明治民法(明治29・31年)

法典調査会 第198回 議事速記録

参考原資料

第百九十八回法典調査會議事速記録
出席員
淸浦奎吾君
土方寧君
田部芳君
穗積八束君
横田國臣君
都筑馨六君
奧田義人君
穗積陳重君
中村元嘉君
富井政章君
梅謙次郎君
長谷川喬君
南部甕男君
磯部四郎君
三浦安君
西源四郎君
岡野敬次郎君
議長(淸浦奎吾君)
ソレデハ會議ヲ初メマス此法典ノ施行延期法案デスガ是ハ御配付申上ゲテカラマダ格別時ガナイカモ知レマセヌガ少シ研究ヲ要スルモノデアリマスカラ民法ノ會議ノ前ニ此方ノ議事ヲ開キタイト思ヒマス
(書記朗讀)
第一條 明治二十三年法律第三十二號商法總則、第一編第一章第三章第五章第七章乃至十一章及ヒ第二編同年法律第九十七號法例同年法律第九十八號民法財產取得編人事編及ヒ其施行ニ必要ナル法律ハ明治  年  月  日マテ之ヲ施行セス
第二條 明治二十三年法律第三十二條商法第一編第二章及ヒ第四章ハ自今商事會社ニノミ之ヲ適用ス
第三條 明治二十三年法律第九十四號財產委棄法ハ之ヲ廢止ス勅令第  號
明治二十三年勅令第二百十七號辨濟提供規則ハ民法中之ニ關聯スル條項ノ施行延期中ハ之ヲ施行セス
梅謙次郎君
此案ハ私ガ出シタト云フ譯デモアリマセヌガ私ニ說明ヲシロト云フコトデアリマス文章ガ私ガ書イテ見タノデアリマスカラ一應說明ヲ致シマス是ハ皆さんモ御承知ノ通リ民法商法法例等ハ明治二十三年ニ出マシテ一旦ハ翌年若クハ二十六年カラ實施ニナル譯デアリマシタガトウ々々延期法律ガ出マシテ竟ニ今日ニ至ツタノデアリマス最後ノ延期法律ニ依リマスト民法商法法例等皆明治二十九年十二月三十一日迄施行ヲ延期スルト云フコトニナツテ居リマスカラ今年一杯デ其延期ノ期限ガ切レマス若シ此儘ニナツテ居リマスト來年ノ一月一日カラ二十三年ニ發布ニナツタ法律ガ實施ニナリマス併シ是ハ修正ヲ要スル爲メニ延期ニナツタノデ其修正ハ今此處デ議シテ居リマス尤モ今年ノ春出マシタ民法ノ彼ノ三編丈ケニ付キマシテハ元ノ法典ハ廢止サレテ居リマスカラアレニ付テハ心配ハアリマセヌガ他ノ部分ニ付キマシテハ何トカシマセヌト餘程變ナモノニナラウト云フノデ本年ノ内ニ此法案ガ議會ヘ出マセヌト實際大變困ルト云フ所カラ立案セラレタ所ノ本案デアリマス此書キ方ニ付テハ色々我々モ協議ヲ致シマシタガ他ニ色々書キ樣ハアリマセウケレドモ先ヅ明文ニ書イタ方ガ穩カデアラウト云フコトニトウ々々決シマシタ卽チ商法ノ内デ旣ニ施行ニナツテ居リマス部分ハ之ヲ除カナケレバナリマセヌソレカラ法例ハ全部、民法デモ此春出マシタ部分ト丁度同ジ部分ニ當リマス卽チ財產編財產取得編ノ一部分ソレカラ擔保編證據編抔ハ是ハ皆廢セラレタ樣ナ結果デ跡ノ部分ヲ此ニ掲ゲマシタ其外之ニ附屬シタ法律ガアリマスノデ其附屬シタ法律ヲ一々掲ゲマセズシテ只其施行ニ必要ナル法律斯ウ云フ風ニ書イテ仕舞ウタノデアリマス其中ニ這入リマスノハ例ヘバ商法施行條例トカ非訟事件手續法ト云フ樣ナモノデアリマス尤モ是等ノ中ニハ一部分ハ民法ト牽聯シテ居ラヌカラト云フノデ今日デモ尙ホ實施スルコトヲ得ルト云フノデ實際實施ニナツテ居ルカノ樣デアリマスガ法律ノ精神カラ申シタラ民法ノ施行ノ爲メニ設ケラレタモノカモ知レマセヌ其解釋ガ正シイトスレバ矢張リ民法ノ中ニ這入リマスガ若シ從來ノ解釋ガ正シイトスレバ此中ニ自然這入ラヌコトニナルカモ知レマセヌ其邊ノコトハ能ク御考ヘヲ願ヒマス尙ホ附加ヘテ申シマスコトハ今日旣ニ法律トナツテ居リマス修正民法ノ部分ト牽聯シタ法律ハマダ外ニアリマスソレハ增價競賣法トカ裁判上代位法ト云フモノガアリマスガ是等ノモノハ皆民法財產編第何條トカ擔保編第何條ト引イテアリマスカラ其方ガ行ハレマセヌト到底行フコトハ出來ヌモノデアリマスカラ或ハ明文ヲ以テ延期セラレタ方ガ穩當デアツタカ知レマセヌガ此前モ是等ハ打捨テアリマス今ソレヲ此ニ掲ゲマスト云フコトハ無論出來ヌコトデハアリマセヌガ少シク體裁上面白クナイノデ是ハ除イテアリマス尙ホ第二條ハ皆さん御承知ノ通商業登記簿及ビ商業帳簿ニ關スル規定ハ從來商事會社丈ケニ適用ニナツテ居リマスソレハ商法全部ガ改マリマス迄ハ商事會社ニ當嵌ラヌノデアツテ登記ニ關スルノハ外ノ條ニ一般ニ關スルモノデアリマスカラソレデ商事會社ノミ適用スルト云フコトニナツタノデアリマスソレカラ第三條ノ財產委棄法ハ此法律ノ適用サレルベキ場合ヲ見テ居リマセヌ是ハ廢シテ宜イト思ヒマスソレカラ辨濟提供規則ハ民法ト牽聯シテ居リマスノデ是ハ民法ガ實施ニナリマセヌト出來マセヌカラ施行ヲ延期サセテ宜カラウト思フ
岡野敬次郎君
