明治民法(明治29・31年)

法典調査会 民法主査会 第13回 議事速記録

参考原資料

民法主査會第十三回議事速記録
出席員
侯爵西園寺公望君
箕作麟祥君
末松謙澄君
穗積陳重君
横田國臣君
本尾敬三郎君
長谷川喬君
木下廣次君
高木豐三君
富井政章君
梅謙次郎君
田部芳君
鳩山和夫君
三崎亀之助君
本野一郎君
土方寧君
議長(西園寺侯)
是ヨリ開會シマス、第三節
(書記朗讀)
(左ノ如ク本條ノ下ニ附記セル參照並ニ理由ハ朗讀ヲ經サルモ參考ノ爲メ茲ニ之ヲ登載ス以下之ニ倣フ)
第三節 住所
(理由)旣成法典ニハ本籍ヲ以テ住所トスルノ主義ヲ執レリト雖モ所謂本籍ナルモノハ往々有名無實ニシテ法律上ノ生活ヲ爲スノ地ト同シカラサルコト多シ是レ旣成法典人事編第二百六十六條ニモ例外ヲ設ケ本籍地カ生計ノ主要タル地ト異ナルトキハ主要地ヲ以テ住所ト爲スト規定セル所以ナランカ若シ然ラバ寧ロ例外ヲ以テ原則トシ生活ノ本據ヲ以テ住所ト定ムルノ主義ヲ執ルヲ以テ愈レリトス是レ本節改正ノ眼目ナリ
第二十九條 各人ノ生活ノ本據ヲ以テ其住所トス(人二六二、二六六、佛一〇二、伊一六、蘭七四、一項、西四〇、獨草一七、一項、白草一〇五)
(理由)本條改正ノ理由ハ旣ニ之ヲ述ヘタリ唯原文ニ民法上ノ住所トアリシヲ單ニ住所ト改メタルハ凡テ改正法典ニ於テハ力メテ民法中ニ公法ニ屬スル事項ヲ規定セサルノ主義ヲ執レルカ故ニ特ニ民法上云々ト曰ハサルモ其公法上ノモノヲ規定スルニアラサルコトハ明カナリ且此ニ住所ト曰ヘルモノハ純然タル民法ノミナラス商法、民事訴訟法等ニモ適用スヘキモノナルカ故ニ單ニ住所ト曰フヲ以テ優レリト信シタレハナリ
旣成法典ニハ住所ヲ定メ又ハ移スニハ必ス之ヲ屆出ツルコトヲ要スルモノトセリ是レ蓋シ從來ノ本籍ヲ取リテ直チニ住所トスルトキハ或ハ必要ナラント雖モ苟モ生活ノ本據ヲ以テ住所トスル以上ハ敢テ屆出ノ有無ヲ問ハス專ラ事實上生活ノ本據ト爲レル地ヲ以テ住所トセサルヘカラス是レ人事編第二百六十三條第一項、第二百六十四條第一項及ヒ第二百六十五條ヲ削除シタル以所ナリ
旣成法典人事編第二百六十三條第二項及ヒ第二百六十四條第二項ヲ削除シタル所以ハ未成年者ノ住所ニ付テハ親族編中親權及ヒ後見ノ部ニ於テ之ヲ規定スヘキモノト信スルヲ以テナリ
長谷川喬君
一寸御尋ネヲシマス、此各人トアリマスノハ譬ヘバ内外人トカ又ハ戸主家族トカ云フヤウナ者ニ拘ハラズトカ云フヤウナ必要ガアツテ之ヲ入レラレタノデアリマセウカ、若シ然ウデアレバ例ヘバ夫婦ガ其生活ノ本據ヲ異ニシテ居ル場合ニハ矢張リ夫婦タルニ拘ハラズ其生活ノ本據ノ地ヲ以テ住所トスルト云フノ御趣意デアリマセウカ
梅謙次郎君
只今ノ問題ノ新法典ニハ極メテアリマシタノヲ故ラニ此處ニ掲ゲナカツタノデアリマス、其譯ハ妻ハ必ズ夫ノ住所ニ居ナケレバナラヌト云フガ如キコトハ親族編ニ規定セラルルモノト思フノデアリマシテ、此處ニ夫レヲ極メテ置クノ必要ハ無イカト考ヘタノデ掲ゲナカツタノデアリマス、尤モ縱令夫婦ト雖モ實際別レテ居住シテ居ル者ガアレバ、夫レハ必ズ夫婦ガ實際別レテ居ルモノヲ法律上同ジ所ニ住ンデ居ルモノト看ルト云フコトモナイト思ヒマスカラ、其時ハ夫婦ガ其住所ヲ異ニシテ居ルト云フコトガ出來テ來ルト思ヒマス、又戸主家族モ其通リデ、家族ハ通常戸主ト一所ニ住居スルモノデアルガ、併シ隨分別レテ生活スル者モアル、殊ニ家族ガ其戸主ノ許可ヲ受クレバ他所ニ住所ヲ定メテモ宜イト云フ事ガ今ノ法典ニモ掲ゲテアリマス、而シテ此各人ト云フコトハ獨リ戸主計リデハナイ、家族モ這入ル考ヘデアリマス
箕作麟祥君
此「生活ノ本據」トアルノハ何ウ云フノデアリマセウカ、本據ト云フト場所デモ無イヤウニ見ヘマスガ、旣成法典ニハ「主要タル地」トアリマスガ、此主要タル地トモ違ヒマスカ、如何デゴザイマセウ
梅謙次郎君
據ハ俗ニ寄リ所ト云フノデ自然場所ノ所ニナルヤウデアリマスガ、若シ字ガ當ラヌコトデアリマスレバ改メテモ宜シウゴザリマスガ、主要地ト云フト夫レデモ大凡ハ分リマスガ、夫レデハ何ウモ主タル地、從タル地ト云フヤウニ見ヘテ少シ面白クナイヤウニ見ヘル、人ハ必ズシモ主タル所ト從タル所トヲ持ツテ居ルトモ限リマセヌ、何時モ一ト所ニシカ住ハヌト云フ人モアリマスカラ、夫レデ主要地ト云フノハ餘リ面白クナイト云フノデ本據ト致シマシタ、意味ニ於テハ別ニ變リハナイ積リデアリマス
議長(西園寺侯)
私モ一寸御聞キシマスガ、此本據ト云フノハ矢張リ居所モ含ムノデアリマスカ、卽チ別ニ住ンデ居ル所デス
梅謙次郎君
居ル所ト云フノデスガ、之ニハ住所ト居所ト別ケテアリマス、詰リ住所ハ普通ノ言葉デ居所デアル、乍併其居所ガ其人ノ生活シテ居ル中心ト言ツテ宜イト思フ、住ム所ガ其處ガ本家、夫レカラ外ヘ出張シテ居ル所ガアルトモ出張所ハ居所デアル、夫レデ本トノ方ガ住所デアツテ夫レヲ生活ノ本據ト云フ、例ヘバ或ル人ガ番町ニ家ヲ持ツテ其處デ通常生活シテ居ル、所ガ其人ハ何ニカ商賣ノ都合デ日本橋ニ居ツテ其處デ商賣ヲシテ居ル、斯樣ナ人ハ日本橋ノ方ガ居所デアツテ番町ノ方ガ住所デアル、先ヅ斯ウ云フ風ノ考ヘデアリマス
議長(西園寺侯)
居所ト云フノハ極ク假リニ居ル所デ、住所ト云フノガ長ク續テ住ンデ居ル所ト云フノデスカ、生活ノ本據ガ住所ト云フト、極端ヲ云ヘバ官吏抔ハ役所ガ住所デハナイカト云フヤウニモ見ヘル、又商賣人抔ニスルト商賣ノ取引ヲスル所ガ住所ト云フヤウニモ見ヘマスガ其邊ハ何ウデセウ
梅謙次郎君
居所ト云フノハ廣イノデアツテ、其居所ノ中デ生活ノ本據ト見ル所ヲ卽チ住所ト看テ、法律上ノ行爲ヲ爲サシメルノデアリマス
議長(西園寺侯)
夫レハ屆ケルノデアリマスカ
梅謙次郎君
必ズシモ此ニハ屆ケルトハ極メテナイノデアリマス
議長(西園寺侯)
居所ト云ツテモ別荘ヲ持ツテ居ルトカ或ハ屡々旅行抔ヲスルトカ云フヤウナ事ハ別デ、實際其人ノ住ンデ居ル所、生活シテ居ル所、卽チ夫レガ居所デアル、實際居ル所ノ居所デアツテ其居所ガ卽チ法津上ノ住所ニナルト云フノガ原則デアル、卽チ夫レガ生活ノ中心デアツテ其處ガ法律上デモ住所デアル、尤モ人ノ内ニ居ツテ留守ヲシテ居ルケレドモ其人ハ外ノ所ニ往ツテ商賣人ナラバ其取引ヲ重モニシテ居ル所ガアレバ、其者ハ卽チ其處ガ住所デアル、斯樣ニ思ハルルガ、併シ此文字ノ上カラ言フテ見レバ官吏ナラバ其役所ガ或ハ住所デハナイカ知ラヌト云フヤウナ疑ヒヲ起サントモ限ラヌ之ハ少シ諧謔ニ屬シタヤウナ話シデハアリマスガ、極ク平タク申スノデ、決シテ議論スルノデハナイ、實際分ラヌカラ申スノデアリマスガ、先ヅ言フテ見レバ之ハ矢張リ長ク其處ニ住ンデ居ル、詰リ自分ノ父母兄弟モ居ルトカ、屆ケテ置クトカ、籍モ其處ニアルトカ云フノガ住所デアツテ、譬ヘバ箱根抔ニ旅ヲシテ居ル所ヲ居所ト指スト云フ原案ノ趣意デアラウト思ハレマスガ如何デスカ
梅謙次郎君
適用上ハ然ウデアリマスガ、其屆ケハ怠ツテ居ツテモ、倒ヘバ門札デモ掲ゲテ能ク其處ニ住ツテ居ル、本來其人ガ居ルベキ場所デアルト認メテ居ラルル居所ノ最モ重モナルモノヲ住所ト云フノデアリマス
長谷川喬君
私ハ先刻一寸各人トアル事ニ就テ御尋ネヲシマシタケレドモ御說明ガ充分分リ兼ネマシタカラ尙ホ御尋ネシマスガ、此各人ト云フ事ヲ附ケ加ヘラレタノハ何等ノ必要カラ起ツタノデアリマセウカ
梅謙次郎君
別ニ各人ト云フ文字ニ重キヲ置イタノデハナイ、唯「生活ノ本據ヲ以テ住所トス」ト言ツテモ何ンダカ誰レノ住所ダカ、誰レノ本據ダカ分リマセヌ、又之ヲ「人ノ」トシテモ敢テ惡ルイト云フノデモナイガ、併シ「人ノ」ト云フ事ハ是迄餘リ使ツテナイ、大抵「各人」ト使ツテアリマス、夫レデ唯法典ノ文章ノ是迄ノ使ヒ來リニ依ツテ用ヰタノデ、別段之ニ重キヲ置イテ書イタ譯デモアリマセヌ
長谷川喬君
今一ツ御尋ネシマスガ、譬ヘバ旣決未決ノ囚徒トカ、或ハ徴兵ノ爲メニ召集サレテ兵營ニアル如キ者抔ノ生活ノ本據ハ何處ニアルノデセウカ、之ハ或ハ事實問題ニ渉ルカモ知レマセヌガ、然ウ云フ事ニ就テノ御考ヘハ何ウデアリマスカ
梅謙次郎君
夫等ハ無論事實問題トシテ之ニハ掲ゲテナイノデアリマス、外國ノ中ニハ夫レヲ法典ニ掲ゲテ居ル所モアリマスガ、併シ學者ノ中ニハ夫等ハ掲ゲナイ方ガ宜イト云フ說ヲ唱ヘル者モアルノデ、私抔モ矢張リ掲ゲナイト云フ方ノ說ヲ採リマシタ、夫レデ私共ノ考ヘデハ唯極輕ルイ刑ヲ犯シテ一寸牢ニ這入ツテ居ルトカ云フヤウナ者ハ其處ヲ生活ノ本據トハ看ラレナイカモ知レナイガ、隨分長イ間牢ニ這入ツテ居レバ夫等ハ隨分其處ヲ生活ノ本據ト看ルコトモ出來マセウ、又兵隊ノ如キモ然ウデアツテ、長ク其處ニ居レバ隨分其處ヲ住所ト看ル事モ出來ルデアラウト思ヒマス、併シ然ウ云フ事ハ事實問題トシテ法律デ無理ニズツト極メテ置クト云フヤウナ事ハシナイ方ノ方針ヲ採リマシタ
長谷川喬君
私ハ此第二十九條ニ就テ修正案ヲ提出シマシタ、夫レハ旣成法典ニ據ルト、旣ニ起草者ノ理由書中ニモアリマスル通リ、本籍地ヲ以テ住所トスルノヲ原則トシ、夫レカラ生活ノ本據トカ云フモノニ屬スルモノヲ住所トスルノヲ變例トシテ居ルト云フノデアリマスガ、私ハ矢張リ起草者ガ旣成法典ノ趣意ヲ付ケラレタニモ拘ハラズ、矢張リ旣成法典ノ趣意ノ方ガ却テ我日本ニハ適當スルカト思ヒマス、何ゼト申スニ其本籍地ト云フモノガ丸デ分ラナイトキナラバ、夫レハ生計ノ主要ノ地ヲ以テ其住所トスルノハ適當デアラウガ、旣ニ本籍ト云フモノガ立派ニ備ツテ、戸籍帳ニモ記シテアツテ、然ウシテ其處ニ永住スルト云フモノガ原則デアル、此理由書ニ依ルト本籍ナルモノハ往々有名無實デアル云々トシテアリマスガ成程有名無實モアリマセウ、併シ此四千五百萬ノ人口中果シテ其本籍地ヲ離レテ居ルモノガソンナニ餘計ニアリマセウカ、私ハ比較的ニ左樣ナ者ハ僅カデアラウト思ヒマス、然ウシテ此ノ生活ノ本據ト云フ地ハ何ウカナラバ、其者ハ此理由書中ニモアリマス通リ別ニ屆ケヲシテ置クト云フノデモナイ、然ウシテ看レバ其生活ノ本據ノ地タルヤ否ヤト云フコトハ全ク事實問題ニ屬スルノデアリマス、偖テ之ガ生活ノ本據ノ地デアルト云フ事ヲ證據立ツルノ責任ハ誰レニアルカナラバ起訴者ニアルノデアル、故ニ之ハ頗ブル面倒デアル、夫レヨリハ永住ノ居ヲ占メテ居ル所ヲ以テ必要ナルモノト看タナラバ、矢張リ本籍ヲ以テ住所トスル精神ハ尙ホ旣成法典ノ通リニシタガ宜シイト思ヒマス、其處デ旣成法典ニハ之ヲニ條ニ分ケテアリマスガ、私ハ其二條、卽チ旣成法典ノ第二百六十二條ト第二百六十六條トノ二箇條ニアル事ヲ一箇一條ニ纏メタイノデアリマス、卽チ「本籍所在ノ地ヲ以テ住所トス但本籍地カ生計ノ主要地ト異ナルトキハ其主要地ヲ以テ住所トス」斯ウ云フ改正案ヲ提出シマス
議長(西園寺侯)
只今ノ長谷川さんノ改正案デハ全ク意味ノナイモノニナリハシマセヌカ、何ゼナラバ本籍ノ地ガアレバ外ニ本籍ノ所ニ主要地ガアル、之レト同ジ樣ナ意味ニ解セラレマスガ何ウデスカ
長谷川喬君
本籍ト云フモノハ明カニ戸籍帳ニモ記シテアリマス、主要ナル生計ノ地ハ何處デモ設ケ易ヒモノデアリマス、夫レデ先ヅ本籍ノ地ト云フモノガ定ツテ居リサヘスレバ夫レニ對シテ義務ヲ求メルナリ、スルノデアリマス
高木豐三君
結果ハ同ジヤウデアル
議長(西園寺侯)
地方ニ往クト本籍ニ居ル者ガ多イダラウガ、東京ヤ大阪抔ハ本籍ニ居ル者ハ一般ニ少ナイヤウデアル
箕作麟祥君
此本據ト云フ字ハ調ベテ見テ大丈夫理由ノアル字ト認メラレタノデスカ
梅謙次郎君
其積リデスガ
箕作麟祥君
何ウモ不安心ノヤウニ思フ
議長(西園寺侯)
「各人」ノ「各」ノ字ガ不安心デアラウ
穗積陳重君
「各人」ト書クト獨リノ人ガ必ズ其住所ヲ定ムベキモノダト云フコトガ分リマス
横田國臣君
此「各人ノ」ト云フ事ハ要ラヌヤウダネ
末松謙澄君
本據ニシテ現ニ住スルト云フヤウナ事ニハナランカ
高木豐三君
