民法理由書
参考原資料
- 民法理由書 , (七) [国立国会図書館デジタルコレクション]
- 民法理由書 , (八) [国立国会図書館デジタルコレクション]
- 民法理由書 , (九) [国立国会図書館デジタルコレクション]
備考
- このデータは,仲宏茂氏により翻刻されました.
民法理由書
財産取得篇
総則
第一条
本篇ハ財産ヲ取得スルノ方法即チ啻ニ所有権ニミナラズ其ノ他総テ物権タルト人権タルトヲ問ハス一切ノ権利ヲ取得スルノ方法ヲ規定スルモノナリ
或ハ物権ノ取得方法中所有権ノ支分権ヲ(用益権地役権賃借権永借権地上権)取得スルノ方法ヲ規定シタルヲ以テ本篇ニハ只所有権ヲ取得スルノ方法ノミヲ規定スヘキニ似タリ然レトモ財産篇ニ於テハ唯所有権ノ支分権ニ固有ナル取得方法ヲ規定シタルニ過キスシテ其所有権及ヒ其他ノ権利ニ普通ナル取得方法ニ至ツテハ唯之ヲ指示シタルニ過キス詳細ニ之ヲ規定シ其一般ノ適用ヲ示スハ即チ本篇ニ於テスヘキモノナリ
本篇ニ於テハ物権ニ適用スヘキ取得方法ト人権ニ適用スヘキ取得方法トノ二種ヲ区別スルコトナシ何トナレハ取得方法ノ過半ハ物権ト人権トニ相通スルモノナレバナリ唯本篇掲クル所ノ初メ十二章ハ特定権限ノ取得方法ヲ規定スルモノニシテ後ノ三章ハ包括権限ノ取得方法ヲ規定スルモノナリ
然レトモ其配置法ニ至ツテハ少シク意ヲ用ヒタル所アリ即チ始メノ二章ハ占有ニ基ク取得方法ヲ定ムルモノニシテ後ノ
第一章 先占
論者概ネ曰ク凡ソ社會ノ創立シタル時代ニ在ツテハ不動産所有権モ亦先占ニ起原シタルモノナリト
蓋シ各國ノ人口未タ十分蕃殖セス之ニ反シ土地廣漠ニ過キ悉ク開拓耕作スル能ハサルニ当ツテヤ各人其耕耘利用スルヲ得ヘキ土地ヲ自由ニ先占スルコトヲ得多少其境界ヲ定メ之ヲ改良シタルトキハ之ニ因リ自餘ノ人ニ優先シテ其土地ヲ保有スルノ正当ナル権限ヲ得有シタルモノナリ自餘ノ人ハ又同一ノ権能ヲ行ヒ以テ他ノ土地ヲ自己ノ所有ト為スコトヲ得タリ縦令最初ノ先占者地味膏腴地形有勝ナル土地ヲ占有スルモ決シテ他人ノ羨望スルコトヲ許サズ何トナレバ最初ノ先占ハ利益一層多キモ亦先占ヲ為スノ困難一層多ク加之為之危害ヲ被ルコト又一層大ナルヲ以テ其利益ハ之レカ報酬タルモノナレバナリ
然ルニ社會開明ノ域ニ進ミ人口愈々蕃殖スルニ至ツテヤ既ニ土地ノ所有者ナキモノナク何レモ最初ノ先占者ノ取得スル所トナラサルハナシ
且近世諸國ノ法律ハ概ネ本法ニ於ケルガ如ク特ニ一ノ規定ヲ設ケ不動産ニシテ特定ノ所有者アラサル物ノ所有権ハ当然國ニ属スヘキモノトナシタリ是ヲ以テ縦令高山深谷ニ存スル土地又ハ水存地砂礫ニシテ到底耕作スヘカラサル土地ナルニ因リ未タ曽テ之ヲ所有シタル者アラサル物ト雖トモ尚ホ之ヲ占有スル者之ニ就キ何等ノ権利ヲモ取得スルコト能ハズ其所有権ヲ得ント欲セハ必ス政府ヨリ之ヲ払下クルコトヲ要ス又所有者其土地ノ荒蕪ニシテ其生スル所僅カニ地租ニ充ツルニ足リ又ハ之ニ及ハサルヲ以テ其土地ヲ抛棄シタルトキモ尚ホ先占ニ因リ之ヲ取得スルコト能ハス
是ヲ以テ現時ニ至リテハ既ニ不動産ニ就キ先占ヲ行フコト能ハスト雖トモ尚ホ動産ニ関シテハ之ヲ行フヲ得ル場合頗ル多シ
動産ノ先占ニハ三箇ノ條件ヲ具備スルヲ必要トス即チ第一取得セント欲スル者現ニ其物ヲ占有シ且之ヲ自己ノ所有ト為ス意思アルコトヲ要ス第二其物ノ現ニ無主物タルヲ要ス第三特別法ヲ以テ其取得ヲ禁止セス又ハ之ヲ制限セサルコトヲ要ス
第二条ノ法文ハ明カニ右條件ノ第一及ヒ第二ヲ記載スルモノニシテ第三条件ハ第三条ニ之ヲ掲ク以下逐一之ヲ説明セン
第一本条ニ必要トスル所ノ占有ハ所謂法廷ノ占有ニ外ナラズシテ之ヲ構成スル二箇ノ原素タル所為ト意思トハ曽テ説明シタル所ナリ唯此塲合ニ於テハ他人ノ物ノ占有ニ関セサルヲ以テ意思ノ善悪ヲ問フニ及ハス又時効ヲ得ルコトヲ目的トスル占有ニ関セサルカ故ニ其占有ノ公然タルヲ要セス又其時期ノ長短ヲ問ハサルナリ
第二其物未タ曽テ何人ノ所有ニモ属セス又ハ曽テ之ヲ所有シタル者之ヲ抛棄シ無主物タルコトヲ要ス
無主物ノ主タル者ハ地上ニ奔走シ空中ニ翺翔シ水中ニ遊泳スル禽獣魚蟲ナリ只其性質上及ヒ事実上野栖ナルト其自由ニ棲息シテ狩猟捕漁ニ因リ先占及ヒ取得スルヲ得ヘキモノタルトノ二箇ノ性質ヲ備フルコトヲ要ス是ヲ以テ元来野栖ノ動物ニシテ自由ニ棲息スルモ既ニ馴養セル者例ヘハ野栖ノ飛禽タル雎鳩ニシテ鳩巣中ニ養ハレ近隣ヲ翺翔スルノ慣性ヲ有スルモノノ如キハ縦令善意ニテ之ヲ取得スルモ決シテ先占権ヲ得ル能ハス其隣地ニ飛下スルニ当リ隣人之ヲ捕フルモ決シテ之ヲ自己ノ所有ト為スコト能ハス
又野栖ノ禽獣未タ馴レサルモ既ニ捕獲シ之ヲ繫鎖シタルトキハ縦令其奔逸スルコトアルモ猶ホ其所有者其所有権ヲ失ハス其再ヒ之ヲ捕ヘントスルノ意思アリテ之ヲ捕フルニ力ヲ用ユル以上ハ捕獲者其所有権ヲ取得スルコト能ハス
然レトモ動物ニシテ前記ノ二条件即チ野栖ナルト自由ニ生息スルトノ条件ヲ具備スルトキハ其捕獲者自己ノ地上ニ於テ之ヲ捕ヘタルト他人ノ地上ニ於テ之ヲ捕ヘタルトヲ問ハス又他人ノ地上ニ於テ之ヲ捕ヘタル塲合ニ於テ其土地所有者ノ承諾ヲ得タルト否トヲ論セス加之其禁示ニ反シタルヲ論セス均シク其所有権ヲ得ヘシ固ヨリ他人ノ地上ニ於テ動物ヲ捕フルニ当リ其土地所有者ノ承諾ヲ得ス又ハ其禁止ニ戻リ之ヲ捕ヘタルトキハ捕獲者過失アルカ故ニ其耕作物其他ノ物ニ損害ヲ加ヘタルトキハ之ヲ賠償スル責任ヲ免カレサルヘシ然レトモ其方法タル動物ノ所有権ニ至テハ自己之ヲ取得スヘシ何トナレハ其動物ハ無主物タルカ故ニ之ヲ得ルモ何人ノ所有権ヲモ奪フモノニ非サレハナリ
右ノ塲合タル決シテ一旦捕獲シタル野栖ノ禽獣ニシテ籠又ハ罔中ニ飼養シタル者ヲ捕ヘ或ハ養魚塲又ハ庭園ノ池沼中ニ飼養セル魚類ヲ捕ヘタル塲合ト之ヲ混淆ス可カラス此塲合ニ於テハ即チ盗罪ヲ構成スルモノナリ又悪意ヲ以テ他人ノ池ヲ乾燥シ池中ノ魚類ヲ網羅シテ漁獲シ又ハ牧塲ノ動物ヲ囲繞シ之ヲ捕獲シタルトキモ亦其結果同一ナリ此塲合ニ於テハ狩猟捕魚アルニ非スシテ他人ノ物ノ盗取ヲ為シタルモノナリ然レトモ河海又ハ湖沼中ニ於テ漁獲シタル魚類ハ漁者其所有得権ヲ得
又海河ニ於テ漁獲シ先占ニ因リ取得スルヲ得ヘキ無主物ハ唯魚類ニ限ラス尚ホ其他介貝海藻ニシテ農業用タルト工業用タルトヲ問ハス人ノ使用スルヲ得ヘキ一切ノ諸物皆然リ又海辺ニ於テ砂礫石塊ヲ採ルモ之カ為メ海濱ヲ崩壊セサル以上ハ自由ニ之ヲ為スコトヲ得其他珊瑚採収等亦有効ニ之ヲ為スコトヲ得
第三先占ニ因リ取得ヲ為スニ必要ナル第三ノ条件ハ特別法ヲ以テ之ヲ禁止セサルニ在リ然ルニ本邦ニ於ケルモ亦諸外國ニ於ケルカ如ク法律ヲ以テ捕魚狩獵ノ行使ヲ規定シ其時期塲所及ヒ方法ニ関シ之ヲ制限スルコトアリ是等ノ處分タル禽獣魚介ノ生育ヲ旨トシ公益ニ基キ設ケタルモノナルカ故ニ必ス之ニ從ハサル可カラス
尚ホ第三条ハ遺失物及ヒ漂流物ニ関スル特別法ノ規定ニ從フヘキ旨ヲ定メ且戰時ニ於ケル海陸ノ略奪物ニ就テモ亦特別法ノ規定ニ從フヘキ旨ヲ定メタリ
第四条
所有者ノ遺棄シタル物モ亦一種ノ無主物ナルカ故ニ先占者ノ取得スルヲ得ヘキモノナリ
然レトモ是レ其動産タルトキニ限ルモノニシテ不動産ニ至テハ所有者之ヲ遺棄スルモ先占者之ヲ取得スルコト能ハス此塲合ニ於テハ其不動産ノ所有権ハ法律上國ニ属スルモノニシテ國ハ毫モ之ヲ占有セサルモ加之其事実ヲ知ラサルモ尚ホ当然之ヲ取得スルモノトス(財産編第二十四条ヲ参観スヘシ)
夫レ然リ先占ニ因リ遺棄物ヲ取得スルハ動産ニ限ルト雖モ尚ホ実際其適例甚タ多シトス蓋シ大都會ニ於テ人口稠密ナル市區ニ在テハ使用ニ堪ヘス賣却スルコト能ハサル動産物ヲ道路若クハ塵棄塲ニ遺棄スルコト甚タ多シ然レトモ尚ホ貧民ニ至テハ之ヲ以テ自己ノ需用ニ適スルモノトシ好ンテ之ヲ拾得シ加之塵芥ヲ収取シ以テ特殊ノ工業ノ材料ト為スモノアリ又郊野ニ在テハ石片泥土悪草其他ノ塵芥ヲ所有地外ニ抛棄シ之ヲ利用セントスル者ヲシテ恣ママニ之ヲ得セシムルコト屡々是アリ又工塲ノ原料ノ残滓ヲ遺棄シ貧民之ヲ収得シ以テ利ヲ得ルコトアリ是等ノ物件タル既ニ先占者ノ取得スルヲ得ヘキモノナリ
然レトモ雇人等ノ輕忽不注意ノ為メ所有者決シテ遺棄スルヲ欲セサル物塵芥ト共ニ抛却セラルルコトナシトセス又所有者仮リニ道路ニ積量多キ物ヲ積ミ置クモ再ヒ之ヲ其家ニ取込ミ又ハ輸送セントスルモノアルヘシ斯ノ如キ物ハ発見者善意ナルモ之ヲ先占ニ因リ取得スルコト能ハサルヤ明カナリ何トナレハ遺棄スルノ意思ナケレハ決シテ遺棄アリト云フ可カラサレハナリ
茲ニ於テカ証據問題生スルヲ以テ本条之ヲ断定シタリ即チ何人タリトモ自己ノ所有ニ属スル物ヲ仮リニ自ラ保管セサルトキト雖モ猶ホ之ヲ抛棄シタルノ意思アリト看做ス可カラサルヲ以テ法律上ノ推定ト為シタリ是ヲ以テ所有者遺棄セスト称シ占有者先占ニ因リ取得シタリト称スル者所有者任意ノ遺棄ヲ為シタルノ証據ヲ擧クルノ責ニ任スヘキモノトス
第五條
論者概ネ埋藏物ノ定義ヲ下シテ曰ク総テ何人モ自己ノ所有ニ属スルコトヲ証明スルコト能ハス而シテ偶然発見シタル所ノ埋没隠匿セル物ナリト此定義ヲ分析スルトキハ埋藏物ニ三箇ノ性質アルヲ見ルヘシ而シテ其第三ノ性質ニ至テハ須ラク一ノ区別ヲ要スルモノナリ蓋シ発見者ニ埋藏物ノ一分ヲ帰属スヘキ塲合ニ於テハ其発見ノ偶然ニ出テタルコトヲ必要トス然レトモ土地若クハ主タル物ノ所有者特ニ埋藏物ヲ発見スルノ目的ニ出テ捜索ヲ遂ケタルニ因リ之ヲ発見シタルトキハ所有者其物ノ全部ヲ取得シ加之埋藏物発見ノ為メ職工ヲ使用シタル塲合ニ於テ職工其事ヲ知ラサルモ所有者発見ノ目的アリタルコトノ証據アル以上ハ亦所有者其全部ヲ取得スヘシ
加之第三者自己ニ属セサル土地内ニ於テ埋藏物アルコトヲ察シ其所有権何人ニ属スルカ判然タラサルニ因リ之ヲ発見スルノ目的ヲ以テ捜索ヲ為シ遂ニ埋藏物ヲ発見スルニ至リタルトキハ其発見専ラ偶然ニ出テタルニ非スト雖モ猶ホ其物埋藏物タルヘシ然レトモ土地ノ所有者ハ其物ノ全部ヲ取得スヘシ是ヲ以テ偶然ノ條件ヲ要スルハ第三者タル發見者ノ其物ヲ取得スル塲合ニ限ル是レ本條ニ明記スル所ニシテ羅馬法ニ範リタルモノナリ
然レドモ他ノ二條件ハ主タル物ノ所有者ト發見者トニ対シ均シク必要ナルモノトス則チ第一發見シタル物ノ埋藏物タルコト第二其眞ノ所有者判然タラサルコト是レナリ
是ヲ以テ發見物地上又ハ水中ニ在ルカ又ハ家屋若クハ器具中ニ在ルモ人目ニ觸レ易ク之ヲ得ルニ採掘ノ所為ヲ要セサル時ハ遺失物漂流物タルヘキモ埋藏物ニアラサルナリ
又金鑛若クハ石礦ニシテ爾来人ノ知ラサル所ノ物ヲ發見スルモ是レ埋藏物ニアラスシテ土地ノ一部分ナルニ因リ發見者ハ本法ニ依リテハ何等ノ権利ヲモ有セサルナリ然レドモ坑法ニ依リ鑛山ヲ發見シタル者ニ特別ノ利益ヲ與ヘタル時ハ此ノ利益ヲ得ヘシ
第二ノ條件ニ至テハ眞ノ所有者其権利ノ申立テヲ遲延シ主タル物ノ所有者ト發見者トノ間ニ埋藏物ヲ分割シタル後ニ至リ其申出テヲナシタルノミニ依リ具備シタリト云フヘカラス所有者ハ次條ニ定メタル時効ノ經過前ニ在テ要求ヲナストキハ發見物ヲ以テ埋藏物ト看做サザルニ足レリトス
埋藏物ノ発見ハ發見者先占ニ因リ所有権ヲ取得スル塲合ノ一ナリト雖モ前條ノ塲合ト少シク異ナル所アリテ其取得ノ條件相同シカラサルモノアリ
蓋シ埋藏物発見ノ塲合ニ於テハ未ダ現実ノ占有ヲナスヲ要セス唯其物ヲ発見シ之ヲシテ人目ニ觸レシムルニ至リタルヲ以テ足レリトス縦令其發見シタル部分些少ニシテ埋藏塲所ノ地位埋藏物ノ積量其ノ埋設ノ深淺採掘ノ難易ニ因リ多少現実ノ占有ニ遲速アルヘキモ敢テ之ヲ論セス一ニ發見アリタルヲ以テ足レリトス然レトモ亦此塲合ニ於テ取得ノ根本原因ト云フヘキモノハ占有ニシテ羅馬法ニ所謂目視以テ占有ヲナスモノナリ加之土地ヲ採掘スルニ当リ鋤鍬其他ノ器具金属若クハ木造ノ箱ニ中リ其音響ニ因リ埋藏物ノ所在ヲ發見シタルニ過キサル時ト雖モ尚ホ之ヲ以テ埋藏物發見ト看做スヘシ縦令好事若クハ嗜慾ノ為メ數人来テ發見者ニ力ヲ添ヘタル時ト雖モ尚ホ発見者ノミ独リ取得者タルヘキモノナリ
埋藏物ヲ取得スルニハ其無主物タルコトヲ要セス加之埋藏物ノ性来無主物タルモノニ非ス概ネ其埋没シタルノ事実ハ所有者ノ任意ノ遺棄ノ証憑トナス可カラス却ツテ所有者特ニ其物ヲ保存センコトヲ欲シ之ヲ珍重シテ特ニ藏置シタリト看做スヘキモノナリ然レトモ本主ノ判然セズ到底之ヲ知ルコト能ハサルモノ殆ント疑ナキガ故ニ法律ハ埋藏物ヲ以テ無主物ト同一視スルモノナリ故ニ所有者ハ時效ノ経過前ニ在ツテ自己ニ権利アルコトヲ主張スルノ権ヲ有ス又埋藏物ノ発見者他人ニ属スル物件中ニ於テ之ヲ発見シタルトキ発見者ニ埋藏物ノ半分ノミヲ附與スルハ即チ先占ノ通則ニ例外ヲ付シタルモノナルヤ明カナリ
本条ニ於テ埋藏物ヲ所在ノ主タル物ノ所有者ノ権利ヲ規定セサルハ所有者ノ埋藏物ヲ取得スルノ占有ヲ必要トス加之其不知ニ於テ取得ノ効ヲ奏スルガ故ニ其取得ノ基ク所占有ニ非スシテ添附ニアルガ故ナリ是ヲ以テ之ヲ次章ニ規定ス加之所有者ノ権利ハ未タ必ズシモ埋藏物ノ半分ニ限ルモノニ非ス或ハ其全部ニ延及スルコトアルハ下ニ規定シタル所ナリ(本篇第二十三条ヲ参觀スヘシ)
尚ホ埋藏物ニ関シテハ数多ノ問題発生スルコトアルヘキモ原則ニ依リ之ヲ考フルトキハ容易ニ断定シ得ヘキカ故ニ敢テ法文ヲ以テ此點ヲ規定セズト雖トモ左ニ其一二ヲ論定シ以テ本則ノ適用ヲ明カニセン
第一動産中ニ埋没シタル物モ亦土地若クハ家屋中ニ埋没シタル物ト同一ノ規則ニ依遵スヘキヤ明カナリ
第二家屋ヲ建築シ井ヲ穿チ又ハ道路ヲ修築スルニ当リ数名ノ職工土地ノ開掘ニ従事スルニ際シ其一人地ヲ掘ル者埋藏物ヲ発見シ自餘ノ土塊運搬スル者之ヲ目撃シタル塲合ニ於テハ何人ニ先占ノ権利アルヤニ付キ論議ノ起リタルコトアリ學者概ネ発見人トシテ利益ヲ得ヘキ者ハ獨リ地ヲ掘リ物ヲ発見シタル職工ナリト云ヘリ然レトモ此論決タル少シク極端ニ走ルノ弊アリ実ニ数名ノ職工同一ノ塲所ニ来ツテ代ハル代ハル土砂ヲ採掘運搬スルニ当リ其全隊ヲシテ埋藏物発見ノ利益ヲ得セシムルコト能ハサルヤ明カニシテ此事ニ関シテハ一ニ運賦ニ委ネサル可カラスト雖トモ又実際数名ノ職工同時ニ埋没物ヲ発見シ之ニ注意シタルコトナシトセズ加之之実際ニ於テハ数名ノ職工ノミ獨リ現塲ニアルヘキヲ以テ他ニ利害ノ関係ナキ證人アラサルヘキガ故ニ其主張スル所各相反スルナルベシ故ニ実際孰レヲシテ優先権ヲ獨占セシムヘキカニ付キ疑ヒアルトキハ現塲ニアリタル職工ヲシテ悉ク埋藏物ノ半分ヲ共分セシムルコトヲ要ス又之ニ反シ土砂ヲ運搬スルノ職工之ヲ放下スルニ当リ採掘ノ際発見セサリシ埋藏物ヲ発見シタルトキハ採掘ニ従事シタル者之ニ就キ何等ノ権利ヲモ有セサルヘシ何トナレハ採掘ニ従事シタル者ハ他ノ職工其土砂ヲ運搬シ去ルニ及ンテハ復タ発見ノ機會ヲ有セサルニ至リタルモノナレハナリ
第三論者中間々埋葬塲ニ非サル地内ニ於テ偶然古墳墓ヲ発見シタルトキハ之ヲ以テ埋藏物ト看做スヘキヤ否ヤノ點ヲ論議シタリ固ヨリ旧埋葬地内ニ於テ墳墓ヲ発見シタル塲合ハ論者モ亦之ヲ論外ニ置キ旧埋葬地ニ於テ発見シタル物埋藏物ニ非サルヲ認ムルカ故ニ本文ニ付テハ積極的ノ断定ヲ為スコトヲ要ス加之発見シタル物多少ノ價格ヲ有スルトキハ多少其墳墓ノ内外ニ標識アリテ何人ノ遺骸ヲ埋葬シタル所ナルヤヲ明カニスルコト能ハサルコト少ナク往古時代不明ノ墳墓ニ非サル限リハ概ネ其遺族ヲ知ラサルコト極メテ稀ナルヘシ然レトモ其遺族ヲ求ムルコト能ハサル塲合ニ於テハ発明者ヲシテ墳墓ヲ取得スルノ権利ヲ得セシムルモ毫モ不可ナルコトナシ若シ発見者ヲシテ取得ノ権利ヲ得セシメサランカ其発見ノ利益ハ全ク土地所有者ニ帰スヘキモ土地所有者ハ発見者ニ比スレハ利益ヲ得ルコト一層少ナカルヘキヤ明カナリ
第四悪意ヲ以テ他人ノ土地ヲ占有スル者若クハ隣地ニ至リ竊カニ土砂ヲ採取スル者ノ如キ他人ノ地内ニ於テ行フノ権ヲ有セサル事業ヲ為シタルニ因リ偶々埋藏物ヲ発見シタル者ノ権利ニ関シ或ハ疑議ノ生スルコトアランカ蓋シ他人ノ土地ヲ開掘スルノ権利ヲ有セサル者埋藏物ヲ発見シタルトキハ法律上之ヲ保護スルニ及ハサルガ如シ然レトモ発見者ハ固ヨリ自己ノ過失ノ為メ賠償ヲ負擔スヘキモノナルガ故ニ其賠償ヲ為ス以上ハ其過失ハ発見ノ機會タルニ過キスシテ毫モ其埋藏物発見ノ性質ヲ変スルモノニ非ス蓋シ其埋藏物発見以前ニ在ツテハ毫モ土地ノ一分ヲ為スモノニ非サルガ故ニ土地ノ所有者其物上ニ何等ノ権利ヲモ有シタルモノニ非ス是ヲ以テ此塲合ニ於テハ発見者ヲシテ埋藏物ヲ取得セシメ唯其漫リニ土地ヲ開掘シタル損害賠償額ヲ定ムルニ当リ土地ノ所有者偶々自己若クハ其家人埋藏物ヲ発見スルノ僥倖ヲ失フタルノ賠償ヲ見積ルヲ以テ至当ト為ス
第五主タル物ノ所有者添附ニ依リ埋藏物ヲ取得スルコトニ関シテハ或ハ毀壊スル為メニ賣却シタル家屋ノ障壁若クハ基礎中ニ埋藏物ヲ発見シタルトキハ埋藏ノ半バヲ取得スヘキ者土地ノ所有者ナルカ将タ毀壊シタル家屋ノ所有者ナルカヲ論究スヘシ然レトモ此問題タル其実毫モ異議ヲ生スヘキモノニ非サルナリ
埋藏物ノ真ノ所有者其埋藏物発見後直チニ物件取戻ヲ請求セサルモ之ヲシテ回復訴権ヲ失ハシムルハ立法其冝シキヲ得タルモノト言フ可カラス加之斯ノ如キ規定ヲ設クルニ於テハ常ニ実際所有者ヲシテ其権利ヲ擴張スルコト能ハサルニ至ラシムベシ何トナレバ埋藏物ノ真ノ所有者縦令同時ニ土地ノ所有者タルトキト雖トモ尚ホ其埋藏物発見ノトキニ当リ正サニ其處ニアルハ極メテ稀ニシテ良シ偶々其處ニ在ルモ即時其権利ヲ認メシムルハ到底得テ能クスヘキ所ニ非サレハナリ是ヲ以テ埋藏物ノ所有者ハ其発見後ニ至リ権利ヲ公示スルヲ得ヘシト雖トモ亦其権利執行ノ為メ毫モ特ニ期限ヲ定メサルニ於テハ所有者物上及對人訴権ノ通常ノ期限ヲ有スルニ至ルベシ然レトモ之ヲシテ通常訴権ノ期限ヲ有セシムルトキハ其期限長キニ過クト謂ハサル可カラス或ハ論者此塲合ニ於テハ動産ノ回復ヲ請求スルモノナルカ故ニ一種ノ「即時時効」アリテ之ガ為メニ其動産ノ恢復ヲ求ムルコト能ハサルヘシト云フ者アラン然レトモ是レ誤謬ノ見解ニシテ即時時効ノ規則ハ毫モ本条ノ塲合ニ適用スヘキモノニ非ス蓋シ若シ此規則ヲ以テ本条ノ塲合ニ適用スヘキモノトセンカ実ニ所有者ノ権利ヲシテ到底行フコト能ハサラシムルニ至ルヘシ果シテ然リトセバ発見者埋藏物ヲ取得スルハ真ノ所有者其所有権ヲ証明スルトキニ限ルト云フコト能ハズ其所有権ハ到底之ヲ証明スルコト能ハス又縦令之ヲ証明スルヲ得ヘシトスルモ必ス其時期ヲ失セサルヲ得サルヘシ且「動産ニ関シテハ占有ハ原権ニ等シキ効アリ」トノ法則ニ基キ動産ノ占有者其動産回復ノ要求ヲ拒絶スルヲ得ルハ其法定ノ占有ヲ為スコト詳カニ之ヲ云ヘハ占有スルノ所為ト意思トアルヲ以テ足レリトセズ尚ホ占有ノ正當ナル権原即チ所謂「正権原」ヲ有スルコトヲ要ス然ルニ埋藏物ノ発見ナルモノハ法律ノ特別規則ヲ措テ之ヲ観察スルトキハ正権原タルモノニ非スシテ却テ或ハ之ニ優サリ或ハ之ニ劣リ過不及アルヲ免カレサルモノナリ蓋シ埋藏物ニシテ既ニ所有者アラサルトキハ発見者ヲシテ即時所有者タラシムルガ故ニ其発見ハ完全ナル権原ニシテ正権原ニ比スレハ却テ過クル所アルモノナリ又其物ノ所有者アルトキハ発見者第三者ノ権利アラズト自信シタルトキト雖トモ尚ホ其発見ハ一ノ侵奪ニ外ナラズシテ正権原ニ及ハサルモノナリ抑モ第三者ノ権利アルコトヲ知ラサルハ物件ノ保管ニ関スル過失ノ責任ヲ論スルニ当テハ以テ「善意」ト認ムルヲ得ヘキモ其善意タル第三者ト約束シタル行為ニシテ「発見者ニ所有権ヲ移轉スヘキ性質アル」行為ニ基クモノニ非サルカ故ニ決シテ発見者ヲシテ即時時効ノ利益ヲ得セシムルニ足ラサルナリ(財産篇第百八十一条ヲ参觀スヘシ)
然リト雖トモ又本法ノ立法者ハ真ノ所有者ノ回復訴権ヲシテ三十年間又ハ時効ノ通常期間存續セシムヘキニ非スト看做シ善意ノ発見者ノ為メ其期限ヲ一層短縮シタリ然レトモ尚ホ更ラニ一ノ区別ヲ設ケ埋藏物ノ真ノ所有者ノ訴権ハ其発見後三ケ年間継續スヘキヲ原則トナスモ主タル物ノ所有者自ラ埋藏物ノ所有者ナリト称スルトキハ更ラニ其時効ノ時ヲ一年ニ短縮ス蓋シ主タル物ノ所有者ハ其所有物中ニ於テ発見シタル物ニ付キ自己ノ権利ヲ有スルコトヲ一層力ムヘキヤ当然ニシテ且之ヲ証明スルコト一層容易ナル可ケレハナリ然レトモ其期限ノ起算點ヲ異ニシ埋藏物発見ノ時ヲ以テセスシテ其発見アリタルコトヲ知リタル時ヲ以テス蓋シ其発見ヲ之ニ隠蔽スルコトアルヘキカ故ナリ
夫レ然リ真ノ所有者ノ訴権ヲ妨害スヘキ時効ノ期限ヲ三年若クハ一年ニ減縮スルハ埋藏物ヲ発見シタル者善意ナルトキ詳カニ之ヲ云ヘハ其真ノ所有者何人タルカヲ知ラサリシ時ニ限ル之ニ反シ発見者真ノ所有者ノ誰タルヲ知リタル塲合ニ於テハ復タ同一ノ恩典ニ浴セシムルニ足ラサルガ故ニ通常ノ民事上ノ時効ヲ之ニ適用スヘシ
本條ハ埋藏物ノ発見者ニ對スル所有者ノ権利ノ時効ヲ規定スルニ過ギス然レトモ発見者自ラ其埋藏物ニ就キ得ヘキ部分ヲ第三者ニ讓渡シ而シテ第三者善意ナルトキ詳カニ之ヲ言ヘハ其讓受人何レヨリ其物件ヲ得タルカヲ知ラサリシトキハ讓受人ハ動産ノ即時時効ノ利益ヲ得ヘシ
又本條ハ埋藏物ノ存在シタル物ノ所有者ニ對シ時効ノコトヲ規定セス蓋シ其時効ハ又本條ニ定ムル所ト同一ナリト雖トモ此事ヲ明記スルハ本條ニ非スシテ下第二十三條ナリ
第二章 添附
第七條
添附トハ一物ノ他ノ一物ニ合併シ之ニ従属附加スルヲ云フ蓋シ一物物ニ合併シタルトキハ其形体上之ヲ毀棄スヘカラス又ハ法律上及ヒ公益上之ヲ毀棄スヘカラサルコトアルガ故ニ主タル物ノ所有者ハ全部ヲ以テ従タル物ノ所有権ヲ取得スルノ方法ト為ス然レトモ二物ノ分離ヲ実体上且法律上為スコトヲ得ヘキトキハ各所有者自己ニ属スル物ノ所有権ヲ保存シ従タル物ノ所有者ハ其主タル物トノ分離ヲ請求シ併セテ之ヲ回復スルコトヲ得本條ニ添附ヲ以テ絶對的ニ取得ノ方法トナサズ例外アルコトヲ示シタルハ即チ二物ノ分離ノ範囲ヲ区別スヘキト此他ニ二三ノ区別ヲ為スヘキカ故ナリ
固ヨリ添附ニ因リテ他人ノ物ヲ取得シタル者ハ其所有者ニ賠償ヲ拂ハサル可カラサルヤ敢テ辯明ヲ俟タサル所ナリ尚ホ此事タル以下法文ニ規定スル所アリ
本條ハ添附ヲ以テ所有権ノ利益ノ一トシテ之ヲ掲ケタリ然レトモ亦敢テ所有権ノ支分権ヲ有スル者他ノ添附ノ権利ニ與ラスト云フ可カラス
唯本條ニ所有者ノコトヲ云フニ過キサルハ是レ法文ノ錯雑ヲ厭ヒ之ヲ單簡ナラシメンガ為メニシテ且所有権以外ノ物権ヲ有スルモノノ権利ハ特ニ之ヲ規定スルノ法文アルガ故ナリ
加之人権ニ至テモ亦添附ニ因リ其区域ヲ擴張スルコトアリ例ヘハ債権発生ノ時ニ当リ無擔保ナリシモ其後抵当質権若クハ保証ヲ以テ之ヲ擔保シタルトキハ此擔保ノ附従権ハ債権者ニ属スヘク而シテ其債権既ニ第三者ノ讓渡シタリシトキハ第三者ハ添附シタル新擔保ノ利益ヲ得ヘシ蓋シ擔保ノ初メ無効ナリシモ讓渡後之ヲ認諾シ又ハ之ヲ更新シタルトキハ其債権ニ添附スルコト敢テ稀ナリトセス
凡ソ添附ノ塲合タル其数頗ル多シト雖トモ従タル物ノ合併ニ因リ増加シタル主タル物ノ不動産ナルト動産ナルトヲ区別シ以テ之ヲ二種類ニ大別スルコトヲ得是レ本章ヲ二節ニ区別シタル所以ナリ
第一節 不動産ノ添附
第八條
本條ハ二箇ノ法則ヲ掲クルモノニシテ其法則タル其趣意性質ヲ相異ニスルモノナリ
其規定スル所ハ畢竟羅馬法以来存スル所ノ「地上ニ建築セル物ハ総テ土地ニ附着ス」ト云ヘル確言ノ結果ナリ
是レ本条ヲ制定シタル趣旨ナリトス
法文ニ土地ノ所有者ト建物ノ所有者トヲ別チ記シタルハ諸外國ニ比スレハ日本ニ於テハ其異ナルコト一層多キガ故ナリ蓋シ建物ノ所有者ハ地上権者永借人用益者又ハ賃借人タルコトアリ故ニ是等ノ人ニシテ建物ヲ建築増築若クハ修理シタルトキハ其人自費ニテ工作ヲ為シタリト推定スルモノトス而シテ其工作ヲ為スニ當リ他人ノ材料ヲ使用シタルトキハ其材料ヲ取得スベシ但シ次條ニ規定スル所ノ賠償ヲ為ササル可カラス
本條ハ建築其他ノ工作物ト植物トノ間ニ一ノ区別ヲ設ケタリ即チ植物ニ至テモ亦建築物ト同シク土地ノ所有者自費ヲ以テ之ヲ栽植シタルモノト推定スヘシト雖トモ他人ノ植物樹木ヲ栽植シタルノ証據アルトキハ其植物ノ所有者第十條ニ従ヒ一年内ニ之ヲ回復セザレハ土地ノ所有者之ヲ取得スルコト能ハス此例外則タル第十条ノ理由ヲ述フルニ当リ之ヲ説明スヘシ
第九条
本条ハ所有者他人ニ属スル材料ヲ以テ其他ノ工事ヲ為シタルノ証據アルニ因リ前条第一項ノ推定覆ヘサレタル塲合ヲ想像シ第二ノ原則即チ其材料ノ取得ノ原則ヲ適用スルモノナリ但シ土地又ハ建物ノ所有者ハ其材料ヲ取得スルニ付キ材料ノ本主ニ償金ヲ拂フノ責アリ
此規定タル皮相視スレハ動産所有権ノ原則ニ戻リ不動産所有権ト同シク之ヲ犯ス可カラサルノ通則ニ反スルカ如シト雖モ亦其然ルヘキノ理由アツテ存スルモノナリ
夫レ材料ノ所有者之ヲ以テ建築若クハ工作ヲ為シタル者ニ対シ其取戻ヲ求ムルヲ得サルハ決シテ其材料タルノ性質ヲ脱シ相集マリ一変シテ建物ト為リタルカ故ニ非ス固ヨリ材料相集テ建物ヲ為ストキハ又材料ナシト雖モ其建物若クハ工作物ヲ破壊スルトキハ再ヒ材料ヲシテ材料タルノ性質ヲ有セシムルコトヲ得然レトモ建物若クハ耕作物ヲ破壊スルハ即チ法律ノ禁止スル所ナリ此禁制タル須ラク疎明スルコトヲ要ス
既ニ羅馬法ニ於テモ土地又ハ建物ノ所有者他人ニ属スル材料ヲ以テ建築ヲ為シタルトキ其材料ノ本主回復訴権ノ着手手段トシテ其建物ノ毀壊ヲ求ムル對人訴権ヲ行フコトヲ禁シタリ此禁制タル古来存シタルモノニシテ羅馬帝國法ニ再ヒ之ヲ掲ケタリシモ其示シタル所ノ理由ハ一目甚タ奇異ナルモノナリシ其理由ニ曰ク「建物ヲ毀壊シテ市府ノ美観ヲ損ス可カラス」ト今之ヲ其文字ニ拘泥シテ觧釈スルトキハ村落ニ至リテハ此禁制ヲ行フ可カラサルカ如シト雖トモ亦其禁制タル全國一般ニ行ハレタルモノナリシ蓋シ立法者ハ建物ノ増加公益ニ利アリテ其毀壊之ニ害アルコト材料ノ本主之ヲ失フノ害ニ比スレハ一層大ナルコトヲ慮リ以テ此禁制ヲ設ケタルモノナルヤ明カナリト云フヘシ蓋シ材料ノ本主其意思ニ出テスシテ材料ヲ失フト雖トモ又之ガ為メ償金ヲ得ルヲ以テ敢テ損害ヲ被ムルコトナシ
且建物毀壊ノ禁制ハ一ニ市府ノ外観ヲ飾ルノ趣意ノミニ出テタルモノニ非ス村落ノ利益モ亦市府ノ利益ト同シク此禁制ノ理由タリシコトヲ証スルモノハ羅馬古法ニ於テモ亦尚ホ家屋ノ梁柱石材ト同シク葡萄樹ノ棚柱等ヲ去ルコトヲ禁シタルヲ見ルモ亦明カナリ
近世諸國ノ法典ニ於イテ同一ノ規定ヲ設クルモ亦公益ニ基キ一般ノ利益ニ基キ経済上ノ利益ヲ計リタルニ因ルモノナリ然レトモ現時ニ至リテハ大ニ此禁制ヲ制限シ何レノ邦國ニ於テモ葡萄樹ノ支柱等ニ之ヲ適用スルモノナク且本法ハ之ヲ植物ニ適用スルモ其植付以来一年ノ時日ヲ経過シタルノ條件アルコトヲ要ス(下第十条ヲ参觀スヘシ)
本條ハ悪意ノ占有者ニ對スルモ亦其規則ヲ異ニセズ唯損害賠償ノ高ニ至テハ占有者ノ意思ノ善悪ニ依リ之ヲ異ニスルモノニシテ其理由ハ下ニ詳カナリ
本條ハ不動産所有者ヲシテ材料ヲ返還スルノ強要ヲ受クルコトヲ得サラシムルニ依リ其應報トシテ之ヲシテ材料ノ本主ニ其取去ヲ強要スルコトヲ得セシメズ縦令其材料ノ毀損及ヒ本主ノ受ケタル一時ノ喪失ノ償金ヲ拂フモ猶ホ同シト定メタリ此論決タル縦令法文ナキモ觧釈上補缺スルコトヲ得ヘキモノナリ何トナレハ論理上又公義上之ヲ考フルモ必ス此論決ヲ為ササル可カラサレハナリ蓋シ論理上之ヲ考フルニ不動産所有者ハ材料ノ所有権ヲ取得スルガ故ニ何人タリトモ之ニ属スル物ノ讓渡ヲ強要スルコトヲ得ベカラズ又公義上之ヲ考フルニ不動産ノ所有者ヲシテ材料ノ本主ニ其取去ヲ強要スルヲ得セシムルトキハ是レ材料ノ本主ヲシテ不動産所有者ノ放肆ニ苦シミ其左右スル所トナラシムルモノト云フヘシ是レ本條ニ二箇ノ規定ヲ設ケタル所以ナリ
然レトモ右ノ塲合ニ於テハ不動産ノ所有者材料ノ本主ニ償金ヲ拂フノ責ニ任セサル可カラス此事ニ付テハ本條ハ財産編第三百八十五條ノ規定ヲ引用シ以テ法文ヲ單簡ニセリ蓋シ財産篇第三百八十五條ハ合意不履行ヨリ生スル損害賠償ノ事ヲ規定スルモノナリト雖トモ亦理由ノ相同シキニ因リ不当ノ利得及ヒ不正ノ損害ノ塲合ニ適用スヘキモノナリ而シテ本條ノ塲合ニ於テハ建築者善意ナレハ不當ノ利得ヲ得タルモノニシテ惡意ナルトキハ不正ノ損害ヲ加ヘタルモノナルガ故ニ此塲合ニ財産篇第三百八十五條ヲ適用スルハ當然ナリ加之財産篇第三百七十條ヲ以テ総テ偏ク一切ノ不正ノ損害アル塲合ニ於テ同シク第三百八十五條ヲ適用スヘキコトヲ定メタリ
是ヲ以テ善意ノ建築者ハ其使用シタル材料ノ通常賣價ノ外其注意ヲ深フセバ豫見スルコトヲ得ベカリシ損害賠償ヲ負擔スベシ然レトモ惡意ノ建築者ニ至テハ其豫見セサル損害ト雖トモ尚ホ其犯罪ヨリ生シ避ク可カラサル必然ノ結果ナルトキハ之ヲ賠償セサル可カラス
第十條
植物ノ取戻ニ至テハ建築物ノ材料ノ取戻ノ如キ之ヲ禁スヘキ同一ノ経済的ノ理由アラサルナリ蓋シ樹木ハ之ヲ其所有者ニ返還スルカ為メ土地ヲ変スルモ敢テ著シク其價格ヲ失フモノニ非ス是ヲ以テ樹木ニ就テハ所有権ヲ侵シ栽植ヲシタル者ヲシテ之ヲ均シクセシムルコト至当ト云フ可カラス然レトモ樹木ノ栽植以後時日ノ久シキヲ経生育発達シテ之ヲ取拂フモ不可ナルニ至ルモ尚ホ之ヲ顧ミスシテ取戻ヲ得セシムルハ又其當ヲ得タルモノト云フ可カラス是ヲ以テ本條ハ樹木取戻ノ訴権ヲ以テ一ケ年ノ期間ヲ経過シタル後時効ニ係ルヘキモノトセリ羅馬法ニ於テハ他人ノ樹木ヲ栽植シタル土地ニ於テ「其樹根既ニ蔓延シタルヤ否ヤ」ヲ査定スルコトヲ要ストシタルニ依リ実際ノ弊害アリタリト雖トモ一ケ年ノ後回復ヲ禁ストナストキハ敢テ弊害アルコトナシ
草木ノ所有者栽植ヲ為シタルトキヨリ一ケ年内ニ其取戻ノ権利ヲ行フモ亦其草木ノ價格減少シタルトキハ其賠償ヲ請求シ又其収益ヲ失フタルニ因リ損害ヲ被ムリタルトキハ其賠償ヲ請求スルノ権利ヲ行フコトヲ得又一ケ年ヲ経取戻権ヲ行ハサルトキハ其草木ノ栽植ノ時ニ在ツテ有シタル價格ト其使用ヲ失フタルトノ損害賠償トヲ併セテ請求スルヲ得ヘシ然レトモ所有者其草木ヲ取戻スノ権ヲ抛棄スルニ於テハ一年ヲ俟タズシテ價格ヲ請求スルコトヲ得又土地ノ所有者ハ草木ノ所有者ヲシテ一ケ年内ニ其草木ヲ取戻スヘキコトヲ之ニ強要スルコトヲ得ズ唯何時タリトモ之ヲシテ其取捨スル所ヲ決スヘキ旨ヲ催告スルヲ得ヘシ
他人ノ草木ヲ栽植スル者或ハ用益者タルコトアリ或ハ永借人タルコトアリ或ハ賃借人タルコトアリ而シテ其結果土地所有者之ヲ栽植シタルトキト同一ナルベキカ故ニ本條ハ是等ノ人ヲ網羅スヘキ「占有者」ナル名称ヲ用ヒタリ
本條ハ唯草木ノ事ヲ云フニ過キス故ニ他人ノ種子ヲ其許可ナクシテ他ノ土地ニ播植シタル塲合ニ於テハ本條ヲ適用ス可カラス此塲合ニ於テハ一ニ損害賠償ヲ求ムルノ方法アルノミ何トナレバ一旦種子ノ発芽スルヤ又種子タラザレバナリ
第十一條
本條モ亦土地所有者ノ自己ニ属セサル材料ヲ以テ建築シタル建物ニ関スル権利ヲ確認スルモノナリ然レトモ本條ニ假定スル塲合ニ於テハ第九條ニ規定スル所ト異ナリ土地所有者築造ヲ為シタルニアラズ故ニ土地所有者ハ毫モ過失ノ責ニ任スヘキ所ナシ是ヲ以テ其権利ハ本條ニ掲ケタル区別ニ従ヒ第九條ニ定メタル所ノ権利ヨリ一層区域ノ大ナルモノナリ
夫レ然リ土地ノ所有者自ラ築造ヲ為シタルモノニ非スト想像スル以上ハ其築造ヲ為シタル者ハ必ス其土地ノ占有者ナリ
且用益者賃借人永借人若クハ地上権者築造ヲ為シタル塲合ニ付テハ既ニ特別ノ規定ヲ設ケタルガ故ニ本條ハ此塲合ニ適用スヘキモノニ非ス(財産篇第六十九條第七十條第百六十四條第百七十條及ヒ第百七十七條ヲ参觀スヘシ)故ニ本條ニ想像スル所ノ築造者ハ土地所有権ヲ自己ノ物ト為サントノ意思ヲ以テ之ヲ握有セル法定ノ占有者ナリ而シテ其占有得者タル或ハ善意ナルコトアリ或ハ悪意ナルコトアリ其善意ナル塲合ニ於テハ悪意アル塲合ニ比シ一層厚キ保護ヲ受クヘキヤ当然ナリ是レ本条ニ二箇ノ規定アル所以ナリ左ニ之ヲ説明セン
第一築造ヲ為シタル者善意ノ占有者ナルトキ詳カニ之ヲ云フトキハ其正権原ヲ有セサルモ自ラ所有者ナリト信シタルトキ(例ヘハ旧所有者ノ相続人ニ非サルモ誤テ自ラ相続人ナリト信シタルトキ)ハ其工作物及ヒ草木ヲ取拂フノ特別ナル利益ヲ有スルトキト雖モ猶ホ之ヲ取拂フコト能ハス然レトモ亦之ヲ取拂フノ責ニ任セス若シ之ヲシテ其工作物又ハ草木ヲ取拂フノ責ニ任セシムルトキハ築造又ハ栽植ヲ為シタル者ハ三箇ノ損害ヲ被ルヘシ即チ工作賃ノ喪失取拂ノ費用及ヒ材料ノ減價即チ是レナリ是ヲ以テ築造若クハ栽植ヲ為シタル者ノ権利ハ損害賠償ニ帰着スルモノトス
抑モ築造ハ材料ノ代價ト手間賃トヲ要スルモノナリ然レトモ土地ニ築造ヲ為シタルカ為メ其土地ノ増價其築造ノ費用ニ均シキハ実際極メテ稀ニシテ必ス其費用ハ増價ニ及ハサルモノナリ然ルニ土地ノ所有者ハ占有者ニ與フルニ或ハ築造ノ費用ヲ以テシ或ハ土地増價額ヲ以テスルコトヲ得其取捨ハ一ニ自己ノ恣ママニ撰擇スルヲ得ルモノトス此法則タル既ニ不当ノ利得ヨリ生シタル義務即チ無原因ノ義務ニ関シ説明シタル普通原則ノ必然ノ結果ナリ蓋シ所有者ニシテ築造者ニ其築造ノ費用ヲ弁済スルトキハ之ヲシテ一切ノ損失ヲ免カレシムルモノナルカ故ニ築造者ハ毫モ苦情ヲ唱フ可カラス決シテ土地ノ之カ為メニ増加シタル價額ノ費用ニ超過スル金額ヲ請求スルコト能ハス是レ蓋シ自己ニ属セサル土地所有権ヲ以テ利益ヲ得ンコトヲ計ルニ外ナラサレハナリ
又所有者ニシテ築造者ニ土地ノ増價額ヲ弁済スルトキハ即チ土地所有者ハ他人ニ損害ヲ加ヘ因テ以テ自己ニ利得ヲ受ケタルノ義務ヲ履行シタルモノト云フヘシ蓋シ築造費用増價額ニ超過スルモ其超過額ハ土地所有者ノ利益ト為ラサルカ故ニ決シテ其所有者ヲシテ之ヲ弁済セシム可カラス何トナレハ此塲合ニ於テ利害ノ関係ヲ生セシメタルノ過失アル者ハ土地所有者ニ非サレハナリ
第二築造者悪意ナル事詳カニ之ヲ言ヘハ其築造ヲ為ス所ノ土地自己ニ属セサルコトヲ知リタルコトヲ仮定センニ此塲合ニ於テハ築造者ヲシテ須ラク其悪意ノ責罰ハ即チ其工作物及ヒ草木ヲ除去セシムルニ在リ築造者ハ之カ為メ前段ニ述ヘタル三箇ノ損害ヲ被ルヘシ而シテ善意ノ築造者ニ至テハ敢テ此損害ヲ被ラシム可カラサルモ悪意ノ占有者之ヲ被ルハ是レ其悪意ノ責罰タルノミ加之築造者悪意ナルトキハ此三箇ノ損害ヲ被ルノ外尚ホ土地ヲ毀損シ之ヲ旧形ニ復スルコト能ハサルニ至ラシメ又ハ建物及ヒ草木除去ノ行使ノ間ニ於テ土地所有者ヲシテ収益ヲ失ハシメタルトキハ之ガ為メ損害賠償ヲ拂フノ責ニ任セサル可カラス
然レトモ土地所有者ハ添附ノ原則ニ依リ工作物及ヒ草木ヲ保存スルコトヲ欲スルトキハ即チ之ヲ保存スルコトヲ得此塲合ニ於テハ土地所有者築造者ニ其賠償ヲ拂フヘキコト恰モ善意ノ占有者ニ對スルカ如シ然レトモ亦敢テ之カ為メ築造者ヲシテ果實ノ返還及ヒ時効ノ事ニ関シ其悪意ノ結果ヲ負擔セシムルコトヲ得
第十二條
水流ノ作用ニ因リ寄洲中洲干瀉ノ生シタルニ因リ隣地ヲ増加スルコトアリ此自然ニ発生スル事実ハ航路及ヒ公益ニ関シ併セテ私益ニ関スルカ故ニ本法之ヲ規定セス其規定ハ特別法ヲ以テスヘキモノトシタリ
第十三條
私有地内ノ池沼中ニ在ル魚類ハ河海ノ魚類ト異ニシテ無主物ニ非ス故ニ其池沼ノ所有者ノ承諾ヲ得スシテ之ヲ漁獲シ以テ取得スルコト能ハス又特ニ雎鳩ヲ飼養スルガ為メニ鳩舎ヲ造リ其中ニ棲息スル雎鳩モ野栖ノ飛禽ニ非サルカ故ニ其巣ヲ離レ隣地ニ飛下スルモ其野禽ニ非ス之ヲ飼養スル本主ヲ知ルトキハ之ヲ捕獲スルコト能ハス是レ曩キニ説明シタル所ナリ
然レトモ魚類及ヒ鳥類殊ニ鳥類ニ至テハ自由ニ棲息スルモノナルカ故ニ或ハ魚ノ隣池ニ游出シ鳩ノ隣地ノ鳩舎ニ飛去ルコトアリ勿論池沼ハ概ネ魚類ノ游出ヲ防クカ為メ隣池トノ間ニ境界ヲ設クヘキモ或ハ其境界壊レ或ハ水ノ汎濫シテ其池ヲ游出シ隣池ニ至ルコトナシトセス
若シ夫レ魚類飛禽ノ游出飛去シタルトキハ其止マリタル土地所有者之ヲ取得スヘシト雖トモ之ガ為メニハ二箇ノ條件ノ存スルコトヲ要ス第一魚類飛禽ノ止マリタル土地所有者之ヲ竊取シタルニ非サルコトヲ要スルハ勿論之ヲ自己ノ地内ニ誘引スルガ為メ計策ヲ用ヒサリシコトヲ以テ第一ノ條件ト為ス若シ此條件ノ存セサルトキハ土地所有者ハ取戻訴権ヲ被リ且損害賠償ノ責ニ任セサル可カラス第二ノ條件ハ魚又ハ鳩ノ所有者一週間内ニ其取戻シヲ求メサルコトヲ要ス
法文ニ所謂一週間ノ期限ハ魚又ハ鳩ノ游出飛去ノ時ヨリ之ヲ計算スヘク隣地ニ移リタル時ヨリ計算スヘキモノニ非ス是レ鳩ノ如キ隣地ニ停留セル前数日間處々ヲ翺翔スルモノニ付テハ大ニ彼我ノ利害ニ影響ヲ及ホス所ナリ是ヲ以テ鳩ノ隣地ニ於テ一週間以上停留セルモ其鳩舎若クハ其棲息スヘキ建物ノ一部分内ニ栖マサルトキハ尚ホ之ヲ取戻スコトヲ得何トナレバ隣人ハ未タ真ニ之ヲ占有セサレバナリ
何レノ塲合ニ於テモ取戻ヲ為サント欲スル者ハ其権利ヲ証明スルコトヲ要ス詳カニ之ヲ云ヘハ其要求スル所ノ魚又ハ鳩ノ自己ノ土地内ニ棲息シタルモノト同一ナルコトヲ証明スルコトヲ要ス是レ自明ノ理ナリト雖トモ法文ハ特ニ之ヲ記載シタリ蓋シ魚ニ至テハ之ヲ判別スルコト甚タ難カルヘシ鳩ノ如キハ其種類及ヒ羽毛ニ依リ隣地ノ鳩ト之ヲ識別スルコト容易ナルヘシ殊ニ所有者ノ取戻サント欲スル所ノ鳩飛去シタルトキニ当リ隣地ノ鳩舎若クハ屋蓋ノ下ニ鳩ノ棲息セサリシトキハ所有者自己ノ権利ヲ証明シ其取戻ヲ要求スルコト一層容易ナルヘシ
然レトモ魚ニ至テハ実際啻ニ其游出シタルモノナルコトヲ判別スルノ難キノミナラズ又取戻ヲ請求スル者自己ノ魚ヲ捕獲スルガ為メ隣家ノ池ヲ乾涸スルコトヲ得ベキヤ否ヤニ付キ論議ノ生スルコトアルヘシ蓋シ此権利タル隣人ノ為メ迷惑少ナカラス且損害ヲ生スヘキカ故ニ概ネ之ヲ認ムヘカラスト雖トモ隣人其池ニ魚類ヲ誘引スルカ為メ計策ヲ用ヒタルコト確然タルトキハ回復ヲ求ムル者ハ誘引サレタル魚ヲ捜索シ之ヲ捕獲スルヲ容易ニセンカ為メ池ヲ乾涸セシムルコトヲ得ヘシ
二三ノ外國法典ニ於テハ此點ニ付キ單簡ナル規定ヲ設ケタリト雖トモ其規定タル其當ヲ得タルモノニ非ス即チ其法典ニ依レハ魚若クハ鳩ノ所有権ハ他人ノ計策ヲ以テ之ヲ自己ノ土地ニ誘引セサル限リハ其移リタル土地所有者ニ属スルモノトス故ニ旧所有者ノ回復ヲ行フヘキ期限ヲ定メズ
本法ニ此規定ヲ採用セサリシハ相隣者間偶然一人ノ損害ヲ被ムリタルトキ他ノ一人ヲシテ之ヲ利益セシム可カラサルカ故ナリ蓋シ私有地内ニ飼養セル魚若クハ鳩ハ法律ノ観察スル所ニ據レハ野栖ノ者ニ非ス何トナレハ法律ハ隣人ノ計策ヲ以テ之ヲ誘引スルコトヲ認許セス又之ヲ停留スルコトヲ認許セサレハナリ故ニ隣人ヲシテ其動物ヲ取得スルノ権ヲ得セシムルハ恰モ其動物ノ自由ニ其土地ニ移着シタルノ條件ニ関セシムルモノト云フヘシ然ラハ則チ旧所有者ヲシテ之ヲ回復スルカ為メ些少ノ期限ヲ有セシムヘキヤ当然ナリ而シテ其期限ヲ一週間ト定メタルハ二箇ノ理由ニ出テタルモノニシテ且稍々短カシト云フヘシ蓋シ一週間ヲ経過スルモ動物ノ回復ヲ求メサルトキハ是レ其之ヲ抛棄シテ顧ミサルモノト云フヘク且隣人ハ之ヲ占有シタルモノニシテ其占有アル以上ハ冝シク法律上ノ保護ヲ加フヘキモノナリ
本條第二項ハ蜜蜂ニ付キ同一ノ規定ヲ設ケタリ
伊太利法典(第七百十三條)ハ禽獣ノ回復ヲ求ムルニ二日間ノ期限内ニ於テスヘシトセリ若シ此期限ヲ超ユルモ旧所有者ノ回復ヲ為ササルトキハ「土地所有者之ヲ捕獲シ之ヲ停留スルコトヲ得」此法文ニ依ルトキハ土地所有者其地上ニ移リタル動物ヲ占有スルノ所為ヲ行ハサルトキハ二日ヲ超ユルモ尚ホ旧所有者其回復ヲ求ムルコトヲ得而シテ同法第七百十四條ニ據ルニ飼ヒ馴ラサレタル獣類ニシテ計策ニ因リ誘引セラレサルモノヲ回復スルニ二十日間ノ期限ヲ許與スルカ故ニ又同一ノ期間回復ヲ行フヘキカ如シ
他人ノ土地ニ移リタル動物ノ所有者其動物ヲ捕フルガ為メ他人ノ土地ニ損害ヲ及ホシタルトキハ之ヲ賠償セサル可カラス此事タル敢テ法文ヲ俟タサルヲ以テ特ニ之ヲ記載セス故ニ其動物ヲ捕フルカ為メ生スヘキ損害ヲ賠補シ難キ塲合ニ於テハ其捕獲ヲ禁止シ又ハ停止スヘキヤ明カニシテ是レ亦辯明ヲ要セサル所ナリ
末項ハ野栖ノ禽獣ト家禽トノ中間ニ位スル動物即チ飼ヒ馴ラサレタル禽獣ニ関スル規定ヲ設ケタルモノナリ既ニ飼ヒ馴ラサレ且逃ケ易キ者詳カニ之ヲ云ヘハ其旧所有者ノ土地内ニ復帰セサルニ至リタルモノトス
是ヲ以テ禽獣ノ全ク野栖ナルトキハ無主物ナルカ故ニ之ヲ取戻スコト能ハス
又其家禽ナルトキハ権利ナク占有シタル動産ノ通常時効ニ係ルノ外他ニ期間ニ関スル制限ナク何時タリトモ所有者之ヲ取戻スコトヲ得
然ルニ末項ニ想像スル所ノ禽獣ハ野栖ニ非ス又家禽ニ非ス其中間ニ位スルモノナルカ故ニ本條ハ此中庸ノ規定ヲ設ケ之ヲ回復スルノ期間ヲシテ過不及ナカラシメタリ即チ其期間ハ第三者之ヲ捕獲シ停留シタルヨリ一ケ月トス且第三者ハ此期間ノ後其禽獣ヲ取得スルヲ得ルニハ善意ニテ之ヲ捕獲シタルコト即チ第一計策ヲ以テ之ヲ誘引停留セサルコト第二其真ノ所有者ノ誰タルヲ知ラサルコトヲ要ス之ニ反スル塲合ニ於テハ惡意ノ動産占有者ニ對スル通常時効ノ経過セサル間ハ常ニ所有者其回復ヲ求ムルコトヲ得
本條ハ野栖ノ禽獣ニシテ單ニ之ヲ繋鎖シタル者ニ関スル規定ヲ設ケスト雖トモ其取戻ノ点ニ付テハ又其他ノ動産物ニシテ偶然紛失シタル物ト同一ノ規定ニ従フヘキモノトス
第二節 動産上ノ添附
本節ハ動産ノ添附詳カニ之ヲ云ヘハ一箇ノ動産物他ノ動産物ニ合併スルコトヲ規定スルモノナリ
動産上ノ添附ニ関スル諸般ノ塲合ハ之ヲ三箇ニ大別スルコトヲ得曰ク附合(下第十四条乃至第十七条ヲ参觀スヘシ)曰ク混和(下第十八条乃至第十九条ヲ参観スヘシ)曰ク製作(下第二十条乃至第二十一条ヲ参観スヘシ)
附合トハ所有者ヲ異ニスル二箇若クハ數箇ノ物ノ一ニ合併スルヲ云フ其併合タルトキハ併立タルコトアリ或ハ疊上タルコトアリ
混和トハ相異ナル物料ノ多少緻密ニ併合スルヲ云フ例ヘハ流動物ヲ混淆シ又ハ金属ヲ溶解シタルトキノ如キ即チ是ナリ又固形体ト雖トモ容積ノ極メテ少ナク而シテ其分量大ナルトキハ其混和スルコトアリ例ヘハ米穀石炭等ノ混淆シタルトキノ如キ即チ是ナリ又製作トハ他人ノ材料ヲ以テ更ラニ一箇ノ物ヲ造出スルヲ云フ
右三箇ノ塲合ニ於テハ附合混和又ハ製作シタル物依然其所有者ニ属スヘキヤ否ヤノ点ヲ規定スルヲ要ス是レ本節ノ主眼トスル所ナリ
又本節ハ末尾ニ至リ埋藏物ヲ発見スルニ当リ其物ノ埋没シタル所ノ主タル物ノ所有者ノ為メニ特ニ一ノ添附ノ塲合ヲ定メタリ(下第二十三条)
第十四條
本條ハ各別ノ所有者ニ属スル数箇ノ動産物ガ「所有者ノ意ニ非スシテ」附合セラレタルコトヲ假定スルモノナリ蓋シ各所有者双互ノ承諾ニ因リ附合ヲ為シタルトキハ合意アリテ其附合ノ結果ハ即チ当事者ノ明示若クハ黙示ニテ承諾シタル結果ナリト云フヘキカ故ニ本節ヲ適用スヘキ限リニ非ス蓋シ此塲合ニ於テハ当事者或ハ附合シタル物ノ共有者タラント欲シタルコトアルヘク或ハ其一方他ノ一方ニ物ノ譲渡ヲ為スノ意ニ出テ附合ヲ為シタルコトアルヘシ何レノ塲合ニ於テモ当事者ハ附合ヲ承諾シタルモノナルカ故ニ其一方ノ意思ノミヲ以テ之ヲ分離スルコト能ハス
当事者ノ承諾ニ因リ添附ノ行ハレタル塲合ニ於テ其一方ノ意思ノミヲ以テ物ノ分離ヲ為スコトヲ得サルハ独リ附合ノ塲合ノミナラス混和及ヒ製作ノ塲合ニ於ケルモ亦同シ敢テ法律ニ各塲合ニ付キ合意アラサルコトヲ想像スル旨ヲ明記スルヲ要セサルナリ然レトモ第二十一条ニ至リ当事者ノ意思合致シタル塲合ヲ規定シタリ
尚ホ此他附合混和及ヒ製作ノ三箇ノ塲合ニ通シ先ツ注意ヲ喚起スヘキコトアリ即チ自己ニ属セサル動産物ノ附合混和又ハ製作ヲ為シタル者動産ノ即時時効ヲ申立ツルコトヲ得サルトキニ非サレハ添附ニ因リ之ヲ取得スルコトナシ此塲合ニ於テ其害動産物ヲ取得スルハ添附ニ依ルニ非ス時効ノ結果ニ過キサレハナリ
本条ハ附合シタル物「共ニ著キ毀損又ハ減價ヲ受ケスシテ容易ニ分タルヘキ」塲合ヲ規定スルモノナリ此塲合ニ於テハ各所有者其分離ヲ請求シ以テ自己ノ物ヲ回復スルコトヲ得
蓋シ附合シタル物ヲ分離スルモ之カ為メ物ヲシテ著ク毀損セシメサルトキハ各所有者自己ノ物ヲ回復スルヲ得ヘキヤ至当ナリ是所有権ヲ分ツ可カラス従ツテ各所有者ノ利益便冝ヲ害ス可カラザルノ原則ノ結果ナリ
夫レ然リ各所有者ハ各其物ヲ回復スルヲ得ヘシト雖モ亦附合ト分離トノ二重ノ事実ノ為メニ物ノ價額ヲ減少シ又ハ所有者多少ノ時間其収益ヲ失フタルトキハ之カ為メ損害賠償ヲ求ムルノ権利ヲ失フコトナシ而シテ其賠償タル不当ニ附合ヲ為シタル者ニ対シ之ヲ請求スヘシ即チ其附合ヲ為シタル者ハ或ハ第三者タルコトアリ或ハ所有者ノ一人タルコトアルヘシ
本条末項ニ規定スル所ハ頗ル実際ニ利益ヲ生スヘキモノナリ蓋シ本条ニ分離ニ因リ毀損ヲ生スヘキトキハ分離ヲ許サスト雖モ其毀損ナル語ハ決シテ字義ニ拘泥シテ之ヲ解釈ス可カラス是ヲ以テ附合ヲ容易ナラシムル為メ物ニ多少必要ナル変様ヲ加ヘタルトキハ又以テ毀損ト看做ス蓋シ物ヲ附合スルニ当テハ𠠇劉剸割結構シ為メニ其物ヲシテ一層効用多カラシムルコトアルヘキモ又之ヲ解体スルトキハ却テ其効用ヲ失ハシムルコトアルヘキナリ
第十五条
本条ハ前条ト相翻スル塲合即チ「著キ毀損減價ヲ為シ若クハ過分ノ費用、時日ヲ要スル」ニ非サレハ合併セル二物ヲ分離スルコト能ハサル塲合ヲ規定スルモノナリ此塲合ニ於テハ其合併ヲ行フ可カラスト雖モ亦二物ノ所有者ヲシテ附合物ノ共有権ヲ有セシメス蓋シ所有権ノ不分ナルハ数多ノ弊害アルヤ既ニ之ヲ論明シタリ茲ヲ以テ本条ハ主タル物ノ所有者ヲシテ其物ヲ附合ノ侭ニテ取得スルヲ得セシム然レトモ主タル物ノ所有者ハ之カ為メニ賠償ヲ負担セサル可カラス
所有者ノ一人附合ヲ為シタル塲合ハ次条ニ於テ規定スル所ナルカ故ニ本条ニ於テハ第三者ノ行為若クハ偶然ノ事ニ因リ附合アリタルコトヲ想像スルモノト看做スヘシ此塲合ニ於テハ主タル物ノ所有者ヨリ從タル物ノ所有者ニ払フヘキ損害賠償ハ自己ノ物ヲ失フ所ノ者ノ被リタル損害ヲ以テ其標準ト為サス其物ヲ取得スル所ノ者ノ得タル利得ヲ以テ其限度ト為ス是レ実際大ニ結果ヲ異ニスルコトアルヘキ所ナリ
主タル物ト從タル物トハ如何ニシテ之ヲ区別スヘキカ是レ亦法律ヲ以テ規定スルヲ要スル所ナリ本条ハ其区別ニ関シ二箇ノ方法ヲ指示シタリ即チ各物ノ関係ヲ対照シ其性質ヲ考フルヲ以テ第一ノ方法トシ其價額ヲ比較スルヲ以テ第二ノ方法トス
然レトモ尚ホ此二箇ノ方法アラスシテ物ノ主從タル性質ヲ識別スル能ハサルトキハ其区別ハ裁判所ノ査定ニ委スルモノトス而シテ裁判所ハ此點ヲ査定スルニ當リ右ノ法律上ノ標準ヲ比附援用シ事情ニ隨ヒ区別ヲ為スコトヲ要ス
第十六條
本條ハ先キニ假定シタル塲合ニ於ケルト異ニシテ二物ノ所有者ノ一人其附合ヲ為シタルコトヲ想像セルモノナリ
第一主タル物ノ所有者併合ヲ為シタルトキハ其従タル物ノ所有権ヲ保有セサル以上ハ詐欺ナキモ過失懈怠ノ責アリト謂ハサル可カラス蓋シ詐欺ハ之ヲ推定スベカラズト雖トモ或者自己ニ属セサル物ヲ漫リニ處分シタルノ証據アル以上ハ其過失ヲ推定セサル可カラス併合ヲ為シタルモノ主タル物ノ所有者ナルトキハ之レガ為メ第三者ノ行為ニ因リ附合ノ成リタル塲合ニ於ケルト損害賠償ノ基本ヲ異ニスルノ結果ヲ生ス蓋シ第三者ノ行為ニ為リタル附合ハ純然タル意外ノ事ト見做サルルニ過キスト雖トモ主タル物ノ所有者ノ行為ニ為リタル附合ハ其過失ニ出ルガ故ニ其所有者ハ自己ノ得タル利得ヲ返還スルヲ以テ足レリトセズ尚ホ従タル物ノ所有者ノ被ムリタル損失ヲ賠償セサル可カラス且従タル物ノ所有者ノ被リタル損失ノ高ヲ査定スルニ付テハ主タル所有者ノ單ニ過失アリタルト詐欺アリタルトニ従ヒ寛嚴輕重ヲ異ニスベシ本条ハ此點ニ付キ已ニ損害賠償ノ事項ニ関シ掲載シタル普通ノ原則ヲ援用スルニ止メタリ(財産篇第三百七十条及第三百八十五条ヲ参觀スヘシ)
第二従タル物ノ所有者ノ行為ニ因リ附合ノ成リタルトキハ其所有者ハ取得スル所ナキガ故ニ果シテ詐欺アルヤ将タ過失アルヤヲ区別スルヲ要セズ蓋シ従タル物ノ所有者ハ主タル物ノ所有者ニ對シテハ恰モ第三者タルガ如キヲ以テ其行為ハ亦一ノ支辨ニ過キス主タル所有者之ガ為メニ損失ヲ被ムル可カラス然レトモ亦主タル所有者之ガ為メニ竒利ヲ博スルコトアル可カラサルガ故ニ前条ノ塲合ニ於ケルガ如ク其實際享受シタル利益ヲ賠償セザル可カラズ
第十七條
前諸条ニ規定シタル塲合ノ外尚ホ二物ノ分離スルコトヲ得ズ又之ヲ分離スルモ大ナル不都合アリ而シテ其何レモ主従ノ区別アラサルカ故ニ所有者ノ一人ニ其之ヲ帰属スヘカラサル塲合ヲ規定スルコトヲ要ス是レ本條ノ目的トスル所ナリ
此塲合ニ於テハ法律ニ援用スルヲ得ヘキ規定僅カニ一アルノミ即チ附合シタル物ノ全部ヲシテ旧所有者ノ共有物タラシムルコト是ナリ法文ハ尚ホ其権利ノ平等ナルヘキコトヲ言ヘリ是レ附合シタル物ノ價格ノ平等即チ共有権ノ原因ノ一ニ居ルガ故ナリ
附合シタル物共有物トナルトキハ損害賠償ノ権利ヲ變更スト雖トモ亦未タ之ヲ除却スルモノニ非ス
第一第三者ノ行為ニ因リ附合ノ成リタルトキハ第三者ハ二物ノ所有者ヲシテ其意思ニ反シ不分ノ位置ニ在ルニ至ラシメタルガ故ニ之ニ其各被リタル損害ヲ賠償スルノ責ニ任スヘキナリ
又所有者ノ一人ノ行為ニ依リ附合ノ成リタルトキハ他ノ一人又同一ノ結果ヲ被ルコトアルヘキカ故ニ附合ヲ為シタル者ニ對シ損害ノ賠償ヲ求ムルヲ得
尚ホ併合ヲ為シタル所有者ハ第十九條ニ依リ他ニ一箇ノ権利ヲ有ス其理由ハ下ニ至リ之ヲ述フヘシ
第十八條
本條及次條ハ動産上ノ添附ノ第二種タル混和ノ事ヲ規定スルモノナリ其固有ノ性質ハ既ニ之ヲ述ヘタルヲ以テ茲ニ之ヲ贅セス
混和ノ附合ト異ナル所ハ各別ナル物ノ集合一層緻密ナルニ在リ即チ相混淆スル所ノ物料全然混淆錯雑スルヲ云フ即チ同一ノ杯盤中ニ諸種ノ流動体ヲ投入シ諸種ノ金属ヲ溶觧シテ之ヲ固凝シ或ハ固形体ナルモ其容積極メテ少ク性質同一ニシテ分量ノ夥多ナル物例ヘハ多少類似セル品質ノ米穀ヲ混淆シタルトキノ如キ容易ニ之ヲ判別スルコト能ハサルトキハ即チ混和アリタルモノトス
混和アリタル塲合ニ於テモ亦附合ニ於ケルト同一ノ規則ヲ適用シ且同一ノ区別ニ従フヘキモノトス是ヲ以テ其物料分離スルニ甚タシキ困難アラサルトキハ之ヲ分離スヘシ然リト雖トモ容易ニ之ヲ分離スルヲ得ヘキハ甚タ稀ニシテ其分離ノ處為タル過分ノ時日ヲ要スルニ非サレハ必ス過分ノ費用ヲ要スヘシ例ヘハ米穀ノ混和シタルトキ之ヲ分離セントセバ其時日頗ル長ク諸金属ノ共ニ溶觧シタル物ヲ更ラニ分析セントセバ時日ヲ要セサルモ其費用極メテ多カルヘシ加之酒油ノ如キ流動体ノ混和シタルトキハ既ニ之ヲ分離セントスルモ到底得ベカラサルヘシ
混和シタル物ノ分離困難ナルカ又ハ到底不能ナル塲合ニ於テハ混和物ノ全部主タル物ノ所有者ニ帰属スヘシ而シテ此塲合ニ於テハ實際合併シタル物ノ一他ノ一物ノ便益糚飾又ハ保管ノ為メニ混和セラレタルコトヲ想像スベカラサルカ故ニ其價格ノ多少ニ従ヒ主従ノ区別ヲ為シ價格多キ物ノ所有者ヲシテ少キ物ノ所有権ヲ得セシムルノ外アラサルナリ而シテ其價格ノ多少ハ必ス物ノ性質品質トノ差異ニ付テ之ヲ求メサル可カラス其分量ノ差異ノミニ因リ之ヲ定ムルヲ得ス是ヲ以テ本條ニ明文ヲ掲ケテ第一二物ノ價格異ナラサルトキハ旧所有者ヲシテ混和物ノ全体ヲ享受セシムヘシト云ヘ且旧所有者混和物ノ全体ヲ作出スルニ付キ其供シタル所不平等ナルコトアルヘキカ故ニ其不分所有物ニ付キ有スル所ノ権利ハ各自ノ出シタル物ノ数量ノ割合ニ應スヘシト云ヘリ是レ道理ト公義トニ基キ定メタル處ノ規定ナリ例ヘハ同性質ノ酒ヲ混和シタル塲合ニ於テ一人ハ三分ノ二ヲ出シ一人ハ三分ノ一ヲ出シタルトキハ三分ノ二ヲ出シタル者ヲシテ全所有権ヲ取得シ三分ノ一ヲ出シタルモノニ賠償ヲ為サシムルトキハ道理ニ背馳スト謂ハサル可カラス又二者ヲシテ不分所有権ニ付キ平等ノ権利ヲ得セシムルハ公平ニ背戻スト謂ハサル可カラス
第十九條
前諸条ノ規則ハ附合又ハ混和ガ所有者ノ一人ノ所為ヨリ生シタル塲合ト第三者ノ所為ヨリ生シタル塲合トニ均シク適用スルヲ以テ原則トス然レトモ其所有者ノ一人ノ所為ヨリ生シタル塲合ニ於テハ其物ヲ変更シタルガ為メニ他ノ所有者ニ加ヘタル損害ヲ賠償スルノ責ニ任スヘキコトアリ唯之ニ反スル特約アルトキハ此限ニ非ス
又主タル物ノ所有者他ノ所有者ノ附合混和シタルモノノ全部自己ノ需用ニ超過シ又ハ従タル物ノ價格ヲ辨済スルノ資力ナキニ因リ其所有者タルヲ欲セサルコトアルヘシ又其物ヲシテ共有物タラシムルトキハ過失ナキ所有者ハ其権利ヲ奪フタル他ノ所有者ト之ヲ共有シ不分ノ位置ニ在ルヲ欲セサルコトアルヘシ
是ヲ以テ右二箇ノ塲合ニ於テハ主タル物ノ所有者ハ全部ノ所有権ヲ自己ニ専属セシムルコトヲ求メズ又共有権ヲ求メズ他ノ所有者ヲシテ同品質及同数量ノ物又ハ其代價ヲ自己ニ返還セシムルコトヲ得而シテ附合又ハ混和ヲ為シタル所有者ハ物ノ全部ヲ取得スヘシ
第二十條
本条ハ添附ノ第三ノ塲合タル製作ノコト即チ新種類ノ物ノ造出ノコトヲ規定スルモノナリ此塲合ニ於テモ亦二人若クハ数人ノ利害関係人アルコトヲ假定スヘク少クモ物料ノ所有者ト製作者トアルコトヲ想像セサル可カラス何トナレハ一人ニテ自己ニ属スル物料ヲ編製シタルトキハ獨リ其所有者タルヘキヤ論ヲ俟タザレハナリ
此塲合ニ於テモ亦附合及ヒ混和ノ塲合ニ於ケルト同シク主タル物ノ所有者従タル物ノ所有権ヲ取得スベキモノトス然レトモ物ノ主従ヲ分ツニハ附合若クハ混和ノ塲合ニ於ケルト異ニシテ物料ト手間賃トヲ比較スヘキモノトス
他人ノ物料ヲ以テ製作シタル物ノ所有権何人ニ帰属スヘキヤノ點ハ羅馬法学者間ニ於テ論議アリタル所ナリ其一ハ物料ノ所有者ニ製作物ノ所有権ヲ専属セシムベシト論シテ曰ク物料ナケレハ物ヲ製作スルヲ得ズト云ヘリ一ハ製作者ヲシテ製作物ノ所有権ヲ得セシムヘシト称シタリ是レ其論者ハ技術上ノ製作ノコトヲ主トシテ観察シタルカ故ニシテ此塲合ニ於テハ實ニ手間賃ノ物料代價ニ超過スルコト甚タ多キカ故ニ此塲合ニ付テハ第二ノ論者ノ説ヲ適用スルノ理アリシナリ尓後折衷説出テテ製作物ヲ原状ニ回復スルヲ得ヘキヤ否ヤヲ区別スヘキモノトシ之ヲ原状ニ回復セシムルヲ得ヘク敢テ之カ為メニ其形体ヲ損スルヲ要セサルトキハ物料ノ所有者全部ノ所有権ヲ取得スヘキモノトシ製作物ヲ原状ニ回復スルコト能ハサル塲合ニ於テハ之ヲ製作者ノ専属トシ物料ノ所有者ニ賠償ヲ附與スヘキモノナリト唱ヘタリ此区別タル稍々其當ヲ得タル所アルニ似タリ何トナレハ製作物ヲ原状ニ復スルコトヲ得ル塲合ニ於テハ其實新タナル物ノ製作アリタルニ非ルモ之ヲ原状ニ回復スル能ハサル塲合ニ於テ新タナル物ノ造出アリタリト云フ可ケレバナリ蓋シ物料ヲ原状ニ回復スルコト能ハサルトキハ其物料ハ已ニ毀滅シタルモノト看做サルベク隨テ又之ヲ取戻スコト能ハス而シテ其物已ニ新種類ノ物タル以上ハ製作者ノ外之ヲ取得スヘキ者ナク製作者ハ所謂先占者タルモノナリ是レ羅馬法学者ノ折衷説ノ論據ニシテ此説ニ據レハ製作者ハ先占ニ依リ其製作物ヲ取得スルモノナリ
然レトモ右ノ折衷説ヲ適用スルトキハ其結果往々竒異ナルモノアリテ一ニ物ノ有体上ノ性質ニ関シ論決ヲ異ニスルニ至リタリ例ヘハ價格ノ少キ青銅ヲ以テ精妙ナル彫刻物ヲ造リタルトキハ其ノ青銅ヲ原状ニ回復スルコト容易ナルガ故ニ其彫刻物ハ青銅ノ所有者ニ属セサルヲ得ス又高價ナル蠟石ヲ以テ矮几花缸立像ヲ造リタルトキハ製作者精妙ナル美術家ニ非ルモ尚ホ之ヲ取得スルヲ得タリ又他人ノ木版ニ繪画ヲ作リタルトキハ之ニ繪画ヲ附スルモ木版タルヲ失ハサルガ故ニ其所有者依然之ヲ所有シ價格極メテ多キ絹ヲ以テ一片ノ帽子ヲ作ルモ其帽子ハ製作者ニ専属シタリ
是ヲ以テ右ノ折衷説タル其結果ニ於テ当當否相半バスト雖トモ這ハ暫ク措キ近世ノ法典ハ此説ヲ採ラス物料ノ旧形ニ復スルヲ得ヘシト否トヲ問ハス物料ノ所有者製作物ヲ取得スルヲ以テ原則ト定メタリ然レトモ手間賃ニシテ物料ノ代價ニ超過スルコト著シキトキハ製作者新タナル物ノ所有権ヲ取得スルモノトス是又本法ニ採用シタル法則ナリ
第三項ハ製作者製作ヲ為スニ當リ耕作ノ外物料ノ幾分ヲ供シタルトキハ又其物料ノ價格ヲ手間賃ト合算シ以テ其優先権ヲ定ムヘキモノトシ製作者ノ所有権ヲ取得スルノ僥倖ヲ増加シタリ
第四項ハ附合及ヒ混和ニ関シ前条ニ定メタルト同一ノ規定ヲ製作ニ適用スルモノナリ
即チ所有者ノ承諾ナクシテ物料ヲ用ヒタルトキハ其所有者ハ自己ノ優先権ヲ抛棄シテ以テ損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得ルモノトス
第二十一條
前諸条ニ定ムル所ノ規則ハ所有者双互ノ承諾ヲ経ズシテ物ノ附合混和又ハ製作アリタル塲合ヲ想像シテ設ケタルモノナリ
然レトモ所有者双互ノ承諾ヲ経テ添附アリタル塲合ニ於テハ合意ニ従ヒ所有権ノ何レニ専属スヘキカヲ定ムヘシ是レ既ニ第十四條ニ規定スル所ナリ然レトモ當事者物ノ合併ヲ為スニ當リ其目的及ヒ意思ヲ充分明示セサルコト少ナカラス又ハ一旦併合ヲ為シタル後其結果ニ関シ紛議ヲ生スルコトアルヘシ是ヲ以テ本條ハ當事者ノ意思ヲ推尋シ之ヲ觧釈スルノ標準ヲ定メタリ
今其適用ヲ示サンニ第十四條第一項ニ各所有者分離ヲ請求スルノ権利ヲ有スヘキノ規定ヲ掲ケタルモ所有者ノ承諾ニ依リ添附ノ成リタルトキハ此項目ヲ適用スヘカラス蓋シ當事者其物ノ附合又ハ混和スルコトヲ承諾シタル以上ハ各自更ラニ之ヲ分離セシムヘキノ権利ヲ保有セントスルノ意思アリタルニ非サルヤ明ナリ
又所有者併合ヲ承諾シタルトキハ其不分共有者タルノ意思アリタルヤ否ヤノ疑ハシキコトアルヘシ蓋シ其併合ヲ承諾スルモ未タ必スシモ共有者タラント欲スルノ意思アリタリト云フヘカラス却テ主タル物ノ所有者従タル物ノ代價ヲ辨済シ以テ之ヲ取得セントスルノ意思アリタルコトアルヘシ或ハ當事者ノ其何レヨリ併合ヲ持チ込ミタルカヲ区別シ以テ其意思ノアル所ヲ判別スルヲ得ルコトアルヘシ例ヘハ従タル物ノ所有者併合ヲ請求シ之ヲ實行シタルトキハ其併合物ヲ取得シ賠償ヲ拂ハントノ意思アリタリト云フヘキコト少カラス
然レトモ添附ノ合意ヲシテ各所有者其共有物タルヘキ全体ノ物ニ就キ各自出シタル部分ニ應シ之ヲシテ不分共有者タラシムルノ効力ヲ生セシムルヲ以テ至当トスルコト最モ多カルヘシ若シ當事者ノ為メ不分ノ不都合アルトキハ冝シク分割ヲ為シ以テ共有権ヲ分離スヘキノミ
第二十二條
実際ノ経歴ニ照シ諸國ノ法律ヲ考フルニ動産ノ添附アル塲合ハ殆ンド附合混和及ヒ製作ノ三者ニ限ルト雖トモ亦本法ハ之ニ異ナル事実ノ裁判所ニ現出シタル塲合ニ於テ之ガ為メ指針タルモノナキヲ不可トシ此塲合ニ於テハ成ルヘク前諸条ノ規則ヲ比附援引シ之ヲ援引スル能ハサル塲合ニ於テハ條理ニ基キテ所有権及ヒ賠償ノ論點ヲ審定スヘキモノトセリ
固ヨリ裁判所ニ於テ條理ニ基キ争點ヲ審定スヘキハ獨リ右ノ塲合ノミニ限ルモノト云フヘカラス既ニ合意ノ裁判所ノ條理ニ基キテ審定ヲ為スヲ要スルコトハ合意ノ效力ヲ規定スルニ當リ之ニ命シタル所ナリ(財産篇第三百二十九条ヲ参觀スヘシ)又當事者ノ善意ト悪意トニ関シ区別ヲ設ケタル規定ヲ適用スルニ当リテハ裁判所ハ必ス條理ノアル所ヲ考ヘサル可カラス此他ノ塲合ニ付キ法律ヲ以テ裁判所ニ條理ヲ考ヘ論點ヲ審定スヘキコトヲ命セサルハ是レ法律ヲ以テ已ニ條理ノ命スル所ヲ規定シタルカ故ナリ
第二十三條
他人ノ物件中偶然埋藏物ヲ發見シタル者ノ権利ハ已ニ上第五条ニ規定シタル所ナリ而シテ本法ハ埋藏物ノ発見者ヲシテ発見即チ先占ニ基キ其半ヲ取得セシム
外國ノ法律ニ於テハ埋藏物発見ニ関スル規定ヲ重複セス文句ヲ單簡ニセンカ為メ埋藏物ノ埋没シタル所ノ動産又ハ不動産ノ所有者ノ権利ヲ規定シ之ニ他ノ半ヲ帰属セシム
然レトモ本法ニ於テハ各法則ヲシテ各其論理上當然ノ位置ニ置クヘキモノト認メタリ是レ曩キニ埋藏物発見ノコトヲ規定シタルニ拘ハラス尚ホ本條ヲ設ケタル所以ナリ
蓋シ発見者ノ取得セサル處ノ他ノ半ニ至テハ所有者之ヲ取得スルモ其取得ハ先占ニ基クモノニ非ス法律ニ基クモノト云フモ敢テ不可ナキナリ然レトモ法律上所有者埋藏物ノ半ヲ取得スルヲ得ルハ此主タル物ノ所有権ニ起因スルカ故ニ之ヲ添附ノ塲合ト看做スヲ當然トス
崩壊スルガ為メニ賣却シタルモ尚ホ地所ニ固着シタル建物ノ中ニ於テ埋藏物ヲ発見シタル塲合ニ於テハ何人ニ其所有権ヲ帰属スヘキカ是レ曩キニ本節ニ於テ論定スヘシト云ヘル所ノ問題ニシテ今之ヲ論定セン蓋シ此塲合ニ於テハ埋藏物ノ半ヲ発見者ニ與へ主タル物ノ所有者ニ帰属スヘキ他ノ半ヲ建物ノ所有者ノ取得スル所ト為スヘキヤ疑ヲ容レズ蓋シ其埋藏物タル建物中ニ埋没シタルモノニシテ地中ニ埋没シタルモノニ非ス此塲合タル法律上観察スルトキハ恰モ既ニ建物ヲ破壊シタル後其残物中ニ埋藏物ヲ発見シタル塲合ト異ナルコトナシ蓋シ破壊スルガ為メ賣却シタル建物ハ已ニ用法ノ動産ナルガ故ニ土地所有者ハ毫モ之ニ付キ権利ヲ有セサルモノナリ
本條ヲ添附ノ章末ニ掲ケタルハ即チ動産中ニ発見シタル埋藏物ノ半其動産所有者ニ帰属スヘキカ故ニシテ又本條ノ「動産又ハ不動産」ノ二様ノ塲合ニ適用スヘキコトヲ記載セルモ亦此ノ理ニ因ル
主タル物ノ所有者ヲシテ埋藏物ノ半ヲ取得セシムルハ條理ニ基キタル二箇ノ理由ニ依ルモノナリ第一埋藏物ナルモノハ旧所有者ノ一人ノ藏置ニ係ルコトアリ而シテ現所有者ハ往々其相続人ナリ是ヲ以テ相続人ノ不知不識既ニ埋藏物ノ所有者タルモノニシテ其発見ハ之ヲシテ権利自体ヲ取得セシムルモノト云ハンヨリ寧ロ権利ノ実際ノ行使収益ヲ回復セシムルモノト云フヘシ加之発見者ヲ賞與スルカ為メ所有者ノ権利ハ半ヲ減殺セラルルモノナリ蓋シ発見者ニ其発見ノ賞ヲ與フルハ発見ナル偶然ノ利益ヲ分受セシメ以テ之ヲ竊取スルノ念ヲ生セサラシメンカ為メナリ
然レトモ此第一ノ理由ハ未タ充分現所有者ノ権利ヲ証明スルニ足ラサルコトアリ何トナレハ現所有者ハ旧所有者ノ相続人ニ非サルコトアリテ其買主タリ加之其買受ヲ為シタルコトノ極メテ近時ニ在ルコト稀ナリトセサレハナリ
然リト雖トモ第三者偶然埋藏物ヲ発見セサルモ所有者ハ早晩自ラ之ヲ発見スルノ幸運ニ遭フコトアリ而シテ之ガ為メニ埋藏物ノ全部ヲ得ルコトナシトセサルガ故ニ第三者ノ之ヲ発見シタルトキト雖トモ尚ホ所有者ヲシテ埋藏物ノ半ヲ得ルノ権利ヲ有セシム是レ其取得ノ第二ノ理由ナリ
本條ハ法律ノ明文ナキニ於テハ疑議ヲ生スルコトアルヘキ二三ノ問題ヲ断定シタリ
第一主タル物ノ所有者埋藏物ノ発見ヲ為シタルトキ詳カニ之ヲ言ヘハ其埋伏セル物ヲ有セル所有者之ヲ発見シタルトキハ埋藏物ノ全部之ニ帰着スヘキヤ当然ニシテ所有者ニ對シ之ヲ争フモノアラサルカ故ニ毫モ此點ニ付キ疑議ヲ生スルコトナシ
然レトモ所有者ハ如何ナル権原ニ基キ埋藏物ヲ取得スルモノナルカ蓋シ所有者ハ埋藏物ヲ取得スルニ付キ二箇ノ権原即チ資格ヲ有スルモノナリト認ムルヲ至當トス即チ一ハ発見者ノ資格ニシテ一ハ所有者ノ資格トス而シテ発見者ノ資格ニ基キ埋藏物ノ半ヲ得所有者ノ資格ニ依リ他ノ半ヲ得ルモノト云フヘシ此差別タル発見者ト第三者ト主タル物ヲ共有シ其権利不分ナルトキハ実際利害ノ関係ヲ生スルモノニシテ発見者ハ発見者タル資格ヲ以テ自己ニ帰属スヘキ半ヲ先占取得スヘキモ他ノ半ニ至テハ共有者ト之ヲ共分セサル可カラス
第二埋藏物ノ発見偶然ニ出ズシテ之ヲ発見スルノ目的ニ出タル搜索ノ結果ニ因リ之ヲ得タルトキハ所有者自身之ヲ発見シタルト第三者ノ之ヲ発見シタルトヲ論セス又第三者所有者ノ指揮ニ依リ搜索ヲ為シタルト否トヲ区別スルコトナク一ニ所有者埋藏物ヲ取得スヘシ蓋シ第三者ノ埋藏物ノ半ヲ取得スルハ其発見偶然ニ出テタルトキニ限ルコトハ第五條ニ於テ規定シタル所ナリ
第三埋藏物ノ眞ノ所有者アルトキハ発見人ニ對スルト同シク主タル物ノ所有者ニ對スルモ亦其埋藏物ヲ回復スルヲ得サル可カラス然レトモ亦真ノ所有者ノ埋藏物回復訴権ハ大ニ之ヲ制限セサル可カラス是ヲ以テ本條ハ主タル物ノ所有者ニ對スルモ亦発見者ニ對スルト同一ノ事項ヲ採用シタリ是レ當然ノ事ニシテ本條ハ之カ為メ第六條ヲ援引シタリ
第三章 賣買
第一節 賣買ノ通則
第一款 賣買ノ性質及成立
第二十四条
本章以下ハ有償ナル有名契約ヲ順次規定スルモノニシテ先ツ本条ニ賣買契約ヲ規定シ以テ之ヲ有名契約ニ関スル規定ノ首部ニ置キタリ然レトモ未タ以テ賣買契約ハ社會ノ起原ニ當リ最先ニ実行セラレタルモノト云フ可カラズ然レトモ此契約ハ何レノ邦國ニ於ケルモ実際ニ行ハルルコト最モ多クシテ其効用亦甚タ大ナルモノナリ
然レトモ社會人類其利害ニ関スル合意ヲ為シタルハ交換ニ始マリタルヤ明カナリ
賣買契約ハ極メテ重要緊切ナルカ故ニ諸外國ノ民法ニ於テ詳細ニ之ヲ規定セリ本邦ニ於ケルモ亦然リ
抑モ財産篇第二部ノ無名契約ニ関スル規定ハ諸般ノ合意ニ普通ナルモノナルガ故ニ又賣買契約ニ通用スヘキモノ極メテ多キカ故ニ裁判上ノ解釈及ヒ学説ヲシテ賣買ニ関シ此無名契約ノ規則ヲ準用セシメ以テ本章ヲ一層單簡ニスルコトヲ得サルニ非ス然レトモ當事者賣買ヲ為スニ當リ其権利義務ノ如何ヲ知ランコトヲ欲スルモノハ賣買ノ章ニ就テ之ヲ搜索スヘク一般ノ合意ノ規則ニ就テ之ヲ攻究スルコト甚タ稀ナルヘシ且裁判官及ヒ法律家ハ敢テ法律ノ明文ヲ要セスシテ能ク法理ヲ觧スルヲ得ヘキモ一私人ニ至テハ法律ヲ以テ之ニ指針ヲ與へサレハ大ニ惑フ所アルヘシ是ヲ以テ本章ニ賣買ニ関スル詳細ノ規定ヲ掲ケタリ然リト雖トモ亦本条ニ合意ノ普通則ヲ引用スヘキコトヲ定メタリ是レ賣買及ヒ其他ノ契約ニ普通ニシテ之ヲ支配スル普通原則ノ過半ヲ茲ニ重複スヘカラサルカ故ナリ本章ハ亦物権ニ関スル諸条ニ於ケルト同一ノ順序ニ依リ之ヲ数節ニ区別シタリ此区別タル最モ單簡ニシテ且當然ノモノナルガ故ニ他ノ有名契約ニ就テモ亦概ネ之ヲ用ヒタリ即チ第一契約ノ性質及ヒ其成立ニ関スル通則ヲ掲ケ次テ各當事者ノ負担及ヒ利益タルヘキ合意ノ効力及ヒ其意外ノ原因ニ基ツク取消ノ事ヲ規定ス蓋シ賣買ハ他ノ数多ノ契約ト異ニシテ永遠確乎ノ効力ヲ生スヘキモノナルカ故ニ其効力ヲ失フハ必ス意外ノ原因ニ基クモノナリ
本條ハ賣買ノ定義ヲ掲クルモノニシテ其定義タル賣買ヨリ生スヘキ二様ノ効力ヲ示スモノナリ第一賣買ハ特定物ヲ以テ目的トスルトキハ其動産タルト不動産タルトヲ問ハス賣主其所有者タル以上ハ別ニ物ノ引渡ヲ要セス自カラ物ノ所有権ヲ移轉スルモノナリ(他人ノ物ヲ賣渡スコト能ハサルハ後ニ定ムル所アリ)第二賣買ハ賣渡物ノ定量物タルトキ即チ種類分量及ヒ品質ノミヲ定メテ之ヲ示シタルニ過キサルトキハ賣主ヲシテ所有権ヲ移轉スルノ義務ヲ負担セシメ賣主ハ自己ニ属セサルモノヲ引渡ス可カラス
然レトモ亦本條ニ買主賣買物ニ就キ完全ナル権利ヲ取得セント欲シタルトキハ賣主單ニ物ノ引渡ヲ為スニ止マルヲ得サル旨ヲ明記スルガ故ニ其意思ノ稍々狭小ナル塲合モ亦之ヲ明示スルコトヲ要シタリ是レ本条ニ賣主ノ負担スル所ノ目的所有権ノ移轉ニ非スシテ用益権使用権若クハ住居権地役権ノ如キ「所有権ノ支分権」タルコトアルヘキ旨ヲ明記シタル所以ナリ
又賣買ノ目的第三者ニ對スル債権タルコトアリ本条ニハ債権ヲ以テ賣買ノ目的トスルヲ得ヘキコトヲ明記セスト雖トモ是レ法文ノ煩雑ヲ厭フタルカ為メニシテ加之賣主ハ其債権ヲ處分スルノ権詳カニ之ヲ言ヘハ之ヲ行使シ之ヲ毀滅シ又ハ更ラニ之ヲ讓渡スノ権ヲ擧ケテ買主ニ讓渡スモノナルカ故ニ自己ニ属スル債権ヲ賣渡ス者ハ恰モ其所有権ヲ移轉スルカ如シト云フモ敢テ過言ニ非サルベキカ故ナリ
賣買契約ハ無償ニ非ス即チ有償合意ニシテ当事者各々出捐ヲ為シ各負担スル所アリ又是レ其定義ニ明示スル所ナリ又賣買ニ於テ当事者ノ一方ハ物ヲ負担スルモ他ノ一方ハ其對価トシテ代價ヲ辨済スルノ義務アリ而シテ其代價必ス金銭ニテ定メタルモノナルコトヲ要ス若シ其對価金銭ナラサルトキハ其契約ハ賣買ニ非スシテ交換ナリ(本条ニ法文ニ「定マリタル代金」ノ語アルモ是レ「金銭ニテ定メタル代價」ノ意ニ外ナラズ)抑モ金銭ハ定量物ナルカ故ニ其引渡アルニ非サレハ其所有権移轉スルコト能ハサルカ故ニ契約成立ノ時ニ當テハ買主ノ負担スル所ハ一ノ義務ノミ而シテ此義務タル或ハ第三者ヲシテ之ヲ負担セシムルコトヲ得
賣買ノ代價ハ契約ヲ以テ之ヲ定メ以テ賣主ヲシテ過當ノ價格ヲ請求シ買主ヲシテ些少ノ價格ヲ拂ハント称スルヲ得セシム可カラスト雖トモ亦假令詳細ニ之ヲ定メサルモ其標準タルモノアルトキハ又以テ足レリトス然レトモ此事タル定義中ニ掲クヘキモノニ非サルヲ以テ後ニ至リ之ヲ掲クルノ律条アリ
第二項ハ賣買ニ適用スヘキ所ノ規則ハ一ニ本章ノ條項ニ限ラサルコトヲ云フモノナリ蓋シ賣買ハ財産篇第二部ニ定メタル合意ノ通則ニ従フベキヤ既ニ述ヘタル所ナリ此法則タル一タヒ爰ニ掲クルヲ以テ他ニ之ヲ準用セシムルニ足リ敢テ各有名契約ニ就キ之ヲ復言スルヲ要セズ然レトモ亦爰ニ之ヲ掲クルハ本章中合意ノ通則ヲ再出スルコトアルモ敢テ之カ為メ他ノ規則ヲ適用スヘカラサルニ非サルヲ示スカ為メ必要ナリ去レハ賣買契約ニハ左ニ掲クル合意ノ通則ヲ準用スルヲ要ス
第一合意ノ成立及ヒ有効ニ関スル一般ノ條件(財産篇第三百四条乃至第三百二十六条ヲ参観スヘシ)隨テ承諾及ヒ結約スルノ能力ノ法則並ニ承諾ノ瑕疵無能力ノ制裁タル鎖除訴権ニ関スル規定(財産篇第五百四十四條乃至第五百五十九條ヲ参觀スヘシ)
第二當事者間ニ於ケル合意ノ効力ヲ第三者ニ對スル其効力ノ間ニ存スル区別(財産篇第三百二十七條乃至第三百五十五条ヲ参観スヘシ)
第三合意觧釈ノ通則(財産篇第三百五十六条乃至第三百六十六条ヲ参観スヘシ)
第四義務ノ効力タル直接訴権及ヒ損害賠償ノ訴権ニ関スル規定(財産篇第三百八十一条乃至第三百九十四条ヲ参観スヘシ)
第五義務ノ諸種ノ躰様即チ期限、條件、目的物ノ撰擇若クハ任意ナル性質、義務ノ可分及ヒ不可分、債権者間若クハ債務者間ノ連帶並ニ單ニ連合タル義務ノ性質ニ関スル規定(財産篇第四百一條乃至第四百四十九條ヲ参観スヘシ)
第六義務ノ消滅ノ方法就中買主ノ負担スル所ノ辨済ニ関スル規定(財産篇第四百五十条乃至第五百六十一條ヲ参観スヘシ)
第七證據篇ニ関スル証據ハ賣買ニ於ケルモ亦自餘ノ契約ニ於ケルカ如ク等シク適用スヘキモノナリ
第二十五條
何レノ時代ニ在ルヲ問ハス又何レノ邦國ニ於ケルヲ論セス賣買ハ実際極メテ必要ナルモノナルカ故ニ未タ曽テ其実行ニ不便ナル方式ヲ設ケタルモノナシ羅馬法ノ如キハ甚タ体裁ヲ重ンジタリシモ賣買ニ至テハ單ニ當事者ノ承諾アルノミヲ以テ成立スルニ足レリトセリ固ヨリ同法ニ於テハ當事者ノ承諾ノミヲ以テ所有権ヲ移轉スルニ足ラズ其承諾ハ僅カニ當事者ノ一方ヲシテ物ヲ引渡スノ義務ヲ負担セシメ他ノ一方ヲシテ代價ヲ辨済セシムルノ義務ヲ負担セシムルノ効力アルニ過キサリシト雖トモ多少單式ノ誓詞ヲ以テ之ヲ約スルニ及ハストシタルハ既ニ此契約ヲ大ニ容易ナラシメタルモノト云フヘシ之ニ反シ保証等ノ如キ片務ノ契約ニ至ツテハ必ラス特別ノ誓詞ヲ以テ之ヲ約スルヲ要シタリ
羅馬法ニ於テ賣買契約ニ毫モ方式ヲ必要トセサリシハ羅馬國民ト外國人トノ間ニ賣買ヲ為スヲ得セシムルノ必要其原因ノ一ニ居ル是レ賣買ヲ稱シテ賃貸借會社貸借等ト同シク「萬國公法ノ契約」ト云ヒシ所以ナリ
是ヲ以テ近時ニ至テハ敢テ賣買ニ附スルニ特別ノ方式ヲ以テシ其実行ヲ妨害スヘキコトヲ試ミタルモノアラサリシヤ明カナリ
夫レ然リ賣買ハ當事者ノ承諾ノミヲ以テ完全ニ成立スト雖トモ亦證據ニ関シ少シク單簡ナラサル所アリ
法律人證ハ其適用甚タ狭隘ニシテ五十円以下ノ金額若クハ價格ヲ証明スル為メニ非サレハ之ヲ採用セサルヲ原則トス是ヲ以テ當事者ハ冝シク合意ヲ証明スル証書ヲ豫メ作製シ以テ其利益ヲ保護スヘシ(證據篇第六十条ヲ参観スヘシ)然レトモ當事者ノ雙方若クハ一方自己ニ印証ヲ押捺スルコト能ハサルトキニ非サレハ公正証書ヲ作ルニ及ハス唯私署証書ヲ作ルニ止マルトキハ利益ヲ異ニスル當事者ノ員数ニ應シ二通若クハ数通ノ正本ヲ作ルコトヲ要ス(證據篇第二十一條ヲ参観スヘシ)
是ヲ以テ稍々價格ノ多キ物ノ賣買ヲ約スルニ當テハ之ヲ詳明スルガ為メ証書ヲ作ルコト往々必要ニシテ縦令其必要アラサルトキト雖トモ尚ホ之ヲ以テ大ニ実際ニ利アリトス是レ人証ナルモノハ往々精密ナラズ殊ニ他人ノ事ニ関スルトキハ之ヲ記臆ニ留メサルコト少ナカラサルカ故ナリ且人証ニ依ルニ非サレハ結局ヲ告クルコト能ハサル事件ハ時日ノ長久ト費用ノ増加トヲ要スル所ノ訴訟ヲ生スヘキカ故ニ當事者証書ヲ作リ以テ之ヲ豫防スルコト最モ多シ是ヲ以テ法律上當事者ヲシテ賣買ノ證書ヲ作ルノ義務ヲ負担セシメスト雖トモ當事者ハ其利益ヲ保護センカ為メ隨意ニ之ヲ作ルコト実際最モ多カルヘシ
第一不動産ノ賣買ヲ約シタル塲合ニ於テハ買主ハ賣買証書ヲ作リ以テ之ヲ登記スルノ大ナル利益アリ若シ其証書ヲ作ラズ登記ヲ為ササルトキハ自己ノ賣買以後至リ同一ノ財産ニ就キ其賣主ト更ラニ賣買ヲ約束シタル承継人ニシテ其取得ヲ登記シタル者ニ對シ自己ノ権利ヲ擴張スルコト能ハサルヘシ
又不動産其他價格ノ大ナル物ニ就テハ証書ヲ調製シ以テ証據ノ方法トナスニ付キ実ニ顯然タル利益ヲ有スルモノナリ蓋シ利害ノ関係大ナル賣買ヲ為スニ當テハ當事者共ニ承諾ヲ為シ諸般ノ点ニ就キ其意思合致スルモ尚ホ各当事者ハ証書ニ署名ヲ為シタル後ニ非サレハ確然義務ヲ負担スルノ意アラサルコトヲ称シ若クハ黙示スルコト甚タ多シ加之當事者間ニ注意ヲ施コササリシリシトキハ証書ヲ作ルモ尚ホ其條項ニ付キ論議ヲ生スルコトアルカ故ニ此塲合ニ於テハ或ハ合意ヲ觧釈シ或ハ更ラニ合意ヲ取結ヒ孰レカ其一ニ決着スルコトヲ得ヘキモ証書アラサル塲合ニ於テ不確然ナル約款訴訟事件ヲ惹起ストキハ契約ヲ取消スニ比スレハ其害一層大ナルヘシ
本條ハ當事者ノ意思証書ノ調製ニ至ルマテ賣買ヲ確定スルコトヲ遲延スルニアル塲合ヲ斟酌シタリ然レトモ法文ニ当事者其意思ヲ明示スルヲ必要トセズ蓋シ当事者ノ意思ハ事情ニ依リ之ヲ証スルヲ得ヘシ蓋シ此塲合ニ於テハ賣買合意僅カニ口頭ニ成リ未タ証書アラサルカ故ニ其調製ニ至ルマテ合意ヲ遲延スルノ意思ヲ故ラニ陳述スヘキコトヲ必要トスヘカラス縦令之ヲ必要トスルモ其陳述ハ又畢竟証人ヲシテ之ヲ証セシムルノ外アラサルナリ故ニ当事者ノ意思ヲ審定スルハ裁判所ノ任ナリトス
当事者ノ意思ニ依リ賣買証書ヲ調製スルヲ以テ其成立ノ條件トスルトキハ其條件タル性質上当事者雙方ノ隨意的ノモノナリ故ニ当事者ハ各々其証書ニ署名スルコトヲ拒絶シ以テ契約ヲ抛棄シ之ヲ免カルコトヲ得此事タル固ヨリ有効ニシテ何等ノ責任ヲモ生スルコトナシ但シ豫約ノ擔保トシ解約ノ方法トシ手付ヲ授受シタル塲合ニ於テハ此限ニ非ス
手附ノ性質及ヒ効力ニ至テハ下第二十九条ニ至リ詳カニ之ヲ規定スヘシ
第二十六條第二十七条及ビ第二十八條
之ヲ実際ニ考フルニ未タ賣買契約ヲ為サスシテ或ハ賣渡ノ片務ノ豫約或ハ買取買受ノ片務ノ豫約或ハ賣渡及ヒ買受ノ双務ノ豫約ヲ取結フコトアリ
第一引渡ノ片務ノ豫約
一方ノミ單ニ賣渡スヘキコトノ豫約ヲ為シタルニ止マル塲合ニ於テハ其豫約ハ未タ直チニ所有権ヲ移轉スルニ足ラサルモノナリ何トナレハ諾約者ハ未タ代價ノ債権ヲ取得スルニ至ラズシテ其所有権ヲ失フコトアル可カラス此豫約者ハ買受ノ権利ヲ得タルモ未タ之ヲ行フコトヲ得ルコトヲ発表セサルカ故ナリ
是ヲ以テ諾約者ハ他ノ一方ノ意思ニ関シ成否スヘキ停止條件附ノ義務ヲ負担スルモノナリ
故ニ要約者買受ケントノ意アルコトヲ発表スルトキハ其條件成就シ諾約者ハ賣買契約ヲ為シ其證書ヲ作リ以テ其義務ノ履行ニ関シ疑團ナカラシムルコトヲ要ス然リト雖トモ亦要約者ハ其取捨ニ就キ際限ナク其意ヲ決セス諾約者ヲシテ其成行ヲ知ルヲ得サラシム可カラス此故ニ合意ヲ以テ買受ノ権能行使ノ為メ期限ヲ定メサリシトキハ諾約者ハ裁判所ニ其期限ヲ定ムヘキコトヲ請求スルヲ得ヘシ而シテ裁判所其期限ヲ定ムルモ尚ホ要約者其権能ヲ行ハサルトキハ買受ノ権利ヲ失フヘシ是財産篇第四百三條及ヒ第四百十五條ニ定メタル普通原則ノ適用ニシテ此他数多ノ事項ニ於テ之ニ類スル規定アルヲ見ルヘシ
然レトモ諾約者契約ヲ取結フヘキ要求ヲ受クルニ当リ之ヲ拒絶スルトキハ元ト作為ノ義務ヲ負担シタルモノニシテ諾約者ハ其意思ノ自由ニ出ルノ行為ヲ約シタルモノナレハ実際之ニ其履行ヲ強要スルコト能ハサルカ故ニ其義務結局損害賠償ニ帰着スルノ外ナシト雖トモ其実此塲合タル強制履行ヲ命スルヲ得ヘキモノノ一ニ在リト云フヘシ蓋シ諾約者ノ占有シタル物ヲ既ニ賣渡シタルモノト看做シ諾約者ニ其占有ヲ奪フモ毫モ不可ナルコトナク又要約者後ニ至リ其追奪ヲ被リタルトキハ諾約者ニ対シ追奪担保ノ訴権ヲ行フヲ得ヘキヤ決シテ異議ヲ容ル可カラス
然リ而シテ賣渡ノ豫約ニ因リ右ノ効力ノ発生スルハ裁判所ニテ賣買成立シタリトノ判決ヲ為シ之ヲ以テ當事者間ニ賣買ノ証書ト為スコトヲ以テ足レリトス然レトモ亦之ヲ以テ必要トス而シテ諾約者ハ嘗テ私署証書ヲ以テ其豫約ヲ為シタルニ過キサリシモ一旦判決アルトキハ要約者之ニ対シ公正証書ヲ要スルモノナリ
然レトモ賣渡ノ豫約ノ塲合ニ於テハ少シク事実ヲシテ錯雑セシムヘキコトアルカ故ニ法律ヲ以テ之ヲ断定スルヲ必要ト認メタリ
即チ豫約ト要約者ノ請求トノ間ニ諾約者其賣渡スヘキコトヲ豫約シタル物ヲ第三者ニ讓渡シ而シテ其物不動産ニシテ第三者其取得ヲ登記シタルトキ諾約者ト要約者トノ間ニ判決アルモ第三者ノ権利ヲ奪フ可カラス蓋シ賣買ノ任意契約ヲ以テ第三者ノ権利ヲ奪フコト能ハサルカ故ニ之ニ代ハル所ノ判決ヲ以テ之ヲ奪フ可カラサルヤ亦明カナリ
然リト雖モ亦賣渡ノ豫約ヲ為サシメタル者ヲシテ諾約者ノ放肆ニ苦シマシムルコトアル可カラス
是ヲ以テ本法ハ要約者賣買ノ豫約ヲ登記ヲ為スニ於テハ以後諾約者ノ更ラニ第三者ニ対シ約スルコトアルヘキ讓渡ニ対シ自己ノ未定ナル所有権ヲ保護スルヲ得ヘキモノトセリ蓋シ要約者賣買豫約ヲ登記スルニ於テハ第三者其自己ノ約束セントスルモノ既ニ同一ノ物上ニ付テハ全ク處スルコトヲ得ヘキ権利ヲ有スルニ過キス而シテ要約者其権利ノ停止条件ヲ行フトキハ解除条件成就スヘキコトヲ知ルニ足ル故ニ此塲合ニ於テハ第三者ニ對シ豫約ノ効力ヲ及ホスヲ得ヘシ
然レトモ未定ノ権利ヲ登記スヘキ塲合ハ未タ獨リ此塲合ノミニ限ルモノニ非ス(財産編第三百五十二條ヲ参観スヘシ)
要約者一旦豫約ヲ登記シタル後賣買ノ成立ヲ請求シテ勝訴シタルトキハ其判決ヲ登記ニ附記スヘシ茲ニ於テカ萬事確定シ毫モ異議ヲ生スルコトナカルヘシ
要約者豫約ノ登記ヲ為サスシテ判決ノミノ登記ヲ為シタルトキハ其登記ハ以後ノ讓渡ヲ防止スルニ過キス然レトモ要約者ハ何時ニテモ其請求ノ登記ヲ為シ以テ其訴訟ノ継續中ニ讓渡アルコトヲ豫防スルヲ得ヘシ
然レトモ賣買豫約ノ目的物不動産ニ非ス動産ニシテ要約者其確然賣買ヲ取結フヘキノ意ヲ發表スルニ先チ諾約者之ヲ第三者ニ讓渡シ且之ヲ交附シ而シテ第三者善意ナルトキハ又之ニ對シ其物ヲ取戻スコト能ハス故ニ其賣渡ノ要約ハ結局損害賠償ニ歸着スヘシ(財産編第四十六條ヲ参観スヘシ)
第二買受ノ片務ノ豫約
買受ノ豫約ハ賣渡ノ豫約ト其結果ニ付キ異動アルモノナリ即チ買受ノ豫約モ亦第二十六條及ヒ第二十七條ノ支配スル所ナレトモ第二十七條ノ末項ニ至テハ只賣渡ノ豫約ニ限リ適用スルニ過キサルモノナリ
故ニ賣渡ノ意思ヲ發表スルヤ直チニ買受クヘキコトヲ豫約シタル者ハ要約者其豫約ヲ利用スヘキコトヲ申立ツルヤ賣買契約ヲ取結フノ義務アリ然レトモ亦要約者ノ権利ヲ行用スヘキ期限ヲ定メサリシトキハ諾約者裁判所ヲシテ其期限ヲ定メシムルコトヲ得
又諾約者契約ヲ取結ン事ヲ拒絶スル時ハ裁判所ハ判決ヲ以テ諾約者其約定シタル代價ヲ以テシ且約定ノ條件ニ従ヒ買主タルヘシト宣告スヘク而シテ賣買ノ目的物不動産ナルトキハ其判決ヲ登記スヘシ
以上陳フル所ハ賣渡ノ豫約ト買受ノ豫約トノ間ニ相同シキ効果アレトモ亦其間ニハ著シキ差異ノ存スルモノアリ
買受ノ諾約者其豫約ヲ登記スルモ未タ必スシモ要約者ノ以前自由ニ處分スルヲ得ル所ノ豫約ノ目的物ヲ更ラニ第三者ニ讓渡スノ結果ヲ免カレシムルモノニ非ス蓋シ買受ノ豫約ノ塲合ニ於テハ諾約者ハ條件付ノ所有権取得ヲ約シタルモノニシテ而シテ其條件タル純然要約者ノ隨意條件ナルカ故ニ要約者更ラニ他人ニ其物ヲ讓渡シタル時ハ即チ任意ニテ諾約者ニ對シ其要約シタル賣買ヲ擧行スルノ権能ヲ抛棄シタルモノト看做ササル可カラス
豫約ノ目的動産物ニシテ要約者之ヲ第三者ニ讓渡シ且之ヲ交付シタル時亦其趣同一ナリ
第三賣買及ヒ買受ノ相互ノ豫約
賣渡及ヒ買受ノ豫約ハ相互ノ約ナリト雖トモ亦片務ノ豫約ノ効力ヲ生スルニ過キサルヲ以テ原則トス然レトモ元ト二箇ノ豫約アルカ故ニ其効力ハ單一ニ非スシテ二重ナリ即チ當事者ノ一方ノミ他ノ一方ヲシテ強イテ契約ヲ取結ハシムルヲ得ルニ止マラス當事者双方互ニ之ヲ強行スルコトヲ得各自涯ナク其出ツル所ヲ知ラス曖昧模糊ノ裡ニ為ササルカ為メ期限ヲ定ムヘキコトヲ裁判所ニ請求スルヲ得又豫約ノ目的不動産ナル時ハ買主タルヘキ者ハ其豫約ヲ登記シ以テ以後賣主タルヘキ者ハ其豫約ヲ登記シ以テ以後賣主タルヘキ者ト約束シタル讓受人ニ對シ自己ノ権利ヲ申立ルヲ得ヘキ豫防法ヲ行フノ利アリ
然レトモ當事者ハ單ニ豫約ヲ為スニ止マラスシテ即時賣買ヲ為スノ意アルコトアルヘキカ故ニ証書ノ表面上豫約ヲ約スルモ亦法律ヲ以テ一概ニ之ヲ豫約ト看做スヘシトス可カラサルニ因リ裁判所ヲシテ事情ヲ斟酌シ當事者ノ意思ヲ解釈シ賣渡及ヒ買受ノ豫約アルモ尚ホ其豫約ハ「即時賣買ノ効ヲ有スルモノ」ト判決シ又期間ノ定メアルトキハ其期間ハ契約ヲ完結スルカ為メニ非スシテ其履行ノミニ適用セラルルモノト判決スルノ権ヲ有セシム
第二十九條
手附モ亦従来ノ慣習ニ存スル所ノモノニシテ當事者ノ一方ヨリ他ノ一方ニ諾約ノ担保トシ寄託スル所ノ金額若クハ有價物ヲ供與シ以テ賣買ヲ解約スルノ方法タルモノナリ
然レトモ手附ヲ附與シ以テ賣買ヲ解除スルハ其賣買ノ完全ナルトキ詳カニ之ヲ言ヘハ双方確然承諾ヲ取換ハシ之ヲ確定シタル塲合ニ於テハ行ハルルコト能ハサルモノナリ是ヲ以テ手附ハ當事者証書ノ調製ヲ以テ賣買契約締結ノ條件ト為シタル塲合即チ本法ニ所謂賣買ノ豫約ニ均キ塲合ニ非サレハ行ハレサルモノトス蓋シ此塲合ニ於テハ當事者双方何レモ証書ノ調製又署名ヲ容易ク拒絶スルコトヲ得ルカ故ニ各當事者相手方又ハ第三者ニ金銭若クハ有價物ヲ付託シ之ヲ手附トシテ其賣買ヲ觧約スル時ハ手附ヲ損失シ以テ其觧約ノ過怠ト為シ相互ニ約束スルノ利アリ
是ヲ以テ手附ハ當然當事者ノ黙示恊議ニ依リ賣買ノ未タ完成セサリシトキハ觧約ノ方法タルモノナリ其塲合ハ大別シテ二ト為ス第一當事者受方及ヒ働方換言スレハ相互ニ賣買ヲ約スルモ其完成ヲ以テ証書ノ調製ニ係ラシメ其証據ヲ確然タラシメントシタル塲合第二賣渡若クハ買受ノ片務ノ豫約若クハ賣渡及ヒ買受クルノ相互ノ豫約アルニ止マル塲合即チ是ナリ右二箇ノ塲合ニ於テハ賣買未タ完全ナラサルカ故ニ縦令買主ヨリ手附ヲ附與シタル時ト雖トモ尚ホ之ヲ以テ内金ト看做ストキハ即チ是期限前ノ履行着手ヲ認ムルモノニシテ條理ニ反スルモノト言ハサル可カラス是ヲ以テ手附ヲ目的ト看做スヘキモノハ解約ヲ聴許シ前記第一ノ塲合ニ於テハ契約ヲ完成スルコトヲ拒絶スルモノ又第二ノ塲合ニ於テハ約束ニ従ヒ賣渡又ハ買受ノ契約ヲ為スコトヲ拒絶スル者ヲシテ之ヲ損失セシメ以テ其違約ノ過怠ト為スニ在リ
今右二箇ノ塲合ヲ説明スルニ付キ第二ノ塲合ヲ説明スルトキハ自ラ第一ノ塲合ヲ了解スルヲ得ヘキヲ以テ先ツ第二ノ塲合ニ付キ説明セン
豫約ノ片務ナル時即チ賣渡又ハ買受ノ豫約ノミナル時ハ要約者ノミ獨リ手附ヲ附與スルモノナリ蓋シ義務ヲ負担スル者ハ豫約者ノミナルカ故ニ其解約ノ過怠タルヘキモノ亦豫約者ノミニ止マルヘキヤ明カナリ此塲合ニ於テハ手附ノ理論誠ニ單簡ニシテ豫約者其豫約ヲ履行セサルトキハ即チ其附與シタル所ノ手附ヲ取戻スコト能ハス又之ヲ履行スルトキハ其手附ヲ取戻スコトヲ得ヘシ故ニ豫約者其豫約ヲ履行シ手附ヲ失ハサル塲合ニ於テハ其手附ハ代價ノ内金ト為ルモノナリト雖トモ是其偶然然ルモノニシテ元来内金ノ性質ヲ有シタルカ故ニ非ス加之其内金ト為ルニ至ルハ其金銭タリシ時ニ限ラサル可カラス
又豫約ノ双務ナル時ハ當事者双方手附ヲ附與スルノ理アリ殊ニ其手附トシテ附與スル所ノ物殊ニ其同一ノ性質ヲ以テ目的トセサル時ニ於テハ之ヲ附與スルノ利益アリ然レトモ當事者ノ一方ノミ手附ヲ附與シタルニ過キサル時ト雖トモ猶ホ未タ他ノ一方解約スルノ権利ヲ失フタリト云フ可カラス手附ヲ附與シタル者ハ其附與シタル所ノ物ヲ失ヒ以テ其ノ解約ノ過怠ト為シ他ノ一方ハ其受取リタル所ノ物ヲ辨済シ且之ニ同一ノ價格ノ物ヲ加ヘ之ヲ附與シ以テ自己解約ノ過怠ト為スコトヲ得故ニ手附ヲ受取リタル者解約スル時ハ法文ニ所謂「其受ケタル手附ヲ二倍ニシテ還償スヘキモノトス」手附ヲ受取リタル當事者之ニ二倍ニシテ還償シ以テ解約ヲ為ス塲合ニ於テ其受取リタル手附金銭ナリシトキハ実際毫モ錯雑ヲ生スルコトナク只其金額ヲ二倍スルヲ以テ足レリトスヘシト雖トモ動産物ニシテ相塲アラサル物ヲ以テ手附ト為シタルトキハ其代價ヲ評價シ以テ現物ヲ返還スルト共ニ其評價額ヲ拂ハシムルコトヲ要ス
前ニ述フル所ノ相互豫約ノ塲合ニ関スル論決ハ又手附ヲ授受スル第一ノ塲合即チ當事者双方賣買ヲ約スルモ其証書ノ調製ヲ以テ契約完成ノ條件ト為シタル塲合ニ適用スヘキモノナリ故ニ此塲合ニ於テハ當事者双方共ニ賣渡及ヒ買受ノ相互豫約ヲ為シタルト同一ノミナラス其義務ノ羈絆一層強大ナルカ故ニ手附ノ効力亦同一ナルヘシ
是ヲ以テ本條ハ明カニ契約ヲ取結フ事又ハ証書ヲ作ル事ヲ拒ムノ文字ヲ用ヰ以テ二箇ノ塲合ヲ示シタリ
第三十條
前條ノ説明ニ依レハ手附ハ賣買ノ豫約若クハ契約証書ノ調製ヲ以テ完成ノ條件ト為シタルモ未タ其調製アラサルカ故ニ尚ホ不完全ナル賣買ヲ取結ヒタル塲合ニ非サレハ解約ノ方法タラサルヲ以テ原則トス故ニ賣買ノ一旦完成スルヤ當事者ノ一方ハ決シテ他ノ一方ノ承諾ヲ待タスシテ解約ヲ為スコト能ハス若シ其一方ニシテ漫ニ解約ヲ為スコトヲ得ルモノトセハ賣買契約ハ承諾ノミニ因リ完全ニ成立シ當事者ヲ拘束スト云フコト能ハサルニ至ルヘシ加之完全ナル賣買ニ就テ觧約ヲ認許スルトキハ賣買ノ即時完成スルニ非スシテ証書ノ調製又ハ賣買豫約ノ實行ニ因リ成立スルトキト雖トモ尚ホ之ヲ認許セサル可カラサルニ至ルヘシ斯ノ如キハ解約ノ権能ヲ際限ナク延引スルコトヲ許スモノニシテ實ニ當事者及ヒ第三者ノ権利ヲシテ確定スルコト能ハサラシメ不當ノ結果ヲ生スルニ至ルヘシ
然リト雖トモ完全ナル賣買ヲ約シタル塲合ニ於テモ猶ホ手附ヲ授受シ解約ヲ認許シ且之カ過怠ト為スコトヲ得サルニ非ス然レトモ是只其手附トシテ授受シタル所ノモノ代價ノ内金ノ性質ヲ有ス可カラサル時ニ限ル然ルニ買主ヨリ賣主ニ金銭ヲ支拂フタルトキハ縦令之ニ手附ノ名称ヲ附スルモ猶ホ之ヲ以テ解約ノ方法ニ非ス代價ノ内金ト看做ササル可カラス之ニ反シ買主ヨリ授與シタル有價物金銭ニ非サルトキハ以テ手附ト看做スコトヲ得ヘシ蓋シ代價ハ必ス金銭タルヘキカ故ニ金銭以外ノ物ヲ以テ其内金ト看做スコト能ハサルヤ明カナリ是ヲ以テ買主ノ授與シタル金銭外ノ有價物ハ手附ノ方法トシテ授與シタルモノト謂ハサル可カラス然レトモ賣主ヨリ有價物ヲ授與シタルトキハ縦令金銭ヲ授與シタルトキト雖トモ猶ホ之ヲ以テ手附ト看做ササル可カラス何トナレハ賣主ヨリ拂フヘキ内金アラサレハナリ
前記二箇ノ塲合ニ於テ解約ノ権能ヲ行フヲ得ヘキ者ハ只手附ヲ授與シタル當事者ノミ之ヲ受取リタル者之ヲ二倍ニシテ還償シ以テ解約ヲ為スコト能ハス本條ノ法文明カニ此義ヲ示シタリ
又當事者双方互ニ手附ヲ授受シ而シテ之ニ解約方法ノ性質ヲ附與シタルトキハ各解約スルコトヲ得然レトモ此塲合ニ於テハ通常ノ過怠約款ノ規則ニ従ヒ之ヲ受取リタル者ハ之ヲ返還シ又之ヲ授與シタル者ハ之ヲ抛棄スルノミニシテ解約スルコトヲ得
尚ホ此他地方ノ慣習ニテ手附ヲ附スルニ解約ノ性質ヲ以テスル塲合アルヘキカ故ニ本條ハ明カニ此塲合ニ於テハ各地方ノ慣習ニ従フヘキモノトセリ尚ホ解約ノ事ニ付テハ断定ヲ要スル一点アリ即チ証書ノ調製ヲ以テ條件トシタル賣買若クハ片務若クハ双務ノ賣買豫約並ニ本條ニ規定シタル特約ヲ附シタル即時賣買ノ塲合ニ於ケルヲ問ハス解約ノ権能ハ何レノ時期迄継續スヘキカノ點是ナリ第一解約権能ノ公示ノ為メ期限ノ定メアリタルトキハ其期限ノ満了後ニ至リ解約ヲ為スコト能ハサルヤ明カナリ
然レトモ何等ノ期限ヲモ定メサリシ塲合ニ於テモ猶ホ其解約権能ハ無限ニ継續スルモノニ非ス一分タリトモ契約ノ履行アルトキハ即チ其権能消滅スルモノニシテ其履行當事者何レノ方ニ在ルカヲ區別スルコトヲ要ス何トナレハ履行ヲ受諾スル者ハ之ヲ為ス者ト同シク之ヲ承諾シタルモノナレハナリ
尚ホ此他解約権能ヲ行フトキハ第三者ニ對スルモ猶ホ賣買若クハ賣買豫約ヲ解除スヘキヤ否ヤノ問題アリ
若シ賣買ノ目的物ニシテ動産タルトキハ當事者解約ヲ為スモ第三者ニ對シ其解約ノ効力ヲ及ホスコト能ハサルヤ明カナリ蓋シ第三者ニシテ動産ヲ讓受ケ且其引渡ヲ受ケ而シテ解約権能アリシコトヲ知ラサリシ者ハ追奪ヲ受クルコトアル可カラス(財産篇第三百四十六條ヲ参観スヘシ)又賣買ノ目的物ニシテ不動産ナルトキモ其賣買若クハ賣買豫約ノ登記ヲ為スニ當リ明カニ手附ノ授受アリテ當事者明カニ之ニ解約ノ権能ヲ附與シタルコトヲ記載シタル塲合ニ非サレハ自己ノ権利ヲ登記シタル第三者ニ對シ其効力ヲ及ホスコト能ハス
第三十一條
凡ソ物ノ品質若クハ瑕瑾ハ一見シテ之ヲ判知スルコト能ハサルモノアリ殊ニ乘馬若クハ駕馬乘車蒸氣機関ノ如キ動産物ニ至テハ一旦之ヲ使用シタル後ニ非サレハ其良否ヲ辨ス可カラス故ニ斯ノ如キ物ノ賣買ハ概ネ試驗ニテ為スコトヲ通例トス詳カニ之ヲ言ヘハ買主其賣買ノ完成ノ条件トシテ通常合意ニ必要ナル条件若クハ其他特別ニ要約シタル条件ノ外其物自己ノ意ニ適シ自己ノ需用ニ應スヘキノ条件ニ繋ラシムルヲ通例トス
固ヨリ買主ハ特別ノ約束ヲ為シ試驗ヲ為シタル後賣買ヲ確定シ自己ノ意ニ適セサレハ之ヲ拒絶スルノ権利ヲ要約シ以テ冝シク其利益ヲ計ルヘキモ或ル場合ニ於テハ其明約ナキトキト雖トモ尚ホ事情ニ従ヒ賣買物ノ性質ニ依リ買主ニ此権利アリト認定スヘキコトアリ
但買主明カニ右ノ権利ヲ約シタルト暗ニ之ヲ約シタルトノ間ニ存スル効力ノ差異ハ其明約ヲ為シタル場合ニ於テハ買主ノ拒絶ニ對シ大抵異議ヲ容ルコトヲ許サス其効力ハ絶對ノ効力ヲ有スヘシト雖トモ其黙約タルニ過キサル場合ニ於テハ賣渡物ニ顕然タル瑕瑾アリテ買主ノ需用ニ適應セサルコト明カナル時ニ非サレハ買主其物ヲ拒絶スル能ハサルニ在リ
賣渡物ノ瑕疵極メテ大ニシテ下第二節第三款ニ規定スル所ノ廃却訴権ノ理由タルニ足ルヘキ場合ニ至テハ特別ノ規定アルヲ以テ暫ラク措テ論ゼス只茲ニ所謂瑕疵ナルモノハ其物ニ絶對的ノ瑕瑾アリテ何人タリトモ之ニ對シ苦情ヲ唱フヘキモノニ非ス只買主一己ノ需用ニ適セサル絶對的ノ瑕瑾ヲ謂フ例ヘハ乘馬ヲ買取ルノ約ヲ為シタル場合ニ於テ買主既ニ老年ナルカ又ハ乘馬ニ巧ミナラサルニ其馬駿ナルモ極メテ強暴ニテ奔逸シ易キトキノ如キ駕馬ノ賣買ヲ約シタルニ當リ其馬農作用ノ車ヲ牽クノ力アルモ馬車用ニ適セサルトキノ如キ即チ本條ヲ適用スヘキ場合ナリトス
試驗ニテ為ス賣買ハ概ネ動産ヲ以テ目的トスルモノナリト雖トモ亦不動産賣買ニ於テ此条件ヲ設クルコトナシトセス例ヘハ或ル特殊ノ耕作ニ用ユルカ為メ土地ノ賣買ヲ約シタルニ其地味其耕作ニ應セサルトキノ如キ即チ是ナリ
法文ニ試驗ニテ為ス賣買ニ附着スル条件停止タルコトアリ又解除タルコトアル旨ヲ記載シタリ蓋シ其条件タル停止タルコト実際最モ多カルヘク実際此種ノ賣買ヲ為スニ當テハ其物自己ノ需用ニ適スルニ於テハ之ヲ取結フヘシト云フコト多カルヘキモ亦或ハ即時賣買ヲ為スモ其物需用ニ適セサルニ於テハ之ヲ解除スヘシト約スルコトナシトセス
若シ當事者此点ニ付キ其意思ヲ充分明示セス條件ノ性質ヲ明カニセサリシトキハ裁判所ハ其意思ヲ推尋シ以テ之ヲ判定スヘシ而シテ其疑アリテ何レニモ決スヘキ証拠アラサルトキハ其条件ヲ以テ停止条件ト看做スヘシ
第二項ハ断然買取ルニ先チ試味スルノ慣習アル日用品ノ賣買ヲ為シタル場合ヲ仮定スルモノナリ
蓋シ此場合タル前項ニ規定セル場合ト大ニ類似スルモノナリト雖トモ第二項ノ場合ニ於テハ單ニ停止條件ヲ認ムルニ過キサルカ如シ解除条件ノ事ハ毫モ言ハスト雖トモ法文ハ只一片ノ推定ヲ下スニ過キス決シテ當事者ノ権力ヲ制限スルモノニ非ス是ヲ以テ試味賣買ニ於テハ受諾ノ停止条件ヲ黙示スルコトヲ得ルモ拒絶ノ解除条件ニ至テハ必ス之ヲ明示セサル可カラス
又試驗ニテ為ス賣買ト試味賣買トノ間ニハ一ノ差違アリテ各場合ニ於テ買主ノ有スル権能ノ區域ニ関スルモノナリ
試驗ニテ為ス賣買ニ於テハ買主ハ拒絶ノ自由アリト雖トモ其自由タル絶對的ノモノニシテ毫モ異議ヲ容レサルモノト云フ可カラス買主ハ單ニ其物自己ノ需用ニ適セスト称シ賣買ヲ拒絶スルヲ得ス之ヲ拒絶セントセハ必ス其物ニ如何ナル瑕瑾アリテ又如何ナル故ニ自己ノ需用ニ適セサルコトヲ明言スルコトヲ要ス其物ニ瑕疵アラサルニ尚ホ瑕疵アリト称シ賣買ヲ拒絶セント欲スルトキハ其意ニ反シ之ヲ買取ラシムルコトヲ得実ニ合意ハ善意ヲ以テ履行スルヲ要スルモノナルカ故ナリ(財産編第三百三十条ヲ参觀スヘシ)
然ルニ試味ノ慣習アル日用品ノ賣買ニ付テハ其物買主若クハ其家族一己ノ消費用ニ供スヘキモノナルヤ否ヤヲ細別スルヲ要ス其果シテ買主若クハ家族一己ノ消費スヘキモノナルトキハ拒絶ノ権利ハ絶對的ニシテ味ノ嗜好ニ適スルヤ否ヤノ如キハ到底異議ヲ容ルヘキモノニ非ス然レトモ商業品タル日用其他ノ消費物ニ関スルトキハ其物通常ノ品質アリテ賣買ニ適スル以上ハ買主漫ニ之ヲ拒絶スルコト能ハス
第三十二条
凡ソ當事者一ノ権能ヲ行フヲ得ヘキトキハ縦令其権能純然タル隨意ノモノナリト雖トモ尚ホ之ヲシテ荏苒決スル所ナク相手ノ位置ヲ際限ナク不確定ナラシムルヲ得セシム可カラス是既ニ屡々説明シタル所ナリ當事者ノ一方ニ権能アルトキハ當事者ハ共ニ共ニ其権能ノ行用期限ヲ約定スルヲ以テ冝シトス然レトモ當事者自ラ其期限ヲ定メサルトキハ概ネ裁判所利害ノ関係アル當事者ノ請求ニ依リ之ヲ確定スヘシ
本條ノ場合ニ於テハ買主ノ権能行用ノ期限ヲ定ムルニ付キ敢テ裁判所ニ出訴スルコトヲ要セス賣主ハ買主ニ對シ試驗又ハ試味ヲ為シ其定ムル所ノ相當ノ期限内ニ於テ賣買ヲ確定スヘキヤ否ヤノ決答ヲ為スコトヲ催告スヘシ
若シ其期限ニシテ短ニ過キ又ハ買主疾病其他正當ノ原因ニ依リ決答ヲ為スコト能ハサルトキ裁判所ハ其期限ヲ延クコトヲ得是亦合意ハ善意ヲ以テ履行スヘキカ故ナリ
第三十三條
代價ハ賣買ヲ構造スル要素ノ一ニシテ買主代價ヲ辨濟スルノ義務アルハ即チ賣買ヲシテ双務合意ナラシムル所以ナリ然リ而シテ契約ヲ以テ代價ヲ確定セス契約以後ニ至リ之ヲ定ムヘキコトヲ約シタルトキハ或ハ賣主至當ノ代價ヲ請求シ又ハ買主極メテ些少ナル代價ヲ拂ハント称シ遂ニ之カ為メ契約ヲ成立スルコト能ハサルニ至ラシムルコトアリ是ヲ以テ當事者何レカ一方ヨリ漫ニ代價ヲ増減スルコトヲ唱フルヲ得ル以上ハ賣買契約確定セスト謂ハサル可カラス是合意ノ成立ニ必要ナル条件ノ一ヲ欠クカ故ニシテ合意ニハ確定ノ目的ヲ有セサル可カラス然ルニ代價ノ確定セサルトキハ即チ其条件ノ一ヲ欠クカ故ナリ(財産編第三百四条第 号ヲ参觀スヘシ)
然リト雖トモ未タ必スシモ代價ノ全額ヲ契約ニ明示スルコトヲ要セス只其目安ヲ契約ニ定ムルヲ以テ足レリトス例ヘハ地所ノ賣買ヲ為スニ當リ一坪ノ代價ヲ定メタルモ未タ其総坪数ヲ確知セサルカ故ニ其代價ノ全額ヲ定ムルヲ得サリシトキハ賣主モ買主モ共ニ此点ニ付キ異議ヲ唱フルヲ得ス其代價ノ全額ハ土地ノ総坪数ニ應シ毎坪ノ代價ニ基キ之ヲ計算スルコト容易ナルカ故ニ其代價ハ確定シタルモノト云フヘシ又日用品ノ賣買ヲ為スニ當リ單ニ其分量数目若クハ尺度ヲ以テ代價ノ目安ヲ定メ又ハ絹布木材石材其他分量ヲ計リ取引スル物ノ賣買ヲ約シタル場合ニ於テハ其單價ヲ定ムル以上ハ代價ノ全額ヲ定ムルコト容易ニシテ當事者何レモ之ニ付キ後日異議ヲ起スコト能ハサルカ故ニ代價ハ充分確定シタリト云フコトヲ得
本條ハ亦代價ヲ定ムルニ付キ同種類ノ商品ノ市價ヲ目安トスルコトヲ認許セリ只當事者何レノ時ニ於ケル市價ヲ以テ目安トスヘキカヲ明示スルヲ可ナリトス即チ賣買ノ現時其市價ヲ知ラサルモ之ヲ以テ目安トスヘシト約スルカ又ハ近日ノ市價ヲ以テ目安トスヘキコトヲ約スルカ何レカ一途ニ出ツルコトヲ要ス
此合意アルトキハ之ヲシテ公平ナル効力ヲ生セシムルコト得ヘシ
又第三者ニ代價ヲ評定スヘキコトヲ委任スルヲ得其第三者ハ契約ヲ以テ指定スルコトヲ要ス然ラスンハ當事者何レカ一方ハ評價人ヲ選任セス遂ニ結局契約ノ完成ヲ妨クルヲ得ルニ至ルヘシ而シテ此塲合ニ於テ當事者第三者ノ評價人タルヘキ者ヲ指定セサルトキハ裁判所當事者ニ代ハリ之ヲ指定スルコトヲ許サス是蓋シ合意ヲ履行セシムルニ非スシテ之ヲ発生セシムルノ處分タルヘキカ故ナリ
然リ而シテ評價人評價ヲ為スコト能ハス又ハ之ヲ為スコトヲ欲セサルトキハ契約成立セサルノ明文ナシト雖トモ此結果タル敢テ法文ヲ俟タスシテ明カナルモノト認メタリ蓋シ第三者賣買物ノ代價ヲ評價スルコトヲ拒絶シ又ハ之ヲ評價スル能ハサル場合ニ於テハ當事者更ラニ恊議ヲ遂クルニ非サレハ他ノ第三者ヲシテ之ニ代ハラシムルコト能ハサレハナリ
然レトモ第三者ノ評價ニシテ明カニ錯誤ニ出テ又ハ公平ニ反スルトキハ其評價ニ對シ異議ヲ為スコトヲ得サル可カラス是法文ニ明記スルヲ要スルモノト認メタリ蓋シ第三者其評價スル所ノ物ノ實價ヲ知ラス或ハ之ヲ知ルモ當事者ノ一方ニ對スル私情若クハ之ト通謀シタルニ因リ代價ノ高低ヲシテ物ノ性質若クハ品質ト相應セサル所ノ代價ヲ定ムルコトナシトセス而シテ當事者ハ元ト第三者ニ代價ヲ評定スヘキコトヲ委ネタルモ未タ其利益ヲ以テ口銭若クハ詐欺ノ為メニ毀損セラルルヲ顧ミサルコトヲ約シタルモノト云フ可カラス故ニ當事者ハ其評價ニ付キ異議ヲ為スコトヲ得サル可カラス
然レトモ裁判所ハ亦評價ノ無効ノ請求ニ付キ判決ヲ為スニ當リ自ラ更ラニ評價ヲ為シ又ハ他ノ評價人ヲ任命スルコトヲ得可カラス是亦當事者ノ意思外ニ出ツルモノト謂ハサル可カラス故ニ當事者自ラ代價ヲ定メ又ハ他ノ評價人ヲ選任スルカ為メ恊議一致セサルトキハ遂ニ賣買ノ解約ヲ来スノ結果ヲ生スヘシ
末項ニ代價ハ未タ必スシモ元本ヲ以テ定ムルヲ要セス無期若クハ終身ノ年金権ヲ以テ定ムルコトヲ得ヘキ旨ヲ記載シタリ然レトモ評價人ハ特別ノ権限ヲ有スルニ非サレハ年金権ヲ以テ代價ヲ定ムルコト能ハス何トナレハ年金権ヲ以テ代價トスルハ當事者特ニ之ヲ評價人ニ認許シタル時ノ外當事者ノ意思ニ反スルモノト云フヘケレハナリ