私ハ只此案ノ第二條ノ「自今」ト云フ文字ト並ニ此條ノ精神ニ付テ少シ疑ガアルノデアリマス詰リ此第二條ト云フモノハ明治二十六年ノ法律第九號ト牴觸シナイト云フ樣ニシタイト云フ精神デアルガ斯ウ云フ風ニシタラ如何々デアリマセウカ商法總則第一編第一章第三章第五章云々是ハ一般ニ施行セヌノデアルト云フコトヲ第一條ニ明カニシテサウシテ其終リニケレドモ商法ノ第一編ノ第二章及ビ第四章ハ今迄ノ通リ之ヲ商事會社ニ適用スルト云フコトニシタラ二十六年ノ法律第九號第三章ト誠ニ折合ガ能ク往キハセヌカト云フ考ヘガアリマス二十六年法律第九號第三章ト本案ノ第二條ト少シ變ナ樣ナ工合ニ考ヘラレマス今ノ樣ナ趣意デハイカヌノデアリマスカ
梅謙次郎君
ソレハ私ノ考ヘデハ全ク同ジ意味ニナラウト思ヒマス自分デモサウ書イテ見タ私ハサウナツテモ宜カラウト思フ無論只今岡野さんノ仰ツシヤル樣ニシテモ差支ナイト思フソレデ自今ト言ハバ今ハ外ノ場合ニモ適用シテ居ルガ其法律ガマダ贊施サレナイト云フノデ自今商事會社ニノミ適用スト言ヘバ自今ハ外ノ條文ニハ廢スト云フコトニナル
奧田義人君
此明治二十六年ノ法律第九號ト云フ者ハ固ヨリ活キテ居ルデアリマセウネ活キテ居ルト云フコトニナルト第二條ト云フ者ハ要ラナイデハアリマセヌカ一向何ノ爲メニ此第二條ヲ必要デアルト云フノカ分ラヌノデアリマスガ其必要ナル理由ヲ說明ヲ願ヒタイ
梅謙次郎君
或ハ奧田君ノ言バレル通リカモ知レマセヌ只是ガ商法第一編第二章第四章ト云フ者ハイツ迄モ先ヅ新タナ法律ガ出ル迄ハ商事會社ニ付テノミ之ヲ施行スルノデアルト云フ意味ニ讀メルナラバ奧田君ノ通リデアル併シ此法律ノ出タ時ノ精神カラ考ヘテ見レバ一體商法全部ト云フモノハ明治二十五年ノ法律デ明治二十九年ノ十二月三十一日迄施行ヲ延ベテアルト云フモノデアリマスカラソレデ此第三章ガアツテモ矢張リ二十九年ノ十二月三十一日以後ハ外ノモノニ付テモ適用サレルト云フ解釋ノ恐レガアル此法律ガ丸デナイトスルト奧田君ト雖モ商法ガ來年一月一日カラ贊施サレルト言ヘバ第一編第二章第四章モ一般ニ適用サレルト云フコトニナルト云フコトヲお認メニナルダラウト思フサウスレバ此第三章ノ意味ガ二十五年ノ法律ノ範圍ニ於テ定マルモノデアラウト思フテソレデ第二條ヲ置イタノデアリマス
穗積八束君
此第一條ノ年月日ト書イテアリマスノハイヅレ跡カラ這入ルノデアリマセウガ是レハドウ書クノデアリマスカ
梅謙次郎君
ソレハ色々政治上ノ理由モアリマセウシソレカラ又我々ノ方ノ仕事ノ順序ハ此處デ極メルコトハ出來マセウガ我々ノ手ヲ離レテ後ノ所ハ我々ニハ分ラヌ此處デハ日ヲ定メズニ置ク方ガ穩當デアラウソレハ内閣ノ方デ御入レニナルベキモノト思ヒマスカラ其邊ハ尙ホ議長ニ御伺ヒヲ願ヒマス
穗積八束君
法律ナリ勅令ヲ以テ命ズル迄ハ施行ヲシナイト云フソコガドツチニシタガ宜イカト云フ疑ガアル
梅謙次郎君
ソレナラバ御答ハ出來マス私共ノ考ヘデハ何年何月迄之ヲ施行セズト書イテ置ク方ガ宜イアノ法律ハ丸デ止メテ仕舞ツテ新タニ法律ヲ作ルノデアルソレガ出來ル迄ハ法典ハナシニスルト云フナラバ日ヲ限ツテ書クノハ惡ルイガアノ法律ハ活キテ居ルノデアル只イツ迄施行シナイト云フノデアル其施行シナイ間ニ修正ヲ行フノデアルト云フコトガ明治二十五年此方ノ延期法ノ精神デアリマスカラ矢張リ今度モ相當ノ時日ヲ定メテ御書キニナツタ方ガ宜カラウト考ヘテ居ル
奧田義人君
御說明ノ趣意ハ分リマシタガソレニシテモ法律第九號ガ其儘殘ツテ居ツテハ今度ノ第二條ト重複シタモノガ出來ハシマセヌカ此延期案ガアルガ爲メニ法律第九號ハ全ク消滅シテ仕舞ウノデハナイノデアリマセウカ
梅謙次郎君
消滅シナイ證據ハ會社ニ關シ手形ニ關スルコトハ其儘行バレル若シ奧田君ノ御解釋ノ樣ニ法律第九號ヲ解釋スルト第一編第二章及ビ第四章ハ實施ニナラヌト云フコトニナルサウ云フ趣意デナカツタノデアリマス
長谷川喬君
自今ト云フコトニ付テノ御說明ニ依ルト斯ウ云フコトノ樣デアル第一編ノ第二章及ビ第四章ト云フモノハモウ廢シテ仕舞ツテサウシテ單ニ商事會社ニ付テノミ適用スル法律トスル斯ウ云フコトノ樣デアル廣ク廢シテ仕舞ツタナラバ前ノヲ廢シテ今度拵ヘテモ宜イコトデアル前ノハ施行ヲ延期シテ今度ノハ廢スルト云フ樣ニ主義ヲ變ヘテ拵ヘル必要ガアルカ法律第九條ガアルカラ不用デハナイカ自今ト云フケレドモモウ旣ニ行ハレテ居ルカラ其儘行ハレサヘスレバワザ々々斯ウ云フモノヲ置カナイデモ宜イカラ私ノ解釋スル所デハ自今ト云フテハ意味ヲ爲サヌト思フ更ニ之ヲ廢シテ仕舞ウ商事會社ニ付テイミスルト言ヘバ尙ホ一ハ延期スル一ハ廢止スルト云フ如キ六ケシイ主義ガ行バレルノデアリマスカ
梅謙次郎君
