト異ナリテ保證人各自ニ全部ノ義務ヲ負擔スヘキモノトセルノ法律尤モ多ク且本案ト同一ノ主義ヲ採レル國ニアリテモ尚沿革上其他ノ理由ヨリシテ何レモ之カ明文ヲ設ケタルヲ以テ本案モ亦旣成法典ト等シク本條ノ規定ヲ明示シタルナリ殊ニ時ヲ異ニシ場所ヲ異ニシテ爲シタル保證ニ至リテハ保證人ハ各自債務ノ全部ヲ負フモノト誤ルコト頗ル多カルヘシト信シ本條ニ於テ特ニ保證人カ各別ノ行爲 ヲ以テ債務ヲ負擔シタルトキト雖モ第四百二十八條ノ規定ヲ適用ストシタリ是レ擔保編第二十三條第二項ト同一ノ主意ヨリ出テ而モ其範圍ノ彼ヨリ廣キモノナリ
第四百五十六條
(理由)本條第一項ハ旣成法典債權擔保編第二十七條第一項ト其主意ヲ同シウシ唯文ヲ異ニセルノミ
本條第二項ハ旣成法典財產編第五百二十一條第一項ノ規定ト其主意ヲ同シウス之ヲ明揭シタル所以ハ本案ニ於テハ相殺ヲ對抗センニハ必ラス當事者ヨリ其意志ヲ表示スルコトヲ要シ法律上當然ニ相殺アルモノトセサリシト且ツハ主債務者ノ債權ヲ對抗スヘキモノハ必ス主債務者ナリト言ヘル如キ議論ノ生スルヲ豫防センカ爲メナリ
旣成法典債權擔保編第二十八條ハ之ヲ削除ス同條ニハ主タル債務者ノ自白ハ保證人ヲ害シ保證人ノ自白ハ債務者ヲ害セストシ自白ノ效力ニ關シテ一定ノ法條ヲ設クルモ自白ノ效力ハ各場合ノ情況ニ應シ判官ノ一々認定スヘキモノニシテ到底法律ノ明文ヲ以テ之ヲ一定シ得ヘキモノニアラス且此種ノ規定ハ總テ證據編ニ讓ルヲ可トシ本案ニ於テハ之ヲ削除シタルナリ
尚旣成法典ハ其第二十六條ヲ以テ債權者ト保證人トノ間ニ下シタル判決ノ效力ノ債務者ニ及フヘキ範圍ヲ規定セリ而シテ債權者債務者間ノ旣判力ノ保證人ニ關係スル點ニ至リテハ何等ノ規定ヲモ設ケサルハ余輩其何ノ故タルヲ知ラサルモ本案ニ於テハ判決ノ效力ハ單ニ當事者ヲ拘束スルニ止マルトノ主義ヲ格守シ連帶ノ規定ニ於テモ連帶債務者ノ一人ト債權者トノ間ニ下シタル判決ハ他ノ連帶債務者ニ對シテ判決タルノ效ナシトノ主義ヲ採リシ如ク保證ニ關シテモ亦同一ノ主義ヲ採リタリ
第四百五十七條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第二十七條第二項及ヒ同條第二十八條第二項ニ相當シ而モ其主意全ク相異ナルモノナリ旣成法典ニ於テハ保證人カ債務者ト連帶シテ債務ヲ負擔スル場合ニ於テハ保證人ニ對スル時效ノ中斷若クハ附遲滯又ハ保證人ノ爲シタル自白ハ債務者ニ對シテモ效力ヲ生ストセルモ債務者ハ唯保證人ニ對シテ自己ノ不履行ノ場合ニ於ケル代理辨濟ヲ委任シタルノミニシテ時效中斷附遲滯又ハ自白ニ付テマテモ代理ヲ委任シタルモノト推測スルヲ得サルナリ本案ニ於テハ連帶ノ場合ニモ此ノ如キ規定ヲ爲ササリシ如ク玆ニモ亦之ヲ規定セス從テ右ノ二項ハ之ヲ削除シタリ而シテ債務者カ保證人ト連帶シテ債務ヲ負擔スル場合ニ於テ更改相殺免除等ニ關スル事ハ總テ通常連帶ノ規定ヲ適用スルヲ可ナリトシ本條ノ如キ包括的ノ條文ヲ設ケタリ
第四百五十八條
(理由)本條以下ハ保證人債務者間ノ保證ノ效力ヲ規定シタルモノニシテ本條ノ規定ハ旣成法典債權擔保編第三十條第一項第一號ヲ採用シタルモノナリ唯同號ニハ保證人カ債務者ノ名ニテ 辨濟シタル元利ト言ヘルハ少シク文字ノ不穩當ナルヲ覺ユルヲ以テ改メテ債務者ニ代ハリ ト爲シタリ關係條文中削除シタルモノ左ノ如シ
同編第二十九條ハ連帶ノ規定ニ付キ又本款ニ於テモ屢說明シタル理由ニ因リ民事訴訟法ニ讓ルヘキモノト信シ本案ニ之ヲ揭ケス
同第三十一條ハ其規定ノ狹隘ニ失スルト且ツハ委任ノ規定ニ於テ詳細ニ定ムヘキモノト信シテ本款ヨリ之ヲ除キタリ其狹隘ニ失スト言フハ同條ニハ連帶又ハ不可分 ニテ責ニ任スル數人ノ債務者ヨリ保證人ニ委任ヲ爲シタル場合ニ於テノミ其債務者ハ保證人ニ對シテ連帶ノ擔保人ナリトシ取得編第二百四十九條ノ如ク數人カ共同事件ノ爲メニ代理ヲ委任シタル總テノ場合ニ之ヲ及ホササレハナリ
同第三十六條ハ代位ノ規定ニテ十分ナリトシテ之ヲ削除ス
第四百五十九條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第三十四條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ
一、同條ニハ保證人ハ賠償ヲ受クル爲メ又ハ損失ヲ擔保セシムル爲メトシ賠償ト擔保ノ二者ヲ併セテ規定スレトモ擔保ヲ供セシムル場合ノ規定ハ之ヲ賠償ノ場合ト分離シテ次條ニ送クルヲ便トセリ
二、原文第一號ニハ債務者カ無資力ト爲リタル場合ヲモ入レタレトモ本案ハ破產ノ意義ヲ擴張シテ旣成法典ニ於テ無資力ト言ヘルモノハ大抵其中ニ包含セシムルノ主意ナルヲ以テ無資力ノ文字ハ之ヲ削レリ
三、原文第二號ニ但書ヲ加ヘタリ此レ債務者カ期限ノ延長ヲ得タリトテ爲メニ保證人ノ利益ニ影響ヲ及ホスハ非ナルヲ以テナリ或ハ債務者ニシテ期限ノ延長ヲ得ルトキハ保證人モ亦債權者ヨリ請求ヲ受クルノ期限ヲ延長セラルヘキヲ以テ敢テ此場合ニ保證人ニ與フルニ初メノ辨濟期ニ賠償ヲ請求スルノ權ヲ以テスルヲ要セサルヘシト言フ者アレトモ債務者カ初メノ辨濟期ニハ十分ノ資力ヲ有シ許與セラレタル期間中ニ之カ大部分ヲ失フヤモ計ラレス假令此ノ如キコトナシトスルモ保證人ニハ速ニ賠償ヲ得テ安心セシムルヲ至當ナリト信スルヲ以テ本案ニハ但書ヲ加ヘタルナリ西班牙民法及ヒ印度契約法ノ如キハ債權者カ債務者ニ延期ヲ與ヘタルトキハ保證人ハ保證ノ責ヲ免ルトセル程ナリ
四、原文第三號ニ且其最期ヲモ確定スルコト能ハサル場合ニ於テノ文字ヲ加ヘタリ此レ唯滿期ノ不定ナルノミニシテ最長期ハ十五年若クハ二十年ト確定セル 場合ニ於テ十年ヲ經過シタレハトテ保證人ニ此特別ノ權利ヲ與フヘキノ理ナケレハナリ又同號ニハ債務ノ日附 ヨリ十ヶ年ヲ過キタルトキトセルモ此ノ如クスルトキハ保證人ハ今日保證契約ヲ爲シテ明日賠償ヲ請求シ得ル場合ヲモ生シ遂ニ本條ノ如キ保護ヲ保證人ニ與フルノ精神ニ反スルニ至ルヲ以テ本案ハ改メテ保證契約ノ後十年トシタリ
第四百六十條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第三十四條及ヒ第三十五條ヲ併合シタルモノニシテ旣成法典ト異ナル所二アリ一ハ旣成法典第三十五條ニ於テハ前條及ヒ第二十九條ニ依リトセルヲ本案ニ於テハ前二條ノ規定トナシタルニアリ旣成法典第二十九條ニハ保證人債權者ヨリ訴追ヲ受ケタルトキ債務者ニ對シテ賠償ノ言渡ヲ得ル爲メ債務者ヲ訴訟ニ召喚スルコトヲ得トセリ而シテ旣成法典ハ保證人ノ賠償ヲ請求シ得ルヲ同第三十四條ノ場合ト此場合トニ限レルモノノ如クナルモ同三十條ニ於テ保證人ハ其分限ヲ以テ辨濟ノ言渡ヲ受ケタルトキハ直チニ賠償ヲ受クルノ訴ヲ起スコトヲ得ルモノトセルヲ以テ宜シク之ヲ包含セシメ前條第二十九條及ヒ第三十條トスヘキナリ本案ハ此等ノ總テノ場合ヲ包含セシムル爲メニ前二條ノ規定ニ依リト改メタリ實質ニ至リテハ全ク旣成法典ト同一ナルヘキモ其形式ニ於テ旣成法典ノ缼點ヲ補ヒタリ尚一ハ旣成法典ニハ留存ノ文字ヲ用イテ多クノ意義ヲ其中ニ包含セシメントスルモ稍明了ヲ缺ク所アルヲ以テ本案ニハ一々其場合ヲ明示セント欲シテ本條第一項及ヒ第二項ニ詳細ナル規定ヲ爲シタリ
第四百六十一條
(理由)本條ハ大體ニ於テハ旣成法典債權擔保編第三十條第二項ト同シク唯本條第二項ニ但書ヲ加ヘタルノ差アルノミ之ヲ加ヘタルハ連帶ニ於ケル第四百四十五條第一項ニ但書ヲ加ヘタルト同一ノ主意ナリトス
第四百六十二條
(理由)本條ハ旣成法典債權擔保編第三十二條及ヒ第三十三條ニ相當ス右ノ二條ニハ旣ニ修正ヲ加ヘテ本案第四百四十五條ノ規定ヲ設ケタルヲ以テ本款ニ於テハ直チニ該條ヲ凖用スルコトトセリ而シテ本項ニ保證人ト言フモノノ中ニハ各種ノ保證人ヲ包含ス
本條第二項ハ右第三十三條第二項ノ規定ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同項ニハ債務者ハ辨濟ニ付キ責任アリトノ宣吿ヲ受クルコトアリト言ヘルヲ保證人ハ求償權ヲ有スト改メ又之ヲ有スル者ヲ明カニ制限シ委託ヲ受ケテ保證ヲ爲シタル保證人トシタリ
第四百六十三條
(理由)本條ハ旣成法典擔保編第三十七條ニ當リ而モ其主義全ク相反スルモノナリ本條ハ一人ノ債務者ノ爲メニ保證ヲ爲シタル者ハ他ノ債務者ニ對シテハ唯其負擔部分ニ付テノミ求償權ヲ有スルモノトシ旣成法典ハ保證人ハ代位ニ依リ債務者ノ各自ニ對シテ全部ニ付キ求償スルコトヲ得トセリ此二主義ノ理論上ノ可否及ヒ實際ノ利害得失ニ關シテハ歐洲ノ學者中種々ノ異說アリテ法律ノ規定モ亦區々ナリト雖モ余輩ハ本條ノ如キ主義ヲ以テ其當ヲ得タルモノト信ス本案ハ第四百九十八條ノ規定ニ於テ代位ニ因リテ得ル辨濟者ノ權利ノ廣狹ヲ定メ辨濟者カ自己ノ權利ニ基キ求償ヲ爲スコトヲ得ヘキ範圍内 ニ於テ其債權者カ有セシ總テノ權利ヲ行フコトヲ得トシタルニ因リ本條ノ場合ニ於ケル保證人ノ權利ノ範圍モ亦自ラ狹小トナルナリ蓋シ保證人ハ一人ノ債務者ノ爲メニ保證シ一人ノ債務者ノ爲メニ債務ノ全額ヲ辨濟シタルナリ而シテ其辨濟ハ偶々他ノ債務者ノ利益トナリシヲ以テ事務管理若クハ不當利得ノ法理ニ基キ此等ノ債務者ニ對シテ求償ヲ爲スコトヲ得ルノミニシテ他ニ何等ノ名義ヲモ有セサルナリ然ルニ若シ此際保證人ニ與フルニ債務者ノ各自ニ對シテ全額ヲ請求スルノ權利ヲ以テスルトキハ啻ニ本案代位ノ規定ニ比シテ其衡ヲ得サルノミナラス又保證ニ關係ナキ債務者ニ屢損失ノ危險ヲ加擔セシメ且訴訟ノ數ヲ增加スルニ至ルヘシ
第四百六十四條
(理由)本條ハ保證人間ノ保證ノ效力ヲ規定シタルモノニシテ旣成法典債權擔保編第三十八條乃至第四十條ヲ併合シテ之ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ其修正ノ點ハ左ノ如シ
一、原文第三十八條ニハ保證人カ任意ニ債務ヲ辨濟シタル場合ト否ラサル場合トヲ合一ニスレトモ本條ハ之ヲ區別シ而シテ任意ニアラサル場合ノ中ニ保證人間ニ連帶アル場合、主タル債務カ不可分ナル場合及ヒ各保證人カ全額ヲ辨濟スヘキ特約ヲ爲シタル場合ヲ包含セシメタリ又同條ノ規定ハ數人ノ保證人アル場合ヲ特ニ規定セルモ其實質ニ至リテハ本案連帶ノ第四百四十三條及ヒ第四百四十五條ノ規定ニ等シキヲ以テ寧ロ彼ニ讓ルヲ可トシ且訴權ノ名稱ノ如キ不要ノ文字ハ之ヲ省キタリ
又原文ニハ均一部分ニ付キ求償スルコトヲ得トセルモ時トシテハ保證人間ニ其負擔スヘキ部分ヲ異ニスル場合アルヘキヲ以テ各自ノ負擔部分ニ付キ求償權ヲ有スト言フヲ當レリトス
二、同第三十九條ニハ辨濟者ハ無資力者ノ引受人ニ對シテ求償シ引受人アラサルトキハ云々トセルモ明文ナクシテ尚且必ラス此ノ如クナルヘキヲ以テ之ヲ削除セリ且無資力ノ部分ト言フトキハ或ハ自己ノ負擔セル部分ヲ毫モ辨濟スルノ資力ナキ場合ノ如ク解セラルヽノ恐アルヲ以テ寧ロ明カニ其償還スルコト能ハサル部分ハ之ヲ分割スト本案第四百四十六條ノ如クスルヲ可トス
三、同第四十條ハ本案第四百四十六條ノ但書ト其精神ヲ同ウス保證人ハ債權者ニ對シテ檢索ノ利益ヲ對抗シ得タリシニ之ヲ對抗セサリシハ其過失ト稱スルヲ得ヘシ且原文ノ如ク記載ノ方法ニ依レハ辨濟セシ保證人カ債權者ヨリ辨濟ヲ請求セラレシ際ニハ主債務者カ十分ノ財產ヲ有セスシテ後ニ至リテ之ヲ取得セシトキ他ノ共同保證人ハ辨濟セシ保證人ニ對シテ此財產ノ檢索ヲ請求シ得ルカノ疑ヲ生スルヲ以テ宜シク全條ヲ削除スヘシ蓋シ同條第二項ノ如キハ言フヲ要セサルノコトタリ又「前條ニ依リ訴ヲ受ケタル」ト云ヘルカ如キハ頗ル杜撰タルヲ免レス
四、第四十一條乃至第四十三條ハ或ハ言フヲ要セス或ハ民法ニ規定スヘキモノニアラサルヲ以テ悉ク之ヲ削除シタリ
第四節 債權ノ讓渡
(理由)旣成法典ハ民法財產編第二部第一章第一節第三款合意ノ效力ト題セル下ニ債權ノ讓渡ニ關スル總則ノ如キモノ竝ニ記名債權ノ讓渡ニ關スル規定ヲ置キ而シテ商法ニ於テ指圖證券及ヒ無記名證券ニ關スル規定ヲ稍詳細ニ設ケタレトモ今之ヲ一括シテ民法中ニ置クヲ可ナリト信シ多數當事者ノ債權ニ次テ本節ヲ設ケタルナリ佛法及ヒ佛法主義ノ法律ハ總テ之ヲ賣買法ノ一部トスレトモ債權ノ讓渡ハ決シテ賣買ニ限レルモノニアラサルカ故ニ宜シク之ヲ債權ノ總則中ニ置クヘキモノトス而シテ又外國ノ法律ニハ債權讓渡ノ規定中ニ擔保ニ關スル法文ヲ挿入スルモノ多キモ擔保ノ事ハ寧ロ其適用ノ尤モ廣キ賣買ノ規定中ニ入レテ之ヲ他ニ凖用スルヲ便ナリト信シ本節ニハ之ヲ揭ケサルコトトセリ
第四百六十五條
(理由)旣成民法財產編ニハ本條ノ如キ明文ナシ其之ヲ揭ケサリシハ決シテ本條ニ反對ノ精神ニアラスシテ却テ當然言フヲ待タスト信シタルニ因ルナラン猶物權ノ讓渡ヲ明許スルノ條文ナキモ之ヲ讓渡スコトヲ得ルハ當然ナルカ如シ且旣成法典ニ於テ一般ニ債權ノ讓渡ヲ許セルコトハ其財產取得編第百六十九條ニ於テ或ル種ノ債權ハ當然讓渡スコトヲ得ストシ他ノ種ノ債權ハ設定者之ヲ讓渡スコトヲ得スト定ムルヲ得トセルニ依リテモ之ヲ知ルヲ得テ財產編第二十七條及ヒ第二十九條等ノ規定ヲ見レハ其主意愈々明カナリ債權ノ讓渡ハ外國ニ於テモ亦一般ニ許ス所ニシテ殊ニ白國民法草案ノ如キハ當事者ノ合意ヲ以テ債權ヲ不讓與物ト爲スコトヲ得スト定メオレリ本案ハ此點ニ關シテハ旣成法典及ヒ諸外國ノ法律ト全ク同一ノ主義ヲ採レルニ拘ハラス之ヲ明揭シタル所以ハ我國古來ノ慣習トシテ債權ノ自由讓渡ヲ認メス今モ尚往々之ヲ禁スヘシト唱フル者アルヲ以テ若シ之ヲ明許スルノ條文ヲ揭ケサルトキハ其許否ニ關シテ或ハ疑ヲ懷クモノナキヲ保セサレハナリ債權ハ自由ニ之ヲ讓渡スコトヲ得ルヲ原則トシ唯或作爲ノ義務ヲ目的トセル債權ノ如ク其性質上之ヲ讓渡スコトヲ得サルモノ又ハ當事者ノ特別契約ヲ以テ其讓渡ヲ禁スルモノハ例外トシテ讓渡スコトヲ得サルコトトセリ或ハ特別契約ヲ以テ債權ノ讓渡ヲ禁スルコトヲ許ストキハ讓渡人ト讓受人トノ共謀ニ因リ讓受人ノ債權者ヲ詐害スルノ弊ヲ生スヘシト云フ者アレトモ不讓與物ハ必スシモ悉ク差押フヘカラサル物トスルコトヲ要セサレハ債權者ハ此合意ニ因ル不讓與物ヲ差押ヘテ債務ノ辨濟ニ供セシムルヲ得ルモノトスヘク從ツテ論者ノ恐ル丶カ如キ甚シキ弊害ヲ生セサルヘシ
本條第二項ヲ設ケタルハ當事者ノ契約ヲ以テ善意ノ第三者ヲ害スルコトヲ得サラシメン爲メナリ
第四百六十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百四十七條第一項ト其大体ノ主意ヲ同シウシ唯左ノ三點ニ於テ修正ヲ施シタルノミ
一、旣成法典ニ於テハ讓受人カ其讓受ケタル債權ヲ債務者ニ對抗スルニモ合式ノ通知若クハ證書ヲ以テスル承諾 ヲ必要トシタレトモ本案ニ於テ證書ヲ要スルハ單ニ此讓受ヲ債務者以外ノ第三者ニ對抗スル場合ニ限レリ蓋シ債權者ト債務者トノ間ニアリテハ單純ナル通知若クハ承諾ヲ以テ十分ナリトシ證書ヲ必要トスルハ畢竟他ノ第三者ニ對シテ詐欺ノ生スルヲ防カンカ爲メナリ果シテ此目的ニ因リテ證書ヲ要スルモノトセハ其證書ニハ必ラス確定ノ日附ヲ附セサルヘカラス而シテ之ヲ附スル方法ノ如キハ特別ノ細則ヲ以テ規定スヘキモノトス
二、旣成法典ハ前述ノ通知ヲ讓受人ヨリ爲スヘキモノトシ且之ヲ以テ十分ノ通知ナリトスレトモ讓受人自ラ其讓受ヲ通知シテ債務ノ辨濟ヲ請求シ得ルモノトスルトキハ正當ノ讓受ヲ得サル者モ往々自在ニ讓受ヲ通知シテ債務者ヲ欺キ以テ其辨濟ヲ受クル等ノ恐レナシトセサルヲ以テ本案ハ改メテ通知ハ讓渡人ヨリ之ヲ爲スヘキモノトセリ其此ノ如ク改メタルハ登記法ニ於テ登記ハ財產ノ讓受人ノ隨意ニ之ヲ爲シ得サルモノトセルト同一ノ精神ナリトス
三、旣成法典ハ前述ノ通知若クハ承諾ヲ絕對的ニ必要トセスシテ第三者若シ或條件ヲ以テ讓渡ノ事實ヲ知ルトキハ通知若クハ承諾ナキモ尚其第三者ニ對シテ債權ノ讓受ヲ對抗シ得ルモノトスルモ本案ハ先キニ物權ノ讓渡ヲ第三者ニ對抗スルニハ動產ノ引渡若クハ不動產ノ登記ヲ絕對的ノ要件ト爲シタルカ如ク債權ノ讓渡ニ於テモ亦通知若クハ承諾ヲ絕對的ノ要件トシタリ
第四百六十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百四十七條第二項及ヒ第五百二十七條ヲ併合シテ其意ヲ擴張、敷衍シタルニ過キス第三百四十七條第二項ハ單ニ債務者ハ讓渡ヲ承諾シタルトキハ讓渡人ニ對スル抗辯ヲ新債權者ニ對抗スルコトヲ得ストシ讓渡ノ以前ニ旣ニ辨濟更改若クハ相殺等ヲ爲シタルトキハ之ヲ如何スヘキヤヲ詳カニセス而シテ第五百二十七條ハ單ニ相殺ニ關シテ言ヘルノミナルヲ以テ玆ニ本條ノ如ク修正シテ一切ノ場合ヲ明カニ規定シタリ
第四百六十八條
(理由)旣成法典ハ本條ノ規定ヲ商法中ニ置クト雖モ指圖證券ノ讓渡ハ決シテ商事ニ特別ノモノニ非サルカ故ニ本案ニ於テハ其一般ノ原則ハ之ヲ民法ニ揭ケ唯商事ニ限リテ適用スヘキモノノミヲ商法ニ讓ルコトトセリ本條ハ商法第三百九十四條ニ修正ヲ加ヘタルニ過キス而シテ原文ハ指圖債權ヲ金額又ハ商品ノ引渡ニ係ルモノニ限レルヲ以テ明文ノ解釋上株式ノ如キモノハ裏書ニ依リテ之ヲ讓渡スコトヲ得サルノ結果ヲ生シ現今ノ時世ニ照シテ狹隘ヲ感スルヲ以テ本案ハ之ヲ改メ債權ハ槪シテ指圖式ト爲スヲ得ルモノトシ之ヲ禁スルノ必要アル場合ニ限リテ特ニ明文ヲ揭クルコトトセリ尚原文ニハ書面契約ヨリ生スル債權ト言ヘルヲ以テ或ハ口頭契約ヨリ生スル債權ハ之ヲ指圖式ノモノトスルヲ得サルヤノ疑ヲ生スルモ之レ畢竟其修辭ノ拙ナルニ過キスシテ旣成法典ノ主意トスル所ハ蓋シ書面ノ證據ヲ有スル債權ト曰フモノナルヘシ故ニ本案ニ於テ此文字ヲ省キタリ
商法第三百九十五條ハ性質上指圖式ノ證券ヲ其發行人又ハ裏書讓渡人ノ意思ニ依リ之ヲ不指圖式ノモノトスルヲ得トノ規定ナレトモ此ノ如キ規定ハ手形ノ場合ヲ除キテ他ニ殆ント其適用ヲ見サルモノナルヲ以テ債權讓渡ノ總則ニ之ヲ置クノ必要ナキナリ蓋シ手形ノ場合ニアリテハ其發行人竝ニ總テノ裏書讓渡人ハ悉ク償還請求權ニ服スヘキモノナルヲ以テ何人モ自己ノ信用スル者ノ外ニ之カ讓渡サルヽコトヲ好マサルヘク從テ其手形ヲ不指圖式ノモノト爲スノ必要アレトモ他ノ指圖證券ニアリテハ讓渡ニ因リテ償還請求權ノ生スルモノ極メテ少ク偶々之アル場合ニハ其場合ニ關シテ特別ノ規定ヲ爲セハ可ナリト信シテ同條ハ之ヲ削除セリ
商法第三百九十六條ハ法律ニ明文ナクトモ通常世人ノ爲ス所ナルヲ以テ之ヲ揭クルノ必要ナキノミナラス之ヲ揭ケテ法定ノ要件ト爲スヘキハ却テ些少ノ欠漏ヨリシテ其證券若クハ之カ裏書ノ無效ヲ惹起スルノ弊アルヲ以テ同條ハ之ヲ削除セリ殊ニ原文ニ於テ署名ト捺印ノ二者ヲ併セ要スルモノトスルカ如キハ重複ニ失スルノ嫌アリ
商法第三百九十七條モ之ヲ削除ス蓋シ當然言フヲ待タサル所ナレハナリ旣成法典ニ於テモ其財產編第三百二十六條ニ當事者ハ證書ニ明示シタル原因ノ不成立虛妄若クハ其不法ヲ反證スルヲ得ルモノトシ殊ニ本案ニ於テハ原因ヲ契約ノ原素トセルニ因リ葢同條ノ不必要ヲ感ス
商法第三百九十八條ノ規定モ亦明文ヲ要セサルモノナリ抑白地ノ裏書ナルモノハ畢竟裏書人カ債權讓渡ノ意思ヲ表示シテ未タ何人ニ之ヲ讓渡スヤヲ明カニセス證券ノ讓受人ヲシテ自己ニ代ハリテ之ヲ定メシムルモノナルヲ以テ反對ノ條文ナキトキハ之ヲ爲スコトヲ得ルハ當然ナリトス獨リ手形ニ至リテハ或ハ白地ノ裏書ハ方式ノ欠缺アルモノニシテ無效ナリト言フ者アルヲ以テ其無效ニアラサル旨ヲ明揭スルノ必要ヨリシテ諸國ノ手形法ニ其旨ヲ揭クルモノ多キモ未タ一般ノ指圖證券ニ關シテ我商法ノ如キ條文ヲ揭クルモノヲ見サルナリ
商法第四百二條ハ當然言フヲ待タサル所ナリ其第四百三條ハ指圖證券ノ盜取セラレ又ハ紛失若クハ滅失シタル場合ニ之ヲ無效トスル場合ヲ定メタルモノニシテ商法ニ之ヲ揭クルノ理由ナキニアラサルモ旣ニ民事訴訟法第七百七十七條以下ニ之ニ類スルノ規定ヲ設ケアルニ由リ今少シク民事訴訟法ニ修正ヲ加フルトキハ以テ商法第四百三條ノ意ヲ貫徹セシムルヲ得ヘキカ故ニ前揭ノ二ヶ所ハ總テ之ヲ削除シタリ
第四百六十九條
(理由)本條ハ旣成法典商法第四百條ト其主意ヲ同シウス商法ニ於テ辨濟者ニ惡意又ハ甚シキ怠慢アルトキハ之ニ依テ損害ヲ蒙ムリタル者ハ其賠償ヲ請求スルコトヲ得トセルヲ本案ニハ改メテ其辨濟ヲ無效トシタルナリ蓋シ原文ノ如クスルトキハ讓受人ハ先ツ不當辨濟ヲ得タル者ニ對シテ返還ヲ請求シ足ラサル所ヲ賠償トシテ發行人ニ請求スヘキコトトナリ讓受人ニ煩累ヲ釀スコト頗ル大ナルヲ以テナリ若シ原文ノ意ニシテ讓受人ハ直チニ惡意又ハ重過失アル辨濟者ニ對シテ請求シ得ルモノトスルニアラハ寧ロ本條ノ如ク記載シテ其辨濟ヲ無效トスル旨ヲ明示スルヲ可トス旣成商法ノ手形ニ關スルノ規定ハ蓋シ本案ノ意ニ外ナラサルヘシ
商法ニハ單ニ呈示人ノ眞僞ヲ調査スル權利アリトセルヲ本案ニ於テ修正シ所持人及ヒ其署名捺印ノ眞僞ヲ調査スルノ權利アリトセリ
第四百七十條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニナキ所ナレトモ送金手形又ハ政府ヨリ出ス支拂命令ノ中ニハ債權者ヲ指名シ而モ辨濟ハ其證書ノ所持人ニ之ヲ爲スヘキ旨ヲ附記セル者多ク而シテ此等ノ證書ハ指圖證券ニアラス又純然タル無記名證券ニモアラサルヲ以テ本條ノ規定ナキトキハ之カ辨濟ニ當リテ債務者ノ有スル調査權ノ性質ニ疑ヲ生スルノ恐アルヲ以テ索遜民法ニ倣フテ之ヲ揭ケタルナリ
第四百七十一條
(理由)本條ハ商法第三百九十九條及ヒ第四百一條ヲ併合シタルモノナリ右第三百九十九條ニハ發行人ハ受取證ヲ記シタル指圖證券ノ呈示及ヒ交附ヲ受ケテ金額若クハ商品ノ引渡ヲ爲スヘキモノトセルモ本案ハ旣ニ受取證ニ關スル規定ヲ法文ニ規定セサルノ主義ヲ採リシヲ以テ指圖證券ノ場合ニ於テモ又之ヲ規定セサルコトトセリ同條ニハ指圖證券ノ發行人ハ豫メ引受ヲ爲サスト雖モ金額又ハ商品ヲ引渡ス義務アリト言フモ發行人自ラ支拂ヲ爲スニ豫メ引受ヲ爲スヲ要セサルハ言ヲ待タサルコトニシテ且同條但書ノ事項モ本條ニ記載セル證券ノ性質ヨリ當然生スル結果ト言ヘル中ニ包含セルヲ以テ併セテ之ヲ削除シタリ而シテ右第四百一條ニハ發行人ハ自己ニ屬スル抗辯ニ依テ義務ノ履行ヲ拒ムヲ得ル旨ヲ明言スルモ是レ亦言ヲ待タサル所ナルヲ以テ削除シ此等ノ削除ト其殘餘ノ補修トニヨリテ遂ニ本條ノ規定ヲ生シタルナリ
第四百七十二條
(理由)本條ハ旣成法典商法第四百四條ト其主意ニ於テ大差ナシ旣成法典ニハ無記名證券ハ交付ノミヲ以テ之ヲ他人ニ轉付スルコトヲ得ト言ヘト本案ハ旣ニ物權編ニ於テ無記名證券ニハ動產ノ規定ヲ適用スル旨ヲ明言シ而シテ動產ハ引渡ニ依テ其權利ノ移轉スルモノトシタルヲ以テ無記名證券ノ單ニ交付ノミヲ以テ轉付シ得ルハ別ニ條文ヲ要セスシテ明カナルコトトナレリ又原文ニ所持人ノ權利ハ證券ノ旨趣又ハ法律命令若クハ慣習 ニ依リテ之ヲ定ムト言ヘトモ寧ロ本案ノ如ク證券ニ記載シタル事項及ヒ其證券ノ性質ヨリ當然生スル結果 ニ依リテ之ヲ定ムヘキモノトスルトキハ法律命令等ヲ包含シテ尚餘アルヲ以テ玆ニ原文ヲ改メ無記名證券ニハ前第四百七十五條ノ規定ヲ凖用スルコトトシタリ
第五節 債權ノ消滅
(理由)本節ハ旣成法典財產編第二部第三章ニ相當シ債權ノ消滅ニ關スル通則ヲ規定スルモノトス而シテ旣成法典同章第六節乃至第九節ハ義務ノ消滅原因トシテ履行ノ不能、銷除、廢罷及ヒ解除ニ關スル規定ヲ揭クト雖モ本案ハ旣ニ第一編ニ於テ取消ニ關スル通則ヲ規定シ其他ハ寧ロ契約ノ通則ニ讓ルヲ以テ至當ト認ムルニ因リ本節ニ於テハ債權消滅ノ一般ノ原因トシテ辨濟、相殺、更改、免除及ヒ混同ノ五項目ヲ揭ケ其通則ヲ規定セリ
第一款 辨濟
(理由)旣成法典ハ辨濟ニ關スル規定ヲ四款ニ分チ第一款ヲ單純ノ辨濟トシ第四款ニ於ケル代位辨濟ニ對稱スト雖モ單純ノ辨濟ナル用語ハ聊カ語弊アルノミナラス旣成法典ノ如ク殊更ニ款ヲ分チテ規定スル必要ナキヲ以テ本案ハ單ニ辨濟ト題シ之ニ關スル通則ハ總テ之ヲ本款ニ纒括セリ而シテ旣成法典ハ債權ノ目的物ニ關スル規定ヲ辨濟ノ規定中ニ揭クト雖モ本案ハ旣ニ本編第一章ニ於テ債權ノ目的ニ關スル總則ヲ規定シタルニ因リ本款ニ於テハ固ヨリ之ヲ删除シ又旣成法典財產編第四百五十一條ハ單ニ辨濟ノ定義ト其目錄ヲ示スニ過キサレハ總テ之ヲ删除セリ
第四百七十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百五十二條及ヒ第四百五十三條ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典第四百五十二條ハ債務者以外ニ辨濟ヲ爲スコトヲ得ル者ニ關シ詳細ナル規定ヲ設クト雖モ要スルニ本條第一項本則ノ規定ノ如ク債務ノ辨濟ハ第三者之ヲ爲スコトヲ得ト云フニ歸著スヘク又旣成法典第四百五十三條ハ第三者カ有效ニ債務ノ辨債ヲ爲スニ付キ債權者又ハ債務者ノ承諾ヲ要セサル旨ヲ明示スト雖モ之レ固ヨリ本條第一項本則ノ當然ノ結果トシテ特ニ明文ヲ要セサルニ反シ旣成法典同條ノ二個ノ但書ハ極メテ必要ナルニ拘ハラス頗ル不完全ナルニ因リ本案ハ之ニ修正ヲ加ヘテ本條第一項但書及ヒ第二項ノ規定ヲ設ケタリ
旣成法典第四百五十三條第一項但書ノ規定ニ依レハ第三者ハ單ニ作爲ノ義務ニ關シ特ニ債務者ノ一身ニ著眼シタル債權者ノ承諾ヲ得ルニ非サレハ債務ヲ辨濟スルコトヲ得スト云フニ止マリ作爲外ノ義務ノ辨濟ニ關スル場合ノ如キ又ハ債務者カ第三者ニ依リテ債務ヲ辨濟セラルルコトヲ欲セサル旨ヲ表示シタル場合ヲ豫定セサルモノニシテ固ヨリ其缺點ト云ハサルヘカラス故ニ本案ハ廣ク本條第一項ノ但書ヲ規定シ債務ノ性質カ第三者ニ依ル辨濟ヲ許ササルトキ又ハ當事者カ反對ノ意思ヲ表示シタルトキハ第三者ハ債務ヲ辨濟スルコトヲ得スト爲セリ
次ニ旣成法典同條第二項但書ノ規定ニ依レハ利害ノ關係ヲ有セサル第三者カ辨濟ヲ爲スニハ債務者又ハ債權者ノ承諾ヲ要スト雖モ是レ亦頗ル不便ナル規定ト云ハサルヘカラス何トナレハ債權者ハ適當ニ提供セラレタル辨濟ノ受領ヲ拒絕スル理由ナク又受領ヲ强ユルモ之レカ爲メニ債權者ハ不利益ヲ被ムルコトナキニ因リ債務ヲ辨濟セントスル者ハ假令利害ノ關係ヲ有セサル第三者タリトモ之ヲシテ特ニ債權者ノ承諾ヲ求メシムル必要ナク又旣成法典ノ如ク債務者ノ承諾ヲ得ルニ非サレハ利害ノ關係ヲ有セサル第三者ハ債務ヲ辨濟スルコトヲ得スト爲ストキハ承諾ヲ得ルニ付テ手數ヲ要シ其結果タルヤ却テ債務者ニ不利益ニシテ且實際ノ便宜ニ適セサルコト多カルヘシ故ニ本案ハ本條第二項ノ規定ヲ設ケ利害ノ關係ヲ有セサル第三者ハ單ニ債務者ノ意思ニ反シテ辨濟ヲ爲スコトヲ得ストシ以テ第三者ニ依ル債務ノ辨濟ニ關スル立法ノ趣旨ヲ貫カシメタリ其他旣成法典財產編第四百五十四條ハ債務ノ辨濟ヲ爲シタル第三者ノ求償權ヲ規定スト雖モ同條第一項乃至第三項ハ代位辨濟、委任又ハ事務管理ノ規定ニ屬シ同條第四項ハ債務者ノ意思ニ反シテ第三者ハ辨濟ヲ爲スコトヲ得サル本條ノ規定ニ反シ斯ノ如キ辨濟ハ固ヨリ無效ニシテ求償權ヲ生スル理由ナキニ因リ旣成法典第四百五十四條ハ總テ之ヲ删除セリ
第四百七十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百五十五條第二項及ヒ第四項ノ規定ニ依ルモノニシテ同條第一項及ヒ第六項ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ共ニ之ヲ删除セリ蓋シ辨濟者カ他人ノ物ヲ引渡シタルトキハ其辨濟ハ無效ナルヲ以テ所有者ハ勿論辨濟者モ其物ヲ取戾スコトヲ得ヘシト雖モ辨濟者ニシテ何時タリトモ之ヲ取戾スコトヲ得トスルトキハ辨濟受領者ハ之レカ爲メニ常ニ不利益ヲ被ムラサルヘカラス故ニ本案ハ旣成法典ノ如ク辨濟者ハ更ニ有效ナル辨濟ヲ爲スニ非サレハ其物ヲ取戾スコトヲ得ストシ辨濟受領者ニ留置權トモ稱スヘキ一種ノ擔保ヲ與ヘタリ
第四百七十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百五十五條第三項及ヒ第四項ノ規定ニ依ルモノニシテ旣成法典ハ辨濟ノ無效ヲ請求スルコトヲ得ト規定スト雖モ本條ハ無能力者カ爲シタル一種ノ法律行爲ニ關スル規定ニシテ行爲其モノハ無效ナルニ非ス單ニ取消シ得ヘキニ止マルモノナレハ本案ハ讓渡ノ能力ナキ所有者カ其辨濟ヲ取消シタルトキトシ此場合ニ於テ所有者ハ更ニ有效ナル辨濟ヲ爲スニ非サレハ引渡シタル物ヲ取戾スコトヲ得サル本條ノ要旨ニ至リテハ因ヨリ旣成法典ト異ナルコトナシトス
第四百七十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百五十五條第五項ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ卽チ旣成法典ハ特ニ動產物ト明示スト雖モ旣ニ消費ナル字句ヲ用ユルトキハ其不動產ヲ含マサルコト明白ナルヲ以テ本案ハ單ニ辨濟トシテ受ケタル物トシ又旣ニ消費シタル物ヲ取戾スコトヲ得サルハ勿論ナレハ本案ハ廣ク本條ノ場合ニ於ケル辨濟ヲ以テ有效トシ債務者ハ旣ニ消費セラレ又ハ讓渡サレタル物ノ償還ヲ請求スルコトヲ得サル旨ヲ明ニセリ然レトモ右ノ辨濟ニシテ旣ニ有效ナル以上ハ債權者カ第三者ヨリ賠償ノ請求ヲ受クルモ辨濟者ニ對シ求償ヲ爲スコトヲ得サルカノ疑ヲ生セシムルニ因リ本案ハ特ニ本條但書ノ規定ヲ設ケ債權者ノ求償權ヲ明確ナラシメタリ
