法律取調委員会 民法草案財産編第三七三条ニ関スル意見
参考原資料
- 法律取調委員会 民法草案財産編第三七三条ニ関スル意見 [国立国会図書館デジタルコレクション]
備考
- モッセ氏意見については,民法編纂ニ関スル諸意見並雑書 三,民法編纂ニ関スル雑書にも収録されている.
- 未校正のテキストデータです.
民法草案財產編第三七三條
國家ノ責任ニ關スル意見(完)
パテルノストロー氏意見
第一疑問「一個人ニ對シテ國家ノ起シタル損害」ニ就テノ答按
其レ主權ヲ言表ハスニ第一ニシテ最モ嚴正ナルモノハ卽チ法律ナリ法律カ命令ス是レ一般ノ原則タリ
二三ノ邦國ニ於テハ或ル法律ノ憲法ニ適合セサル旨ノ判決ヲ認許セリ(日本ニ在テハ然ラス)、而シテ總テノ場合ニ於テ判決ノ結果ハ一定ノ場合ニ於テ此原則(卽チ或ル法律カ憲法ニ適合セサル旨ノ判決ヲ指ス)ノ認許セラレタル所ニ止マルモノトス、法官ハ一ノ法律ニアラサルモノヲ適用スルコトヲ拒否ス、豫ハ法律ノ憲法ニ適合セサル旨ノ判決ニ付キ其本體ニ關スルモノト其法式上ニ係ルモノトヲ區別セス何トナレハ法律ニシテ法式ヲ具セサレハ法律ナル者成立タス又ハ本體ニ關スル法律ノ憲法ニ適合セサル旨ノ判決ヲ認許セサレハナリ、我輩ハ專ラ法律ヲ守ランノミ原則ハ左ノ如シ曰ク法律カ命令スト、法律ノ結果ハ損害賠償ノ訴權ヲ與フヘクモアラス、若シ一ノ法律ニシテ利害ヲ轉置セン歟國家ハ得ル者ニ辨濟セシメス、失フ者ニ辨濟セス、聰明ナル法官ハ己レノ權利己レノ威權ヲ妄用スルコト無キヤ固ヨリ明ケシ只法官ハ傷害セラレントスル利益ヲ公平ニ保持スヘキノミ、英吉利カ蕃屬地ニ於テ黒奴ノ釋放ヲ行ハント欲セシ時ニ當リ所有者ニ對スル賠償ノ爲メ五百萬「フラン」ヲ設備セシヤ是レ政治上ノ要用ニ出テシモノナリ、英吉利ハ又或ル學者(A)ノ言ヒシ如ク國事上ノ負債ヲ辨濟セリ而シテ民事上ノ負債ハ之ヲ辨濟セサリキ、亞米利加モ亦斯ク爲シタランニハ彼レ恐ラクハ「シユクセスシヨン」ノ戰亂ヲ避ケシナラン
然レトモ此原則ハ(法律カ命令ステフ原則)立法者ノ絕對ナル意思ヲ以テ之ヲ受諾スヘキ權義上ノ原則トシテ受諾ス可ラス而シテ法律ノ憲法ニ適合セサル旨ノ判決ハ他日恐ラクハ所有權ノ問題ニ付キ通常ノ成法ノ威權ニ對シテ社會ノ權義上ノ秩序ヲ保護スルニ必要ナリト認メラルルコトヲ表示スルノ機會アラン
伊太利ニ在テハ千八百七十七年六月二十日ノ山林法カ自由ノ土地ヲ山林法ニ服從セシメテ賠償ヲ與ヘサリキ
立法者ハ伊太利ニ在テハ全權ナリ、然ルニ立法者ハ所有權ノ犯ス可ラサルヲ宣吿スル憲法ノ法條ヲ常ニ遵奉シ公用ノ爲メ所有權ヲ徵收スヘキ時賠償ヲ擔保シタリヤ
立法者ハ全權ナリ左レハ立法者ハ若シ公義及ヒ良政策ヲ以テ處置セント欲スルニ於テハ自ラ己レニ制限ヲ加ヘサル可ラス、國民ハ壹ニ法律ニ從フヘキノミ
國家ノ公ケノ威權ノ行用ノ顯表スル總テノ所爲卽チ或ハ法律ノ執行ノ爲メ規則ニ依リ或ハ閣令勅令判決ニ依リテ國家ノ政治團體ト稱スル者ノ行ヒタル所爲ニ關シテハ此等ノ所爲此等ノ處分ヲ衆合ニテ若クハ各自ニテ行フ者カ之ヲ其權利其本分其章程其職務ノ正當ナル範圍内ニ於テ行フトキハ常ニ一個人ニ損害賠償ヲ求ムルノ權利アリトハ論スルコトヲ得サルナリ
此原則ハ獨リ國家ニ適用セラルルノミナラス亦法律ニ依テ權利本分章程職務ヲ有スル總テノ官衙ニ適用セラル
然ルニ國民ノ權利ハ國家ノ所爲ニ毀傷セラルルトキハ常ニ如何トモスルコトヲ得スト謂フヘキ歟
凡ソ官衙、官吏ハ法律ヨリ出ツル所ノ章程職務ニ從テ擧止スルノミ、國家ハ官衙、官吏ニ名代セラレテ己レノ權利己レノ所爲ヲ表明ス、官衙、官吏ハ所爲ニ依テ擧止ス、凡ソ所爲ハ權利ヲ犯亂スルコトヲ得ン、凡ソ權利ノ犯亂ハ恢復ヲ要シ恢復ノ請求ハ裁判官ヲ要ス、而シテ法律ハ一個人ト官衙トノ間ノ爭訟ノ爲メ或ハ通常ノ或ハ特別ノ裁判官ヲ設置ス
原則其者ハ簡單ナルモノノ如シ否ナ簡單ナリ、然ルニ此ニ白狀スヘキハ學問百出シテ此原則ヲ曖昧ナラシメ國家ノ責任ノ事ニ關シテ學者、成法、判決例ヲ困難ノ域ニ陷ルルコトヲ得タリ、國家ノ性質如何ニ就テノ種々ノ思想ハ樣々ノ結果ヲ惹起セリ、然ルニ吾人ハ國家ニ關スル理論ヨリ演繹シテ國家ニ就キ二樣ノ人格ヲ區別スルヲ得タリ民法的人格及ヒ政治的人格卽チ是レナリ
今此區別ニ從ヘハ國家ハ之ヲ國民ノ財產、債權利益ヲ以テ組織スル所ノ國民ト別々ニ己レノ財產、債權、利益ヲ占有シ且ツ監理スル時又己レノ名ニ於テ國民ノ利益ヨリ別ナル己レノ利益ノ爲メ自ラ契約者トナリテ現出スル時ハ則チ民法上ノ人トナル者ナリ
又國家ハ國民ノ一般ノ後見ノ爲メ判決ヲ執リ所爲ヲ行ヒツツ主權ノ職務ヲ竭クス時ハ政治上ノ人トナル者ナリ、此場合ニ在テハ國家ハ國民ト私シニ權義上ノ約束ヲ結ハス主權及ヒ政府ノ所爲ヲ行ヒ本分及ヒ政治上ノ任務ノ必要ニ依テ擧止スルカ故ニ其吏員ノ所爲ニ付キ何等ノ直接間接ノ責任ヲモ受ケサルナリ
此說タル眞理ノ一部分ヲ有セリト雖モ未タ其全部分ヲ有セサルナリ、何トナレハ公衆ノ後見及ヒ利益ノ爲メ所爲スル所ノ國家ノ政治的人格ハ如何ナル章程如何ナル職務ニ止マルヤヲ普通ノ感覺カ眞理トシテ認諾スル樣ニ詳悉スルヲ得サルカ故ナリ、而シテ學者多クハ國家ノ責任ノ事ニ就キ、責ニ任スヘキ民法的人格ノ定義上ニ缺所ノ頗フル大ナルヲ諦視シ此按題ニ付キ一ノ區別ヲ立テント欲シテ國家カ其必要缺ク可カラサル職務及ヒ國家ノ性質ニ固有適合ノ職務ヲ行ヒシ時ハ責任無シ國家カ其性質ニ反シテ職務ヲ行ヒ又ハ其行フヲ得ヘキ以外ノ職務ヲ行ヒタル時ハ責任有リト論シ國家ニ固有適合ナル職務ト然ラサルモノトニ付テ說ヲ爲シ却テ問題ヲシテ益々錯綜紛雜ナラシメタリ豫惟フニ此問題ニ付キテ總テノ場合總テノ適用ノ爲メ一ノ絕對的原則ヲ設クルコトハ成シ能ハサルノ事タリ
豫ハ言ヘリ國家ノ政治的人格ノ此區別ニハ眞理ノ一部分有リト言ヘリ、實ニ戰鬪、平和、條約、公ノ秩序及ヒ公ノ健康ノ保存等ニ關スル政府ノ所爲卽チ政治ト一個人ニ對スル國家ノ權義上ノ關係ニ就テノ行政トハ互ニ別物タリ、然リ而シテ體面、性質、成立ノ必要、調整ノ所爲ヲ有シ唯一ノ目的ニ注視シタル一全體ヲ成ス國家ニ就テ常ニ明確ニ二樣ノ人格ヲ區別スルヲ得ルコトハ豫ノ信セサル所ナリ今區別中ノ他ノ一者タル民法的人格ニ付テ論センニハ國家ノ使用スル人ノ所爲ニ因テ國家ノ責任ヲ生スル總テノ場合ヲ常ニ明カニ我輩ニ示スニ足レリヤ、尤モ一朝右ノ區別ヲ認許スルトキハ啻タ之ヲ國家カ管理スル其資產ノ上ニ推及ホスノミナラス亦之ヲ書狀ノ郵送電信ノ通逹鐵道ノ運輸ノ如キ全ク特別ナル有給(料)ノ役目ニモ商工業ニ關スル(煙草、食鹽、弾藥ノ取扱ノ如シ)所爲ニモ官衙ノ需要ノ爲メ國家ノ指揮ノ下ニ於ケル諸種ノ事業(海陸軍ノ爲メノ造營、船艦、機關、器具等)ニモ推及ホスヘシ、何ントナレハ此ニ政治的人格ノ存スルアルヲ見サレハナリ、然リ而シテ此區別ハ若シ之ヲ法律ノ明文ニ依テ完カラシメサルニ於テハ此重要ナル問題ヲ決定スルヲ得サルナリ、例ヘハ一個人ニ法律ノ令シタル裁判上ノ寄託物ヲ裁判所書記其他ノ者カ竊取セシ時國家ハ其責ニ任スル乎、一個人カ公役所ニ寄託シ又ハ受取期限ニ引取ラサリシ總テノモノニ付キ右一個人ヲ害シテ爲シタル竊取ノ爲メ國家ハ其責任アリヤ、此ニハ純然タル政府ノ所爲無シ卽チ政治的人格アリテ存セス然レトモ此ニ人ノ示セルカ如キ民法的人格ノ點ヲ見出スコトヲ得ル乎
然ルニ更ニ重大ナル煩難アリ卽チ國家ノ政治的人格及ヒ之レヨリ出ツル所爲ニ關スル所ノモノハ孰レノ場合ニ於テモ國家ノ責任ヲ除カサルヲ得サル歟ト云フコト是ナリ
凡ソ政治上ノ所爲ハ其政治上ノ所爲ト云ヘルノミニテ法律及ヒ國家ノ必要ニ依テ衆人ノ利益ノ爲メニ行ハレタリト看做シ而シテ國民ノ權利ノ總テノ犯亂ハ之ヲ怒許スヘキ歟
是レ問題ノ要點タリ
吾人ハ國家ノ二樣ノ人格ヲ有スル者ニシテ其政治的人格ヲ以テハ常ニ決シテ損害賠償ノ責ニ任セス唯其民法的人格ヲ以テ責ニ任スト論結セント欲シテ國家ノ權威ニ對シテ國民ノ權利ヲ防衞スルニ由ナキニ至ラシムルコトヲ得ルカ如ク亦國家ハ他ノ總テノ人ト同樣ナル者ニ非ラスト云フコトヲ辨マヘスシテ前ト全ク反對ニシテ隨分危險ナル結果ヲ生セシムルコトヲ得ヘキナリ、人ハ一個人ニ付テハ「己レノ過失又ハ懈怠ニ因テ他人ニ損害ヲ起ス者ハ之ヲ賠償スルノ義務アリ」ト言フコトヲ得ヘケレトモ此原則ヲ以テ斯ク廣ク國家ニ適用スルコトヲ得ス政府トシテ所爲シタル國家ノ責任ハ法律ニ依テ國民ニ確保シタル權利ノ犯亂アル時ニ非サレハ生セス又其犯亂アルヲ以テ足レリトセス尙且ツ國家カ法律ノ許シ又ハ命スル所ニ外ツレテ所爲センコトヲ要ス若シ國家ニシテ正當ニ所爲セシ時ハ假令ヒ國民カ其所爲ノ正當ナル行用上ニ於テ毀傷セラレタリトモ此ニ權利ノ毀傷アリ損害賠償ノ理由アリト言フコトヲ得ス蓋シ法律ハ或ル條件ノ成立ニ付キ條件附ノ權利ヲ一個人ニ確保セルコトアレハナリ然レトモ若シ法律カ一個人ノ權利ノ停止ヲ豫想シテ一個人ニ賠償ヲ確保セシ時ハ一個人ハ此場合ニ於テ若シ情狀ノ驗眞セラルルニ於テハ此權利ヲ利用スヘシ國家ノ過失及ヒ懈怠ハ一個人ノ過失及ヒ懈怠ト同樣ニ裁判官ノ審査ニ委セラルルコト有ル可ラス此ニ政府ノ過失及ヒ懈怠ニ因ル損害ノ類ヲ揭クレハ例ヘハ田野ノ兇徒市府ノ盜倫道路ノ粗惡ノ如キ旅行ニ有害ナル出來事ヲ倍〓スルモノ有リ又不良ノ行政ノ爲メニ生スル損害ノ類アリ比類ノ事件ニ付テノ責任ハ公的徳義的政治的ノ責任ナリ(但シ例ヘハ鐵道ノ如キ幾ント私的性質ヲ有スル特別ノ管理ノ爲メノ特別ナル責任ハ別段ナリトス)、之レカ制裁ハ公法ニ屬ス一個人一身上ノ損害ヲ審査スル如キニアラス、一個人ニ對スル損害ニ付テノ國家ノ責任ハ左ノ場合ニ在テナラテハ生スルコトアル可カラス
(A) 法律ノ規定ノ効果ニ依テ一個人ニ明カニ確保シタル權利ノ犯亂アル時及ヒ同シク法律ノ規定ノ効果ナル政府ノ所爲カ國民ノ權利ヲ條件附ナリト看做サシメサル時
(B) 國家ノ責任カ國家ノ爲メ所爲スル人ノ起シタル不正ナル損害ノ結果ヨリ生スル時
(C) 法律カ一個人ニ其條件附ノ權利ノ犯亂ノ爲メニモ損害賠償ヲ確カメタル時
第一ノ場合(A)ニ於テハ卽チ法律カ國民ニ明カニ權利ヲ確保シタル時ハ國民ニ損害賠償ヲ要求セシムル者ハ國民自ラ爲ス所ニアラス是レ法律ノ命スル所ナリ而シテ裁判官ハ爭訟ノ場合ニ於テハ若シ國家ノ所爲カ法律ノ範圍内ニ非ラサルトキハ賠償ヲ求ムルコトヲ認許スヘシ又國家ノ正當ナル所爲ノ場合ニ於テモ若シ法律カ一個人ニ損害賠償ヲ確カメタルトキハ尙ホ之ヲ認許スヘシ
(B)ノ場合ニ於テハ國家ノ責任ハ常ニ認許ヤラルヘキ乎此事ハ豫ニ質セラレタル第二問題ノ審査ノ時ニ論セン
此第一問題ノ論結ハ左ノ如シ
(一) 法律ノ命スル場合ニ於テハ國民ニ對スル損害ノ爲メノ國家ノ責任ハ生スルコト無シ
(二) 法律ニ適合セル諸種ノ所爲ニ付テモ同シク生スルコトヲ得ス
(三)全權ノ所爲卽チ法律ノ明文ヲ以テ規定シタル政府ノ所爲ニ付テハ推定ト國家ハ法律ニ從テ所爲セリト云フニアリ但國民ハ法律カ絕對ノ仕方ニ於テ卽チ公ノ威權ノ正當ナル行用ノ條件ニ拘ハラスシテ己レニ確報シタル權利ノ犯亂アリシコトヲ指示スニ妨ケナシ
(四)全權ノ所爲ノ正當タルコトハ其所爲カ法律殊ニ官衙ノ權利義務職掌及ヒ國民ノ權利ヲ規定スル公法ニ反セサル時ニ表發ス
(五)理論ニ因テ此事柄ヲ充分ニ決スルコトハ爲シ能ハサル所タリ吾人ハ法律カ之ヲ規定セサルトキニ非サレハ學理上ノ原則及ヒ此事項ニ付テノ判決例ニ信任スルコトヲ得ス
(六)官衙ニ任シタル職務ノ執行ニ關スル總テノ特別法ニ於テハ此官衍ノ權利及ヒ本分其所爲ノ方式及ヒ擔保ヲ成ル可ク十分ニ詳悉シ以テ全權ノ行用ニ成ル可ク狹キ地歩ナラテハ與ヘサルコトヲ要ス(例之ハ衞生、安全、工業、商業其他ニ適用スル行政警察ノ諸種ノ法律ニ於ケルカ如シ)
(七)國民ニ擔保シタル權利ニ關スル聰テノ特別法ニ於テハ損害ヲ請求スル權利ノ擔保ノ場合ヲ詳悉スルコトヲ要ス官衙ノ正當ナル所爲ノ場合ニ於ケルモ亦然リ(假令ハ公用ノ爲メノ所有罐徵收ニ關スル法律兵事上ノ地役ニ關スル法律徵發令等ノ如シ)
(八)國家ト一個人トノ總テノ訟爭ニ就キ裁判官及ヒ判決ノ方式幷ニ擔保ヲ確カムルコトヲ要ス
吾人ハ偏ニ此事項ヲ明竅ニシ國家ニ對シテモ亦一個人ニ對シテモ公道ヲ保タンコトヲ企望スルコトヲ得ヘシ
此問題ニ付キ人一例ヲ設ケテ曰ク「行政廳ノ起シタル工事ノ結果ニテ水流減少シ水車營業者其事業ヲ抛棄スルニ至レリ」ト今之ニ豫カ揭ケタル原則ヲ適用スルトキハ左ノ論結ヲ來タスヘシ
第一行政廳ノ工事ハ自然ノ變遷ニ因テ方向ヲ轉シタル水流ヲ其常常ノ有樣ニ復スル爲メニ企テラレタリヤ
○此場合ニ於テハ一般ノ原則ニ從ヘハ賠償ヲ求ムルノ權利ヲ生セス、但水流ノ所有權、時効、讓渡ノ性質法式條件其他判斷ヲ變更セシムルヲ得ル總テノ事柄ニ關スル特別ナル場合ヲ斟酌スヘキハ別段ナリ
第二行政廰ノ工事ハ水流ノ狀ヲ改良センカ爲メニ命令セラレタリヤ
