明治民法(明治29・31年)

法典調査会 民法主査会 第7回 議事速記録

参考原資料

民法主査會第七回議事速記録
出席員
箕作麟祥君
村田保君
本尾敬三郎君
侯爵西園寺公望君
田部芳君
高木豐三君
長谷川喬君
元田肇君
横田國臣君
穗積陳重君
三崎亀之助君
富井政章君
梅謙次郎君
議長(西園寺侯)
是ヨリ會議ヲ開キマス、前回ノ續キデ第二章ノ第一節丈ケ議ニ掛ケマス、例ニ依テ朗讀ハ省キマス
(左ノ議案ハ朗讀ヲ經サルモ參考ノ爲メ茲ニ之ヲ掲載ス以下之語同シ)
 第二章 契約
  第一節 総則
   第一款 契約ノ成立
   第二款 契約ノ効果
   第三款 手附及ヒ違約金
   第四款 契約ノ解除
箕作麟祥君
此第二款ノ所ニ「契約ノ效果」トアリマスガ、之ハ此前「債務ノ效力」ト云フ所デ論ガ出マシタガ、起草委員ノ御考ヘデハ效果ト效力トヲ分カタレタノハ微妙ナ區別カモ知リマセヌガ、之ハ矢張リ佛蘭西語デ言ヘバ「えツふえー」トカ何ントカ言ツテ一所ニシテ差支ヘナイト思ヒマス、此前ニモ色々議論ノアツタ末「債務ノ效力」トシタノデアリマスカラ此處モ矢張リ「契約ノ效力」ト致シタイ、又此次ギノ方ニモ「婚姻ノ效果」トアリマスガ、之モ同ジク「婚姻ノ效力」ト致シタイト思ヒマス
村田保君
贊成
高木豐三君
私モ贊成
横田國臣君
私ハ能ク聽キマセヌデアリマシタガ、此效果ト效力トノ區別ニ就テ今一應御辯ジヲ願ヒマス
富井政章君
是ハ強テ主張スルノデハアリマセヌガ義務ノ效力ト言ツテモ義務ハ契約カラ生ズル、尤モ契約カラ生ズルモノノミデハナイ、契約カラ生ズルナラバ契約ノ效果デアル其義務ハどれ丈ケノ力ヲ持ツテ居ルカ、義務カラ物ガ生ズルコトハ無イ、義務ノ力デアル、債權ノ效力ト言ヘバ債權ノ力、卽チ履行サセル、履行サレナイ場合ニハ賠償ガ取レル、是ハ何ウシテモ債權ノ力ト言ヒタイ、夫レカラ「契約ノ效力」ト言ハズシテ「契約ノ效果」ト言ヒタイノハ、所有權ガ移ル、引渡ノ義務ガ生ズル、擔保ノ義務ガ生ズル、皆契約ガ生ミ出ス、契約ノ結果デアル、債權ノ效力ハ所有權ノ移轉ヲ生ズル、其生ジタモノノ力ト然ウシテ何ニカ生ズル、其生ジテ出テ來タモノト其處ガ違ウノデアル、併シ強テ主張ハシマセヌ、尤モ何レカ一ツニシヤウト云フ事ナラバ效力ノ方ニ願ヒタイ、ト云フモノハ「契約ノ效果」ト言ヒタイガ、之ヲ契約ノ效力ト言ツテモ其方丈ケハマダ宜シイガ、「債權ニ效果」ト云フ事ハ少シ面白ク無イ、夫レデ何レモ效力トスルト云フ事ナラバ強テ反對ハ致シマセヌ
高木豐三君
或ハ起草上トカ學理上トカニ酷ドク差支ヘガ無イト云フ事ナラバ一ツニシタイ
議長(西園寺侯)
夫レデハ採決致シマス「契約ノ效果」トアル「果」ノ字ヲ「力」ト云フ字ニ改ムル方ニ御贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デアリマスカラ「力」ト云フ字ニ改マリマシタ
高木豐三君
私ハ一ツ御尋ネヲシテ置キマスガ、此違約金ト申シマスルノハくろーず、ぺなーるデアリマスカ
梅謙次郎君
くろーずぺなーるトハ少シ違ヒマス、違約金ハ違約ヲシタ時ノ本統ノ過怠デアル、損害賠償ヲ豫メ極メテ置クト云フノナラバ夫レハ違約金ニハナラヌノデアリマス、併シ其遍ニ就テハ能クハ協議ヲ盡シテハ居リマセヌ
富井政章君
併シ其レハ新法典ノ何ニ當ルカト言ヘバあれト思ヒマス
梅謙次郎君
商法ニハ違約金ト云フモノト契約上ノ損害賠償トハ明カニ區別シテアリマス
村田保君
此目錄デ見ルト解除計リデ銷除トカ廢罷トカバ止メルノデアリマスカ
梅謙次郎君
然ウデアリマス
村田保君
取消ハ
富井政章君
取消ハ規定セヌ積リデアリマス、取消ハ總則ノ所ノ「無效及ヒ取消」ト云フ所ニ入レル積リデアル、又契約ノ所ノ成立ノ所ニ這入ル事モアリマセウ、此契約ノ解除ハ主トシテ雙務契約ノ解除ノ事ヲ言フノデアリマス、一方ガ其義務ヲ履行セヌトキニハ他ノ一方モ其履行ヲ拒ム、卽チれどりしよんデアル
横田國臣君
第三款ニ「手附及ヒ違約金」トシテアリマスガ、此手附ニ金ノ字ヲ附テ居ナイノハ下ニ違約金トアル金ノ字ヲ以テ兼ネサセルト云フ御考ヘデアリマスカ
富井政章君
手附ノ方ニ金ノ字ノナイノハ之ハ金ニハ限ラヌカラデアリマス
田部芳君
一ツ此處ニ直接ノ關係ガアルト言ツテ宜イカ無イト言ツテ宜イカ少シ六ケ敷イ問題デアリマスガ、此法典デハ何ント言ツテ宜イカ、單意行爲トデモ言ツテ宜イカ、卽チ合意デハナイ、或ル一人ノ者ガ一人ノ意思デ義務ヲ帶ビルト云フ事ガ出來ルガ然ウ云フモノモ矢張リ御認メニナルノデアリマスカ、之ハ契約ト云フモノニ關係ガアルカラ序デニ御尋ネヲシテ置キマス、夫レトモ此總則ノ内ノ「法律上ノ行爲」ト云フ所ニ其事ヲ云フ御積リデアリマスカ、之ヲ認メルトスレバ、或ハテンデ日本ノ法典ニハ然ウ云フ事ハ認メナイト云フ御積リデアリマスカ
富井政章君
其問題ニ就テハマダ熟議シテハ居マセヌガ、先日一寸話シバ出マシタ、先ヅ吾々ノ意見デハ夫レハ認メナイト云フ方ニ傾ケテ居ル、併シ尙ホ本案ニ掛ツタ上デ改メテ獨逸民法草案ノ區域内位デ認メルモノカ、或ハ夫レヨリハ狹ク認メタ方ガ宜イト云フ事ニナレバ尙ホ一章置ク事ニナルカ、或ハ總則ノ「法律上ノ行爲」ノ内デ規定スル事ニナルカ、更ニ其問題ガ起ルデアラウ、此處デハ確答ハ出來マセヌ、併シ只今ノ所デハ先ヅ認メナイト云フ方ニ傾イテ居ル
議長(西園寺侯)
第一節ニ就テ別ニ御發議ガ無ケレバ第二節ヨリ第十六節マデヲ議ニ掛ケマス
  第二節 贈与
  第三節 売買
  第四節 交換
  第五節 消費貸借
  第六節 使用貸借
  第七節 賃貸借
  第八節 雇傭
  第九節 習業
  第十節 仕事請負
  第十一節 委任
  第十二節 寄託
  第十三節 会社
  第十四節 終身年金
  第十五節 賭事
  第十六節 和解
田部芳君
一寸御尋ネシマスガ其事ハ日本ノ現在ノ所デ澤山アリマスル所ノ無盡ノ事デアリマス、之ハ何ノ性質カト云フ事ハ研究スベキ問題デハアリマスガ、兎ニ角此無盡ト云フ事ガ實際ニアルノデアリマシテ裁判所マデ澤山ニ現ハレテ來マス、之ハ契約ノ仕方ニ依テ種々アリマスガ併シ是等ノ事ハ全ク法典ノ内ニ規定ヲ置カヌト云フ御考ヘデ御除キニナツタノデアリマスカ、或ハ又何ウ云フ御考ヘデアルカト云フ事ヲ承ツテ置キタイ、或ハ幾分カノ弊害ヲ矯メルガ如キ規定ハ或ハ會社ニ類シタモノトシテ入レルカモ知ラヌガ其性質ハ兎ニ角法典ニ就テ矯メルヤウニシテ、恰モ商法デ會社ノ規定ヲスルガ如ク、極疎ラナ規定デアツテモ幾分カノ規定ヲ置クガ宜シイトカ何トカ云フ事ハ御研究ニナツテモ宜シイト思ヒマス、兎ニ角之ヲニノ問題トシテ御研究ニハナツタノデアリマスカ、若シモ御研究ニナラヌ事ナラバ委員諸君ニ於テモ然ウ云フ事ハ果シテ要ラヌナラバ要ラヌト云フ事ヲ尙ホ能ク御研究ヲ願ヒタイト云フ唯一ノ希望丈ケヲ述ベテ置キマス
富井政章君
只今ノ田部君ノ御質問ハ寔ニ御尤モナル御質問ト思ヒマス、其問題ニ就テハ實ハ未ダ心付カナカツタノデアリマス、併シ先ヅ第一ニ無盡ト云フモノハ有效トシテ法律ノ保護ヲスルモノデアルカト云フ事ハ一ノ問題デアル、果シテ之ヲ保護スルモノトスレバ更ニ其性質ハヲ研究シテ其性質ノ定メ方ニ依テ第十三節ノ會社ノ方ヘデモ入レベキモノデアルカ、或ハ第十五節ノ賭事ノ内ニデモ入レベキモノデアルカ、何方ラカデアラウト思フ、賭事ノ内ニ於テハ多分富籤ノ事ヤラ或ハ空相場ノ事抔モ規定スルデアラウ、然ウ云フ場所デ規定スル事ニナルカ、或ハ會社ノ性質ヲ有スルモノトスレバ會社ノ所デ規定スルカ、私ハ能クハ知リマセヌガ、今ノ日本ノ實際ニ於テハ之ヲ會社ノ性質ニハ看テハ居ラヌヤウニ心得テ居リマス、夫レハ何レニ極メルガ宜シイカ此處デハ吾吾ノ意見ヲ述ベル事ハ出來マセヌガ、若シ法律ノ保護スル事ニナレバ會社ノ方デアルカ或ハ賭事デアルカ、何レカ一デアラウトハ思ヒマスガ、之ガ爲メニ別ニ一節ヲ設ケル程ノ必要モ無カラウト思ヒマス
高木豐三君
只今田部君カラ御注意ガアツテ實ハ私モ同樣ノ考ヘヲ持ツテ居リマス、併シ此無盡ト云フモノヲ法律デ保護シテ獎勵ハセズトモ少ナクトモ法律デ保護スルト云フ事ハ甚ダ好マヌノデアリマス故ニ成ルベク斯ウ云フ事ハ無イ方ヲ希望スルノデアリマスガ、如何セン日本ノ習慣トシテ各地方ニ之ガ盛ンニ行ハレテ居ル、夫レデ大キク言フト殆ンド各地方デ金錢上ノ裁判事件ト爲ツテ居ルモノハ三分一ハ此無盡ノ潰レデアルト言ツテモ過言デ無イ位デアリマス夫レデ此事ハ何ントカ御研究ノ上御決斷ヲ願ヒタイ、尙ホ序デニ今一ツ申シ上ゲテ置キマスガ、此間債權者ノ連帶ト云フモノハ廢スルト云フ事ニ就テ何ウ云フ場合ガアルカ、日本ニハ決シテ無イト云フ事デアリマシタガ私モ能ク研究セヌデ居リマスカラ酷ドク細密ノ反問ヲ受ケテハ困却ヲシマスガ、唯私ノ考ヘデ、アノ時デモ一寸考ヘ付キマシタノニ、此無盡ノ當リ籤ノ者ガ先キニ金ヲ取ルト云フト拂ヒ戻シノ義務、卽チ掛ケ込ミノ義務ト云フモノヲ皆負フタ者ガ只今富井君ノ御話シノ如クニ會社ノ性質ニナレバ無論宜シイガ、是迄私ノ當ツタ所ノモノデハ何ウモ會社トモ言フベキ性質ノモノデハナイ、何ウモ會社トモ往カヌ一種奇態ナモノデアリマス、之ヲ現在ノ法律ノ上カラ解釋スレバ或ハ斯ンナ場合ガ債權者ノ連帶ト云フヤウナ場合デハアルマイカト思ヒマスルガ尙ホ御參考ノ資料トモナルナラバ重疊デアリマスガ、私モ尙ホ考案中デアリマス
