明治商法(明治32年)

法典調査会 商法委員会議事要録 第117回

参考原資料

備考

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第百拾七回商法委員會議事要錄
出席員
鶴原定吉君
田部芳君
高木豐三君
富谷鉎太郞君
河村讓三郞君
井上正一君
都筑馨六君
梅謙次郞君
長谷川喬君
男爵南部甕男君
男爵尾崎三良君
三浦安君
中村元嘉君
岡野敬次郞君
加藤正義君
第五百八十九條 海上保險證券ニハ第三百四十七條第二項ニ揭ケタル事項ノ外左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス
一 船舶ノ國籍、名稱、種類及ヒ積量
二 船長ノ氏名
三 發航港及ヒ到達港
四 航海中寄港スヘキトキハ其港
荷物ヲ保險ニ付シ又ハ荷物ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保險ニ付シタル場合ニ於テハ船積港及ヒ陸揚港ヲ記載スルコトヲ要ス
(參照)三四七、三六四、舊六二六、六四六、佛三三二、蘭五九二、獨七八四、同舊七八八、伊四二〇、六〇五、西七三八、羅四四五、六一七、葡四二六、五九六、白千八百七十四年六月十一日法二七、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案二三、二四
岡野君ノ說明ニ曰ク本案ハ保險ノ總則ノ衣ニ設ケタル火災保險、運送保險及ヒ生命保險ニ付キ各特ニ其保險證劵ニ記載スヘキ事項ヲ規定シタルト同一ノ精神ヲ以テ規定シタルモノナリ從テ本條ニ揭ケタル第一號乃至第四號ノ事項ハ總則第三百四十七條第二項ニ揭ケタル一般ノ事項ノ外ニ特ニ必要ナリトスルモノト知ルヘシ之ニ關スル外國ノ立法例ヲ見ルニ佛國ノ如キハ其商法第三百三十二條ニ於テ此保險證劵ニ記載スヘキ事項ヲ細密ニ規定シタリト雖モ右ハ畢竟商法中保險ノ總則ニ關スル規定ナリ單ニ海上保險ノミニ付キ規定ヲ設ケタルヲ以テ自ラ然ルモノニシテ本按トハ其大體上ニ於テ規定ノ方法ヲ異ニスルモノナリ之ニ反シテ保險ヲ海上保險ト分離シ彼我ノ區別ヲ設ケ規定シタル國ニ於テハ總則ヲ設ケ一般ノ保險ニ共通スヘキ規定ノ設ケアルヲ以テ從テ海上保險證劵三記載スヘキ必要事項ノ如キ特ニ海上保險ノミニ限リ必要ナルモノニ止メ他ハ一般總則ノ規定ニ依ラシム是蓋シ本按ト同一ノ方法ヲ採ルモノナリ從テ本按ニ於テ必要事項トシ以テ本條ニ記載スヘキモノト定メタル各事項ハ槪ネ右ノ國ニ於ケル各事項ト同一ナリト
加藤君ハ本條ノ規定ヲシテ若シ一航海コトニ保險ニ付シタル場合ノミニ適用セシメンカ敢テ不可ナルコトナシト雖モ若シ期間ヲ定メ保險ニ付シアル場合ニモ適用セシメンカ此原文ノ盤ニテハ不可ナリ何トナレハ若シ夫レ一年間ノ以テ保險ニ付シタル場合ニ適用セシメンカ本條第三號及ヒ第四號ニ揭ケタル事項ノ如キハ豫メ一定スルコト能ハサルカ如キ場合アレハナリ然ルニ抅ハラス尙ホ法律ヲ以テ難キヲ强請スルニ至ルハ穩當ナラサルヘシト批難シ岡野君ハ答ヘテ曰クひこ第三號ニ揭ケタル發航港及ヒ到達港ノ如キ若シ全ク豫定スルコト能ハサル