○此場合ニ於テハ水車營業者ハ賠償ヲ求ムルノ權利ヲ有ス何トナレハ是レ所有權ノ徵收ニシテ之ヲ以テ他ニ利益スレハナリ、而シテ右營業者ニ對シテ賠償ノ責ニ任スル者ハ治水ヲ司トル官廳ナリ第三水ノ減少ハ舊狀ニ復スル事ニモ亦水流ノ改良ニモ原由セスシテ只工事執行ノ劣惡ナルニ起因セン乎
○此場合ニ於テハ(日本民法第三百九十三條ニ揭クル所ノ人其損害賠償ノ責ニ任スヘシ又日本民法ニ從ヘハ水流カ國家ノ所有ニ屬スル時ニ限リ國家モ亦(第三百九十三條)其責ニ任スヘキナリ
人カ豫ニ示シタル設例ニ對スル答按ハ槪略ニ過キス蓋シ或ル場合ニ付テ答フル所ヲ以テ總テノ場合ニ付テ執ルヘキ論斷ヲ提示スル爲メノ聰テノ材料ヲ識知スヘキナリ、水流ノ事ニ關シテハ白耳義、佛蘭西、伊太里ニ於テ特別ナル著述、判決例等隨分尠ナカラサルヲ見ル、豫此ニ附言スヘキハ豫ハ治水ノ事ニ關スル日本行政法ヲ知ラサルコト是レナリ
第二問
政府ノ官吏ノ一私人ノ權利及ヒ或ル場合ニ於テ其利益ニ不正ノ損害ヲ加ヘタルトキ之ニ對スル政府ノ責任ノ問題タル公法中最モ異論アル問題ノ一ナリトス
政治上ノ機關ノ備ハリ且殊ニ右ニ關スル特別法アル歐米諸國ニ於テ右ノ問題ハ如何ニ起リ且如何ニ決定セラルルヤヲ講究スルハ最モ必要ノコトタルヘク且諸國ノ法律又ハ判決例ニ於テ此明ニ設定セラレタル責任原則ノ適用ノ一樣ナラサルヲ知ルハ敢テ無用ノコトニ非ラサルヘシ
若シ吾輩ニ於テ事實ヲ誤ラサルハ英國及ヒ米國合衆國ノ如キ或ル邦國ニ於テハ官吏ノ過失又ハ權利濫用ノ責ニ歸スヘキ損害ノ責任ニ關シテ斯ル問題ノ起ルコトナシ是等ノ諸國ニ於テハ其等級ノ上下ニ拘ハラス官吏自ラ其加ヘタル損害ノ責ニ任シ政府ハ絕テ之ニ當ラス其他ノ邦國ニ於テハ或ル場合ニ限リ一私人ニ對シテ政府ノ責任ヲ確定スル爲メ法律中特別條款ヲ設ク故ニ墺西土利亞ノ如キハ(千八百六十七年十二月二十一日ノ國民ノ權利ニ關スル法律)中ニ下ノ條款ヲ設ケ「總テ不法ニ命シ又ハ遷延シタル拘留ハ被害者ニ對シ政府ヲシテ其損害賠償ノ義務ヲ負擔セシム」ト云ヘリ又同法ニ於テハ戰爭ヨリ起リタル損害ニ此原則ヲ及ホシ「戰爭ヨリ生シタル損害賠償ノ分付ハ特別規則ヲ以テ之ヲ規定ス」ト云ヘリ蓋シ右ノ適用タル不正ノ損害中ニ入ラスシテ寧ロ事實ノ他ノ種類他ノ問題卽チ政府ノ正當ナル行爲一因テ加ヘタル損害ニ付キ一私人ニ之カ賠償ヲ求ムルノ權利アリヤ否ヲ知ルノ問題ニ屬スルモノナリ
右ノ問題タル全ク他ノ事ニ屬スルモノナレハ吾輩ハ第一ノ問題ニ關シ日耳曼ノ法律ニ付キ說キタル所ニ讓リ又爰ニ喋々セス(尤モ最近ノ法律ニテ明定シ吾輩ノ未タ知ルヲ得サルモノハ格別ナリ)而シテ政府責任ノ問題タル日耳曼ニ於テモ佛國及ヒ伊國ト等シク又不確實ナルカ如シ又法律學者ニ在テハ千八百六十九年ニ於ヒテ日耳曼會議ニ列席シタル法律學者ノ多數ハ一私人ニ對スル官吏ノ不正ノ損害ニ付キ政府責任ノ原則ヲ認許シタリト雖トモ他ノ法律學者ハ之ニ反對シ殊ニ政府ノ其政治上ノ權利ノ行使及ヒ本分ノ實行ニ關スルモノニ付テハ反對說ヲ唱ヘリ吾輩ノ知ル所ニ因レハ官吏ノ行爲ニ付キ政府其責ニ當ルノ場合タル吾輩此問題ヲ講究スル際ハ日耳曼ニ於テハ左迄多カラサリシ吾輩ハ右ノ例證トシテメクランブール、バウ、キエール、ブリユス(千八百七十一年ノブリユス法律)土地及ヒ抵當ノ帳簿ニ關スル法律ヲ引用セン同法ニ於テハ同帳簿保管人ノ所爲ニ付テハ一私人ニ對シ政府之カ賠償ノ義務ヲ負ハスト爲セリ右ノ法律タル大藏大臣ノ方ニ在テ激烈ナル反對又ハ議論アリタル後僅カニ通過シ土地所有權ノ安全ニ關スル公益遂ニ全勝ヲ占メタリト雖モ内ニ在テハ議員外ニ在テハ法律學者ノ中ニテ政府ノ民法上ノ責任ニ關スル眞ノ原則ヲ知ラサルヤノ非難ヲ加ヘタル者アリシ吾輩ハ只右ニ關スル法律ヲ敍述スルニ止マリ敢テ之カ是非ヲ論セス吾輩ハ此事ニ關シテ法律ニ同意ヲ表スト雖トモ後ニ見ルヘキ如ク政府ノ責任ニ關スル一般ノ原則ニ付テハ二三ノ例外ヲ認ムヘシ
吾輩ハ日耳曼最近ノ法律ヲ有セス故ニ近時制定ニ係ル法律ニシテ此問題ニ關係スヘキ條規ノ講究ハ全ク之ヲ貯存スヘシ
又吾輩ハ此簡單ナル意見書中ニ佛國、伊國、白耳義國等ノ此問題ニ關スル狀況ヲ敍述スルハ讀者ノ厭倦ヲ來スヘキカ故ニ又之ヲ說カス先ツ吾輩ハ首トシテ爰ニ問題ヲ確定セサル可カラス要スルニ此問題タル「官吏其職務又ハ職權ヲ行フニ當リテ或ハ一私人ノ財產或ハ其身體ニ不正ノ損害ヲ加ヘタル場合ニ於テ其被害者タル一私人ハ政府ニ對シテ之カ賠償ヲ求ムルヲ得ヘキ」ト云フニ在リ
日本立法者ハ民法第三百九十三條ニ於テ責任ニ關スル一般ノ原則ヲ設定シタリ故ニ日本ニ於テハ名義ノ如何ニ拘ラス其使用スル人ノ加ヘタル不正ノ損害ニ付テハ政府常ニ其責ニ任スヘシ然ルニ斯ク廣ク責任原則ヲ保存シタレハ第三百九十七條ノ條規ハ政府ノ責任ノ場合ニ之ヲ適用スルヲ得ヘキヤ之ヲ適用スルヲ得ルモノトセハ如何ナル方法及ヒ如何ナル限度ヲ以テ之ヲ適用ス可キヤ同條ノ法文ニ基キ政府ハ只附隨ノミニテ責任ニ當リ第一ノ責任者無資力ナルカ又ハ其資力ノ乏シキトキニ限リテ賠償ヲ拂フヘシトノコトヲ推定スルヲ得ヘキヤ
吾輩ノ名譽アル日本法典編纂者ノ說ニ付キ論シタル改正ヲ除キテハ法文中ニ是等ノ點ヲ明瞭ニ記載シテ解釋ノ疑問ニ餘地ヲ存セサルハ決シテ無用ノコトニ非サルヘシ故ニ吾輩ノ土地ノ帳簿ニ關シテ引用シタルブリエス法律ニハ若シ官吏ノ行爲ニシテ其効ナキニ於テハ其官吏先ツ責任ニ當リ政府ハ其後ニ非サレハ責ニ任セサルコトヲ明言セリ
然レトモ政府ノ責任ニ付キ第三百九十三條ニ指示シタル如キ原則ヲ認ムルヲ得ヘキヤ
吾輩ハ右ニ開シテ疑ヒナキニ非ラス要スルニ此時項タル斯ノ如ク夫レ微妙ニ法典ノ編纂者ノ勢力タル斯ノ如ク夫レ大ニ學說、法律及ヒ判決例ニ於ケル適用訴ノ如ク夫レ反對セリ故ニ吾輩ハ外國人タルト日本人タルトヲ問ハス司法省ノ我學友ニ於テ充分ニ是等ノ點ヲ講究セサル可カラスト考フルナリ
爰ニ說ク所ノ事タル爭フヲ得サル原則ニ基クモノニ非ラスト雖モ幸ニシテ刑事及ヒ民事ノ責任ニ付テハ又爭ヒナキニ至リタリ
爰ニテ講究スヘキハ日本現時ノ法律ノ狀態ニテハ實際普通法ハ國民其權利ヲ行フニ充分ナルヤ政府ノ官吏ノ民事上ノ責任殊ニ諸大臣ノ民事上ノ責任ニ付キ特別法ヲ設ケサル可カラサルヤノ點ニ在リ又國民其權利ヲ防護シ且法律ヨリ受クル保護ニ從ヒ政府ニ對シテ其利益ヲ防護スルノ權利ヲ搜索シ且設定スルノ事ニ關セス一私人ノ爭ヒノ事件ニ關スル組織ニ付テハ或ハ一致セサルヘキモ常ニ特別訴訟ノ方法又ハ普通訴訟ノ方法ニ因リ國民ニ必要ナル保護常ニ爭ニ關スル特別組織又ハ普通裁判ヘノ出訴ヲ以テ之ヲ與ヘ總テ法律、規則、行爲ノ適用ニ關スル爭論ニ付テハ其裁判所アルヘク又之レアラサル可ラサルナリ
爰ニ說カントスル問題タル「損害ノ官吏ノ過失又ハ其職權濫用ノ責ニ任スヘキ場合タリ」トス此場合ニ於テ政府ハ官吏ノ行爲ニ付キ其責ニ任セサル可カラサルカ將タ不正損害ノ責任ハ過失者タル官吏ノ一身ノミニ歸ス可キヤ
政府ハ政治上ノ人トシテハ常ニ自ラ責ヲ負フ可キコトアリ抑モ政府ノ職務中ニハ其政體ノ如何ニ拘ラス常ニ政府獨リ之ヲ行ヒ一私人敢テ之ニ關渉スルヲ得サルモノアリ是等ノ職務ハ政府ノ命ヲ受ケテ官吏之ヲ行ヒ其他ノ職務ニ關スル場合ノ如ク其過失及ヒ職務濫用ノ故ヲ以テ之ニ其責ヲ歸スルヲ得ス
故ニ郵便、電信、鐵道、運輸會社、鹽、煙草、火藥、富講ノ特許其他政府ノ財產ニ關スル管理上ノ事業ニ關シテハ別ニ疑ヒヲ容ルヘキモノナク是等ノ事ニ付テハ政府一私人ノ營業ニ於ケルト同シク官吏ノ加ヘタル損害ニ付テハ其責ニ任スヘキモノニシテ斯ル場合ニ於テハ準犯罪ノ原則ヲ適用スルヲ得ヘク殊ニ政府或ル工業或ル事業ヲ企タル場合ニ於テハ之カ爲メ那破翁法典第千三百八十四條伊太利亞法典第千三百五十三條日本草按第三百九十三條ヲ適用セサル可カラス右ノ原則タル實際判決例ニ存スル所ニシテ其適用頗ル多シ例ヘハ政府所屬ノ鐵道ニ於テ鐵道官吏ノ加ヘタル損害ニ付テハ政府其責ニ任スルカ如キ」(ブリユクセル大審院數多ノ判決)「水流ニ沿フテ政府ノ營造物アリ其營造物ノ利ヲ計リ水流中ニ於テ土工ヲ興シタルニ其土工ハ王令ヲ以テ許サレタルモノナリト雖モ之カ爲メ生シタル損害ニ付テハ政府其責ニ任セサル可カラサルカ如キ」(巴里控訴院千八百三十九年十二月十九日及ヒ千八百三十五年八月二十七日判決)是ナリ是等ノ判決ハ只事實ニ關スルモノニシテ「行政權ノ範圍ニ屬スルモノニ非ラス」
要スルニ官吏ノ加ヘタル損害ニ付キ政府ノ責任ヲ定ムヘキ普通原則トシテ認ム可キ事タル判決例中ヨリ之ヲ採ルヲ得ヘク其他政府其官吏ヲ媒介トシテ賣買ヲ爲シ他人ヲシテ義務ヲ負ハシメ自ラ義務ヲ負フ如キ卽チ權利者又ハ義務者ト爲リテ私權ヲ用ユル如キ場合ニ於テハ猶ホ此原則ヲ比付援引スルヲ得ヘシ
然レトモ其他ノ行爲ニシテ政治上ノ人トシテ政府ノ責任ニ歸スヘキ民法上ノ人トシテ之カ實ニ歸スヘキヤヲ區別スル能ハサルモノアリ右ノ區別タル實際ノ適例ニ因ルモ完全精確ノ理論トシテ之ヲ認ムルヲ得ス寧ロ公私ノ秩序ノ性質上充分明瞭ナル適用ニ於テ實際ノ指針トシテ之ヲ取ラサル可カラス但法律ノ明文ヲ以テ之ヲ完全ニスルハ格別ナリ故ニ公債其他一私人ノ金錢財產ノ寄托ニ關スル右ニ類似ノ管理ノ場合ニ於ケル官吏ノ過失及ヒ職權濫用ニ付テハ政府ノ責任ヲ明カニ規定セサル可ラス故ニ政府公ケノ職務ヲ行フトキト雖モ苟モ其義務ニシテ一私人ト直接ノ關係アル巳上ハ其一私人ハ一私人間ノ關係ニ於ケルトキニ等シク政府ニ對シテ同一ノ擔保ヲ得ルノ權利ヲ有セサル可カラス
然レトモ或ル官吏不正ノ損害ヲ改ヘタル場合ニ於テ政府ノ之ニ對スル責任ニ關シテ斯ク迄ニ歩ヲ讓リタル已上ハ爰ニ政府ノ責任ヲ止メ此他官吏ノ過失及ヒ職權濫用ニ因テ一私人ニ不正ノ損害ヲ加ヘタル場合ニ於テ官吏ト政府トノ間ニ雇主ト雇人トノ間ニ於ケルト同一ノ關係ヲ適用スルヲ得ルコト確カナラサル限リハ官吏ヲシテ獨リ其責任ニ當ラシムルハ尤モ法理ニ適合シ事ノ宜キヲ得タルモノニ非ラスヤ要スルニ明カニ公法權行使ノ性質ヲ有スル職務ニ關スル場合ニ於テハ如何ニ斷定シテ可ナルヤ
吾輩ハ下ニ右ノ問題ヲ講究スヘシ
抑モ官吏ノ一私人ニ損害ヲ加フル不正行爲タル其法律上與ヘラレタル職權外ニ渉ルコトアルヘク又全ク其法律上與ヘラレタル制限中ニ在ルコトアルヘシ吾輩ハ此二箇ノ場合ヲ各別ニ講究ス可シ
官吏ニ越權ノ行爲アリタリトセンカ政府其責ニ任スルノ謂レナシ何トナレハ斯ル行爲ニ關シテハ官吏ハ政府ノ代表者タラス卽チ政府ハ官吏ヲシテ己レヲ代表セシメサレハナリ故ニ官吏其職權外ノ事ヲ爲ス場合ニ於テハ官吏自ラ職權外ノ事ヲ爲シタルモノナレハ獨リ其責ヲ受クヘキヤ當然ナリトス若シ右ニ反對ノ原則ヲ認ムルトセンカ其極官吏ノ職務ノ濫用ヨリ生スル犯罪ニ付テモ亦政府其責ニ當ルヘシト云ハサル可カラサルニ至ラン豈ニ斯ノ如キノ理アランヤ何トナレハ刑事上ノ責任ノ他人ニ移ルコトアルヘカラス況テ法人罪ヲ犯スコトアルヘカラサレハナリ
若シ又官吏ノ一私人ニ加ヘタル不正ノ損害ハ其職權内ノ行爲ヨリ生シ只一切ノ注意ト法律上ノ方式ヲ遵守セス又ハ正當ニ場合ノ狀況ヲ査定セサルヨリ起ルトセンカ其官吏ハ所爲ニ付キ其責ニ任スル如ク結果ニ付テモ亦其責ニ任スヘキヤ疑フヘカラス然レトモ右ニ關シテハ政府ニ責任ヲ負ハシメサル事ニ付キ重大ナル理由アリテ存ス法律上管轄權限方式及ヒ正當ノ方法ヲ定メテ或ル官吏ニ職務ヲ委ネタル場合ニ於テ其官吏法律ニ從ヒテ其職務ヲ行フヘキモ亦普通法ノ嚴例ニ準シ官吏ノ政府ニ對スルハ恰モ雇人ノ雇主ニ對スルト同一ニシテ政府ノ第三者ニ對スル責任ノ名義ハ準犯罪タリト云フヲ得ヘキヤ
然レトモ右ノ事タル政治上ノ人タルト民法上ノ人タルトニ別ナク又法律ニ規定シタル行爲タルト否トニ關セスシテ常ニ政府ニ責任ヲ負ハシメント欲スル者ノ重ナル論據タリトス
又他ノ論者ハ代理ニ關スル原則ノ適用ニ基キテ政府ノ責任ヲ推定セントス
