明治民法(明治29・31年)

法典調査会 第26回 議事速記録

参考原資料

第二十六回法典調査會議事速記録
出席員
侯爵西園寺公望君
箕作麟祥君
土方寧君
村田保君
山田喜之助君
田部芳君
高木豐三君
穗積八束君
鳩山和夫君
井上正一君
穗積陳重君
梅謙次郎君
菊池武夫君
元田肇君
長谷川喬君
南部甕男君
金子堅太郎君
中村元嘉君
議長(西園寺侯)
會議ヲ開キマス、修正案ヲ原案ト致シマス
(書記朗讀)
修正案  起草委員提出
第二百三十三條 建物ヲ築造スルニハ疆界線ヨリ一尺五寸以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス
前項ノ規定に違ヒテ建築ヲ爲サントスル者アルトキハ隣地ノ占有者ハ占有保全ノ訴ニ依リ其建築ヲ廢止シ又ハ之ヲ變更セシムルコトヲ得
建築竣成ノ後ハ隣地ノ所有者ハ損害ノ賠償ノミヲ請求スルコトヲ得
高木豐三君
梅さん此一尺五寸丈ケノ說明ヲ願ヒマス
梅謙次郎君
此一尺五寸ト申シマスノハ旣成法典ニモナカツタ寸法デアリマス、且ツ端數ガ出來マスノハ餘リ望マシクナカツタノデアリマスガ私共自ラ慣習ヲ調ベズ又調ベルニシテモ今日俄カニスルコトハ出來マセヌカラ止ムコトヲ得ズ民事慣例類集ニ依テ調ベタノデアリマス、然ルニ各地區々ニナツテ居リマスガ一尺五寸ト云フノガ一番多クテ夫レガ東西南北孰レノ土地ニ於テモ殆ンド皆然ウデアリマス、色々統計ヲ取ツテ見マシタガ一尺五寸ト云フノガト三ケ所アリマス、夫レカラ一尺六寸二尺ト云フノモ稀ニアリマシタガ大體ハ一尺五寸ト云フノガ一番多イ、夫レデ勿論反對ノ慣習ガアレバ其慣習ニ從フト云フノデハアリマスケレドモ反對ノ慣習ト云フ方ハ證明ヲシナケレバナラヌノデアリマス實際ニ於テ成ル可ク然ウ云フ六ケシイ反對ノ慣習ヲ證明スルト云フ樣ナコトガナクテ濟ムノガ便利ナル法律ト言ハナケレバナラヌ、夫レデ先ヅ民事慣例類集等ニ依ツタ所デハ一尺五寸トシテ置ケバ夫レデ慣習ニナツテ居ルコトガ多イカラ從テ争ノ起ルコトガ少ナカラウト云フ考ヘデアリマス外ニ理由ハ何モアリマセヌ
元田肇君
一寸御尋ネ致シマスガ是レハ軒先カラデアリマスカ
梅謙次郎君
是レハ慣習上礎カラ取リマス
箕作麟祥君
一寸御尋ネヲ致シマスガ二項ノ方ハ占有者トアリ三項ノ方ニ所有者トアルト、二項デ見レバ所有者デナクテモ訴ガ出來ル、三項ノ方ハ所有者デナケレバ損害賠償ノ請求ガ出來ナイト云フコトハ或ハ不權衡ノ嫌ヒガアリハシナイカト思ヒマスガドウデスカ
梅謙次郎君
夫レハナイ積リデアリマス、前ノ占有者ト云フ方デハ建築ヲ廢止シ又ハ變更セシムルト云フ方ハ占有ノ訴デ出來ル、占有者ハ夫レ丈ケノ權利シカ持チマセヌガ所有者ニナルト損害賠償ノ權利ヲ持ツト云フノデ占有者ヨリ所有者ノ方ガ餘計保護シテアルト云フ積リデアリマス
箕作麟祥君
尙ホ確メテ置キマスガ廢止又ハ變更セシムルコトヲ得ト云フノハ占有者ニ選擇權ガアルカラ廢止セシメテモ宜イ變更セシメテモ宜イト云フノデアリマスカ
梅謙次郎君
左樣デ御座イマス、是レハ詰マル所茲ニ言フ一尺五寸ヲ侵シサヘシナケレバ宜イ、夫レヨリ近ク寄セテ建テ樣ト云フ時分ニ一尺五寸ヨリ近ク寄セテハ困マル、向フヘ寄セナケレバ家ヲ建テルニハ不都合デアレバ建テルノヲ止メルカ左モナケレバ一尺五寸引込マセテ家ヲ建テルカ其選擇ハドチラニアルカト言ヘバ寧ロ建築者ノ方ニアルト考ヘマス
菊池武夫君
夫レニ相違ナイデセウガ場合ニ依テ之ヲ極メルノデセウ、廢止シナケレバナラヌ樣ナ性質ノ建物デアツタナラバト云フ然ウ云フ意味デハアリマセヌカ、場合ニ依テハ變更サセルコトモ出來ル廢止サセルコトモ出來ルト云フノデアツテドンナ場合デモ廢止サセルト云フ譯デハナイ、ドンナ場合デモ變更サセルコトガ出來ルト云フノデハナイノデセウ
梅謙次郎君
左樣デアリマス、詰マリ隣リノ方デハ一尺五寸明イテ居レバ宜イ若シ明イテ居ナケレバ一尺五寸ヨリ後トヘ引込マセルコトガ出來ルト云フ積リデアリマスガドウモ文章ハ書キ憎イ
穗積陳重君
廢止又ハ變更シテ呉レト云フ請求ガ出來ルト云フ積リデアリマスカ
菊池武夫君
私ハ別ニ說ヲ出スノデアリマセヌガ三項モ矢張リ前二項ト同ジコトデハ往ケマセヌガ、二項ノ場合モ所有者ガ現ニ持ツテ居ツテモ斯ウ云フ制限ガ出來ルニ相違ナイ
梅謙次郎君
如何ニモ仰セノ通リデアリマスガ占有者ハ二項丈ケノ保護ヲ受ケテ夫レデ法律ガ占有ノ訴ヲ起ス丈ケノ權利ヲ與ヘテ居ルノデ夫レヲ訴ヘナケレバ保護ヲセヌノデアル、併シ所有者デアレバ夫レヲ保護ヲ與ヘテ損害賠償ノ訴ガ出來ルト云フ積リデアリマス
菊池武夫君
所有者ノ受ケル害ト云フモノハ占有者ヨリハ違ウコトモアリマセウガ、占有者ト雖モ損害賠償ヲ訴ヘテ差支ヘルト云フ御趣意デハアルマイト思ヒマスガ然ウデハナイノデスカ
梅謙次郎君
夫レハ占有保護ノ一般ノ規定ニ屬スル問題デアリマスガ此前議決ニナツタ占有ノ所ノ規定デハ占有者ハ占有保護ノ訴ヲ起スコトガ出來ル其訴ヲ起スコトガ出來ヌ以上ニナツテハ保護ガナイコトニナツテ居リマス、此場合ノミナラズ總テ然ウデアリマス、夫レデアリマスカラ此處丈ケニバカリ占有者ヲ保護スルト云フコトハ如何ナモノデアリマセウカ、夫レデ只前ノ占有ノ所ノ規定ヲ茲ニ適用シタ迄ノ事デアリマス
山田喜之助君
異議ナシ
高木豐三君