第四百七十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百五十七條第一項ノ字句ヲ修正シタルニ過キス而シテ同條第二項ノ規定ハ第一項ノ說明ニ止マルノミナラス債權ノ占有者ヲ限定スルノ結果ハ狹キニ失スル虞アルニ因リ本案ハ之ヲ删除シ廣ク債權ノ凖占有者ニ爲シタル善意ノ辨濟ヲ以テ總テ有效ト爲セリ
第四百七十八條
(理由)旣成法典財產編第四百五十六條前段ノ規定ハ單ニ辨濟ヲ受クヘキ人ヲ指定スルニ止マルモノナレハ本案ハ之ヲ删除シ同條後段ノ字句ヲ修正シテ本條ノ規定ヲ設ケタリ卽チ旣成法典ハ特ニ債權者ノ認諾シタル場合ヲ記載スト雖モ之レ旣ニ本案第百十三條ノ規定ニ依リテ明白ナレハ本條ハ單ニ債權者カ利益ヲ受ケタル場合ノミヲ規定スルニ止メタリ
第四百七十九條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ其例ナシト雖モ商事上ニ於テハ普ク認メラレタル通則ニシテ取引上極メテ必要ノ事項ニ屬ス蓋シ本條ノ規定ナキトキハ本案第百十三條ノ規定ニ因リ本條ノ場合ニ於ケル辨濟ハ債權者ニ對シテ往々無效トナリ從テ受取證書アルニ拘ハラス容易ニ辨濟セサル弊ヲ生シ取引上ノ不便ヲ生セシムルコト更ニ疑ナシ加之旣ニ正式ノ受取證書ヲ持參スル者ハ之ヲ以テ受領ノ權限アリト認ムルハ固ヨリ至當ノ事タルニ因リ本案ハ獨乙民法草案ニ傚フテ新ニ本條ノ規定ヲ設ケ以テ取引上ノ便宜ニ適セシメタリ而シテ本條ノ適用ヲ商事上ニ限ラサル所以ハ取引頻繁ナル今日ノ狀况ニ於テ此點ニ關シ特ニ民事商事ヲ區別スル必要ナケレハナリ然レトモ辨濟者ハ受取證書ノ持參人カ受領ノ權限ヲ有セサルコトヲ知リテ辨濟ヲ爲シ又ハ自己ノ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ旣ニ之ヲ保護スル理由ヲ缺クニ因リ本案ハ本條但書ノ規定ヲ設ケ以テ本則ノ適用ヲ制限セリ
第四百八十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百五十九條ノ字句ヲ修正シタルニ過キス卽チ旣成法典ノ拂渡差押ナル用語ヲ改メテ支拂ノ差止ト爲シタルハ民事訴訟法等ノ用例ニ從フモノニシテ旣成法典ハ單ニ債務者ト云フニ止マルモ本條ノ場合ニ於テハ二人ノ債務者アルヲ以テ本案ハ其區別ヲ明白ナラシムル爲メ第三債務者ナル用語ニ依リ又旣成法典同條但書ノ規定ヲ以テ本條第二項ト爲シタルハ條文ノ明了ナランコトヲ欲シタルノミ
第四百八十一條
(理由)旣成法典財產編第四百六十一條ハ物又ハ金錢ニ依ル純粹ノ代物辨濟ノ場合ニ限ルト雖モ他ノ作爲ヲ以テ代物辨濟ノ目的ト爲シ得ヘキコトハ一般ニ認ムル所ナレハ旣成法典同條ノ規定ハ聊カ狹キニ失スト云ハサルヘカラス故ニ本案ハ其範圍ヲ擴張シ一ノ給付ヲ以テ他ノ給付ニ代ヘタルトキトシ以テ實際ノ必要ニ適セシメタリ又旣成法典ノ如ク代物辨濟ヲ諾約シタルトキハ原義務ヲ更改シタルモノト見做スモ敢テ不可ナカルヘシト雖モ本案ノ如ク廣ク他ノ給付ヲ爲シタル場合ヲ包含セシムルトキハ或ハ更改ノ意思明白ナラサルコト往々存スヘキニ因リ本案ハ單ニ本條ノ場合ニ於ケル給付ハ辨濟ノ効力ヲ有スト爲スニ止メタリ
第四百八十二條
(理由)本條ハ特定物ノ引渡ニ關スル辨濟者ノ義務ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第四百六十二條第一項ノ本則ニ聊カ字句ノ修正ヲ加ヘタルニ過キス而シテ旣成法典同條第一項但書ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セス又同條第二項ノ規定ハ賠償ノ通則ニ依リテ明白ナレハ總テ之ヲ删除セリ
第四百八十三條
(理由)本條ハ辨濟ノ場所ニ關スル通則ヲ規定シ旣成法典財產編第三百三十三條第七項及ヒ第四百六十八條第一項ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ卽チ當事者カ辨濟ヲ爲スヘキ場所ヲ定メサリシ場合ニ於テ特定物ノ引渡ハ旣成法典ノ如ク債權發生ノ當時其物ノ存在セシ場所ニ於テ之ヲ爲スヘシト雖モ其他ノ辨濟ニ付テハ本案ハ旣成法典ト正反對ノ主義ニ依リ債權者ノ現時ノ住所ニ於テ之ヲ爲スヘシト規定セリ蓋シ本條ノ適用ハ實際上稀ニ見ル所ニシテ就中本條カ最モ多ク適用セラルヘキ金錢債務ノ辨濟ニ付テハ從來我國ノ慣習ハ通常債權者ノ住所ニ於テ之ヲ爲スコトニ存シ諸國ノ立法例モ亦タ槪ネ之ト一途ニ出ツルカ如シ要スルニ旣成法典ノ規定ハ債務者ノ保護ニ偏シテ從來ノ慣習及ヒ普通ノ事理ニ適セサルモノナレハ本案ハ債權者ノ住所ニ於テ辨濟ヲ爲スヘシト改メタリト雖モ取引ノ性質其他特別ノ事情ニ因リ債權者カ自己ノ住所ニ於テ辨濟ヲ受クルコトヲ欲セサルトキハ隨意ニ辨濟ノ場所ヲ定ムルコトヲ得ルモノナレハ本條ノ規定ニ因リテ毫モ不便ヲ感スルコトナシトス
第四百八十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百六十八條第二項及ヒ第三項ヲ合シテ聊カ之ニ修正ヲ加ヘタリ卽チ辨濟ノ費用ハ旣成法典同條第三項ノ如ク債務者ノ負擔ニ歸スルヲ以テ通則トシ同條第二項本文ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ之ヲ删除シ又其伹書ノ規定ハ單ニ當事者カ轉任シタル場合ニ限リテ轉任者カ費用ノ增加額ヲ負擔スヘキ旨ヲ示スニ止マリ且其費用ヲ列記スト雖モ費用增加ノ原因ハ固ヨリ轉任ノミニ限ラス又費用ヲ列記スルハ單ニ之ヲ例示フルニ過キサルニ因リ本案ハ廣ク債權者ノ住所ノ移轉其他ノ行爲ニ本ツク費用ノ增加額ハ債權者之ヲ負擔スヘシトシ以テ本條但書ノ規定ヲ存シタリ
第四百八十五條
(理由)辨濟ノ受取證書ノ必要ナルコトハ別ニ言フヲ要セサル所ニシテ從來ノ慣習ニ依リ辨濟受領者ハ通常受取證書ヲ交付スト雖モ辨債者カ自己ノ權利トシテ其交付ヲ請求セントスルニハ必ス法律ノ明文ニ依ラサルヘカラス是レ卽チ本案ハ旣成法典ニ其例ナシト雖モ端士債務法獨乙民法草案等ニ傚ヒ特ニ本條ノ規定ヲ設クル所以ニシテ之ニ依リテ辨濟者ハ辨濟ノ證據トシテ必要ナル受取證書ノ交付ヲ請求スル權利ヲ確保セラレタルモノト云フヘシ
第四百八十六條
(理由)債務カ完濟セラレタル場合ニ於テ債權者カ其債權ノ證書ヲ返還スルコトハ普通ニ行ハルル慣習ナリト雖モ辨濟者カ自己ノ權利トシテ其返還ヲ請求セントスルニハ前條ノ場合ニ於ケル如ク又必ス法律ノ明文ニ依ラサルヘカラス而シテ債權ノ證書ヲ取戾スコトハ辨濟ノ受取證書ヲ交付セシムルニ比シ一層必要ナルニ因リ本案ハ特ニ本條ノ規定ヲ設ケ辨濟者ノ權利ヲ確保スト雖モ辨債者カ全部ノ辨濟ヲ爲スニ非サレハ證書ノ返還ヲ請求スルコトヲ得サルハ固ヨリ至當ノ事ナルニ因リ本案ハ又此趣旨ヲ明ニセリ
第四百八十七條
(理由)本條以下第四百九十條ノ規定ハ辨濟ノ充當ニ關スルモノニシテ旣成法典財產編第四百七十條乃至第四百七十三條ノ規定ニ相當ス而シテ本條ハ當事者ノ指定ニ依ル充當ヲ規定シ旣成法典第四百七十條及ヒ第四百七十一條ノ二條ヲ合シテ聊カ之ニ修正ヲ加ヘタリ即チ立法ノ趣旨ニ付テハ全ク旣成法典ト同一ニシテ債務者ニ第一位ノ充當權ヲ與ヘ第二位ニ於テ債權者ノ充當權ヲ認ムルモノトス蓋シ債務者ノミ絕對的ニ充當權ヲ有スヘキヤ否ヤニ付キ學說及ヒ立法例ハ頗ル區々ニシテ債務者カ辨濟期ニ達シタル債務ヲ辨濟スルトキハ債權者ハ其受取ヲ拒ムコトヲ得ス又債權者ハ旣ニ滿期トナリタル債權ナレハ其何レニ對シテモ充當ヲ爲シ得ヘキモノニシテ雙方共ニ同等ノ位置ニ在ルモノナレハ債權者モ亦債務者ト同等ニ充當權ヲ有スヘシト主張スル者少カラス而シテ其言フ所固ヨリ一理ナキニ非スト雖モ辨濟ノ法律上ノ性質ハ一個ノ法律行爲タルト否トニ關セス辨濟ハ債務者ノ爲スヘキ行爲ニシテ其意思ヲ第一位ニ置カサルヘカラサルモノナレハ本案ハ旣成法典ノ如ク第一位ノ充當權ヲ以テ債務者ニ屬セシメタリ
債務者カ第二位ニ有スル充當權ニ付テハ學說及ヒ立法例ハ共ニ區々ニシテ獨乙民法草案ノ如キハ此充當權ナシトシ佛、伊諸國ノ法典ハ債務者カ異議ナク受取證書ヲ受取リタルトキハ債權者ノ充當權ハ存在ストシ英米ノ法律ニ依レハ債權者ハ强力ナル第二位充當權ヲ有シ辨濟後ニ於テモ亦出訴期限ヲ越ユルモ尚ホ充當ヲ爲シ得ルモノト爲セリ而シテ旣成法典第四百七十一條第一項ハ斷然債權者ノ第二位充當權ヲ認メ同條第二項ニ於テ佛、伊諸國ノ法典ノ如ク制限的ノ趣旨ヲ有スル規定ヲ設ケタリ要スルニ債權者ハ固ヨリ辨濟ヲ受クヘキ權アルモノナレハ債務者カ充當ヲ爲ササルトキハ何レノ債權ニ充當ヲ爲スモ毫モ妨ケナキ所ナレハ本案モ旣成法典ノ如ク債務者ハ自由ニ第二位充當權ヲ行フコトヲ得トシ然モ債務者ヲシテ意外ノ充當ヲ受クルコトナカラシムル爲メ債務者ハ此充當ニ對シテ直チニ異議ヲ述ヘ得ルコトヲ認メタリ
旣成法典ハ辨濟ノ充當ヲ受取證書ニ記入スヘキモノト爲スト雖モ斯ノ如ク證據方法ヲ限定スル必要ナク寧ロ此等ノ事項ハ從來ノ慣習ニ委スルノ便利ナルニ若カサルヲ認メ本案ハ受取證書ニ充當ヲ記入スルコトヲ要セス單ニ給付ノ時又ハ辨濟受領ノ時ニ充當ヲ爲シ又之ニ對シテ直ニ異議ヲ述フヘシトシ其時期ヲ指定スルニ止ムト雖モ辨濟ノ充當ハ如何ニシテ之ヲ爲スヘキモノナルカヲ指定スル必要アルニ因リ本案ハ特ニ本案第二項ノ規定ヲ設ケ辨償ノ充當ハ相手方ニ對スル意思ヲ表示ニ依リテ之ヲ爲スヘキ旨ヲ明示セリ其他旣成法典第四百七十條第二項ノ規定ハ或ハ債權者ノ當然ノ權利ニ關シ或ハ一部履行ノ辨濟ヲ受クヘキ義務ナキコトヲ認ムルモノニシテ別ニ明文ヲ要セス只其費用利息及ヒ元本ノ充當ニ關スル規定ノミハ必要ナルニ因リ本案ハ之レヲ別條ニ規定シ同條第二項ハ之レヲ删除セリ又旣成法典第四百七十一條第二項ノ規定モ旣ニ本案第一編總則ニ於テ廣ク意思表示ニ關スル規定ヲ設ケ錯誤欺瞞等ニ本ツク意思表示ノ取消ヲ許シタレハ此ニ之ヲ反覆スル必要ナキニ因リ總テ删除セリ
第四百八十八條
(理由)本案ハ辨濟ニ關スル法定ノ充當ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第四百七十二條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ蓋シ充當ノ順序ニ付テハ英國ノ如ク單ニ辨濟期ノ先後ニ依ルモノト獨乙民法第二草案ノ如ク辨濟期ニ在ル數個ノ債務ニ付テハ債權者ニ取リテ最モ擔保ノ少キモノヲ先ニシ擔保ノ一樣ナル數個ノ債務ニ付テハ債務者ニ最モ負擔重キモノヲ先ニスル如キ細別ヲ設クルモノトアリテ各其理由ヲ有スト雖モ本案ハ寧ロ旣成法典ノ順序ヲ以テ適當ト認メタレハ之ニ依リテ法定ノ充當ヲ規定セリ只旣成法典ハ費用利息及ヒ元本ニ對スル充當ノ順序モ共ニ第四百七十六條ノ規定中ニ揭クト雖モ本案ハ後ニ第四百九十條ニ於テ說明スル理由ニ本ツキ之ヲ別條ニ規定セリ
其他旣成法典財產編第四百七十三條ハ交互計算上ノ振込ニ付キ特ニ辨濟充當ノ規定ヲ適用セサル旨ヲ明示スト雖モ交互計算ノ性質上充當ノ規定ニ從ハサルコト明白ナルニ因リ旣成法典同條ノ規定ハ之レヲ删除セリ
第四百八十九條
(理由)本條ハ旣成法典其他多ク法典ニ其例ナシト雖モ實際上本條ニ豫定スル事項ハ常ニ見ル所ナレハ本案ハ端士債務法等ニ傚フテ新ニ本條ノ規定ヲ設ケタリ例ヘハ一個ノ債務ニ對シ定期支拂ノ方法ニ依リ數個ノ給付ヲ爲ス如キ場合ニ於テ債務ノ全部ヲ消滅セシムルニ足ラサル給付ヲ爲シタルトキハ其何レノ部分ニ充當スヘキヤニ付キ前二條ノ場合ト同樣ノ關係ヲ生セシムルニ因リ斯ノ如キ場合ニ於テハ前二條ノ規定ヲ凖用スヘキモノト爲セリ
第四百九十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百七十二條第二號ノ規定ニ相當ス旣成法典ハ本條ノ場合ヲ以テ數個ノ債務アル場合ト同視スト雖モ本案ハ各債務ノ費用利息及ヒ元本ニ關スル充當ノ順序ヲ定ムルモノニシテ數個ノ債務アル場合ト其狀況ヲ異ニスルモノナレハ諸國ノ法典モ槪ネ皆本條ノ規定ヲ以テ特別ノ一條トシ旣成法典財產取得編第百八十八條モ亦此主義ニ依レリ故ニ本案ハ旣成法典財產編第四百七十二條第二號ノ規定ヲ分離シテ別ニ本條ノ規定ヲ設ケタリト雖モ充當ノ順序ニ至リテハ之ト異ナルコトナク又當事者ハ同意ニ依リ隨意ニ本條ノ順序ヲ變更スルコトヲ妨ケサルモノトス其他本條第一項ノ場合ニ於テ各債務間ニ於ケル充當ノ順位ニ付テハ第四百八十八條ノ場合ト其ノ狀況ヲ異ニスル所ナキニ因リ本條第二項ノ規定ヲ設ケ第一項ノ場合ニ於テハ第四百八十八條ノ規定ヲ準用スヘキ旨ヲ明ニセリ
第四百九十一條
(理由)本條及ヒ次條ハ辨濟ノ提供ニ關スル規定ニシテ殊ニ本條ハ提供ノ効力ヲ定メ旣成法典財產編第四百七十六條及ヒ第四百七十八條第一項ニ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典ハ提供ノ有效ナルコト及ヒ其效力ノ種類ヲ明示スト雖モ本案ノ如ク單ニ提供ト云フトキハ其有效ノモノタルヘキハ固ヨリ論ヲ俟タス又不履行ニ本ツク一切ノ責任ヲ免カレシムト云フトキハ旣成法典カ示ス所ノ總テノ效果ヲ包含スヘキヲ以テ之ニ依リテ本案ハ務メテ法文ヲ簡明ナラシメタリ只旣成法典ハ供託ニ依リテ始メテ債權者ニ危險ヲ移轉セシムト雖モ債務者カ債務ノ本旨ニ從フテ辨濟ノ提供ヲ爲シ債權者カ其受取ニ付キ遲滯ニ在ルニ拘ハラス尚ホ辨濟ノ目的物ヲ供託セサル間ハ債務者ニ於テ危險ヲ負擔スヘシト爲スハ當事者相互ノ利益ヲ保護スル點ニ付キ頗ル其當ヲ失フモノト云ハサルヘカラス故ニ本案ハ提供ニ依リテ債務者ハ不履行ニ本ツク一切ノ責任ヲ免カレ此時以後危險ノ負擔ハ債權者ニ移轉スルモノト爲セリ
第四百九十二條
(理由)本條ハ提供ノ方法ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第四百七十四條ニ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典ハ債權者カ辨濟ヲ受クルコトヲ欲セス又ハ之ヲ受クルコト能ハサルトキ云々ト規定スト雖モ是レ主トシテ提供ト供託トヲ一所ニ規定セントスルニ因ルモノニシテ辨濟ノ提供ハ債權者カ辨濟ノ受領ヲ拒ミ又ハ之ヲ受クルコト能ハサルトキニ限ルモノニ非サレハ本案ハ單ニ本條ヲ辨濟提供ノ場合ニ限リ旣成法典同條前段ノ字句ヲ删除セリ又旣成法典ハ提供ノ方法ニ關シ種々ノ場合ヲ分チテ詳細ノ規定ヲ設クト雖モ要スルニ本案ノ如ク債務ノ本旨ニ從ヒテ現實ニ提供スルコトヲ要スト云フトキハ總テノ場合ヲ纒括シテ脫漏ノ虞ナシト云ハサルヘカラス然レトモ本條ノ規定ノ要點ハ本文ニ在ラスシテ寧ロ但書ノ規定ニ存ス即チ本文ハ所謂事實上ノ提供ヲ指スモノニシテ或ハ特ニ明文ヲ要セサルヘシト雖モ但書ノ規定ハ所謂言語上ノ提供ニシテ法律ノ規定ヲ待チテ始メテ其效力ヲ生スルモノトス而シテ本案モ亦旣成法典第四百七十四條本文ノ如ク債權者カ辨濟ヲ受クルコトヲ拒ミタルトキ又ハ同條第四號ノ如ク債務ノ履行ニ付キ債權者ノ立會又ハ參同ノ如キ所爲ヲ要スルトキハ言語上ノ提供即チ辨濟ノ準備ヲ爲シタル旨ヲ通知シ其受領ヲ催吿スルノミニテ足ルト爲スハ固ヨリ至當ノ規定タルヘシ然レトモ旣成法典同條第三號ノ如ク運送ノ多費、困難又ハ危險ナル場合ニ於テモ言語上ノ提供ヲ爲シ得ヘキコトヲ認ムルハ親切ニ似タリト雖モ其必要ナキノミナラス却テ實際ノ適用上紛議ヲ生スルコト多ク且諸國ノ法典ニ於テモ斯ノ如キ立法例ヲ存セサルニ因リ本案ハ之ヲ删除セリ其他旣成法典財產編第四百七十五條ハ別ニ明文ヲ要セス殊ニ本條ニ於テ辨濟ノ提供ハ債務ノ本旨ニ從フコトヲ要スル旨ヲ明ニシタル以上ハ一層其必要ナキヲ以テ之ヲ删除セリ
第四百九十三條
(理由)本條以下ハ供託ニ關スル規定ニシテ本條ハ其本則ヲ定メ旣成法典財產編第四百七十四條本文第四百七十七條及ヒ第四百七十八條第一項ノ規定ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典ハ供託ヲ爲スニハ塡補利息ト共ニ辨濟ノ金額ヲ供託スヘキコトヲ規定スト雖モ是レ固ヨリ明文ヲ要セス然レトモ旣成法典ノ如ク單ニ債務者カ供託ヲ爲スノミニテハ之ヲ受取ルヘキ債權者ノ權利ハ當然發生スヘキモノナルヤ否ヤニ付キ疑ヲ生セシムルニ因リ本案ハ特ニ債權者ノ爲メニ供託ヲ爲スモノタルコトヲ明示セリ次ニ旣成法典第四百七十七條ハ債權者カ辨濟ノ提供ヲ承諾セサル場合ニノミ供託ヲ爲スコトヲ得ル如ク規定スト雖モ債權者カ辨濟ヲ受領スルコト能ハサル場合ノ如キ殊ニ辨濟者ノ過失ナクシテ債權者ノ何人タルコトヲ確知スルコト能ハサル場合ニ於テ供託ヲ爲スコトヲ得セシムルハ至當ノ事タルニ因リ本案ハ多數ノ立法例ニ傚ヒ此等ノ場合ニ於テモ供託ヲ爲シ得ルコトヲ明示セリ其他旣成法典第四百七十四條ハ債務者ハ提供及ヒ供託ヲ爲シテ其義務ヲ免カルルコトヲ得ヘキ旨ヲ規定スト雖モ債務ヲ免カレシムル原因ハ供託ヲ爲スコトニ存スルハ多數ノ立法例ノ共ニ認ムル所ニシテ旣成法典第四百七十八條第一項前段ノ規定モ亦此趣旨ニ出ツルモノナレハ本案ハ單ニ辨濟ノ目的物ヲ供託シテ債務ヲ免カルルコトヲ得ル旨ヲ明示セリ
第四百九十四條
(理由)本條第一項ノ規定ハ旣成法典ニ其例ナシト雖モ旣ニ明治二十三年七月勅令第百四十五號供託規則ニ依リテ之ヲ定メ固ヨリ民法ニ規定スヘキ事項ナレハ本案ハ之レカ爲メニ特ニ本條ノ規定ヲ設ケタリ而シテ供託ハ通則トシテ債務ノ履行地ニ於テ之ヲ爲スコト固ヨリ當然ナリト雖モ供託所ニ付キ法令ニ別段ノ定ナク辨濟者ハ何處ニ供託スヘキヤヲ知ルコト能ハサルトキハ裁判所ヲシテ供託所ヲ指定シ竝ニ供託物保管者ヲ選任セシムルコトハ必要ナル補充方法タルニ因リ本案モ旣成法典財產編第四百七十七條第二項ト同一ノ趣旨ニ本ツキ本條第二項ノ規定ヲ存スト雖モ旣成法典同條第三項ノ規定ハ不必要ナルニ因リ之ヲ删除セリ次ニ供託ハ之ニ因リテ債務者ニ債務ヲ免カレシムルト同時ニ爾後供託物ヲシテ債權者ノ隨意ノ處分ニ歸セシムルモノナレハ供託者ヲシテ債權者ニ對シ供託ノ通知ヲ爲サシムルヲ必要トス是レ本條第三項ノ規定ヲ設クル所以ニシテ二三ノ立法例ニ依レハ供託ノ通知ニハ或ハ供託ノ場所及ヒ時ヲモ通知スヘシトシ或ハ供託ヲ爲ス前ニ通知スヘシト規定スト雖モ斯ノ如ク通知ノ方法ヲ限定スル必要ナキヲ以テ本案ハ單ニ遲滯ナク供託ノ通知ヲ爲スコトヲ要ストシ若シ之ヲ怠ルトキハ供託者ヲシテ債權者ニ對シ損害賠償ノ責ニ任セシムルモノト爲セリ
第四百九十五條
(理由)本條第一項ハ供託物ノ取戾權ニ關スル規定ニシテ旣成法典財產編第四百七十八條第二項ト其實質ヲ異ニセス然レトモ本條ノ規定ニ付テハ諸國ノ立法例ハ頗ル其體裁ヲ異ニシ或ハ旣成法典ノ如ク供託物ノ取戾ニ因リテ義務ハ舊ニ依リテ存在スト云ヒ或ハ供託物ヲ取戾ストキハ共同債務者及ヒ保證人モ其義務ヲ免カレスト云ヒ又ハ供託物ノ取戾ニ因リテ義務ハ再生スト云フモノアリト雖モ一旦免カレタル義務カ尚ホ繼續又ハ存在スト云フトキハ旣ニ用語上ニ於テ撞著スル嫌アリ又義務カ再ヒ發生スト云フトキハ法律上ノ結果ニ於テ異動ヲ生セシムル恐アリ故ニ本案ハ獨乙民法第二草案ノ如ク供託物ヲ取戾シタルトキハ供託ヲ爲ササリシモノト見做スト改メタリ
次ニ旣成法典同條第三項ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルヲ以テ之ヲ删除シ又取戾權ノ抛棄ニ關スル規定ハ諸國ノ法典ニ揭クル所ナリト雖モ他人ノ利益ヲ害セサル限ハ自己ノ權利ヲ隨意ニ抛棄シ得ルコトハ一般ノ通則ナレハ本案ハ旣成法典ノ如ク此點ニ關シテ別ニ規定ヲ設ケスト雖モ供託ニ因リテ債權ノ擔保タル質權又ハ抵當權カ消滅シタル場合ニ於テモ尚ホ本條第一項ノ規定ヲ適用シテ供託物ノ取戾ヲ許ストキハ其結果タルヤ供託ヲ爲ササリシモノト見做サルルニ因リ質權又ハ抵當權ノ消滅シタルコトヲ信シテ種々ノ取引ヲ爲シタル者ハ意外ノ損害ヲ被ムルコトナシトセス故ニ本案ハ特ニ本條第二項ノ規定ヲ設ケ供託ニ因リテ質權又ハ抵當權カ消滅シタルトキハ第一項ノ規定ヲ適用セサル旨ヲ明カニセリ
第四百九十六條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ其例ナシト雖モ苟モ辨濟者ニ供託ノ便益ヲ許與スル以上ハ進ミテ本條ノ如キ便宜法ヲ設クルニ非サレハ立法ノ趣旨ヲ貫徹セサルモノト云ハサルヘカラス故ニ本案ハ瑞士債務法獨乙民法草案等ニ傚フテ辨濟者ノ賣却權ヲ認メ即チ辨濟ノ目的物カ供託ニ適當セス又ハ滅失毀損ノ虞アルトキ若クハ物ノ保存ニ付キ過分ノ費用ヲ要スルトキハ辨濟者ハ目的物ヲ賣却シテ其代價ヲ供託スルコトヲ得トシ之ニ依リテ供託ニ關スル立法ノ旨趣ヲ貫徹セシメタリト雖モ辨濟者ヲシテ濫リニ目的物ヲ賣却セシムルトキハ往々債權者ノ利益ヲ害スルコトアルヲ以テ前述ノ如ク賣却權行使ノ場合ヲ限定スルノ外辨濟者ハ尚ホ裁判所ノ許可ヲ得ルコトヲ要シ且ツ其賣却ハ競賣ノ方法ニ依ラサルヘカラストシ以テ債權者ノ利益ヲ害スルコト勿カラシメタリ
第四百九十七條
(理由)本條ハ供託物ノ受取ニ付キ債權者ノ權利ヲ制限セルモノニシテ旣成法典ニ存セサル規定ナリト雖モ債務者ノ利益ヲ保護スルニ必要ナルノミナラス之ニ因リテ毫モ債權者ニ損害ヲ加フルニ非ズ債權者ハ自己ノ負擔スル給付ヲ爲シテ始メテ其相對給付タル供託物ヲ受取ルヘキハ當然ノ事理ニ屬スルニ因リ本案ハ獨乙民法第二草案等ノ例ニ傚フテ特ニ本條ノ規定ヲ設ケタリ
第四百九十八條
(理由)本條乃至第四百九十條ハ所謂代位辨濟ニ關スル規定ナリ旣成法典ハ財產編中辨濟ノ部ニ於テ代位ノ辨濟ナル目ヲ設ケテ詳細ナル規定ヲ爲シタリ今玆ニ其規定中ノ削除シタルモノヲ示シ幷セテ其削除ノ理由ヲ說明スヘシ財產編第四百七十九條ハ代位辨濟ニ因リテ辨濟者ニ債權及ヒ擔保ノ移轉スルコト及ヒ代位辨濟者カ其固有訴權ヲ失ハサルコトヲ規定セリ然ルニ同第四百八十三條ニモ亦債權及ヒ擔保ノ移轉スルコトヲ示シタル規定アリ而シテ其規定ハ本案第四百八十七條ニ之ヲ採用シ又代位辨濟者カ其固有訴權ヲ失ハサルコトハ言フヲ俟タサルノミナラス本案第四百八十七條ニ依リ自ラ明ナルヲ以テ財產編第四百七十九條第一項ハ之ヲ削除セリ其第二項モ亦代位ノ原因ヲ示シタルニ過キサル無用ノ規定ナルヲ以テ之ヲ削レリ同第四百八十一條ハ債務者ノ意思ニ基ク代位ノ場合ヲ規定シタルモノナリ今此ノ如ク規定ヲ設ケタル理由ヲ察スルニ高利ノ負債ヲ爲シタル者カ低利ノ負債ヲ爲シテ前ノ負債ヲ免レントスル場合ニ於テ前ノ債權者ニ供與シタルモノヽ外他ニ供ス可キ擔保ナキトキニ當リ之ヲシテ容易ニ低利ノ負債ヲ爲スコトヲ得セシメントスルモノニ外ナラス一見極メテ便利ナルカ如シト雖モ又之ニ伴フ弊害少ナカラス今其重ナルモノヲ擧クレハ例ヘハ第一順位ノ抵當債權者カ已ニ辨濟ヲ受ケタルカ爲メ第二順位ノ抵當債權者カ先位ノ抵當權ヲ有スルコトヲ得タル後場合ニ於テ債務者ハ新ナル負債ヲ爲シ貸主ノ爲メ日附ヲ先ニシテ一旦辨濟ヲ受ケタル抵當債權者ニ代位シタルモノトスルコトヲ得ヘシ斯ノ如クナルトキハ第一順位ニ進ミタル債權者ノ權利ヲ害スルニ至ルヘシ此弊害タルヤ公正證書ヲ必要トスルカ又ハ日附確定ノ方法ヲ設ケ當事者ヲシテ之ニ因ラシムルトキハ或ハ之ヲ防クコトヲ得ヘシト雖モ債務者カ果シテ辨濟ノ爲メニ借入レタル金額ヲ以テ辨濟ヲ爲シタルヤヲ證明スルコトハ甚タ困難ナル可シ斯ノ如キ事實ヲ證書ニ記載スヘキモノトスルモ實際其效ナキコト論ヲ俟タス旣成法典ハ其制裁トシテ財產編第四百八十一條末文ノ如キ規定ヲ設ケタリト雖モ固ヨリ不確實ナル方法タルコトヲ免レス本來貸借ト辨濟トハ全ク相異ナル二個ノ行爲ニシテ債務者ハ其借入レタル金額ヲ何ナル目的ニ使用スルモ其隨意トス未タ辨濟ナキニ代位ヲ爲サシメ他人ノ權利ヲ處分スルコトヲ得ル如キハ論理ニ反スルモノト謂ハサルヘカラス而シテ若此代位ヲ認メサルトキハ實際不便ヲ感スヘキカト云フニ決シテ然ラス債權者ハ辨濟ヲ受クル外ニ正當ノ利益ヲ有セサルヲ以テ必ス代位ヲ承諾スヘシ甚シキハ原文第二項ニハ受取證書ニ辨濟金額ノ出處ヲ記スヘキヲ規定スルヲ以テ結局債權者ノ行爲ヲ必要トスルコトニナリ債務者ハ債權者ノ承諾ナクシテ代位ヲ承諾スルコトヲ得ヘキモノトシタル主意ト牴觸スルニ至ルヘキナリ之ヲ要スルニ財產編第四百八十一條ハ理論ニ反シ且實際弊害アルモ全ク利益ナキヲ以テ獨逸瑞士、西班牙諸國ノ新立法例ニ傚ヒ之ヲ削除セリ
財產編第四百八十八條ノ規定ハ全ク其必要ヲ見サルヲ以テ之ヲ削レリ此他尚一二ノ削除シタル規定ナキニ非スト雖モ其削除ノ理由ハ各條ノ說明ヲ爲スニ際シテ之ヲ述ヘントス
本條ハ債權者ノ承諾ニ基ク代位ヲ規定シタルモノニシテ財產編第四百八十條ニ修正ヲ加ヘタルモノトス其修正ノ要點ハ當事者間ニ於ケル代位ノ要件ヲ簡ニシ且第三者ニ對スル要件ヲ定メタルニ在リ同條ニ於テハ債權者ノ許與スル代位ハ受取證書ニ明記スルニ非ラサレハ其效ナキモノトセリ此事タルヤ當事者間ノ要件トシテハ毫モ其必要アルコトナク又第三者ニ對スル要件トシテハ極メテ不充分ナリ蓋シ受取證書ニ代位ヲ記載スルモ債務者其他ノ第三者ハ代位辨濟ノ事實ヲ知ルコトヲ得サルヲ以テ不測ノ損害ヲ蒙ルコトアルヲ以テナリ卽チ債權讓渡ノ方式ヲ履マス代位辨濟ノ手段ニ依リテ實際債權ヲ讓受クルト同一ノ結果ニ至リ其弊害少ナシトセス故ニ此種ノ代位辨濟ヲ認メントセハ當事者ヲシテ債權讓渡ト同一ナル方法ニ因ラシメサル可カラス若夫レ瑞士債務法又ハ獨逸民法草案ニ於ケル如ク代位辨濟ヲ認メサルトキハ實際ニ於テ多少不便ヲ感スルコトアルヘシ故ニ本案ニ於テハ白耳義民法草案ノ例ニ倣ヒ實際ノ弊害ヲ防ク爲メ本條第二項ノ制限ヲ設ケテ代位ヲ認メタリ
以上述ヘタル處ニ依リテ見ルトキハ受取證書ニ代位ヲ記入スル如キハ當事者間ニ於ケル代位ノ要件ト爲スヘキモノニ非サルコト明ナリ唯辨濟ト同時ニ債權者ノ承諾ヲ得ルハ必要ノ事項ナルヲ以テ第一項ニ於テ之ヲ明示セリ
第四百九十九條
(理由)本條ハ財產編第四百八十二條ニ該當スルモノニシテ其第一號ニ於テ自己ノ財產ヲ以テ他人ノ債務ノ擔保ニ供シタル者ヲ稱シテ他人ノ爲メニ義務ヲ負擔シタル者ト云ヘルハ其當ヲ得ス又質權ノ目的タル不動產ノ第三取得者ヲ加ヘサリシハ缺點ト謂フヘシ第二號ノ制限ハ理由ナキモノトス又第三號ノ場合ハ相續編ノ規定如何ニ依ルトハ雖モ其適用極メテ稀ニシテ且法律上代位ノ特典ヲ與フヘキ價値アルモノト認ムルコトヲ得ス故ニ原文ノ如キ列擧的規定ヲ設ケテ或ハ狹キニ失シ或ハ適當ノ範圍ヲ出ツルコトアランヨリハ寧ロ本條ノ如ク槪括的規定ト爲シ實際適用ノ宜キヲ得セシムルニ若カサルナリ
第五百條
(理由)本條ハ財產編第四百八十三條及ヒ第四百八十四條ニ該當スルモノニシテ代位辨濟ノ性質及ヒ效力ヲ規定シタルモノトス先ツ第一項ノ本文ハ財產編第四百八十三條第一項及ヒ第四百八十四條ノ精神ヲ明ニシ代位者ハ自己ノ權利ニ基ク求償權ノ範圍内ニ於テ債權ヲ讓受ケタルト同一ナルコトヲ定メ以テ代位辨濟ノ性質及ヒ效力ニ關スル學者間ノ論議ヲ一定シタルモノナリ次ニ第一號乃至第三號ハ財產編第四百八十三條第二號乃至第四號ト其主意ヲ同ウス第四號以下ハ負擔ノ公平ナランコトヲ欲シテ設ケタルモノニシテ若シ此等ノ制限ナキトキハ極テ不公平ナル結果ヲ生スルニ至ル可シ故ニ旣成法典ノ缺點ヲ補ヒテ之ヲ設ケタリ又原文第五號ノ規定ハ本條第一項ノ規定ニ依リ自ラ明ナルヲ以テ削除セリ原文第一號ハ草案ノ說明ニ依レハ辨濟ノ時ニ當リテ當事者カ契約ニ依リ代位ヲ排除スルヲ得ルコトヲ規定シタルモノノ如シ果シテ然ラハ全ク其必要ナキヲ以テ之ヲ削レリ
第五百一條
(理由)本條ハ財產編第四百八十六條ニ字句ノ修正ヲ加ヘ聊カ其意義ヲ明ニシタルモノニ過キス外國ノ法典中ニハ往々債權者ニ優先權ヲ與ヘタルモノナキニ非スト雖モ理論上甚タ其當ヲ得サルヲ以テ本案ニ於テハ旣成法典ノ主義ヲ採用セリ
旣成法典ハ財產編第四百八十五條第一項ニ於テ代位ハ原債權者ヲ害スルコトヲ得サルコトヲ規定シタル爲メ一見其次條ノ原則ト牴觸スル如キ觀アリ原文ニハ其適用トシテ一ノ特別ナル場合ヲ想像シ第二項ノ規定ヲ置キタリト雖モ其規定ハ後ニ至リテ設ケラレタル擔保編第二百四十二條第二項ノ規定ト調和セス本案ニ於テモ第三百九十一條第二項ノ規定アル以上ハ右ノ如キ場合ノ生スルコトナキヲ以テ財產編第四百八十五條ハ其全文ヲ削除セリ
第五百二條
(理由)本條第一項ハ財產編第四百八十七條第一項ノ規定ヲ採用シタルモノナリ原文ニ債權ノ證書トアルヲ改メテ債權ニ關スル證書ト爲シタルハ保證ノ證書ノ如キモノヲモ明ニ包含セシメンカ爲メナリ
