明治商法(明治32年)

法典調査会 商法委員会議事要録 第71回

参考原資料

備考

  • 未校正のテキストデータです.
第七十一回商法委員會議事要錄
出席員
副總裁淸浦奎吾君
箕作麟祥君
村田保君
岸本辰雄君
阿部泰藏君
高木豐三君
元田肇君
菊池武夫君
橫田國臣君
富谷鉎太郞君
河村讓三郞君
奧田義人君
井上正一君
都筑馨六君
穗積陳重君
富井政章君
梅謙次郞君
長谷川喬君
南部甕男君
磯部四郞君
尾崎三良君
三浦安君
中村元嘉君
商修正原案起草委員提出
第二百六十七條ヲ左ノ如ク改ム
運送取扱人ハ運送品ノ授受、保管、運送人又ハ他ノ運送取扱人ノ選擇其他運送ニ關スル注意ヲ怠ラサリシコトヲ證明スルニ非サレハ運送品ノ滅失、毀損、延着其他ノ損害ニ付キ賠償ノ責ヲ免ルルコトヲ得ス
梅君ノ說明ニ曰ク本修正案ヲ提出シタル所以ハ曾テ右第二百六十七條ヲ議スルニ當リ河村君ヨリ原文ノ如ク運送品ノ滅失、毀損又ハ延著ノ場合ノミニ限ルトキハ或ハ其他ノ損害之レアル場合ハ如何トノ批難アリタリシヲ以テ本修正案ニハ運送品ノ滅失、毀損、延著其他ノ損害ニ付キ云々ト改メタルト又一ツハ其當時穗積陳重君ヨリ原文ノ如ク「受取」云々トノミ之レアリテ「引渡」ノ文字之レナキトキハ爲メニ引渡ノ場合ヲ脫稿スル爲メ不完全ナリトノ批難アリタリシヲ以テ卽チ引渡及ヒ受取ヲ包含セシメ「授受」ナル文字ヲ用ヒタルトニ外ナラスト
右ハ異議ナク可決シタリ
商修正原案起草委員提出
第二百七十三條第一項ヲ左ノ如ク改ム
運送取扱人ノ責任ハ運送品ノ引渡アリタル日ヨリ一年ヲ經過シタルトキハ時效ニ因リテ消滅ス
梅君ノ說明ニ曰ク本案ヲ提出シタル理由ハ第二百六十七條ノ規定ヲ
修正シタル結果ナリト云フモ敢テ不可ナルコトナカルヘシ何トナレハ原文ハ「運送品ノ滅失毀損又ハ延著ニ因リテ生シタル」云々トアリテ其場合ヲ規定シタリト雖モ是レ全ク第二百六十七條ノ規定ト照應センカ爲メニ外ナラサルモノナレハ既ニ第二百六十七條ヲ修正シタル以上ハ必スシモ重テ舊ノ如ク彼我照應セシムルニ及ハサルヲ以テ寧ロ本案カ如ク「運送取扱人ノ責任ハ運送品ノ引渡」云々ト規定シ文章ヲ簡單ニスルハ其當ヲ得タルモノト信スレハナリト
本修正原案ハ異議ナク可決シタリ
商修正原案起草委員提出
第二百七十三條ノ次ニ左ノ一條ヲ加フ
第二百七十三條甲 第二百八十一條及ヒ第二百八十四條ノ規定ハ運送取扱營業ニ之ヲ準用ス
梅君ノ說明ニ曰ク此第二百八十一條トハ卽チ運送營業ニ關スル規定ニシテ同條ニハ「貨幤、有價證劵其他ノ高價品ニ付テハ荷送人力」云々トアリ然ルニ曾テ富谷君ヨリ右ノ規定ヲ運送取扱營業ニモ準用スル方可ナリト注意セラレ余輩モ之ヲ以テ至當ト考ヘタルヲ以テ玆ニ提出シタル所以ニシテ次ニ又第二百八十四條ヲモ等シク準用シタルハ全ク富井君ノ意見ヲ採用シタルモノニシテ同條ノ如キ荷受人カ荷送人ノ權利ヲ行使スルコトニ關スル規定ヲ此運送取扱營業ニ準用スルハ其當ヲ得タルモノト考フレハナリト
