2 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点
【甲案】 「権利を行使することができる時」(民法第166条第1項)という起算点を維持した上で,10年間(同法第167条第1項)という時効期間を5年間に改めるものとする。
【乙案】 「権利を行使することができる時」(民法第166条第1項)という起算点から10年間(同法第167条第1項)という時効期間を維持した上で,「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時(債権者が権利を行使することができる時より前に債権発生の原因及び債務者を知っていたときは,権利を行使することができる時)」という起算点から[3年間/4年間/5年間]という時効期間を新たに設け,いずれかの時効期間が満了した時に消滅時効が完成するものとする。
(注)【甲案】と同様に「権利を行使することができる時」(民法第166条第1項)という起算点を維持するとともに,10年間(同法第167条第1項)という時効期間も維持した上で,事業者間の契約に基づく債権については5年間,消費者契約に基づく事業者の消費者に対する債権については3年間の時効期間を新たに設けるという考え方がある。
(概要)
1職業別の短期消滅時効は,「生産者,卸売商人又は小売商人」の売買代金債権(民法第173条第1号)を始め,契約に基づく債権のかなりの部分に適用されている。このため,職業別の短期消滅時効を廃止して時効期間の単純化・統一化を図った上で(前記1),債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点を単純に維持した場合には,多くの事例において時効期間が長期化することになるという懸念が示されている。そこで,時効期間をできる限り単純化・統一化しつつ,時効期間の大幅な長期化への懸念に対応するための方策が検討課題となる。
2本文の甲案は,「権利を行使することができる時」(民法第166条第1項)という消滅時効の起算点については現状を維持した上で,10年間(同法第167条第1項)という原則的な時効期間を単純に短期化し,商事消滅時効(商法第522条)を参照して5年間にするという考え方である。これは,現行制度の変更を最小限にとどめつつ時効期間の単純化・統一化を図るものであるが,他方で,事務管理・不当利得に基づく債権や,契約に基づく債権であっても安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権のように, 契約に基づく一般的な債権とは異なる考慮を要すると考えられるものについて,その時効期間が10年間から5年間に短縮されるという問題点が指摘されている。
このような問題に対しては,原則的な時効期間の定め方とは別に,生命又は身体に生じた損害に係る損害賠償請求権の消滅時効について特則を設けることによって(後記5),一定の解決を図ることが考えられるが,それとは別に,「権利を行使することができる時」という起算点のみならず,10年間という原則的な時効期間についても現状を維持した上で,事業者間の契約に基づく債権については5年間,消費者契約に基づく事業者の消費者に対する債権については3年間の時効期間を新たに設けることによって解決を図るという考え方が示されており,これを(注)で取り上げている。
3本文の乙案は,「権利を行使することができる時」から10年間という現行法の時効期間と起算点の枠組みを維持した上で,これに加えて「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時(債権者が権利を行使することができる時より前に債権発生の原因及び債務者を知っていたときは,権利を行使することができる時)」から[3年間/4年間/5年間]という短期の時効期間を新たに設け,いずれかの時効期間が満了した時に消滅時効が完成するとする考え方である。契約に基づく一般的な債権については,その発生時に債権者が債権発生の原因及び債務者を認識しているのが通常であるから,その時点から[3年間/4年間/5年間]という時効期間が適用されることになり,時効期間の大幅な長期化が回避されることが想定されている。もっとも,契約に基づく一般的な債権であっても,履行期の定めがあるなどの事情のために,債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時にはまだ権利を行使することができない場合があるので,この[3年間
/4年間/5年間]という短期の時効期間については,権利を行使することができる時から起算されることが括弧書きで示されている。他方,事務管理・不当利得に基づく一定の債権などには,債権者が債権発生の原因及び債務者を認識することが困難なものもあり得ることから,現状と同様に10年の時効期間が適用される場合も少なくないと考えられる。このような長短2種類の時効期間を組み合わせるという取扱いは,不法行為による損害賠償請求権の期間の制限(民法第724条)と同様のものである。
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権のように,不法行為構成を採用した場合の時効期間が短いために,債務不履行構成を採用することに意義があるとされているものについては,原則的な時効期間の定め方とは別に,生命又は身体に生じた損害に係る損害賠償請求権の消滅時効について特則を設けることによって(後記5),現在よりも時効期間が短くなるという事態の回避を図ることが考えられる。