生計ノ主要地ト云フテハ可笑シイデセウカ
議長(西園寺侯)
全體生計ノ主要ト云フ事ハ何ウ云フモノデアルカ、夫婦仲善ク暮ラシテ居ルト云フ所ガ生計ノ主要地ト云フノデアラウカ
横田國臣君
御尋ネシマスガ、生活ノ本據ヲ以テ住所トスルト云フト、譬ヘバ私ガ國ニ財產ヲ持ツテ居ル、然ウシテ東京ニ居ル、時時ハ國ヘモ往ク、國ニハ住ツテ居リマセヌガ、金ハ國カラ送ツテ來ル、斯ウ云フ者ハ何ウナリマセウカ
梅謙次郎君
其時ハ東京ヲ住所ト看マス、金ハ何處カラ出ヤウトモ重モニ生活シテ居ル處ヲ指ス、商賣カラ言ヘバ利益ガ田舎カラ上ツテモ現ニ東京ニ居ツテ商賣ヲシテ居レバ田舎ガ生活ノ本據トハナラヌ、矢張リ東京ヲ住所ト看ナケレバナラヌ、生活ハ現ニ生キテ居ルト云フノデ生キテ居ル本トヲ指スノデハアリマセヌ
高木豐三君
場所デハ如何デセウカ
横田國臣君
長谷川さんノ說モ詰リハ同ジコトダネ
穗積陳重君
長谷川さんノ御修正ハ土地ガ住所デアル、夫レデ文章カラ云フト場所ヲ指スト云フ方ノ考ヘハ是迄餘リ少ナイヤウデアル
高木豐三君
長谷川君ノ趣意ナラバ原案通リデモ宜シイ
議長(西園寺侯)
是デ宜イデハアリマセヌカ
田部芳君
私モ少シ修正ヲ加ヘタイ、併シ大體ハ變リマセヌ、又非常ナ妙案モ浮ビマセヌガ、旣ニ此「各人」ト云フ事ニ就テハ色色異議モアリマシタ通リニ少シ可笑シイト思ヒマスカラ、此「各人ノ」ト「其」トヲ削ツテ「生活ノ本據ヲ以テ住所トス」ト云フコトニ改メタイノデアリマス
梅謙次郎君
「各人」トアレバ何人ト雖モ住所ナカルベカラザルコトヲ意味スルノ利益ガアリマス
末松謙澄君
私ハ各人トアツタ所ガ翻譯トシテモ然ンナニ可笑シイ翻譯デハナイト思フ、又此處ニ各人ト書イタラ他ノ所ニモ矢張リ其通リニ書カネバナラヌト云フ事モナイト思フ、其處デ先刻モ此各人ト云フト誰レデモ彼レデモト云フ御說モアリマシタガ、或ル一家族ノ人デ、譬ヘバ私抔ノ如キ實ハ獨立ノ籍ハ持ツテ居リマセヌガ、併シ一家ヲ立派ニ―――立派ニト言ツテハ可笑シイガ、他ノ所ニ一家ヲ權ヘテ居ル、然ウシテ籍ハ國ノ兄ノ内ニ書生トモ付カズ養子トモ付カズト云フヤウナ所ニアル、夫レヲ各人ト一々言ツテハ餘程混雜ガ起リハシマセンカ
梅謙次郎君
然ウ云フ所ガ妙ナ所デハナイカト思ヒマス、夫レハアナタガ兄サンノ内ニ住所ヲ持ツトシテハ往カナイ、他ニ立派ニ一家ヲ爲シテ居ラルル所ガアレバ則チ其處ガ住所デアル、又親ノ所ニ居ル者ハ其所ガ住所デアル、然ウ云フ事實問題カラ取ツタノデアリマス
高木豐三君
田部君ノ說ニ贊成
箕作麟祥君
私モ一ツ修正ヲ出シマス、「住所ハ生活ノ本據ノ地ニ在ルモノトス」斯ウ云フ案デアリマス
高木豐三君
「住所ハ生活ノアル所トス」トシテハ何ウデセウカ
末松謙澄君
原案贊成
議長(西園寺侯)
夫レデハ田部君ノ說ニ贊成ガアリマシタカラ試ニ、何時デモ試シデハアリマスガ、決ヲ採ツテ見マセウ、之ニ贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者少數
議長(西園寺侯)
少數
土方寧君
私モ明案ハアリマセヌガ一ツ出シマス、如何ニモ此本據ト云フノハ何レダカ場所ト云フコトヲ指スト云フヤウデモ疑ヒヲ起シマスカラ、斯ウ變ヘタラ何ウカト思ヒマス、各人トハ言ハヌデモ宜イト思ヒマスカラ、之ハ拔カシテ「生活ノ本據地ヲ以テ住所トス」斯ウスルト或ハ土地ヲ指スト云フヤウナ論モ起リマセウガ、私ノ考ヘデハ土地ガ一番宜イヤウニ思ヒマス
長谷川喬君
私ハ先キノ修正案ヲ少シ變ヘテ出シマス、唯文章丈ケデ意味ハ變ハリマセヌ、「住所ハ本籍地ニ在ルモノトス但本籍地カ生計ノ主要タル地ト異ナルトキハ其主要地ヲ以テ住所トス」
鳩山和夫君
長谷川さんニ贊成
高木豐三君
但書ニセヌデ二項ニハナリマセヌカ
長谷川喬君
夫レハ何ウデモ宜シイ
鳩山和夫君
私ハ長谷川さんノ御說ニ贊成シマシタガ、長谷川サンノ仰ツタ通リ、詰リ我日本デハ本籍ト云フモノガ通則デアツテ、卽チ本籍ニ其住所ガアルト云フノガ通則デアル、本籍ノ無イ場所ニ住所ガアツテ現在家ヲ持チ其父母兄弟、子供モ其處ニ居ルト云フヤウナ者ハ例外デアル、夫レガ事實デアルト云フ事ガ長谷川サンノ論ノ本ト思ヒマスガ、果シテ夫レガ事實ト思ヒマス、卽チ官吏デアルトカ、或ハ商法人デアツテモ少シ飛ビ上リノ方ハ本籍ト現住所ト違ウカモ知レマセヌガ、先ヅ農民デ日日鋤鍬ヲ取ツテ居ルヤウナ者ハ原籍ト現住所トハ必ズ同一デアル、又東京トカ大阪トカ云フヤウナ都會ノ地ニアツテモ其多數ハ何ウデアルカ、彼ノ越後屋トカ其他長ク東京ニ居ル者トカ、或ハ大阪ノ鴻ノ池トカ云フヤウナ人間ハ何ウカナラバ矢張リ原籍ト現住所トガ同ジデアル、之ハ事實上ノ問題デアツテ、事實上本籍ト住所ト同一ナルモノガ現在多イト云フノガ事實デアル、而シテ本籍ト云フモノハ從來慣行ガアツテ之ヲ變更スルトキハ其屆出ノ手續ト云フモノモ定ツテ居リマスガ、是等ノコトハ實ニ便利ノ制度デアルト思ヒマス、之ヲ全ク打棄テテ仕舞ウト云フ事ハ宜シクナイト思ヒマス、卽チ吾吾此席ニ居ル者ハ大抵歐羅巴ノ教育ヲ受ケテ居ルカラ所謂洋癖デアルト思フ、隨分本籍ト云フモノガアツテ中々行政上其他ニ於テ便利ノモノデアルト思ヒマスカラ、卽チ現今ノ日本ノ事實ニ從ツテ本籍ト云フモノヲ先ヅ住所ト定メル、乍併其本籍ト實際ノ現住所卽チ其處ニ於テ商業ヲ爲シ、或ハ其他自分ノ一切ノ職業トスルモノヲ營ミ、夫婦父子與ニ居ル所ガアレバ其處ヲ以テ住所ト看ルト云フノ例外ヲ設ケテ宜シイノデアル、夫故ニ原則ハ實際ノ事實ヲ以テ原則トシ、又少數ノモノヲ以テ例外トスルト云フ事ニナレバ大ニ事實ニ適ツテ各人ノ權利ヲ侵害セヌ事ニナラウト思ヒマス
梅謙次郎君
長谷川さんノ案ガ問題ニナリマシタカラ一言辯ジテ置キマス、如何ニモ只今長谷川君並ニ鳩山君ノ言ハレタ通リ、今日我日本四千何百萬人ノ生活ノ本據ハ何處ニ在ルカナラバ本籍地ニアリマス、ケレドモ決シテ明カニ生活ノ本據ガ本籍地ニアルト云フガ如キ農民トカ、或ハ古クカラ其處ニ居ツテ商業ヲ營ンデ居ルヤウナ者、然ウ云フ者ニ就テハテンデ問題ガ起ラヌノデアル、然ウ云フ者ニ就テハ生活ノ本據トシテモ疑ヒハ起ラヌ、生活ノ本據ト云フモノガ明瞭デナイカラ疑ヒガ起ルノデアリマス、之ニ反シテ多少ノ疑ヒガ起ツテ裁判所ノ問題トナルト云フヤウナ場合ハ卽チ少數デハアリマセウケレドモ、或ハ本籍地ト寄留地ト別々ニナツテ居ル、例ヘバ同ジ東京ナレバ舊ト芝ニ居ツタ者ガ本郷ニ引越シ、本郷ニ居ツタ者ガ本所ニ移ツタト云フヤウナトキニ、其度毎ニ一々本籍ヲ移スト云フモノデナイ、甚シキニ至ツテハ屆ケヲセヌデ本籍ハ五年モ六年モ其儘ニシテ置テ、現ニ住ツテ居ル所ノ區役所ノ帳面ニハ載ツテ居ラヌヤウナ者ガ幾等モアル、然ウ云フ者ニ就テ問題ガ起リマス、成程然ウ云フ者ハ日本中カラ看ルト大少數デハアリマセウガ、其大少數ノ者ニ向テ問題ガ起ル、其問題ノ起ツタ時分ニ本籍地ヲ住所トシテ例外ノ場合ニハ生計ノ主要地ヲ以テ住所トシテモ同ジヤウナ問題ガ起リマス、而シテ生活ノ本據ヲ以テ住所トシテ置テモ、住所ガ本籍ニアルトキハ生計ノ主要地デアルカラ、決シテ今日ノ實際ニ違ウノデハナイ、今日ノ實際ヲ其儘此法文ニ現ハスノデアリマス、只今ノ御演說ニ依ルト、或ハ擧證上ニ就テ便利ガアルト云フヤウナ事デアリマシタガ、其便利ハ私ハ認メマセヌ、何ゼナラバ本籍地ニ生活ノ本據ガアルト云フ事ガ明カナルトキハ問題ガ起ラヌ、生計ノ主要地ト直サウト云フコトデアリマスガ、此生計ノ主要地ガ本籍地ヨリ外ニアルト云フコトデアリマスレバ、其疑ヒガアレバ矢張リ問題ガ起ツテ來ル、裁判官ハ當事者ガ證據ト云フモノヲ持ツテ來レバ一通リハ調ベナケレバナラヌ、然ウシテ又形チヲ看レバ餘程可笑シイ、生計ノ主要地ト本籍地トガ同ジノトキハ住所ハ本籍ニアル、本籍地ト生計ノ主要地トガ違ウトキニハ住所ハ主要地ニアル、形チヲ以テ看ルト、夫レデハ住所ハ元來生計ノ主要地ニアルモノノ如ク見ヘル、斯ウ云フ觀念ハ直グニ起ツテ來ル、然ウスレバ形チハ然ウナツテ居ツテモ實際上ハ生計ノ主要地ガ原則ニナツテ、其他ハ例外ニナツテ、其主要地ガ何處デアルカ判然セヌ場合ニハ本籍地ヲ擔ギ出ス事ニナリマス、然ウ云フ場合ニハ相方ノ方カラ證據ヲ出スカラ爭ヒガ起リマス、然ウスレバ其實際ト條文ト揃フ方ガ宜カラウト思ヒマス私抔モ最早二十年間ハツイゾ往ツタ事ハナイ、家モ無イ何ニモ無イ所ニ本籍ガアリマシタ、是ハ私獨リデモナイ、然ウ云フ者ハ澤山アラウト思ヒマス、夫故ニ矢張リ原案ガ宜シイト思ヒマスカラ只今ノ修正案ノ通ラヌヤウニ希望シマス
議長(西園寺侯)
只今配付シマシタ案ハ休憩後ニ御相談ヲシマスカラ其御積リニ願ヒマス
田部芳君
只今長谷川君カラ案ガ出テ贊成ガアリマシタガ、私ハ此修正ハ何ウモ少シ缺點ガアラウト思ヒマスカラ一言反對シテ置キマス、本籍ノ事ニ就テハ只今御辯明ガアリマシタカラ此點ニ付テハ述ベマセヌガ、私ハ此生計ノ主要地ト云フ言葉ガ一體餘程實際ノ住所ト云フ住所其モノヲ言ヒ現ハサヌモノデハナイカト云フ事ヲ疑ツテ居リマス、何ゼト云フニ譬ヘバ爰ニ獨リ者ガアツテ東京ニ一家ヲ構ヘテ居ルガ、其内ニハ雇人ヲ置テ留守番ヲサシテアル、然ウシテ自分ハ商業上カ何ニカデ一年中四方八方ヲ歩イテ居ルトスル、然ウ云フ者ハ生計ノ主要地トハ言ヘヌデアラウ、唯ダ其處ヲ根城トシテ居ルカラ矢張リ東京ガ住所デアルガ、乍併生計ハ旅ビデアル、旅ビデ始終暮シテ居ル、斯ウ云フ者ハ東京ヲ以テ其生計ノ主要地トハ當ラヌト思ヒマス、唯ダ私共ノ考ヘハ住所ハ縱令外デ暮サウガ矢張リ其處ヲ本トシテ始終何處ニ出テ居ツテモ其處ニ矢張リ住所ガアルモノヲ生計ノ地ト思フノデ、夫レデ生計ノ主要地ト云フノハ少シ當ラヌト思ヒマス
横田國臣君
私ハ若シ今ノ本籍ト云フモノガ大變久シク續クモノト看レバ其方ガ宜カラウト思ヒマス、アア云フモノガ一ツアル以上ハ必ズ夫レニ依ルガ宜シイト思ヒマスガ、自分ハ茲ニ一ツノ疑ヒヲ持ツテ居リマス、夫レハ何ウモアノ戸籍法ガ良クナイ、夫故ニ日本デハ罪人ノ本籍トカ、何處ガ犯罪地トカ、犯罪人名簿ト云フモノモ夫レガ爲メニ出來ナイ、譬ヘバ私ガ會津ニ生レタトスレバ直樣東京ノ者ニナルトカ、何處ノモノニナルトカ云フヤウニ據リ所ガナイ、本トガ無イ、定マツタ本トガ無イ、夫レデ何ウシテモ之ハ向フノ通リヽヽヽヽヽト云フモノガ定ツテ、然ウシテ日本全國ノ人員モ分リ、彼レハ何處ニ生レタ者ト云フコトモ分ツテ、夫レデ分ランケレバナラヌト思ヒマスガ、今ノ制度ハ大變不便デアル、夫レデ戸籍法ノ改正ト云フ事モアルガ、唯ダ戸籍ト云ツテモ夫レガ極マラヌヤウニアツテハ大變不都合ト思ヒマスガ、若シ夫レガアレデ立派ニ成立テ往クモノナラバ一ツ考ヘナケレバナラヌ、夫レデ實際ニハ長谷川君ノ說モ起案者ノ說モ餘リ事ハ變ハラヌト思ヒマス、證據ノ擧ゲ方ト云ツテモ、譬ヘバ私ヲ人ガ捉ヘテ御前ハ何處其處ニ住ンデ居ルト言ツタトキニ、私ノ方デ住ンデ居ラヌト言ヘバ私ノ方カラ其證據ヲ擧ゲネバナラヌ、何レニシテモ證據ヲ擧ゲルノハ受ケ方カラ擧ゲルト云フノデアルカラ此處ハ同ジ事ニナリハセヌカ、然ウシテ見レバ此處ニ本籍地ト云フヨリハ却テ起案者ノ方ガ善クハナイカ、夫レデ私ハ本籍地ガズツト續イテ往クナラバ夫レハ考ヘナケレバナラヌガ、アア云フモノガ或ル場所ヲ定メテ居ルカラ夫レヲ放ツテ置テ往クコトハ可笑シイ、ケレドモアレモ不充分ト思ヒマス、夫レデアリマスカラ私ハ何レカナラバ愈々アア云フモノガナケレバナラヌト云フ事ガ證明サレレバ兎モ角、去モナケレバ原案ヲ贊成シテ置キマス
議長(西園寺侯)
議論モ盡キタヤウデアリマスカラ決ヲ採リマセウ、只今ノ長谷川さんノ動議ニ贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者少數
議長(西園寺侯)
少數、次ハ第三十條
(書記朗讀)
第三十條 住所ノ知レサル場合ニ於テハ居所ヲ以テ住所ニ代用ス
