明治商法(明治32年)

法典調査会 商法委員会議事要録 第5回

参考原資料

備考

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第五回商法委員會議事要錄
出席員
箕作麟祥君
土方寧君
岸本辰雄君
田部芳君
高木豐三君
穗積八束君
淸浦奎吾君
橫田國臣君
奧田義人君
井上正一君
富井政章君
梅謙次郞君
重岡薰五郞君
長谷川喬君
金子堅太郞君
三浦安君
中村元嘉君
西源四郞君
岡野敬次郞君
第三章 商業登記簿
岡野君ハ本章ヲ說明シテ曰ク此第三章ノ表題ハ豫決問題ニテ議決セラレタリ唯異ナリシ㸃ハ第二章トアリシモノカ三章トナリシニ過キス他ハ說明ヲ要セスト
第十一條 本法ノ規定ニ依リ登記スヘキ事項ハ關係商人ノ請求ニ因リ其營業所ノ裁判所ニ備ヘタル商業登記簿ニ之ヲ登記ス
(參照)八、九、舊一八、一九、二五、四二、六九、七九、一二二、一二九、一三八、一六八、一六九、二一〇、二三四、八二五、八二七、八五二乃至八五七、二十三年十月二十九日司法省八號一、五、獨一二、四五、八八、一三五、一五一、一五五、一五六、一七二、一七六、一七九、二一〇、二一二、瑞八五九、伊施一、西一六、同千八百八十五年十二月二十一日勅一、一項、二八、葡四五
本條ニ付キ岡野君ハ說明シテ曰ク玆ニ訂正スヘキコトアリ參照中舊一八、一九、トアルハ一八、ニ〇ノ誤ナリ偖本條ノ規定ハ舊商法第十八條ト第二十條トノニ條ヲ併セタルモノト略ホ類似セリ、而シテ本條ハ第一ニ登記スヘキ事柄ハ請求者ノ屆出ニ依リテ爲スコト第二ハ孰レノ裁判所ニ登記スヘキカヲ規定セリ、次ニ請求ヲ爲スニハ如何ナル手績ニテ爲スカ或ハ如何ナル方法ニテ爲スヘキカハ本案ノ手續法ニ讓ルコトトセリ唯之ニ付キ裁判所ノ職權ヲ以テ爲サス請求者ノ請求ニ因リテ爲スコトトセリ第二ハ孰レノ裁判所ニ備ヘタル商業登記簿ニ爲スヘキカハ本條ハ營業所在地ノ登記所ニ爲スコトトセリ既成商法ハ當事者ノ營業所又ハ住所ノ地ニ爲スト在リ然レトモ各人ハ生活ノ本據ヲ以テ住所ト爲スト雖モ商業ハ必シモ商人ノ本據ニテ爲スヘキモノニ在ラス故ニ住所ナル文字ハ削除セリ是レ不動產ニ付キ其所在地ヲ管轄ト爲スト同一ノ主義ヲ採用シタルナリ次ニ舊商法第十八條第二項ヲ削除セリ若シ商人ニシテ他ノ裁判所ノ管轄ニ移リシトキハ其地ニテ爲スハ當然ニシテ別段法律ノ規定ヲ要セス最モ營業所ヲ他ニ轉スルコトアリ又他所ニ在ラスシテ舊裁判所ノ管轄內ニ在レハ登記事項ニ變更ヲ生スルヲ以テ他ノ裁判所ニ屆出ツルモノトス既成法典商法第十八條ハ登記スヘキ場合ノ事柄ヲ揭ケタリ本案モ亦之ニ倣ヒ各場合ニ付キ之ヲ揭ケタリ卽商號ハ商號ノ規定中ニ設ケ後見人未成年者ハ第八條第九條ニテ定メ仲立人ハ代務人ノ所ニ會社ハ會社ノ部ニ定ムル考ナリ而シテ本案ニハ舊商法第十八條ニ揭ケタル登記スヘキ場合ハ如何ニ爲スヘキ歟ヲ定メタリ