右修正原案ハ異議ナク可決シタリ
商修正原案,起草委員提出
第二百七十五條ヲ左ノ如ク改ム
運送人ハ荷送人ニ對シ送状ノ交付ヲ請求スルコトヲ得
送状ニハ左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス
一 運送品ノ種類、重量若クハ容積、荷造ノ種類、個數及ヒ記號
二 到逹地
三 荷送人及ヒ荷受人ノ氏名、住所若クハ居所
四 送状ノ作成地及ヒ其作成ノ年月日
梅君ノ說明ニ曰ク本修正原案ノ本體ニ於ケル主意ハ既ニ議決シタルモノニシテ玆ニ唯タ其文案ヲ提出シタルニ過キス尙ホ簡短ニ=言スレハ卽チ原文ノ「署名」ナル文字ヲ削除シ而シテ荷送人ナル文字ヲ第三號中ニ加ヘ且ツ別ニ第四號ト言ヘル一號ヲ塘加セ江ニ止マレリト
右修正原案ハ異議ナク可決シタリ
商修正原案起草委員提出
第二百七十六條第二項ヲ左ノ如ク改ム
貨物引換證ニハ左ノ事項ヲ記載シ運送人署名スルコトヲ要ス
一 前條第二項第一號乃至第三號ニ掲ケタル事項
二 運送賃
三 此他運送契約ノ要領
四 貨物引換證ノ作成地及ヒ其作成ノ年月日
梅君ノ說明ニ曰ク本修正原案ハ全ク本會決議ノ要旨ニ從ヒ玆ニ之ヲ提出シタルモノナリ是レ蓋シ其當時長谷川君ヨリ此原案ノ如ク「前條第二項ニ揭ケタル事項」トアルトキハ貨物引換證中ニ前條第三號卽チ運送狀ノ作成地及ヒ年月日ヲ記載セサルヘカラス然ルニ元來貨物引換證中ニ貨物引換證作成地乃ヒ年月日ヲ記載スヘキモノトスルハ、可ナリトスルモ豈運送狀ノ作成地及ヒ年月日ヲ記載スルノ必要アランヤトノ批難アリ而シテ此說ハ議場多數考ノ贊成アリタルヲ以テ卽チ本案ニハ「前條第二項第一號乃至第三號ニ揭ケタル事項」トシテ舊案ナル前條第三號ヲ採用セサルコトトシ更ニ第四號ヲ設ケ其主義ニ從ヒタル所以ナリ又之ト同時ニ一ノ變更ヲ來タシタリ何トナレハ舊案ナル第二項ニハ「荷送人署名」トアリシ然ルニ修正案ニハ其「署名」ナル文字ヲ削除シ而シテ「荷送人」ナル文字ヲ第三號中ニ揭ケタリ故ニ今本條ノ修正原案ノ如クスルトキハ自ラ前條第三號ナル荷送人ノ氏名、住所及ヒ居所ヲモ此荷物引換證中ニ記載セサル可カラサル結果ヲ生スレハナリ然レトモ是等ハ却テ其當ヲ得タルモノト信スト
右修正原案異議ナク可決シタリ
商修正原案起草委員提出
第二百七十八條中「受取」ヲ「授受」ト改ム
梅君ノ說明ニ曰ク本修正案ヲ提出シタル理由ハ第二百六十七條ノ修正ニ付キ述ヘタルト同一ナルヲ以テ玆ニ之ヲ省略スト
穗積陳重君ハ「授受」ナル文字ヲ不穩當ナリトシ之ヲ受取引渡ト區別スルノ說ヲ提出セラレタリ