御尤ノ御問デアリマス其事ハ悉ク心附イタコトデアリマスガ實ハ打明ケテ申シマスト商法全部ヲ延期スルト云フノデナク廢スルト云フコトニナルト彼ノ二十五年ニ非常ニ八ケ間敷カツタ貴族院ヲ通過シタ精神ヲ崩スコトニナルソレヲ今崩ス必要ハナカラウト思フソコデ第二章第四章ヲ廢シタ所デ其主義ガ崩レルト云フ恐レハナイ其案ガコチラニ出來テ居ルカラ必要ガアレバ實施シテモ宜イヤウデアリマスガ若シ甘イ書キ方ガアレバ是モ延期ノ方ニ書イテモ宜イ
奧田義人君
御趣意ハ能ク分ツテ居リマスガ誠ニ此原案ニ依リマスト色々ノ解釋ガ起ツテ迷ヒ易イ樣デアリマス商法ハ商法ノ延期丈ケニシテ明治年月日マデ之ヲ施行セズ但トシテ第二條ノ文章ヲ入レタラ差支ナイト思フ一條ヅツニスルカラ斯ウ云フ迷ヒヲ生ズルコトガ起ツテ來ハシナイカサウ云フコトニシタラ便利デハアリマセヌカ
梅謙次郎君
ソレハ不都合ハアリマセヌガドウセ一緒ニ出スモノデ元一緒ニ延期サレタ法律デアリマスカラ一緒ニ延期シタ方ガ簡單デ宜カラウト思フソコデ此第二條ハ若シ奧田君長谷川君ノ御解釋ガ正シイモノトシテ文字ノ上デサウ讀メルト云フナラ第二條ハ要ラヌカト思フサウスレバ奧田君ノ言バレル種々ノ疑ガ消エテ仕舞ウダラウト思フ
穗積八束君
私ハ理窟ヲ言フノデハナイガ何ンダカ何月何日マデ施行セズトハツキリ極メテ置クヨリハ別ニ勅令ヲ以テ之ヲ施行スルマデハ規定シナイト云フコトニシテ期限ヲ御定メニナラヌ方ガ便宜デハナイカト云フ意見ガアリマス
長谷川喬君
當分ノ内之ヲ施行セズガ宜カラウ
三浦安君
ソレガ宜イ
梅謙次郎君
私ハ當分ノ内デハ反對デス一體私ガ申ス迄モナク法律ノ實施延期ノ問題ハヤカマシイ問題デ中ニハ非法典論ガアツテソコデ二十五年ノ第八號ノ法律ト云フモノハ皆さん御承知ノ通リアア極ツタノデアル今必要モナイノニアノ法律ノ精神ヲ變更スルニモ及バヌ大凡ソ見積ツテ是丈ケノ年數間ダケハ施行セヌト云フノデアア云フコトニナツテ居ルト思フ今度モ同ジ精神デ年數ノ餘リ短カイコトハ望ミマセヌガ相當ノ年數ナラバ年數ヲ限ツタガ宜イト思フ
穗積陳重君
私モ當分ノ内ト云フコトニハ反對デアリマスカラ其理由ヲ一言申シマス只今梅君ノ述ベラレマシタ理由モサウデアリマスガ法典ヲ實施スルト云フコトニ付テハ種々ノ政治上ノ關係等モアリマシテ餘程是迄急ギ來ツタノデアリマス決シテ修正ニ十分ノ時間ヲ與ヘラレタノデナイ無理ナ時間ヲ以テ甚ダ我々遺憾デハアルガ仕方ナク此時間中ニ往ケル丈ケノ時ヲ用ヰテミンナガ此修正ノコトニ從事シテ居ル譯デアリマス元外交上ノ關係其他ノ關係ヨリシテ是非共短カイ時間ニ修正セラレタ法典ヲ實施スルト云フコトノ一ツノ根本ノ政略ト云フモノガ極ツテ居ル學者ノ望ミトカ十分ニ調査スル時間ト云フモノハ割愛シテ是迄ヤツテ來タノデアル十分修正ノ時間ヲ新タニ跡ノ部分ニ付テヤルト云フ樣ナコトデアルナラバソレハ成ル可ク緩トリノアルヤウニ當分ノ内ニスルト云フナラバ誠ニ望マシイノデアリマスガ旣ニ是迄ヤリ來ツタ方針ガ或ル時間ヲ切ツテ猥リナ仕事ヲシテ居ルト云フコトデアリマスカラ其根本ハ條約實施ト云フ樣ナコトガ本ニナツテ居ルト思フサウスレバ條約ノ實施期限ト云フ樣ナコトガ旣ニ定マツテ居リマスカラソレ迄ニハ十分ニ修正シテ往ケル丈ケニ力ヲ盡シテ居ル又ソレ迄ニ此新タナ案ト云フ者ガ兎ニ角議會ニ出テ議會ノ協贊ヲ求メルト云フコトハ政府ノ方ニハ必ズ覺悟ガアルダラウト思フサウスレバ此ニ大概是位ナラバ十分イケルダラウト云フ見込ヲ立テ置イテ謂ハバ背水ノ陣ヲ張ツテ今迄ノ無理ナ仕事ヲ續ケテ往クヨリ仕方ガナイソレデ日ハイツト限ルコトハ政略問題ニ關係スルコトデアリマスカラ出來マセヌガ日ヲ極メルト云フコトハ必要ト思ヒマス
議長(淸浦奎吾君)
サウスルト第二條ノ方ハ但書ニシタガ宜ウゴザイマスカ
梅謙次郎君
ソレデモ宜シイ
議長(淸浦奎吾君)
ソレカラ今ノコトハ大概御趣意モ分ツタヤウデアリマスカラ内閣デ極メルト云フコトニシマセウ他ニ御論ハアリマセヌカ御論ガナケレバ三條ニ往キマセウ
土方寧君
第三條ハ別ニシタラドウカ
奧田義人君
私モ其方ガ宜イト思フ
議長(淸浦奎吾君)
御論ガナケレバ可決シテ次ニ移リマス
奧田義人君
此勅令案デアリマスガ民法中之ニ關聯スル條項ノ施行延期中ハトアリマスガ現在發布ニナリマシタ物權編債權編ハ施行延期ト云フ中ニハ嚴格ニ言ヘバ這入ツテ居ルモノデナイカライツソ是ハ「民法ノ施行ナキ間ハ」ト言ツタ方ガ穩カデハナイカト思ヒマスガドンナモノデセウカ
梅謙次郎君
成程ソレガ宜カラウ
議長(淸浦奎吾君)
ソレデ御論ガナケレバサウヤツテ置キマセウ
議長(淸浦奎吾君)
ソレデハ民法ノ議事ヲ初メマス
(書記朗讀)
第千百二十二條 遺言執行者ハ已ムコトヲ得サル事由アルニ非サレハ第三者ヲシテ其任務ヲ行ハシムルコトヲ得ス但遺言者カ其遺言ニ反對ノ意思ヲ表示シタルトキハ此限ニ在ラス
