民法要義 總則編
参考原資料
- 民法要義 , 卷之一 總則編 , 梅謙次郎
備考
- 未校正のテキストデータです.
訂正增補民法要義卷之一
梅謙次郞著
訂正增補民法要義自序
予ガ本書ヲ著スニ至ッタ理由ハ前ノ自序ニ之ヲ詳ラカニシタカラ、今再ビ述ブル必要ハナカロウト思フガ、當時余ノ考エニテハ、民法發布ノ際、多少杜撰ノ嫌イハアルトモ、一部ノ參考スヘキ著書カナクテハ、講法ノ人モ執法ノ人モ共ニ困ルテアロウト思フテ、匇卒ニ本書ヲ草シタノテアルカ、余モ其內小閑ヲ得タナラハ、學者ノ著述トシテ恥スカシカラヌモノヲ起稿シヨウシ、又他ノ學者モ續續良著ヲ出シテクレルテアロウ、ソウシタナラハ、本書ノ如キハ殆ト其必要ヲ失フヘキテアルト信シテ居タノテアルカ、爾來年ヲ重ヌルコト玆ニ一〇、富井君ノ「民法原論」ノ外、殆ト視ルヘキノ著書カ出ナイ余モ其後公私ノ用務益〻繁劇ヲ加ヘ、數年前同人トトモニ着手シタ「法律辭書」ノ編纂モ一時中止スルノヤムヲ得サルニ至ッタ程テアルカラ、固ヨリ新ニ民法ノ著述ヲ爲スノ余暇ヲ得ナイノテアルカクノ次第テアルカラ、自ラ杜撰ヲ恥シテ居タ本書モ思ヒノ外長キニハタッテ世ニ行ハレテ、實ハ慙愧ニ耐エヌノテアル殊ニ卷ノ一ト四トハ明治三十二年以來、卷ノ二ハ同三十一年以來、卷ノ三ト五トハ同三十三年以來殆ト一字、一句ヲ改メナカッタノハ、多忙ノ爲メヤムヲ得ナカッタニハ相違ナケレトモ、學者ノ身ニトッテハ實ニ中心安カラサル所テアッタノテアルシカシ初ハ力メテ「法律辭書」ノ編纂ヲ急キ、其編纂カ終ハッテカラ、本書ノ改稿ニ着手シヨウト思ッテ居タケレトモ、「法律辭書」モ初ニ予期シタヨウニ急速ニ之ヲ編纂スルコトカ出來ヌノテ、本書ノ讀者ニ背クノ罪カ益〻大ナルヲ悟ッタ故ニ、本年季夏ヨリ着手シテ數旬前僅ニ第一卷ノ改訂ヲ終ハッタノテアル勿論繁忙中閑ヲ盜ンテ執筆シタコトテアルカラ、新判例ノ出來タ問題其他眞ニ据エ置キ難シト思フタ部分タケ訂正、增補シタノテアル余ハ現下ノ多忙ニ拘ハラス、將來ニ於テ學者ノ參考トナルヘキ著述ニ從事スルノ意思ヲ絕タヌノテアルカラ、今回ノ改版ハ其マテノ責メヲ塞クタケノ業トシテ讀者カ諒恕セラレンコトヲヒトエニ祈ルノテアル
明治三十八年十二月中浣
洋洋學人 梅謙次郞誌ス
再訂民法要義自序
明治二十九年修正民法カ發布セラルルヤ友人シキリニ余ニ勸ムルニ是レカ解釋書ヲ著スコトヲ以テセリ余思ヘラク修正民法ハ其文極メテ簡潔ヨク法典ノ全般ニ通曉シ泰西ノ法理ヲ硏究シタル者ニ非サレハ其解釋誤リナキコトヲ歸スヘカラス其先入主トナルハ人情ノ常ナリ一旦法典ノ解釋ヲ誤リタル者ハ之ヲシテ其見ヲ改メシムルコト頗ル難シ故ニニ今ニオヨンテ公正ナル解釋ヲ定ムルニ非サレハ法典ノ眞意或ハ貫徹セサルコトアランコトヲ恐レル余不敏ナリト雖モ法典調査會ノ始メテ設立セラルル因リ乏ヲ起草委員ニ承ケ修正民法ノ發布セラルルニ至ルマテニハ之ヲ閱讀シタルコト其幾十回ナルヲ知ラス而シテ民法ハ余カ大學ニ於テ担任スル講座ニ屬シ又修正民法起草ノ爲メ多少講究シタル所ナキニ非ス故ニ法典ノ公正ナル解釋ヲ定メンコトヲツトムルハ蓋シ余カ任ナリト之ニ於テ意ヲ決シテ本書ノ起稿ニ着手セリ唯憾ムラクハ公事日ニ繁ク殆ト寸暇ヲ得サリシコトヲ即チ睡眠ノ時ヲ奪イテ僅ニ此稿ヲ終ウルコトヲ得タリト雖モ未タ以テ余カ當初ノ目的ヲ達スルニ足ルヤ否ヤヲ知ラス圖ラサリキ發刊ノ後未タ二歲ナラサルニ既ニ三タヒ版ヲ改ムルニ至ラントハ然レトモ公事ハ滋劇ヲ加ヘ版ヲ改ムル每ニ僅ニ前版ノ破綻ヲ彌縫スルニ過キス唯此版ニ於テハ客臘帝國議會ニ提出セラレタル民法親族編、相續編、法例商法ヲ參照シテ改補シタル所少シトセス是レ或ハ讀者ニ便スル所アランカ
明治三十一年三月下浣 洋洋學人 梅謙次郞識
凡例
一 本書ハ新民法ノ意義ヲ明カニスルヲ以テ目的トセリ故ニ立法論ニハタリ又舊民法、他ノ法令及ヒ外國法ト比較シテ之ヲ論スルハ本書ノ主眼トスル所ニ非ス唯舊民法及ヒ他ノ法令ノ個條中新民法ノ各條ト對照スヘキモノハ之ヲ括弧中ニ示セリ
二 政府カ民法修正案參考書トシテ議會ニ提出シタルモノハ主トシテ起草委員補助ヲシテ立案セシメタルモノニシテ倉卒ノ際余カ檢閱ヲ經サリシモノ多シ中ニ往往杜撰タルヲ免レサルモノアリ今之ヲ指摘スルハ煩ニ堪エス故ニ本書ハ全ク之ヲ度外ニ置キタリ其本書ニ說ク所ト異ナルモノハ參考書ノ杜撰ニ非サレハ立案者カ余ト見ヲ同シウセサルモノナリ讀者請ウ、諒セヨ
三 括弧中ノ數字ハ法令ノ個條ヲ示シタルモノニシテ上ニ其所屬法令ヲ揭ケサルハ新民法ノ個條ナリ
四 「人」ハ舊民法人事編、「財」ハ財產編、「取」ハ財產取得編、「担」ハ債權担保編、「證」ハ證據編ノ略ナリ
五 「憲」ハ憲法、「商」ハ商法、「民訴」ハ民事訴訟法、「刑」ハ刑法、「刑訴」ハ刑事訴訟法、「施」ハ施行法、「登」ハ不動產登記法ノ略ナリ
六 「法」ハ法律、「勅」ハ勅令、「省」ハ省令、「訓」ハ訓令、「指」ハ指令、「吿」ハ布吿、「布」ハ布達ノ略ナリ
七 「草」ハ草案ノ略ナリ
民法
私法ヲ分チテ民法 、商法 (droit commercial ou Code de commerce、Handelsrecht oder-gesetzbuch)ノ二ト爲スコト近世ノ慣例ト爲レリ我邦ニ於テモ之ニ傚ヒ民法、商法ノ二法典ヲ制定セリ是レ議スヘキ所ナキニ非サレトモ之ヲ論スルハ本書ノ範囲ヲ脫スルノ嫌アルヲ以テ今單ニ本書中ニ論スヘキ事項ヲ示スニ止メントス
明治二十三年ニ發布セラレタル商法ノ規定ハ動モスレハ民法ノ規定ト相重複シ甚シキニ至リテハ互ニ相抵觸スルモノサエアリタルカ新民法ハ力メテ是等ノ欠㸃ヲ補ヒ民法ノ規定ハ原則トシテ商事ニモ適用スヘキモノトシ商法ニハ全ク商事ニ特殊ナル規定ノミヲ揭クルコトトセリ故ニ商事ニ關スル法律問題ヲ決セント欲セハ單ニ商法ノ規定ノミヲ硏究スルモ未タ足レリトスヘカラス必ス同時ニ民法ノ規定ヲ參觀スルコトヲ要ス
私法ノ規定中手續 (procédure、Verfahren)ニ屬スルモノハ主トシテ民事訴訟法、破產法、登記法其他ノ特別法又ハ民法施行法中ニ之ヲ收メ民法中ニハ力メテ之ヲ揭クルコトヲ避ケタリト雖モ尙ホ實體法 (Materialrecht)ト連繁シタルモノハ多少之ヲ民法中ニ載セタリ(民事訴訟法、破產法等ハ公法ニ屬スルモノナリトスル說アリト雖モ本書ノ範囲ヲ脫セサランカ爲メ玆ニ論セス)
本法ハ之ヲ五編ニ分チ第一編總則 、第二編物權 、第三編債權 、第四編親族 、第五編相續 トセリ總則編ニ於テハ諸種ノ權利ニ共通ナル規定ヲ揭ケ物權編ニ於テハ財產權 中ノ一種ナル物權ニ關スル特別ノ規定ヲ揭ケ債權編ニ於テハ財產權中ノ他ノ一種ナル債權ニ特別ナル規定ヲ揭ケタリ中ニハ多少相牽連シタルモノナキニ非スト雖モ其主要ナル觀察㸃ニ因リテ類別ヲ爲セリ尙ホ他ニ著作權(財產權ニ非サルノ說アレトモ余ハ之ヲ取ラス)、特許權、意匠權、商標權等ノ如キ財產權アリト雖モ是等ハ皆特別法ニ讓リ民法中ニハ之ヲ揭ケス(債權中財產權ニ非サルモノアリトスル說ナキニ非サレトモ余ハ之ヲ取ラス尙ホ第百六十三條ニ至リテ論スル所アルヘシ)親族編ニ於テハ財產權ナラサル親族權 ニ關スル規定ヲ揭ケタリ蓋シ親族權ノ結果トシテ財產權ヲ生スルコトアリテ其財產權ニハ前二編ノ規定ヲ適用スヘキヲ原則トスト雖モ多少特別ナル規定ナキニ非ス相續編ニ於テハ財產權及ヒ親族權ノ主體亡失シタルトキハ何人カ之ヲ承繼スヘキカヲ規定セリ
第一編 總則
第一章 人
權利ノ主體ハ常ニ人ナルコトハ既ニ論スルカ如シト雖モ人ハ果シテ孰レノ時ヨリ權利ノ享有ヲ始ムヘキカ又如何ナル人カ如何ナル權利ノ主體トナリ得ヘキカヲ定メサルヘカラス故ニ本章第一節ニ於テハ私權ノ享有 ニ關スル規定アリ又權利ヲ享有スル者ト雖モ皆自ラ之ヲ行使スルコトヲ得ルニ非ス故ニ第二節ニ於テハ能力 ニ關スル規定アリ又人ノ所在ニ因リ其權利ノ效力其他ニ影響スル所尠カラス故ニ第三節ニ於テ住所 ニ關スル規定アリ而シテ人カ所在ヲ失ヒタル場合ニ於テハ其權利義務ヲ如何ニスヘキカヲ定メサルヘカラス故ニ第四節ニ於テ失踪 ノ規定アルナリ
第一節 私權ノ享有
權利ノ享有 (jouissance)トハ其行使 (exercice)ニ對シテ言フ語ナリ享有トハ權利ノ主體トナルヲイヒ行使トハ自ラ權利ノ作用ニ要スル行爲ヲ爲スヲ言フ故ニ獨逸學者ハ甲ヲ權利能力 (Rechtsf higkeit)ト謂ヒ乙ヲ行爲能力 (Geschäfts-oderHandlungsfähigkeit)ト謂ヘリ
凡ソ人ハ權利ノ主體トナルコトヲ得ルヲ原則トス故ニ本節ハ稍〻疑ハシキ問題ノミヲ揭ケ其他ハ當然一切ノ私權ヲ享有スヘキヲ以テ特ニ玆ニ揭ケス但他ニ權利ノ種類ニ因リ其主體トナリ得ヘキ者限レル例ナキニ非サレトモ是等ハ之ヲ法律ノ特別規定ニ讓リ玆ニ論セス
本說ニ揭クル所ハ(第一)凡ソ人ハ孰レノ時ヨリ私權ノ享有ヲ始ムルカ、(第二)外國人ハ內國人ト同シク私權ヲ享有スルカノ問題是ナリ
第一條 私權ノ享有ハ出生ニ始マル(人一、二)
苟モ權利ノ主體ハ常ニ人ナリトスル以上ハ人ノ生存ハ權利享有ノ要件ナルコト蓋シ疑ヲ容レスシカラハ私權ノ享有ハ出生ニ始マル トハ實ニ言フヲ待タサル所ナラスヤ然リ而シテ特ニ之ヲ言フ所以ノモノ如何曰ク一方ニ於テハ公權ノ若干ノ年齡ニ達セサレハ之ヲ享有セサルヲ常トシ又一方ニ於テハ私權中ニハ胎兒ト雖モ之ヲ享有スルモノトミ爲スモノアリ損害要償權(七二一)、相續權(九六八、九九三)受遺權(一〇六五)等ノ如キ是ナリ舊民法ニハ羅馬法其他歐洲多數ノ法律ニ傚ヒ胎兒ハ其利益ノ爲メニハ之ヲ既生兒ト同視スヘキモノトセシモ(人二)是レ汎博ニ失スル恐レアルヲ以テ今ハ原則トシテハ之ヲ取ラス例外トシテ胎兒ヲ誕生兒ト同視スヘキ場合ハ特ニ之ヲ限定セリ
第二條 外國人ハ法令又ハ條約ニ禁止アル場合ヲ除ク外私權ヲ享有ス(人四)
古ハ孰レノ國ニ於テモ外國人ヲ視ルコトハ禽獸ノ如ク又仇讎ノ如ク法律ヲ以テ其權利ヲ認メ之ヲ保護スルコト非サリシカ世ノ開明ニ赴クニ從ヒ外國人モ亦人ナルコト及ヒ是レト交通スルハ利アリテ害ナキコトヲ悟リ漸次外國人ノ權利ヲ認ムルニ至レリ唯公權ハ之ヲ外國人ニ認メサルヲ原則トス蓋シ其國ノ事情ニ通シ其國ヲ愛シ其國ト利害ヲ共ニスル者ニ非サレハ其國ノ政治ニ參与セシムルコトヲ得サレハナリ私權ニ付テモ今日尙ホ外國人ハ內國人ト同等ノ權利ヲ有セサルヲ原則トセルノ國ナキニ非スト雖モ是レアラ常ノ例外ニシテ大抵皆內外人其權利ヲ同シウスルヲ原則トシ又ハ條約若クハ外國ノ法律ニ因リ內國人カ其國ニ於テモ同樣ノ權利ヲ享有スルヲ條件トシテ其國ノ人ニ內國人ニ均シキ權利ヲ認ムルヲ例トセリ尙ホ原則ハ內外人不平等ノ主義ヲ株守スルモノト雖モ實際大多數ノ權利ヲ外國人ニ認ムルニ至リ其傾向ハ內外人ヲシテ同等ノ權利ヲ有セシムルニ在ルカ如シ我邦ニ於テモ原則トシテハ此主義ヲ採用シ以テ文明國ノ例ニ倣エリ但或ハ某國トノ條約ニ因リ其國人ニ限リ某某ノ權利ヲ享有セシメス或ハ法令ノ特別規定ニ因リ某某ノ權利ニ限リ之ヲ外國人一般又ハ其國人ニ認メサルコトアリ今現行法ニ於テ外國人ニ認メサル權利ヲ列擧セハ(一)外國人ハ日本ノ家ノ戶主又ハ家族タルコトヲ得ス(二)明治六年三月十四日第一〇三號布吿(三十一年七月九日法二一號ヲ以テ改正)ニ依レハ日本人カ外國人ヲ養子又ハ入夫ト爲スニハ內務大臣ノ許可ヲ要シ且內務大臣ハ同布吿第二條ノ要件ヲ具備スル場合ニ非サレハ之ヲ許可スルコトヲ得ス(三)明治六年一月十七日第一八號布吿地所質入書入規則第十一條ニ依レハ外國人ハ土地ノ所有權、質權、抵當權ヲ有スルコトヲ得ス但多數ノ條約國ノ人民ハ例外トシテ抵當權ヲ有スルコトヲ得(日獨議定書第二、尙ホ多數ノ條約國ハ最惠國條款ノ利益ヲ有ス)(四)民事訴訟法第八十八條ニ依レハ外國人カ原吿タルトキハ担保ヲ供スヘキモノトシ唯本國ニ於テ日本人カ同一ノ義務ヲ有セサル場合ニ限リ之ヲ要セサルモノトシ(五)同第九十二條ニ依レハ同樣ノ例外ヲ以テ外國人ハ訴訟上ノ救助ヲ受クル權ナキモノトシ(六)明治三十二年三月七日法律第四六號船舶法第一條ニ依レハ日本人ニ限リ日本船舶ノ所有者タルコトヲ許シ(七)明治二十九年三月二十三日法律第一五號航海奬勵法第一條、同日法律第一六號造船奬勵法第一條及ヒ同三十八年二月二十八日法律第四〇號遠洋漁業奬勵法第二條ニ依レハ日本人ニ限リ是等ノ法律ノ恩典ニ浴スルコトヲ得ルモノトシ(八)同二十九年四月七日法律第七〇號移民保護法第七條ノ一ニ依レハ日本人ニシテ日本ニ主タル營業所ヲ有スル者ニ限リ移民取扱人タルコトヲ得ルモノトシ(九)同二十六年三月三日法律第五號取引所法第十一條ニ依レハ日本人ニ限リ取引所ニ會員又ハ仲買人タルコトヲ許シ(三十二年三月九日法律第五八號ヲ以テ外國人ノ株主タルコトヲ許セリ)(十)同三十八年三月七日法律第四五號鑛業法第五條ニ依レハ日本人ニ限リ鑛業權者タルコトヲ許シ又同二十六年三月四日法律第一〇號砂鑛採取法第四條第一項ニハ砂鑛採取業ニ付キ同樣ノ規定アリ(十一)同十五年六月二十七日第三二號布吿日本銀行條例第五條及ヒ同二十年七月六日勅令第二九號橫濵正金銀行條例第五條ニ依レハ日本人ニ限リ日本銀行及ヒ橫濵正金銀行ノ株主タルコトヲ許シ(十二)同三十二年三月三日法律第三九號著作權法第二十八條ニ依レハ外國人ハ原則トシテ日本ニ於テ始メテ發行シタル著作物ニ付テノミ其著作權ノ保護ヲ受クルモノトセリ
私權ノ主タルモノニ付テハ憲法第二章ノ規定ニ因リ法律ヲ以テ規定スヘキ場合多シ 故ニ日本人ニ付テハ命令ヲ以テ是レカ私權ヲ規定スルハ其當ヲ得サル場合尠カラス然レトモ外國人ハ憲法ノ保障ヲ受ケサル者ナルカ故ニ命令ヲ以テ是レカ私權ヲ左右スルモ敢テ憲法ノ趣旨ニ反スルノ嫌アルコトナシ是レ本條ニ於テ命令ヲ以テ除外例ヲ設クルコトヲ得ヘキモノトセシ所以ナリ但法律論トシテハ苟モ法律中明カニ命令ノ規定ニ讓ルコトヲ定メタルトキハ法律事項 (憲法上法律ヲ以テ定ヘキ事項)ト雖モ命令ヲ以テ之ヲ規定スルコトヲ得ヘキハ余カ信シテ疑ハサル所ナリ
如何ナル者ヲ外國人ト爲スカハ國籍法(三十二年三月十五日法六六號)ノ規定ニ因リテ定マル所ナリ舊民法ニハ人事編中ニ之ヲ揭ケタリト雖モ(人七乃至一八)是レ主トシテ公法ニ屬スル事項ナルヲ以テ特別法ト爲スヘキモノトシテ新民法ニハ之ヲ揭ケス
第二節 能力
獨逸法ニ於テハ能力 (capacité、Fähigkeit)ヲ分チテ權利能力、行爲能力ノ二トセルコトヲ既ニ述ヘタルカ如シ然レトモ我國ニ於テハフランス法ノ語例ニ傚ヒ行爲能力ノミヲ能力ト稍〻スルコト從來ノ慣例トナレルヲ以テ本說ニ於テモ此意義ヲ以テ「能力」ナル文字ヲ用ヒタリ
行爲能力モ權利能力ニ均シク各人皆之ヲ具有スルヲ原則トシ事實上權利ヲ行使スルコトヲ得サル者及ヒ法律ニ於テ特ニ無能力者 (incapable, unfähig)トシタル者ノミ之ヲ具有セサルナリ故ニ本節ニ於テハ如何ナル人カ能力ヲ具有スルカヲ規定セスシテ如何ナル人カ之ヲ具有セサルカヲ規定セルナリ
獨逸學者ハ行爲能力ヲ具有セサルモノヲ分チテ無能力者 、限定能力者 (geschäftsunfähig in der Geschäftsfähigkeitbeschränkt)ノ二種ト爲スト雖モ其所謂無能力者ハ我民法ニ於テハ意思無能力者 (willensunfähig)ノミナリ然ルニ此場合ニ於テハ法律行爲ノ要素タル意思ヲ欠クヲ以テ法律行爲成立セサルモノトシ敢テ無能力者トシテ之ヲ規定セス唯意思無能力者タル幼者、心神喪失者又ハ法人ノ如キ之ヲ代表スルモノニ付キ法律ノ規定ヲ要スルコトアリト雖モ是レ寧ロ權限ノ問題ニ屬シ本節ニ所謂無能力ノ問題ヲ惹起スルコト稀ナリ故ニ玆ニハ獨逸學者ノ所謂限定能力者ノミニ付キ規定ヲ設ケタルナリ
一般ノ無能力者ノホカ特別ノ無能力者アリ後見人ト舊未成年者トノ間ニ於テ後見計算ノ結了マテ契約ヲ爲スコトヲ得ス(九三九、人二〇八)又夫婦間ノ契約ハ何時ニテモ之ヲ取消スコトヲ得ヘク(七九二)又破產者ハ破產債權者ニ對抗スルコトヲ得ヘキ行爲ヲ爲スコトヲ得サルカ如キ(舊商九八五是ナリ是等ハ親族編及ヒ破產法(現行破產法ハ舊商法ノ一部ナリ)ニ規定セルヲ以テ玆ニ論セス
我民法ニ於テ認メタル一般ノ無能力者ハ(一)未成年者 (二)禁治產者 (三)準禁治產者 (四)妻 是ナリ請ウ左ニ順次之ヲ說明セン
一 未成年者(mineur、Minderjähriger)
第三條 滿二十年ヲ以テ成年トス(人三)
本條ノ規定ハ明治九年以來既ニ存スル所ニシテ(九年四月一日吿四一號)皇室典範ニ於テモ普通ノ皇族ニ付テハ同シク滿二十年ヲ以テ成年 (majorité、Volljährigkeit)トセリ(皇室典範一四)唯(一)天皇及ヒ皇太子、皇太孫ニ付テハ滿十八年ヲ以テ成年トシ(皇室典範一三)(二)婚姻ハ男滿十七年、女滿十五年ニ至レハ之ヲ爲スコトヲ得而モ男滿三十年、女滿二十五年ニ達スルマテハ家ニ在ル父母ノ同意ヲ得ヘキモノトシ(七六五、七七二、又人三〇、三八乃至四二參觀)(三)養子緣組モ亦養子タルヘキ者滿十五年以上ナルトキハ之ヲ爲スコトヲ得但年齡ニ拘ハラス家ニ在ル父母ノ同意ヲ得ヘキモノトシ(八四四、八四六又人一一六乃至一一八參觀)(四)遺言モ亦滿十五年以上ノ者ハ之ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ(一〇六一、又人二一三乃至二一五取三五七、四號參觀)
年齡ノ計算方法ハ明治三十五年十二月一日法律第五〇號ヲ以テ之ヲ定メタリ而シテ其規定タル主トシテ民法第百四十三條ノ準用ニ過キス故ニ其條ノ說明ニ因リオノスカラ明カナルヘシ唯年齡ハ日ヲ以テ算ウヘキカ時ヲ以テ算ウヘキカ又日ヲ以テ算ウルトキハ初日ハ之ヲ參入スヘキヤ否ヤハ多少疑ハシキ問題ニ屬ス而シテ三十五年法律第五〇號ハ日ヲ以テ之ヲ算エ且初日ヲ參入スヘキモノト定メタリ
第四條 未成年者カ法律行爲ヲ爲スニハ其法定代理人ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス但單ニ權利ヲ得又ハ義務ヲ免ルヘキ行爲ハ此限ニ在ラス
前項ノ規定ニ反スル行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得(財五四七、二項、五四八、一項)
未成年者ニハ新權ヲ行フ父母又ハ後見人アリテ其法定代理人トナリ之ニ代ハリテ其財產ヲ管理シ契約其他ノ行爲ヲ爲スヲ常トスト雖モ未成年者ハ相當ノ年齡ニ達シタル後ハ絕對ノ無能力者ニ非ス故ニ自ラ行爲ヲ爲スモ其行爲全ク無效ナルニ非ス唯其能力不完全ニシテ法定代理人ノ同意ヲ以テ之ヲ補ウニ非サレハ其行爲ハ完全ニ成立セサルモノトセルノミ而シテ法定代理人ノ同意ヲ得スシテ行爲ヲ爲スモ單ニ之ヲ取消スコトヲ得ルニ止マリ敢テ絕對ニ無效ナルニハ非ス而シテ其取消シハ何人カ之ヲ爲スヘキカ、如何ナル方法ヲ以テ之ヲ爲スヘキカ、其效力如何等ハ後ニ無效及ヒ取消 ノ節ニ於テ之ヲ論スヘシ
右ハ意思能力ヲ有スル未成年者ニ付テ論スル所ナリ若シ孰レ意思能力ナキ幼者ニ至リテハ法律行爲ノ要素タル意思ヲ欠ケルカ故ニ其行爲ハ決シテ成立スルコトヲ得サルナリ
本條ニ所謂法律行爲 中ニハ訴訟行爲 ヲモ包含セリ尙ホ第十二條第一項第四號及ヒ民事訴訟法第四十三條ヲ參觀セヨ
以上ハ原則ナリ之ニ一ノ例外アリ單ニ權利ヲ得又ハ義務ヲ免ルヘキ行爲 ハ未成年者獨斷ニテ之ヲ爲スコトヲ得ル是ナリ蓋シ是等ノ行爲ハ法律上利ノミアリテ害ナキモノト視ルヘキ以テナリ
法定代理人カ未成年者ノ行爲ニ同意スルニハ多少ノ條件ヲ要スル場合アルヘシト雖モ是レハ專ラ親族編ノ規定ニ讓リ玆ニ說カス(八八六、九二九又人一五四、一五七、一項、一九四參觀)
本條ニ於テハ汎ク未成年者カ法律行爲ヲ爲スニハ其法定代理人ノ同意ヲ要スル旨ヲ規定セルカ故ニ身上、財產上一切ノ行爲ニ之ヲ適用スヘキカ如シト雖モ其實然ラス原則トシテハ單ニ財產上ノ行爲ニノミ之ヲ適用スヘキモノトス抑〻法定代理人ノ何人ニシテ如何ナル權限ヲ有スルカハ總テ親族編ノ規定スル所ナリ然ルニ親族編ニ於テハ一般ノ規定トシテハ親權者及ヒ後見人ハ未成年者ノ財產ニ關スル法律行爲ニ付テノミ之ヲ代表スヘキコトヲ定メタリ(八八四、九二三、一項)故ニ財產以外ノ行爲ニ付テハ通常法定代理人アルコトナシ從テ法定代理人ノ同意ナルモノヲ要スルコトアルヘカラサルナリ唯本條ニ汎ク未成年者ノ法律行爲ニ付キ法定代理人ノ同意ヲ要スル旨ヲ規定セルヲ以テ或ハ財產以外ノ行爲ニモ之ヲ要スルカヲ疑フ者ナキ非サルヘキヲ慮リ隱居(七五六)、私生子ノ認知(八二八)、婚姻ノ無效若クハ取消、離婚又ハ同居ニ關スル訴訟行爲(人事訴訟手續法三、一項)、養子緣組ノ無效若クハ取消又ハ離緣ニ關スル訴訟行爲(同二六)、親子關係、相續人排除又ハ隱居ニ關スル訴訟行爲(同三九、一項)等ニ付キ特ニ法定代理人ノ同意ヲ要セサル旨ヲ明言セリ尙ホ例外トシテ轉籍(七三七、二項)、分家、他家ノ相續又ハ再與(七四三)、兵役ノ出願(八八一、九二一)、職業ヲ營ムコト(八八三、九二一)等ニ付キ親權者又ハ後見人ノ同意ヲ要スル旨ヲ定メタリ然レトモ特ニ「親權ヲ行フ父若クハ母又ハ後見人ノ同意」ヲ要スル旨ヲ謂ヒ「法定代理人 ノ同意」ヲ要スル旨ヲ言ハサルハ立法者カ意ヲ用ヒタル所ナリ尙ホ婚姻(七七二)、離婚(八〇九)、養子緣組(八四四、八四六、一項)、離緣(八六三)等ニ付テモ父母又ハ後見人ノ同意ヲ要スルモノトセルモ此父母ハ必スシモ親權者ニ非ス又未成年者ノミニ關セサルカ故ニ本條ニ規定ト大ニ其性質ヲ同シウセサルコトハ蓋シ多弁ヲ竢タスシテ明カナリ
第五條 法定代理人カ目的ヲ定メテ處分ヲ許シタル財產ハ其目的ノ範圍內ニ於テ未成年者隨意ニ之ヲ處分スルコトヲ得目的ヲ定メスシテ處分ヲ許シタル財產ヲ處分スル亦同シ
前條ニ揭ケタル原則ニ依レハ未成年者ハ法定代理人ノ同意ヲ得ルニ非サレハ殆ト何事モ爲スコトヲ得ス、サレハトテ父、母、又ハ後見人カ事事物物ニ付テ皆未成年者ノ代理人トナリテ行爲ヲ爲スコト頗ル難シ故ニ未成年者カ相當ノ年齡ニ達シタル後ハ之ニ多少ノ金錢其他ノ財產ヲ交付シ自ラカラ其處分ヲ爲サシムルノ必要アリ例ヘハ學資トシテ月月金若干ヲ交付スレハ之ヲ受ケタル未成年者ハ學資ノ範囲內ニ於テハイカヨウニ之ヲ支弁スルモ後日ニ至リ其行爲ヲ取消スコトヲ得ス又小遣錢トシテ月月金若干ヲ交付スレハ之ヲ受ケタル未成年者ハ全ク自由ニ之ヲ消費スルコトヲ得ヘキモノトセサレハ實際ノ不便ニ堪エサルヘシ是レ本條ノ規定在ル所以ナリ
第六條 一種又ハ數種ノ營業ヲ許サレタル未成年者ハ其營業ニ關シテハ成年者ト同一ノ能力ヲ有ス
前項ノ場合ニ於テ未成年者カ未タ其營業ニ堪ヘサル事跡アルトキハ其法定代理人ハ親族編ノ規定ニ從ヒ其許可ヲ取消シ又ハ之ヲ制限スルコトヲ得(八八三、二項、九二一、財五五〇、商五、六、舊商一一)
成年ヲ二十年トシタルハ素ト人ノ發育ヲ考エ平均此年齡ニ達セサル者ハ未タ自ラ法律行爲ヲ爲スニ適セス此年齡達セハ既ニ各種ノ取引ヲ自ラスルニ適スルモノト看做シタルニ過キス故ニ實際ノ發育ヲ考エ又家政ノ必要ニ從ヒ相當ノ年齡ニ達シタル未成年者ヲシテ商工業其他ノ職業ヲ營マシムルコトヲ得スンハアルヘカラス然リト雖モ若シ其職業ニ必要ナル諸般ノ取引ヲ爲スニアタリ一一其法定代理人ノ同意ヲ得テ之ヲ爲スニ非サレハ後日之ヲ取消スコトヲ得ルモノトセハ誰カ此未成年者ト取引ヲ爲ス者アランヤ此如クンハ假令之ニ職業ヲ營ムルコトヲ許スモ實際之ヲ營ムコトヲ得サルヘキノミ而シテ舊民法ハ不動產ノ讓渡ニ關シ制限ヲ附シ外國ノ法律又其例ニ乏然ラスト雖モ是レ實際ニ不便ニシテ且十分ノ保護ト爲スコトヲ得サルカ故ニ寧ロ一刀兩斷營業ヲ許ス以上ハ其營業ニ付テハ全然成年者ト同一ノ能力ヲ有スルモノトシ若シ此能力ヲ与ウルニ適セサルモノハ斷然之ニ營業ヲ自ラスルコトヲ許ササルノ愈レルニ如カストシ本條ニ於テハ一切制限ヲ付スルコトナシ唯許サレタル營業以外ニ在リテハ全然未成年者ニシテ第四條ノ通則ニ從フヘキモノトセリ余ハ此最後ノ㸃ニ付キ多少ノ意見ナキニ非スト雖モ是レ自ラ立法論ニ屬スルヲ以テ玆ニ論セス
一旦職業ヲ營ムニ適セリト信シテ許可ヲ与エタル未成年者モ元來年少者ノ事ナルヲ以テ其職業ヲ始ムルヲ視ルトキハ往往予期ニ違ヒ唯失敗ノミヲ爲シテ未タ其職業ヲ營ムルニ適セサルノ跡顯然タルコトアルヘシ此場合ニ於テ其許可ヲ与エタル者ハアニ袖手傍觀スルコトヲ得ンヤ故ニ立法者ハ之ヲシテ或ハ其職業ヲ營ムノ許可ヲ取消シ或ハ之ヲ制限シ例ヘハ從來卸小賣ヲ業トセシメタルヲ單ニ卸賣ノミ又ハ小賣ノミヲ爲サシムルコトトシ又ハ從來造酒權酒類賣捌業ヲ爲サシメタルヲ單ニ造酒ノミ又ハ酒類賣捌ノミヲ業トセシムルコトヲ得セシメタリ
以上述フル所ニ從ヒ許可ヲ与エ又ハ之ヲ取消シ若クハ制限スル者ハ何人ニシテ其條件ハ如何等ハ總テ親族編ノ規定ニ讓レリ今同編ノ規定ニ依レハ後見人ハ親族會ノ同意ヲ得テ之ヲ爲スヘキモノトセリ(九二一)尙ホ舊民法ニハフランス、イタリア等ノ例ニ傚ヒ自治產 (émancipation)ヲ以テ商工業ヲ營ムノ必要條件トセリト雖モ新民法ニ於テハ之ヲ必要トセス自治產ノ制ハ全ク之ヲ取ラサルナリ(舊商一一ニハ獨立ノ生計ヲ立ツルヲ必要トセリト雖モ是レ亦新民法ノ取ラサル所ナリ但自治產ノ制ノ存廢ニ付テハ余ハ多少ノ意見ヲ有セリト雖モ自ラ立法論ニ屬スルヲ以テ玆ニ論セス)
二 禁治產者(interdit、Entmündigter)
第七條 心神喪失ノ常況ニ在ル者ニ付テハ裁判所ハ本人、配偶者、四親等內ノ親族、戶主、後見人、保佐人又ハ檢事ノ請求ニ因リ禁治產ノ宣吿ヲ爲スコトヲ得(人二二二、二二三)
本條以下第十三條マテニ規定セル無能力ハ精神ノ狀態ニ基付キタルモノナリ刑法及ヒ舊民法ニハ刑罰ニ基付キタル禁治產 (interdiction、Entmündigung)ヲ認ムルト雖モ新民法ニ於テハ之ヲ認メス蓋シ刑法ノ改正ト共ニ此制ヲ廢スヘキ事ヲ予期シタルナリ但刑法ノ改正ニ先ヲテ民法ヲ施行セラレタルヲ以テ民法施行法中ニ此制ヲ廢スル旨ヲ規定セリ(民施一四乃至一七)
精神病者ニハ程度アリテ其重キハ精神全ク錯亂シ毫モ知覺ナキ者アリ其輕キニ至リテハ時時精神錯亂スルコトアリト雖モ平常ハ普通人ト毫モ異ナルコトナキ者アリ而シテ其精神病ノ程度如何ニ拘ハラス精神錯亂中ニ爲シタル行爲ハ全ク成立セサルコト敢テ疑ヲ容レス蓋シ法律行爲ノ第一ノ要素ハ意思ナルニ此場合ニハ其意思ナルモノナケレハナリ然リト雖モ(一)法律行爲ノ當時ニ當事者ノ精神錯亂セシコトヲ證明スルハ極メテ難ク(二)假令當事ノ事實ハ之ヲ證明スルコトヲ得ルモ精神全ク錯亂セシヤ又未タ全ク其知覺精神ヲ失ハサリシヤヲ斷定スルハ精神病ノ專門家ト雖モ難シトスル所殊ニ精神全ク錯亂セストスルモ多少平態ニ異ナルコト多ク(三)精神ノ錯亂セル者ハ或ハ全ク法律行爲ヲ爲スコトヲ得ス或ハ往往自已ニ不利益ナル法律行爲ヲ爲シ爲メニ其財產ノ散失ヲ來スノ虞アリ(四)精神病者ノ症狀ハ往往一面ノ人ニ知レ難キヲ以テ動モスレハ之ヲ普通人ナリト誤信シテ是レト取引ヲ爲シ後日其取引ヲ無效ト認メラルルコトナキヲ保セス之ニ於テカ立法者ハ其精神病ノ程度ヲ考エ心神喪失ノ常況ニ在ル者 ハ之ヲ禁治產者トシ一切ノ行爲ヲ自ラスル能力ナキモノトシテ敢テ法律行爲ノ當時其精神ノ錯亂セサリシコトヲ證明シテ其行爲ヲ有效トスルコトヲ許サス單ニ心神耗弱者 ト認ムヘキモノハ之ヲ準禁治產者トシテ之ニ保佐人ヲ附スルニ止メ他ハ皆ナ事實問題トシ法律行爲ノ當時其精神ノ錯亂セシコトヲ主張スル者アルトキハ其精神錯亂者タルト相手カタルトヲ問ハス精神錯亂ノ證明ヲ爲サシメ其證明アレハ法律行爲ハ全ク無效タルヘク然ラスンハ法律行爲ハ皆有效トナルモノトセリ
本條ハ禁治產者ニ關スルモノニシテ心神喪失ノ常況ニ在ル者 即チ精神常ニ錯亂シテ一切本心ニ復スルコトナキ者及ヒ時時本心ニ復スルコトアリト雖モ精神動モスレハ錯亂シ其平態ニ在ルコトハ寧ロ例外タル狀況ナル者ハ裁判所ノ決定ヲ以テ之ヲ禁治產者 ト宣吿スルコトヲ得ルモノトセリ而シテ之ヲ請求スル者ハ(一)本人 トス蓋シ本人カ時時本心ニ復スルコトアルトキハ其通常心神喪失ノ狀況ニ在ルコトヲ思ヒ自己ノ利益ヲ慮リテ自ラ其禁治產ヲ請求スルコトヲ得ルナリ(二)配偶者 トス是レ其配偶者、其子又ハ其家ノ利益ヲ慮リ其配偶者ノ禁治產ヲ請求スルコトヲ得ルナリ(三)四親等內ノ親族 トス是レ同樣ノ理由ニ因リ自己ノ親族ノ禁治產ヲ請求スルコトヲ得ルナリ而シテ如何ナル者ヲ四親等內ノ親族 ト爲スカハ親族編ノ規定ニ因リテ明カナリ即チ親等計算ノ法ハ舊民法ニ同シク羅馬法ノ主義ニ因リ唯親族 中ニ血族 ト姻族 トヲ包含セシメ而シテ血族ハ六親等マテヲ認ムルト雖モ姻族ハ三親等ヲ限トシテ他ハ全ク親族關係ナキモノトセリ(七二五乃至七三一)(四)戶主 トス是レ亦同樣ノ理由ニ因リ其家族ノ禁治產ヲ請求スルコトヲ得ルナリ(五)後見人 トス是レハ未成年者ヲ禁治產者トスル必要アル場合ニ於テ其者ノ利益ヲ謀リテ其禁治產ヲ請求スルニ尤モ適當ナル地位ニ居ル者ナリ舊民法ニ是レナカリシハ眞ニ欠典ト謂フヘシ(六)保佐人 トス是レハ一旦準禁治產ノ宣吿ヲ受ケタル者カ更ニ禁治產ノ宣吿ヲ受クル必要アル場合ニ於テ之ヲ請求スルニ尤モ適當ナル地位ニ居ル者ナリ是レ亦舊民法ニ無カリシヲ欠典トセシ所ナリ(七)檢事 トス是レ或ハ瘋癲者カ直接ニ公安ヲ害スルヲ慮リ是レカ監督者ヲ設クル爲メ或ハ直接ニハ社會ノ一員タル瘋癲者ノ利益ヲ謀リ其身體、財產ヲ保護シ以テ間接ニハ國家ノ公益ヲ謀ランカ爲メ禁治產ヲ請求スルコトヲ得ルナリ(人事訴訟手續法四十條乃至六十二條)
未成年者モ亦之ヲ禁治產者トスルコトヲ得ヘキハ右ニ言ヘルカ如シ然レトモ其必要何ニカ在ル未成年者モ親權又ハ後見ニ服ス禁治產者モ亦後見ニ服ス未成年者モ其獨斷ニテ爲シタル法律行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得禁治產者モ亦然リ故ニ全ク未成年者ヲ禁治產者トスル必要ナキカ如シ如何曰ク有リ(一)未成年者ノ行爲ハ成年ニ達シタル後五年ヲ經過スルトキハ又之ヲ取消スコトヲ得ス(一二四、一項、一二六)禁治產者ノ行爲ハ禁治產取消ノ後其行爲ヲ爲シタルコトヲ覺知シタル時ヨリ五年ヲ經過スルニ非サレハ其取消權消滅スルコトナシ(一二四、二項、一二六)(二)若シ未成年ノ間ニ禁治產ノ請求ヲ爲ササレハ其者カ成年ニ達シタル後禁治產ノ宣吿ヲ受クルマテ其者ハ能力者ニシテ其保護ヲ欠クニ至ルヘシ是レ未成年者ヲ禁治產者トスル必要アル所以ナリ其他單ニ權利ヲ得又ハ義務ヲ免ルヘキ行爲 ヲ爲スコトヲ得ルト得サルトノ別アリト雖モ是等ハ細目ニ涉レルモノナルカ故ニ玆ニ論スルヲ要セス(舊民法ニ從ヘハ兩者ノ差異殊ニ甚タシク從テ未成年者ヲ禁治產者トスル必要一層多カリシト雖モ今ハ大ニ其必要減シタリ)
第八條 禁治產者ハ之ヲ後見ニ付ス(人二二四)
禁治產ノ目的カ禁治產者ノ身體、財產ヲ保護シ兼ネテ之ヲ監督スルニ在ルコト殊ニ心神喪失ノ常況ニ在ル者ヲシテ自ラ其財產ヲ管理セシムルノ危險ナルコトハ既ニ之ヲ述ヘタリ故ニ後見人 (tutor、tuteur、Vormund)ヲ置イテ其身體ノ保護、監督及ヒ其財產ノ管理ニ任セシムルヲ必要トス尙ホ何人カ後見人トナリ如何ナル權限、職務ヲ有スヘキカハ之ヲ親族編ノ規定ニ讓レリ(九〇二乃至九四二)
未成年者カ禁治產ノ宣吿ヲ受ケタル場合ニ於テハ親權者カ未成年者ノ身體、財產ヲ保護、監督スルコト多シ此場合ニ於テハ更ニ禁治產者トシテ之ニ後見人ヲ附スル必要ナキカ曰ク有リ此者ハ未成年者ト禁治產者ト二ツノ資格ヲ有スルカ故ニ之ヲ保護スルノ機關モ亦兩ナカラ存セサルコトヲ得ス唯原則トシテハ親權者禁治產者ノ後見人タルヘキカ故ニ實際同一人カ二ツノ職務ヲ兼ヌルコトトナルヲ通例トスヘシ(九〇二)
第九條 禁治產者ノ行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得(人二三〇、財五四七、二項)
心神喪失者ノ爲シタル行爲ハ行爲ノ要素タル意思ヲ欠クカ故ニ無效ナルコトハ既ニ言ヘルカ如シ然リト雖モ其行爲ノ當時恰モ心神ヲ喪失セシコトヲ證明スルコト難キノミナラス全ク心神ヲ喪失セルト謂フコトヲ得サル場合ト雖モ亦心神全ク健全ナラサルコト多シトス之ニ於テカ立法者ハ凡ソ禁治產者ノ爲シタル行爲ハ心神喪失ノ狀況ノ有無ヲ證スルコトヲ要セスシテ其禁治產者又ハ其代理人ヨリ之ヲ取消スコトヲ得ルモノトシ以テ之ヲ保護セリ是レ即チ禁治產ノ主タル目的ノ一ナルコトハ粗前ニモ述ヘタルカ如シ但禁治產者カ其後見人ノ同意ヲ得テ爲シタル行爲ハ苟モ其行爲カ後見人ノ權限內ニ在ル以上ハ全ク有效ナルコト勿論ナリ蓋シ禁治產者ハ心神喪失ノ常況ニ在ル者 ナルカ故ニ其本心ニ復スルコトハ稀ナルヘク隨テ後見人ノ同意ヲ得テ法律行爲ヲ爲スカ如キ極メテ例外ニ屬スル事項ナルヲ以テ法文ニハ敢テ未成年者ニ於ケルカ如ク禁治產者カ法律行爲ヲ爲スニハ其後見人ノ同意ヲ得ルコトヲ要スト云ハス後見人常ニ之ニ代ハリテ法律行爲ヲ爲スヘキモノトスルト雖モ若シ其本心ニ復シタル間ニ於テ後見人ノ同意ヲ得テ之ヲ爲サンニハ後見人ニ代ハリテ之ヲ爲シタルモノ視ルコトヲ得ヘク(一〇二參觀)從テ其法律行爲ノ有效ナルコトハ固ヨリ論ヲ竢タサルナリ
心神喪失ノ證據ヲ提出スルコト難キハ右ニ言ヘルカ如シト雖モ若シ其難キ證據ヲ提出シタランニハ尙ホ單ニ禁治產者又ハ其代理人ヨリ其行爲ヲ取消スコトヲ得ルニ止ルヘキヤ又禁治產者又ハ其相手方ハ其行爲ノ全ク無效ナルコトヲ主張スルコトヲ得ヘキヤ是レ外國ニ於テモ種種議論アル所ナリト雖モ余ノ信スル所ニ依レハ意思カ法律行爲ノ要素ナル以上ハ苟モ反對ノ明文ナキ限ハ意思ナキ法律行爲ノ有ルヘキ謂レ爲シ今禁治產者ノ行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得 ト謂フニ止マルカ故ニ其行爲ハ普通ノ要素タル意思アルモノタラサルヘカラス若シシカラハ禁治產者カ行爲ヲ爲スニ當リテ意思全ク欠缺セシ證據ヲ提出セハ禁治產者カ單ニ之ヲ取消スコトヲ得ルニ止マラスシテ其行爲全ク無效、不成立ナリ故ニ取消權時效ニカカルノ後ト雖モ尙ホ其無效唱ウルコトヲ得ヘク相手方モ亦其無效ヲ唱ヘテ其行爲ノ履行ヲ拒ムコトヲ得ヘシ是レ或ハ禁治產者ニ不利ナルカ如シト雖モ亦實ニヤムヲ得サル所ナルノミナラス事實ニ於テ心神喪失ヲ證明スルコト難キカ故ニ敢テ弊害ナカルヘシ是レ恰モ幼兒カ爲シタル行爲ハ意思ナキカ爲メニ全ク無效ニシテ其者ヨリモ相手方ヨリモ無效ヲ唱ウルコトヲ得ルト異ナルコトナキナリ
第十條 禁治產ノ原因止ミタルトキハ裁判所ハ第七條ニ揭ケタル者ノ請求ニ因リ其宣吿ヲ取消スコトヲ要ス(人二三一)
本條ノ規定ハ當然ニシテ說明ヲ要セス初ニ裁判所ニ於テ禁治產ノ宣吿ヲ爲シタルニ因リ後ニ之ヲ取消スニモ亦裁判所ニヨラサルヘカラス而シテ之ヲ宣吿セシムル利害モ其宣吿ヲ取消サシムル利害モ同一ナルカ故ニ同一ノ人ヨリ其取消ヲ請求スルコトヲ得ルナリ但保佐人ハ實際其適用ヲ見サルヘシ(人事訴訟手續法六三乃至六六)
三 準禁治產者(demi-interdit)
第十一條 心神耗弱者、聾者、啞者、盲者及ヒ浪費者ハ準禁治產者トシテ之ニ保佐人ヲ附スルコトヲ得(人二三二、一項)
本條ニ規定スル所ノ者ハ未タ全ク心神ヲ喪失スルニ至ラス又ハ之ヲ喪失スルコトアルモ未タ其常況ニ陷ラサル者ニシテ唯精神常人ニ及ハス法律行爲ノ利害、得失ヲ十分ニ弁識スルノ智能ヲ具エサル者ナリ而シテ聾者、啞者、盲者ハ各五官ノ一ヲ欠ク者ニシテ其智識多ク常人ニ及ハス動モスレハ他人ノ爲メニ欺カルル虞アリ浪費者モ亦一種ノ精神病者ニシテ假令他ノ智能ニ欠クル所ナキモ理財ノ一事ニ至リテハハルカニ常人ニ及ハサル者ナリ故ニ是等ノ人ヲ保護セント欲セハ必ス其能力ヲ畵限シホシイママニ法律行爲ヲ爲スコトヲ得サラシメサルヘカラス是レ準禁治產 (demi-interdiction)ノ制ノ由テ起コリタル所以ナリ但是等ノ人ニハ保佐人 (conseil judiciaire)ヲ附スルヲ得ルニ止マリ敢テ必スシモ之ヲ附スルコトヲ要セス蓋シ其精神ノ狀況ニ因リ之ヲ附スル必要ナキコトアレハナリ(禁治產ノ宣吿モ亦之ヲ爲スコトヲ得ル旨ヲ規定セシニ止マルヲ以テ假令心神喪失ノ常況ニ在ル者ト雖モ是レカ禁治產ノ宣吿ヲ爲ササルコトヲ得ルカ如シ然レトモ法文ニ裁判所カ某ノ事ヲ爲スコトヲ得ル旨ヲ規定シタル場合ニ於テハ總テ裁判所カ必要マ又ハ有益ナリト認ムルトキハ之ヲ爲スヘキモノト解セサルヘカラス然ルニ心神喪失ノ常況ニ在ル者ニ付キ禁治產ノ宣吿ヲ必要トセサルコトハ蓋シ是レ非サルヘキカ故ニ實際心神喪失ノ常況ニ在ルノ事實ヲ認メテ而モ禁治產ノ宣吿ヲ爲スコトヲ要セサル場合ヲ生スルコトナカルヘシ)
然リト雖モ準禁治產者ハ其智力禁治產者ニ優ルコト勿論ナリ隨テ其能力モ禁治產者ノ能力ヨリハ大ナルヲ當然トス之ニ因リテ左ノ差異ヲ生ス
一 禁治產者ハ自ラ法律行爲ヲ爲ササルヲ原則トス故ニ必ス後見人アリテ是レカ法定代 理人タリ準禁治產者ハ常ニ自ラ法律行爲ヲ爲スモノニシテ保佐人ハ唯之ヲ監督、輔佐スルニ止マリ保佐人自ラ準禁治產者ニ代ハリテ法律行爲ヲ爲スコトヲ得ス
二 禁治產者ハ財產ニ關シテハ如何ナル法律行爲ト雖モ獨斷ニシテ之ヲ爲ストキハ 之ヲ取消スコトヲ得レトモ準禁治產者ハ唯重大ナル行爲ニ付テノミ保佐人ノ同意 ヲ得ルコトヲ要シ其他ノ行爲ハ總テ獨斷ニテ之ヲ爲スコトヲ得ル者ナリ
第十二條 準禁治產者カ左ニ揭ケタル行爲ヲ爲スニハ其保佐人ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス
一 元本ヲ領收シ又ハ之ヲ利用スルコト
二 借財又ハ保證ヲ爲スコト
三 不動產又ハ重要ナル動產ニ關スル權利ノ得喪ヲ目的トスル行爲ヲ爲スコト
四 訴訟行爲ヲ爲スコト
五 贈與、和解又ハ仲裁契約ヲ爲スコト
六 相續ヲ承認シ又ハ之ヲ抛棄スルコト
七 贈與若クハ遺贈ヲ拒絕シ又ハ負擔附ノ贈與若クハ遺贈ヲ受諾スルコト
八 新築、改築、增築又ハ大修繕ヲ爲スコト
九 第六百二條ニ定メタル期間ヲ超ユル賃貸借ヲ爲スコト
裁判所ハ場合ニ依リ準禁治產者カ前項ニ揭ケサル行爲ヲ爲スニモ亦其保佐人ノ同意アルコトヲ要スル旨ヲ宣吿スルコトヲ得
前二項ノ規定ニ反スル行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得(人一九四、二一八、二一九、二三三、二三四、財五四七、二項、五四八、二項)
本條ニ列擧セル行爲ハ皆重大ナル行爲ニシテ精神ノ完全ナラサル者ハホシイママニ之ヲ爲スコトヲ得サルモノトスルニ非サレハ家產ヲ蕩盡スル虞アルモノナリ而シテ大抵處分行爲ニ屬スルト雖モ中ニ元本ノ領收、修繕ノ如キ性質上管理行爲ニ屬スルモノアリ蓋シ危險多キ行爲ナルヲ以テ特ニ之ヲ處分行爲ト同一視シ保佐人ノ同意ヲ必要トシタルナリ又保證、贈与ノ如キ全ク之ヲ禁スルモ不可ナキカ如キモ商業ヲ營ム者ハ往往ニシテ其營業上互ニ保證ヲ爲スノ必要アリ又家族ノ分家、婚姻、養子等ノ場合ニ於テ或ハ贈与ヲ爲スノ必要ナキニ非ス故ニ是レ亦保佐人ノ同意ヲ得テ之ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ
第二項ノ規定ハ準禁治產者中精神不完全ノ程度ヲ考エ其甚シキ者ニ至リテハ短期ノ賃貸借、重要ナラサル動產ノ賣買ノ如キ瑣末ノ行爲ト雖モ尙ホ保佐人ノ同意ヲ得ルコトヲ要スルモノト宣吿スルノ必要アルヘキヲ慮リテ之ヲ設ケタルナリ但其者ノ精神改善ニ赴キタルトキハ右ノ宣吿ヲ取消又ハ之ヲ變更スルコトヲ得ヘク又精神益〻不完全ニ赴キタルトキハ後日ニ至リテ右ノ宣吿ヲ爲シ又ハ之ヲ變更シテ保佐人ノ同意ヲ要スル行爲ノ範囲ヲ擴ムルコトヲモ得ヘシ(人事訴訟手續法六八)
準禁治產者カ保佐人ノ同意ヲ得ルヲ必要トスル場合ニ於テ其同意ナクシテ爲シタル行爲ハ未成年者、禁治產者ノ行爲ト同シク一應ハ之ヲ有效ナモノト視ルモ若シ準禁治產者ニシテ之ヲ自已ニ不利益ナリトセハ之ヲ取消スコトヲ得ルナリ
第十三條 第七條及ヒ第十條ノ規定ハ準禁治產ニ之ヲ準用ス(人二三二、二項、二三五)
準禁治產者ハ其程度コソ異ナレ其性質ニ至リテハ禁治產者ト大ニ相類スルモノアリ是レ準禁治產者 ノ名稱ノ因リテ生シタル所以ナリ故ニ何人カ之ヲ請求スルコトヲ得ルカ及ヒ其原因去レハ直チニ之ヲ取消スヘキコトニ付テハ禁治產ト其規定ヲ異ニスル理非サルナリ是レ本條ニ於テ禁治產ニ關スル第七條及ヒ第十條ヲ準用スル所以ナリ準禁治產ノ請求ヲ爲ス者ニ於テ保佐人ハ實際適用ナク其取消ヲ請求スル者ニ於テ後見人ハ又適用尠カルヘシト雖モ是レ準用 ノ準用タル所以ナリ但未成年者ヲ準禁治產者トシタル場合ニ於テ未タ成年ニ達セサル內ニ準禁治產ノ取消ヲ請求スル場合ニ於テハ後見人モ亦請求スルコトアルヘキナリ(人事訴訟手續法六七)
四 妻(femme mariée、Ehefrau)
第十四條 妻カ左ニ揭ケタル行爲ヲ爲スニハ夫ノ許可ヲ受クルコトヲ要ス
一 第十二條第一項第一號乃至第六號ニ揭ケタル行爲ヲ爲スコト
二 贈與若クハ遺贈ヲ受諾シ又ハ之ヲ拒絕スルコト
三 身體ニ覊絆ヲ受クヘキ契約ヲ爲スコト
前項ノ規定ニ反スル行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得(人六八、七二、財五五一)
婦人ハ婦人トシテ無能力ナルニ非ス故ニ處女及ヒ寡婦ハ其能力ニ於テ男子ト異ナルコトナキヲ原則トス唯妻ハ妻トシテ無能力ナリ其理由ハ天ニ二日ナク國ニ二王ナキト一般家ニ二主在リテハ一家ノ整理ヲ爲スコト能ハス故ニ今日ハ家ニ必ス戶主アリ然レトモ世ノ進運ト共ニ家族制ハ漸次親族制ニ進化シ來ルコト古今ノ沿革ニ徵シテ爭ウヘカラサル所ナルカ故ニ戶主ノ權ハ又昔日ノ如ク强大ナルコト能ハスヨウヤク親權、夫權ノ發達ヲ視ルニ至レリ親權ハ主トシテ未成年者ニ對シテ行ハレ夫權ハ妻ニ對シテ行ハル而シテ新民法ニ於テハ舊民法及ヒ今日多數ノ立法例ニ於ケルカ如ク夫權ハ主トシテ妻カ重大ナル法律行爲ヲ爲サント欲スルニ方リ之ヲシテ夫ノ許可ヲ受ケシメ以テ其行爲能力ヲ制限スルニ因リテハ行ハル而シテ其能力ノ程度ハ稍〻準禁治產者ニ類スルモノアリト雖モ準禁治產者ハ單ニ其財產ヲ保護スルカ爲メ之ヲ無能力トシ妻ハ之ヲシテ夫ノ權力ニ從ハシメント欲スルカ爲メニ之ヲ無能力トセルカ故ニ其間ニ左ノ差異ヲ生ス
一 準禁治產者ハ負担附ノ贈与又ハ遺贈ヲ受諾スルニ付テノミ保佐人ノ同意ヲ要スレトモ妻ハ一切ノ贈与、遺贈ヲ受諾スルニ付テ夫ノ許可ヲ要スルモノトス蓋シ他人ヨリ贈与、遺贈ヲ受クルカ如キハ假令財產上ニ於テハ利ノミアリテ害爲シトスルモ品位上又ハ感情上之ヲ受クルヲ不可トスルコトアリ是等ノ判斷ハ總テ夫ノ意見ニ任スルニ非サレハ其權力遂ニ行ハレサルニ至ルノ虞アレハナリ
二 身體ニ覊絆ヲ受クヘキ契約 モ亦類似ノ理由ニ因リテ之ヲ準禁治產者ニ許シテ妻ニ許サス蓋シ夫ハ妻ヲシテ自己ト同居セシムル權利ヲサエ有スル者ナルニ妻ハイスクンソ夫ノ許可ナクシテ自己ノ身體ニ覊絆ヲ受ケ夫ノ命ニ從ヒテ同居其他ノ義務ヲ盡スコト能ハサルニ至ルヘキ契約ヲ爲スコトヲ得ヘケンヤ
三 之ニ反シテ第十二條第八號及ヒ第九號ニ揭クル行爲ノ如キハ財產上ノ利害ヨリ之ヲ言ヘハ稍〻重大ナルモノニ相違爲シト雖モ妻カ獨斷ニテ之ヲ爲シタレハトテ敢テ夫ノ權力ヲ蔑如スルノ嫌アリト謂フコトヲ得ス是レ之ヲ本條ニ揭ケサル所以ナリ但新築、改築增築ノ爲メ借財ヲ爲シ又ハ不動產若クハ重要動產ノ處分ヲ爲スノ必要アルトキハ特ニ夫ノ許可ヲ受クヘキコト固ヨリ言フヲ竢タス
四 同一ノ理由ニ因リ妻ハ準禁治產者ノ如ク法律ニ定メタル行爲以外ノモノニ付テモ夫ノ許可ヲ受クヘキモノトスルコトヲ得サルハ固ヨリ論ヲ竢タサル所ナリ
右ノ理由ニ因リ妻ト雖モ若シ準禁治產者ノ原因アルトキハ是レカ準禁治產ヲ宣吿スル必要アルコト明カナリ殊ニ第十七條ノ場合ニ於テハ妻ハ夫ノ許可ヲ得クルコトヲ要セスト雖モ若シ準禁治產者ナルトキハ第十二條ノ行爲ニ付テハ必ス保佐人ノ同意ヲ得サルヘカラス(九〇二、二項、九〇九、一項ニ依レハ原則トシテ夫妻ノ保佐人タリ)故ニ西洋ニ於テハ妻ノ準禁治產ハ頗ル頻繁ナリト謂フ若シ孰レ妻ヲ禁治產者トスル必要カアルヘキコトハ尤モ明瞭ナルヲ以テ別ニ之ヲ說明セス
第十五條 一種又ハ數種ノ營業ヲ許サレタル妻ハ其營業ニ關シテハ獨立人ト同一ノ能力ヲ有ス(人六九、一項、商五、六、舊商一二、一三)
夫ハ各個ノ行爲ニ付キ許可ヲ与ウルモ包括シタル行爲ニ付キ之ヲ与ウルモ固ヨリ其隨意ナリ故ニ夫ハ妻カ某ノ職業ヲ營ムニ付キ必要ナル行爲ヲ包括シテ之ヲ許可スルコトヲ得ヘシ而シテ若シ夫カ某ノ職業ヲ營ムコトヲ妻ニ許可スルトキハ常ニ其職業ニ關スル行爲ニ付テ包括ノ許可アリタルモノト看做シ以テ第三者ヲシテ妻ノ能力ニ付キ聊カノ疑惑ナク安シテ是レト取引ヲ爲スコトヲ得セシメンコトヲ力メタリ其他第六條ト其趣意ヲ同シウスルカ故ニ再ヒ玆ニ贅セス
第十六條 夫ハ其與ヘタル許可ヲ取消シ又ハ之ヲ制限スルコトヲ得但其取消又ハ制限ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス(人六九、二項)
夫ハ許可ニ因リテ其夫權ヲ抛棄スルコトヲ得ス故ニ如何程包括ナル許可ヲ与エタルトキト雖モ若シ之ヲ許可シタルコトヲ悔ユルトキハ何時ニテモ之ヲ取消スコトヲ得スンハアルヘカラス又假令許可ノ全部ヲ取消ササルモ必要ナルト認ムル範囲內ニ之ヲ制限スルコトヲ得スンハアルヘカラス但此取消又ハ制限ハ性質上既往ニ溯ラサルコト勿論ナリトス
西洋ニ於テハ往往夫婦財產契約中ニ於テ夫カ妻ニ包括的許可ヲ与ウルコトアリ然レトモ若シ之ヲ以テ夫ヲ束縛スヘキ契約トセンカ公ノ秩序ニ反スル契約ナルカ故ニ之ヲ無效トセサルヘカラス西洋ニ於テハ通常之ヲ以テ夫カ予メ其夫權ノ作用トシテ包括的許可ヲ与エタルモノトミ爲スカ如シ蓋シ夫婦財產契約ハ婚姻ノ成立ト共ニ效力ヲ生スヘキモノナレハナリ此見解ヲ以テスレハ右ノ許可ハ何時ニテモ之ヲ取消シ又ハ制限スルコトヲ得ヘキコト本條ノ規定ニ因リテ明カナリ民法修正案ノ初ノ草案ニハ之ヲ明言セシモ終ニ之ヲ削レリ故ニ今ハカクノ如キ事項ヲ夫婦財產契約中ニ規定スルコトヲ得サルモノトス(四卷一五五頁參觀)
夫ノ許可ノ取消又ハ制限ハ夫權ヲ重スル上ヨリ言ヘハ當然ノ事ナリト雖モ若シ善意ノ第三者ニ之ヲ對抗スルコトヲ得ルモノトセハ第三者ヲ害シ以テ取引ノ安全ヲ妨クルコト實ニ尠少ニ非サルヘシ是レ本條ノ但書アル所以ナリ
例ヘハ不動產ヲ賣却スルコトヲ許可シタルニ後日全ク其賣却ヲ禁止シ又ハ其價ヲ一万圓以上ニテ賣却スヘキ旨ヲ命シ又ハ吳服ノ卸小賣商ヲ許シタルニ後日全ク之ヲ禁止シ又ハ其卸賣ノミヲ爲スヘキ旨ヲ命シ又ハ一切ノ商業ヲ許シタルニ後日吳服商ノミヲ爲スヘキ旨ヲ命スルカ如キ場合ニ於テ若シ第三者カ其取消、制限ヲ知ラスシテ妻ト取引ヲ爲シタルトキハ其取引ハ之ヲ取消スコトヲ得サルモノトス
或ハ曰ハン第六條第二項ニハ但書ナクシテ本條ニノミ但書アルハ如何ト是レ他ナシ未成年者ノ無能力ハ之ヲ保護センカ爲メニ設ケタルモノナルカ故ニ寧ロ第三者ヲ害スルモ之ヲ保護セサルヘカラス妻ノ無能力ハ之ニ異ナリ唯夫權ヲ重スル爲メ妻ヲ無能力トスルモノナルカ故ニ善意ノ第三者ヲ保護スルモ敢テ夫又ハ妻カ損害ヲ被ムル虞アリト謂フコトヲ得ス况ヤ夫ハ各行爲ニ付キ与エタル許可ヲモ取消シ又ハ制限スルコトヲ得ルカ故ニ其第三者ヲ害スルコト殊ニ甚タ然ルヘキニ於テヲヤ又况ヤ未成年者ニ於ケルカ如ク其營業ニ堪エサル事跡等アルコトヲ要セス全ク隨意ニ其許可ヲ取消シ又ハ制限スルコトヲ得ルニ於テオヤ
第十七條 左ノ場合ニ於テハ妻ハ夫ノ許可ヲ受クルコトヲ要セス
一 夫ノ生死分明ナラサルトキ
二 夫カ妻ヲ遺棄シタルトキ
三 夫カ禁治產者又ハ準禁治產者ナルトキ
四 夫カ瘋癲ノ爲メ病院又ハ私宅ニ監置セラルルトキ
五 夫カ禁錮一年以上ノ刑ニ處セラレ其刑ノ執行中ニ在ルトキ
六 夫婦ノ利益相反スルトキ(人七〇、舊商一二、一項)
妻カ重大ナル行爲ヲ爲スニハ夫ノ許可ヲ要スルヲ原則トスト雖モ法ハ不能ヲ責ムルコトナシ故ニ本條第一號、第四號ノ規定アリ第二號、第三號、第五號ノ場合ニ於テモ事實不能ナルコト多ク又全ク不能ナルニ非サルモ既ニ妻ヲ遺棄シタル夫禁錮一年以上ノ刑ニ處セラレタル夫ニ對シテモ妻ハ許可ヲ請ハサルヘカラストスルハ妻ニ對シテ酷ナリト謂ハサルヘカラス否ナ妻ニ對シテ酷ナルノミナラス往往極メテ必要ナル行爲マテヲモ爲スコトヲ得サルニ至リ其子ノ爲メニマテ尤モ不利益ナル結果ヲ生スルコトナキヲ保セス又夫カ禁治產者、準禁治產者タル場合ニ於テハ其身自ラ無能力ナルニ妻ニ對シテ許可ヲ与ウルハ甚タ其當ヲ得ス或ハ次條ニ於ケルカ如ク夫ノ後見人又ハ保佐人ノ同意ヲ得ルコトヲ要スルモノトスレハ可ナルカ如シト雖モ妻ノ無能力ハ畢竟夫權ヲ確保スルニ在ルカ故ニ他ノ後見人、保佐人等ヲシテ其間ニ干与セシムルハ實ニ謂レナキ所ナリ况ヤ夫ノ禁治產者又ハ準禁治產者タル場合ニ於テハ妻是レカ後見人若クハ保佐人タルコトヲ本則トスルニ於テヲヤ(九〇二、三項、九〇九、一項、人二二四、二項、二三二、三項)是レ本條第三號ノ規定アル所以ナリ若シ其第六號ノ場合ハ夫婦利害ヲ異ニスル場合ニシテ此場合ニ於テモ尙ホ夫ノ許可ヲ要スモノトセハ其人情ニ悖ルコト甚タシク妻ヲ束縛スルコト適度ニ過クルモノト謂ハサルヘカラス例ヘハ妻カ夫ニ對シテ訴ヲ起スノ必要アル場合ニ於テ若シ夫ノ許可ヲ要ストイハハ到底其訴ヲ起スコト能ハサルニ至ラン是レ第六號ノ規定アル所以ナリ
第十八條 夫カ未成年者ナルトキハ第四條ノ規定ニ依ルニ非サレハ妻ノ行爲ヲ許可スルコトヲ得ス
夫カ未成年者ナルトキハ自己ノ爲メニ法律行爲ヲ爲スニ付テ法定代理人ノ同意ヲ得ルコトヲ要スルモノナルカ故ニ妻ノ法律行爲ヲ許可スルニ當リテモ同シク其法定代理人ノ同意ヲ要スルモノトスルニ非サレハ夫ハ自己ノ爲メニハ自由ニ法律行爲ヲ爲スコトヲ得スシテ人ノ爲メニハ法律行爲ノ利害、得失ヲ判斷シ以テ之ヲ許可シ又ハ許可ヲ拒ムコトヲ得ルノ不權衡ヲ生スヘシ是レ本條ノ規定アル所以ナリ
或ハ曰ハン前條第三號ニ於テ夫カ禁治產者又ハ準禁治產者ナルトキハ妻ハ其許可ヲ受クルコトヲ要セサルモノトセルニ本條ニ於テ夫カ未成年者ナルトキハ其法定代理人ノ同意ヲ得テ妻ノ行爲ヲ許可スルコトヲ得ルモノトセルハ爾後權衡ヲ得サルニ非スヤト余ハ之ニ答ヘテ曰ハン夫ハ未成年者ナリト雖モ既ニ婚姻ヲ爲シタル者ナルカ故ニ必ス滿十七年以上ニシテ(七六五)而モ自ラ一家ヲ主宰スルニ堪ウル者ナルコト多カルヘシ故ニ其法定代理人ノ同意ヲ得テ妻ノ行爲ヲ許可スルコトヲ得ルモノトスルモ敢テ不當ト爲スヘカラス殊ニ之ヲ禁治產者、準禁治產者ト同一視スヘカラサルコトハ殆ト說明ヲ要セサル所ナルヘシ是レ本條ノ規定ト前條第三號ノ規定ト異ナル所以ナリト
夫カ法定代理人ノ同意ナクシテ許可シタル行爲ハ夫又ハ妻カ之ヲ取消スコトヲ得ルハ固ヨリナリ蓋シ夫ノ許可ナカリシニ等シケレハナリ而シテ此場合ニ於ケル取消シハ第十四條第二項ニヨレルモノトナルカ故ニ第三者ニ對シテモ之ヲ對抗スルコトヲ得ルハ論ヲ竢タサル所ナリ(一二一)
本條ハ許可ヲ与ウルニ付テノミ第四條ニヨルヘキコトヲ規定セリ故ニ一旦与エタル許可ヲ取消スニハ法定代理人ノ同意ヲ要セサルモノトス是レ他ナシ夫カ許可セント欲スル行爲ハ法定代理人ノ同意ヲ得テ之ヲ許可スルコトヲ得レトモ其欲セサル行爲ヲ法定代理人カ强ヒテ許可セシムルコトヲ得サルト同シク其許可ヲ取消サント欲スルニアタリ法定代理人カ强ヒテ其取消ヲ妨クルコト得サレハナリ
五 通則
第十九條 無能力者ノ相手方ハ其無能力者カ能力者ト爲リタル後之ニ對シテ一个月以上ノ期間內ニ其取消シ得ヘキ行爲ヲ追認スルヤ否ヤヲ確答スヘキ旨ヲ催吿スルコトヲ得若シ無能力者カ其期間內ニ確答ヲ發セサルトキハ其行爲ヲ追認シタルモノト看做ス
無能力者カ未タ能力者トナラサル時ニ於テ夫又ハ法定代理人ニ對シ前項ノ催吿ヲ爲スモ其期間內ニ確答ヲ發セサルトキ亦同シ但法定代理人ニ對シテハ其權限內ノ行爲ニ付テノミ此催吿ヲ爲スコトヲ得
特別ノ方式ヲ要スル行爲ニ付テハ右ノ期間內ニ其方式ヲ踐ミタル通知ヲ發セサルトキハ之ヲ取消シタルモノト看做ス
準禁治產者及ヒ妻ニ對シテハ第一項ノ期間內ニ保佐人ノ同意又ハ夫ノ許可ヲ得テ其行爲ヲ追認スヘキ旨ヲ催吿スルコトヲ得若シ準禁治產者又ハ妻カ其期間內ニ右ノ同意又ハ許可ヲ得タル通知ヲ發セサルトキハ之ヲ取消シタルモノト看做ス