(人二六七、一號、民訴一三、佛民訴二、五九、一項、六九、八號、獨民訴一八、蘭七四、二項、白千八百七十六年三月二十五日法三九、二項)
(理由)旣成法典人事編第二百六十七條第二號ヲ分チテ次條ヲ設ケタル所以ハ日本ニ住所ヲ定メサル外國人ニ關シテハ必スシモ其居所ヲ以テ住所ニ代用スルコトヲ得サルハ次ニ論スル如クナレハナリ
議長(西園寺侯)
之ハ居處ヲ以テ是非代用シナケレバナラヌノデアリマスカ
梅謙次郎君
本則ハ本據ガ住所、居所ハ必ズシモ住所ナラズトナツテ居リマス、尤モ其住所ガ能ク分ラヌナラバ住所デハナイガ、住所ノ代ハリニ使ウノデアリマス
高木豐三君
私ハ之ヲ「住所ノ知レサル場合ニ於テハ居所ヲ以テ住所ト爲ス」ト修正シタイ、其譯ハ此代用ト云フコトハ今度ノ案ノミデハナイ、旣成法典ニモ代用スト云フコトガアリマスガ、此代用スト云フコトハ私ハ何ウシテモ之ハ自動ノ動詞デアル、之ハ何ニモ代用スルト云ツテモ今住ンデ居ル者、私ナラバ私ガ本籍地ガ無イカラ居所ヲ以テ住所ニ代用シテ居ルト云フコトナレバ言ヘル、外國語デ言ヘバ代用セラレル、自動ノ語ニ使ヘバ言ヘル、此文章デ代用ストハ何ウシテモ其意味ガ通ジマセヌ、夫レデ居所ヲ以テ住所ト爲スト云フコトニナルト、住所ト云フモノガ一ツ定ツテ居ル、夫レデ今度ハ住所ノ知レヌ場合ニハ居所ト云フモノヲ以テ住所トスルゾ、住所ト看做スト言ツテモ宜イガ、看做スモ少シ可笑シイヤウデアル、兎ニ角代用ト云フ言葉ハ不都合ト思ヒマス、之ハ起草委員諸君ガ初メテ書カレタト云フノデモナイ、以前カラアリマスガ
梅謙次郎君
只今ノ高木君ノ御說ハ別ニ質問ト云フモノデモナイノデスカ
高木豐三君
之デ不都合ハナイト云フ御積リデスカ
梅謙次郎君
私共ハ此代用ト云フコトハ斯ウ云フ風ニ思ツテ居リマス、此代用ハ古クカラアルノデ或ハ誤解カモ知レマセヌガ、是ハ法律ガ代用ヲスル、卽チ立法者ガ此居所ヲ以テ住所ノ代リニ用ヰル、卽チ外ノ人モ法律ノ規定ニ倣ツテ用ヰテ宜シイ、又外ノ人モ用ヰンデモナイ、訴ヘヲ起ス人ハ矢張リ夫レニ依ル、然ニ今ノ高木さんノ案デハ大變可笑シイ、住所ハ知レナイ、住所ハ知レナイガ住所トスルト云フノハ可笑シクハアリマセヌカ
高木豐三君
私ハ可笑シクナイト思フ
横田國臣君
只今ノ起案者ノ辯解ハ少シ可笑シクハアリマセヌカ、ト云フモノハ立法者ガ代用ヲスル、然ウスルト前ニ住所ト云フモノハ立法者ガ拵ヘテ居ルノデ、今度ハ復タ夫レヲ立法者ガ代用スル、何ニモ代用セヌデモ立法者ガ出來サウデアルガ、之ハ立法者デ以テ代リヲ作ツテ用ヰンデモ立法者ガ出來サウデアリマスガ
梅謙次郎君
住所ト居所ガ違ハヌナラバ宜シイ、居所ヲ住所トスルト言フモ差支ナイ、唯困ル事ニハ住所ノ知レヌト云フトキ、人ノ居ナイトキハ犬ヲ人トスルト云フヤウナモノデ、旣ニ人ト犬トハ違ウト云フノデアリマスカラ何ウシテモ理窟ニ合ハナイ
田部芳君
一寸起草者ニ御尋ネシマスガ、此草案ニ依ルト人ハ必ズ住所ハナケレバナラヌモノデアルト云フ原則ヲ御採リニナツタモノデアルヤ否ヤ、若シ御採リニナツタト云フ事デアレバ其趣意ハ何レノ箇條ニ依テ現ハスカト云フコトヲ承リタイ
梅謙次郎君
人ハ必ズ住所ヲ持タネバナラヌト云フガ如キコトハ法典ニハ掲ゲナイ、又之ヲ掲ゲルノ必要ハ無イト思ヒマス、乍併先程二十九條ニ就テ一寸穗積君カラ御說明ガアリマシタ如ク、「各人ノ生活ノ本據ヲ以テ其住所トス」トアリマス、此條ニ依テ各人ガ住所ヲ持ツト云フコトガ自カラ分リマス、住所ハアル、此生活ノ本據ト云フモノハ必ズアルベキ筈デアル、旣ニ生活ノ本據ガアレバ從テ住所ヲ持ツテ居ル、若シ其住所ガ知レヌナラバ居所ヲ以テ其代リニ使ウ、斯ウ云フ事デアツタラ宜カラウ、故ラニ各人ハ住所ヲ持ツテ居ラネバナラヌト云フ事ハ書カヌデモ宜カラウト云フ考ヘデアリマス
田部芳君
只今ノ御辯明ハ分リマシタガ、然ウスレバ斯ウ云フトキハ何ウナリマスカ、例ヘバ今迄東京ニ住所ヲ定メテ居ツタ者ガ其住所ハ全ク廢メテ仕舞ウト云フコトニナツタ、夫レカラ後マダ住所ヲ定メズニあつちこつちぶらぶら歩イテ居ル、其時ハ其者ハ住所ガ無イト云フコトニナリマスカ
梅謙次郎君
勿論然ウ云フ者ハ住所ハ無イト云フコトニナリマス、夫レハ例外デアリマスカラ其事柄ヲ防グコトハ出來マセヌガ、然ウ云フ例外ハ生ジテ來マセウ、然ウ云フ場合ガアルカラ各人ハ住所ヲ持タヌナラヌト云フコトモ書クノ必要ガナイト思ヒマス、夫レデ住所ノ代リニ居所ヲ代用トシテ使ウト云フノデアリマス
箕作麟祥君
私モ修正說ヲ出シマス、高木サンノトモ少シ違ヒマス、其文案ハ「生活ノ本據ノ知レサル場合ニ於テハ居所ヲ以テ住所トス」ト云フノデアリマス、其理由ハ之ハ無形デアツテ、其無形ナモノヲ何處ニ極メルカナラバ、前ニ生活ノ本據ヲ以テ住所トスル、今度ハ無形ナモノガ無イト云フコトハ可笑シイ、其寄ル所ガ住所、其寄ル所ガアル場合ハ其處ヲ以テ住所トスル、其住所ト云フ無形ノモノノ分ラヌト云フコトハろじつくニ合ハナイ話シデアル、夫レデ生活ノ本據ノ分ラヌ場合ハ其居所ガ住所トナルト云フヤウニナリマス、斯ウ云フ理由デ只今ノ案ヲ提出シマス
田部芳君
只今ノ私ノ質問ニ對スル御辯明ニ依ルト住所ノ全ク無イノモアル、之モ此内ニ籠ルト云フヤウナ御說明デアリマシタガ、住所ノ無イト云フコトガ全ク分ツテ居ルノニ知レヌト云フコトハ少シ無理ト思ヒマス、其處デ私ハ此三十條ニ一項ヲ加ヘテ、是迄ノ住所ヲ止メタラ是非トモ住所ヲ持タネバナラヌト云フコトヲ、直接ニ書カヌデモ間接ニ書テ、然ウシテ何時デモ住所ガアルト云フヤウニシテ置キタイト思ヒマス、其處デ斯ウ云フ一項ヲ入レタイノデアリマス、「新ニ住所ヲ定ムルニ非サレハ舊住所ハ廢止セラレサルモノトス」全ク前ノ住所ハ止メテ仕舞ツタト云フコトガ極ツテ、又新タノガ極ラヌト云フヤウナモノハ舊住所ハ廢止セラレヌト云フコトニスルノハ至極宜シイト思ヒマス、左モ無イト住所ガ無クテ無闇ニあつちこつちぶらぶらシテ居ル者ヲ法律デ認メルト云フコトハ不都合デアルカラ無イ者ハ無イ者トスルガ宜シイト思ヒマス
横田國臣君
箕作さんノ御說ガ「生活ノ本據ナキ場合ハ居所ヲ以テ住所トス」ト云フコトニナレバ宜シイト思ヒマス、土臺住所ガアツテ判然セヌト云フコトハ無イコトデアル、又無イモノノ知レヌト云フ事モ可笑シイ、ケレドモ無イト云フコトデアレバ實際デアル
梅謙次郎君
私ハ反對デアリマス、無イト云フモノノ内ニ知レナイモノモ籠ルト云フコトハ少シ困ル
高木豐三君
私ノ說ト箕作さんノ御說ハ代用ノ所ヲ削ル丈ケハ同ジデアリマス
箕作麟祥君
住所ノ知レザルデハ少シ困ル
高木豐三君
住所ノ知レザル場合ハ居所ヲ以テ生活ノ本據トスルト云フ事ニシテモ宜イヤウデハアリマスガ、此前條ニ於テ旣ニ生活ノ本據ニナル所ガ卽チ本住所、此本住所ト云フモノガ前條ニ於テ定ツタ、其定ツタ所ノ住所、卽チ生活ノ住所ト云フ言葉ガ重サナルト云ヘバ可笑シイヤウデハアルガ、此處ノ住所ト云フノハ何ニカナラバ卽チ生活ノ本據デアリマス、夫レデ前條ニ言ツテ居ル事ヲ此處ニ擔ギ出スノダカラ矢張リ意味ハ同ジト思ヒマス
穗積陳重君
箕作さんノ文案ハ「生活ノ本據ナキ場合ハ」云々ト云フノデアリマスカ
箕作麟祥君
然ウ致シマセウ
富井政章君
「居所ヲ以テ住所ニ充ツ」デハ往ケヌカ
本野一郎君
「住所ト看做ス」ハ往ケヌカ
田部芳君
色々異見モ出マシタガ、私ハ矢張リ原案ヲ贊成致シマス、代用ストハ法律上デ住所ノ作用ヲ與フルコトヲ云フモノデアルカラ差支ナイト思フ
議長(西園寺侯)
夫レデハ箕作さんノ說ニ付テ決ヲ採リマセウ、文案ハ「生活ノ本據ナキ場合バ居所ヲ以テ住所トス」
高木豐三君
知レヌノモ矢張リ其内ニ這入リマスカ
箕作麟祥君
其積リ、尙ホ修正シ替ヘマス、「生活ノ本據ノ知レサル場合ハ居所ヲ以テ生活ノ本據トス」ト云フコトニ致シタイ
田部芳君
只今箕作さんカラ復タ新タナル御說ガ出マシタガ、夫レハ不都合ト思ヒマス
議長(西園寺侯)
マダ贊成ガナイカラ攻撃スルニハ及ビマセヌ
高木豐三君
私ハ別ニ修正案ヲ出シマス、「住所ノ知レサル場合ニ於テハ居所ヲ以テ住所トス」
(「贊成」ト呼ブ者アリ)
議長(西園寺侯)
然ラバ決ヲ採リマセウ、只今ノ高木さんノ案ニ贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者少數
議長(西園寺侯)
少數、外ニ議論ガ無ケレバ次ノ條ニ移リマス、―――第三十一條
(書記朗讀)
第三十一條 日本ニ住所ヲ定メサル外國人ハ其日本ニ於ケル居所ヲ以テ住所ニ代用ス但法例ノ定ムル所ニ從ヒ其住所ノ法律ニ依ルヘキ場合ハ此限ニ在ラス(人二六七、二號、民訴一三、佛民訴二、五九、一項、六九、八號、蘭七四、二項、白千八百七十六年三月二十五日法五二、二號)
(理由)一、法例第八條ニ據レハ本國法ヲ適用スヘキ諸般ノ場合ニ於テ何レノ國民分限ヲモ有セサル者又ハ地方ニ依リ法律ヲ異ニスル國ノ人民ハ其住所ノ法律ニ從フヘキモノトセリ而シテ此住所ト云フハ日本又ハ外國ニ於テ其者ノ有スル住所ナルコト疑ヲ容ルヘカラス若シ然ラスシテ此場合ニモ亦旣成法典人事編第二百六十七條ヲ適用スヘキモノトセハ常ニ日本ノ法律ニ依ルヘキモノトナルカ故ニ徒ラニ迂遠ナル住所ノ法律ニ從フノ語ヲ用ユルノ理ナシ是レ本條但書ヲ必要トスル所以ナリ
二、原文ニハ單ニ左ノ場合ニ於テハ居所ヲ以テ住所ニ代用スヽヽヽヽヽヽ日本ニ住所ヲ定メサル外國人ニ關スルトキト曰ヘルヲ以テ其居所外國ニ在ルモ猶ホ居所ヲ以テ住所ニ代用スヘキモノノ如シ是レ日本ニ於ケルノ數文字ヲ加ヘタル所以ナリ
梅謙次郎君
之ニ少シク訂正ヲ加ヘマス、今ノ案ニ斯ウ云フ文字ヲ加ヘマス、「日本ニ住所ヲ定メサル」トアル下ニ「者ハ日本人タルト外國人タルトヲ問ハス」ヲ加ヘ「外國人ハ其」トアルヲ除クコトニ致シマス、其理由ハ初メ外國人丈ケニ嵌マルヤウニシマシタガ、能ク考ヘテ見レバ、日本人デモ矢張リ日本ニ住所ヲ定メナイヤウナ者モアルカラ、其者モ矢張リ日本ニ於ケル居所ヲ以テ住所ニ代用スルト云フコトニシタガ宜シイト云フ考ヘデアリマス
横田國臣君
此定ムルト云フノハ何ウデゴザイマセウカ、屆出テルトカ何ントカスルナラバ定ムルガ宜イガ、何ウモ定メルト云ツテモ一寸定メラレヌヤウニ思フガ
梅謙次郎君
夫レハ矢張リ定メルト思ヒマス
三崎亀之助君
日本人デ日本ニ住所ヲ定メテ居ラヌデ外國ニ住所ヲ定メテ居ツテ、一寸臨時ニ日本ニ歸ツテ居ルト云フヤウナ者モアリマスカ
梅謙次郎君
澤山アリマス
本野一郎君
私ハ「日本ニ住所ヲ定メサル者ハ」トアルノヲ「日本ニ住所ヲ有セサル者ハ」ト改メタイ、原案ノ如クニ定メルト云フト定メル手續デモ要スルヤウニ見ヘマス
(「贊成」ト呼ブ者アリ)
高木豐三君
夫レハ何レ要スルダラウ
梅謙次郎君
法律上ハ要ラナイ
田部芳君
一寸質問シマスガ、民事訴訟法ノ第十二條ニ「外國ニ在ル本邦ノ公使及ヒ公使館ノ官吏並ニ其家族、從者ノ裁判籍上ノ住所ハ本邦ニ於テ本人ノ最後ニ有セシ住所ナリトス」トアツテ、其次ニ以テ來テ、「此住所ナキモノニ付テハ司法大臣ノ命令ヲ以テ豫メ定ムル東京内ノ區ヲ以テ其住所ナリトス」云々、斯ウ云フ箇條ガアリマス、卽チ譬ヘバ外國ノ朝鮮トカ支那トカヘ往ツテ居ル者ニ對シテ日本デ訴ヘヲ起スト云フコトガ此訴訟法ニ依レバ出來ルノデアリマスガ、此點ハ此三十一條ニ依ルト居所ヲ以テ住所ニ代用スルトアリマスカラ、現ニ外國ニ居レバ外國ト云フヤウニ取レマスガ、此關係ハ何ウ云フヤウニナリマスカ
梅謙次郎君
「日本ニ於ケル居所ヲ以テ住所ニ代用ス」ト云フノデアリマスカラ、今ノハ御見違ヒデハアリマセヌカ、夫レニ拘ハラズ、其第十二條ハ此三十一條デ廢スルト云フ考ヘハアリマセヌ、夫レハ廢シテ宜イナラバ廢シマスガ、私共ハ夫レヲ廢スルト云フ考ヘデハアリマセヌ、無論住所ノ重モナル作用ノ一トスル、夫レデ本條ハ住所ノ規定デアル、民事訴訟法ノ規定ハ裁判籍ノ場合デアレバ此場合ニハ民事訴訟法ヲ適用シナケレバナラヌ