穗積陳重君
此無盡ノ事ニ就テハ只今富井君カラモ述ベラレタ通リ私共一向氣ガ付カヌデアリマシタ、此事ハ我國ニ於テハ普通ニ行ハレテ居ル事デアリマスルシ、且之ハ隨分僥倖ヲ望ムト云フヤウナ所謂射倖的ノ性質ヲ有シテ居ル所ノモノモゴザイマセウガ、併シ一方ニハ隨分是レガ爲メニ朋友抔ガ負債デ困ツテ居ル者ノ爲メニ無盡ヲ起シテ其負債ヲ償ツテ遣ル、夫レガ爲メニ其債權者モ債務者モ事無ク濟ンデ非常ニ幸ヒヲ受ケルト云フヤウナ事モアル、高木君ノ御咄シノ通リ之ハ普通ニ行ハレテ居リマス、ト云フモノハ又一方ニハ此社會ニ必要ナ事モアラウト思ヒマス、兎ニ角之ハ篤ト取調ヲ要スル事ト思ヒマス、而シテ此無盡ナルモノハ果シテ此處ニ擧ゲテアリマスル事項ノ中ノ性質ヲ帶ビテ居ルモノデアルカ、或ハ又五種錯雜ノモノデアツテ別ニ章トカ節トカヲ設ケナケレバナラヌモノデアルヤ否ヤト云フ事モ、無盡ニハ種々ナ種類ガアルヤウデアリマスカラ夫レ等ヲモ能ク調ベナケレバナラヌ問題デアラウト思ヒマス兎ニ角吾々ニ於テモ研究ハ致シマスルガ、私ノ望ム所ハ成ルベク條項抔ノ取調ベノ方ニ專ラ力ヲ盡シテ少シデモ進ンデ往キタイト云フ考ヘデアリマス、夫故ニ先ヅ民事ニ就テハ或ハ報告委員ノ方デ御取調ベヲ願ツテ、第一ニ此内ノ種類ノ中ニ這入ルベキモノナルヤ否ヤ、又其規定ト云フモノモ置クノガ宜シイモノデアルヤ否ヤ、又之ヲ禁ズル方ニスルガ宜シイモノデアルヤ否ヤ、是等ノ問題ハ報告委員ノ方デニ問題トシテ御取調ヲ願ヒマスルト、分業的ニ大變宜カラウト思ヒマスルガ、如何ナモニデゴザイマセウカ
梅謙次郎君
只今穗積君カラ御述ベニナツタ事ハ卽チ吾々ノ望ム所デ全ク同感デアリマス、何ウカ此事ニ就テハ實際ニ明ルイ方々デ篤ト御調ベ下サツタ方ガ宜シイノデ幸ヒ報告委員ニハ實際ニ明カルイ方々ガ多イカラ何ウカ宜シク願ヒマス、就キマシテハ私一己ノ今日マデ考ヘテ居ル所ノ意見ヲ述ベテ置キマス、事ハ債權者ノ事デアリマス、只今ノ高木君ノ御咄シニ依ルト、或ハ是レガ債權者ノ連帶ノ場合デハアルマイカト云フ事デゴザイマシタガ此點ニ就テハ私ハ然ウデナイト云フ事ヲ略ボ斷言ガ出來ヤウト思ヒマス如何トナレバ債權者ノ連帶ト云フモノナレバ其債權者中誰レニ向ツテ全額ヲ拂ツテモ宜イガ、無盡ノ場合デハ其這入ツテ居ル者ノ誰レニ向ツテ掛金ヲ爲シ拂ヒヲ爲シテモ宜シイカト云ブニ蓋シ然ウデハアルマイ、豫メ契約デ以テ何處ニ拂フト云フ事ガ極ツテ居ル、然ウシテ看レバ是レハ連帶デハナイ、五種特別ノ契約デアル、若シ連帶ナラバ前キニ無盡ヲ取ツタ者ガ債務者デアツテ後トニ殘ツテ居ル者ハ殘ラズ債權者デ、其中一人ニ向ツテ約束ニ掛金ヲスレバ夫レデ其者ノ義務ヲ免レルト云フモノデナケレバナラヌ、所ガ無盡ノ仕組ハ然ウデナイ、無盡ノ場所ガ極ツテ居リ日ガ極ツテ居ル、其場所ヘ籤ヲ抽ク日ニ掛金ヲ持ツテ往カナケレバナラヌ、又無盡ニハ親トカ或ハ周旋人トカアルノデ其者ニ向ツテ拂ツタモノデナケレバ有效デナイ、斯樣ナ一種特別ノモノデアル、何ンデアルカト云フ事ハ蝕程調ベタ上デナケレバナラヌガ、兎ニ角是ハ債權者ノ連帶デハナイト云フ事ハ此處デ直チニ御答ヘガ出來ヤウト思ヒマス
穗積陳重君
私ハ前ニ述ベマシタ事ニ附ケ加ヘテ置キマスルガ、此無盡ノ事ニ就テハ報告委員ノ方デ果シテ之ヲ一問題トシテ御累取調ベ下サルコトデアリマセウカ夫レヲ吾々ハ承ツテ置キタイノデアリマス、固ヨリ吾々共ニ於テモ大切ノ問題トシテ出來ル丈ケハ調ベマスルガ併シナガラ報告委員ノ方デ御取調ベ下サラヌト云フ事ニデモナレバ吾々ニ於テモ其考ヘデ調ベナケレバナラヌ、其レデ是ハ只今ノ事デハアリマセヌガ、後ニ報告委員ノ方デ然ウ御極メニナリマシタナラバ何ウゾ御取調ベヲ願ツテ置キマス
箕作麟祥君
只今ノ無盡ノヤウナ大キナ問題デモアリマセヌガ、一ツ起草委員ニ御尋ネヲシテ置キタイ事ハ賃貸借ノ所デアリマスガ、東京當リノ慣習ハ僧家ヲスルニ敷金抔ヲ取ルト云フヤウナ事ガ專ラ行ハレテ居リマスガ、夫レハ契約上デアリマセウガ、此敷金抔ノ事ニ就テハ一種ノ慣習ガアリマスカラ、何ウカ假令一條デモ一項デモ但書デモ宜シイガ、是ニ就テモ一寸規定シテ置クノガ宜シイト思ヒマス、現法典ニハ全ク是レガ無イ、缺點デアラウト思ヒマス尙ホ序ニ一寸御尋ネシマスル事ハ第十節ニ「仕事請負」トアリマスガ、此「仕事」ト云フニ字ハ是非必要デアリマセウカ、私ハ之ハ除イタ方ガ宜クハナイカト思ヒマス
梅謙次郎君
或ハ夫レデ宜イカモ知レマセヌガ、此「仕事請負」ト云フノハ最モ廣イ意味ヲ持ツノデアリマス、又此「習業」ト云フモノハ一髄其性質ハ違ヒマスルガ、其形チガ雇傭ト似テ居リマスカラ新法典ニ倣ツテ矢張リ此處ニ置テアリマスガ、此雇傭ヲ除クト所謂勞力ノ賃貸ノ如キハ皆此仕事請負ノ中ニ這入ルヤウニシテ置キタイ、然ウスルト箕作君ノ御說ノ如クニ唯「請負」丈ケデハ如何デアラウカ、私一己ニ於テハ仕事ト云フ字ハ左程吝ミハシマセヌガ、皆さんノ御意見ガ夫レデ分ルト云フ事デアレバ私ハ決シテ反對ハ致シマセヌ
箕作麟祥君
私ノ考ヘデハ仕事ト云フト却テ其意味ガ狹クナリハセヌカト思フ、「仕事請負」ト云フト何ンダカ大工左官ト云フヤウナ者計リデ意味ガ狹クハナイカト思フ、請負契約ト言フ方ガ却テ意味ガ廣イヤウニ思フ
三崎亀之助君
東京抔デハ婚姻ヲスル際ニ其諸道具カラ何カラ品物ヲ一切其仲立人ニ於テ幾干デ請負ウト云フヤウニシテ請負ウ、斯ウ云フ事ヲ澤山ヤツテ居ル、是モ矢張リ請負ト言ツテ居ルヤウデアリマスネ
高木豐三君
一ツノ建築ヲ本統ノ請負ガ請負ウ、然ウシテ其下請トモ言フベキ者ガ居ツテ、例ヘバ其石丈ケヲ請負ウトカ、或ハ其材木丈ケヲ請負ウトカ、左官丈ケヲ請負ウトカ、皆分レテ居ル、夫レデ斯樣ナ一部分ノモノデモ矢張リ請負ヒト言ツテ請負契約デヤツテ居リマス
梅謙次郎君
夫等ハ供給契約デゴザイマセウ
高木豐三君
無論其事實ハ供給契約デアル、併シナガラ皆請負ト稱ヘテ居リマス
富井政章君
箕作君ノ敷金ノ事ニ就テノ御咄シハ御尤モナ御忠告ト思ヒマス
箕作麟祥君
少シデモ宜シヴゴザイマスガ規定シテ置クガ必要カト思ヒマス
富井政章君
先キノ三崎君ノ御咄シノ事抔ハリ通俗デハ請負ト言ツテモ法律上デハ然ウ云フ事ハ無イ、請負ト看ナイト云フ風ニシタラ何ウデゴザイマセウカ
三崎亀之助君
然ウデスネ、目錄デ請負トシテ置テ條文デハ仕事ノ事計リヲ書テアレバ然ウナルノデアリマスネ
富井政章君
唯「請負」ト言ツテ置ク方ガ體裁ハ善イヤウデアリマスナ
三崎亀之助君
船ニ於テモ其供給品ヲ積込ムノモ矢張リ請負ト言ヒマスネ
富井政章君
私ハ箕作君ノ「仕事」ノ二字ヲ削ルト云フ御說ニ贊成シマス
議長(西園寺侯)
採決シマス、箕作君ノ御說デ「仕事」ノ二字削除ニ贊成ノ方ハ起立ヲ請ヒマス
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デアリマスカラ此二字ハ削ル事ニ決シマシタ
箕作麟祥君
此第十四節ニ「終身年金」ト云フ事ガアリマスガ、之ハ成程現法典ニモアリマスシ又佛蘭西デモ何處ノ國デモアリマスガ、日本ニハ然ウ云フ契約ハナイヤウデアリマスガ、之ハ此處ニ第十四節トシテ置ク程ノ値打ノアルモノデアリマセウカ、私ノ考ヘデハ節ト云フヤウナ大キナモノニハシタクナイ、何處カ隅ツコノ方ニぽつちりト規定シテ置イテ宜シイト思ヒマス
梅謙次郎君
併シ是等ハ澤山出來テ來ルデアラウト思ヒマス
長谷川喬君
旣成法典ニハ寄託ト保管ト別ニシテアリマスガ、此處デハ保管ハ寄託ノ内ヘデモ這入ルノデアリマスカ
梅謙次郎君
左樣、多分此第十二節ノ内ニ又款デモ分ツテ保管ハ別ニ規定スルデアラウト思ヒマスガ、此寄託ト云フ節ノ内デ一所ニ規定シタラ宜イダラウト思ヒマス
田部芳君
最ウ一ツ是レモ御參考ノ爲メニ申シテ置キタイト思フ、夫レハ近來ノ法典ハ處ニ依ルト何ント言ツテ宜イカ、發行契約トデモ言フベキモノガ規定シテアリマスガ、日本ノ商法ニモ仲買ノ終ハリノ所ニ規定シテアル、卽チ發行ノ引受ハ仲買營業ノ原則ニ從ヘト云フ事ガアリマスガ之ハ此法ノ内ニデモ規定シテ宜イモノデアルカ、或ハ商法ニ規定シテ宜イモノデアルカ、或ハ之ハ全ク無用デアルカラ打ツちやつて置クト云フ譯デアルカ、其邊ヲ一寸伺ツテ置キタイ
梅謙次郎君
書物ノ發行ノ事ノ如キ行政上ニ渉ル規則ハ何レ特別法デ規定セラルル事デ其發行人ト著者トノ契約ト云フモノハ無論他ノ法律ニ觸レヌ以上ハ自由デアリマスガ、併シ其性質カラ言ヘバ矢張リ然ウ云フ事ハ多クノ場合ニ於テハ請負ノ内ニ這入ルデアラウ、殘ラズデハアリマスマイガ、然ウ云フ事ヲ特別ノモノニ規定スル程ノ必要モナイト思ヒマス、大抵契約ノ一般ノ規定ニ據ルガ宜シイ、又夫レニ據ラルル、多クハ請負ノ規則ニ據ル、夫故ニ發行契約ニ關スル規則ノ如キハ別段此處ニ擧ゲルノ必要モナイト思フ