然レトモ政府ト官吏トノ間ノ關係ニ付テモ代理ノ理論ニ於テ委任者ハ其代理人ノ權限外ニ爲シタル事ニ關シテハ第三者ニ對シテ責ニ任セストノ原則ヲ觀察スルヲ以テ足レリトス然レトモ或ハ云フ者アリ委任者代理人ノ爲シタル所ヲ利スルニ於テハ之カ責ニ任セサル可カラス故ニ政府ニシテ官吏ノ爲シタル所ヲ利ストセンカ政府其利ヲ得タル損害ハ之レカ賠償ヲ負擔セサル可カラスト此理論ヲ排斥セントスルニハ官吏ノ不正ノ行爲ハ政府之ヲ利シ一私人之カ害ヲ受クヘキ場合ニ非サレハ之ヲ適用スルヲ得スト云フヲ以テ足ルヘシ然レトモ不正ノ行爲カ同時ニ此二箇ノ結果ヲ生スルコト極メテ稀レナルヘシ或ル裁判所ハ此理論ヲ適用シ凡テ市町村ノ戶長ノ資格ヲ以テ其市町村ノ一私人ノ利益ノ爲メニセン行爲ハ暗ニ其市町村ノ爲メ責任ヲ惹起スト決シタリ(ヂジヨン控訴院千八百三十五年三月二十一日判決)右ノ判決タル大審院ニ於テ認定セラレタルカ如シ(大審院千八百三十六年四月十九目判決)ト雖モ佛蘭西ノ判決例ハ右ノ判決ニ據ラス千八百四十三年已後大審院ハ之ト反對ノ判決ヲ爲シ「占有ヲ妨碍シタル者ハ自身ニテ占有ノ訴ヲ受クヘク市町村ノ利益ノ爲メ事ヲ行フタリトノ理由ヲ以テ對抗シ其責ヲ免カルルコトヲ得ス」ト決シタリ政府ノ責任ニ準犯罪ノ原則ヲ適用スルト雖モ又官吏ノ過失又ハ職權濫用ニ因テ加ヘタル不正損害ニ基因スル政府ノ責任ニ關シテ一般原則ヲ維持スルニ代理ノ理論ニ基クモ又準犯罪ノ原則ニ基クモ何レモ其基礎不充分ナリト雖モ準犯罪ノ原則ヲ以テ常ニ責任ニ關スル一般理論ト認ムルニハ政府ト官吏トノ間ニ官吏ノ人ト政府ノ人トヲ區別スヘキ權利上ノ關係ヲ認メサル可カラサルヤ勿論ナリ實ニ準犯罪ニ於ケル傭主ノ其傭人ノ行爲ニ對スル責任ニ付テハ一ハ常ニ現存シタリト看做スヘク他ハ自ラ行爲スヘキニ種ノ人アルヲ想定セサル可カラス右ノ事タル官吏職務ノ正當ナルヲ認ムル爲メニハ缺ク可カラサルナリ何トナレハ一ハ自己ノ利益ノ爲メ他ヲシテ己レニ代リテ事ヲ執ラシムルモノカ故ニ其委ネタル行爲ニ付テ其責ニ任セサル可カラサレハナリ
然レトモ政府ハ其職務ノ執行ニ於テハ一私人ニ非ラス公法ノ法人ノ性質ヲ有スル者ニシテ政府ノ政治上ノ人タル性質ハ官吏ニ因テ表示セラル抑モ私法ニ於テハ雇人ハ傭主ノ創造ニ係ルモノナリト雖モ公法ニ於テ必要ナル人タル政府ハ私益ニ基カスシテ法律ノ規定ニ基ク公益ヲ趣旨トスル職務ヲ行フ官吏ニ因テ事ヲ執ルモノナリ故ニ行爲、權利、義務、管轄、職權、責任ハ憲法及ヒ其他ノ法律ヲ以テ規定スルモノニシテ其國ノ法律制度ニ從ヒ少差ナキニアラスト雖モ其類頗フル多シ法律ニ從テ組織シタル政府ニ在テハ官吏ノ任命ハ法律ヲ以テ之ヲ定メ其權利義務ハ明カニ之ヲ設定シ其過失又ハ職權濫用ニ因リテ一私人ニ加ヘタル不正ノ損害ニ付キ之レニ對スル責任ハ十分完備ス故ニ官吏ハ其總テノ職務ニ於テ傭人タルニ非ラス社會ノ公益ニ關スル職務ヲ法律ノ範圍内ニ在テ執行スル場合ニ於テ傭人タルノミ餘輩ノ考フル所ニ因レハ左ノ場合ニ於テハ官吏ノ過失及ヒ其職權濫用ニ關スル政府ノ責任ニ付テハ毫モ疑ヒナキカ如シ
第一政府カ一私人ノ公ケニシテ且有給ノ使役ヲ以テ爲スヲ得ヘキ事業ヲ爲ス場合
第二政府カ其財產上ノ關係又ハ或ル管理ニ關シテ私權ヲ行使スル場合
ニ官吏公法ニ基キ及ヒ公ケ秩序ノ爲メ事ヲ行フトキト雖モ(其自ラ責任ニ當ルヘキ)過失又ハ職權濫用ニ付テハ一般規則トシテ政府ノ責任ヲ認ムルヲ得ス
政府ハ過失又ハ職權濫用ニ付テハ官吏ヲシテ己レヲ代表セシメス法律ニ定メ且法律ニ從フタル職務ニ關シテノミ屬托アリ
夫レ然リ故ニ官吏其囑托ノ制限ヲ超ヘテ過失ヲ釀シ又ハ其職權ヲ濫用スルニ於テハ固ヨリ自ラ法律ニ從テ其責ニ任セサル可カラサルモノニシテ是等ノ事ヨリ一私人ニ損害ヲ加フルニ於テハ之ニ對シテ賠償ノ責ニ任セサル可カラス
餘輩ハ此意義ニ於ケル數多ノ判決例ヲ引證スルヲ得ヘシ故ニ「工兵技師長不法ニ樹木ヲ剪伐セシメテ一私人ニ損害ヲ加ヘタルニ於テハ其責ニ任セサル可カラス」(右ハブリユリセル大審院千八百四十五年七月三十一日ノ判決)又「政府ノ衞生官吏ニシテ診斷ヲ誤リテ動物ヲ殺シ其過失ノ罰スヘキ場合ニ於テハ之カ爲メ加ヘタル損害ニ付テハ一身上ニテ其責ニ任ス(リエージユ控訴院千八百四十六年四月三十日判決)又(不法ノ拘留ニ付テハ其之ヲ行フタル警察官其責ニ任セサル可カラ(ブリユリセル大審院千八百四十八年一月十三日判決)サルモノニシテ其長官ノ命ヲ以テ之ヲ行フタリトノコトヲ以テ對抗スルコトヲ得ス(同上判決)又「戶長道路ヲ開設スル爲メ私有ノ石坑ヨリ材料ヲ採掘シ(ゴリユクセル千八百三十三年)又ハ不法ノ私有ノ水流ヲ破壞シタルトキハ一身上ニテ其責ニ任セサル可カラス」是レ卽チ官吏一身上ニテ責任ニ當リ政府曾テ之ニ關係セサル場合ノ例證ナリトス又「軍役ニ服スルハ國民タル者ノ義務ニシテ政府ハ其服役スル軍人主人ニ非ラス又傭主ニモアラサルカ故ニ其射的其他ノ演習ニ於テ加ヘタル瘡傷ニ付テハ兵士自身又ハ之ヲ指揮スル士官其責ニ任シ政府ハ曾テ之カ責ニ任セス(ゼーヌ始審裁判所千八百四十五年八月十六日判決)然レトモ右ニ關シテハ同裁判ノ前判決アリテ存シ(千八百四十五年四月五日判決)或ル人ハ右ノ判決ヲ以テ前後牴觸スル如クニ云フト雖モ餘輩ハ右ノ場合タル前後相異ナルモノト思量ス裁判所ハ政府カ馬匹ノ所有者タル内ハ軍馬ノ加ヘタル損害ニ付テハ政府ニ責任アリト認メタルナリ然ルニ或ハ云フ者アリ政府ハ常ニ軍馬ノ所有者タリト云フヲ得ヘキモ民法ノ意義ニ從テ其管理權ヲ有スト云フヲ得ス何トナレハ軍馬ハ常ニ兵士ニ委ネ兵士之ヲ管理シ政府ハ曾テ之ヲ知ラサルカ故ニ政府其責ニ當ル可カラサレハナリ餘輩ノ考フル所ニ因レハ此特別ナル事項ハ唯一ニシテ且一般ノ原則ニ服ス可キモノニ非ラス必ラス之カ區別ヲ設ケサル可カラス騎兵ノ不注意、懈怠ニ因テ加ヘタル損害ニ關スルモノトセンカ餘輩ハ此場合ニ於テハ政府ノ急使ヲ司ル騎兵ニ關スト雖トモ何等ノ原則ヲ適用シテモ政府ニ其責任ヲ及ホスコトヲ得サルカ如シ然レトモ騎兵ノ演習又ハ騎兵除ノ行軍等ニ際シテ一私人ノ不動產ニ加ヘタル損害ニ關スルモノトセンカ此場合ニ於テハ其一私人、官吏ノ過失又職權濫用ヨリ生スル政府間接ノ責任ノ事實ニ因ルニ非ラスシテ所有權ハ法律ニ因リテ保護セラレ一私人ハ公益ノ爲メ其所有權ノ利用セラレタルトキト雖モ賠償ヲ受クルノ權利ヲ有スルニ因リ陸軍ノ官署ニ對シテ損害賠償ノ訴權ヲ有スルナリ
此原則ノ適用タル充分明瞭ナラサルカ如ク此原則タル戰爭又ハ飢饉其他公ケノ災害ニ關スル場合ニ於テハ原則ノ適用斯ク簡易ナルモノニ非ラス(右ハ官吏ノ過失又ハ職權濫用ノ爲メノ政府ノ責任ト異ナル場合ナリ)是レ政府責任難問ヲ決スルニハ法律及ヒ制限ニ因ラサル可カラサル所以ナリ
然ラハ則チ如何ナル理由ニ因リ總テノ場合ニ於テ官吏ノ不正ノ行爲ニ付キ常ニ政府ノ責任ヲ認ムルヲ得サルヤ
第一、總テ間接ノ責任ハ直接ニ責任アル者ト間接ニ責任ヲ受クル者トノ間ノ關係ヨリ生スル法律上ノ理由アリテ存シ公權囑托ノ總テノ場合ニ於テ官吏ノ人ト政府ノ人トヲ區別スルニ因ルナリ
第二、政府ハ國庫ヲ保護スル爲メ金錢上ノ管理ヲ委スヘキ總テノ官吏又ハ使用人ニ保證ヲ要ムルヲ得ヘシト雖モ其他總テノ官吏ニ對シテ一樣ニ斯ル注意ヲ取ルコトヲ得サルニ因ルナリ
第三、政府常ニ責任ニ當ルヘキモノトスルトキハ政府ハ斷ヘス危險ニ在ルヘク右ノ事タル一私人ニ對スル官吏ノ民法上ノ責任ヲ明定スルニ於テハ容易ニ要求ヲ受ケサルヘキ賠償ノ請求ヲ受ケタルノ恐レアリ爲メニ政府ノ力ヲ弱フシ政府ヲシテ其行爲ニ躊躇セシムルニ因ルナリ
第四、官吏ヲシテ民法ノ責任ヲ負ハシムルノ事ハ官吏ヲシテ其職務ニ注意セシムルモ若シ政府ノ責任被害者タル一私人其撰ム所ニ從テ賠償ヲ要ムルヲ得ルニ於テハ一私人ハ常ニ政府ニ對シテ賠償ヲ要メ官吏ハ其責ヲ免カルヘキニ因ルナリ
此意見ヲ完全スル爲メニハ餘輩ハ佛蘭西及ヒ伊太利亞ニ於ケル著者及ヒ是等ノ邦國ニ於ケル判決例ノ決定ニ於テハ政府ノ政治上ノ人ニ關スル官吏ノ行爲ト民法上ノ人ニ關スル行爲ヲ區別スルモ尙ホ政府ノ公力ヲ用ユル官吏職務上ノ過失又ハ其職權濫用ノ爲メ政府責任ノ原則ヲ認ム可キヲ觀察セサル可カラス陸海軍ノ兵士、憲兵警察官收稅吏、森林管守、監獄看守ノ如キ卽チ是ナリ
人或ハ云フ者アリ是等ノ者ハ判事、大臣、府縣知事、戶長等ノ如ク法律上公權ノ特別ナル囑托ヲ受クルニ非ラス又曰ク法律ニ定ムル所ハ行爲ノ方式其外形上ノ規則ニ外ナラスシテ行爲ノ方法ヲ定メ行爲ノ決定ヲ撰定スル爲メ其權利義務、管轄職權責任等ニ關シテハ別ニ法律ノ定メタル異別ノ人タルノ資格ヲ有セス只其執行者タルニ過キス其一般規則トシテ遵守ス可キハ只服從ノ事アルノミト
餘輩ノ考フル所ニテハ右ノ論理タル雇主ト雇人トノ關係ヲ證明スルニ足ラス又過失及ヒ職權濫用ノ行爲ニ代理ノ理論ヲ適用スルノコトヲモ證明スルニ足ラサルナリ
服從ノ理論ヨリ起ルヘキ問題ヲ外ニシ不法ノ命令タルニ拘ハラス其命令服從ヲ斟酌スルモ必ラス其命令ノ責任ヲ受クル人及ヒ其行爲ノ責任ヲ受クル人ナカラサル可カラス而シテ餘輩ノ見ル所ニ因レハ斯ル場合ニ於ケル是等ノ者ノ責任ヲ定ムルハ公ケノ自由ノ爲メ缺ク可カラサルコトナリ
故ニ餘輩ノ意見ニテハ官吏ノ加ヘタル不正ノ損害ニ對スル政府ノ責任ノ場合ヲ明定シ公法ノ範圍内ニ於テ常ニ適用スルヲ得ヘキモノトシテ私法ノ一般原則ヲ認ム可カラスト考フルナリ
ロヱスレール氏意見
國及ヒ官吏ノ責任義務
第一、官吏其職務ヲ施行スルカタメ若クハ之ヲ施行スルノ際第三者ニ損害ヲ加フルコト之アリトモ國ハ決シテ其第三者ニ對シテ責任ヲ負フコトナシ是レ國ハ主權ノ擔當者トシテ自己ニ債務ヲ負フヲ得ス若シ之ヲ負ハハ其所爲タル主權的ノ性質ヲ失フヘケレハナリ是レ司法ノ上ニ於テモ行政ノ上ニ於テモ皆然ラサルハナシ此際私個人ハ若シ政權ノ施行ノ不法ナルカタメニ損害ヲ受クルコトアルトキハ上層ノ官廳ニ控訴抗吿シテ以テ之カ救助ヲ得ヘキノミ之ニ對スル賠償ニ至テハ其控訴抗吿ノタメニ其命令ノ廢棄變更アリトモ決シテ之ヲ與フルコトアラサルナリ
不正ノ公訴若クハ逮捕ヲ蒙ムリテ後遂ニ放免セラレタル者アルトキハ國ハ之ニ賠償ヲ與フヘシトハ近來人ノ多ク主張スル所ナリ然レトモ此說過激ナル新制ノ理論ニシテ未タ曾テ何國ニ於テモ採用セラレサル所ナリ
第二、國若クハ官吏ノ所爲ニシテ民法ニ依リ論スヘキモノニ至テハ國ハ民法ノ原則ニ從ヒ第三者ニ對シテ其責ニ任スヘシ其場合ハ卽チ民法上ノ關係タル契約若クハ不當ノ所爲ノ場合等ノ如シトス故ニ國ハ寄託ニ付キ其責ニ任スヘク運送ノタメ交付セラレタル物等ニ付キ其責ニ任スヘク官吏ノ收私シタルモノハ之ヲ賠償セスンハアル可カラス是レ他ナシ此等ノ場合ニ於テハ國ハ官吏ニ依リテ以テ一般人民タルノ所爲ヲ行フモノニシテ主權擔當者タルノ資格ヲ以テスルニ非サレハナリ蓋シ其責任タル恰モ主人カ其代人使用人ニ代ハリテ負フヘキ責任ト異ナル所ナシ
ロヱンネ氏孛國國法第三册第二百六十七節參照
第三、官吏ハ每ニ第三者ニ對シテ責任ヲ負フヘシ然レトモ單ニ法律ニ違背シ若クハ越權ノ處置アリトモ是故ヲ以テ既ニ足レリトス可ラス必スヤ尙過失ノ存スルコトナクンハアル可ラス過失トハ何ソヤ卽チ惡意若クハ少ナクトモ怠慢アルヲ云フ而シテ怠慢ノ一點ニ關シテハ其怠慢ハ粗大ノ怠慢タルヘキヤ將タ少怠慢ニテモ既ニ可ナルヤ議論アリ愚說ニハ第一論ヲ以テ正當ナリト思惟ス何トナレハ職務施行ノ際ト雖モ必シモ失錯ナシト云フ可ラサレハナリ
然レトモ其訴ヲ起スコトヲ得ルハ千八百五十四年二月十三日附ノ孛國法律ニ依ルニ唯所管廳ニ於テ其官吏ハ裁判上訴追シ得ヘキ職務違背若クハ越權ノ處置アリト許シタルトキニ止マレリ是レ此一點ハ純然タル行政上ノ問題ニ屬スレハナリ但シ千八百七十七年一月二十七日附ノ法律第十一條ニ於テハ此豫案ノ裁判ヲ行政裁判所ニ委付セラレタリ
且夫レ其賠償ノ訴モ必ス補助的タルニ過キサルナリ卽チ控訴抗吿ノ手續ヲ蓋シタルモ其効ナカリシトキニ至リ之ヲ提起シ得ヘキノミ
右
千八百八十九年七月二十六日
ルードルフ氏意見
國家ハ其官吏等カ職務上ニ於ケル違法ノ所爲ニ付キ責任ヲ負フヘキヤ否ヤ及ヒ之ヲ負フノ限度如何ノ問題ニ關シテハ其間宜ク區別ヲナスヘキ所アリ原則上ヨリシテ國家タル者ハ凡ヘテ之カ責任アリトスル「ボアソナード」氏ノ民法草案ニ於ケルカ如キコト幷ニ國家ニハ凡ヘテ其責任ナシトスルコト共ニ皆不可ナリトス乃チ區別ヲナスヘキハ其際ニ當リ國家ノ資格何如國家ハ大權政權ノ主持者タルヤ將タ國庫タルヤ如何ニ在リ而シテ第一種ノ場合ナラン歟國家ハ凡ソ私個ノ權利義務ノ主者タルヲ得サルナリ若シ第二種ノ場合ナラン歟國家ハ卽チ是レ私權ノ主者ナルカ故ニ諸他ノ擬造ノ財產主者ト同ク其權利義務ヲ有スルヲ得ヘシ
一、國庫カ官吏ニ依リテ以テ私法上ノ關係ニ立入ルヤ官吏ノ所爲如何ニ因テハ義務ヲ負フヘキコト一般ノ契約者カ契約違背ノ措置ニ因リ然ルカ如シトス「ボアソナード」氏ノ草案ニ揭クル書翰電信貨物等ノ運送ノ場合ニ於ケル國家ノ義務ハ卽チ此ニ屬スルナリ是レ國庫ナリトテ尋常一般ノ勞役賃貸人貨物運送人ト區別スヘキモノアラサルヲ以テナリ然カノミナラス人定法ニ依ルトキハ例ヘハ關稅吏カ不法ニモ貨物ヲ差押ヘタルヨリ之ニ對シテ異議アリタルトキハ國庫ハ其事件ノ決着ニ至ル迄受託者ト看做サルヘク而シテ官吏其貨物ヲ保藏スルノ宜キヲ得サルカタメ損傷等ヲ生スルトキハ國庫其責ニ任スヘシト迄云フニ至ルアリ語ヲ換ヘテ云ヘハ適法ニ負フタル義務ヲ履行スルニ付キ官吏損害ヲ生セシメタルトキハ國庫其責ニ當ルヲ要スルナリ
契約上然ルニ非スシテ法律上直チニ國庫カ其義務ヲ負フヘキ場合例ヘハ國庫カ地所所有者トシテ其義務ヲ負フヘキ場合ニ於テモ亦右ニ同シ
