旧民法・法例(明治23年)

法律取調委員会 民法草案議事筆記 第15回

参考原資料

備考

  • 未校正のテキストデータです.
民法草按第二編第十五回議事筆記
第六百二十八條第六百三十五條及ヒ人證存廢ノ件
賃貸借、人證存廢
(委員長)
六百二十八條ノ修正カラヤリマシヨウ
第六百二十八條修正案朗讀ス
第六百二十八條(改正)他人ノ物ノ管理者ハ金錢外ノ有價物ヲ貸賃トナシテ賃貸スルコトヲ得ス然レトモ米又ハ其他穀物ノ栽培地ニ付テハ其他ノ產物ヲ貸賃トナシテ賃貸ヲ爲スコトヲ得
(委員長)
修正ノ方ガ宜シイ樣ダ他ニ異存ガナケレバ修正ニ決シテ先キヘヤリマシヨウ
(工藤報吿委員)
六百三十五條ノ第三項以下朱書ノ通リ修正致シマスソレカラ同條ニ「ロ」ノ一條ヲ置キマス
(修正) 賃借人ハ賃借修繕及ヒ其他井戶雨水溜下水溜水道管ノ疏浚ニ任セス但シ保持修繕及ヒ賃借修繕ニ付キ地方ノ慣習右規程ニ異ナルトキハ此限ニ在ラス
(ロ) 第六百三十六條 大修繕トハ大壁ノ修繕一箇又ハ數箇ノ重ナル梁柱基礎ノ變更屋根天井床板全部又ハ過半ノ改造圍牆壁石垣等迄堤塘ノ修築ノ如キ修繕ヲ謂フ保持修繕トハ屋根天非床板ノ一分ノ修復疊建具雨戶壁紙ノ全部ノ修復ノ加理キ修繕ヲ謂フ賃借修繕トハ硝子戶ノ修復障子ノ張替ノ如キ修繕ヲ云フ
(松岡委員)
「雨水」トハ擔下ニ溜メテ置クノデアリマスカ
(南部委員)
左樣デス
(松岡委員)
雨水ヲ拔クノダロウ
(南部委員)
水ヲ溜メテ置クモノヲ浚ウノデアリマス
(工藤報吿委員)
下水ノ溜リタルモノヲ拔カスコトハ幾ラモ御座イマス、大キナ盥ヲ置テ溜メテ置クノガ御座イマス
(松岡委員)
惡水ヲ拔クト云フ旨意デアルカ、大下水ヲ導キテ拔クト云フノハ雨水溜デハアリマセン
(工藤報吿委員)
雨水溜ト云フノハ雨水ヲヤル所ガナイカラ、一時其所ヘ溜メテ置クノデ御座イマス
(淸岡委員)
賃借修繕ト云フテ分リマスカ
(南部委員)
直グ跡ニアリマスカラ分リマス
(工藤報吿委員)
賃借修繕ト云フノハ賃借人ガ爲スベキ修繕ト云フノデアリマス
(委員長)
壁紙ト云フノハ貸主ガ持ツモノデアリマスカ
(工藤報吿委員)
今日ノ有樣デハ印刷局ニテ出來タル紙ヲ荒壁ヲ塗リタル上ニ張ルノガ御座イマス
(淸岡委員)
併シ襖ノ破レタルハ賃借人ガ修繕シナケレバナリマセン
(松岡委員)
前ニ襖ノアリタル儘ヲ貸テ置キ襖ニ穴ガアイタトカ或ハ壁紙ニ穴ガ開ケバ掛合ハナケレバナリマセン
(工藤報吿委員)
「地方ノ慣習此規程ニ異ナルトキハ」トアリマスカラ差支ハアリマスマイ
(村田委員)
疊建具壁紙抔ハ賃貸人ハ負擔サセルコトニ致シ度イト思ヒマス是レ丈ケハ賃借人ニサセナケレバ掃除ノ仕方ニ因テモ大ニ違ヒマス
(南部委員)
何レニシテ地方ノ習慣ト云フコトガアルカラ差支アリマセン
(鶴田委員)
東京デハ最初疊建具付キニテ貸テアレバ、ソレカラ先キハ借リタ者ガ修繕スルト云ヒマシタ
(工藤報吿委員)
東京中ニモ慣習ガ種々ニ分レテ居リマスカラ一定スルコトハ出來マセン地方ノ慣習ト云フ拔ケ道ヲ付ケテ置ケバ少シモ差支アリマセン、裁判所ヘ出テモ慣習ヲ認メテ裁判スルカラ差支ナイト思イマス
(村田委員)
硝子戶抔ハ酷クスレバ壞ハレテ仕舞ヒ、其者ノ使用ニ因テ惡クモナリ善クモナルカラ借人ガスルノハ當リ前ダ
(松岡委員)
當然ノ使ヒ方デ損シタルハ仕方ガナイ、云ハバ古ビタルノト同ジコトデアリマス
(南部委員)
之ハ二回モ修正ニナリ且「地方ノ習慣ノ此規定ニ異ナルトキハ此限ニ在ラス」ト云フコトガアリマスカラ差支ナイト思ヒマス修正按ニ御決シヲ願ヒマス
(淸岡委員)
雨水溜ハ天水桶トハ違ヒマスカ
(工藤報吿委員)
天水桶ハ出火ノ用ニ供シマスガ、此レハ下水溜ノ一ツデ御座イマス
(村田委員)
肥前ノ邊デハ雨水ヲ溜メテ飮ンデ居リマス
(南部委員)
之ハ飮ムノデハアリマセン流ガスノデアリマス
(松岡委員)
文字ノ上カラ云ヘバ溜メル樣ニナルガ、之ハ雨水流シデアリマス
(淸岡委員)
規程ノ「程」ノ字ハ「定」ト云フ字ダロウ
(工藤報吿委員)
ソレデハ「定」ト直シマス
(松岡委員)
「溜」ト云フ字ハ削除シテモ宜シカロウ
(淸岡委員)
「管」ノ字ハ削テ宜シカロウ、管デモ矢張リ水道デアリマスカラ
(委員長)
左樣サ、ソレデモ宜シイ
(村田委員)
水道ト云フト大キクナリマス
(工藤報吿委員)
水道ト云フト玉川モ這入リマスカラ
(松岡委員)
井戶浚下水浚ハ構ハヌコトニシテ置テハ如何ダロウ
(村田委員)
「井戶下水」位デ分リマシヨウ
(工藤報吿委員)
田舎デハ溝抔ハ水道管ト同ジデアリマス
(松岡委員)
東京ノ水道管ノ浚ト云フト如何ナルモノデアリマシヨウ
(南部委員)
「溜」ト云フ字ヲ除クハ宜シクアリマセン
(鶴田委員)
水道管ハ日本デハ飮水ノコトヲ云ヒマス
(工藤報吿委員)
已ニ五百八條デモ「筒管」ト決シテ居リマス、五百八條ニ「土地又ハ建物ニ附着シタル筒管ニシテ水ノ流入」云々トアリ水ヲ引ク爲メニ管ヲ敷クノデアリマス、水道管ト云フトキハ飮水デモ宜シイノデアリマス田舎ニ於テハ必ラズ管ヲ用フルカト云フニ左樣デハナクシテ水ヲ以テ拵ヘタルモノモアリマス
(鶴田委員)
雨水溜ト云フハ天水桶ノ桶ノ樣ニナル
(村田委員)
雨水溜ハナイ方ガ宜シカロウ
(鶴田委員)
「在ラス」ハ「アラス」ト假名デ書クノデハアリマセンカ
(松岡委員)
「溜」ト公フ字ハ二ツトモ削ルガ宜シイ
(工藤報吿委員)
水ヲ溜ウニアラズシテ、溜リヲ浚ウノデ御座イマスカラ、水ヲ浚ウデハ困リマス
(松岡委員)
疏浚ハ物ヲ通シテ浚ウコトヲ云フ
(南部委員)
川ナレバ疏浚ト云ヘルガ、平地ヲ疏浚トハ云ヘマスマイ
(松岡委員)
全體之ハ飮用ノ爲メデアリマスカ
(工藤報吿委員)
左樣デハ御座イマセン
(村田委員)
之ハ溜メテ置ク旨意ト思ヒマス
(松岡委員)
之ハ拔ク方ガ主意ト思イマス
(委員長)
「ボアソナード」ノ之ヲ書キタルハ歐羅巴ノ家々ニアル雨溜リノアルノヲ云フノダロウト思ヒマス、日本ニハアリマスマイガ、之ガアレバトテ必ラズ雨水溜デナケレバナラヌ用水ノ水ノ溜リタルノデハナイト云フコトハナイ殊ニ田舎デハ用水ノ流レテ來ルノハ澤山アリマス
(松岡委員)
雨水溜ノト云フハ疏浚ヲ云フノデアルカ此處ノ雨水溜ハ必ラズ水ヲ溜メル火ノ要心ノ溜ヲ云フノカ
(南部委員)
左樣デアリマシヨウ
(委員長)
「雨水流」ヲ變ヘレバ「用水」トデモスルノグガ、之デモ分ラヌコトハナイ
(淸岡委員)
「改造」ヲ「修築」トシテハ如何デスカ
(南部委員)
「改造若クハ修築」ト云フ字ハ同樣ナ譯デアリマス修築モ矢張り改造ト云フ譯ニモナリマス
(淸岡委員)
ソレナラ宜シイ
(委員長)
水道管ト云フトキハ管ニアラザルモノハ這入リマセン東京ノ水道ハ管ダガ田舎ノハ溝デアリマス
(南部委員)
元トノハ「管」トアリマスカラ
(委員長)
間違ナイ樣ニスルニハ「溝」ト云フ字ヲ入レルガ宜シイト思ヒマス之デ分レバ宜シイ
(南部委員)