無期若クハ終身年金権ノ大体ノ性質ニ至テハ敢テ爰ニ説明スルヲ要セス既ニ終身年金ノ事ニ付テハ用益權ノ章ニ多少説明シタル所アリ尚ホ其詳細ハ本編年金権ノ章下ニ於テ之ヲ説明スヘシ
第三十四條
本條ハ外國法典中数多ノモノト其趣旨ヲ異ニシ賣買契約ノ費用ヲ以テ買主ノミノ負担トセス之ヲ以テ當事者双方ノ分担スヘキモノトセリ
蓋シ實際財産ヲ賣ル者ハ金銭ノ需用ニ迫リ金銭上困難ナル位置ニ陥リタル為メ買主遂ニ其契約ノ費用ヲ負担スルノ習慣アリタルヨリ遂ニ外國法典中之ヲ以テ其規定ト為スニ至リタルモノナラン然レトモ実際賣主タルモノハ未タ必スシモ金銭ノ需用ニ迫リタルモノニ非ス加之買主ノミヲシテ契約費用ヲ負担セシムルモノトスルモ実際其目的ヲ達セサルコトアルヘシ何トナレハ買主買受ケンコトヲ切望セサルトキハ契約費用ヲ見込ミ代價ヲ制限スヘキコトヲ求ムヘケレハナリ
抑モ双務合意ニ関スルトキハ立法上必要ナル理由アラサル限ハ當事者ヲ處スルニ敢テ差異アル可カラス必ス之ヲシテ全ク平等ノ位置ニ對セシメ其位置ヲ平等ニセサルハ一ニ當事者ノ合意ヲ以テ定ムル所ニ委スルコトヲ要ス
是ヲ以テ賣買契約ノ費用モ亦當事者双方平分シテ之ヲ負担スヘキモノトス唯双方之ニ付キ別段ノ合意ヲ為シタルトキハ此限ニ非ズ
此原則タル既ニ一般ノ有償合意ニ関シ財産編第三百三十三条第三項ニ掲ケタル所ナリ
第二款 賣買又ハ買受ノ無能力
第三十五條
凡ソ法律上賣買ノ禁止ヲ受ケサルモノハ賣渡又ハ買受クルコトヲ得ヘキヤ明カナリ是ヲ以テ本款ニハ唯賣渡又ハ買受ルノ無能力ヲ記載スルニ止マリタリ
賣買ノ無能力ノ第一ヲ配偶者ノ無能力トス
蓋シ賣買契約タル必ス性質上有償ナルモノナルカ故ニ之ヲ仮想シ以テ贈與ヲ為シ巧ミニ法律上贈與ニ加ヘタル制限ヲ規避スルコトナシトセス是法律ノ配偶者間ニ賣買ヲ禁止シ以テ制壓セント欲シタル所ノ弊害ナリ蓋シ外面上賣主タル配偶者実際代價ヲ受取ラサルモ賣買証書又ハ契約以後ノ証書ヲ作リ其代價ヲ受取リタルコトヲ記載スルトキハ容易ニ其債權者ヲ詐害スルコトヲ得ヘク又配偶者間ノ贈與ニ限リ贈與者ヲシテ隨意之ヲ廃棄スルヲ得セシムルノ特別規則ヲ規避スルノ手段タルヘシ(財産編第三百六十七条ヲ参観スヘシ)
配偶者間ノ賣買ノ禁制ハ絶對的ニシテ動産ト不動産トヲ問ハス均ク之ニ均用シ毫モ例外則タルモノ非サルナリ或ハ立法上之ヲ観察スルトキハ配偶者不分共有権ヲ有スルニ當リ其共有ノ位置ヲ脱センコトヲ欲シ一方ヨリ其持分ヲ他ノ一方ニ譲渡ス場合ヲ以テ此禁制ノ例外タルモノト定ムルヲ得ヘカリシモ亦或ハ其代價ヲ實際辨濟セサルモ尚ホ之ヲ辨濟シタルモノノ如キ証書ヲ交換シ仮装ノ贈與ヲ為シ或ハ債權者ヲ錯害スルコトナシトセス故ニ本條ハ此塲合ヲ以テ尚ホ其例外トセス
代物辨濟モ亦配偶者間ノ賣買ト同シク之ヲ禁止セリ而シテ其禁止ノ理由ハ賣買ノ禁止ト同一ナリ
代物辨濟ハ金銭ヲ以テ定メタル代價アラサルカ故ニ賣買ニ非ス即チ譲渡ス所ノ物ハ金銭ノ債務者タルコトアルヘキモ亦或ハ然ラスシテ他ノ有價物ヲ負担スルコトアリ加之其義務ノ目的作為若クハ不作為ニ在ルコトアリ而シテ其譲渡ノ代價トシテ自己ノ義務ノ全部若クハ一分ヲ免除スルモノナリ故ニ代物辨濟ト賣買トハ全ク同一ノモノニ非ス
然リ而シテ代物辨濟モ亦賣買ト同シク配偶者間ニ在テハ殆ト同一ノ弊害ヲ生スルモノナリ但其弊害タル詐欺ノ体裁ヲ異ニスヘキモ亦之ヲ行フニ一層容易ニシテ且之ヲ隠蔽スルコト尚ホ一層容易ナルモノナリ即チ配偶者間代物辨濟ヲ為スニ當テハ其一方代價ヲ受取ラサルニ拘ハラス偽テ受取証ヲ附與スルヲ為サス譲渡ヲ為サント欲スル一方豫メ空想ノ債務ヲ作リ之ヲ負担スルコトヲ受認シ而シテ其債務ヲ免カレンカ為メ代物辨濟ヲ為スコトアルヘシ是亦法律ノ之ヲ禁止シ以テ豫防センコトヲ計リタル所ノ弊害ナリ
是ヲ以テ本條ハ債務ノ信實正當ナル場合ニ非サレハ代物辨濟ヲ認許セス
然リト雖トモ亦配偶者従来債務アルコトヲ仮装シ例ヘハ実際行ハサリシ所ノ貸借アリト称スルコト容易ナルカ故ニ本條ハ其契約裁判所ノ認許ヲ得タルモノナルコトヲ必要トス是所謂非訟事件アル一ノ塲合ニシテ配偶者ハ訴訟ヲ起スニ非ス只裁判所ニ請求シ債務ノ原因ト代物辨濟ノ原因トヲ疎明シ裁判所ハ其契約ヲ認許シ又ハ之ヲ認許スルコトヲ拒絶スルノミ
夫レ斯ノ如ク裁判所ノ干渉ヲ必要トスルトキハ代物辨濟ノ為メニ生スヘキ許多ノ詐欺ヲ豫防スルコトヲ得ヘシ即チ裁判所ハ配偶者間ノ債仮想的ノモノニ非ス正當且眞実ニ成立スルノ証拠明瞭ナル時ニ非サレハ代物辨濟ヲ認許スルコトナカルヘシ故ニ之カ為メ何等ノ詐欺ヲモ行ハルルコトナシ仮ヘハ配偶者既ニ其一方ノ債務者ノ相続人トシテ之ニ對シ義務ヲ負担シタル時ノ如キ即チ其義務眞実正當ナルモノナルカ故ニ代物辨濟ヲ以テ之ヲ消滅セシムルコトヲ得
一旦裁判所ノ認許アルトキハ契約確定スルカ故ニ再ヒ之ヲ変更スルコト能ハス
法文ニ代物辨濟ハ裁判所ノ認許ヲ得タル上ニ非サレハ有効ナラスト云フカ故ニ其認許アルニ至ル迄ハ配偶者各其代物辨濟ノ考案ヲ止ムルコトヲ得敢テ之カ為メ何等ノ損害ヲモ拂フニ及ハス又手附ヲ授受シタル場合ニ於テモ之ヲ損失スルニ及ハス
又裁判所ノ認許ハ代物辨濟ニ必要ナル条件ノ一ナルカ故ニ代物辨濟トシテ附與スヘキ物不動産物権ナルトキハ其旨ヲ登記簿ニ記載スルコトヲ要ス是普通法ノ適用ニ過キサルヲ以テ敢テ爰ニ明記スルヲ必要トセサレトモ事ノ元来重要ナルカ故ニ特ニ注意ノ為メ此事ヲ記載シタリ
第三十六條
配偶者間ノ賣買ノ無効ハ絶對的ニシテ合意ノ成立ヲ妨害スル所ノ無効ニ非ス蓋シ其無効ノ基因タル財産編第三百四条ニ列記シタル合意成立条件ノ一ノ欠缺ニ非ス但同編五百四十四条以下ニ規定シタル結約スルノ無能力ニ基キタル鎖除ニ過キサルモノナリ
然リ而シテ其無効訴権タル配偶者双方ニ属スヘキヤ将タ法禁ノ賣買若クハ代物辨濟ヲ為シタル者ノミニ属スヘキヤ是本条ニ規定スル所ナリ
凡ソ鎖除訴権ハ法律ノ保護センコトヲ目的トシタル者ニノミ属スルモノニシテ之ト契約シタル相手ニ属セサルモノトス(財産編第三百十九条ヲ参観スヘシ)然ルニ爰ニ法律ノ保護セントスル所ノモノハ賣買若クハ代物辨濟ヲ欺装シ以テ其財産ヲ無償ニテ授與シタル配偶者ノミ故ニ損害ヲ被ル所ノ者ハ賣主タル配偶者ノミ是ヲ以テ鎖除訴権ヲ行フヲ得ヘキ者亦独リ其配偶者ノミニ限ル是本条ノ明文ニ定ムル所ナリ
配偶者其生存間ニ鎖除訴権ヲ行ハサリシ場合ニ於テハ相続人其訴権ヲ行フコトヲ得又其配偶者自己ノ債権者ノ損害ヲ顧ミスシテ自ラ訴権ヲ行ハサリシ場合ニ於テハ其債権者之ヲ行フコトヲ得而シテ此場合ニ於テ債権者ノ行フ所ノモノハ廃罷訴権ニ非ス(財産編第三百四十条ヲ参観スヘシ)債権者其債務者ノ権利ヲ行フカ為メ用ユル所ノ間接訴権ナリ(財産編第三百三十九条ヲ参観スヘシ)
末項ニ右ノ訴権モ亦鎖除訴権ニ関スル一般ノ規則ニ従フヘキコトヲ定メタリ(財産編第五百四十四条以下ヲ参觀スヘシ)是ヲ以テ此訴権ハ五ヶ年間継續スヘシト雖トモ其五ヶ年ノ期限ハ婚姻継續中經過スルモノニ非ス又婚姻ノ觧除後ニ至リ鎖除スルヲ得ヘキ契約ヲ認諾スルヲ得
第三十七条
凡ソ法律ヲ制定スルニ当テハ人ヲシテ其利益ト義務トノ間ニ彷徨セシムルコトヲ成ルヘク豫防スルコトヲ要ス而シテ法律上命令ヲ下シ人ヲシテ其本分ヲ守リ利益ヲ顧ミサラシメント欲スルモ未タ必スシモ其命令ノ行ハルルコトヲ期ス可カラス然レトモ其禁止ヲ設ケ利益ヲ計ルコトヲ許ササルトキハ能ク其目的ヲ貫徹スルコトヲ得ヘシ是法律上裁判上若クハ合為上ノ管理人ニ買受ノ禁制ヲ設ケタル所以ナリ
法律上ノ管理人タルモノハ未成年者ノ後見人並ニ禁治産者ノ輔佐人又父後見人タラスシテ其子ノ財産ヲ管理スルトキハ父モ亦法律上ノ管理人タルモノナリ此他夫諸省ノ大臣知事郡區長税関長郵便電信局長病院長典獄等皆然リ
本条ハ公賣ニ参與スル所ノ公吏ノ事ニ関シ特ニ買受ノ無能力アルコトヲ明記シタリ此禁制タル差押物件ノ競賣ヲ處理指揮スルノ任ヲ受ケタル書記及ヒ判事ニ主トシテ適用スヘキモノニシテ是等ノ公吏ハ所謂法律上ノ管理人ナリ
裁判所ノ管理人タルモノハ保管人無嗣相続財産ノ管理人破産管財人等ナリ
又合意上ノ管理人ハ特ニ之ヲ代理人ト称シ総理タルモノト部理タルモノトアリ
以上列記スル所ノ管理人ハ其賣渡ノ任ヲ受ケタル財産ノ取得者タルコトヲ禁ス
蓋シ是等ノ管理人タル元ト法律上裁判上又ハ合意上他人ノ財産ヲ賣渡スノ任ヲ受ケタルモノナルカ故ニ其賣渡代價ヲシテ成ルヘク高額ナラシムルカ為メ自己ノ力ノ及フ限リ正當ニ之ヲ尽スヲ以テ其本文トス然ルニ其人ニシテ自ラ取得スルコトヲ得ルトキハ其代價ノ成ルヘク低キヲ以テ自己ノ利益ト為スヘケレハナリ
是ヲ以テ法律ハ是等ノ管理人自己ノ利益ヲ計リ其本分ニ背クコトナカランカ為メ之ニ其賣渡ノ任ヲ受ケタル財産ヲ取得スルコト禁シ以テ弊害ヲ豫防シタリ
今皮相ノ観ヲ下ストキハ縦令此場合ニ於テ賣買ノ禁止ヲ為ササルモ実際賣買ヲ為スコト能ハサルカ如シ蓋シ後見人ノ如キハ自ラ買主ト為リ同一ノ契約ニ署名スルニ賣主ト買主トノ二箇ノ資格ヲ以テ其名ヲ署スルコト能ハサルヤ明カナリ是ヲ以テ此他ノ裁判上及ヒ合意上ノ管理人ニ付テモ亦同シク自ラ賣主ト為リ併セテ買主ト為ルコト実際得テ能クスヘカラサルカ如シ
然リト雖トモ尚ホ本条ノ禁止ヲ適用スヘキ場合アリ今其適例ノ一ヲ示サンニ無能力者及ヒ諸官廳ノ財産ハ競賣ニ附スルコト最モ多シトス是ヲ以テ此場合ニ於テハ後見人其他ノ管理人モ自餘ノ人ト同シク競落人ト為ルコトヲ得ヘシ然レトモ法律上管理人ハ他人ト異ナリ競落人タルコトヲ得サルモノトシタリ是管理人ハ自ラ低價ニテ其競賣ニ附シタル財産ヲ取得スルカ為メ容易ニ其價値ヲ低落セシムルコトヲ得ヘキカ故ナリ蓋シ公衆ノ将ニ一箇ノ財産ヲ買取ラントスルニ當リ虚報ヲ傳ヘ以テ買主ヲシテ其買受ノ念ヲ絶タシムルカ如キハ極メテ容易ノ事ナリ例ヘハ其物既ニ訴訟ニ係リタリトノ虚報ヲ傳フルカ如キ最モ容易ニ為シ得ヘキ所ナリ是管理人ニ取得ノ禁制ヲ設ケタル所以ニシテ法文ニ競賣上ノ取得者ト為ルコトヲ得スト明言シ以テ其賣主トシテ契約ニ署名セサル場合ニ於テモ尚ホ買受クルノ能力ヲ有セサルコトヲ明定シタリ
此他尚ホ本条ノ禁止ヲ適用スヘキ塲合アリ而シテ無能力者若クハ諸官廳ノ権利利益ヲ監督スヘキ者即チ無能力者ニ付テ云ヘハ親族會又諸官廳ニ付テ云ヘハ府縣會又恊議上管理人ニ其管督スル所ノ財産ヲ有効ニ讓渡スコトヲ得ス縦令親族會若クハ府縣會恊議上ノ賣却ヲ為スヲ得ヘキ場合ニ在ルモ尚ホ然リトス
然レトモ茲ニ代理人ニシテ其賣渡ノ委任ヲ受ケタル財産ヲ協議上取得スルヲ得ル一ノ塲合アリ即チ代理人直接ニ委任者ヨリ之ト約束シ以テ直接ニ買受ヲ為ス場合是ナリ然レトモ此場合ニ於テハ其實代理終了シタルモノニシテ委任者ハ委任者自ラ其代理人ト契約ヲ締結スル以上ハ其財産カ管理ヲ親ラスルニ至リタルカ故ナリ
本条ハ管理人等直接ニ自己ノ名ヲ以テ取得ヲ為スヲ禁スルノミナラス此間介入ニヨリ取得ヲ為スコトヲモ併セテ禁止シタリ是其弊害ノ同一ニシテ加之外見上適法ナル行為ノ観ヲ装フコトアルカ故ニ一層危害ノ大ナルヤ明カナルカ故ナリ
然リト雖トモ本条ハ敢テ或ル人ノ取得者ト為リタルトキハ即チ勧解人タリトノ推定ヲ下スニ至ラス是裁判所ノ事情ヲ斟酌シ實際断定スヘキ事實問題ナルカ故ナリ実ニ取得者管理人ノ父子若クハ婦タルトキハ之カ為メニ勧觧人タリト認定スルヲ得ヘキヤ明カナリ然レトモ尚ホ此他親族若クハ姻族ニ非サルモ尚ホ管理人ノ為メニ勧觧人タルモノナシトセス故ニ法律ハ敢テ此点ニ付キ禁制的ノ規定ヲ設ケス
第三十八条
前条ノ規定ニ基キタル賣買ノ鎖除訴権何人ニ属スヘキカハ亦配偶者間ノ賣買ノ禁止ニ関スルト同シク法律ヲ以テ明定スルヲ要スルモノト認メタリ而シテ此塲合ニ於テハ鎖除訴権無能者ニ属スト云フコトヲ得サルヤ明カナリ斯ノ如キハ賣買ノ禁示ヲ受ケタル者ヲ刑罰スルニ非スシテ之ヲ勧誘スルニ外ナラス何トナレハ該無能力者ハ賣買ノ結果自己ニ利益アリト否トニ従ヒ漫ニ契約ノ利益ヲ保存シ又ハ之ヲ鎖除スルコトヲ得ルニ至ルヘケレハナリ是ヲ以テ此場合ニ於テハ鎖除訴権ヲ有スヘキ者ハ独リ法律ノ保護ヲ加ヘント欲シタル者即チ本条ニ所謂現所有者ノミナルヘキヤ明カナリ茲ニ現所有者ノ名称ヲ用ヰタルハ賣買ノ鎖除アラサル以上ハ賣買成立シ既ニ新所有者タルモノナルカ故ナリ
第三十九条
本条ニ定ムル所ノ取得ノ禁止モ亦或ル人其地位ヲ利用シ権力ヲ濫用シ以テ所有者止ヲ得サルニ非サレハ讓渡スコトヲ欲セス又ハ一層利益アル条件ヲ以テ讓渡サント欲スル場合ニ於テ之ヲシテ不利益ナル条件ニ拘ハラス其意ヲ枉ケテ讓渡ヲ為サシムルコトヲ恐レ其弊害ヲ矯メンカ為メニ定メタルモノナリ
然レトモ本条ニ賣買ヲ禁スル所ノモノハ既ニ争論ノ目的ト為リタル物権及ヒ人権ニシテ未タ裁判所ニ於テ訴訟事物ト為ラサルモ結局競走物ト為ルコト多カルヘキ性質ノ物ニ限リ一切ノ権利ヲシテ尽ク賣買スルコトヲ得サラシムルモノニ非ス
本條ニ或ル種類ノ人ヲシテ是等ノ権利ヲ取得スルコトヲ得セシメサルハ其職掌ノ故ニ判決ニ影響ヲ及ホシ又ハ競走権利ヲ有スルモノヲシテ其権利ノ價格ヲ誤ラシムルコトヲ得ヘキカ故ナリ蓋シ是等ノ人タル或ハ権利者ヲシテ訴訟ニ敗訴スルノ危害アルヲ思ハシメ低價ヲ以テ自ラ競走物ヲ取得シ後ニ至リ充分勝訴シタル後自己ノ利益ヲ得ンコトヲ計ルコトナシトセス
是ニ依テ之ヲ觀ルニ本条ニ定メタル賣買ノ禁制ハ第一其禁制ヲ受クル所ノ人ノ意見ヲ全フシ之ヲシテ毀譽褒貶ヲ受ケ嫌疑ヲ被ルコトヲ避ケシムルヲ目的トスルモノニシテ又讓渡人ト其相手方トヲ併セテ保護スルノ理由ニ基キタルモノナリ蓋シ此禁制ヲ設ケサルトキハ讓渡人ハ容易ニ権威ノ濫用ヲ被ルコトアリ又権利ヲ爭フ其相手方ハ不公平ノ判決ヲ受クルコトナシトセス
本条ハ公証人ニ對シ亦賣買ノ禁制ヲ設ケタリ蓋シ公証人ナルモノハ晩近ノ新制度ナルカ故ニ公証人ヲシテ依頼人ノ利益ニ反シ之ト抵觸スル利益ヲ得セシムヘキ行為ヲ為スコトヲ得サラシメ以テ其威嚴信用ヲ堅クスルヲ可ナリト認メタルカ故ナリ
第四十條
前条ニ定メタル禁制ノ制裁モ亦賣買ノ鎖除訴権ニシテ其賣買ハ當然無効タルモノニ非ス
其鎖除訴権ハ無能力者ニ属スルモノニ非スシテ只法律ノ保護セント欲シタル者即チ譲渡人及ヒ其相手方ノミニ属スルモノトス
本条ハ明カニ権利ヲ争フ相手方鎖除訴權ヲ行フヲ得ヘキコトヲ明記シ以テ其訴權ヲ行フヲ得ルニ付キ疑議ヲ生セサラシメタリ蓋シ相手方ハ譲受人タル判事ノ忌避ヲ申立ツルコトヲ得ルカ故ニ其鎖除訴権ヲ行フヲ得ヘキコトヲ明記セサルニ於テハ或ハ疑議ノ起ラサルヲ保ス可ラス蓋シ之ヲシテ忌避ヲ申立ツルヲ得ルニ止マラシメ鎖除訴権ヲ行フヲ得サラシムルモノト觧釈スルトキハ裁判所忌避ノ申立ヲ受クルモ尚ホ其判事ノ為メニ影響ヲ被ルコトナシトセサルカ故ニ此觧釈ヲ防カンカ為メ時ニ明文ヲ以テ之ヲ防キタリ
又本條ハ権利ヲ争フ相手方ヲシテ鎖除訴権ノ外競走権利ノ受戻ナル特別ノ権能ヲ行フコトヲ得セシム
或ル外國法律ニ於テハ総テ競走権利ノ譲受ヲ為シタル者ニ對シ一般ニ其受戻ヲ認許シタリ
然レトモ本法ハ只本条ノ場合ニ於テノミ之ヲ認許スルニ過キス是本條ノ塲合ニ於テ競走権利ノ譲受人ハ竒利ヲ獲センコトヲ謀ルモノニシテ深ク保護スルニ足ラサルモノナルカ故ナリ加之本条ニ於テハ競走権利ノ賣買ハ全ク法律ノ禁止スル所ノ行為ナリ故ニ之ニ對シ受戻ヲ行フヲ許スヘキモ通常ノ人競走権利ヲ取得スルハ法律ノ特ニ保護スヘキモノニ非サルモ亦敢テ妨害スヘキモノニ非サルナリ
第三款 賣渡スコトヲ得サル物
第四十一條
本條第一項ハ先ツ二種ノ物ニシテ本則ニ反シ賣渡スコトヲ得サルモノヲ指示セリ即チ其第一ハ性質上不融通物タル物即チ公有物人事ニ関スル権利等ニシテ第二ハ一般ノ利益又ハ公ケノ秩序ノ為メ特別法ヲ以テ一私人ノ處分ヲ禁スルモ必ス明カニ法律ヲ以テ之ヲ禁スルコトヲ要スル所ノモノトス例ヘハ未開始ノ相續軍器其他風俗ノ壊乱スル物等ノ如シ
是等ノ物件ノ賣買ハ啻ニ鎖除スルヲ得ヘキノミナラス全ク無効ナルモノナリ蓋シ其賣買ハ瑕疵アルニ止マラス不成立ノモノナレハナリ是ヲ以テ本條ハ其主タル結果ヲ示シタリ即チ各當事者其無効ヲ申立ツルヲ得ヘキモノトセリ是賣買ノ鎖除スルヲ得ヘキモノタルニ止マル場合ニ於ケルト異ナル所ナリ此場合ニ於テハ法律ノ保護ヲ得ヘキ當事者ニ非サレハ其賣買ノ目的ト為ラサルコトヲ申立ツルコトヲ得ス然ルニ本条ノ場合ニ於テハ法律ハ當事者何レヲモ保護スルヲ目的トスルモノニ非ス一ニ公ケノ秩序ヲ維持シ一般ノ利益ヲ保護センコトヲ旨トスルモノナリ
是ヲ以テ各當事者ハ自己ニ對シ契約履行ヲ求ムルノ訴権ヲ被ルニ當リ其賣買ノ無効ノ抗弁ヲ為スノ権利アリ故ニ買主辨濟ノ請求受クルニ於テハ賣買ノ無効ヲ申立ツルヘク又賣主引渡ノ訴権ヲ被ルニ於テハ均ク其無効ヲ申立テ以テ之ヲ拒絶スヘシ
又各當事者ハ一旦其賣買ヲ履行シタル後ハ双方ノ位置ヲシテ其賣買前其履行前ノ位置ニ復セシムルカ為メ訴権ヲ行フヲ得ヘシ而シテ買主ハ実際毫モ取得スル所ナキカ故ニ正當ノ原因ナクシテ代價ヲ辨濟シタルモノナルニ因リ其取戻ヲ請求スヘク又賣主ハ其ノ賣渡シタル物自己ニ属スルトキハ回復訴権ヲ行ヒ又單ニ占有者タルニ過キサルトキハ占有訴権ヲ行フヘシ而シテ各當事者ハ其嘗テ受取リタル所ノ物ヲ返還スルニ非サレハ勝訴スルコト能ハス換言スレハ買主ハ其引受タル物ヲ返還シ賣主ハ其領受シタル代價ヲ返還スルコトヲ要ス
前項ニ賣主ハ回復訴権又ハ占有訴権ヲ行フヲ得ヘシト云ヘリ蓋シ一箇ノ物不融通物トナルモ未タ必スシモ人民之ヲ所有シ殊ニ之ヲ占有スルヲ妨クルモノニ非サルカ故ナリ然レトモ未来ノ相續人ハ受クヘキノ権利又ハ身分ニ関スル権利ヲ賣買シタルトキハ賣主ハ其賣渡シタル物ヲ回復スルコトヲ得サルヘシ何トナレハ其物ハ自己ノ財産ニ属セサルモノナルカ故ナリ然レトモ亦買主ヨリ請求ヲ受ケ抗辨ニ因リ防禦ヲ為スノ機會ヲ有セサルトキハ自己ヨリ買主ニ對シ其賣買ノ無効ナルコトヲ裁判セシムルカ為メ訴權ヲ行ヒ以テ買主ヲシテ以後賣買契約ニ付キ苦情ヲ唱ヒ自己若クハ相續人ニ對シ異議ヲ唱フルコトナカラシムルコトヲ得
末項ハ損害賠償ノ権利アルコトヲ規定スルモノナリト雖トモ大ニ其適用ノ區域ヲ減縮シタリ蓋シ法禁ノ物ヲ賣買シタル場合ニ於テハ賣主モ亦貸主ニ比シ責任多シト云フ可カラス當事者共ニ賣買ノ禁止ヲ容易ニスルヲ得ヘキモノナルカ故ニ共ニ責任アリト謂ハサル可カラス何トナレハ其賣買ノ禁止タル賣渡物ノ性質ニ属スルモノナルカ故ニ何人タリトモ容易ニ之ヲ知ルヲ得ヘケレハナリ然レトモ當事者ノ一方他ノ一方ヲシテ其賣買ノ目的物適法ニ其目的タルヲ得ヘキコトヲ信セシメ契約ヲ為サシムルカ為メ詐欺ノ術計ヲ用ユルコトナシトセス此場合ニ於テハ詐欺ノ為メ相手方ヲシテ被ラシメタル損害ノ賠償ノ責ニ任セサル可カラス実際此種ノ詐欺ハ賣主代價ヲ得ンカ為メ買主ヲシテ物ノ性質ヲ誤マラシムルニ因リ行ハルルコト最モ多シ
本條ニハ賣主代價ノ返還ヲ求ムルノ権利アルコトヲ明記セサルモ是明文ヲ俟タスシテ明カナル所ニシテ其代價タル原因ナク弁濟シタルモノナルカ故ニ其返還ハ賣買無効ノ自然ノ結果ト云フヘキモノナリ
第四十二條
他人ノ物ヲ賣リタル場合ニ於テハ羅馬法ト近世ノ法律トノ間ニ大ニ其規定ノ趣ヲ異ニスル所アリ蓋シ羅馬法ニ於テハ他人ノ物ノ賣買ヲモ認許シタリシガ近世ニ至テハ既ニ之ヲ認許セズ其理瞭然タリ
羅馬法ニ依レハ賣主ハ一ノ義務ヲ約束スルニ過キス買主ハ一ノ人權ヲ取得スルニ過キサリシ然レトモ買主ノ負擔スル所ノ目的如何ナリシカ近世ノ法学思想ニ依リテ之ヲ推考スルトキハ買主ノ義務ハ羅馬法ニ於テモ亦所有權ヲ移轉スルノ義務ナリシト想像スヘキニ似タレトモ同法ニ於テ賣主ノ義務トシタルモノハ物ヲ引渡ス買主ヲシテ之ヲ占有セシムルノ義務タリシニ過キサリシ
然ラハ羅馬法ニ於テ賣主所有權ヲ移轉スル義務アラサリシ所以如何其理由及ビ見ルヘキモノ數多アリ
第一伊太利国ノ不動産及ヒ數種ノ動産所有權ハ單式ナル方法ニ依リ証人ノ面前ニ於テ錯雑セル手續ニ依ルニ非サレハ之ヲ移轉スルコト能ハサリシ然ルニ其方則ヲ必要トスル故ニ数多ノ場合ニ於テハ實際賣買ヲ為スコト能ハサリシカ故ニ單ニ買主ヲシテ物ヲ占有スルコトヲ得セシムルニ止メン是ヲ以テ足レリトセリ
第二諸州ノ不動産即チ伊太利国外ニ於テ(ガウル西班牙希臘亜非利加亜細亜)羅馬人ノ侵畧シタル諸国ノ不動産ハ民法上ノ所有權ノ目的タルコト能ハス人民ハ唯之ヲ占有スルヲ得ルニ止マリ其所有權ハ其政体ニ従ヒ或ハ羅馬国人民ニ属シ或ハ羅馬皇帝ニ属シタリ是ヲ以テ該不動産ノ賣主ハ自カラ所有權ヲ有セス又之ヲ譲ルコト能ハサリシカ故ニ之ヲ移轉スルノ義務ヲ負擔スルコトノ必要アラサリシ
第三外国人ハ伊太利ニ於ケルモ尚ホ民法上ノ所有權ヲ取得スルコト能ハス唯其占有ヲ得ルニ過キサリシ
右三箇ノ理由アリシカ故ニ羅馬ニ於テハ賣主其賣渡シタル物ヲ買主ニ引渡スヲ以テ其義務ヲ履行シタルモノトセリ而シテ他人ノ物タリトモ實際之ヲ引渡スコトヲ得ザルニ非ス其引渡ノ利益ハ買主ノ為メ賣主其物ヲ所有シタルトキト敢テ異ナラサルカ故ニ他人ノ物ノ賣買又有効ニシテ買主ハ實際追奪ヲ受ケ又ハ追奪ヲ受クルノ場合ニアラサレハナリ賣主ニ對シ毫モ求ムルコトアルヲ得サルヲ原則トセリ唯賣主ノ意思ノ善悪及ヒ買主ノ意思ノ善悪ニ付キ二三ノ區別ヲ為シタリト雖モ敢テ之ヲ茲ニ解クノ必要ナシ
唯茲ニ羅馬法ト近世ノ法律トノ比較上注意ヲ促スモ他人ノ物ノ賣買羅馬ニ於テハ近世ニ於ケルガ如ク無効ニアラサリシノ点ノミ
今先ツ近世ニ至リ他人ノ物ノ賣買無効ナルカ故ニ其無効ノ性質如何ヲ説明セン其結果ニ至テハ其性質ヲ明カニセハ自カラ灼然タラン
凡ソ行為ノ無効ニシテ當事者一方保護スルカ為メ其利益ノミヲ計リ定メタルモノアリ通常ノ能力及ヒ承諾ノ瑕疵ニ基ツク無効ノ如キ即チ之ナリ是ヲ以テ其無効ヲ申立ツルヲ得ルモノハ人ノ無能力ナル者又ハ瑕疵アル承諾ヲ為シタル者ノミ何トナレハ法律ノ保護ヲ加ハヘンコトヲ欲シタルモノハ則チ無能力者又ハ瑕疵アル承諾ヲ為シタル當事者ノミナレハナリ(財産編第三百十九條ヲ参觀スヘシ)
又本編第三十六條第三十八條及ヒ四十條ニ於テモ當事者一方ノミヲシテ申立ツルコトヲ得セシムル所ニ無効ノ原因ヲ定メタリ唯々其無効ノ無能力及ヒ承諾ノ瑕疵ニ基ツキ無効ト異ナル所ハ無能力者ヨリ之ヲ申シ立ツルモノニ在ラズシテ之ニ對シ申立ツルモノナリ何トナレハ法律ノ保護セント欲シタルモノハ該無能力者ニ非サレハナリ然レトモ亦公ノ秩序ヲ維持スルノ理由ニ基ツク行為ヲ無効トスルコトアリ前條ニ規定シタル場合ノ如キ即チ是ナリ又或ル塲合ニ於テハ當事者双方ヨリ其無効ヲ申立ツルヲ得ヘキヤ當然ニシテ法律ノ禁制ヲシテ實際効力ヲ奏セシメンカ為ニハ各當事者ヲシテ無効訴權ヲ受クルコトノ恐アルニ因リ初メヨリ契約スルコトナカラシムルヲ以テ最モ其方法ノ適當ナルモノトシ是亦法律上治産ノ禁ヲ受ケタル受継者ノ民法上ノ行為ニ無効カ受継者ト結約シタル者並ニ承継者ヨリ等シク申立ツルコトヲ得ル所以ナリ(財産編第三百十九條ヲ参觀スヘシ)
又合意成立ノ條件一項初メヨリ具備シタルニ依リ其合意無効タルコトアリ合意ノ目的不融通物ノ場合ノ如キ即チ其一例ニシテ前條ニ定ムル所ノ場合又法律ニ合意ノ法律ノ組織ヲ必要トシタル場合ニ於テ其法式ヲ履行セサリシトキ承諾ノ完結スルトキ並ニ原因ノ完結信實且合併ノ原因ノ完結シタルトキノ如キ又合意成立ノ條件アラサルカ故ニ其合意無効ナルモノナリ(財産編第三百四條ヲ参觀スベ
ヘシ)他人ノ物ノ賣買ニ於テ完結スル所ハ則チ其賣買行為成立ノ條件タル信實ノ原因ナリ他人ノ物件ノ賣買無原因ノ合意タルコトハ嘗テ一言シタル所ナリ蓋シ無原因ノ為メ合意ノ無効タル適例中最モ顕然簡明ニシテ且実際最モ多キモノハ即チ他人ノ物件ヲ賣買シタル場合ナリ
今賣買契約ニ於テ各當事者ノ原因トスル所如何ヲ詳カニセン
凡ソ合意ノ原因ハ嘗テ説明シタル如ク當事者ヲシテ結約スルノ意ヲ決セシメタル直接ノ理由ナリ遠因ハ間接遠隔ノ理由ニ過キスシテ原因ト混淆ス可カラサルモノナリ
今賣買ニ付テ之ヲ言ヘハ人賣買ヲ為シ買取ヲ承諾スルハ即チ契約ノ効力ノミニ因リ即時ニ所有者タランコトヲ希望スルカ故ナリ語ヲ換ヘテ之ヲ言ヘハ買主人羅馬及ヒ欧洲諸國ノ旧法ニ於ケルカ如キ引渡ノ債権者タルヲ以テ満足スル者ニ非ス直チニ所有権ヲ得ンコトヲ望ムモノナリ此所有者タラントスルハ即チ原因ナリ然リ而シテ買主所有者タラント欲スルハ如何ナル理由ニ出ツルカ是レ敢テ法律上ノ関係ニ影響ヲ及ホササルモノニシテ其理由タル或ハ家屋ニ関スルトキハ茲ニ住居スルニアルヘク或ハ工業ヲ営ムニアルヘク或ハ更ニ轉売シテ利ヲ得ントスルニアルヘシ是レ即チ賣買ノ因由遠因ニシテ之ニ関シ錯誤アルモ契約ニ瑕疵ヲ附スルモノニ非ス但相手ニ於テ詐欺ヲ行フタルトキ此限ニ非サルノミナリ(財産編第三百九條第二項ヲ参看スヘシ)
又賣主ノ原因トスル所如何蓋シ代價ヲ取得シ或ハ單ニ代價ノ債権ヲ取得スルノ希望意思即チ是レナリ蓋シ代價ハ即時辨済スルヲ要セサルヲ以テ買主ノ得ントスル所ハ或ハ其債権タルニ止マルコトアリ
是ニ由テ之ヲ観ルニ賣買ハ決シテ賣主ノミノ方ニ於テ原因ナキカ為メ無効タルコトナシ何トナレハ賣主ハ其賣買契約ニ他ノ瑕疵アラサルトキハ常ニ代價ノ債権ヲ取得スヘケレハナリ然レトモ買主ノ方ニ在テハ原因ナキカ為メ賣買無効タルコトアリ而シテ其買主ノ方ニ在テ原因ナキハ買主契約ノ効力ノミニ依リ所有者アルコト能ハサル塲合ニ在リ是レ賣主賣渡物ノ所有者タラサル塲合ニ於テ見ル所ナリ是ヲ以テ賣主賣渡物ノ所有者タラサルトキハ買主ハ代價ヲ與フルノ原因ナキカ故ニ賣買ハ相互ノ為メ亦之ニ対シ當然無効ナルモノナリ
但他人ノ物ノ賣買ハ賣主ノ所分権ヲ有セサル物ヲ目的トスルカ故ニ當然無効ナリト云フヲ得ヘキモ其賣買ヲ無効トスルハ無原因ニ起因スルモノナリトスルハ一層單簡ニシテ且學者ノ定説トスル所ナリ
夫レ然リ他人ノ物ノ賣買ハ當然無効ナルニ因リ自ラ生スル必然ノ結果アリ即チ其無効ハ當事者双方ヨリ之ヲ申立ツルコトヲ得賣主ハ詐欺ヲ行ハサルモ自ラ所有権ヲ有スト称シナカラ実際之ヲ有セサルコトヲ知ラサルノ過失アルカ故ニ買主ニ比スレハ其位置較々劣ル所アルヘキカ如シト雖モ猶ホ賣買ノ無効ヲ申立ツルヲ得ルコト即チ是レナリ
外国法学者ノ過半ハ買主ノミ独リ賣買ノ無効ヲ申立ツルノ権利ヲ有スヘキモノトシ買主未タ代價ヲ拂ハサリシトキハ最早之ヲ拂フニ及ハス又其既ニ代價ヲ拂フタルトキハ之ヲ取戻スコトヲ得且損害アルトキハ其賠償ヲ求ムルコトヲ得ヘシト論シタリ是レ伊太利法典ノ採用シタル所ノ学説ナリ(同法第千四百五十九條)又他ノ論者ハ賣主賣渡物ヲ引渡ササリシトキハ賣買ノ無効ヲ申立ツルノ権アルモ一旦其物ヲ引渡シタルトキハ之ヲ取戻スコトヲ得可カラスト称シ其論拠トシテ賣主ハ眞ノ所有者ニ対スル自己ノ責任ヲ惹起スヘキ行為ヲ為スニ及ハサルモノナリ故ニ引渡スコトヲ要セス且賣主ハ眞ノ所有者ニ非サルカ故ニ物ヲ取戻スノ権利ヲ有ス可カラス故ニ引渡シタルトキハ取戻スコトヲ得ス又占有回復訴権ヲ行フコト能ハサルヘシ何トナレハ占有回復訴権ハ強暴若クハ詐欺ニ因リ他人ノ占有ヲ奪フタル者ニ対スルニ非サレハ行フコトヲ得サルモノナルニ買主占有ヲ得タルハ賣主ノ意思ニ基クモノナレハナリ
但賣主物ノ引渡ヲ為シタル後買主ニ対シ其回復訴権ヲ行ハント称スルヲ得ルカ如キ塲合一アリ賣主賣買以後ノ原因ニ依リ眞ノ所有者ト為リタル時即チ是レナリ例ヘハ賣主更ニ眞ノ所有者ヨリ其物ヲ買取リ又ハ眞所有者ニ相続シ或ハ眞ノ所有者賣主ニ相続シ其相続人トシテ負担スヘキ損害賠償ヲ拂ヒ以テ従来有シタリシ眞ノ所有者タリシ権利ヲ行ハントスル塲合ノ如キ即チ是レナリ此二個ノ説例タル第六十二條ニ規定スル所ナリ
然レトモ最モ賣主ヲ保護スヘキコトヲ唱フルノ論者モ未タ此塲合ニ於テ之ヲシ回復訴権ヲ行フヲ得セシムヘシト称シタル者ナシ是レ蓋シ追奪担保ノ義務アルモノハ自ラ追奪ヲ為ス可カラスト云ヘル原則ノ致ス所ナリ然ラハ即チ賣主賣買ノ無効ヲ申立テ引渡ヲ拒絶スルニ當リテモ亦同一ノ規則ヲ以テ之ニ引渡ヲ拒絶スルヲ得セシメサルヘキニ法律ノ規定スル所却テ賣主ヲシテ引渡ヲ拒絶スルヲ得セシメタルノ理由果シテ如何
此非難タル多少拠トコロ無キニ非スト雖モ亦以テ反駁スルヲ得サルニ非ス抑モ賣主ハ過失アリト雖モ其賣買ヲ約シタル時ニ當リ善意ナリシトキハ之ヲ處スルニ嚴密ニ過クルコトアル可カラス之ヲシテ買主ノ意思ノ為メニ左右セラルルニ至ラシムルハ決シテ至當ナラサルナシ蓋シ買主ハ第三者所有権ヲ有スルコトヲ覚知スルモ尚ホ即時買主ニ対シ請求ヲ為サス買取リタル不動産上ニ建築其他ノ工作ヲ為シ以テ追奪ヲ受ケタル塲合ニ巨額ノ賠償ヲ求ムルノ権利ヲ自ラ構造シ或ハ追奪ヲ受ケサルモ買取物ノ多少増加シタル時期ノ至ルヲ待チ以テ賣主ニ対シ損害賠償ノ名義ヲ以テ増加ニ對スル價額ヲ請求スルカ為メ賣買ノ無効ヲ訴フルヲ得ルカ如キコトアラハ其結果至當ナリト云フ可カラス是ヲ以テ法典ハ全ク新竒ノ制度ヲ作リ買主ノ狡猾ナル設計ヲ豫防シ賣主ノ突然零落スルヲ救護シタリ其制度ノ詳細ハ茲ニ説明セス次款ニ至リ詳悉スヘシ然レトモ本條既要ヲ示スヲ以テ茲ニ其大略ヲ叙述シ其詳細ノ説明ニ至リテハ第六十條第六十一條ニ之ヲ譲ル
第一賣主賣買ヲ取結フトキニ當リ悪意ナリシトキ詳カニ之ヲ言ヘハ其賣渡ス所ノ物他人ニ属スルコトヲ知リタリシトキハ何レノ時ニ於ケルモ又何レノ方法ヲ以テスルモ又引渡ヲ拒絶シ抗辨方法ニ依ルモ共ニ賣買ノ無効ヲ申立ツルコトヲ得ス即チ賣主ハ物ヲ引渡シ其代價ヲ受取ルヘシ而シテ尓後買主追奪ヲ受クルカ又ハ未タ追奪ヲ受ケサルモ不確然ナル位置ヲ脱セント欲セルトキハ後日賣主其代價ヲ返還スルノ請求ヲ受クヘシ且買主賣買ノトキ善意ナリシトキハ賣主諸般ノ損害賠償ヲ負担セサル可カラス(第五十八條)是ヲ以テ賣主ノ位置ハ頗ル不利益ナルヤ明白ナリト雖モ是レ其悪意ノ結果ノ懲罰ニシテ自ラ致ス所ナルノミ勿論実際ニ在テハ買主賣買ノトキ又ハ其以後ニ至リテ其物ノ所有権カ賣主ニ属セサリシコトヲ発覚シタルトキハ代價ヲ辨済スルモ損害ヲ被ルコトナカルヘシト信スルコト甚タ稀ニシテ概ネ賣主眞ノ所有者タラサルコト発見シタル塲合ニ於テハ賣主自ラ代價ヲ辨済スル能ハサルニ至ルコトヲ憂フヘキカ故ニ決シテ代價ヲ辨済スルコトアラサルヘシ然レトモ買主引渡ヲ請求シ代價ノ辨済ヲ提供スルトキニ當リ未タ賣主眞ノ所有者タラサルコトヲ発見セサルコトアルヘシ此塲合ニ於テハ賣主ヲシテ自ラ其賣渡物ノ所有者タラサルコトヲ陳ヘ賣買ノ無効ヲ申立ツルノ権ヲ有セシメサルノ法則ヲ設クルノ理アリ或ハ論者賣買ノ當然無効ナルカ故ニ賣主亦其無効ヲ申立ツルコトヲ得サル可カラスト称スルアラン然レトモ此論拠ハ徒ラニ言ヲ弄スルニ過キス賣主ハ其悪意ノ制裁トシテ賣買無効ヲ申立ツルノ権ヲ奪ハルルモノナリ
然レトモ賣主賣買ノトキニ當リ善意ナリシニ買主ヨリ代價辨済ノ提供アリ且引渡ノ請求起リタルトキニ當リ自己ニ物件ノ属セサルコトヲ発見シタルトキハ本法ハ之ヲシテ抗辨ノ方法ニ依リ賣買無効ヲ申立ツルコトヲ得セシム(第六十條ヲ参看スヘシ)固ヨリ賣主ハ損害賠償ヲ負担スルコトアルヘキモ其賠償タル買主占有ヲ得タルトキニ比スレハ較々少ナカルヘシ蓋シ買主未タ建築改造其他ノ費用ヲ要スル事ヲ為ササルニ早己ニ其賣渡物ノ價額非常ニ増加スルカ如キコト非サルヘケレハナリ且賣主ハ眞ノ所有者ニ害ヲ及ホスヘキ行為ヲ遂行シ之ニ対シ自己ノ責任ヲ生スヘキ所為ヲ自己ノ意ニ反シ行フニ及ハサルヘキナリ
是ニ由テ之ヲ観ルニ賣主一旦賣渡物ヲ引渡シ代價ノ辨濟ヲ受ケタル後ニ至リ始メテ賣買ノ無効ヲ発見シタルトキハ時日ヲ経過シテ自ラ所有者タラサリシコトヲ発見シタルノ故ヲ以テ之ヲシテ其善意ノ利益ヲ失ハシメ永遠無限ニ担保訴権ヲ被ルノ憂アラシメ且代價ノ返還ト巨額ノ賠償トヲ負担セシムルハ果シテ至當ナリト云フヘキカ蓋シ斯ノ如キ結果ハ決シテ至當ニ非サルナリ是故ニ賣主ヲシテ買主ニ催告ヲ為スヲ得セシム而シテ其催告タル買主ヲシテ無効ノ訴権ヲ行ハシムルヲ目的トスルモノニ非ス既ニ既往ニ在テ賣主ノ負担シタル賠償額尓後意外ノ増價若クハ買主ノ費用ノ為メ増殖スルコトアル可カラサルコトヲ認メシムルヲ目的トスルモノナリ故ニ賣主此催告ヲ為ストキハ當事者立會ノ上賣主ノ負担スヘキ賠償ヲ評定シ賣主ハ其受取リタル所ノ代價ト共ニ賠償額ヲ供託シ而シテ其利息ヲ収受スヘシ何トナレハ買主ハ同時ニ物ト代價トヲ収益スルコトヲ得可カラサレハナリ(第六十一條ヲ参観スヘシ)
右ノ位置タル買主賣買ノ無ヲ申立ツルカ又取得時効ヲ得ルニ至ル迄継続ス可カラス而シテ其取得時効ヲ得ルニ至ルトキハ最早眞ノ所有者ヨリ回復訴権ヲ以テ賠償ヲ求ムルコトヲ得サルニ至ルモノナリ
賣主ハ供託所ニ供託シタル金銭ヲ常ニ引取ルノ権利ヲ有スヘシ何トナレハ是レ其為シタル所ノ提供ニ過キスシテ買主未タ之ヲ受諾セサル間ハ之カ為メ賣主ヲ拘束スルコトアラサレハナリ(財産編第四百七十八條ヲ参看スヘシ)然レトモ賣主供託金ヲ取戻シタル以上ハ更ニ既往ニ溯リ其責任発生スヘシ故ニ其供託ト引取トノ間ニ生シタル物件ノ増加買主ノ建築其他ノ工作ハ更ニ賠償ノ原因タルヘク其賣買ノ結果タル責任ヲ免カルルハ唯買主ノ為メ時効ノ成就シタル時ノミニ在リ加之賣主ハ最早前ノ陳述ヲシテ再ヒ其効ヲ生セシメ更ニ供託ヲ為賠償ヲ認定セシムルコト能ハス蓋シ斯ノ如キハ賣主ノ専横極マレハナリ(第六十一條)然レトモ賣主賣渡物ノ所有者ト為ルニ至リタルトキハ優待スヘシ蓋シ此塲合ニ於テハ賣主買主ニ對シ即時ニ賣買ヲ追認スルカ又ハ無効訴権ヲ行ヒ以テ即時損害賠償ヲ確定スヘキコトヲ求メ此二方法ノ一ヲ選ムヘキコトヲ催告スルヲ得ルモノトス(第六十二條)何トナレハ買主ハ毫モ此二方法ノ一ヲ選擇スルコトヲ拒絶スルニ足ルヘキ至當ノ理由アラサレハナリ
本條ハ賣渡物ノ全部他人ニ属ス為ニ買主ヲシテ全部ノ追奪ヲ受クルニ至ラシムル場合ヲ規定シタルモノナリ尚ホ此他ニ賣渡物ノ一分他人ニ属シ其一分買主ニ属スル場合及ヒ其全部買主ニ属スルモ用益權地役權地上權ニ附着スル場合アレトモ此場合ニ於ケル規定ハ後ニ追奪擔保ノコトヲ説明スルニ當リ詳細ニ疎明スル所アルヘシ(下第六十三條ヲ参觀スベシ)
第四十三條
凡ソ存在セサル物ハ之ヲ賣渡スヲ得ス又其他如何ナル合意ノ目的トモスルコト能ハザルヤ明カニシテ存在セサル物ハ不融通物即チ賣主ニ處分權ヲ有セサル物ナリ
然リ而シテ本條ニ賣渡物ヲ特ニ規定シタルハ殊ニ賣渡物ノ滅失一分ニ過キサル場合アルモ其滅失ニ關シ當事者ノ善意ト悪意トニ従ヒ或ハ買主ニ對シ賣主ノ負擔スルコトアルヘク損害賠償ノ問題ヲ規定スルカ為ナリ
先ツ第一項ニ就キ物ノ全部滅失シタリト假定センニ全部滅失スヘキ物ハ商品其他ノ動産物及ヒ土地ト分離シテ賣渡シタル建物ナリ土地ニ至テハ全部滅失スルコト決シテ是アルコトナシ而シテ賣渡物ノ全部滅失シタルトキハ其賣買ハ目的ナキニ依リ當然無効ニシテ買主ハ其代價ヲ辨濟スルニ及ハス又既ニ之ヲ辨濟シタルトキハ之ヲ取戻スヘク而シテ賣主ニ對シ賣渡ノ訴權ヲ行フコトヲ得ス損害賠償ニ至テハ二項ノ條件アルトキニ非サレハ買主之ヲ請求スルコトヲ得ス第一買主自身ノ善意ナルコト詳カニ之ヲ言ヘハ之ヲ買取リタル物ノ滅失シタルコトヲ知ラサリシコト第二賣主其滅失ヲ知リタルコト即チ是ナリ
賣買ノ目的物全部滅失シタル場合ニ於テ其賣買無効トナル且買主合セテ損害賠償ヲ求ムルノ權利アルコトハ一目矛盾ノ規定ナルカ如シト雖モ其実決シテ然ルモノニ在ラス蓋シ買主ノ損害賠償ヲ求ムルノ權アルハ賣買ノ効力ニ依ルニ非スシテ賣主ノ之ニ加ヘタル損害ハ不正ニ加ヘタルモノナリ(不正ノ損害犯罪若クハ准犯罪)ハ義務発生ノ第三ノ原因ニシテ契約ト毫モ関係セサルモノナリ(財産編第三百七十條第三百七十九條ヲ参觀スベシ)
然リ而シテ買主ノ悪意ナルハ賣主ノ悪意ト異ニシ實際絶エテ稀ナルヘキカ如キモ或ハ買主ニシテ利慾ヲ貪ラント欲スル者ハ賣主ノ悪意又ハ壊頽ノ甚シキ物アルヲ機佳トシ之ト賣買ヲ約シ以テ損害賠償ヲ得ルノ方法ヲ得ンコトヲ計ルコトナシトセス斯ノ如キ場合ニ於テハ買主ニ損害賠償ヲ得セシム可カラサルヲ以テ何人タリト雖モ敢テ異議ヲ容レサル所ナリ
第二項ハ賣買ノ目的物一分ノ滅失シタルニ過キサル場合ヲ規定スルモノナリ
此場合ニ於テ結約者共ニ善意ニシテ滅失ノ事実ヲ知ラサリシトキハ買主其買受物ノ一分ヲ受取ルニ過キサルモ尚ホ代價ノ全額ヲ辨濟スルノ義務アリト為ス可カラス故ニ買主ハ必ズ其滅失ノ代價ニ應シ代價ノ減少ヲ請求スルコトヲ得ヘク又之ヲ請求スルコトヲ得ルコト能ハサルヘシ
加之物ノ分量滅失スルニ甚シクシテ又買主ノ為メ何等ノ利益ヲモ生セサルニ至ルコトアルヘシ故ニ此場合ニ於テハ買主ヲシテ契約ヲ解除スルヲ得セシムルヲ以テ至當ト云フヘシ然レトモ其賣買ハ固ト當然無効ノモノニ非ス單ニ取消スコトヲ得ルモノニ過キス加之之ヲ取消ハ買主一箇ノ意思ヲ以テスル能ハサルカ故ニ買主ハ其物復タ既ニ自己ノ使用ニ適ササル所以ヲ証明セサル可カラス
然レトモ買主一分ノ滅失ヲ知ラサリニ非サリシトキハ賣買ノ解除ヲ求ムルヲ得ス又代價減少ノ訴權ヲ行フコト能ハス蓋シ買主既ニ物ノ滅失ヲ知リシナラハ冝シク直ニ代價ノ減少ヲ求ムヘキニ之ヲ得サルコトヲ恐レ後ニ至リ既得ノ權利トシテ之ヲ求メンコトヲ計リタルコトアルヘキカ故ニ敢テ法律ヲ以テ其利益ヲ保護スルニ及ハサルナリ
又買主善意ニシテ賣主悪意ナルカ或ハ既ニ一分ノ滅失シタル物ヲ漸々存在スルモノトシテ賣渡シタルコトヲ知ラサルノ過失アルトキハ賣主賣買ノ鎖除若クハ代價ノ減少ヲ受クルノ外尚ホ買主ノ損害賠償ヲ拂フノ責ヲ蔽フヘキコアリ蓋シ買主ハ賣買ヲ消除スルモ其得ント欲シタル所ノ物タル能ハス又代價ノ減少ヲ得ルモ物ノ全部ヲ得サリシカ為メ損害ヲ蒙ルコトナシトセサレハナリ故ニ買主ニ損害アレハ賣主之ヲ賠償セサル可カラス
買主賣買ノ鎖除ヲ求メ又ハ代價ノ減少ヲ求ムルノ訴權ヲ行フヘキ期限ニ就テハ本條較々短少ナル時期ヲ定メ買主一分ノ滅失アリタルコトヲ知リタル時ヲ以テ其治産ノ點ト為シタリ即チ代價減少ノ訴權ハ滅失シタル時ヨリ二ヶ年トス鎖除ノ訴權ハ六ヶ月ヲ以テ期限トス蓋シ鎖除訴權ノ期間ヲシテ代價減少訴權ノ期間ヨリ短少ナラシメタルハ其賣主ノ為ニハ代價減少コソ一層重キ物ニシテ殊ニ或ル場合ニ於テハ第三取得者ヲシテ其權利ヲ失ハシムルニ至ルモノナルカ故ナリ
第三者賣買鎖除ノ結果ニ依リ其權利ヲ失フハ不動産ノ一分滅失シタルコトヲ買主ニ於テ知ラサルニ當リ其全部ヲ存スルモノトシテ之ヲ買取リ次デ買主滅失ノ発見前部分ノ一分ヲ轉買シタル場合ニ在リ此場合ニ於テハ買主ハ豫期シタル所ノ面積ヲ得サルカ為メ損ヲ蒙ルニ依リ轉得者ノ利害ヲ顧ミスシテ賣買ノ鎖除ヲ請求スルコトヲ得而シテ轉得者モ亦自己ノ賣主ニ對シ自己ノ部分ニ就キ同一ノ權利ヲ有スヘシ
以上賣買契約ノ取結以前ニ在テ物ノ全部若クハ一分滅失シタル場合ニ關スル規定ヲ説明シタリ今契約ノ單純若クハ有期ナルトキ其取結後ニ生シタル滅失並ニ契約ノ停止條件就キナルトキ其條件成就前ニ生シタル滅失アリタル場合ト前ノ場合トヲ對考シ以テ本條ノ説明ヲ終ラン
單純行為若クハ有期行為ニ於テハ諾約物(賣渡物交換物若クハ使用物)及ヒ自己要約者(買主若クハ受領者)ノ危険ニ属スルモノナリ(財産編第三百三十五條ヲ参觀スヘシ)之ニ反シ停止條件付ノ合意ニ於テハ其條件タル事件ノ詳細ニ至ル迄諾約者(賣主若クハ贈與者)物ノ危険ヲ擔當スルモノトス(財産編第四百十九條ヲ参觀スヘシ)
然レトモ危険擔當ニ關スル右二個ノ理論ハ決シテ本條ノ規定ト抵觸スルモノニ非ス
蓋シ單純若クハ有期ノ賣買取結後ニ物ノ全部若クハ一分滅失スルモ既ニ契約確定シタルカ故ニ其滅失ノ為ニ契約ヲ毀損スルコト能ハス故ニ本條ニ規定スル場合ニ於テハ賣買契約ノ成立前ニ在ツテ既ニ物ノ滅失シタリシモノトスルカ故ニ目的ナキニ依リ契約発生スルコト能ハス
又賣買ノ停止條件付キナルトキハ即時成立セサルカ故ニ其條件成就スル前ニ於テ目的物滅失シタルトキハ又本條ニ於ケルカ如ク賣買成立スルコト能ハサルモノナリ
然レトモ亦二個ノ場合ノ間ニハ二個ノ著シキモノアリ
蓋シ條件付ノ賣買ヲ取結ヒタル場合ニ於テハ當事者ノ意思合意以後ニ物ノ滅失スルコトアルモ其滅失全部ナルカ又ハ物ノ價額半ハ以上ニ係ルトキニ非サレハ其滅失ヲ以テ賣主ノ負擔トセサルニ在リ是ヲ以テ滅失ノ一分ニ止マリ而シテ物ノ回期ノ半ハニ及ハサルトキハ買主滅失ノ結果ヲ擔當スヘキモノトス此レ買主ハ條件成就前ニ在ツテ物ノ増加ノ利益ヲ得ルコトアルカ故ナリ又多少損失ノ危険ヲ負擔スヘキヤ至當ナレハナリ
然ルニ本條ニ規定スル場合ニ於テハ合意成立ノトキ既ニ物ノ一分滅失シ其部分ハ湮滅シタルヲ以テ價額ノ増価スベキコトナシ故ニ買主又其滅失ヲ負擔スルニ及ハス既ニ存在セサル部分ニ付テハ利益ヲ僥倖スルコトナキモ亦其損失ヲ受クルノ憂アル可カラス
第二節 賣買契約ノ効力
第一款 所有權ノ移轉及ヒ危険
第四十四條
本節ノ首メニ掲ケタル二條ハ合意ノ普通法ヲ示シタルモノニ過キスト雖モ亦決シテ之ヲ以テ冗文ナリト看做ス可カラス此二條ハ賣買ノ全般ヲ提示スルモノナリ蓋シ賣買ハ契約中實際最モ多ク行ハルルモノノ一ニ居ル有償權原ノ契約トモ謂フヘキモノナルカ故ニ其總則タルト特別規則タリトヲ問ハス総テ本章ニ之ヲ網羅スルコトヲ要ス
本條及ヒ次條ニ引用スル所ノ普通法ノ規定ヲ簡畧ニ序述セン
賣買物特定物ニシテ賣主ニ属スルトキハ其引渡ヲ待タス契約ノ効力ノミニ依リ直ニ所有權買主ニ移轉スルモノナリ之レ財産編三百三十一條ニ於テ説明シタル所ノ所有權禁止ノ法理ナリ
然レトモ此効力タル單純若クハ有期賣買ニ於テ存スルニ過キス停止條件付キノ賣買ニ於テハ條件成就スルニ非サレハ所有權移轉スルモノニ在ラス(財産編第四百八條以下ヲ参觀スヘシ)
然レトモ賣買ニ附シタル條件ノ解除ナルトキハ賣渡物ノ所有ニ即時移轉スヘシ蓋シ解除條件ハ權利ノ発生ヲ妨クルモノニ在ラズ合意ノ成立ハ即時発セシ不確定ノ時限ノ間ニ其事件発生スルトキハ其効力更ニ消滅スヘキノミ
賣買ニ期限ヲ附スル場合ニ於テハ其期限ノ目的トスル所一様ナラス第一買主ニ依リ高ヲ辨濟スルニ危険アルトキハ危険ノ為メ敢テ買主ヲシテ所有權ヲ取得セシメタルモノニ在ラス而シテ即時引渡スルノ請求スルノ權利ヲ失ハシムルモノナラサルヤ明カナリ
又賣渡物ヲ引渡スノ危険アリタルトキハ賣主其引渡ヲ遲延スルノ權利アリト雖モ亦代價辨濟ヲ請求スルニハ引渡ス期限ノ来ルヲ待タサル可カラス何トナレハ當事者ノ意思ハ買主ヲシテ其代價辨濟前ニ在ツテ占有ヲ得セシムルニアルコトアルヘキモ占有以前ニ在ツテ代價ヲ拂ハシムルニ在ルコトナシト云フヘケレハナリ
又等事者ノ意思所有權自体ノ移轉ノ期限ヲ附セントスル場合アリ然レトモ所有權ニハ期限ヲ附スルコト能ハサルモノニシテ既ニ財産編ニ於テ所有權ニハ條件ヲ伴フコトアルヘキモ危険アルコト能ハス即チ其所有權ノ発生スヘキ時期ト其消滅スヘキ條件トヲ問ハス何レモ所有權ト相容レサルモノナルトキハ既ニ之ヲ説明シタリ蓋シ永遠無窮ハ所有權ノ特性ノ一ニシテ此特性ナクンハ所有権ハ處分スルコト能ハサルヘシ然ルニ處分権ハ所有權ノ主タル効力ナルカ故ニ之無クンハ所有權アラサルニ等シ
以上説明スル所ニ於テハ賣買ノ目的特定物ナルコトヲ假定シタルモノナリ然レトモ一個若クハ數個ノ定量物即チ數目尺度重量ヲ以テ計算スヘキモノニ係ルトキハ其長短數量ヲ計算シ之ヲ指定シテ特定物ト為シタルノ後ニアラサレハ其所有權移轉スル能ハス(財産編第三百三十二條ヲ参觀スヘシ)
賣買ノ第二ノ効力ハ賣渡物ヲ以テ買主ノ危険ニ附スルニ在リ然レトモ亦其賣買ノ單純若クハ有期ナルト條件附ナルトヲ區別シ且其目的特定物タルコトヲ假定スルコトヲ要ス何トナレハ定量物ハ決シテ悉ク滅失スヘキモノニ在ラサレハナリ
夫レ然リ特定物ノ賣買アリタル場合ニ於テハ所有權直チニ買主ニ移轉シ而シテ買主其危険ヲ擔當スルカ故ニ或ハ所有權移轉ノ理論ト危険擔當ノ理論トハ転タ因果ノ關係ヲ有スルモノナラン(物ハ所有者ノ為ニ滅失ス)ト謂ヘルハ学者ノ常ニ言フ所ノ格言トナリタルカ如シ然レトモ其實此見解タル誤謬ニシテ實際現時ニ至テハ所有者トナル者危険ヲ擔當スト雖モ之レ決シテ所有權ノ取得ニ關シ近世ノ法学思想ノ辯護ヨリ生シタル結果即チ所有權移轉スルカ故ニ危険擔當スルノ結果ヲ生スル者ニ在ラス此二個ノ理論全ク無關係ニシテ共ニ影響ヲ相及サルヲ證スルモノハ羅馬法及ヒ歐州ノ法律ヲ以テ所有權ヲ引渡スニ非サレハ移轉シツツアリタル時ニ於テモ亦既ニ單純若クハ有期賣買ニ於ケル危険ハ買主ノ擔當タリシヲ充テサルヘキナリ
停止條件附ノ賣買ニ於テハ賣主危険ヲ擔當シ是レ賣主ハ尚ホ現ニ物ノ債務者ニシテ代價ノ債權者ニ非サルカ故ナリ故ニ賣主ハ未タ発生セサル所ニ引渡義務ヲ物ノ滅失ニ依リ免除スルコト能ハサルモノニシテ而シテ其義務タル目的ナケレハ発生スル能ハサルカ故ニ又代價ノ債權原因ナキニ依リ発生スルコト能ハサルヘシ
第四十五條
前條ハ賣買ノ主タル効力トシテ所有權ノ移轉ヲ當事者及ヒ其一般承継人タル相續人及ヒ債權者間ニ付キ規定スルニ過キス本條ハ更ニ當事者ノ特別ノ承継人ニ對スル所有權移轉ノ効力ヲ規定スルモノナリ蓋シ其特別ナル承継人タル一ノ賣買契約ヲ對抗スル能ハサル場合ニ於テハ通常第三者ト看做スモノナリ之ニ對スル規定ノ為メ特ニ一條ヲ設ケタル所以ナリ
然リ而シテ賣買契約ニ必要ナル或ル方式若クハ條件ヲ履行セサルニ依リ其効力ヲ蒙ムルコトナキモノハ賣主ノ特別ノ承継人ノミ買主ノ承継人タル轉得者ニ至テハ其前條ノ賣買ヲ以テ自己ノ取得ノ根本ト為スモノナルカ故ニ決シテ賣買ノ為ニ害ヲ蒙ムルコトナキヲ以テ法律之ヲ保護スルノ條文ヲ設クルノ必要ナシ
然レトモ賣主ノ特別ノ承継人ニ至テハ右ニ異ナリ其同一ノ財産ニ付キ賣主ト契約ヲ為ス所以ニ在ツテ既ニ賣買アリタルコトヲ之ニ告知スルニ必要ナル場合アリ
其場合タル之ヲ分ツテ三個トス曰ク不動産ノ賣買曰ク有体動産ノ賣買曰ク債權ノ賣買即チ是ナリ但此三個ノ場合ニ於テハ賣買ノ目的タルモノ特定物又ハ特定ノ債權タルコトヲ假定スヘシ
第一ノ塲合。不動産ノ賣買
買主登記ニヨリ其ノ賣買ヲ行施セザル時ハ爾餘ノ人ヲシテ賣主依然所有者タリト誤認セシメ是レト同一物ニ付キ重ネテ約束スルノ危害ニ罹ラシム而シテ賣買ノ行施ヲ遅延シタルニ拘ハラズ他人ニ之ヲ対抗スルコトヲ得ルモノトスルトキハ即チ他人ヲシテ其豫見スルヲ得ズ又避クルヲ得ザリシ追奪ヲ被ラシムルニ至ルベシ然ルニ他人ハ元ト何等ノ過失モ無ク却テ最初ノ買主法律ニ制定シタル方法ニ従ヒ其契約ヲ行施セザルノ過失アルガ故ニ始メノ買主却テ新取得者ノ為メ追奪ヲ被ル可シ但シ前賣主ニ対シ求償權ヲ行フコトヲ得
勿論新取得者又タ自ラ登記ノ法式ヲ履行シタルモノト仮定セザル可カラズ然ラズンバ新取得者舊取得者ノ優先スルノ権原ヲ有セザル可シ又新取得者善意ナルコト詳カニ之ヲ言ヘバ前ノ賣買ヲ知ラサリシコト要ス是レ法文ニ明記スル所ナリ此条件タル既ニ財産編第三百五十条ニ於テ汎ク之ヲ必要トシタリ
又賣主ノ新承継人買主其他ノ譲受人(受贈者若クハ交換者)タルコトヲ必要トセズ或ハ抵当權ヲ得之ヲ登記シタル債權者タルコトアルベク加之ナラズ不動産差押ヘヲ為シ之ヲ登記シタル無担保債權者タルコトアル可シ
第二ノ塲合。動産ノ賣買
動産ノ移轉ヲ行施スルニハ登記ナク又其他之ニ類スル行為アルコトナシ故ニ同一ノ動産ヲ前後ニ買取リタル者アルトキハ其買受ケノ前後明瞭ナル以上ハ前ノ買主優先權ヲ有スベキヲ原則トス然レトモ若シ其買主中現ニ占有ヲナス者アルトキハ占有者優先権ヲ有ス蓋シ占有者ハ非占有者ニ比スレバ取有權ヲ有スルノ推定一層鞏固ニシテ占有ハ其取有權アルノ牒標トスルニ足ルモノナリ故ニ僅カニ買受ケノ時日前ニアルモノヲシテ占有者ヲ追奪スルヲ得セシムルトキハ占有者ニ対スル无情ナリト言ハザル可カラズ
右ノ塲合ニ於テモ亦タ法律ニヨリ優先権ヲ有スル者契約訂決ノ際善意ナリシコト詳カニ之ヲ謂ヘバ前ノ賣買ヲ知ラサリシコトヲ要ス(財産編第三百五十六条ヲ参観スベシ)
第三ノ塲合。債權ノ賣買
債権ハ無体物ナリ故ニ真ノ占有ヲナス能ワザルモノナリト云フト雖トモ其実占有ヲナスヲ得ベキコトハ占有及ヒ弁済ノ章ニ於テ之ヲ詳カニセリ然レトモ債權ノ占有ヲナスニ有体物ノ占有ト同様ニスルトキハ外部ニ見表セザルガ故ニ同一ノ債権ヲ順次譲受ケタル者ノ間ニ法律上ノ優先権ノ起本ト為スモノハ有体物ノ占有ト同様ナル占有ニアラズシテ債權ノ譲受ケ人間ニ存スル優先権最初ニ債務者ニ取得ヲ告知シタルモノニ属ス蓋シ債務者ニ先ツ告知ヲナシタルヲ以テ優先ノ原因トナシタルハ第一債務者ハ主タル利害関係人ナルガ故ナリ若シ債務者ヲシテ自己ニ対スル債權ノ譲渡シアルコトヲ知ラシメズ為メニ其舊債權者ニ弁済ヲナスニ至ルトキハ告知ヲ遲延シタル譲受ケ人ニ重ネテ弁済ノ義務ヲ負ハフ可ラズ
且ツ債務者ニ告知ヲナストキハ更ニ一ノ債權ヲ買取ラント欲スル者ヲシテ債務者ニ付キ尚ホ譲渡シ人依然債權者タルヤ将タ他ニ其債權ノ譲渡シアリタルヤヲ質スヲ得セシムルノ利益アリ
又右ノ告知ハ譲渡シ人固有ノ債權者ヲシテ最早該債権ニ付キ譲渡シ人ノ言ニ基キ拂ヒ渡サズ同盟ヲ為スコト能ハサル旨ヲ知ラシムルヲ以テ目的トスルモノナリ
以上畧述スル所ノ債權譲渡シニ関スル特別行施ノ理論タル既ニ財産編第三百五十七条及同編第五百二十七条及五百二十八条ニ於テ充分ニ説明シタルガ故ニ茲ニ省略ス
第二款 賣主ノ義務
第四十六條
賣主ノ義務タル逐次詳細ニ之ヲ規定スルニ先タチ先ツ之ヲ列陳スルヲ可ナリト認メタリ是レ本條ヲ設ケタル所以ナリ
本條ハ先ツ前款ニ於テ既ニ觧示シタル所有権移轉ノ義務ヲ記載シタリ蓋シ賣買契約事体ニヨリ所有権移轉ノ結果生セサル時詳カニ之ヲ謂ヘハ賣買ノ目的物特定物ニアラズ定量物ナルトキハ賣主所有権ヲ移轉スルノ義務ヲ負担スルモノナリ然レトモ特定物ニ関スルトキハ賣主所有権ヲ移轉スルノ義務アリト謂フ可カラズ何トナレバ所有權移轉ノ結果当然合意ノ効力ノミニヨリ自カラ発生スルモノナレバナリ
賣主ノ第二ノ義務タル賣渡シ物ヲ引渡ス義務ハ定量物ノ所有権ヲ移轉スルノ義務ト混同ス可カラザルモノナリ其理由二アリ第一塲合ニヨリ物ハ引渡シノ為メ期限ヲ定メタルコトアルベク而シテ其期限ノ定メアルモ未タ以テ賣主豫ジメ賣渡シ物ヲ指定シ其所有権ヲ買主ニ移轉スルコトヲ拒絶スルノ理由トスルニ足ラズ故ニ引渡シノ義務ハ定量物移轉ノ義務ト別箇ノモノナリ只引渡シ以前ニ定量物ノ指定ヲナストキハ爾後買主物ノ期限ヲ負担スベシ然レトモ実際裁判所ハ当事者引渡シノ期限ヲ約シ以テ賣渡シ物ノ指定ヲ同時ニスベキコトヲ約シタルモノナリト認定スルヲ得ベシ
尚ホ引渡シト定量物ノ賣買ノ塲合ニ於ケル所有権移轉トヲ混同ス可カラザル理由アリ蓋シ賣主自己ニ属セザル物ヲ引渡スニ於テハ所有権移轉ノ義務ヲ履行シタルモノト謂フ可カラズ然ルニ羅馬法及欧洲諸國ノ古法ニ於ケル如キ賣主引渡シノ義務ヲ有スルニ過キザルトキハ他人ノ物ヲ引渡スモ其追奪アラザル限リハ其引渡シ無効タラズ
賣主ノ第三ノ義務ハ引渡シニ至ルマデ賣渡シ物ヲ保存スルノ義務ナリ
第四ノ義務ハ追奪ヲ担保スルノ義務ニシテ此義務タル前三個ノ義務ト異ナリ多少偶然的ノ性質ヲ有スルモノナリ何トナレハ追奪担保ノ義務ハ他人ノ物ヲ賣買シタル塲合ニアリテ必ス過失懈怠アリ換言スレハ犯罪若クハ重犯罪アルモノナレバナリ
尚ホ契約ノ特別ノ約款ヲ履行スルノ義務モ亦賣主ノ義務タリト雖トモ敢テ茲ニ之ヲ掲クルノ必要ナシ蓋シ契約ノ特別ノ約款ハ各契約ト共ニ変化シ一定ノ物ナキガ故ニ唯タ合意ハ当事者間ニ法律ニ同シキ效力ヲ有スルノ原則ヲ適用スルヲ以テ足レリトス(財産編第三百二十七条ヲ参観スヘシ)且ツ此種ノ義務ハ買主モ亦負担スルコトアルガ故ニ茲ニ掲クルハ却テ失当ナリト認メタリ
賣渡シ物ヲ引渡スノ義務及追奪担保ノ義務ハ本款ニ多少詳細ニ規定スト雖トモ亦其起本ノ原則ハ一般ノ義務ノ部ニ掲ケタルヲ以テ尚ホ之ヲ引用スヘシ
引渡シニ至ルマテ物ヲ保存スルノ義務ニ至テハ茲ニ詳細ニ規定スルヲ要セス何トナレハ此義務ハ毫モ賣買ニ関シ特例トスル所アラザレハナリ
又保存ノ義務ニ対スル所ノ期限ノ理論ニ至テモ賣買ニ於ケルト一般ノ契約ニ於ケルト毫モ異ナル所ナシ故ニ又詳細ニ之ヲ規定スルノ要ナシ(財産編第三百三十五条及第四百十九条ヲ参觀スヘシ)
第一則引渡シノ義務
第四十七條
本條第一項及第二項ハ引渡シノ時期及塲所ニ付キ合意アリタル塲合ト然ラサル塲合トヲ順次規定スルモノニシテ此点ニ付テハ敢テ何等ノ異議モ生スルコトナシ
又賣主ハ引渡シノ為メ法律上ノ期限ノ利益ヲ有スル者ナリ詳カニ之ヲ謂ヘバ買主代價ヲ弁済スル自己ノ義務ヲ尽ササル限リハ賣主亦引渡シノ義務ヲ履行スルニ及ハサルモノトス(第三項)但シ賣主ニ此利益アルハ買主弁済ノ為メ合意上ノ期限ヲ有セサル時ニ限ル若シ合意上其期限ヲ定メタルトキハ賣主ハ其期限前引渡シノ義務ヲ履行スルコトヲ要ス
又買主裁判上ノ保護ニヨリ恩恵上ノ期限ヲ得タルトキハ(財産編第四百六条ヲ参観スヘシ)賣主物ヲ引渡スニ及バズ蓋シ恩恵上ノ期限ハ唯タ觧除ヲ防止スルノ効力ヲ有スルニ過キザルモノナリ
賣主弁済ヲ得ルニ至ルマデ引渡シヲ延期スルノ権能ハ之ヲ称シテ留置権ト云フ是レ既ニ財産編第二条ニ觧示シ担保編ニ至リ詳細ニ規定スル所ノ一種特別ノ物上担保ナリ
是ヲ以テ茲ニ其詳細ノ説明ヲ要セスト雖トモ只其概要ヲ述ベンニ賣主ハ賣渡シ物ヲ一種ノ質物トシ其専有ヲ維持スルモノニシテ賣主之ヲセン有スルガ為メ買主其買受物ヲ処分スルコト能ハズ亦タ其債権者ハ自己ノ債権ノ弁済ヲ得ル為メ之ヲ差押フルコトヲ得ス然レトモ留置権ハ質權ト異ナリ賣主其權利ニ基ツキ賣渡シ物ヲ賣却シ其代價ニ付キ爾餘ノ債權者ニユーセンシテ弁債ヲ得ルコト能ハス然レトモ元来賣主ハ賣渡シ物ノ賣却代價ニ付キ先ツ自己ノ弁債ヲ受クルノ權利アルモノニシテ其然ルヤ只タ留置權ニヨルニ非ルノミ即チ賣主ハ先取特權ヲ有シ一旦物ヲ引渡スモ尚ホ此権利アルガ故ナリ此点タル尚ホ債權担保編ニ至リ詳細ニ規定スル所アリ
本条ノ末項ハ賣買取結ビ以後買主破産若クハ無資力トナリタルトキ又賣主ノ引渡シヲ遅延スルコトヲ認許スルモノナリ
蓋シ買主無資力トナルモ賣主ハ法律上種々ノ担保ヲ有スルカ故ニ其担保ヲ失ハズト雖トモ其權利ヲ行フニ困難ニシテ且ツ破産ノ為メニ遅延セラルベキガ故ニ賣主引渡シヲナシ自己ノ地位ヲ不利ニスルコトヲ避クルヲ得ルヲ至当トス
又買主賣買前ニ在テ破産若クハ無資力トナルモ買主詐ツテ之ヲ陰蔽シタルトキハ又賣主引渡シヲ遅延スルコトヲ得ルモノトス
第四十八條
本條以下ノ諸条ハ分量ニ関スル疑点ヲ断定シ以テ引渡シニ関スル規定ヲ完備ナラシムルモノナリ
是等ノ規定ヲ賣買ノ章ニ掲ケタルハ敢テ外國ノ法律ニ模倣シタルノミナラズ之ヲ財産編第三百三十三条以下ニ掲ケ諸般ノ契約ニ普通ナル規定中ニ列陳スル能ハサルノ理由アルガ故ナリ蓋シ此規定タル賣買以外ノ契約就中貸借交換會社ニ準用スルヲ得ルモ是レ法律ニ特別ノ規定アリ又ハ賣買ト或ル有償契約トノ類似スルガ故ニシテ贈与ノ如キニ至テハ之ニ適用スルコト能ハサルナリ何トナレバ贈与契約ニ於テハ本條殊ニ次ノ諸條ニ於ケルカ如ク代價ノ増減ヲ為スコトアラサレハナリ
本條ニ掲ケタル規則ハ塲合ニ従ヒ変更スル所ノ其制裁ヲ設ケ併セテ其例外則ヲ示スノ旨意ニ出テタルモノナリ
覺見スレハ賣主ハ其諾約シタル分量以下ヲ引渡スコトヲ得ス買主之ヲ強請シテ約束ノ分量ヲ引渡サシムルヲ得ルヤ敢テ弁明ヲ竢タザル所ナリ然レトモ実際約束ノ分量ヲ引渡スヲ得サルコトアリ就中特定物ニシテ其高大小約束ニ異ナルトキハ諾約ノ分量ヲ引渡サシムルニ由ナキガ故ニ其代價ヲ減少スルノ一途アルノミ
又賣主ハ買主ヲシテ其諾約シタル分量以外ヲ領受シ其代價ヲ弁済セシムル能ハサルヤ当然ナリ然レトモ亦特定物ヲ以テ賣買ノ目的トシタル塲合ニ於テ買主賣主ヲシテ物ノ一分ヲ保存セシメ是ニ一分ノ代價ヲ弁済スルニ止マルヲ得ルモノトスルトキハ其結果甚ダ冝シカラザルモノアリ蓋シ物ノ一分ヲ分割スルトキハ賣主ノ為メ何等ノ利益ヲモ存セズ或ハ全ク其價格ヲ失フニ至ルコト少シトセス且ツ物ノ一分ヲ分割セントスルトキハ其部分ニ付キ必ス争訟ヲ匿起スベク裁判官ヲシテ之ヲ定メシムルトキハ遂ニ専断ニ失スルコトアルベシ是ヲ以テ塲合ニヨリテハ買主契約ニ定メタル以外ノ分量アルニヨリ又約束シタル所ヨリ以上ノ代價ヲ拂フノ義務ヲ負担セサル可ラス
然レトモ如此契約ヲ変更スルハ分量ノ多少ノ差異極メテ些細ナル塲合ニ於テス可カラス又買主其豫想外ニ於テ極メテ大ナル超過部分ヲ領受シ其代價ヲ弁済スルノ義務ヲ負担スルコトアル可カラズ故ニ法律ハ契約ヲ変更スヘキ塲合ト條件トヲ指定シ以テ賣主ト買主トヲ待スルニ其冝シキヲ得サル可カラズ是レ即チ次条以下ノ主眼トスル所ナリ
今其塲合及條件ヲ説明スルニ先タチ注意ヲ要スル点ハ賣買ノ如何ヲ問ハス実際此問題ノ発生セザルコト是レナリ
例ヘバ賣買ノ目的区劃ノ一定セル土地又ハ建物ニシテ敢テ其全面積ヲ指示セス只各坪ノ代價ヲ示シタルトキハ其坪数ヲ計算シ以テ其代價ヲ算定スヘシ而シテ毫モ坪数ノ諾約アラザルカ故ニ敢テ代價ノ減少スヘキモノアルコトナシ
又土地若クハ家屋ヲ賣渡スニ当リ只其範囲ヲ示スニ境堺樹木道路又ハ林地ヲ以テ堺トスルコトヲ言フニ止マリ其全体ニ対スル一定ノ代價ヲ約シタルトキハ其土地ノ境堺約束ノ所ニアル以上ハ敢テ坪数ニ関シ異議ノ起ルヘキモノナシ又之ニ反シ約束ノ境堺ニ達セサルトキハ即チ其賣買ノ一分ハ他人ノモノノ賣買ニシテ此塲合タル他ニ之ヲ支配スル法式アリ又毫モ約束ノ境堺ノ目標又ハ之ニ類スルモノアラザルトキハ即チ賣渡シ物ノ指定ヲ充分ニセザルモノニシテ此理由ニヨリ賣買当然無功タルベシ又若シ之ニ反シ土地ノ区域約束ノ境堺ヲ超過スル所アルトキハ只其境堺ニ達スル部分ノミ賣渡タリト見做スヘキノミ
又本則ヲ適用スヘキ塲合ト然ラサル塲合トノ中間ニ位スル塲合アリ即チ若干ノ坪数ヲ一層廣漠ナル土地中ニ於テ各坪一定ノ代價ヲ以テ賣渡スコトヲ約束シタル塲合是レナリ此塲合ニ於テハ賣主約束ノ坪数ヲ交附スルノ義務アルニ過キス又買主ヲシテ約定ノ坪数ニ過不足アル部分ヲ領受セシムルコト能ハス故ニ只全部ノ土地ヲ供スルモ尚ホ約束ノ坪数ニ不足ヲ告ルトキニアラザレバ本則ヲ適用スベキ限ニアラズ此塲合タル此事ニ関スル原則ヲ適用シ以テ断定スルヲ得ルモノナリ尚ホ次條ニ至リ説明スル所アリ
又一ノ塲合ニ於テハ賣主ノ意思ノ善悪ヲ斟酌スルヲ要スルモノト認メタリ
第四十九條
本條ニ仮定スル塲合ニ於テモ亦以下諸條ニ仮定スル塲合ニ於ケルガ如ク契約ヲ以テ賣渡ス不動産ノ全面積ヲ指示シタルモ其代價ヲ全部ニ付キ一定セスシテ其坪数ノ多少ニ関セシメタルモノトス即チ其代價ハ坪数ノ割合ニ應シ一坪若干代價例ヘハ一坪ニ付キ一圓一畝ニ付キ三十圓一反ニ付キ三百圓又ハ一町ニ付キ三千圓ト定メタル云々夫レ此ノ如ク当事者代價ト坪数トノ間ニ比例ヲ設ケタルハ其坪数ニ重キヲ置キタルコトヲ証スルモノナリ即チ買主ハ其受取ル所ノ坪数ニ相應スル代價ヲ拂フニ過キス又賣主ハ其引渡ス所ノ坪数ニ相当スル代價以下ヲ受取ルヲ欲セザルニヨリ坪数ニ應シ代價ヲ定ムベキコトヲ約シタルヤ明カナリ
是ヲ以テ此塲合ニ於テ実際引渡ス所ノ坪数契約ノ坪数ニ不足スルトキハ契約ノ坪数ヲ目安トセス実際引渡シタル坪数ヲ目安トシ以テ其代價ヲ定ムベク之ニ反シ実際引渡シタル坪数契約ノ坪数ニ超過スルトキハ従テ其代價ヲ増加スベシ
或ハ此規定ヲ批難シ買主ヲシテ約束以外ノ代價ヲ拂ハシムルトキハ即チ其豫見セサル代價補足ヲ弁済スルガ為メ困難ヲ受クベキガ故ニ却テ之ヲシテ代價補足ヲ弁済セザルヲ得ザル塲合ニ於テハ契約ヲ觧除スルノ権ヲ行ハシムベシト称スル者アラン然レトモ是レ杞憂タルニ過キス蓋シ補足トシテ弁済スベキ代價(契約ノ坪数ニ割当テ計算シタル代價)ノ二十分一ニ及バサルトキハ買主ハ其代價弁済ノ為メ加之ナラズ其一分ノ弁済ノ為メ裁判所ニ猶豫期限ヲ請求シ之ヲ受ルコトヲ得ベシ(財産編第四百二條ヲ参觀スベシ)又補足代價現代價ノ二十分一以上ナルトキハ買主猶豫期限ヲ請求シ以テ之ヲ弁済スルカ又ハ契約ヲ觧除スルカ二中其一ヲ撰ムノ權アリ故ニ買主代價補足ヲ拂フガ為メ実際困難ヲ被ルコトアラザルナリ(下第五十二條ヲ参觀スヘシ)
本條ハ明文ヲ設ケ特ニ賣主契約中ニ面積無担保ノ約束ヲナスモ是レカ為メ面積不足ノ塲合ニ於テ代價減少ノ要求ヲ免ルルヲ得サル旨ヲ記載シタリ蓋シ立法者ノ見ル所ニヨレバ面積無担保ノ約タル各坪ノ代價ヲ示シタルノ合意ト相容レザルモノニシテ若シ無担保ノ約款ヲシテ有效ナラシムルトキハ各坪ノ代價ヲ示シタル所以ヲ觧ス可ラザルニ至ルベシ然レトモ亦無担保ノ約款ハ賣主ノ為メ利益ナシト云フ可カラズ即チ賣主ヲシテ損害賠償ヲ拂フノ責ヲ免レ且ツ買主ノ需用ニ比シ物ノ不足ノ為メ買主ヨリ觧除ノ請求ヲ被ルコトヲ免レシムルノ利益アリ(下第五十二条ヲ参観スベシ)
曩ニ特定ノ土地中ニ若干ノ坪数ヲ限リ毎坪ノ代價ヲ定メ以テ其一部分ヲ賣渡スベキコトヲ約シタル塲合ヲ觧示シタリ此塲合タル即チ本條ノ適用ヲ受クヘキモノニシテ買主ハ約束ノ数量以外ニ於テ土地ノ残部ヲ買取ルニ及バズト雖トモ其数量ニ不足アルトキハ啻ニ買主其受取ル所ノ坪数ニ相当スル代價ヲ弁済スルニ止マルノミナラズ猶ホ其不足ノ為メ損害賠償ヲ請求シ又ハ賣買ヲ觧除スルノ権利ヲ有スベシ
第五十條
本條仮定スル塲合ニ於テハ土地ノ全面積ヲ指示シタル外尚ホ其全体ノ代價ヲ指示シタルモノニシテ換言スレバ各坪ノ代價ヲ示サザルモノトス此塲合ニ於テハ当事者ハ前條ノ塲合ニ比スレバ坪数ニ重キヲ置クコト稍ヤ少キモノト推定スヘシ故ニ其面積合意ノ数量ニ多少異ナルモ当事者是レカ為メ代價ノ増減ヲ請求スルニハ其坪数ノ差異稍ヤ大ナルコトヲ要ス
然レトモ悪意ノ賣主ハ本條ノ利益ヲ得ベキコトヲ申立ルコトヲ得ズ是ヲ以テ賣主坪数ノ不足ヲ知リ賣リシトキハ縦令其不足二十分一以下ナルモ約束ノ代價全額ヲ受取ランコトヲ請求スルコトヲ得ズ
又賣主ノ悪意ハ之ニ対シ更ニ一ノ結果ヲ生ス即チ面積ヲ担保セズ又ハ其面積ノ概算ニ過キサルコトヲ明示シタル塲合ニ於テ其効力ヲ生セサルコト是レナリ
然レトモ賣主其土地ノ坪数其指示シタル面積二十分一ニ超過スルコトヲ知リタルトキハ悪意ナルニ拘ハラズ代價ノ増加ヲ請求スルノ權ヲ有スベシ蓋シ賣主詐ツテ実際ニ面積以外ノ坪数ヲ告ケ以テ買主ノ代價ノ巨額ニ達スルガ為メ契約セザルコトヲ憂ヘ之ヲ欺キ結約スルノ意ヲ決セシメント謀リタルコトアルベシ然レトモ元ト買主ハ其現代價二十分一以上ヲ弁済スルヲ欲セザルノ理由ニヨリ契約ヲ觧除スルヲ得ルガ故ニ賣主ヲシテ代價ノ増加ヲ求ムルヲ得セシムルモ敢テ寸毫ノ弊害モアラザルナリ
買主ノ悪意ニ至テハ敢テ法律ニ其制裁ヲ設ケズト雖トモ是レ其悪意ハ敢テ憂フルニ足ラズ又賣主ノ為メ危害ナク賣主ハ其賣渡ス所ノ土地ノ面積ヲ知ルニ種々ノ便法アリテ敢テ自ラ誤ルコトアラザルガ故ナリ
又賣主面積ヲ担保シタルトキハ其不足ノ如何ニ拘ハラズ又縦令其善意ナルトキト雖トモ尚ホ代價減少ノ要求ヲ受クルコトヲ要ス是レ特別合意ノ効力ニシテ恰モ各坪ノ代價ヲ定メ賣リ渡シタルトキニ異ナラス只其面積ノ担保ヲナシタル塲合ト各坪ノ代價ヲ定メタル塲合ト異ナル所ハ各坪ノ代價ヲ定メタルノ約款ハ実際ノ坪数多キ塲合ニ於テ買主ニ餘分ノ代價ヲ拂フノ義務ヲ負ハシムルモ面積ノ担保ハ買主ニ利益ヲ加フルモ決シテ之ニ害ヲ及ホスコト能ハザルニアリ
第五十一條
本條ハ一個ノ契約ヲ以テ数個ノ土地ヲ賣買シ而シテ其代價ヲ一定スルモ各土地ノ面積ヲ一々指示シタル塲合ヲ仮定スルモノナリ蓋シ数個ノ土地ヲ賣渡スモ一個ノ契約ヲ以テシ且ツ代價ヲ一定シ併セテ総坪数ノミヲ指示シタルトキハ恰モ一個ノ土地ヲ賣渡シタルニ外ナラズ前條ニ仮定スル所ト同一ノ塲合トナルモノナリ
右ノ塲合ニ於テモ亦一個ノ土地ノ面積ニ超過アリ又一個ノ土地ニ不足アルコトアルベシ是レ冝シク法律ヲ以テ規定スヘキ所ニシテ当事者ノ錯誤加之ナラズ裁判所ノ錯誤即チ其土地ノ坪数ノ過不足ヲ相殺スルノ錯誤ヲ豫防セサル可カラズ
蓋シ坪数ノ過不足ヲ相殺スルトキハ其結果甚ダ公平ナラザルコトアルヤ明カニシテ不動産殊ニ土地ニ至テハ其品格ノ同シカラズ而シテ坪数同シキモ價格同シカラサルコト実際甚タ多キガ故ニ坪数ノミヲ相殺セズ一個ノ土地ノ不足スル所ト他ノ土地ニ於テ超過スル所トヲ金銭ニ見積リ其價格ヲ定メタル後之ヲ相殺スルコトヲ要ス然レトモ約束ノ坪数ト実際ノ坪数トニ多少ノ差異アルニヨリ代價ノ変更ヲ請求スルニハ其差異少クトモ契約ニ定メタル代價全額ノ二十分一タルコトヲ要ス
又一個ノ土地ヲ賣渡スニ当リ其数個ノ部分各地目ヲ異ニスルニヨリ之ヲ区劃シ以テ各部分ノ面積ヲ指示シタル塲合モ亦本條之ヲ右ノ塲合ト同一視シタリ是レ蓋シ前後二個ノ塲合共ニ相類似スルコト明カナルガ故ナリ
賣主ノ意思ノ前悪ニ至テハ本條毫モ明記スル所ナシト雖トモ前條ノ規定ヲ適用スベキヤ明カナリ
本條ハ主トシテ土地ノ賣買ヲ観察シテ制定シタルモノナリト雖トモ亦建物ニ適用スベキコトヲ明示シタリ蓋シ或ル性質ノ建物ニ至テハ其一分合意ノ坪数ニ足ラズ而シテ他ノ一分是ニ超過スルコトアルガ故ニ又其代價ヲ更正スルニ付キ土地ニ関スル規定ヲ適用スルヲ至当ト認メタリ
第五十二條
面積ノ差異ヨリ生スル紛争ヲ断定スルニ当テハ買主ヲ保護スルコト賣主ニ比シ一層厚キコトヲ要ス何トナレハ買主ハ買受ケ物ノ面積ヲ契約前ニ知ルコト賣主ノ如ク容易ナルコト能ハサレバナリ
然リ而シテ約束シタル面積ニ不足アルトキハ未ダ必ズシモ買主代價ノ減少ヲ得ルノミヲ以テ足レリトセズ或ハ実際ノ面積ノミニテハ買主其買受ケ物ヲ供セントシタル用法ニ適セサルコトアルベシ
縦へバ買主其買受クル地上ニ建築ヲナシ工塲ヲ設ケンコトヲ企図シ為メニ多少ノ廣濶ナル面積ヲ要シタルニ実際其買受クル所ノ土地狭獈ニシテ買主ノ希望シタル建物ヲ築造スルコト能ハサルトキハ買主縦令代價ノ減少ヲ得ルモ尚ホ之ヲシテ其企圖シタル利益ヲ得セシムルニ足ラサル土地ヲ引受クルニ及バズ之ヲシテ強ヒテ其土地ヲ引受ケシムルハ甚ダ不正ナリト謂ハサル可カラズ然レトモ買主ハ素ヨリ其土地ノ土地ノ自己ノ需用ニ不充分ナルコトヲ證明スルコトヲ要ス縦令面積ノ不足如何ニ大ナルモ決シテ其需用ニ不充分ナリトノ推定ヲナス可カラズ是ヲ以テ買主実際ノ面積自己ノ需用ニ適セサルコトヲ証スルニ於テハ損害賠償ヲ求ムルモ亦契約ノ消除ヲ求ムルモ共ニ其撰ム所ニ任ス故ニ買主ハ其設計ヲ変シ買受ケ物ヲ利用スルコトヲ得ルニ至ルトキハ單ニ損害賠償ヲ得ルニ止マルコトヲ得又到底其物ヲ利用スル能ハサルトキハ賣買ノ消除ヲ請求スヘシ且ツ夫レ賣主ハ買主ガ企圖シタル賣買物ノ用法ヲ知ラサリシコトヲ称ヘ其責ヲ免ルルコトヲ得ズ蓋シ買主ハ悪意ナラザルモ過失ノ責ヲ免レザルモノト云フベシ何トナレバ買主ノ企圖シタルモノノ用法如何ハ買主ヨリ之ヲ明示セザルモ賣主之ヲ尋問セサル可カラザレハナリ然レトモ賣主ノ單ニ過失ナルト悪意ノ証拠アリタルトノ区別ハ亦損害賠償ノ定メ方ニ関シ此区別ノ訴訟ノ効力ヲ生スベキヤ敢テ弁明ヲ竢タサル所ナリ(財産編第三百八十五條ヲ参觀スベシ)
然レトモ買主損害賠償及消除ヲ請求スルノ権利ヲ有スルニハ二個ノ条件具備スルコトヲ要ス
第一買主代價減少ニ付キ権利ヲ有スルコトヲ要ス是レ各坪ノ代價ヲ定メ賣買シタルニ其面積ニ多少ノ不足アルカ又ハ一定ノ代價ヲ以テ賣買シタルニ面積ノ担保ヲ約シ又ハ賣主面積ヲ指示スルニ付キ悪意ヲ有シタルカ又ハ二十分一以上ノ面積ノ不足アル塲合ニアルモノナリ右ノ第二ノ説例ノ塲合ニ於テ不足ノ二十分以下ナルトキ買主其企圖シタルモノノ用方ニ適スル実際ノ面積ナキコトヲ証明スルコト能ハサルヲ怪ムモノナラン然レトモ買主損害ヲ受クルハ畢竟其懈怠ニ帰スルノ外ナシ若シ買主一定ノ面積ヲ必要トセハ須ラク面積ノ担保ヲ要約スベシ然ラズンバ面積不足ノ為メ自己ノ企圖シタル用法ニ充ルニ足ラサルモ敢テ是レガ為メ苦情ヲ述ブルヲ得ズ
第二賣買ノ面積担保ナキコトノ約款ヲ設ケナシタルモノニアラザルコトヲ要ス若シ面積ノ担保ナキコトヲ約シタルトキハ買主既ニ約束ノ面積ニ不足ヲ告ルコトナキヲ保セザルノ戒告ヲ受ケタルモノト謂フベシ素ヨリ此約款アルモ各坪ノ代價ヲ定メテ賣買ヲナシタルトキハ買主代價減少ヲ請求スルノ権利ヲ失ハス決シテ賣主ハ此塲合ニ於ケルモ実際交附スル面積ノ價額ニ超過スル代價ヲ受ク可ラズ若シ之ヲ受クルニ於テハ原因ナク利得ヲ徴取スルモノトナルベシト雖トモ消除ノ權利ニ至テハ此約款ノ為メ買主ハ之ヲ失フモノナリ何トナレバ賣主面積担保ノ義務ヲ免レタルハ即チ買主ニ自己亦タ面積ヲ精確ニ知ラザルコトヲ告ケタルモノナレバナリ且ツ面積無担保ノ約款アルトキ買主ヲシテ消除訴權ヲ失ハシムルハ即チ此約款ヲシテ一ノ効力ヲ有セシムルノ方法タルモノナリ若シ此効力ナクンバ無担保ノ約款ヲ各坪ノ代價ヲ定ムル賣買契約中ニ包含セシムルモ実際何等ノ効力ヲモ生ゼザルベシ是レ蓋シ合意ノ項目ニハ二様ノ意味アリテ其一ガ項目ヲ有効ナラシムルトキハ其意義ニ従フト謂ヘル合意觧釈ノ原則ノ適用ニ外ナラズ
本條ハ買主賣買以後物ノ全体ニ付キ生スベカリシ増價ニ基ツク損害賠償ヲ請求スルコトヲ許サズ故ニ裁判上総テ是ニ類スル請求ハ総テ裁判所之ヲ棄却スルコトヲ要ス譬ヘハ土地ノ面積千坪ナリト称シ其賣買ヲナシタルニ実際九百五十坪ナルニ過キサルトキ(即チ廿分一ノ不足ナリ)賣買後其土地ノ價額一坪一円ヲ増加スルモ買主ハ不足ノ五十坪ノ増價五十円ヲ請求スルコトヲ得ズ是レ不足スル所ノモノ即チ存セザル所ノモノハ價額ヲ増加スルニ由ナキガ故ナリ此塲合タル追奪ノ為メ買主五十坪ヲ失フタル塲合ト大ニ異ナル所ナリ蓋シ追奪ノ塲合ニ於テハ買主ノ失フ所ノ坪数実際存シタルモノニシテ其價額増加ノ為メ恢復セザル第三者ノ得ル所ハ即チ買主ノ前所有者賣主ニ於テハ其所得ニ帰スベキモノナレバ買主其利得ノ賠償ヲ請求スルヲ得(下第五十六條第三項ヲ参觀スベシ)
又本條ハ面積不足ノ裏面詳カニ之ヲ謂ヘバ実際ノ面積約束ノ面積ニ超過スル塲合ヲ想像シ買主ヲシテ第三ノ權ヲ得セシメタリ即チ買主約束代價ノ外更ニ二十分一以上ノ補足代價ヲ拂フコトヲ要スルトキハ單純ニ契約ヲ抛棄スルノ權利是レナリ
且ツ買主契約ヲ抛棄スルノ權利ヲ行フニ当テハ前段ニ説明シタル損害賠償並ニ諸種ノ請求ヲ為ストキト異ナリ何等ノ証明ヲモ為スニ及バザルモノトス蓋シ此塲合ニ於テ買主契約ヲ單純ニ抛棄セザルヲ得ザル所以ヲ証明セシムルハ即チ其補足代價ヲ弁済スルノ困難又ハ不能ナルコトヲ証明セシムルモノニシテ是レ一身上ノ位置資力ニ関スル問題ナルガ故ニ買主ノミ独リ是レガ主宰タリ敢テ他ヨリ容喙スヘキ所ニアラズ然レトモ亦タ買主補足代價ヲ弁済スルノ資力ナキガ為メ契約ヲ觧除センコトヲ請求スルニ於テハ輙チ單ニ其言ヲ容レラルルガ故ニ其補足代價少シク多額ナルコトヲ要ス而シテ法律上其金額ノ多額ニシテ果シテ契約觧除ノ理由トナスニ足ルヘキヤ否ヤノ標準ヲ定ムルニ付テ既ニ設ケタル所ノ標準即チ約束代價ノ二十分一ヲ取ルノ外ナシ
然レトモ亦実際補足代價現代價ノ二十分一以下ナルモ尚ホ買主之ヲ拂フニ困難ナルコトナシトセス然レトモ此塲合ニ於テハ曩ニ説明シタル如ク買主ハ容易ニ裁判所ヨリ猶餘期限ヲ得加之ナラズ債務ノ分轄弁済ヲ許容セラルベシ(財産編第四百六条ヲ参觀スベシ)
第五十三条
外國法典ヲ按スルニ面積ノ過不足ノ効力ハ一ニ不動産ニ関シ之ヲ規定スルニ過キサルガ如シ然レトモ本法ハ尚ホ以上ノ規則ヲ以テ動産ノ賣買ニ適用セリ
然レトモ動産ノ面積過不則ニ付キ紛爭ノ起ルハ実際甚タ稀ナルガ故ニ其適例ニ付キ少シク説明ヲ要ス
動産ニ付キ面積ニ関スル訴訟ノ起リハ其動産ノ性質上代替物タル塲合ニ限ルモノナリ蓋シ買主分量(重量数目又ハ尺度)ニ重キヲ置クハ独リ其買受クル所ノモノ定量物タルトキニ限レバナリ然レトモ亦其物特定物即チ特ニ指定シタルモノタルヲ必要トス例ヘバ砂石ノ類ニシテ一個所ニ積ミ置キタルモノヲ総括シテ賣渡シタルトキ又ハ木材若クハ石炭等ノ水陸ノ積荷若クハ流動体ニシテ桶其他法律上ノ容量アル器物中ニ存セザルモノ又ハ綿布ノ類即チ是レナリ
例ヘバ地上ヨリ採掘シタル石ノ一ヶ所ニ積置キタルモノヲ総括シテ賣渡スニ当リ之ヲ立方形ニ積立テザルニヨリ直チニ之ヲ計算スルコト能ハズ唯ダ其石若干坪立方アリト指示シタリトセン而シテ其賣買タル或ハ各坪ノ代價ヲ以テシ又ハ一定ノ代價ヲ以テ約スベク又面積ノ担保ヲナシ或ハ其担保ヲ受却スルコトアルベシ是等ノ塲合ニ於テハ総テ上第四十九条乃至第五十二条ノ規則ヲ適用スベシ然レトモ法文ニ明記スル如ク即時数量ヲ計算調査スルコトヲ得ルトキハ以上ノ規則ヲ適用スベカラス決シテ数量ノ不足ノ為メ代價ヲ更正スルコトヲ許サズ
第五十四條
凡ソ訴権ノ期間ハ之ヲシテ短ニ過ギ為メニ容易ニ其利益ヲ失ハシムルコトアルベカラズ
然レトモ本法ノ主意ハ可成期間ヲ短縮シ以テ契約ヨリ生ズル權利ヲシテ久シク曖昧不確定ナラシメザルニ在リ
蓋シ契約ノ本旨ニ従ヒ之ヲ履行スルニ当テハ可成其期間ヲ長クスルモ可ナリト雖トモ契約ヲ消除スルニ当リ仮令バ無能力者若クハ承諾ノ瑕疵アラザルニヨリ之ヲ取消サントスルニ当リテハ法律上可成其期間ヲ短縮セザル可カラズ是レ消除訴権ノ期間数多ノ外國法ニ於テハ之ヲ十年トスルニ拘ハラズ本法ニ於テハ五年ニ減縮シタル所以ナリ(財産編第五百四十四條ヲ参觀スベシ)
前諸條ニ規定セル所ノ塲合ニ於テハ多クハ契約ヲ鎖除スルニアラズ只容易ニ為シ得ベキ調査ノ後代價ヲ変更シ其一分ヲ変更スルモノナリ是ヲ以テ訴權ノ期間一層短キ理由ヲ会得スベシ即チ本條ハ不動産ノ賣買ニ付テハ之ヲ一ケ年トス動産ノ賣買ニ付テハ一ケ月トシタリ
而シテ賣主ニ対シテハ契約ノ日ヲ以テ其代價更正訴權ノ時効起算点ト為スベキヤ当然ナリト雖トモ買主ニ至テハ通常物ノ引渡シヲ受ケタル後ニアラザレバ其調査ヲナスコト能ハザルガ故ニ引渡シ前代價ノ弁済ヲナシタルトキト雖トモ尚ホ引渡シノ時ヲ以テ期限起算点トナスコトヲ以テ至当ト認メタリ
又買主ノ鎖除訴權ニ至テハ契約ヲ変更スルニ止マラズ全ク之ヲ破毀スルモノナリト雖トモ尚ホ其期間ハ代價更正ノ期間ト同一ニセリ
抑モ面積不足ノ塲合タル曩ニ第四十三条第二項ニ規定シタル一分相失ノ塲合ト大ニ類似スルモノナリ蓋シ此二項ノ塲合ニ於テハ買主物ノ残部自己ノ需用ニ不足ナルコトヲ証明スルニ於テハ其不足部分ノ割合ニ応ジ代價ヲ減少シ又ハ契約ヲ觧除スルコトヲ得ルガ故ニ共ニ相類似スルモノト云フベシ然レトモ亦面積不足ノ塲合ニ於テハ其不足ノ稍ヤ大ナルカ(二十分一)又ハ賣買ニ或ル体様ヲ附シタルトキニアラザレバ代價減少又ハ消除ノ請求ヲ許ササルモ一分相失ノ塲合ニ於テハ其相失ノ分量如何ニ拘ハラズ買主代價減少又ハ消除ノ權利ヲ有スルニヨリ此点ニ付テハ二者相異ナルモノナリ
尚ホ後ニ至リ面積ノ不足ト一分追奪トヲ比較シテ論及ヲ要スル所アリ(下第六十三條及第六十四條ヲ参觀スベシ)且ツ一分ノ追奪ヲ受ケタル買主二様ノ求償權ヲ撰択スルノ權利ニ関シ論明ヲ要スル点アリ
第五十五條
不動産ノ面積又ハ代替物タル動産ノ目方員数若クハ尺度ニ関スル錯誤ハ其質物ノ品格ニ係ル錯誤ニシテ而シテ合意ノ普通法ニ従ヒ觧除又ハ消除訴權ヲ生スルモノナリ加之ナラズ対手方ニ詐偽ナキトキハ損害賠償ノ訴權ヲ生スルモノニモアラズ(財産編第三百十條)然レトモ亦其品格ノ重要ナルトキハ多少其錯誤ヲ以テ品質ノ錯誤ト同一ニ處分セサル可ラズ是レ前数條ノ規定アル所以ナリ
然レトモ其他ノ品質ニ至テハ本條ニ賣買モ亦普通法ニ依準スベキコトヲ明記セリ是ヲ以テ性質上ニヨリ又ハ当事者ノ意思ニヨリ品質ノ錯誤ハ消除又ハ損害賠償訴權ヲ生スヘキモ品格ノ錯誤ニ至テハ対手方ノ詐偽ニ起因セサル限リハ消除訴權ヲ生ズルモノニアラズ又損害賠償訴權ヲモ生ズモノニアラザルナリ
此区別ニ付テハ既ニ財産編第三百十条ノ理由中ニ充分示シタルヲ以テ敢テ茲ニ復説スルノ必要ナシ
然レトモ亦賣買ノ使行ニ於テハ性質上ノ品格ニシテ当事者ノ意思ニヨリ品質タリト見做サルルモノアリ即チ賣買確定前ニ試味スルノ慣習アルモノノ品格又ハ試験ノ上ニテ為ス賣買ニ於テ買主ノ一個ノ需用嗜好ニ適スベキ品格即チ是レナリ(第三十一条及第三十二条ヲ参観スベシ)
第二則追奪担保ノ義務
第五十六條
賣主ノ第二ノ義務タル一切ノ弊害及追奪ニ対シ買主ヲ担保スルノ義務ハ自他ノ区別ヲナシ之ヲ確定スルヲ要スルガ故ニ羅馬法以来諸國ノ法制中詳細ニ之ヲ規定シタリ
本法ニ於テハ既ニ一般ノ義務ノコトニ関シ諸般ノ契約ニ普通ナル担保ノコトヲ規定シタリ(財産編第三百九十五條乃至四百二条ヲ参觀スベシ)
今賣買ノ時効ニ於テ追奪ノ塲合ニ於ケル担保ノ復例及其主タル適用ヲ説明スルニ先タチ担保ノ主タル普通規則ヲ觧説セン是レ事ノ極メテ重要ナルガ故ナリ
第一自己ニ属スル權利ナリト称シ之ヲ讓渡シタルモノハ其譲渡シタル権利ト相容レザル其以前ノ権利ヲ有スト称スル第三者ノ請求ニ対シ権利ノ行使及収益ヲ担保セザル可カラズ若シ此第一ノ担保義務ニシテ第三者ノ請求利由アルガ為メ之ヲ尽スコト能ハザルトキハ譲渡シ人ハ譲受ケ人ノ其被リタル損害ヲ賠償スルヲ要ス之ヲ要スルニ危害若クハ損害ヲ担保ストハ法律ノ及ブ限リ危害若クハ損害ヲ豫防シ若シ之ヲ豫防スルコト能ハザルトキハ之ヲ賠償スルヲ謂フ
第二担保ノ義務ハ有証契約ニ於テハ法律上即チ特ニ要約セザルモ当然存スルモノニシテ有証行為ニ於テハ合意上即チ要約シタル時ニアラサレバ存セザルモノナリ
第三凡ソ有証タルト無証タルトヲ問ハズ如何ナル契約ニ於ケルモ当事者特別ノ合意ヲナシ豫メ担保ノ效力ヲ規定スルコトヲ得詳カニ之ヲ謂ヘバ其効力ヲ擴張又ハ制限シ加之ナラズ又之ヲ受却スルコトヲ得然レトモ讓渡シ人自己ノ所為ヨリ生ズル損害ノ担保ニ至テハ其處為契約ノ前ニアルト後ニアルトヲ問ハズ讓受ケ人之ヲ免ルルコトヲ得ズ此担保ヲ称シテ有証ノ担保ト謂フ
第四當事者一方ノ意思ノ善悪ハ普通法ニ従ヒ損害賠償ノ規定ノ方法ニ影響ヲ及ボスモノナリ(財産編第三百八条五條ヲ参觀スベシ)
夫レ賣買ハ有証契約ナルガ故ニ其担保ハ当然存スルモノナリ
而シテ賣買ノ目的ハ所有権若クハ其支分権ノ一ヲ移轉スルニアルガ故ニ賣渡シシタル所有権若クハ物権賣買前ニアツテ既ニ第三者ニ属シタルトキハ賣主担保ノ義務ヲ負担セサル可カラズ
第三者裁判所ニ於テ其権利ヲ証明シ買主ノ占有ヲ奪フトキハ即チ買主ハ追奪ヲ被リタルモノナリ
是ニ由テ之ヲ観ルニ追奪担保ハ他人ノモノノ賣買アリタル時ニ存スルモノナリ
然レトモ他人ノモノノ賣買ハ原因ナキニヨリ当然無効ナルモノナリ(上第四十二条ヲ参觀スベシ)是ヲ以テ無効ナル賣買ニヨリ担保ノ如キ區域ノ廣キ義務ノ生スルハ少シク怪シムベキニ似タリ
然レトモ実相ヲ考フルトキハ賣買ノ当然無効ナル時尚ホ担保義務ヲ生ズルハ賣買ヨリ生ズルニアラズ賣主ノ過失ヨリ生ズルモノナリ即チ賣主ノ加ヘタル不正ノ損害ヲ以テ原因トスルモノナリ(賣主ノ悪意ト善意トニ従ヒ犯罪若クハ重犯罪ヨリ生ズルモノナリ)只実際賣買契約ヨリ担保義務生ズト云フハ言語ノ簡略ヲ旨トシタルニヨルノミ
又追奪ヲ受ケタル買主既ニ代價ヲ弁済シタルトキハ賣主ノ担保義務ハ併セテ不当ノ利得ニ原因スルモノト謂フベシ
本法ハ純理ニ基ツキ此点ヲ規定シタルニヨリ又其結果ニ至テモ純理上之ヲ規定セザル可カラズ
其結果ノ第一ハ即チ本條ニ明記スル所ニシテ買主ハ眞ノ所有者ノ追奪ヲ被リ又ハ其追奪ヲ受クルノ恐レアルヲ待テ始メテ賣主ニ対シ賣買ノ無効ヲ申立テ併セテ担保ノ請求ヲ為スニ及バズ其請求ハ賣渡シ物賣主外ノ人ニ属スルコトヲ証明スルヲ得ルニ至ルヤ直チニ之ヲ為スコトヲ得且ツ買主仮令賣買ノトキニ当リ既ニ其買受ケ物ノ賣主ニ属セザルガ為メ賣買ノ無効ナルコトヲ知リ且ツ賣主自ラ之ヲ知ラザル時ト雖トモ尚ホ買主担保ヲ請求スルノ権アリ素ヨリ買主自ラ賣買ノ無效タルコトヲ知リ賣主之ヲ知ラザルトキハ賣主ヲ保護スルコト稍ヤ厚ク買主ヲ保護スルコトヤ稍ヤ薄カルベク担保ノ目的タル別ニ諸般ノ賠償ノ定メ方ニ大ニ及ボス可シト雖トモ元来契約成立ニ関スル問題即チ原因ナキニヨリ其当然無效ナルノ点ニ関スルヲ以テ買主悪意ナルモ原因ヲシテ存セシムルコト能ハズ又賣主善意ナルモ元来皆無ナル原因ヲ補フニ由ナキナリ
第五十七條
本條ハ買主契約締結ノ際悪意ナリシ塲合ニ於ケル賣買ノ無効及担保ノ結果ヲ示スモノナリ此塲合ニ於テモ亦買主ハ未ダ代價ヲ弁済セザルトキハ之ヲ弁済スルノ義務ヲ免レ又既ニ之ヲ弁済シタルトキハ其取戻シヲナスノ権利ヲ有スルモノトス
右二個ノ法則ノ理由ハ甚ダ単簡ナルモノナリ即チ買主ノ未ダ代價ヲ弁済セザル塲合ニ於テハ其代價ノ諾約原因ナキモノニシテ又既ニ其代價ヲ弁済シタルトキハ不当ノ弁済ヲナシタルモノニシテ又其弁済原因ナキモノナリ故ニ其諾約又ハ弁済ハ当然無功タラサル可カラズ縦令賣主善意ナルモ之ヲ以テ無原因ノ利得ノ理由ト為ス可カラサルガ故ニ賣主其返還ノ義務ヲ免ル可カラズ
然レトモ悪意ノ買主ハ其善意ナル塲合ニ於テ請求スルコトヲ得ベキ損害賠償ヲ求ムルコト能ハス
本條ノ法文ニ惡意ノ買主ハ義務ノ免除若クハ代價ノ返還ノミヲ求ムルヲ得ルニ過キズト云フ善意ノ買主ニ任許スル所ノ損害賠償ヲ得ルコトヲ記載セザルガ故ニ買主之ヲ要求スルヲ得ザルノ意義充分明瞭ナリ
本條ハ此点ニ付キ賣主ノ善意ナリシト悪意ナリシトヲ区別セズ
蓋シ賣主ノ善意ナリシトキ買主ノ権利ニ右ノ制限ヲ加フルハ素ヨリ当然ニシテ賣主惡意ナリシトキモ亦買主ノ権利ニ右ノ制限ヲ加ヘサル可カラズ実ニ本條ハ惡意ノ買主ヲシテ其代價ノ返還ヲ求ムルヲ得セシムルニ止マリ其他何等ノ賠償ヲモ請求スルヲ得セシメザルモ是レ買主自ラ好ンデ損害ヲ被リタルガ故ニシテ買主ハ好ンデ追奪及其結果タル損害ヲ被リタルモノト云フベク買主ハ眞ノ所有者終始其権利アルコトヲ知ラズ遂ニ時效ヲシテ成就セシムルニ至ルベキコトヲ窃カニ頼ミタルモノナルヤ疑ヒナシ然リ而シテ賣主亦惡意ナリシ時ト雖トモ亦敢テ買主ニ一層厚キ保護ヲ加フルノ理ナシ何トナレバ一方ノ過失ハ他ノ一方ノ過失ヲ軽減スルモノニアラザレバナリ然レトモ是ニ反シテ買主善意ナリシトキハ賣主ノ惡意ハ其位地ヲシテ一層不利ナラシムルモノナリ
第二項ハ賣渡シ物ノ價額ヲ減少シ而シテ其減少惡意ノ買主ノ詐偽ニ出デズ又ハ其利益トナラサル塲合ヲ想像シ其減少ハ代價ノ返還ニ影響ヲ及ボスモノニアラサルモノト定メタリ
蓋シ事情ニヨレハ物ノ價額ヲ増加スルトキハ其増加以外ノモノニ原因スルモ尚ホ善意ノ買主賣買ノ有効ナルニ於テハ収受スルヲ得ベキ利益ヲ失フタルノ理由ニヨリ其増價ノ賠償ヲ求ムルヲ得ルモノトス是ヲ以テ物ノ價額減少シタルトキハ又買主其損失ヲ被ラサル可カラズト觧スル者無キヲ保セズ然レトモ此ノ如キハ誤謬ノ見觧タルニヨリ本條此点ヲ明カニシ特ニ此誤觧ヲ防ギタリ蓋シ此塲合ニ於テハ原因ナクシテ代價ヲ弁済シタルモノナルガ故ニ賣主ハ其一分タリトモ之ヲ保存ス可カラズ故ニ此塲合ニ於テハ買主既ニ弁済ヲ為シタルトキ其代價ノ全額ヲ取戻スコトヲ得ルニヨリ其未タ弁済ヲナサザルトキハ全ク義務ヲ免除スベシ若シ夫レ買主ヲシテ毫モ取得スル所ノモノノ為メ代價ノ一分タリトモ之ヲ弁済セシメ其理由トシテ買主其物ヲ取得セシナラバ價額ノ減少ヲ受クベキコトヲ称フルガ如キハ甚ダ其当ヲ得ザルモノト謂フベシ
末項ハ又賣買ノ無効及担保訴權ノ行使ノ結果ヲ示スモノナリ即チ買主其代價ヲ取戻シ又ハ義務ヲ免除スルトキニ当リ買主ニ不動産ノ占有ヲ還付スルノ義務是レナリ蓋シ賣主ハ自己ヨリ先ツ回収訴権ヲ行フコト能ハズト雖トモ買主一旦賣買ノ無効ヲ申立テ裁判上之ヲ認定セシタル以上ハ賣主賣渡シ物ト代價トノ利益ヲ併セ納ムルコト能ハサルハ明カナリ
賣買ニ於ケル担保ノコトタル事体重要ナルガ故ニ法文ニ右ノ結果ヲ宣言スル亦其当ヲ得タルモノト認メタリ
第五十八條
本條ニハ買主善意ナリシコト詳カニ之ヲ言ヘバ契約取結ビノ際賣買物ノ賣主以外ノ者ニ属シタリシコトヲ知ラサリシ塲合ヲ仮定スルモノニシテ買主ヲシテ前條ニ定メタル代價取戻シノ権利ノ外諸般ノ損害賠償ヲ求ムルノ権利ヲ生セシム其原因タル代價ノ免除若クハ返還ニ於ケルト異ナリ賣主ノ不当ノ利得ニアラズシテ其買主ノ加ヘタル不正ノ損害ナリ
買主ノ受クベキ損害賠償ヲシテ明瞭ナラシメンガ為メ本條ニ之ヲ列記シタリ
以下逐次之ヲ説明セン
第一、契約費用ハ巨額ニ達スルモノニアラス且ツ相務合意ニ於テ当事者間ニ之ヲ平分スルモノナリ(財産編第三百三十四条ヲ参觀スベシ)然レトモ善意ノ買主ハ自己ノ支拂ヒタル費用ノ部分ヲ弁償セシムルヲ得ザル可カラズ何トナレバ買主ヲシテ無用ナル契約費用ヲ支拂ハシメタルモノハ即チ賣主ノ過失ナレバナリ
第二、買主其買受ケタル物上ニ費用ヲ注入スルコト実際少シトセズ其費用ノ一ハ修繕即チ必要ノ費用ニシテ一ハ物ノ價額ヲ増加セシムル改良費用即チ有益費用ナリ尚ホ此他ニ純然快楽ノ為メニスル所ノ贅沢費用ナルモノアリ贅沢費中ニハ買主買受ケ物ヲシテ自己ノ需用ニ適セシムルガ為メ支出シタル費用譬ヘハ其職業ニ適スベキ構造ノ為メ支出シタルモノニシテ爾余ノ人ニ何等ノ利益モ無ク而シテ物ノ價額ヲ増加セシメタル有益費用ト見做スコト能ハサルモノヲ包含スベシ
又保持費用ナルモノアリト雖トモ此費用ハ元来果実ノ負担タルベキモノニシテ善意ノ買主ハ果実ヲ収得スル故ニ又之ヲ負担シ為メニ求償權ヲ有ス可カラザルニヨリ本條ヲ置クベキ限リニアラズ(下第八十六条ヲ参観スベシ)
必要費用及有益費要ハ所有者恢復ヲナストキニ当リ買主ニ弁償スベキモノナリ(財産編第三百六十一條第四号及第三百六十三條)是ヲ以テ賣主ニ対シ弁償ヲ求ムベキ限ニアラザルヲ概則トス然レトモ買主ハ所有者未タ弊害ヲ起サザルニ当リ実際追奪ヲ受ケザルモ尚ホ既ニ担保ノ訴権ヲ行フヲ得ベキガ故ニ此塲合ニ於テハ買主賣主ヨリ三種ノ費用ヲ要求スルヲ得ザル可カラズ但シ真ノ所有者其權利ヲ行フニ当リ賣主ヨリ之ニ対シ求償権ヲ行フベキノミ本條ニ「所有者ヨリ其弁償ヲ受クルコトヲ得ザルモノ」ト謂ヘルハ即チ此塲合ヲ想像シ且三種ノ費用ノ区別ヲ適用センガ為メナリ
第三、賣買物ニ何等ノ費用ヲモ加ヘザルモ時機ニヨリ自ラ其價額ヲ増加スルコト又少シトセズ殊ニ不動産就中市街地若クハ市府ニ接近セル土地ノ如キ然ルコト最モ多シ加之ナラズ家屋ノ如キモ歳月ノ久シキヲ経ルニ従ヒ自ラ破損ヲ来シ修繕ヲ要スルニ至ルト雖トモ亦タ時勢ノ隆盛ナルニ当テハ漸次價額ヲ増加スルモノニシテ人口繁殖ノ一事ニテモ既ニ住居ノ需用ヲ増加スルニヨリ従ツテ家屋ノ價額ヲ増加スルモノナリ惟タ動産ニ至テハ美術品ニ非ル限リハ時機ニ従ヒ價額ヲ増加スルコト甚ダ少シト雖トモ亦動産ノ善意ノ占有者一種ノ即時時效ノ效力ニヨリ直チニ所有者トナル以上ハ又他人ノ物ノ賣買無效ニ関スル理論ハ悉ク諸般ノ物件ニ附属シテ又稀レニ動産ニ付テモ適用セラルベキモノナリ
夫レ然リ賣渡シ物ノ價額増加シ而シテ買主其所有者トナルコト能ハサルトキハ買主所有権ヲ取得セシナラバ実際収受スルヲ得ベキ以外ノ増加又ハ多少豫見シタル事情ニヨリ生ズル所ノ増價ノ利益ヲ失フタルモノト言フヲ得ベシ
是ニ由テ之ヲ観レバ買主ハ價額ノ減少ノ結果ヲ被ルコトナク只其増價ノ利益ヲ得ルガ故ニ其位置甚タ利アリトス
第四、契約ノ当時善意ナリシ買主ハ多少ノ時間果実ヲ収受スルモノニシテ(財産編第百九十四条ヲ参觀スベシ)眞ノ所有者ニ之ヲ返還スルニ及バズ只其利益ハ其意思ニヨルニ代價ノ利息ト相殺スベキモノニシテ買主ハ元本ト併セテ利息ヲ得ルコト能ハス
然レトモ一旦買主其買受物他人ニ属スルコトヲ発見スル以上ハ爾後果実ヲ取得スルコト能ハズ又恢復訴權ヲ受ケタルヨリ以来収受シタル果実ニ於ケルモ亦同シ蓋シ其買受ケ物ハ一人ニ属スルコトヲ発見シ又ハ恢復訴権ヲ受ケタル時以後ハ買主又善意ノ占有者ニ非ルガ故ニ占有者ニ果実ヲ返還セザル可カラズ
此結果トシテ賣主ハ買主ニ果実ノ対價ヲ弁償スルコトヲ要ス而シテ買主其弁償ヲ請求シタルトキハ右二個ノ期間ニ付キ代價ノ利息ヲ要求スルコトヲ得ズ然レトモ本條ハ之ヲシテ果実ノ弁償請求ノ權ヲ抛棄シ利息ノ要求ヲナスコトヲ得セシム蓋シ賣買ノ無效ナルガ為メ買主ヲシテ直接ニ果実ノ利益ヲ取得スル能ハサラシメタル以上ハ買主果実ヲ利得セザルニ至リタル時ヨリ以後賣買無效ノ結果即チ損害賠償アランコトヲ請求スルヲ得ベシ末項ハ第五ノ損害賠償ヲ定ムルモノナリ
蓋シ買主ハ以上ノ損害ノ外実際物ノ所有権ヲ取得スル能ハサリシニヨリ生シタル他ノ損害ヲ被ムルコトアリ譬ヘバ其買受ケタル塲所ニ工塲若クハ商店ヲ開設シタルモ未ダ其利益ヲ得ルニ遑ナカリシコトアルベク又或ハ農作ヲナシタルモ未ダ土地ノ増價ヲ生ゼズ又果実ヲモ得ズシテ所有者ヨリ其費用ノ償還ヲ得ズ又ハ之ヲ受クルモ極メテ些少ナルコトアルベシ是等ノ塲合ニ於テハ買主賣主ヨリ其損害賠償ヲ受クベキヲ至当トス
此点ニ付テハ本條ヲ以テ詳細ノ規定ヲ為スニ及バサルガ故ニ普通法ヲ準用スベキモノトセリ只訴訟費用ヲ以テ其一例トシタルノミ
第五十九條
買主担保ノ請求ヲナスニ当リ曽テ善意ニシテ賣主悪意ナリシトキハ買主ノ位地最モ利益アルモノナリ本條ハ即チ此塲合ニ適用スベキモノナリ
本條ハ賣主亦タ契約ノ当事善意ナリシコトヲ仮定ス而シテ悪意ハ之ヲ推定ス可カラサルニヨリ悪意アリト称スルトキハ其証拠ヲ挙クルコトヲ要ス(財産編第百八十七條ヲ参観スベシ)
然レトモ賣主善意ナルモ其過失ノ責ヲ免レザルガ故ニ前條ニ規定シタル諸般ノ損害賠償ニ関スル法則ハ悉ク之ヲ適用セザル可カラズ只賣主ノ意思ノ善惡ニ付キ生スル所ノ差異ハ損害賠償ノ定メ方ニ関シテ存スルノミ即チ賣主善意ナル塲合ニ於テハ是ニ対シ言ヒ渡スベキ損害賠償ノ高決シテ契約ノ当時豫見スルコトヲ得ベカリシ範囲ヲ超過ス可カラズ(本條ニ「正当ニ」ノ語ヲ置キタルハ豫見シ得ベカリシ損害ナルモ其過当ニシテ実際アリ得ベカラザルコトヲ称フルヲ得セシメザルガ為メナリ)然ルニ賣主悪意ナル塲合ニ於テハ損害賠償豫見スルコトヲ得ベカリシ限度ニ超過シ只実際受ケタル損失若クハ失フタル利得ノミヲ以テ其制限トナスベキノミ(財産編第三百八十五條ヲ参觀スベシ)
夫レ此ノ如ク損害賠償ノ普通法ヲ賣買契約ニ適用スルモ未ダ必ズシモ其損害賠償ヲ云ヒ渡スガ為メ買主ノ賣主ヲ財産編第三百八十四條ニ従ヒ遅滞ニ附シタルコトヲ要スト謂フ可カラズ
蓋シ買主賣主ヲ遅滞ニ附スルヲ必要トスルモ買主ハ如何ナルコトヲ賣主ニ要求スベキカ得テ知ルニ由ナキナリ彼ノ財産編第三百八十四條ニ規定シタル損害賠償ヲ求ムル塲合ニ於テハ合意ノ不履行ニ関スル故ニ債權者債務者ニ其義務ヲ履行スベキノ催告ヲナスベク債務者ハ其履行ヲ遺志スルコトナシトセザルガ故ニ是ニ其注意ヲ促シ尚ホガッシキニ告知シタル後依然其義務ヲ履行セザルトキ其告知以後ニ生シタル損害ノ責ニ任セシムルヲ至当トスト雖トモ本條ニ仮定スル塲合ニ於テハ賣主單ニ合意不履行ノ責アルニアラズシテ契約成立ノ当時既ニ遂行シタル過失ノ賠償ヲナスベキモノナルガ故ニ賣主ニ催告ヲナスハ何等ノ理由目的アラサルモノナリ且買主ハ賣主ニ他人ニ属スルモノノ所有者タルベキノ催告ヲナスモ徒為ニ過キサルベシ
加之ナラズ財産編第三百八十四條ハ既ニ本條ノ如キ塲合ニ於テ催告ヲ要セザルコトヲ示シタリ蓋シ同條ニヨレバ債務者犯罪若クハ重犯罪ノ結果ニヨリ義務ヲ負担スルトキハ特ニ之ヲ遅滞ニ附スルノ手続キヲナスニ及バズ債務者当然遅滞ニ付セラレタルモノト見做ス
第六十條
本條ハ賣主契約ノ当時善意ナリシモ爾後其賣渡シタルモノ他人ニ属シタルコトヲ発見シタル塲合ヲ仮定ス此塲合ニ於テハ其契約ノ当時悪意ナリシ塲合ニ比スレバ其位地一層優ルベキヤ又弁ヲ要セスシテ明カナリ
抑モ他人ノ物ノ賣買ハ原因ナキガ故始メヨリ絶対的ニ無効ナルヲ以テ法理ノミニヨルトキハ買主賣主共ニ何レノ塲合ニ於ケルモ其無効ヲ申立テ以テ契約ノ履行ヲ拒絶スルヲ得ベキニ似タリ然レトモ賣主惡意ナルトキハ其惡意ノ制裁トシテ是ニ無効ヲ申立ツルノ権利ヲ拒絶スルコトヲ要ス
然リト雖トモ賣主善意ニシテ惟タ不注意ノ責アルニ過キサルモノニ対シ同一ノ厳令ヲ行フハ其当ヲ失シタルモノト言ハザル可カラズ或ハ謂ハン賣主ハ買主ニ対シ追奪ヲ担保スルノ義務ヲ負担スルガ故ニ決シテ自ラ賣買ノ履行ヲ申立ツルヲ得可カラズ「担保義務アルモノハ自ラ追奪ヲ行フ可カラズ」トハ担保ニ関スル原則ナリト然レトモ此批難ニ対シテハ須ラク答ヘテ言フベシ賣主契約ノ当時善意ニシテ爾後眞ノ所有者ノ権利アルコトヲ知リタルニヨリ其賣渡シタルモノヲ眞ノ所有者ニ返還セントノ意思ニ出デ買主ニ之ヲ交附スルコトヲ拒絶スルハ賣主自己ノ名義ヲ以テスルモノニアラズ真ノ所有者ノ名義ヲ以テ其権利ニ基クモノナリ故ニ追奪ヲナスモノハ賣主ニアラズシテ所有者ナリト
然レトモ賣主惡意ナリシトキハ又同一ノ理由ヲ適用ス可カラズ何トナレバ賣主所有者ニ物ヲ返還スルノ意思ヲ有シタリト見做シ其追奪ヲ行フハ所有者ノ名義ヲ以テシ其権利ニ基クモノナリト言フハ事実ニ背馳スルモノナリト言ハサル可カラサルナリ
又善意ノ賣主賣買ノ無効ヲ申シ立ツルトキハ惟タニ其代價ヲ得ルノ権利ヲ抛棄シ以テ賣渡シ物ノ引渡シヲ拒絶スルノ権利ヲ有スルノミナラズ尚ホ其担保者トシテ負担スル所ノ損害賠償ヲ即時確定センコトヲ請求スルノ権利ヲ有ス若シ之ヲシテ即時賠償ヲ定ムルコトヲ請求スルヲ得セシメサルトキハ買主其買受ケ物ノ増價ヲ希望シ多少久シキ時期ヲ経過シ以テ賣主ノ責任ヲシテ一層重カラシムルヲ得ルニ至ル可ケレバナリ故ニ賣主即時其担保義務ノ結果ヲ定メンコトヲ請求スルヲ怠リタルトキハ総テ其懈怠ノ責ニ任ゼザル可カラズ
然レモ亦買主ハ此時ニ当リ追奪ノ塲合ニ於ケル一切ノ求償權ヲ抛棄スルコトヲ得是レ其時効ヲ得ルニ近キトキ又ハ自己ノ為メ取得ノ利益一層大ナリト認メタルトキ取ルコトヲ得ベキ方法ナリ
第六十一條
本條ハ賣主善意ナルモ賣渡シ物ノ引渡シ前真ノ所有者ノ権利ヲ知ラザリシニヨリ遂ニ其引渡シヲ拒絶スルコトヲ得ズ而シテ其代價ヲ領受シタル塲合ヲ規定スルモノナリ蓋シ此塲合ニ於テハ賣主ヲシテ其既ニ引渡シタルモノヲ恢復スルヲ得セシムルコト能ハズ賣主ハ毫モ其恢復ヲ求ムルノ名義ヲ有セザルナリ又本條ノ塲合ニ於テハ賣主真ノ所有者トナリタルコトヲ仮定スルモノニアラズ(此塲合ハ即チ次條ニ規定スル所ナリ)故ニ賣主ハ到底恢復ヲ請求スルコトヲ得ザルモノナリ
又賣主ハ占有回修訴権ヲ行フコト能ハズ何トナレハ該訴権タル元ト占有シタルニ他人ノ強暴若クハ詐偽ニヨリ之ヲ失フタルモノニ限リ属スルニ過キザルモノナレバナリ(財産編第二百四條ヲ参観スベシ)然ルニ賣主ハ任意ノ引渡シヲナシタルニヨリ賣渡シ物ヲ占有セザルニ至リタルノミ固ヨリ其引渡シタル自己ノ錯誤即チ其権利ヲ有ストノ誤信ニヨルモノナリト雖トモ未ダ以テ回修訴権ヲ制限スル規則ノ例外ヲ設クルノ理由トナスニ足ラザルナリ
然レトモ本條ハ賣主ヲシテ至大ノ権利ヲ有セシメ諸外國法ニ比スルニ頗ル大ナル新例ヲ設ケタリ即チ賣主ハ買主ノ増價ヲ希望スルニヨリ多少久シク時間無効及担保訴權ヲ延期スルノ結果ヲ被ムルニ及バズ直チニ買主ニ対シ無効及担保訴權ヲ行フベキノ催告ヲナスコトヲ得ルモノトス然レトモ買主ハ又其担保訴権ヲ行フコトヲ拒絶スルヲ得ベシ只其拒絶ヲ以テ賣主自ラ無効ヲ請求スルノ権利ヲ有スベキノ理由トナスヲ得ザルノミ是ヲ以テ本條ニ一ノ手段ヲ設ケ以テ買主ノ独リ利益ヲ專ラニスルコトヲ豫防シタリ即チ其方法ニヨレバ賣主裁判所ニ買主ト立會ヒノ上第五十八條ニ列記シタル原因ニヨリ以後負担スベキ損害賠償ノ高ヲ確定スベキコトヲ請求スルヲ得若シ此塲合ニ於テ買主鑑定人ヲ選任スルコトヲ拒絶スルトキハ裁判所ヨリ之ヲ選任スベシ然レトモ買主賣主ノ請求ニ答弁セサルハ不注意ノ責ヲ自己ニ帰スルノ外アラサルベシ何トナレバ買主其損害ノ証明ヲナササルトキハ賠償額甚タ少キコトアルベケレバナリ
然リ而シテ買主請求ニ答弁スルト否トヲ問ハズ裁判所ハ其該請求ノ時ニ至ルマデ担保ノ効力ヲ確定スベシ但シ故障若クハ抗爭ノ通常権ハ之ヲ失フモノニアラズ又買主自己ノ提供セラレタル金額ヲ領受スルコトヲ拒絶スルニ於テハ賣主其指定物ノ提供ヲナシ以テ之ヲ供託スルコト財産編第四百十四条以下ニ規定シタルガ如シ
然レトモ義務ノ免除ハ提供及供託ニ関スル規則ノ適用ヲ受ケ觧除條件附ノ性質ヲ有スベシ故ニ賣主ハ財産編第四百七十八條ニ任許スル所ニ従ヒ一旦強迫シタル金銭ヲ引取ルコトヲ得唯更ニ爾後担保訴権ヲ被ルベキノミ然レトモ亦初期ノ担保ハ已ニ判決ヲ経タルモノナレハ尓後裁判所ニ担保ノ請求ヲ為スニハ初期以後ノ分ニ止マラサルヘカラス然リト雖トモ賣主ハ買主ニ将来増價ノ幸運ヲ奪ヒ併セテ賠償ノ利益ヲ得ル能ハサルカ故ニ幸運ノ利ハ之ヲ買主ニ償還セサルヘカラス
第六十二條
本條ニ規定セル塲合ハ特ニ注意ヲ要スルモノニシテ法学者ノ大ニ論議スル処ナリ而シテ法学者ハ率ネ他人ノ物ノ賣渡シ更ニ新所有者トナルニ於テハ自己ノ物トシテ其賣渡シ物ヲ恢復スルノ権利ヲ有セザルモノト論断シタリ蓋シ賣主ハ眞ノ所有者トナルモ亦其曽テ賣主タリシコトヲ止メザルモノニシテ担保ノ責ニ任セザル可ラズ是レ既ニ屡バ掲載シタル原則ニ「担保ノ義務ヲ負担スルコトハ自ラ追奪ヲ行フベカラズ」ト謂ヘルヲ直チニ適用シタルモノナリ
或ハ論者中此塲合ニ於テハ賣主真ノ所有者トナルヤ直チニ当然其賣買ヲ認諾シタルモノト見做スモノアラン然レトモ是亦誤謬タルコト明カニシテ買主ハ契約成立ノトキヨリ直チニ其契約無效ヲ申立ツルノ権利ヲ有シタルモノニシテ其権利ヲ失フハ惟ダ其意思ニヨルノミ且或ハ買主其最初ノ賣買ノ無効ヲ請求スルノ権利ヲ有スルニヨリ其無效ヲ請求センコトヲ計リ未ダ実際其請求ヲ起ササルニ当リ既ニ其買受ケタル物ニカエーアルガ為メ他ノモノヲ取得シタルコトナシトセズ亦タ以テ之ニ無効ヲ請求スルノ権利ヲ奪フ可カラザルノ理由トナスベシ
然レトモ亦本條ノ塲合ニ於ケルモ前條ノ塲合ニ於ケルト仝シク所有者トナリタル賣主ヲシテ債権ナク買主ノ出ル所ヲ知ル能ハサラシメ久シク不確定ノ位地ニ在ラシムルハ是ニ対スル甚ダ酷ナリト謂ハザル可カラズ蓋シ買主ハ其利益ニ従ヒ事情ニヨリ或ハ賣買ノ無効ヲ請求シ併セテ其無効ニヨリ生ズル所ノ損害賠償ヲ要求シ或ハ揩黙シテ物ノ増價アルコトヲ待チ或ハ時効ノ時期到来スルコトヲ待ツコトアルベシ然ルヲ猶ホ賣主ヲシテ其位地ノ確定スル所ヲ知ラシメザルハ是ニ対スル冷淡ニ過クルモノト謂ハサルヲ得ズ
是ヲ以テ本法ハ斬新ナル規定ヲ設ケタリ然レトモ其公議ニ適従スルヤ敢テ多弁ヲ要セザルナリ左レバ本法ノ規定ニヨルトキハ賣主ハ買主ニ対シ「予ハ子ガ賣買ノ当然ノ無效ヲ申立ツルノ権利ヲ有スルコトヲ争ハズ固ヨリ契約ノ時ニ当リ真ニ所有者トナラザリシガ為メ損害ヲ被リタルコトナシトセズ故ニ予ハ子ニ返還スルニ代價ヲ以テシ且ツ子ニ賠償スルニ契約取消シノ日ニ至ルマデ子ノ被リタル一切ノ損害ヲ以テスベシ故ニ子若シ所有者タルニ利アリトセバ冝シク其旨ヲ明言スベシ然ラバ則チ偶マ予ノ得タル権利子ノ権利トナルベシ是レ予ノ意思ニ拠ルニアラズ寧ロ子ノ意思ニヨルモノナリ然レトモ子ハ永遠無限ニ予ヲシテ賣買無効ト任諾トニ何レノ途ニ出ルカヲ知ル能ハサラシムルノ権利ヲ有セサルニヨリ子ハ冝シク速カニ決スル所アルベシ」ト言フヲ得ベシ