場合アリトセンカ不都合ナルヘシ故ニ此㸃ハ再考スルモ可ナリ次ニ第四號ニ揭ケタル航海中寄港スヘキ港ト大抵豫定スルコトヲ得ヘキモノト考フ殊ニ或場合ニ於テ臨時他ノ港ニ寄港スルカ如キハ差支ヘナキ考ヘナレハ此第四號ハ原文ノ儘ニテ可ナルト加藤君ハ更ニ自說ヲ主張シテ曰ク何レニシテモ本條第三號ノ規定ハ不完全ナリ故ニ期間ヲ以テ契約セシ場合ニ關シテハ大凡據ルヘキ標準ノ規定ヲ設ケ置キテ可ナリ第三百四十七條第三號ニハ「定メタルトキハ」トノ文例アリ之ト釣合フ如クセハ如何尤モ右ノ如ク定メタルトキハトセンカ若シ定メサルトキハ如何トノ疑問ヲ生スルニ至ルノ恐アリ故ニ再考シテハ如何ト右ニ付キ岡野君ハ此第三號及ヒ第四號ハ兎モ角再考セント答ヘタリ
富谷君ハ陸上運送ニ關スル第三百六十四條第一號ノ規定ヲ引用シテ曰ク同條第三號ニハ「運送ノ道筋及ヒ方法」トアリ是蓋シ陸上運送ノミニ限リ必要ナルモノニアラスシテ海上運送ニモ亦必要ナリト信スルヲ以テ右ト同一ノ主意ヲ以テ此海上運送ニモ規定ヲ設クヘシト主張シ岡野君ハ辯シテ曰ク陸上ノ運送ニ付テハ例ヘハ船舶トカ又ハ汽車トカノ如キ其方法如何ニ因リ危險ノ程度ヲ異ニスルヲ以テ斯カル規定ノ必要アリト雖モ海上運送ニ於テハ船舶ニテ運送スルノ外ナキ故其必要ヲ見スト玆ニ於テ富谷君ハ海上運送ト雖モ帆船又ハ汽船等船舶ノ各種類ニ因リ危險ノ程度ヲ異ニスルノミナラス其他道筋ノ如キモ其如何ニ因リ危險ノ程度ヲ異ニスルヲ以テ前說ヲ主持スト述ヘ之ニ醬シテ岡野君ハ道筋ノ如キハ發航港及ヒ到達港ニシテ極リ居レル以上ハ自ラ一定セサルモノアルヲ以テ是ニ關スル規定ノ必要ナカルヘシト辯シ富谷君ハ反駁シテ曰ク假令發航港及ヒ到達港ハ極レトモ其道筋ノ如キハ必スシモ一定セリト看做スヘカラス殊ニ第三百六十四條第一號トノ釣合上ヲモ一考セサル可ラサルヲ以テ自說ノ方穩當ナリト
右富谷君ノ修正意見ニハ贊成者ナキヲ以テ本條ハ加藤君ノ說ニ付キ再考スヘキ外ハ原案ニ可決シ次條ニ移リタリ
第五百九十條 保險者ノ責任カ始マル前ニ於テ航海ヲ變更シタルトキハ保險者ハ其義務ヲ免ル
保險者ノ責任カ始マリタル後航海ヲ變更シタルトキハ保險者ハ其變更後ノ事故ニ付キ責任ヲ負フコトナシ但其變更カ被保險者ノ責ニ歸スヘカラサル事由ニ因レルトキハ此限ニ在ラス
到達港ヲ變更シ其實行ニ著手シタルトキハ保險シタル航路ヲ離レサルトキト雖モ航海ヲ變更シタルモノト看做ス
(參照)舊九五七、佛三五一、三六四、蘭六三八、六四一、獨八一三、同舊八一七、伊六一五、西七五五、七五六、羅六二七、葡六〇四、六〇八、白千八百七十九年八月二十一日法一八二、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案四三、四四
