354条
動産質権者カ其債権ノ弁済ヲ受ケサルトキハ正当ノ理由アル場合ニ限リ鑑定人ノ評価ニ従ヒ質物ヲ以テ直チニ弁済ニ充ツルコトヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得此場合ニ於テハ質権者ハ予メ債務者ニ其請求ヲ通知スルコトヲ要ス
第三百五十四條 動產質權者カ其債權ノ辨濟ヲ受ケサルトキハ正當ノ理由アル場合ニ限リ鑑定人ノ評價ニ從ヒ質物ヲ以テ直チニ辨濟ニ充ツルコトヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得此場合ニ於テハ質權者ハ豫メ債務者ニ其請求ヲ通知スルコトヲ要ス（擔一一二、六年八月二三日吿三〇六號動產不動產書入金榖貸借規則二項）
本條ハ質權者カ期限ニ至リ辨濟ヲ受ケサル場合ニ於テ如何ナル方法ヲ以テ質權ヲ實行スルコトヲ得ルカヲ定メタルモノナリ蓋シ質權者ハ他ノ債權者ノ如ク質物ヲ競賣シテ其代價ノ中ヨリ他ノ債權者ニ先チテ辨濟ヲ受クルヲ原則トスルコトハ已ニ論シタルカ如シ而シテ此場合ニ於ケル競賣ノ方法ハ必ス特別法ヲ以テ稍〻簡便ナルモノヲ定ムヘキヲ信ス而シテ是等ノ事ハ特ニ民法ノ明文ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ要セサルモノナルカ故ニ新民法ニ於テハ之ヲ言ハスシテ唯本條ニ於テ右ノ原則ニ據ラサル例外ノ場合ノミヲ規定セリ而シテ本條ノ定ムル所ニ據レハ質權者ハ正當ノ理由アル場合ニ限リ鑑定人ノ評價ニ從ヒ質物ヲ以テ直チニ辨濟ニ充ツルコトヲ得ルモノトセリ是レ蓋シ一ノ便法ニシテ一方ニ於テハ彼ノ競賣ナルモノハ動モスレハ莫大ノ費用ヲ要シ而モ其價ハ却テ普通ノ市價ニ及ハサルコト多ク又一方ニ於テハ債權者カ其質物ノ所有權ヲ得ント欲スルコトアリ而シテ債務者ハ畢竟何レニシテモ其質物ノ賣却ニ會フヘキカ故ニ其買主ノ質權者タルト他ノ者タルトヲ擇ハサルヘキヲ以テ此便法ヲ設ケタルナリ但之ニ付テハ毫モ債務者及ヒ他ノ債權者ヲ害セサルコトヲ要ス之カ爲メニ本條ニ於テハ四ツノ條件ヲ定メタリ
第一 正當ノ理由 アルコトヲ要ス例ヘハ古物、寳玉等ニシテ之ヲ競賣ニ付スルモ或ハ其競賣ニ加ハル者少ク或ハ不當ナル廉價ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ買ハント欲スル者アラサルコトアリ此場合ニ於テハ寧ロ鑑定人ノ評價ニ從ヒ相當代價ヲ以テ自己ノ辨濟ニ充ツルトキハ啻ニ質權者ノ爲メニ利益アルノミナラス債務者及ヒ他ノ債權者ノ爲メニモ利益ト爲ルコト多シ故ニ是レ正當ノ理由アルモノト謂フヘシ又例ヘハ質權者カ債務者ノ親戚ニシテ質物カ債務者ノ家寳ナル場合ニ於テハ之ヲ競賣ニ付シテ他人ノ手ニ落サンヨリハ寧ロ親戚タル質權者自ラ之ヲ買取ルヲ以テ家寳ヲ重スルノ美志ニ副フモノト謂フヘシ是レ亦正當ノ理由アルモノト謂ハサルコトヲ得ス