議長(西園寺侯)
只今ノ議題ニ就テ第十節ノ外ハ別段御發議モアリマセヌカラ第三章ヨリ第五出早迄ヲ議題ト致シマス
 第三章 事務管理
 第四章 不当ノ利得
 第五章 不正ノ所為
田部芳君
最ウ一ツ之モ私ハ研究中デアリマスガ、併シ尙ホ諸君ノ御參考マデニ申シテ置キタイ考ヘデアリマス、夫レハ御承知ノ通リ獨逸ノ民法草案抔ニハアリマスガ、他人ノ書類トカ何ントカノ閲覽ヲ求メルノ權利ガ有ルトカ何ントカ云フノデ、實際然ウ云フ事ハ果シテ規定シテ置ク事ガ必要デアルカ、何ウカト云フ事ヲ研究シタイノデアリマスガ、起草委員ニ於テハ夫等モ御研究ノ上デ全ク御除キニナツタノデアリマセウカ否ヤヲ承リタイ、果シテ之レガ必要デアルヤ否ヤト云フ事ハ私モ能ク研究ヲシタイガ、日本ノ民事訴訟法抔ニハ矢張リ夫レヲ置クガ如クニ豫定シテアリマスガ、斯ウ云フ事ハ要ラヌカラ置カヌト云フノデアリマスカ、民事訴訟法ノ第三百三十六條ヲ見ルト其第一項ニ「擧證者カ民法ノ規定ニ從ヒ訴訟外ニ於テモ證書ノ引渡又ハ其提出ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」云々トアリマス、此訴訟法ニ依レバ民法ニ豫メ此證書ニ關スル規定ガアルガ如ク出來テ居リマスガ、之ハ要ラヌモノデアルカ否ヤト云フ事ノ研究ハ私ハマダ充分ニハシテ居リマセヌガ、研究致シタイト云フ考ヘデアリマスカラ御參考ノ爲メニ申上ゲテ置キマス
富井政章君
只今ノ田部君ノ御意見ハ寔ニ有益ナル御注意ト思ヒマスルガ、其事ニ就テハ實ハ吾々ニ於テモ未ダ相談ハシテ居リマセヌ、全ク考ヘガ浮バナカツタノデアリマス、併シ其事ハ訴訟法ニ規定シタ方ガ宜クハアリマスマイカ、然ウスレバ此第三百三十六條ノ書キ方ハ直オサヌケレバナラヌ、然ウ云フ場合ハ書類ヲ提出スベキ義務ヲ負ハスト云フヤウナ場合ノ如キハ、寧ロ訴訟ノ便利ノ方カラ起ツテ來ル喜モアリマセウカラ、先ヅ訴訟法ノ條規トシテ規定シタ方ガ宜クハアリマセヌカ
田部芳君
只今ノ問題ハ唯御參考マデニ申シタガ、獨逸民法草案ニハ第一讀會デ七百七十四條ヨリ七百七十七條迄規定シテアリマス、之ハ實質法デハアリマスガ、併シ實質法デモ矢張リ訴訟法ノ規定ニ讓ツテ宜シイトカ惡イトカ云フヤウナ事ハ起草委員ニ於テモ尙ホ能ク御研究ヲ願イタイ、私モ獨逸ノ書物ヲ少シ計リハ見マシタガ、之ハ簡單ナモノデマダ委シクハ調ベテ居リマセヌ、日本ニ於テモ然ウ云フ事ハ起ツテ來マセウガ、日本ニモ尙ホ然ウ云フ事ヲ規定シテ置クノガ必要デアルヤ否ヤ研究シテ見タイト思ヒマス
梅謙次郎君
只今田部君カラ御質問ト言ツテ宜イカ、夫レニ就テ隣席ノ富井君カラ御答ヘガアリマシタガ、私ハ此問題ニ就テハ何ニモ研究ト云フ程ノ事デモナイガ、考ヘテ見マシタ、獨逸民法草按ニアリマシタノデ如何デアラウカト考ヘマシタガ、何ウモ私ノ考ヘデハ民事訴訟法ニ於テ規定スルノ必要ガアレバ規定スル、又民事訴訟法ニ規定セヌデ宜イ位ナラバ民法ニ於テモ規定セヌデ宜シイト思フ、何ゼナラバ此書類ノ引渡シ夫レカラ提出トカ云フヤウナ事ハ詰リ證據トシテト云フ事デアル、其證據トシテト云フ事ガ、實際法律上ノ問題トナル事ハ必ズ多クノ場合ニ於テ訴訟上ノ事デアリマスカラ、訴訟上ノ事ハ訴訟法ニ規定シテ置クガ宜シイ、訴訟外ニ然ウ云フ事ガアレバ契約デ規定スルノハ無論ノ事デアリマスガ、契約ニモ何ンニモ無イ他ノ規定デ然ウ云フ事ガ起ツテ來レバ又兎モ角デアリマスガ、契約ニモ何ンニモ無イノニ法律ノ命令トシテ特ニ斯ウ云フ場合ニハ證書ヲ引渡スノ義務ガアルトカ云フヤウナ事ヲ規定スルノ必要ハ私ハマダ見出シマセヌ、夫故ニ目錄ヲ作ルトキニモ然ウ云フ事ハ書カヌ方ガ宜シイト云フ考ヘデ私ハ此目錄ノ起草ニ贊成ヲシタノデアリマス
田部芳君
只今梅君ノ御說ハ了解シマシタガ、併シ隨分日本ノ實際ニモ證書トカ帳簿抔ヲ請求スルト云フヤウナ事ガ折々アルト云フ事デアリマスカラ、尙ホ其邊モ調ベテ見テ民法デモ宜イ訴訟法デモ何ンデモ宜シイガ兎ニ角法律ニ其權利ガアルト云フ事ヲ確メ置カヌト、裁判官ガ認メヌト云フヤウナ事ニナツテハ不都合ト云フ點モアリマスカラ、私共ニ於テモ尙ホ研究シマスガ、起草委員ニ於テモ若シ其時ガアリマシタナラバ尙ホ御考ヘヲ願ヒ置キタイ考ヘデアリマス
穗積陳重君
田部君ノ御注意ノ事ニ就テハ吾々ニ於テモ尙ホ篤ト考ヘマスルガ、一體此民法ノ目錄ヲ作リマストキニ、諸君ト御協議ノ上固ヨリ權利ノ規定ニ就テハ、權利ノ證書ノ事ニ就テハ所謂實質法ノ内ニ置テモ宜イガ、今度ノ民法ノ組立ニ就テハ權利ノ證據ト云フモノハ主トシテ訴訟法ニ讓ルト云フ大體ノ主義ヲ取リマシタ、又一通リ獨逸民法ノ排列法抔モ調ベテ見マシタガ、其事ハ此内ニ入レヌデモ宜カラウト云フ考ヘデアリマス、併シ尙ホ能ク考ヘテ見ルヤウニシマセウ
高木豐三君
實際ニ妙ナ訴ヘガアリマス、證書閲覽願抔ト云フヤウナモノガ時々出テ來ル、之ハ訴訟法ニ依ルト何ント云フ訴ヘカト言バレルト甚ダ困ル、訴訟法デハ證據トシテ何處マデモ往ケマスルガ、唯人ノ帳簿抔ヲ閲覽シ得ルノ權ガアルト云フヤウナ事ハ實際アルベキ事ジヤラウカ、アルベカラザル事ジヤラウカ、併シ實際然ウ云フ事ガアリマス、何ントモ乎トモ譯ノ分ラヌモノデアル、之ハ證據トスルノデハナイ、向フノ帳面ヲ見テデナケレバ訴ヘガ出來ヌト云フヤウナ事ノアルトキデアリマス
梅謙次郎君
夫レハ一體出來ル事デハナカラウ
箕作麟祥君
私ハ相變ラズ小サキ事計リヲ申シマスガ、此第四章第五章ニ「不當ノ利得」「不正ノ所爲」ト竝ンデ居リマスガ、此「ノ」ノ字ハ共ニ削除シテ仕舞ヒタイ、外ノ處ヲ見テモ「任意債務」トカ「不可分債務」トカ云フ風ニ形容詞ト實名詞トノ間ニ「ノ」ノ字ハナイ、「ノ」ノアルノハ「債務ノ消滅」トカ又「契約ノ成立」トカ云フヤウナ所ニハ「ノ」ガアリマスガ是等ハ實名詞ニ付クベキ「ノ」ノ字デ之レガナイト往ケマセヌガ、只今申シタ所ノモノハナクテ宜イト思ヒマス
富井政章君
成程「不當ノ利得」ノ方ハ「ノ」ガナイ方ガ聞ヘガ宜イヤウデアリマスガ、「不正ノ所爲」ノ方ハ「ノ」ガナイト寔ニ工合ガ惡ルイ「不正所爲」トシタラ可笑シイヤウデアリマス、夫レデ言葉ヲ換ヘテ「不法行爲」トデモシタラ何ウデゴザイマセウカ
元田肇君
行爲ト所爲トハ意味ガ違ヒマスカ
梅謙次郎君
元田君ニ御答ヘシマスガ行爲ノ方ハ佛蘭西語デあくと所爲ノ方ハふゑーデアリマス、行爲ハ法律上ノ效力ヲ生ズベキモニデナケレバ行爲トハ言ハナイ、所爲モ多クノ場合ニ於テハ行爲トナル、併シナガラ所爲ガ殘ラズ行爲デハナイ
富井政章君
私ハ梅君トハ大變意見ガ遠ヒマス所爲モ行爲モ或ハあくしよんト言ツテ宜イカモ知レマセヌガ、兎ニ角人ノ意思ガ事實ニ現ハレタモノヲ言フノデアル、ふゑーハ事實デ雨ガ降ルトカ風ガ吹クトカ云フ事ヲニ言フノデアル不正ノ所爲ハ然ウデナイ、其意思ガ行爲ニ現ハレタノデ賠償ノ責ヲ負フ、尤モ此内ニ過失ト云フモノモアル、例ヘバ自分ノ内ノ木ガ隣リノ内ニ根ヲ出シテ害ヲスルトカ云フヤウナ場合モ、或ハ賠償ノ義務ガアルカモ知レマセヌ、又自分ノ家ノ犬ガ餘所ニ往ツテ損害ヲ加ヘルト云フヤウナ事、然ウ云フ事ハあくとデナイ、夫レハ懈怠デ過失デアル、本統ヲ言ヘバ所爲又ハ過失ト云フ方ガ正シイデアラウト思フ、併シ表題ニ夫レマデ細カシク言フノハ不便デアル、重モナルモノハ所爲デアル其所爲トシテ置テ其内ニ過失モ規定スル、ケレドモ過失ハ決シテ所爲デナイ、刑法ニ於テモ決シテ所爲デナイ、過失罪ノ場合ハ決シテ其ハ意思ヲ罰スルノデハナイ、過失ヲ罰スルノデアル、民法ニ於テモ夫レハ同樣デアル、行爲ト所爲トノ區別ハ其文字カラ言ツテモ分明デアラウト思ヒマス
梅謙次郎君
只今ノ所爲ト行爲トノ隨別ハ日本ノ文字否支那ノ文字タル所爲ト行爲トノ御說明デアツタナラバ或ハ御尤モカモ知レマセヌ、爲ス所ト書クト、行ヒ爲スト書クノトハ何ウ云フ區別ガアルカ何ウカ知リマセヌガ佛蘭西語ノあくとハ行爲、ふゑート云フノハ何時モ所爲ト譯シテ居リマス、是迄ノ法典ノ用語ハ何時モ然ウ云フ風ニ書テアリマス―文字ハ穩ヤカデ無イカモ知レマセヌガ―而シテ之ヲふゑートシタナラバ過失モ這入ルト思ヒマス、此ふゑート云フ事ニ就テハ是迄佛蘭西學者ノ間ニ動モスレバ議論ガアル、今日多クノ學者ノ說デハのん、ふわせれト云フモノハ卽チ怠ツテ爲スベキ事ヲ爲サナ功ツタノデアル、是ハ行爲掛ハ言ヘナイカモ知レマセヌガ、不正ノ所爲ノ内ニハ過失モ立派ニ這入ツテ居リマス、夫レデ若シモ所爲ト云フ字ヲふゑート云フ文字ノ譯語トシテ見ルコトガ出來レバのん、ふわせれモ這入ル、從テ過失モ這入ル
横田國臣君
獨逸デハ過失ヲ無意犯ト見ル者ハナイ、併シ此處デハ然ウ云フ事ヲ言ハイデモ宜イガ、不所爲ハ無論這入ツテ居ル、私ハ魯西亞ノ刑法計リデ斯ウ云フ事ヲ見タ、所爲ト云フモノト不所爲ト云フモノト二ツ這入ツテ居ル、併シナガラ獨逸邊リデハはんどるぐト云フ字抔ガ使ツテアル、此はんどるぐハ爲サヌ方ノ側モ這入ツテ居ル、唯魯西亞丈ハ刑法ニ確カニ夫レヲ二ツ擧ゲテ居ル、夫レデ今日過失ノ無意デナイト云フモノハ過失ト云フモノハ其事柄ヲ見ルノデ、例ヘバ人ヲ殺シタ、殺シタト云フ事ハ言ハナイガ、注意ヲシテ居ラネバナラヌノニ其注意ト云フ事ヲセヌト云フ方ノ側デアル