二、其他官吏ノ其職務施行ノ際ニ於ケル不當ノ所爲、(官吏國庫ノ義務ヲ負フノ場合ト雖モ)ニ付テハ國庫其義務ヲ負フコトナク直チニ其損害ニ當ルコトアリ例ヘハ郵便官吏關稅官吏等ノ其領收ノ金員ヲ私收シタル場合ノ如キ卽チ然リ而シテ其納稅者ノ如キハ一タヒ其支拂ヲナストキハ以テ其義務ヲ免脫スルモノニシテ官吏ノ私收ノタメニ自ラ損害ヲ蒙ムルコトアラサルナリ
三、國家カ單ニ其大權政權ヲ行フノ場合ニ至テハ全ク古ト相異ナレリ卽チ國家ハ此資格ニ於テハ原則上敢テ私法上ノ關係ヲ構造セラルヘキニ非ス唯立法權ヲ以テ自ラ制限ヲ置キ以テ收用ノ場合操練ノ場合無罪ニシテ有罪ノ判決ヲ受ケタル者ヲ幽囚シタル場合等ニ付キ國庫ヲシテ賠償ノ義務ヲ負ハシムルヲ得ヘキノミ原則上ニ於テハ此資格ヲ以テスル國家ニハ凡ヘテ賠償ノ義務ナシトセサルヲ得ス故ニ此點ニ關シテ「ボアソナード」氏カ揭クル事例タル兵士操練ノ際射撃ノタメニ損害ヲ加フルコト等ノ如キハ斷シテ其反對說ノタメニ利用スヘキ事例タラスンハアル可カラス國家ハ決シテ右等ノ損害ヲ賠償スヘキコトヲ國庫ニ命スル特別法律ナクンハ賠償ノ義務アラサルナリ
然リ而シテ其特別法律ノ内最モ重要ナルモノヲ索國ニ於テハ地所帳條例トス卽チ同條例ノ第二十九條ニ依ルニ國家ハ地所帳官吏ノ失錯ニ付キ補助的ニ義務ヲ負フヘク補助的ニトハ被害者其官吏ヨリ損害ノ賠償ヲ受ク可ラサルトキニトノ謂ナリトス蓋シ近世ハ此ノ如キ人道的ノ思念ヲ愛スルハ之ヲ斷言シ得ヘシト雖モ是レ適々以テ原則上ニ於テハ國家ニ責任ナシト云フノ一大義ヲ確カムルニ足レルノミ
九月六日
カルクード氏意見
左ノ問題ニ付司法大臣閣下ヨリ餘ノ私見ヲ尋ネラル
「ボアソナード」氏ノ民法草案第三百九十三條ニ於テ責任ノ數種屬ノ規定アリ且ツ其條及ヒ同氏ノ註解二百八十二號ニ於テ同氏謂ヘルニ國家ハ責任ヲ有セリト英國ニ於テハ其國家ハ責任ヲ有スルヤ若シ斯ノ如クナレハ如何ナル時、如何シテ、如何ナル目的ノ爲メニ且ツ何故ニ其責任アル可キヤ此點ニ付テハ足下ノ意見ハ如何
意見
英國ニ於テハ國家ハ責任ヲ有セス君主ハ惡事ヲ爲ス能ワストハ英國憲法ノ必要ナル且ツ基本タル原則ナリ其意ハ公事ノ取扱ニ於テ如何ナル失策アルトモ其失策ノ責ハ君主自ラ之ヲ負フコトナシト云ニ在リ然レトモ之レカ爲メ君主ノ特權ハ如何ナル傷害ヲモ爲シ得ル迄ニ及フト謂フ意ニ非サルナリ
君主ト臣民トノ間ハ其離ルルコト甚タ遠シ故ニ一身上ノ傷害カ直接ニ君主ヨリ一私人ニ及ヒ得ルコト稀ナリ而シテ此事タル右ノ如ク眞ニ稀有ノモノタルカ故ニ法律ハ法式上如斯事柄ハ決シテ又ハ到底起ルコト能ハス又起ラサル可シト推定ス何トナレハ法律ハ如斯惡事ニ就キ君主ヲシテ此ヲ辯明セシムル爲メ或ル優等ナル有權者ヲ設立シ以テ君主ノ尊嚴ヲ侵シ且ツ其主權ヲ破壞スルカ如キコトヲ爲サスシテ其適當ノ救濟ヲ備フルコト能ハスト感スレハナリ
如斯制度ヨリ生スル所ノ諸害ノ不便ハ國君ノ身體ヲ權利ノ及ハサル所ニ置ケハ社會ノ安寧ト政府ノ安全トヲ以テ能ク之ヲ償フ
日本憲法第三條モ亦右ト其効果ヲ同フス何トナレハ伊藤伯爵モ其註釋ニ於テ皇帝ハ法律ニ對シ適當ノ尊敬ヲ表セサル可ラス然レトモ法律ハ皇帝ヲシテ之レカ責ヲ負擔セシムルノ權ヲ有セサルコトヲ觀察セラルレハナリ
此主義ヲ擴充スレハ英國ニ於テハ其臣民ノ不行狀又ハ怠慢ニ付キ君主ニ其責ヲ負擔セシムルコトヲ得ス而シテ餘ハ此事ハ實ニ知慧アル慣行ナリト信ス左リナカラ一私民ノ權利ニ對スル傷害ハ餘カ述タルカ如ク官吏ノ參加ナクテハ君主ノ殆ント行フコトヲ得サルモノナリ此等ノ事ニ付テハ法律ハ毫モ關係セス官吏ハ其非行ニ對シ自カラ其責ニ任スヘキ者ナリ
然レトモ國事ヲ取扱ヒ且ツ之ヲ所辨スル爲メニ官廳ニ使用セラルル官吏ハ其配下ニ於テ事ヲ行フ者ノ怠慢及ヒ不行狀ニ付キ責ヲ負フコトナク又船舶中ニ屯在セル女帝陛下ノ海軍部ノ官吏ハ其屬官ノ怠慢ナル所行ニ對シ其責ニ任セラルルコトナシ各官吏ハ單ニ其一個ノ怠慢又ハ不行狀ノ爲メニ損害ヲ被ムリタル各一私民ニ對シテ自カラ其責ヲ負擔スルノミ
英國裁判所ニ於テハ右ノ結果ヲ以テ裁判ヲ爲タル訴件尠ナカラス而シテ其訴件ハ常ニ郵便局ニ關スルモノナリ
チヤーレス第二世ノ代ニ於テ政府ノ管下ニ中央郵便局ヲ設立セラレタリ其以前ニハ郵便ハ一私人タル運送人之ヲ扱ヒ來レリ千六百九十九年ニ於テ郵便局總監ニ對シ其雇人及ヒ代理者ノ怠慢ニ因リ銀行手形封入ノ書翰ノ喪失ニ付キ一訴訟ノ起リタルコトアリ其訴訟ニ於テ裁判官四名ノ内ノ三名ハ原吿ハ取戻ノ權ナシト判定シタリ而シテ其判決ノ理由ハ實ニ有益ニシテ且ツ價値アルモノナリ其判決ノ理由左ノ如シ
郵便局ハ租稅ノ爲メ且社會ノ便利ノ爲メ國家ノ設立ニ係ル社會安寧ノ一派ナル事、郵便局ハ要スルニ施政上ノ爲メニ設立セラレタル政府ノ機關ナル事、郵便局長ハ一私人ト契約ヲ取結フコトナク且ツ尋常運送人ノ如ク其保管ニ係ル書狀ノ危險及ヒ賣價ニ比例シテ給金ヲ受取ルコトナク只單ニ政府ヨリ一般ノ報酬ヲ受取ルニ止マレル事、郵便局ハ收稅上ノ一派トシテハ領收スルモノ夥多アリト雖モ亦其資本ヨリ生スル利益ニシテ公衆ノ受クヘキ利害ノ多額ノ剰餘アル事、又郵便局ハ警察上ノ一派トシテハ全ク政府ノ管下ニ在ル事及ヒ各官吏ハ右ノ次第ナルカ故ニ單ニ其自己ノ怠慢ヨリ起リタル總テノ喪失及ヒ損害ニノミニ限リ自カラ其責ニ任スルコト等是レナリ此判決ハ爾來常ニ引用セラレ來レリ
然ルニ私質ノ損害ニ付テハ皇帝ニ對シテ何等ノ訴訟ヲモ起シ難シト雖トモ之レカ爲メ其救濟毫モ之レアルコトナシトノ理由ヲ生スルコトナシ斯ノ如キ損害ヲ受ケタル臣民ハ其身ニ公義ノ施行ヲ求ムル爲メ君主ヲ訴フルコトヲ得而シテ或ル場合ニ於テハ君主ハ如此訴件ヲ裁判所ニ提起シ以テ如何ナル救濟ヲ受ク可キヤノ判決ヲ求メシムルノ認許ヲ與フルコトアル可シ斯ノ如キ事ニ對シテ行ハルルモノハ總テ強迫ニ依ラス單ニ恩典ヲ以テ君主之ヲ行フ實際ニ於テハ如此訴件ハ動不動產ノ取戻ニ係ルモノ若クハ錯誤ヨリ起リタル君主ノ或ル訴訟ヲ除クノ外ハ稀ニ提起セラルルモノナリ餘ハ如何ナル救濟ニテモ王位其者ニ歸ス可カラサル訴訟ニ於テ直接ニモ亦間接ニモ曾テ與ヘラレタルコトアルヲ知ラス而シテ官吏ノ怠慢若クハ不行狀ハ此種類ノ下ニ容レ難キモノナリ
英國ニ於テ權利請願狀ニ依リテ適當ニ提起スルコトヲ得可キ或ル訴件ハ適當ニ行政訴件ノ裁判所ノ管轄内ニ在ル可キモノノ如シ(憲法第六十一條參看)
此他ノ訴件ハ尋常裁判所ノ管轄内ニ入ル可キモノノ如シ然レトモ餘考ルニ如何ナル訴件ニ於テモ君主又ハ行政官廳ハ官吏ノ怠慢若クハ不行狀ニ付キ其責ヲ負擔スルノ義務ナシ而シテ君主ニ對シ尋常裁判所ニ提起スル各訴訟ハ總テ君主ヨリノ特許ヲ以テ之ヲ提起セサル可カラサルモノト爲スヲ好トス此レ可成帝ノ尊嚴及ヒ不可侵ヲ維持スル憲法ノ主眼且ツ目的タルコト明カナリ皇帝ハ公義ノ泉源タルカ故ニ其帝位ノ關係スル場合ニ於テハ強迫ニ依ラス恩典ヲ以テ公義ヲ施ササル可カラス何トナレハ皇帝ハ左ノ如ク公義ノ泉源タルヲ以テ惡事ヲ爲シ能ハサレハナリ
千八百八十九年九月七日
西委員ノ意見
本月四日ヲ以テ垂示セラレシ國家ノ責任ニ關スル意見書ヲ通讀シ以テ其結尾ナル我カ民法案財產編第三百七十三條二修正ヲ加ヘント云ヘル考案ヲ觀ルニ及ヒテ深ク立案者ノ調査周到一點ノ遺漏タモ無ク且其論旨ノ精密ニシテ更ニ餘薀ヲ留メサルニ感服ス然ルニ該案中ノ但書ヲ熟閲スルニ其所謂「法律ヲ以テ特ニ責任ヲ免除スル場合」トハ抑モ何如ナル場合ヲ暗指スル者ナル歟此ニ至リテ疑ヲ生セサルコトヲ得ス又前文ノ「原則ニ對スル除外例ナキヲ得ス」トアル項中ニ﹇判官檢事ニ付テハ殊ニ困難ナリ」ト言ヘルニ因リテ之ヲ觀レハ獨リ此兩職ノ關係ノミニ限ラスシテ廣ク諸職官ノ關係ヲ指言セルカ如シ然ラバ則チ他ニ何等ノ場合ヲ豫想セシ者ナル耶修正文案ノ上額ニ朱書セル白耳義法案ノ旨趣タル實際ニ之ヲ施スハ至難ナル可キモ事理分明ニシテ善ク國家ノ責任ノ存否スル場合ヲ區別シ毫モ間然スル所無キニ似タリ若シ果シテ我カ除外法モ亦能ク國家ノ責任ヲ免除ス可キ至當ノ理由ヲ具スル彼レカ如ク判明ナルコトヲ得ハ本修正案ニ贊成ヲ表スニ躊躇セサル可キモ萬一社會ニ向ツテ其事理ヲ分明ニ貫徹セシムル能ハサルノ虞懼アリトセハ寧ロ修正案ノ旨趣ヲ顛倒シ民法中ニハ國家ノ責任ヲ定メス而シテ各特別法ヲ以テ其責任アル場合ヲ明示ス可キ旨ヲ揭記スルニ止ムルノ優レルニ若カサル可シト思考ス
明治二十二年九月十日
松岡委員ノ意見
國家ノ行爲ニ付人民ニ對シ損害賠償ノ責ニ任スヘキ義務ニ關スル意見
第一 國家トハ上大政府ヨリ省府縣郡ノ如キ無形人ヲ總稱ス自治ノ團結亦同シ
國家ノ行爲トハ主トシテ行政上ノ處分ヲ指ス
立法、裁判ニ因ルモノハ別論ニ讓ル
第二 國家ノ行爲中左ノ區別アリ
甲 法律ノ命スル所許ス所ニ從ヒタルモノ
乙 契約ニ依ルモノ
丙 營業的ノ性質ニ係ルモノ
第三 賠償ノ責ニ任スヘキ場合ノ區分
甲ノ場合ハ法律ニ遠反シタル所爲卽過失越權ニ係ルトキ
乙 契約ニ反背シタルトキ
丙 所爲ニ因テ損害ヲ匿起シタルトキ
第四 賠償ノ責ニ任スヘキ主者ノ區別
一 國庫
二 官吏
三 受利者
一 人民ノ身體財產上ニ付キ有スル所ノ權利ハ國家ノ保護スヘキ所之ヲ換言スレハ國家トハ此等ヲ保護スル爲メニ設クル所ノ機關ナリ故ニ立法上ニ在テモ法律ヲ既往ニ遡及セシメテ既得ノ權利ヲ損害スルコトハ不正無道タリ況ンヤ行政上ニ於テ其權利ヲ損傷スルヲヤ
一 國家ノ行爲トハ行政上ノ官吏ニ依テ生スル運爲ニシテ立法上ノ事ハ此ノ外ナリ立法上ノ事ハ民事上ノ責ニ任セス故ニ君主又ハ行政長官ニ法律上ヨリ委任セシ範圍内ニ於テ一般ノ規則ヲ設クルトキハ其規則假令法律ニ背違スルコトアルトモ民事上ノ攻撃ハ之ヲ許サス法律ヲ以テ之ヲ改正スル歟或ハ議院彈劾ノ法ニ依リ之ヲ泪滅セシムルノ外ナシ
由是國家ノ機關卽官吏ニ依テ運爲スル中ニ於テ立法ニ屬スルモノヲ除クヘク更ニ第二ノ甲ニ於テモ亦猶些少ノ區別アリ一ハ一般又ハ一部ニ對ハル命令ニハ一人ニ々々々對スル命令是ナリ
此二个ノモノハ法律ノ命スル所許ス所ニ出ツルモ其命令行爲如シ法律ノ意ニ違背スレハ立法權ニ依リ規則ヲ制セシモノト同視スヘカラス
一ノ例官吏ノ其物ニ對シ租稅ヲ徵收スルハ法律ノ命スル所ナレハ官吏ハ徵收スルノ權利アルノミナラス義務アルナリ然レトモ之ヲ徵收スルニ一般ノ命令ヲ爲シ恣ニ期節ヲ繰上ケ或ハ多餘ノ額ヲ徵收スレハ民事上ノ責ヲ免カレス
第二ノ乙ノ場合ハ官吏政府ノ事ノ爲ニスルモ賣買貸借ノ如キ本質契約上ニ成ルヘキモノハ始メヨリ民法ノ管轄タリ
丙ノ場合卽チ鐵道運輸ノ業郵電通信ノ業ノ如キ代價物ニ應シテ爲ス所ノモノハ明約アルノ外ハ固ヨリ民法ノ規定ニ服從スルコトヲ要ス
第三純粹行政ノ行爲ニ依リ賠償ノ責ニ任スルニ付キ第二ノ甲ノ場合ハ第一其行爲ハ必法律ニ反背シタルコトヲ條件ト若シ法律ヨリ生スル自然結果ニシテ官吏ニ過失越權ノ點ナキトキハ何等ノ損害アルモ顧ルニ足ラス第二必人民ノ既得ノ權利ナルヲ要ス苟モ法律上ニ得タル正當ナル既得ノ權利ニ非サレハ侵犯セシモノトハ謂フヘカラス
第三ノ乙丙ハ純然民事上ノ法律ニ依ルノミ疑義ヲ容ルヘキ所ナシ第四賠償ノ責ニ任スルニ一二三ノ區別アリ又相連絡スルモ前後ノ順序アルアリ
此ニ一事アリ官吏過テ甲者ヲ損シ乙者ヲ益セシトキハ甲ハ乙ヨリ不當ニ得タル利益ヲ取戻スノミ假令乙者資力足ラス或ハ他ノ事情ニ依リ甲者ヲ滿足セシメサル第二ノ責ハ官吏ニ止テ官庫ハ之ニ與カラス
官吏ノ過失ニ依リ直ニ一人ニ不正ノ損害ヲ被ラシメ而シテ官吏死亡シ償フ能ハサル場合ハ國庫第二ノ義務者タル場合ナリ例ヘハ檢事不正ニ人ヲ勾留監禁セシトキノ如シ
官吏ヲ措キ直ニ國庫其責ニ當ルヘキ場合アリ例ヘハ官設鐵道ノ貨物車構造ノ不良ニ依リ商品ヲ毀壞セシトキノ如シ
以上略擧セシ如ク國庫責任ノ事ハ大ニ區別ヲ要スヘク決シテ一語一條ノ盡スヘキニ非ラス今草案ノ意ハ廣キニ似テ反テ狹シ何トナレハ屬員ノ語ハ專決權ナキコトヲ表セリ若シ民事ノ責ニ任スヘキ事ニ在テハ豈屬員ノ行爲ニ止マラン乎長官自ラノ行爲ニ在ルモ同一ナリ之ニ反シテ太タ廣キノ失モアリ何トナレハ其行爲ハ委任ノ事ニ非サルモ委任ノ事ヲ行フニ際シ他事ニ依リ損害ヲ爲スモ獨國庫ニ責ヲ歸ス此所謂己甚キモノヲ責ルナリ(際トハ時ヲ指スニ止ラス他事ニ及フコト原注ニ見ユ)
要スルニ民法中故ラニ佛法ニ駕ノ官府ヲ人民ニ同視スル文意ヲ插入セシハ非ナリ寧ロ佛法ノ如ク明言ヲ爲サス一々法學上ノ問題ト爲シ事實ノミニ適用スルコトハ裁判官ノ識斷ニ委スヘシ
井上報吿委員ノ意見
國家ノ責任ニ關スル下問ニ對スル意見
今村報吿委員ノ意見書ニ外國ノ法律、判決例其他學說ヲ引キ細論シアルヲ以テ小官ハ唯本論卽チ民法財產編第三百七十三條中「公私ノ事務所」ナル一句ノ存廢ニ關スル卑見ヲ左ニ開陳ス
第三百七十三條ノ公私ノ事務所ナル一句ハ其儘ニ存シ「但國府縣町村ニ付テハ法律ヲ以テ特ニ其責任ヲ免除スル場合ハ此限ニ在ラス」トノ但書ヲ加フルヲ可ナリト信ス