右ニ付キ梅君辯シテ曰ク固ヨリ文字ノコトナルヲ以テ强テ原文ヲ主持スルニ非ラスト雖モ民法ニ於テモ「得喪」ト云ヘルカ如キ文字ヲ使用シタルヲ以テ可ナリト信スト
右穗積陳重君ノ修正設ニハ贊成者アリテ採決シタルモ少數ニテ滄滅シタリ
右修正案ハ原文ノ儘ニ可決シタリ
商修正原案起草委員提出
第二百七十九條第一項及ヒ第二項ヲ左ノ如ク改ム
運送品ノ全部滅失ノ場合ニ於ケル損害賠償ノ額ハ其引渡アルヘカリシ日ニ於ケル到逹地ノ價格ニ依リテ之ヲ定ム
運送品ノ一部滅失又ハ毀損ノ場合ニ於ケル損害賠償ノ額ハ其引渡アリタル日ニ於ケル到逹地ノ價格ニ依リテ之ヲ定ム但延着ノ場合ニ於テハ前項ノ規定ヲ準用ス
梅君ノ說明ニ曰ク此修正案ハ全ク橫田君カ同條ヲ議スルニ當リ主張セラレタル主意ニ基キ玆ニ之ヲ提出身タルモノナリ今簡短ニ其主意ヲ述ンニ卽チ第二百七十九條ノ原文第一項ニハ運送品ノコ部滅失又ハ毀損ニ因リテ生シタル場合ノミヲ規定シ而シテ其物カ延著ウタル場合ノ規定ナシ是等ハ二ツノ缺㸃ナリトハ橫田君ノ論旨ニ於ケル要㸃ナリキ余輩モ其此論旨ヲ贊成シ此場合ハ「引渡アルヘカリシ日」云々トセハ可ナラヌトテ當時再考ヲ約シタルニ由來ス然ルニ右ノ如ク修正スルニ付テ第一項ト第二項トヲ顚倒シ規定スルヲ以テ其當ヲ得タルモノト信シ且橫田君ノ說モ斯カル主意ナリシト記憶シタリト右修正原案ハ直ニ可決シタリ
商修正原案,起草委員提出
第二百八十條中「一切ノ損害」ヲ「損害ノ全部」ト改ム
梅君ノ親明ニ曰ク此修正案ハ全ク穗積陳重君竝ニ長谷川君ノ意見ニ從ヒ玆ニ之ヲ提出シタルモノナリ當時兩君ハ若シ原文ノ如クコ切ノ損害」トアランカ恰モ損害ノ種類ヲ指セルモノノ如ク解セラレ不可ナリト批難セラレタリ故ニ改メテ「損害ノ全部」トシ其部分ナルコトヲ明カニシタリト一
右ハ直ニ可決シ第二節ニ移リタリ
第二節 旅客運送
第二百八十八條 旅客ノ運送人ハ運送ニ關スル注意ヲ怠ラサリシコトヲ證明スルニ非サレハ旅客カ運送ノ爲メ受ケタル損害ヲ賠償スル責ヲ免ルルコトヲ得ス
損害賠償ノ額ヲ定ムルニ付テハ裁判所ハ被害者及ヒ其家族ノ情況ヲ斟酌スルコトヲ要ス
(參照)舊五一七乃至五一九
岡野君ノ說明ニ曰ク此第二節ノ旅客運送ハ固ヨリ本章運送營業中ノ一ニシテ卽チ海上ノ部ヲ除キ湖川並ニ港灣ニ於テ旅客ノ運送ヲ爲スヲ業トスル者ニ關スル規定ナリ然ルニ外國ニ於テハ此旅客運退ニ關スル規定ヲ設ケタル例ヲ見サルヲ以テ本案ニ於テモ之ヲ操用スヘキヤ否ヤハ既ニ第八章卽チ本章ノ初メニ於テ考案シタリト雖モ舊商法ニ於テ既ニ之ヲ認メ且ツ其各條ノ規定ニ付キ考フルニ頗ル必要ナリト信スルモノアリ故ニ既ニ第二百七十四條中ニモ旅客運送ナル文字ヲ加ヘ本會ノ議決ヲ經タリシコトナレハ斷シテ此第二節旅客運送ナル規定ヲ設クルコトニ決シタリ次