舊民法ニ依レハ無能力者ノ爲シタル法律行爲ハ無能力者若クハ其法定代理人(妻ニ付テハ夫、以下同シ)ニ於テ之ヲ取消スコトヲ得ルト雖モ唯ニ其行爲ノ取消ヲ請ウコトヲ得サルノミナラス無能力者又ハ其法定代理人ヲシテ速ニ取消權ヲ行フヤ否ヤヲ決セシムルコト能ハス爲メニ取消權カ時效ニカカルマテハ(通常能力ヲ得タル後五年)相手方ハ極メテ不確定ナル位置ニ甘セサルヘカラス蓋シ無能力者ト取引ヲ爲ス者ハ多少不注意ナキニ非スト雖モ之ヲシテカク久シキ間不確定ノ位置ニ在ラシムルハ酷ニ失スルノ嫌ナキニ非サルノミナラス經濟上頗ル不得策ナリ是レ本條ニ於テ無能力者ノ相手方ニ与ウルニ無能力者又ハ其法定代理人ヲシテ速ニ取消權ヲ行フヤ否ヤヲ確答セシムルノ權ヲ以テシタル所以ナリ(第二項但書ハ今日ニ在リテハ蛇足タルコトヲ免レスト雖モ本編制定ノ當時ニ在リテハ未タ親族編ノ制定非サリシカ故ニ老婆心ヲ以テ之ヲ置キタルナリ)
無能力者カ未タ能力者トナラサル間ニ於テ之ニ對シテ催吿ヲ爲スモ敢テ本條第一項ヲ適用スヘカラサルコト固ヨリナリ唯無能力者カ右ノ催吿ニ應シ法定代理人、保佐人又ハ夫ノ同意ヲ得テ追認又ハ取消ヲ爲シタルトキハ其追認又ハ取消ノ有效ナルコトハ論ヲ竢タス蓋シ右ノ同意アレハ新ニ同一又ハ反對ノ行爲ヲ爲スコトヲモ得レハナリ而シテ準禁治產者及ヒ妻ニ付テハ第三項ノ規定アリト雖モ未成年者及ヒ禁治產者ニ付テハ同樣ノ規定爲シ是レ第九十八條ノ規定ニ因リ原則トシテ是等ノ無能力者ニ對抗スル意思表示ハ之ヲ以テ無能力者ニ對抗スルコトヲ得サルカ故ナリ
本條第三項ニ所謂「特別ノ方式」トハ無能力者カ無能力ナルノ故ヲ以テ要スル方式ナルコト固ヨリ明カナリ例ヘハ後見人カ親族會ノ許可ヲ得ヘク、未成年者ノ夫カ其法定代理人ノ同意ヲ得ヘキカ如キ是ナリ故ニ本項ノ規定ハ第二項ノ場合ニノミ其適用アルヘキコトハ蓋シ疑ヲ容レサル所ナリ
或ハ問ハン第一項及ヒ第二項ノ場合ニ於テハ無能力者、法定代理人等カ期間內ニ確答ヲ爲サササルトキハ取消シ得ヘキ行爲ヲ追認シタルモノトミ爲スニ拘ハラス第三項及ヒ第四項ニ於テハ之ヲ取消シタルモノトミ爲ス所以ノモノ如何ニト余ハ之ニ答ヘテ曰ハン第一項及ヒ第二項ノ場合ニ於テハ催吿ヲ受ケタル者カ一己ノ意思ニテ追認爲スコトヲ得ルカ故ニ元來取消ヲ爲スマテハ有效ニ成立シタリト看做サルヘキ無能力者ノ行爲ハ確答ナキニ因リテ完全ナル行爲ナルモノトスルヲ妥當トスルト雖モ第三項及ヒ第四項ノ場合ニ於テハ催吿ヲ受ケタル者カ自己ノ意思ノミニテ確答ヲ爲スコトヲ得ス必ス他人ノ同意又ハ許可ヲ得ルコトヲ要スルカ故ニ若シ期間內ニ其同意又ハ許可ヲ得サルトキハ寧ロ其行爲ヲ取消シタルモノト看做ササルコトヲ得ス是レ第一項及ヒ第二項ノ場合ト第三項及ヒ第四項ノ場合ト異ナル所以ナリト
本條中「確答ヲ發セス」又ハ「通知ヲ發セス」ト謂ヘルハ他ナシ新民法ニ於テハ其第九十七條ヲ以テ「隔地者ニ對スル意思表示ハ其通知ノ相手方ニ到達シタル時ヨリ之ヲ生ス」ルモノトスルカ故ニ若シ本條ニ於テ單ニ「確答ヲ爲ス」「通知ヲ爲ス」ト謂フトキハ其確答又ハ通知カ相手方ニ到達シタル後ニ非サレハ之ヲ爲シタルモノト看做サレサルヲ以テ無能力者ノ爲メニ頗ル不利益ナル結果ヲ生スルノ虞アリ是レ特ニ本條ニ於テ第九十七條ノ原則ニヨラス例外トシテ發信主義ヲ執リタルコトヲ明カニセル所以ナリ
第二十條 無能力者カ能力者タルコトヲ信セシムル爲メ詐術ヲ用井タルトキハ其行爲ヲ取消スコトヲ得ス(財五四九)
無能力者カ法律行爲ニ因リテ義務ヲ負担スルニハ法定代理人等ノ同意ヲ必要トスルコト多シト雖モ無能力者カ不法行爲ヲ爲シタルトキハ之ニ因リテ生シタル損害ノ賠償ヲ爲スヘキハ毫モ能力者ニ異ナルコトナシ然ルニ無能力者カ法律行爲ヲ爲スニ當リテ其相手方ヲシテ自己ノ能力者タルコトヲ信セシムル爲メ詐術ヲ用ヒタルトキハ是レ不法行爲ヲ爲シタルニ外ナラス故ニ別段ノ明文ナキモ其詐術ニ因リテ生シタル損害ヲ相手方ニ賠償スヘキハ固ヨリ論ヲ竢タサル所ナリ然リト雖モ凡ソ損害賠償ナルモノハ被害者カ受ケタル一切ノ損害ヲ金錢ニテ見積モルモノナルカ故ニ決シテ被害者ハ之ニ因リテ充分ノ救濟ヲ得ルモノト視ルコトヲ得ス殊ニ無能力者ノ詐術ニ因リテ生スル損害ハ畢竟法律行爲ヲ取消スニ因リテ生スル損害ナルカ故ニ若シ其損害ノ根ヲ斷ツ爲メ無能力者ヲシテ其行爲ヲ取消スコトヲエサラシメハ相手方ハ必ス充分ノ救濟ヲ得ヘシ是レ一旦損害ヲ生セシメテ然ル後不確實ナル標準ニ因リ金錢ニテ其損害ヲ算定シ無能力者ヲシテ之ヲ相手方ニ払ハシムルニ孰レソヤ是レ本條ノ因リテ起是レル所以ナリ但無能力者カ特ニ詐術ヲ用ヒタルニ非スシテ單ニ自己ノ能力者タルコトヲ明言セルノミニテハ未タ本條ノ適用ヲ受クヘキモノトスヘカラス例ヘハ替玉ヲ使イ、詐僞ノ身分登記謄本ヲ開示シ、僞證人ヲシテ自己ノ年齡其他ヲ證言セシムルカ如キハ是レ皆詐術ヲ行フモノト謂フヘシ(七一二參觀)
無能力者カ其法定代理人、保佐人又ハ夫ノ同意ヲ得タルコトヲ信セシムル爲メ詐術ヲ用ヒタルトキハ本條ヲ適用スヘキヤ否ヤ裁判例ニ依レハ之ヲ適用スヘキモノトセリ(三十七年六月十六日大審院判決)而シテ余ハ之ヲ可トスル者ナリ蓋シ法定代理人、保佐人又ハ夫ノ同意アレハ無能力者ハ其能力ヲ補ハレ其行爲ニ付テハ恰モ能力者タルト一般ナルカ故ニ是等ノ同意アリタルコトヲ信セシムルハ本條ニ所謂「能力者タルコトヲ信セシムル」モノナリト謂フコトヲ得ヘケレハナリ(四五〇、一項一號參照)
第三節 住所
一 住所ハ裁判管轄ノ標準トナル(民訴一〇、非訟事件手續法三四、三八、九〇乃至 九二、九六、九八、一一八、二〇六)
二 裁判上ノ期間ニ付キ外國又ハ島嶼ニ住所ヲ有スル者ノ爲メニ特別ノ規定アリ(民訴一六七、二項)
三 相手方アル法律行爲ニ在リテハ意思表示ハ相手方ニ對シテ之ヲ爲スヘキヲ本則トス而シテ親シク其人ニ對シテ意思ヲ表示セサル場合ニ於テ其現在地又ハ居所ヲ確知スルコト能ハサルトキハ必ス其住所ニ宛テ意思表示ノ通知ヲ爲スヘシ(但事務所アルトキハ之ニ宛テ其通知ヲ爲スモ可ナリ又營業所アルトキハ其營業ニ付テハ之ニ宛テ通知ヲ爲スモ可ナリ)
四 弁濟ノ場所ハ原則トシテ債權者ノ住所ニ於テスヘシ(四八四、又商二七八參觀)
五 住所ハ手形關係ニ於テ重要ナル事項タリ(商四四二、四五二、四五三、四七二、四九〇、四九一、二項、四九四、舊商七〇九、一項、七二一、八〇〇)
六 被相續人ノ住所ハ相續ノ開始地トナル(九六五)
七 後見人カ「被後見人ノ住所ノ市又ハ群以外ニ於テ公務ニ從事スル」トキハ離任ノ理由トナル(九〇七、二號)
八 住所ハ國際私法ニ於テ適用スヘキ法律ノ標準トナル(法例四、二項、九、二項、一二、二三、二項、二七、二項)
九 國籍法ニ依レハ歸化ニ因リテ日本ノ國籍ヲ取得スルニハ必ス日本ニ住所ヲ有スヘキヲ本則トシ(國籍法七、二項一號、九、一〇)其他國籍喪失者カ日本ノ國籍ヲ回復スルニモ亦日本ニ住所ヲ有スルコトヲ必要トシ(同二五、二六)又明治六年三月十四日第一〇三號布吿第二條第一號(三十一年七月九日法二一號ヲ以テ改正)ニ依レハ外國人カ日本人ノ養子又ハ入夫トナルニハ一年以上日本ニ住所又ハ居所ヲ有スヘキモノトセリ(人九、一三、一五、二項參觀)
右ノホカ書類ニ住所ヲ記載スヘキモノトスル規定枚擧ニ遑非ス是レ民法ニ於テ住所ニ關スル一般ノ規定ヲ設クル必要アル所以ナリ(尙ホ商二八九、三項參觀)
舊民法ニ依レハ婚姻及ヒ養子緣組ノ儀式ハ當事者ノ一方ノ住所又ハ居所ニ於テ之ヲ行フヘキモノトセリト雖モ(人四三、一一三、三項)新民法ニハ同樣ノ規定ナク戶籍法ニ依レハ夫又ハ養親ノ本籍地又ハ所在地ノ戶籍吏ニ屆出ツヘキモノトセリ(戶籍法九〇、一〇四)故ニ此㸃ニ於テハ住所ヲ知ルノ必要爲シ
舊商法ニ依レハ商業登記ハ當事者ノ營業所又ハ住所ニ於テ之ヲ爲スヘキモノトセリト雖モ(舊商一八)新商法ニ依レハ必ス營業所ニ於テ之ヲ爲スヘキモノトセルカ故ニ(商九)此㸃ニ於テモ亦住所ヲ知ルノ必要爲シ
第二十一條 各人ノ生活ノ本據ヲ以テ其住所トス(人二六二、二六六)
住所ニ付テハ從來二主義アリ一ハ屆出其他形式上ノ條件ニ因リ住所ヲ定ヘキモノトシ一ハ一切形式ヲ離レテ單ニ事實ニヨルヘキモノトセリ我邦ニ於テハ從來第一ノ主義ヲ取リ本籍ト現住所ヲ區別シ本籍ハ屆出ニ因リ之ヲ定ムルヲ通例トセルモ是レ往往事實ニ反シ甚シキニ至リテハ既ニ十數年來住居シタルコトナキ土地ニ本籍ヲ有スル者尠カラス此本籍ハ略本法ニ所謂住所ニ該當セシカ如シト雖モ事實ニ異ナルコト甚シキ場合ニ於テハ到底前ニ述ヘタル諸般ノ效力ヲ之ニ附スルコト能ハス現住所ハ本法ニ所謂居所ト略同一ナルモノニシテ是レ亦我所謂住所ニ非ス本法ニ於テハ第二ノ主義ヲ執リ專ラ事實ニ因リテ住所ヲ定ムヘキモノトセリ而シテ其事實ノ認定ハ一ニ裁判官ノ權內ニ存スルト雖モ例ヘハ家族ノ居住スル處、主タル財產ノ所在等ヲ以テ生活ノ本據即チ住所ト認ムヘキ場合多カルヘシ(戶籍法ニ於テハ戶籍上ノ必要ヨリ尙ホ本籍 ナルモノヲ認ムルト雖モ其住所ニ非サルコト勿論ナリ)
我民法ニ於テハ住所ハ必ス一個ニ限ルノ主義ヲ執レルコト本條ノ規定ニ因リテ明カナリ蓋シ本 籍、本 店ノ必ス一個ニ限ルト同シク生活ノ本 據モ亦二個以上アルヘカラサルコト多弁ヲ又サレハナリ加ヘ是レ二個以上ノ住居ヲ認ムルコト獨逸ノ如クンハ必ス之ニ關スル規定ナカルヘカラス其是レナキハ正ニ之ヲ認メサルカ爲メナリ
第二十二條 住所ノ知レサル場合ニ於テハ居所ヲ以テ住所ト看做ス(人二六七、一號、民訴一三)
前條ニ於テ專ラ事實ニ因リテ住所ヲ定ムルノ主義ヲ執レルカ故ニ實際ノ住所ヲ有セサル者ハ有ルヘカラサルカ如シト雖モ一處不住、各地ヲ流浪スルモ者ニ至リテハ往往其住所ト認ムヘキ土地ナキ場合アルヘシ是レ本條ノ規定有ル所以ナリ但實際生活ノ本據有ルモ之ヲ知ルコト能ハサル場合ニ於テハ尙ホ本條ヲ適用スヘキモノトス
第二十三條 日本ニ住所ヲ有セサル者ハ其日本人タルト外國人タルトヲ問ハス日本ニ於ケル居所ヲ以テ其住所ト看做ス但法例ノ定ムル所ニ從ヒ其住所ノ法律ニ依ルヘキ場合ハ此限ニ在ラス(人二六七、二號、法例九、二項、一二、二七、二項、民訴一三)
外國ニ住所ヲ有スル者ニ付テハ日本ニ於テ上ニ述ヘタル效力ヲ其住所ニ付スルトキハ實際ノ不便尠カラサルカ故ニ特ニ本條ノ規定ヲ設ケテ居所ヲ住所ニ代用セリ但法例ノ規定ニ因リ當事者ノ住所ノ法律ニヨルヘキ場合ニ於テハ本條ヲ適用スヘカラサルコト固ヨリ言フヲ竢タサルカ如シト雖モ万一疑惑ヲ生センコトヲ恐レテ特ニ本條但書ヲ置ケリ
第二十四條 或行爲ニ付キ假住所ヲ選定シタルトキハ其行爲ニ關シテハ之ヲ住所ト看做ス(人二六八、民訴一四三、刑訴一八)
アル法律行爲ニ付キ當事者ノ住所遠隔セルカ爲メニ不便ヲ感スル場合爲シトセス此場合ニ於テハ當事者ハ往往便利ナル土地ニ假住所ヲ選定スルコトアリ此假住所ハ法律上本住所ト同一ノ效力ヲ有スルモノトス例ヘハ一ノ會社契約ニ於テ社員カ假住所ヲ選定シタルトキハ其會社關係ニ因リ之ニ對シテ訴訟ヲ提起スヘキ場合ニ於テハ其假住所ノ裁判所ニ訴ウヘキカ如ク又賣買契約ニ付キ賣主カ假住所ヲ選定シタルトキハ買主ハ其假住所ニ於テ代價ノ弁濟ヲ爲スヘキカ如キ是ナリ
第四節 失踪
本節中ニハ純然タル失踪者 (absent 、Verschollener)ノ規定ト他ノ不在者 (nonprésent、Abwesender)ノ規定トヲ包含セリ失踪者ハ其生死不分明ナルコト數年ノ後裁判所ノ宣吿ニ因リテ失踪者ト認メラレタル者ニシテ其宣吿前ニ於テハ皆之ヲ不在者ト稍〻ス而シテ其不在者中ニ生死不分明ナル者ト生存スルコト明カナルモ從來ノ住所又ハ居所ニ在ラサルカ爲メ法律ノ保護ヲ必要トスル者ノ二種アリ本節ニ於テハ失踪 ナル標題ノ下ニ此各種ノ者ヲ併セテ規定セリ
第二十五條 從來ノ住所又ハ居所ヲ去リタル者カ其財產ノ管理人ヲ置カサリシトキハ裁判所ハ利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ其財產ノ管理ニ付キ必要ナル處分ヲ命スルコトヲ得本人ノ不在中管理人ノ權限カ消滅シタルトキ亦同シ
本人カ後日ニ至リ管理人ヲ置キタルトキハ裁判所ハ其管理人、利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ其命令ヲ取消スコトヲ要ス(人二六九乃至二七一、二八八)
本條以下第二十九條ニ至ルマテハ不在者ニ關スル一般ノ規定ナリ而シテ本條中ニハ生死ノ不分明ナル者ト生存スルコト明カナル者トヲ併セテ規定セリ蓋シ生存セルコトノ分明ナルト否トニ拘ハラス從來ノ住所又ハ居所ヲ去リタル者カ其財產ノ管理人ヲ置カサリシトキハ其財產ヲシテ滅失又ハ毀損セサラシメンコトヲ計リ以テ直接ニハ先ツ所有者ヲ保護シ次ニ相續人、債權者其他ノ利害關係人ヲ保護シ間接ニハ國家ノ經濟上ノ利益ヲ保護スルナリ
本條ニ於テハ外國ノ多數ノ例ニ反シ右ノ場合ニ於ケル裁判所ノ處分ノ種類ヲ列擧セス單ニ「財產ノ管理ニ付キ必要ナル處分ヲ命ス」ヘキコトヲ規定セリ此處分ノ中ニハ主シテ管理人ノ選任ヲ包含セリト雖モ場合ニ因リテハ財產ニ封印ヲ施シ又ハ損敗シ易キ物ヲ賣却セシムル等ノ處分ヲモ包含ス
本條ハ主トシテ本人カ管理人ヲ置カスシテ從來ノ住所又ハ居所ヲ去リタル場合ニ付テ規定セリト雖モ稀ニハ本人カ定メ置キタル管理人ノ死亡其他ノ原因ニ因リ財產ノ管理者ヲ失ヒタル場合ニモ亦之ヲ適用スヘキモノトス
以上述ヘタルカ如ク本條ノ必要ハ不在者ノ財產ニ管理人ナキ場合ニ存スルカ故ニ若シ後日ニ至リ本人カ管理人ヲ置キタルトキハ裁判所ハ其管理人、相續人、債權者等ノ利害關係人又ハ公益ノ保護者タル檢事ノ請求ニ因リ一旦命シタル處分ヲ取消シ殊ニ裁判所ニ於テ選任シタル管理人ノ職務ヲ解クヘキモノトセリ
第二十六條 不在者カ管理人ヲ置キタル場合ニ於テ其不在者ノ生死分明ナラサルトキハ裁判所ハ利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ管理人ヲ改任スルコトヲ得(人二七〇)
本條ハ生死ノ分明ナラサル不在者ニ付テノミ適用スヘキ規定ニシテ且其不在者カ管理人ヲ定メ置キタル場合ニ適用スヘキモノトス此場合ニ於テ管理人カ不當ノ管理ヲ爲シ又ハ病氣其他ノ事由ニ因リ其義務ヲ履行スルコト能ハサルトキハ之ヲ改任スルニ非サレハ不在者ノ爲メニ不利益ナルノミナラス他ノ利害關係人及ヒ間接ニハ國家ノ經濟上ノ利益ヲモ害スルコト尠カラサルヘキヲ以テ特ニ本條ノ規定ヲ設ケタリ
第二十七條 前二條ノ規定ニ依リ裁判所ニ於テ選任シタル管理人ハ其管理スヘキ財產ノ目錄ヲ調製スルコトヲ要ス但其費用ハ不在者ノ財產ヲ以テ之ヲ支辨ス
不在者ノ生死分明ナラサル場合ニ於テ利害關係人又ハ檢事ノ請求アルトキハ裁判所ハ不在者カ置キタル管理人ニモ前項ノ手續ヲ命スルコトヲ得
右ノ外總テ裁判所カ不在者ノ財產ノ保存ニ必要ト認ムル處分ハ之ヲ管理人ニ命スルコトヲ得(人二七三)
本條ハ主トシテ管理人ノ職務ヲ規定シタルモノナリ而シテ不在者ノ費用ヲ以テ財產ノ目錄ヲ調製スヘキモノトシタルハ固ヨリ當然ノ規定ニシテ別ニ說明ヲ要セスト信ス但不在者カ管理人ヲ定メ置キタル場合ニ於テハ本條ノ規定ヲ適用スル必要ナキカ如シト雖モ若シ不在者ニシテ生死分明ナラサルトキハ同シク財產目錄ノ調製ヲ命スルコトヲ得ルモノトセサレハ往往管理人ノ惡意又ハ不注意ニ因リテ財產ノ減盡スルコトアルモ利害關係人ヨリ之ヲ說明スルコト能ハサルコト多カルヘシ是レ右ノ場合ニモ本條ノ規定ヲ適用スルコトヲ得ルモノトシタル所以ナリ
財產目錄ノ調整ハ財產保存ノ爲メ最モ必要ナル事項ノ一ナリト雖モ他ニ必要ナル處分又少シトセス例ヘハ財產ノ種類ニ因リ之ヲ銀行其他確實ナル場所ニ供託セシメ尙ホ損敗シ易キ動產ノ如キ速ニ之ヲ賣却シテ金錢ニ換ヘシムルヲ必要トス裁判所ハ是等ノ處分ヲモ管理人ニ命スルコトヲ得ルナリ
第二十八條 管理人カ第百三條ニ定メタル權限ヲ超ユル行爲ヲ必要トスルトキハ裁判所ノ許可ヲ得テ之ヲ爲スコトヲ得不在者ノ生死分明ナラサル場合ニ於テ其管理人カ不在者ノ定メ置キタル權限ヲ超ユル行爲ヲ必要トスルトキ亦同シ(人二七二、二七五)
本條ハ管理人ノ權限ヲ定メタル規定ナリ此管理人ハ元來一事假ニ不在者ノ財產ヲ管理スル者ニシテ其權限タルヤ極メテ制限的ノモノトス即チ學者ノ所謂管理行爲 (actes dadministration)ニシテ本條第百三條ニ規定セル行爲ノミヲ爲ス權限ヲ有ス但他ノ行爲ヲ必要ト認ムルトキハ特ニ裁判所ノ許可ヲ請イ以テ之ヲ爲スコトヲ得例ヘハ管理スルコト困難ナル財產ヲ高價ヲ以テ買ハント欲スル者有ル場合ニ於テハ之ヲ賣却スルコト極メテ有益ニシテ或ハ財產保存ノ爲メ必要ナリト謂フコトヲ得ヘシ此如キ場合ニ於テハ裁判所ハ之ヲ許可スルコトヲ得スンハアルヘカラス
右ニ述フル所ハ主トシテ裁判所ニ於テ選任シタル管理人ニ付テ謂ヘルモノナリ然レトモ(第一)不在者カ其定メ置キタル管理人ノ權限ヲ指示ササリシトキハ同シク本條ノ規定ヲ適用スヘキモノトス(第二)不在者カ管理人ノ權限ヲ定メテ置キタル場合ト雖モ其不在者ノ生死カ不分明ナルトキハ其權限外ノ行爲ニシテ必要ト認ムヘキモノアランニハ又裁判所ノ許可ヲ得テ之ヲ爲スコトヲ許サスンハアルヘカラス何トナレハ若シ不在者ノ生存スルコト明カニシテ其居所判然セハ管理人ハ其許可ヲ得テ必要ナル行爲ヲ爲スコトヲ得ヘキモ今本人ノ生死不分明ナルカ故ニ其許可ヲ得ルコト能ハス故ニ裁判所ノ許可ヲ得テ其行爲ヲ爲スコトヲ得ルモノトシタルナリ
第二十九條 裁判所ハ管理人ヲシテ財產ノ管理及ヒ返還ニ付キ相當ノ擔保ヲ供セシムルコトヲ得
裁判所ハ管理人ト不在者トノ關係其他ノ事情ニ依リ不在者ノ財產中ヨリ相當ノ報酬ヲ管理人ニ與フルコトヲ得(人二七四)
本條ハ不在者ノ財產ヲ保護スルト同時ニ管理人ノ利益ヲモ計リタル規定ナリ蓋シ管理人ハ相當ノ注意ヲ以テ財產ヲ管理シ且其權限ノ消滅シタルトキハ其財產ヲ權利者ニ返還スルノ義務ヲ負フ者ナリ故ニ若シ管理人ニシテ或ハ財產ノ管理ニ付キ過失アリ或ハ返還スヘキ財產ヲ返還セサルカ如キコトアランニハ利害關係人ノ損害ヲ毫ルヘキハ固ヨリ言フヲ竢タス故ニ裁判所ハ事情ニ因リ例ヘハ不在者ノ財產許多ニシテ滅失ノ危險多キ場合ニ於テハ特ニ管理人ヲシテ相當ノ担保ヲ供セシムル必要アリ是レ本條第一項ノ有ル所以ナリ
管理人ハ他人ノ財產ヲ管理シ而モ右ニ述フルカ如キ重大ナル責任ヲ負担スヘキカ故ニ之ニ相當ノ報酬ヲ与ウルハ固ヨリ當然ノ事ナリ但管理人カ不在者ノ親子其他近親ナルカ又ハ相續人、債權者其他ノ利害關係人ニシテ其管理ヲ爲スハ主トシテ自己ノ利益ノ爲メニスルモノナルカ又ハ管理人ハ富裕ニシテ不在者ハ僅少ノ財產ヲ有スル等ノ場合ニ於テハ管理人ニ報酬ヲ与エサルモ可ナリトセスンハアルヘカラス是レ本條第二項ニ於テ裁判所ハ事情ニ因リ相當ノ報酬ヲ管理人ニ与ウルコトヲ得ルモノトシタル所以ナリ
第三十條 不在者ノ生死カ七年間分明ナラサルトキハ裁判所ハ利害關係人ノ請求ニ因リ失踪ノ宣吿ヲ爲スコトヲ得
戰地ニ臨ミタル者、沈沒シタル船舶中ニ在リタル者其他死亡ノ原因タルヘキ危難ニ遭遇シタル者ノ生死カ戰爭ノ止ミタル後、船舶ノ沈沒シタル後又ハ其他ノ危難ノ去リタル後三年間分明ナラサルトキ亦同シ(人二七六)
本條ハ失踪 (absence 、Verschollenheit)ノ宣吿ヲ爲スヘキ條件ヲ定メタルモノナリ從來我邦ニ於テハ三六个月ノ後不在者ヲ以テ殆ト既ニ死シタル者ト認メタル場合アリト雖モ交通頻繁ニシテ益〻遠洋航海ノ盛ンナラントスル今日ニ當リテハ右ノ期間ハ頗ル短キニ失スルカ如シ殊ニ本法ニ於テハ失踪ノ宣吿アリタル後ハ斷然不在者ヲ以テ死者トミ爲スカ故ニ到底從來ノ期間ヲ保存スルコト能ハス法典調査會ニ於テハ獨逸民法其他ノ例ニ傚ヒ之ヲ十年トセシモ衆議院ニ於テ之ヲ七年ニ短縮セリ以上ハ普通ノ場合ニ付テ規定セルモノナリト雖モ戰地ニ臨ミタル者、沈沒シタル船舶中ニ在リタル者其他死亡ノ原因タルヘキ危難(震災、火災、海嘯、洪水等)ニ遭遇シタル者ニ付テハ死亡ノ推定ヲ下スヘキ理由殊ニ大ナルヲ以テ七年ノ期間ハ頗ル長キニ失スルノ感アリ故ニ此場合ニ於テハ從來ノ慣習ニ從ヒ三年ノ後ニ失踪ノ宣吿ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ
第三十一條 失踪ノ宣吿ヲ受ケタル者ハ前條ノ期間滿了ノ時ニ死亡シタルモノト看做ス(人二八〇、二八一、二八五、二八六)
本條ハ失踪宣吿ノ效力ヲ規定シタルモノナリ即チ既ニ述ヘタルカ如ク本法ニ於テハ失踪者ハ死亡者ニ均シキモノト看做セリ蓋シ失踪ニ付キ二主義アリ一ハ失踪ヲ以テ死亡ノ推定トシ(獨逸ニ於テハ明カニ死亡ノ宣吿 〔Todeserklärung〕ト謂ヘリ)一ハ未タ死亡ヲ推定セスト雖モ失踪者ノ既ニ死亡セシコトアルヲ慮リ特ニ利害關係人ノ權利ヲ保護スルニ過キス舊民法ハ此第二ノ主義ヲ執リタリト雖モ新民法ニ於テハ第一ノ主義ヲ執リタリ蓋シ舊民法ノ如クンハ失踪者ハ或ハ生者ノ如ク或ハ死者ノ如ク其權利極メテ不確定ニシテ他ノ利害關係人ノ權利モ亦同シク不確定ナリ是レ實際ニ不便ニシテ國家ノ經濟上又甚タ不利ナル所ナリ故ニ期間ハ多少之ヲ延長スルモ其效力ニ至リテハ斷然失踪者ヲ死亡者トミ爲スヲ以テ便利ナリトス是レ本法ニ於テ右ノ第一ノ主義ヲ執リタル所以ナリ
失踪ノ宣吿ノ效力ニ付キ尙ホ一ノ困難ナル問題ヲ生ス宣吿ノ效力ノ發生スヘキ時期即チ是ナリ此問題ニ付テハ外國ノ立法例ヲ大別シテ三ト爲ス一ハ宣吿ノ日又ハ宣吿ノ確定シタル日ヨリ其效力ヲ生スヘキモノトシ一ハ法定ノ期間滿了ノ時ニ遡リテ其效力ヲ生スヘキモノトシ一ハ不在者ノ最後ノ音信アリタル日ニ遡リテ其效力ヲ生スヘキモノトスルニ在リ此三主義ハ各利害、得失アリテ容易ニ其可否ヲ斷定スルコト能ハス又外國ノ立法例モ極メテ區區ニ涉レリ然リト雖モ余ノ信スル所ニ依レハ第一ノ主義ハ最モ理論ニ適スルカ如シト雖モ頗ル實際ニ弊害ヲ生スルノ恐レアリ例ヘハ狡猾ナル利害關係人ハ自己ノ利益ニ從ヒ或ハ失踪ノ原因ヲ隱蔽シ或ハ速ニ其宣吿ヲ請求シ以テ他ノ利害關係人ノ權利ヲ左右セント計ルコトナキヲ保セス且裁判所ノ勤怠其他ノ事由ニ因リ宣吿ニ遲速アリテ爲メニ相續權其他ノ權利ノ所在ヲ異ニスルカ如ク甚タ實際ニ適セサルモノアリ然リト雖モ第三ノ主義ハ全ク理論ニ合ナハス何トナレハ不在者ノ最後ノ音信ノ時ハ即チ其生存シタルコトノ明カナル時ナレハナリ之ニ因リテ之ヲ觀レハ第二ノ主義ヲ以テ最モ便利ニシテ且理論ニ適合セルモノト爲ササルコトヲ得ス何トナレハ一ニハ最後ノ音信ヨリ七年又ハ三年ノ期間カ滿了セルトキハ人爲ヲ以テ之ヲ動カスコトヲ得ス故ニ毫モ實際ニ弊害ナク利害關係人ノ權利比較的ニ確實ナルコトヲ得ヘク一ニハ法律カ最後ノ音信ヨリ七年又ハ三年ヲ經過シタル事實ヲ以テ失踪ノ原因ト爲シタルカ故ニ其原因完結シタル日即チ其期間ノ滿了シタル日ニ死亡シタルモノト認ムルハ頗ル理論ニ適スルモノト云ハスンハアルヘカラス是レ本條ニ於テ右ノ第二主義ヲ採用シタル所以ナリ
第三十二條 失踪者ノ生存スルコト又ハ前條ニ定メタル時ト異ナリタル時ニ死亡シタルコトノ證明アルトキハ裁判所ハ本人又ハ利害關係人ノ請求ニ因リ失踪ノ宣吿ヲ取消スコトヲ要ス但失踪ノ宣吿後其取消前ニ善意ヲ以テ爲シタル行爲ハ其效力ヲ變セス
失踪ノ宣吿ニ因リテ財產ヲ得タル者ハ其取消ニ因リテ權利ヲ失フモ現ニ利益ヲ受クル限度ニ於テノミ其財產ヲ返還スル義務ヲ負フ(人二八二乃至二八四、二八七)
第三十條ニ於テ不在者ノ生死カアル期間不分明ナルトキハ之ヲ死亡者ト看做シテ失踪ノ宣吿ヲ爲スヘキコトヲ規定セリ然レトモ此法律ノ假定ハ時トシテ事實ニ合ハサルコトアリ或ハ失踪者ノ生存スルコト判然シ或ハ法律ニ定メタル時ニ死亡セスシテ其以前又ハ其以後ニ死亡シタルコト分明ナルニ至ルコトアリ此場合ニ於テハ失踪ノ宣吿ヲ取消スコトヲ得スンハアルヘカラス外國ノ法律ニ於テハ大抵之ヲ事實問題トシ必スシモ裁判所ノ言渡ヲ要セサルモノトセリ舊民法ニ於テモ亦此主義ヲ採リシカ本法ニ於テハ事ノ確實ナランコトヲ欲シテ特ニ裁判所ノ言渡ヲ必要トセリ蓋シ失踪ノ宣吿モ裁判所ニ於テ爲シタルモノナルカ故ニ此宣吿ヲシテ效力ヲ失ハシムルニモ亦同一ノ手續ニ因リ裁判所ノ判決ヲ必要トスルハ敢テ故ナキニ非サルナリ
然リト雖モ失踪ノ宣吿ハ法律ノ規定ニ從ヒ之ヲ爲シタルモノニシテ利害關係人其他ノ者ハ法律ノ規定ニ依據シ失踪者ヲ以テ眞ニ法律ノ定メタル時ニ死亡シタルモノト信シテ一切ノ處置ヲ爲スハ固ヨリ當然ノ事ニシテ毫モ咎ムヘキ所爲シ故ニ失踪宣吿ノ後其取消ニ至ルマテニ利害關係人等ノ善意ヲ以テ爲シタル行爲ハ全ク有效ナルモノト認メスンハアルヘカラス是レ本條第一項但書ノ規定アル所以ナリ例ヘハ失踪者ノ配偶者カ善意ニテ再婚ヲ爲シタルトキ又ハ其相續人カ善意ニテ相續財產ノ全部又ハ一部ヲ讓渡シタルトキハ其婚姻又ハ讓渡ハ總テ有效ナルヘキカ如キ是ナリ
右ト同一ノ理由ニ基キ失踪ノ宣吿ニ因リテ財產ヲ得タル者例ヘハ相續人、受遺者等ハ失踪宣吿ノ取消ニ因リテ一旦得タル權利ヲ失フヘキハ固ヨリナリト雖モ其取消ニ至ルマテハ權利ヲ正當ニ得タリト信スルハ當然ナルカ故ニ爲メニ毫末ノ損害ヲ受クヘカラス是レ本條第二項ニ於テ其者等カ現ニ利益ヲ受クル限度ニ於テノミ其財產ヲ返還スル義務ヲ負フモノトセル所以ナリタトエハ其者等カ得タル財產ヲ無益ニ消費シ盡シタルトキハ毫モ返還ヲ爲スコトヲ要セス又商業上ノ損失等ニ因リ其財產ノ半分ヲ失ヒタルトキハ其殘レル半分ヲ返還スルヲ以テ足レリトスルノ類是ナリ
右ノ例外アルニ拘ハラス失踪ノ取消ハ其效力ヲ既往ニ及ホシ原則トシテハ會テ失踪ノ宣吿非サリシモノノ如ク看做スヘキモノト信ス故ニ失踪者カ生存セル場合ニ於テ其爲シタル法律行爲ハ人格者ノ行爲トシテ有效ナルコト固ヨリナリ是レ本條第一項但書及ヒ第二項ノ例外規定アルニ因リ推知スルコトヲ得ヘキ所ナリ
第二章 法人
第一節 法人ノ設立
第三十三條 法人ハ本法其他ノ法律ノ規定ニ依ルニ非サレハ成立スルコトヲ得ス(人五)
法人ハ事實上人ニ非サルモノヲ法律ノ假定ニ因リテ人ト同一視スルモノナルカ故ニ法律カ特ニ之ヲ認ムルニ非サレハ成立スルコトヲ得サルモノナリ是レ理ノ最モ觀易キ所ニシテ殆ト疑ヲ容レルヘキニ非スト雖モ學者中往往法人ヲ以テ法律ノ認許ヲ竢タス自然ニ存在スルモノノ如ク說ク者尠カラサルカ故ニ本條ニ於テ特ニ法人ノ成立ニハ必ス法律ノ規定ヲ要スルコトヲ明言セリ
外國ノ法律中法人ニ關スル一般ノ規定ヲ設ケスシテ各種ノ法人ニ付キ特別ノ規定ヲ設クルヲ以テ足レリトスル例尠カラスト雖モ(舊民法モ亦然リ)世ノ開明ニ赴クニ從ヒ法人ノ必要ハ日ニ月ニ多キヲ加ヘ之ニ關スル規定又從テ緻密ナラサルコトヲ得ス故ニ苟モ今日ニ當リテ民法ヲ編纂スル以上ハ是レ必要ナル法人ノ規定ヲ設ケサルハ聊カ不完全ノ誹リヲ免レ難キカ如シ故ニ輓近ノ法典ニシテ之ニ關スル一般ノ規定ヲ設ケサルハ爲シ然リト雖モ法人ノ種類ニ因リ特別ノ規定ヲ要スルコト多シ是レ各種ノ特別規定ヲモ民法中ニ包含セシメンコトハ頗ル難事タルノミナラス私法ノ原則ヲ揭ケタル民法ノ性質ニモ適合セサルノ嫌イアリ故ニ民法ニハ一般ノ規定ノミヲ揭ケ他ハスヘテ之ヲ特別法ニ讓ルヲ至當トス是レ本條ニ於テ「法人ハ本法其他ノ法律ノ規定ニ依」リテ成立スヘキコトヲ明言セル所以ナリ
第三十四條 祭祀、宗敎、慈善、學術、技藝其他公益ニ關スル社團又ハ財團ニシテ營利ヲ目的トセサルモノハ主務官廳ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト爲スコトヲ得
法人ノ成立ニ法律ノ規定ヲ要スルコトハ既ニ說ケルカ如シト雖モ其設立ノ條件ニ付テハ從來ノ立法例頗ル區區ニ涉リ其主義ヲ大別スレハ大凡三アリ曰ク特許主義 (之ヲ細別シテ國長特許 、法律特許 及ヒ官廳特許 ノ三主義ト爲スコトヲ得)曰ク準則主義 曰ク自由主義 是ナリ此三主義ハ各〻利害得失アリト雖モ第一ノ主義ハ主トシテ幼稚ナル社會ニ行ハレ今日ニ在リテハ絕對ニ之ヲ採用スル者ハ殆ト是レナキニ至レリ最後ノ主義ハ頗ル進步セルモノノ如ク見ユルト雖モ第一法人ノ性質ニ悖リ且有害ノ目的ヲ以テミタリニ法律ノ假定タル法人ヲ設立シセッカク立法者カ有益ナル事業ヲ奬勵センカ爲メニ設ケタル方法ヲ害用シテ毒ヲ社會ニ流スノ虞アリ故ニ此主義ハ槪シテ之ヲ採用スルコトヲ得スヒトリ第二ノ主義ハ束縛ニ失セス放任ニ流レス稍〻其中ヲ得タルモノニシテ法人ノ種類ニ因リ其取締リノ寬嚴ヲ分チ又其取締リノ方法ヲ異ニスルコトヲ得テ頗ル便利ナルカ如シト雖モ公益ニ關スル法人ニ付テハ特ニ政府ノ取締リヲ要スルカ故ニ官廳特許主義ヲ採用シテ主務官廳ノ許可ヲ得ルコトヲ必要トスルハ其當ヲ得タルモノト言フヘシ是レ即チ本條ニ於テ採用シタル所ノ主義ナリ
第三十五條 營利ヲ目的トスル社團ハ商事會社設立ノ條件ニ從ヒ之ヲ法人ト爲スコトヲ得
前項ノ社團法人ニハ總テ商事會社ニ關スル規定ヲ準用ス(取一一八、一二〇、舊商一五五)
前條ニ於テハ公益ニ關スル法人ヲ規定シ本條ニ於テハ營利ヲ目的トスルモノヲ規定セリ蓋シ此種ノ法人ハ主トシテ私益ヲ目的トスルモノノミナラス(第一)法人ノ構成分子タル社員ノ利益ヲ目的トスルモノナルカ故ニ其社員ハ自己ノ利益ノ爲メ無謀ノ擧ニ出スルカ如キコト稀ニ又其代表機關ヲ監督シテヨク不當ノ處置ナカラシムルヲ常トス(第二)此種ノ法人ハ國家ノ經濟上頗ル必要ナルモノナルニ若シ官廳ノ交涉ヲ許シ其特許ヲ以テ設立ノ要件ト爲サンカ爲メニ事業ノ勃與、發達ヲ妨ケ經濟上甚タ不利益ナルコト多シ(第三)此種ノ法人ニ付テ生スヘキ弊害ノ種類ハ經驗上既ニ略略明カナルヲ以テ之ヲ防遏スヘキ規定ヲ設クルトキハ毫モ官廳ノ干涉ヲ必要トセサルヲ通例トス故ニ新法典ニ於テハ營利法人ニ關シテハ原則トシテ特許主義ヲ取ラスシテ準則主義ヲ取レリ是レ各國近時ノ趨勢ニシテ初ハ特許主義ヲ取ル者多カリシカ漸次之ヲ廢シテ準則主義ヲ取ルニ至レリ營利ヲ目的トスル法人ノ主要ナルモノヲ商事會社 トス然レトモ商事會社ニ付テハ商法ノ規定アリ玆ニ是レカ規定ヲ設クルノ必要爲シ唯商事會社ハ其目的商業ニ限ルカ故ニ商業以外ノ事業ヲ目的トスル營利法人ハ當然商事會社ノ規定ノ支配ヲ受クヘキモノニ非ス然レトモ其目的ノ商業タルト否トニ因リ其規定ヲ異ニスルノ必要ヲ見サルカ故ニ本條ニ於テハ商業以外ノ目的ヲ有スル法人ト雖モ尙ホ商事會社ノ規定ニ從フヘキモノトセリ
營利ヲ目的トスル法人ハ皆社團法人ナリ蓋シ營利ハ必ス人ノ爲メニス(法人モ亦其財產上ノ利益ノ爲メニ營利法人ノ社員タルタルコトヲ得ルハ勿論ナリ)故ニ人ノ團體ニ非サレハ法人トシテ營利ヲムサホルノ理爲シ營利ノ爲メニ財產ヲ供エシ其財產ノ 受益者ヲソンセサルカ如キハイ又嘗テキカサル所ナリ是レ本條ニ於テ營利ヲ目的トスル法人ハ必ス社團法人ナルモノトセル所以ナリ而シテ營利ヲ目的トスル社團ハ必スシモ法人タルニ非ス唯當事者ノ意思ヲ以テ之ヲ法人トスルコトヲ得ルノミ(但商事會社ハ必ス法人ナリ)而シテ之ヲ法人トセンニハ ラク商事會社ノ爲メニ設ケタル準則ニヨルヘシ若シ當事者ニシテ此準則ニヨルコトヲ欲セスンハ之ヲ法人ト爲スコトヲ得スト雖モ唯法人タラサル團體ヲ組成スルコトハカタ因リ其自由ナリ之ニ關スル所ニ因リ公益法人 ( établisse,ent dutilitépublique ;idealer Verein(獨逸ニ於テハ社團法人ノ細別トシテ此區別アリ蓋シ財團法人ハ皆公益法人ナレハナリ尙社團法人ニ付テ言フモ其範囲全ク我公益法人ト同シカラサルカ如キモホホ同種ノモノトシテ之ニ揭ク營利法人ニ關シ尙同シ)ト營利法人 (établissement dutilité prinée ;wirthsahaftlicher Verein)トノ別自ラ明カナリト信ス今是レカ定義ヲ下セハ甲ハ公益ノミヲ目的トスルモノニシテ乙ハ公益ニ關スルト否トヲ問ハス社員ノ財產上ノ利益ヲ目的トスルモノナリト言フヘシ例ヘハ慈善ヲ目的トスル法人ノ如キハ常ニ公益法人ナリト雖モ鐵道會社ノ如キハ其事業ハ固ヨリ公益事業ナルモ之ニ因リテ社員ノ財外國法人ハ國國ノ行政區畵及ヒ商事會社ヲ除ク外其成立ヲ認許セス但產上ノ利益ヲ圖ルモノナルカ故ニ營利法人ナルカ如シ
第三十六條 外國法人ハ國、國ノ行政區畫及ヒ商事會社ヲ除ク外其成立ヲ認許セス但法律又ハ條約ニ依リテ認許セラレタルモノハ此限ニ在ラス
前項ノ規定ニ依リテ認許セラレタル外國法人ハ日本ニ成立スル同種ノ者ト同一ノ私權ヲ有ス但外國人カ享有スルコトヲ得サル權利及ヒ法律又ハ條約中ニ特別ノ規定アルモノハ此限ニ在ラス(人六
法人ハ素ト法律ノ假定ニ因リテ始メテ成立スルモノナルカ故ニ其法律ノ效力ヲ及ホス範囲內ニ於テノミ其法人モ亦成立スルモノナリ故ニ一國ノ法律カ其國內ニ限リ效力ヲ有スルト同シク其法律ニ因リテ設立シタル法人モ亦國內ニ於テノミ成立スルモノトス之ニ因リテ之ヲ觀レハ純理上ニ於テハ外國ノ法人ハ日本ニ於テ成立スルコト能ハサルモノナリ然リト雖モ國際ノ交通今日ノ如ク頻繁ナル時世ニ及ヒテハ又是レ純理ヲ株守スル事能ハス之ニ於テカ西洋諸國ニ於テモ漸次外國法人ノ成立ヲ認ムルニ至レリ本條ニ於テハ原則トシテカタク法理ヲ守リ外國法人ハ日本ニ於テ當然法人成立スヘキモノトセスト雖モ例外トシテ(第一)國及ヒ國ノ行政區畵ハ當然法人トシテ之ヲ認ムルモノトセリ是レ他ナシ外國ト條約ヲ結ヒ彼我ノ間ニ種種ノ法律關係ヲ認ムルノ必要アルヲ以テ勢ヒ國ハ外國ト雖モ亦之ヲ法人ト認メサルコトヲ得ス而シテ國ノ行政區畵モ日本人ニシテ是レト取引ヲ爲スコトアルヘキヲ以テ之ヲ法人ト認ムルヲ便トシタルナリ(第二)商事會社ハ同シク之ヲ法人ト認メトタリ蓋シ交通頻繁貿易絡エキタル今日ニ於テハ外國ノ商事會社ヲ以テ法人ト見爲ササレハ內國ノ商事會社ヲ法人ト認メサルニ因リテ生スル不便ト同一ナル不便ヲ感スヘキヲ以テ近世ノ外國法律ノ傾向ニ從ヒ之ヲ法人ト認メタリ(商二五五以下)(第三)ハカ國ノ法律又ハハカ國ト外國トノ條約ニ因リテ特ニ成立ヲ認メタル法人ハ右ノ原則ニ從フヘキニ非サレハ固ヨリ論ヲ竢タサルナリ例ヘハ學術慈善等ヲ目的トスル法人ニシテハカ國ノ主權者ヨリ觀ルモ公益ノ爲メニ必要ナル團體ハ特別ノ法律又ハ條約ニトリテ之ヲ認ムルコトアルヘシ而シテ此種ノ法人ハ漸次其數ヲ增スヘキモノト信ス然レトモ政治宗敎等ヲ目的トスル團體ニシテ本國ノ爲メニ利益ナク却テ弊害アルヘキモノハ固ヨリ其成立ヲ認メサルヘシ是レ本條ノ精神ナリ
外國ニ於テハ國ノ行政區畵及ヒ商事會社ニシテ法人ト認メサルモノ其例ニ乏然ラスヤ敢テ本條ニ於テ是等ノモノヲ法人ト認ムルニ非ス唯本國ノ法律ニ於テ法人ト認メタルモノハハカ國ニ於テモ亦其人格ヲ認ムヘキ事ヲ定メタルノミ
外國法人ハ一旦其成立ヲ認ムルモ其權利能力ニイタリテハ必スシモ本國ニ於ケルト同一ナルコトヲ得ス(第一)日本ニ於ケル同種ノ法人カ享有セサル權利ハ外國法人モ亦之ヲ享有スルコトヲ得ス然レトモ日本ニ於ケル同種ノ法人カ享有スル權利ハ外國法人カ本國ニ於テ之ヲ享有スルコトヲ得サルトキト雖モ尙日本ニ於テハ之ヲ享有スヘシ(第二)外國ノ自然人カ享有セサル權利ハ外國ノ法人モ亦之ヲ享有スルコトヲ得ス例ヘハ土地ノ所有權ハ外國人之ヲ享有スルコトヲ得ス故ニ外國法人モ亦之ヲ享有スルコトヲ得ス(第三)若シ日本ノ法律又ハ日本ト外國トノ條件中ニ特ニ外國法人ヲシテ其權利ヲ享有セシメサルノ規定アルトキハ固ヨリ前ニ述ヘタル原則ヲ適用スヘキ限リニ非ス然レトモ若シ法律又ハ條約中ニ普通ノ內國法人カ有セサル權利ヲ以テ其外國法人ニ与ウルノ規定アルトキハ之ニヨルヘキコト固ヨリナリトス
第三十七條 社團法人ノ設立者ハ定款ヲ作リ之ニ左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス
一 目的
二 名稱
三 事務所
四 資產ニ關スル規定
五 理事ノ任免ニ關スル規定
六 社員タル資格ノ得喪ニ關スル規定(商百二十條、舊商一五八)
本條ハ社團法人ノ設立ニ特別ナル規定ナリ社團法人ハ數人ノ團體ヨリ成立スルカ故ニ其間ニ定款 (statut ;Vereinssatyung oder Statut)ナルモノヲ作リ之ニ其法人ノ設立ニ付キ必要ナル事項ヲ記載セシムルコトヲ要ス本條ハ即チ其必要ナル事項ヲ列擧シタルモノナリ
本條ニ列擧シタル事項ハ必ス記載セサルヘカラサル要素的事項ニシテ他ノ事項ヲ記載スルハ固ヨリ設立者ノ隨意ナリ是レ後ニ論スヘキ寄付行爲ニ付テモ亦同シキ所ナリ
第三十八條 社團法人ノ定款ハ總社員ノ四分ノ三以上ノ同意アルトキニ限リ之ヲ變更スルコトヲ得但定款ニ別段ノ定アルトキハ此限ニ在ラス
定款ノ變更ハ主務官廳ノ認可ヲ受クルニ非サレハ其效力ヲ生セス(商二〇八、二〇九、舊商二〇三、二〇五)
定款ハ社團法人設立ノ基礎ニシテ純理ヨリ之ヲ言ヘハ定款ハ法人設立ノ後一切之ヲ變更スルコトヲ得サルモノトシ之ヲ變更セント欲セハ必ス總社員ノ承諾ヲ要スルノミナラス前法人ハ消滅シテ更ニ同一ノ目的ヲ設立スルモノト謂ハサルヘカラス然リト雖モ此如クンハ實際ノ不便實ニ尠カラス故ニ相當ノ條件ヲ以テ定款ノ變更ヲ許シ爲メニ前法人消滅セサルモノトセリ而シテ其條件トハ(第一)總社員ノ四分ノ三以上ノ同意アルコト 但此定數ハ定款ヲ以テ之ニ異ナリタル規定ヲ設クルコトヲ妨ケス例ヘハ總社員ノ承諾ヲ必要トシ又ハ社員過半數ノ同意ヲ以テ足レルトスルノ類ナリ(第二)主務官廳ノ認可ヲ受クルコト 是ナリ蓋シ法人ハ主務官廳ノ許可ニ因リテ成立シ而シテ其許可ハ定款ノ規定ヲ條件トシテ之ヲ与エタルモノト看做ササルヘカラス故ニ其定款ヲ變更スルニハ又主務官廳ノ許可ヲ受クヘキモノトスルハ理ノ當ニ然ルヘキ所ナリ
第三十九條 財團法人ノ設立者ハ其設立ヲ目的トスル寄附行爲ヲ以テ第三十七條第一號乃至第五號ニ揭ケタル事項ヲ定ムルコトヲ要ス
本條ハ財團法人ノ設立ニ關スル規定ナリ財團法人ニハ定款ナルモノアルコト能ハスト雖モ一人又ハ數人ノ意思ヲ以テ之ヲ設立スルモノナルカ故ニ其意思ヲ表明シタル行爲ナカルヘカラス此行爲ヲ名ツケテ寄附行爲 (acte de fondation ;Stiftungsge schäft)ト謂フ蓋シ財產ヲ寄附シテ或ハ目的ニ供エルヲ以テ定款ニ定ムヘキ事項ヲ定メシム但第三十七條第六號ノ事項ハ社團法人ニ特別ナルモノナルカ故ニ之ヲ玆ニ適用セス
寄附行爲ハ後日之ヲ變更スルコトヲ得サルハ固ヨリ論ヲ竢タス但寄附行爲中ニ是レカ變更ニ關スル規定アラハ其規定ハ固ヨリ有效ナリ尙ホ立法論トシテハ事務所ノ變更ノ如キ或ハ官廳ノ許可ヲ得テ之ヲ爲スコトヲ得ルモノトスルヲ便トスヘキカ
第四十條 財團法人ノ設立者カ其名稱、事務所又ハ理事任免ノ方法ヲ定メスシテ死亡シタルトキハ裁判所ハ利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ之ヲ定ムルコトヲ要ス
社團法人ニ於テハ法人設立ノ際ニハ必ス社員ノ生存セルコトヲ要スルカ故ニ若シ其定款ニ缺クル所アレハ主務官廳ハ直チニ其設立者ニ命シテ之ヲ補充セシムルコトヲ得ヘシト雖モ財團法人ニ在リテハ往往ニシテ設立者カ必要ナル事項ヲ定メスシテ死亡スルコトアリ殊ニ遺言ヲ以テ寄附ヲ爲ス場合ニ於テ然リトス此場合ニ於テハ其者ノ相續人又ハ遺言執行者ヨリ法人ノ設立ヲ主務官廳ニ願イ出ルニアタリ寄附行爲ノ不完全ナルカ爲主務官廳ニ於テ之ヲ許可スル事能ハストセハ公益ノ爲メニ設立セント欲シタル法人モ爲ニ成立スルコト能ハサルニ至ラン是レ死者ノ公義心ヲ空シュウシ有益ナル事業ノ發達ヲ妨クルノ虞アリ故ニ本條ニ於テハ特ニ裁判所ヲシテ死者ニ代ハリ必要ナル事項ヲ定ムルコトヲ得セシメタリ
然リト雖モ如何ナル事項ニテモ皆裁判所ニ於テ之ヲ定ムルコトヲ得ルトセハ法人ノ設立者ハ死者ニ非スシテ寧ロ裁判所ナルカ如キ奇觀ヲ呈スヘク往往ニシテ死者ノ意思ニ背馳スルコトナキヲ保セス故ニ第三十七條ニ揭ケタル事項ノ中裁判所ニ補充スルコトヲ得ルモノト得サルモノトノ別ヲ立テ目的及ヒ資產ニ關スル規定ノ如キハ法人設立ノ基礎ニシテ其定メナケレハ到底法人ヲ成立セシムルコト能ハサルモノトシ唯名稱、事務所又ハ法人管理者ノ任免ニ關スル規定ノ缺ケタル場合ニ於テノミ裁判所ヲシテ之ヲ補充スルコトヲ得セシメタリ
第四十一條 生前處分ヲ以テ寄附行爲ヲ爲ストキハ贈與ニ關スル規定ヲ準用ス
遺言ヲ以テ寄附行爲ヲ爲ストキハ遺贈ニ關スル規定ヲ準用ス
財團法人ノ設立ノ爲メニスル寄附行爲ハ或ハ生前處分ヲ以テシ或ハ遺言ヲ以テスヘシ其生前處分ヲ以テスルモノハ殆ト贈与ニ均シト雖モ亦全ク同シキモノト謂フコトヲ得ス蓋シ贈与ハ一ノ契約ナリ寄附行爲ハ單獨行爲ニシテ一方ノ意思ノミニテ成立スルモノナリ語ヲ換ヘテ之ヲ言ヘハ寄附行爲ノ當時ニ在リテハ未タ寄附ヲ受クヘキ當事者アルコトナシ寄附行爲アリタル後主務官廳ノ許可ヲ得テ法人成立シタルトキニ於テ始メテ寄附ヲ受クヘキ當事者ヲ生スルナリ故ニ之ヲ當事者雙方ノ意思ニヨル契約ト同一視スルコトヲ得ス然リト雖モ其行爲ノ性質互ニ相類スルモノ多キヲ以テ贈与ニ關スル規定ヲ玆ニ準用スルコトトシタルナリ
遺言ヲ以テ寄附行爲ヲ爲ス場合ニ於テハ其行爲ハ頗ル遺贈ニ類スルモノアリ然リト雖モ遺贈ハ遺言者ノ死亡ノトキニ於テ受遺者ノ生存セルコトヲ必要トス(一〇九六、一項)然ルニ寄附者死亡ノ當事ニ在リテハ受遺者ニ相當スヘキ法人ハ未タ生出セス故ニ是レ純然タル遺贈ニ非ス唯其性質頗ル相類スルカ故ニ玆ニ遺贈ニ關スル規定ヲ準用スルノミ(尙ホ胎兒ニ對スル遺贈ハ最モ遺言ヲ以テスル寄附行爲ニ類セリ故ニ若シ法律ノ明文ナクンハ胎兒ニ對シテ遺贈ヲ爲スコトヲ得スト云ハスンハアルヘカラス唯相續編ニ於テ實際ノ便益ヲ慮リ遺贈ニ付テハ胎兒ヲ以テ既生兒ニ等シキ人格ヲ有スル者ト看做セリ、九六八、一〇六五)
第四十二條 生前處分ヲ以テ寄附行爲ヲ爲シタルトキハ寄附財產ハ法人設立ノ許可アリタル時ヨリ法人ノ財產ヲ組成ス
遺言ヲ以テ寄附行爲ヲ爲シタルトキハ寄附財產ハ遺言カ效力ヲ生シタル時ヨリ法人ニ歸屬シタルモノト看做ス
本條ハ寄付行爲ノ效力ヲ生スヘキ時期ヲ定メタルモノナリ蓋シ法人ノ設立ハ寄付行爲ノミヲ以テ之ヲ爲スコトヲ得ス必ス主務官廳ノ許可ヲ要スルモノナリ故ニ寄付行爲ノ時ト法人設立ノ時トハ同一ナルコトヲ得ス玆ニ於テカ寄付行爲ノ效力ハ果シテ其行爲ノ時ヨリ生シタルモノト視ルヘキヤハタ又法人設立ノ許可アリタル後始メテ生スヘキモノトスヘキヤハ頗ル疑ハシキ問題ニ屬ス本條ニ於テハ生前處分ヲ以テスル寄付行爲ハ遺言カ效力ヲ生シタル時即チ原則トシテハ遺言者死亡ノ時ヨリ其效力ヲ生シタルモノト看做セリ(一〇八七)カク二種ノ寄付行爲ノ間ニ區別ヲ立テタル所以ノモノハ他ナシ生前處分ノ場合ニ於テハ寄付財產カ法人設立ノ時ヨリ法人ノ財產ヲ組成スルモノトスルモモ不便ヲ感スルコトナシ何トナレハ此場合ニ於テハ寄付者ハ通常法人設立ノ時ニ生存スルヲ以テナリ之ニ反シテ遺言ノ場合ニ於テハ寄付者既ニ死亡セルヲ以テ若シ寄付財產ハ法人設立ノ時ヨリ始メテ法人ノ財產ヲ組成スルモノトスレハ寄附者死亡ノ時ヨリ法人設立ノ時ニイタルマテ其財產ハ相續人ニ屬シタルモノト言ハサルコトヲ得ス若シ然ラハ其財產ヨリ生スル果實其他ノ利益ハ悉ク相續人ノ有ニ歸スヘキノミナラス相續人ハ其財產ヲ處分スルコトヲ得ヘシ(但此最後ノ㸃ハ實際本條ノ規定ヲ以テ之ヲ防遇スルモノト謂フコトヲ得ス何トナレハ若シ遺言執行者ナカランカ多數ノ場合ニ於テ登記、引渡,債權讓渡、無形財產權讓渡等ニ關スル規定ノ結果相續人處分ハ有效ト看做サルヘク而シテ相續人ノ義務ニ至リテハ本條ノ有無ニ因リテ少シモ異ナル所非サレハナリ)是レ寄附者ノ意思ニ反スルコト多カルヘシ故ニ本條ニ於テハ此二ツノ場合ヲ區別セリ
第四十三條 法人ハ法令ノ規定ニ從ヒ定款又ハ寄附行爲ニ因リテ定マリタル目的ノ範圍內ニ於テ權利ヲ有シ義務ヲ負フ
本條ハ法人ノ假定ノ範囲定メタルモノナリ法人ハ法律ノ假定ナルカ故ニ其目的ノ範囲內ニ於テノミ人ニ均シキ效力ヲ有スルモノニシテ其目的以外ニ於テハ法律ノ假定ナク全ク人格ナキモノト看做ササルヲ得ス是レ本條ノ規定ノ主旨トスル所ナリ
法人ノ目的ハ定款又ハ寄附行爲ニ因リテ定マルヘキコトハ既ニ第三十七條第一號及ヒ第三十九條ニ因リテ明カナル所ナリ唯法人ノ性質ニ因リ特別法令ノ規定ヲ以テ其行動ノ範囲ヲ伸縮スルコトアルヘキカ故ニ本條ニ於テハ特ニ法令ノ規定ニ從フヘキコトヲ明言セリ例ヘハ社寺ニ付テハ特別ナル制限アリ(但社寺ニ付テハ民施二八ノ規定ニ因リ當分ノ內民法中法人ニ關スル規定ヲ適用セス)政社ニ付テハ政社ニ特別ナル監督法アリ以テ是等ノ法人ノ行動ヲ支配セリ又ハ學校ニ付テハ其各種ニ關シ特別ノ規定アリ自ラ其事業ノ範囲ヲ限畵セリ
第四十四條 法人ハ理事其他ノ代理人カ其職務ヲ行フニ付キ他人ニ加ヘタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス
法人ノ目的ノ範圍內ニ在ラサル行爲ニ因リテ他人ニ損害ヲ加ヘタルトキハ其事項ノ議決ヲ贊成シタル社員、理事及ヒ之ヲ履行シタル理事其他ノ代理人連帶シテ其賠償ノ責ニ任ス
法人ノ代理人カ爲シタル法律行爲ハ代理ノ原則ニ基付キ(九九)直接ニ其效力ヲ法人ニ及ホスヘキハ固ヨリ謂フヲ待タサル所ナリ唯其代理人カ不法行爲ニ因リ他人ニ損害ヲ加ヘタル場合ニ於テ法人ハ果シテ之ニ付テ責任ヲ負フヘキヤ否ヤ是レ本條ノ規定スル所ナリ
此問題ニ付テハ行爲ノ種類ヲ二大別セサルコトヲ得ス其一一ハ代理人カ職務ヲ行フニ付テ爲シタル行爲他ノ一ハ法人ノ目的ノ範囲外ノ行爲是ナリ第一種ノ行爲ニ因リテ損害ヲ加ヘタル場合ニ於テ理論上ヨリ言ヘハ代理人カ其代理權ニ因リテ爲シタル行爲ニ非サルカ故ニ法人ハ之ニ付テ責任ヲ負ハサルモノト爲スヘキモ是レ實際ニ於テ頗ル不便トスル所ナリ蓋シ代理人ハ往往ニシテ資產ニ乏シク被害者ニ對シテ充分ノ賠償ヲ爲ス資力ナキコト稀ナリトセス之ニ反シテ法人ハ通常多數ノ資產ヲ有シ其損害ノ賠償ヲ支払ウコトヲ得ルモノ多カルヘシ故ニ法人ノ代理人カ他人ニ損害ヲ加ヘタル場合ニ於テ法人ヲシテ其損害ヲ賠償セシメ以テ直接ニ其他人ヲ保護スルト同時ニ間接ニ法人ノ信用ヲ維持シ他人ヲシテ安シテ其代理人ト取引ヲ爲スコト恰モ自然人ノ代理人ニ對スル如クスルコトヲ得セシムルコト得策トス是レ本條第一項ノ規定アル所ナリ(委任ニヨル代理人ノ不法行爲ニ付テハ七一五ヲ適用スヘキモ是レ本人ニ選任又ハ監督ニ付キ過失アルヲ以テ其自己ノ不法行爲ニ責任ヲ負フナリ)
然レトモ第二種ノ行爲ニイタリテハ是レト同一視スルコト能ハス何トナレハ法人ノ人格ハ其目的ノ範囲內ニ於テノミ存セルコトハ既ニ前條ニ於テ說明セシカ如シ故ニ其目的ノ範囲內ヲ離レテハ復法人アルコトナシ從テ他人モ代理人カ法人ノ目的外ノコトヲ行フ場合ニ於テハ法人カ之ニ因リテ責任ヲ負フヘキコトヲ予期スルノ理爲シ故ニ此場合ニ於テハ法人ニ責任ナキモノトスルヲ妥當トス而シテ其責任者ハ(第一)其行爲ヲ爲シタル理事其他ノ代理人(第二)自ラ其事ヲ行ハスト雖モ之ヲ贊成シタル理事(第三)社團法人ニ在リテハ社團總會ニ於テ其事項ヲ贊成シテ議決ニ至ラシメタル社員是ナリ但法律ニ特別ノ明文ナキモ是等ノ者ハ各自己ノ過失ヨリ生スル損害ヲ賠償スルヲ義務ヲ負イ且第七百十九條ノ規定ニ因リ其間ニ連帶アルヘキコトハ敢テ疑ヲ容レスト雖モ或ハ其適用ヲ誤マル者ナキヲ保セサルカ故ニ本條ニ於テ特ニ之ヲ明言セリ(四三二乃至四四五參觀)
第四十五條 法人ハ其設立ノ日ヨリ二週間內ニ各事務所ノ所在地ニ於テ登記ヲ爲スコトヲ要ス
法人ノ設立ハ其主タル事務所ノ所在地ニ於テ登記ヲ爲スニ非サレハ之ヲ以テ他人ニ對抗スルコトヲ得ス
法人設立ノ後新ニ事務所ヲ設ケタルトキハ一週間內ニ登記ヲ爲スコトヲ要ス(商四五、五一、一〇七、一四一、二四二、舊商六九、七八、一六八、一項、一六九
以上ノ規定ニ因リ法人ノ設立ニ必要ナル條件及ヒ其設立ノ當然ノ結果ヲ明カニセリ本條以下ニ於テハ其法人カ他人ニ對シテ其設立ノ效メヲ全ウスルニ必要ナル條件ヲ定メタリ其條件トハ何ソヤ登記 (inseription ;Eintragung)是ナリ
登記ノ手續ハ本條ニ之ヲ規定セス非訟事件手續法ヲ以テ之ヲ定メタリ(非訟事件手續法一一七、一一九、一二〇、乃至一二二、一二四、一二五)
登記ニ關スル主義三アリ
一 登記ヲ以テ法人設立ノ絕對條件ト爲スモノ是ナリ此主義ニ依レハ法人ノ人格ニ付キ關係的效力ヲ認メス登記アルマテハ何人ヨリ觀ルモ法人ナク登記アレハ何人ト雖モ其人格ヲ認メサルコトヲ得サルカ故ニ法律上ノ關係甚タ明快ニシテ最モ其當ヲ得タルカ如シト雖モ亦退キテ考ウルトキハ既ニ官廳ノ許可アリテ第三者モ法人トシテ是レト取引ヲ爲スコトヲ肯シタル場合ニ於テ偶偶其登記前ナリシ理由ニ因リ其取引全ク無效ニ歸スルカ如キハ却テ不便多カルヘク且登記ハ本來法人ノ設立及ヒ虞組織等ヲ第三者ニ知ラシムルノ方法ニシテ設立者及ヒ官廳ハ登記ナキモスヘテ是等ノ事項ヲ熟知セルカ故ニ苟モ第三者ヲ害セサル限リハ登記前既ニ法人ノ設立ヲ認ムルモ何ノ不可カ是レアラン故ニ我民法ハ此主義ヲ採用セス
二 登記ハ唯善意ノ第三者ヲ保護スルヲ目的トシ登記前ト雖モ既ニ官廳ノ許可アリタルコトヲ知レル第三者ハ法人ヲ否認スルコトヲ得サルモノトスルモノ是ナリ是レ登記ノ目的ヨリ言ヘハ最モ妥當ナルカ如キモ善意、惡意、ノ事實ハ往往之ヲ明カニシ難ク且同シク第三者ノ中法人ヲ認ムルヘキ者ト之ヲ認メサルコトヲ得ル者ト在リテハ法律上ノ關係一層錯雜ニ涉リ實際ノ不便尠カラアサルヘキヲ以テ我民法ハ又是レ主義ヲ採用セス
三 登記前ニアッテハ第三者ハ皆法人ノ設立ヲ認メサルコトヲ得ルモノトスル主義是ナリ前ニ主義ヲ折衷シ最モ事宜ニ適シタルモノトシ我民法ハ之ヲ採用セリ
本條ニ於テハ登記ノ期間及ヒ場所ヲ規定セリ即チ法人設立ノ始マリニ當リテハ其設立ノ日ヨリ二週間內ニ必ス登記ヲ爲スヘキモノトセリ而シテ其登記ハ法人ノ事務所ノ所在地ニ於テ之ヲ爲スヘキモノトシ其事務所數個アル場合ニ於テハ各事務所ノ所在地ニ於テ皆登記ヲ爲スヘキモノトセリ而シテ若シ其登記ヲ怠ルトキハ二種ノ制裁アリ一ハ第八十四條第一號ニ因リ法人ノ理事ハ五圓以上二〇〇圓以下ノ過料ニ處セラレ一ハ法人ノ設立ヲ他人對抗スルコトヲ得サルモノトセリ但此末ノ制裁ハ事務所數個アル場合ニ於テハ其主タルモノノ所在地ニ於テ登記ヲ爲ササルトキニノミ其適用アルモノトス語ヲ換ヘテ之ヲ言ヘハ法人ハ本法ノ規定因リテ之ヲ設立シ主務官廳ノ許可ヲモ經タル後ト雖モ其主タル事務所ノ所在地ニ於テ登記ヲ爲スマテハ法人設立者及ヒ主務官廳ニ對シテハ法人既ニ成立セリト言フコトヲ得ヘキモ他人ニ對シテハ之ヲ主張スルコトヲ得ス但他人ヨリ法人ニ對シテ其成立ヲ援用スルヲ得ヘキハ勿論ナリ
以上ハ法人設立ノ始メニ於テ爲スヘキ登記ニ付テ論セリ若シ法人設立ノ後新ニ事務所ヲ設ケタルトキハ其事務所ニ於テモ亦登記ヲ爲スヘキハ固ヨリナリト雖モ其期間ハ果シテ如何既ニ論シタル設立後二週間ノ期間ハ到底之ヲ此場合ニ適用スルコトヲ得ス然レトモ亦全ク無期間ニシテ何時登記ヲ爲スモ可ナリト爲サンカ是レ登記ヲ命セサルト殆ト一般ナリ故ニ本條第三項ニ於テ事務所ヲ設ケタル時ヨリ一週間內ニ其登記ヲ爲スヘキモノトセリ而シテ其期間ヲ短縮シタルハ法人設立ノ場合ニ於ケルカ如キ準備等ヲ要セサレハナリ此場合ニ於ケル制裁ハ第八十四條第一號ニ定メタル過料
ノミナリ
第四十六條 登記スヘキ事項左ノ如シ
一 目的
二 名稱
三 事務所
四 設立許可ノ年月日
五 存立時期ヲ定メタルトキハ其時期
六 資產ノ總額
七 出資ノ方法ヲ定メタルトキハ其方法
八 理事ノ氏名、住所
前項ニ揭ケタル事項中ニ變更ヲ生シタルトキハ一週間內ニ其登記ヲ爲スコトヲ要ス登記前ニ在リテハ其變更ヲ以テ他人ニ對抗スルコトヲ得ス(商五一、一項、五三、一〇七、一四一、二四二、舊商七九、八〇、一三八、一六八、二項、二一〇、一項
本條ハ登記スヘキ事項ヲ定メタルモノニシテ社團法人ト財團法人トニ通スルモノナリ右ノ事項ノ中第七號ノモノハ聊カ說明ヲ要スルモノアリ蓋シ社團法人ニ在リテハ各社員月月又ハ年年若干ノ出金ヲ爲シ以テ法人ノ目的ノ用ニ供スルヲ常トシ財團法人ノアリテモ設立者カ一時ニ其法人ノ目的必要ナル財產ヲ寄附セスシテ若干歲月ノ間定期ニ金錢其他ノ物ヲ供出シ又ハ相續人若シク第三者ヲシテ其供出ヲ爲サシムルコト稀ナリトセス第七號ハ即チ是等ノ事項ヲ指シテ言ヘルナリ