富井政章君
只今ノ横田君ノ御說ハ詰リ意思ト云フモノノ解釋次第デアツテ、其解釋ノ次第如何ニ依テハ私ハ全ク說ガ違ウ、過失ノ場合デモ意思ガナイト云フヤウナ事ヲ言フ學者ハ獨逸ニハ獨リモナイト云フ事デアリマシタガ、夫レハ意思ト云フノハあんたんしよんノ譯字ニスルカ、或ハヴをろんてーノ譯字ニスルカ、例ヘバ過失罪デ椅子ヲ擧ゲテ過ツテ人ヲ傷ケタ場合ニヴをろんてーハアル、椅子ヲ擧ゲヤウトハ思ツタケレドモ人ヲ傷ケヤウト云フあんたんしよんハナイ、刑法ノ所謂犯意ト云フモノハナイ、然ウ云フ場合ニハ其犯意ヲ罰スルノデナイ、所爲ヲ罰スルノデナイ、其人ヲ傷ケヤウト云フ所爲ハ決シテナイ、卽チ其過失ヲ罰スルノデアル、斯ウ云フ事ヲスレバ大變ナ損害ヲ生ズル、人ヲ殺傷スルヤウナ事ガアルカモ知レヌト云フ所ノ注意ヲ用ヰナカツタト云フ事ヲ責メルノデアル、過失ト云フモノハ何ウシテモ刑法ニ謂フ犯意ト云フモノハナイ、之ハ時ト處トヲ問ハヌト思ヒマス、幾等法律ガ進歩シテモ之ハ變ラヌ、其意思ヲ罰スルノデナイ、所爲ラ罰スルノデナイ、殺傷ノ所爲ハナイ、其過失ヲ罰スルノデアル夫レデ過失ノ場合ニモ意思ガアルト云フ事デアルガ、其意思ガヴをろんてート云フ事デアレバ贊成シマスルガあんたんしよんト云フモノハ何ウシテモナイト思ヒマス
横田國臣君
是ヲ無意犯トハシマセヌノデアリマス、冨井君ノ御說トハ違ヒマス、其場合ニ過失デ人ヲ殺シタナラバ殺スト云フ事ヲ罰スルトハ言ハナイ、其罪ハ其爲シタ所爲ニ就テ結果ガ出タ所デ罰スルモノハ罰スル、例ヘバ人ヲ打ツト云フヤウナ理窟デ殺スト云フ意思ハナイ、夫レハ分ツテ居ル、ケレドモ不注意ト云フ點ヲ罰スル、其守ルベキ事柄ヲ守ラナイト云フ方ノ罪ハアル、夫レダカラシテ過失デ人ヲ殺シタト云フ、其殺シタト云フ事ヲ法律ガ咎メルノデハナイ、夫レダカラシテ決シテ無意犯トハ言ハナイ、先ヅ夫レハ其事トシテ此處ハ何ウデゴザイマセウカ、所爲デ以テ兼ネサセテ宜イカ惡ルイカ
富井政章君
私ハ此處デ所爲ガ懈怠ヲモ含ムト云フ解釋デアルナラバ此文字ヲ變ヘテ貰ヒタイ此所爲ハ私ハあくとトシカ讀メヌ、自分ノ家ノ犬ガ餘所ニ往ツテ損害ヲ蒙ラセタトカ云フヤウナ事ハ單純ノ事實デアル、其損害ヲ生ゼシメタノハ事實デアル、夫レデ表題ノ長クナルノヲ避ケテ唯所爲ト書イタノデアル、所爲ト云フモノト行爲ト云フモノトノ間ニハ天地ノ違ヒガアルト云フ考ヘデハナイ、所爲ニ就テ然ウ云フ區々ナ解釋ガ出ルナラバ何ウカ之ヲ「行爲及ヒ過失」ト書クカ、或ハ權利侵犯主義ヲ取ラヌデ實害主義ヲ取ルナラバ現法典ノ如ク「不正ノ損害」ト變ヘタ方ガ宜イト思ヒマス
村田保君
私ハ矢張リ「不正ノ行爲」デ宜シイト思ヒマス、所爲ト云フ字ヲ無理ニ然ウ云フヤウナ解釋ヲシテ、佛蘭西語デあくとト云フ字ガアルカ知ラヌガ日本デハ然ウ云フ字ハナイト思ヒマ、スカラ、殊更ニ行爲ト所爲トヲ區別スルニモ及バヌト思ヒマス、矢張リ行爲デ宜シイト思ヒマス、横田君ノ刑法論抔ハ餘リ感服シマセヌ、横田君ハ其殺スノヲ罰スルノデナイ、過失丈ケヲ罰スルト云フ事デアリマシタカ、若シ然ウデアツタナラバ殺シタノト傷ケタノトヲ區別スルノ必要ハナイ、日本今日ノ刑法ハ皆之ヲ區別シテ居リマス夫レデ私ハ何ウシテモ其結果モ罰セネバナラヌト思ヒマス、併シナガラ無意ハ罰セナイ、之ハ何處ノ國デモ罰シナイ是丈ケ辯ジテ置キマス
梅謙次郎君
此不正ノ所爲トアル所爲ト云フ事カラシテ大分枝葉ノ議論ヲ聽キマシタガ、私ニ取ツテハ寔ニ有益ノ議論デアリマシタケレドモ、本問題ニ對シテハ格別關係ハナイヤウデアリマシタ夫レデ私ハ此所爲ト云フ文字ヲ格別固執モシナイ、又行爲ヲ嫌フノデモ無イ、何ンカ別ニ好イ字ガアレバ所爲デナク最ツト變ツタ字ヲ望ミマス、要スルニ羅旬語デふわせれモのん、ふわせれモ共ニ含ムヤウナ字ヲ用ヰタイ、夫レデ所爲ト行爲トハ別ケテ書ク事ガ必要デアル、何ゼナラバ此一字デ以テ過失モ又過失デナイ惡ルイ事ヲ爲シタト云フ事モ共ニ含メヌト不都合ナル場合ガ民法中ニ澤山アル、其場合ニ何時モ何時モ行爲及所爲ト書クノハ寔ニ困ルカラ何ウカ二ツヲ含ムト云フヤウニ致シタイ、所爲ト言ヘバ過失モ這入ルカ、若シ所爲ガ紛ラハシクテ分ラナケレバ外ノ字デ二ツヲ含ムヤウナ字ヲ用ヰタイ、唯私ハ行爲ト云フ文字其物ニハ嫌ヒバ無イ、ケレドモ外デ以テ行爲ト言ヘバ佛蘭西語デあくとト云フ字デアツテ、甚シキニ至ツテハ或ル法律上ノ效力ヲ生ゼシムル事ヲ爲シタルモノデナケレバ往カヌト云フヤウナ狹イ解釋ヲ爲ス人抔モアルカラ然ウ云フ字デハ困ル、ダカラシテ行爲ガ然ウ云フ意味デナイ、何時モ廣イ意味デアルト云フ事デアリマスレバ夫レデ宜イガ、要スルニ私ハ何ント云フ字デモ宜イ、何ウカ一ツデ以テ過失ト又今日普通言フ所ノ所爲ト雙方ヲ含ムモノヲ此處ニ書テ戴キタイ
横田國臣君
富井君ガ後トカラ言ハレタ所ノ「不正ノ損害」ト云フ事ニシタ方ガ別ニ障リガナケレバ宜イト思ヒマス、或ハ行爲不行爲ト云フナラバ宜イカモ知レヌ、ケレドモ過失バカリデハ無イ、行爲モ爲サヌモノガアル、例ヘバ其者ノ垣根ヲ繕ヒヲセヌケレバ隣リノ内ノ方ヘ倒レルト云フ事ヲ知リナガラ修覆ヲセヌ事ガアル、之ハ行爲デナイ、爲シタノデハ無イ、併シナガラ其意ハ無イカナラバ矢張リ意ハアル、夫レデ行爲不行爲門ト二字ヲ書クノハ却テ餘リ長クナルカラ、富井君ノ言ハレタ如ク「不正ノ所爲」ト云フ事デ差支ヘガアレバ「不正ノ損害」ト致シタイ
富井政章君
差支ガ一ツアリマス、此損害賠償ノ義務ト云フモノハ人ノ權利ヲ犯シタト云フ所カラ生ズルモノデアルカ、或ハ其權利ヲ犯シ實害ガ伴フテ始メテ生ズルモノデアルカ、此點ニ就テハ佛蘭西法デハ私ノ解釋デハ慥ニ實害主義ヲ取ツテ居ルヤウデアリマ、ス、併シ英吉利法ハ其反對ノ主義ヲ取ツテ居ルヤウデアリマス、其權利ハ犯サレタ、併シ損害ハ無イト云フ場合ハ澤山アル、然ウ云フ場合デモ矢張リ訴ヘガ立ツト云フモノハ一己人ノ權利ト云フモノヲ重ンズル主義ヲ取ツテ居ルノデアル、卽チ英吉利法デハ其實際ノ損害ノ有無ヲ問ハヌノデアル、然ルニ之ニ反シテ佛蘭西法デハ實害主義ヲ取ツテ居ル、幾等權利ヲ重ンジテモ實際損害ガ無ケレバ訴ヘハ立タヌトシテ居リマス、新法典デハ此佛蘭西主義ヲ採ツテ居ルト云フ判斷ヲ下ダスベキ根據ノアルヤウナ條文ガアリマセヌカラ餘程疑シイケレドモ實害主義ヲ取ツテ居ラウト思フ、此大問題ニ就テハ最ウ少シ研究シテ見ナケレバ今日直チニ「不正ノ損害」ト言ヒ切ル事モ出來ナイノデアリマス
箕作麟祥君
起草委員ニ御尋ネシマスルガ、第一編ノ第四章ノ「法律上ノ行爲」ト云フノハ所謂あくと計リデ、佛蘭西語デ言フあぶすたんしよん卽チ爲サナイト云フ方ハ言ハナイノデアリマセウカ、隨分這入ツテ居ルヤウデアリマスガ、何ウデゴザイマセウカ、或ハ書カナイノデアリマスカ
穗積陳重君
私ハ勿論這入ルモノト思ツテ居リマス
横田國臣君
只今ノ損害ノ事ニ就テ富井君ハ縱令ヒ少シノ損害ハ無クトモ其權利ヲ犯サレタ場合ハト云フノデアリマシタガ、夫レハ或ハ金錢上ノ損害ハ何ウカ知ラヌガ、唯權利ハ侵サレタガ何ニモ損害ハナイト云フヤウナモノハ私ハ法律上デ之ハ認メナイデ宜カラウト思フ、夫レハ何ウ云フ場合ガアルカモ知レヌガ、人カラ權利ハ侵サレタガ少シモ損害ハ無イ、夫レハ訴ヘテモ何ンニモ役ニハ立タナイ、或ハ隣リノ者ガ自分ノ名前ヲ眞似スルト云フヤウナ事ガアルカモ知レヌガ、夫レハアツテモ認メナイ、若シモ夫等ヲ認メテ訴ヘヲサセタナラバ唯詰ラヌ事ノ訴ヘヲシテ來ルヤウニナリマス、夫レデアリマスカラ此處ハ何ウカ片ツ方ハ「不當ノ利得」トアリマスカラ、是モ富井君ハ「不正ノ損害」ニスルト云フ御說ヲ主張サレンコトヲ望ミマス
高木豐三君
私モ「不正ノ損害」說ニ贊成シマス
穗積陳重君
