第八百六十六條 緣組ノ當事者ノ一方ハ左ノ場合ニ限リ離緣ノ訴ヲ提起スルコトヲ得
一 他ノ一方ヨリ虐待又ハ重大ナル侮辱ヲ受ケタルトキ
二 他ノ一方ヨリ惡意ヲ以テ遺棄セラレタルトキ
三 養親ノ直系尊屬ヨリ虐待又ハ重大ナル侮辱ヲ受ケタルトキ
四 他ノ一方カ重禁錮一年以上ノ刑ニ處セラレタルトキ
五 養子ニ家名ヲ瀆シ又ハ家產ヲ傾クヘキ重大ナル過失アリタルトキ
六 養子カ逃亡シテ三年以上復歸セサルトキ
七 養子ノ生死カ三年以上分明ナラサルトキ
八 他ノ一方カ自己ノ直系尊屬ニ對シテ虐待ヲ爲シ又ハ之ニ重大ナル侮辱ヲ加ヘタルトキ
九 壻養子緣組ノ場合ニ於テ離婚アリタルトキ又ハ養子カ家女ト婚姻ヲ爲シタル場合ニ於テ離婚若クハ婚姻ノ取消アリタルトキ（人一四〇、一項、一四一、一四八、十年七月十三日司法省達丁五〇號）
本條ハ裁判上ノ離緣ノ原因ヲ列擧シタルモノナリ此外離緣ノ原因ハ第八百七十六條ニ定メタルモノノミニシテ其他ノ理由ニ因リテ裁判上ノ離緣ヲ爲スコトヲ得ス請ウ左ニ本條ニ揭ケタル各場合ニ付キ說明スル所アラン
第一 他ノ一方ヨリ虐待又ハ重大ナル侮辱ヲ受ケタルトキ
本號ハ離婚ニ關スル第八百十三條第五號ニ相當スルモノナリ唯同號ニハ同居ニ堪エサルノ文字アリ而シテ本號ニ之ヲ欠ケルハ他ナシ夫婦ハ同居スヘキ者ナリト雖モ親子ハ必スシモ同居スヘキ者ニ非ス故ニ苟モ虐待又ハ重大ナル侮辱ト爲スヘキ行爲アリタルトキハ常ニ離緣ノ原因アルモノトセリ例ヘハ養親カ養子ニ十分ノ食物ヲ給セス又ハ無辜ノ養子ヲ罵リテ盜賊其他ノ惡業ヲ爲シタル者ノ如ク稍〻スルハ養親ニ對スル「虐待又ハ重大ナル侮辱」ニシテ養子カ養親ヲ打擲シ又ハ養親ニ對シ卑屬若クハ雇人等ニ對シテ使用スヘキ言語ヲ使用スルカ如キハ養子カ養親ニ對スル「虐待又ハ重大ナル侮辱」ト謂フヘキカ但此等ノ事項ハ當事者ノ敎育、身分等ニ由リ異ナラサルコトヲ得サルカ故ニ法官タル者ハ此等ノ事情ヲ斟酌シテ判斷ヲ爲スヘキモノトス
第二 他ノ一方ヨリ惡意ヲ以テ遺棄セラレタルトキ
是レ離婚ニ關スル第八百十三條第六號ト全ク同一ナルヲ以テ再ヒ玆ニ說明セス
第三 養親ニ直系尊屬ヨリ虐待又ハ重大ナル侮辱ヲ受ケタルトキ