本條第二項ノ規定ハ一旦登記シタル事項ニ變更ヲ生シタル場合ニ關スルモノナリ此場合ニ於テ更ニ登記ヲ爲スヘキハ殆ト言フヲ竢タス蓋シ登記ハ公示ノ方法ニシテ法人ノ目的其他ノ事項ヲ廣ク第三者ニ知ラシメンカ爲ナリ然ルニ一旦登記シタル事項ニ變更ヲ生スルモ更ニ登記ヲ爲スコトヲ要セストセハ第三者ハ始メノ登記ヲ信シ既ニ變更セシ事項ヲ尙ホ依然舊ノ如ク存セルモノト誤マリ往往ニシテ登記ノ爲メニ却テ欺カルルノ虞アリ故ニ變更ノ場合ニ登記ヲ爲スコトヲ要セストセハ寧ロ始マリ因リ登記ヲ爲サシメサルノ愈レルニシカス是レ登記事項ノ變更ハ必ス又之ヲ登記スヘキモノトシタル所以ナリ然リト雖モ此登記ノ期間ハ始メノ登記ノ期間ニヨルコト能ハサルハ固ヨリニシテ本條ニ於テハ變更ノ事實アリタル時ヨリ一週間內ニ其登記ヲ爲スヘキモノトセリ蓋シ此場合ニ於テハ設立ノハシメニ於ケルカ如ク諸種ノ準備ニ忙シキ場合ニ非サルカ故ニ二週間ノ期間ヲ与ウル必要ナケレハナリ是レ前條末項ニ規定セル事務所新設ノ場合ト同一般ナリ(理論上ヨリ言ヘハ事務所ノ新設モ亦登記事項ノ變更ニ外ナラスト雖モ之ニ關シテハ前條第三項ニ特別ノ規定アルヲ以テ我民法ノ解釋トシテハ本條ノ「變更」中ニ之ヲ包含セス唯既存ノ事務所ヲ他ニ移轉シタル場合ノミ其中ニ包含セルモノト視ルヲ妥當トス尙ホ事務所移轉ノ場合ニ關シテモ四八ノ特別規定アリト雖モ是レト本條第二項ト相待テ適用セラルヘキモノトス)
變更ノ登記ヲ怠リタル制裁如何曰ク(第一)第八十四條第一號ニ定メタル過料(第二)登記前ニハ其變更ヲ以テ他人ニ對抗スルコトヲ得サルコト是ナリ是レ法人設立ノ登記ヲ怠リタル場合ト其主義ヲ同シュウセルモノナリ
第四十七條 第四十五條第一項及ヒ前條ノ規定ニ依リ登記スヘキ事項ニシテ官廳ノ許可ヲ要スルモノハ其許可書ノ到達シタル時ヨリ登記ノ期間ヲ起算ス
本條ハ登記期間ノ起算㸃ニ關スル特例ヲ揭ケタルモノナリ蓋シ登記事項ニシテ官廳ノ許可ヲ要スルモノハ其事項ヲ決定シタル時ヨリ登記期間ヲ起算スルコト能ハサルハ固ヨリナリ何トナレハ其事項ヲ決定シタル後官廳ノ許可アルマテニハ期間ノ全部又ハ大部分ヲ經過スルコト多ク而モ官廳ノ許可アルニ非サレハ其事項ノ成立スルヘキヤ否ヤヲ知ルコト能ハサレハナリ故ニ期間ノ計算ハ必ス其許可アリタル時ヨリ之ヲ始ムルヘカラス而シテ官廳所在地ト法人設立者ノ住所又ハ居所ト遠隔セル場合ニ於テハ官廳カ許可書ヲ發シタル日ト法人設立者カ之ヲ受取リタル日トノ間ニ若干ノ日數ヲ要スルコトアルヘキヲ以テ其許可書到達ノ時ヨリ右ノ期間ヲ起算スルモノトセリ(九七ニ於テ法律行爲ノ意思表示ニ付テハ常ニ其通知ノ到達セル時ヨリ效力ヲ生スヘキモノトセルモ官廳ノ許可ハ法律行爲ニ非サルヲ以テ特ニ玆ニ明言スルノ必要アルナリ尙後ノ法律行爲ノ章ヲミヨ)
第四十八條 法人カ其事務所ヲ移轉シタルトキハ舊所在地ニ於テハ一週間內ニ移轉ノ登記ヲ爲シ新所在地ニ於テハ同期間內ニ第四十六條第一項ニ定メタル登記ヲ爲スコトヲ要ス
同一ノ登記所ノ管轄區域內ニ於テ事務所ヲ移轉シタルトキハ其移轉ノミノ登記ヲ爲スコトヲ要ス(商五二一四一、二項 舊商二一一〇、二項
本條ハ事務所移轉ノ場合ニ於ケル登記ニ關スル規定ナリ若シ法人カ其事務所ヲ移轉シタルトキハ第四十六條第二項ニ所謂變更ニ外ナラス故ニ同一登錄所ノ管轄區域內ニ於テ事務所ヲ移轉シタルトキハ既ニ其移轉即チ變更ノミヲ登記スレハ足レリト雖モ若シ甲登記所ノ管轄區域ヨリ乙登記所ノ管轄區域ニ事務所ヲ移轉シタルトキハ既ニ移轉即チ變更ノミヲ登記スルモ決シテ登記ノ目的ヲ達スルコト能ハス何トナレハ他人カ法人ニ關スル登記ヲ見ント欲セハ必ス其法人ノ事務所所在地ノ登記所ニ至ルヘシ然ルニ現事務所所在地ノ登記所ニノミ設立ノ登記及ヒ變更ノ登記カ若シ舊事務所ノ所在地サエモ之ヲシルコト能ハサル場合多カルヘシ又假令之ヲ知ルモ法人ト取引ヲ爲サント欲スル者ヲシテ皆現事務所ノ所在地外即チ多少遠隔ノ地ニ到リテ登記簿ヲ閱覽セシムルハ極メテ不便トスル所ナレハナリ故ニ此場合ニ在リテハ舊事務所ノ所在地ニ於テハ單ニ變更ノ登記ヲ受クルヲ以テ足レリト爲スト雖モ新事務所ノ所在地ニ於テハ必ス法人設立ノ始メニ於ケル登記ト同一ノ登記ヲ爲サシメサルヘカラス是レ本條第一項ノ規定アル所以ナリ但事務所ノ移轉ハ第四十六條第二項ニ所謂變更ニ外ナラサルコトハ既ニ論セシカ如キヲ以テ登記ノ期間ハ二週間ニ非スシテ一週間ナリ
第四十九條 第四十五條第三項、第四十六條及ヒ前條ノ規定ハ外國法人カ日本ニ事務所ヲ設クル場合ニモ亦之ヲ適用ス但外國ニ於テ生シタル事項ニ付テハ其通知ノ到達シタル時ヨリ登記ノ期間ヲ起算ス
外國法人カ始メテ日本ニ事務所ヲ設ケタルトキハ其事務所ノ所在地ニ於テ登記ヲ爲スマテハ他人ハ其法人ノ成立ヲ否認スルコトヲ得(商二五五乃至二五七
本條ハ外國法人カ其事務所ヲ日本ニ設クル場合ニ付テ規定セリ蓋シ日本ニ於テ外國法人ノ成立ヲ認ムル以上ハ假令日本ニ於テ登記其他日本ノ法律ニ於テ必要トセル手續ヲ履行セサルモ其成立ニ妨ク爲シト雖モ若シ外國法人カ其事務所ヲ日本ニ設クル場合ニ於テハ實際日本ニ於テ設立シタル法人ト異ナルコトナシ故ニ其內部ノ組織其他ノ事項ハ日本ノ法律ニヨラサルモノトスルモ形式上ノ條件即チ登記ハ日本ノ法人カ之ヲ爲スト同シク外國法人モ亦之ヲ爲ササルトキハ是レト取引ヲ爲ス日本人ハ頗ル不便ヲ感スルコトアルヘシ何トナレハ日本ノ法人ハ其事務所ヲ設クル場所ニハ必ス登記ヲ爲シテ其法人ノ組織他ノ事項ヲ公示スルニ拘ハラス外國法人ハ事務所ヲ日本ニ設クルモ尙登記ヲ爲ササルトキハ其組織其他ノ事項ヲ知ルニユエ爲シ故ニ是レト取引ヲ爲ス者ハ動モスレハ其組織、資力等ニ附キ誤信ヲ爲シテ損失ヲコウムル虞ナシトセス故ニ外國法人カ其事務所ヲ日本ノ設クル場合ニ於テハ恰モ日本法人カ事務所ヲ設クル場合ノ如ク登記ヲ爲スコトヲ必要トセリ但外國ニ於テ生シタル事項例ヘハ本國ニ於ケル社員總會ニ於テ法人ノ目的又ハ名稱ヲ變更シ、存立時期ヲ伸縮シ、資產ノ額ヲ增減シ理事ヲ更迭シ其他一旦登記シタル事項ニ變更ヲ生シタルトキハ日本ニ於ケル事務所ニ於テハ其通知ヲ受クルマテハ未タ是等ノ變更ヲ知ラサルコト多カルヘシ故ニ若シ登記ノ期間ヲ變更ノ事實アリタル時ヨリ起算スルトキハ往往ニシテ期間過キテ後ニ始メテ其變更ノ通知アルコト稀ナリトセサルヘシ故ニ是等ノ事項ニ付テハ其通知カ日本於ケル事務所ニ到達シタル時ヨリ登記ノ期間ヲ起算スヘキモノトセリ
外國法人カ其事務所ヲ日本ニ設ケタル場合ニ於テ登記ヲ必要トスルハ日本ノ法人カ始メテ成立シタル時ニ其登記ヲ必要トスルト殆ト異ナル事爲シ然ルニ日本ノ法人在リテハ成立ノ始メ登記ヲ爲ササレハ他人ニ對シテ既ニ成立シタルモノト主張スルコトヲ得ス故ニ外國法人カ始メテ日本ニ事務所ヲ設ケタル場合ニ於テモ同一ノ制裁ヲ加フルニ非サレハ彼此權衡ヲ得サルノ嫌イアリ故ニ本條第二項ニ於テ外國法人カ始メテ日本ニ事務所ヲ設ケタル場合ニ於テハ登記ヲ爲スマテ他人ハ其法人ヲイ又成立セサルモノト認ムルコトヲ得ルモノトセリ
本條ハ公益法人ノミニ關スルモノト解セサルヘカラス是レ本條ニ適用セル第四十五條、第四十六條及ヒ前條ノ規定カ公益法人ノミニ關スルモノナルニ因リテ明カナル所ナリ
第五十條 法人ノ住所ハ其主タル事務所ノ所在地ニ在ルモノトス(商四四、二項、舊商七〇、民訴一四、二項)
人ハ皆住所ヲ有スヘキコトハ既ニ論セシ所ナリ今法人ハ法律上人ニ均シキモノト看做ス以上ハ其住所ヲモ認メサルコトヲ得ス而シテ法人ハ素ト形態ナキモノナルカ故ニ眞ノ生活アルルコトナシ從テ生活ノ本據タル住所アルコトナシヨッテ本條ニ於テハ其主タル事務所ヲ以テ其住所ト看做セリ蓋シ主タル事務所ハ法人ノ活動ノ本據ニシテ自然人ノ住所ト其趣ヲ同シュウスレハナリ例ヘハ法人ニ對シテ訴ヘヲ起コス者ハ通常其主タル事務所所在地ノ裁判所ニ訴ウヘク(裁判管轄ニ付テハ民訴一四、二項、同草一四、一項ニ特別ノ規定アリ而シテ改正草案ハ全ク本條ト同一ノ規定ヲ設クルト雖モ現行法ハ聊カ適用ヲ同シュウセサル所アルヘシ但其精神ニ至ッテハ全ク同一ナルカ如シ)法人カ債權ヲ有スル場合ニ於テハ其債權ノ履行ハ原則トシテ法人ノ主タル事務所ニ於テ之ヲ爲スヘキモノトスル等スヘテ自然人ノ住所ト同一ノ效力ヲ有スヘキモノナリ
第五十一條 法人ハ設立ノ時及ヒ每年初ノ三个月內ニ財產目錄ヲ作リ常ニ之ヲ事務所ニ備ヘ置クコトヲ要ス但特ニ事業年度ヲ設クルモノハ設立ノ時及ヒ其年度ノ終ニ於テ之ヲ作ルコトヲ要ス
社團法人ハ社員名簿ヲ備ヘ置キ社員ノ變更アル每ニ之ヲ訂正スルコトヲ要ス(商二六、一七一、一七二、一九一、舊商三二、一七四、二二二
本條ノ規定ハ法人ノ監督ニ付キ必要ナル手續ヲ定メタルモノナリ蓋シ法人ハ自然ノ存在ナキモノナルカ故ニ其財產ノ如キモ動スレハ散亂、消耗ノ虞アリ故ニ必ス財產目錄ヲ作リ以テ其散亂、消耗ヲ予防スルヲ必要トス是レ法人設立ノ初ニ當リテ最モ必要トスル所ナリト雖モ若シ一回之ヲ作ルヲ以テ足レリトスルトキハ後日財產ノ狀況ニ變更ヲ生シタル場合ニ於テ其變更ヲ明カニスルコトヲ得ス故ニ每年一回ハ必ス財產目錄ヲ作リ其增減ノ實況ヲ詳ラカニスルコトヲ得セシムルヲ必要トス是レ本條第一項ノ規定アル所以ナリ
財產目錄ヲ調整スヘキ時期ハ特ニ法律ヲ以テ之ヲ規定スルノ必要アリ是レ他ナシ若シ之ヲ規定セサルトキハ法人ノ理事ハ其便利トスル時期ニ於テ財產目錄ヲ調整シ例ヘハ財產ノ減少セシ場合ニハ力メテ其目錄ノ調整ヲ遲延シ其財產ノ增加セシ場合ニ於テハ速ニ是レカ目錄ヲ調整シ以テ官廳、社員等ノ歡心ヲ買ハント謀ルコトナシトセス此如クハ官廳、社員等ハ法人ノ財產ノ實況ヲ知ルコト能ハス故ニ法律ニ於テ目錄調整ノ時期ヲ一定シ原則トシテハ每年始メノ三个月內ニ之ヲ作ルヘキモノトシ唯特ニ事業年度ヲ設クル法人ニ在リテハ(例ヘハ四月ヨリ三月ニ至ルヲ一事業年度トシ又ハ七月ヨリ六月ニ至ルヲ一事業年度トスル場合ノ如シ)其年度ノ終ハリニ於テ之ヲ作ルヘキモノトセリ
以上ハ各種ノ法人ニ付テ皆同シキ所ナリ之ニ反シテ本條第二項ノ規定ハ社團法人ニ特別ナルモノニシテ社員名簿ヲ備エ若シ其社員ニ變更アルトキハ其變更ヲ名簿ニ記載スヘキコトヲ命セリ蓋シ社團法人ニ在リテハ社員ヲ以テ其基礎ト爲スカ故ニ社員ノ何人ナルカハ最モ重要ナル事項ニ屬ス立法者之ニ視ル所アリテ必ス其名簿ヲ作ラシメ若シ變更アルハ必ス之ヲ其名簿ニ記載シ利害關係人ヲシテ必要アルトキハ其名簿ニ就キ社員ノ何人ナルカヲ了知スルコトヲ得セシメタリ
本條ノ制裁ハ第八十四條第二號ニアリ就テ視ルヘシ
第二節 法人ノ管理
本節ニ於テハ法人ノ機關 ヲ規定セリ其機關左ノ如シ
一 理事 ハ法人ノ管理者ニシテ其事務ヲ執行スル機關トス
二 監事 ハ理事ノ事務執行ヲ監督スル機關トス
三 總會 ハ社團法人ニ於テ法人ノ意思ヲ代表シ理事ヲ指揮、監督スル機關トス
四 主務官廳 ハ國ヲ代表シテ公益ヲ保護シ法人ヲシテ其目的以外ニ奔馳セシメサル爲メ最上ノ監督權ヲ有スルモノナリ
一 理事
第五十二條 法人ニハ一人又ハ數人ノ理事ヲ置クコトヲ要ス
理事數人アル場合ニ於テ定款又ハ寄附行爲ニ別段ノ定ナキトキハ法人ノ事務ハ理事ノ過半數ヲ以テ之ヲ決ス(六七〇、取一二四、商一〇九、一六九、舊商八六、八七、一四三、二項、一八六
本條以下第五十七條ニ至ルマテニハ理事 (administreur 、Vorstand)ニ關スル規定ヲ設ケタリ而シテ本條ニ於テハ法人ニハ必ス理事ヲ置クヘキ事ヲ規定セリ蓋シ法人ノ事務ヲ管理スエヘキ理事ナクンハ自然ノ存在ナキ法人ハ全ク其活動ヲ爲スコトヲ得サレハナリ
理事ハ一人ヲ置クト數人ヲ置クト全ク法人設立者ノ隨意ニアルモノトス而シテ其數人アル場合ニ於テハ各自獨立ノ權限ヲ有シ各專斷ニテ法人ノ事務ヲ處理スルコトヲ得ヘキヤ總員ノ一致アルニ非サレハ法人ノ事務ヲ處決スルコトアタハサルヤハタ又過半數ヲ以テ之ヲ決スヘキヤハ定款又ハ寄附行爲ニ於テ之ヲ定ムヘシト雖モ若シ設立者カ之ヲ定ムルコトヲ忘却シタルトキハ果シテ如何スヘキカ是レ法律ノ規定ナキトキハ頗ル困難ナル問題ニ屬ス故ニ本條ニ於テハ定款又ハ寄附行爲ニ別段ノ定メナキ限リハ多數決ヲ以テ法人ノ事務ヲ處理スヘキモノトセリ蓋シ理事各專斷ニテ法人ノ事務ヲ處理スルコトヲ得ルモノトセハ各自ノ行爲動モスレハ相牴牾シテ不便ヲ感スルコト稀ナリトセサルヘク若シ又總員ノ一致アルニ非サレハ一切ノ事項ヲ處決スルコト能ハストセハ法人ノ事務ハ往往澁滯シテ其目的ヲ達スル爲メ支障尠カラサルヘシ故ニ本條ニ於テハ其中ヲ執リ集合體ノ通則ヲ採用シ多數決ヲ以テ法人ノ事務ヲ處理スヘキモノトセリ但其多數ハ比較多數ニテハ不可ナリ必ス絕對多數即チ過半數ヲ要スルモノトス
第五十三條 理事ハ總テ法人ノ事務ニ付キ法人ヲ代表ス但定款ノ規定又ハ寄附行爲ノ趣旨ニ違反スルコトヲ得ス又社團法人ニ在リテハ總會ノ決議ニ從フコトヲ要ス(六七〇、取一二四、商六一、六二、一項、一一四、一七〇、舊商一〇八乃至一一〇、一四三、一項、一八六
本條ハ理事ノ權限ヲ定メタルモノタリ蓋シ理事ハ法人ニ代ハリテ其事務ヲ處理スヘキ者ナルコトハ既ニ前條ニ於テ說明セシカ如シ故ニ其法人ヲ代表スル權限ヲ有スルコトハ固ヨリ論ヲ竢タス唯如何ナル程度ニ於テ法人ヲ代表スルカハ特ニ之ヲ規定スルニ非サレハ必ス第百三條ニ因リ管理行爲ヲ爲ス權限ノミヲ有スルモノト爲ササルコトヲ得ス然リト雖モ法人ハ素ト意思ナキモノナルカ故ニ管理行爲以外ノ事項ニ付テハ理事ニ權限ナキモノトセハ其事項ヲ必要トスル場合ニ於テモ殆ト如何トモスルコト能ハサルニ至ルヘシ或ハ社團法人ニアッテハ特ニ總會ノ決議ヲ經テ之ヲ行フヘキモノトスルコト能ハサルニ非サルモ事每ニ總會ヲ開キテ其決議ヲ求ムルカ如キハ實際殆ト不能ノコトニ屬ス故ニ本條ニ於テハ理事ハ原則トシテ法人ノ目的ノ範囲內ニ於テハ一切ノ行爲ニ付キ代理權ヲ有スルモノトシ唯定款又ハ寄附行爲ニ於テ其權限ニ制限ヲ加ヘタルトキハ其制限ニ從フヘキモノトシ尙ホ社團法人ニ在リテハ總會ノ決議ヲ以テ其權限ヲ縮小スルコトヲ得ルモノトセリ
商事會社ノ代表者ニ付テハ其業務執行權トヲ區別シ甲ハ原則トシテ多數決ニ因リ之ヲ行フヘキモ乙ハ各自獨立シテ之ヲ行フコトヲ得ルモノトセリ(商五四、六一、一〇九、二項、一一四、一六九、一七〇、一項、二四三、民六七〇)然レトモ公益法人ノ理事ニ付テハ是レノ如キ區別ヲ爲サス是レ組合ノ業務執行者ニ就テモ亦同シキ所ナリ故ニ理事數人アル場合ニ於テハ外ニ對シテ代表權ヲ行フニモ原則トシテハ多數決ヲ以テスルニ非サレハ有效ナル行爲ヲ爲スコトヲ得サルナリ
第五十四條 理事ノ代理權ニ加ヘタル制限ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス(商六二、二項、一七〇、二項、舊商一一一、一四四、一八六
前條ニ於テ理事ハ原則トシテ法人ノ目的內ノ事項ニ付キ總括ノ代表權ヲ有スルモノトセリ故ニ第三者ハ法人ト取引ヲ爲スニ際シ疑念ナク理事ト交涉ヲ爲スコトヲ得スンハアルヘカラス而シテ定款若クハ寄附行爲ノ制限又ハ總會ノ決議ノ如キハ第三者之ヲ知ラサルコト稀ナリトセス故ニ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得ルモノトセハ第三者ハ往往ニシテ意外ノ損失ヲ毫ルコトアルヘシ是レ本條ノ必要アル所以ナリ
第三者ヲ保護スルニ付キ左ノ三主義ノ一ヲ択ハサルコトヲ得ス
一 其制限ヲ公示セシメ以テ之ヲ第三者ニ對抗スルコトヲ得ルモノトスル是ナリ是レ理論ニ於テハ妥當ナルカ如シト雖モ其公示ハ如何ナル方法ヲ採ルモ一切ノ第三者ヲシテ必ス之ヲ知ラシムルコト能ハス例ヘハ登記ハ特ニ登記簿ヲ閱覽スルニ非サレハ之ヲ知ルコト能ハス然ルニ法人ト取引ヲ爲サント欲スル第三者ハ必ス予メ登記簿ヲ閱覽スルコトヲ要スルモノトセハ其不便實ニ言フヘカラスシテ遂ニ其實際ニ行ハルルコトヲ期スヘカラス廣吿ヲ以テ公示ヲ爲サンカ廣吿ナルモノハ之ヲ讀ム者極メテ稀ナルノミナラス廣吿アリタル後數歲月ヲ經テ取引ヲ爲ス者動モスレハ不慮ノ損失ヲ免レサルヘシ故ニ是レ主義ハイ又以テ第三者ヲ保護スルニ足ラス
二 其制限ハ一切之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得サルモノトスル是ナリ是レ第三者ヲ保護スル㸃ニ於テハ固ヨリ間然スル所ナキカ如シト雖モ此如クンハ理事ハ專橫ヲ逞シュウスルコトヲ得テ定款、寄附行爲ノ制限又ハ總會ノ決議モ實際ニ其效力ヲ視ルコト能ハス爲メニ法人ノ利益ヲ害スルノ虞アリ故ニ此主義モ亦之ヲ採用スルコト能ハス
三 相手方ノ善意ト惡意トヲ區別シ其善意ナル者ハ之ヲ保護シ其惡意ナル者ハ之ヲ保護セサル是ナリ是レ最モ其當ヲ得タルモノト言フヘシ蓋シ定款、寄附行爲又ハ總會ノ制限ハ前條ニ於テ之ヲ有效トセリ故ニ法人ト取引ヲ爲ス相手方ニシテ其制限ヲ知レル以上ハ理事カ其制限以外ニ於テ是レト法律行爲ヲ爲サントスルモ法律上其權限ナキコトハ相手方既ニ之ヲ熟知セルモノト謂フヘシ然リ而シテ理事ト其權限以外ノ取引ヲ爲シタル者ハ其取引ノ法人ニ對シテ無效ナルコトヲ予知セサルヘカラス故ニ法律ハ之ヲ保護スルノ要爲シヒトリ理事ノ權限ニ制限アルコトヲ知ラサル第三者ハ普通ノ原則ニ因リ理事ハ如何ナル事項ニ付テモ法人ヲ代表スル權限アルモノト信シテ是レト取引ヲ爲スハ固ヨリ當然ニシテ敢テ過失アル者ト認ムルコトヲ得ス故ニ法律ハ此善意ナル第三者ヲ保護セサレハ何人ト雖モ安シテ理事ト取引ヲ爲スコト能ハサルヘシ是レ本條ニ於テ善意ノ第三者ノミヲ保護スル所以ナリ
第五十五條 理事ハ定款、寄附行爲又ハ總會ノ決議ニ依リテ禁止セラレサルトキニ限リ特定ノ行爲ノ代理ヲ他人ニ委任スルコトヲ得
第百六條ニ依レハ「法定代理人ハ其責任ヲ以テ復代理人 ヲ選任スルコトヲ得」ルモノトセリ故ニ別段ノ明文ナケレハ法人ノ法定代理人タル理事ハ其責任ヲ以テ隨意ニ復代理人ヲ選任スルコトヲ得ルモノトセサルヘカラス然リト雖モ本章ニ規定セル法人ハ公益ヲ目的トセルモノナルカ故ニ設立者、裁判所、總會等ニ於テ特ニ信任シテ選定シタル理事ハ必ス自ラ法人ノ事務ヲ執ルヘキヲ原則トセリ唯病氣其他ノ故障ニ因リ一時法人ノ事務ヲ執ルコト能ハサル場合ニ於テ特種ノ知識、材能ヲ要スル事項ニ關シ復代理人ヲ選任スルコトヲ許ササレハ非常ノ困難ヲ感スヘク却テ法人ニ利ナラサルコト多カルヘキカ故ニ本條ニ於テハ特ニ其行爲ヲ限リテ之ヲ他人ニ委任スルコトヲ得ルモノトセリ但定款、寄付行爲又ハ總會ノ決議ヲ以テ全ク復代理ヲ禁シタル場合ニ於テハ理事ハ固ヨリ其禁止ニ從ハサルヘカラス然リト雖モ此禁止モ亦「理事ノ代理權ニ加ヘタル制限」ナルカ故ニ前條ノ規定ニ因リ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得サルハ固ヨリナリ
第五十六條 理事ノ缺ケタル場合ニ於テ遲滯ノ爲メ損害ヲ生スル虞アルトキハ裁判所ハ利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ假理事ヲ選任ス(商一八四
理事任免ノ方法ハ定款又ハ寄附行爲ニ定ムヘキ所ニシテ財團法人ニ在リテハ設立者若シ之ヲ定ムルコトヲ忘却シタルトキハ裁判所ニ於テ代ハリテ之ヲ定ムヘキモノトセリ故ニ始メニ選定シタル者ノ死亡其他ノ原因ニ因リ理事カ全クカケタルトキ又ハ數人ノ理事カ一致シテ法人ノ事務ヲ處理スヘキ場合ニ於テ其一人カカケタルトキハ定款、寄附行爲等ニ定メタル方法ニ因リ其代員ヲ選任スヘキハ固ヨリナリト雖モ之ヲ選任スルニハ通常多少ノ時日ヲ要ス然ルニ其間法人ノ事務ヲ執ル者ナク又ハ殘存セル理事ノミニテ其事務ヲ處理スルコト能ハサルトキハ法人ノ爲メニ尠カラサル損害ヲ生スル虞アリ故ニ此場合ニ於テ裁判所ハ利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ假理事 ヲ選任シ之ヲシテ急ヲ要スル事務ヲ處理セシムヘキモノトセリ
第五十七條 法人ト理事トノ利益相反スル事項ニ付テハ理事ハ代理權ヲ有セス此場合ニ於テハ前條ノ規定ニ依リテ特別代理人ヲ選任スルコトヲ要ス(商一七六
第百八條ニ依レハ何人ト雖モ同一ノ法律行爲ニ付キ其相手方ノ代理人タルコトヲ得ス故ニ理事カ法人ノ代理人トシテ自己ト法律行爲ヲ爲スコトヲ得サルハ固ヨリ明カナリ然リト雖モ此規定ハ理事ニ付テハ左ノ二㸃ニ於テイ又足ラサル所アリ(一)法人ノ爲メニ理事ト其法律行爲ヲ爲スヲ必要トスル場合ニ於テ他ニ法人ヲ代表スヘキ者ナキカ爲メ遂ニ其必要ナル行爲ヲモ爲スコトヲ得サルノ虞アリ故ニ本條ニ於テハ特別代理人 ヲ選任シテ理事ト其行爲ヲ爲サシムヘモノトセリ(二)法人ト理事トノ間ニ於テ法律行爲ヲ爲ササルモ其利益相反スル場合爲シトセス例ヘハ理事カ法人ノ保證人タル場合ニ於テ債權者ト更改其他ノ法律行爲ヲ爲スニ當リ法人ノ利益ト理事ノ利益ト相反スルコト稀ナリトセス此場合ニ於テハ理事ハ法人ヲ代表スルコト能ハサルモノトセサレハ往往ニシテ法人ノ爲メニ不利益ナル結果ヲ生スルノ虞アリ是レ特ニ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ
二 監事
第五十八條 法人ニハ定款、寄附行爲又ハ總會ノ決議ヲ以テ一人又ハ數人ノ監事ヲ置クコトヲ得(商一六四、一八九、舊商一九一
本條及ヒ次條ハ監事 ニ關スル規定ナリ蓋シ法人ハ自然ノ存在ナキモノナルカ故ニ自ラ理事ノ執務ヲ監督スルコト能ハス然ルニ理事ハ最モ廣大ナル權限ヲ有スルカ故ニ之ヲ監督シル機關アルニ非サレハ動モスレハ專橫ニ流ルルノ恐レアリ故ニ監督機關トシテ監事ヲ置クハ頗ル必要ナルコト多カルヘシ然リト雖モ法人ノ性質ヨリ其目的ノ範囲狹少ニシテ特ニ監督機關ヲ置クノ必要ナキコトアリ故ニ本條ニ於テハ法律上必スシモ監事ヲ置クヘキモノトセス專ラ定款、寄附行爲又ハ總會ノ定ムル所ニ任セ法人設立者又ハ總會ニ於テ監事ヲ置クノ必要アリトセハ之ヲ置クコトヲ得ヘキ旨ヲ規定スルニ止メタリ
或ハ曰ハン縱令法文ノ規定ナキモ法人ノ目的ヲ貫徹スル爲メ監督機關ヲ置クコトヲ得ルハ蓋シ疑ヲ容レス然ルニ特ニ本條ノ規定ヲ設ケタル所以ノモノ如何ト曰ク本條ノ規定ナキモ固ヨリ監督機關ヲ置クコトヲ妨ケスト雖モ其監督機關ハ果シテ如何ナル職務ヲ有スヘキカ若シ定款、寄附行爲又ハ總會ノ決議ヲ以テ之ヲ明定セサレハ必ス疑問ヲ生スヘシ然ルニ監督機關トシテ監事ヲ置クノ必要アル場合ハ頗ル多カルヘキヲ信スルカ故ニ定款、寄附行爲又ハ總會ノ決議ヲ以テ其職務ヲ明定セサル場合於テ監事カ如何ナル職務ヲ有スヘキカヲ定メ且是レカ制裁ヲ規定スルハ最モ必要ナリ故ニ本條ニ於テ先ツ監事ヲ置クコトヲ得ル旨ヲ規定シ次條ニ於テ其職務ヲ揭ケ後ノ第八十四條ニ於テ是レカ制裁ヲ定メタリ
第五十九條 監事ノ職務左ノ如シ
一 法人ノ財產ノ狀況ヲ監査スルコト
二 理事ノ業務執行ノ狀況ヲ監査スルコト
三 財產ノ狀況又ハ業務ノ執行ニ付キ不整ノ廉アルコトヲ發見シタルトキハ之ヲ總會又ハ主務官廳ニ報吿スルコト
四 前號ノ報吿ヲ爲ス爲メ必要アルトキハ總會ヲ招集スルコト(商一八一乃至一八三、一八五、舊商一九二、一九三
監事ノ職務ハ讀ンテ字ノ如ク法人ノ事務ヲ監督スルニアリ本條ハ其監督ノ方法ヲ列擧シ以テ監事ノ職務ヲ明カニセリ
三 總會
第六十條 社團法人ノ理事ハ少クトモ每年一囘社員ノ通常總會ヲ開クコトヲ要ス(商一五七、舊商一四八、二〇〇)
本條以下第六十六條ニ至ルマテハ社團法人ニ特別ナルモノニシテ其社員ノ總會 (assemblée générale 、Mitgliederversammlung)ニ關スルモノナリ蓋シ財產法人ニ在リテハ設立者數人アル場合ト雖モ財產ノミヲ以テ法人ノ基礎トセルカ故ニ法律上設立者總會ノ如キ機關アルコトナシ(寄附行爲ヲ以テ此如キ機關ヲ設クルコトハ稀ナリトセス)社團法人ニアッテハ之ニ異ナリ法人ノ基礎ハ主トシテ社員ノ集合體ニアルカ故ニ社員ノ意思ハ法人ノ意思ヲ代表スルモノニシテ或ハ理事ヲ指揮シ或ハ其事務ヲ監督シ以テ法人設立ノ目的ヲ貫徹センコトヲ計ルヘキハ固ヨリ當然ナル所トス然リト雖モ數人ノ意思ハ常ニ同一ナルコト能ハス故ニ必ス其一致アルコトヲ要スルモノトセハ其意思ヲ行フコト能ハサル場合最モ多カルヘシ故ニ文明國ニ於テハ如何ナル集合體ニ於テモ會議ニ因リテ事ヲ決シ其會議ハ多數決ニヨルヘキモノトスルヲ常トス殊ニ社員ノ數二人、三人ニ止マラスシテ數十人乃至數百人ノ多數ニ及フトキハ到底其一致ヲ得ルコト能ハス是レ本條以下ニ於テ社員ノ總會ナルモノヲ認メ其總會ハ多數決ヲ以テ一切ノ事項ヲ議定スルモノトセル所以ナリ但其決議ノ方法ハ通常定款ヲ以テ之ヲ定ムヘシト雖モ若シ之ヲ定ムルコトナクンハ集合體ノ通則ニ從ヒ過半數ヲ以テ決スヘキハ蓋シ言フヲ竢タサル所ナリ(六五、一項參照)
社團法人ニ在リテハ社員總會ノ意思ヲ以テ法人ノ意思トスル以上ハ每年少ナクトモ一回其總會ヲ招集シ以テ理事ノ執務ヲ監督シ併セテ必要ナル事項ニ付キ指揮ヲ与ウル機會ヲ得セシムルコトヲ要ス是レ各種ノ集合體ニ於テ殆ト同シキ所ニシテ本條ハ特ニ社員ノ總會ニ付テ之ヲ規定シタルナリ但本條ニ定ムル所ハ通常總會 (assemblée ordinaire、ordentiche Versammlung)ニシテ法人ノ一年間ノ事務ニ付キ理事ノ報吿ヲ受ケ併セテ監事ノ意見ヲ聞キヨッテ以テ理事ノ功過ヲ査定シ監督ノ實ヲ明カニスルヲ目的トスルモノナリ
第六十一條 社團法人ノ理事ハ必要アリト認ムルトキハ何時ニテモ臨時總會ヲ招集スルコトヲ得
總社員ノ五分ノ一以上ヨリ會議ノ目的タル事項ヲ示シテ請求ヲ爲シタルトキハ理事ハ臨時總會ヲ招集スルコトヲ要ス但此定數ハ定款ヲ以テ之ヲ增減スルコトヲ得(商一五九、一六〇、舊商一四八、二〇一)
本條ハ臨時總會 (assemblée extraordinaire、ausserordentliche Versammlung)ニ關スル規定ナリ臨時總會ハ或ハ理事ノ意見ヲ以テ必要アリト認ムルトキハ何時ニテモ之ヲ招集スルコトヲ得ヘシ但(第一)一名ノ社員臨時總會ノ招集ヲ希望スル場合ト雖モ必ス之ヲ招集スヘキモノトスルトキハ頗ル煩雜ニ堪エサルモノアリ故ニ總社員ノ五分ノ一以上ヨリ其請求アルコトヲ必要トセリ但此員數ハ定款ヲ以テ之ヲ增減シ或ハ四分ノ一以上ノ請求アルニ非サレハ總會ヲ招集スルコトヲ要セサルモノトシ或ハ一人ヨリ其請求ヲ爲スモ必ス之ヲ招集セサルコトヲ得サルモノト爲スコトヲ得ヘシ(第二)社員ハ會議ノ目的ヲ示シテ請求ヲ爲スヘキモノトセサレハ次條ニ從ヒテ招集スルコトヲ得ス故ニ其目的ヲ示スコトヲ必要トセリ
第六十二條 總會ノ招集ハ少クトモ五日前ニ其會議ノ目的タル事項ヲ示シ定款ニ定メタル方法ニ從ヒテ之ヲ爲スコトヲ要ス(商一五六、舊商一四九、一九九)
本條ハ總會ノ招集 ニ關スル規定ナリ蓋シ總會ナルモノハ予メ其目的ヲ指示シテ之ヲ招集スルニ非サレハ社員多數ノ眞ノ意思ヲ知ルコト能ハス何トナレハ一ニハ會議ノ目的ニ付キ予メ調査ヲ必要トスルコトアリ二ニハ會議ノ目的ノ輕重ニ因リ或ハ欠席シ或ハ万障ヲ繰リ合ハセテ出席スルコトアレハナリ而シテ招集ノ時日及ヒ其目的ハ一定ノ期間前ニ之ヲ通知スヘキモノトセサレハ例ヘハ招集ノ當日又ハ前日ニ於テ其通知ヲ爲スモ社員ハ必要ナル調査ヲ爲スコトヲ得サルノミナラス縱令出席ヲ爲サント欲スルモ能ハサルコト稀ナリトセサルヘシ殊ニ况ヤ其招集ヲ受ケタル當時旅行其他ノ事由ニ因リ不在ナル社員モ亦尠カラサルヘキニ於テヲヤ故ニ本條ニ於テハ必ス五日前ニ其招集ヲ爲スヘキモノトセリ但招集ノ方法ハ法律ヲ以テ之ヲ一定セス專ラ定款ノ定ムル所ニ任スルコトトセリ例ヘハ社員ノ員數少キトキハイチイチ郵便ヲ以テ之ヲ招集シ社員ノ員數多キトキハ新聞紙ノ廣吿ヲ以テ足レリトスルコトアラン
本條ニハ單ニ「招集ハ……之ヲ爲ス コトヲ要ス」ト謂ヘルカ故ニ第九十七條第一項ノ規定ニ從ヒ必ス五日前ニ招集ノ通知ノ到達スルコトヲ要スルモノト謂ハサルヘカラス受信主義ノ弊モ之ニ至リテ極マレリ故ニ商法(一五六、一項)ニハ「通知ヲ發スル コトヲ要ス」ト謂ヘリ
第六十三條 社團法人ノ事務ハ定款ヲ以テ理事其他ノ役員ニ委任シタルモノヲ除ク外總テ總會ノ決議ニ依リテ之ヲ行フ(六七〇、取一二四、三項、一二八)
本條ハ社員總會ノ權限 ヲ定メタルモノナリ蓋シ總會ハ法人ノ意思ヲ代表スルモノナルカ故ニ特ニ定款ヲ以テ理事其他ノ委任スル事項ヲ除クホカ法人ノ一切ノ事務ハ擧ケテ總會ノ決議ニ因リテ之ヲ行フヘキモノトス是レ本條ニ規定セル所ナリ
第六十四條 總會ニ於テハ第六十二條ノ規定ニ依リテ豫メ通知ヲ爲シタル事項ニ付テノミ決議ヲ爲スコトヲ得但定款ニ別段ノ定アルトキハ此限ニ在ラス
既ニ第六十二條ニ於テ說明セシ如ク總會ノ決議ヲシテ有名無實ノモノタラサラシメント欲セハ必ス予メ其目的ヲ通知シ其通知スタル目的ニ付テノミ決議ヲ爲スヘキモノト爲ササルコトヲ得ス然リト雖モ法人ノ性質ニ因リ又其事項ノ輕重、緩急ニ從ヒ予メ通知ヲ爲ササル事項ニ付テモ亦決議ヲ爲スコトヲ得ルモノト定ムルノ必要ナキニ非ス故ニ本條ニ於テハ原則トシテハ予メ通知シタル事項ニ付テノミ決議ヲ爲スヘキモノトスルニ抅ラス定款ニ別段ノ定アルトキハ例外トシテ之ニ從フヘキモノトセリ
第六十五條 各社員ノ表決權ハ平等ナルモノトス
總會ニ出席セサル社員ハ書面ヲ以テ表決ヲ爲シ又ハ代理人ヲ出タスコトヲ得
前二項ノ規定ハ定款ニ別段ノ定アル場合ニハ之ヲ適用セス(六七〇、九四七、一項、取一二四、三項、一二八、商一六一、三項、一六二、舊商八八、八九、一五一、二〇四)
本條及ヒ次條ハ決議 ノ方法ヲ定メタルモノナリ蓋シ社員ハ各〻多少ノ出資ヲ爲シ以テ法人ノ財產ヲ組成スルヲ常トス故ニ多額ノ出資ヲ爲シタル社員ハ少額ノ出資ヲ爲シアル社員ヨリモ其權利多キモノト爲スノ理ナキニ非ス然リト雖モ本章ニ規定スル所ノ法人ハ素ト公益ヲ目的トスルモノニシテ社員ノ利益ノ爲メニ之ヲ設立スルモノニ非ス從テ其出資ノ多少ニ因リ公益ヲ思フノ情ニ於テ必スシモ厚薄アリト爲スコトヲ得ス是レ本條ニ於テ原則トシテハ各社員ノ表決權ヲ以テ平等ナルモノトシタル所以ナリ(營利ヲ目的トスルコト多キ組合ニ於テモ六七〇ニハ同一ノ主義ヲ取リ常ニ營利ヲ目的トスル商事會社ニ於テモ合名會社及ヒ合資會社ニアリテ舊商八八、一五一等ノ規定ニ依レハ又同一ノ主義ヲ取リ新商五四ニ依レハ合名會社ニハ組合ノ規定ヲ準用シ又合資會社ニ在リテハ同一〇九、二項ニ於テ無限責任社員ニ付テノミ同一ノ主義ヲ取レリ蓋シ舊商法ノ如ク無限責任社員ト有限責任社員ト同等ノ權利ヲ有スルモノトスルハ其不當ナルコト固ヨリ言フヲ又サレハナリ又舊商八九ハ不當ノ規定ナルカ故ニ新商法ニハ之ヲ削除セリ)
社員ハ總合ニ出席シテ其意見ヲ陳述スヘキヲ本則トスルハ固ヨリナリト雖モ法人ニ因リテハ其社員各地ニニ散在シ其全員皆總會ニ出席スルコトヲコイネカウコト能ハサルコトアリ况ヤ縱令同一ノ地ニ住スル者ト雖モ病氣其他ノ事故ノ爲自ラ會議ニ出席スコト能ハサルコト稀ナリトセサルニ於テヲヤ是等ノ者ハ果シテ其表決權ヲ行フコトヲ得サルカ蓋シ會議體ノ通則トシテハ會員ハ自ラ出席スヘキモノトスルト雖モ是レ法人ニ付テハ頗ル不便トスル所ニシテ或ハ爲メニ會議ノ成立ヲ見サルニ至ルコトナシトセス故ニ本條第二項ニ於テ欠席社員ハ或ハ書面ヲ以テ表決ヲ爲シ或ハ代理人ヲ出タシテ其表決ニ加ラシムルコトヲ得ルモノトシタルナリ是レ頗ル變則ニ屬スル所ニシテ若シ本條ノ明文ナクンハ此如クスルコト能ハサルモノトス或ハ曰ハン株式會社ノ總會ニ於テハ株主カ代理人ヲ出タスコトヲ得ル旨ヲ規定シタルハ寧ロ通則ニ因リタルモノナラント曰ク然ラス株式會社其他商事會社ハ皆社員ノ財產上ノ利益ノ爲メニ之ヲ設立セルモノナリ然ルニ自己ノ財產上ノ利益ヲ代表セシムル爲メ代理人ヲ使用スルコトヲ得ルハ論ヲ竢タサル所ナリト雖モ本章ニ規定スル法人ハ公益ヲ以テ其目的ト爲スカ故ニ若シ本條ノ規定ノ特ニ必要ナル所以ナリ(章一六一、三項ニハ株式會社ニ付テモ特ニ代理人ヲ出タスコトヲ得ル旨ヲ明言セリ)
以上ハ普通ノ原則ノミ若シ定款ニ別段ノ定アルトキハ之ニ從フヘキモノトス例ヘハ定款ヲ以テ出資ノ高ニ應シ社員ノ表決權ニ差等ヲ設ケ或ハ書面又ハ代理人ヲ以テ表決權ヲ行フコトヲ禁シ或ハ他ノ社員ノ代理ニ因リテノミ代理表決ヲ爲スコトヲ得ルモノトスルコトアルヘシ此場合ニ於テハ本條ノ規定ニヨラスシテ定款ノ定ムル所ニ從フヘキモノトス
第六十六條 社團法人ト或社員トノ關係ニ付キ議決ヲ爲ス場合ニ於テハ其社員ハ表決權ヲ有セス(九四七、二項、商一六一、四項
本條ノ規定ハ各種ノ會議體ニ共通ナル原則ヲ揭ケタルモノナリ蓋シアル社員ノ利害ニ關スル議事ニ付テハ其社員ハ表決權ヲ有セサルモノトセサレハ其決議ノ公平ニシテ偏頗ナキコトヲ期スヘカラス故ニ此場合ニ於テハ其社員ヲシテ議決ニアタラシムヘカラサルモノトセリ但本條ニ於テ「法人トアル社員トノ關係ニ付キ議決ヲ爲ス場合」ト言ヘルハ他ナシ總會ノ決議ハ法人ノ目的ノ範囲內ニ於テ之ヲ爲スヘキハ固ヨリニシテ第六十三條ノ規定ノ因リテモ亦之ヲ知ルコトヲ得ヘシ故ニ總會ノ決議ニシテアル社員ノ利害ニ關スルモノハ皆法人ト其社員トノ關係ニ屬セサレハ爲シ是レ本條ニ「法人トアル社員トノ關係ニ付キ議決ヲ爲ス場合」ト言ヘル所以ナリ例ヘハ理事ノ執務穩當ヲ欠キ法人ノ爲メニ不利益ナル結果ヲ生スルノ虞アリトスル者アル場合又ハアル社員ト法人ト一ノ契約ヲ取リ結ハントスル場合ニ於テ其當否又ハ利害、得失ヲ討議スルニハ關係社員ヲシテ其議決ニ与ラシメサルニ非サレハ或ハ公平ヲ失フコトナキヲ保セス是レ本條ノ規定アル所以ナリ
本條ハ關係社員カ表決件ヲ有セサルコトヲ規定セルノミニハ敢テ議事ニ干与セシメサルモノニ非ス故ニ其社員ノ總會ニ出席シテ意見ヲ述フルコトヲ得ルハ殆ト言フヲ竢タサル所ナリ
四 主務官廳
第六十七條 法人ノ業務ハ主務官廳ノ監督ニ屬ス
主務官廳ハ何時ニテモ職權ヲ以テ法人ノ業務及ヒ財產ノ狀況ヲ檢査スルコトヲ得(商一九八、舊商二二四乃至二二七)
本條ハ主務官廳 ノ最高監督權ヲ規定シタルモノナリ蓋シ監事ノ監督ハイ又必スシモ充分ナリト爲スコトヲ得ス何トナレハ或ハ監事ハ理事ニ對シテ寬大ニ過キ充分ニ其過失ヲ摘發シテ之ニ對シテ適當ノ處分ヲ爲サシムルコトヲ怠リ或ハ監事ノ職ニ堪エスシテ爲スヘキノ監督ヲ爲サス又ハ理事ノ邪正ヲ識別スルノ明カナクハナハタシキニイタリテハ理事ト通謀シテ共ニ不正、不法ノ處置ヲ爲スコトナキヲ保セス又總會ハ通常年一回之ヲ開クノミニシテ法人ノ事務及ヒ財產ノ實況ヲ詳ニスルコト能ハサルヲ常トス况ヤ是等ノ機關ナキ場合又尠カラサルニ於テヲヤ故ニ主務官廳ハ必要ト認ムルトキハ何時ニテモ相當ノ監督方法ヲ取リ以テ法人ノ目的ヲ貫徹セシメンコトヲ圖ラスンハアルヘカラス而シテ本條ニ置イテハ主トシテ主務官廳カ法人ノ業務及ヒ財產ノ狀況ヲ檢査スル職權ヲ有スルコトヲ規定セリ
第三節 法人ノ解散
本節ニ於テハ先ツ法人解散 (dissolution、Aufl“(sung)ノ原因ヲ列擧シ次ニ其解散ノ結果タル淸算 ニ付テ規定シアハセテ法人解散ノ後其有ニ屬セシ財產ノ歸屬スヘキ者ヲ定メタリ
第六十八條 法人ハ左ノ事由ニ因リテ解散ス
一 定款又ハ寄附行爲ヲ以テ定メタル解散事由ノ發生
二 法人ノ目的タル事業ノ成功又ハ其成功ノ不能
三 破產
四 設立許可ノ取消
社團法人ハ前項ニ揭ケタル場合ノ外左ノ事由ニ因リテ解散ス
一 總會ノ決議
二 社員ノ缺亡(六八二、六八三、取一四四、一四五、商七四、八三、一一八、二二一、二四六、舊商一二六、一二七、二三〇)
本條ニハ法人解散ノ原因ヲ列擧セリ中ニ付テ第一項第一號、タイ二號及ヒ第二項第二號ノ場合ハ聊カ說明ヲ要スルモノアリ
第一 「定款又ハ寄附行爲ヲ以テ定メタル解散事由ノ發生」トハ存續時期ノ經過,解散ノ係リタル條件ノ成就等是ナリ
第二 「法人ノ目的タル事業ノ成功」トハ例ヘハ必要ナル制度ノ成立ヲ希望シ是レカ爲ニ 種種ノ方法ヲ以テ盡力ヲ爲スヲ目的ヲトセル法人ハ其制度ノ設立ニ因リテ法人ノ目 的タル事業ノ成功セシモノト視ルヘク從テ其法人ハ當然解散スヘキモノトセサルコトヲ得ス又「其成功ノ不能」トハ例ヘハ一寺院ノ創建ヲ目的トシ之ニ必要ナル資本集ムルヲ以テ目的トセル法人ニアリテ其資本ヲ寄附スル者稀ニシテ到底其寺院ヲ創建スルコト能ハサルコト明カナルニ至ルトキハ其法人ハ其其事業ノ成功ノ不能ニ因リテ當然解散スヘキモノト爲ササルコトヲ得ス其他資本ノ欠乏ニ因リテ目的ノ事業ヲ繼續スルコトヲ得サルカ如キハ皆此規定ニ因リテ法人解散ノ原因タルヘキモノナリ
第三 「社員ノ欠乏」トハ社員全クカケテ皆無シトナルノ謂レナリ蓋シ社員法人ハ社員ヲ以テ其基礎ト爲スカ故ニ社員ナキ社團ハ到底之ヲ認ムルコトヲ得ス故ニ社員ノ欠乏ヲ以テ法人解散ノ原因トセリ或ハ曰ハン社團法人ハ二人以上ノ社員ノ集合ニ因リテ始メテ之ヲ設立スルコトヲ得ヘキカ故ニ其成立ニハ常ニ二人以上ノ社員ヲ要シ死亡等ニ因リテ社員一名ニ減スルトキハ直チニ法人ノ解散アルモノトセサルコトヲ得スト然リト雖モ法人ノ設立ト其生存トハ必スシモ其條件ヲ一ニセサルヘカラサルノ理爲シ蓋シ社員一人ニテモ法人ヲ設立シタル者全體ノ意思ヲ代表シテ其目的ノ成功ヲ期スルコトハ敢テ必スシモ難シトセサル所ナリ故ニ公益法人ヲシテヤムヲ得サルニ非サル因リハ解散ヲ爲サシメルノ方針ヲ取リ社員ニシテ一名ニテモ存スル以上ハ社團法人ハ尙ホ存續スルモノトシタルハ敢テ妥當ヲ欠キタリト謂フコトヲ得ス(商七四、五號ニ反對ノ主義ヲ執リタルハ營利法人ナルヲ以テナリ蓋シ營利法人ニ在リテハ之ニ因リテ社員ノ財產上ノ利益ヲ圖ルモノナルカ故ニ社員二人以上アリテ始メテ社員各自ノ利益ト異ナリタル社員共同ノ利益アリ是レカ爲ニ法人ヲ設立スルノ必要ヲ生スルト雖モ若シ社員一人ナランカ會社ノ利益モ亦其社員ノ利益ニホカナラサルカ故ニ法律上社員ノ他ノ利益ト之ヲ區別スルコト能ハサルヲ以テ勢ヒ法人ノ解散ヲ來ササルコトヲ得サルナリ)
第六十九條 社團法人ハ總社員ノ四分ノ三以上ノ承諾アルニ非サレハ解散ノ決議ヲ爲スコトヲ得ス但定款ニ別段ノ定アルトキハ此限ニ在ラス(三八、一項、取一四五、商七四、三號、二〇九、二二二、二四四、舊商一二六、三號、一五一、二項、一六四、二項、二〇三)
社團法人ハ素ト社員ノ意思ニ因リテ設立シタル者ナルカ故ニ又社員ノ意思ヲ以テ之ヲ解散スルコトヲ得ルモノトスルハ固ヨリ當然ナリ然レトモ初總社員ノ承諾ニ因リテ法人ノ設立セラレタルヲ理由トシテ之ヲ解散スルニモ亦總社員ノ承諾ヲ必要トスルモノトセハタ又マ一人ノ不同意者アレハ決シテ解散ヲ爲スコトヲ得ス狡猾ナル社員ハ動モスレハ他ノ社員カ皆解散ヲ希望スルヲ奇貨トシ一人ヒタスラ反對ヲ試因リテ以テ自家ノ私利ヲ營ムコトナキヲ保セス是レ集合體ニ於テハ其總員ノ承諾ヲ得ルヲ極メテ難シトスル所以ニシテ法律ハ特ニ干涉シテ若干ノ多數アレハ之ヲ總社員ノ意思ト看做シ以テ事ヲ決スルノ便ヲ与ウルコト多シ社團法人ニ付テモ亦此理由ニ因リテ總社員ノ承諾ナキモ以テ解散スルコトヲ得ルモノトシ唯普通ノ會議ニ在リテハ出席員過半數ノ同意アレハ決議ヲ爲スコトヲ得ルト雖モ解散ノ場合ニ於テハ總社員ノ意思ニ代ハルヘキ決議ナルカ故ニ必ス總社員ノ四分ノ三以上ノ同意アルコトヲ要スルモノトセリ是レ舊商ニ於テ合資會社ニ關シテ規定スル所ト全ク同シキ所ナリ(舊商一五一、二項、但新商法ニハ總社員ノ一致ヲ要スルモノトセリ)
右ハ普通ノ原則ナリ然レトモ或ハ法人ノ性質ニ因リ或ハ社員ノ多寡ニ從ヒ定款ヲ以テ右ノ原則ニヨラサル旨ヲ定ムルコトヲ得スンハアルヘカラス例ヘハ總社員ノ承諾ナケレハ解散ヲ爲スコトヲ得ストスルモノアルヘク又過半數ノ同意ヲ以テ直チニ解散ヲ爲スコトヲ得ルモノト定ムルモノアルヘシ
第七十條 法人カ其債務ヲ完濟スルコト能ハサルニ至リタルトキハ裁判所ハ理事若クハ債權者ノ請求ニ因リ又ハ職權ヲ以テ破產ノ宣吿ヲ爲ス
前項ノ場合ニ於テ理事ハ直チニ破產宣吿ノ請求ヲ爲スコトヲ要ス(商一七四、二項、舊商九七八、九七九)
本條ハ法人カ無資力ト僞リタル場合ニ付テ規定セリ新民法ニ於テハ破產ハ既ニ說明セルカ如ク民事、商亊ニ通スルモノトセルカ故ニ法人無資力ノ場合ニ於テハ速ニ其破產ヲ宣吿セシメ以テ利害關係人ノ利益ヲ公平ニ保護スルコトヲ務メスンハアルヘカラス(破產法ノ改正ニ至ルマテハ家資分散ノ宣吿ヲ請求スヘシ)故ニ本條ニ於テハ法人ノ資力カ其債務ヲ完濟スルニタラサルコト分明ナルニ至リタルトキハ裁判所ハ法人ノ代表タル理事若クハ最モ利害ノ關係ヲ有スル法人ノ債權者ノ請求ニ因リ又ハ是等ノ者皆其請求ヲ爲ササルトキハ職權ヲ以テ破產ノ宣吿ヲ爲スヘキモノトセリ而シテ理事ハ最モ早ク法人ノ無資力ナルコトヲ知ルヘキ地位ニアルカ故ニ之ヲ覺エルト同時ニ速ニ破產宣吿ノ請求ヲ爲ス義務アルモノトセリ而シテ其制裁ハ第八十四條第五號ニ之ヲ規定セリ(現行破產法ニ於テハ支払イ停止ヲ爲シタル債務者ハ自ラ破產ノ宣吿ヲ請求スルキムアルモノトセリ)
第七十一條 法人カ其目的以外ノ事業ヲ爲シ又ハ設立ノ許可ヲ得タル條件ニ違反シ其他公益ヲ害スヘキ行爲ヲ爲シタルトキハ主務官廳ハ其許可ヲ取消スコトヲ得(商四八、舊商六七、二項)
本條ハ設立許可ノ取消ノ場合ヲ規定セリ蓋シ法人ハアル公益事業ヲ保護スル爲特ニ主務官廳ニ於テ其設立ヲ許可シタルモノナルカ故ニ若シ其法人ニシテ目的以外ノ事業ヲ爲ストキハ是レ法律カ与エタル權能ヲ超ユルモノニシテ主務官廳ハ固ヨリ之ヲ默過スヘキニ非ス又主務官廳カ設立ノ許可ヲ爲スニ付テハ往往多少ノ條件ヲ附スルコトアリ即チ主務官廳ハ定款ノ全部若クハ一部又ハ他ノ事項ヲ設立許可ノ條件トシテ許可ヲ与ウルコト稀ナリトセス此場合ニ於テ若シ法人ニシテホシイママニ其條件ニ違背シ主務官廳カ設立ノ許可ヲ与エタル精神ヲ無視スル事アランニハ主務官廳ハ其許可ヲ取消スルコトヲ得スンハアルヘカラス其他公益ヲ保護センカ爲ニ其設立ヲ許可シタル法人ニシテ若シ公益ヲ害スヘキ行爲ヲ爲シトキハ其法人ヲシテ永ク生存セシメンニハ益〻公益ヲ害スルノ結果ニ至ルコトナキヲ保セス此場合ニ於テモ亦主務官廳ハ其警察權ニ因リ有害ナル法人ノ解散ヲ命スルコトヲ得スンハアルヘカラサル例ヘハ政治ヲ目的トスル法人ニアリテ過激ノ擧動ニ涉リ頗ル公安ヲ害スル恐レアルカ如キ又ハ宗敎ノヲ目的トスル法人ニアリテ却テ風俗ヲ壞亂スル所行アルカ如キ是ナリ
本條ニ於テ「法人カ云云」トイハエルモ法人ハ素ト意思ナキモノナルカ故ニ外ニ對シテ之ヲ代表スヘキ理事又ハ法人ノ意思ニ代ハルヘキ決議ヲ爲ス所總會ノ行爲ヲ以テ法人ノ行爲トミサルヘカラサルハ蓋シ疑ヲ容レサル所ナリ
第七十二條 解散シタル法人ノ財產ハ定款又ハ寄附行爲ヲ以テ指定シタル人ニ歸屬ス
定款又ハ寄附行爲ヲ以テ歸屬權利者ヲ指定セス又ハ之ヲ指定スル方法ヲ定メサリシトキハ理事ハ主務官廳ノ許可ヲ得テ其法人ノ目的ニ類似セル目的ノ爲メニ其財產ヲ處分スルコトヲ得但社團法人ニ在リテハ總會ノ決議ヲ經ルコトヲ要ス
前二項ノ規定ニ依リテ處分セラレサル財產ハ國庫ニ歸屬ス(一〇五九、取三一五)
法人ハ素ト法律ノ假定ニシテ自然ノ存在ヲ有セサルカ故ニ法人設立ノ間ハ其無形ナルモノヲ人ト看做シ之ヲ以テ財產ノ主體ト爲スト雖モ一朝法人ノ解散スルニ遇ハハ財產ハ忽チ主體ヲ失ヒ法理上ニ於テハ悉ク無主物ト僞リ了ハルヘキノミ然リト雖モミタリニ無主物ヲ生スルハ固ヨリ希望スヘキ所ニ非ス故ニ法律ハ定款又ハ寄附行爲ヲ以テ特ニ法人解散ノ後其財產ヲ相續スヘキ人ヲ定ムルコトヲ許セリ蓋シ此財產タルヤ初ハ法人設立者ノ私財ナリシカ故ニ之ヲ公益ノ用ニ供スルト否トハ全ク其者ノ隨意ニアリシナリ故ニ之ヲ公益ノ用ニ供スル間ハ固ヨリ其者ノ財產ニ非ス全ク公益ノ目的ヲ有スル法人ノ財產ト看做スト雖モ既ニ其法人ノ解散スルニ至リ公益ノ目的ノ消滅スルニ際シテハ務メテ財產ノ舊所有者即チ法人設立者ノ意思ニ因リテ之ヲ處分スルコトヲ得セシムルハ法理ニ於テモ毫モ不可ナル所ナク而シテ法人ノ設立ヲ奬勵スル㸃ニ於テ最モ得策トスル所ナリ是レ本條ニ於テハ主トシテ法人設立者ノ意思ヲ重スルノ主義ヲ採リタル所以ナリ
故ニ法人設立者カ明カニ其意思ヲ表示シ特ニ法人ノ財產ヲ相續スヘキ人ヲ指定シタル場合ニ於テハ此意思ニ從フヘキコト右ニ述ヘウルカ如シト雖モ法人設立者ハ往往ニシテ其意思ヲ表示スルコトヲ爲ササルコトアルヘシ此場合ニ於テハ果シテ如何スヘキカ曰ク凡ソ三方法ノ一ヲ選ハサルヘカラス其一ハ法人ノ財產當然法人設立者又ハ其相續人ニ歸スヘキモノトスル是ナリ是レ營利法人ニ於テハ固ヨリ當ニ然ルヘキ所ナリト雖モ公益法人ニ於テハ此主義ハ法理上說明シ難キモノアルノミナラス法人設立ノ當時ニ於ケル設立者ノ意思ニ反スルコトヲ多カルヘク殊ニ法人設立者又ハ其相續人カ法人ノ財產得ンカ爲ニ公益上必要ナル法人ノ解散ヲ促スカ如キ幣ナキヲ保セス故ニ本條ニ於テハ此主義ヲ採用セサリシナリ蓋シ法人設立者ハ公益ヲ目的トスル法人ノ財產ニ因リテ自家ノ利益ヲ計ルヘキモノト認ムルヘキコトヲ得ス故ニ財產ハ依然之ヲ公益事業ニ供スルオヲ以テ最モ妥當ナリトス
其二ハ之ヲ國庫ニ沒入スルノ主義是ナリ是レ公益ノ爲メニスル上ヨリ之ヲ見レハ全ク理ナキニ非スト雖モ一定ノ目的ヲ有セシ財產ヲ以テ廣ク一般ノ公益ニ關スル國用ニ供スルハ大ニ法人設立者ノ意思ニ戾ルヲ常トス故ニ此主義ニ又之ヲ採用スルコト能ハサルナリ
其三ハ法人ノ財產ヲ以テ其法人ノ目的ニ類似セル他ノ目的ニ使用スルノ主義是ナリ是レ聊カ專斷ノ誹ナキヲ得スト雖モ最モ法人設立者ノ意思ニ近キ結果ヲ生スルコトハ蓋シ疑ヲ容レサル所ナリ故ニ本條ニ於テハ此主義ヲ採用セリ但如何ナル目的カ果シテ法人ノ目的ニ類似セルカハ頗ル困難ナル問題ニ屬スルカ故ニ之ニ付テハ必ス主務官廳ノ許可ヲ要スルモノトシ且社團法人ニ在リテハ總會ノ決議ヲモ經ヘキモノトセリ而シテ法人ノ目的ニ類似セル他ノ目的ノ顯著ナル實例ヲ示セハ甲ノ學校ノ財產ヲ以テ乙ノ學校ノ資本トシ甲ノ病院ノ資本ヲ以テ乙病院ノ財產トスルノ類是ナリ
定款又ハ寄附行爲ヲ以テ解散シタル法人ノ財產ヲ受クヘキ人ヲ指定セス又之ヲ指定スル方法ヲモ定メス而モ其法人ノ目的ニ類似セル目的ヲ發見スルコト能ハス若クハ其財產過少ニシテ其目的ヲ達スルニ足ラサル等ノ場合ニ於テハ果シテ如何スヘキカ此場合ニ於テハ其其財產ヲ國庫ニ沒入スルノホカ殆ト適當ナル方法ヲ見サルナリ蓋シ公益ヲ目的トスル法人ノ用ニ供センカ爲棄捨シタル財產ナルカ故ニ縱令其目的ニ廣狹、大小ノ差ハ有ルモ國內ノ公益事業ノ代表者トモ稍〻スヘキ國ニ其財產ヲ歸セシムルハ此場合ニ於ケル最モ法人設立者ノ意思ニ近キ處分方法ト謂ハサルヘカラス是レ本條第三項ニ於テ右ノ財產ヲ國庫ニ歸屬セシムル所以ナリ例ヘハ其宗敎ヲ弘通スル爲メ設ケタル法人ニシテ他ニ同種ノ法人ナキトキハ其遺產ノ額甚タ僅少ナル場合ニ於テハ新ニ同一ノ目的ヲ以テ一ノ法人ヲ設立スルコト能ハサル場合爲シトセス此場合ニ於テハ其財產ハ之ヲ國庫ニ歸セシムルノ他非サルナリ
第七十三條 解散シタル法人ハ淸算ノ目的ノ範圍內ニ於テハ其淸算ノ結了ニ至ルマテ尙ホ存續スルモノト看做ス(商八四)
法人ノ一ノ假定ニ過キサルコトハ既ニ縷縷論セシ所ナリ而シテ此假定ハ法人ノ目的タル事業ノ爲メニノミ存在スルモノニシテ一朝法人解散シテ其目的消滅スルニイタリテハ又右ノ假定アルヘキ謂レ爲シ故ニ純理ヨリ之ヲ言ヘハ法人ナル假定ハ解散ト同時ニ消滅スルモノト言ハスンハアルヘカラス然リト雖モ此如クンハ法人ナル假定ヲ設ケタル主タル目的ハ全ク水泡ニ歸スヘキノミ蓋シ法人ナル假定ヲ設ケクル所以ノモノハ主トシテ之ヲ權利義務ノ主體トシ其財產ハ社員其他一個人ノ財產ト之ヲ區別シ法人ノ財產ハ法人ノ事務ノタルニ生シタル債務ノ特別担保ト爲シ以テ其債務者ヲシテ不慮ノ損失ヲ毫ラサラシムルニアリ然ルニ法人ノ解散ト同時ニ右ノ假定忽チ消散スヘキモノトセハ法人ノ債權者カ弁濟ヲ請求スヘキ場合ニ於テ多クハ既ニ法律ノ假定ノ利益ヲ受クル事能ハサルニ至リ(法人解散前ニハ多クハ法人ノ代表者ヨリ任意ニ其債務ヲ履行スヘキカ故ニ債權者ノ爲メニハ其果シテ法人ノ財產ヲ以テ之ヲ履行シタルヤ社員等ノ財產ヲ以テ之ヲ履行シタルヤヲ究ムルノ必要ナキヲ常トスヘシ)爲メニ法律カ債權者ヲ保護シヨッテ以テ法人ノ信用ヲツナキ其事業ヲシテ容易ニ發達スルコトヲ得セシメント計リタル目的ハ之ヲ達スルコト能ハサル場合多カルヘシ此如クンハ殆ト始メ因リ法人ナル假定ヲ設ケサルノ愈レルニ如カスト謂ハサルヘカラス是レ本條ノ規定アル所以ナリ蓋シ本條ノ規定ナクンハ理論上解散シタル法人ハ即チ消滅シタル法人ニシテ法人消滅セハ忽チ事實ノ眞ニ復シ社員其他法人設立者ハ存在スルモ法人ナルモノハ既ニ無ク社員等ノ財產ハアルモ法人ノ財產ナルモノハ又是レ非サルヘケレハナリ是レ故ニ外國ニ於テハ本條ノ如キ明文ヲ設クノ例極メテ稀ナリト雖モ實際ニ於テハ本條ノ規定ニ均シキ原則ノ行ハレサル所ハ蓋シ是レ非サルヘシ以テ其至當ナルヲ知ルヘキノミ
第七十四條 法人カ解散シタルトキハ破產ノ場合ヲ除ク外理事其淸算人ト爲ル但定款若クハ寄附行爲ニ別段ノ定アルトキ又ハ總會ニ於テ他人ヲ選任シタルトキハ此限ニ在ラス(六八五、取一五〇、商八七乃至八九、二二六、一項、二四八、舊商一二九、二三二、二項、二三三)
本條以下ハ專ラ淸算 (liquidation)ニ關スル規定ナリ蓋シ法人解散スルノ後ハ其目的タル事業ハ又是レ繼續スヘキニ非スト雖モ其法人カ未タ解散セサルニ及ヒ或ハ債權ヲ得或ハ債務ヲ負イ其權利義務ノ實行未タ終ハラサルヲ常トス而シテ法人ノ目的ハ既ニ去レルカ故ニ速ニ其權利ヲ行用シ其義務ヲ履踐シ以テ利害關係人ヲシテ最モ公平ナル處分ヲ受ケシメスンハアルヘカラサル此目的ヲ達センカ爲メニハ必ス法人ノ財產ヲ總括シ其全體ノ實況ヲミテ以テ各自ノ權利ヲ行ハシムルコトヲ要ス故ニ淸算ナル一ノ組織的處分ヲ命シ各權利者ヲシテ濫リニ其權利ヲ行ハサラシメンコトヲ計レリ(淸算ノ定義ハ法人ノ資產ト負債トヲ明カニシ其權利ノ行使ニ因リ其利益ヲ收集シ其義務ヲ履行シ其殘餘財產ヲ權利者ニ交付スル是ナリト謂フヘキカ)
本條ハ何人カ淸算人 (liquidateur、Liquidator)トナリテ右ノ組織的處分ヲ掌ルヘキカヲ定ムルモノナリ而シテ原則トシテハ理事直チニ淸算人ト爲ルヘキモノトセリ但此規定ハ決シテ命令規定ニ非サルカ故ニ定款又ハ寄附行爲ヲ以テ其反對ヲ定ムルコトヲ得ヘシ例ヘハ理事ニ非サル他ノ者ヲ以テ法人解散ノ場合ニ於ケル淸算人ト予定シ或ハ解散ニ際シ特ニ總會ヲ開イテ淸算人ヲ選定セシメ又ハ主務官廳ヲシテ適當ナル淸算人ヲ指定セシムヘキモノトスルコトヲ妨ケス又縱令定款ニ何等ノ定メナキモ若シ總會ニ於テ理事以外ノ者ヲ選ヒテ淸算人ト爲スヲ必要ト認メタルトキハ自由ニ其選任ヲ爲スコトヲ得ルモノトセサルヘカラス是レ本條但書ノ規定アル所以ナリ舊商法ニ依レハ商事會社解散ノ場合ニ於テハ必ス特ニ淸算人ヲ選任シ之ヲシテ淸算事務ヲ執ラシムヘキモノトセシモ新商法ニハ敢テ之ヲ必要トセス或ハ淸算ヲ爲サス(商八五、一項)或ハ社員全員ニテ之ヲ爲シ(同八七、一項)或ハ取締役淸算人ト爲リ(同二二六、一項)或ハ無限責任社員ノ全員及ヒ株主總會ニ於テ選任シタル者淸算ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ(同二四八)
本條ニ於テ破產ノ場合ヲ除外セルハ他ナシ此場合ニ於テハ破產管財人ナル者アリテ淸算ノコトヲ行エハナリ
第七十五條 前條ノ規定ニ依リテ淸算人タル者ナキトキ又ハ淸算人ノ缺ケタル爲メ損害ヲ生スル虞アルトキハ裁判所ハ利害關係人若クハ檢事ノ請求ニ因リ又ハ職權ヲ以テ淸算人ヲ選任スルコトヲ得(商二二六、二項、舊商二三三)
本條ハ前條ノ規定ニ因リテ定マリタル淸算人非サル場合ニ付テ規定セリ例ヘハ定款又ハ寄附行爲ニ如何ナル定メモ非サル場合ニ於テ理事カ死亡セルカ又ハ辭任セル場合ニ於テハ理事淸算人ト爲ルノ規定ヲ適用スルコトヲ得ス又定款若クハ寄附行爲ニヨルコトヲモ得ス而シテ社團法人ニアッテモ理事ナキカ故ニ總會ヲモ招集スルコト能ハス爲メニ法人ハ解散シタルニ拘ハラス淸算人タルヘキ者一人モ是レ非サルコトナキヲ保セス此場合ニ於テハ速ニ相當ノ淸算人ヲ選任スルニ非サレハ利害關係人ニ尠カラサル損失ヲ与ウル所アリ故ニ此場合ニ於テ裁判所ハ利害關係人若クハ檢事ノ請求ニ因リ又ハ職權ヲ以テ速ニ請求人ノ選任ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ
右ハ初ヨリ淸算人ナキ場合ニ付テ論シタリト雖モ初ハ淸算人アリテ中頃之ヲ欠ケル場合モ亦同シカラサルコトヲ得ス例ヘハ淸算中淸算人カ死亡シ又ハ辭任シタル場合ニ於テ若シ定款若クハ寄附行爲ニ如何ナル規定ヲモ存セサルトキハ前項ト全ク同一ナル困難ニ陷ルヘキノミ
「淸算人ノ欠ケタル爲損害ヲ生スル虞アルトキ」トハ例ヘハ淸算人三人アル場合ニ於テ其多數決ヲ以テコトヲ處理スルコトヲ得ルトキハ一人ヲ欠ケタル爲メ淸算事務ヲ中止セサルコトヲ得サルニ至リ之ニ因リテ生スル損害尠カラスサルカ故ニ必ス本條ニ因リ其補欠ヲ爲ササルコトヲ得ス况ヤ淸算人初ヨリ一人ナル場合ニ於テヲヤ
第七十六條 重要ナル事由アルトキハ裁判所ハ利害關係人若クハ檢事ノ請求ニ因リ又ハ職權ヲ以テ淸算人ヲ解任スルコトヲ得(商九六、二二八、二四九、舊商一三一、二四〇)