且ツ夫レ買主賣買ヲ任諾スル塲合ニ於ケルモ亦尚ホ損害賠償ヲ請求スルノ権利ヲ有スルコトアルベシ例ヘバ買主未ダ所有権ヲ得ザルニヨリ利益ヲ得テ物ヲ轉賣スルノ機會アリタルニ遂ニ之ヲ轉賣スルコト能ハズ而シテ其所有者トナリタルヨリ以来重ネテ同一ノ好機会生セサルコトヲ証明スルトキノ如キハ即チ其賠償ヲ求ムルヲ得ベキ一例ナリ
是ヲ以テ他人ノ物ノ賣主賣買契約以後其賣渡シタルモノノ所有権ヲ取得スルニ至ルトキハ即チ本條第一項ヲ適用スベシ而シテ其契約以後真ノ所有者トナルハ或ハ自ラ真ノ所有者ヨリ其賣渡シタルモノヲ買取リタルニヨルベク或ハ其真ノ所有者ノ相續人トナリタルニヨルベシ或ハ此ノ如キ塲合ニ於テハ賣主ハ所有者ト賣主トノ二個ノ資格ヲ併有スルニ至ルモノナリ惟ダ真ノ所有者ノ相續人トナリタル塲合ニ於テハ自己ノ名義賣主ニシテ其所有者ノ名義ヲ有スルハ前主ノ名義ヲ相續シタルニヨル
第二項ハ他人ノ物ノ賣主ニ真ノ所有者ノ相續シタルトキ亦買主ニ対シ前同一ノ撰択ヲナスヘキコトヲ催告スルノ権利ヲ任許シ以テ第一項ニ於ケルト同様ノ法式ヲ設ケタリ猶ホ第三者買主若クハ賣主ノ相續シタル塲合ニ於テモ亦同一ノ法式ヲ適用スベシ
第六十三條及第六十四條
或ハ賣渡物ノ一分賣主ニ属シ其一分買主ニ属スルガ故ニ未ダ純然他人ノモノノ賣買アリタリト謂フ能ハザルコトアリ又賣渡シ物第三者ノ利益ニ於ケル従タル物件即チ所有権ノ支分権ヲ負担スルコトアルベシ殊ニ此塲合ニ於テハ他人ノ物ノ賣買アリタリトシ以テ其賣買無効ナリト言フコト能ハサルヤ明カナリ
是レ等ノ塲合ニ普通ナル原則ヲ約言センニ其賣買タル当然無効ニアラズ惟タ買主ノ請求ニヨリ觧除スルヲ得ルニ過キサルモノトシ加之ナラズ買主ハ自己ノ得ル能ハサリシ所ノ所有権ノ支分権極メテ重要ニシテ若シ之ヲ取得スル能ハサリシコトヲ当初ヨリ知了セシナラバ到底買受ケヲナサザリシコトヲ証明スルヲ要スルコト最モ多シ是レ雙務合意ノ普通法ノ適要ニシテ賣主ハ暗ニ賣渡シタル物ノ全部ノ所有権即チ何等ノ負担モナキ完全ナル所有権ヲ移轉スルコトヲ諾約シタルニヨリ其一分タリトモ之ヲ移轉スル能ハサルトキハ即チ其義務ヲ履行セザルモノニシテ買主ハ又自己ノ義務ヲ免ルルコトヲ請求スルヲ得ルモノトス所謂黙示ノ觧除條件ノ行ハルルモノナリ
然レトモ亦買主其権利ノ減少スルコト極メテ少キニ拘ハラズ尚ホ契約ノ觧除ヲ請求スルヲ得ルトキハ実際弊害ノ起ルコトアルベシ是ヲ以テ買主ハ実際ゲンジツスルコト最モ多キ塲合ニ於テハ其現ニ在ル所ノ物自己ノ需用ニ不充分ナルコトヲ証明スルノ任アルモノトス此塲合タル合意ヲ以テ指示シタル面積不足ノ塲合ト多少類似スルモノニシテ尚ホ後ニ至リ一分ノ追奪ト面積不足トニ付キ対照スル所アルベシ
買受物ノ一分ガ完全所有権又ハ共有権ニテ第三者ニ属スル塲合ニ付テハ第六十三條及第六十四條ノ法文ヲ以テ分割ノ部分ト不分ノ部分トノ間ニ区別ヲ設ケタリ
分割ノ部分トハ区域ヲ特定セル物ノ部分ニシテ土地ノ一隅又ハ一帯ノ径路ノ如キ即チ是レナリ
不分ノ部分トハ物ノ全体上ニ存スル無形上ノ一分ヲ謂フ四分ノ一三分ノ一又ハ二分ノ一ト云フガ如キ即チ是レナリ
此二者ノ区別タル二箇ノ重要ナル結果ヲ生スルカ故ニ法文ニ之ヲ明記シタリ
第一ノ結果ハ買主ノ為メ設ケタル觧除ノ権利ニ関スルモノナリ即チ買主ノ為メ不足ノ部分極メテ重要ニシテ始メヨリ之ヲ取得スルヲ得サリシコトヲ知リシナラハ其物ヲ買取ラサリシコトヲ証明スルノ必要ハ不足ノ部分分割ノ部分タル塲合ニ限ル蓋シ分割ノ部分極メテ狭小ナルカ又ハ其性質極メテ軽少ニシテ真ニ不充分タルノ証明ナキモ直チニ觧除ノ請求ヲ許ストキハ其請求ノ利益理由ナキコト顕然タルニ猶ホ之ヲ起スコトナシトセス、或ハ買主ハ一旦賣買契約ヲ為シタルモ之ヲ悔ヒ其効力ヲ免レンガ為メ僅少ノ不足ヲ口実トシテ觧除ヲ求ムルコト無シトセス是レ之ヲシテ其買受物ノ真ニ自己ノ需用ニ適セサルコトヲ証明スルノ責ヲ負ハシムル所以ナリ
是ニ反シ不分ノ部分賣主ニ属セサリシカ為メ買主ニ移轉スルコト能ハサル時ハ買主ハ全部ノ共有者トナルガ故ニ其権利ヲ行フニ当リ制限ヲ受ケ第三者ノ共有権ノ為メ自己ノ権利大ニ掣肘セラルルニ至ルベシ蓋シ共有権ノ効力及其不便ハ既ニ之ヲ述ベタリ今復タ茲ニ之ヲ贅セズ(財産編第三十七條乃至第三十九條ヲ参観スベシ)是ヲ以テ買主始ヨリ承知セサリシニ自己ノ意ニ反シテ他人ト共有者タルコトアル可ラズ仮令其取得セサル所ノ部分如何ニ些少ナルモ猶ホ賣買ヲ觧除スヘキノ権利ヲ有スヘキヤ明カナリ
然リ而シテ買主共有者トナルニ付受クル所ノ一身上ノ便不便ニ至テハ敢テ他ヨリ容喙スベキニ非ズ買主ノミ独リ之ヲ判断スベキガ故ニ買主ハ只他人ト共有者タラサルヲ得サルノ証明ヲ為スニ於テハ以テ賣買ヲ觧除スルヲ得
不足スル所ノ物カ分割ノ部分ナルト不分ノ部分ナルトヲ区別スル第二ノ結果ハ損害賠償ノ規定方法ニ関スルモノナリ然レトモ是レ只買主其觧除権ヲ行ハサルトキノミニ在リ何トナレバ買主觧除権ヲ行フトキハ賣買全ク消除セラルルニヨリ第五十八條ニ依リ損害賠償ヲ規定ス可レバナリ
左ニ此二様ノ部分ノ不足スル塲合ニ付キ逐一其結果ヲ説明セン
第一ノ塲合、分割ノ部分不足シタル塲合ニ於テ買主残ル所ノ物ヲ以テ自己ノ私用ニ供スルニ足ラサルコトヲ証明セサルニ因リ觧除ヲ行フ能ハサルトキハ不足ノ部分ニ付テモ猶ホ賣買無効ナリト云フ可ラズ買主ハ其真ニ取得シタル所ノ物ヲ取得センガ為メ賣買契約ヲ為シタルモノニシテ不足ノ部分ハ只物ノ従タル品質即チ附従ノ利益ト看做スヘキノミ故ニ其利益ノ附属スルトキハ必ス損害賠償ノ義務ヲ発生スヘキモ決シテ全部ノ追奪ト関係アルコトナシ
仮令バ買受ケタル土地ノ一分ヲ第三者ノ為メニ恢復セラレ其部分頗フル廣襄ナリトスルモ敢テ物ヲ利用スルニ必要ナラサル部分ノトキハ損害賠償ノ額極メテ些少ナルコトアルヘシ又是ニ反シ第三者ノ恢復シタル部分極メテ狭小ナルモ重要ナル建物存在シ又ハ水田灌漑ノ用ニ供シタル川源アリタルトキハ損害賠償極メテ大ナルコトアルベシ蓋シ此ノ如キ塲合ニ於テハ買主残ル所ノ物ノ不充分ナルガ為メ賣買ヲ觧除セシムルヲ得ベキ塲合ト彷彿タレバナリ
是ヲ以テ買主契約ノ觧除ヲ為スコト能ハサルトキ損害賠償ヲ請求スルモ決シテ其代價ノ一分ノ返還ヲ請求スルモノニ非ズ只其買受物ノ不足ノ為メ被ル所ノ現実ノ損害賠償ヲ求ムルニ過キスシテ其追奪ヲ受ケタル部分ノ價格ノ増減ハ自ラ買主ニ利害ヲ及ボス可シ
右ノ塲合ニ於テ賣買ハ毫モ無効ナル所ナキ結果トシテ買主ハ契約費用ノ一分ノ償還ヲ求ムルコト能ハス之ニ反シ觧除ノ行ハルルトキハ買主ノ支拂ヒタル費用ハ是ニ償還スルコトヲ要ス
第二ノ塲合、不足ノ部分不分ノ部分ナルトキハ此一事ニ因リ買主ハ契約ノ觧除ヲ請求シ以テ共有権ヲ得ルノ不利ヲ避クルコトヲ得然レトモ又賣買ヲ維持セント欲セハ其好ム所ニ任ス然レトモ買受物中他人ニ属スル部分ニ就テハ其賣買無原因ニシテ無効ナリ蓋シ此部分ニ就テハ買主ハ原因ナク代價ヲ拂フタルモノナルカ故ニ其部分ニ應シ代價ヲ取戻スコトヲ得且其物ノ全体ノ價格減少シ隨テ其不分ノ部分ノ價格減少スルモ敢テ其結果ヲ被ルコトナシ之ニ反シ買受物ノ價格増加シタルトキハ買主ハ其取得スルコトヲ得サリシ部分ニ応シ増加ノ分ヲ要求スルコトヲ得然レトモ是レ決シテ其價格減少ノ結果ヲ被ラサルノ規定ト矛盾スト云フ可カラス何トナレハ買主ハ買受物全部ノ價格増加スルコトヲ希望スルモ無理ナラス而シテ賣主ハ買主ヲシテ其増加ヲ得セシメサルノ過失アリト云フ可ケレハナリ
又賣買ノ一分無効ナルノ理由ニ因リ買主ハ其支拂フタル契約費用ノ一分ヲ返還セシムルヲ得ヘシ
茲ニ少シク論究ヲ要スル重要ノ問題アリ此問題タル曩ニ述ベタル如ク追奪ノ担保ト面積ノ担保トノ二個ノ担保ノ関係ヨリ生スルモノナリ
譬へバ賣渡シ物ノ分割ノ部分タルト不分ノ部分タルトヲ問ハズ其追奪アリタルトキハ其物ノ一分ノ相失ヲ以テ同時ニ買主ノ為メ面積ノ不足タルモノト見做シ第四十九條乃至第五十四條ニ拠リ代價ノ減少ヲ求ムルノ訴權ヲ生スベキモノト謂フヲ得ベキカ是レ固ヨリ然ルベキ所ナレトモ特ニ此事ヲ法律ニ記載セサルハ追奪担保ト面積担保トノ原則ニ附キ之ヲ考フルトキハ論理上自ラ然ルコトヲ知ルヲ得ベキガ故ナリ
然レトモ面積ノ不足アルトキハ同時ニ追奪アリト謂フコト能ハス合意ヲ以テ指示シタル面積ノ一分其測量ノ不精確ナルニ因リ不足アリタルトキハ賣主追奪ヲ被リタリト云フコト能ハズ従テ是レカ為メ賠償ヲ求ムルコトヲ得ズ唯其賠償ヲ求ムルヲ得ルハ第四十九条乃至第五十四条ノ規定ニ拠リテ然ルヲ得ルノミ
然レトモ買主第三者ノ恢復訴権ノ為メ買受物ノ二十分一ニ当ル部分ヲ失フタルトキハ又約束ノ面積ノ一分ヲ失フタルモノト謂フヲ得ズ又不分ノ部分ノ追奪アリタルトキハ縦令賣渡シ物件約束ノ面積ヲ有シ合意ヲ以テ指示シタル境堺ニ達スルモ買主其一分ヲ得ル能ハザル以上ハ又面積ニ不足アリタルト同一ナリ
素ヨリ物ノ一分ノ追奪ヲ被リタル買主ハ追奪ノ賠償ト面積不足ノ賠償トノ二様ノ損害賠償ヲ併セ求ムルコトヲ得ズ必ズ其一ヲ撰マザル可ラズ而シテ其撰択ハ自己ノ利益ニ従ヒ之ヲ為スベシ蓋シ塲合ニ従ヒ買主二個ノ賠償中其一ヲ撰ムニ付キ特ニ利益ヲ有スルコトアリ下ニ至リ之ヲ説明スベシ然レトモ二個ノ損害賠償ノ一ヲ請求スルニ当リテハ必ズ各種ノ損害賠償ニ固有ナル規則条件ノ全体ヲ遵奉セサル可カラズ決シテ恣マニ領受ノ賠償ニ関スル規則ヲ混用スルコトヲ得ズ
譬へバ追奪ヲ受ケタル買主ハ各坪ノ代價ヲ定メ(上第四十九条ヲ参観スヘシ)又ハ面積ノ担保ヲ約シ(上第五十条ヲ参観スヘシ)賣買ヲナシタル時ニ非サレバ些少ノ不足ノ為メ面積不足ノ規則ヲ申立ツルコトヲ得ズ若シ各坪ノ代價ヲ定メズ又ハ面積ノ担保ヲ約セザル時ハ追奪ニ因リ生シタル不足全面積ノ二十分一ナルコトヲ要ス(上第五十条ヲ参観スヘシ)若シ一分ノ追奪アリタル時是等ノ条件毫モ存セザル時ハ買主ハ面積不足ノ規則ヲ申立ツルコトヲ得ズ唯追奪ノ規則ヲ適用スベキコトヲ請求スルヲ得ルノミ
今買主二様ノ損害賠償ノ一ヲ選択スベキ塲合ニ於テ其選択取捨ニ付キ有スル利益如何ヲ述ベン
若シ追奪アリタル部分分割部分ニシテ而シテ不動産ノ全部若クハ追奪アリタル部分ノミ價額ヲ減少シタルトキハ買主其追奪ヲ受ケタル所ノ現実ノ價額ヲ償還セシムルヲ得ルニ過キズ(上第六十三条第二項ヲ参観スベシ)然ルニ面積ノ不足ヲ申立ルトキハ其不足ニ応シ代價ノ一分ヲ返還セシムルヲ得ベシ(上第四十九条及第五十条ヲ参観スヘシ)
是レニ反シ不動産ノ價格ヲ増加シタルトキハ追奪ヲ被リタル買主面積ノ担保ヲ請求セズシテ追奪担保ヲ請求シ以テ増價ノ賠償ヲ強受スルコトヲ得ベシ
又此他面積不足ノ担保ニ比シ追奪担保ノ利益アル塲合アリ譬へバ賣主面積ノ担保ヲ為サズシテ賣渡シタルモ追奪担保ノ義務ヲ免ルルコト能ハズ何トナレバ法律ノ見ル所ニ拠レバ所有権ヲ有セザルモノヲ賣渡スハ賣渡物ノ精確ナル面積ヲ知ラサルニ比シ過失一層大ナレバナリ蓋シ自己ノ権利ノ有効ナルヤ否ヤヲ調査シ従来ノ移轉ノ適法ナルヤ否ヤヲ検審スルハ敢テ難キニアラザルモ土地ノ面積ヲ測量スルニ至テハ容易ナラサルコトアリテ巨多ノ塲合ニ於テハ一々測量師ヲシテ調査セシムル能ハサルコトナシトセス面積ヲ知ラサルハ所有権ヲ有セスシテ賣渡スニ比シ其責任稍ヤ軽キモノナリ
然レトモ追奪担保ナキ要約アリテ而シテ買主二十分一ニ相当スル分割ノ部分ノ追奪ヲ受ケタルトキハ追奪ノ為メ生シタル面積不足ノ賠償ヲ請求スルコト能ハズ之ヲ請求スルハ即チ却テ追奪ノ担保ヲ求ムルニ過キス
是レニ反シ面積ノ直接ノ不足詳カニ之ヲ謂ヘバ豫見セザル所ノ不足ニ至テハ買主之ヲ申立ルコトヲ得何トナレバ普通法ヲ制限スル約款ハ必ス明カニ其掲載スル所ノ範囲ヲ超過スベカラザルモノナレバナリ
猶ホ追奪ト面積ノ担保間ニ存スル一ノ差異アリ即チ追奪担保ニ付テハ唯ニ賣主ノ意思ノ善悪ヲ斟酌スルモ面積ノ担保ニ付テハ賣主仮令善意ナルモ不足ニ対シ代價減少ノ請求ヲ受ケサル可カラズ又其惡意モ僅カニ之ヲシテ二十分一以下ノ不足ノ責ニ任セシムルノ効力アルニ過キス(第五十條ヲ参観スヘシ)
第六十五條
本條ハ賣渡シタル土地第三者ニ属スル所有権以外ノ物ケンニシテ契約ニ明記セサルモノヲ負担スル塲合ヲ規定スルモノナリ
地益権用益権及チンタイシヤツ権ノコトハ既ニ第六十三條及第六十四条ニ規定スル所ニシテ或ハ之ヲ以テ所有権ノ分割ノ部分ト見做シ或ハ不分ノ部分ト見做スコトヲ得セシムル所ノ区別ニヨリ該條ニ規定スル所ナリ然ルニ本條ニ規定スル所ハ第六十三條ニ仮定スル如ク完全所有権若クハ虚有権ノ追奪アルニアラズシテ唯住宅若クハ地所ノ追奪アルニ止ルモノトス
賣渡シタル土地ノ負担タル先取特権及抵当ニ至テハ特ニ之ヲ以テ第六十六條ノ主眼トス蓋シ先取特権及抵当ハ更ニ一ノ区別ヲ設ケテ規定スルヲ要スルモノナルカ故ナリ蓋シ賣渡シタル土地上ニ先取特権又ハ抵当ノ成立シ而シテ契約ヲ以テ之ヲ明示セザルモ未タ買主ノ担保求償權ヲ生スルモノニアラズ其求償權ヲ発生セシムルハ債權者権利ヲ行フタルコトヲ要ス即チ債權者其權利ヲ行フトキハ仮令契約ヲ以テ第三者ノ權利ヲ明示シタリシトキト雖トモ猶ホ担保訴權ノ行ハルルヘキモノトス
本條ハ受ケ方ノ地益詳カニ之ヲ謂ヘハ賣渡シタル土地ノ負担タル地益ノ成立ニ関スル規定ニ先チ契約ヲ以テ賣渡シタル土地ニ属スルコトヲ指示シタル働キ方ノ地益アル塲合ヲ規定シタリ蓋シ其地益タル買主土地ト共ニ取得センコトヲ希望シタル所ノ従タル権利ナリ是ヲ以テ其權利未タ曽テ成立セサルニヨリ又ハ既ニ消滅シタルニヨリ買主之ヲ取得スル能ハサルトキハ賣主之ニ其損害ノ賠償ヲナスベキヤ当然ナリ而シテ地益ノ相失ハ仮令土地ノ全部ノ利益タルベキ地益ニ関スルトキト雖トモ(譬ヘハ林地上ノ通行權又ハカンボウ権)土地所有權ノ不分ノ部分ノ取戻シト同一視スル能ハサルガ故ニ其損害賠償ヲ規定スルノ方法ハ不分部分ノ追奪ノ方法ト同一ニシタリ
本條ノ法文ニ働キ方ノ地益「契約ニ於テ述ベタルモノ」ナルコトヲ想像シタリ是レ人為ヲ以テ設定シタル地益ニ関スルコトヲ自ラ示スモノナリ何トナレハ法律上ノ地益ハ隣接セル土地相互ノ意思ニヨリ設定スルコトアルカ故ニ仮令契約ヲ以テ之ヲ述ベサルトモ猶ホ買主之ヲ取得スベキコトヲ希望スルヲ得ルモノナレバナリ是ヲ以テ法律上ノ地益ニシテ賣主ト隣人トノ間ニ合意ヲナシ以テ抛棄シタルモノナルトキハ即チ法律上ノ働キ方地益ニ反スル人為ノ受ケ方地益ノ一種ナルモノニシテ又事情ニ従ヒ賣主買主ニ是レガ為メ担保ノ義務ヲ負ハサル可カラズ受ケ方ノ地益即チ賣渡シタル土地上ニ存スル地益ニ至テハ賣主ハ其地益「人為ヲ以テ設定シ」「不表見」ニシテ且ツ「契約ニ於テ述ベザル」モノナル時ニアラサレバ賣主之ヲ担保スルノ責ニ任スルモノニアラズ是ヲ以テ第一法律上ノ地益ハ所有權ニ普通ナルモノニシテ賣渡シタル土地ト隣地トノ相互ノ意思ヲ関接スルトキハ自ラ法律上ノ規定ニヨリ現然タルモノナルヲ以テ買主常ニ之ヲ知ルヲ得ベク又之ヲ知ラサル可カラズ故ニ法律上ノ地益ニ付テハ賣主担保ノ責ニ任セス第二人為ノ地益ニシテ譬ヘバ溝渠道路又ハ法律ニ定メタル距离ヲ存セスシテ設ケタル建物ノ如キモノアルトキハ外見ノ目標ニヨリ顕表スルモノニ付テハ又担保義務存スルコトナシ第三不表見ノ地益ナルモ契約ニ於テ述ベタルモノニ付テハ又同シ蓋シ人為ノ地益ニシテ表見ナルトキ又ハ其不表見ナルモ契約ニ於テ述ベタルトキハ買主ハ土地ノ負担タル地益ノ如何ヲ知ルヲ得ヘキガ故ニ又其代價ヲ約定スルニ当リ多少地益ノ為メ代價ヲ減少シタルモノト見做サルベシ
賣渡シタル土地ニ用益権若クハチンシヤツ權ノ存スル塲合ニ於テハ地益アル塲合ニ於ケルト異ナル所ノ区別ヲナシテ之ヲ規定スルヲ要ス
先ツ法文ニハ働キ方即チ賣渡シ物ニ附隨シ買主ニ属スベキ用益權若クハチンシヤツ権ノ相失追奪アリタルコトヲ仮定セス
本條ハ是ニ反シ用益権若クハチンシヤツ権第三者ニ属シ而シテ第三者ヨリ賣渡物上要求ヲナシタルコトヲ仮定スルモノナリ此塲合ニ於テハ買主賣買契約ニ付キ企圖スルヲ得タリシ利益ノ一分ノ追奪ヲ被ルモノナリ而シテ本條ハ其賠償ヲ規定スルニ付キ一ノ区別ヲナシタリ此区別タル地益ノ事ニ関シテハ之ヲ設クルノ理由アラサリシモ用益権及ヒチンシヤツ権ニ付テハ之ヲ為スヲ必要トス即チ用益権若クハチンシヤツ権物ノ一分ノ上ニ存スルカ将タ全部上ニ存スルカ又其全部上ニ存スルトキハ建物ニ付テハ一ヶ年土地ニ付テハ二ヶ年以上継續スベキモノナルヤ否ヤノ区別是レナリ
用益権若クハチンシヤツ権物ノ一分上ニ存スルニ過キザルトキ又其全部上ニ存スルモ建物ニ付テハ一ヶ年土地ニ付テハ二ヶ年以上継續スベキモノニアラザルトキハ恰カモ分割ノ部分ノ追奪アリタル時ト同シク其損害賠償ヲ定ムベシ(上第六十三條ヲ参観スベシ)是レニ反スル塲合ニ於テハ賠償ヲ規定スルニ不分部分ノ追奪ノ規則ニ依準スヘシ(上第六十四條ヲ参観スベシ)是ヲ以テ用益權若クハチンシヤツ権物ノ一分上ニ存スルカ又全部上ニ存スルモ其存續期間建物ニ付キ一ヶ年土地ニ付キ二ヶ年ヲ逾ヘザル塲合ニ於テハ買主ハ全部ノ収益ヲ失ヒ又ハ一分ノ収益ヲ失フノ時甚タ久シキニヨリ最早其所有権自己ノ需用ニ応スルニ充分ナラサルコトヲ証スルニアラサレバ賣買ノ觧除ヲ求ムルコトヲ得ズ若シ買主此証拠ヲ挙クルコト能ハサルトキハ唯其失フ所ノ現収益ノ償金ヲ得ルニ過キス是レニ反スル塲合ニ於テハ用益權若クハチンシヤツ権ノ継續期ト範囲トノ如何ニ従ヒ買主ヲシテ他ニ証明スル所ナキモ賣買ヲ觧除スルコトヲ得セシム本條ノ規定ニ於テ建物ト土地トニ付キ区別ヲ設ケタル理由ハ会得シ易キモノナリ蓋シ建物ハ土地ニ比スルニ率ネ買主ノ需用一層切迫セルモノナリ是ヲ以テ一ヶ年間建物ヲ使用スルコト能ハサルトキハ為メニ買主ヲシテ二ヶ年間土地ヲ使用スルコト能ハサルト等シキ損害ヲ被ラシムルモノナリ是レ家屋ト土地トニ付キ期間ノ長短ヲ異ニセル所以ナリ
用益権ハ通常ヒツセイ間ノモノニシテ其果シテヒツセイ間ナルトキハ其継續期間不定ナルカ故ニ其賣渡物ノ全部ニ存スルトキハ他ノ理由ヲ証明スルニ及バズ單純ニ之ヲ觧除スルヲ得ルモノトス然レトモ用益権ニシテ偶マ期限ノ定メアルモノニ付テハ其賣渡物ノ全部ニ存スルモ猶ホ單純ノ觧除ヲ認許スルニハ残餘時期建物ニ付テハ一ヶ年土地ニ付テハ二ヶ年以上ナルコトヲ要ス
以上述ル所ノ塲合ニ於テ買主觧除ノ権利ヲ行ハサルトキハ分割部分ノ追奪アリタル塲合ニ於ケルカ如ク現実ノ損害ヲ標準トシ以テ賠償ノ数額ヲ算定スベシ蓋シ完然所有権ト比較シ一時収益ノ價格ヲ算定シ以テ追奪ヲ被リタル買主ニ取得代價ノ追奪部分ニ応スル一分ヲ返還スルハ其証明上甚タ困難ナルベシ
本條ハ賣渡物ノ負担タル使用權又ハ住居權アル結果ヲ規定スルヲ必要ナラスト認メタリ然レトモ若シ偶マ其塲合ノ実際発生スルトキハ之ヲ断定スル毫モ困難ニアラズ然レトモ使用権若クハ住居権ハ現実ノ需用ヲ以テ其制限トナス(財産編第百十条ヲ参観スベシ)故ニ実際是レガ為メ収益ノ全部ヲ取尽スモ決シテ法律上賣渡シタル土地ノ全部ニ存スルモノト見做ス可カラズ是ヲ以テ買主使用権若クハ住居権アルニヨリ其買受ケタルモノ自己ノ需用ニ適セサル旨ヲ証明スルニアラサレバ觧除ヲ請求スルコト能ハズ唯裁判上ニ於テ使用権若クハ住居權ノ為メ減少スル所ノ収益ノ大ナルトキ容易ニ買主ノ請求ヲ容ルベキノミ
第六十六條
先取特権及抵当ハ賣渡不動産ノ全体ノ負担タリト雖トモ又前諸条ニ規定シタル物ケント異ナリ未タ必ズシモ買主ヲシテ其賣買契約ニヨリ取得セント欲シタル所ノ所有權ヲ相失セシムルモノニアラズ又其収益ヲ減少スルモノニモアラサルナリ
第一、若シ買主ニシテ意ヲ用フル慎重ナルトキハ其代價ヲ弁済スルニ先チ賣渡シタル不動産ノ負担タルベキ先取特権若クハ抵当ノ有無ヲ登記簿ニ付テ捜索スルヲ得ベシ登記官吏ハ是レニ登記簿ノ正本ヲ交附スヘキガ故ニ買主ハ是ニ依リ以テ先取特権若クハ抵当権ノ存立ヲ知ルヲ得ベシ
是ヲ以テ買主一旦登記ヲ経タル抵当附債権ノ数額ジュンイ多少ヲ知ルトキハ債權者ニ其取得代價ヲ拂込マンコトヲ提供シ而シテ担保編ニ規定セル滌除ト称スル手續ニ従ヒ先取特権及抵当ノ抹消ヲ為サシメ以テ以後追奪ヲ被ルノ憂ヲ防クベシ故ニ買主ハ仮令其買取リタル不動産ニ先取特權若クハ抵当ノ存スルモ敢テ前諸條ニ規定シタル物ケンノ存スル時ト同様ナル苦情ヲ称フルノ理由アラサルナリ
然レトモ亦買主其ノ代價ヲ賣主ニ支拂ヒ債権者ニ支拂ハサルノ不注意ナシトセサルガ故ニ此塲合ニ於テハ或ハ所有権ノ徴取ヲ被リ或ハ抵当附ノ債務ヲ弁済セサルヲ得サルニ至ルベシ唯賣主ニ対シ損害賠償ヲ請求スルノ権アルノミ
然リ而シテ不動産上ニ抵当ノ物ケン存在スルモ未タ之ヲ以テ担保訴権ノ理由トナス可カラズ而シテ其然ル所以ハ敢テ買主滌除ノ法式ヲ履行セザルノ過失アルガ故ニアラズ買主滌除ヲ為ササルノ過失アルコトヲ是ニ責ムルヲ得ルモノハ買主其代價ヲ弁済シタルノ一事ヲ以テ抵当訴権ノ行使ヲ争フ時債権者ヨリスルヲ得ベキノミ然レトモ賣主ハ決シテ買主ニ滌除ノ方法ヲ履行セザルコトヲ責ムルノ權ナシ何トナレバ賣主ハ自ラ其債務ヲ債權者ニ弁済セサルノ過失アルモノナレバナリ然ルニ抵当ノ成立ノ一事ヲ以テ直チニ担保訴權ヲ行フノ理由ト為スニ足ラサル所以ハ抵当権ナルモノハ他ノ不動産上ニ存スル物権ト異ナリ債権者之ヲ行フノ利益ナキニヨリ結局之ヲ行フニ至ラサルコトアル可ケレバナリ蓋シ債権者ハ他ノ物上若クハ対人ノ担保ヲ有シ之ヲ行フコト抵当ヲ行フニ比シ一層容易ナルカ又ハ債務者他ニ充分ノ資産ヲ有スルニヨリ任意ニテ弁済ヲナスコトアルベシ
是ヲ以テ買主ハ其買受物ノ抵当權存スルモ抵当債權者ヨリ所有権徴取ノ訴追ヲ被リタルトキニアラサレバ担保訴權ヲ行フコト能ハス
猶ホ此他賣渡物ノ存スル先取特權若クハ抵当ト其他ノ物權トノ間ニ買主ノ買受物上物権存在ヲ知リタルノ結果ニ付キ至大ノ差異アリ
蓋シ先取特權若クハ抵当以外ノ物權ニ関スルトキハ買主其存在ヲ知ルニ於テハ悪意ナリトシ之ヲシテ追奪ノ塲合ニ於テ損害賠償ヲ請求スルノ権利ヲ失ハシメ唯僅カニ無原因ニテ弁済シタル代價ヲ取戻スノ權利ヲ得セシムルニ過キサルモ買主先取特權若クハ抵当ヲ知ルハ敢テ惡意ナリト謂フコト能ハズ或ハ債權者ハ債務者他ノ資本ヲ以テ債務ヲ弁済スベシト信シ或ハ債権者或ル塲合ニ於テハ先ツ債務者ノ他ノ財産ニ付キ訴追ヲナスノ義務アルニヨリ其事ヲ恃ミタルニヨリ先取特権若クハ抵当ノアルニ拘ハラズ買受ケヲ為シタルコトアルベシ固ヨリ買主ハ抵当ヲ摘除セザルノ不注意アリト雖トモ未ダ以テ惡意ナリト謂フ可カラズ
第六十七條
差押へタル財産被差押人ニ属セザル時其競落人ノ権利如何ハ頗ル断定ニ困難ナル問題ナリ
抑モ賣買ト競落トハ大ニ類似スルモノナリト雖トモ又未ダ之ヲ以テ同一視ス可カラザルモノアリ蓋シ競落人ハ金銭ヲ以テ代價ヲ拂ヒ物ヲ取得スルカ故ニ買主ニ類似スルヤ明カナリト雖トモ其賣主タルモノ何人ナルカ蓋シ差押ヘ及賣買ハ被差押人ノ意思ニ反シ行フモノナルガ故ニ被差押人賣主ナリト謂フ可カラズ又被差押人ハ債權者ト契約シ是レニ賣渡シノ代理ヲ委任シタリト謂フ可カラズ何トナレバ如何ナル塲合ニ於ケルモ賣渡シノ代理ハ自己ノ所有スル物ヲ賣渡ス時ノ外行ハルベキモノニアラズ單ニ占有スルモノヲ賣渡スノ代理ヲ為スコト能ハズ然ルニ本條ニ於テハ被差押人所有者タラサル塲合ヲ仮定スルカ故ニ結局賣主タル者アラサルニ似タリ
又差押人賣主ナリト謂フコト能ハズ何トナレバ差押人ヲ以テ賣主ト見做ストキハ仮令賣渡物被差押人ニ属スルトキト雖トモ猶ホ差押人ヲシテ他人ノ物ノ賣主タラシムルモノナレバナリ而シテ被差押人眞ノ所有者タルトキ差押人ヲ以テ賣主ト見做ストキハ遂ニ他人ノ物ノ賣買有効ナリトノ奇異ナル結果ヲ生ズルニ至ルベシ或ハ差押人ハ債務者ノ代理人トシテ賣渡シヲ為スモノナリト謂フ者アラン然レトモ是レ亦其当ヲ得タルノ言ニ非サルナリ蓋シ差押人ハ賣買ヲ請求スルモ決シテ自ラ賣買ヲ為スモノニ非ス且ツ其果シテ賣主タラザルノ証拠ハ差押人賣買ノ方法ヲ定メ又ハ其代價ヲ定ムルニ付キ何等ノ権限ナキヲ見テ知ルベキナリ
或ハ謂ハン競落ニ於テ賣主タルモノハ競賣目録ヲ作リ被差押人ノ所有権ヲ証明スル所ノ公吏ナリト此説亦前二説ニ於ケルト同シク到底主張スルヲ得サルモノナリ蓋シ公吏ハ競賣ニ関シ其職務上ノ義務ヲ有スト雖トモ亦其競賣ニ於ケル賣主タラサルコトハ公証人コーセー証書ヲ以テ任意賣買ヲナス塲合ニ於テ賣主タラサルト一般ナリ
此点ヲ深ク論究シ賣主ノ何人タルヲ研究セバ寧ロ競賣ヲ監督シ競落ヲ宣告スル所ノ判事ヲ以テ賣主ト見做スベシ然レトモ是レ亦其実当ヲ得タルモノニ非ルナリ
唯公吏及競賣ヲ監督スル判事ニシテ其職務ヲ怠ルコト重大ナリシニ由リ遂ニ競落人ヲシテ追奪ノ危害アルコトヲ知ラサラシムルニ至リタルトキハ本條末項ニ定ムル如ク其責ニ任セサル可カラズ
是ニ因テ之ヲ観ルニ競賣ト任意賣買トハ別物ナルモノニシテ一概ニ之ヲ同一視ス可カラズ
然レトモ競落人追奪ヲ受ケタルトキハ即チ原因ナク代價ヲ弁済シタルモノナルガ故ニ之ヲ利得シタル者ニ対シ其返還ヲ求ムルヲ得ベキヤ当然ナリ是ヲ以テ競落人ハ第一被差押人タル債務者ニ対シ請求ヲナスコトヲ得蓋シ被差押人ハ競落人ノ拂フタル代價ニヨリ其債務ノ全部若クハ一分ヲ免除シ其利益ヲ得タルモノナリ然レトモ元来其差押ヘ競落アルニ至リタルハ畢竟債務ノ無資力ニヨルモノナルガ故ニ債務者ハ競落人ヨリ取戻シ訴權ヲ被ルモ猶ホ依然無資力者タルヤ必然ナリ是ヲ以テ競落人ハ債権者ニ対シ其領受セサル所ノモノヲ返還スベキノ請求ヲナスコトヲ得或ハ債権者自己ノ領受シタル所ノモノハ実際己レノ得ベキモノナリト主張スルモ其主張タル敢テ容ルベキモノニアラズ蓋シ不当弁済ノ領受アル塲合ハ数多アリテ就中真ノ債権者タルモノ債務者タラザル者ヨリ弁済ヲ受ケタル塲合ノ如キハ即チ其一分タルモノナリ而シテ茲ニ規定スル所ノ競落人追奪ヲ受ケタル塲合ニ於テハ即チ真ノ債権者債務者タラザル者ヨリ弁済ヲ受ケタルモノナリ
損害賠償ノコトニ関シ法文ニ其全部若クハ一分ヲ負担スベキモノ三種ヲ指示シタリ
第一ヲ悪意ノ差押人トス蓋シ
差押人ハ或ル債務其債務者ニ属セサルコトヲ知リ乍ラ之ヲ差押ヘ且ツ賣却セシメタルハ重大ナル過失アリタルモノニシテ其過失タル眞ノ民事犯罪ヲ構成スルモノナルガ故ニ通常ノ義務発生ノ原因ノ一タルモノナリ故ニ差押人ハ民事犯罪ニ基ク損害賠償ノ義務ヲ負担セサル可カラズ
第二ヲ被差押人タル債務者トス蓋シ債務者ハ必ス差押ヘ及競落ノ手續ニ参与スルモノニシテ其差押ヘ物ニ付キ権利ノ有無ヲ証明セサル可カラズ若シ其果シテ其所有者タラサルトキハ其旨ヲ宣告セサルノ一事ヲ以テ既ニ競落人ニ対シ其責任ヲ引起スニ充分ナル過失ト謂フ可シ然レトモ若シ債務者其権利ノ有無ヲ陳述スベキノ要求ヲ受ケ惡意ニテ之ヲカク認シ又ハ第三者ノ權利ヲ否認シタルトキハ差押人ト同シク民事上ノ犯罪ヲ行フタルモノニシテ又仮令其權利ノ有無ヲ陳述スベキノ訴追ニ附セラレザルモ故ラニ他人ノ權利ヲ隠蔽シタルトキハ又民事犯罪ヲ構成スルモノナリ而シテ其損害賠償ノ義務ヲ発生スベシ
第三ヲ競落ノ手續殊ニ被差押人ナル債務者ノ所有權ヲ証明スベキ競賣目録ノ調成ニ充テラレタル公吏トス若シ其公吏ニシテ職務執行ニ付キ重大ナル過失ヲナシ其過失ノ為メ競落人ヲシテ錯誤ニ陥ラシメタルトキハ其責任ヲ免レサルハ普通法ノ致ス所ナリ
本條ハ敢テ競落以前ノ登記ノ正本ニ誤謬脱漏ヲ為シタル登記官吏ノ責任ヲ記載セスト雖トモ其責任タル財産編第三百五十五条ニ於テ汎ク之ヲ規定シタルガ故ニ毫モ疑義ヲ存スルコトナシ
第六十八條
第一項ハ債權ノ譲渡シニ担保ノ普通法ヲ適用スルモノニシテ次ノ二項ニ於テ法律上資力ノ担保ニ加ヘタル制限ハ其担保ニ区域ヲ適当ニ擴張スルノ弊害ヲ防クノ趣意ニ出テタルモノナリ
凡ソ債權ノ賣主ハ其債権ノ成立ノ担保人ナルガ故ニ其不成立ノ責ニ任セサル可カラズ譬ヘバ其賣渡シタル債権元来ガッポウノ原因ナク又ハ充分確定シタル目的物ナキニヨリ当然無効ナルトキ又ハ其一旦成立シタルモ弁済若クハ相殺ニヨリ既ニ消滅シタルトキハ賣主其責ニ任スベキモノナリ
此点ニ付テハ債権ノ賣主ハ賣買前ニ在ッテ既ニ相失シタル有体物ヲ賣渡シタルモノト敢テ異ナル所ナシ(上第四十三條ヲ参観スヘシ)
又賣主ハ債権ノ自己ニ属スルコトヲ担保スルモノナリ蓋シ其債權タル眞ニ成立スルモ或ハ他人ニ属スルコト無シトセズ此ノ如キ塲合ニ於テハ其債権ノ賣買ハ他人ノ物ノ賣買タルニ因リ無効タルモノナリ
又本條ニ賣主ハ債權ノ有効ノ担保人タルコト詳カニ之ヲ言ヘハ其債權消除訴權ノ為メ消滅スルトキハ又賣主其責ニ任スヘキコトヲ記載シタリ
以上説明スル所ノ規定ハ債權ノ買主ノ為メ毫モ不利ナル所ナク其買主ハ有体物ノ買主ト同一ノ担保ノ權利ヲ有スルモノト謂フベシ蓋シ有体物ノ買主モ物ノ形体上ノ成立ヲ担保シ其所有權ヲ有スルコトヲ担保シ且ツ其物ヲシテ用法ニ不適当ナカラシムル所ノ隠レタル過疵アラザルコトヲ担保スルニ過キサルモノナリ(是レ第三款ニ規定スル所ナリ)
又本條ニ譲渡人ハ債務者ノ有資力ノ担保人ニアラズト云フ是レ亦タ買主ノ為メ特ニ不利益ナル規定ナリト謂フベカラズ若シ賣主債務者ノ有資力ヲ担保スルトキハ却テ譲受人ノ為メ特例タル利益タルモノナリ蓋シ債務者無資力タルノ危險ハ債権ノ性質ニ固有ナル結果ニシテ譲渡人ヲシテ法律上其担保ノ責ニ任セシムルハ甚タ其当ヲ得サルモノニシテ恰モ田畑ノ賣主ヲシテ収收穫ノ豊饒ヲ担保セシメ又家屋ノ賣主ヲシテ絶ヘズ賃借人アルコトヲ担保セシムルニ外ナラザルベシ是ヲ以テ合意上有資力ノ担保ヲナスヲ許スベキモ決シテ法律上之ヲ担保スルノ義務ヲ作ル可カラズ
立法上之ヲ論スレハ或ハ債權ノ譲渡シ其満期トナリタル前ニアルト後ニアルトヲ区別シ其譲渡シ満期以前ニアル塲合ニ於テハ譲受人債務者将来無資力トナルノ危險ヲ被ルヘキヤ当然ナリト雖トモ満期後ニ至リタル譲渡シアリタル塲合ニ於テハ譲渡人ヲシテ債務者現ニ資力アルコトヲ担保セシムルモ又敢テ不可ナラサルベシ何トナレハ債務者之ニ対スル債權譲渡シノトキニアツテ現ニ無資力ナルトキハ爾後其資力ヲ恢復スルコト甚タ疑フ可ケレハナリ然レトモ本法ニハ此ノ如キ規定ヲ採用セス是レ債権者既ニ満期トナリタル債權ヲ賣渡スノ行為ハ其一事ニ依リ既ニ債權者自ラ其債權ノ弁済ヲ受ルコト困難ナリト認メタルヲ示スニ足ルモノナルガ故ナリ
夫レ然リ法律上賣主ヲシテ債務者ノ有資力ノ担保ニ任セシメスト雖トモ亦賣主ハ任意ニテ合意ニヨリ其担保ノ義務ヲ負フコトヲ認許ス此塲合ニ於テハ所謂法律上ノ担保ニ対スル処ノ事実上ノ担保ナルモノナリ法律上ノ担保トハ法律上債權ノ成立スルモノヲ担保スルノ謂ナリ
有資力ノ担保ノ諾約ハ明示ナルコトヲ要ス是ヲ以テ賣買証書中賣主其債権ヲ譲渡シ担保ノ責ニ任スト云フヲ以テ其有資力ノ担保義務ヲ約シタリト見做スニ足ラズ蓋シ單ニ担保ノ義務ニ任スト謂ヘルハ僅カニ債権ノ成立ヲ担保ストノ言ヒニ過キザルコトアル可ケレバナリ抑モ合意ノ約款ニ二様ノ意義ヲ以テ觧釈スルヲ得ヘキモノアルトキハ之ヲシテ何等ノ効力ヲモ有セシメサル意義ヲ執ル可カラス必ス之ヲシテ有効ナラシムル所ノ意義ヲ執テ觧釈スルコトヲ要ス然ルニ担保ノ約款ヲ特ニ合意中ニ設ケタル塲合ニ於テ之ヲ觧スルニ唯法律上ノ担保ノ責ニ任スルコトヲ示シタルニ過キストナストキハ其約款何等ノ効力ヲモ生セス合意觧釈ノ通則ニ反スルニ似タリト雖トモ亦譲渡人ノ義務ヲシテ有資力ノ担保ノ如ク著シク廣大ナラシムル所ノ意義ハ毫モ疑義ヲ入レサルトキノ外之ヲ認ム可カラズ少シ疑ヒアラハ此ノ如キ觧釈ヲ為サザルヲ要ス蓋シ疑義アルトキハ諾約者ノ利益ニ於テ要約者ニ対シ合意ヲ觧釈スヘキハ又合意觧釈ノ通則ナリ(財産編第三百六十條ヲ参観スヘシ)
然ルニ担保ノ要約者タルモノハ譲受人ニシテ其諾約者タルモノハ譲渡人ナリ故ニ疑義アレバ譲渡人ノ利益ヲ計リ以テ合意ヲ觧釈スベシ
又有資力ノ明示ノ諾約アル塲合ニ於テモ尚ホ法律ノ規定ヲ要スルノ点数多アリ
蓋シ債權譲渡シノトキニ当リ未タ其弁済期限ノ到来セサルコトアリ或ハ是レニ反シ其期限ノ既ニ到来シタルコトアリ
然ラバ則チ債務者ノ無資力ノ責任ノ有無ヲ定ムルニ何レノトキヲ以テ標準トスベキカ
本條ハ債務者債権譲渡シノトキニアツテ現ニ資力ヲ有スルヲ以テ賣主ノ責任ヲ免ルルニ足ルモノト定メタリ蓋シ此塲合ニ於テハ譲渡人債務者無資力ノ一切ノ結果ヲ免レンコトヲ欲シタルニアラサルヤ明カナリト雖トモ亦未タ以テ将来危險ノ責ニ任スルノ意アリト謂フ可カラス
又債権ノ未タ満期ニ至ラサルトキハ有資力ノ担保ヲ約シタル譲渡人ハ其債権ノ満期前又ハ満期後一ヶ年内ニアツテ債務者無資力トナリタルトキノ外其責ニ任セサルモノトス
又無期年金權ノ如キハ本法未タ実際行ハルルコト少ナク又将来其行ハルルコト頻繁ナラザルベキモ亦法律上其塲合ヲ規定スルコトヲ要ス蓋シ無期年金債権譲渡シノ塲合ニ於テハ元来元本ノ要求スヘキモノナク唯僅カニ毎年ノ年金ヲ要求スヘキニ過キサルヲ以テ譲渡人ノ責任ハ債権ト共ニ永遠無限ニ継續セザルモ亦他ノ債権譲渡シノ塲合ニ比スレハ一層継續ノ時長カラサル可カラズ是ヲ以テ本條ニ其譲渡人ノ責任継續期間ヲ十年ト定メタルモ敢テ長キニ失シタルモノト謂フ可カラズ然リ而シテ一ヶ年若クハ十ヶ年ノ右ノ期間タル譲渡人ノ責任ヲ負担スル所ノ期間ニシテ其担保訴権ヲ被ルヘキ期間ニアラズ一旦前記ノ期間内ニ於テ担保ノ義務生シタルトキハ其訴権ハ時効ノ通常期間ニ従フ可キモノナリ
亦債権譲渡シノ塲合ニ於テ譲渡人実際担保義務ヲ負担スルトキハ如何ナル効力ヲ有スヘキカ
此点ニ付テハ法律上ノ担保ト合意上ノ担保トヲ区別スルコトヲ要ス
本條ハ法律上ノ担保ニ付キ毫モ規定スル所ナシ是レ法律上ノ担保ニハ普通法ヲ適用スベク而シテ債権ノ成立セサルカ又ハ譲渡人ニ属セザルカ或ハ証明スルヲ得ベキモノナルトキハ譲渡人ハ必ス譲受人ニ譲渡シ代價及ビ契約費用並ヒニ債務者勝訴シタルトキ譲受人ノ支拂フタル訴訟費用ヲ償還スベク且併セテ損害賠償ヲ拂ハサル可カラズ而シテ其損害賠償タル譲受人ガ譲受ケニ付企圖スルコトヲ得タリシ利益ニ相当スベキモノニシテ而シテ其利益タル債權ノ数額ト譲渡シノ代價トノ差異タルベシ是レ恰モ有体動産ノ賣買ニ於テ譲受人ノ取得スルコト能ハサリシ物ノ増價ヲ以テ損害賠償ノ数額トナスト同一ナリ是ヲ以テ債権ノ賣買ニ於ケルモ亦其担保ニ関シテハ上第五十八條ヲ当然適用スベキヲ知ルベシ
譬へバ譲受人千円ノ債權ヲ八百円ニテ買取リタルニ其債権実際成立セサルトキハ譲受人ハ債務者ノ現在並ヒニ将来ノ無資力ノ危驗ヲ承諾シタルモノナリト雖トモ債權不成立ノ危驗ヲ受クルコトヲ承諾シタルモノニアラズ(唯係争権ノ譲渡シニ於テノ特リ其不成立ヲ承諾シタルモノトス)是ヲ以テ譲受人ハ債權ノ全額千円ヲ恢復スベキヤ至当ナリ即チ其取得代價ノ八百円ト賣買ニヨリ取得センコトヲ希望シタル利益二百円トヲ要求スルヲ得ルモノナリ
譲渡シタル債権成立セサル塲合ニ於テ譲渡人ガ債務者ナリト称シタル者無資力ナル時ハ譲渡人ハ債權ノ眞ニ成立スルモ猶ホ譲受人ハ実際債務者ヨリ領受スルヲ得ベキ金額ノ外之ヲ担保スルノ責ナシ蓋シ譲渡人ハ譲受人ニ対シ仮令債権ノ真ニ成立スルモ猶ホ譲受人其全額ノ弁済ヲ受ク可カラサルコトヲ答弁シ以テ其全額ノ弁済ヲ拒絶スルコトヲ得蓋シ賠償ハ実際被リタル損害ヲ超過ス可カラサルモノナレバナリ然レトモ仮令損害賠償ノ高、譲渡シノ代價ニ達セザルモ猶ホ其代價ハ譲渡人ヨリ之ヲ返還セサル可カラズ然ラズンバ譲渡人ハ原因ナク利得ヲ得ルモノニシテ更ニ之ヲ返還スルノ義務ヲ負担スベシ
然ルニ債務者ノ現在若クハ将来ノ有資力ノ担保ヲ約シタルニ実際債務者無資力ナルニヨリ譲渡シ義務ヲ負担スルトキハ譲渡人ハ譲渡シ代價ヲ返還スルノ義務アルノミ是レ其譲渡シ代價ノミ特リ不当ノ利得タルモノナレバナリ
此ノ如ク譲渡人ノ担保ヲ制限スルハ決シテ債権譲受人ヲ待スルノ薄キガ故ニアラズ其制限ハ決シテ譲受人ヲ保護セサルノ趣意ニ出タルモノニアラス即チ法律ハ債務者即チ譲渡人ノ最モ利益アルヤウ担保ノ約款ヲ觧釈シタルニヨリ此制限ヲ設ケタルモノナリ
然レトモ商ヒ商権ト称スル債権ヲ裏書ヲ以テ譲渡シタル塲合ニ於テハ債務者有資力ノ担保義務ニ右ノ制裁ヲ加ヘズ其担保ハ商法ニ規定スル所ナリ又将来ノ有資力ノ担保ヲ合意シタルトキモ亦是レニ右ノ制限ヲ加ヘズ然レトモ此塲合ニ於テハ債務ノ事実ニ従ヒ一年若クハ十年ノ時期ニ関スル制限アリ是レ担保人ヲシテ限リナク其豫想外ニ義務ヲ負担セシメザルガ為メナリ
第六十九條
或ハ争ヒニ係ル権利ヲ有スルモ其判決ヲ竢ツノ遑アラズ又ハ訴訟費用ヲ出スノ力アラサルコト無シトセズ故ニ此塲合ニ於テハ債権者其権利ヲ譲渡シ其主張ト其標據タルベキ証拠トヲ譲渡スコトヲ得サル可カラズ
羅馬法ニ於テハ物ヲ占有セズ即チ争ヒニ係ル権利ヲ行ハサルモノ争ヒニ権利ヲ譲渡スコトヲ得ズ加之ナラズ占有者ト雖トモ猶ホ其譲渡シノ権利ニ弊害ヲ受ケタリシモ近世諸國ノ法典ニ於テハ此規定ヲ以テ厳ニ過クルモノトシ之ヲ中庸セリ
是ヲ以テ原告モ亦被告ト同シク其主張スル所ノ権利ヲ賣渡スコトヲ得
本條亦タ是レニ習ヒ係争権利ノ譲渡シヲ認メ且ツ其権利ノ物権タルト債権タルトヲ区別セズ
然レトモ譲渡人ノ負担スル所ノ担保義務ニ付テハ他ノ賣買譲渡シノ担保ニ於ケルト大ニ異ナル所アリ其差異タル譲渡物ノ性質ニ起因スルモノト謂フベシ
通常物権若クハ債権ノ賣買ヲナシタルトキハ賣主法律上其賣渡シタルモノノ成立及自己ノ利益ニ於ケル其成立ヲ担保スルモノナリ詳カニ之ヲ謂ヘハ其賣渡ス所ノ権利自己ニ属スルコトヲ担保スルモノナリ然ルニ係争権ノ賣渡シノ塲合ニ於テハ固ヨリ権利ノ争ニ係ルコトヲ示シテ之ヲ賣渡シタルモノナルガ故ニ賣主ヲシテ其自己ノ為メ眞ニ権利ノ成立スルコトヲ担保スルノ義務ヲ負担セシムベカラズ買主ハ其買受クル所ノ権利争ニ係リタルコトヲ知ルガ故ニ又追奪ノ危害ヲ豫期シタルモノト謂フベク畢竟自ラ危險ヲ担当シ以テ買受ケヲ為シタルモノナルヤ明カナリ
猶ホ係争権ノ賣買ニ於テハ譲渡シタル権利ノ成立ノ担保ノコトニ関シ注意スヘキ特例アリ蓋シ担保ノ普通法ニ依ルトキハ買主追奪ノ危害アルベキコトヲ知ルニ於テハ其一事ニヨリ買主ヲシテ損害賠償ヲ求ムルノ権利ヲ失ハシムルモ敢テ其代價ノ返還ヲ要求スルノ権利ヲ失ハシムルモノニアラズ然ルニ係争権ノ賣買ノ塲合ニ於テハ買主危險ヲ担当スルコトヲ明言セザルモ賣買ノ性質上然ルモノナルガ故ニ買主ハ代價ノ返還ヲ求ムルノ権利ヲモ有セザルナリ蓋シ買主ノ危險ヲ担当シテ約シタル賣買ハ之ヲシテ担保ノ権利ヲ有セシメザルモノナリ猶ホ此点ニ付テハ後ニ規定スル所アリ
然リト雖トモ亦賣主何等ノ担保義務ヲ負担セズト謂フ可カラズ蓋シ既ニ争ヒアル以上ハ或ハ賣主実際何等ノ権利ヲモ有セサルコトアルベキモ苟モ主張スル所無カル可カラズ固ヨリ法律ハ其主張ノ至当ナルヲ必要トセス(其主張ノ至当ナルヲ要ストスルトキハ遂ニ賣主ヲシテ勝訴ノ担保義務ヲ負ハシムルニ外ナラザルベシ)加之ナラズ其主張ノ誠実ナルコト詳カニ之ヲ謂ヘバ譲渡人自ラ其権利ノ確実ナルヲ信シタルコトヲ必要トセス唯其主張ノ真実ナルコト詳カニ之ヲ謂ヘハ其空想虚構ニアラサルコトヲ以テ足レリトス然レトモ亦此条件ハ必ス存セザル可カラズ若シ其主張ノ虚構ナルモ猶ホ足レリトスルトキハ遂ニ何人タリトモ他人ニ対シ極メテ不当ナル訴訟ヲ起シ以テ其主張スル所ノ係争権ヲ賣渡シ詐偽ヲ以テ利益ヲ收ムルヲ得ルニ至ルベシ然レトモ亦賣主ヲシテ権利成立ノ担保義務ヲ免レシムルガ為メニハ其主張ノ真実ナルノミヲ以テ足レリトセズ猶ホ「譲受人争ヒアルコトヲ知リタルコト」ヲ要ス但シ其権利ノ争ニ係リタルコトヲ譲受人ニ於テ知リタルノ証拠アルトキハ未ダ必ズシモ賣渡シタル権利ノ争ニ係リタルモノナルコトヲ明言スルヲ要セス然レトモ譲受人其譲受クル権利ノ争ヒニ係リタルコトヲ知ラサルトキハ自ラ危險ヲ負担シ之ヲ買受ケタリト見做スコト能ハサルヤ明カナリ
又本條ニハ争ト見做スヘキモノ如何ヲ精確ニ指定シタリ(第二項)
蓋シ賣買ノ塲合ヲ除クノ外争アリト云フハ眞ニ訴訟ノ起リ裁判上ニ訴権ヲ行フタルトキニ限ルト雖トモ本條ハ裁判外ノ明白ノ争ヲ以テ裁判上ノ訴訟ト同一視セリ故ニ譬ヘバ不動産物件ヲ賣渡シタルニ其不動産ノ占有者第三者ヨリ催告ヲ受ケ第三者其所有者ナリト称シ之ニ不動産ヲ依帰スヘキコトヲ催告シタルトキハ即チ争アルモノニシテ又債權ヲ賣渡シタル塲合ニ於テ賣主其賣渡以前ニアツテ債務者ニ弁済ノ催告ヲ為シタルモ債務者其既ニ弁済ヲナシ又ハ他ノ原因ニヨリ義務ヲ負担スル所ナキコトヲ合式ニ返答シタルトキハ即チ其債權争ヒニ係リタルモノトス
此点ニ付物権ト人権トノ間ニ一ノ差違アリ即チ人権ニ係ルトキハ債権者弁済ノ催告ヲナスモ未ダ争アルニアラズ或ハ債務者其催告ニ応スルコトナシトセス故ニ未タ争アリト謂フ可カラズ争アリト謂フヲ得ルハ債務者其義務ヲ負担スル所無シト明言シタルトキニ至リ始メテ然カク謂フヲ得ルノミ之ニ反シ物権ニ関スルトキハ占有者依帰ノ催告ヲ受ルコトヲ以テ既ニ争起リタルモノト謂フヲ得敢テ占有者其催告ニ反言シタルヲ必要トセス蓋シ物権ニ関シ催告アルトキハ既ニ第三者其権利ニ付キ主張スル所アルモノニシテ而シテ占有ノ正当ナルヤ否ヤニ付キ争アリト謂フヘキナリ
裁判所ニ請求ノ起リタル塲合ニ於テモ亦物権ト人権トノ間ニハ右ノ差異存スルモノナリ蓋シ債務者ニ対シ訴訟起ルモ未タ必スシモ争アリト謂ヲ得ス猶ホ債務者原告ノ請求ヲ棄却スベキコトヲ求メ答弁ヲ為シタルコトヲ要ス然ルニ物權ニ関スルトキハ占有者ニ対シ恢復ノ訴ヘアリタルノミニテ既ニ裁判上争アリト謂フコトヲ得
夫レ此ノ如ク裁判外ノ紛議ヲ以テ猶ホ争アリト見做スハ争アル此意義ヲ擴張シタルモノナリ然レトモ亦他ノ点ニ付テハ其意義ヲ狭縮シタルモノアリ蓋シ通常債權ニ関シ債務者其債務ヲ負担スルコトヲ不認セザルモ裁判所ノ管轄ニ付キ故障ヲ述ベ又ハ其債務ノ支拂期未ダ到着セサルコトヲ主張スルニ於テハ即チ争ヒアリト謂フ又物権ニ関シ管轄ニ付キ争アルカ又ハ本権訴権ヲ行フニアラス單ニ占有訴権ヲ行フニ過キサルトキモ猶ホ通例争アリト謂フト雖トモ賣買ノ塲合ニ於テ争アリトスルニハ権利ノ本体ニ付キ争ノアルコトヲ要ス即チ債務者其債務ヲ不認シ又ハ原告占有ノ回收ヲ求ムルニアラスシテ所有権ノ恢復ヲ求ムルコトヲ要ス第一ノ塲合ニ於テノミ独リ占有訴権ノ行使ヲ以テ権利ノ本体ニ関スル争ト見做スコトヲ得賣買ノ目的所有権ニアラスシテ占有ナルトキ即チ是レナリ加之ナラズ此塲合ニ於ケルモ占有回收訴権起リタルコトヲ要ス單ニ法事訴権ノミ起リタルヲ以テ足レリトセス(是レ第百九十九条乃至二百四条ヲ参観スヘシ)
猶ホ本條ニハ賣主ノ主張真実ニアラズ即チ虚構ナルニヨリ其担保義務ヲ負担スヘキ塲合ニ於テ其担保ノ区域如何ヲ規定シタリ蓋シ譲渡人ノ主張虚構ナリシ塲合ニ於テハ譲渡人ハ毫モ特別ノ保護ヲ受クヘキモノニアラサルガ故ニ其担保義務ニ特例タル制限ヲ設クルノ要ナシ是ヲ以テ譲渡人ハ譲渡シ代金ノ外契約費用其他一切ノ損害賠償ヲ払ハサル可カラズ就中譲渡人第三者ト訴訟ヲナシ敗訴シタルニヨリ結局其負担タル所ノ訴訟費用ヲ担当スベシ加之ナラズ債權譲渡シノ塲合ニ於テハ譲渡人ハ譲渡代金其債權ノ数額トノ差異ヲ弁償スベシ又物権ニ関スルトキハ譲渡人ハ譲渡代金ノ外譲渡物ノ増價ヲ弁償スベシ是レ譲渡人ノ特別ノ保護ヲ加ヘベキモノニアラザル限リハ一ノ普通法ヲ適用スベキガ故ナリ
又譲受人譲受ケタル権利ノ争ニ係リタルコトヲ知ラサルトキモ亦譲渡人ノ担保ハ右ト同一ノ範囲ヲ有スベキモノナリ
第七十條
民事会社若クハ商事会社ニ於ケル社員ノ権利ハ一ノ財産ニシテ之ヲ以テ特定ノ財産トシ賣渡スニ於テ何等ノ妨ゲアルコトナシ
本條ハ其賣買ノ担保ヲ規定スルモノニシテ譲渡人ハ其社員タル権利ノ成立及其権利ノ区域譬ヘバ会社資本及将来利益ノ二分ノ一三分ノ一若クハ四分ノ一ニ応スルモノヲ担保スルニ過キスト言ヒ以テ特定ノ利益ノ担保義務ナキコトヲ示シタリ是ヲ以テ蓋シ譲受人ハ恰モ自ラ社員タリシ如ク会社ヨリ利スル利益ヲ收受スルニ過キズ又会社ノ損失アリテ而シテ社員ノ負担トナルモノアルトキハ又其損失ヲ被ラザル可カラズ
然レトモ譲受人ハ既ニ精算済トナリタル賣買以前ノ営業ノ利益ヲ受クルコトナク又其損失ヲ被ルコトナシ仮令会社ト賣主トノ間ニ未ダ実際交互計算ヲ為サザリシトキト雖トモ猶ホ然リトス
本條ニハ譲受人一ノ社員ニ対シ譲渡人ノ位地ニ変ルヤ将タ譲渡シノ効力ハ当事者間ニノミ生スルニ過キサルヤノ点ヲ規定セズ此点ニ付テハ種々ノ区別ヲ為スコトヲ要スルモノニシテ会社ノ章ニ至リ詳細ニ之ヲ規定ス
第七十一條
以上説明スル所ノ規定ハ当事者譲渡シタル権利ノ成立ニ関スル担保及其権利ノ完全ナルコトノ担保ニ付何等ノ合意ヲモナササル塲合ニ適用スベキモノナリ
然レトモ担保ノ事項ニ於ケルモ亦タ其他私益ニノミ関係スル所ノ事項ニ於ケルガ如ク当事者ノ合意ハ自由ニシテ担保ニ関スル賣主ノ義務ヲ増減変更スルヲ得ベキヤ敢テ弁ヲ竢タザル所ナリ就中当事者ハ追奪ノ塲合ニ於テ買主ヨリ拂フベキ一切ノ償還金及賠償金ヲ一定ノ数額ニ定ムルコトヲ得是レ蓋シ一ノ過怠約款タルモノナリ(財産編第三百八十八條及三百八十九条ヲ参観スベシ)
本條ハ実際屡バ行ハルル所ノ約款ノ効力ニ付キ過当ノ觧釈ヲ為スコトヲ顧慮シ買主ノ利益ニ於テ之ヲ觧釈シタリ蓋シ実際賣主無担保ニテ賣買シ又ハ何等ノ担保義務ヲモ負担セズト約スルコト甚タ多シト雖トモ其要約タル第六十八條ニ列記シタル数多ノ損害賠償ヲ拂フノ義務ヲ免レシムベキモ未タ代價ヲ返還スルノ義務ヲ免レシムルニ足ラサルナリ何トナレハ其代價ハ原因ナク領受シタルモノニシテ正当ノ原因ナク他人ノ財産ヲ保有スルガ如キハ不正ニ加ヘタル損害ヲ賠償セサルニ比シ一層公義ニ背馳スル所ナレバナリ既ニ損害ヲ加ヘタル塲合ニ於テハ其過失ハ一時限リ滅失スルモノナリト雖トモ不当ノ利得ナル塲合ニ於テハ之ヲ返還セザル限リハ終始不正ノ行為ヲ継續スルモノト謂フベシ
然レトモ二個ノ塲合ニ於テハ賣主追奪ノトキ代價ヲ返還スルノ義務ヲ免除スベシ其塲合左ノ如シ
第一、無担保ノ要約アリタルト同時ニ買主追奪ノ危險ヲ知リタル塲合、買主追奪ノ危險ヲ知リタルトハ敢テ其他人ノ権利ノ有無ヲ疑フタルノ意ニアラズシテ充分他人ノ権利アルコトヲ知リタルヲ謂フモノナリ是レ曩ニ所謂買主ニ惡意アルモノナリ
第二買主ノ危險担当ニテ賣買ヲナシタル塲合蓋シ買主ノ危險担当ノ約款アルトキハ特ニ無担保ノ要約アルコトヲ必要トセス危險担当ノ約款アルトキハ賣買ニ附スルニ射倖契約ノ性質ヲ以テスルモノナリ故ニ此一事ニヨリ賣主一切ノ返還義務ヲ免ルルニ足レリトス法文ニ「買主ノ危險担当ニテ賣買スルトノ契約ヲ為シタル事ノミニヨリテ」賣主代金ヲ返還スル責ヲ免ルルト謂フガ故ニ無担保ノ要約アルヲ要セズ且ツ買主ハ他人ノ権利アルコトヲ知リタルヤ否ヤヲ捜査スルノ必要モアラザルナリ
以上説明スル数多ノ塲合ニ於テハ賣主惡意ナリシカ将タ善意ナリシカヲ区別スルヲ要セズ蓋シ買主善意ナルモ特別ノ約款アラサルトキハ追奪ノ塲合ニ於テハ其過失ノ責ヲ免レザルニヨリ代金ヲ返還シ一切ノ損害ヲ賠償スルノ責ヲ免レザルガ故ニ買主惡意ナルトキモ亦代金返還及損害賠償ノ義務ヲ免ルルガ為メ賣買契約ニ特別ノ約款ヲ置キタルトキハ其利益ヲ失フモノニアラズ又其特別ノ約款ハ買主ヲシテ充分其危險ヲ被ルコトアルベキ旨ヲ知ラシメ而シテ其代價ヲ大ニ低下シタルヤ明カナルガ故ニ買主ハ僥倖ヲ期シ買取リタルモノナリ故ニ縦令追奪ヲ受クルモ其結果ハ買主ノ固ヨリ甘受シタル所ナリ是ヲ以テ賣主ノ意思ノ善惡ヲ問ハズ一ニ賣主ハ返還ノ義務ヲ免ルルモノトス
担保ノ理論タル頗フル重要ナルカ故ニ本條ハ既ニ設ケタル財産編第三百九十六條ニ於テ諸般ノ契約ニ普通ノ原則ヲ載出シ以テ此理論ヲ完備セシメタリ蓋シ此規則タル前諸條ノ規定ヲ変更スルコトアルガ故ニ特ニ注意スベキモノナリ即チ此規則ニヨレハ譲渡人ハ如何ナル約款ヲ設ケ如何ナル要約ヲナスモ其譲渡シタル権利ヨリ生スル追奪即チ自己ノ所為ニ出ル追奪ノ担保義務ヲ免ルルコト能ハサルモノトス此塲合ニ於テハ其担保ヲ称シテ須要ノ担保ト言フ譬ヘバ不動産ノ買主其追奪ノ塲合ニ於ケルモ何等ノ担保ヲモ負担セザルコトヲ要約シ又ハ買主ノ危險担当ニテ賣渡シタルニ買主其合意ヲ登記スルコトヲ怠リタルコトヲ奇貨トシ重ネテ善意ノ第三者ニ同一物ヲ賣渡シタルトキハ第三者ハ未得ノ賣買第三者ニ対抗スベカラザルトノ原則ニ因リ前ノ買主ヲ追奪スベシ(財産編第三百五十条ヲ参観スベシ)是ノ塲合ニ於テハ買主ハ賣主自身ノ行為ニヨリ追奪ヲ受ケザルモノナルガ故ニ充分ニ担保訴権ヲ行ヒ代價ノ返還ト損害賠償トヲ要求スルヲ得ベシ
又賣主ノ合意無担保ニテ為シタル後ニアラズ其以前ニアリタル時ト雖トモ猶ホ其結果ハ同一ナリ譬ヘバ不動産ノ賣買ヲ為スニ当リ通常ノ条件ニ放任シ何等ノ特別ノ要約ヲナサズ且ツ即時其登記ヲ為シタモ爾後賣主同一ノ財産ヲ無担保若クハ買主ノ危險担当ニテ賣渡シ而シテ買主賣主ヲ信用スルコト厚キニ過キタルニヨリ豫メ登記簿ノ正本ヲ乞ハズ其賣買ヲ約シタルトキハ必ス後ノ買主ハ前ノ買主ノ為メ追奪セラレベシト雖トモ充分担保訴権ヲ行フコトヲ得何トナレバ其被ル所ノ追奪ハ賣主自身ノ行為ニ出テタルモノニシテ避ク可カラザル結果ナレバナリ此規定タル公義ニ適従スルコト顕然タルモノナリ蓋シ此塲合ニ於テハ賣主惡意アルヤ勿論ナレトモ猶ホ一歩ヲ進メ他人ノ権利ヲ知リタルニ止マラズ其過失一層重大ナリ何トナレハ他人ノ権利ヲ附與シ買主ノ追奪ノ原因ヲ相失シタルモノハ即賣主ナレバナリ
又賣主賣買登記ヲ経タル後死去シ相續人善意ナルモ更ニ他ノ買主ニ其危險担当ニテ同一ノ財産ヲ轉賣シタルトキハ右ト仝シク相續人ハ充分担保ノ義務ヲ負ハサル可カラズ
然レトモ前記二個ノ説例ニ付テハ須ラク講究ヲ要スル一問題アリ抑モ追奪ノ原因賣買以前ニアル以上ハ後ノ買主或ハ之ヲ知ルコトナシトセス是レ第一ノ設例ニ於テハ間々実例ヲ見ル所ナリ此塲合ニ於テハ買主追奪ノ危險ヲ知リタルニヨリ唯代金返還ヲ請求スルノ権利ヲ有スルニ止マリ損害賠償ノ権利ヲ失フベキカ此問題ニ付テハ積極ノ断定ヲナサザル可カラズ蓋シ追奪担保ノコトニ関スル第一ノ法則ニヨルニ損害賠償ハ善意ノ買主ニノミ拂フベキモノナリ(上第六十八條ヲ参観スベシ)然ルニ買主ニシテ悪意ナルトキハ損害賠償ヲ請求スルコト能ハザルヤ明カナリ唯代金ニ至テハ賣主ノ不当ノ利得タルベキニヨリ之ヲ恢復スルコトヲ得
第六十六條ニ拠ルニ賣渡物上ノ先取特権及抵当権アルトキハ是レガ為メ買主追奪ヲ被ルモ其他ノ物権第三者ニ属シタル塲合ニ於テ適用スベキ規則ニ従ハザル塲合アリ猶茲ニ賣主ノ無担保ノ要約及買主ノ危險担当ノ約款ニ関シ先取特権及抵当ニ特別ナル所アリ
蓋シ賣主無担保ノ要約若クハ買主ノ危險担当ノ約款アルトキハ賣主ヲシテ其取得前ニ在テ既ニ其賣渡物上ニ存シタル先取特権及抵当ニ起因スル追奪ノ賠償ヲ免レシムベキヤ毫モ疑ヲ容レス何トナレバ此塲合ニ於テハ賣主ハ自ラ其債務ヲ負担スルモノニアラズ又賣買以後ニ在テハ上訴者ノ資格ヲ有セサルニヨリ上訴者トシテ其義務ヲ負担スルモノニモアラサレバナリ此塲合ニ於テモ亦買主ハ其債務ノ債務者ニ対シ自己ノ弁済シタル所ノモノノ償還ヲ請求スルノ権利アルガ故ニ求償権ナキニアラズト雖トモ其担保訴権ハ賣主ニ対スルモノニアラザルナリ
然レトモ賣主ノ合意ニ出テタル先取特権及抵当権若クハ賣主ノ約束シタル或債務ノ法律上ノ担保タル抵当及先取特権アリテ是レガ為メ買主追奪ヲ被ルニ至リタルトキハ又賣主自己ノ合意ニ出デタル追奪アルモノニシテ賣主其担保ノ責ヲ免ルルコト能ハズ
第七十二條
不動産移轉行使ノ方法ニ関シ茲ニ一ノ問題アリ是レ本條ノ断定スル所ノモノナリ
曩キニ買主ノ善意ノコトヲ説明スルニ當リ買主ノ善意トハ其買受ケタル物上第三者ノ権利アルコトヲ知ラザルヲ謂フト言ヘリ然ラハ則チ不動産ノ譲渡シヲシテ公示ノ式ニ従ハシムル所ノ法律アル以上ハ買主ハ之ヲ追奪スルニ至リタル権利法律ニ制定シタル法式ニヨリ公示セラレタル時猶ホ自ラ善意ナリト称スルヲ得ヘキカ将タ買主其権利ヲ知ラサリシハ其過失ナリト認ムヘキカ
本法ハ買主ヲ追奪シタル權利ノ登記アリタルノミヲ以テ買主悪意ナリト見做スノ厳ニ過クルヲ認メ本條ニ此事ヲ明記シタリ
蓋シ買主ト登記ヲ為シタル第三者トノ関係ヲ定ムルニ当テハ買主第三者ノ権利アルコトヲ知ラサルノ過失アリトシ之ニ其責ヲ帰スベキナリ蓋シ第三者ノ権利ノ登記アルトキハ買主善意ナルモ亦過失ナシトセス故ニ毫モ過失ナキ所ノ第三者ニ買主ノ善意ヲ對抗シ之ニ害ヲ及ボス可ラズ然レトモ茲ニ断定スル所ハ買主ト賣主トノ関係ナリ蓋シ賣主ハ既ニ第三者ノ権利ノ公示アルコトヲ知ラズシテ之ヲ賣リ又ハ之ヲ知リタルニ拘ハラズ之ヲ賣リタルハ買主ニ比シ一層重大ナル過失アルモノナルガ故ニ買主ニ対シ其登記ノ認証書ヲ求メサリシノ不注意ヲ責ムルコト能ハサルヤ明カナリ
然ラハ則チ挙証ノ任ハ何レノ當事者ニアリトスヘキカ
買主ヲシテ其善意ヲ証明セシムヘキカ将タ賣主ヲシテ買主ノ惡意ヲ証明セシムヘキカ
抑モ惡意ハ之ヲ推定セザルハ法理ト道理トニ基キタル一般ノ原則ニシテ既ニ説明シタル所ナリ(財産編第百八十七條ヲ参観スヘシ)
本條ノ塲合ニ於テモ亦此原則ヲ適用スベキヤ当然ナリ唯タ少シク疑議ヲ起スモノハ何人タリトモ些少ノ手数料ヲ拂ヒ登記簿ノ正本ヲ請求スルヲ得ベキガ故ニ之ヲ求メサリシハ過失ナリト謂フ可キガ如キニ在リ然レトモ既ニ權利ノ登記アリタルトキハ之ヲ知リタリトノ法律上ノ推定アリ又之ヲ知ラサルトキハ過失アルノ推定ヲ為スヘキハ唯權利ノ登記ヲ為シタル第三者ノ為メニ過ギス是ヲ以テ買主ハ賣主トノ関係ニ付テハ其登記ヲ知ラサリシコトヲ申立ツルヲ以テ足レリトス加之ナラス事実上之ヲ推考スルモ第三者ノ既ニ適法ナル権利ヲ有スルヲ知リナカラ其權利ノ目的タルモノヲ買受クルカ如キハ実際絶ヘテ有ラサルヘキガ故ニ買主ノ為メニハ事実上其善意ナルノ推定アリト謂フベキナリ
然レトモ亦賣主ハ通常ノ証拠方法ニヨリ買主ノ申立テニ反シ又事実ノ推定ニ反スル証拠ヲ挙クルコトヲ得就中賣主ハ買主ガ登記官吏ニ其認証書ヲ請求シタルコトヲ証明シ又ハ買主偶々其第三者ノ恢復訴権ヲ免ルルノ僥倖ヲ望ムコトヲ言フタル時之ヲ聞キタル証人ヲ出シ以テ買主ノ惡意ヲ証明スルコトヲ得
本條ハ此事ヲ明言シ以テ実際決シテ擬議ナカラシメンコトヲ期シタリ登記ハ買主ノ追奪ノ賠償ヲ請求スルノ權利ニ効力無キコトヲ謂ハズ唯其惡意ヲ証明スルニ足ラズト謂ヘリ
之ヲ要スレニ買主其ノ賣買契約ヲ取結ブノ前登記官吏ノ認証書ヲ請求スルヲ得ルモ未ダ実際之ヲ請求シタリトノ推定ヲ下サズ是レ権利ノ効用一層容易ナルモ実際之ヲ怠ルコト最モ多キガ故ナリ且ツ買主実際登記官吏ノ認証書ヲ請求シタルトキハ賣主其証拠ヲ挙クルニ該認証書ヲ交附シタル官吏ノ証言ヲ以テスルニヨリ其証拠ヲ挙クルハ甚タ容易ナリ
第七十三條
財産編第三百九十五條第二項ニ拠ルニ凡ソ担保ハ二個ノ目的即チ第一第三者ノ妨害若クハ主張ニ對シ譲受人ヲ保護シ第二遂ニ其妨害若クハ追奪ヲ防止スル能ハサリシ時ハ譲受人ニ賠償ヲ為スノ二個ノ目的ヲ有スルモノトス
以上掲クル所ノ規定ハ損害賠償ニノミ関スルモノニシテ譲受人ヲ保護スルノ義務ニ至テハ権利治罪ニ関スルモノニアラズシテ寧ロ民事訴訟手續ニ属スルモノナリ是ヲ以テ賣主ハ如何ナル方法ニヨリ担保人ヲシテ訴訟ニ参観セシメ又担保人ハ如何シテ不担保人ノ訴訟ニ参観スベキカハ民事訴訟法ニ之ヲ規定ス既ニ此点ニ付テハ財産編第三百九十九條ニ於テ民事訴訟法ニ拠ルベキコトヲ示シタリ猶ホ本條ハ財産編第四百條ヲ引用セリ是レ同條ニハ買主賣主ヲシテ訴訟ニ参観セシメズ而シテ賣主其追奪ヲ防止スルノ適法ノ方法アリタルコトヲ証明スルニ於テハ買主ヲシテ担保ノ権利ヲ失ハシムルガ故ナリ
茲ニ注意ノ為メ一言スヘキモノアリ即チ担保人ノ第一ニ義務タル不担保人ノ訴訟ニ参観スルノ義務ハ性質上不可分ニシテ之ニ反シ其第二ノ義務ハ可分ノモノナリ蓋シ賣主数人アルカ又ハ賣主一人ナルモ其相續人数人アルトキハ各自訴訟ノ全体ニ付キ干渉ヲ為スコト恰モ獨リ担保人タルガ如クナラザルヲ得ズ訴訟ノ一分ニ参観シ第三者ノ権利ノ一分ヲ争フカ如キハ実際為スヲ得ヘカラサル所ナリ若シ然ラズシテ第三者ノ権利ノ一分ヲ争ヒ賣渡物ノ一分ニ付キ第三者権利アルコトヲ認ムルトキハ即チ一分ノ追奪行ハルベク眞ニ買主ヲ保護シタルモノト謂フ可ラズ又数人ノ未分ノ買主アリタルトキ詳カニ之ヲ謂ヘバ数人ニテ買受物ノ共有者トナリタルトキハ各買主ハ賣主ヲシテ全部ニ付キ担保義務ヲ負担セシムルコトヲ得ベシ
然レトモ一旦裁判所ニ於テ第三者ノ権利ヲ認メタルトキハ担保人ノ負担スル所ノ損害賠償ノ義務ハ各自ノ間ニ分轄スベシ是レ損害賠償ハ金銭ヲ以テ拂フヘキモノナルガ故ニ之ヲ分轄スルヲ得ルガ故ナリ
第三款 買主ノ義務
第七十四條
買主ノ義務ハ其数多カラズ畢竟スルニ買主ハ約定ノ代價ヲ拂フノ外義務ナシト謂フヘシ仮令其利息ヲ負担スル時ト雖トモ利息ハ代價ノ従タルモノニ過キズ然レトモ亦引渡シヲ受ルヲ以テ買主ノ義務ノ一ト為スベシ蓋シ買主ハ引渡ヲ求ムルノ権利アルモ亦之ヲ受ケサルヲ得サレバナリ又賣買契約ニ特別ノ約款ヲ設ケ買主ヲシテ特別ノ義務ヲ負担セシメタルトキハ之ヲ履行スルコトヲ要ス譬ヘハ受戻シノ権能ノ如キ約定ノ期限ニ至リ賣主之ニ代價ト利息トヲ弁償スルトキハ之ニ其買受ケタルモノヲ返還セシムルモノニシテ買主ハ特別ノ義務ヲ負担スルモノナリ(下第八十四條以下ヲ参観スヘシ)
本條ハ只代價ノ元本ヲ弁済スベキノ義務ニ関スルモノナリ
曩ニ賣主ノ義務ヲ説明スルニ當リ引渡ト代價ノ弁済トハ致密ノ関係ヲ有スルコトヲ明カニシタリ是ヲ以テ賣買ノ單純ナルトキハ引渡ノ義務ト代價弁済ノ義務トハ契約取結ノ後直チニ之ヲ履行セサル可カラズ若シ買主代價ヲ拂フノ義務ヲ履行スルコト能ハサルトキハ賣主ハ引渡ノ義務ノ履行ヲ遅延スルコトヲ得(上第四十七條ヲ参観スベシ)
本條第一項ハ暗ニ買主ノ為メ同様ノ規定ヲ設クルモノナリ故ニ特別ノ合意アラサル限リハ買主ハ引渡ノ時ニアラサレバ弁済スルニ及バズ若シ賣主其引渡ヲ遅延スルトキハ買主又従テ代價ノ弁済ヲ遅延スルコトヲ得
然レトモ引渡若クハ代價弁済ノ義務ノ一ノ履行ヲ遅延スルノ特別合意アルトキハ必ズ他ノ義務ノ履行ヲ遅延スヘキカニ付テハ特ニ法文ヲ以テ断定スルヲ必要トス
若シ賣主代價弁済ノ為メ期限ヲ許與シタル時ハ自己ノ為メ同一ノ期限ヲ得タルモノト見做ス可ラズ而シテ賣主ハ賣買後直チニ其賣渡物ノ引渡シヲ為スコトヲ要ス之ニ反シ賣主引渡シノ為メ期限ヲ要約シタルトキハ代價ノ弁済ニ付キ買主ニ同一ノ期限ヲ許與シタルモノト推定ス是レ本條第二項ニ明言スル所ニシテ第三者ハ裁判所ニテ許與シタル犹余期限ニ此規定ヲ推用ス
夫レ此ノ如ク代價弁済ト引渡シトニ付キ区別ヲ設ケタルハ至当ノ規定ト謂ハサル可ラズ蓋シ賣主代價弁済ノ為メ買主ニ期限ヲ許與スルモ其代價ノ利息ヲ得ベキガ故ニ弁済前ニ物ヲ引渡シタルニヨリ何等ノ損害モ被ルコトナシ(次條ヲ参観スヘシ)且賣主ハ其担保ノ一タル畄置權ノ利益ヲ失フモ犹ホ他ニ先取特権ト觧除権トノ二個ノ担保ヲ有スルカ故ニ物ヲ引渡スモ為メニ損失ヲ被ルコトアラサルナリ之ニ反シ買主賣主ニ引渡ス為メ期限ヲ許與シタルニ拘ハラズ即時代價ヲ弁済セザルヲ得サルトキハ未タ買受ケタル物ノ收益ヲ得ザルニ既ニ其代價ノ收益ヲ失フニ至ルベキヲ以テ其当ヲ得ルモノト謂フ可ラズ此結果タル固ヨリ法律ノ禁スル所ニアラザルモ亦当事者ノ意思ニヨリ明カニ之ヲ約シタルニアラサレバ生スヘキモノニアラザルナリ
恩恵上ノ期限ニ至テハ当事者ノ設クルモノニアラズ裁判所ノ設クルモノナルカ故ニ当事者ヲシテ不平等ノ位地ニ在ラシム可ラズ之ヲシテ不平等ノ地位ニ在ラシムルハ何レノ意思ニモ背馳スルモノト謂ハサル可ラズ是レ本條ニ当事者ノ一方ニ恩恵上ノ期限ヲ許與スルトキハ自ラ他ノ一方ニ同一ノ期限ヲ許與シタルモノト見做スト定メタル所以ナリ
第七十五條
財産編第四百六十八條ニ於テ一般ニ弁済ノ塲所ヲ規定スルニ当リ当事者ノ住処ヲ以テ普通弁済ノ塲所トシ或ル契約ニ付キ之ニ反スル規定ハ其限リニアラズトセリ賣買ノ事項ニ付テハ方ニ其規定ノ例外則アリ即チ賣買ニ於テハ引渡シト同時ニ弁済ヲ為ス塲合ニ於テハ引渡シヲ実行スル塲所ニ於テ弁済ヲ為スベク又偶マ引渡前ニ代價弁済ヲ為シ又ハ実際多ク行ハルル如ク引渡後ニ至テ代價ヲ請求スルヲ得ルトキハ普通法ニ従ヒ債務者ノ住処ニ於テ弁済ヲ為スベキモノトス
動産ト不動産トノ間及有体物ト無体物トノ間ニ区別ヲ設ケタルハ亦條理ニ基キタル規定ナリ蓋シ証書ノ交付ヲ以テ引渡シヲナストキハ其証書ト代價トヲ同一ノ塲所ニ於テ授受スベキヤ當然ナリ
第七十六條
凡ソ要求スルヲ得ベキ元本ノ債務者タルモ未タ其利息ヲ負担スルニ足ラズ其利息ヲ負担スルハ特別ノ合意若クハ裁判所ニ請求ヲ為シタルコトヲ要スルヲ通例トス然レトモ亦例外トシテ或ル塲合ニ於テハ当然利息ヲ負担シ又ハ單純ノ催告ヲ以テ利息ヲ生セシムルニ足ルモノトス(財産編第三百九十三條ヲ参観スベシ)
本條ハ則チ当然利息ノ生ズルト催告ノミヨリ生スルトノ二個ノ例外則ノ適用ヲ示スモノナリ
第一賣買代價ノ利息ハ賣渡物ノ引渡アリテ且其物果実ヲ生スルトキハ合意ナク裁判所ニ請求ヲ為スコトナク又催告ヲモ要セスシテ当然生スルモノナリ蓋シ賣渡物引渡アリ且其物果実ヲ生スル塲合ニ於テハ買主其取得シタル果実ノ對價ヲ拂フヘキヤ條理ノ然ラシムル所ナリ本條ハ果実ナル語ヲ以テ狭義ニ觧釈スルモノ無カラシメンカ為メ其他ノ定期ノ利益金銭ニ見積モルコトヲ得ヘキトキハ果実ト同一ノ結果ヲ生スヘキモノト定メタリ例ヘハ賣買ノ目的物住宅ニシテ買主自ラ之ニ居住シタル塲合ノ如キ他ニ家屋ヲ賃借シ家賃ヲ拂フコトヲ免カレタルヲ以テ即チ金銭ニ見積モルヲ得ヘキ利益ナルヤ明カナルカ故ニ其買受代價ノ利息ヲ拂ハサル可ラス又乗馬、馬車其他動産物件ニシテ買主自ラ之ヲ使用シ其之ヲ買ハサリシナラハ他ヨリ賃借シタルヘキ塲合ニ於テハ亦然リトス
但タ少シク疑義ヲ容ルヘキカ如キ塲合アリ例ヘハ賣買ノ目的市街地ニシテ一ノ建物ナク又耕作ヲモ為ササルモ早晩建築ヲ為スヘキ塲合ニ於テハ其土地漸次價格ヲ増スコトアルヘシト雖トモ之ヲ賃貸セサル以上ハ「金銭ニ見積モルコトヲ得ヘキ定期ノ利益ヲ生スル」モノト云フ可ラス市中ニ於テ屡ハ行ハルルコトアルニ拘ハラス買主ハ材料ノ積置塲トシテ之ヲ賃貸スルヲ得ヘシト云フ可カラス此ノ如キハ法律ノ精神ヲ超過シタル觧釈ト謂ハサル可カラス然レトモ其土地ニ買主ノ費用ヲ以テ建築ヲ為シタルトキハ買主買受物ノ直接ノ利益ヲ收受スルカ故ニ利息ヲ弁済スヘキヤ毫モ疑義ヲ容レス
第二其他ノ塲合ニ於テ当然利息ヲ生セサルトキハ賣主ハ催告ヲ為シ以テ利息ヲ生セシムルコトヲ得是レ賣買ハ特ニ一般ノ利益アル契約ナルカ故ニ賣主ノ為メニ設ケタル一ノ特例ナリ
又賣主ハ引渡シノトキニ於テ利息ヲ要約スルコトヲ得此要約タル買主ノ為メニモ其割合ノ卑キトキハ利益アルコトアルヘシ然ルニ催告ニヨリ負担スル利息ハ必ス法律上ノ利益ノ割合ニ従ハサルヲ得ス
以上ノ規定タル殊ニ物ノ引渡ヲ終リタル塲合ノ為メニ設ケタルモノナリト雖トモ亦賣渡物ノ引渡アラサルモ其物眞ノ果実ヲ生シ而シテ引渡ノトキニ至ルマデ買主ニ之ヲ還附スヘキ塲合ニ於テハ又此規定ヲ適用スルヲ得ベシ蓋シ此場合ニ於テハ買主ニ利息ヲ拂フヘキ同一ノ理由アリ而シテ其利息ハ賣買ノ日ヨリ生スヘキモノナリ何トナレハ反對ノ意思ノ証拠アラザルトキハ賣主其日ヨリ果実ヲ返還スベキモノナレハナリ
第七十七條
担保ノ事項ノ説明ヲ起スニ当リ既ニ買主担保ノ権利ヲ有スルニハ恢復訴権ノ結果ニヨリ追奪アリタルコトヲ必要トセス唯賣渡物賣主ニ属セス而シテ買主之ヲ取得セサリシコトヲ証明スルヲ以テ足レリトスル所以ヲ弁明シタリ本條ハ是ニ反シ買主賣買ノ無効ヲ申立テ担保訴権ヲ行フヲ得ルカ為メニハ恢復訴権ヲ被リタルヲ以テ足レリトセサルコトヲ示スモノニシテ恢復訴権アリタルノミニテハ未タ代價弁済ヲ遅延スルノ結果ヲ生スルニ過キス
蓋シ買主第三者ト共謀シ之ヲシテ自己ニ對シ恢復訴権ヲ行ハシメ以テ一旦賣買ヲ約シタルモ後ニ至リ満足セス或ハ自己ノ為メ其義務甚タ重キニヨリ或ハ單ニ代價弁済ニ必要ナル資本ヲ得ルノ猶餘ヲ得ンカ為メ賣買ノ無効ヲ申立テ以テ其効力ヲ受クルコトヲ避ケント罔ルコトナシトセス是ヲ以テ買主ト第三者ト共謀スルコトヲ豫防セサル可カラス又縦令第三者ト買主ト共謀セサルトキト雖トモ或ハ第三者ノ請求甚タ不当ニシテ其請求ノミヲ以テ賣主ニ賣買契約ニ付キ其希望シタリシ利益ヲ失ハシムルニ足レリト為ス可カラサルコトアリ
然レトモ第三者買主ニ對シ恢復訴権ヲ行フタルノ事情ハ又何等ノ結果ヲモ生セサルモノニ非ス蓋シ法律ハ第三者ノ訴権ヲ行フタルノミヲ以テ買主ト共謀アリタリト推定セス又第三者ノ輕忽ノ請求ヲ為シタリトノ推定ヲ為ス可カラス是ヲ以テ第三者ノ訴権アレハ買主ヲシテ追奪ノ危害ヲ排斥シ去ルニ至ルマテ代價弁済ノ猶餘ヲ請求スルヲ得セシムルニ充分ナルノ理由ト為スヘシ
然リト雖トモ亦第三者ノ恢復訴権ニ付キ裁判所ニテ言渡ス所ノ判決アルニ至ルマテ時日ノ久シキヲ經過スルコトナシトセサルカ故ニ賣主ハ代價返還ノ為メ保証人ヲ立テ以テ其即時ノ弁済ヲ請求スルコトヲ得ルモノトス又賣主保証人ヲ得ルコト能ハサルトキハ猶ホ第七十九條ニ従ヒ代價ノ供託ヲ請求スルノ権能ヲ有ス
若シ買主右ノ担保ノ提供ヲ受ケタルニ拘ハラス代價ヲ弁済セサルトキハ其弁済ヲ拒絶スルハ実際追奪ノ危害ヲ恐ルルカ故ニ非スシテ資本ヲ有セサルカ故ナルコト明瞭ナルニヨリ直チニ訴追ヲ受ケサル可カラス
本條ニハ單ニ恢復訴権アリタルコトヲ仮定スルニ止マラス其他ノ物上訴権アリタルコトヲ仮定ス是ヲ以テ第三者用益権賃借権永借権地益権ノ如キ所有権ノ支分権ヲ認メシメンコトヲ目的トスル所ノ訴権アリタルトキハ其何タルヲ問ハス直チニ本條ヲ適用スヘシ又或ハ賣渡物上ノ抵当ヲ有スル債権者抵当訴権ヲ行ヒ以テ不動産ノ依帰若クハ資金ノ弁済ヲ求メンコトヲ主張シタルトキ又同シ
然リ而シテ物上訴権ハ未タ悉ク其輕重ヲ同フスルモノニ非ルカ故ニ又未タ悉ク代價弁済ノ全部拒絶ノ理由タルニ足ラス譬ヘハ抵当債権ノ如キ其数額代價ニ及ハサルコト遠キコトアルヘシ或ハ地益権ニシテ不動産ノ價格ヲ減少スルコト些少ナルモノタルコトアリ或ハ物ノ一分若クハ残期ノ極メテ短キ賃借権タルコトアルベシ是等ノ塲合ニ於テハ買主ハ唯代價ノ一分ニ付キ弁済ノ猶餘若クハ保證ヲ請求スルヲ得ヘキノミ
本條末項ニ買主ノ一ノ権利ヲ宣言シタリ蓋シ買主追奪ノ危害アルノ推定アリタリトシ恢復訴権ヲ申立ルニ止マラス其買受タルモノ賣主ニ属セサル直接ノ証拠ヲ挙クルコトヲ得ルトキハ賣買ノ全ク無効ナルコトヲ言渡サシムルノ權利ヲ有ス此塲合ニ於テハ其請求スル所ハ代價弁済ノ猶餘ニアラスシテ将来断然代價ヲ拂ハサルニ在リ故ニ買主ハ全ク其義務ヲ免レタルノ言渡ヲ受ケ併セテ担保ヨリ生スル損害賠償ヲ請求スヘシ
第七十八條
本條ニ規定スル塲合ハ前條ニ規定スル塲合ト異ニシテ訴権ノ起リタルモノニアラス只将来抵当訴権ノ起ルコトヲ憂フルニ足ルヘキ事由アルコトヲ想像スルモノナリ而シテ其規定ニ至テハ全ク前條ニ於ケルト異ニシテ買主ハ縦令賣主ヨリ保証人ヲ立ルモ猶ホ弁済ノ義務ナク抵当ノ登記ヲ為シタル債権者ノ訴追ヲ免ルルノ唯一ノ方法タル滌除ノ方法ヲ行フニ至ルマテ法律上当然代價弁済ノ猶餘ヲ得ルモノトス
滌除ノ方式ハ不動産ノ第三取得者ヲシテ其不動産ニ附着セル抵当ヲ免レシムルヲ目的トスルモノニシテ既ニ説明シタル所アリ即チ不動産ノ取得者ニシテ後日抵当債権者ノ訴追ヲ免レント欲スルトキハ何時ニテモ該債権者間ニ存スル前後ノ順序ニヨリ是ニ弁済ヲ為スノ準備アルコトヲ申立テ以テ其取得代價ヲ之ニ提供スルコトヲ要ス若シ債權者之ヲ受諾スルトキハ縦令取得者ノ代價弁済ニヨリ総債権者ニ皆済ヲ為スニ非ルトキト雖トモ猶ホ其弁済ニヨリ不動産ノ抵当消滅スルモノトス又債権者ニシテ第三取得者ノ提供シタル代價ヲ不充分ナリト認メタルトキハ其不動産ヲ競賣ニ附スルコトヲ要求セサル可カラス而シテ更ニ不動産ヲ競賣ニ附シタルニヨリ得ル所ノ代價ハ債権者間ニ之ヲ配附スヘク而シテ其不動産上ニ存シタル抵当ハ悉ク消滅シ未タ其代價ヲ以テ皆済ヲ受ケサル債権ニ附着スル所ノ抵当ニ至ルマテ総テ消滅スヘキモノトス此手續ヲ称シテ滌除ト云フ
滌除ノ手續タル民法担保編及民事訴訟法ニ於テ並ニ之ヲ規定ス
是ニ依テ之ヲ観ルニ抵当債権者ハ不動産ノ代價ヲ先取スルノ権利ヲ有スルモノナルカ故ニ不動産ノ買主ハ賣主ニ其代價ヲ弁済スルニ及ハサルヤ明カナリ
然レトモ亦不動産上ニ先取特権若クハ抵当ノ登記アルコトヲ口実トシテ際涯ナク買主代價ノ弁済ヲ遅延スルヲ得ヘカラス故ニ買主ハ法律ニ定メタル期間内ニ於テ滌除ノ手續ヲ行ハサル可カラス(担保編第二百六十條以下ヲ参観スヘシ)
第七十九條
賣主ハ曩ニ説明シタル留置権及ヒ次款ニ規定スル所ノ義務不履行ニヨル觧除ノ権利ノ外猶ホ其賣渡シタル物上ニ先取特権ヲ有ス是ヲ以テ買主弁済セス而シテ賣主其物ノ所有權ヲ恢復スルコトヲ欲セサル時ハ賣主其物ヲ競賣ニ附シ以テ買主ノ爾餘ノ債權者ニ優先シ其代價ヲ先取スルコトヲ得
此賣主ノ權利ニシテ能ク実効ヲ奏スルカ為メニハ第三者詳カニ之ヲ謂ヘハ買主ノ債權者及ヒ重ネテ其物ノ轉賣、買取リタルモノニ對抗スルヲ得ルコトヲ要ス然ルニ物権ハ之ヲシテ発生セシメタル行為ノ登記ニ因リ充分之ヲ公示シタルトキニ非レハ第三者ニ對抗スルヲ得サルモノナリ
賣主ノ先取特權ニ関スル右ノ公示ノ方法ハ担保編ニ之ヲ規定ス觧除権ノ如キ亦同一ノ法式ニ従フコトヲ要スルモノナリ
賣主ノ権利ヲシテ第三者ニ對抗スルヲ得セシムルカ為メ必要ナル方式ヲ遵守セサリシトキハ賣主物ト代價トヲ併セ失フノ危險ニ遇フヘシ
此塲合ニ於テハ賣主ハ其利益ヲ喪失スルモ是レ其責ヲ自己ニ帰セサル可カラス然レトモ買主ハ之ニ對シ其懈怠ヲ責メ因テ以テ利益ヲ得ヘカラス是ヲ以テ賣主弁済ノ担保トシテ纔カニ買主ノ資産ヲ有スルニ過キサルモ買主ノ資力疑ハシキニ至リタルトキハ買主ヲシテ滌除ノ方法又ハ第七十七條ニ規定シタル物上訴權ノ遷延ヲ奇貨トシ代價ノ弁済ヲ遅延シ遂ニ其財産ヲ消費シ又ハ之ヲ隠匿スルヲ得セシム可カラス是レ法律ニ賣主ヲシテ供託所ニ代價ノ供託ヲ為スヘキコトヲ要求スルヲ得セシムル所以ナリ(財産編第四百七十四條以下ヲ参観スヘシ)
右ノ處分タル賣主第七十七條ノ塲合ニ於テ代價ヲ得ルカ為メ保証人ヲ立テシムルコト能ハサルトキハ殊ニ之ニ有益ナルヘシ
供託ハ賣主ト買主トノ雙方ノ名義ヲ以テ之ヲ為シ以テ其一人ヲシテ他ノ一人ノ承諾賛同ナク猥リニ供託金ヲ引取ルコトヲ得セシメサルヲ要ス其結果トシテ供託金ハ当事者雙方ノ債權者ヨリ拂渡差押ヲ受ルコトヲ得但其差押ハ法事處分ニ止リ実際金銭ノ配当ヲ為スニ至ル可ラス然ラスンハ各当事者供托ニヨリ自己ノ利益ノ安全ナルコトヲ特ミタルニ遂ニ其希望ニ反シ損害ヲ受ルニ至ルヘシ故ニ供託金ヲ以テ之ヲ得ルノ權利アル者ニ交附スルニ至ルハ総テ訴訟手續ノ結了スルヲ待タサル可ラス若シ此点ニ付キ争アルトキハ裁判所冝シク判決スヘシ
右ノ意思タル数多ノ結果ヲ生スルヲ以テ左ニ其要領ヲ摘示セン
第一ノ塲合、第七十七條ニヨリ物上訴権アリタル為メ代價弁済ノ猶餘ヲ為シタル塲合ニ於テ賣主代價ヲ返還スルカ為メ保証人ヲ立ルヲ得サルニヨリ代價ヲ受取ルヲ得サリシモ其供託ヲ要求シ追奪妨害ヲ実施セシメ追奪ノ危害ヲ排斥シタルトキハ買主ノ認許ニヨリ又ハ裁判所ノ判決ニヨリ供託シタル代價ヲ引取ルベシ
第二ノ塲合、同一ノ塲合ニ於テ賣主全部若クハ一分ノ追奪ノ危害ヲ排斥スル能ハサリシニヨリ買主賣買ノ無効ヲ申立テ又ハ残存スル所ノ利益自己ノ需用ニ足ラサルコトヲ証明シ賣買ヲ消除セシメ又ハ代價ノ減少ヲ請求シタルトキハ供託金額ノ全額若クハ一分ヲ引取ルヲ得ヘキモノハ即チ買主ナリ
第三ノ塲合、賣渡タル不動産上登記ヲ經タル先取特権若クハ抵当附債権アリタル塲合ニ於テ賣主自己ノ資本ヲ以テ債権者ニ皆済シ以テ滌除ノ手續ヲ省略シタルトキハ賣主供託金ヲ引取ルヘシ
第四ノ塲合、同一ノ塲合ニ於テ債権者賣主ヨリ皆済ヲ得サルモ買主ヨリ提供シタル代價ヲ受諾シタルトキハ即チ債権者供託金ヲ引取ルヘシ唯是レカ為メニハ賣主ト買主ノ認許若クハ裁判所ノ認許ヲ得ルコトヲ要ス
第五ノ塲合、債権者買主ヨリ提供シタル代價ヲ以テ充分ナリト認メサリシニヨリ賣渡物ノ競賣ヲ要求シ更ニ之ヲ買取タル競落人アルトキハ前ノ買主ハ最早代價ヲ負担セサルニヨリ其供託シタル金銭ヲ引取ルヘシ
第八十條
買受物ノ占有ヲ得ルハ固ヨリ買主ノ権利ノ一ナリト雖トモ亦其義務ノ一ナリト謂フヘシ故ニ買主ハ既ニ代價ヲ弁済シタル時ト雖トモ猶ホ賣主ノ家ニ買受物ヲ残ス可カラス依然其買受物ヲ賣主ノ家ニ置クトキハ之ニ妨害ヲ加ヘ且之ヲシテ物ノ保存ニ注意スルノ義務ヲ負ハシムルカ故ニ買主ハ速ニ其買受物ヲ引取ラサル可カラス是ヲ以テ本條ハ賣主ヲシテ本條ニ引用スル諸條ニ於テ債權者自己ノ得ヘキモノヲ受取ルヲ欲セサル塲合ニ於テ債務者ノ為メ一般ニ設ケタル方法ニ従ヒ動産物ノ提供及ヒ供託ヲ為スノ權利ヲ有セシム
第二項ハ賣買物件速ニ全價格ヲ喪失スルコトアルヘキトキハ賣主買主ノ為メ其物ヲ轉賣スルノ義務アリトシ以テ買主ノ利益ヲ保護シタリ是レ保存義務ノ結果ニシテ其義務ハ單ニ買主買受物ノ引取リヲ遅延シタルノ一事ニヨリ消滅スルモノニ非ルナリ
第三節 賣買ノ觧除及ヒ鎖除
第一款 義務ノ不履行ニ因ル觧除
第八十一條
当事者ノ一方義務ヲ履行セサルカ為メ賣買ヲ觧除スルハ普通法ヲ適用シタルニ過キサルモノナリ(財産編第四百二十一條乃至第四百二十四條ヲ参観スヘシ)然レトモ実際其適用最モ多キハ賣買ニ関スルカ故ニ諸外國ノ法典モ亦特ニ賣買ノ章中ニ之ヲ記載スルニヨリ本法亦茲ニ此目ヲ設ケタリ
凡ソ義務不履行ニヨリ觧除ノ行ハルル買主ニ對スルコト実際最多シトス蓋シ賣主ノ従タル義務タル引渡ノ義務ハ強制執行ニヨリ其意思ニ反シ之ヲ履行セシムルヲ得レハナリ然レトモ買主ノ義務ニ至テハ金銭ヲ弁済スルニ在リテ之ヲ履行セシムルコト一層難ク且債務者ノ惡意ニヨリ其履行ヲ遅延スルコト少シトセス
本條ハ人權ノ部ニ於テ雙務契約ニ付キ設ケタル一般ノ原則ヲ準用スヘキモノトシ以テ諸般ノ觧除ノ塲合ヲ廣ク指示シタリ
凡ソ不履行ニヨル觧除ハ黙示ノ合意ニヨリ行ハルルモノナリ此塲合ニ於テハ觧除ヲ申立ル当事者ハ裁判所ニ其請求ヲ為スコトヲ要ス而シテ裁判所ハ被告ニ恩恵上ノ期限ヲ許與シ以テ觧除ヲ停止スルコトヲ得唯或塲合ニ於テハ裁判所恩恵上ノ期限ヲ許與スルコト能ハス其塲合ハ既ニ義務ノ章ニ廣ク之ヲ定メタルカ故ニ敢テ茲ニ之ヲ再ヒ掲クルノ必要ナシ(財産編第四百六條ヲ参観スヘシ)
又当事者ハ明約ヲ以テ相互ニ不履行ニヨリ觧除ヲ要約スルコトヲ得此塲合ニ於テハ当事者ハ裁判所ニ訴権ヲ起スノ必要ヲ避ルノ主意ニ出テ特約ヲ結フモノニシテ当然觧除ノ行ハルルモノトス是ヲ以テ一旦義務ノ履行ヲ怠リタルモノハ裁判所ヨリ毫モ恩恵上ノ期限ヲ許與スルコト能ハス
然レトモ亦明約ニヨリ当然契約ノ觧除スルハ未タ必スシモ期限ノ到来ノミニヨリ行ハルルモノニ非ス猶ホ義務ヲ履行セサル当事者ハ裁判外ノ手續ニヨリ遅滞ニ附セラルルコトヲ要ス但シ期限ノ到来ノミヲ以テ違約者ヲ遅滞ニ附スヘキノ合意アリタルトキハ此限ニアラス是亦普通法ノ適用ナリ(財産編第三百八十四條ヲ参観スヘシ)
然リ而シテ過失アル當事者ハ自己ニ對シ相手方ヨリ觧除ノ請求アルニ非レハ当然行ハルル觧除ヲ申立ルコトヲ得ス然ラスンハ過失アル者却テ為メニ利益ヲ得ルニ至ルヘシ是亦財産編ニ於テ規定シタル所ナリ(財産編第四百二十二條ヲ参観スヘシ)
本條ハ觧除ヲ行フヲ得ル者ヲシテ觧除ト共ニ其被リタル損害ノ賠償ヲ求ムルヲ得セシム然レトモ其失フタル利息ノ填補ヲ求ムルヲ得セシメス此ノ如ク賠償ニ特別ノ制限ヲ加ヘ損害賠償ナル普通ノ文字ヲ用ヒサル所以ハ既ニ財産編第四百二十條ニ於テ之ヲ説明シタリ今其要ヲ言ハンニ契約ヲ觧除セシムル所ノ当事者更ニ是カ為メ利益ヲ得ルコトアル可カラス何トナレハ其当事者ハ同一ノモノヲ以テ更ニ他人ト契約ヲ為シ別ニ利益ヲ納ムルコトヲ得ルモノナレハナリ
第八十二條
賣主代價ノ弁済ヲ得ス又ハ買主是ニ對シ其他ノ義務ヲ履行セサルニ当リ其觧除訴權ヲシテ單純ニ對人訴権タルニ止マラシムルトキハ賣主ノ保護充分ナラサルヤ明カナリ蓋シ賣主第三者ニ對シ觧除訴權ノ効力ヲ及ホスコト能ハサルモノトスルトキハ買主ハ觧除ノ結果ヲ免ルルガ為メニ直チニ不動産ヲ譲渡シ又ハ之ヲ抵当トセサルコトアラサルニ至ルヘシ
然レトモ亦轉得者又ハ抵当債権者ヲシテ毫モ損害ヲ受ケ他ヨリ攻撃ヲ受ルコトナシト信シタルニ当リ一朝其權利ヲ失フニ至ラシムルコトアル可カラス
蓋シ不動産所有權ニ関スル法律全体ノ趣意ハ取得者ヲシテ其豫測スルコト能ハサルノ追奪ヲ避ケシムルニ在リ是ヲ以テ賣主其觧除権ニ物上訴權ノ性質ヲ保有セシメント欲セハ充分之ヲ公示セサル可ラス
其公示ノ方法ハ亦登記ナリトス
是ヲ以テ買主ニシテ意ヲ用フルコト深キトキハ賣買証書中代價ノ数額ノ外契約ノ負担及ヒ條件ヲ負担スヘク且代價ニ至テハ啻ニ其数額ヲ示スヲ以テ足レリトセス其他其全部若クハ一分ノ未済アルコトヲ記載セサル可ラス何トナレハ証書中代價ヲ記載スルモ即時之ヲ弁済シ又ハ賣買後直チニ之ヲ弁済スルコト稀ナリトセス故ニ此点ニ付キ第三者ヲシテ誤謬ニ陥ラシムルコト無キコトヲ要ス固ヨリ立法上第三者ヲシテ証書面ニ記載セル代價ノ弁済済ナルヤ否ヤヲ賣主ニ質サシムルコト恰モ其他ノ條件ノ既ニ履行アリタルコトヲ質サシムルト同一ニ規定スルヲ得ヘキモ契約証書中代價ノ未済ナルコトヲ記載セシムルトキハ第三者ヲ充分警戒シ之ヲシテ不注意アルコトアラサラシムルヲ得ルノ利益アリ是ヲ以テ契約証書中代價未済ノ旨ヲ記載セサルトキハ弁済アラサルカ為メ契約ヲ觧除スルモ第三者ノ其効ヲ及ボサス是ニ其権利ヲ奪フコト能ハサルヲ原則トス
然レトモ亦本法ハ賣主ヲシテ契約以後ノ公示ニヨリ賣買ノ負担條件若クハ代價未済ノ旨並ニ既ニ起シタル觧除請求ヲ公示シ其当初ノ脱漏ヲ補フコトヲ得セシム(担保編第百八十一條ヲ参観スヘシ)
固ヨリ契約以後ノ公示ハ既往ニ遡リ效力ヲ有セサルヤ明カニシテ既ニ其公示前ニ在テ買主ト契約シタル第三者ニ其効力ヲ及ホスコト能ハスト雖トモ爾後賣主ニ対シ対抗スルヲ得ヘキ登記ヲ制止スルコトアリ(財産編第三百五十二條第一項ヲ参観スヘシ)
本條ハ只賣主ノ為メ觧除ノ事ヲ記載スルニ過キス蓋シ買主ノ觧除ヲ請求スルニ当テハ唯代價ヲ取戻スヲ目的トスルニ止ルカ故ニ第三者ニ對シ訴権ノ効力ヲ及ホスヤ否ヤノ論議起ラサレハナリ
第八十三條
動産ノ賣買ニ於テ觧除權アルモ不動産ノ賣買ニ於ケルト異ナリ買主ノ一ノ債権者之ヲ知ルニ由アラサルナリ蓋シ不動産賣買ニ当テハ登記シタル証書ニ其代價ノ全部若クハ一分ノ弁済アラサルコトヲ記載スルカ故ニ以後買主ト契約スルモノハ賣主ノ爾後觧除訴権ノ行ハルルノ結果ヲ被ルコトアルヘキ旨ヲ知ルト雖トモ動産賣買ノ証書ハ公示セサルカ故ニ買主ノ債権者ヲシテ自己ノ一般ノ担保ナリト見做シタル其債務者ノ財産ヲ失ハシムルハ至当ニアラス
然レトモ亦賣主ノ権利ヲ犠牲ニ供シ之ヲ毀損ス可カラサルニヨリ本條ニ二三ノ区別ヲ設ケタリ
第一ノ塲合、代價弁済ノ為メ期限ヲ設ケ賣買ヲ為シ而シテ賣主其期限前ニ賣渡物ノ引渡ヲ為スヘキ塲合ニ於テハ賣主ハ買主ニ信用ヲ置キ其無資力ノ結果ヲ甘受シタルモノト言ハサル可ラス且其賣渡物ノ引渡アル以上ハ爾餘ノ債權者ハ其代價ノ未済アルコトヲ知ラサルヘキカ故ニ買主ノ買受ケタルモノヲ以テ自己ノ債務者ノ所有物トナリ而シテ自己ノ担保トナリタルモノト見做スコトヲ得ヘシ故ニ此塲合ニ於テハ賣主ハ尋常ノ債權者タルニ過キス只約束ノ代價ヲ併セテ其利息ヲ生スヘキトキハ其利息ヲ得ルカ為メ債務者ノ財産競賣ニヨリ得ル所ノ金額ノ配当ヲ受クベキノミ
第二ノ塲合、代價弁済ノ為メ期限ヲ許與シテ賣買ヲ為シタルモ賣主自ラ引渡シノ期限ヲ得又ハ買主之ニ引渡ノ催告ヲ為ササルニヨリ未タ賣渡物ノ引渡シアラサルトキハ觧除權全然存スヘキモノナリ何トナレハ未タ賣渡物ノ引渡アラサル以上ハ爾餘ノ債權者ハ其債務者ノ買受物ヲ以テ自己ノ担保ナリト見做ス可ケレハナリ固ヨリ買主ニ其買受物ノ所有權移轉スルカ為メ引渡ヲ必要トセスト雖トモ債權者其移轉ヲ知ル以上ハ併セテ其條件ヲ知ラサル可カラス故ニ其代價ノ未済ナルトキハ之ヲ知ラスト謂フヲ得ス
第三ノ塲合、代價弁済ノ為メ期限ヲ許與セスシテ賣買ヲ為シ而シテ物ノ引渡アリタル塲合ニ於テハ賣主ノ期限ヲ承諾セサルハ其買主ニ信ヲ置カサルヲ証スルモノニシテ其即時引渡ヲ為シタルハ直チニ代價ノ弁済ヲ希望シタルカ故ナリト云フ可シ或ハ買主ハ虚言ヲ以テ之ヲ詐キ之ヲシテ損害ヲ被ルコト無シト誤信セシメタルコトアルヘシ但シ賣主ヨリ觧除ノ請求ヲ受ルノ前久シキ時日ヲ經過セサルコトヲ要ス是ヲ以テ本條ハ此塲合ニ於テ賣主ニ許スニ八日内ニ觧除ノ権利ヲ行フコトヲ以テス
此塲合ニ於テモ亦立法上第三者ノ利益ヲ保護スルノ注意ヲ為ササル可ラス然レトモ敢テ買主ノ総債権者ノ利益ヲ保護スルニ及ハス唯其買受ケタル物上ニ物權ヲ取得シタル第三者譬ヘハ既ニ其物ヲ轉得シ未タ其引渡ヲ受ケサル第三者若クハ質受物ノ性質賃貸人ノ先取特権ニ係ルヘキモノタルトキハ買主ノ住居セル賃貸人ノ如キ質権ノ目的タル先取特權ヲ有スル債權者ノ如キモノノ利益ヲ保護スルヲ要ス是ヲ以テ買主其買受ケタルモノヲ質トシタルトキハ其債權者ノ得タル質權ノ如キハ決シテ之ヲ犯ス可ラス
然レトモ亦法律ハ第三者善意ナルトキ詳カニ之ヲ言ヘハ動産賣渡代價ノ未タ弁済アラサルコトヲ知ラサリシトキノミニ限リ優先權ヲ有スヘキモノトセリ蓋シ、此塲合ニ於テモ其善意ノ推定ヲ為スヘシト雖トモ賣主ハ通常諸般ノ方法ニヨリ第三者代價弁済アラサルコトヲ知リタルノ証明ヲ為スコトヲ得サル可ラス
第二款 受戻権能ノ行使
第八十四條
受戻権能ノ要約ナルモノハ賣主ヲシテ或條件ニ従ヒ其物ヲ恢復スルヲ得セシムルモノニシテ合意自由ノ原則ノ通常ノ適用ニ係ルモノト見做ス可ラス蓋シ其原則ニヨルトキハ合意ハ当事者間ニ法律ニ同シキ効力ヲ有シ一ニ其自由ニ任スト雖トモ受戻權能ナルモノハ賣主ニ加ヘタル特種ノ保護ニシテ其理由ハ下ニ至リ之ヲ説明スヘシ蓋シ買主ハ物ヲ返還シ以テ代價ノ返還ヲ求ムルノ權能ヲ有セス(唯第三十一條ニ於テ試驗ノ上為ス所ノ賣買ニ付キ規定シタル所ノモノノミ此限リニアラス)又賣主受戻権能ヲ行使スルニ付キ之ニ加ヘタル制限ヲ見ルモ尚此事項ニ付テハ單ニ合意自由ノ原則ヲ適用セサルヲ知ルニ足ルヘシ
実ニ受戻権能ナルモノハ買主更ニ賣主ニ其買受ケタル物ヲ轉賣スルノ約ニアラス本條ノ明文ニ記載セル如ク買主其賣主ニ更ニ賣買ヲ為スニ非スシテ最初ノ賣買ノ觧除ヲ為シ其觧除ノ効力ヲ既往ニ遡ラシメ以テ買主ヨリ第三者ニ許與シタル物権ヲ消滅セシムルモノナリ是ヲ以テ其要約ノ効力大ニ第三者ノ利害ニ関係ヲ及ホスニヨリ其行使ニ付キ法律上制限ヲ設ケヘキヤ明カナリ
夫レ然リ受戻ノ約款タル第三者ノ權利ヲ毀損スルモノナルカ故ニ立法上之ヲ設クルノ可否ニ付キ大ニ疑義ヲ容ルルモノナリ固ヨリ不動産ニ関スルトキハ第三者前賣買ノ登記ニヨリ觧除ノ危険アルコトヲ知ルヲ得ヘシト雖トモ其買受ヲ為スニ當テハ必ス前ノ買主ト同シク実價ニ劣ル所ノ代價ニ非サレハ之ヲ拂フコトヲ欲セサルヘシ然ルニ物ノ賣買アルニ当リ其賣價実價ニ及ハサルハ仮令損益ノ運賦アリト雖トモ猶ホ經済上其冝シキヲ得タルモノニ非ス又第三者觧除ノ結果ヲ避クルカ為メ買主ト更ニ契約スルコトヲ欲セサルトキハ又經済上ノ利益ヲ害スルモノニシテ全國ノ經済ヲ損傷スルモノト謂フヘシ何トナレハ財産ノ融通容易ナルハ國家經済ニ有益ニシテ財産ノ轉輾スルトキハ従テ之ヲ改良スルノ費用ヲ生シ以テ需用供給ノ途ヲ開クニ至ルヘシ然ルニ受戻権能アルトキハ財産ノ融通ヲ妨害シ其條件附ニテ取得シタルモノハ容易ニ之ヲ賣渡スコト能ハス加之ナラス自己モ亦其收益ノ久シキヤ否ヤ確然タルニヨリ之ヲ改良スルノ費用ヲ出スコトヲ為サス漸次財産ノ改良ヲ妨クルニ至ルヘシ
是ニ由テ之ヲ観レハ受戻權能ハ立法上之ヲ設クルヲ不可ナリト為スヘキカ如シト雖トモ亦賣主ノ為メ此觧除ヲ許スニ付テハ他ニ至大ナル理由ノ存スルモノアリ其理由タル經歴ニ徴シテ発見シタル所ノモノナリ蓋シ所有者徃々一時金銭ノ必要ニ迫リ而シテ断然其財産ヲ譲渡スコトヲ欲セサルハ比々見ル所ナリ固ヨリ所有者ハ其不動産ヲ担保トシテ金銭ヲ借用スルヲ得ヘシト雖トモ貸借ノ條件ハ率ネ利息ニ関シ借主ノ負担スル所重クシテ遂ニ債務者期限ニ至ルモ其財務ヲ弁済スルコト能ハサルニ至ルコト間々之アリ若シ借主期限ニ至ルモ債務ヲ弁済スル能ハサルトキハ遂ニ其財産ノ差押ヲ来シ之ヲ競賣ニ附セサル可ラス然ルトキハ費用ノ多キト時日ノ久シキトヲ要シ債務者ノ為メ甚タ不利ナル結果ヲ生スヘシ是ヲ以テ賣主ヲシテ代價ヲ減少シ其物ヲ賣渡シ後ニ至リ若干ノ期間内ニ其受取リタル代價ヲ弁済スル得ルニ至ルヲ竢テ其財産ヲ恢復スルノ權能ヲ有セシムルトキハ賣主ヲシテ不利ナル結果ヲ免レシムルノ良法タルモノナリ
是レ賣主ニ受戻ノ権能ヲ要約スルヲ得セシムル所以ニシテ是レニ由テ之ヲ観レハ買主ニ同一ノ権能ヲ許與セサル所以ヲ會得スルコト容易ナルヘシ蓋シ其何人タリトモ止ヲ得スシテ物ヲ買取ルコトアラサルカ故ニ買主ニ其買受ヲ觧除スルノ權能ヲ許與スヘカラサルヤ明カナリ且其觧除ヲ許ストキハ其觧除ハ純然隨意ノ性質ヲ有シ買主ハ其買受物ヲ譲渡シ又ハ抵当トセサル以上ハ何時ナリトモ之ヲ返還スルヲ得ルカ故ニ賣買ヲ觧除セント欲セハ直ニ之ヲ觧除スルヲ得其觧除ハ一ニ買主ノ専擅放恣ニ出ルニ至ルヘシ之ニ反シ賣主ノ觧除ニ至テハ隨意條件タルニ似タリト雖トモ其実決シテ然ルモノニアラス賣主賣買契約ヲ觧除セント欲セハ其受取タル代價ヲ返還セサル可ラス然ルニ既ニ金銭ノ需用ニ迫リ財産ヲ賣渡シタル如キモノハ之ヲ得ル一層困難ナルヘキカ故ニ自己ノ専恣放逸ニ出テ觧除ヲ為スカ如キコトアラサルナリ
夫レ然リ受戻ノ權能ハ賣主金銭ノ需用ニ迫リタルカ故ニ之ヲ設ケタリト為スニヨリ自ラ生スル所ノ一ノ結果アリ後ニ至リ之ヲ示スヘシ
然レトモ亦受戻ノ権能ハ經済上ノ妨害少カラサルニヨリ法律ハ之ニ充分狭隘ナル制限ヲ加ヘタリ
其制限ノ第一ハ厳ニ期限ヲ守ラシムルニアリ詳ニ之ヲ謂ヘハ一旦定メタル受戻ノ期限ヲ經過スルトキハ賣主ハ当然其權利ヲ失ヒ如何ナル原因アリトモ之ヲ申立テ以テ其期限後ニ至リ觧除ヲ求ムルコトヲ得サルモノトス
其期限タル不動産ニ付テハ之ヲ五年トス又動産ニ至テモ法律ヲ以テ受戻ノ権能ヲ禁セスト雖トモ之ニ加フルニ特別ノ制限ヲ以テ其期限ヲ一層短簡ニシ之ヲ二年ト定メ而シテ其觧除ハ善意ノ第三者ニ対シ効力ヲ有セサルモノトセリ
若シ當事者法律ヲ知ラスシテ五年若クハ二年以上ノ期間ヲ約シタルトキハ其合意ハ全然無効トセス只其期限ヲ法律上ノ期間ニ減縮スルモノトス蓋シ徃昔欧洲ニ於テハ法律ノ禁シタル所ヲ為シ又法律ノ許ス所ヲ為ササルモノハ其効力ヲ受クルコトヲ得サルヲ以テ原則トシタレトモ茲ニ賣主ニ此原則ヲ適用スルハ其当ヲ得タルモノニ非ス故ニ六年以上ノ期間ヲ定メ受戻ノ要約ヲ為シタルモノハ暗ニ五年以下ノ期間ヲ以テ之ヲ要約シタルモノト見做ス
猶ホ此他法律ノ明文ヲ要スル一点アルヲ以テ本條之ヲ明定シタリ即チ不動産ニ付キ三年若クハ四年ノ期間ヲ定メ受戻ヲ要約シタル時ハ以後其期限ヲ増延シ二年若クハ一年ヲ加フルコトヲ得ス仮令前後ノ期間ヲ通算シ五年ヲ經過セサルトキト雖トモ尚ホ之ヲ許サス是レ第三者ニ對抗スルヲ得ヘキ觧除ノ條件ヲ擴張スルノ処為タルカ故ナリ是ヲ以テ單純ニ賣買ヲ為シタル後受戻ノ要約ヲ為スヲ禁スルト同シク一旦期限ヲ定メタル以上ハ更ニ之ヲ伸長スルコトヲ得ス
然レトモ其伸長モ亦賣買後ニ至リ受戻ノ約款ヲ為シタルト同シク当然無効ニアラス唯之ヲ以テ買主ヨリ賣買ノ偏務ノ豫約ヲ為シタルノ効力アルモノトシ当事者ノ意思ニヨリ爾ク定メタルモノト認定シタリ蓋シ賣買ノ豫約ハ其豫約前買主ト約束シタル第三者ノ権利ニ傷害ヲ及ボスモノニアラス又其登記ニヨリ公然発表シタル後ニ非レハ以後之ト約束シタルモノニ効力ヲ及ホスモノニ非ス但シ法律ニ明文無シト雖トモ期限ノ伸長ハ五ヶ年毎ニ之ヲ為ササル可ラサルヤ明カナリ而シテ本條ニ轉賣豫約ノ権能ニ制限ヲ加ヘ第二十六條ニ規定シタル賣買豫約ニ制限ヲ加ヘサリシハ本條ノ塲合ニ於テハ現賣主ヲシテ其買戻シノ方法ヲ誤ラサラシムルカ為メ之ヲ僥倖スヘキモ第二十六條ノ塲合ニ在テハ其趣ヲ異ニスルカ故ナリ
賣渡ノ偏務豫約ノ効力ハ既ニ第二十六條及第二十七條ノ下ニ在テ充分之ヲ説明シタルカ故ニ敢テ茲ニ之ヲ贅セス
末項ノ規定ハ全ク新規ノ法則ニシテ受戻權能ヲ認メタル法律ノ理由ヨリ生スル必然ノ結果ナリ抑法律ヲ以テ受戻權能ヲ認メタルノ理由ハ受戻ノ要約ヲ為シタル賣主ハ畢竟金銭ノ需用切迫スルカ故ニ其物ヲ賣渡シタルモノト推定シタルニ在リ故ニ賣買ノ約款及ヒ條件ヲ以テ其推定ニ反スル徴證ヲ現ハシタルトキハ受戻權能ヲ許ス可カラス然リ而シテ賣主買主ヲシテ代價ノ全部若クハ一分ノ弁済ノ為メ長キ期限ヲ得セシメタルトキハ即チ此推定ノ反證アルモノト云フヘシ蓋シ代價弁済ノ期限長キトキハ賣主ハ受戻權能ヲ要約スルモ其目的敢テ金銭ノ必要ニ迫マリテ為シタル賣渡ノ不利益ヲ恢復セントスルニ非スシテ唯後日賣渡物ノ價格増加シタルトキ其利益ヲ得價格ノ減シタルトキ其損害ヲ避クルノ僥倖ヲ賭スルノ方法ヲ得ントスルニ在リト云フヘシ
然レトモ弁済ノ為メ定メタル期限ノ如何ヲ問ハス又其代價ノ額如何ヲ論セス賣主ヲシテ取戻權能ヲ失ハシム可カラス又此二点ヲ一ニ裁判所ノ査定ニ放任スルモ不可ナリ故ニ法律ヲ以テ此二点ヲ規定スルコト必要ナリ是レ本條末項ヲ設ケタル所以ナリ左ニ之ヲ説明セン
弁済ノ期限代金「半額又ハ半額以上」ノ為メニ與ヘ且其期限カ「受戻ノ為メ定メタル期間ノ半以上ニ及フ」二條件アルトキハ賣主ハ金銭ノ需用切迫シタルカ故ニ賣渡ヲ為シタルモノニ非スト云フヘシ是ヲ以テ受戻ノ期間五ヶ年ニシテ弁済ノ期限一年ナルトキハ賣主ハ契約ヲ為シタルヨリ二ヶ年目ト五ヶ年目トノ間ニ在テ金銭上ノ困難アルヘキコトヲ豫想シタルモノト云フヲ得ヘキモ受戻ノ期間五年ニシテ弁済ノ期限三年若クハ四年ナルトキハ斯ノ如キ久シキ時期前ニ在テ能ク豫メ金銭ノ需用ヲ想像シ賣買ヲ為シテ其需用ニ充テント欲シタリシモノト云フ可カラス
第八十五條
本款ノ説明ヲ為ス始メニ当リ述ヘタル如ク受戻権能ハ買戻ニ非ス何トナレハ買戻即チ轉賣ハ賣主ヲシテ其物ノ現在ノ有様ノ侭詳カニ之ヲ謂ヘハ買主ノ許與シタル權利ノ附着シタル侭ニテ恢復スルニ過キス加之ナラス買主其物ノ所有權ヲ挙ケテ之ヲ譲渡タルトキハ賣主ヲシテ毫モ其物ヲ恢復スルコト能ハサラシムルモノナレハナリ之ヲ要スルニ受戻ハ買戻ニ非ス其実一種ノ觧除ナリ
觧除ノ性質ハ既ニ説明シタル所ニシテ之ヲ約言スレハ觧除ニヨリ取消ス所ノ契約ノ当時ノ形状ニ事物ヲ復スルモノニシテ既徃ニ遡リ効力ヲ有スルモノナリ(財産編第四百九條ヲ参観スヘシ)
本條ハ此原則ヲ受戻権能ヲ附シタル不動産賣買ニ適用スルモノニシテ第三者ハ受戻ノ為メ其權利ヲ失フモ敢テ苦情ヲ称フヘキニ非ス何トナレハ受戻権能ヲ之ニ對抗スルヲ得ルハ賣買証書中受戻権能アルコトヲ記載シ且同時ニ之ヲ行使シタルトキニ限ルモノナレハナリ
唯本條ハ賣買ノ目的物上ノ賃借權ヲ取得シタル第三者ノ為メ一ノ例外ヲ設ケタリ然レトモ亦其例外ハ賃借權ノ残期一ヶ年ヲ超ヘサルトキニ限ル本條ニハ其賃借權ノ詐偽ナク即チ善意ニテ行ハレタルコトヲ要スト言ハス是レ賃借ノ期間短キ以上ハ賣買ノ輕重如何ニ拘ハラス買主有益ナル管理行為ヲ為シタルモノト言フヘキカ故ナリ若シ其管理行為ノ期間ヲ制限セサルニ於テハ賃借ノ善意ニ成リタルノ條件ヲ要スヘキモ其期間ヲ限ラサル以上ハ別ニ此條件ヲ要セサルナリ
動産ノ賣買ニ関スルトキト雖トモ亦法律ハ受戻權能ノ要約ヲ禁止セス唯大ニ其効力ヲ減縮シタリ即チ動産賣買ノ觧除ハ第三者ノ取得シタル物權ヲ毀滅スルコト能ハサルモノトス何トナレハ其受戻権能ハ公示ヲ経サルニヨリ第三者ノ知ルニ由ナキモノナレハナリ然レトモ動産ニ付キ第三者ノ物權ヲ得ルハ管理行為ニヨルコト少ク処分行為ニヨルヲ以テ多シトスルカ故ニ第三者ノ善意ナリシコト詳カニ之ヲ謂ヘハ第三者賣主ノ留存シタル権能ヲ眞ニ知ラサリシコトヲ要ス而シテ善意ハ之ヲ推定スルカ故ニ第三者ノ悪意ノ直接ノ証拠ハ賣主ヨリ之ヲ擧ルコトヲ要ス蓋シ実際買主第三者ト約束スルニ当リ觧除ノ危険アルコトヲ之ニ告ケタルコト無シトセス此塲合ニ於テハ第三者ハ善意ニテ權利ヲ得タルモノニ非ス而シテ受戻權能ノ効力ヲ被ルヘシ
動産ノ賣買ニ関シテハ賣主ノ受戻權能アル塲合ニ於テ買主之ヲ賃借シタルコトヲ法文ニ規定セスト雖トモ其賃借ノ期間ノ如何ニ拘ハラス必ス之ヲ犯ス可ラス何トナレハ其期間愈ヨ長ケレハ愈ヨ完全ノ処分行為ニ就クモノナルカ故ニ賣主之ヲ遵奉セサル可ラサレハナリ
夫レ此ノ如ク動産ニ関シテハ受戻權能ノ効力ヲ減縮シタルカ故ニ其権能ハ買主ノ為シタル轉賣ノ偏務ノ諾約ニ異ナラサルカ如シ蓋シ第三者悪意アルトキハ受戻權能ノ効力ヲ被ラサル可ラスト雖トモ亦其悪意ハ均シク賣買偏務ノ効力ヲ被ラシムルモノナレハナリ又買主其買取リタルモノヲ譲渡シタルニ非ス又之ヲ以テ所有権以外ノ物権ノ目的トシタルニ非ルモ無資力トナリタル塲合ニ付キ轉賣ノ豫約ト受戻ノ要約トノ差異ヲ求ム可ラス固ヨリ賣主ハ其觧除権ニ因リ代價ヲ償還シ以テ其賣渡シタル物件ノ全部ヲ恢復シ其他ノ債権者ト之ヲ分配スルニ及ハスト雖トモ賣買ノ豫約アルトキモ亦豫約者ハ同一ノ利益ヲ有スルモノニシテ全部ノ代價ヲ拂ヒ以テ物ノ全部ヲ取得シ其代價ノ減少ヲ得ルモ猶ホ其一分ノミヲ領受スルニ及バサルモノナリ
第八十六條
受戻權能ノ行使ハ賣主ノ一身ニ専属スル權能ト見做シ其債權者之ヲ行フ可ラスト見做スヘキニ似タリ若シ之ヲ以テ賣主ノ一身ニ専属スル權能ト見做ストキハ法律上関接訴權ノ行使ニ加ヘタル例外ニ属スヘシ(財産編第三百三十九條ヲ参観スヘシ)殊ニ受戻ハ之ヲ權能ト称シ権利ト称セサルニヨリ其賣主ノ一身ニ専属スヘキモノナルコト益ス明瞭ナリト云フヘキニ似タリ
然レトモ立法者ハ受戻権能ヲ附シテ賣渡シタル財産ハ買主ニ危険アルカ故ニ其実價ヲ以テ賣渡シタルニ非スト見做スニヨリ買主ヲシテ賣主ノ金銭ニ乏シキカ為メ奇利ヲ博セシムルコトヲ認メス蓋シ賣主金銭ニ乏シキカ為メ受戻権能ヲ行フ能ハサルニ当リ其債権者受戻ニ必要ナル資本ヲ立替ヘ其債務者ノ資産中其賣渡シタル財産ヲ復帰セシムルノ理アリト信スルニ於テハ之ヲシテ債務者ニ代リ受戻権能ヲ行フヲ得セシムルヲ至当トス是レ利害ヲ異ニシ而シテ等シク之ヲ保護スベキモノナルトキハ法律上損失ヲ避ケンコトヲ求ムルモノヲシテ利益ヲ得ンコトヲ求ムル者ニ勝ラシムル塲合ノ一ナリト云フヘシ
然レトモ亦債権者其債務者ノ受戻権能ヲ濫用スルコト無カラシメンカ為メ本條ハ債権者先ツ債務者ノ無資力ヲ証明スルヲ要ストシ通常債權者其債務者ノ権利ヲ公示スル塲合ヲ規定シ財産編第三百三十九條ニ記載セリ裁判上ノ代位ヲ以テ必要トセス
蓋シ買主賣主ノ債権者ニ皆済シ以テ其ノ受戻権能ノ行使ヲ防クヲ得ルハ当然ノコトナリ然リ而シテ賣主ノ債権者順次買主ニ迫リ受戻権能ヲ行使センコトヲ称エ交モ是ニ請求ヲ為スノ危害アルニ似タリト雖トモ此危害ハ受戻權能ノ事項ニ関スル事項ノ適用ニヨリ之ヲ防止シタリ其原則ハ即チ下第八十八條第一項ニ掲クル所ノモノナリ即チ買主ハ債権者中最先ニ請求ヲ為シタルモノヲシテ其物ノ保存ノ為メ追奪シタル費用ヲ負担セシメ又更ニ之ニ次デ一ノ債權者他ノ請求ヲ為ストキハ其第一ノ債權者ノ辨済シタル所ノモノヲ減少シ猶ホ代金ノ残額アルトキハ其残額ノミヲ之ニ弁済スヘシ何トナレハ買主第一ノ債權者ノ弁済シタル所ノモノハ即チ其物ヲ保存スルカ為メ支出シタル費用ナレハナリ此ノ如ク順次買主ノ拂フタル所ノモノハ代金ヨリ之ヲ差引カ故ニ結局其代金ノ全部ヲ拂出終リニ至ルトキハ賣主ノ債權者又買主ニ對シ何等ノ請求ヲモ為スコト能ハサルニ至ルヘシ
第八十七條
賣主買戻權能ヲ有スルトキハ其買主ノ權利ヲ觧除スルニ至ルマテ停止スル所ノ條件附ノ權利ヲ有スルモノナリ故ニ其權利ノ全部若クハ一分ヲ処分スルコトヲ得
是ヲ以テ賣主ハ其受戻權能ヲ譲渡スコトヲ得是レ関接ニ受戻シニヨリ其恢復スヘキモノヲ譲渡スモノナリ又賣主ハ直接ニ其賣渡シタルモノヲ譲渡スコトヲ得此塲合ニ於テハ関接ニ受戻権能ヲ譲渡シタルモノナリ而シテ此塲合ニ於テハ賣主ハ決シテ他人ノ物ヲ賣渡シタルモノト謂フ可ラス何トナレハ其物ハ受戻権能ヲ行フノ停止條件付ニテ賣主ニ属スルモノナレハナリ
又賣主ハ所有権以外ノ物権ヲ其賣渡シタル物上ニ設定スルコトヲ得詳カニ之ヲ謂ヘハ其物ヲ抵当トシ賃借シ又ハ用益権若クハ地益権ヲ設クルコトヲ得然レトモ其結果ハ受戻権能若クハ賣渡物ノ所有権ヲ譲渡シタルトキト大ニ異ナルモノナリ
賣主所有權外ノ物権ヲ設定シタル塲合ニ於テハ所有権ノ支分権ヲ譲受タルモノハ自己ノ名ヲ以テスルモ又賣主ノ名ヲ以テスルモ自ラ受戻権能ヲ行フコト能ハス蓋シ該譲受人ノ自己ノ名ヲ以テ受戻権能ヲ行フ能ハサルハ其未タ條件附ノ所有権ヲ譲受ケサルカ故ニシテ又其賣主ノ名ヲ以テ受戻ヲ為スコト能ハサルハ抵当ノ塲合ヲ除クノ外賣主ノ債権者タルモノニ非ルカ故ナリ
是ヲ以テ所有権以外ノ物権ハ其権利ヲ有スル以外ノモノ受戻権能ヲ行フタルトキ始メテ発生スルモノナリ
其受戻権能ヲ行フヘキモノハ第一賣主自身ナリトス蓋シ賣主受戻権能ヲ行フトキハ即チ其承諾シタル権利ヲ確認スルモノニシテ其譲受人ニ對シ担保義務ヲ尽シタルモノナリ
第二ニ受戻ヲ行フヘキモノハ前條ニ規定シタル塲合ニ於テ賣主ノ債權者タルモノトス蓋シ前條ニ規定シタル塲合ニ於テ債権者其債務者ノ名ヲ以テ其権利ヲ行フタルトキハ恰モ債務者自ラ受戻ヲ行フタルトキト同一ノ結果ヲ生シ第三者ノ物権ハ其効力ヲ保全スヘシ故ニ此ノ如キ塲合ニ於テハ債権者ハ輕忽ニ受戻権能ヲ行ハサルニ利アリトス何トナレハ其利益ヲ得ルモノハ物権ノ譲受人ニシテ債權者ハ是レカ為メ利ヲ得ルコト甚タ少ナケレハナリ且其物権タル固ヨリ公示ヲ經ヘキモノナルカ故ニ債權者ハ其如何ナル権利ニシテ何人ニ属スベキカヲ知ルヲ得ヘシ故ニ債権者ハ其該物權アルカ為メ自己ノ利アルコト少キヲ知ルヲ以テ実際受戻権能ヲ行使スルコト無カルヘシ
然リ而シテ買主前條ニ従ヒ債権者ニ弁済ヲ為スノ権利ヲ行ハント欲スルトキハ又賣主ノ承諾シタル物權ノ價額ヲ以テ其代價ヨリ控除シ其残額ノミヲ弁済スルニ止マルコトヲ得何トナレハ受戻権能ハ賣主ノ承諾シタル物権ヲ確認スルモノニシテ債権者其物ヲ公賣ニ附スルモ該物権ノ附着シタル侭ニ非レハ之ヲ賣渡スコト能ハス而シテ其價格ノ控除ノ結果ヲ被ル可ケレハナリ
