6 契約による債務の不履行における損害賠償の範囲(民法第416条関係)
民法第416条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 契約による債務の不履行に対する損害賠償の請求は,当該不履行によって生じた損害のうち,次に掲げるものの賠償をさせることをその目的とするものとする。
ア 通常生ずべき損害
イ その他,当該不履行の時に,当該不履行から生ずべき結果として債務者が予見し,又は契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害
(2) 上記(1)に掲げる損害が,債務者が契約を締結した後に初めて当該不履行から生ずべき結果として予見し,又は予見すべきものとなったものである場合において,債務者がその損害を回避するために当該契約の趣旨に照らして相当と認められる措置を講じたときは,債務者は,その損害を賠償する責任を負わないものとする。
(注1)上記(1)アの通常生ずべき損害という要件を削除するという考え方がある。
(注2)上記(1)イについては,民法第416条第2項を基本的に維持した上で,同項の「予見」の主体が債務者であり,「予見」の基準時が不履行の時であることのみを明記するという考え方がある。
(概要)
本文(1)は,債務不履行による損害賠償の範囲を定める民法第416条について,同条第1項の文言を基本的に維持しつつ,同条第2項にいう「予見」の対象を改めるとともにその主体・時期を明示するなど,規定内容の具体化・明確化等を図るものである。
本文(1)アは,民法第416条第1項の「通常生ずべき損害」を維持するものである。この「通常生ずべき損害」は,本文(1)イによって包摂される関係にあると考えられ,そうすると本文(1)アの「通常生ずべき損害」という文言は不要であるという考え方がある。この 考え方を(注1)で取り上げている。
本文(1)イでは,民法第416条第2項につき,以下のような改正を加えるものとしている。
まず,「予見」の対象を「損害」に改めている。「事情」と「損害」とはもともと截然と区別できないものであって,予見の対象を「損害」としても具体的な事案における結論に差は生じないとの指摘があることを考慮したものである。なお,「損害」の意義につき,金銭評価を経ない事実として捉えるか,金銭評価を経た賠償されるべき数額として捉えるかについては,引き続き解釈に委ねるものとしている。
当該損害が賠償の対象となるための要件である「予見」が,当該損害につき当該不履行から生じる蓋然性についての評価を含む概念であることを明確にするために「当該不履行から生ずべき結果」という表現を用いている。
民法第416条第2項における予見の主体と基準時について,判例・通説は,予見の主体は債務者で,予見可能か否かの基準時は不履行時と解しているとされる(大判大正7年8月27日民録24輯1658頁)。これを踏まえ,この判例法理を条文に明記することにより,規定内容の明確化を図っている。
民法第416条第2項の「予見することができた」という文言を「予見すべきであった」と改めている。ここにいう予見可能性とは,ある損害が契約をめぐる諸事情に照らして賠償されるべきか否かを判断するための規範的な概念であるとされており,そのことをより明確に法文上表現するのが適切であると考えられることによる。このような賠償範囲の確定は,契約の趣旨に照らして評価判断されるべきであると考えられることから,本文(1)イに「当該契約の趣旨」(その意義につき,前記第8,1参照)という判断基準を明示している。
以上に対し,現行法との連続性を重視して,民法第416条第2項が予見の対象を「(特別の)事情」としているのを維持しつつ,予見の主体及び基準時につき上記判例法理を明記するにとどめるべきであるとの考え方があり,これを(注2)で取り上げている。
本文(2)は,本文(1)記載の要件に該当する損害のうち,債務者が契約を締結した後に初めて予見し,又は予見すべきとなったものについては,当該損害を回避するために契約の趣旨に照らして相当と認められる措置を講じた場合には,債務者が当該損害の賠償を免れるものとしている。本文(1)の規律のみを設ける場合には,契約締結時と履行期が離れている場合に,契約締結後に予見し又は予見すべきものとなった損害を全て賠償の対象とすることになり得るが,それでは賠償範囲が広くなり過ぎて妥当でないとの指摘があることを踏まえたものである。
なお,契約以外による債務の不履行による損害賠償の範囲については,特段の規定を設けず,解釈に委ねるものとしている。