「溝」ト申マスト「雨水又ハ火用水ノ溝」ト云ハナケレバナリマセン
(村田委員)
元トノ案ハ「溝渠」トアリマシタ
(南部委員)
ソレハ間違テ居ルノデアリマス
(委員長)
「水道管又ハ溝ノ」トスレバ宜シイ
(南部委員)
左樣致シマシテモ差支ハアリマセンガ「水道管」トシテ「溝」ノコトモ這入リマス
(松岡委員)
屋根カラ落チテ來ル雨水ヲ溜メテ置クト云フコトハ分リマセン家ニテ使用スル水モ支ヘサセテハナラヌト云フノダロウ
(村田委員)
「井戶下水ノ浚」位ガ當然デアリマシヨウ
(委員長)
「其他井戶雨水下水水道ノ管又ハ溝ノ疏浚ニ任セス」トシテハ如何デアリマシヨウ
(松岡委員)
ソレガ宜シイ
(南部委員)
「溜」ノ字ハ御置キヲ願ヒマス
(松岡委員)
井戶ハ何ノ爲メナルカ、飮料ノ爲メナリ
(淸岡委員)
屋敷内ノ溜水ヤ何カヲ衞生ノ爲メニ浚ハナケレバナリマセン、其コトヲ範圍ヲ狹ク書キタルモノト見ルヨリ外ニ仕方ガアリマセン、之ヲ水道管ト取リ離シテ書クトキハ尾敷外ニ及ンデ掃除モシナケレバナラヌ、又費用ヲモ擔當シナケレバナラヌ、矢張リ雨水溜トカ水道管ノ疏浚ト書ナケレバナリマセン
(南部委員)
元トノ案ニハ「雨水又ハ家用水ノ管」トアリマシタカラ「雨水又ハ管」ヲ除キテ「水道管」ト致シテハ如何デアリマスカ
(委員長)
水ノ憂ヨリハ流ス方ノ憂ガアルト思ヒマス
(鶴田委員)
先ヅ之デ宜シカロウ
(尾崎委員)
「其他井戶下水溜家用水ノ疏浚ニ任セス」トシテハ如何デス
(南部委員)
ソレハ同ジコトデアリマス、矢張リ家用水道デアリマスカラ、水道管ハ這入ヌト云フハ同ジデアリマス
(委員長)
下水管ノ疏浚ヲ借主ニ持タストキハ用水管ヲモ借主ニ持タセルガ當然デアリマス
(南部委員)
「水道ノ管又ハ溝ハ」デ宜シイ
(淸岡委員)
ソレデ宜シカロウガ、「疏浚」ハ「疏通」トシテハ如何デアリマス
(工藤報吿委員)
「浚ウ」デアリマスカラ「疏通」デハ困リマス
(西委員)
「水道溝」デ宜シカロウ
(松岡委員)
其方ガ宜シカロウ
(委員長)
ソレデモ分ラヌコトハアリマスマイ「水道又ハ溝」ト決シマシヨウ
(村田委員)
「屋根天井ノ全部又ハ過半ノ」トアルハ例デアリマシヨウカ、全部ト云フコトハ惡ルイト思ヒマス「過半」ナレバ全部ハ無論含ムト思ヒマス
(南部委員)
ソレハ如何デモ宜シイ
(淸岡委員)
下ノ「全部」モ面白クナイ
(西委員)
之ハ「全部」デナケレバナリマセン
(委員長)
「床板ノ過半ノ改造」ト致シマスカ
(淸岡委員)
次ノ「全部」モ宜シクアリマセン
(南部委員)
「如キ」ト云フ字ヲ御覽ヲ願ヒマス、迚モ皆云ヒ盡スコトハ出來マセン
(淸岡委員)
處ガ「全部」ト云フコトノ見樣ガ甚ダ六ケ敷イ、雨戶全部ハ總テノ雨戶ヲ云フノカ否ヤ
(南部委員)
全部ト云フノハ壁紙又ハ雨戶ノ一枚デモ宜シイノデアリマス
(淸岡委員)
然ルトキハ壁紙モ一枚デモ宜シイカ
(南部委員)
壁ハ一箇所々々々デアリマス
(淸岡委員)
雨戶ノ如キハ如何ナル場合ガ全部カ之ハ甚ダ六ケ敷イコトデアリマス雨戶ノ破レガ四五枚アリタルトキハ雨戶ノ全部ノ修繕カ一分ノ修繕カ分ラズ殆ンド困リマス又壁ガ三尺置キニ隙ノアルトキハ之ヲ全部ト云フカ、或ハ一ト間ヲ以テ全部ト云フカ家一切ノ壁ヲ大修繕スルコトヲ全部ト云フコトカ甚ダ六ケ敷イ
(南部委員)
貴君ノ說ノ如ク書クトキハ家根天井床板モ左樣ニナリマシヨウ
(淸岡委員)
之ハ家主ガ持ツノデアリマスカラ如何デモ宜シイ
(南部委員)
保持修繕ト大修繕ニ付テハ後チニ區別ガアリマスカラ一樣ニスルコトハ出來マセン
(淸岡委員)
保持修繕ト賃借修繕ト違ウカラ云フノデアリマス
(委員長)
ソレハ裁判官ニ任セテ宜シイ、今カラハ少シノ破レタル修繕ハ借主ガスルト見テ宜シイ
(淸岡委員)
一間置キ修繕ヲ全部ト云フカ、或ハ又一家ノ内ヲ全部ト云フカ分リマセン
(委員長)
是非一ツヲ變ヘレバ跡モ變ヘナケレバナラヌト云フコトハアリマセン、一ツ破レテモ全部ト云ハナケレバナラヌトキモアリマシヨウ、又一分トスルトキモアロウカラ豫メ定メルコトハ出來マセン
(淸岡委員)
「全部」ノ字ヲ削リマシテハ如何デス
(尾崎委員)
「全部」トアリマシテモ鳥渡シタルコトハ矢張リ借主ガヤルコトガアル、ソレヲ示シタノデアリマス
(村田委員)
「賃借修繕トハ疊建具雨戶壁紙ノ一分ノ修覆」ト修正致シタイ然ルトキハ大修繕恰度照應シテ居ル
(南部委員)
總テ示シタ所ニテ御覽下サレバ宜シイ
(村田委員)
此方ニ壁紙ノ過半ニテ宜シカロウ
(委員長)
之ハ全部デナケレバナリマスマイ
(淸岡委員)
八疊敷悉皆ノ修繕ヲ全部ト云フカ、又ハ壁ヲ一間置キニシテ、柱ト柱ノ間ヲ全部ト云フカ又雨戶ナレバ五枚アルモノガ悉ク破レルヲ全部ト云フカ、一枚デモ全部ト云フカ、報吿委員ノ解釋ニ依レバ一枚ニテモ全部トナリマスガ其理窟ハ感服致シマセン
(西委員)
疊一枚ヲ全部トハ云ヘマセン、雨戶ナレバ一枚ノ雨戶デスカラ
(委員長)
疊ハ賃貸人ガ持ツデアリマシヨウ
(南部委員)
疊換ヘハ賃貸人ノスル旨意デ御座イマスガ、疊ノ縁ヲ替ヘルノハ賃貸人ニ責メヲ負ハセルコトハ出來マスマイ
(淸岡委員)
其樣ナルモノヲ訴ヘルコトハアリマセン
(委員長)
壁紙ノ全部ハ一ツノ模樣ガアレバ之ヲ全部ト見ナケレバナリマセン
(淸岡委員)
然レバ「壁紙」ノ二字ハ削リテモ宜シイデアリマシヨウ
(尾崎委員)
「壁紙」ト云フコトハナケレバナリマセン
(村田委員)
「壁紙」ハアリマス
(松岡委員)
疊ノ表丈ケ替ヘルノハ疊替ヘ又ハ襖ハ骨ヲ損セズ上皮ノミ張リ替ヘルノデアリマシヨウ
(委員長)
ソレナレバ左樣ニ定メテモ宜シイガ、私ハ雨戶ノ板一枚ノ破レタルモノヲ云フニアラズシテ骨ノ壞レタルヲ云フコトト解釋シテ居リマシタ
(南部委員)
一枚破レテ穴ノ開キタルトキトナレハ全部之ヲ修繕シナケレバ出來マスマイ
(淸岡委員)
一枚傷ミタルハ全部ニデハアリマスマイ大工佐官ヲ呼ビ修繕サセルヲ賃借人ニヤラセルコトハ惡ルイト思ヒマス
(西委員)
「壁紙」ハ「壁」デ宜シイト思ヒマス
(尾崎委員)
「壁」デ宜シイ
(村田委員)
唯「壁」トセズニ「上壁」トシナケレバナリマセン
(南部委員)
此「壁紙」ハ一ツノ例デアリマスカラ「上壁」抔ト書クハ宜シクアリマセン
(淸岡委員)
私ハ「全部」ヲ削ルコトヲ望ミマス
(南部委員)
「壁紙」ハ刪リデモ差支アリマセン
(鶴田委員)
壁紙ハ刪リマシヨウ
(箕作委員)
ソレデハ壁紙ヲ削ルコトニ決シテ是カラ人證ノコトヲ議シマシヨウ人證ノ存廢
(南部委員)
人證ノコトニ付テハ反對論ヲ持テ居リマスガ商法報吿委員モ本會ヘ出テ說明ヲ請ヒマス
(箕作委員)
商法民法報吿委員ヲ出シテ說明スルコトトシテ午後ニ議シマシヨウ
(箕作委員)
是レヨリ人證ノ採否如何ヲ議シマス
(松岡委員)
私ハ建議致シマスガ民法取調局ノ方ガ主ニナリテ人證ヲ制限スルトカ或ハ無制限ニスルトカノ意見ヲ提出シテソレニ對シテ答ヘルコトニ致シテハ如何デ御座イマシヨウ
○人證ヲ許スニ制限ヲ設クルノ可否ニ付意見人證ハ爭訟物件ノ金額又ハ價額ヲ以テ制限スルヲ可トス
但本文金額又ハ價格一ヲ定ムルニ付報吿員中二箇ノ說アリ
甲說五十圓
佛國ニ於テハ百五十フランク卽チ三十圓、伊太利國ニテハ五百フランク卽チ我カ百圓、瑞西聯邦ノ「ブヲ」ニ於テハ八百フランク卽チ百六十圓トス而シテ佛國ノ三十圓ノ如キハ往時ノ法令(二百五十年前ノ法令)ニ定メタル儘ヲ寫シ出セシ者ニテ國民ノ貧富昔日ニ異ナルノ今日ニ在ツテハ世人ノ大ニ其些少ヲ難スル所ナリ又我カ商法草按中卽時ニ履行セサル契約ニシテ五十圖以上ハ書面ヲ以テ證ス可シトアリ故ニ夫レ此ヲ斟酌シテ五十圓トセリ
乙說
本邦實際ノ情況ニ依ルニ書面ニ據レル證據アルニ非ラサレハ殆ント許ヲ爲ササルノ有樣ナリ故ニ從來ノ習慣ニ基クトキハ總テ書面ヲ以テ契約ヲ爲ス可シト定ムルモ或ハ可ナラン然レトモ僅十圓以下ノ金額ト雖モ必ス證書ヲ以テ證ス可シトセハ或ハ嚴密ニ過クルノ恐ナキ能ハス然レトモ又實際ノ狀況ニ照シテ高キニ過クルノ金額ヲ以テ制限ヲ付スル時ハ其制限ノ效用甚タ紗カル可シ故ニ十圓以下ヲ相當ナリトス
右制限ヲ設クト雖トモ左ノ例外ヲ定ムルヲ必要トス
一、對手入ノ手ニ成リタル書面ニ據レル證據ノ端緒アル場合
二、抗拒ス可カラサルカ等ニ因リ證書ノ消失シタル場合
三、證書ヲ作ルコト能ハサル場合ニ生スル權利行爲ニ係ル場合
四、商事ニ關スル場合
(理由)歐州諸國ノ法律槪ネ人證ヲ捨テ書面證據ヲ取ルヲ以テ通則ト爲スモノノ如シ然レトモ往時人文未タ開ケス讀書遍カラサル時代ニ在ツテハ人證ヲ以テ無ニノ證據ト爲セリ佛國ニ於テモ古ヘ證人ハ證書ニ勝ル格言ヲ一變シ證書ハ證人ニ勝レルトノ格言ヲ以テ之ニ代フルニ至レル然ルニ獨リ獨逸法ニ於テハ反對ノ說ヲ採リ一般ニ人證ヲ許シタルニヨリ訴訟事件輩出スル彩シク他國ニ比例ナキニ至レリト「ロエスレル氏」カ商法草按中ニ說述セリ
又伊國西班牙和蘭英國亞米利加ノ各國ノ如キモ契約ハ證書ヲ以テ證ス可キモノトスルモ獨リ獨逸ノミ之ニ異ナレリト同氏ノ論脚述中ニ見ヘタリ
然リ而シテ一般ニ人證ニ許スト書面證據ニ依ルトニ付其得失如何ソヤ人證ヲ許ス時ハ其弊害書面證書ニ依ルニ比スル一層甚シト謂フ可シ何トナレハ人證ハ之ヲ造ル容易ニシテ書面證據ハ苟モ本人ノ筆跡ヲ僞造シ或ハ印形ヲ盜捺シ又ハ僞造スルニ非ラサレハ容易ニ爲スヲ得可カラサレハナリ又證書ヲ作ルヘキ場合ニ之ヲ作ラス人證ヲ用フルヲ得サルカ爲メ權利ヲ失フ者ノ位置ト惣テノ場合ニ人證ヲ許シ若シ僞證ノ爲メニ裁判宮ヲ誤ラシメ因テ權利ヲ傷害セラルル者トノ位置トヲ比較セハ人證ヲ制限スルニ如カス何トナレハ一ハ自己ノ懈怠ニ因テ權利ヲ失ヒ一ハ他人ノ所爲ニ因リ自己ノ懈怠アルコトナク權利ヲ傷害セラルレハナリ且證書ハ永ク保存スルヲ得可クモ人證ハ保存スルニ難シ然レハ權利者ノ爲メ謀ルモ成ル可ク證書ヲ作ラシムルヲ可トス
又本邦實際如何ニ付キ之ヲ審査スルニ明治六年中實印無之證據ハ裁判上證據ニ不相立ト布吿セラレタルニヨリ本人ノ實印ヲ押捺シタル證據書類アルニ非ラサレハ訴訟スルヲ得サル者ト一般ノ腦髓ニ浸染シタリ降テ明治十年訴訟目安ヲ慶シ必ス實印ヲ押捺シタル證據アルヲ要セス證據ノ端緒アル者ハ訴訟ヲ爲スヲ得ルコトトナレリ故ニ勸解ヲ出願スルニハ毫モ證據ヲ要セサルモ本訴ヲナスニ至リテハ必ス書面ニ據レル證據アルニ非ラサレハ訴出サル有樣ナリ故ニ今法律ヲ以テ無制限ト爲サバ從來ノ慣習ヲ破リ且訴訟ヲ繁劇ナラシメ隨テ公安ヲ害スルノ弊ヲ生スルニ至ル可シ
以上人證ヲ制限スルノ槪旨ナリ
民法取調報吿委員
「ボアソナード」氏ヨリ人證ノ儀ニ關スル質議ニ對シ組合報吿委員ヨリノ答議
○人證ハ爭證ニ係ル金額又ハ估計額ニ依リ制限スルヲ相當トス人證ニ就テノ例外ハ左ノ如シ
一 文書ノ證據ノ端緒アル時
二 文書ノ證據ヲ提出スル能ハサル時
(理由)證人證據ノ制限ニ付テハ其可否ヲ辨スルモノ今古少ナカラス而シテ制限ヲ要スルノ理由蓋左ノ三點ニ在ルカ如シ
一 制限ヲ爲ササルトキハ詞訟ヲ增加スヘシ
二 證人ノ記憶スル所必シモ誤謬ヲ保セス
三 證人ノ提供スル所或ハ忠信ニ出テサルコトアリ
右三點ノ外我邦ニ於テハ最モ制限ヲ要スルモノアリ則チ從來ノ暫慣ニ適セサルモノ是ナリ
明治六年第二百三十九號布吿ニ曰ク證爵ニハ必ス實印ヲ用フヘシ若シ實印無之證書ハ裁判上證據ニ不相立候ト由是見之我邦ニ於テハ書面證據特ニ實印アル證書ニ非レハ裁判上無效ノモノタルヲ以テ證人證據ノ如キハ殆ント之ヲ無硯セサルモノナリキ明治十年ニ至リ右ノ布吿ヲ廢シタリト雖モ當時僞證ニ關スルノ法律ナキカ故ニ刑事民事ヲ論セス未以テ證人證據ヲ用フルヲ得ス則チ裁判上證人證據ノ制アルヲ見ルハ實ニ刑法治罪法發布以來ニ在ルナリ然トモ證人ノ喚問ニ應セス若クハ宣誓ヲ肯ンセサル場合ニ適用スヘキ訴訟法ナキヲ以テ現今ニ至ルモ民事商事ノ證人ハ僅ニ補充ノ證據タルニ過キサルナリ
法律及ヒ習慣ニ於テモ現ニ前途ノ如クナルノミナラス國民ノ度ニ於ケル亦從テ他ニ異ナルモノアルヲ以テ單ニ理論ニ偏向スルヨリハ寧ロ實際ニ適合スヘキコトヲ庶幾セサル可ラス況ンヤ理論必シモ制限ヲ不可トスルニ非ラサルノミナラス獨逸一國ヲ除クノ外各國盡ク制限ヲ設ケタルニ於テオヤ但制限ノ例外ニ置クヘキ場合ハ本文ニ揭ケタル二箇ノ場合ヲ以テ充分ナリトス依テ本議ノ如シ
商法擔任
明治二十一年一月十七日 法律取調報吿委員
「ボアソナード」氏ヨリ人證ノ儀ニ關スル質議ニ對シ訴訟法組合報吿委員ヨリ答議
○人證ハ何レノ場合ニ於テモ之ヲ認容スルヲ可トス然レトモ有式契約ノ如キモノハ例外トシテ人證ヲ認容スルノ限リニアラサルヘシ
(理由)佛國ニ於テ人證ニ制限ヲ設ケタル趣旨ハ一般ニ人證ヲ許ストキハ之レカ爲メ訴訟ヲ增多シ又ハ滝滯スルノ憂アリテ畢竟公ケノ安寧ヲ害スルニ至ル然レトモ全ク之ヲ禁スルトキハ又大ニ不便ヲ生スルカ故ニ證人ヲ以テ證スルコトヲ許ス場合ト否トヲ區別セサルヘカラスト云フニアリ其墺土利斯瑞西孛漏生英西班牙葡萄牙等ノ如キハ一般ニ證人ヲ認容セリ今本邦新タニ法律ヲ編纂セラルルニ方テハ此ノ如キ制限ヲ立サルヲ可ナリト思考ス如何トナレハ證人ノ申述スル所ハ必ス之ヲ信用セサルヘカラスト云フニ非ス之ヲ取捨スルハ裁判官ノ權力ニアレハナリ又佛國ニ於テハ百五十「フラン」以下ノ如キ僅少ノ金高ニ關スル場合ニ於テハ假令證人カ僞證ヲ述フルモ巨多ノ金高ニ關シタル場合ニ僞證ヲ述フルカ如キ大害ナク又此ノ如キ僅少ノ金高ニ付賄賂ヲ受クル證人蓋シ之レアラサル可シトノ說アレトモ凡ソ人ノ胸裏ハ容易ニ測ルヘカラサルモノニシテ證人ニ於テ巨多ノ金高ニ關シタルトキハ賄賂ヲ受クルモ僅少ノ金高ニ關シタルトキハ賄賂ヲ受ケスト槪斷スヘカラス互多ノ金高ニ付賄賂ヲ受クルモノハ僅少ノ金高ニ就テモ亦賄賂ヲ受クヘキ理ニシテ常ニ僅少ノ金高ニ關スルトキハ證人ヲ以テ篤實ト爲シ巨多ノ金高ニ關スルトキハ證人ヲ以テ不篤實ト爲スヘキ謂レナシ故ニ右ノ說モ亦取ルヘカラサルヲ以テ證人ニ制限ヲ設ケルハ不可ナリト謂フヘシ