岡野君ノ說明ニ曰ク舊商法第九百五十九條ニ於テハ航海ノ變更、航路ノ變更及ヒ船舶ノ變更ニ關シ之ヲ一條ノ下ニ槪括シテ規定ヲ設ケ而シテ其變更ノ原因已ムヲ得サルニ出タルト否トヲ以テ區別シ其已ムヲ得サルニ出タル場合ニ於テハ保險者ハ其責任ヲ負擔セサルモノトセリト雖モ本案ニ於テハ斯事ニ關シテハ詳細ノ規定ヲ設クヘキ必要アリト認メタルヲ以テ本案以下ニ於テ之ヲ分類シタリ卽チ此第五百九十條ハ航海ノ變更ニ關シテ規定シ第五百九十一條ハ航海ノ變更ニ關シテ規定シ第五百九十二條ハ船長ノ變更ニ關シテ規定シ而シテ第五百九十三條ハ船舶ノ變更ニ關シテ規定シタルモノ是ナリ然リ而シテ此第五百九十條ハ右ニ述ヘタル如ク航海ノ變更ニ關スル規定ナリ元來保險者カ損害ノ嗔補ヲ以テ契約ヲ爲セシ場合ニ於テ被保險者カ其航海ヲ變更センカ保險者ハ危險負擔ノ責ヲ免カルヘキモノナリ然レトモ若シ右ノ如ク嚴格ニ規定センカ保險ニ付シタルノ效用尤モ少ナカルヘキヲ以テ法律ハ最初ノ契約ト稍異ナルニ至ルモ保險者ニ責任ヲ負ハシムルモノトセリ而シテ本條第一項ハ保險者ノ責任カ始マル前ニ於テ航海ヲ變更シタル場合ニ關スル規定ニシテ此場合ニ於テハ其原因ノ如何ヲ問ハス保險者ハ其責ヲ免カルヘキモノトス而シテ第二項ハ其責任カ始マリタル後航海ヲ變更シタル場合ニ關スル規定ニシテ此場合ニ於テハ其變更カ被保險者ノ責ニ歸ス可ラサル事由例ヘハ一度航海ヲ始メタル後不可抗力ノ爲メ船舶カ沈沒スルカ若クハ豫定ノ到達港ニ達スルコト能ハサルカ如キ大傷害ヲ蒙リ爲メニ或港ニ寄港スルニ至リタルカ如キ場合ニ於テハ保險者ハ其責ニ任セサル可ラサルモノトス又第三項ハ到達港ノ變更ニ關聯スル航海變更ニ關スル規定ニシテ此場合ニ於テハ到達港ヲ變更スルノ決心ヲ爲シ之ヲ實際ニ行ヒタルトキハ假令保險シタル航路ヲ離レサルトモ保險者ハ其責任ヲ免カルヘキモノトシ蓋シ此規定タルヤ被保險者ニ對シ頗ル酷ナルカ如キ觀アルヲ以テ或ハ批難ヲ受クヘキ恐ナキニアラス然レトモ此規定ニ付キ特ニ諸君ノ注意ヲ煩ハシタキハ獨逸商法ノ如キハ全ク同一ノ精神ヲ以テ明文ヲ揭ケ其他英法ノ如キモ海上保險法案ニ航海ノ變更ニ關スル注意的規定ヲ設ケ恰モ獨逸商法ト同主義ヲ採リ又佛國ノ如キモ明文ナキニ抅ハラス解釋上ハ此第三項ノ規定ト同一ノ精神ヲ以テ主張スル學者多シ而シテ其理由トスル小コロハ一度到達港變更ノ決心ヲ爲シ之ヲ實行センカ縱令其航路ヲ同フストモ實際ハ多少ノ變更ヲ爲スモノト見サル可ラスト云フニ在リ斯ノ如ク外國ニ於テ一定ノ主義ヲ採レルヲ以テ其主義ノ難スヘキ强カノ理由ナキ以上ハ寧ロ其主義ヲ探用スルノ優レルニ如カスト考ヘタリシコト是ナリ從テ又右ノ主義ヲ探用シ本條第三項ノ如キ規定ヲ設クルトキハ航路ヲ離ルヘキコトハ航海變更ノ一條件ニ非ラサルコトヲ決定スルノ便アリト
長谷川君ハ本條第三項ノ規定ヲ難シテ曰ク起草者ノ說明ヨリ察スルトキハ此第三項ハ何分ヲ航路ヲ變更セシヤモ知レストテ特ニ設ケタルカ如シト雖モ如斯理由ヲ以テ設ケタリトセンカ寧ロ削除スルニ如カス何トナレハ此規定ノ存在スルトキハ被保險者ニ於テ非常ノ不利益ヲ被ムルモノナレハナリ殊ニ航海ヲ變更シタル場合ニ危險生センカ其危險ノ生シタル場所ノ如何ニ因リテ果シテ航海ヲ變更シタルヤ否ヤモ明ラカナルヲ以テナリト岡野君辯シテ曰ク銑ニ述ヘタルカ如ク此第三項ノ主義ハ英國及ヒ獨國ニ於テ探用セルイミナラス佛國ノ學者モ亦同一ノ見解ヲ有シ居レリ故ニ若シ之ニ反對スヘキモノトセンカ充分ノ理由ナカルヘカラス然ルニ其充分ノ理由ヲ發見セサルヲ以テ敢テ其主義ニ傚フノ外ナキモノト信シタレハナリト梅君モ亦辯シテ曰ク余カ第三項ヲ必要ナリトテ贊成セシ理由ハ要スルニ此場合ノ如キハ假令保險シタル航路ヲ離レサルトモ既ニ到達港ヲ變更スルノ決心ヲ爲シ其實行ニ着手シタルトキハ理論上航路ヲ變更セシモノト看做スヘク殊ニ一旦爲シタリシ契約ヲモ動カスニ至ルヲ以テ保險者ヲシテ責任ヲ免カレシムルハ固ヨリ當然ノコトナリト信スレハナリト