又第三ニ受戻権能ヲ行フヘキモノハ受戻権若クハ物ノ譲受人ナリトス固ヨリ其譲受人ハ自己ノ名ヲ以テ受戻ヲ行フヘシト雖トモ其受戻権若クハ所有権ヲ取得シタルニ当リ既ニ己ニ賣主ノ設定シタル権利ヲ登記ニヨリ了知スルヲ以テ其権利ノ結果ヲ被ラサルヲ得ス然レトモ亦該譲受人賣主ニ對シ担保訴権ヲ行フヲ得ヘシ
第八十八條
第八十八條ニ於テハ賣主ノ負担タルヘキモノトシテ唯賣買代價ノ返還及ヒ買主ノ支拂フタル費用ノ償還ノミヲ示シタルニ過キスト雖トモ猶ホ賣主買主ノ偶マ買受物ニ加ヘタル費用ヲ弁償セサル可ラス他人ノ物ニ加ヘタル費用ハ之ヲ三種ニ区別スヘキコトハ屡ハ其適用ヲ説明スルニ当リ弁明シタル所ナリ即チ物ヲ保存スル所ノ必要費用之ヲ改良改良スル所ノ有益費用及ヒ單純ノ贅沢費用ノ三者是ナリ而シテ所有者自己ノ物ヲ恢復スルニ当テハ占有者ニ必要費用及ヒ有益費要ヲ弁償スヘキコトハ亦既ニ法律ノ明文アル所ナリ(財産編第百九十六條ヲ参観スヘシ)且賣主ハ其買主ノ追奪ヲ被リタル塲合ニ於テ之ニ一切ノ費用ヲ返還スヘク加之ナラス其費用ノ贅沢費ナルトキト雖トモ猶ホ買主善意ニテ之ヲ加ヘタルトキハ猶ホ賣主之ヲ弁償セサル可ラス(上第五十八條ヲ参観スヘシ)
受戻権能行使ノ塲合ニ於テモ賣主ハ買主ニ保存費用及ヒ改良費用ヲ弁償スルヲ要スルヤ当然ナリ然レトモ贅沢費用ニ至テハ敢テ之ヲ弁償スルニ及ハス蓋シ賣主若シ保存費用及ヒ改良費用ヲ弁償セサルトキハ遂ニ買受物ヲ保存シ若クハ改良スルノ費用ヲ支拂フタル買主ノ損害ヲ以テ自己ノ利得ト為スニ至ルヘシ然レトモ贅沢費ニ至テハ毫モ之ヲ返還スルニ及ハス何トナレハ贅沢費ハ物ノ増價ヲ生スルモノニ非スシテ買主其費用ノ為メ損失ヲ被ルニ至ルハ畢竟自己ノ不注意ノ致ス所ナリト謂ハサル可ラサレハナリ
然リ而シテ保存費用ト改良費用トノ間ニ法律上一ノ差異ヲ設ケ保存費用ハ賣買ノ代價ト同シク受戻ノ為メ定メタル期限ニ至リ直チニ之ヲ弁償セサル可ラス然ラスンハ賣主當然其受戻ノ權利ヲ失フモノトス是レ受戻ノ為メ定メタル期間ハ一ニ之ヲ守ラサル可ラサルカ故ナリ然レトモ改良費用ノ弁償ニ至テハ裁判所ニ猶餘ノ期限ヲ請求シテ之ヲ得ルコトアル可シ蓋シ改良費用ハ必要ノモノニ非ルカ故ニ買主之ヲ加フルニ当リ自己ノ未定ノ利益ヲ計リタルモノニシテ敢テ賣主ノ利益ヲ計リタルモノト云フ可ラス加之ナラス其費用巨額ニシテ即時賣主ヲシテ之ヲ弁償セシムルトキハ大ニ之ヲシテ困難セシムルコト無シトセス且法律上賣主ヲシテ猶餘期限ヲ得ルコト能ハサラシムルトキハ悪意ノ買主ハ之ヲ奇貨トシテ受戻権能ノ行使ヲ被ルコトヲ免ルルニ至ルヘシ詳カニ之ヲ謂ヘハ買主賣主ノ資産ニ不相当ナル改良費用ヲ加ヘ賣主ヲシテ之ヲ弁償スルノ力ナキカ為メ受戻権能ヲ行フ能ハサルニ至ルコト無シトセス且通常受戻権能ヲ要約スル塲合ニ於テハ賣主其財産冨裕ナラスシテ却テ稍ヤ困難ナル地位ニ在ルモノナルカ故ニ改良費用少シク大ニシテ即時之ヲ弁償セサルヲ得サルトキハ到底受戻権能ヲ行フコト能ハサルヘシ是レ改良費用ノ弁償ニ付テハ裁判所ヲシテ賣主ニ猶餘期限ヲ許スコトヲ得セシメタル所以ナリ
本條ニ代價ノ利息ノ弁償ノコトヲ言ハサルハ其利息タル受戻期限ニ至ルモ亦以後ニ至ルモ要求スヘキモノニ非レハナリ蓋シ賣主ヲシテ代價ノ利息ヲ弁償セシムヘシトスルトキハ又買主ヲシテ之ニ果実及ヒ生産物ヲ返還シ又其物ヲ使用シタルトキハ其使用料ヲ拂ハシメサル可ラス此ノ如キハ彼我ノ関係ヲシテ愈ヨ錯雑ナラシメ遂ニ訴訟ヲ醸成スルニ至ルヘシ是ヲ以テ代價ノ利息ト物ノ果実トハ財産編第四百十二條ノ原則ニヨリ相殺スヘキモノトセリ然レトモ同條ニ利息ト果実トヲ相殺セシムルハ実際其果実ヲ收受シタル塲合ニ限ルカ故ニ果実ノ收受前ニ受戻権能ヲ行フタルトキハ賣主代價ノ利息ヲ返還スヘキヤ明カナリ
末項ニ於テ買主ニ許與スル所ノ留置権ハ既ニ財産編第二條ニ於テ物上担保トシテ掲ケタルモノナリ其詳細ノ説明ニ至テハ担保編ニ於テスヘシ
第八十九條第九十條及第九十一條
第八十九條及以下ノ二條ハ特別ノ塲合ニ於ケル受戻権能ノ行使ヲ規定スルモノナリ而シテ此三條ニ通スル原則ヲ講究スルトキハ立法者殊ニ受戻ノ効力ニヨリ当事者ノ豫知シタル範囲外又ハ至当ノ範囲外ニ於テ所有権ノ分割スルコトヲ豫防セントシタルコトヲ見ルヘシ
第八十九條以下ノ三條ハ不動産ノ不分ノ部分譬ヘハ二分一三分一若クハ四分一ノ受戻権能附ノ賣買ヲ主眼トシタルモノニシテ受戻ノ為メ要約シタル期限前ニ其分割競賣ノ行ハレタルコトヲ仮定スルモノナリ是レ固ヨリ受戻権能行使ノ方法ニ影響ヲ及ホスヘキヤ当然ナリ第一法律ニ規定セサル所ニシテ毫モ疑義ヲ存セサル塲合ナリ即チ賣主受戻権能ヲ行ハント欲スル日ニ在テ未タ買主ト其他ノ共同所有者トノ間ニ分割ノ行為アラス其賣渡物賣買当時ノ現状ニ存スルトキハ賣主ハ其不分ノ部分ヲ單純ニ取戻シ爾餘ノ共同所有者ト共ニ依然其共有者タルヘシ
然ルニ法律ニ区別ヲ設ケテ規定セサル可ラサル数多ノ塲合アリ左ニ之ヲ列記セン
第一競賣若クハ現物ノ分割行ハレタル塲合アルヘシ
第二買主ニ對シ又ハ買主ヨリ競賣ヲ請求シタル塲合アルヘシ
第三買主ノ為メ又ハ他ノ所有者ノ一人若クハ第三者ノ為メ競落ノ言渡アリタル塲合
第四競賣若クハ現物ニヨリ分割賣主ノ参加ヲ得テ行ハレタル塲合并ニ其参加ナク行ハレタル塲合
以下ノ塲合ヲ本條以下ノ順序ニ就テ説明セン
第一ノ塲合所有者ノ一人ヨリ買主ニ對シ分割ヲ請求シ而シテ現物ニテ其分割ヲ為スコト能ハサルニヨリ不動産ノ競賣ヲ為シ詳カニ之ヲ謂ヘハ其代價ヲ分割スルカ為メ之ヲ公賣ニ附シタルニ買主其取得シタル所ノモノヲ保存センコトヲ求メ全部ノ競落人トナルコトアリ是レ第八十九條第一項ニ規定スル塲合ナリ第一此塲合ニ於テハ賣主其受戻ノ為メ豫約シタル期間ノ満了前ニ競賣ノ行ハレタルコトヲ口実トシ其競賣ニ付キ異議ヲ容ルルコト能ハス蓋シ受戻ノ約款ヲ附シテ賣買ヲ為シタルモ是レカ為メ共同所有者何時ニテモ共有財産ノ分割ヲ請求スルノ権利ヲ中止スルコト能ハス又之ヲ妨害スルコト能ハス共有財産ノ分割ヲ中止妨害スルハ唯共有者間ニ特別ノ合意ヲ以テシタルトキニ限ル且ツ其期間ハ五年ヲ超過スルコト能ハサルモノトス(財産編第三十八條及ヒ第三十九條ヲ参観スヘシ)然ルニ是ニ仮定スル塲合ニ於テハ其共有者間ニ何等ノ特約モアラサルモノナリ故ニ賣主ハ決シテ競賣ニ付キ異議ヲ容ルルコト能ハス然レトモ賣主ハ競落ニヨリ財産全部ノ所有者トナリタル買主ニ対シ受戻権能ヲ行フコトヲ得
然リ而シテ賣主ハ其賣渡タル部分ニ付テノミ受戻権能ヲ行フニ過キサルカ将タ全部ニ付テ之ヲ行フヲ得ヘキカハ法文ヲ要スル所ニシテ本條ハ賣主全部ニ付キ受戻ヲ行フヲ得ヘシト定メタリ蓋シ分割ノ請求ヲ為シタルモノハ買主ニ非ス其請求ハ之ニ對シ行ハレタルモノニシテ買主ハ自己ノ買受タル部分ヲ適法ニ保存スルヲ求ルノ権利ヲ有スルモノナリ而シテ是カ為メ買主ハ全部ヲ取得セサル可ラサルニヨリ其曾テ買受ケサル部分ノ價額ヲ競落代價トシテ弁済シタルモノナリ是所謂物ノ保存ノ為メ支出シタル必要費用ナルカ故ニ現買受代價ト共ニ買主ニ之ヲ返還セサル可ラス而シテ買主ハ其財産ノ全部ヲ賣主ニ返還スヘシ若シ賣主該費用ヲ弁償スルヲ欲セス又ハ之ヲ弁償スル能ハサルトキハ受戻権能ヲ失フヘシ勿論其何レノ道ニ出ルカハ受戻ノ為メ定メタル期限ニ至ルニ非レハ之ヲ確言スルニ及ハス
第八十九條ハ重要ナル問題ヲ断定スルモノナリ法律ニ買主一分ノ受戻ニ對シ故障ヲ陳ル時買主之ヲ行フヲ得スト言フヲ以テ足レリトセス猶ホ買主全部ノ受戻ニ付キ故障ヲ述ルヲ得ルヤ否ヤヲ定メサル可ラス蓋シ買主ハ競賣ニヨリ自己ノ取得シタル不分ノ部分ヲ保有シ唯受戻ノ約款ヲ附シテ買取タル部分ノミヲ返還スルニ止ルヘシト主張スルコト無シトセス然レトモ法律ハ此主張ヲ認許セス是買主ヲシテ一ニ利益ノミヲ得セシムルニ至ルヘキカ故ナリ既ニ買主其全部ノ取得自己ニ不利ナリト認ムルトキハ賣主ヲシテ其全部ヲ受戻サシムヘク其全部ノ取得自己ニ利益アリト見做ストキハ其一分ヲ保存セント欲スヘシ此ノ如ク当事者間ノ権利ヲ不平等ナラシムルハ雙務契約ノ性質ニ背馳スルモノナリ故ニ全部ノ受戻ハ賣主ノ義務ナリト雖トモ亦一ノ權利ニシテ買主之ヲ送ルハ其義務ナリトス故ニ一分ノ受戻行ハルルニハ当事者雙方之ヲ承諾スルコトヲ要ス
第二ノ塲合此塲合ニ於テモ亦分割ハ買主ニ對シ起リタルモノニ非スシテ買主ヨリ之ヲ為シ而シテ全部ノ競落人トナリタル者亦買主ナリトス第八十九條第二項及ヒ第三項此塲合ヲ規定シタリ
此塲合ニ於テハ買主全部ヲ買取ルモ其買受ケタル不分ノ部分ヲ保存スルニ必要ナル費用ヲ拂フタリト言フコト能ハス蓋シ競賣ヲ請求シタルモノハ買主ナルカ故ニ買主ハ是カ為メ賣主ノ位地ヲシテ不利ナラシムルコト能ハス故ニ賣主ハ其賣渡シタル部分ニ付テノミ受戻ヲ行フニ止ルコトヲ得ヘシ
然レトモ亦買主全部ノ受戻ニ付キ故障ヲ述ルトキハ賣主之ヲ行フコトヲ得ス是レ又当事者ノ権利利益ハ平等ナルヲ要スルノ原則ノ致ス所ナリ
以上二個ノ塲合ヲ規定スルニ付テハ賣主買主若クハ他ノ共同所有者ヨリ競賣ニ参加セシメラレタルヤ否ヤヲ区別セス然レトモ賣主ノ未定ノ權利ニ基キタル其参加ハ賣主ト共同所有者トノ関係ヲ定ムルニ当テハ甚タ重要ナルモノナリ唯以上二個ノ塲合ニ於テハ賣主競賣処分ニ立合フタルヤ否ヤヲ問フニ及ハサルハ其塲合タル唯賣主ト買主トノ関係ニ属シ賣主ト第三者トノ関係ニ関セサルカ故ナリ第三者ト賣主トノ関係ハ即チ次條ニ規定スル所ナリ
蓋シ第一ノ塲合ニ於テ賣主訴訟ニ参加シタルトキハ買主ニ競賣代價ヲ弁償シ以テ物ノ全部ヲ取戻スコトヲ拒絶スルコト能ハス賣主ノ立合ニテ競賣ヲ為シ而シテ其競賣タル買主ヨリ請求シタルモノニ非ス是ニ対シ請求シタルモノナルカ故ニ賣主ヨリ毫モ之ニ對シ異議ヲ容ルルコトヲ得ス若シ賣主ニシテ受戻権能ヲ欲シテ其物ヲ得ス依然其処有者タリシナラハ自己ニ對シ競賣ヲ請求セラルル當リ其物ヲ取得セントセハ必ス其全部ヲ取得セサル可ラス
又同一ノ塲合ニ於テ賣主訴訟ニ参加セサリシ時ト雖トモ猶ホ其結果ハ同一ナルヘシ蓋シ賣主訴訟ニ参加セサリシカ為メ損害ヲ被リタリト言フコト能ハス若シ其競賣ニ立合サルカ為メ損害ヲ被リタリト称ヘント欲セハ又其競落人タラント欲セサリシコトヲ称ヘサルヲ得ス然ルニ賣主ハ自己ノ為メ競落ヲ得ルノ権利ヲ有シ且其競落人タルニ一層利益アル時ニ至リ其競落ヲ求ルヲ得ルモノナルカ故ニ前競賣ノ際之ニ立合ヒ競落人タルヲ得サリシニヨリ害ヲ被リタリト謂フコト能ハス何トナレハ賣主ハ其競落ヲ為スヘキヤ否ヤヲ熟考スルノ餘裕アルノミナラス猶ホ其物ノ價格ヲ増加スヘキノ傾向アルヤ否ヤヲ考フルコトヲ得且全部取得ニ必要ナル資本ヲ得ルニ一層ノ猶餘ヲ有スルモノナレハナリ
第二ノ塲合即チ買主競賣ヲ請求シ而シテ競落人トナリタル塲合ニ於テモ亦一分ノ受戻ヲ認許スル規定ハ賣主ノ立合ノ有無ノ為メ変更スヘキモノニ非ス蓋シ賣主参加セサリシ事実ヲ斟酌スヘキモノトセハ遂ニ買主ニ不利ナル結果ヲ及ホスヘシ何トナレハ買主ハ競賣ヲ請求シナカラ賣主ヲシテ之ニ参加セシムルコトヲ怠リタルモノナレハナリ又仮令賣主競賣手続ニ参加シタルトキト雖トモ亦賣主ハ全部ノ受戻ヲ拒絶スルノ権ヲ有スヘシ何トナレハ賣主ハ競賣ノトキニアルモ決シテ全部ノ競落人タルヲ欲セス之ヲ取得スルヲ欲セサリシト主張スルノミヲ以テ全部ノ受戻ヲ拒絶スルニ足ルヘケレハナリ買主ハ決シテ自己ノ処為ニヨリ賣主ノ位地ヲシテ不利ナラシムル能ハサルモノナリ
以下賣主競賣ニ召喚セラレタルト否トニ付キ大ニ結果ヲ異ニスル塲合ヲ説明セン第三ノ塲合即チ是レナリ(第九十條)
第三ノ塲合共同所有者ノ一人ノ為メ又ハ第三者ノ為メ競落アリタル塲合即チ是レナリ蓋シ何レノ塲合ニ於ケルモ第三者ヲシテ競賣ニ與カラシムルコトヲ得加之ナラス或ル塲合ニ於テハ必ス第三者ヲシテ之ニ與カラシメサル可ラサルモノトス此塲合ハ更ニ之ヲ二個ノ塲合ニ細別スルヲ要ス
其一賣主競賣ニ召喚セラレサリシトキ賣主ヲ競賣ニ召喚セサルハ其未定ノ權利ヲ蔑視シタルモノニシテ賣主ハ其競賣ニ付キ故障ヲ述ベ若シ之ニ立合フコトヲ得タリシナラハ競落人タリシコトヲ得ヘカリシコトヲ主張スルヲ得又其競賣ニ第三者ヲ干與セシメサリシ時ハ之ニ付キ苦情ヲ述ルコトヲ得是ヲ以テ賣主ヲ召喚セスシテ競賣ヲ為シタルトキハ其競賣ノ効力ヲ之ニ及ホスコトヲ得ス其競賣ハ買主ノ承継人タル競落人ニ對シ受戻ヲ行フノ権利ヲ奪フコトヲ得サルモノナリ蓋シ買主ノ権利亦觧除條件ニ係ルトキハ其譲渡ス所ノ權利モ亦決シテ確定ノモノニ非ス
其二賣主競賣ニ召喚セラレタルトキ、此塲合ニ於テハ賣主ハ競落人タルヲ得ヘキモノニシテ若シ所謂其金銭ニ乏シキカ又ハ其他ノ原因ニヨリ競落人タラサリシトキハ是レカ為メ競落人ニ損害ヲ及ホスコト能ハス賣主ハ受戻権能行使ノ為メ要約シタル期間ヲ申立ルコトヲ得ス何トナレハ其合意ハ他ノ共有者ニ対抗スルヲ得サルモノナレハナリ是ヲ以テ賣主ハ競落人ニ対シ総テノ権利ヲ失フモノトス
然ラハ即チ賣主ハ買主ニ對シ一種ノ受戻権ヲ行ヒ之ニ其受取リタル代價ヲ提供シ以テ競賣ノ代價ヲ受取ランコトヲ請求スルノ権利ヲ有スヘキカ仮令ハ賣主其不分ノ部分仮令ハ二分ノ一ヲ千円ニテ賣渡シタルニ全部競賣ニヨリ二千四百円ノ代價ヲ得買主其競賣代價ニ於ケル自己ノ部分トシテ千二百円ヲ受取タルトキハ賣主之ニ千円ヲ提供シ以テ千二百円ヲ受取ランコトヲ請求スルヲ得ヘキカ
此主張タル決シテ抵拒スヘキモノニ非ス
先ツ賣主競賣ニ招喚セラレス而シテ第三者競落人ニ對シ受戻権ヲ行フコトヲ得ル塲合ニ付テ之ヲ観察スルニ賣主ハ決シテ賣渡シタル物上ト競落代價上トニ二様ノ受戻権ニ付キ選択ヲ為スコト能ハサルヤ明カナリ此塲合タル物ノ全部ヲ受戻権能附ニテ賣渡シタル塲合ニ於テ買主期限内ニ其物ヲ轉賣シ賣主之ヲ第三取得者ニ對シ訴追スルヲ得ル塲合ト同一ニシテ此塲合ニ於テモ賣主其訴追権ヲ行ハスシテ買主ニ自己ノ当初受取リタル代價ヲ返還シ買主ノ受取リタル代價ヲ要求スルヲ得サルヤ明カナリ又賣主啻ニ競落ニ召喚セラレタル塲合ニ於ケルノミナラス猶ホ買主ノ轉賣ヲ為スニ当リ第三者ヲシテ追奪ヲ免レシムルカ為メ其轉賣ニ参加スルコトヲ承諾シタル塲合ニ於テ訴追権ヲ失フタル時ニ於ケルモ同シク賣主ハ其現代價ヲ返還シ買主ノ得タル代價ヲ受取ランコトヲ請求スルヲ得ス是レニ由テ之ヲ観レハ前段ノ塲合ニ於テモ賣主ヲシテ買主ニ其受戻約款附ノ賣買ノ代價(千円)ヲ返還シ買主ノ受取タル競落代價(千二百円)ヲ受取ランコトヲ求ムルヲ得セシムルトキハ其実賣主ヲシテ單純ノ買主ニ二百円ヲ請求スルヲ得セシムルモノニシテ此ノ如キハ受戻権能ヲ行使スルモノト謂フ可ラス全ク契約ノ條件ヲ変更スルモノニシテ賣主ハ受戻権能ヲ行フカ為メ毫モ資金ヲ有スルニ及ハス一ニ利益ノミヲ收ルコトヲ得買主ハ終始不利ナル地位ニ立タサルヲ得ス遂ニ賣渡物ノ増價若クハ減價ハ受戻ニ何等ノ影響モ及ホスコトナク又賣主ノ資力ヲ得ルト否トモ其受戻権能ノ行使ニ影響ヲ及ホサス賣主ハ一ニ受戻権ヲ行フト称シ利益ノミヲ收ムルヲ得ルニ至ルヘシ
又公用徴取アリタル時モ亦等シク賣主ハ右ノ如キ主張ヲ為スコトヲ得ヘカラス故ニ賠償ヲ受取リタル買主ハ其買受代價ノ返還ヲ受ルモ賣主ニ自己ノ受取タル賠償金ヲ交附スルニ及ハス蓋シ公用徴取ハ官ノ公賣ニシテ当事者ニ對シテハ不可効力ノ結果ヲ生シ其賣買シタルモノハ以後不融通物トナルニヨリ其物ニ付キ存シタル私権ノ関係ハ為ニ全ク絶滅スルモノナリ
又受戻約款附ニテ賣渡シタルモノ火災ニヨリ消烬シ而シテ買主保険料ヲ受取リ若クハ出火ノ過失アルモノヨリ賠償ヲ受取リタル時ト雖トモ猶ホ前ノ塲合ニ於ケルト同シク賣主保険料若クハ賠償金ヲ受取ランコトヲ主張スルヲ得ス此塲合ニ於テハ賣主ハ全ク受戻権能ヲ失フモノニシテ其理由ハ又既ニ喪失シタルモノヲ受戻ニヨリ恢復スル能ハサルカ故ナリ仮令買主是レカ為メ其對價ヲ受取ルコトアルモ元来受戻ノ約款即チ觧除ノ目的タル物ハ其對價ニ非スシテ賣渡物自体ナリ故ニ賣渡物自体ノ滅失スルトキハ又受戻約款ノ目的無キニヨリ賣主受戻権能ヲ行フニ由ナシ
第四ノ塲合第九十一條ニ於テハ競賣ヲ為スノ必要ナキコトヲ仮定シ不分物ヲ現物ニテ分割スルヲ得而シテ各共有者其分割ノ部分ヲ受取リタルコトヲ想像ス若シ此塲合ニ於テ各共有者ノ権利ノ部分ニ付キ其受取ル所ノ分割ノ部分ヲ精確ニ区分スルコト能ハサルトキハ多ク受取ル所ノ者ハ少ナク受取ル所ノ者ニ補足金ヲ出シ以テ彼我ノ不平均ヲ補フモノトス
此塲合ニ於テハ競賣ノ塲合ニ於ケルト同一ノ規定ヲ單純ニ適用スルコトヲ得ス就中此塲合ニ在テハ分割ノ請求ヲ為シタル者買主ナルヤ否ヤヲ区別スルノ要ナク賣主其未定ノ権利ニ基ク分割ニ立合フタルヤ否ヤヲ区別スルヲ要スルモノトス
第一ノ塲合賣主分割ニ召喚セラレタルトキ、此塲合ニ於テハ賣主ハ其曽テ賣渡シタル部分ノ受戻ヲ即時行フノ機會ヲ得タルモノニシテ買主ハ敢テ之ニ干渉スヘキニ非ルヲ以テ賣主ハ其共同所有者ト分割ヲ為シ而シテ其分割ハ即時確定シテ以後変更スルヲ得サルモノトス
仮令此塲合ニ於テ賣主其買主ニ弁償スルノ資力アラサル時ト雖トモ猶ホ其分割ニ参與スルハ是ニ利益アルモノナリ蓋シ賣主ハ競賣ノ必要ニ非スシテ現物ノ分割ヲ為スヲ得ヘキコトヲ証明スルヲ得ヘク而シテ一旦其現物ニテ分割ヲ為スヲ得ヘキコトヲ認定セラルルニ於テハ賣主ハ各所有者ニ帰スヘキ部分ノ買主ノ權利ニ對シ平等若クハ不平等ニシテ其権利ト相当スルコトヲ注意スルヲ得殊ニ各自ニ帰スヘキ部分ノ不平等ナルニヨリ之ヲ抽籤ニ附スルコト能ハサル塲合ニ於テハ賣主ハ其買主ニ帰属スヘキ部分ノ甚タ些少ナルコトヲ防止シ仮令補足金ヲ得ルモ猶ホ現物ノ少キヲ防キ或ハ其現物ノ甚タ多クシテ是レカ為メ巨額ナル補足金ヲ拂フコトヲ避ルニ注意スルヲ得ヘシ故ニ賣主ハ分割ニ参加スルノ利益ヲ有スルモノト謂フヘシ
然リ而シテ一旦分割ノ処分ヲ終ルトキハ其処分ハ他ノ共同所有者ニ對シ確定ノ效力ヲ有シ又之ヲ破棄スルヲ得スト雖トモ買主ニ對シテハ効力アリ賣主受戻権能ヲ行ハント欲スルトキハ其買主ニ帰属シタル部分即チ其買受ケタル未分ノ部分ニ代ハル所ノ分割部分ヲ引取リ以テ受戻權能ヲ行フコトヲ得ヘシ
猶ホ法文ニ買主自己ニ帰属シタル部分其曽テ処有シタリシ部分ノ割合ニ超過スルニヨリ補足金ヲ拂フタルトキハ賣主之ヲ弁償スヘシト言ヘリ是レ第八十九條ニ謂フ所ノ競賣代價ト同シク必要ナル費用ナルカ故ナリ是ニ反シ買主己レニ帰属シタル部分ノ不充分ナルニヨリ補足代金ヲ受取タルトキハ賣主ハ其部分ト共ニ供託代金ヲ受取リ又ハ其返還スヘキ賣買代價ヨリ之ヲ控除スヘシ
第二ノ塲合賣主分割ニ召喚セラレサリシトキ、此塲合ニ於テハ賣主ヲシテ其分割ヲ認諾スルノ権利ヲ有セシメサル可ラス而シテ賣主之ヲ認諾スルトキハ前ノ塲合ニ於ケルト其結果ヲ同フスヘシ然レトモ賣主分割ヲ認諾セサルトキハ何人タリトモ是ニ分割ノ行為ヲ對抗スルコト能ハス其買主ト雖トモ亦然ルヲ得ス蓋シ買主ハ分割ヲ請求セサリシモ賣主ヲ是レニ召喚セサルノ過失アルカ故ナリ是ヲ以テ賣主ハ先ツ受戻権能ヲ行フヘシ詳カニ之ヲ謂ヘハ其受取タル所ノ代價ヲ買主ニ返還シ而シテ其賣渡シタル不分部分ヲ取戻シ更ニ其共有者ニ對シ分割ヲ再行スヘキコトヲ請求スヘシ
第九十二條
本條及ヒ次條モ亦受戻権能ノ可分若クハ不可分ノ行使ニ関スルモノナリ
本條ニ於テハ買主一人ニシテ賣主数人ナルコトヲ仮定ス
次條ニ於テハ賣主一人ニシテ買主数人ナルコトヲ仮定ス
第一本條ノ塲合ニ於テハ契約ノ一個ナルカ将タ数個ナルカ詳カニ之ヲ謂ヘハ各賣主ニ対シ別々ニ契約ヲ締結シタリシヤ否ヤヲ区別スルコトヲ要ス
又契約書一通ナルモ各賣主ニ賣渡シタル部分ニ付キ代價ヲ異ニシタルトキハ其実恰モ数個ノ契約ヲ締結シタルト同一ナリトス
第一ノ塲合契約ノ一箇ナル塲合ニ於テ買主共有者総員ノ持分ヲ同時ニ買取リ各持分ノ代價ヲ定メサリシトキハ其買受物ノ全体ヲ取得シ之ヲ保存スルコトヲ欲シタルノ意思ヲ示シタルモノト云フヘシ是レ本条ニ買主ヲシテ一分ニ就キ受戻シヲ受クルコトヲ拒絶スルヲ得セシムル所以ナリ是ヲ以テ共同賣主ハ全部ニ就キ受戻ノ権能ヲ行フカ為メ一致スルコトヲ要ス
然レトモ賣主ノ一人自己ノ利益ノ為メ自餘ノ賣主ノ委任ナキニ全部ニ付キ受戻ヲ行ハント称シタルトキハ買主其受戻ヲ受クルノ責アルヘキカ
右ノ問題ニ對シ消極説ヲ唱フル者ハ云ハン買主ハ一分ノ受戻ト全部ノ受戻トヲ併セテ拒絶スルコトヲ得ス而シテ其一ヲ受クルニ付キ撰擇権ヲ有スルカ故ニ賣主ニ総員ノ代理ナキヲ口実トシテ一分ノ受戻ト全部ノ受戻トノ二者ヲ併セテ拒絶スルコトヲ得スト
然レトモ是レ誤謬ノ見觧ナリ
蓋シ買主ハ一分ノ受戻又ハ全部ノ受戻ヲ受クルニ付キ其一ヲ撰擇スヘキ催促ヲ受クルニ当リ第一自己ハ一箇ノ契約ヲ以テ全部ヲ買取リタルモノナレハ所有権ノ分割ヲ欲セサルノ意ヲ示シタルモノナルカ故ニ一分ノ受戻ヲ受クルコトヲ拒絶シ又第二ニ賣主ノ一人ヨリ全部ノ受戻ヲ請求スルハ即チ買主カ受戻ヲ受クルノ期限ヲ増加シ其位置ヲシテ一層不利ナラシムルモノナルカ故ニ又之ヲ拒絶スト称スルコトヲ得ヘシ実ニ買主ハ受戻ヲ受クルカ為メ更ニ其所有権ヲ失フノ損失アルヲ以テ其補償トシテ賣主若クハ其一人受戻権能ヲ実行スルコト能ハサルノ利益ヲ受クヘキモノナリ蓋シ買主ハ賣主就中既ニ無資力ナルカ又ハ受戻ヲ望マサル者ヨリ受戻ヲ為サント欲スル者ニ委任ヲ與ヘタルニ因リ已ムヲ得ス其得タル所有權ヲ失フスラ已ニ買主ノ為メ頗ル不利益ナリ而シテ斯ノ如キ代理アルコトハ実際甚タ多カルヘシ故ニ賣主受戻権能ヲ行フニ付キ恊議一致セサルトキハ買主ヲシテ其利益ヲ得セシムルモ決シテ買戻権能ノ射倖ノ性質ニ反スルモノニ非ルナリ
或ハ賣主ノ一人若クハ数人ノ受戻権能ヲ行フノ拒絶ハ他ノ賣主ニ利益ヲ與フヘシト云フ者アランモ是レ弄辯ノミ其利益ハ買主ニ帰スヘキヤ當然ナリ
之ヲ要スルニ買主ハ全部ノ受戻権能ヲ行ハント称スル者自餘ノ賣主ノ委任ヲ得タルトキニ非レハ之ヲ受クルノ責ナシ
第二ノ塲合各別ノ契約ヲ以テ数箇ノ部分ヲ賣渡シタルトキ
此塲合ニ於テハ前ノ塲合ニ反シ一分ノ受戻ヲ許シ買主ヲシテ一分ノ受戻ヲ行ハント欲シ又之ヲ行フヲ得ル者ノ請求ニ依セシメサル可ラス然レトモ賣主ノ一人他ノ賣主ヨリ委任ヲ受ケスシテ全部ノ受戻ヲ行ハント欲スルトキハ買主之ヲ拒絶スルヲ得ルヤ毫モ疑議ヲ容レス
此塲合ニ於テ一分ノ受戻ヲ行フヲ得ルカ故ニ自ラ第八十九條及第九十一條ヲ適用スヘシ蓋シ賣主ノ一人先ツ自己ノ部分ノ為メ受戻ノ権能ヲ行ヒ以テ他ノ賣主ノ部分ヲ保存スル所ノ買主ト共有者トナリタルニ爾後受戻ノ期間自餘ノ賣主ノ為メ未タ経過セサルニ当リ所有者トナリタル賣主ヨリ買主ニ對シ競賣ヲ請求スルコトアリ此塲合ニ於テ買主競賣ニヨリ物ノ全部ヲ取得スルニ於テハ自餘ノ賣主全部ノ受戻ヲ為スニ非レハ其権能ヲ行フコトヲ得ス
又現物ニテ分割ヲ為シタル時買主既ニ賣主ノ一人ノ受戻ヲ被リ自己ニ残存スル不分部分ニ代ル所ノ分割ノ部分ヲ受取リタルトキハ其分割総利害関係人ノ立合ヒヲ経タルヤ否ヤヲ区別シ而シテ第九十一條ニ掲ケタル規定ヲ適用スヘシ
又二個ノ塲合ノ生スルコトアリ本條ニ之ヲ規定セサルハ是レ受戻権能ニ関スル原則ヲ以テ之ヲ断定スルニ足ルカ故ナリ
第一一箇ノ契約ヲ以テ数個ノ不分ノ部分ヲ賣渡シ他ノ一個若クハ二箇ノ部分ヲ各別ノ契約ニ因リテ賣渡シタル塲合、此塲合ニハ以上二個ノ規則ヲ併セテ適用スヘキヤ明カナリ即チ合併シテ賣渡シタル部分ハ恰モ相集ツテ一体ヲ為スモノトシ本條第一項ヲ以テ之ヲ規定シ各別ニ賣渡シタル部分ハ第三項ヲ以テ之ヲ規定スヘシ
第二一物ノ唯一ノ所有者其一分ヲ受戻約款附ニテ賣渡シ次デ同一ノ買主ニ他ノ一分若クハ残存スル所ノ全部ヲ賣渡シタルトキ、此塲合ニ於テハ数個ノ契約アルカ如キヲ以テ第三項ヲ適用スヘキカ如シト雖トモ亦合意觧釈ノ規則ニ従ヒ殊ニ當事者ノ共通ノ意思何レニ在ルヤヲ推尋セサル可ラス(財産編第三百五十六條ヲ参観スヘシ)然ルニ当事者ノ意思ヲ推尋スルトキハ買主ハ一旦物ノ一分ヲ買取リタル後更ニ残存スル所ノ部分ヲ取得シタルハ即チ其物ノ全部ヲ得ンコトヲ求メタルニ因ルノ意ヲ示シタルヤ明カナリト言ハサル可ラス又賣主モ残存スル部分ヲ要セリト云フニ当テハ唯一ノ契約ヲ以テ取得シタル一分ノ受戻権ヲ抛棄シタルモノト見做スヘシ
抑モ本條ニ於テ契約ノ一個ナルト各別ナルトヲ区別シ其結果ヲ異ニシタル所以ハ数人ノ共同所有者賣主タルコトヲ仮定シタルカ故ナリ然ルニ茲ニ仮定スル塲合ニ於テハ唯一ノ所有者独リ賣主タルコト恰モ次條ニ於ケルカ如キヲ以テ敢テ契約ノ一箇ナルト各別ナルトヲ區別スルニ及ハサルナリ
第九十三條
本條ハ賣主一人ニシテ買主数人ナルコトヲ仮定スルモノナリ
此塲合ニ於テハ契約ノ一箇ナルト各別ナルトヲ問ハサルコトヲ法文ニ明示シタリ是レ買主ハ何レノ塲合ニ於ケルモ加之ナラス其一箇ノ契約ニヨリ唯一ノ代價ヲ以テ買取リタル時タリトモ猶ホ物ノ分割ヲ避ケンコトヲ欲シタリト称スル能ハサレハナリ蓋シ賣主ハ一分ノ受戻ヲ為シ分割ヲ為ス能ハサルモ買主ニ至テハ各相互ニ分割ヲ請求シ之ヲ行フヲ得ルモノナリ
唯本條ニ於テ一ノ区別ヲ設ケタルハ買主間ニ於ケル分割ニ関スルノミ
第一ノ塲合賣主受戻権能ヲ行ハント欲スルニ当リ未タ分割ノ行ハレサリシトキハ賣主ハ隨意ニ買主ノ一人若クハ数人ニ対シ別々ニ各自ノ不分ノ部分ニ付キ又ハ総買主ニ對シ併セテ其受戻権能ヲ行フヘシ
賣主買主ノ一人若クハ数人ニ對シ各別ニ受戻権能ヲ行フタル塲合ニ於テハ其弁済ヲ受ケタル買主ノ位置ニ代リ自餘ノ買主ト共ニ共有者トナルモノニシテ又賣主総買主ニ對シ併セテ受戻ヲ行フタル塲合ニ於テハ更ニ独リ所有者ノ位置ニ復シ契約以前ノ地位ニ復スルモノナリ
第二ノ塲合買主間ノ分割既ニ行ハレタルトキハ受戻ヲ行フモ為メニ更ニ所有権ヲ分割スルノ結果ヲ生セサルヲ要ス故ニ賣主ハ買主間ノ分割ノ効力ヲ被リ分割若クハ競賣ニヨリ各買主ニ属シタルモノヲ取戻スヲ得ルニ過キス且其分割ヲ請求シタル者何人ナルカヲ區別スルニ及ハス又賣主ノ之ニ召喚セラレタルヤ否ヤヲ問フニ及ハス何トナレハ買主ハ賣主ヨリ共有金ヲ得タルモノナルカ故ニ又是レヨリ分割ノ権利ヲ得タルモノナレハナリ
第三款 隠レタル瑕疵ニ因ル賣買廃却訴權
第九十四條
賣渡物ニ隠レタル瑕疵アル塲合ハ担保ノ特別ノ塲合タリト見做ス可カラサルモノナリ蓋シ担保義務ハ元来損害ノ既ニ生シタル時ニ存スル義務ニ非ス将ニ危害ノ生セントスルトキニ存スルモノナリ即チ担保ハ結約者其相手方ヲシテ将ニ之ニ及ホサントスル危害ヲ避ケシムルノ義務ニシテ賠補ヲ以テ担保ノ目的トスルニ至テハ其損害ヲ避クルコトヲ得サル時附隨ノ義務トシテ存スルノミ曩キニ規定セル追奪担保ノ塲合ニ於ケルカ如キ即チ是レナリ又連帯債務者及ヒ不可分義務ノ債務者相互ニ負担スル所モ亦眞ノ担保ナリ(財産編第三百九十八條ヲ参観スヘシ)
然レトモ賣渡物ニ隠レタル瑕疵アルトキハ買主之ヲ発見スルニ当リ敢テ賣主ニ其瑕疵ヲ止メンコトヲ求ムルモノニアラス又之ヲ絶止セシメンコトヲ求ムルモノニモ非ルナリ何トナレハ其瑕疵ハ既ニ存スルモノニシテ修補スルコトヲ得サルモノト仮定スル以上ハ之ヲ豫防シ又ハ絶止スルニ由ナキモノナリ即チ賣主ハ其損害ヲ被リタルノ賠償ヲ請求スルモノニシテ其賠償タル或ハ賣買ノ觧除タルコトアリ或ハ代價ノ減少タルコトアリ又何レノ方法ヲ取ルモ併セテ損害賠償ヲ求ムルコトヲ得ルモノトス而シテ其賠償トシテ賣買ノ觧除ヲ為スヲ称シテ廃却ト謂フ
是レ其賠償ノ主タル性質ニシテ是カ為メ特ニ本款ヲ設ケ之ヲ規定シ之ニ廃却訴権ノ名称ヲ附シタル所以ナリ又其訴権ハ唯買主ヲシテ代價ノ減少若クハ損害賠償ヲ得セシムルヲ以テ目的トスルニ止ルコトアリト雖トモ代價減少若クハ損害賠償ノ訴権ハ廃却訴権ノ従タルモノニシテ其効力亦漸ク大ナラス故ニ之ヲ以テ其主タル廃却訴権ト併セテ規定スルヲ当然ナリトス
隠レタル瑕疵アルニヨリ眞ニ担保訴権ノ生スルハ即チ本款ニ於テ取除キタル塲合即チ容易ニ其瑕疵ヲ修補スルコトヲ得ヘキ塲合ニアリ此塲合ニ於テハ買主ハ賣主ニ其瑕疵ヲ補修シ賣渡物ヲ合意シタル本来ノ形状ニ復セシメンコトヲ請求スルヲ得譬ヘハ蒸気機械音楽器時辰器等ノ正シク運轉セス又ハ毫モ運轉セサル塲合ノ如キ即チ是レナリ固ヨリ此ノ如キ塲合ニ於テハ買主ハ啻ニ其買受ケタル物ノ修捕即チ之ヲ正シク運轉セシムヘキコトヲ請求スルヲ得ルノミナラス又賣主其修捕ヲ為サントセハ必ス買主之ヲ承諾シ以テ廃却訴権ヲ抛棄セサル可ラス何トナレハ現ニ損害アルモ容易ニ之ヲ修捕スルヲ得ルニ拘ハラス其損害ヲ口実トシテ自ラ賣買契約ニヨリ生スル義務ヲ免レンコトヲ求ムルハ却テ買主自己ニ悪意アリト謂ハサル可ラサレハナリ
以上述ル所ハ廃却訴権ヲ行フカ為メニハ物ノ瑕疵ニ修補スルコトヲ得サルヲ要スル所以ヲ説明スルモノナルカ故ニ讀者ノ注意ヲ要スル所ナリ
又本條ヲ分析シテ之ヲ観レハ瑕疵ノ不表見ナルコトヲ要ス不表見ノ語ハ隠レタルノ語ニ勝ル所アリ蓋シ隠レタル瑕疵ト云フトキハ或ハ賣主殊更ニ其瑕疵ヲ隠シタル如キ意義ヲ有スルノ嫌ヒナシトセス然ルニ廃却訴権ヲ行フニハ決シテ賣主ノ故ラニ瑕疵ヲ隠シタルコトヲ必要トセス賣主自ラ賣渡物ノ瑕疵ヲ知ラサルコトアルモ猶ホ之ヲシテ其責任ヲ免レシメサルモノナリ
然レトモ亦賣主ノ善意ナルト悪意ナルト詳カニ之ヲ謂ヘハ其賣渡物ニ瑕疵アルコトヲ知ラサルト之ヲ知ルトハ之ヲ区別スルノ利益アルモノナリ又賣主瑕疵アルコトヲ知リナカラ故ラニ之ヲ隠蔽スルノ手段ヲ用ヒタルトキハ其位置一層不利ナルヘシ
又本條ハ瑕疵ノ不表見ナルヲ以テ足レリトセス猶ホ買主之ヲ知ラサリシコトヲ要スル旨ヲ明言セリ何トナレハ買主若シ他人ヨリ其買受物ニ瑕疵アルコトヲ聞キ又ハ偶マ之ヲ知リタリシ時ハ敢テ法律上之ヲ保護スルノ要アラサルナリ是レ恰モ瑕疵ノ表見ニシテ買主充分ニ其買受物ヲ検査セサリシニヨリ其瑕疵ヲ知ラサリシ時賣主買主ヲシテ物ノ検査ヲ為スヲ得サラシムルカ為メ詐術ヲ行ハサリシ限リハ買主其被ル所ノ損失ヲ自己ノ責ニ帰スルノ外ナキト同一ナリ
加之ナラス不表見ニシテ買主ノ知ラサル瑕疵アルモ猶ホ是レカ為メ廃却訴権ヲ行フニハ其瑕疵ノ稍ヤ重大ナルコトヲ要ス而シテ瑕疵ノ重大ナリト見做スヘキハ是レカ為メ賣渡物ノ用法ニ適セサルニ至リ或ハ多少之ヲ使用スルヲ得ルモ其需用現状ノ甚タシキ瑕疵アルコトヲ知リシナラハ之ヲ買受ケサリシ時ニアリ
然レトモ買主暗ニ其買受物ヲ特別ノ用法ニ供セント欲シタリシ時ハ仮令瑕疵ノ為メ其用方ニ供スルコト能ハサルモ為メニ廃却訴権ヲ行フヲ得サルコトヲ法文ニ明示シタリ即チ法文ニ拠レハ物ノ性質上ノ用方若クハ買主之ヲ特別ノ用方ニ供セント欲シタリシトキハ賣主ニ其旨ヲ知ラシメ賣主又之ヲ承諾シタルニヨリ合意上其物ヲ供スヘキ用方ニ不適当ナルトキニ非サレハ買主廃却ヲ請求スルコトヲ得サルモノトス
譬ヘハ乗馬ノ買主自ラ之ヲ車駕ノ用ニ供セント欲シ其旨ヲ賣主ニ告ケサリシトキハ縦令其馬車ヲ挽クニ不適当ナルモ敢テ苦情ヲ述ルコトヲ得ス加之ナラス買主其意思ヲ賣主ニ告ルモ未タ以テ廃却訴権ヲ行フニ足レリトセス何トナレハ賣主ハ買主ノ告知ヲ攻撃スルニ充分ナル注意ヲ以テ之ヲ聞カサリシコトアルヘケレハナリ然レトモ賣主買主ノ特別ノ用方ヲ承諾シタルトキハ即チ其物其用方ニ適当ナルコトヲ保険シタルモノト謂フヘク特別ノ責任ヲ承諾シタルモノナリ故ニ此塲合ニ於テ其物敢テ特別ノ用方ニ適セサルトキハ買主ハ其賣買ノ廃却ヲ請求スルヲ得ヘシ
夫レ然リ賣渡物ノ瑕疵ニ以上説明スル性質アリ且右ニ示シタル如ク重大ナルトキハ買主ハ賣買ノ廃却即チ賣主其物ヲ再ヒ引取ルヘキコトヲ求ムルノ権利ヲ有ス是レニ由テ之ヲ観レヘ賣買ノ廃却ハ他ノ塲合ニ於ケル觧除ニ比シ特ニ異ナル所アリ蓋シ他ノ塲合ニ於テハ賣主代價ノ弁済ヲ受ケサルニヨリ又ハ受戻権能ノ行使ニヨリ其物ヲ恢復センコトヲ請求スルモノナレトモ廃却ノ塲合ニ於テハ買主ヨリ賣主ニ其物ヲ返還センコトヲ請求スルモノナレハナリ是レ買主ハ契約條件ノ不履行ニヨリ一種ノ觧除ヲ行フモノナリ然レトモ賣主ハ賃貸人ト異ナリ買主ヲシテ其賣渡シタル物ノ将来継續スル需用收益ヲ為サシムルノ義務ナシト雖トモ亦将来ノ收益ヲ生スヘキ現在ノ原素ヲ供スルヲ要ス詳カニ之ヲ謂ヘハ其賣渡物通常ノ需用法ニ適スヘキ形状ヲ有シ又其物ニ重大ナル瑕疵アルトキハ買主ヲシテ其瑕疵ヲ知ラシメ且之ヲ承諾セシムルコトヲ要スルモノナリ
廃却訴權ノ効力ニヨリ賣買ノ觧除スルニ当リ買主既ニ其代價ヲ弁済シタルトキハ之ヲ取戻スコトヲ得ヘク又其弁済ノ為メ期限ヲ有スル塲合ニ於テハ之ヲ為スノ義務ヲ免ルヘシ又契約費用ニ至テモ賣主ヨリ其償還ヲ受クヘシ何トナレハ契約費用ハ賣主ノ至当ノ原因ナクシテ買主ニ負担セシメタル一ノ費用ナレハナリ
又賣主悪意ナリシトキハ買主ハ下ニ定ムルカ如キ損害賠償ヲ求ムルノ権利ヲ有ス
代價ノ弁済アリタル塲合ニ於テハ一ニ原則ノミニ依テ之ヲ規定スルトキハ賣主ハ元本ト共ニ併セテ其利益ヲ買主ニ償還シ而シテ買主ハ縦令不完全ナルモ一旦其物ヲ受諾使用シタルカ為メ賣主ニ多少ノ賠償ヲ為スコトヲ要ス然レトモ立法上計算ヲ單簡ナラシムルノ趣意ニ出デ利息ハ收益若クハ使用ト相殺スヘキモノトセリ蓋シ明示若クハ黙示ニテ約シタル觧除ノ行ハルル塲合ニ於テハ法律上利息及ヒ果実ヲ精算スヘキコトヲ命スルヲ得ヘキモ猶ホ本法ハ当事者ノ意思ヲ斟酌シタリ(財産編第四百十二條ヲ参観スヘシ)然ルニ普通法ノ例外トシテ契約ヲ破棄シ已ヲ得ス廃却訴権ヲ行フ塲合ニ於テハ法律上成ルヘク相互ノ計算ヲ簡畧ニスルヲ至当トス
然レトモ判決ノ時又ハ其執行ノ時ニ至ルマテ右ノ相殺ヲ認ルハ其当ヲ得タルモノニ非ルヲ以テ其相殺ハ請求ノ日ニ於テ止ムモノトス
本條ニハ買主其代價及ヒ賠償ノ皆済ヲ得ルニ至ルマテ物ヲ留置スルノ権利ヲ有スルコトヲ明記セスト雖トモ其留置権ヲ有スルヤ毫モ疑義ヲ容レス何トナレハ留置権ハ何レ如何ナル塲合ニ於ケルモ債権者其債権ノ発生セル因由タルモノヲ占有スルニ当リ物上担保トシテ之ヲ有スルノミナラス廃却訴権ハ賣主ノ為メ設ケタルモノナルカ故ニ特ニ之ヲ保護スヘキノ理由アレハナリ
第九十五條
物ニ瑕疵アルコトヲ証明シ且廃却訴権ノ原因タルニ必要ナル條件ノ存スルコトヲ証明スルハ原告タル買主ニアリ故ニ買主ハ其瑕疵ノ輕重殊ニ物ノ用方ニ適セス又ハ其瑕疵ヲ知レハ始メヨリ買受ケサルヘキ程ニ物ノ需用ヲ減ズルコトヲ証明セサル可ラス
若シ買主右ノ証拠ヲ挙ルコト能ハサルトキハ只代價減少ヲ請求スルヲ得ヘキノミ而モ猶ホ其被ル所ノ損害ノ軽重ヲ証明セサル可ラス
然リ而シテ買主ハ廃却訴権ヲ行フヲ得ヘキ時ト雖トモ猶ホ代價減少ニ止マルコトヲ得是レ買主既ニ其物ノ需用ノ為メ多少ノ準備ヲ為シ又ハ更ニ他物ヲ捜索スルノ手数ト時日トヲ省カント欲スルコト無シトセサレハナリ
唯買主代價ノ減少ヲ請求スルニ止ル塲合ニ於テハ毫モ契約費用ノ償還ヲ受クルコト能ハス何トナレハ其代價契約ノ時ノ相塲ニ非ルヲ以テ賣買ハ最早無効ノモノニ非レハナリ
瑕疵ノ為メ價額減少ノ証拠ニ関スル問題ハ下第九十八條ニ之ヲ規定ス
第九十六條
賣買ヲ取消シ又ハ代價ヲ減少スルモ未タ必スシモ充分買主ヲシテ其損害ノ賠償ヲ得セシムルモノニアラス
譬ヘハ買主賣買ヲ廃却スルトキハ更ニ他ノ物ヲ購求セサル可ラス而シテ其物ヲ購究スルニ付テハ多少ノ困難ヲ免レス加之ナラス其拂フ所ノ代價モ亦前ノ買受ケヲ為シタルニ比シ一層多キコトアルヘシ又其買受ケタルモノヲ以テスルニ非レハ履行スルコト能ハサル義務ヲ約シタルトキハ遂ニ利益ヲ得ルノ機会ヲ失ヒ加之ナラス第三者ニ対シ多少ノ責任ヲ負フコト無シトセス又代價ノ減少ヲ得ルモ等シク買主ヲシテ充分其賠償ヲ得セシムルニ足ラサルモノナリ何トナレハ其買受ケタルモノヲ以テ自己ノ義務ヲ尽スニ足ラサルコトアルヘケレハナリ
又買主其買受ケタルモノニ瑕疵アルカ為メニ財産若クハ身体ニ直接ノ損害ヲ被リタルトキハ即チ容易ニ其損害ヲ賠償ヲ得ヘキノ理ヲ觧スヘシ譬ヘハ賣買ノ目的トシタル獣類ニ瑕疵アリ或ハ蒸気機械ヲ買取タルニ不表見ノ部分毀損シタル時ノ如キ徃々是レカ為メ財産若クハ身体ニ損害ヲ被ルコトアリ彼ノ牧畜ヲ買取タルニ其獣畜傳染病ニ罹リ賣買ノ当時未タ発病セサルモ爾後買主ノ牧畜其疫ニ感染シ多少斃死シタル時ノ如キ即チ是レナリ又桶類ヲ賣渡シタルニ曽テ其桶ニ酸類ヲ入レ而シテ其臭味無キニヨリ之ヲ知ラサリシニ遂ニ其桶ニ酒油其他ノ物量ヲ入レタルカ為メ悉ク之ヲシテ腐敗セシメタルトキノ如キ亦同シ
若シ法律ヲ以テ特ニ右ノ損害賠償ノ規定ノ方法ヲ定メサルニ於テハ普通法ヲ適用シ賣主ノ善意ト惡意トヲ區別シ而シテ其善意ナルモ亦過失ナシト謂フ可カラサルカ故ニ賣主其賣渡シタルモノノ瑕疵ヲ知ラサルノ過失アリトシ之ニ其責ヲ帰スルコトアルヘシ唯其善意ト悪意トノ間ニハ責任ノ輕重ニ関スル差異アルニ止マリ其悪意ナル塲合ニ於テハ豫知セス又ハ豫知シ得可ラサル損害ニ至ルマテ之ヲ賠償セシムヘシ(財産編第三百八十五條ヲ参観スヘシ)
然レトモ本法ハ賣主ノ前賣主ニ對シテ請求ヲ為スコト無カラシメンカ為メ善意ノ賣主ハ代價及ヒ費用ノ返還若クハ代價減少ノ責ニ任スルニ止マルモノトシ悪意ノ塲合ニ於ケルモ他ノ損害賠償ノ責任ヲ減少シタリ而シテ其悪意ナル塲合ニ於テモ詐偽ニヨリ賣渡物ノ瑕疵ヲ隠シタル者ト之ヲ知ルモ唯タ之ヲ表示セサルニ止マリタルモノトノ間裁判所ノ処置ニ緩嚴アルコトヲ要ス
第九十七條
賣主其賣渡物ノ隠レタル瑕疵ノ責ニ任スルハ賣買契約ノショーソンノ義務ニシテ敢テ自由ノ義務ニアラス是ヲ以テ特別ノ約款ヲ以テ之ヲ除却スルコトヲ得又其適用ノ塲合及ヒ其効力ヲ減少スルヲ得ルカ如キハ一層明瞭ニシテ又其適用ノ範囲ト効力トヲ擴張シ賣主一種ノ瑕疵ニシテ速ニ修補スヘシト称スルモ猶ホ之ヲシテ其責ニ任セシムルコトヲ得
又損害賠償ノ高ヲ豫メ合意ヲ以テ限定スルコトヲ得
是レ皆ナ普通法ノ適用ナルカ故ニ敢テ法律ニ明記スルヲ要セサルモノナリ然レトモ賣主瑕疵アルヲ知リナカラ詐術ヲ用ヒ之ヲ隠蔽シタル塲合ニ於テハ其責任ノ免除ニ法律上ノ制限ヲ設クルコトヲ要ス蓋シ通常ノ塲合ニ於テハ賣主瑕疵ヲ知リタルノ一事ヲ以テ之ヲシテ責任ヲ負ハシムルニ足ルヘキモ其担保義務ヲ負担セサルコトヲ要約シタル塲合ニ於テハ之ヲシテ其責ニ任セシムルニ足ラス猶ホ其無担保ノ要約ニ拘ハラス義務ヲ負担スルハ故ラニ買主ヲシテ其瑕疵ヲ発見スル能ハサラシムルノ手段ヲ用ヒタルコトヲ要ス固ヨリ此ノ如キ塲合ニ於テ瑕疵ノ性質上表見ナルモ賣主ノ詐術ヲ以テ之ヲ不表見タラシメタルモノナルヲ以テ賣主ハ無担保ノ要約ヲ為スモ決シテ其詐偽ノ責任ヲ免ルルヲ得ヘカラス是ヲ以テ此塲合ニ於テハ無担保ノ要約ニ本條ノ制限ヲ設ケタリ
第九十八條
本條ノ規定ハ極メテ單簡ナルモノニシテ係争諸典ニ関スル証拠ノ方法ヲ限定スルニ非ス但普通法ニ認メタル証拠ヲ採用スヘキコトヲ宣言スルニ過キサルモノナルカ故ニ法文ニ之ヲ掲ケサルモ亦不可ナルニ非ス然レトモ或ハ物ノ瑕疵ヲ証明スルニハ鑑定ヲ必要ト為スト信スル者無キヲ保スヘカラス是レ固ヨリ実際最モ多ク用フル所ノ方法ナルヘシト雖トモ法律上其他ノ方法ヲ以テ之ヲ証明スルヲ得スト為ス可ラス譬ヘハ鑑定ヲ為サシムルコト能ハサルニ至リ只僅カニ人証ノミ存スル塲合即チ賣買ノ時已ニ獣疫ニ罹リタル獣類買主ノ引渡ヲ為シタル後数日ニシテ斃死シ而シテ買主ノ他ノ獣畜ニ其獣疫ノ傳染シタル時ノ如キ是レナリ此ノ如キ塲合ニ在テハ信用ヲ送リタルヘキ証人ヲシテ其事実ヲ証明セシムルノ外アラサルナリ
賣主ノ悪意其賠償スヘキ損害ノ区域及ヒ買主ノ瑕疵ヲ知リタルノ点ニ関シテハ一種ノ方法ヲ以テ之ヲ証明スルヲ得ヘキヤ当然ナリ
第九十九條
本條ハ隠レタル瑕疵ニ関スル訴権ノ期間ヲ詳細ニ規定シ賣渡物ノ不動産タルト動物タルト其他ノ動産タルトニ付キ其期間ヲ異ニス
隠レタル瑕疵ニ関スル訴権ノ期間ハ賣買ノ日ヨリ之ヲ起算セス引渡シノ日ヨリ之ヲ起算ス是レ買主瑕疵ヲ発見スルヲ得ルハ其買受ケタルモノヲ占有スルニ至リタル時ニアルカ故ナリ
然レトモ買主ニ訴権ノ期間ヲ許與スルハ之ヲシテ隠レタル瑕疵ヲ発見スルノ機会ヲ得セシムルカ為メニ過キス是ヲ以テ買主引渡シノ時ニ接近シテ其買受物ニ瑕疵アルコトヲ知リタルトキハ之ヲシテ本條ニ定ムル所ノ期間ヲ有セシムルノ理由アラス是ヲ以テ此塲合ニ於テハ其期間ヲ本條定ムル所ノ半ハニ短縮ス但シ其残期ガ此半ハヲ超ユル時ニ限ル若シ其残期此半ハニ超エサルトキハ残期ニ至リ訴権消滅スヘシ
買主瑕疵ヲ知リタルノ証拠ヲ挙ルノ任ハ賣主ニアリ
又右ニ反シ特別ノ事情ニヨリ又ハ買受物ノ性質ニヨリ買主或ル期間隠レタル瑕疵ヲ発見スルコト能ハサルコトナシトセス此塲合ニ於テハ法律ヲ以テ之ヲ保護シ裁判所ヲシテ其期間ヲ延長スルヲ得セシメ詳カニ之ヲ謂ヘハ期間ノ満了ニ拘ハラス買主ノ訴権ヲ受理セシムルヲ至当トス
此例外ヲ適用スヘキ塲合ノ一二ヲ挙レハ田畑ノ賣買ヲ為シタルニ其田畑タル近時山嶽ノ崩壊ニヨリ河川ノ水ヲ湛ヘ是レカ為メ水害ヲ被ルノ憂アルニ大雨又ハ雪溶ケヨリ久シキヲ經テ其賣買ヲ為シ而シテ其時猶ホ引渡シノ時ヨリ六ヶ月以上ノ後ニアリ或ハ天然ノ或ル原因ニヨリ偶マ大雨ナク又雪溶ケノ遅延シタルニヨリ其土地ノ瑕疵ヲ知ル能ハサリシトキハ買主ヲシテ期間満了後ニ至ルモ其訴権ヲ行フヲ得セシムヘキヤ当然ナリ
動産ニ至テハ実際買主意外ノコト又ハ不可効力ニヨリ瑕疵ヲ確知スルコト稀ニシテ率ネ買主ノ之ヲ発見セサルハ其懈怠ニヨルモノナリ然レトモ亦買主動産物ヲ買取リ其引渡シヲ得タルヤ僅カニ数日ヲ經未タ其瑕疵ヲ確知スルノ遑アラサルニ当リ其訴権ヲ行フノ通常期間タル三ヶ月ヲ經過シタル後漸ク之ヲ恢復シタル塲合ノ如キハ又買主其期間ノ満了後ニ至ルモ訴ヘヲ為スコトヲ得サル可ラス猶ホ一例ヲ挙ケンニ種子ノ賣買ヲシタルニ其蒔附ケノ時期ニ至ルマテ培養法ヲ用ヒ之ヲ蒔附ルモ大半ノ発芽セサル時ノ如キ亦然リ
然レトモ買主ノ疾病負債又ハ公務ノ如キ其一己ノ事情ノ事由アルカ為メ期間ヲ延長スルコトヲ許ス可ラス此ノ如キ塲合ニ於テハ買主ハ代理人ヲ選定シ自己ノ利益ヲ保護スルコトヲ得ルカ故ニ期限ノ伸長ヲ為ス可ラス又期限後ニ至リ訴権ヲ行フコトヲ得可ラス抑モ本條ニ不可効力ノ為メ期間ヲ伸長スルコトヲ許スハ既ニ普通法ノ例外タルモノナリ此例外タル茲ニ定ムル所ノ訴権ノ期間短少ナルニヨリ特ニ設ケタルモノナリ故ニ決シテ之ヲシテ其当ヲ過ルコトアラシム可ラス
第百條
本條ハ買主未タ其買受ケタルモノノ瑕疵ヲ発見セサルニ当リ其物ヲ更ニ譲渡シ又ハ其瑕疵ヲ発見シタルモ未タ賣買廃却訴権又代價減少訴権ヲ行ハサルニ当リ之ヲ譲渡シタル塲合ヲ規定スルモノナリ
蓋シ右ノ譲渡シタル買主ヲシテ訴権ヲ失ハシムルモノニ非ス是レ自餘ノ消除スルヲ得ヘキ取得アル塲合ニ於ケルト同一ナリ(財産編第五百五十六條ヲ参観スヘシ)第一買主未タ隠レタル瑕疵ヲ発見セサルニ当リ其買受物ノ譲渡シヲ為スモ未タ賣買ノ告知認諾ヲ為シタリト云フ可ラス又既ニ其瑕疵アルコトヲ知リタルトキト雖トモ猶ホ買主其買受物ヲ譲渡シタルハ損失ノ一層多カランコトヲ避ルノ注意ニ出テタルコト無シト謂フ可ラス
然リト雖トモ亦買主ノ譲渡ハ之ヲシテ二個ノ訴権ノ一即チ廃却訴権ヲ失ハシムルモノナリ何トナレハ買主ハ其物ヲ賣主ニ返還セシムルコト能ハサルカ故ニ賣主ヲシテ之ヲ引取ラシムルコト能ハサレハナリ然レトモ代價減少訴権ニ至テハ敢テ之ヲ失フ可ラス
此点ニ付キ本條無証ノ譲渡シト有証ノ譲渡シトヲ區別シタリ即チ其譲渡シ無証ナルトキハ買主ハ受贈者ヲシテ物ノ瑕疵アラサリシトキト同様ナル利益ヲ得セシムルノ満足ヲ有セサリリシニヨリ必ス代價減少ヲ請求スルノ権利ヲ有ス然レトモ有証ニテ譲渡シヲ為シタルトキハ買主ハ其譲渡ヲ為スニ付キ自己ノ曩ニ賣主ニ與へタル對價以下ノ代價ヲ受取リ以テ損失ヲ被リタルコト(此塲合ニ於テハ買主更ニ其買受物ヲ譲渡スニ当リ既ニ瑕疵ヲ確知シタルモノト想像スヘシ)又ハ買主更ニ其物ノ譲受人ヨリ現ニ訴權ヲ被リ又ハ将ニ訴権ヲ被ラントスルコトヲ証明セサル可ラス
第百一條
意外ノ事若クハ不可効力ニヨリ賣渡物ノ全部ノ滅失ハ賣買廃却訴権及ヒ代價減少訴権ノ行使ヲ防止スルヲ原則トス蓋シ其賣買廃却訴権ヲ防止スル所以ハ物既ニ存セサルヲ以テ賣主ヲシテ之ヲ引取ラシムルニ由ナク且物ノ滅失シタル後ニ至ルトキハ其物果シテ廃却訴権ノ理由タル性質ヲ備フル瑕疵アリシヤ否ヤヲ証明スルコト能ハサルカ故ナリ又代價減少訴権ヲ行フコトヲ得サルハ上ニ述ル所ノ廃却訴權滅失ノ第二ノ理由ニ基クモノナリ
又物ノ滅失全部ニアラス殆ント全部ニ等シキコトアリ而シテ全部ノ滅失ト一分ノ滅失トノ間ニ法律上ノ区劃ヲ設クルヲ要スルカ故ニ本條ハ條件附ノ権利ノ目的タル物ノ滅失ニ付キ一般ニ設ケタル規則ヲ準用シタリ(財産編第四百十九條ヲ参観スヘシ)即チ物ノ半以上ノ滅失ハ全部ノ滅失ト同一視シ現ニ存スルモ觧除権ニ係ル処ノ権利ヲ有スル買主ノ負担トシ物ノ半以下ノ滅失ハ單純ノ毀損ト見做シ停止條件附ニテ権利ヲ保存シタル賣主ノ負担トス
然レトモ物ニ隠レタル瑕疵アリタルカ為メ遂ニ滅失又ハ減少シタル塲合ハ此限リニアラサルヤ明カナリ蓋シ此塲合ニ於テハ買主恰モ物ノ喪失又ハ減少セサルト同シク訴権ヲ行フヘキヤ瞭然タリ故ニ僅カニ一分ノ滅失即チ毀損アルニ過キサルトキハ買主廃却訴権ト代價減少訴権トノ一ヲ撰ミ或ハ其残部ヲ返還シ以テ代價ノ全額ヲ取戻シ加フルニ補修ノ損害賠償ヲ得或ハ代價ノ減少ヲ求ムヘシ又全部ノ滅失アリタルトキハ買主ハ其代價ノ全部ヲ取戻シ且契約費用ノ弁償ヲ受ケ自己ハ毫モ返還スル所アルニ及ハス
固ヨリ買主ハ物ノ瑕疵ニヨリ其滅失若クハ毀損アリタルコトヲ証明スルノ任アリテ或ハ物ノ滅失後ニ至ルトキハ其証明甚タ難キコトアリト雖トモ固ト瑕疵ニヨリ物ノ滅失シタルトキハ必スヤ其証拠ヲ挙ルニ便利ナル特別ノ事情相湊合シ人証若クハ鑑定ニヨリ事実ヲ明瞭ナラシムルコトヲ得ヘシ
第百二條
隠レタル瑕疵ニ基ク訴権アルトキハ競賣ヲ行使スルモ未タ其瑕疵ヲ表示スルニ足ラス若シ其競賣ノ黙示ノミヲ以テ瑕疵ヲ示スニ足ルトキハ即チ其瑕疵ノ隠レタルモノニ非スシテ訴権ヲ行フヲ得サルハ例外ニ非ス其訴権ノ主要ナル條件ノ存セサルカ故ナリ
蓋シ廃却訴権ヲ妨ルノ性質アルモノハ唯一種ノ公賣即チ強制賣却アルノミ今此例外ヲ設ケタル理由ヲ謂ハハ強制賣却ニ於テハ被差押人ニ其物ニ瑕疵アルコトヲ言ハサリシ責ヲ帰ス可ラス何トナレハ被差押人ハ眞ノ賣主タル者ニ非レハナリ又差押人ニモ同一ノ責ヲ帰スルコト能ハス何トナレハ差押人モ亦眞ノ賣主ニ非ス且差押人ハ其差押ヘタルモノニ隠レタル瑕疵アルヤ否ヤヲ知ラサルコト最モ多キモノナレハナリ是ヲ以テ強制賣却ニ附シタル物ニ隠レタル瑕疵アルモ是レカ為メ賣買廃却訴権ヲ生セス又代價減少訴権ヲモ生スルコトナシ又強制賣却ノ廃却訴権ニ係ラサルカ為メニハ本條ニ述ル如ク其合式ナルコト即チ法律上ノ法式ニ従フタルコトヲ要ス
第百三條
隠レタル瑕疵ハ家畜ニ存スルコト他ノ動産ニ比スレハ最多シトス
且家畜ニ瑕疵アルモ之ヲ發見スルハ甚タ困難ナリ何トナレハ家畜ノ隠レタル瑕疵ハ率ネ内部ノ獣疫ニシテ而シテ多少其病毒ノ蔓延シタル後ニ非レハ外部ニ発セサルモノナレハナリ殊ニ買主獣畜ノ引渡シヲ受ケタル後其獣疫ノ発シタルトキハ既ニ賣買前其病因アリタルコトヲ証明スルヲ困難ナリトス
本法ニ於ケルモ諸外國ニ於ケルカ如ク或ハ動物加之ナラス商品就中種子ノ如キ其賣却ニ関スル特別法ヲ設クルノ必要ヲ生スルニ至ルヘシ
然レトモ其特別法ノ規定ヲ掲クルハ民法中ニ於テスヘキニアラス此ノ如キ事項タル其他之ニ類似スル事項ニ於ケルカ如キ經験ニヨリ順次其規則ヲ変更スルヲ要スルカ故ニ普通民法ノ如ク成ルヘク一定不動タルヲ要スル法律中ニ之ヲ掲クルヲ不可ナリトス是レ本條ヲ設ケタル所以ナリ
第四節 不分物ノ競賣
第百四條
本條ハ如何ナル塲合ニ於テ不分物ノ競賣ヲ為スヘキヤヲ示スモノニシテ不分物ノ競賣ハ現物ニテ分割ヲ為ササル時ニ行ハルルモノナルヤ明カナリ而シテ本條ニ現物ノ分割ノ妨害タリト仮定スルモノハ「共有者ノ一人現物ノ分割ヲ拒絶シタル」ニ在リトス
共有者ノ一人現物ノ分割ヲ拒絶シタルトキハ即チ本條所謂不分物ノ競賣ヲ為スニ足ルモノトシ此結局ヲシテ單簡ナラシメ当事者ノ損害ヲ豫防シタリ何トナレハ共有者ノ一人ハ自己ノ意ニ拘ハラス共有物ノ一分ヲ得ルニ及ハス而シテ自己ノ部分ヲ保有センコトヲ欲スル自餘ノ者ハ競賣ニヨリ其全部ヲ取得スルコトヲ得可ケレハナリ
此塲合ニ於テハ不分物ノ競賣未タ独リ現物ノ分割ニ代用スルノ方法タルモノニ非ス尚ホ当事者ハ第三者若クハ自己ノ一人ニ恊議上ノ賣却ヲ為スコトヲ得此塲合ニ於テハ仮令数人ニテ代價ノ商議ヲ為スモ猶ホ競賣アラサルカ故ニ不分物ノ競賣ナリト云フ可ラス
勿論右ニ謂ヘルカ如ク恊議賣却ヲ為スニハ総共有者之ニ立合ヒ且自己ノ権利ヲ処分スルヲ得ルノ能力ヲ有セサル可ラス是ニ反スル塲合ハ即チ次條ニ規定スル所ナリ
本條ニハ競賣ノ代價ヲ以テ共有者間其各自共有物ニ付キ有スル持分ノ割合ニ応シ配当ヲ為スヘキコトヲ謂ヘリ是レ弁明ヲ待タスシテ明カナル所ナリ
第百五條
本條ハ公賣ヲ為ササルヲ得サル塲合ヲ規定スルモノナリ即チ当事者又ハ第三者若クハ自己ノ一人ニ恊議賣却ヲ為シ又ハ相互ニ競賣ヲ為スニ付キ合致セサルトキ即チ是レナリ加之ナラス当事者此結果ヲ求メントシタルモ未タ商議ヲ為スニ止リ共有者ノ一人若クハ数人負債又ハ無能力ナルニヨリ実際之ヲ行フコト能ハサルコトアリ此塲合ニ於テハ公賣ヲ為スノ外手段アラサルナリ
不分物競賣ノ公賣タルハ第一外人ノ参與ヲ許シ第二強制賣却ニ倣ヒ豫メ之ヲ公示スルカ故ナリ
競賣ハ裁判所ニ於テ之ヲ行フヲ通則トナス之ニ関スル細目ノ如キハ民事訴訟法ニ於テ之ヲ規定ス
然レトモ共有物ヲ眞ノ價格ヲ以テ賣渡スニ最良ナル方法トシテ成ルヘク競賣代價ヲ大ナラシムルカ為メ合法ノ方法ヲ挙ケテ之ヲ用フルヲ至当トス故ニ法律ハ各所有者ヲシテ外人ノ参加ヲ許サンコトヲ請求スルヲ認許シ且共有者ノ一人無能力若クハ負債アルトキハ必ス外人ノ参加ヲ許スコトヲ要スルモノトス
本條ニハ右ノ條件ノ詳細ヲ示サスト雖トモ取得者ニ對シ競賣ノ無効ヲ以テ其制裁ト為スヘキヤ明カナリ何トナレハ無能力者ニ関スル合意ノ為メ法律ニ定メタル法則ヲ履行セサルトキハ其鎖除ノ行為ヲ以テ制裁ト為スモノナレハナリ(財産編第五百四十七條ヲ参観スヘシ)
右ノ塲合ニ於テ適法ナル掲示其他ノ廣告アリタルニ拘ハラス実際外人ノ参与セサリシトキハ外人ヲ遠サクルカ為メ詐偽悪計ヲ廻ラササリシ限リハ其一事ニヨリ賣却ヲ無効トスヘカラス然レトモ実際此ノ如キ塲合ニ於テハ無能力者ノ為メ且ツ毫モ詐偽アラサルコトヲ証スルカ為メ賣却ヲ延期スヘシ
第百六條
競賣ヲシテ賣買ノ性質ヲ有セシムルニハ最高價競買人トシテ競落ヲ為シタル者外人タルコトヲ要ス若シ共有者ノ一人競落人トナリタルトキハ其行為ハ最早賣買ニ非ス分割ナリ故ニ其効力ハ競賣ノ効力ト大ニ異ナルモノナリ然レトモ分割ノ効力ハ未タ其全体ニ付キ確定スル所ナク只僅カニ其効力ノ一ヲ財産編第十四條ニ於テ示シタルノミ
又分割ノ法則ノ全体ヲ掲クルハ本編相續ノ章ニ於テセス蓋シ本法ハ長子相續方ヲ採用シタルカ故ニ死者ノ財産ヲ分割スルノ問題生スルコトナシ故ニ分割ノ理論ハ別ニ其目ヲ設ケテ之ヲ規定セサル可ラス
今本條ノ実益ヲ示サンカ為メ賣買ト分割トノ間ニ存スル所ノ二ノ差異ヲ指示スヘシ然レトモ其詳細ハ茲ニ之ヲ畧ス
第一賣買ハ契約完成ノ時ニ当リ所有権ヲ移轉スルモノナレトモ分割ニ至テハ不分共有権ヲ喪失シタル行為ノ時ニ遡リ既ニ所有権アリタルコトヲ認定スルモノナリ
此趣意タル本條ヲ適用スルニ付キ最モ重要ナルモノナリ蓋シ不分物ノ全部ニシテ共有者ノ一人ノ取得スル所トナルトキハ其一人ハ他ノ共有者共有権ヲ有シタルニ当リ其物上ニ設定シタル権利ノ効力ヲ被ルコトナク完全所有権ヲ得ルモノナリ又第三者取得者タルトキハ即チ各所有者自己ノ未分ノ部分ニ付キ其持分ニ對シ曩ニ設定シタル権利ノ効力ヲ被ルコトナク單純ニ其物ヲ領受スヘシ
第二不動産ノ賣買ハ必ス登記ヲ経サル可ラスト雖トモ分割ニ至テハ其分割財産上ノ先取特権ヲ以テ担保トシタル債権ヲ生セシムル時ニ非レハ之ヲ登記スルニ及ハス
然レトモ亦賣買ト分割トハ相類似スル所ノ点アリ
第一賣買及ヒ分割共ニ有証ノ行為ニシテ賣買ノ種類ハ敢テ証明スルニ及ハス又分割ニ至テハ契約ヲ以テ行フニ非ス裁判所ノ威力ヲ以テ為スモノニシテ所有権ヲ移轉スルモノニ非スト雖トモ亦当事者各垂涎ヲ為スニヨリ相互ニ利益ヲ得セシムルモノナリ
第二分割モ亦賣買ト同シク当事者ノ一方之ニ付キ一人ニ属スルモノヲ領受シタルトキハ追奪担保ノ義務ヲ生スルモノナリ今競賣ノ塲合ニ付キ其適例ヲ言ハンニ当事者自己ノ未分財産ナリト信シ其一人ノ競落シタルモノ全部若クハ一分ニ付キ第三者ノ取得シタルトキノ如キ即チ共有者間ニ追奪担保ノ義務ヲ生スヘシ
第三分割モ亦賣買ト同シク競落人ノ負担スル競落代價ノ担保トシテ競落不動産上ニ先取特権ヲ生スルモノナリ
右ノ異同ハ競賣ノ性質賣買タルヤ将タ分割タルヤヲ区別スルノ利益大ナルヲ証スルモノナリ詳カニ之ヲ謂ヘハ其外人ノ為メニ行ハレタルト共有者ノ一人ノ為メ行ハレタルトノ利益ナルコトヲ証スルモノナリ
第四章 交換
第百七條
凡ソ諸國ノ民法ニ於テハ交換ヲ規定スルニ賣買ノ章ノ後ニ於テシ殆ント其全体ノ規則ヲ引用スルガ故ニ交換ハ賣買ニ比スレハ稍々重要ナラサルカ如シト雖トモ(下第百九条ヲ参観スヘシ)社會ノ起原ニ溯ツテ之ヲ考フレハ交換ハ賣買ニ先チ実際行ハレタルモノナリ
蓋シ賣買ハ物ト金銭トノ交換ニ他ナラズ然レトモ亦現時ニ至テハ人真ノ交換即チ直接交換ヲ為スコトアリテ当事者ノ一方他ノ一方ノ者例ヘハ其家屋若クハ土地ヲ取得センコトヲ望ミ同時ニ他ノ一方ノ意ニ適スル所ノ自己ノ物ヲ附與セント欲スルコトアルヘシ此塲合ニ於テ人重ネテ二個ノ賣買ヲ相為スコト無用ナルガ故ニ直接ニ二物ノ交換ヲ為ス
本条ニ示ス所ノ交換ノ定義ニ依レハ交換ハ未タ必スシモ相互ニ所有権ノ移轉ヲ行フモノニ非ス相互ニ定量物ヲ交換スヘキコトヲ諾約シ其物ノ引渡ニ因リ始メテ其所有権ヲ取得シ其引渡ノ時ニ至ルマデ双方ニ「授與ノ義務」アルニ過キサルモノナリ
然レトモ亦交換ハ未タ必スシモ所有権ノミニ限リ行ハルルモノニ非ス其他諸般ノ権利ヲ目的トスルヲ得去レハ一物ノ所有権ト用益権若クハ地役権トヲ交換スルコトヲ得ヘク又物権ヲ以テ既ニ第三者ニ對シ存在スル所ノ債権ト交換スルコトヲ得
然レトモ雇傭ノ諾約作為ノ義務若クハ不作為ノ義務ノ代償トシテ物権ヲ移轉スルヲ以テ交換ト看做ス可カラス況ンヤ当事者各作為ノ義務ヲ負担スルヲ以テ交換ト看做ス可カラス蓋シ經済学上ノ語辭ヲ以テスルトキハ徃々「勞働ノ交換」ナル文字ヲ用ユルコトアリト雖トモ法律上之ヲ云フトキハ交換ナル語ハ専用語ニシテ近時ノ法制ヲ以テ之ニ附シタル最モ廣汎ナル意義ヲ採ルモ尚ホ相互ニ交換スル権利既ニ當事者ノ資産ニ存スルトキニ非サレハ用ユルコト能ハサルモノナリ権利ノ移轉、譲渡ノ行ハルニハ必ス其権利已ニ資産中ニ存スルヲ要ス
是ヲ以テ交換ニ供シタル對價ノ一債権ナルトキハ其債権ノ既ニ第三者ニ對シ存在スルモノタルコトヲ要ス蓋シ債権ノ既ニ存在スルトキハ之ヲ供與スル当事者ノ資産中ニ存スルヲ以テ未タ一ノ作為ノ能力ニ過キサル所ノ将来ノ行為ヲ諾約シタルトキト異ナルモノナリ此塲合ニ於テハ未タ纔カニ為スノ権能ナルモノ存スルニ過キサルナリ又對價トシテ供與スル利益債務ノ免除ニシテ其免除ヲ受クル者之ガ為メニ物権ヲ移轉スルトキハ又交換アルモノニ非ス何トナレハ債務者ヲシテ義務ヲ免カレシムルモノハ之ニ人権ヲ移轉スルモノニ非ス唯自ラ其権利ヲ失フモ亦毫モ相手方ニ移轉スル所アラサルモノナリ
夫レ然リ以上述ヘ来リタル種々ノ塲合ニ於テハ眞ニ所謂交換ナルモノアラスト雖トモ亦一方ノ合意アルモノニシテ唯其名称ヲ有セサルノミ是レ之ヲ無名合意ト称スル所以ナリ(財産篇第三百六十三条ヲ参観スヘシ)凡ソ交換ヲ為スニ單純ニ一箇ノ権利ト他ノ一箇ノ権利トヲ以テスルトキハ當事者ハ其二箇ノ権利ヲ以テ各自ノ多少均一ノ價格若クハ効用ヲ有スルモノト認メタルカ故ニシテ當事者ニ利益アルヤ否ヤヲ査定スルハ自己ニ若クモノアラズト云フヘシ
然レトモ亦徃々当事者恊議以テ其権利ノ一箇ハ他ノ権利ニ比シ價格少クシテ其均一ナラサル所ハ金銭其他ノ物ヲ補足シ以テ之ヲ均一ニスベキ旨ヲ約スルコトアリ其補足ノ金銭タル或ハ之ヲ称シテ補足金ト云フ然レトモ其他ノ動産物又ハ不動産物ヲ以テ補足ヲ為ストキハ其物亦交換ノ對價物ニシテ唯之ヲ補足ト称スルハ主タル對價物ニ附従スルノ性質ヲ有シ之ト共ニ其結果ヲ同フスルカ故ノミ
又或ル勞務ニ服シ又ハ従来存在スル債務ノ免除ヲ以テ交換ノ補足對價ト為シタルトキハ眞ニ是等ノ利益ヲ以テ交換ヲ為スト云フコト能ハスト雖トモ(勞務ニ服シ又ハ債務ヲ免スルヲ以テ交換ノ目的ト為ストキハ先キニ述ヘタル如ク文字ノ意義ヲ牽強附會スルモノト云フヘシ)又真ノ交換物ノ附従ニ過キサルヲ以テ其合意ハ之ヲ総称シテ交換ト云フ
又補足金額交換ニ供シタル物ノ代價ニ及ハサルトキモ尚ホ其合意ハ依然交換ニシテ一分賣買トナルモノニ非ス
之ニ反シ勞務若クハ補足金ノ主タル目的ナルトキハ其合意交換ニ非ス第一ノ塲合ニ於テハ無名合意ニシテ第二ノ塲合ニ於テハ賣買ナリ是レ本條末項ニ定ムル所ナリ
賣買ト交換トヲ混淆ス可カラサルノ利益ハ本章ノ末條ニ之ヲ示ス
第百八條
擔保ノ義務ハ交換ニ於ケルモ亦賣買其他有償契約ニ於ケルガ如ク等シク存スルモノナリ(財産篇第三百九十五条及ヒ第三百九十六条ヲ参観スヘシ)而シテ本条ノ特ニ此義務アルコトヲ記載スルハ敢テ其義務ノ重要ナルカ故ニ非スシテ唯交換ニ関シ特別ノ規定アルカ故ナリ蓋シ交換者ノ一人其交換ニ因リ受クヘキ所ノ権利ノ収益ノ妨害ヲ受クルニ止マラス其追奪ヲ受ケ又ハ其権利ヲ取得セサリシノ証據ヲ得タルトキハ同一ノ塲合ニ於ケル買主ト同ジク啻ニ金銭ヲ以テ損害賠償ヲ得ルノ権利ヲ有スルニ止ラス尚ホ事故ノ適冝ニ因リ義務不履行ノ為メ契約ヲ解除セシメ其曽テ授與シタル所ノ物ヲ現物ノ侭ニテ回復スルコトヲ得ヘシ又補足金ヲ供與シタルトキハ均シク之ヲ取戻スコトヲ得ヘシ加之其要約シタル物ヲ得サルカ為メ更ニ已ニ損害ヲ及ボシタル時ハ取戻シ訴権ヲ行フタルニ拘ハラズ尚ホ損害賠償ヲ求ムルコトヲ得
凡ソ解除訴權ハ財産ヲ譲渡シタル者ヲシテ其財産ヲ回復シ之ヲ其資産ニ復スルヲ得セシムルヲ目的トスルモノナルカ故ニ不動産ニ関スルトキハ轉得者ニ對シ其効力ヲ及ホスヘキモノナリ然レトモ動産ニ関スルトキハ如何ナル塲合ニ於ケルモ善意ノ第三者ノ占有ハ第三者ヲシテ回復ノ效果ヲ免ルルヲ得セシムルモノナリ是レ不動産ニ付キ彼「何人タリトモ自己ノ有スル所ヨリ餘分ノ権利又ハ自己ノ権利ヨリ一層強固ナル権利ヲ附與スル能ハズ」ト云ヘル原則ノ效力ナリ
此原則タル徃時ニアツテハ諸般ノ事項ニ付キ一概ニ之ヲ適用シタリシモ近世ニ至リ不動産所有権ヲシテ一層強固ナラシムルノ必要ヲ感シ不動産所有者ノ信用ヲシテ一層厚カラシムルノ重要ナルコトヲ覚ヘタルヨリ不動産物権ノ公示ノ法則ヲ案出シ不動産取得者其取得ノ合意ヲナス時ニ當リ其行為有効ニシテ且ツ成規ニ従ヒ之ヲ登記シタル者ノ地位ヲ安全タラシメタリ是ヲ以テ第三取得者其結約スルトキニ當リ豫知スルコト能ハサリシ解除ノ為メ追奪ヲ被ルニ至ルヘキ時ハ公示ノ法式モ遂ニ其目的ヲ貫徹セサルニ至ルヘキヤ明カナリ
然レトモ不動産ノ取得者義務ヲ履行セサルニ因リ譲渡人其譲渡合意ヲ解除スルヲ得ヘキ塲合ニ於テハ轉得者概ネ其結約以前ニ在テ轉得者ノ果シテ義務ヲ履行シタリシヤ否ヤヲ探知スルコトヲ得是ヲ以テ不動産買主ヨリ更ニ之ヲ譲受ル者ハ前ノ賣買證書ノ登記簿ニ付キ代價ノ全部若クハ一分ノ未済ナルコトヲ知ルヘキガ故ニ初メノ賣主買主ヨリ未ダ代價ヲ受取ラサリシ限リハ轉得者初メノ賣主ニ対シ自己ノ代價ヲ拂フコトヲ要ス其他轉得者前主ノ負擔タルコトヲ知リタル法律上其他合意上ノ義務アリタル時ハ又同ジク直チニ前主ニ自己ノ義務ヲ履行スヘカラス
此原則タル交換契約ニ於テ當事者ノ一方其義務ヲ履行セサルトキハ又均シク適用セラルヘキモノナルカ
第一不動産價格ノ補足トシテ補足金ヲ拂フヘキ時交換ノ登記簿ニ其旨ヲ記載シタリシ時ハ該不動産ノ轉得者ハ結約スルノ前ニ於テ補足金ノ既ニ皆濟トナリタルヤ否ヤヲ探知スルコトヲ得ヘキカ故ニ自己ニ対シ解除ノ効力ヲ及ホスコトヲ拒ムコト能ハス
此他交換物トシテ諾約シタル物ノ補足ヲ授與スヘキ塲合ニ於テモ右ニ述ル所ト其趣キヲ同フシ轉得者ハ其讓渡人既ニ其諾約シタル所ヲ履行シタリシヤ否ヤヲ探知スルコトヲ得ヘシ然レトモ交換者ノ義務中第一ハ各交換者ヨリ供シタル物ノ所有権ヲ移轉スルノ義務ナリトス故ニ其義務ヲ尽ササルトキハ其物ヲ受取リタル交換者ハ追奪担保ヲ被ルコトアルヘシ此塲合ニ於テハ之カ為メ解除ノ権利発生ス
此塲合ニ於テハ或ハ道理上記解除権ヲ轉得者ニ対シ行フヘキヤニ付キ疑議ヲ生ス実ニ轉得者ハ他ノ塲合ニ於ケルカ如ク容易ニ解除ノ原因タル追奪ノ危険ヲ発見シ其危険ナキコトヲ捜索スルヲ得ルモノト云フヘカラサレハナリ
例ヘハ甲(い)号ノ不動産ヲ以テ乙ヨリ其所有ナリト称スル(ろ)号ノ不動産ト交換シタルニ甲其得タル不動産ヲ追奪セラレ而シテ其時ニ在テい号ノ不動産尚ホ乙ノ所有ニ属スルトキハ甲ハ解除ノ訴権ヲ行ヒ之ヲ取戻スコトヲ得ヘシ然レトモい号ノ不動産乙ヨリ丙ニ轉展シタルトキハ解除訴権ノ効ヲ丙ニ及ホスコト能ハス蓋シ甲ハ乙自ラ錯誤シテろ号ノ不動産ノ所有権ヲ有スト自信シタルニ当リ丙ノ之ヲ知ラス乙ニ於テろ号ノ不動産ノ所有権ヲ有シタルモノト信シタルヲ其過失ナリトシテ之ヲ責ムルコトヲ得ヘカラス
是ヲ以テ本条ハ解除訴権ニ因リ取戻ニ復スル不動産ニ付キ権利ヲ取得シタル第三者ニ對シ解除訴権ノ効ヲ及ホス可カラスト規定シタリ但シ其取得ノ権原ノ登記解除ノ請求ノ公示前ニ行ハレタルコトヲ要ス
蓋シ善意ノ第三者ノ権利ヲ保護スル此規定タル第三取得者不動産権利ノ公示ニ付キ法律ニ依遵シ而シテ毫モ之ニ對シ懈怠ノ責ヲ帰スヘカラサル塲合ニ於テ常ニ適用スル所ノモノナリ若シ立法者ニシテ此規定ヲ設ケサルトキハ物権公示ノ法則全ク畫餅ニ属スヘシ縦令如何ナル塲合ニ於ケルモ第三者有効ニ不動産ヲ取得シタルニ拘ハラス其嘗テ豫見セサリシ以前ノ原因ノ為メ其不動産ヲ失フコトアルトキハ不動産所有権ノ價格地ニ堕チ毫モ之ヲ以テ信用ノ具トナス者ナク登記ヲ為スノ義務ハ徒贅ノ行為ニシテ無益ノ費用ヲ生スルモノタルノミ
詐欺ニ基ツク鎖除訴權ニ就テモ嘗テ同一ノ規定ヲ設ケタリ(財産篇第三百十二條末項ヲ参観スヘシ)唯タ詐欺若クハ強暴ニ原因スル鎖除ニ對シ轉得者ニ同一ノ保護ヲ加ヘサリシハ(財産篇第五百五十三條ヲ参観スヘシ)是レ諸國ノ法制ニ於ケル古来ノ規定ニ則リタルノミ又無能力ニ原因スル鎖除ヲ以テ第三者ニ對抗スルヲ得セシメタルハ是レ第三者ハ譲受人ト結約スルノ以前ニ於テ其譲渡人ノ能力ノ有無ヲ探知スルコトヲ得可キカ故ナリ
第百九條
賣買ト交換トハ共ニ同一ノ目的ニ出ツルモノニシテ唯是ヲ断スルノ方法ヲ異ニスルニ過キス詳カニ是ヲ言ヘハ當事者相互ニ供與スル二箇ノ價格ノ一ノ性質ヲ異ニスルニ過キサルガ故ニ此二種ノ契約ハ同一ノ普通法ニ従フヲ以テ原則トスルヤ當然ナリ是ヲ以テ本條ハ例外ヲ示スニ止メタリ以下是ヲ説明セン
其一今賣買ト交換トニ普通ナル規則中其主タルモノヲ指示セン其一交換ハ賣買ノ如ク單ニ承諾ノミニ由リ成立スルモノナリ
其二交換ノ豫約モ亦賣買ノ豫約ノ規則ニ従ヒ又同一ノ區別ニ依ルベキモノニシテ且手附ヲ損シ解約ヲ為スヲ得ヘキモノナリ(本篇第二百六十六條以下ヲ参觀スベシ)
其三契約費用ハ當事者各折半シテ是ヲ負擔スヘキモノトス(本篇第三十四條ヲ参観スベシ)
其四賣買ノ委託ヲ受ケタル代理人及ヒ公吏并ニ自己ノ管轄ニ属スベキ訴訟ノ目的タルヘキ財産権利ニ関シ裁判官其他ノ裁判所為ニ對シ法律ニ定メタル買受ノ無能力ハ(本篇第三十七條乃至第四十條ヲ参観スヘシ)又同一ノ理由ニ據リ交換ニ適用スルモノナリ然レトモ配偶者ノ相互ノ無能力ニ至ツテハ之ニ異ナリ交換ニ適用セザルモノナリ此点ニ就キ賣買ト交換ト大ニ其規定ヲ異ニスル所以ハ下ニ至リ之ヲ説明スヘシ
其五他人ノ物ノ賣買無効ナルト同シク(本篇第四十二條ヲ参觀スベシ)交換者相方共ニ其交換物ノ所有権ヲ有セサル時ハ他人ノ物ノ交換アルモノニシテ其交換ハ無効ナリ又當事者一方ノミ交換物ノ所有権ヲ有セザル時ハ他ノ一方其交換ヲ解除スルヲ得然レトモ第三者ニ既得権アル時ハ之ヲ害スヘカラサルコト前條第三項ニ記載セルカ如シ
其六物ノ意外ノ滅失若クハ危険ニ関スル賣買ノ規則(本篇第四十四條ヲ参観スヘシ)賣主ノ物ヲ保存スルニ付キ為スヘキ注意及ヒ其物ノ引渡ニ関スル規則(本篇第四十六條ヲ参観スヘシ)ハ有償契約ノ普通法ナルガ故ニ交換ニモ亦適用スベキヤ明ラカナリ
其七契約ニ定メタル數量ノ過不足及ビ之ニ基キ生スヘキ損害賠償若クハ解除并ニ之ヲ請求スルノ訴権ノ期限ニ関スル賣買ノ規則ハ亦交換ニ適用スヘキモノナリ(本篇第四十八條以下ヲ参観スヘシ)
其八他人ノ物ノ賣買無効ノ結果タル追奪ノ擔保ニ関スル規則(本篇第五十六條以下ヲ参観スヘシ)又交換ニ適用スヘキモノニシテ前條ニ反スル所ノミ此限ニ非ス
其九又交換物トシテ債権并ニ競争権利ヲ授與スルヲ得ルガ故ニ債権及ビ競争権利ノ賣買ニ関スル規則ハ亦交換ニ適用スベク就中其担保ニ付キ特別ナル規則ノ如キハ之ニ普通ナルモノナリ(本篇第六十八條乃至第七十條ヲ参觀スヘシ)
第二之ニ反シ買主ノ義務ニ関スル規定ハ多少直接ニ代金ノ辨済ニ関係スルモノナルカ故ニ交換ニ適用スヘキモノニ非ス(但シ前キニ述ベタルカ如ク補足金ヲ拂フヘキトキハ此限ニ非ス)蓋シ交換者ハ双方共ニ賣主ト同一視セラルヘシト雖モ買主ト同一視セラルヘキモノニ非ス
又賣買契約ノ毀棄詳カニ之ヲ言ヘハ其解除鎖除若クハ廃却ノ原因交換ニ適用スヘキモノト然ラサルモノトアリ
其交換ニ適用スヘキモノハ當事者一方ノ義務不履行ニ基ク鎖除並ニ交換物ヲシテ其使用ニ適當セサラシムル所ノ藏レタル瑕疵ニ因ル廃却訴権トス
其交換ニ適用セサルモノハ配偶者間ノ賣買ノ禁止、受戻権能ニ類似スル合意ノ効力ニ因ル解除トス
以下此差異ヲ説明セン
第一交換ハ賣買ト異ナリ配偶者間ニ之ヲ禁スルモノニ非ス
蓋シ配偶者間ニ賣買ヲ禁止シタル所以ハ其贈與ヲ假装スル方法タルヲ慮リタルガ故ナリ即チ一方ノ負担スベキ代價ヲ賣渡物ノ實價ニ相當ナラシムルモ實際之ヲ弁済セズ而シテ賣主其賣買証書若クハ他ニ証書ヲ作リ代價ノ受取証ヲ附與スルトキハ其実物ノ價格全部ノ贈與者タルベキモ外面上賣主ノ観ヲ装フガ故ニ廃罷ノ権利ヲ有セサルヘシ何トナレバ賣買ハ廃罷スルヲ得ヘキモノニ非サレバナリ又其相續人ハ減殺ノ権ヲ有セサルヘシ何トナレハ有償合意ハ減殺スヘキモノニ非サレハナリ此ノ結果ヲ豫防スルカ為メ配偶者間ノ賣買ハ之ヲ禁制シタリ
然ルニ之ニ反シ交換ハ当事者ノ一方ノ為メ間接ノ利益ヲ包含スヘキコトアルヘキモ決シテ贈與ヲ假装スルニ至ルモノニ非ス蓋シ交換者相方ヨリ供與スル價格不平等ナルヘキモ與フルコト尠ナクシテ受クルコト多キ一方ハ其差異ノ贈與者ト容易ニ看做サルルヲ得ヘク而シテ其差異ハ証明スルコト極メテ容易ナルカ故ニ毫モ贈與ヲ假装スルニ由ナシ且交換ニ於テハ二個ノ價格ニ一ノ移轉ヲ假装シ代價ノ弁済トナシ虚欺ノ受取証ヲ附與スルノ恐レ非サルナリ
是ヲ以テ配偶者間ニハ毫モ交換ヲ禁止スヘキノ理由アラス
然レトモ其交換ヲ認許スヘキヤ否ヤニ付疑議ヲシテ生セサラシメンカ為メ本條ハ特ニ此點ニ就テハ賣買ノ規則ニ従ハサルコトヲ示シタリ然レトモ亦相互ニ交換物トシテ供與スル財産ノ價格不均一ナルヨリ間接ノ利益生スルコトアルヘキカ故ニ本條ハ贈與ノ規則ニ従フヘキモノトセリ然レトモ此塲合ニ於テハ贈與規則ノ方式ヲ要ス可カラサルカ故ニ之ニ関スル規則ヲ適用スルニ非ス唯其権利自体ニ関スル規則詳カニ之ヲ言ヘハ配偶者間ニ定メタル贈與ノ制限若クハ禁止ニ関スル規則ニ依遵スヘシ
第二買主受戻権能ト称スル任意ノ解除権ヲ有シ以テ賣買ヲ約スルコトアリ是レ買主ノ為メニ其一時金銭ノ必要ニ迫リ已ムヲ得スシテ讓渡ス所ノモノヲ回復スルヲ得セセシムルノ方法タリ是ヲ以テ賣主ハ其権能ヲ行フニ當リテハ代價ヲ返還セサル可カラス而シテ其返還タル純然タル任意的ノモノニ非ス是ヲ以テ受戻権能ハ之ヲ禁スルコト無キモ實際之ヲ行フ者尠ナカルヘシ(財産篇第四百十五條ヲ参観スヘシ)何トナレハ約定ノ期限ニ至リ金銭ヲ得ルノ難キコト少ナカラサルヘケレハナリ
之ニ反シ交換ヲ為スニ當リ當事者双方若クハ其一方其受取リタル物ヲ返還シ以テ其與ヘタル物ヲ取戻スノ権能ヲ要約スルモ其要約ノ二箇ノ目的毫モ存スルコトナシ即チ第一何レノ當事者モ元来止ムヲ得ズ交換ヲ為スモノニ非ス唯自己ノ多分ニ利益ヲ計リタルニ因リ契約ヲ為シタルノミ第二其受取リタル物ヲ変換スルハ極メテ容易ニシテ偏ヘニ其放肆ニ出ツルコトアルヘシ
是ヲ以テ本條ハ交換物受戻権能ヲ禁スト雖トモ亦其合意一概ニ無效トシ全ク之ヲ禁スルモノニ非ス即チ其合意ハ當事者間再交換ノ相互ノ豫約ノ効力アリテ前交換ヲ反復シ當事者一方ノ意思ニ依リ其要求次第旧債務者ヲシテ各其物ヲ復セシムルノ効アルモノトス然レトモ本條ニ引用スル所ノ第二十七條ニ於テ賣買ノ豫約ニ付キ定メタル如ク登記ヲ為シ以テ解除ノ権能ヲ公示シタルトキニ非サレハ交換物ノ一ニ付キ物件ヲ取得シタル第三者ニ對シ其解除ノ効力ヲ及ホスコト能ハス之ニ依テ之ヲ観レハ受戻権能モ亦登記ヲ以テ之ヲ公示シタルトキニ非サレハ第三者ニ對抗スルコト能ハサルカ故ニ交換ノ解除モ賣買ニ於ケル受戻ハ其実著シキ差異ナキニ至ルモノナリ
第五章 和解
第百十條
和觧契約ハ学者大概之ヲ以テ困難ナル論議最多キモノトセリ而シテ其困難ナリトスル点ハ和觧ト普通法ト如何ナル点ニ於テ異ナルヤニ在リ本法ノ主トシテ茲ニ規定スル所ハ則チ和解ト普通法トノ分別ヲスルノ点ナリ
本條ハ先ツ和觧契約ノ手続ヲ示シ第一其目的既ニ生シタル爭ヲ落着セシメ又ハ生スルコト有ルヘキ爭ヲ豫防スルコト第二其方法交互ノ譲合又ハ出捐ヲ為スニ在ルコトヲ示シタリ
交互出捐ハ和觧契約ニ必要ナル條件ナリ蓋シ爭ノ既ニ生シ原告單純ニ其主張及ヒ訴追ヲ抛棄スル時ハ「取下アルト云フヘク又被告原告請求ノ至當ナルコトヲ認メ之ヲ争フコトヲ抛棄スルトキハ認諾アリト云フヘシ」此二個ノ塲合ニ於手ハ等シク訴訟ノ消滅アリト雖モ未タ和觧アルモノニ非ス
是ヲ以テ和觧アルトキハ各當事者其主張ノ一分ヲ抛棄シ以テ相手方ヲシテ其一分ヲ認諾セシメ又ハ當事者ノ一方其主張ノ全部ヲ放棄シ以テ未タ毫モ争ニ掛ラザリシ利害ヲ了受シ「交互ノ出捐」アルコトヲ要ス例ヘハ原告ヨリ貸借又ハ代價トシテ出捐ヲ請求シタルニ被告其貸借若クハ其賣買ヲ非認シ或ハ既ニ辨濟ヲ為シタリト主張シ或ハ數額金是ナリ債權アルコトヲ申立テ総濟ノ原因アルコトヲ申立テタルニ當事者共ニ其敗訴センコトヲ恐レ債務ヲ五百円トシ以テ争ヲ落着セシメタルトキハ則チ和觧モ為シタルモノニシテ原告ハ其請求ノ半ハヲ出捐トシ被告亦其請求ノ半ハヲ出捐トスルモノナリ又例ヘハ原告被告ノ占有スル土地ヲ以テ自己ノ所有ナリトシ其快復ヲ請求シ其土地ハ嘗テ被告ヨリ買取リタル土地ノ附属地ト主張シタルニ被告一旦其主張ヲ争ヒタルモ雙方遂ニ和觧ヲ遂ゲ原告ハ該土地ノ一分ヲ受ケタリ被告其残餘ヲ保有スルコトヲ承諾シタルトキハ又和觧契約ヲ為シタルモノナリ
右二個ノ場合ニ於テハ輕装物件ニ付キ交互ノ出捐アリタルモノナリ
又輕装物件外ニ於テ交互ノ出捐ヲ為スコトアリ例ヘハ原告ヨリ千円ノ返還ヲ請求スルニ當リ被告其請求ニ應シ出捐ヲ拂フヘキコトヲ承諾シタル争ニ掛ラザル所ノ作為ノ義務之ガ為ニ免レタルトキ又ハ原告ヨリ土地ヲ請求スルニ當リ被告之ニ應スルモ亦原告ハ被告人ト或ルコトヲ為シ又ハ為ササルコトヲ約シ或ハ被告ニ動産若クハ不動産ヲ授與シタル時ノ如キ即チ又交互出捐ヲ為シ和觧契約ヲ結フモノナリ
然リ而シテ交互出捐ノ性質及起因ニ關スル右ノ差別ハ之カ為メ生スルコトアルヘク擔保ノ点ニ付キ重要ナル結果ヲ生スルモノニシテ本章ノ末條ニ之ヲ規定スヘシ
以上説明スル所ニ依テ之ヲ見レハ和觧ハ「各當事者出捐ヲ為ス」カ故ニ有償契約ナリ(財産編第二百八十九條ヲ参觀スヘシ)ト雖モ未タ必スシモ双務契約タルモノニ在ラス何トナレハ當事者ノ出捐ハ未タ必スシモ「双方ノ相互ニ約束セル義務ニアラサレハナリ(財産編第二百七十九條ヲ参觀スヘシ)例ヘハ原告其主張ノ一分ヲ抛棄シ他ノ一分ヲ得ルニ止マリタルトキノ如ク被告ハ一ノ義務ヲ約シ又更ニ之ヲ約スルニ非サルモ既ニ争アリテ存罷ノ疑ハシキ義務ヲ認諾スルモノナリト雖モ原告ハ其請求スル所ノ一分ヲ抛棄スルモ以テ義務ヲ負擔スルモノト云フ可カラス其請求一分ノ抛棄ノ如キハ不作為ノ義務アラサルナリ
和觧ハ旧義務ノ更改ヲ為スモノナリヤ否ヤノ点ニ至テハ亦末條ニ至リ之ヲ規定スヘシ
以上述フル所ニ於テハ和觧ヲ以テ完結セシメントスル所ニ在ラス「既ニ生シタルコト想像シタルモノニシテ和觧ノ目的ハ之ヲ落着セシムル」ニ在リ然レトモ亦法文ヲ以テ「生スルコトアル可キ争ヒヲ豫防スル」ガ為ニ和觧ヲ為スコトヲ得ル旨ヲ示シタリ
蓋シ訴訟ヲ断止シ又ハ豫防スルハ實ニ望ムヘキ所ノモノナリ何トナレハ訴訟ハ益々社會ヲ紊乱シ徳義ヲ壊乱スルモノニシテ又國家ハ之カ為ニ数多ノ法官其他ノ裁判所員ヲ置カザル可カラサルカ故ニ之カ為メ負擔タルモノナリ且訴訟ハ敗訴者ヲシテ徒ラニ費用ヲ冗費スルノ原因ニシテ加之訴訟者モ亦徃々徒贅ノ費用ヲ負擔スルコトアリ特ニ訴訟ノ結果一方勝訴シ一方敗訴スルトキハ將来其間ニ於テ論ヲ存セシメ從来交誼厚キ者モ為メニ相敵視シ又ハ其怨恨ヲ挾ムコト一層甚シキニ至ラシムルモノナリ
和觧モ亦概ネ合意ノ総則ニ依遵スヘキモノニシテ惟々或ル場合ニ於テノミ一ノ特別ナル規定ニ従フ
是ヲ以テ本條ハ先ツ原則ヲ宣言シ次デ例外アルコトヲ指示ス
是レ本條第二項ノ必要トスル所ナリ以下和觧ニ適用スヘキ普通法ノ主タル規則ヲ摘示セン
第一和觧モ亦合意ナルカ故ニ多数合意ノ成立ニ必要ナル三個ノ具備スル條件ヲ要ス即チ當事者ノ承諾確定ニシテ各人ノ所有ヲ有スル目的並ニ眞實合法ノ原因詳言スレハ虚妄錯誤ニ非ス且不法ニ非サルノ原因アルコトヲ要ス(財産編第三百四條ヲ参觀スヘシ)
是ヲ以テ當事者一方ノ申込明示若クハ黙示ニシテ他ノ一方ノ受諾セサルトキノミナラス又其一方他ノ一方ト各觀察シタル所ノ目的ノ點ヲ異ニスルトキハ承諾アラサルモノナリ例ヘハ當事者ノ一方ハ舊合意ニ就クハ肯セント欲シタルニ他ノ一方ハ毫モ其主張ヲ抛棄スルコトナク唯々舊合意ノ意義ヲ定メント欲シタルニ過キサルトキ又ハ双方倶ニ和觧セント欲シタルモ一方ハ既ニ発生シ又ハ発生セントスル争ヲ觀察シタルニ他ノ一方ハ之ニ異ナル爭ヲ觀察シタルカ如キ又或ハ和觧ヲ以テ断定セントスル点ニ付キ双方ノ意思合置スルモ一方ノ出捐トスル所他ノ一方ノ出捐トスル所ノモノニ異ナリ或ハ其他ガ較々正義ナキトキノ如キ総テ承諾ノ存セサルモノナリ
當事者合意ニ諾約シタル出捐ヲ精密ニ充分明瞭ナラスシテ其一方ヨリ請求シ又ハ他ノ一方ヨリ授與スルヲ得ヘキ物ノ分量判然セス何レモ義務ニ悖ラスシテ受授スル所ヲ異ニスルヲ得ヘキトキハ目的充分確定シタルモノト謂フ可カラス又人ノ身分若クハ純然タル私益ニ属セサルモノニ關シ和觧ヲ為スモ其目的ハ當事者ノ處分スルヲ得サルモノナリ例ヘハ盗罪若クハ毆打創傷ノ告発ヲ為サザルコトヲ約スルモ其和觧ノ契約ハ目的ノ處分シ得ヘカラサルモノニ依リ効力ヲ生セサルモノナリ然レトモ之カ為ニ一方ノ負擔スヘキ民事上ニ就テハ和觧ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得
又原因ハ眞實且合法ナルヲ要ス然リ而シテ和觧ノ原因タルモノハ果シテ如何ナルモノナルカ是レ本條ノ定義ニ示ス如ク訴訟ヲ落着シ又ハ豫防スルノ意思ニシテ其意思ハ固ヨリ合法ナリト雖モ或ハ錯誤セルコトアリ或ハ虚妄ナルコトアリ毫モ爭ヲ容レサル事件ヲ以テ當事者争ヲ容ルヘキモノト看做ス時ノ如キ即チ然リ例ヘハ確定トナリタル判決ニ依リ訴訟ノ落着シ又ハ合意若クハ意見ノ明瞭ニシテ當事者相互間ノ關係ニ就キ何等ノ異議ヲモ容ル可カラス且其相互ノ主張ニ就テモ毫モ爭ヲ起ス可カラザル時之カ為メ和觧ヲ為シタルトキハ其和觧ノ原因ハ眞實ノモノニ非サルナリ
是ヲ以テ既ニ確定判決ヲ得タル争又ハ當事者ノ一方何等ノ權利ヲモ有セサル事件ニ就キ和觧ヲ為シタルトキハ其和觧タル原因ナキカ故ニ民法上無効ナリト認定スヘキカ如シ
然レトモ本法ハ之ヲ以テ未タ和觧當然無効ノ原因ナリトセス唯々之ヲ鎖除スルノ原因ト認メタルニ過キス其理由ハ下第百二條及ヒ第百十三條ノ下ニ於テ之ヲ説明スヘシ
是ヲ以テ無權原ニ因リ和觧ノ根本上無効ナル場合ハ甚タ少シ今其一二ノ例ヲ挙ケンニ停止條件附ニテ和觧ヲ為シタルニ其條件ノ成就セサル場合又ハ當事者ノ一方或ル事實ヲ以テ和觧ノ主タル原因ト為シ其事實既ニ生シタリト信シタリシニ其實未タ其事實ノ生セサリシ場合例ヘハ二箇ノ間ニ於テ婚姻ノ成立チタルモノト信シ依テ和觧ヲ為シタルニ其實婚姻ノ成ラサリシ場合ノ如キ即チ是ナリ又當事者ノ一方其相手方ニ属セサルモノヲ受取リ而シテ其所有權ヲ取得セントスルノ意思ニテ和觧ヲ為シタリシトキハ又其和觧ハ當然無効ナルコト苟モ一人ノ物ノ賣買原因ナキカ故ニ當然無効ナリト同一ナリ
是ヲ以テ和觧モ亦其成立ノ條件ニ關シテハ他ノ合意ト異ナル所ナキヲ原則トス然レトモ亦之ニ就テハ特別ノ規定ノアルアリ第二和觧モ亦一般ノ合意ノ有效ノ二個ノ必要ノ具備スルコトヲ要ス即チ承諾ノ瑕疵「錯誤強暴」アラサルコト當事者ノ能力アラサルコト即チ是ナリ(財産編第三百四條ヲ参觀スヘシ)又詐欺ノ結果ニ依リ和觧ヲ為シタルトキハ之カ為メ生シタル損害ノ名義ヲ以テ和觧ハ成就スルヲ得ヘキモノナリ(財産編第三百十二條ヲ参觀スヘシ)
第三和觧ハ人權若クハ物權ヲ認諾シ創設シ移轉シ変更シ若クハ承諾スルモノニシテ當事者間ノ合意ニ通常ノ效力ヲ生シ第三者ニ害ヲ及ホスコト有ラサルモノナリ(財産編第三百二十七條以下及ヒ第三百四十五條ヲ参觀スヘシ)然レトモ亦此点ニ就キ和觧正義追奪擔保及ヒ特ニ之ニ關シ一ノ區別ヲ要スルコトハ末條ニ至リ復タ之ヲ示スヘシ
第四合意觧釈普通法モ等シク和觧ニ適用スヘキモノナリ(財産編第三百五十六條以下ヲ参觀スヘシ)
第五和觧及ヒ是ヨリ生スヘキ義務モ亦其他ノ行為ニ依リ生スル義務ト同シク同一ノ体様ヲ有スルモノナリ(財産編第四百一條ヲ参觀スヘシ)
第六和觧モ亦通常ノ消滅原因ニ依リ消滅スルモノニシテ就中義務不履行ノ為ニ觧除スルコトヲ得ヘキモノナリ(財産編第四百二十一條ヲ参觀スヘシ)
第七和觧ノ証據夫レニ至テモ亦普通法ニ異ナル所ナシ故ニ証書ヲ以テスルモ亦信書ヲ以テスルモ等シク証明スルコトヲ得
然レトモ亦和觧ニ就テハ普通法ト異ナル所アリ其例外タルモノハ則チ以下四條ニ定ムル所ナリ
第百十一條
凡ソ合意ハ法律ノ錯誤ヲ原因トシテ鎖除スルヲ得ヘキモノタルコトハ本法ノ明カニ認メタル所ナリ(財産編第三百十一條ヲ参觀スヘシ)
然ルニ和觧ノコトニ就テハ右ニ普通法ノ一ノ例外則ヲ設ケタリ
蓋シ此点ニ就キ普通法ノ例外則ヲ設ケタルハ亦自由ノ例外則ニ於ケルカ如ク主トシテ和觧固有ノ原因ニ基クモノナリ蓋シ和觧ノ原因ハ當事者争ヲ断止シ又之ヲ豫防セントスルノ意思ニ在リ然ルニ此目的タル一旦和觧ヲ為シタル後當事者ノ一方其權利ヲ知ラサリシコトヲ主張シ又ハ其相手方ノ權利ヲ誤認シタリト主張シ以テ其法律上ノ錯誤ニ容レサリシ時ハ和觧ヲ為ササリシコトヲ称シ以テ其和觧ヲ取消スコトヲ得ルトキハ遂ニ再ヒ訴訟ヲ起スニ至ラシムヘキヲ以テ元来和觧ノ目的トスル所ヲ貫徹セサルコト多カルヘシ
然レトモ亦此例外ニハ一ノ制限アリテ本條ニ之ヲ明示シタリ是ヲ以テ此例外タル所謂例外ノ例外ニシテ畢竟変則ノ適用ニ外ナラス即チ其例外ノ例外則ヲ適用スヘキ場合ハ當事者一方ノ法律上ノ錯誤相手方ノ詐欺ニ起因スルトキ詳カニ之ヲ謂ヘハ結約者ノ一方他ノ一方ヲシテ其權利ヲ知ルヲ得サラシメ又ハ之ヲシテ實際自己ニ属セサル權利ヲ誤認シタルカ為ニ詐欺ノ計策ヲ行ヒタル場合ニ在リ蓋シ此場合ニ於テモ亦和觧ヲ以テ落着セシメ又ハ豫防セント欲シタル訴訟ノ発生ヲ見ルヘキヲ口實トシ本條ノ規定ヲ疑フ可カラス蓋シ當事者一方ノ詐欺ハ則チ新事實ニシテ未タ此点ニ就キ和觧アラサルカ故ニ更ラニ之カ為ニ訴訟ヲ起スモ決シテ不當ニ非ス即チ一旦其詐欺ノ效力アリタルトキハ和觧ノ效力ヲ失フ可カラス是レ詐欺ニ依リ相手方ニ加ヘタル例外ノ最モ完全直接ニシテ且單簡ナル訴訟ノ方法ナリト謂フヘシ
第百十二条
本條ハ争ヒニ付キ事実ノ錯誤アリタル塲合ヲ規定スルモノニシテ畢竟事実ノ錯誤ニ関スル普通法ノ適用ヲ示スニ過キサルモノト云フヘシ然レトモ之ノ塲合ニ於テ普通原則ノ適用ヲ為スハ多少疑ヲ容レサルニアラサルヲ以テ殊ニ本条ヲ設ケタリ
抑モ本条ノ所謂種類ナルモノハ証據書類ヲ云フモノニシテ其証書タル或ハ偽造ナルコトアリ或ハ変造ニ係ルコトアリ
又行為トハ當事者ノ一方其権利ノ基本タリト称シ申立テル所ノ裁判所ノ権利行為例ヘハ合意若クハ遺言ヲ云フ而シテ其合意タル法律ノ必要トシタル方式ニ從ハサリシニ依リ或ハ不法ノ原因即チ條件又ハ法禁ノ目的ヲ有スルカ故ニ全ク無効ナルコトアリ或ハ無能力若クハ受諾ニ瑕疵アルニヨリ鎖除スルヲ得ヘキコトアリ
本条ハ右諸般ノ塲合ニ遍ネク適用スヘキモノナリト雖モ又第一何レノ塲合ニ於ケルモ鎖除ヲ認メ訴権ヲ行ヒ取消ヲ許スニ過キス第二証書ノ偽造若クハ当事者一方ノ権利ノ基本ト認メタリシ行為ノ無効ニ基キ和觧ヲ鎖除スルニハ相手方即チ証書ノ偽造若クハ合意ノ無効ヲ申立ツル者其偽造若クハ無効ヲ知ラスシテ和觧ヲ為シタルコトヲ要ス又何レノ塲合ニ於テモ當事者ノ錯誤事実上ニ止マリ法律上ニ存セサリシコトヲ要ス蓋シ法律上ノ無効ニ基ツキ和觧ヲ鎖除スルコト能ハサルノ特別規則ハ詐欺ノ塲合ノ外例外アラサルモノナリ
第一証書偽造ノ塲合ニ於テハ相手方ノ錯誤ハ其証書ノ偽造若クハ変造ニ係カルコトヲ知サルニアルカ故ニ其錯誤ハ事実上ノ錯誤ナルヤ明カナリ合意ノ無効ニ至テハ當事者事実上之レヲ誤ルノミナラス或ハ法律上之ヲ誤ルコトアルヘシ蓋シ当事者其合意ノ方式ヲ履行スヘキコトヲ知ラス又ハ原因ノ不法ナルカ或ハ目的ノ法禁ナルコトヲ知ラサリシトキハ其錯誤ハ法律上ノモノニシテ又其合意ニ或ル方式ヲ必要トスルコトヲ知リナカラ其方式ヲ履行セサリシコトヲ知ラス或ハ或ル条件若クハ原因ノ不法ニシテ或ル目的ノ法禁ナルコトヲ知リナカラ其条件原因若クハ目的アルコトヲ知ラサルトキハ其錯誤ハ事実上ノ錯誤ナリ
此ノ差別タル頗ル微妙ナルカ故ニ法律以外ノ実例ヲ設ケテ之レヲ明カニセン例ヘハ藥剤師又ハ医師誤テ患者ニ有害ナル藥剤ヲ投與シタリトセンニ其藥剤固有ノ効能ヲ知ラサリシニ至リタルトキハ學理上ノ錯誤ヲナシタルモノニシテ其藥罎ヲ誤認シタルニ出テ又ハ患者ニ特別ノ体質アルカ為メ其投與シタル藥剤之レニ害アルコトヲ知ラサリシニ至リタルトキハ事実上ノ錯誤アリタルニ過キサルナリ之レニ依テ是ヲ観レハ法律上ノ錯誤ト事実上ノ錯誤トヲ差別スル敢テ難キニアラサルヲ知ヘシ
本条ハ即チ事実上ノ錯誤ノミニ適用スヘキモノナリ然レトモ其錯誤ハ実際極メテ稀ナルヘキヤ疑ナシ何トナレハ上ニ説明シタルカ如キ錯誤アルハ權利ノ基本タリト認メラレタル証書ヲ和觧契約ノ際ニ提出セス和觧ヲ為スモノ成ルヘク其効力ノ自己ノ負擔ヲ生スルコトヲ少ナカランコトヲ希望スルニ出テ軽率ニ其相手方ノ主張若クハ之レト共謀セル証人ノ陳述ヲ承認シタル塲合ニアリ然ルニ此ノ如キ塲合ハ実際甚タ稀ナルヘケレハナリ
本条ハ利害関係人「合意ヲ法律ニ於テ無効ナラシムル所ノ事実ヲ知ラサリシトキ」ニアラサレハ鎖除ヲ許ササルコトヲ明記シ以テ和觧ヲ鎖除セシムルニ錯誤ノ性質ヲ明示シタリ蓋シ其錯誤ハ争ノ目的ニ関スルモノナリ其目的本体ニ関スルモノニ非サルモ所謂其品質ニ関スル錯誤ナリ(財産篇第三百十条ヲ参観スヘシ)実ニ當事者ノ一方其主張ノ基本トスル所ノ証書ニシテ合意ハ其信義ニ從ヒ効力ヲ主張スルモノナルカ故ニ其主張ハ品質ニ因テ和解ノ目的タリト看做スヘキモノナリ
第百十三条
本条ニ規定スル所モ亦已ニ和解ヲ為シ又ハ和解ヲ為サントスルニ当リ其目的ニ就キ事実上ノ錯誤アリタル塲合ヲ規定スルモノナリ即チ當事者ノ一方争ノ目的ニ関シ眼前ニ侵スベカラサルノ権利ヲ有セサルコトヲ知ラス又其相手方ニヨリ何等ノ請求ヲモ受クヘキノ理アラサルコトヲ知ラス之レカ為メニ自己ノ権利ノ一分ヲ割與シ以テ其残部ヲ包有シ又ハ相手方ヨリ争フ所ノ権利ヲ全部保存スルカ為メ争ヒ以外ノ目的物ヲ供與シ又ハ諾約シタルニ自己ノ権利ノ區域ヲ確定スル証書ヲ發見シタルトキハ其錯誤ノ結果ヲ免カルルコトヲ得サラシムルヲ至當トス
然レトモ本条ハ一ノ区別ヲナシ和解ノ目的已ニ落着シタル一個若クハ数個ノ争ヲ落着セシメ又ハ豫防スルノ主意ニアリタルトキハ其前後ニ確定シタル証書ヲ發見スルニ於テハ其發見ノ弊害タリシ事実如何ヲ問フコトナク以テ和解鎖除ノ原因トナスヘシ然レトモ和解ノ目的當事者間ニ生スルコトアルヘキ凡テノ争ヲ落着セシメ又ハ之ヲ豫防スルニアリタルトキハ其當事者ノ一方ノ利益タルヘキ確定証書「相手方ノ所為ニ依リ其故意タルト無意タルトヲ問ハス控留タルトキ」ニ非ラサレハ和解ヲ鎖除スルコトヲ得サルモノトス
此ノ區別タル決シテ立法者ノ専断放恣ニ出ツルモノニアラス蓋シ定マリタル爭ニ限リ和解ヲ為ストキハ当事者一方ノ基本ニ関スル錯誤ハ和解ノ主タル目的ニ係ルカ故ニ普通法ニ從ヒ其和解ヲ鎖除スルコトヲ得サル可ラス又二個若クハ数個ノ定マリタル爭モ結了スルカ為メ和解ヲナシタルニ一方ノ錯誤其争ヒニ係ル諸般ノ権利ニ就キ錯誤ヲ抱キタルトキハ又同シ之ニ反シ和解カ凡テノ争ヲ以テ目的トシタルトキハ自己ノ権利ノ二三ヲ知ラサル当事者出捐ヲ為スモ之レ和解ニ依テ求メタル結果ノ全体ヲ希望シタルニ依ルモノト云フヘキカ故ニ其目的ノ一分タリトモ之ヲ貫徹シタルトキハ再ヒ其合意ヲ取消ス可ラス
第二項ハ確定判決ニシテ当事者ノ一方ヲシテ充分ニ勝訴セシメタルモ當事者其判決ヲ知ラサリシニ後ニ至リ其裁判アリタルコトヲ發見シタル塲合ヲ以テ証書發見ト之ヲ同一ニ處断セリ然レトモ判決ノ未タ確定セサルトキハ其判決公訴若クハ上告ニ於テ返復セサルヲ規定セシムルカ故ニ和解ノ効力ヲ有ツヘシ
第百十四条
本条ハ和解ノ特別ノ効力ヲ規定スルヲ旨トスルモノナリ
和解モ亦自餘ノ合意ノ如キ当事者間ニ普通法ノ効力ヲ有スルヤ明ナリ(財産篇第三百二十七条ヲ參観スヘシ)然レトモ和解ハ素ト財産上ノ争ヲ落着セシメ又ハ之レヲ豫防スルヲ目的トスルモノナルカ故ニ之レヲシテ当事者間ニ事実ノ点並ニ法律ノ点ニ関シ確定タル判決ノ効力ヲ有セシメシモ之ニ對シ公訴上告ヲ為スコトヲ得セシメサルヲ至当トス
勿論其確定判決タルハ法文ニ明記スルカ如ク其和解ニ有効ナルトキニ限ルヤ明カナリ
夫レ然リ和解ハ確定判決ニ等シキ効力ヲ有スヘキカ故ニ殊ニ之ニ断定ヲ要スル論点アリ蓋シ判決ハ率ネ権利移轉的ノ効力ヲ有スルモノニアラス単ニ其認定的ノ効力ヲ有スルノミ是ヲ以テ或ハ難問ヲ重シテ云フ者ノアラン和解ニシテ当事者一方ノ為メ劃然認定セラレタル権利嘗テ之レニ属シタリシ者ナリト認定セル効力ヲ有スルモノトセハ之レヲ保存スルカ為メ或ル物ヲ與へ又ハ之レヲ諾約スルハ無原因ナリ然ルニ和解ヲシテ権利移轉合意ノ性質ヲ有セシムルトキハ之ノ難問起ラサルヘシト
然レトモ結約者ノ一方其主張スル権利ノ一分ヲ保存スルカ為メ出捐ヲナスハ其権利ノ代價トスルモノニアラス蓋シ其権利ハ已ニ之ヲ有スルモノト認ムルカ故ニ之レヲ得ルニ就キ敢テ代價ヲ拂フニ及ハサレハナリ只其出捐ハ和解ニ依リ訴訟ヲ避ケ平穏ノ極ヲ結フヲ得ルノ代價ナリ然ラハ即チ出捐ハ決シテ無原因ニアラサルナリ
然レトモ亦或ル塲合ニ於テハ和解ハ単ニ認定的ニ非スシテ物権若クハ人権ノ権利移轉的タリト謂ハサルコトアリ本條第一項ト二項トノ塲合ヲ對考スルトキハ自ラ明カナリ即チ当事者ノ一方其主張ノ全部若クハ一分ヲ鞏固ナラシメンカ為メ争ノ目的タラサリシモノヲ所有シ又ハ諾約シタル塲合即チ是ナリ之ノ塲合ニ於テハ権利ヲ認定スルノ効力ヲ有スルニ止マラス新權利ヲ移轉スルモノナルヤ明カニシテ其権利ヲ得タル當事者ハ之レヲ保存スルニ非ス即チ之レヲ收得スルモノナリ
右ノ区別タル実際頗ル重要ナルモノニシテ下ニ就キ其適例ヲ擧ケテ之レヲ説明セン
第一ノ塲合当事者相互ノ間ニ認定セル自己ノ権利已ニ争ノ目的タリシトキ例令甲乙ニ對シ乙占有ノ不動産ヲ恢復セントスルニ當リ判決前ニ当事者和解シテ乙ハ不動産ノ分割若クハ身分ノ一分ヲ保存シ而シテ今一ツノ一分ヲ恢復セサルコトヲ約シタルトキハ各当事者ハ其全部ヲ有ストノ主張ノ基本タル原因ニヨリ嘗テ当事者タリシモノト見做サルルモノナリ然レトモ各当事者ノ不動産上ニ設定シタル第三者ノ権利ハ之レヲ侵スコト能ハス何トナレハ和解ハ合意ニシテ判決ニ等シキ効アルモ其効力ハ結約者間ニ生スルニ過キスシテ之レニ參與セサリシ所ノ第三者ニ害ヲ及ホスコト能ハサルモノナレハナリ
只特ニ天然瑕疵頗ル疑義ノ存スル者アリ蓋シ乙ヲシテ占有ヲナスニ至ラシメタル権原素ト登記ヲ経ヘキモノニシテ且實際登記ヲ経サリシトキハ其登記存セスト雖モ其效力ヲシテ乙ニ保存スル所ノ一分ヲ検束セシムルカ為ニハ其登記ニ此事ヲ附記スルコト能ハスシテ判決ニ附記ヲ為スカ如キナルヲ要ス蓋シ乙ハ自己ノ保存スル部分ニ重加スル部分ヲ譲渡スコトアルヘク而シテ第三者ヲシテ之カ為ニ意外ノ追奪ヲ蒙ムルコトナカラシムルカ為メ右ノ附記ヲ必要トス
乙甲ノ権原ニシテ既ニ登記ヲ経タリシトキハ復タ同シク其登記ニ右ノ和觧ヲ附記スルコトヲ要ス又其権原ニ登記ヲ経サリシモ其考登記ヲ経ヘキモノナルトキ(例ヘハ甲乙ヨリ買受ケタリト称スルトキノ如シ)甲ヲシテ不動産ノ一分ヲ得セシムル所ノ和觧ヲ登記シ又ハ現賣買ヲ登記シ且之ヲ変更スル所ノ附記ヲ為スコトヲ要ス
又當事者ノ一方其出捐トシテ金銭ノ諾約ヲ為シタルトキ既ニ相手方ヨリ一層巨額ノ請求アリシニ於テハ其諾約ハ同一ノ原因ニヨリ嘗テ負擔シタル所ノモノナリト看做サルルヘシ又抵當アリタルトノ主張アリテ其抵當ヲ認定シタルトキハ即チ其抵當ヲ認諾セラレタルモノニシテ既ニ其全部ノ登記アリタルトキハ判決アリタルトキノ如ク之ヲ禁渋スヘク復タ未ダ其登記行ハサリシトキハ更ニ登記ヲ為ス可カラス然レトモ既徃ニ遡リ效力ヲ及ササルハ勿論ナリ
然レトモ當事者「更改ヲ為スノ意思アリシトキハ」此限ニ在ラサルモノトス此當時此場合ニ於テハ和觧ハ舊權利ヲ認定スルノ効力ヲ有スルモノニシテ新権利ヲ創設スルコト恰モ本條第二項ニ規定スル所ノ次ノ場合ニ於ケルカ如シ(更改ノコトニ就テハ財産編第四百八十九條ヲ参觀スヘシ)
第二ノ場合、甲乙ノ當事者ニ恢復ヲ請求スルニ當リ係争不動産ノ全部ヲ保存スルモ其出捐ノ爭ヲ為ストキ不動産ヲ附與シタル場合ニ於テハ甲ハ舊原因ニ依リ其不動産ヲ有スト主張スルヤ明カナリ蓋シ其不動産タル毫モ關係ノ目的タリシモノニ非サレハナリ是ヲ以テ甲ハ更ラニ所有権ヲ得タル権原トシテ和觧ヲ登記スルコトヲ要ス
第六章 會社
第一節 會社ノ性質及設立
第百十五條及第百十六條
會社契約ハ諸國ノ民法及商法中最モ重要ナルモノトス夫レ會社ハ人智ト共ニ開ケタルモノニシテ人類相集マツテ一團結ヲ成シ政事上ノ團体ヲ作リ小ニシテハ一部落ヨリ大ニシテハ國家ヲ成シ以テ近隣ノ部落若クハ國民ノ侵略ヲ防衛スルニ至ルニ方リテヤ各人亦相團結シテ其私益ヲ保護シ其増殖ヲ圖ルニ至リタリ是レ會社ノ因源ナリ
蓋シ總テ團結ノ基本タルモノハ個人ノ力ヲ恊合シテ共ニ運動シ以テ其力ヲ分テ得ル所ノ結果ニ勝ル所ノ結果ヲ得ントスルニアリ
實ニ自然人力集合ノ威力強大ナル各人ノ力ヲ以テ到底得ル能ハサルノ結果ヲ生スルモノナリ例ヘハ巨石大木ヲ運搬スルカ如キ固ヨリ一人ノ力能ク之ヲ移スコトヲ得サルモ二人ニシテ之ヲ動カシ四人ニシテ之ヲ移スコトヲ得ヘシ
之ニ依テ之ヲ観レハ人類ノ會社的團体ハ其社會的恊同体ヲ為スト年月ヲ同シクスルト謂フモ決シテ過言ニ非ス加之却テ其社會的團体ヲ為スニ先チ既ニ會社的團体ヲ為シタルモノト言フヘシ是ヲ以テ何レノ國ニ於ケルモ衆力恊合ノ善ナルヲ唱ヘサルモノ無シ
且之ヲ実際ニ考フルニ賣買賃貸借金銭其他ノ使用貸借ノ如キ日常最モ多ク行ハレ且利益最モ多キ契約ト雖トモ尚ホ文化ノ進歩ト倶ニ稍ク増加シ人口ノ増殖ニ應シ稍ク頻繁トナルニ過キス是レ蓋シ是等ノ契約ヲ以テ應スル所ノ需用ハ唯人口ノ増殖ニ伴ヒ之ニ比例スルモノナルガ故ナリ然ルニ社會契約ニ至テハ文化ノ進歩人口ノ増殖ニ従ヒ單ニ比例的ニ増加ヲ見ルノミナラス層進的ノ増加アルヲ見ル之レ社會契約ハ啻ニ他ノ契約ノ過半ノ如ク吾人ノ需用ニ関スルヲ以テ目的トスルニ止マラス主トシテ吾人ノ冨ノ増殖ヲ圖ルモノニシテ而シテ人類ノ欲望ハ決シテ飽クコトナキカ故ニ其恊力益々多キヲ加フルカ故ナリ
現示諸國ニ於テ會社ノ増殖スル原因ノ一ハ大資本ヲ集合シ鉄道航海大工業等ヲ興スノ必要アルカ故ナリ蓋シ鉄道及海外航海ノ如キ大事業ヲ企ツルニ方リテハ到底個人資産ヲ以テ能クシ得ヘキニ非ス必ス数人ノ資本ヲ併合シテ之ニ供スルコトヲ要ス
夫レ斯ノ如ク数多ノ資本ヲ集メ成立スル所ノ會社ハ商事ヲ目的トスルコトアリ又民事ヲ目的トスルコトアリ而シテ本章ニ規定スル所ハ唯民事會社ノミニシテ其目的商事ニ比スレハ稍ヤ小ナリト雖トモ亦民事會社ハ會社ノ標準タルヘキモノニシテ商事會社ハ其變態即チ其一層発達シタルモノニ過キス必ス民事會社ヲ以テ其模範トナス是ヲ以テ會社ニ関スル規則ハ概ネ民事會社ト商事會社トノ普通ナルモノナリ本章ニ規定スル所ハ即チ此普通法ニシテ更ラニ民事會社ニ讓リ固有ナルモノヲ掲ク
商取引ノ何者タルヲ定ムルモノハ商法ナリ(第四條以下)
抑モ商取引ナルモノハ權利行為中一ノ例外タルモノニシテ其性質ヲ明ラカニセハ自カラ権利行為ノ本体タル民事上ノ行為ノ性質ヲ知ルヲ得ヘシ
先ツ商事會社ニ對スル民事會社ナルモノノ意義如何ヲ説明センニ民事會社ト商事會社トノ差異ハ民事上ノ賣買及商事上ノ賣買及ヒ民事義務ト商事義務トノ差異、約言スレハ民事行為ト商事行為トノ差異ト同一ナリ
商事行為即チ商取引ハ個人別々ニ之ヲ為スコトヲ得ルモノニシテ其取引ヲ為ス者偶々之ヲ為スニ非ス職業トシテ之ヲ為ストキハ其人ヲ称シテ商人ト云フ又商取引ハ之ヲ為スカ為メ會社ヲ組織シタルモノ之ヲ為スコトヲ得其會社ヲ称シテ商事會社ト云フ
之ニ依テ之ヲ観レハ二人以上ノ人相集テ恊同ノ利益ヲ収ムルカ為メ一箇若クハ數箇ノ民事行為ヲ為ス時ハ即チ民事會社ヲ組織シタルモノト言フヘキカ如シ然レトモ未タ以テ會社アリト云フニ足ラス尚ホ其得トスル所ノ恊同ノ利益各自ニ配當スヘキ金銭上ノ利益タルコトヲ要ス是レ第百十五條ノ定義ニ明示スル所アリ
是ヲ以テ河川ノ沿岸地ヲ所有スル者二人以上相集マリ共同費用ヲ以テ其土地ノ水害ヲ防クカ為メ堤防其他ノ土工ヲナシタル時ハ其目的單ニ損失ヲ避クルニアリテ利益ヲ収ムルニ非サルカ故ニ會社ニ非ス又火災其他ノ災害ニ對シ交互保險ヲ為スカ如キ又會社契約ヲ結ヒタルモノト言フ可カラス況ヤ學術、文学政事若クハ慈善ヲ目的トスル團体ノ如キハ會社ニ非サルヤ明ラカナリ
夫レ斯ノ如ク民事上ノ行為ニシテ會社契約トナルハ其目的社員ヲシテ利益ヲ得セシムルニアルコトヲ要スト雖トモ商事會社ニ関スル時ハ敢テ明カニ之ヲ要スト言ハサルモ商取引ノ性質ハ射利即チ利益ノ企圖アルヲ以テ自カラ明ラカナリ
又第百十五條ニ掲ケタル定義ニ依レハ會社契約ハ他ニ二箇ノ條件ヲ具備スルコトヲ要ス而シテ其條件タル商事會社ニモ亦必要アルモノナリ第一其利益ヲ均一若クハ不圴一ニ配當スヘキコト第二社員各相互ニ出資ヲ為スコト詳カニ之ヲ言ヘハ利益ヲ收ムルノ資本各其財産ヲ共通シ又ハ共通スルコトヲ約スルコト即チ是ナリ
然レトモ民事會社ニ就テハ社員ノ員數ニ関シ毫モ條件アルコトナシ即チ其最多數ト最少數トノ如何ヲ問ハサルモノトス唯單ニ二人以上相集マルヲ以テ足レリトス蓋シ合意ハ自由ナルヲ以テ原則トスルカ故ニ會社ノ員数ニ付キ法律ニ制限條件ヲ設クルニハ別ニ理由アラサル可カラス然ルニ民事會社ニ就テハ敢テ之ヲ結フノ理由ヲ妨害スヘキノ理由アラサルナリ
出資ノ條件及之ヲ供スルノ方法ニ至ツテハ以下ノ諸條就中次條ニ之ヲ規定ス
利益配當ノコトハ又後ニ至リ規定スル所アリ
會社契約成立ノ利益配當ノ條件ヲ要スルヲ以テ一層會社成立ノ塲合ヲ減少ス例ヘハ隣接地ノ所有者地方官廳ノ修繕スル公堂ノ遠キヲ以テ相集マツテ道路ノ修築溝渠ノ開鑿ヲ為シ依テ其所有地ノ價格ヲシテ増加セシメンコトヲ圖リタルトキハ利益ヲ收ムルコトヲ目的トスルモノナレトモ其利益ハ分配スヘキモノニ非ス各土地ハ其位置ト廣狹ニ依リ其價格ノ増加多キ所有者ハ其少ナキ所有者ニ毫モ分與スル所ノ物非サルナリ唯當事者ハ其企圖シタル増價ニ應シ各自費用ヲ分担スヘキノミ是ヲ以テ此塲合ニ於テハ未タ會社契約アルモノト云フ可カラス
然レトモ右ノ行為タル未タ法律ヲ以テ詳密ニ規定セサルカ故ニ共同利益ノ管理又ハ利害関係人ノ費用分担ニ関シ異論ノ生シタル時ハ理由及塲合ノ類似スルヲ以テ民事會社ノ規則ヲ比附援引スヘシ是レ本法ニ定メタル一般ノ原則ニシテ無名合意ハ其最モ類似スル所ノ有名合意ノ規則ヲ准用スヘキカ故ナリ(財産篇第三百三條ヲ参観スヘシ)
然レトモ水利土功會ト眞ノ民事會社トノ間ニ著シキ差異アリ就中水利土功會ハ會社資本ヲ有セス所有者ノ一人ノ死去又ハ破産ニ依リ解散スルモノニ非ス又不分財産ヲ有セサルカ故ニ配當手續ヲ為スニ及ハス
尚ホ此他法律上發生スル所ノ塲合及ヒ他ノ合意ニシテ民事會社ト類似スルモノアリト雖トモ亦是ト混淆セサルコトヲ要ス第一民事會社ト類似スルモノハ財産ノ不分共有権アル塲合ナリ
財産ノ共通ハ法律ノ結果ニシテ合意ノ効果ニ非サルコト最モ多シト雖トモ未タ以テ民事會社トノ差異トスルニ足ラス又合意ニ基キ共有権ノ発生シタルトキモ未タ以テ民事會社トノ差異トナス可カラス例ヘハ二人各充分ノ資産ヲ有セスシテ一ノ不動産ヲ取得スル能ハサルカ故ニ其資本ヲ集メ之ヲ買取リ以テ其均一若クハ不均一ノ部分ニ付キ所有者ト為ルコトアリ此塲合ニ於テハ當事者ハ不分財産ノ所有者ナリト雖トモ會社ヲ組織シタルモノニ非ス何トナレハ其目的ハ不動産ヲ取得スルニアルノミニシテ別ニ利益ヲ收メントスルニ非サレハナリ固ヨリ當事者ハ其不動産ノ價格ヲ減少セサルヘキコトヲ期シ加之却テ多少ノ時日ヲ経タル後價格ノ増加スヘキコトヲ希望シタルモノナルヘキモ其直接ノ目的タルモノハ唯共有者ト為ラントスルニアルノミ
然レトモ買主其買受ケタル所ノ不動産ノ増加ヲ期シ以テ利ヲ得ンコトヲ計リタルノ証據アルトキハ即チ資本ヲ共通シテ利益ヲ収メ之ヲ配當セントスルコトヲ目的トシタルモノナルカ故ニ會社契約ヲ為シタルモノト云フヘキモ猶ホ此塲合ニ於テハ會社契約ノ條件明カニ備ハルコトヲ要ス加之新法ニ依レハ其會社ハ商事會社ノ性質ヲ存スヘシ
尚ホ不分共有権ト會社トノ間ニハ二箇ノ主タル差異ノ存スルモノアリ第一共有権ハ共有者一人ノ死去ニ因リ分離スルモノニ非ス其死去シタル者ノ位置ハ相續人代ツテ之ヲ占ムヘシ第二共有者ハ各自己ノ適冝ニ其共有權ノ分割ヲ請求スルコトヲ得