田部芳君
然ウスルト住所ハ殆ンド此訴訟上ノ必要ガ主ト思ヒマス然ウスレバ明カニ此訴訟法ト合ウヤウニシタガ宜イト思ヒマス
梅謙次郎君
只今ノハ案ニハナツテ居リマセヌガ、御注意デスカ
田部芳君
注意デス
梅謙次郎君
御注意ト云フコトデ、住所ガ訴訟ニナラヌト云フコトハ殆ンド無イト云フコトデアリマスガ、或ハ契約ヲ解釋スルニ當ツテ何處ノ慣習ニ依ツテ解釋スルカト云フトキニハ、矢張リ其住所ガ必要ニナツテ來マスカラ矢張リ是ハ訴訟上計リトハ言ヘヌト思ヒマス、尤モ訴訟法ノ規定ト民法ノ規定トハ可成合ウヤウニシタイト云フ御考ヘハ御尤モデアリマセウガ、私共ノ考ヘデハ外國ニ在ル公使館ニ居ル云々ト云フコトハ訴訟上ニハ先ヅ必要ガアルカモ知レマセヌガ、外ノ事ニマデ必要ト云フコトヲ發見シマセヌカラ採ラヌデアリマシタ
箕作麟祥君
此但書ハ判然ト分リマセヌガ、卽チ此日本人デモ外國人デモ日本ニ住所ノ無イ者ハ日本ノ居所ヲ以テ住所ニ代用スル、「但法例ノ定ムル所ニ從ヒ其住所ノ法律ニ依ルヘキ場合ハ此限ニ在ラス」トアリマスガ、「此限ニ在ラス」ト云フト、其時ハ日本ニアル居所ヲ以テ住所トシナイト云フコトニナリマセウガ、之ハ何ウ云フ例外ニナリマスカ
梅謙次郎君
夫レハ斯ウ云フ積リデアリマス、法例ノ第八條ニ據ルト、本國法ヲ適用スベキ諸般ノ場合ニ於テ其本國ガ知レヌ場合トカ、或ハ其本國ノ各地ノ法律ノ異ナル場合、然ウ云フ場合ニ於テハ其住所ノ法律ニ依ルト云フコトニナツテ居リマス、例ヘバ爰ニ外國人ガ居ル、其外國人ノ身分及ビ能力ハ本國法ニ從フト法例ニナツテ居ル、所ガ其者ハ外國人ト云フコトハ分ツテ居ルガ何處ノ人カト云フコトニ就テ疑ヒガアル、近頃然ウ云フ實例ハ幾ラモアリマスガ、然ウ云フ場合ニ住所ハ何處カト尋ネル、其場合ニ若シ日本ニ住所ヲ定メテ居ツタナラバ日本ノ法律ヲ適用シテ構ハヌガ、日本ニ住所ヲ定メテ居ラヌ場合、例ヘバ英吉利トカ、亞米利加トカ、或ハ佛蘭西トカ獨逸トカニ住所ヲ定メテ居レバ其處ノ法律ニ依ルト云フコトニナリマス、然ルニ若シモ此處ニ此但書ガ無イト、日本ニ住所ヲ定メナイ外國人、卽チ外國ニ住所ヲ持ツテ居ル外國人ハ日本ニ於ケル居所ヲ以テ住所ニ代用スルト云フヤウニ、斯ウ云フ事ニシタナラバ何時モ日本ノ法律ヲ適用スルコトニナリマス、法例ノ趣意ハ然ウ云フ趣意デハ無カラウ、又然ウ云フ規定ヲ設ケルノ必要モナカラウト云フ考ヘデ是丈ケハ除キマシタ
箕作麟祥君
此法例ニハ身分ヤ能力抔ハ其本國ノ法律ニ從フ、若シ其身分トカ能力トカ何處ニ據ルカ、其本國ノ分ラヌヤウナ者ノ身分トカ能力トカハ則チ其住所ノ法律ニ從フト云フ事丈ケアリマスガ、所デ其住所ニ代用スルト云フモノガ住所ニ代用シテハナラヌト云フ事ハ當リガ違ヒハシナイカ、少シ違ツテ居ル例外ヲ此處ニ掲ゲラレヌヤウニ思ハレル、此三十一條ハ居所ガ住所ニナルゾト云フ事ヲ言ツタ丈ケデアリマス、法例ハ身分能力抔ハ何處ニ依ルカ本國法ニ依ル若シ本國ガ分ラヌトキハ其住所ノ法律ニ從テ身分ナリ能力ナリヲ定メテ往クト云フノデアリマスカラ、少シ例外ノ違ウノヲ此處ニ入レラレタノデハナイカト思ハレマスガ
梅謙次郎君
然ウ云フ事ハシマセヌ、例ヘバ此處ニ一人ノ外國人ガ居ル、此人ハ亞米利加人デアルカ佛蘭西人デアルカ、又ハ獨逸人デアルカ分ラヌ、ケレドモ今現ニ其住所ハ亞米利加ニ持ツテ居ツテ其處ヲ生活ノ本據トシテ居ル、而シテ其者ガ日本ニ來テ商賣ナリ何ナリシテ居ル、居所ハ日本ニアル、然ウ云フ場合ニ此法例ノ第八條ニ依テ住所ノ法律ヲ適用スルト云ヘバ夫レ丈ケデ、此處ノ三十一條ノ規定ノ無イトキハ無論亞米利加ノ法律ニ依テ其身分ナリ能力ナリヲ定メルコトニナリマス、所ガ此但書ガ無クテ本條丈ケナラバ日本ニ住所ヲ持ツテ居ラヌ外國人ニハ其居所ヲ以テ住所ノ代ハリニスルト云フカラ、住所ハ亞米利加ニアルガ日本ニ居所ガアレバ夫レガ住所ト云フコトニナルト、日本ノ法律ヲ適用スルコトニナルカラ此法例ノ八條ニ違フヤウニナル、然ウ云フトキハ亞米利加ノ法律ニ從フト云フノデアリマスカラ此但書ヲ加ヘタノデアリマス
箕作麟祥君
私ハ之ハ削ツテ置キタイト思フ
高木豐三君
之ハ但書ガ無イト云フト、法例ノ第八條ノヤウナ場合デモ矢張リ日本ノ法律ヲ適用スルヤウニ當ル、然ウジヤナイ、然ウ云フ場合ニハ日本ノ居所ヲ以テ住所ニ代用スルヤウナ事ハシナイト云フノデアリマセウ
梅謙次郎君
左樣
横田國臣君
今ノハ獨逸人カ英吉利人カ又ハ佛蘭西人カ分ラヌ者ガ亞米利加ニ往ツタト云フノデ、此處デ言フ住所トハ違ヒハシナイカ、本國ト云フ方ノ側ニハナリハセヌカ、或ハ獨逸人ガ印度ニ往ツタカラシテ丁年ハ印度ノ丁年ニ從フト云フヤウニハ往カヌヤウデハアリマセヌカ
梅謙次郎君
獨逸人カ佛蘭西人カ英吉利人カ分ラヌ、ケレドモ其外國人ガ印度ニ住所ヲ持ツテ居ツテ、古クカラ店ヲ持ツテ居ル、所ガ其者ガ何ニカ商用デ日本ニ來タトスル、其時ハ印度ノ法律ニ從テ夫レガ丁年ナラバ契約ヲ爲ス能力ヲ持ツトカ、或ハ夫レガ婚姻ヲスルトキハ婚姻ノ能力ヲ持ツト云フコトニナリマス
横田國臣君
其處ノ話シバ違ヒバセンカ、此處ニ住所トアルノハ、例ヘバ其者ノ本國ガ分ツテ居ツテモ住所ニ依ルヤウニハ見ヘハスマイカ、英吉利人ガ印度ニ往ツタト云フヤウナトキ
梅謙次郎君
然ウ云フトキハ國際私法デ然ウ云フ場合ニハ英國ノ法律ニ據テ能力等ヲ定メルノデアル、夫レデ英吉利人カ何處人カ分ラヌ、併シ日本人デモ無イト云フヤウナ場合ヲ言フノデアリマス
末松謙澄君
一寸御尋ネシマスガ、此場合ト云フ字ノ爲メニ疑ヒヲ生ズルヤウナ意味ガ起リハセンカト思ヒマスガ、或ル事項ニ就テハ成程其事ニ就テハ其住所ノ法律ニ依ルト云フコトハ充分ニ分ルコトデアル、然ルニ之モ實ハ此萬國公法ノ方ノ私權ノ方カラ論ジテ見レバ、日本人ノ裁判官デ英吉利ノ法律ヲ折々使ウコトガアルト看ナケレバナラヌ、其方カラ看レバ獨立ノ法律デ以テ餘所ノ國ノ法律ヲ用ヰルト云フヤウナ議論モ起リマセウガ、然ル所斯ウ云フ事ガアリハセンカ、日本ノ裁判官デ以テ亞米利加ノ法律ヲ使用センケレバナラヌトカ、或ハ英吉利ノ法律ヲ使用センケレバナラヌトカ云フヤウナ事ニナツテ、其事柄ニ就テハヤルケレドモ一般ノ其者ノ住所ノ事ニ就テハ矢張リ豫メコチラニ住所ガアルカノ如クニシテ取扱ハナケレバナラヌカト云フヤウナ場合ガ起リハセヌカ、然ウスルト一事件ニ就テ此事ニ就テハ亞米利加ノ法律ニ從ハナケレバナラヌトカ、此事ニ就テハ英吉利ノ法律ニ從ハナケレバナラヌトカ云フヤウニシテ仕舞ツテハ往キ過ギルヤウナ事ガアリハスマイカ、然ルトキニハ其住所ノ法律ニ依ルベキ事項ニ就テハト云フヤウニシテ、一事項ニ就テ譬ヘバ能力丈ケナラバ能力丈ケアチラノ法律ニ從ウト云フヤウニスル、之ヲ原案ノ如クニ場合ト云フト總テノモノマデ含ミハセンカト云フ疑ヒガ起ラウト思ヒマス
梅謙次郎君
今ノ末松さんノ御說デハ成程場合ト云フ字ガ然ウ云フヤウニ取レルカ知レマセヌガ、法典抔デハ此場合ト云フ字ハ種種ニ使ツテ居リマス、今ノヤウナ場合デ斯ウ云フ事件ガ起ツテ來タ、其事件ノ性質ニ依テ何時モ外國ノ法律ニ依テ裁判ヲセンケレバナラヌト云フヤウナ時デナケレバ場合ト言ヘヌカト言ヘバ、然ウデモナイヤウデアリマス、一ノ事件ニ就テ色々アル、此場合ニハ外國ノ法律ニ依ルト云フコトデアレバ夫レ丈ケヲ以テ場合ト云フ、譬ヘバ私ガ末松さんニ對シテ訴ヘヲ起ス、或ル財產上ノ關係ニ就テ訴ヘヲ起ス、然ウ云フ風ニ廣ク見ズシテ訴ヲ起シタニ就テ、私ハ末松さんニ對シテ債權ヲ持ツテ居ルト云フ、其債權ヲ持ツテ居ルト云フ内ノ能力ノ問題、外ノ問題モ起ル、外ノ問題ハ外ノ國ノ法律ニ依テ極メテモ、能力丈ケハ私ノ方ハ私ノ本國、末松さんハ末松さんノ本國ニ依テ極メル、然ウ云フトキノ場合ト云フノデアリマス
末松謙澄君
箕作さんノ御疑ヒモ御尤モノヤウニ思ヒマスガ、「其住所ノ法律ニ依ルヘキ」ト云フノガ疑ヒノ眼目ト思ヒマスガ、上ノ方ハ「居所ヲ以テ住所ニ代用ス」ト云フコトヲ主トシテ其時ノ住所ハ何ニト云フヤウナ事ハ一モ擧ゲテナイ、而シテ其下ノ方ノハ大キナ場合モアラウシ、或ハ一部分ヲ指スモノモアラウト云フト、何ウシテモ少シ嫌ヒガアルヤウデアル、或ル場合ト云フノヲ頭マノヤウニ廣ク指シ、又小サク指シタ所モアリマセウガ、謂ハバ一ノ困マツタ事ニ就テハ其全體ニ就テ云フヤウデアル、然ウスレバ此處ハ法律ノ適用上ヲ言フノダカラ寧ロ事項トカ何ントカ云フ事ニシタ方ガ穩當デハアルマイカ、何ウモ御講釋ノヤウニスレバ此「場合」モ廣ロガツタリ小サクナツタリスル事モアリマスカラ、此上ノニ住所ノ事ヲ重モニ言フテこちらニモ住所ガアル、あちらニモ住所ガアルト云フコトヲ書カヌデ、同ジニ重複スルヤウナ事ガアルト少シク嫌ヒガアラウト思ヒマスガ、尙ホ外ニ書キヤウガアルト明カニナルト思ヒマスガ
箕作麟祥君
此法例ノ第八條ハ今ノ通リデ宜イト云フ御考ヘデアリマセウカ、之モ果シテ八條ノ通リデ宜イト極ツタ處ガ、其トキニ此三十一條ト牴觸スルト云フト、何ンゾ法例ノ方デ補ヒガ付クト思ヒマスガ、末松さんノ言ハレタ事モ私ノ疑ヒト符合シマスガ、今ノ但書ヲ削ツテ置テ、後日果シテ此通リナラバ此事ヲ法例ノ方ヘ補ヒヲ付ケルト云フヤウニシテ之ヲ削ツタ方ガ宜イカト思ヒマスガ
梅謙次郎君
只今ノ御相談デアリマスガ、吾々共ニ於テモ然ウ云フ風ニシテハ何ウカト云フ問題モ起シテ見マシタ、所ガ面白クナイ、成程法例ニ例外ヲ附ケルノモ、又民法ニ例外ヲ附ケルノモ同ジデハアルガ、法例ハ民法ヨリ廣ヒモノデハアルガ條ガ少ナイ、僅カニ十ケ條足ラズノ所ニ於テ民法ニアル規定ハ適用セヌゾト云フコトヲ書クノモ面白クナイ、夫レデ何ントカ宜イ書キ樣ハ無イカト思ツテ考ヘテ見マシタガ、アチラノ方ハ書キ方ガ無イ、此規定ガ或ハ長クナルト云フ恐レガアル、無論此法例ノ方ニ就テハ議論ガアルベキ筈デ、是ハ此通リニナルカ、或ハ變ハルカモ知レマセヌガ、併シ如何ニ本國法主義ヲ採ツテモ其本國ノ無イ者ハ仕方ガナイ、縱シアツテモ地方ニ依テ其法律ガ違ウト云フヤウナ場合ハ仕方ガナイ、然ウ云フトキハ住所ノ法律ニ從フヨリ外仕方ガナイダラウト云フノデ、斯ウ書テ置イタ所ガ後トデ困ルヤウナ事モ無イト云フ考ヘデ斯ウ規定シタノデアリマス、今ノ居所ヲ以テ住所ニ代用スル、此場合ニハ代用シナイト云フノハ少シ範圍ガ狹ヒ廣ヒガアツテ可笑シイヤウダト云フコトデアリマシタガ、若シ文章ノ書キ方ガ惡イデ然ウ云フヤウニ見エレバ仕方ガナイガ、私抔ノ考ヘデハ其住所ノ法律ニ依ルベキ場合ハ居所ヲ以テ代用スルノ限リニ在ラズト云フ考ヘデ之ヲ書キマシタノデアリマス
末松謙澄君
私ハ斯ウデモシタラ宜イカト思フ、「其住所ノ法律ニ依ルヘキ事項ノ規定ヲ妨ケス」「事項」ガ嫌ヤナラ「場合ノ規定ヲ妨ケス」トシテモ宜イ、斯ウスルト其方ノ規定ハ自カラ獨立スルモノデアルト云フ方ニ意味ガ聞ヘテ宜クハナイカ、然ウスルト前キノヤウナ困難ハ避ケ得ルデアラウカト思フ
議長(西園寺侯)
決ヲ採リマセウ本野さんノ御說デ「住所ヲ定メサル者ハ」トアルノヲ「住所ヲ有セサル者ハ」ト改ムルト云フコトニ就テハ贊成ガアツタヤウデアリマシタ
梅謙次郎君
「定メサル」ヨリ「有セサル」ノ方ガ却テ宜イト思ヒマスカラ吾々モ其方ニ贊成シマス
議長(西園寺侯)
只今ノ「有セサル者ハ」ニ改ムルト云フ說ニ贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者總員
末松謙澄君
此「法例ノ定ムル所ニ從ヒ」ト云フノハ寧ロ特別ノ規定トカ云フヤウナコトニシテハ何ウデセウカ、法例ト云フノハ可成避ケルコトガ出來レバ避ケタイ
梅謙次郎君
