明治商法(明治32年)

法典調査会 商法委員会議事要録 第116回

参考原資料

備考

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第百十六回商法委員會議事要錄
出席員
土方寧君
岸本辰雄君
阿部泰藏君
田部芳君
高木豐三君
橫田國臣君
富谷鉎太郞君
河村讓三郞君
井上正一君
梅謙次郞君
重岡薰五郞君
長谷川喬君
男爵南部甕男君
男爵尾崎三良君
三浦安君
中村元嘉君
岡野敬次郞君
加藤正義君
內田嘉吉君
商修正原案
第五百十九條ノ次ニ左ノ一條ヲ加フ
第五百十九條甲 船舶所有者ハ特約ヲ爲シタルトキト雖モ自己ノ過失、船長其他ノ船員ノ重大ナル過失又ハ船舶カ航海ニ堪ヘサルニ因リテ生スル損害ヲ賠償スル責任ヲ免ルルコトヲ得ス
岡野君曰ク本條ハ修正原案トシテ第五百十九條ノ次ニ加フルコトトセリ舊商法ハ船荷證劵ニ付キ九百一條末項ニ於テ過失ニ付テノ責任ノ契約ヲ以テモ之ヲ免ルルコトヲ得スト規定シタルトモ右過失ニ付テノ責任ハ免ルルコトヲ得サルトノコトハ船荷證劵中ニ規定センヨリハ寧ロ一般ニ適用スヘキ運迭契約ニ關スル責任ト爲スカ正當ナルカ故ニ本案ハ之ヲ五百十九條ノ次ニ定ムルコトトセリ抑運途契約上過失ニ關スル責任ニ付テハ船荷證劵中ニ記載セル約效トシテハ極メテ重要ナル問題ナリ就中千八百八十八年ニ於ケルぶるつせるノ萬國商法會議ニ於テモ損害賠償ノ責任ニ付キ特約ヲ爲スコトヲ得ヘキヤ又ハ其約效ハ幾何ナル範圍內ニ於テ爲スコトヲ得ヘキヤニ付キ大ニ討議ヲ盡サレシコトアリ要スルニ普通船荷證劵又ハ運送契約書ヲ見ルニ船舶所有者ニハ假契約ニ關スル特約ヲ揭ケ普通船舶所有者ニハ賠償ノ責ニ任セストシテ揭ケシモノ多クアリ然レトモ斯クノ如クナルトキハ一般ノ奬勵方法ニ反スルコトトナリ荷主モ安心シテ荷物ヲ委託スルコトヲ得ス而シテ事實上大ナル商品ヲ託セシニ之ヲ利用シテ賠償ノ責ニ任セスト爲スハ穩當ヲ缺クヘシ現ニ千八百八十八年ニ於ケル萬國商法會議ニ於テモ本條ノ趣旨ニ決シ各國ニ對シ忠吿ヲ爲セシコトアリ以上ノ理由アルヲ以テ本條ハ第五百十九條ノ次ニ追加セシ所以ナリ次ニ本案ハ右ノ結果トシテ本條五百六十九條第一項中第二百九十九條、第五百十九條及ヒ第五百十九條甲ノ規定ハ海上ノ旅客運途ニ之ヲ準用スト原文ヲ改メラレンコトヲ望ムト述ヘ終ニ修正原案ニ可決セリ
第五百四十四條ヲ左ノ如ク改ム
船舶所有者ハ左ノ場合ニ於テハ運送賃ノ全額ヲ請求スルコトヲ得
一 運送品カ其性質若クハ瑕疵又ハ傭船者若クハ荷送人ノ過失ニ因リテ滅失シタルトキ
二 船長カ第五百條ノ規定ニ從ヒ積荷ヲ質入又ハ賣却シタルトキ
三 船長カ第五百三條ノ規定ニ從ヒ積荷ヲ航海ノ用ニ供シタルトキ
四 船長カ第五百七十一條ノ規定ニ從ヒ積荷ヲ處分シタルトキ
