4 不動産賃貸借の対抗力,賃貸人たる地位の移転等(民法第605条関係)民法第605条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができるものとする。
(2) 不動産の譲受人に対して上記(1)により賃貸借を対抗することができる場合には,その賃貸人たる地位は,譲渡人から譲受人に移転するものとする。
(3) 上記(2)の場合において,譲渡人及び譲受人が,賃貸人たる地位を譲渡人に留保し,かつ,当該不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは,賃貸人たる地位は,譲受人に移転しないものとする。この場合において, その後に譲受人と譲渡人との間の賃貸借が終了したときは,譲渡人に留保された賃貸人たる地位は,譲受人又はその承継人に移転するものとする。
(4) 上記(2)又は(3)第2文による賃貸人たる地位の移転は,賃貸物である不動産について所有権移転の登記をしなければ,賃借人に対抗することができないものとする。
(5) 上記(2)又は(3)第2文により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは,後記7(2)の敷金の返還に係る債務及び民法第608条に規定する費用の償還に係る債務は,譲受人又はその承継人に移転するものとする。
(注)上記(3)については,規定を設けない(解釈に委ねる)という考え方がある。
(概要)
本文(1)は,まず,民法第605条の「その後その不動産について物権を取得した者」という文言について,「その他の第三者」を付加するとともに,「その後」を削除するものである。同条の規律の対象として,二重に賃借をした者,不動産を差し押さえた者等が含まれることを明確にするとともに,「その後」という文言を削除することによって賃貸借の登記をする前に現れた第三者との優劣も対抗要件の具備の先後によって決まること(最判昭和42年5月2日判時491号53頁参照)を明確にするものである。また,本文(1)では, 同条の「その効力を生ずる」という文言を「対抗することができる」に改めている。これは,第三者に対する賃借権の対抗の問題と,第三者への賃貸人たる地位の移転の問題とを区別し,前者を本文(1),後者を本文(2)で規律することによって,同条の規律の内容をより明確にすることを意図するものである。
本文(2)は,民法第605条の規律の内容のうち賃貸人たる地位の移転について定めるものであり,賃貸人たる地位の当然承継に関する判例法理(大判大正10年5月30日民録27輯1013頁)を明文化するものである。なお,本文(2)は,所有者が賃貸人である場合が典型例であると見て,その場合における当該所有権の譲受人に関する規律を定めたものであるが,地上権者が賃貸人である場合における当該地上権の譲受人についても同様の規律が妥当すると考えられる。
本文(3)は,賃貸人たる地位の当然承継が生ずる場面において,旧所有者と新所有者との間の合意によって賃貸人たる地位を旧所有者に留保するための要件について定めるものである。実務では,例えば賃貸不動産の信託による譲渡等の場面において賃貸人たる地位を旧所有者に留保するニーズがあり,そのニーズは賃貸人たる地位を承継した新所有者の旧所有者に対する賃貸管理委託契約等によっては賄えないとの指摘がある。このような賃貸人たる地位の留保の要件について,判例(最判平成11年3月25日判時1674号61頁)は,留保する旨の合意があるだけでは足りないとしているので,その趣旨を踏まえ, 留保する旨の合意に加えて,新所有者を賃貸人,旧所有者を賃借人とする賃貸借契約の締結を要件とし(本文(3)第1文),その賃貸借契約が終了したときは改めて賃貸人たる地位が旧所有者から新所有者又はその承継人に当然に移転するというルールを用意することとしている(本文(3)第2文)。もっとも,賃貸人たる地位の留保に関しては,個別の事案に即した柔軟な解決を図るという観点から特段の規定を設けずに引き続き解釈に委ねるべきであるという考え方があり,これを(注)で取り上げている。
本文(4)は,賃貸人たる地位の移転(当然承継)を賃借人に対抗するための要件について定めるものであり,判例法理(最判昭和49年3月19日民集28巻2号325頁)を明文化するものである。
本文(5)は,賃貸人たる地位の移転(当然承継)の場面における敷金返還債務及び費用償還債務の移転について定めるものである。敷金返還債務について,判例(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)は,旧所有者の下で生じた延滞賃料等の弁済に敷金が充当された後の残額についてのみ敷金返還債務が新所有者に移転するとしているが, 実務では,そのような充当をしないで全額の返還債務を新所有者に移転させるのが通例であり,当事者の通常の意思もそうであるとの指摘がある。そこで,上記判例法理のうち敷金返還債務が新所有者に当然に移転するという点のみを明文化し,充当の関係については解釈・運用又は個別の合意に委ねることとしている。費用償還債務については,必要費, 有益費ともに,その償還債務は新所有者に当然に移転すると解されていることから(最判昭和46年2月19日民集25巻1号135頁参照),この一般的な理解を明文化することとしている。