只今ノ御說明ハ能ク分リマシタガ何ハドウ云フモノデスカ、人ノ地面ニ家ヲ建テ居リマス然ウスルト其家主ト云フモノハ二項ノ占有ト云フ内ニ無論這入ツテ卽チ其土地ノ占有者デアリマセウガ此第三項ノ所有者ト云フ内ニハ這入ラヌ樣ニナリハシマセヌカ、土地ヲ土臺トシテ此言葉ガ立テテアルノデスガ其場合ニ詰マリ家ガ接近シテ來テ家ノ價額ガ減ジタトキハ矢張リ家ノ占有者ニモ賠償ノ權ガアルト云フ方ガ宜クハナイカト思ヒマスガドウ云フモノデアリマスカ
梅謙次郎君
御尤デアリマス、其場合ニハ賃借ノ方ノ規則ノ結果トシテ賃借人ト云フモノハ土地ヲ使用スル權利ヲ持ツ、其使用ト云フ權利ニ付テハ所有權ノ權利ヲ受繼グ場合ハ所有者ガ持ツテ居ル權利デアツテモ賃借ノ結果カラシテ使用ニ關スル權利ヲ受繼グト言ヘバ使用ヲ妨ゲラレタヨリ生ズル損害賠償ト云フモノハ所有者ニ代ハツテ夫レダケノ權利ヲ持ツコトガ出來ルト云フノデ、元來ハ所有者ノ權利デアルガ賃貸借デ以テ夫レ丈ケノ權利ヲ所有者カラ受ケテ居ル其代リ家主カラ請求スレバ所有者カラハ請求スル事ガ出來ヌ樣ニナルト思ヒマス
議長(西園寺侯)
ドウデスカ隨分此條ハ何度ニモ渉ツタ條デスガ何カ修正案ノ提出ガアレバデスガ然ウデナケレバヽヽヽヽヽ
高木豐三君
モウ宜シウ御座イマス
議長(西園寺侯)
夫レデハ此條ハ可決致シマシテ次ニ移リマス
(書記朗讀)
修正案  起草委員提出
第二百三十四條 疆界線ヨリ三尺未滿ノ距離ニ於テ隣地ニ面スル窓又椽側ヲ設クル者ハ目隱ヲ附スルコトヲ要ス
前項ノ距離ハ窓又ハ椽側ノ最モ隣地ニ近キ點ヨリ直角線ニテ疆界線ニ至ルマテヲ測算ス
高木豐三君
是ハ彼是申スノデハアリマセヌガ隣地ニ面スルトアリマスガ此規定ノ性質トシテ多クノ適用ノ場合ハ市街地若クハ人家稠密ノ土地ニ之ヲ適用スルニ違ヒアリマセヌガ只文字カラ解シマスト隣地ニ面スルト言ヘバ例ヘバ家ガナクテモ耕地デモ何ンデモ此規則ヲ守ラナケレバナラヌ樣ナコトニ見ヘル恐レガアラウカト思ヒマスガ實際ハ然ウ云フコトハアリマスマイガ、總テ此三尺未滿ノ距離ニ於テ例ヘバ直接ニ隣地ヲ見透スベキ窓又ハ椽側ト云フ樣ナ文字ヲ加ヘテハドウカト考ヘマスガ、是レハ修正說トシテ出スノデハアリマセヌ只御相談デアリマス
梅謙次郎君
然ウスルト見透スベキト云フ中ニ自ラ隣ノ人ガ住ンデ居ルト云フコトヲ意味サセ樣ト云フノデアリマスカ
高木豐三君
然ウデス隣家トカ何ントカ言ヒタイノデ土地ト云フコトハ言ヒ度ナイ
梅謙次郎君
市街丈ケニ限ルト云フコトモ一ツノ考ヘデアリマスケレドモ此案デハ廣クシテアルノデ其廣クシテアル所以ハ成ル程田地ヤ畑ナラバ見タ所ガ差支ナイ併シ固ヨリ是レハ隣家カラ然ウ云フコトヲ請求スル權利ガアルト云フノデアリマスカラ實際田ヤ畑ニ接シテ居ル所デハ餘程依怙地ノ人デナケレバ隣カラ目隱シヲシテ呉レト云フコトハ請求シナイト思ヒマス併シ法律上カラ云フト今ハ田地デアツテモ畑デアツテモ何時必要上家ヲ建テルカモ知レヌ其時ニナツテカラ請求スレバ固ヨリ目隱シヲシナケレバナラヌ、夫レガ其時ニ初メテ然ウ云フ義務ガ生ズルト云フノハ理窟上穩カデナイ、隣ノ地面デアレバ隣デ勝手ニ使ハレル家ヲ建テ樣ガ其處ヲ散歩シ樣ガ隨分往來カラ隔ツタ所デハ裸デ馳ケテ歩イテモ宜イ夫レヲ隣カラ見ラレテハ幾分カ所有權ノ自由ヲ妨ゲラルルト云フコトガ言ヘ樣ト思ヒマスカラ法律上カラハ寧ロ制限シナイ方ガ宜イト思ツテ諸國ノ法律ノ例ニ倣ツテ制限ヲシナイノデアリマス
高木豐三君
只今ノ御說明ニ依リ窓又ハ椽側ヲ設ケルモノアルトキハ隣旧地ノ所判有者ハ目隱シヲ設ケルコトヲ求ムルコトヲ得ト云フ樣ナ御趣意ノ文ニナツテ居リマスレバ私ハ異議ハアリマセヌガ、只今ノ御說明ノ趣意ハ然ウデアリマスガ此文章ハ然ウデナイ相手方ノ請求ガナクテモ法律ノ規定ニ依テ法律上設ケテナケレバナラヌト云フコトニナツテ居ル、若シ只今御說明ノ如ク椽側ヲ設ケルコトヲ請求スルコトヲ得ト云フ意味デアレバ今空地ト雖モ後トデ家ヲ建テルコトガアリマセウカラ然ウ云フ意味デ私ハ無論宜カラウト思ヒマス
山田喜之助君
是レハ市街地ト限ツテハ弊害ガアリマスカ
梅謙次郎君
市街地デハ少シ困ラウト思ヒマス、田舎デモ隨分家ヲ建テルコトガアリマス、此方ハ南ノ方ヘ持ツテ往ツテ建テ此方ハ北ノ方ニ持ツテ往ツテ建テルト云フコトガアル
山田喜之助君
是ハ少シク御考ヲ願ヒタイ、ドウモ斯ウ云フコトニ致シテ置キマスト百姓ガ隨分人ヲ窘メル爲メニ無用ノ訴訟ヲ起スコトガアラウト思ヒマスカラ隣地ニ住家ガアルトカ何ントカ云フ文句ヲ御入レニナル事ハ出來マセヌカ
梅謙次郎君
今ノハ御相談デスカ
山田喜之助君
然ウデス
梅謙次郎君
住家トスルト今申シタ樣ナ差支ガアリマスカラ寧ロ改メルナラバ高木君ノ樣ニ改メル方ガ宜シイト思ヒマス、今住家ガナクテモ都合ニ依リ建テレバ矢張リ之ヲ設ケナケレバ困マル
山田喜之助君
夫レハ其時ニ立テテ宜イデハアリマセヌカ
議長(西園寺侯)
ドウカ修正說ヲ願ヒマス、只無暗ニ御相談ガ流行ルト中々暇ガ入リマス
長谷川喬君
只今高木君カラ議論ガアリマシタガ其議論ノ趣意ニ付テハ私モ同意見デアリマシテ成程此文字ノ通リデ見マストキニハ假令ヒ田デモ畠デモ意地ノ惡ルイ者ニナツタラ直チニ此條ニ依テ目隱シヲ拵ヘロト云フヤウナコトヲ請求スル弊害ガ起ツテ來樣ト思ヒマス其弊害ヲ防グ爲メニ試ミニ一ツノ修正說ヲ提出シテ見マス夫レハ「三尺未滿ノ距離ニ於テ隣地ニ面スル窓」トアル其「隣地」ノ下ヲ「隣地ノ邸宅ニ面スル窓」ト云フコトニシタラ如何デセウカ
梅謙次郎君
一寸今ノ修正案ヲ發題者ニ伺ヒマスガ、發題者ノ御趣意デハ邸宅ト云フノハ家ト云フ意味デスカ或ハ邸宅ト云フ意味デスカ
