民法(~2019年)

民法現代語化案補足説明

参考原資料

民法現代語化案補足説明
1 民法現代語化の必要性
民法第1編(総則)・第2編(物権)・第3編(債権)は,明治29年(1896年)の制定以来,部分的な手直しは経ているものの,全面的な改正がされないまま現在に至っているため,片仮名・文語体を用いた表記形式が維持されており,現代ではほとんど使われていない用語・用字も条文中に多数残されているなど,かねてより難解で分かりにくいとの指摘があった。
私人間の法律関係を規律する一般法・基本法である民法は,日常生活・経済活動のあらゆる場面と関連した身近な内容を含んでいるものであるから,これを国民一般が慣れ親しんだ平仮名・口語体に改め,全体として現代語化することは,緊急の課題である。この点に関しては,「規制改革・民間開放推進3か年計画」(平成16年3月19日閣議決定)の中でも,平成16年度中に民法現代語化の法案の提出が求められている。
法務省民事局では,既に,局内に設けられた民法学者を中心とする研究会(「民法典現代語化研究会」・座長=星野英一東京大学名誉教授)において,民法第1編から第3編までの各条文ごとに,①片仮名・文語体の表記を平仮名・口語体に改める場合の問題点,②現代では一般に用いられていない用語を他の適当なものに置き換える場合の問題点,③確立された判例・通説の解釈で条文の文言に明示的に示されていないもの等(後記2(1)参照)を規定に盛り込む場合の問題点等について具体的な検討を加えており,その成果を踏まえながら,民法の現代語化を内容とする改正法案の立案の準備を進めてきた。今回,これまでの検討結果を「民法現代語化案」として公表し,改正法案の立案の参考に供するため,これに対する意見を広く一般から募集することにしたものである。今後は,今回の意見照会の結果を踏まえ,法制審議会の保証制度部会において現在検討が進められている保証制度の改正と共に現代語化を内容とする民法改正法案を今秋の臨時国会に提出する予定である。
2 民法現代語化の基本方針
今回の民法現代語化の基本方針は,①第1編から第3編までの片仮名・文語体の表記を平仮名・口語体に改める,②現代では一般に用いられていない用語を他の適当なものに置き換える,③確立された判例・通説の解釈で条文の文言に明示的に示されていないもの等を規定に盛り込む,④現在では存在意義が失われている(実効性を喪失している)規定・文言の削除・整理を行う,⑤全体を通じて最近の法制執務に則して表記・形式等を整備する,⑥既に平仮名・口語体となっている第4編・第5編(親族・相続)についても,第1編から第3編までとの均衡の観点から,見出しと項番号を付するとともに,最近の法制執務に則した必要最小限の表記・形式等の整備を行う,というものであり,現行法の内容に実質的な変更を加えることなく条文の現代語化を図ることを旨としている。このうち,上記①,②及び⑤の具体的な内容については,個々の条文ごとに民法現代語化案に示されているとおりであり,上記③及び④と条番号の整序については,以下に補足して説明を加える。
(1) 確立された判例・通説の解釈との整合を図るための条文の改正点
第108条 本人があらかじめ許諾した場合には,同一の法律行為について,相手方の代理人となること(自己契約)及び当事者双方の代理人となること(双方代理)ができる旨を明らかにしている。
第109条 他人に代理権を授与した旨を表示した者は,その他人に代理権がないことについて第三者が悪意であるときのほか,過失によって知らなかったときも,表見代理の責任を負わない旨を明らかにしている。
第151条 裁判所に対する調停の申立てについて,和解の申立てと同様に,相手方が出頭せず,又は調停が調わなかった場合には,1箇月以内に訴えを提起すれば時効が中断する旨を明らかにしている。
第153条 催告をした後,6箇月以内に支払督促の申立て,裁判所に対する調停の申立て,再生手続参加又は更生手続参加をした場合にも,裁判上の請求,和解の申立て又は破産手続参加をした場合と同様に,時効の中断の効力が生ずる旨を明らかにしている。
第162条 占有者が善意無過失である場合に成立する10年の短期取得時効について,不動産のみならず動産についても適用される旨を明らかにしている。
第192条 平穏,公然かつ善意無過失で動産の占有を始めた者が,その動産について行使する権利の取得(即時取得)をするのは,取引行為によって占有を始めた場合に限られる旨を明らかにしている。
第415条 債務の不履行があった場合でも,それが債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,損害賠償の責任を負わない旨を明らかにしている。
第478条 債権の準占有者に対する弁済は,弁済者が善意であるのみならず無過失である場合に限り,有効である旨を明らかにしている。
第513条 債務の履行に代えて為替手形を発行することは代物弁済であると解されていることから,これを更改とする第2項後段の規定を削除している。
第541条 債務の不履行があった場合でも,それが債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,契約の解除をすることができない旨を明らかにしている。
第660条 寄託を受けた者(受寄者)は,権利を主張する第三者が寄託物に対して差押えをしたときのみならず,仮差押え又は仮処分をしたときも,その旨を寄託をした者(寄託者)に通知しなければならない旨を明らかにしている。
第709条 故意又は過失により他人の権利を侵害した者のみならず,他人の法律上保護される利益を侵害した者も,不法行為に基づく損害賠償の責任を負う旨を明らかにしている。
第711条 他人の身体を侵害した者は,被害者の父母,配偶者又は子が被害者の生命を侵害されたときと同等の精神的苦痛を受けたときは,生命侵害の場合と同様に,その精神的損害について賠償の責任を負う旨を明らかにしている。