ニ本條第一項ハ物品ノ粗連送ニ關スル第二百七十八條ノ規定ト其精神ヲ同フスルモノナリ舊商法第五百十七條ニ於テハ「旅客ノ爲メ至重ノ注意ヲ爲ササルニ因リテ」云々トアリテ旅客運送ハ物品運送ヨリ至重ノ注意ヲ要スヘキ旨ヲ明示シタリ然ルニ本案ニ於テ斯カル文字ヲ採用セサリシ所以ハ敢テ其主意ヲ批難スルニ非ラスシテ故ラニ右ノ如ク明示セサルモ目的物ニ關スル事智ヨリ善良ナル注意ヲ要スルコトハ明カナリト信シタレハナリ又第二項ハ舊商法第五百十八條及ヒ第五百十九條ニ該當スルモノニシテ舊商法ハ細密ノ規定ヲ設ケタリト雖モ却テ適用上疑義ノ存スルひごモノアリ或ハ又爲メニニ失スルモノアリヲ以テ本案ハ寧ロ被害者及ヒ其家族ノ情況ヲ斟[酌シ以テ椙一害賠僧ハノ皿額ヲ定ムヘキモノトシ之ヲ裁判所一ニ任シタリト
尾崎君ハ本條中ニ「至重ノ注意ヲ爲ス」云々ノ文字ヲ採用セサリシヲ批難シテ曰ク只今起草者ノ說明ニ因レハ舊商法ニハ至重ノ注意ヲ爲スヘキ旨ノ文字是レアリシト雖モ固ヨリ當然ノコトナルヲ以テ削除シタリシ云々トノ如シ果シテ然リトスレハ余ハ舊一商法ノ如ク特ニ至重ノ注意ヲ爲スヘキ旨ノ文字ヲ明揭セラレンコトヲ切望ス何トナレハ我國ニ於テハ慣習上人ノ身體ニ重キヲ置カサルノ傾向アリテ此㸃ニ於テハ大ニ歐洲各國ト異ナレハナリ故ニ寧ロ人身ノ重スヘク且ツ其人ノ身體ニ關スル運送ヲ爲ス者ハ至重ノ注意ヲ爲スヘク若シ之ヲ怠ルトキハ重大ノ責任ヲ負ハシムルコトヲ周ネク知ラシムル爲メ右ノ如ク改ムルハ最モ必要ノコトナリト信スレハナリ假リ「ニ步ヲ讓リ右ノ如キ理由ニ重キヲ置カサルモノトスルモ本條ノ規定ヲ一見スルトキハ恰モ物品ト旅客トヲ同一視シタルモノノ如シ況ンヤ左ノ如キ規定アルニ於テオヤト
本條ハ別ニ修正設ノ提出之レナク質問答辯ニ止リ原案ニ可決シタリ
第二百八十九條 旅客ノ運送人ハ運送ノ爲メ旅客ヨリ引渡ヲ受ケタル手荷物ニ付テハ特ニ運送賃ヲ請求セサルトキト雖モ物品ノ運送人ト同一ノ責任ヲ負フ
手荷物カ到達地ニ達シタル日ヨリ三日內ニ旅客カ其引渡ヲ請求セサル場合ニ於テハ第二百三十四條ノ規定ヲ準用ス但知レサル旅客ニハ催吿及ヒ通知ヲ爲スコトヲ要セス
(參照)舊五二〇、五二二、五二四
岡野君ノ說明ニ曰ク本條第一項ハ舊商法第五百二十條ト殆ント同一ノ規定ニシテ第二項ハ同法第五百ニ十二條ニ修正ヲ加ヘタルモノナリ而シテ第一項ハ旅客カ旅行ノ爲メニ携幣スル手荷物ヲ乘車ノ場合ニ自己ニ携帶セスシテ之ヲ切符ト引換ニ運送人ニ托スルカ如キ場合ニ主トシテ適用スヘキモノニシテ其他此手荷物ハ必スシモ旅行ノミノ場合ニハ限ラサルヲ以テ右ノ以外ナル場合モ亦等シク適用アリト知ルヘキナリ是等ノ場合ニ於テハ特ニ運送人カ運送賃ヲ請求セサルトキト雖モ物品運送人ト同一ノ責任ヲ爲スヘキモノトセリ就テハ物品運途ニ關スル