第壹回商法委員會議事要錄
明治二十九年五月二十九日午後三時三十五分開議
出席員
箕作麟祥君
本野一郞君
土方寧君
村田保君
岸本辰雄君
田部芳君
高木豐三君
穗積八束君
淸浦奎吾君
奧田義人君
橫田國臣君
井上正一君
富井政章君
梅謙次郞君
重岡薰五郞君
長谷川喬君
南部甕男君
金子堅太郞君
磯部四郞君
尾崎三良君
三浦安君
中村元嘉君
西源四郞君
岡野敬次郞君
第一編 總則
說明前ニ少シク訂正アリタレハ之ヲ左ニ揭ク
凡例ノ第三ノ終リニ「但瑞ハ瑞債務法」ヲ同第四ノ「刑事訴訟」ノ下ニ「施ハ施行條例」ヲ加フ
本編ハ既ニ豫決問題ニ於テ決シタルモノナリトテ岡野君モ別段說明ヲ爲ササリキ
第一章 法例
岡野君ノ說明ニ曰ク玆ニ「法例」ヲ用ヰタルハ深キ理由アルニモアラス唯タ第一編ハ大ナル表題ニシテ直チニ第一條ヲ置クハ頗ル不体裁ナルヲ以テ改正刑法ニ傚ヒ「法例」ヲ加ヘタリト
右ニ對シ土方寧君ハ第一條ハ商法全体ニ關係ヲ有スルモノナルカ故ニ之ヲ最モ初メニ置キ次ニ「第一編總則」ヲ置キ第一章「商行爲及ヒ商人」トセントノ修正案ヲ提出セシモ成立セス
(書記朗讀)
第一條 商事ニ關シ本法ニ規定ナキモノニ付テハ商慣習法ヲ適用シ商慣習法ナキトキハ民法ヲ適用ス
(參照)舊一、佛一八、同民一一〇七、一一三五、一一五九、一一六〇、一八七三、蘭一、一項、獨一、匈一、伊一、西二、一項、羅一、葡三
岡野君ノ說明ニ曰ク本條ハ商事ニ付キ適用スヘキ法源ヲ指定シ併セテ其順序ヲモ示シタルモノニシテ第一ニ適用スベキ法律ハ商法第二ハ商慣習法第三ハ民法トス今之ヲ分析スレハ商法ハ民法ニ對スル特別法ニシテ商法ニ明文ナキトキ又ハ商法ノ解釋上適用シ得ザル場合ニ於テ民法ヲ適用スルナリ又商法ハ獨リ成文法ノミヲ指スニアラズシテ一部ハ慣習ヨリ成立スル所ノ慣習法ナルモノヲモ含有ス而シテテ此慣習法モ亦特別法ニ外ナラサルヲ以テ民法ニ先立ツテ其適用ヲ見ルヤ勿論ナリ蓋シ商慣習法ハ商法ト等シク法律ナリト雖モ其適用ニ至リテハ商法ノ明文ニ後レテ適用セラルルモノナリ各國商法ニ於テモ之ト同樣ノ規定アリ又既成商法第一條モ同一ナリト雖モ單ニ「商慣習及ヒ民法ノ成規」云々トアリテ商事ニ關シ或場合ニ商慣習ヲ適用シ或場合ニハ民法ヲ適用スルトノ明文ナキヲ以テ或ハ民法ガ商法ニ先立ツテ適用セラルルコトアルガ如キ誤解ヲ避ケン爲メ斯ク修正シ且既成商法ニハ「法」ノ字ナキモ之ハ商慣習法ト云フ意ニ解スベキモノナルヲ以テ「商慣習法」ト爲セリト