私ハ横田君ノ御說ニハ反對ヲ致シマス、固ヨリ此法律上ノ場合デアリマシテ或ル國ニ於テハ實害ト云フ事ヲ以テ損害賠償ノ訴ヘノ基礎トシテ居リマスシ、又或ル國ニ於テハ權利侵犯ト云フ所ヲ以テ訴權ヲ生ズル事トシテ居リマスガ、今此處ニ若シ損害ガナケレバ訴ヘガ起ラヌ、斯ウ云フ主義ヲ一度ビ取ツタトキハ法典ハ大變前後矛盾ノモノニ陷ルト思ヒマス、契約ト云フモノハ一度ビ成立ツタ以上ハ之ヲ履行セネバナラヌ、又契約ノ内デ賣買ノ如キ一度ビ契約ヲ結ンダ以上ハ必ズヤ履行セネバナラヌト云フ事ヲ一方ニ言ツテ居ル、而シテ之ヲ盡サセル爲メニ權利ヲ認メ、又債務ト云フモノヲ法律デ認メサセル而シテ其契約ヲ破ラレタガ爲メニ債主ト云フモノハ損失ヲシナカツタト云フヤウナ事ハ相場ノ變動抔ニ於テ幾ラモアル事デアル、例ヘバ米ヲ高イ相場デ買フト云フ事ヲ約束シテ置イタ所ガ其後相場ガ下ガツタ然ルニ其米ノ賣主タル者カラ違約サレタ、共違約サレタガ爲メニ買主ノ方デハ却テ損害ヲ免レルカモ知レヌ、實際ハ夫レガ爲川メニ仕合セヲスルカモ知レヌ、而シテ買主ノ方カラ其違約ヲ訴ヘサセル其所デ其違約ノ爲メニ汝ハ實際ニ得ラレテ居ルカラ訴權ハ無イト云フ、斯ウ云フ判決ヲ下サンケレバナラヌヤウニナツテ來ル、而シテ其結果タルヤ損害サヘナケレバ他人ノ權利ヲ侵シテモ宜イト云フヤウナ事ヲ言ハナケレバナラヌヤウニナツテ來ル、故ニ矢張リ之ヲ不正ノ行爲トカ、不法行爲トカ、不法所爲トカ云フ事ニシテ置クトキニハ法律ガ他人ニ損害サヘ與ヘナケレバ其權利ヲ侵シテモ宜イト云フ事ヲ表カラモ裏カラモ認メルト云フ事ニハナラヌノデアリマス、夫故ニ此不正ノ所爲ト云フ方デ矢張リ權利侵犯ト云フ事ヲ以テ訴權ヲ持ツト云フ事ニシテ置カナケレバナラヌト思ヒマス、現ニ英吉利抔ニ於テモ其主義ヲ取リマシテ、縱令其實際ニ損害ハ無クトモ權利ト云フモノヲ侵害スルト云フ事ガアレバ訴ヘル事ガ出來ル、斯ウ云フ事ニ極メテ置テアル、斯樣ニシテ置テモ實際上少シモ差支ハ無イノデ然ウ極メテアルガ爲メニ大變訴訟上ニ不都合ヲ生ジタト云フヤウナ事モアリマセヌ、之ニ反シテ實際ニ損害ガ無イ以上ハ訴ヘヲ起ス事ガ出來ヌト云フ、斯ウ云フ事ヲ法律デ一度ビ極メタ以上ハ「實際上ノ利益今一ツ手短ク申セバ金錢上ノ損失利益ト云フモノヲ自分ガ商量シテ義務ヲ盡ストカ、他人ノ權利ヲ侵サヌト云フ事ノ可否ガ定マラヌヤウニナルノデア抄マズカラシテ實際上ニ差支ヘガ無イ以上ハ矢張リ權利侵犯カ訴權ノ基トニナルトシテ置ク方ガ宜シイト思ヒマス
横田國臣君
夫レナラバ私共ノ見ル損害トハ違ツテ居リマスカラ然ウ思ハレルノモ無理ハ無イ、然ウスルト損害ト云フモノハ金ノ損害丈ケノ事ヲ穗積君ハ言ハレルヤウデアリマス、例ヘバ今私ガ十錢ノ晝飯ヲ誂ヘタトスル、而シテ其賞ハ五錢ノ價シカ無イ、失レヲ違約シテ持ツテ來ナイトキニ私ガ訴ヘル、然ウスルト貴樣ハ十錢モ出セバ最些ツト良イ辨當ガ喰ハレルカラ宜イジヤナイカト言ハレタラ何ウデアリマセウカ、私ハ之ハ怪シカラヌ話シデアラウト思フ、其他例ヘバ此椅子ガ欲シイト云フノデ買ウ約束ヲスル、而シテ其賣買主ガ違約ヲシタトキデモ矢張リ然ウデアル、夫レデ必ズシモ金錢上ノ事ニ就テ計リガ損害ト云フ事ハ言ハレハシナイト思ヒマス、私ハ損害ト云フモノハ決シテ然ウハ見テ居ラヌ
梅謙次郎君
此問題ハ最初カラ取ツテ置キタイト思ツテ居リマシタ、夫レハ實ハ餘程大問題デアルカラ輕々ニ極メタクナイカラデアル、吾々ノ間デモ此問題ニ就テハ極メナイデ先ヅ所爲トシテ置ケバ何チラニモ通ズル、損害トスレバ損害ガ無ケレバ訴權ガ無イト極ツテ仕舞ウカラ、之ハ除ケテ置テ後トデ充分議スルト云フ事ニシタノデアリマス、夫故ニ損害ガ有ル無シニ依テ訴權ガ有ル無シヲ極メル事ハ言ヒタクナイ積リデアリマシタガ、旣ニ吾々ノ内デ其說ヲ述ベタ者ノアル以上ハ夫レガ吾々三人ノ意思ヲ代表シタモノト思ハレテハナリマセヌカラ私モ少シ述ベテ置キマス、私モ尙ホ研究シテ見タイ、研究シタ上デハ只今ノ意見ガ或ハ變ズルカモ知ンマセヌ、併シ夫レハ學者ノ常デアルカラ少シモ恥トハシナイ、其處デ私ガ是迄研究シタ所デハ何ウシテモ只今ノ穗積君ノ御說ニ服從スル事ハ出來ナイ、此損害ト云フモノハ獨リ金錢上ノ損害ノミデアルト云フ事ニハ見テ居ラナイ、是ハ横田君ノ言ハレタ通リデアル、固ヨリ契約ノ場合ニ於テモ甲ト乙ト或ル事ヲ約束シタ以上ハ其事ガ裁判官ノ目カラ見テハ甲ノ爲メニ損デアルト思ウテモ、夫レハ法律上損デアルトハ言ハレナイ、又今ノ權積君ノ言ハレタ例ノ如キ、米ノ相場ガ下ガツタ其相場ノ下ガツタ爲メニ違約サレテ米ノ來ナカツタ方ガ却テ買主ノ方ノ利益デアラウト云フヤウナ事ハ言ハレナイ、夫レ位ナラバ訴ヘテモ來ナイ、苟モ訴ヘテ來ル以上ハ他ノ者ノ目カラ見テハ其者ノ爲メニ不利益デアツテモ、其者自身ニ取ツテハ或ハ約ヲ履行サセル方ガ何ニカ利益アレバコソ訴ヘテ來ルノデアル、夫レヲ裁判官ガ御前ノ方ガ却テ利益デアルカラ其訴ヘハ止メロト云フヤウナ、然ウ云フ壓制ノ事ハ言ハレベキモノデハナイ、夫レデ契約ノ場合デハ私ハ斯ウ云フ主義ヲ取リタイ、苟モ契約ノ履行ヲ要メテ來タ場合ニハ縱令他人ニハ何ウデアツテモ其訴ヘテ來タ者ノ爲メニハ利益ト認メナケレバナラヌト思ヒマス、併シナガラ此不正ノ所爲ハ契約ノ無イ場合ガ澤山アリマス、否、此不正ノ所爲ノ所デ論ズル者ハ重モニ契約外ノ事デアリマス、契約外ノ事デアツテ若シ權利ヲ侵サレルト云フ事丈ケデ訴權ヲ與ヘルト云フ事ナラバ、例ヘバ私ノ所有地ヲ或ル者ガ歩イタナラバ旣ニ私ノ所有權ヲ侵サレタノデアル、何ニモ歩イタカラト言ツテ夫レガ爲メニ損害ハ生ジナイ、之ヲ裁判所ニ訴ヘルトスルト何ニヲ請求スルノデアルカ、私ハ英法ハ能ク知リマセヌガ、聞ク所ニ依レバ英吉利デハ然ウ云フ場合ニハ一文トカニ文トカノ損害賠償ヲ請求スルサウデアルガ、是ハ論理ニ適ハナイ事ト思フ、若シモ損害ガアレバ其訴ヘハ損害賠償デアル、金錢ヲ請求スル、何ニカ請求スルモノガナケレバナラヌ、何ニカ目的ガナケレバナラヌ、其目的ハ何時モ損害賠償デアル、然ウデナケレバ縱令人ガ己レノ權利ヲ侵シタト言ツテモ何ニモ請求スル事ハ無イ、成程其損害ト云フモノノ内ニハ種々ナモノガアツテ、例ヘバ其名譽ヲ毀損サレタ場合デモ必ズシモ金錢上ノ損害ヲ受ケル計リデハナイ或ハ金錢上ノ損害賠償ヲ訴ヘル事モ出來マセウガ、又場合ニ依テハ謝罪文ノ廣告ヲ新聞紙上ニ出サセル事モアリマセウ、然ウ云フ場合ニ金錢上ノ損害ハ無クトモ名譽ヲ傷ケラレタト云フ損害ガアリマセウ、唯有形無形ノ損害ガ全ク無カツタ場合ニハ私ハ訴權ヲ與ヘルノ必要ハ無イト思ヒマス、夫レデ此處ハ不正ノ損害ト云フ事ヲ止メテ所爲トシタノハ後日ニ讓ツテ議スルト云フノ餘地ヲ與ヘルガ爲メデアリマシタ、夫レデ私ノ考ヘデハ之ヲ「不正ノ損害」トシテモ別ニ差支ヘハ無イト思ヒマス
穗積陳重君
横田君梅君ニ質問致シマスル唯今御述ベニナツタ所デハ損害ト云フノハ金錢上ニ積ルモノ卽チ實質上ノ損害ト云フモノバカリヲ指スノデナイ實質上ノ損害バカリデハ大變狹イ話デアル契約ヲ破ツタノモ訴ヘテ出レバ矢張リ損害ト云ハネバナラヌト云フコトデ御座イマスガ左スレバ損害ト云フモノハ一體何ウ云フモノヲ指スノデアリマセウカ夫レヲ第一ニ伺ヒタイ夫レカラ譬ヘバ自分ノ不動產ノ中ニ他人ガ這入ル然ルニ實際上損失ハナイ實ハ他人ガ這入ツタ爲メニ却テ地面ガ固マツテ宜イト云フ樣ナ事モ幾ラモアル又他人ガ肩ヲ打ツ打タレタ爲メニ肩ノ閊ヘガ下ガルト云フ樣ナ事ガアル其樣ナ事ハ權利侵犯ニ件フテ世ノ中ニ幾ラモ出テ來ル今夫レヲ訴ヘタ時ニ其所爲ハ少シモ損失ヲ生ジナカツタト云フコトヲ被告ガ證明スレバ其訴ハ成立タヌト斯ウ云ヘルデ御座イマセウカ、サウハ言ハレマイ是ハ詰リ先キニ梅君ガ契約ノ場合ニ原告ガ損害デアルト云フテ訴ヘテ出レバ損害ト認メナケレバナラヌト言ハレマシタガ、あれと同ジ事デ權利侵犯ニ就テ訴ヘテ來タ、訴ヘテ來レバ損失ガアルト斯ウ見ナケレバナリマセヌ又横田君ノ御說ニ損失トハ其樣ナモノデナイ尙ホ廣イモノデアルト云フコトデ御座イマシタ左スレバ何故ニ夫レニ對シテ損害賠償ト云フモノガ通常ノ場合ニ金ヲ請求致シマスルカ又梅君ノ議論ニシテ前ニ損失ト云フモノガ無イノニ金ヲ遣ルト云フノハ可笑シイ梅君ノ御說ハ論理上ヨリ言ヘバ犯サレタモノニ對スル賠償デアルカラ金ノ損失ガ無ケレバ金ヲ遣ルト云フコトハ無イト云フ樣ナ風ノ論理ニナル樣デアリマスルガ左スレバ前ノ損害ト云フモノモ卽チ實質上ノ損害デアツテ從テ之ニ對シテ損害賠償ノ金ヲ拂フト云フコトニナルデアラウ然ラバ損害ト云フモノハ矢張リ實質上ノモノニナリハセヌカト思ヒマス、固ヨリ諸君モ御承知ノ通リデ英吉利抔ニハ自分ノ領地ヘ足ヲ踏込ンデモ自分ノ體ヘ不法ニ指一本着ケテモ或ハ貸金ヲ拂ツテ呉レナカツタ爲メニ却テ自分ガ仕合ヲシヤウトモ又ハ賣買違約ノ爲メニ見分ガ却テ實際上ニ得ヲシヤウトモ矢張リ訴ヲ許ス、其訴ヲ許ストカ許サヌトカ云フ事ニ就テ法律上ノ標準ハ何ウシテモ權利侵犯デナケレバナラヌ、權利侵犯ガ有ルナラバ訴權ハ必ズ存シテ居ルト云フコトニシナケレバナラヌ、夫レデナケレバ所有權ハ犯ス可ラズト云フコトモ契約ハ必ズ守ル可シト云フコトモ又廣ク一般ニ他人ノ權利ヲ害ス可ラズト法律ガ命ジタ事モ皆ナ削ラレテ仕舞ツテ唯他人ニ損害ヲ及ボス可ラズト云フ一ノ原則デ法律上ノ保護ハ濟ンデ仕舞フ樣ニナリハセヌカト思ヒマス故ニ何ウシテモ權利侵犯デ說明シナケレバ理窟ガ立ツマイト私ハ思ヒマス、夫レ故ニ契約以外ノ場合ニ於テモ訴權ノ生ズルト云フコトハ權利侵犯デナケレバナラヌ現ニ彼ノ有名ナル此主義ノ確定シタ裁判例抔モ御承知ノ通リ損害賠償ノ訴ヲ起シタ原因ハ自分ノ或ル選擧ノ投票ヲ被告ガ拒ンダ其拒ソダ事ニ對シテ損害賠償ノ訴ヲ起シタ乍併其被告ガ答辯シテ曰ク原告ニ於テハ損害ハ無イ其投票コソ拒ンダケレドモ原告ハ自分ノ目的ヲ逹シテ選擧セラレテ居ルノデアルカラ損害ハ無イ損害サヘ無ケレバ宜イデハナイカト斯ウ云フ抗辯ヲシタ然ルニ裁判官ハ之ヲ採ラズシテ現ニ權利ノ侵犯ト云フモノガアレバ法律上デハ之ヲ損害ノアルモノトシテ居ル、卽チ法律上デハ之ヲ損害アルモノト見テ其訴ヲ許シタノデアリマス、法律上ノ理窟ハ之ガ正シク立ツテ居ルト私ハ思ヒマスカラ兎ニ角其主義ニ依テ民法モ規定セラレンコトヲ望ミマス
