7 時効の停止事由
時効の停止事由に関して,民法第158条から第160条までの規律を維持するほか,次のように改めるものとする。
(1) 次に掲げる事由がある場合において,前記6(1)の更新事由が生ずることなくこれらの手続が終了したときは,その終了の時から6か月を経過するまでの間は,時効は,完成しないものとする。この場合において,その期間中に行われた再度のこれらの手続については,時効の停止の効力を有しないものとする。
ア 裁判上の請求
イ 支払督促の申立て
ウ 和解の申立て又は民事調停法・家事事件手続法による調停の申立てエ 破産手続参加,再生手続参加又は更生手続参加
オ 強制執行,担保権の実行としての競売その他の民事執行の申立てカ 仮差押命令その他の保全命令の申立て
(2) 上記(1)アによる時効の停止の効力は,債権の一部について訴えが提起された場合であっても,その債権の全部に及ぶものとする。
(3) 民法第155条の規律を改め,上記(1)オ又はカの申立ては,時効の利益を受ける者に対してしないときは,その者に通知をした後でなければ,時効の停止の効力を生じないものとする。
(4) 民法第153条の規律を改め,催告があったときは,その時から6か月を経過するまでの間は,時効は,完成しないものとする。この場合において, その期間中に行われた再度の催告は,時効の停止の効力を有しないものとする。
(5) 民法第161条の規律を改め,時効期間の満了の時に当たり,天災その他避けることのできない事変のため上記(1)アからカまでの手続を行うことができないときは,その障害が消滅した時から6か月を経過するまでの間は, 時効は,完成しないものとする。
(6) 当事者間で権利に関する協議を行う旨の[書面による]合意があったときは,次に掲げる期間のいずれかを経過するまでの間は,時効は,完成しないものとする。
ア 当事者の一方が相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の[書面による]通知をした時から6か月
イ 上記合意があった時から[1年]
(注)上記(6)については,このような規定を設けないという考え方がある。
(概要)
時効の停止事由に関して,時効の中断事由の見直し(前記6)を踏まえた再編成等を行うものである。ここで再編成された事由も,従前と同様に取得時効にも適用可能なものと考えられる。
本文(1)第1文は,現在は時効の中断事由とされている裁判上の請求(民法第149条),支払督促の申立て(同法第150条)などの事由を,新たに時効の停止事由とするものである。これらの手続が進行して所期の目的を達した場合(認容判決が確定した場合など) には,前記6(1)の更新事由に該当することになる。他方,その手続が所期の目的を達することなく終了した場合には,本文(1)第1文の時効停止の効力のみを有することとなる。この規律は,いわゆる裁判上の催告に関する判例法理(最判昭和45年9月10日民集24巻10号1389頁等)を反映したものである。本文(1)第2文は,これらの手続の申立て と取下げを繰り返すことによって時効の完成が永続的に阻止されることを防ぐため,本文
(1)第1文の時効停止の期間中に行われた再度のこれらの手続については,時効停止の効力を有しないものとしている(後記(4)第2文と同趣旨)。
本文(2)は,債権の一部について訴えが提起された場合の取扱いを定めるものである。判例(最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁)は,債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合には,時効中断の効力もその一部についてのみ生ずるとしているが,裁判上の請求が時効の停止事由と改められること(本文(1)ア) も考慮の上,判例と異なる結論を定めている。これにより,一部請求を明示して債権の一部についての訴えを提起した場合に,その後に請求の拡張をしようとしても,その時までに既に当該債権の残部について時効が完成しているという事態は,生じないことになる。
本文(3)は,差押え,仮差押え又は仮処分は,時効の利益を受ける者に対してしないときは,その者に通知をした後でなければ,時効の中断の効力を生じないという民法第155条の規律について,これらの事由を時効の中断事由(同法第154条)から停止事由に改めること(上記(1)オ,カ)に伴い,その効果を時効の停止の効力を生じないと改めるものである。
本文(4)第1文は,民法第153条の「催告」について,実質的には時効の完成間際に時効の完成を阻止する効力のみを有すると理解されていたことを踏まえ,時効の停止事由であることを明記するものである。また,本文(4)第2文では,催告を重ねるのみで時効の完成が永続的に阻止されることを防ぐため,催告によって時効の完成が阻止されている間に行われた再度の催告は,時効停止の効力を有しないものとしている。催告を繰り返しても時効の中断が継続するわけではないとする判例法理(大判大正8年6月30日民録25輯1200頁)を反映したものである。
本文(5)は,天災等による時効の停止を規定する民法第161条について,現在の2週間という時効の停止期間は短すぎるという指摘があることから,その期間を6か月に改めるものである。
本文(6)は,当事者間の協議を時効の停止事由とする制度を新設するものである。これは, 当事者間で権利に関する協議が継続している間に,時効の完成を阻止するためだけに訴えを提起する事態を回避できるようにすることは,当事者双方にとって利益であることによる。この事由の存否を明確化する観点から,協議の合意が存在することを要求した上で, 書面を要するという考え方をブラケットで囲んで提示している。また,時効障害が解消される時点を明確化する観点から,協議続行を拒絶する旨の通知がされた時という基準を用意した上で,ここでも書面を要するという考え方をブラケットで囲んで提示している(本文(6)ア)。さらに,実際上,協議されない状態が継続する事態が生じ得ることから,これへの対応として,当事者間で権利に関する協議を行う旨の合意があった時から[1年]という別の基準も用意している(本文(6)イ)。協議が実際に行われていれば,その都度,この合意があったと認定することが可能なので,本文(6)イの起算点もそれに応じて更新されることになる。以上に対し,当事者間の協議を時効の停止事由とする制度を設ける必要性はないという考え方があり,これを(注)で取り上げている。