岡野君曰ク本條ハ船主カ運途賃ノ全額ヲ請求スルコトヲ得ル場合ヲ列記セリ其第一號ハ運送契約ニ關シ設ケタル規定ナリ外國ノ立法例モ多クハ運送賃ノ所ニ設ケタリ舊商法モ亦之ト同一ナリ而シテ本條ノ場合ハ海損ノ規定ニ關係アルカ故一ニ旦ハ之ヲ削リシモ協議上再ヒ運送契約中ニ規定スルコトトセリ次ニ第二號乃至第四號ハ外國ノ立法例ニ明文アルモノハ稀ナリ乍併理論上運賃ノ全額ハ支拂フノ必要ナキカ如シト雖モ積荷ヲ船長カ質入又ハ賣却シ或ハ航海ノ用ニ供サレタルトキト雖モ既ニ到達港ニ屆キシト同一ニ運賃ノ賠償ヲ受クルカ故ニ畢竟本條ノ規定ハ海損ノ中ニ設ケントセシ規定ト差異ナキニ至ルヘシ次ニ第一號ニ付テハ第五百四十四條ニ運送品カ其性質若クハ瑕疵又ハ傭船者若クハ荷送人ノ過失ニ由リテ滅失シタルトキハ船舶所有者ハ運送賃ノ全額ヲ請求スルコトヲ得トアリ然ルニ之ヲ本條ト組合センカ爲メ設ケタリ且又海損ニ付テハ共同ノ危險ヲ免ルル爲メ生シタルトキ海損ノ一部ニ付キテモ適用センカ爲メ運送契約ニ付キ本條第四號ヲ設クルコトトセリ
第五百八十三條ノ次ニ左ノ一條ヲ加フ
第五百八十三條甲 保險者ハ被保險者カ支拂フヘキ海損ノ分擔額ヲ塡補スル責ニ任ス但保險價額ノ一部ヲ保險ニ付シタル場合ニ於テハ保險者ノ負擔ハ保險金額ノ保險價額ニ對スル割合ニ依リテ之ヲ定ム
(參照)三三五、三五四、舊九四四、佛四〇八、獨八三四、八四三、八四六、同舊八三八、八四七、八五〇、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案六六、六七
岡野君曰ク本條ハ保險者ノ責任ニ關スル規定ナリ外國ノ立法例ハ明文ヲ設ケタルモノ極メテ多シ本案ハ第五百八十三條ニ於テ保險者ハ本章又ハ保險契約ニ別段ノ定アル場合ヲ除ク外保險期間中船舶又ハ荷物ニ付キ航海ニ關スル事故ニ因リテ生シタル一切ノ損害ヲ嗔補スル責ニ任ストアリ而シテ海損ハ船舶或ハ荷物ニ付キ生スルモ乍併此場合ハ多少疑ヒナシトセス何トナレハ例ヘハ積荷ニ付キ何等ノ理由ナク投棄シタルカ如キ他ノ荷主ハ之ヲ負擔スヘキ歟第五百八十三條ニ於ケル船舶又ハ積荷ト之ヲ云フコトヲ得ヘキ歟要スルニ本條ハ以上ノ場合ヲ決定スルコトトセリ次回ニ但書ハ既ニ保險ノ總則ニ於テ前ノ保險者ニ對スル權利ノ全部若クハ一部ヲ抛棄スヘキコトヲ後ノ保險者ニ約シタルカ如キトキハ其分擔額ノ割合ニ付キ負擔スヘキモノナルカ故ニ但書ヲ以テ其場合ヲ顯ハスコトトセリ
第五百八十五條 荷物ノ保險ニ付テハ其船積ノ地及ヒ時ニ於ケル其價額、船積費用及ヒ保險ニ關スル費用ヲ以テ保險價額トス
(參照)舊六二九、六三〇、六三四、佛三三九、蘭六一二乃至六一四、獨七七九、同舊八〇三、伊六一二、西七五四、羅六二四、葡六〇一、白千八百七十九年八月二十一日法一七一、一八七、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案一五