第二 裁判所ニ請求スル コトヲ要ス蓋シ正當ノ理由アルヤ否ヤハ一ニ人人ノ認定如何ニ在ルモノニシテ若シ裁判所ノ干涉ヲ容レスシテ本條ノ權利ヲ行フコトヲ得ルモノトセハ果シテ正當ノ理由アルヤ否ヤニ付キ動モスレハ數歲月ヲ經ルノ後爭ヲ生スルノ虞アルノミナラス質權者ハ徃徃正當ノ理由ナキニ本條ノ權利ヲ行フコトアリテ爲メニ債務者及ヒ他ノ債權者ノ權利ヲ害スルコトアルヘク殊ニ鑑定人ノ評價ト云フモ其鑑定人ハ裁判所ニ於テ之ヲ選任スルニ非サレハ其評價必スシモ恰當ナルコトヲ得ス是レ特ニ之ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ要スルモノトシタル所以ナリ
第三 鑑定人ノ評價 ニ從フコトヲ要ス蓋シ物ノ價ハ之ヲ評定スルコト極メテ難キヲ常トスルカ故ニ若シ質權者ヲシテ隨意ニ之ヲ評定セシメンカ不當ノ廉價ヲ以テ質物ヲ得ント欲スルコト多キハ固ヨリ言フヲ俟タス債務者ノ評價ニ從ハンカ必ス不當ノ高價ヲ以テ之ヲ與ヘント欲スルハ亦人情ノ免レサル所ナリ是レ法律上競賣ヲ以テ擔保實行ノ通則トスル所以ニシテ之ニ代フルニハ必ス是ト同一ノ公平ヲ得ヘキ方法ヲ以テスルコトヲ要ス而シテ裁判所ニ於テ選任シタル鑑定人ノ評價ハ槪シテ公平ナルモノト看做ササルコトヲ得ス是レ此條件ヲ必要トシタル所以ナリ
第四 豫メ債務者ニ通知スル コトヲ要ス蓋シ假令裁判所ノ干涉ヲ經且其選任シタル鑑定人ノ評價ニ從ヒテ質物ヲ債權者ニ與フルモ未タ必スシモ充分ノ擔保アリト爲スヘカラス何トナレハ裁判所及ヒ鑑定人ハ徃徃ニシテ質權者ノ甘言ニ欺カルルコトナシトセサレハナリ而シテ債務者ハ其評價ノ高低ニ因リ著大ナル利害ヲ感スヘキハ固ヨリ言フヲ待タス何トナレハ若シ其代價ニシテ餘アランカ其殘餘ハ債務者之ヲ受取ルヘク若シ其代價ニシテ足ラサランカ債務者ハ他ノ財產ヲ以テ其不足ヲ補ハサルヘカラサレハナリ是ニ於テカ立法者ハ質權者カ本條ノ權利ヲ行ハント欲スルトキハ必ス先ツ債務者ニ其意思ヲ通知スルコトヲ要スルモノトセリ而シテ其通知ハ唯漠然タル意思ヲ通知スルヲ以テ足レリトセス必ス某ノ日ニ裁判所ニ請求スヘキ旨ヲ明示スルコトヲ要ス之ニ依リテ債務者ハ其請求ニ立會ヒ自己ノ權利ヲ保全スル爲メ裁判所ニ出頭スルコトヲ得ヘシ是レ則チ此條件ノ必要ナル所以ナリ
第三百五十四條 動產質權者カ其債權ノ辨濟ヲ受ケサルトキハ正當ノ理由アル場合ニ限リ鑑定人ノ評價ニ從ヒ質物ヲ以テ直チニ辨濟ニ充ツルコトヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得此場合ニ於テハ質權者ハ豫メ債務者ニ其請求ヲ通知スルコトヲ要ス（擔一一二、六年八月二三日吿三〇六號動產不動產書入金榖貸借規則二項）