然レトモ有式契約ノ如キ類ハ證書ヲ以テ權利ヲ證スルノ具ト爲ノミニ非ス專ラ其契約ノ成立ニ必要ナル條件ト爲スヲ以テ是等ハ例外ト爲ササルヘカラサルモ其種類ノ如キハ民法起草者及ヒ商法起草者ノ意見ニ任ス
訴訟法組合報吿委員
○一般ニ人證ヲ許容スヘキヤ否ヤノ問題ニ關スル卑見
一 民法ノ事項ニ關シテハ佛國法律ニ於ケルカ如ク特別ノ場合ヲ除クノ外人證ヲ許容セサルヲ以テ通則ト爲スヲ要ス
一 商法ノ事項ニ關シテハ人證ヲ許容スルヲ以テ通則ト爲スヲ要ス
民法ノ事項ニ就キ特別ノ場合ヲ除クノ外人證ヲ許容セサルヲ以テ通則ト爲スヲ要スルノ理由ニ至リテハ佛國民法ノ說明書ニ付キ充分之ヲ知ルヲ得ヘキモノナルヲ以テ小官茲ニ之ヲ喋喋スルヲ要セサルヘシト雖トモ先ツ其大體ヲ揭載シテ參考ニ供セント欲ス卽チ左ノ如シ
第一 人證ノ許容ヲ通則ト爲シ訴訟事件ノ輕重難易ニ拘ハラス二三證人ノ口頭ヲ以テ事實ノ有無ヲ認定スルニ至ルトキハ必スヤ訴訟ノ原因ヲ增加スルノ結果ヲ惹キ起シ且隨テ裁判ノ錯誤モ一層多キヲ加フルノ危險アルヘシ蓋シ刑事ニ於テハ常ニ證人ヲ以テ犯罪ノ有無ヲ決定スルニアラスヤ然ルトキハ僅ニ財產ノ關係ヲ旨トスル民事ニシテ人證ヲ許ササルハ條理ニ適合セサルモノトノ駁撃ヲ試ムル者ナキニアラサルヘシ若シ果シテ斯ノ如キ駁撃ヲ爲ス者アリトセハ予之ニ答テ曰ン刑事ニ於テ人證ヲ許スハ事情止ムヲ得サルニ出ツルモノナリ何トナレハ一犯罪者ニシテ他日ニ其確證ヲ遺スヘキ證書ヲ認メテ行爲ニ及フ者アラサルヘキヲ以テナリ之ニ反シテ民事ニ於テハ人證ヲ許ササルモ他ニ充分其證據ヲ有スルノ方法及時間ノ存スルモノナルヲ以テ單ニ他人ノロ頭ヲ頼ムカ如キ信憑力ノ微弱ナル證據方法ヲ濫リニ許容シテ訴訟ノ原因ヲ增加スルカ如キコトハ爲ササルヲ良シト思考ス
第二 人ノ記憶ハ常ニ確實ノモノニアラス其自身ニ關スルコトト雖トモ事ノ最モ重大ナルモノヲ除クノ外屡遺忘スルニ至ルハ普通ナリ自身ニ關スル事ニシテ尙ホ斯ノ如シ況ンヤ他人ニ關スル事ニ於テオヤ卽チ證人ハ常ニ他人ニ關スルコトヲ證言スルモノナレハ屡々事實ニ齟齬スルコトアルヘシ斯ノ如ク證據ノ信憑力微弱ノモノヲ以テ證據方法ノ通則トスルハ危險ナラスヤ蓋シ民法ノ事項ト雖トモ錯誤強迫及詐欺等ノ如ク實際他ニ證明スルノ道アラサル場合ハ例外トスヘキハ勿論トス是レ佛國民法第千三百四十八條ノ例外規則アル所以ナリ
第三 人證ノ許容ニ制限ヲ置カサルヘカラサル最重大ノ理ト田ハ暗ニ證言ヲ購求スルカ如キ姦策手段ヲ豫防スルニアルナリ實ニ訴訟事件ノ金額僅少ノモノニ就キテハ危險ナカルヘシト雖トモ其許多ナルモノニ就キテハ喰ハシムルニ利ヲ以テシテ無根ノ事實ヲ證言セシムルノ姦策百出シテ良民ヲ害スルノ結果ヲ見ルニ至ルヘシ是レ佛國民法ニ於テ訴訟事件ノ金額ヲ限リ其限度内ニ於ケルニアラサレハ人證ヲ許容セサルモノト定メタル所以ナリ
右ノ外尙ホ種々ノ理由アルヘシト雖トモ一々茲ニ擧クルヲ要セス右三箇ノ理由ニ據リテ見ルモ民事上人證ヲ許容スルヲ以テ通則トスヘカラサルコト明瞭ノモノト思考仕候
然レトモ佛國ニ於テモ現在物ヲ破壞シ新奇ヲ創設センコトヲ只旨トスルノ人アリテ卽チ民事ニ於テモ人證ヲ許容スルヲ通則トセサルヘカラスト論スル者ナキニアラス(アコラース氏ハ其一人ナリ)茲ニ其論者ノ主張スル所ヲ略陳シテ且予ノ之ニ感服セサル理由ヲ一言可仕候
「其論者ノ曰ク現時ノ法律家ハ法理ノ何物タルヲ辨セス特ニ人定ノ法文ニ拘泥シテ天下ノ事總テ法文ニ適合セサル事ハ不條理ト爲シ其法律家ノ條理ハ法文ヲ措キテ他ニアラサルナリ是ヲ以テ法文ニ存スル事ハ條理ニ照シテ判斷スヘキノ感覺ヲ有セス公衆ヲシテ悉ク己レト感ヲ同フセシメシコトヲ冀望シ敢テ牽強附會ノ說ヲ吐露シ以テ其法文ヲ條理ニ合スルモノノ如ク外形ヲ裝ハンコトヲ是レ勉ムルモノナリ卽チ人證ノ制限法ニ關シテ說明スル所ノ理由モ此類ニ外ナラサルナリ何トナレハ若シ民法ノ事項ニ關シテ人證ヲ許容スルニ就キ前ニ說明シタルカ如キ危險アルモノトセハ其危險ハ商法ノ事項ニ於テモ亦存スルモノニアラスヤ然ルニ民法ノ事項ニ於テ證人ヲ許容スヘカラスト主張スル法律家ハ商法ニ於テ之ヲ許容スルヲ見ルモ一言ノ攻撃ヲ爲サス啻ニ攻撃ヲ爲ササルノミナラス又更ニ其論旨ヲ變シテ商法ニ於テハ却テ斯クナカルヘカラスト主張シ其理由ハ商業ハ迅速ヲ貴フモノナリ然ルニ一日證書ヲ認ムルコトヲ要スルカ如キコトアリテハ商業通用ノ活潑力ヲ失ヒ爲メニ社會ノ理財ヲ害スルコト著シ云々ト更ニ說ヲ爲セリ卽チ見ヨ當時ノ法律家ハ毫モ固有ノ意見ヲ有セス民法ノ人證ヲ許容セサルモ條理ナリ商法ノ之ヲ許容スルモ亦條理ナリト云フニ過キス斯ノ如キ無原則ノ說ヲ爲スニ至ルハ何フヤ他ナシ法律家ハ人定ノ法文アルヲ知リテ法文外ニ無形ノ條理アルヲ知ラサルカ故ナリ抑々民法ト商法ト原則ノ相異ナル理由ハ他ナシ民法ハ羅馬以來因循姑息ヲ是レ貴フ人定法律家ノ殆ント特有物トナリテ時勢ノ進歩ニ附隨スルコトナク數世紀ノ原則モ依然トシテ存シ今日ノ時勢ニ適スルヤ否ヤヲ恬トシテ顧ミス之ニ反シテ商法ハ專物自然ノ必要ヨリ幸ニ法律家ノ手ヲ離シ商業其モノノ進歩ト並來リタルヲ以テナリ由是觀之民法ハ今日ノ時勢ニ後レタルコト最モ遠クシテ商法ハ民法ニ比スレハ其進歩シタルコト萬々ナルモノト謂ハサルヘカラス故ニ人證ノ如キモ民法ノ姑息ヲ廢シ商法ト均シク之ヲ許容セサルヘカラサルナリト」
小官ハ斯ノ如キ論者ノ說ヲ取ラサルモノナリ抑々商業ノ事項ニ於テ人證ヲ許スヲ通則トスルモノハ商業ノ迅速ヲ貴フノ理由モ其一ニ居ルモノト雖トモ之ヲ以テ唯一ノ理由トスルニアラス尙ホ他ニ商業上一般ニ人許ヲ許スモ民事ニ於ケルカ如キ危險アラサルノ理由アルヲ以テナリ而シテ其理由トハ他ナシ商業人ハ交際上日々契約ヲノミ事トシテ一日モ他人ト契約ヲ爲サスシテ經過スルコト實際能ハサルモノトス而シテ其契約ヲ自由ニ爲スコトヲ得テ自己ノ營業ノ旺盛ヲ期スルニハ信用ヲ旨トシ事每ニ誠實ヲ以テ履行セサルヘカラサルナリ一朝同輩者間ニ其信ヲ缺クコトアレハ其業ヲ繼續スルコト殆ント難シ是ヲ以テ商業人ハ自他ヲ分タス營業ノ利益上ヨリ信ヲ失スルコトヲ爲ササルヘシ故ニ人證ヲ以テ不正ノ利益ヲ得ント試ムルカ如キ無分別ノ者希レナルヤ必セリ何トナレハ其一事件ヲ利スルモ他ニ失フ所大ナレハナリ之ニ反シテ商業人タラサル者ハ衣食住ニ必要ノ物件ヲ除クノ外必ス他人ト契約スルノ必要ヲ日々有スルモノニアラス會會契約スルコトアルモ數月若クハ數年ノ間ニ一二回ニ止ルヘクシテ之ヲ商業者ノ如ク日々取引セサレハ生活スルヲ得サル者ニ比スレハ其信ヲ守ラサルヘカラサル事實ノ檢束力微弱ナルコト萬々ナリ是ヲ以テ民事上ノ事實ニ於テハ人證ヲ購求スルノ恐レヲ豫防スヘキ必要アルモノトス