岡野君曰ク本條ハ前條ト同シク保險價額ヲ定メタル規定ナリ船舶ニ付テハ發航シタル最初ノ地ノ價額ヲ付スルハ理論ニ背クト雖モ便宜上保險價額ヲ確定スヘキ必要ヨリ前條ニ定メタルト同一ノ理由ヲ以テ最初ノ地及ヒ時ヲ以テ定ムルコトトセリ是レ損害ノ起リシ地ト爲スハ不便ナルカ故ナリ殊ニ荷物ニ付テハ船舶ニ比スレハ保險價額ノ變動シ易キヲ以テ一層之カ必要ヲ生スヘシ而テ右荷物ノ保險價額ニ於ケル外國ノ立法例ハ種々アルモ佛蘭西、和蘭陀白耳義及ヒ英吉利ノ海上保險法案ハ船積ノ地ニ於ケル價額トセリ獨逸商法ハ當事者カ保險價額ヲ定ムル標準ヲ置カサリシトキハ之ヲ船積ノ地トセリ然ラハ法律上保險價額ニニ個アリ特約ナキトキハ通常ノ價額トシ以テ契約上ノ保險價額ヲ重ク認メタリ要スルニ法律ヲ以テ曖昧ノ保險價額ヲ定ムルハ穩當ナラサレハナリ然レトモ獨逸學者ハ右ノ場合ニ反對說ヲ主張シテ曰ク法律上ニ樣ノ標準ヲ定ムルハ穩カナラスト伊太利るーめにや葡萄牙ハ此場合ニ二個ノ標準ヲ設ケス荷物ノ買入代價ヲ以テ標準トシ又時トシテハ到達地ノ價額ニテモ何レニ依ルモ妨ケナシトセリ然レトモ此規定ハ恰モ獨逸添同一ノ批難アルヘシ要スルニ本案ハ保險價額一ニ定ノ標準ヲ要スルモノト認メ以テ本條ニ之ヲ定メタリ、次ニ保險ニ關スル費用中ニハ被保險者カ自ラ保險ヲ爲サスシテ仲立人ノ如キ者カ其手續ヲ爲スコトアリ斯カル場合ニハ其手數料ヲモ之ニ包含セシムルコトトナルヘシ要スルニ本條ニ所謂保險價額ナルモノハ極メテ廣義ノモノト知ルヘシ
重岡君曰ク關稅ハ船積費用中ニハ包含セサルカ如シト起草者ハ右ノ費用カ其中ニ包含セサルカ爲メ改ムルヤ否ヤハ考フヘシトノコトヲ約セラレタリ
第五百八十六條 荷物ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益ノ保險ニ付テハ契約ヲ以テ保險價額ヲ定メサリシトキハ保險金額ヲ以テ保險價額トシタルモノト推定ス
(參照)三六三、舊九五三、佛三三四、蘭五九三、六一五、六二一、六二二、獨八〇一、八〇二、同舊八〇五、八〇六、伊六〇六、六一二、西七四三、七四八、羅六一八、六二四、葡六〇一、白千八百七十九年八月二十一日法一六八、英千八百九十四年チヤルマース氏海上保險法案五、七、一五
岡野君曰ク本條ハ陸上運送ニ關スル三百六十三條ト同シク保險契約ノ目的ニ付キ規定セリ而シテ第三百六十三條ニ項ハ運送品カ正當ノ時期ニ於テ無事ニ到着スルハ荷受人カ受クヘカリシ利益ハ特約アルトキニ限リ之ヲ保險價額中ニ算入ストアリテ當然ノ結果トシテハ保險價額中ニハ包含セシメス要スルニ第三百六十三條第二項ノ利益ト本條ノ荷物ノ到達地ノ利益トハ同一ノモノヲ指スニ抅ラス何故ニ如斯文字ヲ改メタルカト云フニ決議ノ文字ハ穩當ナラス且又運送品カ無事ニ到達スヘカリシトノ文字ハ故ラニ設クルノ必要ナカルヘシ加之荷受人ニ數多ノ制限ヲ設クルハ狹義ニ失スヘシ要