本條ハ質權者カ期限ニ至リ辨濟ヲ受ケサル場合ニ於テ如何ナル方法ヲ以テ質權ヲ實行スルコトヲ得ルカヲ定メタルモノナリ蓋シ質權者ハ質物ヲ競賣シテ其代價ノ中ヨリ他ノ債權者ニ先チテ辨濟ヲ受クルヲ原則トスルコトハ已ニ論シタルカ如シ而シテ此場合ニ於ケル競賣ノ方法ハ競賣法ノ定ムル所ニ依リ强制執行ノ方法ニ由ルコトヲ要セス而シテ是等ノ事ハ特ニ民法ノ明文ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ要セサルモノトシテ新民法ニ於テハ之ヲ言ハス唯本條ニ於テ右ノ原則ニ據ラサル例外ノ場合ノミヲ規定セリ而シテ本條ノ定ムル所ニ據レハ質權者ハ正當ノ理由アル場合ニ限リ鑑定人ノ評價ニ從ヒ質物ヲ以テ直チニ辨濟ニ充ツルコトヲ得ルモノトセリ是レ蓋シ一ノ便法ニシテ一方ニ於テハ彼ノ競賣ナルモノハ動モスレハ過分ノ費用ヲ要シ而モ其價ハ却テ普通ノ市價ニ及ハサルコト多ク又一方ニ於テハ債權者カ其質物ノ所有權ヲ得ント欲スルコトアリ而シテ債務者ハ畢竟何レニシテモ其質物ノ賣却ニ會フヘキカ故ニ其買主ノ質權者タルト他ノ者タルトヲ擇ハサルヘキヲ以テ此便法ヲ設ケタルナリ但之ニ付テハ毫モ債務者及ヒ他ノ債權者ヲ害セサルコトヲ要ス之カ爲メニ本條ニ於テハ四ツノ條件ヲ定メタリ
第一 正當ノ理由 アルコトヲ要ス例ヘハ古物、寳玉等ニシテ之ヲ競賣ニ付スルモ或ハ其競賣ニ加ハル者少ク或ハ不當ナル廉價ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ買ハント欲スル者アラサルコトアリ此場合ニ於テハ寧ロ鑑定人ノ評價ニ從ヒ相當代價ヲ以テ債務ノ辨濟ニ充ツルトキハ啻ニ質權者ノ爲メニ利益アルノミナラス債務者及ヒ他ノ債權者ノ爲メニモ利益ト爲ルコト多シ故ニ是レ正當ノ理由アルモノト謂フヘシ又例ヘハ質權者カ債務者ノ親戚ニシテ質物カ債務者ノ家寳ナル場合ニ於テハ之ヲ競賣ニ付シテ他人ノ手ニ落サンヨリハ寧ロ親戚タル質權者自ラ之ヲ買取ルヲ以テ家寳ヲ重スルノ美志ニ副フモノト謂フヘシ是レ亦正當ノ理由アルモノト謂ハサルコトヲ得ス
第二 裁判所ニ請求スル コトヲ要ス蓋シ正當ノ理由アルヤ否ヤハ一ニ人人ノ認定如何ニ在ルモノニシテ若シ裁判所ノ干涉ヲ容レスシテ本條ノ權利ヲ行フコトヲ得ルモノトセハ果シテ正當ノ理由アルヤ否ヤニ付キ動モスレハ數歲月ヲ經ルノ後爭ヲ生スルノ虞アルノミナラス質權者ハ往往正當ノ理由ナキニ本條ノ權利ヲ行フコトアリテ爲メニ債務者及ヒ他ノ債權者ノ權利ヲ害スルコトアルヘク殊ニ次ニ論スル鑑定人ノ評價ニ付テモ其鑑定人ハ裁判所ニ於テ之ヲ選任スルニ非サレハ其評價必スシモ恰當ナルコトヲ得ス是レ特ニ之ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ要スルモノトシタル所以ナリ