本案ニ付テハ以上ノ外航海ノ變更ト航路ノ變更トニ關シ多少ノ問答アリタルモ何レモ修正說トシテ提出スルニ至ラス逐ニ原案ニ可決シ次條ニ移リタリ
第五百九十一條 被保險者カ發航ヲ爲シ若クハ航海ヲ繼續スルコトヲ怠リ又ハ航路ヲ變更シ其他著シク危險ヲ變更若クハ增加シタルトキハ保險者ハ其變更又ハ增加以後ノ事故ニ付キ責任ヲ負フコトナシ但其變更又ハ增加カ事故ノ發生ニ影響ヲ及ホササリシトキ又ハ保險者ノ負擔ニ歸スヘキ不可抗力若クハ正當ノ理由ニ因リテ生シタルトキハ此限ニ在ラス
(參照)舊九五九、佛三五〇、三五一、蘭六三八、六三九、六四一、六四二、獨八一四、同舊八一八、伊六一五、六一七、西七五五、七五六、七六四、羅六二七、六二九、葡六〇四、六〇八、白千八百七十九年八月二十一日法一七八、一八二、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案四六、四八、四九
岡野君ノ說明ニ曰ク本條ハ主トシテ航路ノ變更ニ關スル規定ナリ蓋シ或場合ニ於テハ被保險者カ發航ヲ遲延スルコトアルトカ又或場合ニ於テハ航海中他ノ港ニ寄リ爲メニ航海ヲ繼續セサルコトアルトカ又場合ニ因リテハ普通ノ航路ヲ進行セスシテ他ノ航路ヲ取ルカ如キコトアルヘシ以上ノ如キ各場合ハ固ヨリ保險者ノ豫知セサル場合ナレハ保險者ヲシテ責任ヲ負ハシムルハ其當ヲ得タルモノニ非ラス故ニ斯カル場合ニ於テハ恰モ航海ノ變更ニ於ケルカ如ク保險者ヲシテ其責任ヲ負擔セシメサルモノトシタリ但シ航海ノ變更ト航路ノ變更トハ區別アリテ其航海ノ變更ノ場合ハ縱令航路ヲ離レサルモ保險者ハ責任ヲ免カレ其航路ノ變更ノ場合ハ實際其航路ヲ離レタルトキヨリ其變更アルモノトスルコト是ナリ玆ニ又注意スヘキハ本條ノ「著シク」ナル文字是ナリ此文字ヲ特ニ用ヒタルハ僅カニ危險ヲ變更若クハ增加セシトテ爲メニ保險者ヲシテ其責任ヲ免カレシムルハ却テ當事者ノ意思ニ反スルモノト信シタレハナリ次ニ又本條ニ於テハ危險ノ變更若シクハ增加ニ關スル保險者ノ責任ニ付キ例外的規定ヲ設ケ第一、其變更又ハ增加カ事故ノ發生ニ影響ヲ及ホササリシトキハ保險者其責任ヲ免レストセリ此主義タルヤ獨逸法ト同一ニシテ英國法トハ異ナレリ英國法ハ苟モ航路ヲ變更センカ保險ノ爲メニ責任ヲ免カルヘキモノトセリ想フニ獨逸法ハ若シ英國ノ如クセンカ被保險者ニ對シ酷ニ失スルモノナリトノ觀^忿ヲ以テ區別ヲ設ケタルモノナルヘシ本案ニ於テハ右ニ主義ノ中ニ於テ獨逸法ノ主義ヲ穩當ナリトセリ第二、其變更又ハ增加カ保險者ノ負擔ニ歸スヘキ不可抗力ノ場合ニ於テハ保險者其責任ヲ免カレストセリ例ヘハ戰爭ノ爲メニ中途ニ於テ危險ノ生セシ場合ノ如キハ元來保險者ノ負擔ニ歸セサル危險ナルヲ以テ契約以外ノコトナレハ固ヨリ保險者ノ責任ナキハ明白ナリト雖モ其他ノ場合ニ於テ保險者ノ負擔ニ歸スヘキ不可抗力ノ場合ハ其責任ヲ免レサルナリ第三、其變更又ハ增加カ正當ノ理由ニ因リテ生シタルトキハ是亦保險者其責任ヲ免カレストセリ例ヘハ難波船ノ救タじ助ハ人ノ溺死セルトスルヲ救助スル爲メ危險ノ變更又ハ增加セシ場合ノ如キ是ナリ尙ホ終リニ一言ス本條ノ「航海ノ變更」ナル文字ハ固ヨリ好當ノ文字ナリト信スルニアラサルヲ以テ若シ他ニ優レルノ文字アランカ敢テ改ムルニ吝ナラスト本條ハ原案ニ可決シ次條ニ移リタリ