長谷川喬君
邸宅ト云フ積リデアリマス
箕作麟祥君
畠ヤ田ヲ除クト云フ積リデスカ
長谷川喬君
其積リデアリマス
議長(西園寺侯)
隣地ト云フト他人ト云フ意味デハナイカ
梅謙次郎君
是レハ他人ト云フ意味ガ自ラ含ンデ居リマス
議長(西園寺侯)
宅地ト言ツテハイカヌノデスカ
村田保君
宅地ト言ツテモ家ガナクテモ宜イ
議長(西園寺侯)
宅地デナクテ家ガアルト云フコトハナイ、宅地ト言ヘバ家ガ建ツテ居ル所ニ違ヒナイ
長谷川喬君
夫レデハ「他人ノ宅地」トシマセウ
梅謙次郎君
「他人ノ宅地」ニ贊成シマセウ
出席員
土方寧君
元田肇君
一寸伺ヒマスガ私モ終リノ方ヲ矢張リ高木さんガ述ベラレタ如ク附セシムルコトヲ得ト云フコトニシタイト考ヘマス、ト申シマスノハ斯ウ云フコトハ成ルベク極マリヲ附ケルコトガ出來レバ極マリノ附ク方ガ宜イガ、一方ガ請求ヲシナイ限リニハ放任主義ニシテ置クト云フ方ガ矢張リ宜カラウト思ヒマス、極マリガ付ケバ附ク樣ニシタイガ夫レト同時ニ是迄自由ニ仕來ツテ居ルモノハ其儘ニシテ法律ノ規定デ是非ヤラセナケレバナラヌト云フヤウニセズシテ害ガアル以上ハ一方ノ者ガ請求スルコトガ出來ルト云フ樣ナ事ニシテ置ク方ガ宜シイト思ヒマス、夫レデ仕舞ヒノ方ヲ「目隱ヲ附スルコトヲ得」トシテハドウデスカ
箕作麟祥君
隣地ニ面スルト云フト板屏ガアツテモ煉瓦屏ガアツテモ何ンデモ目隱シヲ附ケナケレバナラヌト云フ樣ナ事ニナツテ可笑シクナリハシマセヌカ
梅謙次郎君
「觀望スヘキ窓又ハ椽側ヲ設ケル者ハ」云々トシタラ善クハアリマスマイカ
箕作麟祥君
夫レデハ「隣地ニ面スル」ト云フノヲ「他人ノ宅地ヲ觀望スル」云々ト云フコトノ修正說ヲ出シテ見マセウ
梅謙次郎君
夫レデハ贊成シマセウ
長谷川喬君
直線ト云フ字ヲ入レテハドウデスカ
梅謙次郎君
初メ入レ樣ト思ツタガドウモ文章ガ面白クナイノデ、直線ト云フト曲ツタモノモ宜イト云フ疑ヒガ起ルノデアリマス夫レデ二項ノ方ニ窓又ハ椽側ノ距離ハ何處カラ計ルカト云フト窓又ハ椽側ノ最モ近イ點ヨリ直角線ニテ疆界線ニ至ル迄ヲ測量ストシタノデ、隣ノ方カラ直角線ニ線ヲ引イテ三尺ニナラナケレバナラヌト云フコトデ直線ト云フコトヲ言ハズニ態ト除イタノデアリマス
高木豐三君
「スヘキ」ノ方ガ宜イ樣デスガ
箕作麟祥君
夫レデハ「スヘキ」ト云フコトニ改メマセウ
菊池武夫君
此第一項ノ觀望ノ御說明ガアリマシタガ序ニ承リタイノハ三尺未滿ノ距離ニ於テ窓ヲ設ケルト云フコトデアリマスト、此二項ノ方ハ餘リ說明シ過ギルト云フ嫌ヒハアリマセヌカ、二項ハナクテモ分カルコトニナリハシナイカト思フノデアリマスガ
梅謙次郎君
說明ガナクテモ分ルノデアリマスガ外國ノ法律抔デモ現ニ然ウ云フ風ニナツテ居ルノガ幾ラモアリマス、其方ガ多イノデ、多少疑ノ起ラウト存ジマスノハ此疆界線カラシテ二尺位離レテ居ル所ニ窓ガアル、夫レヲ一番隣リニ寄ツタ所ノ端ト致シマスレバ隣地カラ二尺シカ隔ツテ居リマセヌケレドモ之ヲ直角ニ線ヲ引イテ見ルト三尺隔ツテ居ルカ五尺隔ツテ居ルカ分ラヌ、然ウスルト矢張リ今ノ二項ガナクテハイカヌノデアリマス
元田肇君
此三尺未滿ト云フコトハ色々法文ガ引イテアリマスガ一體ドウ云フ所カラ起ツタノデアリマスカ、人ノ視力ニ於テ大抵夫レカラ先キノモノハ見ヘナイカラト云フ觀望ノ關係カラ起ツタノデアリマスカ、然ウスルト目隱シヲ附ケレバ三尺未滿デモ差支ナイト云フコトニナルト一尺五寸デモ差支ナイデセウカ、詰マリ見下ロサレテハ困マルト云フ精神カラ往クト原案者ト雖モ困ラウト思ヒマス
梅謙次郎君
其事ハ私ガ此前此規定ヲ設ケナイト云フ一ツノ理由トシテ申上ゲマシタガ是レハ餘程考ヘマシタコトデアリマシタケレドモ固ヨリ長サノコトデアリマスカラ甚ダ適當ナル數ヲ見出スニ苦ンダノデアリマス、只今元田サンノ仰セノ通リニ只見ヘルト云フ事カラ言ヒマスレバ十間位離レテ居リマシテモ通常ノ眼ヲ以テ見テモ見ヘマス、其窓ノ距離ヲ附ケルノガ餘程六ケシイ、左レバト言ツテ何間離レテ居ツテモ隣ノ方ニ向ツテ建テタ窓ハ目隱ヲ附ケナケレバナラヌト云フノハ餘リ甚ダシイ、此前ニモ誰方カ御話ノアツタ如ク餘リ接近シタ所ニ窓ガアルト特ニ見樣トスレバ固ヨリ見ヘルガ夫レデナクテモ家ノ中ニドウ云フモノガアルト云フコトハ直グニ見ヘルト云フコトヲ嫌フノト、夫レカラ一寸誤ツテ物ヲ落シテモ隣ノ方ニ落チルト云フコトハ迷惑デアリマスガ三尺隔ツテ居レバ隣リノ方ニ往カナイ、夫等ノコトガ理由ニナツテ旣成法典モ出來テ居ルト思フ民事慣例類集ヲ調ベテ見マシタガ距離ノ事ニ付テハ例ガ少ナイ、一ハ三尺一ハ二尺トナツテ居ル、或ハ唯近傍トカ云フ漠然トシタ文字ヲ使ツテアリマスガ是レハ慣習ノコトデアリマスカラ左モアリサウニ思ヒマス、法文ニ近傍ト云フヤウナ漠然タル字ハドウカト思ツテ且ツ旣成法典ニモ距離ノ定マツタルノハ三尺ト云フコトガアリマスカラ夫レデ三尺トシタノデ、外國ノ例モ調ベテ見マシタガ餘程區々ニナツテ居リマス、先ヅ佛蘭西ハ直線觀望ト云フ方ハ六尺、夫レカラ斜線觀望ノ方ハ二尺、和蘭モ略ボ同ジデアリマス、伊太利ハ一米突半ニ何米突、夫レカラぶをーハ九尺ニ三尺是レハ上ノ方ガ少シ長クナリマス、夫レカラぐらふぶゆんでん是レハモウ距離ハ全クナイノデ只直接ニ隣地ニ建テラレヌコトト夫レカラ高サバ一丈ヨリ長イ窓ヲ疆界ニ設ケルコトハ出來ヌト云フコトガアリマス、西班牙ハ二米突ニ六十珊米突、白耳義民法ガ十九珊米突ニ六珊米突、普漏西ガ三「ベルクデシイー」トアリマス、斜線ノ方デアルト一「ベルクデシイー」半デアリマス、矢張リ不均ヲ取ツテ見マスト三尺カ三尺少シ餘デアリマス、外國デモ然ウナツテ居リマスケレドモ實際ノ標準ニシタノデハアリマセヌ、實際ノ標準ハ民事慣例類集ヲ標準トシタノデアリマス