富井君ハ本條ノ「商慣習法ヲ適用ス」ヲ改メ「商慣習ニ從フ」トシ「法」ノ字ヲ削ラントノ修正案ヲ提出サレタリ其理由トスル所ハ主トシテ慣習ガ法ト爲ルニ付キ條件及ヒ時期ガ極メテ漠然ニシテ諸學者モ各々說ヲ異ニシ且結果ニ於テハ差違ナキモ立法上之ガ區別ヲ爲スハ頗ル困難ナルヲ以テ明カニ「法」ト定メズ少シク學說ニ餘地ヲ與ヘント謂フニアリ右ニ付キ民法法律行爲ノ總則ニ於ケル慣習ハ「法」ト見タルモノニアラズ多數人ノ意思表示ト見タルモノニシテ決シテ當事者ノ意ニ反シテ迄モ其慣習ノ效力ヲ認メタルモノニ非ザルコトヲ辯シ次ニ本條ノ駁擊トシテ本條ニ「慣習法」ト言ヒ乍ラ反テ之ヲ成文法ノ第二段ト爲シタルハ慣習ヲ「法」ト見ザルノ證ナルコトヲ述ヘ終リニ慣習ヲ「法」トスルト否トニ因リ證據、上吿等ニ付テ大ナル差違ヲ生スルコト並ニ之ニ付キ佛國等ノ例ヲ引キ我國ニハ不適當ナルコトヲ以テ修正案ノ理由ヲ確カメタリ
右ニ對シ梅委員ハ假令「法」ノ字ナクトモ「慣習法」ト解セラルベキコトヲ述ベ且「適用」ヲ「從フ」ト爲ストモ敢テ差違ヲ生セザルコト並ニ富井君ノ引カレタル民法第九十二條ハ當事者ガ其意思ヲ有スルコトト認ムル場合ノミニシテ第二百十七條、第二百十九條抔ノ場合ハ當事者ノ意思如何ニ拘ラズト云フ場合ニシテ慣習ヲ「法」ト見ル方宜シク且所有權ノ限界ニ關スルコトニテ民法ニ規定ナキトキハ從來ノ慣習ニ依ルコトハ本會ノ多數決ナリシコト殊ニ此場合ハ當事者ノ意思ガ假令暗默ニモ之アリ又之ナシト見ルヲ得ザルコトヲ述ベタリ
又岡野君ハ先キニ富井君ガ「法」ヲ除クモ結果ニ於テ差違ヲ生セズト言ハレタルニ對シ其差違ヲ生スルコトヲ述ベテ曰ク抑モ商慣習トハ唯タ當事者ノ意思ノ解釋ノ材料ニシテ之ヲ事實上ノ商慣習ト謂ヒ又商慣習法トハ法律ノ源ト爲ルモノナルベシ爰ニ於テ乎其結果ニ差違ヲ生スルモノニシテ例ヘバ商事契約ニ於テ商法ニ規定アルモ當事者ノ意思ヲ以テ動カシ得ルモノハ則チ事實上ノ商慣習ナリ而シテ此動カシ得ルト云フハ事實タル慣習法ヲ以テ動カシ得ルモノナラザルベカラスト
田部君ハ富井君ノ說ヲ評シテ曰ク何レノ國ニ於テモ商法ニ於テハ慣習法ヲ適用スルコトアルガ故ニ第一條ニ於テ「法」ノ字ヲ用ヰタリ殊更日本ニ於テハ商慣習ナルモノヲ一一調査スルヲ得ス可及的廣ク適用セザルベカラズト
又岡野君ハ「法」ヲ除クノ非ナルヲ述ベテ曰ク商法ノ明文ハ當事者ノ意思ヲ以テ動カシ得ルモノナルカ故ニ慣習ハ當事者ノ意思ヲ解釋スルノ材料ト見ルナリ故ニ無論慣習ヲ以テ商法ノ明文ヲ動カスコトヲ得ルモ今若シ「法」ノ字ヲ除カバ慣習ヲ以テ明文ヲ動カスコトヲ得サルノ結果ヲ生ズベシト次ニ舊商法第二條ヲ削除シタルノ理由ヲ擧ケテ曰ク第一斯ルコトハ當然ノコトニシテ商法ハ普通法ナルヲ以テ特別法アレハ之ニ從フベキモノタルハ疑ヲ容レズ第二之ヲ明文ニ揭ゲズトモ施行條例ノ如キ手續ニ讓ルヲ以テ足ルベシト
議長(箕作君)富井君ノ「慣習法ヲ適用ス」ヲ改メテ「商慣習ニ從フ」トスルノ修正案ニ對シ採決ス贊成者 多數
此ニ於テ穗積八束君ハ舊商法第二條ヲ存スベシトノ案ヲ提出セリ其理由トスル所ハ斯ノ如キコトハ當然ナリトテ之ヲ削除スルハ特別法ヲ發スルノ餘地ナシト云フノ解釋ト爲リテ極メテ不安心ナリト謂フニ在リ且曰ク之ハ商法ノ明文トシテ存セズトモ施行條例ヲ以テ定ムルモ足レリト