 遺言執行者カ前項ノ規定ニ依リ第三者ヲシテ其任務ヲ行ハシムル場合ニ於テハ相續人ニ對シテ第百五條ニ定メタル責任ヲ負フ
(參照)取三九八、二項、葡一九〇六、西九〇九、獨一草一九〇八、一項、同二草二〇八七、一項
富井政章君
前條ニ於キマシテ僅カ一人ノ多數デアリマシタケレドモ遺言執行者ハ相續人ノ代理人ト看做スト云フコトニ極リマシタサウ致シマスト此代理人ト云フ者ハ無論法定代理人デアリマス法定代理人デアル以上ハ復代理人ヲ選任スルコトニ付テハ第百六條ノ規定ガ當嵌ル譯デアル然ルニ第百六條ノ規定ト云フ者ハ委任ニ因ル代理人ガ復代理人ヲ選任スルヨリモ其選任ニ付テノ權限ハ少シ廣クナツテ居リマス且ツ其責任モ聊カ輕クナツテ居リマス格別重大ノコトデモアリマセヌケレドモソレハ矢張リサウ云フ風ニセズシテ寧ロ第千四十四條ノ精神ニ本ヅイテ通常ノ遺言ニ因ル代理人ノ如ク扱ツタ方ガ至當デアラウ通常ハ遺言者ガ遺言執行者ヲ指定スルノデアリマスカラ遺言ニ因ル代理人ト其點ニ於テハ殆ド違ヒハナイノデアリマス矢張リ復代理人ノ選任並ニ其責任ニ付テモ委任ニ因ル代理人ニ關スル規定ノ方ヲ適用シタガ宜カラウト思フテ斯ウ云フ規定ヲ置イタノデアリマス若シ前條ニ於テ遺言執行者ハ相續人ノ代理人ト看做スト云フコトニナツテ法定代理人ト言ハネバナラヌ以上ハ若シ本條ノ通リニスルコトナラバ規定ガ要ルサウデナイト百四條百六條ガ適用サレルコトニナルドツチニシタ所ガ大キナ違ヒハアリマセヌケレドモ理窟カラ言フテ此第二項ノ規定ヲ置イタノデアリマス此通リニナツテ居リマスノハ確カ獨逸民法草案デアリマス其他葡萄牙民法並ニ西班牙民法ニハ單ニ遺言執行者ハ第三者ヲシテ其任務ヲ行ハシムルコトヲ得ズトアル丈ケデ只ソレダケノコトデアリマス
磯部四郎君
一寸伺ヒマスガ此第二項ノ「相續人ニ對シテ第百五條ニ定メタル責任ヲ負フ」ト云フノハ「前項ノ規定」トアリマスカラ但書モ共ニ籠メテノ責任デアリマセウカ但書以下ハ別ノコトデアリマセウカ伺ヒタイソレカラ今一ツハ實質上ノ問題デアリマスガ遺言執行者ガ前回御定メニナリマシタ總テノ財產ヲ占領シテサウシテ執行ノ下ニ立テ居ル殆ド相續人ハ財產ヲ相續シテ居ラヌ其間ニ遺言執行者ガ破產シタトキハ相續人ハ受遺者ニ掛ツテ往カナケレバナラヌト私ハ見テ居リマスガ前條ニ遺言執行者ハ之ヲ相續人ノ代理人ト看做ストアル結果カラ來テ遺言執行者ガ責任ヲ受クルノハ迷惑ナコトデハナイカト云フ考ヘガアリマス
富井政章君
第一ノ御質問ハ廣イ方デアリマス第一項ノ但書モ含ムノデアリマスソレカラ第二項ノ御質問ノ點ハ代理人トシテハ其相續人ニ對シテ職務濫用ノ責ニ任ズル代理人トシテ義務ヲ破ツタトキハ相續人ニ對シテ其責ニ任ズル併シ特定物ヲ目的トスル遺贈デアレバ其所有權ハ相續開始ノ時ニ直チニ受遺者ニ移リマスカラ卽チ受遺者ノ所有物デ占有シテ居ルニハ違ヒナイソレヲ無暗ニ壞ハストカ何ントカ元他人ノ所有物ヲ濫用シタト云フコトカラ受遺者ニ對シテ損害賠償ノ責任ハアルガ代理人トシテノ義務ハドコ迄モ相續人ニ對シテ負フノデアル卽チ管理ノ仕方ガ惡ルイト云フヤウナコトガヽヽヽヽヽヽ
磯部四郎君
一寸ソコガ了解シ兼ネマスノデアリマス成程特定物ノ所有權ハ直チニ受遺者ニ移ツテ居ルト云フコトハ相續開始ノ時カラ受遺者ニ移ツテ居ルノデアリマセウ併シ之ヲ破棄スルトカ毀損スルトカ云フ責任ハソレヲ包含シテ居ル者ノ責任デアラウト思フ法律上當然包含シテ居ル人ハ先ヅ相續人デ其代理者タル資格ヲ以テ遺言執行者ガ包含シテ居ルト云フコトニナルノデアリマスサウ致シマスト相續人ニ對シテ自分ガ責任ヲ負フ代リニ相續人ガ又受遺者ヘ對シテソレダケノ責任ヲ負フテ往カナケレバナラヌ代理ノ普通ノ規則カラ言ツテモサウ云フ趣意ニナラウト思フ若シ只今富井君カラ御說明ノ如ク特定物ノ所有權ガ詰リ受遺者ノ方ニ移ツテ居ルトスルト包括名義ニ致シマシテモ矢張リ三分ノ一丈ケト云フ者ノ權利ハ移ツテ居ルカラソレヲ濫用スルトカ毀損スルトカスレバ矢張リ受遺者ノ方カラ遺言執行者ニ掛ツテ代理ガアルト云フコトニ歸着シマセヌカサウスルト相續人ニ對スルト云フコトト歸着スル所ガ違ヒハシナイカト云フ考ヘガ起リマシタ若シ其點ヲ見テ居ルナラバ特ニソレダケノコトヲ明カニ法律ニ規定シテナイト此理窟デ言ヘバ相續人ハ包括名義デ占領ヲ奪ハレ十分ノ監督モ行ヘヌデ執行者ガ過失ノアツタトキハ相續人ガ受遺者ニ對シテ其責ニ任ズルト云フ地位ニ立ツノハ實質上迷惑ナコトデハナイカト思ヒマス只此法文ニハ「相續人ニ對シテ」トアルカラ實質上如何々デアラウカト云フ考ヘカラ質問シタノデアリマス
富井政章君