元田肇君
出シタ所ガ行ハレマスマイガ一ツ修正說ヲ出シテ見マス、卽チ「職界線ニ接近シタル距離ニ於テ他人ノ宅地ヲ觀望スル窓又ハ椽側ヲ設ケルモノアルトキハ隣地ノ所有者ハ目隱シヲ設クルノ請求ヲ爲スコトヲ得」斯ウ云フ案ヲ提出シマス、接近ノ距離ト言ヘバ一向寸尺ハ掲ゲヌデモ濟ムト思ヒマス、民事慣例類集抔ニ規定シテ居ル所ハ存ジマセヌガ昨今ノ東京ナリ大阪ナリ京都ナリノ模樣ヲ見マシタ所デ之ニ三尺未滿ト云フ樣ナ確定シダモノヲ拵ヘルト云フコトハドウモ全體ニ渉ツテノ總則トシテハドウカト思ヒマス、接近ノ距離ト云フト甚ダ曖昧ノ樣デアリマスガ其方ガ請求ヲ爲シタ者ガアツタトキニ裁判官ガ家ノ建物ヤ何カヲ事實上ヨリ詮議セラレテ夫レハ目隱シヲ設ケルノガ至當デアルト認メラレル所ノ距離ト思ヘバ夫レヲ命ゼラレタナラバ宜イト思ヒマスカラ私ハ今ノ案ヲ提出シマス
土方寧君
私ハ遲クレテ來マシテ能ク諸君ノ意ハ分リマセヌガ此二百三十四條ノ中ノ「窓又ハ椽側ヲ設クル者ハ目隱ヲ附スルコトヲ要ス」トアリマスガ窓ノ目隱ト云フコトハ普通ニ言フコトデアリマスガ、椽側ノ目隱ト云フコトハ當リマセウカ
穗積陳重君
二階ノ椽側ノ目隱ト云フモノハ幾ラモアリマス
梅謙次郎君
私ハ餘リ言葉ニ明ルクアリマセヌガ只今箕作君ニ伺ヒマシダガ矢張リ目隱ト云フコトヲ言フト云フコトデアリマス
土方寧君
モウ一ツ伺ヒマス、夫レカラ隣地トアリマスガ田舎デハ斯ウ云フ樣ナ問題ハ起ルマイト思ヒマス、是レハ宅地ト云フ樣ナ意味ニナルト思ヒマスガヽヽヽヽヽヽヽ
長谷川喬君
「他人ノ宅地ヲ觀望スヘキ」ト云フ修正說ガ出テ居ルノデアリマス
土方寧君
ソンナラ宜シウ御座イマス
議長(西園寺侯)
夫レデハ免モ角モ決ヲ採リマセウ、「他人ノ宅地ヲ觀望スヘキ」ト云フ修正說ガ出テ贊成ガアリマシタカラ是ニ贊成ノ御方ノ起立ヲ請ヒマス
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デアリマス、他ニ御發議ガナクバ次ニ移リマス
(書記朗讀)
修正案  起草委員提出
第二百三十五條 前二條ノ規定ニ異リタル慣習アルトキハ其慣習ニ從フ
高木豐三君
異議ナシ
議長(西園寺侯)
格別御發議ガナクバ此條ヲ確定シテ次ニ移リマス
梅謙次郎君
次ト申スノハ原案ノ方ニナルノデアリマスナ
議長(西園寺侯)
卽チ原案ノ二百三十八條デアリマス、此條ハ前回ニ朗讀シマシタカラ朗讀ハ省キマシテ直チニ御發議ヲ請ヒマス
山田喜之助君
私ハ此條ノ全部ヲ削除スルト云フ說ヲ提出シマス、其理由ハ簡單ナコトデ御座イマスガ是レハ察シマスルニ衞生上ノ目的ヨリ來テ居ルコトト考ヘマス、左樣致シマスレバ警察規則デ制限ヲ致シタ方ガ宜シイ、市街地デアリマストカ田舎デアリマストカ或ハ同ジ市街地ト申シマシテモ繁華ナ所ト左程繁華デナイ所トアリマスカラ警察デ以テ取締リヲスレバ夫レデ宜シイコトト存ジマス、廝坑トカ井戸トカ云フコトニ付テハ今日ハ相當ノ警察取締規則ガアリマスカラ夫レデヤツテ宜シイト思ヒマス、民法ニ之ヲ掲ゲテ置クコトハ頗ル不便デアルト考ヘマス、殊ニ本條ノ如キハ隣地ト隣地トノ關係デアリマスカラ市街地ニ於キマシテモ矢張リ隣家ト隣家トノ問題ハ此二百三十八條ニ依テ支配サレルコトト考ヘマス、然ルニ東京抔デハ誰方モ御承知デセウガ一番地ノ内ニ家ノ三十戸モ五十戸モ建ツテ居ル所ガアリマス、同番地デアリマスレバ矢張リ二百三十八條ハ適用サレヌノデアリマスカラ其點カラ云ヘバ衞生上ノ便益モ此條ハ與ヘヌコトニナルノデアリマス、詰リ二百三十八條ハ東京ノ樣ナ土地デアリマスレバ實際ノ適用ト云フモノハアリマスマイ、又適用スル樣ナ所デハ或ハ是レハ無理デアルカモ知レマセヌ、殊ニ下水溜ト云フヤウナモノハ多クハ是レハ双方ノ便利ヨリシテ疆界線上ニ造ル樣ナコトガ多イノデアリマス、詰リ各々下水ヲ造リマスレバ自分ノ宅地内所有地内ニ建テルノデアリマスガ二戸ノ接近シダルモノガ共通ノ物ヲ拵ヘルト云フコトガ往々御座イマシテ夫レハ無論藤界線上ニ建テルノデアリマス、又廝坑ノ如キモ僅カノ小サイ坪數ノ所デアツタナラバ勢ヒ眞ン中ニ持ツテ往ク樣ナ事ハ出來ヌト思ヒマス、右樣ナコトデ本條ハ法律デ立テルコトハイカヌト思フ、本條ノ規定ハ詰リ衞生トカ何ントカ云フ方ヨリ來テ居ルコトト考ヘマスカラ削除說ヲ提出致シマス
鳩山和夫君
贊成
土方寧君
前回ニ於キマシテ二百三十八條ト二百三十九條トヲ合セテ願ツテ置キマシダコトデ御座イマスガ今日ハ此二百三十八條丈ケデスカ
議長(西園寺侯)
御請求デスカ
土方寧君
私ハ矢張リ二百三十八條ト二百三十九條ト合セテ願ヒマス
議長(西園寺侯)
御請求ナラバ合セマセウ、皆サン果シテ御異存ガナケレバ然ウ致シマス
(異議ナシト呼ブ者アリ)
議長(西園寺侯)
夫レデハ二條合セテ議スルコトニ致シマス
土方寧君
私ハ前回ニ於テ二百三十八條ヲ削ツテ二百三十九條ノ修正案ヲ提出致シマシタ、所ガ山田君ノ贊成ヲ得タコトデ御座イマスガ只山田君ハ二百三十八條全部ノ削除說ヲ出サレマシタガ山田君ハドウデスカ
山田喜之助君