第二項ノ場合ニ於テ債權證書ニ代位ノ記入ヲ爲ス可キモノト定メタル所以ハ原文第二項ニ定ムル如キ代位者ニ證書ヲ示スコトヨリモ逈カニ確實ナル方法ト認メタルニ在リ
第五百三條
(理由)旣成法典ニ於テハ本條ノ規定ニ類セル規定ナキニ非スト雖モ債務ノ免除、保證、連帶義務任意ノ不可分等ノ各部ニ之ヲ散置シ且其規定不完全ニシテ重複ニ失スルモノト謂ハサルヲ得ス要スルニ此規定ハ代位ヲ妨ケタル債權者ニ對スル制裁ニ外ナラサルヲ以テ本案ニ於テハ一括シテ之ヲ本條ニ規定セリ今旣成法典ノ規定ヲ見ルニ何レモ裁判所ニ免責ノ請求ヲ爲ス可キモノトセリ是レ蓋シ擔保ノ順位ノ甚タ劣等ナル如キ場合ニ在リテハ債權者カ其擔保ヲ喪失又ハ減少スルモ之カ爲メニ代位者ヲ害シタルモノト云フコト能ハサル場合ナキニ非ラサルヲ以テ代位者ヲシテ當然免責ヲ得セシムルハ其當ヲ得スト謂フニ在ル可シ然レトモ事每ニ裁判所ヲ煩スハ其當ヲ得タルモノニ非ス故ニ苟モ其擔保ノ喪失又ハ減少ニ因リ償還ヲ受クル能ハサルニ至リタルコト確實ナル以上ハ其不能ノ限度ニ於テ直ニ免責ノ結果ヲ生スヘキモノトセリ獨逸民法草案ハ保證ニ關シテ本條ニ定ムル所ト殆ト同一ノ規定ヲ設ケタリ
第二款 相殺
(理由)相殺ニ關スル規定ノ位置ニ付テハ旣成法典ハ之ヲ合意上ノ免除ノ次ニ揭載シ又相殺ノ法律上ノ性質ニ付テハ學者ノ見解頗ル區々ナリト雖モ要スルニ相殺ノ法律上ノ效果ハ辨濟ニ類似スル所最モ多キニ因リ本案ハ債務消滅ノ原因トシテ辨濟ノ規定ニ次クニ本款ノ規定ヲ以テシ且其範圍モ旣成法典ノ規定ニ比シ頗ル之ヲ縮小セリ即チ旣成法典ハ法律上ノ相殺ノ外任意上、裁判上及ヒ合意上ノ相殺ナルモノヲ規定スト雖モ之レ單ニ相殺ノ手續又ハ方法ニ相當ノ名義ヲ付シタルニ止マリ其實質ニ於テハ當事者ノ自由ノ範圍ニ屬スル事項ヲ規定シ或ハ相殺請求ノ手續ヲ規定スルモノニシテ特ニ明文ヲ要セサルモノナレハ本案ハ獨リ法律上ノ相殺ニ關スル規定ノミヲ揭ケ其他ノ相殺ニ關スル旣成法典財產編第五百三十一條及ヒ第五百三十二條ノ規定ハ總テ之ヲ删除セリ
次ニ旣成法典ハ相殺ニ關スル總テノ規定ヲ一所ニ集メントシ財產編第五百三十一條ノ如キ規定ヲ設クト雖モ本案ハ本款ニ於テハ單ニ相殺ニ關スル通則ヲ揭ケ特別ノ場合ニ於ケル相殺ハ各其場合ニ付キ之ヲ規定スルノ明白ニシテ且其當ヲ得タルニ若カサルヲ認メ旣成法典同條ノ規定ハ全部之ヲ删除セリ其他本案ハ恩惠上ノ期限ナルモノヲ認メサルニ因リ旣成法典財產編第五百二十四條第一項ノ規定ヲ删除シ同條第二項ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ之ヲ删除セリ
第五百四條
(理由)本條ハ相殺ノ要件及ヒ效力ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第五百十九條及ヒ第五百二十條ヲ合シテ之ニ修正ヲ加ヘタリ即チ
一、旣成法典ハ相殺ノ第一要件トシテ二個ノ債務カ互ニ主タルモノナルコトヲ要スト雖モ之レ固ヨリ其當ヲ失スルモノナレハ本案ハ之ヲ删除セリ何トナレハ保證債務ヲ以テ主タル債務ト相殺スル場合ノ如キ一方ハ主タル債務ニ非スト雖モ斯ノ如キ相殺ハ固ヨリ法律ノ認ムル所ナレハナリ
二、旣成法典ハ相殺ノ第二要件トシテ二個ノ債務カ代替スルヲ得ヘキモノタルコトヲ要シ本案モ亦其趣旨ニ於テ之ト異ナルコトナシト雖モ代替スルコトヲ得ルモノト云フトキハ其意義確定セル如クニシテ實際確定セルニ非ス即チ代替スルコトヲ得ルヤ否ヤニ付テハ直ニ疑ヲ生セシムルノミナラス或ル場合ニ於テハ元來互ニ代替スルコトヲ得ヘカラサル債務ト雖モ互ニ相殺セシムルコトヲ要シ從テ旣成法典財產篇第五百二十二條ノ如キ便宜法ヲ設ケサルヘカラサルニ因リ本案ハ寧ロ獨乙民法草案等ニ傚ヒ廣ク同種ノ目的ヲ有スル債務タルコトヲ以テ相殺ノ要件トシ然モ本條但書ノ規定ニ依リテ其適用ヲ限定シ即チ債務ノ性質カ相殺ヲ許ササルトキハ本條ノ適用ヲ許サスト雖モ旣成法典財產編第五百二十二條ノ場合ノ如キハ債務ノ性質カ相殺ヲ許ササルニ非ス當事者ハ便宜上自由ニ相殺ヲ爲シ得ルモノナレハ固ヨリ本條ノ適用ヲ受クヘキモノナルニ因リ旣成法典同條ノ規定ハ之ヲ删除セリ
三、旣成法典ハ相殺ノ第三要件トシテ債務カ明確ナルコトヲ要スト雖モ之レ果シテ相殺ノ要件ナルヤ否ヤニ付キ學說立法例共ニ二派ニ分レ一ハ旣成法典ノ如ク債務ノ明確ナルコトヲ以テ相殺ノ實質上ノ要件トシ之ヲ缺クトキハ相殺スルコトヲ得スト爲スモノニシテ佛、和、葡等ノ法典ハ皆此主義ヲ採用シ一ハ之ヲ以テ單ニ訴訟上ノ要件ナリトシ之ヲ缺クモ敢テ相殺ノ妨ヲ爲スコトナシト定ムルモノニシテ普、墺、英、西、瑞ノ諸國及ヒ獨乙民法草案ハ此主義ニ依リ又近世學說ノ傾向モ債務ノ明確ナルコトハ相殺ノ實質上ノ要件ニ非スト爲スニ存ス而シテ本案ハ第二ノ主義ヲ採用スルモノニシテ其主タル理由ハ旣ニ本條ノ規定ニ從ヒ二人互ニ同種ノ目的ヲ有スル債務ヲ負擔スル場合ニ於テ債務ノ分量カ明確ナラサルカ爲メニ相殺ヲ禁スルハ立法上其必要ナキノミナラス明確ナル債務ノミニ相殺ノ便利ヲ與フルハ決シテ公平ヲ得タルモノト云フヘカラス何トナレハ分量ノ不明確ナルカ如キハ裁判所ニ於テ能ク之レヲ確定シ得ヘケレハナリ只旣成法典ノ如ク當事者ノ不知ニテモ法律上ノ相殺ハ當然行ハルルモノナリトノ主義ヲ採ルトキハ債務ノ明確ナルコトヲ必要トスル理由ナキニシモ非スト雖モ本案第五百五條ノ規定ノ如ク相殺ハ當事者ノ意思表示ニ依リテ始メテ行ハルルモノト爲ストキハ必スシモ債務ノ明確ナルコトヲ要セス又明確ナラサル債務ノ相殺ヲ許スモ實際上決シテ其弊害ヲ見サルナリ故ニ本案ハ此點ニ付テモ旣成法典ヲ修正シ從テ同第五百二十三條ノ規定ハ之ヲ删除セリ
四、旣成法典ハ相殺ノ第四要件トシテ債務カ要求スルヲ得ヘキモノタルヲ要スルハ至當ノ規定ニシテ諸國ノ法典ニ於テモ總テ之ヲ認ムルモノナレハ本案モ亦此要件ヲ存スト雖モ旣成法典ノ字句ヲ修正シテ債務カ辨濟期ニ在ルコトヲ要スト爲セリ
五、旣成法典ノ主義ニ依レハ相殺ノ要件具備スルトキハ當事者ノ不知ニテモ法律上ノ相殺ハ當然行ハルト雖モ之レ甚タ便宜ナルニ以テ却テ不便ナル規定ト云ハサルヘカラス殊ニ我國ノ如キ未タ斯ノ如キ法制ニ慣レサル人民ニ取リテ一層不便ヲ感セシムルハ殆ント疑ヲ容レサル所トス故ニ本案ハ旣成法典ノ主義ニ反シ相殺ノ要件具備スルトキハ雙方ニ於テ相殺スルコトヲ得ル權利ヲ生スルノミトシ本條第一項本文ニ於テ各債務者ハ相殺ニ因リテ債務ヲ免ルルコトヲ得ト規定シ此權利ヲ行使スル方法ハ之ヲ次條ノ規定ニ讓レリ然レトモ債務ヲ免カルル限度ニ付テハ固ヨリ旣成法典ト同一ニシテ相殺ノ場合ニ於テハ債務ノ一部履行ヲ認ムルモノナリト雖モ旣成法典財產編第五百十九條第二項ノ法文ハ聊カ冗長ニ失スルヲ以テ本案ハ之ヲ簡略ニシ卽チ對當額ニ付キ債務ヲ免カルルコトヲ得ト改メタリ其他本條第一項但書及ヒ第二項本文ノ規定ハ旣成法典財產編第五百二十條ニ於テ其趣旨ヲ認ムルモノニシテ本條第二項但書ノ規定ハ善意ノ第三者ヲ保護スル當然ノ規定ナレハ別ニ說明ヲ要セス
第五百五條
(理由)本條第一項ハ第五百四條ノ規定ニ因リテ生シタル權利ノ行使方法ヲ指定スルモノニシテ旣成法典財產編第五百二十條ノ一部ヲ修正セリ蓋シ相殺ノ行ハルルヤ或ハ旣成法典ノ如ク法律上當然行ハルト爲スモノアリ或ハ裁判上ニ對抗シテ始メテ行ハルト爲スモノアリト雖モ第一ノ立法主義カ我國今日ノ實際ニ不便ナルコトハ旣ニ前條ニ於テ說明セシ如ク之レカ爲メニ未タ法律上ノ取引ニ慣レサル人民ヲシテ往々意外ノ不利益ヲ蒙ラシムルノミナラス我國從來ノ慣習ニ反スルコト多カルヘシ又第二ノ立法主義ノ不便ニシテ且ツ不當ナルコトハ因ヨリ明白ニシテ訴訟カ起リタルトキハ相殺スルコトヲ得訴訟カ起ラサルトキハ相殺スルコトヲ得サル如キハ寧ロ相殺ノ方法ヲ認メサルニ若カス然レトモ雙方ノ債務カ假令相殺ノ要件ヲ具備シテ對立スルモ當事者カ相殺ヲ欲セサルニ法律ハ之ニ干涉シテ强ヒテ債務ヲ消滅セシムル必要ナキニ因リ本案ハ本條ノ明文ヲ設ケ相殺ハ當事者ノ意思表示ニ依リテ行ハルヽモノトシ假令第五百四條ノ規定ニ因リテ當事者ハ相殺ノ權利ヲ得ルモ本條ノ規定ニ從ヒ之ヲ行使スルニ非サレハ相殺ノ效力ヲ生スルコトナシトシ卽チ旣成法典ノ主義ヲ排斥シテ當事者ノ安全ヲ保チ從來ノ慣習ニ適セシメタリ然レトモ相殺ノ意思表示ニシテ條件附又ハ期限附ナルトキハ未タ之ヲ以テ直ニ債務ヲ消滅セシムル意思ヲ表示シタルモノト云フコトヲ得ス債權者ハ條件附又ハ期限附ノ支拂ヲ拒絕シ得ル如ク條件附又ハ期限附ノ相殺ヲ拒絕シ得ヘキハ至當ノ事ニシテ且ツ斯ノ如キ相殺ノ意思表示ハ雙方ノ債務ヲ簡便ニ消滅セシメントスル相殺ノ主旨ニ反スルモノナレハ本案ハ本條但書ノ規定ヲ設ケ相殺ノ意思表示ハ條件附又ハ期限附ノモノタルコトヲ得サル旨ヲ明示セリ
本條第二項ノ規定ハ相殺ノ立法上ノ趣旨ニ本ツキ殊ニ當事者ノ普通ノ意思ヲ斟酌シテ相殺ノ意思表示ハ旣往ニ溯リ其效力ヲ生スルコトヲ認ムルモノトス蓋シ本案ノ如ク相殺ノ效力ヲ當事者ノ意思表示ニ係ラシムルトキハ相殺ノ意思ヲ通知シタル時卽チ相殺ノ權利ヲ行使シタル時ヨリ相殺ノ效力ヲ生スト主張スルコトヲ得ヘシト雖モ亦雙方ノ債務カ相殺ニ適シテ對立シタル時卽チ相殺ノ權利カ當事者雙方ニ發生シタル時ヨリ相殺ノ效力ヲ生セシムルモ一槪ニ理論ニ反スルモノト云フヘカラス何トナレハ旣ニ雙方ノ債務カ互ニ消滅スヘキ性質ヲ備ヘテ相對立スルモノナレハナリ而シテ相殺ノ立法ノ本旨ハ固ヨリ雙方ノ債務ヲシテ簡便ニ消滅セシムルニ存スルモノナレハ此目的ヲ達スルニハ各債務カ相殺ニ適シテ對立シタル時ヨリ相殺ノ效力ヲ生セシムルヲ以テ適當ト爲スノミナラス當事者カ相殺ヲ主張スル普通ノ場合ヲ觀察スルニ槪ネ債務カ相殺ニ適シテ對立シタル時ニ相殺ノ意思ヲ表示セスシテ却テ相手方ヨリ債務履行ノ請求ヲ受クルニ至リテ始メテ相殺ヲ對抗スルハ通常人ノ免レサル所ニシテ極メテ注意周密ナル者ニ非サレハ債務カ相殺ニ適シタル時直ニ之ヲ主張スルコトナシト雖モ翻テ當事者ノ意思ヲ推察スルトキハ債務カ相殺ニ適シタル時ヨリ相殺ヲ欲シタルコトハ殆ント疑ナキ所ニシテ若シ相手方ヨリ債務履行ノ請求ヲ受ケ之ニ對シテ相殺ヲ主張シタル時ヨリ其效力ヲ生スルモノト爲ストキハ當事者ノ意思ニ反スルノミナラス債務ヲシテ判然消滅セシムルコトヲ得ス相殺ノ便法ヲシテ大ニ其效用ヲ失ハシムルモノト云フヘシ故ニ本案ハ瑞士債務法索遜民法其他獨乙民法草案等ノ例ニ傚ヒ相殺ノ意思表示ハ各債務カ相殺ニ適シタル時ニ溯リテ其效力ヲ生スルモノト爲シ以テ實際ノ便宜ニ適セシメタリ
第五百六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百二十五條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ卽チ債務履行地ノ異ナルトキト雖モ相殺ヲ爲シ得ルコトハ旣成法典始メ諸國ノ立法例モ總テ同一ナリト雖モ旣成法典ノ如ク同一ノ貨幣ヲ目的トセサル債務ノ相殺ニ關シ特ニ明文ヲ設クル立法例ハ殆ント之レナシトス而シテ本案ハ旣ニ第五百四條ノ規定ニ依リ相殺ヲ爲スニハ債務ノ目的カ同種ノモノタルコトヲ要シタレハ異ナル種類ノ貨幣ト雖モ同種ノ目的ト見做スコトヲ得ルトキハ固ヨリ相殺ノ妨ヲ爲スコトナク又同種ノ目的ト認ムルコトヲ得サルトキハ相殺スルコト能ハサルハ明白ニシテ特ニ旣成法典ノ如キ規定ヲ要セサルナリ故ニ本案ハ諸國ノ立法例ニ傚ヒ單ニ履行地ノ異ナル場合ノミヲ規定シ從テ旣成法典財產編第五百二十五條末文ノ規定ハ之ヲ删除セリ
次ニ本條ノ場合ニ於テ相殺ヲ爲ス當事者カ相手方ニ對シテ支拂フヘキ費用等ニ付テハ旣成法典ノ如ク運送費又ハ爲替料トシ或ハ佛國民法ノ如ク運送費ノミニ限リ或ハ西班牙民法ノ如ク運送費及爲替料ヲ支拂フヘシト定ムルモノアリト雖トモ共ニ狹キニ失スル規定ト云ハサルヘカラス蓋シ本條ノ場合ニ於テ相殺ヲ爲ス當事者ハ之ニ因リテ生スル相手方ノ總テノ損害ヲ賠償スル覺悟ヲ有スルハ當然ニシテ又之ヲ賠償セシムルヲ以テ至當ト認ムルニ因リ本案ハ普國民法其他獨乙民法草案等ノ例ニ傚ヒ廣ク相殺ニ因リ相手方ニ生シタル損害ヲ賠償スヘシト爲セリ
第五百七條
(理由)凡ソ抗辯ヲ以テ對抗セラルル債權ハ相殺ニ供スルコトヲ得サルヲ以テ通則ト爲スモノナレハ本條ニ揭クル如キ一旦時效ニ因リテ消滅シタル債權ハ假令其消滅以前ニ相殺ニ適シタリトスルモ之ヲ以テ相殺ニ供スルハ相殺ノ通則ニ反スルノミナラス本條ノ如キ規定ハ頗ル時效制度ノ功用ヲ減殺スルモノナレハ決シテ之ヲ認ムヘカラストシ或ハ一種ノ便宜法トシテ短期時效ニ係リタル債權ニ付テノミ本條ノ規定ヲ適用スヘシト云フ如キ有力ナル反對理由ノ存スルニ拘ハラス本案ハ獨乙民法草案「モンテネクロ」民法等ニ傚フテ新ニ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ハ全ク實際ノ便宜ニ本ツキ且ツ本案カ相殺ニ付テ旣ニ採用シタル主義ヲ全カラシメントスルニ在リ蓋シ相殺ハ旣ニ說明セシ如ク通常人ノ間ニ於テハ進ミテ之ヲ主張スルコト極メテ稀ニシテ却テ相手方ヨリ自己ノ負擔スル債務履行ノ請求ヲ受クルニ至リ始メテ自己ノ債權ヲ以テ相殺ヲ主張スルハ今日普通ノ狀体ナルノミナラス相殺ハ各自ノ義務トシテ進ミテ之ヲ行フコトヲ要スルモノニ非ラスシテ便宜上法律ハ此權利ヲ附與シタルモノナレハ一旦相殺ニ適シタル債權ヲシテ只債權者カ進ミテ相殺ヲ主張セサリシ間ニ時效ニ係リタルカ爲メ全ク消滅ニ歸セシメ債權者ヲシテ相殺ノ權利ヲ失ハシムルハ頗ル酷ニ失スト云ハサルヘカラス或ハ此場合ニ於テハ債權者ハ自己ノ懈怠ニ因リテ權利ヲ失フモノナレハ法律ハ之ヲ顧ミルニ足ラスト云フ者アリト雖モ之レ即チ通常人ニ强ユルニ至難ノ事ヲ以テスルモノニシテ決シテ立法ノ本旨ニ適スルモノト云フヘカラス何トナレハ双方ノ債務カ相殺ニ適シテ對立スルトキハ自己ノ債務ハ必ス差引セラルヘシト信スルハ通常人ノ免カレサル所ニシテ我國今日ノ慣習モ亦正ニ如斯ナレハナリ殊ニ相殺ヲ主張スルコトハ一ノ權利ニシテ義務ニ非サレハ相殺ヲ主張セサルモ之レカ爲メニ義務ヲ怠リタリト云フコトヲ得ス然ルニ相手方ハ時效ノ如キ法律ノ特典ニ因リテ債務ヲ免カレ債務者ヲシテ其旣ニ取得セシ相殺ノ權利ヲ行フコトヲ得サラシムルハ法律保護ノ點ニ於テモ公平ヲ得タルモノニ非ラス况ンヤ短期時效ノ場合ニ於テハ相殺ヲ主張スヘキ期間ハ一層短カニ因リ斯ノ如キ時效ノ爲メニ債權者ヲシテ全ク其權利ヲ失ハシムルハ決シテ妥當ノ處置ト云フヘカラス故ニ本案ハ時效ニ因リテ消滅シタル債權ト雖モ其消滅以前ニ相殺ニ適シタル場合ニ於テハ債權者ハ相殺ヲ爲スコトヲ得トシ以テ實際ノ便宜ト一般ノ慣習ニ適セシメタリ
第五百八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百二十六條ヲ修正シタルモノニシテ同條第二號及ヒ第四號ノ規定ハ之ヲ删除シ同條第三號ノ事項ニ付テハ別ニ次條ノ規定ヲ設ケ本條ニ於テハ單ニ同條第一號ノ事項ノミヲ規定セリ而シテ旣成法典同條第二號ヲ删除シタル所以ハ債務カ消費ヲ許セル寄託物ノ返還ニ關スルトキト雖モ相殺ヲ許ササル理由ナキニ因ルモノニシテ此場合ニ於テ相殺ヲ許ササル立法例ハ佛國民法ヲ始メトシ二三ノ法典ニ就テ見ル所ナリト雖モ之レ主トシテ寄託ハ信用ニ本ツクモノナレハ受寄者ノ返還ノ義務ハ必ス實際ニ之ヲ履行セサルヘカラストノ理由ニ本ツクモノトス然レトモ各人相互ノ取引ニ於テ信用ヲ重セサルヘカラサルハ特ニ寄託ニ限ルヘキニアラス又取引ノ性質ニ因リ實際ノ履行ヲ必要トシ相殺ヲ許ササル場合ハ旣ニ本案第五百四條ニ於テ規定シタルニ因リ特ニ受寄物返還ノ義務ニ關シ相殺ヲ禁スル必要ナシトス次ニ旣成法典同條第四號ヲ删除シタル所以ハ其上半ノ規定ハ特ニ明文ヲ要セス其下半モ債務ノ性質カ相殺ヲ許ササル場合ニ相當シ本案第五百四條ノ規定ニ包含セラルレハナリ
本條ノ規定ニ相當スル旣成法典財產編第五百二十六條第一號ノ規定ハ一方ニ於テハ廣キニ失シ他ノ一方ニ於テハ狹キニ失スルカ如シ何トナレハ旣成法典ハ債務ノ一カ不正ノ原因ニ本ツクトキト定ムルモノナレハ相殺ヲ對抗セントスル者ノ債權カ相手方ノ不法行爲ニ本ツク場合ニ於テ相手方カ負擔スル此債務ト他ノ一方カ相手方ニ對シテ負擔スル債務トノ相殺ハ假令雙方カ之ヲ拒マサルモ尚ホ且ツ相殺スルコトヲ得サルモノニシテ旣成法典ノ如ク相殺ハ法律上當然行ハルルモノトスルトキハ斯ノ如キ規定ノ必要アルヘシト雖モ本案ノ如ク相殺ハ當事者ノ一方ヨリ相手方ニ對スル意思表示ニ依リテ行ハルルモノト爲スコトハ自己ノ不法行爲ニ因リテ債務ヲ負擔シタル者カ此債務ヲ以テ債權者ニ對シ相殺ヲ主張スルコトハ固ヨリ之ヲ許サスト雖モ債權者カ其負擔セル債務ヲ以テ不法行爲ニ本ツク相手方ノ債務ト相殺セントスルニ當リ法律カ特ニ之ヲ禁スル理由ナク又之ニ因リテ決シテ法律カ不法行爲ヲ默許スル如キ結果ヲ生スルコトナシトス故ニ旣成法典ノ如ク單ニ債務ノ一カ不正ノ原因ニ本ツクトキハ相殺ハ除却セラルト云フハ廣キニ失スト云ハサルヘカラス又旣成法典ハ債務ノ原因ヲ指定シテ他人ノ財產ヲ不正ニ橫取シタルトキニ限ルト雖モ斯ノ如ク限定スルハ狹キニ失シテ其理由ナシトス故ニ本案ハ此二點ニ修正ヲ加ヘ總テ不法行爲ニ本ツク債務ハ其債務者ヨリ之ヲ以テ相殺ヲ對抗スルコトヲ得スト改メタリ
第五百九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百二十六條第三號ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典ハ相殺ハ法律上當然行ハルルモノト認ムルニ因リ本號ノ場合ニ於テモ債權ノ一ヲ差押フルコトヲ得サル有價物ヲ目的トスルトキハ相殺ハ行ハレスト規定スト雖モ斯ノ如キ債權ヲ有スル權利者カ此債權ヲ以テ自己ノ負擔スル債務ト相殺セント欲スルトキハ法律ハ特ニ之ヲ禁スル理由ナキモノニシテ旣成法典ノ規定ハ此點ニ於テ廣キニ失スト云ハサルヘカラス例ヘハ養料ノ權利者カ其債權ヲ以テ自己ノ負擔スル債務ト相殺セントスルニ當リ法律ハ當然相殺ハ行ハルルモノトシテ之ヲ强ユヘキニ非スト雖モ亦其相殺ヲ禁スル理由ナカルヘシ故ニ本案ハ本條ノ場合ニ於テモ前條ノ如ク債務者ノミ相殺ヲ以テ債權者ニ對抗スルコトヲ得ストシ以テ本條ノ範圍ヲ限定セリ
第五百十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百二十八條第一項ニ字句ノ修正ヲ加ヘタルノミニシテ相殺ハ第三者ノ權利ヲ害シテ之ヲ對抗スルコトヲ得サル本則ヲ示スモノトス而シテ旣成法典同條第二項ノ規定ハ不必要ナルニ因リ又同條第三項ノ規定ハ民事訴訟法ニ讓ルヲ以テ妥當ト認ムルニ因リ共ニ之ヲ删除セリ
第五百十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百三十三條ト同一ノ趣旨ニ本ツク相殺ニ適スル數個ノ債務アル場合ニ於テ當事者ノ一方カ相殺ニ因リテ消滅スヘキ債務ヲ指定セスシテ相殺ノ意思ヲ表示シタルトキハ之ニ因リテ消滅スヘキ債務ノ順位ハ辨濟充當ノ規定ニ凖スヘキ旨ヲ規定スルモノニシテ即チ辨濟ノ充當ニ關スル第四百八十七條乃至第四百九十條ノ規定ハ之ヲ相殺ニ凖用スルモノトス
第三款 更改
(理由)本款ハ旣成法典財產編第二部第三章第二節ノ規定ニ相當シ而シテ旣成法典ニ於ケル更改ノ條件及ヒ其場合等ニ關シテ修正ヲ施コシタルモノトス修正ノ理由ハ之ヲ第五百十條ノ下ニ開陳スルコトトシ玆ニハ旣成法典ノ規定中不必要若クハ不穩當ナリト信シテ削除シタルモノヲ擧クヘシ
旣成法典財產編第四百九十一條ハ更改ヲ爲シ得ル能力ニ關シテ規定セリ外國ニ其例ナキニアラサルモ本案ハ旣ニ總則ニ於テ一般ニ能力ニ關スル規定ヲ爲シ今特ニ之ヲ更改ノ場合ニ再言スルノ要ナキヲ以テ同條ヲ削除セリ
同編第四百九十二條第一項ニハ更改ノ意思ハ債權者ニ在テハ之ヲ推定セストセリ此亦佛澳民法及ヒ白獨民法草案等ニ其例ヲ見ル所ナレトモ法典ニ於テ此ノ如キ推定ヲ爲スノ要ナシ同條第二項ニハ債務者ノ利益ノ爲ニ更改ヲ推定スル場合ヲ規定スレトモ此ハ外國ニ其例極メテ少ナキノミナラス偶々之ニ關シテ規定スルモノハ却テ反對ノ推定ヲ下シオレリ本案ハ總テ此ノ如キ場合ニ何等ノ推定ヲモ設ケス事實ノ問題トシテ判官ノ認定ニ一任スヘキコトトシ同條ヲ全然削除シタリ
同編第四百九十三條ノ推定モ亦其要ナシ同條第三項自身モ旣ニ直チニ反對ノ證明ヲ許スヘキ旨ヲ明言シ益々無用ノ推定タルヲ明ラカニセルヲ以テ之ヲ削除セリ
同編第四百九十七條第一項ニハ囑託ニ因ル更改ノ際債權者カ債務者ヲ免スルノ意思ナキトキハ新舊債務者ヲ連帶ノモノトスト規定シ又其第二項ニハ干涉ニ因ル更改ノ際債權者カ舊債務者ヲ免セサルトキハ新債務者ヲ全部ノ債務者トスト規定スレトモ此ノ如キ規定ハ同編第四百九十二條第二項ノ精神ニ協ハサルノミナラス又往々當事者ノ意思ニ反スルモノナリ蓋シ更改ノ成立セサル際ニ新債務者カ連帶若クハ全部ノ義務ヲ負ハントスルノ意思ヲ有スルコト極メテ少カルヘク却テ保證ノ義務ヲ負ハントスルコトアルヘキヲ以テ此場合ニ保證ノ義務ヲ推定スルハ寧ロ事實ニ近カラン乎然レトモ本案ハ一切此種ノ推定ヲ下サス同條ヲ削除シテ事實ノ判定ニ一任スルコトトセリ
同編第四百九十八條ニハ債務者ノ交替ニ因ル更改ノ場合ニ債務者カ債務ヲ辨濟スルコトヲ得サルモ債權者ハ舊債務者ニ對シテ擔保ノ求償權ヲ有セストノ旨ヲ揭ケタレトモ其言フヲ待タサルコト尚債權讓渡ノ際ニハ讓渡人ハ單ニ其債權ノ有效ニ存在スルノ事實ヲ擔保スルノミニシテ決シテ債務者ノ資力ヲ擔保スルニアラストノ事ヲ言フヲ要セサルニ等シ同條ハ之ニ例外ヲ設ケ囑託又ハ除約ノ當時債權者カ新債務者ノ無資力ヲ知ラサルトキハ舊債務者ニ對シテ擔保ノ求償權アルモノトスレト新債務者ノ資力ノ有無ハ債權者自ラ之ヲ調査スヘシ之ヲ調査シテ尚其無資力ヲ發見スルヲ得サレハ自ラ其不明ノ結果ヲ負擔スヘキハ當然ノコトナリトス之ニ依テ觀ルニ旣成法典ノ原文ハ原則トシテハ當然言フヲ待タサル事項ヲ揭ケ之ニ例外トシテ條理ニ適セサルモノヲ加ヘタルモノナルヲ以テ本案ニ於テハ同條ヲ全然削除シタリ
同編第四百九十九條ノ實質ハ本案ノ採用スル所ナレトモ明文ニ揭クルノ要ナシト信シテ之ヲ削除セリ蓋シ本案第五百十條ニ更改ハ當事者ノ契約ヲ以テ之ヲ爲スト曰ヘルニ因リ此原則ヨリシテ更改ニハ債務者ト舊債權者トノ間ニ契約ヲ要スルコト明白トナリ又新債權者ノ承諾ニ至リテハ假令法律ニ明文ナクトモ事實上之ヲ要スルコト必然ナルノミナラス第五百十二條以下ノ規定ヨリシテモ之ヲ推知スルニ足ルヲ以テナリ
同編第五百一條ハ連帶又ハ不可分ノ債權者若クハ債務者ノ一人ト更改ヲ爲シタル塲合ニ總債務者ノ義務ヲ免レシムルコト及ヒ同一ノ塲合ニ保證人ノ義務ヲ免レシムルコトヲ規定スルモ本案ニ於テハ連帶不可分ニ關スル事ハ旣ニ多數當事者ノ債權ノ下ニ規定シタルヲ以テ玆ニ之ヲ再言スルノ要ナク又原文ノ保證ニ關スル規定ハ當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ同條ハ全ク之ヲ削除シタリ
同編第五百二條ハ事實ヲ推定スルノ條文ナリ明文ニ揭クルノ要ナキヲ以テ之ヲ削除ス
以上ノ如ク旣成法典ノ更改ニ關スル規定ノ大半ヲ削除シ餘ス所ニ修正ヲ加ヘタリ
第五百十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百八十九條及第四百九十條ヲ併合シテ之ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ左ニ其大要ヲ述ヘシ
一、原文第四百八十九條ニハ更改ノ塲合ヲ分チテ四トシ目的又ハ原因ノ變更スル場合ト債權者又ハ債務者ノ變更スル塲合トセルヲ本案ニ於テハ略言シテ更改ハ債務ノ要素ヲ變更スル契約ニ因リテ之ヲ爲ストシタリ然リ而シテ旣成法典ハ原因ヲ債務ノ要素トスルカ故ニ本條ノ如ク記載スルトキハ原因ノ更變モ亦更改ヲ成セトモ本案ハ原因ヲ要素ト認メサルカ故ニ本條ノ規定ニ由リテ原因ノ變更ハ更改ヲ成ササルコトトナリ多クノ弊害ヲ未發ニ防クノ益アリ
二、本條第二項ハ旣成法典財產編第四百九十條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ハ條件ノ取捨增減ヲ以テ更改ヲ成サストシ其理由トスル所ハ條件ハ契約ノ成立ニ關係ナキ「モダリテー」ナリト言フニアレトモ條件ニハ或ハ之カ成就セサルニ於テハ義務ノ發生セサルモノアレハ又其到來ニ因リテ旣存ノ義務ヲ消滅セシムルモノモアリテ普通ノ「モダリテー」トハ著シク異ナル所アルヲ以テ本案ニ於テハ條件ノ取捨ヲ債務ノ要素ヲ變更スルト同一ノモノト看做シテ更改ノ原因ト認メタリ(此點ニ於テハ羅馬法モ本案ト同一ノ主義ナリトス)期限ノ變更ヲモ更改ノ原因トスルハ理論ニ適シ且羅馬法ニ例アル所ナレトモ實際ノ便益上此ノ如ク認メサルヲ可トス擔保ノ加減履行ノ塲所ノ變更ノ如キハ總テ旣成法典ト同シク之ヲ更改ノ原因トセサルナリ物ノ數量又ハ品質ノ變更ハ義務ノ體樣ノ變更ニアラスシテ寧ロ其目的ノ變更ナルヲ以テ當然更改ヲ成スヘキモノトス
三、旣成法典財產編第四百九十條第二項ニハ商證券ニ債務ノ原因ヲ指示スルト否トニ由リテ更改ノ有無ヲ判斷スヘキモノトスレト此標準カ極メテ不當ナリ蓋シ實際ニ於テハ證券ニ債務ノ原因ヲ指示スルカ如キコトハ取引頻繁ノ商業界ニ普ク行ハレ得ヘキコトニアラサルカ故ニ此クノ如クンハ商證券ノ作成ハ常ニ更改ヲ成スコトト爲ルヘシ因テ寧ロ斯カル區別ヲ廢スルヲ可トス尚ホ同條ハ證券ニ債務ノ原因ヲ指示セサルニ於テハ其商證券ノ爲替手形タルト約束手形タルト將タ又小切手タルトヲ問ハス悉ク之ヲ以テ更改ヲ成スニ足ルモノトスルノ主意ナルハ余輩ノ贊セサル所ナリ爲替手形ハ債務者之ヲ發行シ支拂人ヲシテ直接ニ之カ辨濟ニ當ラシメ自己ハ唯償還請求ヲ受クルノ地位ニ立ツノミナルヲ以テ從テ之ヲ與フルハ恰モ債務者ヲ變更スルカ如キ觀アルニ因リ之ヲ更改ト認ムルモ可ナレトモ約束手形ニ至リテハ債務者自ラ他日ノ支拂ヲ約スルニ過キスシテ恰モ債權者ニ確實ノ債務證書ヲ交付スルニ似タルモノナルカ故ニ假令其執行方法ノ容易ニシテ又流通ノ性質ヲ備フルモノタルニ拘ハラス之ヲ更改ノ原因ト爲スヲ得サルナリ小切手ニ至リテハ其形ノ著シク爲替手形ニ類スルニ因リ爲替手形ニ適用スルノ規定ヲ之ニ準用スルモ可ナルニ似タレトモ小切手ヲ發行スルノ精神ハ爲替手形ヲ發行スルノ精神ト全ク異ナリテ金錢ノ保存ヲ確ムル爲ニ之ヲ寄托シ而シテ其引出ヲ便ニスルノ一方法ニ過キス從テ其期限ノ如キモ爲替手形ニ比シテ頗ル短期ナルカ故ニ之カ發行ヲ以テ更改ト爲ストキハ實際ノ不便尠シトセサルヘシ以上ノ理由ニ因リ本案ハ爲替手形ノ發行ニ限リテ更改ヲ成スモノトシ又苟モ爲替手形タル以上ハ之ニ債務ノ原因ヲ指示スルト否トヲ問ハスシテ更改ヲ成スモノトセリ
同項末文ハ言フヲ俟タサル所ナルヲ以テ之ヲ削ル
第五百十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百九十六條第一項ノ規定ニ對當ス同條ニハ嘱託、除約又ハ補約ノ如キ新熟語ヲ用井テ學理的ノ說明ヲ爲セトモ是レ獨リ其用ナキノミナラス頗ル法典ノ體ヲ失スルモノナルヲ以テ改メテ本條ノ如クシタリ本條ノ但書ハ諸國ニ例ナキ所ナントモ旣ニ辨濟ノ規定ニ於テ之ニ類似ノ法文ヲ設ケタルニ因リ更改ノ場合ニモ亦之ヲ置キテ二者ノ權衡ヲ保タンコトヲ欲シタリ
第五百十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百條ニ左ノ二修正ヲ加ヘタルモノナリ
一、旣成法典ハ債務者ヘノ通知又ハ其承諾ヲ必要トスル場合ヲ債權者カ債權ノ物上擔保ヲ留保シテ之ヲ新債權者ニ移轉シタル際ニ限レリ其理由トスル所ハ債權ノ物上擔保ヲ留保スルトキハ其債權ハ依然存シテ他人カ之ヲ承繼スルニ等シキヲ以テ宜シク讓渡ト同一ノ手續ヲ經ヘキモノトスルモ債權者カ物上擔保ヲ留保セサルトキハ前債權ハ全ク消滅シテ更ニ新債權ノ生スルモノナルヲ以テ讓渡ト同一ノ手續ヲ要セスト言フニアルモノノ如シト雖モ本案ニ於テ確定日附アル證書ヲ要スルハ決シテ此ノ如キ理由ニ據ルニアラスシテ一ニ新舊債權者等ノ詐欺ヲ豫防スルニアルカ故ニ本條ノ規定ヲ汎ク債權者ノ交替ニ因ル一切ノ更改ニ適用スルコトトシタリ
二、旣成法典ハ更改ノ場合ニ於テモ亦債權ノ讓渡ノ場合ト等シク債務者ヘノ通知又ハ其承諾ヲ必要トセリ是レ非ナリ讓渡ハ新舊債權者間ノ契約ヲ以テ之ヲ爲シ債務者ハ唯其契約ノ第三者ナルカ故ニ或ハ彼ニ通知シ或ハ彼ノ承諾ヲ得ルヲ要スルモ更改ノ場合ニアリテハ債務者モ亦契約ノ當事者ナルヲ以テ決シテ斯ノ如キ手續ヲ必要トセサルナリ