第五百九十二條 保險契約中ニ船長ヲ指定シタルトキト雖モ船長ノ變更ハ契約ノ效力ニ影響ヲ及ホサス
(參照)獨八一五、同舊八一九、伊六一七、西七五六、羅六二九、葡六〇八
岡野君ノ說明ニ曰ク本條ハ保險契約中ニ船長ヲ指定シタルトキト雖モ其船長ヲ變更スルコトハ敢テ契約ノ效力ニ影響ヲ及ホササルコトヲ定メタルモノナリ是蓋シ船長タルヘキ者ハ一定ノ資格ヲ具フルモノナレハ其人物如何ニ付キ彼是大差ナケレハナリ若シ夫レ特ニ某船長ヲ指定シ之カ變更ヲ欲セサランカ特ニ約シテ可ナリ想フニ普通船體ニ重キヲ置ク割合ニ船長ニハ重キヲ置カサルモノ故本條ヲ設ケタリト
本條ハ異議ナク可決シ次條ニ移リタリ
第五百九十三條 荷物ヲ保險ニ付シタル場合ニ於テ船舶ヲ變更シタルトキハ保險者ハ其變更以後ノ事故ニ付キ責任ヲ負フコトナシ
第五百九十條第二項但書ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ用ス
(參照)舊九五九、佛三五〇、三五一、三六一、蘭六三八、六四一、六五二、獨八一六、同舊八二〇、伊六一五、六一七、六二一、西七五六、七五九、羅六二七、六二九、六三三、葡六〇四、六〇八、六一〇、白千八百七十九年八月二十一日法一七八、一八二、一九四、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案二九、三七
岡野君ノ說明ニ曰ク本條ハ舊商法第九百五十九條第一項中「航海ノ已ムヲ得サルニ出テタル變更ニ因リ」ノ規定ニ相當ス蓋シ一般ノ場合ヲ想像スルニ荷物ノ危險ハ船舶ノ階級如何ニ因リ大ニ差異アルモノナリ然ラハ其船舶ヲ變更スルトキハ保險者ニ於テ不利益ヲ被ムルヲ以テ本按ニ於テハ右ノ變更ヲ爲シタルトキハ保險者ハ其變更以後ノ事故ニ付キ責任ヲ負ハサルモノトセリ次ニ第二項ヲ設ケ第一項ノ場合ニ於ケル變更カ被保險者ノ責ニ歸スヘカラサル事由ニ因レルトキハ例外ナリトセシハ外國ニ於テモ同樣ノ規定アリテ頗ル其當ヲ得タルモノト信シタレハナリ但シ玆ニ一言スヘキハ本條第二項ノ書方是ナリ最初第五百九十條第二項ノ規定ハ長文ナリシヲ以テ本條ニハ準用トセリ然ルニ右ノ長文ハ其後短文トナリタレハ今ヤ準用スルヨリ寧ロ法文ニ明示スルノ優レルヲ看破シタルヲ以テ他日本條第二項ノ文章ヲ改ムル爲メ豫テ一言スト
本條ハ異議ナク可決シ次條ニ移リタリ
第五百九十四條 保險契約ヲ爲スニ當タリ荷物ヲ積込ムヘキ船舶ヲ定メサリシ場合ニ於テ被保險者カ其荷物ヲ船積シタルコトヲ知リタルトキハ遲滯ナク船舶ノ名稱及ヒ國籍ヲ保險者ニ通知スルコトヲ要ス
被保險者カ前項ノ通知ヲ爲スコトヲ怠リタルトキハ保險者ハ其義務ヲ免ル