右第三百七十三條ノ規定ハ過失ニ因リ(人選ノ精密ナラサルニ因リ)他人ノ損害ヲ加ヘタル者ノ責任ヲ定ムルモノナリ然ルニ其過失カ國家ナルトキハ他人ニ損害ヲ與フルモ其責ニ任セストノ法理ハ之ヲ發見スルニ苦シム所ナリ如斯キ法理ハ之ヲ發見スルヲ苦シムノミナラス若シ過失ヲ爲シタル者カ國家ナレハ其過失ニ因リ他人ニ損害ヲ加フルモ責任ナシトスルトキハ國家ノ威嚴、國家ノ信用ヲ薄弱ナラシムルノ結果ニ歸センノミ何トナレハ行爲ノ責任アル者ニ非スシテ能ク威嚴ト信用トヲ保有スル者アラサレハナリ然レハ第三百七十三條ノ規則ノ如キハ國家ナレハトテ之ヲ適用セサルノ理ナシ
然レトモ場合ニ依リテハ法律ニ於テ例外ノ場合ヲ設ケサルヲ得ス既ニ我治罪法ニ於テ第十七條ノ規定アルカ如シ卽チ「被吿人無罪ノ言渡ヲ受ケタリト雖モ裁判官、檢察官、書記又ハ司法警察官ニ對シ要償ノ訴ヲ爲スコトヲ得ス云々
磯部報吿委員ノ意見
今回御回付ニ相成リタル國家ノ責任ニ關スル意見書ヲ熟讀スルニ其大要左ノ如シ
第一 國家其モノハ常ニ加害者ニアラス加害者ハ國家ノ事ヲ行フ者ナリ國家ノ事ヲ行フ者ハ果シテ加害ノ責ニ任スルヤ如何
國家ノ事ヲ行フ者ハ立法官行法官及ヒ司法官是レナリ此中立法官ニ責任ナシ而シテ行法官ノ職務ヲ二種ニ區別シテ立法部行政部ト爲シ立法部ノ職務ニ就キテハ立法官ト同視シ又行政部ニ就キテハ有責任トシ而シテ又司法官ハ惡意ノ場合ヲ除キ無責任ヲ以テ原則ト爲セリ立論ノ順序及ヒ理由ハ至極明瞭ニシテ逐一感服スルノ外ナキナリ然レトモ本意見者ノ主要ナル問題ハ是等ノ點ニアラスシテ其明示セル如ク國家ノ事ヲ行フ者自ラ其責ニ任スヘキ場合ニ於テ國家ハ間接ニ民事擔當人ノ地位ニ立ツヘキモノナルヤ否ヤヲ研究スルニ在ルナリ而シテ意見書ハ國家ノ有責任ヲ原則トシ無責任ヲ例外トセリ
抑モ此問題ヲ惹起シタルハ民法案財產編第三百七十三條ニ公ノ事務所ハ其屬員カ受任ノ職務ヲ行フ爲メ又ハ之ヲ行フニ際シテ加ヘタル損害ニ就キ其責ニ任ストアルニ原因セシコト疑ヲ容レス蓋シ法文ノ意味廣キニ失スルノ弊アルカ爲メナリ實ニ此法文ニ據ルトキハ如何ナル官吏如何ナル事ヲ行フニ因リ損害ヲ加ヘタル場合ニ關スルヤ制限ナシ
此問題ハ重大ノモノニシテ其純理ノ果シテ何レニ在ルヤハ小官未タ之ヲ覺知セサルナリ
然レトモ目下ノ卑見ヲ述ヘンニ國家ハ直接間接ヲ間ハス總テ無責任ヲ原則トシ有責任ヲ例外トセサルヘカラサルモノトス他ナシ國家ハ無形ニシテ法人ナリ原意見者ノ述フル如ク國家ハ惡ヲ爲スコト能ハサレハ善ヲ爲スコトモ亦自ラ能フモノニアラス國家ハ善惡邪正ヲ識別スル智能ヲ有スルモノニアラス國家其モノハ之ヲ無能力者ト同視シ國家ノ事ヲ行フ者ハ之ヲ無能力者ノ後見人ト同視シテ其當ヲ得ヘシト雖トモ國家ヲ普通人ト同視シ又其屬員ヲ普通人ノ使用人職工ノ如キ者ト同視スルコト能ハサルヘシ
國家ハ智能ヲ有セス智能ヲ有セサレハ人ヲ選定スルノ識別力モ亦國家ニアラサルナリ然ルニ國事ヲ託セラレタル者人民ニ害ヲ加フルニ際シ國家其選定ヲ誤リタルカ爲メナリ故ニ民事上其損害ヲ賠償スルノ責任アリト論スルハ後見人幼者ノ財產管理上職權ヲ濫用シテ第三者ヲ害スルニ方リ幼者ヲシテ其責ニ任セシムルト一般ナリ是レ能ハサルヲ國家ニ望ムモノト謂ハサルヘカラス
斯ノ如ク論シ來レハ國家ハ常ニ無責任ニシテ有責任ノ例外アラサルモノノ如シ然レトモ時トシテハ人民ノ權利ヲ害シテ國家利得スルコトナキニアラス例ヘハ不當ノ租稅ヲ國庫ニ納メシメタル場合ノ如シ國家ハ不當ノ利得ヲ得ヘキモノニアラス卽チ其例外法ハ是等ノ場合ニ設ケサルヘカラサルナリ
加之一轉シテ國家ノ事ヲ行フ者社會ニ善事ヲ爲シタルトキハ其功績ハ論理ヨリ見レハ國家ニ歸スルモノノ如シト雖モ實際ニ徵スレハ其人ニ歸スルコト多シ善事ノ功績ハ人ニ歸シ惡事ノ責任ハ國家ニ歸スルハ不都合ノ至リナラスヤ是レモ亦國家無責任ノ一論據ヲ組成スルモノトス其レ然リ然レトモ國家有責任ハ槪シテ各國ノ許シテ學說裁判例ノ稍々一致スル所ナリ是レ小官ノ未タ一決スルコトヲ肯セサル所以ナリ或ハ其國ノ從來施行シ來リタル法律又ハ慣習ヲ維持スルヲ以テ得策ト爲スモノナランカ
我國從來ノ法律ニ於テハ猶ホ佛國等ニ於ケルカ如ク國家ノ有責任ヲ原則トシ無責任ヲ例外トセリ何ヲ以テ之ヲ識ルヤ法律ヲ以テ無責任ヲ布吿セサリシ場合ニ於テ人民ヨリ行政官ヲ訴ヘ官モ亦之ニ應シタル實例尠カラス而シテ會々無責任ノ場合アレハ特別法ヲ設ケテ之ヲ豫吿スルコトヲ怠ラサリシモノナレハナリ例ヘハ郵便規則ノ如キ是レナリ因テ原意見者ノ修正說ヲ採用セラレテ大過ナキモノト思考ス蓋シ修正說ハ法案第三百七十三條ニ優ルコト疑ヲ容レサルナリ
明治二十二年九月十日
モッセ氏意見
國ノ民法上損害賠償義務ニ關スル意見
(第一)豫ニ示サレタル法案ハ廣汎ナル法律ノ一部分ヲ成スモノノ如シ然レトモ此ノ規定ト他ノ規準トノ連絡モ又其目的モ共ニ豫ニ通報セラレサルニ拘ハラス此規定ノ成文ニ依テ考フルトキハ此レ蓋直接ニ實際ニ施行スル法律トナルモノニ非スシテ止タ立法官ノ爲メニスル原則ヲ現ハシタルモノニ過キスト認メサルヲ得ス其之ヲ實用ニ供スルニ不十分ナルハ豫ノ以下ニ於テ證明セント欲スル所ニシテ茲ニ先ツ豫カ其目的ヲ解セサルカ爲メ或ハ不急ノ事ヲ贅論スルコトアルヤモ知ル可ラサルノミナラス又評論ノ際其ノ根據ヲ誤リ反テ重大ノ要點ヲ默過スルノ恐レナキニ非ストノ一言ヲ呈セント欲スルノミ抑モ國ニ對スル損害賠償請求ハ全ク殊別ノ事由ニ憑據スルヲ得可シ
(甲)國ノ機關私權ヲ侵犯シテ一個人ノ權利ヲ毀損シ以テ其財產上ニ損害ヲ被ラシムル事
(乙)行政ハ固ヨリ其法律上ノ權限内ニ於テ處置シタルモ公義及情誼ノ原則ヨリシテ一個人ニ加ヘタル損害ヲ賠償スルヲ要スル事
然リ而シテ甲ノ場合ハ國ハ其官吏ノ義務背反ニ出ツル處置若クハ怠慢ノ責ニ任スルヤ及其程度ニ付テノ問題ニ關シ乙ノ場合ハ土地收用(エキスブロブリアチオン)及ヒ之ニ類似ノ法律上問題ニ關スルナリ蓋此兩場合ハ宜シク之ヲ判別ス可ク殊ニ國ニシテ公益ノ爲メ私權ヲ侵犯スルモ決シテ違法ノ處置ト謂フヲ得ス彼ノ私權ハ公權ニ一歩ヲ讓ラサル可ラサル原則ニ依リ固ヨリ其權アルカ故收用ノ場合ニ於ケル賠償義務ノ由テ來ル所ハ理由ハ違法ノ處置ニ在ルニ非スシテ情誼(エクイタス)ニ在ル事ヲ明示スルハ往々學理及實際ニ現出スル誤解ヲ防カン爲メナリ
先ツ甲ノ場合ニ關シテ陋見ヲ述ヘンニ國ハ其官吏ノ過誤ニ付テノ責ニ任スルヤノ問題ハ豫ノ示サレタル法案ニ揭載セス然レトモ法律ヲ以テ此問題ヲ制定セサルニ於テハ專ラ國法及公法上ノ主義ニ依テ判定ス可キ問題ヲ決スルニ單ニ民法上ノ考案ヲ以テシ爲メニ國ハ勿論自治體(府、縣、郡、市、町、村)ヲシテ莫大ノ負擔ニ堪ヘサラシムルノ恐レアル點ヨリ見レハ其財政上ノ利益ヨリシテ益々之カ必要ヲ感スルモノノ如シ
日本民法草案第三百九十三條ハ此ノ如キ純然タル民法上ノ考察ニ依ルモノニシテ其理由書(第二百九十丁第二百八十二號)ニ曰ク此主義ハ佛國及歐洲各國ニ於テハ未タ曾テ疑義ヲ生シタル事ナシト雖日本ニ在テハ確定セサルモノノ如シト然レトモ此言ハ歐洲各國(殊ニ英國及獨逸國)ハ勿論佛國ニ對シテモ適實ノモノニ非ス
佛國ニ於テモ第三百九十三條ノ成文ニ均シキ原則ヲ民法(コード、シウヰル)ニ揭載セス固ヨリ民法第千三百八十四條ハ數多ノ他國法律ト異ニシテ受任者ノ爲シタル事ニ關スル授任者(コームメタン)ノ無限責任ヲ明言スルモ決シテ國及其他公然ノ團體トハ謂ハサルナリ然レトモ佛國民事裁判所ニ於テ第千三百八十四條ヲ國ト其官吏トノ關係等ニモ適用セントスルノ傾向アルニ拘ハラス權限爭議裁判所ノ判決ハ之ニ反對ノ主義ヲ採レリ而シテ今此判決例ニ依ルトキハ佛國ノ現狀ハ亦理由書ニ曰フ所ト全ク相異ナルモノアリ故ニ國ハ民法上第千三百八十四條ニ依リ止タ其私權上ノ關係ニ於テ官吏ノ加ヘタル損害ニ付テノ責ニ任スルニ過キスシテ警察及司法部内ニ於テハ毫モ其責ニ任セス又公共及財政上ノ營造物(セルウヰース)ニ關シテモ判然區別ヲ立テ若シ官吏ノ所謂一身上ノ處置(フエーペルソネル「其意義ハ前意見ニ論述セリ」)ニ依テ損害ヲ生シタルトキハ國ハ均シク其責ニ任セス他ノ場合ニ於テハ之カ賠償ヲ與フルモ是レ民法上ノ原則ニ準據スルニ非ス公法上ノ原則ヨリ然スルナリ之ヲ詳言スレハ其賠償義務ハ第千三百八十四條ニ由テ來ルニ非ス權宜ニ憑據スルモノニシテ隨テ亦通常裁判所ノ裁判ヲ許ササルノミナラス又其損害ハ行政上ノ手續ヲ以テ査定シ且(民法上ノ損害ト異ニシテ)直接及現實ノモノ(ドマージ、ジンクト、エ、マテリエル)賠償スルノミ(マイエル氏佛國行政學第五十二條第五十八條參照)
佛國政府ノ主任曾テ權限爭議裁判所ニ於テ謂ヘル事アリ「國ト其官吏トノ關係及其第三者ニ對スル官吏ノ責任ヨリ生スルヲ得可キ結果ニ付國ヲ以テ一個人ト同視スルハ能クス可サル事ナリ」ト而シテ近來權限爭議裁判所ハ勿論參議院ニ於テモ屡々此主義ヲ採テ判決ヲ下シタリ卽其判決ノ明文ニ從ヘハ國ハ(其私權上ノ關係ヲ除クノ外)第千三百八十四條ニ謂ヘル授任者(コムメタン)ニ非サルカ故亦官吏ノ過失ニ付民法上ノ責ニ任セスト謂フニ在リ
然レトモ特別ノ法律(千七百九十一年八月六日ノ法律第十三章第十九條、共和政府第七年花月九日ノ法律第四章第十六條千八百四十五年七月十五日ノ法律第二十二條)ヲ以テ關稅及官有鐵道ノ事ニ關スル國ノ民法上責任ヲ特定シタリ
英國法ハ主義上國ノ責任ヲ否ナリトシ斷然國王ト其官吏トノ關係上ニ授任者ノ責任ニ付テノ民法上原則ヲ適用スルヲ擯斥シタリ「トツト」氏(議院政治論第二百四十丁)曰ク國庫(ヒスクス)ニ對スル損害賠償訴訟(ペチシヨン、オフ、ライト)ハ國王ノ官吏ノ怠慢ニ依リ一個人ニ加ヘタル財產上ノ損害ヲ賠償セシムル爲メニモ又職務ノ執行ト誤想シタル際ノ違法ノ處置ニ關スル賠償ヲ請求スル爲メニモ與ヘラレタルモノニ非スト又「グナイスト」氏(行政、司法、裁判論第百五十六丁及「トツト」氏議院政治論第二百四十丁)曰ク國王ニ對スル民法上ノ賠償請求ハ文武官及裁判官ノ義務背反ヲ證明セラレタル場合ニ於テモ止タ裁判所ヨリ却下セラレタルノミナラス又之カ請願ヲ提出シタルモ猶ホ議院ニテ採用セラレサリシト蓋シ此事ニ關シ法律ノ明文ナシト雖モ英國ノ判決例ニ依テ見ルトキハ官職ノ本然ニ照シ且其責任ヲ許スニ於テハ危險ナル結果ノ範圍增長(ゼ、エキステント、オフ、ペルニチウース、レスルト、ウツド、ビー、グレート)スル事ヲ考察シテ以テ國庫ニ對スル損害賠償訴訟ヲ否トスルニ外ナラサルナリ
獨逸學術ニ於テハ此問題ニ關スル論說未タ一定セス止タ國ニシテ純然タル民法上ノ事(例ヘハ賣買契約、賃借契約、鐵道及郵便ノ輸送)ヲ爲ストキハ恰モ法人其機關ノ處置ニ付民法上ノ原則ニ依テ責任ヲ負擔スルト同一ノ範圍ニ於ケル責任ヲ免カレサルノ一點ニ在テ諸說皆一致スルノミ然レトモ或ル法學者(スタイン、リヨーニング、ザルウエー)ハ國權ヲ執行スルノ任アル官吏ノ處置及怠慢ニ付國ハ其責ニ任セサル可シト謂ヒ又一方ニ於テハ此場合ニ在テモ國ハ其責ニ任ス可シト謂フ論者(ウヰレツトシヤイド、ソアハリエー、ツヨーブル、ゲルベル、マイエル)アリ而シテ乙ノ論者中更ニ責任ノ理由ヲ異ニシ或ハ直接若クハ援引シテ民法上ノ原則ヲ適用ス可シト或ハ(殊ニ租稅ニ關シテ)民法上ノ原則ヲ適用スルハ固ヨリ許ス可ラサル事トシ抑モ國ハ國權執行ノ際一個人ト同權ノ地位ニ立ツモノニ非ラス國權ヲ持テ對立スルモノニシテ其國權ハ官吏ニ依テ代表セラルルナリトノ考察ヲ以テ責任ノ理由トスル者アリ然リ而シテ此終ノ理由ヨリシテ又或ル著述家ハ被害者若シ國ニ對シ服從ノ義務ナキ乎或ハ現實ノ反抗ヲ爲ス權アル場合ニ限リ國ニ賠償義務ナシトノ制限ヲ加フルノミナラス國ノ責任ヲ以テ補助(スブシヂエール)ノ性質ヲ有スルモノ卽官吏其人ヨリ賠償ヲ得ル事能ハサルトキ始メテ生スルモノナリト制限セリ何トナレハ損害ハ第一着ニ官吏ノ義務背反ニ出ツル處置ヨリ起リタレハナリ
然レトモ以前孛國高等法院及近來獨逸帝國裁判所ニ於テ確定シ而シテ孛國法ニ關スル著述家(リヨンネ、ヒヨルステル、デルンブルヒ)ノ贊成ヲ得タル實際ニ在テハ官吏ノ公法上職掌ニ關スル國及公然ノ團體ノ責任ハ特別ノ法律(例ヘハ千八百七十二年ノ孛國登記簿法第二十九條ノ如キ是レナリ)ヲ以テ明カニ之ヲ認定シタルモノヲ除クノ外斷然之ヲ擯斥シタリ
夫レ此ノ如ク法學進歩ノ重要ナル國ニ於テハ官吏ノ違法ノ處置及怠慢ニ關スル國ノ民法上責任ヲ是認セサルヲ以テ常則トシ而シテ官吏ニシテ國庫ノ資格ニ於ケル國ノ民法上代人トナリ處置ヲ施ス場合卽チ財產權ノ主タル國ト第三者トノ間ニ民法上ノ關係アル場合ヲ以テ例外トナス事前記簡單ナル論述ヨリシテ明カナリ