第720条 他人の不法行為に対し,自己又は第三者の権利を防衛するためのみならず,その法律上保護される利益を防衛するため,やむを得ず加害行為をした場合にも,正当防衛が成立し,損害賠償の責任を負わない旨を明らかにしている。
(2) 現在では存在意義が失われている規定・文言の削除・整理
現第35条 現行法では,営利を目的とする社団は商事会社の設立の条件に従って法人となることができる旨及びこの場合の社団法人について商事会社に関する規定を準用する旨が規定されている(現第35条)。
しかし,商法では,①会社とは商行為をすることを業とする目的で設立した社団をいい,②営利を目的とする社団で,商法上の会社の規定によって設立したものは,商行為をすることを業としないものであっても,会社とみなす旨が規定されている(商法第52条)。すなわち,結論として,現第35条と同旨が商法に定められているということができるので,これとは別に民法中に重ねて規定を設ける必要はないと考えられる。そこで,今回の民法現代語化案では,現第35条の規定は削除するものとしている。
現第97条ノ2(現代語化案第98条) 現行法では,相手方又はその所在が不明である場合にする公示による意思表示の方法として,裁判所の掲示場に掲示し,かつ,掲示があったことを官報及び新聞紙に1回以上掲載すべきものとされている(現第97条ノ2第2項)。
しかし,官報及び新聞紙への掲載については,戦時民事特別法第3条及び戦時民事特別法廃止法律附則第2項の規定により,これまで極めて長期間にわたって官報への掲載のみが行われているところ,これによる特段の支障も生じておらず,また,最近の立法(民事再生法第10条第1項,会社更生法第10条第1項,破産法(平成16年法律第75号)第10条第1項)では,裁判所の行う公告の方法として,官報への掲載のみが規定されており,新聞紙への掲載は規定されていない。そこで,現第97条ノ2に相当する今回の民法現代語化案第98条第2項では,新聞紙への掲載を公告の方法から除外するものとしている。
現第311条・現第320条 現行法では,公吏の職務上の過失によって生じた債権については,公吏保証金の上に先取特権が存するものとされている(現第311条第4号,第320条)。この規定は,国家無答責の原則が採られていた戦前の法制度の下で,公務員がその職務を行う際に故意・過失によって私人に損害を与えた場合に,その公務員が納入した身元保証金から公務員に対する損害賠償請求権の優先弁済を受けることによって,その私人を保護しようとしたものである。
しかし,戦後の国家賠償法の制定により,損害を被った私人に対しては,加害者である公務員の帰属する国又は公共団体等が賠償の責任を負うこととされ,しかも,判例・通説によれば,公務員個人が直接賠償の責任を負うことはないものとされているので,損害を被った私人が保証金について先取特権を行使する事態は実際には起こり得ず,この規定が適用される余地はなくなっている。そこで,今回の民法現代語化案では,現第311条第4号及び現第320条の規定は削除するものとしている。
(3) 条番号の整序等
民法中の根幹的な事項を規定する代表的な条文(例えば,第90条,第177条,第415条,第709条等)については,その条番号自体が,その意味内容(公序良俗,対抗要件,債務不履行,不法行為等)のいわば代名詞として広く呼び慣わされており,一般にも定着していると考えられる。また,民法の制定以来,膨大な裁判例や文献の蓄積も存するところであり,これらを参照する場合に,逐一,民法の条番号の対照・読み替えをしなければならないことになると,著しく煩瑣な作業が必要になって極めて非効率的であるばかりでなく,その取り違え等により一般に混乱を与えることも懸念される。
そこで,今回の現代語化に当たっては,現行法の条番号については,できる限り変更を加えないことを原則としているが,数次の改正により章・節・款の中途に削除された欠番の条文や枝番号・孫枝番号のある条文があることにより,全体の構成が不明瞭で,そのままではかえって分かりにくい部分も存在する。そこで,各編の全条文を改正する第1編から第3編までについては,章・節・款の中途の欠番や枝番号・孫枝番号の解消等を目的として,必要最小限の条番号の整序を行っている。
例えば,現第1条ノ2を新第2条に,現第1条ノ3及び現第2条を新第3条第1項及び第2項に改めるなどして,第2条から第5条まで枝番号のない新たな条番号を付している。同様の整序は,第11条ノ2から第23条まで,第34条ノ2,第83条ノ2から第84条ノ2まで,第97条ノ2・第98条,第159条・第159条ノ2,第321条から第324条まで,第373条から第381条まで,第398条ノ8から第398条ノ10ノ2まで,第621条・第622条についても行っている。このほか,章番号の整序(第1編第1章から第6章まで,第4編第5章の2及び第6章)や,項の新設(第172条,第919条)及び号の新設又は号番号の変更(第36条,第311条,第398条ノ3,第501条,第653条)を行っている箇所や,節・款の区分の下に新たに款・目の区分を設けている箇所(第2編第3章第1節,第3編第1章第2節,第3編第1章第5節第1款)がある(以上いずれも現行法の条番号及び章・節・款番号である。)。
3 公表資料の形式・構成
今回の公表及び意見照会に当たっては,前記2(3)の整序に伴う条文の対応関係のほか,現行法の個々の条文が現代語化案においてどのような用語・表現等に置き換えられているかをできるだけ分かりやすく参照することができるように,上段に条文形式の「現代語化案」を記載し,下段にそれに対応する現行法の条文を記載した新旧対照条文の形式で資料を作成し,これを公表することとした。
なお,公表する新旧対照条文において,①第1編から第3編までは,片仮名・文語体の全条文の条全体を改めることになるため,現行法からの変更箇所に特に傍線は付していないが,②第4編及び第5編は,既に現行規定が平仮名・口語体であり,その変更箇所は部分的なものに限定されるので,現行法からの変更箇所に傍線を付して特定し,参照の便宜を図っている。