又會社ト一層類似スル合意アリ例ヘハ耕作地ノ所有者其管理人ニ對シ工塲主其職工ニ對シ商人其手代ニ對シ定額ノ給料ノ外事業ノ純益ノ幾分ヲ之ニ附與スヘキコトヲ約シタリトセン此塲合ニ於テハ其行為會社ト彷彿タルモノニシテ所有者ノ管理人ニ對スル合意ハ民事會社タルカ如ク又商人及ヒ工塲主ノ其手代及ヒ職工長ニ對シ為シタル合意ハ商事會社タルガ如シ加之實際人称シテ其手代ハ商家ト組合ヒ居ルモノナリト言ヒ或ハ純益ノ幾分ヲ受クルモノナリト云フ然レトモ其實未タ會社契約ノ成立アリト云フ可カラス蓋シ此塲合ニ於テハ未タ共通ノ會社資本ナク手代ハ毫モ所有権ノ幾分ヲ有スルモノニ非ス損失ヲ分担セス又管理事務ニ干渉シ傭主ノ行為ニ反シ或ハ監査スルコト能ハス只僅カニ帳簿ノ閲覧ヲ請フヲ得ルニ過キス加之傭主ハ何時タリトモ之ヲ解雇スルノ権利ヲ有シ正當ノ損害アラサルトキ之ニ損害賠償ヲ與フヘキノミ
又會社ト分菓小作ト称スル不動産賃貸借トハ大ニ類似スルモノナリ蓋シ分菓小作ナルモノハ小作人其小作地ヲ耕シ以テ菓實ノ幾分ヲ得ルモノナリ(財産篇第百三十四條及第百三十八條ヲ参観スヘシ)
然レトモ分菓小作ハ會社契約ノ二三ノ規則ヲ準用スヘキニ拘ハラス別ニ法律ヲ以テ之ヲ規定スルガ故ニ敢テ會社ト混錯スルノ憂アラサルモノナリ
第百十七條
會社契約ノ成立ニ社員相互ニ資ヲ供シ財産ヲ共通ニスルコトヲ以テ必要トスルコトハ既ニ會社ノ定義中ニ示シタル所ニシテ利益配當ヲ得ルノ権利ノ直接ナル原因ナリ即チ會社契約ノ有償ニシテ有償ナラサルハ當事者相互ノ間ニ出捐ヲ為スガ故ナリ
社員出資ノ事ニ関シテハ二箇ノ断定ヲ要スル問題アリ第一如何ナルモノヲ以テ出資ト為スヲ得ヘキカ第二出資ハ實際如何ナル方法ヲ以テ之ヲ供スヘキカ即チ是ナリ
第一動産若クハ不動産ノ所有権ハ會社ニ出資トスルヲ得ヘキモノニシテ其動産タルト不動産タルトヲ問ハス敢テ引渡ヲ要スルコトナク單ニ承諾ノミニ因リ所有権移轉スヘシ然レトモ不動産ニ関スルトキハ取得者タル社員ニ出資ヲ供シタル他ノ承継人ニ自己ノ権利ヲ對抗スルカ為メニハ其登記ヲ必要トス
又金銭ヲ以テ出資ト為ストキモ或ハ其所有権ヲ擧ケテ之ニ供スルコトアリ又其收益ノミヲ之ニ供スルコトアリ其所有権ヲ擧ケテ出資ト為ス塲合ニ於テハ出資タル原本共有物ト為リ将来配當ヲ為スヘキモノタリ其收益ノミヲ出資ト為シタル塲合ニ於テハ會社ハ其元本ヲ其事業ニ使用シ其利益ヲ收メ解散ノ時ニ至リ之ヲ出資トシタル社員利益配當ニ先チ其原本ヲ取得スヘシ
本條ハ別ニ明文ヲ以テ社員ノ第三者ニ對シテ有スル處ノ債権ヲ出資ト為スヲ得ルコトヲ記載セスト雖トモ其之ヲ出資トスルヲ得ヘキヤ毫モ疑ヲ容ル可カラス蓋シ債権モ又物権ト同シク財産ニシテ讓渡スコトヲ得ヘキモノナレハナリ加之債権者ハ其目的タル物ノ性質ニ従ヒ或ハ動産権タリ或ハ不動産権タルカ故ニ前段ニ説明シタル出資中ニ暗ニ包含スルモノト看做スコトヲ得ヘシ
債権ヲ出資ト為スニ當テハ或ハ其元本ヲ擧ケテ之ニ供スルコトヲ得又其收益ノミヲ之ニ供スルコトヲ得
何レノ塲合ニ於ケルモ債務者ハ合式ニ告知ヲ受ケ以テ自己ニ對スル債権ノ讓渡アリタルコトノ豫告ヲ受クルコトヲ要ス(財産篇第三百四十七條ヲ参観スヘシ)
又本條ニハ技術及ヒ労力ヲ以テ出資ト為スヲ得ヘキコトヲ示シタリ蓋シ此二者ハ大ニ相類スルモノニシテ之ヲ混淆スルモ差支ナキモノナリ社員其勞力ヲ出資トスルトハ會社ノ管理人會計役手代等ト為リ會社ノ事務ヲ斡旋スルヲ云フ又其技術ヲ出資トスルトハ會社ノ目的ヲ達スルニ必要ナル有形若クハ無形ノ事業ニ参加スルコトヲ云フ例ヘハ出版會社ニ於テ書籍發兌ノ計畫者ト為リ或ハ鑄鐡塲ニ於テ技手タルノ類即チ是ナリ社員會社ニ出資トスルニ其信用ノミヲ以テスルヤ否ヤノ點タル諸外國ニ於テ異議ヲ生シタルカ故ニ本法之ヲ断定スルヲ要スト認メタリ而シテ本條ニハ出資ト為スヲ得ヘキモノノ主タル物ヲ列記スルモ信用ヲ以テ出資ト為スヲ得ヘキコトヲ言ハサルカ故ニ之ヲ認メサルヤ明カナリ其信用ノ出資ヲ認メサル所以ヲ説明スルニハ先ツ會社ニ信用ヲ出資トスルトハ何ノ故ナルカヲ明カニスルコトヲ要ス蓋シ論者此點ニ付キ其論旨ヲ異ニスルハ信用ノ出資ナルモノノ意義ヲ明カニセサリシニ因ルナラン
論者中信用ノ出資トハ氏名位置ノ顕著ニシテ名望高キ者ノ入社ヲ云フモノナリトナシ其人入社スルトキハ即チ他人ニ對シ其會社ノ着實ニシテ資力アルコトノ担保タルヲ得ルコトアリト云ヘリ然レトモ出資ハ之ヲ供スル者ノ出捐タラス之ヲシテ定マリタル義務ヲ負担セシムルコトアラサルトキハ亦其利益ノ配當ヲ受クルノ理由アラサルナリ實ニ名望ノ高キ者單ニ数多ノ會社ニ其氏名ヲ掲クルノミニ止マリ以テ無限ノ利益ヲ得ルノ権利ヲ得何等ノ損失ヲモ被ムルコトナキヲ得ルハ甚タ穏當ナリト謂フ可カラス然レトモ此結果タル單ニ名義ニ社員トナルヲ許ストスル以上ハ必然發生スルコトアルヘシ
是ヲ以テ論者ハ名義ノミ入社スルモ尚ホ其社員ハ第三者ニ對スル會社ノ義務ヲ負担シ其全部連蔕ノ責ニ任セサルモ自己出資ノ部分ニ應シ責ニ任スヘシト云ヘリ然レトモ猶ホ未タ以テ利益配當ヲ受クルノ権利ノ理由タルニ足ルヘキ出捐アリト云フ可カラス假リニ名義ノミノ社員會社ノ債務ニ付キ自己ノ部分ニ應シ訴追ヲ受ケタリト想像センニ其出資タル元来金銭ニ非ス唯僅カニ一種ノ擔保保証タルニ過キサルヲ以テ其辨済シタル所ノ物ヲ會社資本若クハ他ノ社員ノ財産ヲ以テ償還ヲ受ケサル可カラス然ラハ則チ結局其出資ハ有名無實ニ過キサルヘシ
加之名義信用ノミヲ出資ト為スニ止マリ社員連蔕担保人トシテ會社ノ総義務ヲ担保スルコトヲ諾約シタル時ト雖トモ尚ホ其辨済金額ノ全部償還ヲ受クルノ権ヲ有スル以上ハ其出資ハ僅カニ元本ノ立替ニ過キス加之直接ニ會社資本ヲ以テ其債務ヲ辨済スルトキハ元本ノ立替スラ尚ホ之ヲ為ササルコトアルヘシ然ラハ則チ亦其出資ハ名ノミニシテ其實アラサルナリ
是ニ由テ之ヲ観レハ社員ノ出資ハ其信用ノミヲ以テスルコト能ハス詳カニ之ヲ言ヘハ其入社ノ為メ第三者ヲシテ會社ヲ信用セシムルノミヲ以テ出資トナスコト能ハサルヤ當然ナリ実ニ信用ノ出資ナルモノハ一般ノ合意ノ目的ニ必要ナル性質ノ一ヲ缺クモノナリ即チ十分確定セサルモノナリ加之名義ノミヲ貸シ利益ヲ要約スルハ徳義ニ悖ルコトナシト云フヲ得ス抑モ一般ノ社會、政事社會又ハ宗教社會ニ於ケル名望ナルモノハ純然タル無形上ノ利得ニシテ金銭上ノ財産ト交換スヘキモノニ非ス即チ融通物ニ非ス即チ各人カ處分権ヲ有スル所ノモノニ非サルナリ(財産編第三百四條ヲ参観スヘシ)
第二如何ナル方法ヲ以テ出資ヲ供スヘキカノ方法ヲ考フルニ其方法タルモノ二アリ或ハ社員其會社ニ出資ト為スヘキ所ノ権利ヲ直接ニ之ヲ移轉シ或ハ後日之ヲ移轉スヘキコトヲ諾約スルコト是ナリ
社員動産タルト不動産タルトヲ問ハス特定法ノ所有権若クハ收益権ヲ以テ出資トスルコトヲ約シタル時ハ單ニ其合意ノミヲ以テ其権利ヲ移轉スルニ足レリトス又其金銭ノ如キ定量物ヲ約シタル時ハ引渡其他指定ノ方法ニ依ルニ非サレハ所有権會社ニ移轉セス(財産編第三百三十一條及ヒ第三百三十二條ヲ参観スヘシ)
又第三者ニ對スル債権ヲ會社ニ移轉セントスル時ハ合意ノミニ依リ社員ト會社トノ間ニ其権利移轉スヘシト雖トモ債務者其他ノ第三者ニ對シテハ之ニ告知ヲ為シタル後ニ非サレハ其移轉ノ効ヲ及ホスコト能ハス(財産編第三百四十七條)是レ恰モ不動産所有権ノ移轉登記ニ依ルニ非サレハ第三者ニ對抗スルコト能ハサルカ如シ(財産編第三百四十八條以下ヲ参観スヘシ)
技術及ヒ勞力ノ出資ニ至ツテハ實際之ヲ其実行アルニ非サレハ會社未タ其出資ヲ得タリトセス其實行アルニ至ルマテハ會社ハ社員ニ對シ債権ヲ有スルニ過キスシテ若シ其社員諾約ヲ履行セサル時ハ結局損害賠償ニ歸着スルニ他無カルヘク加之或ハ之ガ為メ會社ヲ解散シ其解除ノ効ヲ既徃ニ遡ラシムルニ至ルコトアルヘシ
尚ホ技術労力ノ出資ハ他ニ其特別ナル性質タルモノアリ即チ其出資ノ連續若クハ継續ニシテ従テ一時限リノモノトス故ニ會社ノ目的ヲ貫徹シ又ハ其期限ヲ満了シ其他ノ原因ニ依リ會社ノ觧散ニ至ルトキハ技術労力ノ出資ハ必ス倶ニ消滅シ配当スヘキ財産タルコト能ハス是ヲ以テ既ニ労力技術ヲ行ヒ其會社觧散後他ノ會社ノ為メニ勞力技術ヲ供スルヲ得ヘキ社員ハ尚ホ自餘ノ社員ノ供出シタル會社資本ノ配當ニ充ツルヲ得ヘキヤ否ヤノ問題アリ
此點タル會社解散後ニ於ケル配當ノ事ヲ説明スルニ當リ尚ホ詳細ニ辯明スヘシ
本條第二項ニ社員ノ出資ハ價格不均一ナルコトヲ旨ヲ示シタリ尚ホ其出資ハ性質ヲ異ニスルコトヲ得
其出資ノ價格均一ナラサル時ハ利益及ヒ會社資本ノ配當権ヲシテ亦不均一ナラシメサル可カラス
然レトモ出資ノ性質ノ相違ハ未タ必スシモ配當部分ヲ不均一ナラシムルノ理由ト為スニ足ラス加之其性質ノ相違ハ民事會社ニ於テ殊ニ甚タ多カルヘシ例ヘハ數人會社ヲ設立シ農業ヲ企テントスルニ當リテハ其一人耕作地ヲ出資トシ他ノ一人ハ開墾其他肥料疏水等ノ費用ヲ供シ他ノ一人ハ事務管理ヲ以テ自カラ任スルカ如キコト實際甚タ多カルヘシ
第百十八條
民事會社ノ法人タルヤ否ヤ詳カニ之ヲ言ヘハ社員ト別異ナル人体ヲ有スルヤ否ヤノ點タル數多ノ外國法典ニ於テ忽カセニシタリ
是ヲ以テ民事會社ハ社員ト別異ナル固有ノ法人タラストスルハ一般ノ學説ト為スニ至リタリ本法ニ於テハ此點ヲ明ラカニ断定スルヲ至當ト看做シ以テ本條ヲ設ケタリ
先ツ此點ニ就テハ會社ヲ法人トスルノ實益ヲ考ヘサル可カラス今之ヲ法人トスルト否トニ従ヒ生スル所ノ結果ノ異ナル點數多アリ
左ニ其主タルモノヲ指示セン
第一民事會社ハ社員ト別異タル法人ナラストスルトキハ社員ハ相互ニ出資トナシタル財産ノ共有者ニシテ其財産ハ社員間ニ未分共有物タリ之ニ反シ會社ヲシテ固有ノ法人体ヲ為サシムル時ハ其法人會社資本ノ所有者トナリ會社法人ハ共有物タラサルナリ
社員會社資本ノ共有者体トスルモ猶ホ未タ各社員濫リニ其分割ヲ請求スルヲ得ス必ス會社ニ附シタル期限又ハ其目的ノ貫徹スルヲ待タサル可カラス
第二會社ヲ法人トセサルトキハ各社員ノ権利ハ會社資本タル不分財産ノ目的物ノ動産タルト不動産タルトニ従ヒ或ハ動産タリ或ハ不動産タリ之ニ反シ會社ヲシテ法人タラシムルトキハ社員ノ権利ハ必ス動産ニシテ會社ナル法人ニ對スル債権ニシテ會社ノ得タル利益ノ配當ヲ受クルヲ目的トスルモノナリ然レトモ會社ノ一旦觧散スルトキハ亦其差異アルコトナシ何トナレハ會社解散スルトキハ社員ハ會社ノ権利ヲ承継スルモノニシテ其財産ヲ共有スルニ至ルモノナレハナリ
第三會社ヲ法人トセサルトキハ社員ト其會社事務ニ付キ合意ヲ為シタル債権者ハ各社員一箇ノ債権者ニ優先スルノ権利ヲ有セス決シテ之ヲ排斥シ以テ會社資本ニ付キ先ツ自己ノ辨済ヲ得ルコト能ハス何トナレハ會社資本ハ総社員ノ共通資本タルヘケレハナリ之ニ反シ會社ヲ法人トスル時ハ會社資本ハ會社ニ對スル債権者ノ固有ノ担保ニシテ社員一箇ノ債権者ハ會社ノ債権者皆済ヲ得タル後ニ非サレハ會社資本ニ付キ何等ノ請求ヲモ起スコト能ハス
第四會社ヲシテ法人タラシメストセハ社員會社ノ業務ニ関シ原告若ハ被告トナリ訴訟ヲ為サントスル塲合ニ當リ総員悉ク各自若クハ代理人ヲ以テ訴訟ニ参加セサル可カラス而シテ其判決ハ直接ニ訴訟ニ参加シタル者ニ非サレハ利害ヲ及ホスコト能ハス之ニ反シ會社ヲ法人トスル時ハ社員悉ク訴訟ニ参加スルモノニ非ス其監理人自己ノ資格ヲ以テ特別ノ代理権ヲ有セサルモ獨リ總社員ニ代ハリ原告若クハ被告トナルモノトス
以上述フル如ク會社ヲ法人トスル時ハ數多ノ利益アリ此他尚ホ學者ノ指示シタル所ノ利益アルカ故ニ立法上會社ヲ法人トナスヲ至當ト認メタリ蓋シ其法人タルニ因リ生スル所ノ結果ハ公益ニ理アリ條理ニ恊ヒ且ツ民事會社ノ發達ヲ奨励スルニ至ルヘケレハナリ加之商事會社ヲ法人トスルハ學者ノ普ネク至當ト認メタルモノナルニ由リ其民事會社ニ不適當ナリトスルハ毫モ理由アラサル所ナリ唯之ヲ法人トスルニハ法律ノ明文アルヲ要ス是レ本條ヲ設ケタル所以ナリ
然レトモ本條ハ社員ノ意ニ反シ其會社ヲ法人トスルモノニ非ス會社ヲ法人トスルト否トハ一ニ社員ノ意思如何ニアルモノニシテ偏ヘニ其権能ニ属ス蓋シ或ル民事會社ニシテ其目的小ナルニ由リ又ハ其継續期ノ短キニ由リ之ヲシテ法人タラシムルノ實益無キコトアルヘク加之社員會社ヲ法人トスルトハ如何ナル義ナルカヲ詳知セサルコトアルヘキカ故ニ當然會社ヲ以テ法人ト為スハ實際弊害アルヘシ
會社ヲ法人ト為サントスルトキハ之ヲ明示スルコトヲ得ヘキモ亦之ヲ黙示スルコトヲ得末項ハ即チ其黙示ノ二箇ノ適例ヲ示スモノニシテ尚ホ此塲合ニ就テハ後ニ至リ規定スル所アリ
民事會社ニシテ法人タルヲ得ヘキ以上ハ其法人タル塲合ニ於テ其旨ヲ第三者ニ公示スルヲ必要トス而シテ之ヲ公示スルニ付テハ商事會社ノ公示ノ為メ法律ニ規定シタル方式ニ従ハシムルヲ至當トス又法人タル會社ニハ社名ヲ附セシムルヲ適當ト認メタリ
第二項ノ末文ノ理由ハ至テ睹易キモノナリ蓋シ社員ニシテ其會社ニ社名ヲ附スルトキハ其意思之ヲシテ占有ノ法人体ヲ為サシムルニアリト推定スヘキヲ當然トス又其社名ヲ公示シタルトキハ其公示タル元ト第三者ノ利益ヲ計リ設ケタルモノナルカ故ニ社員其會社資本ノ債権者ノ担保タルニ足ルヘキコトヲ公衆ニ示スノ意アルニ非サレハ之ヲ行フヘキノ理アラサルカ故ニ公示ヲ為シタルノ一時ハ社員ノ意思其會社ヲシテ法人タラシムルニアリト推定スルノ証憑ト為スニ足レリ或ハ一私人ノ漫リニ法人ヲ發生セシムルハ不當ナリト云フ者アラン然レトモ會社ヲ法人トスルトキハ其業務ヲ公示スヘキカ故ニ之ヲ法人トスルモ何等ノ害ヲモ生セサルノミナラス左スレハ商事會社ノ設立ニ因リ實際生シタル所ノ結果ナルカ故ニ毫モ之ニ付キ憂フル所アル可カラス
第百十九條
會社契約ハ既ニ觧説 タル其公有ノ性質ヲ有スルニ拘ハラス他ノ契約ト普通ナル点尚ホ多シトス
本條ハ其主タル点即チ承諾目的原因能力及ヒ証據ノ点ニ關シ合意一般ノ規則亦契約ノ普通ナルコトヲ示スモノナリ以下之ヲ説明セン
第一承諾ハ総テノ契約ニ於テ必要ナルモノナルカ故ニ會社契約ニモ亦之ヲ要ス而シテ會社契約ハ要物合意ニ非ス(財産編第三百二十九條ヲ参觀スヘシ)
又有式ノ合意ニ非サルカ故ニ(同編第三百三十條ヲ参觀スヘシ)唯承諾アルノミヲ以テ必要トス
承諾ハ會社契約ノ申込ヲ受ケタル総社員ノ之ヲ為スコトヲ要ス故ニ會社契約ニシテ三人間ニ成立スルモ確定受諾ノトキニ在ル其一人死去スルトキハ唯タ其一人ノミ社員タラサルノミナラス自餘ノ二人亦社員タラサルナリ何トナレハ自餘ノ二人ハ他一人ノ等シク承諾スヘキコトヲ條件トシ以テ推定セラルヘケレハナリ(財産編第二百六十條ヲ参觀スヘシ)固ヨリ其承諾ハ代理人ヲシテ之ヲ為サシムルコトヲ要スト雖モ其代理明示ニシテ部理ナルコトヲ要ス総理代理ハ會社契約ノ承諾ヲ為サシムルニ足ラサルモノナリ蓋シ代理人委任者ノ財産ヲ管理シ之ヲ組織スルノ任ヲ受クルト称シ會社契約ヨリ生スル義務ノ如キ區域ノ不確定ナル義務ヲ以テ委任者ノ負擔ト為スヲ得ルハ甚タ危険多ケレハナリ
共謀シテ錯誤ノ普通法ニ従ヒ會社契約ノ承諾ニ瑕疵ヲ附スルコトハ敢テ言ヲ竢タサル所ニシテ特ニ會社契約ハ人ノ身上ニ着眼シ結約者其人如何ヲ以テ結約ノ原因ト為スモノナルカ故ニ社員ノ一人若クハ数人他ノ一人若クハ數人錯誤シタルトキハ之カ為メ其契約ヲ無效トスルヲ得ヘシ(財産編第三百九條第四項ヲ参觀スヘシ)
契約ノ性質ニ關スル錯誤ハ啻タニ承諾ニ瑕疵ヲ附スルニ止マラスシテ全ク之ヲ阻却スルモノナルカ故ニ社員ノ一人會社契約ヲ締結スルモノナリト信シタルニ他ノ一人ハ單ニ不文契約ヲ設定セント欲シタリシトキハ何等ノ契約ヲモ成立スルコトナシ
又茲ニ成立セントスル會社ノ性質ニ就キ錯誤アルコトアルヘシ例ヘハ社員ノ一人ハ民事會社ヲ設立スルモノナリト信シタルニ他ノ一人ハ商事會社ヲ設立セント欲シタルトキノ如キ即チ是ナリ此錯誤タル事實ノ錯誤タルコトアリ又法律ノ錯誤タルコトアリ
凡ソ其錯誤ニシテ會社ノ行ハントスル事業ノ種類ニ關スルトキハ則チ事實上ノ錯誤ナリトス例ヘハ一人ハ商業ヲセンカ為ニ家屋ヲ買取ルヘキモノト信シタルニ自餘ノ者ハ之ヲ賃貸セン又ハ之ヲ専賣セント欲シタリシトキノ如シ即チ其家屋ニ商業セン為ニ之ヲ買取リタルトキハ民事會社アルモ之ヲ専賣シ賃貸セン為ニ買取ルモノトセハ商事會社タリシ故ニ此点ニ關スル錯誤ハ事實ノ錯誤ナリ
又社員ノ一人其會社ニテ行フヘキ事業元来民事行為ナリト信シタルニ其實商事行為タルトキハ例ヘハ社員ノ一人家屋ヲ崩壊シ其材料ヲ得ルカ為メ之ヲ買ヒタルハ民事行為ト信シタルニ其實其行為タル商取引タルトキハ則チ其錯誤ハ法律上ノ錯誤ナリ事實上ノ錯誤アル場合ニ於テハ承諾完結シタリト雖モ全ク無效ナリト云フヘシ何トナレハ契約ノ性質即チ行為ノ性質ニ瑕疵錯誤アルノミナラス當事者各其観察スル所ノ目的ヲ異ニスルカ故ニ合意ノ目的ニ就テモ亦錯誤アルモノナリ
(財産編第三百一條第一項ヲ参観スヘシ)
然レトモ法律上ノ錯誤アル場合ニ於テハ財産編第三百一條ヲ適用スヘシ蓋シ同條ニ依ルニ法律上ノ錯誤アルトキハ合意ヲ無効トスルヲ原則トスルモ亦裁判所ハ錯誤ニ陥リタル當事者容易ニ之ヲ避クルトキニ非サレハ其錯誤ヲ以テ合意無效ノ原因ト看做スコトヲ許サス
第二會社契約モ亦契約ノ目的ニ關シテハ普通法ニ依遵スヘキモノナリ
是ヲ以テ其他ハ其目的ヲ充分確定セルコトヲ要ス(財産編第三百四條第二項ヲ参観スベシ)是ヲ以テ會社ノ目的総テ不動産ニ就キ利益ヲ得ルニ在リテ其事業ノ如何ナルモノヲ指定セス又ハ商事會社ニ關スルトキ諸般ノ商取引ヲ為スヲ以テ目的トスルトキハ其會社ハ有效ニ成立スル能ハサルモノナリ第二會社ノ目的ハ合本ナルコトヲ要ス故ニ貨幣ヲ欺造シ又ハ金銭ノ現金ヲ製造スルカ為メ會社ヲ設立スルコト能ハス是等ノモノハ顕然不法ナルモノタルヲ以テ會社ノ目的タル能ハサルモノナリ第三當事者ハ目的物ノ處分権ヲ有スルコトヲ要ス是ヲ以テ當事者ノ任意ニ出ツルモ會社ノ目的所有者ノ委任ナク他人ニ属スル土地ノ開墾ヲ為スニ在ルトキハ其目的物ハ當事者處分ヲ為スコト能ハサルモノナルトキハ會社契約無效タルヘシ例ヘハ官有地若クハ所有者不明ナル空漠タル土地ヲ開墾スルヲ目的トスルカ如キ即チ是ナリ
第三契約ノ原因不法ナルトキハ復タ無效ナリ是ヲ以テ第一其目的自体ノ不法ナルトキハ其原因モ亦不法ニシテ會社成立スルコト能ハス蓋シ會社ノ目的ハ利益ノ原因ニシテ而シテ之ヲ配當スル権利ノ原因タルモノナレハナリ
又會社ノ設立若クハ其效力ノ二三ニ付キ不法ノ條件ニ係ルトキハ其原因不法ナリトス蓋シ停止條件之ニ關スル所ノ合意ノ原因ノ性質ヲ有スルトキハ財産編ニ於テ説明シタル所ナリ
承諾ノ欠缺若クハ其瑕疵又ハ目的或ハ原因ノ欠缺ニ依リ會社ノ無效ナルモ既ニ其無效ナルニ拘ハラス事業上ノ運轉ヲ為シタルトキハ其無效ノ結果及ヒ欠缺ヲ生シタル利害ノ規定ニ付キ多少紛擾ヲ来スコトアルヘシ蓋シ此場合ニ於テハ未タ供與セサル所ニ出資スルニ及ハスト雖モ既ニ出資シタルトキハ之ヲ返還シ又ハ既ニ損益ノ生シタルトキハ其損益ハ何人ノ間ニ之ヲ分ツヘキカ是實際紛議ヲ生スヘキ所ナリ目的若クハ原因ノ不法ナル場合ニ就テハ特ニ結果ヲ異ニスルヘキカ故ニ今暫ク之ヲ措ク
當事者ノ一方原告若クハ被告トナリ會社契約ノ不成立ヲ申立テタルトキハ凡テ其訴権若クハ抗辯ヲ受理スヘキモ之ニ反シ會社契約ノ成立ヲ主張スルトキハ決シテ之ヲ受理ス可カラス是ヲ以テ社員ノ未タ出資ヲ為ササル者ハ之ヲ供與スルコトヲ拒絶スルコトヲ得ヘク又既ニ一旦之ヲ供與シタルトキハ原因ナクシテ供與シタルカ故ニ之ヲ取戻スコトヲ得ヘシ既ニ此場合ニ於テハ會社ノ無效ヲ申立ツルモノナリ
然ルニ會社ノ成立ヨリ其無效ヲ発見スルマデ多少時間財産ヲ共通シ劇度ノ運動ヲ為シタルトキハ即チ所謂事實上ノ契約ナルモノアリテ必ス其損益ノ計算ヲ為シ積算ヲ為ササル可カラス而シテ其會社ニ損益アリタルトキハ総社員間ニ各自ノ出資ノ高ニ應シ損益ヲ分配スヘシ然レトモ是有效ナル會社ノ規定ニ準スルノミニ非ス(財産編第百四十一條ヲ参観スヘシ)
他人ノ損害ヲ以テ原因ナキ自己ノ利得ト為ス可カラストノ原則ニ基ツクモノナリ
會社ノ目的若クハ原因不法ナルニ依リ其無效タルヘキ場合ニ於テハ双方ニ不法ノ原因アルカ故ニ其結果トシテ不當ニ供與シタル出資ノ取戻シ訴権ヲ許サス又利益ヲ分配シ損失ヲ分擔スルニ及ハス即チ総テ實際ノ情態ヲシテ依然タラシメ裁判所ハ不法ノ所為ヲ行ヒタルモノニ利益ヲ得セシメ又ハ其込入リタル損害ノ賠償ヲ得セシムルカ為メ勘定ヲ為スニ及ハス(財産編第三百六十七條ヲ参観スヘシ)
第四會社ニ入ルカ為メ必要ナル能力モ亦普通法ニ定ムル所ト毫モ異ナル所ナシ故ニ未成年者ノ如キハ其財産ヲ譲渡スコトヲ得ス此義務ヲ負擔スルコトヲ得サルカ故ニ民事會社ヲ設立スルコトヲ得サルモノナリ
第五証據ニ關シテモ亦會社契約ニシテ普通法ノ範囲外ニ在ラシメス唯一般ノ會社契約ニ就キ如何ナル範囲内ニ於テ証據ヲ許スノ問題アリト雖モ是証據編ニ規定スル所ニシテ又其規定スル所ハ他ノ契約ニ置ケルト毫モ異ナル所ナシ
第百二十條
凡ソ民事會社ハ社員其人ヲ観察シ其機關トシテ成立スルモノナルカ故ニ其社員ノ特質智能并ニ智力ニ就キ充分ノ信用アリテ之ト共ニ多少ノ時間ヲ要シ且困難ナル事業ヲ企圖シ依テ以テ金銭上ノ利益ヲ企圖スルニ足ルコトヲ要ス
夫レ然リ民事會社ノ社員ヲ以テ結約ノ原因ト為スカ故ニ其結果ノ一トシテ當事者ハ第三者ヲシテ自己ニ代リ入社セシムルコト能ハス復タ社員ノ一人死亡スルトキ其會社ノ解散スルモ亦民事會社ノ特性ノ結果ノ一ナリ蓋シ社員ノ生存スルモノハ生存者ノミ依然社員タルヘキコトヲ承諾シタルモノニ非ス又死者ノ相續人ヲ以テ社員トスルコトヲ承諾シタルモノニモ非サレハナリ然レトモ之ニ反スル合意アリタルトキハ(本編第百四十七條ヲ参観スヘシ)
然レトモ社員ヲ主眼トシテ結社スルハ會社ノ発達ニ妨害アル社員ヲシテ其法政事業上ノ結果ヲ要シ或ハ公債スル者ノミノ間ニ支辨ヲ募ルヲ得セシムルニ止マルカ故ニ充分ニ支辨ヲ得ル能ハサラシメ復タ會社ノ解散ニ最モ不利ナルトキニ在リテ偶々支辨者アルニ依リ其解散ヲ招クコトアリ實際ニ於テ不便少シトセス
是ヲ以テ此不法ヲ掲載スル為メ各社員ノ権利持分ヲ以テ株主ト為シ容易ニ流通移轉スルヲ得ルノ方法ヲ案出シタルトキハ則チ會社ヲ成立スルノ人ヲ主眼トセスシテ資本ヲ主眼トスルコト是ナリ然レトモ商法ハ會社支辨ヲ株主ニ分割スルノ一事ニ依リ其會社商事タルヘシト定メタルカ故ニ(財産編第五百五十條ヲ参観スヘシ)敢テ民法ニ此点ヲ規定スルノ必要ナキニ至リタリ
第二節 社員ノ権利及ヒ義務
第百二十一條
凡ソ権利ニ期限ヲ附セス又條件ヲ附セサルトキハ之ヲ稱シテ單純ノ権利ト云ヒ之ヲシテ発生セシムル所ノ行為完全ナルトキハ其権利直チニ要求スルヲ得ヘキモノタルヲ以テ普通法ノ規則ト為ス(財産編第四百二條ヲ参観スヘシ)
本條ハ會社ニ右ノ規則ヲ適用スルモノニシテ其第一項ハ會社ノ成立ニ関シ第二項ハ出資ノ差入ニ関シ其適用ヲ示スモノナリ
然レトモ亦期限ヲ定メ若クハ條件ヲ附シ以テ會社ノ開始又ハ一箇若クハ數箇ノ出資差入ヲ延期シ又ハ之ヲ停止スヘキコトヲ約シタルトキハ其合意ノ明示タルト黙示タルトヲ問ハス斉シク之ヲ認許スルモノナリ
蓋シ會社ノ目的ニ付テ観察スルトキハ其會社タル多少ノ時期経過シタル後又ハ或ル事件ノ到来シタル後ニ非サレハ有益ニ運轉シ事業ニ着手スルコト能ハサルノ明確ナル証據存スルコトアリ
例ヘハ北海道若クハ千島群島ニ於テ漁業ヲ営マンカ為メ一月ノ頃會社ヲ設立シタルトキハ其漁業タル固ヨリ四五月前ニ着手スル能ハサルコトアルヘキヲ以テ會社ノ目的ヲ達センカ為メ社員ノ一人ハ舩舶ヲ供シ他ノ一人ハ糧食器具ヲ供シ自餘ノ者ハ勞力ヲ供スル約ヲ為スモ其會社ハ事業着手前成立スト云フヲ得ヘキモ実際之ヲ以テ當事者ノ意ト為ス可カラス當事者ノ意思ハ啻ニ法律上ノ関係ノミニ付キ自己ノ意思ヲ観察シタルニ非ス実業家トシテ実際ノ情況ヲ観察シタルモノナルカ故ニ會社ノ開示ニ期限ヲ附シタルモノト謂ハサル可カラス
又政府ノ特許ヲ要スル鑛山開掘ヲ目的トシテ會社ヲ設立シタルトキニ當テハ其特許ヲ得ルニ至ルマテ黙示ニテ會社ノ成立ヲ遲延シタルモノト云フヘク加之其會社ノ成立ハ政府ノ特許ヲ以テ條件ト為スモノト云フヘシ
第二項ハ社員其出資ヲ差入ルヘキ時ニ至ルモ尚ホ之ヲ差入レサルトキハ當然遲延ニ附セラルヘキ旨ヲ間接ニ示スヲ以テ主旨ハ為スモノナリ蓋シ法文ニハ廣ク此義ヲ明記セスト雖トモ其精神茲ニ在リテ本條ニ明記スル所ノ外総テ付遲滞ノ結果生スヘキコトヲ疑フ可カラス就中出資トシテ差入ルヘキ物件特定物ナルトキハ之ヲ負擔スル社員爾後其危険ヲ擔當シ其物意外ノ事ニ因リ滅失スルモ之ヲ會社ニ引渡シタリシナラハ滅失セサル可カリシ場合ニ於テハ社員其滅失ヲ負擔スヘシ(財産編第三百三十三條ヲ参観スヘシ)
又本條ノ規定ニ付キ注意スヘキハ社員金銭ヲ出資トスル場合ニ於テ約束ノ時ニ至リ之ヲ拂込マサルトキハ啻ニ普通法ニ従ヒ法律上ノ利息ヲ負擔スヘキノミナラス尚ホ補足ノ損害賠償ヲ負擔スヘキニ在リ財産編第三百九十一條第一項ニ於テ既ニ法律上ノ利息ノ外損害賠償ノ義務ヲ生スヘキ場合アルコトヲ示シタリ然レトモ亦法律上ノ利息ト損害賠償トノ間ニハ一ノ差異アリテ法律上ノ利息ハ自餘ノ社員何等ノ損失ヲ受ケタルコトヲ証明スルニ及ハス當然之ヲ生シ會社ノ損失アリタルモノトノ推定アリト雖トモ(財産編第三百九十二條ヲ参観スヘシ)損害賠償ニ至テハ會社ノ損失法律上ノ利息ニ超過スルコトヲ特別ニ証明スルニ非サレハ會社ハ之ヲ請求スルコトヲ得ス
第百二十二條
技術又ハ勞力ヲ以テ出資ト為ストキハ其結果自餘ノ物ヲ以テ出資ト為シタルトキト異ナルコト多ク其一ハ既ニ之ヲ指示シタリ即チ技術若クハ勞力ノ出資ハ継續スルヲ要スルモノナルカ故ニ會社觧散ノ時ニ至ルニ非サレハ全ク其出資ノ差入ヲ結了シタリト云フコト能ハス又技術若クハ勞力ノ出資ハ一時限リノモノニシテ會社資本ノ一分ヲ為シ會社觧散ノ時ニ當リ配當スヘキ元本ト為リテ會社ニ存スルモノニ非ス故ニ其社員ハ會社觧散スルニ至ルヤ直チニ其勞力ヲ用ヰ又ハ技術ヲ行フノ権利ヲ回復スルモノナリ又技術若クハ勞力ノ出資ハ前記二様ノ性質ヲ有スルニ因リ他ノ出資ノ如ク正確詳密ナル査定ヲ受クル能ハサルモノナリ是其出資ヲ為シタル者ノ會社ノ損益ヲ受クルノ高ニ差異ヲ生スル所以ナリ(下第百四十一條ヲ参観スヘシ)
本條ハ只技術又ハ勞力ノ出資ヲ諾約シタル社員其諾約ヲ履行セサル場合ニ於テ其負擔スヘキ損害賠償ノ事ヲ規定スルニ過キス
會社員其諾約ヲ缺ク所ノ場合二様ヲ仮定シタリ第一會社員其諾約ノ範圍内ニ於テ會社ノ為メニ勞働シ又ハ其技藝ヲ実行スルコトヲ單ニ怠リタル場合第二會社員其諾約ヲ缺キタル當時會社外ニ於テ勞力ヲ為シ又ハ技術ヲ行フタル場合即チ之ナリ
右ノ場合如何ニ従ヒ違約シタル社員ノ負擔スヘキ損害賠償ノ高ヲ異ニスヘシ
社員單ニ其諾約シタル技術又ハ勞力ノ出資ヲ差入レサル場合ニ於テハ其諾約シタル所ノ事ヲ會社ノ為メニ為ササルニ因リ之ヲシテ被ラシメタル損害ヲ賠償スヘキヤ當然ニシテ其賠償額ハ會社ノ被リタル損失ト其失フタル利得トヲ包含スヘシ
又單ニ技術又ハ勞力ヲ実行セサルニ止マラス會社外ニ於テ之ヲ実行シタル場合ニ於テハ之カ為メ得タル所ノ利益ヲ會社ニ附與セシムルヲ以テ至當ト為ス
然レトモ會社員ヲシテ右二様ノ損害賠償ヲ併セテ負擔セシムルハ其當ヲ得サルカ故ニ其負擔スル所ノ物ハ何レカ一ニ止マルモノトス
本條ニ右二様ノ賠償中最モ數額多キモノヲ以テ違約シタル社員ノ負擔ト為スト定ムルモ未タ必スシモ不當ノ規定ニ非サルヘシ何トナレハ右ノ賠償タル之ヲ合併セサル以上ハ何レヲ求ムルモ其理由ナキニ非サレハナリ
然レトモ本條ニ此規定ヲ為ササリシハ之カ為メ二様ノ損害賠償額ヲ充分精密ニ計算シ正確ニ其多少ヲ比較スルヲ要シ却テ時日ノ遷延ト費用ノ増加トヲ致スヘキカ故ナリ是ヲ以テ本條ハ損害ヲ受ケタル社員ヲシテ二様ノ賠償中其一ヲ撰ミ之ヲ要求スルヲ得セシメタリ
是ヲ以テ被害者タル社員ハ先ツ二様ノ損害賠償中何レヲ請求スヘキカニ付キ其概算ヲ為シ以テ其何レカ一ヲ請求スヘシ而シテ更ラニ其過失アル社員ト立會ノ上其會社ニ及ホシタル損害ト其會社以外ニ在テ收得シタル利益トヲ計算スヘシ
第百二十三條
會社契約ハ元ト有償契約ナルカ故ニ社員ヲシテ出資ノ擔保義務ヲ負擔セシムルヲ當然ナリトス其擔保タル二箇ノ適用アリ第一追奪ノ場合第二出資トシテ差入レタル物諾約シタル分量ニ達セサル場合第三出資トシテ差入レタル物隠レタル瑕疵アル場合即チ是ナリ而シテ此場合ニ於テハ賣買ニ付キ此事ニ関シ定メタル規則ヲ適用スル亦至當ノ規定ト云フヘシ然リ而シテ擔保義務ノ原則タル既ニ諸般ノ有償行為ニ関シ一般ニ之ヲ定メタル所アリタルニ拘ハラス爰ニ賣買ト會社ト此点ニ付キ規定ヲ同シフスル旨ヲ記載スルハ敢テ無用ニ非サルヘシ(財産編第三百九十五條及ヒ第三百九十六條ヲ参観スヘシ)加之此点ニ付テハ社員ト賣主トヲシテ同一ノ位置ニアラシムルモ亦少シク其趣ヲ異ニスル所アリ蓋シ賣主ノ負擔スル所ノ擔保義務ハ數箇ノ目的アリテ就中賣主ハ其受取リタル所ノ代價ヲ返還スルノ外物ノ價格ヲ増加シタルトキハ損害賠償ヲ負擔セサル可カラス(上第五十七條以下ヲ参観スヘシ)然ルニ社員ハ追奪ノアリタル日ニ於テ評價シタル出資ノ價格ニ付キ損害賠償ヲ負擔スルニ過キス
又本條ハ面積數量ノ擔保義務ニ付キ社員ト賣主トヲシテ同一ノ負擔ニ任セシメタリ(上第四十八條以下ヲ参観スヘシ)此点タル法律ノ明文ヲ必要トス何トナレハ面積數量ノ擔保ニ関スル原則ハ追奪ノ擔保ノ原則ノ如ク廣範ナルモノニ非サレハナリ
本條ハ面積數量ノ不足ノ擔保義務ヲ規定スルモ之ニ反シ出資トシテ差入レタル物ノ分量諾約シタル分量ニ超過スル場合ヲ規定セス然レトモ亦此点ニ付テハ賣買ノ規則ヲ適用シ其社員ヲシテ出資可分ノ賠償ヲ得セシムヘキコトヲ疑フ可カラス(上第四十九條以下ヲ参観スヘシ)
隠レタル瑕疵ニ関スル擔保ニ付テモ亦上第九十四條以下ヲ以テ社員間ニ適用スヘシ
以下陳フル所ハ完全所有権ヲ以テ出資ト為シタル場合ニ適用スルモノナリ
然レトモ社員物ノ收益ノミヲ出資トスルヲ約シタル過キサルトキハ之ヲシテ賃貸人ノ負擔スル所ノ收益擔保ノ義務ヲ負擔セシム故ニ其擔保ハ賣主ノ負擔スル擔保ニ比シ區域一層大ナリトス何トナレハ意外ノ事若クハ不可抗力ニ因リ會社ノ收益ニ妨害アリアルトキモ亦之ヲ出資トシタル社員擔保ノ責ニ任セサル可カラサレハナリ(下第百三十一條ヲ参観スヘシ)
但シ社員其所有物ノ用益権ヲ會社ニ出資トシ又ハ其他人ノ物上ノ用益権ヲ出資トスルコトヲ明示シタルトキハ賃貸人ト同一視セラレス用益権ノ賣主ト同一視セラルヘシト雖トモ是レ特ニ要約スルヲ要スル所ナリ
第百二十四條
凡ソ會社事業ノ成功ハ多クハ其管理ノ方法ニ関スルモノニシテ其冝シキヲ得ルト否トニ従ヒ社運ノ盛衰ヲ来スモノナリ是ヲ以テ社員ハ冝シク綿密ニ注意シ以テ業務擔當人ヲ撰任シ又之ヲ撰任スルニ當テハ成ルヘク明細ニ其権限ヲ定ムヘシ
「業務擔當人ハ各其受任ノ権限ヲ超ユルコトヲ得サルヤ」敢テ明文ヲ要セスシテ明カナル所ナリト雖トモ本條特ニ此事ヲ記載シタルハ其権限ノ定マラサル場合ヲ規定スルノ必要アルカ故ニ二箇ノ場合ヲ並ヒ掲ケ以テ事理ヲシテ明瞭ナラシメンカ為メナリ
夫レ會社契約ニ関シテハ純然合意ノ自由ヲ認メサル可カラサルカ故ニ法律ハ只當事者其関係ヲ明示セサル場合ニ於テ其意思ヲ推尋觧釋シ以テ明約アラサル諸点ヲ規定スルニ止マルコトヲ要ス
第一業務擔當人ハ大小修繕ノ如キ財産ヲ保存スルヲ以テ目的トスル所ノ行為ヲ為シ又租税ノ如キ公ケノ負擔並ニ會社ノ為メニ有効ニ約束シ而シテ要求期ニ至リタル債務ノ如キ私ノ負擔ヲ辨済スヘシ又業務擔當人ハ疏水灌漑ノ工事圍障築堤工事ノ如キ會社資本ヲ改良スルヲ目的トスル行為ヲ為スヲ得ヘシ然レトモ其行為會社ノ為メ非常ノ危険ヲ惹起ス可カラス會社ノ通常業務ニ必要ナル資本ヲ之カ為メニ使用ス可カラス
然レトモ業務擔當人ハ下ニ示ス所ノ特別ノ場合ノ外不動産ヲ賣買スルコト能ハサルヘシ何トナレハ不動産賣買ノ如キハ會社資本ヲ改良セスシテ却テ之ヲ減少スルコトアルヘキ行為ナレハナリ
然ラハ即チ會社ノ業務擔當人ノ為スヲ得ヘキ行為ト然ラサル行為トノ性質如何ハ如何ニ之ヲ識別スヘキヤト言ハハ冝シク其行為他人ノ物ノ管理行為タルヤ否ヤヲ區別シ其管理行為タルコト恰モ後見人カ未成年者ノ財産ニ関シ又ハ共有者カ共有物ニ関シ為スコトヲ得ル所ノモノト同様ナルトキハ即チ會社ノ業務擔當人亦之ヲ為スヲ得ヘキモノトス
然レトモ亦本條ハ會社ノ業務擔當人ヲシテ後見人若クハ共有者ニ禁止シタル行為即チ會社資本ノ處分行為ニ属スルモノヲ為スコトヲ得セシメタリ即チ元来會社ノ目的ニ関スル行為ハ處分行為ニ属スルモ尚ホ業務擔當人之ヲ為スコトヲ得例ヘハ會社ノ目的土地ノ賣買ヲ為シ以テ利益ヲ得ルニ在ルトキハ不動産ヲ賣買スルコトヲ得蓋シ業務擔當人ノ主タル任務ハ會社ヲ設立シ以テ其營業ト為サントシタル行為ノ性質如何ニ拘ハラス其目的ヲ達スルニ在リ
又會社ノ目的家屋ヲ建築シ之ヲ賃貸スルニアルトキハ其業務擔當人ハ啻ニ家屋ヲ建築シ通常ノ管理行為タラサルコトヲ為スヲ得ルノミナラス又他人ノ物ノ管理人ノ承諾スルコト能ハサル長期間ノ賃貸ヲ為スコトヲ得ヘシ(財産編第百十九條及ヒ第百二十條ヲ参観スヘシ)
之ニ反シ業務擔當人ハ利息ヲ拂ハサルモ尚ホ金銭ヲ約スルコトヲ得ス蓋シ金銭ノ借用ハ概ネ單純ノ管理人ニ許ササル所ナリ是レ借用シタル金銭ハ軽率ニ之ヲ浪費スルコトナシトセサルカ故ニシテ且約束ノ時期ニ之ヲ変還スルコト能ハサルトキハ遂ニ債権者嚴重ナル督促ヲ為シ差押ヲ行ヒ以テ社員カ嘗テ業務擔當人ヲ撰任スルニ當リ豫見セサリシ結果ヲ生スルニ至ルヘケレハナリ
業務擔當人ハ占有ノ事ニ関スル時ノ外原告若クハ被告ト為ツテ訴訟ヲ為スコト能ハス蓋シ不當ノ訴訟ヲ起シ又ハ防禦ノ冝シキヲ得サルトキハ為メニ會社ヲシテ巨大ノ損失ヲ被ラシムルニ至ルコトアリ故ニ訴訟ノ許可ヲ得スシテ之ヲ起スヲ得ルハ其訴訟ニ関係スル財産ヲ隨意處分スルノ権利ヲ有セサル可カラス然レトモ占有訴権ニ至テハ権利ノ実体ヲ毀損セス甞ロ保存處分ト云フヘキモノニシテ殊ニ其性質常ニ急速ヲ要シ即時業務擔當人ノ干渉ヲ要スルモノナリ故ニ業務擔當人ハ之ヲ行フコトヲ得
業務擔保人會社ノ事業ニ関シ其責任ノ下ニ在テ事務ニ従フ雇人及ヒ使用人ヲ雇入レ又之ヲ罷免觧傭スルコトヲ得ルヤ敢テ辨明ヲ要セサルナリ
本條ハ亦業務擔當人ノ間ニ於テ或ル行為ノ利益ノ有無及ヒ機冝ニ應スルヤ否ヤニ付キ意見ノ合ハサル場合ヲ想像シ一般ニ學者ノ認メタル原則即チ疑アレハ冝シク無為ニ止マルヘキノ原則ヲ適用シタリ羅馬法ノ確言ニ曰ハク「同等ノ位置若クハ同等ノ権利アルトキハ拒絶スル者ノ意思ヲ以テ優レリト為ス」ト是レ本條ノ場合其他廣ク利害ヲ共ニスル者ノ間ニ意見ノ合ハサル場合ニ適用スヘキモノナリ
然リト雖トモ行為ノ中止ハ一時ニ限ラサル可カラス
故ニ此件ニ関シテハ社員總會ヲ開キ業務擔當人間ニ意義アル行為ヲ実行スヘキヤ否ヤノ点ヲ決議セサル可カラス
本條ハ右ノ決議ニ付キ全會ノ一致ヲ必要トセス只總社員ノ過半數之ニ同意スルヲ以テ足レリトセリ是レ其行為ハ會社契約ヲ変更スルモノニ非ス只之ヲ履行スルニ過キサルモノナルニ因リ蓋シ會社契約ヲ変更スルニ非スシテ之ヲ履行スル場合ニ於テハ社員中意義ヲ唱フル者アルモ過半數以上ノ同意アルトキハ之ヲ以テ足レリトス是レ會社契約ノ普通原則ニシテ後ニ至リ之ヲ掲クル所ノ明文アリ
第百二十五條
會社モ亦其他諸般ノ事業ト同シク其他ノ資産ト同シク之ヲ管理スルヲ要スルヤ明カナリ而シテ其管理ヲ為スヘキ業務擔當人ヲ指定スルニ契約ヲ以テセサルトキハ法律ヲ以テ之ヲ指定ス是レ立法者ハ當事者ノ意思ヲ推尋觧釋シタルモノナリ然レトモ法律上指定スル所ノモノハ社員中誰彼ヲ撰ムヘキニ非サルカ故ニ社員盡ク業務擔當人ニシテ其権限ハ契約ヲ以テ業務擔當人ヲ指定スルモ其権限ヲ特定セサルトキニ於ケルト同一ナルモノトス
然レトモ以後社員特ニ業務擔當人ヲ撰任スルニ至ルトキハ總社員業務擔當人タルノ位置ヲ去ルモノトス然レトモ此場合タル前條ニ規定シタル管理行為ニ関シ單ニ意義アル場合ト異ナリ契約ヲ履行スルニ止マラス之ヲ変更シ詳カニ之ヲ言ヘハ管理ノ方法ヲ変換スルモノナルヲ以テ總社員ノ一致ニテ撰任ヲ為スコトヲ要ス
第百二十六條
會社契約ヲ以テ業務擔當人ヲ撰任シタルトキハ其擔當人ハ定款ヲ以テ定メタルモノナルカ故ニ又會社ノ定款ヲ変更スルノ方法ニ因リ詳カニ之ヲ言ヘハ總社員ノ一致シ加之法律ニ明文ヲ以テ示シタル如ク其擔保人ノ承諾ニ依ルニ非サレハ之ヲ觧任スルコトヲ得サルヤ當然ナリ蓋シ擔當人ノ自ラ觧任ヲ承諾シタルトキハ即チ恰モ辞職ヲ為シタルカ如シ故ニ業務擔當人自ラ其觧任ヲ承諾セントスルトキハ必ス投票ノ以前ニ於テ其承諾ヲ発表スヘシ
然レトモ業務擔當人ニ對シ背徳非義ノ所為ヲ責ムヘキトキハ其承諾ヲ俟タスシテ之ヲ觧任スルコトヲ得法文ニ所謂「正當ノ原因」トハ即チ是ノ故ナリ若シ此場合ニ於テ觧任ノ原因ノ成否ニ付キ爭アルトキハ其觧任ノ當否ヲ判定スヘキモノハ裁判所ナリ
然レトモ擔當人ノ撰任定款ニ依ラス會社契約以後ニアルトキハ撰任セラレタル管理人ハ縦令社員タリトモ猶ホ通常ノ代理人タルニ過キス故ニ通常ノ代理人ニ對スルカ如ク其承諾ヲ俟タスシテ觧任スルコトヲ得サル可カラス蓋シ此場合ニ於テハ業務擔當人ハ前後ノ場合ニ於ケルト異ナリ其會社ニ入リタルハ自己ノ業務擔當人ト為ルヘキヲ約定シタルカ故ナリト云フコト能ハス殊ニ定款ヲ以テ定メタル管理人ニシテ觧任ヲ被リ又ハ辞職シタル者ノ補缺トシテ結社後撰任セラレタル擔當人ニ至テハ其承諾ヲ俟タスシテ觧任スルヲ得ヘキカ明カナリ
本條ニ新任擔當人退職シタル旧擔當人ノ補缼員タルト従来何人モ特ニ擔當人タラス總社員共ニ社務ニ預リタルトキ特ニ管理人トシテ撰任セラレタル場合トヲ區別セサリシハ実際ノ錯雑ヲ来ササラシメンカ為メナリ
第百二十七條
本條ニ規定スル所ノ事ハ定款ニ反スルニ非ス却テ觧任シタル擔當人ノ補缺撰任ヲ為ストキ定款ヲ遵奉適用スルモノナリ是ヲ以テ總社員ノ過半數ヲ以テ其撰任ヲ為スニ足レリトス
此事ニ付キ二箇ノ須ラク注意ヲ要スルモノアリ第一死亡シタル業務擔當人ノ補缼撰任ヲ為スニ當リテハ其擔當人會社員ナラスシテ其死去ノ為メ會社ノ觧散ヲ来タサス又其社員ナリシモ第百四十七條ニ従ヒ其死去ノ為メ會社ノ觧散ヲ為ササルヘキコトヲ約束シタル場合ニ限ル第二本條ハ結社ノ當時業務擔當人ヲ特ニ撰任セサルニ因リ總社員擔當人ナリシ所ノ第百二十五條ノ場合ニ適用スヘキモノニ非ス何トナレハ此場合ニ於テハ總社員既ニ管理人ナルカ故ニ辞職又ハ觧任シタル社員ノ補缼トシテ他ニ撰任スヘキ者アラサレハナリ
第百二十八條
本條ハ一ノ區別ヲ設ケ社員ノ過半數ヲ以テ足レリトスル處分ト總社員ノ一致ヲ必要トスル處分ト識別スルノ一般ノ標準ヲ示スモノナリ蓋シ會社定款ノ執行ニ関スル處分ニ付テハ社員ノ過半數ヲ以テ之ヲ定ムルニ足レリトセサル可カラス當事者ハ定款ノ実行ニ必要ナル處分ヲ小數者ノ意見ノ為メニ妨害スル能ハサルヘキコトヲ黙示ニテ承諾シタリト謂ハサル可カラス然レトモ定款ヲ変更シ又ハ之ヲ増加スル場合ニ於テハ結社ノ當時豫見セサリシ處分ヲ為スモノニシテ之カ為メニハ總社員ノ一致ヲ必要トス
會社ノ定款ヲ変更シ又ハ之ヲ増補スルニ當リテハ總社員ノ一致ヲ必要トスルモ決シテ嚴密ニ過クルノ規定ト云フ可カラス縦令法文ノ明カニ之ヲ命スルモノナキモ尚ホ過半數ノミヲ以テ其處分ヲ為スニ足ラサルナリ蓋シ共同ノ利益アル場合ニ於テハ利害関係人ノ多數ノ意思ヲ以テ小數者ヲ壓倒スルヲ得ヘシトスルハ徃々人ノ認ムル所ナレトモ是レ迷謬ノ言ニシテ特別ノ行為若クハ法律ノ明文アルトキニ非サレハ然ルコト能ハサルナリ加之法律ヲ以テ多數者ノ意思ヲシテ小數者ヲ拘束セシムルハ成ルヘク慎ンテ之ヲ為シ其當ヲ過クルコトナキヲ要ス是ヲ以テ特別ノ行為又ハ法律ノ明文アラサル場合ニ於テハ必ス一般ノ原則ヲ適用シ「合意ヲシテ當事者間ニ法律ニ其同シキ効力ヲ有セシメ其相互ノ承諾ヲ以テスルニ非サレハ廢羆スルコト能ハサラシムルヲ要ス」(財産編第三百二十七條ヲ参観スヘシ)
第二項ノ場合ニ於テハ之ニ反シ總社員ノ一致ヲ必要トス今其適例ヲ擧クレハ會社ノ目的詳カニ之ヲ言ヘハ其業務ノ區域ヲ擴張シ又ハ之ヲ減縮シ又其元本即チ各社員ノ持分ヲ増加シ若クハ之ヲ減少シ又ハ社員ノ員數ヲ増減セントスル場合ナリトス
然レトモ亦社員會社契約ヲ取結フ始メニ當リ如何ナル重大ナル處分ニ関スルトキト雖トモ尚ホ社員ノ大多數若クハ其以上ノ多數例ヘハ三分ノ二若クハ四分ノ三ノ同意ヲ以テ足レリトスヘキコトヲ約シ又ハ之ニ反シ單ニ管理處分ニ属スル行為ト雖トモ尚ホ過半數以上ノ同意ヲ必要トスルコトヲ約スルヲ得
加之法律ヲ以テ以上ノ規則ヲ変更スルコトアリ彼ノ會社觧散ノ如キハ或ル場合ニ於テハ社員ノ一人ノミ之ヲ求ムルコトヲ得ルトシタルハ即チ其一例ナリ
第百二十九條
債務者同一ノ人ニ對シ同性質ノ數箇ノ債務ヲ負擔スルニ當リ辨済ヲ為スモ其辨済總債務ヲ消滅セシムルニ足ラサルトキハ辨済ノ充當ヲ為スヘキモノトス是レ既ニ辨済ノ事ヲ規定スルニ當リ説明シタル所ナリ(財産編第四百七十條乃至第四百七十三條ヲ参観スヘシ)此場合ニ於テハ其債務中何レノ物消滅スヘキカヲ断定スルコトヲ要ス即チ辨済ヲ債務ノ一ニ充ツルコトヲ稱シテ充當ト云フ而シテ充當ハ債務者之ヲ為スコトヲ得又債権者之ヲ為スコトヲ得只或ル制限ト條件トニ従フコトヲ要ス若シ當事者何レモ充當ヲ為ササルトキハ法律上ノ充當行ハル詳カニ之ヲ言ヘハ當然債務ノノ一若クハ總債務ニ付キ各數額ニ應シ或ル區別ニ従ヒ行ハルルモノトス
然リ而シテ本條ニ規定スル所ノ塲合ニ於テハ債務者同一ノ人ニ對シ數箇ノ債務ヲ有スト云フモ是レ文字ノ意義ヲ擴張シテ然カ云フノミ其実債務者ハ社員一己ニ對シ且社員ト異体ナル法人タル會社トニ對シ義務ヲ負擔スルモノナリ然レトモ本條ハ社員ト會社トヲ別視セス之ヲ以テ同一ノ人ト看做シ社員ヲシテ漫リニ自己ノ為メニノミ辨済ノ利益ヲ收得スルコトヲ得セシメス加之場合ニ依リテハ會社法人ヲ為ササルヲ以テ債務者會社ト社員トニ對シ義務ヲ負擔スルトキハ即チ同一ノ人ニ對シ義務ヲ負擔スルモノト云フコトヲ得(上第百十八條ヲ参観スヘシ)
法律ノ規定ニ依レハ社員ハ其二箇ノ債権ニ付キ領受スル所ノ辨済ヲ以テ其各債権額ニ應シ之ヲ充當スヘキコトヲ原則トス故ニ二箇ノ債権均一ノ數額ナルトキハ各債権ノ半ニ充當ヲ為シ又二箇ノ債権ノ一他ノ債権ニ二倍スルトキハ其一箇ニ付キ三分ノ一ヲ充當シ他ノ一箇ニ付キ三分ノ二ヲ充當スヘシ
而シテ社員ハ會社ノ債権ニ付キ辨済額ノ全部ヲ充當シ以テ會社ノ為メニ其権利ヲ抛棄スルコトヲ得ルト雖トモ自己ノ債権ニ辨済ノ全部ヲ充當スルトキハ更ラニ會社ノ債権ト其債権トニ割合ニ充當ヲ改正スルコトヲ要ス
此規定タル少シク嚴ニ過クルヲ以テ其適用ニ制限ヲ設ケタリ其第一ノ制限タル社員ニシテ同時ニ業務擔當人タル者ニアラサレハ此規定ニ服従セシメサルニ在リ蓋シ會社ノ利益ヲ計畫シ其事務ヲ斡旋スルノ義務アル者ハ獨リ業務擔當人ノミニシテ會社ノ債権額ヲ受取ルヲ得ル者亦業務擔當人ノミ故ニ業務擔當人ハ一分ノ辨済タリトモ其聴許ヲ受クルニ當テハ之ヲ領受スルヲ得ルカ故ニ又之ヲ領受セサル可カラサルノ義務アリ之ニ反シ單ニ社員タルニ止マリ同時ニ業務擔當人タラサル者ハ其債務者ノ辨済ヲ受クルニ當リ自己ノ債権全額ニ辨済ヲ充當スルモ決シテ其義務ニ背キタリト云フ可カラス
本條ハ尚ホ本則ニ制限ヲ設ケ充當ノ事ニ関シ社員自己ノ債権ト會社ノ債権トニ之ヲ為スノ義務アルモ債務者自ラ其利益ニ應シ普通法ニ従ヒ隨意充當ヲ為スノ権利ヲ失フモノニ非スト定メタリ然レトモ是債務者自ラ充當ヲ為スノ利益ヲ有スル時ニ限ル蓋シ通常ノ場合ニ於テハ債務者充當ヲ為スニ付キ利益ヲ有スルヤ否ヤヲ問ハス一ニ其意思ニ放任スト雖トモ本條ノ場合ニ於テ其隨意充當ヲ為スノ利益ノ有無ヲ論スルノ理由ハ至テ睹易キモノナリ抑モ通常ノ場合ニ於テ債務者充當ヲ為ストキハ其利益ノ外他ニ其原因アルコト莫カルヘク其充當ヲ為スハ即チ其利益アルカ故ナリト雖トモ本條ノ場合ニ於テハ或ハ社員ヲシテ會社ノ損害ヲ顧ミス獨リ辨済ノ利益ヲ受ケシムルカ為メ情実又ハ詐欺ニ出テ之ト通謀ヲ為シタルノ結果タルコトアルヘケレハナリ
或ハ債務者隨意其辨済ヲ社員ノ債権全額ニ充當スルノ権ヲ失フ可カラサルモ其充當ハ會社ニ對シテ效力莫カルヘク會社ハ常ニ社員ヲシテ其彼我ノ債権額ニ比例シタル充當ニ依リ自己ニ属スヘキモノヲ還付セシメンコトヲ要求スヘシト云フ者アラン然レトモ仔細ニ観察スルトキハ此規定ノ結果全ク不正ナルヲ知ル
蓋シ社員一己ノ債権利息ヲ生シ而シテ會社ノ債権利息ナク又ハ社員一己ノ債権抵當ヲ以テ擔保トスルモ會社ノ債権無擔保ナル場合ニ於テ債務者其正當ノ利益アルニ因リ毫モ詐欺ノ証據モナキニ利息ヲ生スル債権者ハ抵當附ノ債権約定スレハ社員ノ債権ニ充當ヲ為シタルトキ社員ヲシテ會社ノ為メニ其領受シタル金銭ノ一分ヲ抛棄スルノ義務ヲ負ハシムルニ於テハ社員ハ以後利息ヲ得ルノ権利ヲ失ヒ其會社ノ債権額中自己ノ有スル持分ニ付キ抵當ノ擔保ヲ失フヘシ斯ノ如キ結果タル不正ナルカ故ニ冝シク之ヲ避クルノ規定ヲ設ケサル可カラス
然ルニ本條ニ依ルトキハ債務者社員ノ債権ニ付キ為シタル充當正當ニシテ毫モ詐欺強暴ノ嫌疑アラサルトキハ全ク其効力ヲ免スヘキモノトス
末項ニ依ルニ債務者若クハ債権者充當ヲ為ササルトキハ普通法ニ從ヒ法律上ノ充當行ハルルモノトス(財産編第四百七十二條ヲ参観スヘシ)是ヲ以テ債務者辨済スルニ最モ利益アル債務アルトキハ法律上其債務ニ當然辨済ヲ充當スルコト恰モ債務者一層注意深フシ自ラ充當ヲ為シタルトキハ異ナルコトナカルヘシ又何レノ債権ニ付キ特ニ充當ヲ為スヘキ優先ノ原因アラサルトキハ各債権ノ數額ニ割合ニ充當アルヘシ
第百三十條
本條ニ仮定スル所ノ場合ニ於テハ會社ノ債務者ヨリ辨済ヲ領受スル所ノ社員同時ニ其債務者ノ債権者タルニ非ス此場合ニ於テ會社ニ對スル債務ノ辨済ヲ受取リタル社員ハ毫モ其領受シタル所ノ物ヲ保有スルノ権ナシ蓋シ社員ハ會社ノ継續間其債権ニ付キ有スル所ノ自己ノ部分ヲ求ムルヲ得サルコト恰モ會社ノ他ノ権利財産ニ付キ自己ノ部分ヲ要求スルヲ得サルト異ナルコトナシ実ニ會社ノ債権ノ辨済ヲ受ケタル社員同時ニ業務擔當人ナルトキハ領受シタル者ハ必ス會社ノ名義ヲ以テ受取リタルモノニシテ自己ト共ニ他ノ社員ニ利益ヲ及ホササル可カラス又其業務擔當人ニ非サルトキハ漫リニ却テ會社ノ事務ニ干渉シタルノ過チアルモノニシテ之ヲ以テ自己ノ利得ノ原因ト為ス可カラサルヤ明カナリ
然リ而シテ本條ノ規定ハ前條ニ業務擔當人ニ非サル社員自己ノ債権ノ全額ニ辨済ヲ充當スルヲ得ルト定メタル法則ト矛盾スルカ如キモ其実決シテ然ルモノニ非ス蓋シ前條ノ場合ニ於テハ會社ノ債権アルト同時ニ其社員亦自己ノ債権ヲ有スルモノナリ然ルニ本條ノ場合ニ於テハ只會社ノ債権ノミアルニ過キス故ニ業務擔當人ニ非スシテ會社ノ債権ノ一分ヲ受取リタル社員ハ事務管理人ノ義務アルモノニシテ即チ之ヲ會社ニ返還スルノ義務ヲ負擔スルモノナリ
第百三十一條
本條ニ掲クル所ノ規定モ亦業務擔當人タルト否トヲ問ハス一切ノ社員ニ適用スヘキモノナリト雖トモ亦未タ之カ為メニ業務擔當人ニ適用スヘキ場合ト然ラサル社員ニ適用スヘキ場合ト実際多少ナキモノト云フ可カラス其業務擔當人タル社員ニ適用スヘキコト然ラサル社員ニ適用スヘキ場合ニ比スレハ一層多キヤ明カナリ蓋シ業務擔當人タル社員ハ管理ノ権理ナク又義務ナキ社員ニ比スレハ過失又ハ懈怠ヲ行フノ機會ニ接スルコト一層頻繁ナルヤ瞭然タレハナリ然レトモ業務擔當人ニ非サル社員モ亦數多ノ場合ニ於テ過失又ハ懈怠ノ責ニ任スルコトアリ左ニ其一二ノ例ヲ摘示セン
第一業務擔當人タラサル社員漫リニ社務ニ干渉シ拙劣ナル所為ヲ行フタルトキハ會社ニ對シ其責ニ任スヘキヤ明カナリ加之其猥ニ社務ニ干渉スルニ當リ之カ為メ必要ナル行為ヲ怠リタルトキハ亦其責ニ任セサル可カラス何トナレハ其社員會社ノ事務ニ関係セサリシナラハ他ノ社員之ニ代ハリ一層有益ニ事務ヲ管理スルヲ得ヘキニ其猥リニ社務ニ干渉シタルハ即チ他人ノ管理ヲ妨害シタルノ原因ニシテ其過失懈怠ノ責ヲ免カレサレハナリ
第二業務擔當人タラサル社員會社ニ層シ而シテ總社員共同ノ使用ニ属シタリシ物ヲ使用シタルニ其使用濫妄ナリシトキハ亦其責ニ任スヘシ
第三業務擔當人タラサル社員其會社ニ對シ出資トシテ所有権若クハ收益権ヲ差入ルヘキコトヲ諾約シタル物ノ保存ヲ怠リタルトキハ亦其責任ニ當ラサル可カラス
業務擔當人タル社員ニ至テハ其責任ヲ惹起スヘキ場合極メテ多ク且之ヲ會得スル甚タ容易ナルカ故ニ敢テ其適例ヲ示スコトヲ要セス
第二項ハ少シク説明ヲ要スル所ノモノナリ本條ニ社員ノ會社ニ加ヘタル損害ト其會社ニ得セシメタル利益ト相殺スルコトヲ得セシメサルハ皮相視スレハ甚タ嚴ニ過クルノ規定ナルニ似タリ殊ニ其社員業務擔當人タル場合ニ於テハ元来會社ニ其事務管理ノ一般ノ成績ヲ報告シ總勘定ヲ為スヘキモノナルカ故ニ其勘定ヲ為スニ當リ會社ニ利益アリタル行為ト損害アリタル行為トヲ差引キ計算シ以テ其社員ヲシテ損害ノ利益ニ超過スル高ニ付テノミ債務者タラシムヘシト云フヲ得ヘキカ如シ
此理論タル通常ノ事務管理人ニ付キ適用スルヲ得ヘク加之無報酬ノ代理人ニ之ヲ推用スルコトヲ得ヘキモ業務擔當人タル社員ニ之ヲ適用セントスルニ至テハ全ク其職務ノ性質如何ヲ顧ミサルモノト云フヘシ蓋シ業務擔當人ナル社員ハ併セテ二箇ノ義務ヲ負擔スルモノナリ而シテ會社ノ事務ヲ斡旋シ以テ之ヲシテ損害ヲ被ラシムルコトニ注意シ且該事務ヲシテ益々繁盛ナラシメ以テ會社ヲシテ配當利益ノ多キヲ得セシムルノ義務即チ是ナリ是ヲ以テ業務擔當人タル者其義務ノ一ヲ履行シ會社ノ利益ヲ多カラシムルモ決シテ之カ為メニ他ノ義務ヲ履行スルノ責ヲ免カレ又ハ之ヲ怠リタルノ責ヲ免カルヘキニ非サルナリ
固ヨリ実際ニ於テハ會社ニ損害ヲ及ホシタル社員又之ニ巨額ノ利益ヲ得セシメタルトキハ他ノ社員之ニ對シ其損害ノ賠償ニ関シ要求スル所少ナカルヘク加之裁判所ニ訴訟ノ起リタル場合ニ於テモ裁判所ハ之ヲ處スル大ニ寛大ナラサル可カラス例ヘハ業務擔當人會社ノ大事業ヲシテ繁盛ナラシメ之ヲシテ利益ヲ得セシメタル間ニ在テ其些少ノ事業ヲ怠リタルトキハ裁判所ハ冝シク其懈怠ヲ宥恕スルハ決シテ純然タル法律公義ノ原則ニ基クモノニ非ス又合意ノ履行ニ関シテハ善意ヲ専一トスヘキノ理由ニ基クモノナリ(財産編第三百二十九條ヲ参観スヘシ)
然リ而シテ本條ハ利益ト損害トノ相殺ノ禁示ニ一ノ例外ヲ加ヘタリ即チ損害ヲ惹起シタル事件利益ヲ生シタル事件ニ密着連絡スルトキハ其利害ノ相殺ヲ為スコトヲ得ルモノトス其理由タル元来互ニ連絡シタル事件ハ相集テ一箇ノ事件ト看做シ不可分ナルヘキモノナルカ故ナリ若シ互ニ連絡シタル事件ヲ別離シテ観察シ利益ト損害トノ相殺ヲ許ササルトキハ恰モ唯一ノ事件ヲ數多ノ点ヨリ観察シテ以テ一方ニハ賠償セシムヘキ損害ノ如何ヲ認メ一方ニハ配當スヘキ利益ヲ認ムルト異ナルコトナク全ク不正ナル法則ト謂ハサル可カラス加之事件ノ直チニ連絡スルトキハ業務擔當人ハ其一ニ付キ損失ヲ受クルヲ顧ミス以テ他ノ一ニ付キ利益ヲ得ンコトヲ計ラサルヲ得サルコト屢々是アリ
凡ソ社員間ノ関係ヲ支配スル所ノ原則ハ社員相互ニ救護スヘキニ在リ羅馬人嘗テ云ヘルアリ社員間ノ争論ハ決シテ之ヲ嚴ニ處スル可カラスト是後世ニ至リ猶ホ原則トシテ屢々唱ヘタル所ナリ加之羅馬人ハ會社ノ共同事務ニ関シ社員ノ嘗テ懈怠ヲ査定スルニ當テハ其自己ノ事務ニ付キ行フコトアラサルヘキ過失ノ外其責ニ任スヘキモノニ非スト云ヘリ蓋シ其自己ノ事務ヲ處理スルニ當リ行フコトナカルヘキ過失懈怠ヲ會社ノ事務ニ付キ行フタルトキハ即チ悪意アリ重過失アルモノト云フヘキカ故ニ其責ニ任セシムルモ他ノ場合ニ於テハ其過失重大ナラサルニ由リ其責ニ任セシメタリ此特例タル欧州徃昔ノ裁判例ニ於テ之ヲ因襲シタルモ近世ニ至リ他人ノ事務利益ヲ管理スル者ハ良家父ノ注意ヲ為スノ責アリト定メタルヨリ遂ニ之ヲ棄テタルヨリ社員間ニ此特例ヲ設ケサルニ至リタリ
本法ハ同一ノ原則ヲ採用シ(財産編第三百三十四條ヲ参観スヘシ)而シテ法律ノ寛大ナル場合アルコトヲ示シタルモ會社ノ事項ニ関シテハ敢テ特例ヲ設ケス蓋シ故アルナリ
羅馬人ハ社員ヲシテ會社ノ事業ニ関シ自己ノ事務ニ加フヘキ注意ヲ為スノ義務ヲ負ハシメタルモ是レ一ノ理由ニ基クモノニシテ其理由タル未タ以テ充分ナリト云フ可カラス
蓋シ社員ハ業務擔當人ヲ互選スルカ故ニ軽忽ニシテ注意ノ浅キ社員ヲ選任シタルハ自己ノ過失ニ帰スルノ外アラスト看做シタルコト即チ羅馬法ノ此点ニ関スル理由ナリシ
然レトモ此理由ニシテ充分ナリトセハ社員ノ関係以外ニ於テモ尚ホ之ヲ適用セサル可カラス殆ト一切ノ結約者間ニ之ヲ適用セサルヲ得サルニ至ルヘシ例ヘハ代理ノ如キ委任者之ヲ選任シ賃借人使用借人ノ如キ又賃貸人貸主ノ選定シタルモノナルカ故ニ均シク此特例ノ保護ヲ受ケサル可カラサルヘシ然ルニ羅馬法ニ於ケルモ尚ホ未タ嘗テ代理人賃借人等ヲシテ此特例ヲ受ケシメタルコト非サルナリ尚ホ又他ニ此特例ノ理由トスヘキモノ無キニ非ス即チ社員ノ過失ハ之カ為メニ自餘ノ社員ヲシテ損害ヲ被ラシムルモ同時ニ己レモ亦其損害ヲ被ルカ故ニ既ニ其過失ノ結果ヲ受ケタルモノニシテ之カ為メ社員ハ其力ノ及フ限リ充分注意シテ會社ノ事務ヲ管理スヘシト云フヲ得ヘシ是レ社員ノ會社ニ對スル過失懈怠ノ責任ヲ較々軽減スヘキノ理由タルヘキモ敢テ本條ノ場合ニ於テハ此理由ヲ採ラス只次條ノ目的タル特別ナル場合ニ於テノミ此理由ヲ採用シタリ
第百三十二條
本條ハ社員ノ過失責任ノ事ニ関シ明白ナル委任ニ基キ業務ヲ取扱フ社員ト會社契約ヲ以テ業務擔當人ヲ選任セサルカ為メニ之ヲ取扱フニ過キサル社員トノ間ニ一ノ區別ヲ設クルモノニシテ其理由ハ至テ睹易キモノナリ
抑モ會社契約ヲ以テ業務擔當人ヲ選任セサルトキト雖トモ尚ホ會社ノ業務ヲ取扱ハサルヲ得サルカ故ニ法律上各社員ヲシテ管理スルノ権利ヲ有セシム然レトモ亦権利ノ行用ニ相對スル責任ニ至テハ業務ヲ取扱フヘキ明約ノ委任ヲ受ケタル社員ニ對スル時ニ比スレハ一層軽キコトヲ要スルヤ明カナリ蓋シ會社契約ヲ以テ業務擔當人ノ選任ヲ為ササリシハ或ハ社員全体ノ遣忘懈怠ニ出ツルモノニシテ此場合ニ於テハ社員ハ何レモ業務ヲ取扱フタルモノニ對シ嚴重ナルヲ得サルヤ明カナリ又業務擔當人ノ選任ナキハ社員相互ニ信用ヲ置キタルニ因ルコトアルヘシ何レノ場合ニ於テモ社員ハ決シテ管理ヲ為シタル者自己ノ事務ニ関スルト同一ノ注意ヲ以テ會社ノ業務ヲ取扱フタル以上ハ之ニ對シ苦情ヲ陳フルコトヲ得ヘカラス
前條及ヒ本條ノ説明中社員ノ過失懈怠會社ノ業務取扱ニ関スルコトヲ想像シタリト雖トモ未タ業務ヲ取扱フヘキ社員全ク之ヲ取扱ハサル場合ヲ規定セス然レトモ亦業務擔當人ノ委任ヲ得タル者ト然ラサル者トノ間ニハ同シク之ニ對スル寛嚴ヲ異ニシ其責任ノ軽重ヲ異ニセサル可カラス蓋シ明約ニ依リ業務擔當人ニ選任セラレタル社員ハ必ス業務取扱ヒノ欠缺ノ責ニ任スヘク加之單ニ其管理ヲ遲延シタルトキモ亦其責ニ任スヘシト雖トモ第百二十五條ニ依リ管理スル権利ヲ有スルニ過キサル者ハ元来其義務ヲ有スルモノニ非サルカ故ニ特別ノ事情アルカ故ニ其社員ノミ獨リ管理行為ヲ為スヲ得ヘキ場合ニ非サレハ管理ヲ為ササルノ責ニ任スヘキニ非ス若シ之ヲシテ其責ニ任セシムヘシトスルトキハ自餘ノ社員モ亦之ニ對シ其責ヲ免ガルヘカラサルヘク遂ニ其數箇ノ責任相殺スルモノト云フヘシ
然レトモ社員ノ一人居住スル地方ニ於テ會社ノ或ル財産ノ存スルトキハ其財産ヲ管理スルノ義務ヲ負擔スヘキ者ハ當然其土地ニ居住スル社員ナルヘシ又會社ノ農産物ヲ賣渡スヘキ場合ニ於テ社員ノ一人常ニ自己所有ノ同種類ノ生産物ヲ賣渡スノ慣行アルトキハ亦其會社ノ生産物ヲ賣渡スノ責ニ任スヘク若シ自己ノ生産物ト同時ニ且同一ノ相場ヲ以テ會社ノ製産物ヲ賣渡ササリシトキハ即チ其責ニ任セサル可カラス
社員ノ過失責任ニ関シ前條及ヒ本條ヲ適用スルニ當テハ裁判所ハ他ノ場合ニ於ケルヨリ一層事実ノ情状ヲ斟酌シ以テ其寛嚴冝シキヲ得ルコトヲ要ス
第百三十三條
本條ハ二三ノ説明ヲ要スルモノアリ
第一本條ニハ必要即チ保存費用ノ外保持費用ヲ以テ社員ノ分擔スヘキモノト定メタリ是レ保持費用モ亦其有益ナルコト保存費用劣ラサルモノニシテ之ニ依リ以テ會社所属物ノ毀損ヲ豫防シ只修復ヲ要スルニ至ラサルヲ得ルカ故ニ之ヲ以テ保存費用ト同シク社員ノ分擔トシタリ
第二各社員該費用ヲ分擔スヘキ割合如何ニ至テハ其分頭ノ部分ニ非スシテ各自ノ権利ノ割合ニ應シタル部分タルヘキヤ當然ナリ而シテ各社員ノ権利ハ下ニ定ムル如ク其出資ノ多少ニ應シテ定マルモノナリ
第三本條ニ定ムル所ノ義務ハ會社ノ收入タルト元本タルトヲ問ハス會社資本中ニ於テ使用スルコトヲ得ル金額アラサルトキニ限リ社員ノ負擔トスヘキモノトス是レ未タ會社資本ヲ使用シ之ヲ消盡セサルニ當リ社員ヲシテ更ラニ立換ヲ為スノ義務ヲ負ハシム可カラサルカ故ナリ而シテ社員ノ修繕ノ為メニ為シタル立換ハ會社資本中ニ於テ使用スルコトヲ得ル金額アルニ至ルヤ直チニ之ニ返還スヘキコト敢テ多辯ヲ要セサルナリ
第百三十四條
本條及ヒ次條ハ社員ト會社トノ交互計算ニ関スル規定ヲ完備スルモノナリ
蓋シ社員會社共同ノ利益ノ為メ出捐ヲ為シ會社ノ利益ヲ計ルニ當リ損害ヲ受ケタルトキハ其賠償ヲ受クヘキヤ當然ナリ
本條ハ明カニ其業務擔當人タル社員ト然ラサル社員トヲ問ハス均ク適用スヘキコトヲ示シタリ蓋シ業務擔當人タル資格ハ本條ノ適用ニ変更ヲ来スモ未タ其主要ノ條件ニ非サルナリ実ニ業務擔當人タラサル社員モ或ル事情ノ為メ會社ノ利益ヲ旨トスル行為ヲ行ヒ又ハ會社ノ利益ヲ計ルニ當リ損害ヲ被ルニ至ルコトナシト云フ可カラス此場合ニ於テハ之ニ對スルニ業務擔當人ニ對スルト決シテ優劣アルヘキノ理ナシ且其賠償ノ要求ヲ為スニ當テハ或ル條件ヲ要スルカ故ニ以テ弊害ヲ豫防スルニ足レリ
蓋シ社員ノ會社ノ為メ立換タル費用ハ「有益ナルモノ」詳カニ之ヲ言ヘハ実際會社ニ利益ヲ生シタルヲ要ス又其負擔シタル義務ハ「善意」ニ出テタルコト詳カニ之ヲ言ヘハ其目的実際貫徹セサルモ元ト有益ナリシコトヲ要ス且社員ノ受ケタル損害「避クルヲ得サルモノ」詳カニ之ヲ言ヘハ社員ノ過失又ハ軽忽ノ責ニ帰ス可カラサルコトヲ要ス是等ノ條件ヲ要スル以上ハ業務擔當人タルト否トヲ問ハス本條ノ規定ニ依リ損害賠償ヲ要求スルヲ得セシムルモ毫モ弊害ノ憂フヘキモノナシ
第百三十五條
既ニ第百二十一條ニ於テ社員其出資ヲ差出スコトヲ遲延シタルトキハ當然會社ニ對シ利息ヲ負擔スヘキコトヲ定メタリ本條ハ更ラニ第二項ニ於テ其會社ニ対シ當然利息ヲ負擔スヘキコトヲ定メ第一項ニ於テ會社之ニ對シ當然利息ヲ負擔スヘキコトヲ定ム
凡ソ利息ヲ生セシムルニハ付遲滞ヲ必要トスルヲ一般ノ原則トス然レトモ本條ニ於テ例外則ヲ設クルノ理由ハ(財産編第三百八十四條ヲ参観スヘシ)社員間ニ於テハ成ルヘク其交際ヲ損コナヒ感情ヲ害シ相眩離セシムルニ至ルヘキ行為ヲ避ケシメサル可カラサルニ在リ蓋シ債権者タル社員催告若クハ裁判所ニ請求ヲ為スニ非サレハ遲延利息ヲ生セシムルコトヲ得サルニ於テハ止ムヲ得ス此方法ヲ行ヒ以テ他ノ社員ノ感情ヲ害シ然ラスンハ之ヲ行ハス遂ニ自己ノ利益ヲ損傷セラルルニ至ルヘシ本條ハ斯ノ如ク社員ヲシテ其為ス所ニ付キ惑ウコトナカラシムルヲ目的トスルモノナリ
然レトモ前條ニ認メタル第三ノ損害ノ為メ要求スルノ権アル賠償ニ至テハ之ヲシテ當然利息ヲ生セシメ是レ前條ニ定メタル第三ノ損害賠償ヲシテ利息ヲ生セシムルカ如キハ如何ナル人ノ間ニ於ケルモ実際行ハレサル所ナルノミナラス未タ判決又ハ計算勘定アラサル以上ハ其損害ノ數額明カナラサルニ因リ之ヲシテ利息ヲ生セシムルニ由ナキカ故ナリ
尚ホ普通法ノ例外則ニシテ既ニ第百二十一條ニ掲ケタルモノアリ本條亦之ヲ取用シタリ即チ法律上ノ利息ノ外尚ホ損害アルトキハ其賠償ヲ請求スルヲ得ルコト是ナリ既ニ財産編第三百九十一條ニ於テ法律上利息ト賠償トヲ併セ求ムルヲ許ス場合アルコトヲ示シタリ會社ノ如キ即チ其場合ノ一タルヘキヤ尚善ナリ蓋シ會社ハ社員ニ配當スヘキ利益ヲ收ムル目的ニ出テ成立スルモノナリ而シテ其利益ハ通常金銭ノ利息ニ超過スヘキモノト謂ハサル可カラス然ルニ社員會社資本ヨリ自己ノ營業ノ為メ金額ヲ引出シタルトキハ會社ヲシテ其利益ヲ收ムルヲ得サラシメタルモノニシテ又會社ノ為メ自己ノ資本ヲ立替ヘタル者ハ會社ヲシテ一層ノ利益ヲ收ムルヲ得セシメ且自己ノ為メ自ラ之ヲ得ルノ機會ヲ失フタルモノナリ故ニ自己ノ營業ノ為メ會社資本ヲ引出シタル社員ハ其賠償ノ責ニ任シ又會社營業ノ為メ自己ノ資本ヲ立替ヘタル者ハ其利息ヲ受クヘキヤ當然ナリ
然レトモ資本ヲ立替ヘタル社員ハ之カ為メ特ニ會社ノ利益ノ配當ヲ受ク可カラス蓋シ其権利ノ標準タルヘキモノハ會社ノ利得ニ非スシテ社員其元本ヲ失ヒタルニ因リ被フリタル損失ナリトス
第百三十六條
各社員ノ會社資本ニ付キ有スル所ノ権利ノ規定ハ此事項ニ関スル最重要点ト云フヘキモノナリ何トナレハ會社ノ目的タル社員ヲシテ均ク利益ヲ收メシムルニ在リ而シテ各社員ノ権利ノ規定ハ此目的ヲ達スルコトヲ旨トスルモノナレハナリ
第一社員相互ノ関係ハ當事者自ラ之ヲ規定スルノ権利ヲ有スヘク而シテ其権利ハ絶對的タルヲ原則トス是本條ノ法文ニ「隨意ニ」ノ語アル所以ナリ然レトモ當事者ノ自由ハ二箇ノ例外ヲ以テ之ヲ減縮ス(下第百三十八條ヲ参観スヘシ)
當事者各自ノ持分ヲ定ムルニハ會社契約ヲ以テスルヲ最モ適當ニシテ且実際多シトス然レトモ亦結社以後ノ契約ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得
社員會社契約ヲ以テ各自ノ持分ヲ定メントスルニ當リ其協議一致セサルトキハ契約ニ署名セスシテ遂ニ會社成立セサルニ至ルヘシ之ニ反シ社員一旦會社契約ヲ取リ結ヒタル後以後各自ノ持分ヲ定メンコトヲ期スルトキハ會社ハ現ニ成立シ曩ニ説明シタル如ク營業運轉スルコトヲ得
其後ニ至リ當事者其持分ヲ定メントスルニ當リ總社員ノ協議調ハサルトキハ下ニ示ス所ノ結果ノ一ニ出テサル可カラス即チ社員他日更ラニ其持分ヲ定ムヘキコトヲ協議シ以テ會社ノ營業ヲ継續スルカ又ハ次節ニ規定スル如ク社員ノ協議又ハ其一人ノ請求ニ因リ會社ヲシテ觧散セシムヘシ(下第百四十五條ヲ参観スヘシ)
社員ノ持分トハ果シテ何ヲ謂フカ詳カニ之ヲ言ヘハ社員ノ持分ハ如何ナル物ノ上ニ存スルカ今法文ニ就テ之ヲ説明セン
法文ニ社員各自ノ持分ハ會社ノ資本ニ関スルモノニシテ單ニ其利益損失ノミニ関スルモノニ非サルコトヲ明示シタリ
通俗ノ意義ヲ取テ之ヲ見ルニ利益ナル語ハ會社ノ營業ノ結果タル會社資本ノ増加ヲ云フモノナリ例ヘハ一万円ノ出資ヲ以テ會社ヲ設立シ賣買營業ヲ為シタルニ其結果一年ノ後會社資本ヲシテ一万二千円ニ達セシメタルトキハ二千円ノ利益アリト云フヲ通例トス是レ固ヨリ當レリト雖トモ社員ノ権利ヲ定ムルニ當タラハ利益ノ二千円ノミヲ標準トスヘカラス尚ホ當初ノ出資タル一万円ト利益ノ二千円トヲ合算シ以テ其標準ト為ササル可カラス是ヲ以テ結局本條ノ法文ニ示スカ如ク社員ハ會社資本ニ付キ各自権利ヲ有スルモノニシテ會社資本中ニハ之ヲ増加シタル利益ヲ包含シ又損失アリタルトキハ其残額ヲ云フモノナリ
蓋シ皮相視スレハ會社ノ利益ト社員ノ出資トヲ混淆シ特別ノ合意ヲ以テ社員ヲシテ其總額ニ付キ均一又ハ不均一ノ部分ヲ得セシムルハ少シク怪ムヘキガ如ク各社員ハ會社觧散ノ時ニ當リ配當以前ニ於テ先ツ自己ノ出資ヲ回復スルニ現物又ハ金銭ヲ以テシ而シテ營業ノ結果タル利益ノミヲ各社員ノ出資又ハ其業務擔當トシテ行フタル所為ノ高軽重ニ從ヒ均一若クハ不均一ニ配當スルヲ至當ト為スカ如シ
実ニ斯ノ如ク會社觧散ノ際其資本ヲ處分スルノ方法ハ実際頗ル其當ヲ得ルコト多ク當事者隨意ニ此事ヲ合意シ又ハ之カ為メ仲裁人ヲ選任スルニ當テハ此方法ノ行ハルルコト最モ多カルヘシ加之此持分規定ノ方法タル當事者自ラ之ヲ為ササルニ當リ法律ニ定メタル所ノモノニ外ナラス只其体裁ノ異ナルノミニシテ其実同一ナルモノナリ(下第百四十一條ヲ参観スヘシ)
然レトモ本條ニ認ムル所ハ當事者各自ノ持分ヲ定ムルニ當リテ之ヲシテ會社資本ニ於ケル各自ノ持分ヲ隨意ニ定ムルヲ得セシム是ヲ以テ出資ノ比較的ノ多少ヲ計算シ之ニ依リ結局各自ノ會社資本ニ付キ有スヘキ所ノ持分ヲ定ムルハ當事者自ラ第一ニ處理スヘキ所ナリ
固ヨリ總社員ノ出資金銭又ハ金銭ニ見積リタル動産又ハ不動産ナルトキハ會社資本ニ於ケル總社員ノ権利ヲ各自出資ノ多少ニ應シ計算スヘク從テ其権利ニ均不均アルヘキヤ明カナリト雖トモ此他ノ塲合加之此塲合ニ於ケルモ尚ホ社員中業務擔當ヲ為ス者ノ部分ニ至テハ其勞力ヲ見積ラサル可カラサルカ故ニ各自出資ノ高ノミニ應シ其持分ヲ定ム可カラス加之農工業花主又ハ機械ノ使用ノミヲ出資トシテ差入タルトキニ於テハ金銭ヲ以テ其出資ヲ算定スルコト甚タ難キコトアルヘシ
故ニ當事者ハ其相互ノ持分ヲ規定スルニ付キ絶對的ナラサルモ亦極メテ大ナル自由ノ権ヲ有セサル可カラス
第百三十八條ニ於テ其自由ニ二箇ノ制限ヲ加ヘタリ
本條ハ會社資本ノ全ク損失ノ為メニ蕩尽シテ清算ノ際唯損失即チ借方ノミ残ル場合ヲ想像セスト雖トモ亦同一ノ規則ヲ適用スヘク決シテ會社資本ヲ蕩尽シタル損失ト之ニ超過スル損失トノ間ニ區別ヲ設クヘキノ理ナシ且此点ニ付テハ次條ノ規定アルカ故ニ実際疑議起ルコト非サルヘシ
又本條ハ會社資本ニ利益ヲ加ヘ又ハ損失ヲ減シ結局ニ至リ之ヲ配當スルノ方法ヲ規定スルニ過キスト雖トモ亦會社継續中定期ノ配當ニ付キ之ヲ適用スルヲ當然トス
第百三十七條
本條第一項ハ社員其持分ノ規定ヲ自由ニスルコトヲ得ルノ原則ヲ適用シタルモノニ外ナラス只法文ヲ以テ明カニ此事ヲ云ヘルハ重トシテ法律ニ之ニ関スル推定ト此規定ヲ適用スルノ方法トヲ示サンカ為メナリ
第一項ニ依レハ社員ノ一人其損失ヲ分擔スルノ割合ニ比シ利益ヲ受クルノ割合ヲ加減スルコトヲ約束スルヲ得
此約款ノ理由タル社員ノ一人自餘ノ社員ニ比シ多少出資ヲ異ニスルノ事実ニ存スルコトアリテ當事者其一人ノ得ル所ノ利益ノ割合ヲ異ニスルコトヲ合意スルコトアリ又社員ノ一人業務ヲ擔當スルト否トニ從ヒ其損失ヲ負擔スルノ割合ヲ重クスルコトアリ蓋シ損失ハ業務處辨ノ優劣ニ基クコトアルカ故ニ之ヲ擔當スルト否トニ從ヒ損失ヲ受クルノ割合ヲ異ニスルハ誠ニ故アルモノナリ或ハ業務擔當人ハ其出資トシテ差出ス所ノ物少ナク或ハ毫モ自己ノ勞力ノ外出資ト為ササルニ因リ其損失ヲ負擔スルノ割合利益ヲ受クルノ割合ヨリ少ナキノ理由存スルコトアルヘシ
第二項ハ當事者社員ノ一人ノ受クヘキ利益ノ割合ノミヲ定メタル場合ニ於テ其意思ヲ誤觧スルコトヲ豫防スルノ趣意ニ出テタルモノナリ蓋シ當事者社員ノ一人ノ受クヘキ損失ノ割合ヲ規定セサリシトキハ或ハ其意思其一人ヲシテ第百四十一條ニ定メタル當事者間ニ合意ナキ場合ニ於ケル法律上ノ規定ニ從ヒ其出資ニ應シ損失ヲ擔當セシメント欲シタリト觧釋スル者ナキヲ期ス可カラス然レトモ是當事者又ハ其一人ノ意思ニ反スルコトアルニ拘ハラス間接ニ利益及ヒ損失ノ配當ヲ同一ニセサルコトヲ定ムルモノニシテ其當ヲ得タルモノト云フ可カラス
是ヲ以テ本條ハ利益ノミヲ豫見シテ社員ノ持分ヲ定メタルトキハ損失ニ付キ同一ノ定方ヲ合意シタリト推定シ以テ右ノ結果ヲ豫防シタリ
実ニ社員其利益ニ於ケル持分ヲ規定スルニ止マリタルハ即チ其會社損失多クシテ觧散ニ至ルコトヲ豫定スルヲ忌ミ其業務ノ成功ノミヲ期シタルカ故ナリト看做スヲ至當ト云フヘシ故ニ此場合ニ於テハ利益ト損失トノ持分ノ割合ヲ異ニス可カラス
然レトモ本條ハ右ニ反スル場合ヲ規定セス當事者其損失ヲ分擔スルノ割合ヲ定メタルニ過キサルトキ其意思利益配當ノ割合ヲ同一ニスルニ在リト推定セス是ヲ以テ其利益ハ第百四十一條ニ從ヒ出資ノ割合ニ應シ之ヲ配當スヘシ蓋シ損失ヲ豫見シ會社觧散ヲ慮カリ其社員ノ一人若クハ數人ノ分擔割合ヲ規定スルハ異常ノ変例ナルカ故ニ其一人若クハ數人ヲシテ損失ヲ負擔スル所多カラシメタルトキハ即チ特種ノ理由アルニ因ルモノト謂ハサル可カラス而シテ例外ハ比附援引スルヲ許ササルカ故ニ此場合ニ本條ノ規定ヲ適用スルヲ許サス
第三項ハ利益ト損失トノ割合ヲ同一ニセサル右二様ノ約款ノ意義ヲ觧釋スルニ當リ他ニ生スルコトアルヘキ錯誤ヲ豫防スル旨トスルモノナリ例ヘハ社員ノ一人利益ノ二分ノ一ヲ得ルノ権アリ而シテ損失ノ三分ノ一ヲ受クルノ義務アルニ止マルトキハ二重ノ計算ヲ為シ一方ニハ會社業務ニ由リ取得シタル利益ヲ合算シ之ヲ二分シテ配當シ一方ニハ損失ノミヲ合算シ之ヲ三分シテ分擔セシムルコトヲ為ス可カラス即チ利益ヨリ損失ヲ控除シ又ハ損失ヨリ利益ヲ控除シ要スルニ利益ト損失トヲ差引キ計算シ其残額ニ付キ配當ヲ為シ利益ノ損失ニ超過スルトキハ其利益ノ半ハヲ以テ特約アル社員ニ配當シ又損失ノ利益ニ超過スルトキハ其損失ノ三分ノ一ヲ其分擔トスヘシ
第四項モ亦重要ナル問題ヲ断定スルモノニシテ會社ノ存立中詐欺ナクシテ既ニ為シタル利益又ハ損失ノ配當ハ断然之ヲ維持スルモノトス蓋シ會社ノ継續不定ナルカ又ハ甚タ長キトキハ社員ヲシテ會社取得ノ利益ヲ配當スルカ為メ會社ノ觧散ニ至ルヲ待タシム可カラス故ニ其損失ヲ分擔セシムルニ會社ノ觧散ヲ待ツハ到底行ハレ難キ所ナリ実ニ各社員ノ資産ノ過半會社資本ト為ルコト屢々是アルカ故ニ時々利益ノ配当ヲ為サ々ルトキハ社員其日常ノ費用ヲ辨スル能ハサルコトアルヘク又社員間分担スヘキ損失アルニ當リ會社觧散ニ至ル迄之ヲ以テ業務担当人ノ負担ト為スコト能ハサルヘシ是定期ノ配当ヲ為ス所以ニシテ其配当ハ更ラニ変更スルコトヲ得サルモノトス
第百三十八條
社員ノ持分ヲ合意上規定スルハ当事者ノ自由ニ出ツルヲ原則トスルモ二箇ノ約款ニ至テハ本條之ヲ禁止ス
然リ而シテ本條ニ禁止スル所ノモノハ普通法ノ例外ト云フモ僅カニ然カ云フヲ得ルモノニ過キス蓋シ本條ニ禁止スル所ノ約款ハ社員ノ一人ヲシテ毫モ利益ニ於ケル持分ヲ有セシメサルニアルモノニシテ畢竟持分ノ規定ヲ為スニ非サルカ故ニ之ニ関スル普通法ノ例外ト稱セサルモ尚ホ不可ナキモノナリ
以下本條各禁制ノ理由ヲ逐一説明セン
第一會社契約ノ定義ニ依ツテ之ヲ見ルニ(上第百十五條ヲ参観スヘシ)會社ハ数人其財産ヲ共通シ以テ各自ノ間ニ配当スヘキ利益ヲ收ムルヲ目的トスル合意ナリ是ヲ以テ其配当ハ之ヲ均一ニシ又ハ不均一ニスルヲ得ヘキモ必ス配当ハ之ヲ為ササル可カラス是ヲ以テ社員ノ一人若クハ数人ヲシテ毫モ配当ニ預ルヲ得サラシメ他ノ一人若クハ数人ヲシテ會社資本ノ全体ヲ独占セシムルノ約款ハ會社ノ要素ニ背馳スルカ故ニ之ヲ禁制ス
加之本條ハ啻ニ社員ノ一人ノミヲシテ會社資本ヲ擧ケテ之ヲ得セシムルヲ許サ々ルノミナラス又之ヲシテ會社設立ノ際資本控除即チ各社員ノ出資取戻シノ後残ル所ノ利益ノ全部ヲ得セシムルコトヲ許サス本條ノ法文ハ明カニ此二箇ノ禁制ヲ定メタリ法文ニハ社員ノ一人ノミヲシテ會社資本又ハ其得タル利益ヲ受クルヲ得サラシムルコトヲ約シタル塲合ヲ規定セスト雖トモ亦此約款ハ同一ノ理由ニ依リ法律ノ禁止スルモノト云フヘキヤ明カナリ
且法文ニハ社員ノ一人ニ資本又ハ利益ノ全部ヲ帰スヘキ約款ヲ禁スルニ止マルト雖トモ法律ヲ規避スルカ為メ社員ノ一人ヲシテ他ノ一人ニ比シ極メテ些少ナル部分ヲ得セシムルノ約款ハ又法律ノ禁制ニ觸ル々モノト謂ハサル可カラス殆ト得ル所ナキハ恰モ毫モ得ル所ナキト異ナラスト謂フヘシ
実際徃々社員ノ一人會社資本ノ比例的ノ部分ヲ得スシテ資本ノ高如何ニ拘ハラス一定ノ金銭ヲ先取スヘキノ合意ヲ為スコトアリ若シ其一人ノ得ヘキ一定ノ金銭極メテ些少ナルカ又ハ他ノ社員ノ得ヘキ金銭極メテ巨額ニテ遂ニ會社資本ノ全部ヲ取尽シ又ハ実際餘ス所殆ト皆無ノ姿ニ至ルヘキトキハ亦本條ノ禁制ニ觸ル々モノトス
第二ノ約款モ亦之ヲ禁止スト雖トモ其禁止ハ絶對的ニ非ス其約款タル社員ノ一人ノ出資ヲシテ全ク損失ノ負担ヲ免カレシメントスルニ在リ
右ノ約款ヲ禁止スルノ理由ハ亦第一ノ約款ヲ禁止スルノ理由ト同一ニシテ即チ社員ノ出資ヲシテ會社損失ノ為メ減少スルコトヲ免カレシムルニ於テハ其社員遂ニ自己出資ノ全部ヲ回復シ之カ為メ他ノ社員ノ出資會社債務ノ為メニ蕩尽スルコトナシトセス是此約款ヲ禁止シタル所以ナリ
然リ而シテ此約款アルモ未タ必スシモ第一ノ約款ノ如ク他ノ社員ノ危険ヲ生シ之ヲシテ独リ損害ヲ被ラシムルモノニ非ス何トナレハ會社盛大ニ至ルトキハ利益ノ配当ヲ受クヘケレハナリ然レトモ本法ハ第二ノ約款危害甚タ多ク其利益ヲ得サル社員ノ為メ甚タ不利ニシテ其社員ハ自己ニ結果ノ害アルヲ充分ニ豫期セサルヲ観察シ爰ニ禁制ヲ設ケタリ然レトモ亦此禁制ハ技術又ハ労力ノ出資以外ノ有價物其他ノ財産ノ出資ヲシテ損失ヲ免カレシメントスルノ約款ニ對シ設ケタルニ止マレリ是ヲ以テ社員中技術又ハ労力ノミヲ出資トシタル者ハ會社資本ニ超過スル損失ヲ負担セサルヘキ旨ヲ要約スルコトヲ得此特例ノ理由二アリ第一技術ノミヲ以テ會社ニ出資トスルモノハ概ネ資本家ニ非ス是ヲ以テ會社ノ借方貸方ニ超過スルニ因リ觧散ニ至ルニ当リ之ヲシテ債務ヲ負担セシムルハ之ニ對スル刻ニ過キタリト謂ハサル可カラス且之カ為メニ技術又ハ労力ヲ出資トセントスル者遂ニ會社ニ入ラサルニ至ルヘシ第二技術又ハ労力ノ出資ハ他ノ出資ニ比スレハ利益ノ配当ヲ受クルコト一層少ナキコト多キカ故ニ本法ハ此点ニ関シ裁判所ヲシテ價額ノ評定ヲ為スノ任ニ当ラシム(下第百四十一條第二項ヲ参観スヘシ)是ヲ以テ技術又ハ労力ノ出資ハ法律上損失ヲ免カレシムヘキニ非サルモ当事者ノ合意ヲ以テ損失ヲ免カレシムルコトヲ認許スルヲ至当トス
或ハ当事者社員ノ一人若クハ数人出資ヲシテ損失ヲ免カレシムルコトヲ約サス却テ其一人ヲシテ債務損失ノ全部ヲ負担セシムヘキコトヲ約スルコトアラン然レトモ亦此約款ノ結果ハ法律ノ豫防セントシタル所ノモノニシテ又前ノ約款ト同シク法律ノ禁止スル所ナリト謂ハサル可カラス蓋シ社員ノ一人債務ノ金額ヲ弁済シ損失ノ全部ヲ負担スルトキハ他ノ社員從ツテ全ク損失ノ負担ヲ免カル々ニ至リ而シテ是正ニ法律ノ禁止スル所ナリ然レトモ亦他ノ社員労力又ハ技術ノミヲ出資トシタルニ過キサルトキハ合意ヲ以テ其損失ノ負担ヲ免カルヘキコトヲ約スルヲ得ルカ故ニ此塲合ニ於テハ社員中一人ニシテ損失ノ全部ヲ負担スヘキコトヲ約スルコトヲ得
以上説明シタル所ノ禁制ノ効力換言スレハ其禁制違反ノ制裁如何是法律ニ規定スルヲ要スル所ナリ而シテ其制裁タル禁制ヲ無効トスルノ外アラスト雖トモ無効タルヘキモノハ合意ノ全体詳カニ之ヲ言ヘハ會社契約全部タルヘキカ将タ法禁ノ約款ノミニ限ルヘキカ普通ノ原則ニ依ルニ総テ不法ノ條件ハ無効ニシテ之ニ係ル合意ヲシテ無効タラシムルモノナリ(財産編第四百十三條ヲ参観スヘシ)是ヲ以テ此原則ニ依リ法禁ノ約款ヲ設ケタルトキハ會社契約ノ全体ノ無効ヲ惹起スヘキカ如シ
然レトモ此原則ノ適用ヲシテ正確ナラシムルニハ先ツ本條ニ掲ケタル所ノ区別ヲ為スコトヲ要ス即チ法禁ノ約款會社契約ヲ以テ設ケタルモノナルヤ将タ結社以後ニ設ケタルモノナルヤヲ區別スルコトヲ要ス而シテ合意ノ不法約款ニ繋リ其成立ニ瑕瑾アリト云フヘキハ独リ會社契約ヲ以テ此約款ヲ設ケタル塲合ノミニ在リ結社後ニ至リ之ヲ設ケタル塲合ニ於テハ會社ハ有効ニ成立シタルモノニシテ而シテ各社員ノ利害ヲ受クヘキ割合当事者ノ定ムル所タラサリシカ故ニ法律ノ規定ニ依遵スヘキモノトス(下第百四十一條ヲ参観スヘシ)蓋シ當事者ハ自己ノ隨意ニ利害ヲ受クルノ割合ヲ定メ以テ法律上ノ規定ヲ変更スルヲ得ヘキモ其有効ニ規定ヲ為サ々リシトキハ法律上ノ規定ニ従ハサル可カラス
第百三十九條
社員自ラ各自ノ持分ヲ規定スルト当事者此点ヲ定メサリシニ因リ法律上之ヲ規定スルトノ間ニアル所ノ折衷ノ方法アリ即チ社員ノ選任シタル仲裁人ヲシテ社員各自ノ持分ヲ定メシムルコト是ナリ此方法タル実際甚タ稀ナルヘシト雖トモ亦偶々是アルニ於テハ少シク異論ヲ生スヘキ所アルカ故ニ法律ニ之ヲ規定スルヲ至当ト認メタリ
本條第一項ハ先ツ当事者仲裁人ヲシテ各自ノ持分ヲ定メシムルコトヲ得ルノ権利アル旨ヲ宣言スルモノナリ是公ケノ秩序ニ関セサル事項ニ普通ナル法則ノ適用ニシテ此事ヲ目的トスル合意或ハ會社契約ノ約款ノ一タルコトアリ或ハ是ト分離シ結社以後ニ締結スルコトアリ而シテ仲裁人ハ一人又ハ数人ニシテ其員数ニ定限ナク又會社員タルト外人タルトヲ問フモノニ非ス且之ヲ指名スルニ仲裁人ヲシテ各自ノ持分ヲ定メシムヘキコトヲ約スルノ証書中ニ於テスルモ亦其後就中将ニ仲裁契約ヲ実行セントスルトキ即チ會社ノ觧散シ清算ヲ為スノ際ニ至リ之ヲ指名スルモ共ニ法律ノ許ス所ナリ
凡ソ仲裁人ハ仲裁契約ヲ以テ之ヲ指名スルヲ概ネ可ナリトスルモ本條ノ塲合ニ於テハ此普通法ニ異ナルヲ以テ却テ可ナリトス蓋シ社員會社契約ヲ締結スルトキニ在テ既ニ其持分ヲ仲裁ニ委スルコトヲ約スルモ決シテ仲裁人ヲシテ即時社員各自ノ持分ヲ定メシムルカ為メニ非スシテ會社觧散ノ際ニ至リ持分ノ定方ヲ為サシムルカ為メナルヤ明カナリ若シ之ニ反シ当事者ノ意仲裁人ヲシテ即時各自ノ持分ヲ定メシメントスルニアレハ之ヲ為スヲ得ヘキモ然ルトキハ当事者仲裁人ニ會社契約締結ノ前即時持分ヲ定ムルノ準備ヲ為サシメ以テ仲裁人ノ定メ方自己ノ意ニ適セハ直チニ之ヲ會社契約中ニ掲載シ又其定メ方自己ノ意ニ適セサレハ會社契約案ヲ抛棄スルニ至ルヘシ然レトモ此塲合ニ於テハ仲裁人ノ定メ方モ畢竟社員自ラ為シタル定メ方ニ外ナラス
然ルニ會社觧散ノ時ニ至リ持分ノ定メ方ヲ為サシムルトキハ仲裁人ハ會社ノ継続中各社員會社ノ為メニ尽シタル労力及ヒ之ニ加ヘタル利益ヲ算定スルノ利アリ加之当事者各社員ノ會社ノ為メニ労力シ之ニ利益ヲ及ホシタルノ多寡ヲ自ラ評價セントスルトキハ或ハ協議一致セサルノ恐アルカ故ニ特ニ仲裁人ヲシテ評價ヲ為サシメンコトヲ欲スルコト少ナシトセス故ニ社員ノ持分ハ仲裁人ヲシテ會社觧散ノ時ニ至リ定メシムルヲ可ナリトス然レトモ其觧散ノ時タル甚タ遠ク又ハ社員一人ノ死去ノ如キ全ク不確定ナル事件到来ノ日ニ在ルコトアルカ故ニ始メヨリ仲裁人ヲ指名スルコト冝シカラス何トナレハ仲裁人実際仲裁ヲ為スヘキノ時ニ至リ尚ホ仲裁ヲ受諾シ且之ヲ実行スルヲ得ルヤ否ヤ甚タ不安全ナレハナリ
第二項ハ仲裁人ノ為シタル定メ方ヲ攻撃スルヲ得ルノ二箇ノ原因ヲ示スモノナリ其第一ハ当事者ノ仲裁人ニ命シタル條方式ノ不履行トス蓋シ当事者仲裁人ノ定メ方ノ標準タルヘキモノ例ヘハ当事者ヨリ提出シ又ハ提出スヘキ計算上若クハ各社員ノ差出スヘキ説明書等ヲ指定スルコトアルヘシ故ニ若シ仲裁人ニシテ該計算書ニ基カス又説明ヲ求メスシテ各自ノ持分ヲ定ムルトキハ即チ其委任ノ趣意ニ従ヒ代理ヲ履行シタルモノニ非ス故ニ其定メ方ハ之ヲ攻撃スルコトヲ得仲裁人ノ定メ方ヲ攻撃スヘキ第二ノ原因ハ其定メ方ノ公平ヲ決シタルニ在リ然レトモ公平ヲ失スルト云フハ意味汎博ニシテ果シテ公平ヲ失シタルヤ否ヤヲ断定スルコト少シク困難ナキコト能ハス然レトモ仲裁人ノ定メ方如何ニ拘ハラス決シテ之ヲ攻撃スルヲ得スト定ムルトキハ種々ノ弊害生スヘキノ恐アリテ仲裁人或ハ友誼ニ因リ又ハ害心ニ出テ或ハ賄賂ヲ収受シタルカ為メ各社員ノ正当ナル請求ニ應セサル所ノ持分ノ定メ方ヲ為スコトナシト云フ可カラス然リ而シテ当事者自ラ仲裁人ニ對シ公平ナル配当ヲ為スカ為メ其依遵スヘキ一切ノ標準ヲ示スコトヲ得ヘカラス何トナレハ当事者若シ仲裁人ノ為メ一切ノ標準ヲ示スヲ得ルトキハ敢テ仲裁人ヲ煩ハスニ及ハス自ラ其持分ヲ定ムヘケレハナリ是ヲ以テ当事者ハ仲裁人ニ對シ公平ナランコトヲ望ミタルモノト看做スヘク亦法律モ仲裁人ニ對シ單ニ公平ナランコトヲ求ムルノミ是ヲ以テ仲裁人ノ定メ方公平ナラサルトキハ之ヲ攻撃スルヲ得ヘキモ其公平ヲ失シタル明カナルトキニ限ル故ニ仲裁々断ヲ攻撃セントスル者容易ニ其不公平ナルコトヲ証明スル能ハサルトキハ其公平ヲ失シタルコト明カナラサルノ故ニ遂ニ敗訴スルニ至ルヘシ
然ラハ則チ公平ノ定メ方ヲ為スニハ如何ナル標準ヲ取ルヘキカ法文ニ之ヲ明示セサルハ畢竟仲裁人並ヒニ裁判所ノ権力ヲ限制シ之ヲ狭隘ナル範囲ニ拘束セサルカ為メノミ然リト雖トモ実際社員持分ノ公平ナル定メ方ノ標準タルモノハ各自出資ノ多少ト會社業務ニ加ヘタル尽力ノ大小ノ外他ニ是アルコトナカルヘシ故ニ此二箇ノ標準ヲ棄テ評價ヲ為シ各自ノ持分ヲ定ムルニ不均一ナリシトキハ縦令収賄ニ出テサルモ私情又ハ害心ニ依リタルモノト云フヲ得ヘシ
斯ノ如クニシテ仲裁人ノ為シタル持分ノ定メ方当事者此点ニ付何等ノ約定ヲモ為サ々ル塲合ニ於テ行ハル々法律上ノ定メ方ニ庶幾シ
第三項ハ仲裁人ノ定メ方無効ノ訴権執行ニ二箇ノ制限ヲ設クルモノナリ即チ該定メ方ノ任意履行及ヒ其定メ方ヲ知リタルヨリ何等ノ請求ヲモ為サスシテ三ヶ月モ経過シタルノ事実ハ黙示ノ認諾ヲ為スモノトシ定メ方無効ノ請求不受理ノ原因トス
明示ノ認諾ニ至テハ敢テ法文ニ明カニ之ヲ認メスト雖トモ其代理ニ均シキ効力アルコトハ一般ノ原則ノ致ス所ニシテ敢テ明文ヲ要セサルナリ
第百四十條
社員仲裁委任ノ件ニ関シ又仲裁人ノ選任ニ関シ異議アルトキ並ニ仲裁人社員持分ノ定メ方ヲ為スコトヲ欲セス又ハ之ヲ為ス能ハサル塲合ニ就テハ法律ニ明文ヲ設ケ以テ之ヲ處分スルコトヲ要ス本條ノ目的トスル所即チ是ナリ會社契約ヲ以テ持分ノ定メ方ヲ仲裁人ニ委任スヘキヲ定メシトキハ総社員ノ一致ニテ此合意ヲ為スコトヲ必要トス何トナレハ其合意タル會社契約ノ一部分ヲ為スモノナレハナリ
又当事者既ニ會社契約ヲ取結ヒタル後仲裁人ヲシテ其持分ヲ定メシメンコトヲ約セントスル塲合ニ於テモ尚ホ社員ノ一致アルヲ要ス何トナレハ将来合意ヲ以テ社員ノ持分ヲ定メ又ハ裁判所ヲシテ之ヲ定ムルヲ得セシメサルノ行為ヲ為スハ即チ当初ノ契約ヲ変更スヘキモノナレハナリ
然レ共一旦會社契約又ハ其以後ノ合意ヲ以テ持分ノ定メ方ヲ仲裁人ニ委任スヘキコトヲ決シタルトキハ亦其仲裁人ヲ選任スヘキノミ而シテ其選任タル會社定款ノ執行ニ外ナラサルカ故ニ社員ノ過半数ノ一致ノミヲ以テ之ヲ行フコトヲ得(上第百二十八條ヲ参観スヘシ)然リ而シテ仲裁人ノ選任ニ付過半数ノ一致アラサル時ト雖トモ亦未タ以テ法律上ノ配当法ニ従フコトヲ要セス蓋シ当事者ハ初メヨリ其法律上ノ定メ方ニ從フコトヲ欲セサル旨ヲ明言シタルモノナルカ故ニ裁判所ニ仲裁人ヲ選任スヘキコトヲ請求スヘキノミ
仲裁人其委員ヲ履行スルコトヲ欲セス又ハ之ヲ履行スルコト能ハス而シテ社員更ラニ過半数ノ一致ヲ以テ其補缼選任ヲ否決スル能ハサル塲合ニ付テモ亦本條右ト同一ノ規定ヲ設ケタリ
第百四十一條
本條ハ社員豫メ仲裁人ヲ以テ持分ノ定メ方ヲ為スヘキコトヲ約定セス又以後仲裁人ニ持分定メ方ヲ委任スルコトヲ約セサル塲合并ニ仲裁人ノ定メ方無効ト為リタル塲合ヲ規定シタリ蓋シ此塲合ニ於テハ法律上社員持分ノ定メ方ヲ為スノ外アラサルカ故ニ本條ハ此法則ヲ定メタリ
或ハ此塲合ニ於テハ又上第百三十九條ニ依リ仲裁人ノ定メ方無効ト為リタル塲合ニ於ケル規則ヲ適用シ裁判所ヲシテ更ラニ仲裁人ヲ選任セシムヘシト規定スルヲ以テ可ナリトスルモノアラン然レトモ爰ニ第百三十九條ヲ適用スルトキハ際限ナク持分ノ定メ方ヲ為ス能ハサルニ至ルヘシ何トナレハ更ラニ選任セラレタル仲裁人ノ定メ方ニシテ未タ第百三十九條第二項ニ列記シタル原因ノ一ニ基キ鎖除セラル々ニ至ルトキハ重ネテ他ノ仲裁人ヲ選任セサルヲ得スシテ遂ニ停止スル所ナキニ至ルヘシ
本條ニ採用シタル持分定メ方ノ方法ハ公義ニ適合スルモノタルヤ敢テ多弁ヲ要セサルナリ即チ此定メ方ニ依ルトキハ各社員ハ會社資本ニ利益ヲ加ヘタル者又ハ損失ヲ減シタル者ニ付キ自己ノ持分即チ出資ノ割合ニ應シタル部分ヲ有スヘク又若シ會社資本損失ノ為メニ蕩尽シ借方ノ超過スルトキハ又其出資ノ割合ニ應シ之ヲ分担スヘシ
此塲合ニ於テ社員ノ出資金銭タラス又金銭ニ之ヲ見積ラサリシトキハ裁判所ハ先ツ其出資ノ價額ヲ評定スルコトヲ要ス就中技術又ハ労力ノ出資ニ付テハ殊ニ然ルヲ要ス
本條ハ亦會社ニ技術ヲ出資トシタル者併セテ金銭其他ノ財産ヲ出資トシ差入レタルコトヲ仮定シタリ
此塲合タル特ニ法律ニ之ヲ記載シ規定スルノ價値アルモノナリ何トナレハ実際此塲合多カルヘケレハナリ
右ノ塲合ニ於テハ其社員二様ノ持分即チ其技術ニ應スル持分ト他ノ出資ニ應スル持分トヲ有スヘキヤ当然ナリ
社員有効ニ其信用ヲ以テ會社ニ出資トスルヲ得ヘキヤ否ヤノ問題ハ前ニ之ヲ論断シ消極的ニ之ヲ決シタルカ故ニ信用ノ出資ノ價格評定ニ関シテハ敢テ論及スヘキモノナシ
第百四十二條
會社資本ニ於ケル各社員ノ権利ハ會社觧散ノ時ニ至ラサレハ行フコトヲ得サルモノニシテ其觧散ニ至ル迄ハ會社ノ法人タルトキハ其法人會社資本ヲ所有シ又其法人タラサルトキハ會社資本ヲ未分ニテ総社員ノ共有タルモノナリ故ニ會社ノ継続スル間ハ各社員會社資本ヲ構造スルモノヲ處分スルコト能ハス縦令自己ノ部分ニ付テ之ヲ處分セントスルモ尚ホ得ハカラス
又社員一身上ノ債権者モ其債務者ノ件ニ基キ會社資本ノ一分ヲ差押フルコト能ハサルヤ敢テ言ヲ俟タサルナリ唯僅カニ財産編第三百三十九條ニ依遵シ其債務者ノ権利ヲ行ヒ帳簿ノ閲覧ヲ請求シ會社觧散前ニ配当スヘキ利益ノ交附ニ故障ヲ為スコトヲ得ルノミ
本條ハ會社ニ損害ヲ及ホサ々ル以上ハ社員其持分ニ関シ或ル権利ヲ行フヲ得ルコトヲ宣言スルヲ以テ趣意トシ敢テ之ヲ禁スルモノニ非ス之ヲ禁スルカ如キハ却テ會社ノ性質ニ反スルヤ明カナリ
故ニ社員ハ第一自己ノ持分ニ第三者ヲ組合ハサシムルコトヲ得是社員自己ノ資本ヲ以テ其出資ヲ差入ルルコト能ハサル塲合ニ於テハ之ニ對シ徃々必要ナル所ナリ蓋シ社員單ニ其出資ヲ差シ入ル々カ為メ金銭ヲ借用セントセハ或ハ到底之ヲ得ル能ハス又ハ巨額ノ利息ヲ拂ハサルヲ得サルモ資本ノ貸主ニ利益ノ配当ヲ為ストキハ之ヲシテ大ニ利益ヲ得セシムルコトアルヘキカ故ニ低利ニテ資本ノ借用ヲ為スヲ得ルコトアルヘシ
又社員ハ其持分ヲ質入スルコトヲ得是資本ノ貸主ヲシテ會社ノ清算配当ヲ為スニ当リ其社員ノ他ノ債権者ト共分ヲ為スコトナク劃然自己ノ弁済ヲ受クルヲ得セシムヘシ
又社員ハ第三者ニ其持分ノ全部ヲ讓渡シ之ヲシテ自己ノ會社資本ニ付キ有スル未定ノ権利ヲ享受セシメ又自己ノ負担スルコトアルヘキ借方ヲ担当セシムルコトヲ得
然リト雖トモ是等ノ特別ナル合意ハ原則トシテ會社ニ對抗スル能ハサルモノトス是レ法文ニ明記スル所ニシテ彼ノ[合意ハ当事者間ニ非サレハ効力ヲ有セス第三者ニ對抗スルコト能ハス}ト云ヘル規則ノ適用ナリ蓋シ社員自己ノ持分ニ関シ特別ノ合意ヲ為スモ他ノ社員ハ結社以後ノ行為ニ付キ第三者タルヲ以テ之ニ其効力ヲ及ホスコト能ハス是ヲ以テ第三者ハ他ノ社員ト共ニ社員タルモノニ非ス是固ヨリ当然ノ事ト云フヘシ何トナレハ民事會社ハ商事會社ニ比スレハ一層社員其人ニ着眼シ相知リ互ニ信用ヲ置ク者相集テ組織スルモノニシテ其一社員第三者ト自己ノ持分トニ付キ組合事ヲ為スモ他ノ社員ト未タ必スシモ均ク之ニ信用ヲ置クモノニ非サレハナリ
又社員自己ノ部分ヲ讓渡シ又ハ質入トシタルトキモ同ク其讓渡若クハ質入ノ効力ヲ會社ニ及ホスコト能ハス
夫レ斯ノ如ク社員ノ権利ヲ制限スト雖トモ亦其制限ニハ一ノ例外アリ此例外タル塲合ニ於テハ社員自己ノ持分ニ関シ為シタル合意ノ効力但シ当事者ニノミ限ラスシテ絶對的ニ會社ニ對抗スルヲ得ヘシ
其塲合タル會社成立ノ契約ヲ以テ一般ノ社員又ハ特ニ或ル社員ニ許スニ更ラニ契約ヲ取結フニ及ハスシテ自己ニ代ハリ第三者ヲ入社セシムルノ権ヲ以テシタル時即チ是ナリ斯ノ如キ塲合ハ実際稀ナルヤ明カナリト雖トモ亦必ス充分ノ担保アリ或ハ新社員タルヘキモノヲ限定シ之ヲ指名シタルコトアルヘク其ハ暫ク措キ此塲合ニ於テハ原契約ヲ変更スルニ非ス之ヲ適用スルモノナリ
然リト雖トモ亦何レノ塲合ニ於ケルトヲ問ハス讓渡人ノ會社ニ對スル権利ヲ行フヲ得ヘキ第三者ハ讓渡人ノ義務ニ付テハ會社對シ全ク其位置ニ代ハルモノニ非ス但債務者ノ交替ニ因ル更改アリシトキハ此限ニ非ラス
第一項ノ末文ハ會社ノ権利ノ讓渡會社ニ對抗スヘキ塲合詳カニ之ヲ云ヘハ社員ノ持分ヲ譲渡スコトヲ得ヘキ旨ヲ約シタル塲合ニ於テ會社其社員ノ譲渡サント欲スル所ノ持分ヲ先買スルノ権利ヲ有スヘキコトヲ併セテ契約シタルコトヲ想像ス此要約タル社員ノ數ヲ減少シ社員交互ノ計算ヲ單簡ニセンコトヲ目的トスルモノナリ
此約款ヲ容易ニ執行スルヲ得ルカ為メ契約ヲ以テ譲渡ノ提供ヲ為シ又之ヲ受諾スヘキノ方式及ヒ期限ヲ定ムルヲ至當トス然レトモ実際此約款ノ行ハルルハ甚タ稀ナルヘシ何トナレハ會社ノ先買ハ社員第三者ニ對シ譲渡ヲ為シ以テ享受スルヲ得ヘキ代價ニシテ之ヲ行フヲ要スルカ故ニ社員ハ必ス其代價ヲ過當ニ申立ツルノ恐アルヘケレハナリ
法文ハ法人タル會社又ハ少ナクモ社員ノ集合体トシ観察シタル會社ノ為メニ先買権ノ要約アリタルコトヲ想像スト雖トモ亦各社員規定ノ方式及ヒ期限ヲ守リ賣却ニ附セラレタル持分ヲ買取ラントスルノ意思ヲ示シタルトキハ先買権アルヘキコトヲ要約スルノ妨ケアルコトナシ
第百四十三條
本條ニ民事會社當事者ノ意思ニ依リ法人タルヲ得加之其會社ニ社名ヲ附シ之ヲ公布シタルノ一事ニ依リ法人ノ性質ヲ有スヘキモノト定メタル以上ハ(上第百十八條ヲ参観スヘシ)會社資本此場合ニ於テ社員ノ資産ト分離シ會社ノ債権者ト社員各自ノ債権者ト混淆セス各債権者ハ其債務者ノ財産ヲ以テ特ニ其擔保ト為シ一ハ會社資本ヲ擔保トシ一ハ社員固有ノ財産ヲ擔保トスヘキヤ敢テ辨明ヲ要セサルナリ故ニ此場合ニ於テハ各種ノ債権者ハ自己固有ノ擔保タル財産ヲ以テ皆済ヲ受ケタル後ニ非サレハ他種ノ債権者ノ擔保タリシ財産ニ付キ要求スル所アルヲ得ス
此結果タル第百十八條ニ定メタル原則ノ必然ノ結果ニシテ本條ハ明カニ之ヲ示スモノナリ
蓋シ同一ノ債務ニ付キ數多ノ債務者アルトキハ各債務者ハ自己ノ部分ニ付キ訴追ヲ被ルニ過キサルヲ以テ一般ノ原則トス之ニ反シ自己ノ部分外ニ付キ債務者訴追ヲ受クルハ其債務連帶又ハ不可分ナル時ニ限ル然ルニ連帶又ハ不可分ナルモノハ複數義務ノ特別ノ躰様即チ一ノ変体ニシテ例外ハ當事者ノ合意法律ノ規定又ハ債務ノ性質ニ起基スルモノナリ
然ルニ本條ニハ會社ノ業務擔當人其資格ヲ以テ又ハ會社業務ノ為メ債務ヲ約シタルトキ明カニ會社ノ定款又ハ特別ノ合意ニ依リ社員ヲシテ連帶ノ義務ヲ負擔セシメ各社員ヲシテ債務全部ヲ辨済スルノ義務ヲ負擔セシムルノ認許ヲ得サリシコトヲ仮定スルモノナリ故ニ社員ハ連帶義務ヲ負擔スルコトナシ然レトモ特ニ定款又ハ合意アルトキハ社員ノ連帶ヲ以テ會社ノ債務辨済ノ擔保ト為スヤ敢テ疑議ヲ容レサルナリ
又義務ノ性質上不可分ナル場合ニ付テハ敢テ爰ニ特別ノ規定ヲ為スヲ要セス縦令會社ノ債務タリトモ其性質上不可分ナルトキハ敢テ其會社ノ債務タルノ事実ヲ以テ其性質ヲ変スヘキモノニ非ス例ヘハ或ル事ヲ為ササルノ義務ノ如キハ性質上必ス不可分ノモノニシテ金銭ヲ與フルノ義務ハ之ニ反シ性質上可分ナルモノナリ
本條ニ法律上ノ連帶ヲ定メタルハ重大ナル理由アルカ故ナリ
本條定ムル所ノ連帶ハ商事會社ノ通則タルモノニシテ民事會社ニ付テモ敢テ之ニ異ナルヘキノ理由アラサルナリ蓋シ商事會社ニ於テ法律上ノ連帶ヲ定メタル主タル理由如何ヲ問ハス其理由ヲ均ク民事會社ニ適用スルヲ得ルモノナリ即チ第一社員ヲシテ連帶タラシムルトキハ第三者一層辨済ヲ受クルノ擔保アルカ故ニ其會社ノ信用ヲ厚フスヘシ而シテ民事會社モ亦農業上裨益スル所極メテ大ナルカ故ニ其信用ヲ厚フスルハ亦大ニ有益ナリ是民事會社ノ社員ヲシテ法律上連帶ノ責ニ任セシムル第一ノ理由ナリ且債権者ハ各社員ノ貸方及ヒ借方ノ配當ニ付キ有スル所ノ持分ヲ確知スルコト難ク其困難ハ民事會社ニ於ケルモ又商事會社ニ於ケルト同一ナリ加之民事會社モ商事會社モ共ニ公示スルヲ要スルカ故ニ持分ノ規定容易ニ知ルコトヲ得ヘシ
商事會社ニ於ケルト同シク民事會社ニ於ケルモ亦其法人タルト否トヲ區別スルコトナク社員ノ連帶責任ヲ負フ重タル理由ハ各社員均ク過失アルカ故ナリ其過失タル社員尽ク業務擔當人タルノ資格ヲ有スルトキハ其業務管理冝シキヲ得サルニ在リ又業務擔當人ヲ選任シタルトキハ其行為ヲ監査スルコトヲ怠リタルニ在リ
本條ハ會社ノ義務「有効ニ」約シタルモノナルコトヲ必要トス是ヲ以テ業務擔當人ノ権限狭隘ナル時其権限ヲ超過シテ義務ヲ負擔スルモ擔當人獨リ其義務ヲ負擔スヘシ又業務擔當人ハ自己ノ名ヲ以テ自己ノ營業ノ為メ契約ヲ為スコトアルカ故ニ本條ヲ適用スルニハ業務擔當人其資格ヲ以テシ詳カニ之ヲ言ヘハ會社ノ名ヲ以テ合意シ又ハ明カニ證書中ニ其業務擔當人タルノ資格ヲ掲ケサルモ會社ノ營業ノ為メニシタルコト現然ニシテ之ト約束シタル第三者其會社ヲ以テ債務トシ社員ヲ以テ第二段ノ債務者トスルコトヲ知リタルコトヲ要ス
會社資本ヲ以テ會社ニ對スル債権者ノ擔保トスルニハ是等ノ條件ヲ必要トシ本條第一項ニ之ヲ定メタリ故ニ會社ノ債権者更ラニ社員ニ對シ訴追ヲ為スニ付テモ亦之ヲ必要トスルヤ當然ナリ
第二項ニ於テ冝シク注意スヘキハ債権者各社員ニ對シ訴権ヲ行フヲ得ルハ會社資本ノ不充分ナル場合ニ限ルニ在リ故ニ債権者ハ手數ノ簡便ヲ口術トシ又ハ費用若クハ事実ノ少ナキヲ口術トシ漫ニ自己ノ選擇ニ任セ會社又ハ社員ヲ訴追シ會社資本ヲ差押ヘスシテ社員固有ノ財産ヲ差押フルコトヲ得ス
然レトモ業務擔當人若クハ社員會社資本ヲ示サス或ハ之ヲ隠蔽シ或ハ諸帳簿商品ヲ示シ以テ資本アルコトヲ示ササルトキハ債権者會社資本ヲ取尽スニ先チ社員ヲ訴追スルノ権利ヲ有ス
蓋シ民事會社ノ資本タル未タ必スシモ不動産タラサルカ故ニ容易ニ債権者ニ對シ之ヲ隠蔽シ以テ徒ラニ久シキ時日ヲ経過シ遂ニ債権者ヲシテ各社員ニ對シ連帶ノ効ヲ奏セシムル能ハサルニ至ルコトナシトセス是業務擔當人又ハ會社資本ヲ示ササルトキ總社員ヲシテ會社ノ義務ニ付キ連帶ノ責任ヲ負ハシムル所以ナリ
又第二項ハ民事會社ノ社員連帶責任ヲ負フハ未タ必スシモ其會社ノ法人ヲ為ストキニ限ラサルコトヲ明記シタリ加之其會社ノ法人ヲ為ササルトキハ債権者會社資本ヲ取尽シタル後ニ至リ始メテ社員固有ノ財産ヲ差押フルニ及ハス直チニ社員ニ對シ其請求ヲ為スコトヲ得何トナレハ會社ノ法人タラサルトキハ所謂會社資本ナルモノナクシテ其資本ハ社員固有ノ財産ト混淆スルモノナレハナリ
此規定タル債権者ノ會社資本ニ付キ有スル先取権ヲ第一項ニ於テ會社ノ法人タラサル場合ニ限リタルカ故ニ殊ニ爰ニ掲クルヲ必要トス
末項ハ擔保編ニ規定スル所ノ連帶ノ原則ヲ適用スルモノニシテ連帶ノ全体ニ関スル規定ハ當編ニ之ヲ詳悉スヘシ
債務者ノ連帶ハ其債権者對スル関係上存スルモノニシテ債務者相互ニ関係及ヒ其相互ノ求償ノ点ニ付テハ債務分割シ結局各債務者其債務ニ付キ実際負擔スル所ノ部分ヲ結局擔當スルニ過キス然ルニ其部分タル第百三十五條乃至第百四十一條ニ依テ之ヲ見ルニ或ハ均一ナリ或ハ不均一ナリ是ヲ以テ連帶ノ効力ニ依リ總債務ヲ辨済シタル者ハ自餘ノ債務者ニ對シ其各部分ヲ請求シ自己ノ部分ヲ以テ結局己レノ負擔トスヘシ
本條ニハ業務擔當人債務ヲ約シタルコトヲ想像スト雖トモ會社契約又ハ以後ノ契約ヲ以テ業務擔當人ヲ選任セサリシトキハ總社員均ク管理スルヲ得ルカ故ニ本條ハ各社員ノ諾約ニ適用スヘキヤ明カナリ只其諾約會社ノ名ヲ以テシ又ハ會社ノ財産ニ適用スヘキ管理行為タルコトヲ要ス此場合ニ於テハ本條ノ精神ニ照ラスモ亦其文字ニ付テ考フルモ均ク本條ヲ適用スヘシ
第三節 會社ノ解散
第百四十四條
本條會社解散ノ原因ヲ分テ二種ト為シタリ其一ハ或ル事件ノ到来ノ一事ニ因リ法律ノ効力ノミニ依テ當然會社ノ解散ヲ来スモノニシテ一ハ當事者双方若クハ其一方ノ意思ニ依リ始メテ會社解散ノ効力ヲ生スルニ過キサルモノトス然リ而シテ會社ノ當然解散スル塲合ニ於ケルモ亦未タ必スシモ決シテ争論ヲ惹起スコトナク裁判所ノ干渉ヲ要セスト云フ可カラス然ルニ一旦法律會社解散ノ原因ト定メタル事実アリタルコトヲ裁判所ニ於テ認定シタル以上ハ其効力ハ事実ノ行ハレタル日ニ溯リ発生スヘシ然ルニ當事者ノ意思ニ因リ會社解散スル塲合ニ於テハ其効力ハ既徃ニ於ケル外溯テ発生スルモノニ非ス但第百四十五條第三項ノ塲合ニ於テハ解散ノ溯及力ヲ生スルモノナリ何トナレハ其解散ハ畢竟義務不履行ニ基ク解除ニ外ナラサレハナリ加之尚ホ其解除ハ裁判所ニ請求ヲ為シ始メテ行ハルルモノニシテ或ハ其請求ノ起ラサルコトアルヘク又一旦其請求ヲ為シ裁判所之ヲ聴許スルモ尚ホ被告人ニ期限ヲ許與シ之ヲシテ其義務ヲ履行スルノ猶豫ヲ得セシメ以テ會社ノ解散ヲ遲延スルコトヲ得(財産編第四百二十一條ヲ参観スヘシ)
第一會社ノ當然解散スル第一ノ塲合ハ會社ノ継續期間ノ満了ナリ盡シ其期間タル元ト當事者ノ合意ヲ以テ定メタルモノナルカ故ニ此塲合ニ於テハ當事者ノ意思ニ依リ會社解散スト云フヲ得ヘキモ其意思タル継續期間ノ満了シタル時ニ至リ更ラニ之ヲ發表スルヲ要セサルカ故ニ一旦其期間ノ満了スルトキハ其期間ノ満了ノミニ因リ當然會社ヲ解散スト云フモ敢テ不當ニ非サルナリ
加之會社ノ期間ハ僅カニ黙示ニテ之ヲ定ムルニ過キサルコトアリ例ヘハ期間ヲ定メ賃借シタル土地ノ耕作ヲ目的トシテ會社ヲ設立シアル時ノ如キ即チ是ナリ此塲合ニ於テモ亦賃貸借期間満了ノ時ニ至リ社員更ラニ同一ノ土地ヲ賃借スルヲ得ルニ至リタルトキハ復新賃貸借ノ期間満了ニ至ル迄黙示ニテ會社ノ期間ヲ延期シタリト看做スコトヲ得ヘシ
法律ハ會社契約ノ成立ニ附着セシメタル解除條件ノ成就ヲ以テ期間満了ト同シク當然會社ノ解散ヲ来スモノナリトセリ例ヘハ社員ノ一人ノ出資不動産所有権ニシテ其所有権ニ関シ現ニ裁判所ニ継續中ノ訴訟アルカ又ハ将ニ訴訟ノ起ラントスルトキ當事者其敗訴シ追奪ヲ受クルコトヲ豫見シタルニ因リ担保訴権ヲ行ヒ好結果ヲ得サルヲ豫防シ會社當然解除スヘキコトヲ要約シタル塲合ノ如キ即チ是ナリ
然リト雖トモ解除條件成就ノ塲合ト期限満了ノ塲合トノ間ニハ著キ差異ノ存スルモノアリ即チ解除條件成就ノ塲合ニ於テハ會社解散ノ効力既徃ニ遡リ発生スヘシ是即チ解除條件ノ通常ノ効力ナルガ故ナリ(財産編第四百九條ヲ参観スベシ)
第二會社ノ目的タル多少相同シキ性質ヲ有スル行為ノ定限ナキ存續タルコトアリ又一箇若クハ數箇ノ特定ノ事業ヲ目的トシ會社ヲ成立スルコトアリ総テ其事業ノ成功ハ當然會社ノ解散ヲ来スモノナリ
例ヘハ廣漠ナル土地ヲ買取リ之ヲ區分シテ轉賣シ或ハ建物ヲ築造シ或ハ軍隊若クハ官廳ニ需用品ヲ供給スル為メニ會社ヲ設立シタル時ノ如キ其事業ノ終了シ目的ヲ達シタル時ハ即チ會社當然解散スヘシ