是レ離婚ニ關スル第八百十三條第七項ニ相當スルモノナリ而シテ同號ニハ夫婦ノ一方カ配偶者ノ直系尊屬ヨリ虐待若クハ侮辱ヲ受ケタル場合ニ付テ規定セリト雖モ本條ニ於テハ單ニ養親ノ直系尊屬カ虐待若クハ侮辱ヲ爲シタル場合ニ付テノミ規定セリ是レ他ナシ配偶者ノ直系尊屬ハ則チ直系尊屬ノ關係アル姻族ニシテ其間ニ親子ニ類スル關係アルカ故ニ若シ夫婦ノ關係ヲ持續スルトキハ勢ヒ配偶者ノ直系尊屬ノ虐待又ハ侮辱ヲ甘受セサルコトヲ得ス故ニ之ヲ理由トシテ離婚ヲ請求スルコトヲ許スト雖モ養子ニ付テハ養子カ養親ノ直系尊屬ニ對スル關係ハ全ク自己ノ血族タル直系尊屬ニ均シト雖モ養親ト養子ノ直系尊屬トノ間ニ在リテハ法律上ハ勿論道義上ニ於テモ殆ト何等ノ關係ナク固ヨリ對等ノ位置ニ在ルヲ以テ養親ハ決シテ養子ノ直系尊屬ノ虐待又ハ侮辱ヲ甘受スルノ義務爲シ故ニ之ニ依リテ養子ヲ離緣スルノ理由ナケレハナリ
第四 他ノ一方カ重禁錮一年以上ノ刑ニ處セラレタルトキ
本號ハ離婚ニ關スル第八百十三條第四號ニ相當スルモノナリト雖モ離婚ニ付テハ（第一）所謂破廉恥罪ニ關シテハ凡ソ配偶者カ輕罪以上ノ刑ニ處セラレタル場合ニ於テハ總テ離婚ノ原因アルヘク（第二）配偶者カ其他ノ罪ニ因リテ刑ニ處セラレタル場合ニ於テハ重禁錮三年以上ノ處刑ヲ受ケタル場合ニ限レリ然ルニ本條ニ於テハ當事者ノ一方カ重禁錮一年以上ノ刑ニ處セラレタルトキハ常ニ離緣ノ原因アルモノトセリ是レ他ナシ夫婦ハ異心同體ト稍〻スル者ニシテ其關係最モ親密ナルヘク互ニ相愛シ相扶クルノ情ナクンハアルヘカラス故ニ其一方カ處刑ヲ受クルコトアルモ他ノ一方ハ却テ之ヲ憐ミ之ヲ助ケ以テ其刑期ノ滿ツルヲ待ツヘキヲ當然トス唯其破廉恥最モ甚シキ場合及ヒ其罪狀ノ最モ重キモノニ限リ特ニ離婚ノ原因アルモノトセルナリ之ニ反シテ養親子ノ關係ハ斯ク親密ナルモノニ非ス養親ノ處刑ハ動モスレハ纍ヲ養子ノ身ニ及ホシ又養子ノ處刑ハ纍ヲ養親ノ身ニ及ホスヘキカ故ニ既ニ重禁錮一年以上ノ刑ニ處セラレタル者ノ如キハ之ニ對シテ離緣ヲ請求スルコトヲ許スヲ至當トシタルナリ但立法論トシテハ多少ノ不權衡ノ嫌ナキニ非ス
第五 養子ニ家名ヲ瀆シ又ハ家產ヲ傾クヘキ重大ナル過失アリタルトキ
本號ハ離婚ニ付キ之ニ應當スル規定ナキ所ナリ蓋シ養子ヲ爲スハ多クハ家名ヲシテ斷絕セシメス家產ヲシテ益益盛大ナラシメンコトヲ欲シテナリ然ルニ之ニ家名ヲ瀆シ又ハ家產ヲ傾クヘキ所爲アルトキハ養親カ養子ヲ爲シタル目的ニ反スルモノト謂フヘキカ故ニ之ニ據リテ離緣ヲ請求スルコトヲ得ヘキハ固ヨリ當然ト謂ハサルコトヲ得ス例ヘハ養子ニ破廉恥ノ所爲アルトキハ假令前號ニ揭ケタル處刑ヲ受ケサルモ以テ家名ヲ瀆スノ所爲ト爲スヘク又養子カ遊蕩ニ耽リ巨多ノ負債ヲ積メルカ如キハ自ラ家產ヲ傾クルノ虞アルヲ以テ之ニ據リテ離緣ヲ請求スルコトヲ得ヘシ但假令養子カ多少ノ浪費ヲ爲スモ若シ其養家ニ持參セル財產アルトキハ未タ必スシモ家產ヲ傾クヘキ所爲アリト謂フコトヲ得サルヘシ此等ノ事項ニ付テモ亦法官ハ能ク諸般ノ事情ヲ斟酌シテ判斷ヲ爲スヘキノミ
第六 養子カ逃亡シテ三年以上復歸セサルトキ
是レ亦離婚ニ付テハ規定非サル所ナリ蓋シ夫婦ノ一方カ逃亡ヲ爲シタル場合ニ於テ若シ配偶者ニ對シ惡意アリトセハ是レ多クハ惡意ノ遺棄アルモノト謂フヘシ其他ノ場合ニ於テハ未タ必スシモ離婚ノ原因ト爲スニ足ラス例ヘハ夫カ債鬼ノ呵責ニ堪エスシテ逃亡ヲ爲シタル場合ノ如キ是レカ妻タル者ハ寧ロ夫ノ不幸ヲ憐ミ之ヲ助ケテ其家產ヲ回復セシメンコトヲ圖ラサルヘカラス焉ンソ之ニ據リテ離婚ノ請求ヲ爲スコトヲ許サンヤ之ニ反シテ養子ハ養親ノ家名若クハ家產ノ爲メニ之ヲ收養セル者ナルカ故ニ若シ逃亡シテ久シク歸ラサルカ如キ事アラハ養親ハ到底其者ヲシテ家名及ヒ家產ヲ守ラシムルニ足ラスト認ムルハ固ヨリ當然ナリ故ニ之ニ據リテ離緣ノ請求ヲ爲スコトヲ許スハ亦至當ト謂ハサルコトヲ得ス
第七 養子ノ生死カ三年以上分明ナラサルトキ
本號ハ離婚ニ關スル第八百十三條第九號ニ相當スルモノニシテ其規定全ク同一ナリ但其理由ニ至リテハ必スシモ同一ナリト謂フコトヲ得ス養子ニ就テハ多クハ之ヲシテ家名ヲ相續セシメ又然ラサルモ之ニ倚賴シテ老後ヲ樂シマント欲スル者ナルカ故ニ既ニ三年間生死ノ分明ナラサル者ハ之ヲ離緣シ更ニ適當ノ養子ヲ爲サント欲スルコト多カルヘシ尙ホ家督相續ヲ爲スヘキ養男アル者ハ更ニ男子ヲ養子ト爲スコトヲ得サルコトヲ思ウヘシ（八三九）
第八 他ノ一方カ自己ノ直系尊屬ニ對シテ虐待ヲ爲シ又ハ之ニ重大ナル侮辱ヲ加ヘタルトキ
本號ハ離婚ニ關スル第八百十三條第八號ニ相當スルモノニシテ其規定亦全ク同一ナルヲ以テ再ヒ玆ニ說明セス
第九 壻養子緣組ノ場合ニ於テ離婚アリタルトキ又ハ養子カ家女ト婚姻ヲ爲シタル場合ニ於テ離婚若クハ婚姻ノ取消アリタルトキ
本號ハ離婚ニ關スル第八百十三條第一〇號ニ相當スルモノニシテ恰モ裏面ヲ規定シタルモノナリ故ニ其理由ノ如キモ亦全ク同一ナリトス
養子緣組ハ素ト養親ト養子トノ契約ニ成レルコトハ既ニ屢述ヘタルカ如シ（遺言養子ノ場合ハ別ナリ）故ニ離緣ノ請求ヲ爲ス者ハ必ス當事者ノ一方タルヘキハ殆ト言フヲ竢タサル所ナリ唯從來ニ於テハ法律上ハ實家ト養家トノ戶主間ニ於テ離緣ノ問題ヲ決スルコト多ク又實際ニ於テモ多クハ養親ト實親トノ間ニ於テ之ヲ處理スルヲ以テ本條ニ於テハ特ニ當事者ヲ一方カ離緣請求權ヲ有スル旨ヲ明カニセリ