加之商業人ハ自ラ記載シタル帳簿ニ據リ自己ノ權利ヲ證明スルコトヲ許容スルモノニアラスヤ何ソヤ曰ク商業人ハ前陳ノ如ク自己ノ營業ノ利益上ヨリ信ヲ守ルノ必要アルヲ以テ法律ハ商業人ノ帳簿ニ詐リアラサルモノト推測シタルカ故ナリ若シ新論者ノ如ク商業ニ人證ヲ許ス以上ハ民事ニモ均シク人證ヲ許スヘキモノト主張スルトキハ同シク商業人ノ自書シタル帳簿ヲ以テ自己ノ權利ヲ證明スルコトヲ許ス以上ハ民事ニ於テモ亦各人自書ノ證書ヲ以テ自己ノ權利ヲ證明スルコトヲ許ササルヘカラスト云フヲ要スルニ至ルヘシ何トナレハ是レ論理ノ當然ナレハナリ然レトモ新論者ハ其新奇ヲ旨トスル論スル比極ニ及ホスコトヲ肯ンセサルモノナラン然ルトキハ新論者モ亦商法ト民法ト證據方法ヲ異ニスヘキ理由アルコトヲ感スルモノト謂ハサルヘカラス故ニ假令商業ニ就キテハ人證ヲ許容スルヲ以テ通則トスルモ民法ニ於テハ之ニ制限ヲ設ケサル理由萬々アルモノト思考仕候
右ノ理由ナルヲ以テ小官ハ人證許容ノ如何ニ就キテハ其大體ヲ佛國民法ニ倣ヒ以テ細則ニシテ實際ト學說トニ於テ不當ト看做ス場合ノミヲ今回幸ニ修正アリテ然ルモノト愚考仕候也
明治二十一年一月十八日
法律取調報吿委員磯部四郎謹白
(南部委員)
各組合委員ガ陳述スル樣ニ致シタイ
(箕作委員)
ソレデハ民法報吿委員ヨリ御演ベナサイ
(栗塚報吿委員)
民法報吿委員中デモ種々說ガ御座イマシテ其說ニ厚薄ガ御座イマス併シナガラ人證ヲ許スニハ制限ヲ置カナケレバナラヌト云フノガ民法取調報吿委員ノ論デ御座イマス然レドモ今日ハ人證ハ許サザルモノナリトスル論者モアリマス其論旨ハ元來日本ノ仕來リニテハ金ノ取引ハ證文ヲ必要トスルト云フノガ當リ前デアリマシテ某ガ金ヲ貸タルトキ見テ居リタルニ依り私ハ某ニ金ヲ貸テアリマスト云フテモ裁判所ニ於テ採リ上ゲル習慣ハナイト云フト云フコトデアリマシタ併シソレハ餘リ仰山ナルニ依リ段段我々ノ仲間デ歩行合ヲ致シテ人證ニ制限ヲ設クレバ宜シイト云フ論ニナリマシタ唯證人ノ口ニテ云フタ許リノ言ヲ當テニシテ書付ケハ無クトモ採リ上ゲテヤルトスルコトガ出來ルヤ否ヤト云フニソレハ誠ニ危險ナル場合ガ多クハアルマイカト云フノガ栗塚ノ論デアリマシテ彼ノ報吿委員モ誠ニ危險ト思テ居リマス又訴訟ノ增ス恐レモアリ殊ニ人ノ記憶ハ極メテ薄キモノニシテ自分ノ爲シタルコトニテモ遺レルコトガアル況ンヤ他人ノ爲シタルコトヲ云フテ證スルニハ設令惡シキ了簡ハナクトモ隨分間逹ヒタルコトヲ云フカモ知レマセン尤モ疑ハシイトキハ人ノ爲メニ云ハヌガ宜シイトハ云フモノノ自分ハ訴廷ニ於テ虛言ヲ吐ク積リニアラズシテ大變事實ニ異ナリタルコトヲ云フカモ知レマセン、何トナレバ記憶ハ確カナルモノモハアリマセン、併シ記憶ノ宜シイ人デモ自分ノコトナレバ兎モ角モ、他人ノ金ノ貸借ハ記憶シテ證スルハ危險ナルモノデアリマス、確カナラザルモノヲ以テ確カナル證據トスルノハ隨分危險ナルコトデハアリマスマイカ又萬一賄賂ニテモ取リテ貴樣ニ金ヲ遣ルカラ我ノ爲メニ證言シテ呉レト云フモノガアルマイモノデモアリマセン、且酒ヲ能ク證言スルコトガ隨分佛蘭西ニアリマシタガ、今日ノ所ニテ日本人ガ他人ヨリ酒ヲ侑メラレテ僞證ヲスル者ハ少イデ御座イマシヨウガ後來必ラズ無キモノト斷言ハ出來マセン故ニ僞證ノ恐レヲ防グニハ制限ヲ立タル方ガ宜シカロウト思ヒマス又訴訟ノ增スト云フモ一ノ理由デ御座イマス確カナコトデナケレバ裁判所ヘ出ナイ方ガ宜シイト思ヒマス訴訟ノ增サザル樣ニスル爲メ時效ト云フモノヲ立テ出訴期限ヲ定メレバ書面ハナクトモ裁判所ヘ來レト云フトキヨリ事件ガ減ズル譯デアリマス此三個ノ理窟ハ佛蘭西學風ノ理由ニシテ其他ニモ今日日本ノ有樣ハ如何ト顧レバ實印ト云フモノハ日本人ガ用ヒテ居ルコトナレバ歐羅巴諸國カラ見レバ日本人ハ書キタル物ヲ大切ニスル風ガアリマシテ民間ニ二三圓ノ金ノ取引スルニモ書付ガアリマス日本ノ用フル文字ガ六ケ敷イニ似合ハズ日本人ハ讀ミ書キヲ能ク知テ居ルト思ヒマス、在郷ノ取引デモ二三十圓ノ金ニ至テハ書面ナクシテ取引ヲスル者ハ少イコトデアリマス、尤モ商人ハ別デ御座イマスガ、其外酒屋ノ受取モ薪屋ノ取引モ書面ヲ多ク用ヒ往昔カラ實印ヲ貴ビタルモノデアリマシテ歐羅巴ノ狀態トハ餘程異テ居リマス又書面證據ハ日本ニテハ輒ク得ラルル理窟モアリマス此等ハ民法報吿委員ノ制限ヲ付ケル方ガ宜シイト云フ理窟デ御座イマス其制限ニ至リ五十圓迄ハ宜シイトカ、二十圓迄ハ宜シイトカ云フコトハ申マセン、尙ホ足ラザル所ハ他ノ報吿委員ヨリ申上マス
(長谷川報吿委員)
私ノ演ベルコトハ只今民法報吿委員カラ演ベラレタル外ニハアリマセンガ、唯日本ノ慣例ニ適セザル箇條ヲ今少シ申マス商法ノ報吿委員ノ感ジテ居ル慣例ハ是迄用ヒタル例ノナキモノヲ新タニ用フルモノナレバ成ル可ク新ラシイモノハ用ヒズ在リ來リノ方ヘ近寄セ度ク思ヒマス、ソレニ付テハ證人ヲ用フルニ制限ヲ設クレバ是迄ノ習慣ニ適シタルモノニナリマシヨウト思ヒマス外ニ申テモ重複ニ渉ルカラ申セマセン
(三好報吿委員)
訴訟法ノ組合ニ於テハ人證ハ制限ヲ立テヌ見込デ御座イマス卽チ其事柄ハ過日書面ニテ出シタ通リデアリマシテ全體證人ノ證言ハ裁判官ノ取捨ニ在リマス必ラズ人證ヲ取ラナケレバナラヌト云フコトハアリマセン、縱令許多ノ金額ニテモ證人ノ證言ヲ信用スルト否トハ裁判官ノ取捨ニアリマス、佛蘭西ニテハ百五十「フラン」ノ制限ガ立テアリマスケレドモ詰リ制限ヲ立ルハ訴訟ガ增スト云フ恐レアル故デアリマス併シナガラ全ク之ヲ許サザルトキハ不都合ナル所カラ制限ヲ設ケタトカ云フコトデアリマスガ、全體佛蘭西ノ學者中ニテ「デネー」抔ハ矢張り制限ハ設ケザル方ガ宜シイト云フ論モアリマス且金額ガ少ナイトキハ馴合ウコトガ少ナカロウト云フコトデアリマスガ金高ガ少イカラトテ必ラズ馴合ハザルトハ斷言出來マセン、其他一體ノ理由ハ書面ニ認メタ通リデアリマス
(井上報吿委員)
ソレニ付テ御答ヘ旁少シ演ベマスガ、成程此證人證據ハ成文法ノナキトキハ裁判官ノ心ヲ動カシ裁判官ノ信用スル丈ケノモノガアレバ卽チ其モノニ憑テ訴訟ヲ決スルコトハ當然ノコトデアリマスカラ法律ノ設ケナキトキハ縱令金額ハ如何程ノ多額ニ登ルモ或ハ百圓以上ニ付テハ證人ヲ用ヒナイト云フコトハ決シテアリマセン併シナガラ法律ヲ設ケラルル以上ハ私ノ考ヘデハ確實ノ證據ヲ改メテ取ルコトガ出來ル、卽チ書類ヲ取テ置クコトノ出來ルノデアリマスカラ、一方ノ者ガ賄賂ヲ取テ立證スル危險ノ多キ證人證據ヨリモ先ハ確カナル證據ヲ取テ置クコトガ出來ルナレバ訴訟ガ起テモ其起リタル點ヲ明カニ書類ヲ改メ契約トスルコトニ法律ガ定メテ置クハ結構ナコトト思ヒマス、然ルトキハ其混雜ハ僅カナ金額デモ何デモ證人ハ許サヌ、如何ナル場合モ證據ヲ取テ置ケト云フハ甚ダ人民ニ煩雜ヲ與フルモノデアリマスカラソレハ出來マセン、併シナガラ相當ニ金額ヲ限テ幾許以上ノ金額ハ書類ヲ取テ置ケト法律デ命令スルノハ結構デアリマスト思ヒマス、法律ヲ設ケル以上ハ今申ス通リノ證人證據ヲ制限シテ成丈ケ書類ノ確カナ證據ヲ取ル樣ニ法律ニテ導クモノデアリマス且又證人ノコトニ付テハ歐羅巴ト日本トハ同ジ證人證據ヲ許スニシテモ餘程ノ差ガアルト思ヒマスノハ御存知ノ通リ歐羅巴デハ宗教ヲ信ズル人モアリマシテ證言スル前ニハ神ニ宣誓ヲ致シマス、日本デモ宣誓式モ設ケラルルデアリマシヨウガ宣誓バ神ヲ厚ク信ジマセン以上ハ唯ダ刑法上ノ關係位デアリマスカラ此點ニ於テ日本デハ歐羅巴抔ヨリハ證人ノコトハ虛僞ニ渉コトガ多クアロウト思ヒマス證人證據ハ歐羅巴デモ危險デアリマスカラ日本デハ更ニ危險デアリマシヨウ成丈ケ證人ノ證據ハ制限ヲ付ケタル方ガ法律ヲ設ケラルル上ニ於テ宜シイト思ヒマス