第二百七十八條ノ如キハ主トシテ此場合ニ適用ヲ見ルモノナリ舊商法第五百二十條ニ於テハ「且必要ノ場合ニ於テ性質及ヒ價格ヲ明示シタルトキハ」云々ト規定シタリト雖モ本案ニ於テハ右ニ述ヘタル第二百七十八條ノ規定アルヲ以テ足レリトシ特ニ舊商法ノ如キ文字ヲ採用セサリシ殊ニ物品運送ニ關スル規定ニシテ此旅客運送ノ手荷物ニ適用スルコトヲ得ヘキモノハ右第二百七十八條以外ノ規定ト雖モ當テ嵌マルコトヲ得ヘキモノナレハナリ次ニ第二項ハ手荷物カ到着シタルニ當リテハ槪シテ旅客カ直ニ其引渡ヲ請求スヘキモノナリト信スレトモ若シ請求ヲ爲サスシテ之ヲ打捨荏苒スルトキハ大ニ運送人ニ迷惑ヲ感セシムルヲ以テ之カ爲メニ設ケタルモノナリ而シテ舊商法ニ於テモ亦第五百ニ十二條ニ於テ三日間保藏ス可シ此期間ノ滿了後ハ旅客運送人ノ責任ハ第三百四條ノ規定ニ從フトアリ付テハ本案ニ付テハ三日內ニ旅客カ其手荷物ノ引渡ヲ請求セサル場合ハ第二百三十四條ノ規定ヲ準用スト定メタルヲ以テ玆ニ一言スヘキ必要アリト信スルハ右第二百三十四條ハ如何ナル規定ナルヤト云フニ賣買ニ關スル規定ニシテ卽チ買主カ其目的物ヲ受取ルコトヲ拒ミタルトキハ賣主ハ其物ヲ供託シ又ハ相當ノ期間ヲ定メテ催吿ヲ爲シタル後之ヲ競賣スルコトヲ得ルトノ規定ナリ故ニ此規定ヲ玆ニ準用シタル結果トシテ運送人ハ相當ノ期間ヲ定メ催吿ヲ爲シタル後ニ非サレハ競費ヲ爲スコトヲ得サルヲ以テ但書ヲ設ケタルニ抅ハラス實際旅客ノ知レサル場合却テ多カルヘシト信スルヲ以テ準用スルノ可否ニ付テハ頗ル考按シタリト雖モ若シ準用セサルコトニセンカ特ニ右ニ類似ノ規定ヲ設ケサルヘカラサルヲ以テ聊力穩當ヲ缺クニ抅ハラス文字ヲ省略スル爲メ斷然準用スルコトニ一決シタリト
穗積陳重君ハ本條ノ如ク旅客カ三日內ニ手荷物ノ引渡ヲ請求セサル爲メ其手荷物ヲ賣却スルコトヲ得ヘキモノトスルトキハ或ル場合ニ於テハ旅客ハ中途ニ於テニ三日間滯在シテ而シテ手荷物ハ直行シ先方ヘ到着スルカ如キトキハ後ニ旅客カ到着セシカ既ニ手荷物ハ賣却セラレタリト云フカ如キ不都合ヲ生スヘシト批難シ岡野君ハ之ニ答ヘテ曰ク果シテ斯カル場合アリトスレハ聊力穩當ナラサルカ如シト雖モ此規定ハ一般ノ場合ニ適用スヘキモノニシテ右ノ如キ特殊ノ場合ヲ想像シタルモノニ非ラス若シ又右ノ如キ場合アランカ實際特約ヲ爲スヘケレハ不都合ナカルヘシト右ニ付キ都筑君ハ穗積陳重君ノ意見ヲ理アリトシ原文ノコニ日內」ヲコ週間」トカ若クハ是ヨリ長キ期間ニ修正スヘシト主張シ而シテ又岸本君ハ舊商法ノ如ク「放行ノ終リニ於テ」ト云フ如キ主意ニ改ムヘシト主張シ且曰ク此第二項但書ニハ知レサル旅客ニハ催吿又ハ通知ヲ爲スコトヲ要セスト之レアレトモ斯クスルトキハ實際其名ハ知レ居ルモ其住所ノ知レサル爲メ催吿又ハ通知ヲ爲サスシテ直三買却スルコトトナリ不都合ナリト玆ニ於テ岡野君辯シテ曰ク假リニ舊商法ノ如ク旅行ノ終リニ於テト修正センカ果シテ何レノ時ヲ以テ旅行ノ終リト看做スヘキカニ付キ標準ナカルヘシ故ニ此說ニハ反對ナリト