成程此法例ト云フ字ヲ避ケルコトガ出來レバ宜シイデゴザイマスガ、事柄ガ判然スルヤウニ書ケルト大變都合ガ宜イガ、何ウモ法例ト書カヌト大凡斯ウ云フ事柄ト云フ事モ分ラヌト思ヒマス、此處ハ吾々モ餘程考ヘテ見マシタガ、何ウモ法例ト云フ字ハ嫌ヤデアリマシタガ別ニ仕方ガナカツタノデアリマス
末松謙澄君
尙ホ修正シ替ヘマス「但其住所ノ法律ニ依ルヘキ特別ノ規定アル場合ハ此限リニ在ラス」トシタイ
梅謙次郎君
末松さんノ動議ハ如何ニモ廣ロ過ギルヤウデアリマス
末松謙澄君
特別ノ規定ノ無イモノハ仕方ナイ
議長(西園寺侯)
別ニ贊成モ無イダカラ直チニ原案通リニ決シタイト認メマス、暫時休憩シマス
別紙農商務大臣質議商法第二百十二條ノ件左案ノ通リ回答可然哉案本月七日丁第二〇四號ヲ以テ御問合ノ趣本會主査委員多數ノ意見ハ左之通ニ候間此段及御回答候也
商法第二百十二條ニ所謂「株金拂込ノ期節」ハ單ニ「株金拂込ノ時」ト云フト一般其確定セルト不確定ナルトヲ問ハス定款中ニ如何ナル時ニ株金ノ拂込ヲ爲スヘキヤヲ定ムルヲ以テ足レリトス故ニ家屋ノ燒失、船舶ノ難破等ノ如キ未必ノ條件ヲ以テ其時ヲ定ムルハ勿論唯取締役ニ於テ必要ト認メタル時期ニ其拂込ヲ請求スルコトヲ得ルト定ムルカ如キモ敢テ第二百十二條ニ牴觸セサルモノト認ム從テ第二百十四條及ヒ第二百四十六條ノ規定ヲ適用スヘキハ論ヲ俟タスト信ス但第九百八十八條ノ規定ハ必ス到來スヘキ期限ニ關スルモノナルカ故ニ未必ノ條件ヲ以テ拂込期節ヲ定メタル場合ニハ之ヲ適用シ難キモノト信ス
(理由)商法第二百十二條ノ精神ヲ按スルニ株金拂込ノ時期及ヒ方法ノ如キハ會社ノ種類、事業ノ性質時機、時機ノ好否等ニ依リ一樣ナルコト能ハサルヲ以テ立法者ハ株式會社ニ就テハ大ニ干渉主義ヲ執リ敢テ契約ノ自由ニ放任セサルニ拘ハラス右ノ株金拂込ノ時期、方法ハ單ニ定款ヲ以テ之ヲ定ムヘキコトヲ言ヒ如何ニ之ヲ定ムヘキヤヲ規定セス以テ之ヲ株主ノ議定ニ一任セシナリ是レ商法草按第二百六十二條ニ於テ唯「定款ニ從ヒタル請求ニ應シ株金ヲ拂込ムヘキ」旨ヲ言ヘルト我商法カ模範トシタル獨佛等ノ法律ニ於テ毫モ右樣ノ規定ナキトヲ以テ知ルヘキノミ故ニ全ク其拂込ムヘキ時ヲ定メサルトキハ據ルヘキノ規定ナク爲メニ定款不法ナリト謂フコトヲ得ヘキモ株主ニ於テ事業ノ性質其他ヲ考慮シ取締役ヲ信任シテ之ニ拂込ムヘキ時期ヲ確定スルノ全權ヲ委スルハ固ヨリ適法ナリト謂ハサルコトヲ得ス是レ蓋シ一ノ未必ノ條件ニシテ「若シ取締役ニ於テ必要ト認メタラバ」ト云フ條件ニ其拂込ノ時ヲ繋ラシタルナリ而シテ明文ヲ以テ特ニ之ヲ禁セサル限ハ時ヲ定ムルニ條件ヲ以テスルコトヲ得ルハ敢テ疑ヲ容レサルナリ或ハ云ハン此條件ハ當事者ノ意思ノミニ依ル無效ノ條件ナリト然レトモ定款ハ株主間ニ於テ之ヲ議定スルモノニシテ取締役ハ取締役トシテ其定款ノ當事者タルニ非ス況ヤ創業總會ニ於テ定款ヲ議定スルニ方リテハ未タ取締役ノ選定アラサルヲヤ故ニ取締役ハ當事者ニ非ス第三者ナリ第三者ノ意思ニ依ル條件ノ有效ナルコトハ嘗テ人ノ爭ハサル所ナリ又當事者タル株主ノ總會ニ於テ必要ト認メタル時期ニ拂込ヲ爲スヘシト定ムルモ亦其意思ノミニ依ル無效ノ條件ト爲スコトヲ得ス何トナレハ少數ノ意思ハ多數ノ意思ノ爲メニ制セラルヘキヲ以テナリ
商法第二百十四條ハ凡ソ適法ニ拂込ヲ請求シタル場合ニハ總テ適用スヘキ法文ナルヲ以テ之ヲ茲ニ適用スヘキハ言フヲ待タサルナリ
同第二百四十六條ニ於テハ法律カ特ニ淸算人ニ與フルニ未拂込ノ株金ヲ請求スルノ權ヲ以テシタルカ故ニ拂込時期ノ如何ニ拘ハラス之ヲ請求スルコトヲ得ルナリ
同第九百八十八條ニ於テハ債務ハ旣ニ正ニ存在シテ唯其履行ノ時日到來セサル場合ニ於テ破產ノ宣告アルトキハ其期限消滅シテ卽時ニ請求スルコトヲ得ヘキモノト爲ルヘキ旨ヲ規定セサルナリ故ニ畢竟到來スヘキヤ否ヤ不確定ナル條件ニ繋レル債務ハ同條規定ノ範圍ニ在ラス故ニ期限アル場合ニ其期限ノ時日ノ旣定ナルト未定ナルトヲ問ハス同條ヲ適用スヘキモ條件附債務ノ場合ニハ之ヲ適用スルコトヲ得サルモノトス
明治二十六年十月
法典調査會總裁伯爵伊藤博文
農商務大臣伯爵後藤象次郎殿
丁第二〇四號
商法第二百十二條ニ株金拂込ノ期節及ヒ方法ハ定款ニ於テ之ヲ定ムト有之右ハ直接ニ其期節ヲ定款ニ明記スルコトヲ命シタルモノニ候哉又ハ取締役ニ於テ必要ト認メタルトキ之ヲ拂込マシムト云フカ如キコトヲ定款ニ記載シ直接ニ其期節ヲ定款ニ規定セサルモ適法ト認ムルヲ得ヘキモノニ候哉本件ニ付テハ曩ニ別紙甲號ノ通リ法制局ヘ問合セ乙號ノ如ク同局ヨリ回答ヲ得候處尙ホ貴會ノ御意見ヲモ承知致度候果シテ前段ノ如ク直接ニ定款ニ明記スルヲ要スルモノニ候ハハ其期節ハ年月日、年月又ハ年其他早晩必然到來スルコトヲ豫知確認スルヲ得ヘキ時期例之ヘハ何年收獲ノ時期又ハ人ノ死亡シタル時期ト云フカ如キモノニ限ルノ趣旨ニ候哉或ハ家屋ノ燒失シタルトキ船舶ノ難破シタルトキト云フカ如キ必然到來スルコトヲ豫知確認スルコト能ハサル未必ノ條件ニテモ期節ヲ定メタルモノト認メ商法第二百十四條同第二百四十六條同第九百八十八條等ヲ適用スルニ妨ケヲ生セサルモノニ候哉右御明示有之度此段及御依頼候也
明治二十六年十月七日
農商務大臣伯爵後藤象次郎君
法典調査會總裁伯爵伊藤博文殿
追而御手數ノ至ニ候得共御回示之節御解釋ノ理由詳細御明示有之度此段添テ及御依頼候也
甲號
商法第二百十二條ニ關スル質義
明治二十六年九月十五日丁第一八八號
農商務次官
商法第二百十二條ニ「株金拂込ノ期節及ヒ方法ハ定款ニ於テ之ヲ定ム」ト有之右ハ其期節方法ヲ直ニ定款中ニ記載スルヲ要スル趣旨ニ候哉又ハ取締役ニ於テ必要ト認メタルトキ之ヲ拂込マシムト云フカ如キ事ヲ定款中ニ記載スルモ適法トスルヲ得ル趣旨ニ候哉御意見承知致度候間乍御手段御回示有之度此段及御依頼候也
追テ本件ハ差急候間何卒至急御回示有之度此段併テ御依頼申上候也
乙號
回答
明治二十六年九月十六日
法制局長官
本月十五日丁第一八八號ヲ以テ商法第二百十二條解釋ノ義ニ付御問合ノ趣了承右ハ定款中直ニ株金拂込ノ期節及方法ヲ記載スルコトヲ命シタルモノニ有之取締役ニ於テ必要ト認メタルトキ之ヲ拂込マシムト云フカ如ク無條件ニ漠然取締役自由ノ判斷ニ一任スルハ未タ定款中拂込ノ期節ヲ定メタルモノト爲スヲ得サル義ト存候此段及回答候也
議長(西園寺侯)
先刻配布致シマシタ案デアリマスガ之ハ無論我々ノ職權内ノ事デモアリマセヌガ好意ヲ以テ質義ニ答ヘタイト云フ總裁ノ望ミラシウ御座イマスカラ唯今ヨリ此案ニ就テノ會議ヲ御開キ下サレバ仕合セデ御座イマス併シ未ダ一讀スル暇ガ無イカラ次ノ會ニ延バサウト云フ御意見ナレバ是亦致方ガアリマセヌケレドモ急グト云フ事デアリマスカラ願クバ今晩ニ致シタイト思ヒマス
横田國臣君
今直ニハ六ケ敷カラウ
鳩山和夫君
問題ハ簡單ダ
議長(西園寺侯)
願クバ今晩ヽヽヽヽヽヽヽ
横田國臣君
夫レデハヤルトシテ此事ハ梅さんガ精シイカラ梅さんカラ一應說明ヲシテ貰ヒタイ
梅謙次郎君
商法第二百十二條ニ斯ウ云フ事ガアリマス「株金拂込ノ期節及ヒ方法ハ定款ニ於テ之ヲ定ム」ト云フ事ガアル此期節ト云フノハいつ幾日ト云フ年月日ヲ示サナケレバナラヌカ或ハ又或事實ノ到來シタル時ト云フ樣ナ風ニシテ明カニ日月ヲ定メズニ置イテモ宜イカ或ハ極端カラ云フト取締役ガ必要ト認メタ時ニ拂込ムベシト云フ樣ナ風ニ掲ゲテ置テモ宜イカト云フノガ問題デアリマス無論其程度ハ大變アル何月何日ト云フノハ明カニ定メル方ノ極端夫レカラ又取締役ガ必要ト認メタ時ト云フノハ不定ノ極端デ其中間ニハ總會ノ決議ヲ以テ必要ト認メタ時ト云フノモアリ或ハ船ノ難破シタ時トカ家ノ燒ケタ時トカ云フ樣ナ定メ方モアル是等ハ保險會社抔ニハ實際起ル事柄デアリマス夫レデ右ノ如キモノガ適法デアルカ何ウカト云フノガ問題デ農商務省カラ問合セニナツタノデアリマス就テハ參考トシテ法制局ノ答案モ付イテ居リマスガ法制局ノ答案ハ餘リ簡單デ能ク分リマセヌガ兎ニ角取締役ノ自由ノ判斷ニ一任スルノハイケナイト云フ丈ケデアリマス就テハ總裁カラ取調ベテ案ヲ拵ヘテ見ロト云フ命ガアツテ此案ヲ拵ヘテ見マシタ卽チ私共ノ考ヘデハ此期節ト云フ文字ハ必ズシモ確乎ト定ツタ時ト云フ意味デハナイ唯拂込ノ時ト云フ位ナ至テ輕イ意味デ從テ其時ト云フモノハ如何ナル方法ヲ以テ定メテモ宜イ年月日ヲ定メルノハ無論宜イガ夫レデナクテモ不確定ナル家屋ノ燒失トカ船舶ノ難破トカ云フ樣ナ事ヲ以テ定メテモ宜イ夫レカラ又總會ノ決議トカ或ハ取締役ガ必要ト認メタ時ト云フ樣ナノデモ定款ニ定メテサヘアレバ宜イ卽チ拂込ムベキ時ハ何ウ云フ時ト云フ事ヲ定款ニ定メテアルノデアルカラ差支ナイト云フノデアリマス其理由ハ商法第二百十二條ノ精神ハ必ズ明ニ其時日ヲ定メテ置カナケレバナラヌト云フ意味デ書タノデハナイ是等ノ事ハ法律ヲ以テ豫メ定メル事ハ出來ナイ會社ノ性質ヤ又ハ時ト場合トニ依テ其時期ヲ定メナケレバナラヌカラ定款ノ自由ニ一任スルト云フ意味デ定款ヲ以テ之ヲ定ムト書イタモノデアラウ何故ニサウデアルカト云フ證據ヲ直接ニ擧ゲルコトハ六ケ敷イノデアリマスガ唯立法上ノ理由ガ判然ト期日ヲ定メナケレバナラヌト云フ理由ヲ見出サナイ二百十二條ノ精神ハ唯定款デ定メレバ宜イト云フ丈ケデ彼ノ株式會社ノ如キニ就テハ大ニ干渉シテ命令シテアルガ此處ハ命令ヲシナイ定款ニ任セルト云フ意味デアラウト思ヒマス夫レデ草案モ直接ノ理由ニハナリマセヌガ餘考ニハナラウト思ヒマス草案ニハ斯ウ云フ文字ガ使ツテアリマシタ草案ノ二百六十二條ニ(原語之ヲ略ス)ト云フテアル之ヲ譯シテ見ルト各株主ハ其株金ヲバ定款ニ從ヒタル請求ニ應ジテ會社ニ拂フ義務ガアルト云フ事ニナリマス其他各國ノ例ヲモ少シハ調ベテ見マシタガ私ノ調ベタ中ニハ時ヲ判然ト定メテ置カナケレバナラヌト云フ事ヲ書タノハアリマセヌ夫レデ詰リ此ノ草按ヲ譯スル時ニ譯ガ六ケ敷イカラ之ヲ分リ易イ樣ニ書ク爲メニ「株金佛込ノ期節及ヒ方法ハ定款ニ於テ之ヲ定ム」ト書タノデアツテ故ラニ此草案ノ意味ヲ改メルト云フ積リデアツタノデハナカラウト思ハレマス右ノ理由デアリマスカラ必ズシモ何年何月ト云フ樣ニ明カニ時日ヲ定メル必要ハナイ如何ニ不確定デアツテモ何ウ云フ場合ニ拂込ムベシト云フ事ガ定款ニ書イテアレバ宜イ極端ニ云ヘバ取締役ガ必要ト認メタ時拂込ヲ請求スルト云フノデモ敢テ二百十二條ニ觸レルモノデハナイト云フノデアリマス
末松謙澄君
法制局モ引合ヒニ出サレテ居リマスガ之ハ斯ウ云フ譯デアル此條ヲ解釋スルニ就テハ法廷デ片ツ方カラ辯論スルト云フ樣ナ風ノ論法ヲ取ルト云フ事ハ面白クナイト思ヒマス先ヅ法律ノ體面上丈ケデモ一通リノ體裁ハ守ラナケレバナラヌト思フノデアル而シテ大體ノ議論ハ梅君抔ノ言ハレル所ト違ヒハシマセヌ或ル所デハ是非時日ヲ定メナケレバナラヌト云フ論モアリマスガ夫レハ贊成シナイノデアル、ト云フモノハ鐵道抔モ此株金ハ何時ニナツテ竣功工事迄ニ拂フト云フ樣ナ事モアル必ズシモ何月何日ト云フ事ハ定メラレヌノデアル況シテ保險會社抔ハ夫レ迄定メルノハ困難デアル夫レ故ニ期節ト云フコトハ必ズシモ日月ヲ定メルト云フノデハナイト云フ事ハ我々モ認メテ居ル然ルニ法律文ニハ何トアルカト云フト「株金拂込ノ期節及ヒ方法ハ定款ニ於テ之ヲ定ム」ト書イテアルノデアル故ニ期節ト云フ事モ方法ト云フ事モ何カ無クテハナラヌノデアル然ルニ唯ダ漠然ト何ノ條件モ付ケズニ取締役ガ勝手ナ時ニ拂込マセルト云フ樣ナ事ニ極メテ置クノハ餘リ法律文ヲ無視スル樣ナ嫌ヒガアリハセヌカト思フノデアル夫レデ事實上ニ於テハ我々ノ考ヘル所デハ妨ゲナイコトデ例ヘバ鐵道會社ナレバ竣工期限内ニ拂込マセルトカ或ハ保險會社ナラバ非常ナ火災ガアツテ旣ニ募ツタ株金デ拂フ事ガ出來ヌ時トカ或ハ社務ノ擴張ヲ爲ス時トカ云フ樣ナ事デモ宜イ或ル場合ニハ唯ダ儀式的丈ケニナルカ知レマセヌガ夫レデモ宜イ併シ唯ダ漠然ト取締役ノ勝手ナ時ト云フノハ餘リ極端デ法律文ヲ何トモ見ナイ樣ニナル夫レデハ定款ノ中ニ株金ハ都合ノ時ニ拂フト極メテ置イテモ宜イ農商務省ガ夫レヲ認可スルト云フ樣ニナル夫レデハイカヌ夫レデ何トカ形ヲ具フル丈ケノ事ハシタ方ガ宜カラウト云フ議論デアル夫レデ必ズシモ時日ヲ定メルト云フ樣ナ究屈ナ事ハ言ハヌ事實上ハ殆ンド自由ニ許シタト同ジ樣ニナルガ唯ダ儀式上斯ウ云フ時ニハト云フ樣ニ時ヲ極メタラ法律ノ表面上ノ規定ニモ合シテ宜イデアラウト云フノデ是レハ法廷ノ辯論ノ樣ナ風ニ言ハネバ先ヅ此處ラガ宜カラウト云フノデアル濫リニ極端ナ事ヲ言ヘバ理窟ハ色々付クガサウ云フ譯ノモノデモアルマイト云フノデアリマス