(南部委員)
私ハ人證ニ制限ヲ置カザル方ガ宜シイト思ヒマス其事タル決シテ一朝一夕ニ感ジタノデハアリマセン畢竟明治六年第二百三十九號ノ布吿ヲ以テ證書ニハ必ラズ實印ヲ押スベシ實印ガナケレバ裁判上證據ニナラヌト云フコトヲ定メマシタ然ルニ後チ其布吿ヲ廢サレタル原因ハ此法律ヲ廢シタル年ニ至テヤ總テ日本全國ノ裁判官タルモノハ書面デナケレバ證據ニナラヌト致シテ仕舞ヒマシタ、夫レ故ニ今迄書面ニ非ラズシテ金ノ貸借ヲシタ者ハ爲メニ損害ヲ蒙リタルコト何程ナルヲ知ラズ、私モ其損害ヲ蒙リタル人ヨリ直接ニ聞キタルコトモアリ又他ノ人カラモ間接ニ承ハリタルコトモアリマス、而シテ此布吿ガ日本ニ適當セズト云フ所以ヲ以テ、明治十年ノ布吿ニテ之ヲ廢セラレマシタ其節ノコトヲ想像シテ見マスルニ總テ書面デナケレバ採用セズトシテモ裁判上證據トナラザル金額ノ區別ヲ付ケルニモセヨ、實ハ大變其損害ヲ蒙ル者ガアリマシタ元來我邦ニテハ書面ニ憑ル所ノ風習ガ一般行ハレタルカト云フニ左デハアリマセン中ニハ隨分無證據デ金ヲ賃借シ又或ル場合ニハ金ヲ貸渡シテ書面ハ後チニ持テ行ク者モアリ又再ビ書面ヲ持來ラザル場合モアリ、又書面ガナクシテ金ノ賃借ヲスル者モアリマス故ニ若シ之ヲ書面ニ據ラナケレバナラヌトカ或ハ五十圓以上ハ證書ガナケレバナラヌトカ、十圓以上ハ書面ガナケレバナラヌトスレバ、昔日ノ弊害ヲ再ビ今日ニ見ルコトニ至ルナラント思ヒマス且此證書ト云フモノハ實際ト違ハザルモノカト云フニ一槪ニ左樣ニハ參リマスマイ實際裁判官ヲ勸メタル方ハ御承知ノコトト思ヒマスガ今日訟廷ヘ出ス所ノ訴狀若クハ箸書デ見テモ訴狀又ハ答書ニ書キタルコトハ原吿被吿ノ陳述スル處ノ實際トハ大ニ違ウコトガアリ實ニ驚クコトガアリマス、ソレハ如何ナル譯デ御座イマシヨウカ畢竟自分ガ實際ノコトヲ書面上ニ書キ現ハスコトノ出來ル充分ノ學力文字ガナイ故デ御座イマシヨウ訴狀答書ニ於ケルモ尙ホ且然リ況ンヤ之ハ相對ニ取換ハセル書面デ御座イマスカラ實際ト書面ト違ヒバ往々アリ得可キコトデ御座イマス然ルニ書面トナリタル以上ハ實際ニ違ウト云フコトハ云ヘヌ譯デアリマスカラ書面ト云フ證據ハ他人ノアル聞シタ人證ヨリモ幾分カ確カニハナルカ、人ノ見聞シタ人證ガ確カナラズト云フコトハ決シテアリマセン、今悉ク書面ヲ取ラナケレバ證據ニナラヌト云フハ日本ノ風ニ適セザルモノト思ヒマス田舎ニハ書面ヲ取ラズシテ取引スルモノハ隨分アリマス其他人證ヲ許シテハ詐欺ガアルト云フ說ガアリマシタ成程詐欺モアリマシヨウケレドモ書面ニシテモ幾分カ輕重ハアリマシヨウガ詐欺ガナイトハ云ヘマセン詐欺ヲ防グニハ悉ク書面證據デナケレバ證據トスルコトヲ許サヌト云ハナケレバ其目的ヲ逹スルコトハ出來マセン、何ゼナレバ五圓以下トカ或ハ十圓以下ノ訴訟ニハ人證ヲ許ストスレバ制限以下ニハ詐欺ガ行ハレマス故之ヲ防グニハ總テ證據ハ書面デナケレバ許サザルコトヲ原則ニ立テナケレバナリマセンガソレハ決シテ行ハレマスマイ、行ハレザルニ依リ制限ヲ付ケテ五十圓以下トカ或ハ十圓以下トカバ人證ヲ許ストノ區別デ付ケテ胡麻化サントノ說デアリマシヨウガソレハ旨意ガ貫キマセン若シ詐欺ヲ防グノ旨意ナレバ五十圓以下或ハ十圓以下ハ却テ訴訟ガ多イ故五十圓以下ハ人證ヲ許サザルコトニシナケレバ決シテ詐欺ヲ防グコトハ出來マセン然ルヲ却テ金額ノ少キ方ニ人證ヲ許ストキハ詐欺ヲ防グ目的ヲ逹スルコトハ出來マセン詰リ證人ト云フモノヲ今日迄用ヒタル例ガナシトノコトヲ申シマスケレドモ是レ迄裁判シタ裁判書ヲ見ルト隨分人證ヲ用ヒテアリマス引合人喚出シテ引合入ノ云フ所ヲ聞テ裁判官ノ證據ニシテ裁判ヲ下シタル例ハ澤山アリマス然ラバ人證ヲ用ヒタル例ガナイト云フコトヲ確言スル譯ニハ行キマセンノミナラズ却テ反對デアリマス、其他ノ場合デモ書面證據デナケレバ證據ニナラズトスレバ必ラズ書面ニ偏ズルコトトナリロ頭ニテ約束シタルコトハ虛言ヲ吐キテモ宜シイト云フコトニナリ一方ヨリ云フトキハ却テ訴訟ヲ詐欺ニ導クコトニナル感觸ガアリマス、之ヲ要スルニ證人ノ言ハ果シテ有效ナルヤ否ハ裁判官ノ證據ヲ採ルト採ラザルトノ上ニアリテ、證人ヲ唫味シ證人ノ云フ所ニ由テ詐欺アルヤ否ハ裁判官ニ分ルノデアリマス若シ之ヲ分ラズトシテ僞證シタル者ガアレバ僞證律ニ照シテ處分致シマス、或ル反對論者ハ宣誓ノコトニ付テ論ガアリマシタガ、日本ニハ外國ノ如キ宣誓ハアリマセンケレドモ刑法ニ於テモ己ニ證人トシテ許シテ居リマス然ラバ民事ニ於テ證人トスルニハ宣誓ノ有無ニ關シマセン何トナレバ刑法ニ於テモ證人ノ宣誓ノ有無ニ關セズ證據法トスレバ宣誓ヲスルニハ及ビマセン、故ニ人證ニ制限ヲ置クコトヲナサズシテ人證ハ自由ニ許サレル方ガ宜シイト思ヒマス
(栗塚報吿委員)
委員ノ論ガ出マシタガ最早報吿委員ハ饒舌ルコトハ出來マセンカ
(箕作委員)
述ベテ宜シウ御座イマス
(栗塚報吿委員)
只今ノ委員ノ御說ヲ聞キマスルニ日本ニ於テ實印ヲ用フルコトハアレドモ其時分ハ書面デナケレバナラヌト云フ弊ガアリマシタカラ今之ヲ制限スレバ再ビ前日ノ弊ヲ生ズルト云フ說ガアリマシタケレドモ其レハ書面ノ上ニモ尙ホ制限ヲ有シタル條件デアリマシテ書面ハ勿論實印ヲ要スルト云フコトデアリマス今此處ニ云フ證書ノコトヲ云フノデハアリマセン加フルニ我々ノ說ニ致シマシテモ相手方ヨリ出デタル書面ニテモ書キタルモノガアレバ證人ヲ許スト云フコトデアリマスカラ、良シ制限ヲ設ケテモ金ヲ貸テ呉レザルトカ或ハ「此間御頼ミ申シタルコトハ如何致シマシタカ」ト云フ者デモアレバ宜シイ實印ノ書面ニアラザルモ相手方ノ手カラ出テ居ル書面デモアレバ無制限デアルト云フノデアリマス又抗拒スベカラザルカニ因テ書面ガ無クナリシトカ云フ南部君ノ云ハレタル金ヲ貸テ書面ヲ取テ置カント思フテモ取レザリシト云フ如キ、事實書面ヲ作ルコト能ハザル場合ニシテ證據立ルコトガ出來レバ宜シイノデアリマス又刑事ハ人證ガ現在シテ居ルト云ハレマシタガ、宣誓ノコトハ實ハ嫌厭デ御座イマスガ刑事デハ他ニ道ガアリマセン民事ニ於テハ井上君ノ云フ通リ外ニ道ガアリマス代書人ノ手ニ成ルトカ抗拒ス可カラザルトカ云フコトガアリマスガ、外ニテ證據ヲ作ルコトノ出來ルトキハ證據ヲ作リタル方ガ宜シイ、又誓ノカモアリマセンカラ誓ノナキ證據ガ宜シイ、又南部君ハ明治六年ノ布吿ノ爲メニ損害ヲ蒙リタル者ガアルト云フガ夫レハ布吿ヲ知ラズシテ迷惑シタノデアリマシヨウ
(南部委員)
ソレハ布吿ヲ知ラザル爲メニ損害ヲ蒙リタルノデアリマス又書面印形ト云フコトニ目ヲ注イデ述ベラレマシタガ、實印ノミノ爲メニ此布吿ガ出デタルト外解セマセン