第三 鑑定人ノ評價 ニ從フコトヲ要ス蓋シ物ノ價ハ之ヲ評定スルコト極メテ難キヲ常トスルカ故ニ若シ質權者ヲシテ隨意ニ之ヲ評定セシメンカ不當ノ廉價ヲ以テ質物ヲ得ント欲スルコト多キハ固ヨリ言フヲ俟タス債務者ノ評價ニ從ハンカ必ス不當ノ高價ヲ以テ之ヲ與ヘント欲スルハ亦人情ノ免レサル所ナリ是レ法律上競賣ヲ以テ擔保實行ノ通則トスル所以ニシテ之ニ代フルニハ必ス是ト同一ノ公平ヲ得ヘキ方法ヲ以テスルコトヲ要ス而シテ裁判所ニ於テ選任シタル鑑定人ノ評價ハ槪シテ公平ナルモノト看做ササルコトヲ得ス是レ此條件ヲ必要トシタル所以ナリ
通常ノ事件ニ於テハ裁判所ハ鑑定人ノ意見ヲ採用スルト否トノ自由ヲ有スルモノナリト雖モ本條ノ場合ニ於テハ必ス鑑定人ノ評價ニ從ハサルコトヲ得ス但鑑定人ノ選擇ハ一ニ裁判所ノ權內ニ在リ從テ甲ノ鑑定人ノ評價ヲ不當トスルトキハ更ニ乙ノ鑑定人ヲシテ鑑定ヲ爲サシムルコトヲ得ヘシ（非訟事件手續法一九、一項、八三ノ二、八九參照）
第四 豫メ債務者ニ通知スル コトヲ要ス蓋シ假令裁判所ノ干涉ヲ經且其選任シタル鑑定人ノ評價ニ從ヒテ質物ヲ債權者ニ與フルモ未タ必スシモ充分ノ擔保アリト爲スヘカラス何トナレハ裁判所及ヒ鑑定人ハ往往ニシテ質權者ノ甘言ニ欺カルルコトナシトセサレハナリ而シテ債務者ハ其評價ノ高低ニ因リ著大ナル利害ヲ感スヘキハ固ヨリ言フヲ待タス何トナレハ若シ其代價ニシテ餘アランカ其殘餘ハ債務者之ヲ受取ルヘク若シ其代價ニシテ足ラサランカ債務者ハ他ノ財產ヲ以テ其不足ヲ補ハサルヘカラサレハナリ且債務者ハ將ニ質物ノ所有權ヲ失ハントスルヲ見テ倉皇辨濟ヲ爲スコトモ亦稀ナリトセサルヘシ是ニ於テカ立法者ハ質權者カ本條ノ權利ヲ行ハント欲スルトキハ必ス先ツ債務者ニ其意思ヲ通知スルコトヲ要スルモノトセリ而シテ其通知ハ唯漠然タル意思ヲ通知スルヲ以テ足レリトセス某ノ日ニ裁判所ニ請求スヘキ旨ヲ明示スルコトヲ要ス之ニ依リテ債務者ハ某日マテニ辨濟ノ準備ヲ爲スコトヲ得ヘシ尙ホ非訟事件手續法（八一、二項、八三ノ二、一項）ニ依レハ裁判所ハ債務者ヲ訊問スヘキモノトセリト雖モ萬一之ヲ爲ササルトキハ債務者ハ同法第十三條ニ據リ裁判所ニ出頭シテ傍聽ヲ求メ以テ不當ノ裁判ナキヤ否ヤヲ監視シ又ハ訊問ヲ促スコトヲ得ヘシ是レ其期日ヲ明知スルニ非サレハ能ハサル所ナリ是レ則チ此條件ノ必要ナル所以ナリ
本條ノ規定ハ果シテ之ヲ債權質ニ適用スヘキヤ否ヤ曰ク之ヲ適用スヘシ蓋シ本條ノ規定ハ毫モ債權質ノ性質ト相容レサルモノナキノミナラス動產質ニ付テ之ヲ必要トスル理由ハ債權質ニ付テモ亦存スレハナリ故ニ第三百六十二條第二項ニ於テモ汎ク權利質ニ本節ノ規定ヲ準用セリ