高木君ハ「關係商人」ヲ「營業者」ト爲サントノ修正說ヲ提出シ贊成者アリシカ採決セシニ少數ニテ消滅セリ
次ニ岸本君ハ「關係商人」ヲ「本人」ト爲サントノ說ヲ提出シ贊成者アリ是亦少數ニテ消滅セリ
奧田君ハ質問ノ末「營業所所在地ノ裁判所」ト改ムルノ案ヲ提出シ贊成者アリ採決セシニ少數ニテ消滅シ終ニ本條ハ原案ニ決セリ
第十二條 登記シタル事項ハ裁判所遲滯ナク之ヲ公吿スルコトヲ要ス
(參照)舊一九、一項、二十三年十月二十九日司法省八號一〇、獨一三、一四、瑞八六二
本條ニ付岡野君ハ說明シテ曰ク本條ハ舊商法第十九條第一項ニ當ル規定ナリ登記シタル事柄ハ登記ヲ爲シタル裁判所ニテ公吿ヲ爲スナリ而シテ如何ナル方法ニテ公吿ヲ爲スカハ舊商法第十九條ニ於テ多少細カキ規定アルモ登記公吿ノ取扱規則ハ商法施行條例第十條ニ在リ故ニ其手績ヲ本條ニ設クルハ權衡ヲ失スルノ嫌アリ故ニ此手續ハ取扱規則ニ讓ルコトトセリ
第十三條 登記スヘキ事項ハ之ヲ登記シタルモ公吿ノ後ニ非サレハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得ス但第三者カ正當ノ事由ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス
(參照)舊二二、佛千八百六十七年七月二十四日法五五、五六、六四、獨二五、三項、四六、二項、八六、一一〇、普草一一、匈九、瑞八六三、伊九八、九九、西二四、二六、葡五七、白千八百七十三年五月十八日法一一
岡野君ハ本條ヲ說明シテ曰ク活版ニ送リシ後誤寫アリシ故訂正スヘシ師但書ヲ削リ「公吿ノ後ト雖モ第三者力正當ノ事由ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキ亦同シ」ト改ラレタシ扨本條ハ登記セル事柄ハ何時ヨリ第三者ニ對シテ效力ヲ生スルカノ大問題ヲ決シタル規定ナリ此㸃ニ付テハ起草者間ニ相談アリシカ結局本條ノ如ク定マレリ登記シタル事柄ニシテ效力ヲ生スル期限カ極メテ短カキトキハ第三者カ登記ヲ知ラスシテ爲メニ損害ヲ生スルノ虞アリ反之效力ヲ生スル期間ノ長キニ失スルトキハ登記ヲ受ケシモノハ登記ヲ受ケシ甲斐ナキニ至ラン而シテ登記シタル事柄ニシテ第三者ニ對シ效力ヲ有スルモ第三者カ之ヲ知ルト知ラサルトニ因リテ爲メニ迷惑ヲ生スルコトアルヘシ反之登記シタル事項ニシテ第三者カ知ラサルモ知リシモノト認メンカ此制度ハ有名無實トナリ登記ノ效力ナキト等シキニ至ラン余輩ハ此中間ヲ採リテ公吿ヲ爲シタル後ニ在ラサレハ第三者ニ對抗スルコトヲ得ストシ縱令公吿スル前ナリトモ第三者カ知リシナレハ其效力ヲ生スルコトトセリ例ヘハ代務人ノ如キ余輩ハ未タ相談ハ爲ササル故確然タルコトハ云フヲ得サルモ假ニ舊商法ノ如キ代務人ヲ置クトセハ未タ公吿ハ爲ササルモ誰某ヲ代務人ニ選ミシコトノ通知ヲ受ケ之ヲ受ケタル人ハ其通知ヲ受ケシニモ係ラス尙ホ其人ヲ以テ代務人ト爲サス或ハ代務人ヲ解雇シ得意先キヘ通知セシモ尙ホ代務人タル效力アリト云フカ如キハ不都合ナリ縱令登記ヲ公吿スル前ニテモ第三者ニシテ其事柄ヲ知ルトキハ其者ニ對シテハ效力ヲ生スヘシ乍併公吿ヲ爲シタルヲ以テ世人ハ盡ク知リシモノトシテ法律上認ムルコトヲ得ス若シ第三者ニシテ正當ノ事由ニ因リ知ラサルトキハ第三者ニ對抗スルコトヲ得サルモノナリト信ス
富井君ハ本條ニ付キ質問シテ曰ク善意惡意ノ別ハ情ヲ知ルト知ラサルトニ在リ情ヲ知ラサル場合ハ善意ナリ故ニ通常人ナレハ熟考ノ上爲スヘキモ然ラサル爲メ重過失アルモ尙ホ本條ノ善意トスヘキ歟梅君ハ右ノ問ニ對シ辯明シテ曰ク此善意惡意ノ文字ハ極メテ便利ノ文字ニシテ羅馬法ノ「ぼなふひーで」「まなひーで」ヨリ生セシモノナリ民法ニテモ既ニ知ラサルコトニ使用セリ故ニ富井君ノ日ハレシ如ク過失ニ依リテ知ラサルモノモ入ルヘシ然レトモ此㸃ニ付テハ實際上弊害アルヲ聞カス是レ會社法實施以來登記公吿ニ付キ公吿ノ期間ヲ短カクシタルニ徵スルモ知ルコトヲ得ヘシ
以上質問ノ結果トシテ富井君ハ「過失ナキ」ノ四字ヲ「善意ノ第三者」ノ上ニ入ルトノ案ヲ提出シ數回辯論ノ末起草者モ同意ヲ表シ終ニ入ルルコトニ決セリ
土方君ハ本條ノ主義ヲ改ムルトノ案ヲ提出シテ曰ク文章ハ咄嗟ニハ出來サルモ周知期間ヲ定ムルトキハ假令知ラサルモノモ知リシモノト看做スト如斯爲サハ判然シテ便宜ナリ而シテ先刻來諸君ノ心配セラルルコトモ除クコトヲ得ヘシ例ヘハ東京ニテ商人カ遲滯ナク裁判所ニ公吿スル、祚奈川、靜岡、長崎ノ如キ今日東京ニテ公吿シタル新聞紙ノ到達スル遠近ニ因リテ遠方ハ知ルヘキ時ヨリ幾日ト期間ヲ定メ其後ニ知ラシムル樣爲スモノトス先ツ趣旨ハ如斯ナルカ文章ハ起草者ニ依賴スルトノ修正案ナリ、贊成者アリ
田部君ハ土方君ノ說ヲ駁シテ曰ク法律上ノ周知期間ハ作リ事ナリ官報ニ公吿ヲ爲スモ其ヲ綿密ニハ誰モ觀ス、作リ事ヲ以テセル周知期間ハ今日ノ如ク進步セル社會ニハ不穩當ナリ右修正案ヲ起立ニ間ヒシニ少數ニテ消滅セリ
第十四條 登記ハ其公吿ト牴觸スルトキト雖モ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得
(參照)蘭二九、二項
