明治商法(明治32年)

法典調査会 商法委員会議事要録 第99回

参考原資料

備考

  • 未校正のテキストデータです.
第九十九回商法委員會議事要錄
出席員
淸浦奎吾君
土方寧君
岸本辰雄君
阿部泰藏君
田部芳君
高木豐三君
穗積八束君
富谷鉎太郞君
河村讓三郞君
穗積陳重君
梅謙次郞君
元田肇君
南部甕男君
尾崎三良君
中村元嘉君
岡野敬次郞君
商修正案
提出者阿部泰藏
第三百三十四條ヲ左ノ如ク改ム
第一項 第三者ノ生死ヲ賭スル保險契約ハ無效トス
第二項 削除
第三項 別ニ一條トナシ左ノ如ク修正ス
第 條 保險金額ヲ受取ルヘキ者力死亡シタルトキハ保險契約者ハ更ニ保險金額ヲ受取ルヘキ者ヲ定メ又ハ被保險者ノ爲メニ積立テタル金額ノ拂戾ヲ請求スルコトヲ得
阿部君曰ク生命保險ニ關スル第三百三十三條及ヒ第三百三十四條ノ規定ハ此前議論ノ末第三百三十三條ハ削除セラレタリ而シテ第三百三十四條ノ如キ規定カ今後行ハルルトノコトハ生命保險ニ付キ極メテ不自由ニシテ將來ノ發達ヲ妨クルノミナラス其方針ヲ縮少スルニ至ルヘシ而シテ原案ノ第三百三十四條ハ保險金額ヲ受取ルヘキ者ヲ定メタルトキハ其者ハ保險契約者ノ親族ナルコトヲ要ストアリテ保險金額ハ親族ノ外受取ルコトヲ得ストノ規定ナリ此場合ヲ近親ニ限リ其他ノ人ハ保險金ヲ受取ルコトヲ得ストノコトハ極メテ不權衡ナルモノト云フヘキナリ從來保險ノ發達ハ極メテ不十分ナリシモ漸次ニ生命保險ハ發達ヲ來スコトトナレリ然レトモ之ヲ海上火災ノ兩保險ニ比スレハ極メテ幼稚ノ狀態ニシテ現ニ我邦ニ行ハルル生命保險ハ親族ニ限ラス佛寺ニ寄附センカ爲メ之ヲ保險金ノ受取人ト爲スコトアリ又學資ヲ受ケシ人カ酬恩ノ爲メ其人ヲ以テ保險金額ノ受取人ト爲スコトアリ其他債權者ヲ以テ受取人ト爲スコトアリ或ハ工場ノ持主ノ如キ職工ヲ保險ニ付シ表面上會社ノ社長ヲ以テ受取人ト爲スコトアリ外國ニ於テハ自己ノ資力身體ヲ保險ニ付シ以テ學校ヲ設立セントスルトキハ其學校ヲ以テ受取人ト爲スコトアリ以上他人ヲ以テ受取人ト爲スノ實例ハ今日現ニ實行スル所ナリ而シテ保險ノ利用ノ擴張スルトキハ之カ便宜ヲ增進スルコト大ナルヘシ反之原案ノ如クナル小キハ生命保險ノ受益者ハ被保險者ノ親族ヲ要スルト規定セシカ爲メ現在ノ利用ヲ妨クルニ至ルヘシ然ラハ本修正案ハ何故ニ提出セシカ生命保險ナルモノハ賭博ニ類スルコトアリ故ニ此保險ヲシテ賭博類似タラシメサルカ爲メ第一項ノ規定ヲ設ケ賭博ニ頻スル保險契約ヲ無效トセリ要スルニ本修正案ノ趣旨ハ漠トシテ意義ノ不明ナルコトアリトノ批難アルヘシト雖モ保險契約上別段ノ妨ナキ限リハ其範圍ヲ擴張シ以テ後日裁判例ヲ以テ之ヲ定ムレハ何ノ妨ケカアランヤ要スルニ以上ノ趣旨ハ廣義ナリト雖モ其效果ヲ妨ケサルカ如キ弊害ナシト信ス是余輩ノ其趣旨ヲ漠然タラシメ以テ生命保險ノ發達ヲ自由ナラシメンコトヲ望ム所以ナリ
岡野君曰ク阿部君ノ說ハ要スルニ第三者ノ生死ヲ賭スルヲ禁スルト云フニ在リ生命保險ヲ設クルハ損害保險ト其性質ヲ殆ント同一ニス而シテ普通賭博保險ト損害保險トノ區別ハ之ヲ契約セシ爲メ保險契約ニ依リテ受クルモノノ金額ニ比スレハ其賠償額ノ多キ場合ナリ是賭博保險ト正當ノ保險トヲ區別スルコトヲ得ヘシ阿部君ノ說ハ生命保險ニモ被保險利益ヲ認メラルルモノナリ本案ハ第一節ヲ損害保險トシ被保利益ヲ認メ第二節ヲ生命保險トシ之ヲ別個ノモノト爲シ以テ被保險利益ヲ認メサルコトトセリ反之阿部君ノ理由ハ生命保險ニモ被保險利益ヲ認メタルカ爲メ本案ヲ設ケタル趣旨ニ反スルコトトナルヘシ次ニ原案ノ保險金額ヲ受取ルモノハ親族タルコトヲ要ストノコトニ付キ;肖セシニ今日ノ生命保險ハ基礎ノ堅固ナラサル爲メ保險會社ノ濫出スルコトハ歷史上明瞭ナリ既ニ保險會社ノ取締ニ付キ特別法ニ認メラルルニ至レリ生命保險カ斯カル弊アルコトハ保險會社ノ方法ノ惡シキカ爲メノミナラス受取人ノ間ニモ其弊害アリ部
保險金額ヲ得ンカ爲メニ被保險者ノ生命ヲ害スルコト多シ實ニ生命保險ニハ恐ルヘキ弊害ヲ生スルモノト謂フヘシ然ルニ今日ノ發達セル保險ヲ妨クルコトハ阿部君ノ主トシテ論セラルル所ナリト雖モ余輩ノ論述セル如ク今日ノ有樣ヨリ考フルトキハ阿部君ノ如ク爲ストキハ却テ將來ノ發達ヲ害スルニ至ルヘシ要スルニ修正案ノ如クナランカ生命保險ニ付キ將來ノ發達ヲ妨ケ今日ヨリモ猶ホ甚シキ弊害ヲ生スルニ至ルヘシト述ヘ以上阿部君ノ修正說ノ採決セシニ少數ナリ