本條ニ會社ノ目的タル事業成功ノ不能ナル塲合ヲ以テ又解散ノ當然行ハルヘキモノトセリ例ヘハ廣漠ナル土地ヲ買取リ區分シテ之ヲ轉賣センコトヲ目的トシ會社ヲ設立シタルニ付テ其土地ヲ買取ルコト能ハス或ハ其轉得者ヲ得ル能ハサルトキ又ハ軍隊若クハ官廳ニ需用品ヲ供給スルカ為メ會社ヲ設立シタルニ其軍隊若クハ官廳ニ於テ需用品ノ契約ヲ解除シタル時ノ如キ即チ是ナリ
第三會社當然解散スル第三ノ塲合ハ會社資本即チ既ニ差入レ又ハ要求スルヲ得ヘキ出資ノ全部若クハ半額以上ノ損失ナリ蓋シ會社資本ハ會社事業ノ期間ナルカ故ニ其資本缺乏スルトキハ會社亦其事業ヲ營ムコト能ハサルヘシ故ニ此塲合ニ於テハ其成立ヲ継續スルノ理由非サルナリ又會社資本ノ半額以上損失シタルトキハ遂ニ會社事務ノ不整頓自ラ残餘ノ損失ヲ来スノ恐アリ故ニ寧ロ之ヲシテ當然解散セシムルニ如カサルナリ
第四社員ノ一人ノ出資或ハ即時一旦ニ之ヲ差入レサルモ順次継續シテ之ヲ差入ルヘキコトアリ例ヘハ業務担當會計主任ノ如キ労力ヲ以テ出資ト為シ又ハ土地若クハ家屋ノ使用ノ如キ収益権ヲ以テ出資ト為シタル時ノ如キ即チ然リ此塲合ニ於テ順次継續シテ出資ヲ差入ルヘキ義務ヲ負担スル社員其義務ヲ履行スルノ力ヲ失ヒ其出資ヲ為スコト能ハサルニ至ルトキハ會社ノ要素ノ一ヲ欠クニ至ルヲ以テ會社解散セサルヲ得ス
但シ此塲合タル次條第三號ニ掲クル塲合即チ社員ノ一人其義務ヲ履行セサルノ塲合ト混淆スヘカラス蓋シ次條第三号ノ塲合ニ於テハ其社員ヲ強制シ義務ヲ履行セシムルコトヲ得ヘク少クモ其賠償ヲ得ヘキカ故ニ會社ノ解散當然行ハルルモノニ非但解除條件ニ因リ始メテ解散ニ至ラシムルヲ得ルノミ然ルニ本條ノ塲合ニ於テハ社員出資ヲ為スノ不能アリテ其不能ノ責メヲ之ニ帰ス可カラサルコト例ヘハ重大ナル疾病ノ為メ業務担當ヲ継續スルコト能ハス又ハ不可抗力災害アリテ會社ノ継続間之ヲシテ收益セシムヘキコトヲ約シタル家屋ヲ壊頽シタル如キ事ヲ仮定スルモノナリ故ニ此塲合ニ於テハ會社当然解散スヘシ
第五民事會社ハ元ト社員其人ニ着眼シ其人如何ニ因テ之ヲ取結フモノナリ是民事會社ニ於テハ社員相知リ互ニ信用ヲ置クニ依リ其利害ヲ共ニシ恊力シテ以テ同一ノ目的ヲ達センコトヲ期スルカ故ナリ
是ヲ以テ社員ノ一人ノ死去社員間ノ利害ノ関係尽力ノ牽連ヲ絶チ精神社員ニ於ケルモ尚ホ其會社ヲ維持スヘキニ非サル所以ヲ了解スヘシ
又或ル事実ノ為メ社員ノ一人ノ能力ヲ甚シク変更シタル時モ其結果同一ナルヘシ其事件ノ第一ハ精神錯乱又ハ重罪ノ刑ニ處セラレタルノ結果因ル禁治産トス蓋シ禁治産ヲ受クルニ至リタル社員縦令業務担当人タラサルトキト雖トモ尚ホ其禁治産ノ為メ他ノ社員ノ之ニ對スル関係上大ナル変動ヲ生シ計算ノ検査利益ノ配当又ハ相共ニ決スヘキ處分等ニ妨害ヲ来シ彼我ノ割合加之彼我ノ徃来必ス代表人ノ介入ニ依ラサルヲ得サルコトアルヘシ是ヲ以テ業務担当人タラサル社員ノ禁治産ト雖トモ尚ホ以テ會社解散ノ原因トス
社員ノ一人破産ノ宣告ヲ受ケ又ハ顕然タル無資力ト為リタルトキモ亦會社ノ営業ニ同一ノ障害ヲ来スモノニシテ其社員ノ債権者ハ會社営業ノ半途ニ至リ其事務ニ干渉スルノ権ヲ有スヘク而シテ債権者ノ干渉ハ他ノ社員ノ利益ニ背反スヘキカ故ニ亦均ク會社解散ノ原因トス蓋シ以上三箇ノ塲合ニ於テ會社ノ解散スルハ社員ノ一人ノ意思甚シク変動シ其変動會社設立前ニ在ルカ又ハ当時之ヲ豫見シタリシナラハ他ノ社員之ト結社スルコトヲ承諾セサルヘキモノナルヲ以テ結社後ニ至リ其変動生スルトキハ會社ノ解散ヲ来スヘキヤ当然ナリト云フヘシ
第五号ニ掲ケタル會社解散ノ原因ハ會社ノ資本ヲ株式ニ別チタル塲合ニ適用セス又社員其人ニ着眼シ結社シタル塲合ニ於テモ亦下第百四十七條ニ從ヒ當事者ノ合意ヲ以テ此解散ノ原因ヲ除却スルコトヲ得
第百四十五條
本條ニ掲クル所ノ會社解散ノ原因ハ當事者双方若クハ一方ノ意思ニ依リ行ハルルモノニシテ法律上当然行ハルル所ノ解散ニ對シ任意上ノ解散ト稱スルヲ得ヘキモノナリ
會社ノ任意上解散スル塲合ハ実際甚タ少ナシ而シテ其第二ノ塲合ヲ除クノ外他ハ尽ク單簡ナルモノナリ
任意上ノ解散ノ第一ノ原因ハ社員一致ノ意思ナリ蓋シ合意自由ノ普通法ハ會社解散ノ事ニ関シ依然其効力ヲ存セサル可カラス故ニ総テ會社ハ如何ナル塲合ニ於ケルモ総當事者ノ意思ヲ以テ解散スルヲ得サル可カラサルヤ明カナリ是本條第一号ニ(如何ナル塲合ヲ問ハス)ト云ヘル所以ナリ
任意解散ノ第三ノ塲合ハ社員ノ一人其義務ヲ履行セサルニ基キタル解除訴権ニシテ是レ亦普通法ノ適用ニ外ナラス但シ其不履行社員ノ責メニ帰スヘキモノト想像スヘシ此塲合ト前條第四号ニ規定シタル塲合トノ異ナル所ハ即チ此塲合ニ於テハ不履行ノ原因社員ノ過失ニ在ルコト是ナリ
任意觧散ノ第二ノ塲合至テハ較々注意ヲ要スルモノアリ即チ此塲合ニ於テハ社員一人ノ意思ノミヲ以テ會社ヲ觧散セシムルニ足ルモノトス
但右觧散ノ原因ニハ三箇ノ條件具備スルコトヲ必要トス即チ左ノ如シ
第一、會社ノ明示若クハ黙示ニテ定メタル期間アラサルコトヲ要ス若シ其一定ノ期間アルトキハ必ス其期間ノ満了ニ至ルカ又ハ前條第四号第五号ニ掲ケタル原因ノ一ニ依リ以テ期限前ノ觧除ヲ行フノ外ナシ然レトモ會社ノ期限一定セスシテ其目的トスル所一箇若クハ数箇ノ特定ノ事業ニアラサルトキハ(特定ノ事業ヲ以テ會社ノ目的トシタルトキハ特定ナカラ黙示ノ期限アルモノナリ)社員ヲシテ其畢生間會社ノ関係ヲ奪スルヲ得サラシムルコトヲ得ス斯ノ如キハ社員一般ノ利益ヲ損傷スルモノト謂ハサルヲ可カラス何トナレハ會社ノ無限ニ継續スルトキハ遂ニ社員間ニ異論紛議ヲ起シ殊ニ社員ノ一人會社ノ事業ヲ終了セント欲スルトキハ故ラニ故障ヲ唱ヘ紛議ヲ醸スコトアルヘケレハナリ
第二、社員一人ノ意思ニ因ル解散ハ善意ヲ以テ請求シタルモノニシテ敢テ之ヲ請求スル社員他ニ其資本若クハ労力ヲ使用シ一層利益ヲ得ルニ起因セサルコトヲ要ス
第三解散ノ請求不都合ノ時期ニ非サルコトヲ要ス然ルニ社員一人ノ意思ニ因リ觧散ヲ為サントスルトキ商業ノ不振財政若クハ政治上ノ恐慌アル時ニシテ財産ノ賣價極メテ卑キトキハ其時機不都合ナリト云フヘク又會社ノ出捐ヲ為シタル好結果将ニ生セントスルニ當リ其時ヲ待タスシテ會社ヲ解散シ之ヲ妨害セントスルトキハ又解散ノ請求不都合ノ時機ニ為シタリト云フヘシ
第百四十六條
會社ノ継續ノ為メ定メタル期間満了ニ因リ會社ノ觧散スルハ公ケノ秩序ニ基クモノニ非ス此他當然會社ノ觧散ヲ来ス所ノ原因ニ至テモ亦然リ是ヲ以テ當事者ハ期限ヲ伸張シ以テ會社ヲシテ觧散ニ至ラシメサルコトヲ得
期間ノ伸張ハ期間満了ノ前ニ在ルト其以後ニ在ルトヲ問ハス均ク之ヲ為スコトヲ得
第一期間満了前ニ在テハ其伸張概ネ明示ノ約束ニ為ルヘキヤ当然ナリト雖トモ亦黙示ニシテ之ヲ定ムルコトヲ得例ヘハ會社ノ継續期ニ均シキ期間ヲ約シ賃借シタル家屋ニ會社ノ事務所ヲ設置シタルニ更ラニ會社ノ継續期ヲ超過スルコト較々長キ期間ニ向ヒ其家屋ノ賃貸借ヲ更新シタル時ノ如キ即チ是ナリ之ニ反シ僅カ六ヶ月若クハ一年ヲ期シ賃貸借ノ更進アリタルニ過キサルトキハ會社ノ継續期間満了ノ後其清算ヲ為スカ為メニ過キサルコトアルヘキヲ以テ會社期限ヲ伸張スルノ意思ニ出テタルモノト云フ可カラス
又賃借地ニ耕作センカ為メ農業會社ヲ設立シ而シテ其土地ノ賃貸借或ル期間ノ為メ更新シ最初ノ賃貸借ニ續イテ之ヲ使用スヘキコトヲ約シタルトキハ又新賃貸借ノ期間會社期間ヲ黙示ニテ伸張シタルモノト云フヘシ
第二會社ノ期間既ニ満了シタルトキハ黙示ノ伸張アルニ過キサルヘシ何トナレハ會社ノ前期間ニ續ヒテ直チニ會社ノ継續ヲ表スルモノハ唯黙示ノ伸張ノ外アラサレハナリ即チ其黙示ノ増伸ハ社員ノ一人モ故障ヲ為サスシテ會社営業ノ継続シタル事実ヨリ生スルモノナリ蓋シ社員會社営業ノ継続ニ故障ヲ入レサルトキハ即チ暗ニ之ヲ承諾シタリト云フヘケレハナリ
此塲合ニ於テハ毫モ會社ノ継続ニ新期限ヲ附シタルモノニ非サルカ故ニ以後其會社一定ノ期間ヲ有セサルモノト看做サルヘシ故ニ社員ノ一人ノ意思ヲ以テ之ヲ觧散スルコトヲ得ヘシ
第百四十七條
本條ニ依レハ社員ハ其一人ノ死去無能力若クハ無資力ニ因リテ會社ヲ觧散セス其會社他ノ社員ト共ニ継続スヘキコトヲ約束スルコトヲ得而シテ死者若クハ無能力者ノ権利ハ其死去若クハ無能力ノ日ニ於テ恰モ會社解散シタル如ク之ヲ規定スヘシ何トナレハ死者若クハ無能力者ニ對シテハ會社觧散シタルト同一ナレハナリ然レトモ其相続人ハ前主タル社員ノ死去前ニ在テ既ニ行ハレタル死去ノ必然ノ結果タル権利ノ分與ヲ受クヘク又其死去後始メテ生シタルモ其以前ノ行為ニ原因スル損失ヲ分担スヘキ法律ノ明文ヲ俟タスシテ明カナリ而シテ当事者ノ合意一層歩ヲ進メ死去ノ相続人之ニ代ハリ更ラニ社員ト為ルヘキコトヲ約スルヲ得又社員ノ一人無能力ト為ルモ依然社員タルヘク只其輔佐人計算若クハ會議ニ預ルヘキコトヲ約スルコトヲ得然レトモ亦法文ニ明記スル如ク死去ノ相続人若クハ無能力者ノ代人會社ニ入ルコトヲ承諾スルヲ要ス
第四節 會社ノ清算及ヒ分割
會社觧散スルモ尚ホ当事者ノ利害未タ全ク確定セサルハ會社契約ニ特種ナル性質ナリ是ヲ以會社觧散ノ事ヲ規定スルモ尚ホ未タ法律ノ規定ヲ尽シタリト云フ可カラス尚ホ會社ハ其清算ヲ為シ其資本ノ確定分割ヲ為ササル可カラス會社清算ヲ為スニ至ルトキハ社員其利益ヲ共ニスルモ亦眞ノ會社ナルモノニ非ス然レトモ亦其會社ト類似スルコト大ナルカ故ニ法文中尚ホ之ニ(觧散シタル會社)ノ名稱ヲ附シタリ(財産編第六條及ヒ第十四條ヲ参観スヘシ)而シテ從来會社資本ヲ構成シタル財産ノ全体ハ其分割ニ至ル迄一箇ノ資産財産ノ一箇ノ包括物ノ性質ヲ保存シ社員一箇ノ財産ト分立スルモノナリ(財産編第十六條ヲ参観スヘシ)
夫レ然リ會社ノ清算ハ固ヨリ會社ノ性質上必ス為ササル可カラサル所ノ處分ニシテ敢テ之ヲ以テ社員ニ屬スル権利ナリト云フニ及ハス只法律ニハ其方式ヲ規定スルニ止マルヘキカ如シ是ヲ以テ法文ニ社員ノ各自ヨリ清算ヲ請求スルコトヲ得ト云フト雖トモ是主トシテ其承継人ニ清算請求ノ権アルコトヲ認ムルカ為メノミ而シテ其承継人中ニハ債権者モ亦包含スルモノナリ又會社ノ債権者モ會社債権者ノ資格ヲ以テスルト會社ニ依リ社員一個ノ債権者ト為リタル資格ヲ以テスルトヲ問ハス均ク清算ヲ請求スルノ権利ヲ有ス
凡清算ハ分割前ニ請求シ之ヲ実行スヘキモノトス是実際ノ理由ニ基クモノナリ蓋シ清算ハ既ニ満期ト為リタル債務ノ弁済ヲ包含スルノミナラス尚ホ債権者ト協議シタル後未タ残期ニ至ラサル債務ノ弁済ヲモ包含スヘキカ故ニ一旦清算ヲ終ハリタル後貸方ノ証ノミアリテ之ヲ分割スルトキハ其分割ヲ受ケタル社員最早債務ノ為メニ自己ノ部分ヲ損セラルルノ憂アルコトナシ是レ社員ニ對シテハ法律上ノ連帶ヲ認ムルカ故ニ弁済ヲ為シタル者ハ他ノ社員ニ求償権ヲ行フヘキニ因リ総テ是等ノ處分ヲ終ハリタル後分割ヲ為スヲ緊要トス(上第百四十三條ヲ参観スヘシ)
然リト雖トモ亦二三ノ社員ニシテ金銭ノ需用ニ迫ルニ因リ即時會社資本ヲ分割スヘキコトヲ求ムルコトナシトセス而シテ法律ハ敢テ其即時ノ分割ヲ禁セスト雖トモ亦其分割実際不便ヲ生スルコトナシトセサルカ故ニ會社ノ過半数以上即時分割ノ請求ヲ受諾スルコトヲ要ス
茲ニ法文ニ社員ノ多数ヲ以テ足レリトスルコトヲ明記シタルハ清算前ノ分割ハ定款執行處分ニ属セスシテ該定款ニ豫定セサリシ行為ナルカ故ナリ若シ茲ニ多数ヲ以テ清算前ノ分割ヲ為スニ足ルコトヲ明記セサルトキハ総社員ノ一致ヲ必要ト為スノ觧釋ヲ為ササル可カラサルニ至ルヘシ(上第百二十八條ヲ参観スヘシ)又本條ハ會社ノ債権者ヲシテ清算前ニ分割ヲ為スニ付キ故障ヲ申立ツルヲ得セシメタリ然ラスンハ債権者一旦財産分割シテ容易ニ之ヲ差押フルコト能ハサルノ損失ヲ被ルニ至ルヘシ
第百四十九條
清算ナル語ハ未タ本法ニ之ヲ慣用セス只僅カニ損害賠償ノ事ニ関シ之ヲ用ヰタルニ過キサルヲ以テ(財産編第三百八十六條ヲ参観スヘシ)會社ノ清算トハ何ノ故ナルカヲ指示スルヲ可ナリト認メタリ是本條ヲ設ケタル所因ナリ
本條ニ列記スル所ノ行為ハ只清算處分ヲ例示シタルニ過キス敢テ限定的ノ規定ニ非サルナリ加之茲ニ列記セサル所ノ他ノ行為タリトモ必要ナルモノハ多少本條ノ列記中ニ自ラ包含スト謂ハサル可カラス
以下逐次茲ニ列記スル所為ヲ説明セン
第一會社ヲ清算スルニ当リテハ先ツ業務担当人ノ既ニ着手シタル會社業務ヲ成就セサル可カラス是會社ヲ設立シタル目的タル事業ノ成就ニ至リタルニ因リ會社觧散スルニ非サル塲合ニ於テスヘキモノナルヤ明カナリ蓋シ會社ノ目的タル事業ノ成功ニ因リ會社ノ觧散スル塲合ノ外其觧散ノ時ニ当テヤ必ス多少既ニ着手シタル業務アリテ或ハ會社ヨリ第三者ニ命シタル工事ノ如キ第三者ト共ニ合意ヲ為シタルコトアルヘク或ハ既ニ耕作ニ着手シタルニ因リ収穫ニ至ル迄事業ヲ継続スルヲ要スルカ如キ第三者ノ干渉ナキモ既ニ業務ニ着手シタルコトアルヘシ
然レトモ第三者ニ對シ纔カニ契約ノ相談アルニ止マリタルトキハ縦令将ニ契約ヲ締結セントスルノ期ニ接シタルモ尚ホ清算又ハ断然契約ヲ取結フ可カラス斯ノ如キハ會社ノ効力ヲ必要ナル範囲外ニ擴張スルモノナレハナリ
第二凡ソ會社ハ縦令其解散ノ時ニ至ル迄充分繁盛ナルモ必スヤ其第三者トノ取引ニ関シ弁済スヘキ債務ヲ負担スヘシ
商事會社ニ付テハ其適例ヲ擧クルハ却テ徒ラニ煩ヲ招クニ過キス故ニ之ヲ贅セス又民事會社ニ至テモ其農業ヲ目的トスルトキハ種子肥料農具ノ買受代價農夫ノ雇賃家屋ノ修繕改築等ノ為メ技手受負人等トノ契約ノ為メ會社ノ履行スヘキ義務アルヘク又土地ノ賣買ヲ目的トシ會社ヲ設立シタルトキハ其土地ノ買受代價弁済スルノ義務存スルコトアルヘシ
又清算處分トシテ會社ノ債権ヲ行フニ至テハ必ス多少之レ有ルヘシ蓋シ會社ハ其製産物ヲ賣渡シ或ハ土地若クハ建物ヲ賃貸シ又ハ元本ヲ貸與シタル事業アルヘキカ故ニ觧散ノ後尚ホ清算ヲ為スニ当リ其賣掛代金若クハ元本ノ返還ヲ請求スヘキコトアリ
然リ而シテ無効ノ範囲ノ点ニ付テ之ヲ見レハ債務ノ弁済ト債権ノ執行トノ間ニハ法律上著シキ差異アリ[事実上ノ差異ニ至テハ敢テ論スルノ限ニ非ス]即チ清算人ハ概ネ期限ノ利益ヲ抛棄シ以テ未タ期限ニ至ラサル債務ヲ弁済スルヲ得ヘキモ[但シ債務ノ利息アラサルトキハ割引ヲ得ルコトヲ力メサル可カラス]弁済ヲ受クルニ至テハ其期限ニ至ラサル間ハ債務者ノ承諾ヲ得サル可カラサルカ故ニ清算ニ至リタルカ為メ直チニ債権ヲ行フ能ハサルコトアルヘシ故ニ清算ヲ為スニ当リ債権ヲ執行スルヲ得ヘシト云フモ債務ヲ弁済スルトノ間ニハ彼是法律上ノ差異アリトス
第三清算處分ノ最モ重要ナルモノノ一ハ會社ト社員トノ特別ナル交互ノ計算ナリトス蓋シ社員會社ニ對シ或ハ債務者タリ或ハ債権者タルコトハ既ニ数多ノ條項ヲ以テ之ヲ規定シタリ即チ社員其出資ヲ差出スコトヲ遲延シ自己ノ営業ノ為メ會社資本ヲ引出シ又ハ業務担当ニ付キ過失アリタルトキハ會社ニ對シ債務者タリ又會社自己ノ資本ヲ立替エ又ハ會社営業ノ結果トシテ自己ニ損失ヲ受ケタルトキハ之ニ對シ債権者タリ
是ヲ以テ清算又ハ社員ト會社トノ計算ヲ為スニ付社員相互ノ請求ヲ斟酌シ各社員ヲシテ充分ノ説明ヲ為サシムヘシ
就中業務担当人ノ計算ニ至テハ必ス之ヲ為スニ困難アルヘシ
第四以上ノ處分ヲ行ヒ終ハリタルトキハ會社ノ盛衰ニ從ヒ損益ヲ分割スヘシ
其分割ハ本節末條ノ主眼トスル所ナリ(第百五十三條以下ヲ参観スヘシ)
第百五十條
清算人ノ選任及ヒ其権限ハ會社設立ノ契約ヲ以テ徃々之ヲ規定スルコトアリ此塲合ニ於テハ其契約ヲ履行スルコト他ノ定款ト同様ニスヘシ是其純然私益ニ関スルカ故ナリ
然レトモ會社契約ヲ以テ清算ノ事ヲ規定セサリシトキハ法律上ノ規定ニ依ラサルヲ得ス是ヲ以テ法律ニ此点ニ関スル二三ノ規則ヲ設ケタリ
第一清算人タル者ハ果シテ何人ナルヘキカ若シ社員ニシテ恊議ノ上相共ニ一致シ総員ニテ清算ヲ為サハ理論上之ニ過クモノナシト雖トモ実際ニ於テハ各社員ノ能力ニ從ヒ清算事業ヲ區分スヘシ且各事件ニ付キ少シク困難アルトキハ総社員一致ニテ之ヲ決スヘシ然ルトキハ清算處分ノ各効ニ付キ社員ノ承諾ヲ經ルヲ以テ更ラニ清算ノ全体ニ付キ其恊賛ヲ求ムルニ及ハサル利益アルヘシ
然リト雖トモ直チニ討議スヘキ事項愈多ケレハ此恊議調ハサルノ機會愈多ク遂ニ其目的ヲ達セサルノ恐ナシトセス
是ヲ以テ社員ハ社員内又ハ社員外ニ於テ清算人ヲ選任スルコト最モ多シ
本條ハ其清算人総社員一致ニテ為スコトヲ必要トセリ蓋シ定款ノ執行ニ関スルトキハ社員ノ多数ヲ以テ足レリトスルモ(上第百二十八條ヲ参観スヘシ)定款ハ新處分ニシテ且會社既ニ觧散シタルヲ以テ會社ノ定款ヲ執行スヘキニ非ス只未分共有者アルニ過キス然ルニ未分共有者間ニ於テハ多数ヲ以テ小数ヲ壓スルコトヲ得ス
然レトモ亦総社員ノ一致セサルトキハ遂ニ裁判所ヲシテ清算人ヲ選任セシムヘシ而シテ其裁判所ハ會社所在ノ地ノ裁判所タルヘク其清算人トシテ選任スル所ハ社員タルト第三者トルトヲ區別スルコトナシ然レトモ若シ裁判所ニシテ旧業務担当人ヲ清算人ニ選任シタルトキハ別ニ業務担當人ノ計算ヲ為サシムルカ為メ特別ノ清算人ヲ選任スルコトヲ要ス
第百五十一條
清算人ノ権限ハ其範囲ヲ狭隘ニシ之ヲ減縮スルノ当ヲ過クヘカラスト雖トモ亦之ヲ擴張スルノ甚シキニ過キ弊害ヲシテ生セシム可カラス
本條ハ先ツ清算人ヲシテ速カニ毀損滅尽スヘキ物ヲ讓渡スヘキコトヲ命シタリ是其権利ニ止マラス義務タルモノナリ爰ニ(速カニ)ノ語ヲ置キタルハ総テ物ハ時ヲ經ルニ從ヒ必ス毀損スヘキカ故ニ緊要ノ事ナリト云フヘシ是ヲ以テ農事會社ヲ清算スルニ至リ未タ賣却セサル菓実アルトキハ清算人ハ形体上毀損スヘク又ハ價格ヲ減少スヘキ物ヲ讓渡スコトヲ要ス又動物ノ如キ會社営業ノ時ニ於ケルカ如キ充分飼養セサレハ斃死スルコトアルベキモノニ至テモ亦清算人ハ之ヲ讓渡スコトヲ要ス
其他ノ動産物ハ之ヲ保存シ以テ分割スヘキヲ原則トス然レトモ會社ノ債務ヲ弁済スルニ金銭ノ不足スルトキ清算人ハ其弁済ノ必要ニ應シ動産ヲ讓渡スコトヲ得ヘシ其動産ノ選擇ニ至テハ固ヨリ清算人ノ権内ニ在リ
本條ハ清算人ヲシテ既ニ満期ト為リタル債務ノ弁済ノ為メ此権利ヲ有セシムルニ止メタリ是ヲ以テ清算人ハ未タ満期ニ至ラサル債務ヲ弁済スルカ為メ賣渡ヲ為スコト能ハス蓋シ期限ノ利益ヲ抛棄スルハ既ニ社員一般ノ利益ヲ損スルモノニシテ之カ為メ不都合ナル時期ニ動産ノ賣渡ヲ為スニ至ルトキハ社員全般ノ損失一層多カルヘケレハナリ
不動産ノ讓渡ニ至テハ動産ノ讓渡ニ比スレハ一層共同ノ利益ニ害アルコトアリ是ヲ以テ清算人ハ不動産ヲ讓渡スコト能ハス其之ヲ讓渡スニハ社員ノ多数ニテ特ニ之ニ委任ヲ為シタルコトヲ要ス加之其恊議賣買ノ委任ヲ受ケサルトキハ之ヲ公賣ニ附セサル可カラス
抵当ニ至テモ亦特別ノ委任アルニアラサレハ清算人之ヲ約スルコト能ハス是ヲ以テ清算人満期ト為リタル債務ヲ弁済スルニ当リ資金ヲ要シ而シテ觧散中ノ會社資産ニ付キ抵当ナケレハ資本ヲ借用スル能ハサルトキハ旧社員ニ對シ請求ヲ為シ以テ抵当ヲ設定スルノ委任ヲ受クルコトヲ要ス又第三者ニ對シ旧會社ノ名義ヲ以テシ又ハ第三者ヨリ旧會社ニ對シ債権ヲ行フニ当リ紛議ノ生スルコト実際少ナカラス而シテ其紛議ヲ断定スルニハ裁判所ニ出訴シ和觧シ又ハ仲裁スルノ三箇ノ方法アルノミ清算人ヲシテ特別ノ委任ナキニ原告若クハ被告ト為テ訴訟スルノ権限ヲ有セシムヘキヤ又清算人ヲシテ和觧ヲ為シ出捐ヲ為シテ訴訟ヲ避クルヲ得セシムヘキヤ又清算人ハ仲裁人ニ委任スルヲ得ヘキヤ否ヤニ付テハ多少異議ヲ定ムルヘキモ本法ハ積極的ニ此点ヲ規定シタリ清算人漫ニ訴訟ヲ為スノ憂ハ実際決シテ多カラサルヘシ何トナレハ訴訟ヲ為スハ清算人ニ苦労困難ヲ加フヘケレハナリ然レトモ清算人報酬ヲ受ケ毎月手当ヲ受クルトキハ其利益ヲ求ムルノ故ニ清算事件ヲ遷延センコトヲ求ムルノ弊害ナシトセス然レトモ社員ハ常ニ清算人ニ其豫期スル所ノ處分ニ付キ説明ヲ求メ且自己ノ適当ナリト認ムル處分ヲ求ムルコトヲ得ヘキカ故ニ此弊害亦敢テ恐ル々ニ足ラサルナリ
和觧ニ至テハ前記ノ弊害ト正反對ノ弊害ヲ生スルコトナシトセス即チ清算人報酬ヲ受ケサルトキハ甚シク其清算ヲ神速ニ結了センコトヲ欲シ自己ノ担任スル所ノ利益ニ背馳スルニ拘ハラス容易ニ出捐ヲ為シ調停ヲ試ミ以テ和觧ヲ承諾スルノ憂アリ
仲裁人ニ委任スルニ至テモ亦之カ為メ生スル所ノ弊害ハ殆ト右ト同一ナリ即チ清算人通常裁判所ニ出訴シ時日ノ遷延ト手続ノ困難トヲ避ケンカ為メ漫ニ仲裁人ニ争点ノ判定ヲ委任スルヲ承諾スルコトナシトセス
然レトモ本條ハ右ノ弊害ニ對スル救済法ヲ設ケタリ即チ和觧若クハ仲裁ハ突然行ハルルコトアルヘク社員其和觧若クハ仲裁ノ結了後ニ至リ如メテ之ヲ知ルコトアルヘキヲ以テ本條ハ社員ヲシテ清算人ト第三者タル利害関係人トノ間ニ詐欺通謀アリタルトキハ和觧ノ仲裁ヲ攻撃スルノ権利ヲ有セシメ以テ弊害ヲ救済スルノ大法トセリ
第百五十二條
清算人ハ社員ノ代理人タリト雖トモ亦其所為尽ク豫メ認諾ヲ經タルモノト云フ可カラス清算人ハ其代理履行ノ報告ヲ為スコトヲ要シ而シテ其行為中或ハ社員ノ受諾セサルモノナシトセス
然レトモ亦此点ニ付テハ一ノ區別ヲ必要トスルカ故ニ本條ニ之ヲ掲ケタリ即チ清算人社員ヨリ選任セラル々ニ当リ其社員ヨリ委任ヲ受ケタル行為並ニ前條ニ依リ法律上為スコトヲ得ヘキ行為ハ清算人ト約束シタル第三者ニ對シ必ス有効ナルヘキモノトス只其第三者善意ナルヲ要スルノミ
夫レ斯ノ如ク第三者ヲ保護スト雖トモ其保護ヲ極端ニ觧釈シ第三者ハ善意ナル以上ハ不当ノ弁済ヲ受クルモ尚ホ之ヲ保有スルヲ得ヘシト云フ可カラス蓋シ會社ノ事項ニ於ケルモ敢テ法律上不当弁済ノ通則ヲ変スヘキノ理由アラサルノミナラス清算人第三者ニ不当ノ弁済ヲ為シタルトキハ即チ其権限ニ從ヒ處辨シタルモノト云フ可カラス社員ノ特別ノ計算ノ如キ第三者ニ関セサル行為ニ至テハ之ヲ監査シ排付シ又ハ之ヲ更正スルヲ得ヘキヤ明カナリ蓋シ社員ハ第三者ニ非サレハナリ
清算ニ於ケル総計算ヲ認可スルニハ又社員ノ過半数ノ議決ヲ以テ足レリトセリ
社員ノ認可セサル行為中社員ノ計算ノ如キ仕直スヲ得ヘキモノナルヘキモ亦善意ノ第三者ト約シタル行為ノ如キ仕直スヲ得サルモノアルヘシ而シテ清算人ニ過失アル塲合ニ於テハ認可ヲ得サル計算ニシテ仕直スヲ得ヘキモノハ清算人ノ費用ヲ以テ之ヲ仕直シ又其仕直スヲ得ヘカラサルモノアラハ清算人社員ニ損害賠償ヲ為スヘシ此点ニ付テハ代理ノ規則ヲ遵用スヘク而シテ其代理ニ報酬アリト否トニ從ヒ多少其適用ニ寛嚴アルヘシ
第百五十三條
分割ハ法律ノ趣意ニ依ルニ會社ヨリ生シタル関係ヲ結了スル終局ノ處分ナリ
分割ハ未タ必スシモ清算後ニ於テスルヲ要セス之ニ先ツコトヲ得ヘキモ成ルヘク其清算後ニ於テスルヲ勝レリトス是第百四十八條ノ理由中ニ説明シタル所ナリ
分割ヲ請求スルハ敢テ当事者ノ義務ニ非ス其権能ニシテ之ヲ用ユルト否トハ一ニ其意ニ任スト雖トモ亦其一人ヲ請求スルトキハ自餘ノ者之ニ服從セサル可カラス是共同財産ニ對スル自餘ノ處分ト分割トノ異ナル所ニシテ自餘ノ處分ニ至テハ或ハ社員過半数ノ決議ヲ要シ或ハ総社員ノ一致ヲ要ス
然ルニ分割ニ至テハ社員ノ一人ノ請求ニ依リ之ヲ為スヘキノ例外則ヲ設ケタル理由ハ財産不分ノ不都合ヲ絶止セントスルニ在リ蓋シ財産不分ノ実際不都合ヲ生スルハ既ニ財産編第三十九條ニ説明シタルヲ以テ重ネテ爰ニ之ヲ説クノ必要ナシ
其不都合タル會社ノ営業ヲ継続スル間ニ在テハ或ハ実際絶ヲ存スルコトナク或ハ其觧散後ニ比スレハ極メテ少ナキモノナリ蓋シ會社ノ法人タルトキハ會社資本ノ所有者タルモノハ独リ會社ノミニシテ財産不分アルコトナキカ故ニ亦從テ毫モ其不都合アルコトナシ又會社ノ法人ヲ為サス不分財産ノ共有権アルニ当テモ會社ノ営業スルトキハ社員利益ヲ得ントスルノ目的ヲ有スルカ故ニ恊議一致スヘキカ故ニ其不都合會社觧散後ニ比スレハ大ニ少ナシトス
然レトモ亦分割ハ之カ為メ止ヲ得ス時機ノ当否ニ拘ハラス賣却ヲ為スニ至ルヲ以テ共有者ニ損失アルコト徃々是アルヘキヲ以テ共有者ハ或ル期間不分ノ位置ニアルヘキコトヲ合意スルヲ得是財産編第三十九條ニ規定シタル所ナリ而シテ會社觧散後此合意ヲ為サントスルトキハ旧社員全員一致ニテ之ヲ為スコトヲ要ス是普通ノ原則ナルカ故ニ本條特ニ之ヲ明記セス然レトモ其合意ハ會社觧散後ニ至リ取結フコトヲ必要トス是法律ニ明文ヲ掲ケテ定メタル所ナリ蓋シ其合意ヲ取結フニ會社契約中ニ於テシ又ハ其継続間ニ於テスルトキハ当事者ハ充分ニ原因ヲ詳カニセス漫ニ合意シタルモノト云フヘシ蓋シ当事者ハ其會社觧散後ニ至リ又相共ニ利益ヲ収メンコトヲ求ムルカ為メ自ラ相掣肘セサルニ至ルモ尚ホ恊議一致スヘシト妄信シ以テ此合意ヲ為スコトナシトセス故ニ會社觧散前ニ在テ此合意ヲ為スモ其効ナシかん
第百五十四條
分割ノ處分ハ頗ル錯雑ナルモノニシテ利害関係人ノ数ニ應シ又少ナクモ旧社員ノ員数ニ應シ配付スヘキ財團ヲ作リ又各有権人ニ帰属スヘキ財團ヲ之ニ配付スルコトヲ要ス
蓋シ各当事者ニ配付スヘキ部分ノ同一ナルトキハ其處置敢テ困難ナラス若シ其財産ノ性質上平等ニ之ヲ分割スル能ハサルトキハ之ヲ賣却シ以テ其代價ヲ分配スヘシ又当事者恊議上各自ノ取得スヘキモノニ付キ一致スルコト能ハサルトキハ抽籤ノ方法ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得ヘシ
然レトモ社員ノ権利合意ニ因リ又ハ其出資ノ不平均ニ因リ均一ナラサルトキハ分割ノ處為甚タ容易ナラサルヘシ蓋シ此塲合ニ於テハ成ルヘク各当事者ノ権利ニ適当シ其高ニ相應スル財團ヲ作ルコトヲ要ス此塲合ニ於テハ抽選ノ方法ヲ以テ各自ニ配付スルコト能ハサルヲ以テ直接ノ配付ヲ為サ々ル可カラス
是等ノ處分タル当事者恊議上之ヲ為スニ任スト雖トモ実際其恊議一致スルコト甚タ少ナカルヘシ故ニ法律上ノ規定ヲ以テ此處分ヲ為サ々ル可カラス
然レトモ分割部分ノ定メ方又ハ其配付ハ各自ニ配付スヘキ部分ノ多少ヲ規定スルモノニ非スシテ只各自ノ収受スヘキ物ノ配付ニ関スル実際ノ手続ニ係ルカ故ニ本條ハ財産共通ノ分割ノ為メ別ニ定メタル規則ニ從フヘキモノトセリ
第百五十五條
本條ハ普通ノ原則ニシテ頗ル重要ナルモノヲ宣言スルモノナリ而シテ其原則タル既ニ財産編第十四條ニ於テ之ヲ適用シタルモノニシテ其趣意ニ至テハ既同條ノ理由中ニ之ヲ説明シタリ
学者概ネ此原則ヲ記述シテ曰ク分割ハ新権利ヲ移轉スルモノニ非ス旧権利ヲ認定スルモノナリト
純理上事物自然ノ状態ニ就テ之ヲ言ヘハ分割ハ寧ロ新権利ヲ移轉スルモノナリ何トナレハ分割ハ財産共通ヲ絶止スルモノナレハナリ蓋シ共同分割者ハ各々其分割部分ヲ受取リ爾後之ヲ以テ自己固有ノ所有権ト為スニ当リ其一分ハ他ノ共同分割者ヨリ得タルモノトシ之ヲ以テ自己ノ嘗テ所有シタリシ部分ト併合シ之ヲ所有スルニ至ルモノト看做シ又之ニ反シ他ノ共同分割者ハ自己ノ部分ト他ノ部分トヲ共有スルニ至ルモノト看做ス敢テ不可ナラス是ヲ以テ羅馬法ノ如キ亦此趣意ヲ採リ分割ハ移轉的ノ効力ヲ有スルモノナリトシ佛國法ノ如キモ当初此主義ヲ採リタリ
然ルニ実際ノ便益ヲ計リ共同分割者ノ一人他ノ共有者ノ一人ヨリ共有物上分割前ニ於テ第三者ニ権利ヲ附與シタル結果ニ因リ追奪ヲ受クルコトヲ避ケシメンカ為メ法律上一ノ想像ヲ為シ(各共同分割者ハ分割ニ因リ自己ノ所得ニ帰シタル物上当初ヨリ独リ直接ニ権利ヲ有シ自餘ノ者ニ帰シタル所有権ハ未タ嘗テ之ヲ有セサリシモノト推定ス)是ヲ以テ各共同分割者ハ會社解散ノ行ハレ財産共通ニ至リタル時ヨリ以後自己ノ期シタル分割部分ノ所有権ヲ有シタルモノニシテ自餘ノ分割者ハ同一ノ財産上何等ノ権利ヲモ有効ニ設定スルコト能ハサルモノトス此規定タル共同分割者ニ二箇ノ利益アルモノニシテ共同分割者全体ニ関スモノナルカ故ニ自餘ノ分割者モ亦其適用ヲ受ク
本條ハ直チニ分割ノ認定力アル原則ノ結果ヲ示シ分割ニ因リ取得ヲ為シタルノ効力ハ會社觧散ノ日即チ財産共通ニ至リタル日ニ溯テ発生スルモノトス是ヲ以テ他ノ社員ノ供與シタル権利ヲ觧除消滅ニ帰ス
法文ハ各分割者ノ権利ヲシテ何等ノ區別モナク會社觧散ノ日ニ溯及セシム蓋シ実際最モ多ク行ハルル所ノ會社ノ法人ヲ為ス塲合ニ於テハ會社觧散ノ時始メテ財産共通ト為ルカ故ニ分割ノ効力觧散ノ日ニ溯ルハ毫モ異議ヲ容レサル所ナリ蓋シ觧散ノ日ニ至ル迄ハ會社独リ所有者ニシテ其有効ニ設定シタル権利ハ社員ニ對シ効力ヲ有スヘケレハナリ然レトモ會社ノ法人タル性質ヲ有セサルトキハ或ハ社員ノ財産共通ハ會社設立ノ時ニ始マリタルヲ以テ分割ノ効力ハ會社設立ノ時ニ溯ルヘク少ナクモ分割スヘキ財産社員ノ所有物ニ為リ會社資本ト為リタル日ニ遡リ發生スヘシト云フヲ得ヘキカ如シ
然レトモ本條ハ均ク分割ノ効力溯及スヘキ日ヲ會社觧散ノ日ト一定シタリ蓋シ會社ノ法人タラス從テ其元本タルモノ社員ニ属スルトキト雖トモ社員ハ亦自己ノ債権者ノ為メ會社ニ属スル財産上物権ヲ設定スルノ権利ヲ有セス其業務担当人ヲ除クノ外決シテ之ヲ讓渡シ又ハ之ヲ抵当トスルコト能ハス之カ為メ他ノ社員ニ損害ヲ及ホスコト能ハス(上第百四十二條ヲ参観スヘシ)是ヲ以テ分割ノ後ニ至リ社員其分割部分ニ付キ旧共同社員ノ合意ニ基ツク訴追ヲ受クルノ恐アルコトナシ是ヲ以テ分割ノ溯及力ニ依リ法律ノ豫防セントシタル所ノ弊害ハ會社ノ法人タラサル塲合ニ於テハ他ノ手段ニ依リ均シク豫防セラル々モノナリ然レトモ業務担当人ノ讓渡又ハ抵当ト為シタルトキハ其行為ハ各共同分割者ニ對抗スヘシト雖トモ亦分割ヲ為スニ当リ必ス其行為ノアルコトヲ斟酌スヘシ若シ偶々之ヲ斟酌セス其物ヲ以テ一ノ配当部分中ニ置キ其賠償ヲ為サ々ルトキハ追奪ヲ受ケタル共同分割者ハ次條ニ従ヒ担保訴権ヲ有スヘシ
第百五十六條
前條ニ第三者ヲシテ追奪ヲ行フヲ得サラシムカ為メ法律ニ豫防法ヲ設ケタルヲ以テ本條ニ追奪担保ノ事ヲ規定スルニハ少シク奇異ナルニ似タリ
然レトモ亦本條ト前條トハ決シテ相矛盾スルモノニ非サルハ容易ニ見ルヲ得ヘキ所ナリ蓋シ社員ノ一人ヲシテ担保訴権ヲ有スルニ至ラシムル所ノ追奪ハ他ノ社員ノ附與シタル権利ニ起因スルコト非サルヘシ何トナレハ其権利ハ第三者ニ對シ觧除シ却テ其権利ノ目的タルモノ権利設定者ノ分割部分中ニ存セサルトキハ分割ノ為メ追奪セラル々ニ至ルモノナレハナリ故ニ本條ニ仮定スル所ノ追奪ハ総社員ノ権利以前ニ在テ存在シ之ニ勝ル所ノモノニ起因スルモノナリ即チ社員其分割中ニ自己ノ共有タラス第三者ニ属シ又ハ財産共通ニ至ラサル前ニ在テ既ニ物権ノ目的タリシ物ヲ加ヘタル塲合ニ行ハル々モノナリ加之社員ノ一人ノ設定シタル物権ニシテ前條ニ定メタル觧除ノ効ヲ被ラサルコトアリ例ヘハ動産権ニ関スルトキ第三者其善意ノ占有者タルニ至ルトキハ第三者追奪ヲ被ルコトアル可カラサルカ故ニ却テ共同分割者ヲ追奪スヘシ
追奪担保ハ讓受人ノ被ル所ノ妨害及ヒ追奪ニ對シ裁判上之ヲ保護スルト追奪ヲ防止スル能ハサルトキ損害ヲ賠償スルノ二箇ノ目的ヲ有スルコトハ財産編第三百九十五條ニ規定スル所ナリ
讓受人ヲ防禦スルノ義務ハ不可分ニシテ各共同分割者其全部ヲ負担スヘシ蓋シ一分ニ付キ防禦スルコト能ハストハ法律ノ格言ナリ然レトモ損害賠償ノ義務ニ至テハ金銭ヲ目的トスルカ故ニ可分ナリ而シテ本條ニ損害賠償ノ義務ノミヲ規定シタルハ是其結局ノ義務タルカ故ナリ
夫レ然リ各共同分割者ハ損害賠償ニ付キ自己ノ負担スヘキ部分ニ付キ訴追ヲ被ムルニ止マルヲ原則トスト雖トモ亦他ノ共同分割者ニシテ無資力者タルトキハ附隨トシテ其部分ニ付訴追ヲ受クヘシ蓋シ担保ノ目的ニシテ担保人ノ無資力ヲ補償スルニ非サルトキハ未タ担保ヲ以テ充分ナリト云フ可カラス故ニ共同分割者ハ相互ニ担保者ノ無資力ヲ担保スルモノナリ然レトモ被担保人モ亦追奪ノ賠償中又自餘ノ者ノ無資力中自己ノ部分ニ付キ分担ヲ為スヘシ然ラサレハ追奪ヲ受ケタルヲ以テ却テ其利益ヲ得ルノ機ト為スニ至ルヘシ
共同分割者ノ追奪担保ノ権利ハ先取特権ヲ以テ之ヲ担保ス其先取特権ハ担保編ニ規定スル所ノモノナリ
爰ニ欠缺ノ為メ分割ヲ鎖除スヘキヤ否ヤノ点ヲ断定セスト雖トモ贈與及ヒ遺贈分割ノ事ニ関シ廣ク欠缺ノ為メ分割ヲ鎖除スヘキコトヲ定メ且其規定ハ共有者間ノ諸般ノ分割ニ適用スヘキモノト定メタルヲ以テ亦社員間ノ分割ニ均シク適用スヘキヤ明カナリ蓋シ本法中成年者ノ為メ欠缺ニ基キ鎖除ヲ為スコトヲ許スハ独リ分割ノ塲合ノミ
第七章 射倖契約
総 則
第百五十七條
契約中其成立若クハ効力ノ偶然ニ関スル事件ニ繋ルモノアルコトハ既ニ財産編第三百一條ニ於テ之ヲ觧示シタリ其契約ヲ称シテ射倖契約ト云フ而シテ射倖ニ非サル契約ハ之ヲ称シテ實定契約ト云フ本条ノ定義ニハ射倖契約ノ効力ノミ将来不確定ノ事件ニ繋ルモノトス其成立ノ事ニ繋ルモノタルコトヲ明記セスト雖トモ契約ノ成立不確定ノ事件ニ関スルトキハ又其契約ハ射倖ナルコト次条第三項ノ法文ニ依テ見レハ明カナリ
第百五十八條及ヒ第百五十九條
法律ハ射倖契約ヲ區別シ其性質ニ因リ射倖タルモノト當事者条件ヲ設ケ契約ヲ之ニ繋ラシメタルニ因リ射倖タルモノトノ二ト為スト雖トモ是唯理論上ノ区別タルニ過キス只茲ニ此区別ヲ掲ケタルハ射倖契約ヲ列記シ其二者ハ本法ニ之ヲ規定スルモ自餘ノモノハ商法ニ之ヲ譲ルヲ以テ其意ヲ示サンカ為メナリ本条ニ規定スル所ノ二箇ノ射倖契約ノ何者タルハ敢テ本条ニ説明スルニ及ハサルヲ以テ之ヲ贅セズト雖トモ只之ニ付キ一ノ注意ヲ要スルモノアリ即チ其契約タル學者概ネ之ヲ以テ有償且双務ノ契約ト看做スト雖トモ一概ニ之ヲ以テ有償双務ノ契約ナリト云フハ誤謬タルヲ免カレス固ヨリ其然ルヤ實際多カルヘシト雖トモ未タ射倖契約ノ性質上必ス然ルモノト云フ可カラス例ヘハ博戯及ヒ賭事ノ如キ其義務ヲ生スルハ例外ナリト雖トモ偶々其例外タル塲合ニ於テ当事者ノ一方破フレハ即チ辨濟ノ義務ヲ帶ヒ勝ツモ毫モ採ル所ナキヲ約スルコトナシトセス又終身年金権ノ如キモ無償権限ニテ之ヲ設定スルコトアルカ故ニ双務契約タラサルコトアリ
第百六十條
博戯及ヒ賭事ノ法定義務ヲ生シ訴権ヲ生スルハ例外ノミ而シテ其例外ノ塲合アルカ故ニ本法中賭博ヲ以テ又一ノ契約ト為スニ因リ先ツ其例外ノ塲合ヲ示スコトヲ要ス是本條ノ主眼トスル所ナリ
博戯ニ因リ民事上ノ訴権発生スルハ其博戯ノ目的力量巧技ヲ発達スルニ在ルコトヲ要ス又「勇氣」ヲ発達スルヲ目的トスルモ亦義務ヲ生スルヲ得ルモノニシテ本條冒頭ニ此事ヲ記載シタリ是勇氣ヲ発達セントスルノ目的ハ博戯ヲ為ス者ノ眞ニ目的トスヘキモノニシテ亦立法者ノ希望スル所ノ結果ナルカ故ナリ又力量巧技モ人ヲシテ危害ヲ免カルルヲ容易ナラシムルニ因リ自ラ頼ム所アラシムルニ至ルモノナルカ故ニ自ラ勇気ヲ発達スルノ効ヲ奏スルモノナリ蓋シ人ハ体躯運動ヲ為シ益々強壮ト為リ又ハ益々之ニ熟達シ勇気発達スルモ決シテ暴戻ニ走ルノ恐ナク却テ人益々剛ナレハ却テ益々優ナルコトハ経歴ニ徴シテ明カナリ
然レトモ巧ミニ智計ヲ廻ラシ智力ヲ発達センコトヲ目的トスル博戯ニ至テハ之ヲシテ訴権ヲ生セシムル如キ利益アラス体育ヲ旨トスル博戯ノ如ク義務ヲ発達スルノ理由アラサルモノナリ蓋シ圍碁ノ如キ如何ニ之ニ巧ミナルモ實際軍機ニ應用スルニ足ラサルナリ
賭事モ亦博戯ト同シク勇氣力量ヲ発達スヘキ体躯運動ヲ目的トスヘキトキハ訴権ヲ生スへキモ然ラサル塲合ニ於テハ訴権ヲ生セシメス
賭事トハ当事者相互ニ既往ト将来トヲ問ハス不確定ナル事實ノ有無ヲトシ其結果如何ニ従ヒ何レカ一方利益ヲ得ヘキコトヲ約スルノ合意ナリ例ヘハ甲乙相約シテ某號船舶桑港ヨリ横濱港ニ某ノ日又ハ某ノ以前ニ到着スルトキハ甲乙ニ千円ヲ拂フヘク又其船舶ノ着港豫期ノ日ニ後ルルトキハ乙甲ニ千円ヲ拂フヘシト約スルノ類是ナリ斯ノ如キ賭事ハ法律ノ制裁ヲ附セサル所ノモノナリ
然レトモ甲乙各船舶ノ製造者ニシテ相互ニ船舶ノ製造又ハ運轉ノ改良ヲ目的トスル賭事競走ヲ為シタル塲合ニ於テハ其賭事ハ船舶製造ノ発達ヲ奨勵スルモノニシテ法律上効力ヲ有スヘキモノトス又馬匹ノ飼養者間ニ賭事ヲ為ストキモ亦馬匹改良ヲ奨勵スルモノナルカ故ニ其賭事有効ナリトスヘシ然レトモ單ニ馬匹ヲ好ムノ癖アル者或ハ観客某馬競走ニ勝ツヘキコトヲ賭シタルトキハ其賭事ハ有効ナラス何トナレハ其賭事ハ馬匹ノ飼養者ヲ奨勵セス之ヲシテ賭事ノ利益ヲ得セシムルモノニ非サレハナリ
競馬ノ先登者ニ附與スル賞與ニ至テハ亦一種飼養者ヲ奨勵スルノ趣意ニ出ツルモノニシテ正当ナルモノトスト雖トモ是賭事ノ性質ヲ有スルモノニ非ス所謂条件付ノ贈與タルモノナリ
法律上有効ナリトスル所ノ賭事即チ力量又ハ巧技ノ発達ヲ旨トスル賭事ニ至テモ必ス其運動ヲ為ス人ノ間ニ約シタルモノナルコトヲ要ス唯此塲合ニ於テノミ独リ賭事ノ為メニ得ル所ノ利益ヲ適法トス
本条末項ニ規定スル所ハ一目奇異ナルカ如シト雖トモ容易ニ説明スルヲ得ヘキモノナリ而シテ其規定ニ依ルニ裁判所ハ博戯又ハ賭事ニテ諾約シタル金額又ハ有價物ヲ減少スルコト能ハス若シ其金額ニテ過當ナリト認ムルトキハ全ク其請求ヲ棄却スルコトヲ要ス
此規定タル當事者ヲシテ博戯又ハ賭事ニテ諾約スル金額ヲ過当ニセスシテ相当ノ範囲ヲ守ラシムルノ良法ト云フヘシ若シ裁判所ヲシテ過當ナル諾約ヲ減少スルヲ得セシムルトキハ當事者縦令裁判所ニ於テ請求ノ全部ヲ棄却セサルモ一分ヲ認定スヘキコトヲ頼ミ自ラ過當ノ約束ヲ為スニ至ルヘシ然ルニ諾約ヲ過当ニスルトキハ全ク其請求ヲ棄却セラルヘキコトヲ恐ルルトキハ自ラ至当ノ範囲ヲ超踰セサルヘキカ故ニ当事者意外ノ損失ヲ被ルコトナカルヘシ
然リ而シテ裁判所諾約ノ當否ヲ決スルニ當テハ法文ニ明記スル如ク事情ニ照ラシ之ヲ斟酌スルコト就中結約者相互ノ資産ニ照ラシ判定ヲ為スヘキモノトス今一例ヲ擧クレバ當事者ノ受クヘキ利害ノ均シキトキ其資産ニ貧冨ノ差アルトキハ貧者ノ資産ヲ以テ当否ノ標準ト為スヘシ
此点ニ付キ少シク疑議ヲ生スヘキ一問題アリ
勝者ノ利益ハ各当事者ノ為メ同一ナルヲ要スルカ将タ一方ノ勝ツニ於テハ若干ノ金銭ヲ受取ルヘキモ其破ルルトキハ之ニ異ナル金銭ヲ與へ其勝敗ニ因リ賭スル所ノ金銭ノ多少ヲ異ニスルコトヲ得ヘキカ
蓋シ當事者其輸贏ニ従ヒ授受スヘキ金銭ヲ異ニスルハ敢テ之ヲ禁スルノ理由アルコトヲ見ス力量又ハ巧技ヲ発達スルコトヲ目的トスル博戯ヲ為スニ當リ競走者其力量巧技ノ優劣ヲ異ニスルニ因リ勝敗ノ運賦ニ多少アルコトナシトセス(但シ其強弱巧拙ノ差異極メテ大ニシテ一方ノ必勝ヲ帰ス可カラサルコトヲ要ス然ラスンハ毫モ射倖ノ性質アラサルヘケレバナリ)
斯ノ如キ塲合ニ於テハ強者ノ受クヘキ利益弱者ノ利益ニ比シ較々少ナカルヘキヤ至當ナリ
然ラハ即チ博戯者ノ一人ノミ勝利ヲ得タル時利益ヲ得失敗ノ時毫モ損スル所ナカルヘキコトヲ約シタルトキハ如何此場合ニ於テモ亦其契約ハ射倖契約ノ効力ヲ有スヘキモノト断定スルコトヲ要ス是射倖契約ノ双務ニ非ス亦無償ニ非サル塲合ニシテ曩ニ説明シタル如ク強者ノ約シタル條件付ノ贈與即チ弱者ニ向ヒ其勝利ヲ得ルトキ附與センコトヲ約シタル一種ノ懸賞ト云フヘシ
又競走ニ関係セサル人ヨリ懸賞ヲ約シタルトキモ亦其競走者ノ失敗ノ塲合ニ於テ懸賞者ニ利益ヲ與フヘキコトヲ要約セサルトキト雖トモ尚ホ懸賞者ハ訴権ヲ被ラサル可カラス是亦法律ノ明文中ニ包含スル所ノ塲合ナリ
第百六十一條
前条ニ規定シタル場合ノ外博戯及ヒ賭事ハ法律ノ認許セサルモノニシテ法定義務ヲ生セス従テ之カ為メ裁判所ニ訴権ヲ行フコトヲ許サス
本条ハ外國ニ於テ疑議ヲ存シタル問題ヲ断定シ且ツ前条ノ塲合ノ外賭博ニ因リ自然義務スラ尚ホ発生セサルコトヲ記載シタリ
蓋シ博戯及ヒ賭事ニ起因スル債務ハ前条ニ示シタル例外ノ塲合ノ外正当ノ原因ヲ有セス不当ノ原因ニ出ツルモノナリ何トナレハ他人ノ財産ヲ利得シ敢テ之ニ對價ヲ附與スルコトナク又他人ノ自己ニ贈與ヲ為サントスルノ意思ナキニ其財産ヲ利得スルハ公義ニ反シ経濟ニ害アルノミナラス徳義ニ反スルモノナレハナリ然ルニ法律ノ認許セサル賭博ハ正ニ此弊害アルモノナリ或ハ利益ヲ得ルノ運賦ト損失ヲ受クルノ危險トハ相償フヘシト信スルモノアラン然レトモ是誤謬ノ見觧タルヲ免カレス蓋シ損益ノ運賦相償フハ利益ノ原因アルコトヲ証スルヲ得ヘキモ其原因ノ正當ナルコトヲ称スルニ足ラス而シテ賭博ノ経濟ヲ撹乱スル所以ハ賭者ノ一人ノ利益他ノ損失ニ對当スルカ故ニシテ他ノ有償ノ契約ニ於テハ當事者共ニ授受スル所アルカ故ニ何レモ正當ニ利益ヲ交換シ共ニ利益ヲ得ルモノト云フヘシ
又賭博ハ之ヲ以テ贈與ト比較スルコトヲ得ス蓋シ贈與ニ於テハ受贈者ノ得ル所即チ贈與者ノ失フ所ナリト雖トモ亦贈與者ハ他人ニ恩恵ヲ加ヘタルニ因リ徳義上ノ満足ヲ得受贈者ヲシテ其恩義ニ感セシメンコトヲ帰シ又実際其趣意貫徹スルコトアルヘキモ博戯ニ於テ失敗スル者ハ勝者ノ為メ毫モ恩恵ヲ加フルノ意アリタルモノニ非ス又勝者ヲシテ其恩義ニ感セシムルコト能ハス却テ其敵主ニ對シ怨恨ヲ挟ムコトナシトセス故ニ賭博ト贈與トハ似テ而シテ非ナルモノナリ
又賭博ヨリ生シタル債務任意辨濟ハ之ヲ取戻スコトヲ得サルモ之ヲ理由トシ賭博ヨリ生シタル債務ニ自然義務ノ性質アリト云フ可カラス
蓋シ自然義務ノ名義ヲ以テ任意辨濟シタル者ハ之ヲ取戻スコトヲ得サルヲ以テ自然義務ノ効力ノ一ト為スト雖トモ(財産編第五百八十三条ヲ参觀スヘシ)賭博ノ塲合ニ於テ辨濟取戻ヲ許ササルハ他ニ理由アルモノニシテ自然義務ナキモ辨濟ノ取戻ヲ得サルコトハ独リ此塲合ノミニ限ラス尚ホ他ニ二三ノ之ニ類似スルモノアリ蓋シ賭博ノ如キ顕然不法ナル合意ヲ為シ諾約者ト要約者ト共ニ徳義ニ背反スル塲合ニ於テハ要約者約束ノ利益ヲ請求スルカ為メ訴権ヲ有スル可カラスト雖トモ亦諾約者モ其任意ニ辨濟シタル所ノモノヲ取戻スノ訴権ヲ有ス可カラサルヤ毫モ疑議ヲ容レサルナリ然レトモ其合意自然義務ヲ生ストハ何人モ敢テ主張セサル所ナラン
抑モ不法原因ニ因リ弁濟シタル者弁濟者ノ方ニ在テ原因ノ不法ナルトキハ之ヲ取戻スコトヲ得ス縦令弁濟ヲ受ケタル者ノ方ニ在テ亦原因ノ不法ナルトキモ尚ホ然ルコトハ既ニ説明シタル所ナリ
然リ而シテ賭博ニ因ル債務ノ弁濟ヲ取戻スコト能ハサルハ其弁濟ノ任意ナルトキニ限ル
本条ハ任意ノ条件ノ外辨濟者ノ能力ヲ有スルノ条件ヲ加ヘタリ蓋シ自然義務ヲ履行スル者亦能力ヲ有スルトキニ非サレハ其取戻ノ許ササルヤ茲ニ規定スル所ト同シト雖トモ本条ニ規定スル任意ノ弁濟ハ自然義務ノ性質ヲ有セサルモノナルカ故ニ亦同一ノ能力ノ条件ヲ要スルコトヲ記載スルヲ必要ト認メタリ
尚ホ勝者賭博ニ付詐欺又ハ欺瞞ヲ行フタルトキハ辨濟ノ取戻ヲ許ササルノ限ニ非サルモノトス蓋シ此塲合ニ於テハ詐欺発見前ニ為シタル弁濟任意ノモノト看做ササルカ故ニ其取戻ヲ許ササル可カラス
賭博ヲ為ス者賭物ヲ現塲ニ提出シタルハ任意ノ弁濟ト看做スコトヲ要ス是恰モ豫メ条件付キノ弁濟ヲ為シタルニ外ナラス是ヲ以テ敗者自己ノ面前ニ賭物ヲ置クモ失敗ノ後急激ニ之ヲ奪フタルトキハ即チ眞ニ他人ノ財産ヲ取リタルモノニシテ盗罪ヲ犯シタルモノナリトセサルモ背信罪ヲ犯シタリト謂ハサル可カラス何トナレハ其賭物ハ恰モ寄托物トシテ自己ノ掌握シタルモノニ外ナラサレハナリ但実際容易ニ基礎ヲ許ササルノミ
任意辨濟ノ事ニ関シ二三ノ好問題アリ左ニ聊カ之ヲ断定セン
第一賭博ヲ為スニ當リ他人ニ金銭ヲ借用シ而シテ貸主之ヲ賭博ニ用ユヘキコトヲ知リタルトキハ尚ホ貸主其貸金ノ返還請求ヲ為スノ訴権ヲ有スヘキカ
此問題タル積極的ニ之ヲ断定スルヲ要ス蓋シ貸借ノ金額ハ一旦借主ノ資産ニ入リタルカ故ニ現ニ賭博ノ債務ヲ弁濟スルノ用ニ供シタルモノ或ハ他ノ金銭ナルモ知ル可カラサレハナリ
然レトモ賭者ノ一人賭博ノ現塲ニ於テ敗者ニ金銭ヲ貸與シタル塲合ハ此限ニ在ラスシテ其所為ハ又賭博ノ所為中ニ包含シ訴権ヲ生ス可カラサルモノナリ
又代理人若クハ事務管理人賭博ノ債務タルコトヲ知リ其弁濟ヲ実行シタルノ効力如何ナルヘキカ
此問題タル弁濟者ノ代理人タルト事務管理者タルトニ因リ結果ヲ異ニスヘキモノナリ若シ敗者ノ委任ニ因リ弁濟ヲ為シタルトキハ恰モ敗者自ラ任意ニテ辨濟ヲ為シタルト異ナラス而シテ代理人ハ委任者ヲ代表スルカ故ニ代理人ハ民事上委任者ニ對シ辨濟金額ノ償還ヲ為スノ義務アリ是弁濟スルカ為メ一時金額ヲ借用シタルト異ナラス然レトモ委任者ノ為メ賭博ヲ為シ且之カ為メ其失敗ノ塲合ニ於テ弁濟ヲ為スヘキコトヲ目的トシ代理ヲ約シタルトキハ之ニ異ナリ其代理ハ主タル目的不法ニシテ当然無効タルヘキモノナリ故ニ弁濟ヲ為スハ従タル目的ニシテ主タル目的ニ伴ヒ共ニ不當ニシテ無効タラサル可カラス
右ニ反シ代理ナキニ事務管理者辨濟ヲ為シタルトキハ其辨濟ハ必要ノ費用ニ非ズ亦有益ノ費用ニモ非サルカ故ニ管理者ハ償還ノ訴権ヲ有セス只本主タル賭博ヲ為シタル者ノ隨意ニ之ニ辨濟ヲ為スヘク且其辨濟ハ敗者ノ任意ニ出ツルコトヲ要ス
敗者辨濟トシテ動産若クハ不動産物又ハ債権ヲ附與シ勝者追奪ヲ受ケ或ハ債権ノ辨濟ヲ受ケサルコトアルヘシ此塲合ニ於テハ勝者ハ追奪債権ノ不成立又ハ債務者無資力ノ担保訴権ヲ有スヘキカ且無資力ノ担保ハ特例ニ属スルカ故ニ明カニ之ヲ約シタルカ或ハ商証券ノ裏書ニ於ケルカ如ク商券ノ性質ニ当然附着シタルモノト仮定スヘシ
右ノ塲合ニ於テハ勝者担保訴権ヲ有セサルヤ明ナリ蓋シ通常賭博ノ債務ヲ弁濟スルトキハ賭博ノ為メ訴権ヲ行ハサルニ因リ僅カニ其弁濟ノ取戻ヲ許ササルノミ然ルニ辨濟ノ効力ニ関シ求償権ヲ許ストキハ只体裁ヲ異ニスルノミニシテ其実賭博ノ訴権ヲ行フニ外ナラス元来敗者ハ自己ノ意ニ適シ自己ノ資力ニ應シ隨意ニ辨濟ヲ為スヘキモ其授與シタル所ハ其侭之ヲ領受スヘキノミ勝者ハ辨濟トシテ受取リタル物ノ追奪ヲ被リ又ハ其債權ノ辨濟ヲ受ケサルモ決シテ之ニ付キ苦情ヲ唱フルコト能ハサルヤ恰モ一分ノ弁濟ヲ受クルニ止マルトキ之ニ付キ苦情ヲ唱フルコト能ハサルト異ナルコトナシ此点ニ付テハ賭博ノ勝者ハ債權ノ受贈者ニ比シ一層権利ヲ有セサルモノナリ蓋シ債権ノ受贈者ハ追奪若クハ無資力ノ担保ノ明約ヲ為ストキハ担保訴権ヲ有スヘキモ賭博ノ勝者ハ如何ナル約束アルモ担保ノ訴権ヲ行フ能ハサルコト賭博ノ債務ノ弁濟ヲ請求スル能ハサルカ如シ
本条ハ啻ニ博戯及ヒ賭事ヲシテ自然義務ヲ生スルノ効力ヲ有セシメサルニ止マラス尚ホ特ニ博戯若クハ賭事ノ債務ノ任意ノ追認ノ無効並ヒニ其債務ノ消滅ヲ以テ更ラニ法定義務ノ創設ノ原因ト為スコトヲ約シタル更改並ニ第三者其債務ヲ担保センコトヲ約シタル保証ノ無効ナルコトヲ示シタリ蓋シ本条ニ明文ヲ掲ケ此事ヲ記載シタルハ任意弁濟自然義務ニ関スルト賭博ノ債務ニ関スルト均ク有効ナルニ因リ此二者ハ全ク同一ナリトノ觧釈ヲ豫防センカ為メナリ蓋シ任意ノ認諾更改及ヒ保証アルトキハ自然義務変シテ法定義務ト為ルモ賭博ノ債務ハ追認更改又ハ保証スルモ何等ノ効力ヲモ生スルコトナシ
本条ハ賭博ノ債務ヲ保証スルモ其効力ナシト云フニ止マリ動産質及ヒ抵当ヲ以テ賭博ノ債務ヲ担保シタルトキ其効力ナキコトヲ記載セス皮相視スレハ質及ヒ抵当ヲ以テ担保トスルモ亦同一ノ理由ニ因リ担保無効タルヘキカ如シ然レトモ其実質及ヒ抵當ハ無効ニ属スルモノニ非ス蓋シ保証ノ如キ對人担保ト質及ヒ抵当ノ如キ物上担保トノ間ニハ至大ノ差異アリ物上担保ヲ供與スルトキハ債務者現ニ其勝者ニ附與スル所ノ物権ヲ移轉シ終ハルモノニシテ一旦其移轉アリタルトキ其任意ニ出ツル限ハ又辨濟ノ効力ヲ有シ同シク有効ナラサル可カラス
或ハ此規定ヲ非難シ質及ヒ抵当モ亦之ヲ禁止スヘキモノトシ物上担保ハ辨濟ノ如ク直接ニ義務免除ノ効ヲ奏スルモノニ非ス尚ホ其担保物ヲ金銭ニ替エントスルトキハ裁判所ノ干渉ヲ必要トスルモ賭博ノ債務ニ付テハ法律ハ裁判所ノ干渉ヲ禁シタルモノナリ故ニ物上担保モ亦無効ナルヘシト云フ者アラン然レトモ是亦謬見タルヲ免カレス抑モ法律ノ主トシテ避ケントシタル所ハ裁判所干渉ヲ為シ債務者ヲ強制シ之ヲシテ賭博ノ債務ヲ辨濟セシムルノ一事ノミ然ルニ債務者既ニ物上ノ担保ヲ供シタルトキハ任意ノ出捐ヲ為シタルモノニシテ唯質取主若クハ抵当債権者ト債務者若クハ自餘ノ債権者トノ間ニ計算ニ関スル手続ヲ為スヘキノミ
又或ハ質及ヒ抵当ノ有効ナルニハ豫メ債務ノ認諾ヲ期スルノ証書ヲ調製スルヲ要スルモ其認諾ハ当然無効ナルカ故ニ従テ質及ヒ抵当亦無効ナルヘシト云フ者アラン此説ニ對スル亦前ト同一ノ答弁ヲ以テスヘキモ蓋シ此塲合ニ於テハ賭博ノ債務ノ認諾ノ効力僅カニ質若クハ抵当附與ノ理由ニ過キサルコト恰モ其弁濟若クハ代物弁濟ノ理由タルト外ナラス決シテ債務者ニ對シ強制ヲ為スモノニ非ス其質若クハ抵当ニシテ不充分ナルモ債務者残額ノ請求ヲ受ケサルヲ以テ見ルモ亦其然ルヲ証スルニ足ラン
又賭博ノ債務ハ明カニ之ヲ認諾スルモ決シテ法律上若クハ裁判上ノ相殺ノ原因ト為スコト能ハス蓋シ法律上若クハ裁判上ノ相殺ハ強制執行ト同様ナルモノナルカ故ニ法律ノ禁止スル所ナリ然レトモ任意ノ敗者明カニ其勝者ニ對シ有スル所ノ法定義務ト其賭博ノ債務トヲ相殺スヘキコトヲ承諾シタルトキハ以テ任意ノ相殺ノ原因ト為スヘシ
第百六十二條
官許ヲ得サル富講ニ因リ訴権ヲ行フコトヲ禁スルハ固ヨリ当然ナリト云フヘシ蓋シ富講ノ官許ヲ得サルモノハ賭博トシテ懲罰ヲ受クヘク不正ノ原因ヲ有スルニ因リ必ス刑法上ノ制裁ヲ受クヘキモノニシテ力量巧技ニ関スル例外アルコトナシ何トナレハ富講ハ一ニ偶然ノ運賦ヲ期スルニ止マルモノニシテ決シテ力量巧技ノ発達ヲ併セテ計ルコトヲ得サルモノナレバナリ
之ニ反シ富講ノ官許ヲ得タリシニ講元當選者ニ當金ヲ引渡スコトヲ拒絶スルトキハ裁判上ノ訴権ニ因リ之ニ對シ強制執行ヲ為スコトヲ得是至当ニシテ且富講ノ加入者ヲ奨勵スルノ唯一ノ方法タルモノナリ蓋シ富講ノ官許ヲ得ルハ慈恵ノ性質ヲ有シ多少一般ノ利益ヲ裨補スルヲ得ルトキニ限ルカ故ニ此塲合ニ於テハ冝シク其加入ヲ奨勵スヘシ
又富講ノ官許ヲ得タル塲合ニ於テ加入ヲ約シタル者ハ懸金ヲ拂込ムニ付キ強制執行ヲ受クヘシ
第二項ハ商品又ハ公ケノ証券ノ相塲高低ニ付キ利ヲ得ンコトヲ目的トスル投機ニシテ眞ニ賣買ノ性質ヲ有セサルトキハ賭博ト同シク訴権ヲ有セサルモノトセリ斯ノ如ク相塲投機ヲ以テ賭博ト同一視スルニ因リ自ラ其結果トシテ敗者自ラ合意ノ日ノ相塲ト期限到来ノ日ノ相塲トノ差異ヲ任意ニテ弁濟シタルトキハ又其行為ノ無効ヲ申立ツルコトヲ得ス
然レトモ定期賣買ハ法律上着實ナリト推定ス是法律ニ反証ヲ擧クルヲ以テ被告ノ任トセリ
蓋シ定期賣買ヲ以テ着實ナリト推定スル以上ハ其着実ナラサルコトヲ唱ヒ履行ノ請求ヲ拒絶スルモノニ於テ当事者賣買ノ時既ニ其現物ヲ取引シ弁濟ヲ為スノ意異ナリタルニ非ス只相塲高低ノ差異ニ付キ賭博ヲ為シタルニ過キサルコトヲ証明セサル可カラス是事実上ノ問題ナルカ故ニ裁判所ハ諾約シタル數量金額当事者ノ資産ヲ斟酌シ且當事者平常其取引ヲ結了スルニ交互計算ノ差異ノミヲ支拂フノ慣習アルヤ否ヤヲ斟酌スヘシ
第百六十三條
被告無効ノ抗弁ヲ申立ツルヲ得ル塲合ニ於テ之ヲ申立テサルトキハ判事職権ヲ以テ其無効ヲ言渡スコトヲ得ルヤ否ヤハ法律ヲ以テ断定スルヲ要スル所ノ問題ナリ
蓋シ賭博ヨリ生シタル義務ノ無効ナルハ公ケノ秩序ニ基クモノニシテ従テ判事職権ヲ以テ其無効ヲ言渡スコトヲ得サル可カラサルヤ明カナリ然レトモ法律上ノ推定ハ原告ニ利アリテ其推定ニ依レハ定期賣買ハ着實ナルモノト看做サルルカ故ニ未タ一概ニ裁判官ヲシテ濫リニ其無効ヲ言渡スコトヲ得セシム可カラサルモノナリ固ヨリ被告ハ反証ヲ挙ケ法律上ノ推定ヲ覆スコトヲ得ヘキモ若シ又其出廷セサルカ又ハ其出廷スルモ賭博ノ無効ヲ申立テス却テ他ノ手段ニ因リ原告ノ請求ヲ争フタルトキ判事ヲシテ其取引ヲ着実ト看做ササルコトヲ言渡スニ付キ無限ノ権力ヲ有セシムルハ又弊害ナキヲ得ス
是ヲ以テ本條ハ行為ノ不法ノ性質即チ其賭博ノ性質アルコト約束ヲ為ス時ニ当リ又ハ請求ノ時ニ当リ書面若クハ口頭ニテ当事者ノ明言シタルトキニ非サレハ判事ヲシテ職権ヲ以テ其行為ノ無効ヲ言渡スコトヲ得セシメス固ヨリ當事者其行為カ賭博ノ性質ヲ有スルコトヲ明言スル塲合ハ極メテ稀ニシテ当事者ハ始メヨリ訴権ノ利益ヲ失フコトヲ為スコトナカルヘク而シテ其自由ニ訴権ヲ行フノ餘裕ヲ存シタリシトキハ原告敢テ裁判所ニ至リ相塲ノ高低ノ差異ニ付キ賭博ヲ為スノ意アルニ過キサリシコトヲ明言スルコト極メテ稀ナルヘシ然レトモ亦斯ノ如ク範囲ヲ狹隘ニシタル以上ハ判事ヲシテ職権ヲ以テ無効ヲ言渡サシムルモ敢テ異議ヲ生スヘキ所ナシ
第二節 終身年金権
今終身年金権ノ諸条項ヲ説明スルニ先チ其理論ヲ畧説セン
年金契約ニ二種アリ一ヲ無期年金権契約トシ一ヲ終身年金権契約トス
無期年金権契約ハ利息付貸借ノ変体ナルカ故ニ次章ニ至リ貸借契約ト併セテ之ヲ規定シタリ
無期年金権契約ハ他ノ契約大ニ類似スルコトアリテ其一種ノ変体ニ過キサルコトアリ去レハ無期年金権契約ハ贈與ノ性質ヲ有スルコトアリ又契約ニ依ラス遺言ニ依リ設定スルコトアリ本節ノ首ニ規定スル所ハ即チ終身年金権ノ種々ノ性質ニシテ其法文ヲ容易ニ理觧スルヲ得ヘキモノニシテ簡畧ノ説明ヲ以テ足レリトスヘシ
毎月又ハ毎年拂フ所ノ賦金ハ之ヲ年金権ト称ス是本法ノ法文ニ屡々利息及ヒ年金ナル語ヲ並ヒ用ヰタル所以ナリ
是ヲ以テ年金権ハ年金ヲ生スル所ノ権利ニシテ恰モ土地ノ如ク年金ハ其果実タルモノナリ
無期年金権ハ貸借ニ於ケルカ如ク確定セル元本ヲ有スルモノニシテ年金ハ其利息タルモノナリ(年金ノ無期タルトキト雖トモ尚ホ二三ノ消滅原因アリ)
然ルニ年金ノ終身ナルトキハ其元本ハ不定ニテ仮想的ノモノナリ故ニ年金債権者ノ死去ニ因ル通常年金権ノ消滅ノ塲合ニ於ケルノミナラス債務者ノ義務不履行ニ基ク期限前ノ消滅ノ塲合ニ於ケルモ決シテ其元本ノ返還ヲ要求スルコトヲ得サルモノトス固ヨリ年金権モ亦債權者ヨリ供與シタル元本即チ金銭動産若クハ不動産ノ對價タルコトアリト雖トモ其元本タル年金ヲ生スルモノト看做スコトヲ得ス何トナレハ年金ハ貸借ノ通常ノ利息若クハ財産ノ果實ニ比スレハ稍々多額ナレハナリ是畢竟年金権ハ債権者ノ畢生間ニ限リ拂フモノニ過キサルカ故ナリ
年金債権者ヨリ供與シタル利益ノ對價トシテ畢生間ノ年金権ヲ設定シタルトキハ其年金権ハ有償双務合意ノ結果ニシテ人命ノ長短ニ應シ其継續ノ時期ニ長短アルカ故ニ当事者双方ノ為メニ射倖契約タルモノナリ
贈與ヲ以テ畢生間ノ年金権ヲ設定シタルトキハ其契約ハ無償ナルカ故ニ双務ニ非ス然レトモ尚ホ射倖タルヘキヤ論者概ネ消極説ヲ唱ヒ射倖合意ハ有償合意ノ変体ニ過キスト云ヒタリ然レトモ射倖契約ノ性質ヲ斯ノ如ク減縮スルハ其理アルヲ知ラサルナリ縦令損益ノ運賦当事者一方ニノミ存スルトキト雖トモ亦以テ其契約ヲシテ射倖タラシムルニ足レリト云フヘシ加之畢生間ノ年金権ヲ設定シタル塲合ニ於テハ其設定縦令無償ナルモ尚ホ当事者双方ニ損益ノ運賦アリト云フヲ得ヘシ蓋シ贈與者ニ於テハ受贈者ノ長壽ナルニ従ヒ自己ノ負担愈々重キヤ明カニシテ受贈者ノ死去早キ時ハ従テ贈與者ノ負担軽キコト言ヲ俟タサルナリ又受贈者ニ於テハ毫モ贈與スル所ナク只一ニ領受スルニ止マルヲ以テ毫モ損失ノ危險ヲ負担セスト雖トモ亦其生命ノ長短ニ従ヒ年金ヲ受クルニ多少ノ運賦アルモノト云フヘシ且契約無償ナルモ未タ必スシモ射倖ノ性質ヲ有スル能ハスト云フ可カラサルハ完全所有権ノ贈與ヲシテ偶成条件ニ繋ラシメタルトキ其贈與為メニ射倖タルヲ以テ充分了知スルヲ得ヘシ
然リ而シテ此問題タル実際ノ利益ナク只理論上ノ利益アルニ過キサルヲ以テ敢テ詳細ノ説明ヲ為スヲ要セス蓋シ無期年金権ノ贈與ヲ以テ射倖契約タリトスルト否トヲ問ハス其効力ハ同一ニシテ又其成立ノ条件ニ関シ贈與ノ規則ニ依遵スヘク又其区域ニ至テモ贈與ヲ減少スヘキ塲合ニ非サル限ハ此普通譲與ノ規則ニ従フヘシ又其期限ニ至テハ受贈者ノ畢生ヲ限ルモノニシテ従テ必ス不確定ナラサルヲ得ス尚ホ終身年金権ニ付テハ其権限ノ有償ト無償トヲ問ハス一様ナルコトハ第百七十三条ニ至リ規定スル所アルカ故ニ同条ノ下ニ之ヲ説明スヘシ
終身年金権契約ハ有償権原タルト無償権原タルトヲ問ハス自己通常ノ收入ヲ以テ生計ヲ営ムニ足ルヘキ資産ヲ有セサル者ヲシテ利益ヲ得セシムルモノナリ例ヘハ既ニ老衰シテ使役労働ニ因リ賃金ヲ得ル能ハス又其收入ハ元本動産タルト不動産タルトヲ問ハス僅カニ千五百円ニシテ其收入年一割トスルモ漸ク百五十円即チ毎月十二円五十銭ヲ得ルニ過キサル者アリトセンニ斯ノ如キノ收入ヲ以テ其需用ニ應スルニ足ラサルコトナシトセス然ルニ其人子モ無ク亦近親モナク死後其資産ヲ譲與スヘキ望アラサルトキハ其資産ヲ譲渡シ以テ終身年金権ヲ設定スルヲ得ヘシ而シテ其年金権タル年一割ニ止マラス一割五分又ハ二割ノ年金ヲ生スルコトアルヘシ其割合ノ如キハ年金債権者ノ年齢如何ニ依リ異ナルモノニシテ其愈々高齢ナルトキハ得ル所ノ年金亦愈々多額ナルヘシ何トナレハ年金債権者死去スルトキハ債務者年金ノ支拂ヲ止メ而シテ毫モ返還スル所アラサレハナリ又或ハ推定相続人アリテ必ス之ニ自己ノ財産ヲ相続セシメサルヲ得サルトキハ其相続人ト年金権ノ契約ヲ結ヒ之ヲシテ夙ニ其相続ノ利益ヲ得セシムルコトヲ得ヘシ
又贈與ヲ以テ終身年金権ヲ設定シタリト仮定センニ其設定ハ贈與者ヲシテ元本ヲ失フコトナク受贈者ノ生計ヲ助クルヲ得セシムヘシ或ハ贈與者ノ資産其年金権ヲ設定シタルカ為メ一時自己ノ費用ヲ節減セサル可カラサルコトアルヘキモ其終身年金権消滅ノ後ニ至レハ又従前ノ如ク其資産ヲ失フコトナキヲ得ヘシ
是ヲ以テ終身年金権ハ老年ニシテ貧困ナル親族ヲ援助シ又ハ老僕ノ忠勤ヲ賞與スルニ最モ容易ナルノ方法ナリ
又終身年金権ヲ設定スルニ有償若クハ無償ニテ譲渡シタル元本上ニ留存スルコトアリ是恰モ賣渡又ハ贈與シタル財産上用益権ヲ留存スルト異ナルコトナシ
例ヘハ茲ニ人アリテ千円ヲ贈與シ且其利息ノ割合ヲ定メ受贈者ヨリ自己ノ畢生間利息ヲ弁濟スヘキコトヲ要約シタルトキハ縦令直チニ年金権ヲ設定シタルニ非サルモ亦同シク元本ヲ譲渡シタル者ヲシテ確然タル生活ノ方法ヲ得セシムルニ因リ又元本ノ贈與ヲ奨勵スルモノナリ
以下本節ノ諸条項ヲ説明セン
第一款 終身年金権ノ設定
第百六十四條
終身年金権ヲ有償ニテ設定シタルトキハ曩キニ陳ヘタル如ク他ノ契約ト類似スルコトアリテ殆ト其変体ト云フヘキコトアリ
例ヘハ年金権ノ利益ヲ受クヘキ者金銭若クハ日用品ヲ供與シタルトキハ即チ一種ノ利息付貸借ナルモノナリ只其利息多少法律上若クハ通常合意上ノ利息ノ割合ニ超過スルカ故ニ其供與シタル元本ヲ抛棄シ決シテ之ヲ返還スルノ期アラサルモノトス
又金銭ヲ以テ年金権ヲ設定シタルトキハ即チ年金ヲ得ルノ債権賣買アリタルモノニシテ讓渡シタル元本ハ即チ其代金ナリト云フヲ得ヘシ
動産又ハ不動産譲渡ノ報酬トシテ終身年金権ヲ設定シタルトキハ其契約ハ全ク賣買ノ性質ヲ有スルモノナリ然レトモ其原素ハ賣買ニ於ケルト反對シ年金権ハ即チ賣渡シタルモノニ非ス即チ賣買ノ代價ニシテ賣渡シタル物ハ即チ年金権ヲ得ルカ為メ供與シタル物件ナリ此塲合ニ於テハ賣買普通ノ規則ニシテ射倖契約ノ性質ト相容ルルモノハ尽ク之ヲ適用スヘシ例ヘハ追奪担保面積不足ノ担保若クハ隠レタル担保義務ノ如キ均シク存スルモノナリ
年金債権者ヨリ何等ノ價額ヲモ供與セサルトキハ其終身年金権ハ無償ニテ設定シタルモノトス而シテ其設定タル或ハ贈與ニ因ルコトアルヘク或ハ遺言ニ因ルコトアルヘシ此塲合ニ於テハ権利ノ本体ニ関スル規則ト方式ニ関スル規則トヲ問ハス贈與若クハ遺言ニ固有ナル各法則ヲ適用スヘシ而シテ権利本体ニ関スル規則中人ノ通常ノ能力ニ制限ヲ加ヘ或ハ其處分ノ能力收受ノ能力ヲ限定スルモノアリ又相続人贈與者若クハ遺言者ノ相續人ノ分限ニ依リ贈與スルヲ得ヘキ物ノ高ニ関シ制限アリ
又曩キニ終身年金権ノ大体ヲ略説スルニ當リ陳ヘタル如ク終身年金権ハ虚有権ニシテ讓渡シタル元本ノ上ニ留存シテ設定スルコトヲ得而シテ其元本タル或ハ有償ニテ讓渡スコトアリ或ハ無償ニテ讓渡スコトアリ
此規定タル用益権設定ノ方法ニ似タル所アリ(財産編第四十五條ヲ参觀スヘシ)
右ノ塲合ニ於テ終身年金権ノ設定有償ナルヤ将タ無償ナルヤニ付キ少シク説明ヲ要スルモノアリ
若シ有償ニテ元本ヲ讓渡シタルトキ詳カニ之ヲ言ヘハ其對價アリタルトキハ終身年金権ノ債権者ハ其對價ヲ以テ收益権ノ對價ヲ領受シ其收益権ハ自己ノ畢生間遲延スルニ過キサルモノト看做スヘシ
然レトモ元本ノ虚有権ヲ供與シタルトキハ終身年金権ノ留存ハ無償若クハ有償ノ取得ニ非ス何トナレハ其留存ハ眞ノ取得タルモノニ非ス自己ノ財産ノ收益ヲ留置スルモノハ之ヲ取得スルニ非サルコト恰モ財産ノ半ハヲ讓渡シタル者他ノ半ハヲ留存スルモ以テ之ヲ取得シタリト云フ可カラサルカ如シ故ニ此塲合ニ於テハ元本ノ贈與者ノ留存シタル終身年金権ハ有價ニテ贈與シタリト云フヲ可ナリトス詳カニ之ヲ言ヘハ年金債権者ノ死去ヲ期限トシテ贈與シタルモノナリ是恰モ前ノ塲合ニ於テ終身年金権ヲ賣渡シタルモノト看做スト同一ナリ是亦贈與者ノ處分スルヲ得ヘキ財産ノ部分ヲ計算スルニ当リ算入スヘキ價格ナリ
尚ホ現ニ留存シタル終身年金権ヲ以テ有價ニテ贈與シタルモノト看做スニ付キ同一ノ利益アリ例ヘハ受贈者条件不履行ノ為メ贈與ノ廃罷ヲ受クヘキ塲合ニ在ルトキハ贈與者ニ復帰スヘキモノハ啻ニ元本ノ虚有権ノミナラズ亦其元本ノ無期ノ收益ナリ是ヲ以テ其死去ニ至ルモ收益権ハ受贈者ニ移轉セス依然贈與者ノ相續財産中ニ存續スヘキモノナリ
第百六十五條
凡ソ終身年金権ヲ有償ニテ設定シタルトキハ其對價ヲ供與シタル者ノ為メニ要約スルモノニシテ是最モ尋常ナル塲合ナリトス然レトモ或ハ其價格ヲ供與シタルモノト年金ノ債権者タルヘキモノト其人ヲ異ニスルコトナシトセス
但他人ノ為メニ要約無効ナルハ例外ニ過キサルヲ以テ(財産編第三百二十三條ヲ参觀スヘシ)要約者其例外ノ塲合ノ一ニアルカ又ハ終身年金権ヲ得ヘキ者契約ニ干渉シタルコトヲ要ス
是ヲ以テ其契約ニハ三箇ノ利害関係人アリリ而シテ其関係人ハ二重ノ当事者ト為リ其間ニ二重ノ権利関係ヲ生スルモノナリ即チ價格ノ供與者ト之ヲ領受シ従テ年金債務者ト為ルモノトノ関係ハ價格ノ贈與者ト其利益ヲ享受スヘキ者即チ年金債権者トノ関係是ナリ價格ノ贈與者ト之ヲ領受スルモノトノ関係ニ付キ観察スルトキハ年金契約ハ有償ノモノナリ何トナレハ終身年金権ノ原因トシテ供與スル價格ヲ領受スルモノハ亦其對價ヲ供與セサル可カラサルニ因リ無償ニテ之ヲ取得スルモノニ非ス然レトモ價格ノ贈與者ト享益者トノ関係ニ付キ観察スルトキハ年金契約ハ無償ノモノナリ何トナレハ其終身年金権ヲ領受スヘキモノハ其對價ヲ供與スル者ニ非サレハナリ而シテ受贈者ト贈與者トノ関係ハ年金債権者ト價格ノ贈與者トノ間ニ存スルコト敢テ多弁ヲ要セサルナリ
夫レ斯ノ如ク契約ニ二様ノ性質アルハ敢テ終身年金権ノ設定ニノミ限リ存スルモノニ非ス有償契約ニ於テ第三者ノ為メニス要約若クハ第三者ニ依ル要約アルトキハ必ス其契約二様ノ性質ヲ有スルモノナリ
且同一ノ契約ニシテ有償ノ性質ト無償ノ性質トヲ有スルモ其関係ノ存スル人ヲ異ニスル以上ハ決シテ矛盾アルコトナシ是ヲ以テ有償ニテ讓渡スト贈與スルトニ付キ能力ノ同一ナラサルコトアルモ二箇ノ観察点ニ付キ其能力ニ関スル規則ニ從フヲ得
之ニ反シ方式ニ付テハ固ヨリ一箇ノ証書一箇ノ行為アルニ過キサルヲ以テ法律上其行為ヲシテ贈與ノ方式ニ従ハシムヘキヤ将タ一方ニ於テ契約有償ナルカ故ニ其方式ニ従フニ及ハスト為スヘキヤヲ定メサル可カラス而シテ本条規定スル所ハ即チ贈與ノ方式ヲ要セサルニ在リ
然レトモ尚ホ断定ヲ要スル問題ノ存スルアリ然ルニ法律ヲ以テ之ヲ断定セサルハ原則ニ從ヒ自ラ眞正ノ断定ヲ為スヲ得ルカ故ナリ例ヘハ價格ノ贈與者有償ニテ讓渡スノ能力ヲ有スルモ贈與スルノ能力ヲ有セス又ハ年金ノ利益ヲ受クヘキ者價格ノ贈與者ヨリ之ヲ領受スルノ能力ヲ有セサルトキハ其契約全ク無効ナルヘキヤ将タ只亨益者ニ對シテノミ無効タルヘキヤ此問題ニ付テハ亨益者ニ對シテノミ契約ヲ無効トスルノ断定ヲ為スヘシ何トナレハ價格ノ贈與者ト年金権ヲ諾約シタル者トノ間ニハ其契約有償契約ノ効力ヲ有スヘケレハナリ是ヲ以テ年金ハ契約ニ指示シタル享益者ニ拂ハスシテ價格ノ贈與者ニ拂フヘキモノナリ只其継続期限ハ債務者ノ始メ年金債権者ト看做シタリシ第三者ノ生命ヲ以テ限トスヘシ然レトモ尚ホ年金権ハ債権者以外ノ人ノ生命ヲ以テ其期限ト為スヲ得ルコトハ次条ニ於テ規定スル所ナリ
第百六十六條
終身年金権ハ通常人ノ生活ノ方法ヲ確保スルカ為メ設定スルモノナルカ故ニ其人ノ終身ヲ期シ之ヲ設定シ其人ノ生命ヲ以テ定限ト為スヘキヤ当然ナリ然レトモ亦之ニ反シ債務者ノ終身間年金ヲ拂フヘキコトヲ約束スルコトヲ得ヘシ此約束タル実際甚タ稀ナリト雖トモ亦偶々是無シトセス其理由タル債務者年金債権者ノ死去ニ付キ利益ヲ有スルヲ以テ啻ニ其死去ヲ希望スルノミナラス遂ニ其死去ヲ速カニセンカ為メ刑法ニ觸ルル所ノ所業ヲ為スノ恐アルニ因リ之ヲ豫防スルカ為メナルコトアリ然レトモ此合意タル債権者ノ為メ少シク不利ナルコトアリ何トナレハ若シ年金債務者ニシテ債権者ニ先チ死去スルトキハ債権者ハ遂ニ其生活ノ方法ヲ失フコトナシトセサレハナリ
又年金権ハ特定シタル第三者ノ終身ヲ期シテ設定スルコトヲ得蓋シ此合意ヲ為スハ実際第三者ノ為メ其生活ヲ確保スルカ為メ年金権ヲ設定シタルモ價格ノ贈與者ニ於テ他人ニ其年金ノ拂込ヲ為サシメ篤実ニ享益者ヲ扶助スヘキ者ヲシテ之ヲ領受セシメンコトヲ欲スルニ因リ取結フモノナリ例ヘハ一老父ノ生計ニ餘裕アラシメンガ為メ其利益ヲ計リ年金権ヲ設定セントスルモ其精神虚弱ナルカ又ハ浪費若クハ吝嗇ナルニ因リ実際享益者其眞ノ利益ヲ得サルコトヲ慮カリ其後ニ年金ノ拂込ヲ為スヘキコトヲ約シ只享益者タル父ノ終身ヲ以テ其期限ト為スコトアリ此塲合ニ於テハ子ハ其年金権ニ依リ其父ヲ奉養シ以テ其老年ニ至リ濫ニ浪費シ又ハ吝嗇ナルニ因リ実際年金権ノ利益ヲ受ケサルノ弊ヲ防クコトヲ得ヘシ
然レトモ第三者ノ終身ヲ期スルニ当リテハ第三者其生命ヲ以テ他人ノ権利義務ノ限度ト為スコトヲ嫌フコトナシトセス(蓋シ第三者之カ為メ危害ヲ受クルコトナシトセス然ラサルモ配慮ヲ為スヲ要スルニ至ルヘケレハナリ)本条ハ第三者ノ承諾ヲ以テ啻ニ合意ノ有効ニ必要ナルノミナラズ亦其成立ニ必要ナルモノトセリ蓋シ第三者ニシテ自己ノ生命ヲ以テ年金権ノ期限ト為スノ合意ヲ承諾スルトキハ即チ其生命全体ニ對シ何等ノ危害ヲモ受クヘキ理由アラサルカ故ナルコト明カナリ
若シ第三者承諾セサルトキハ年金権ノ契約無効タルカ故ニ其自然ノ結果トシテ当事者ノ一方其無効ヲ申立ツルトキ双方各其供與シタルモノヲ返還スルヲ得然レトモ既ニ支拂フタル年金ノ取戻ニ至テハ本条之ヲ禁止シタリ是法律上ノ年金債務者ハ債権者ト異ナリ年金ヲ得ルノ必要モナク只人ノ死去ニ付キ利益ヲ僥倖セントシタルモノト看做スカ故ナリ之ニ反シ債権者ハ其契約有償ナルトキハ其供與シタル元本ヲ取戻スコトヲ得且債権者ニ取戻ノ権利アルトキハ債務者利益ヲ僥倖シ射利ヲ謀ルコトヲ防クニ最モ効力アルヘシ
第百六十七條
本条ニ仮定スル塲合ニ付テハ敢テ詳細ノ説明ヲ要セス既ニ本條ニ引用セル財産編第百条ニ於テ用益権ノ事ニ関シ充分之ヲ説明シタリ今其概要ヲ摘記センニ数人同時ニ終身年金権ノ債権者タル者ノ一人死去スルモ債務者ハ其義務ノ一分ヲ免カルルモノニ非ス尚ホ残存スル者ノ年金権ノ全部ヲ拂渡ササル可カラス但シ反對ノ合意アルトキハ此限ニ非サルヤ勿論ナリ
尚ホ本条ヲ説明スルニ当リ財産編第四十八条ヲ准用シ年金債権者ノ順次未定ノ債権者合意ノ時ニ当リ既ニ生存シタリシコトヲ必要トスヘシト思惟セシメ終身年金ニ付テハ用益権ニ於ケルカ如ク此条件ヲ要スルノ理由アラスト認メタリ蓋シ用益権ニ関スルトキハ處有権ノ收益ヲ失フコト久シキニ過クルノ弊ヲ避ケサル可カラス若シ其收益ヲ失フ時久シキニ亘ルトキハ遂ニ處有権ノ價格ヲ損スルヲ免カレス然レトモ終身年金権ニ至テハ處有権ノ支分権アルニ非スシテ唯僅カニ義務ノ関係ヲ生スルニ過キス故ニ合意自由ノ原則ハ一ニ適用スルコトヲ要ス且無期年金権ヲ設定スル以上ハ一代若クハ数代継續スヘキ年金権ヲ設定スルヲ得サルノ理由アラサルナリ
然レトモ数代終身年金権ノ継續ニ付テハ一ノ制限ヲ設ケサル可カラス即チ年金権継續期ノ為メ指定セラレタル者ノ一人権利設定ノ時ニ当リ未タ生セサルトキ(例ヘハ配偶者間ニ生スヘキ子ヲ以テ其一人ニ加ヘタルトキノ如キ)其生出前加之其子ノ懐胎前他ノ債権者尽ク死去スルトキハ年金権ノ依ルヘキ人ナキカ故ニ年金権消滅スルヲ以テ爾後其子生スルモ権利再ヒ発生スルコトナシ
第百六十八條
本條ハ終身年金権ヲシテ其射倖ノ性質ヲ有セシムルノ必要ニ基キ設ケタルモノナリ蓋シ終身年金権ノ期間ノ為メ終身ヲ期セラレタル人既ニ合意ノ時ニ当リ死亡シタリシトキハ債権者ハ毫モ利得ノ幸運ナク債務者ハ毫モ損失ノ危險ヲ負担スルコトナシ是ヲ以テ合意ハ原因ナキニ因リ当然無効ニシテ年金設定者ノ供與シタル元本ハ之ニ還付セサル可カラス
且本条ハ当事者年金設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者ノ既ニ死亡シタルコトヲ共ニ知ラサルトキト雖トモ尚ホ適用スヘキノ明文ヲ掲ケタリ蓋シ当事者双方共ニ該死亡ヲ知ラサルトキハ以テ其毫モ悪意ナキヲ証スルニ足ルヘキモ亦決シテ其契約ノ合法ノ原因ヲ創設スルニ足ラサルナリ
然レトモ本條ハ有償ノ年金権設定ノ外適用スヘカラサルコトヲ明記シタリ蓋シ贈與若クハ遺言ニ因リ年金権ヲ設定シタルトキハ贈與者若クハ遺言者ノ相続人ハ毫モ元本ヲ領受セサルニ因リ亦毫モ弁濟スヘキモノナク又既ニ死去シタル年金債権者ニ年金ヲ弁濟セサリシニ因リ毫モ回復スヘキモノニ非サルナリ
但贈與ノ塲合ニ於テ少シク疑議ヲ生スルコトアルヘキモノハ動産若クハ不動産ノ贈與者其贈與シタル財産上終身年金権ヲ留存シ而シテ其終身年金権ノ弁濟ヲ受クヘキ人既ニ死亡シタリシ塲合ナリ蓋シ此塲合ニ於テハ贈與者受贈者カ贈與者ノ意思ニ従ヒ贈與ノ条件ヲ履行セサルカ故ニ正当ノ原因ナクシテ利得ヲ得ルモノナリ故ニ其嘗テ贈與シタル財産ヲ取戻サント主張スルコトヲ得ヘキニ似タリ然レトモ此塲合ニ於テハ有償ノ設定ノ規則ヲ適用スヘキニ非ス抑モ贈與ノ主タル原因ハ年金ノ設定ニ非スシテ受贈者ニ利益ヲ與ヘントノ意思ナリ故ニ受贈者ヲシテ第三者ノ既ニ死去シタルニ因リ之ニ年金ヲ辨濟スルニ及ハサラシムルトキハ愈々之ヲシテ利益ヲ得セシメ贈與ノ目的ヲ貫徹スルモノト云フヘシ
若シ数人ノ終身ヲ期シテ年金ヲ設定シタルトキハ総債権者合意ノ時ニ在テ既ニ死去シタリシトキニ非サレハ本条ヲ適用スルヲ要セス何トナレハ利害得失ノ運賦危險ナキハ独リ此塲合ニ限ルモノナレハナリ
又年金権ヲ受クヘキ者重病ニ罹リ之カ為メ必ス死ニ至ルヘキコト明カナル塲合ハ其既ニ死去シタル塲合ト同一視スヘキヤ当然ナリ既ニ此塲合ニ於テモ亦当事者ノ為メ損益ノ運賦充分ニ存セサルモノト云フヘシ
二三ノ外國法典ヲ按スルニ終身ヲ期セラレタル者既ニ年金権設定ノ時ニ当リ疾病ニ罹リ而シテ之カ為メ二十日ノ期間内ニ於テ死去シタル塲合ハ即チ射倖合意ニ必要ナル危險ノ原素ヲ含マサルモノト看做シ以テ其合意ヲ無効トセリ然レトモ本法ハ其期間ヲ六十日ト定メタリ是レ重病ナルモ患者偶々快方ニ赴クカ赴ク其時期較々久シキモ結局其死去ヲ免カレス只其時ノ少シク後ルルニ過キサルハ実際往々見ル所ニシテ発病以後二十日ノ餘加之四十日餘ヲ経過スルモ医師ノ到底治癒ヲ希望セサル実例ハ殆ト枚擧ニ遑アラサレハナリ
只右ノ塲合ニ於テハ証拠ノ点ニ付キ少シク困難アルヘシ而シテ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者既ニ其年金権設定ノ時ニ当リ疾病ニ罹リ而シテ之カ為メ六十日内ニ死去シタルノ証拠ヲ擧クヘキモノハ合意ノ無効即チ其觧除ヲ請求スル一方ニ在リ
尚ホ慢性ノ疾病ニ付テハ証拠ニ関スル困難アリ然レトモ其習慣ト為リ激性ニ変セサルノ時契約取結ノ後ニシテ而シテ毫モ其取結ノ時ニ在テ以後ノ変性ヲ豫知スル能ハサリシトキハ六十日内ニ激性ニ変シ為メニ患者ノ死去ヲ致スモ之カ為メ契約ヲ觧除ス可カラス又懐胎ニ至テハ契約取結ノ時既ニ出産ノ期ニ近キモ懐胎ノ状態ナルトキハ之ヲ以テ疾病ト看做ス可カラス然レトモ実際若干ノ妊婦ノ終身ヲ期シテ年金権ヲ設定スルハ甚タ稀ニシテ僅カニ出生ノ後ニ該年金権ヲ移スヘキノ要約アリタルトキニ於テ偶々之ヲ見ルノミ
第百六十九條
凡ソ人ノ資産ヲ組織スル財産ハ尽ク讓渡スコトヲ得ヘキモノニシテ又其債権者其義務償却ノ為メ之ヲ差押フルヲ得ルモノナリ只或ル財産モ例外トシテ讓渡スルコトヲ得ス又差押フルコトヲ得サルモノトス(財産編第二十七條及ヒ第二十九条ヲ参觀スヘシ)然レトモ法律ヲ以テ其例外タル財産ヲ指定スルニ就テハ成ルヘク慎重ヲ旨トシ其範囲ヲ減縮スルヲ要ス何トナレハ第三者之カ為メ 譲受人ハ其取得シ終ハリタルモノナリト確信シタル物ノ追奪ヲ被ルコトアリ又差押人ハ自己ノ担保ヲ誤リ加之無益ノ費用ト時日トヲ要シ其損失ヲ被ルニ至ルヘケレハナリ
然ルニ終身年金権ハ讓渡スコトヲ得ス又差押フルコトヲ得サルモノナリ然レトモ是亦其無償ニテ設定シタルトキニ限ル其第一ノ塲合ハ合意若クハ遺言ニ依リ第二ノ塲合ハ法律ノ規定ニ依リ之ヲ讓渡スコトヲ得ス且差押フルコトヲ得サルモノトス
夫レ斯ノ如ク終身年金権ニ付キ普通法ニ例外ヲ設ケタルノ理由ハ元来終身年金権ナルモノハ養料ノ性質ヲ有スルカ故ニ年金債権者ヲシテ直接ノ讓渡ニ依リ又ハ債務ヲ約シ之カ為メ差押ヲ惹起シタルニ因リ設定者ノ之カ為メ確保センコトヲ欲シタリシ生活ノ方法ヲ失ハシムルトキハ遂ニ終身年金権ノ目的ニ反シ設定者ノ意思ニ背馳スヘキニ在リ
然レトモ此点ニ付テハ本條ニ一ノ区別ヲ設ケタリ
第一若シ年金権設定証書中其養料トシテ設定シタルコトヲ記載シ又ハ其証書ノ全体ニ付テ養料タル性質アルコトヲ明カニ察知スルコトヲ得ルトキハ其年金権ハ当然讓渡スコトヲ得ス且差押フルコトヲ得サルモノトシ敢テ設定者特ニ之ヲ要約スルヲ必要トセス設定者ハ其贈與ヲ為スニ當リ年金権ヲ讓渡スコトヲ得ス且差押ルコトヲ得サルノ性質ヲ附シタルモノト推定スヘシ但反對ノ意思アルコト明瞭ナルトキハ此限ニ非ス
第二年金権ニ養料タルノ性質アルコト明カナラサルトキハ贈與若クハ遺言ノ明白ナル約款ニ依ルニ非サレハ之ヲ以テ讓渡スコトヲ得ス又差押フルコトヲ得サルモノト看做スコト能ハス
然レトモ終身年金権ノ設定有償ナルトキハ其権利ノ讓渡スコトヲ得ス且差押フルコトヲ得サルノ合意ヲ為スモ其効力アラサルモノトス何トナレハ此合意ヲ有効トスルトキハ年金債権者之ヲ以テ其承継人ヲ欺クノ方法ト為スニ至ルヘケレハナリ蓋シ債務者悪意ナルトキハ元来讓渡スコトヲ得又差押フルコトヲ得ヘキ財産ヲ讓渡シ其報酬トシテ終身年金権ヲ得其年金権ノ差押フルコトヲ得ス又讓渡スコトヲ得サルノ要約ヲナシ以テ自己ノ債権者ニ其担保ヲ奪ヒ又重ネテ其年金権ヲ賣渡シ之ヲ無効トシ結局二重ノ利益ヲ謀ルノ方法ト為スニ至ルヘシ
然ルニ無償ノ設定ニノミ限ルトキハ差押フルコトヲ得ス且讓渡スコトヲ得サルノ約款アルモ敢テ受贈者タル年金債権者ノ債権者ニ利益ヲ奪フコトナシ何トナレハ其年金権ハ未タ嘗テ該債権者ノ担保タリシモノニ非ス又讓受人ノ追奪ノ期限ヲ設定証書中ニ右ノ約款ヲ明記スルニ依リ充分公示シタルモノナレハナリ(第二項)実ニ該終身年金権ヲ取得シタル者ハ自己ノ善意ヲ申立ツルコト能ハサルヘシ何トナレハ其取得者ナリト自ラ称スルモノハ設定証書ヲ見サルコトアラサルヘク而シテ之ヲ見レハ直チニ其讓渡ヲ禁シタルノ約款アルコトヲ知ルヘケレハナリ
然レトモ尚ホ本条ハ無償ニテ設定シタル終身年金権ニ付キ許與シタル特令ニ一ノ制限ヲ設ケタリ
年金権ハ贈與シタル物上ニ留存シテ之ヲ設定スルヲ得ルコトハ曩キニ規定シタル所ナリ蓋シ此塲合ニ於テハ贈與者別ニ年金権ヲ取得スルモノト云フ可カラス只自己ノ従来所有シタル財産ニ付キ之ヲ保有スルモノナルカ故ニ之ヲシテ其收入ノ一分ヲ債権者ノ訴権ニ係ラシメサルヲ得セシムルトキハ即チ其債権者ノ権利ニ反スルモノニシテ公義ニ戻ルモノト謂ハサル可カラス
然レトモ遺言者元本ヲ遺贈シ其元本上自己ノ正当ノ相続人ノ為メ終身年金権ヲ留存シ其権利ニ差押フルコトヲ得ス且讓渡スコトヲ得サルノ性質ヲ附シタルトキハ右陳フル所ト異ナラサル可カラス是此塲合ニ於テハ遺言者ノ債権者ハ何等ノ損害ヲモ被ルヘキモノニ非サルカ故ナリ何トナレハ遺言ノ事ニ對シテ効力ヲ有スルハ元本年金共ニ債権者他ノ財産ヲ以テ皆濟ヲ受ケタル後ニ非サレハ其効力ヲ有セサレハナリ
是ヲ以テ法文ニハ贈與者ノ為メ留存シタル年金権ノ事ヲ記載シ以テ其制限ノ適用ヲ限リタリ
終身年金権ノ差押フルコトヲ得ス且讓渡スコトヲ得サルコトハ年金権ノ自体ニ関スルモノニシテ定期ノ年金ニ至テハ其果実ニ過キサルカ故ニ差押フルコトヲ得ス且讓渡スコトヲ得サル限リニ非サルカ如シ然レトモ若シ年金債権者ヲシテ其畢生間若クハ一箇若クハ二箇ノ将来ノ期限ニ至リ受取ルヘキ年金ヲ讓渡スコトヲ得セシムルトキハ遂ニ設定者若クハ法律ノ之ニ加ヘント欲シタル所ノ保護徒贅ニ属スルニ至ルヤ明カナリ加之一箇ノ期限タリトモ其未タ到来セサルニ当リ其時ニ至リ受取ルヘキ年金ノ讓渡若クハ差押ヲ許ス可カラス若シ之ヲ許ストキハ遂ニ年金債権者将来ノ各期限ニ至リ受取ルヘキ年金ハ尽ク其領受前ニ在テ讓渡シ又ハ差押フルヲ得ルニ至ルヘケレハナリ是ヲ以テ本条ハ年金権ノ処分ハ其既ニ支拂時期ニ至リタルモノニ非サレハ之ヲ許ササルモノトセリ
第百七十條
本条ニ断定スル所ノ点ハ法律ニ明文ナキニ於テハ疑議ヲ生セサルヲ得サルモノナリ是本条ヲ設ケタル所以ナリ
本条ニ依レハ縦令終身年金権ノ贈與者只其年金権ノ讓渡スコトヲ得ヘカラサル旨ヲ明言スルニ止マリ敢テ其差押フルコトヲ得サル旨ヲ言ハス又ハ其差押フルコトヲ得サル旨ヲ云フニ止マリ其讓渡スコトヲ得サル旨ヲ言ハサルモ自ラ其明言セサル所ノ禁制ヲ黙示シタルモノト推定ス是設定者ノ意思ノ觧釈ニシテ実際設定者ハ其禁制ノ一ヲ云フニ止マリ敢テ綿密ニ他ノ一ヲ言ハサルコトナシトセス故ニ其意思ヲ觧釈シ以テ讓渡スコトヲ得サルト差押フルコトヲ得サルトノ二箇ノ性質ノ一ヲ以テ年金権ニ附シタルトキハ明示セサル性質自ラ之ニ附着スト觧釈シタルハ当然ノ事ト云フヘシ尚ホ後ニ至リ法律上終身年金権ノ讓渡スコトヲ得サルノ他ノ一ノ結果ヲ認定シタリ即チ終身年金権ノ時効ニ係ルヲ得サルコト詳カニ之ヲ言ヘハ債務者時効ニ因リ年金供與ノ義務ヲ免カレタリト称スル能ハサルコト是ナリ(下第百七十六条ヲ参觀スヘシ)終身年金権ニ此性質アルハ其消滅ニ関スルヲ以テ第三款ニ於テ之ヲ規定ス其理由ノ如キハ其所ヲ俟テ之ヲ説明スヘシ
第二款 終身年金権ノ契約ノ効力
第百七十一条
終身年金権ノ債務者ハ通常唯一ノ義務ヲ負担スルニ過キス即チ各期限ニ至リ年金ヲ弁濟スルノ義務ヲ負担スルノミ然レトモ亦或ハ債務者契約ニ依リ該年金ノ供與ノ為メ債権者ニ担保ヲ供スヘキノ義務ヲ負フコト往々是アリ此義務ノ未定ノ制裁タル契約ノ觧除ニ在ルカ故ニ次款ニ至リ之ヲ規定スヘシ
本条ハ年金債権者ノ如何ニ長壽ナルモ亦年金権ノ為メ終身ヲ期シタル人ノ如何ニ長壽ナルモ債務者ヲシテ元本ヲ辨濟スルモ尚ホ年金供與ノ義務ヲ免カレシムルコトヲ許サス是年金契約ノ射倖ナル結果ニシテ債務者ハ僅少ノ時間ノ後其債務ヲ免カルコトアルヘキニ因リ又偶々年金債権者ノ長命ニシテ豫想外ニ老年ニ及ヒ為メニ久シク年金支拂ノ負担ヲ受クルハ当然ナリト云フヘシ
然リ而シテ本条ニ此事ヲ規定シタルハ無期年金権ノ事ニ関シ之ニ異ナル規定アルカ故ナリ若シ其規定ナクンハ敢テ本条ニ此点ヲ明定スルノ必要非サルモノナリ蓋シ無期年金ノ債務者ハ年金ヲ生スル所ノ元本ヲ償還シ以テ年金供與ノ義務ヲ免カルルコトヲ得加之如何ナル反對ノ合意アルモ尚ホ債務者其義務ヲ免カルルコトヲ得其理由ノ如キハ其処ニ至リ之ヲ説明スヘシ(下第百九十二條ヲ参觀スヘシ然ルニ本条ニ規定スル所ハ正ニ之ニ反シ債務者ニシテ年金権ヲ買戻サントセハ特ニ之ニ其買戻シヲ許ス所ノ合意アルコトヲ要ス
第百七十二條
年金ハ年金権ノ法定ノ果實ナルカ故ニ日毎ニ取得スルノ通常規則ニ従フモノナリ(財産編第五十四条ヲ参觀スヘシ)蓋シ年金権支拂ノ時期ヲ定メ各時期ノ其多少ノ日子ヲ隔ツルモ是當事者便冝ノ為メ採用シタル辨濟ノ方法タルニ過キス故ニ毎年若干ノ年金ヲ拂フヘキトキハ之ヲ三百六十分シ各日其一分ヲ取得スルモノトス又毎月若干ノ年金ヲ拂フヘキトキハ月ノ大小ニ拘ハラス之ヲ三十分シ毎日其一分ヲ日割ニシテ得ルモノトス
是ヲ以テ年金債権者若クハ年金権設定ノ終身ヲ期セラレタル者支拂時期ノ始メニ於テ死去シタルトキハ其相続人ハ既ニ経過シタル日割ニ應シ毎年又ハ毎月年金ノ一分ヲ受クルノ権利ヲ有スルノミ
右ノ規定タル年金ヲ支拂フニ各時期ノ後ニ於テモ而シテ其支拂フ所ノ年金ヲ以テ既ニ経過シタル時期ニ應スルモノトスル塲合ニ行ハルヘキモノナリ是蓋シ通常ノ塲合ナリ然レトモ若シ偶々豫メ各時期ノ始メニ於テ年金ヲ支拂フヘキ塲合ニ於テハ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者其時期ノ始メニ生存スルヲ以テ其時期ニ当ル年金権ノ総額ヲ得ルノ権利ヲ生スルニ足レリトス其理由タル概ネ年金債権者ハ全時期間ニ義務ヲ約シ以テ其生計ヲ営ムヘキニ因リ之ヲ弁濟スルカ為メ全時期ノ到来ヲ俟ツモノト看做シタルニ在リ
第百七十三条
債務者年金ヲ弁濟セサルトキハ一目スレハ普通法ヲ適用シ契約ヲ觧除スヘキカ如シ然ルニ之ニ反シ年金権支拂欠缺ノ為メ契約ヲ觧除スルニハ特ニ債権者之ヲ要約シタルコトヲ要スルモノト定メタリ
蓋シ債務者ハ既ニ多少ノ期間年金支拂ノ負担ヲ受ケ且一朝権利消滅ノ利益ヲ受クルノ未定ノ運賦アルカ故ニ其期限ニ至リ年金ヲ断然辨濟セサルニ因リ忽チ其利益ヲ得ルノ幸運ヲ断然喪失セシムルハ公義ノ許ササル所ナリ且此塲合ニ於テハ債権者第百七十五条ニ定ムル所ノ塲合ニ比スレハ一層保護ヲ受クヘキモノナリ蓋シ第百七十五条ニ於テハ債務者其諾約シタル担保ヲ供セス又ハ既ニ供シタル担保ヲ減少シタルコトヲ仮定スルモノニシテ此塲合ニ於テハ債務者元来自己ノ現ニ所有シ處分スルヲ得ヘキ担保ヲ諾約スルニ止マラサル可カラス何トナレハ其担保ノ供與ハ必ス契約成立ト同時又ハ其以後直チニ行ハルヘキモノナレハナリ故ニ此塲合ニ於テ債務者其約ニ背クトキハ其責重カルヘキヤ明カナリ然レトモ年金支拂ヲ為ササル塲合ニ於テハ債務者ハ意外ノ事ノ為メ年金支拂ノ日ニ至リ其資力乏キニ至リタルコトアリテ大ニ之ニ其義務ノ不履行ヲ宥恕スヘキコトアリ
然レトモ亦債権者ノ権利ヲ保護セサル可カラサルヲ以テ本条ハ債務者ヲ保護シ併セテ債権者ノ権利ヲモ保護スルノ規定ヲ設ケタリ即チ債権者ハ債務者ノ財産ノ一分ニシテ其賣却ニ依リ得ル所ノ元本ヲ利息付貸借若クハ其他ノ方法ニ使用シ以テ年金ノ支拂ヲ確保スルヲ得ルモノトス
夫レ然リ債権者ハ年金ノ支拂ヲ確保スルニ足ルヘキ一分ヲ債務者ノ財産ニ付キ差押フルモノナリ然シテ其財産タル金銭以外ノモノナルトキハ之ヲ賣却スヘキヤ當然ナリ何トナレハ債権者ハ決シテ直接ニ弁濟ニ替エ其債務者ノ財産ノ所有権ヲ得ルコト能ハサレハナリ而シテ賣買ノ代價ハ敢テ之ヲ第三者ニ付託シ終身年金権ノ年金ヲ債権者ニ弁濟スルカ為メ之ニ使用ス可カラス若シ之ヲ許ストキハ遂ニ現債権者若クハ承継人就中其他ノ債権者ヲシテ年金債権者ノ死去ニ因リ早晩得ルニ至ルヘキ元本ノ利益ヲ失ハシムルモノナリ故ニ其元本ハ公債ニ替エ若クハ其他ノ利息ヲ生スヘキ方法ニ用ヰ後日債権者死去スルトキハ債務者若クハ其他ノ債権者ニ元本ヲ返還スヘシ是ヲ以テ此差押タル其実保存處分ノ性質ヲ有スルニ過キサルモノナリ
又本条ニ債務者他ノ債権者アリテ而シテ其財産ヲ以テ尽ク之ニ皆濟スルニ足ラサルトキハ年金債権者ハ他ノ債務者ト共ニ各債権ニ割合フタル減除ヲ受クヘキモノトセリ蓋シ年金債権者モ亦抵当若クハ質ヲ有セサル限ハ敢テ之ヲシテ優先権ヲ有セシムルノ理由アラサルナリ
又本条末文ニ年金支拂ノ欠缺ノ為メ觧除ヲ許ササルハ敢テ有償ニテ設定シタル年金ニ限ラス尚ホ無償ニテ設定シタル年金ニ適用スヘキコトヲ記載シタリ
第百七十四條
年金ノ支拂ハ年金債権者若クハ其年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル人ノ死去ト共ニ絶止スヘキモノナルカ故ニ各定期ノ支拂金額ハ右ノ人ノ生存ノ条件付ニテ負担スルニ過キサルモノト云フヘシ是ヲ以テ年金債権者原告タルニ因リ其権利ノ条件成就シタルノ証拠ヲ挙クルコトヲ要ス而シテ其証拠ハ生存証明書ニ依リ之ヲ挙クヘキモノトス
本条ハ敢テ此事ニ付キ公証人ヲシテ特別ノ管轄ヲ有セシメス何トナレハ公証人ノ掌務タル町村長ノ掌務ノ如ク無償ノモノニ非ス而シテ年金債権者ハ概ネ冨者ニ非サレハナリ故ニ此認証書ハ公証人又ハ身分取扱人ノ均ク公布スルヲ得ヘキモノナリ
生存認証書ヲ公布スヘキ公吏ハ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル人ノ住所ノ公吏ニ非スシテ其現住地ノ公吏ナリトス
尚ホ該公吏ハ認証書請求者アルニ当リ時冝ニ依リ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル人ノ果シテ同一人ナルヤ否ヤヲ証人ニ証明セシムルコトヲ得
第三款 終身年金権ノ消滅
第百七十五條
終身年金権契約ヲ取結フニ当テハ他ノ契約ニ於ケルヨリ一層債権者特別ノ担保ヲ要約スルコト多シ是蓋シ債権者ハ其收入ヲ増加センカ為メ元本ノ全額ヲ讓渡スニ因リ爾後年金ヲ以テ唯一ノ生活ノ方法ト為スコト最モ多キカ故ナリ
本条ニハ債務者其諾約シタル担保例ヘハ抵当若クハ保証ヲ供セサルコトヲ仮定スルモノナリ其制裁タル契約ノ觧除ニ在リ又債務者一旦其諾約シタル担保ヲ供スルモ任意ノ行為ニ依リ其担保ヲ減少シタルトキハ亦契約觧除ノ制裁ヲ受クヘシ
本条ニ義務不履行ニ基ク觧除権ヲ年金債権者ノ為メ宣告シタルハ特別ノ理由アルカ故ナリ即チ終身年金権ニ関シテハ曩キニ第百七十三条ニ説明シタル如ク義務不履行ノ為メ契約ヲ觧除セサルヲ以テ原則トスルモノニシテ本条ニ觧除権ヲ認メ之ヲ以テ債権者ニ許與スル最良ノ保護トシ之ヲ認メタルハ例外則タルモノナリ是特ニ本条ニ此事ヲ記載スルヲ要スル所以ナリ
或ハ本条ニ第百七十三条ニ於ケルカ如ク年金債権者ヲシテ差押ノ権利ヲ行ハシメ以テ債務者ヲシテ契約ノ利益アル幸運ヲ保有セシメサルヲ怪ムモノアラン然レトモ本條ノ塲合ニ於テハ年金ヲ支拂フコト能ハサルモノニ比スレハ債務者ニ愍諒スヘキノ情状アルコト少ナシ蓋シ債務者其諾約シタル担保ヲ供セス又ハ其既ニ供與シタル担保ヲ減少シタルトキハ殆ト悪意アルヲ疑フヘク縦令悪意アラストスルモ尚ホ重過失ノ責ヲ免カレサルヘシ然ルニ無資力者ニ至テハ敢テ重過失アリト云フ可カラス故ニ彼我ノ間大ニ徑庭アリ是債務者ヲシテ利益ノ運賦ヲ保有セシメサル所以ナリ
本条ノ法文ニ年金権ノ有償ニテ設定シタルモノニ非サルトキハ觧除ノ行ハレサルコトヲ明示シタリ是啻ニ其觧除ハ一種ノ民法上ノ責罰ニシテ贈與者ニ對スルトキハ縦令過失アルモ此責罰ヲ加フ可カラサルカ故ノミニ非ス何トナレハ無償ニテ年金ヲ設定シタル塲合ニ於テモ設定者ノ相続人終身年金権ノ贈與若クハ遺贈ヲ為スニ当リ其前主ノ諾約シタル担保ヲ供セス又ハ之ヲ減少シタルトキハ之ニ對シ觧除ヲ言渡スノ理由ヲ説明スルヲ得ヘケレハナリ蓋シ年金権ノ設定有償ナルト否トニ付キ觧除ノ行ハルルト否トノ差異アル眞ノ理由ヲ言ハンニ元来無償行為ヲ以テ終身年金権ヲ設定シタルトキハ年金ヲ生スル元本アリト云フモ是只仮想ノ言ノミ其実年金債権者ヨリ讓渡シタル元本ナク觧除ノ為メニ該債権者ニ返還スヘキ物アラサルナリ是ヲ以テ若シ終身年金権ノ受贈者若クハ受遺者ニシテ設定者ノ諾約シタル担保ヲ得サル者其賠償トシテ永遠不朽ニ元本ヲ取得スルヲ得ルニ於テハ遂ニ贈與ノ条件翻テ之カ為メ正当ノ原因ナキニ利益ト為ルニ至ルヘシ然レトモ亦毫モ受贈者ヲ保護セサルコトアル可カラサルニ依リ受贈者ハ第百七十三条ニ認許シタル保存差押ノ方法ニ依リ将来自己ノ担保ヲ求ムヘシ
尚ホ本条ハ贈與若クハ遺贈ノ元本上留存シタル年金権ニ関シ其適用ヲ示シタリ留存シタル年金権ノ性質ニ付テハ既ニ説明シタル所アリ故ニ又之ヲ贅セスト雖トモ須ラク之ヲ以テ無償ニテ設定シタル年金権ト混淆セサルコトヲ要ス
蓋シ贈與者若クハ其相続人贈與若クハ其遺贈ノ元本上年金権ヲ留存スル者ハ受贈者若クハ受遺者ヨリ其恵贈ヲ受クルモノニ非ス故ニ担保ヲ要約シタルトキハ元ト利益ヲ計ルノ趣意ニ出テ元本ヲ讓渡シ其代價トシテ終身年金権ヲ取得シタル者ヨリ一層之ヲ保護スルニ厚カラサル可カラス又無償ニテ利益ヲ享受スル元本ノ受贈者若クハ受遺者ニシテ其諾約シタル担保ヲ供セス又ハ其供シタル担保ヲ減少シタルトキハ元本ヲ讓渡シ年金権ヲ留存シタル同一ノ塲合ニ於テ其年金ヲ支拂フノ義務ヲ履行セサル者ニ比シ其過失一層大ナリト云フヘシ是ヲ以テ單ニ年金ヲ支拂ハサル者ハ第百七十三条ニ定メタル保存差押ノ處分ヲ被ルニ過キスト雖トモ担保ヲ供セス又ハ其供シタル担保ヲ減少シタル者ハ条件付ノ贈與若クハ遺贈ノ普通法ニ依リ併セテ本条ノ適用ニ依リ契約ノ觧除ヲ被リ贈與若クハ遺贈ノ元本ノ返還ヲ為ササル可カラス
凡ソ合意ノ觧除ハ事物ヲシテ合意以前ノ形状ニ復セシムルモノナリ然レトモ本条ノ塲合ニ於テハ全然此結果ヲ生スルモノニ非ス即チ年金権ノ設定有償ナリト仮定スル以上ハ債務者其領受シタル元本ノ全額ヲ返還スヘシト雖トモ債権者ニ至テハ其領受シ取得シタル年金ヲ銖錙モ返還セス加之通常利息ノ割合ニ超過スル部分ヲモ返還スルニ及ハサルモノトス蓋シ債権者ハ既ニ危險ヲ犯シタルモノナルカ故ニ其報酬トシテ年金ノ全額ヲ返還セサルノ利益ヲ得ヘキヤ至当ナリ何トナレハ債権者ハ契約ニ依遵シ年金ノ弁濟ヲ領受スルトキニ当リ死去スルトキハ債務者其元本ヲ得債権者ハ些少ノ年金ヲ得タルノミニシテ元本ノ全額ヲ失フヘケレハナリ
觧除ノ普通規則ニ依ルトキハ觧除ノ効力事物ヲ旧形ニ復スルニ在ルモ右ノ規定ハ此普通ノ規則ヲ変更スルモノナルカ故ニ明文ナケレハ或ハ疑議ヲ生スルコトナシトセス故ニ本条特ニ之カ為メ法文ヲ設ケタリ
又本条ニハ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者觧除ノ宣告前ニ在テ死去シタル塲合ヲ仮定シタリ
此塲合ニ就テモ亦普通法ノ例外ヲ設ケタリ蓋シ訴訟人ノ一方死去スルモ通常其訴訟ニ継続セル権利ヲ変更スルモノニ非ス裁判所ハ訴訟人ニ對シ言渡スヘキ判決ヲ以テ死者ノ相續人ニ言渡スモノナリ然ルニ終身年金権ニ付テハ其権利年金債権者ノ相続人ニ移轉スルモノニ非ス是ヲ以テ年金債権者訴訟中ニ死去スルトキハ其権利消滅スルカ故ニ觧除ノ目的ナク亦觧除ヲ為スノ利益非サルナリ何トナレハ年金契約ノ觧除ハ年金支拂アラサルノ結果ヲ豫防スルノ目的ニ出ツルモノナレトモ既ニ債務消滅スル以上ハ敢テ年金支拂ノ事ヲ論スルノ必要アラサレハナリ
又年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者第一審ノ判決後控訴中若クハ控訴ノ期間内ニ於テ死去シタルトキモ亦同シ蓋シ死去ニシテ何等ノ影響ヲモ生セサルハ唯確定判決アルトキノミ
第百七十六条
以上解除ニ関スル規定ニ次テ終身年金権消滅ノ其他ノ原因ヲ規定スルヲ必要ト認メタリ是自餘ノ義務消滅ノ原因未タ尽ク終身年金権ニ適用セサルノミナラス終身年金権ノ消滅ノ特別原因タル終身ヲ期セラレタル人ノ死亡ニ付キ一ノ塲合ニ於テハ特ニ困難ヲ生スルカ故ナリ
本条ハ先ツ普通法ニ依ル鎖除及ヒ廃罷ノ原因ヲ以テ終身年金権ニモ亦適用スヘキコトヲ記載セリ是ヲ以テ承諾ノ瑕疵及ヒ通常ノ無能力ハ終身年金権契約ニ於ケルモ亦自餘ノ合意ニ於ケルト同シク鎖除訴権ヲ発生セシムルモノナリ又当事者一方ノ債権者ヲ詐害シテ終身年金権ヲ設定シタルトキハ財産編第三百四十条以下ニ従ヒ廃罷訴権ヲ行フコトヲ得
弁濟ハ終身年金権ヲ消滅セシムルモノニ非サルヲ以テ原則トス何トナレハ債務者ハ元本ヲ償還シ終身年金権ノ買戻ヲ行フコト能ハサレハナリ(上第百七十一条ヲ参觀スヘシ)然レトモ法律ニ終身年金権ノ買戻ヲ債務者ニ認許セサルハ是契約ノ趣意ニ反スルカ故ナルヲ以テ若シ契約ヲ以テ其受戻ヲ認許スルトキハ一ニ当事者ノ意思ニ放認スヘキモ是法文ニ所謂要約シタル受戻ナルモノナリ
更改ハ合意上ノ免除モ亦任意消滅原因ニシテ法律上敢テ之ヲ禁スヘキニ非ス加之毫モ妨害スヘキモノニ非ス故ニ只本条ニハ之ヲ掲載スルニ止メタリ
一人ニシテ債権者ト債務者トノ二箇ノ資格ヲ併有スルニ因リ行ハルル所ノ混同モ亦終身年金権ニ付キ他ノ合意ニ於ケルト同シク債務消滅ノ効力ヲ生スヘキヤ必然ナリ是ヲ以テ年金債権者債務者ニ相続スルカ又ハ第三者年金債権者ト債務者トニ相続スルトキハ即チ混同ニ因リ其義務消滅スルモノトス然レトモ混同カ第三ノ塲合即チ債務者ノ債権者ニ相続スル塲合ニ至テハ之ヲ想像ス可カラス何トナレハ年金債務者死去スルトキハ年金権必ス消滅スルカ故ニ敢テ債務者之ニ相続スルニ因リ行ハルル所ノ混同ノ事ヲ論スルノ必要アラサレハナリ
混同ト相並テ義務消滅ノ原因タルモノヲ相殺トス然レトモ終身年金権契約ニ付テハ相殺行ハルルコトナシ例ヘハ年金債務者更ラニ債権者ニ對シ年金ノ想像的元本ニ圴シキカ又ハ之ニ超過スル金銭其他ノ有價物ノ債権ヲ有スルニ至ルモ其年金支拂ノ義務ヲ免カルルコト能ハス何トナレハ此塲合ニ於テ相殺ヲ認ムルトキハ結局年金権ノ受戻ヲ命スルモノナレトモ年金権ノ受戻ハ特ニ要約スルニ非サレハ決シテ行ハルヘキモノニ非サレハナリ
時効ニ至テハ年金権ト年金トニ併セテ適用スルモノナリ只年金権ト年金トノ間ニ存スル所ノ差異ハ期間ノ同一ナラサルニ在リ即チ年金権自体ニ付テハ通常時効ノ時間(三十年)ヲ要スルモ年金ニ付テハ五十年ノ期間ヲ以テ時効成就スルモノトス
又期間起算ノ点ニ至テモ年金権ト年金トニ関シ同一ナラス即チ年金権自体ニ付テハ年金権設定行為若クハ年金弁濟ニ因リ権利ノ黙示ノ認諾アリタルトキヲ以テ時効起算ノ時ト為スト雖トモ年金ニ付テハ其支拂期ヲ以テ時効ノ起算点トス
年金権自体ノ事項ニ付キ特ニ本条ニ明文ヲ掲ケテ右ノ規定ヲ示シタルハ時効ヲ以テ義務消滅ノ直接方法ト為サス法律上ノ消滅ノ推定ト為スニ因リ或ハ年金権ニ之ヲ適用ス可カラスト觧釈スル者ナキヲ保ス可カラサルカ故ナリ
蓋シ年金権ノ債務者ハ元本ノ償還ヲ要求セラルルコトナク又債権者ニ強イテ元本ヲ返還スルコト能ハサルカ故ニ他ノ債務ニ於ケルカ如ク弁濟ニ因リ年金権ヲ免除シタリト推定ス可カラサルカ如シ
然レトモ是誤謬ノ見觧ニシテ終身年金権ハ其設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル人ノ死去ノ外数多ノ方法ニ依リ消滅スルコトアルハ曩キニ説明シタル所ノ如シ是ヲ以テ其消滅ノ方法ニ多少異常ノモノアリト雖トモ時効ノ点ニ付テハ敢テ之ヲ論スヘキニ非ス債権者三十年間訴権ヲ行ハスシテ時日ヲ經過セシメタルトキハ即チ消滅ノ法律上ノ原因ノ一アリタルモノト推定スルコトヲ得固ヨリ債権者ノ死去ヲ推定ス可カラス但三十年来其跡ヲ晦マシタルトキハ其死去ヲ推定スルヲ得ルコトアルヘキモ亦生命認証書ヲ以テ其生存ヲ証明スルヲ得サルコトナシト云フ可カラス然レトモ債務ノ合意上ノ免除ニ至テハ一ノ恩恵ニシテ恩恵ハ推定ス可カラサルニ拘ハラス尚ホ時効ノ成就シタルトキハ之ヲ推定スルヲ得ヘシ況ンヤ合意上ノ受戻ノ如キニ至テハ之ヲ推定スルヲ得ヘキヤ明カナリ
既ニ支拂時期ニ至リタル年金ノ時効ニ至テハ固ヨリ弁濟ノ推定ノ基クモノナリ何トナレハ年金ハ弁濟スルヲ得ヘキモノタルノミナラス要求スルヲ得ヘキモノタルカ故ニ債権者五年間之ヲ請求セスシテ時日ヲ経過シタルトキハ即チ其弁濟ヲ受ケタリト推定スルヲ以テ最モ事実ニ近シトス
然リ而シテ第百七十条ヲ説明スルニ当リ終身年金権ノ讓渡スコトヲ得サルトキハ当然之ヲシテ差押フルコトヲ得サラシメ併セテ時効ニ係ルコトナカラシムルモノナリト云ヒタリ是必然ノ結果ナリト云フヘシ蓋シ終身年金権ニシテ法律若クハ人為ニ依リ讓渡スコトヲ得サルモノナリト定メラレタルトキハ是年金債権者ヲシテ其軽忽軟弱若クハ浪費ノ為メ生活ノ方法ヲ失ハシムルノ害ヲ豫防センカ為メナリ
是ヲ以テ終身年金権ノ讓渡スコトヲ得サルノ第一ノ結果ハ年金債権者ヲシテ債務者ヨリ元本ノ償還ヲ受クルヲ得ス又之ト更改若クハ免除ノ合意ヲ為スコト能ハサラシムルモノナリ蓋シ更改若クハ免除ノ合意ハ其実仮想ノ讓渡ニ過キサルモノナリ是ニ依テ之ヲ觀ルニ年金権ノ讓渡スコト能ハサルハ債権者ヲ保護スルカ為メ一種特別ノ無能力ヲ定メタルモノト云フヘシ
第二ノ結果ハ年金債権者ヲシテ時効ノ為メ其権利ヲ失ハサラシムルコト恰モ通常ノ無能力者ニ於ケルカ如シ蓋シ年金差遣者ニ元本ヲ領受スルヲ禁止スル以上ハ之ヲ領受シタリト推定スヘカラサルヤ明カナリ
年金ニ至テハ其支拂時期以後讓渡スコトヲ得又差押フルコトヲ得ルカ故ニ(上第百六十九条ヲ参觀スヘシ)又其支拂時期以後時効ニ係ルヲ得ヘシ
第百七十七條
以上説明スル所ノ外年金債権消滅ノ原因タルモノハ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者ノ死去ナリトス
年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者トハ年金債権者若クハ第百六十六条ニ従ヒ年金権ノ期限ノ標準トシテ終身ヲ期シタル第三者ヲ云フ
本条ニ依レハ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル人ノ死去ノ原因ハ之ヲ問ハサルヲ原則トス但其人年金権設定行為ヲ以テ既ニ疾病ニ罹リ之カ為メニ六十日内ニ死去シタル塲合ニ付キ第百六十八条ニ規定シタル所並ニ第二項ニ掲クル例外ハ此限ニ非サルモノトス是ヲ以テ年金権設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者死去若クハ犯罪ノ為メ障害ヲ被リ権利設定行為ノ翌日死去シタルトキハ年金債権者若クハ其相続人ノ為メ何等ノ損害賠償ノ義務ヲ生スルコトナク年金権消滅スルモノトス又年金設定ノ為メ終身ヲ期セラレタル者決闘ニ由リ刑事ノ處分ニ因リ若クハ自殺ニ因リ死去シタル塲合ニ於テハ生命保險ニ関シテハ死去ノ原因如何ヲ論スルヲ重要トスルモ年金権ニ至テハ消滅シ死者自ラ年金債権者タルトキハ其相続人ノ為メ賠償ノ権利ヲ生スルコトナシ是此三箇ノ塲合ニ於テハ年金債権者ノ過失ニ因リ自ラ其事ヲ招キタルモノナルカ故ナリ
然レトモ「債務者ノ責ニ帰スヘキ法定ノ原因ニ依リテ」終身ヲ期セラレタル人死亡シタルトキハ此限ニ非スト為ササル可カラス
蓋シ終身年金権ノ行ハルル邦國ニ於テハ債務者年金若クハ養料ノ義務ヲ免カレンコトヲ求メ之カ為メ債権者ノ生命ヲ短縮スルコト実際適例ナキニ非ス
此塲合ニ於テ其犯罪発覚スルトキハ刑罰ヲ被ルノ外債務者ヲシテ年金支拂ノ義務ヲ免カレシメ之ニ利益ヲ及ホス可カラサルヤ明カナリ然レトモ終身ヲ期セラレタル人ノ生命ヲ以テ年金支拂ノ期間ノ標準ト為スコト能ハサルカ故ニ被害者ノ相続人ノ為メ年金支拂ノ期間ヲ定メサル可カラスト雖トモ其期間ヲシテ判事ノ専断ニ失セサラシムルハ実際頗ル難シトス
是ヲ以テ此点タル法律上之ヲ規定スルヲ至当トス
此他債務者終身ヲ期セラレタル人ヲ殺害シ重罪ヲ犯ス塲合ノ外尚ホ債務者終身ヲ期セラレタル人ノ死去ノ責ニ任スヘキ塲合アリ但其死去ノ原因法文ニ明記スルカ如ク「債務者ノ責ニ帰スヘキ不正ナル」ヲ以テ足レリトス然レトモ債務者正当防衛ノ位置ニ在リ又ハ法律若クハ正当官憲ノ命令ニ依リ終身ヲ期セラレタル者ヲ死ニ致シタルトキハ其責ニ任スヘキニ非ス
又終身ヲ期セラレタル人ノ死去債務者ノ過失ノ致ス所ニ非サルトキハ亦其責任ヲ惹起スコトナシ例ヘハ債務者精神錯乱ニ乗シ又ハ不可抗力ノ為メ強制セラレ或ハ自己ノ生命ノ危險ヲ免カルルカ為メ終身ヲ期セラレタル人ヲ死ニ致シタルトキノ如キ即チ是ナリ
然レトモ債務者決闘若クハ争闘ヲ為シ敢テ終身ヲ期セラレタル人ヲ死ニ致スノ意思アリタルニ非サルモ遂ニ之ヲシテ死ニ至ラシメタルトキハ其死去ヲ以テ其責ニ帰スヘク従テ其責任ヲ惹起ササル可カラス加之本条ノ法文汎博ナルカ故ニ過誤殺傷ノ塲合ヲモ包含スルモノナリ蓋シ過誤殺傷ノ塲合ニ於テハ債務者輕罪刑ニ處セラルルニ過キスト雖トモ亦之ヲシテ其過失ノ為メニ利益ヲ得セシム可カラサルヤ当然ナリ況ンヤ債務者殺人犯ニシテ只僅カニ法律上宥恕ヲ受クヘキニ過キス尚ホ刑法上重大ナル責罰ヲ被ルヘキトキハ死去ノ原因不正ニシテ債務者ノ責ニ帰セサル可カラサルヤ明カナリ
尚ホ被害者ノ相続人ノ権利ハ如何ニシテ之ヲ規定スヘキカ
此点ニ付キ本条一ノ区別ヲ設ケタリ
若シ年金権ニシテ有償取得ノ對價若クハ恵與負担タリシトキハ債務者ノ民法上ノ責罰及ヒ被害者ノ親族ノ賠償トシテ有償若クハ無償契約ノ觧除ヲ来シ従テ債務者ノ領受シタル價格ヲ返還セシムヘシ且本条亦第百七十五条ニ規定シタル債務者ノ責任較々輕キ塲合ニ於ケルト同シク債務者ハ「既ニ支拂ヘタル年金ヲ取戻スコトナシ」ト云ヒリ然レトモ直接ニ贈與若クハ遺贈シタル終身年金権ニ関シ(設定者若クハ其相続人タル)債務者毫モ領受シタルコトナキトキハ觧除ヲ以テ其制裁ト為スコト能ハサルヤ明カナリ是ヲ以テ本条ハ債務者ヲシテ裁判所カ終身ヲ期セラレタル人ノ生命ノ最長継續期ト推定スル期間年金ヲ支拂フノ義務ヲ負担セシム而シテ裁判所ハ終身ヲ期セラレタル人ノ生命ノ長短ヲ推定スルニ付テ其死去ノ時ノ年齢其健康ノ強弱約言スレハ其長壽ナルヲ得ヘキ運賦ヲ斟酌スルコトヲ要ス
第八章 消費貸借及ヒ無期年金権
本法ハ貸借ヲ二種ニ分チ一ヲ消費貸借トシ一ヲ使用貸借トス蓋シ此二種ノ貸借タル元ト貸借ノ名称ヲ有スト雖トモ其実之ヲ一章中ニ併セテ規定スルニ足ルヘキ類似ノモノニ非ス何トナレハ消費貸借ハ處有権ヲ移轉スルモ使用貸借ハ單ニ容仮ノ占有ヲ附與スルニ過キサルモノナレハナリ
然リ而シテ本法ハ先ツ消費貸借ヲ規定シタリ其理由二アリ第一消費貸借ハ所有権ヲ移轉スルモノニシテ而シテ前諸条ニ規定シタル取得原因ハ此處分権ヲ移轉スルモノナルカ故ニ同一ノ効力ヲ生スル契約ヲ一列ニ記載スルヲ以テ勝レリトシ第二消費貸借ハ時トシテ無期年金権設定ノ性質ヲ有スルカ故ニ多少前条ニ規定シタル終身年金権契約ト類似スル所アルカ故ナリ
第一節 消費貸借
第百七十八條
本條ハ消費貸借ノ定義ヲ示スモノナリ其定義ニ依レハ消費貸借ニ於テハ貸主其貸付スル物ヲ引渡スヲ以テ足レリトセス尚ホ其處有権ヲ移轉セサル可カラス蓋シ貸主自己ニ属セサル物ヲ交附シ借主ニ處有権ヲ移轉セス之ヲシテ正当ニ借用物ヲ消費スルコトヲ得セシメサルトキハ消費契約ト称スル能ハサルヤ明カナリ
然レトモ亦実際引渡アルヲ以テ足レリトスルコト最モ多カルヘシ何トナレハ消費貸借ハ必ス動産物ノミヲ以テ目的トスルモノニシテ而シテ動産ノ占有者ハ即時時効ニ依リ之ヲ貸付スルトキハ概ネ其所有者ト為リ且借用物ノ所有者ニ非サル者時効ニ依リ所有者ト為ルトキハ借主亦其時効ノ効力ノミニ依リ借用物ノ所有者ト為ルヘケレハナリ然リト雖トモ亦即時々効ニハ数多ノ条件ヲ要シ而シテ其条件未タ必スシモ具備スルモノニ非ス是ヲ以テ物ヲ交付スルモ其所有権貸主ニ属セサルトキハ其貸借ヲシテ結局有効タラシムルコト能ハス(下第百八十一条ヲ参觀スヘシ)
夫レ然リ使用貸借ハ借用物所有権ノ移轉ニ依リ始メテ成立スルモノナリト雖トモ亦代替物ヲ貸付スルノ諾約ヲ為シ單ニ之ヲ承諾シタルノミヲ以テ未タ義務ヲ生スルニ足ラスト云フ可カラス其諾約ノ義務ヲ生スルヤ明カナリト雖トモ未タ使用貸借ト為ラサルノミ即チ一ノ無名契約アルニ過キス而シテ此事タル單ニ文字上ノ問題ニ止マラス貸借ノ諾約ハ貸借ト異ナルコト甚タ大ニシテ單ニ其諾約ヲ為シタルニ止マリタル者ハ将来ノ貸主ナルモ実際貸借ヲ為シ終ハリタルトキハ借主ノミ独リ債務ヲ負担スヘシ
消費貸借ナル名称ハ敢テ最初ノ使用ニ因リ必ス借用物ノ消尽スルヲ云フニ非ス只借主一旦所有者ト為ルカ故ニ之ヲ消費スルコトヲ得テ使用借主ノ之ヲ使用スルヲ得ルニ過キサルト異ナルヲ云フノミ
消費貸借ハ借主ノミヲシテ独リ義務ヲ負担セシムルカ故ニ必ス片務契約ナリ蓋シ第一貸主ハ借主ニ損害ヲ加フヘキ物ヲ貸付ス可カラス若シ借主之カ為メニ損害ヲ被リタルトキハ貸主其賠償ノ責ニ任セサル可カラス第二貸主ハ約定ノ時期以前ニ在テ貸付物ノ返還ヲ要求スルコトヲ得スト雖トモ此二箇ノ義務中第一ノ義務ハ貸借ヨリ生スルモノニ非ス即チ不正ニ加ヘタル損害ヲ以テ原因トスルモノニシテ是他ノ契約ニ付キ加之何等ノ契約ナキトキト雖トモ亦生スルコトアルヘキモノニシテ消費貸借ノ結果ニ非ス又期限前ニ貸付物ノ返還ヲ要求スルヲ得サルニ至テハ眞ノ義務アリト曰ハンヨリハ寧ロ権利ナキノ結果ナリト云フヘシ即チ如何ナル債権者タリトモ期限前ニ在テ弁濟ヲ要求スルヲ得サルハ貸借ニ於ケルト同様ニシテ是畢竟其権利ニ制限アルニ依ルモノニシテ敢テ義務アルカ故ニ非サルナリ若シ之ヲ以テ眞ノ義務ナリト云フトキハ恰モ現在将来共ニ何等ノ要求ヲモ為スコト能ハサル者弁濟ヲ要求セサルノ継續義務アリト云フト同シク不当ノ言ナリト謂ハサル可カラス
是ニ依テ之ヲ観レハ消費貸借ハ純然片務契約ニシテ若シ然ラストスルトキハ如何ナル契約ト雖トモ決シテ片務タルモノナキニ至ルヘシ何トナレハ如何ナル契約ニ於ケルモ必ス債権者ニ期限前ニ要求ヲ為ササル義務アリト謂ハサル可カラサレハナリ
消費貸借契約ハ塲合ニ依リ或ハ無償タルコトアル或ハ有償タルコトアリ
借主其領受シタル所ノ對當物ノミヲ返還スルノ義務アルニ過キサルトキハ消費貸借ハ無償ナルモノナリ又借主タル物ノ外借用物ノ利息トシテ多少ノ價格ヲ弁償スヘキトキハ其貸借ハ有償ナルモノナリ
利息付貸借ノ特別ノ規則ハ下第百八条五条以下ニ之ヲ掲ク
貸借ノ利息ヲ生セサルトキハ無償ナリト雖トモ亦之カ為メ贈與ノ規則ヲ適用スルヲ要セス然レトモ只其方式上ノ規則ヲ適用セサルヲ得ルノミニシテ
又権利自体ニ関スル規則ニ至テモ敢テ贈與ノ規則ヲ適用スルコト甚タ少ナシトス何トナレハ消費貸借ニ於テハ只收益若クハ使用ヲ恵與スルニ過キス其元本ニ至テハ必ス多少時期ヲ經過スルニ於テハ之ヲ返還セサル可カラサルモノナリ是ヲ以テ無利息消費貸借モ亦使用貸借ニ優ル所ノ恵與ト看做ス可カラス然レトモ消費貸借ハ使用貸借ニ存セサル所ノ危害ヲ生スルコトアリ即チ債務者ノ無資力ノ結果ニ因リ元本ノ返還アラサルコト是ナリ使用貸借ニ於テハ決シテ此危害アルコトナク貸主ハ常ニ回復訴権ヲ以テ其貸與シタル物ヲ取戻スコトヲ得夫レ然リ消費貸借ハ此危害アルカ故ニ無能力者ヲシテ之ヲ承諾スルコトヲ得セシム可カラス又自治産ノ未成年者ノ如キ僅カニ自己ノ財産ノ管理権ヲ有スルニ過キサル者ニモ同シク之ヲ禁セサル可カラス然レトモ利息付貸借ニ至テハ元本ヲ利用スル唯一ノ方法タルコト最モ多キカ故ニ無能力者ニ之ヲ為スヲ禁スルノ理由アラサルナリ
第百七十九條
凡ソ当事者借用物返還ノ時期ヲ定メサルコトハ甚タ稀ナリト雖トモ又偶々其期限ヲ定ムルコトヲ怠リタルトキハ直チニ其返還ヲ請求スルヲ得ルモノト即断スヘカラス蓋シ期限ノ定メナキトキ即時返還ヲ要求スルカ如キハ当事者ノ最初ノ意思ニ背馳スルモノナルヤ明カナリ是ヲ以テ裁判所ハ其返還ノ時期ヲ定メサル可カラス然レトモ其期限ハ恩恵上ノ期限ニ非スシテ権利上ノ期限ナリ何トナレハ其期限ハ當事者ノ意思ニ適従スルモノト推定スルモノナレハナリ是ヲ以テ本条ニハ一般ノ弁濟義務ニ関シ財産編第四百三条ニ於ケルト同シク殆ト同一ノ文字ヲ用ユト雖トモ敢テ債務者約定ノ期間ニ至リ弁濟スル能ハサルトキハ裁判所之ニ恩恵上ノ期間ヲ許與スルヲ得ト曰ハス(財産編第四百六条ヲ参觀スヘシ)加之裁判所ニ於テ一旦権利上ノ期間ヲ定メタルトキト雖トモ尚ホ更ラニ債務者ニ猶豫期間ヲ許與スルノ妨ケアルコトナシ但此塲合ニ於テハ其期間恩恵上ノ期限タルノミ
又代物返還ノ塲所ヲ定ムルコト重要ナリトス然レトモ若シ当事者自ラ其塲所ヲ定メサルトキハ本条ハ普通法ヲ單純ニ適用セス債務者ノ住所ニ於テ弁濟ヲ為スヘキモノト定メス(財産編第四百六十八条ヲ参觀スヘシ)即チ本条ハ一ノ区別ヲ為シ有償ノ貸借即チ利息付貸借ノ塲合ニノミ普通法ノ適用ヲ限リ貸借ノ無償ナル塲合ニ於テハ債権者ノ住所ニ於テ弁濟ヲ為スコトヲ要スルモノトセリ
第百八十條
本条ニハ借用物ノ返還ヲ為スコト能ハサルニ至リタル塲合ヲ規定スルモノニシテ其規定ノ適用ニ付キ毫モ疑議ナカラシメンカ為メ明カニ借用物返還ノ不能不可抗力ニ原因スヘキモノナルコトヲ記載シタリ
蓋シ此塲合ニ於テハ債務者ニ不履行ノ責ヲ帰ス可カラサルカ故ニ之ヲシテ義務免カレシムヘキカ如シ実ニ履行ノ不能ハ義務消滅ノ正当原因ノ一タルモノナリ(財産編第五百三十九条乃至第五百四十三条ヲ参觀スヘシ)然レトモ履行ノ不能ニ因リ義務消滅スルハ其義務特定物ヲ以テ目的トスルトキニ限ル然ルニ消費貸借ニ於テハ義務ノ目的物特定物ニ非ス借主ハ定量物ヲ返還スルノ義務アルモノニシテ定量物ハ滅失スヘキ性質ノモノニ非ス故ニ消費貸借ニ於テ借用物ヲ返還スルノ義務ハ履行不能ノ為メニ消滅スルモノニ非サルナリ
然レトモ亦偶々一物類ヲ擧ケテ尽ク不融通物ト為スコトアリ此塲合ニ在テハ債務者不可抗力ニ原因スル履行不能ニ依リ義務ヲ免カルヘキカ如シト雖トモ亦之ヲシテ義務ヲ免カレシムルハ亦借主ヲシテ不正ノ利益ヲ得セシムル不当ノ結果ナリト謂ハサル可カラス
蓋シ物類尽ク不融通物ト為リタル塲合ハ債務者自己ニ属スル特定物ヲ引渡スノ義務アリテ其意外ノ事若クハ不可抗力ニ依ル喪失之ヲシテ利益ヲ得セシメサル塲合ト同シカラス債務者定量物ヲ負担スル塲合ニ於テハ或ハ未タ其物自己ノ財産中ニ存セス債務者ハ先ツ代金ヲ拂ヒ之ヲ購求シ次テ債務者ニ之ヲ交付スヘキコト最モ多シトス然ルニ債務者之ヲ購求スルコト能ハサルニ至リタルカ故ニ之ヲシテ義務ヲ免カレシムルトキハ遂ニ債務者ハ其物品ヲ購求スルカ為メ支拂フヘキ代金ヲ以テ自己ノ利得ト為スニ至ルヘシ又既ニ其負担スル所ノ物ヲ購求シ之ヲ弁濟センコトヲ期シタルトキモ亦其結果ハ同一ナラサル可カラス何トナレハ定量物ノ債務者縦令其物ヲ購求スルモ尚ホ未タ法律上特定物ノ債務者ト看做サルコト能ハサレハナリ加之法律上若クハ行政上ノ處分ヲ以テ或ル物品ノ融通ヲ禁スルトキハ必ス現占有者ニ賠償ヲ附與スルモノニシテ其賠償ヲ領受スヘキ者ハ債務者ナリ故ニ債務者ハ一旦物ヲ講求スルモ其不融通物ト為リタルカ為メ毫モ損害ヲ被ルコトナシ
然ラハ即チ借主ヨリ貸主ニ拂フヘキ賠償ヲ計算スルノ方法如何是本条ニ規定スル所ナリ
蓋シ借主ハ其負担スル物ノ不融通物ト為リタルカ為メ借用当時ノ價格ニ超過スル賠償ヲ受クルコトナシトセス是其負担スル物ノ不融通物ト為リタルノ一事ニ依リテ然ルコトアリ又或ハ借用ノ当時ニ比シ品物ノ沸底ナルニ因リ然ルコトアリ然レトモ本条ハ借主ヲシテ其利得ヲ返還スルノ責ニ任セシメス其利得ハ或ハ其被ルコトアルヘキ損失ト相殺スルモノトセリ但本条ハ借主ヲシテ其借用物ヲ現物ニテ返還スルコト能ハサルニ至リタル日及ヒ塲所ノ相塲ニ従ヒテ算定シタル價格ヲ償還スヘキモノトセリ
第百八十一條
消費貸借ノ定義ニ依レハ貸主ハ未タ其貸付スル物ヲ引渡スヲ以テ足レリトセス尚ホ其所有権ヲ移轉スルコトヲ要ス其所有権ノ移轉ハ即チ借主ヲシテ借用物ヲ消費スルノ権利ヲ得セシムルモノナリ然ルニ他人ニ移轉スルヲ得ヘキモノハ自己ノ有スル権利ニ止マリ其以外ニ亘ルコト能ハサルカ故ニ貸主其貸付物ノ所有者タルコトヲ必要トス
是ヲ以テ法律中右ノ条件ノ具ハラサル塲合ヲ規定シ殊ニ当初貸主其貸付物ノ所有者タラサルモ次テ其缺点ヲ補フコトヲ得ルノ方法如何ヲ指定セサル可カラス是本条ノ主眼トスル所ナリ
第一本条ハ他人ノ物ノ貸借ハ無効ナリト云ヒリ其無効タル他人ノ物ノ賣買ニ於ケルト同シク無原因ニ基クモノニシテ絶對的ノモノナリ又本条ニ他人ノ物ノ貸借ハ貸主ヲシテ借主ニ對シ担保義務ヲ負担セシムルコトヲ云ヒリ然レトモ貸主ニ担保義務アルハ二箇ノ条件アル塲合ニ限ル即チ貸借ノ利息付ナルト借主ノ善意ナルトノ二者是ナリ第一条件ハ有償契約ニ於ケルニ非サレハ担保義務存セサルノ普通原則ノ適用ニシテ(財産編第三百九十六条ヲ参觀スヘシ)第二条件ハ自ラ好ンテ損害ニ罹リタル者ニ對シ其賠償ヲ為スニ及ハサルノ理由ニ基クモノナリ
今先ツ他人ノ物ノ当然無効ナル所以ヲ説明セン
夫レ貸主借主ニ所有権ヲ移轉セサリシトキハ借主取得ヲ為ササリシニ因リ返還ノ義務ヲ負ハサルモノナリ但借主ハ借用物ヲ占有スト雖トモ或ハ眞ノ所有者ヨリ回復訴権ヲ被ルコトアルヘキカ故ニ同一物ノ為メ重ネテ二箇ノ訴追ヲ被ルコトアル可カラス蓋シ借主眞ノ所有者アルコトヲ発見シタル後貸主ニ其借用物ヲ返還スルモ眞ノ所有者ハ借主ニ對シ返還ノ訴権ヲ失フモノニ非ス何トナレハ「詐欺ニ因リ占有ヲ止メタル者ハ恰モ尚ホ占有スルカ如ク義務ヲ負担スルモノナリ」トハ法律ノ確言ト為リタル一大原則ナレバナリ
然レトモ眞ノ所有者訴追ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキハ借主貸主ノ訴追ニ服従セサル可カラス然ラスンハ借主ハ不適法ナル貸借ニ依リ遂ニ不正ノ利得ヲ得ルニ至ルヘケレハナリ
是ヨリ所有者ノ回復訴権ヲ行フコト能ハサルニ至リタルニ因リテ他人ノ物ノ貸借有効ト為ル塲合ヲ説明セン
其塲合タル三アリ
第一ノ塲合、借主善意ニテ借用物ヲ消費シタルトキ
凡ソ借用物ノ消費ハ所有者ヲシテ回復訴権ヲ行フ能ハサラシムルヲ通則トス然レトモ亦其消費ハ旧所有者ノ為メ其物ヲ消費シタル者ニ對シ損害賠償訴権ヲ存セシムルヲ通則トス而シテ消費者悪意ナル塲合ニ於テハ所有者ノ賠償訴権ハ不正ノ損害ニ基クモノナルカ故ニ所有者ノ被リタル損害ト其失フタル利得トノ全額賠償ヲ目的トスヘク又消費者ノ善意ナル塲合ニ於テハ占有者其消費シタル物ニ付キ収得シタル利益ヲ以テ賠償金額トスヘシ蓋シ消費者善意ナル塲合ニ於テハ所有者ノ訴権ハ不当ノ利得ニ基クモノナレハナリ
本条ハ消費ノ善意ニ出テタルコトヲ仮定スルモノナリ故ニ消費ノ悪意ニ出テタルトキハ借用物ノ旧所有者借主ニ對シ訴権ヲ行フコトヲ得是曩キニ陳ヘタル所ノ塲合ニシテ詐欺ニ因ル占有ノ絶止ハ占有者ヲシテ所有者ノ訴権ヲ免カレシムルモノニ非ス是ヲ以テ此塲合ニ於テハ貸主ハ借主ニ對シ訴権ヲ有セサルモノトス
然レトモ借用物ノ消費善意ニ出テタルトキハ貸主ノ過失如何ニ拘ハラス借主ハ貸借ニ付キ其嘗テ企圖シタル所ノ利益ヲ全ク収得シタルモノト云フヲ得ヘシ是ヲ以テ借用物尚ホ所有者ノ訴権ニ係ルトキト異ナリ貸主ニ訴権ヲ與フルモ敢テ支障アルコトナシ是ヲ以テ借主ハ以後貸主ニ對シ義務ヲ負担スヘシ故ニ借主ハ旧所有者ニ對シ毫モ負担スル所ナク其訴権ヲ被ルニ当リ自己ハ貸主ニ借用物ノ對当物ヲ返還スルノ義務アルカ故ニ毫モ旧所有者ノ財産ニ付キ利得スル所ナシト答弁スルコトヲ得是ヲ以テ眞ノ所有者ニ賠償ヲ拂フヘキモノハ貸主ナリ而シテ貸主ハ当初悪意占有者ナリシトキハ貸付物ノ價格ノ全部ヲ負担スヘク之ニ反シ貸借ノ時ニ当リ善意ナリシトキハ其利得詳カニ之ヲ云ヒハ其借主ヨリ得ル所ノ実際ノ返還物ノ價格ノミヲ以テ所有者ニ賠償スヘシ然ルニ借主無資力ナルトキハ貸主毫モ返還ヲ受ケサルニ因リ従テ所有者ニ賠償スル所ナキコトアリ
第二ノ塲合、善意ノ借主借用物ヲ消費セサルモ眞ノ所有者ヨリ回復訴権ヲ被ルニ当リ之ニ動産ノ即時々効ヲ對抗シ以テ其抗弁ト為シタルトキ
此塲合ニ於テハ借主以後借用物ヲ消費スルノ権利ヲ有スルカ故ニ其位置恰モ善意ニテ借用物ヲ消費シタルトキト同一ニシテ亦其貸借ニ付キ嘗テ企図シタリシ利益ノ全部ヲ収受シタルモノト云フヘシ是ヲ以テ借主ハ貸主ニ對シ借用物ヲ返還スルノ義務ヲ負担セサル可カラス
又第二ノ塲合ニ付キ本条ハ明カニ借主実際時効ヲ對抗シタルコトヲ仮定シタリ蓋シ時効ハ当然占有者ノ取得スルモノニ非ス必ス其申立アルヲ要スルカ故ナリ
第三ノ塲合、新所有者其承諾ニナラサル貸借ヲ認諾シタルトキ
此塲合ニ於テモ亦借主ハ貸借ヲ為スニ当リ其企図シタリシ利益ノ全部ヲ収ムルモノナリ故ニ貸主ニ對シ義務ヲ負担スヘキヤ当然ナリ但貸主ハ眞ノ所有者ニ對シ其相互ノ関係ニ依リ賠償ノ義務ヲ負担スヘシ
第百八十二條
消費貸借契約ハ純然片務ニシテ借主ニ義務アリト云フ者ノ誤謬ナルコトハ曩キニ之ヲ説明シタリ
蓋シ貸主ハ約束ノ期限前ニ貸付物ノ返還ヲ請求スルヲ得サルヲ以テ之ヲ以テ其第一ノ義務ト為スヘキニ似タレトモ是眞ニ契約ヨリ生スル所ノ義務ナルモノニ非ス他人ニ對シ其法律上若クハ合意上ノ利益ヲ争フ可カラサルハ普通ノ本分ナリ蓋シ貸主ハ貸付物ノ對当物ヲ返還セシムルノ権利ヲ取得シタルモノナレトモ其権利タル時ニ関スル制限ヲ受ケテ発生シ所謂有期ナル躰様ヲ帶ヒテ存スルモノナリ故ニ其制限ハ他ノ制限ト同シク一ニ之ヲ遵奉セサル可カラス若シ之ヲ以テ貸主ノ特別ノ義務ト看做ストキハ恰モ其貸付シタル以外ノ物若クハ餘分ノ物ヲ請求スルノ権利ナキヲ以テ一ノ義務ト看做スト同シク不当ノ言タルヲ免カレサルヘシ
且曩キニ陳ヘタル如ク之ヲ以テ貸主ノ義務ト為ストキハ片務契約ト看做ス所ノ契約ニ於テハ尽ク同一ノ義務アリト謂ハサル可カラス遂ニ実際一モ片務タル契約ナキニ至ルヘシ
又貸主貸付物ニ瑕疵アルコトヲ知リ之カ為メ借主損害ヲ被リタルニ当リ貸主借主ニ其賠償ヲ為スノ責ニ任スルハ貸借ヨリ生スル貸主ニ第二ノ義務タルニ似タリ
蓋シ貸主借主ヲシテ貸付物ノ瑕疵ニ因リ被ラシメタル損害ヲ償フノ責ニ任スルハ眞ノ義務タルヤ争フ可カラスト雖トモ其義務ハ貸借ヨリ生スルモノニ非ス此義務ヲ以テ貸借ヨリ生スルモノトセハ貸借ハ遂ニ双務契約タルニ至ルヘキモ其実此義務ハ故意若クハ無為ニテ不正ニ加ヘタル損害ヨリ生スルモノニシテ其原因ハ貸借ト関係ナキモノニシテ貸借ハ僅カニ其機會タルニ過キサルモノナリ(財産編第三百七十條以下ヲ参觀スヘシ)是恰モ他ノ合意アルニ際シ不当ノ利得ノ如キ他ノ義務ノ原因発生スルニ異ナラス(財産編第三百六十一条ヲ参観スヘシ)
是ヲ以テ本条ニハ貸主ニ此義務アルコトヲ示スト雖トモ亦無償ノ貸借ト無償ノ貸借トノ間ニ一ノ区別ヲ設ケタリ是蓋シ担保ノ普通法ヲ適用シタルニ因ルモノナリ
第一貸借ノ有償タルト無償タルトヲ問ハス貸主ヲシテ借用物ノ瑕疵ノ責ニ任セシムルニハ其瑕疵隠レタルモノニシテ貸主ノ領知セサルコトヲ要ス若シ貸主借用ノ当時又ハ借用物ヲ使用スルノ前瑕疵アルコトヲ発見シタルトキハ之カ為メ其被リタル損害ハ貸主ノ過失ニ帰スヘキモ借主ノ懈怠ニ帰セサル可カラス換言スレハ借主貸主共ニ過失アルカ故ニ借主ハ敢テ貸主ニ責ムル所アルヲ得ス
又縦令借主其瑕疵ヲ領知セス又之ヲ領知スルコト能ハサリシトキト雖トモ無償ノ貸主ハ自ラ其貸付物ノ瑕疵ヲ領知シ且之ヲ貸付スルニ当リ借主ニ損害ヲ加ヘントノ意思ヲ有シ又故ラニ之ヲ害セント欲シタルニ非サルモ借主ノ瑕疵ヲ知ラサルヲ奇貨トシ其交付スル所ノ瑕疵アル物ニ替エ良品質ノ物ニ変換セシメンコトヲ謀リタルトキニ非サレハ尚ホ其損害ノ責ニ任セサルモノトス然レトモ又貸主其貸付物ニ瑕疵アルヲ知リタルハ未タ以テ直チニ害意アリト云フ可カラス何トナレハ貸主ハ貸付物ニ瑕疵アルコトヲ知リ加之詐欺シテ之ヲ隠蔽シタルモ或ハ其実際損害ヲ起ササルヘキコトヲ頼ミタルコトナシトセサレハナリ何レノ塲合ニ於ケルモ其責任ハ財産編第三百七十条ノ原則ニ依リ尚ホ同編第三百八十五条ニ照ラシ之ヲ規定スヘシ
然レトモ貸借ノ利息付ナルトキハ其契約ハ貸主ヲシテ利益ヲ得セシムルヲ目的トスルカ故ニ貸主借主ヲシテ毫モ損害ヲ被ラシメサルコトニ一層注意スヘキヤ当然ナリ故ニ貸付物ノ瑕疵ヲ了知スルコトヲ得ヘキトキ之ヲ領知セサルニ於テハ之ヲシテ其責ニ任セシムヘシ而シテ貸主ハ其貸付物自己ニ属セサリシカ故ニ隠レタル瑕疵アルコトヲ知ラサルコトヲ申立ツルモ未タ以テ其義務ヲ免カルルノ方法ト為スコト能ハス何トナレハ他人ノ物ヲ貸與スルハ亦一ノ過失ニシテ其過失ニ付テハ次条ニ規定スルカ如ク無償ノ貸借ニ於ケルモ猶ホ其責ニ任セサル可カラサルモノナレハナリ
本条末項ニ賣買廃却訴権ニ関スル規則モ亦成ルヘク之ヲ消費貸借ニ准用スヘキコトヲ示シタリ
是ヲ以テ借主借用物ヲ消費シ若クハ之ヲ讓渡ス以前ニ在テ其瑕疵アルコトヲ発見スルニ至リタルトキハ貸借ヲ觧除セシムルコトヲ得(本編第九十四条ヲ参觀スヘシ)又貸借契約ヲ維持シ返還スヘキ物ノ分量若クハ品質ヲ減スルコトヲ得(本編第九十五條ヲ参觀スヘシ)尚ホ何レノ塲合ニ於ケルモ借主ハ損害賠償ヲ請求スルコトヲ得(本編第九十六條ヲ参觀スヘシ)又貸主ハ無担保ノ要約ヲ為シ以テ其領知シタル瑕疵ノ責任ヲ免カルルコト能ハス(同第九十七条ヲ参觀スヘシ)隠レタル瑕疵ノ証拠ニ至テハ証拠ニ関スル法律上ノ方法何レヲ以テスルモ之ヲ擧クルコトヲ得(同第九十八条ヲ参觀スヘシ)廃却訴権及ヒ損害賠償訴権ハ特別ノ期間内ニ行フコトヲ要ス(同第九十九条ヲ参観スヘシ)而シテ借用物ヲ讓渡スモ借主ハ其訴権ヲ失フモノニ非ス(同第百条ヲ参観スヘシ)借用物ノ全部若クハ一分ノ滅失若クハ毀損ハ借主ノ権利ヲ消滅シ若クハ之ヲ減少スルモノナリ(同第百一条ヲ参観スヘシ)故ニ唯第百二条及ヒ第百三条ノミ貸借ニ准用スヘカラサルモノナリ
第百八十三条
財産編ニ於テ弁濟ノ普通法ヲ説明スルニ当リ頗ル重要ニシテ複雑困難ナル問題即チ法律上同一ノ價格ヲ有スル数多ノ正貨アルトキハ如何ナル貨幣ヲ以テ金銭ノ債務ノ弁濟ヲ執行スヘキカノ問題ニ関スル規定ヲ詳細ニ辨明シタリ
蓋シ嘗テ此点ニ付キ説明シタル如ク金銀貨ノ法律上ノ割合ハ自ラ商業ノ結果ニ依リ市上ニ定マル所ノ割合ト適合スルコト甚タ稀ナルカ故ニ債務者ハ概ネ金銀貨中其一ヲ以テ弁濟スルニ利アリ又債務者ハ之ニ反シ他ノ貨幣ヲ以テ辨濟ヲ受クルノ利アルコト最モ多シ然ルニ債権者ト債務者トノ位置同等ナルトキハ法律ハ債務者ニ對シ一層利益アリ之ヲ保護スル較々深ク之ヲ以テ奨勵ト為スカ故ニ辨濟ヲ為スニ付キ用ユヘキ所ノ貨幣ヲ選擇スルノ権利アルモノハ債務者ナリトス故ニ債務者ハ自己ノ利益ニ従ヒ價格ノ較々劣ル所ノ貨幣ヲ選擇シ之ヲ以テ弁濟スルノ権利ヲ有スルモノナリ加之其選擇権ハ元ト公ケノ秩序ニ基キ認許シタルモノナルカ故ニ特別ノ合意ヲ以テスルモ決シテ之ヲ債務者ニ奪フコト能ハス
又強制通用ノ貨幣アルトキハ縦令債務者正貨ヲ以テ変換スヘキコトヲ諾約シタルトキト雖トモ猶ホ紙幣ヲ以テ支拂ヲ為シ其義務ヲ免カルルコトヲ得
此法則タル甚タ債権者ニ損アリ殊ニ弁濟ノ時期甚タ遠キトキハ債権者到底将来市塲ノ結果ヲ豫想スルコト能ハス自己ノ利益ヲ豫望スル能ハサルカ故ニ大ニ債権者ニ損害ヲ及ホスコトアリ是ヲ以テ欧洲ニ於テモ此弊害ヲ矯正スルカ為メ数多ノ考案ヲ按出シタル者アリシカ未タ嘗テ充分ノ好結果ヲ奏シタルモノ非ス
佛法其他此点ニ付キ同法ヲ模範トシタル法典ハ未タ経濟上ノ現象ヲ充分ニ攻究セス立法者自己ノ権力ヲ頼ムコト過度ニシテ立法上金銀両貨幣ノ價格ノ割合ヲ制定スルニ於テハ其價格決シテ変動スルコトナシト誤想シタル時ニ在テ制定セラレタルモノナリ故ニ此点ニ付キ法律ニ缺点アリ若シ立法者ニシテ一層經濟上ノ現象ニ暁通セシナラハ当事者何レモ辨濟若クハ領受スヘキ貨幣ノ選擇権ヲ有ス可カラサルモノトシ債務者ハ金貨ヲ以テ半額ヲ支拂エ銀貨ヲ於テ半額ヲ支拂フヘキモノト定メタリシナラン斯ノ如クスルトキハ債務者ヲシテ金銀貨其一ノ低落ノ利益ヲ得セシメ他ノ一ノ騰貴ノ損失ヲ被ラシメ又債権者ハ其領受スル所ノ貨幣ノ低落ノ損失ヲ被ルモ亦他ノ一種ノ騰貴ノ利益ヲ受クルニ至リ双方共ニ損失ヲ被ルノ不公平ヲ免カルルニ至ルヘシ然ルニ法律ノ趣意是ニ出テサリシハ缺点タリト謂ハサル可カラス唯立法者債務者ニ一ノ正当ナル恩典ヲ加ヘ之ヲシテ如何ナル合意アルニ拘ハラス金銀両貨ノ総額ヲ其選擇スル所ノ一種ノ貨幣ニ換算シ弁濟ノ日ノ相塲ニ従ヒ一種ノ貨幣ニテ支拂ヲ為スヲ得セシムヘキノミ
是本法ニ一般ノ弁濟ニ関シ採用シタル所ノ法則ニシテ(財産編第四百六十四条以下ヲ参觀スヘシ)本条ハ之ヲ適用シタルモノナリ
然レトモ当事者ハ合意ヲ以テ普通法ニ反シ金銀両貨ノ割合ノ変動ノ結果ヲ避クルコトヲ得但其法律中公ケノ秩序ニ関スルモノ即チ私ノ合意ヲ以テ変更スルコト能ハサルノ点ハ一ニ之ヲ遵奉セサル可カラス
是ヲ以テ将来結約スル所ノ債権者ハ金銀両貨ノ割合変動シ銀貨ノ低落ノ為メ其嘗テ金貨若クハ其他ノ貨幣ニテ供與シタル所ノ對当物ヲ回復スル能ハサルノ恐アルカ故ニ必スヤ債務者ヲシテ銀貨低落ノ半ハ若クハ其一分ヲ債務者ノ負担トスヘキコトノ条件ヲ要約スルコトヲ怠ラサルヘシ固ヨリ債権者ハ債務者ヲシテ実際其債権ノ半額ヲ金貨ニテ拂ハシムルコトヲ求ムルヲ得スト雖トモ金貨ノ價格ヲ銀貨ニ換算シ以テ弁濟ヲ為スヘキコトヲ要求スルヲ得ヘシ詞ヲ換テ之ヲ言ヘハ債務者ハ銀貨低落ノ半ハヲ利得スルニ過キス債権者ハ金貨騰貴ノ半ハノ利得ヲ収受スヘシ
右ノ法則タル本法ヲ以テ新ニ制定シタルモノニシテ固ヨリ合意ノ自由ヲ害スルモノニ非サルカ故ニ立法者敢テ之ヲ命令スルニ非ス只金銀両貨ノ價格ノ変動ヲ豫想シ其利益ヲ得損失ヲ被ラサランコトヲ欲スルモノノミ独リ此法則ニ従ヒ特別ノ合意ヲ為スヲ得ヘキノミ且此法則ハ本邦現今ノ貨幣制度ト能ク調和スルモノナルカ故ニ其当ヲ得タルノ規定ト云フヘシ
且此法則タル債権者ト債務者トヲシテ平等ノ位置ニアラシムルモノナルカ故ニ公義ニ適合スルヤ明カナルノミナラス又金銀両貨幣ノ商業上ノ割合ヲシテ法律上ノ割合ト庭徑ナカラシメ遂ニ両貨幣ノ制度ヲ維持スルヲ得セシムルニ至ルモノナリ何トナレハ両貨幣ノ低高ノ結果ハ必ス当事者双方ニ影響ヲ及ホスカ故ニ最早其割合ヲ変動シ以テ利益ヲ得ルコト能ハサルニ至ルヘケレハナリ之ヲ要スルニ現時ニ在テハ金銀両貨幣ノ一騰貴スレハ必ス他ノ一低落スルコト恰モ権衡ノ上下スルカ如クナルモ本法ノ新制度ヲ用ユルトキハ両貨幣ノ割合ニ着キ差異ヲ生スルコトナク遂ニ價格ノ低高ハ両種ノ貨幣ト商品トノ間ニノミ之ヲ見ルニ至ルヘシ
財産編第四百六十五条ハ他ノ合意ヲ仮定シ之ヲ認許シタリト雖トモ其合意ハ消費貸借ニ適用スヘキモノニ非ス
凡ソ如何ナル合意ニ於ケルモ「例ヘハ賣買ヲ約スルニ当リ」債務者金貨百円ノ價格ヲ拂フヘシト約スルコトヲ得ルヲ通例トス但其合意ハ債務者ヲシテ銀貨ニテ支拂ヲ為スノ権利ヲ失ハサラシムルモノニ非スシテ債務者ハ何レノ貨幣ヲ以テスルモ隨意ニ支拂ヲ為スコトヲ得ルモノナリ然レトモ此合意アルトキハ何等ノ要約モナキトキノ如ク銀貨百円ヲ拂フヲ以テ足レリトセス時ノ相塲ニ従ヒ金貨百円ノ價額ヲ銀貨ニテ拂フヘシ例ヘハ銀貨百円ニ付キ金貨相塲百三十五円ナルトキハ即チ金貨百円ヲ約シタル者ハ銀貨ニテ百三十五円ヲ拂ハサル可カラス
然ルニ消費貸借ニ付テハ此点ニ付キ合意ノ自由ヲ制限シ一ノ変例ヲ設ケタリ此変例タル財産編第四百六十七条ニ掲ケタル所ニシテ其理由ハ既ニ同条ノ下ニ於テ之ヲ説明シタリ
是ヲ以テ銀貨百円ヲ貸付シタル貸主ハ金貨ニテ百円ノ弁濟ヲ受クヘキコトヲ要約スルコトヲ得ス是恰モ其銀貨ニテ百三十五円ヲ返還セシムヘキコトヲ要約スルコト能ハサルト同一ナリ畢竟スルニ斯ノ如キ合意ハ貸主其貸付シタルヨリ以外ノ物ノ返還ヲ為サシメントスルニ外ナラス然ルニ消費貸借ハ要物合意ニシテ貸付物ノ実際ノ引渡加之其所有権移轉ヲ以テ原因ト為スモノナリ故ニ貸主ノ返還スヘキ所ノ物ノ性質及ヒ分量ヲ定ムル所ノモノハ即チ貸付物ノ性質及ヒ分量ナリ是ヲ以テ銀貨ニテ若干円ヲ貸付シタル者ハ金貨ニテ同数額ヲ弁濟セシムヘキコトヲ要約スルコト能ハス又銀貨ヲ以テ同数額ノ金貨相塲ヲ返還セシムヘキコトヲ要約スルコトヲ得ス其金貨ニテ同数額ヲ返還セシムヘキコトノ要約ハ債務者ヲシテ貨幣選擇ノ権ヲ奪フモノニシテ銀貨ニ之ヲ換算シテ貸付シタル数額以上ヲ辨濟セシムルノ要約ハ即チ貸主其貸付シタル以外ノ物ヲ返還セシメントスルモノニシテ共ニ効力アラサルモノナリ
加之実際銀貨ヲ貸付シタル者モ金貨ニテ同数額ヲ返還セシムヘキコトヲ要約スルコトヲ得ス是亦其要約ハ債務者ヲシテ貨幣選擇ノ権ヲ失ハシムルモノナレハナリ然レトモ貸主ハ貸借ノ日ノ相塲ニ従ヒ其貸付シタル金貨ノ相当額ヲ銀貨ニテ返還セシムヘキコトヲ要約スルコトヲ得
且右ニ禁止シタル合意ハ法律上ノ利息制限ニ抵觸スルコトアルヘキヲ以テ既ニ此理由ニ依リ無効ナルヘキモ亦仮リニ法律上ノ利息制限ナシトスルモ尚ホ貸主ハ銀貨ヲ交付シ利息ニ替エテ金貨ニテ同数額ノ返濟ヲ受クヘキコトヲ要約スルコトヲ得ト云フ可カラス蓋シ合意上ノ利息ハ必ス明カニ要約スルコトヲ要スルモノニシテ決シテ表面上元本ノ数額ヲ増加シ以テ其利息ヲ隠蔽スヘカラサルモノナリ是下第百八十六条及ヒ第百八十七条ニ規定スル所ナリ
第百八十四條
金銀磈ハ貨幣ニ非ス通常ノ商品ニ過キサルモノナリ是ヲ以テ金銀磈ヲ貸付シタル者ハ同種類ノ金銀磈ヲ返還セシムヘキコトヲ要約スルヲ得此点ニ付テ観察スルトキハ金銀モ亦銅鐡若クハ日用品其他ノ商品ト毫モ異ナル所ナキモノナリ
是ヲ以テ金銀磈ノ一種ヲ貸付シタルモ他ノ一種ヲ以テ比較上ノ分量ヲ返還スヘキコトヲ要約スルコトヲ得又金磈ニ替エ商品ヲ弁濟シ或ハ商品ニ替エ金磈ヲ弁濟スヘキコトヲ要約スルヲ得ヘシ但金磈ニ替ユルニ他ノ商品ヲ以テシ又他ノ商品ニ替ユルニ金磈ヲ以テ弁濟ヲ為スヘキコトヲ合意シタルトキハ其合意ハ貸借ニ非ス然レトモ亦代金ナラサルカ故ニ賣買ニモ非サルナリ又交換契約ニモ非スシテ一ノ無名合意タルヘシ
第百八十五條及ヒ第百八十六條
本条以下ハ利息付貸借ノ事ヲ規定スルモノニシテ利息付貸借ハ有償契約ナルモ敢テ之カ為メ其片務タルノ性質ヲ変スルモノニ非ス何トナレハ元本ヲ返還スルノ義務及ヒ利息ヲ拂フノ義務共ニ借主ノ負担スル所ノモノニシテ貸主ハ何等ノ義務ヲモ負担セサレハナリ
凡ソ何レノ時何レノ國ニ在ルヲ問ハス立法者ハ利息付貸借ノ弊害ヲ豫防センコトヲ力メタリ蓋シ借主ハ必ス金銭ノ需用ニ切迫セルモノナルカ故ニ啻ニ貸借ニ依リ其困難ヲ脱センコトヲ求ムルノミナラス又却テ利益ヲ得ンコトヲ希望シ之カ為メニ高利ヲ顧ミスシテ借用ヲ為スコトアリ然ルニ一朝返還ノ期限ニ至ルヤ実際弁濟ヲ為スノ力ナク為メニ期限ノ伸長ヲ請求シ且之カ為メ一層利息ヲ増殖スルニアラサレハ債権者之ニ猶豫期限ヲ許容セサルコトアリ従テ其財産ノ差押ヲ来ササルヲ得ス只僅カニ其差押ノ時期ヲ遲延スルニ過キス加之却テ之カ為メ到底其差押ヲ免カレス又其結果一層不幸ニ陥ルヲ免カレサルニ至ルモノナリ
固ヨリ他人ノ金銭ヲ借用スル者ハ既ニ財政ノ困難ニ係リタルモノナルヤ明カニシテ貸借ノ為メ無資力ノ地位ニ陥ルヲ免カレタル債務者アルノ実例ナシト云フ可カラサルモ亦貸借ノ為メ零落貧困ニ陥リタル債務者亦尠ナカラス
利息ハ貸借ヲシテ有償ナラシムルモノニシテ啻ニ金銭ノ貸借ニ於テノミナラス又商品其他ノ定量物ノ貸借ニ於テモ均ク行ハルルモノニシテ只其金銭以外ノ物ノ貸借ニ係ルトキハ同性質ノ物ヲ以テ利息ト為スコト多キノミ
抑モ利息ハ法律ノ認許スル制限ヲ超過セサル限ハ貸借ニ付キ得ル所ノ正当ナル利益ナリト云フト雖トモ未タ之カ為メ当然利息ヲシテ生セシムヘキニ非ス消費貸借ハ使用ト同シク元来無償ナルモノニシテ其有償ト為リ借主ヲシテ利息ヲ負担セシムルニハ特ニ其利息ヲ要約シタルコトヲ要ス
但法文ニ其要約ノ明示ナルコトヲ必要トセス是ヲ以テ証書ノ全体ヲ通覧シ裁判所ハ其諸証拠ヲ觧釈シ以テ利息ノ合意アリト認定スルコトヲ得ヘシ
又本条ハ当事者利息ヲ生スヘキコトヲ合意シタルモ其割合ヲ定メサリシ塲合ヲ規定シ其合意ヲシテ有効ナラシムルカ為メ借主ハ法律上ノ利息ヲ拂フヘキモノト定メタリ法律上ノ利息ノ割合ハ本法ニ之ヲ定メス既ニ特別法ヲ以テ之ヲ年六朱ト定メタリ然レトモ将来ニ至リ國家ノ經済上ノ現象ニ因リ其割合ニ変動ヲ起スコトアルヘキカ故ニ其割合ハ特別法ニ一任シ其変動ノ為メ民法ノ改正ヲ来ササルヲ可ナリトス
第百八十六条第三項ニハ債務者利息ヲ諾約セサリシモ実際之ヲ支拂フタルコトヲ仮定スルモノニシテ此塲合ニ於テハ債務者ハ其一旦拂フタル利息ヲ取戻スノ権利ナク又之ヲ元本ニ充当スルノ権利ヲ有セサルモノトス或ハ此塲合ニ於テハ債務者恰モ不当弁濟ヲ為シタルモノノ如ク其弁濟取戻ノ権ヲ有スヘキニ似タリト雖トモ法律ヲ以テ之ニ其取戻ヲ禁止シタルハ債務者任意ニテ自然義務ヲ履行シタリト看做スカ故ナリ
然レトモ其利息ノ弁濟ハ法律上ノ利息ノ割合ノ範囲内ニ非サレハ有効ナラス故ニ其制限ヲ超過シテ弁濟シタル所ノ金額ハ之ヲ取戻スコトヲ得ヘシ是次条ノ塲合ト異ニシテ次条ニ於テハ債務者ノ支拂フタル所ノ金額ノ全部ヲ取戻スヲ得ルモノトス
第百八十七條
法律上利息ノ割合ニ制限ヲ設クルト雖トモ之ヲ規避スルコト不幸ニモ甚タ容易ナルカ故ニ法律ハ其禁制ノ違反ニ對シ眞ニ実効ヲ奏スヘキ制裁ヲ設ケサル可カラス其制裁タル固ヨリ刑事上ノモノニ非ス單ニ民事上ノモノナルヘシト雖トモ現行法ニ於ケルカ如ク法律ノ制限ヲ超過スル利息ヲ其制限ノ割合ニ減除スルヲ為サスシテ高利ヲ貪ル貸主ニ其高利ヲ隠蔽スルカ為メ巧計ヲ用ヰタルトキ之ヲシテ其利息ノ全部ヲ失ハシムルモノト為スヘシ蓋シ現行法ニ依ルトキハ債権者ハ法律ノ禁制ヲ破ルニ利アリテ毫モ損失アルコトナシ何トナレハ若シ其高利ヲ貪ルコトノ発覺セサルトキハ不当ノ利息ヲ収得シ縦令其発覺スルモ法律上ノ制限内ニ於テ其利息ノ一分ヲ得ヘケレハナリ
是ヲ以テ本条ニハ三箇ノ規定ヲ設ケタリ
第一合意上ノ利息ハ法律上ノ利息ヲ超ユルコトヲ得ルモ法律ニ認許セル制限ヲ超ユルコトヲ得ス
茲ニ所謂法律上ノ利息トハ特別ノ要約アラサルトキ拂フヘキモノ例ヘハ弁濟遲延ノ塲合ニ於テ生スル所ノ利息ノ如キモノヲ云フ
第二債権者法律ニ定メタル制限ヲ超過スル利息ヲ要約シ而シテ其要約ヲ隠秘セス其顕然タルトキハ債権者法律ヲ知ラス又之ヲ誤觧シタルモノト仮定シ其制裁トシテ法律上ノ制限ニ其利息ヲ減却スルニ止マリ又其制限ヲ超過スル利息ヲ既ニ支拂フタル塲合ニ於テハ債務者之ヲ取戻シ又ハ元本償還ノ時ニ至リ元本ニ充当シ其高ヲ減少スルコトヲ得
第三債権者債務者ヲシテ債務ヲ認諾セシメ以テ利息ヲ隠秘シタルトキハ其利息ノ全部ヲ得ルノ権利ヲ失フモノトス故ニ債権者ハ其利息ヲ請求スルコトヲ得ス又其全部若クハ一分ヲ收受シタルトキハ債務者之ヲ取戻シ又ハ元本ニ充当シ之ヲ減少スルコトヲ得
本条ニハ法律ノ制限ヲ超エタル利息ヲ隠秘スルノ方法トシテ元本ヲ認諾スルニ実際ノ員数ニ超過スルノ一方法ヲ示スニ過キスト雖トモ亦其他ノ方法ヲ以テト云ヒ以テ如何ナル手段ニ依ルモ不正当ノ利息ヲ隠秘シタルトキハ均ク利息ノ全部ヲ失フノ制裁ヲ設ケタリ蓋シ借用シタル元本ヨリ豫メ利息ヲ引去ルカ如キハ即チ隠秘ノ方法ニシテ其最モ單簡ナルモノナリ且本条ハ不正当ナル部分即チ法律上ノ制限ニ超過スル部分ノミヲ隠秘シタルトキト雖トモ尚ホ其利息ノ全部喪失ノ制裁ヲ以テ充分嚴重ナル處分ヲ為シタリ例ヘハ債権者法律上ノ制限ヲ超過セサル利息ヲ顕然要約シ例ヘハ千円ノ元本ニ付キ年一割二分ノ利息ヲ要約シナカラ義務ノ認諾証書中元本ノ高ヲ増シ年五分若クハ一割ノ餘分ノ利息ヲ取リ又ハ実際貸與スル元本中高利ヲ引去ル如キ塲合ニ於テ其隠秘シタル利息ヲ得ルノ権利ノミヲ禁スルニ止マルトキハ又債権者ハ毫モ損失ノ危險ナク却テ利息ヲ隠秘スルニ於テ遂ニ利益アルニ至ルヘシ是現行法律ノ結果トシテ曩キニ非難シタル所ナリ故ニ此塲合ニ於テハ債権者ハ毫モ利息ヲ得ルコト能ハス
第百八十八條
債権者元本ノ一分ヲ受取リタルトキハ亦其利息ヲ受取リ又ハ任意ニテ之ヲ抛棄シタルモノト推定スルニ足ルヘキナリ
若シ其元本ノ返還一分ニ止マルトキハ未タ弁濟セサル元本ニ應スル利息ヲ併セ総テ既ニ支拂期ニ至リタル利息ヲ失フヘシト雖トモ尚ホ元本ノ残金ニ付キ将来生スヘキ利息ニ至テハ毫モ之ヲ損スルコトナシ
勿論債権者既ニ支拂期ニ至リタル利息ヲ受取ラス而シテ之ヲ抛棄スルコトヲ欲セサルモノハ冝シク之ヲ留存スベシ是法文ニ明言スル所ナリ加之明カニ元本受取ノ時ニ至リ異議ヲ為ササリシ債権者モ猶ホ本条ニ設ケタル法律上ノ推定ニ反スル証拠ヲ擧ケ以テ既ニ支拂期ニ至リタル利息ノ弁濟ナク且債権者之ヲ抛棄スルノ意思アラサルコトヲ証明スルヲ得例ヘハ債務者元本ヲ送付スルニ当リ書簡ヲ附シ現ニ利息ノ計算ヲ為ス能ハサルニ因リ近日計算ヲ為シタル上之ヲ弁濟スヘシト云ヒシトキノ如キ債権者ハ其書信ヲ提出シ以テ反証ト為スコトヲ得
第百八十九條
凡ソ義務履行ノ期限ヲ定ムル為メニハ自由ニ合意ヲ取結フコトヲ得而シテ債権者債務者ヲ訴追シ又ハ債務者自ラ義務ヲ免カルルカ為メニハ其約定ノ期限到来スルヲ要スルヲ通則トス然レトモ亦債務者ハ其期限ノ債権者他ノ為メニ設ケタリシ証拠ナキトキハ期限ノ利益ヲ抛棄スルヲ得是既ニ財産編ニ於テ規定シタル所ナリ(財産編第四百四条ヲ参觀スヘシ)
本条ハ尚ホ債務者ノ利益ヲ保護スルニ一層厚ク縦令債権者自己ノ利益ノ為メ期限ヲ要約シタルトキト雖トモ尚ホ債務者ヲシテ十年間利息ヲ弁濟シタルトキハ期限ノ利益ヲ抛棄シ債権者ニ其利益ヲ奪フコトヲ得セシム
此規定タル不当ニ似タリト雖トモ亦次節ニ設クル所ノ他ノ規定ノ論理上自然ニ生スル結果ナリ(下第百九十二條ヲ参觀スヘシ)蓋シ貸借ノ体裁ヲ変シ年金権ノ設定ト為ルニ至ルトキハ債務者ノ元本ヲ償還スルコトヲ包含スルコトヲ得ス然ルニ通常ノ利息付貸借ニ於テ債権者此点ニ付キ年金債権者ヨリ一層大ナル権利ヲ有スルハ論理ニ反スルモノト謂ハサル可カラス蓋シ通常貸借ノ債権者ハ約定ノ前ニ至リ元本ノ返還ヲ請求スルノ利益アリ然ルニ年金契約ニ於テハ債権者毫モ其償還ヲ求ムルノ権利ヲ有セス是亦債権者ヲシテ債務者ノ償還ヲ包含スルノ権利ヲ有セシメサルノ一理由ナリト云フヘシ
尚ホ下第百九十二条ニ至リ如何ナル理由ニ依リ年金権契約取結ノ十箇年ヲ經ルトキハ年金債務者元本ヲ償還スルノ権能ヲ有スルヤヲ説明スヘシ而シテ通常ノ利息付貸借ニ於テモ亦債務者ニ同一ノ権能ヲ許與スヘキノ理由アルモノナリ然レトモ通常貸借ニ於テ毎年支拂フヘキ金額中漸次元本ノ償却高ヲ包含スルトキハ期限前ノ弁濟ヲ為スノ権能ヲ認許セス蓋シ此塲合ニ於テハ弁濟ノ時期如何ニ長キモ必ス当初ノ合意ニ従ヒ之ヲ為ササル可カラス是債権者ハ其元本ノ漸次ニ使用方法ヲ準備スルコトアルカ故ニ取越弁濟ヲ為ストキハ之ヲシテ混雑ヲ被ラシムルコトアルヘケレハナリ
第百九十條
以上ノ規定(第百八十六条乃至第百八十九条)ハ一般ノ弁濟規則中ニ之ヲ置クモ猶ホ不可ナラサリシナリ何トナレハ其規定タル貸借ニ適用スルヲ以テ最モ当然ナリト為スト雖トモ亦未タ必スシモ之ニ固有ナルモノニアラサレハナリ然ラハ即チ財産編第四百六十七条ニ之ヲ掲クルヲ得ヘカリシモ亦爰ニ之ヲ掲ケ弁濟ノ規則ト併セテ一般ニ適用セシムルモ亦別ニ不可ナルコトナシ加之法典ニ詳ハシカラサル者此点ニ関スル規則ヲ捜索スルニ当リテハ必ス貸借ノ章ニ就テ之ヲ求ムヘキカ故ニ以上ノ規定ハ却テ本章ニ掲クルヲ以テ便益ナリト認メタリ
是ヲ以テ有期ノ賣買ヲ原因トスル金銭ノ債務アルニ当リ買主其買受物ノ果実ヲ生セサルトキト雖トモ猶ホ利息ヲ弁濟スヘキノ合意ヲ為スコトアルヘシ然レトモ縦令其合意ヲ為ササルモ賣渡物ノ引渡アルタルトキハ爾後当然買主ヲシテ利息ヲ負担セシムヘシ(本編第七十六条ヲ参観スヘシ)故ニ此塲合ニ於テ合意上ノ利息ノ割合ヲ定メサリシトキハ法律上ノ割合ニ應スヘク(上第百八十六条第二項ヲ参観スヘシ)又買主其要約セサル利息ヲ任意ニテ弁濟シタルトキハ之ヲ取戻スコトヲ得ス(同条第三項ヲ参観スヘシ)又合意上ノ利息ノ割合ハ必ス法律ノ制限ニ従ハサル可カラス若シ之ニ背クトキハ其制裁ヲ免カル可カラス(第百八十七条ヲ参観スヘシ)又債権者元本ヲ受取ルトキハ既ニ支拂期ニ至リタル時期ニ付キ異議ヲ止ムルカ又ハ反對ノ証拠ヲ擧ケサル限ハ其利息ノ弁濟若クハ免除アリタルモノト推定スヘシ(第百八十八条ヲ参観スヘシ)本条ニ依リ此推定ハ法律上ノ利息ト合意上ノ利息ト均ク適用スヘク又弁濟ノ期限十箇年以後ニ亘ルトキハ如何ナル合意アルニ拘ハラス債務者ハ十箇年ノ後取越弁濟ヲ為スコトヲ得(第百八十九条ヲ参觀スヘシ
第二節 無期年金権ノ契約
第百九十一條
無期年金権契約ノ特種ノ性格ト為ス所ハ貸主如何ナル時ニ至ルモ決シテ其交付シタル元本ノ返還ヲ要求スルコトヲ自ラ禁止スルニ在リ若シ貸主元本ヲ要求スルヲ得ルトキハ畢竟通常ノ利息付貸借アルニ過キスシテ只其時期ニ遲速アルノミ
本条ハ貸主元本ノ要求ヲ為スコトヲ自ラ認許スルニ付テハ未タ其意思ヲ明示スルヲ必要トセス只次条ニ依リ其意思ヲ推定スルヲ得ルヲ以テ足レリトセス但其事ノ明カニシテ異議ヲ容ル可カラサルコトヲ要スルノミ
第百九十二條
本条ハ他ノ合意自由ノ原則ヲ変更スル一ノ例外ナリ
抑モ債務ハ之ヲ要求スルコトヲ得亦之ヲ弁濟スルコトヲ得ルヲ通例トス然ルニ無期年金権契約ヲ取結ヒタルトキハ当事者一方ハ元本ノ返還ヲ要求スルノ権利ヲ自ラ禁止シ一方ハ之ヲ返還スルノ権利ヲ禁止シ以テ普通法ニ反センコトヲ約シタルモノナリ然レトモ債権者ハ一ニ其合意ニ従ハサル可カラスト雖トモ債務者ハ其合意ヲ免カルルコトヲ得是普通法ニ反スル所ナリ
又本条ハ併セテ他ノ普通則ニ反シ通常債権者ノ為メニ期限設ケタルトキハ其約定期限前ニ在テ債務者弁濟ヲ為スコト能ハサルモ無期年金権契約ニ於テハ債権者ノ為メ返還ノ禁止ヲ約シタルコトヲ明瞭ニ示シタルトキト雖トモ猶ホ債務者ハ如何ナル時ニ於ケルモ直チニ元本ヲ償還スルノ権利ヲ有スルモノトス
無期年金権契約ニ於テ債務者ノ為メ此特令ヲ設ケタル理由如何左ニ之ヲ弁明セン
凡ソ元本ノ毎年ノ利息ハ屡々変動スルモノニシテ商業繁盛ノ時ニ在テハ絶ヘス國内ニ元本ノ増殖ヲ来スニ因リ其需用少ナク却テ供給多キカ為メ利息ノ割合低落シ従テ金銭ノ貸主ニ利益少ナキニ至ルモノナリ是ヲ以テ元本ノ供給少ナク利息ノ騰貴セル時ニ在テ年金権契約ヲ結ヒタルニ若シ債務者ヲシテ際限ナク其約束シタル年金ヲ拂フノ義務ヲ負担セシムルトキハ遂ニ過当ノ利息ヲ拂フニ至リ之ヲシテ零落セシムルヲ免カレサルヘシ何トナレハ其受取リタル金銭ヲ現ニ保存スルモ尚ホ其支拂フ所ノ利息ト同一ノ利益ヲ得ルコト能ハサルヘケレハナリ是ヲ以テ如何ナル合意ヲ為シタルトキト雖トモ債務者ハ其元本ヲ返還スルノ権能ヲ有セサル可カラス是之ニ加ヘタル特別ノ保護ニシテ普通法ニ反スルモノナリト雖トモ公平正当ニシテ且必要モノト云フヘシ
然レトモ亦斯ノ如ク結約ノ一方ヲ保護スルカ故ニ他ノ一方ニ害ヲ加フルコト甚シキニ過クルコトアル可カラス是ヲ以テ本条ハ債権者ヲシテ一定ノ期間弁濟ヲ受クヘカラサルコトヲ要約スルヲ得セシメタリ但其最長期ヲ以テ十年トス固ヨリ其弁濟ヲ禁スルノ時期ハ屡々之ヲ更新スルヲ得ヘシト雖トモ更新後決シテ十箇年ヲ經過スヘカラス是債務者ヲシテ久シキニ過クル時期間其弁濟ノ権能ヲ抛棄シ後日ニ至リ之ヲ行フノ必要ヲ慮カラスシテ自ラ困難ノ地位ニ陥ルコトヲ避ケシメンカ為メナリ
若シ返還ヲ禁止スルノ期間十ヶ年ヲ超過スルモ敢テ其約款ノ全体ヲ無効トセス只其期間ヲ十年ニ短縮スルモノトス
固ヨリ約定ノ期間ヲ経過シ十ヶ年ノ後ニ至ルモ債務者ハ依然年金ヲ支拂フコトヲ得債権者ハ決シテ其返還ヲ要求スルノ権利ヲ有セス是無期年金権ノ特別ノ性格タル所ナリ蓋シ年金権ノ償還ハ債務者ノ権能ニシテ決シテ時効ニ因リ喪失スルモノニ非ス此点ニ付テ観察スルトキハ無期年金権ノ返還ハ賣買買受ノ権能ト大ニ異ナルモノニシテ買受タル元ト要約ニ成ルカ故ニ眞ノ権利タリ従テ約定ノ期間内ニ行ハサルトキハ之ヲ喪失スルモノトス(本編第八十四条ヲ参観スヘシ)
尚ホ右ニ類似スル一ノ塲合アリテ法文ナキトキハ其断定困難ナルへキカ故ニ本条明カニ之ヲ規定シタリ
即チ債務者一旦債権者ニ或ル時期ニ至リ元本ヲ返還スルノ意思アルコトヲ通知シタル後其諾約ヲ履行セサルトキハ即チ債権者ハ債務者ヲ強イテ弁濟ヲ為サシムルコトヲ得ヘキカ是法文ヲ要スル問題ナルヲ以テ本条特ニ之ヲ認許セサルコトヲ示シタリ故ニ年金債務者ハ只損害賠償ノ責ニ任スヘキノミ蓋シ債務者ハ單ニ其意思ヲ陳述シタルノミニ依リ契約ノ性質ヲ変スルモノニ非ス無期ノ貸借ヲ以テ有期ノ貸借ニ変シタルモノニ非サルナリ其無期ノ貸借変シテ有期ノ貸借ト為ルニハ單ニ年金債権者ノ受諾アルヲ要スルノミナラス亦明示ナラサルモ明カニ事情ヨリ生スル所ノ更改アルコトヲ要ス(財産編第四百九十二条ヲ参観スヘシ)
又本条ハ債務者ノ任意ノ弁濟ハ反對ノ合意アラサルトキハ全部タルコトヲ要スト明言シタリ蓋シ反對ノ合意アルトキハ之ヲ以テ一ノ更改ト看做スヘク従テ債権者ヲシテ其一分辨濟ヲ受ケシムルモノナリ
此点ニ付キ法律ニ明文ヲ設ケタルハ若シ是ナキニ於テハ或ハ財産編第四百六条ニ於テ裁判所ニ一般ノ義務弁濟ノ為メ債務者ニ期間ヲ許與シ其之ニ一分弁濟ヲ認許スルヲ許ス所ノ規定亦無期年金権契約ニ適用スヘシト觧釈スル者アルヘキカ故ナリ然ルニ無期年金権契約ニハ財産編第四百六条ヲ適用ス可カラサルモノアリ蓋シ同条ノ規定ハ元ト不幸ナル債務者ニ法律ヲ以テ許與シタル保護ニシテ債権者現ニ其権利ヲ行フニ因リ即時弁濟ヲ要求シ債務者ヲシテ愈々困難ナラシムルコトヲ矯正センカ為メニ設ケタルモノナリ然ルニ無期年金権契約ノ塲合ニ於テ弁濟ヲ為スハ債務者ノ任意ニ出スルモノニシテ債務者ハ決シテ債権者ヨリ弁濟ノ強要ヲ受ケタルコトナク其弁濟ヲ為スハ即チ自ラ之ヲ欲シタルニ因ルモノナルカ故ニ弁濟ヲ為スノ資力アラサルニ其弁濟ヲ望ム可カラス必ス其弁濟ヲ為サントセハ全部ヲ皆濟スルニ足ルヘキ資本ヲ具フルヲ要ス其全部弁濟ノ準備ヲ為スニハ充分ノ餘裕アルニ因リ漫ニ之ヲシテ一分弁濟ヲ許ス可カラス
然レトモ裁判所ハ年金支拂ノ為メ債権者ニ猶豫期限ヲ許與シ且之ヲシテ其一分弁濟ヲ為サシムルコトヲ得ヘシ然レトモ是年金ノ支拂ハ債権者ヨリ之ヲ要求スルヲ得ルカ故ナリ又年金元本ヲ要求スルヲ得ヘキ例外ノ塲合生スルトキハ同シク其一分弁濟ヲ認許スルコトヲ得(下第百九十三条第二項ヲ参観スヘシ)
然リ而シテ元本返還ノ分割ハ契約ヲ以テ之ヲ特約シタルトキハ有効ナルノミナラス又当初年金債務者タルモノ数人アリテ相連帶セス各自自己ノ部分ノミニ付キ義務ヲ負フトキハ亦分割弁濟ヲ為スコトヲ得且年金ノ債権者数名アルトキハ自ラ其元本ノ弁濟ヲ分割シ債権者ノ一人ニ對シ之ヲ行フモ他ノ一人ニ對シ行ハサルコトアルヘシ是年金ハ受方及ヒ働方共ニ不可分ノ義務ニ非サルカ故ナリ
然リ而シテ本条ノ塲合ニ於テハ第百八十八条ヲ適用ス可ラス同条ニ依ルニ元本ノ一分ノ弁済アルトキハ利息ノ弁濟若クハ免除ノ推定ヲ為スヘキモノト為スト雖トモ本条ノ塲合ニ於テ連帶アラサル限ハ各債務者ノ弁濟シ又ハ各債務者ノ受取リタルモノハ別異ノ義務ノ弁濟ト看做スヘク毫モ他ノ債権者ノ権利若クハ他ノ債務者ノ義務ニ影響ヲ及ホスコトナキモノナリ
第百九十三条
年金債権者ハ年金ノ元本ヲ要求スルノ権利ヲ抛棄シタルモノナリト云フト雖トモ亦如何ナル事情アルモ如何ナル事変ノ生スルモ決シテ之ヲ要求セサルノ意アリト云フ可カラサルヤ明カナリ蓋シ債務者ハ殆ト無期限ノ有スト雖トモ是其義務ヲ履行シ詐欺若クハ不正ノ行為ニ依リ債権者ノ利益ヲ損害セサルトキニ限ル
故ニ債務者債権者ノ利益ヲ害スルトキハ亦債権者要求ノ権利ヲ有セサル可カラス是ヲ以テ本条ハ債務者権利上ノ期限ヲ喪失スル一般ノ塲合ニ照ラシ其失権ヲ来スヘキコトヲ定メタリ(財産編第四百五条ヲ参観スヘシ)
同条ニハ債務者期限失権ノ塲合中財産編第四百五条第一号乃至第二号ヲ適用スヘシト云ヒリ故ニ債務者破産若クハ公然無資力ト為リ或ハ財産ノ多分ノ讓渡若クハ差押アリ或ハ其供與シ若クハ諾約シタル特別担保ノ毀損減少若クハ供與ノ欠缺アルトキハ債権者直チニ元本弁濟ヲ強要スルコトヲ得ヘシ然レトモ同条第四号即チ利息(無期年金権ニ適用スレハ即チ其年金)ノ支拂ヲ為ササル塲合ニ付テハ本条ハ債務者ノ為メ少シク財産編第四百五条ノ規定ヲ変更シ債務者ハ單ニ一期ノ年金ヲ支拂フノ義務ニ背キタルヲ以テ足レリトセス尚ホ二箇年間継続シテ之ヲ弁濟セサル塲合ニ於テノミ元本弁濟ノ強要ヲ為スコトヲ得ヘキモノトシタリ而シテ其二箇年ノ期間ハ適法ニ債務者ヲ遲滞ニ付シタル時ヨリ始メテ起算スヘキモノトス
又債務者引続キ二箇年間年金ノ弁濟ヲ欠キタル塲合ニ於テモ猶ホ法律ハ裁判所ヲシテ債務者ニ猶豫期限ヲ許與スルノ権利ヲ有セシム此他ノ塲合ニ於テ債務者ニ猶豫期限ヲ許與セサルハ是債務者最早保護ヲ受クルニ足ラサルモノニシテ財産編第四百六条既ニ之ヲ禁スルカ故ナリ
第百九十四條
不動産讓渡ノ代價若クハ証券トシテ無期年金権ヲ設定シタル塲合ニ於テモ亦債務者ハ年金支拂ノ義務ヲ免カルルカ為メ元本ヲ返還スルノ権利ヲ有スヘシ
然レトモ此塲合ニ於テ少シク困難ノ生スルモノアリ蓋シ貸借ノ性質ヲ有スル無期年金権契約ニ関スルトキハ債務者ノ返還スヘキ元本ハ即チ貸主ノ供與シタル所ノ元本ト同数額ニテ多少ヲ異ニスヘカラスト雖トモ年金ヲ以テ不動産ノ代價ト為シタルトキハ幾何ノ元本ヲ返還スヘキカヲ精確ニ算定スルコト難カルヘシ
本条ハ先ツ當事者将来元本弁濟ノ事ヲ慮カリ不動産ノ代價ヲ見積リタル塲合ヲ規定ス此塲合ニ於テハ年金権ハ畢竟任意ニテ弁濟スルヲ得ヘキ賣買代價ノ一ニシテ當事者ノ見積代價ニ替エテ支拂フ所ノモノナリ(財産編任意義務第四百三十六條ヲ参觀スヘシ)
例ヘハ不動産ノ代價タル年金毎年百円ト定メタルトキ当初當事者其元本ノ償還ヲ為スニ八百円千円若クハ千二百円ヲ以テスヘシト云フ者アルヘシ此塲合ニ於テハ固ヨリ合意自由ナルヘキヤ明カニシテ賣主ハ自己ノ便冝ニ従ヒ元本又ハ年金ヲ以テ其代價ヲ要約スルヲ得ルモノナリ且此塲合ニ於テハ金銭ノ利息ニ加ヘタル法律上ノ制限ヲ遵奉スルニ及ハス若シ之ニ法律上ノ利息制限ヲ適用スルトキハ年金ト元本トノ法律上ノ割合ヲ維持スルカ為メニ遂ニ賣主ノ要約シタル代價以外ニ元本ヲ定メサル可カラス之カ為メニ債務者ノ位置ニ一層重キヲ加フルニ至ルヘシ例ヘハ百円ノ年金ハ千二百円以下ヲ以テ買戻ヲ為スコト能ハサルヘキモ或ハ賣主千円若クハ八百円ニテ元本ノ弁濟ヲ承諾スルコトナシトセス故ニ無期年金権ニ付テハ元本ト年金トノ割合果シテ法律上ノ利息制限ニ適従スルヤ否ヤヲ問フヘキニ非サルナリ
然レトモ若シ当事者合意ヲ以テ返還スヘキ元本ノ高ヲ定メサリシトキハ即チ恰モ当事者ハ其年金ヲ以テ法律上ノ利息トシタルト同シク毎年支拂フ所ノ年金ト返還スヘキ元本トヲシテ法律上ノ利息ノ割合ニ准セシムヘキモノト認定ス
抑モ当事者合意上利息ヲ定メサルトキハ年六分即チ十六分ノ一ヲ以テ(十六分ト百六十六分ノ一)ヲ以テ法律上ノ利息ト為スカ故ニ毎年ノ年金ヲ十六倍シ以テ其元本ヲ定ムヘシ
又贈與若クハ遺言ニ依リ無償ニテ設定シタル無期年金権モ償還ノ塲合ニ付テハ同一ノ規則ニ従フヘキモノトス蓋シ贈與者若クハ遺言者モ亦元本返還ノ条件ヲ豫約シ千円ノ年金ヲ與フルニ当リ自己若クハ其相續人ハ一万円二万円若クハ三万円ヲ以テ元本ノ償還ヲ為スヲ得ヘシト約シタルトキハ恰モ無償ニテ一万円二万円若クハ三万円ノ金額ヲ與へンコトヲ約シ其金額ハ任意ニ弁濟スルヲ得ヘキモ其弁濟ニ至ルマテハ一割五分若クハ三分三厘三毛ノ利息ヲ拂フヘシト要約シタルニ異ナラス之ニ反シ若クハ六千円ヲ以テ千円ノ年金ニ對スル元本ノ弁濟ヲ為スヲ得ヘシトスルトキハ年二割若クハ一割六分六厘六毛ノ利息ヲ生スヘキモ是畢竟贈與若クハ遺贈シタル元本ハ一層多キモ債務者任意ノ弁濟ヲ為ストキハ其一分ノ免除ヲ為スモノナリト看做スニ因ル
又本条ハ無償ニテ設定シ若クハ不動産賣買代價トシテ要約シタル無期年金消費品例ヘハ米ヲ以テ支拂フヘク而シテ債務者元本ノ弁濟ニ依リ年金支拂ノ義務ヲ免カレント欲スルモ此事ニ付キ何等ノ合意ヲモ非サル塲合ヲ規定シタリ即チ其規定ニ依レハ毎年支拂フヘキ商品ノ代價ヲ元本辨濟前十箇年間ノ平均相塲ニ換算シ其代價ヲ倍償スルコト金銭ニテ年金ヲ支拂フヘキ塲合ニ於ケルト同一ニスヘシ
第九章 使用貸借
第一節 使用貸借ノ性質
第百九十五條及ヒ第百九十六條
當事者ノ一方ヨリ他ノ一方ニ無償ニテ利益ヲ附與スルニ因リ無償契約ト稱スル所ノ三箇ノ契約中使用貸借ヲ其一トシ他ノ二ヲ寄託及ヒ代理ト為ス
本節ハ使用貸借ノ性質ヲ規定スルモノニシテ左ノ諸件ヲ示スモノナリ
第一使用貸借ハ承諾ノミニ依リ成立スルモノニ非ス消費貸借ノ如ク物ノ交附引渡ニ依リ始メテ成立スル所ノ要物契約ナルモノナリ(財産編第二百九十九條ヲ参觀スヘシ)
第二使用貸借ハ消費貸借ト異ナリ動産ノミヲ目的トスルモノニ非ス不動産ヲモ目的トスルコトアルモノナリ
第三消費貸借ニ於テハ借用物ヲ其儘原物ニテ返還スルコトヲ要ス只其對價物ヲ返還スルコト能ハス是亦其消費貸借ト異ナル所ナリ
第四借主物ヲ保有スルヲ得ル期間黙示ニテ定ムルコトヲ得
第五使用貸借ハ本来無償ノモノニシテ消費貸借ハ利息ヲ生スルトキ有償トナルカ故ニ是亦此二者ノ相異ナル所ナリ
第六使用借主ハ使用ノ物権ヲ得ルモノニ非ス只貸主ニ對シ債権ノミヲ取得スルモノナリ
第七使用貸借ハ貸主ノ死去ニ因リ消滅スルモノニ非ス故ニ其相續人ハ約束ノ期限満了ニ至ルマテ其契約ヲ遵奉セサル可カラス
第八之ニ反シ使用貸借ハ借主ノ死去ニ因リ消滅スルヲ以テ原則トス故ニ其相續人ハ約束ノ期限前ニアルモ尚ホ其物ヲ返還セサル可カラス但シ貸主相續人ニモ亦利益ヲ有セシメントスルノ意思アリタルコトヲ相續人ニ於テ証明スルトキハ此限ニ非ス
第九使用貸借ハ借主ノ死去ニ因リ消滅スルトキト雖トモ尚ホ其相續人ハ同様ナル物ノ使用ヲ得ルニ至ルマデ猶豫期限ヲ求ムルコトヲ得勿論即時其貸借物ノ使用ヲ失フニ於テハ重大ナル損害ヲ蒙ルヘキコトヲ証明セサル可カラス
以上列記スル所ノ使用貸借ノ性質ハ皆單簡ノ説明ヲ要スルニ過キス
是ヲ以テ以下同一ノ順序ニ従ヒ之ヲ略説セン
第一消費貸借ハ諾成契約ニ非スシテ要物契約ナリ蓋シ消費貸借ノ主タル目的ハ物ヲ使用セシムルニ在リ然ルニ物ヲ使用スルニハ先ツ之ヲ掌握セサル可カラス又使用貸借ハ借主ヲシテ物ノ保存ニ注意シ且約束ノ期限ニ至リ之ヲ返還スルノ義務ヲ負担スルモノナリ然ルニ未タ受取ラサル所ノ物ハ之ヲ保存シ又之ヲ返還スルニ由ナシ是ヲ以テ使用貸借ハ物ノ引渡アリタル後ニ非サレハ成立スルコト能ハス
然リト雖トモ亦従前タル使用貸借ヲ承諾シタル豫約ヲ以テ何等ノ効力ヲモ生セサルモノト云フ可カラス是レ即チ一ノ無名契約ナリ只其使用貸借トハ大ニ趣ヲ異ニシ當事者ノ位置全ク相反スルモノナリ即チ物ヲ保存スルノ義務ヲ有スル者(例ヘハ之ヲ讓渡シ又ハ他人ニ貸與セサルノ義務アル者)ハ將来ノ貸主ニシテ貸主ハ之ヲ交付スルノ義務ヲ負擔スルモノナリ故ニ只豫約ヲ実行シ最初ノ契約ヲ履行シタル後ニ非サレハ貸借契約ノ成立スルコトナシ
第二不動産ハ之ヲ使用スルモ敢テ之ヲ毀損スルコトナキカ故ニ之ヲ賃貸借スルヲ得ルト同シク亦之ヲ以テ使用貸借ニ供スルコトヲ得ルヤ明カナリ之ニ反シ消費貸借ニ至テハ不動産ヲ以テ目的ト為スコト能ハス
動産ニ至テハ法律ニ其使用ニ因リ消費セサルコトヲ必要トセス固ヨリ米穀木材、石炭ノ如キ消費スルニ非サレハ使用スルコト能ハサル物ヲ以テ使用貸借ノ目的トスルコト實際絶エテ非サルヘシ何トナレハ此種ノ物タル消費セスシテ之ヲ使用セントスルハ只之ヲ占有シ装飾品ト為スノ外アラサルヘケレハナリ然レトモ亦或ハ只物ヲ占有シ装飾ノ用ニ供スルヲ以テ借主ノ需用ニ充分ナルコトアリ即チ商人其開業ノ日未タ充分其商品ヲ購求スルノ遑マナキニ當リ店頭ヲ装飾スルノ目的ニ出テ商品其他ノ消費品ヲ借用スル塲合ノ如キ即チ然リ勿論此塲合ニ於テハ借主ト貸主トノ間ニ其商品ノ賣買非サルコトヲ明約スヘシ又或ハ両替商其店頭ヲ装飾スルカ為メニ外國ノ金銀貨幣ヲ借用シタルトキノ如キ金銀貨ハ固ヨリ之ヲ讓渡スニ非サレハ使用スルコト能ハスト雖トモ尚ホ之ヲ消費セス單ニ使用スルカ為メ貸借スルコトヲ得
是消費貸借ニ於ケルト正反對ニシテ消費貸借ヲ為ストキハ本来代替セサル所ノ物又ハ各器械牛馬ノ如キ第一最初ノ使用ニ因リ消費セサル所ノ物ヲ以テ其目的トシ借主ヲシテ之ヲ消費シ又ハ賣渡サシムルカ為メ之ヲ貸附スルコトアリ此塲合ニ於テハ借主ハ其物ヲ毀損シ使用シ又ハ賣渡シタル後更ラニ同様ノモノヲ返還スヘシ縦令其全ク同一様ニ非サルモ成ルヘク相似タルモノヲ返還スヘシ
是ヲ以テ之ヲ觀ルニ物ノ如何ヲ問ハス消費貸借タルヤ將タ使用貸借タルヤハ借主ノ物ヲ使用スルノ方法如何ニ付當事者ノ合意シタル方法ニ従ヒ之ヲ決スヘキモノトス然レトモ亦物ノ性質ハ必ス貸借ノ性質ニ影響ヲ及ホスモノニシテ最初ノ使用ニ因リ物ノ消費スヘキモノニ非サルトキハ其貸借ハ使用ノ為メナリト推定スヘク之ニ反スル塲合ニ於テハ其貸借ハ消費ノ為メニスルモノナリト推定スヘシ
第三物ヲ現物ノ儘返還スヘキノ義務ハ使用借主ハ借用物ヲ消費スルノ権ヲ有セサルノ自然ノ結果ナリ
第四借主物ヲ保有スルヲ得ヘキ期限ヲ明示セサルモ借主貸主ヲシテ自己ノ借用物ニ付キ有スル所ノ需用ノ性質ヲ知ラシメタルトキハ黙示ニテ之ヲ定メタルモノト看做スヲ得ヘキヤ當然ナリ例ヘハ家屋保存ノ為メ丸太其他之ヲ支持スル為メニ木材ヲ貸借シタルトキハ其修繕ノ期間ヲ以テ貸借ノ期間ト為シタルモノト云フヘク又特定ノ旅行若クハ運搬ノ為メ車馬ヲ貸借シタルトキハ其旅行若クハ運搬ニ必要ナル期間ヲ以テ貸借ノ期間ト為シタルモノト推定スヘシ
第五使用貸借ノ性質ノ最モ著キモノノ一ハ其無償ナルニ在リ而シテ其無償ナルハ使用貸借ニ至要ナル原素ニシテ若シ借主其使用ノ報酬トシテ貸主ニ利益ヲ附與スルトキハ契約ノ性質ト名稱トヲ変シ其契約ハ有償ニシテ其報酬ノ金銭タルトキハ賃貸借タルヘク又金銭以外ノ物ヲ以テ報酬ト為シタルトキハ一ノ無名契約タルヘシ
夫レ然リ使用貸借ハ無償ナリト雖トモ亦未タ之カ為メ訴訟ノ為メ制限的タル規則ニ依遵スルヲ要スト云フ可カラス
第一使用貸借ハ何等ノ方式ニモ従フニ及ハサルモノニシテ貸主借主ヲシテ利益ヲ得セシムルモ為メニ貸主ノ失フ所ハ極メテ少ナク且其時期モ概ネ短少ナルモノナルカ故ニ使用貸借ヲシテ時日ト費用トヲ要スル方式ニ従フヘキモノト為ストキハ實際遂ニ使用貸借ヲ為スコト稀ナルニ至リ過半ハ之ヲ貸借セントスルモ手数ノ為メ遂ニ之ヲ為ササルニ至ルヘシ
又貸主ハ通常ノ贈與者ノ如ク多少例外タル能力ヲ有スルヲ必要トス是亦貸主ノ失フ所極メテ少ナク且此点ニ付キ法律ヲ嚴ニスルニ過クルトキハ貸付スルノ無能力者更ラニ自己ノ借受ヲ為スノ必要アルニ當リ借受ヲ為スコト能ハサルニ至ルヘキカ故ナリ
歐州諸國ニ於テモ概ネ自治産ノ未成年者及ヒ有夫ノ婦ニシテ自己ノ財産ノ管理権ヲ有スル者ハ又有効ニ使用ノ為メ借用スルハ勿論亦貸付スルコトヲ得ルモノトセリ
然レトモ自治産ニ至ラサル未成年者及ヒ禁治産者ハ啻ニ貸付スルコトヲ得サルノミナラス又借用スルコトヲ得サルモノトス蓋シ其貸付ヲ為スコト能ハサルハ自己ニ必要ナル使用ヲ失ヒ以テ自ラ損害ヲ招クコトアルカ故ニシテ又其借用スル能ハサルハ物ノ保存ニ関シ多少ノ責任ヲ招クコトアルカ故ナリ
第六使用貸借ナル名稱アルニ依リ使用借主ハ使用ノ物権(家屋ヲ以テ目的トスルトキハ住居権)即チ財産編第百十條乃至第百十四條ニ規定スル所ノ権利ヲ取得スルニ似タリ然レトモ其實借主ハ毫モ物権ヲ得ルモノニ非ス只貸主ニ對シ債権即チ人権ヲ取得スルニ過キス蓋シ借主ノ権利ハ必ス有期ニシテ且其期間ノ極メテ短少ナルコト多キカ故ニ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルヲ得セシメ加之不動産ヲ目的トスルトキ公示ノ方式ヲ行フカ如キハ實際甚タ不都合ナリ
第七及ヒ第八自ラ義務ヲ負担スル者ハ又其相續人ヲシテ義務ヲ負擔セシムルノ一般ノ原則ハ亦貸金ニ関シ適用スヘキモノナリ(財産編第三百三十八條ヲ參観スヘシ)只法律ヲ以テ特ニ此事ヲ記載スルハ借主ノ相續人毫モ其義務ヲ負擔セサルコトヲ示スカ為メナリ
數多ノ外國法典ハ借主ノ死去ト貸主ノ死去トヲ區別セス何レノ塲合ニ於ケルモ約束ノ期間満了ニ至ルマテ契約ノ効力ヲ存セシメ相續人ニ権利義務移轉スルモノトセリ然ルニ本邦ニ於テハ借主ノ死去ハ其権利ヲ消滅セシメ其権利相續人ニ移轉セサルヲ本則ト定メタリ蓋シ使用貸借ノ無償ナル性質其必ス一時限リノモノニシテ且貸主借主ヲ信用スルヲ要スル等ノ事情ニ依テ之ヲ見レハ貸主ハ借主其人ニ着眼シテ契約ヲ承諾シタルモノト云フヲ得ヘシ然リト雖トモ亦之ニ反スルコト無シト云フ可カラサルカ故ニ相續人ハ借主啻ニ其前主ノミナラス其家族ノ利益ヲ附與セントスルノ意思アリタルコトヲ証明スルヲ得例ヘハ借主ノ借用シタル物空屋ニシテ自己ノ家屋火災ニ罹リタルニ因リ再築ノ時間家族ト共ニ住居スルカ為メナリシ時ノ如キ即チ是ナリ
第九相續人借用物ヲ直チニ返還セサルヲ得ス未タ他ニ同様ナル物ヲ求ムル能ハサルニ當リ之ヲ返還スルヲ要スルトキハ時トシテ之カ為メ損失ヲ被ルコトナシトセス是ヲ以テ法律ハ相續人ヲシテ裁判所ニ相當ノ猶豫期間ヲ請求シ以テ其借用物返還前ニ於テ同様ナル物又ハ之ニ代ハルヘキ物ヲ得ルノ期限ヲ求ムルコトヲ得セシム而シテ貸主ニ對シテハ之カ為メ毫モ損害アリト云フ可カラス何トナレハ借主ノ死去ハ豫定スルコト能ハサル所ノ時期ニ於テ偶然生スル所ノ事實ナレハナリ
第二節 使用貸借ヨリ生シ又ハ其承諾ニ對シテ生スル義務
第百九十七條
本條第一項ノ規定ハ當然ノ規定ニシテ合意ハ善意ヲ以テシ且當事者相方ノ意思ニ從ヒ履行スヘシトノ原則ニ從フモノナリ(財産編第三百三十條及ヒ第三百五十六條ヲ參觀スヘシ)
第二項モ亦自己ノ過失若クハ懈怠ニ因リ他人ニ損害ヲ加ヘタル者ハ之ヲ賠償スルノ義務アリトノ普通原則ノ適用ニ外ナラス(財産編第三百七十條ヲ參觀スヘシ)只少シク特令ニ属シ嚴令ニ似タルモノハ末項ニシテ之ニ依レハ物ノ意外ノ滅失アルモ其滅失物ノ普通ノ使用ニ際シテ生シタルトキハ借主為メニ義務ヲ免カルル能ハサルモノトス然レトモ其實是亦普通原則ノ適用ニ外ナラス蓋シ借主ハ為ササルノ義務アリタルモノナルニ之ニ違ヒタルモノナレハ自ラ其行為ヲ止ムルノ遲滞ニ付シタルモノニシテ特ニ催告ヲ待タスシテ當然遲滞ニ付セラレタルモノナリ(財産編第三百八十條ヲ參觀スヘシ)是ヲ以テ意外ノ事若クハ不可抗力ニ因リ物ノ消滅スルモ為メニ其義務ヲ免カルルコト能ハス(財産編第五百三十九條及ヒ第五百四十條ヲ參觀スヘシ)
本條ハ物ノ貸主ノ家ニ在ルモ均ク滅失シタルヘキニ因リ結局貸主ノ損失ヲ被ルヘキ塲合ヲ以テ例外トセス(財産編第三百三十五條第二項及ヒ第五百四十一條ヲ參觀スヘシ)然レトモ是レ敢テ法律ニ明文ヲ俟タサル所ナリ何トナレハ此塲合ニ於テハ物ノ滅失機會タリシモノ其普通ノ使用ナリト云フ可カラサレハナリ
夫レ然リ借主ハ當然不正ニ借用物ヲ使用ス可カラサルノ遲滞ニ付セラレタルモノナリト云フト雖トモ亦期限ノ満了ノミニ因リ直チニ物ヲ返還スヘキノ遲滞ニアルモノト云フ可カラス是ヲ以テ借主不正ニ借用物ヲ使用シタルニ非ス又合式ノ行為ニ因リ遲滞ニ付セラレサルニ當リ意外ノ事ニ原因シ自己ノ家ニ在テ借用物ノ滅失シタルトキハ即チ普通法ニ従ヒ其義務ヲ免カルヘシ(財産編第五百三十九條第一項ヲ參觀スヘシ)
又借主ハ借用物ノ保存ノ為メ良管理者ノ注意ヲ施スヘシト雖トモ法文ニハ特ニ此事ヲ記載セス是此事タル財産編第三百三十四條第一項ニ於テ総テ特定物ノ債務者ハ此義務アリ只法律ニ之ニ反スル規定ヲ掲ケタル塲合ノミ此限ニ非サルノ通則ヲ掲ケタルニ因リ特ニ茲ニ之ヲ重複スルノ必要ナキカ故ナリ加之特ニ茲ニ此事ヲ記載スルトキハ却テ至當タルヲ免カレス何トナレハ次條ニ規定スルカ如ク借主ノ保存ノ義務ハ啻ニ良管理人タルノ注意ヲ施スノミヲ以テ充分盡シタリト云フ可カラサレハナリ
第百九十八條
本條ハ借主ヲシテ借用物ヲ保存スルニ當リ自己ノ物ニ加フルヨリ一層ノ注意ヲ以テスルノ義務ヲ負ハシメ其結果トシテ二箇ノ嚴令ヲ設ケタリ是羅馬法ニ模倣シタルモノナリ
第一借主ハ自己ノ物ヲ使用スルヲ得ルトキハ借用物ヲ措キ自己ノ物ヲ使用セサル可カラス何トナレハ元ト之ニ借用ヲ許シタルハ其之ヲ使用スルノ需用アルカ故ニシテ且其需用ノ継續スル期間ノミ之ヲ許シタルモノナリ只借主自己ノ物ヲ措テ借用物ヲ使用スルモ之カ為メニ損害ノ生セサルトキハ敢テ之ヲシテ賠償ノ義務ヲ負擔セシメスト雖トモ若シ自己ノ物ヲ使用スルヲ得ルニ拘ハラス借用物ヲ使用シタルトキニ當リ物ノ滅失スルトキハ縦令其滅失意外ノ事ニ原因スルモ猶ホ借主ハ不當ニ其滅失ヲ惹起シタルモノトシ其責ニ任セサル可カラス
第二借用物ト借主ノ物ト同時ニ之ヲ使用スルニ當リ又ハ之ヲ使用セサルモ借主ノ家ニ存スルニ當リ二者共ニ滅失スルノ危險ニ頻スルコトアリ例ヘハ借用シタル馬ト借主ノ馬トヲ駆ルニ當リ二頭共ニ災害ニ遭ヒ何川ニ陥リ又ハ二頭共ニ同一ノ厩ニ繋クニ當リ火災将ニ其厩ニ及ハントスルトキノ如キ若シ借主危害ノ切迫スルニ因リ二頭ヲ共ニ救フコト能ハス只其一ヲ救フヲ得ルニ過キサルトキ自己ノ馬ノミヲ救フニ於テハ不可抗力ヲ申立テ借用シタル馬ノ賠償ヲ為スノ責任ヲ免カルルコト能ハス蓋シ使用貸借ハ元ト無償ノ行為ニシテ借主ハ縦令自己ノ物ヲ失フモ尚ホ借用物ヲ救フカ為メ其力ノ及フ限リヲ盡スヘキノ徳義上且法律上ノ義務ヲ負擔セシムルモノナリ然ルニ借主其義務ヲ尽ササルトキハ其責ニ任セサル可カラス
或ハ論者中借主ノ物借用物ニ比シ價格大ナルトキハ此嚴令ヲ適用ス可カラスト云フモノアリ其論旨ニ曰ク斯ノ如キ塲合ニ於テ善良ナル管理者タル者ハ必ス自己ニ属スル二箇ノ物中價格ノ多キ物ヲ救フヘシ故ニ借主ハ自己ノ物借用物ニ優ルノ價格アルトキハ自己ノ物ヲ救フテ可ナリト然レトモ是只二者共ニ自己ニ属スル塲合ニ於テ云フヲ得ヘク二箇ノ物件中其一ニ付テハ特ニ他人ニ恩義ヲ被リタル塲合ニ於テハ唱フルコトヲ得サルモノナリ只實際借主ハ自己ノ物ヲ救フヘク而シテ之ヲ制止スルコト能ハサルヘシト雖トモ借主ハ貸主ニ借用シテ而シテ滅失シタル物ノ價格ヲ辨償セサル可カラス
貸借ノ時ニ當リ借用物ノ價格ヲ評價スルモ之カ為メニ借主意外ノ滅失ヲ以テ自己ノ負擔ト為シタリト云フ可カラス是用益権ニ於ケルカ如ク評價ヲ以テ賣買ニ均キ効アリトスル塲合ノ一ニ非ス(財産編第五十五條ヲ參觀スヘシ)
蓋シ用益権ノ塲合ニ於テ評價ヲ以テ賣買ニ均キ効アリトスルハ其物最初ノ使用ニ因リ消費スルモノナルヲ以テ其一理由ト為スト雖トモ使用貸借ノ塲合ニ於テハ借用物直チニ消盡スルヘキモノニ非ス是ヲ以テ借用物ノ評價ヲ爲スモ是只借主ニ損失ノ責ヲ歸スヘキ塲合ヲ虞カリ且其滅失後裁判所物ノ評價ヲ為スノ手数ヲ省ク為メ當事者豫メ其價格ヲ評定スルノ注意ヲ為シタルモノト看做スヘシ
借用物正當ノ使用ノミニ因リ毫モ借主ノ過失ニ出テスシテ毀損シタルトキ借主其毀損ノ賠償ヲ為スニ及ハサルハ敢テ明文ヲ俟タサル所ニシテ是最モ簡明ニシテ多辯ヲ要セサル所ナリ使用貸借ノ無償ナルハ即チ此故ナリ
第百九十九條
或ル外國法典ハ借主ヲシテ其物ヲ使用スルカ為メニ加ヘタル費用ノ償還ヲ求ムルヲ得セシメサルニ止メタリ然レトモ本法ハ尚ホ歩ヲ進メ保持費用ニ至ル迄借主ノ負担タルヘキモノトセリ例ヘハ借主馬ヲ借用シタルトキハ相當ニ之ヲ使用シ蹄鐡ヲ打チ又其疾病ニ罹リタルトキハ馬醫ノ診察ヲ受ケシムヘキヤ明カナリ只疾病ノ重大ナルカ又ハ長時日ヲ經ルトキハ其費用ヲ償還セシムルヲ得ヘシ又工業上ノ器械ヲ借用シタルトキハ借主ハ使用ノ為メ必要ナル日常ノ修繕ヲ加フヘク又家屋ヲ借用シタルトキハ通常賃借人ノ負擔タル所ノ修繕ヲ加ヘサル可カラス
然レトモ非常ノ費用ニ至テハ後ニ規定スルカ如ク貸主之ヲ償還セサル可カラス
第二百條及ヒ第二百一條
借用物ノ返還ハ借主ノ主タル義務タルモノナリ
本條ハ其返還ニ関シ第一何レノ時ニ於テ之ヲ為スヘキカ第二何人ニ之ヲ為スヘキカ又第三何レノ塲所ニ於テ之ヲ為スヘキカノ三点ヲ規定スルモノナリ
第一借用物ノ返還ハ當事者其時期ヲ定メタルトキハ合意ヲ以テ定メタル期限ニ至リ之ヲ為スヘキヤ當然ナリ然レトモ若シ當事者明カニ返還期限ヲ定メサルトキハ借用物ノ使用特定セルトキハ黙示ニテ之ヲ定メタルモノト云フヲ得ヘシ例ヘハ曩キニ説明シタル如ク旅行ノ為メ馬ヲ借用シ又ハ借主ノ分量ヲ了知セル材料ノ運搬ノ為メ馬車ヲ借用シ又ハ借主ノ住宅ヲ修復スル間居宅ヲ借用シタル時ノ如キ貸主ハ旅行運搬修繕ニ必要ナル時間ノ經過スルヲ待テ其物ノ返還ヲ求ムヘキヤ明カナリ又借用物ノ使用繼續スヘク又ハ永久ナルトキ例ヘハ乘馬散歩用ノ馬車又ハ別荘ノ如キモノノ使用ニ係リ而シテ其使用ノ期間ヲ明示セス又其期限ヲ黙示スル所ノ事情モ存セサルニ當リ借主尚ホ其借用物ノ需用アルコトヲ申立テルトキハ裁判所ハ之カ爲メ相應ノ期限ヲ定ムヘシ但シ當事者ノ意思ヲ推尋シ且事實ノ模様ヲ斟酌スヘキヤ勿論ナリトス
又法文ハ借主ヲシテ左ノ二箇ノ塲合ニ於テハ借用ノ時期前ニ在ルモ尚ホ其物ノ返還ヲ要求スルコトヲ得セシム
第一借用物ノ使用期限前ニ終ハリタルトキ此塲合ニ於テハ之ヲ返還スルヲ拒絶スルハ悪意ニ出ツルモノナルヤ明瞭ナリ
第二借主ハ借用ノ時期前ニ在リト雖トモ尚ホ自己ノ為メ急迫ニシテ且豫期セサル要用ノ生シタルトキハ其物ノ返還ヲ請求スルコトヲ得(下第二百三條ヲ參観スヘシ)
第二借主ハ借用物ノ實際果シテ何人ニ屬スヘキカヲ論ス可カラス故ニ其借用ヲ為シタル後ニ至リ借用物ノ第三者ニ屬スルコトヲ發見シタルトキト雖トモ猶ホ之ヲ貸主ニ返還セサル可カラス縦令其借用物盗品タルコトヲ發見シタルトキト雖トモ猶ホ然リ
他人ノ物ヲ返還スルノ義務アルニ當リ其盗品タルヲ發見スルニ於テハ之ヲ返還スルニ及ハサル例外ノ塲合ハ只寄託物ヲ返還スヘキトキノミナリ(下第二百十八條第四項ヲ參観スヘシ)然ルニ使用貸借ノ塲合ニ於テハ縦令借主其借用物貸主ニ屬セサルヲ發見スルモ尚ホ之ヲ口實トシテ其借用物ヲ返還セサルヲ得セシムルノ寄託ニ於ケルカ如キ理由非ス却テ貸借ト寄託トハ之ヲ同一視ス可カラサル強大ナル理由アリ蓋シ貸借契約ニ於テハ物ヲ領受スル所ノ者ハ無償ニテ利益ヲ得ルモノナレトモ之ニ反シ寄託ニ於テハ物ヲ領受スル者却テ相手ニ利益ヲ與フルモノナリ是ヲ以テ二箇ノ結果ノ生スルモノアリ即チ利益ヲ受クル者ハ返還ヲ遲延ス可カラス且貸主ニ迷惑ヲ醸ササルノ義務アルモノナリ加之借主ヲシテ其借用物ノ盗品タルヲ發見スルトキ之ヲ貸主ニ返還セサルヲ得セシムルトキハ單ニ其盗品タルノ嫌疑アルトキニテモ猶ホ妄リニ之ヲ唱ヒ以テ約定ノ期限ニ至リ其物ヲ返還セス遂ニ其使用ノ期間ヲ増伸スルノ憂ナシトセス然ルニ受寄者ニ至テハ受寄物ヲ使用スルコトヲ得ス只之ニ付キ負担ヲ有スルニ過キサルヲ以テ正當ノ原因ナク受寄物ノ返還ヲ遲延スルコトヲ求ムルノ弊害アルコトナシ
然リ而シテ借用物ノ盗品タルト否トヲ問ハス借主第三者ノ自ラ所有者ト唱フル者ヨリ借用物返還ニ付キ適當ノ故障ヲ受ケタルトキハ又其返還ヲ為スニ及ハサルノミナラス却テ之ヲ為ス可カラス又貸主ノ債権者ヨリ辨濟ヲ得ルカ為メニ物ノ差押ヲ為シタルトキハ均ク借主ハ其返還ヲ為スコト能ハス
貸主若クハ其相續人無能力者タルトキハ其法律上ノ代理人ニ返還ヲ為スヘシ又其不在ニシテ代理人ヲ残シタルトキハ代理人ニ返還ヲ為スヘク其僕婢若クハ同居ノ親族ニ返還ヲ為ス可カラス
第三凡ソ債務者ハ其住所ニ於テ辨濟ヲ為スモノナリ而シテ辨濟ノ意義ヲ廣ク解スルトキハ返還モ亦一ノ辨濟ナリ(財産編第四百五十一条第一項ヲ參観スヘシ)然レトモ貸借ニ関シテハ此原則ニ例外ヲ設ケサル可カラス蓋シ貸借ハ無償契約ナルヲ以テ借主貸主ノ住所ニ其借用物ヲ送附スルノ勞ヲ採ルヘキヤ公義上社交上共ニ命スル所ナリ又貸主無能力者若クハ不在者ナルトキハ借主ハ其代理人ノ住所ニ借用物ヲ送附シ以テ之ヲ返還スヘシ
第二百二條
物ノ債務者タル者數名アルトキハ各債務者ハ自己ノ部分ノミニ付キ債務者タルヲ原則トス而シテ其部分タル塲合ニ因リ均不均アルヘシ然レトモ實際概ネ其部分ハ均一即チ分頭タルヘキモノニシテ此塲合ニ於テハ其義務ヲ稱シテ連合義務ト云フ(財産編第四百四十條ヲ參観スヘシ)
然レトモ亦或ハ合意ヲ以テ各債務者全部ニ付キ訴追ヲ被ルコトアルヘキ旨ヲ約スルコトアリ此塲合ニ於テハ其義務ヲ稱シテ連帯義務ト云フ又或ル塲合ニ於テハ合意ナキモ法律上債務者間ニ連帯ヲ設クルコトアリ本条ハ即チ其一例ヲ掲クルモノナリ
夫レ斯ノ如ク法律上債務者ヲシテ連帯セシムルハ説明ノ容易ナル理由ニ基クモノナリ蓋シ數人ニテ連合シテ同時又ハ交互ニ用ユル為メ一箇ノ物ヲ借用シタルトキハ貸主ハ借主ノ同時ニ使用ヲ為スニ當リ各自ノ使用ノ部分如何ヲ知ルコト能ハス又交互ニ使用ヲ為スニ當リテハ何レノ時ニ在テ各自其使用ヲ為スヤヲ知ルニ由ナシ然ルニ借主借用物ヲ使用スルニ當リ濫用スルコトナシトセス又或ハ債務者ノ一人若クハ総債務者ノ過失ニ因リ物ノ毀損又ハ滅失ヲ来スコトナシトセサルカ故ニ貸主ハ借主中何人ニ對スルモ自己ノ選擇ニ任セ請求ヲ為シ以テ損害ノ賠償ヲ求ムルヲ得ヘキヤ當然ナリ又物ノ返還ヲ求ムルニ當リテモ同様ニシテ貸主ハ其貸附物返還ヲ請求スルトキニ當リ何レノ借主其物ヲ所持スルヤ認ム可カラス
連帯ノ詳細ヲ説明スルハ担保編(第一部第二章)ニ於テスヘシ故ニ法律上ノ連帯ハ合意上ノ連帯ト同一ナル強大ナル効力ヲ生スルヤ否ヤノ問題ノ如キモ亦同編ニ於テ之ヲ論究スヘシ
然リ而シテ茲ニ規定スル所ノ塲合ニ於テハ借主間極メテ利益ヲ同シウスルカ故ニ法律上ノ連帯ヲシテ貸主ノ為メ充分強大ナル効力ヲ有セシムルヲ至當トス
以上借主ノ義務ニ関スル規定ヲ終ハリタリ
第二百三條及ヒ第二百四條
本條ハ貸主ノ三箇ノ義務ヲ示スモノニシテ其第一ハ貸借契約自体ヨリ生シ他ノ二箇ハ貸借ニ関シテ生スルモノナリト雖トモ其直接ノ原因タルモノハ他ニ存スルモノナリ
貸主ノ第一ノ義務ハ使用ノ為メ許與シタル期限前ニ在テ物ヲ返セサルニ在リ蓋シ借主ニシテ使用ノ物権ヲ得ルモノタラシメハ貸主期限前ニ其物ノ返還ヲ要求スヘカラサルヲ以テ権利ナキニ因ルモノトシ使用セシムルノ義務アルカ故ナリト云フ可カラス是レ所有権ヲ移轉スル所ノ消費貸借ニ関シ説明シタル所ナリ然レトモ使用貸借ニ於テハ貸主ハ物権ヲ許與スルノ意アリタルモノニ非ス只借主トノ関係上一時自己ノ使用ノ権能ヲ行ハサルコトヲ承諾シタルノミ是ヲ以テ第三者ノ為メ物ヲ處分スルモ其自由ニシテ只借主ニ損害賠償ヲ拂フノ義務ヲ生スヘキノミ
然レトモ法律ニ貸主ヲシテ約定ノ期限前ニ物ヲ返還スルコトヲ求ムルヲ得セシムルノ例外ノ塲合アリ
抑モ使用貸借ハ無償ニシテ貸主ハ利益ヲ與フルモ其對價ヲ得ルコトナシ故ニ其意思ハ絶對的ニ如何ナル事件ノ生スルモ決シテ自己ノ物ヲ使用スルノ利益ヲ失フニ在リト云フ可カラス然リト雖トモ亦㳒文ニ明記スルカ如ク貸主ノ要用急迫ニシテ貸主約定期限ノ到来ヲ待ツコト能ハス又自己ニ屬スル他ノ物ヲ以テ貸附物ニ代ユルコト能ハサルヲ要ス且其需用ハ契約ノ時ニ當リ豫期セサリシモノナルコトヲ要ス若シ契約ノ當時其要用アルヘキコトヲ豫期シタリシトキハ貸主ハ其需用ヲ生スルモ其物ヲ使用セス又ハ他ニ同様ノ物ヲ求ムヘキコトヲ承諾シタルモノト謂ハサル可カラス又其需用ハ貸主自身ノ為メニ生シタルコトヲ要ス是ヲ以テ自己ノ為メニ非ス朋友ノ為メ又ハ其家族ノ為メ急迫ナル要用ノ生シタルトキト雖トモ決シテ之ニ充ツルカ為メ貸付物ノ返還ヲ求ムルコト能ハス
以下貸借ニ関シテ生スル所ノ貸主ノ二箇ノ義務ヲ説明セン
第一其第一ノ義務ハ不當ノ利得ヨリ生スルモノナリ即チ借主物ノ保存ニ必要ナル費用ヲ支出シ而シテ其費用急迫ナリシトキハ貸主之ヲ辨償スルコトヲ要ス然レトモ其費用ニシテ急迫ナラサルトキハ借主ハ貸主ニ其必要ノ旨ヲ通知シ之ヲ支出スルコトノ許諾ヲ得サル可カラス
然リ而シテ貸主物ノ保存ニ必要且急迫ナル費用ヲ支出シタルニ當リ貸主之ヲ辨償セサルトキハ遂ニ原因ナキ借主ノ損害ヲ以テ却テ自己ノ利益ト為スニ至ルヘシ是レニ由テ之ヲ観レハ此義務モ亦普通法ノ適用ニ外ナラスト雖トモ特ニ本條ニ之ヲ記載シタルハ第二百五條ニ於テ此事ニ付キ借主ニ担保ヲ許與スルカ故ナリ
本條ニハ借主有益ナル費用即チ物ノ價格ヲ増加シタル所ノ費用ヲ支出シタル塲合ヲ仮定セス蓋シ此塲合タル第一甚タ實際ニ稀ナルノミナラス貸主ヲシテ之ヲ辨償セシムルトキハ遂ニ借主無用ノ費用ヲ濫出シ遂ニ貸主ヲシテ其支出スルノ意思アラス且辨償ノ為メ困難セシムヘキ所ノ費用ヲ以テ貸主ノ負担ト為スニ至ルヘシ然リト雖トモ亦借主有益費用ヲ支出シタルトキハ事務管理者ノ待遇ヲ受クヘシ(財産編第三百六十三條ヲ參観スヘシ)然レトモ貸主ハ其費用辨償ノ為メ容易ニ猶豫期限ヲ得ヘク又借主其費用ニ関シ留置権ヲ有スルモ是下第二百五條ニ依ルニ非ス担保編第二部ニ掲ケタル一般ノ原則ニ基クモノナリ
第二貸主ノ第二ノ義務ハ貸付物ニ瑕疵アルカ為メ借主ノ受ケタル損害ヲ賠償スルニ在リ此点ニ付テハ本條第百八十條ヲ引用シタリ即チ同條ハ消費貸借ニ付キ同一ノ点ヲ規定スルモノナリ
第二百五條
債権者正當ニ一物ヲ占有スルニ當リ其物ニ起因シテ賠償ヲ求ムルヲ得ルニ當リ其賠償ノ担保トシ一種ノ質タル所ノ留置権ハ既ニ屢々之ヲ適用シタリ
又物上担保ニ付キ充分ノ説明ヲ為スハ担保編ニ於テスヘシ故ニ其眞ノ質トノ異動ノ如キモ亦同編ニ於テ之ヲ掲クヘシ
然レトモ亦茲ニ借主ノ為メ留置権アルコトヲ認ムルモ決シテ無用ニ非スト云フヘシ蓋シ此種ノ権利タル主タル適用ヲ擧ケテ之ヲ示シ以テ其適用スル所ノ契約ノ規則ヲシテ完全ナラシムルハ不可ナリト云フ可カラス
第十章 寄託及ヒ保管
第一節 寄託
第二百六條
寄託契約ハ使用貸借契約ト大ニ類似スルモノナリト雖トモ又是ト異ナル所アリ
今寄託契約ノ定義ヲ説明スルニ當リ先ツ其使用貸借契約トノ間ニ存スル所ノ異動ヲ叙述セン
寄託ト使用貸借トノ類似スル所ノ点左ノ如シ
第一寄託モ亦使用貸借ト同シク要物契約タリ詳カニ之ヲ言ヘハ寄託者ヨリ受寄者ニ實際物ヲ引渡スニ因リ始メニ成立スル所ノ契約ナリ蓋シ受寄者ハ物ヲ保存管守シ次テ之ヲ返還スルノ義務ヲ負担スルカ故ニ先ツ其物ヲ領受セサル可カラス然ラスンハ未タ物ヲ保存シ之ヲ返還スルノ義務ヲ負担スルニ由ナキヤ明カナリ
然リ而シテ此点ニ付キ少シク注意ヲ要スル所ノモノアリ而シテ其注意タル使用貸借及ヒ消費貸借ニモ均ク適用スヘキモノナレトモ同契約ヲ説明スルニ當リ之ヲ脱漏シタルカ故ニ茲ニ之ヲ補遺ス即チ寄託者ノ将ニ寄託セントスル物他ノ原因ニ因リ受寄者ノ占有スル所タリシトキハ當事者ノ承諾ノミヲ以テ受寄者ノ占有ヲ変シ寄託ト為スニ足ルモノトス是レ既ニ財産編第百九十一條ノ下ニ於テ説明シタリシ所謂簡易ノ引渡ト稱スル想像的ノ引渡ナリ例ヘハ使用借主其借用物ヲ返還セントノ提供ヲ為スニ當リ貸主直チニ之ヲ領受スルノ不都合アルニ因リ借主ニ依頼シ之ヲ寄託トシテ保存センコトヲ約シタル時ノ如キ又ハ賃借人賃貸借ノ期間満了後更ラニ其物ヲ寄託トシテ保存セントノ委託ヲ受ケタルトキノ如キ亦然リトス
斯ノ如ク使用貸借又ハ賃貸借ヲ以テ寄託ニ変更スルハ占有者ノ責任ニ関シ頗ル重大ナル結果ヲ生シ蓋シ占有者ノ責任ハ使用貸借若クハ賃貸借ニ於ケルヨリ寄託ニ於テハ頗ル輕減スルモノナリ又所有者動産物ヲ賣渡スニ當リ取得者其引渡ヲ受クルコトヲ得ルニ至ルマテ受寄物トシテ之ヲ保存スルノ委託ヲ受ケタル塲合ニ於テモ亦實際ノ引渡ヲ為スコト無用ナルカ故ニ亦之ヲ省略ス其合意ヲ稱シテ占有ノ改定ト云フ(財産編第百九十一條ヲ參観スヘシ)此塲合ニ於ケルモ亦簡易ノ引渡ヲ為ス塲合ニ於ケルト同一ノ想像ヲ為スモノナリ即チ物ヲ譲渡シタル者新所有者ニ其物ヲ引渡シ以テ其賣主タルノ義務ヲ免カレ次テ直チニ同一ノ物ヲ寄託物トシテ受取リタルモノト推定ス而シテ其責任ハ之カ為メ較々減少スルモノナリ何トナレハ賣主ハ引渡ニ至ルマテ賣渡物ニ加フルニ良管理人ノ注意ヲ以テスルコトヲ要スト雖トモ(財産編第三百三十四條及ヒ財産取得編第四十六條ヲ參観スヘシ)受寄者ニ至テハ只其平常自己ノ物ニ加フルト同一ノ注意ヲ以テ受寄物ニ加フルノ責アルニ過キサルコト下ニ説明スルカ如クナレハナリ
夫レ然リ寄託ハ要物契約ノ性質ヲ有スト云フト雖トモ亦未タ之カ為メ将来一物ヲ受寄スルノ諾約ヲ以テ無効ナリト云フ可カラス唯其合意未タ寄託タラス物ヲ保存シ且之ヲ返還スルノ義務ハ實際物ノ引渡アリタル後ニ非サレハ生セサルモノニシテ其合意ハ一ノ無名合意タルノミ
第二寄託ト使用貸借ノ相類似スル第二点ハ當事者ノ一方ヨリ他ノ一方ニ無償ニテ利益ヲ附與スルニ在リ若シ受寄者ニシテ報酬ヲ領受スルトキハ即チ其契約ハ雇用契約若クハ物ノ賃貸借(例ヘハ倉庫ノ賃貸借)ト為ルヘシ然リト雖トモ亦下ニ説明スルカ如ク受寄者モ或ハ其勞力ノ賠償ヲ受クルコトアリテ其賠償ヲ受クルトキハ其懈怠ノ責任ヲシテ多少重カラシムヘシト雖トモ其賠償タル報酬ト異ナリ受寄者ノ為メ一ノ利得ト為ラサルニ因リ猶ホ其寄託ハ全ク無償契約ナリト云フコトヲ得ヘシ
第三寄託モ亦使用貸借ト同シク其成立スル時ニ當リテハ片務契約タルモ後ニ至リ突然双務ト為ルコトアリ是ヲ以テ學者中之ヲ稱シテ不完全ノ双務契約ト稱スルモノアリ然レトモ其實既ニ使用貸借ノ際貸主ノ負担スルニ至ルコトアル二箇ノ義務ニ付キ論究シタル如ク寄託者ノ義務ヲ負担スルニ至ルコトアルモ之ヲ生セシムル所ノモノハ寄託契約ニ非スシテ受寄者物ヲ保存スルカ為メ費用ヲ支出シタルトキハ寄託者為メニ負担スル所ノ義務不當ノ利得ニ原因シ又受寄物ニ瑕疵アリテ為メニ受寄者ヲシテ損害ヲ被ルニ至ラシメタルトキハ寄託者ノ負担スルハ其受寄者ニ加ヘタル不正ノ損害ニ原因スルモノナリ加之寄託契約ノ片務タル性質ニ至テハ使用貸借ニ比シ一層疑議ナキモノト云フヘシ何トナレハ寄託者ハ使用貸主ト異ナリ合意ノ時期前ニ在テ物ヲ返還スルヲ得サルモノニ非サレハナリ實ニ受寄者ハ寄託物ノ返還ヲ要求セラルルニ當リ決シテ之ヲ保有セント稱スルノ理由アラサルモノナリ唯其損害賠償ヲ求ムルヲ得ヘキトキ担保トシテ受寄物ヲ留置スルノ権ヲ有スルノミ
第四寄託ノ使用貸借ト更ラニ類似スルノ点ハ物ヲ現物ノ侭返還スルノ義務ヲ生スルニ在リ而シテ寄託物金銭ニシテ且之ヲ封緘セサルトキト雖トモ亦特定物タルトキト同シク此義務存スルモノナリ蓋シ金銭ヲ寄託シ而シテ之ヲ封緘セサルトキハ其寄託ヲ俗ニ使用ヲ許セル寄託ト云フト雖トモ(財産編第五百二十六條第二号ヲ參観スヘシ)又受寄者ヲシテ其金銭ヲ使用スルヲ得セシムルモノニ非ス然レトモ實際ニ至テハ受寄者ノ返還スル所ノ金銭果シテ受寄シタル物ト同一ナルヤ又他ノ物ナルヤ其金銭ノ同種類ノ物(例ヘハ金貨銀貨若クハ紙幣ノ一種ノミニテ若干ノ金額ヲ受寄シタルトキノ如キ)ハ之ヲ詳カニスルコト難ク且之ヲ判別スルモ何等ノ益モアラサルヘシ
然リト雖トモ亦或ハ寄託者受寄者ヲシテ其寄託スル金額ヲ使用スルコトヲ認許スルコトナシトセス然レトモ若シ此塲合ニ於テ受寄者實際其金銭ヲ使用シタルトキハ其時ヨリ借主ト為ルモノニシテ縦令合意上明カニ之ニ返還期限ヲ許與セサルトキト雖トモ尚ホ受寄者ハ第百七十九條ニ従ヒ裁判所ニ其返還期限ヲ定ムヘキコトヲ請求スルヲ得ヘシ之ヲ要スルニ此塲合タル純然タル寄託契約ノ塲合ニ非スシテ任意的条件付ノ消費貸借契約ヲ為シタルモノト云フヘシ
乙是レヨリ寄託ト使用貸借トノ間ニ存スル差異ヲ列記セン
第一既ニ一言シタル如ク寄託ト使用貸借トノ間ニハ責任ノ區域ニ関シ差異ノ存スルモノアリ蓋シ受寄者ハ無償ニテ利益ヲ與へ借主ハ却テ之ヲ受クルモノナルカ故ニ受寄者ノ責任借主ニ比シ一層簡ナルヘキヤ明カナリ
第二寄託物ハ寄託者ノ請求次第之ヲ返還スルコトヲ要スルモ借主ハ貸主ヲシテ約定シタル物ヲ當初之ヲ借用スルカ為メ企圖シタリシ用ニ使用スル前ニ在テハ之ヲ返還スルコトヲ拒絶スルヲ得
第三受寄者ハ受寄物ヲ使用スルコトヲ得スト雖トモ借主ハ却テ此権利アリ然レトモ亦寄託者或ハ受寄者ヲシテ物ヲ使用スルコトヲ得セシムルコトヲ得而シテ之カ為メ寄託契約使用貸借ニ變セサルコトアリ例ヘハ馬ヲ寄託シタルトキノ如キ受寄者ハ之ヲ使用セスシテ唯其厩ニ繋キ之ヲ飼養シタルトキニ比シ之ヲ自己ノ乘用ニ供スルトキニ於テハ一層注意ヲ加ヘサル可カラサルヤ明カナリト雖トモ亦敢テ借主ノ負担スル所ノ特別ノ嚴令ヲ以テ之ニ適用ス可カラス(第百九十八條ヲ參観スヘシ)
第四寄託ハ動産物ノ外目的トスルコトヲ得スト雖トモ使用貸借ハ家屋若クハ土地ヲ以テ其目的ト為スコトヲ得蓋シ他人ニ家ノ看守ヲ託セント欲スル者ハ其看守スルノ委任ヲ為シ代理契約ヲ為ササル可カラス單ニ之ヲ以テ寄託ノ目的ト為スコトヲ得ス
第五寄託ハ徃々止ムヲ得サルニ出ツルコトアリ然ルニ貸借ニ至テハ必ス純然任意ニ出ツルモノトス
寄託ヲ任意ト急迫トノ二者ニ區別シタルハ證據ノ点ニ関シ重要ナル結果アルモノナリ蓋シ急迫寄託ハ寄託物件ノ價格如何ニ高價ナルモ尚ホ證人ヲシテ之ヲ證明セシムルヲ得ルモ任意寄託ニ至テハ寄託物五拾圓以上ノ價格ヲ有スルニ於テハ證人ヲ以テ之ヲ證明セシムルコトヲ得ス
第一款 任意寄託
第二百七條
本條ニ任意寄託ノ定義ヲ掲ケタルハ其急迫寄託ト類似スルニ因リ彼我ノ混淆ヲ防カンカ為メナリ蓋シ任意寄託モ急迫寄託モ共ニ契約ナルカ故ニ當事者双方ノ意思承諾ニ成ルコトヲ要ス然レトモ急迫寄託ノ塲合ニ於テハ寄託者㳒律上寄託スルト否トノ自由ヲ有スルモノナリト雖トモ實際上火災若クハ洪水ノ如キ不幸ナル情状ニ因リ已ヲ得ス寄託ヲ為スニ至ルモノナリ故ニ寄託者ハ受寄者ヲ選任シ又寄託時期ト塲所トヲ選定スルノ餘裕ヲ有セサルモノニシテ唯其物ヲ寄託セサレハ之ヲ損失スルヤ確然タルカ故ニ其損失ヲ避ケンカ為メ不篤實ナル受寄者タリトモ尚ホ之ニ寄託セント欲シタルモノニシテ其寄託ハ多少止ヲ得サルニ出ツルモノナリ然ルニ純然タル任意寄託ニ於テハ寄託者ハ㳒文ニ明記スルカ如ク寄託ノ時日塲所及ヒ受寄者ヲ自由ニ選擇スルコトヲ得ルモノナリ
何レノ塲合ニ於ケルモ受寄者ノ承諾ハ黙示ニテ成立スルコトヲ得殊ニ急迫寄託ノ塲合ニ於テハ受寄者ノ承諾黙示ナルコト最モ多シトス故ニ受寄者自己ノ家屋内ニ一物ノ存スルコトヲ知リナカラ速カニ其撤回ヲ請求セサルトキハ寄託者他ノ一層親切ナル受寄者ヲ得ルニ至ルマテ其物ヲ保存セサル可カラス
寄託契約ニ付キ存スルコトアルヘキ瑕疵ノ点ニ付テハ敢テ詳細ニ説明ヲ要スルモノナシ若シ寄託者ニ錯誤アリテ寄託物若クハ受寄者其人ヲ誤リタルトキハ敢テ其契約ノ無効ヲ請求スルヲ要セス直チニ寄託物ノ返還ヲ要求スルコトヲ得何トナレハ受寄者ハ寄託物ヲ保有スルノ何等ノ利益モナク從テ何等ノ権利ヲモ有セサルモノナレハナリ唯其物ノ保存ノ爲メ既ニ費用ヲ立替エタルトキハ其賠償ヲ請求スルコトヲ得然レトモ寄託者ニ錯誤アリテ寄託物ノ燃質物若クハ爆發物又ハ盗品ノ如キ自己ニ危險アルコトヲ知ラス或ハ受寄者ノ利益ヲ誤リタル塲合ニ於テ争論ノ起ルトキハ受寄者裁判所ニ於テ其錯誤ヲ認メシメ以テ其物ヲ保存スルノ義務ヲ取消サシメサル可カラス
第二百八條
本條ハ寄託者ニ必要ナル能力ノ事ヲ規定スルモノニシテ次条ハ受寄者ニ必要ナル能力ヲ規定スルモノナリ
凡ソ何人タリトモ一物ノ上ニ物権ヲ有スル者ハ之ヲ寄託スルコトヲ得故ニ動産ノ用益者若クハ賃借人質取主モ亦其動産若クハ質物自己ニ屬セサルニ拘ハラス尚ホ有効ニ之ヲ寄託スルコトヲ得勿論受寄者ニ懈怠アリ若クハ其不篤實ナルトキハ寄託者所有者ニ對シ其責ニ任セサル可カラス加之寄託者ハ未タ必スシモ其寄託スル所ノ物ノ上ニ物権ヲ有スルニ及ハス故ニ使用借主受寄者ノ如キモ亦其物ヲ第三者ニ寄託スルコトヲ得是ヲ以テ本條ニ特ニ明文ヲ掲ケ尚ホ物ノ看守及ヒ保存ニ付キ利害ノ関係アル人ハ寄託スルノ権利ヲ有スルモノトセリ故ニ單ニ無権原ノ占有者タルモノニシテ将ニ時効ヲ得ントスル者ハ又寄託スルノ利益ヲ有スルモノナルカ故ニ寄託ノ権利ヲ有スト云フヘシ
是等ノ塲合ニ於テ寄託ヲ受諾シタル受寄者ハ寄託者所有者ニ非サルコトヲ口實トシ約定ノ時期前ニ物ヲ返還セント主張スルコト能ハス
第二項ハ無能力者ノ㳒律上ノ代理人寄託ノ権利アルコトヲ認知シ從テ無能力者自身ノ寄託スルコトヲ禁スルモノナリ蓋シ受寄者無能力ナル寄託者ニ費用ノ返還殊ニ寄託物ノ為ニ被リタル所ノ損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得ヘカラサルカ故ニ自己ノ為メ損失ノ危害アル寄託物ヲ保存スルノ義務ヲ負担スヘキニ非ス固ヨリ一ニ原則ニノミ依テ之ヲ考フルトキハ無能力者ト取結ヒタル契約ノ取消訴権ハ偏ヘニ無能力者ニノミ屬シ能力アル相手方ニ屬セスト雖トモ(財産編第三百十九條ヲ參観スヘシ)寄託ハ元ト受寄者ノミヨリ恩恵ヲ加フル所ノ無償契約ナルモノナルカ故ニ之ヲシテ費用若クハ損害ノ起因タルヘキ寄託物ヲ保存スルノ義務ヲ負ハシメ而シテ其費用若クハ損害ノ賠償ヲ受クルノ権利ヲ有セシメサルハ之ヲ處スルニ嚴ニ過クルモノト謂ハサル可カラス故ニ此塲合ニ於テハ受寄者ハ無能力者ノ㳒律上ノ代理人ニ對シ其寄託ヲ認諾シ以テ之ヲ有効トスルカ又ハ其寄託物ノ返還ヲ受クルカ二者一途ニ出ツルコトヲ請求スルヲ得セシメサル可カラス
是ヲ以テ無能力者ノ代理人寄託ヲ為シタルトキハ総テ其契約ノ法律上ノ効力ヲ生スヘキモノトス
又所有者其他本條第一項ニ掲クル所ノ利害ノ関係アル者ノ合意上ノ代理人ヨリ寄託ヲ為シタルトキハ亦然リトス
第二百九條
本條ハ寄託契約ヲ取結フノ能力非サル受寄者ヲ指定スルモノナリ寄託者責任ニ制限アル人ニ其物ヲ委託シタルトキハ自己ニ其責ヲ帰スルノ外ナキヤ當然ナリ
然レトモ亦未タ無能力者毫モ責任ヲ帯ヒサルモノト云フ可カラス故ニ法文ニハ特ニ無能力者モ亦毫モ訴追ヲ被ラサルモノニ非サルコトヲ明記シ以テ三箇ノ塲合ヲ指示シタリ
第一無能力ナル受寄者尚ホ寄託物ヲ現物ノ侭占有スルトキハ寄託者ノ所有権回復訴権若クハ占有訴権ニ依リ之ヲ返還セサル可カラス實ニ受寄者無能力ナリト雖トモ之ヲ以テ他人ノ物ヲ保存スルノ論據ト為ス可カラサルヤ明カナリ
第二受寄者善意ニテ其受寄物ヲ譲渡シ若クハ之ヲ消費シタル塲合ニ於テ尚ホ其譲渡ニ因リ得タル所ノ物ヲ消費セス又ハ受寄物ヲ消費スルモ必要若クハ有益ナル用方ニ供シ因テ自己固有ノ財産ヲ保存スルコトヲ得タリシトキハ即チ正當ノ原因ナクシテ他人ノ財産ニ付キ利得ヲ受ケタルモノナルカ故ニ其利得ノ對價ヲ返還スヘキヤ正當ナリ
第三受寄者悪意ニテ受寄物ヲ消費シ而シテ其利益ヲ保存セサリシトキハ刑事上其責ニ任セサル可カラス何トナレハ無能力者タリトモ悪意ニテ受寄物ヲ消費シタルトキハ背信罪ヲ犯シタルモノニシテ其罪ハ刑法ニ罰スル所ノモノナレハナリ故ニ無能力者ニシテ有夫ノ婦ナルトキハ全ク刑事上ノ責任ヲ被ルヘク又十二年以上二十年以下ノ未成年者ナルトキハ宥恕減輕ニ依リ其責任輕減セラルヘシ又其是非ヲ辨別セス若クハ精神錯乱シテ罪ヲ犯シタルトキハ全ク刑事上ノ責任ヲ免カルヘシ
第二百十條
受寄者ハ無償ニテ利益ヲ附與スルモノナルカ故ニ其委託ヲ受ケタル物ノ保存ニ付キ過失若クハ懈怠ノ責アルモ其責任ヲ査定スルニ當リ之ヲ遇スルニ寛ナルコトヲ要ス
羅馬法以来受寄者ハ自己ノ事務ニ加フルト同一ノ注意ヲ施スヲ以テ足レリトセリ蓋シ受寄者ハ注意ヲ施スコト少ナク物ノ保存ヲ為スニ付キ迂遠ナルモ元ト寄託者斯ノ如キ人ヲ選擇シタルハ自己ノ責ニ帰セサル可カラス是會社契約ニ於テ事務担當人タラサル社員ノ責任ニ関スルト同一ノ法則ナリ(第百三十二條ヲ參観スヘシ)論者或ハ受寄者特ニ意ヲ用ユルコト審密ニシテ自己ノ財産ヲ處理スルノ敏捷ナル塲合ニ於テハ寄託者受寄者自身ニ屬スル物ニ加フルニ平常加フルノ注意ト同一ノ注意ヲ寄託物ニ加ヘサルヲ責ムルヤ否ヤヲ論議シタリ
然レトモ此塲合ニ於テハ敢テ受寄者自己ノ物ニ加フルト同一ノ注意ヲ施スコトヲ要スヘキニ非ス唯通常ノ責任ヲ負ハシムルヲ以テ足レリトスヘシ蓋シ寄託者ハ其受寄者ヲ選擇シタルハ平常其人ノ財産ヲ處理スルノ冝シキヲ得タルコトヲ知リタルニ因ルモノナルヤ疑ナシ故ニ此塲合ニ於テハ少クモ受寄者ハ良管理者ノ注意ヲ施ササル可カラス
然リト雖トモ亦二箇ノ塲合ニ於テハ受寄者ノ責任ヲ定ムルニ普通法ニ依ルヘキモノトス
第一受寄者自ラ好ンテ寄託ヲ受ケタルトキハ寄託者唯其所有物ニ付キ盗難若クハ其所在ノ冝シキヲ得サルカ為メ毀損ニ罹ルコトヲ恐レ多少苦慮スルコトヲ示シタルモ未タ其寄託ヲ求メサルニ受寄者自ラ好ンテ寄託ヲ受ケンコトヲ言込ミ又ハ他ノ受寄者ニ寄託センヨリハ寧ロ自己ニ寄託スヘキコトヲ求メタルニ因リ遂ニ寄託者之ニ寄託ヲ為スニ至リタルモノナリ故ニ此塲合ニ於テハ受寄者ノ責任一層重キヤ明カナリ
第二受寄者單ニ自己ノ利益ヲ目的トシ寄託ヲ為ス塲合ハ實際甚タ稀ナルヘシ故ニ其塲合タル一目スレハ甚タ奇異ナルニ似タルニ因リ法文ニ特ニ其實際行ハルヘキ塲合ヲ指示シタリ即チ其寄託物タル元来受寄者ヲシテ其要用ニ從ヒ使用セシメンカ為メ之ニ貸與スヘキモノナルモ其需用何時ニ生スルモ計リ難ク或ハ其急激ニ生スルコトアルヘキモ貸主遠隔ノ地ニ在ルヲ以テ先ツ其物ヲ寄託トシテ未来ノ貸主ニ付託シタル塲合即チ是ナリ此塲合ニ於テハ受寄者ハ縦令未タ其物ヲ使用スルニ至ラサルトキト雖トモ猶ホ夙ニ良管理者ノ注意ヲ施ササル可カラス
曩キニ第百九十八條ニ於テ使用借主ヲシテ特別ノ責任ヲ負ハシメ借主ノ物及ヒ其借用物共ニ同時ニ損失スヘキ恐アル塲合ニ於テハ借主先ツ自己ノ物ヲ措テ借用物ヲ救ハサル可カラス縦令其借用物自己ノ物ノ價格ニ劣ルヘキコトアルモ尚ホ然ルヘク若シ之ニ反スルトキハ滅失シタル借用物ノ價格ヲ賠償スルノ責ニ任スヘキコトヲ定メタリ
此嚴令タル借主無償ニテ利益ヲ得ルカ故ニ設ケタルモノナルヲ以テ受寄者亦将来其受寄物ヲ使用スルノ許可ヲ得タルニ因リ借主ノ資格ヲ得ルニ至リタルトキハ亦此規則ノ適用ヲ受クヘキヤ當然ナリ
然レトモ此塲合ノ外ニ在テモ受寄者ハ寄託物ヲ措テ自己ニ属スル物ヲ救フモ毫モ責任ナシト云フ可カラス若シ受寄物ニシテ自己ノ物ヨリ一層多キ價格ヲ有スルコト顕然タルトキハ自己ノ物ヲ措テ先ツ受寄物ヲ救ハサル可カラス是レ受寄者ハ自己ニ属スルモノト同シク受寄物ヲ保存スルノ義務アリトノ規則ノ適用ナリ蓋シ若シ受寄物受寄者ニ属シタルトキハ其價格多キカ故ニ先ツ之ヲ救フヘキヤ疑ヲ容レス但其價格ノ多少ニ拘ハラス自己ノ物ヲ惜ミタルニ因リ受寄物ノ滅失ヲ顧ミサリシモノト謂ハサル可カラス但此塲合ニ於テハ借主ニ違法ノ行為アリタル塲合ト異ナリ寄託者ヲシテ自己ノ物ノ價格ヲ賠償セシムルコトヲ得何トナレハ受寄者寄託者ノ物ヲ救フタルカ為メ自己ノ損失ヲ招キタルモノナルニ因リ寄託者ヲシテ其損失ヲ賠償セシムルヤ當然ナレハナリ
第二百十一條
抑モ㳒律ハ受寄者ノ過失アルニ當リ之ヲ寛待スヘシト云フト雖トモ亦之ヲシテ不遲滞ノ結果ヲ免カレシム可カラス是ヲ以テ受寄者既ニ返還ノ遲滞ニ付セラレ尚ホ其返還ヲ為ササルトキハ縦令意外ノ事若クハ不可抗力ニ原因スルト雖トモ尚ホ其不遲滞後ニ生シタル滅失ノ責ニ任セサル可カラス唯夲條特ニ普通法ヲ引用シ此事ヲ明記セルハ法律上受寄者ヲ處スルノ寛ナルヘキカ為メ此点ニ付キ實際疑議ヲ生セサラシメンカ為メナリ然リト雖トモ寄託物ノ滅失ヲ来シタル事件ニシテ寄託者ニ其物ヲ返還スルモ尚ホ均ク之ヲ毀損スヘキモノナルトキハ縦令受寄者既ニ遲滞ニ付セラレタルトキト雖トモ尚ホ其責任ヲ被ルコトナシ(財産編第三百四十五條第二項及ヒ第五百四十一條ヲ参観スヘシ
第二百十二條
本條ハ寄託者カ受寄者ニ寄託物ノ性質ヲ隠秘シタルトキ受寄者之ヲ探求スルコトヲ禁スルノミナラス縦令其性質ヲ隠秘セサルトキト雖トモ獨リ受寄者ノミニ限リ之ヲ知ラシメタル塲合ニ於テハ亦受寄者他人ニ之ヲ漏泄スルコトヲ禁シタリ故ニ受寄者寄託物ノ性質ヲ他人ニ漏泄スルノ禁止ニ至テハ何レノ塲合ニ於テモ適用スヘキモノニシテ寄託者受寄者ニ寄託物ノ性質ヲ知ラシメサルトキト雖トモ尚ホ受寄者ハ第三者ニ對シ之ヲ隠秘セサル可カラス
然レトモ本條ハ敢テ受寄者ヲシテ其受寄者タルコトヲ第三者ニ知ラシムルヲ禁スルニ至ラス固ヨリ受寄者ハ成ルヘク愼ンテ其受寄者タルコトヲ他人ニ知ラシメサルヲ要スト雖トモ實際之ヲ公言セサルヲ得サルニ至ルコトナシトセス例ヘハ寄託者ノ債権者其債務者ノ寄託ヲ為シタルコトヲ疑ヒ受寄者ニ對シ果シテ其寄託ヲ受ケタルヤ否ヤヲ陳述スヘキノ請求ヲ為シ又ハ受寄者ノ債権者誤テ其受寄物ヲ其所有物ト認メ之ヲ差押エントシタルトキノ如キ即チ是ナリ
然レトモ受寄者其受寄物ノ刑法ニ觸ルルノ性質アルコトノ嫌疑ヲ抱クニ充分ナル理由アリタル塲合ニ於テハ本條ノ禁止ヲ適用スヘキモノニ非サルカ如シ例ヘハ寄託物ノ爆發物阿片若クハ偽造貨幣ノ如キ唯其占有ノミヲ以テ既ニ法律ノ禁止スル所タル塲合ノ如キ即チ是ナリ
凡ソ一私人ト雖トモ重罪若クハ輕罪アルコトヲ知リ又ハ之ヲ疑フニ於テハ告發ヲ為スノ権利ヲ有スルカ故ニ本條ノ規定ハ民法ト刑法トノ抵觸ヲ生スルカ如シ然リト雖トモ夲條ノ禁制ハ元ト民事上私益ノミヲ目的トシテ設ケタルモノニ過キス決シテ公益ノ為メ刑事訴訟法ニ定メタル告發ノ権利ヲ害スルモノニ非サルナリ是ヲ以テ右ノ塲合ニ於テハ受寄者夲條ノ禁制ヲ守ルニ及ハサルモノトス
夲條ヲ以テ受寄者ニ命シタル二箇ノ禁制ノ制裁ハ其違反ノトキ寄託者ヲシテ被ラシメタル損害ノ賠償ト為スノ外アラサルナリ固ヨリ其賠償中ニハ啻ニ寄託者ノ受ケタル損害ノミナラス其失フタル利得ヲモ包含スヘシト雖トモ二者共ニ寄託者之ヲ証明スルコトヲ要ス
寄託物ノ盗品タル塲合ハ下ニ至リ之ヲ規定ス(第二百十八條第四号ヲ参観スヘシ)
第二百十八條