横田國臣君
梅君ニ問ヒマスガ取締役ニ於テ必要ナル期節ト云フノハ餘リ制限ガ無イ樣デアルガ期節ヲ定メルト云フ以上ハ何トカ斯ウ云フ事柄ガ出タ時ト云フ樣ニ定メネバナラヌデアラウト思フガ勿論月日ト云フ事デハナイケレドモ
梅謙次郎君
然ラバ月日ト云フ事デハナイガ必ズ到來スベキ事實ヲ指スノガ必要ダト云フノデアリマスカ
横田國臣君
サウデハナイケレドモ期節ハ何時ト云フ幅ハアル
梅謙次郎君
夫レデハ保險會社ナラバ家屋ガ一時ニ何百戸以上燒ケタ時トカ或ハ此位ノ貨物ヲ載セタ船ガ難破シタ時ト云フ樣ナノハ宜イノデアリマスカ
横田國臣君
夫レハ宜イ
梅謙次郎君
然ル處是レハ何時到來スルカ或ハ全ク到來セヌカモ分ラヌカラ一ノ條件ニ過ギナイ夫レ故ニ取締役ガ必要ト認メタ時ト云フノモ同ジク一ノ條件デアルカラ其間ニ區別ヲ立テル事ハ出來ナイ
横田國臣君
夫レナラバ必要ト認メタ時ト云フノハ人ノ思想ニ任セタノデアルカラ何モ定メズトモ宜イ
末松謙澄君
何トカ基礎ガナケレバ可笑シイ唯ダ勝手ナ時ト云フノデハイツ何時何ンナ事ヲスルカモ分ラナイ勿論條件ヲ書テモ事實上ハ殆ド同ジ事ニナリマスケレドモ兎ニ角法律ガ命ジテ居ルノニ何ンデモ宜イト云フ樣ニナツテハ折角行政官ガ認可權ヲ持テ居ルノニ其處迄ニ放任スルノハ宜クナイデアラウ儀式上丈ケデモ何カナケレバナラヌ夫レ位ナ事ハ書イテモ實際差支ナカラウト思フ
横田國臣君
夫レデナイト制限ガ無形ノ制限ニナツテ仕舞ウカラ若シモ何故ニ拂込マセルカト云ヘバ必要ト認メタト云ヘバ夫レ迄ノモノニナル
梅謙次郎君
法律デハ四分ノ一ノ拂込ヲスレバ會社ハ成立ツコトヲ得ルトナツテ居ルサウスレバ夫レカラ上ハ全ク未必ノ條件ニ掛ケテ置テモ宜イ位デ先ヅ世間ノ人ハ拂込ガ濟ンダト云フコトヲ公ケニサレル迄ハ四分ノ一拂込デアルコトシカ認メナイノデアルカラ拂込ガ遲クテモ差支ハナイ夫レカラ又若シ取締役ニ任セテ置クト早クシ過ギハセヌカト云フ方ノ恐レガアルト云フ事ナラバ夫レハ取締役ガ自分ノ與ヘラレテ居ル權限ヲ濫用シタノデアルカラ臨時總會デモ開イテ取締役ヲ更任スルト云フ事モ出來マセウ又其中ニ多少ノ苦情ハアツテモ相當ノ理由サヘアレバ多數ガ夫レヲ認メルデアリマセウ夫レデ立法論トシテハ或ハ理窟ガアルニモセヨ法文ノ解釋上カラハ私ハサウハ認メマセヌ
議長(西園寺侯)
唯ダ行政官ガ認可權ヲ持テ居ルカラト云フ樣ナ論デハ困リマス期節トカ何トカ云フ樣ナ事ニ就テノ解釋論デナケレバナラヌ何カ據ルトコロノ論デナケレバ仕方ガアルマイ
末松謙澄君
サウデハナイ期節ト云フカラ何カ定メルモノガナケレバナラヌト云フノデアル
横田國臣君
旣ニ株金拂込ノ事ヲ法律デ定メルノ必要ガアル以上ハ取締役ガ勝手ニ何ウデモナルト云フ樣ナ事ハイケナイ
末松謙澄君
サウ云フ事ヲ許スト極端ヲ云ヘバ株金ハ都合ノ時之ヲ拂フト定メテモ宜イ樣ニナル
梅謙次郎君
夫レハイカヌ唯都合ト云フ丈ケデハ條件ニモ何ニモナラナイ何者ガ都合ト認メタ時ト云ハネバナラヌ
箕作麟祥君
ドウモ末松君ノ論モ分界ガナイカラ困ル
梅謙次郎君
夫レカラ若シモ之ガ設立ノ認可ナラバ是レデハイカヌカラ時ヲ定メサセルト云フ事モアラウガ今度ノハ違法デアルヤ否ヤト云フノデアルカラ違法デ無イ以上ハ行政官ガ都合ガ惡イカラト云フ都合論ハイケナイ
議長(西園寺侯)
都合論モ何カ攫マヘタ都合論ナラ宜イガ夫レデナイト困ル夫レデ必要ト云フ事ハ卽チ必要デナカツタ時ニハ必要デナイト云フ證據ノ出サレルモノデアルカラ一ノ立派ナ條件ト見ラレル
三崎亀之助君
取締役ハ株主ノ信任ニ依テ職ニ居ルノデアルカラ差支ナイ
横田國臣君
夫レナラ株主ノ都合ノ好イ時ト書テモ構ハヌカ
穗積陳重君
株主ガ銘々ニ勝手ナ時ト云フノデハイケマセヌガ取締役ガ都合ノ好イ時ト認メルト云ヘバ夫レデ宜イ
末松謙澄君
夫レデハ何ウモ期節ト云フ譯ニハ往クマイト思フ
梅謙次郎君
不景氣ニナツタラ後ノ金ヲ拂込ムベシト云フノハ何ウカト云フニ夫等ハイカヌ不景氣ト云フ事ハ程度ノ立テ方デ何トデモ見エル併シ取締役ガ必要ト認メルト云フノハ條件ニナル
本野一郎君
横田君ノ言フノヲ其趣意ヲ以テ案ヲ書テ見ルト何ウナルカ
横田國臣君
私ハ外ニハ論ハナイガ何モ定メズニ唯取締役ノ勝手ナ時ト云フノハドウモヽヽヽヽヽヽヽ
末松謙澄君
「豫知確認スルヲ得ヘキ時期例之ヘハ何年收獲ノ時期又ハ人ノ死亡シタル時期ト云フカ如キモノニ限ルノ趣旨ニ候ヤ或ハ家屋ノ燒失シタルトキ船舶ノ難破シタルトキト云フカ如キ必然到來スルコトヲ豫知確認スルコト能ハサル未必ノ條件ニテモ期節ヲ定メタルモノト認メ云々スヘキヤ」此ノ後段ノ方ト夫レカラ今一ツハ其先キ迄往カレルカト云フノデアル
梅謙次郎君
向ウカラはつきり問ウテ來テ居ルカラ明カニ夫レニ直接ナ答ヲシテヤラネバナリマセヌ
末松謙澄君
我々ノ方ノ決議デハ其先キ迄往ツテ取締役ガ勝手ニスルト云フ樣ナ事迄ハ法律ノ精神ニ含マレテ居ナイ夫レハ餘リ極端デアルト云フノデアル
鳩山和夫君
旣ニ未必ノ條件デアル以上ハ夫レニ分界ハ立タヌデハナイカ
横田國臣君
無形ノ定メハ制限デハナイ
梅謙次郎君
制限デハナイノデアル精神ガ制限スル方法トハ見エナイ
横田國臣君
制限ガナイト云ヘバ未必ノ條件モ入ラナイ
穗積陳重君
之ハ定款ニ讓ルト云フノガ主デアリマス
梅謙次郎君
夫レダカラ下ノ方ハ皆ナ法律デ定メルコトニナツテ居ルノニ上ノ方丈ケ定款ニ任セル事ニナツテ居ル
横田國臣君
未必ノ條件ハ旣ニ制限ニナツテ居ルガ無制限ハイカヌ
梅謙次郎君
株主ノ方カラ云ヘバ矢張リ無制限デハナイ取締役ノ認定モ一ノ制限デアル
末松謙澄君
取締役ノ頭ニ依テ必要ト云フ事ヲ定メルノハ少シ極端デアラウ
議長(西園寺侯)
法律ノ解釋ハ何レ極端ヲ言ハネバナラヌ
土方寧君
法文ノ意味ガ明カニ取締役認メタ時ト云フ樣ナ事ヲ許シテ居レバ夫レハ仕方ガナイガ旣ニ問題トナル以上ハ曖昧ナノデアル夫レデ考ヘテ見ルニ期節ト云フノガ何時デモ宜イト云フノハ何ウモ字ニ當ラヌ樣ニ思ヒマス又今日デハ會社法抔ハ隨分嚴重ニ檢査抔ノ事モアリマスガ併シ實際ハ六ケ敷イデアリマセウ夫レデ成ルベクハ株主抔ノ爲メニ安全ヲ圖ルノガ必要デアラウト思ヒマスカラ取締役ニ餘リ權ヲ與ヘタクナイト思ヒマスカラ此法文ヲ解釋スルニハ勿論年月日ト云フ事ハ言ヘマセヌケレドモ何時デモ宜イ取締役ガ必要ト思フ時デアレバ宜イト云フ樣ナ事ハ望マシクアリマセヌ夫レデ旣ニ法文ニ疑ガアル以上ハ何ウカ其趣意ヲ以テ解釋シタイト思ヒマス會社ノ種類ニ依テハ四分ノ一丈ケ拂ツテ其後ハ年ニ何度拂込ムトカ或ハ鐵道會社抔ハ工事ガ何レ丈ケ進行シタ時ニ拂込ムトカ云フ樣ナ事ニシタラ大抵工事ノ事抔ハ豫想ガ出來ルデアリマセウ若シ豫想ノ出來ヌモノハ其時時ニ總會ヲ開ク事ニシテモ宜イ
梅謙次郎君
夫レナラ總會ノ決議ハ宜イト云フノデアル總會ノ決議ハ善イガ取締役ノ認メルノハ惡イト云フノハ何ニ依テ區別ヲ付ケルノデアラウカ
三崎亀之助君
定款ト云フモノガ總會デ定メルノデアルカラ總會ト云フノモ定款ニ定メタノモ同ジコトデアラウ
梅謙次郎君
夫レデハ總會ヲ開イテ時ヲ極メヤウト思ツタ時ニ議論百出デ決シナイ夫レデ是ハ取締役ガ事實ヲ熟ク知ツテ居ルカラ此度限リ取締役ニ任セテ取調ベテ定メテ貰ハウト云フ決議ニナツタラ夫レハ何ウデアリマセウカ
土方寧君
夫レハ宜イ
梅謙次郎君
夫レガ宜イナラバ豫メ取締役ニ任ズト定款ニ極メテ置テモ同ジデハアリマセヌカ
土方寧君
夫レデハ取締ガ濫用スルト云フ恐レガアル濫用シタ後ニ取締役ヲ交ヘテモ旣ニ晩イカラサウ云フ事ヲ未然ニ防ギタイト云フノデアル
末松謙澄君
期節及ビ方法ハ定款ニ定メルト云ヘバ定款デ拂込ノ時ヲ定メテ置ケト云フノデアル夫レデ之ヲ幾ラカ融通ヲ付ケテハアルノデアル必ズ時日ヲ定メロトハ言ハヌガヽヽヽヽヽヽヽ
三崎亀之助君
定款ニ於テ之ヲ定ムト云フノダカラ全ク定款ニ讓ツテアルデハナイカ
末松謙澄君
併シ期節及ビ方法ハト云フノデアルカラ何カ定マツタモノガ無ケレバナラヌ何ウ云フ方法ヲ以テ斯ウ云フ時ニ於テ拂込マセルト云フ事ガ定マラネバナラヌ斯ウ云フ時ト云フノハ極マツタ時ト解釋スルノガ一番當リ前ノ解釋デアルガ夫レデハ餘リ窮屈過ギルカラ未必條件デモ宜イト云フノデアル
三崎亀之助君
立法者ハサウ云フ馬鹿ハ居ルマイ
横田國臣君
立法者ハ決シテ無制限ト云フ意デハナカツタケレドモ無制限ニセネバナラヌ樣ニナツタノジヤ
末松謙澄君
ソコデ實際ニサウナツタ所デ儀式上丈ケデモ何カ定メタモノガナケレバナラヌデアラウ
三崎亀之助君
我々ハ行政官デモナシ手心ヲセネバナラヌト云フ身分デモナシ唯ダ斯ウ解釋スルト云フテ法文ヲ眞直グニ解釋シテ答ヘレバ宜イ夫レデ都合ガ惡ルケレバ立法者ガ善イ樣ニスルデアラウ
末松謙澄君
事實ニ於テハ殆ド無制限ト同ジ事ニナルガ何カ定メテ置カネバ可笑シイ
議長(西園寺侯)
梅君ニ御尋ネ致シマスガ期節ト云フ事ハ日月マデ書クト云フ事ニ解釋セラレルガ融通ヲ付ケル爲メニ斯ウ云フ樣ニ解釋シテ回答スルト云フノデアリマスカ
梅謙次郎君
決シテサウデハアリマセヌ
議長(西園寺侯)
夫レデ私ハ實ハ此回答案ニ注意ヲシテ總裁ニモ言ヒマシタガ梅さんニ起草ノ時ニ注意ヲシテ委員會ノ意見ト言ハズニ主査委員多數ノ意見ト書テ貰ツタノデアリマス故ニ反對ノ御意見ノアル御方ハ後デ何ノ樣ニ議論ヲナサツテモ宜イ
末松謙澄君
何ウシテモ何カ他動的ノ原因ヲ君テ置カネバ唯ダ取締役ノ頭丈ケデハ體裁ガ惡ルカラウト思フ
土方寧君
詰リ此回答案ハ無制限ダト云フ意味デアリマスネ
梅謙次郎君
定メ方ニハ制限ハナイ定款ニ定メサヘスレバ宜イ
議長(西園寺侯)
大抵議論ハ盡キタヤウデアリマスカラ決ヲ採リマセウ本案ニ同意ノ諸君ハ起立
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デ御座イマス
議長(西園寺侯)
夫レデハ本議ニ移リマス
(書記朗讀)
第三十二條 或行爲ニ付キ假住所ヲ選定シタルトキハ其行爲ニ關シテハ之ヲ以テ住所ニ代用ス(人二六八、佛一一一、民訴五九、九項、伊一九、白千八百七十六年三月二十五日法四三、草一一一、蘭八一、八二)
(理由)原文ノ但書ヲ除キタル理由ハ苟モ當事者ノ意思ニシテ明瞭ナル以上ハ必スシモ書面ヲ要スルノ理ナキヲ以テナリ他ハ字句ノ修正ニ過キス
鳩山和夫君
是レハ訴訟法ノ假住所トハ別デスカ
梅謙次郎君
訴訟法ニモ斯ウ云フ字ガ使ツテアリマシタカネ
田部芳君
民事訴訟法ノ百四十三條刑事訴訟法ノ十八條ニアリマス
梅謙次郎君
成程サウデシタ矢張リ之ト同ジ意味ニナリマス
横田國臣君
是レハ訴訟ヨリ外ニモ何カ川ヒル場合ガアリマスカ
梅謙次郎君
契約ノ履行ニ就テモ此契約ニ就テハ此處ヲ住所トスルカラ此所デ履行スルト云フ事モアリマセウ又訴訟外ニ於テ書面ヲ送逹スルト云フ事ガアリマセウ訴訟上ノ書面ノ送逹ハ裁判籍ト同ジ樣ニ假住所ヲ住所ト見ルト云フ事ガ出來ルカ知レマセヌガ其外ノ書面モ此所ニ送逹スル
横田國臣君
夫レデハ出店カ何カ其處ニアツテヽヽヽヽヽヽ
梅謙次郎君
ハイ夫レモ含ミマス
本野一郎君
異論ナシ
土方寧君
「選定シタルトキハ」トアリマスガ之ハ相手方ノ人ニ通知デモスルノデアリマスカ
梅謙次郎君