第五百十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百九十五條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條第二項ハ債務者異議ヲ留メスシテ債權者ノ交替ヲ約諾シタルトキハ約諾ノ當時了知セル抗辯方法ヲ新債權者ニ對抗スルヲ得サルモノトシ其了知セサルモノハ之ヲ對抗シ得ルカ如ク規定スルモ債務者カ旣ニ任意ニ債權者ノ交替ヲ承諾シ而シテ何等ノ留保ヲモ爲サザル限リハ舊債權者ニ對シテ有シ居リシ一切ノ抗辯ヲ消滅セシムルヲ便宜ナリト信シテ本條ノ如ク修正シタリ同條第一項ノ如キハ畢竟本案總則第百二十五條ノ適用ニ過キサルヲ以テ之ヲ削除ス
第五百十六條
(理由)本案ハ旣成法典財產編第四百九十四條第二項ト略其意ヲ同シウス同條第一項ハ言フヲ待タス第三項ハ自然義務ニ關スルヲ以テ何レモ之ヲ削除シタリ本條ノ規定ニ至リテハ或ハ之ヲ無用ノ空文ナリト難スルモノアレトモ此規定ナキトキハ間々疑ヲ懷ク者ノ生スヘキヲ以テ安全ヲ計リテ之ヲ設ケタルナリ
第五百十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第五百三條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ニハ舊債權ノ物上擔保ハ債權者ノ留保ニ因リテ新債權ニ移ルモノトシ先取特權及ヒ留置權ノ如キモノモ又更改ニ因リテ移轉シ得ルモノトセルモ此等ノ權利ハ特別ノ債權ニ伴フテ生シ殆ント其債權ニ固有ノモノニシテ其債權ト共ニ消滅スヘキモノナルヲ以テ本案ニ於テハ之ヲ省キテ單ニ質權及ヒ抵當權ノ二者ニ限レリ
原文第二項ハ之ヲ削除セリ蓋シ共同債務者及ヒ保證人ハ更改ヲ承諾スルノ義務ナク若シ之ヲ承諾シタルトキハ舊債權ノ爲メニ供セシ物件ヲ移シテ新債權ノ擔保ト爲スヲ得ルハ勿論ニシテ又第三所持者ノ承諾ニ至リテハ之ヲ得ルヲ要セスシテ擔保ヲ移轉シ得ルハ當然ナレハナリ
本條但書ヲ加ヘタルハ他人ノ爲メニ擔保ヲ供シタル第三者ヲ保護スルニアリ第三者ハ屢々特別ノ債務者ノ爲メニスルカ若クハ特別ノ債務ヲ擔保セント欲シテ物件ヲ出スコトアリ然ルニ單ニ當事者ノ合意ノミヲ以テ恣ニ債務モ更改ヲ爲シテ擔保ヲモ之ニ伴隨セシメ得ルモノトスルトキハ第三者ノ權利ヲ害スルコト少ナカラス且更改ノ際ニ共同債務者又ハ保證人ノ義務ヲ免カレシムル場合ノ規定ニ比シテ權衡ヲ得サルヲ以テ殊更但書ヲ加ヘテ之ヲ修補シタルナリ
第四款 免除
(理由)旣成法典ハ多數ノ立法例ニ倣ヒ債務ノ免除ニハ雙方ノ合意ヲ必要トシ合意上ノ免除ナル題名ノ下ニ於テ頗ル細密ナル規定ヲ設ケタリ本案ニ於テハ凡ソ權利ノ抛棄ハ其權利ヲ有スル者ノ意思表示ノミニ依リテ其效力ヲ生スヘキモノト爲スヲ以テ理論ニ適フモノトシ債務ノ免除ニハ敢テ債務者ノ承諾ヲ必要トセサルノ主義ヲ採レリ但債權者ハ債務者ニ對シテ其意思ヲ表示スルニ非サレハ確實ト認ムルコトヲ得ヘカラサルヲ以テ玆ニ本條ノ規定ヲ設ケ同時ニ旣成法典ノ主義ヲ改メタルコトヲ明示セリ今左ニ旣成法典ノ規定中削除シタルモノヲ示シ幷セテ簡短ニ其理由ヲ說明セントス
財產編第五百四條第一項ハ當然ノ規定ニシテ其第二項ハ法律行爲ノ解釋ニ外ナラス多クノ場合ニ於テハ其列擧シタルモノノ外ニ出テサルヘシト雖モ又必シモ其中ノ一ニ限ルモノト斷言スルコトヲ得ス宜シク事實問題ト爲スヘキナリ加之本案ニ於テハ前述ノ如ク免除ヲ以テ合意ニ出ツルモノトセサルニ依リ無償ノ免除ハ贈與ヲ爲スト云ヘル如キ文字ハ之ヲ存スルコトヲ得サルナリ同條第三項ハ之ヲ商法ニ讓リ民法ニ於テハ敢テ之ヲ規定セス同編第五百五條ハ明言ヲ俟タサル規定ナルヲ以テ之ヲ削レリ又第五百六條ノ規定ハ不可分、連帶又ハ保證ニ關スル規定ニシテ其無用ト信シタル部分ヲ除ク外ハ已ニ多數當事者ノ債權ニ關スル規定中ニ移シタルヲ以テ玆ニハ之ヲ削除シタリ本案第五百十六條ニ於テハ債務ノ免除ハ債務者ニ對シテ之ヲ爲スコトヲ要スト爲シタルヲ以テ財產編第五百七條ノ規定ハ之ヲ存スルコトヲ得ス債權者カ主タル債務ヲ免除セント欲スル場合ニ於テ債務者ニ對シテ其意思ヲ表示スルハ決シテ難キコトニ非ス故ニ主タル債務者ノ代理人ニモ非サル保證人ニ對スル意思表示ニ依リテ主タル債務者ヲシテ免除ノ利益ヲ受ケシムルノ必要ハ之ナキナリ同編第五百八條ハ連帶及ヒ保證ニ關スル規定トシテ已ニ之ヲ揭ケタルヲ以テ玆ニ之ヲ削レリ同第五百九條ハ本案第四百四十六條ノ規定アルカ爲メ此ニ之ヲ置クノ必要ヲ見ス同第五百十條ハ事實ノ認定ニ放任シテ可ナリ第五百十一條モ亦タ之ヲ設クルノ必要ナシ蓋シ保證人カ免除ヲ得タル爲メ主タル債務ノ免除ヲ生セサルコトハ言フヲ俟タス又保證ニ關スル規定ニ依リテ保證債務ハ當然保證人ノ間ニ分割セラルヘキコトニ定マレリ加之本條末段ノ規定ハ本案第四百三十八條ノ規定ト兩立セス故ニ原文ハ之ヲ削レリ第五百十二條ハ代位辨濟ノ規定トシテ其範圍ヲ汎クシ已ニ之ヲ揭ケタルヲ以テ玆ニ之ヲ省キタリ第五百十三條ハ言フヲ俟タサル所トス第五百十四條ハ債務ノミノ免除ニ依リテ所有權ノ喪失ヲ來ササルコトヲ示シタルモノニシテ一般ノ原則ニ依リ疑ヲ存セサル處ナリ第五百十五條第一項ハ本案ニ於テ債權者間ノ連帶ニ關スル規定ヲ設ケサルノ結果トシテ之ヲ採用セス其第二項ハ採テ不可分債務ニ關スル規定中ニ之ヲ置キタリ第五百十六條及ヒ第五百十七條ノ規定ハ意思ノ解釋ニ外ナラサルヲ以テ事實ノ認定ニ一任スルヲ可トス終リニ第五百十八條第一項ノ推定ハ之ヲ置カサルヲ安全トス第二項ノ如キモ本案中ニ其適用ヲ認メサルヲ以テ之ヲ削レリ
第五百十八條
(理由)債務ノ免除ニ關スル諸外國ノ立法例ヲ見ルニ多クハ免除ノ要件トシテ債務者ノ承諾ヲ必要トナセリ然レトモ事苟モ公益ニ關セサル以上ハ債權者一方ノ意思ノミヲ以テ其權利ノ抛棄ヲ爲スコトヲ得セシムルニ於テ何等ノ不都合アルヲ見ス而シテ合意ヲ必要トセサル以上ハ特ニ本條ヲ設クルノ必要ナキカ如シト雖モ旣成民法ヲ始トシテ多數ノ立法例ニ反スルノミナラス債務者ニ對シテ免除ノ意思ヲ表示スルノ必要ナルコトヲ示サンカ爲メ之ヲ設クルコトヲ必要トセリ前ニ述ヘタル如ク合意ヲ以テ免除ノ要件ト爲ササル以上ハ其意思ノ確實ナルコトヲ期スル爲メ債務者ニ對シテ之ヲ表示スヘキモノト定ムルハ最モ其當ヲ得タルモノト謂ヘシ
第五款 混同
(理由)財產編第五百三十五條乃至第五百三十八條ノ規定ハ不可分、連帶又ハ保證ニ關スルモノニシテ其必要ナルモノハ已ニ之ヲ第三節中ニ揭ケ本款ニ於テハ只混同ニ關スル原則ヲ置クニ止メタリ
第五百十九條
(理由)本條ハ財產編第五百三十四條第一項ノ規定ニ同シ其第二項ハ明文ヲ必要トセサルヲ以テ之ヲ削除セリ
第二章 契約
(理由)本章ハ財產編第二部第一章第一節ニ該當ス旣成法典ハ財產編第二部ヲ三章ニ分チ第一章ニ於テハ合意其他ノ義務ノ原因ヲ揭ケ第二章ニ於テハ義務ノ效力ヲ規定シ第三章ニ於テハ義務ノ消滅ヲ規定セリ而シテ各種ノ契約ニ至リテハ之ヲ財產取得編中ニ揭ケタリ此配置法タル理論上必スシモ當ヲ失スルモノト言フコトヲ得ス只之ヲ一貫センニハ各種ノ契約ヲ擧ケテ義務ノ原因ニ關スル章ニ置カサル可カラス果シテ然ラハ其煩雜決シテ少カラサル可シ故ニ本案ニ於テハ他ノ理想ニ基キ主トシテ編纂上ノ便利ヲ量リ先ツ債權其者ニ關スル規定ヲ置キ然ル後其原因ヲ列擧スルノ順序ヲ採レリ
旣成法典ニ於テハ合意ナル文字ヲ用井テ當事者ノ意思ノ合致ニ基ク義務ノ原因ヲ示シタリ然レトモ合意ノ文字タルヤ契約其者ヲ指示スルヨリモ寧ロ契約ノ要素タル當事者ノ意思ノ投合ヲ示スニ用ユルヲ穩當トス而テ其意思ノ投合ニ依リテ生スル法律行爲ヲ名ケテ契約ト稱スヘキナリ但我國ニ於テハ債務ノ原因タル契約ト他ノ法律關係ヲ生スルヲ以テ目的トスル合意トノ間ニ用語ノ差別ナク又之ヲ定ムルノ必要ナキヲ以テ契約ナル語ヲ廣義ニ用ユルコトニ定メタリ故ニ本案ニ用ユル契約ナル語ハ旣成法典ノ合意ナル文字ト其意義ヲ異ニセサルモノト解スヘシ
第一節 總則
(理由)本節ハ契約ノ成立、效力及ヒ解除ニ關スル規定ヲ揭ケタルモノナリ旣成法典ニ於テハ契約ノ總則ト題スルモノナク契約ノ成立、效力及ヒ解除ニ關スル規定ハ所々ニ散在セリ其規定中ニ於テ一般ノ法律行爲ニ適用スヘキモノハ採テ之ヲ第一編ニ置キ又寧ロ債務ノ目的又ハ效力ニ關スル規定ト見ルヘキモノハ之ヲ前章ニ揭ケ又登記法ニ屬スヘキ性質ヲ有スルモノハ之ヲ登記法ニ讓レリ故ニ本節ニ於テ規定スル處ハ旣成法典ニ比シテ其範圍多少狹シト謂ツ可シ然レトモ本節ノ規定ニシテ旣成法典ニナキ處ノモノモ亦少ナシトセサルナリ
財產編第二百九十六條ハ法文トシテ之ヲ存スルノ必要ナク又契約ノ種類ニ關スル第二百九十七條乃至第三百三條ノ規定ノ如キモ法典全體ノ規定ニ依リテ自ラ明ナルヲ以テ之ヲ削レリ
第一欵 契約ノ成立
(理由)財產編第二部第一章第一節第二款ニ於テハ合意ノ成立及ヒ有效條件ヲ規定セリ所謂有效條件トハ意思表示ノ瑕疵ノ存セサルコト及ヒ能力ノ欠缺セサルコト是ナリ然レトモ其規定ハ契約ニノミ適用アルモノニ非スシテ汎ク一般ノ法律行爲ニ通スルモノナリ故ニ本案ニ於テハ總則編ニ於テ之ヲ規定セリ蓋シ契約ハ當事者ノ一方カ申込ヲ爲シ他ノ一方カ承諾ヲ爲スニ因リテ生スルモノナリ是レ契約ノ他ノ法律行爲ト異ナル所ナルヲ以テ本款ニ於テハ主トシテ此點ニ關シテ契約成立ノ要件ヲ規定セリ今旣成法典ノ規定ニシテ本節ニ於テ採用セサルモノヲ擧クレハ左ノ如シ
財產編第三百九條乃至第三百二十條ノ規定ハ之ニ修正ヲ加ヘテ第一編ニ置ケリ同第三百四條ニ於テハ合法ノ原因ヲ以テ其成立條件ノ一ト爲シタリト雖モ所謂合意ノ原因ハ要スルニ契約ノ意思、目的物又ハ緣由ノ外ニ出テス或學者ハ說ヲ爲シテ曰ク賣買ノ場合ニ於ケル原因ハ代價及ヒ物ナリト果シテ然ラハ賣買ノ原因ト目的物ト毫モ擇フ所ナキナリ又多數ノ學者ノ唱フル所ヲ聞クニ贈與ノ原因ハ利益ヲ得ントスルコト及ヒ善ヲ施サントスルコトニ在リト云ヘリ然レトモ所謂利益ヲ得又ハ善ヲ施スハ一ノ緣由ニ外ナラス又曰ク賣買ノ原因ハ所有權ヲ得ントスルコト及ヒ代金ヲ得ントスルコトニ外ナラスト若シ果シテ此ノ如クンハ賣買ノ原因ハ賣買ノ意思ニ外ナラサル可シ之ヲ要スルニ原因ヲ以テ契約ノ特別ナル一ノ成立條件ト爲スハ其當ヲ得サル者ト謂ハサル可カラス最近ノ法典ニ於テハ契約ノ成立ニ原因ノ存在ヲ必要トスルコトヲ規定セス採テ以テ模範ト爲スヘキ者ト謂フ可シ以上述フル所ニ依リテ見ルトキハ一般ノ契約ニ必要ナル要件ハ契約ノ目的物及ヒ當事者雙方ノ意思ノ一致ニ外ナラスト謂ハサル可カラス然レトモ此事タルヤ法文ヲ以テ之ヲ規定スルノ必要ナカル可シ故ニ財產編第三百四條乃至第三百六條ハ之ヲ削除シタリ同第三百七條前段ノ規定ハ言フヲ俟タス其但書以下ハ甚タ穩ナラス何トナレハ此規定ニ依ルトキハ文字ヲ書スルコトヲ得サル者ハ承諾ヲ與フルカ爲メ首肯スルコトアルモ契約ハ成立セサルノ結果ヲ生ス可ケレハナリ同第三百八條ハ契約ノ成立ニ關スル規定ニシテ極メテ必要ナリト雖モ又甚不完全ナル點アルヲ以テ本案ニ於テハ別ニ規定ヲ設ケテ之ヲ補ヒタリ同第三百二十一條第一項ノ規定ハ言フヲ俟タス加之ナラス其文字ヨリシテ解釋ヲ爲ストキハ射倖契約ニ非サル場合ヲモ包含スル觀アリト謂フ可シ同條第二項ノ如キ場合ハ實際ニ於テ極メテ稀ナルヘシ假令實際ニ生スルコトアルモ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スルノ理由ニ依リ又ハ目的物ノ定マラサルノ故ヲ以テ無效ト爲スコトヲ得ヘシ同第三百二十二條第一項ハ言フヲ俟タス其第二項ハ他人ノ行爲ヲ目的トスル契約ハ無效ナルコトヲ規定セリ然レトモ此契約ニ依リテ當事者カ債務ヲ負フコトニ至ルハ敢テ妨ナシ只履行ヲ爲スコト能ハサル場合ニ於テハ其不履行ノ責ニ任スヘキノミ一般ニ之ヲ無效トスルハ多數ノ場合ニ於テ却テ當事者ノ意思ニ悖ルヘシ第三項以下ハ之ヲ置クノ必要ナシ故ニ同條ハ全部之ヲ削除セリ同第三百二十三條ハ他人ノ利益ヲ目的トスル契約ニ關スル規定ナリ旣成法典ハ羅馬法以來ノ主義ニ依リテ此契約ヲ無效トナセリ蓋シ第三者ハ當事者ニ非サルヲ以テ權利ヲ取得ス可キモノニ非ラス要約者ハ金錢ニ見積ル可キ利益ヲ有セサルヲ以テ契約ノ原因ヲ缺クカ爲メ無效ナリト謂フニ在ラン然レトモ本案ニ於テハ債務ノ目的ハ金錢ニ見積ルコトヲ得ルモノニ限ラス又契約ノ成立ニハ原因ノ存スルコトヲ必要トセサルノ主義ヲ採リタルヲ以テ此契約ニ依リテ要約者ノ債權者トナル可キコト論ヲ俟タス然シテ此契約ノ結果トシテ第三者カ權利ヲ取得ス可キモノナルヤ否ヤハ契約ノ效力ニ關スル規定中ニ於テ之ヲ決セリ從テ同條ハ全ク之ヲ削除セリ又同第三百二十四條及ヒ第三百二十五條ハ前ノ第三百二十三條ト牽連スルモノナルカ故ニ均シク之ヲ削除シタリ又同第三百二十六條ノ規定モ原因ニ關スルモノナルヲ以テ之ヲ削レリ
第五百二十條
(理由)本條ハ財產編第三百八條第二項、第三項及ヒ商法第二百九十三條竝ニ第二百九十七條ノ規定ヲ採用シタルモノニ外ナラス然レトモ第三百八條第二項ノ但書及ヒ商法第二百九十七條ノ末文ハ之ヲ削レリ何トナレハ別段ノ定ナキ限リハ意思表示ハ相手方ニ到達シタル時ニ於テ其效力ヲ生スルモノトシタルカ故ニ申込ノ到達スルニ先チテ取消ノ通知ノ到達シタルトキハ取消ハ其效ヲ生ス可カラサルコト言ヲ俟タサレハナリ諸外國ノ法律殆ト皆本條ニ規定セル如クニ定マレリ玆ニ注意ス可キハ本條ノ規定ニ反スル意思表示又ハ慣習ノ存スル場合ナリトス此ノ如キ場合ハ實際少カラサル可ク而テ其效力ヲ有セサル可カラサルハ論ヲ俟タス然レトモ別段ノ意思表示又ハ慣習ヲ認ムル規定ハ已ニ總則編中之ヲ揭ケタルヲ以テ此ニ之ヲ明言スルノ必要アラサルナリ
旣成法典ニ於テハ言込ナル文字ヲ用井タリト雖モ普通ノ用例ニ從ヒ之ヲ申込ナル文字ニ改メタリ又承諾ナル文字ハ受諾ナル文字ヨリ其意義一層明瞭ナルヲ以テ受諾ヲ改メテ承諾トシタリ
第五百二十一條
(理由)本條ハ獨逸民法草案ノ規定ニ傚フテ設ケタルモノナリ旣成法典ニハ本條ノ如キ規定ナキヲ以テ承諾ノ通知ノ延著スルコトアルモ申込人ハ何等ノ行爲ヲモ爲スコトヲ要セス唯契約ノ成立セサル結果ヲ生スルニ過キス是レ前條ノ規定ヨリ生スヘキ當然ノ結果タルヘシ然ルニ此ノ如キ場合ニ於テハ承諾者ハ承諾ノ適當ノ時期ニ到達シタルモノナルコトヲ信スルヨリシテ契約成立セルコトヲ疑ハサル可シ故ニ若シ延著ノ通知ヲ受ケサルニ於テハ承諾者ハ不測ノ損害ヲ蒙ルニ至ルヘシ是ヲ以テ本條ノ如キ規定ヲ設クルニ非サレハ取引ノ安全ヲ維持スルコト能ハサルナリ瑞士債務法ニ於テハ延著ノ通知ヲ爲スコトヲ怠リタル申込者ハ損害賠償ノ責ニ任ス可キコトヲ規定セリ然レトモ損害賠償ノ請求ヲ爲スニハ時日ト手數トヲ要シ且資力ナキ場合ニハ其實效ナカル可シ故ニ本條ニ於テハ一ノ假想ヲ設ケ以テ承諾者ヲ保護シタリ然レトモ承諾者ヲ保護セントスルカ爲メ又申込者ヲシテ意外ノ不利益ヲ蒙ラシムルコトアル可カラス故ニ申込者ハ延著ノ通知ヲ發スルトキハ本條ノ制裁ヲ受クルコトヲ免ルルモノトナシタリ其通知ノ果シテ承諾者ニ到達スルヤ否ヤヲ問ハサルナリ
第五百二十二條
(理由)本條ノ規定ハ獨逸民法草案ノ規定ト類似スル處アリ遲延シタル承諾ヲ爲シタル者ハ申込ノ旨趣ト同一ノ契約ヲ爲サントスルノ意思ヲ有スルモノナルカ故ニ申込者ヲシテ其遲延シタル承諾ヲ以テ新ナル申込ト見做スコトヲ得セシムルヲ可トス而シテ若シ本條ノ規定ナキトキハ果シテ其結果ヲ生スルヤ頗ル疑アリト謂フ可シ
第五百二十三條
(理由)承諾ノ期間ヲ定メスシテ隔地者ニ申込ヲ爲シタル場合ニ付キテハ諸國ノ立法例ニ於テ三種ノ主義アリ第一ノ主義ハ申込者カ何等ノ拘束ヲモ受ケサルモノトシ第二主義ハ申込者ハ相當ノ期間内ハ申込ヲ取消スコトヲ得サルモ其期間ノ經過後ハ申込カ當然消滅ス可キモノトシ第三主義ハ申込ハ相當ノ期間内之ヲ取消スコトヲ得ス又其期間ノ經過後ニ於テモ取消ヲ爲サヽル間ハ申込ハ其效力ヲ有スルモノトセリ第一ノ主義ハ全ク申込者ヲ無責任トスルモノニシテ契約取引ノ安全ヲ害スルコト少ナシトセス又第二ノ主義ハ商事ニ於テハ往々好結果ヲ生スルコトアルヘシト雖モ每ニ當事者ノ意思ニ適合スルノ結果ヲ生スルモノト謂フ可カラス一行ノ通知ヲ以テ何時ニテモ申込ヲ取消スコトヲ得ル以上ハ期間滿了ノ一事ヲ以テ當然其效力ヲ失フモノトセサルノ便ナルニ若カサルナリ
旣成法典ハ果シテ何レノ主義ヲ採リタルモノナルヤ條文不充分ナル爲メ頗ル明瞭ヲ缺ケリ然レトモ第二ノ主義ヲ採リタルニ非サルコトハ殆ト疑ヲ存セス商法モ第二百九十七條ニ於テ申込ノ取消ヲ許ササルコトハ明ナリト雖モ取消ナキ限リハ其效力ヲ有スルモノトスル主義ハ之ヲ採ラス(二九三)本案ニ於テハ瑞士債務法及ヒ印度契約法等ノ例ニ倣ヒ第三ノ主義ヲ至當ト認メタルヲ以テ之ヲ採用セリ
第五百二十四條
(理由)申込ハ一ノ意思表示ナルヲ以テ本案第九十八條第二項ノ適用ヲ受ケサルヲ得ス然レトモ反對ノ意思表示アルトキハ其適用ヲ失ハサル可カラサルコト又論ヲ俟タス而シテ右第九十八條第二項ハ反對ノ意思ヲ容レサルカ如キ觀アルヲ以テ特ニ之ヲ明言スルノ必要アリ旣成法典ニ於テハ申込者カ死亡シ又ハ能力ヲ喪失シタルモ相手方カ之ヲ知ラサル間ハ申込ハ其效力ヲ失ハサルコトヲ規定セリ此ノ如ク相手方ノ知不知ニ依リテ申込ノ效力ヲ左右スルハ商事ニ於テハ或ハ其當ヲ得サル可シト雖モ民法ノ規定トシテハ其宜シキヲ得タルモノト信スルヲ以テ本案ニ於テハ旣成法典ノ主義ヲ採用セリ蓋シ此主義タルヤ能ク當事者ノ意思ト申込ノ性質トニ適スルヲ以テナリ
第五百二十五條
(理由)本案ニ於テハ隔地者ニ對スル意思表示ノ總則トシテハ受信主義ヲ採リタリト雖モ契約ニ付テハ取引ノ圓滑ト迅速ヲ期スルカ爲メ玆ニ發信主義ヲ採レリ各地ノ商業會議所及ヒ實業家ノ意見ニ徵スルモ其多數ハ發信主義ヲ是トセリ加之承諾ノ通知カ未タ申込者ニ到達セサルトキト雖モ其取消ヲ許スヲ以テ不可トナセリ又本條第一項ニ於テ發信主義ヲ採リタリト雖モ若每ニ承諾ノ通知ヲ發スルニ非サレハ契約ノ成立ヲ來ササルモノトセハ其不便極メテ大ナルヘキヲ以テ第二項ノ規定ヲ設ケタリ即チ例ヘハ注文ヲ受ケテ貸物ヲ發送シ又ハ製造ニ著手シタル如キハ承諾ノ意思表示ヲ認ムヘキ事實中ニ算フルコトヲ得ヘシ
第五百二十六條
(理由)本條ハ第五百十九條ト同一ノ精神ニ出ツルモノナリ旣成法典ハ財產編第三百八條第六項ニ於テ郵便電信ノ錯誤ハ差出人ノ責ニ歸ス可キコトヲ規定シタルヲ以テ本條ノ如キ場合ニ於テハ申込者ノ不利益ニ解釋セサルヲ得ス若斯ノ如クナレハ申込者ハ不測ノ損害ヲ蒙ルニ至リ取引ノ安全ヲ害スルコト少ナカラサル可シ凡ソ通知ノ延著スルハ意外ノ事變又ハ運送者ノ過失ニ出ツルモノナルヲ以テ若シ申込者カ取消ノ通知ノ延著シタル旨ノ通知ヲ受ケサルトキハ取消ノ通知カ適當ノ時ニ到達シタルコトヲ信ス可キナリ然ルニ其無理ナラサル意見ニ反シテ契約成立セサルモノト爲スハ酷ニ過クルモノト謂ハサルヲ得ス故ニ本條ニ於テ承諾者ニ延著ノ通知ヲ爲スノ義務ヲ負ハシメ以テ實際ニ公平ヲ得ンコトヲ欲セリ
第五百二十七條
(理由)本條ノ規定ハ諸國ノ商法ニ於テ之ヲ見ルト雖モ民法ニ於テハ多ク之ヲ見ス其取引ノ圓滑ト迅速トヲ期スルニ於テ必要ナルハ論ヲ俟タス我商法ハ第二百九十六條ニ於テ契約提供ニ對シテ條件ヲ附シ又ハ變更ヲ加ヘテ爲ス承諾ニ在テハ提供者ハ其撰擇ヲ以テ之ヲ純粹ノ拒絕ト見做シ又ハ被提供者ヨリ更ニ爲シタル提供ト看做スコトヲ得ト規定セリ此規定ニ依ルトキハ申込者ハ相手方ノ意思ニ反スルコトアルニモ拘ハラス隨意ニ其行爲ノ性質ヲ定ムル特權ヲ有スルコトニ爲リ甚タ穩當ナラス凡ソ此如キ事項ハ當事者雙方ノ便宜ヲ主眼トシテ明確ニ之ヲ規定スルコトヲ要スルナリ
第五百二十八條
(理由)本條以下ニ規定スル事項ニ付キテハ種々ノ問題ヲ生ス可シ唯廣吿者ヲシテ一定ノ義務ヲ負ハシムヘシト云フニ至リテハ蓋シ異論ナカル可シト雖モ其義務ノ何タルヤ又其何レノ時ニ於テ發生ス可キモノナルヤ又廣吿ヲ取消シ得可キモノトスヘキヤ若シ之ヲ取消シ得可キモノトセハ果テ何レノ時マテ其取消ヲ爲スコトヲ得ルヤ又廣吿ニ應シテ或行爲ヲ爲タル者數人アルトキハ其權利ハ如何ニシテ之ヲ定ム可キヤ等ノ問題ニ至リテハ學說ノ區々トシテ一定セサルハ自ラ免レサル所ナリ佛民法其他殆ト何レノ國ノ法典ニ於テハ之ニ關スル規定ナシト雖モ今日ノ如ク實際ニ於テ此種ノ廣吿ヲ見ルコト極メテ多キ時ニ當リテハ特ニ之ニ關スル規定ヲ設クルコト極メテ必要ナリト謂フ可シ今此規定ヲ爲スニ當リテ先ツ第一ニ生スヘキ問題ハ廣吿ノ申込ナルヤ又ハ特別ノ單獨行爲ナルヤノ問題ナリトス多數ノ學說ニ依レハ廣吿ハ申込ニシテ之ニ應シテ或行爲ヲ爲スハ卽チ默示ノ承諾ナリトセリ又或學者ハ廣吿ハ申込ノ要件ヲ具ヘサルモノニシテ之ニ應シテ或行爲ヲ爲ス者アルニ至リテ始メテ純然タル申述トナルモノナリトセリ思フニ此兩說ハ何レモ極端ニ失スルモノニシテ廣吿ノ種類如何ニ依リテ其性質ヲ定ムヘキモノト信スルナリ本法ニ於テハ固ヨリ各種ノ廣吿ニ付キ規定ヲ設クルコトヲ得ス然レトモ本條ノ場合ニ於テハ其廣吿ヲ申込ト見ルト一種ノ單獨ナル約束ト見ルトニ付テハ學說及ヒ立法例ノ分カルル所ナリト雖モ其行爲ヲ爲シタル者ニ對シテ廣吿者カ報酬ヲ拂フ義務ヲ負フヘキコトニ付テハ殆ト異說アルヲ聞カサルナリ普通ハ之ヲ以テ一種ノ申込ト爲スモノノ如シ唯獨逸民法草案ハ之ヲ以テ承諾ヲ俟タスシテ義務ヲ生スヘキ一ノ單獨行爲ナリトセリ然レトモ同草案ハ實際ノ便宜上ヨリ其主義ヲ貫カスシテ廣吿ノ取消ヲ許セリ今獨逸民法草案ノ單獨行爲說ヲ採リタル結果トシテ著シク契約主義ト異ナル所ハ廣吿ヲ知ラスシテ廣吿ニ指定シタル行爲ヲ爲タル者モ亦廣吿ニ於テ定メタル報酬ヲ得ルニ在リトス然レトモ斯カル場合ハ實際極メテ稀ナルノミナラス廣吿ヲ知ラスシテ廣吿ニ指定シタル行爲ヲ爲タル者ニモ報酬ヲ與フヘキモノトスルハ蓋シ其必要ナカル可シ果シテ然ラハ單純行爲說ヲ採ルノ實用ハ全ク存セサルナリ本案ニ於テハ法律ノ規定ヲ以テ學說ヲ決スルコトヲ避クルノ主義ヲ採リタルヲ以テ廣吿ノ如キニ至リテモ承諾ニ依リテ契約ノ效力ヲ生スル一ノ申込ナルヤ又ハ單純行爲ナルヤヲ決スルコトヲ欲セス故ニ意ヲ用井テ申込及ヒ承諾ノ文字ヲ用ユルコトヲ避ケタリ夫レ此ノ如クナルカ故ニ學者或ハ廣吿ヲ以テ契約ノ成立ノ一要素タル申込ナリト解スル者アル可ク又ハ之ヲ以テ一ノ單純行爲ナリト說ク者アル可シ若シ契約說ヲ採ルトキハ本節中ニ其規定ヲ置クコト固ヨリ當然ナル可シ然レトモ又之ヲ以テ一ノ單純行爲トスルモ通常ノ單純行爲ト異ナリテ大ニ契約ニ類スル所アルカ爲メ本節ニ於テ之ヲ規定スルハ必スシモ不當ノ事ニ非サルヲ信スルナリ之ヲ要スルニ本案ニ於テハ廣吿ノ性質ヲ定ムルヲ目的トセスシテ廣吿ヲ爲タル者ノ義務ヲ規定シタルナリ
第五百二十九條
(理由)本條第一項ハ取消ノ方法ト時期トヲ定メタルモノナリ廣吿ヲ以テ取消シ得可キモノトスルコトニ付テハ蓋シ異論ナキ所ナル可シ唯取消ノ方法ト時期トニ至リテハ議論ナキヲ得ス今若シ廣吿者ノ指定シタル行爲ニ著手シタル者アリタル時ヨリ取消ヲ許サストセハ其ノ時期ノ不確實ナルヨリシテ紛爭ヲ生スルヲ免レサル可シ加之ナラス廣吿者ノ指定シタル行爲ノ結了セサル間ハ廣吿者ニ於テ取消ヲ爲スコトヲ得ルモノトスルハ當事者ノ意思ニ適スルモノト謂ハサル可カラス只其取消ノ方法ハ廣吿ノ方法ト同一ナラサル可カラサルモノトスルハ第三者ノ爲メニ必要ナリトス今假リニ本條ノ規定ヲ設ケサルモノトセハ契約說ヲ採ル者ハ默示ノ承諾ヲ理由トシテ廣吿者ノ指定シタル行爲ニ著手スル者アルトキハ最早取消ヲ爲スコトヲ得サルモノト解釋スルニ至ル可キヲ以テ之ヲ置クノ必要ナルコト論ヲ俟タス獨逸民法草案ノ如キモ單獨行爲說ヲ採リタルニ拘ハラス廣吿者ノ意思ヲ參酌シ其責任ノ重キニ失スルコトナカラシムル爲メ行爲ヲ完了スル者ナキ間ハ廣吿ヲ取消スコトヲ許セリ第二項ハ初メニ廣吿ヲ爲タル方法ニ依リテ取消ヲ爲スコト能ハサル場合ニ付キテ設ケタルモノナリ但書以下ハ廣吿者ノ爲メ少ク不利益ナリ雖モ第三者ヲ保護セントセハ勢ヒ此ノ如クナラサル可カラサルナリ
第三項ハ意思解釋ノ規定ニ外ナラスト雖モ疑ノ生スルコトヲ避クル爲メニ之ヲ置キタリ
第五百三十條
(理由)本條ノ第一項ノ場合ニ於テハ廣吿者ハ通常數人ニ報酬ヲ與フルノ意思ニ非サルコト明ナリ然レトモ若シ明文ヲ以テ之ヲ規定セサルトキハ果シテ本條ノ如キ結果ヲ生スルヤ疑ナキ能ハス又第二項ノ規定ハ原則トシテ平等ノ割合ヲ以テ報酬ヲ分割スルヲ至當ト信シタルヲ以テ之ヲ置ケリ第三項ハ廣吿者ノ反對ノ意思ニ效力ヲ附シタルニ過キス
第五百三十一條
(理由)本條ハ懸賞廣吿ノ場合ニ關スルヲ以テ前三條ノ場合ト異ナル規定ヲ設クルヲ必要トス此場合ニ於テ應募期間ノ定メナキトキハ實際優等者ヲ確知スルコト能ハサルヲ以テ應募者ハ遂ニ報酬ノ請求ヲ爲スコト能ハサルニ至ル可キナリ又本條ノ場合ニ於テハ前三條ノ場合ト異ナリテ優劣ノ判定ヲ爲ス必要アリ從テ其判定ニ關スル規定ヲ設ケサルヲ得サルナリ
第二款 契約ノ效力
(理由)本款ハ財產編第二部第一章第一節第三款ニ該當ス旣成法典ハ右第三款ヲ分チテ二則トシ當事者間及ヒ承繼人間ノ合意ノ效力ト第三者ニ對スル合意ノ效力トヲ區別シテ規定セリ本案ニ於テハ契約ニ依リテ物權ヲ創設又ハ移轉スル場合ニ於テ之ヲ以テ第三者ニ對抗スル要件等ノ事ハ第二編總則ニ之ヲ規定シタルヲ以テ旣成法典ニ於ケルカ如ク區別ヲ爲スコトヲ要セス故ニ財產編第三百四十六條ハ本案第百七十九條第百九十三條及ヒ第八十九條第三項ノ規定アルカ爲メ之ヲ省キ又同第三百四十七條ハ本案ノ債權讓渡ニ關スル規定アル爲メ之ヲ削レリ同第三百四十八條以下ハ之ヲ登記法ニ讓リ本案中ニ之ヲ揭ケス同第三百四十五條ハ言フヲ俟タサルノミナラス本案第四百二十六條ノ規定アルカ爲メ之ヲ削除シタリ要スルニ債權ノ一原因トシテハ契約ノ第三者ニ對シテ效力ヲ生セサルハ疑ナキ處ナリト雖モ之ニ對スル多少ノ例外ナキニ非ス其一般ノ場合ニ通スルモノハ本案第五百三十四條以下ニ於テ之ヲ規定シ其他ノ例外ハ格段ノ場合ニ付キ之ヲ規定スルコトニセリ
以上述フル處ニ依リテ見レハ財產編第二部第一章第一節第三款第二則ノ規定ハ盡ク之ヲ削除シタルモノニシテ第一則モ亦第三百三十五條ノ規定ヲ除ク外盡ク之ヲ削除シタル即チ財產編第三百二十七條ハ之ヲ置クノ必要ナキヲ以テ削除シ又同第三百二十八條ハ當事者ノ意思ヲ以テ普通法ノ規定ニ依ラサルヲ得ルコトヲ規定シタルモノナリト雖モ契約ニ關スル規定ハ素ト任意的規定ナルヲ以テ當事者ノ意志ヲ以テ其適用ヲ避クルヲ得ルハ論ヲ俟タス而テ公ノ秩序及ヒ善良ノ風俗ニ反スル場合ニ於テハ當事者ノ意思ノ自由ヲ認メサルコトハ總則ニ於テ之ヲ規定シタルヲ以テ再ヒ玆ニ之ヲ言フヲ要セス同第三百二十九條及ヒ第三百三十條ハ言フヲ俟タサルノミナラス條理ナル文字ハ其意義極メテ漠然タルヲ以テ此ノ如キ文字ヲ用ユルモ實際ニ益スル處ナク本案ニ於テ債務者ハ債務ノ本旨ニ從ヒテ履行ヲ爲ス可キコトヲ定メタルニ依リテ益々同條ノ必要ナラサルコトヲ知ル可シ同第三百三十一條ハ物權ノ移轉ニ關スル契約ノ規定ナリト雖モ本案第百七十七條ノ規定アルカ爲メ之ヲ置クノ必要ナシ同第三百三十二條ハ代替物ヲ授與スル契約ヲ爲タル場合ニ於テ所有權ハ引渡又ハ當事者雙方立會ノ上ニテ爲タル指定ニ依リテ移轉スルコトヲ規定シタルモノナリト雖モ同條ニ於テハ所謂引渡ハ何レノ時ニ於テ生スルモノナルヤノ問題ヲ决セス又當事者雙方立會ニテ指定ヲ爲スヘキモノトシタルハ必要ナクシテ煩ト謂ハサル可カラス故ニ本案第三百九十九條第二項ニ於テ債權者ノ同意ヲ得テ給付ス可キ物ヲ指定シタルトキハ所有權ノ移轉ヲ來タス可キコトニ定メタリ同第三百三十三條ハ引渡ノ場所、時、及ヒ費用ニ關スル規定ニシテ其中ニ就キ必要ナルモノハ本編中債權ノ效力及ヒ辨濟ノ處ニ於テ之ヲ揭ケタリ同第三百三十四條ハ債權ノ目的ニ關スル規定ト見テ本編中債權ノ目的ト題スル節ニ於テ之ヲ設クルコトトセリ同第三百三十六條ハ如何ナル事實ノ存スル場合ニ於テ遲滯アルモノト認ム可キヤヲ規定シタルモノニシテ本案第四百十一條ノ規定アルカ爲メ之ヲ置クノ必要ナシ同第三百三十七條ハ本案第四百十二條ノ規定アルカ爲メ之ヲ削レリ同第三百三十八條ハ言フヲ俟タス同第三百三十九條乃至第三百四十四條ハ廢罷訴權及ヒ債權者カ債務者ニ屬スル權利ヲ使行スルコトニ關スル規定ニシテ本案第四百二十三條乃至第四百二十七條ノ規定ハ之ニ該當スルモノナリ
第五百三十二條
(理由)本條ハ雙務契約履行ノ時ヲ定タルモノナリ雙務契約ノ性質ニ付キテハ學說區々ナリト雖モ當事者雙方カ同時ニ履行ヲ爲ササル可カラスト云フニ至テハ學說皆其軌ヲ一ニシ諸國ノ立法例モ亦同一轍ニ出ツ蓋シ同時ノ履行ハ能ク當事者ノ意思ニ適スルノミナラス頗ル公平ナル結果ヲ生スルヲ以テナリ果シテ然ラハ當事者雙方カ同時ニ履行ヲ爲スノ方法ハ如何ニ之ヲ定ム可キヤ獨逸民法草案ハ複雜ナル規定ヲ設ケタリト雖モ本案ノ如クスルコト却テ便利ナリトス旣成法典其他佛民法ニ傚ヒタル法典ニ於テハ同時履行ノ原則ヲ賣買ノ規定トシテ之ヲ揭ケタリト雖モ獨逸民法草案、墺民法、瑞士債務法印度契約法等ハ雙務契約ノ通則トシテ之ヲ揭ケタリ本案但書ノ規定ハ尤ヒ至當ナル規定ナリトス諸國ノ法典ニ於テハ當事者ノ一方ハ其相手方ニ期限ヲ與ヘタル場合ト雖モ相手方ハ破產ノ宣吿ヲ受クルカ若クハ無資力ニ陷リタルトキハ自ラ辨濟ヲ拒ムヲ得ルコトヲ規定セリ然レトモ本案ニ於テハ總則ノ規定ヲ以テ債務者カ破產ヲ爲シタル場合ニ於テハ期限ノ利益ヲ失フコトヲ定メタルカ爲メ債權者ハ破產法ノ規定ニ依リ破產ノ申請ヲ爲シテ期限ノ到來ヲ促カスヲ得可キヲ以テ今玆ニ諸國ノ法典ノ例ニ傚フテ特別ノ規定ヲ設クルコトヲ必要トセサルナリ
