1 債権の譲渡性とその制限(民法第466条関係)
民法第466条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 債権は,譲り渡すことができるものとする。ただし,その性質がこれを許さないときは,この限りでないものとする。
(2) 当事者が上記(1)に反する内容の特約(以下「譲渡制限特約」という。)をした場合であっても,債権の譲渡は,下記(3)の限度での制限があるほか,その効力を妨げられないものとする。
(3) 譲渡制限特約のある債権が譲渡された場合において,譲受人に悪意又は重大な過失があるときは,債務者は,当該特約をもって譲受人に対抗することができるものとする。この場合において,当該特約は,次に掲げる効力を有するものとする。
ア債務者は,譲受人が権利行使要件(後記2(1)【甲案】ウ又は【乙案】イの通知をすることをいう。以下同じ。)を備えた後であっても,譲受人に対して債務の履行を拒むことができること。
イ債務者は,譲受人が権利行使要件を備えた後であっても,譲渡人に対して弁済その他の当該債権を消滅させる行為をすることができ,かつ,その事由をもって譲受人に対抗することができること。
(4) 上記(3)に該当する場合であっても,次に掲げる事由が生じたときは,債務者は,譲渡制限特約をもって譲受人に対抗することができないものとする。この場合において,債務者は,当該特約を譲受人に対抗することができなくなった時まで(ウについては,当該特約を対抗することができなくなったことを債務者が知った時まで)に譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができるものとする。
ア 債務者が譲渡人又は譲受人に対して,当該債権の譲渡を承諾したこと。イ 債務者が債務の履行について遅滞の責任を負う場合において,譲受人が債務者に対し,相当の期間を定めて譲渡人に履行すべき旨の催告をし,そ
の期間内に履行がないこと。
ウ譲受人がその債権譲渡を第三者に対抗することができる要件を備えた場合において,譲渡人について破産手続開始,再生手続開始又は更生手続開始の決定があったこと。
エ譲受人がその債権譲渡を第三者に対抗することができる要件を備えた場合において,譲渡人の債権者が当該債権を差し押さえたこと。
(5) 譲渡制限特約のある債権が差し押さえられたときは,債務者は,当該特約をもって差押債権者に対抗することができないものとする。
(注1)上記(4)ウ及びエについては,規定を設けないという考え方がある。
(注2)民法第466条の規律を維持するという考え方がある。
(概要)
本文(1)は,民法第466条第1項を維持するものである。
本文(2)は,当事者間で債権譲渡を禁止する等の特約がある場合であっても,原則としてその効力は妨げられない旨を定めるものである。近時の判例(最判平成9年6月5日民集51巻5号2053頁,最判平成21年3月27日民集63巻3号449頁)の下で,譲渡禁止特約に関する法律関係が不透明であるとの指摘があることを踏まえ,取引の安定性を高める観点から,譲渡禁止特約は債務者の利益を保護するためのものであるという考え方を貫徹して法律関係を整理することによって,ルールの明確化を図るとともに,譲渡禁止特約が債権譲渡による資金調達の支障となっている状況を改善しようとするものである。ここでは,譲渡の禁止を合意したもののほか,本文(3)で示す内容の合意をしたものを含む趣旨で,「上記(1)に反する内容の特約」という表現を用い,これに譲渡制限特約という仮の名称を与えている。
本文(3)は,当事者間における譲渡制限特約が,これについて悪意又は重過失のある譲受人にも対抗することができる旨を定めるものである。民法第466条第2項の基本的な枠組みを維持する点で判例法理(最判昭和48年7月19日民集27巻7号823頁)を明文化するものである。また,本文(3)第2文では,譲渡制限特約の効力が弁済の相手方を固定するという債務者の利益を確保する範囲に限定される旨を定めている。当事者間で譲渡の禁止を合意した場合であっても,その効力は,本文(3)第2文の限度で認められることに なる。
本文(4)アは,債務者が譲渡人又は譲受人に対して債権譲渡を承諾したときは,譲渡制限特約を譲受人に対抗することができないという一般的な理解を明文化するものである。
本文(4)イは,債務者が履行を遅滞している場合に,債務者に対して譲渡人への履行の催告をする権限を譲受人に付与するものである。特約違反の債権譲渡を有効としつつ,弁済の相手方を譲渡人に固定する限度で特約の効力を認める場合(本文(3)参照)には,譲渡人は,自己の責任財産に帰属しない債権を回収するインセンティブを持たないおそれがあるため,これへの対応を図る趣旨である。
本文(4)ウは,譲受人が第三者対抗要件を具備した後に譲渡人について倒産手続開始の決定があった場合に,譲受人に対して譲渡制限特約を対抗することができないとするものである。譲渡人の受領権限を破産管財人等が承継すると,譲渡制限特約付債権は破産財団等に帰属しないにもかかわらず,譲受人が債権全額の回収を受けることができなくなるおそれが生じ,譲受人の保護に欠けることになる一方で,譲渡人からその破産管財人等が受領権限を承継するのであるから,債務者にとっては,弁済の相手方を固定する債務者の利益はもはや失われている場合であると評価することができることを考慮したものである。
本文(4)エは,譲受人に劣後する差押債権者が譲渡制限特約付債権を差し押さえた場合に,譲受人に対して譲渡制限特約を対抗することができないとするものである。譲渡制限特約付債権が差し押さえられると,本来,債務者は特約を対抗することができず(本文(5)),特約によって保護されるべき債務者の利益が失われたと評価することができる一方で,差押えがされる局面においては,譲受人が債権全額を回収することができないおそれがあるため,譲受人を保護する必要性が高い点を考慮したものである。
これに対して,債務者の利益保護の観点から,本文(4)ウ及びエのような規定を設けるべ きではないとする考え方があり,これを(注1)で取り上げた。
なお,本文(4)アからエまでの各事由が生じ,債務者が譲受人に対して譲渡制限特約を対抗することができなくなった場合に,各事由が発生するまでに生じていた譲渡人に対する抗弁を譲受人に対して対抗することができないとすると,譲渡制限特約によってそれまで保護されていた債務者の抗弁が各事由の発生によって失われることになるが,それでは債務者に生ずる不利益が大きい。本文(4)柱書第2文は,債務者による抗弁の主張を認めるために,現民法第468条第2項の特則を定めることによって,債務者の保護を図るものである。
本文(5)は,譲渡制限特約付債権が差し押さえられたときは,債務者は,特約を差押債権者に対抗することができないことを明らかにするものであり,判例法理(最判昭和45年4月10日民集24巻4号240頁)の実質的な内容を維持する趣旨である。
以上に対して,このような民法第466条の改正は,譲渡人の債権者の債権回収に悪影響を及ぼすおそれがあるとして,同条を維持すべきであるという考え方があり,これを(注2)で取り上げている。