民法(債権関係)部会資料79B 民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(15)
参考原資料
- 民法(債権関係)部会資料79B 民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(15) [国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)]
第1 錯誤
民法第95条の改正に関して次のような考え方があるが、どのように考えるか。
【甲案】
民法第95条の規律を次のように改めるものとする。
1 意思表示に錯誤があり、その錯誤がなければ表意者は意思表示をしていなかった場合において、その錯誤が意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべきものであるときは、表意者は、その意思表示を取り消すことができる。
2 ある事項の存否又はその内容について錯誤があり、その錯誤がなければ表意者は意思表示をしていなかった場合において、次のいずれかに該当し、その錯誤が意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべきものであるときは、表意者は、その意思表示を取り消すことができる。
ア 表意者が法律行為の効力を当該事項の存否又はその内容に係らしめる意思を表示していたこと。
イ 相手方の行為によって当該事項の存否又はその内容について錯誤が生じたこと。
3 1又は2の錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、表意者は、次のいずれかに該当するときを除き、1又は2による意思表示の取消しをすることができない。
ア 相手方が、1又は2の錯誤があることを知り、又は知らなかったことについて重大な過失があるとき。
イ 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 1又は2による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
【乙案】
民法第95条については、現状を維持する。
○中間試案第3、2「錯誤」
民法第95条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 意思表示に錯誤があった場合において,表意者がその真意と異なることを知っていたとすれば表意者はその意思表示をせず,かつ,通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは,表意者は,その意思表示を取り消すことができるものとする。
(2) 目的物の性質,状態その他の意思表示の前提となる事項に錯誤があり,かつ,次のいずれかに該当する場合において,当該錯誤がなければ表意者はその意思表示をせず,かつ,通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは,表意者は,その意思表示を取り消すことができるものとする。
ア 意思表示の前提となる当該事項に関する表意者の認識が法律行為の内容になっているとき。
イ 表意者の錯誤が,相手方が事実と異なることを表示したために生じたものであるとき。
(3) 上記(1)又は(2)の意思表示をしたことについて表意者に重大な過失があった場合には,次のいずれかに該当するときを除き,上記(1)又は
(2)による意思表示の取消しをすることができないものとする。
ア 相手方が,表意者が上記(1)又は(2)の意思表示をしたことを知り,又は知らなかったことについて重大な過失があるとき。
イ 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
(4) 上記(1)又は(2)による意思表示の取消しは,善意でかつ過失がない第三者に対抗することができないものとする。
(注) 上記(2)イ(不実表示)については,規定を設けないという考え方がある。
【第3ステージ:第76回会議(部会資料66B)
第86回会議(部会資料76A)
第88回会議(部会資料78A)で審議】
○部会資料78A第1「錯誤」
民法第95条本文を次のように改めるものとする。
1 意思表示に錯誤があり、その錯誤がなければ表意者は意思表示をしていなかった場合において、その錯誤が意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべきものであるときは、表意者は、その意思表示を取り消すことができる。
2 ある事項の存否又はその内容について錯誤があり、その錯誤がなければ表意者は意思表示をしていなかった場合において、次のいずれかに該当し、その錯誤が意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべきものであるときは、表意者は、その意思表示を取り消すことができる。ア 表意者が法律行為の効力を当該事項の存否又はその内容に係らしめる意思を表示していたこと。
イ 相手方の行為によって当該事項の存否又はその内容について錯誤が生じたこと。
(説明)
1 動機の錯誤が民法第95条により無効となり得るために、従前の判例法理が「意思表示の内容」又は「法律行為の内容」として提示していた要件については、従前の判例法理の理解の差異を反映し、表意者が動機を表示していることに重点を置く立場と、相手方がそのことを受け入れていることにも重点を置く立場があり、意見が分かれている状況にあると思われる。
この点をめぐって実際に裁判で争いになった場合には、前者の立場では、取消しを主張する者は表意者の表示を立証すればよいが、後者の立場では、それに加えて、相手方がそのことを受け入れていることも立証する必要があり、その点で実際上の帰結が異なってくると指摘されている。
2 以上のとおり、従前の判例法理が「意思表示の内容」又は「法律行為の内容」として提示している要件の明文化に当たっては、その具体的な表現内容について議論が収束していない状況にある。このような状況を踏まえ、コンセンサスの形成可能性を模索する趣旨で提示したのが前回の部会資料78A第1の案であり、今回の甲案もこれと同様のものである。主として実務界から、従前の判例の立場では相手方が受け入れていることまでは要求されていないのではないかとの指摘や相手方が受け入れていることまで立証しなければならないものとするのは要件として加重に過ぎるとの指摘があることを踏まえると、出発点としては、表意者が表示していることに重点を置く立場によらざるを得ないと考えられるが、そうであっても、表意者が動機を表示した上で、表意者と相手方との間で契約が成立している場合には、相手方は表意者の表示を受け入れているのが通常であり、表意者が一方的に表示をしたのみで錯誤を理由とする取消しを認めるものではないと考えられる。このことをより明瞭にするために、甲案では、単に動機を表示しているだけではなく、その動機が当該法律行為の効力を左右するものであることを表示していることを示す趣旨で、「表意者が法律行為の効力を当該事項の存否又はその内容に係らしめる意思を表示していたこと」(2ア)を要件することを提案している。なお、第88回会議では、相手方がその表示を認識し得ることを重視する観点から、「意思が表示された」とすべきであるとの指摘もあった。このような文言上のさらなる工夫の余地についても、今後の条文化作業において引き続き検討することは考えられる。
3 他方で、上記のとおり従前の判例法理の理解については差異があり、その点について議論が収束されていない状況にあるところ、甲案のように表意者の表示を重視すると表意者の一方的な表示によって取消しをすることができることになるとの指摘もある。また、表意者が表示していることに加え、相手方が受け入れていることを重視し、表意者と相手方との間でその動機を当該法律行為の効力を左右するものであることについて合意している必要があるすると、それは錯誤の問題ではなく、契約責任の問題であるとの指摘もある。そうすると、従前の判例法理が「意思表示の内容」又は「法律行為の内容」として提示している動機の錯誤の要件を明文化するのは困難であり、動機の錯誤の取扱いについて今後も引き続き解釈に委ねざるを得ないとの考え方もあり得る。そして、動機の錯誤の要件を明文化せず、引き続き解釈に委ねるのであれば、民法第95条全体の改正を見送ることとならざるを得ないように思われる。
そこで、乙案では、民法第95条の現状を維持するという考え方を提示している。
4 加えて、動機の錯誤の要件については、そのほかに、「相手方の行為によって錯誤が生じたこと」(甲案2イ)もその要件の一つとするのかも問題となっており、【甲案】を採用する場合には、この点についても併せて検討する必要がある(部会資料78A[3頁]参照)。