第五百三十三條
(理由)本條ハ古來稱スル所ノ危險問題ヲ決シタルモノナリ危險問題ハ雙務契約ノ性質ニ依リテ其理論ヲ異ニセサルヲ得ス作爲又ハ不作爲ヲ目的トスル雙務契約ニ在リテハ危險ノ債務者ニ在ルコト古ヨリ疑ヲ生セス唯特定物ニ關スル物權ノ移轉ヲ目的トスル場合ニ付キ學說及ヒ立法例其軌ヲ一ニセス今若シ契約ノミニ依リテ物權ノ移轉スルモノトスルトキハ債權者ハ同時ニ所有者タルヲ以テ危險問題ノ實用ハ殆ント之ナキカ如シト雖モ當事者ノ意思ヲ以テ物權ノ移轉ヲ一時停止シタル場合ニ在リテハ此問題ヲ決スルノ必要アリ此問題ニ付テハ已ニ羅馬法ノ解釋トシテ學者ノ意見一致セス或ハ物ハ所有者ノ爲メニ死スト云ヘル原則ニ依リテ所有者ト爲リタル者ニ危險擔當ノ責アリト爲ス者アリ或ハ之ニ反シテ雙務契約ノ性質上雙方ノ義務ハ其發生シタル一事ヲ以テ互ニ運命ヲ別ニシ已ニ履行ヲ受ケタルト否トヲ問ハス物カ天災ニ因リテ滅失又ハ毀損シタル場合ニハ債權者(所有者ト爲リタルト否トヲ問ハス)ニ於テ其損失ヲ負擔セサルヘカラスト爲ス者アリ第一ノ見解ハ羅馬法ノ誤解タルヲ免レス第二ノ見解ハ今日ニ於テ最モ勢力ヲ有スル處ノモノタリ佛民法及ヒ旣成法典(財三三五)ハ危險債權者ニ在リトシ又伊民法ハ危險ノ讓受人ニ在ルコトヲ規定シタルヲ以テ危險ノ負擔ハ物權移轉ノ效果ナルカ如キ觀アリト雖モ是レ唯通常ノ場合ニ付キテ規定ヲ爲タルモノニ外ナラス決シテ佛民法ノ主義ヲ棄テタルモノニ非ラサルナリ之ニ反シテ墺民法、西班民法、モンテネグロ財產法、獨逸民法草案及ヒ英吉利法ノ如キハ債務者ニ於テ危險ヲ負擔ス可キモノトナセリ此主義ハ一見雙務契約ノ旨趣ニ適シテ頗ル公平ナルカ如シ蓋シ債權者カ權利ヲ取得スルコト能ハサルニ拘ラス自ラ其義務ヲ履行セサル可カラサルモノトスルハ其當初ノ意思ニ反シ甚タ當ヲ得サル感アリ契約ノ目的カ作爲又ハ不作爲ニ在ル場合ニ於テ債務者ヲシテ危險ヲ負擔セシムル以上ハ契約ノ目的カ物權ノ移轉ニ在ルトキト雖モ同シク債務者ヲシテ危險ヲ負擔セシムルハ彼此權衡ヲ得ルノ觀アルナリ然レトモ契約ノ目的カ特定物ニ關スル物權ノ移轉ニ在ル場合ニ於テ債權者ヲシテ危險ヲ負擔セシムルハ別ニ理由アリテ存スルナリ蓋シ特定物ヲ以テ契約ノ目的ト爲シタル場合ニ在リテハ所有權ノ移轉スルト否トヲ問ハスシテ其物ノ運命自ラ定マレリ即チ物ノ增加スルコトアルモ債權者ハ之カ爲メ其對價ノ增加ヲ請求スルコトヲ得ス又之ニ反シテ物ノ減少スルコトアルモ債權者ハ寸厘ト雖モ對價ノ減少ヲ求ムルコトヲ得ス斯ク物ノ價格ハ終始變動スルニ拘ラス一旦契約ノ目的ト爲リタル後ハ其損益ノ歸スル所ヲ一變シ對價ノ增減ヲ來ス可キモノニ非ラス果シテ然ラハ物ノ減失シタル場合ニ於テモ亦債權者ヲシテ對價ヲ供スルノ義務ヲ免レシム可カラサルナリ故ニ債權者カ特定物減失ノ危險ヲ負擔スルハ物ノ增減シ又ハ其價ノ高低アル場合ニ於テ其負擔ニ變動ヲ來スコトナキト彼此權衡ヲ得ルモノト謂フヘシ惟フニ羅馬法ニ於テ已ニ危險カ債權者ニ在ルモノトシタル理由モ之ニ外ナラサルヲ信スルナリ唯本條ノ規定ハ第五百三十七條ノ規定ニ依リテ明ナルカ如ク一ノ任意的規定ナルヲ以テ反對ノ契約ヲ以テ其適用ヲ避クルコトヲ得可キカ故ニ實際ニ於テ當事者ノ意思ト相容レサルカ如キ結果ヲ生スルコトナカル可シ
第一項ハ特定物ニ關スル規定ナリ不特物ニ在リテハ其特定物トナリタル時ニ於テ危險債權者ニ移轉スルモノトスルハ論理ニ於テ然ラサルヲ得サル所トス故ニ第二項ノ規定ヲ設ケタリ
第五百三十四條
(理由)欠
第五百三十五條
(理由)本條ハ前條ト全ク反對ノ規定ニシテ旣成法典及ヒ其他諸國ノ法律皆此ノ如クナラサルナシ旣成法典ハ本條ニ該當スル規定ヲ履行ノ不能ニ關スル規定中ニ之ヲ置キ(財五四二)特定物ニ關スル危險負擔ノ問題ハ契約ノ效力ニ關スル規定トシテ之ヲ揭ケタリ本案ニ於テハ此ノ如ク之ヲ分ツ可キモノニ非ラスト認タルヲ以テ本款ニ於テ併セテ之ヲ揭ケタリ財產編第五百四十二條ニ於テハ債務者ハ出捐ノ限度ニ於テ權利ヲ有スルコトヲ規定シ本條ニ定メタル此原則ノ例外ヲ設ケタリ然レトモ債務者カ出捐ヲ爲シタル場合ニ於テハ多クハ自ラ之ニ對スル利益ヲ得テ損失スル處ナカル可シ加之ナラス若シ旣成法典ノ規定ノ如クスルトキハ計算ノ問題ヲ生シ其煩少ナカラサルヘシ
第二項ハ獨逸民法草案規定ニ傚ヒタルモノニシテ極メテ公平ナル結果ヲ生ス可キヲ疑ハス又但書ノ規定ナキトキハ債務者ハ不當ニ利益ヲ享クルニ至ル可キナリ
第五百三十六條
(理由)本條乃至第五百三十六條ハ他人ノ利益ノ爲メニスル契約ニ關スル規定ナリ此種ノ契約ノ有效ナルハ近時學者ノ疑ハサル處ニシテ立法例モ亦漸次ニ其效力ヲ認ムル傾向アリ之ニ反シテ旣成法典ハ此種ノ契約ヲ無效トセリ其理由トスル處ハ此契約ニ在リテハ金錢ニ見積ルコトヲ得可キ利益ナキヲ以テ原因ノ存セサル契約ト爲スニ在ルナリ(財三二三)然レトモ本案ニ於テハ原因ヲ以テ契約ノ要素ト爲サス又債權ノ目的ハ金錢ニ見積ルコトヲ得可キモノニ限ラサルノ主義ヲ採リタルヲ以テ此契約ヲ無效トスルノ理由ナシ今當事者間ニ於テ此契約ノ有效ナルハ言ヲ俟タサルヲ以テ明文ヲ揭クルノ必要ナシト雖モ第三者カ此契約ニ依リテ權利ヲ取得ス可キモノナルヤ否ヤニ在リテハ學說及ヒ立法例未タ一致セサルヲ以テ特ニ之ニ關スル規定ヲ設クルノ必要アリ從來ノ立法例ニ依レハ此場合ニ於テ第三者ハ契約ニ干與セサルヲ以テ其利益ヲ受クルコトヲ得サルモノトシタルモ近時獨逸民法草案及ヒ瑞西債務者ノ如キハ正反對ニ第三者ヲシテ直チニ權利ヲ取得セシメ特ニ拒絕ヲ爲シタル場合ニ於テ其權利ヲ失フモノトセリ本案ニ於テハ右ノ兩主義ヲ折衷シ原則トシテ當事者ノ意思ヲ以テ第三者ヲシテ權利ヲ取得スルコトヲ得セシノ唯第三者ノ自ラ知ラサル間ニ權利ヲ取得シタルモノト爲スハ其當ヲ得サルヲ以テ第二項ノ規定ヲ置キタリ
第五百三十七條
(理由)本條ノ規定ナキトキハ果シテ本條ニ揭ケタルカ如キ結果ヲ生スルヤ頗ル疑ナキ能ハス何トナレハ第三者ハ當事者カ自由ニ契約ヲ變更シ又ハ廢棄スルコトヲ得ル範圍内ニ於テ權利ヲ取得シタルモノト解スルコトヲ得ヘケレハナリ若シ當事者カ隨意ニ第三者ノ權利ヲ變更シ又ハ廢棄シ得可キモノトセハ第三者ノ權利ハ有名無實ニ歸ス可キヲ以テ本條ノ規定ヲ置クノ必要アリ
第五百三十八條
(理由)本條ハ之ヲ設クルノ必要ナキカ如シト雖モ第三者ノ權利ハ其一旦發生シタル後ニ在リテハ全ク獨立シテ存在スルモノト解スル者ナキニ非ラサルナリ抑モ第三者ノ權利ハ當事者間ノ契約ニ基キテ生スルモノナレハ債務者ヲシテ其契約ニ基キタル抗辨ヲ爲スコトヲ得セシムルハ甚タ至當ノ事ナリト信ス然レトモ債務者ハ契約ノ成立後ニ生シタル事由ニ基キテ抗辨ヲ爲スコトヲ得サルカ故ニ契約成立後ニ於テ債權者ニ對シテ取得シタル債權ヲ以テ相殺ノ用ニ供スルコト能ハサルナリ
第三款 契約ノ解除
(理由)旣成法典ハ義務ノ消滅ニ關スル規定ノ一節トシテ契約ノ解除ニ關シ僅ニ第五百六十一條ノ一个條ヲ設クト雖モ之レ單ニ義務ハ解除條件ノ成就又ハ裁判上得タル解除ニ因リテ消滅スルコト及ヒ解除訴權ハ通常ノ時效期間ニ從フコトヲ認ムルノミニシテ解除ニ關スル種々ノ規定ハ法典ノ所々ニ散在シ殊ニ解除ノ結果ニ付キ相當ノ規定ヲ設ケサルハ其缺點ト云ハサルヘカラス故ニ本案ハ解除ニ關スル一般ノ規定ヲ纒括シ殊ニ解除ノ結果カ當事者ノ意思又ハ法律ノ規定ニ依リテ定マラサル場合ニ於ケル準則ヲ示シ其他旣成法典ニ規定セサル多數當事者間ノ契約ノ解除ニ關シ或ハ解除權ノ消滅ニ關シ順次適當ノ規定ヲ設ケタリ
第五百三十九條
(理由)契約解除ノ方法ニ關スル諸國ノ立法例ハ凡ソ之ヲ三種ニ區別スルコトヲ得卽チ一ハ佛、伊、和諸國ノ法典及ヒ旣成法典ノ如ク裁判上ノ解除方法ニ依リ一ハ獨逸民法草案瑞士債務法ノ如ク意思表示ニ依ル解除方法ヲ採リ一ハ當然解除ノ主義ニ依ルモノトス而シテ當然解除ノ主義ハ極メテ簡便ナリト雖モ簡易ニ過クルノ弊害ハ未タ法律ニ慣レサル一般人民ヲシテ往々不知不識ノ間ニ權利ヲ失ヒ意外ノ不利益ヲ蒙ラシムルモノナレハ當然解除ノ主義ハ便宜上或場合ニ限リテ之ヲ認ムヘキモ一般ニ此主義ニ從フハ法律保護ノ本旨ニ適セサルヲ以テ本案ハ旣ニ相殺ノ規定ニ付キ當然相殺カ行ハルヘキ主義ヲ採用セサリシ如ク本條ニ於テモ亦當然解除ノ主義ヲ排斥セリ次ニ裁判上ノ解除方法ハ極メテ鄭重確實ナリト雖モ頗ル干涉ニ失シテ其必要ナキノミナラス之レカ爲メニ當事者ハ費用及ヒ手數ヲ要シ且ツ人民ハ裁判所ニ出ツルコトヲ厭フカ如キ感覺上ノ理由ニ因リ立法者カ取引ノ便宜ヲ計リテ特ニ認定シタル解除權モ其效用ヲ減殺セラルルコト少シトセス之レ本案ハ旣成法典財產編第四百二十一條第二項ニ規定スル如キ解除方法ヲ採用セサリシ所以ニシテ寧ロ獨乙民法草案瑞士債務法等ノ主義ニ倣ヒ契約ノ解除ハ解除權ヲ有スル者カ相手方ニ對シ解除ノ意思ヲ表示スルニ依リテ之ヲ行フモノトシ以テ實際ノ便宜ニ適セシムルト同時ニ取引ノ確實ヲ失フコトナカラシメタリ
次ニ意思表示ハ一般ニ之ヲ取消シ得ヘシト雖モ本條ノ場合ノ如キ解除ノ意思表示ヲ取消スコトヲ許ストキハ取引ノ混雜ヲ釀シ相手方ノ利益ヲ害スルコト少カラサルニ因リ本案ハ特ニ本條第二項ノ明文ヲ以テ解除ノ意思表示ハ之ヲ取消スコトヲ得サル旨ヲ規定セリ
第五百四十條
本條ハ當事者ノ一方カ債務ヲ履行セサル場合ニ於テ其相手方カ解約ノ權利ヲ有スルコト及ヒ其行使方法ヲ定ムルモノニシテ旣成法典財產編第四百二十一條第一項ノ如ク債務ノ不履行ニ本ツク契約ノ解除ヲ單ニ雙務契約ノ場合ニ限リ且ツ雙務契約ハ相手方ノ不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除條件ヲ包含スト云フ如キ規定ハ却テ妥當ナラサルニ因リ本案ハ此二點ニ付キ修正ヲ加ヘタリ蓋シ契約解除ノ規定ハ片務契約ニ付テモ其適用ヲ受クヘク又澳太利民法ハ雙務契約ノ場合ニ於テモ一方ノ債務不履行ニ因リ相手方ノ解除權ヲ生セスメスシテ單ニ損害賠償ノ請求ノミヲ許ス如ク當事者カ一方ノ債務不履行ヲ以テ解除條件ト爲ササルニ抅ラス法律ニ依リテ一槪ニ一方ノ債務不履行ハ常ニ契約ノ解除ヲ生スト云フ如キハ頗ル其當ヲ失フモノナレハナリ
次ニ旣成法典財產編第四百二十一條第二項後段ノ規定ノ如ク或場合ニ於テ裁判所ハ債務ノ履行ニ付キ恩惠期限ヲ許與スルコトハ頗ル妥當ナルノミナラス債務履行ノ見込アルトキハ甚タ便利ナルヲ以テ本案ハ旣ニ原則トシテ恩惠期限ナルモノヲ認メサルニ拘ハラス本條ノ場合ニ於テハ之ニ代フルニ債務ヲ履行セラル者ノ相手方ヲシテ相當ノ期間ヲ定メテ履行ヲ催吿セシメ然モ其履行ナキトキハ始メテ解除權ヲ行使スルコトヲ得セシムルモノニシテ實際上ノ結果ハ旣成法典ト同一ノ便利ヲ得ヘキナリ
第五百四十一條
(理由)前條ノ場合ニ於テ契約ヲ解除スルニハ先以テ履行ノ催吿ヲ爲スコトヲ要スト雖モ本條ニ豫想スル如キ事實ハ實際上屢之レアルノミナラス斯ノ如キ場合ニ於テ時期ニ後レタル履行ハ相手方ニ取リテ利益ヲ有セサルノミナラス却テ不利益ヲ與フルコト多キニ因リ本案ハ前條ニ對スル例外トシテ本條ノ規定ヲ設ケ此ニ指定スル事情ノ存スル限ハ先以テ履行ノ催吿ヲ爲サスシテ直チニ契約ヲ解除スルコトヲ得トシ以テ實際ノ便宜ニ適セシメタリ
第五百四十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第四百二十條ノ規定中解除ニ關スル部分ヲ採擇シタルモノニシテ其他ハ特ニ明文ヲ要セス又ハ解除ノ規定ニ屬セサルニ因リ總テ之ヲ删除セリ蓋シ本案ハ旣ニ第四百十四條ニ於テ債務者ノ責ニ歸スヘキ事由ニ因リテ債務ヲ履行スルコト能ハサルトキハ相手方ハ損害賠償ヲ請求シ得ルコトヲ認ムト雖モ之ニ依リテ未タ相手方ニ解除權ヲ附與シタルニアラス又本案第五百四十條ニ認ムル所ノ解除權ハ債務ヲ履行セラル場合ニ存スルモノニシテ履行不能ノ場合ニモ之レアリト云フコトヲ得ス之レ本條ニ於テ特ニ履行ノ全部又ハ一部ノ不能ノ場合ニ於テモ解除權ノ存スルコトヲ認ムル所以ニシテ解除ト共ニ損害賠償ヲ請求シ得ルコトハ第五百四十四條第三項ノ規定ニ依リテ明ナリトス
第五百四十三條
(理由)本條ハ解除權ヲ以テ可分ノモノト爲スカ將タ不可分ノモノト爲スカヲ定ムルモノニシテ本案ハ旣ニ多數當事者ノ債權ニ關スル總則第四百二十六條ノ規定ニ依リ債權及ヒ債務ハ通則トシテ債權者間又ハ債務者間ニ平分セラルルコトヲ認メタルニ因リ本條ノ場合ニ於ケル解除權モ別段ノ定ナキ限ハ右ノ通則ニ本ツキ當然分割セラルヘシト雖モ各自別々ニ契約ノ一部ヲ解除シ或ハ解除ノ請求ヲ受クル如キハ極メテ不便ナルノミナラス往々事理ニ反スル結果ヲ生スルモノナレハ本案ハ新ニ本條ノ規定ヲ設ケ通則トシテ解除權ノ不可分ナルコトヲ認メ當事者ノ一方カ數人アル場合ニ於テ契約ヲ解除スルニハ其全員ヨリ又ハ其全員ニ對シテノミ之ヲ行フコトヲ得ト爲セリ然レトモ之レ單ニ別段ノ定ナキ場合ニ於ケル通則タルニ止マルモノナレハ之ニ反對ノ合意ハ固ヨリ其效力ヲ有スルモノトス本條第二項ノ規定モ亦第一項ト同一ノ趣旨ニ本ツクモノニシテ解除權ノ不可分ヲ以テ通則ト爲シタル當然ノ結果タルヘシト雖モ第一項ト其場合ヲ異ニスルモノナレハ特ニ明文ニ依リテ之ヲ規定セリ
第五百四十四條
(理由)本條ハ解除權行使ノ結果ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產編第四百〇九條第二項ハ解除條件カ成就スルトキハ當事者ヲシテ合意前ノ各自ノ地位ニ復セシムルト規定シ其他多數ノ立法例ニ依レハ解除權ノ行使ハ法律行爲ヲシテ根本ヨリ消滅セシメ從テ物權上ノ效果ヲ生スルコトヲ認ムト雖モ若シ斯ノ如クナレハ假令旣成法典財產編第四百十條第二項ノ如ク公示ノ方法ヲ盡サシムルモ尚ホ第三者ハ往々損害ヲ蒙ルコトアルハ免レサル所ニシテ從テ取引ノ安全ヲ妨クルノミナラス解除ノ結果ヲ慮ルノ餘第三者ヲシテ其取得シタル物ヲ保護改良スルコトニ躊躇セシメ一般經濟上ノ利益ヲ害スルコト少シトセス故ニ本案ハ獨乙民法草案等ニ傚ヒ解除權ノ行使ハ單ニ人權上ノ效果ノミヲ生シ之ニ因リテ各當事者ハ其相手方ヲ原狀ニ囘復セシムル義務ヲ負擔フルニ止マリ第三者ハ之レカ爲メニ其權利ヲ害セラルルコトナキヲ認メ以テ取引ノ安全ヲ保チ經濟上ノ利益ニ適セシメタリ
各當事者カ其相手方ヲ原狀ニ囘復セシムルニ當リ物ノ果實ヲモ返還セサルヘカラサルコト固ヨリ疑ナシト雖モ返還スヘキ物カ金錢ナルトキハ單ニ元本ノミヲ返還スルニ止マルコトナシトセス之レ特ニ本條第二項ノ規定ヲ設ケタル所以ニシテ返還スヘキ金錢ニハ其受領ノ時ヨリ利息ヲ附セサルヘカラサルコトヲ明ニセリ又解除權ノ行使ハ損害賠償ノ請求ヲ妨ケサルコト殆ント疑ナシト雖モ多數ノ立法例ニ依レハ解除權ト賠償請求權トニ付キ其一ヲ撰擇セシムルモノナレハ或ハ解除權ノ行使ハ損害賠償ノ請求權ヲ除却スルモノナリトノ疑ヲ生セシムルニ因リ特ニ本條第三項ノ明文ヲ揭ケタリ其他物ノ保存費改良費等ノ賠償ニ關スル事項ハ占有權ニ關スル規定ニ依リ自ラ明白ナレハ此ニ之ヲ明示スル必要ナシトス
第五百四十五條
(理由)解除權ノ行使ハ前條ノ規定ニ因リ當事者相互ニ原狀囘復ノ義務ヲ負ハシムルモノニシテ此義務ハ恰モ雙務契約ニ於ケル當事者雙方ノ義務ノ如ク互ニ相對立スルモノナレハ其履行ニ關シテモ亦雙務契約ノ規定ニ從フヲ以テ至當トス然レトモ契約ニ本ツク義務ニ關スル規定ハ解除權ノ行使ニ因リテ生スル法律上ノ義務ニモ當然適用セラルヘキモノニアラサレハ本案ハ特ニ本條ノ規定ヲ設ケ雙務契約ニ關スル第五百三十二條ノ規定ハ之ヲ前條ノ場合ニ準用スヘキコトヲ明示セリ
第五百四十六條
(理由)本條及ヒ次條ハ解除權ノ消滅ニ關スル規定ニシテ就中本條ハ解除權ノ除却ニ關スルモノトス蓋シ解除權ヲ有スル者ノ相手方ハ極メテ不確定ノ狀况ニ在ルモノナレハ際限ナク解除權ヲ行使スルコトヲ許ストキハ只ニ相手方ニ不利益ナルノミナラス不確定ナル法律關係ヲシテ永ク存續セシムルハ立法上ニ於テモ亦經濟上ニ於テモ共ニ避クヘキコトアルニ因リ本案ハ解除權ノ行使ニ付キ期間ノ定ナキトキハ解除權ヲ有スル者ノ相手方ヲシテ相當ノ期間ヲ指定シ其期間内ニ解除權ヲ行使スルヤ否ヤヲ確答スヘキ旨ヲ催吿スルコトヲ得セシメ若シ此期間内ニ解除權ヲ有スル者カ之ヲ行使セサルトキハ期間ノ經過ニ因リテ解除權ハ當然消滅スルモノトシ不確定ナル法律關係ヲシテ適當ノ時期ニ落著セシメ立法ノ本旨ニ適セシムルモノトス而シテ本條ノ場合ニ於ケル期間ニ關シ旣成法典財產取得編第八十三條ハ賣主ノ解除期間ヲ八日トシ以太利民法ハ十五日トシ獨逸民法草案ハ四週間ト爲スカ如ク法律ニ依リテ一定ノ期間ヲ指定スル例少カラスト雖モ總テノ契約ニ通シテ斯ノ如ク期間ヲ限定スルハ頗ル不便ニシテ適當ノ結果ヲ收メ難キニ因リ本案ハ旣ニ追認ノ期間ニ關シテ採用シタル主義ニ從ヒ單ニ當事者ハ相當ノ期間ヲ指定スルコトヲ得トシ以テ實際ノ便宜ニ適セシメタリ
第五百四十七條
(理由)本條モ亦解除權ノ消滅ニ關スル規定ニシテ解除權ヲ有スル者カ之ヲ抛棄スル所爲例ヘハ契約ノ目的物ヲ他ニ讓渡シ或ハ之ニ第三者ノ權利ヲ設定スルカ如キコトヲ爲シ又ハ自己ノ過失ニ因リテ目的物ヲ返還スルコト能ハサルニ至リタルカ其他目的物ニ工作ヲ加ヘ或ハ之ヲ變造シテ原狀ニ回復スルコト能ハサルニ至ラシメタルトキハ解除權ノ消滅スヘキハ固ヨリ至當ノ事ニ屬シ若シ此等ノ場合ニ於テモ尚ホ解約スルコトヲ得セシムルトキハ其相手方ノ不利益ハ豫メ之ヲ推知スルニ足ル之レ本條第一項ノ規定ヲ設ケ前述ノ事情アル限ハ解除權ヲシテ當然消滅セシムル所以ナリ
本條第二項ハ目的物カ解除權ヲ有スル者ノ所爲又ハ過失ニ因ラスシテ滅失又ハ毀損シタル場合ニ於テ當事者ノ何レカ此損失ヲ負擔スヘキヤヲ規定スルモノニシテ本案ハ旣ニ第五百三十三條ニ於テ危險ノ負擔ニ關スル通則ヲ揭ケタレハ本項ノ場合ニ於テモ固ヨリ此主義ニ從ヒ解除權ヲ有スル者ノ相手方ハ右ノ損失ヲ負擔スヘク從テ解除權ハ消滅セサルモノトス而シテ特ニ本項ノ明文ヲ揭クル所以ハ必竟解除權ヲ有スル者カ目的物ヲ返還スルコト能ハサル位置ニ陷リタルモノナレハ或ハ本條第一項ノ規定ニ因リ解除權ハ當然消滅スルモノナリトノ疑ヲ生セシムル虞アレハナリ
第二節 贈與
(理由)本節ノ位置ニ關スル諸國ノ立法例及ヒ學者ノ見解ハ頗ル區々ニシテ佛國民法ハ羅馬法ニ傚フテ之ヲ所有權取得ノ部ニ揭載シ旣成法典其他佛國民法ニ摸倣シタル諸國ノ法典ハ總テ此編纂法ニ從フト雖モ墺太利、索遜、チューリヒ等ノ民法及ヒ獨逸民法草案ハ之ヲ債務編ニ編入シ殊ニ巴威里民法ノ主義ニ依レハ贈與ハ獨リ無償ニテ所有權ヲ與フルノミナラス勞役ヲ供シ、寄託ヲ受ケ若クハ事務管理ヲ爲ス如キ方法ニ依ルモ亦能ク贈與ヲ爲シ得ヘキモノナレハ民法ノ總則中ニ規定スルヲ以テ正當ナリトシ有力ナル數多ノ學者モ亦此見解ヲ有スルモノノ如シ然レトモ贈與ハ通常此ノ如キ廣漠タル意義ヲ有スルモノニ非ス寧ロ財產取得ノ方法ト認ムルノ妥當ナルニ如カスト雖モ贈與モ亦賣買、貸借等ノ如ク一種特別ノ法律行爲トシテ債務關係ヲ生セシムルモノナレハ本案ハ墺、索、獨等ノ編纂法ニ傚フテ之ヲ債權編ニ編入シ殊ニ贈與ノ規定ハ他ノ契約ノ規定ニ比シテ最モ簡單ナルニ因リ各種契約ノ前ニ揭クルモノトス
旣成法典ハ財產取得編第十四章ニ於テ贈與及ヒ遺贈ニ關スル規定ヲ合載スト雖モ本案ハ遺贈ノ規定ハ之ヲ相續編ニ讓リタレハ本節ニ於テハ單ニ贈與ノ規定ヲ揭クルノミニシテ主トシテ旣成法典同章總則及ヒ第二節ノ規定ニ依レリ而シテ旣成法典第十四章第二節ハ更ニ之ヲ二款ニ分チ第一款ヲ贈與ノ方式トシ第二款ヲ贈與ノ廢罷ト爲スト雖モ其第一款中ニモ方式ニ關セサル規定多ク又贈與ノ廢罷ハ契約ノ取消ニ關スル一般ノ規定ニ依リテ自ラ明白ナレハ旣成法典同章第二款ノ規定ハ總テ之ヲ删除セリ
贈與ノ規定ニ關スル諸國ノ立法例ハ一層區々タルニ拘ハラス本案ハ主トシテ旣成法典ノ規定ニ從フモノニシテ然モ亦修正删除セシ所少カラス而シテ修正ノ要點ハ之ヲ各本條ノ說明ニ讓リ左ニ删除ノ條項及ヒ其理由ヲ示サン
旣成法典財產取得編第三百五十條第一項ハ單ニ贈與ノ名目ヲ揭クルノミニシテ其第二項モ特ニ明文ヲ要セサルニ因リ總テ之ヲ删除シ又同第三百五十四條乃至第三百五十六條ハ贈與ノ能力ヲ規定スト雖モ本案ハ旣ニ總則編ニ於テ一般ニ能力ニ關スル規定ヲ揭ケタレハ贈與ニ關シテ特ニ能力ノ規定ヲ設クル必要ナキヲ以テ右數條ハ盡ク之ヲ删除セリ次ニ旣成法典同第三百五十九條ハ贈與ノ目的物ヲ現有財產ニ限リ未來ノ財產ヲ贈與スル契約ハ無效タルコトヲ認ムルモノニシテ未來ノ財產ハ輕忽ニ之ヲ贈與スルコト多ク殊ニ斯ノ如キ贈與ハ受贈者ヲシテ贈與者ノ死亡ヲ希ハシムル如キ弊害アルヲ以テ本條ヲ規定スル必要アリトシ諸國ニ於テモ亦此等ノ理由ニ本ツキ或ハ未來ノ財產ノ贈與ヲ無效トシ或ハ財產全體ヲ贈與スルコトヲ禁シ若クハ自己ノ生活ニ必要ナル物ハ之ヲ殘存スヘシト云フ如キ種々ノ規定ヲ設クト雖モ本案ハ此ノ如キ規定ノ必要ナシト認メ旣成法典第三百五十九條ハ全部之ヲ删除セリ何トナレハ個々ノ財產ヲ贈與スルコトハ假令未來ノ財產ナリトモ之ヲ禁スル理由ナク又旣成法典同條第二項ハ未來ノ財產ノ贈與ト雖モ或ル場合ニ於テハ有效ナルコトヲ認ムルモノナレハ本條ノ規定ハ主トシテ包括財產ノ贈與ニ適用セラルヘキ主旨ナリシカ如ク若シ果シテ然ラハ斯ノ如キ贈與ハ或ハ契約ノ目的カ不法ナルニ因リ又ハ公益ニ反スルニ因リ若クハ目的物カ不確定ナルニ因リテ無效ニ歸セシメラルルコト多ク特ニ旣成法典ノ如キ條文ヲ揭ケサルモ之レカ爲メニ別ニ弊害ヲ釀生スル虞ナキノミナラス更ニ進ミテ契約ノ目的カ果シテ不法ナラス又ハ公益ニ反セサル限ハ包括財產ノ贈與タリトモ之ヲ禁スル理由ナク其結果或ハ贈與者ニ豫想外ノ不利益ヲ生セシムルコトアリトスルモ法律ハ斯ノ如キ不注意ノ法律行爲ヲ爲シタル者ヲモ保護スル必要ナケレハナリ而シテ旣成法典第三百六十條モ亦同第三百五十九條ノ如ク現在ノ債務ニ限リテ受贈者ハ贈與者ノ債務ノ辨濟ヲ諾約スルコトヲ得トシ其未來ノ債務ニ關スル諾約ハ無效ナリト規定スト雖モ是レ亦此ノ如キ制限ヲ設クル必要ナク若シ後來ノ債務ハ總テ之ヲ引受クヘシト云フカ如キ諾約ハ契約ノ性質上又ハ公益上ノ理由ニ因リ自ラ無效ニ歸スヘシト雖モ其他ノ債務ハ假令未來ノモノタリトモ旣ニ定マリタルモノ又ハ定メ得ヘキモノナレハ當事者ノ隨意ニ放任シテ其引受ノ諾約ハ宜シク有效タラシムヘシ之レ本案カ旣成法典第三百六十條ノ規定ヲ删除セシ所以ナリ
次ニ旣成法典財產取得編第三百六十一條ハ受贈者ノ死亡ノ場合ニ於ケル贈與解除ノ條件ニ關スル規定ヲ設クト雖モ我國ニ於テハ贈與ニ斯ノ如キ條件ヲ附加スル風習ハ殆ント之ナキノミナラス此ノ如キ細密ナル事項ヲモ規定スル必要ナシト認メ本案ハ之ヲ删除シ併セテ旣成法典同第三百六十二條モ前條删除ノ結果トシテ共ニ之ヲ删レリ其他旣成法典同第三百六十六條及ヒ第三百六十七條ハ夫婦間ノ贈與ニ屬スルモノナレハ寧ロ親族編ニ規定スヘキ事項ナルニ因リ玆ニ之ヲ删除セリ
第五百四十八條
(理由)本條ハ贈與カ其效力ヲ生スル原因ヲ規定シ併セテ贈與ノ意義及ヒ其目的物ノ範圍ヲ明ナラシムルモノニシテ旣成法典財產取得編第三百四十九條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ即チ旣成法典ハ贈與ノ定義ヲ下シ自己ノ財產ヲ無償ニテ他人ニ移轉スル要式ノ合意ナリト解スト雖モ本案ハ斯ノ如キ定義ノ體裁ニ依ラスシテ然モ旣成法典ノ主義ニ依リ贈與ハ受贈者ノ受諾ニ因リテ始メテ其效力ヲ生スルモノトシ次ニ次條ニ於テ說明スル如ク贈與ノ成立ニハ通則トシテ特別ノ方式ヲ要セスト雖モ其目的物ノ範圍ハ旣成法典ノ如ク自己ノ財產ヲ無償ニテ相手方ニ與フルモノト爲セリ蓋シ贈與ノ範圍ニ付テハ債務ノ免除、權利ノ抛棄、事務管理、無償貸借、無償ノ勞役給付其他無償ニテ擔保ヲ貸與スル如キ法律行爲ヲ包含セシメ一々之ヲ規定スル立法例アリト雖モ此等ノ無償行爲ハ通常贈與ノ意義ニ當ラサルヲ以テ本案ハ寧ロ普通ノ意義ニ從ヒ贈與ハ自己ノ財產ヲ無償ニテ附與スル契約ナリトシ之ニ因リテ贈與ノ目的物ノ範圍ヲ贈與者ノ財產ニ限定セリ
第五百四十九條
(理由)本條ハ贈與ノ方式ニ關スル規定ニシテ旣成法典財產取得編第三百五十八條ヲ修正セリ抑モ贈與ハ一ノ無償行爲ナレハ贈與ヲ爲サントスル者ヲシテ輕忽ニ之ヲ行ハシメサル爲メ又後日ニ至リテ濫リニ其意思ヲ變更スルコト勿カラシムル爲メ贈與ノ成立ニ付キ特別ノ方式ヲ必要トスル立法例ハ極メテ多數ニシテ多クハ公證人ノ證明、裁判上ノ公證若クハ登記ヲ必要トシ又或國ニ於テハ不動產及ヒ一定ノ價格ヲ越ユル動產ノ贈與ハ特定ノ方式ヲ要スト云フ如キ區別ヲ爲セリ而シテ旣成法典モ亦公正證書ノ調製ヲ以テ贈與ノ成立條件ト爲スモノニシテ固ヨリ其理由ヲ有スト雖モ我國ニ於テハ人人未タ公證制度ニ慣レサレハ此ノ如キ手數ヲ要スルコトハ從來ノ慣習ニ反スルハ勿論之ニ依リテ贈與者ノ熟慮ヲ促サントスル如キハ我國ニ於テ殆ント其效ナカルヘキニ因リ本案ハ通則トシテ贈與ノ成立ニハ特別ノ方式ヲ要セサル主義ヲ採用セリ然レトモ後日ノ爭訟ヲ豫防シ法律行爲ヲ確實ナラシメ併セテ幾分カ贈與者ノ熟慮ヲ促スニハ書面ニ依リテ贈與ヲ爲サシムルコト固ヨリ立法上至當ノ方法タルニ因リ本條ニ於テ贈與ハ書面ニ依リテ之ヲ爲スニ非サレハ各當事者之ヲ取消スコトヲ得トシ以テ實際ノ便宜ニ適セシムルト同時ニ法律關係ノ安固ナルコトヲ欲スル當事者ヲシテ自ラ證書ヲ調製セシムル道ヲ開ケリ然レトモ假令書面ニ依リテ贈與ヲ爲ササルモ旣ニ其一部ヲ履行シ了リタルトキハ此部分マテ取消スコトヲ得セシムヘキ理由ナキヲ以テ本案ハ即チ履行ノ完了セサル部分ニ付テノミ取消スコトヲ許ス旨ヲ明カニセリ
以上說明スル如ク本案ハ贈與ニ付キ特別ノ方式ヲ要セサルヲ以テ通則ト爲スモノナレハ旣成法典ノ如ク特ニ慣習ノ贈物及ヒ單一ノ手渡ニ成ル贈與ノミ方式ヲ要セサル旨ヲ規定スル必要ナク從テ同第三百五十八條第二項ノ規定ハ之ヲ删除シ其他同條第一項ニ於テ贈與ノ原因及ヒ普通ノ合意ノ成立條件ニ關シ特ニ明文ヲ揭クト雖モ其必要ナキニ因リ總テ之ヲ删除セリ
第五百五十條
(理由)本條ハ贈與者ノ擔保ノ責任ニ關スル規定ニシテ旣成法典財產取得編第三百五十一條ニ聊カ修正ヲ加ヘタリ蓋シ贈與ハ無償行爲ナルヲ以テ多數ノ立法例ハ贈與者ノ責任ヲ輕減シ贈與者ハ重大ナル過失アルニ非サレハ擔保ノ責ニ任セスト云フ如キ規定ヲ設クト雖モ贈與ハ常ニ單純ナル恩惠ノミニ本ツクモノニ非サレハ贈與者ノ責任ハ必スシモ之ヲ輕易ニセサヘカラサル理由ナシトス故ニ本案ハ固ヨリ此ノ如キ立法主義ヲ採用スルニ非スト雖モ當事者ノ通常ノ意思ヲ斟酌スルトキハ旣成法典ノ主義ハ正ニ其當ヲ得タルモノト認ムルニ因リ本條ニ於テ贈與者ハ贈與ノ目的タル物又ハ權利ノ瑕疵又ハ欠缼ニ付キ其責ニ任セストシ贈與物ノ妨碍及ヒ追奪ニ對シテ擔保ノ責ニ任セサルハ勿論一般ニ瑕疵擔保ノ責ニ任セサルヲ以テ通則ト爲セリ然レトモ旣成法典ハ右通則ニ對スル例外トシテ妨碍及ヒ追奪カ贈與以後ニ係ル贈與者ノ所爲ニ本ツク場合ヲ規定スト雖モ之レ固ヨリ特ニ明文ヲ要セサルノミナラス字句ニ拘泥シテ此例外ヲ解スルトキハ贈與者ハ物又ハ權利ニ瑕疵又ハ欠缺アルコトヲ知リテ贈與ヲ爲シ之カ爲メニ受贈者ハ妨碍又ハ追奪セラルルモ贈與者ハ尚ホ其責ニ任セサルカノ疑ヒヲ惹起シ却テ贈與ノ本旨ニ反スル結果ヲ生セシムルニ因リ本案ハ贈與者カ瑕疵又ハ欠缺アルコトヲ知リテ之ヲ受贈者ニ吿ケサリシトキハ宜シク其責ニ任スヘシトシ之ヲ以テ本條ノ例外ト爲セリ
本條第二項モ第一項ノ通則ニ對スル一變例ニシテ旣成法典ニ其例ナシト雖モ受贈者カ贈與ヲ受クル爲メニ或負擔ヲ引受ケタル場合ニ於テハ此點ニ關シ恰モ雙務契約ヲ取結ヒタルカ如ク贈與者ニ於テモ通常ノ贈與ノ如ク無責任タルコトヲ得サルハ當然ノ理トス然レトモ旣ニ第一項ノ通則ニ依リテ贈與者ニ擔保ノ責ナキコトヲ認ムル以上ハ本項ノ如キ特別ノ場合ニ於テモ贈與者ノ擔保ノ責任ハ受贈者カ引受ケタル負擔ノ限度ヲ越ユヘカラサルハ至當ノ事ニシテ本項ノ規定ハ能ク第一項ノ通則ノ趣旨ニ適シ之ニ依リテ旣成法典ノ缼點ヲ補フモノト云フヘシ
第五百五十一條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ其例ナシト雖モ實際上頗ル必要ナルニ因リ新ニ之ヲ加ヘタリ即チ公益ノ爲メ或ハ親戚故舊ノ爲メ定期ニ資金扶助料等ヲ贈與スルコトヲ約シ然モ其終期ヲ定メサルコトアルハ往々見ル所ニシテ斯ノ如キ場合ニ於テ本條ノ明文ナキトキハ一旦贈與ニ因リテ發生シタル權利義務ハ贈與者ノ眞意ニ反シテ當事者ノ相續人ニ移轉シ頗ル不當ノ結果ヲ生スルコトナシトセス之レ法律ハ豫メ斯ノ如キ場合ニ處スル規定ヲ設クル必要アル所以ニシテ當事者カ別ニ終期ヲ定メサルトキハ其通常ノ意思ハ各自ノ終身ヲ限リテ贈與ヲ爲シ又之ヲ受ケタルモノト認ムヘキニ因リ本案ハ定期ノ給付ヲ目的トスル贈與ハ通則トシテ當事者一方ノ死亡ニ因リ其效力ヲ失フモノト爲セリ