スルニ若シ本條ニ規定セル文字カ正當ナルモノトセハ第三百六十三條第二項ノ文字ハ改メサルヘカラス次ニ利益ヲ保險ニ附スルコトヲ今日ノ多クノ學者ハ認メタリ就中外國ノ立法例ニハ明文ヲ以テ保險ノ目的ト爲シ得ル場合ヲ定メタルモノアリ併シナカラ保險ノ目的ト爲スコトヲ得ルヤ否ヤニ付キ本條ニ揭ケサリシハ今日ノ實際上保險ニ付スルコトヲ得ルハ當然ニシテ疑ヒヲ生セサレハナリ又特ニ本條ニ保險ノ利益ヲ設ケ得ヘキコトヲ定メタルハ便宜ノ爲メニ設ケタルニ過キス要スルニ保險金額ハ保險契約ニ定ムルノ必要アルモ保險價額ハ契約ニ定ムルノ必要ナキモノトス次ニ利益ニ付テハ船舶ニモ荷物ニモ一定ノ標準ハナキモノニシテ此場合ニ保險價額ヲ定メサルトキハ常ニ疑ヒヲ生シ易シ實際上利益ニ關スル保險ハ保險價額ト保險金額ハ共ニ定ムルヲ普通トス乍併此場合ニ保險價額ハ此中ノ牛額ヲ保險スルト云フカ如キハ例外ニ屬シ利益ヲ保險スルト云フトキハ通常ハ全額ヲ保險スルカ故ニ利益ニ付テノ保險價額ノ一部ヲ保險スルト云フカ如キ場合ハ必ス契約ヲ以テ定ムルコトトナルヘシ以上ノ理由ニ依リ保險價額ヲ定ムヘシトノ主義ハ採ラサリシナリ故ニ本條ハ保險金額ヲ以テ保險價額ト推定シタルモノトセリ或ハ場合ニ依リ被保險者ハ非常ニ高價ニ保險金額ヲ見積リテ不當ノ利益ヲ得ル場合ナシトセス乍併幾何ノ損害ノ起リシトノコトハ之ヲ證明スルカ故ニ保險金額ヲ超ユル額ヲ定メタルトキハ保險者ヨリ被保險者ニ對シ正確ニ調査スルトキハ之ヲ見積ルコト能ハサリシナラント云フカ如キ反證ヲ擧ケ保險金額ノ減少ヲ爲スコトヲ得ヘシ以上ノ理由アルヲ以テ被保險者カ保險價額以外ノ利益ヲ受クルコトナカラシムル爲メ獨逸商法ニ倣ヒ本條ハ反證ヲ擧ケシムルコトトセリ
長谷川君曰ク本條ニ保險價額トシタルモノト推定スト云フトキハ反對ノ證據ヲ許スコトトナリ要スルニ本條ハ總テ約束ノナキ場合ニシテ第三百三十八條ハ約束ノアリシ場合ナリ然ラハ此場合ト比較スルトキハ本條ハ當ヲ得サルコトトナルヘシト述ヘ梅君ハ本條ハ推定ニシテ反證アルトキハ第三百三十八條ニ於テ推定ヲ受クル適用ハナキニ至ルヘシト述ヘ土方君ハ荷物ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益トスルトキハ之ヲ當事者ノ關係ヨリ觀察スルニ五百八十五條ハ船舶ノ地及ヒ時ノ荷物其物ノ價額ト五百八十六條ニ到達地ニ依リテ得ヘキ荷物ノ價ヲ併セテ保險ノ金額ト爲スカ故ニ實際ノ利益ヲ超ユルトキハ保險者ハ何ヲ標準トシテ之ヲ區別スルモノトナルヤト述ヘ梅君ハ荷物ノ初メノ保險價額ト其後ノ到達ニ依リテ得ヘキモノトカ標準トナルヘシト述ヘ岡野君ハ梅君ノ言ハレシ如ク必ス荷物ト利益ヲ併セタルモノト看サルヘカラスト梅君ノ說ヲ補ヒ土方君ハ此中ニハニ個ノ中ニテ何レカラ有效ノ標準トスヘキヤハ不明ナリト述ヘ梅君ハ孰レニシテモ不明ノ㸃アルカ故ニ整理マテニ考フルトノコトヲ約セラレタリ