豫ハ各國ノ此實際ヲ學理上ヨリ論スルモ理由アリト認ム蓋國ト其官吏トノ關係ヲ判定スルニ委任若クハ勞役賃借ノ原則ヲ以テスル如キハ大ナル誤謬ト謂ハサルヲ得ス固ヨリ國ニ在テモ民法上ノ契約ニ依リ或ハ義務ヲ負擔セシムル事ナシトセサルモ之カ爲メ一モ官吏タルノ關係ヲ生スルモノニ非ス豫カ一身ノ日本國ニ對スル關係ノ如キハ法律上ヨリ見レハ則其一例ナリ其他又國ハ財產權ノ主タル資格ヲ以テ民法ノ意義ニ於ケル代人ヲ置キ其財產ニ關スル事件ヲ代理セシムルヲ得可シト雖此ノ如キ代理ハ一モ官吏タルノ關係ヲ生スル事ナク國庫ノ財產權上代人ハ官吏タルヲ要セサルノミナラス又他ノ一方ヨリ論スルモ凡ソ代理權ハ官吏タルノ關係ヨリ起ルモノニ非ス何トナレハ代理權ハ決シテ各官吏ニ歸スルモノニ非ス總理ト部理トヲ問ハス特別ノ委任アリテ始メテ生スルモノナレハナリ故ニ國ト官吏若クハ一個人トノ間ニ此ノ如キ民法上ノ代理關係ノ存在セサル場合ニ於テハ亦民法上ノ原則ヲ茲ニ援引適用スルヲ得ス而シテ此主義ニ對シ異議ヲ唱フル者ハ現今殆ント絕無ト謂フモ敢テ過言ニ非サル可シ
然レトモ既ニ論述シタル如ク國ノ責任ヲ主張スル者ハ抑モ國ハ其官吏ニ依テ處置ヲ爲シ國權ハ官吏ニ依テ代表セラルルモノナリト謂フヲ以テ其理由トナスト雖豫ヲ以テ之ヲ見レハ國ハ其機關ノ適法ノ處置ニシテ其責ニ任ス可キモノヲ自己ノ處置ト認ムル義務ヲ生スルニ過キサルヤ明カナリ蓋凡ソ國ノ思意ハ法規ニ依テ明表セラルルモノナレハ官吏ノ處置若クハ怠慢ニシテ此法規ニ適應スル場合ニ限リ思意ト事實ト相合同シ爲メニ國ノ責任ヲ生スルナリ若シ夫レ違法ノ處置及怠慢ニ至レハ法規ニ依テ代表セラレタル國ノ思意ニ適應セス總テ責任ニ必要ナル思意ト事實トノ合同ヲ缺クヲ以テ國ノ責ニ歸スル自己ノ處置若クハ怠慢既ニ存在スル事ナシ故ニ其官吏ノ義務背反ニ出ツル責任ヲ以テ國ニ負擔セシムル法律上ノ理由絕テ之アルヲ見ス但國ノ機關ノ適法ナル處置ニ依リ第三者ノ被フリタル損害ノ如キハ茲ニ論述ス可キモノニ非ス(乙ノ場合ニ於テ論述スル)公益ノ爲メ私權上ノ關係ニ行政ノ侵害ヲ及ホス場合ニ屬スルナリ
然レトモ前記簡單ノ學理上考察ヲ以テ未タ十分ナラストスルモ猶國ノ財政上利害ノ反對スルモノアルカ爲メ國及ヒ公法上ノ團體ノ其官吏ノ職務執行ニ關スル過失ヨリ生スル責任ヲ一般ニ是認スルヲ得ス而シテ此多數歐洲各國ニ於テ行ハレシ主義ハ未タ財政ノ發逹セサル日本ニ對シテ亦宜シク愼重注意ヲ加ヘテ國ノ責任ヲ制定スルヲ要スルノ殷鑑トナルニ足ル可キヲ乎
或ハ豫ノ所論ニ對シ總テ損害ハ之ヲ賠償ス可シトノ反對說ヲ唱フル者アラン歟凡ソ賠償義務ハ漠然成立スルモノニ非ス必ス之ヲ生セシムル理由ナカル可ラス蓋國ノ大器械ノ活動タル恰モ天然力ニ於ケルカ如ク人生ニ幸福ヲ與フルハ常數ナレトモ時ニ或ハ傷害ヲ加フル事ナシトセス而シテ國ノ活動ヲシテ可及的他ニ損害ヲ及ホササラシムルハ則政治ノ要務ナリト雖モ總テ其活動ニ由テ生スル損害賠償ヲ擔任セントスルトキハ到底高尙ナル國ノ利益ヲ害セサルヲ得ス若シ夫レ賠償ヲ給セサルニ於テハ一個人ノ爲メ稀レニハ過酷ナル場合ナキニ非サルモ此時ニ方リテハ他ノ往々人生ノ遭遇スル如キ不幸ヲ被ムリタルニ過キス而シテ時運ノ變災ニ際シテハ別ニ之カ責ニ任スル者ナキニ非ス
以上論述シタル所ニ依リ今豫ハ左ノ結論ヲ爲サントス
(一)國ハ民法上ノ事ヲ爲ス場合ニ限リ法人其機關ノ處置ニ付負擔スル責任ヲ規定スル民法上原則ニ依テ其責ニ任ス
此責任ノ理由ハ民法ニ由テ生スルモノナレハ民事裁判所ノ權限ニ屬ス
前記ノ原則ハ特別ノ法律(郵便電信鐵道等ニ關スルモノ)ヲ以テ反對ノ規定ヲ設ケサルトキニ限リ其効アリトス
(二)國ハ其官吏國權ヲ執行スルニ際シ義務背反ノ處置若クハ怠慢ニ依リ第三者ニ加ヘタル損害ニ對シ財產權上其責ニ任セス但特別ノ法律上規定(違法ノ逮捕若ハ處刑等ニ關スルモノ)ヲ以テ之ヲ承認シタル場合ハ此限ニ在ラス
(三)第一ノ場合ノ外國ノ責任ヲ承認シタルモノハ民法ニ由テ生スルニ非スシテ公法ニ起因ス故ニ民事裁判所ノ權限ニ屬セスト雖賠償額ノ査定ハ何レノ場合ニ於テモ民事裁判所ニ放任スルヲ得可シ
國ノ公法上責任ハ必ス補助(スブシヂエール)ノ性質タル可シ
(四)法律ヲ以テ地所登記簿ヘノ登記、遺囑書ノ調製等ノ如キ私權ノ起生、變更若ハ廢止ノ際國ノ機關參與スルニ非サレハ無効タル可キ事ヲ規定スル場合ニ於テ國ノ責任ヲ承諾スルハ情誼上(ユクイタス)ノ理由ニ出ツ但此場合ニ於イテモ其責任ハ必ス補助ノ性質タル可シ
(五)前記ノ原則ハ總テ之ヲ公然ノ團體(府縣市郡町村)及其官吏ノ關係ニモ亦適用ス
未完
モツセ再拜
今村報吿委員意見
國家ノ責任ニ關スル意見
○第一問題ニ曰ク國家カ政ヲ行フニ當テ人民ノ權利ヲ毀損シタルトキハ賠償ヲ爲スノ責ニ任スルカ
按スルニ國家ノ性質ヲ講スル者ノ說種々アリト雖モ要スルニ其主タル目的ハ人民ノ權利ヲ保護シ及ヒ幸福ヲ增進スルニ在リテ人民ニ害ヲ加フル者ニ非ス故ニ或ル學者ハ曰ク國家ハ惡ヲ爲スコト能ハスト誠ニ然リ是ヲ以テ國家カ責ニ任スル場合ナシ且民法案第三百七十條ニモ國家カ責ニ任スルコトヲ規定セス因テ此問題ヲ起スコトナシ
然ルニ西國ノ學者ハ國家モ亦民法ニ依テ賠償ノ責ニ任スルコトアリト論スル者多シ
「ローラン」曰ク國家ハ責ニ任スルヲ原則ト爲ス故ニ民法第千三百八十二條(我民法案第三百七十條ニ同シ)ハ之ヲ國家ニ適用ス可シト
「ローラン」ノ說ニ反對スル論ニ曰ク國家ハ政權ヲ以テ事ヲ行フ其權内ニ於テ行ヘル事ニ付テハ何等ノ損害ヲ生スルモ責ニ任セスト又曰ク國家ハ公益ヲ主トシテ事ヲ行フモノナリ若シ一個人ノ權利ヲ妨害シタリト云ヲ名トシテ國家カ責ニ任スルモノトセハ決シテ其目的ヲ逹スルコトヲ得サルナリト
或ル學者ハ曰ク國家ハ所有者ノ資格ヲ以テ事ヲ行フトキハ責ニ任シ政權ヲ以テ事ヲ行フトキハ否ラスト
按スルニ此等ノ學者ハ皆國家カ犯罪又ハ準犯罪ヲ爲スコトアリト豫想シテ說ヲ立ツルモノナリ國家ノ何者タルヲ深ク研究セサルノ過チニ出ツルカ
國家ハ人民ノ權利ヲ保護シ其幸福ヲ增進スルヨリ以外ノ事ヲ爲サス故ニ人民ニ害ヲ加ヘス彼ノ國家カ權利ヲ害シタルカ如キ場合ニ於テハ實ニ加害者ハ國家ニ非スシテ國家ノ事ヲ行フ官吏ナリ而シテ其害ヲ加ヘタルトキハ必ス故意又ハ過失ニテ法律ニ背反スル處置ヲ爲シタルニ因ルナリ何トナレハ法律ハ權利ヲ保護スルコトヲ命令シ決シテ之ヲ害スルコトヲ命令セサレハナリ是故ニ國家ノ事ヲ行フ者ノ犯罪又ハ準犯罪ニ付テハ國家ハ間接ニ其責ニ任スルヤ否ノ問題ヲ惹起ス卽チ下ニ揭クル第二問題ニシテ本論ノ最モ答議ニ苦ム所ナリ又國家カ政權ヲ以テ事ヲ行フトキハ縱令ヒ人民ノ權利ヲ害スルモ責ニ任セストノ論ハ國家ニハ人民ノ權利ヲ害スルノ權アリトノ說ニシテ深ク辯スルヲ須ヒス
又國家ハ公益ヲ主トシテ事ヲ行フヲ以テ縱令ヒ人民ノ權利ヲ害スルモ妨ケナシトノ說ハ甚タ弊害多シ此說ハ公益ハ私權ニ勝ツト臆斷シタルニ因ルモノニシテ其過チヤ大ナリ此說ヲ駁スルニ付テハ「ローラン」ノ說甚タ當ヲ得タリ其言ニ曰ク凡ソ私益ト公益ト相對スルトキハ私益屈シテ公益伸フルヲ常則トス何トナレハ私益ヲ伸ハシ公益ヲ屈スルノ主義ヲ行フトキハ社會ハ立タサレハナリ然レトモ公益ト私權ト相對スルトキハ全ク之ニ異ナリ凡ソ權利ヲ重ンシ之ヲ保護スルコトハ極メテ神聖ニシテ所謂社會ノ公益ナルモノハ人民ノ權利ヲ重ンスルヨリ大ナルハ莫シト蓋シ公益ノ爲メニ人民ノ權利ヲ害スルノ說ヲ可トスルトキハ天下一日モ安堵ノ思ヲ爲スヲ得スシテ社會ノ不利益ノ極大ナルモノナリ是レ國家ノ基本ヲ破壞スルノ說ナリ又「ローラン」ハ國家カ所有者ノ資格ヲ以テ事ヲ行フトキハ責ニ任シ政權ヲ以テ事ヲ行フトキハ否ラストノ說ヲ駁シテ曰ク凡ソ國家カ所有者トシテ事ヲ行フニ於テモ亦必ス政權ニ因ルモノナリ何トナレハ政權ナクンハ國家ナシ是故ニ果シテ國家カ所有者トシテ責ニ任ス可ケレハ亦必ス政權者トシテ責ニ任セサルヲ得スト
國家カ責ニ任セサルコト上ニ論セルカ如シ故ニ國家ノ事ヲ行フ者ノ責任ノ有無ヲ論ス可シ
國家ノ事ヲ行フ者ニ數種アリ立法者、行法者、司法者是レナリ
第一 立法者
立法者ハ法律上責ニ任スルカ
按スルニ立法者モ亦人ナリ故ニ過チナシトセス其法律ヲ制定スルニ當リ人民ノ權利ヲ毀損スルコトナキヲ保チ難シ然リト雖モ立法者ハ國家ノ大權ヲ握リ法ヲ定メテ天下ニ號令スル者ニシテ其上ニ在ル者ナシ若シ法律ヲ以テ其過失ヲ責メントスルトキハ誰カ其法ヲ定ムルカ又誰カ之ヲ到スルカ法律上立法者ヲ責メントスルモ國家ノ組織上爲シ能ハサルノ事ニ屬ス故ニ立法者ハ法律ニ對シテ責ニ任スルコトナシ
凡ソ文明國ニ於テハ公議ヲ以テ法律ヲ制定スルヲ以テ人民ノ權利ヲ害スルノ法律ヲ制定スルコト殆ントナシト謂フ可シ公益ノ爲メ土地ヲ收用スルカ如キニ於テハ必ス先ツ其賠償ヲ給付ス是レ我カ民法案第三十一條ニ明言スル所ナリ但立法者ト雖モ他ノ有價物ヲ以テ代替スルコトヲ得ヘキ物ニ非サレハ收用ヲ號令スルコトヲ得ス卽チ人ノ
生命面目ノ如キハ法律ヲ以テ之ヲ收用スルコトヲ得サルナリ
若シ立法者カ過テ人民ノ權利ヲ害スルニ於テハ人民ハ之ヲ訴フルノ所ナシ唯其賠償ヲ請願スルコトヲ得ルノミ立法者ニシテ果シテ過失ヲ爲シタルニ於テハ之ヲ賠償スルノ義務アリ若シ過失ヲ改メサルカ又ハ故意ヲ以テ人ニ害ヲ加フルトキハ傑紂ノミ天下唯之ヲ公理公道ニ訴フルノ外方策ナシ
「ローラン」曰ク立法者ハ總テ責ニ任セス何トナレハ立法權ハ國家ノ主權ニシテ主權ハ責ニ任セサレハナリト按スルニ立法者カ責ニ任セサルノ一事ニ付テハ學者間異議ナキカ如シ
第二 行法者エシテ立法ノ事ヲ爲ス者
行法者ノ責任ヲ論スルニハ區別ヲ爲スヲ要ス
行法者カ立法ノ事ヲ行フ場合アリ蓋シ立法者ハ人間萬般ノ事ヲ豫見シテ盡ク之ヲ法ニ設ケルコト能ハス或ル場合ニ於テハ立法權ノ一分卽チ人民ノ權利ヲ保護シ及ヒ幸福ヲ增進スルノ準繩ヲ定ムルコトヲ行法者ニ委任スルコトアリ
行法者カ法律ニ依テ規則條例ヲ定ムルモノ是レナリ其規則條例ハ法律ノ增補ト稱スヘクシテ法律ト効力ヲ同フス又宣戰講和條約ヲ爲スノ類モ亦之ヲ行法者ニ委任スルコトアリ行法者カ其受任ノ權内ニ於テ爲セル事ハ亦法律ノ効ヲ有ス
此等ノ場合ニ於テハ行法者ノ行爲ニ對シ訴訟ヲ爲スコトヲ得ス何トナレハ此等ノ場合ニ於テハ行法者ハ立法者ノ資格ヲ以テ事ヲ行ヘハナリ
或ル學者ハ此等ノ行爲ヲ稱シテ政府的ノ行爲ト謂フ按スルニ義新法ニ曰ク立法社會全般ノ利益ニ付キ規定ヲ爲ス權ニ據リ法律ヲ變更シ各人ノ利益ヲ害スルモ妨ケナシ此權ハ國民ノ既得ノ權利ニ對スルトキ始メテ止息ス故ニ立法者ハ天下ノ災害ヲ除クト云フヲロ實ト爲スモ國民ノ資產中ニ在ル權利ヲ奪フコトヲ得ス
條約ノ諦結ハ法律以外ノ事ニシテ行政ニ非ラス立法ナリ故ニ或ル國ニ於テハ國會ノ批準ヲ得ルニ非サレハ條約ノ成立セサルコトヲ定ムルアリ行法者カ立法者ノ委任ニ因リ法律以外ノ事ヲ行フトキハ則チ立法者ト同一ノ理ニ從ヒ他ノ法律ニ對シテ責ニ任セス或ル學者カ立法行爲ヲ政府的ノ行爲ト名クルハ甚タ適當ナラサルカ如シ
第三 純然タル行法者
行法者カ純然タル行法者ノ資格ヲ以テ事ヲ行フトキハ責ニ任スルカ按スルニ行法者カ純然タル行法者ノ資格ヲ以テ事ヲ處分スルトキハ總テ法律ノ範圍ヲ脫スルコトヲ得ス法律ヲ遵奉シ之ニ服從スルノ義務ニ任ス卽チ立法者ノ號令ニ從フモノナリ此場合ニ於テ若シ法律ニ保明シタル權利ヲ害スルカ必ス法律ヲ犯セルナリ何トナレハ法律ハ一方ニ權利ヲ保明シ一方ニ之ヲ害スルコトヲ許ササレハナリ故ニ行法者ハ法律ニ對シ其加害ノ責ニ任セサルヲ得ス
何ンノ法律ニ依テ行法者ハ其責ニ任スルカ曰ク民法第三百七十條ノ原則ニ依テ其責ニ任ス
「ロエスレル」モ亦官吏ノ責ニ任スヘキコトヲ明言セリ
然レトモ民法ノ此條ニ行法者カ責ニ任スルコトヲ明言セス故ニ此問題ニ付テハ民法案ニ對スル議論ヲ來タスコトナシ
佛國ノ民法ニモ亦官吏ノ責任ヲ明記セス故ニ學者ノ論說又ハ判決例ニ因テ民法ノ規定ヲ官吏ニ適用スルコトト爲レリ左ニ學者ノ說ヲ示サン
「デモロンブ」ハ民法第千三百八十二條ヲ論シ代書人使吏等ノ民事上ノ責任アルコトヲ記述シ終ニ曰ク總テ行政官吏ノ民法第千三百八十二條及ヒ第千三百八十三條ノ規定ニ從フヘキハ勿論ナリト
又「バトビー」ハ行政法論ニ大統領及ヒ諸省長官ノ責任ヲ論シ且ツ曰ク總テノ屬僚ハ刑事上及ヒ民事上責ニ任ス其刑事ニ關スルモノハ刑法第百七十七條乃至第百九十六條ニ之ヲ規定シ民事ニ關シテハ官吏ノ職權濫用ニ付テノ被害者ハ民法第千三百八十二條ニ依テ賠償ヲ要求スルコトヲ得
「ローラン」ハ民法論中特ニ說ヲ爲シテ曰ク民法第千三百八十二條及ヒ第千三百八十三條ハ嚴重ニ之ヲ官吏ノ責任ニ適用ス可シト左ニ外國ノ裁判例ヲ示サン
官カ其所有ノ水車ヲ賣却セリ賣主タル官カ民法ニ依リ買主ノ所有權ノ行用ヲ保證スルノ責ニ任スルハ勿論ナリ爾後官カ工事ヲ爲シ水量ヲ變シテ水車ノ運轉ヲ障碍セリ巴里控訴院ハ之ヲ判シテ官ト私權ヲ害シタリト爲シ賠償ヲ宣吿シタリ(佛)
兵士ノ射的場ニテ發射シタル弾丸カ人家ニ入リ損害ヲ加ヘタリ參事院ハ其所有主ニ損害ノ賠償ヲ給セリ而シテ其賠償ヲ二ツニ分チ一ハ彈丸ノ加ヘタル損害ヲ償ヒ一ハ其所有物ノ失ヒタル價格ヲ償ヘリ(佛)