(西委員)
彼ノ布吿ノ廢セラレタル原因ハ南部先生ノ論ノ如キニテアリシカモ知レマセンガ實印ト云フコトニ病ガアリタルノデアリマスソレ迄ハ實印ニアラザルモ金ハ借リラレマシタ、所ガ布吿ガ出テカラ後チハ店判デ金ヲ借リタル者ハ證據ニナラズトナリ、何デモ箇デモ實印デナケレバナラヌト云フコトニナリタル不都合カラシテ彼ノ布吿ヲ廢シタルノデ御座イマス、ソレガ爲メニ金錢上ノ損害ヲ蒙リタルコトハ私抔ハ一向經驗ハアリマセン
(南部委員)
私ハ度々經驗ガアリマス、ソレハ夫ノ訴答文例ガ出テカラデアリマス
(尾崎委員)
南部サンノ御說ハ訴訟法報吿委員ノ說ト同ジデアリマスカ
(南部委員)
左樣デアリマス
(尾崎委員)
人ニ金ヲ貸シテ、卽チ茲ニ證據入ガ居ルト云フモノハ皆ナ採リ上ルト云フノデアリマスカ
(南部委員)
左樣デ御座イマス
(長谷川報吿委員)
明治六年ニ出タ布吿ハ如何カ知リマセンガ、其後ノ指令ニハ商ヒ判栂印ニテモ證據ニナラズト云フコトガアリマスカラ實印ノコトガ目的デアルト云フコトハ分リマス
(尾崎委員)
私抔ハ彼ノ法律ノ出タ時分法律ノ詮議ニ關係シテ居リマス
(長谷川報吿委員)
宣誓ノコトハ歐羅巴ト日本トノ差ヒハ民法報吿委員カラ申立テアリマシタガ嘗テ獨乙ノ統計表ニ依ルトキハ猶太ノ宗旨ヲ信ズル者ト耶蘇教徒ハ僞證ノ多少ヲ較ベルニ猶太ノ者ガ僞證ノ罪ヲ犯シタル者ノ少イト云フコトデアリマス、何ゼナレバ神ヲ信ズルノ厚キガ故ニ僞證ガ少イノデアリマス之ニ照ラシテモ歐羅巴中デモ宗旨ニ因テ差ヒガアリマスカラ日本ノ宣誓デハ甚ダ差ヒガ生ジ樣ト思ヒマス
(栗塚報吿委員)
或ル部分ハ證人ヲ許シ又或ル部分ハ之ヲ許サズ金高ニ由テ人ニ信用ヲ措クハ宜シクナキ旨ヲ南部氏ガ非難サレマシタ、如何ニモ旨意ハ貫カザル樣ニ見ヘマスルガ、一體法律ヲ立テ世ノ中ヲ治ムルニハ法律ヲ味ハフコトガ肝腎ト思ヒマス四角四面ニ筋道ヲ貫クコトハ希望スベキデハ御座イマスガ扨世中ノ運動ヲスルニハ理窟許リデモナリマセン去リトテ又開ケ放シニテハ寒クテ溜リマセン開ケタリ締タリスルコトガアリテ宜シイノデ御座イマス金ノ高ニ於ケルモ亦然リ少キニハ人ノ虛言ヲ吐キマセンガ多イ金ニハ虛言ヲ吐クト云フ事實ガアリマス僅カ二三圓ノ金ヲ他人ヨリ欺キ取ラントシテモ酒ノ一抔モ飮マセナケレバナリマセン少ナキ金ニハ升酒ヲ飮マセ多キ金ニハ大キナ料理屋デ飮マセルカ知リマセンガ少キ金ハ欺キテモ社會ノ害ガ少イ故是レモ胸算ノ中ニ入レナケレバナリマセン法律ヲ立ルニハソレ等ハ立法者ガ考ヘナケレバナリマセン
(南部委員)
ソレハ違ウト思ヒマス何トナレバ小サイモノニ付テハ詐欺ナシトノ戰說ガアリマシタガ恰モ盜賊ヲ見ルニ多キヤ少キ金ヲ盜ム者ガ多キヤト云フニ多キ金ヲ盜ダ者ハ少イト云ハナケレバナリマセン況ンヤ金ノ取引ニ於テヲヤ少イ金高ノ取引ガ多イノデアリマス日本人民ハ富テ居ラザル故隨テ盜ムコトモ高ノ少イ方ガ多イカラ證據ニハナリマセン
(井上報吿委員)
先ヅ證人ガ僞證ヲ爲シタルトキハ僞證ノ罪ニナリマスカラ金高ノ多キモノニ僞證ガ多イデアリマシヨウ假令バ十圓ノ僞證ヲシテ勝チタラバ五圓遣ルト云フモノト、一萬圓ノ訴訟ガアリマシテ其半額ヲヤルト云フモノト何レニ僞證ガ多キカト云フニ澤山分ケテ貰ヘル方ニ僞證ガ多キニハ相違アリマセン、然ラバ凡ソ相當ノ額以下ニハ僞證ハ少イコトデアリマス、必ラズシモ制限ヲ立タルガ惡イトハ思ハレマセン
(栗塚報吿委員)
少シ論ガ技葉ニ渉ル樣デアリマスガ金高ノ定メ方ハ大變影響ガアリマス、小サイ金ニ定メラレテハ困リマス
(箕作委員)
先ヅ人證ニ制限ヲ置クカ、置カザルカヲ決シマシヨウ
(本多報吿委員)
訴訟法ノ報吿委員ノ反對說ニハ人證ヲ許シタレバ裁判官ハ其證據ニ依ラナケレバナラザル樣ニ解シテ居リマス
(工藤報吿委員)
其樣ナコトハ申シマセン
(鶴田委員)
ソレハ裁判官ノ權ニアルノデアリマス
(栗塚報吿委員)
孛漏西ハ如何ニナツテ居リマス
(本多報吿委員)
種々ニナツテ居リマス、佛蘭西法ノ行ハルル所モアリ、又制限モアリマスガ孛漏西ニハ制限ハアリマセン訴訟法ノ會議ノトキモ餘程議論ガ起リマシタ、一方ハ制限ヲ置クガ宜シイト云フコトヲ申シマシタガ遂ニ少數デ負ケマシタ、何モ制限ヲセザレバトテ人證ヲ採ルト採ラザルトハ裁判官ニ在ルカラ仔細ナイト云フ論デアリマス
(栗塚報吿委員)
孛漏西國契約編ノ百三十一條ニ制限ヲ付ケテ居リマスガ矢張リ佛蘭西ト同樣ノ金額ニテ百五十「フランク」ニ當ルノデアリマスカ
(本多報吿委員)
百五十五「マルク」以上ノ契約ハ無效トアリマス、人證ヲ許サズト云フノデハアリマセン、被吿カラ詞ヲ立ルニ金ハ拂フタレドモ書面ヲ取ラザルトキハ人證ヲ制限スレバ取ルコトガ出來マセン、契約ガ成立スト云フコトデアリマス
(箕作委員)
防禦ガナケレバ無效ト云フノデスカ
(本多報吿委員)
百五十「マルク」以上ハ必ラズ書面ヲ以テスベシト云フノデアリマス
(栗塚報吿委員)
契約ガ成立ザル以上ハ人證ハ出來ル筈デアリマスカ
(本多報吿委員)
被吿ヨリ云ヘバ何程書面ハアリマシテモ金ハ拂ヒテ書面ヲ取戻スコトヲ遺シタリト云フコトハ證人ガアレバ出來ルノデアリマス
(栗塚報吿委員)
書面ヲ以テシナケレバ裁判所デ取リ上ゲナイト云フノデアリマシヨウ
(本多報吿委員)
左樣デ御座イマス矢張リ無效ト云フノデアリマス
(箕作委員)
訴權ガナイト云フノデアリマス
(本多報吿委員)
裁判上無效ト云フノデス
(松岡委員)
私ハ人證ヲ許スニハ制限ヲシテ許スト云フ方ニ同意デアリマス之ヲ無制限トスルハ甚ダ怖イコトデアリマス然ルニ證書ニ實印ガナケレバナラヌト云フコトヲ廢シタルヲ以テ人證ニ制限ヲ設ケザルノ楯ニ致シマシタガ是レ迄決シテ獨立ノ人證ハ用ヒテハ居リマセン又裁判官ヲ實際爲シタル人ハ知テ居リマシヨウガ引合人云々ト云フハ取モ直サズ人證デアルト云フモ是レハ今云フ所ノ人證トハ餘程性質ガ違ヒマシテ、引合人ハ必ラズ何カ一ノ證據ガアリテ不明瞭ト云フ場合デアリマス先刻尾崎サンノ仰セラレタ樣ニ千圓ノ金ヲ貸テ居ルニ卽チ千圓ノ證人ガアルト云フコトハアリマセン斯ル場合ノ引合人ト唱エル者ハ我々ガ制限ヲシテ引合人ヲ許ス其許シタル上ニ立除ケノ場合ガ出テ居ル如キ端緒ガアリテ證明スル所ニハ恰モ合ヒマスケレドモ今日迄ノ證人ヲ獨立ノ證據トシテ居ルト云フコトハ民事上ニアリマセン、之ハ以前ノ習慣ヨリ今迄ノ有樣ヲ云フコトデアリマシテ從來證人ガ獨立シテ居タコトハアリマセンソレヲ隣家ノ人ハ上手ニ云ヒマスカラ御斷リヲ申シマス、ソレカラ報吿委員ノ意見ニハ商法ト民法トヲ混淆シタル者モ見ヘマス元來獨逸民法ハ制限致シマセンソレハ其筈デアリマシテ編纂委員ハ數年掛ツテ國會ヲ經過シマセンカラ獨逸民法ハ制限ノ仕樣ガアリマセン「ロエスレール」ノ書キタル註解ノ中ニ商法ニテスラ無制限ノ人證ヲ用ヒテ其結果ハ甚ダ惡イト云フコトヲ證明シテ居リマス然ラバ日本ガ獨逸ニ一層飛越ヘテ民法迄モ一切人證ヲ許スト云フハ此斯馬克ノ如キ豪傑ナル人ガ日本ニ澤山出タ樣ナルモノデアリマシテ本統ニ出タナラバ宜シイガ、危險ナル譯デアリマス商法ヲ論ズルコトニ至テハ獨逸ノ惡例ヲ存シナケレバナラヌカ否ヤハ今ハ申シマセンガ民法ノ上ニソレヨリ重キ無制限ノ人證ヲ用フルハ恐レ入リタルコトデアリマスソレカラ一切禁ジテ仕舞フト云フコトハ報吿委員ノ意見ノ樣ナレドモ是ハ仲間カラ火事ガ出ル樣ニ見ヘルガ豫メ兩方ニ水デモ撒イテ置クガ宜シイ然ラザレハ消防ニ骨ガ折レマス又人證ヲ廢スルノナレバ皆廢シ許スナレバ皆許セト云フ單純ナル論モアリ又僞證ノ多少ニ論モ及ビマシタガ私ノ惟フニ少額ノモノハ人證ヲ許スト云フハ必ラズ少額ノ者ニ虛言ヲ吐ク者ノ少イト云フ譯ニ止マラズ先ヅ普通ノ有樣ヨリ見ルモ少額モノハ多數ノ場合ニ於テ字ヲ書ク者ハ多カラズシテ證書ヲ書クハ面倒デアルカラ少額ノ者ニハ證書ヲ書カズシテ濟ムコトガ多クシテ又取引貸モ多數デアルカラ必ラズ書面ヲ作ラズトモ宜シイト云フ便宜ヲ與ヘルノデアリマス今日迄實際上認メテ居ルニ金錢ノ受取ヲ書クニモ一錢印紙ハ十圓以上ニ外用ヒズ、一圓以下ハ受取ルニモ及バズト云フ實際ノ有樣デアリマス彼レ此レ僞證抔ヲ致シマシタ時分ニ相手方ノ迷惑モ害ガ小サイト云バレルガロデ云フヨリハ書クガ確カナコトハ何國デモ認メテ居リマス井上サンノ云ハルル通リ之ヲ制限スルハ折衷シテ實際ニ適スルカラ宜シカロウト思ヒマス、要スル所民事取調局ヨリノ調ベハ甲乙二ツアリマスガ制限ヲ設ケルガ宜シイト云フ說ニ從ヒマス
(西委員)
私ハ人證ハ制限ヲ置キテ人證ヲ用フルコトニ致シ度キ意見デアリマス
(尾崎委員)
元來明治六年ニ實印ノナキモノハ證據トセズ採リ上ゲズト云フ布吿ノ理由ハソレ迄ノ日本全體ノ有樣ハ商人取引ハ書而ニ書キ現ハレタルコトモアリマスガ、士以上ノ者ハ頓ト無證文ニテ始終取引ヲ致シマシタ其取引ヲシタル者デモ、訴ヘテ來レバ審問シテヤリ來リマシタ明治維新以來六年迄ヤリ來リマシタガ無證文ニテ誰々ガ證據人デ御座イマスト云フノハ到底水掛論デアリマスカラ一向其結局ハ何レノ便宜ニモナリマセン故ニ止ヲ得ズ書面ヲ以テ實印ヲ捺タルモノニ非ザレハ證ニナラズト致シマシタ、夫レ迄ハ訴訟ノ人民ヲ拘留シ或ハ鞭ヲ當テルト云フ樣ナルコトモアリテ無證據ト雖モ人ヲ拘束シテ訊問スルコトモアリマシタカラ無證據デモ隨分權利ヲ伸ルコトモアリテ義務ヲ盡サセルコトモアリマシタガ、遂ニ民事上人ヲ拘留スルコトモ無クナリ審判スル手續ハ確カナ證據ヲ要スルコトトナリ遂ニ實印ヲ捺シタル證書ニ非ザレバ採用セザルコトトナリマシタ明治六年以來今日迄總テ書キタル證據ノナキモノハ裁判上採用セズト云フコトハ人民ノ腦裡ニ深シテ居リマス故ニ今日證據ヲ取ラズシテ金ヲ貸ス者ハ絕ヘテナシトハ云ハレマセンガ、先ヅ槪シテ無シト云フテ宜シイ然ルニ今此ノ人證ヲ採用シテ私ハ貸タルニ相違ナク、某ガ證據人デアリマスト云フモノヲ採リ上ゲルコトニナリマシテハ裁判上ニ於テハ結局水掛論トナルハ免レマセンカラ訴訟ハ增加致シマス素ヨリ人證ハ信用ハ出來マセンモノデアリマシテ裁判所ニ於テモ人證ハ滅多ニ採用スベキデアリマセンカラ縱令分テ居リマシテモ裁判官ハ證據ナクシテ原吿ヲ貸タト口ニテ云フコトヲ際限ナク採用シテハ治マリハ付キマセン、偖テ又金高ヲ以テ制限シ樣ト云フ說モアリマスガ之モ道理ニ適シマセン多額ナル金ヲ貸借スル者ハソレ程ノ身分ガナケレバナリマセン又十圓ノ貸借ヲ爲ス分限ノ人ハ十圓ガ分限ニ相當シテ居リマスカラ十圓ノ少額デモ一家ノ浮沈ニ關スルカ知レマセン依テ人證ヲ許ストナレバ總テ之ヲ許サナケレバナリマセン然ルヲ十圓以上ハ許サズシテ其以下ハ許スト云フハ餘リ道理ニ適セザルコトデアリマス詰リ人證ハ薄弱ナルモノデアリマスカラ私ノ意見ハ一切人證ヲ用ヒズ、今迄ノ慣習ニ依テ證據ガアレバ採用シ然ラザレハ採用セザルコトトシテ卽チ現今ノ儘ニシテ置キ度キ精神デアリマス
(箕作委員)
ソレデハ「ボアソナード」ヘノ答ヘニハナリマセン
(尾崎委員)
私ノ說ハ其外デアリマス
(南部委員)
ソレハ答ヘニナラザルコトハアリマスマイ
(箕作委員)
直接ノ答ヘニハナリマセン
(淸岡委員)
磯部ノ說ハ尾崎サント同ジダ
(南部委員)
ソレハ大變違フテ居リマス
(淸岡委員)
人證ハ許サズ、併シナガラ特別ノ場合ハ許スト云フ取除ケガ付ケテアル丈ケデ、大體ハ採用セズト云フノデアリマス
(南部委員)
ソレ丈ケガ違ヒマス
(箕作委員)
磯部ノ說モ矢張リ金額ハ制限ヲ立ル積リデアリマス
(栗塚報吿委員)
左樣ニ見ヘマス
(淸岡委員)
尾崎サンノ說モ特別ノ場合ハ除クト云フノデハアリマセンカ
(箕作委員)
尾崎サンノ說ハ金額ヲ以テ制限ヲ付ケルノハ道理ニ適セズト演ベラレタノデアリマス
(淸岡委員)
磯部ノ說ハ民法報吿委員ノ說ト同ジデアリマスカ
(箕作委員)
同ジト思ヒマス
(栗塚報吿委員)
全ク同論デアリマス
(鶴田委員)
皆サンガ一說アル樣デアリマスガ道理カラ云ヘバ南部委員ノ云フ通リ人間ガ皆惡イ者ト見レバ人證ハ許セマセン故法律自然ノ道理カラ云ヘバ御尤モナル譯デアリマス又尾崎サンノ說ハソレト全ク反對ニシテ徹頭徹尾人證ヲ防ガナケレバナラズ半分人證ヲ許スト云フ理由ガナイト云フ說デアリマシテ是レモ一理アリマスガ我輩ノ考ヘデハ過ギタルハ尙ホ及バザルガ如シデ何レモ意ハ盡キテ居リマスガ私ハ矢張リ民法ヤ商法ノ報吿委員ノ意見ハ恰度中庸ヲ得テ居ルト思ヒマス
(村田委員)
南部君ノ論ハ立派デアリマスガ併シナガラ今日ハ書面デナケレバナラヌトシテ居リマス然ルニ是レカラ人證ヲ許ストナリマシテハ先ヅ始メテデアリマスカラ制限ヲ付ケナケレバナリマセン一體僞證ノ論モアリマシタガ歐羅巴デハ僞證ヲ有罪ニシマス日本デモ刑法二百二十三條ニ「民事商事又ハ行政裁判ニ關シテ僞證ヲ爲シタル者ハ」云々トアリマシテ借ガ一年位ノ刑デ濟ミマス宣誓ト申シテモ歐羅巴ノ樣ニ神ニ誓テスルコトデアリマセンシテ僞證ヲ防ギ難キ所ガアリマス然ルニ口デ言フテモ書面同樣ナ效ガアルトシテハソレガ爲メニ大ナル弊害ヲ生ジ又安心ナラザルコトニナルカト思ヒマス先ヅ今日迄書面デナケレバナラザルコトニシテアリマスカラ人證ヲ許スナレバ區分ヲ少クシテ制限ヲ立ルコトトシ、卽チ五圓以下位ニ制限シ度キ考ヲ以テ私ハ民法報吿委員ノ說ヲ贊成シマス
(淸岡委員)
實際カラ云フトキハ尾崎サンノ說ハ宜シイガ、證據ガナケレバ更ニ訴訟ガ出來マセント云フ譯ニナリマシテハ人間ハ丸デ役ニ立タヌ樣ニナリマス
(箕作委員)
民法報吿委員ノ制限說ガ多數デ御座イマス就テハ例外ヲ置クカ置カザルカノ說ガアレバ御述ベナサイ
(松岡委員)
私ハ報吿委員ノ提出シテ居ル例外ノ場合ハ無論ノコトデアルト思ヒマス
(栗塚報吿委員)
唯ダ心配ナルハ商事ニ制限ヲ置テアルト云フコトデアリマスカラ
(箕作委員)
商法ノ方ハ、商法デ決スルカラ宜シカロウ
(松岡委員)
例外ハ一、二、三ノ場合ニナリマスカ
(箕作委員)
左樣デアリマス夫レデハ報吿委員ノ說ニ決シ今日ハ是レデ置キマス
本題ハ民法報吿委員ノ說ニ可決ス