第五百五十二條
(理由)負擔附贈與ハ受贈者ニ或義務ヲ負ハシムルモノナレハ贈與タルト同時ニ此點ニ於テハ恰モ雙務契約ノ如キモノナレハ契約ノ履行解除等ニ付キ雙務契約ニ關スル規定ニ從フヲ以テ至當トス旣成法典財產取得編第三百六十三條ハ即チ此趣旨ニ本ツキ贈與者ハ其要約シタル條件ノ不履行ニ本ツキ贈與ヲ廢罷シ得ルコトヲ認ムルモノニシテ本案ハ只其字句ヲ修正シ且同條前段ノ規定ハ不必要ナルニ因リ之ヲ删除シタルノミ
第五百五十三條
(理由)本案第五百四十八條ノ規定ハ生存者間ニ於ケル贈與ノ外贈與者ノ死亡ニ因リテ效力ヲ生スヘキ贈與ヲモ包含スト雖モ此種ノ贈與ニ關スル規定ハ種々ノ點ニ於テ生存者間ニ於ケル贈與ニ關スルモノト異ニシテ寧ロ遺言ニ依ル贈與ト同一ノ規定ニ從フヘキニ因リ特ニ本條ノ明文ヲ以テ遺贈ニ關スル規定ニ從フヘキ旨ヲ明カニセリ
第三節 賣買
(理由)本節ノ規定ハ旣成民法財產取得編第三章及ヒ商法第一編第九章第一節ノ規定ニ該當ス旣成法典ニハ財產取得編ナルモノヲ設ケテ諸種ノ取得方法ヲ規定シ其中ニ賣買ヲモ入ルルモ本案ハ之ニ對スル特別ノ一編ヲ設ケサルヲ以テ賣買ノ如キモ亦自ラ本案何レノ編ニカ之ヲ規定セサルヘカラス賣買ニシテ若シ其當然ノ結果トシテ常ニ直チニ物ノ所有權ヲ買主ニ移轉シ他ニ當事者雙方ニ何等ノ義務ヲモ生セサルモノトセハ之ヲ物權移轉ノ一方法トシテ或ハ物權編ニ規定スルヲ可トスレトモ余輩ノ信スル所ニヨレハ賣買モ亦一ノ契約ニシテ之カ取結ニ因リテ賣主ニハ必ス一旦權利ヲ移轉スルノ義務ヲ生シ目的物ノ特定セル場合ニ於テハ其義務ハ直チニ履行セラレテ權利ハ買主ニ移轉スルモノナリ今假ニ一步ヲ讓リテ物ノ所有權ハ直チニ買主ニ移リ賣主ニハ何等ノ義務ヲモ生セストスルモ買主ニハ常ニ代價ヲ支拂フヘキ義務ヲ生スルカ故ニ賣買ハ義務ヲ生スル法律行爲トシテ之ヲ債權編ニ置クヲ可トス單ニ特定物ノ賣買ノミニ就テ之ヲ言フモ尚且此ノ如クナルニ不特定物ニ關シテハ如何ナル學說ニ據ルモ賣主ニ權利ヲ移轉スルノ義務ヲ生スルモノナリ況ンヤ特定不特定ノ場合ヲ問ハス賣主ハ常ニ其讓渡シタル權利ノ追奪擔保ノ責ニ任スルモノニシテ往々之ヲ追奪擔保ノ義務ト稱シテ賣主ノ獨立ノ義務ニ算入スル者アルニ於テヲヤ是レ本案ニ於テ賣買ヲ債權編ニ規定スル所以ナリ
旣成法典財產取得編第三章ハ之ヲ四節ニ分チ其第四節ニ不分物ノ競賣ヲ規定スレトモ本案ハ旣ニ物權編中共有ノ規定ニ於テ之ニ關スル條文ヲ設ケタルヲ以テ今再ヒ玆ニ言フノ要ナシ又商法第一編第九章ハ之ヲ四節ニ分チ其第二節ニ供給契約第三節ニ競賣第四節ニ取戾權ノ規定ヲ爲セリ此ノ如キ規定ハ專ラ商事ニ關スルモノナルヲ以テ本案ニ於テモ亦之ヲ商法ニ讓ルノ主義ヲ採リ玆ニハ單ニ其第一節賣買契約ト言ヘル商事ニ特別ノモノニアラサル規定ノミヲ採リテ本節ヲ起草スルノ資ニ供シタリ本節ハ之ヲ三款ニ分チ第一款總則第二款賣買ノ效力第三款買戾トス
第一款 總則
(理由)本款ニハ賣買ノ成立、賣買ノ豫約、手附等ニ關スル規定ヲ爲シ恰モ旣成法典財產取得編第三章第一節ノ規定ニ相當スルモノトス今旣成法典中ヨリ削除シタル條文ヲ揭クレハ左ノ如シ
一、代價ニ關スルモノ、民法財產取得編第三十三條及ヒ商法第五百四十一條第一項ハ代價ニ關シテ稍詳細ナル規定ヲ爲セリ其例ハ外國ニモ多キ所ナレトモ往々言フヲ待タサル事柄ニシテ又或モノハ全ク本案ノ主義ニ反スルヲ以テ全ク之ヲ削除シタリ卽チ財產取得編第三十三條第一項及ヒ第二項ハ代價ノ定メ方ニ關シテ明言スレトモ此明言ナキモ自ラ此ノ如クナルヘキヲ以テ之ヲ削リ同第三項ニハ錯誤ニ出タルカ又ハ公平ニ反スル評價ニハ異議ヲ爲スコトヲ得ト言ヘルモ目的物ニ關スル錯誤ハ意思表示ノ規定ニ因リテ當然無效トナリ其他ノ錯誤及ヒ不公平ハ之ヲ理由トシテ異議ヲ唱フルヲ許ササルヲ可トスルカ故ニ之ヲ削リシナリ同第四項ノ共謀ノ詐欺アルトキハ其行爲ヲ取消スヲ得トセルハ言フヲ待タサル所ニシテ同第五項ノ然レトモ云々ノ規定ハ我國ニ適用ノ極メテ少ナキ規定ナルヲ以テ合セテ之ヲ削除シタリ又商法第五百四十一條第一項ノ規定ハ明文ヲ要セサルカ或ハ之ヲ要スルトセハ商法中ニ入ルヘキモノト信シテ玆ニ揭ケス
二、無能力ニ關スルモノ、取得編第三章第一節第二款ハ賣渡又ハ買受ノ無能力ト題シテ數條ノ規定ヲ設ケタレトモ本案ニ於テハ能力ノ事ハ旣ニ總則ニ規定スル所ナルヲ以テ今再ヒ玆ニ言フノ要ナキナリ旣成法典ニ於テ賣買ノ無能力者トセル者三アリ第一配偶者第二管理人第三法律ニ關スル職務ヲ執ル者是レナリ然レトモ特ニ賣買ニ限リテ配偶者間ニ之ヲ爲スヲ禁スヘキノ理由ナク又若シ之ニ關シテ何等ノ條文ヲカ要スルモノトセハ親族編ノ規定ニ讓リテ可ナリ管理人ニ關シテハ本案總則第百九條ノ規定ヲ以テ足レリトシ又判檢事辯護士公證人等ノ無能力ニ關シテハ裁判所構成法辯護士規則公證人規則等ニ讓リテ民法ヨリ除去スルヲ可トス此レ本節ニ於テ旣成法典ノ無能力ニ關スル規定ヲ總テ削除シタル所以ナリ
三、賣渡スコトヲ得サル物ニ關スルモノ、旣成法典ハ之レカ爲メニ三條ヨリ成レル特別ノ一款ヲ設ケタレトモ其第四十二條及ヒ第四十三條ノ事項ハ寧ロ賣買ノ效力ノ下ニ之ヲ規定スルヲ可トシ第四十一條ハ言フヲ要セサルコトナルカ故ニ從テ特ニ第三款ヲ設クルノ要ナキニ至リシヲ以テ之ヲ削除セリ蓋シ右第四十一條第一項ニハ一般ノ不融通物又ハ特別ニ處分ヲ禁シタル物ノ賣買ハ無效ナリト言ヒ草案ニ之ヲ置キシ理由ヲ說明スルト雖モ未タ以テ十分ノ理由トスルニ足ラス其第二項及ヒ第三項ノ如キハ總則ノ規定ニヨリ自ラ明カニシテ賣買ノ場合ニ再言スルノ要ナキモノナリ
以上ハ民法中ニアリテ削除シタル條文ナリ次ニ商法ニ關スルモノヲ擧ケン
商法第五百二十五條ニハ契約取結ノ時現ニ存在スル物ニ非レハ賣買契約ノ目的物タルコトヲ得スト言ヘトモ後ニ於ケル供給契約ノ規定及ヒ其他ノ條文ニ於テ將來物ノ賣買ヲ明許シオレリ故ニ玆ニ同條ノ如キ原則ヲ設クルトキハ却テ世人ノ誤謬ヲ惹起スルノ虞アラン同條ニ賣主ニ處分權ヲ屬セサル物ハ賣買ノ目的物タルヲ得スト言ヘリ其意ニシテ處分權ノ屬セサル物ヲ賣却スルハ公安ニ反スルトノ理由ニ基クモノトセハ旣ニ總則ノ規定ニヨリテ自ラ明ラカナリ又若シ同條ノ意ニシテ賣主ハ自己ニ所有權ノ屬セサル物ヲ賣渡スヲ得ストノ事ナリトセハ其ハ全ク本案ノ主義ニ反スルモノニシテ何レニスルモ同條ハ之レヲ削除スヘキモノトス
同第五百二十七條ハ言フヲ待タサルモノナルヲ以テ之レヲ削除ス
同第五百三十條ハ取得若シクハ讓渡ヲ禁セラレタル物ノ賣買契約ハ無效ナリト言ヘリ當然ノ事ニシテ言フヲ待タス又初ヨリ履行ノ意思ナクシテ取結ヒタル賣買契約ハ無效ナリト言ヘリ初メヨリ全ク意思ナキ場合ニハ契約ノ要素ヲ缼クニ因リ明文ヲ待タスシテ其無效タルコト明ラカニ又其眞意ニ非サルコトヲ知リテ或意思ヲ表示シタル場合ニハ其表示セラレタル意志ヲ法律上效力アルモノトスルハ本案ノ精神ナルヲ以テ何レニスルモ右ノ條文ハ削除セラルヘキモノナリ
同第五百三十三條ハ法律ノ明文ヲ要セサルコトトス又若シ之ヲ要スルモノトセハ宜シク商法中ニ入ルヘキモノト信シテ玆ニ之ヲ揭ケス
同第五百三十七條ハ或送附ヲ提供ト見做スヘキ場合ヲ規定セルモ本案ニ於テ之ヲ削除シタリ如何ナル送付アレハ以テ送付者ヲ覊束スル提供ト爲スヘキカハ到底判官ノ認定ニ一任スルノ外無ク若シ又同條ニシテ或事實ヲ明カニ提供ト認メタル上ノ規定ナリトセハ特別ノ明言ヲ要セスシテ契約ノ總則ニ依テ明カナレハナリ
第五百五十四條
(理由)本條ハ暗ニ賣買ノ定義ヲ示シ合セテ其成立ノ時期ヲ明ラカニシタルモノナリ旣成法典財產取得編第二十四條ノ定義ト左ノ四點ニ於テ異ナレリ
一、同條ニハ賣買ハ物ノ所有權又ハ其支分權ヲ移轉スルモノナリト言ヒテ債權ノ移轉ヲモ此中ニ入ルルノ精神ナリ其理由トスル所ハ債權モ亦一ノ財產ニシテ債權ノ上ニ所有權アリト言フヲ得ルヲ以テ單ニ所有權ト稱スルトキハ其中ニ一切ノ所有權ヲ包含スヘシト言フニアレトモ若シ此ノ如ク言フトキハ財產ハ總テ所有權ナリト言フヘキニ至リ殊更ニ之ヲ分チテ物權人權ト爲シタルノ主意ニモ反スルヲ以テ余輩ハ其說ニ贊同スルヲ得ス寧ロ本案ノ如ク汎ク或權利ト稱シテ其中ニ債權ヲモ含マシムルヲ可トス
二、同條ニハ權利ヲ移轉シ又ハ移轉スル義務ヲ負擔スト言ヘリ特定物ノ場合ニハ目的タル權利カ賣買ニ因リテ直チニ買主ニ移轉シ不特定物ノ場合ニハ物ノ引渡ニ因リテ移轉スルノ原則ヲ示サンカ爲メニ此ノ如キ書キ分ケヲ爲シタルモノナルヘシト雖モ本案ノ如ク權利ヲ移轉スルコトヲ約スト言フトキハ簡ニシテ且即時ニ權利ヲ移轉スル場合ト後ニ之ヲ移轉スル場合トヲ包含スルヲ以テ寧ロ此ノ如ク改ムルヲ可トス
三、同條ニハ他ノ一方又ハ第三者カ代金ヲ辨濟スト言ヘリ買主ノ代理トシテ他人カ代金ヲ支拂フヲ得ルハ一般代理ノ規定ニ因リテ明ラカナル所ナリ之ヲ記載スルトキハ或ハ却テ契約ニ無關係ナル第三者カ代金ヲ支拂フヘキコトアリヤノ疑ヲ招クヘキヲ以テ寧ロ之ヲ削除スルヲ可トス
四、同條ニ定マリタル代金ヲ辨濟スト言ヘリ單ニ代金ヲ支拂フト言ヘハ足レリ旣成法典ノ如クスルトキハ世人ヲシテ或ハ代金ハ豫メ一定シオクヘキモノナリヤノ疑ヲ起サシム
同條第二項ハ言フヲ待タス又同第二十五條第一項ノ規定ハ本案ノ同意スル所ナルモ特ニ此ノ如ク明揭スルヲ要セス同第二項モ當然明ラカナル所ナルヲ以テ何レモ之ヲ削除セリ
第五百五十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第二十六條乃至第二十八條第三十一條第三十二條及ヒ同財產編第四百十五條ノ規定ヲ改正シタルモノナリ旣成法典ニ於テハ賣買ノ豫約ヲ分チテ相互ノ豫約及ヒ一方ノ豫約トシ共ニ作爲ノ義務ヲ生スル一種特別ノ契約ナリトスレトモ賣買ノ相互ノ豫約ハ畢竟期限若クハ條件附ノ賣買ニ等シク若シ又眞ニ賣買ノ相互ノ豫約ナリトスレハ特ニ奇ヲ好ム者ニ非サルヨリハ殆ント何人モ斯ル契約ヲ爲ササルヘキヲ以テ本案ニ於テハ此等ハ總テ意志ノ解釋ニ一任シテ明文ニ規定セサルコトトセリ一方ノ豫約ニ至リテハ往々實際ニ生スルモノニシテ豫メ法律ノ規定ヲ要スルヲ以テ旣成法典ト等シク之ヲ明文ニ揭ク其相異ナル所ハ旣成法典ニアリテハ豫約ノ後ニ更ニ賣買ヲ取結ハサルトキハ賣買ノ效力ヲ生セサルモノトセルヲ本案ニ於テハ之ヲ改メ賣買ノ一方ノ豫約ハ相手方カ賣買ヲ完結スル意志ヲ表示シタル時ヨリ賣買ノ效力ヲ生ストシタルニ在リ此改正ヲ爲シタル所以ハ蓋シ成ヘク速カニ賣買ヲ完結セシムルハ現今ノ時勢ニ適スルモノナルニ豫約ノアリシ後更ニ之カ履行トシテ賣買ヲ取結ヒ然ル後初メテ賣買ノ效力ヲ生ストスルカ如キハ頗ル迂ニ失スルノミナラス假令法律ニ明文ヲ揭クルモ實際ニ頗ル行ハレ難キモノナルヲ以テナリ
民法財產取得編第三十一條ハ試驗又ハ試味ニテ爲ス賣買ハ買主ノ適意ノ條件附ニテ之ヲ爲シタルモノト看做ストシ商法第五百三十二條ハ點檢又ハ甞試ノ上ニテ爲ス賣買契約ハ買主カ其物ヲ承諾セハトノ條件ヲ以テ之ヲ取結ヒタリト看做ストシタル上尚進ンテ引渡ノ有無ニヨリテ條件ノ成就ニ關スル推定ヲ爲セトモ此ノ如キ事項ハ總テ慣習ニ委シ慣習ナキトキハ各場合ノ情況ニ從ヒ意志ノ解釋ニ因リテ一々判定スルヲ可トシテ之ヲ削除セリ而シテ其名稱ノ如キモ亦汎ク賣買ノ一方ノ豫約ナル語ヲ採リ旣成法典ニ稱スル試驗試味ノ賣買點檢又ハ甞試ニヨル賣買ノ外尚一切ノ賣買ノ豫約ヲ包含セシムルコトトセリ
期間ニ關シテハ民法ハ短キ期間ト言ヒ商法ハ契約若クハ商慣習ニ因リテ定マリタルカ又ハ點檢若クハ甞試ノ爲メ必要ナル期間ト言ヘトモ寧ロ相當ノ期間トスルノ簡ナルニ如カス尚期間ハ或ハ之ヲ裁判所ニ於テ定ムヘシトスルノ說モアレトモ當事者間ノ事ハ成ヘク當事者ノ自由ニ之ヲ定ムルコトヲ得セシムルヲ可トスルニ依リ本案ハ旣成法典ト等シク自由採擇ノ放任主義ヲ採リタリ
第五百五十六條
(理由)旣成法典財產取得編第二十九條ニ賣買ノ豫約ノアリタル場合ニハ豫約者ノ何レモ本條ニ規定セルカ如キ解除權ヲ有スルモノトシ同第三十條ニ即時賣買ノ場合ニハ唯手附ヲ與ヘタル者ノミ解約ヲ爲スヲ得ルコトトシ尚之ヲ制限シテ買主ノ與ヘタル手附カ金錢ナルトキハ別段ノ定アル場合ノ外ハ何人モ解約ヲ爲スコトヲ得サルモノトセリ本案ニ於テハ之ヲ改メ解除權ヲ賣買契約ノ場合ニ限リテ豫約ノ場合ニ及ホサス而シテ賣買契約ノ場合ニハ當事者雙方トモニ解除權ヲ有スルコト尚旣成法典第二十九條ニ於ケルカ如クス此レ我國ニ於テ古來ヨリ一般ニ行ハレタル慣習ニ據リシモノナリ又旣成法典ニ於テハ契約ノ全部又ハ一分ノ履行アリタルトキハ解約ヲ爲スコトヲ得ストセルヲ改メテ契約ノ履行ニ着手スルマテハ契約ヲ解除スルコトヲ得トシタリ
第五百五十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第三十四條ト全ク同一ノモノナリ
第五百五十八條
(理由)本節第一款ニ規定セル手附ニ關スル條文又ハ其第二款ニ規定セル追奪若クハ瑕疵ノ擔保ニ關スル條文ハ決シテ賣買ニ限リテノミ適用セラルヘキモノニアラスシテ廣ク一般ノ契約ニ通用スルモノナリ故ニ墺國民法ノ如キハ契約ノ總則ニ擔保ニ關スル規定ヲ置キ我旣成法典モ一部ハ之レト同一ノ主義ニ據レリ手附ニ至リテモ亦之ヲ契約ノ總則中ニ置クモノ多シ墺西伊等ノ諸國是レナリ然レトモ此ノ如キ規定ヲ悉ク總則中ニ入ルヽトキハ總則ノ規定碎屑ニ渉リ却テ不便ヲ感スルニ至ルヘク且此等ノモノハ賣買ニ於テ尤モ多ク其適用ヲ見ルノ規定ナルヲ以テ寧ロ賣買ノ節ニ詳細ニ記載シテ之ヲ他ニ準用スルヲ便ナリトナシ唯其特別契約ノ性質カ此準用ヲ許ササルトキニ限リ不得己他ノ規定ヲ通用スルモノトスヘキナリ
第二欵 賣買ノ效力
(理由)本欵ニ於テハ追奪及ヒ瑕疵ノ擔保竝ニ代金ニ關スル義務ヲ規定シ恰モ旣成法典財產取得編第三章第二節ニ相當ス然レトモ其中ヨリ削除シタル條文尠ナカラス今左ニ商法ノ規定中ヨリ削除シタル條文ヲ併セ之ヲ列叙セン
旣成法典財產取得編第三章第二節第一款ハ所有權ノ移轉及ヒ危險ト題シテ二ヶ條ヲ設ケタレトモ唯所有權ノ移轉及ヒ危險ニ關シテハ財產編ノ規定ヲ適用スト言フニ過キサルヲ以テ同款ハ總テ之ヲ削除セリ又商法第五百三十一條第一項ノ所有權ノ移轉及ヒ危險ニ關スル主義ハ本案ノ主義ト異ニシテ其第二項ハ當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ同條モ亦之ヲ削除シタリ
旣成法典財產取得編ニハ賣主ノ義務ト題シ之ヲ列擧シテ移轉ノ義務引渡ノ義務保存ノ義務及ヒ擔保ノ義務トスレトモ保存ノ義務ニ關スル條文ハ殆ト無キニ等シク又引渡ノ義務ト稱スルモノノ大半ハ擔保ノ義務ニ關スル規定ナルヲ以テ特ニ此ノ如キ義務ノ列擧ヲ爲スノ要ナキナリ是レ旣成法典第二款賣主ノ義務ト稱スル表題竝ニ其義務ヲ列擧セル第四十六條ヲ削除シタル所以ナリ尚之ニ牽連シテ削除シタル條文ヲ擧クレハ取得編第四十七條第一項及ヒ第二項ノ引渡ノ時期及ヒ場所等ニ關スルモノ第三項ノ留置權ニ關スルモノハ本案ノ債權及ヒ契約ノ總則竝ニ留置權等ノ規定ニ依リテ明ラカニ第三項ノ破產若クハ無資力ニ關スルモノハ破產法ノ規定ニ讓ルヘキヲ以テ同條ハ悉ク之ヲ削リ同第五十五條ハ當然言フヲ待タサル所ナルヲ以テ之ヲ削リ又商法第五百三十六條及ヒ第五百三十八條ノ如キモ亦債權及ヒ契約ノ總則ヲ適用スレハ足レリトシテ之ヲ削除シタリ
第五百五十九條
(理由)他人ノ權利ヲ賣買ノ目的ト爲スコトニ關シテハ諸國ノ法律其例ヲ異ニシ學者ノ間ニ於テモ亦頗ル議論アル所ナリ昔時ノ羅馬法及ヒ歐洲諸國ノ法律ニ於テハ之ヲ許シタリシモ後ニ至リテ明文ヲ以テ之ヲ禁スルノ法律ヲ生シタリ其理由トスル所ハ特定物ヲ賣買スルノ契約ヲ爲ストキハ契約ヲ爲スト同時ニ物ノ所有權ヲ移轉スルモノナルニ若シ其物ニシテ他人ノ所有物ナリセハ賣買ニ因リテ到底之カ所有權ヲ移轉若クハ取得スルヲ得ス即チ其賣買ハ不能ノ契約タルカ故ニ無效ナリト言フニアリ時トシテハ不法ノ行爲ナリトシテ之ヲ無效トスルノ說ナキニアラサルモ此ハ少數ノ意見ニシテ別ニ勢力ナキカ如シ又或ハ解シテ法律ニ無效ナリト言フモ眞ニ無效ナルニアラスシテ唯鎖除若クハ解除シ得ヘキモノナリト言フノ說モアレトモ條文ノ曲解ニ近キヲ以テ此兩說ニ關スル評論ハ暫ラク措キ玆ニハ主トシテ有力多數ナル彼ノ不能說ニ對シテ論評スル所アラン論者ハ曰ヘリ他人ノ物ノ所有權ヲ隨意ニ移轉スルヲ得サルカ故ニ之カ賣買ハ不能ノ事ヲ約スルモノニシテ無效ナリト蓋シ其論據トスル所ハ特定物ノ賣買ニハ必ラス直チニ之カ所有權ノ移轉ヲ要ストスルニアリ其誤謬ノ基ク所モ亦實ニ玆ニアリトス特定物ノ賣買ニハ契約ト同時ニ之カ所有權ヲ移轉スルコト通常ナルモ別段ノ定メニヨリテ所有權ノ移轉ヲ延ハスコトヲ得且之ヲ延ハスハ往々實際ニ見ル所ニシテ何國ニ於テモ未タ明文ヲ以テ此契約ノ自由ヲ制限シタルモノナシ旣成民法草案者ノ此契約ヲ以テ所有權ヲ制限スルモノトシ從テ公益ニ反スルモノナリト言ヘルハ所有權ノ制限ト所有權移轉ノ義務ヲ負擔セルノ事實トヲ混同シタルモノナラン特定物ノ賣買ハ直チニ其所有權ヲ移轉スト規定セル法律ノ下ニアリテモ尚其移轉ノ延期ヲ約スルヲ得ルニ况ンヤ本案ノ如キハ賣買ハ總テ一方カ權利ヲ移轉スルコトヲ約シ相手方カ代金ヲ支拂フコトヲ約スルニ因リテ其效力ヲ生ストシタルニ於テオヤ又不特定物ニ至リテハ賣主ノ權内ニ無キモノ極メテ多ク或ハ他人ノ手ニアリ或ハ未タ存在セサルモノアリ而シテ之ヲ賣買讓與スルヲ得ルハ何人モ之ヲ認ムル所ナルニ獨リ特定物ニ至リテハ之ヲ疑フ者アルハ却テ怪訝ニ堪ヘサルナリ唯賣主タルモノハ必ス一旦其權利ヲ取得シテ更ニ之ヲ買主ニ移轉スヘキナリ是レ本條ノ規定ノ出ツル所以ニシテ又假令明文ヲ以テ他人ノ物ノ賣買ヲ禁スル國ニアリテモ單ニ之ヲ賣買ト認メサルノミニシテ當事者ノ意志ヲ解シテ本條ノ如キモノトシ其契約ヲ有效ト認ムル者多ク旣成法典ニ於テモ尚取得編第四十二條第二項第五十六條第六十條第六十二條及ヒ第六十三條ノ規定ニ於テ他人ノ物ノ賣買ヲ有效ト認ムル規定ヲ設クルヲ以テ寧ロ初メヨリ明ラカニ之ヲ法文ニ示シテ汎ク賣買ノ效力ヲ認ムルニ如カサルナリ外國法律中ニアリテ明文ヲ以テ他人ノ物ノ賣買ヲ禁スルモノハ佛國民法及ヒ之ニ模倣シタル蘭伊西等ノ民法ニシテ又本案ト同一ノ主義ヲ採レルモノヲ白國民法草案トス英法及ヒ獨逸民法草案ハ蓋シ本案ニ近キモノナリ
第五百六十條
(理由)本條ハ賣主ノ負擔セル追奪擔保ノ義務ヲ規定スルモノニシテ旣成法典財產取得編第五十六條乃至第五十八條及ヒ同財產編第三百九十五條ニ該當ス旣成法典ニ於テハ他人ノ物ノ賣買ヲ無效トセルニ因リ其當然ノ結果トシテ買主ハ代金ヲ辨濟スルニ及ハス旣ニ辨濟シタルモノハ之ヲ取戾スコトヲ得ルモ本案ニ於テハ他人ノ物ノ賣買ヲ有效トセルヲ以テ特ニ追奪擔保ニ關スル明文ヲ設ケテ賣主ノ不履行ノ場合ニ於ケル買主ノ保護ヲ爲ササルヘカラス旣ニ契約ノ總則第五百三十九條ニ於テ當事者一方ノ不履行ノ場合ニ於ケル相手方ノ權利ヲ規定シアレトモ本條ノ如キ場合ニ於テ其規定ヲ墨守シ買主ヲシテ相當ノ期間ヲ定メテ履行ノ催吿ヲ爲サシメ履行ナキニ至リテ初メテ契約ノ解除ヲ爲シ得ルモノトスルハ迂ニ失シテ買主ヲ保護スルニ足ラサルカ故ニ特ニ本條ヲ設ケ此場合ニハ買主ハ直チニ契約ヲ解除シ得ルモノトセリ而シテ本案第五百四十三條第三項ニ於テ何人モ解除權ノ行使ト共ニ損害賠償ノ請求ヲ爲スコトヲ得ルモノトセルニヨリ之カ適用トシテ買主モ亦解除權ト共ニ損害要償權ヲ行使シ得ルモノトス唯契約ノ當時其權利ノ賣主ニ屬セサルコトヲ知リタル者ニアリテハ幾分カ賣主ノ不履行ヲ豫期スルモノトシテ之ニハ損害要償ノ權ヲ與ヘサルヲ可トシ本條ニ但書ヲ加ヘタルナリ
旣成法典ニハ買主ノ善意惡意ノ區別ノ外尚賣主ノ善意惡意ヲ區別シテ其細則ヲ定メ且買受物ノ價格ノ增減セル場合竝ニ代金利息等ニ關シテ細密ノ規定ヲ爲セリ外國ノ立法例亦此ノ如キモノ多シト雖モ本案ニ於テハ此カル事ハ成ヘク之ヲ賠償及ヒ解除ニ關スル總則ノ適用ニ讓リ本款ニハ唯不得已場合ノ區別ノミヲ爲シタリ又旣成法典財產編第三百九十五條ニハ訴訟ニ參加シテ買主ヲ保護スルコトニ關スル規定ヲ爲セリト雖モ本案ニ於テハ訴訟ニ關スル事ハ總テ之ヲ訴訟法ニ讓ルコトトシ連帶保證等ニ關シテ之ヲ省キタル如ク玆ニモ亦之ヲ省ケリ
第五百六十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第六十條及ヒ第六十一條ノ精神ト相似タリ唯旣成法典ニアリテハ他人ノ物ノ賣買ヲ無效トセルニ其無效ヲ主張シ得ルハ賣主ノ善意ナル場合ニ限レルト尚他ニ賣主ニ對シテ稍酷ナル規定ヲ設ケタルハ余輩ノ異トスル所ナリ殊ニ第六十一條第三項ノ規定ニ於テ缺點ノ甚タシキヲ見ル
旣成法典ハ物ノ引渡ノ前後ニ因リテ區別シ善意ノ賣主カ其物ノ他人ニ屬スルコトヲ覺知シタル後買主ヨリ物ノ引渡ノ請求ヲ受クルニ當リテハ賣買ノ無效ヲ申立ツルヲ得トシ引渡ノ請求ナキトキハ賣主ヨリ進ンテ賣買ノ無效ヲ申立ツルヲ得スシテ永年其契約ニ拘束セラルルモノノ如クセリ此レ啻ニ無效ノ法理ヲ貫通セサルノミナラス又善意ノ賣主ニ對シテ酷ナルノ規定ト謂フヘシ若シ右ノ覺知カ物ノ引渡後ニアリタルトキハ賣主ハ買主ニ對シテ擔保訴權ヲ行フヤ又ハ損害賠償額ヲ評定スヘキヤノ催吿ヲ爲シテ買主ヲ遲滯ニ付スルコトヲ得ルモノトシ稍賣主ヲ保護スルノ觀アルモ此レ獨リ買主ニ對スル責任ヲ免カレシムルニ過キスシテ眞ノ所有者ニ對シテハ賣主ハ必ス其賣買ノ目的物ヲ返還スルヲ要スルモノナルヲ以テ若シ十分ニ賣主ヲ保護セント欲セハ必ラスヤ賣主ヲシテ買主ヨリ物ノ返還ヲ得セシメサルヘカラス旣成法典ノ草案者ハ賣主ニ此返還ヲ請求スルノ名義ナキカ故ニ如何トモスルヲ得スト言ヘトモ旣成法典ニ於テハ明文ヲ以テ他人ノ物ノ賣買ヲ無效トセルニアラスヤ旣ニ賣買ヲ無效トセリ無效ノ行爲ニ基キテ引渡シタル物ノ返還ヲ請求スルニ何ノ不可カ之レ有ラン蓋シ賣主占有者ナリシニ故ナク其占有ヲ買主ニ移轉シタルカ故ニ之ヲ取還スコトヲ得ルナリ
本案ハ他人ノ物ノ賣買ヲ有效トスルモ賣主カ到底其物ノ權利ヲ取得シテ之ヲ買主ニ移轉シ能ハサルニ尚物ノ引渡ヲ爲スヘシト云フカ如キ强要ヲナサス且其一旦引渡シタル物モ之ヲ取囘ヘスコトヲ得ルコトトシタルナリ然レトモ賣主ニハ亦他人ノ物タリシコトヲ知ラサリシ過失アルヲ以テ賠償ノ責ハ之ヲ免ルルヲ得サルモノトセリ
本條第二項ハ旣成法典ノ明文ニナキ所ナレトモ旣成法典ノ意モ蓋シ本案ト同一ナラン卽チ買主カ其買受物ノ他人ニ屬スルコトヲ知リタル場合ニハ賣主ニ對シテ損害賠償ノ請求ヲ爲スコトヲ得サルモノトシ以テ前條但書トノ權衡ヲ保タシム
第五百六十二條
(理由)旣成法典財產取得編第六十三條及ヒ第六十四條ニハ本條ト等シク一部追奪ニ關スル規定ヲ爲セリ旣成法典ニ於テハ先ツ全部追奪ノ場合ト一部追奪ノ場合トニ分チ前者ニアリテハ賣買契約ヲ無效トシ後者ニアリテハ契約ハ有效ニ成立シ唯或場合ニ限リテ之ヲ解除シ得ルモノトセリ卽チ一部追奪ノ際ニ買主ノ解除ヲ請求シ得ルハ其追奪セラレタル部分ハ可分ノモノニシテ若シ買主カ此部分ヲ取得シ得サルコトヲ知レハ初メヨリ之ヲ買ハサルヘキ程ノモノナル場合及ヒ其追奪セラレタル部分ハ不可分ノモノタル場合ノ二ニシテ此等ノ規定ノ生シタルハ畢竟佛法ノ解釋ヲ誤レル學說ヲ採用シタルノ結果ナリ
本案ハ全部追奪ト一部追奪トニヨリテ無效ト解除ノ區別ヲ設ケス前數條ノ理由ヲ參照スレハ其理由自カラ明カナラン本案ハ又目的ノ可分不可分ニヨリテ解除權ノ有無ヲ分タサルナリ目的ノ可分ナルトキハ其一部ノ追奪アルモ買主ニシテ賠償ヲ得ルモノトセハ追奪ノ害ヲ受クルコト極メテ少ク目的ノ不可分ナルトキ其一部ノ追奪アルニ於テハ假令賠償ヲ得ルモ到底十分ノ救濟ヲ得サルヘキヲ以テ旣成法典ノ規定モ亦敢テ理ナキニアラサレトモ時トシテハ可分ノ場合ニモ一部ヲ追奪セラレテ著シク害ヲ受クルコトアリ不可分ノ場合ニ一部ヲ追奪セラレテ大影響ヲ感セサルコトアルヲ以テ宜シク旣成法典ノ如キ標準ヲ廢シ各場合ノ事實ニ照ラシ殘存スル部分ノミナレハ買主カ之ヲ買受ケサルヘキ程ノ追奪アリシヤ否ヤヲ見テ解除權ノ有無ヲ判定スヘキモノトス而シテ賣買ノ當時其權利ノ一部カ他人ニ屬スルコトヲ知ルノ買主ニアリテハ初メヨリ追奪ノ生スヘキヲ豫期シタリト認ムヘキヲ以テ此場合ニハ解除權ヲ與ヘスシテ唯代金ノ減少ヲ請求シ得ルモノトセハ可ナリ此レ本條第一項及ヒ第二項ノ規定アル所以ナリ
本條第三項ハ本案第五百四十三條ノ適用ニ過キスシテ或ハ無益ノ條項ナリト言フ者アランカナレトモ同條ニハ單ニ解除權ハ損害賠償ノ請求ヲ妨ケスト言ヘルノミニシテ代金減少ノ請求ヲ爲ス場合ニ之ニ加ヘテ損害賠償ヲモ請求シ得ルモノト言ハサルカ故ニ玆ニ之ヲ明定シ同時ニ解除ノ場合ヲモ復言シタルナリ
第五百六十三條
(理由)本條ハ買主カ前條ニ定メタル權利ヲ行使スルコトヲ得ル期間ヲ定メタルモノナリ若シ此規定ナキトキハ總テ普通ノ時效ヲ適用スルコトトナリ買主ノ有スル解除若シクハ代金減少ノ權利ハ二十年ノ間消滅セサルコトトナラン全部追奪ノ際ニハ甚シキ紛雜ヲ生セサルヘキカナレトモ一部追奪ノ際ニハ買主カ契約ノ解除ヲ請求セントスレハ追奪後ニ存在セル部分ノミナレハ之ヲ買受ケサルヘキコトノ情况ヲ證明セサルヘカラス代金ノ減少ヲ請求セントスレハ裁判所ハ賣買契約當時ニ於ケル物價ノ割合ヲ計算シテ之ヲ査定セサルヘカラス二十年ノ久シキヲ經タル後ニ確實ノ證據ヲ擧ケテ且正確ナル評價ヲ爲スハ極メテ困難ナルヲ以テ公益上特ニ短期間ニ此等ノ權利ヲ行使セシムルヲ必要ナリトス而シテ其期間ニ至リテハ澳太利、和蘭、モンテネグロ等各異ナリ長キハ之ヲ三年トシ短キハ之ヲ一年トシ尚動產不動產等ニ因リテ詳細ノ差ヲ設クルモノ多シ旣成法典ニハ恰モ本條ニ相當スルノ條文ハナキモ財產取得編第四十三條第五十四條及ヒ第九十九條ニ於テ之ニ類似ノ規定ヲ設ケ其期間ニ關シテ動產不動產ニ因リ若クハ賣主買主ノ過失ノ有無ニヨリテ細密ナル區別ヲ爲シ其理由中採ルヘキモノナシトセサレトモ本案ハ實際ノ便宜上ヨリ通シテ之ヲ一年トシ唯買主ノ善意惡意ニ依リテ其起算點ヲ異ニシタルノミ
第五百六十四條
(理由)外國法ニ於テハ數量ノ不足ヲ物ノ瑕疵ト名ケ或ハ之ヲ瑕疵ト同一視スト雖モ我國語ノ上ニ於テ數量ノ不足ヲ瑕疵ト稱スルハ稍奇ナルノ感アルヲ以テ其何レモ擔保ノ問題ニシテ且之ニ適用スヘキ規定ノ極メテ相似タルニモ拘ラス之ヲ別條ト爲スノ可ナルヲ信シタルナリ而シテ法律上ノ實質ニ至リテハ物ノ一部ノ滅失モ決シテ物ノ一部ノ不足ト異ナル所ナキヲ以テ玆ニ明カニ之ヲ記載シテ二者ニ同一ノ規定ヲ適用スルコトトシタリ
旣成法典財產取得編第四十三條第一項ニハ物カ全部滅失セル場合ハ其賣買ハ無效ナリ但賣主ニ過失アルトキハ買主カ賣主ニ對シテ損害要償ノ權ヲ有スト言ヘト物カ全部滅失セル場合ニハ畢竟目的ナキノ賣買ナルヲ以テ其無效ナルコト言フヲ待タサルナリ又賣主ニ過失アル場合ニ買主カ之ニ對シテ要償權ヲ有スルハ他人ノ不正所爲ヨリシテ損害ヲ蒙リタル者ハ其他人ニ對シテ要償ノ權利ヲ有スル一例ニ過キサルカ故ニ殊更玆ニ明文ヲ要セサルナリ又同第三項ニハ賣買鎖除ノ請求ハ六ヶ月ヲ以テ代價減少ノ請求ハ二年ヲ以テ時效ニ罹ルトスレトモ此區別ニ十分ノ理由ナク且實際ニモ不便ナリト信シ本案ニ於テハ前條ヲ適用シ何レノ場合ニ於テモ其時效ハ通シテ之ヲ一年トシタリ
同編第四十八條以下ニ數量ノ過不足スル場合ヲ規定シ各坪ノ代價ヲ指示シタルト唯一ノ代價ニテ賣買シタルトニ因リテ代價ノ補足若クハ減少ヲ請求シ得ルト否トヲ區別シ尚數量又ハ代金ノ過不足カ二十分一以上タルト否トニ因リテ買主ノ解除權及ヒ雙方ヨリノ代價增減ノ請求權ノ有無ヲ分ツト雖モ多クハ當事者ノ意思ヲ推測シテ設ケタルノ規定ニ過キスシテ且其中ニハ正理衡平ニ適セサルモノアルヲ以テ本案ハ總テ此等ノ條文ヲ削除シ唯買主ノ善意惡意ヲ區別シ善意ノ際ニ特別ノ條件ヲ具備スルトキハ契約ノ解除ヲ爲シ得ルモノトシ惡意ノ際ニハ單ニ代金ノ減少ヲ請求シ得ルモノトシ而シテ此權利ヲ行使スルコトヲ得ル期間ニ至リテハ總テ一部ノ追奪ノ場合ト等シク通シテ一年トシタリ
第五百六十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第六十五條ニ規定セル廣義ノ一部追奪ナレトモ前二條ニ稱セル權利ノ一部若クハ物ノ一部ノ追奪トハ稍趣キヲ異ニシ追奪ノ部分ノ割合ニ應シテ代金ヲ減少スルカ如キハ頗ル難事ニ屬スルヲ以テ唯善意ノ買主カ之カ爲メニ契約ヲ爲シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ限リ契約ヲ解除スルヲ得ルモノトシ其他ノ場合ニ於テハ單ニ損害ノ賠償ノミヲ請求シ得ルモノトセリ旣成法典ニハ此追奪セラル丶權利カ財產ノ全部ニ存スルト一分ニ存スルトニ因リ又其存續スヘキ期間ニヨリテ擧證ノ責任ニ區別ヲ設クルモ此ノ如キ事ハ民法ニ規定セサルヲ便トシ本案ハ之ヲ採ラス