淸算人ハ淸算中ニ於テハ法人ノ利害ヲ一身ニ担エル重任ヲ負フ者ニシテ之ニ充分ノ權力ヲ与ウルニ非サレハ淸算事務ヲシテ著著進步セシムルコト能ハス故ニ縱令淸算人ノ處理ヲニ付キ多少ノ不服ヲ唱ウル者アルモ是レカ爲ニ忽チ淸算人ヲ解任スルカ如キコトアラハ頗ル淸算事務ヲ妨クル所アリ故ニ本條ニ於テハ重要ナル事由アルニ非サレハ之ヲ解任スルコトヲ得サルモノトセリ例ヘハ淸算人カ不正ナル行爲ヲ行ヒ又ハ利害關係人ニ對シテ著シク不公平ナル處置ヲ爲シ又ハ財產ノ管理宜シキヲ得ス爲ニ法人ノ損失ヲ來スカ如キコトアラハ裁判所ハ之ヲ解任スルコトヲ得ヘキノミ
第七十七條 淸算人ハ破產ノ場合ヲ除ク外解散後一週間內ニ其氏名、住所及ヒ解散ノ原因、年月日ノ登記ヲ爲シ又何レノ場合ニ於テモ之ヲ主務官廳ニ屆出ツルコトヲ要ス
淸算中ニ就職シタル淸算人ハ就職後一週間內ニ其氏名、住所ノ登記ヲ爲シ且ツ之ヲ主務官廳ニ屆出ツルコトヲ要ス(商七六、九〇、九七、舊商一二九、二三四)
淸算人ハ解散シタル法人ノ代表者ナルカ故ニ凡ソ法人ト取引ヲ爲ス必要アル者ハ皆淸算人ト交涉ヲ爲ササルヘカラス故ニ何人カ淸算人ナルカハ利害關係人ノ最モ知ランコトヲ欲スル所ナルヘシ又法人ノ解散ノ付キ往往不法ナル事ナキヲ保セサルカ故ニ速ニ其原因ヲ公示シ以テ利害關係人ノ注意ヲ喚起セスンハアルヘカラス是レ本條ノ規定アル所以ナリ
主務官廳ハ法人ノ最上監督者ナリ故ニ其監督ノ下ニアル法人カ解散ニ因リテ消滅スル場合ニ於テハ主トシテ之ヲ知ルノ必要アリ故ニ本條ノ於テ之ヲ主務官廳ニ屆出スヘキモノトセリ其屆出義務者ハ通常淸算人ナリト雖モ破產ノ場合ニ於テハ淸算人ナキカ故ニ理事其屆出ヲ爲スヘキコト蓋シ疑ヲ容レス但注文ハ聊カ不備タルヲ免レサルナリ
本條第二項ノ規定ハ淸算人ノ更迭アリタル場合ニ關セリ而シテ一旦第一項ノ規定アル以上ハ第二項ノ必要ナルコトハ固ヨリ論ヲ竢タサル所ナリ唯解散ノ當時理事ノ死亡等ニ因リ直チニ第一項ノ手續ヲ踏ム者非サル場合ニアタリ(而シテ理事ノ死亡カタ又マ法人解散ノ原因タルコト稀ナリトセス)利害關係人ノ請求ニ因リ裁判所ニ於テ淸算人ヲ選任スルトキハ往往解散後一週間ヲ空過スルコトアリ此場合ニ於テハ果シテ本條第一項ヲ適用スヘキカハタ又第二項ヲ適用スヘキカ余ノ信スル所ニ依レハ第一項ヲ適用スヘキモノトス唯登記ハ解散後一週間ヲ過クルト雖モ若シ遲滯ナク之ヲ爲ストキハ第八十四條第一號ノ制裁ヲ免レルヘキハ勿論ナリ何トナレハ毫モ登記ヲ怠リタル者ニ非サレハナリ而シテ幾日間ニ登記ヲ爲セハ怠慢ナキ者ト見ラルヘキカハ事實問題ニシテ專ラ裁判官ノ認定權內ニ屬スル事項ナリト雖モ實際就職後一週間內ニ登記ヲ爲セハ本條ノ精神ニ因リ敢テ怠慢ナキ者ト視ルヘキカ
第七十八條 淸算人ノ職務左ノ如シ
一 現務ノ結了
二 債權ノ取立及ヒ債務ノ辨濟
三 殘餘財產ノ引渡
淸算人ハ前項ノ職務ヲ行フ爲メニ必要ナル一切ノ行爲ヲ爲スコトヲ得(六八八、一項、取一四九、一五一、商九一、舊商一三〇、二四〇)
本條ハ淸算人ノ職務 ト權限 トヲ規定シタルモノナリ
第一 淸算人ノ職務 ハ之ヲ約言スレハ解散シタル法人ノ財產ヲ處理スルニアリ而シテ 之ヲ詳論スレハ(一)現ニ施行中ニアル事務ヲ結了シ以テ是ヨリ生スル所ノ權利義務ヲ確定シ(二)法人ノ債權ハ之ヲ取立テ法人ノ債務ハ之ヲ弁濟シ以テ速ニ法人ノ資力ヲ明カニシ(三)若シ財產ニ余剩ヲ生スレハ之ヲ第七十二條ニ定メタル歸屬權利者ニ引渡スヘク若シ法人ノ財產ヲ以テ其債務ノ全部ヲ弁濟スルコトアタハサレハ第八十一條ニ從ヒ破產宣吿ノ請求ヲ爲ササルヘカラス是レ淸算ノ目的ニシテ即チ淸算人ノ職務ナリ
第二 淸算人ノ權限 ハ最モ廣凡ニシテ右ノ職務ヲ行フニ必要ナル行爲ハ其裁判上ノ行爲タルトヲ問ハス一切專斷ヲ以テ之ヲ爲スコトヲ得但不正又ハ失當ノ所アルトキハ之ニ付テ充分ノ責任ヲ負フヘキハ勿論ナリトス(七〇九)
第七十九條 淸算人ハ其就職ノ日ヨリ二个月內ニ少クトモ三囘ノ公吿ヲ以テ債權者ニ對シ一定ノ期間內ニ其請求ノ申出ヲ爲スヘキ旨ヲ催吿スルコトヲ要ス但其期間ハ二个月ヲ下ルコトヲ得ス
前項ノ公吿ニハ債權者カ期間內ニ申出ヲ爲ササルトキハ其債權ハ淸算ヨリ除斥セラルヘキ旨ヲ附記スルコトヲ要ス但淸算人ハ知レタル債權者ヲ除斥スルコトヲ得ス
淸算人ハ知レタル債權者ニハ各別ニ其申出ヲ催吿スルコトヲ要ス(一〇二九、二項、一〇五〇、二項、一〇五七、二項、商二三四、舊商二四三)
本條ハ前項第一項タイ二號中ノ債務ノ弁濟ノ手續ヲ定メタルモノナリ蓋シ法人ノ債務ハ大凡帳簿ニ因リテ之ヲ知ルコトヲ得ヘキモ債務ノ種類ハ千差万別ニシテ如何ナル債務モ皆悉ク法人ノ帳簿ニ記載スヘキモノニ非ス例ヘハ法人カ他人ニ對シ損害賠償ノ義務ヲ負フカ如キ是ナリ然ルニ一旦淸算終了シテ法人ノ財產ヲ歸屬權利者ニ引渡オハルトキハ其債權者ハ其債務者タル法人ヲ失ヒ殆ト何人ニ對シテ請求ヲ爲スヘキカヲ知ラサルヘシ又縱令債權者カ法人ノ財產ヲ不當ニ受ケタル歸屬權利者ヲ發見スルモ或ハ其者ノ無資力ナルカ爲メニ或ハ其者多數ニシテ其各自ニ對シテ債權ノ全額ヲ請求スルコトヲ得サルカ爲メ全部又ハ一部ノ損失ヲ毫ルニ非サレハ尠カラサル手數ヲ要スルニ至ルヘシ故ニ淸算人タル者ハ法人ノ解散ヲ廣ク債權者ニ知ラシメ併セテ一定ノ期間內ニ其債權ノ申出ヲ爲サシメ以テ速ニ一切ノ債權者ニ公平ナル弁濟ヲ爲スコトヲ務メスンハアルヘカラス是レ本條ニ於テ淸算人ニ命スルニ其就職ノ日ヨリ二カ月內ニ少ナクモ三回ノ公吿ヲ爲スコトヲ命シ其公吿中ニハ二カ月以上ノ期間ヲ定メ其期間內ニ債權ノ申出ヲ爲スヘキ催吿ヲ記載スヘキ旨ヲ定メタル所以ナリ
公吿中ノ期間ハ何レノ日ヨリ起算シテ二カ月ヲ下ルコトヲ得サルカ曰ク第一回ノ公吿ヨリ之ヲ起算スヘシ蓋シ他ノ二回ノ公吿ハ第一回ノ公吿ヲ反復シタルニ過キサレハナリ
淸算人カ一タヒ右ノ手續ヲフミタルトキハ法律ハ如何ナル債權者モ皆法人ノ解散ヲ知リ且苟モ自己ノ權利ヲ重スル債權者ハ必ス公吿シタル期間ニ債權ノ請求ヲ爲スヘキモノト推定セリ故ニ若シ右ノ期間內ニ請求ヲ爲ササル債權者アラハ是レ其權利ヲ抛棄シタルモノト看做シ全ク之ヲ淸算ヨリ除斥シ之ヲ法人ノ債權者中ニ算セサルコトヲ得ルモノト定メタリ(但次條ヲミヨ)而シテ若シ此事ヲ公吿中ニ揭ケサルトキハ或ハ債權者ヲシテ意外ノ損失ヲ毫ムラシムルノ虞ナキニ非サルカ故ニ特ニ此旨ヲ公吿中ニ附記スヘキモノトセリ
以上ハ主トシテ法人ノ帳簿ニ記載セサル債權者ニ付テ定メタルモノナリ蓋シ法人ノ帳簿ニ記載シタル債權者ハ公吿ニヨラサルモ淸算人之ヲ知ルコトヲ得ヘキカ故ニ此債權者ニ付テハ特ニ公吿ヲ爲ササルモ帳簿ニ因リテ直チニ弁濟ヲ爲スコトヲ得ヘシ唯其債權ノ數額其他ノ事項ニ付キ或ハ確定セサル所ナキニ非ス又假令此如キ事爲シトスルモ債權者ノ申出ニ從ヒ弁濟ヲ爲ストキハ大ニ手數ヲ省キ實際ニ便利ナルカ故ニ其各自ニ催吿シテ速ニ其債權ノ申出ヲ爲サシムヘキモノトセリ
然リト雖モ此債權者ハ淸算人之ヲ知レルカ故ニ縱令其債權者カ淸算人ノ催吿ニ應シテ申出ヲ爲ササルモ敢テ之ヲ除斥スルコトヲ得ス此場合ニ於テハ淸算人ハ普通ノ方法ニ從ヒ債權者ニ弁濟ヲ爲スヘキノミ而シテ若シ債權額等ニ付キ債權者ニ異議アルトキハ裁判所ニ於テ之ヲ決スヘキカ故ニ債權者ノ申出ノ有無ハ敢テ其權利ノ消長ニ影響ヲ及ホスヘキニ非サルナリ
第八十條 前條ノ期間後ニ申出テタル債權者ハ法人ノ債務完濟ノ後未タ歸屬權利者ニ引渡ササル財產ニ對シテノミ請求ヲ爲スコトヲ得(商二三四、舊商二四五)
法人ノ帳簿等ニ因リテ淸算人ニ知レタル債權者ニ非スシテ前條ニ定メタル期間後ニ債權ヲ申出タル債權者ハ必スシモ其債權ヲ失フヘキニ非ス然リト雖モ淸算人ハ其申出ヲ促スニ必要ナル手段ハ充分之ヲ施シタルモノト視ルヘキカ故ニ知レタル債權者及ヒ申出ヲ爲シタル債權者ノミヲ以テ法人ノ債權者ト看做シ法人ノ財產中ヨリ之ニ弁濟ヲ爲シ尙ホ余剩アルトキハ直チニ之ヲ歸屬權利者ニ引渡スヘキモノトス故ニ右ニ怠慢アル債權者ハ淸算人カ既ニ歸屬權利者ニ引渡タル財產ヲモ取還シテ弁濟ヲ受クルコト能ハス唯幸ニシテ其財產未タ歸屬權利者ニ引渡サレサル間ハ其財產ニ對シテ請求ヲ爲スコトヲ得ルノミ
第八十一條 淸算中ニ法人ノ財產カ其債務ヲ完濟スルニ不足ナルコト分明ナルニ至リタルトキハ淸算人ハ直チニ破產宣吿ノ請求ヲ爲シテ其旨ヲ公吿スルコトヲ要ス
淸算人ハ破產管財人ニ其事務ヲ引渡シタルトキハ其任ヲ終ハリタルモノトス
本條ノ場合ニ於テ既ニ債權者ニ支拂ヒ又ハ歸屬權利者ニ引渡シタルモノアルトキハ破產管財人ハ之ヲ取戾スコトヲ得(商九一、四項、二三四、舊商二五三)
淸算ノ規定ハ偏ニ公平ヲ旨トシ債權者ノ權利ヲ充分ニ保護セルカ如シト雖モ之ヲ債務ノ全額ヲ弁濟スルコト能ハサル場合ニ於テハ特ニ公平ニ各債權者ヲ保護スルノ必要アルカ故ニ寧ロ淸算人ヲシテ速ニ破產ノ宣吿ヲ請求セシムルヲ得策トセリ
淸算人カ右ノ規定ニ因リテ破產宣吿ノ請求ヲ爲シタル場合ニ於テハ淸算事務ハ必ス之ヲ停止セサルコトヲ得サルカ故ニ速ニ其旨ヲ公吿シテ利害關係人ニ注意ヲ与ウルヲ必要トス是レ本條第一項末段ノ規定アル所以ナリ若シ淸算人カ右ノ二事ヲ怠ルトキハ第八十四條第五號及ヒ第六號ノ制裁アリ淸算人ノ請求ニ因リ果シテ破產ノ宣吿アリタルトキハ淸算ハ玆ニ其局ヲ結ヒテ忽チ破產手續ノ開始アルカ故ニ爾後法人ノ代表者ハ破產管財人ニシテ復淸算人ニ非ス故ニ淸算人ハ速ニ破產管財人ニ其事務ヲ引渡ササルヘカラス而シテ淸算人カ其引渡ヲ終ハリタルトキハ其職務、權限共ニ全ク消滅スルカ故ニ復淸算人ノ用爲シ然リト雖モ若シ法律ノ明文ナクンハ破產開始ノ後モ淸算人ハ依然其資格ヲ失ハス破產手續ニ付テ債務者ノ代表タル位置ヲ存スルカノ疑アルヘシ現ニ外國ニ於テハ破產管財人ト淸算人ト並ヒ存スヘキモノトスルノ例ヘナキニ非ス然レトモ法人ハ素ト法律ノ假定ニ過キスシテ敢テ實存在ヲ有スルニ非サルカ故ニ其破產ノ後ハ破產手續ニ付キ特ニ其代表者アルコトヲ要セス破產管財人ハアル範囲內ニ於テ其法人ノ代表者ト僞リ一切ノ利害關係人ノ權利ヲ保護スヘキノミ是レ本條第二項ノ規定アル所以ナリ蓋シ淸算人カ報酬ヲ受クルヘキ場合ノ如キハ若シ其任ヲ終ハリタルモノト爲ササレハ依然之ニ報酬ヲ与エサルヘカラサルニ至リ無益ノ費用ヲ要スヘキヲ以テ殊ニ右ノ規定ノ必要アルナリ
破產手續ニ於テハ偏ニ債權者間ノ公平ヲ保チ各債權者ヲシテ平等ニ弁濟ヲ受ケシムルヲ目的トスルカ故ニ若シ淸算人カ誤マッテ債權者ノ全員ニ一部ノ弁濟ヲ爲シ若クハ其一部ノミニ全額又ハ一部ノ弁濟ヲ爲シタルカ又ハ既ニ歸屬權利者ニ引渡タル財產アルトキハ必ス之ヲ取リ戾シテ更ニ債權者間ニ公平ナル分配ヲ爲スコトヲ得スンハアルヘカラス故ニ本條第三項ニ於テ破產管財人ニ与ウルニ之ヲ取リ戾スノ權ヲ以テシタリ
第八十二條 法人ノ解散及ヒ淸算ハ裁判所ノ監督ニ屬ス
裁判所ハ何時ニテモ職權ヲ以テ前項ノ監督ニ必要ナル檢査ヲ爲スコトヲ得(舊商二三五)
淸算事務ノ重要ナルコト及ヒ淸算人ノ權限ノ廣大ナルコトハ既ニ述ヘタルカ如シ故ニ之ヲ監督スル者ナキトキハ往往ニシテ不正又ハ失當ノ所爲アリテ爲ニ利害關係人ヲ害スルコト甚シキニ至ルヘシ故ニ本條ニ於テ裁判所ニ与ウルニ此監督權ヲ以テシ裁判所ヲシテ何時ニテモ其監督ニ必要ナリト認ムルトキハ職權ヲ以テ財產,帳簿等ノ檢査ヲ爲スコトヲ得セシメタリ
第六十七條ニ依レハ「法人ノ業務ハ主務官廳ノ監督ニ屬ス」ヘキモノトセルニ本條ニ於テ法人ノ解散及ヒ淸算ヲ裁判所ノ監督ニ屬セシメタルモノ如何曰ク法人生存中ハ專ラ其業務ノ公益ニ從ヒテ行ハルルコトヲ期スヘシ是レ寧ロ行政官廳ノ主管ニ屬スルモノナリ之ニ反シテ法人解散ノ後ハ專ラ利害關係人ニ利害ノ公平ニ保護セラルルコトヲ期スヘシ是レ自ラ司法官ノ職務ニ屬スル所ナレハナリ
第八十三條 淸算カ結了シタルトキハ淸算人ハ之ヲ主務官廳ニ屆出ツルコトヲ要ス(商九九、二三四、舊商二五五)
法人ハ素ト主務官廳ノ許可ニ因リテ設立シタルモノナルカ故ニ淸算全ク結了シ法人全ク消滅ニ歸スルトキハ速ニ其旨ヲ主務官廳ニ屆出テシムルハ固ヨリ當然ノ手續ト謂フヘシ是レ本條ノ規定アル所以ナリ
第四節 罰則
本節ニ於テハ以上三節ニ揭ケタル規定ノ制裁ヲ定メタリ蓋シ法人ノ各機關カ刑法ニ觸ルル行爲ヲ犯シタルトキハ固ヨリ刑法ノ制裁ヲ受クヘシト雖モ刑法ニ觸レスシテ而モ公益上重要ナル規定ニ違背シタルトキハ民事上之ニ相當ノ制裁ヲ加フルヲ必要トス而シテ其制裁二アリ一ハ不法行爲ノ通則ニ因リ法人其他利害關係人ニ損害ノ賠償ヲ爲サシメ一ハ本節ノ規定ニ因リ之ニ過料ヲ科スルニアリ蓋シ損害ノ賠償ノミニテハ往往ニシテ其損害ヲ證明スルコト能ハサルノミナラス假令私人ノ損害ナキモ猶オ理事其他ノ者ノ非違ヲ懲罰スルニ非サレハ公益規定モ遂ニ行ハレサルニ至ルコトナキヲ保セス是レ本節ノ規定アル所以ナリ尙其手續ニ至リテハ非訟事件手續法第二百六條乃至第二百八條ニ之ヲ規定セリ
第八十四條 法人ノ理事、監事又ハ淸算人ハ左ノ場合ニ於テハ五圓以上二百圓以下ノ過料ニ處セラル
一 本章ニ定メタル登記ヲ爲スコトヲ怠リタルトキ
二 第五十一條ノ規定ニ違反シ又ハ財產目錄若クハ社員名簿ニ不正ノ記載ヲ爲シタルトキ
三 第六十七條又ハ第八十二條ノ場合ニ於テ主務官廳又ハ裁判所ノ檢査ヲ妨ケタルトキ
四 官廳又ハ總會ニ對シ不實ノ申立ヲ爲シ又ハ事實ヲ隱蔽シタルトキ
五 第七十條又ハ第八十一條ノ規定ニ反シ破產宣吿ノ請求ヲ爲スコトヲ怠リタルトキ
六 第七十九條又ハ第八十一條ニ定メタル公吿ヲ爲スコトヲ怠リ又ハ不正ノ公吿ヲ爲シタルトキ(商二六一、二六二、舊商二五六乃至二六〇、二六二)
本條ハ過料ヲ科スヘキ人、場合及ヒ其額ヲ定メタルモノナリ而シテ各種ノ人皆各場合ノ非行ヲ爲スヘキニ非ス例ヘハ登記、廣吿ヲ怠ルハ理事及ヒ淸算人ニ付テノミ是レアルヘク官廳又ハ總會ニ對シテ不實ノ申立ヲ爲シ又ハ事實ヲ隱蔽スルカ如キハ監事モ亦之ヲ犯スコトアルヘキノ類是ナリ
本條ニ列擧セル場合ハ皆明瞭ニシテ說明ヲ要セサルモノト信ス獨リ第一號、第四號及ヒ第六號ノ關係ニ付キ聊カ說明ヲ爲スノ必要アランカ即チ第六號ニ於テハ「公吿ヲ爲スコトヲ怠リ又ハ不正ノ廣吿ヲ爲シタルトキ」ト謂ヒ第一號ニ於テハ單ニ「登記ヲ爲スコトヲ怠リタルトキ」ト言ヘルヲ以テ不正ノ登記ヲ爲シタルハ本條ノ制裁ニ漏ルルカ如キ觀アリト雖モ第四號ニ於テ官廳ニ對シ不實ノ申立ヲ爲シタル場合ノ制裁アリ然ルニ登記所ノ官廳ナルコトハ論ヲ竢タサルカ故ニ登記所ニ對シテ不正ノ登記ヲ申請スルハ即チ官廳ニ對シテ不實ノ申立ヲ爲スモノト言ハサルヘカラス是レ第一號ニ不正ノ登記ヲ爲シタルトキト謂ハサル所以ナリ
第三章 物
前二章ニ於テハ權利ノ主體ヲ論シタリシカ本章ニ於テハ其客體ヲ論セント欲ス蓋シ財產權ノ直接又ハ間接ノ目的(客體)ハ物(chose, Sache)ナルコト多キハ既ニ編首(四頁)ニ於テ論シタルカコトシユエニ人及ヒ法人ノ規定ニ次クニ物ノ規定ヲ以テスルハ當然ノ順序ナリ
第八十五條 本法ニ於テ物トハ有體物ヲ謂フ(財六)
羅馬法以來歐洲多數ノ立法例及ヒ我舊民法ニ於テハ物ニ有體、無體(corporelle ouincorporelle, körporliche) ノ別アリトシ法文中單ニ物ト稍〻スル場合ニ於テハ通例此二者ヲ含ムモノトセリ是レ理論上殆ト間然スル所ナキカコトシト雖モ無體物中ニハ物權、人權等ノ權利ヲモ包含スルコト固ヨリナルカユエニ(否法文中無體物ト謂ヘルハ大抵權利ノミヲ謂ヘリ)物ノ上ニ存スル權利即チ物權ハ他ノ物權又ハ人權ノ上ニ存スルコトヲ得ルモノト謂ハサルコトヲ得ス此如クンハ債權ノ所有權、地上權ノ所有權等ノコトキモノヲ認メサルコトヲ得スシテ玆ニ權利ノ種別ヲシテ錯雜、混交全ク識別スルコトヲ得サラシムルニ至ルヘシ蓋シ羅馬法ニ於テ有體物ト無體物トヲ區別シタルハ寧ロ所有權ト他ノ權利トヲ區別シテ謂ヘルモノニシテ此區別ハ多少實際ノ必要ナキニ非スト雖モ所有權モ亦權利ニシテ即チ無體物ナルカユエニ有形ノ物ト權利其他ノ無體物トヲ區別スルハ何等ノ實用アルコトナシ此區別ヨリ推論スレハ或ハ所有權ノ所有權ナルモノヲモ認メサルコトヲ得サルニ至ルヘシユエニ新民法ニ於テハ全ク此區別ヲ採ラス法文中單ニ物 ト謂ヘルトキハ必ス有體物(有體物ノ定義ハ觸官ニ感スル物トスヘキカ)ノミヲ指シ權利ハ之ヲ權利 トイヒテ物ト云ハス其他名譽、行爲等ノコトキ無體物モ亦各〻其名稱ニ因リ決シテ無體物ナル總稍〻ヲ用ヒス是レ實際便利ナルコト多カルヘシト信ス(尙ホ次條ノ說明ヲ見ヨ)
第八十六條 土地及ヒ其定著物ハ之ヲ不動產トス
此他ノ物ハ總テ之ヲ動產トス
無記名債權ハ之ヲ動產ト看做ス(財七乃至一四、三四六、二項、担一〇二、三項)
本條ハ物ノ分類ノ最モ重要ナル動產、不動產(meuble ou immeuble, bewegliche oder unbewegliche Sache) ノ區別ヲ規定セリ舊民法ニ於テハ物ノ分類ニ付キ最モ細密ナル規定ヲ設ケ遂ニ一二分類ヲ認ムルニ至レリト雖モ是レ多クハ純然タル學者ノ空論ニ屬シ少シモ實益ナキモノトスヒトリ動產、不動產ノ別ハ歐洲ニ於テモ一般ニ認メラルル所ニシテ我邦ニ於テモ從來此區別ヲ認ムルカ如シ而シテ法律ノ規定中動產ト不動產トニ因リ大ニ同シカラサルモノ少シトセス例ヘハ(一)能力、權限ニ關シ(二)讓渡公示方法ニ關シ(三)先取特權ニ關シ(四)質ニ關シ(五)抵當ニ關シ(六)時效及ヒ所謂瞬間時效ニ關シ(七)裁判管轄ニ關シ(八)執行方法ニ關シミナ動產、不動產ノ間ニ區別ヲ設ケタリユエニ動產、不動產ノ區別ハ頗ル重要ナルモノトス(外國ニ於テハ尙ホ此他ニモ動產ト不動產トヲ區別スヘキ理由數多アリ)
動產、不動產ノ區別ハ歐洲ニハ大ニ沿革アル所ナルモ今之ヲ詳論スルハ本書ノ範囲ニ非スユエニ略シテ之ヲ論セス蓋シ此區別ノ由ヲ生シタル所以ハ主トシテ歐洲中以來動產ヲ輕シ不動產ヲ重スルニアリ此觀念ハ往昔ニ在リテハ大ニ理由ナキニ非サリシモ今日ニ至リテハ動產ノ富ヨウヤク廣大トナリ動モスレハ不動產ヨリモ貴キ觀アリユエニ此㸃因リシテ動產、不動產ノ區別ヲ認ムルハ甚タ當タラサルカ如シ然レトモ今各個ノ物ニ付キ槪シテ其價ヲ論スレハ一個ノ不動產ハ一個ノ動產ヨリモ貴キコト殆ト疑ヲ容レスユエニ能力、權限等ニ付キ幾分カ動產ヲ輕シ不動產ヲ重スルノ規定アルハアエテユエナキニ非サルナリ
然リト雖モ若シ動產、不動產ノ區別ニシテ單ニ其輕重ニヨレルモノトセハ今日ハ又昔日ノ如ク重要ナルモノニ非サルモ玆ニ兩者ノ間ニ著シキ區別アルハ他ナシ不動產ハ必ス一定ノ所在ヲ有シ決シテ動移スルコトナシ之ニ反シテ動產ハ其所在常ニ不確定ニシテ今日玆ニアル物明日彼ニアリ其動移極メテ容易ナルカユエニ同一ノ規定ヲ以テ兩者ヲ支配スルコト能ハサル場合實ニ少シトセス讓渡ノ公示方法、先取特權、質、抵當、時效、裁判管轄等ニ付キ兩者ノ間ニ區別アルハ全ク是レカ爲メナリ
動產、不動產ノ區別ハ物 即チ有體物ノ區別ニシテ有形上動ク物ハ動產ニシテ動カサル物ハ不動產ナリ(是レカ定義ヲ下セハ動產トハ自ラ動キ又ハ毀壞セスシテ動カスコトヲ得ル物ヲイヒ不動產トハ自ラ動カス且毀損スルニ非サレハ動カスコトヲ得サル物ヲ謂フト爲スヘキカ)ユエニ其意義極メテ明瞭ニシテ毫モ疑ヲ容レルヘキノ余地ナキカ如シト雖モ古來此區別ニ付キ許多ノ疑問ヲ生スルモノ果シテ如何蓋シ動ク ト謂フモ自然ニ動ク物アリ他力ヲ以テ動カスコトヲ得ル物アリ而シテ他力ヲ以テ動カスコトヲ得ル物ニハ又難易ノ別アリ其動カシ難キ物ハ假令全ク之ヲ動カスコトヲ得サルニ非サルモ亦之ヲ不動產ト視ル場合ナキニ非ス而シテ其難易ノ程度ヲ分且ニ付キ立法例及ヒ學說全ク一致スルコト能ハサルハ實ニヤムコトヲ得サル所ナリ新民法ニ於テハ力メテ自然ノ形狀ニ基付キ、思想ノ力ヲ借リテミタリニ人爲的ニ、動ク物ヲ不動產トシ動カサル物ヲ動產トスルカ如キコトヲ爲サス是レ舊民法及ヒ數多ノ外國法律ノ例ト異ナル所ナリ(尙ホ外國ニ於テハ大抵動產、不動產ノ區別ヲ無體物ニモ及ホスカユエニ是レカ爲メイタスラニ澁難ノ問題ヲ惹起スルコトナキニ非ス)
自然ニ動クコトナク又時效的ニ動カスコトヲ得サル物ハ土地ノミナリ(地球カ太陽ノ周囲ヲ回ルカ如キハ玆ニ謂フ動ク ノ中ニ入ラス)然リト雖モ土地ト密着シテ殆ト分離スルコト能ハサルニ至リタル物ハ又之ヲ不動產ト認ムルニ非サレハ實際ノ不便少シトセスユエニ本條ニ於テハ土地ノホカ之ニ定着スル物ヲモアハセテ之ヲ不動產トセリ是レ各國ノ法律看做其揆ヲ一ニスル所ナリ唯如何ナル物ヲ定着物 ト謂フカハ稍〻困難ナル問題ニ屬スト雖モ本條ニ於テハ全ク之ヲ事實問題トシ法文ヲ以テミタリニ其定義ヲ下シ其適例ヲ示スカコトキコトヲ爲サス况ヤ事實上定着物ト謂フコトヲ得サル物ヲモ假定ニ因リテ之ヲ定着物ト看做スカ如キハ新民法ノ取ラサル所ナリ故ニ定着物 ノ字義ニ付キ多少ノ疑義ヲ生スルハ免レサル所ナリト雖モ是レ却テ細目規定ヲ揭ケ其各目ニ付キ疑義ヲ生セシムルニスクレルカ如シ而シテ其意義ハヒッキョウ前ニ揭ケタル不動產ノ定義ニホカナラスト信ス今定着物ノ顯著ナルモノヲ示セハ(一)建物(二)植物(植物ハ之ヲ土地ヨリ分離スルモ必スシモ枯死セサルコト多シ然レトモ土地ノ一部ヲ成セル植物ヲ其土地ヨリ分離スルハ即チ毀壞 ナリト謂ハサルコトヲ得ス)(三)建物又ハ植物ニ付着シタルモノニシテ容易ニ分離スルコトヲ得サラシメタル物等是ナリ
不動產ニ非サル物ハミナ動產ナリ動物、器具等看做シカラサルハ爲シ而シテ稍〻疑ハシキモノヲ謂ヘハ(一)一時建築等ノ用ニ供スル爲メニ設ケタル小屋、足場ノ類(是等ノ物ヲ取崩スハ即チ毀壞ナルカ如キモ其物ノ性質上用ヲ終エタル後ハ之ヲ取崩スヘキ物ナルカユエニ之ヲ毀壞ト視ルコトヲ得ス)(二)他ニ移動スル目的ヲ以テ一時栽植セル植物(三)疊、建具ノ類是ナリ
イ又土地ヲ離レサル收穫ハ動產ナリヤ不動產ナリヤハ從來議論アル所ナリト雖モ余ノ信スル所ニ依レハ收穫カイ又土地ヲ離レサル間ハ其不動產タルコト固ヨリ疑ヲ容ルル余地爲シ唯當事者ノ意思ニ於テ分離後ノ收穫ニ着眼スルコトアリ例ヘハ土地ノ所有者カ分離前ノ收穫ヲ一括シテ之ヲ賣却スルコト稀ナリトセス此場合ニ於ケル當事者ノ意思ハ分離後ノ收穫ノ賣買ヲ予約スルニアルヲ常トスユエニ其賣買ハ不動產ノ賣買ニ非スシテ動產ノ賣買ナリ是レ樹木ノ賣買ニアッテモ亦同シキ所ナリ民事訴訟法ハ果實ノ差押ニ付キ同一ノ見解ヲ取レリ(民訴五六八、五八四、一項)
舊民法ハ仏國其他ノ例ニナライ用方ニヨル不動產(immeuble par destination) ナルモノヲ認ムルト雖モ是レ我邦ノ監修ニ存セサル所ナルノミナラス次條ニ於テ主物、從物ノ規定ヲ設ケタルカユエニ別ニ用方ニヨル不動產ナルモノヲ認ムルノ必要爲シ蓋シ用方ニヨル不動產トハ其性質動產ニシテ唯常ニ不動產ノ從トシテ之ニ伴ヒ不動產ヲ處分スレハ用方ニヨル不動產モ亦共ニ處分セラレ不動產ノ上ニ權利ヲ設定スレハ其權利ハ用方ニヨル不動產ニモ及フヘキ等常ニ不動產ト運命ヲ共ニスルカユエニ此名稱アルナリ然リト雖モ物ノ主從ノ關係ニ因リ此目的ヲ達スルコトヲ得ルカユエニアエテ物ノ性質ニ背キ右樣ノ不動產ヲ認ムルノ必要爲シ(舊民法ニハ用方ニヨル動產ナルモノヲ認ムルト雖モ是レ外國ニ其例ヲ見サルノミナラス全ク學理ニ背キ實際ニ用ナキモノナルカユエニ別ニ之ヲ論セス)
動產、不動產ハ讀ンテ字ノ如クモト有體物ニ限レル區別ナリト雖モ歐洲ニ於テハ中古以來此區別ヲ無體物ニマテ及ホスニ至レリ是レ或ハ便利ナリトスル場合ナキニ非スト雖モ一般ノ規定トシテ之ヲ認ムルハアエテ必要ナラスト信スユエニ新民法ニ於テハ無體ノ動產、不動產ヲ認メス唯規定ノ性質ニ因リ物ニ關スル規定ヲ以テ權利ニ準用スヘキ場合ニハ特ニ之ヲ明言スルコトトシ權利ニハ動產、不動產ノ別ナキモノトセリ
然リト雖モ之ニ一ノ例外アリ無記名債權(créance au porteur, Inhaberforderung) 是ナリ蓋シ債權ハ固ヨリ無形ニシテ動產、不動產ノ別ニ入ルコトヲ得サルモノナリト雖モ無記名債權ハ常ニ證書ノ占有者ニ屬スルモノト看做スカユエニ其價ハ全ク證書ニ密着シテ證書即チ債權ナリト謂フモ可ナルカ如キ觀アリユエニ便宜ノ爲メ其債權ヲ物ト看做シ且證書ハ固ヨリ動產ナルカユエニ其債權モ亦之ヲ動產ト看做セリ是レ各國ニ於テ大抵同シキ所ナリト雖モ外國ニ於テハ一般ノ規定ナキ爲メ動モスレハ疑問ヲ生スルノ例少シトセスユエニ本條ニ於テハ特ニ之ヲ明言シ凡ソ動產ニ關スル規定ハ當然之ヲ無記名債權ニ適用スヘキモノトセリ
第八十七條 物ノ所有者カ其物ノ常用ニ供スル爲メ自己ノ所有ニ屬スル他ノ物ヲ以テ之ニ附屬セシメタルトキハ其附屬セシメタル物ヲ從物トス
從物ハ主物ノ處分ニ隨フ(財一五、四一、二項)
本條ハ主物、從物(chose principale ouaccessoire, Haupt-oder Nebensache〔Zubehör〕) ノ區別ニ付テ規定セルモノナリ新民法ニ於テハ動產、不動產ノホカ物ノ區別トシテ此分類ノミヲ認メタリ其然ル所以ノモノハ他ナシ既ニ前條ノ下ニ於テ論セシカ如ク物ハ其主從ニ因リテ其運命ヲ共ニシ其結果頗ル重要ナルカユエニ他ノ分類ハ一切之ヲ規定セサルニ拘ハラス本條ノ規定ヲ設ケタルナリ
從物ノ定義ニ付テハ各國ノ法律及ヒ學說一樣ナラスト雖モ本條ニ於テハ二ツノ要素アルモノトセリ(一)從物ハ主物ノ常用ニ供スル物 タルコトヲ要ス例ヘハ家屋ニ備附ケタル疊、建具ノ如ク、井ニ備附タル釣瓶ノ如ク又ハ室房箪笥、長持等ノ錠ノ如キ是ナリ而シテ一時アル物ノ用ニ供スル物ハ從物ニ非ス例ヘハ家屋中ニ備附ケタル戶棚、椅子、机ノ如キハ從物ニ非ス是レ常ニ其家屋ノ用ニ供スヘキ物ニ非サレハナリ(二)主物ト從物トハ其所有者ヲ同シウスル コトヲ要ス蓋シ從物ハ主物ト運命ヲ共ニスルヲ以テ此區別ノ要アルモノナルカユエニ主物ノ所有者カ備附ケタル物ニ非サレハ從物トシテ之ヲ主物ノ運命ニ併シムルコト能ハス例ヘハ賃借人カ賃借物ニ備附ケタル物ハ假令其物ノ常用ニ供シタル物ト雖モ賃借物ノ所有者カ其物ヲ處分スルト同時ニ賃借人カ備附ケタル物モ共ニ處分セラルルカ如キコトアランニハ不當モ亦甚タシト謂ハサルコトヲ得ス是レ主物、從物其所有者ヲ同シウスルヲ必要トシタル所以ナリ(主物、從物ノ學理上ノ定義ヲ下セハ主物トハ他ノ物ノ用ヲ助クルヲ以テ目的トセサル物ヲイヒ從物トハ他ノ物ノ用ヲ助クルヲ以テ目的トスル物ヲ謂フト爲スヘキカ然レトモ此區別ノ實用ヨリ言ヘハ本條ノ如ク從物ノ定義ヲ限局スヘキコト本文ニ述フルカ如シ)
主物、從物ノ區別ハ二個ノ物ノ關係ヲ示セルモノニシテ一個ノ物ノ中アル部分ヲ以テ他ノ部分ノ從物ナリト謂フコトヲ得ス例ヘハ果實、付加物等ノ如キ學者往往之ヲ從物ト稍〻スルト雖モ是レ本條ニ所謂從物ニ非ス蓋シ果實ハ其イ又元物ヨリ離レサル間ハ全ク元物ノ一部ヲ爲スモノニシテ其元物ヨリ離レタル後ハ全ク別物ニシテ元物ヲ處分スルモ併セテ果實ヲ處分シタルモノト爲スヘカラス唯其イ又元物ヨリ離レサル間ニ於テ一ノ權利ノ目的タルトキハ其元物ヨリ離レタル後ト雖モ依然其權利ノ目的タルカ如キハ其物ノ一部タリシカ爲メニシテ主從ノ關係ヲ以テ之ヲ論スルハ頗ル不穩當ナリ(但果實ニ關スル權利ヲ元物ニ關スル權利ニ從タルモノト爲スハ可ナリ、例四四七、一項)又アル物ニ人工ヲ以テ付加シ是レト一體ヲ成セル物ノ如キハ添附ノ規則ニ因リ之ヲ分離スルコトヲ許ササルユエニ法律上二物トシテ之ヲ視ルコト能ハス從テ從物カ主物ノ處分ニ伴フト謂フコト能ハス唯添附ノ規則ヲ適用スルニ付キ其主タル部分ト從タル部分トヲ區別スルノ必要ナキニ非スト雖モ是レ本條ノ所謂主物、從物ノ關係トハ全ク其性質ヲ異ニセルモノニシテ其詳細ハ後ニ所有權 ノ章ニ至リ論スヘキ所ナリ
主物、從物ノ區別ハ主トシテ本條第二項ニ謂ヘルカ如ク從物ハ主物ト共ニ處分セラレタルモノト看做スヲ以テ其實用アリ但此規定ハ唯一般ノ規定ニシテ當事者ノ意思ヲ以テ之ヲ左右スルコトヲ得ヘシ例ヘハ家屋ヲ賣ルニ當リ疊、建具ハ之ヲ除クコトアリ、土地ヲ賣ルニ當リテ井ニ備附タル釣瓶ヲ付セサルコトアリ其他慣習上主物、從物ヲ各別ニ處分スル場合又少シトセス此場合ニ於テハ當事者ノ意思ハ多ク其慣習ニ從フニアルヘキカユエニ又本條第二項ノ規定ヲ適用スルコト能ハサルヲ常トスヘキ(九一、九二)例ヘハ船舶ト帆、棹等トノ如キハ之ヲ分離シテ處分スル慣習多シト聞ク
第八十八條 物ノ用方ニ從ヒ收取スル產出物ヲ天然果實トス
物ノ使用ノ對價トシテ受クヘキ金錢其他ノ物ヲ法定果實トス(財五二、五三、五四、二項、五七乃至六三)
本條及ヒ次條ハ果實 (fruits, Früchte) ニ關スル一般ノ規定ナリ蓋シ如何ナル物ヲ果實トイヒ又何人カ果實ノ所有者タルヘキカハ種種ノ場合ニ於テ必要ナル問題ナリ例ヘハ占有(一八九、一九〇)、留置權(二九七)、先取特權(三一三、一項)、質權(三五〇、三五六)、抵當權(三七一)、賣買(五七五)、使用貸借(五九三)、賃借(六〇一)、夫婦財產制(七九九、八〇二)、親權(八九〇)等ニ關シテ其必要アリ而シテ本條ハ果實ノ定義ヲ揭ケタルモノナリ蓋シ果實ニハ天然果實 (fruits naturels, natürliche Füchte) ト法定果實 (fruitscivils, bürgerliche Früchte) トノ別アリ天然果實トハ眞ニ物ヨリ產出スル物ヲイヒ法定果實トハ物ヲ使用スル者カ其使用ノ對價トシテ支払ウヘキモノヲ謂フ抑〻果實 トハ樹木ノ成果ヲ謂ヘル文字ニシテ此果實ト法律上同一ノ性質ヲ有スルモノニモ併セテ此名稱ヲ付セルナリ例ヘハ田畑ヨリ生スル米麥ノ如キ即チ是ナリ之ヲ天然果實ト謂フ法定果實トハ例ヘハ物ノ借賃、金錢ノ利息等是ナリ蓋シ借賃、利息等ニハミナ元本アリテ恰モ樹木カ果實ヲ生シ、田畑カ米麥ヲ生スルト其狀態ヲ一ニスルヲ以テ之ヲ果實ニ爲ソラエ遂ニ法定果實ノ名アルナリ
果實ノ要素ニ付テハ古來大ニ議論アリ或ハ定期ニ收取スヘキ物タルコトヲ要スルモノトシ或ハ元物ヲ消耗セサル物タルコトヲ要スルモノトセリト雖モ本條ニ於テハ是等ノ說ヲ採用セス一ニ物ノ用方ニ從フト否トヲ以テ果實タルト否トヲ區別セリ例ヘハ土地ノ收穫物ノ如キ年年耕作物ヲ變更スルトキハ其收穫ノ時期常ニ一定セス從テ定期ニ收取スル物トイヒ難キカ如キモ其果實タルコトハ蓋シ何人ト雖モ之ヲ爭ハサルヘシ是レ他ナシ耕地ハスヘテ耕作ノ用ニ供スヘキモノニシテ耕作物ノ何タルカ如キハアエテ問ウ所ニ非サルヲ以テナリ(果實權利者中耕作ノ種類ヲ限リ之ヲ爲スコトヲ得ル者アリト雖モ此者ノ爲メニハ物ノ用方カ限ラレタルナリ)又例ヘハ鑛物、石材ノ如キハ其收取ノ時期一定セス多クハ間斷ナク之ヲ收取シ又之ヲ收取スルトキハ元物ヲ消耗スルコト固ヨリ言フヲ竢タス而モ之ヲ果實トスルニ非サレハ鑛山、石坑等ノ如キハ全ク果實ナキ物ト謂ハサルコトヲ得スユエニ立法例及ヒ學說ニ於テ槪ネミナ之ヲ之ヲ果實トセリ蓋シ鑛山又ハ石坑ノ用方ニ從ヒテ收取シタル物ナレハナリ是レ本條ニ於テハ物ノ用方ニ從フヲ以テ果實ノ唯一ノ要素トシ他ノ要素ヲ認メサル所以ナリ
定期金(rente) ハ果實ナルヤ否ヤハ從來大ニ學者間ニ議論アル所ナリト雖モ本條第二項ノ定義ニ依レハ其果實ニ非サルコト殆ト明カナリ蓋シ「物ノ使用ノ對價」ニ非サレハナリ但其一部ハ利息ニ相當シ之ヲ果實ト視ルヘキ場合多カルヘシ尙ホ定期金ハ理論上ハ大ニ鑛山、石坑ヨリ採取スル鑛物、石材ニ類スル所アリト雖モ亦其趣ヲ異ニスル所ナキニ非サルヲ以テ之ヲ果實トセサリシモノカ
第八十九條 天然果實ハ其元物ヨリ分離スル時ニ之ヲ收取スル權利ヲ有スル者ニ屬ス
法定果實ハ之ヲ收取スル權利ノ存續期間日割ヲ以テ之ヲ取得ス(財五〇、五二乃至五四、一二六、一五七、二項、一九四、一項)
本條ハ果實權利者ノ變更スル場合ニ於テ果實カ前權利者ニ屬スヘキヤ後權利者ニ屬スヘキヤヲ定メタルモノナリ是レ往往疑問ヲ生スル所ナルカユエニ玆ニ一般ノ規定ヲ設ケ以テ後日ノ爭議ヲ未發ニ予防セント欲シタルナリ而シテ舊民法其他外國ノ例ニ於テハ場合ニ因リ規定ヲ同シウセサルモノアリト雖モ是レ頗ル理由ナキ所ナリ蓋シ果實ノ上ニ權利ヲ有スルカ權利ヲ有セサルカノ二アルノミニシテ若シ權利ヲ有センカ凡ソ果實ト稍〻スヘキ物ハミナ之ヲ收取スルコトヲ得ヘク權利ヲ有セサランカ全ク之ヲ收取スルコト能ハサルヘキノミユエニ本條ニ於テハ一切區別ヲ爲サス
一 天然果實ハ元物ヨリ離レサル間ハ果實トシテ獨立ノ存在ヲ有セスユエニ果實權利者ハイ又之ヲ取得スルコト能ハス例ヘハ甲ナル者乙ナル者ノ所有ニ屬スル不動產ヲ善意ニテ占有セシニイ又果實ヲ元物ヨリ分離セサル中ニ乙ノ請求ニ因リ不動產ヲ返還スル場合ニ於テハ其果實ハ乙ノ所有ニ屬スヘクアエテ甲ノ所有ニ屬スヘキニ非ス(一八九)
二 法定果實ハ日割ヲ以テ取得スヘキモノトセリユエニ借賃、利息等ノ支払時期ニ遲速アルモ爲メニ果實權利者ノ權利ニ影響ヲ及ホスコトナシ例ヘハ賃貸物ノ所有者甲カ其物ヲ乙ニ讓渡シタル場合ニ於テハ其上トノ日以前ノ借賃ハ甲ニ屬スヘク其以後ノ借賃ハ乙ニ屬スヘク而シテ其支払時期ハ上トノ前ナルモ後ナルモ毫モ異ナルコトナシ賣買ノ場合ニ於テハ五七五ノ規定ニ因リ果實ハ引渡ノ日ヨリ買主ニ屬スヘキモノトス蓋シ法定果實ハアエテ元物ノ一部ヲ爲スモノニ非サルカユエニ支払時期ノ爾後ニ因リ其獨立存在ノ有無ヲ分且コトヲ得サルヲ以テナリ
法定果實トハ借賃、利息等ヲ受クルノ權利ヲ謂ヘルモノニシテ物ニ非ストスルノ說アリ是レ頗ル根據アル說ナリト雖モ果實權利者カ之ヲ受取ル時ニ在リテハ既ニ金錢其他ノ物ナルカユエニ物ノ規定トシテ之ヲ論スルモアエテ不當ト爲スコトヲ得ス
第四章 法律行爲
本章ニ於テハ一切ノ法律行爲ニ通スル規定ヲ網羅セリ而シテ第一節ニ於テハ法律行爲ノ效力ニ關スル一般ノ規定ヲ揭ケ名ツケテ之ヲ總則ト謂ヘリ第二節ニ於テハ法律行爲ノ根本タル意思表示 ノ通則ヲ揭ケ第三節ニ於テハ當事者カ自ラ法律行爲ヲ爲サスシテ他人ニ因リテ之ヲ爲ス場合ニ付テ規定セリ名ツケテ之ヲ代理 ト謂ヘリ第四節ニ於テハ法律行爲ノ無效及ヒ取消ノ條件、效力等ヲ規定シ第五節ニ於テハ法律行爲ノ效力ニ關スル體樣(modalité)ナル條件及ヒ期限ノ通則ヲ揭ケタリ
第一節 總則
本說ニ於テハ法律行爲ノ效力ニ關シ一般ノ原則ヲ揭ケ其法令慣習等トノ關係ヲ規定セリ
第九十條 公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行爲ハ無效トス(財三〇四、一項二號、三號、三二二、一項、三二八、取四一、舊法例一五、舊商一五、六七、一項、二八四)
本條ハ不法行爲ノ目的ヲ有スル法律行爲ノ無數ナルコトヲ規定シタルモノナリ而シテ其不法 (illicite,gesetzwidrg)ト謂フハ單ニ法令ノ明文ヲ以テ禁スル事項ノミナラス公安ヲ害シ風俗ヲクチルヘキ事項ヲモ包含スヘキ旨ヲサ爲メタリ此コトキ目的ヲ有スル法律行爲ノ無數ナルコトハ殆ト言フヲ待タサルカコトシト雖モモ成文法ノ國ニ於テハ法令ニ禁止アルモノノ外不法ナル事項ナキカノ疑アルヲ以テ本條ニ於テ特ニ公安ヲ害シ風俗ヲヤフルヘキ事項モ亦以テ法律行爲ノ目的ト爲スコトヲ得サル旨ヲ明定シ之ニ因リテ是等ノ事項ノ本條ノ規定ニ背キ從テ不法ナルコト明カニセリ
本條ニ於テハ外國ノ一般ノ例ニ傚ヒ公ノ秩序 (ordre pubulic,öffentliche Ordnung)ト善良ノ風俗 (bonnes moeurs,guteSitten)トヲ併揭セリ故ニ公ノ秩序ニ反スル事項ハ例ヘハ人ヲ殺シ、人ノ財ヲ奪ウノ類ニシテ(刑法ニ明文ナキモノヲ言ヘハ選擧人カ必ス某ヲ國會議員又ハ地方議員ノ議員ニ選ヒ、議員カ議會ニ於テ必ス某ノ意見ヲ主張スヘキコトヲ約スルカコトキハ公ノ秩序ニ反スルモノナリ)善良ノ風俗ニ反スル事項ハ例ヘハ終生婚セサル、猥褻ノ所行ヲ爲スノ類ナリ然リト雖モ余ヲ以テ之ヲ見レハ此別ハ非ナリ假令善良ノ風俗ニ反スルモ若シコウモ公ノ秩序ヲ害スルコトナクンハ法律ハ之ニ干涉スヘキ謂レ爲シ例ヘハ稼業ヲ廢シテ演劇ヲ觀、婦人カ男子ヲ集メテ酒宴ヲ催スカコトキハ固ヨリ善良ノ風俗ニ反スルト謂フコトヲ得ルモ必スシモ公ノ秩序ニ關セサルカ故ニ之ヲ目的トスル法律行爲ヲ以テ無效ト爲スコトヲ得ス之ニ反シテ前ニ例示セル終生婚セサル、猥褻ノ行爲ヲ爲スカコトキハ固ヨリ善良ノ風俗ニ反スルモノナリト雖モ是レ直接又ハ間接ニ公ノ秩序ヲ害スルモノナルカ故ニ法律ハ特ニ之ニ干涉シテ是等ノ事項ヲ目的トスル法律行爲ヲ無效トセルナリ蓋シ人若シ婚セサレハ婚姻外ニ男女ノ交リヲ爲スニ非サレハ終生此天然ノ需要ヲ充タササルヘシ此如クンハ私生兒ヲ生ムニ非サレハ全ク子ヲ生マサルヘシ是レフタツナカラ公ノ秩序ニ反スルモノナリ若シ其猥褻ノ所行ヲ爲スハ直接ニハ風俗ヲヤフルノ行爲ナリト雖モ其間接ニ公ノ秩序ヲ害スルハ固ヨリ喋喋ヲ待タサル所ナリ然ルニ「公ノ秩序又ハ 善良ノ風俗ニ反スル事項」ト謂フトキハ公ノ秩序ニ反セサル事項ト雖モ若シ善良ノ風俗ニ反スルトキハ又之ヲ以テ法律行爲ノ目的トスルコトヲ得サルカヲ疑ハシムルオソリ故ニ余ハ本條ノ文字ヲ可トセサレトモ歐洲一般ノ例ニ傚ヒ遂ニ此文字ヲ採用シタルナリ但解釋上ニ於テハ「公ノ秩序ニ反スル事項」トハ直接ニ公ノ秩序ヲ害スルモノヲイヒ「善良ノ風俗ニ反スル事項」トハ直接ニ風俗ヲヤフリ間接ニ公ノ秩序ヲ害スルモノヲ謂ヘルナリト謂ハサルコトヲ得ス
第九十一條 法律行爲ノ當事者カ法令中ノ公ノ秩序ニ關セサル規定ニ異ナリタル意思ヲ表示シタルトキハ其意思ニ從フ(財三二八、取四一、舊法例一五、舊商一五、六七、一項)
本條ハ前條ノ意義ヲ敷衍シタルモノニ過キス蓋シ法文中ノ公ノ秩序ニ關スルモノニシテ立法者カ特ニ當事者ニ命令セルモノアリ(禁止モ亦命令ナルコトヲ忘ルヘカラス)又公ノ秩序カ反對ノ意思ヲ表示セサル場合ニ限リ適用スヘキモノアリ前者ハ當時者ノ意思ヲ以テ之ヲ動カスコトヲ得スト雖モ後者ハ當事者ノ意思ヲ以テ隨意ニ之ヲ變更スルコトヲ得ヘシ是レ殆ト謂フヲ待タサル所ナリト雖モ學者往往ニシテ此㸃ニ付キ謬見ヲ抱クコトナキニ非サルヲ以テ本條ニ於テハ特ニ此原則ヲ揭ケタリ但如何ナル法文カ公ノ秩序ニ關スルモノニシテ如何ナル法文カ當事者ノ意思ヲ解釋シ其他反對意思ナキ場合ニ限リ適用スヘキモノナルカハ各條規ニ付キ之ヲ判セサルコトヲ得ス而シテ其條規ノ數種ニ因リ右ノ孰レニ屬スヘキカヲ判定スルニ苦シム場合ナキニ非スト雖モ到底明文ヲ以テイチイチ其場合ヲ指示スルコト能ハサルカ故ニ本條ニ於テハ唯槪括的ニ其原則ヲ揭クルニ止メタリ例ヘハ物權ニ關スル規定ノ大部分ハ公ノ秩序ニ關スルモノニシテ債權ニ關スル規定ノ大部分ハ當事者ノ意思ヲ解釋シタルモノナリ立法論トシテハ余ハ出來得ヘキタケハ各場合ニ付テ規定ヲ設ケ某某軒邸ハ當事者カ反對ノ意思ヲ表示シタルトキハ之ヲ適用セスト謂ヘルカコトキ明文ヲ揭クルヲ可トスレトモ此主義ハ頗ル危險爲シトセス何トナレハ若シ反對ノ意思ヲ許ス場合ニ於テ其之ヲ許ス旨ヲ揭クルコトヲ忘ルルトキハ假令其性質上命令規定ニ非サルコト殆ト判然セル場合ト雖モ他ノ隨意的規定ニ付キ明文アルニ拘ハラス其場合ニ限リ明文ナキカ爲メ即チ解釋上ノ議論ヲ生スルコトアルヘケレハナリ是レ蓋シ新民法ニ於テ此主義ヲ採ラサリシ理由ノ一ナリ
第九十二條 法令中ノ公ノ秩序ニ關セサル規定ニ異ナリタル慣習アル場合ニ於テ法律行爲ノ當事者カ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキハ其慣習ニ從フ(財三五九、二項)
本條ハ又前條ノ規定ヲ敷衍シタルモノナリ蓋シ慣習ノ效力孰レニ付テハ各國二種氣ヲ一ニセス學者又ハ各〻其所說ヲ異ニセリ而シテ之ニ關スル原則ハ既ニ法例ニ之ヲ規定セリト雖モ(法例二)法例ニ規定セル慣習ハ(第一)「法令ノ規定ニ依リテ認メタルモノ」、(第二)「法令ニ規定ナキ事項ニ關スルモノニ限」レリ而シテ此二者ハ「法律ト同一ノ效力ヲ有ス」ヘキモノトセルカ故ニ是レハ所謂慣習法 (droit coutumier,Gewohnlheits-recht)ナリ余ス所ノモノハ(第三)法令ノ規定ニ異ナリタル慣習即チ學者ノ所謂事實ノ慣習是ナリ本條ハ此慣習ノ效力ヲ規定シタルモノナリ本條ニ於テ慣習ノ效力ニ付キ採用シタル主義ハ慣習ハ慣習トシテ當然效力ヲ有スヘキモノトセス單ニ「當事者カ之ニ依ル意思ヲ有セサルモノトモ認ムヘキ」場合ニ限リ其效力ヲ認ムルニ在リ余ハ立法論トシテハ全ク此主義ニ同意スルコト能ハスト雖モ實際ニ於テハ大ナル支障ヲ生スルコトナカルヘシ蓋シ慣習ニシテ明確ナルトキハ當事者ハ之ニ付テナンラノ意思ヲ明示セサルモ尙ホ此慣習ニヨルノ意思ヲ有セシモノト看ルヘキ場合尤モ多カルヘシ故ニ本條ノ規定ニ漏ルルモノハ多クハ少少不明確ナル慣習ニシテ法律家ノ眼ヨリ之ヲ見レハ殆ト慣習ト認ムヘカラサルモノノミナラン故ニ本條ノ適用上ニ於テハ若シ裁判官ニシテ適當ノ解釋ヲ採ランニハ反對ノ主義ヲ採用シタルト殆ト同一ノ結果ヲ得ヘキノミ然リト雖モ尤モ公益ニ關スル物權ノ規定ニ付テハ到ル所慣習法ノ效力ヲ認メ(二一七、二一九、三項、二二八、二三六、二六三、二六八、一項、二六九、二項、二七七、二七八、三項、二九四)却テ任意的規定多キ債權編ニハ之ヲ認メス本條ニ因リテ僅ニ當事者カ之ニ依ル意思ヲ有セシ場合ニ於テノミ慣習ノ效力ヲ認メタルハ余カ取ラサル所ナリ
以上ニ關スル明文ニ異ナレルトキハ決シテ之ニ依ルコトヲ得サルハ固ヨリ論ヲ竢タス是レ恰モ當事者カ公ノ秩序ニ關スル規定ニ異ナリタル意思ヲ明示スルモ無效ナルト同シク公ノ秩序ニ關スル規定ニ異ナリタル慣習ニ依ル意思アリトスルモ無效ナリトセサルコトヲ得サルナリ
前條ニ於テ當事者ノ意思表示ニ付キ論シタルカ如ク立法論トシテ余ハ如何ナル規定ニ異ナリタル慣習カ其效力ヲ有スヘキカヲ明定スルヲ可トスル者ナリ
第二節 意思表示
意思表示ニハ明示ノモノト默示ノモノトアリ書面、口頭、容態等ヲ以テ特ニ其意思ヲ發表スルモノハ明示ニシテ正札ヲ附シテ店頭ニ商品ヲ陳列シ暗ニ其代價ヲ以テ之ヲ賣ラント欲スル意思ヲ表示シ其正札ヲ看テ其代價ニ相當スル金錢ヲ投下シテ其商品ヲ取リ以テ之ヲ買ハント欲スル意思ヲ表示スルモノノコトキハ默示ナリ我カ民法ニ於テハ贈与ヲ除ク外(五五〇)殆ト意思表示ノ方法ヲ制限セス(贈与ト雖モ書面ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ爲スコトヲ得サルニ非ス唯各當事者之ヲ取消スコトヲ得ルノミ)但第三者ニ對シテハ確定日付ケアル證書ヲ要スル場合ナキニ非ス(三六四、三七六、四六七、二項、四九九、二項、五一五、又九八八ノ場合ニ於テハ絕對ニ確定日付アル證書ヲ必要トス)尙ホ法人ノ定款ハ必ス書面ヲ以テシ(三七)又遺言ニハ必ス特別ノ方式ヲ要シ(一〇六〇、一〇六七乃至一〇八六、取三六八乃至三八二)又婚姻、離婚、養子緣組、離緣、隱居、私生子認知、相續ノ限定承認、抛棄等ニモ亦之ヲ要シ(七五七、七七五、八一〇、八二九、八四七、八四八、八六四、一〇二六、一〇三八、人四三乃至五二、七八乃至八〇、九九、一一三乃至一二五、一三七乃至一三九、取三一〇)又商法ニ於テハ會社ノ定款、手形等書面其他ノ方式ヲ要スル行爲少爲シトセス(商四九、五〇、一〇五、一〇六、一二〇乃至一四〇、二三七乃至二四一、四三五、四四五、四五五、四五七、四六八、五〇三、五二五、五二九、五三〇、五三七、舊商、七七、一三七、一五七乃至一六六、三六七、三九四乃至三九八、六九九、七〇五、七一六、七二二、七二三、七三七、七四八、七五一乃至七五三、八一一、八一五乃至八一八等)
一 意思ト表示ト合ハサル場合
第九十三條 意思表示ハ表意者カ其眞意ニ非サルコトヲ知リテ之ヲ爲シタル爲メ其效力ヲ妨ケラルルコトナシ但相手方カ表意者ノ眞意ヲ知リ又ハ之ヲ知ルコトヲ得ヘカリシトキハ其意思表示ハ無效トス
本條ハ即チ右ニ述ヘタル例外ノ場合ナリ蓋シ意思ト表示ト會イ合ハサル場合大凡四アリ(第一)心裡留保( Mentalreservation)即チ表意者カ故意ニ其眞意ニ非サル事項ヲ其意思ノ如ク表示シ而モ相手方ナキカ又ハ相手方アルモ其相手方事實ヲ知ラス若クハ之ヲ知レルコトヲ表意者カ知ラサル場合、(第二)虛僞ノ意思表示 (Scheingeschäft)即チ相手方アル意思表示ニ於テ表意者カ故意ニ其眞意ニ非サル事項ヲ其意思ノ如ク表示シ而モ相手方カ其事實ヲ知リ且其之ヲ知レルコトヲ表意者カ知レル場合、(第三)錯誤 (error,erreur,Irrthum)即チ事實ニ非サルモノヲ事實ト信スル場合ニシテ意思表示ニ於テ謂ヘハ表意者カ其眞意ニ非サル事項ヲ其意思ノ如ク表示シ而モ自ラ其意思ト表示ト齟齬セルコトヲ知ラサル場合(後ニ論スヘキ理由ノ錯誤ハ別ナリ)(第四)强迫 (Zwang)即チ他人カアル意思表示ヲ爲ササレハ之ニ不利益ヲ与ウヘキコトヲ示シ其者ヲシテ其欲セサル意思表示ヲ爲サシムル場合是ナリ而シテ本條ハ右ノ第一ノ場合ニ付キ規定シタルモノナリ
例ヘハ甲カ乙ニ對シ其所有ノ子ナル不動產ヲ讓渡スヘキ旨ヲ表示シ而モ其意中ニハ丑ナル不動產ヲ与ウヘキコトヲ思ヘル場合ニ於テハ後日其眞ノ意思ノ丑ナル不動產ヲ与ウルニアリタリトテ子ナル不動產ヲ与エスシテ丑ナル不動產ヲ与エ以テ其義務ヲ免ルルコトヲ得ス又タ眞ニ子ナル不動產ヲ与ウルノ意思アリタリトスルモ「若シ乙カ某ノ職ニ就カハ」ト謂フ條件ヲ附スル意思ナリシニ故ラニ其意思ヲイハサリシトキハ後日乙カ其職ニ就カサルモ其不動產ヲ与エサルコトヲ得ス又例ヘハ甲カ乙ニ對シ其所有ノ時計ヲ与ウヘキ旨ヲ表示シ而モ是レ一時ノ戱言ニシテ眞ニ之ヲ与ウル意思ナカリシトテ後日之ヲ与ウルコトヲ拒ムコトヲ得ス然ラスンハ乙ハ甲ニ欺カレテ往往ニシテ尠カラサル損害ヲ毫ルコトアルヘシ此如クンハ人言ヲ信シテ取引ヲ爲スコト能ハス爲メニ信用ノ發達ヲ害スルニ至ルヘキヲ以テ本條ニ於テハ特ニ相手方ヲ保護スル爲メ意思ト表示トノ合ハサルニ拘ハラス表示ヲ以テ意思ニ合スルモノト看做シ之ヲシテ充分ノ效力ヲ生セシムルコトトシタルナリ但相手方カ意思表示ノ當時其當事者ノ眞意ニ非サルコト知レル場合又ハ事情ニ因リ通常相手方カ之ヲ知ルヘカリシ場合ニ於テハ此限ニ非ス例ヘハ表意者カ平生好ミテ戱言ヲ吐ク者ニシテ且相手方カ表意者ヨリ贈与ヲ受クヘキ理由ナキニ高價ナル物ヲ贈与スヘキ旨ヲ表示シタル場合ノコトキハ相手方ハ其戱言ナルコトヲ知ルヘカリシモノト謂ハサルコトヲ得ス故ニ假令其相手方カ此戱言ヲ眞意ニ出スルモノト誤信スルモ其贈与ヲ以テ有效ヲ爲スコトヲ得ス但其戱言ニ因リテ相手方ニ損害ヲ加ヘタルトキハ第七百九條ノ規定ニ因リ表意者ニ於テ其賠償ノ責ニ任スヘキハ固ヨリ論ヲ待タサル所ナリ(本文ニ論スル所ハ多ク人ノ意思又ハ知覺ニ關スル事ニシテ實際其證跡ヲ得ルコト極メテ難カルヘシ然レトモ本條ノ適用アルヘキ場合ニ於テハ必ス其證跡アルコトヲ要ス例ヘハ表意者又ハ相手方カ其日記中ニ其意思又ハ知覺ヲ記載スルカ或ハ其意思又ハ知覺ヲ他人ニ語リ其者ノ證言ニ因リテ之ヲ知ルコトヲ得ヘキ場合ノコトキニ於テ本文ノ問題ヲ惹起スルナリ)
戱言(plaisanterie,Scherz)ノ中ニハ心裡留保ノ場合ニ屬スル者ト否サル者トヲ區別スル學者多ク獨法又此說ニヨルモ我カ民法ニ於テハ之ヲ區別セス故ニ戱言ニ關スル特別ノ明文爲シ而シテ戱言モ亦本條ノ明文ニ該當スルコトハ多弁ヲ竢タスシテ明カナリ
相手方カ表意者ヲ知リタル場合ニ於テ其意思表示ノ無效ナルコトハ本條ノ明文ニ因リテ明カナリト雖モ此場合ニ於テ表意者ノ眞意カ效力ヲ生スヘキヤ否ヤハ少少疑問ニ屬ス蓋シ純理ヨリ謂ヘハ眞ノ意思ニハ表示ナク表示シタル意思ハ眞ノ意思ニ非サルカ故ニ此眞意ニ付テハ所謂意思表示 ナルモノ非ス從テ法律行爲モ成立スルコトアタハサルカコトシト雖モ實際ニ於テハ相手方カ表意者ノ眞意ヲ知レル場合ニハ其表示カ眞意ト合ハサルニ拘ハラス兩人ノ間ニ於テハ眞意ヲ表示シタルモノト視ルヘキ場合尠カラサルヘシ例ヘハ甲ハ其所有ノ子ナル不動產ヲ乙ニ与ウヘキ旨ヲ表示シ其眞意ハ丑ナル不動產ヲ与ウルニアリタリシニ乙ハ其眞意ヲ覺リ之ニ對シテ承諾ノ意ヲ表スルトキハ甲カ「子不動產」トイヒタルハ乙ノ耳ニハ「丑不動產」トイヒタルカ如ク聞コエタリト言ハサルヘカラス故ニ此場合ニ於テハ丑不動產ニ付キ甲乙ノ間ニ有效ナル法律行爲成立スヘキナリ
本條ノ規定ハ立法論トシテハ聊カ不完全タルヲ免レサルモノト謂フヘキカコトシ蓋シ表意者カ心裡留保ヲ以テ相手方其他ノ利害關係人ニ對抗スルコトヲ得サルハ則チ可ナリト雖モ相手方其他ノ利害關係人ハ心裡留保ヲ理由トシテ其意思表示ノ無效ナルコトヲ主張スルコトヲ得ルモノトスルニ非サレハ我カ法典カ採用セル意思表示主義ト少少矛盾スル所アルヲ免レス殊ニ後ニ論スヘキカ如ク詐欺取財ノ場合ニイ於テ穩當ナラサル結果ヲ生スルコトアルヘキヲ以テナリ
第九十四條 相手方ト通シテ爲シタル虛僞ノ意思表示ハ無效トス
前項ノ意思表示ノ無效ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス(證五〇乃至五二)
本條ハ虛僞ノ意思表示 ニ關スル規定ナリ之ニ所謂虛僞ノ意思表示ノ定義ハ既ニ前條ノ下ニ於テ之ヲ揭ケタルカ故ニ再ヒ之ニ揭ケスト雖モ一言ニシテ之ヲ示セハ當事者カ相手方ト通シテ爲シタル眞意ニ非サル意思表示ニ外ナラス例ヘハ多額納稅議員ノ資格ヲ得ル爲メ表面上他人ノ所有地ヲ讓リ受クルモ眞ニ之ヲ讓リ受クルノ意思ナキ場合ノコトキ其者ノ讓リ受ケノ意思表示及ヒ相手方ノ讓渡ノ意思表示ハ兩ナカラ虛僞ノ意思表示ナリ此場合ニ於テハ右ノ意思表示ハ眞ノ意思表示シタルニ非サルカ故ニ法律上無效タラサルコトヲ得ス故ニ表面上ノ讓受人ハ決シテ所有者ト爲ラス表面上ノ讓受人ハ決シテ其所有權ヲ失フコトナシ是レ本條第一項ノ規定スル所ナリ 本條ノ場合ト前條但書ノ場合ト頗ル相類スルトコトアリ蓋シ相手方カ心裡留保ヲ知レル場合ニ於テハ當事者雙方意思表示カ表意者ノ眞意ニ非サルコトヲ知レルコト恰モ虛僞ノ意思表示ニ於ケルカコトシ然レトモ前條ノ下ニニ於テ下シタル心裡留保ト虛僞ノ意思表示トノ定義ニ依レハ甲ハ表意者カ相手方ノ事實ヲ知レルコトヲ知ラス乙ハ之ヲ知レルノ差アルコトヲ視ルヘシ是レ兩者ノハカルルトコトナリ
然リト雖モ若シ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得ルモノトセハ第三者ハ往往ニシテ欺カルルコトナキヲ保セス例ヘハ前例ニ於テ表面上ノ讓受人カ其權利ヲ登記シ更ニ第三者ニ對シテ其土地ヲ讓渡サンコトヲ欲スルトキハ第三者ハ之ヲ以テ眞ノ所有者ト誤信シ其土地ヲ讓受クルコトアルヘシ此場合ニ於テ若シ前ノ讓渡契約ハ虛僞ノ意思表示ヨリ成レルカ故ニ無效ナリトシテ之ヲ第三者ニ對抗スルコトヲ得ルモノトセハ其第三者ノ損害ヲ受クヘキコトハ固ヨリ蝶蝶ヲ竢タス此如クンハ取引ノ安全ヲ害シ一般ノ信用ヲ傷クルコト實ニ少爲シトセス故ニ本條第二項ニ於テ虛僞ノ意思表示ノ無效ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得サルモノトセリ從テ之ニ對シテハ虛僞ノ意思表示全然其效力ヲ生シ前例ニ於テ表面上ノ讓受人ハ眞ニ所有權ヲ取得シタルモノト看做サレ讓渡人ハ爲メニ其所有權ヲ失フニ至ルヘシ是レ兩人カ虛僞ノ意思表示ニ因リテ第三者ヲ欺カントシタル結果ニシテ自ラ作セル禍ト謂ハサルコトヲ得ス此場合ニ於ケル讓渡人ハ不當利得(enrichissement indû, ungerechtfertigte Bereicherung)ヲ爲スカ故ニ其善意ナルトキハ(讓受人自身カ善意ナル場合ハ稀ナルヘキモ其相續人カ土地ヲ第三者ニ讓渡シタル場合ニ於テハ其善意ナルコト稀ナリトセス)第七百三條ニ因リ其現存利益(通常土地ノ代價)ヲ返還シ其惡意ナルトキハ第條ニ因リ其受ケタル利益ニ利息ヲ附シテ之ヲ返還シ尙ホ損害アルトキハ之ヲ賠償スヘキモノトス唯前例ノ如ク不法ノ目的ヲ有スル場合ニ於テハ第七百八條ニ因リ讓渡人ハ利益ノ返還ヲ求ムルコトヲ得サルナリ(虛僞ノ意思表示ハ必スシモ不法ノ目的ヲ有スルニ非ス例ヘハ甲カ乙ニ其所有ノ土地ヲ賃貸スルニ當リ特別ノ理由ニ因リ時價ヨリ廉ナル借賃ヲ以テ之ヲ對抗シタルモ他人カ之ヲ知レハ甲ノ他ノ所有地ヲ賃貸スル場合ニニ不利益ナルカ故ニ證書ニハ普通ノ借賃ヲ記載スルコトアルヘシ此場合ニ於テハ其借賃ニ關スル雙方ノ意思表示(契約ノ申込ト承諾ト)ハ虛僞ノ意思表示ナリ而モ不法ノ目的ヲ有スルモノニ非ス)
舊民法證據編ニハ反對證書 (contre-lettre)ニ關スル規定ヲ揭ケ證書ヲ以テ虛僞ノ意思表示ヲ爲シ且祕密證書即チ反對證書ヲ以テ眞ノ意思ヲ表示シタル場合ニ付テ規定セリ(證五〇乃至五二)然リト雖モ是レ證書アル場合ニ限ル問題ニ非サルカ故ニ新民法ニ於テハ廣ク虛僞ノ意思表示ニ付テ規定セリ