河水汎濫ス將ニ左岸ヲ破壞シ岸上ノ居家ヲ浸沒セントス官ヨリ命シテ右岸ヲ切斷セシム是ニ於テ水ハ右岸ノ地ヲ浸沒シ損害ヲ加ヘタリ右岸ノ者此處分ニ對シテ要償ノ訴ヲ起シ敗訴シタリ(白)
學者此判決ヲ難シテ曰ク「左岸ノ人民ノ利益ノ爲メニ右岸ノ人民ノ權利ヲ犠牲ト爲スコトヲ得ス宜ク民法第千三百八十二條ヲ適用スヘシ」ト誠ニ理アリ
以上尋常行政上ノ行爲ニ付テ例ヲ示セリ
官カ工事ヲ施行スルニ當リテハ殊ニ人民ノ權利ヲ毀損スルコト多シ二三ノ例ヲ示サン
官カ鐵道ヲ布設シ其軌道ヲ高クシタルカ爲メ道側ニ在ル家屋ト大ナル高低ヲ生シテ其家屋ニ住居シカタキニ至レリ家屋ノ所有主ハ爲メニ賠償ヲ要求セリ官ハ之ニ答テ曰ク「國家カ鐵道ヲ布設スルハ國家ノ權ヲ行ヘルナリ之ヲ詳言セハ國家ハ公益ノ爲メニ事ヲ行フノ任ニ當ル卽チ義務ナリ此義務ヲ履行スルニ於テハ賠償ノ責ニ任セス」ト「ブリユキセル」控訴院ハ之ヲ判シテ曰ク「所有權ノ不可侵ハ憲法ノ保明スル所ナリ故ニ若シ官カ之ヲ侵ストキハ被害者ニ賠償スルコトヲ要ス若シ公益ノ爲メ所有物ヲ收用スルノ必要アルカ然ルトキハ先ツ賠償ヲ爲スノ法アリ所有物ノ一分ヲ收用スルモ猶ホ必ス賠償セサルヲ得ス縱令ヒ官カ公益ノ爲メ官權ヲ行フモ公益ヲ名トシテ人民ノ權利ヲ害スルコトヲ得ス官ニ過失ノ有ルト否ヲ問ハス苟クモ權利ヲ毀損シタル以上ハ民法第千三百八十二條ヲ適用ス可シ」ト(白)官カ鐵道ヲ布設スル爲メ道路ヲ高メ其上ニ線路ヲ布ケリ側ニ河流アリ常ニ漲溢シテ害ヲ爲ス官ハ之ヲ慮リ鐵道下ニ水門ヲ穿チ水ノ疏通ニ便シタリ然ルニ一朝河水大ニ層シテ水門ノ窄小ナルニ激セラレ側ノ田土ヲ害シタリ田土主賠償ヲ要求ス官之ニ答ヘテ曰ク「官ハ官ノ所有物ヲ防禦スルニ止マリタリ卽チ其權利内ニテ事ヲ行ヘルノミ」ト鑑定人ハ皆曰ク「水門ノ窄小ナルカ爲メニ水勢ヲ激シ因テ此損害ヲ致セルナリ」ト判官之ヲ判シテ官工ノ爲メ人民ノ權利ヲ害シタリト爲シ賠償ヲ宣吿セリ(白)
運輸ノ爲メ官カ溝渠ヲ穿ツ曾テ水車ヲ業トスル者アリ水車場ト此水車ニ穀物ノ磨砕ヲ爲サシムル人民ノ居住セル數村トノ間ヲ通過ス因テ彼此ノ交通ヲ斷チ水車主ニ損失ヲ致セリ水車主ハ賠償ヲ要求ス判官曰ク此訴ヲ判スルニハ先ツ水車主ノ道路ハ契約ニ依テ得タルモノナルヤ否ヲ研究ス可シ若シ契約ニテ得タル通路ヲ官工ヲ以テ遮斷シタルニ於テハ必ス官ハ民法第千三百八十二條ニ依リ賠償ノ責ニ任ス可シ今此訴求人ハ契約ヲ以テ通行權ヲ得タルニ非ラス是レ唯其利益ヲ害セラレタルノミニテ權利ヲ害セラレタルニ非ス故ニ賠償ヲ求ムルコトヲ得スト
官カ河身ニ工事ヲ施シ水勢ヲ變シ水ヲ激溢シテ岸上ノ家屋ニ害ヲ加ヘタリ判官ハ人民ノ權利ヲ毀損シタリトシテ賠償ヲ宣吿シタリ以上揭クル種々ノ例ハ佛白兩國ノ學者カ國家ノ責任ヲ證スルモノト爲セル所ナリ按スルニ此說ハ誤謬ニ出テタル歟
官カ物ヲ賣却シ而シテ後官ノ處分ニョリ其賣却物ノ買主カ己レノ所有權ヲ行用スルコトヲ得サルニ至リシハ國家カ責ニ任スヘキニ非ス人民ノ所有權ハ憲法ノ保明ニシテ國家ハ之ヲ保護スルノ任ニ當ル若シ官吏カ法律ノ範圍ナリト認メテ或ル事ヲ擧行シ爲メニ人民ノ所有權ヲ侵スコトアルトキハ則チ其官吏カ過チタルモノニテ之ヲ國家ノ過チト謂フ可カラス
兵卒カ發射シテ人家ニ彈丸ヲ飛シタルカ如キハ則チ其兵卒又ハ之ヲ指揮スル者ノ過チナリ此例ニ於テハ國家ニ過チナキコト特ニ明カナリ
其他官設ノ工事ニ因テ人民ノ權利ヲ毀損シタル場合ニ於テハ必ス其工事ノ設計ノ粗漏ナルカ又ハ工作ノ粗惡ナルニ因リテ人民ノ權利ヲ侵害スルモノナリ工事ノ施設者カ法律ノ範圍ヲ脫セス且ツ其工事ニ粗漏粗惡ノ過チナキニ於テハ決シテ人民ノ權利ヲ毀損セサルモノナリ
是故ニ以上ノ諸例ハ官吏ニ責任アルコトヲ證スルニ足ル
第四 司法官
司法官モ亦責ニ任スルカ
此問題ニ付テハ判官ト檢事トヲ區別ス可シ
判官カ判決ヲ過ルヤ人民ノ財產ヲ害シ或ハ其生命健康ヲ害ス財產ト健康ノ害ハ之ヲ回復スルコトアル可シ生命ハ然ラス故ニ判官ノ過誤ヨリ生スル損害ハ他ノ行政官ノ過誤ヨリ生スル損害ニ比スレハ一層ニ重大ナリ而シテ世上往々其過誤アルヲ見ル故ニ判官モ亦其過誤ニ付キ責ニ任スルハ當然ナリ然レトモ法律ハ判官ノ過誤ヲ責メス唯其故意ノ加害ヲ責ム
按スルニ判官ノ過誤ヲ判斷シ其責ニ任セシムルモノトスルトキハ誰カ之ヲ判スルカ其判斷ヲ爲ス者モ亦同シク過誤ナキヲ保チ難シ此ノ如クスルトキハ遂ニ其責任ノ底止スル所ナシ故ニ判官ノ過ヲ責ムルハ實地ニ之ヲ行フ可カラス判官ト雖モ故意ヲ以テ人ヲ害スルトキハ責ニ任セサルヲ得ス故ニ佛國訴訟法ニハ其第五百五條以下ニ於テ判官ノ責ニ任スル場合ヲ規定セリ
又判官ハ一般ノ責ニ任セサルヲ以テ法律ハ特ニ鄭重ヲ加ヘ其過ヲ救フ方法ヲ設ケタリ
檢事ハ如何
檢事ガ罪犯ナリト認メ過テ無罪者ヲ捕ヘタルトキハ其名巷ヲ汚シ及ヒ其財產ニ損害ヲ加フ而シテ名譽ノ汚辱ハ回復スルコト難シ故ニ檢事ノ過誤モ亦甚タ人出害ヲ爲スモノナリ是ヲ以テ西國ニハ近來檢事ノ過誤アルトキハ其責ニ任セシムルノ論者多シト云フ「ロエスレル」(白國ニハ警察官カ粗漏ニ無罪者ヲ捕ヘ因テ民事上責ニ任スルノ判決ヲ受ケタル例アリ)
然ルニ檢事ノ無責任ハ何ノ理由アリテ然ルヤ
按スルニ檢事ノ職ハ「極メテ困難ナルモノニシテ若シ之ヲシテ過誤ノ責ニ任セシムルトキハ或ハ其職ヲ盡ササルノ弊ヲ生セン故ニ立法者ハ以爲ラク檢事ヲシテ責ニ任セシムルノ弊ハ之ヲシテ責ニ任セシメサルノ弊ニ比シテ甚タ大ナルヘシト因テ特ニ其過誤ノ責ヲ免セリ蓋シ已ムヲ得サルニ出テタルナリ
然レトモ立法者ハ大ニ注意シ檢事ノ職ヲ行フニ付テハ種々ノ規則ヲ作リ方式ヲ定メ此ニ從ハサルトキハ其責ニ任セシム且ツ其名譽心ト道徳心トニ依頼シテ漫リニ人ヲ捕縛スルコトナシト推定セルナリ檢事モ亦判官ノ如ク故意ヲ以テ人ニ害ヲ加フルトキハ固ヨリ其責ニ任ス佛國治罪法第百十二條第二百七十一條第三百五十八條ノ類ノ如シ
檢事カ人ヲ捕フルトキハ既ニ多少ノ證憑アリテ其心ニ犯者ナリト判斷ヲ爲セルモノナリ故ニ刑法ニ照シテ無罪者トナルコトアルモ被保者ニ於テ多クハ不正ノ行爲アルナリ偶々全然ノ過誤アリト雖モ幸ニシテ世上甚タ多ク之ヲ見ス若シ檢事ノ無責任ニ付キ大ナル弊害ヲ生スルコトアラバ直チニ其責任ヲ定ムルノ法ヲ制定セサル可カラス
佛國ニ於テハ或ル官吏ニ付テハ特ニ法律ヲ以テ責任ヲ明定スルコトアリ例ヘハ民法第五十一條第五十二條、訴訟法第二百九十三條第千三十一條及ヒ前ニ引證セル訴訟法治罪法ノ諸條ノ如シ
以上官吏ノ責任ニ關スル問題ヲ終ル
○第二問題ニ曰ク國家ノ事ヲ行フ者カ犯罪又ハ準犯罪ニ付キ責ニ任スル場合ニ於テ國家ハ間接ニ民事上其責ニ任スルカ
是レ本論ノ主眼ナリ
我カ民法案ハ其第三百七十三條ニ於テ之ニ答テ曰ク公ノ事務所ハ其屬員カ受任ノ職務ヲ行フ爲メ又ハ之ヲ行フニ際シテ加ヘタル損害ニ付キ責ニ任スト
此規定ハ是カ非カ
按スルニ我民法案第三百七十三條ハ佛國民法第千三百八十四條ヲ模倣シタルモノナリ但佛國民法ニハ官吏ニ關スル明文ナシ唯人民ノ雇者被雇者ノ間ノ事ノミヲ規定セリ學說ニハ此條ヲ國家ト官吏トノ間ニ適用ス可シト云ヒ又ハ否ナリト云フ判決例モ亦說ヲ同フセス互ニ相駁撃シテ理由ヲ述フ今二三ノ學者ノ說及ヒ判決例ヲ左ニ示ス
「ボアソナード」ハ我カ民法案第三百七十三條ニ說明ヲ付シテ曰ク主人カ其被雇者ノ所爲ニ付キ責ニ任スルト同ク國家府縣町村モ亦民法ノ規定ニ從ヒ同樣ノ責ニ任ス可シ此說ニ付テハ佛國其他ノ諸國ニ於テモ未タ曾テ異論ヲ爲ササル所ナリ日本ニ於テモ亦必ス同カラン故ニ國家ハ郵便、電信、鐵道運送ノ如キ賃ヲ取テ事ヲ行フ場合ニ於テ其使用スル者ノ犯罪又ハ準犯罪ニ付キ民事上責ニ任スヘキノミナラス官ノ水夫又ハ發射ヲ爲ス兵卒又ハ信書ヲ送逹スル騎卒ノ過失ヨリ生スル損害及ヒ行政官吏ノ職權濫用ニ因ル損害ニ付テモ亦同シク其責ニ任ス可シト(此說明中佛國及ヒ其他ノ國ニ於テ異論ナシトアルハ全ク事實ト反ス蓋シ「ボアソナード」ノ杜撰ナリ其事實ト反スルノ證ハ下ノ佛國ノ學者ノ說及ヒ大審院參事院ノ判決例ニ據テ明ナリ)
「デモロンブ」曰ク官省廳局ハ國家ヲ代表スルモノナリ此等ノ衙署ニ奉職スル者ノ職務ヲ行フニ當リテ損害ヲ人ニ加ヘタルトキハ國家ハ其賠償ノ責ニ任スヘキナリ此責任ハ特ニ法律ニ明文ヲ揭ケタル場合アリ(千七百九十一年八月二十二日ノ法、千八百四十五年七月十五日ノ法)府縣町村ニ付テモ亦同シ(「デモロンブ」ハ大審院及ヒ控訴院ノ判決例ヲ列擧シテ其說ヲ證ス)
「オーブリ」ハ全ク「デモロンブ」ト同一ノ說ヲ爲セリ
「オーコツク」ハ官ノ施行セル土木工事ニ因テ人民ノ權利ヲ毀損シタル場合ニ於テ論シテ曰ク被害者ハ誰ニ向テ賠償要求ノ訴ヲ爲ス可キカ曰ク若シ行政廳カ職工ヲ雇ヒテ工事ヲ爲シタルニ於テハ民法第千三百八十四條ニ依リ行政廳ニ訴求ス可シト而シテ若シ行政廳カ請負ノ約束又ハ特許ノ方法ヲ以テ工事ヲ爲ストキハ更ニ問題ヲ二ツニ分ツ曰ク行政應ハ請負人又ハ特許人ノ所爲ニ付キ責ニ任スルカ曰ク請負人又ハ特許人ハ其使用人ノ所爲ニ付キ責ニ任スルカ(官設ノ工事ヲ請負人ニ請負ハシムルトキト公益工事ヲ或ハ會社ニ特許シテ其事業ヲ行ハシムルトキ卽チ鐵道事業ヲ私立會社ニ特許セシトキノ類トノ區別ナリ)
此第一問題ニ付テハ先例甚タ少シ佛國ニ於テハ通常行政廳ハ請負又ハ特許條款ヲ設ケ請負人又ハ特許人ヲシテ工事ヨリ生スル總テノ損害ノ賠償ニ當ラシム然ルニ此條款ハ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得ルカ若シ工事ニ付テノ被害者カ請負人又ハ特許人ニ賠償ヲ要求セスシテ直チニ國家ニ之ヲ要求スルトキハ其要求ハ之ヲ受理ス可キカ或ハ此場合ニ於テハ請負人又ハ特許人ニハ民法第千三百八十四條ノ雇人又ハ屬員ニ關スル規定ヲ適用ス可カラスト言ハンカ「オーコツク」曰ク國家カ工事ヲ爲スニハ一種ノ權ニ依テ之ヲ行フモノナリ而シテ此權ヲ行フニ當リ人ノ權利ヲ毀損シタルニ於テハ自ラ其責ヲ免カレントシテ却テ之ヲ他人ニ任セシムルコトヲ得ヘキカ餘ハ甚タ之ヲ疑フナリト
參事院ノ判決例ヲ按スルニ場合ニヨリ區別ヲ立テ工事カ粗惡ニシテ行政廳ノ官吏カ其監督ヲ怠リ而シテ請負人カ無資力ナルトキニ於テ始メテ行政廳ニ責任アリト爲セリ然ルニ近來ニ至リ參事院ハ行政廳ヨリ規則通リニ許可シテ請負人カ工事ニ要スル材料ヲ開掘シタルニ因リ生セル損害ニ付キ賠償ノ責ヲ國家ニ歸セリ(千八百七十七年四月二十七日ノ判決)因テ察スルニ國家ノ責任ヲ一層ニ擴メタルモノナリ
特許人ニ關シテハ千八百五十五年十一月二十九日ノ判決アリ國家ハ特許人ノ所爲ニ付キ責ニ任セスト宣言セリ但シ此判決ハ特許條款ニ總テノ損害賠償ノ責ヲ特許人ニ於テ負擔スヘキコトヲ規約シタルヲ以テ理由トスルコトヲ明言セリ(此規約ハ第三者ニ對抗シカタシ)近來ハ又說ヲ一變シテ或ル邑ノ工事ヲ特許セル場合ニ於テ損害ヲ生シタル事件ヲ判決シテ邑ハ賠償ノ責ニ任セス但シ特許人カ無資力ナル場合ハ此限ニ在ラスト曰ヘリ故ニ國家ハ責ヲ免カルルコトヲ得サルナリ
「オーコツク」曰ク請負人又ハ特許人ノ爲セル工事ニ付キテノ被害者ハ先ツ請負人又ハ特許人ニ對シテ賠償ヲ要求スルヲ便ナリトス然レトモ若シ請負人又ハ特許人カ無資力ナルニ於テハ國家ハ其責ニ任ス可キコト勿論ナリト
「ローラン」曰ク民法第千三百八十四條ノ規定ハ之ヲ國家ニ適用スヘキカノ問題ハ極メテ答案ニ困難ナルモノナリ此事項ニ付テハ未タ學者充分ニ研究ヲ爲サス故ニ判決例モ亦區々ニシテ適從スル所ヲ得ス又法學者ニ於テモ說ヲ同フセス「オーブリ」及ヒ「ロー」ノ說ニ從ヘハ國家ハ總テ官吏ノ所爲ニ付キ責ニ任スルカ如シ然ルニ殆ント此說ヲ贊成スル學者ナシ唯主人カ其使用人ニ事ヲ委托シテ爲サシムルカ如ク國家カ事ヲ委托シタル場合ニ於テハ責任アリトスルナリ故ニ何等ノ場合ニ於テハ國家カ委托者ト爲ルカヲ研究ス可シト(「ロヱスレル」ノ說ハ「ローラン」ノ說ニ類スルカ如シ)
「ラロンビヱール」ハ曰ク國家カ工業ヲ營ミ利ヲ得ントスルノ所爲ニ付テハ全ク民法ノ規定ヲ適用ス可シト「ローラン」曰ク國家ノ責ニ任ス可キハ唯此事項ニ限ルカ
「ラロンビヱール」曰ク然ラス國家カ法律ノ範圍内ニ於テ公共ノ爲メ事務署ヲ設置シ其維持方法及ヒ人民トノ關係ヲ定ムルトキハ亦責ニ任スト而シテ「ラロンビーヱル」ハ公共ノ事務署ナルモノノ何タルヲ說明セス故ニ各官省ヲモ其中ニ包含スルヤ否ヤヲ知リカタシ「ラロンビヱール」ノ說ハ國家ノ責ニ任スヘキ事項ハ否ラサル事項トノ區別ヲ示サスト雖モ要スルニ國家ハ或ル場合ニ於テハ責ニ任シ或ル場合ニ於テハ任セストスルコト明瞭ナリ而シテ國家カ責ニ任セサル場合ハ如何