日本ノ慣例ハ何ウナツテ居ルカ知リマセヌガ佛蘭西抔デハ契約ノ中ニ以テ往ツテ此契約ニ就テハ何處其處ヲ以テ自分ノ住所ト見テ呉レト云フ事ガ書テアリマス
議長(西園寺侯)
外ニ御發議ガナケレバヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ
鳩山和夫君
一寸起草者ニ質問ヲ致シタイ此箇條ヲ無シニシテ置タラドウ云フ弊害ガアリマセウカ
梅謙次郎君
無シニスルト契約ニ住所ト云フ名義ヲ用ヒテ此契約ニ就テハ此處ヲ以テ住所ト見ルトカ或ハ會社抔デハ支店デシタ事ハ總テ支店ヲ以テ契約ノ住所ト認メルト云フ樣ナ事ヲ契約スル其時分ニ此條ガナイト其契約ハ果シテ有效デアルカ何ウカト云フ疑ガ起リマス又之ガ法文ニ書テナイト或ハ契約デ假住所ヲ選定スル事ハ出來ヌ樣ニ見エマスカラ假住所ト言ハズシテ廻リ遠ク大抵起リサウナ場合ヲ一々書テ斯ウ云フ事ニ就テハ此處デ斯ウ云フ事ニ就テハ此處デト云フ樣ニ書カネバナラヌ、サウスルト大變面倒ニナリマスカラ之ガアルト其不便ヲモ避ケル事ガ出來ルノデアリマス西洋抔デハ例ヘバ田舎ノ人ガ都會ニ出テ商賣ヲスル夫レデ其人ハ住所ハ田舎デアルガ都會ニ代理店ヲ置テ其商賣ニ關スル事ハ皆ナ其所ヘ持テ往ケト云フ樣ナ事ヲ得意先キヘ契約デ言ツテヤツテ置クト云フ樣ナ事モアルサウデス夫レデ將來斯ウ云フ事ハ日本ニモ起ルデアラウト思ヒマス
箕作麟祥君
今迄デモ實際ハサウ云フ事ヲヤツテ居ルノデ唯ダ假住所ト云フ名ガ無カツタノデアリマス
田部芳君
訴訟上ノ事ハ訴訟法ニ極ツテ居リマスカラ之ハ別ニ法文ニ掲ゲテ置ク必要ハアリマスマイ
梅謙次郎君
併シ訴訟法ノ百四十三條ハ場合ガ限ラレテ居リマス旣ニ訴ヲ受ケタ後ノ事ニナツテ居ツテ「受訴裁判所ノ所在地ニ」トアリマスカラ狹イ場合ニナリマス
鳩山和夫君
端カラ端迄同ジ法律ノ行ハレテ居ル國ニ於テハ契約ノ履行地ニ依テ法律ノ違フ事ハアリマセヌカラ是レハ日本デハ無クツテモ宜イデアラウト思ヒマス
田部芳君
私ハ此三十二條ヲ削除スルト云フ說ヲ出シマス
鳩山和夫君
贊成
末松謙澄君
有ツテモ害ニハナルマイ
鳩山和夫君
無クテモヨイ法文ヲ置クニハ及ブマイ
田部芳君
法文ヲ置カナクテモ契約ニ依テ自然分ルヤウニナルデアリマセウ
横田國臣君
例ヘバ私ガ九州ニ行ク而シテ東京ニ店ヲ持テ居ル店ノ事ハ總テ店ノ者ニ任シテ置ク其場合ニ私ハ九州ガ本住所ニナツテ居ルケレドモ此事ニ就テノ訴ハ皆ナ店ノ在ル方ニ訴ヘルト云フ樣ナ事ガアラウ
梅謙次郎君
支店ノ場合ノ如キハ民事訴訟法ノ規定ニ嵌マル場合モアリマセウガ皆ナ嵌マルトハ往キマセヌ唯訴訟法デハ十九條ニ「會社其他ノ社團ヨリ社員ニ對シ又ハ社員ヨリ社員ニ對シ其社員タル資格ニ基ク請求ノ訴ハ其會社其他ノ社團ノ普通裁判籍アル地ノ裁判所ニ之ヲ起スコトヲ得」トアリマス併シ支店ガアレバ支店ト云フ事ハ書テナイ夫レカラ斯ウ云フ事ハアル訴訟法ノ十六條ニ「製造商業其他ノ營業ニ付キ直接ニ取引ヲ爲ス店舗ヲ有スル者ニ對シテハ其店舖所在地ノ裁判所ニ營業上ニ關スル訴ヲ起スコトヲ得」トアル之ヲ支店ノ場合ニ適用スルト支店ガアツテ其支店デ取引ヲシタ場合ハ支店ヲ訴ヘル事ガ出來マス併シ外デ取引ヲシタノモ便宜上支店ノ所デ訴ヲ起シテ貰フト云フ場合ニハ夫レハ出來ナイ樣ニナリマス
箕作麟祥君
田部さん何ウデアリマセウカ住所ト云フモノノ效能ハ此處デハ一向分リマセヌガ是カラ先キニ契約ノ所カ何カデ「住所ニ」「住所ニ」ト云フ事ガ出テ來ルデアリマセウカラ先キニ往ツテ假住所ノ有ルモノハ何ウ斯ウト云フ事ヲ極メテ置カヌト困ルコトガ出テ來ハシマスマイカ
鳩山和夫君
住所ガアリ居所ガアリ又其上ニ假住所抔ト云フモノヲ置テハ混雜シテ仕方ガアルマイ併シ今假住所ノ必要ガアルト云フ事ガ確カナレバ仕方ガナイガ歐羅巴ニ斯ウ云フ事ガアルカラ日本ニモアルカモ知レヌト云フ位ナ事デ確カニ必要ヲ認メタ譯デモナイカラ之ハ削ツテ仕舞ウ方ガ宜カラウト思ヒマス
三崎亀之助君
今ノ例ニ嵌リサウナ話シハ日本ニモ澤山アリマス彼ノ東京ニ來テ居ル議員ニ金ヲ貸スモノ抔ニハ必ズ東京デ訴ヘルト云フ樣ナ事ガ契約ノ中ニ書テアリマス
田部芳君
夫レハ訴訟法デ許シテアリマス
梅謙次郎君
履行ハ契約ニ於テ定メナイ時ハ住所ニ於テスルノデアリマスカラ若シ初メニ默ツテ居ルト後ニナツテ其住所ガ大變遠イ所ニアツテ困ルカモ知レマセヌ夫レデ住所ト云フ事ハ民事訴訟法ノ十條ニモアリマスガ併シ彼ノ催告ヲスル時ノ如キモ東京ナラ東京ニ假住所ヲ定メテ置テ其處ヘ催告ヲスレバ夫レハ有效デアルト云フ樣ナ事ガ出來マセウ
横田國臣君
夫レハ扨置テ一般ノ原則ノ爲メニ置テハ何ウカ
末松謙澄君
我輩ハ原案ヲ贊成スル
議長(西園寺侯)
決ヲ採リマス唯今ノ削除說ニ贊成ノ方ハ起立
起立者少數
議長(西園寺侯)
少數デ御座イマス他ニ御發議モアリマセヌカラ次ニ移リマス
(書記朗讀)
第四節 失踪
(理由)旣成法典ニ據レハ何人ニテモ生死ノ分明ナラサルコト五年又ハ七年ニ至ルマテハ通常其者ヲ生存セルモノト看做シ單ニ其財產ヲ管理セシムルニ止メ五年又ハ七年ヲ經過スルトキハ殆ト之ヲ死亡セシモノト同一視シ其死亡ニ因リテ權利ヲ得ヘキモノヲ保護スルト雖モ猶ホ幾分カ失踪者ヲ保護スルノ規定ナキニ非ス今之ヲ從來ノ慣例ニ稽ヘ又之ヲ一般ノ法理ニ照ラスニ聊カ其當ヲ得サルモノアルカ如シ蓋シ失踪ノ宣言アルマテハ專ラ不在者ヲ保護スヘキハ論ヲ俟タスト雖モ一旦失踪ヲ宣言スル以上ハ全ク之ヲ死亡セルモノト看做シ敢テ利害關係人ヲシテ不確定ノ狀態ニ在ラシメサルコトヲ要ス唯此推定ヲ設クル以上ハ幾分カ其年限ヲ伸長シ以テ失踪者ヲ保護スルノ必要ヲ生スヘシ但生死不分明ヲ以テ離婚ノ原因ト爲スカ如キハ從來旣ニ慣行セル所ニシテ而モ其期限ニ至リテハ維新前ハ僅々數月ノ後之ヲ許スノ慣例尠カラサリシカ如ク(民事慣例類集一八三頁以下)維新後ニ至リテモ滿二年ノ後又事情ニ因リテハ是ヨリモ早ク離婚ヲ許セルカ故ニ(法例彙纂初版四〇九頁以下、第二版一九〇頁以下第三版一三七頁以下)失踪ノ宣言前ニ之ヲ許スニ非サレハ頗ル舊慣ニ悖ルノ虞アルヘシ猶ホ此等ノ事ハ親族編ニ至リテ規定スヘキ所ナリ
第三十三條 從來ノ住所又ハ居所ヲ去ルニ當リ其財產ノ管理人ヲ定メ置カサリシ者アルトキハ裁判所ハ利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ其財產ノ管理ニ付キ必要ナル處分ヲ命スルコトヲ得本人ノ不在中管理人ノ權限消滅シタルトキ亦同シ(人二六九、二七〇、二七一、二八八、佛一一二、一一三、一一四、一二二、伊二〇、二一、蘭五一九、五二六、三項、澳二七六、二七七、索一九九〇、一九九一、一九九二、西一八一、一八二、ツユーリヒ七三〇、六號、七四三、七四四、七四五、グラウブユンデン一〇五、三號、一一一、獨一草一七四〇、白草一一二、一一三)
(理由)一、本條ノ規定アル所以ハ他ナシ不在者ノ財產ハ動モスレハ朽廢消失ノ虞アルヲ以テ之ヲシテ力メテ適當ノ管理ヲ得セシメント欲シタルナリ故ニ敢テ其本人ノ生死ノ分明ナルト分明ナラサルトニ論ナク裁判所ヲシテ必要ナル處分ヲ命スルコトヲ得セシメスンハアルヘカラス是レ旣成法典人事編第二百七十一條ニ於テ失踪ノ推定ヲ受ケタル者ノ財產ニ付キ管理人ヲ指定セシムルト同時ニ其第二百八十八條ニ於テ未タ失踪ノ推定ヲ受ケサル者ノ財產ニ付キ必要ノ保存處分ヲ命セシムル所以ナリ而シテ之ヲ一條ニ纏括シテ本文ノ如ク規定スルヲ以テ簡且明ナリト信スルナリ
二、原文ニハ住所及ヒ居所ヨリ亡失シ又ハ住所若クハ居所ヲ去ルト云ヘリ然レトモ改正案ニ於テハ各人ノ生活ノ本據ヲ以テ住所トシタルカ故ニ從來ノ住所ヲ去リテ新ニ住所ヲ定メタルヤモ知ルヘカラス況ヤ居所ニ至リテハ實際之ナキコトハ稀ナルヲヤ是レ從來ノ文字ヲ加ヘタル所以ナリ
三、原文ニハ區裁判所トアリタルヲ單ニ裁判所ト改メタル所以ハ他ナシ裁判所ノ權限ハ或ハ之ヲ變更スルノ必要ヲ生スルコトアルヘキカ故ニ特別法又ハ民法施行條例中ニ其裁判所ノ種類ヲ定メ民法中ニハ之ヲ定メサルヲ可トシタレハナリ(一二理由二ヲ參觀セヨ)
長谷川喬君
「從來ノ住所又ハ居所ヲ去ルニ當リ」云々トアリマスガ之ハ其所在ノ分明ナルト否トニハ關係ナイノデアリマスカ
梅謙次郎君
此處ハ其積リナノデアリマス所在ハ分ツテ居テモ遠方ヘ往ツテ居テ跡ニハ誰モ管理人ヲ置カナカツタト云フ場合モ含ム積リデアリマス
横田國臣君
サウスルト夫レヲモ失踪ト看做スノデアリマスネ
梅謙次郎君
未ダ失踪ニハナラヌノデアリマスガ失踪シカケタ樣ナ人間デアリマスカラ一緒ニシタノデス失踪ト云フヨリハ不在ト云フ方デアリマセウガ併シ別ニ節ヲ分ツ程ノモノデモナイカラ一緒ニ書タノデアリマス
長谷川喬君
私ハ修正案ヲ出シマス「從來ノ住所又ハ居所ヲ去リ生死分明ナラサル者カ其財產ノ管理人ヲ定メ置カサリシトキハ」ト云フ事ニ致シマス裁判所ハト云フ所カラ下ハ原案ノ通リデアリマス
議長(西園寺侯)
「置」ト云フ字ガ必要デアリマセウカ
長谷川喬君
無クテモ構ヒマセヌ
末松謙澄君
置ト云フ字ヲ取ツテモ上ニ豫メト云フ字ヲ書ケバ宜イ
長谷川喬君
豫メト云ハズトモ宜イデアラウト思ヒマス夫レデ修正ノ理由ハ餘リ申サズトモ現ニ此次ノ條ニ於テハ明カニ「生死分明ナラサルトキハ」ト云フ事ガ書テアリマスカラ此處モサウシタイト思ヒマス起草者ハ生死ノ分明ナルト否トヲ問ハヌト云フ御說明デアリマスケレドモ何ウモ此場合ニ限ツテ生死ノ分明ナラザルト否トヲ問ハヌト云フ事デハ例ヘバ私ガ一寸何處カヘ行キマスルト直ニ財產ノ管理ニ付テ處分ヲセラレルト云フコトデハ困リマス夫レデ修正ノ要點ハ第一ニ生死不分明ト云フ事ノ這入ツテ居ナイノガ惡イ第二ニ「當リ」ト云フ字モ面白クナイト思ヒマシタカラ右ノ如キ修正ヲ出シマシタ
箕作麟祥君
サウスルト之ハ旣成法典ノ人事編二百八十八條ニアル樣ナ事ハ除イテ御仕舞ヒニナル御積リデアリマスカ私共ハ原案ハアレヲ採用シテ書カレタモノト見テ居リマスガ
梅謙次郎君
全ク左樣デアリマス
議長(西園寺侯)
之ヲ失踪ト云フノハ何ウデアラウカ
梅謙次郎君
失踪ト云フノハ惡イカモ知レマセヌガ併シ別ニ「不在」あぶさんすト云フ章ヲ設ケル譯ニモ行キマセヌカラ俗ニ所謂重荷ニ小附ケト云フ譯デアリマス
議長(西園寺侯)
夫レデハ佛蘭西ノあぶさんすカネ
梅謙次郎君
サウデス
議長(西園寺侯)
重荷ニ小附ケナラ住所ノ後ヘ付ケテモ宜イネ
梅謙次郎君
夫レデハ少シ困リマス何ウカト云フト失踪ノ方ト同ジ種類ノ處置ヲスルノデアリマスカラ
土方寧君
何ウモ一寸居ナイト直ニ管理ノ處分ヲ命ズルト云フ事デモ困ル何ウシタカ分ラヌト云フノナラ夫レハ勿論ヽヽヽヽヽヽ
梅謙次郎君
夫レデハ生死ノ分ツテ居ルノハ全ク棄置テモ宜イト云フノデアリマスカ夫レデモ困ルダラウ
横田國臣君
起案者ニ問フガ法律上カラ失踪ト云フ字ノれぢーしよんハ何ノ位迄カ
梅謙次郎君
失踪ト云フノハ死者ト同一ニ見ル位ナ所ニ失踪ト云フノデアリマス今迄ノハモツト廣ク使ツテアリマシタガ夫レデハ第一期ノ失踪者第二期ノ失踪者ト云フ樣ニナツテハ困リマスカラ狹クシタノデアリマス
横田國臣君
何ウモ考ヘテ見ルノニ本人ノ居所ハ分ツテモ家ニ居リサヘセネバ直ニ管理人ヲ置クト云フノハ何ウデアラウカ
梅謙次郎君
場合ニ依テハサウハ限リマセヌ主人ガ自分ガ面白クナイ事ガアツテ突然家出ヲシタ夫レデ管理人ヲ定メテ居ラヌ其場合ニ跡ニ殘ツテ居ル者ハ女トカ小供トカデ管理スベキ人ガナイト云フ時ハ縱ヒ本人ハ大阪ニ居ルトカ西洋ニ居ルトカ云フ事ガ分ツテ居テモ財產家抔デハ直ニ管理人ヲ置カネバナラヌ必要ガアリマセウ
末松謙澄君
裁判所ト云フ字ノ下ヘ何カ書イタラ何ウカ、斯ウ云フ場合ニ於テハト云フ樣ナ事デモ
穗積陳重君
請求ト云フ事ガアリマスカラ差支ハアリマセヌ請求サヘセネバ宜イノデアリマス
鳩山和夫君
旣成法典ノ人事編二百八十八條ノ場合ハ必要デアラウガ此處ハ餘リ御世話ガ屆キ過ギル樣ニ思フ