梅謙次郎君
唯今穗積君カラ前ノ說ノ御說明ヲ聽キマシタガ未ダ私ニハ何ウモ前說ヲ翻ヘス譯ニハ往キマセヌガ初メニ御問ヒニナツタ點ハ私ハ私丈ケノ考ヲ言ツテ而シテ私ノ分ラナイ點ヲ穗積君ニ間ハウト思ヒマス、私ノ考デハ契約ノ場合ニ於テ原告ガ請求スルノハ契約ノ履行デアル、或ハ夫レヨリ生ズル損害賠償ヲ請求スルコトモアリマスガ先以テ契約ノ履行デアル、其履行ガ他ノ者ニ取テハ不利益デアツテモ苟モ契約ハ初メ自分ニ利益ガ有ルト思ツテ結ンダモノデアル而シテ其人ガ履行シテ呉レト云ヘバ縱ヒ有形ノ利益ガ無イニシテモ無形ノ利益ガ有ルニ違ヒナイ、然ルニ其場合ニ裁判宮ガ事實ヲ調ベテ他ノ人ニ取テ不履行ノ爲メニ損害ガ無イカラ定メシ御前モ無イデアラウト言フコトヲ許スベキモノデアリマセウカ、何ウモ其樣ナ事ヲ許スベキモノデハアルマイト思フ、故ニ契約ノ場合ハ損害ノ有ルモノト見ナケレバナラヌ、夫レカラ又損害ガ無イ場合ニ訴ヘルトシタ時ニハ何ヲ請求スルノデアラウカ、成程今人ガ自分ノ所有地ニ這入ツテ居ル時其處ニ居テハイケナイカラ逃ゲテ呉レト言ツテモ逃ゲナイト云フ場合ニハ其人ガ逃ゲテ呉レト云フノデアルカラ其人ノ爲メニハ其處ニ居ラレテハ無形ノ損害ガ有ルニ相違ナイケレドモ旣ニ往ツテ仕舞ツタ後デ足跡モ何モナイノニ夫レデモ權利ヲ侵サレタカラト言ツテ訴ヲ起ストスレバ其訴ヲ起スニ就テハ何ヲ請求スルカ私ハ請求スル物ガ無カラウト思フ、若シ其請求ガ損害ガアルカラ金錢ヲ出セト云フコトナラバ宜イガ損害ガ無イノニ償ヘト云フノハ甚ダ論理ガ立タナイト思フ、損害ガ無イノニ何ヲ請求スルカト云フ事ヲ却テ穗積君ニ問ヒタイ、夫レカラ今一ツ穗積君ヨリ御問ヒデアツタカ攻撃デアツタカ覺エマセヌガ權利ヲ犯サレタ場合ニ損害ガアルト云ツテ金ニ見積ツテ賠償ヲ請求スル若モ金錢上デナケレバ何故ニ金ヲ請求スルカト云フコトデ是レハ尤モデアル、夫レ故ニ私ハ初メカラ金ヲ請求スルバカリデナイト言ツテ居ル、併シ多クノ場合ニ金ヲ請求スルノハ前ニ自分ガ苦シメラレテ居ル其苦シンダ爲メニ後デ夫レヲ償フ丈ケノ快樂ヲシタイ其償ガ出來ル丈ケノ金ヲ請求スルト云フ考ヘデ金ニ積ルノデアルト思フ、若シ故ナク唯權利ヲ損シタカラ金ヲ出セト云フノハ何ウシテモ論理ノ立タナイコトデアルト思ヒマス
穗積陳重君
權利ヲ侵サレタ時ニハ法律上カラ見レバ矢張リ苦シメラレタノデハアリマセヌカ、殊ニ名譽毀損抔ノ場合ニハ
梅謙次郎君
名譽ト云フ名ノ付クモノナレバ夫レヲ犯サレタ時ニハ必ズ實害ガアルガ夫レデナクシテ權利ヲ犯サレル場合ガアル、卽チ私ノ知ラヌ間ニ私ノ地面ニ人ガ這入ツタ夫レヲ後カラ人ガ告ゲテ來タ斯ウ云フ場合ニ私ガ何レ丈ケ苦シムデアラウカ何レ丈ケ損害ガ有ルデアラウカ
穗積陳重君
一體梅君ノ樣ナ御考ナレバ卽チ私等ノ說ヲ御用ヒニナラネバナラヌ筈ト思ヒマス、民事上ノ犯行ノ訴ニ於テハ通常ノ場合ハ損害賠償金ヲ請求スル夫レハ梅君ノ言ハルル如クデアル、決シテ昔ノ樣ニ眼ヲ害シタルモノハ眼ヲ以テ償ヒ體ヲ害シタルモノハ體ヲ以テ償ハセルト云フ樣ナ反座ノ主義ニシタモノデハナイ、近世ノ社界ニハ先ヅ一番人ノ心ヲ滿足サセル卽チ權利侵犯ニ對スル償ヒニ一番便利ナモノハ金錢デアルト云フ主義デ決シテ金錢ノ損害ニ對シテノミ金錢ヲヤルト云フコトハナイ、是レハ梅君ノ言ハレル通リデアルケレドモ名譽毀損ノ場合ニハ私ハ梅君程ニハ思ハナイ、卽チいつも實害ガアルトハ思ハナイ、或ル場合ニハ感覺丈ケヲ害サレル事モアル夫レヲ近世ニナツテ金錢ニ積ツテ賠償スルノハ先ヅ民事訴訟ニ對シテハ金ガ損害賠償ニ一番好イモノトシテ金ヲ拂ハスコトニシタノデアラウト思ヒマス、夫レデ前ニモ申シマス通リ例ヘバ自分ノ畑ヘ人ガ一足踐ミ込ンダ、一足ハ宜イガ二足ハ何ウカ、二足ハ宜イガ三足ハ何ウカ、一人ニ之ヲ許シテ置イタガ二人ハ何ウデアルカ、三人ハ何ウデアルカ、詰リ一人ニ許シテ置ケバ三人トナリ五人トナリ途ニハ千萬人ニ及ブデアラウ、夫レデハ所有權ノ有リ難イ所ガ何處ニアルカ、其有リ難イト云フノハ之ヲ犯ス可ラザルモノトシテ法律ノ保護ヲ受ケテ居ルカラデアル、侵ス可ラザルモノト云フ確然タル法律ノ保護ガ有ルカラデアル、若シ一人ヲ許セバ其他ノ者ノ端ヲ開クノデアル故ニ諸君モ御承知ノ通リ近頃彼ノいへりんぐト云フ人ガ權利ノ得喪ト云フ書物ニ主張シテ居ル所ガ卽チ夫レデ法律ノ眼カラハ權利ト云フモノモ其レ自身ガ實質ノ償値ガアル、其權利ガ侵サレタナラバ法律ノ眼カラ見レバ損害ガアルト云フテ居ル、是レハ契約ノ場合ニ於テ梅君ノ認メテ居ラレル通リデアル、契約ヲ破ツタト云フコトハ旣ニ法律ノ眼カラ見レバ損害ガアル失レト理窟ハ變ラフノデアリマス、夫レデ若シ國民ニ於テ此ノ如キ權利ト云フモノハ實質上ノ損失ヲ生ゼヌ以上ハ侵シテモ宜イト斯ウ云フ事ヲ言ツタ以上ハ此法律ト云フモノハ唯權利ヲ認メテ其權利ノ侵ス可ラザルト云フコトノ限界ト云フモノヲ何處ニ引イテ宜イカ總テ分ラナイ、事實有ツテ後始メテ分ルモノデアルト斯ノ如キ主義ヲ以テ人民ガ成立ツタ時ニハ其人民ハ何ウシテモ衰ヘルヨリ外ハナイト云フコトヲいへりんぐガ言ツテ居ル、夫レカラ一國ニシテ極ク詰ラヌ不毛ノ土地不毛ノ島ヲ管轄シテ居ツテ之ヲ管轄スル爲メニ却テ國ノ入費ヲ要スルト云フ樣ナ島、其島ヲ外國ガ占領シタ時ニ之ヲ不問ニ付シテ居ル國ハ必ズ死ヌルノデアル、權利ヲ法律ガ認メテ其權利ガ侵サレルト云フコトヲ實質上ノ損失如何ニ顧ミテ之ヲ保護スルト云フ法律デアレバ其法律ハ必ズ行ハレナイノデアル、又一人ニシテ權利ヲ衞ル其衞ルト云フコトハ金ノ上ノ損失アル場合ニ於テ始メテ衞ル、金ノ損失ガナケレバ被害ヲ感ゼヌ不愉快デモ何デモナイト云フ樣ナ風ノ考ヲ持ツタ人ハ其人ハ必ズ權利ニ依テ成立ソタ人トハ言ヘナイ、一タビ唯實害ガ無イカラト云フテ許シテ置ケバ其限界ガ分ラナイ、自分ノ領地ニ自分ノ承諾モナク人カラ踐ミ込マレタ時ニ法律ガ之ヲ保護セヌト云フ事ガ立ツタ時ニハ國ノ法律ノ力ト云フモノモ全ク萎ヘテ仕舞フデアラウト思フ、兎ニ角權利ト云フモノヲ本トシテ置テ權利ノ侵犯ヲ法律ガ何處迄モ保護シテ行カナケレバナラヌ、實際ノ損失如何ニ拘ラズ法律ノ眼カラ見レバ侵犯デアル、而シテ其侵犯ヲ償フニハ金デアル、金ノ損失デナクテモ金ヲ以テ償フニハ梅君ノ言ハルル如ク其感覺ヲ慰メルノ一ノ方法ト見ルト斯ウ云フコトニスレバ金ノ損害デナ汐テモ金ヲ遣ルト云フコトハ理窟ハ立ツデアラウト思ヒマスカラ梅君ノ御再考ヲ望ミマス
長谷川喬君
權積君ノ言ハレタ賣買契約ニ就テ梅君ト穗積君ニ聞キタイノハ其賣買ノ目的物タル品物ノ下ゲタ時買主ガ、其品物ノ引渡シヲ訴ヘタ時ハ却テ自分ノ損ニナリハセヌカト云フコトニ對シテ、梅君ハ夫レデモ自ラ無形上ノ損害ガアルト云フ答ヘデアリマシタガ、無形上ノ損失ガアルト推測スルト云ヘバ卽チ推測デアルカラ若シ原告タル者ガ一モ損害ハナイ、有形ハ勿論無形モナイ乍併一旦契約ヲシタ以上ハ契約丈ケハ履行シタイト云フトキハ訴權ガアルカ何ウカト云フコトヲ伺ヒタイ、夫レカラ穗積君ニ間ヒタイノハ唯今御述ベニナツタ所デハ實質ノ損害ハ無イガ權利ヲ侵犯セラレタ以上ハ卽チ權利ノ損害ガ有ルノじやト云フコトデアリマシタガ、左スレバ此處ニ不正ノ損害ト書イテモ實質上ノ損害ト書カヌ以上ハ一向閊ヘナイヤウデアリマスガ夫レニハ御同意ニナルコトハ出來マセヌカ
梅謙次郎君
此議論ハ大變長クナリマシタガ、何ウセ一度ハ出ルモノデアルカラ茲ニ議論ヲシテモ宜イガ併シ又規定ノ時ニナツテモ髄分議論ガ再ビ出テ來ルコドデアラウト思ヒマスカラ今日ハ大抵ニシテ置ク方ガ宜カラウト思ヒマス、要スルニ先刻權積君ノ言ハレタ所ノ彼ノ有名ナルいへりんぐノ本ニ書テアル事ニ私ハ極ク反對デアル、故ニ根據カラ說ガ合ハナイノデアリマス、長谷川君ニ御答ヘシマスガ私ハ賣買ノ場合ニイツモ無形ノ損害ガアルト云フコトハ言ハナイ、若シ言ツタナラバ言ヒ損ヒデアリマス、私ノ言ツタノハ金錢上ハ徳ガアルガ、イツデモ外ニ損ガアルト云フノデ外ハ皆ナ無形トハ言ハナイ、丁度先刻横田君ノ言ハレタ樣ニ辨當ヲ買フ夫レカ外デ買ヘバ五錢ニモノヲ十錢デ約束シタ夫レヲ持テ來ヌカラト云ツテ損害ハナイ、更ニ外ニ往テ五錢デ買ヘト言ハレタラ迷惑デアル夫レ丈ケヲ御答ヘシテ置キマス、夫レデ私ハ契約ノ場合ニハ絶對ニ之ヲ推定スル寧ロ推定ト云フ文字ガ使ヒタクナイ位ニ絶對デアル、卽チ裁判所ノ眼カラハ契約ニ履行ヲサセナイ方ガ却テ原告ノ利益デアラウト思バレル樣ナモノデモ其樣ナ憶測ハ許サヌヤウニシテ置キタイ、何トナレバ損害ト云フモノハ金錢上ノ損害ノ外ニ有形無形ノ損害ト云フモノガアル、夫レハ何故カト云フニ道理ヲ備ヘテ居ル人間卽チ狂人デモナク又東西ヲ知ラヌ樣ナ子供デモナイ以上ハ其人ガ契約ヲ結ソデ其契約ガ履行サレヌ時ニ態々時ヲ費ヤシ費用ヲ費ヤシテ訴ヘルト云フノハ縱ヒ金錢上ハ徳ガいく樣デモ自分ニ取テハ有形カ無形カノ損ガアルト云フ事ハ明カデアル、夫レヨリ外ニ明カナ證據ハナイ、夫レガ一番ノ證據デアルト云フコトニシテ置カナケレバナラヌ、夫レデナケレバ裁判官ガ何ノ樣ナ壓制ナ裁判ヲスルカモ知レマセヌ、夫レ故ニ契約ヲ履行シナイ時ニ相手方ガ履行ヲ請求スル時ハ法律上ハイツデモ損ガ有ルモノト定メテ置カナケレバナラヌ