私ハ此二百三十八條丈ケト思ツテ居リマシタカラ本條丈ケニ付テ申シマシタガ、二百三十九條ノ方ハ「疆界線ノ近傍ニ於テ工事ヲ爲ストキハ隣地ノ土砂ノ崩壞又ハ水若クハ汚液ノ滲漏ヲ防クニ必要ナル注意ヲ爲スコトヲ要ス」ト云フコトニ致シダイ、其精紳ハ自分ノ方ノ工事ヲ致シマス爲メニ隣リノ方ノ土砂ヲ崩壞シタリ或ハ隈リニ水ヲ流シテ汚液ノ滲漏ヲ致シテハイカヌト云フ考ヘデ別段深イ意味ハアリマセヌ
土方寧君
只今二百三十八條ヲ削ツテ仕舞ツテ二百三十九條ヲ修正スルト云フ說ガ山田君カラ出マシダガ私ハ之ニ贊成致シマス、其理由ハ旣ニ山田君カラ申サレマシタカラ別ニ申ス必要ハナイ樣デアリマスガ前回ニ見ヘナカツタ御方モアルヤウデアリマスカラ一寸簡單ニ其理由ヲ申シテ置キマス、二百三十八條ハ置クノ必要ハナイト思ヒマス、何ゼナレバ二百三十八條ノ一項ハ田舎デハ適用ヲ見ナイ、是レハ一番市街地ニ適用ノ多イコトデ茲ニアル所ノ地窓又ハ廝坑ノ如キモノハ三尺以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ストシテハ大變困リハシナイカ、廝坑ヲ建テルニハ家ノ眞ン中ニ建テルモノデナクシテ多クハ家ノ縁ニ建テルノデアル、其縁ガ疆界線カラ三尺引込ンデ居ナケレバナラヌト云フコトニナルト實際差支ヘルト思ヒマス、山田君ノ言ハレタ通リ多分一項ハ衞生上警察上特別ノ取締規則ガ出來ヤウト思ヒマスカラ夫レニ放任シテ置イテ宜カラウト云フ考ヘデアリマス、夫レカラ二項ハ是レハ深サノ場合デアリマスガ普通ノ溝渠ハ其半分丈ケノ距離ト言ヘバ疆界ヨリ餘リ引込ンダモノハアリマスマイカラ別ニ不都合ハアリマスマイケレドモ多クハ溝渠ト云フモノハ前議決ニナリマシダ箇條ニ依テ隣地ノ者ト共同シテヤル時ハ一個人ガ設ケル場合デアツテモ無論自分ノ土地ノ幾分ヲ冗ダニスルモノデアリマスカラ溝渠ト云フモノハ縁ニアル、然ウ云フモノデ格別差支ハナイト思ヒマスカラ此二項ト云フモノモ格別必要ハナイト思フ、殊ニ此二百三十八條ノ二項ハ若シ非常ニ深イ溝渠ノ樣ナモノヲ設ケタ場合ニ其半分丈ケト云フコトニナルト三尺以上ノ距離ニナリマス、然ウ云フ場合ハ溝渠ノミニ限ラナイ、疆界ノ所ニ持ツテ往ツテ大キナ工事ヲ施ス場合ニ起ルノデ、然ウ云フコトハ次ノ二百三十九條ニ當ルト思ヒマス、然ウスルト詰リ二百三十八條ノ一項ノ方ハ行政ノ規則ニ放任シテ置イテ宜カラウト思ヒマス、二項ノ方ハ不便極マルモノデアツテ必要ガナイカラ是レハ削ツテ仕舞ツテ次ノ二百三十九條ヲ修正シダラバ宜カラウト思フ、是レカラ地震ノ爲メニ大キナ煉瓦造ヤ石ノ家ヲ建テルコトハ止メルカ知レマセヌガ今ノ所デハ石造煉瓦造ヲ建テルコトデアレバ餘程深イ所迄掘ラナケレバナラヌト云フコトニナル、今日配付ニナツタ蒟蒻版ノ二百三十三條ニハ建築ヲスル時ノ距離ノコトガアリマスガ別ニ習慣モナイト云フトキニハ一尺五寸丈ケ明イテ居レバ宜イト云フコトデアルガ、一尺五寸デハ決シテ隣ノ土地ノ崩壞ヲ防グニ十分デナイカモ知ラヌト思フ、私共ノ考ヘデハ自分ノ土地ヲ掘ルト云フノハ差支ナイ樣デアリマスガ疆界カラ五尺ナリ七尺ナリ離レテ掘ツタニシテモ其工事ノ爲メニ崩壞シテハ困マル、夫レハ不正ノ行爲デアルカラ損害賠償ヲシナケレバナラヌト云フ結果ニナルト思フ、夫レハ何ゼナラバ土地ノ疆界ヲ定メテ是レカラ先ハ甲ノ土地是レカラ先ハ乙ノ土地デアルカラ勝手ニシテモ宜イト云フコトハ本來無イ筈デアル、單純ニ土地ノ性質カラ見レバ接續シテ互ニ支ヘ合ツテ居ルモノデアルカラ其土地ヲ掘ツタ爲メニ隣地ガ崩レルト云フ樣ナコトガアツタナラバ隣ノ所有權ヲ侵シタモノト言ハナケレバナラヌ、當然損害賠償ト云フコトガ言ヘルト思フ、夫レデ二百三十九條モ原案ノ儘デハ不十分デアルカラ二百三十八條ガ入ラナイトナツダラモツト意味ヲ廣クシテ隣ノ所有主ニ損害賠償ヲ請求スルノ權利ガアルト云フコトニシテ隣ノ人ノ保護ヲシタイト思ヒマス
梅謙次郎君
二百三十九條ノ修正ハ極小サナ修正デアツテ格別反對スル程ノコトハアリマセヌガ二百三十八條ヲ丸デ削除シダイト云フ御說ニ對シテハ私ハ此前モ申シマシタガ固ヨリ之ガ出來マスト不便ヲ感ズルト云フコトハ初メヨリ覺悟シマシタガ其不便ヲ感ジテモ尙ホ此規定ガ必要ト思ヒマシテ設ケタノデアリマス、先刻カラ山田君ハ是レハ衞生ニ關スル規定デアルカラシテ云々ト云フコトデアリマシタガ衞生ト云フ點ノミヲ主トシタモノデハナイ、第一衞生ヲ主トシテ見ルト例ヘバ雪隱ト井戸ノ間ハドレ丈ケノ距離ヲ設ケロト云フコトガアリサウニ思バレルガ疆界線カラ幾ラ隔ツテ居ラナケレバナラヌト云フコトガアルベキ筈ガナイ、殊ニ況ンヤ用水トカ井戸抔ノコトニ付テハ夫レヲ淸潔ニシナケレバナラヌト云フ樣ナコトハ或ハ必要デアルカモ知レマセヌガ夫レガ何處ニナケレバナラヌト云フコトハ餘リ衞生上ノ問題デハナイ、此規定ノ出來タノハ衞生上ノ問題デナクシテ是レハ土砂ノ崩壞トカ汚液ノ滲漏トカ云フコトヲ防グ卽チ丁度土方君ガ後ニ言ハレマシタ二百三十九條ト云フモノト其精神ヲ同ジウシテ居ルモノデ、夫レデアリマスカラ衞生ノ方デ規定ガ出來ルダラウト云フコトハ丸デ是レハ失禮ナ申上ゲ樣デアリマスガ見當違ヒナコトデハナイカト思フ、モウ一ツハ東京邊リデハ一ツノ地面ニ一ツノ家ガ建ツテ居ルノデハナクシテ一ツノ地面ノ中ニ幾ツモ家ガ建ツテ居ルノデアリマスカラ若シ必要デアルト云フコトデアレバ斯ウ云フ風ナ規定デハイカヌ、家ト家トノ關係ヲ極メナケレバナラヌト云フ仰セデアリマシタガ、夫レハ私共モ能ク考ヘタコトデアリマスガ只此箇條バカリデナイ、是迄議決ニナツテ居ル所ノ箇條モ皆然ウデアリマス、觀望抔デモ然ウデアリマスガ地面ノ所有者ガ違ウト違ハヌト云フコトニ付テ隣カラ觀望スル所ノ程度ニ違ヒハナイ夫レハ同ジコトデアリマス、只併シ同ジ番地ノ内デ土地ノ所有者ノ違ウ場合ヲ規定シテ何ゼ其他ノ違ハヌ場合ヲ規定シマセヌカト云フコトハ是レハ詰リ土地ガ他人ニ屬シテ居ラヌ以上ハ土地所有者ガ契約上如何樣ニ制限スルコトモ出來ル、土地ヲ人ニ貸ストキハ勝手ノ條件ヲ以テ貸スコトモ出來ル、又家ヲ建テル爲メニ隣ノ或ル一部分ノ地面ヲ借リ樣ト云フ時分ニ自分ノ勝手ノ條件ヲ以テ借リルコトモ出來ル、夫故ニ土地ヲ借リ樣ト云フ人ト其土地ノ所有者トノ契約デ以テ茲ニ規定スルモノヨリモツト餘計ナコトヲ規定スルコトガ出來ル、又是レガ不便デアレバ丸デ別ノコトヲ定メルコトモ出來ル、又定メヌコトモ出來ル、夫レハ自由デアリマス、此案ニハ契約デ規定スベキコトヲ一切規定シテナイ夫レハ契約ノ自由デドウニデモ出來ルカラ夫レハ宜シイ積リデアリマス、現ニ所有權ニ關スル一番初メノ箇條ニ付テ法律行爲ニ依テ云々ト云フコトヲ書イテ見マシタガ如何ニモ蛇足デアル、所有者ト云フ者ハ自分ノ所有物ヲ勝手氣儘ニ使用收益處分スルコトガ出來ルト云フコトガ原則デアル以上ハ固ヨリ契約ヲ以テ種々ノ有樣ニ變ズルコトガ出來ルト云フコトハ言フヲ俟タヌト云フ考ヘカラ削ツタ位デアル、卽チ此處ノハ契約ノナイ場合デアリマス、一方ノ所有者ガ自分ノ所有權ノ及バヌ部分卽チ隣ノ所有地ニ對シテ若シ法律ニ特別ノ規定ガナケレバ如何ナル權利ヲ持ツコトガ出來ルカ分ラヌト云フ場合デ、詰リ甲ノ所有者ガ乙ノ所有者ニ向ツテドレダケノコトヲ求メルコトガ出來ルト云フ爲メニ此規定ガ要ルノデアリマス、此處ハ卽チ土地ノ所有權ノ限界ヲ規定シテアルノデ、外ノコトハ規定シテアルノデハナイ、故ニ山田君ノ後ニ言ハレタ理由ハ此條ヲ削除スルト云フ理窟ニハ當リ兼ネハシナイカト云フ考ヘヲ持ツテ居リマス、夫レデ土方君ガ言ハレタコトハ再ビ辯ジマセヌ、此前ニ大ニ議論シタコトデアリマス、只互ニ自ラ信ズルコトヲ言フノデ利ヲ說クノト害ヲ說クノト見所ガ違ツテ居ル丈ケデアリマスカラ別段辯ジマセヌ
山田喜之助君
只今梅委員ヨリ此二百三十八條ハ土地ノ關係ヨリ來ルモノデ衞生ノ方カラ來ルモノデハナイト言ハレマシタガ夫レハ大間違ト思フ、何ゼカト言フト只今梅委員カラモ言バレル通リ己ノ所有地ヲ己ガ處分スルニ原則トシテ自由ニサレヌコトハナイ、夫レヲ法律ガ制限スルノハ何カ理由ガナケレバナラヌ、只無暗ニ隣ノ土地ニ義務ヲ負ハセルトカ權利ヲ負ハセルトカ云フコトハナイ、此土地ノ制限デアルトカ所有權ノ制限トカ云フコトガアリマスガドウ云フ理由デ所有權ニ制限ヲ附スルト云フコトガナケレバナラヌノカ私ハドウモソンナコトヲ制限スル理由ハ無イト思ヒマス、若シ衞生ノコトヲ除キマシタナラバ他ニ理由ガ無イト思フ、尤モ井戸ノコトハ衞生ノ外ニ土ガ崩レ込ム爲メニ損害ヲ及ボスコトモアリマセウガ併シ夫レハ二百三十九條ニ土砂ノ崩壞ヲ防グコトヲシナケレバナラヌト云フコトガアリマスカラ井戸ヲ隣ノ近傍ニ持ツテ往ツテ建テマスレバ矢張リ土砂ノ崩壞ヲ防グ丈ケノコトハ二百三十九條デ取締ガ附イテ居ル、然ウシテ見ルト私ハ二百三十八條ノ制限ハ衞生ノ外ニ理由ガナイト思ヒマス、只漫然ト土地ニ斯ウ云フ制限ヲ附ケナケレバナラヌト云フ自然的ニ極マツタ理窟ハナカラウト思ヒマス、故ニ飽ク迄モ二百三十八條ノ制限ハ重モナル點ハ衞生デアラウト思ヒマス、旣ニ衞生ノ關係ヨリシテ來テ居ルト云フコトニ幸ニ御同意下サレバ詰リ土地ノ事情ニ依リマシテ規定ヲ異ニスルモノデアリマスカラ民法デスルヨリモ一般ノ警察規則ヲ以テヤツタ方ガ宜カラウト云フ考ヘデアリマス
高木豐三君
私モ色々此條ニ付テハ考ヘテ見マシタガ法律編纂ノ體裁トシテ又是迄議決シテ來マシタ建築其他ノコトニ付テ所有權ノ制限ノ權衡トシテ此條ノアルノハ當然ノコトト考ヘル、只此儘デ置キマシテ少シ恐ルル所ハ此二百三十八條ノ規定ヲ矢張リ市街地ニモ適用スルコトデアリマスト實際非常ナ差支ヲ生ジテ來樣ト思ヒマス、夫レヲ恐ルルガ故ニ或ハ削除說ニ贊成シヤウカト云フ考ヘモアリマシタガ只此衞生ノ一點カラ設ケタ法律デナイト云フコトハ是レハ明カナコトデ卽チ井戸デアルトカ水溜デアルトカ或ハ地窖デアルトカ云フモノハ固ヨリ衞生ニ關係ノナイモノデアル、只隣地ニ接近シテ井戸ヲ掘ツタ爲メニ向ノ土地ノ水ガナクナルトカ或ハ土地ノ陷落ヲ防グト云フ趣意カラ設ケタ法律ニ違ヒナイ、其中ニ下水溜肥料溜或ハ廝坑ト云フ樣ナモノガアルガ爲メニ竟ニ或論者ハ衞生一點ノ方ニ目ヲ着ケルノデハナイカト云フ恐レモアリマス、ソコデ私ハ先ヅ第二項ハ何ンデスガ第一項ハ斯ウ云フ原案ニ修正ガ出來ヌモノデアラウカト考ヘル「井戸又ハ地窖ヲ穿ツニハ疆界線ヨリ六尺以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス」ト斯ウシタイ、此地窖ト云フモノヲ三尺ノ方ヘ御廻シニナツタノハ蓋シ水ガ無イカラト云フノデアリマセウガ隨分穴藏トカ麹室トカ或ハ果物屋ニハ椽ノ下ニ害ヲ掘ツテ置キマスガ是レガ深サニ制限ガナイカラ隨分深イモノガ掘レル然ウスレバ之ヲ六尺ニシテモ差支ナイト思フ、又廝ノ如キハ一丈ノ穴ヲ掘ルト云フ氣使ハナイ、是レハ極淺イモノデ是レコソ衞生上ノ方カラ出テ來ルコトデアラウト考ヘル、是等ハ削除論者ノ言バレル如ク市街地ニ於テハ十分ノ保護ガ出來ルコトト思フ然ウシマスレバ肥料溜トカ又ハ下水溜ト云フ樣ナモノハ茲ニ規定セズニ是レハ行政ノ方ノ取締規則ニ讓ツタ方ガ宜イ併シ所有權ノ制限トシテハ前數條ノ權衡上矢張リ此條ガアル方ガ宜カラウト思ヒマスノデ若シ御同意ガ出來ルナラバ「井戸又ハ地窖ヲ穿ツニハ疆界線ヨリ六尺以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス」トシテ是等ノモノニ付テハ是レ丈ケノ距離ヲ存セシメテモ敢テ不都合ハナイト思ヒマスカラ試ミニ其修正說ヲ提出致シマス