磯部君ハ原案ノ「三日內」トアルヲ「五日內」ト修正スルノ說ヲ提出シテ曰ク實際手荷物ノ如キハ旅客カ長ク打捨テ置クヘキモノニアラサルヲ以テ原案ヲ少シク改メ「五日內」トスレハ可ナリト信スト右ニ付キ岡野君答ヘテ曰ク「五日內」ト改ムルニハ强テ反對セスト玆ニ於テ村田君ハ寧ロ「二週間內」ト改ムヘシト主張セラレタリ長谷川君ハ三日內ニ旅客カ其手荷物ノ引渡ヲ請求セサル爲メ賣却スルコトヲ得セシムルカ如キハ最モ其當ヲ得サルモノナリト批難シ且ツ曰ク斯カル場合ハ成ルヘク期間ヲ長クシ而シテ其費用ノ責ハ旅客ニ負ハシムレハ可ナリ何トナレハ斯クスルトキハ運送人ニ於テモ迷惑ヲ感スルコト之レナク而シテ旅客ノ爲メニモ利益ナレハナリ若シ然ラスシテ强テ原案ノ如ク三日內トセンカ寧ロ手荷物ノ到着ヲ標準ト爲セストシテ旅客ノ到着ヲ標準トスヘシト右ニ付キ梅君辯シテ曰ク本條ハ鐵道ニ關スル場合ヲ除外シタルモノナリトノ前提ヲ以テ議セラレタルニ付テハ長谷川君ノ如ク旅客カ費用ノ責任ヲ負フコト負セハ賣却セシメスシテ可ナリトノ說ニハ贊成スル能ハス故ニ止ムナクンハ「三日內」ヲ「五日內」ト改メン若シ又「二週間內」ト修正センカ寧ロ本條ヲ削除スルニ如カスト
元田君ハ三日內ニ旅客カ其手荷物ノ引渡ヲ請求セサルトキハ藏敷料ヲ支拂フヘキ責ヲ負ハシメ而シテ賣却スルカ如キコトハ之ヲ許ササル主義ニ修正セラレタシト主張シ又富井君ハ元田君ノ意見ヲ贊成シ且ツ之ニ自己ノ意見ヲ附加シ更ニ修正ノ意見ヲ述ヘテ曰ク五日內ニ引渡ノ請求ヲ爲ササルトキハ旅客ノ費用ヲ以テ供託ストシ而シテ其供託後何日內尙ホ請求ヲ爲ササルトキハ賣却ストセハ可ナラン絕對的ニ賣却ヲ許ササル如キハ實際運送人ニ取リテ迷惑ノコトナレハナリト「
村田君ハ假令原文ノコニ日內」トアルヲ「五日內」ト修正スルトモ斯カル短期ニテハ實際不都合ナルコトハ自己カ東京ヨリ九州ニ行キシ長途ノ旅行ニ於ケル經驗ニ徵シテ明カナレハ右ノ如ク修正スルヨリカ寧ロ削除スヘシト主張シ岡野君ハ之ヲ駁シテ曰ク東京ヨリ九州迄ノ旅行ニ於テハ事實上海上ニ關係スル場合之アルヲ以テ必スシモ此規定ヲ以テ論スヘキモノニ非ラス故ニ斯カル長途ノ旅行ニ於ケル理由ヲ以テ削除スルニハ反對ナリト