實質ガ惡ルケレバ無論變ヘナクテハイケマセヌガ解釋ハ只今申シタ通リ代理人トシテ義務ヲ破ツタ卽チ管理ノ仕方ガ惡ルイト云フトキハ相續人ニ對シテデアルケレドモ他ノ資格ヲ以テ受遺者ニ責任ガナイト云フコトニハナラヌト思フ卽チ法律ノ目的タル特定物ヲ壞ハシタト云フノハ矢張リ他人ノ所有物ヲ打壞ハシタト云フ方カラ不法行爲ノ責任ガアルソレハ他ノ場合ト少シモ違ハヌ、規定ヲ要セヌ、代理人トシテノ義務ト云フモノガアル其義務ヲ怠ツタト云フ責任ハ受遺者ニ對シテハ負ハヌ相續人ニ對シテ負フト云フコトデアル
梅謙次郎君
私ハ考ヘガ少シ違フ磯部君ノ御論ハイツモ代理ト委任ヲ混ジタ御論ト思フ代理人ガ他ノ原因デ以テ過失ガアルカ何カシテソレガ爲メニ責任ヲ負フト云フコトハアリマスガ只代理人デアルカラ本人ニ對シテ責ヲ負フト云フコトハナイソレデ今御引例ニナツタ所ノ特定デモ包括デモ同ジデアリマスガ受遺者ノ所有トナツタ財產ヲ遺言執行者ガ過失ヲ以テ壞ハシタト云フ場合ニハ其行爲ト云フモノガ相續人ニ損害ヲ加ヘナイ以上ハ相續人ニ對シテ義務ガナイ此場合ニ於テハ遺言執行者ト云フ者ハ自ラ求メタ代理人デナイ法律ガ押附ケタ代理人デアル其者ガ過失ガアレバ相續人ニ對シテ責ヲ負フト云フコトハナイ只相續人ニ對シテ損害ヲ加ヘタ時ニ責ヲ負フソレハ卽チ委任ノ場合ニ於ケルト同ジ責任デアル
土方寧君
梅君ノ御趣意ハ宜イガ法文ハサウハ讀メヌ若シ遺言執行者ノ所爲ニ付テ相續人ガ責任ガアルト云フト相續人ニ迷惑ガアル利害關係人ガアツテ慮ツタノデアリマセウカラソレヲ見テナクテハナラヌト云フコトニナツテ相續人ニ責任ガアルト云フコトハ大變困ツタコトト思フサウカト言ツテ遺言執行者ノ責任ト云フ者ハ相續人ニ對スルモノデアルト云フ樣ニ法文ニ書イテアル受遺者ハ非常ニ迷惑ナ話デ實ハ事柄ヲ言ヘバ相續人ヲ置イテ別ニ遺言執行者ヲ設ケタナラバ遺言執行者ノ爲スベキ事柄ハ受遺者ト執行者トノ關係デアツテ若シ相續人ニ害ヲ加ヘタナラバ過失トカ故意ニ依テ加ヘタナラバ法文ヲ置カナクテモ不法行爲ノ原則ニ依テ無論責任ヲ負ハナケレバナラヌト思フ此文章デハ梅君ノ樣ナ趣意ニハ讀メ兼ネルト思フ
富井政章君
私モ實際ハサウナル方ガ宜イト思フサウスルト此前條ノ書キ方ニモモウ少シ文字ヲ加ヘタ方ガ善カツタノカ知ラヌ如何ニモ是レデハ廣ク書イテアルソレデ前回ニモ一寸申シタ通リ何ンダカ私ハ不安心ニ思フテ初メハ遺言執行者ハ其任務ノ性質ガ許ス限リハ之ヲ相續人ノ代理人ト看做スト云フ樣ニ書イテ見マシタガ併シソンナラバ形ニ現ハシテ何處ガ境ニナルト云フコトヲ言ヘト言ハレテハ餘程考ヘテ見マストハツキリ言ヘヌソレカラ文章モ惡ルイノデ實ハ見合セタノデアリマスガ何カモウ少シ其意味ヲ文字ニ現ハシタ方ガ善クハナイカト思フ
梅謙次郎君
是ハ前條トハ丸デ關係ガナイコトト思フ矢張リ富井君モ代理ト混ジテ居ルト思フ代理デアツタ所ガ本人ニ對シテ責ガナイ不當利得トカ何ントカサウ云フ原因デ責任ヲ負フガ代理デイツモ本人ニ對シテ責ガアルト云フコトハ出テ來ナイ若シ變更スルナラバ第千百十九條ノ第二項ノ方デアラウト思フ遺言執行者ガ相續人ニ害ヲ及ボスベキ場合ハ是デ至極宜イガ只併シ相續人ニハ害ヲ及ボサズシテ受遺者ニ害ヲ及ボス場合其場合ニハ規定ガナイカラ富井君ノ初メニ答ヘラレタ通リ不法行爲若クハ不當利得ノ一般ノ規則ニ依テ支配サレルノデアル卽チ遺言執行者ガ自分ノ過失デ受遺者ノ物ヲ毀ハシタナラバ責任ヲ負ヒマスガ若シ遺言執行者ト受遺者ト同一ニ責任ヲ負ハスナラバ千百十九條ノ二項ノ方ヲ直ス必要ガアルカト思フ
奧田義人君
私モ矢張リ疑ガアル起草者ノ間ニモ何ンデアリマスガ成程此場合ハ土方君モ言ハレマス通リ代理者ト云フ者ハ本人ニハ迷惑ヲ掛ケナイガ宜イ此場合、ソレハ私モサウ思フケレドモ梅君ノ樣ニサラツト言ツテハ代理ト云フ者ハドウ云フ者ヲ代理スルノカ只相續人ガスルノデアルケレドモ己レガヤルト云フノデソレナラバ代理人デナクテ宜イ只遺言執行者ト看做サナクテモ宜イヤウデアリマス何モ關係ハナイ自分ガ其遺言執行者ト云フ者ガ何モセヌノデアルト代理人ニ爲スニモ及バナイソレデ私ハ前ノ方ハ能ク知リマセヌガドレ迄ノモノヲ代理スルノカ能ク問題ヲ明カニシタイ
梅謙次郎君