土方寧君
只今高木君カラ二百三十八條一項ノ修正案ヲ提出サレマシタガ大體原案ハ趣意ハ少シモ變ハルコトハナイト思ヒマス、梅君ハ頻リニ辯ゼラレマシタガ私モ二百三十八條ノ意味ハ固ヨリ衞生ヲ目的トシタノデハアルマイト思ヒマスガ衞生ヲ目的トシタ部分ハ行政法ニ任カセテ仕舞ツテ然ウデナイ部分ハ所有權ノ限界デ以テ制限スルガ必要デアルト考ヘル、ソコデ自分ノ土地ノ工事ヲヤルニ付テ其制限ヲ民法デ規定ヲ設ケルト云フ精神デアレバ二百三十八條ハ二百三十九條ノ一部分ニナツテモ宜イ、二百三十八條ノ衞生ヲ目的トスル部分ヲ行政法ニ放任シテ仕舞ヘバ其他ハ工事ヲ爲スニ就テ隣地ヲ保護スル丈ケノ場合デアルカラ然ウ云フモノハ別ニ二百三十八條ニアル如キ制限ヲ設ケル必要ハナイ、土砂ノ崩壞ヲ防グノ注意ノ義務ノト云フモノガ二百三十九條ニアリマスカラ夫レデ十分デアラウト思フ、夫レデ私ハ山田君ノ說ニ贊成デアリマス、先刻梅君ガ山田君ノ御論ニ對シテ合意上ドウ斯ウト云フコトヲ言ハレマシタガ固ヨリ所有權ノ制限ト云フモノハ土地ト土地トノ關係ヨリ生ズルモノデアツテ事實土地ト云フモノニ疆界ハアリハシナイケレドモ我々ガ土地ヲ所有スルト云フコトニナツタ以上ハ法律ノ保護ニ本ヅイテ隣地トノ疆界ヲ設ケル、夫レデ自然支ヘ合ツテ居ルト云フモノデアル、其支ヘル義務ハ地役デ設ケテモ矢張リ保護シナケレバナラヌト思ヒマス、故ニ假令ヒ制限内ノ距離ニ於テ工事ヲ設ケル場合デアツテモ土地ト土地トノ關係ヨリシテ支ヘ合フ所ノ義務ハ双方ニアル然ウ云フ譯デアリマスカラ私ハ山田君ノ說ニ贊成ノアルコトヲ希望シマス
菊池武夫君
私モ此二百三十八條ノ削除說ニ贊成ヲ致シマス、私ノ考ヘデハ專ラ斯ウ御極メニナリマシテハ大變實際ニ差支ヘルダラウト云フ恐レガアル、卽チ高木君抔ノ言バレル恐レガ實際アルコトト信ズルカラ贊成ヲスルノデ、是迄井戸トカ廝ノ類下水溜ノ設ケ方ガドウ云フ風ニナツテ居ルカト申シマスト幾ラモ今度定メヤウト云フ規則ニ違ツテ居ルモノデアラウト思フ、而シテアツタガ爲メニ是迄別段ドウ云フ苦情ノアルト云フコトモ承ハラヌ樣ニ思ヒマスガ、其處ヘ持ツテ來テ新ニ斯ウ云フ規則ヲ設ケマストドウモ所謂平地ニ波ヲ起スト云フガ如キ結果ヲ來スダラウト信ズルヨリ外ハナイノデ御座イマス、此邊ノヤリ方デハ斯ウ云フ差支ガアルカラ此箇條ヲ設ケナケレバナラヌト云フ理由ヲ承ハリマスレバ又贊成モ致シマセウケレドモ、只今後斯ウ云フ風ガ宜カラウト云フ理由丈ケデ御定メニナルコトデアレバ甚ダ實際ニ支障ヲ生ズルコトニナラウト思ヒマスカラ削除說ニ贊成ヲ致シマス
梅謙次郎君
是レハ前回以來議論ノアツタコトデアリマスカラ議事ノ長引クコトハ好ミマセヌガ、是迄何モ差支ヘガナイノニ餘計ナモノヲ拵ヘルト云フ所カラ削除說ニ同意デアルト言ツテ詰リ菊池君ノ御話デアリマシタガ固ヨリ私共ハ實際ノコトニハ甚ダ不案内デアリマスガ總テ此所有權ノ限界ニ規定シテアル事柄ト云フモノハ是迄ハ規定ガナイカラ恐ラク我慢シテ默ツテ居ツタモノデアラウト思フ、外ノ部分ニ付テモ別段是迄大變差支ヘタト云フコトモ聞カヌコトガ多イ、只此雪隱井戸溝抔ニ於キマシテハ或ル地方抔ニ於テハ隣地ノ承諾ヲ得ナケレバ然ウ云フモノヲ疆界線ノ近傍ニ設ケルコトハ出來ヌト云フ慣習ノアルト云フコトガ民事慣例類集ニ見ヘテ居リマスガ左モアルベキコトト思ヒマス、併シ是迄所有權ノ限界抔ト云フモノハ漠然トシテ居ルノガ日本ノ慣習デ不自由ヲ感ジツツモ別ニ規定ガナイカラ仕方ガナイカラ默ツテ居ツタト思フ、現ニ元田サンノ御話シデハ雪隱抔ハ三尺位デハ困マルマダ足ラナイ六尺位ニシテ貰ハナケレバ困マルト云フコトデ私共矢張リ自分一己ノ便不便カラ考ヘタラ其方ガ便利カトモ思ヒマスガ併シ是レハ杓子定規デ極メル譯ニハイカヌ、双方ノ便利ヲ考ヘテ見ナケレバナラヌ、夫レデ此方カラ言ヘバ隣ガ疆界線ノ際ヘ雪隱ヲ設ケルト云フコトハ甚ダ望マシクナイケレドモ又向フノコトヲ考ヘテ見レバ夫レヨリ引込マサセテハ建築上不便ヲ感ズル樣ニナリマスカラ夫レデ據ロナク大概双方ノ利害ヲ見計ラツテ拵ヘタ積リデ、旣成法典抔ニハ雪隱ハ六尺トナツテ居ツタノヲ夫レデハ如何ニモ日本ノ習慣上差支ヘルト思ヒマシテ三尺トシタノデアリマス是迄差支ヘルト云フコトヲ人ガ言ハナカツタト云フコトハ甚ダ私ハ當テニナラヌト思フ、夫レヲ言フト此法典ニ規定スルコトハ十ノ八九ハ皆然ウデアラウト思ヒマス、詰リ是等ノ工事ハ隣ノ所有者ニ取ツテハ非常ニ損害ヲ受クベキ性質ノモノデアリマス、又穢タナイモノガ隣ノ地面ヘ漏レテ往クト云フヤウナコトガアツテハ隣デハ大變困マル、次ノ箇條ニハ夫等ノ注意ヲ爲スベシト云フ事ガアリマスガ、此注意ト云フコトハ孰レ慣習上デ極マルコトニ違ヒナイ、然ウシテ見レバ雪隱抔ハ相當ノ注意ヲシテモ決シテ汚液ガ隣ヘ往カヌト云フコトハ言ヘナイ、又井戸ヲ掘ル以上ハ注意ヲ爲シタ所デ危險デアルト云フコトハ免カレナイカラ是迄慣習ガアツタ所ガ夫レハ容レヌト云フコトニシテ新タニ法律トシテヤツタ方ガ宜イト云フ考ヘデアリマス、詰リ考ヘガ違ウノデアリマスカラ是丈ケノ趣意デ決ヲ採ツテ戴キタイ、夫レカラ廝坑ノ廝ノ字ハ今迄言フノヲ忘レテ居リマシタガ厨ト云フ字ニナルノガ誤マツテ忘レテ居リマシダカラ一寸申上ゲテ置キマス