右ニ對シ梅君辯ジテ曰ク等シク法律ニシテ商事ニ關スル特別法アル以上ハ商法ト云フ一般法ノ出テタルカ爲メ此特別法ガ皆無ニ歸スルト云フコトナシ唯タ少シク疑ヲ存スルハ命令ヲ以テ特別ノ事ヲ規定セラルルコトアル場合ニ於テ或ハ此命令ヲ以テ法律ヲ廢スルコトヲ得ルカ如キコト之ナキヤ固ヨリ法律ト命令トノ關係ハ公法問題ニ屬スト雖モ憲法實施後ハ憲法ニ明文アルノ外ハ一切命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス然ルニ憲法實施以前ニ在リテハ其明文ノ結果トシテ命令ノ效力ヲ存ス而シテ之ハ命令トシテノ效力ヲ存スルヤ否ヤハ別問題ナリト雖モ憲法實施セバ法律ヲ以テスルニ非サレハ規定スルコトヲ得ザル事項ガ從來命令ノ名ヲ以テ規定サレアルモノハ恰モ法律ト一般ニシテ此種ノ命令ハ名ハ命令ナルモ商法ニ打勝ツノ力ヲ有ス然レトモ其法律ニ規定ナキコトハ商法ノ規定ニ依ルベキヤ勿論ナリ然ラハ今日ニ至リ夫迄ニ命令ヲ以テ變更スルコトハ斷シテ爲スコトヲ得ス故ニ舊第二條ハ全ク不用ナリト
金子君モ亦舊二條ヲ存スベキコトヲ主張セリ其理由ハ憲法發布ノ前後ヲ問ハス實際勅令、省令等ニ讓リテ定メタルモノアリ殊ニ此勅令、省令ノ區別ノ解釋ニ付キ爭ヲ生スル場合ハ皆勅令、省令タルノ性質ニ依リテ判スルコトト爲リ居ルカ故ニ今舊二條ヲ削除スルトキハ勅令、省令ハ效力ナシト云フガ如キ議ヲ生スルノ恐レアリト
梅君之ニ答ヘテ曰ク勅令、省令ヲ以テ定ムル事項ハ槪括的ナリ而シテ之ハ商法ニ先立ツテ適用セラルルハ勿論ナリト雖モ其法律ヲ以テ委任セザルコトハ商法ニ依ラザルベカラズ若シ商法ニ違反シタル事項ヲ定ムルトキハ命令ヲ以テスルハ無論不可ナリ故ニ商法ニ「命令」ト明記セザルモ無論命令ヲ以テ定ムルコトヲ得ベシト雖モ少ナクトモ憲法ニ牴觸スルモノハ命令ト云フヲ得ズ慣習ハ法律ナリト解スルモ憲法上ノ法律ニアラズ唯タ法律トシテノ力ヲ有スト云フニ過キズ故ニ慣習ト異ナリタル事項ハ命令ヲ以テ定ムルコトヲ妨ゲス去リ乍ラ殊更ニ「命令」ト明記スルトキハ其意義廣漠ニ流レ民法ニ定メタルコトヲモ含有スルコトト爲ルヲ以テ不可ナリト
此ニ於テ奧田君ハ一ノ便法ナリトテ修正案ヲ提出セリ卽チ「本法其他ノ法律ニ特別ノ規定ナキトキハ」トセハ殊更ニ舊第二條ヲ置クノ要ナク且解釋モ亦容易ナリト謂フニ在リ
右奧田君ノ修正案ハ二三名ノ贊成者ヲ得タリト雖モ長谷川君ヨリノ攻擊アリタルカ爲メ殆ント消滅セリ
又命令ノ範圍ニ付キ梅君、穗積八束君、金子君トノ間ニ種々論難討議アリタルモ結局前說ヲ反覆敷衍シタルニ過ギザルヲ以テ玆ニ之ヲ略ス
終リニ土方君ヨリ「本法」トアルヲ「法令」ト改メントノ修正案ヲ提出セルモ贊成者ナカリキ
金子堅太郞君ハ本問ノ頗ル重大ナル所以ヲ述ベ且散會時間ノ切迫セルヲ理由トシテ次回迄延期センコトヲ建議シ村田君等ノ贊成者アリテ之ニ決シ本日ハ散會ヲ吿ケタリ
于時午後第七時五分