第五百八十七條 一航海ニ付キ船舶ヲ保險ニ付シタル場合ニ於テハ保險者ノ責任ハ荷物又ハ底荷ノ船積ニ著手シタル時ヲ以テ始マリ到達港ニ於テ其陸揚カ終了シ又ハ終了スヘカリシ時ヲ以テ終ハル
(參照)舊九五五、佛三二八、三四一、蘭六二四、六二五、獨八二三、同舊八二七、伊六〇一、六一一、西七三三、七六一、羅六一三、六二三、葡六〇二、白千八百七十九年八月二十一日法一七二
岡野君曰ク本條ハ舊商法九百五十五條ト同一ナリ但書ヲ削リシハ當然言フヲ俟タサレハナリ凡ソ船舶ニ付テハ保險者ノ責任ト如何ナル時ヨリ開始スヘキ歟其始期ニ付テハ外國ノ立法例ハ區々ニシテ船積港ヲ發航スル時ヲ以テ船舶ニ關スル保險者ノ責任カ始マルトセシハ佛蘭西るーめにやナリ船積ヲ以テ開始トセシハ獨逸、和蘭陀、白耳義及ヒ舊商法ナリ佛國ニ於テハ實際上發航ヲ以テ保險者ノ責任カ開始スト爲シ保險證劵ニモ之ヲ以テ一般ノ慣習トセリ白耳義モ其後佛國ノ慣習ヲ探用シ改正ヲ加ヘタルコトアリ又商法ハ危險ニ付キ船積ニ着手セシトキヨリ開始ストセルハ大ニ理由アリ啻ニ發航ノ時ノミナラス保險證劵ニ記載セシトキヨリ危險カ始マルヲ以テナリ要スルニ本條ハ以上ノ立法例ニ倣ヒ其規定ヲ設クルコトトセリ又終期ニ付テハ到達港ニ投錨ノ時トセシハ佛蘭西るーまにや西班牙ナリ又陸上ニテ定メサリシトキハ幾日間ニテ終ルトノ最終期ヲ設ケタルハ和蘭陀及ヒ白耳義ナリ英國法ハ此場合ト主義ヲ異ニセリ卽安全ニニ十四時間經過スルトキハ其時ニ絡了スルモノトセリ乍併船舶ノ危險ハ特約ナキトキハ船積ヲ以テ始期トシ陸揚ノ終ル時ト爲スカ至當ナリ若シ終期ニ付キ陸揚ヲ怠ルトキハ其陸揚ヲ終ルマテ責任カ繼續スルト爲スハ理由ナキヲ以テ本條ハ陸揚ノ終了シタルトキ若クハ終了スヘカリシトキトセリ要スルニ精神上ヨリハ英國主義ニ歸スルコトトナルヘシ次ニ以上ノ始期又ハ終期ニ付テハ特約ヲ以テ之ヲ變更スルコトヲ得ヘキハ勿論ナリト知ルヘシ
加藤君曰ク保險契約ニ付キ責任ノ生スル始期ハ荷物又ハ底荷ノ船積ニ着手シタルトキニ始マルトアルモ荷物ナクシテ單ニ旅客ノミヲ載セタルトキハ責任ノ始期ナキニ至ルヘシト協議シ岡野君ハ其㸃ハ氣付カサリシカ荷物ナキ發航ハナキモノト豫想セリ獨逸商法ト八百ニ十三條ニ於テ積荷ハ底荷ノ船積ニ始マリ若シ底荷ナキトキハ發航ノ時トストアリ果シテ其場合アリトセハ其規定ノ必要アルヘシ次ニ不可抗力ノ爲メ終了セサル場合竝ニ船長カ過失ニテ陸揚ノ終了セサル場合ハ本條ニ漏ルルノ虞アルカ故ニ此㸃ハ再考スヘシト述ヘ橫田君ハ發航ノ場合ト到達ノ場合トニ區域ヲ設ケタレトモ未タ發航セサル場合ニテ假令ヒ港內ニ在ルモ危險ナシトセス其故ニ發航ヨリ到達ニ至ルマテト本條ノ前段ヲ改メテハ如何ト協議シ梅君ハ航海ナル文字ハ船カ動クトノ意義ナルニ本條ノ航海ナル文字ニハ斯カル解釋ハ探ラサリシナリ普通ノ一航海ハ期間ヲ以テ定メ船積ヨリ陸揚ノ終ハルマテヲ通常トス文字ノ輕重ニ付テハ問題ニ屬スヘシト述ヘ終ニ討議ノ末本條ハ文章全體ニ付キ再考ニ決セリ