「ラロンビヱール」曰ク官吏カ公權ノ一分ヲ委任セラレ其作用ヲ以テ純然タル政府的處分ヲ爲ストキハ國家ハ其犯罪又ハ準犯罪ニ付キ民事上ノ責ニ任セス何トナレハ若シ國家ヲシテ責ニ任セシムレハ公益ニ損失ヲ加フヘケレハナリ故ニ此場合ニ於テハ被害者ハ犯罪人又ハ準犯罪人タル官吏ニ對シテ要求スルノ外ニ道ナキナリト所謂純然タル政府的處分トハ何等ノ處分ヲ指スカ「ラロンビヱール」ハ之ヲ明言セス
又佛國ノ判決例ヲ按スルニ甚シク說ヲ異ニス大審院ト參事院トハ正ニ反對スルノ說ヲ執レリ
大審院ハ民法第千三百八十四條ヲ國家ニ適用スルノ說ヲ爲シ而シテ其說タル極メテ嚴ニシテ假借スル所ナシ
郵便車ヲ御スル者過テ路人ヲ倒ホシ之ニ傷ヲ負ハシメタリ大審院ハ御者ニ罪ヲ科シ郵便局ヲシテ民事責任ヲ負擔セシメタリ蓋シ民法第千三百八十四條ヲ適用シタルナリ
參事院モ亦總テ國家ハ無責任ナリトハ論セス國家カ所有者ノ資格ヲ以テシ又ハ無形人トシテ民事上ノ義務ヲ負擔スルトキハ責任アリテ民法ノ條規ニ從フト雖モ其公權ヲ行フニ當テハ否ラスト爲セリ其理由ニ曰ク國家ノ責任アルコトヲ定メタル特別法アリ例ヘハ千七百九十一年八月二十二日ノ法第八章第九條ニ稅關ノ官吏カ其職務ヲ行フニ當リテ爲セル事ニ付テハ官ハ其責ニ任スルコトヲ定メタリ又千八百四十五年七月十五日ノ法ニ宮設鐡道ノ官吏ニ付テモ亦同樣ノ責任ヲ定メタリ而シテ其他一般ニ官カ官吏ノ所爲ニ付キテノ責任ヲ定メタル法ナシ若シ一般ニ官カ官吏ノ所爲ニ付キテ責ニ任スヘケレハ何故ニ千七百九十一年及ヒ千八百四十五年ノ法ヲ制定スルノ必要アリヤト
「ローラン」曰ク「オーブリ」ハ大審院ノ說ニ據テ論ヲ立テ「ラロンビヱール」ハ參事院ノ議ニ據テ說ヲ爲ス者ナリ而シテ「オーブリ」ハ嚴ニ失シテ「ラロンビヱール」ハ法律ニ反スルカ如シト
又曰ク大審院カ民法第千三百八十四條ヲ國家ニ適用スルハ善シ但シ國家カ委托者ノ資格ヲ有スルトキニ限ル可シ而シテ困難ノ點ハ何等ノ場合ニ於テ國家カ委托者ノ資格ヲ有スル歟ノ問題ニ在リ此問題ニ答ント欲セハ須ラク民法ノ原則卽チ屬員ニ主人ノ名ヲ以テ事ヲ行フニ當リ過チヲ爲シ因テ損害ヲ他人ニ加ヘタルトキニノミ主人ニ其賠償ノ責ニ任スルノ原則ヲ移シテ國家ニ適用ス可シ故ニ更ニ問題ヲ發ス曰ク官吏ハ總テ國家ノ名ヲ以テ事ヲ行フカ曰ク否ナ例ヘハ郵便事務ノ如キ之ニ任スル者ハ固ヨリ國家ノ名ヲ以テ事ヲ行フナリ其他官設ノ工業(煙草製ノ類)ニ付テハ殊ニ然リ此等ノ場合ニ於テハ國家ト官吏トノ關係ハ主人ト被雇人トノ關係ト異ナルコトナシ然レトモ裁判官又ハ學藝ノ教官ノ如キハ之ニ異ナリ何トナレハ裁判ハ國家カ裁判スルニ非ラス判官カ裁判スルナリ學藝ノ教授ハ國家カ教ユルニ非ス教官カ教ユルナリ判官ノ訴訟ヲ判斷シ敬官ノ學藝ヲ教授スルハ毫モ長上ノ指揮ニ從フヘキモノニ非ス故ニ殆ント大權ヲ行フニ類スルナリト
如何ニシテ國家カ委托者ノ資格ヲ有スルコトヲ知ルヲ得ルカ
白耳義ノ裁判所ニ於テ一說ヲ提出シタル者アリ曰ク國家カ自在ニ且ツ注意シテ官吏ヲ選任スルコトヲ得及ヒ其職務ヲ行フニ付キテハ國家カ訓令ヲ下シ且ツ執行方法ニ至ルマテ指揮スルノ權ヲ有スルトキハ國家カ委托者ノ資格ヲ有スルナリト白國裁判所ハ此說ヲ斥ケテ曰ク此ノ如クスルトキハ判官ヲ除ク外ノ總テノ官吏ニ對シテハ國家ハ委托者ノ資格ヲ有スルコトトナルナリト因テ宜シテ曰ク以上ノ條件ニ更ニ下ノ條件ヲ加フ可シ曰ク其官吏ノ職務ハ人民ノ私益ヲ目的ト爲シ且ツ其事業ニ付キ國家カ利益ヲ收ムルトキニ於テ始メテ委托者ノ資格アリト
「ローラン」曰ク此裁判所ノ說ハ狹隘ニ失ス若シ此說ニ從ヘハ國家ノ責ニ任ス可キ場合ハ絕テ無シト謂テ可ナリ何トナレハ國家カ私益ヲ目的トスルコトナケレハナリト
「ローラン」モ亦其說ノ主要ノ點ヲ判然指示スルコト能ハス故ニ其論ノ末ニ至リ曰ク要スルニ國家カ委托者ノ資格ヲ有スルト否トノ論ハ判官ノ審査ニ因テ定マルモノナリ畢竟此レ法律上ノ問題ニ非スシテ事實上ノ問題ナリト
此事項ニ付キテハ一定ノ說ナキコト以上記述スル所ニ因テ明カナリ更ニ問題及ヒ西國學說ノ要領ヲ述ヘン
國家ハ官吏カ其職務ヲ行フニ當テ犯罪又ハ準犯罪ヲ爲シタルトキ其民事上ノ責ニ任スルカ民法案財產編第三百七十三條中「公ノ事務所」トアルハ是カ非カ
佛白兩國學者ハ之ニ答ヘテ曰ク
一 是ナリ(「ボアソナード」「デモロンブ」「オーブリ」及ヒ佛國大審院白國裁判所ノ說ナリ)
二 或ル場合ニ於テハ此規定ヲ是トス(「ラロンビヱール」ノ說○同氏ハ其或ル場合ヲ明示セス
三 國家カ委托者ノ資格ヲ有スルトキハ此規定ヲ適當ナリトス(「ローラン」ノ說○同氏ハ何等ノ場合ニ於テ國家カ委托者タルヤヲ明示セス)
要スルニ以上記スル所ノ學說及ヒ判決例ヲ大別スレハ二派アリ卽チ國家ハ總テ責ニ任スト云フモノ及ヒ或ル場合ニ於テノミ責ニ任スト云フモノ是ナリ更ニ一說ヲ立テ國家ハ總テ責ニ任セスト云フコトヲ得可シ(英米ニ於テハ此說アリト果シテ信ナルカ)故ニ大抵三說アリナリ何ンノ說ニ從ハンカ此問題ニ答フルニハ先ツ國家ノ事務ヲ研究ス可シ
凡ソ國家ノ事務ハ其種類極メテ多シ立法ノ大權ヨリ寮局ノ細事ニ至ルマテ國家ノ事務ニ非サルハナシ此百般ノ事務ヲ一言ニシテ區別セントスルハ決シテ爲シ能ハサルコトナリ今試ミニ其種類ヲ列記セン茲ニ一言シ置クノ必要アリ曰ク凡ソ主人カ其雇人ノ所爲ニ付キ間接ニ損害ノ賠償ニ任スルノ民法ノ原則ハ普通法ヨリ言ヘハ變則ナリ何トナレハ凡ソ他人ノ所爲ニ付キテハ責ニ任セサルヲ本則トスレハナリ民法ノ間接ノ責任アリトスルニハ必ス主人タル者カ雇人ノ人選ニ於テ過失アルコト卽チ惡人又ハ不熟練人ニ事ヲ任シタルノ過失アルコトヲ要ス
第一 尋常財產上ノ事
財產ニ二種アリ國家ノ私有財產及ヒ公有財產是ナリ
國家カ私有財產ヲ賣買、交換、貸借、贈與、受贈スルニ付テハ何ンノ規則ニ從フカ例ヘハ國家ノ私有財產ヲ賣却スルノ任ヲ受ケタル者カ詐僞ヲ以テ賣買契約ヲ履行セサルトキハ國家ハ詐僞者ニ非サルヲ以テ直接ノ責ニ任セサルモ間接ノ責ニ任セサル可カラストノ說ハ西國ノ學者ニ於テモ異論ナキカ如シ其他雇傭ノ契約ニ付テモ亦同シ卽チ民法ノ原則ニ從フナリ
國家ノ公有財產ハ之ヲ賣却賃貸スルコトヲ得スト雖モ之ヲ購求シタルトキハ如何例ヘハ買入ノ任ニ當ル者ニ過失又ハ故意ニテ賣主ニ損害ヲ加ヘタルトキハ如何此賣買ハ無論民法ノ賣買ノ原則ニ支配セラル可シ而シテ買受ノ任ニ當ル者ノ犯罪準犯罪ヨリ生スル賣主ノ損害ニ付テモ亦民法ノ原則ニ支配セラル可シ
國家カ受寄者ト爲リタルトキモ亦民法ノ原則ニ從フ可シ
以上ノ事務ニ付キ國家カ間接ノ責ニ任スルノ議ニ關シテモ亦大抵同意者多シ蓋シ其損害ハ國家カ人選ヲ過リタルニ原因スル故ナリ
第二 尋常財產上ニ非サルコト
郵便電信ハ國家ノ事務ナリ若シ人民ノ委託セル有價物ヲ郵便局ノ吏員カ盜ムカ又ハ過テ紛失シタルトキハ如何學者皆曰ク國家ハ其損害ノ賠償ニ任ス可シト
官設鐵道ノ吏員カ運送物ヲ盜ミ又ハ紛失シタルトキモ同樣ナリ
第三 官設工事
國家カ工事ヲ營ム場合例ヘハ官廳ヲ造營スルニ當リ國家ノ使役スル者カ過テ人ノ生命又ハ財產ニ毀害ヲ加ヘタルトキハ如何
國家カ公益工事例ヘハ鐵道又ハ港灣又ハ道路ヲ築造若クハ修繕スルニ當リ吏員カ計畫ヲ誤ルカ又ハ故意ヲ以テ人民ノ財產ニ損害ヲ加ヘタルトキハ如何
佛白等ノ國ニ於テハ此等ノ場合ニ於テ設計ノ誤謬ニ原因スル損害ハ國家ノ直接ノ責任トシテ論スルナリ其吏員ノ故意ノ損害ニ付テハ學者ハ之ヲ間接ノ國家ノ責任トスルカ如シ
按スルニ鐵道局郵便局ノ吏員カ其配逹運送ノ事業ヲ爲スニ當リ過失又ハ故意ニテ人民ノ財產又ハ生命ニ損害ヲ加ヘタルト公共工事ニ任スル吏員カ工事ヲ施行スルニ當リ過失又ハ故意ニテ人民ノ財產又ハ生命ニ損害ヲ加ヘタルトハ差引ヲ爲シ難シ何トナレハ工事モ公益ナリ郵便モ公益ナリ又害ヲ受ケタルニノハ同シク財產生命ナリ而シテ其原因ハ國家ノ使役スル吏員ノ過失又ハ故意ナリ故ニ前例ニ照ストキハ均シク國家ニ間接ノ責任アリト斷言スルコトヲ得ヘシ
第四 警察衞生及ヒ兵卒
既ニ公共工事ニ付キ右ノ如ク斷言スルコトヲ得ルトセハ例ヘハ警察官、衞生吏カ過失又ハ故意ニテ人民ノ生命財產ヲ毀損シタルトキモ亦同樣國家ニ間接ノ責任アリト謂フ可シ
發火演習ヲ爲ス兵卒カ過失又ハ故意ニテ人ヲ殺傷シ若クハ家屋ニ放火シタルトキモ國家ノ責任ヲ免ルノ理由ヲ得難シ佛國ニ於テハ既ニ判決例アリテ國家ノ責任アリトセリ
警察官ニ付テハ白國ノ判決例ハ國家ノ責任アルコトヲ示ス
第五 租稅徵收
租稅ノ徵收ニ付テハ人民ノ權利ヲ毀損スルコト多シ例ヘハ徵收吏カ過テ不當ノ租稅ヲ徵收シタルトキハ其徵收ノ金員ヲ以テ國庫ヲ富マシタルト否トヲ問ハス之ヲ返還スルノ責ニ任ス可シ「ロヱスレル」曰ク人民カ國家ノ爲メニ官吏ニ支拂ヲ爲シタルトキト縱令ヒ其官吏カ受ケタル金錢ヲ遺失又ハ私用スト雖モ人民ハ支拂ノ義務ヲ免ルト卽チ人民ハ官吏ニ支拂フタルトキハ國家ニ支拂フタルモノトスルナリ是故ニ官吏ニ支拂フタルトキハ又國家ニ對シ權利ヲ生スルコトモアル可シ卽チ拂フノ義務ナキモノヲ官吏ニ拂ヒタルトキノ如シ其國家ノノ義務ハ官吏カ其金錢ヲ紛失又ハ私用シタルトヲ問ハス
第六 官ノ工業
製紙局製絨局印刷局造幣局造船局ノ類ハ總テ民法ノ原則ニ從フヘキコト學者ニ於テ異論ナシ
第七 尋常行政
尋常行政行爲ハ大臣知事等ノ命令指令ノ類ナリ例ヘハ知事カ火災ヲ豫防セントシテ家屋構造ノ變更ヲ命スルカ如シ又築堤ノ願ニ對シ聞屆ケスト指名スヘキヲ過テ聞屆クト指令シ後ニ其指令ノ取消ヲ命令シテ既成ノ工事ヲ毀壞セシメ又ハ其聞屆クト指令シタル爲メ隣傍ノ土地ヲ害スルノ類許多アリ
「ロエスレル」ハ之ヲ國權ヲ行フモノトシ國家ニ責任ナシト論セリ學者ノ最モ立說ニ苦ム所ノモノハ此點ナリ故ニ此一點ニ付テハ西國ニ於テモニ派ニ分レテ國家ノ責任アリト云ヒ又ナシト云フ
按スルニ此論點ニ付キ國家ニ責任ナシト云フ者大抵國權ヲ行フト云フヲ以テ其理由トスルカ如シ抑モ國權トハ何等ノモノソ人民ノ權利國家ノ成立ヲ保護スル爲メノ權ナル可シ此權ハ人民ノ權利ヲ襲撃スルノ器具ニ非サルハ論ヲ俟タス或ル學者ハ之ヲ行政ノ原力ト云フ若シ國家ニ一種ノ原力ナルモノアリテ或人ノ言ヘル如ク之ヲ以テ人民ノ權利ヲ毀損シ利益ヲ侵害スルモ可ナリトセハ原力ノ勢タル雷ノ如ク何時何人ノ頭上ニ堕落スルカヲ知ラス天下一日モ安ンスルコトヲ得ス秩序索亂シテ國家ハ爲メニ崩頽セン而シテ知事カ道路ヲ廣メ又ハ火災ヲ防止セントスルモノ及ヒ築堤ノ適否ヲ判斷シテ許容スルモノハ皆公益ヲ目的トセサルハナシ此公益ヲ目的トスルニ當テ之ニ任スル者カ不熟練ナルトキハ則チ其人選ニ於テ過失ナシトセス卽チ民法ノ原則ヲ適用ス可シ
之ヲ要スルニ國家ノ事務ハ極メテ多端ナリ故ニ或ル點ヨリ觀察スレハ之ヲ種々ニ區別スルコトヲ得ヘシト雖モ國家ノ間接ノ責任ヲ論スルニ當テハ區別スルコトヲ得ス是故ニ總テ國家ニ責任アルモノトス可シ
然レトモ此ノ如キ規則ハ實地ニ施シ難シ判官檢事ニ付テハ殊ニ困難ナリ故ニ除外例ナキヲ得ス
若シ官吏ヲ選任スルノ方法極メテ嚴重ニシテ且ツ其責任ヲ擔保スルノ方法完全ナルニ至ルトキハ國家ノ責任ヲ全廢スルコトヲ得ヘシト雖モ此レ獨リ日本ニ於ケルノミナラス西國ニ於テモ今日ノ情況ニテハ望ム可カラサル所ナリ(純然タル理論ニ據レハ官吏ノ選任ト其責任ノ擔保トヲ法律ヲ以テ完全セシムルニ至リタルトキハ國家ハ總テ責任ナシト謂フコトヲ得ヘシ國家ノ事務ヲ區別シテ責任ノ有無ヲ定ムルノ說ニハ從ヒ難シ)
論者或ハ言ハン若シ以上論スル如クスルトキハ國庫ハ賠償ニ堪ヘサルニ至ラント(「モツセー」之ヲ論ス)按スルニ國家ノ責任ハ第二段ニ在リ先ツ官吏ヲシテ責ニ當ラシムルナリ而シテ場合ニヨリ責ニ任スルノ官吏ノ數人ナルコト有リ且ツ官吏カ自己ノ過失又ハ故意ヲ以テ損害ヲ生シ因テ國家ニ責任ヲ波及シタルトキハ其官吏ハ國家ニ對シテモ亦責ヲ擔フナリ故ニ官制ノ整ヒタル後ハ此各々其責任ヲ知リ漫ニ人ニ損害ヲ加フルコトアラスシテ結局國庫ノ負擔スヘキ金額ハ甚タ巨多ナラサル可シ
論者又ハ或ハ曰ン此ノ如キ制度ヲ行フトキハ官吏ハ畏縮シテ事務擧ラサルノ弊ヲ生セント此論ハ或ハ勢力ヲ得ンコトヲ恐ル然レトモ此論ニ從フトキハ官吏一己ノ責任ヲモ亦免除セサルヲ得スシテ國家ノ爲メ損害ヲ受ケタル者ハ終ニ訴フル所ナシ其極タル天下ノ亂ヲ惹起センノミ(「ロヱスレル」ハ官吏一己ノ責任アリト明言セリ)
財物ニ付テハ國庫カ直接ニ責ニ任ス可キ場合アリ例ヘハ官吏ノ所爲ニ因リ國庫ニ納ムル可カラサルモノヲ納メタルトキハ國庫ハ不當ノ財ヲ得タルナリ此場合ニ於テハ國庫ハ民法案第三百六十一條ニ依テ返還ノ責ニ任ス第三百七十條ニ依ルニ非サルナリ
右ノ主旨ニ從フトキハ民法案第三百七十三條中「公私ノ」ノ三字ヲ削除シ新タニ左ノ一項ヲ設ク可シ
國、府、縣、町、村ニモ本條ノ規定ヲ適用ス但法律ヲ以テ特ニ責任ヲ免除スル場合ハ此限ニ在ラス
白耳義民法新案第千百三十四條第三項ニ曰ク國ハ官吏ヲ以テ事ヲ爲シ委託者ノ名義アルトキハ責ニ任ス官吏カ任セラレタル社會ノ事務ヲ自己ノ名義ニテ取扱フトキハ其官吏ハ國ニ隸屬スト雖モ國ハ委託者ニ非ス