橫田君ハ本條ノ大體ニ於ケル主意カ運送人ノ責任ヲ輕視シタルハ其當ヲ得スト批難シ且ツ手荷物ハ元來重要ノ物多キヲ以テ賣却セシムルカ如キハ最モ其當ヲ得サルヲ以テ別ニ適法ヲ考ヘ規定ヲ改ムヘシト主張シ又阿部君ハ「五日內」ト改ムレハ原案ノ儘ニテ可ナリトテ其理由ヲ述ヘテ曰ク元來手荷物ハ旅客ト共ニ運送スルモノナレハ期間ヲ「五日內」以上ト爲スカ如キハ手荷物ノ性質上ヨリ考フルモ其當ヲ得ス故ニ「五日內」ニテ可ナリ次ニ第二百三十四條ノ規定ヲ此場合ニ適用スルハ不可ナリ何トナレハ槪ネ住所ノ知レサル場合多ケレハナリ故ニ催吿ヲ改メ五日內ニ引渡ノ請求ヲ爲ササルトキハ斷然賈却セシムル方可ナリ尤モ供託セシムルカ如キハ一見其當ヲ得タルモノノ如シト雖モ實際價格ノ低亷ナル物ノ如キハ其必要ヲ見サレハナリト
岸本辰雄君ハ本條ニ鐵道ノ場合ヲ適用セシムヘキヤ否ヤヲ先決問題トシテ採決セラレタシト主張シ且ツ曰ク若シ適用セサルコトニ決定センカ寧ロ第二項ハ削除スル方可ナリ之ニ反シテ適用スルニ決定センカ「五日內」ニ引渡ノ請求ヲ爲ササルトキハ運途人ハ其手荷物ヲ保管スルノ蝕峩務ナシトセハ可ナリト述ヘラレタリ
右ニ付キ梅君辯シテ曰ク鐵道ニ付テハ別ニ特別法ノ設ケアルヘキコトヲ豫想スルモノニシテ若シ右ノ設ケナカランカ此規定ヲ適用スヘキニ至ルヘシト雖モ其設ケアルヘキコトハ充分信シテ疑ハスト
長谷川君ハ曰ク若シ鐵道ノ場合ヲ本條ニ適用セシメサランカ固ヨリ削除スヘキコト當然ナレトモ余ハ其適用アルヘキコトヲ信スルヲ以テ削除說ハ提出セス付テハ三日內ニ手荷物ノ引渡ヲ請求セサルトキハ供託ストシ而シテ其後尙ホ「个月ヲ經過スルモ請求セサルトキハ玆ニ初テ賣却スルコトヲ得ヘキモノトシ而シテ腐敗シ易キ物ヲ以テ右ノ例外トセハ可ナリ原文ノ如キ主意ニ基キ賣却セシムルハ不可ナルヲ以テ以上ノ主意ニ基キ修正スルノ說ヲ提出スト
岡野君辯シテ曰ク鐵道略則ニ別段ノ規定ナキトキハ固ヨリ此ニ項ノ規定ヲ適用スルニ至ルヘク若シ又右ニテ不可ナランカ特ニ右ニ關スル詳細ノ規定ヲ設ケナハ可ナリ元來本條ヲ設ケタルノ主意ハ鐵道ヲ除外シタルモノナリ要スルニ本條ニ付テハ種々ノ修正及ヒ削除讀等ノ提出之レアルモノナレハ今一應再考スル爲メ議事ヲ延期セラレンコトヲ希望スト
本條ハ右岡野君ノ延期設ニ多數ノ贊成者アリテ之ニ決定シタリ
第二百九十條 旅客ノ運送人ハ旅客ヨリ引渡ヲ受ケサル手荷物ノ滅失又ハ毁損ニ付テハ自己ニ過失アル場合ヲ除ク外損害賠償ノ責ニ任セス
(參照)舊五二一
岡野君ノ說明ニ曰ク本條ノ規定ハ舊商法ニ於テモ之ヲ認メタルモノト信ス然レトモ同法第五百二十條ニ「旅客力携帶スルト否ト」云々ト之レアルハ了解ニ苦シムヲ以テ本案ニ於テ實際手荷物カ大ナル物ナルトキハ之ヲ運送人ニ託スヘキヲ以テ此場合ハ前條第一項ノ規定ニ因リ運送人ハ物品ノ運送人ト同一ノ責任ヲ負フモノトシ而シテ旋客カ運送人ニ引渡ササル場合ニ本條ニ因リテ運送人ニ過失アル場合ヲ除ク外ハ其手荷物ノ滅失又ハ毀損ニ付キ損害賠償ノ責ニ任セサルモノトセリト