ソレハ御尤デアリマスガ併シ矢張リ代理ト委任トヲ混ジテ居ル代理人ダカラ責任ガナイ本人ダカラ責任ガアルト云フコトデナイソレハ成程代理人ガ本人ニ代ツテ或ル法律行爲ヲ爲シタナラバ其結果ハ本人ニ及ブコトハアルガ其代理人ガ或ル不法行爲ヲ爲シタ卽チ自分ノ過失デ人ノ物ヲ毀ハシタト云フ樣ナ場合ニ付テハ代理ノ關係デハ說ケナイソレハ代理ノ起ツテ參ツタ原因ニ依テ說カナケレバナラヌソレハ委任契約デアレバ委任ノ規定ニ依ル委任ノナイ規定ナラバ他ノ法律ニ依ル特別ノ規定ガナケレバ不當利得ノ規定ニ依ルト云フコトニナル代理人デアルカラ必ズ本人タル相續人ニ對シテデナケレバナラヌトカ相續人ガ本人デアルカラ其者ガ第三者タル受遺者ニ對シテ負ハナケレバナラヌト云フコトハ出テ來ナイ此千百二十一條デ「遺言執行者ハ之ヲ相續人ノ代理人ト看做ス」ト云フコトニナツタノハ前回ニ非常ノ議論ガアリマシタガ若シ是レガナイト代理ノ規定ヲ此ニ當嵌メルコトガ出來ヌ總則ノ代理ノ規定ガ之ニ當嵌ラヌト困ルコトガアルノデ西洋ニ於テハ此事ニ付テ議論ガアツタ其事ハ富井君カラ說明サレマシタガ日本デモ極メテ置カヌト疑ガ起ルカラソレデ特ニ定メタ方ガ宜イト云フノデアル
土方寧君
只今斯ウ云フコトヲ設ケタ趣意ハ粗々分リマシタガ私ハソレニシテモ何ントカ代理ノ規則ヲ準用スルコトニシマシテモ相續人ノ代理ト見ルコトハ善クナイ自分デハ感服ハ出來ナイ
議長(淸浦奎吾君)
別ニ御修正案ガ出マセヌケレバ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第千百二十三條 遺言執行者數人アルトキハ其任務ノ執行ハ過半數ヲ以テ之ヲ決ス但遺言者カ其遺言ニ別段ノ意思ヲ表示シタルトキハ此限ニ在ラス
 各遺言執行者ハ前項ノ規定ニ拘ハラス保存行爲ヲ爲スコトヲ得
(參照)取三九八、二項、佛一〇三三、蘭一〇六三、伊九一〇、葡一九〇四、西八九四、二項乃至八九七、白草八四三、獨一草一八九三、同二草二〇九三
富井政章君
本條ニ規定シタル事柄ニ付テハ外國ノ立法例ハ區々ニナツテ居リマス獨逸ノ法律ハ他ノ場合ト同ジク共同主義ヲ取ツテ居ル此場合ニモ大事デナイト出來ヌト云フコトヲ本則ニシテアリマス獨リ此場合ノミナラズ共有ノ場合モサウデアリマス組合ノ場合デスラモソレハ隨分人數ガアリ得ル其場合ニモ矢張リ共同デセニヤナラヌト云フコトヲ原則ニシテ居ルソレ故ニ遺言執行者ト云フ者ガ數人アルト申シテモ通常ハ人數ノ少ナイ場合デアリマスカラ固ヨリ共同主義ヲ取ツテ居ルノハ左モアルベキコトデアリマスソレカラ佛蘭西法典並ニ佛蘭西系統ノ法律―日本ノ法律モサウデアリマス少シ文章ガハツキリシテ居リマセヌケレドモ學者ノ解釋ヲ見マスト云フト斯ウ云フ意味ノヤウデアル卽チ各々各自ニ任務ノ執行ガ出來ル併シ乍ラ委托セラレタル動產ノ使ヒ方並ニ返還ニ付テハ一同ガ連帶シテ其責ニ任ズル斯ウ云フコトニナツテ居ル固ヨリ遺言者ガ各遺言執行者ニ事務ヲ分任シタ場合ハ別デ此場合ニハ名々ガ分任セラレタコト丈ケシカ出來ナイ其責任モ其範圍ニ限ルト云フコトハ無論辯ズル迄モナイコトデアル西班牙民法ハ本條ノ如ク過半數ヲ以テ之ヲ決ストナツテ居ル一體遺言執行者ト云フ樣ナ者ハ通常二人以上アルトシテモ數ノ少ナイニ違ヒナイ成ル可ク大勢シテヤルガ宜イカラ初メハ共同シテ爲スコトヲ要スト書イテ見マシタガ旣ニ是迄組合ノ場合デモ過半數ヲ以テ之ヲ決スト云フコトニナツテ居ル殊ニ此場合ト同ジク人數ノ少ナイ共有ノ場合デモ過半數ヲ以テ之ヲ決スト云フコトニナツタ矢張リソレト釣合ヲ取ツテ此通リニシタ方ガ宜カラウト思ツテ試ミ三過半數ニシマシタ但書ハ卽チ共同デナイト出來ナイ或ハ任務ヲ分任シタ場合ヲ見タノデ種々ノ場合ガアリマスカラ別段ノ意思ヲ表示シタルトキハ云々ト書イタ第二項ノ規定ハ獨逸民法第二讀會草案ニ書イテアル是位ノコトハ名々ガ出來ヌト不便ト思フテ試ミニ置イテ見タ
磯部四郎君
千百二十三條ハ例ヘバ遺言者ガ三人ニ遺言執行ノ事ヲ命ジテ置キマシタ時分ニ三人ノ決定ヲ以テ一人ニ執行ヲ委ネルコトモ出來ルト云フノガ過半數ヲ以テ之ヲ決スト云フ中ニ這入ルダラウト思フサウ致シマシタ所デ連帶責任ト云フモノガゴザイマセヌカラ若シ三人ノ遺言執行者ヲ置イテ過半數ヲ以テ二人ノ決定ニ依テ一人ニ委任シタト云フ場合ガ生ジマセウ其一人ノ者ガ不都合ナコトヲ働イタ時分ニハドウナリマスカ實質上遺言者ガ一人ニ任カセテ置イテハ不都合ヲ來スデアラウカラ三人ニ頼ンデ置イタラ正確ニ行ハレルダラウト思フテ三人ノ執行者ヲ命ジテ置イテソレガ二人ノ決定デ一人ニ任カセギリニシテ置イタ爲メニ不都合ガ起ツタトキニ何ガ此法律ニ依テ責任ヲ負フ者ガアルノデアリマセウカ若シナイトスレバ不都合ナモノデハナイカト思フ
富井政章君
三人ノ遺言執行者ガ其内ノ一人ニ委任スルト云フコトハ其間デハ有效カモ知レマセヌガ他ニ對シテハ效ガナイト思フ私ハ誤ツテ居ルカ知ラヌガ自分ハサウ考ヘル復代理人ノ選任ト云フ者ハ總則ノ代理ノ所デ條件ガ極ツテ居ル自分ガ代理人デアルノニ其内ノ一人ニ又復代理ヲ命ズルコトハ出來ヌ其間ノ契約トシテハ有效デアリマセウガ外ノ者ニ對シテハ何處迄モ三人ガ遺言執行者デアツテ本條ノ適用ヲ受ケナケレバナラヌト信ズル
磯部四郎君