長谷川喬君
自分ガ損ガ無イト言ツテモ損ガ有ルト認メルノデアリマスカ
梅謙次郎君
サウ云フ事ヲ言フ者ハ無イカラ心配スルニハ及ビマセヌ
長谷川喬君
若シモ有ツタラ何ウナルカ夫レデモ訴權ガ有ルノカ
梅謙次郎君
若シモサウ云フモノガ有ツタラ夫レハ訴權ハ無イデアラウ
元田肇君
損害ガ有ツテモ無クテモ一旦結ンダ契約ノ履行ヲ求メルトキニハ法律ハ矢張リ損害アリト認メルノガ當然デアルト云フ御說デアリマスナラバ之ヲ契約ノ所丈ニ限ラズ他ノ所ニモ適用スル譯ニハ往キマセヌカ
梅謙次郎君
多クノ場合ニハ適用ガ出來マスカラ矢張リ損害ト見テモ宜シイ、併シ先キニ申ス如ク自分ノ知ラヌ間ニ或人ガ自分ノ地面ヲ錢ンダ夫レハ足跡モ何モ殘ツテ居ラヌト云フ樣ナ場合ニ夫レヲ後カラ聞テ訴ヘテ出テ自分ハ見ナカツタカラ不快ハ感ジナイガ唯這入ツタト云フ事ヲ以テ訴ヘルト云フコトニナツテハ困ル、若シモ其樣ナ場合ニ損害ガアレバ其賠償ヲ求メルコトモ出來マセウガ其樣ナ場合ニハ損害ガ有ルト認メルコトハ出來マセヌ、併シ契約ノ場合ニ於テハ初メカラ自分ガ求メテ結ンダノデアル自分ニ利益ガ無イナラバ自ヲ求メテ結ブ筈ハナイ、決シテ目的ナシニハ結バナイ夫レニ依テ利益ヲ得ヤウトシタノデアル、其契約ノ履行ヲ求メルノデアルカラ法律ハ其履行ヲ利益アルモノト見ナケレバナラヌノデアリマス
三崎亀之助君
サウスルト今ノ御話デハ契約ノ場合デナイ方ハ權利ヲ侵サレタモノトハ看做サヌノデアリマスカ
梅謙次郎君
無論權利ヲ侵サレ居ルケレドモ、損害ノ無イト云フ例ニ擧ゲタノデアリマス
三崎亀之助君
夫レデハ今一ツ進ンデ問ヒマスルガ梅君モ權利ハ侵サレテ居ルト云フノデアル而シテ憲法ノ何條カニ日本臣民ハ所有權ヲ侵サルルコトナシト云フ事ガアル、所ガ貴方ノ御說デハ權利ハ侵サレテ居ツテモ損害ガ無イ時ニハ訴權ヲ有セヌト云フノデアル、卽チ所有權ヲ侵犯サレテ居ルニモ拘ハラズ救濟ノ途ガナイト云フコトニナル夫レデハ憲法ニ保確サレタル保障制裁ト云フモノハ何處デ認メタルノデアリマスカ
梅謙次郎君
訴ヲ起スニハ目的ガ無ケレバナラヌ、所ガ所有權ガ侵サレテ而シテ損害ガ無カツタ、其場合ニハ何ヲ請求スルノデアルカ先刻夫レニ就テ反對論者中ニ於テモ穗積君ハ矢張リ其場合ニモ損害ガアルノヂヤト云フコトデアリマシタガ三崎君ノ御說デハ損害ハ無イケレドモ唯權利ヲ侵サレタ其場合ニ若シ夫レガ訴ヘラレナケレバ憲法ノ明文ト牴觸シハセヌカト云フコトデアリマスガ、夫レナラバ何ヲ請求スルノデアルカ伺ヒタイ
三崎亀之助君
私ガ損害ガ無イト云フタノハ貴方ノ說ヲ取タノデ私ノ意見ハ勿論損害アルモニト信ジマス、旣ニ所有權ヲ侵サレタ時ハ損害ハ必ズ生ジテ來ルモノト法律ガ推測シナケレバナラヌ、夫レデナケレバ折角憲法デ所有權不可侵ト云フ保確ヲシタ結果ガ現ハレテ來ナイノデアル、夫レカラ更ニ進ンデ申シマスガ唯今長谷川君モ言ハレタ通リ梅君ハ旣ニ契約ノ場合デスラモ何カ不利益ナコトガアルニ違ヒナイト、斯ウ法律ガ絶對的ニ推測ヲスルノガ至當デアルト云フ御說デアリマスガ、夫レナラ今一ツ進ンデ更ニ契約ヨリモ貴重ナル所有權ヲ侵サレタ場合ニモ契約ト同ジ樣ニ推測ハ出來ヌモノデアリマセウカ
梅謙次郎君
其點ハ先刻元田君ニ答ヘタ積リデアリマスガ、卽チ私ノ申シタ所ハ此處デアル權利ヲ侵サレタト云フ時ニ夫レガイツモ損害ヲ生ズルト云フ推測ハ私ハ下スコトハ出來マセヌガ、契約ヲ侵サレタト云フ時ニハイツモ損害ト見ル、何トナレバ初メ誰モ結ベト命ジタ者ガ無イノニ自分ガ利益アリト認メテ結ンダニデアルカラ其履行ヲ請求スルノハ道理ヲ備ヘタ人間デアル以上ハ其人ニ利益ガ有ルノデアルト云フコトハ絶對ニ推測シテ宜イケレドモ何モ關係ノ無イ者ガ卽チ唯足ヲ踐ミ込ンダト云フ樣ナ時ニハ損害ガアルト云フ推測ハ下シマセヌガ、若シ三崎君ガ其樣ナ推測ヲ下スト云フコトナラバ此處ハ不正ノ損害トシテ置テモ三崎君ニハ差支ナイデアリマセウ
高木豐三君
私ハサウ云フ六ケ敷イ議論ニナル積リデハナイ、唯損害トシタ方ガ宜カラウト云フ考ヘデ其說ニ贊成シタノデアリマスガ、第一ニ希望スル所ハ諸君ガ御熱心ノ餘リニ大變議論ニ熱度ガ加ハリ過ギハセヌカト思ヒマスカラ何ウカ其邊ヲ御注意ヲ請ヒマス次ニヽヽヽヽ
議長(西園寺侯)
私ハ餘リ冷淡ニ過ギルト思ヒマス
高木豐三君
夫レカラ極ク簡單ニ述ベマスガ先キカラ雙方ノ御說ヲ聞クニ今迄多ク賣買契約ノ例ガ出マスガ私ハ此處ハ契約ノ場合デハナイト初メカラ考ヘテ居ル、そこで又權利侵犯ト云フ說ガ出テ權利ヲ侵サレタモノハ必ズ訴權ガアルト云フコトデアリマシタガ、是ハ私共極ク御同意デアルガ茲ニ一ツ區別ヲシナケレバナラヌノハ、權利ヲ侵犯サレテ居ル爲メニ其權ヲ實行シヤウト云フ訴ト、旣ニ權利ヲ侵サレテ仕舞ツテ最早ヤ其實行ヲ求メルコトハ出來ヌト云フ場合トノ區別ヲシナケレバナラヌ、先刻カラ賣買契約ノ例ガ出マスカラ是ニ就テ申セバ物晶ヲ引渡サナイ、縱ヒ相場ガ下ゲテ居ルニセヨ其契約ノ目的タル確定物ノ所有權ヲ得ヤウト云フノガ契約ノ目的デアル、故ニ其目的ヲ逹スル爲メニ此權利ノ保護ヲ請求スル場合ニハ訴ヲ許ス、乍併唯今問題ニナツテ居ル場合ノ如キ不正ノ所爲ハ卽チ此事柄タル續イテヤラセヤウト云フコトハ到底出來ナイ、此場合ニ於テ請求スルノハ以來此ノ不正ノ行爲ヲ差止メテ呉レロトカ或ハ實際生ジタ損ヲ償ヘトカ云フヨリ外ハナイ、此處デ言フ所ノ權利ハ賠償ヲ請求スル權利デアル、此ノ權利ヲ法律ガ保護シテ償ハセルト云フコトデアラウト思フ、其處デ先刻カラノ議論ガ何ウデアラウカ私ハ之ヲ損害ト云フ字ニシテモ決シテ權利侵犯ト云フ問題ト牴觸スルト云フコトハアルマイト思フ、私ハ實ニ權利侵犯說ト牴觸スルト云フコトヲ解シ得ナイ、夫レカラ又所有地ニ足ヲ踐ミ込マレタノハ所有權ヲ侵サレタノデアルト云フコトデアリマスガ私ハ憲法ノ所謂所有權ノ侵犯ト云フノハ斯ウ云フ事迄ヲ指シタノデハアルマイト思フ、乍併自分ノ所有地ニハ許可ガナケレバ他人ヲ這入ラセナイト云フ權利ガ矢張リ所有權ノ中ニ包含シテ居ルト見レバ或ハ侵犯ト言ヘルカモ知リマセヌガ、扨テ此ノ侵犯ヲ受ケタ時ニ訴ヲ起スノ時ハ旣ニ事ノ過ギ去ツタ後デアルカラ賠償ノ訴ヲ起スニ外ハナイ、然ラザレバ後來ヲ戒メルヨリ外ハナイ、而シテ賠償ヲ求メルノデアレバ不正ノ損害ガナケレバ何ウシテモ私ハ訴權ガ無イト思フ、權利ヲ侵サレテ居ル場合ニ其權利ノ實行ヲ求メルト云フ訴ナラバ損害ノ有無ハ勿論問ハナイ、乍併旣ニ侵サレタ事柄ニ就テ後ヨリ實行ヲ求メルコトガ出來ヌ行爲ニ就テハ賠償ヲ求メルヨリ外ハ無イ、賠償ハ何カト云ヘバ損害ガ基礎デアル、損害ノ無イノニ賠償ヲ求メルト云フコトハ無イ、故ニ私ハ矢張リ損害ト云フ字ニシテ宜イデアラウト思ヒマス
元田肇君
私ガ問ヒタイノハ先刻カラ權積君ト梅君トノ御論ヲ承リマスト、是レハ直接ニ此問題ニ就テノ論デハナイト思ヒマス、一體法典ヲ編ム精神ハ權利侵犯ト云フモノガ總テノ基礎トナルノカ又實際ノ損害ト云フノガ總テノ原因トナルノデアルカト云フ事ガ定マツテ居ナケレバナラヌ、唯此處バカリノコトデハナイト思フ故ニヽヽヽヽ
穗積陳重君
其處ガ今ノ問題デアリマス
元田肇君
夫レナラバ私ハ進ンデ申シマスガ、此ノ所爲ト云フノハ何ウモ當ラヌト思ヒマスカラ不正ノ行爲トシテ置テ其中ニ書キ分ケヲスルトモ若クハ文字ハ此處デ造ルノデアルカラ何ウデモ宜イト云フコトナラバ行爲トカ所爲トカ云フ樣ナ紛ラハシイ語ヲ使ハズニ日本人ノ目ニ慣レテ居ナイ字ヲ造ツテ夫レヲ法律上ノ交字トスレバ宜イ、夫レデ私ハ行爲ガ惡イト云フコトナラバ行爲ノ懈怠トカ云フ樣ナコトニシテ誰ニモ分ル樣ニシテ貰ヒタイ、又分ラヌ樣ニシタイト云フコトナラバ所爲トカ行爲トカ云フ樣ナ漢文字ヲ使ハズニ全ク分ラナイ字ヲ使フコトヲ希望シマス、又大問題ダト云フコトデアルカラ序デニ一言述ベマスルガ私共ハ固ヨリ彼方此方ノ法律ハ知リマセヌガ英吉利ヲ少シ學ビマシタカラ是非英吉利ノ事ガ出テ來マスガ起草委員諸君ハ各國ノ法律ヲ渉獵セラレタ御方デアリマセウ併シ只今ノ御議論カラ見マスルト兎角人ハ各々其ノ厚ク學ンダ方ニ偏スル樣ナ氣味ガアリマス、夫レデ今日ハ缺席モ多イノデアリマスカラ斯ウ云フ大問題ハ寧ロ乙號議案ニ編入シテ之ヲ大問題トシテ十分ナル議事ヲ開カンコトヲ希望致シマス
穗積陳重君
私ハ先刻問ハレテ未ダ答ヲ致シマセヌカラ負債ノ辨償ヲ致シテ置キマス、長谷川君ノ質問ハ私ノ言フ所デハ總テノ權利ノ侵犯ハ卽チ法律ノ目カラ見レバ總テ損害デアルト云フタ夫レナラバ此處ヲ損害ト云ブ字ニシテモ宜イデハナイカト云フコトデ御座イマシタガ、其樣ナ意味デ損害ト云フ字ヲ用ヰルノデアレバ私ハ勿論異存ハ御座イマセヌガ、乍併旣ニ一度議論ガ生ジテ或ル人ハ損害ハ實質上ノモノデアルト云ヒ、又他ノ人ハ實質ニ限ルコトハナイ法律上デハ權利ノ侵犯ガアレバ悉ク損害ト見ルト言ヒ、損害ト云フ字ガ人ニ依テ其意味ヲニ樣ニシテ居リマス、斯ウ云フ意味ノ二樣ニナツテ居ル字ヲ此處ニ使フノハ不得策デアラウト思ヒマスガ兎ニ角議スルコトハ幾ラモ鄭重ニ議シテ何方カノ主義ニ宗メル樣ニシテ而シテ若シ損害ト云フ字ヲ使フナラバ實質上ノ損害ト云フ意味ニ使ツタ方ガ便利カト私ハ思ヒマス