本條ニ付キ田部君ハ說明シテ曰ク舊商法ニ於テハ登記ト公吿ト牴觸セル場合ハ孰レカ效力ヲ有スルカ此㸃ニ付テハ規定ナシ乍併是レ最モ必要ナル事項ナリ或者ハ公吿ニ依ラシムヘシト然レトモ公吿ナルモノハ確乎タルモノト認メ難シ今日外國ノ立法例ハ如何ナル㸃ニ迄及ヒシカ或ハ又我國ノ如何ナル程度ニ迄進步セシカ例ヘハ一會社ノ設立セラレタリトスルモ槪略ニ就テハ知ルコトヲ得ヘキモ細密ナル㸃ニ至リテハ誤謬アルヲ免レス現ニ京橋區裁判所ニ付キ取調ヘシニ平均ニ十ノ公吿中三個宛ノ誤謬アル割合ナリト此等ハ皆訂正スルヤト云フニ訂正セサルコトモ在リ畢竟細密ノ部分ニ付テハ信用ヲ措クコトヲ得ス帥登記カ基礎トナリ公吿ニ誤謬アレハ登記ニ效力アラシムルコトトセリ此㸃ニ就テハ實際上困難ノコトモアリ旁々大問題故十分諸君ニ於テ討議セラレンコトヲ望ム
本條ニ付キ高木君ハ全部削除ノ讀ヲ提出シテ曰ク起草者ハ外國ニ規定ナキ所ノ條文ヲ置カレントノコトナルカ余ハ此場合ニニ個ノ弊害アリトノ理由ヲ述ヘン本案ニ於テ第一登記ト第二公吿トノニ種ノ公示方法ヲ採ルトスルモ若シ登記ハ主トナリ公吿ハ客ナリトスルモ本條ノ設ケナキ場合ト事實ニ於テ變ルコトナシ例ヘハ公吿ニ於テ資本十萬圓トスルモ其實資本八百萬圓ナリシカ如キ又配當金一割ナリシヲニ割ト公吿スルモ本案ノ必要ハ極メテ少ナシ又或場合ニ於テ第三者ニ對シ時トシテ公吿ノ方法ヲ必要トスルコトアリ例ヘハ或店舖ニ於テ山下ト山川ト兩人アリシトキ山川ヲ誤リテ山下ト公吿セシカ如キ第三者ハ善意ナルヲ以テ本條ノ效力ハ極メテ薄シ之ト正反對ニ登記ト公吿ト牴觸シタルトキハ本案ノ明文ヲ要スルト云ハルルモ余ノ意見ニテハ外國ノ場合ト同趣旨ナリ兔ニ角本條ヲ置クノ必要ナシト主張セリ此削除說ニハ贊成者アリ
本條ニ付キ梅君ハ削除說ニ反對シテ曰ク若シ本條ノ如キ明文ナキトキハ高木君ノ如キ解釋ニ歸スヘシ橫田君ハ公吿ニ重キヲ措キ削ルモ如斯ナルヘシト云ハルルモ既ニ橫田君ノ如キ大家ニシテ其說ヲ異ニセラルル位故天下ニ於テ解釋ヲ異ニセラルルモノハ多カラン是明文ヲ要スル所以ナリ高木君ハ不權衡ナル例ヲ出シ山下ト山川ト誤リニテ公吿シ或ハ本人ノ誤リニテ出テタリトスルモ其場合ハ損害ノ原因者ニ賠償ヲ科スルハ兎モ角毫モ知ラサル所ノ本人ニ其責ヲ負ハシムルハ理由ナキモノトス
次ニ土方君ハ修正說ヲ提出シテ曰ク余ノ考ニテハ先ツ如斯セラレンコトヲ望ム而シテ第一ニ登記ヲ爲シ其後ニ公吿アルカ手續ノ順序ナルカ此場合ニ公吿ナキ爲メ登記ノアリシコトヲ知ラサルトキハ正當ノ事由トナルヲ以テ效力ノ順位ハ本案ト反對ノ方ニ極メ置カレンコトヲ望ム卽登記ヲ客トナシ公吿ヲ主トセントノ考ナリトノ說ヲ提出セリ此說ニ贊成者アリ
梅君ハ土方君ノ說ニ反對シテ曰ク和蘭ハ佛蘭西ト同シク登記モ公吿モ當事者ヨリ爲スヲ以テ先ツ外國法ノ如クナレハ卽公吿ノ結果ヨリ責ヲ負フヲ以テ極メテ正當ナリト雖モ本案ハ然ラス登記アリシトキハ裁判所ニテ公吿スルヲ以テ裁判所ノ錯誤アリシ爲メ當事者ニ責ヲ負ハシムルハ不條理ノ甚シキモノト云フヘシ故ニ修正說ニハ反對ナリト主張セリ
土方君ノ修正讀ヲ起立ニ間ヒシニ少數ニテ消滅シ次三咼木君ノ削除說ヲ起立ニ間ヒシニ半數ナリシカ議長(箕作君)ハ削除說ニ贊成シ終ニ本條ハ削除スルコトニ決セリ