第五百六十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第六十六條ト略同一ノモノナリ唯同條ニハ買主カ必要ナル方式ヲ履行セサルニ因リ所有權ヲ取上ケラレタルトキハ買主ハ擔保ノ求償權ヲ有スト曰ヒ恰モ過失アル買主ハ求償權ヲ有スト云ヘルカ如ク見ユルヲ以テ改メテ本條ノ如ク記載セリ而シテ旣成法典債權擔保編第二百六十九條ハ滌除ニ關シ同第二百八十八條ハ競落ニ關シテ規定スル所アルモ其賣買ニ關スルモノハ本款ニ入ルルヲ至當ト信シテ本條第二項及ヒ第三項ノ中ニ之ヲ包含セシムルコトトセリ
第五百六十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第六十七條ト三差アルノミ
一、同條ハ全部ノ追奪ニ關シテノミ規定セルモノヽ如シト雖モ本條ハ各種ノ一部追奪ノ場合ヲモ總テ網羅シタリ
二、同條ハ債務者カ詐僞ヲ以テ第三者ノ權利ヲ隱祕シタルニ非レハ競落人ハ彼ニ對シテ損害賠償ヲ要求スルヲ得ストセシヲ本條ハ債務者カ權利又ハ物ノ欠缺ヲ知リテ之ヲ申出テサル總テノ場合ニ擴充シタリ
三、同條ハ公吏ノ責任ニ關シテ規定セリト雖モ同種ノ規定ハ旣ニ民事訴訟法第五百三十二條ニアルヲ以テ本條ニハ之ヲ記載セサルコトトセリ
第五百六十八條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第六十八條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ今逐次其點ヲ陳フヘシ同條第一項ハ本案第五百六十一條及ヒ第五百六十二條ノ適用ニ過キサルヲ以テ之ヲ削ル
同第二項ハ賣主ハ明示ニテ資力ヲ擔保シタルニ非サレハ擔保ノ責ニ任セストセリ債權ヲ賣渡シタル者ハ其追奪及ヒ瑕疵ノ擔保ノ責ニ任スヘキモ債務者ノ資力マテヲモ當然擔保ストハ何人モ思ハサル所ナリ又若シ賣主ニシテ一旦之ヲ擔保スルノ意志ヲ表スル以上ハ其明示タルト默示タルトヲ問フヘキニアラサルヲ以テ同項モ亦之ヲ削除シタリ
同第三項ニハ有資力ヲ擔保シタル賣主ハ受取リタル代金ノ限度ニ從ヒテ其責ニ任ストシ佛伊ノ法律ニモ亦此ノ如クセリ彼ニ在リテハ之ニ依テ利息制限法ノ違背ヲ豫防スルニアレトモ旣成法典ノ精神ノ然ラサルコトハ當事者ハ契約ヲ以テ擔保ノ責ヲ增大シ得ト曰ヘルニ依リテモ明ラカナリ本案ハ利息制限ノ主義ヲ採ラス而シテ他ニ擔保ノ責任ヲ制限スルノ理由ヲ見サルヲ以テ同項ニ於ケル此點ヲ削除シテ其餘ヲ採用シタリ尚同項ニアル商證券ニ關スル規定ハ從來ノ方針ニ從ヒテ之ヲ削ル
同第四項ニハ末滿期債權ノ讓渡人カ將來ノ有資力ヲ擔保シタルトキハ其擔保ハ滿期ヨリ一个年ニ及フトセルモ單ニ將來ノ有資力ヲ擔保スレハ唯其滿期ノ日ニ於ケル資力ヲ擔保セルモノト解スヘキハ至當ナルヲ以テ一个年ノ字ヲ削レリ又無期年金權ニ付テハ其讓渡ヨリ十个年トセルモ此ノ如キ擔保ハ賣主ノ負擔ヲ過大ナラシムルモノト信シテ之ヲ削除シタリ
第五百六十九條
(理由)旣成法典ハ佛蘭西、伊太利、西班牙、英吉利等ノ法律及ヒ白耳義獨逸ノ民法草案ト等シク瑕疵擔保ニ關シテ特別ノ規定ヲ爲セトモ其多クハ言フヲ待タサル所ニシテ又他ノモノハ稍不穩當ノ點アルヲ以テ之ヲ削リタリ而シテ特ニ此ノ如キ詳細ノ規定ヲ設ケンヨリハ寧ロ追奪擔保ノ規定中瑕疵ノ場合ニ適スルモノヲ準用スルノ簡ナルニ如カスト信シテ本條ノ如ク規定シタリ其結果トシテ旣成法典ノ條文ニ左ノ變更ヲ生ス
旣成法典財產取得編第九十四條ニハ賣買ノ目的物ニ瑕疵アリテ買主之ヲ修補スルコトヲ得ス且其瑕疵カ物ヲシテ用方ニ不適當ナラシムルトキハ買主ハ其賣買ノ廢却ヲ請求スルコトヲ得トセルモ買主カ其買受物ノ瑕疵ヲ相當ノ費用ヲ以テ相當ノ期間ニ修補スルコトヲ得サルカ又ハ其物カ用方ニ不適當ナル場合ハ槪ネ賣主カ契約ノ目的ヲ達スルコト能ハサルノ一例トナリ從テ特ニ此ノ如キ場合ヲ列擧スルノ必要ナキニ至ル
同第九十五條ニハ買主ハ便益ヲ失フ割合ニ應シテ代價ノ减少ヲ請求スルコトヲ得トシ頗ル衡平ニ協フノ規定ナルモ實際ノ適用ニ至リテハ極メテ困難ヲ生スルナラン第一買主ノ便益ヲ失フハ契約ノ時ヨリ失フタルモノヲ言フニヤ或ハ瑕疵ノ顯ハレタル時ヨリノモノヲ指スニヤ明ラカナラス假令時ニ關シテハ疑ナシトスルモ便益ヲ失フ割合ニ應スル代價ノ减少ヲ計算スルコト頗ル困難ナラン故ニ外國ノ諸法律モ旣成法典ト同一ノ主義ヲ執リ又大ニ衡平ニ適スルニモ拘ハラス本案ニ於テハ實際ノ便宜上之ヲ第五百六十六條ノ場合ト同視シ買主ニハ唯解除權及ヒ損害要償權ヲ與フルノミトセリ而シテ其結果トシテ取得編第九十五條ハ之ヲ削除セリ
同第九十六條ハ賣主カ瑕疵ヲ知リタルトキハ買主ハ賠償ヲ要求スルコトヲ得トシ賣主之ヲ知ラサルトキハ之ヲ要求スルヲ得ストセルモ自己ノ賣渡物ノ瑕疵ヲ知ラサルハ賣主ノ過失ト認ムヘク之ニ因リテ他人ニ損害ヲ加ヘタルモノハ之カ賠償ヲ爲スハ至當ナリ又權利ニ瑕疵アルトキハ賣主ノ善意惡意ヲ問ハス賠償ノ責アルモノトセルニ物ノ瑕疵ノ場合ニ此區別ヲ附スルハ不可ナルヲ以テ本案ハ二者ノ場合ニ同一ノ規定ヲ適用スルコトトセリ
同第九十七條及ヒ第九十八條ノ規定ハ言フヲ待タサル所ナリ
同第九十九條ハ買主カ其權利ヲ行使シスルコトヲ得ル期間ヲ不動產動產及動物ニ因リテ區別シ又或ル場合ニハ特ニ之ヲ短縮スルノ規定ヲ設ケタリ外國ノ法律ニモ亦此ノ如キ詳細ノ規定ヲ爲スモノ多シト雖モ本案ハ實際ノ便宜ヲ計リ通シテ之ヲ一年トシ總テ買主カ事實ヲ知リタル時ヨリ之ヲ起算スヘキコトトセリ唯或動產及ヒ動物ニ關シテハ一年ハ或ハ長キニ失スルヲ以テ別ニ單行ノ規則ヲ發シテ之ヲ補フヲ可トス
同第百條ノ規定モ亦之ヲ削ル同條ハ代價減少ノ事ニ關シ買主カ買受物ヲ讓渡シタル場合ニ付テ言フモノナリ本案ハ賣買ノ目的物ニ隱レタル瑕疵アルモ買主ニ代價減少ノ請求ヲ許サスシテ唯解除若クハ賠償ノ請求ヲ爲シ得ルモノトス而シテ苟モ買主ニ損害ノ生スル以上ハ買主ノ其買受物ヲ讓渡シタル場合ト否ト其讓渡ノ有償ナルト否ト又讓渡後ニ讓受人ヨリ訴ヘラルルト否トヲ問ハス常ニ之カ賠償ヲ請求シ得ルモノトセリ從テ旣成法典ノ如キ區別ヲ設クル必要ナキニ至ル
同第百一條第一項ニハ物ノ滅失シタルトキハ買主カ廢却訴權ヲ行フコトヲ得ストセリ是レ非ナリ物カ偶然ノ事變ニ因リテ滅失シタレハトテ之カ爲メニ買主ノ賣買廢却權モ倶ニ消滅スヘシト言フノ理ナシ此場合ニハ唯買主ノ擧證ノ方法困難トナルノミ同第二項ハ代價減少ノ規定ニシテ本案ノ採ラサル所タリ又同第三項ハ言フヲ待タス從テ同條ハ全ク之ヲ削除セリ
同第百三條ハ民法ニ揭クヘキモノニアラスト信シタルヲ以テ之ヲ削除ス
第五百七十條
(理由)本條ニ援引セル諸條文ノ下ニ於テ買主ハ賣主ニ對シテ契約ノ解除、代金ノ減少又ハ損害ノ賠償ヲ請求スル權利ヲ有セリ解除ノ場合ニハ代金ヲ支拂フヲ要セス代金減少ノ請求權アル場合ニハ其減少シタル代金ヲ拂ヘハ可ナリト雖モ損害ノ賠償ヲ請求スル場合ニアリテハ一旦代金ヲ支拂ヒ更ニ自己ヨリ賠償ヲ請求スルヲ本來ノ順序ナリトス然レトモ此ノ如クスルトキハ二重ノ手續ヲ要スルノミナラス屢買主ノ利益ヲ害スルコトアルヘキヲ以テ先キニ雙務契約ノ履行ニ關シテ規定セサルモノヲ玆ニ準用シ買主ハ賣主ヨリ賠償ノ提供アルマテハ其代金ヲ支拂フヲ要セサルモノトシタリ
第五百七十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第三百九十六條同財產取得編第七十一條及ヒ第九十七條ヲ併合シテ之ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ財產編第三百九十六條ニ讓渡人ハ如何ナル特約ヲ爲スモ自ラ讓受人ニ妨碍ヲ加フルコトヲ得ストセルハ言フヲ待タサル所ナリト信シテ之ヲ削リ財產取得編第七十一條ニ假令無擔保ノ特約ニテ賣買シタル場合タリトモ買主カ追奪ヲ受ケタルニ於テハ賣主ハ代金ヲ返還スル責ニ任ストセルハ或ハ他人ノ物ノ賣買ヲ無效トセルノ結果ナリト云フコトヲ得ヘキモ本案ニ於テ此主義ヲ執ラサルノミナラス右ノ規定ハ頗ル當事者ノ意思ニ反スル虞アルヲ以テ之ヲ削リ而シテ其殘存セル規定ト第九十七條ノ規定トヲ併合補修シテ本條ヲ成シタルナリ旣成法典ニ於テハ賣主ハ隱レタル瑕疵ヲ擔保セスト特約シタルトキト雖モ其初ヨリ了知シ且詐欺ヲ以テ隱祕シタルモノニ付テハ責ヲ免ルルコトナシトセルヲ本案ニ於テ之ヲ擴張シ賣主ハ其知リテ吿ケサリシ事實ニ付テ責ヲ免カレサルモノトシ又旣成法典ニハ此責任ヲ隱レタル瑕疵擔保ノ場合ニ限リシヲ本案ニ於テハ追奪及ヒ瑕疵ノ擔保ノ一切ノ場合ニ適用スルコトトシタリ賣主カ自ラ第三者ニ與ヘタル權利ニ付キテ常ニ責ヲ負フハ旣成法典ト同一ニシテ唯其文字ヲ簡明ニシタルノミ
第五百七十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第七十四條第二項ト全ク同一ノ規定ナリトス同條第一項ハ買主ハ合意アルトキハ其合意ノ時期ニ代金ヲ辨濟スヘク合意ナキトキハ物ノ引渡ノ時ニ之ヲ辨濟スヘシト言ヘルモ前ノ場合ハ言フヲ待タス後ノ場合ハ本案第五百三十一條ノ適用ニ過キサルヲ以テ之ヲ削リ又同條第三項及ヒ第四項ハ恩惠期限ニ關スルモノニシテ本案ノ認メサル所タルヲ以テ之ヲ削除セリ
第五百七十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第七十五條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ニハ有體動產ト其他ノモノヲ區別シ有體動產ニ關シテノミ本條ノ如クシ其他ノモノニ付テハ證書ヲ交付スル場所ニ於テ代金ヲ支拂フコトトセリ是レ非ナリ不動產ニ關シテハ常ニ證書アリト言フヲ得ス且假令常ニ之アリトスルモ原則トシテ動產不動產ノ間ニ此ノ如キ區別ヲ設クルノ要ナシ債權、爭ニ係ル權利又ハ會社ニ於ケル權利ニ至リテモ亦總テ證書ヲ交付スル場所ニ於テ代金ヲ辨濟スヘキモノトセルモ此等ノモノハ其性質ニ於テ著ルシク互ニ相異ナルモノアリ又其引渡ノ情況ニモ大差アルヘキヲ以テ到底一律ノ下ニ規定シ難シト信シ本案ニ於テハ之ヲ特別ノ規定、慣習若クハ契約ニ讓リ民法ニ之ニ關スル一般ノ條文ヲ置カサルコトトセリ
同條第二項ハ財產編第四百六十八條ノ適用トシテ代金ヲ買主ノ住所ニ於テ辨濟スヘキモノトセルモ本案ニ於テハ旣ニ第四百五條ニ於テ債務ノ履行ハ債權者ノ住所ニ於テ之ヲ爲スコトヲ要ストセルニ因リ其自然ノ適用トシテ代金ハ賣主ノ住所ニ於テ辨濟スヘキモノトナル
第五百七十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第七十六條ト其主意ヲ同シウス同條ノ理由トシテ草案者ノ言フ所ニヨレハ此場合ニアリテハ賣主ハ菓實ヲ引渡シ買主ハ利息ヲ支拂フヘキモノトスルノ主意ナルカ如シト雖モ確定法文ノ解釋トシテハ草案者ノ言ヘル如キ主意ヨリハ寧ロ本條ト同一ノ主意ナリト解スルヲ正當トシ又實際上ノ規定トシテモ爾カスルヲ宜ロシトス本案ノ主義ニ因レハ債權者ハ契約ノ締結ト同時ニ目的物ノ危險ヲ負擔スルモノナルカ故ニ其目的物ヨリ生スル利益ノ一部タル菓實ヲモ直ニ取得スヘキハ當然ノ事タレトモ若シ此理論ヲ貫クトキハ買主ハ物ノ引渡ノ時ニ至ルマテ賣主ノ支出セル修繕其他ノ保存ノ費用ヲ一々精算シテ之ヲ返却スヘク又賣主ヨリハ菓實及ヒ物ノ使用ニ關スル賃錢ヲ支拂フヘキコトトナリ頗ル計算ノ煩雜ヲ來シ而モ之カ爲メニ得ル所ノ利益甚タ尠カルヘキヲ以テ便宜上一方ノ菓實及ヒ使用料ト他方ノ利息及ヒ保存費ヲ相殺シテ互ヒニ何等ノ請求ヲモ爲スコトヲ得サラシメタリ
本條第二項ノ但書ハ旣成法典ニ無キ所ナレトモ必要ノ規定ナリト信シテ之ヲ加ヘタリ
第五百七十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第七十七條第一項ニ文字ノ修正ヲ加ヘタルノミ其第二項ハ本案ノ主義ニ合セサルカ故ニ之ヲ削ル獨逸民法草案ニハ本條ノ如キ條文ヲ設ケス雙務契約ノ通則ヲ適用スルノ主意ナレトモ本案ニ於テ規定セル雙務契約ノ總則ノミニテハ少シク不十分ノ感アルヲ以テ特ニ本條ヲ設ケテ買主ノ權利ヲ明カニセリ
第五百七十六條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第七十八條ト同一ノモノナリ唯旣成法典ニ於テハ滌除ヲ行フノ期間ヲ法律ニテ定ムルヲ豫期シテ同條ノ但書ヲ設ケタレトモ債權擔保編ニハ其規定ナク本案ニ於テモ特ニ滌除ノ期間ヲ定メサルヲ以テ賣主ハ買主ニ對シテ直チニ滌除ヲ爲スヘキ旨ヲ請求シ得ルモノトセリ
第五百七十七條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第七十九條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ニ賣主ハ其先取特權及ヒ第三者ニ對スル解除ノ權利ヲ保存スル爲メノ公示ヲ爲ササリシトキハト言ヘルハ無用ノ文句ニシテ却テ世人ニ疑ヒヲ生セシムルモノナルヲ以テ之ヲ削リ供託シタル代金ノ引渡手續ノ如キハ供託規則ヲ以テ規定スヘキコトトシテ此レ亦玆ニ揭ケス
第三款 買戾
(理由)旣成法典財產取得編第三章第三節ハ賣買ノ解除及ヒ鎖條ト題シ之ヲ三款ニ分チテ第一義務ノ不履行ニ因ル解除第二受戾權能ノ行使第三隱レタル瑕疵ニ因ル賣買廢却訴權トスレトモ本案ニ於テハ不履行ニ因ル解除ハ契約ノ總則ニ於テ瑕疵ニ因ル賣買廢却訴權ハ前款ニ於テ各十分ニ規定シ餘ス所ハ獨リ受戾權能ニ關スルモノナルヲ以テ三款ニ分チテ規定スルノ要ナク從テ特ニ第三節ヲ置クノ必要ヲ見サルニ至レリ而シテ受戾ナル名稱ノ如キハ寧ロ質抵當等ノ場合ニ之ヲ用フヘク賣買ノ場合ニハ買戾ト云フコト我國從來ノ慣習ナルヲ以テ其文字ノ少シク法理ニ合セサル所アルニモ拘ハラス之ヲ買戾ト題シテ本款ニ規定スルコトトシタリ
第五百七十八條
(理由)買戾ノ契約ヲ許ストキハ屢所有權ノ所在ヲ曖眛ナラシメ且財產ノ改良ヲ妨ケ公益上其害ナシトセサレトモ此制ハ古來ヨリ我國ニ行ハレ又何國ニ於テモ之ヲ認メ之ニ因リテ金錢融通ノ途ヲ得ルノ便益アルヲ以テ本案ニ於テモ之ヲ全廢スルコトヲ爲サス其適用ハ成ヘク制限スルモ其本體ハ之ヲ保存スルコトトシタリ旣成法典ハ佛蘭西伊太利和蘭西班牙ノ民法及ヒ獨逸民法草案ト等シク動產及ヒ不動產ノ買戾ヲ認ムレトモ動產ノ買戾ハ甚タ有益ニシテ頻繁ナリト言フニアラス又假令之ヲ認ムルトスルモ動產ニハ登記ナク占有ノ效果ニ因リテ其權利ノ直チニ善意ノ第三者ニ移轉スルモノナルヲ以テ買戾ノ契約ヲ爲スモ實際ニ殆ント其效ナカルヘキニ因リ本案ハ墺太利民法ト等シク動產ノ買戾ヲ認メサルコトトセリ
買戾ノ特約ニ因リ賣買ヲ解除シタルトキハ其効力ハ旣往ニ遡ル即チ此場合ニ於テハ契約ノ解除ニ關スル一般ノ規定ニ從ハサルモノナリ獨逸民法草案ノ買戾ニ於テハ契約ノ解除ニ關スル一般ノ規定ニ從ヒ解除ノ效力ハ决シテ旣往ニ遡ラストセルモ若シ之ヲ旣往ニ遡ラサルモノトスルトキハ別ニ買戾ノ規定ヲ設クルノ必要殆ント無キニ至リ又大ニ從來ノ慣習ト異ナルヲ以テ本案ニ於テハ此場合ニ限リテ解除ノ效力ハ特ニ旣往ニ遡ルモノトシタリ然レトモ之カ爲メニ第三者ヲ害スルコトヲ許スヘカラサルハ勿論ナルカ故ニ之ヲ第三者ニ對抗スルニハ必ス賣買契約ト同時ニ買戾ノ特約ヲ登記スヘキモノトセリ又遡及效ノ自然ノ結果トシテ賣主ヨリハ代金ノ利息ヲ附シ買主ヨリハ不動產ノ果實ヲ引渡スヘキコトナルモ徒ラニ煩雜ヲ增シテ之ニ相當スルノ利益ナキヲ以テ便宜上此二者ハ相殺シタルモノト看做シタリ
本條ハ以上ノ旨趣ヲ以テ旣成法典財產取得編第八十四條第一項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條第五項ハ賣買後ニ於テ爲シ又ハ別證書ヲ以テ爲シタル受戾ノ要約ハ之ヲ再賣買ノ豫約ト看做ストセリ旣ニ買戾ノ特約ハ賣買契約ト同時ニ爲スコトヲ要ストセル以上ハ別時ニ爲シタル契約 ハ決シテ買戾ノ契約ニアラサルコト自カラ明ラカナリ而シテ後ノ契約ヲ一種ノ別異ノ契約トシテ有效トスル限リハ之ヲ再賣買ノ豫約ト看做スト否トハ一ニ當事者ノ意思如何ニ在ルモノニシテ特ニ法律ヲ以テ之ヲ規定スルコトヲ要セス殊ニ本案ニ於テハ賣買ノ豫約ナル名義ヲ認メサルヲ以テ之ヲ削リ又同第六項ノ規定モ有害ノ制限ナリトシテ之ヲ削レリ
旣成商法第五百二十九條ニハ不法ノ取引ヲ目的トシテ取結ヒタル買戾ノ契約ハ無效ナリト言ヘルモ此レ特ニ明言スルヲ要セサルナリ
第五百七十九條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第八十四條第二項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ旣成法典ハ動產ノ買戾ヲ認ムルヲ以テ特ニ其期間ヲモ規定スレトモ本案ニハ動產ノ買戾ヲ認メサルヲ以テ之ヲ削リ又同條第四項ニハ買戾ノ期間ヲ定メタル後之ヲ伸張スルトキハ再賣買ノ豫約ト看做スト言ヘルモ本案ニハ再賣買ノ豫約ナル特種ノ契約ヲ認メサルノミナラス假令之ヲ認ムルモ此ノ如キ條文ヲ設クルヲ要セスト信シテ之ヲ削除セリ而シテ旣成法典ニハ買戾ノ期間ヲ定メサル場合ニ關シテ明カニ規定スル所ナシト雖モ草案ニ據ルモ之ヲ五年トスルノ主意ナリシコト疑ナシ是レ頗ル長キニ失スルヲ以テ本案ニテハ改メテ二年トシタリ
第五百八十條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第八十五條ニ當リ其第二項動產ノ買戾ニ關スル部分ヲ削除シタルモノナリ旣成法典ハ解除ノ效力ハ旣往ニ遡ルモノトスルノ主義ナルヲ以テ同條第一項本文ノ如キハ特ニ明文ヲ要セサルモ本案ハ解除ノ遡及效ヲ認メサルカ故ニ此明文ヲ要スルニ至リシナリ然レトモ之カ爲メニ第三者ヲ害スルハ不可ナルヲ以テ買戾ノ效力ヲ第三者ニ對抗スルニハ賣買契約ト同時ニ買戾ヲ登記セシム ルコトヽセリ同時ニ之ヲ登記スルヲ要スルヲ以テ若シ賣買契約ニ後レテ之ヲ登記シタルトキハ其買戾ハ全ク第三者ニ對シテ效ナキモノナリ故ニ決シテ登記ノ時マテ遡リテ效アルモノト誤ルヘカラス此レ特ニ本條ノ意ヲ注キタル點ニシテ此ノ如クシテ成ルヘク買戾ノ弊害ヲ矯正セント欲スルナリ
本條但書ハ旣成法典ニ無ク起草者ハ之ヲ不必要ナリト言ヘト余輩ハ必要ト信シテ加ヘタリ
第五百八十一條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第八十六條第三項ニ略ホ等シキモノナリ旣成法典ノ起草者ハ佛法ノ解釋ヲ誤マリテ之ニ模倣シタルニ因リ同條第二項ノ如キ規定ヲ生シ又旣成法典ニハ權利ト權能ヲ區別シ其財產編ニ於テ債權者ハ債務者ニ屬スル純然ナル權能ヲ行フコトヲ得ストスルニ因リ之カ例外トシテ同條第一項ヲ生シタルモ本案ニ於テハ權利ト權能ヲ區別セスシテ總テ權利ト稱シ債權者ハ債務者ノ一身ニ專屬スルモノヽ外ハ其債務者ノ權利ヲ盡ク行フヲ得ルヲ原則トセルト且債權者カ債務者ノ無資力ヲ證スルヲ要セスシテ債務者ニ代ハリテ其賣戾權ヲ行フヲ得ルモノトセルヲ以テ右ノ二項ヲ削除シテ本條ノ如クセリ
第五百八十二條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第八十八條ニ該當ス同條ニハ賣主ハ受戾ノ權能ヲ行使セントスルトキハ一定ノ金額ヲ買主ニ辨償スルカ若クハ之ヲ供託スルコトヲ要ストセルモ賣主ニ對シテ稍酷ナルノ感アルヲ以テ本案ニ於テハ雙務契約一般ノ規定ニ倣ヒ賣主ヨリ右ノ金額ヲ提供スレハ足レリトシタリ
代金及ヒ契約ノ費用ハ買戾ヲ要求スル際之ヲ提供スヘク物ノ保存費其他ノ必要費ハ又賣主ヨリ直チニ之ヲ償還スヘキモノトスルモ有益費ニ至リテハ其性質必要費ト異ナリ又其額モ屢大ナルコトアルヘキヲ以テ有益費ノ償還ニ關シテハ裁判所ハ賣主ニ相當ノ期限ヲ許與シ得ルモノトシタリ
同條第三項ハ言フヲ待タスト信シテ之ヲ削除ス
第五百八十三條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第九十條及ヒ第九十一條ニ該當ス其相異ナル點左ノ如シ
一、旣成法典ニ於テハ共有物ヲ分割シタル場合ト之ヲ競賣シタル場合トニ區別シ更ニ細別シテ賣主ノ之ニ召喚セラレタルト否トヲ分チテ規定スレトモ本案ニ於テハ分割ノ場合ヲ競賣ノ場合ト同規定ノ下ニ置キ而シテ賣主ニ通知セスシテ爲シタル分割及ヒ競賣ハ賣主ニ對シテ全ク無效トシタリ
二、旣成法典ノ起草者ハ共有物ノ分割 アリシトキハ賣主ハ賣主ノ受クル部分ニ付キテ買戾ヲ爲スコトヲ得ルモ競賣 ノトキハ買主ノ受クル代金ニ付キテ買戾ヲ爲スコトヲ得ストシ其理由トスル所ハ物ノ買戾ヲ爲スニハ賣主ハ相當ノ金額ヲ調達セサルヘカラサルヲ以テ容易ニ之ヲ買戾シ得サルコトアルモ代金ノ買戾ノ如キハ其代金ト買戾ノ爲メニ辨濟スヘキ金額ヲ相殺シ歸スル所二者ノ差額ヲ得ルニ止マルヲ以テ何時タリトモ買戾ヲ爲スヲ得ルカ故ニ之ヲ禁セサルヘカラスト言フニアレト買戾ノ容易ナレハトテ買戾ヲ禁スヘキノ理ナク又之ヲ禁スルトキハ不當ニ賣主ノ利益ヲ害スルヲ以テ本案ニ於テハ旣成法典起草者ノ說ヲ採用セスシテ代金ニ付テ買戾ヲ爲シ得ルコトヲ明言シタリ旣成法典財產取得編第九十二條及ヒ第九十三條ハ或ハ言フヲ待タス或ハ本案ノ主義ニ反スルヲ以テ悉ク之ヲ削除セリ即チ第九十二條第一項及ヒ第三項ハ當然言フヲ待タサル所ニシテ同第二項ハ本案第五百四十二條ノ適用ニ過キス又第九十三條第一項ハ買主ノ數人アル場合ニ賣主ハ其一員ニ對シテ受戾ヲ爲スコトヲ得ルモノトシ本案第五百四十二條ノ規定ニ反シ同第二項ハ買主カ旣ニ分割ヲ爲シタルトキハ賣主ハ各買主ニ對シテ各自ノ部分ノミニ非サレハ受戾ヲ爲スヲ得サルコトトシ起草者之ヲ說明シテ賣主ハ物ノ分割後ハ常ニ此權利ヨリ外ニ何等ノ權利ヲモ有セス其分割ノ賣主ニ通知セラレタルト否トヲ問ハサルナリト言ヘルハ正シク本案前條ノ規定ニ反スルモノナリ其他ノ點ニ至リテハ總テ明文ヲ要セサルモノナリ
第五百八十四條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第八十九條第二項ノ又以下ノ字ヲ削除シタルモノナリ共有ノ關係ハ成ルヘク速ニ之ヲ消滅セシメントスルハ本案旣成法典及ヒ諸外國法律ノ等シク希望スル所ナルヲ以テ何國ニ於テモ本條ノ如キ規定ヲ設ケ賣主ニハ自己ノ賣渡ササル部分ニ付テモ買戾ヲ爲スノ權ヲ與ヘタリ然ルニ旣成法典ノ條文ニ於テ買主自ラ競買ヲ促カシテ競落人ト爲リタル際賣主其全部ヲ受戾サントスルモ買主ハ之ニ故障ヲ述フルヲ得ルモノトセルハ此大体ノ精神ニ反スル所ナルカ故ニ原文ヲ改メ本條第一項ノ如ク規定シテ其反對ヲ示スコトトセリ
第四節 交換
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第四章ニ該當ス同章ハ之ヲ三條ニ分チテ稍詳細ナル規定ヲ爲セトモ本案ハ賣買ノ規定ヲ總テノ有價契約ニ準用スルコトトセルヲ以テ數多ノ條文ヲ省略シ得ルコトトナレリ殊ニ交換ノ如キハ諸種ノ有償契約中尤モ賣買ニ類スルモノナルカ故ニ其規定僅カニ一條ヲ以テ足レリトセリ
第五百八十五條
(理由)本條ハ旣成法典財產取得編第百七條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ハ賣買ノ定義ト等シク交換ヲ以テ當事者ノ一方カ相手方ヨリ權利ヲ取得シ又ハ之ヲシテ諾約セシメ自ラ其相手方ニ權利ヲ移轉シ又ハ移轉スルコトヲ諾約スル契約ナリトスレトモ本案ニ於テハ交換モ亦賣買ト等シク當事者カ權利ノ移轉ヲ約スルニ因リテ其效力ヲ生スルモノトセリ同條第二項ニハ相互ノ價額カ均一ナラサルトキハ補足金ヲ以テ之ヲ均一ニスト言ヘトモ當事者双方ノ交換スル物ノ價額ヲ法律ヲ以テ常ニ均一ナラシメントスルハ極メテ難事ニ屬シ且之ヲ均一ナラシムルノ必要ナキカ故ニ之ヲ削除シ同第三項ハ金錢ノ補足カ交換物ノ價額ニ超ユルトキハ其契約ハ之ヲ賣買ト看做スト言ヘト本案ニ於テハ賣買ノ規則ハ總テノ有償契約ニ之ヲ準用スルノ主義ヲ取レルヲ以テ斯カル條項ナキモ決シテ不都合ヲ感セサルヘク之アルトキハ却テ補足金ト物ノ價額ト相等シキトキハ其契約ヲ賣買ト看做スヘキカ將タ又交換トスヘキカノ如キ空論ヲ生スルニ至ルヘキニ因リ同項モ亦之ヲ削除セリ外國ニ於テモ旣成法典ノ如キ明文ヲ揭クルモノ多ク「グラウプユンデン」民法ノ如キハ當事者ノ一方ノ出スモノカ主トシテ金錢ナルトキハ之ヲ賣買トシ主トシテ物ナルトキハ之ヲ交換トスト言ヘトモ啻ニ無用ノ文言ナルノミナラス時トシテ空論ヲ喚起スルノ媒トナラン
同編第百八條ハ本案ノ採用スル所ナレトモ旣ニ規定シタル第五百四十三條第五百六十二條及ヒ第五百六十三條ノ規定ノ適用ニ過キサルカ故ニ之ヲ削レリ又同第百九條モ其第二項ノ規定ヲ必要トスレハ之ヲ親族編ニ規定スヘクシテ玆ニ揭クルヲ要セス同第三項ハ本案第五百四十三條ノ一例ニ過キサルカ故ニ削除スヘク此二項削除ノ結果トシテ第一項ハ全ク不要ノモノトナリシヲ以テ遂ニ全條ヲ削除スルニ至レリ
第五節 消費貸借
第五百八十六條
(理由)本條ハ財產取得編第百七十八條ニ該當スルモノニシテ先ツ其定義體ヲ改メ尚之ニ二三ノ修正ヲ加ヘタリ凡ソ代替物ハ同一ノ種類、品等及ヒ數量ノ物ヲ以テ互ニ代用スルコトヲ得ル物ヲ云フヲ以テ本條ニ於テ其條件ヲ具ヘタル物ヲ返還スヘキコトヲ示ス以上ハ消費貸借ノ目的物ハ代替物ナラサルヘカラサルコトヲ明言スルノ必要ヲ見ス又第百七十八條ニハ所有權ヲ他ノ一方ニ移轉シ云々トアリ草案ノ說明ヲ見ルニ佛國其他ノ民法ニ於テハ目的物ノ引渡ヲ以テ消費貸借ノ成立條件ト爲スト雖モ是レ決シテ實際ノ引渡ヲ必要トスル意ニ非ラスシテ消費貸借ノ成立スルニハ所有權ノ移轉ヲ要スト云フニ外ナラストアリ今夫レ所有權ハ物ノ引渡ヲ要セスシテ移轉スルモノナルヲ以テ旣成法典ハ消費貸借ヲ以テ要物契約ト爲ササルモノノ如シト雖モ起草者ハ更ニ說ヲ爲シテ曰ク所謂引渡トハ決シテ之ヲ有形的ニ解スヘカラス所有權ノ取得モ亦占有ノ取得ト同シク交付ヲ受クルコトニ外ナラス故ニ所有權ノ移轉スル場合ニハ物ノ引渡アリタルモノト見ルコトヲ得ヘシト其議論ノ取ルニ足ラサルコト殆ント辯駁ヲ要セサルナリ本案ニ於テハ消費貸借ヲ以テ要物契約トスル主義ヲ採リタルコトヲ明ニセンカ爲メ特ニ受取ト云ヘル文字ヲ用井タリ近時消費貸借ヲ以テ諾成契約トスル說ナキニ非ラス瑞士債務法ノ如キハ即チ此主義ヲ採用セリ然レトモ消費貸借ノ要物契約タルコトハローマ法以來諸國ノ法律ニ於テ認ムル處ニシテ今日此主義ヲ棄ツルニ足ルヘキ有力ナル理由アルヲ見サルナリ又旣成法典ハ當事者カ返還ノ時期ヲ定メサル場合ニ於テハ裁判所之ヲ定ムヘキモノトナシ一定ノ辨濟期ノ存スルコトヲ以テ消費貸借ノ一要件トナシ第百七十八條ニ於テ此事ヲ明言セリト雖モ本案ニ於テハ第五百九十二條ニ於テ說明スル理由ニ依リ之ヲ削レリ
第五百八十七條
(理由)欠
第五百八十八條
(理由)消費貸ヲ爲スヘキコトヲ約シタル者ハ相手方已ニ契約ノ當時ニ於テ無資力ナリシコトヲ理由トシテ其義務ヲ免カルヘキモノニ非ラス何トナレハ相手方ノ資力ヲ調査セサリシ場合ニ在リテハ自ラ其怠慢ノ責ニ任スルノ外ナク又誤リテ相手方ニ資力アルコトヲ信シタル場合ニ在リテハ所謂緣由ノ錯誤ニ外ナラサレハナリ之ニ反シテ豫約ヲ爲シタル後ニ至リ相手方カ破產ノ宣吿ヲ受ケタル場合ニ於テハ消費貸ヲ約シタル者ヲ保護スルハ極メテ公平ニシテ且ツ實際當事者ノ意思ト一致スルモノト謂フヘシ獨乙民法草案ニ於テハ相手方ノ資力ノ減少ニ依リテ返還ヲ受クルコト能ハサルノ危險生シタルトキハ消費貸ヲ約シタル者ヲ保護スル特別ノ規定アリト雖モ何レノ場合ニ於テ果シテ其危險ノ生シタルモノト認ムヘキヤヲ判斷スルコト往々困難ナルノミナラス消費貸ヲ約シタル者ハ相手方ノ資力ノ多少減少スルコトアルヘキヲ豫期セサルヘカラス故ニ若シ獨乙民法草案ノ如クスルトキハ消費貸ヲ約シタル者ヲ保護スルコト厚キニ過クル恐アリ之ニ反シテ破產ノ宣吿アリタル場合ニ於テハ無資力ノ事實分明ナルヲ以テ前述ノ如キ弊害ヲ生スルコトナカルヘキナリ
第五百八十九條
(理由)本條ハ取得編第百八十二條ニ該當ス同條第三項ハ本案第五百五十八條ノ規定アル爲メ之ヲ削レリ今本條ノ場合ニ付キ規定ヲ設ケタルモノハ旣成法典ノ外佛法系諸國ノ法典ナリトス然レトモ此等諸國ノ法典ハ無利息貸借ノ場合ニ付テノミ規定ヲ設ケ利息付ノ場合ニ付テハ何等ノ規定ヲモ設ケス是レ賣買ノ規定ヲ準用スルノ意ニ出テタルモノナラント雖モ明瞭ナラス本案ニ於テハ利息付ノ場合ト無利息ノ場合トヲ區別シ先ツ第一項ニ於テ賣買ノ場合ト權衡ヲ得ヘキ規定ヲ設ケタリ又無利息ノ場合ニ付テハ實際ノ便利ヲ謀リ第二項ヲ以テ瑕疵アル物ノ價額ヲ返還スルコトヲ得セシメ且ツ貸主カ物ニ隱レタル瑕疵アルコトヲ知リテ之ヲ借主ニ吿ケサリシトキハ第一項ノ規定ニ依ラシムルコトニセリ而シテ借主ヨリ損害賠償ノ請求ヲ爲スコトヲ得ルハ旣成法典ニ於ケルト異ナル處ナシ
第五百九十條