岸本君ハ本條ニ舊商法第五百二十一條ニ於ケル卽チ「手荷物力現實且相當ノ旅行需用ヲ充タスニ必要ナルモノニ限リ」云々ノ規定ヲ採用セサリシハ其當ヲ得サルヲ以テ右ノ主意ヲ本條中ニ附加スヘシトノ修正說ヲ提出シテ曰ク若シ右ノ如ク修正セサルトキハ運送人ハ如何ナル貴重品ニ對シテモ損害賠償ノ責ニ任セサル可ラサル結果ヲ生シ穩當ナラサレハナリト
右ニ付キ岡野君辯シテ曰ク凡ソ手荷物ノ何タルハ事實上之ヲ知ルコトヲ得ヘク且貴重品ニ對シテハ引渡アリタルトキハ前條第一項ノ規定ヲ適用スヘク若シ引渡ナキ場合ハ旗客ノ如何ニ依リ大抵其程度判然スヘク且假リニ舊商法ノ如クスルモ實際ノ事實ハ裁判官ノ認定スルノ外ナカルヘキヲ以テ强テ修正ノ必要ナカルモノト信スト
長谷川君ハ岸本君ノ如キ主意ニ本條ヲ修正スヘシト主張シテ曰ク此場合ニ第二百八十一條ノ規定ヲ適用スルコトヲ得ヘクンハ原案ノ儘テ可ナリト雖モ不然以上ハ之ヲ修正セサルヘカラス何トナレハ運送人ハ僅少ノ運賃ヲ取テ居ルニ抅ハラス重大ノ責任ヲ負フカ如キハ尤モ其當ヲ失スレハナリト
右ニ付キ梅君辯シテ曰ク旅客ノ手荷物ハ槪ネ貴重品ハ之レナカルヘク且運送人自身ニ過失アル場合ハ重大ノ責任ヲ負ハシムルハ固ヨリ當然ナリト
右ニ付キ岸本君ハ岡野君ノ意見ト梅君ノ意見トヲ以テ其大體ヲ異ニセリト評シ且ツ岡野君ハ要スルニ敢テ舊商法ノ主意ヲ改メタルニアラストノコトナレハ同君ノ意見ヲ以テ再考ヲ煩ハシタシト述ヘ
岡野君ハ更ニ辯シテ曰ク第二百八十一條ノ規定ハ之ヲ前條軸ス準用スルコトヲ得ルト信スレトモ本條ハ之ヲ準用スルコト能ハサルモノト信ス而シテ本條ノ場合ハ如何ナル貴重品ト雖モ旅客ヨリ引渡ヲ受ケサル手荷物ノ滅失又ハ毀損ニ付テハ運送人自身ニ過失アル以上ハ重大ノ責ヲ負ハサル可ラサルハ勿論ナリト信スルヲ以テ敢テ梅君ノ意見ト異ナルニ非ラスト
磯部君ハ本條ノ「自己ノ過失」云々ノ文字ヲ削除スルノ說ヲ提出シテ曰ク假令右ノ文字之レナクトモ過失ノ場合ニ於テハ實價ニ對スルノ賠償義務アルコトハ當然ノコトナレハナリト
磯部君ハ績テ本條ノ削除說ヲ提出シテ曰ク要スルニ運送人ニ過失アル場合ハ普通ノ規定ヲ以テ足ルヘク又預ケタル場合ハ第二百九十四條ノ規定ナルヲ以テ本條ハ之ヲ削除スルモ可ナリト
以上要スルニ岸本君ノ修正讀ニハ贊成者アリテ採決ニ至リタルモ遂ニ減滅シ其他ハ贊成者之レナキ爲メ原案ニ可決シタリ
第二百九十一條 第二百八十二條ノ規定ハ旅客ノ運送人ニ之ヲ準用ス
岡野君ノ說明ニ曰ク舊商法ニ於テハ旅客運送ニ付キ本節ノ外ハ物品運送ノ規定ヲ準用ストアリ然ルニ本案ニ於テハ第二百八十二條ノ外ハ準用スヘキ規定ナシ尤モ引渡ノ後ハ準用スヘキ規定ナキニアラス付テハ右第二百八十二條ノ規定ハ其當時再考スヘキコトニ決定シ未確定ナレハ右カ確定シタル上ニテ本條ヲ議定セラレタシト
本條ハ右岡野君ノ意見ニ從ヒ未定トシ本日ハ定刻ヲ以テ散會ヲ吿ケタリ