第九十五條 意思表示ハ法律行爲ノ要素ニ錯誤アリタルトキハ無效トス但表意者ニ重大ナル過失アリタルトキハ表意者自ラ其無效ヲ主張スルコトヲ得ス(財三〇九乃至三一一、舊商三〇一)
本條ハ錯誤 ニ關スル規定ナリ錯誤ノ定義ハ既ニ第九十三條ノ下ニ於テ之ヲ下シタルカ故ニ再ヒ玆ニ贅セスト雖モ例ヘハ甲カ子ナル不動產ヲ賣ラントイヒタルヲ乙カ誤解シテ丑ナル不動產ヲ賣ラント欲スルモノト思ヒ之ヲ買フヘキ意思ヲ表示シタルトキハ是レ契約ノ目的ノ錯誤ナリ而シテ乙ノ意思表示ハ錯誤ニヨル意思表示ナリ
羅馬法以來法律ノ錯誤 (erreur de droit, Rechtsirrthum)ト事實ノ錯誤 (erreur de fait, thatsächlicher Irrthum)トヲ別ツヲ例トシ舊民法ニ於テモ亦之ヲ別テリ(財三一一)例ヘハ法律上連帶債務ハ保證人カ負フニ止マルモノト信シタルカコトキハ法律ノ錯誤ニシテ事實上債權者カ連帶債務ヲ負フコトヲ承諾スルカト問イタル保證債務ヲ負フコトヲ承諾スルカト問イタルモノト誤信シテ之ヲ承諾スル旨ヲ答ヘタルカコトキハ事實ノ錯誤ナリ然リト雖モ各人皆法律ヲ知ラサルヘカラストハ法律ヲシラサルヲ口實トシテ其適用ヲ免ルルコトヲ得スト謂フニ過キスシテ到底眞ニ各人カ法律ヲ知ルコトヲ期スヘカラサルハ謂フヲ待タサル所ナリ故ニ近世ノ法律ハ此二者ヲ區別セサル傾向ヲ有セリ新民法モ亦此新主義ヲ採用シ法律ノ錯誤ト事實ノ錯誤トヲ區別セサルコトトセリ但場合ニ因リ法律ヲ知ラサルヲ以テ大過失ト爲スヘキコトアリ此場合ニ於テハ本條ノ但書ノ適用ヲ受クヘキモノトス
錯誤ヲ大別シテ二ト爲スコトヲ得ヘシ一ハ意思ノ欠缺 ニシテ一ハ理由ノ錯誤 (erreur sur le motif,Irrthum in Beweggründen)是ナリ
第一 意思ノ欠缺
錯誤ニ因リテ意思ノ欠缺ヲ生スヘキ場合トハ錯誤ニ因リテ意思ト表示ト合ハサル場合ニシテ即チ本條ニ所謂「法律行爲ノ要素ニ錯誤アル」モノナリ蓋シ何ヲ以テ法律行爲ノ要素ト爲スカハ頗ル議論アル問題ニシテ本條ヲ解釋ニ當リ或ハ人人所見ヲ異ニスルニスルノ恐レナキニ非スト雖モ本法ノ全部ヲ通讀シ立法者ノ眞意ヲ熟考スレハホホ一定ノ解釋ヲ得ヘキモノト信ス而シテ本法ノ採レル主義ニ依レハ法律行爲ノ要素ハ廣義ヲ以テ謂ヘハ行爲ノ目的 (objet,Gegenstand)是ナリ蓋シ法律行爲ハ法律上ノ效力ヲ生セシムルヲ目的トスル意思表示ナルカ故ニ其意思ノ主體タル當事者及ヒ其目的ノ二者共ニ法律行爲ノ要素ナルカコトキ觀アリ甚シキニ至リテハ意思表示ノ相手方モ亦常ニ其要素ナリト誤信スル者ナキヲ保セス然リト雖モコマカニ法理ヲ硏究スレハ當事者ノ意思ハ法律行爲ノ要素ナリト謂フコトヲ得ルモ其意思ヲ表示スル人ノ如何ハ必スシモ之ヲ問ウコトヲ要セス故ニ當事者ノ何人タルカハ一般ニ之ヲ以テ法律行爲ノ要素トハ唯當事者カ表示シタル意思ノ主タル內容則チ當事者カ法律行爲ニ因リテ生セシメント欲スル主タル效力(余カ所謂目的 )是ナリ例ヘハ賣買ニ於テハ買主ハ自己ノ權利ヲ買主ニ移轉シ其代價トシテ買主ヨリ若干ノ金錢ノ所有權ヲ得ント欲シ買イ主ハ金錢ノ所有權ヲ賣主ニ移轉シ以テ賣リ主ノ權利ヲ自已ニ移轉セシメント欲スルナリ而シテ兩人ノ意思ニ於テハ通常相手方ノ誰タルヲ問ハス單ニ某ノ權利ヲ他人ニ移轉シ又ハ自已ニ取得セント欲シ若干ノ金額ヲ得又ハ与エント欲スルニ過キス故ニ賣買ニ於テハ當事者ノ何人タルカハ以テ其要素ト爲スニ足ラス唯某ノ權利ノ移轉、代金ノ支払イ是レ當事者雙方カ賣買ニ因リテ生セシメント欲シタル主タル效力(目的)ニシテ則チ賣買ノ要素ト謂フヘキノミ
又例ヘハ贈与ニ於テ贈与者ハ受贈者ニ或ル權利ヲ移轉センコトヲ欲シ受贈者ハ之ヲ得ンコトヲ欲ス此場合ニ於テハ贈与者ハ相手ヲ選ハス何人ニテモ之ニ某ノ權利ヲ移轉センコトヲ欲スルニ非ス必ス某ノ人ニ其權利ヲ移轉センコトヲ欲スルモノナリ之ニ反シテ受贈者ハ單ニ其權利ヲ取得センコトヲ欲シ通常何人ヨリ之ヲ得ルヲ目的トスルニ非ス故ニ贈与者ノ方ニ於テハ受贈者ノ何人タルカハ法律行爲ノ要素ニシテ受贈者ノ方ニ於テハ贈与者ノ何人タルカハ其要素ニ非ス又例ヘハ債務ノ免除ニ於テ甲カ乙ニ其債務ヲ免除セント欲スルハ其者カ乙ナルカ故ニ然ルヲ常トス故ニ此場合ニ於テハ法律行爲ノ目的ハ單ニ債務ヲ免除スルニ非スシテ乙ヲシテ債務ヲ免レシムルニアリ故ニ相手方ノ何人タルカハ其法律行爲ノ要素ナリ以上述フル所ニ依レハ意思ノ欠缺ヲ生スル錯誤ハ則チ法律行爲ノ目的ヲ錯誤ナリト謂フモ可ナリ然リト雖モ法律行爲ノ目的 ナル語ハ通常欺ク廣義ニ之ヲ用ヒス單ニ法律行爲ノ履行ニ因リ生スヘキ事項又ハ其事項ノ繫カレル物ノミヲ指シテ謂フヲ常トス此意味ヲ以テスレハ法律行爲ノ目的ト當事者トハ常ニ別個ノモノニシテ法律行爲ノヨウソトハ其目的ノ外場合ニ因リテハ當事者ヲモ包含スルモノト謂ハサルコトヲ得ス前例ノ第一ハ目的ノミカ要素ナリト雖モ第二、第三ハ皆目的ト當事者ノ一方即チ相手方トヲ以テ法律行爲ノ要素ヲ成スモノト謂フヘシ
舊民法ハ仏國民法ニ傚ヒ原因(cause)ヲ以テ契約ノ要素トセリ是レ主トシテ契約ニ付テ論スヘキモノナリト雖モ若シ契約ノ要素トシテ原因ヲ認ムル必要アリトセハ他ノ法律行爲ニ於テモ亦之ヲ認ムヘキコト多カルヘシ故ニ之ヲ玆ニ論スルヲ妥當トス
然ルニ右ノ第一例ニ於テ所謂原因ハ我カ輩ノノ謂フ所ノ目的ニ過キス蓋シ賣リ主ノ方ニ於テ惠沢ノ原因タル買イ主カ金錢ヲ支払ウノ義務ハ買イ主ノ方ニ於テ契約ノ目的ニ過キス買イ主ノ方ニ於テ契約ノ原因タル賣リ主カ權利ヲ移轉スルノ義務ハ賣リ主ノ方ニ於テ契約ノ目的ニ過キサルコトハ仏法學者ノ皆認ムルトコトナリ若シシカラハ原因トイヒ目的ト謂フモ唯其觀察者ヲ異ニスルノ名稱ニシテ彼我地ヲ易ウレハ原因モ亦目的ト爲ルコト明カナリ故ニ寧ロ之ヲ目的ト稍〻スルヲ妥當トス殊ニ賣買ニ於テハ當事者各自カ自已ニ義務ヲ負フト同時ニ相手方ニ對シテ權利ヲ取得スヘキコトヲ知レルカユエニ其目的ハ自己ノ義務ト相手方ニ對スル權利トヲ生セシムルニアリト謂フヘシ又第二例及ヒ第三例ニ於テ所謂原因ハ廣義ヲ以テ之ヲイハハ又目的中ニ方眼競ルコト前ニ論シタル所ニ因リテ明カナリト雖モ假令ニ目的爲ルカモ亦其要素タルコトアルモノトシテ可ナリ何ソ必スシモ原因ヲ以テ別個ノ要素ト爲スコトヲ要センヤ是レ本法ニ於テ原因ヲ要素トセサル所以ナリ
世ノ學者皆曰ク法律行爲ノ性質 ニ錯誤アルトキハ意思ノ欠缺アリト(財三〇九、一項)是レ固ヨリナリ然レトモ余ヲ以テ之ヲ觀ルトキハ是レ皆法律行爲ノ目的ニ錯誤アルモノナリ例ヘハ贈与ト賣買トノ錯誤ハ之ヲ贈与ナリト信スル者ハ一方ヨリ權利ヲ移轉スルノミニシテ外ノ一方ヨリ是レカ報償ヲヲ出タスコトナシト思ヒ之ヲ賣買ナリト信スル者ハ一方ヨリ權利ヲ移轉スルノミナラス他ノ一方ヨリ代價ヲ払ウモノナリト思ヒタルニテ契約ノ目的ノ一ナル代價ノ有無ニ付キ錯誤アルモノナリ又例ヘハ賣買ト賃貸借トノ錯誤ハ之ヲ賣買ナリト信スル者ハ一方ヨリ其權利ヲ全ク相手方ニ移轉シ而モ相手方カ支払ウ金錢ハ假令年賦又ハ月賦ヲ以テスルモアエテ者ノ使用ノ對償ニ非サルモノナリト思ヒ之ヲ賃貸色ナリト信スル者ハ一方カ相手方ニ對シテ者ノ使用、收益ヲ爲サシムルノ義務ヲ負フニ止マリ且相手方モ物ノ使用、收益ニ對シテ一定ノ賃金ヲ支払ウモノニシテ若シ其使用、收益ヲ爲スコト得サルトキハ其賃金ヲ払ウコトヲ要セサルモノナリト思ヒタルニテ契約ノ目的全ク齟齬セリト謂ハサルコトヲ得ス(目的物 ヲ以テ直チニ目的 ナリトスル俗論者ハ本文ヲ解スルコト能ハサルヘキモ採ルニ足ラサルコトハ說明ヲ要セスト信スルヲ以テ玆ニ論セス)又例ヘハ連帶ト保證ノ錯誤ハ之ヲ連帶ナリト信スル者ハ之ニ因リテ債務ヲ負担スル者カ他ノ債務者ト共ニ債權者ニ對テ各自唯一ノ債務者タルカ如ク義務ヲ負フモノナリト思ヒ之ヲ保證ナリト信スル者ハ他ニ主タル債務者アリテ其者カ思考ヲ爲ササルトキニ限リ其契約ニ因リテ債務ヲ負担スル者履行ノ責メニ任スヘキモノナリト思ヒタルニテ廣義ヲ以テスレハ又契約ノ目的ニ錯誤アルモノト謂ハサルヘカラス但狹義ヲ以テスレハ契約モノク的ニ錯誤アリト謂フコトヲ得サルヘキヲ以テ此コトキ場合ニ限リ契約ノ性質ニ錯誤アルニ因リ其契約成立セスト謂フモ可ナリ
法律行爲ノ要素即チ廣義ヲ以テスル法律行爲ノ目的ニ錯誤アルトキハ意思全ク欠缺セルモノニシテ所謂意思表示ハ眞ノ意思ノ表示ニ非ス故ニ意思表示ノ原則ヨリ論スレハ此意思表示ハ無效ナラサルコトヲ得ス故ニ理論上ニ於テハ如何ナル場合ニ於テモ法律上ノ效力ヲ有セサルモノトセサルコトヲ得スト雖モ若シ表意者ニ重大ナル過失アルトキハ其表意者ハ不法行爲ノ通則ニ因リ其意思表示ノ無效ナル因リ生スル一切ノ損害ヲ賠償セサルヘカラス然ルニ損害賠償ナルモノハ不確實ナル標準ニ因リテ之ヲ定ムルモノニシテ眞ニ當事者ヲシテ充分ノ賠償ヲ得セシムルコト極メテ難シ故ニ立法者ハ實際ノ便宜ヲ考エ此場合ニ於テハ損害ヲ生セシメタル後之ヲ賠償セシムル代ハリニ其損害ノ原因タル意思表示ノ無效ハ過失アル表意者ヨリ之ヲ對抗スルコトヲ得サルモノトシ以テ損害ヲ生セシメサルコトヲ圖レリ但意思表示ノ當時相手方カ表意者ノ錯誤ニ陷レルコトヲ知レル場合ニ於テハ本條但書ヲ適用スヘキ限ニ非ス蓋シ本條但書ノ規定ハ過失者ニ對シ善意ノ相手方ヲ保護セント欲シタルニ過キサレハナリ唯法文ニ之ヲ名言セサリシハ或ハ欠㸃ナランカ
第二 理由ノ錯誤
論者曰ク然ラス理由ノ錯誤ハ法律上固ヨリ採用スヘキニ非スト雖モ舊民法及ヒ外國多數ノ法律ニ於テ法律行爲ノ取消シノ原因ト認ムル錯誤ハ理由ノ錯誤ニ非スシテ法律行爲ノ原因又ハ之ニ類似スルモノノ上ニ存スル錯誤ナリ例ヘハ物ノ本質ノ錯誤 (erreur sur la subustance)ハ多數ノ國ニ於テ之ヲ法律行爲ノ取消シノ原因トセリ其實例ヲ示サハ金錢ヲ買ハント欲シテ誤チテ眞鍮ノ藥罐ヲ買イタルカコトキハ物ノ本質ニ錯誤アルモノニシテ契約ノ原因又ハ是レト類似セルモノニ錯誤アル場合ナリ故ニ之ヲ契約ノ取消シノ原因トセシナリト余曰ク然ラス金瓶ヲ買フノ意思ヲ明示シテ誤チテ眞鍮ノ藥罐ヲ買イタルカコトキハ是レ目的ニ錯誤アルモノニシテ全ク意思ノ欠缺アルモノト謂ハサルコトヲ得ス此場合ニ於テハ契約ハ其要素ニ錯誤アルヲ以テ無效ナリ之ニ反シテ唯回無視ノ意中ニ於テ眞鍮ノ藥罐ヲ金瓶ナラント臆斷シ是レ錯誤ニ因リテ遂ニ其藥罐ヲ買フニ至リトスルモ是レ唯買イ主カ契約ヲ爲スニ至リタル理由ニ過キスシテ契約ノ目的ノ其藥罐ニアルコトハ毫モ錯誤アルコトナシ故ニ契約ノ要素ニ錯誤アリト謂フコトヲ得ス殊ニ之ヲ以テ契約ノ原因ニ錯誤アリト謂フカコトキハ未タ原因ノ何者タルカヲモ弁ヘサル誤說タルニ過キス故ニ本法ニ於テ物ノ本質ノ錯誤モ亦法律行爲ノ效力ヲ左右スルニ足ラサルモノトシタルハ最モ當然ナル所トス
理由ノ錯誤トシテ何人ト雖モ爭ハサル所モノハ舊民法ニ所謂緣由ノ錯誤 是ナリ(財三〇九、二項)例ヘハ土地ヲ買ハント欲スルニ當リ其近傍ニ鐵道ノ停車場ノ設置アルヘキキオトヲ聞キ始メテ之ヲ買ハント決意シタルニ其風聞ハ訛傳ニシヲ停車場ヲ設置ナキコト判然スルニ至リタルカコトキ是レ何人ト雖モ理由ノ錯誤ニ過キサルモノトシテ法律上何等ノ效力ナキモノタルコトヲ認ムルカコトシ然リト雖モ余ヲ以テ之ヲ視ルトキハ此場合ト前段ノ場合ト毫モ之ヲ區別スルノ理由ナク共ニ緣由ノ錯誤又ハ理由ノ錯誤ト稍〻スヘキカコトシ
第九十六條 詐欺又ハ强迫ニ因ル意思表示ハ之ヲ取消スコトヲ得
或人ニ對スル意思表示ニ付キ第三者カ詐欺ヲ行ヒタル場合ニ於テハ相手方カ其事實ヲ知リタルトキニ限リ其意思表示ヲ取消スコトヲ得
詐欺ニ因ル意思表示ノ取消ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス(財三一二乃至三一七、舊商三〇一)
本條ニ於テハ詐欺 ト强迫 トノ二者ニ關スル規定ヲ設ケタリ請ウ先ツ詐欺ヲ論シ然ル後强迫ヲ論セン
詐欺トハ他人ヲシテ虛僞ノ思考ヲ信セシムルヲ謂フ故ニ假令虛僞ノ事項ヲ臚陳スルモ他人カ之ヲ信セサルトキハ未タ詐欺非ス又詐欺ニヨル意思表示ハ詐欺ニヨル錯誤カ決意ノ原因タラサルヘカラス然ラスンハ意思表示カ詐欺ニヨルモノト謂フコトヲ得サレハナリ例ヘハ甲カ乙ニ對シ其所有ノ土地ヲ賣ラント欲スルニ當リ乙ヲ欺キ其近傍ニ鐵道ノ停車場ノ設置アルヘキコトヲ信セシメタル場合ニ於テ乙カ其事ヲ信シタル爲メ其土地ヲ買ハント決意シ之ヲ買フヘキ意思ヲ表示シタルトキハ其意思表示ハ詐欺ニヨル意思表示ナリト雖モ若シ乙カ其事ヲ信セサルモ必ス同一ノ條件ヲ以テ其土地ヲ買フヘカリシトキハ其意思表示ハ詐欺ニヨル意思表示ニ非サルコト固ヨリ疑ヲ容レサル所ナリ詐欺ニヨル錯誤モ亦法律行爲ノ要素ニ關スルモノト否サルノトアリ甲ハ前條ノ規定ニ因リ向コウナルコト固ヨリ謂フヲ竢タス(詐欺者ハ第七百九條ニ因リ不法行爲者トシテ損害賠償ノ責メニ任スヘキハ勿論ナリ)唯乙ハ如何曰ク詐欺ニヨル錯誤ハ法律行爲ノ要素ニ關セサルモノト雖モ孰レノ國ニ於テモ皆之ヲ意思ノ瑕疵トシヨッテ法律行爲ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ本法ニ於テモ單純ノ錯誤ハ法律行爲ノ要素ニ存スルニ非サレハ之ヲ以テ法律行爲ノ效力ヲ左右スルニ足ラサルモノトスルト雖モ詐欺ニヨル錯誤ハ諸外國ノ例ニ傚ヒ之ヲ以テ法律行爲ノ取消シノ一原因トセリ蓋シ單純ノ錯誤ハ多クハ表意者ノ過失ニ出スルモノニシテ少ナクモ相手方ニ過失アルコトハ稀ナリ故ニ之ニ因リテ法律行爲ヲ取消サシムルトキハ過失者ヲ保護シ却テ過失ナキ者ニ加フルノ結果ニ至ルコト多カルヘシト雖モ他人カ詐欺ヲ行ヒタル場合ニ於テハ表意者ハ或ハ毫モ過失ナク又假令過失アルモ他人ノ非行ニ因リテ錯誤ニ陷リタル者ナリ殊ニ其相手方カ詐欺ヲ行ヒタル場合ニ於テハ其者ハ故意ニ表意者ヲ欺キ以テ自己ノ利ヲ計ル者ナルカ故ニ其行爲ニ因リテ毫モ表意者ニ損害ヲ毫ラシムヘキニ非ス即チ表意者ヲ助ケテ詐欺者ヲ抑エルヘカラス故ニ詐欺ニ逢ヒタル者ハ其法律行爲ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ但舊民法ニ於テハ之ヲ以テ意思ノ瑕疵ト爲サス單ニ「補償ノ名義」ヲ以テ其法律行爲ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリト雖モ此場合ニ於テモ當事者カ充分自由ニ其意思ヲ決シタルモノト謂フコトヲ得サルカ故ニ意思ニ瑕疵アルモノトシ其法律行爲ヲ取消スコトヲ得ルモノトスルハ最モ學理ニ適スル所ニシテ殊ニ法律ニ於テ一旦取消シ權ヲ与エテ而モ法文ニ其性質ヲ明記シ「補償ノ名義云云」ノ文字ヲ加ヘタルカコトキハ法文ノ體裁上又其宜シキヲ得タルモノト謂フヘカラス况ヤ舊民法ノ主義ハ到底遺言ノコトキ相手方ナキ法律行爲ニハ適合セサルモノアルニ於テヲヤ是レ本條ニ於テ單ニ詐欺ニヨル意思表示ハ之ヲ取消スコトヲ得ルモノトセル所以ナリ
相手方ナキ法律行爲ハ何人ノ詐欺ニ因リテ之ヲ爲シタルモ之ヲ取消スコトヲ得レトモ普通ノ場合即チ相手方アル意思表示ニ付テハ其相手方カ詐欺ヲ行フヲ取消シノ必要條件トス是レ他ナシ相手方ナキ意思表示ハ万人ニ對シテ之ヲ爲シタルモノト謂フヘキモ相手方アル意思表示ハ其者ノミニ對シテ爲シタルモノナルカ故ニ其行爲ハ表意者、相手方雙方間ノ行爲ニシテ他人ハ全ク局外者ナリ然ルニ其局外者カ詐欺ヲ行ヒタレハトテ當局者タル相手方カ之ヲ知ラサル以上ハ其行爲ヲ取消シ局外者ノ非行ノ結果ヲ其非行ニ無關係ナル相手方ニ負担セシムルハ非理モ亦甚シキカ故ニ第三者カ詐欺ヲ行ヒタルトキハ以テ意思表示ノ效力ヲ左右スルニ足ラサルヲ原則トシタルナリ唯相手方カ法律行爲ノ當時其詐欺ヲ知リタル場合ニ於テハ表意者カ自由ニ其意思ヲ表示シタルニ非サルヲ知ルヘク且證據ヲ提出スルコトハ難カルヘキモ多クハ詐欺者ト通謀シテ詐欺ヲ行ハシメタルモノナルヘキカ故ニ此場合ニ於テ其意思表示ヲ取消スモ相手方ハ不慮ノ損害ヲ毫ルコトナカルヘシ是レ本條第二項ノ規定アル所以ナリ
以上ノ區別ヲ以テ詐欺ニヨル意思表示ハ之ヲ取消スコトヲ得ヘシト雖モ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス是レ他ナシ詐欺ナルモノハ詐欺者ト被詐欺者トノ間ノ事實ニシテ第三者ハ之ヲ知ラサルコト多キハ固ヨリナリ故ニ之ヲ知ラサルヲ以テ第三者ヲ責ムルコト能ハス之ニ反シテ君子モ欺クヘシト雖モ嚴格ニ之ヲ謂ヘハ被詐欺者ハ多少ノ過失アルコト多シ然ルニ今法律行爲ヲ取消ストキハ善意ノ第三者カ損失ヲ被ムルヘク之ヲ取消ササレハ被詐欺者カ損失ヲ被ムルヘキ場合ニ於テハ寧ロ第三者ヲ保護シテ被詐欺者ヲ顧ミサルヲ至當トス是レ本條第三項ニ於テ「詐欺ニヨル意思表示ノ取消シハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得サル」モノトシタル所以ナリ例ヘハ甲カ乙ノ詐欺ニ因リ之ニ其所有ノ家屋ヲ賣却シタル場合ニ於テ乙カ直チニ之ヲ丙ニ轉賣シタリトセンニ若シ丙ニシテ其詐欺アリタルコトヲ知リテ之ヲ買イタルトキハ甲ハ丙ニ對シテモ其乙ニ對スル賣買ヲ取消シ以テ其家屋ヲ取リ戾スコトヲ得ルト雖モ若シ丙ニシテ其詐欺アリタルコトヲ知ラスシテ之ヲ買イタルトキハ甲ハ單ニ乙ニ對シテ賣買ヲ取消シ之ニ迫ルニ家屋ヲ返戾スヘキヲ以テスルコトヲ得ルニ止マリ若シ乙カ丙ヨリ其家屋ヲ買イ戾スコトヲ得サルトキハ唯之ヲシテ損害ノ賠償ヲ爲サシムルコトヲ得ルニ過キサルヘシ
本條ノ規定ハ詐欺取財ノ場合ニモ往往適用ヲ視ルコトアルヘシ例ヘハ甲カ乙商人ヲ欺キ某大家ノ主人タルコトヲ信セシメ某商品ヲ購入センコトヲ申シ込ミタルニ乙ハ甲カ大家ノ主人タルコトヲ信シタルカ故ニ之ヲ承諾シタリトセンニ若シ甲ニ眞ニ賣買ヲ爲ス意思爲シトセハ詐欺取財ノ罪ヲ構成スヘキコト蓋シ疑ヲ容レス(其意思アルモ詐欺取財ヲ構成スヘシトスル者アレト雖モ余ハ取ラス)然ルニ此場合ニ於テ乙ノ意思表示ニハ要素ノ錯誤ナク唯理由ノ錯誤アリ而シテ其錯誤ハ詐欺ニヨルカ故ニ本條ノ適用アルヘキコトハ論ヲ待タサルカコトシ唯甲ハ全ク賣買ヲ爲ス意思ナキコトヲ前提トスルカ故ニ契約ハ成立セサルカ如ク見ユルモ第九十三條ノ規定ニ因リ甲ノ意思表示ハ有效ナリト謂ハサルヲ得ス故ニ若シ乙ニ於テ其意思表示ヲ取消スニ非サレハ契約正ニ成立シ取消シ權モ時トシテハ既ニ時效ニ罹レルコトナシトセス(一二六)是レ立法論トシテハ余カ取ラサルトコトナルコト既ニ論シタルカコトシ(二一三頁)
意思ト表示ト合ハサル場合ノ第四ヲ强迫 ノ場合トス强迫ノ定義ハ既ニ第九十三條ノ下ニ於テ之ヲ下シタルカ故ニ再ヒ玆ニ贅セス强迫モ之ヲ細別シテ二ト爲ス第一意思ノ欠缺 、第二自由ノ欠缺 是ナリ
第一 意思ノ欠缺
例ヘハ甲カ乙ニ對シ白刃ヲ提ケ某ノ意思表示ヲ爲スヘキコトヲ迫リ若シ聽カサレハ一刀ノ下ニ身首處ヲ異ニスヘキコト明カナル場合ニ於テ乙ハ毫モ其意思爲シト雖モ表面其意思アルモノノ如ク裝イ假ニ意思表示ヲ爲ス濡子ヲ過タエタリトセンニ是レ全ク意思ナキモノニシテ本法ニ於テハ此場合ニ付キ毫モ規定スル所爲シ(但九三ノ適用ニ因リ單ニ之ヲ取消スコトヲ得ルニ止マルコト尠カラサルヘシ)
第二 自由ノ欠缺
例ヘハ前例ニ於テ乙ハ其意思表示ノ自已ニ不利益ナル程度ト今甲ノ毒刃ノ下ニ倒ルルノ不利益トヲ比較シ寧ロ後者ヲ棄テテ前者ヲ取ルノ愈レルニ如カサルヲ思ヒ其不利益ナル意思表示ヲ爲スニ決意シタルトキハ是レ固ヨリ意思爲シト謂フヘカラス然リト雖モ此意思タルヤ他ノ强迫ニ因リ已ムコトヲ得スシテ之ヲ決シタルモノニシテ所謂意思ノ自由ヲ欠ケルモノナリ此場合ニ於テハ前例ニ於ケルカ如ク法律行爲全ク成立セサルニ非スト雖モ而モ法律ハ表意者ニ与ウルニ其意思表示ヲ取消スノ權ヲ以テセリ是レ固ヨリ當然ノ事ニシテ何レノ國ニ於テモ皆同シキ所ナリ而シテ詐欺ノ場合ニ於テハ表意者ニ多少ノ過失アルコト多キモ强迫ノ場合ニ於テハ毫モ表意者ニ過失アルコトナク殊ニ意思ノ不完全ナル程度モ亦大ニ異ナルヲ以テ强迫ハ何人カ之ヲ行フモ何人ニ對シテモ之ヲ援用スルコトヲ得ヘシ
恐喝取財及ヒ强盜ノ場合ニ於テモ本條ノ適用アルヘキカコトキモ蓋シ實際其場合ヲ生セサルヘシ例ヘハ甲カ乙ヲ恐喝シテ其財產ヲ自已ニ讓渡サシメタル場合ニ於テハ其讓渡行爲ハ不法ノ目的ヲ有スル爲メ無效ナリ(九〇)何トナレハ甲カ其財產ノ讓渡ヲ受ケサレハ乙ノ惡事、醜行ヲ摘發スヘシト恐喝シタリトセンカ其摘發其物カ不法ナルカ故ニ之ヲ爲ササル報酬トシテ受ケタル讓渡モ亦不法ナリ甲カ其讓渡ヲ受ケサレハ乙ノ犯罪ヲ吿發スヘシト恐喝シタリトセンカ犯罪ノ吿發ハ公ノ秩序ニ關スルモノナルカ故ニ報酬ヲ獲テ吿發權ヲ抛棄スルカコトキハ固ヨリ不法ナリ從テ其財產ノ讓渡モ亦不法ナリ甲カ其讓渡ヲ得サレハ乙ニ危害ヲ加ヘント恐喝シタリトセンカ其不法ナルコトハ更ニ蝶蝶ヲ待タサルヘケレハナリ(是等ノ場合ニ於テハ不法ノ原因恐喝者ノミニ在ルカ故ニ第七百八條ニ因リ其財產ノ返還ヲ拒ミ得ル場合ニ非ス)又例ヘハ强盜カ被害者ヲ强迫シテ其財產ヲ讓渡サシメタル場合ニ於テハ被害者ニ讓渡ノ意思ナキコトヲ前提トスルカ故ニ(然ラスンハ恐喝取財ト爲ルヘキモノトス)其意思表示ハ無效ナリ而シテ强盜ハ被害者ニ讓渡ノ意思ナキコトヲ知リ得ヘキモノト視ルヘキカ故ニ第九十三條但書ノ規定ニ因リ同條本文ノ適用ナキモノトス
强迫ハ畏怖 ヲ生ス故ニ强迫其物ハ意思ノ瑕疵ニ非スシテ畏怖即チ意思ノ瑕疵ナリトハ學者ノ夙ニ唱道スル所、法理上固ヨリ正確ノ論ト謂ハサルコトヲ得ス之ニ於テカ凡ソ畏怖ニ因リテ意思表示ヲ爲シタル者ハ其意思表示ヲ取消スコトヲ得ルモノトスヘシト主張スル者アリ例ヘハ火災ニ際シ二階又ナ三階ニ在ル者下室ニ火アリテ階段ヲ下ルコト能ハス然レトモ窻ヨリ跳下セハ重傷ヲ負フノ恐レアリ之ニ於テ路人ニ呼ハリテ曰ク今吾ヲ救下スル者アランニハ吾之ニ千金ヲ与エン者ハ救助者ニ千金ヲ与エサルモ可ナリト謂フ者アリ是レ余カ採ラサル所ニシテ又本法ノ容レサル所ナリ蓋シ其者ハ此場合ニ於テ畏怖心ノ爲メ充分ノ自由ヲ有セサリシト雖モ而モ千金ヲ与ウル意思ハ當時ニ存セシ謂ハサルコトヲ得ス而シテ之ヲ救イタル者ハ其千金ヲ得ンカ爲メニ自ラ危險ヲ冒シテ之ヲ救イタル者ニシテ後日之ニ千金ヲ与ウルコトヲ要セストセハ誰カ復タ此コトキ場合ニ於テ危難ニ陷レル者ヲ救ウ者アランヤ他人ノ暴行、强迫ニ因リ畏怖心ヲ生シタル場合ニ於テハ單ニ其畏怖心アルカ爲メニ意思ノ瑕疵ヲ生スルニ非スシテ他人ノ不法行爲ノ爲メニ意思ノ自由ヲ有セサリシヲ以テ意思表示ノ取消シヲユルスナリ故ニ天災ノ爲メ意思ノ自由ヲ有セサルカコトキハ法律上之ヲ問ウコトヲ要セス但畏怖最モ甚タシクシテ全ク心神ノ錯亂ヲ來シタル場合ニ於テハ意思ノ欠缺ヨリ法律行爲ノ成立セサルコトハ固ヨリ論ヲ竢タス又千金ヲ与ウルノ眞意ナキモ他人ヲ欺キ以テ自己ヲ救助セシメント欲シタル場合ニ於テハ第九十三條ノ規定ニ因リ意思表示ノ效力ヲ認メサルヘカラサルコト又明カナリ(舊民法財三一三、二項、三項ニ於テハ天災ニヨル自由ノ欠缺ヲ以テ無效又ハ取消シノ原因トセシモ是レ余カ取ラサル所ナリ但舊民法財三〇九乃至三一一ニ於ケルカ如ク理由ノ錯誤ヲ以テ取消シノ原因トスル以上ハ天災ニヨル自由ノ欠缺モ亦之ヲ取消シノ原因トスル理ナキニ非サルナリ)
二 隔地者ニ對スル意思表示
第九十七條 隔地者ニ對スル意思表示ハ其通知ノ相手方ニ到達シタル時ヨリ其效力ヲ生ス
表意者カ通知ヲ發シタル後ニ死亡シ又ハ能力ヲ失フモ意思表示ハ之カ爲メニ其效力ヲ妨ケラルルコトナシ(五二六、財三〇八、舊商二九五、二九七、二九八)
本條ハ隔地者ニ對スル意思表示カ其效力ヲ生スヘキ時期ヲ定メタルモノナリ蓋シ此問題ニ付テハ從來發信主義 (système de l'expédition,Uebermittelungstheorie-外ニ表示主義 〔système de la déclaration,Aeusserungstheorie〕ナルモノアリテ單ニ意思ヲ表白スルノミニテ可ナリトスルモ其取ルニ足ラサルコト明カナリ)ト了知主義 (systèmede l'information, Vernehmungstheorie)トアリテ發信主義ヒ於テハ意思表示ノ通知ヲ發スルト同時ニ其效力發生スヘキモノトシ了知主義ニ於テハ相手方カ其意思表示ヲ知レル時ニ始メテ其效力ヲ生スヘキモノトセリ而シテ了知主義ノ變體トシテ受信主義 (systèmede la réception, Empfangstheorie)ヲ採ル者又尠カラス受信主義ハ相手方カ意思表示ノ通知ヲ受ケタル時ニ其效力ヲ生スルモノトスルニ在リ思フニ了知主義ハ阿一切相手方カ其意思表示ヲ知レルヤ否ヤヲ隔地スルコト能ハス動モスレハ相手方ノ利益ニ從ヒ既ニ知レル者ヲ知ラスト僞ルモ其ハンタイヲ證明スルコト極メテ難キノ幣アリ故ニ理論上此主義ヲ可ナリトスル者モ實際其不便ナルコトヲ認メテ寧ロ其變體ナル受信主義ヲ採ルニ至レル者多キカコトシ
本條ニ於テハ意思表示ノ原則トシテハ受信主義ヲ採レリ蓋シ理論上ニ於テハ雙方ノ主義氷炭相容レサルモノニシテ到底之ヲ調和スルコト能ハスト雖モ立法者必スシモ理論ニ偏セス專ラ實際ノ便宜ヲ間換ヘ規定ヲ設クルカ故ニ本條ニ於テ理論上孰レノ說ヲ可ナリトシタルカハ之ヲ斷言スルコトヲ能ハス余ノ信スル所ニ依レハ理論上ニ於テモ亦實際上ニ於テモ發信主義ヲ採ルヲ可トスヘキカコトシ蓋シ意思表示ハ表意者ノ行爲ナリ故ニ表意者カ自己ノ權內ニ在ル事ヲ爲シ盡セハ其行爲即チ意思表示ハ完成スルモノト爲ササルコトヲ得ス而シテ表意者ノ行爲ノ發信ノ時ニ終ハルモノト視ルヘキカ故ニ其時ニ於テ意思表示其效力ヲ生スルモノトスヘキハ灼然トシテ明カナリ論者或ハ曰ハン意思表示ハ以テ其意思ヲ他人ニシラ紙面カ爲メタリ故ニヤ人之ヲ知ルニ非サレハ未タ表示終ハレリト謂フコトヲ得スト然リト雖モ他人カ之ヲ知ルト否トハ事實上結果ニ過キスシテ是レ行爲ノ一部ヲ成スヘキ事項ニ非ス故ニタトエ意思ヲ發表スルモ之ヲ相手方ニ知ラシムヘキ方法ヲ採ルニ非サレハ未タ以テ相手方ニ對スル意思表示ト爲スニ足ラスト雖モ既ニ表意者ニ於テ之ヲ相手方ニ知ラシムル爲メ適當ノ方法ヲ行ヒ終ハルトキハ意思表示ハ既ニ完成セルモノト爲ササルコトヲ得ス故ニ理論上ハ發信主義ノ正當ニシテ了知主義ハ又ハ受信主義ノ不當ナルコトハ余カ信シテ疑ハサル所ナリ
更ニ眼ヲ轉シテ實際ノ便否ヲ考ウルニ發信主義ハ取引ヲ迅速ナラシムルノ利アリ殊ニ行爲ノ性質ニ因リ到底發信主義ヲ採ラサルコトヲ得サルモノアリ例ヘハ第十九條ニ於テ無能力者ノ保護ハ全ク有名無實ト爲リ終ハルノ虞アリ又株式會社ニ於テ株主總會ノ招集ノコトキハ到底發信主義ヲ執ルニ非サレハ實際株主總會ヲ開クコト能ハサル場合多カルヘシ(商一五六、一項、又民六二、三八二、三項等ノ場合ニモ受信主義ノ不便ヲ視ル爲リ)
余カ信シル所ハ洵ニ此コトシト雖モ此說ハ不幸ニシテ我カ民法ニ容ルル所トナラス本條ニ於テハ明カニ受信主義ヲ採レリ是レ余カ甚タ遺憾トスル所ナリ然リト雖モ本條ハ決シテ學理ヲ一定シタルニ非ス唯實際ノ便宜上此主義ヲ採ルヲ可トシタルニ過キサルモノト信ス今其理由ヲ尋ヌルニ單獨行爲ナル催吿、通知等ハ大抵相手方ニ到達シタル後始メテ其效力ヲ生セルモノトスルニ非サレハ全ク其目的ヲ達スルコト能ハス而シテ法律行爲ノ種類因リ謂ヘハ此種ノ行爲尠カラサルカ故ニ寧ロ法律行爲ノ通則トシテハ受信主義ヲ採ルヲ優レルトスト謂フニアルカコトシ而シテ法律行爲ノ最モ重要ナルモノ即チ契約ノ承諾ニ付テハ本法ニ於テモナタ發信主義ヲ採レルコトハ第五百二十六條ノ明文ニヨッテ明カナリ(商法ニ於テハ槪シテ發信主義ヲ取リ到ル所「通知ヲ發スル」ノ語アリ故ニ實際ニ於テハ本條ノ原則ハ却テ例外タルノ奇觀ヲ呈セリ)蓋シ法律行爲中最モ重要トスル所ノ契約ニ關シ殊ニ受信主義、發信主義ノ議論ノ焦㸃タル契約ノ承諾ニ付テ既ニ發信主義ヲ採ル以上ハ法律行爲ノ通則トシテ受信主義ヲ採ルハ法文ノ體裁又其宜シキヲ得サルカコトシト雖モ是レ自ラ立法論ニ屬スルヲ以テ敢テ深ク論セス尙ホ隔地者間ノ契約ニ付テハ第三編ニ於テ多イニ論スル所アルヘシ(受信主義ヲ以テ了知主義ノ變體トセス却テ發信主義ノ變體トスル論者ナキニ非スト雖モ固ヨリ通說ニ非サルカ故ニ今玆ニ論セス)
一旦發信主義採ル以上ハ其當然ノ結果トシテ表意者カ意思表示ノ通知ヲ發シタル後ニ死亡シ又ハ能力ヲ失ヒタルトキハ其意思表示カ效力ヲ發生スヘキ時ニ於テ既ニ表意者ナク從テ意思表示ノ根本タル意思アルコトナク又ハ表意者アリト雖モ既ニ能力ヲ失ヒ其意思表示ハ無能力者ノ意思表示タルニ過キサルカ故ニ全ク無效タルカ又ハ之ヲ取消スコトヲ得スンハアルヘカラス然リト雖モ是レ是レ實際ニ不便ナル所ニシテ殊ニ相手方ハ意思表示ノ通知ヲ受ケタル時ニ表意者カ死亡シ又ハ能力ヲ失ヒタルコトヲ知ラサルカ爲メ意思表示ノ效力發生スヘキコトヲ信セシニ後日ニ至リシカラサルコトヲ發見スルヲ常トスルカ故ニ往往不慮ノ損害ヲウクルコトアルヘシ是レ本條第二項ニ於テ特ニ例外ヲ設ケ意思表示ハ其力ヲ妨ケラルルコトナキモノトセリ故ニ此場合ニ於テハ立法者モ發信主義ノ利ヲ認メタルモノト言フモカナリ
本條ニ隔地者 (absent, Abwesender)ト謂フハ必スシモ遠隔ノ地ニ在ル者ヲ指スニ非ス唯對話者 (présent,Anwesender)ニ對シテ用ヒタル語ナリ蓋シ對話ノ場合ヲ除ク外當事者ハ必ス多少ノ土地ヲ隔ツルヲ常トスルヲ以テシカ謂ヘルナリ然レトモ細カニ之ヲ論セレハ法律行爲成立ノ土地ニ重キヲ置ク場合ニ於テハ假令電話等ニ因リ意思ヲ表示シ其發信ノトキト受信ノトキトヲ區別シカタキトキト雖モ苟モ距離アレハ尙ホ之ヲ隔地者間ノ意思表示ト視ルヘキ法律行爲成立ノ時日ニ重キヲオク場合ニ於テハ土地ノ距離如何ヲ問ハス(稀ニハ一室內ニアル物モ亦隔地者タリ)發信ノトキト受信ノトキトノ間ニ多少ノ時日ヲ要スルトキハ之ヲ隔地者間ノ意思表示ト視ルヘキモノトス而シテ隔地者ノ文字ヲ用チユル場合ハ第二ノ意義ヲ以テスルモノオオキカコトシ(例五二四、商二七〇)
三 無能力者ニ對スル意思表示
第九十八條 意思表示ノ相手方カ之ヲ受ケタル時ニ未成年者又ハ禁治產者ナリシトキハ其意思表示ヲ以テ之ニ對抗スルコトヲ得ス但其法定代理人カ之ヲ知リタル後ハ此限ニ在ラス
本條ハ無能力者ニ對スル意思表示ニ關スル規定ナリ蓋シ自ラ法律行爲ヲ爲スノ能力ニ付テハ既ニ第一章ニ於テ之ヲ論シタリト雖モ他人カ無能力者ニ對シテ爲ス所ノ法律行爲ニ付テハ未タ之ヲ論セサリシナリ然ルニ此行爲ニシテ無能力者ニ對シ充分ノ效力ヲ生スヘキモノトスルトキハ無能力者ヲ保護スル法律ノ精神ニ戾ルモノト謂フヘシ是レ本條ノ規定アリ所以ナリ
本條ニ於テハ一切ノ無能力者ニ付テ規定セスシテ單ニ未成年者及ヒ禁治產者ニ付テ規定セリ其然ルユエンノモノハ他ナシ準禁治產者及ヒ妻ハ一切ノ行爲ニ付テ無能力ナルニ非ス唯重大ナル行爲ニ付テノミ保佐人又ハ夫ノ同意ヲ要スルモノナリ故ニ其準禁治產者又ハ妻カ自ラ爲ス法律行爲ニ非スシテ他人カ之ニ對シテ爲ス法律行爲ニ付テハ普通人ト異ナルコトナシトスルモ敢テ支障アルコトナシ之ニ反シテ未成年者及ヒ禁治產者ハ一般ニ無能力ナル者ニシテ獨斷ニテハ殆ト何事ヲモ爲シ得ス故ニ他人カ之ニ對シテ爲ス所ノ法律行爲ニ付テモ其相手方タル能力ナキモノトスルヲ當然トス例ヘハ他人カ之ニ對シテ契約ノ申シ込ミ、催吿通知等ヲ爲スモ其能力者ハ是ヨリ生スル不利益ヲ受クルコトナキモノトス(一一四、一四七、一號、四〇九、一項、四一二、三項、四六七、四九三、五〇六、五四〇、五四一、五四七、五五六、六一七、六二一、六二六、六二七、六三一、一〇八九、一一一〇、一一二九、商四〇、一項、七八、二項、八〇、二項、一五二、一五三、二七一、一八六、一項、二八七、三〇一、一項、三四五、二項、三四六、二項、四七六、四八八、二項、五四八、二項等參觀)
右ノ規定ハ素ト無能力者ヲ保護センカ爲メニ設ケタルモノナリ故ニ第三者ハ之ニ因リテ利益ヲ毫ルコトアルヘカラス例ヘハ右ノ申シ込ミ、催吿、通知等カ自已ニ不利益ナル場合ニ於テ其無效ヲ唱ヘテ不利益ヲ免ルルコト能ハス是レ第百二十條ニ於テ無能力者カ爲シタル法律行爲ハ無能力者ニ於テノミ之ヲ取消スコトヲ得テ相手方ヨリ之ヲ取消スコトヲ得サルモノトシタルト同シク本條ニ於テモ右ノ申シ込ミ、催吿、通知等ハ無能力者ヨリ其無效ナルコトヲ主張スルコトヲ得ルニ止マリ敢テ表意者ヨリ之ヲ得サルモノトセリ是レ「其意思表示ヲ以テ之ニ對抗スルコトヲ得ス」ト謂ヘル所以ナリ
以上ハ無能力者カ他人ノ意思表示ヲ受ケタルノミニシテ其法定代理人カ之ヲ知ラサル場合ニ於テ付テ謂ヘルモノナリ若シ其法定代理人ニシテ之ヲ知レルトキハ又無能力者ヲ保護スルノ要爲シ是レ本條但書ノ規定アル所以ナリ
契約ノ承諾其法律カ例外トシテ發信主義ヲ取リタル行爲ニ付テモ亦本條ノ適用アルヘキカ曰ク否此場合ニ於テハ意思表示ノ通知ヲ發スルノミニテ法律上ノ效力アルモノナルカ故ニ其到達ノ時ニ於テ相手方カ能力者タルト無能力者タルトヲ問ウヘキニ非サルナリ但立法論トシテハ多少ノ欠㸃アルヲ免レサルカコトシ
第三節 代理
本節ニ於テハ法定代理 ト委任代理 トヲ併セテ規定セリ蓋シ當事者ハ代理人ニ因リテ法律行爲ヲ爲スコトヲ得サルヤ否ヤ、若シ之ヲ爲スコトヲ得ルモノトセハ其代理人カ爲シタル意思表示ノ效力如何、其代理人ノ權限代理權ノ消滅原因等ハ法定代理ニモ通スル問題ナレハナリ但本節ニハ代理其物ニ關スル規定ノミヲ設ケタルモノニシテ代理人カ本人ニ對シテ果シテ如何ナル權利ヲ有シ如何ナル義務ヲ負フカハ敢テ本節ノ規定スル所ニ非ス是レハ各種ノ法定代理ニ關スル規定及ヒ委任ニ關スル規定ニ因リテ明カナル所ナリ
玆ニ法定代理 ト謂フハ法律カ直接ニ代理權ヲ与ウル場合ト裁判所カ法律ノ規定ニ因リテ特ニ代理人ヲ選任スル場合ト法律ニ定メタル他ノ機關カ之ヲ選任スル場合トヲ併セテ包含スルモノナリ蓋シ右ノ孰レノ場合ニ於テモ代理權ハ直接又ハ間接ニ法律行爲ノ規定ヨリ生スルモノナレハナリ
委任カ代理權發生ノ原因足ルコトハ既ニ之ヲ述ヘタリト雖モ委任カ常ニ對利權ヲ生スルニハ非ス例ヘハ委任者ノ爲メニアル法律行爲ヲ爲スヘキコトヲ受任者ニ委託シ而モ受任者ハ自己ノ名義ヲ以テ其行爲ヲ爲シ唯其效果ヲ委任者ニ移スヘキコトアリ(六四三、六四六)又稀ニハ委任者カ法律行爲ノ效果ヲ受ケサルコトアリ例ヘハ甲カ乙ニ委任シテ丙ニ金錢ヲ貸与セシムルカコトキ是ナリ要スルニ委任カ代理權ヲ生スルハ委任者ノ名義ヲ以テアル法律行爲ヲ爲スヘキ旨ヲ受任者ニ委託シタル場合ニ限ルナリ
以上論スル所ニ依レハ代理ニ付テハ必ス三ツノ法律關係ヲ生ス本人ト第三者トノ關係一ハ本人ト代理人トノ關係又ハ一ハ第三者ト代理人トノ關係是ナリ而シテ玆ンニ謂フ所ノ代理ハ右ノ第一ノ關係ノミヲ謂ヘルモノナリ唯便宜上第三ノ關係ヲ併セテ規定セルノミ蓋シ代理トハ仏語ノ「ルフレサンタシヨン」(représentation)獨語ノ「フェルトレートゥンク」(Vertretung)ニシテ本人ノ爲メニ代理人カ爲シ又ハ代理人ニ對シテ爲シタル意思表示カ本人カ爲シ又ハ本人ニ對シテ足シタルト同一ノ效力ヲ有スルヲ謂ヘルナリ若シ是レ本人カ代理人ニ對シ如何ナル義務ヲ負イ又代理人カ本人ニ對シ如何ナル義務ヲ負フカハ毫モ代理其物ニ關セサルモノニシテ他ノ雇傭、請負等ノ關係ト殆ト異ナル所非ス此二關係ヲ區別スル刃法理上最モ必要ニシテ且實際ニ於テモ頗ル便利ナル所ナリ然ルニ羅馬法ニ於テハ原則トシテハ此純然タル代理ナルモノヲ認メス近世ノ法律ニ至リテハ右ノ二關係ヲ混淆シテ之ヲ規定シ委任契約ニ付テ合ハセ得テ純然タル代理ノコトヲモ規定スルモノ多シ是レ夙ニ識者ノ遺憾トセシ所ナリ今ヤ新式ノ立法例ニ傚ヒ法律行爲ノ總則中ニ代理ノ一節ヲ設ケタルハ實ニ至當ノ事ト謂ハサルコトヲ得ス
第九十九條 代理人カ其權限內ニ於テ本人ノ爲メニスルコトヲ示シテ爲シタル意思表示ハ直接ニ本人ニ對シテ其效力ヲ生ス
前項ノ規定ハ第三者カ代理人ニ對シテ爲シタル意思表示ニ之ヲ準用ス(人一九七、取二二九、一項、二四四、二五〇、一項、商二六六、舊商四八、五一、一項、一〇八、三四二、六年六月十八日吿二一五號代人規則一、二)
代理トハ代理人カ本人ニ代ハリテ又ハ之ニ對シテ第三者カ爲シタル意思表示カ本人ニ對シテ恰モ本人自ラ之ヲ爲シ又ハ本人ニ對シテ之ヲ爲シタルカ如ク效力ヲ生スルヲ謂ヘルコト既ニ述ヘタルカコトシ唯代理カ此效力ヲ生スルニハ如何ナル條件ヲ要スルカハ學說及ヒ立法例共ニ一致セサル所ナリ我カ商法第二百六十六條ノコトキハ唯代理人カ本人ノ爲メニ法律行爲ヲ爲スヲ以テ足レリトシ敢テ本人ノ名ヲ以テ之ヲ爲スコトヲ必要トセス(舊商二四二、是レ頗ル實際ニ便利ナル所ニシテ世ノ進運ニ伴ヒ漸漸此主義ヲ採用スルニ至ルヘキハ余カ信シテ疑ハサル所ナリ然リト雖モ民法ニ於テハ各國ノ立法例及ヒ學說大抵皆此主義ヲ採ラス代理人カ本人ノ爲メニ法律行爲ヲ爲スノミニテハ未タ足レリトセス必ス本人ノ名ヲ以テ之ヲ爲スコトヲ要スルモノトセリ本條ニ於テハ此普通說ヲ採リ本人ノ爲メニスルコトヲ示シテ意思表示ヲ爲スコトヲ必要トセリ但次條ノ規定ニ因リ大ニ此主義ノ不便ヲ矯メテ實際ニ支障尠カラシメタリ
以上ハ代理人カ其權限內ニ於テ法律行爲ヲ爲ス場合ニ付テ謂ヘルモノナリ蓋シ代理人カ其權限ヲ踰越スルトキハ又眞ノ代理人ニ非ス故ニ代理關係ヲ生スルコトナキヲ原則トス尙ホ後ノ第百十三條以下ニ至リ論スル所アルヘシ
右ハ代理人カ意思表示ヲ爲ス場合ニ付テ論シタリ謂フ是ヨリ第三者カ代理人ニ對シテ意思表示ヲ爲ス場合ニ付テ論セン例ヘハ第三者カ代理人ニ對シ催吿、追認、債務ノ免除、契約ノ申シ込ミ等ヲ爲シナル場合ニ於テモ亦前段ニ論スル所ト同シカラサルコトヲ得ス即チ第三者カ代理人ノ權限內ノ事項ニ付キ本人ノ爲メニスヘキコトヲ示シテ右ニ揭ケタルカコトキ意思表示ヲ爲シタルトキハ其意思表示ハ直接ニ本人ニ對シテ其效力ヲ生スルモノトス
第百條 代理人カ本人ノ爲メニスルコトヲ示サスシテ爲シタル意思表示ハ自己ノ爲メニ之ヲ爲シタルモノト看做ス但相手方カ其本人ノ爲メニスルコトヲ知リ又ハ之ヲ知ルコトヲ得ヘカリシトキハ前條第一項ノ規定ヲ準用ス(人一九七、取二二九、二項、商二六六、舊商四八、五一、一項、一〇八、三四二)
本條ハ代理人カ前條ノ條件ヲ充タサスシテ意思表示ヲ爲シタル場合ニ付テ規定セリ蓋シ一旦本人ノ爲メニスルコトヲ示スヲ以テ代理ノ要素トスル以上ハ若シ此條件ヲ欠ケハ又代理アルコトナシ故ニ純理ヨリ之ヲ謂ヘハ代理人カ本人ノ爲メニスル意思ヲ以テ而モ其本人ノ爲メニスルコトヲ示サスシテ一ノ意思表示ヲ爲シタルトキハ代理ナキカ故ニ其意思表示ハ本人ニ對シテ效力ヲ生スルコトヲ得ス然リト雖モ此如クンハ第三者ハ動モスレハ不慮ノ損害ヲ毫リ取引ノ安全ヲ害スルコト實ニ尠カラサルヘシ甲カ乙ニ對シテ一ノ意思表示ヲ爲スニ當リ特ニ其丙ノ爲メニスルコトヲ示ササルトキハ乙ハ甲カ自己ノ爲メニ此意思表示ヲ爲スモノト信スルハ固ヨリ當然ニシテ社會ノ實質ニ照ラシテ之ヲ觀ルモ十ノ八九ハ皆然リ然ルニ甲カ其意中ニ於テ丙ノ爲メニスルコトヲ思ヒテ意思表示ヲ爲シタル爲メ其意思表示カ乙ニ對シテ全然無效ト爲ランニハニ乙ノ失望眞ニ想ウヘシ本條ハ玆ニ視ル所アリテ凡ソ代理人カ本人ノ爲メニスルコトヲ示サスシテ爲シタル法律行爲ハ其意思ノ眞ニ自己ノ爲メニスルニ在ルトヲ問ハス總テ自己ノ爲メニ之ヲ爲シタルモノト看做シ以テ第三者ヲ保護セント欲シタリ(九三參觀)但相手方カ偶然代理人ノ本人ノ爲メニスル意思アルコトヲ知ルニ足ルヘキトキハ右ノ規定ニヨラス全然代理ノ效力アルヘキモノトセリ例ヘハ代理人カ意思表示ヲ爲ス當時ニ在リテハ本人ノ爲メニスルコトヲ示サスト雖モ其前ニ在リテ相手方カ他人ヨリ其代理人ノ本人ノ爲メニ其意思表示ヲ爲スヘキ旨ヲ傳聞セシカ又ハ其代理人カ本人ノ後見人若クハ番頭ニシテ常ニ本人ニ代ハリテ法律行爲ヲ爲セルコトハ相手方ノ既ニ熟知セル所ナリトセンニ若シ其法律行爲カ本人ノ職業ニ屬スルモノナルカ爲メ又ハ其目的ノ價額巨大ニシテ本人ノ資產ニハ應スルモ代理人ノ資產ニハ應セサルカコトキ事情ノ爲メ假令其代理人カ本人ノ爲メニスルコトヲ明示セサルモ其本人ノ爲メニスル意思殆ト明瞭ナル場合ニ於テハ假令相手方カ此意思ヲ知レル明證ナキモ尙ホ代理ノ效力ヲ生スヘキモノトセリ此規定ニ因リテ前條ニ採リタル主義ノ隘狹ニ失スル所ヲ補エリト謂フヘシ
第百一條 意思表示ノ效力カ意思ノ欠缺、詐欺、强迫又ハ或事情ヲ知リタルコト若クハ之ヲ知ラサル過失アリタルコトニ因リテ影響ヲ受クヘキ場合ニ於テ其事實ノ有無ハ代理人ニ付キ之ヲ定ム
特定ノ法律行爲ヲ爲スコトヲ委託セラレタル場合ニ於テ代理人カ本人ノ指圖ニ從ヒ其行爲ヲ爲シタルトキハ本人ハ其自ラ知リタル事情ニ付キ代理人ノ不知ヲ主張スルコトヲ得ス其過失ニ因リテ知ラサリシ事情ニ付キ亦同シ
代理人カ本人ニ代ハリテ一ノ法律行爲ヲ爲スニ當リテハ唯本人ノ意思ヲ相手方ニ通スル機械ト爲リ法律上全ク代理人ノ意思ヲ認メサルカ曰ク然ラス本人ノ意思ヲ相手方ニモタラスニ過キサル者ハ我カ所謂代理人 ニ非ス我カ所謂代理人ハ自己ノ意思ヲ以テ法律行爲ヲ爲シ其法律行爲ハ全ク代理人ノ法律行爲ナリト雖モ唯其效力ニ至リテハ恰モ本人カ之ヲ爲シタルト同シク直接本人ニ對シテ生スヘキモノトスルニ過キス故ニ其意思表示ハ代理人ノ意思ノ表示ニシテ本人ノ意思ノ表示ニ非ス從テ意思ノ狀態ニ因リ法律行爲ノ效力ニ影響ヲ及ホスヘキ場合ニ於テハ代理人ノ意思ニ付テ之ヲ判斷セサルヘカラス例ヘハ例ヘハ代理人ノ意思カ錯誤又ハ强迫ノ爲メニ全ク欠缺セルカ、詐欺若クハ强迫ニ因リテ其意思ニ瑕疵アルカ、第九十三條ノ場合ニ於テ代理人カ相手方タル表意者ノ眞意ヲ知リ若クハ知ルコトヲウヘカリシトキハ其意思表示ハ或ハ無效ト爲リ或ハ取消シウヘキモノト爲リ敢テ本人ノ意思ヒカンヲ問ハサルナリ又假令本人ノ意思ニ付キ上ニ述ヘタルカコトキ事情アルモ苟モ代理人ノ意思ニシテ完全無欠ナランニハ毫モ法律行爲ノ效力ニ影響ヲ及ホスコトナシ(本人カ代理人ニ代理權ヲ与エタルトキニハ其意思ニ瑕疵ナカリシモノト假定スヘシ)是レ本條第一項ノ規定スル所ナリ
右ハ一般ノ原則ナリ之ニ一ノ例外ナキ能ハス他ナシ特定ノ法律行爲ニ付キ本人カ代理人ニ委任ヲ爲スニ當リ別段ノ指圖ヲ爲シ代理人之ニ因リテ其法律行爲ヲ爲シタリトセンニ原則ハ普通ノ場合ト異ナルコトナシト雖モ若シ本人カ自ラ知リ又ハ其過失ニ因リテ知ラサル事情アルトキハ假令代理人ハ之ヲ知ラス又ハ之ヲ知ラサルニ付キ過失ナキモ本人ハ其知ラサリシ事又ハ知リ得サリシコトヲ主張スルコトヲ得ス例ヘハ第九十三條ノ場合ニ於テ相手方カ其眞意ニ非サル契約ノ申シ込ミヲ爲シタルコトヲ知リ又ハ之ヲ知リウヘキニ拘ハラス特ニ代理人ニ委任スルニ其申シ込ミノ承諾ヲ爲スヘキ旨ヲ以テシタリトセンニ其代理人ハ假令右事情ヲ知ラサルモ第九十三條但書ノ適用ニ因リ其契約ハ成立スルコト能ハス是レ本條第二項ノ規定スル所ナリ
第百二條 代理人ハ能力者タルコトヲ要セス(取二三四、六年六月十八日吿二一五號代人規則三、九年四月一日吿四四號)
一旦代理人ハ本人ノ意思ヲ相手方ニモタラスニ非スシテ自己ノ意思ニ因リテ法律行爲ヲ爲スモノトスル以上ハ代理人ハ充分ノ行爲能力ヲ有スルヲ必要トスルカコトシト雖若然ラス蓋シ無能力ノ規定ハ以テ無能力者ヲ保護センカ爲メタリ然ルニ代理人ノ爲シタル法律行爲ハ直接ニ本人ニ對シテ效力ヲ生スヘキモノニシテ代理關係ノ㸃ノミ因リ觀察スルトキハ其行爲ハ代理人ニ對シテ何等ノ效力ヲモ生スルコトナシ故ニ無能力者ト雖モ代理人タルコトヲ得ルナリ但左ノ二㸃ニ注意スルコトヲ要ス
第一 玆ニ謂フ所ノ無能力者ハ意志能力ヲ欠ケルモノヲ謂フニ非ス蓋シ代理人ハ自己ノ意思ヲ以テ法律行爲ヲ爲スカ故ニ意思ナキモノハ代理人タルコト能ハス故ニ玆ニ無能力者ト謂フハ意志能力ヲ具ウルモノニシテ例ヘハ相當ノ年齡ニ達シタル未成年者、一時本心ニ復セル禁治產者、準禁治產者又ハ妻ノコトキヲ謂フ
第二 玆ニ論スル所ハ唯代理關係ノ㸃ノミ因リ觀察シタルモノニシテ本人ト代 理人トノ關係ニ於テハ若シ代理人カ無能力者ナルトキハ一般ノ規定ニ從ヒ保護ヲ受クヘキモノトス例ヘハ代理人カ委任ニ因リ代理ヲ爲スニ當リ其過失ニ因リテ本人ニ損害ヲ加ヘタル場合ニ於テハ原則トシテハ本人ニ對シテ責任ヲ負フヘシト雖モ其代理人ハ無能力ナルカ故ニ一般ノ規定ニ因リ委任契約ヲ取消シ以テ其責任ヲ免ルルコトヲ得ヘシ故ニ本條ノ意義ハ唯無能力者タル代理人カ爲シタル法律行爲モ能力者タル代理人カ爲シタル法律行爲ノ如ク本人ニ對シテ直接ニ效力ヲ生スヘキ事ヲ謂ヘルニ過キス(尙ホ一一七、二項ヲ看ヨ)
第百三條 權限ノ定ナキ代理人ハ左ノ行爲ノミヲ爲ス權限ヲ有ス
一 保存行爲
二 代理ノ目的タル物又ハ權利ノ性質ヲ變セサル範圍內ニ於テ其利用又ハ改良ヲ目的トスル行爲(人一九三、二七二、取一二四、二項、二三二、二項、六年六月十八日吿二一五號代人規則四)
本條ハ法律、裁判上ノ命令又ハ委任契約中ニ代理人ノ權限ヲ定メサリシ場合ニ於テ其代理人カ如何ナル權限ヲ有スヘキカヲ規定セリ此場合ニ於テハ從來代理人ハ管理行爲 (acte d'administration)ノミヲ爲ス權限ヲ有スルモノトスルヲ常トス然リト雖モ管理行爲ナル語ハ頗ル漠然トシテ動モスレハ其誤解ヲ異ニスルコトアリ故ニ本條ニ於テハ所謂管理行爲中ニ包含スヘキ行爲ノ種類ヲ列擧シ以テ爭ヲ未發ニ防カント欲シタリ而シテ本條ニ列擧セル所ハ從來多數ノ學者ノ認ムル所ニシテ最モ穩當トスヘキカコトシ左ニ一二ノ例ヲ揭ケテ本條ノ意義ヲ說明セン
第一 保存行爲(acteconservatoires)トハ例ヘハ急ヲ要スル修繕、時效ノ中斷、權利ノ登記等ナリ
第二 「利用又ハ改良ヲ目的トスル行爲」トハ例ヘハ金錢ヲ銀行ニ寄託シ以テ利殖ヲ謀リテ不動產ヲ他人ニ賃貸シ又ハ之ヲ耕作スルノ類(利用)及ヒ不動產ニ相當ノ裝飾ヲ施シ以テ其價額ヲ高メ、其保存ニ必要ナラサル修繕ニシテ物ノ價格ヲ付加スヘキモノノ類(改良)是ナリ是等ハ皆物又ハ權利ノ性質ヲ變セサルカ故ニ可ナリト雖モ例ヘハ木材ヲ以テ家屋ヲ建築シ(物ノ利用)山野ヲ開拓シ田畝ト爲シ(物ノ改良)公債ヲ賣却シテ金錢ニ換ヘ(權利ノ利用)薄利ノ株式ヲ配當多額ノ株式ニ易ウル(權利ノ改良)カコトキハ皆權利ノ性質ヲ變スルモノナルカ故ニ管理行爲ノ範囲ニ屬セサルナリ
第百四條 委任ニ因ル代理人ハ本人ノ許諾ヲ得タルトキ又ハ已ムコトヲ得サル事由アルトキニ非サレハ復代理人ヲ選任スルコトヲ得ス(取二三五、舊商四七、三四七)
代理人ハ復代理人 ヲ選任スルコトヲ得ルヤ否ヤハ從來學說、立法例共ニ分カルル所ニシテ舊民法ニハ之ヲ選任スルコトヲ得ルヲ原則トシ(取二三五)舊商法ニハ之ヲ選任ルツコトヲ得サルヲ原則トセリ(舊商三四七)蓋シ代理ノ性質ヨリ謂フトキハ舊商法ノ主義之ニシテ民法ノ主義非ナルカコトシ何トナレハ代理ハ其人ヲ信用シテ之ニ代理權ヲ与ウルモノナルカ故ニ其信用シタル人ニ非サル者ヲシテ之ニ代ハラスシムルハ初代理權ヲ与エタル本旨ニ違エハナリ然リト雖モ實際ノ便宜ヨリ論スルトキハ舊民法ノ主義之ニシテ舊商法ノ主義非サルカコトシ何トナレハ代理人ハ必スシモ自信ニ一切ノ行爲ヲ爲スヘキモノトセハ其負担ソクフル重クシテ實際耐エ難キコト多ク爲メニ容易ニ代理ヲ承諾スルコト能ハス且代理人カ自ラ行爲ヲ爲サン因リハ他ノ者ヲシテ之ヲ爲サシムルヲ利アリト信スル場合ニ於テモ尙ホ自ラ之ヲ爲ササルヘカラス爲メニ代理ノ利益ヲシテ十分全ウカラシムル事能ハサル場合少爲シトセサルヘシ此如クンハ余ノ進運ニ從ヒ取引ノ頻繁ニ赴クト共ニ代理ノ需要益多キヲ加フルニ及ヒ漸ク其不便ヲ感スルニ至ルヘケレハナリ故ニ余カ信スル所ニ依レハ法律ノ傾向ハ漸漸舊民法ノ主義ヲ取ルニ在ルカコトシ然レトモ新民法ニ於テハ姑ク代理ノ性質ニ因リテ委任ニヨル代理ニ付テハ舊商法ノ主義ヲ採用シ唯法定代理(裁判所其他ノ機關カ選任スル者ヲモ含ム)ニ付テノミ舊民法ノ主義ヲ採用セリ本條ハ先ツ委任ニヨル代理ニ付テ規定シ原則トシテハ復代理ヲ許ササル事ヲ示セリ
然リト雖モ(第一)右ノ規定ハ敢テ公益上ノ規定ニ非ス故ニ本人ノ許諾アルトキハ復代理人ヲ選任スルコトヲ得ヘク(第二)已ムヲ得サル必要アルトキハ又之ヲ選任スルコトヲ得ヘシ例ヘハ訴訟ニ付キ弁護士ヲ備イ、一大商店ヲ管理スルニ當リ一人又ハ數人ノ番頭、手代ヲ使用スルカコトキハ實ニ必要已ムヲ得サルモノニシテ假令特ニ本人ノ許諾ナキモ當然之ヲ許シタルモノト認メサルコトヲ得サルナリ(商三〇、二項參觀)
第百五條 代理人カ前條ノ場合ニ於テ復代理人ヲ選任シタルトキハ選任及ヒ監督ニ付キ本人ニ對シテ其責ニ任ス
代理人カ本人ノ指名ニ從ヒテ復代理人ヲ選任シタルトキハ其不適任又ハ不誠實ナルコトヲ知リテ之ヲ本人ニ通知シ又ハ之ヲ解任スルコトヲ怠リタルニ非サレハ其責ニ任セス(取二三五)
本條ハ前條ノ規定ニ從ヒ例外トシテ復代理人ヲ選任シタル場合ニ付キ代理人ノ責任ヲ示シタルモノナリ蓋シ代理人カ復代理人ヲ選任スルニ當リテハ自己ノ判斷ヲ以テ其人ヲ選ヒ之ニ任スルモノナルカ故ニ其者ノ行爲ニ付キ相當ノ責任ヲ負フヘキハ固ヨリ論ヲ待タサル所ナリ然リト雖モ亦退イテ考ウルトキハ本人既ニ復代理人ヲ選任スルコトヲ許セサルカ又ハ事情忌ムコトヲ得スシテ之ヲ選任シタルモノナルカ故ニ其代理人ノ責任ヲシテ甚タ重カラシムルコト能ハス之ニ於テカ本條ハ代理人ノ責任ヲ以テ復代理人ノ選任及ヒ監督ニ關スル過失ノミニ止メ苟モ適當ノ人ヲ選任シ其監督ヲ怠ラサリシ以上ハ復代理人ニ過失アリテ爲メニ本人ニ損害ヲ加ヘタリトスルモ其復代理人ハ本人ニ對シテ責任ヲ負フヘシト雖モ(一〇七、二項)代理人ハ之ニ付テ毫モ責任ヲ負フコトナキナリ
右ハ普通ノ場合ニ付テ論シタル所ナリト雖モ若シ本人カ復代理人ヲ指名シテ之ヲ選ハシメタル場合ニ於テハ代理人ハ全ク其責任ヲ免レスンハアルヘカラス唯代理人ハ未タ其代理權ヲ失ハサルカ故ニ復代理人ニ對シテ多少ノ監督義務ヲ負フヘキモノトスルハ固ヨリ當然ナリ故ニ其復代理人カ不適任ニシテ到底其事ニ堪エサルカ又ハ不誠實ニシテ動モスレハ本人ノ利益ヲ害スル虞アルコトヲ知レルトキハ之ヲ本人ニ通知シ又ハ急迫ノ場合ニ於テハ直チニ之ヲ解任セサルヘカラス若シ代理人ニシテ此義務ヲ怠ラハ固ヨリ其責メニ任セサルコトヲ得サルナリ
第百六條 法定代理人ハ其責任ヲ以テ復代理人ヲ選任スルコトヲ得但已ムコトヲ得サル事由アリタルトキハ前條第一項ニ定メタル責任ノミヲ負フ(人一九〇、二項、取二三五、十六年一月二十九日內務省指一、同年四月十七日同省指、十九年十月六日司法省指、二十五年七月同省指、二十七年十二月十九日大審院判決)
本條ハ法定代理ニ付テ規定セルモノニシテ法定代理人ハ委任ニヨル代理人ト異ナリ原則トシテ復代理人ヲ選任スルコトヲ得ルモノトセリ是レ他ナシ委任ニヨル代理人ハ若シ復代理人ヲ選任スルコトヲ有益ト認ムルトキハ直チニ本人ノ許諾ヲ請ウコトヲ得ルト雖モ法定代理人ニ在リテハ本人ノ許諾ヲ得ルコト能ハサルカ故ニ假令之ヲ有益ナリトスルモ其許可ヲ求ムルニ由爲シ然ルニ法定代理ハ多クハ總括的ニシテ一人ニテ一切ノ事ヲ處弁スルハ頗ル困難ナルコト多シ故ニ法定代理ニ於テハ委任ニヨル代理ト正反對ノ原則ヲ採用シタルナリ(上ニ引用セル內務、司法兩省ノ指令及ヒ大審院判決ハ後見人ニ付キ其總理代人ヲ使用スルコトヲ得ルモノトセリ)但法人ノ理事ニ付テハ特ニ其責任ヲ重クシ特定ノ行爲ニ付テノミ復代理ヲ許セリ(五五)
右ニ述フル所ニ因リ法定代理人ハ自由ニ復代理ヲ選任スルコトヲ得ルカ故ニ其責任モ亦從テ重カラサルコトヲ得ス即チ唯復代理ノ選任及ヒ監督ニ付テノミ其ノ責メニ任セスシテ其復代理委任カ爲シタル一切ノ行爲ニ付キ恰モ自己カ之ヲ爲シタルカ如ク責任ヲ負ハサルヘカラス然ラスンハ法定代理人ハミタリニ復代理人ヲ選任シテ其責メヲ免レンコトヲ計ルニ至リ遂ニ其弊ニ堪エサルヘケレハナリ但第百四條ノ下ニ於テ例示セルカコトキ已ムコトヲ得サル事由アリタルトキハ敢テ委任ニヨル代理人ヨリモ重キ責任ヲ負フヘキ理由非サルカ故ニ前條第一項ニ定メタル如ク唯復代理人ノ選任及ヒ監督ニ付テノミ責任ヲ負フモノトセリ
第百七條 復代理人ハ其權限內ノ行爲ニ付キ本人ヲ代表ス
復代理人ハ本人及ヒ第三者ニ對シテ代理人ト同一ノ權利義務ヲ有ス(取二三六)