ソレデアリマスト執行方法ヲ決スルト云フ事柄ハ先ヅ例ニ取リマストドウ云フコトニナリマセウカ例ヘバ私ノ財產ノ三分ノ一ト云フ者ヲ何某ヘ遺贈スルト云フコトヲ以テ私ガ遺言書ヲ認メテ居ル其執行者ヲ三人選ンダ斯ウ云フコトニナリマスト三人ノ者ガ三分ノ一ノ執行方法ニ付テ各々分擔方ヲ極メルト云フコトニナルサウスルト分擔ノ部分ヲ極メタト云フコトニ付テモ矢張リ何モ遺言ト云フ内ニナイノデアリマスカラ今ノ御論ニ依レバミンナガ全部ニ對シテ代表スルト云フコトニナルサウスルト結局此連帶ノ責任ト云フ者ハナクナルト云フコトニナルトドノ部分ニ不都合ガアツテモ三人ノ執行者ガアレバ誰ニ掛ツテモ三分ノ一ヅツノ賠償ヲ求メテ往クコトガ出來ルカト云フコトニ歸着スルノデアルカト云フコトヲ御尋ネスルノデアリマス
富井政章君
全ク左樣デアリマス
議長(淸浦奎吾君)
他ニ御論ガナケレバ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第千百二十四條 遺言執行者ハ遺言ニ報酬ヲ定メタルトキニ限リ之ヲ受クルコトヲ得
 裁判所ニ於テ遺言執行者ヲ選定シタルトキハ裁判所ハ事情ニ依リ其報酬ヲ定ムルコトヲ得
 遺言執行者カ報酬ヲ受クヘキ場合ニ於テハ第六百四十八條第二項及ヒ第三項ノ規定ヲ準用ス
(參照)取三九八、二項、蘭一〇六八、二項、葡一八九二、一九〇七、西九〇八、獨一草一九〇九、同二草二〇九〇、索二二四五
富井政章君
遺言執行者ハ報酬ヲ取レルカ取レナイカト云フコトニ付テハドチラニシテモ任意的規定ニ過ギナイノデアリマスケレドモ二ツノ反對主義ガアル獨逸民法草案ニハ本則トシテ相當ノ報酬ガ取レルト云フコトニナツテ居リマスケレドモ大多數ノ立法例ハ反對デアル卽チ默ツテ居レバ反對デアラウト思フ委任ノ所ノ規定ヲ見テモ無償ノ方ガ本則ニナツテ居ル又明カニ書イテアル所モアル西班牙民法ノ如キハサウデアル併シ是ハ格別大問題デモナイドチラデモ宜イガ遺言執行者ト云フ樣ナ事柄ハ報酬ガナイ方ガ本則デアルト云フ方ガ穩カデアラウ別シテ日本抔ハサウデアルト思フ前條ノ遺言ノ方モ旣ニ規定ニナツタ所デモ報酬ハ特約ガナケレバ取レナイト云フカラ此場合ハ尙更デアルト思フ併シ裁判所デ選定シタ場合ハ其原則ニ從ハナイ方ガ宜イト思フテ第二項ヲ置イタ、通常ノ場合ハ尤モ多クノ場合ハ遺言者ガ遺言執行者ヲ選定スルノデアリマス其場合ハ多クハ君、己レガ死ンダラ遺言執行者ニナツテ呉レナイカト云フノデ實際ハ契約ガアルコトガ多イト思フサウシテ尙ホ一ツ違ウ所ハ裁判所ニ於テ選任セラレタ遺言執行者ト云フ者ハ前ノ規定ニ依テ理由ナシニ拒ムコトハ出來ヌ相當ノ理由ガナケレバ拒ムコトハ出來ヌノデアリマスカラ旁々別ニシテ置イタ方ガ宜カラウト思ツテ第二項ヲ置イタノデアリマス第三項ハ說明ヲ要シナイコトデ六百四十八條ヲ御覽ニナレバ無論準用スベキコトガ一目シテ分ル卽チ仕事ヲシテカラデナケレバ取レナイト云フ樣ナコトガ書イテアル
議長(淸浦奎吾君)
御論ガナケレバ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第千百二十五條 遺言執行者アル場合ニ於テハ相續人ハ相續財產ヲ處分シ其他遺言ノ執行ヲ妨クヘキ行爲ヲ爲スコトヲ得ス
(參照)獨一草一九〇一、同二草二〇八一
富井政章君
此規定ハ獨逸民法草案ニシカナイノデアリマス一寸考ヘテ見レバ分リ切ツタヤウナコトデアリマスケレドモ矢張リ相續財產ト云フモノハ相續人ノ所有物デアリマス管理ガ出來ナイト云フコトハ前ノ規定ニ依テ分ルトシテモ其他ノコトハ分ラナイノデアリマスカラドウモアツタ方ガ宜イト思ヒマス殊ニ先程議論ノアソタ樣ナ點ヲ明カニスルノハ此規定ガアツタ方ガ一層相續人ト云フモノハ遺言執行者ノ管理スル財產ヲ處分シ遺言ノ執行ヲ妨グベキ行爲ヲ爲スコトハ出來ナイモノデアルト云フコトニシテ宜カラウト思フ
磯部四郎君
鳥渡伺ヒマスガ若シ之ニ背イテ處分シタトキニハソレハ何處迄モ無效トスルコトガ出來ルト云フ迄ニ往ク御積リデアリマセウガサウスルト遺言執行者ノアル場合ニハソレガ終了スル迄ハ殆ド無能力者ニナルノデアリマスカ
富井政章君
マア一時無能力ニナル
磯部四郎君
サウスルト何カ外ニ其間無能力ノモノデアルト云フコトガ規定ニナラヌト妙ナモノデハナイカト思フ
富井政章君
御尤デアリマス併シ是ハ一般ノ無能力デアルカ特別ノ無能力デアルカト云フコトハ問題デアリマスガ無能力ト云フコトヲ載セル必要ハナイト思フ如何トナレバ總則ニ於テ一般ノ無能力者ガ出來ナイ行爲ヲ載セテアル未成年者ハ誰某ノ同意ヲ得ナケレバ出來ナイト云フコトガ書イテアル併シ遺言執行者ガ出來テ處分能力ト云フモノガ相續人ニナクナツタト云フ方法ヲ取ルコトハ私丈ケハ贊成デアルソレハドウ云フ方法デ民法ニ書カニヤイカヌモノカイヅレ特ニ法律ガ出來ナケレバナラヌト思ヒマス
