民法（～2019年）

本條ハ公吏保證金ノ先取特權ニ關セリ此先取特權ハ保證金ヲ供シタル公吏ノ職務上ノ過失ニ因リテ生シタル一切ノ債權ニ付テ存スルモノニシテ其目的物ハ保證金其物ナリ但嚴格ニ之ヲ言ヘハ此先取特權ハ保證金即チ金錢ナル有體物ノ上ニ存スルニ非スシテ其返還ヲ受クヘキ債權ノ上ニ存スルモノトセサルコトヲ得ス例ヘハ公證人カ其身元保證金ヲ裁判所ニ差出ストキハ裁判所ハ其公證人カ職務ヲ罷メタル場合ニ於テ之ヲ返還スル義務ヲ負フモノナリ然ルニ其公證人カ職務ヲ行フニ當リテ囑託人ニ對シ其過失ヨリ生スル損害ノ賠償ヲ爲スヘキ場合ニ於テハ其囑託人ハ裁判所ニ存スル保證金即チ嚴格ニ之ヲ言ヘハ裁判所ヨリ公證人ニ返還スヘキモノノ上ニ先取特權ヲ行フコトヲ得ヘシ而シテ此先取特權ノ由リテ生スル所以ノモノ他ナシ裁判所ハ恰モ被害者ニ代ハリ其保證金ヲ受取リタルモノト視ルヘクシテ此保證金ナルモノハ殆ト前ニ論シタル敷金ト其性質ヲ同シウスルト雖モ恰モ裁判所ニ於テ保證金ヲ保管スルカ故ニ公證人カ裁判所ニ對シテ有スル債權ノ上ニ純然タル先取特權アルモノトシタルナリ（公證人法六、一九、二〇）

本條ノ規定ハ果シテ收入役ノ身元保證金ニモ之ヲ適用スヘキカ曰ク然リ地方自治體ノ收入役ノ公吏タルコトハ蓋シ爭ハサルニ在リ而シテ之ニ關シ別段ノ規定ナキカ故ニ勢ヒ本條ヲ適用セサルコトヲ得ス即チ地方自治體ハ收入役ノ身元保證金ノ上ニ先取特權ヲ行ヒ收入役ノ他ノ債權者ヨリ先ニ辨濟ヲ受クルコトヲ得ヘシ（市制五八、四項、北海道區制一五、四項）唯政府ノ收入官吏ノ身元保證金ハ本條ヲ適用スヘキ限ニ在ラス是レ公吏ニ非サレハナリ之ニ關シテハ會計規則ニ別段ノ規定アルヲ以テ本條ヲ適用スル必要アラサルナリ（會計法二八、會計規則一〇二乃至一一〇）

現第３１１条・現第３２０条　現行法では，公吏の職務上の過失によって生じた債権については，公吏保証金の上に先取特権が存するものとされている（現第３１１条第４号，第３２０条）。この規定は，国家無答責の原則が採られていた戦前の法制度の下で，公務員がその職務を行う際に故意・過失によって私人に損害を与えた場合に，その公務員が納入した身元保証金から公務員に対する損害賠償請求権の優先弁済を受けることによって，その私人を保護しようとしたものである。

しかし，戦後の国家賠償法の制定により，損害を被った私人に対しては，加害者である公務員の帰属する国又は公共団体等が賠償の責任を負うこととされ，しかも，判例・通説によれば，公務員個人が直接賠償の責任を負うことはないものとされているので，損害を被った私人が保証金について先取特権を行使する事態は実際には起こり得ず，この規定が適用される余地はなくなっている。そこで，今回の民法現代語化案では，現第３１１条第４号及び現第３２０条の規定は削除するものとしている。