本條ハ復代理ノ性質ニ付テ規定セリ蓋シ復代理人ハ單ニ代理人ノ代理人タルニ過キタルカ又直接ニ本人ノ代理人タルモノト看做スヘキカハ學理上少少疑問ニ屬スルモノナリト雖モ本條ニ於テハ復代理人ヲ以テ直接ニ本人ヲ代表スヘキ者トシ以テ實際ノ便利ヲ計レリ故ニ復代理人カ「其權限內ニ置イテ本人ノ爲メニスルコトヲ示シテ爲シタル意思表示ハ直接ニ本人ニ對シテ其效力ヲ生ス」ルコト毫モ代理人カ爲シタル意思表示ニ異ナルコトナシ但其復代理人ハ自己ノ權限內ニ於テ行爲ヲ爲スコトヲ要ス例ヘハ代理人ハ處分行爲ヲ爲ス權限ヲ有スル場合ニ於テモ若シ復代理人ニ管理行爲ヲ爲ス權限ノミヲ与エタルトキハ其復代理人カ爲シタル處分行爲ハ直チニ本人ニ對シテ效力ヲ生スルコトナキナリ
右ハ復代理人カ本人ヲ代理スル㸃ニ付テ論シタリ請ウ是ヨリ復代理人カ本人及ヒ第三者ニ對シテ有スヘキ權利義務ヲ論セン純理ヨリ之ヲ謂ヘハ復代理人ハ第三者ニ對シテハ代理人ト同一ノ權利義務ヲ有スヘキコト殆ト疑ヲ容レスト雖モ本人ニ對シテハ如何ナル權利義務ヲモ有セサルモノトスヘキカコトシ蓋シ兩人ノ間ニハ如何ナル法律行爲ヲモ爲シタルニ非サレハナリ然リト雖モ是レ頗ル實際ニ不便ナルノミナラス代理人カ復代理人ヲ選任スルコトヲ得ル場合ニ於テハ是レ亦其權限內ノ行爲ナルカ故ニ本人ニ代ハリテ之ヲ選任シタルモノト謂ハサルコトヲ得ス故ニ本條ニ於テハ復代理人ヲ以テ代理人ト同一ノ權利義務ヲ有スル者トセリ例ヘハ代理人ノ權限カ委任ヨリ生シタル場合ニ於テハ復代理人ハ本人ニ對シテ其委任ヨリ生スル權利ヲ行使スルコトヲ得受任者ノ負フヘキ義務ヲ負フヘキモノトス尙ホ代理人カ其權限內ニ於テ復代理人ヲ選任シタルトキハ其間ニ委任契約成立スヘク而シテ本人ニ代ハリテ之ヲ爲シタルモノナルカ故ニ其委任契約ノ效力ハ直接ニ本人ニ對シテ生スルコトヲ疑ヲ容レス隨ッテ復代理人ハ本條ノ規定ノ外其委任契約ヨリ生スル權利義務ヲ有スヘキモノトス
以上論スル所ハ純然タル復代理人ニシテ代理人ハ依然其代理權ヲ失ハサル場合ナリ若シ然ラスシテ第一ノ代理人カ其代理權ヲ第二ノ代理人ニ移轉シ自己ハ全ク代理關係ヲ脫スル場合ニ於テハ一切右ニ述ヘタル所ヲ適用スルコト能ハス是レ委任者ノ承諾アレハ固ヨリ爲スコトヲ得ヘキ所ナリト雖モ委任者ノ承諾ナケレハ決シテ代理人ノ爲シ得サル所ナリ余ノ學者往往ニシテ此場合ト復代理ノ場合トヲ混同スルカ故ニ玆ニ一言スルコト然リ
第百八條 何人ト雖モ同一ノ法律行爲ニ付キ其相手方ノ代理人ト爲リ又ハ當事者雙方ノ代理人ト爲ルコトヲ得ス但債務ノ履行ニ付テハ此限ニ在ラス(人一九九、取三七、商三一七、舊商四〇七、四二九、一項)
代理人トハ素ト一意專心ニ本人ノ利益ヲ計ルヘキ者ナルニ代理人トシテ自己ノ法律行爲ヲ爲ストキハ自己ノ利益ヲ計レハ本人ノ利益ヲ害スル恐レアリ本人ノ利益ヲ計レハ自已ニ不利益ナル結果ヲ生スル虞アリ此場合ニ於テハ義ナラント欲セハ損シ利セント欲セハ義ナラス代理人ハ頗ル困難ナル位置ニ立タサルコトヲ得ス故ニ法律ヲ以テ是レト禁シ同一ノ法律行爲ニ付キ同時ニ自己ノ資格ト他人ノ資格トヲ以テ當事者雙方ヲ兼ヌルコトヲ得サルモノトシタルナリ
右ハ代理人カ同時ニ當事者雙方ノ代理人タル場合ニ於テモ亦同シキ所ナリ蓋シ一方ノ代理ヲ全ウシ其利益ヲ計ラント欲セハ勢ヒ他ノ一方ノ代理ノ義務ヲ怠リ之ヲ害スルノ虞アリ故ニ此場合ニ於テモ當事者雙方ヲ兼ヌルコトヲ得サルモノトセリ
以上論スル所ハ一人ニシテ利益相反スル當事者雙方ノ資格ヲ兼ヌルコトヲ得サルモノトスルニ在ルカ故ニ若シ一ノ法律行爲ニ付テ當事者雙方ノ利益相反スルノ恐レナキ場合ニ於テハ雙方ノ資格ヲ兼ヌルコトヲ許スモ敢テ弊害アルヲ見ス故ニ本條但書ニ於テ債務ノ履行ニ付テハ雙方ノ資格ヲ兼ヌルコトヲ得サルモノトセリ蓋シ債務ノ履行ハ其目的ノ實行ニ外ナラス然ルニ其目的ハ初ヨリ一定セルカ故ニ其實行ニ付キ雙方ノ利害隘衝突スルコトナキモノト視サルヘカラサレハナリ
第百九條 第三者ニ對シテ他人ニ代理權ヲ與ヘタル旨ヲ表示シタル者ハ其代理權ノ範圍內ニ於テ其他人ト第三者トノ間ニ爲シタル行爲ニ付キ其責ニ任ス(取二〇、三號)
本條ノ解釋ニ付テハ或ハ議論ヲ惹起スヘシト雖モ余カ信スル所ニ依レハ本條ノ規定ハ全ク公益規定ニシテ第三者ヲ保護スルヲ以テ其目的トセルモノナリ請ウ之ヲ左ニ詳論セン
本人カ第三者ニ對シテ某ヲ自己ノ代理人トスヘキ旨ヲ表示シタルトキハ假令某ニ對シテ代理ヲ委任セスト雖モ第三者ハ必ス委任シタルモノト信スヘキハ固ヨリニシテ若シ此場合ニ於テ第三者カ本人ノ通知ヲ信シテ其某ト法律行爲ヲ爲シタルニ後日其某カ代理ノ委任ヲ受ケサリシニ因リ其法律行爲ハ本人ニ對シテ毫モ效力ヲ生スルコトナキモノトセハ第三者カ受クヘキ損害實ニ鮮少ニ非サルヘシ此如クンハタヤスク人言ヲ信シテ取引ヲ爲スコト能ハス爲メニ取引ノ圓滑ヲ妨クル虞アリ故ニ本條ニ於テハ第三者ト其某トノ間ニ爲シタル法律行爲ハ本人ニ於テ必ス之ヲ履行スル責メヲ負フヘキモノトセリ然リト雖モ是レカ爲メニ其某ハ純然タル代理人トナリ所謂代理關係ナルモノ發生スヘキコトヲ認メタルニ非ス是レ余カ本條ノ規定ヲ以テ一ノ公益委呈ニ過キスト謂フ所以ナリ
或ハ問ハン本條ヲ以テ第三者ヲ保護スルヲ目的トスルモノトセハ善意者ノミヲ保護スヘキニ本條ニ於テハ善意、惡意ヲ別タサルモノ如何ト答ヘ曰ク善意、惡意ヲ別ツハ實際ニ困難ナルノミナラス本人ノ通知アリタル當時ハ第三者未タ委任非サルコトヲ知レルモ本人其通知ヲ爲ス以上ハ直チニ代理人ト委任契約ヲ締結スヘキコトヲ信スルヲ通例トスヘキカ故ニ此場合ニ於テモ亦第三者ヲ保護スル必要アレハナリト
或ハ曰ク本條ハ獨逸民法ニオイルカ如ク本人ノ單獨行爲ヲ以テ代理權ヲ授与スルコトヲ得ヘキ旨ヲ定メタルモノタリト是レ誤レリ(第一)本條ニ於テハ單ニ本人カ第三者ニ對シテ責任ヲ負フヘキ旨ヲ定ムルニスキスシテ本人カ權利ヲ得ヘキコトヲ定メス然ルニ代理ナルモノハ以テ本人ヲシテ義務ヲ負ハシムルコトアルト同時ニ又權利ヲ得シムルコトアルモノナリ(九九參考)然レトモ本條ノ規定ハ本人ヨリ其權利ヲ取得シタリト主張スルコトヲ許スモノニ非ス故ニ本條ノ規定ヲ以テ本人ノ單獨行爲ニ因リテ代理權ヲ授与スルコトヲ認メタルモノト爲スコトヲ得ス(第二)若シ此條ニシテ獨逸民法ト同一ノ意味ヲ以テ規定シタルモノトセハ必ス同民法ノ如ク之ヲ明言スヘキノミ何ソ本條ノコトキ迂遠、曖昧ナル字句ヲ用ヒンヤ殊ニ代理權ノ發生ニ關スル規定ナランニハ本節ノ首部ニ之ヲ揭ケルヘキハ當然ノ順序ナルニ代理人ノ權限問ウニ付キ詳細ノ規定ヲ揭ケタル後代理人ノ權限外ノ行爲ニ關スル規定ノ前ニ之ヲ置キタルヲ視ルモ亦其代理權發生ニ關スル規定ニ非サルヲ知ルヘシ况ヤ爾後ノ箇條ニ於テ毫モ單獨行動ヲ以テ代理權ヲ授与スルコトヲ得ヘキ旨ヲ認メタリト推測スヘキ明文ナク却テ其反對ヲ證スルニ足ルヘキモノ尠カラサルニ於テヲヤ例ヘハ第百四條乃至第百六條ニ於テハ委任ニヨル代理人ト法定代理トニ付キ復代理ヲ許スヤ否ヤヲ規定スルニ止マレリ然ルニ委任 トハ第三編第二章第十節ニ規定スル所ノモノニシテ一ノ契約ナリ故ニ單獨行爲ヲ以テ授与シタル代理權ハ委任ニヨル代理權ニ非サルコト固ヨリ謂フヲ竢タス若シシカラハ復代理ヲ許サスヤ否ヤノ問題ニ付キ單獨行爲ニヨル代理人ニ關シテハ全ク規定ヲ欠ケル者ト謂ハサルコトヲ得ス又第百十一條ニ於テハ代理權ノ消滅原因ヲ揭クルニ當リ一般ノ消滅原因トシテハ唯「本人ノ死亡」ト「代理人ノ死亡、禁治產又ハ破產」トノミヲ揭ケ其他ノ消滅原因ヲ示サス唯「委任ニヨル代理權ハ委任ノ終了ニ因リテ消滅スヘキ旨ヲ附言セリ隨ッテ委任者ノ意思ニ因リ手代理權ヲ消滅セシムルコトヲ得ヘシ(六五一)然ルニ若シ單獨行爲ニ因リ手代理權ヲ授与スルコトヲ認メハ又必ス本人ノ意思ノミニ因リテ其代理權ヲ消滅セシムルコトヲ得セシメスンハアルヘカラス故ニ獨逸民法ノコトキハ特ニ其規定ヲ設ケタリ然ルニ第百十一條ニハ之ヲ揭ケサルカ故ニ單獨行爲ニ因リテ授与シタル代理權ハ本人ノ意思ヲ以テ消滅セシムルコトヲ得スルモノト言ハサルヘカラス然リト雖モ本人ト代理人トノ契約ニ因リ手生シタル代理權ニシテ且本人ノミノ意思ヲ以テ之ヲ消滅セシムルコトヲ得ヘキニ本人ノ意思ノミニ因リテ授与シタル代理權ハ以テ其意思ヲ以テ之ヲ消滅セシムルコトヲ得スト謂フハ實ニ了解ニ苦シム所ナリ故ニ反對論者ト雖モ明文ナキニ拘ハラス本人ハ其意思ヲ以テ右ノ代理權ヲ消滅セシムルコトヲ得ルモノトセルカコトシ然レトモ第百十一條ノ明文ハ決シテ此解釋ヲ許サス以テ立法者カ單獨行爲ニヨル代理權ノ授与ヲ認メサルヲ生スルニ足ルヘシ(第三)若シ單獨行爲ヲ以テ代理權ヲ授与スルコトヲ許スモノトセハ必ス獨逸民法ノ如ク代理人ニ對スル意思表示ヲ以テモ亦之ヲ授与スルコトヲ得ルモノトセサルヘカラス(反對說ハアレトモ)現ニ第三者ニ對スル意思表示ハ未タ以テ代理權ヲ授与スルニ足ラスシテ唯代理人ニ對スル意思表示ノミ此效力アリトスル學說ナキニ非ス然ルニ却テ第三者ニ對スル意思示ノミニ付キ本條ノ規定アルハ適ニ以テ論者ノ說ノ據ロナキヲショウセルニ足ルヘキカ(第四)本條ノ意義論者ノ說ク所ノ如クンハ敢テ「代理權ヲ与エタ ル旨ヲ表示シタルモノ」ト云ハスシテ「必ス代理權ヲ与ウル旨ヲ表示シタル者」ト謂ハサルヘカラス是レ亦單獨行動ヲ以テ代理權ヲ与ウルコトヲ許ササルコトヲ生スルニ足ラン
之ヲ要スルニ本條ノ場合ニ於テ若シ本人カ其代理人トシテ第三者ニ吿知シタルモノト第三者トノ間ニ爲シタル法律行爲カ本人ニ對シテ全ク無效ナルモノトセハ本人ハ不法行爲ニ因リ手第三者ニ損害ヲ加フル者ナリ故ニ第七百九條ノ規定ニ因リ本人ハ第三者ニ對シテ損害賠償ノ責メニ任セサルヘカラス然リト雖モ損害賠償ナルモノハ頗ル不確實ナルモノニシテ往往實損害ヲ償ウニ足ラサルコトアルカ故ニ立法者ハ特ニ第三者ヲ保護シ本人ヲシテ其法律行爲ニ付キ責メヲ負ハシメ以テ損害ヲ未タ生セサルニ妨キタルナリ
本條ノ規定ハ一定ノ第三者ニ對シテ他人ニ代理權ヲ与エタル旨ヲ表示シタル場合ト廣吿等ニ因リ一般ノ第三者ニ對シテ之ヲ表示シタル場合トヲ包含スルモノト解スルヲ妥當トス
第百十條 代理人カ其權限外ノ行爲ヲ爲シタル場合ニ於テ第三者カ其權限アリト信スヘキ正當ノ理由ヲ有セシトキハ前條ノ規定ヲ準用ス(取二五〇、二項三號、舊商五二、五三、三四四、四一六)
本條モ亦前條ト同一ノ精神ニ出タルモノニシテ善意ノ第三者ヲ保護センカ爲メニ設ケタル公益規定ナリ蓋シ代理人カ其權限ヲ越エテ爲シタル法律行爲ハ全ク代理權ナクシテ爲シタルモノナルカ故ニ此行爲ニ付テハ毫モ代理關係ナク本人ハ第九十九條ニ因リテ責任ヲ負フコトヲ要セサルモノナリ然リト雖モ若シ第三者ニシテ特ニ代理人ニ其權限アルモノト信スルニ足ルヘキ正當ノ理由ヲ有スルトキハ本人ニ責任ヲ負ハシメ以テ其第三者ヲ保護スルニ非サレハ取引ノ安全得テ期スヘカラス例ヘハ代理人カ從來同種ノ法律行爲ヲ爲シタル場合ニ本人ハ之ヲ承諾シ嘗テ其履行ヲ拒ミタルコトナク又ハ慣習上ノ同種ノ代理人カ其權限ヲ有スル場合ノコトキ即チ是ナリ
或ハ曰ハン右ノ場合ニ於テハ第三者ハ其權限アリト信スル正當ノ理由アリトスルモ是レ固ヨリ自己ノ疎漏ニ出ツルモノナリ蓋シ代理人ト法律行爲ヲ爲スモノハ必ス先ツ其權限ヲ調査シ然ル後法律行爲ヲ爲サスンハアルヘカラス然ルニ此場合ニ於テハ第三者ハ其調査ヲ爲ササル過失アル者ナリ之ニ反シテ本人ハ敢テ過失アルモノト認ムルコトヲ得ス然リ而シテ其過失アル第三者ヲ保護シテ却テ過失ナキ本人ヲ保護セサルハ頗ル權衡ヲ得サルカコトシト曰ク然ラス第三者カ代理人ト法律行爲ヲ爲ス每ニ一一其權限ヲ調査スルカコトキハ實際其煩ニ堪エサル所ナリ故ニ前ニ例示セル場合ノコトキハ第三者カ代理人ニ權限ナキコトヲ知ラサリシヲ以テ其過失ト認ムルコト能ハス之ニ反シテ本人ハ權限ヲ守ラサルカコトキ不誠實ナル代理人ヲ選任スルノ過失アリト謂フコト得ヘシ故ニ寧ロ第三者ヲ保護シ本人ヲシテ責メヲ負ハシメ以テ取引ノ安全ヲ保タント欲シタルナリ此理由アルヲ以テ本條ノ規定ハ各國大抵皆之ヲ採用セリ
第百十一條 代理權ハ左ノ事由ニ因リテ消滅ス
一 本人ノ死亡
二 代理人ノ死亡、禁治產又ハ破產
此他委任ニ因ル代理權ハ委任ノ終了ニ因リテ消滅ス(六五一、六五三、人二〇二、取二五一、商四〇、二六八、舊商四三、三四六、四〇八、四六七)
本條ハ代理權ノ消滅ノ原因ヲ定メタルモノナリ而シテ第一項ニ於テハ各種ノ代理權即チ委任ニヨル代理權及ヒ法定代理ノ消滅ニ通スル規定ヲ設ケ第二項ニ於テハ特ニ委任ニヨル代理權ニ關スル規定ヲ置ケリ本條第一項ノ規定ハ實ニ當然ニシテ殆ト說明ヲ要セサルカコトシ蓋シ委任ニヨル代理權ハ素ト信用ニ基ツケルモノニシテ本人ハ代理人カ死亡シタルトキハ其相續人ニ於テ從來ノ關係ヲ維持スヘキモノト爲スコトヲ得ス又法定代理ニ於テモ大抵本人ノ一身ニ付キ代理人ヲ設クルモノナルカ故ニ本人ノ死亡ニ因リテ其代理權消滅スルモノトスルハ固ヨリ當然ノ事ナリ又代理人ハ其人ヲ信シテ之ニ代理ヲ爲サシムルモノナルカ故ニ其者死亡セハ其代理權ヲ敢テ其相續人ニ移轉スルモノト爲スコトヲ得ス代理人ノ禁治產又ハ破產ノ場合ニ於テハ或ハ原則トシテ法律行爲ヲ爲ス能力ヲ失ヒ或ハ財產上全ク信用ヲ失ヒ殆ト死亡シタルニ同シキ位置ニ在ル者ナルカ故ニ之ヲ以テ代理權消滅ノ一般ノ原因ト爲シタルハ又當然ノコトト謂ハサルコトヲ得ス(親權者ハ破產ニ因リテ親權ヲ失ハス是レ親權ニ關シテハ親族編ニ特別ノ規定アレハナリ、八七七、八九六乃至八九九、又九〇八、五號參觀、尙ホ禁治產者ハ親權ヲ行フコト能ハサルモノト言フヘキカ、八七七、二項、九〇〇、一號)或ハ曰ハン禁治產者ハ代理人タルコトヲ得ルモノナルカ故ニ(二〇二)代理人カ半途ヨリ禁治產ノ宣吿ヲ受クルモ爲メニ代理權消滅スルモノト爲スノ必要ナキカコトシト是レ聊カ理ナキニ非スト雖モ本人カ始メ因リ代理人ノ禁治產者タルコトヲ知リテ之ニ代理ヲ委任スルトキハ固ヨリ可ナルモ其代理ヲ委任スルニ當リテハ充分能力ノ人ナリシニ今禁治產ノ宣吿ヲ受ケテ自己ノ爲メニスル行爲スラ自ラ之ヲ爲スコトヲ得サルノ狀況ニ陷リタルカ故ニ本人カ之ヲシテ依然其代理人タラシムル意思ヲ有スルモノト認ムヘカラス但特約ヲ以テ以上ノ場合ニ代理權消滅セルモノト定ムルハ固ヨリ妨ケナキ所ナリ(禁治產ニ付テハ委任ニヨル代理ノコトノミヲ說ウルハ禁治產者カ法定代理認タルコト非サルヘキヲ信スレハナリ)
商法第二百六十八條ニ於テハ商行爲ニ付キ本人ノ死亡ヲ以テ委任代理消滅ノ原因トセス是レ頗ル進步シタル主義ニシテ世ノ進運ト共ニ取引ノ益益頻繁ニ赴クニ從ヒ本人カ死亡スレハ代理權直チニ消滅スルモノトスルトキハ實際ノ不便頗ル多キヲ以テ漸次商法ノ主義ヲ採用スルニ至ルヘキハ余カ信シテ疑ハサル所ナリ(舊商法三四六ニハ代理人ノ死亡モ亦代理權消滅ノ原因タラサルモノトセリ)然リト雖モ民法ノ一般規定トシテ此主義ヲ取ルハ尙ホ早キニ失スルカコトシ故ニ本條ニ於テ一般ノ規定トシテ反對ノ主義ヲ取リタルハ以テ妥當ト爲スヘキカ
委任ニヨル代理權ハモト委任契約ヨリ生スルモノナルカ故ニ其根本タル委任契約消滅セハ是ヨリ生スル代理權モ亦自ラ消滅セサルコトヲ得ス是レ本條第二項ノ規定アル所以ナリ而シテ委任終了ノ原因ハ第六百五十一條、第六百五十三條等ニツマヒラカナリ但委任カ取消サレタルトキハ其取消シ前ノ代理行爲ノ效力如何曰ク是レ其取消ノ原因如何ニ因リテ異ナル其取消無能力ニヨランカ、第百二條ノ規定ニ因リ代理行爲ハ有效ナルヘシ詐欺ニヨラン、相手方善意ナランニハ代理行爲有效ナルヘキモ、惡意ナランニハ代理權ノ原因既往ニ遡リテ消滅スヘキカ故ニ代理行爲モ亦效力ヲ失フヘシ(九六、一二一)强迫ニヨランカ、相手方ノ善意、惡意ヲ問ハス代理行爲其效力ヲ失フヘシ(九六、一項、一二一)
第百十二條 代理權ノ消滅ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス但第三者カ過失ニ因リテ其事實ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス(取二五八)
本條ノ規定モ亦第三者ノ保護ヲ目的トスル公益規定ナリ蓋シ代理權ノ消滅原因ハ往往ニシテ第三者ニ知レサルコトアリ本人ノ死亡、委任ノ解除問ウ殊ニ然リ故ニ第三者ハ其代理權ノ消滅シタルコトヲ知ラスシテ代理人ト取引ヲ爲スコト稀ナリトセス此場合ニ於テ其法律行爲ハ本人ニ對シテ效ナキモノトセハ第三者ハ不慮ノ損失ヲ毫ルコトアルヘク從テ從テ代理人ト取引ヲ爲スコトヲ得ス是レ本條ノ規定アル所以ナリ但第三者カ代理權ノ消滅ヲ知ラサルハ全ク其過失ニヨレル場合ニ於テハ之ヲ保護スル必要ナキヲ以テ右ノ規定ノ適用ナキモノトス例ヘハ本人又ハ其相續人カ特ニ其第三者ニ通知ヲ爲シタルニ第三者ハ其通知書ヲ受取リタルニ拘ハラス之ヲ披見セスシテ代理人ト法律行爲ヲ爲シタルカコトキ又ハ後見ハ未成年者カ成年ニ達スルニ因リテ消滅スヘキコトハ法律上明白ナル原則ナルニ第三者ハ之ヲ覺ラスシテ依然後見人ヲ舊未成年者ノ代理人トシテ是レト法律行爲ヲ爲シタルカコトキ是ナリ(六五五參觀)
第百十三條 代理權ヲ有セサル者カ他人ノ代理人トシテ爲シタル契約ハ本人カ其追認ヲ爲スニ非サレハ之ニ對シテ其效力ヲ生セス
追認又ハ其拒絕ハ相手方ニ對シテ之ヲ爲スニ非サレハ之ヲ以テ其相手方ニ對抗スルコトヲ得ス但相手方カ其事實ヲ知リタルトキハ此限ニ在ラス(取二五〇、二項一號、商四〇二、舊商三四三、六二八)
本條ハ代理權ヲ有セサル者カ他人ノ代理人トシテアル契約ヲ結ヒタル場合ニ付テ規定セリ此場合ニ於テハ純理ヨリ謂ヘハ契約ハ全ク成立スルコトヲ得ス何トナレハ其契約ヲ爲シタル者ハ眞ノ代理人ニ非ス故ニ其契約ハ本人ニ對シテ何等ノ效ナク又其者ハ代理人トシテ其契約ヲ爲シタルカ故ニ其契約ハ其者ニ對シテモ亦何等ノ效アルヘカラス然リト雖モ實際ノ便宜上ヨリ之ヲ考カウルトキハ其者モ他人ノ代理人トシテ其契約ヲ爲シ相手方モ其者ヲ本人ノ代理人トシテ是レト契約ヲ爲シタルカ故ニ若シ本人ニシテ其契約カ自已ニ對シテ效力ヲ有スルコトニ同意スルトキハ恰モ代理アリタルカ如ク看做スモ爲メニ何人ヲモ害スルコトナシ却テ其契約ヲ全然無效トセハ代理人トシテ契約ヲ爲シタル者及ヒ其相手方共ニ損害ヲ受クルノ虞アリ是レ本條ニ於テ本人カ其契約ヲ追認セハ恰モ代理アリタルカ如ク充分ノ效力ヲ生スルモノト爲シタル所以ナリ
本人カ右ノ契約ヲ追認シ又ハ其追認ヲ拒ハマント欲セハ必ス相手方ニ對シテ其意思ヲ表示セサルヘカラス若シ相手方ニ對シテ之ヲ爲ササルトキハ假令本人ト自稍〻代理人トノ間ニ於テハ其追認又ハ追認ノ拒絕充分ノ效力ヲ有スルモ之ヲ相手方ニ對抗スルコトヲ得ス然ラスンハ相手方ノ知ラサル間ニ全然無效ナル契約カ充分ノ效力ヲ生スルコトト爲リ又ハ追認ニ因リテ效ヲ生スヘキ契約カ永久ニ無效ナリ相手方ハ次ノ二條ニ定メタル權利ヲ失フニ至リテ(追認ノ拒絕ヲ相手方ニ對抗スルコトヲ得ストハ實益ナキ規定ナラン何トナレハ次ノ二條ノ權利ヲ行使シタル結果ハ追認ノ拒絕アリタルト同シケレハナリ)頗ル穩當ヲ可クヘケレハナリ但相手方カ既ニ自稍〻代理人ノ通知其他ノ方法ニ因リ本人カ追認ヲ爲シタルコト又ハ之ヲ拒ミタルコトヲ知レルトキハ此限ニ在ラス
以上ハ全ク代理權ヲ有セサル者ノミナラス其代理權ヲ踰越シタル者ニモ亦適用スヘキ所ナリ唯第百十條ノ場合ニ於テハ本人ノ追認ナキモ第三者ハ本人ニ對シ契約ノ履行ヲ求ムルコトヲ得ヘシ但本人ヨリ第三者ニ對シ契約ノ履行ヲ求メント欲セハ必ス先ツ之ヲ追認セサルヘカラサルナリ
第百十四條 前條ノ場合ニ於テ相手方ハ相當ノ期間ヲ定メ其期間內ニ追認ヲ爲スヤ否ヤヲ確答スヘキ旨ヲ本人ニ催吿スルコトヲ得若シ本人カ其期間內ニ確答ヲ爲ササルトキハ追認ヲ拒絕シタルモノト看做ス
前條ノ規定ニ因リ自稍〻代理人ノ爲シタル契約ハ本來無效ナルモ本人カ之ヲ追認スレハ全然有效ノモノトナルヘク從テ其追認ヲ爲シ又ハ之ヲ拒絕スルマテハ其契約ノ效力不確實ニシテ相手方ハ其契約カ畢竟效力ヲ生スルニ至ルヘキヤ否ヤヲ知ルコト能ハス是レカ爲メニ其相手方ハ頗ル不安心ナル位置ニ立チテ其不利益想ウヘシ之ニ於テカ立法者ハ特ニ之ヲ保護スル爲メ本條ノ規定ヲ設ケタルナリ
本條ノ規定ハ第十九條ノ規定トホホ其性質ヲ同シウス唯之ニ異ナル㸃三アリ(一)第十九條ニ於テハ必ス一个月以上ノ期間ヲサ爲メテ催吿ヲ爲スヘキ者トセルモ本條ニ於テハ單ニ相當ノ期間ヲ定ヘキコトヲイヒ其期間ノ幾日乃至幾月以上タルヘキコトヲ云ハス是レ他ナシ契約ノ性質、距離ノ遠近等ニ因リ一月乃至二月ノ期間ヲ与ウルニ非サレハ本人ノ確答ヲ得ルコト難シキ場合アリ或ハ僅僅數日ノ期間ニテタレリトスヘキ場合アリ故ニ寧ロ相手方ヲシテ其期間ヲ定メシムルヲ便ナリトス而シテ相當ノ期間 ト謂ヘルカ故ニ若シ不當ニ短キ期間ヲ定メタルトキハ本人ハ之ニ對シテ異議ヲ述ヘ相手方若シ之ヲ聽カサルトキハ法廷ニ訴ヘテ其期間ヲ延長セシムルコトヲ得ヘシ(理論上ヨリ謂ヘハ不相當ニ短キ期間ヲ定メタルトキハ催吿ハ無效ナリ)第十九條ニ於テハ立法者ハ主トシテ無能力者ヲ保護セント欲シタルカ故ニ其期間ハ必ス一个月以上ナルヘキコトヲ定メタルノミ(尙ホ無能力者、其法定代理人等ハ期間內ニ通知ヲ發スレハ可ナルカ故ニ如何ナル場合ニ於テモ一个月ニテ失スルノ虞ナカルヘシ)(二)第十九條ニ於テハ無能力者、其法定代理人等ハ期間內ニ確答ヲ發スルヲ以テ足レリトセシモ本條ニ於テハ單ニ「確答ヲ爲ササルトキハ」ト謂ヘルカ故ニ第九十七條ノ規定ニ因リ其確答ハ必ス期間內ニ相手方ニ達セサルコトヲ得ス是レ本條ハ主トシテ相手方ヲ保護セント欲シタルヲ以テナリ(三)第十九條第一項及ヒ第二項ニ於テハ若シ無能力者又ハ其法定代理人等カ期間內ニ確答ヲ發セサルトキハ其行爲ヲ追認シタルモノト看做スヘキ旨ヲ規定セルモ本條ニ於テハ本人カ期間內ニ確答ヲ爲ササルトキハ追認ヲ拒ミタルモノト看做セリ是レ他ナシ無能力者ノ行爲ハ原則トシテハ有效ウナルモノニシテ唯無能力者ヲ保護スル爲メ之ニ取消シ權ヲ与ウルニ過キス故ニ無能力者カ其取消シ權ヲ行使スルマテハ其行爲ハ全ク有效ノモノト認メサルヘカラス故ニ無能力者カ期間內ニ確答ヲ發セサルトキハ寧ロ其行爲ノ本然ノ性質確定シ其行爲ハ全然有效ニシテ又取消スコトヲ得サルモノト爲ルヘキヲ當然トス之ニ反シテ本條ノ場合ニ於テハ素ト代理權ナキ者カ本人ノ爲メニ爲シタル契約ニシテ法理上全ク無效ナルヘキモノナルニ立法者ハ唯實際ノ便宜ヲ考エ本人之ヲ追認スルコトヲ得ルモノトシ若シ之ヲ追認セハ其契約ハ始メ因リ成立セシモノノ如ク看做スニ過キス故ニ本人カ期間內ニ確答ヲ爲ササルトキハ其契約ノ本然ノ性質確定シ其契約ハ終ハリニ無效ニ歸シ終ハルヲ當然トスレハナリ
第百十五條 代理權ヲ有セサル者ノ爲シタル契約ハ本人ノ追認ナキ間ハ相手方ニ於テ之ヲ取消スコトヲ得但契約ノ當時相手方カ代理權ナキコトヲ知リタルトキハ此限ニ在ラス
前條ノ場合ニ於テハ相手方ハ寧ロ本人ノ追認ヲ希望シテ唯其追認ヲシテ一日モ早カラシメ又到底本人ノ追認ヲ得ルコト能ハサルモノトセハ速ニ其追認ヲ爲ササルコトヲ知ラント欲スル場合ヲ予想セリ本條ニ於テハ之ニ反シ相手方カ其契約ヲ成立セシムルコトヲ欲セサル場合ニ付テ規定セリ蓋シ自稍〻代理人ノ爲シタル契約ハ法理上全ク無效タルヘキモ本人ノ追認權ヲ認メタルカ爲メ本人カ其追認ヲ拒絕スルマテハ其契約ハ假ニ成立セルモノト認メサルヘカラス故ニ若シ相手方ニ於テ其成立ヲ欲セサルトキハ特ニ之ヲ取消スコトヲ要スルモノトセサルコトヲ得ス然リト雖モ本來契約ハ未タ成立セリト謂フコトヲ得サルカ故ニ本人カ追認ヲ爲ササル間ハ相手方ハ毫モ其契約ニ因リテ覊束セラルルコトアルヘカラス故ニ本條ニ於テハ相手方ハ本人カ追認ヲ爲ササル間ハ何時ニテモ其契約ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ但契約ノ當時相手方カ自稍〻代理人ニ代理權ナキコトヲ知リタルトキハ其相手方ハ初ヨリ不完全ナル契約ヲ取リ結フコトヲ欲シタル者ナルカ故ニ本人カ之ヲ追認スルヤ否ヤノ意思ヲ表示セサル間ハ相手方ヲシテ濫リニ其契約ヲ取消スコトヲ得サラシムルヲ至當トス是レ本條但書ノ規定アル所以ナリ
第百十六條 追認ハ別段ノ意思表示ナキトキハ契約ノ時ニ遡リテ其效力ヲ生ス但第三者ノ權利ヲ害スルコトヲ得ス
本條ハ追認ノ效力ヲ定メタルモノナリ蓋シ純理ヨリ謂ヘハ法律行爲ハ將來ニ向カイテノミ效力ヲ有スヘシト雖モ本人カ追認ヲ爲シタル場合ニ於テ若シ其追認ノ時ヨリ契約成立スルモノトセハ契約ノ時ヨリ追認ノ時ニ至ルマテハ本人ト相手方トノ間ニ何等ノ法律關係ナカリシモノノ如ク看做サレ爲メニ往往當事者ノ意思ニ反スル結果ヲ生スヘシ例ヘハ契約ノ目的物ヨリ生シタル果實ハ皆讓渡人タル相手方ノ有ニ歸シ讓渡人タル本人ハ追認ノ時ヨリ始メテ其果實ヲ得ルカコトキコトアルヘシ(若シ賣買ナランニハ既ニ物ヲ自稍〻代理人ニ引渡シタルモノト假定スヘシ〔五七五〕)此如クンハ殆ト前ノ契約ヲ認メタルニ非スシテ新ニ契約ヲ結ヒタルト異ナルコトナシ是レ豈ニ當事者ノ意思ナランヤ故ニ當事者カ別段ノ意思ヲ表示シタル場合ヲ除ク外追認ハ契約ノ時ニ遡リテ
其效力ヲ生スヘキモノトセリ但此規定ハ法律ノ假定ニシテ事實ニ戾レルモノナルカ故ニ之ニ因リテ第三者ノ權利ヲ害スルコトヲ得サルモノトセリ例ヘハ相手方カ契約ノ後其目的タル不動產ヲ第三者ニ賃貸シ第三者之ヲ登記シタルトキハ假令本人カ其契約ヲ追認シタルニ因リ當事者間ニ於テハ契約ノ時ヨリ所有權本人ニ移轉セシモノト看做スモ右ノ第三者ノ賃借權ハ全ク有效ナルモノト認メスンハアルヘカラサルノ類即チ是ナリ(六〇五)
第百十七條 他人ノ代理人トシテ契約ヲ爲シタル者カ其代理權ヲ證明スルコト能ハス且本人ノ追認ヲ得サリシトキハ相手方ノ選擇ニ從ヒ之ニ對シテ履行又ハ損害賠償ノ責ニ任ス
前項ノ規定ハ相手方カ代理權ナキコトヲ知リタルトキ若クハ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキ又ハ代理人トシテ契約ヲ爲シタル者カ其能力ヲ有セサリシトキハ之ヲ適用セス(取二四四、舊商四九、五七、三四三)
本條ハ本人カ追認ヲ爲ササル場合ニ於テ相手方ニ對スル自稍〻代理人ノ責任ヲ定メタルモノナリ蓋シ代理權ナク而モ代理人トシテ契約ヲ爲ス者ハ大ナル過失アル者ト云ハスンハアルヘカラス故ニ其相手方カ其代理權アルコトヲ信シテ契約ヲ爲シ終ニ本人ノ追認ヲ得サルトキハ其相手方カ之ニ因リテ毫リタル損害ハ全ク自稍〻代理人ノ過失ニ因リテ生シタルモノト謂フヘシ故ニ自稍〻代理人カ相手方ニ對シテ責任ヲ負フハ固ヨリ其分ナリ
然リト雖モ唯此純理ノミ因リト謂フヘキハ自稍〻代理人ハ相手方ニ對シテ賠償ノ責メニ任スルノミニシテ自ラ契約ヲ履行スルノ責アルコトナシ蓋シ自己ノ爲メニ其契約ヲ結ヒタルニ非サレハナリ然リト雖モ相手方カ損害ヲ毫ルハ他ナシ有效ナランコトヲ欲シテ結ヒタル契約カ遂ニ無效ニ歸スルヲ以テナリ故ニ其契約無效トシ以テ損害ヲ生セシメタル後不確實ナル損害賠償ノ方法ヲ以テ之ヲ償ハシ面ヨリハ寧ロ其損害ノ原因タル、契約ノ無效ヲ止メテ代理人ヲシテ其履行ノ責メニ任セシメ以テ相手方ノ爲メニ損害ヲ生セサラシムルニシカス是レ本條ニ於テ相手方ニ与ウルニ或ハ普通ノ原則ニ從ヒ損害ノ賠償ヲ求メ或ハ自稍〻代理人ヲシテ本來無效ナル契約ノ履行ヲ求ムルノ選択權ヲ以テシタル所以ナリ
或ハ曰ハン相手方ハ契約ノ履行ヲ受クレハ固ヨリ其欲スル所ヲ得タルモノナリ故ニ自稍〻代理人ヲシテ常ニ契約ノ履行ニ任セシムルモノトシテ可ナラン何ソ必スシモ相手方ニ選択權ヲ与ウルコトヲ要セント曰ク然ラス本條ノ場合ニ於テハ自稍〻代理人ニ過失アリ手相手方ニ過失ナキモノト認ムルヲ以テ若シ相手方ニシテ普通ノ原則ニ從ヒ損害賠償ヲ得ント欲スルトキハ過失アル自稍〻代理人ヨリ强ヒテ無效ナル契約ノ履行ヲ提供シ以テ損害賠償ノ責メヲ免カレントスルモ得ヘカラサルナリ蓋シ相手方ハ場合ニ因リテ寧ロ損害賠償ヲ得ルヲ利トスルコトアレハナリ例ヘハ契約ノ目的ノ價額俄ニ下落シテ若シ相手方其履行ヲ受クルトキハ却テ損失ヲ招クノ虞アル場合ニ於テハ寧ロ損害賠償トシテ契約ノ費用ノミヲ償ハシメ敢テ契約ノ履行ヲ求メサルヲ利トスルコトアルヘシ
以上ハ善意ノ相手方ヲ保護センカ爲メニ規定スル所ナリ故ニ惡意ノ相手方ハ敢テ此規定ヲ利用スルコト能ハス而シテ假令相手方カ善意ナルモ過失ニ因リテ自稍〻代理人ニ代理權ナキコトヲ知ラサルトキハ又右ノ規定ヲ援用スルコトヲ得ス例ヘハ自稍〻代理人カ爲サント欲スルニ當リ本人ヨリ委任ヲ受ケタルニ非サルコトヲ通知シタルニ相手方ノ疎漏ニ因リ單ニ契約ノ申シ込ミノミヲ覽テ委任ナクシテ之ヲ爲ス旨ヲ記載競ル、書面ノ部分ヲ讀マサリシトキハ是レ其過失ナルカ故ニ本條ノ規定ノ恩沢ニ浴スルコトヲ能ハサルカコトシ
以上論スル所ハ自稍〻代理人カ自己ノ行爲ニ因リテ債務ヲ負担スル能力ヲ有セル場合ニ付テ謂ヘルナリ若シ其者ニシテ自己ノ爲メニ其契約ヲ爲ス能力ヲ有セサリシトキハ假ニ其契約ヲ自己ノ爲メニ爲シタルトスルモ尙ホ之ニ因リテ生スル債務ヲ取消スコトヲ得ヘキカ故ニ其他人ノ爲メニ爲シタル契約ニ因リテ生スル債務ヲ負担スルコトナキモノトセリ但不法行爲ノ原則ニ因リ(七一二、七一三參觀)相手方カ自稍〻代理人ノ過失ニ因リテ損害ヲ毫リタルコトヲ證明シタルトキハ其自稍〻代理人ハ必ス賠償ノ責メニ任セサルヘカラサルハ勿論ナリトス(稀ニハ自稍〻代理人カ未成年者ニシテ而モ意志能力アルカ故ニ代理行爲ヲ爲スコトヲ得ルモ未タ弁識力非サルカ爲メ不法行爲ノ責任ヲ負ハサルコトアリ此場合ニ於テハ相手方ハ損害賠償ヲ請求スルコト能ハサルヘシ)
右ハ自稍〻代理人カ眞ニ代理權ヲ有セサリシコトヲ假定スルト雖モ假令眞ニ代理權ヲ有スルモ之ヲ證明スルコト能ハスシテ本人カ其契約ヲ追認セサルトキハ相手方ニ對シテハ恰モ代理權ヲ有セサリシト一般ナリ但若シ本人ニ對シテハ其代理權ヲ證明スルコトヲ得ルトキハ其本人ニ對シテ求償權ヲ有スルコト勿論ナリトス
第百十條ノ場合ニ於テハ本人ハ敢テ追認ヲ爲ササルコトヲ得サルカ故ニ自ラ本條ノ適用ノ範囲外ナリ
第百十八條 單獨行爲ニ付テハ其行爲ノ當時相手方カ代理人ト稱スル者ノ代理權ナクシテ之ヲ爲スコトニ同意シ又ハ其代理權ヲ爭ハサリシトキニ限リ前五條ノ規定ヲ準用ス代理權ヲ有セサル者ニ對シ其同意ヲ得テ單獨行爲ヲ爲シタルトキ亦同シ
以上ハ契約ニ付テノミ規定セリ本條ハ單獨行爲ニ付テ規定セルモノナリ蓋シ契約ハ雙方ノ同意ニ因リ成立スルモノニシテ從テ自稍〻代理人及ヒ相手方皆之ニ因リテ責任ヲ負フモノトスルハ固ヨリ當然ナリト謂フコトヲ得ヘキモ單獨行爲ニ在リテハ一方ノ意思ノミニ因リテ成立スヘキモノナルカ故ニ之ヲ以テ契約ニ等シキ效力ヲ生スルモノトスルハ或ハ其當ヲ得サルモノアラン例ヘハ權限ナキ者カ本人ノ爲メニ第三者ニ對シテ催吿、通知等ヲ爲シタルニ因リ後日、本人ノ追認アレハ其催吿、通知等カ相手方ニ不利益ナル結果ヲ生スヘキモノトスルハ本人ノ爲メニハ頗ル便利ナリト雖モ相手方ニ取リテハ甚タ迷惑ナリト云ハスンハアルヘカラス故ニ本條ニ於テハ原則トシテ單獨行爲ニハ以上論シタル、契約ニ關スル規定ヲ適用セサルモノトシ唯(第一)相手方カ其行爲ノ當時自稍〻代理人ニ代理權ナキコトヲ知リテ而モ其行爲ヲ爲スコトニ同意シタルトキ(第二)自稍〻代理人ニ代理權ナキコトヲ知ルト否トヲ問ハス自稍〻代理人カ其行爲ヲ爲スニ當リ相手方カ其權限ナキコトヲ爭ハサリシトキニ限リ以上述ヘタル契約ニ關スル規定ヲ準用スヘキモノトセリ蓋シ此場合ニ於テハ相手方ハ明示又ハ默示ニテ自稍〻代理人カ單獨行爲ヲ爲スコトヲ承諾シ甚シキニ至リテハ自ラ之ヲ慫慂シタルモノナルカ故ニ毫モ自稍〻代理人ト契約ヲ爲シタル場合ト異ナルコトナケレハナリ
右ハ自稍〻代理人カ爲シタル單獨行爲ニ付テ論シタリ然レトモ相手方カ自稍〻代理人ノ同意ヲ得テ之ニ對シ單獨行爲ヲ爲シタルトキモ亦同シカラサルコトヲ得サルナリ
第四節 無效及ヒ取消
本節ニ於テハ法律行爲ノ無效 ナル場合及ヒ取消 シ得ヘキ場合ニ於テ其無效及ヒ取消ノ效力、取消權者、取消ノ方法、取消權ノ消滅等ニ付テ規定セリ但取消ノ規定ハ主トシテ無能力者ノ行爲及ヒ詐欺若クハ强迫ニヨル法律行爲ニ關セリ
法律行爲ノ無效 ナルモノ(又不成立 ト謂フnul ouinexistant,nichtig)ハ恰モ生活ニ必要ナル機關ヲ具エサル人體ノ如ク到底生存スルコト能ハサルモノナリ法律行爲ノ取消シ得ヘキ モノ(舊民法ニハフランス其他ノ例ニ傚ヒ之ヲモ亦無效 ト謂ヘルモ其文字聊カ當タラサルノミナラスフタツノ場合ヲ混同スル虞アルヲ以テ新民法ニ於テハ常ニ之ヲ取消シ得ヘキモノ云ヘリannulable, anfechtbar)恰モ病體ノ如ク其病氣ノ爲メ畢竟死亡ニ至ルヘキヤモ測ルヘカラスト雖モ今ハ現ニ存在セルニタトウヘシ其詳細ニ至リテハ請ウ各條ニ之ヲ說明セン
第百十九條 無效ノ行爲ハ追認ニ因リテ其效力ヲ生セス但當事者カ其無效ナルコトヲ知リテ追認ヲ爲シタルトキハ新ナル行爲ヲ爲シタルモノト看做ス(財五五八)
本條ハ無效 ノ行爲ニ付テ規定セリ蓋シ無效ノ行爲ハ既ニ述ヘタルカ如ク法律上全ク成立セサルモノニシテ當事者ノ意思ヲ以テ之ヲ有效ナラシムルコト能ハス故ニ當事者之ヲ追認セント欲スルモ得ヘカラサルナリ何トナレハ當事者ノ意思ヲ以テ無ヲ轉シテ有ト爲スコトヲ得サレハナリ故ニ當事者若シ其行爲ニ因リテ達セント欲シタル目的ヲ貫徹セント欲セハスヘカラク新ナル行爲ヲ爲スヘシ而シテ當事者カ其行爲ノ無效ナルコトヲ知レルニ拘ハラスアエテ之ヲ追認スル意思ヲ表示シタルトキハ法律ハ之ヲ以テ新ナル行爲ヲ爲スノ意思アルモノト看做スナリ而シテ舊行爲ヲ追認シタルモノスルト新行爲ヲ爲シタルモノトスルトハ大ニ同シカラサル所アリ例ヘハ所有權ノ移轉ヲ目的トスル行爲ニ在リテハ其所有權舊行爲ノ時ヨリ移轉セスシテ新行爲ノ時ヨリ始メテ移轉スヘキノミ
舊民法ニヨルモ本條ノ規定トホホ同一ノ結果ヲ生スヘシト雖モ舊民法ニ於テハ自然義務 (obligatio naturalis, obligation naturelle, natürlidhe Verbindlichkeit)ナルモノヲ認メ無效行爲ヨリ一ノ自然義務發生シ新行爲ニ因リテ之ヲ追認シテ法定義務( obligationcivile, klagbare Verbindlichkeit)ト爲スコトヲ得ルモノトセリ新民法ニ於テハ自然義務ナルモノヲ認メス隨テ右ノ新行爲ハ純然タル新行爲ニシテ法律上舊行爲ト如何ナル關係ヲモ有セサルモノト看做ササルコトヲ得サルナリ
第百二十條 取消シ得ヘキ行爲ハ無能力者若クハ瑕疵アル意思表示ヲ爲シタル者、其代理人又ハ承繼人ニ限リ之ヲ取消スコトヲ得
妻カ爲シタル行爲ハ夫モ亦之ヲ取消スコトヲ得(人七二、二項、財三一九)
本條以下ハ取消シ得ヘキ 行爲ニ關スル規定ナリ而シテ本條ハ何人カ其行爲ヲ取消シ得ヘキカ ヲ規定セリ但一切ノ取消シ得ヘキ行爲ニ付キ之ヲ規定スルニ非ス單ニ無能力者ノ行爲及ヒ詐欺若クハ强迫ノ瑕疵アル意思表示ニヨル行爲ノミニ付テ規定セリ其他ノ取消シ得ヘキ行爲ニ至リテハ之ニ關スル各條ニ於テ之ヲ取消スコトヲ得ル者ヲ定ムルカ故ニ之ニ關シテ本節ニ規定スル所爲シ例ヘハ債務者カ其債權者ヲ害スヘキ法律行爲ヲ爲シタル場合ニ於テ之ヲ取消スコトヲ得ルモノハ其債權者ナルコトハ第四百二十四條ニ規定スル所ナリ又書面ニヨラサル贈与ヲ取消スコトヲ得ル者ハ各當事者ノナルコトハ第五百五十條ニ規定スル所ナリ其他皆此類ナリ
本条ノ主眼トスル所ハ法律カ取消權ニ因リテ保護セント欲シタル人ノミ其權利ヲ行フコトヲ得ルモノトスルニアリユエニ無能力者カ爲シタル法律行爲ハ其無能力者、法定代理人(本条ニ於テ單ニ代理人 ト云ヘルハ他ナシ委任ニヨル代理人ト雖モ其取消權ヲ行フコトヲ得ルハ固ヨリナルニ若シ法定代理人 トイハハ委任ニヨル代理人ヲ除外スルカノ疑ヲ招ク虞アルヲ以テ單ニ代理人ト謂ヘルナリ)又ハ承繼人(承繼人 〔ayant-cause, Rechtsnachfolger〕ニハ包括承繼人 、特定承繼人 〔ayant-causeattire universsel ou particnlier, Gesammt-oder sondernadhfolger〕ノ別アリ包括承繼人トハ相續人、包括受遺者等人ノ資產ニ屬スル權利ト義務トヲ合セテ其全部又ハ1部ヲ承繼シタル者ヲイヒ特定承繼人トハ1定ノ權利義務ヲ承繼シタル者ヲ云フ本条ノ場合ニ於ケル特定承繼人ハ主トシテ取消權ヲ讓受ケタル者ヲ云フナリ舊民法ニ於テハフランス其他ノ例ニ傚ヒ債權者モ承繼人ノ中ニ包含セシムルト雖モ債權者ハ其性質他ノ承繼人ト同シカラサルカ故ニ寧ロ之ヲ第3者ト視ルヲ妥當トスユエニ新民法ニ於テハ承繼人ノ中ニハ債權者ヲ含先ツシテ第3者中ニ之ヲ含メリ)ニ限リ之ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ唯妻カ爲シタル法律行爲ハ夫權ヲ保護スル爲メニ之ヲ取消スコトヲ許スヲ以テ夫モ亦之ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ或ハ曰ハン若シシカラハ妻ハ其爲シタル法律行爲ヲ取消スコトヲ得サルモ可ナラント然レトモ夫權ヲ重スルハ1家ノ秩序ヲ重スルカ故ナリ1家ノ秩序ハ夫妻共ニ其利益ヲ受クヘキモノナルカユエニ妻カ夫權ヲ蔑如シテホシイママニ爲シタル法律行爲ハ若シ妻ニ於テ後日之ヲ悔ユレハ1家ノ秩序ヲ保ツ爲メ自ラ其行爲ヲ取消シ以テ夫ノ權力ヲ全ウセシメンコトヲ計ルヘキノミ
無能力者カ自ラ取消權ヲ行フ場合ニ關シテハ其無能力間ニ之ヲ爲スト能力者トナリタル後ニ之ヲ爲スト同然ラス(第一)無能力間ニ於テハ取消モ亦一ノ法律行爲ナルカ故ニ之ニ關シテ法定代理人、保佐人又ハ夫ノ同意ヲ要スル場合多シ先ツ未成年者ニ付テ言ヘハ取消ニ因リテ單ニ權利ヲ取得若クハ回復シ又ハ義務ヲ免ルヘキ場合ヲ除クホカ皆法定代理人ノ同意ヲ得ヘク禁治產者ニ付テ言ヘハコト如ク後見人ノ同意ヲ得ヘク準禁治產者ニ付テ言ヘハ通常ノ場合ニ於テハ「不動產又ハ重要ナル動產ニ關スル權利ノ得喪ヲ目的トスル行爲」ノ取消及ヒ相續ノ限定承認又ハ抛棄ノ取消カ當然單純承認ノ結果ヲ生スヘキ場合ニ於テハ其取消(一〇一七、一項、一〇二四、二號)ハ保佐人ノ同意ヲ得ルニ非サレハ之ヲ爲スコトヲ得ス第十二條第二項ナ場合ニ於テハ殆ト一切ノ行爲ノ取消ニ付キ保佐人ノ同意ヲ得ヘキコトアルヘク妻ニ付テ言ヘハ通常ノ準禁治產者カ保佐人ノ同意ヲ得ヘキ場合ニ於テ夫ノ許可ヲ受クヘシ(第二)能力者ト爲リタル後ニ在リテハスヘテ獨斷ヲ以テ取消ヲ爲スコトヲ得ヘキハ固ヨリ言フヲ待タサル所ナリ
瑕疵アル意思表示即チ詐欺又ハ强迫ニヨル意思表示(九六)ハ其詐欺ニアイタル者又ハ强迫ヲ受ケタル者、其代理人又ハ其承繼人ニ限リ之ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ蓋シ立法者ハ詐欺又ハ强迫ニアイタル者ヲ保護センカ爲メニ右ノ行爲ヲ取消シ得ヘキモノトシタレハナリ
以上述フル所ニ因リ無能力者又ハ瑕疵アル意思表示ヲ爲シタル者ノ相手方ハ其行爲ヲ取消スコトヲ得サルコト明カナリ蓋シ是等ノ者ハ自己カ任意ニ爲サント欲シタル行爲ヲ爲シタル者ナルカ故ニ之ヲ取消スコトヲ得ヘキ理由ナク得ヘキ理由ナクコ殊ニ無能力者ノ相手方ハ多クハ其不注意アルニ非サレハ無能力者ヲ騙シテ不當ノ奇利ヲ博セント謀リタル奸猾者流ナリ詐欺者ハ不正漢ナルコト論ヲ竢タス强迫モ其相手方ヨリ出テタルトキハ其者ハ最モニクムヘキ者ナリナンソ自己ノ過失若クハ不正行爲ニ因リ自己ノ爲シタル法律行爲ヲ取消シコトヲ得ンヤ况ヤ本法ニ於テハ第十九條ノ規定ニ因リ無能力者ノ相手方ニハ頗ル便利ヲアタウルニ於テヲヤ故ニ毫モ之ニ對シテ嚴酷ニ失スルノ嫌アルコトナキナリ
第百二十一條 取消シタル行爲ハ初ヨリ無效ナリシモノト看做ス但無能力者ハ其行爲ニ因リテ現ニ利益ヲ受クル限度ニ於テ償還ノ義務ヲ負フ(財五五二)
本條ハ取消ノ效力 ヲ定メタルモノナリ蓋シ取消シ得ヘキ行爲ハ未タ其取消非サル間ハ全然有效ナルモノニシテ法律上一切ノ效力ヲ生スヘキモノナリ然レトモ一旦其取消アルトキハ其行爲ハ初ヨリ無カリシモノノ如ク全ク無效行爲ニ異ナルコトナシ故ニ一旦移轉シタル所有權モ其舊主ニ復シ恰モ且テ他人ニ移轉シタルコトナキモノノ如ク看做サルヘク當事者ノ爲メニ生シタル債權モ初ヨリ且テ生シタルコト非サルモノノ如ク看做サレ債務者ハ且テ債務者タリシコト非サリシモノノ如ク看做サルヘシ故ニ若シ當事者カ其行爲ニ因リテ利益ヲ受ケタルトキハ必ス之ヲ相手方ニ返還セサルコトヲ得ス例ヘハ賣買ニ於テ賣主カ買主ヨリ代價ヲ受取リタルトキハ之ヲ返還セサルコトヲ得ス又買主ハ賣買ノ目的物ヲ受取リタルトキハ之ヲ賣主ニ返還セサルコトヲ得サルナリ
以上ハ原則ナリ之ニ一ノ例外ナキ能ハス無能力者ニ關スルモノ是ナリ蓋シ無能力者ハ法律カ特ニ其人ヲ保護セント欲シテ之ニ取消權ヲ与ウルモノナリ(妻ノ無能力ハ直接ニハ夫權ヲ重スルユエンナルモ畢竟一家ノ秩序ヲ保タンカ爲メナルヲ以テ間接ニハ又妻ノ利益ヲ保護スルモノト謂フヘシ)故ニ其取消ニ因リテ毫モ損害ヲ受ケサルコト要ス然ルニ若シ無能力者ニシテ右ニ述ヘタル所ニ從ヒ其法律行爲ヲ取消スト同時ニ既ニ受取タルモノハ悉ク之ヲ返還スルノ義務アルモノトセハ其既ニ費消シタルモノハ更ニ自己ノ懷中ヨリ出タシテ之ヲ償還セサルコトヲ得ス爲メニ多少ノ損害ヲコウムルニ至ルヘシ此如クンハ法律カ無能力者ヲ保護センカ爲メニ之ニ取消權ヲアタエタル趣意ヲ貫徹スルコト能ハス故ニ本條但書ニ於テ無能力者ハ單ニ其行爲ニ因リテ現ニ利益ヲ受クル限度ニ於テノミ償還ノ義務ヲ負フモノトセリ例ヘハ無能力者カ金錢ヲ受取リ之ヲ浪費シタルトキハ一錢ヲモ返還スルコトヲ要セス若シ其半ヲ費消シタルトキハ其殘レル半額ヲ返還スレハ足レリ但「現ニ利益ヲ受クル」トハ必スシモ其利益ノ有形ニ存スルコトヲ要セス無形ニ受ケタル利益カ尙ホ存スル場合ニ於テモ亦其利益ニ對スル補償ヲ爲ササルヘカラス例ヘハ無能力者カ醫師ノ治療ヲ受ケ爲メニ其生命ヲ全ウセル場合ニ於テハ假令其約定シタル報酬額ヲ払ハサルモ慣習上相當ト認ムヘキ診察料及ヒ治療代ハ之ヲ払ハサルコトヲ得サルノ類是ナリ
詐欺又ハ强迫ニ因リテ法律行爲ヲ取消シタルトキモ亦不當利得ノ原則ニ因リ現存利益返還スヘキコト固ヨリナリ(七〇三)唯實際ノ適用ニ於テ無能力者ト同シカラサルモノアリ例ヘハ詐欺又ハ强迫ニ因リ財產ヲ賣却シタル者カ其賣買ヲ取消シタル場合ニ於テ既ニ其受取リタル代價ヲ浪費シタリトスルモ其者ニシテ能力者ナランニハ其全額ヲ返還セサルヘカラス蓋シ若シ之ヲ浪費セサレハ他ノ金錢ヲ浪費シタルナラント想察スヘケレハナリ之ニ反シテ無能力者ノ多數(妻ヲ除ク)ハ手ニ金錢アレハ忽チ之ヲ浪費スルノ虞アリ而シテ通常ハ手ニ金錢ナキコト多キモ取消シ得ヘキ行爲ニ因リテ金錢ヲ獲ルトキハ忽チ之ヲ浪費スルコト稀ナリトセスハナハタシキニ至リテハ浪費ノ目的ヲ以テ其行爲ヲ爲スコトアリ故ニ其受取リタル金錢ヲ浪費シタルトキハ之ヲ返還スルコトヲ要セサルヲ常トス是レ第七百三條ノ通則アルニ拘ハラス特ニ無能力者ニ關シ本條但書ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ(增訂三卷八六六貢以下)但本文聊カ明瞭ヲ欠クノ嫌ナキニ非ス
第百二十二條 取消シ得ヘキ行爲ハ第百二十條ニ揭ケタル者カ之ヲ追認シタルトキハ初ヨリ有效ナリシモノト看做ス但第三者ノ權利ヲ害スルコトヲ得ス(財三二〇、五五四、五五七)
本條ハ取消シ得ヘキ行爲ヲ完全ナルモノト爲スノ方法ヲ規定セリ蓋シ取消權ハ其權利者ノ利益ノ爲メニ之ヲ与ウルモノナルカ故ニ其權利者ニ於テ之ヲ抛棄スルコトヲ得ルハ他ノ權利ヲ抛棄スルコトヲ得ルニ同シ此行爲ヲ名ケテ追認 (confirmation ouratification, Bestätigung)ト謂フ而シテ其權利者カ此追認ヲ爲シタルトキハ其行爲ハ恰モ初ヨリ瑕疵ナカリシカ如ク全然有效ナルモノト認ムルナリ蓋シ既ニ論シタルカ如ク取消シ得ヘキ行爲ハ其取消アルマテハ有效ナルモノト視ルカ故ニ其取消權ノ抛棄アルトキハ將來確定ニ有效ナルモノトナリ且從來有效ナリシモノト視タルニ因リテ生シタル法律ノ結果ハ亳モ變更ヲ受クルコトナク結局其行爲ノ初ヨリ完全ニ成立セシト異ナルコトナキナリ
以上ハ原則ナリ其原則ニ一ノ例外アリ他ナシ第三者ノ權利ヲ害スルコトヲ得サル是ナリ例ヘハ取消シ得ヘキ賣買ニ於テ取消權ヲ有スル賣主カ追認ヲ爲ササル前其賣却シタル權利ヲ更ニ第三者ニ賣却スルトキハ後日其取消權ヲ抛棄シ前ノ賣買ヲ追認スルモ此追認ハ亳モ後ノ買主ノ權利ヲ害スルコトヲ得ス故ニ後ノ買主カ得タル權利ハ法律上完全ナルモノニシテ前ノ買主ハ竟ニ其權利ヲ失フヘキノミ又例ヘハ取消シ得ヘキ行爲ヨリ生シタル債務ヲ善意ニシテ保證シタル者ハ主タル債務者カ有スル取消權ノ利益ヲ受クヘキ者ナリ(四四九參觀)然ルニ主タル債務者ニ於テ隨意ニ其行爲ヲ追認スルコトヲ得ルモノトセハ保證人ノ權利ヲ害スルコト甚タシ故ニ此追認ハ保證人ニ對シテハ全ク效ナキモノニシテ保證人ハ右ノ追認アリタルモノニ拘ハラス其取消權ヲ援用スルコトヲ得ヘキノミ
第百二十三條 取消シ得ヘキ行爲ノ相手方カ確定セル場合ニ於テ其取消又ハ追認ハ相手方ニ對スル意思表示ニ依リテ之ヲ爲ス(財五四四)
本條ハ取消及ヒ追認ノ方法 ヲ定メタルモノナリ蓋シ取消ハ舊民法ニ於テハ必ス之ヲ裁判所ニ請求セサルコトヲ得サルモノトセサル如シ是レ外國ニモ其例ニ乏シカラサル所ナリト雖モ蓋シ不必要ナル手續ト謂フヘシ本條ニ於テハ此手續ヲ要セス單ニ取消權者ヨリ意思表示ヲ爲シテ其權利ヲ行フコトヲ得ルモノトセリ是レ新民法ノ常ニ採レル所ノ主義ニ適合セルモノナリ(五〇六、五四〇等)
右ノ意思表示ハ若シ相手方ナキトキハ如何ナル方法ヲ以テ之ヲ爲スモ可ナリ例ヘハ廣吿ニヨル行爲ハ相手方ナキカ故ニ何人ニ對シテ其取消ノ意思ヲ表示スルモ苟モ其意思ニシテ確定セルモノト認ムヘキ事實アレハ可ナリ(五三〇ニハ特別ノ廣吿ニ付テ特別ノ規定アリ)然リト雖モ若シ行爲ノ相手方アルトキハ(而シテ法律行爲ニハ相手方アルヲ常トス)其相手方ニ對シテ取消ノ意思ヲ表示スヘキモノトス例ヘハ賣主カ賣買契約ヲ取消ス場合ニ於テハ其取消ノ意思表示ハ必ス買主ニ對シテ之ヲ爲スヘキカ如シ尙ホ相手方ノ數人アル場合ニ於テハ其各自ニ對シテ其意思ヲ表示スルニ非サレハ其全員ニ對シテ取消ノ效力ヲ生スルコトヲ得ス唯其意思表示ヲ受ケタル者ニ對シテノミ取消アルモノトス而シテ一部ニ付テ取消アリタルカ爲メ法律行爲ノ目的ヲ達スルコト能ハサルトキハ他ノ相手方ヨリ其解除ヲ請求スルコトヲ得ヘシ(相手方アルモ確定セサルコトアリ例ヘハ一團ノ群集ニ對シ金錢、食物等ヲ投シ之ヲ拾取セシムルカコトキ其相手方ハ拾取者ナリト謂フコトヲ得ヘキモ是レ予メ確定セサル者ナリ)
以上ハ取消ニ付テ論シタルト雖モ追認ニ付テ亳モ異ナル所ナキナリ
第百二十四條 追認ハ取消ノ原因タル情況ノ止ミタル後之ヲ爲スニ非サレハ其效ナシ
禁治產者カ能力ヲ囘復シタル後其行爲ヲ了知シタルトキハ其了知シタル後ニ非サレハ追認ヲ爲スコトヲ得ス
前二項ノ規定ハ夫又ハ法定代理人カ追認ヲ爲ス場合ニハ之ヲ適用セス(財五四五、五五四)
本條ニ於テハ孰レノ時ヨリ追認ヲ爲スコトヲ得ルカ ヲ定メタリ蓋シ取消ノ原因タル瑕疵ノ存スル間ニ假令追認ヲ爲スモ其追認ヲ又同一ノ瑕疵アルモノニシテ何等ノ明文爲シトスルモ之ヲ取消スコトヲ得ヘキコト勿論ナルカ故ニ其追認ハ竟ニ其效力ヲ生セサルモノト云フヘシ故ニ本條ニ於テハ追認ハ取消ノ原因全クヤミタル後ニ之ヲ爲スニ非サレハ其效ナキモノトセリ例ヘハ未成年者ノ行爲ニ付テハ其者カ成年ニ達シタル後、妻ニ付テハ婚姻ノ解消シタル後、詐欺ニアイタル者ニ付テハ其詐欺ニ因リテ生シタル錯誤ヲ發見シタル後、强迫ヲ受ケタル者ニ付テハ其强迫カ去リテ全ク意思ノ自由ヲ得タル後ハシメテ追認ヲ爲スヘキカ如シ
禁治產者ニ付テハ右ノ原則ヲ全ク適用スルコト能ハス何トナレハ禁治產者ハ知覺精神ヲ失フヲ常トスルカ故ニ假令精神平態ニ復シ禁治產ノ宣吿ヲ取消アリタルモ其禁治產中ニ爲シタル法律行爲ハ亳モ其記憶中ニ存セサルコト多カルヘシ故ニ單ニ禁治產者ノ宣吿ノ取消アリタルノミニ因リ其行爲ノ追認ヲ爲スコトヲ得ス必ス其行爲ヲ爲シタルコトヲ了知スルコトヲ要ス是レ當然ノコトニシテ固ヨリ言フヲ竢タサル所ナリト雖モ次ノ二條ノ適用ニ關シ頗ル必要アルカユエニ本條第二項ニ於テ特ニ此コトヲ云ヘリ
無能力者ノ行爲ニ付テハ夫及ヒ法定代理人モ亦之ヲ取消スコトヲ得ルハ既ニ第百二十條ニ規定セル所ナリ隨テ第百二十二條ニヨッテ追認ヲ爲スコトヲモ得ヘシ此追認ハ何時ニテモ之ヲ爲スコトヲ得ヘシ否法定代理人ノコトキハ本人ノ無能力ナル間ニ於テノミ追認ヲ爲スコト得ヘク夫モ亦主トシテ妻カ無能力ナル間即チ婚姻ノ存續スル間ニ追認ヲ爲スコトヲ得ヘシ但法定代理人カ追認ヲ爲スニハ新ニ其行爲ヲ爲スニ必要ナル條件ヲ具備セサルヘカラス例ヘハ後見人カ不動產ヲ賣却スルニハ親族會ノ同意ヲ要スルカ故ニ(九二九、人一九四、二號)被後見人カ爲シタル不動產ノ賣却ヲ追認スルニモ亦親族會ノ同意ヲ要スルカ如シ
或ハ問ハン無能力者ハ其無能力者中ニ於テ夫、法定代理人又ハ保佐人ノ同意ヲ得テ追認ヲ爲スコトヲ得ルヤ否ヤト余ハ之ニ答ヘテ曰ハン固ヨリナリ無能力者ハ夫、法定代理人又ハ保佐人ノ同意ヲ得ハ新ニ其行爲ヲ爲スコトヲモ得ヘシ故ニ既ニ爲シタル行爲ヲ追認シ即チ取消權ヲ抛棄スルコトヲ得ルハ言フヲ待タサル所ナリト
第百二十五條 前條ノ規定ニ依リ追認ヲ爲スコトヲ得ル時ヨリ後取消シ得ヘキ行爲ニ付キ左ノ事實アリタルトキハ追認ヲ爲シタルモノト看做ス但異議ヲ留メタルトキハ此限ニ在ラス
一 全部又ハ一部ノ履行
二 履行ノ請求
三 更改
四 擔保ノ供與
五 取消シ得ヘキ行爲ニ因リテ取得シタル權利ノ全部又ハ一部ノ讓渡
六 强制執行(財五五六)
本條ハ默示ノ追認 ニ付テ規定セリ而シテ本條ニ列擧セル場合ニ於テハ取消權者ノ意思最モ明瞭ニシテ疑ヲ容レサルモノナルカ故ニ法律ハ此場合ニ於テハ常ニ追認ノ意思アルモノト認定シアエテ反對ノ證據ヲ許サス但當事者カ特ニ異議ヲ留メアエテ其取消權ヲ抛棄セサル旨ヲ明言シタルトキハ此限ニ非ス
本條第一號及ヒ第四號ノ場合ハ取消權者カ其取消シ得ヘキ行爲ニ因リテ債務ヲ負イ足ル場合ニ關シ(但取消權ヲ有スル債權者カ異議ヲ留メスシテ履行又ハ担保ノ供与ヲ受ケタルトキハ又本條ノ適用アルモノトス)第二號及ヒ第五號ハ債權ヲ取得シタル場合ニ關シ第三號及ヒ第六號ハ債務者トナレル場合ト債權者トナレル場合トニ通スルモノナリ
玆ニ一ノ注意スヘキコトアリ他無シ本條ノ場合ハ素ト默示ノ追認ナ場合ナルカ故ニ追認カ有效ナルニ必要ナル條件ハ之ヲ具備セサルヘカラス故ニ前條ニ定メタル所ニ因リ明示ノ追認ヲ爲スコトヲ得ル時ヨリ後本條ニ列擧セル事項カ生シタル場合ニ非サレハアエテ本條ノ規定ヲ適用スルコト能ハサルナリ
本條第五號ニ依レハ「取消シ得ヘキ行爲ニ因リテ取得シタル權利ノ全部又ハ一部ノ讓渡」ハ追認ノ效力アルモノトセリ故ニ土地ノ所有權ヲ讓受タル者カ其所有權ノ全部又ハ一部ヲ讓渡シタル場合ハ勿論其土地ノ上ニ地上權、永小作權又ハ地役權ヲ設定シタル場合ニ於テモ亦追認アリタルモノト看做セリ唯質權、抵當權ヲ設定シ足ルトキハ如何立法論トシテハ或ハ之ヲ同一視スルヲ可トスヘキカコトキモ解釋論トシテハ此場合ニ於テハ未タ追認アリタルモノト看做スコトヲ得ス蓋シ質權、抵當權ハ所有權ノ支分權ニ非サルカ故ニ(再訂二卷九〇貢)其設定ハ以テ所有權ノ一部ノ讓渡ト看做スコトヲ得ス而シテ追認ハ原則トシテハ相手方ニ對スル意思表示ヲ以テ之ヲ爲スヘク(一一三)本條ノ規定ハ固ヨリ例外ノ規定ニシテ擴充解釋ヲ許ササルモノナレハナリ
第百二十六條 取消權ハ追認ヲ爲スコトヲ得ル時ヨリ五年間之ヲ行ハサルトキハ時效ニ因リテ消滅ス行爲ノ時ヨリ二十年ヲ經過シタルトキ亦同シ(人七三、財五四四、五四五)
本條ハ取消權ノ時效 ヲ定ムルモノナリ蓋シ取消ハ既往ノ遡リテ其效力ヲ生スヘキコトハ第百二十一條ニ規定セル所ナリ然ルニ行爲ノ時ヨリ取消ノ時ニ至ルマテ莫大ノ日月アルトキハ其間ニ種種ノ法律關係ヲ生スヘク而シテ取消ニ因リテ此法律關係ミナ消滅スヘキカ故ニ爲メニ尠カラサル煩雜ヲ生シ意外ノ損害ヲ受クル者多カルヘシ殊ニ此取消ハ大抵第三者ニ對シテモ其效アルヲ以テ善意ノ第三者ノ權利ヲモミナコト如ク煙散霧賞セシムルヲ常トシ爲メニ契約ノ安全ヲ害シ取引ノ信用ヲ傷ルコト實ニ尠少ニ非サルヘシ立法者之ニ視ルアリテ特ニ短期ノ時效ヲ設ケ取消權ハ五年ヲ以テ消滅スヘキモノトセリ而シテ其起算㸃ハ取消權者カ追認ヲ爲スコトヲ得ル時ニアリ蓋シ時效ナルモノハ後ニ詳論スル如ク權利者カ其權利ヲ其權利ヲ行使スルコトヲ得ルニ拘ハラス其行使ヲ等閑ニ付スル場合ニ生スルモノナルカ故ニ本條ノ時效モ亦取消權者カ事實上取消ヲ爲スコトヲ得ル時ヨリ之ヲ起算セサルヘカラス而シテ取消權者ハ其有效ニ追認ヲ爲スコトヲ得ルトキ因リ後ニ非サレハ取消ヲ爲スコトヲ得サルコト多シ但無能力者ハ無能力中ヨリ取消ヲ爲スコトヲ得ルト雖モ其間ハ或ハ智態未タ完全ニ發達セサルニ因リ或ハ精神ノ常態ニ在ラサルニ因リ或ハ取消ヲ爲ス爲メ訴訟ヲ爲スノ必要アルトキハ夫ノ許可ヲ受ケサルヘカラサルニ因リ事實上其無能力中ニ取消ヲ爲スコト稀ナルヘシ故ニ本條ノ時效ハ有效ニ追認ヲ爲スコトヲ得ル時即チ第百二十四條ニ定メタル時ヨリ之ヲ起算スヘキモノトセリ