磯部四郎君
私ノ考ヘニシマスト實質上ニ少シ疑ガアルト申シマスノハ遺言執行者ト云フ者ハ或ル場合ニハ特定財產ノ時ハソレノミニ限リマスガ包括部分こシテモ動產丈ケノ包括ト云フコトモアル不動產丈ケノ包括ト云フコトモアル全體ノ財產ニ付テ相續人ノ處分能力ヲ失ナハセルト云フコトニ付テ實質ノ疑ヲ抱イテ居ル殊ニ遺留財產ヲ持ツ者デアリマスト遺留ノ分量モ稍極ツテ居ラウト思フ詰リ遺言執行者ノアル場合ニハ遺言ニ包含シテ居ルモノ丈ケト云フコトニ限ツテ居ツテサウシテ其處分權ヲ制限スル必要ハナカラウト思フ全體ノ財產ヲ悉ク處分スルコトノ出來ヌト云フコトハ少シク實質上不都合ヲ來シハセヌカト思フ
梅謙次郎君
ソレハ整理マデニ文章ヲ直ホシマセウ
長谷川喬君
本條ニ依ルト遺言執行者アル場合ニ相續人ハ相續財產ヲ處分スルコトハ出來ヌト書イテアリマスガ是ニハ矢張リ千百二十條ノ如キ例外ガ要リハシマセヌカ
富井政章君
尙ホ考ヘテ置キマセウ
議長(淸浦奎吾君)
本條ハ整理迄ニ再考ト云フコトデ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第千百二十六條 遺言執行者カ其任務ヲ怠リタルトキ其他正當ノ事由アルトキハ利害關係人ハ其解任ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得
 遺言執行者ハ正當ノ事由アルトキハ其任務ヲ辭スルコトヲ得
(參照)取三九八、二項、蘭一〇六八、一項、一〇六九、葡一八九一、一九〇九、グラウブユンデン五一三、二項、西八九九、九一〇、白草八三八、獨一草一八九五、一八九六、同二草二〇九五、二〇九六、索二二三三、二二三五、二二四一
富井政章君
本條ノ規定ハ大抵何處ノ國ノ法律モ粗々此通リニナツテ居リマス遺言執行者ハ委任ニ因ル代理人デナイ故ニ解任及ビ辭任ニ付テハ委任ノ規定ヲ準用スルコトハ實質上ニ於テモ少シ宜シクナイアレハ契約上ノ當事者デアリマスカラ裁判所抔ヲ引合ニ出サズトモ勝手ニ意思表示ヲシテ解任ガ出來ルコトニナツテ居マス此場合ハ少シ違ヒマスカラ裁判所ニ請求スルト云フコトニシタノデアリマスソレカラ第二項ノ方ハ見方ニ依テハ委任ノ場合ヨリハ易クナツタノデアリマスケレドモ通常ノ場合トハ少シ違ウデアラウト思フ通常ノ場合デアレバ第六百五十條ニ「當事者ノ一方カ相手方ノ爲メニ不利ナル時期ニ於テ委任ヲ解除シタルトキハ其損害ヲ賠償スルコトヲ要ス但已ムコトヲ得サル事由アルタルトキハ此限ニ在ラス」通常ノ委任ノ場合ニ於テハ種々ノ事柄ガアツテ金錢上ノ事柄抔ハ尤モサウデ其時ヲ外ヅシタラ損害ヲ生ズルト云フ種々ノ場合ヲ見ナケレバナラヌカラアア云フコトニシタガ便利ト思フガ此處ハ簡單ニシテ置イタ方ガ宜カラウト思フ
議長(淸浦奎吾君)
御論ガナケレバ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第千百二十七條 遺言執行者ノ任務ハ其死亡、能力喪夫又ハ破產ニ因リテ終了ス
(參照)取三九八、二項、佛一〇三二、蘭一〇六二、伊九〇九、葡一九〇六、西九一〇、白草八四二、獨一草一八九四、同二草二〇九四
富井政章君
是ハ說明ヲ要シナイコトデアル委任ノ規定ヲ準用スルコトガ出來ナイノハ委任ニ因ル代理人デナイソレカラアスコハ確カ双方ニ書イテアル旁々以テ準用ハ出來ナイ
議長(淸浦奎吾君)
本條ハ御論ガナイコトト考ヘマスカラ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第千百二十八條 第六百五十四條及ヒ第六百五十五條ノ規定ハ遺言執行者ノ任務カ終了シタル場合ニ之ヲ準用ス
(參照)取三九八、二項、獨一草一九〇八、一項、同二草二〇八七、一項
富井政章君
本條モ別ニ說明ヲ要シナイコトト思ヒマス卽チ自分ノ任務ガ終了シテモ一時ノ必要處分ハヤラナケレバナラヌ或ハ相手方ニ通知セネバイカヌ死ンダ場合ニハ相續人カラ通知シナケレバナラヌト云フ規定デアル
議長(淸浦奎吾君)
宜シウゴザイマスカソレデハ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第千百二十九條 遺言ノ執行ニ關スル費用ハ相續財產ノ負擔トス但之ニ因リテ遺留分ヲ減少スルコトヲ得ス
(參照)取三九六、佛一〇三四、蘭一〇六四、伊九一一、葡一九〇八、白草八四四、二項
富井政章君
別ニ何モ說明ヲ要スルコトハアリマセヌ
議長(淸浦奎吾君)
御論ガアリマセネバ本條モ原案ニ決シマス、ソレデハ本日ハ是デ散會シマス