(參照)佛三三七、蘭五九六、獨八一七、同舊八二一、伊六〇五、西七四一、羅六一七、葡五九六、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案二九
岡野君ノ說明ニ曰ク本條ハ荷物ヲ保險ニ付スル場合ニ其荷物ヲ何レノ船舶ニ積込ムヘキヤハ其契約ノ當時ニ於テ未定ナリシ場合ニ關スル規定ナリ想フニ右ノ如キコトハ實際同一ノ港ヲ發航スル船舶ノ數多アル場合ニ屢々實例ヲ見ルモノナレハ特ニ規定スルノ必要アリ蓋シ斯カル場合ニ於テハ被保險者ハ其荷物ヲ船積シタルコトヲ知リタルトキヨリ遲滯ナク其船舶ノ名稱ト國籍トヲ保險者ニ通知スヘキモノトス是保險者ニ於テ其船舶ノ名稱ト國籍トヲ知ルト否トニ付キ重大ノ利害關係ヲ有スルモノナレハナリ故ニ本條第二項ニ於テハ若シ被保險者カ第一項ノ規定ニ從ヒテ通知ヲ爲スヘキコトヲ怠リタルトキハ爲メニ保險者ハ責任ヲ免カルヘキモノトセリ是一見被保險者ニ對シテ酷ナルカ如キモ保險者ニ於テハ通知ヲ受ケサルトキハ爲メニ大ニ不利益ヲ被ムルモノナレハナリ故ニ法律ハ制裁ヲ設ケ以テ被保險者ニ通知ノ義務ヲ負セタリト
長谷川君ハ本條ノ規定ヲ批難シテ曰ク本條第一項ノ規定ニ依レハ何レノ船舶ニ積込ムモ可ナリトテ契約ヲ爲シ其契約ハ既ニ成立セルモノト見ユ果シテ然レハ被保險者カ其後何レノ船舶ニ積込ミシカヲ通知セサレハトテ第二項ニ於ケル如ク保險者ヲシテ其義務ヲ免レシムルハ頗ル不當ナリト岡野君ハ辯シテ曰ク余ノ考ヘハ船舶ヲ定ムルニ因リ保險料ニ至ル差違ヲ生スルト又一ツハ船舶ノ名稱ヲ知ラサルトテハ若シ船舶カ沈沒シ被保險者カ保險料ヲ請求スルカ如キ場合ニ於テ保險者頗ル困難ヲ感スルカ爲メトニ因リ通知ノ必要アレハナリト長谷川君ハ反問シテ曰ク既ニ契約ハ成立シタル後ナレハ保險料ノ如キモ定リ居レルモノト考フ然レハ何故船舶ノ通知ニ重キヲ置クヤ余ノ考ヘニテハ何レノ船舶ニテモ可ナルカ如シト岡野君ハ再ヒ辯シテ曰ク縱令船舶ヲ定メスシテ契約ヲ爲セシ場合ト雖モ保險者ニ於テ何レノ船舶ニ積込ムモ可ナリトスル場合ハ尠ナカルヘシ何トナレニ等ノ船舶トニ等ノ船舶トハ保險者ニ利害ノ影響スルコト著大ナレハナリト長谷川君ハ重テ反駁シテ曰ク若シ保險料ノ未定ナリシ場合ヲ想像シタルモノトセンカ岡野君ノ言當レリトス然レトモ本條ハ翫ニ保險料ノ定マリ居ル場合ト考フルヲ以テ岡野君ノ答辯ニハ滿足スル能ハス從テ本條第二項ノ規定ハ酷ニ失スルモノト信スト岡野君ハ更ニ辯シテ曰ク保險料ハ從タル關係ノモノ故固ヨリ本條ハ右ノ爲メニ設ケタルモノニ非ラス若シ夫レ長谷川君ノ言ノ如クセンカ甲乙何レノ船舶ニ積込ムヘキヤハ豫メ確定セルモノノ如シト雖モ事ノ實際ヲ考フルトキハ決シテ然ラス何トナレハ荷物ノ極メテ多キ場合ノ如キハ何レヲ船舶ニ積込ムヘキヤハ其當時ニ於テ判然セサルカ如キハ實際上免カレサルトコロナリ是レ本條ノ必要ヲ見ル所以ナリ又保險者ニ於テハ一ノ船舶ニ付キ最高ノ保險額ヲ定ムル必要アレハ船舶ノ甲乙何レナルヤヲ知ルヘキコト實際極テ重要ノコトナリト
本條第一項及ヒ第二項ノ「被保險者」ノ上ニ「保險契約者」ノ文字ヲ加フヘシトノ富谷君ノ注意ニ付キ起草者贊成ヲ表シ右ノ如ク改メタリ
本條ハ右ノ外原按ニ可決シ散會ヲ吿ケタリ