「追認ヲ爲スコトヲ得ル時」ハ無能力者自ラ追認ヲ爲ス場合ニ付テハ第百二十四條ノ規定アリ唯リ夫又ハ法定代理人カ追認ヲ爲ス場合ニ付テハ何等ノ規定爲シ余ヲ以テ觀ルトキハ是レ夫又ハ法定代理人カ無能力者ノ行爲アリタルコトヲ知リタル時トスヘシ故ニ時效モ亦此時ヨリ起算スヘキモノトス
消滅時效ノ通則ハ二十年ヲ以テ完成スルニアルコトハ第百六十七條第二項ニ因リテ明カナリ故ニ本條ハ著シク其期間ヲ短縮シタルモノナリ然リト雖モ第百六十七條ノ時效ハ權利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ之ヲ起算スルカ故ニ(一六六)取消權ヲ行フコトヲ得ル時即チ取消シ得ヘキ行爲ヲ爲シタル時ヨリ起算スルトキハ二十年ヲ過キテ尙ホ本條ノ時效完成セサルコトナシトセス此場合ニ於テモ本條ノ時效ノミヲ適用スヘキモノセハ法律ハ特ニ時效ノ期間ヲ短縮セント欲シテ却テ之ヲ伸長スルノ結果ニ陷ルヘシ故ニ本條末段ニ於テ行爲ノ時ヨリ二十年ヲ經過シタルトキハ普通ノ消滅時效ニ因リ取消權消滅スヘキモノトセリ
本條ノ時效モ亦一ノ時效ナリ故ニ本編第六章ノ規定ヲスヘキハ固ヨリ言フヲ待タサル所ナリ
取消シ得ヘキ行爲ニ付テハ本條ノ規定アリト雖モ無效ノ行爲ニ付テハ時效ニ關スル規定爲シ蓋シ無效ナル行爲ハ法律上全ク成立セサルモノナルカ故ニ其無效ナルコトハ幾十年ノ後ト雖モ之ヲ主張スルコトヲ得ヘシ例ヘハ甲カ乙ニ其所有ノ不動產ヲ賣却スルニ當リ精神ノ錯亂其他ノ事由ニ因リ意思全ク欠缺セリトセハ幾十年ノ後ト雖モ乙カ其不動產ノ所有者ナリト主張スルニ對シ甲ハ其賣買ノ無效ヲ鳴ラシ以テ自己カ嘗テ其所有權ヲ失ハサルコトヲ主張スルコトヲ得ヘシ但若シ甲カ乙ニ其不動產ヲ引渡タルトキハ乙ハ第百六十二條ノ規定ニ因リ取得時效ヲ得ルコトアルヘシ此場合ニ於テハ甲カ其不動產ヲ取返スコトヲ得サルハ固ヨリ論ヲ竢タサルナリ又右ノ場合ニ於テ乙カ甲ニ對シテ代價ヲ払ウノ義務アルモノトシ甲ヨリ之ヲ乙ニ請求スルニ當リ乙ハ幾十年ノ後ト雖モ賣買ノ無效ナルコトヲ唱ヘテ其代價ノ弁濟ヲ拒ムコトヲ得ヘシ然リト雖モ若シ乙ニシテ一旦其代價ヲ払イタルトキハ甲ハフト不當利得ニ因リ之ヲ乙ニ返還スルノ義務ヲ負フニ拘ハラス(七〇三)第百六十七條第一項ノ規定ニ因リ其責ヲ免ルルコトアルヘキハ固ヨリ疑ヲ容レサル所ナリ
第五節 條件及ヒ期限
一 條件
第百二十七條 停止條件附法律行爲ハ條件成就ノ時ヨリ其效力ヲ生ス
解除條件附法律行爲ハ條件成就ノ時ヨリ其效力ヲ失フ
當事者カ條件成就ノ效果ヲ其成就以前ニ遡ラシムル意思ヲ表示シタルトキハ其意思ニ從フ(財四〇九、舊商二八五)
條件ニ二種アリ一ヲ停止條件 (conditionsuspensive, aufschiebende Bedingung)ト云ヒ一ヲ解除條件 (condition résolutoire,auflësende Bedingung)ト云フ停止條件トハ法律行爲ノ效力ノ發生ノ繫レルモノヲ云ヒ解除條件トハ其效力ノ消滅ノ繫レルモノヲ云フ(但停止條件附行爲ヨリ解除條件附權利ヲ生シ解除條件附行爲ヨリ停止條件附權利ヲ生スルコト多シ)本條ニ於テハ此二者ノ效力ノ基礎ヲ定メタリ
條件ノ效力既往ニ遡ルヘキヤ否ヤハ學者間大ニ議論アル所ニシテ外國ノ立法例又區區ニ涉レリ舊民法ニ於テハフランス法ノ主義ニ傚ヒ條件ノ效力ハ既往ニ遡ルモノトシ獨逸民法ニ於テハ原則トシテ一般ニ之ヲ既往ニ遡ラサルモノトセリ(帝國民法施行前ニ在リテハ大ニ議論アリシカ帝國民法ニ於テハ原則トシテ既往ニ遡ラサルモノトセリ但條件ノ成否未定間ニ於テ第三者ノ爲メニ爲シタル處分ハ條件ノ成就ニ因リテ無效ニ歸スヘキモノトスルカ故ニ殆ト既往ニ遡ルモノトセルニ同シ)理論上ニ於テハ兩說共ニ之ヲ說明スルニ難カラスト雖モ若シ法律ニ何等ノ規定爲シトセハ現在ノ事實ノ效力カ既往ニ遡ルハ寧ロ自然ニ反スルカ故ニ條件ノ效力モ亦既往ニ遡ラスト云フヲ妥當トスヘキカ唯當事者ノ意思及ヒ實際ノ便宜ヨリ之ヲ考ウレハ或ハ其效力ヲ既往ニ遡ラシムルヲ可トスヘキカ如シ然リト雖モ是レ唯一般ノ場合ニ付テ云ヘルモノニシテ其當事者ノ意思之ニ反スルトキハ固ヨリ其意思ニ從フヲ妥當トス本條ニ於テハ其正反對ヲ採リ原則トシテハ條件ノ效力既往ニ遡ラサルモノトシ唯當事者ハ其反對ヲ定ムルコトヲ得ルモノトセリ此例外アルカ爲メ右ノ問題ハ大ニ其實用ヲ減シ當事者ノ意思明カナル場合ニ於テハ本條ノ規定ニヨラスシテ專ラ其意思ニヨルヘキコト論ヲ竢タス而シテ一般ノ規定トシテ條件ノ效力ヲ既往ニ遡ラシメサル所以ノモノ他ナシ一ニハ其效力カ既往ニ遡ルカ爲メ第三者ノ權利ヲ撹亂シ又當事者間ニ於テモ既往ノ事實ニ變更ヲ生セシムルニ至リ大ニ不便ヲ感スルコトナシトセサルトヲ以テナリ余ハ或ハ反對說可ナルカヲ疑フト雖モ當事者ノ特約ヲ以テ法律ノ規定ニヨラサルモノトスルコトヲ得ルカ故ニ深ク之ヲ論スルノ必要爲シ
條件ハ法律行爲ノ成立ヲ停止シ其成就ノ時ニ至リハシメテ法律行爲アリタルト同一視スヘキモノトスル學者尠カラスト雖モ余ノ信スル所ヲ以テスレハ是レ誤レリ條件ハ唯法律行爲ノ效力發生又ハ消滅ヲ停ムルニ過キスシテ法律行爲其モノハ今ヨリ確然成立シ此法律行爲ヨリ一種ノ權利ヲ生スルコトハ亳モ疑ヲ容レサル所ニシテ次ノ二條ニ於テモ明カニ之ヲ認メタリ唯條件ノ成否未定ノ間ニ於ケル權利ハ既ニ法律行爲ノ目的タル權利ニシテ唯條件附ナルモノナルカ又ハ法律行爲ノ目的タル權利ハ條件成就ノ時ヨリハシメテ生スヘキモノニシテ其間ノ權利ハ一種特別ナル債權ニ過キサルカハ又學者ノ間ニ議論多キ所ナリト雖モ余ノ信スル所ニ據レハ若シ條件ヲ以テ其效力既往ニ遡ルモノト爲セハ寧ロ條件附ニテ法律行爲ノ目的タル權利今ヨリ發生セリト云フヲ可トスルモ條件ノ效力ハ將來ニ向イテノミ生スルモノトセハ到底此說ヲ主張スルコト能ハス必ス一種特別ノ債權ヲ生スルニ止マルモノト爲ササルコトヲ得ス而シテ本法ニ於テハ條件ノ效力既往ニ遡ラサルモノト爲シタルカ故ニ條件ノ成就マテノ權利ハ一種特別ノ債權ナルコト蓋シ疑ヲ容レサルニアリ而シテ其債權ノ目的及ヒ性質ハ次ノ二條ニ詳ナリ
第百二十八條 條件附法律行爲ノ各當事者ハ條件ノ成否未定ノ間ニ於テ條件ノ成就ニ因リ其行爲ヨリ生スヘキ相手方ノ利益ヲ害スルコトヲ得ス
本條ハ所謂條件附權利 ノ何物タルカヲ規定シタルモノナリ蓋シ條件附權利ノ性質ハ從來學者ノ間ニ議論一定セサル所ニシテ或ハ條件ノ成就ニ至ルマテハ如何ナル權利ヲモ生スルコトナシト云ヒ或ハ條件成就ノ前ト雖モ既ニ法律行爲ノ目的タル權利發生セルモノナリト云ヘルコトハ前條ノ下ニ論シタルカ如シ然レトモ是レ兩ナカラ正鵠ヲ失エル說ト謂フヘシ條件ノ成就ニ至ルマテ如何ナル權利ヲモ生スルコトナシトセハ當事者ハ自己モ所有ニ因リ假令條件成就スルモ法律行爲ヲシテ其效力ヲ生スルコト能ハサラシムルコトヲ得ヘク隨テ法律行爲ノ抅束力ヲ認メサルニ至リ其說ノ不當ナルコト殆ト喋喋ヲ竢タス然リト雖モ條件未タ成就セサル前ニ於テ既ニ法律行爲ノ目的タル權利發生セリト云フハ條件ノ效力既往ニ遡ルヘキモノトスレハ可ナルモ一旦條件ノ效力既往ニ遡ラサルヲ原則トスル以上ハ到底此說ヲ採用スルコトヲ得サルコト又既ニ之ヲ論シタリ故ニ本條ニ於テハ其中ヲ執リ法律行爲ノ目的タル權利ハ未タ生セスト雖モ其法律行爲ハ業ニ既ニ抅束力ヲ生シタルモノニシテ當事者ハ自己ノ所爲又ハ過失ニ因リ其效力ノ全部又ハ一部ノ發生ヲ妨クルコト能ハサルモノトセリ例ヘハ條件附ヲ以テ權利ノ讓渡ヲ約シタル場合ニ於テ債務者ハ其權利ノ目的物ヲ毀壞、損傷スルコトヲ得サルノ類是ナリ
本條ハ停止條件ト解除條件トヲ併セテ規定セリ是レ他ナシ解除條件附法律行爲ハ直チニ其效力ヲ生スルト雖モ其解除カ條件ニ繫ルカ故ニ其解除ニ因リテ債權ヲ得ヘキ者ハ即チ停止條件附債權者ト謂フヘキカ故ニ同一ノ規定ヲ以テ之ヲ支配スルコトヲ得ヘケレハナリ以下皆同シ
第百二十九條 條件ノ成否未定ノ間ニ於ケル當事者ノ權利義務ハ一般ノ規定ニ從ヒ之ヲ處分、相續、保存又ハ擔保スルコトヲ得(財四一〇、四一七、四二五)
本條モ亦條件附權利ノ效力定メタルモノナリ蓋シ條件附權利ヲ以テ眞ノ權利ナリトスル以上ハ本條ノ規定スル所ハ固ヨリ疑ヲ容レサル所ナリト雖モ從來之ニ付キ種種ノ議論アルカ故ニ寧ロ明文ヲ以テ之ヲ規定スルノ愈レルニ如カストシテ本條ヲ設ケタルナリ例ヘハ條件附法律行爲ノ目的カ不動產上ノ物權ナルトキハ其債權者ハ固ヨリ其權利ヲ他人ニ讓渡スコトヲ得ルト雖モ無條件法律行爲ノ場合ニ於ケルカ如ク之ヲ登記スルニ非サレハ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス(一七七)又條件ノ成就セサル前ニ當事者ノ一方カ死亡スルトキハ其相續人ハ條件附ノ權利又ハ義務ヲ相續スルコト他ノ財產ニ異ナルコトナシ又條件附ヲ以テ債權ヲ讓渡シタル場合ニ於テ條件ノ成就セサル前ニ其債權カ時效ニ因リテ消滅セントスルトキハ其讓受人ハ債務者ニ對シテ時效中斷ノ方法ヲ執ルコトヲ得ヘシ又條件附債務者ハ其債務ヲ担保スル爲メ保證人、質又ハ抵當ヲ供スルコトヲ得ヘシ
第百三十條 條件ノ成就ニ因リテ不利益ヲ受クヘキ當事者カ故意ニ其條件ノ成就ヲ妨ケタルトキハ相手方ハ其條件ヲ成就シタルモノト看做スコトヲ得(財四一四)
本條モ亦第百二十八條ノ原則ヲ敷衍シタルモノト云フモ可ナリ蓋シ第百二十八條ニ因リ條件附法律行爲ノ抅束力アルコトヲ明カニセリ故ニ當事者ハ其法律行爲ヲシテ效力生セサラシムルカ如キ所爲アルヘカラス隨テ債務者ハ故意ニ條件ノ成就ヲ妨クヘキ行爲ヲ爲スヘカラス若シ之ヲ爲ストキハ其制裁トシテ相手方ハ其條件ヲ成就シタルモノト看做スコトヲ得ルモノトセリ蓋シ條件ノ成就スルヤ否ヤ未タ確定セサル時ニ於テ若シ當事者ノ一方カ其條件ノ成就妨ケタルトキハ(例ヘハ「船舶カ無事ニ其港ニ到着セハ」ト云ヘル條件アル場合ニオテ其船舶ヲ沈沒セシメタルカ如キ此類ナリ)其條件ハ果シテ成就スヘカリシヤ否ヤヲ知ルコト能ハス而シテ其之ヲ知ルコト能ハサラシメタルハ抑〻右ノ當事者ノ所爲ニ出タルモノナルカ故ニ其相手方ヲシテ條件ヲ成就スヘカリシモノト看做スコトヲ得セシムルモアエテ酷ニ失セリト云フヘカラス而シテ其條件ノ成就スヘカリシ時期又不確定ナルカ故ニ直チニ成就シタルモノト看做スコトヲ得セシメタルナリ或ハ曰ハン此場合ニ於テハ當事者ノ一方ノ不法行爲ニ因リテ條件カ成就セサルニ至リタルモノナルカ故ニ之ヲシテ損害ノ賠償ニ任セシムルハ即チ可ナリ相手方ヲシテ成否未定ナリシ條件ヲ以テ直チニ成就シタルモノト看做サシムルハ頗ル其當ヲ得スト然リト雖モ此場合ニ於テハ恰モ條件ノ成就スヘカリシヤ否ヤヲ確知スルコトヲ能ハサルカ故ニ果シテ損害ヲ生スヘカリシヤ否ヤ而シテ其損害ハ如何ナルヘカリシカスヘテ之ヲ證明スルコトヲ能ハス故ニ若シ單ニ相手方ニ与ウルニ損害要償ノ權ノミヲ以テセンカ相手方ハ此權利ヲ實際ニ行フコト能ハサルコト最モ多カルヘシ是レ本條ノ規定ニ因リテ相手方ヲ保護スルノヤムコトヲ得サル所以ナリ
第百三十一條 條件カ法律行爲ノ當時旣ニ成就セル場合ニ於テ其條件カ停止條件ナルトキハ其法律行爲ハ無條件トシ解除條件ナルトキハ無效トス
條件ノ不成就カ法律行爲ノ當時旣ニ確定セル場合ニ於テ其條件カ停止條件ナルトキハ其法律行爲ハ無效トシ解除條件ナルトキハ無條件トス
前二項ノ場合ニ於テ當事者カ條件ノ成就又ハ不成就ヲ知ラサル間ハ第百二十八條及ヒ第百二十九條ノ規定ヲ準用ス(財四〇八)
本條ハ現在又ハ過去ノ事實ヲ以テ條件トシタル場合ニ關スル規定ナリ蓋シ既ニ論シタルカ如ク羅馬法及ヒフランス法系ノ法律ニ於テハ現在又ハ過去ノ事實ヲ以テ條件トスルコトヲ許サス而シテ若シ當事者カ法律行爲此如キ條件ヲ附シタルトキハ其效力果シテ如何ト云フニ其條件カ停止條件ナルトキハ其事實カ業ニ既ニ成就セル場合ニ於テハ法律行爲ハ全ク條件ナキモノトシ其行爲ヨリ生スル權利義務ハ直チニ履行スヘキモノト爲リ若シ其事實カ成就セサルコト業ニ既ニ確定セル場合ニ於テハ全ク法律行爲ナキモノト看做シ又其條件カ解除條件ナルトキハ其事實カ業ニ既ニ成就セル場合ニ於テハ法律行爲ハ初ヨリ效力ヲ生スルコト能ハサルモノトシ其事實カ成就セサルコト業ニ既ニ確定セル場合ニ於テハ其法律行爲ハ完全ニ其效力ヲ生シ其效力ハ永久ニ存續スヘキモノトセリ是レ固ヨリ當然ニシテ本法ニ於テハ現在又ハ過去ノ事實ヲ以テ條件トスルコトヲ許スニ拘ハラス此如キ條件ヲ附シタル法律行爲ハ全ク右ニ述ヘタルト同一ナル效力ヲ有スヘキコト固ヨリ論ヲ竢タサル所ナリ羅馬法及ヒフランス法系ノ法律ニ依レハ所謂條件 ナルモノ非サルモノト認ムルカ故ニ當事者カ其事實ヲ知ラサル間ト雖モアエテ之ニ條件ノ規定ヲ適用スルコトヲ得ス之ニ反シテ本法ニ於テハ當事者カ未タ其事實ノ成否ヲ知ラサル間ハ全ク條件附法律行爲ノ效力ヲ生スヘキモノトシ第百二十八條及ヒ百二十九條ノ規定ヲ適用スルコトヲ得ヘキモノトセリ
第百三十二條 不法ノ條件ヲ附シタル法律行爲ハ無效トス不法行爲ヲ爲ササルヲ以テ條件トスルモノ亦同シ(財四一三)
本條ハ不法條件 (coditionillicite, unerlaubte Bedingung)ニ付テハ規定セルモノナリ不法條件トハ「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項」(九〇)其他法令ノ規定ニ背キタル事項ヲ條件トシタルモノナリ例ヘハ「若シ相手方カ人ヲ殺サハ」、「人ノ財ヲ奪ハハ」、「猥褻ノ所行ヲ爲サハ」等是ナリ
不法條件ヲ附シタル法律行爲ハ即チ其目的ヲ不法ト爲スカ故ニ無效ナリ(九〇)唯玆ニ疑ヲ生スルハ不法行爲ヲ爲ササルヲ以テ條件トスル場合是ナリ之ニ付テハ各國ノ立法例及ヒ學說未タ一定セス或ハ此條件ヲ以テ有效トセリ今其理由ヲ尋ヌルニ曰ク不法行爲ヲ爲ササルヲ以テ條件ト爲ストキハ即チ人ヲシテ不法行爲ヲ爲ササラシムルヲ目的トスルカ故ニ可ナリ例ヘハ「汝若シ某ヲ殺スコトヲ斷念セハ我汝ニ百金ヲ与ヘン」ト云フカ如キハ之ニ因リテ其者ニ殺人ノ念ヲ斷タシメント欲スルモノナルカ故ニ此如キ行爲ハ寧ロ奬勵スヘキモアエテ禁スヘキ所ニ非スト是レ非ナリ其不法行爲ハ他人ノ奬勵、誘導ヲ竢タスシテ之ヲ爲ササルハ各人ノ分トスル所ナリ然ルニ今他人ヨリ金ヲ受ケテ僅ニ不法行爲ヲ爲ササルニ至ルハ是レ自己ノ義務ヲ盡スニ報酬ヲ求ムルモノニシテ換言セハ不法行爲ヲ企テタルカ爲メニ利益ヲ獲ルモノナリ况ヤ若シ之ヲ有效トセハ或ハ金ヲ得ンカ爲メニ故ラニ人ヲ殺スサンコトヲ企ツルノ恐爲シトセサルニ於テヲヤ是レ甚タ公ノ秩序ヲ害スルモノニシテ固ヨリ不法ト謂ハスンハアルヘカラス故ニ本條ニ於テハ此如キ條件ハ又法律行爲ヲ無效トスヘキモノナルコトヲ規定セリ
停止條件ヲ以テ不法ナラスト爲ス者ハ必ス不法行爲ヲ以テ解除條件ト爲スモ亦有效ナリト曰ハン蓋シ解除條件附債權者ハ不法行爲ヲ爲セハ其權利ヲ失フヘキカ故ニ此條件ハ不法行爲ヲ爲ササルノ奬勵ト爲ルヘシト云フコトヲ得ヘケレハナリ然リト雖モ既ニ論シタルカ如ク不法行爲ヲ爲ササルニ因リ報酬ヲ求ムルコトヲ得ヘカラサルカ故ニ不法行爲ヲ爲セハ法律行爲ノ效力即チ消滅シテ爲メニ不利益ヲ毫ルコトアルヘキモ前ニ述ヘタルト同一ノ理由ニ因リ是レ亦不法ナリト謂ハサルコトヲ得ス是レ本條ニ於テ停止條件ト解除條件トヲ分タサル所以ナリ
第百三十三條 不能ノ停止條件ヲ附シタル法律行爲ハ無效トス
不能ノ解除條件ヲ附シタル法律行爲ハ無條件トス(財四一三-一項、三項)
本條ハ不能條件 (conditionimpossible, unmögliche Bedingung)ニ付テ規定セリ不能條件トハ事實ノ性質上成就スルコト能ハサルモノヲ以テ條件ト爲シタルナリ例ヘハ「汝若シ月界ニ旅行セハ」、「百里ヲ隔ツル處ニ一時間ニシテ到達セハ」ト云フカ如キノ類是ナリ
不能條件ハ無效ナリ故ニ之ヲ停止條件トセハ其法律行爲ハ全ク效ヲ生スルコト能ハス蓋シ不能ノ事ハ何レノ時マテ之ヲ待ツモ到底成就スヘキニ非サルカ故ニ法律ハ今ヨリ其法律行爲ヲ無效ナリト看做スナリ若シ又不能條件ヲ以テ解除條件トセハ其法律行爲ヲ解除スヘキ時期畢竟到來セサルコト分明ナルカ故ニ其法律行爲ハ全ク條件ナキモノト看做シ完全ニ其效力ヲ生スヘキモノトセルナリ或ハ曰ハン天下ノ事絕對ニ不能ナルハ極メテ稀ナリ唯人智ノ及ハサル爲メ吾人カ不能ト思ヘル事尠カラス故ニ現時ノ人智ヲ以テ何人モ皆不能ナリト信スル事項ニシテ即チ一ノ發明ニ因リ可能ト爲リタル場合ニハ其條件ハ不能ナリト謂フヘキカ將タ可能ナリト謂フヘキカ例ヘハ體內ノ狀況ハ外部ヨリ之ヲ視ルコト能ハサルハ從來何人皆信セシ所ナリト雖モ彼X光線發明アリテ因リ以來體內ノ狀況ヲ洞見スルコトヲ得ルニ非スヤ然ルニ未タ此發明非サル前ニ於テ「汝若シ體內ノ狀況ヲ視ルコトヲ得ルニ至ラハ」ト云ヘル條件ヲ以テ法律行爲ヲ爲シタリトセンニ蓋シ何人ト雖モ其條件ハ不能ナリトイヒシナラン然ルニ今日ニ至リテハ其條件ノ不能ニ非サルコト既ニ明白ト爲レリシカラハ其條件ハ可能ナリト云フヘキカ然リト雖モ法律行爲ノ效力ハ其行爲ノ當時ノ事態ニ因リテ定マルヘキモノナルカ故ニ其行爲ニ於テ不能ナリシ事實ヲ條件トセハ其條件ハ不能ニシテ其法律行爲ハ無效ナリト云フヘキカト此說ハ頗ル味ウヘキモノアリト雖モ本條ノ解釋トシテハ未タ正鵠ヲ得タルモノト爲スヘカラス蓋シ物ノ能、不能ハ絕對ニ之ヲ斷言スルコト極メテ難シト雖モ若シ當事者間ニ爭アラハ法官ハ其爭ノ時ニ於ケル自己ノ智識ヲ以テ其能、不能ヲ判斷スルノ外爲シユエニ未タX光線ノ發明非サリシ當時ニ於テ右ノ條件ノ能、不能ニ付キ爭アリテ法廷ニ訴フルニ至ラハ法官ハ必ス其條件ヲ不能トシテ之ヲ無效ト認メタルナラン然リト雖モ若シ法官今日ニ於テ右ノ爭決スヘキモノトセハ今日ハX光線ノ發明ニ因リテ其事ノ不能ナラサルコトヲ知レルカ故ニ假令行爲ノ當時何人モ之ヲ不能ナリト信シタレハトテ今日ハ之ヲ不能 ナリト云フコト能ハス蓋シ不能 トハ絕對ニ不能ナルノ謂ナリト雖モ吾人ノ智識ハ極メテ狹小ナルカ故ニ吾人カ不能ナラント信シタル事モ往往不能ニ非サルコト後ニ至リテ明瞭ト爲ルコトアリ然レトモ吾人ノ智識ノ外ヨルヘキ標準ナキカ故ニ已ムコトヲ得ス此不確實ナル標準ニ因リテ判斷ヲ爲スノミ今新發明ニ因リテ吾人ノ智識ヲ加ヘ以テ昨非ヲ悟ルコトヲ得ハ何爲レソ舊時ノ誤信ヲ株守シ可能ノ事ヲ以テ尙ホ不能ナリト云フコトヲ得ヘケンヤ
第百三十四條 停止條件附法律行爲ハ其條件カ單ニ債務者ノ意思ノミニ係ルトキハ無效トス(財四一五)
本條ハ隨意條件 (condition pote tative,potestative Bedingung)ニ付テ規定セリ隨意條件ニ二種アリ(第一)尋常隨意條件 (condition simplementpotestative)例ヘハ「吾京都ニ旅行セハ」ト云フカ如キ是ナリ即チ當事者ノ意思ノ外貴重ノ時間ヲ費シ莫大ノ費用ヲ出タス等其條件ヲ成就セシメンニハ當事者ノ爲メニ不利益ナル行爲ヲ爲スヘキカ如キ場合ニ是ナリ此種ノ隨意條件ハ全ク有效ニシテ偶成條件 (conditioneasuelle, kasuelle Bedingung)即チ天變、地異等全ク以外ノ事實又ハ第三者ノ意思ニヨル事項ヲ條件トスルモノト亳モ異ナル所爲シ(第二)純粹隨意條件 (conditionpurement potestative)例ヘハ「吾カ欲スル時」ト云ヘルカ如ク全ク意思ノミニ因リ條件成就スヘキ場合是ナリ此種ノ條件ヲ細別シテ四ト爲ス(一)債權者ノ隨意停止條件 即チ債權者ノ意思ノミニヨル停止條件ヲ附シタル法律行爲ハ債權者ニ於テ何時ニテモ是レカ履行ヲ請求スルコトヲ得ルカ故ニ恰モ無條件ノ法律行爲ニ等シキカ如キ觀ナキニ非スト雖若然ラス若シ債權者ニシテ其意思ヲ表セスシテ死亡スルトキハ其ノ債權ハ終ニ生セスシテ了ハランノミ之ニ反シテ單純ノ行爲ナランニハ債權者カ請求ヲ爲スト爲ササルトニ拘ハラス債權ハ正ニ發生セルモノナリ而シテ當事者ノ意思カ前者ニ在ランニハ强ヒテ之ヲ後者ナリト爲スコト必要トセサレハナリ又假令債權者カ「吾又ハ吾相續人カ欲スル時」ト曰イタリトスルモ其之ヲ欲スル意思ヲ表示スルマテハ未タ法律行爲ノ目的タル債權ヲ生スルコトナシ是レ單純ナル行爲ト異ナル所ナリ(二)債權者ノ隨意解除條件 即チ債權者ノ意思ノミニ因リ法律行爲其效力ヲ失フヘキ場合ニ於テハ其條件ヲ有效トスヘキコト殆ト疑ヲ容レス(三)債務者ノ隨意停止條件 即チ債務者ノ意思ノミニヨル停止條件ナルトキハ法律行爲ハ爲メニ無效ト爲ラサルコトヲ得ス何トナレハ債務ハ一ニ之ヲ法鎖 (juris vinculumlicn droit, Rechtsband)ト云フカ如ク必ス抅束力アルコトヲ要ス然ルニ「債務者カ之ヲ欲セハ」ト云ヘル條件ハ其行爲ヲシテ全ク抅束力ヲ失ハシムルモノナリ故ニ債務發生スルコト能ハス隨テ其行爲ハ無效ナリチ謂ハサルコトヲ得ス(四)債務者ノ隨意解除條件 即チ債務者ノ意思ニ因リテ法律行爲其效力ヲ失フヘキ場合ニ於テモ亦其條件ヲ無效ナリト云フ者ナキニ非スト雖モ前ニ債權者ノ隨意停止條件ニ付テ論シタルト同一ノ理由ニ因リテ之ヲ無效トスルノ必要爲シ何トナレハ債務者カ自己ノ意思ノミニ因リテ法律行爲ノ效力ヲ消滅セシムルコトヲ得ルハ殆ト抅束力ナキカ如シト雖モ若シ債務者ニシテ之ヲ解除セント欲スル意思ヲ表セスシテ死亡シタルトキハ其行爲ハ完全ニ成立シ永久ニ其效力ヲ保持スヘク又債務者又ハ相續人カ其意思ヲ表示シタルニ因リテ其行爲效力ヲ失フモ其時マテハ十分ノ效力アルモノナレハナリ
本條ハ雙務契約ノ當事者ノ一方ノミニ係ル條件ヲ無效トスルモノニ非ス此場合ニ於テハ其者ハ債務者タルト同時ニ必ス債權者タレハナリ
二 期限
第百三十五條 法律行爲ニ始期ヲ附シタルトキハ其法律行爲ノ履行ハ期限ノ到來スルマテ之ヲ請求スルコトヲ得ス
法律行爲ニ終期ヲ附シタルトキハ其法律行爲ノ效力ハ期限ノ到來シタル時ニ於テ消滅ス(財四〇三)
期限(dies, terme, Termin oder Befristung)トハ法律行爲ノ履行又ハ其效力ノ消滅ヲ到來ノ確定セル時期ニ繫ラシムル意思表示ヲ云フ
尙ホ期限ニ確定 ナルモノ(terme certain,gewisse Zeit)ト不確定 ナルモノ(terme incertain,ungewisse Zeit)トアリ甲ハ其到來スヘキ時期確定スルモノニシテ「何年何月何日」又ハ「何年、何月、何日ノ後」ノ類ナリ乙ハ其時期確定セサルモノニシテ「某死亡ノ時」「今後始メテ雨フル時」ノ類ナリ(四一二)
期限ノ效力ハ條件ノ效力ニ異ナリテ之ヲ附シタル法律行爲カ其效力ヲ生スヘキコト又ハ之ヲ失フヘキコハト初ヨリ確定セリ故ニ條件附法律行爲ヨリ生スヘキ權利ハ條件成就ノトキ初テ發生スルモ期限附法律行爲ヨリ生スル權利ハ初ヨリ發生シテ唯其實行ノ始マルヘキ時期ノミ未タ到來セサルモノトスルハ古來學者ノ皆唱ウル所ナリ然リト雖モ細ニ之ヲ觀察スレハ條件ト期限トノ差ハ唯其到來ノ確定セルト確定セサルトニ過キスシテ其本來ノ性質ニ於テハ亳モ異ナル所爲シトスルヲ穩當トス故ニ獨逸民法ノ如キハ單ニ條件ニ關スル規定ヲ期限ニ準用スルニ過キス然リト雖モ古來ノ慣習上又普通ノ人情上ヨリ云フトキハ物權ニ付テハ一旦條件ニ遡及效爲シトシタル以上ハ期限ト條件トノ間ニ亳モ性質上ノ差異爲シト雖モ債權ニ付テハ期限ノ到來ヲ竢タス其債權初ヨリ發生シ唯其履行ノ時期ノミ將來ニ屬スルモノト視ルヘキカ如シ是レ他ナシ物權ニ付テハ期限到來前ハ單ニ債權ヲ生スルニ止マリ未タ其物權ノ發生、移轉非ス是レ恰モ物權ヲ目的トスル條件附法律行爲ニ於テ其物權ハ條件成就ノ時ニハシメテ發生スルモ一ノ債權ハ既ニ其以前ニ生スヘキカ如シ(一二七)唯其時ノ到來ノ確定スルト確定セサルトニ因リ其債權ノ性質自ラ異ニシテ甲ハ直接ニ法律行爲ノ目的タル物權ノ發生、移轉ヲ目的トスルモ乙ハ唯其物權ノ發生、移轉ヲ妨ケサルヲ以テ其目的トスルニ過キス之ニ反シテ債權ノ發生ヲ目的トスル法律行爲ニ在リテハ若シ條件附ナランカ其債權ハ未タ發生セス單ニ其發生ヲ妨ケサルヲ目的トスル一種特別ノ債權ノミ發生セルモ若シ期限附ナランカ法律行爲ノ目的タル債權ハ必ス發生スヘキコト今ヨリ確定セルカ故ニ其債權ヲ發生セシムルヲ以テ目的トスル債權ト其債權其物トノ間ニ區別ヲ立ツルコト殆ト想像ノ及ハサル所ニシテ又實際ニ何等ノ必要アルコトナシ故ニ慣習上、人情上自ラ期限附債權ハ今ヨリ直チニ發生スルモ唯其履行ノ時期ノミ將來ニ屬スルモノトスルニ至レルナリ
債權及ヒ所有權以外ノ物權ノ發生又ハ消滅ヲ目的トスル法律行爲ニ期限ヲ附スルコトヲ得ルハ古來嘗テ人ノ爭ハサル所ナリト雖モ所有權ノ發生又ハ消滅ニ期限ヲ附スルコトヲ得ルヤ否ヤ大ニ議論アル所ニシテ古來ノ立法例又一致セサル所ナリ是レ他ナシ所有權ノ要素ハ物ヲ處分スル權利ニ在ルト所有權ノ性質ハ必ス永久タルコトヲ要スルモノトスルトニヨレリ然リト雖モ余ヲ以テ之ヲ觀レハ所有權ノ物ヲ處分スル權利ヲ以テ其要素ト爲スハ固ヨリナリト雖モ若シ所有權ノ移轉ニ始期アルトキハ其始期ノ到來マテハ讓渡人ハ未タ物ノ所有權ヲ失ハサルカ故ニ若シ物ヲ處分スルモ(例ヘハ物ヲ毀滅スルノ類是ナリ)未タ直接ニ讓受人ノ權利ヲ害シタルモノト謂フコトヲ得ス但其物ノ所有權ヲ移轉スルノ義務ヲ負エルカ故ニ間接ニ相手方ノ債權ヲ侵害シタルモノト云フヘキノミ是レ恰モ賃貸人カ賃貸物ヲ處分スルトキハ是レ固ヨリ其所有權ヲ行使シタルモノニシテ直接ニ他人ノ權利ヲ害セサルカ如シト雖モ賃借人ハ其物ニ付テ債權ヲ有スルカ故ニ間接ニ此債權ヲ害スルノ結果ヲ生シ隨テ債權侵害ノ責ニ任セサルコトヲ得サルト一般ナリ又所有權ノ永久ナルヘキコトハ古來學者ノ唱道スル所ナリト雖モ是レ余カ解セサル所ナリ蓋シ所有權ヲ他人ニ移轉シ又ハ單ニ之ヲ抛棄スルコトヲ得ルハ何人ト雖モ爭ハサル所ナリ若シシカラハ所有權ハ永久ナラサルコトヲ得ルモノト謂ハサルコトヲ得ス唯普通ノ場合ニ於テハ之ヲ移轉又ハ抛棄スヘキヤ否ヤヲ知ラスト雖モ所有權ノ終期アルトキハ其消滅スヘキコト今ヨリ確定セルヲ以テ若シ物ノ處分ヲ爲セハ爲メニ間接ニ期限ノ利益ヲ受クヘキ者ノ權利ヲ害スルニ至ルカ故ニ濫ニ之ヲ處分スルコトヲ能ハサルノミ然リト雖モ所有權ノ作用トシテハ今之ヲ處分スルモ敢テ直接ニ他人ノ權利ヲ害スルコトナク全ク自己ノ所有權內ノ行作ヲ爲スモノト謂ハサルヘカラサルハ恰モ所有權ニ始期ヲ附シタル場合ト異ナルコトナキナリ思フニ反對論者ハ物ノ處分ト權利ノ處分トヲ混同セル者カ(尙ホ此事ニ付テハ後ニ所有權ノ章ニ至リテ大ニ論スル所アルヘシ)故ニ始期、終期共ニ之ヲ所有權ニ附スルコトヲ得ルヤ蓋シ疑ヲ容レサル所ナリ(新民法ニ於テハ條件ノ效力既往ニ遡ラサルモノトセルカ故ニ之ヲ所有權ニ附スルトキハ所有權カアル時ニ於テ消滅スヘキコトヲ前定スルモノニシテ期限ニ限リ之ヲ所有權ニ附スルコトヲ得スト謂フハナンソ不均衡タルコト明カナリ)
本條ニ於テハ一切區別ヲ爲ササルカ故ニ暗ニ所有權ニモ亦期限ヲ附スルコトヲ得ルモノトセルコト殆ト言フヲ竢タサルナリ
第百三十六條 期限ハ債務者ノ利益ノ爲メニ定メタルモノト推定ス
期限ノ利益ハ之ヲ抛棄スルコトヲ得但之カ爲メニ相手方ノ利益ヲ害スルコトヲ得ス(財四〇四)
何人ト雖モ自己ノ利益ヲ抛棄スルコトヲ得ヘキハ言フヲ竢タサル所ニシテ本法ニ於テハ特ニ其原則ヲ揭ケタル條文爲シ今期限モ亦當事者ノ一方ノ利益ノ爲メニ設ケタルモノナルトキハ其物ヨリ之ヲ抛棄スルコトヲ得ルハ固ヨリ論ヲ竢タサル所ナリ而シテ期限ハ時トシテハ債務者ノ利益ノ爲メニ之ヲ設ケ時トシテハ債權者ノ利益ノ爲メニ之ヲ設ク例ヘハ無利息貸借ニ於テ期限アルハ單ニ債務者ノ爲メニセルモノナリ之ニ反シテ寄託契約ニ於テ期限アルハ單ニ債權者ノ爲メニセルモノナリ故ニ甲ハ債權者ヨリ之ヲ抛棄スルコトヲ得ヘク乙ハ債權者ヨリ之ヲ抛棄スルコトヲ得ヘシ(六六二)然レトモ間誰カ爲メニ期限ヲ設ケタルカヲ知ルコト能ハサルコトアリ此場合ニ於テハ寧ロ債務者ノ爲メニ設ケタルモノト推定セリ然リト雖モ期限ノ利益ヲ抛棄スル爲メ相手方ニ損害ヲ加フヘカラス例ヘハ有利貸借ニ於テ期限アルハ主トシテ債務者ノ爲メニスルモノト推定スルヲ以テ債務者ハ何時ニテモ其期限ヲ抛棄シテ直チニ借用金ヲ返濟スルコトヲ得ヘキモ(五九一、二項參觀)若シ債權者ニシテ利息ヲ取ルヲヲ目的トセルトキハ債務者カ期限前ニ返濟ヲ爲シタルニ因リ債權者ハ其利息ヲ失ヒ爲メニ其利益ヲ害セラルルコトナシトセス故ニ此場合ニ於テハ債務者ハ期限マテノ利息又ハ期限前ノ返濟ニ因リ失ヒタル所ノ利息ヲヲ請求スルコトヲ得スンハアルヘカラス是レ本條ニ規定スル所ナリ但債權者カ異議ナク返濟ヲ受ケタルトキハ將來ノ利息ヲ請求スルコトヲ得ス蓋シ債權者モ亦期限ノ利益ヲ抛棄シタルモノト看做セハナリ
第百三十七條 左ノ場合ニ於テハ債務者ハ期限ノ利益ヲ主張スルコトヲ得ス
一 債務者カ破產ノ宣吿ヲ受ケタルトキ
二 債務者カ擔保ヲ毀滅シ又ハ之ヲ減少シタルトキ
三 債務者カ擔保ヲ供スル義務ヲ負フ場合ニ於テ之ヲ供セサルトキ(財四〇五、舊商五九〇、九八八)
本條ハ債務者カ其意ニ反シテ期限ノ利益ヲ失フヘキ場合ニ付テ規定セリ
第一號ノ規定アルハ他ナシ破產ノ場合ニ於テハ若シ各債權者ノ債權ノ期限ノ到來スルニ從ヒ其弁濟ヲ爲スヘキモノトセハ破產手續ハ何レノ日ニ終局ヲ視ルヘキカヲ知ルコト能ハサレハナリ或ハ其配當額ヲ供託セハ可ナルカ如キモ其利息ヲ期限附債權者ニ与ウヘクンハ之ヲ供託スルノ利益ナカルヘク其利息ヲ各債權者間ニ分配スヘキモノトセハ最遠ノ期限到來ノ後ハシメテ破產手續ヲ終結スルコトヲ得ヘク殊ニ不確定期限ノ如キハ何レノ時ニ到來スヘキカヲ知ラサルカ故ニ其不便實ニ想像ニ余アル所ナリ而シテ現行法ニ於テハ利息ノ割引計算ヲ爲ササルモ是レ聊カ不當タルヲ免レサルカ故ニ破產法案ニ於テハ是レカ計算ヲ爲スヘキモノトセリ(草九乃至一二)要スルニ本條第一號ノ規定ノ必要ナルコトハ殆ト疑ヲ容レサル所ニシテ之ニ類スル規定ハ各國ノ法律大抵皆之ヲ採用セサルハナキナリ(舊商九八九ニ依レハ破產ノ結果利息ノ進行ヲ止ムルコトヲ參觀スヘシ)
第二號及ヒ第三號ノ場合ハ皆債務者カ自己ノ所爲ニ因リテ債權者ノ信用ノ基礎ヲ減シタル場合ニシテ之ニ因リ債權者カ初ニ期限ノ与エタル根據ヲ失ハシメタルモノト云フヘシユエニ此場合ニ於テハ法律ハ債務者ヨリ期限ノ利益ヲ褫奪セリ例ヘハ債務者カ一ノ家屋ヲ抵當トセル場合ニ於テ其家屋ヲ燒毀シ又ハ其一部ヲ毀壞シ又ハ債務者カ質物ヲ与ウヘキ旨ヲ約シテ之ヲ履行セサルトキハ其期限ノ利益ヲ失フヘキカ如キ是ナリ
第五章 期間
第百三十八條 期間ノ計算法ハ法令、裁判上ノ命令又ハ法律行爲ニ別段ノ定アル場合ヲ除ク外本章ノ規定ニ從フ
本條ノ規定ハ法令、裁判所ノ命令又ハ法律行爲ニ何等ノ定ナキ場合ニ限リ之ヲ適用スヘキモノニシテ固ヨリ特別ノ規定又ハ特別ノ意思ノ適用ヲ妨ケサルモノトス故ニ本條ニ於テ先ツ其旨ヲ明ニセリ
第百三十九條 期間ヲ定ムルニ時ヲ以テシタルトキハ卽時ヨリ之ヲ起算ス(民訴一六五、刑訴一五、一項)
本條ハ時 ヲ以テ定メタル期間ノ計算法ヲ示セル箇條ナリ日、週、月又ハ年ヲ以テ定メタル期間ニ付テハ次條以下ノ規定ニ因リ即時ヨリ之ヲ計算セサルカ故ニ時ヲ以テ定メタル期間ニ付テモ亦同樣ノ事アランカヲ疑フ者ナキヲ保セス故ニ本條ニ於テハ次條以下ノ場合ト異ナリテ即時ヨリ其期間ヲ計算スヘキコトヲ明言セリ
第百四十條 期間ヲ定ムルニ日、週、月又ハ年ヲ以テシタルトキハ期間ノ初日ハ之ヲ算入セス但其期間カ午前零時ヨリ始マルトキハ此限ニ在ラス(證九九、二項、三項、舊商三〇九、民訴一六五、刑四九、二項、刑訴二五、一項)
本條以下ハ日、週、月 又ハ年 ヲ以テ定メタル期間ノ計算法ヲ示セル箇條ナリ此場合ニ於テハ初日ヲ算入セサルコト西洋ニ於テハ古來殆ト一定セル所ニシテ其然ル所以ノモノ蓋シ一日ニ滿タサル端數ヲ生スルトキハ頗ル計算ニ不便ナルノミナラス期間カ初日ノ何時ヨリ始マリタルカハ往往之ヲ證明スルコト能ハス故ニ初日ハ全部之ヲ算入スルカ又ハ全部之ヲ算入セサルカノ一ヲ択フノ外爲シ而シテ期間ノ經過ハ當事者ヲシテアル利益ヲ失ハシムルコト多キカ故ニ其嚴ニ失セン因リハ寧ロ寬ニ失スルヲ可トシタレハナリ但刑法ニ於テハ犯罪人ノ利益ヲ計リ特ニ初日ヲ算入セリ又法例第一條第一項ニ於テハ法律ノ施行期限ヲ定ムルニ公布ノ日ヲ算入スヘキモノトセリ
初日ヲ算入セサル理由既ニ右ニ述ヘタルカ如シトセハ之ヲ算入スルモ爲メニ端數ヲ生セサルトキハ復此規則ヲ株守スルノ必要爲シ故ニ期間カ午前零時ヨリ始マルトキハ即日ヨリ之ヲ起算スヘキモノトセリ例ヘハ午前零時ニ契約ヲ爲シ契約後一定ノ期間ヲ經テコエヲ履行スヘキトキ又ハ期間經過ノ後直チニ進行スヘキ期間ヲ計算スルトキノ如キ即チ是ナリ
第百四十一條 前條ノ場合ニ於テハ期間ノ末日ノ終了ヲ以テ期間ノ滿了トス(證九九、四項、舊商三〇八、三一二、民訴一六六、一項、刑四九、二項、刑訴一五、二項)
本條ノ規定ハ前條ノ規定ノ當然ノ結果ニシテ殆ト言フヲ竢タサルカ如シト雖モ本邦ニ於テハ從來往往反對ノ慣習ヲ視ルカ如キヲ以テ各國ノ法律ニ傚ヒ之ヲ設ケタルナリ但商法第二百八十三條ニ依レハ法律上又ハ慣習上ノ取引時間アルトキハ債務ノ期限ニ付キ其時間ノ經過ヲ以テ期間完了スルモノトシ外國又其例ニ乏然ラスト雖モ民法ノ一般ノ規定トシテハ取引時間ヲ認メス初政府案ニハ是レカ規定ヲ設ケタリシモ衆議院ニ於テ之ヲ削除セリ其理由トスル所ニ單ニ本邦人カイ又此如キ嚴重ナル風習ニ慣レスト云フニ在リタルカ如シ然レトモ商業上ニ於テハ此規定ノ必要アルカ故ニ商法ニハ之ヲ設ケタリ
第百四十二條 期間ノ末日カ大祭日、日曜日其他ノ休日ニ當タルトキハ其日ニ取引ヲ爲ササル慣習アル場合ニ限リ期間ハ其翌日ヲ以テ滿了ス(財四六九、舊商三一一、民訴一六六、二項、刑訴一五、一項)
本條モ亦各國ノ法律ニ其例多キ所ニシテ立法者、當事者等ノ意思ヲ推測シテ定メタルモノナリ蓋シ時效、契約履行等ノ期間ノ末日カ休日ナルトキハ時效ハ之ヲ中斷スルコトヲ得ス契約ハ之ヲ履行スルコトヲ得ス爲メニ看ス看ス時效ヲ完成セシメ又ハ契約不履行ノ責ニ任セサルヘカラストスレハ聊カ酷ニ失スルヲ以テナリ但立法論トシテハ或ハ此規則ノ適用ヲ日ヲ以テ定メタル期間ニ限ルノ理ナキニ非スト雖モ是レ本書ノ範囲ヲ超脫スルノ嫌アルヲ以テ敢テ玆ニ論セス
西洋ニ於テハ日曜日、大祭日等ニハ各人ノ大抵皆其業ヲ休ミ一切ノ取引ヲ爲ササルヲ以テ常トスルカ故ニ廣ク本條ノ規定ヲ適用スルコト或ハ穩當ナラント雖モ我邦ニ於テハ日曜日、大祭日等ニ其業ヲ休ム者ハ極メテ少數ニシテ未タ西洋ノ如キ慣習非サルカ故ニ一般ニ此規定ヲ適用セハ頗ル不當ノ結果ニ陷ルヘシ故ニ本條ニ於テハ是等ノ日ニ取引ヲ爲ササル慣習アル場合ニ限リ此規定ヲ適用セリ
本條ニ「其他ノ休日」ト云ヘルハ各地方ノ慣習上ノ休日ヲ云ヘルナリ例ヘハ一月二日ニニハ大祭日ニ非サルモ往往其業ヲ休ムノ慣習アリ又氏神ノ祭禮ニハ其ノ業ヲ休ムノ慣習稀ナリトセス又舊外國人居留地ニ於テハ耶蘇敎ノ祭日ニ其業ヲ休ムカ如キ是ナリ
第百四十三條 期間ヲ定ムルニ週、月又ハ年ヲ以テシタルトキハ曆ニ從ヒテ之ヲ算ス
週、月又ハ年ノ始ヨリ期間ヲ起算セサルトキハ其期間ハ最後ノ週、月又ハ年ニ於テ其起算日ニ應當スル日ノ前日ヲ以テ滿了ス但月又ハ年ヲ以テ期間ヲ定メタル場合ニ於テ最後ノ月ニ應當日ナキトキハ其月ノ末日ヲ以テ滿期日トス(證九九、一項、舊商三〇八、民訴一六六、一項、刑四九、一項、刑訴一五、二項)
本條ノ規定モ亦立法者當事者等ノ意思ヲ推測シテ定メタルモノナリ蓋シ立法者當事者等カ日ヲ以テ期間ヲ定メスシテ月、年等以テ期間ヲ定メタルトキハ其意ニ於テ之ヲ日數ニ換算セスシテ曆ニ從ヒテ之ヲ算スヘキモノトシタルナラント推測スルヲ妥當トスレハナリ
週、月又ハ年ヲ以テ期間ヲ定メタル場合ニ於テ週、月、又ハ年ノ初ヨリ之ヲ起算スヘキトキハ曆ニ從フコト極メテ容易ナリト雖モ若シ其半途ヨリ之ヲ起算スヘキ場合ニ於テハ其計算頗ル困難ナリトス例ヘハ期間ノ初何曜日タルニ拘ハラス一週ト云ヘハ或ハ翌週ノ日曜日ヨリ土曜日ニ至ルマテヲ算スヘキカノ疑アリ又某月ノ某日ヲ以テ期間ノ初トセル場合ニ於テハ一个月ハ全翌月ノ謂ナルカノ疑アリ又某年ノ某月某日ヲ以テ期間ノ初トセル場合ニ於テハ一年トハ全翌年ヲ云フヘキカノ疑アリ然ラスンハ反對ニ其日ヲ含メル月又ハ年ヲ一月又ハ一年ト看做シテ計算スヘキカノ疑アリ然リト雖モ是等ハ皆立法者、當事者等ノ意思ニ合ハサルコト最モ多カルヘキヲ以テ本條ニ於テハ外國一般ノ例ニ傚ヒ他ノ計算法ヲ採レリ而シテ其計算法タルヤ第百四十條ニ因リ期間ノ初日ヲ算入セスシテ其翌日ヨリ起算スヘキモノトシ翌週、翌月又ハ翌年ヨリ順次其數ヲ計ヘ最終ノ週、月又ハ年ノ中ニ於テ起算日ニ當レル日ノ前日ヲ以テ期間滿了スルモノトセリ例ヘハ期間ノ初日カ某週ノ金曜日ニ當レル場合ニ於テ三週間ト云ヘハ翌週ヨリ數エテ第三週ノ金曜日ヲ以テ期間滿了スルモノトス蓋シ初日ノ金曜日ハ之ヲ算入セサルカ故ニ起算日ハ土曜日ナリ故ニ最後ノ週ノ應當日即チ土曜日ノ前日ハ金曜日ニシテ滿期日ナリトス又例ヘハ平年ニ在リテ二月二十八日ヲ以テ期間ノ初日トセル場合於テ五个月ノ期間ハ七月三十一日ヲ以テ滿了スヘシ何トナレハ初日タル二十八日ハ之ヲ算入セスシテ翌三月一日ヨリ起算シ其翌月ヨリ第五月タル八月ニ於ケル應當日即チ一日ノ前日、七月三十一日ヲ以テ滿期日トスヘケレハナリ又例ヘハ閏年ノ二月二十九日ヲ初日トシ二年ノ期間ヲ算センニハ翌年ヨリ數エテ第二年ノ二月二十八日ヲ以テ期間滿了スヘシ何トナレハ初日タル二十九日ノ翌日即チ三月一日ヲ起算日トシ之ニ應當スル三年目ノ三月一日ノ前日即チ二月二十八日ヲ以テ滿期日トスヘケレハナリ
月ニハ二十八日ナルアリ二十九日ナルアリ三十日ナルアリ三十一日ナルアリ故ニ最後ノ月ニ應當日ナキコト稀ナリトセス例ヘハ一月三十一日ヨリ起算シ一个月ノ期間ヲ數エンニハ翌二月ニ應當日爲シ又閏年ノ二月二十九日ヲ起算日トシテ三年ノ期間ヲ數エンニハ四年目ノ二月ニ應當日爲シカクノ如キ場合ニ於テハ果シテ如何スヘキカ曰ク末日ヲ以テ滿期日トスヘシ即チ前例第一ニ於テハ二月ノ二十八日又ハ二十九日ヲ以テ滿期日トスヘク又前例第二ニ於テハ二月二十八日ヲ以テ滿期日ト爲スヘシ蓋シ是等ノ場合ニ於テハ曆ニ從ヒテ月數ヲ算スルニ既ニ一日乃至數日ノ余剩ヲ生ス然ルニ若シ翌月ノ日數ヲ加フルトキハ益〻余剩ヲ生スルニ至ラン然リト雖モ末日ノ日數ヲ控除スルトキハ全ク曆ニ從ハサルコトト爲ルヘシ是レ本條第二項但書ニ於テ其末日ヲ以テ滿期日トシタル所以ナリ
第六章 時效
抑〻時效ハ公益ノ爲メニ設ケタルモノニシテ權利ノ永ク不確定ノ景狀ニ在ルハ大ニ取引ノ安全ヲ害シ社會ノ經濟ニ影響スル所尠カラサレハナリ而シテ權利者ハ自己ノ權利ヲ等閑ニ付シ敢テ法律ノ保護ヲ願ハサル者ト謂フヲ得ヘキカ故ニ之ヲシテ其權利ヲ失ハシムルモ未タ必スシモ嚴酷ニ失スルモノト謂フヘカラス况ヤ狡猾ノ徒ハ己レ既ニ其權利ヲ失フモタ又マ相手方ニ其證據ナキヲ奇貨トシテ古證文ヲ利用シテ不正ノ奇利ヲ博セント謀ルコトナキヲ保セサルニ於テヲヤカクノ如クンハ人人各種ノ受取證其他ノ證書ヲ永久ニ保存セサルコトヲ得サルニ至ルヘシ是レ豈ニ實際ニ行ハルヘキ所ナランヤ立法者ハ之ニ視ル所アリテ時效ノ制ヲ設ケ若干ノ歲月ヲ經ルマテ其權利ヲ行使スルコトヲ怠ル者ハ爲メニ其權利ヲ失フヘキモノトシ以テ一ニハ怠慢アル權利者ヲ戒メ一ニハ狡猾者流ヲシテ其黠策ヲ逞ウスルコトヲ得サシメンコトヲ欲シタルナリ
時效ハ之ヲ予定期間 (délai préfixe)失權期間 (pæclusiveBefristung)又ハ除斥期間 (Ausschlussfrist)ト混スヘカラス舊民法ニ於テハ「訴權ノ行使ノ爲メ法律ニ定メタル期間」ハ皆之ヲ時效トセリ(證九二)然レトモ是レ極メテ理由ナキ所ニシテ又頗ル危險アル所ナリ蓋シ法律ニ於テハ權利ノ特ニ速ニ行使セラレンコトヲ欲シテ予定期間ヲ設ケタルニ中斷、停止等ニ因リテ大ニ其期間ヲ伸長スルコトヲ得ルニ至リ爲メニ立法者ノ希望ヲ空ウスルノ虞アルハナリ本法ニ於テハ時效ハ明カニ其時效ナルコトヲ示シ他ノ法定期間ハ皆予定期間ニシテ之ニ時效ノ規定ヲ適用スヘカラサルモノトセリ
時效ニ二種アリ取得時效 (usucapio,usucapion ou prescription acquisitive)及ヒ消滅時效 (præsciptio longi temporis,prescription extinctive ou libératorie, Verjährung)是ナリ取得時效トハアル期間占有ヲ爲スニ因リ權利ヲ取得スルヲ云ヒ消滅時效トハアル期間權利ヲ行使セサルニ因リ之ヲ喪失スルヲ云フ此二種ノ時效ハ稍〻其性質ヲ異ニスルト雖モ其規定ハ大抵同一ナルカ故ニ本章ニハ先ツ第一節ニ於テ二種ノ時效ニ通スル總則 ヲ揭ケ次ニ第二節ニ於テ取得時效 ニ特別ナル規定ヲ載セ終リニ第三節ニ於テ消滅時效 ニ特別ナル規定ヲ設ケタリ
第一節 總則
一 時效ノ效力
第百四十四條 時效ノ效力ハ其起算日ニ遡ル(證九一)
本條ハ時效カ何レノ時ヨリ效力ヲ生スヘキカヲ規定セリ蓋シ純理ヨリ言ヘハ時效ハ時ノ經過ニ因リテ其效力ヲ生スヘキモノナルカ故ニ法定ノ期間經過ノ後初テ其效力ヲアリト謂ハサルコトヲ得ス然リト雖モ是レ頗ル實際ニ不便ナル所ナリ何トナレハ時效ニ因リテ權利ヲ得タル者ハ期間滿了ノ時ヨリ初テ權利ヲ得ルモノニシテ其以前ハ權利他人ニ屬セシモノト認ムルトキハ例ヘハ物ノ果實ニ付キ期間滿了前ノ果實ハ皆之ヲ前所有者ニ返還セサルコトヲ得サルノ結果ヲ生スヘシカクノ如クンハ前所有者ハ占有者ニ對シテ一時ニ十年又ハ二十年間ノ果實ヲ請求スルコトヲ得テ占有者ハ或ハ其物ノ所有權ヲ抛棄スルヲ以テ却テ利益アリトスルコトアルヘク殊ニ時效ナル制度ヲ設ケタル理由ニ遡リテ考ウルモ十年又ハ二十年間權利カ不確定ノ有樣ニ存シタルトキハ事實ヲ以テ權利ト看做シ以テ此不確定ナル狀態ニ付キ再ヒ法律上ノ問題ヲ提起スルコトヲ得サラシメント欲シタルモノナルニ前所有者ハ十年又ハ二十年前ノ事實ヲ提起シテ自己ノ權利ヲ證明シ以テ時效成就前ニ物ヨリ生シタル一切ノ利益ヲ得ンコトヲ計ルニ至ルヘケレハナリユエニ本條ニ於テハ時效ノ效力ハ其起算日ニ遡ルヘキモノトセリ例ヘハ二十年ノ取得時效ヲ得タル者ハ二十年ノ後初テ所有權ヲ得タルモノト看做サス其占有ヲ得タル初ヨリ業ニ已ニ所有權ヲ取得セシモノト看做スナリ(一六二、二項)又消滅時效ニ在リテモ時效成就ノ後債權初テ消滅スルモノトセハ債權者ハ其以前ノ利息ヲ請求スルコトヲ得ヘク隨テ時效成就前ニ債權果シテ存在セシヤ否ヤニ付キ法廷ニ爭ウコト得ヘク爲メニ時效ヲ設ケタル立法ノ精神ヲシテ貫徹スルコト能ハサルニ至ラシムル虞アリ是レ本條ノ規定アル所以ナリ例ヘハ甲カ乙ニ對シ債權ヲ有セシ場合ニ於テ其債權ヲ行使セサルコト十年ニ及フトキハ乙ハ十年ノ後初テ債務ヲ免レタルモノト看做サルルニ非スシテ甲カ債權ヲ行使スルコトヲ怠リタル初ヨリ業ニ已ニ債權消滅セシモノト看做スナリ
第百四十五條 時效ハ當事者カ之ヲ援用スルニ非サレハ裁判所之ニ依リテ裁判ヲ爲スコトヲ得ス(證九六、一項)
時效ノ公益上ノ理由ニ基キテ設ケタル制度ナルコトハ蓋シ何人ト雖モ爭ハサル所ナラン故ニ一應ノ考ニ依レハ假令當事者之ヲ援用セサルモ若シ法廷ニ於テ判事カ既ニ時效ノ成就セルヲ見ハ之ニ因リテ直チニ裁判ヲ爲スコトヲ得ヘキカコトシ然リト雖モ是レ當事者ニ取リテハ却テ不便トスル所ナルヘシ蓋シ良心アラン者ハ已ムコトヲ得サルニ非サレ因リハ時效ヲ援用スルコトヲ欲セサルヘシ故ニ若シ當事者ニシテ他ノ方法ニ因リテ其權利ヲ伸長スルコトヲ得ルノ望アル間ハ故ラニ時效ヲ援用セサルコト稀ナリトセサルヘシ或ハ時效ヲ援用セン因リハ寧ロ相手方ノ請求ニ應セント欲スル者ナキヲ保セス然ルニ若シ裁判所ニ於テ時效ノ利益ヲ强ウルコトヲ得ハ當事者ハ他ノ方法ニ因リテ其權利アルコト又ハ其義務ナキコトヲ明カニスルコトヲ得ヘキニ拘ハラス時效ニ因リテ權利ヲ得又ハ義務ヲ免レタル者トセラレ動モスレハ他ヨリ不得義漢ノ如ク視ラルルコトアルヘク又ハ其權利若クハ免責ノ證據有セサル當事者ニ本人ノ欲セサル利益ヲ强余スルニ至ルヘシ而シテ時效ノ制度ヲ設ケタル精神因リ云フモ是レ實ニ無用ノ干涉ト謂ハサルコトヲ得ス蓋シ時效カ公益上必要ナル制度ナリト云フハ長日月間不確定ノ狀態ニ在リシ權利ヲ法廷ニ訴ヘ或ハ經濟上ノ撹亂ヲ來シ或ハ證據ノ大半湮滅セルヲ奇貨トシテ不當ノ勝訴ヲ万一ニ僥倖スルノ徒ヲ出タサンコトヲ恐ルレハナリ然ルニ今時效ニ因リテ保護セラルヘキ者自ラ其保護ヲ必要トセスアエテ正確ナル證據ヲ提出ヲ以テ理非、曲直ヲ法廷ニ爭ハンコトヲ欲スル場合ニ於テ之ニ時效ノ規定ヲ適用セサルモ爲メニ經濟上ノ撹亂ヲ來スコト稀ニ又假令其者カ不當ニ敗訴スルモ是レ自ラ甘スル所ナルカ故ニ强ヒテ之ヲシテ勝訴者タラシムルノ必要爲シ况ヤ其者カ時效ヲ援用セサル場合ニ於テハ大抵明確ナル證據ヲ有スヘキニ於テヲヤ是レ各國ノ法律ニ於テ大率皆本條ノ規定ト同一ノ主義ヲ採用セル所以ナリ
二 時效ノ抛棄
第百四十六條 時效ノ利益ハ豫メ之ヲ抛棄スルコトヲ得ス(證一〇〇)
本條ノ規定ハ時效ノ公益ニ基ケル制度ナルコトヲ證スルモノナリ蓋シ時效ハ立法者モ洵ニ已ムヲ得サルニ出テテ之ヲ設ケタルモノニシテ當事者モ亦多クハ已ムヲ得サルニ出テテ之ヲ援用スルモノナリ而シテ其已ムヲ得サル場合ニ於テ若シ時效ノ制度ナケレハ頗ル公益ニ害アル結果ヲ生スヘキヲ以テ之ヲ設ケタルナリ然ルニ時效ノ未タ成就セサルニ及テハ當事者ハ常ニ其權利ノ確實ナルコトヲ思ヒ又其證明ノ困難ナルコトヲ思ハス必要アレハ何時ニテモ其權利ヲ證明シテ之ヲ伸張スルスルコトヲ得ルモノト輕信シ予メ時效ノ利益ヲ抛棄スルコトヲ肯スルコトハ往往ニシテ是レアルヘシ然レトモ十數年ノ星霜ヲ經過シテ證據次第ニ湮滅スルニ至リ若シ相手方カ其者ノ權利ヲヲ認メサルトキハ之ヲ法廷ニ爭ハサルコトヲ得ス之ヲ法廷ニ爭ハンニハ須ラク確實ナル證據ヲ提出スヘシ而シテ今又證據ナキヲ如何セン之ニ至リテ千悔万恨スルモ及フ爲シ是レ本條ノ必要アル所以ナリ但時效成就ノ前ニ當リ既ニ經過シタル時期ノ利益ノミヲ抛棄スルハ可ナリ是レ即チ相手方ノ權利ヲ承認シ以テ時效ヲ中斷シタルモノト謂フヘシ(次條三號)
三 時效ノ中斷
第百四十七條 時效ハ左ノ事由ニ因リテ中斷ス
一 請求
二 差押、假差押又ハ假處分
三 承認(證一〇九)
本條以下第百五十七條ニ至ルマテハ時效ノ中斷 (interruption,Unterbrechung)ニ關スル規定ナリ時效ノ中斷トハ時效未タ成就セサルニ及ヒ既ニ經過シタル時期ノ利益ヲ消滅セシメ新時效更ニ其進行ヲ始ムルモノトスルノ謂ナリ本條ニ於テハ先ツ其中斷ノ原因 ヲ列擧セリ而シテ其各原因ヲ總括スル立法ノ理由ハ他ナシ時效ハ主トシテ怠慢アル權利者ヲシテ其權利ヲ失ハシメ不明確ナル法律關係ヲ明確ニスルヲ以テ其目的トセルカ故ニ權利者ニ怠慢ナク其權利ヲ明カニシタルトキハ敢テ之ニ時效ヲテキヨウスルノ要爲シトスルニ在リ請ウ左ニ各原因ニ付キ論スル所アラン
第一 請求
玆ニ請求ト云フハ一切ノ方法ヲ以テスル請求ヲ包含セリ即チ裁判上ノ請求ヨリ口頭ノ催吿ニ至ルマテ皆時效中斷ノ效アルモノトセルナリ但裁判外ノ請求ハ實際ニ於テハ執達吏ニヨルニ非サレハ後日爭アルニ至リ請求ヲ爲シタル證據ヲ提出スルコト難カルヘシ
第二 差押、假差押又ハ假處分
玆ニ列擧スルモノハ多クハ請求ノ後之ヲ行フト雖モ(一)稀ニハ請求ヲ爲サスシテ之ヲ行フコトアリ例ヘハ公正證書ニ因リテ直チニ差押ヲ爲ス場合ノ如キ是ナリ(二)假令請求ノ後ノ之ヲ行フモ尙ホ之ヲ時效中斷ノ原因ト爲スノ必要アリ是レ他ナシ中斷後ノ新時效ノ起算㸃異ナレハナリ例ヘハ明治二十九年五月一日ニ訴ヲ提起シ同年九月三十日ニ至リ勝訴ノ裁判確定シタリトセンニ新時效ハ其確定ノ日ヨリ更ニ其進行ヲ始ムヘシト雖モ若シ十二月一日ニ差押ヲ始メ十二月三十一日ニ一切ノ執行手續ヲ終リタリトセハ裁判確定後進行ヲ始メタル新時效ハ差押ニ因リテ又中斷セラレ更ニ翌明治三十年一月一日ヨリ新時效其進行ヲ始ムヘシ若シ差押ニシテ時效中斷ノ效ヲ生セサルモノトセハ此場合ニ於テ時效ノ成就三个月ヲ早クスヘキノミ(一五七)
留置權者、先取特權者、質權者又ハ抵當權者ノ委任又ハ申立ニ因リ競賣法ニ從ヒテ競賣ヲ爲シ又ハ質權者カ民法第三百五十四條ニ因リ質物ヲ以テ直チニ弁濟ニ充ツル場合ニ於テハ其行爲頗ル差押ニ類スル所アルカ故ニ立法上ニ於テハ或ハ之ヲ以テ債權ノ時效中斷ノ一原因ト爲スヘキノ理ナキニ非スト雖モ現行法ノ解釋トシテハ固ヨリ差押ニ非サルヲ以テ當然時效中斷ノ原因ナリト爲スコトヲ得ス唯實際ニ於テハ多クハ債務者ノ承認アルモノト爲スヘキカ故ニ是レカ爲メ時效ノ中斷セラルルヲ常トスヘキカ(三五四、競賣法三、一項、八、二二、一項、二七、二項、三項二號、二九、一項、三〇、三二、二項、民訴六五八、一〇號、六六二、六七一、一項、非訟事件手續法八一、二項、八三ノ二、一項參照)
第三 承認
承認トハ時效ノ利益ヲ受クヘキ者カ其相手方ノ權利ヲ認ムル意思表示是ナリ此承認ハ書面ヲ以テスルコトアリ口頭ヲ以テスルコトアリ明示ナルコトアリ默示ナルコトアリ例ヘハ債務者カ債權者ニ對シ猶予ヲ求ムルカ如キ利息ヲ払ウカ如キ、占有者カ所有者ニ對シテ費用ノ償還ヲ請求スルカ如キ、所有者ノ請求ニ應シ果實ヲ返還スルカ如キハ默示ノ承認ナリ蓋シ承認者ハ既ニ相手方ノ權利ヲ認ムルカ故ニ相手方ハ其者カ後日ニ至リ其權利ヲ認メサルカ如キコト非サルヘキヲ信スルハ人情ノ當ニ然ルヘキ所ナリ故ニ之ヲ以テ怠慢者トシテ時效ニ因リ權利ヲ失ハシムルハ酷ニ失スルモノト謂フヘク且其權利ハ承認ニ因リテ一旦明確ト爲ルカ故ニ承認ヲ以テ中斷ノ原因ト爲シタルナリ
第百四十八條 前條ノ時效中斷ハ當事者及ヒ其承繼人ノ間ニ於テノミ其效力ヲ有ス(證一一〇)
前條ニ規定セル時效中斷ノ方法ハ皆アル人ノアル人ニ對スル行爲ニシテ其人ノ爲メ又ハ其人ニ對シテノミ效力アルヘキモノナリ(Res inter aliosacta, aliis neque nocere neque prodesse potestアル人ノ間ニ爲シタル行爲ハ他人ヲ害シ又ハ利スルコトヲ得ス )故ニ時效中斷ノ方法トシテモ亦當事者及ヒ法律上是レト同一ノト看做スヘキ其承繼人ノ間ニ於テノミ效力アルヘキモノトス是レ占有ノ中斷ニヨル時效ノ中斷ト異ナル所ナリ(一六四)
第百四十九條 裁判上ノ請求ハ訴ノ却下又ハ取下ノ場合ニ於テハ時效中斷ノ效力ヲ生セス(證一一一、一一二)
本條以下第百五十三條ニ至ルマテハ請求ニヨル時效中斷ニ付テ規定セリ其第一ヲ裁判上ノ請求 ト爲ス是レ訴ヲ提起シテ請求 ヲ爲ス場合ニシテ請求ノ最モ强力ナルモノナリ而シテ此場合ニ於ケル時效中斷ノ效力ハ訴ノ提起即チ訴狀ノ提出(民訴一九〇、一項)ニ因リテ生スヘキコト蓋シ疑ヲ容レス(一五一參觀)然リト雖モ此請求ハ法律上有效ノモノタラサルヘカラス然ルニ左ノ三ツノ場合ニ於テハ請求其效力ヲ生セサルヘシ
第一 請求ノ却下
是レ本條ニ於テ其請求ヲ不當トシテ之ヲ却下スル場合ナリ或ハ曰ハン此場合ニ於テハ原吿ハ全ク權利ナキ者ト認メラルヘキカ故ニ又時效中斷ノ問題ヲ生セサルヘシト是レ誤レリ時效ノ中斷ハ特定承繼人ニ對シテモ亦其效力ヲ有スヘキコトハ既ニ前條ニ規定セル所ナリ(單ニ承繼人 ト云ヘルカ故ニ特定承繼人 ヲモ包含ス)然ルニ判決ノ效力ハ當事者間ニ止マルモノニシテ敢テ特定承繼人ニ其效力ヲ及ホサス故ニ請求カ却下セラレタル場合ニ於テ當事者間ニ在テハ原吿ニ權利ナキモノト認メラレタルカ故ニ又時效ノ問題ヲ生スルコトナシト雖モ特定承繼人ニ對シテハ判決其效力ヲ及ホササルカ故ニ若シ此請求ニシテ尙ホ時效中斷ノ效力ヲ存スルモノトセハ特定承繼人ニ對シテ時效ノ中斷アリタルモノト謂ハサルコトヲ得ス例ヘハ不可分債權者(四二八)、連帶債務者(四三四)及ヒ保證人(四五七、一項)ニ對シテハ判決其效力ヲサスト雖モ時效中斷ハ其效力ヲ及ホスヘキカ故ニ若シ却下セラレタル請求ニシテ尙ホ時效中斷ノ效力ヲ存スルモノトセハ是等ノ者ハ一方ニ於テハ自已ニ利益アル判決ヲ對抗スルコトヲ得スシテ他ノ一方ニ於テハ其判決ノ原因タル請求ハ時效ヲ中斷シテ長ク其義務ヲ免レルコト能ハサルカ又ハ自已ニ不利益ナル判決ノ對抗ヲ受クルニ至リ最モ不當ナル結果ヲ生スヘキノミユエニ却下セラレタル請求ハ時效中斷ノ效ヲ有セサルコトヲ明カニセサルコトヲ得ス