議長(西園寺侯)
是レハ前回ニモ餘程長イ議論ノアツタ末今日ニナツタノデアリマスカラ決ヲ採リマセウ
穗積八束君
一寸御採決ノ前ニ簡單ニ申シマスガ前回ハ私ハ是レハ宅地ノコトニ限ツタラドウデ御座イマセウカト申シダ所ガ其時梅サンカラ御辯駁ガアツテ贊成者ハ無カツタ樣デアリマスガ、宅地ノコトハ前ノ條ニモアリマスカラ二百三十八條ノ一項ノ場合ニモ双隣ノ宅地ト云フ樣ナ工合ニ書イタラドウデアラウト思ヒマス
高木豐三君
私ノ修正說ニハ贊成ガアリマセヌカラ只今ノ穗積君ノ說ニ贊成シテ置キマス
山田喜之助君
二百三十八條丈ケハ別々ニ決ヲ御採リヲ願ヒマス
議長(西園寺侯)
宜シウ御座イマス、夫レデハ二百三十八條削除設ニ贊成ノ御方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者少數
議長(西園寺侯)
少數デ御座イマス、然ウシマスト實ハ此二百三十九條モ一緒ニ採ル譯デアリマシタガ二百三十八條ノ修正說ニ贊成ガアリマスカラ二百三十八條丈ケノ修正說ノ決ヲ採リマセウカ
土方寧君
文章ハドウナリマスカ
穗積八束君
「双隣ノ宅地」ト云フコトニナリマス
土方寧君
此二百三十八條ノ削除說ガ通リマセヌガ夫レニ付テ修正說ガ出テ居リマスガ私ハ之ニ同意スルコトハ出來ヌ、二百三十八條ノ一項ハ是レハドウシテモ田舎ニハ適用ガナイドノ道市街地ニ於テコソ適用ガ多イト思ヒマスケレドモ金持ガ廣ク土地ヲ持ツテ居ル所デハ宜シク御座イマセウガ人家稠密ノ所デ僅カノ土地ヲ持ツテ居テ然ウシテ此規則ヲ適用サレテハ實際差支ヘル
議長(西園寺侯)
貴君ノ御議論ニシマスト原案維持ノ說デアリマスカ、然ウデナイト削除說ハ今倒レマシタガヽヽヽヽヽ
土方寧君
修正說ヲ攻撃シタノデアリマス
議長(西園寺侯)
決ヲ採リマス、只今ノ穗積八束君ノ說ニ贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者少數
議長(西園寺侯)
少數デ御座イマス、夫レデハ此二百三十八條ハ原案ニ決シマス、二百三十九條ニハ修正說ガ出テ居リマス
山田喜之助君
私ハ取消シマス
土方寧君
私ハ二百三十八條ガ原案ノ如ク通過シマシテモ尙ホ二百三十九條ハ原案ノ儘デハ不十分ト思ヒマス、其理由ハ重ネテ申シマセヌ、夫レデ折角御提出ニナツタ案ヲ非難スル樣デアリマスガ私ハ改メテ二百三十九條ノ修正說ヲ提出シマス「疆界線ノ近傍ニ於テ工事ヲ爲ストキハ隣地ノ崩壞ヲ防クニ必要ナル注意ヲ爲スコトヲ要ス」ト斯ウシマシタナラバ前條ト云フコトヲ申シマセヌデモ二百三十八條ノ場合モ當リマスシ尙ホ其他ニ土地ト土地ト支ヘル義務ヲ貫ク樣ナコトニナリマスカラ只今ノ修正案ヲ提出致シマス
議長(西園寺侯)
只今ノ修正案ニハ贊成ハナイ樣デスガヽヽヽ夫レデハ他ニ御發議ガナクバ此條ハ決シマシテ修正案ノ二百三十八條ニ移リマス
(書記朗讀)
修正案  起草委員提出
第二百三十八條(舊第二百三十九條ノ次) 竹木ヲ栽植スルニ疆界線ヨリ一定ノ距離ヲ存スル慣習アルトキハ其慣習ニ從フコトヲ要ス
土方寧君
私ハ折角起草委員ガ御心配ニナツテ御起草ニナツタノヲ無暗ニ削除說ヲ出ス樣デスガ本案ハドウモ不必要ノモノト考ヘマスカラ已ムヲ得ズ削除說ヲ出シマス、其譯ハ旣ニ豫定議決ニモナツテ居ル通リ慣習ガアツテ夫レガ法例ニ背イテ居ラナイ限リハ慣習ニ依ルト云フコトハ法例ノ中ニ定マツテ居リマスカラ此二百三十八條ノ如キハ法律適用ノ結果デ明文ヲ待タナイト思フ、印刷ニナツテ居ル所ノ原案ノ二百三十七條ノ一項ハ是レハ二項三項ヲ呼ビ出ス爲メニ書イテ置クノガ必要デアリマス、又前回配付ニナツタ蒟蒻版ノ二百三十七條デアリマス是レモ矢張リ一項ハ二項三項ヲ呼ビ出ス爲メニ必要ト言ツテモ宜イ、然ルニ此二百三十八條ハ只單獨ニ慣習アルモノハ慣習ニ依ルト云フ丈ケデアル是ハ何モ必要ガナイ當然言フヲ俟タヌコトト思ヒマスカラ削除說ヲ提出シマス
高木豐三君
贊成
梅謙次郎君
一寸御注意迄ニ申シマス是レハ此前ニモ議論ガアツタコトデ一應御尤ニ聞ヘマスケレドモ成程法例ニアリマス規定ハ法律デ明カニ禁ジテナイトキハ慣習ガアレバ慣習ニ從フト云フコトデアリマスガ、併シ夫レハ廣イ一般ノ規則デアツテ此處ノ所有權ノ限界ノ事柄ニ付テドレ丈ケノモノヲ含ムカト云フ限リヲ示シテナイト私ガ裁判官ニナツテモ容易ニ慣習ヲ取ルコトハ六ケシイト思ヒマス、併シ此二百三十八條ノ明文ガアレバ慣習ヲ取ルト云フノガ法律ノ精神デアルト云フコトガ明瞭デアリマスカラ夫レデ慣習ガ行バレルコトニナルカラ丸デ無イノトハ同ジコトデハナイト思ヒマシテ此前ニモサウ云フ御議論ガアリマシタニモ拘ハラズ此案ヲ出シタノデアリマス、夫レダケヲ辯ジテ置キマス
議長(西園寺侯)
夫レデハ之ヲ削除スルカ存スルカノ二ツデ格別修正說ガ出ナイト思ヒマスカラ決ヲ採リマス、削除說ニ贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デ御座イマス、夫レデハ是レデ此草案ハ皆盡キマシテ御座イマス、最早休暇ノ時節デモアリマスカラ今日限リデ一旦閉ヂマシテ再ビ開クトキハ御通知ヲ致シマス