村田保君
起草委員中ニモ大變議論ガ分レテ居ル樣ニ思ハレマスガ何ウカ之ヲ今日此處デ極メズニ今一應起草委員デ評議ヲセラレテ一定ノ定義ヲ付ケラレテハ何ウデアリマセウカ、私モ先刻來皆さんノ御論ヲ承ツテ見マスルト雙方ニ御尤モナ所モアリマスガ併シ私ハ何ウシテモ訴權ハ目的ナクシテ起ルモノデハナイト思ヒマス、夫レデ唯自分ノ地面ヘ足ヲ踐込ンダ是レハ權利ヲ侵サレタカラ訴ヘルト云フテモ裁判官ハ決シテ夫レヲ取上ゲルモノデハナイト思フ、斯々ト云フ目的ガアルカラ訴ヲ起ス、而シテ之ニ就テ償ヒヲ出ストカ或ハ名譽損害ノ場合ニ謝罪狀ヲ出サセルトカ云フ樣ニ何カ目的ガ無ケレバナラヌ、目的ナシニ唯權利ヲ侵サレタカラ訴ヘルト云フコトハ無イト思ヒマス、又憲法ニ所有權不可侵トカ云フ議論モ出テ居リマスケレドモ是モ私ハ法律デ定メタモノデナケレバ侵害デハナイト思ヒマス、成程刑法ノ百七十一條、百七十二條アタリヲ見ルト故ナク人ノ住居シタル邸宅又ハ人ノ看守シタル建造物ニ入リタル者ハ云々ト云フコトガアリマスカラ其等ハ刑法ノ力ヲ以テ罰スルコトモ出來マスガ唯圍ヒモ何モナイ地面ヘ一足踐込ンダカラト言フテ恐ラクハ權利ヲ侵犯シタモノトハ言ハレマイト思ヒマス、旁々以テ其邊ハ尙ホ起草委員ノ方デ今一應御研究ニナツテ更ニ此次ノ會ニ一定ノ議論トシテ御出シニナツタラ何ウデアリマセウカ
三崎亀之助君
誠ニ第五章ノ爲メニ議論ガ飛ンデモナイ所ニ花ガ咲イテ來マシタガ、是レハ唯今皆さんノ仰セノ如ク大切ナ事デアラウト思ヒマス、而シテ先キカラノ議論ヲ聞キマスルト所有權ト云フ事柄ニ對シテ或ル方々ハ餘程之ヲ輕ク見テ居ラレル樣デアル、又中ニハ損害ト云フ語ニ就テモ之ヲ實筈ト云フ意味ニ取ツテ居ル人モアリ、又法律上兎ニ角權利ガ侵害サレレバ損害ト見ル斯ウ云フ人モアル、又中ニハ實害トハ言葉ニ現ハシテハ言ハズニ訴訟ヲ起スニハ何カ目的ガナケレバナラヌト云フ說デ尙ホ進ンデ其意味ヲ問フテ見レバ損害ト云フモノハ何カ賠償ヲ得ベキ性質ノモノデアル賠償ヲ目的トスルニハ何カ實物ガ無ケレバナラヌト云フ樣ナ思想ヲ懷イテ居ラレル樣デそうスレバ詰リ損害ハ矢張リ實害ト見テ居ルノデハナイカト思ハレル樣ナ人モアル、夫レデ今日ハ事勿卒ニ斯ウ云フ議論ガ發シタノデアツテ加フルニ法典全體ニ關係スル大問題デアリマスカラ輕々ニ議決スルコトハ出來マセヌ、私共ハ誠ニ經驗ノ淺イ者デハアリマスガ此事ノ爲メニ現ニ二三件失敗ヲ取ツテ居リマス、東京控訴院抔デハ實害ガ無ケレバ賠償ヲ求ムルノ權ヲ與ヘヌト云フ位ナ判決ヲ先月モ受取ツタ位ナ今日ノ世ノ中デアリマスカラ是ヲ極メテ置クコトハ實ニ大切ナ事ト思ヒマス、夫レデ元田君村田君抔ノ言ハレル通リ尙ホ起草委員デ十分調査ニナツタ上相成ルベクハ乙號案トシテ出シテ更ニ我々ガ研究スル樣ナ便利ヲ與ヘラレンコトヲ希望致シマス
高木豐三君
贊成致シマス
議長(西園寺侯)
夫レハ無理ナ御注文ト思ヒマス、瑕リニ私ガ起草委員デアツタ所デ其樣ナ御注文ハ受合フコトハ出來マイト思ヒマス、斯ウ云フ事ニナルト學派トカ或ハ御當人逹ノ主義トカ云フモ、ノガアツテ御當人ガ或ハ擧校ニ出テ教ヘルニモ又裁判官ノ御方ハ裁判所ニ往ツテ裁判ヲスル上ニ就テモ各々平生カラ其主義ト云フモノガアルカラ之ヲニ定ニシヤウト云フコトハ六ケ敷イデアリマセウ、一定ニナレバ夫レニ越シタコトハアリマセヌガ法典ト云フモノモ其處迄ニ一定ニスベキモノカ何ウカト云フ疑ガアリマス、夫レデ起草委員ニ於テ何處迄モ一定ニスルト云フ事ヲ御承諾ニナレバ夫レハ格別起草委員ニ向テ之ヲ責メルノハ無理、ナ御注文デアラウト思ヒマス
三崎亀之助君
起草委員ニ必ズ一定ノ意見ヲ持テトハ望ミマセヌ、更ニ十分ニ調査ヲ遂ゲ相談ヲ逐ゲテ乙號案トシテ出シテ貰ヒタイト云フノデアリマス村田保君梅君ノ如キハ尙ホ研究シタ上デ云々ト云フコトハ初メカラ言ツテ居ラレル位デアリマス
議長(西園寺侯)
是非極メナケレバナラヌト云フコトナラバ委員ノ多數デ極メルト云フノモ一ツノ話デアリマスガ、併シ法典ハ其處迄モ極メテ置カネバナラヌモノデアルカ何ウカ
元田肇君
尙ホ梅君ニ中シマスガ私ハ何ウモ貴方ノ御說ガ分リマセヌ、契約ヲ破ツタ場合ハ訴ヘテ出レバ損害ガアルト推測ヲスルノガ當然ダト云フ御說ナラバ權利ヲ侵犯シタ時モ矢張リ訴ヘテ出レバ損害ガアルト推定スルノガうじつく上相當デアラウト思ハレマス、何ウモ契約ニ限ツテ絶對ニ推測スル、契約以外ニハ權利ヲ侵犯シテモ推測ハ出來ヌト云フ其間ノ區別ハ何ヲ標準ニスルノデアルカ私ニハ分リマセヌ
梅謙次郎君
私ハ一言丈ケ答ヘテ置キマス、先キカラ二度バカリ言ヒマシタガ何ウモ私ノ說明ノ仕方ガ惡イ爲メデアルカ御分リニナラヌト見エマス、極ク簡單ニ言ヒマスガ狂人デモナシ又東西ノ分ラヌ樣ナ子供デモナイ人間ガ契約ヲ結ブノデアルカラ目的アツテ結ブニ相違ナイ其契約ノ結果ガ自己ニ利益アリト認メテ結ンダニ違ヒナイト云フコトハ法律ガ認メナケレバナラヌ、而シテ後日ニ至テ其履行ヲ求メルノハ初メカラ見込ンダ事ヲ後日ニナツテ尙ホ求メルノデアルカラ其人ニ取テハ利益ガアルト云フコトハ無論デ別段ニ說明ヲ要セヌ位デアラウト私ハ思フ、又之ニ反シテ先キカラ例ニナツテ居ル所有地ヘ足ヲ踐込ンダト云フ場合ノ如キハ刑法ニ罰シテ有ツテモ無クツテモ夫レハ民事上ニハ問ハナイ、唯實害ガアツタナラバ訴ヘラレル而シテ右ノ例ニ於テハ諸君モ是レハ實害ノ無イト云フコトハ認メテ居ラレルデアラウト思ヒマス、其樣ナ場合ニ迄尙ホ訴權ヲ與フル必要ガアルカ何ウカ私ハ必要ガ無イト思ヒマス
元田肇君
夫レデハ權利ト云フモノハ何時モ持テ居ル者ノ利益ニナルト云フコトニハ看做サヌノデアリマセウカ、若シ夫レガ看做サレル事デアレバ私ハ疑ヒヲ生ズル、梅君ハ契約ノ場合ニ狂人デモナク子供デモナイモノガ契約ヲシタノデアルカラ利益ガアルト見ナケレバナラヌト云フコトデアリマスガ、左スレバ貴重ナル法典等ヲ設ケテ權利ヲ保護スルト云フトキニハ無論權利ト云フモニヲバ一個ノ人ガ結ブ契約ヨリハ重ンジナケレバナラヌ、然ルニ契約ノ時ハ法律上ニ於テ之ヲ保護シテ置テ所有權ヲ侵犯サレテモ法律ハ之ヲ認メナイト云フコトハ言ハレヌ樣ニ思ヒマス
梅謙次郎君
勿論所有權ト云フモノハ利益ノ附イタモノニ違ヒナイ、卽チ權利ト云フモノハ法律ニ依テ利益ノ保護サレテ居ルモノト云フテ宜イデアリマセウ、乍併其利益ト云フモノハ自分ガ何時デモ勝手ニ使ハレルト云フノガ利益デアルカラ自分デ使ハナイ時自分ニ妨ゲ無イ時ニ人ガ使フト云フコトハ決シテ構ハナイ、自分ノ利益ヲ害サレタモノトハ言ハレナイ
箕作麟祥君
所爲ト云フ文字ノ事カラ大變ナ議論ニナツテ案外ノ事デ御座イマシタ、私共ノ樣ナ淺學者ハ不意撃チヲ喰ツテ何レニ贊成シテ宜イカ甚ダ惑ヒマス、故ニ此ノ如キ大問題ノ事デハ御座リマスシ唯今元田君三崎君等ヨリモ言ハレマス通リ起草委員諸君ニ於テ今一應調査セラレテ更ニ乙號議案トシテ精シイ問題ニシテ戴キタイ、勿論御三人共必ズ同一ノ意見ニナツテ貰ハウト云フ事ヲ望ムノデハアリマセヌガ例ヘバ一方ハ斯ウ云フ理由ガアル他ノ一方ハ斯ウ云フ理由ガアルト云フ兩方ノ理由ヲ掲ゲテ此中何レニ決スベキカト云フ樣ナ精シイ議案ニシテ其議案ヲ今日缺席ノ人ニモ廻シテ而シテ我々モ突然デナケレバ微力ナガラモ多少考ヘテ見タイト思ヒマスカラ阿ウカ然ウ云フ風ニシテ戴キタイ、依テ三崎君元田君三贊成致シマス
梅謙次郎君
無論是ハ此席デ出タノデアリマスカラ三人ノ間デ何ウナルカ知リマセヌガ私丈ケノ考ヲ申セバ此次ヤ又其次ノ會位迄ニハ箕作君ノ望マレル樣ナ議案ヲ備ヘル事ハ出來マセヌ、其譯ハ是レハ初メニモ申ス如ク後日十分ニ研究シヤウト云フ考ヘデ取ツテ置イタ位デアリマス、夫レ故ニ今日申シタ所ハ一寸私ガ差向キ考ヘテ居ル丈ケノ事ヲ申シタノデアリマス、是レハ如何ニモ大問題ノ事デアリマシテ此處ノ規程ヲ決スル迄ニハ何レ大議論ヲシナケレバナリマセヌガ私モ今日ヨリカ今一層精シイ事ニシタイト思ヒマスカラ何ウカ時ヲ定メズ何時カハ問題ニシテ出スト云フ樣ニシテ置テ貰ヒタイト思ヒマス
箕作麟祥君
夫レハ御尤モデ御座リマスカラ今日ハ此問題ハ未定ニシテ先キヘ進ンデ行クコトヲ希望致シマス
穗積陳重君
然ウスルト「ノ」ト云フ字ヲ削ルト云フ問題ハ何ウシマスカ
箕作麟祥君
私ハ今申ス通リ不正ノ所爲ト云フ方ハ大變八釜敷イカラ後廻ハシニシテ置テ不當ノ利得ノ「ノ」ノ字丈ケヲ問題トシテ議シテ貰ヒタイ此方ヲ削ルト云フコトニハ起草委員モ反對ハ無カツタ樣ニ思ヒマス
議長(西園寺侯)
夫レデハ第五章ト云フモノハ今一度起草委員カラ提出ニナル迄ハ未定ニシテ置クト云フコトハ皆樣御承知ニナリマシタカ
(「夫レデ宜カラウ」ト呼ブ者アリ)
議長(西園寺侯)
夫レデハ決ヲ採リマス第五章ハ未定デ第四章丈ケノ「ノ」ヲ削ルト云フ事ニ御贊成ノ方ハ起立ヲ願ヒマス
起立者多數
議長(西園寺侯)
多數デ御座イマス今日ハ是デ閉會