第五百八十八條 荷物ヲ保險ニ付シ又ハ荷物ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保險ニ付シタル場合ニ於テハ保險者ノ責任ハ船積ニ著手シタル時ヲ以テ始マリ陸揚港ニ於テ其陸揚カ終了シ又ハ終了スヘカリシ時ヲ以テ終ハル
(參照)佛三二八、三四一、蘭六二七、獨八二四、同舊八二八、伊六〇一、六一一、西七三三、七六一、羅六一三、六二三、葡六〇二、白千八百七十九年八月二十一日法一七二
岡野君曰ク本條ハ舊商法ニナシ船舶ニ付キ性質上荷物又ハ荷物ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保險ニ付スルコトハ極メテ必要ナリ而シテ此場合ハ一部ハ慣習ノ問題ニシテ一部ハ理論ノ問題ナリ
又荷物ニ付テハ何時保險者ノ責任ハ始マルヘキ歟外國法ハ區々ナルモ陸地ヲ離レタルトキ又ハ積荷ノ時ヨリ爲セシハ佛蘭西、白耳義るーめにやナリ又船積港ニ於テ船積ノ準備ノ整ヒタルトキハ保險者ノ責任ノ開始スヘキモノトセシハ和蘭陀ナリ而シテ我國ノ保險株式會社ハ本船ニ積込ミタルトキヨリトセリ是理論上航海ヲ爲ス爲メ直接ニ準備ニ着手シタルトキハ端艇ニ積込シ時ヨリ始マルトモ解セラルヘシ本案ハ之ニ幾分ノ區別ハ設ケタレトモニ樣ノ意義ニハ解スルコトヲ得サルヘシ保險者ノ責任ノ終了スル場合ハ外國ノ立法例ハ陸揚ノ終了スルトキトセシハ獨逸、佛蘭西、白耳義、葡萄牙及ヒ英吉利ナリ英國ノ保險證劵ハ陸揚終了ノ時トシ又和蘭陀モ原則トシテハ陸揚終了ノ時トシ若シ陸揚セサルトキハ最終ノ期間ヲ十五日間トセリ要スルニ本條ハ以上ノ趣旨ヲ折衷シテ陸揚カ終了シ又ハ終了スヘカリシ時ヲ以テ終ルコトトセリ又東京海上保險株式會社ハ端艇ニ積荷ヲ積込、ミタルトキ終了ストセリ斯カルコトハ外國ノ立法例ニナシ乍併我國ノ會社ニ於テ實際取扱フ故併セテ參考ニ一言シ置クヘシ次ニ船舶カ外國ノ船積港ニ在リシトキハ日本ノ船積港ト比較シテ或ハ特別ノ規定ヲ要スルヤモ知レス而シテ危險ノ始マルトキハ陸ヲ離レタルトキ危險ノ責任アリト爲ス歟或ハ海上ノ危險ト爲スカ穩當ナリヤモ知レス菟ニ角一考ヲ煩ハス而シテ船積荷ヲ卸シタルトキ責任カ終了ストノコトハ我邦ニハ其場合極メテ多シ其故ニ着手ナル文字ハ他目改ムルヤモ知レサルヘシ
橫田君曰ク着手ナル文字ハ改メラレンコトヲ望ム船積シタルトキハ宜シキモ單ニ着手ト云フトキハ荷物ヲ其庫ニ積ンタルトキ其庫ト荷物トヲ併セテ保險ニ付スルノ感アレハナリ
重岡君曰ク終了スヘカリシ時ハ前條ニテハ宜シキモ本條ニ於テハ終了セントスルトキ過失アリシトキ船長ノ過失ナリト云フヲ得ヘキ疑ヲ生スヘシト述ヘ終ニ本條ハ再議ニ付スルコトニ決セリ