5 委任の終了に関する規定
(1) 委任契約の任意解除権(民法第651条関係)
民法第651条の規律を維持した上で,次のように付け加えるものとする。委任が受任者の利益をも目的とするものである場合(その利益が専ら報酬
を得ることによるものである場合を除く。)において,委任者が同条第1項による委任の解除をしたときは,委任者は,受任者の損害を賠償しなければならないものとする。ただし,やむを得ない事由があったときはこの限りでないものとする。
(概要)
判例は,委任契約が受任者の利益をも目的とする場合には,委任者は原則として民法第651条に基づいて委任を解除することができないとする(大判大正9年4月24日民録26輯562頁)。しかし,委任者が解除権を放棄したものとは解されない事情がある場合には委任を解除することができ,ただし受任者は委任者に損害賠償を請求することができるとしており(最判昭和56年1月19日民集35巻1号1頁),結論的には,委任の解除を広く認めていると言われている。本文の第1文は,このような判例への評価を踏まえて, 委任が受任者の利益をも目的とする場合であっても原則として委任を解除することができるが,委任者が解除をしたときは,受任者の損害を賠償しなければならないとするものである。
また,判例は,委任が受任者の利益をも目的とする場合であっても,やむを得ない事情がある場合には損害を賠償することなく委任を解除することができるとしている(最判昭和56年1月19日民集35巻1号1頁)。そこで,このことを本文の第2文で明らかにしている。
なお,判例は,委任が有償であるというだけではその委任が受任者の利益をも目的とするとは言えないとしている(最判昭和58年9月20日集民139号549頁)から,受任者の利益をも目的とするとは,受任者がその委任によって報酬以外の利益を得る場合である。本文の括弧内はこのことを明らかにするものである。
(2) 破産手続開始による委任の終了(民法第653条第2号関係) 民法第653条第2号の規律を次のように改めるものとする。
ア有償の委任において,委任者が破産手続開始の決定を受けたときは,受任者又は破産管財人は,委任の解除をすることができるものとする。この場合において,受任者は,既にした履行の割合に応じた報酬について,破産財団の配当に加入することができるものとする。
イ受任者が破産手続開始の決定を受けたときは,委任者又は有償の委任における破産管財人は,委任の解除をすることができるものとする。
ウ上記ア又はイの場合には,契約の解除によって生じた損害の賠償は,破産管財人が契約の解除をした場合における相手方に限り,請求することができるものとする。この場合において,相手方は,その損害賠償について, 破産財団の配当に加入するものとする。
(注)民法第653条第2号の規律を維持するという考え方がある。また, 同号の規律を基本的に維持した上で,委任者が破産手続開始の決定を受けた場合に終了するのは,委任者の財産の管理及び処分を目的とする部分に限るという考え方がある。
(概要)
民法第653条第2号は,委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたときは委任は終了すると規定しているが,同号の規律を改めるものである。
本文アは,民法第653条第2号の規律のうち委任者が破産手続開始の決定を受けた場合について,委任が当然に終了するという規律を改め,有償の委任においては,請負に関する同法第642条と同様に,受任者又は破産管財人が委任を解除することができるとするものである。委任者が破産手続開始の決定を受けた場合でも,従前の委任契約に基づく委任事務の処理を継続した方が合理的な財産の管理処分が可能であるという場面もあり得るから,当然に委任を終了させる必要はないという考え方に基づく。すなわち,委任者が破産手続開始の決定を受けた場合でも委任が当然には終了するものとせず,破産管財人が委任の解除権を有することとして従前の委任契約を解除するかどうかを判断することができるとするとともに,有償の契約においては受任者がその後委任事務を処理しても報酬の支払を受けることができないおそれがあることから,受任者にも解除権を与えることとしている。破産管財人が委任を解除することができるのは,それが破産管財人の業務に関するものである場合,すなわち,委任が委任者の財産の管理又は処分に関するものである場合であることを前提としている。なお,無償の委任契約は,双務契約でなく,受任者の報酬請求権の保護を図る必要もないため,いずれにも解除権は与えられない。
本文アの第2文は,第1文に基づいて委任が解除された場合には,受任者は既履行部分の報酬請求権を破産債権として行使することができることとするものであり,解除された場合の受任者の報酬請求権について,民法第642条第1項後段と同様に扱うものである。
本文イは,民法第653条第2号の規律を改め,受任者が破産手続開始の決定を受けた場合に委任が当然に終了するのではなく,委任者が契約を解除することができるとするものである。受任者破産の場合に委任が終了するという同号の規律は,受任者の破産によって委任関係の基礎である当事者間の信頼関係が失われることを理由とするとされていることからすると,委任者が引き続き受任者に委任事務の処理を委ねる意思を有している場合にまで当然に委任を終了させる必要はなく,委任を終了させるかどうかは委任者の判断に委ねれば足りると考えられるからである。また,破産管財人は,破産法第53条に基づいて解除権を有し,本文イがこのことを否定するものではないので,破産管財人が委任を解除することができることを併せて確認している。
本文ウは,委任が解除された場合の報酬請求権や損害賠償請求権の扱いについて,民法第642条第2項と同様の規律を設けるものである。
以上に対して,委任を終了させるためには破産管財人による解除が必要であるとすると, 解除前に受任者が委任事務を処理することによって委任者の法律関係が変動する可能性があるとして,当然終了という構成を取る民法第653条第2号の規律を維持するという考え方がある。また,判例は,破産管財人の管理処分権と無関係な行為について委任関係は当然には終了しないとしており(最判平成16年6月10日民集58巻5号1178頁, 最判平成21年4月17日判例タイムズ1297号124頁),これを踏まえて,現在の同号の規律を基本的に維持した上で,当然に終了するのは,委任のうち委任者の財産の管理及び処分を目的とする部分に限るという考え方がある。これらの考え方を(注)で取り上げている。
なお,本文記載の案の検討に当たっては倒産法との関係にも留意する必要がある。