(理由)當事者カ返還ノ時期ヲ定メサリシ場合ニ於テハ貸主ハ第四百四十一條ニ依リ何時ニテモ返還ヲ請求スルコトヲ得ヘシ然レトモ若シ此ノ如クナルトキハ借主ニ對シテ酷ニ過クルモノト謂ハサルヘカラス故ニ諸國ノ法典ニ於テハ此場合ニ付キ特別ノ規定ヲ設ケタリ佛法系ノ法典ニ於テハ裁判所ニ於テ適當ノ時期ヲ定ムヘキモノトナセリ旣成法典ニ於テモ亦タ然リトス之ニ反シテ獨逸民法草案及ヒ瑞士債務法ニ於テハ當事者ノ一方ヨリ催吿ヲ爲シタル後一定ノ期間ノ經過シタル後ニ始テ返還時期ノ到來シタルモノト爲セリ而シテ獨逸民法第二讀會草案ニ於テハ無利息ノ消費貸借ニ於ケル債務者ハ豫吿ヲ爲スコトナクシテ返還ヲ爲スコトヲ得ルモノトシ利息付貸借ニ在リテハ豫吿期間ヲ遵守スヘキモノト定メ尚ホ豫吿期間ニ付テ詳細ナル規定ヲ設ケタリ本案ニ於テハ凡ソ當事者ノ契約カ公益ヲ害スヘキ場合ノ外ハ成ルヘク之ニ干涉セサルノ主義ヲ採リタルヲ以テ旣成法典ノ規定ヲ採用セス又獨乙民法第二讀會草案ノ規定モ其全部ハ之ヲ採用セス本條第二項ニ定ムルカ如ク借主ハ何時ニテモ返還ヲ爲スコトヲ得ルモノトスルハ本邦ノ慣習ニ適スルモノト謂フヘシ又第一項ノ場合ニ於テハ距離ノ遠近及ヒ金額ノ多少等ニ依リテ豫吿期間ヲ異ニスルノ必要アルヲ以テ之ヲ一定スルコトヲ止メ相當ノ期間トセリ
第五百九十一條
(理由)本條ハ取得編第百八十條ノ規定ヲ採用シタルモノナリ第五百八十九條ノ規定ニ依リテ返還ヲ爲スコト能ハサルニ至ル場合ハ極メテ少ナカルヘシト雖モ又決シテ之ナシト謂フヘカラス今諸國ノ立法例ヲ見ルニ旣成法典ニ於ケルカ如キ規定ヲ設ケタルモノナシ然レトモ其規定ハ極メテ公平ニシテ且ツ實際ノ事情ニ適スルヲ以テ之ヲ採用セリ只貨幣ニシテ强制通用ノ效力ヲ失ヒタル場合ニ於テハ本條ノ規定ニ依ルヘキモノニ非ラス故ニ旣成法典ノ規定ヲ補ヒテ此ニ但書ヲ加ヘタリ
第六節 使用貸借
(理由)本節ニ於テハ旣成法典ノ規定ニ些少ノ修正ヲ加ヘタルモノニ過キス取得編第二百一條ハ一般ノ原則ニ依リ殆ト同一ノ結果ニ至ルヘキヲ以テ之ヲ削レリ又借主カ數人アル場合ニ於テハ通常不可分債務ヲ生スヘキヲ以テ同第二百二條ニ於ケルカ如ク特ニ連帶ノ債務ヲ認ムルノ必要ナシ又同第二百五條ニ於テ借主ノ留置權ヲ有スルコトヲ規定セリト雖モ留置權ニ關スル第二編ノ規定アルヲ以テ此ニ之ヲ明言スルノ必要ヲ見ス故ニ之ヲ削除セリ尚此他ニ削除シタル規定少ナカラスト雖モ其削除ノ理由ハ之ヲ各條ノ說明ニ讓リテ玆ニ之ヲ述ヘス
第五百九十二條
(理由)本條ハ取得編第百九十五條ニ該當ス同案ニ於テハ一定ノ時期ヲ經過シタル後ニ於テ返還ヲ爲スヲ以テ使用貸借ノ要件ト爲セリ然レトモ已ニ消費貸借ニ付キテ述ヘタルカ如ク當事者カ使用ノ期間ヲ定メサル場合ニ於テ裁判所ヲシテ之ヲ定メシムル必要ナキヲ以テ旣成法典ノ主義ハ之ヲ採用セス又同條ニハ原物ヲ返還スヘキコトヲ記セリト雖モ苟モ受取タル物ヲ返還スヘキコトヲ言フ以上ハ原物ヲ返還スヘキコトハ言ハスシテ自ラ明ナル處ナリトス本案ニ於テハ債主カ使用及ヒ收益ヲ爲スノ權利ヲ有スルコトヲ示スノ必要アリト認メタルヲ以テ此ニ之ヲ明言セリ
第五百九十三條
(理由)本條ハ取得編第百九十七條ニ該當ス同條ニハ貸借期間内ニ非ラサレハ物ノ使用ヲ爲スコトヲ得サルコトヲ記セリト雖モ此ニ之ヲ明言スルノ必要ヲ見ス又同條第二項ハ一般ノ原則ニ依リ明ナル處ナルヲ以テ之ヲ削レリ同第百九十八條ハ使用貸借ノ無償ナルヨリシテ生スルモノニシテ諸國ノ法律ニ於テ多ク見ル處ナリトス然レトモ第三百九十八條ノ規定アルカ爲メ特ニ之ヲ設クルノ必要ナク同條ニ依リテ自ラ公平ノ結果ヲ得ルニ難カラサルヘシ故ニ之ヲ削除セリ
使用貸借ニ在リテハ貸主ハ借主ニ對スル特別ノ關係ヨリシテ無償ニテ物ノ使用及ヒ收益ヲ爲スノ權利ヲ之ニ與ヘタルモノナルヲ以テ借主ニ於テ隨意ニ第三者ヲシテ其使用又ハ收益ヲ爲サシムルハ契約ノ趣旨ニ反スルモノト謂ハサルヘカラス故ニ本案ニ於テハ近來ノ立法例ニ傚ヒ第二項ノ規定ヲ設ケテ旣成法典ノ缺點ヲ補ヒタリ
第三項ハ說明ヲ俟タサル當然ノ規定ニシテ近時ノ立法例ニ傚ヒタルモノニ外ナラス
第五百九十四條
(理由)本條ハ取得編第百九十九條及ヒ第二百四條第一項ノ規定ヲ採用シタルモノナリ借主ハ其費シタル通常ノ保存費ニ付キ其償還ヲ求ムルコトヲ得サルノミナラス自ラ進ンテ其費用ヲ負擔セサルヘカラス故ニ本條ニ於テハ第百九十七條ノ規定ヲ準用スルニ止メスシテ特ニ第一項ノ規定ヲ設ケタリ通常ノ保存費ニ非ラサル費用ニ付キ第五百八十五條第二項ノ規定ヲ準用スヘキモノト爲シタル所以ハ無償ニテ物ヲ使用スルノ權利ヲ與ヘタル貸主ヲ保護スル爲メニ至當ノ規定ナリト信シタルニ在リ第五百八十五條ニ於テハ第百九十七條ノ規定ニ從フヘキモノト定メタルヲ以テ使用貸借ニ付テモ亦タ第百九十七條ヲ適用スヘキコトハ勿論ナリトス
第五百九十五條
(理由)使用貸借ハ一ノ無償契約ナルカ故ニ擔保ニ付キ贈與者ノ責任ヲ減シタルト同シク貸主ノ爲メニモ又其擔保ノ責任ヲ輕クスルハ至當ノ事ナリト信ス故ニ第五百五十條ノ規定ヲ準用スヘキモノト爲シタリ取得編第二百四條第二項ニ於テハ消費貸借ニ關スル第百八十二條第一項ノ規定ヲ適用スヘキモノトナシタリト雖モ其規定ハ本案ニ於テ採用セサリシモノナルヲ以テ原文ハ之ヲ削除セリ
第五百九十六條
(理由)本條ハ取得編第二百條第一項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ旣成法典ハ借主カ使用ヲ終リタル場合ニ於テハ契約ニ定メタル返還ノ時期未タ到ラサルモ借主ハ返還ヲ爲ササルヘカラサルモノトナセリ然レトモ借主カ使用ヲ終リタルノ事實ハ之ヲ認ムルコト往々困難ナルコトアルヘシ若シ誤リテ使用ヲ終リタルモノト認メラルルトキハ借主ハ使用ノ目的ヲ達スルコト能ハスシテ不測ノ損害ヲ蒙ルニ至ルヘキナリ故ニ本案ニ於テハ多數ノ立法例ニ傚ヒ當事者ノ定メタル時期ニ於テ返還ヲ爲スヘキモノト爲セリ
當事者カ返還ノ時期ヲ定メサル場合ニ關スル取得編第二百條第二項ノ規定ハ前ニ述ヘタル理由ニ依リテ之ヲ削除シ更ニ本條第二項及ヒ第三項ノ規定ヲ設ケタリ蓋シ當事者カ返還ノ時期ヲ定メサリシ場合ニ於テ契約ヲ以テ使用ノ目的ヲ定メタルトキハ使用ヲ終リタル時ニ於テ返還ヲ爲スヘキモノトスルハ實際公平ニシテ且ツ當事者ノ意思ニ適スルモノトス然レトモ借主カ使用ヲ爲ササル場合ニ於テ貸主ハ手ヲ束子テ其使用ノ終ハルヲ俟タサルヘカラサルモノトスルハ其當ヲ得サルヲ以テ第二項ニ但書ヲ加ヘタリ若シ當事者カ返還ノ時期又ハ使用及ヒ收益ノ目的ヲ定メサルトキハ一般ノ原則ニ依リ貸主ハ何時ニテモ返還ノ請求ヲ爲スコトヲ得ルモノトスヘシ消費貸借ノ場合ニ於ケル如ク豫メ催吿ヲ爲サシムルノ必要ナキナリ取得編第二百三條第一項ハ言フヲ俟タサルヲ以テ之ヲ削レリ同條第二項ノ規定ハ諸國ノ法律ニ見ル處ニシテ使用貸借ノ無償ナルカ爲メ設ケタルモノナルヘシト雖モ借主ハ一定ノ目的ヲ以テ物ヲ借受ケタルモノナルニ依リ不時ニ之ヲ返還セサルヘカラストセハ其利益ヲ害スルコト大ナリト謂フヘシ故ニ本案ニ於テハ此ノ如キ規定ヲ採用セサルナリ
第五百九十七條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ見サル處ナリト雖モ地上權ニ付キ此規定ヲ設ケタルト同一ノ理由ニ依リテ之ヲ置キタリ地上權ノ場合ニ在リテハ土地ノ所有者ニ先買權ヲ與ヘタルニ拘ハラス使用貸主ニ之ヲ與ヘサル所以ハ地上權ハ期間其他ノ點ニ於テ借主ノ權利ト大ニ異ナル所アルヲ以テ先買ヲ爲スニ付キ均シク正當ノ利益ヲ有スルモノト見スルコト能ハサルニ在リ
第五百九十八條
(理由)本條ハ取得編第百九十六條ニ該當ス借主カ死亡シタル場合ニ於テ使用貸借ハ之ニ因リテ其效力ヲ失フヘキモノトスヘキヤニ付テハ諸國ノ立法例一途ニ出テス本案ニ於テハ旣成法典ノ主義ヲ至當ト認メ之ヲ採用セリ蓋シ無償ニテ物ノ使用ヲ爲サシムル者ハ必スヤ相手方ニ對シテ特別ノ事情ヲ有スルモノニ非サルハナシ故ニ借主ノ相續人ヲシテ物ノ使用ヲ爲サシムルハ通常其契約ノ性質ト當事者ノ意思ニ反スルモノト謂ハサルヘカラス加之本條ノ規定ハ第五百九十六條第二項ノ規定ト一致スルモノト謂フヘシ
第五百九十九條
(理由)本條ノ規定ナキトキハ一般ノ原則ニ依リ二十年ヲ經ルニ非サレハ時效ノ定成ヲ見ルコト能ハサルヘシ然ルニ使用貸借ヨリ生スル當事者間ノ關係ハ速ニ之ヲ結了セシムルヲ便トス加之契約ノ本旨ニ反スル使用ニ依リテ生シタル損害ノ如キハ永久ノ時間ヲ經過シタル後ニ於テ之ヲ證明スルコト難カルヘク又無償ニテ使用ヲ爲シタル借主ヲシテ多年ヲ經過シタル後ニ費用償還ノ請求ヲ爲スコトヲ得セシムルハ其當ヲ得サルモノト謂フヘキナリ
第七節 賃貸借
(理由)旣成法典ハ普魯西民法ト等シク賃借權ヲ物權トシ又墺國民法ノ如キハ賃借權ハ之ヲ登記シテ物權ト爲スコトヲ得ルモノトセルモ本案ハ全ク之ヲ人權トシテ消費貸借及ヒ使用貸借ト一列ニ規定シタルナリ其理由他ナシ賃貸借契約ノ目的トスル所ハ賃借人ヨリハ借料ヲ拂ヒ賃借人ハ賃貸人ヲシテ契約ニ從ヒ其賃借物ヲ使用セシムルニアリテ此權利ノ人權タルコト蓋シ人ノ爭ハサル所ナレハナリ之ヲ人權トスルハ羅馬法以來ノ慣例ニシテ獨逸普通法ノ解釋トシテモ亦之ヲ人權トスルモノ多ク且多數國ノ民法ニ於テハ明カニ之ヲ人權ナリト言ヘリ
旣成法典ハ使用借權ヲ人權トシ賃借權ヲ物權トシ唯借主ヨリ報酬ヲ支拂フノ有無ニ因リテ借主ノ權利ニ物權人權ノ差ヲ生セシムルハ決シテ其當ヲ得タルモノニアラス況ンヤ旣成法典ニ於テモ賃借權ヲ物權トシナカラ尚賃貸人ニハ賃借物ヲ修繕シ若クハ諸般ノ妨碍ヲ除キ以テ賃借人ヲシテ契約上ノ利益ヲ得セシムルノ義務アルヲ認ムルモノナルヲ以テ寧ロ賃借權ヲ全ク人權トスルニ如カサルナリ之ヲ物權トスル重ナル理由ハ以テ能ク此權利ヲ第三者ニ對抗スルヲ得セシメントスルニアレトモ人權ナレハトテ必スシモ第三者ニ對抗シ得サルニアラス登記シテ第三者ニ對抗スルコトヲ得ルモノトスルハ毫モ妨ナキナリ從テ又墺國民法ノ如ク登記ヲスレハ人權變シテ物權ト爲ルトスルニモ及ハサルナリ而シテ之ヲ人權ト認ムルハ我國從來ノ慣習ニモ恊フヲ以テ此慣習ト且ツハ多數ノ例ニ倣ヒ本案ハ賃借權ヲ人權ト爲シタリ
旣成法典ニハ賃借權ヲ物權トシタルヲ以テ其規定ノ序次ノ如キモ第一款賃借權ノ設定第二款賃借人ノ權利第三款賃借人ノ義務第四款賃借權ノ消滅トシタレトモ本案ハ之ヲ人權トシタルニ因リ其規定ノ序次ニモ亦多少ノ變更ヲ加ヘ第一款總則第二款賃貸借ノ效力第三款賃貸借ノ終了トセリ
第一款 總則
(理由)本款ハ旣成法典財產編第百十五條乃至第百二十五條ニ該當ス其修正ヲ施コシタル部分ハ各條ノ理由ノ下ニ之ヲ述フヘシ唯其第百十六條及ヒ第百十八條ハ或ハ本案ノ關スル所ニアラス或ハ言フヲ待タサル所ナルヲ以テ從前ノ例ニ依リテ之ヲ削除シタリ
第六百條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百十五條及ヒ第百十七條ニ當ル旣成法典ハ賃借權ヲ物權トシタルヲ以テ其定義ノ文字モ亦自ラ本案ト異レリ又之ヲ物權トシテ遺贈ノ目的トナリ得ルモノトシ而モ必ラス賃貸借契約ヲ以テ設定スヘキモノトセルニ因リ第百十七條第二項ノ如キ規定ヲ要シタルモ本案ノ主義ニ依レハ決シテ此ノ如キ條文ノ必要ヲ見ス
同條第三項ニハ賃借權ヲ豫約シタル場合ニ關シテ規定セルモ本案ハ旣ニ賣買ノ部ニ豫約ノ規定ヲ置キ之ヲ總テノ雙務契約ニ凖用スルコトトシタルヲ以テ特ニ賃貸借ノ場合ニ之ヲ再言スルヲ要セサルナリ
第六百一條
(理由)本條ハ山林漁業等ノ事ニ關シテ農商務省及ヒ内務省ノ報吿ヲ聞クマテ未定トセリ
第六百二條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百二十條ニ該當ス同條ハ滿了前ノ吿知期間ニ關シテ土地ノ賃貸借ヲ二分シ牧場樹林ニ付テハ一个年其他ノ土地ニ付テハ六个月トスレトモ此細別ハ徒ニ煩ヲ增スノミナラス耕地ノ如キハ却テ一个年ノ期間ヲ要スルモノナルヲ以テ旁本案ハ通シテ之ヲ一个年トセリ尚同條ニハ同一ノ期間ヲ以テ賃貸借ヲ更新スルヲ得スト言ヘト此ノ如ク爲ストキハ同一ノ期間ニアラスシテ前賃貸借ノ期間ヨリ或ハ短ク或ハ長キ期間ノ賃貸借ニ更新スル際ニハ數年以前ヨリシテ之カ更新ヲ爲スヲ得ルカノ疑ヲ生スルヲ以テ同一ノ期間ナル句ハ之ヲ省ケリ
同條第二項ハ佛法ノ主義ニ從ヘハ或ハ其必要アルモ本案ノ如ク管理人カ其能力若クハ權限ヲ越ヘテ規定ノ期間ヨリモ長キ賃貸借ヲ爲シタルトキハ其長キ部分ヲ無效トスルノ主義ヲ取ル以上ハ決シテ此規定ヲ要セサルヘシ殊ニ代理人ノ越權行爲ハ本人ニ於テ之ヲ無效トスルカ又ハ之ヲ追認スルカノ撰擇權ヲ有スルコト代理ノ通則ナルカ故ニ此通則ヲ以テ足レリトスヘキナリ
旣成法典財產編第百二十四條ハ之ヲ削除ス蓋シ取消シ得ヘキ行爲ハ無能力者ヨリ之ヲ取消シ得ルノミニシテ賃借人ニ其權ナキハ總則ノ規定ニ因リテ明ラカナリ又賃借人ヨリ本人ニ追認ヲ爲スヤ否ヤ確答ヲ催吿スルコト竝ヒニ本人ヨリ確答ヲ爲ササル場合ノ結果ノ如キモ旣ニ總則ニ規定シアルヲ以テ更ニ玆ニ規定スルヲ要セス
同編第百二十一條ニハ管理人ハ金錢外ノ有價物ヲ貸賃ト爲シテ貸賃スルコトヲ得スト明言スレトモ此明言ナキモ實際ニハ必ラス此ノ如クナルヘシト信シテ之ヲ削除セリ
第六百三條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百二十五條ニ該當ス旣成法典ハ三十年ヲ以テ永借權ト賃借權トヲ區別スルノ境トシ伊國民法及ヒ獨逸民法草案等ニ其例多クアレトモ本案ハ我國ノ慣習ヲ採リ十年ヲ以テ永小作ト普通小作及ヒ其他ノ賃貸借トヲ分ツ境ト爲シタリ從來我國ニ於ケル小作ノ慣例ヲ見ルニ多クハ年々ノ小作ニシテ每年之ヲ更新シ稀ニハ之ニ異ナルモノアルモ長キモ四年若クハ五年ナリトシ普通ノ小作ニシテ十年ヲ超ユルモノハ極メテ稀ナリ家屋ヲ建築スルノ目的ヲ以テ土地ヲ賃借スルトキハ十年ヲ越ユルモノアリト雖モ此ノ如キモノニハ地上權ノ規定ヲ適用シテ可ナルヘキヲ以テ遂ニ本條ノ如ク賃貸借ノ期限ヲ十年トシタルナリ
第二款 賃貸借ノ效力
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百二十六條乃至第百四十四條ニ該當シ主トシテ賃貸人及ヒ賃借人ノ權利義務ヲ規定シタルモノナリ其旣成法典中削除シタル條文ヲ揭クレハ左ノ如シ
第百二十六條ニハ賃借人ハ用益者ト同一ノ利益ヲ收ムル權利ヲ有スト言ヘルモ本案ニハ用益權ナキヲ以テ之ヲ削除ス
第百二十七條ニ賃借人ハ賃借物ノ占有ヲ要求スルヲ得ト言ヘルモ此ハ賃貸借ノ性質ヨリ當然生スルノ結果ナリ又同條然レトモ以下ハ貸借權ヲ用益權ト近似セルモノト看做スノ結果ニ過キスシテ本案ニハ之ヲ規定スルノ必要ナキニ因リ同條ハ全然之ヲ削除ス
第百三十條ノ規定ハ外國ニモ其例多キ所ナレトモ本案ハ旣ニ賣買ノ節ニ於テ追奪擔保ノ規定ヲ設ケ汎ク之ヲ一般ノ有償契約ニ凖用スヘキコトトシタルヲ以テ同條ノ如キ條文ヲ要セサルニ至レリ
第百三十二條モ亦前同樣ノ理由ニ因リテ之ヲ削除ス
第百三十六條ハ賃借人ノ有スル訴權ニ關シテ規定セリ本案ハ訴權ノ事ハ成ヘク之ヲ民事訴訟法ニ讓ルノ主義ヲ採リシノミナラス同條ノ如キハ極メテ明白ナルコトナルヲ以テ之ヲ削ル
第百三十七條第一項及ヒ第二項ニハ賃貸人又ハ賃借人ハ相手方ヲ立會ハシメテ貸借物ノ目錄又ハ形狀書ヲ作ルヲ得トセルモ此ノ如キ事ハ凡テ當事者ノ自由ノ契約ニ委スルヲ可トス又同第三項及ヒ第四項ニハ形狀書若クハ目錄ヲ作ラサリシ場合ニ下スヘキ推定ヲ規定セルモ法律ノ推定ヲ下スヨリモ寧ロ各場合ノ證據問題トシテ之ヲ判官ノ認定ニ委スルヲ可トス是レ同條ヲ削除シタル所以ナリ
第百三十九條ハ雙務契約ニ普通ノ事項ナルヲ以テ特別ノ明文ヲ要セス
第百四十條第一項ニハ賃借人ハ公課ヲ負擔セス若シ之ヲ支拂ヒタルトキハ賃貸人ヨリ其償還ヲ請求スルコトヲ得トセリ現今ノ租稅法ニ依ルトキハ租稅ハ地主ヨリ之ヲ徵收スヘキコトトセルヲ以テ本項ノ適用ハ多ク之ヲ見サルヘシ又同條第二項ニ揭ケタル公課ノ賃貸人ノ負擔タルハ言フヲ待タサル所ナルノミナラス本案ハ租稅其他一般ノ行政ニ關スル事ハ成ヘク之ヲ他ノ法令ニ讓ルノ主義ヲ取リタルヲ以テ同條ハ全然之ヲ削除セリ
第六百四條
(理由)旣ニ章首ニ於テ述ヘタル如ク旣成法典ハ賃借權ヲ物權トセルニ因リ之ヲ第三者ニ對抗シ得ルハ當然ノコトナルモ本案ハ此權利ヲ人權ト爲シタルヲ以テ之ヲ第三者ニ對抗センニハ特別ノ明文ヲ必要ナリトス而シテ不動產ノ賃貸借ニハ登記ヲ必要トシ登記シタル後ノ效力ハ不動產物權ノ登記シタルモノト同一トス佛國民法及ヒ白國民法草案ハ本案ト等シク不動產ノ賃貸借ヲ登記スルヲ許スモ佛ニアリテハ十八年白ニアリテハ九年ヲ越ユル賃貸借ニ限リテ登記シ得ルモノトセリ是レ非ナリ賃貸借ノ期間ニ因リテ此區別ヲ附スルハ穩當ニアラス尚或法律ニ於テハ之カ登記ヲ全ク認メス從テ賃貸借ヲ第三者ニ對抗スルヲ得サルモノトシ唯賃借物ノ買主其他ノ權利承繼人ハ或期間前主ノ取結ヒシ賃貸借契約ヲ解除スルヲ得サルモノトセルノミ此制度モ亦決シテ十分ニ賃借人ノ權利ヲ保護スルニ足ラス
第六百五條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百二十八條及ヒ第百二十九條ノ原則ヲ採用シタルモノニシテ其細目ニ至リテハ相同シカラサル所アリ即チ旣成法典ニアリテハ井戶、水道管ノ疏通等ヲ賃借人ノ負擔ト推定セルモ民事慣例類聚等ノ示ス所ニヨレハ此等ノ修繕ハ多ク賃貸人ニ於テ負擔スルモノヽ如シ之ヲ理論ノ上ヨリ言フモ賃貸借ノ契約ニ因リテ生スル賃貸人ノ義務ハ賃借人ヲシテ其物ヲ有益ニ使用セシムルニアルヲ以テ我國ノ慣習ハ旣成法典ノ規定ヨリモ寧ロ條理ニ適セルモノナラン本案ハ細目ニ渡リテ何等ノ推定ヲモ設ケス總テ當事者ノ契約若クハ各地方ノ慣習ニ一任スルコトトシタリ同條第二項ニ於テ賃借人ハ自己若クハ其雇人ノ過失懈怠ヨリ必要トナリタル修繕ヲ負擔スト言ヘルカ如キハ贅文ト謂フヘシ
第六百六條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百二十九條第二項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同項ニハ修繕カ一ヶ月ヨリ長ク繼續スルトキハ賃借人ハ借賃ノ減少ヲ請求スルコトヲ得トシタリ他國ニ其例ナキニアラサルモ旣ニ修繕ヲ爲スハ賃貸人ノ權利ナリトセルニ賃貸人其權利ヲ行使シタレハトテ借賃ノ減少ヲ要求セラルヽコトヽナルハ聊不穩當ナルノミナラス借賃ノ減少スヘキ額ニ關シテモ亦屢々爭ヲ生スヘキヲ以テ本案ハ此ノ如キ規定ヲ採ラス
旣成法典ニハ賃借人ヨリ賃貸借ヲ解除シ得ル場合ヲ限リテ賃借人カ住居スヘキ全部又ハ商業若クハ工業ニ極メテ必要ナル部分ヲ失フヘキ場合トセルモ決シテ解除ノ場合ヲ制限スルノ必要ナク苟クモ賃借人之カ爲メニ賃借ヲ爲シタル目的ヲ達スルコト能ハサルニ至ルトキハ何時ニテモ賃貸借ヲ解除シ得ルモノトシテ可ナリ故ニ本條ノ如ク規定シ一方ニ於テハ借賃減少ノ規定ヲ廢シテ煩雜ナル問題ノ紛出スルヲ防クト同時ニ又一方ニ於テハ賃借人ノ解除ヲ爲シ得ヘキ場合ヲ擴張シテ之カ保護ニ勉メタリ
第六百七條
(理由)本條ノ規定ハ旣成法典ニ無キ所ナルモ旣ニ使用貸借ニ於テ此種ノ規定ヲ設クル以上ハ賃貸借ニ於テモ亦決シテ無カルヘカラサルモノナリ旣成法典ハ用益權ニ關シテ用益者ハ改良費ノ償還ヲ求ムルヲ得スト言ヒ賃借人ニハ用益者ト同一ノ權利ヲ認ムルヲ以テ賃借人モ亦蓋シ改良費ノ償還ヲ請求スルノ權ヲ有セサルモノトセルカ如キモ賃借人ハ賃貸人ノ物ニ改良ヲ加ヘテ其價額ヲ增加セシメ之カ爲メニ費用ヲ要シタルニ賃貸人ハ何等ノ報償ヲモ出サス其利益ヲ享受スルハ聊カ不當ノ利得タルヲ免レス從テ本案ニハ改メテ賃貸人ヨリ改良費ヲ償還スヘキ事トシタリ必要費ニ至リテモ賃貸借ニ關シテハ旣成法典中ニ何等ノ規定ヲ見サルモ使用貸借ニ關シテハ貸主ハ借主ノ支出シタル必要費ヲ辨償スヘシト言ヒ居レリ賃貸借ト使用貸借ノ間ニ決シテ此區別ヲ附スヘキノ理ナキヲ以テ本案ハ必要費ニ關シテ亦賃貸人ヨリ之ヲ償還スヘキコトヲ明言セリ而シテ其期限ニ至リテハ必要費ト改良費トノ間ニ區別ヲ附シ必要費ハ之ヲ出シタルトキ直チニ其償還ヲ請求シ得ルモノトシ有益費ハ賃貸借終了ノ時ニ之ヲ請求シ得ルモノトセリ蓋シ二者ノ性質異ナリテ要用ノ度ニ緩急ノ差アルニ因レハナリ
第六百八條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百三十一條ニ當リ即チ小作料減免ノ問題ヲ決シタルモノトス抑モ我皇國ハ古來農ヲ以テ國ヲ建テ中古ヨリ近代ニ至リ農事ハ漸ヲ追フテ開發シ來リシモノニシテ其習俗慣例ノ見ルヘキモノ尠カラス殊ニ地主ト小作人ノ關係ノ如キ各地槪ネ固有ノ慣習ヲ存シ之ヲ知得スルハ立法者ノ尤モ注意スヘキ所タリ觀察一タヒ其方法ヲ誤レハ無數ノ小民ヲ塗炭ノ苦ニ置キ時トシテハ不穩暴動ノ擧ニ出テシムルモ計ルヘカラス就中屢之カ原因トナルモノハ小作料ノ檢定及ヒ減免ノ方法如何ニアリトス小作料ニ關スル慣習ハ全國孰レノ地方ニモ存シ而モ全ク相同シカラス從テ之ニ關スル一定ノ法條ヲ設クルコト頗ル困難ナリトス之カ條文ニ關シテハ余輩ハ最モ愼重ヲ加ヘ廣ク全國各地ノ慣例ヲ集メ洽ク利害關係者ノ意見ヲ聞キ沈思熟慮ノ上案ヲ起シ數囘ノ審議討論ヲ經タル上始メテ本條ノ如ク確定シタルモノトス而モ尚ホ決シテ强要命令ノ規定ニアラスシテ別段ノ契約及ヒ慣習ハ十分ニ之ヲ認メ且收益ノ計算借賃減少ノ方法ノ如キニ關シテハ何等ノ規定ヲモ置カスシテ一ニ契約及ヒ慣習ニ委スルコトトセリ或ハ全ク之ヲ契約及ヒ慣習ニ委シ何等ノ條文ヲモ設ケサルヲ可トスト言フ者アランナレトモ苟クモ賃貸人及ヒ賃借人ノ權利ヲ規定スルニ當リ獨リ借賃減免ノ事ニ關シテ何事ヲモ言ハサルトキハ論理上ノ結果賃借人ハ如何ナル場合ニ於テモ權利トシテ借賃ノ減少ヲ請求シ得サルコトトナラン若シ此ノ如クナルトキハ賃借人即チ小作人等ノ困難果シテ如何ソヤ之ヲ思ヘハ少クトモ賃借人ハ借賃ノ減少ヲ請求スルコトヲ得ル場合アリトノ規定ナカルヘカラス然レトモ單ニ減少ヲ請求スルヲ得ト言ヒ其如何ナル場合ニ於テ之ヲ請求スヘキヤヲ言ハサレハ實際ニ當リテ區別ノ標準ヲ立テ難キコトナラン本案ハ此標準ヲ賃借人カ借賃ヨリ少ナキ收益ヲ得タルトキトシタリ之ニ因テ能ク法律ノ體裁ヲ得又減少ニ關シテ何等ノ契約及ヒ慣習モナキ萬一ノ場合ニ應スルヲ得ルニ至レリ標準ノ何タルヘキニ關シテハ種々ノ說アルモ今一々玆ニ列擧スルコトヲ爲サス唯旣成法典ニ揭ケタル標準ヲ評シテ傍ラ本案ノ意見ヲ示サン
原文ニハ每年ノ收益ノ三分一以上損失ヲ致シタルトキハ賃借人ハ其割合ニ應シテ借賃ノ減少ヲ要求スルコトヲ得トセリ其割合トハ如何ナル割合ナルカ明カナラサレトモ先ツ普通ニ解シテ收益減少ノ割合トセン即チ例ヘハ每年六石ノ收益アリテ三石ニ相當スル借賃ヲ支拂フ際凶年ニ當リテ收益カ平年ヨリモ二石減スルトキハ借賃モ亦從テ一石ノ減少ヲ得ルカ如シ比例ニ因テ之ヲ見レハ旣成法典ノ標準ハ公平ヲ得タルカ如クナルモ我國ノ小作料ハ頗ル偏重ニシテ槪ネ收益ノ五分六分ヲ入レ甚タシキハ七分八分ヲモ納ルヽコトアルヲ以テ此ノ如キ場合ニ旣成法典ノ標準ヲ採ルトキハ凶年ニ當リ小作人ハ收益ノ全額ヲ悉ク拂ヒテ尚ホ足ラサルコトアラン例ハ每年二十石ノ收益アリテ十五石ニ相當スルノ借賃ヲ支拂フ際凶年ニ當リテ收益六石ヲ減シタリトセン此收益ノ減少ハ平年ノ收益ノ三分一ニ達セサルヲ以テ小作人ハ借賃ノ減少ヲ求ムルヲ得ス從テ十四石ノ收益ヲ得テ十五石ノ借賃ヲ拂フヘキコトトナラン此レ小作人ノ情態ニアリテ決シテ堪ヘ得ヘキノ事ニアラス此レ旣成法典ノ採レル標準ノ非ナル一例ナリ然ラハ更ニ其標準ヲ變シテ每年ノ收益ノ四分一若クハ五分一減少スルトキハ借賃ノ減少ヲ要求スルヲ得トセハ可ナラント言フモノアレトモ尚未タ全カラサル所アリ且其割合ノ計算ノ如キモ實際ニ當リテ屢困難ヲ生スヘキヲ以テ寧ロ本案ノ如ク一定スルヲ可ナリト信シタルナリ本條ノ規定固ヨリ多少ノ缺點ナシト言フニアラサレト多クノ標準中其尤モ優ナルモノト信シ特別ノ契約若クハ慣習ナキ場合ニ限リテ之ヲ適用スルコトトシタリ
旣成法典ニハ廣ク賃借人ト言ヘルヲ以テ宅地ノ賃借人モ亦此權利ヲ有スルモ本案ハ我國多數ノ慣例ニ從ヒ宅地ノ賃貸借ニハ本案ヲ適用セサルコトトセリ尚ホ旣成法典ニハ戰爭、旱魃等ノ不可抗力又ハ官ノ處分云々ト言ヘトモ本案ハ官ノ處分モ亦當事者ノ眼ヨリ見レハ不可抗力ナルヲ以テ汎ク不可抗力ト言ヒ而シテ其例ヲ揭ケス
第六百九條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百三十一條第二項ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ同條ニハ妨害カ引續キ三年ニ及ハサレハ賃貸借ヲ解除スルヲ得ストセルモ賃借人ヲシテ其勞働ニ對シテ何等ノ所得モ無カラシムルコト三年ニ渡ラシムルハ少シク酷ニ失スル所アリト信シ且永小作ノ場合トノ權衡上改メテ之ヲ二年トセリ蓋シ歌洲諸國ニ於テハ我國ノ如ク高額ノ借賃ヲ賃借人ニ課セサルヲ以テ旣成法典ノ如クニテモ或ハ可ナラント雖モ我國ニ於テハ此標準ヲ取ルコト能ハサルナリ
第六百十條
(理由)本條ハ旣成法典財產編第百三十一條第二項及ヒ同第百四十六條ヲ併合シテ修正ヲ加ヘタルモノナリ第百四十六條ノ成文ヲ見ルニ賃借物カ一部滅失シタルトキハ賃借人ハ第百三十一條ノ條件ニ從ヒ賃貸借ヲ解除スルカ又ハ借賃ノ減少ヲ要求スルヲ得トシ而シテ第百三十一條ニハ妨害ノ爲メ每年ノ收益カ三分一以下損失シタルトキハ借賃ノ減少ヲ請求スルヲ得右ノ妨害カ三个年ニ及フトキハ賃貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得トセルニ因リ條文ノ解釋トシテハ賃借物カ一部滅失シ夫レカ爲メニ收益カ三分一以上減少シタルトキニ借賃ノ減少ヲ請求シ其減少カ三个年繼續スルトキハ賃貸借ノ解除ヲ請求シ得ルモノトナル草案ノ理由書ヲ見ルトキハ賃借人ハ三年ヲ待タスシテ直チニ契約ノ解除ヲ請求シ得ルモノノ如シト雖モ條文ヲ正當ニ解釋スルトキハ決シテ理由書ノ如クナラサルナリ
且條文ニ據ルモ理由書ニ據ルモ契約ヲ解除シ又ハ借賃ヲ減少シ得ルト否トノ境界ハ收益ノ減少三分一タルト否トニアリトスレトモ借賃ノ減少ハ寧ロ一般ニ賃借物ノ滅失シタル部分ノ割合ニ應シテ常ニ爲スヘキコトトシ而シテ如何ニ借賃ヲ減少スルモ殘存セル部分ノミニテハ賃借ヲ爲シタル目的ヲ達スルコト能ハサルトキニ契約ヲ解除シ得ルモノトシ成ヘク事實ニ基キ實際ノ便宜ニ應セシムヘシ是レ本條ノ規定アル所以ナリ
右第百四十六條第二項ニハ賃借物ノ一分カ徵收セラレタルトキハ賃借人ハ常ニ借賃ノ減少ヲ要求スルコトヲ得トシ其理由トスル所ハ公用徵收ノ際ニハ賃貸人ハ常ニ之カ賠償ヲ得ルヲ以テ其借賃ヲ減セラルヽモ可ナリトスルニアレトモ公用徵收ノ際ニハ賃借人モ亦相當ノ賠償ヲ得ヘキヲ以テ此上ニ更ニ借賃ヲ減少スルヲ要セサルナリ從テ特別ニ減少ノ規定ヲ爲ササルヲ可トス特別ノ規定ナケレハ本條ハ總テノ場合ニ適用セラルヽコト勿論ナリ
右第百三十一條第二項ニハ建物ノ一分ノ毀滅スル場合ニ關シテ規定スル所アルモ此ノ如キ場合ニモ亦本條ヲ適用スレハ可ナリト信シテ之ヲ削除セリ
第六百十一條
(理由)旣成法典ハ賃借人ハ自由ニ賃借權ヲ讓渡シ之ヲ抵當ト爲シ又ハ其賃借物ヲ轉貸スルヲ得ルヲ原則トセリ蓋シ旣成法典ニ於テハ賃借權ヲ物權ト認メシヲ以テ自ラ此種ノ原則ヲ採用シタルモノニシテ外國ニ於テモ旣成法典ト同一ノ主義ヲ採レルモノ尠カラス佛國伊國瑞西白耳義及ヒバイエルンノ如キ是レナリ又單ニ賃借物ノ轉貸ヲ許スモノアリ獨逸第一讀會草案及ヒ英國ノ主義ハ即チ其例ナリ然レトモ飜テ我國現在ノ慣習ヲ見ルニ其多クハ之ヲ許ササルニアルヲ以テ本案ハ賃借權ノ讓渡抵當及ヒ賃借物ノ轉貸ハ之ヲ自由ニセサルヲ原則トシ唯賃貸人ノ承諾アルカ若クハ別段ノ慣習アル場合ニ於テノミ之ヲ認ムルコトトシタリ和蘭普魯亞及ヒ獨逸第二讀會草案ノ如キハ本案ト同一ノ主義ヲ取レリ
本條第二項ハ賃借人第一項ノ規定ニ反シタル場合ニ賃貸人ニ與フル救濟ニ關シテ規定セルモノナリ契約ノ總則ニ於テ當事者ノ一方其義務ヲ履行セサルトキハ相手方ハ契約ノ解除ヲ請求スルコトヲ得トセルニ因リ其適用ヲ以テ十分ナリトシ從テ本項ハ蛇足ナリト言フ者アランカナレトモ本條第一項ハ唯賃借人ハ讓渡シ又ハ轉貸ヲ爲スコトヲ得スト言ヘルノミニシテ未タ賃借人ニ何等ノ義務ヲ負ハシメタルモノト謂ヒ難キヲ以テ寧ロ明カニ之ヲ記載シテ賃貸人ヲ保護スルニ如カスト信シタルナリ
第六百十二條
(理由)本條第一項ハ轉貸ノ場合ニ於ケル賃貸人ノ利益ヲ保護セルモノナリ一般ノ原則トシテハ轉貸ハ賃貸人ノ承諾アルニ非レハ之ヲ爲スコトヲ得ス旣ニ賃貸人ノ承諾アリトスレハ之ニ與フルニ轉借人ニ對スル直接ノ權利ヲ以テスルモ可ナリ本案第三百十一條ニハ旣ニ