第二 訴訟ノ却下
是レ管轄違其タ形式上ノ欠㸃ニ因リ訴ヲ却下スル場合ナリ初政府ヨリ提出シタル原案ニハ單ニ却下 トノミ云ヒシヲ以テ本段ノ場合ト前段ノ場合トヲ包含セシコト亳モ疑ナカリシト雖モ衆議院ニ於テ訴ノ ナル二字ヲ挿入セシヲ以テ或ハ本段ノ場合ノミヲ斥シ前段ノ場合ハ特ニ之ヲ除外シタルカヲ疑ハシム然リト雖モ既ニ述ヘタルカ如ク前段ノ場合ハ時效中斷ノ效アリトセハ最モ不當ナル結果ヲ生スヘキカ故ニ立法者ノ眞意玆ニ在リタリト斷定スルコト能ハス蓋シ訴ノ却下 ナル文字ハ民事訴訟法ニ於テ一定ノ意義ヲ有セスシテ或ハ本段ノ場合ヲ意味シ或ハ前段ノ場合ヲ意味スルカ如シ(民訟二二九、二四七、二八四、四二四、四二七、二項、四二八參觀)故ニ訴ノ ナル二字ヲ挿入シタルカ爲メ本條ノ意義ニ變更ヲ生シタルモノト視ルコトヲ得ス(一五二ニ破產手續參加ニ關シ請求 ノ却下カ時效中斷ノ效力ヲ失ハシムルコトヲ參照スヘシ)或ハ「裁判上ノ請求ハ却下云云」ト謂フ云フトキハ單ニ所謂請求ノ却下 ノ場合ノミエオ意味スルノ嫌アルヲ以テ右ノ二字ヲ挿入シタルモノト謂フコトヲ得ヘキカ(衆議院特別委員會ニ於テ右ノ修正意見ヲ提出シタル者ハ請求ノ却下ノ場合ニハ時效中斷ノ問題ヲ生セサルモノト誤解セリ)舊民法ニハ管轄違其他形式上ノ欠㸃ノ爲メ訴ヲ却下シタル場合ニ於テハ尙ホ時效中斷ノ效アルモノトシ却テ請求ノ却下アリタルトキノミ時效中斷ノ效ナキモノトセリ(證一一一、一一二、一號)
管轄違其他形式ノ欠㸃ノ爲メ訴ヲ却下シタル場合ニ於テハ尙ホ時效中斷ノ效ヲ生スルモノトスル例尠カラス然リト雖モ新民法ニ於テハ一切ノ請求ヲ以テ時效中斷ノ原因ト爲シタルカ故ニ若シ原吿ニシテ予メ催吿ヲ爲セハ以テ時效ヲ中斷スルニ足レリ故ニ裁判上ノ請求ハ形式上ノ欠㸃ノ爲メ時效中斷ノ效ヲ生セサルモ爲メニ原吿ニ對シテ過酷ナリト爲スヘカラス而シテ違法ナル訴ハ法律上無效ナルヘキコト固ヨリ當然ナルカ故ニ本條ニ於テハ形式上ノ欠㸃ニ因リテ却下セラレタル訴モ亦時效中斷ノ效ヲ生セサルモノトシタルナリ
第三 取下
是レ原吿カ自ラ訴訟ヲ抛棄シ又ハ一年間訴訟手續ヲ休止シタルカ爲メ訴ヲ取下ケタルモノト看做サルル場合是ナリ(民訴一八八、三項)
第百五十條 支拂命令ハ權利拘束カ其效力ヲ失フトキハ時效中斷ノ效力ヲ生セス(民訴三八九、一項、三九一、二項)
本條ハ督促手續 ニ因リテ請求ヲ爲ス場合ニ付テ規定セリ此場合ニ於テハ請求ハ支払命令 ノ申立ニ因リテ其效力ヲ生スヘキモノトス(民訴三八二)蓋シ債權者ノ行爲ハ其申立ニ止マリ其送達ハ裁判所ニ於テ爲スヘキモノナルカ故ニ普通ノ訴訟ニ於テ訴狀ノ提出カ時效中斷ノ效力ヲ生スル如ク此場合ニ於テハ支払命令ノ申立カ時效中斷ノ效力ヲ生スヘキナリ(反對ノ裁判例アリ、法學志林七卷八號四貢、法律新聞二三三號七貢)然レトモ此支払命令モ亦法律上全ク其效力ヲ失フヘキ場合(權利抅束ノ效力ヲ失フヘキ場合)ニハ時效中斷ノ效力ヲモ失ハサルコトヲ得ス即チ民事訴訟法第三百九十一條第二項ノ場合ニ於テハ支払命令ハ時效中斷ノ效力ヲ失フヘシ
第百五十一條 和解ノ爲メニスル呼出ハ相手方カ出頭セス又ハ和解ノ調ハサルトキハ一个月內ニ訴ヲ提起スルニ非サレハ時效中斷ノ效力ヲ生セス任意出頭ノ場合ニ於テ和解ノ調ハサルトキ亦同シ(證一〇九、一項二號、一一四、民訴三七八、三八一)
本條ハ區裁判所ニ於テ和解ノ爲メニ相手方ヲ呼出シ又ハ相手方ト共ニ出頭スル場合ニ付テ規定セリ此場合ニ於テハ其呼出 又ハ任意出頭 ハ請求ノ一方法トシテ時效中斷ノ效力ヲ生スヘシ然リト雖モ此呼出又ハ任意出頭ノミニシテ當事者カ和解ヲモ爲サス又訴訟ヲモ爲ササルトキハ未タ權利者ニ於テ充分ニ其權利ヲ伸張スル意思アルモノト認ムルコト能ハス故ニ本條ニ於テハ呼出ノ場合ニ於テ相手方カ出頭セス又何レノ場合ニ於テモ和解ノ謂ハサルトキハ必ス一个月內ニ訴ヲ提起スルコニ非サレハ時效中斷ノ效ナキモノトセシナリ(民訴三七八、三八一)
第百五十二條 破產手續參加ハ債權者カ之ヲ取消シ又ハ其請求カ却下セラレタルトキハ時效中斷ノ效力ヲ生セス(舊商一〇二五乃至一〇二八)
本條モ亦請求ヲ一方法ナル破產手續參加 ニ付テ規定セリ破產手續參加ハ殆ト裁判上ノ請求ト異ナルコトナシト雖モ其手續自ラ同然ラス固ヨリ之ヲ以テ訴ノ提起ト爲スコトヲ得ス然リト雖モ是レ債權者ニ於テ其權利ヲ伸張スルノ意思ハ最モ明確ニ表見セリト謂ハサルコトヲ得ス故ニ之ヲ以テ時效中斷ノ一原因ト爲シタルナリ然リト雖モ是レ法律上其請求ノ效力ヲ存スル場合ニ於テノミ然ルモノナリ債權者カ其參加ヲ取消シ又ハ破產裁判所ニ於テ其請求ヲ却下シタルトキハ(舊商一〇二七)又時效中斷ノ效ナキモノトセリ
破產手續參加トハ破產ノ申立又ハ債權ノ屆出是ナリ(舊商九七八、一項、一〇二三、三十七年十二月九日大審院判決)
第百五十三條 催吿ハ六个月內ニ裁判上ノ請求、和解ノ爲メニスル呼出若クハ任意出頭、破產手續參加、差押、假差押又ハ假處分ヲ爲スニ非サレハ時效中斷ノ效力ヲ生セス(證一一六)
本條ハ請求ノ最モ普通ノ方法ナル催吿 ニ付テ規定セリ催吿トハ必スシモ執達吏ニヨレルモノヲ云フニ非ス普通ノ書面又ハ口頭ニシテ之ヲ爲スモ可ナリ唯普通ノ書面又ハ口頭ニテ爲シタル催吿ハ後日其證據ヲ提出スルコト困難ナルヘキヲ以テ自ラ執達吏ニヨルニ非サレハ配達證明郵便ヲ以テ之ヲ爲スカ如キコト多カルヘシ
新民法ニ於テハ外國ノ多數ノ例ニ違ヒ最モ時效中斷ノ方法ヲ容易ニセリ是レ單ニ時效ヲ中斷スルカ爲メ突然訴ヲ提起スルカ如キ弊ヲ避クルノ利アルヲ以テナリ然リト雖モ一片ノ催吿ノミニテハ未タ權利者カ其權利ヲ伸張スルノ意思充分明確ナリト云フコトヲ得ス故ニ之ニヨル時效中斷ノ效力ヲシテ永久ニ存續セシメント欲セハ權利者ハ必ス六个月內ニ更ニ一層强力ナル權利行使ノ方法ヲ取ラサルヘカラス即チ裁判上ノ請求(督促手續ニヨル請求ヲモ包含スルコト勿論ナリ)和解ノ爲メニスル呼出若クハ任意出頭、破產手續參加、差押、假差押又ハ假處分ヲ爲スコトヲ要スルモノトセリ
第百五十四條 差押、假差押及ヒ假處分ハ權利者ノ請求ニ因リ又ハ法律ノ規定ニ從ハサルニ因リテ取消サレタルトキハ時效中斷ノ效力ヲ生セス(證一一七、一項、二項)
本條及ヒ次條ハ差押、假差押 及ヒ假處分 ニ付テ規定セリ蓋シ是等ノモノハ權利者カ其權利ヲ伸張スル意思ヲ表明スルコト最モ著シキモノト謂ハサルコトヲ得ス然リト雖モ若シ是等ノ行爲ニシテ全ク法律上ノ效力ヲ失フトキハ時效中斷ノ效力ヲモ併セテ失フヘキハ固ヨリナリ例ヘハ民事訴訟法第六百五十條第三項第六百五十三條、第六百五十六條第二項、第七百十六條第三項、第七百二十一條第三項、第七百二十三條、第七百四十六條第二項、第七百六十一條、第二項等ノ場合是ナリ然リト雖モ差押カ適法ナル場合ニ於テ其差押カ權利者ノ行爲ニヨラスシテ取消サレタルトキハ敢テ時效中斷ノ效力ヲ失フコトナキナリ(民訴五〇〇、一項、五四七、二項、五四八、一項、五四九、四項、五五一、七四五、二項、七四七、一項、七五四、七五九等)
第百五十五條 差押、假差押及ヒ假處分ハ時效ノ利益ヲ受クル者ニ對シテ之ヲ爲ササルトキハ之ヲ其者ニ通知シタル後ニ非サレハ時效中斷ノ效力ヲ生セス(證一一七、三項)
差押假差押又ハ假處分ハ動モスレハ時效ノ利益ヲ受クヘキ者ニ非サル者ニ對シテ之ヲ爲スコトアリ例ヘハ債務者ニ非サル者ヨリ供シタル抵當不動產ノ差押若クハ假差押又ハ第三者ノ占有ニ在ル不動產ヲ保管セシムルノ假處分ノ如キハ皆時效ノ利益ヲ受クル者ニ對シテ之ヲ爲サス故ニ特ニ之ヲ其者ニ通知スルコトナクシテ時效中斷ノ效ヲ生スルモノトセハ其者ハ權利者カ其權利ヲ行使シタルコトヲ知ラサル間ニ時效ノ中斷ニ遇ウヘキカ故ニ時效中斷ノ原理ニモ反シ又實際ニ於テモ頗ル酷ニ失スルノ譏ヲ免レサルヘシ故ニ本條ニ於テハ特ニ之ヲ時效ノ利益ヲ受クル者ニ通知スルニ非サレハ時效中斷ノ效ナキモノトセリ
第百五十六條 時效中斷ノ效力ヲ生スヘキ承認ヲ爲スニハ相手方ノ權利ニ付キ處分ノ能力又ハ權限アルコトヲ要セス(證一二二)
本條ハ時效中斷ノ第三原因タル承認 ニ付テ規定セリ承認ハ如何ナル方法ヲ以テスルモノモ皆時效中斷ノ效ヲ生スヘキコトハ既ニ第百四十七條ニ於テ論シタル所ナリ唯此承認ハ如何ナル能力又ハ權限ヲ有スル者カ之ヲ爲スコトヲ要スルカハ聊カ疑義ヲ生スル虞アリ蓋シ承認ヲ爲ササレハ時效完成シテ或ハ權利ヲ取得シ或ハ相手方ノ權利消滅スヘキニ今承認ヲ爲ストキハ時效中斷セラレテ更ニ長日月ヲ經過スルニ非サレハ其時效完成セサルヘシ故ニ其效力ヨリ之ヲ觀レハ此承認ハ殆ト權利ヲ抛棄シ若クハ債務ヲ負担スルト異ナルコトナシ故ニ若シ明文ナケレハ此承認ヲ爲スニハ必ス處分ノ能力又ハ權限アルコトヲ要スルカノ疑ヲ生スヘシ然リト雖モ承認ナルモノハ既ニ得タル權利ヲ抛棄シ又ハ他人カ有セサル權利ヲ認ムルニ非ス唯相手方ノ權利ヲ事實ノ儘ニ認ムルニ過キス故ニ若シ相手方ニシテ眞ニ權利ナキトキハ後日之ヲ爭ウコトヲ得ルハ固ヨリナリ唯其權利アルコト明確ナル場合ニ於テ若シ時效中斷セラレサリシナランニハ其時效ニ因リテ相手方ノ權利消滅シタランニ承認ヲ爲シタルカ爲メ其權利未タ消滅スルニ至ラサルコトアリ然リト雖モ他人ノ權利ヲ認ムルハ或ハ財產ヲ保存シ或ハ之ヲ利用スルノ方法ニ過キスシテ即チ純然タル管理行爲ナリ例ヘハ他人トリ借受ケタル物ハ期限ニ至リテ之ヲ返ササルトキハ損害賠償其他ノ責ニ任セサルヘカラス故ニ速ニ返還スルハ即チ財產ヲ保存スルノ方法ニ過キス又タトエハ金錢ヲ以テ債務ノ弁濟ニ充ツルハ其金錢ヲ利用スルノ方法ナリト謂フコトヲ得ヘシ然ルニ借受ケタル物ヲ返還シ其他債務ヲ弁濟スルハ他人ノ權利ヲ承認スルノ最モ著シキモノニシテ之ヲシモ管理行爲ナリトセハ單ニ時效中斷ノ方法トシテ承認ヲ爲スカ如キハ必ス管理行爲ニ屬セサルコトヲ得ス故ニ本條ニ於テハ管理行爲ヲ爲ス能力又ハ權限アル者ハ皆右ノ承認ヲ爲スコトヲ得ルモノトセリ例ヘハ準禁治產者、後見人等ハ保佐人、親族會等ノ同意ヲ得サルモ有效ニ之ヲ爲スコトヲ得ヘシ(一二、一〇三、九二九、一九三、一九四)
第百五十七條 中斷シタル時效ハ其中斷ノ事由ノ終了シタル時ヨリ更ニ其進行ヲ始ム
裁判上ノ請求ニ因リテ中斷シタル時效ハ裁判ノ確定シタル時ヨリ更ニ其進行ヲ始ム(證一〇四、二項、一〇六、二項、一一三、一二一、一六三)
本條ハ時效中斷ノ效力 ヲ定メタルモノナリ蓋シ時效カ中斷セラレタルトキハ從來經過シタル期間ハ又時效期間中ニ算入スルコトヲ得ス然リト雖モ中斷ノ後更ニ新ナル時效其進行ヲ始ムヘシ而シテ其起算日ハ中斷原因ノ終了シタル時ニ在リ例ヘハ破產手續參加ノ場合ニ於テハ其手續ノ終了シタル時ヨリ、差押ノ場合ニ於テハ競賣、配當等ニ至ルマテ差押ノ目的タル一切ノ執行行爲ヲ終ハリタル時ヨリ、催吿ノ場合ニ於テハ其催吿ノ相手方ニ到達シタル時ヨリ新時效其進行ヲ始ムヘシ而シテ裁判上ノ請求ノ場合ニ於テハ裁判確定ノ時ヲ以テ請求終了ノ時ノ爲スカ故ニ此時ヨリ初テ新時效其進行ヲ始ムヘキモノトス是レ本條ニ規定スル所ナリ
舊民法及ヒ外國ノ多數ノ例ニ依レハ中斷ノ後ハ往往ニシテ時效其性質ヲ變シ初短期ナリシモノ變シテ長期トナル場合鮮シトセス然レトモ本法ニ於テハ之ヲ採ラス他ナシ承認、裁判等皆從來ノ權利ヲ認ムルニ止マルモノニシテ亳モ其權利ノ性質ヲ變スルモノニ非ス然ルニ時效ノ短期ナルモノト長期ナルモノトハ專ラ權利ノ性質如何ニ關ス故ニ其性質ノ變更スルコトナキニ短期時效變シテ長期時效ト爲ルノ謂レナケレハナリ
四 時效ノ停止
第百五十八條 時效ノ期間滿了前六个月內ニ於テ未成年者又ハ禁治產者カ法定代理人ヲ有セサリシトキハ其者カ能力者ト爲リ又ハ法定代理人カ就職シタル時ヨリ六个月內ハ之ニ對シテ時效完成セス(證一三一)
本條以下第百六十一條ニ至ルマテハ時效ノ停止 (suspension,Hemmung)ニ關スル規定ナリ時效ノ停止トハ既ニ經過シタル期間無效ニ歸スルニ非スト雖モ唯停止原因ノ存スル間ハ時效暫ク其進行ヲ停メ其原因已ムノ後一定ノ期間ヲ經過スルニ非サレハ時效完成セサルヲ謂フ是レ大ニ中斷ト異ナル所ナリ但舊式ノ法律ニ於テハ大抵停止原因ノ存スル期間ハ全ク之ヲ控除シ停止前ノ期間ト停止後ノ期間トヲ合セ以テ時效ノ期間ヲ計算スヘキモノトセルモ後ニ論スヘキ理由ニ因リ新民法ニ於テハ時效ノ終ニ於テ一時ノ停止アルモノトセルニ過キス
時效ノ停止アル場合ハ皆事實上權利ヲ行使スルコトヲ得サル場合ナリ蓋シ時效ハ素權利者カ其權利ヲ行使スルコトヲ怠リタルニ因リテ生スルモノナルカ故ニ若シ其權利ヲ行使スルコトヲ得サレハ敢テ之ヲ怠リト謂フコトヲ得ス隨テ時效ノ進行スヘキ謂レ非サレハナリ(Cntra nonvalentem agere, non currit præseriptio 有效ニ訴追スルコト得サル者ニ對シテハ時效進行セス )
本法ニ於テハ停止ノ四原因ヲ認メタリ(一)無能力者ノ爲メニ存スル一般ノ停止 (二)無能力者カ其法定代理人ニ對シ又ハ妻カ其夫ニ對スル特別ノ停止 (三)相續財產ニ關スル停止 (四)事變ニヨル停止 是ナリ本條ハ右ノ第一原因ニ付テ規定セリ
從來未成年者又ハ禁治產者ヲ保護センカ爲メニ其無能力者ノ間ハ時效全ク停止スヘキモノトセル例最モ多シ是レ無能力者ヲ保護線スル㸃ニ於テハ間然スル所ナキカ如シト雖モ顧ミテ其相手方ノ利害ヲ考ウレハ實ニ憐ムヘキモノアリ蓋シ其者カ通常人ナランニハ十年乃至二十年ニシテ(外國ニ於テハ三十年ノ時效最モ多シ)時效ノ利益ヲ得ヘキニタ又マ其者カ無能力ナルカ爲メニ其未成年者ナルトキハ動モスレハ四十年ニ近キ星霜ヲ經サレハ時效完成セス其禁治產者ナルトキハ幾十年ノ後時效完成スヘキカ殆ト測リ知ルヘカラス此如クンハ取引ノ安全得テ望ムヘカラス隨テ社會ノ信用ヲ妨クルコト實ニ尠少ナルサルヘシ近來ノ立法者ハ大ニ玆ニ視ル所アリテ種種ノ方法ヲ案出シ以テ此弊ヲ矯メントセリ舊民法ノ如キモ稍〻此方針ヲ採リタルモノト謂フヘシ然リト雖モ其方法タルヤ未タ盡ササルモノアリ請ウ其理由ヲセン證據編第百三十一條第二項ニ依レハ未成年者及ヒ禁治產者ノ爲メニハ最後ノ一年ニ付キ時效ノ停止アルモノトセリ是レ仏、蘭、伊等ノ制ニ比スレハ大ナル進步ナリト雖モ尙ホ未成年者ニ付テハ四十年許ノ間、禁治產者ニ付テハ其終身間時效完成セサルコトアルヘケレハナリ其無能力者ハ自ラ其利益ヲ保衞スルスルコト能ハサル者ナルカ故ニ法律カ特ニ之ヲ保護スヘキハ勿論ナリト雖モ爲メニ取引ノ安全ヲ害シ信用ノ發達ヲ妨クルカ如キハ斷シテ不可ナリ今未成年者及ヒ禁治產者ニハ必ス法定代理人ヲ附スヘキモノトセリ而シテ此法定代理人ノ責任ニ付テハ詳細ナル規定ヲ設ケ必要ナル場合ニハ担保ヲモ供セシメタリ(舊民法ニハ法律上ノ抵當ヲ認ムルト雖モ新民法ニ於テハ之ヲ認メス唯親族編ニ於テ後見人ハ親族會ノ請求ニ因リ相當ノ担保ヲ供スヘキコトヲ規定セリ(〔九三三〕)故ニ無能力者ノ保護ハ既ニ至レリト謂フヘシ而シテ最モ多クノ場合ニ於テハ法定代理人ハ本人ニ代ハリテ其權利ヲ行使スルコトヲ怠ラサルヘク若シ之ヲ怠リタルトキハ之ニ對シテ損害賠償ノ請求ヲ爲スコト得ルカ故ニ爲メニ無能力者カ損失ヲ毫ルコトハ極メテ稀ナルヘシ故ニ本法ニ於テハ苟モ無能力者ニ法定代理人アル間ハ亳モ時效ノ進行ヲ止メシメス唯法定代理人ノ欠ケタル場合ニ於テハ無能力者ノ利益ヲ保護スヘキ者非サルカ故ニ一時時效ノ進行ヲ止メシムルニ非サレハ事實上無能力者カ權利ヲ行フコト能ハサル間ニ時效即チ完成スルコトナシトセス故ニ此場合ニ於テハ其無能力者カ能力者ト爲リ又ハ後任ノ法定代理人カ就職スルマテハ勿論尙ホ其後六个月內ハ時效完成セサルモノトセリ是レ他ナシ書類等ヲ調査スルニ非サレハ其權利アルコトヲ知ラサルコト多ク之ヲ調査スルニハ相當ノ期間ヲ要スルヲ以テナリ但此場合於テハ時效絕對ニ其進行ヲ停止スルニ非ス唯完成スルニ垂トセル場合ニ於テ右ノ期間內ニ完成スルコト能ハサルノミ例ヘハ二十年ノ時效カ既ニ十九年一〇个月ヲ過キ尙ホ二个月ニシテ將ニ完成セントスルニ當リ權利者死亡シ其相續人未成年者ナル場合ニ於テ其當然ノ法定代理人非サルトキハ先ツ其法定代理人ヲ選任セシメサルヘカラス此場合ニ於テハ其法定代理人カ選任セラレテ因リ六个月ヲ經過スルニ非サレハ時效完成セス是レカ爲メニ時效ノ完成少クモ四个月有余ヲ後ルルニ至ルヘシ(尙ホ此場合ニ於テハ一六〇ノ規定ニヨルモ相續ノ日ヨリ少クモ六个月可間ハ時效完成セス)例ヘハ未成年者ニ對シ十年ノ時效既ニ九年九个月ヲ過キ尙ホ三个月ニシテ將ニ完成セントスルニ當リ其法定代理人辭任シ更ニ親族會ニ於テ其後任者ヲ選任スヘキトキハ其選任シタル者カ就職シテ因リ六个月ヲ經過スルニ非サレハ時效完成セス此場合ニ於テハ時效ノ完成少クモ三个月有余ヲ後ルルニ至ルヘシ又例ヘハ禁治產者ニ對シ二十年ノ時效既ニ十九年八个月ヲ過キ尙ホ四个月ニシテ時效完成セントスルニ當リ禁治產者ノ後見人死亡シ一時其法定代理人ヲ欠キタルニ禁治產者ハ既ニ其心神平生ニ復セシヲ以テ直チニ禁治產ノ取消ヲ請求シ遂ニ其取消ノ裁判アリタリトセンニ其裁判ヨリ六个月ノ後ニ非サレハ時效完成セス故ニ此場合ニ於テハ時效ノ完成少クモ二个月有余ヲ後ルルニ至ルヘシ
禁治產者ノ後見人ハ往往法律ニ因リテ定マレル場合アリ(九〇二、九〇三)此場合ニ於テハ禁治產ノ宣吿其效力ヲ生スルト同時ニ是レカ法定代理人アルカ故ニ(人事訴訟手續法五二)本條ヲ適用スルコト能ハス是レ立法論トシテハ或ハ以テ欠㸃トスヘキカ
第百五十九條 無能力者カ其財產ヲ管理スル父、母又ハ後見人ニ對シテ有スル權利ニ付テハ其者カ能力者ト爲リ又ハ後任ノ法定代理人カ就職シタル時ヨリ六个月內ハ時效完成セス
妻カ夫ニ對シテ有スル權利ニ付テハ婚姻解消ノ時ヨリ六个月內亦同シ(證一三四、一三五)
本條ハ無能力者カ其法定代理人ニ對シ又妻カ夫ニ對スル特別ノ停止ニ付テ規定セルモノナリ蓋シ無能力者ノ權利ハ其法定代理人之ヲヲ行フカ故ニ若シ無能力者カ其法定代理人ニ對シテ權利ヲ有スル場合ニ於テハ其法定代理人ハ自已ニ對シテ其權利ヲ行ハサルコト往往ニシテ是レアルヘシ然ルニ無能力者ハ自ラ其利益ヲ保衞スルコト能ハス又他人ハ代理權ナキノミナラス(後見監督人ニハ代理權アルヘキモ〔九一五、四號、人一九九〕平生被後見人ノ財產ヲ管理セサルカ故ニ時效中斷ノ必要アル權利アルコトヲ知ラサルコト尤モ多カルヘシ)其權利ノ有無、條件等ヲモ知ラサルカ故ニ之ニ代ハリテ其權利ヲ行フコト能ハス、然ルニ其權利ニシテ時效ニ罹リ消滅スヘキモノトセハ無能力者ノ地位眞ニ憐ムヘキモノト謂フヘシ故ニ本條ニ於テハ無能力者カ能力者ト爲リ又ハ後任ノ法定代理人カ就職シタル後六个月ヲ經過スルニ非サレハ時效完成セサルモノトセリ(本條ニ無能力者 ト云ヘルハ未成年者ト禁治產者トノミヲ言ヘルナリユエニ前條ノ如ク之ヲ明言スルモ可ナリシカ唯本條ニ於テハ「無能力者」ト云フモ前條ニ於ケルカ如ク不明ナル嫌非サルヲ以テ此文字ヲ用ヒタルモノナルカ尙ホ「其財產ヲ管理スル 父、母又ハ後見人」ト云ヒタルハ父又ハ母カ管理權ヲ有セサルコトアリ〔八九七、八九九〕又特ニ法定代理人ヲシテ管理セシメサル財產アリ〔八九二、九三六〕故ニ本條ハ法定代理人ノ管理ニ係ル財產ニ付テノミ其適用アルヘキコトヲ明カニスルノ必要アリタルヲ以テナリ)
夫ハ必スシモ妻ノ法定代理人タルニ非ス又其代理人タルトキト雖モ是レ妻ノ無能力ト何等ノ關係ナキコト多シ(八〇一[取四二八]ニ依レハ夫ハ妻ノ財產ヲ管理スルヲ原則トス然レトモ是レ妻ノ無能力ト亳モ相關スル所爲シ故ニ契約ヲ以テ之ヲ變更スルコトヲ妨ケサルナリ唯七九一ニ依レハ妻カ未成年者ナルトキハ夫カ後見人ノ職務ヲ行フコトアリ此場合ニ於テハ夫ハ無能力者ノ法定代理人タルナリ)故ニ右ノ規定ハ當然之ヲ妻ニ適用スルコト能ハス然リト雖モ夫ハ妻ニ對シテ權力ヲ有スル者ナルカ故ニ妻ハ之ニ對シテ權利ヲ行フコト能ハサルコト多カラン或ハ曰ハン此場合ニ於テハ「夫婦ノ利益相反スル」カ故ニ妻ハ夫ノ許可ヲ受クルコトヲ要セスト(一七、六號)然レトモ實際妻カ夫ヲ訴フルコトハ爲シ難キ所ナリ故ニ若シ妻カ夫ニ對シテ有スル權利モ一般ノ規定ニ因リ時效ニ罹ルモノトセハ妻ノ權利ハ動モスレハ時效ニ罹リテ消滅スルニ至ルヘシ故ニ此權利ハ婚姻解消ノ時ヨリ六个月ヲ經過スルニ非サレハ時效ニ因リテ消滅セサルモノトセリ
本條及ヒ前條ニ於テ無能力者死亡ノ場合ニ關シ何等ノ規定ナキハ次條ノ規定アレハナリ
第百六十條 相續財產ニ關シテハ相續人ノ確定シ、管理人ノ選任セラレ又ハ破產ノ宣吿アリタル時ヨリ六个月內ハ時效完成セス(財五四六、二項、證一二六、一二七)
本條ハ相續財產ニ關シテ特別ノ停止原因ヲ認メタルモノナリ蓋シ相續ノ場合ニ於テハ相續人ノ確定スルニ至ルマテニハ多少ノ日子ヲ要スルコトアリ時トシテハ相續人ナキカ爲メ一時管理人ヲ選任シテ相續財產ヲ管理セシムルコトアルヘク又時トシテハ被相續人カ支払ヲ停止セシカ爲メ破產ノ宣吿ヲ爲スコトアルヘシ(民施二ニ因リ家資分散ノ宣吿アリタル場合ニ於テハ其時ヨリ本條ノ期間ヲ起算スヘシ、破產法案一三四ニハ相續財產ヲ以テ被相續人ノ負債ノ全額ヲ弁償スルコト能ハサル場合ニモ亦破產ノ宣吿ヲ爲スコトヲ得ヘキモノトセリ)是等ノ場合ニ於テ若シ時效ノ停止ナクンハ被相續人ノ權利ニ付テモ或ハ相續人ノ確定セサル內或ハ相續人、管理人、破產管財人等カ未タ其權利アルコトヲ知ラサル間ニ其權利時效ニ因リテ消滅スルニ至ルヘク又被相續人ニ對シテ權利ヲ有スル者ノ訴ウヘキ相手方ナキカ爲メ時效ヲ中斷スルコトヲ得スシテ遂ニ之ヲシテ完成セシムルノ已ムコトヲ得サルニ至リ又ハ相續人アルモ權利者之ヲ知ラスシテ遂ニ時效完成前ニ之ニ對シテ請求ヲ爲スコト能ハサルコト尠カラサルヘシ故ニ本條ニ於テハ相續人ノ確定シ、管理人ノ選任セラレ又ハ破產ノ宣吿アリタル時ヨリ六个月ヲ經過スルニ非サレハ時效完成セサルモノトセリ但立法論トシテハ被相續人ノ權利ト義務トヲ同一ニ規定スルハ或ハ其當ヲ得ス是レ殊ニ被相續人ニ對シ權利ヲ有スル者ハ民事訴訟法第四十六條ニ因リ裁判所ヲシテ特別代理人ヲ選任セシムルコトヲ得ルヲ以テナリ然レトモ是レ本書ノ範囲ヲ逸スルノ嫌アルカ故ニ深ク論セス
第百六十一條 時效ノ期間滿了ノ時ニ當タリ天災其他避クヘカラサル事變ノ爲メ時效ヲ中斷スルコト能ハサルトキハ其妨碍ノ止ミタル時ヨリ二週間內ハ時效完成セス(證一三六)
本條ハ事變ニヨル停止ニ付テ規定セリ蓋シ時效ノ停止アルハ事實上權利ヲ行使スルコトヲ得サル者ヲシテ時效ニ因リテ其權利ヲ失ハサラシメンカ爲メナリ故ニ事變ニ因リテ實際權利ヲ行使スルコト能ハサル場合ニ於テ尙ホ時效其進行ヲ止メサルモノトセハ權利者ノ爲メニ過酷ナル結果ヲ生スヘシ是レ本條ノ規定アル所以ナリ例ヘハ十年ノ時效カ既ニ九年一一个月ト二十五日ヲ經過シタル時ニ當リ洪水ノ爲メニ交通全ク壅塞シ數日ノ間到底時效中斷ノ方法ヲ行フコト能ハストセンニ本條ノ規定ニ依レハ其洪水ノ去リタル後二週間ヲ經テ初テ時效完成スルモノトセリ其他戰亂、震災等ノ場合皆同シ
第百五十三條ニ依レハ催吿ニ因リテ時效ヲ中斷シタルトキハ更ニ六个月內ニ一層嚴重ナル方法ヲ以テ權利行使ノ意思ヲ表明セサレハ時效中斷ノ效ナキモノトセリ然ルニ其六个月ノ期間將ニ滿了セントスルニ方リ本條ノ事變ニ遭遇セハ如何曰ク又本條適用ニ因リ事變去リタル後二週間內ハ時效完成セサルモノトスヘシ
第二節 取得時效
本節ハ權利取得ノ原因タル時效ニ付テ規定セリ但所有權ニ付テハ取得時效ノ外ニ消滅時效ヲ認メス甲カ時效ニ因リテ所有權ヲ得タルトキニ限リ乙時效ニ因リテ之ヲ失フモノトス尙ホ第百六十七條ニ至リ論スル所アルヘシ
第百六十二條 二十年間所有ノ意思ヲ以テ平穩且公然ニ他人ノ物ヲ占有シタル者ハ其所有權ヲ取得ス
十年間所有ノ意思ヲ以テ平穩且公然ニ他人ノ不動產ヲ占有シタル者カ其占有ノ始善意ニシテ且過失ナカリシトキハ其不動產ノ所有權ヲ取得ス(證一三八、一四〇、一四八)
本條ニ於テハ所有權ノ取得時效ヲ定メタリ而シテ原則トシテハ動產ト不動產トノ間ニ區別ヲ設ケス共ニ二十年ヲ以テ時效完成スルモノトセリ即チ取得時效ニハ二條件アリ一ハ占有 二ハ期間 是ナリ而シテ其占有ハ(第一)所有ノ意思 ヲヲ以テスルモノ(第二)平穩 ナルモノ(第三)公然 ナルモノタルコトヲ要ス其意義ニ至リテハ第二編ニ於テ之ヲ詳論スヘシト雖モ所有ノ意思トハ讀テ字ノ如ク所有權ヲ行使スルノ意思ヲイヒ平穩トハ强暴 ニ對スル詞ニシテ暴力ニ因リテ得タルニ非ス又暴力ヲ以テ僅ニ之ヲ維持スルニ非サルモノヲイヒ公然トハ隱秘 ニ對スル語ニシテ特ニ他人ニ祕シテ其占有ヲ知ラシメサルニ非サルヲ謂フ又期間ハ既ニ述ヘタルカ如ク二十年ニシテ其間ニ間斷ナキコトヲ要ス尙ホ第百六十四條ニ至リテ論スル所ヲミヨ
右ニ論スル占有ノ三條件ハ皆時效期間中繼續シテ存スルコトヲ要スルモノナリ故ニ期間中右ノ一條件ヲ欠クニ至ルトキハ自ラ時效ノ中斷ヲ來スヘシ(所有ノ意思ノ中斷ハ占有ノ中斷トナリ隨テ時效中斷ノ原因タルヘキコトハ一六四ノ下ニ於テ論スヘキ所ナリ)又初右ノ一條件ヲ欠ケルモ後ニ之ヲ具ウルニ至レハ其時ヨリ時效其進行ヲ始ムヘシ詳言スレハ初容假ノ占有者 タルニ過キサリシ者カ所有ノ意思ヲ有スルニ至リタルトキ(一八五、二〇四、二號)初强暴ヲ以テ占有ヲ取得シタル者カ前占有者ヨリ何等ノ抗議ヲモ受ケス全ク平穩ニ占有ヲ爲スニ至リタルトキ又ハ初隱秘ニ占有ニ着手シタル者カ公然占有ヲ爲スニ至リタルトキハ其時ヨリ時效其進行ヲ始ムヘシ
本條ハ主トシテ全ク所有權ヲ有セサリシ者カ新ニ之ヲ取得スル場合ニ付テ規定セリト雖モ眞ノ所有者カ他ニ其所有權ノ目的物ノ上ニ物權ヲ有スル者アル場合又ハ其所有權カ終期若クハ解除條件ノ到來ニ因リテ消滅スヘキ場合ニ於テ其完全ナル所有者トシテ其物ヲ占有スルトキハ又本條ノ適用ヲ受クルヘキモノトス尙ホ第二百八十九條及ヒ第三百九十七條ヲ參觀セヨ
右ハ動產、不動產ニ通スル取得時效ノ通則ナリ此ホカニ尙ホ不動產ノミニ關スル特別時效アリ此時效ニ付テハ(第一)占有ハ前項ノ條件ノホカ尙ホ(一)善意 ナルコト(二)過失ナキ コトヲ要ス善意トハ惡意ニ 對シテイヒ自ラ其所有者タルコトヲ信スルヲ謂フ過失ナキトハ普通人ノ爲スヘキ注意ヲ爲スヲ謂フ例ヘハ登記簿ヲ一覽セハ賣主ノ所有者タラサルコト瞭然タルニ其登記簿ヲ一覽セスシテ不動產ヲ買取ルカ如キハ過失アルモノナリ此二條件ハ前項ノ三條件ト異ニシテ唯占有ノ始ニ於テ存スルコトヲ要ス(果實ノ取得ニ付テハ果實ヲ收取スル當時ニ善意ナルコトヲ要ス〔一八九〕)(第二)期間ハ十年ニテ足レリ而シテ其繼續スヘキハ前項ノ場合ニ同シ
或ハ問ハン既ニ登記簿ヲ一覽セスシテ不動產ヲ讓受クルヲ以テ過失トスル以上ハ本條第二項ノ規定ハ如何ナル場合ニ其適用ヲ視ルヘキカト曰ク例ヘハ詐欺者カ他人ノ不動產ヲ讓受タルモノノ如ク裝イ其登記ヲ登記所ニ請求シ登記官吏モ亦之ニ欺カレテ其登記ヲ爲シタル後善意者カ其詐欺者ヨリ其不動產ヲ讓受タル場合ノ如キ又ハ登記官吏カ誤テ抵當ノ登記ヲ登記謄本中ニ揭ケサリシカ爲メ第三者カ其抵當アルコトヲ知ラスシテ不動產ヲ讓受タル場合ノ如キ其他權限ナキ者又ハ無能力者ヨリ不動產ヲ讓受ケタル爲メ其讓受行爲無效ニ歸シタル場合ノ如キ是ナリ
舊民法及ヒ外國ノ多數ノ例ニ依レハ正權原 (justus titulus、juste titre、Ersitzungstitel)ヲ必要トセリ是レ羅馬中世ノ法律以來然ル所ニシテ其理由ナキニ非ス然レトモ羅馬法ノ沿革ニ付テ之ヲ觀レハ初ハ過失ナキ善意占有ヲ要スルノ意ニシテ唯其過失ナキ爲メニハ通常一ノ權原ヲ要スルモノトセシニ過キス權原 トハ賣買、贈与等ノ如キ權利ノ讓渡ヲ目的トスル法律行爲ヲ謂フ蓋シ假令善意ナルモ自己ノ過失ニ因リ他人ノ物ヲ自己ノ物ト信スル者ノ如キハ未タ法律ノ保護ヲ受クルニ足ラス必ス相當ノ理由アリテ此誤信ヲ來シタルコトヲ要ス而シテ普通ノ場合ニ於テハ賣買、贈与等ノ如キ權原ニ因リテ占有ヲ取得シタルニ非サレハ誤信ノ理由アルモノトスヘカラス故ニ右ノ原則ヲ生シタルナリ然レトモ羅馬ニ於テハ數多ノ例外ヲ設ケ假令權原ナキモ占有者ニ過失ナキトキハ又以テ時效ノ利益ヲ受クヘキモノトセリ例ヘハ代理人ニ因リテアル物ヲ買ハント欲シタルニ當リ其代理人カ他人ト賣買契約ヲ爲スコトナクシテ濫ニ其物ヲ携エ來リ假ニ賣買ニ因リテ之ヲ得タルカ如ク裝イ以テ之ヲ本人ニ引渡タリトセンニ其本人ハ過失ナキ者トシテ時效ノ利益ヲ受クヘキモノトセリ又例ヘハ相手方ノ瘋癲者タルコトヲ知ルニ由ナカリシヲ以テ是レト賣買契約ヲ爲シタル場合ノ如キ又同シキモノトセリ然ルニ後世ニ至リテ羅馬法ノ精神ヲ誤解シ正權原ヲ以テ絕對ノ條件トシ過失ノ有無ヲ問ハスシテ權原ノ有無ノミヲ問ウニ至リシハ抑〻法文ノ末ニ流レテ其本ヲ忘レタルモノト謂フヘシ蓋シ權原アルモ過失アリ權原ナキモ過失ナキ場合少シトセス例ヘハ登記簿ヲ一覽セスシテ不動產ヲ買イタルカ如キハ最モ不注意ナルモノニシテ大過失アリト謂フヘシ然レトモ其賣買ニシテ成立セハ正權原アリト謂ハサルコトヲ得ス(但新民法ニ於テハ汎ク登記ナケレハ讓渡等ヲ第三者 ニ對抗スルコトヲ得サルモノトセルカ故ニ本文ノ賣買モ之ヲ登記スルニ非サレハ正權原トシテ之ヲ眞ノ所有者ニ對抗スルコト能ハス然ルニ所有者ナラサル者ヨリ其不動產ヲ買受ケタリトセハ其賣買ヲ登記スルコト能ハサルヲ常トス隨テ本文ノ場合ハ登記官吏ノ大不注意ニ因リ過失者ノ爲メニ登記ヲ爲シタルトキニ非サレハ生セサルヘシ又例ヘハ人ノ妻ヨリ不動產ヲ讓受ケタル場合ニ於テ其夫ノ許可ヲ受ケシヤ否ヤヲ確カメサリシニ後日夫ノ許可ナカリシ爲メ其讓受行爲カ取消サレタルトキハ正權原アリト雖モ過失アルモノト謂ハサルヘカラス(財一八一、一項參觀)之ニ反シテ前ニ引例セル羅馬法ノ適用ノ場合ノ如キハ權原爲シト雖モ占有者ニ過失ナキモノナリ然ルニ正權原ヲ必要トセハ前ノ過失アル者ヲ保護シテ却テ後ノ過失ナキモノヲ保護セサルニ至リ頗ル不當ノ結果ニ陷ルヘシ是レ本條ニ於テ斷シテ正權原ノ必要ヲ認メスシテ專ラ過失ナキコトヲ必要トセル所以ナリ
以上述フル所ニ依レハ不動產ニ付テハ十年ノ特別時效アリト雖モ動產ニ付テハ一切特別時效アルコトナシ是レ頗ル怪シムヘキカ如シト雖モ他ナシ後ノ第百九十二條ニ至リテハ善意ニシテ且過失ナキ動產ノ占有者ハ占有ヲ取得スルト同時ニ所有權ヲ取得スヘキコトヲ規定セルカ故ニ之ニ付テハ時效ノ必要ナケレハナリ但第百九十二條ノ規定ヲ以テ時效ノ規定トシ名ケテ之ヲ瞬間時效 又ハ即時時效 (preseription instantanée)ト謂ヘル例ハ舊民法ヲ始トシ外國ノ法律ニモ乏カラスト雖モ是レ時效ノ性質ニ因リ論シテ甚タ不當ナル所ナリ蓋シ時效トハ時 ノ效 力ヲ謂ヘルモノニシテ多少ノ期間ノ經過ヲ要スヘキニ恰モ右ノ場合ニ於テハ所有權瞬時ニシテ移轉シ尠クモ期間ノ必要爲シ而モ之ヲ時效ト謂フハ自家撞着モ亦甚タ然ラスヤ故ニ本法ニ於テハ之ヲ時效ト視ス單ニ占有ノ效力トシテ之ヲ占有 ノ章ニ規定セリ
第百六十三條 所有權以外ノ財產權ヲ自己ノ爲メニスル意思ヲ以テ平穩且公然ニ行使スル者ハ前條ノ區別ニ從ヒ二十年又ハ十年ノ後其權利ヲ取得ス(證一四九、三項)
本條ハ前條ノ規定ヲ所有權以外ノ財產權ニ準用セルモノナリ即チ所有權以外ノ財產權ヲ二十年間自己ノ爲メニスル意思ヲ以テ平穩且公然ニ行使スル者ハ其權利ヲ取得スルヲ原則トシ尙ホ其權利行使ノ始其行使者カ善意ニシテ且過失ナキトキハ十年ニシテ其權利ヲ取得スルモノトセリ
本條ニ於テ初テ財產權 (droitpatrimonial、Vermögensrecht)ナル文字ヲ使用スルカ故ニ玆ニ財產權ノ何物タルカヲ說明スルヲ必要トス余ノ信スル所ニ依レハ財產權 トハ處分スルコトヲ得ヘキ利益ヲ目的トスル權利ヲ謂フ物權、債權、著作權、特許權、意匠權、商標權等是ナリ法律ノ規定ニ因リ扶養ヲ受クル權利(七四七、七九〇、九五四乃至九六三)ノ如キモ亦財產權ナリ蓋シ此權利ハ處分スルコトヲ得ルモノナレハナリ然リト雖モ此權利ハ本條ノ規定ニ因リテ之ヲ取得スルコト能ハス其然ル所以ノモノ他ナシ是レ人ノ身分ニ付屬スル權利ニシテ父、子等ノ身分ヲ有スル者ニ非サレハ此權利ヲ有スルコト能ハス然ルニ父、子等ノ身分ハ占有ニ因リテ之ヲ取得スルコト能ハス蓋シ財產權ニ非サレハナリ故ニ其身分ニ付屬セル、扶養ヲ受クル權利ノ如キモ亦時效ニ因リテ之ヲ取得スルコト能ハサルナリ然レトモ他ノ財產權ハ法令ニ別段ノ定ナキ以上ハ皆本條ノ規定ニ因リテ之ヲ取得スルコトヲ得ルモノトス
第百六十四條 第百六十二條ノ時效ハ占有者カ任意ニ其占有ヲ中止シ又ハ他人ノ爲メニ之ヲ奪ハレタルトキハ中斷ス(證一〇六、一〇八、一三九)
本條及ヒ次條ハ取得時效ノ中斷ニ關スル規定ナリ蓋シ取得時效モ消滅時效ニ同シク前節ニ詳論シタル中斷方法(舊民法〔證一〇五以下〕ニ法定ノ中斷 ト謂ヘルモノ)ニ因リテ中斷セラルヘキハ勿論ナリト雖モ尙ホ此ホカニ取得時效ニ特別ナル中斷方法アリ占有ノ中斷 是ナリ(舊民法〔同上〕ニ自然ノ中斷 ト謂ヘルモノ)占有ノ中斷トハ占有カ其要素ヲ欠クニ至リタルノ謂ニシテ或ハ意思 ヲ失ヒ或ハ所持 ヲ失ヒ或ハ此二者ヲ併セテ失エルヲ謂フナリ
第一 意思 ヲ失ヒタル場合ニ於テハ往往ニシテ將來ニ時效ノ利益ヲ受クルコト能ハサルニ至ルコトアリ例ヘハ甲カ乙ノ所有ニ屬スル不動產ヲ自己ノ所有物トシテ占有セシ後 乙ノ請求ニ因リ甲カ乙ノ權利ヲ認ムルト同時ニ爾後乙ノ爲メニ占有ヲ爲スヘキ旨ヲ表示スルトキハ甲ハ全ク其占有ヲ失ヒ唯乙ノ代理人トシテ占有ヲ爲スニ過キス名ケテ之ヲ容假ノ占有 (possession précaire 、unvollst ndiger Besitz)ト謂フ此場合ニ於テハ第百八十五條及ヒ第二百四條第一項第二號ノ規定ニ因リ更ニ占有ヲ始ムルニ非サレハ幾十年ノ久シキニハタルモ決シテ時效ノ利益ヲ受クルコト能ハス是レ他ナシ第百六十二條ニ必要トセル所有ノ意思 (一六三ノ場合ニ於テハ自己ノ爲メニスル意思 )ヲ失エハナリ
第二 所持 ヲ失エル場合ニ於テ若シ他人ノ爲メニ之ヲ奪ハレタルトキハ後ノ第二百一條第三項及ヒ第二百三條ニ因リ一年內ニ占有回收ノ訴 ヲ提起シタルトキハ占有ハ繼續シタルモノト看做サルヘシ
舊民法ニハ占有ノ不繼續 ト其中斷トヲ區別セリト雖モ是レ全ク理由ナキ所ナルカ故ニ本法ニ於テハ之ヲ別タス故ニ本條ノ中斷中ニハ舊民法ニ所謂不繼續ヲモ包含スルモノト知ルヘシ尙ホ本條ノ適用ニ付テハ後ノ占有 ノ部ニ至リテ始メテ其詳細ヲ知ルコトヲ得ン(尙ホ四〇八頁參觀)
第百六十五條 前條ノ規定ハ第百六十三條ノ場合ニ之ヲ準用ス(證一四九、三項)
本條ハ第百六十三條ニ於テ第百六十二條ヲ準用セシカ如ク其第百六十三條ノ場合ニ前條ヲ準用シタルニ過キス尙ホ其適用ニ至リテハ後ニ占有ヲ論スルヲ觀ハ思半ニ過クルコトアルヘシ
第三節 消滅時效
本節ニ於テハ一切ノ財產權ノ消滅原因タル時效ニ付テ規定セリ但特別時效ニ付テハ他ニ特別ノ規定アリ例ヘハ一般ノ取消權ノ時效(一二六)、地役權ノ時效(二八九乃至二九三、)抵當權ノ時效(三九六、三九七)、債權者ヲ害スル行爲ノ取消權ノ時效(四二六)、不法行爲ニヨル要償權ノ時效(七二四)、親權ヲ行フ父若クハ母、後見人、後見監督人又ハ親族會員ト子又ハ被後見人トノ間ノ債權ノ時效(八九四、九四二、人二一一)、相續權ノ時效(九六六、九九三)、相續ノ承認又ハ抛棄ノ取消權ノ時效(一〇二二)、遺留分ノ爲メニスル減殺權ノ時效(一一四五)ノ如キ是ナリ尙ホ商法ノ時效ハ原則トシテハ之ヲ五年トセリ(商二八五、尙ホ舊商三四九ニハ之ヲ六年トセリ)且商法ニモ特別時效多シ(商三二八、三二九、三五六、三七四、三八三、四一七、四四三、五七五、六一八、六五一、舊商一三五、五一六、七一二、八一九、九七六等)
第百六十六條 消滅時效ハ權利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス
前項ノ規定ハ始期附又ハ停止條件附權利ノ目的物ヲ占有スル第三者ノ爲メニ其占有ノ時ヨリ取得時效ノ進行スルコトヲ妨ケス但權利者ハ其時效ヲ中斷スル爲メ何時ニテモ占有者ノ承認ヲ求ムルコトヲ得(證一二五、一二八)
本條ノ規定ハ普通ニ停止原因トシテ視ルモノニシテ主トシテ條件及ヒ期限ニ關セリ蓋シ消滅時效ハ權利者カ其權利ヲ行フコトヲ怠レルニ因リ假令權利アルモ之ヲ失ハシメテ可ナルモノトシタルナリユエニ權利者未タ其權利ヲ行使スルコトヲ得サル時ヨリ時效其進行ヲ始ムルモノト爲スヘカラス例ヘハ條件附行爲ノ目的タル權利ハ條件成就ノ時ニ發生スルモノニシテ其發生前ニ之ヲ行使スルコトヲヲ得サルハ固ヨリナリ又期限附權利ハ期限ノ到來マテ或ハ未タ發生セス或ハ既ニ發生スルモ之ヲ行使スルコトヲ得ス故ニ是等ノ權利ノ消滅時效ハ條件成就期限到來ノ時ヨリ其進行ヲ始ムルモノトス普通ニ之ヲ停止原因ト謂フモ未タ進行ヲ始メサル時效停止スト謂フハ頗ル穩當ヲ欠ケルヲ以テ新民法ニ於テハ之ヲ停止原因ト認メス
以上ハ消滅時效ノ原則ナリ然リト雖モ此原則ハ毫モ取得時效ノ效力ヲ妨クルコトナシ例ヘハ期限附又ハ條件附ノ債權ノ目的タル不動產ヲ二十年間占有スル者ハ第百六十二條第一項ノ規定ニ因リ取得時效ヲ得ルコトヲ妨ケス又例ヘハ期限附又ハ條件附ノ地役權ノ目的タル不動產ヲ過失ナク其地役アルコトヲ知ラスシテ十年間占有スル者ハ同條第二項ノ規定ニ因リ取得時效ヲ得ルコトヲ妨ケス或ハ曰ハン期限附又ハ條件附權利アル場合ニ於テハ其期限又ハ條件ノ到來スルマテハ其權利未タ成立セサルカ故ニ取得時效ノ進行ヲ妨ケサルコトハ固ヨリ言フヲ待タサル所ナラスヤト曰ク然ラス(第一)期限附物權ノ存スル場合ニ於テハ當事者ノ意思ニ於テ其期限ハ單ニ其目的物ノ引渡其他其權利ノ行使ノ時期ヲ定メタルニ過キサルコト多シ此場合ニ於テハ其物權時效ニ因リテ消滅スルニ非サレハ其目的物ノ占有者ハ完全ナル所有權ヲ取得スルコト能ハス然ルニ其物權ハ之ヲ行使スルコトヲ得ルニ至リタル後消滅時效ニ必要ナル期間ヲ經過スルニ非サレハ消滅セサルカノ疑アリ(第二)假令期限又ハ條件到來ノ後權利始メテ發生スヘキ場合ニ於テモ(而シテ停止條件附行爲ヨリ生スル物權及ヒ終期附又ハ解除條件附行爲ヨリ生スル原權利者ノ始期附又ハ停止條件附權利ハ皆此場合ニ屬ス)登記法(二、二號二項)ノ規定ニ從ヒ假登記 (終期又ハ解除條件ノ場合ニ於テハ登三八ニ因リ本登記ヲモ爲スコトヲ得ヘシ)ニ因リ其權利ヲ第三者ニ對抗スルコトヲ得ルカ故ニ又取得時效ノ結果トシテ其權利當然消滅スルコトナキカヲ疑フ者ナキヲ保セス故ニ本條第二項ヲ以テ右樣ノ疑ヲ生セサラシメタリ(第二項但書ノ精神因リ推セハ期限附又ハ條件附ノ權利ノ存在ハマサニ占有者ノ取得時效ヲ妨クルモノタルコトヲ認メタルモノト謂フコトヲ得ヘシ)
以上述フル所ニ依レハ消滅時效ハ未タ完成セサルニ取得時效ハ早ク既ニ完成シオハルコト稀ナリトセス甚シキニ至リテハ消滅時效未タ進行ヲ始メサルニ取得時效ハ業ニ已ニ完成スルコトアルヘシ是レ取得時效ノ原則ヨリシテヤムヲ得サル結果ナリト雖モ其消滅スヘキ權利ヲ有スル者ノ爲メニハ頗ル憐レムヘキモノアリ之ニ於テカ本條第二項ニ於テ之ニ与ウルニ占有者ノ承認ヲ求ムル權利ヲ以テセリ蓋シ占有者カ其者ノ權利ヲ承認シタルトキハ取得時效(占有者カ眞ノ所有者ナルトキハ其所有權ヲ完全ニスル爲メノ時效〔四〇九頁參觀〕)ハ之ニ因リテ中斷セラルヘキカ故ニ其者カ權利ヲ行フコトヲ得ルニ至リテオモムロニ其權利ヲ行使シ以テ取得時效ノ完成ヲ妨クルコトヲ得ヘケレハナリ
第百六十七條 債權ハ十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス
債權又ハ所有權ニ非サル財產權ハ二十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス(證一五〇、一五五、六年十一月五日吿三六二號出訴期限規則三、一項、二項、五項、六項、四)
本條ハ普通ノ消滅時效ヲ規定シタルモノナリ本條ニ依レハ消滅時效ノ原則トシテハ財產權ハ總テ二十年ニ因リテ時效ニカカルヘキモノトセリ而シテ本條ニ於テハ之ニ二例外ヲ認メタリ一ハ債權ニシテ是レ十年ニ因リテ時效ニカカルモノトシ一ハ所有權ニシテ是レ取得時效ノ結果トシテ消滅スルノホカ消滅時效ニカカルコトナキモノトセリ
蓋シ時效ノ期間ニ付テハ各國ノ制皆一樣ナラスト雖モ外國ニ於テハ普通時效ハ之ヲ三十年トスルモノ多シ是レ交通ノ便未タ今日ノ如ク開ケサル時代ニ在リテハ或ハ可ナラント雖モ今日ハ汽船アリ鐵道アリ郵便アリ電信アリ數百千里ヲ隔ツル地ト雖モ僅僅數日乃至數十日ノ後ハ自ラ其所ニ到ルコト得ヘシ况ヤ通信ニ因リテ其事情ヲ詳ニスルハ極メテ易易タルニ於テオヤ故ニ權利アラン者ハ假令遠隔ノ地ニ在ルモ之ヲ行使スルコト敢テ難シト爲サス然ルニ十年、二十年ヲ經過スルモ尙ホ之ヲ行使セサル者ハ大率甚シキ怠慢アル者云ハスンハアルヘカラス之ニ三十年ノ長期ヲカスハ蓋シ寬大ニ過キタルト謂フヘシ故ニ新民法ニ於テハ之ヲ二十年ニ短縮セリ
右ハ消滅時效ノ原則ナリト雖モ債權ニ付テハ尙ホ長キニ失スルノ感ナキニ非ス蓋シ債權ハ他ノ權利ト異ナリテ之ヲ行使スルコト極メテ容易ナルコト多ク又債權關係ハ普通ノ取引上殊ニ頻繁ニ生スルモノナルカ故ニ此關係ニシテ不確定ナルコト多ケレハ大ニ經濟上ノ不便ヲ釀スノ虞アリ故ニ外國ニ於テモ債權ハ他ノ權利ヨリモ短キ時效ニカカルヘキモノトセル例ナキニ非ス殊ニ我邦ニ於テハ從來有期ノ債權ハ五年ニ因リテ時效ニカカルモノトセルニ今ニハカニ之ヲ二十年トセハ或ハ權利上ニ劇變ヲ生シテ取引界ニ擾亂ヲ來スノ虞ナシトセス是レ蓋シ衆議院ノ於テ特ニ之ヲ十年ニ短縮シタル所以ナランカ但余ノ信スル所ニ依レハ我國ノ版圖ハ益〻廣キヲ加ヘ殊ニ地勢南北千有余里ニ涉ルニ島國ニシテ交通ノ便未タ遍カラス故ニ債權ノ時效ヲ十年トスルハスコシ早キニ失スルカ如キ憾ナキ能ハス然レトモ是レ自ラ立法論ニ屬スルヲ以テ深ク玆ニ論セス
第百六十八條 定期金ノ債權ハ第一囘ノ辨濟期ヨリ二十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス最後ノ辨濟期ヨリ十年間之ヲ行ハサルトキ亦同シ
定期金ノ債權者ハ時效中斷ノ證ヲ得ル爲メ何時ニテモ其債務者ノ承認書ヲ求ムルコトヲ得(證一五一、一五二)
本條ハ前條第一項ニ對スル例外規定ナリ蓋シ定期金債權ハ第一回ノ定期金ノ弁濟期ヨリ之ヲ行使スルコトヲ得ルカ故ニ前條第一項ノ規定ニ依レハ此第一回ノ弁濟期ヨリ十年ニシテ時效ニカカラサルコトヲ得ス政府案ニハ之ニ付キ別段ノ例外ヲ設ケサリシト雖モ衆議院ニ於テ債權ノ時效期間ヲ十年ニ短縮シタルカ爲メ定期金債權カ第一回ノ弁濟期ヨリ十年ニシテ時效ニカカルヘキモノトセハ頗ル短期ニ失スルノソシリヲ免レス因リテ特ニ例外ヲ設ケテ之ヲ二十年トセリ然リト雖モ此定期金ニハ十年未滿ノ時期ヲ以テ其弁濟期ヲオハルヘキモノ爲シトセス殊ニ初ハ長期ナリシモ既ニ其大半ヲ過キ殘期僅ニ十年滿タサルコトスク爲シトセス此場合ニ於テハ最後ノ弁濟期ヨリ尙ホ一〇有余年ヲ經過セサレハ時效ニカカラサルモノトナリ前條第一項ノ規定スル所ト頗ル權衡ヲ得サルニ至ルヘシ故ニ此場合ニ於テハ最後ノ弁濟期ヨリ十年ニシテ時效完成スヘキモノトセリ但次條ノ規定ニ因リ一年以下ノ時期ヲ以テ定メタル定期金ハ五年ノ時效ニカカルヘキヲ以テ最後ノ弁濟期ヨリ五年ヲ經過スルトキハ其定期金債權ハ必ス消滅スヘキノミ故ニ本條第一項末文ハ一年ヨリ長キ時期ヲ以テ定メタル定期金ニ付テノミ適用アルヘシ
本條ニ於テ一旦定期金債權モ亦初テ之ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ時效其進行ヲ始ムヘキモノトシタル以上ハ各期ノ弁濟ハ自ラ債務者ノ承認トナリ時效中斷ノ方法トナルヘキハ固ヨリ疑ヲ容レス故ニ實際ニ於テハ本條ニ定メタル二十年ノ時效ハ最後ニ定期金ノ弁濟ヲ爲シタル時ヨリ進行スルモノト謂フヘシ然レトモ此弁濟ノ證據ハ通常債務者ノ手ニ存スルモ債權者ノ手ニ存セス蓋シ債權者カ弁濟ヲ受ケタルトキハ債務者ニ其受取證ヲ交付スルコトヲ常トス而シテ債務者ヨリ債權者ニ弁濟ヲ爲シタル證書ヲ付与スルカ如キコトハ古今東西ノ慣習ニナキ所ナリ故ニ數十年ニ涉ル定期金ノ債權ニ付テハ債務者ハ二十年間其定期金ヲ弁濟シタル後忽チ時效ヲ援用シ以テ其弁濟ヲ免レントスルモ債權者ハ殆ト如何トモスルコト能ハス何トナレハ債務者ハ曰ハン汝ハ且テ吾ニ對シテ請求ヲ爲シタルコトナシ吾モ亦汝ニ對シテ弁濟ヲ爲シタルコトナシ即チ時效既ニ完成セルヲ以テ吾カ債務ハ消滅セリト而シテ債權者ハ之ニ年年弁濟ヲ受ケタル證據ヲ對抗スルコト能ハサルヘシ是レ本條第二項ノ規定アル所以ナリ即チ債權者ハ何時ニテモ其債務者ノ承認書ヲ求メ以テ債務者ヲシテ右ノ如キ不當ノ言ヲ爲スコトヲ得サラシメタリ
或ハ曰ハン本條ノ場合ニ於テハ各定期金皆別個ノ債權ニシテ其各個ニ付キ其弁濟期ヨリ時效其進行ヲ始ムヘキモノナリト是レアラナリ定期金債權ナルモノハ定期金ヲ請求スル元權ニシテ各定期金ニ對スル債權ハ期數ト同數ノ權利ナリト雖モ此各債權ノ根元タル權利即チ所謂定期金債權 ニシテ單ニ各獨立ナル債權ノ集合シタルモノニ非ス但當事者ノ意思明カニアル者ノ言ノ如キ場合ニ於テハ固ヨリ本條ヲ適用スヘキ限リニ在ラサルナリ
定期金トハ定期ニ支払ウヘキ金錢其他ノ物ヲ謂ヘルモノニシテフランス語ノ「ラント」、獨逸語ノ「レンテ」(rente)是ナリ從來之ヲ年金 ト訳セシモ月、半年等ヲ以テ定メタルモノナキニ非サルヲ以テ之ヲ定期金トセリ金 ノ字ハ常ニ金錢タルヘキカヲ疑ハシムルト雖モ是レ普通ニ金錢ナルカ故ニナンシカ謂ヘルニテ必スシモ金錢タルコトヲ要セス例ヘハ米穀ノ如キモ亦可ナリ尙ホ賃貸借ニ付キ賃金 トイヒ(六〇一)商法ニ於テハ準備金 ト謂ヘルカ如シ(商一九四、舊商二一九)
第百六十九條 年又ハ之ヨリ短キ時期ヲ以テ定メタル金錢其他ノ物ノ給付ヲ目的トスル債權ハ五年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス(證一五六、六年十一月五日吿三六二號出訴期限規則二、四項、三)
本條以下ハ短期時效 ニ關ス其第一ヲ五年 ノ時效トス而シテ利息、定期金、借賃、給料等ノ如キ年年、每半年、月月等ニ支払ウヘキモノニシテ以下數條ニ揭ケサルモノハ皆此時效ニカカルヘキモノトセリ蓋シ是等ノモノハ嚴重ニ弁濟ヲ爲ササレハ忽チ債權者ノ爲メニ支障ヲ生スヘキヲ常トスルヲ以テ慣習上債權者モ長ク其請求ヲ怠ルコト少ク債務者モ亦長ク其弁濟ヲ怠ルコト少ク且其額モ通常多カラサルカ故ニ長ク其受取證ヲ保存スル者稀ナリ是レ此短期時效ヲ設ケタル所以ナリ
第百七十條 左ニ揭ケタル債權ハ三年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス
一 醫師、產婆及ヒ藥劑師ノ治術、勤勞及ヒ調劑ニ關スル債權
二 技師、棟梁及ヒ請負人ノ工事ニ關スル債權但此時效ハ其負擔シタル工事終了ノ時ヨリ之ヲ起算ス(證一五七、六年十一月五日吿三六二號出訴期限規則一、九項、二、一項)
本條及ヒ次條ハ短期時效ノ第二種ナル三年 ノ時效ニ關セリ而シテ本條ニ規定スル所ハ醫師、產婆、藥劑師及ヒ技師、棟梁、請負人ノ債權ニ關セリ蓋シ是等ノ債權ハ慣習上速ニ其請求ヲ爲シ又速ニ其弁濟ヲオハルヲ常トシ且長日月ノ後其債權ヲ證明スルコト難シトスルコト多ケレハナリ
技師、棟梁、請負人ノ工事ニ關スル債權ニ付テハ其負担シタル工事終了ノ時ヨリ時效ヲ起算スヘキモノトセリ蓋シ慣習上是等ノ債權ハ工事終了ノ後之ヲ弁濟スルヲ常トスレハナリ但複雜ナル工事ニ在リテハ其全工事終了ノ後初テ時效ヲ起算スヘキモノトセハ其時效甚タ長キニ涉ルヘシ而シテ慣習上ニ於テモ此如キ場合ニ於テハ各種ノ工事終了ノ時ニ支払ヲ爲スヘキヲ常トスルカ如シ例ヘハ新ニ邸宅ヲ構ウル者ハ先ツ家屋ノ建築ヲ技師又ハ棟梁ニ依賴シタク駝師ヲシテ庭園ノ裝飾ヲ請負ハシムルコト多シ而シテ技師又ハ棟梁ニハ家屋ノ建築落成ノ後弁濟ヲ爲スヘクタク駝師ニハ庭園ノ裝飾終了ノ後支払ヲ爲スヘシ故ニ時效モ亦技師又ハ棟梁ニ付テハ家屋落成ノ時ヨリタク駝師ニ付テハ庭園ノ裝飾終了ノ時ヨリ其進行ヲ始ムヘキモノトスルヲ妥當トス是レ本條第二號ノ但書ニ於テ「其負担シタル 工事ノ終了ノ時」ト謂ヘル所以ナリ
第百七十一條 辯護士ハ事件終了ノ時ヨリ公證人及ヒ執達吏ハ其職務執行ノ時ヨリ三年ヲ經過シタルトキハ其職務ニ關シテ受取リタル書類ニ付キ其責ヲ免ル(證一六二)
本條ハ三年ノ時效ノ第二ノモノヲ規定セリ而シテ弁護士、公證人及ヒ執達吏カ其職務ニ關シテ受取リタル書類ノ義務ニ關セリ蓋シ是等ノ書類ハ事件終了ノ後ハ直チニ之ヲ返還スルヲ常トス殊ニ日日數多ノ書類ヲ取扱ウヘキ者ナルカ故ニ其書類ニ付キ長日月ノ間責任ヲ負フヘキモノトセハ其書類ヲ返還スル每ニ詳細ナル受取證ヲ取置キ永ク之ヲ保存セサルヘカラス是レ到底煩ニ堪エサル所ナリ故ニ是等ノ書類ノ返還ニ付テハ特ニ時效ノ期間ヲ短縮セシナリ
本條ニ所謂事件終了 トハ例ヘハ裁判ノ確定、和解、取下等ノ如キ是ナリ
第百七十二條 辯護士、公證人及ヒ執達吏ノ職務ニ關スル債權ハ其原因タル事件終了ノ時ヨリ二年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス但其事件中ノ各事項終了ノ時ヨリ五年ヲ經過シタルトキハ右ノ期間內ト雖モ其事項ニ關スル債權ハ消滅ス(證一五八)
本條及ヒ次條ハ短期時效ノ第三種ナル二年 ノ時效ニ付テ規定セリ而シテ本條ニ規定スル所ハ弁護士、公證人及ヒ執達吏カ依賴人ニ對スル債權ニ關セリ蓋シ是等ノ債權ハ事件終了ノ後チ直チニ之ヲ行使スルヲ常トシ甚シキニ至リテハ事件ニ着手スルノ前業ニ已ニ其弁濟ヲ受クル者稀ナリトセス是レ特ニ是等ノ債權ノ時效ヲ短縮シタル所以ナリ但其事件ハ複雜ナルモノ多ク且往往ニシテ數年ニ涉ルモノアリ此場合ニ於テモ尙ホ事件終了ノ時ヨリ二年ヲ經過スルニ非サレハ時效完成セサルモノトセンニハ十數年ニ至リテ尙ホ是等ノ債權消滅セサルコトナシトセス故ニ本條但書ヲ以テ其事件中ノ各事項終了ノ時ヨリ五年經過シタルトキハ時效必ス完成スヘキモノトセリ例ヘハ弁護士カ事件ノ依賴ヲ受ケテ因リ五年ニシテ僅ニ其事件落着シタリトセンニ初テ訴狀ヲ提出スルニ付キ印紙代ヲ立替エタルカ如キハ其訴狀提出ノ日ヨリ五年ヲ經過シタル後即チ事件落着ノ後直チニ時效完成スヘシ又每回ノ口頭弁論ニ付キ日當ヲ受クヘキ場合ニ於テハ各口頭弁論ノ日ヨリ五年ヲ經過スレハ又其日當ヲ請求スルコト能ハサルヘシ
第百七十三條 左ニ揭ケタル債權ハ二年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス
一 生產者、卸賣商人及ヒ小賣商人カ賣却シタル產物及ヒ商品ノ代價
二 居職人及ヒ製造人ノ仕事ニ關スル債權
三 生徒及ヒ習業者ノ敎育、衣食及ヒ止宿ノ代料ニ關スル校主、塾主、敎師及ヒ師匠ノ債權(證一五六、六號、一五七、二號、一五九、一六〇、一號、六年十一月五日吿三六二號出訴期限規則一、一項、六項、七項、二、二項、三項)
本條ハ二年ノ時效ノ第二ノモノヲ規定セリ而シテ生產者、卸賣商人、小商人、居職人、製造人、校主、塾主、敎師及ヒ師匠ノ債權ニ關セリ是等ノ債權ハ皆長ク其請求又ハ弁濟ヲ怠ルヘキモノニ非サルヲ以テ特ニ其時效ノ期間ヲ短縮セシナリ
第百七十四條 左ニ揭ケタル債權ハ一年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス
一 月又ハ之ヨリ短キ時期ヲ以テ定メタル雇人ノ給料
二 勞力者及ヒ藝人ノ賃金竝ニ其供給シタル物ノ代價
三 運送賃
四 旅店、料理店、貸席及ヒ娛遊場ノ宿泊料、飮食料、席料、木戶錢、消費物代價竝ニ立替金
五 動產ノ損料(證一六〇、六年十一月五日吿三六二號出訴期限規則一、二項乃至四項、七項、八項、一〇項、一一項、二、四項、三、七項)
本條ハ短期時效ノ第四種ナル一年 ノ時效ニ付テ規定セリ而シテ雇人、勞力者、藝人、旅店、料理店、貸席及ヒ娛遊場ノ債權其他運送賃及ヒ損料ニ關セリ是等ノモノハ皆直チニ其請求又ハ支払ヲ爲スヲ常トスルカ故ニ其時效ハ最モ短期ナルヲ至當トス是レ本條ノ規定アル所以ナリ
本條第四號ニ料理店 ト謂フハ居酒屋、蕎麥屋、天麩羅屋、鰻屋、鳥屋、牛屋ノ如キ飮食店ヲモ包含スルモノト解スヘキハ蓋シ疑ヲ容レサル所ナリ