梅謙次郎君
書キ樣ガ惡イカハ知リマセヌガ我々ハ二百八十八條ト同ジ積リデ書イタノデアリマス
横田國臣君
書キ樣ハ少シ違ウ樣ジヤ
本野一郎君
二百八十八條ノ樣ニナルト誰カ他人ガ事務管理ヲヤツテ居ル時分ニハ裁判所ハ不利益ノ管理ヲヤツテ居ルト見テモ構ハヌ樣ニナルネ、夫レダカラ矢張リ自分ニ管理人ヲ定メナカツタ時ニハ裁判所カラ世話ヲシテヤル方ガ宜カラウ
箕作麟祥君
之レ何レ起草委員ノ方デハ十分御調ベニナツタデアリマセウカラ申ス迄ノ事ハアリマセヌ何カ理由ガアツテナサレタ事デアリマセウガ旣成法典ハ失踪ノ推定ト云フ二百八十一條ノ方ハ生死ノ分明ナラヌ時デアルカラ自分ガ管理人ヲ定メ置カナンダ時ハ裁判所カラ世話ヲシテヤル又二百八十八條ノ方ハ生キテ居ル事ガ確實デアルカラ事務管理者デモ宜イ誰カ世話ヲスル人ガアレバ宜イト云フノデ違ヘテアルノデアラウト思ヒマス
梅謙次郎君
夫レハサウデアリマセウガ他人ガ勝手ニ世話ヲシテ居ルノハ自分ノ利益ノ爲メニシテ居ルト云フ事モアリマスカラ矢張リ裁判所カラ世話ヲスル方ガ宜イデアラウト思ヒマス
鳩山和夫君
何ウデアラウカ自分ノ利益ヲ保護スル事ハ銘々熱心ナモノデアルカラ裁判所デ此處迄世話ヲセズトモ宜クハアルマイカ
三崎亀之助君
此法文ハ讀ミ方ニ依ルト「居所ヲ去ルニ當リ」ト云フノデアルカラ心ニハ管理人ヲ置カウト思ツタガ出立ノ際忘レタト云フ所ニモ當ル樣デアリマスガ其樣ナ輕イ場合ヲ見タノデハナイデアリマセウネ
梅謙次郎君
サウ云フ場合ヲ見タノデハアリマセヌ、アリマセヌケレドモ棄テ置ケバ直ニ腐ツテ仕舞ウト云フ樣ナ物ガアツテ夫レヲ申立タ時分ニハ裁判所ガ世話ヲスルト云フ樣ナ事モ出來ルデアリマセウ併シ其樣ナ場合ヲ目的ニ書イタノデハアリマセヌ
長谷川喬君
ドウモ贊成者ガ無イ樣デアリマスカラ今一度改メテ出シマス今度ハ「從來ノ住所又ハ居所ヲ去リ其財產ヲ管理スル者アラサルトキハ裁判所ハ云々」ト云フ事ニ致シマス
梅謙次郎君
夫レデハ誰レガ去ツタノカ肝腎ナ本人ガ無イノデスネ
土方寧君
長谷川君ノ前ノ修正案ナラ贊成スル
梅謙次郎君
本人ガ旣ニ取消サレタノデアリマスカラ土方君ガ更ニ御出シニナレバ格別デアリマスガヽヽヽヽヽヽヽ
土方寧君
夫レナラ私カラ先キノ長谷川君ノ案ヲ出シマス
長谷川喬君
贊成致シマス
梅謙次郎君
長谷川君ハ二百八十八條ノ場合ニ裁判所ガ干渉スルノハ惡イト云フ御意見デ故意ニ最初ノ案ヲ御出シニナツタノデアリマスカ
長谷川喬君
サウデハアリマセヌ
梅謙次郎君
夫レデハ可笑シイ今度ノ案ヲ出シテ置キ乍ラ前ノ案ヲ贊成ナサルノハ可笑シイ
長谷川喬君
可笑シイノハ仕方ガアリマセヌ
横田國臣君
自分ノ利益ヲ保護スルコトハ誰モ知ツテ居ルガ或ハ斯ウ云フ事ガアルカモ知レヌ自分ハ財產ヲ持テ居ル、所ガ借金ハ財產ノ倍モアルト云フ時ハ夜逃ゲヲシテ仕舞フト云フ樣ナ事ガアルカモ知レヌ
本野一郎君
「去ルニ當リ」デハ可笑シイ樣デスガ去リタルニ當リトカ何ントカ改メタラ何ウデアリマセウカ
梅謙次郎君
去ルニ當リハ或ハ惡イカモ知レマセヌガ併シ去リタルニ當リモ餘リ宜クナイ樣ダ
議長(西園寺侯)
文章カラ云フト去リタルニ當リモ惡クハナイ樣ダガ
梅謙次郎君
サウデスカネ―――
三崎亀之助君
「從來ノ住所又ハ居所ヲ去リタル者其財產ノ管理人ヲ定メ置カサリシトキハ」トシテハ何ウデアリマセウカネ―――
本野一郎君
御出シニナレバ贊成シマスガ
議長(西園寺侯)
「從來ノ」ト云フ事ハ必要デアリマスカ
梅謙次郎君
住所ヲ去ルト云フコトハ絶對ニ去ルトハ言ヘナイノデアリマス從來ノ住所ヲ去ツテモ又新タニ住所ヲ持ツノデアリマスカラ絶對ニ住所ヲ去ルトハ言ヘナイカラ從來ノト云フ字ヲ入レタノデアリマス
本野一郎君
上ヲ「去リタル者」トシテ下ヲ「定メサルトキ」トシタラ宜クハアリマセヌカ、夫レデナイト後カラ言フテヨコス事ガ出來ヌ樣ニ見エル何ウデアリマセウカ起草委員ニ贊成シテ貰ウ事ハ出來マセヌカ
梅謙次郎君
「去リタル者」ト云フノガ何ウデアリマセウカ
末松謙澄君
「去リ」ノ方ガ宜カラウ
本野一郎君
夫レデモ宜イ夫レニシヤウ
梅謙次郎君
夫レナラ宜イ樣ダ負ケヤウ、夫レニ贊成シヤウ
富井政章君
僕ハ上ヲ「去リ」トシテ下ヲ「定メサリシ」トスル方ガ宜イト思フ
土方寧君
裁判所カラ管財人ヲ命ジテヤラセテ居ル時ニ後カラ本人ガ自分ノ友人ニデモ管理ヲ頼ンデ來タ時ハ前ノ管理人ノ職ハ解クノデアリマセウガ其方法ハ何ウスルノデアリマスカ
梅謙次郎君
夫レハ解ケナクテハナリマセヌ成程御尋ノ如ク此案デハ其邊ガ不分明ナ樣デス何ントカ入レナクテハナリマスマイ
三崎亀之助君
前ヲ「去リタル者」トシテ下ヲ「定メサリシトキハ」トシタラ何ウデアリマセウカ何方モ過去ニナルカラ前後ガナクテ宜イ樣ニ思ヒマスガ
梅謙次郎君
其方ガ宜イカモ知レマセヌ其方ニ贊成シマセウ
議長(西園寺侯)
夫レデハ唯今ノ修正說ニ御同意ノ御方ハ起立
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デ御座イマス
土方寧君
先キニ私カラ實質上ノ修正案ヲ出シテ長谷川君ガ贊成シテ居ラレマスカラ決ヲ採テ見テ戴キタイ
議長(西園寺侯)
宜シイ唯今文章ハ極マリマシタケレドモ實質ガ變レバ文章モ亦變ルカモ知レマセヌ
土方寧君
今一應文章ヲ申シマス「從來ノ住所又ハ居所ヲ去リ生死分明ナラサル者カ其財產ノ管理人ヲ定メサリシトキハ」ト云フノデアリマス
議長(西園寺侯)
唯今ノ修正說ニ贊成ノ諸君ハ起立
起立者少數
議長(西園寺侯)
少數デアリマス
鳩山和夫君
此處ニ本人ノ後日管理人ヲ定メ置キタル時場合ニ依リ其處分ヲ解クノ必要アルヲ以テ此ニ關スル規定ノ一項ヲ加ヘタイ
梅謙次郎君
成程少シ何ウモ不分明デアリマス
土方寧君
入レルト云フ事丈ケヲ極メテ文章ハ起草委員ニ頼ム樣ニシタイ
議長(西園寺侯)
宜イ夫レハ私モ同意デアリマスサウ云フ事ニ致シマセウ夫レデハ唯今ノヲ入レルト云フ事ニ御贊成ノ御方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デアリマスカラ起草委員カラ拵ヘテ御出シニナル樣ニ願ヒマス夫レデハ次ニ移リマス
穗積陳重君
此間ノガ御預リニナツテ居リマスカラ此處デ夫レヲ片付ケテハ如何デ御座イマセウカ
議長(西園寺侯)
夫レデハサウ致シマセウ
梅謙次郎君
色々考ヘマシタガ何ウモ好イ案ガ見付カリマセヌ先ヅ斯ウ云フ風ニシタラ何ウデアラウカト思ヒマス彼ノ六條ト二十二條卽チ改正ノ二十條ニ當ル所ノ中デ第三號ヲ「不動產又ハ重要ナル動產ニ關スル權利ノ取得又ハ喪失ヲ目的トスル行爲ヲ爲スコト」
議長(西園寺侯)
宜カラウ贊成スル
土方寧君
認諾ノ結果ガ喪失ニナルノハ何ウデアリマセウカ
梅謙次郎君
矢張リ喪失ヲ目的トスル行爲ト言ヘル
三崎亀之助君
是レデハ取得スル行爲ノミデナク取得スル根際ハニ往ツタ行爲モ這入リハシマセヌカ
梅謙次郎君
夫レハサウデス
三崎亀之助君
夫レデハ前ノヨリハ廣クナリハシマセヌカ
梅謙次郎君
善イカ惡イカ知リマセヌガ廣クシタノデアリマス
三崎亀之助君
廣クスルト云フ事ノ程度ガ此度認諾抔ヲ含ム樣ニナツタノハ宜イガ夫レヲ含マシタ上ニ尙ホ一層廣クナリハシマセヌカ
梅謙次郎君
其邊ハ今少シ考ヘテ見ナケレバナリマセヌ其樣ニ餘リ廣クナリ過ギルナラバ止メナケレバナリマセヌ
横田國臣君
マー今マノニシテ置テハ何ウカ
梅謙次郎君
之ニシテ置テ總會迄考ヘルコトニシマスカネ
土方寧君
認諾ノ結果ガ財務ヲ負擔スルノヲ之ニ含マセルト云フノハ可笑シイ直接デハナイ間接ノ結果デアルカラ之ニハ含マナイ
梅謙次郎君
今茲ニ又小修正ガ出マシタ「取得又ハ喪失ヲ」ト云フト餘リ長クナリマスカラ「得喪」ヲト云フ事ニ致シテハ何ウデアリマセウカ
箕作麟祥君
何ウモ感心シマセヌ長クテモ矢張リ初メノ方ガ宜イ
本野一郎君
矢張リ初メノ「取得又ハ喪失」ト云フ方ニシテ置イテ總會マデ休息シテハ何ウカ
(此時「夫レガ宜イ」ト呼ブ者數名アリ)
穗積陳重君
先ヅ得喪ト云フノヲ採ツテ夫レカラ取得又ハ喪失ト云フノヲ採ツテ見テ戴キタウ御座イマス
議長(西園寺侯)
夫レデハサウシマセウ得喪ト云フ方ニ御同意ノ諸君ハ起立
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デ御座イマス夫レデハ引續イテ三十四條ニ移リマス
(書記朗讀)
第三十四條 不在者カ管理人ヲ定メ置キタル場合ニ於テ其不在者ノ生死分明ナラサルトキハ裁判所ハ利害關係人又ハ檢事ノ請求ニ因リ管理人ヲ改任スルコトヲ得(人二七〇、索一九九一、白草一一三)
(理由)一、原文ニハ代理人ハ失踪ノ推定中本人ノ財產ヲ管理ストアリタルモ代理人ノ權限ハ特ニ期限ヲ定メサルトキハ通常委任者又ハ代理人ノ死亡ニ至ルマテ繼續スヘキモノニシテ今失踪ノ推定ヲ受ケタル者ハ生死未タ判決セス而シテ死亡ニ因リテ權限消滅シタルト主張スル者ハ先ツ其死亡ヲ證明セサルヘカラス故ニ其死亡ノ判然スルマテハ代理人ノ權限繼續スヘキハ言フヲ待タス又特ニ期限ヲ定メタルトキハ其期限ノ到來ニ因リテ其權限消滅スヘキハ勿論ナリ故ニ必スシモ失踪ノ推定中本人ノ財產ヲ管理スト曰フコトヲ得ス是レ右ノ十數字ヲ削除シタル所以ナリ
二、原文ニハ現實ノ利益ヲ有スル關係人推定相續人トアリタルヲ單ニ利害關係人ト改メタルハ他ナシ利害關係人ト云ヘハ通常ハ現實ノ利益ヲ有スル者ヲ指シ而モ推定相續人ノ如キハ現實ノ利益ヲ有セスト雖モ其中ニ包含スヘキヲ以テナリ
三、原文ニハ代理人ノ解任ヲ言渡シ又ハ其後任ヲ指定スルコトヲ得トアリタルヲ管理人ヲ改任スルコトヲ得ト改メタルハ單ニ之ヲ解任スルノミニテ後任者ヲ選定セサルコトヲ得ルモノノ如ク見エテ不可ナルト管理人ノ權限消滅シタルニ因リ其後任者ヲ選定スル場合ハ旣ニ前條第二項ニ之ヲ規定シタルトニ因ル
本野一郎君
之モ矢張リ前ト同ジク「置キ」ト云フ字ヲ取ツテ定メタル場合トミナケレバナリマスマイ
穗積陳重君
定メタルデハ困リマスカラ夫レヨリハ「置キタル」トシテサウシテ前ノ條モ「置カサリシ」トシテ貰ヒタウ御座イマス夫レデ「定メ」ト云フ字ハ除イテ仕舞ヒマス
梅謙次郎君
夫レガ宜イ
議長(西園寺侯)
夫レデハ唯今ノ論ニ御同意ノ諸君ハ起立
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デ御座イマス
土方寧君
三十三條ヲ議了スルニ當テ本人ガ後カラ管財人ヲ指シ示シテ來タラ之ヲ許サヌト云フ譯ニハ行クマイカラ裁判所カラ命ジタ管財人ノ方ヲ止メナケレバナラヌト云フ事デ起草委員ニ文章ヲ任セルコトニナリマシタガ其場合ト此處トガ權衡ヲ失フ樣ニナリハセヌカト思ヒマス前デハ裁判所ガ命ジタ管財人ガアルノニデモ本人カラ言フテ來レバ夫レト變ハルト云フノニ此處ハ本人ガ出立ノ前ニ置タ管財人ヲ生死ノ分ラヌ時ハ裁判所ガ取換ヘルト云フノハ不權衡デハアリマスマイカ
梅謙次郎君
不權衡デハアリマセヌ前ノハ其人ガ居テ信任シテ居ル場合此處ハ本人ガ生死不分明デアルカラ若シモ本人ガ其處ニ居タラ此管理人ハ惡ルカツタカラト云ツテ變ヘルデアラウト云フ樣ナ場合卽チ打棄テ置ケバ財產ヲ滅茶滅茶ニスルト云フ樣ナ場合デアル其場合ニ本人ハ生死不分明ダカラ親族トカ檢事トカガ請求シテ變ヘテ貰フノデアリマスカラ前トハ違ヒマス
土方寧君
成程分リマシタ
議長(西園寺侯)
「其不在者ノ生死」ト云フノヲ不在者ヲ除イテ「其生死」トスルカ夫レデナケレバ「其」ト云フ字ヲ除イテ「不在者ノ生死」トスルカ何方カニシテハ何ウデアリマセウカ
梅謙次郎君
「其生死」トスルト管理人ノ生死ノ樣ニナリハシマセヌカ
議長(西園寺侯)
夫レデハ別ニ御論モ出マセヌカラ原案可決ト認メマス、今晩ハ是レデ閉會致シマス