既ニ屢々陳ヘタル如ク受寄者ハ無償ニテ利益ヲ與へ毫モ自己ハ利益ヲ受クルコトナキモノナリ然ルニ受寄者ニシテ受寄物ヲ使用シ其果實ヲ消費スルヲ得ルニ於テハ概ネ自己ノ附與スル所ノ利益ヨリ一層多キ利益ヲ享受スルニ至ルヘシ
然レトモ亦或ハ寄託者受寄者ヲシテ其寄託物動産若クハ馬車ノ如キ受寄者ニ障害ヲ被ラシムルコト多キ賠償トシ又ハ乘馬ノ如キ屢々乘用スルヲ要シ或ハ駕馬ノ如キ屢々驅馳セシムルコトヲ要スルモノノ如キ其保存ノ為メ使用ヲ要スルニ因リ寄託者ヲシテ物ヲ使用シ収益セシムルコトアリ
又牡牛ヲ寄託シタルトキノ如キ受寄者ハ其乳ヲ搾取シテ糞汁ヲ使用ニ供スルノ認許ヲ得ルコトアリ或ハ鶏ノ如キモノヲ受寄シタルトキ殊ニ其飼粮ヲ負担シタルトキハ其産卵ヲ使用スルヲ得ルコト實際適例頗ル多シ
斯ノ如ク受寄者ヲシテ受寄物ヲ使用シ其果實ヲ消費スルヲ得セシムルノ認許ハ敢テ之ヲ明示スルニ及ハス唯黙示ニテ事情及ヒ受寄物ノ性質ニ因リ之ヲ認ムルコトヲ得ヘシ
法文ハ特ニ右ノ如キ物ヲ使用スルノ許可アルモ未タ之カ為メ寄託ヲ以テ使用貸借ニ変スルニ至ラサルコトヲ明記シタリ是ヲ以テ寄託者ハ何時タリトモ自己ノ便冝ニ從ヒ其物ヲ取戻スコトヲ得然レトモ受寄者ノ責任ニ至テハ使用借主ノ責任ニ比シ一層輕キコト恰モ其毫モ使用ノ許可ヲ得サルトキト同一ナルヘシ第二百十條第三項ノ塲合ニ於テハ受寄者使用借主ト為ルニ因リ第百九十八條ノ規則ヲ適用スルモ夲條ノ塲合ハ決シテ第二百十條第三項ニ規定スル所ノ塲合ニ包含スルモノニ非ス
蓋シ第二百十条ニハ單ニ受寄者ノ利益ヲ目的トシ要用ニ從ヒ受寄物ヲ使用スルノ許諾ヲ為シ以テ寄託ヲ為シタルコトヲ仮定スト雖トモ本條ノ塲合ニ於テハ主トシテ寄託者ノ利益ヲ旨トシテ寄託ヲ為シタルモノニシテ受寄者ニ其受寄物ノ使用ヲ認諾スルノミ是唯受寄物ノ為メ其被ル所ノ支障ノ賠償ニ外ナラス只此認諾アルトキハ受寄者啻ニ自己ノ事務ニ平常加フル所ノ注意ヲ施スヲ以テ足レリトセス尚ホ良管理者ノ注意ヲ施スノ責任ヲ負担セシムルノミ
第二百十四條
夲條及ヒ次條ハ返還ノ義務ニ関スル規定ヲ掲クルモノニシテ返還義務ハ受寄者ノ主タルノ義務ト云フヘキモノナリ
受寄者ハ受寄物ヲ現物ノ侭返還スルコトヲ要ス詳カニ之ヲ言ヘハ受寄者ハ嘗テ其領受シタル物自体ヲ返還セサル可カラス或ハ封金ニ非サル金銭ヲ目的トシ同一ノ貨幣ヲ以テ返還セサルモ同種類ノ貨幣ヲ以テ返還ヲ為スヘキ俗ニ所謂消費ヲ許セル寄託ト稱スル契約ヲ為シタル塲合ハ夲條ノ例外タルニ似タリト雖トモ其實此塲合ヲ以テ例外ト為ス可カラス此塲合ハ充分夲則ノ範圍内ニアルモノナリ蓋シ貨幣ノ各個ニ標章ヲ附シ之ヲ特定セサリシ以上ハ受寄者ノ返還スル所ノ金銭其嘗テ受取リタル所ノ物ト同種類即チ金貨ヲ領受シタルトキハ金貨ヲ以テシ又銀貨若クハ紙幣ヲ領受シタルトキハ銀貨若クハ紙幣ヲ以テ同數額ヲ返還スル以上ハ受寄者嘗テ受取リタル所ノ物ト同一物ヲ返還シタリト看做スヘキナリ
又受寄者受寄物ヨリ果實及ヒ産出物ヲ生シタルトキハ収取シタル果實及ヒ産出物ヲ返還セサル可カラス
或ハ生産物中之ヲ保存スルトキハ自ラ毀損ヲ来スヘキモノナシトセス此塲合ニ於テハ受寄者ハ其産出物ヲ賣却シ以テ其受取リタル所ノ代金ヲ返還スヘシ勿論前條ニ規定シタル如ク受寄者受寄物ヲ収益スルノ許諾ヲ受ケタルトキハ右ニ陳フル如ク果実及ヒ産出物ヲ返還スルニ及ハス
夲條第二項ハ實際之ヲ適用スルコト一層稀ナルヘシ然リト雖トモ亦寄託物第三者ノ為メニ損害ヲ受ケ又ハ喞筒馬若クハ馬車ノ如キ一時公用ノ為メ徴収セラレ而シテ是等ノ事實ノ為メ受寄者損害賠償ヲ自己ノ有ト為スコト能ハサルヤ明カナリ故ニ之ヲ寄託者ニ返還セサル可カラス然ラスンハ他人ノ財産ヲ以テ不正ニ自己ノ利得ト為スニ至ルヘシ
末項ハ一層重大ナル事實アリタルコトヲ仮定スルモノナリ即チ受寄者受寄物ヲ消費シ譲渡シ又ハ隠匿シ而シテ其行為合意ニ出ツルコトヲ仮定スルモノナリ蓋シ實際甚タ稀ナルヘキモ亦偶々受寄者受寄物ヲ遺忘シ若クハ自己ニ属スル物ト受寄物トヲ混淆スルコトナシトセス此塲合ハ即チ第二百十五條ニ規定スル所ニシテ之ヲ除クノ外総テ受寄者ノ消費譲渡又ハ隠匿ニシテ其故意ニ出テ悪意ニ出テタルモノハ充分懲罰スヘキ行為ナリト謂ハサル可カラス是ヲ以テ受寄者ハ一切ノ損害賠償ノ責ニ任スヘク加之刑法ニ依リ受寄物費消罪ヲ犯シタルカ為メ公訴ヲ被ルニ至ルヘシ
右ノ塲合ニ於テ受寄者ノ負擔スル所ノ損害賠償ハ付遲滞ノ手續キヲ要セス當然其擔當タルヘキモノトス是レ為ス可カラサルノ義務アルモノハ當然遲滞ニアリトノ普通原則ノ適用ニ外ナラサルカ故ニ敢テ夲條ニ明文ヲ掲クルヲ要セサルモノナリト雖トモ(財産編第三百八十四條ヲ參観スヘシ)法律中時々原則ノ適用ヲ示スハ決シテ不可ナリト云フ可カラス却テ其原則ヲシテ一層明瞭ナラシムルノ利アリト認メタリ然レトモ右ノ塲合ニ於テハ詐欺アルモ敢テ其損害賠償ハ豫知セサル損害ヲモ包含スル旨ヲ重複セス
第二百十五條
受寄者ノ相續人寄託アリタルコトヲ知ラス善意ニ出テ寄託物ヲ處分スルコト受寄者自身ニ比スレハ實際一層多カルヘシ若シ其寄託アリタルコトヲ知ラサルカ為メ寄託物ヲ自ラ消費シタルトキ例ヘハ食料品薪炭ノ如キ物ヲ費消シタルトキハ最早損害賠償ヲ拂ハシムルノ外アラサルナリ而シテ受寄者ハ元来無償ニテ相手方ニ利益ヲ附與シタルモノニシテ且其相續人寄託アリタルコトヲ知ラサルハ毫モ之ニ責ムヘキ所ナキカ故ニ其損害賠償ハ未タ必スシモ消費シタル物ノ賣價ヲ以テ標準ト為ス可カラス況ンヤ寄託者之カ為メニ被リタル実際ノ損害ヲ尽ク賠償セシムヘシト云フ可カラス唯相續人寄託物ヲ費消シタルニ因リ得タル所ノ利得ノ高成ルへ自己ノ費用ヲ節減スルヲ得タルニ因リテ得タル所ノ利益ヲ以テ賠償額ト為スヘキノミ加之實際ニ於テハ寄託者ノ被リタル損害高ト相續人ノ得タル利益ノ高トハ敢テ甚タシキ差異アラサルヘシ只相續人ノ消費シタル物必要物ニ非サルトキハ其消費ニ因リ得タル利益ト寄託者ノ損失ト大ニ其數額ヲ異ニスヘシ蓋シ此塲合ニ於テハ相續人若シ其物自己ニ属セサルコトヲ知リシナラハ之ヲ消費セス且別ニ同一ノ物ヲ購求セサルヘキカ故ニ縦令之ヲ消費シタルモ實際為メニ利益ヲ得タリト云フ可カラス
相續人受寄物ヲ譲渡シタルトキ既ニ第三取得者善意ニシテ而シテ之ヲ占有シタルトキハ最早之ヲ取戻スコト能ハサルモノトス何トナレハ次條ニ規定シタル如ク受寄者自身悪意ニテ之ヲ譲渡シタルトキト雖トモ尚ホ取得者善意ナルトキハ之ヲ取戻スコトヲ得サレハナリ
若シ其譲渡人有償ナルトキハ相續人ハ受寄物ニ付キ得タル代價若クハ他ノ對價ヲ以テ寄託者ニ返還スヘシ又其無償ニシテ寄託物ヲ贈與シタルトキハ實際其物アラサリセハ他ノ物ヲ以テ之ヲ替エ贈與ヲ為シタルモノナルヘキヤ否ヤヲ探求スヘシ若シ其偶々受寄物アリタルカ為メ之ヲ以テ自己ノ所有ナリト誤リ贈與ヲ為シタルトキハ敢テ賠償ヲ為スニ及バザルモ縦令其物ナキモ尚ホ他ノ物ヲ以テ贈與ヲ為シタルコト明カナルトキハ即チ相續人ハ自己ノ財産ヲ費スコトヲ免カレタルモノナルカ故ニ尚ホ利益ヲ得タルモノト謂ハサル可カラス又夲條ノ規定ハ受寄者自身受寄物ヲ處分シタルトキト雖トモ尚ホ其善意ニ出テタルトキハ之ニ適用スヘキモノトス
然レトモ相續人故意ヲ以テ不正ノ行為ヲ為シタルトキハ前条ヲ之ニ適用スヘキコトヲ明記セス是此塲合ニ於テハ相續人自ラ不篤實ナル受寄者ト為ルモノニシテ敢テ其責任ヲ免カレサルコト㳒律ノ明文ヲ俟タサルカ故ナリ
第二百十六条
本条及ヒ次条ハ寄託物ヲ返還スルノ義務ニ関スル規定ヲ完結スルモノナリ即チ本條ハ何人ニ寄託物ヲ返還スヘキカヲ定ムルモノニシテ次条ハ之ヲ返還スルニ何レノ所ニ於テスヘキカヲ定メ又次条ハ何レノ時ニ於テ返還ヲ為スヘキカ又如何ナル塲合ニ於テハ返還ヲ拒絶シ又ハ遲延スルコトヲ得ヘキカヲ仮定スルモノナリ
寄託者其財産ヲ管理スルノ能力ヲ失フニ至リタルトキハ其寄託物ハ以後必ス其代理人ニ返還セサル可カラサルヤ明カナリ又寄託者初メ無能力者タリシモ更ラニ能力ヲ回復シタルトキハ其代理人ノ寄託シタルモノモ猶ホ本人ニ之ヲ返還スヘシ又寄託者死去シタルトキハ其相續人ニノミ其寄託物ヲ返還セサル可カラサルヤ明カナリ
第二百十七條
寄託物返還ノ塲所ヲ明示シテ定ムルハ實際甚ダ稀ナルヘシ蓋シ實際ニ於テハ寄託物ハ受寄者ノ住所ニ留置スヘキコト最モ多キカ故ニ之ヲ返還スヘキ塲所モ亦其住所ナルヘキヤ瞭然タリ
然レトモ亦債務者其住所ヲ移轉スルコトナシトセス此塲合ニ於テハ又其新住所ニ於テ寄託物ノ返還ヲ為スヘシ或ハ受寄者ノ便冝ノ為メ寄託物保存ノ塲所ヲ変ズルコトアルヘシ此塲合ニ於テモ亦其物ヲ留置シタル塲所ニ再ヒ運搬スヘキニ非ス唯其塲所ノ移轉善意ニ出テ即チ寄託者ヲ詐害スルノ意思ニ出テサルコトヲ要スルノミ
寄託物返還ノ費用即チ其轉居ノ費用ハ寄託者ノ負擔タルヘキヤ法律ニ明文ナキモ明カナリ
第二百十八條
第二百六條ニ於テ寄託ノ定義ヲ下スニ當リ受寄者寄託者ノ請求次第物ヲ返還スルノ義務ヲ以テ其定義ニ一原素ト為シタリ
本條ハ敢テ時ニ関シ受寄者ノ返還義務ニ此性質アルコトヲ重複シテ記載スルヲ要セスト雖トモ亦之ニ加フルニ四箇ノ制裁ヲ以テシタリ
第一寄託物ノ處有権寄託者ニ属スルニ似タリシモ却テ受寄者自身ニ属スルコトナシトセス斯ノ如キ塲合タル實際稀ナルヘキモ亦絶エテ是無シト云フ可カラス又實際一層多カルヘキ塲合ハ受寄者寄託者ト合意ヲ取結ヒ寄託物ヲ取得シタル塲合ナリトス此塲合ニ於テハ寄託ハ取得ノ時ヨリ直チニ消滅スルモノナリ即チ受寄者ハ取得ノ時ニ在テ寄託物一旦返還シ而シテ直チニ取得者トシテ之ヲ領受シタルモノト看做サルルモノナリ是ヲ以テ是等ノ塲合ニ於テ受寄者受寄者ノ自己ニ属スルコトヲ證スルトキハ其返還ノ義務ナキモノトス
第二受寄者受寄物保存ノ為メニ費用ヲ支出シタルトキハ其償還ノ擔保トシテ又受寄物ノ為メ損害ヲ被リタルトキハ其賠償ノ担保トシテ受寄物ヲ留置スルノ権アルヤ當然ナリ
此権タルヤ特ニ次条ニ於テ之ヲ明言ス
第三寄託者ノ債権者辨濟ヲ得サルコトヲ恐レ而シテ其債務者ノ物第三者ニ寄託シタルコトヲ知ルニ當リ債務者之ヲ取戻シ以テ之ヲ隠匿シ若クハ消費スルノ害ヲ避クルカ為メ受寄者ニ向ヒ其返還ヲ制止セント欲スルコトアリ此塲合ニ於テハ債権者ハ受寄者ニ對シ拂渡差押ヲ為スノ権アリ
又第三者寄託物ノ所有者ナリト自稱シ或ハ其物ニ付キ質権其他ノ物権ヲ得タリト稱スルトキハ同シク受寄者ニ對シ其受寄物返還ヲ制止シ拂渡差押ヲ為スコトアリ
是等ノ塲合ニ於テハ受寄者ハ第三者ノ主張至當ナルヤ将タ不當ナルヤヲ断定スヘキニ非ス只其受寄物ヲ返還スルコトヲ為ササルヲ要ス若シ拂渡差押アリタルニ拘ハラス受寄物ヲ返還スルトキハ其責任ヲ免カレサルヘシ
只受寄者ヲシテ返還ヲ中止セシムルニ必要ナル條件ハ拂渡差押ノ合式ナルヲ要スルニ在リ
第四受寄者其受寄物ノ盗品ナルコトヲ確知シ且其正當ノ所有者ヲ知リタルトキハ啻ニ受寄物返還ヲ拒絶スルノ権利ヲ有スルノミナラス又其義務アリ此塲合ニ於テハ受寄者ハ所有者ニ相應ノ期日ヲ定メ其期日内ニ在テ其物ヲ要求スヘキノ催告ヲ為スヘシ然レトモ亦受寄者寄託者ヲシテ立會ヲ為サシメス之ヲシテ新所有者ニ返還ヲ為スノ故障ヲ陳フルヲ得セシメス輕忽ニ所有者ニ返還ヲ為ストキハ受寄者其輕忽ノ責ヲ免カレサルヘシ是ヲ以テ特ニ法文ニハ受寄者ニ此注意ヲ為スヘキコトヲ記載シタリ
所有者指定ノ期間内ニ於テ返還ノ要求ヲ為ササルトキハ受寄者ハ寄託者ニ受寄物ノ返還ヲ為スノ義務アリ
然レトモ受寄者所有者ヲ知ラサルトキハ縦令其受寄物盗品タリト信スヘキ至當ノ理由アルトキト雖トモ尚ホ寄託者ト所有者トノ間ニ弁論ヲ為サシムルコト能ハサルニ因リ受寄物ヲ留置スルノ義務ナク亦権利アラサルナリ
又受寄者其受寄物ノ盗品タルコトヲ疑フニ過キスシテ充分ノ確證ヲ得サルトキハ其返還ヲ遲延スヘカラス若シ誤テ之ヲ遲延スルトキハ為メニ寄託者ニ對シ損害賠償ヲ為スノ責ヲ免カレサルヘシ
第二百十九條
本條ニ規定セル寄託者ノ二箇ノ義務ハ直接ニ寄託契約ヨリ生スルモノニ非ス寄託契約ハ只其義務ノ發生スル機會ト為リタルニ過キサルノミ是使用貸借ニ於テ此義務生スルト同一ノ理由ニ関スルモノナリ即チ夲條ニ仮定スル塲合ニ於テハ寄託者ハ自己ノ物ノ保存ノ為メ自己ノ享受シタル利得若クハ其瑕疵アルコトヲ知リ又ハ知ラサル可カラサリシ有害ノ物ヲ寄託シ以テ受寄者ヲシテ被ラシメタル損害ノ為メニ義務ヲ負擔スルモノナリ勿論寄託物ノ瑕疵寄託以後ニ生シタルトキハ寄託者其責ニ任セサルヤ明カナリ例ヘハ寄託シタル馬病ニ罹リ其病受寄者ノ馬ニ傳染シタル時ノ如キ即チ是ナリ
寄託者損害賠償ノ責ニ任スルハ其損害苟モ其不注意ニ出テタルコトヲ要ス
然リ而シテ夲條ハ受寄者ノ賠償ヲ要求スルノ権利ヲシテ其受寄物ノ瑕疵ヲ知ラサリシノ條件ニ関セシメス是使用貸主ニ於ケルト受寄者ト異ナル所ナリ是亦受寄者ハ無償ニテ利益ヲ附與スルモ借主ハ却テ之ヲ享受スルノ致ス所ナリ
夲條ニ受寄者右ノ賠償ノ辨濟擔保トシテ有スル所ノ留置権ニ付テハ別ニ詳細ノ説明ヲ要セス蓋シ本法ハ一般ニ斯ノ如キ塲合ニ於テ廣ク物上担保ヲ認ムルカ故ニ夲條ノ塲合ニ於テ此担保アルハ當然ナリ縦令本法ニ廣ク此担保ヲ設ケサルモ受寄者無償ニテ利益ヲ附與スルノ故ニ茲ニ之ヲ設クヘシ況ヤ此担保ノ適用一層廣キニ於テオヤ
第二款急迫寄託及ヒ旅店寄託
第二百二十條
急迫寄託ト任意寄託トノ間ニ存スル區別ハ證據ニ関シ存スルモノニシテ急迫寄託ハ縦令寄託物ノ價格五拾円ヲ超過スルモ猶ホ人證ヲ以テ之ヲ證スルコトヲ得ルモ任意寄託ニ至テハ寄託物ノ價格五拾円以下ニ在ルトキニ非サレハ證人ヲシテ證セシムルヲ得ス
急迫寄託モ亦任意寄託ニ比シ敢テ受寄者ノ責任ヲ増減スルモノニ非ス蓋シ或ル事情 ニ因リ止ヲ得ス寄託ヲ為スニ至リ寄託ノ急迫ナルハ受寄者ノ為メニ非ス故ニ通常受寄者ノ責任既ニ輕キヲ以テ更ラニ急迫受寄者ノ為メ之ヲ減スルノ理アラサルナリ又其責任ハ之ヲ増加スヘキニモ非ス何トナレハ急迫受寄者ノ責任ヲシテ任意受寄者ニ比シ一層重カラシムルトキハ遂ニ急迫ノ塲合ニ於テ寄託ヲ受クル者ナク止ヲ得ス寄託ヲ為サント欲スル者ヲシテ損害ヲ避クルコト能ハサラシムルニ至ルヘケレハナリ
茲ニ規定スル所ノ寄託ノ急迫ナル性質アルハ寄託物受寄者ニ損害ヲ加ヘタル塲合ニ於テ斟酌スヘキモノナリ蓋シ寄託者ハ寄託物ノ危害ヲ生スヘキコトヲ指示セサルモ其寄託ヲ為スヤ急激ノ際ニアリタルヲ以テ之ヲ遇スル較々寛ナルヲ要スルコトアルヘシ
第二百二十一條
旅人ノ旅店若クハ下宿屋ニ宿泊スルニ當テハ其宿泊スル家ヲ選擇スル能ハサルコト多ク或ハ一地方ニ於テ旅店僅カニ一戸アルニ過キサル所ニ在テハ到底之ヲ選擇スル能ハサルコトアルヘシ是ヲ以テ旅人ノ携帶スル物件ヲ旅店ニ委託シタルトキハ之ヲ急迫ノ寄託ト認ムルモ決シテ過当ニ非スト云フヘシ
又舟車運送人其他水陸運送ノ營業人モ亦其運送ノ委託ヲ受ケタル荷物ニ付テハ之ニ運送ヲ託シタル者同時ニ其舟車ニ依リ旅行スルト否トヲ問ハス均ク急迫ノ寄託者ト看做シタリ
又旅店ニ物ノ所有者滞在シ之ヲ運送スル舟車ニ乘スルモ尚ホ寄託アリト謂ハサル可カラス何トナレハ所有者ハ未タ必スシモ其物ヲ看守スルモノニ非サレハナリ蓋シ旅店又ハ舟車中旅人ノ起臥スル塲所ト物ヲ藏置スル塲所ト之ヲ異ニスルコト最モ多ク縦令旅客ノ携帶品旅店ノ室内若クハ舟車ノ室内ニ存スルトキト雖トモ其人室外ニ出ツルコトナキヲ得ス而シテ其室外ニ出テタルトキニ在テ物ノ全部若クハ一分ノ紛失スルコトナシト云フ可カラス
加之旅人ノ携帶シタル手荷物及ヒ運送營業人ニ運送ヲ託シタル荷物ヲ以テ急迫ノ寄託ト同一視スルモ一切ノ点ニ付キ之ヲ同一視スルニ止マラス何トナレハ單ニ之ヲ急迫寄託ト同一視スルトキハ旅店ノ主人又ハ運送營業人ヲシテ甚タ減縮セル責任ヲ負ハシムルニ過キサレハナリ
蓋シ旅人ノ携帶品及ヒ運送荷物ノ受寄者ハ通常ノ受寄者ニ比スレハ一層重キ責任ヲ帶フルモノトス其責任ノ重キ点ハ寄託ノ証據ヲ擧クルヲ一層容易ナラシメタルニ在リ何トナレハ旅店ニ宿泊シ又ハ運送営業人ニ運送ヲ託スルニ当テハ事ノ迅速ヲ要シ或ハ旅人ノ雑踏ナルニ因リ徃々証書ヲ造ルコト能ハサルモノナレハナリ然レトモ運送ノ受負ニシテ旅客ヲ運搬セサル塲合又ハ荷物ヲ受取リ証書ヲ引渡ス塲合ニ於テハ本条ヲ適用スヘキ限リニアラス
且又此急迫寄託ハ前条ノ急迫寄託ト受寄者ノ負担スル注意ニ点ニ付テ異ナル所アリ抑モ旅店舟車ニ於ケル寄託ハ有償契約タル受負契約ノ從タルモノナルカ故ニ受寄者ハ受寄物ニ加フルニ良管理者ノ注意ヲ以テセサル可カラス啻ニ通常受寄者ノ如ク平常自己ノ財産ニ加フル所ノ注意ヲ施スヲ以テ足レリトセス是レ本条末項ニ「本条ノ受寄者ハ有償合意ヨリ生スル通常ノ義務ヲ負担ス」ト云ヘル所以ナリ
第二節 保管
第二百二十二条
二人若クハ数人ノ互ニ訴訟ヲ起シ又ハ各相反スル主張ヲ為スニ当リ其目的タル物ヲ以テ当事者一人ノ手中ニ存スルトキハ徃々弊害ナキコト能ハス或ハ懈怠若クハ悪意ノ為メニ其物紛失シ或ハ毀損スルコトアリ且占有者無資力ナルトキハ之ヲシテ責任ヲ負ハシムルモ結局徒贅ニ属スルコトアリ是ヲ以テ第三者ニ其物ヲ寄託スルヲ以テ至当トス其寄託ヲ称シテ保管ト云フ
通常ノ寄託ハ動産ノミヲ以テ目的トスト雖トモ保管ニ至テハ不動産ヲ目的トスルコトアリ是ヲ以テ保管ハ代理ト類似スル所アリ然リト雖トモ保管ハ尚ホ寄託ノ性質ヲ有スルモノト為ササル可カラス從テ保管ハ要物契約ニシテ物ノ引渡アルニ非サレハ成立スルコト能ハサルモノナリ
加之保管ハ合意上ノ物詳カニ之ヲ言ヘハ当事者双方ノ承諾ニ在リタルトキニ非サレハ眞ノ契約ニ非ス何トナレハ裁判所ノ命令ニナリタルトキハ縦令保管人之ヲ承諾スルモ尚ホ未タ合意非ス裁判所ハ保管人ト結約スルモノニ非ス又当事者ト結約スルモノニモ非ス只其効力ニ至テハ当事者ノ承諾ニ依リ保管ヲ為シタルトキト同一ナリ
第二百二十三條
合意上ノ保管ヲ為スニ当テハ利害関係人尽ク之ヲ承諾セサル可カラサルヤ明カナリ
利害関係人ノ承諾ニ二箇ノ目的アリ即チ保管其事ト保管人ノ選定トノ二者即チ是ナリ
又保管人モ承諾ヲ為スコト勿論ナリ
裁判所ヨリ保管ヲ命シタルトキト雖トモ亦当事者ハ保管人ノ選定ニ付キ其意思ヲ陳述シ又ハ故障ヲ陳フルコトヲ得サル可カラス只此点ニ付キ当事者双方ノ一致セサルトキ始メテ裁判所ヨリ選定ヲ為スヘキモ勿論当事者保管人ノ選定ニ付キ一致スルトキハ合意上ノ保管ヲ約スルコトヲ得然リト雖トモ亦保管人自ラ当事者ヨリ委任ヲ受クルニ非ス裁判所ヨリ直接ニ委任ヲ受クルコトヲ望ムコトアリ又當事者自ラ裁判所ヲシテ保管人ヲ選定セシムルニ於テハ保管人一層誠實ニ其義務ヲ尽スヘシト信スルコトアリ此塲合ニ於テハ裁判所冝シク保管人ノ選定ヲ為スヘシ
第二百二十四条
通常ノ寄託ハ元来無償ナルモノナリト雖トモ亦受寄者其勞力ノ賠償ヲ受クルコトアリ然リト雖トモ決シテ之カ為メ通常ノ寄託ノ性質ヲ変シ之ヲシテ雇傭契約タラシムルモノニ非ス蓋シ受寄者其勞力賠償トシテ受クル所ノ物ハ之カ為メニ眞ノ利益タルモノニ非サレハナリ然ルニ保管人ニ至テハ未タ必スシモ利害関係人ノ良友タラス殊ニ利害関係人数人アルトキハ尽ク之カ為メニ尽力セントスルモノニ非サルカ故ニ之カ為メ無償ノ行為ヲ為スモノト看做ス能ハス是ヲ以テ保管人ハ謝金ヲ受クルヲ当然トス而シテ保管人謝金ヲ受クルモ之カ為メニ寄託ヲシテ雇傭契約タラシムルモノニ非スト雖トモ亦其謝金ハ保管人ノ為ニ一ノ利得ト為ルモノナリト謂ハサル可カラス是ヲ以テ法律上保管人ヲシテ無償ノ結約者ノ責任ヲ負ハシメ一層物ノ保存ニ注意スヘキコトヲ命スルコト旅店ノ主人舟車、水陸運送ノ營業人ニ於ケルカ如クナルハ当然ナリ
第二百二十五條
通常ノ受寄者ハ受寄物ノ賃貸ヲ為スノ資格ヲ有スルモノニ非ス蓋シ通常ノ寄託ハ概ネ其期間甚タ短少ナルモノナルカ故ニ受寄者寄託者ヲシテ賃貸借ノ結果ヲ被ラシムルハ其権限ヲ超過スルモノト謂ハサル可カラス
然ルニ保管ハ争訟ノ判決殊ニ其終審ノ判決ヲ以テ期間ト為スカ故ニ其期間概ネ長キモノナリ故ニ通常関係人ノ利益ヲ計ルモ尚ホ保管人ヲシテ其物ヲ賃貸スルコトヲ得セシメ殊ニ其物ノ不動産ナルトキハ之ヲシテ利益ヲ生セシムルヲ至当トス(財産編第百十九条ヲ参観スヘシ)
然レトモ法律ハ裁判上ノ保管人ニ非サレハ特別ノ権限ナクシテ保管物ヲ賃貸スルコトヲ得セシメス合意上ノ保管人ニ至テハ利害関係人ヲシテ将来ニ義務ヲ負ハシムルニハ特ニ其委託ヲ受ケサル可カラス然レトモ裁判上ノ保管人モ合意上ノ保管人モ共ニ保持及ヒ回取ノ占有訴権ノ更進ノ為メ即チ保管物ノ占有ヲ保存スルカ為メニ保存訴権ヲ行ヒ又其占有ヲ回復スルカ為メニ回取訴権ヲ行フノ点ニ付テハ共ニ同一ノ地位ニ在ルモノナリ
今其占有ノ性質ニ付キ少シク説明ヲ要スルモノアリ
然レトモ保管人モ亦自餘ノ受寄者ト同シク容仮ノ占有ヲ為スニ過キサルモノナリ詳カニ之ヲ云ヘハ保管人ハ自己ノ為メニ占有スルモノニ非ス他人ノ為メニ占有スルモノニシテ利害関係人ノ一人ハ保管人ノ選任アルニ当リ必ス占有ヲ為シタルモノニシテ其占有ハ決シテ保管人ノ選定ノ為メ裁判上之ニ剥奪シタルモノニ非ス是ヲ以テ保管人ハ曩キニ占有ヲ為シタル者ノ名ヲ以テ占有ヲ為スモノナリ是ヲ以テ保管人ハ啻ニ其占有ヲ保持シ又ハ之ヲ回復スルノ権利ヲ有スルノミナラス尚ホ其義務ヲ有スルモノナリ
然レトモ争論ノ起リタルトキニ当リ相手方双方中何レカ占有ヲ為シタルカノ問題ニ付キ疑議ヲ生スルコトナシトセス此塲合ニ於テハ保管人ノ占有モ亦多少不確定ナルモノニシテ本条第三項ニ言ヘルカ如ク保管人ハ結局勝ヲ得ル当事者ノ為メニ占有スルモノト云フヘシ然リト雖トモ尚ホ其占有ノ不確実ナル所アルニ拘ハラス妨害ヲ受ケ或ハ之ヲ奪ハルルニ於テハ占有訴権ヲ行ハサル可カラス
第二百二十六条
争論又ハ訴訟ノ落着スルニ当リテハ勝ヲ得タル当事者ハ当初ヨリ係争物ノ権利ヲ有シタル者ト認メラルルカ故ニ保管人ハ其当事者ニ其保管物ヲ返還セサル可カラス
然レトモ其争論ヲシテ落着セシメタル判決ノ確定スルコトヲ要ス而シテ保管人ハ未タ必スシモ其判決ノ尚ホ上訴スルヲ得ヘキモノナルヤ否ヤヲ知ル能ハサルカ故ニ本条ハ之ヲシテ関係人タル当事者ノ承諾又ハ裁判上ノ命令ニ因リ保管物ヲ返還シ以テ其責任ヲ免カルルコトヲ得セシム
第二百二十七条
保管モ亦寄託ナルカ故ニ本節ニ於テ通常寄託ニ関スル規則ニ異ナル規定ヲ為ササル点ニ付テハ総テ尋常寄託ノ通則ニ從フヘキモノナリ
第二百二十八条
差押物ニ於ケル裁判上ノ保管及ヒ債務者カ弁済ヲ提供シテ債権者ノ受取ルコトヲ拒ミタル金銭若クハ有價物ノ供託ニ至テハ特別法ヲ以テ規定スヘキモノナリ
第十章 代理
第一節 代理ノ性質
第二百二十九条
代理契約ハ前諸條ニ規定スル所ノ契約ト異ナリ諾成契約ニシテ要物契約ニ非ラス然レトモ亦是ト性質ヲ同シウスルアリテ当事者ノ一方ノミ他ノ一方ニ利益ヲ附與スルモノナリ是ヲ以テ代理モ亦無償契約中ニ存スルモノナリ然レトモ代理ノ無償ナルハ其至要ノ原素ニ非ス或ハ代理人謝金ヲ受クルコトアリテ其謝金タル一ニ賠償ノ性質ヲ有スルニ止マラス代理人ノ利得タルコトアリト雖トモ亦之カ為メ其契約雇傭契約ニ変セサルコトアリ只実際ノ適用上當事者ノ契約ニ付シタル名称ノ為メニ其性質ヲ誤ラサルコトヲ要ス
此点ニ関シ存スル所ノ疑團ハ第二百三十一条ニ至リ詳カニ之ヲ説明スヘシ
代理契約ハ實際頗ル重要ナルモノナリ蓋シ各人自ラ己レニ関スル所ノ萬般ノ事ヲ處理スルハ甚タ難ク旅行疾病ノ為メ或ハ特殊ノ能檊ヲ備ヒサルカ為メ或ハ吾人ノ義務ヲ尽スヘキカ為メ已ヲ得ス自己ノ義務ノ全部若クハ一分ノ義務ノ管理ヲ他人ニ託セサルヲ得ス且其期間多少継續スヘキコト實際敢テ少シトセス
代理ノ至要ナル性質ヲ尋ヌレハ管理スヘキ事務委任者ノ利害ニ関スルニ在リ然リト雖トモ亦未タ必スシモ其委任者ノ利害ノミニ関スルヲ要セス或ハ會社若クハ共有権ノ結果ニ依リ其事務委任者ト第三者トノ利害ニ関シ或ハ委任者ト代理人トノ利害ニ関スルコトアリ若シ其事務第三者ノ利害ニノミ関スルトキハ代理契約ヲ為スモ要約者ノ利益ナキニ因リ詳カニ之ヲ言ヘハ原因ナキニ因リ其代理有効ニナラサルヘシ又代理人ノミノ利害ニ関スルトキハ代理ヲ為スモ是レ畢竟一ノ助言タルニ過キスシテ代理人タルモ有名無實ノミ其助言ヲ受ケタル者ハ之ニ從フト否ト一ニ其意思ノ向フ所ニ任スヘク代理人悪意ニテ助言ヲ為シタルニ非サル限ハ縦令為メニ損害ヲ被ルモ敢テ苦情ヲ唱フルヲ得サルモノナリ
委任者ノミ獨リ利害ノ関係ヲ有スルトキハ代理事務ハ委任者ノ利益ノ為メニ行フモノナリ詳カニ之ヲ言ヘハ其結果ノ利害ハ一ニ委任者ノミ被ルヘキモノナリ何トナレハ其事務ハ委任者ノ命令ニ依リ且其時冝ニ依リ與へタル所ノ指揮ニ從テ之ヲ報行スルモノナレハナリ
尚ホ代理ノ性質トスル所ハ代理人委任者ヲ代表スルニ在リ更ラニ言ヲ換ヘテ之ヲ言ヘハ其代理事務ハ委任者自ラ之ヲ行フモノト看做サルルニ在リ蓋シ代理人ハ第三者ト約束スルモ自己ハ之カ為メニ義務ヲ負担スルモノニ非ス又之ト要約スルモ自己ノ為メニ要約ヲ為スニ非スシテ委任者ヲ指名シ且其事務タル委任者ノ利害ニ関スルコトヲ明言シ以テ之ヲ斡旋スルモノナリ故ニ代理ノ履行ニ依リ生スル所ノ権利及ヒ訴権ハ委任者之ヲ行ナヒ又ハ委任者ニ對シ之ヲ行フヘキモノトス
然レトモ亦代理人委任者ヲ代表スルハ代理契約ノ主要ナル原素ニ非スシテ代理人自己ノ名ヲ以テ第三者ト契約ヲ為シ第三者ハ代理人ノ外之ヲ知ラス其債権者若クハ債務者ト為ルコトアリ只後ニ至リ代理人ハ其第三者ト為シタル行為ノ利害ヲ以テ委任者ニ移スヘキノミ此種ノ代理ヲ称シテ仲買契約ト云ヒ商事ニ於テ専ラ行ハレ特ニ之ヲ以テ一ノ營業ト為スニ至ルモノアリ
此種ノ代理ノ利益ハ茲ニ之ヲ説明スルヲ要セス只仲買人ハ委任者ニ比スレハ一層其名ヲ知ラルルカ故ニ商事上委任者ニ比シ一層信用アリ且委任者重要ナル商取引ニ関スルトキ其名ヲ表ハササルヲ欲スルニ因リ其名ヲ隠蔽スルヲ得ルノ利アリ
抑モ仲買ナルモノハ商事ニ於テ専ラ行ハルルモノナリト雖トモ亦之ヲ民事ニ通用スルヲ妨ケス故ニ本条ハ特ニ之ヲ認許シタリ然レトモ其効力ニ至テハ商法ノ規定ニ從フヘキモノトス
第二百三十條
代理人ノ黙示ノ受諾ハ代理ノ前ニ断スルコトヲ得是ヲ以テ代理人先ツ謝金ヲ領受シ又ハ管理スヘキ事件ニ関シ指揮ヲ乞フタルトキハ即チ黙示ニテ代理ヲ受諾シタルモノタルヤ毫モ疑ヲ容レス
然レトモ黙示ニテ委任ヲ為シタルトキニ至テハ容易ニ之ヲ認ムルヲ得ヘカラス何トナレハ委任ヲ為スニ当リ之ヲ黙示スルハ実際稀ナルノミナラス委任者ノ為メ代理ノ受諾ニ比スレハ損害ヲ生スルコトアルヘケレハナリ然リト雖トモ亦夫其婦ニ日用ノ食料品其他子女ノ衣服ヲ買受クルノ委任ヲ黙示ニテ為スコトアルヘク或ハ僕婢其主家ノ慣習ト事情トニ從ヒ或ル消費品ヲ買受クルカ為メ其主人ヨリ黙示ノ委任ヲ受クルコトナシト云フ可カラス又此他ノ塲合ニ於テモ他人自己ノ利害ニ関スル事件ニ付キ管理行為ヲ為スコトヲ見依然之ヲシテ継続セシメ敢テ之ヲ制止セサルトキノ如キハ即チ黙示ノ委任ヲ為シタルモノト看做スコトヲ得ヘシ固ヨリ裁判所ハ黙示ノ委任ヲ認ムルニ付テハ成ルヘク慎重ヲ旨トシ輕々ニ之ヲ認ム可カラスト雖トモ一般ノ原則ニ依ルトキハ黙示委任モ認ムルヲ得(財産編第三百七條ヲ参観スヘシ)
第二百三十一條
上ニ陳ヘタル如ク代理ハ寄託及ヒ使用貸借ト異ニシテ本来無償ナルモノニ非ス代理人ニ謝金ヲ附與シ又ハ之ヲ約スルモ為メニ其性質ヲ変シ之ヲシテ雇傭契約タラシムルモノニ非ス斯ノ如ク代理人ノ謝金ヲ受クルニ拘ハラス猶ホ代理契約ノ性質ヲ変セサル所以ヲ説明センニ其謝金タル代理人ノ尽力ノ充分ナル賠償ト為スニ足ラス委任者ハ縦令謝金ヲ與フウルモ尚ホ徳義上代理人ニ對シ義務ヲ負フモノナルカ故ニ其契約ハ依然代理ノ性質ヲ変スルコトナシ之ニ反シ雇傭契約ニ基キ謝金ヲ拂フタルモノハ毫モ相手方ニ對シ徳義上義務ヲ負担スルモノニ非ス
又代理ノ目的タルヘキ事件ノ性質ト雇傭契約ノ目的タルヘキ事件ノ性質トヲ區別スルノ標準ヲ考フルニ其事件ノ性質實力上ノモノニ非ラス法律上ノモノ例ヘハ契約ヲ取結ヒ訴訟ヲ為シ商取引ヲ為スカ如キモノニシテ併セテ管理者ノ篤実ナルヲ多少信用スルニ出テタルトキハ即チ之ヲ目的トスル契約代理ナリト云フヘシ之ニ反シ家屋ヲ建築若クハ修繕シ又ハ事物ヲ運搬スルノ委託,或ハ僕婢ノ勞力ノ如キ加之番頭手代等ノ勞務モ秘密ヲ守リ口頭ノモノニ非サルトキハ須ク雇傭契約若クハ仕事受負契約ヲ為スニ過キサルモノト云フヘシ佛國其他諸國ニ於テ代言人代書人公証人教師及ヒ医師ノ職務ニシテ謝金ヲ受クルモノハ代理ノ目的タルヘキカ将タ雇傭契約ノ目的タルヘキカニ付キ大ニ論議スルコトアリ而シテ論者是等ノ營業ノ地位ヲ低クセサラシメントノ念慮ニ出テ之ニ謝金ヲ附スルモ尚ホ一概ニ代理契約ノ目的タリト称スルモノノ如シ然レトモ自重心ヲ以テ法律問題ヲ決ス可カラス故ニ此問題ヲ決スルニハ其種ノ性質如何ニ依ラサル可カラス
然ルニ曩キニ陳ヘタル如ク代理ノ本来ノ性質タリトスル所ハ代理ヲ為スモノ委任ヲ為シタル者ヲ代表スルニ在リ是ニ依テ之ヲ観レハ代言人及ヒ代書人ハ訴訟人依頼人ヲ代表シ其名ヲ以テ之ヲ處スルモノナルカ故ニ代理人タルヤ毫モ疑ヲ容レス而シテ其勞務タル固ヨリ無償ノモノニ非サルカ故ニ代言人及ヒ代書人ハ即チ謝金ヲ受クル所ノ代理人ナリ是ヲ以テ委任者ハ無謝金ノ代理人ニ求ムルニ一層注意ヲ深クスルコトヲ求ムルノ権利ヲ有ス然ルニ公証人其職務ヲ行フニ当テハ之ニ書類ノ調製ヲ嘱託スル所ノ者ヲ代表スルモノナリト云フコト能ハス殊ニ其当事者ヨリ為メニ契約書ヲ調整スヘキコトヲ同時ニ嘱託セラレタル塲合ニ於テハ総当事者ハ互ニ利害ヲ異ニスルニ因リ同一ノ代表人ヲ有ス可カラサルヲ以テ公証人之ヲ代理スト云フ可カラサルヤ多辯ヲ要セスシテ明カナリ尚ホ公証人当事者全ク自ラ調製スルコト能ハサル要式ノ書類ヲ調製スルニ当テハ公証人ハ当事者ノ名ヲ以テ之ヲ告クルモノニ非ス自己ノ名ヲ署名シ而シテ当事者ハ某ノ日自己ノ面前ニ来リ某々ノ陳述ヲ為シ又ハ某々ノ讓渡義務若クハ免除ヲ承諾シタルコトヲ証明スト云フニ止マルヲ以テ当事者ノ代表人タラサルコト一層瞭然タリ
又學術技藝ノ教師ハ何人ヲモ代表スルモノニ非ス故ニ之ヲ以テ代表人ト為スハ到底理ノ容レサル所ナリ蓋シ教師ハ其子弟ヨリ謝金ヲ受クルモ決シテ其子弟ヲ代表スルモノニ非ス又子弟ノ未成年者ニシテ父母為メニ謝金ヲ拂フモ尚ホ教師ハ之ヲ代表スルモノト云フ可カラス縦令子弟ノ家族ヨリ其教育ノ委託ヲ受クルモ尚ホ其教育ハ子弟ノ家族之ヲ施スモノニシテ教師ハ只之カ為メ其教育ノ役ヲ為スヘキノミ
医師ノ如キニ至テモ亦治療ヲ託シタル患者又ハ其家族ヲ代表スルモノニ非ス
夫レ然リ公証人教師及ヒ医師ハ代表人タラサルニ因リ其行為ハ雇傭ナリト云フヘキカ
其行為ハ断然雇傭ニ非スト謂ハサル可カラス若シ公証人教師及ヒ医師ノ勞務ハ之ニ謝金ヲ附スルモ尚ホ全ク其弁済ヲ終ハリタルモノト云フ可カラス謝金ヲ與へタル者ハ法律上其義務ヲ尽スモ尚ホ徳義上其義務ヲ尽シタルモノニ非ス必ス多少自ラ謝意ヲ有セサル可カラサルモノニシテ啻ニ時日ノ經過ニ因リ之ヲ遺忘スルニ至ルコトアルノミ
然ラハ即チ此種ノ勞務タル雇傭ニ非ス亦代理ニ非ストセハ如何ナル行為ニ属スヘキカ
論者中之ヲ以テ代理ニ非ス亦雇傭ニ非スト唱フルモノハ公証人等ニ委託ヲ為スハ即チ一ノ無名契約ヲ為スモノナリト称シタリ蓋シ無名契約ナリトスルハ契約ノ殊別中其何レニ属スルカヲ容易ニ認メ難キ塲合ニ於テ困難ヲ断定スルノ手段ニシテ有名合意中何レニ属スルカヲ判別シカタキニ当リ無名契約ナリト断定シタルコト前例乏シカラス(財産編第三百三条ヲ参観スヘシ)然レトモ茲ニ論スル所ノ塲合ニ於テハ未タ無名契約ナリト称スルヲ得サルモノアリ
抑モ茲ニ論スル所ノ塲合ニ於テハ決シテ法定義務アリト云フ可カラス其法律上ノ原因ヲ求メントスルハ誤謬ナリト謂ハサル可カラス蓋シ此問題タル次章ニ至リ重ネテ之ヲ研究シ第二百六十六条ニ至リ代言人医師教師等ハ徳義上其着手シタル所ノ事件ヲ継続完結スルノ義務アルニ過キサルヲ以テ本則ト為スコトヲ論明セン
第二百三十二條
代理ヲ総理ト部理トニ区別スルハ古来ノ遺傳ナリ
理論上之ヲ言ヘハ代理ノ純然総理ニシテ代理人ヲシテ委任者ノ為メ其資産ノ利益ノ為メ有益ナルヘキ一切ノ行為ヲ為サシムルコトヲ得ヘシ然レトモ実際上之ヲ見ルニ斯ノ如キ代理ハ甚タ弊害多ク委任者ヲシテ代理人ノ豫見セサリシ所ノ極メテ重大ナル行為ヲ為スノ権ヲ有セシメ遂ニ之カ為メニ委任者ノ資産ヲ蕩尽スルニ至ルコトナシトセス例ヘハ不動産ヲ譲渡シ之ヲ抵当トシ金銭ヲ貸與シ更改ヲ為シ和解ヲ為スカ如キ為メニ委任者ヲシテ危険ヲ被ラシムルニ至ルコトアルヘシ只僅カニ絶對的総理ノ代理権ヲ得タル者ニ禁スル所ハ委任者ノ名ヲ以テ贈與ヲ為スノ一事ニ止マルヘシ蓋シ贈與ハ對價ヲ得スシテ委任者ノ財産ヲ失フモノナルカ故ニ如何ニ絶對ナル総理代理権ヲ得タル者ナリト雖トモ尚ホ之ヲ為スコトヲ得サルヘシ是ヲ以テ本条ハ委任者ヲシテ意外ニ重大ナル結果ヲ被ルコトヲ免カレシメンコトヲ計リ総理代理ノ区域ヲ管理行為ニ減縮シタリ蓋シ管理行為ハ性質上資産ヲ全然保存シ又ハ之ヲ毀損セスシテ只改良スルニ止マルヲ目的トスルモノナリ故ニ其行為ハ決シテ委任者ニ害ヲ及ホスヘキモノニ非ス是ヲ以テ若シ委任者代理人ノ権限ヲシテ一層廣カラシメント欲スルトキハ特ニ其権限ヲ指定セサル可カラス
是ニ由テ之ヲ観ルニ法律ニ認ムル所ノ代理ニ二種アリ第一ヲ総理代理トシ管理行為ノミヲ包含スルモノトス第二ヲ部理代理トシ管理行為ニ比シ一層重大ナル行為例ヘハ不動産ヲ讓渡シ之ヲ抵當トシ金銭ヲ借用シ和解ヲ為スカ如キ行為ノ一箇若クハ数箇ヲ包含スルモノトス勿論部理代理ニハ某々ノ不動産ヲ譲渡シ又ハ買取ルヘシト云ヒ又ハ若干ノ金銭ヲ貸借スヘシト云フカ如キ特定ノ一箇若クハ数箇ノ行為ノミヲ包含シ或ハ結約セントスル人ヲ指示シテ之ヲ為スコトヲ得
右等ノ塲合ニ於テ代理ノ権限ヲ定ムルニハ黙示ノ意思ヲ以テスルコト能ハサルカ故ニ代理ノ明示ニ成ルコト最モ多カルヘシト雖トモ亦尚ホ黙示ノ代理アルコトナシト云フ可カラス第一総理代理即チ管理スルノ代理ノ如キハ其性質委任者ニ有益ニシテ加之必要ナルコト最モ多キカ故ニ事実ノ情状ニ因リ自ラ成立スルコトアルヘシ又朋友ノ一人将ニ旅行ノ途ニ上ラントスルニ当リ之カ為メ其名ヲ以テ緊急止ヲ得サルノ行為ヲ為サンコトヲ言込ミ而シテ其人他ニ代理人ヲ選マスシテ発途シ加之代理ヲ為サントノ言込ミヲ為シタル者ニ代理ノ履行ニ必要ナル費用証書其他ノ物ヲ交附シタルトキノ如キハ黙示ニテ部理代理成立シタルモノト云フヲ得ヘシ
第二百三十三条
凡ソ代理ハ其性質若クハ其範圍ノ如何ニ拘ハラス其直接ノ目的ノ外尚ホ他ニ包含スル所ノモノアリ言ヲ換ヘテ之ヲ言ヒハ代理ハ黙示ノ結果ヲ収了スルコトヲ要スルモノナリ然ルニ其結果タルモノ果シテ如何ヲ定ムルニ付テハ多少論議ヲ為ササルヲ得ス
夫レ然リ而シテ代理ハ委任事件ノ一切ノ自然ノ結果ヲ包含スト云フ可カラス何トナレハ其結果タル或ハ継続スルノ久シキニ亘ルコトアリ或ハ其生スルトキト委任ノトキト懸隔スルコト甚シキコトアリ或ハ其錯雑紛争困難ナルコトアルヘク且之カ為メニ代理人代理ヲ受諾スルニ当リ承諾シタル以外ノ負担困難ヲ被ルニ至リ加之委任者代理人ノ敏腕精密周到ノ性質アルヲ信シタルモ以後生スル所ノ結果ヲ収メシムルニ至ルマテ之ニ信ヲ置キタルコトナシトセサレハナリ
然リト雖トモ亦代理人ヲシテ委任事件ノ結果ヲ毫モ負担セシメサルヲ得ス蓋シ如何ナル事件タリトモ即時ニ終了シテ毫モ結果ヲ存セサルコト極メテ少ナシ然ルニ若シ委任者ヲシテ明示若クハ黙示ノ代理ノ直接ノ目的タル所ノ外處理スルノ義務ナク亦権利ナカラシムルトキハ遂ニ委任者ノ希圖シタリシ所ノ目的ヲ貫徹セサルニ至ルヘシ
是ヲ以テ本条ニハ一ノ制限ヲ設ケ以テ委任者ノ負担ヲ重キニ失セシメス又代理人ノ目的ヲシテ貫徹セサラシムルコトヲ得代理人ノ處理スヘキ事件ノ範圍ニ過不及ナカラシメタリ即チ代理人ハ其負担スル所ノ代理行為ヨリ必然ニ生スヘキ事柄ヲ處理セサルヲ得サルモノトセリ
是ヲ以テ委任事件管理行為ニシテ而シテ代理人其管理行為トシテ修繕ヲ命シタルトキハ其修繕ノ検査監督ヲ為シ且其支拂ヲ為スコトヲ得ヘク亦之ヲ為ササル可カラス又代理人賃貸借ヲ為シタルトキハ定期ノ支拂ノ為メ定メタル期限ニ至リ貸賃ヲ領受スルヲ得ヘキノミナラス亦之ヲ請求セサル可カラス何トナレハ良管理者ハ貸賃ヲシテ堆積セシメ之ヲ請求セサルカ如キコトアラサルモノナレハナリ
又不動産ヲ買受クルノ部理代理アリタルトキハ代理人ハ啻ニ契約ニ署名スルニ止マル可カラス尚ホ所有権移轉ノ公示ノ方式ヲ履行セサル可カラス
然ラハ即チ不動産引渡ノ時期直チニ契約後ニ在ルカ又ハ多少契約ノ時ト接近セルトキハ其引渡ヲ受クルノ義務ヲ負担スヘキカ
又不動産ヲ賣渡スノ部理代理アリタルトキハ其不動産ヲ引渡スノ権限ヲ有スルモノト云フヘキカ
今右ノ二問題ヲ決スルニ当リテハ先ツ第一ノ塲合ニ於テハ代理人賣買代價ヲ弁済スルノ権限アルカ又第二ノ塲合ニ於テハ代價ヲ受取ルノ権限アルカヲ断定セサル可カラス実ニ代理人タル賣主賣買代價ヲ受取ラスシテ不動産ヲ交附スルトキハ為メニ賣主ノ権利及ヒ担保ヲ損傷スヘク又代理人タル買主モ代價ヲ拂ハスシテ不動産ノ交附ヲ受ケンコトヲ請求スルハ能ハサルヘシ是ヲ以テ本条ニハ特ニ明文ヲ設ケ是等ノ事柄ハ敢テ代理ヨリ必然ニ生スへキ結果ニ非サルコトヲ明記シタリ蓋シ代理人元本ヲ要約スルヲ得ルモ未タ之カ為メニ其元本ヲ受取ルノ権限アリト云フ可カラス又元本ヲ諾約シタル者ハ之ヲ弁済スルノ資格ヲ有スルモノト云フ可カラス只其利息ヲ授受スルヲ得ルニ過キス是ヲ以テ賣買代價弁済ノ時ニ当リ引渡ヲ為サントスルノ約アリタルトキハ其引渡ハ代理人タル買主又ハ賣主ノ権限中ニ包含セサルモノト云フヘシ
代理人抵当ヲ取ルノ委任ヲ受ケタルトキハ其登記ヲ為ササル可カラス何トナレハ抵当ノ登記ハ第三者ヲシテ之ヲ知ラシムルノ方法ニシテ是ナクンハ其抵当ヲ以テ債務者ノ他ノ債権者若クハ其不動産ヲ取得シタル者ニ対抗スルヲ得サルモノナレハナリ然レトモ亦此代理人ハ債務者協議上其不動産ヲ賣却シ又ハ差押ニ依リ其不動産ノ競賣アリタルニ当リ其賣買代價ニ付キ委任者其抵当ノ順位ニ因リ配當ニ加ハルノ注意ヲ為スニ及ハス蓋シ配當加入ハ手續ノ複雑ナル行為ニシテ之ヲ為スニ付テハ代理人或ハ必要ナル書類ヲ有セサルコトナシトセス況ヤ代理人ハ抵当ヲ以テ担保シタル元本ヲ受取ルコトヲ得サルモノトス蓋シ其元本ヲ受取ルニ於テハ或ハ損失ノ危険ヲ被ルコトアリテ委任者ハ毫モ之ヲ被ルノ意思アリタルモノニ非ス故ニ代理人漫リニ其元本ヲ受取ルトキハ是ヨリ生スル所ノ損失ノ危険ヲ担当セサル可カラス
以上適例トシテ示シタル所ノ代理ハ尽ク元本ヲ管理シ契約ヲ訂結シ又ハ取引ヲ為スノ代理ノミナリ然レトモ尚ホ訴訟ヲ為スノ代理ナルモノアリ此代理ヲ受ケタル者ハ原告トシテ訴訟ヲ起シ又ハ被告トシテ之ニ答弁スルノ任ヲ受ケ又既ニ第三者間ニ起リタル訴訟ニ干渉シ其訴訟ニ於テ原告又ハ被告ト為リ委任者ノ権利ヲ主張スルカ為メ之ニ参預スルノ任ヲ受クルコトアリ
右ノ塲合ニ於テハ代理ヨリ直接ニ生スル必然ノ結果ト多少偶然ニシテ間接ニ生スル所ノ結果トアリテ代理人ハ代理ヨリ直接ニ生スル必然ノ結果ヲ担当スヘキカ故ニ多少之ト隔絶シ間接ニ生スル所ノ結果ニ至テハ敢テ之ヲ被ルヘキニ非ス
例ヘハ原告タル代理人ハ其請求ニ對シ起リタル抗弁ヲ攻撃シ又反訴即チ被告ヨリ申立ツル所ノ反訴ニ對シ答弁ヲ為ササル可カラス又第一審ニ於テ勝訴シタルトキハ抗告若クハ控訴期限ヲ經過セシムルカ為メ判決ノ送達ヲ為サシメ又敗訴者ヨリ法律上ノ期間内ニ於テ判決ニ攻撃ヲ為シタルトキハ其上訴ニ付キ被告ト為リテ尚ホ訴訟ヲ為ササル可カラス
又被告タル代理人ハ抗弁ノ方法ニ付キ原告ト相反スル義務ヲ有スルモノニシテ即チ抗弁ヲ申立テ反訴ヲ起シ又其勝訴スルトキハ勝訴期間ヲ經過セシムルカ為メニ判決ヲ送達セサル可カラス
是レヨリ原告若クハ被告タル代理人敗訴シ而シテ之ニ判決ノ送達アリタルトキヲ仮定センニ此塲合ニ於テハ先ツ代理人法律上ノ期間内ニ於テ控訴ヲ為シ尚ホ控訴ノ原告人ト為リ上訴ヲ継続スルヲ要スルカ
抑モ控訴ハ更ラニ費用ヲ要スヘキモノナルカ故ニ代理人控訴期間内ニ於テ其旨ヲ委任者ニ通知スルヲ得ルトキハ先ツ之ニ通知ヲ為シ以テ控訴ヲ為スノ認諾ヲ受クルヲ可ナリトス然レトモ若シ委任者ニ其旨ヲ通知スルコト能ハサルトキハ代言人ノ如キ訴訟事件ニ熟練スル人ノ助言ヲ聞キ以テ成ルヘク委任者ノ利益ヲ計リ事ヲ處セサル可カラス
上告ニ至テハ法律ノ違背アル塲合ニ於ケル非常ノ上訴ナルカ故ニ代理人ハ之ヲ以テ其代理ヨリ生スル必然ノ結果ト看做スヘカラサルヲ原則トス然レトモ尚ホ実際甚タ稀ナルニ拘ハラス法律ニ違背セルコト顕然タルトキハ又代理人独断ニテ上告ヲ為スコトヲ得ヘシ
尚ホ本条ハ訴訟ヲ為スノ委任ヲ受ケタル代理人ニ属スル所ノ二箇ノ権能ヲ明記シタリ即チ代理人原告タルトキハ縦令自己ニ對シ申立テラレタル抗弁ノ更ラニ攻撃シ得ヘカラサルトキト認ムルトキト雖トモ尚ホ訴訟ヲ取下クルコトヲ得ス蓋シ訴訟ノ取下ハ費用ノ増加ヲ止メ加之損害賠償ノ請求ヲ豫防スルヲ得ヘキモノナリト雖トモ或ハ代理人被告ノ抗弁方法ノ強弱ヲ誤リテ輕忽ニ取下ヲ為スコトナシト云フ可カラス固ヨリ代理人ハ裁判所ヲシテ其権利ニ付キ判定ヲ為サシムルコトヲ欲シタルモノニシテ代理人ニ其裁断ヲ任セタルモノニ非ス故ニ代理人ハ決シテ其委任ヲ受ケタル訴訟ヲ取下クルヲ得ス又代理人被告タルトキハ如何ニ原告ノ請求至当ナリト認ムルトキト雖トモ尚ホ之ニ承服スルコト能ハス又代理人ハ決シテ和解ヲ為スコト能ハス此三箇ノ行為即チ取下承服及ヒ和解ナルモノハ特別ノ委任アルニアラサレハ代理人ノ為スコト能ハサル所ノモノトス
又本条ニ和解ヲ為スノ委任ハ仲裁人又ハ裁判所ヲシテ争論ヲ裁決セシムル委任ヲ包含セスト云ヘリ蓋シ和解ハ委任者代理人ノ慎密温和ナルヲ信シ又ハ豪毅ナルヲ信シタルカ故ニ之ヲ委任スルモノニシテ全ク代理人ニ信用ヲ置キタルニ因ル然ルニ其争論ノ裁断ヲ他人ニ任スルハ決シテ委任者ノ意思ニ應スルモノト云フ可カラス加之和解ヲ為サスシテ之ヲ仲裁ニ任スルカ如キハ委任者ヲシテ多少費用ヲ負担スルコト多カラシムルニ至ルモノナリ何トナレハ仲裁人ノ如キハ通常ノ代理人ニ比スレハ一層多ク謝金ヲ受クルモノナレハナリ
又代理人和解ヲ為スノ権限ヲ有シタル塲合ニ於テモ通常ノ裁判所ヲシテ其訴訟ヲ裁決セシムルコトヲ得ス是亦訴訟ヲ起ストキハ必ス費用ト時日ノ遷延トヲ来ササルヲ得サルカ故ナリ
尚オ法文ハ右ニ反スル塲合ニ付キ同様ノ規定ヲ設ケ代理人仲裁人ヲ選任スルノ委任ヲ受ケタルトキハ争訟ノ輕少ナルヲ口実トシ其委任者ノ権利ヲ多少損傷シテ和解ヲ為シ自ラ争論ヲ落着セシムルコト能ハス又通常ノ裁判所ニ出訴シ其採決ヲ為サシムルコト能ハス其理由ハ又曩キニ陳ヘタル所ト同一ナリ
前諸段ニ於テ説明スル所ノ法則ハ畢竟本条ノ冒頭ニ掲ケタル原則ノ適用ニ外ナラスシテ此他ノ塲合ニ於ケルモ尚ホ裁判所ノ指針タルヲ得ヘキモノナリ
以上代理人ノ権限ニ付キ設ケタル所ノ制限ニ関シテハ尚ホ総理代理ニ照ラシ之ヲ論究スルコトヲ要ス
蓋シ総理代理ト雖トモ亦其区域ニ制限アリテ管理行為ノ外包含スル所ナシ然リ而シテ管理行為タリトモ尚ホ其区域頗ル廣大ニシテ通常管理行為ト云フトキハ單ニ資産ノ保存ニ止マルト雖トモ代理ノ塲合ニ於テハ其行為ハ單ニ資産ヲ保存スルニ止マル可カラス
是ヲ以テ総理代理人ハ尚ホ他ノ諸件ヲ為スコトヲ得ルノミナラス亦之ヲ為スノ義務アルモノトス
第一要求期ニ至リタル委任者ノ債務ヲ償却スルコト
抑モ総理代理人ハ委任者ノ債務者ニ對シ弁済ヲ請求スルノ権限ヲ有スルヤ毫モ疑ヲ容レサル所ニシテ其弁済ノ要求ハ資産ヲ保存スルノ行為ニ属スルヤ明カナリ然リト雖トモ亦其義務ノ償却モ均ク代理人ノ為メ利益アルモノナリ何トナレハ若シ其債務ヲ弁済セサルトキハ何等ノ利益モナクシテ徒ラニ利息ヲ増加シ加之債権者ヨリ訴訟ヲ起スカ為メ無益ノ費用ヲ負担スルニ至ルコトアルヘケレハナリ
然レトモ委任者ノ債務ヲ弁済スルノ権限ハ其負担スル所ノ以外ノ物ヲ以テ弁済ニ供スルノ権利ヲ包含スルモノニ非ス即チ委任者ハ代物弁済ヲ為スコト能ハスルモノトス又前義務ニ更フルニ新義務ヲ約シ以テ更改ヲ為スコト能ハス但シ其事頗ル輕クシテ管理行為ト看做スコトヲ得ヘキ塲合ニ於テハ尚ホ代物弁済又ハ更改ヲ為スコトヲ得ヘシ
委任者ノ債務ヲ弁済スルノ権限ハ其法定ノ債務ニ関シ存スルノミ其自然義務ニ至テハ固ヨリ訴追ヲ起スコトアラサルカ故ニ一ニ債務者本人ノ良心ニ出テサル可カラス決シテ代理人漫リニ之ヲ弁済スヘカラス(財産編第五百六十二条以下ヲ参観スヘシ)又代理人債務者ノ債務ニ付キ争ヲ容ルルコトヲ得ヘシト看做シタルトキハ其弁済ヲ為サス原告ヲシテ訴追ヲ為サシムルコトヲ得ヘシ此塲合ニ於テハ委任者ニ對シ原告ヨリ供シタル事情ニ於テ抗弁ヲ為スノ権限ヲ有スルモノトス又代理人ハ事実若クハ法律上委任者ニ対シ言渡アリタル判決ニ関シ上訴ヲ為スヲ得ヘシト認メタルトキハ上訴ヲ行フコトヲ得即チ控訴若クハ上告ヲ為スコトヲ得ヘシ此事タル訴訟ヲ為スノ部理代理アルニ止マル塲合ニ於テハ代理人ノ為スコトヲ得サル所ナリシモ総理代理ヲ得タルモノニ至テハ之ヲ為スコトヲ得ルモノト云フヘシ
第二委任者ノ對人若クハ物上ノ動産訴権ヲ行フコトヲ得例ヘハ金銭其他動産物ノ債務者ニ對シ訴追ヲ為シ又委任者ニ属スル動産物ノ回復ヲ為スコトヲ得但シ即時々効ヲ以テ対抗セラルヘキ塲合ハ此限ニ在ラス
然レトモ不動産訴権ニ至テハ極メテ重要ナルカ故ニ総理代理人ト雖トモ尚ホ之ヲ行フコトヲ得ス加之不動産訴権ヲ行フトキハ或ハ其訴訟ヲ為スノ拙劣ナルカ為メ間接ニ委任者ヲシテ不動産ヲ失ハシムルニ至ルコトナシトセス故ニ不動産ノ處分ニ至テハ部理代理アルニ非サレハ代理人ノ為スコト能ハサルモノトス然レトモ不動産訴権ニ対シ抗弁ヲ為スニ至テハ総理代理人ノ行フヲ得ヘキ所ノモノトス何トナレハ代理人ト委任者トノ所在地隔絶スルトキハ委任者ヨリ一々代理人ニ指揮ヲ為ス能ハサルカ故ニ代理人ヲシテ抗弁ヲ為スヲ得サラシムルトキハ遂ニ其不動産ヲ保存スルコト能ハサルニ至ルヘケレハナリ
又代理人ハ判決ヲ執行スルノ請求ヲ為シ又ハ動産差押ヲ為スコトヲ得然レトモ不動産差押ニ至テハ費用多ク時日久シキヲ要シ且其差押ノ手続不適法ナル塲合ニ於テハ多少巨額ナル損害賠償ヲ惹起スルコトアルカ故ニ代理人漫ニ之ヲ行フ可カラス
第三委任者ノ為メニ義務ヲ約シ以テ其財産ノ管理ヲ容易ニシ詳カニ之ヲ言ヘハ其保存及ヒ改良ヲ容易ニスルコトヲ目的トスヘキコト
委任者ノ財産ノ管理ヲ容易ニスルノ目的ニ出テ義務ヲ約スルノ契約中ニハ賃貸借ヲ以テ第一トス蓋シ賃貸借ハ委任者ヲシテ義務ヲ負担セシムルモノナリト雖トモ亦之ヲシテ其財産ノ収入ヲ確然収受スルヲ得セシムルモノナリ又代理人財産ヲ賃貸セスシテ耕作其他ノ方法ニ依リ之ヲ利用スルトキハ亦之ヲシテ其利用ノ事ニ関シ職工其他農具肥料其他ノ供給者ト義務ヲ約スルヲ得セシメサル可カラス
第四容易ニ毀損スヘキ動産物又ハ保存ノ困難若クハ費用ノ多キヲ来スヘキ動産物ヲ讓渡スコト
第五不動産占有訴権ヲ行ヒ回復訴権以外ノ方法ニ依リ動産ノ時効ヲ中断スルコト
蓋シ代理人将ニ其権限ヲ超過スルノ行為ヲ行ハントスルニ当テハ自己ノ権限外ノ行為ヲ加ヘントスル相手方タル第三者ヨリ妨害ヲ受クヘシ去レハ総理代理人不動産回復訴権ヲ行ハントスルトキハ被告ハ必ス之ニ其不動産回復訴権ヲ行フノ資格ナキコトヲ對抗スヘシ又賣渡ノ委任ヲ受ケタル部理代理人賣買代價ヲ請求セントスルトキハ買主之ヲ拒絶スヘシ
然レトモ第三者自ラ代理ノ法律上ノ制限ヲ知ラスシテ回復訴権ヲ被リタル塲合ニ於テ訴訟ノ裁決ヲ受ケ又代價ノ請求ヲ受クルニ当リ之ヲ弁済シタルトキハ其事固ヨリ法律ニ違反スルモノニシテ委任者之ヲ承諾セサリシ利益アルトキハ之ニ對シ効力ヲ及ホササルヘシ然リト雖トモ亦委任者ハ之ヲ認諾スルコトヲ得但シ如何ニ説明スルカ如ク代理人ニ對シ損害賠償ヲ請求スルノ権利ヲ失ハス
然リ而シテ此点ニ付テハ委任者モ亦代理人ノ権限ヲ指定スルニ付キ多少懈怠ノ責ヲ己レニ帰セサル可カラサルヤ否ヤヲ区別スルコトヲ要ス蓋シ代理人ノ権限タル之ヲ定ムルニ茫漠トシテ委任者ノ意外ニ渡ルモ其責ヲ委任者ノ不注意ニ帰スヘキコトナシトセス
第二百三十四条
委任ハ其委託ヲ受クル所ノ行為ヲ自己ノ為メニ為スノ能力ヲ充分有スル者ニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス從ツテ自己ノ為メニ或ル法律上ノ行為ヲ為スコト能ハサル者例ヘハ未成年者ノ如キハ他人ノ為メニ之ヲ為スノ能力ナキニ似タリ然レトモ是レ誤謬ノ見解タルヲ免カレサルヘシ抑モ委任者ハ其利益ヲ託スル所ノ者ノ能力ヲ自ラ裁断スヘキモノニシテ或ハ未成年者ト雖トモ成年者ト均ク智力発達シ容易ナル事件ニ付テハ之ヲ處理スルモノナルカ故ニ之ニ其事件ノ處理ヲ委託スルモ決シテ妨ケアルコトナシ又之ニ詳細ノ指揮ヲ為シ以テ弱年ニシテ不經験ナルヲ補ヒ容易ニ其代理ヲ履行スルヲ得セシムルコトヲ得ヘシ是ヲ以テ未成年者ト雖トモ亦代理人タルコトヲ得
加之自治産ノ條件スラ尚ホ之ヲ必要トセス蓋シ代理人ハ第三者ニ対シ(仲買人ト異ナリ)義務ヲ負担セサルカ故ニ自己ノ名ヲ以テ義務ヲ負担スルノ能力アルト否トハ之ヲ問フヘキニ非ス加之未成年者ハ有効ニ義務ヲ負担スルコトヲ得ストスルノ一般ノ原則モ決シテ此法則ト衝突スルコトナシ何トナレハ代理人其管理ニ付キ過失アリタルトキハ委任者ハ之ニ對シ普通法ニ依リ訴権ヲ有スルニ過キス詳カニ之ヲ言ヘハ其利得若クハ詐欺ニ依リ生シタル損害ノ限度内ニ於テノミ之ニ對シ訴権ヲ行フヲ得ヘキノミ(財産編第五百五十二条第二項ヲ参観スヘシ)
第二百三十五条
代理人他人ヲシテ自己ニ代ハラシムルノ権及ヒ此権能ニ加ヘタル所ノ制限モ亦代理ノ性質ニ関スル総則中ニ記載スヘキモノト認メタリ是レ本条ヲ設ケタル所以ナリ
本条第一項ニ代理人他人ヲシテ自己ニ代ハラシムルノ権利アルコトヲ明カニ認許シタリ但シ此法則ニ付テハ例外アリ蓋シ委任者代理人ノ能力ト篤実トヲ信用スル以上ハ亦代理人自ラ事務ヲ斡旋スルト他ノ人ヲシテ己レニ代ハラシムルトヲ問ハス均ク之ニ信ヲ置キタルモノト云フヘキヤ明カナリ加之代理人モ亦自ラ委任事件ニ関スル一切ノ行為ヲ自ラ處理スルコト能ハサルコトアルヘシ就中官吏ノ総理代理商店ノ総管理又ハ原告若クハ被告ト為テ訴訟ヲ為スノ代理ヲ受ケタル塲合ニ於テハ成ルヘク均ク一切ノ事ヲ受クル能ハサルヤ明カナリ
然レトモ亦代理人他人ヲシテ自己ニ代ハラシムルヲ禁スルノ明示若クハ黙示ノ合意ヲ以テスルコトヲ得蓋シ其管理スヘキ事務極メテ微妙ニシテ特ニ代理人ノ才能性質資格ヲ以テ委任者之ヲ選任スルノ理由ト為シ代理ヲ為スニ決意シタル原因ト為シタル時例ヘハ訴訟ヲ落着セシムルカ為メ和解ヲ為シ或ハ重要ナル賣買其他ノ取引ヲ為スカ為メ代理ヲ為シタル塲合ニ於テハ黙示ニテ代理人他人ヲシテ自己ニ代ハラシムルノ権能ヲ禁シタリト認ムヘシ
然レトモ代理人他人ヲシテ自己ニ代ハラシムルコトヲ禁セサル塲合ニ於テハ代理人其復代理人ニ對スル責任毫モ自己ノ管理人ニ對シ被ムル所ノ責任ト輕重アルコトナシ故ニ復代理人ハ更ラニ代理人ヲ代表スルモノニシテ其過失ハ之ヲ選任シタル者ノ責ニ帰セサルヘカラス
第二項、或ハ委任者代理人ノ他人ヲシテ自己ニ代ハラシムルコトヲ禁セサルモ尚ホ其復代人ヲ選ムニ当リテハ或ル人ノミニ限ルヘキモノトシ其人ヲ指定スルコトアリ故ニ此塲合ニ於テハ代理人復代人ヲ選任セントセハ委任者ノ指定ニ從ハサル可カラス而シテ此塲合ニ於テハ代理人復代人ヲ選任スルノ自由ナキカ故ニ委任者ノ指定ニ從フ以上ハ毫モ復代人ノ管理ニ付キ責任ヲ負ハサルカ如シ然レトモ斯ノ如キハ謬見タルヲ免カレサルヲ以テ法文ニ特ニ此謬見ヲ豫防シタリ即チ代理人ハ依然復代人ノ管理ヲ監督スルノ権利ヲ負担スルモノニシテ若シ其特ニ代人ノ無能力ナルカ不誠實ナルコトヲ發見シタルトキハ直チニ委任者ニ之ヲ告知シ又ハ事ノ緊急ヲ要スル塲合ニ於テハ自ラ復代人ヲ解任セサル可カラス何トナレハ原ト復代人ヲ選任シタルモノハ代理人ニシテ而シテ其復代人ヲ選任スルハ其権能ニ属シ敢テ其義務ニ属セサルカ故ニ復代理ノ危害アリト認メタルトキハ冝シク之ヲ止メサル可カラサレハナリ
第三項、代理人復代人ノ選任ヲ之ニ禁シタル塲合ニ於テ尚ホ其禁止ニ拘ハラス復代人ヲ選任シタル塲合ナシトセス又委任者ノ供託シタル人ヲ措テ他ノ人ヲ選任スルコトナシトセス是亦法律ニ違背スルモノニシテ其結果ヲ規定スルコトヲ要ス固ヨリ此塲合ニ於テモ委任者代理人ノ禁止ヲ犯シテ復代人ヲ選任シ又ハ委任者ノ供託シタル人ヲ選任シタルノ過失ノ為メニ毫モ損害ヲ被ラサルトキハ代理人何等ノ責任モナク亦之ニ反シ復代人委任者ニ損害ヲ及ホスヘキ過失ヲ為シタルトキハ代理人恰モ自己ノ過失ニ因リ代理人ニ損害ヲ加ヘタルトキト同シク其責任ヲ免カレサルヘキヤ明カナリ何トナレハ既ニ復代人ノ選任ヲ禁止セス又ハ之ヲ制限セサルトキト雖トモ尚ホ復代人ノ過失ハ代理人ヲシテ委任者ニ対シ責ヲ負ハシムルモノナレハナリ然ルニ尚ホ法律ハ一層此塲合ニ於テ嚴格ナルヲ示シ復代理ノ為メニ損害ヲ生シタルトキハ縦令其損害意外ノ事若クハ不可抗力ニ原因スト雖トモ尚ホ代理人自ラ管理ヲ為スニ於テハ其發生セサルヘキコト明カナルトキハ代理人ヲシテ其責ニ任セシム何トナレハ意外ノ事若クハ不可抗力ノ為メニ損害ヲ及ホスノ危害ヲ生セシメサルモノハ即チ代理人ノ過失ナレハナリ然レトモ其実是レ総テ遲滞ニ付セラレタル債務者ノ負担タル意外ノ事若クハ不可抗力ノ責任ニ過キサルナリ
第二百三十六条
財産編第三百三十九条ニ於テ直接訴権ト相對スル所ノ間接訴権ノ事ヲ説明シタリ蓋シ間接訴権ヲ行フ所ノ者ハ即チ債務者ノ権利ノ一ヲ行ハントスル所ノ債権者ニシテ其債権者ハ恰モ債務者ノ位置ニ居ルモノト云フヘシ然レトモ債権者其債務者ノ訴権ヲ行ハント欲スル塲合ニ於テハ他ニ債権者ナキコト稀ナルカ故ニ必ス此塲合ニ付キ他ノ債権者ノ参加ヲ受ケ他ノ債権者有益ナル時期ニ法律上ノ方法ニ依リ申出ヲ為シタルトキハ間接訴権ヲ行フタル者ノ得タル訴権ノ利益ヲ之ニ附與セサル可カラス
然レトモ右ノ塲合ニ於テ債権者直接ニ自己ニ属スルモノトシテ其債務者ノ行為ヨリ生シタル訴権ヲ行フヲ得ルトキハ其債権者ハ他ノ債権者ノ参加ヲ避ケ獨リ其訴権ノ利益ヲ占ムルコトヲ得
本条ニ規定スル塲合ニ於テハ代理人他人ヲシテ自己ニ代ハラシムルニ因リ其復代理人ニ対スル代理訴権ハ自己ノミ獨リ之ヲ取得シタルモノト看做シ委任者ハ間接訴権ヲ行フヲ得ルニ過キサルカ如シ殊ニ復代理人ノ選任ヲ禁止シ又ハ之ニ制限ヲ附シタルニ其禁止若クハ制限ニ拘ハラス復代理人ノ選任ヲ為シタル塲合ニ於テハ復代理人ニ對スル訴権ハ代理人ノミ之ヲ有シ委任者ハ毫モ直接ニ之ヲ有セサルニ似タリ
然ルニ本条第一項ヲ以テ復代理人ニ対スル直接訴権ヲ原委任者ニ附與シタリ然レトモ第二項ニ委任者復代理人ニ對シ直接訴権ヲ行ハントセハ其復代理人ノ選任ヲ責ムルノ権利ヲ抛棄セサルヲ得サルモノトセリ
是亦此事ニ関スル普通原則ノ適用ニ外ナラス第一復代理人ノ選任適法ナルトキハ代理人第三者ヲシテ自己ニ代ハラシムルニ当リ委任者ノ名ヲ以テシ之カ為メニ事ヲ生シタルモノナリ故ニ代理人ハ復代理人ニ對シ自ラ代理訴権ヲ取得セス其訴権ハ委任者ノ取得シタルモノニシテ又復代理人損害賠償ヲ請求スルノ債権ヲ得タルトキハ之ニ對シ義務ヲ負担スル者ハ委任者ナリ
第二復代理人ノ選任ヲ禁止シタルカ又ハ之ニ関スル制限ヲ守ラサルニ因リ其不適法ナル塲合ニ於テハ代理人ハ委任者ヲ代表シ之カ為メ復代理人ニ對スル訴権ヲ取得シタリト云フコトヲ得ス故ニ復代理人ニ対シテハ代理人ノミ獨リ委任者ニシテ之ニ對シ獨リ訴権ヲ有スルモノナリ又復代理人ニ対シ義務ヲ負担スル者モ亦委任者ノミ是ヲ以テ現委任者ハ原則ノミニ依レハ間接訴権ヲ行フヲ得ルニ過キス
然レトモ委任者ハ何時ナリトモ代理人カ其権限ヲ超過シテ為シタルコトヲ認諾スルヲ得ルカ故ニ(是レ第三節ニ規定スル所ナリ)此塲合ニ於テモ亦委任者ノ復代理人選任ヲ認諾スルコトヲ得而シテ委任者復代人ニ對シ直接訴権ヲ行フニ当テハ即チ代理人ノ為シタル所ノ責任ヲ認諾シタルモノト看做サルヘシ
又委任者復代人ノ直接訴権ヲ行フニ当リ何等ノ異議ヲ陳ヘス加之原告ノ資格ナキコトヲ最先ニ対抗セスシテ本案ノ辯論ヲ為シタルトキハ均ク委任者ノ復代理人選任ヲ認諾シタルモノト云フヘシ
第二節 代理人ノ義務
第二百三十七條
代理ノ継続時期ニ関シ且其輕重ノ点ニ関シ均ク代理人ノ第一ノ義務タルヘキモノハ代理ノ履行ニ在リ蓋シ代理ノ履行ハ此契約ノ主タル目的ナレハナリ其他ノ義務ニ至テハ代理ヲ履行スルノ方法及ヒ代理契約ヨリ生シタル権利ノ関係ヲ完結スル所ノ結算ニ関スルモノナリ
本条ハ代理人ノ代理ヲ履行スルノ義務ハ代理ノ終了セサル間ハ継続スルモノナルコトヲ明記ス蓋シ代理人ハ義務ノ継続期ヲ定メタル塲合ニ於テモ未タ必スシモ文辞ニ拘泥シテ其期限ヲ伸縮スヘカラス或ハ其義務ハ代理契約ヲ以テ定メタル期限前ニ終了スルコトアルヘク又或ハ其以後ニ継続スルコトナシトセス
是ヲ以テ代理人ノ懈怠ニ因リ代理ノ履行ニ適当ナル時期ヲ經過シ又ハ代理人其代理ヲ履行スルノ機會ニ遭遇セサリシカ故ニ之ヲ履行スルノ時期ヲ失シタルトキハ最早代理人ハ代理ヲ履行スルノ権利ナク亦義務アラサルモノトス若シ然ラサルモノトセンカ是レ却テ委任者ニ利益ヲ附與スルモノニ非ス損失ヲ加フルニ至ルヘシ之ニ反シ代理人ノ死去若クハ委任者ノ死去ニ因リ代理ノ終了シタルトキハ其代理ノ履行ヲ為スノ急迫ナルトキハ代理人ノ相続人尚ホ之ヲ履行シ又ハ委任者ノ相続人ノ為メニ之ヲ継続スルコトヲ要ス是レ下第四節ニ規定スル所ナリ
代理ノ履行ハ委任ノ本旨ニ從ヒ之ヲ為スコトヲ要ス是ヲ以テ代理人ハ其委任ヲ受ケタル以外ノ事ヲ為ス可カラス又委任ヲ受ケタル所ハ尽ク之ヲ為ササル可カラサルヲ以テ原則トス然レトモ亦代理人ハ委任者ノ意思ヲ明示セサルトキニ在ルモ尚ホ自己ノ領知シタル所ノ意思ヲ斟酌シテ委任事件ヲ成就セサル可カラス何トナレハ代理契約ノ本旨ノミニ依ルトキハ或ハ委任者ノ意思ヲ超過シ或ハ充分之ヲ達セサルコトアリ或ハ其意思ト齟齬スル所ナシトセサレハナリ然リト雖トモ亦委任者此責アルハ代理人ノ意思ヲ知了シタルトキニ限ル是レ法文ノ明記スル所ナリ
尚ホ此点ニ関シテハ総理代理ハ代理行為ヲ包含スルニ過キス加之部理代理ハ合意ヲ以テ明示セサルモ必然生スヘキ事柄ヲ包含スルコトニ注意スルヲ要ス(上第二百三十二条及ヒ第二百三十三条ヲ参観スヘシ)
或ハ委任者自己ノ過失ニ因リ又ハ其他ノ原因ニ出テ実際代理ノ全部ヲ履行スル能ハサルトキハ其履行シ得ヘキ所ヲ履行シ一分ノ履行ヲ為スヘキカ将タ一分ノ履行ハ決シテ之ヲ為ス可カラサルカニ付キ疑議ヲ生スルコトアラン今此疑團ヲ断定スルニ当テハ絶對的ノ論決ヲ以テス可カラス故ニ本条ニハ代理人全部ノ履行ヲ為スヲ得サルトキハ委任者ニ有益ナル限リアラサレハ一分ノ履行ヲ為ス可カラサルモノトセリ此塲合ニ於テハ委任者啻ニ一分ノ履行ヲ為スヲ得ルノミナラス亦之ヲ為スノ義務アルモノトス之ニ反シ一分ノ履行委任者ニ利益アラサル塲合ニ於テハ代理人ハ一分ノ履行ヲ為スノ義務ナク亦権利モアラサルモノトス
例ヘハ土地ヲ全部又ハ切坪ニテ賣ラントスル者アルニ当リ代理人其全部ヲ取得スヘキノ委任ヲ受ケタルニ其代理ヲ受ケタル時ノ晩キニ失シタルニ因リ又ハ代理人之ヲ履行スルヲ遲延シタルニ因リ遂ニ其一箇若クハ数箇ノ区分第三者ノ買取ル所トナリシトキノ如キ代理人ハ残部ノ土地ヲ買受クヘカラス何トナレハ委任者土地ノ全部ヲ取得セント欲シタリシニ因リ其残部ヲ以テ有益ニ使用スルヲ得サルヘキヤ殆ト事実ニ近シト認ムヘケレハナリ之ニ反シ外國船ノ舶載セル物品ヲ買取ルノ代理ヲ受ケ又ハ米穀其他ノ日用品ヲ賣却スルコトアルニ当リ之ヲ買取ルヘキノ委任ヲ受ケタル代理人ハ縦令其全部ヲ取得スルコト能ハサルトキト雖トモ尚ホ残餘ヲ取得シ以テ委任者ニ利益ヲ得セシムルコトヲ得ヘシ
然リ而シテ代理一分ノ履行果シテ委任者ニ有益ナルヤ否ヤハ明瞭ナラサルコトナシトセサルカ故ニ委任者ハ此塲合ニ於ケルモ尚ホ善良ノ管理人タラサル可カラス而シテ自己ノ過失ニ因リ全部ノ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキハ更ラニ一分履行ヲ為スモ委任者ニ利益ナク又ハ之ニ有益ナルヘキ一分履行ヲ怠リ重ネテ過失ヲ為ササルコトニ注意セサル可カラス
第二百三十八条
本条ハ委任ノ本旨ニ從ヒ代理ヲ履行スルコト能ハス而シテ代理人ニ過失アラサル特別ノ塲合ヲ規定スルモノナリ
今特ニ本条ヲ設ケテ此塲合ヲ規定シタルハ欧州ニ於テハ羅馬法以来現時ニ至ルマテ法學家其説ヲ異ニスルカ故ニ本邦ニ於テモ亦論議ヲシテ起ラサラシメンカ為メ法文ヲ以テ特ニ此塲合ヲ規定スルヲ可ナリト認メタルニ因ル
即チ本条ニ仮定スル所ノ塲合ヲ例言センニ代理人最高價千円ノ代價ヲ以テ一箇ノ不動産ヲ買取ルヘキノ委任ヲ受ケタルニ到底千円ヲ以テ之ヲ買取ルコト能ハス其賣買ノ競賣タルト恊議賣買タルトヲ問ハス尚ホ指定シタル代價ノ十分ノ一ヲ加ヘ千百円ヲ拂フニ非サレハ其不動産ヲ取得スルコト能ハサルコトアリ
右ノ塲合ニ於テハ先ツ毫モ疑ヲ容レサル所ノ二点アリ即チ第一ニハ委任者單ニ千円ヲ拂ヒ以テ自己ニ不動産ヲ引渡サシメンコトヲ請求スルヲ得ス蓋シ千円ノ代價ヲ以テ其委任ヲ事件ノ成就スルコト能ハサリシニ因リ代理人漫ニ不当ノ利益ヲ求ムルヲ得ス第二代理人ハ委任者ヲシテ強イテ千百円ヲ拂ヒ以テ不動産ヲ引取ラシムルコト能ハス蓋シ代理人ハ其代理ノ権限ヲ超過シタルモノナルカ故ナリ
右ノ点タル毫モ疑ヲ容レスト雖トモ尚ホ二箇ノ疑議ヲ生スヘキ二点アリ即チ左ノ如シ
第一代理人ハ百円ヲ以テ自己ノ損失トシ代理人ヲシテ其指定シタル千円ノ代價ヲ以テ不動産ヲ引受ケシムルコトヲ得ヘキカ
第二委任者ハ代理人ノ拂フタル所ノ代價即チ千百円ヲ拂ヒ以テ不動産ノ引渡ヲ請求スルヲ得ヘキカ
第一問ハ學者概ネ積極的ニ之ヲ断定シタリ其理由ノ要ニ曰ハク委任者ハ其指定シタル代價ヲ拂ヒ以テ物ヲ引取ルコトヲ拒絶スルコトヲ得ス代理人ノ餘分ニ代價ヲ弁済シタルハ敢テ其関スヘキ所ニアラス故ニ代理人其代理権限ヲ超過シテ拂フタル所ノ超過額ヲ抛棄スルコトヲ承諾スルニ於テハ恰モ委任ノ本旨ニ從ヒ代理ヲ履行シタルトキノ如ク彼我ノ関係ヲ定メサル可カラス
然ルニ此説ニ對シテハ反對論ヲ唱フル者アリテ現時ニ至ルモ尚ホ碩學鴻儒ニシテ之ヲ非難スルモノアリ其非難ノ要ヲ見ルニ前説ハ公平ヲ失スト云フニ在リ其理由ニ曰ハク前説ニ依ルトキハ代理人ニ利益アリテ委任者ニ利益ナシ何トナレハ委任者ノ指定シタル代價ヲ以テスルモ尚ホ其買受ノ利益アラサルトキハ代理人ハ必ス超過額ヲ抛棄シ以テ委任者ヲシテ其買受ノ効力ヲ被ラシムヘク又之ニ反シ其買受ノ実際代理人ノ弁済シタル代價ヲ以テスルモ尚ホ之ニ利益アルトキハ代理人ハ委任者ノ指定シタル代價ヲ以テ取得スル能ハサリシカ故ニ自己ノ為メニ買受ケタルモノナリト称シ以テ自ラ其利益ヲ占ムルコトヲ得ヘシト
右ノ非難ハ前後何レノ説ヲ採ルモ共ニ委任者代理人ノ実際支弁シタル代價ヲ以テ其物ノ引受ヲ要求スルノ権利アラサルコトヲ想像シタルモノナルヤ明カナリ然ルニ是レ前記第二問ノ主眼タル所ニシテ而シテ此問題ヲ消極的ヨリ断定シタルハ充分其研究ヲ為ササルニ因ルモノニシテ余輩ハ却テ何レノ塲合ニ於ケルモ委任者ニ物件引受ノ権利アラストスルヲ穏当ニ非スト信ス
余輩ハ委任者代理人か其代理権限ヲ超過シテナシタル所ノ代理ノ履行モ尚ホ之ヲ認諾スルヲ得ヘシト信ス蓋シ代理人ハ右ノ塲合ニ於テ自己ノ為メニ買受ヲ為シタルモノナリト称シ委任者ノ認諾ヲ拒絶スルコト能ハサルモノト云フヘシ何トナレハ代理人ハ他人ノ為メニ委任ヲ受ケタル行為ヲ自己ノ為メニスルコトヲ得サルモノナレハナリ(本編第三十七條ヲ参観スヘシ)固ヨリ代理人ハ其代理ヲ受諾スルニ当リ若シ委任者ノ指定シタル代價ヲ超過スルニ非サレハ買受クル能ハサルコトアラハ自己ノ為メニ之ヲ買受クヘキノ権利ヲ留存シ又ハ其買受ヲ為ストキニ当リ委任者ニ告知シテ其委諾ノ條件ヲ以テ履行スルコト能ハス故ニ以後其代理ヲ抛棄スル旨ヲ通知スルヲ得ヘシ然ルニ尚ホ之ヲ為サス依然其代理人タルノ資格ヲ存スルトキハ委任者ハ縦令自己ノ名ヲ以テ行為ヲ遂ケサリシトキト雖トモ尚ホ己レニ物ヲ購入セシムルコトヲ請求スルヲ得蓋シ此塲合ニ於テハ代理人ハ事務管理者ト看做サルヘキモノナリ
然レトモ是レ單ニ委任者ノ権能タルニ過キスシテ委任者之ヲ行フト否トハ一ニ其意ニ任スルヲ以テ代理人久シク其出ツル所ヲ知ラス何時ニ至リ請求ヲ受クルヤヲ確カムルヲ得サルコトアル可カラス故ニ代理人ハ委任者ヲシテ其決着スル所如何ヲ明言セシムルコトヲ得サル可カラス
第二項ハ賣却ノ委任ニシテ其賣却ノ最低代價ヲ指定シタルニ代理人其代價以下ヲ以テ賣却ヲ為シタル塲合ヲ規定スルモノナリ此塲合ニ於テハ代理人ハ委任者ニ損害ヲ償ヒ詳カニ之ヲ言ヘハ委任者ノ指定シタル代價ト自己ノ受取リタル代價トノ差異ヲ自己ノ資本ヲ以テ弁済シ以テ委任者ヲシテ其賣却ヲ認諾セシムルヲ得ルヤ毫モ疑ヲ容レス
又代理人委任者ノ指定シタル代價以上ヲ得テ賣却ヲ為シタルトキハ其超過額ハ委任者ニ拂ハサル可カラサルヤ亦多弁ヲ要セサルナリ蓋シ代理人ハ委任者ノ物ニ関シ何等ノ利益ヲモ得ルノ権利ヲ有セサルモノナレハナリ(本編第二十四条ヲ参観スヘシ)又代理人買受ノ委任ヲ受ケタルニ当リ委任者ノ指定シタル代價以下ヲ以テ物ヲ取得スルヲ得タリシトキハ其実際支拂フ所ノ外委任者ニ属スルコト能ハサルヤ亦明カナリ
第二百三十九条
抑モ代理人ハ無償ニテ委任者ニ利益ヲ附與スルモノナリト雖トモ亦為メニ之ヲシテ委任事件ノ成就ニ善良ナル管理人タルノ注意ヲ加フルノ責ヲ免カレシムヘキニ非ス代理人ハ受寄者ト異ナリ決シテ通常自己ノ事務ニ加フル所ト同一ノ注意ヲ以テ委任事件ヲ為スヲ以テ足レリトセス
蓋シ寄託ハ受寄者ヲシテ多少ノ管督ヲ為スノ責ヲ負ハシムルニ過キサルヲ以テ寄託者容易ニ其受寄者受寄物ニ必要ナル注意ヲ為スニ堪ユヘキヤ否ヤヲ知ルコトヲ得ヘク且受寄者 自己ニ属スル物ニ加フルヨリ一層綿密ナル注意ヲ以テ受寄物ニ加ヘンコトヲ望ムハ却テ寄託者ニ匆卒ノ責アルヲ免カレサルヘシ然ルニ代理ノ履行ニ至テハ意外ノ困難ニ属スルコト多ク且代理人自己ノ事務ヲ管理スルト比較ヲ為スニ由ナキヲ以テ委任者ハ代理人ノ平常ノ慣行ヲ見テ信用ヲ置キタリト云フ可カラス加之代理人ハ自由ニ其代理ノ履行ヲ受託シタルモノナルカ故ニ其充分之ヲ成就スルニ堪ユルノ力アリト信スルモ敢テ委任者ニ其粗漏ヲ責ム可カラス加之他人ノ事務ニ善良ナル管理人ノ注意ヲ加フルノ義務ハ総テ他人ノ事務ニ付キ計算ヲ為スノ責アル者ヲ支配スル所ノ一般ノ原則ナリ(財産編第三百三十四条ヲ参観スヘシ)是ヲ以テ此原則ハ特別ノ理由アルニ非サレハ之ヲ変更スヘカラス然ルニ代理ノ塲合ニ於テハ敢テ此原則ヲ変更スヘキノ特別ノ理由アルヲ見ス
然レトモ亦法律ハ裁判所ヲシテ塲合ニ從ヒ原則ノ適用ヲ為スニ付キ較々寛嚴ヲ異ニスルコトヲ得セシム其塲合ハ即チ法律ニ指定スル所ニシテ其数四アリ即チ左ニ之ヲ説明ス
第一代理人報酬ヲ受ケサルトキハ之ヲ受クル者ニ比シ之ヲ處スルニ一層寛大ナラサル可カラス然リト雖トモ亦報酬ヲ受クル所ノ代理人モ尚ホ無償ノ行為ヲ為ス者ニ比シテ報酬ヲ受クルカ為メニ勞務ノ賃貸ヲ為シ雇傭契約ヲ為スモノト云フ可カラス既ニ本章ノ首ニ於テ代理人ノ報酬ハ其利得タルヘキモノニ非スシテ其勞務ノ賠償ノ性質ヲ有スルコトヲ論明シタリ但其無償ノ行為ニ賠償ヲ附スルトキハ之ヲ處スル較々嚴ニシテ一層其注意ヲ綿密ニセンコトヲ得ヘキノミ
第二代理人自ラ求メタルニ非ス代理ヲ為スヘキノ請求ヲ受ケ之ヲ受諾シ以テ代理ヲ為シタルトキハ自ラ進テ代理ヲ為シタルトキニ比シ一層寛大ノ待遇ヲ受ケサル可カラス
第三代理人ノ平常事務ノ處理ニ不熟練ナルカ又ハ其委任ヲ受ケタル事件ノ種類ニ付テ特ニ練達セサルトキハ委任者其不熟練ナルコトヲ知リ或ハ之ヲ推量スルコトナシトセス此塲合ニ於テハ代理ノ結果委任者ニ不利益ナルモ是其輕忽ニ信用ヲ置キタルノ致ス所ニシテ其一分ノ責ヲ自己ニ帰セサル可カラス
第四代理人自己ノ過失ニ因リ代理履行ノ一分ニ関シ委任者ニ損害ヲ加ヘタルモ尚ホ他ノ一分ニ関シ委任者ヲシテ意外ノ利益ヲ得セシムルコトナシトセス此塲合ニ於テハ其損益ヲ相殺スルコトヲ以テ至当ト云フヘシ既ニ社員ノ事務担当人タル者會社ニ損害ヲ加ヘ更ラニ利益ヲ與へタルトキハ其損益ヲ相殺スルコトヲ得サルモノト定メタリシト雖トモ(本編第百三十一条ヲ参観スヘシ)是レ特別ノ理由ニ基クモノニシテ其詳細ハ既ニ説明シタルヲ以テ敢テ茲ニ之ヲ贅セス
本条ニハ右四箇ノ事情一人ノ代理人ノ兼備スルト否トヲ区別セス例ヘハ代理人報酬ヲ受ケサルモ自ラ求メテ代理ヲ為シタルコトアルヘク又或ハ自ラ求メタルニ非サルモ報酬ヲ受ケタルコトアルヘシ或ハ委任者代理人ノ不熟練ナルコトヲ知ラサルモ代理人管理ノ或ル行為ニ付キ委任者ニ意外ノ利益ヲ得セシメタルコトアルヘシ或ハ代理人一人ノ為メ之ニ利益アル事情尽ク存スルコトアルヘク或ハ之ニ不利益ナル事情ノ尽ク存スルコトアルヘシ是等ノ塲合ニ於テハ裁判所ハ本条ノ原則及ヒ其例外ニ從ヒ代理人ノ責任ノ輕重ヲ査定スルコトヲ要ス
第二百四十条
代理人ノ計算ヲ為スノ義務ハ一般ノ代理ニ普通ナルモノニシテ代理人契約ニ因リ委任者ニ計算ヲ為スノ義務ヲ免セラレタル塲合ノ如キモ尚ホ此原則ノ例外ナリト云フ可カラス斯ノ如キ行為ハ全ク代理ノ性質ニ反スルモノニシテ其実代理ニ非ス仮装ノ贈與タルモノト謂ハサル可カラス何レノ塲合ニ於ケルモ縦令計算ヲ為スノ義務ヲ免カレタルトキト雖トモ尚ホ代理人ハ委任者ヨリ其負担スルコトヲ証明シタル價格ノ返還ヲ為スノ義務ヲ免カレサルモノトス
又本条ニハ代理人ハ計算ヲ為スニ当リ証據書類ヲ之ニ傳附スルヲ要スト雖トモ此義務ニ至テハ委任者代理人ヲシテ之ヲ免カレシムルモ可ナリトス何トナレハ代理人ハ之カ為メ管理以後ノ鎖末ナル計算ヲ為スノ煩ヲ免カレ且委任者之ニ信用ヲ置クコトヲ章表スルモノナレハナリ例ヘハ親族又ハ朋友ニシテ充分信用ヲ置クニ足ルヘキ者ニ賣買又ハ弁済ヲ為シ或ハ之ヲ領受スルノ委任ヲ為スニ当リテハ之ヲシテ計算ヲ為スノ義務ヲ免カレシムルコト固ヨリ不當ニシテ恰モ之ヲシテ其代理ヲ履行スルノ義務ヲ免カレシムルト毫モ異ナルコトナキカ故ニ代理人ハ収支ノ計算ヲ為ササル可カラス然レトモ其支拂フタル金額ノ受取証ヲ出シ又ハ賣買ノ証據ヲ添ユルノ義務ニ至テハ之ヲ免除スルモ決シテ不当ニ非サルナリ
計算ヲ為スノ義務ハ概ネ後節ニ規定スル所ノ原因ノ一ニ因リテ代理ノ終了スル塲合ニ非サレハ発生セサルモノナリト雖トモ亦委任者之ヲ要求スルトキハ何時タリトモ代理人之ニ應セサル可カラス蓋シ委任者ハ其委任事件ノ進歩如何又既ニ終了シタル所ト尚ホ残存スル所ノ事務如何ヲ何時ニテモ調査スルヲ得サル可カラス
第二百四十一条
代理人ノ計算ハ其委任者ニ対シ負担スル所ノ債務ト之ニ対シ有スル所ノ債権トヲ証明スルモノニシテ又委任者ニ属スル金額若クハ有價物ヲ占有スルコトヲ証明スルモノナリ然レトモ是レ未タ独リ当事者相互ノ関係ヲ定ムルノ方法ニ非スシテ代理人過失アリタルカ為メ其負担スル所ノ賠償ノ如キハ其計算表中ニ存スヘキモノニ非ス
本条第一項ハ代理人ヲシテ其委任者ノ為メ詳カニ之ヲ言ヘハ委任者ノ名ヲ以テ其代人トシテ受取リタル物並ヒニ仲買人ノ如ク自己ノ名ヲ以テシタルモ其管理ニ関シ受取リタル所ノ金額若クハ有價物其他代替物及ヒ特定物ヲ擧ケテ之ヲ変還セシムヘキコトヲ定ムルモノナリ
又本条ハ更ラニ一項ヲ加ヘ(是只法文ニ明言ヲ要スル所ノモノナリ)代理人委任者ノ正当ニ受取ルコトヲ得ス又ハ之ヲ受取ルノ委託ヲ受ケサリシ金額若クハ有價物ヲ受取リタルトキト雖トモ尚ホ之ヲ委任者ニ返還スヘキモノトセリ是ヲ以テ委任者毫モ債権ナク亦所有権ヲ有セス加之占有ヲモ為ササリシ所ノ物ヲ代理人ニ於テ受取リタルトキト雖トモ尚ホ然ラサル可カラス是レ法文ニ明記スルヲ俟タスシテ明カナル所ナリ蓋シ代理人委任者ノ名ヲ以テ之カ為メニ一物ノ占有ヲ為スニ至リタルトキハ即チ委任者ハ代理人ノ紹介ニ因リテ自ラ占有者ト為リタルモノナリ
蓋シ代理人以上掲クル所ノ物ヲ返還スルヲ要スル所以ハ代理人ハ元ト自己ノ為メニ之ヲ受取リタルモノニ非ス亦之ヲ受取ルコト能ハサルカ故ナリ即チ代理人ハ委任者ノ為メニ領受シ之ヲシテ占有ヲ為サシムルモノニシテ以後第三者ヨリ請求ヲ為スコトアルトキハ之ヲ受クル者ハ委任者ニシテ代理人ニ非ス
況ンヤ代理人委任者ノ取得スルヲ得又ハ之ニ属スルモ自己ニ於テ受取ルヘキ委託ヲ受ケサリシ金銭其他有價物ヲ領受シ其権限ヲ超過シタルトキハ委任者ニ之ヲ返還セサル可カラサルヤ明カナリ蓋シ是等ノモノニ至テハ縦令何等ノ委任ヲ受ケサルトキト雖トモ尚ホ不当利得ノ一般ノ原則ニ依リ其返還ヲ為ササル可カラス
第二項ハ代理人ヲシテ其代理ニ基キ収取スヘカラサリシモ遂ニ之ヲ収取セサリシ所ノ金銭若クハ有價物ノ價格ヲ負担セシムルコトヲ定ムルモノナリ是レ即チ代理人ノ過失ノ賠償ニシテ其一旦収取シタリシ價格ヲ自己ノ過失ニ因リ失フタルトキモ尚ホ之ヲ返還スルノ義務ヲ免カルルコト能ハス尚ホ此点ニ付キ法文ニハ此他総テ代理人ノ管理ヲ為スニ当リ又ハ管理ヲ怠リタルニ因リ其過失ニ出ツル諸般ノ損害賠償ヲ以テ代理人ノ負担スヘキモノトセリ
然レトモ委任者ハ又代理人ニ對シ数多ノ義務ヲ負担スルモノニシテ即チ次節ニ規定スル所ナリ其義務ハ代理人ヨリ委任者ニ負担スル所ノモノト相控除シ之ヲ相殺スヘキモノトス
第二百四十二条
代理人委任者ノ為メニ金銭ヲ領受シタルトキハ寄託物トシテ之ヲ有スルモノト看做サルルモノナリ但シ其寄託ハ所謂消費ヲ許セル寄託ナルモノナリ是ヲ以テ代理人ハ其金銭ヲ自己ノ利益ニ使用スヘカラサルモノニシテ若シ之ヲ使用シタルトキハ縦令其返還ノ資力充分ナルニ因リ受寄財物費消ノ嫌疑ナキトキト雖トモ尚ホ其利息ヲ負担スヘキヤ当然ナリ蓋シ普通ノ規則ニ依ルトキハ金銭ノ利息ハ合意ニ依ルニ非サレハ生セサルモノナリト雖トモ他人ノ金銭ヲ使用シタルノ過失アリタルトキハ法律ヲ以テ合意ヲ補修シ其金銭使用ノ時ヨリ利息ノ請求ナキモ当然之ヲ生セシムルモノトス(財産編第三百八十四条ヲ参観スヘシ)
代理人ハ其委任者ノ為メニ受取リタル金銭ヲ自己ノ利益ニ使用シタルノ証據及ヒ其使用ノ事実ニ至テハ原告タル委任者之ヲ証明スヘシ
且夫レ普通ノ原則ニ依ルトキハ委任者ノ許諾ヲ受ケスシテ其元本ヲ代理人自己ノ利益ニ使用シタルカ為メ其負担スル所ノ利息ハ法律上ノ利息タルヘキモノナリト雖トモ代理ノ塲合ニ於テハ一ノ例外ヲ設ケ委任者自己ノ元本ヲ不正ニ使用セラレタルカ為メ通常ノ利息ノ損失ニ比シ一層大ナル損害ヲ被リタルコトヲ証明スルニ於テハ尚ホ充分ノ損害賠償ヲ求ムルコトヲ得ヘシ斯ノ如キ例外ノ塲合ハ既ニ他ノ事項ニ於テ設ケタルコトアリ就中會社ノ事項(本編第百三十五条ヲ参観スヘシ)及ヒ寄託ノ事項(本編第二百十四条ヲ参観スヘシ)ニ於テ之ヲ設ケタリ
然レトモ計算残餘ノ金額アリテ而シテ代理人其金額ヲ自己ノ利益ニ使用セサリシトキハ其返還ヲ遲延シタルトキ詳カニ之ヲ言ヘハ普通法ニ從ヒ遲滞ニ付セラレタル日以後ニ非サレハ其利息ヲ負担セス
第二百四十三条
数多ノ債務者間ノ連帶ハ推定スヘキモノニ非ス必ス債権者之ヲ要約スルカ又ハ法律上之ヲ設定スルコトヲ要ス法律上ノ連帶ノ塲合ハ他ノ事項ニ於テ既ニ其規定アルヲ見タリ
代理ニ於テモ亦共同代理人間ニ法律上ノ連帶ヲ設定スルコト恰モ共同使用借主間ニ於ケルカ如クナルヘキカ如シ(本編第二百二条ヲ参観スヘシ)然レトモ代理ト使用貸借トノ塲合ハ其趣ヲ全ク相同シウセサルモノアリ蓋シ使用貸借ニ於テハ利益ヲ受クル者共同貸主ナルモ代理ニ於テハ代理人利益ヲ與フルモノナレハナリ
是ヲ以テ本条ハ共同代理人ノ唯一ノ証書ヲ以テ委任ヲ受ケタルト各別ノ証書ヲ以テ委任ヲ受ケタルトヲ問ハス其間ニ連帶アラサルヲ以テ原則ト定メタリ然リト雖トモ亦委任証書ノ別異ナルハ何等ノ差異ヲモ生セスト云フ可カラス蓋シ代理人数人ニシテ之ニ委任ヲ為スニ各別ノ証書ヲ以テシタルトキハ各代理人ハ委任事件ノ全部ヲ委託セラレタルモノニシテ恰モ自己獨リ代理人タル如ク其管理ノ缺点ニ付キ責ニ任セサル可カラス然リト雖トモ亦未タ之ヲ以テ眞ノ連帶ナリト為ス可カラス共同代理人間ニハ担保編ニ説明スル如キ連帶ナル緻密ノ関係アルニ非ス他ノ其一人ニ對シ訴追ヲ為スモ其訴追ヲ以テ自餘ノ者ニ對シテ為シタルモノト看做シ之ニ對シ時効ヲ中断シ之ヲシテ均ク利息ヲ負担セシムルカ如キ結果ヲ生スルモノニ非ス此位置タル連帶ト似テ非ナルモノニシテ學者之ヲ称シテ不完全ノ連帶 一ニ「エンソリドーム」ノ義務ト称シタリ本法ハ之ヲ称シテ全部義務ト云ヒ尚ホ債権ノ担保ト為スモ其詳細ハ担保編ニ之ヲ説明スヘシ(担保編第七十三条ヲ参観スヘシ)
然レトモ委任者数人ナルトキハ右陳フル所ニ反シ代理人ニ対シ連帶ノ義務ヲ負担スルヲ通則ト為ス次節ニ至リ其規定ヲ掲ク
然レトモ二箇ノ塲合ニ於テハ代理人間ニ法律上完全ノ連帶ヲ設ケタリ即チ第一連帶ノ特約アル塲合第二通謀及ヒ過失ヲ為シタル塲合是ナリ蓋シ代理人通謀シテ過失ヲ為シタルトキハ即チ一ノ民事犯ヲ構成スルモノニシテ数人ニテ不正ニ損害ヲ加ヘタルトキハ連帶シテ其賠償ヲ為スヘキハ普通原則ノ致ス所ナリ(財産編第三百七十八条ヲ参観スヘシ)
第二百四十四条
本条ハ代理人ト之ト合意ヲ為シタル第三者トノ関係ヲ規定シ以テ代理人ノ義務ニ関スル規定ヲ終ハルモノナリ
代理人ト其相手方タル第三者トノ関係ニ付テハ須ラク一ノ区別ヲ為スコトヲ要ス即チ代理人其代理ノ権限ヲ超過セス委任ノ本旨ニ從ヒ之ヲ為シ且第三者ト合意ヲ為スニ当リ代理人タル資格ヲ現ハシ仲買人ト為ラサルトキ詳カニ之ヲ言ヘハ其委任者ノ名ヲ以テシ死者ノ名ヲ以テ合意セサリシトキハ第三者ニ対シ其合意ノ責ニ任セス又其諾約シタル所ノ義務ノ履行ヲ担保スルモノニ非ス是ヲ以テ代理人買受ノ委任ヲ受ケタルトキ賣主タル第三者ニ自己ノ権限ヲ知ラシメタルトキハ決シテ代價ノ債務者タルモノニ非ス又其担保人タルモノニ非ス又賣渡ノ委任ヲ受ケタルトキモ第三者ニ其代理権限ヲ知ラシメタルトキハ引渡ノ責ニ任セス又買主ノ他日被ル所ノ追奪ノ責ニ任スルモノニ非ス又借受ノ委任ヲ受ケタルトキハ返還ノ責ニ任スルモノニ非ス蓋シ第三者代理人ト合意ヲ為スニ当リテハ委任者ト合意シタルモノト看做サルルカ故ニ冝シク委任者ノ資力ノ有無ヲ探求スヘキノミ第三者若シ委任者ノ資力ヲ誤リタルトキハ是レ自己ノ過失ノ致ス所ニシテ代理人ニ対シ毫モ要求スル所アルヲ得ヘカラス
然レトモ委任者第三者ヲ欺キ其権限ノ区域ヲ偽リタルカ又ハ悪意ナクモ不注意ニ因リ自己ノ実際ノ権限以外ノ事ヲ為スヲ得ヘキモノト誤信セシメタルトキハ代理人ハ其委任者ヲシテ義務ヲ負ハシメサルカ故ニ自ラ之ヲ負担セサル可カラス故ニ委任者代理人カ其権限ヲ超過シテ為シタル所ノモノヲ認諾セサルニ於テハ為メニ第三者ヲシテ被ラシメタル損害ヲ賠償スルノ責アリ
又代理人委任者ノ名ヲ以テシ自己ノ権限内ニ於テ為シタル行為ニ付テモ特ニ之ヲ担保スルノ約ヲ為スコトアリ此塲合ニ於テハ代理人ハ委任者ニ一層ノ利益ヲ與フルモノナルカ故ニ其担保ニ基ツキ弁済ヲ為スニ至リタルトキハ特別ノ求償権ヲ有セサル可カラス
又代理人自己ノ名ヲ以テ仲買人トシテ之ヲ為シタルトキハ委任者ヲシテ義務ヲ負担セシムルモノニ非ス自ラ義務ヲ負担スルモノナリ是ヲ以テ第三者ニ対シ当然其行為ノ責ニ任セサル可カラス但シ依頼人ニ対シ求償権アルハ勿論ナリ
本条ニハ敢テ代理人委任者ヲ代表スル原則ノ他ノ一ノ結果即チ代理ニ基キ行フタル行為ヨリ生スル訴権ヲ取得スル者代理人ニ非スシテ委任者タルノ結果ヲ明記セスト雖トモ是レ代理ノ通常ノ効力ニシテ其定義中ニ包含スルモノト云フヘシ(上第二百二十五条ヲ参観スヘシ)且此効果タル第三者ニ対スル委任者ノ権利ニ属スルカ故ニ本節ニ掲クヘキニ非ス又次節ニ掲クヘキモノニモ非ス何トナレハ本節及ヒ次節ハ共ニ代理人ト委任者トノ相互ノ義務ニ関スル規定ヲ掲クルモノナレハナリ
第三節 委任者ノ義務
第二百四十五条
學者曰フモノアリ代理ハ当事者ノ一方即チ代理人ノミヲシテ義務ヲ負担セシムルニ止マルヲ原則ト為スカ故ニ寄託ノ如ク片務契約ナリ然レトモ亦偶々委任者ヲシテ義務ヲ負担セシムルニ至ルコトアルカ故ニ不完全ノ双務契約タルモノナリト然レトモ右ノ説タル誤謬タルヲ免カレス蓋シ代理モ亦其成立スルヤ直チニ委任者ヲシテ義務ヲ負担セシムルコト甚タ多シ此塲合ニ於テハ眞ニ双務契約アリト謂ハサル可カラス第一委任者報酬ヲ約シタルトキノ如キ即チ然リ又代理履行ニ因リ旅行家屋ノ建築物品ノ購求ノ如キ費用ノ支出ヲ要スルトキハ其契約ハ双務タルモノナリ代理履行ノ為メ費用ノ支出ヲ要スル塲合ニ於テ委任者義務ヲ負担セサルハ其契約ヲ取結フトキニ当リ直チニ必要ナル費用ヲ豫メ代理人ニ拂フタルトキニ限ル
或ハ委任者ノ約シタル報酬ハ契約成立ノ時直チニ其負担タルモノニ非ス只代理ノ履行ヲ終ハリタルトキニ当リ始メテ之ヲ負担スルモノナリト云フ者アランカ是レ委任者ノ義務ハ条件付ナリト云フニ外ナラスト雖トモ条件付ノ義モ既ニ此躰様ヲ帯ヒテ充分成立シ之ヲ生スル所ノ契約ヲシテ双務タラシムルニ足ルモノナリ
代理ノ双務タルヤ片務タルヤハ実際ノ應用上大ナル利益アルコト其他ノ契約ニ於ケルカ如シ蓋シ第一代理ヲ以テ双務ナリトスルトキハ其証書ハ二通ヲ造リ一通ヲ委任者ニ交附シ他ノ一通ヲ代理人ニ交附シ以テ其報酬ノ弁済及ヒ費用立替ノ償還ヲ要求スルノ具ト為ササル可カラス第二代理ヲ以テ双務契約ナリトスルトキハ委任者約束ノ時ニ至リ其報酬ノ全部若クハ一分ヲ拂ハサルトキ又ハ代理ノ履行ヲ終ハラサルモ既ニ代理人ノ立替タル費用ヲ償還セサルトキハ代理人ノ請求ニ依リ代理契約ヲ解除スルヲ得ヘシ
本条ニ列記スル所ノ代理人ノ四箇ノ義務ハ概ネ条件付ノ性質ヲ有スルモノナリ左ニ其要略ヲ説明セン
第一委任者最初ニ代理ノ履行ニ必要ナル金銭其他ノ有價物ヲ代理人ニ交附セサリシトキハ代理履行ノ為メニ代理人ノ立替タル費用ヲ之ニ償還スルコトヲ要ス其適例ノ如キ枚擧ニ遑アラス只其一二ヲ指示センニ委任者代價ヲ定メ又ハ成ルヘク廉價ナル物ヲ買取ルヘキノ委任ヲ為シタルトキハ代理人ニ買受ノ代價ヲ償還セサル可カラス又原告ト為リ訴訟ヲ起シ或ハ被告ト為リ之ヲ防禦スルノ委任ヲ為シタルトキハ訴訟費用其他一切ノ雑費ヲ代理人ニ償還セサル可カラス
法文ニ其費用ノ正当ナルコトヲ要ストセリ詳カニ之ヲ言ヘハ其費用ノ委任ニ適合シ且必要若クハ有益ナルコトヲ要ス
又委任者ハ該立替金ノ支出アリタル日ヨリ其法律利息ヲ負担スルモノトス此報酬ノ義務タル第二百四十二条ヲ以テ代理人ニ負担セシメタル義務ト相対当スルモノナリ
第二委任者ハ其諾約シタル謝金ヲ弁済セサル可カラス此義務ニ関シテハ第二百四十七条ニ於テ詳細ニ規定スル所アリ第三代理人代理ノ履行ニ原因スル損害ヲ受クルコトアリ例ヘハ委任者ノ為メ履行セサルヲ得サル已ヲ得ス自己ノ在宅ヲ要スル事務ヲ怠リ己レノ利益ヲ損スルコトアリ此塲合ニ於テハ委任者ハ之ニ其損害ノ賠償ヲ為ササル可カラス但シ法文ニ明記スル如ク其損失代理人自己ノ過失ノ結果タラサルコトヲ要ス何トナレハ代理人其損害ヲ豫見スルヲ得タリシトキハ須ラク之ヲ避ケサル可カラス之ヲ避ケスシテ損害ヲ被リタルハ是レ自己ノ責ニ帰スルノ外ナク為メニ損害ヲ要求スルノ権ヲ有ス可カラス
然リ而シテ代理人ノ損害ハ管理ヨリ直接ニ生スルト其管理ニ際シテ生シタルト区別スルヲ要セス蓋シ其損害ノ直接ニ生シタルト管理ニ対シテ生シタルトニ付キ区別ヲ設クルハ充分公義ニ適スト云フ可カラサルノミナラス尚ホ其区別ヲ為スニ付テハ実際至難ナルコト多カルヘシ
蓋シ代理人ノ損害ニハ代理ヨリ生セスシテ只其管理ニ際シテ生スルモノアリ例ヘハ委任者代理人海損物又ハ危険ナル商品ヲ買受クヘキノ委任ヲ為シタルニ之カ為メ代理人ヲシテ賣買前ニ損害ヲ被ラシメタルトキハ又使用貸主並ニ寄託者ト同シク其損害ヲ賠償スルノ責アルヤ明カナリ
然レトモ管理ノ自然ノ結果トシテ損害ヲ豫見スルコトヲ得ヘク且多少其損害ヲ賠償スルノ意思ニ出テ謝金ヲ定メタルトキハ委任者ヲシテ之ヲ賠償セシムルノ限ニアラサルモノトス
曩キニモ陳ヘタル如ク代理ノ謝金ナルモノハ右ニ陳フル如キ損害ノ豫定賠償ノ性質ヲ有スルモノニシテ之カ為メニ代理ノ厚意ノ性質ヲ毀損シ之ヲシテ雇傭契約ト同一ナラシムルモノニ非ス
第四代理人ハ仲買人ト異ナリ自己ノ義務ヲ負担スルモノニ非ス只委任者ノ名ヲ以テ合意ヲ為シ之ヲシテ義務ヲ負ハシムルニ過キス然リト雖トモ或ハ第三者代理人又ハ共ニ保証人トシ報酬義務ヲ負担スルニ非サレハ之ト約スルコトヲ承諾セサルコトアリ斯ノ如キ塲合ニ於テハ委任者ハ第三者ヲシテ代理人ト取結ヒタル約束ヲ抛棄セシムルカ為メニ他ノ担保ヲ供シ又ハ單ニ其合意ヲ履行スルモ以テ代理人ヲシテ其義務ヲ免カレシメサル可カラス若シ委任者代理人ヲシテ其義務ヲ免カレシムルコト能ハサルトキハ之ニ賠償ヲ為ササル可カラス例ヘハ之ニ一ノ担保ヲ供シ以テ其義務ノ結果ヲ被ルノ危険ヲ担保スルカ如キ即チ是ナリ
第二百四十六条
代理人ノ立替金及ヒ其支出シタル費用ノ償還ヲ以テ法律上委任者ノ義務ト為スト雖トモ代理人ハ決シテ其代理履行ノ為メニ先ツ代替ヲ為ササル可カラサルニ非ス其立替ヲ為スノ義務ヲ負担スルハ特ニ之ヲ諾約シタルトキニ限ルモノニシテ実際斯ノ如キ塲合ハ甚タ稀ナルヘシ然レトモ亦代理人ヲシテ委任者カ自己ニ必要ナル資金ヲ供セサリシコトヲ口実トシ以テ代理不履行ノ責ヲ免カレンコトヲ求ムルヲ得セシム可カラサルカ故ニ本条ハ代理人ヲシテ委任者全ク該資金ヲ供スルコトヲ拒絶シ又ハ之ヲ拒絶スルコトヲ遲延シタルノ証據アルニ非サレハ代理ノ履行ヲ遲延スルヲ得セシメス而シテ其証據ハ單ニ書信又ハ其他ノ方法ヲ以テ容易ニ之ヲ得ルコトヲ得ヘシ
第二百四十七条
謝金ハ豫メ之ヲ附與スルニ及ハス又代理ノ履行ニ隨ヒ漸次之ヲ附與スルニ及ハス何トナレハ謝金ハ代理ノ履行不完全ナルニ於テハ之ヲ負担スルモノニ非サレハナリ然レトモ亦此規則ハ特別ノ合意ヲ以テ之ヲ変スルコトヲ得就中代理ノ履行数ヶ月継続スヘキトキハ毎月代理人ノ勞力ニ應シ謝金ヲ拂フヘキコトヲ約スルコトアリ
代理ノ全部履行アラサルモ敢テ代理人此点ニ付キ過失アラサルトキハ幾何ノ謝金ヲ拂フヘキカ是レ法律ニ規定ヲ要スル所ナリ例ヘハ代理人不可抗力ニ遭ヒ又ハ全部履行前ニ代理ノ廃罷アリタルトキノ如キ一分ノ履行アルニ止マルトキト雖トモ敢テ代理人ニ責ムヘキ過失ナキカ故ニ之ニ約束ノ謝金ヲ拂ハサル可カラスト雖トモ其謝金ハ幾何ナルヘキカ本条ノ此点ニ付キ定ムル所ノ法則ハ情義ト公義トニ適從シ当然ナルモノト云フヘシ即チ其規定ニ依レハ謝金ハ代理人ノ履行ヲ終ハリタル割合ニ應シ拂フヘキモノトス而シテ其履行ヲ終ハリタル割合如何ハ只事件ノ数ノミヲ標準トセス其難易ヲ標準トシテ之ヲ定メサル可カラス又一分ノ代理人ヲシテ被ラシメタル損害如何ヲモ合セテ斟酌スルコトヲ要ス
第二百四十八条
留置権ハ一ノ担保タリ一種ノ質タルモノニシテ使用借主及ヒ受寄者ニ之ヲ附與シタリ蓋シ使用借主ハ利益ヲ受ケ受寄者ハ利益ヲ與フルモノナリト雖トモ共ニ其所持スル所ノ物ニ関シ債権者ト為ルコトアリ此塲合ニ於テハ使用借主及ヒ受寄者共ニ留置権ヲ有スルモノトセリ代理人モ亦受寄者ト同一ノ保護ヲ受クヘキモノナルニ因リ本条亦之ヲシテ留置権ヲ有セシム
然リト雖トモ代理人ハ敢テ代理ニ関シ自己ノ勞務ヲ受ケタルモノニシテ委任者ニ属スル一切ノ物件上留置権ヲ有スルモノニ非ス代理人ノ債権其所持スル物ニ因由シ発生シタルモノタルコトヲ要ス例ヘハ委任者数箇ノ物件ヲ代理人ニ交附シ之ヲ賣却スルノ委任ヲ為シタルニ其物ノ一箇ヲ賣却スルコト能ハサリシトキハ代理人ハ他ノ物ノ賣却ニ関シ自己ノ受クヘキ謝金ノ担保トシテ残リノ一物ヲ留置スルコトヲ得ス然レトモ其既ニ賣却シタル物ノ代價ヲ委任者ニ交附セサリシトキハ其代價ヲ留置スルノ権ヲ有スヘシ
第二百四十九条
第二百四十三条ニ於テハ数人ニ委任ヲ為シタル塲合ヲ規定シタリシカ本条ハ之ニ類シテ而シテ少シク異ナル塲合即チ委任者数人ナル塲合ヲ規定スルモノナリ曩キニ第二百四十三条ニ於テハ共同代理人間ニ連合シテ過失アリタル塲合ノ外連帶ヲ設ケスト雖トモ之ニ反シ本条ノ塲合ニ於テハ共同委任者各自連帶義務ヲ負担スルヲ原則ト定メタリ
其理由ハ至テ睹易キモノナリ蓋シ共同委任者ヲシテ各自共同委任事件ニ関シ自己ニ関スル利益ニ應シテノミ義務ヲ負担スルニ止マラシムルトキハ代理人ハ委任者相互ノ関係ヲ問ヒ之ヲ弁明セシメサルヲ得ス斯ノ如キハ遂ニ事務ノ紛雑ヲ来シ遂ニ代理人ヲシテ代理ヲ受諾セサルニ至ラシムルモノト云フヘシ且代理人ハ利益ヲ與フルモノナレトモ委任者ハ却テ之ヲ受クルモノナルカ故ニ委任者ヲ處スルニ一層嚴ナルハ至当ナリト云フヘシ
本条ニハ数人唯一ノ証書ヲ以テ委任ヲ為シタルト各別ノ証書ヲ以テ委任ヲ為シタルトヲ問ハス証書ノ各別ナルトキハ一層疑ナシ唯要スル所ハ共同事務ニ関スルニ在リ
然レトモ委任者ヲシテ連帶義務ヲ負担セシムルニ必要ナルハ其共同事件ニ関スルニ在リ
勿論本条ニ設クル所ノ連帶ハ完全ナルモノニシテ彼ノ共同代理人間ニ生スルコトアル所ノ不完全ナルモノニ非ス
此事項ニ関シテモ亦固ヨリ合意ノ自由ヲ認ムルカ故ニ合意ヲ以テ本条定ムル所ノ連帶ヲ除却シ又ハ之ヲ減縮スルコトヲ得
第二百五十条
本条ハ第二百四十四条ト相照應スルモノナリ蓋シ代理人委任者ノ名ヲ以テシ且其代理ノ権限ヲ超過セスシテ合意ヲ為シタルトキ之ト合意ヲ取結ヒタル第三者ニ対シ義務ヲ負担セサルヲ原則ト為ス以上ハ該合意ノ直接ノ責任ヲ負担スヘキ者委任者タルヲ当然トス是レ本条第一項ニ明記スル所ニシテ同項ニハ代理人其権限ヲ超過セサリシ塲合ヲ想像スルモノナリ
第二項ハ代理人其権限ヲ超過シタル塲合ヲ規定シ而シテ其権限外ノ事柄ヲ為シタルニ拘ハラス尚ホ委任者其事柄ニ依リ義務ヲ負担スルコトアルヘク三箇ノ塲合ヲ指示スルモノナリ
第一委任者代理人ノ行為ヲ認諾シタルトキハ即チ委任者其行為ニ付キ其責ニ任セサル可カラス蓋シ事務管理者ノ行為ヲ認諾スルトキハ恰モ始メヨリ委任ヲ為シタルト同一ノ効力ヲ生スルヲ以テ原則トス
且本条ニ所謂明示ノ認諾ナルモノハ鎖除スルヲ得ヘキ合意ノ認諾ニ應スル方式及ヒ条件ニ從フコトヲ要セス(財産編第五百五十五条ヲ参観スヘシ)只委任者代理人ノ行為ヲ認諾スル旨ヲ明言スルニ於テハ其意義明瞭ナルノミヲ以テ認諾ノ効力ヲ生スルニ足ルモノトス
第二委任者其附與シタル権限外ニ代理人ノ為シタル行為ニ依リテ利益ヲ得タルトキハ其行為ノ利益ニ對当スル所ノ義務ヲ負担スルハ公義条理ノ然ラシムル所ナリト云フヘシ
例ヘハ委任者或ル人ニ其家屋ニ修復ヲ加フヘキノ委任ヲ為シタルニ代理人其権限外ノ修復ヲ為シタルモ其修復タル有益ナルカ加之必要ナルトキハ委任者縦令之ヲ命セサリシニ拘ハラス之カ為メニ自己利益ヲ得ルヲ以テ其修復ノ弁済ヲ為スヘキヤ至当ナリトス然レトモ其修復ノ弁済ヲ為スハ只自己ノ得タル利益ノ限度内ニ於テスヘキノミ是レ事務管理ノ原則ノ適用ニ外ナラス(財産編第三百六十三条ヲ参観スヘシ)
第三代理権限ノ最初廣ロカリシモ更ラニ之ヲ制限シタル日第三者之ヲ知ラス或ハ代理ノ廃罷アリタルモ第三者之ヲ知ラスシテ善意ニ依リ合意ヲ為シタルトキハ其第三者ハ自己ノ知ラサリシ所ノ代理権限ノ減縮若クハ廃罷ノ為メニ損害ヲ被ルコトアル可カラス且委任者モ代理人ヲシテ不正確ナル委任状又ハ既ニ取消シタル所ノ委任状ヲ有セシメタルハ過失ノ責アルヲ免カレス(下第二百五十八条ヲ参観スヘシ)既ニ陳ヘタル如ク代理人ハ委任者ヲ代理スルニ因リ代理人ノ為シタル諾約ノ為メニ委任者第三者ニ対シ義務ヲ負担スルト同シク代理人ノ要約ノ為メ第三者ニ對シ訴権ヲ有スヘシ
第四節 代理ノ終了
第二百五十一条
代理ハ代理人ノ之ヲ履行シタルニ因リ終了スルヤ明カニシテ是レ即チ弁済ニ因リ代理人ノ義務消滅スルニ外ナラス然リ而シテ弁済ハ義務消滅ノ原因中最モ当然ノモノニシテ且諸般ノ義務ニ普通ナルモノナルカ故ニ敢テ本条ニ之ヲ示ササルモ尚ホ可ナリト雖トモ事理ヲシテ明晰ナラシムル為メ之ヲ抑記シタリ且代理ノ履行ハ縦令其委任ノ本旨ニ適合セサルトキト雖トモ尚ホ代理ヲシテ終了セシムルモノナリ只代理人之カ為メニ委任者ニ賠償ヲ為スノ義務ヲ負担スルニ至リタルコトアリト雖トモ代理契約ニ至テハ為メニ終了セサルモノニ非ス又委任者ハ代理人ニ費用及ヒ立替金ヲ弁償スルノ義務アルヘキモ代理ハ継続スルモノニ非スシテ将来ニ向ヒ委任者ト代理人トノ間ニ何等ノ義務権利ヲモ生スルコトナキモノナリ
尚ホ本条ハ代理履行ノ外管理スヘキ物ノ滅失ノ如キ履行ノ不能ヲ以テ其終了ノ一原因トシタリ蓋シ履行ノ不能モ亦代理ヲ終了セシムルコト他ノ作為ノ義務ニ於ケルト同一ナルヘキヤ明カナリ(財産編第五百三十九条ヲ参観スヘシ)
又代理人特定ノ時間委任者ノ事務ヲ管理スヘキコトノ合意アリタルトキハ其期限ノ到来ニ因リ代理終了スヘシ縦令代理人其約束ノ期間終始管理ヲ為ササリシトキト雖トモ尚ホ其期間到来スルヤ将来ニ向ヒ代理ノ効力終了スヘシ
又本条ハ期限ノ事ヲ記載シタルニ因リ併セテ條件ノ事ヲ記載シタリト雖トモ其條件タル法文ニ停止タルト解除タルトヲ示サス是レ畢竟其条件ハ代理ヲ停止スルモノニ非ス亦解除スルモノニ非ス寧ロ之ヲシテ終了セシムルモノナリ
蓋シ茲ニ代理ノ停止条件ノ事ヲ記載スヘキニ非サルハ代理ノ停止条件ノ成就ハ代理ヲシテ終了セシムルモノニ非ス却テ之ヲ發生セシムルモノニシテ又其條件成就セサルトキハ代理ハ成就スルニ非ス元来生セサルモノナリ又既徃ニ溯リ代理ヲ取消ス効力ヲ生スル所ノ解除條件ノ事ヲ茲ニ論定スルノ必要ナシ蓋シ代理ニ解除条件ヲ附シ其条件成就スルトキハ其代理ニ基キテ為シタル行為ハ尽ク無効ニシテ代理終了スルモノニ非ス然レトモ斯ノ如キ結果ハ到底実際ニ生スルコトナカルヘシ何トナレハ何人タリトモ斯ノ如ク権限ノ極メテ不確定ナル代理人ト合意ヲ為サントスル者非サルヘケレハナリ是ニ依テ之ヲ観レハ本条ニ所謂條件ナルモノハ即チ一ノ不確定ナル事件ニシテ其事件ノ到来ヲ俟テ代理ヲ終了セシメントスルコトヲ約シタルモノナリト看做ササル可カラス是ヲ以テ其条件ハ代理終了ヲ停止スルモノトモ云フヘシ是レ曩キニ此条件ハ代理ヲ消滅スルモノナリト云ヒシ所以ナリ只其期限ト異ナルハ其性質ノ偶然不確ナルニ在リ例ヘハ或者旅行ヲ為スニ当リ其朋友ノ一人ニ自己ノ資産若クハ其利益ノ一二ヲ管理スヘキコトヲ委任シタルモ他人現ニ疾病ニ罹リ又ハ不在ナルモ久シカラスシテ治癒又ハ帰家ノ見込アル親族アルニ因リ其治癒若クハ帰家ヲ待テ親族ヲシテ朋友ニ代ハラシメ之ヲシテ管理ヲ為サシメント欲スルコトアリ斯ノ如キ塲合ニ於テハ其親族治癒又ハ帰家シタルトキハ代理消滅スヘキ旨ヲ約スルモノアリ而シテ其治癒若クハ帰家ナル事件ハ不確定ナルカ故ニ真ニ期限ト称スヘキモノニ非ス一ノ條件タルモノナリ只其条件ハ既徃ニ溯リ効力ヲ生スル解除条件ニ非ス只将来ニ向ヒ代理ヲ終了スルノ條件タルノミ
或ハ条件ノ総体ニ関スル規定ヲ掲クルニ当リ条件ニ消滅条件ナルモノアルコトヲ言ハス只条件ニハ停止ト解除ト二者アリトセシコトヲ非難スルモノアラン(財産編第四百八条ヲ参観スヘシ)然レトモ曩キニ条件ノ全体ニ関スル規定ヲ掲クルニ当リテハ一般ノ合意及ヒ義務ニ関スル規定ヲ掲ケタルモノニシテ本条ハ特別ノ契約ニ関スルモノナリ且一般ノ条件ノ事ニ付テモ特ニ法文ヲ以テ条件ノ効力ニ関シテハ当事者ノ意思ニ依リ之ヲ解釈スヘキコトヲ定メタリ(財産編第四百十八条ヲ参観スヘシ)今茲ニ所謂条件ナルモノハ代理ヲ消滅スルノ効力ヲ生スルニ過キスト看做シタルハ即チ右ノ法則ニ從ヒ当事者ノ意思ヲ推定シ之ニ基キタルモノナリ
本条ニハ第一項ニ於ケルカ如ク代理人及ヒ委任者其一方他ノ一方ニ相續シ又ハ第三者双方ニ相續シタルノ結果トシテ一人ニテ委任者ト代理人トノ資格ヲ混同シタル塲合ヲ規定セスト雖トモ(財産編第五百三十四条ヲ参観スヘシ)此塲合ニ於テハ代理終了スルモノナルヤ瞭然タリ
以下代理ニ特別ナル四箇ノ消滅原因ヲ説明セン
第一委任者ノ為シタル廃罷
凡ソ契約ハ当事者一方ノ意思ノミニ因リ消滅スルモノニ非ス蓋シ契約ハ双方ノ意思ノ合致ニ依リ成立スルモノナルカ故ニ亦同一ノ意思ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ廃罷スルコト能ハス然レトモ此規則ニハ例外アリテ既ニ財産編第三百二十七条第二項ヲ以テ此事ヲ示シタリ
是ヲ以テ寄託人ノ如キモ自己ノ適冝ニ寄託物ヲ取戻スコトヲ得又使用借主モ何時タリトモ其借用物ヲ返還スルコトヲ得ルモノトセリ蓋シ契約ハ固ヨリ當事者双方ノ造出シタルモノナリト雖トモ單ニ一方ノミノ利益ヲ旨トシタルニ止マルトキハ自己ノ為メニ契約ヲ結ヒタル一方ハ其便冝ニ從ヒ之ヲシテ消滅セシムルヲ得ヘキヤ当然ナリ
去レハ代理ノ如キハ概ネ委任者ノミヲシテ利益ヲ得セシムルノ趣意ニ出テタルモノナルカ故ニ委任者ハ現ニ自ラ其事務ヲ管理スルヲ得ルニ至ルカ又ハ他ニ一層信用スル所ノ代理人ヲ得ルニ至ルトキハ代理ノ効力ヲ受クルコトヲ抛棄シ嘗テ前代理人ニ附與シタル権限ヲ取戻スコトヲ得ヘキヤ当然ナリ而シテ其廃罷ノ理由ニ至テハ敢テ之ヲ説明スルニ及ハス固ヨリ其理由ハ千状萬態ナルヲ以テ之ヲ示ササルモ決シテ代理人ノ名譽ヲ毀損スルコトナシ
只下第二百五十二条ヲ以テ代理ヲ廃罷スルノ権利ニ一ノ制限ヲ設ケ又第二百五十三條乃至第二百五十五条ヲ以テ此原因ニ付キ多少敷衍スル所アリ
第二代理人ノ為シタル抛棄
夫レ代理人ハ謝金ヲ受クルトキト雖トモ尚ホ委任者ニ向ヒ恩義ヲ施スモノナリ是ヲ以テ雇傭契約ヲ為シタル者ノ如キ有償契約ニ依リ義務ヲ負担スル者ト同一ニ之ヲ處スル可カラス是ヲ以テ代理人ハ何時タリトモ代理ヲ抛棄シ之ヲ履行スルノ義務ヲ免カルルコトヲ得蓋シ代理ノ如キハ固ヨリ為スノ義務ニ関スルモノニシテ而シテ何人タリトモ特定ノ作為ヲ為スノ強要ヲ受クヘカラサルカ故ニ(財産編第三百八十二条ヲ参観スヘシ)代理ノ目的トスル所為ノ如キ継続変化セル行為ト注意才能ヲ要スル所ノモノニ付テハ強イテ之ヲ行ハシムルコト能ハサルヤ明カナリ彼ノ雇傭契約ノ如キモ亦同一ノ理由ニ依リ抛棄ヲ認ムルモノニシテ只諸條ニ定ムルカ如ク当事者ノ責任ヤ嚴ナルノミ況ンヤ代理ニ於テヲヤ(下第二百五十二条ヲ参観スヘシ)
然リ而シテ代理人代理ヲ抛棄スルハ之カ為メ委任者ヲシテ何等ノ損害ヲモ被ラシメス且其抛棄ノ正当ノ原因ニ基クコトヲ要ス是レ下第二百五十六条ニ規定シタル所ナリ
第三委任者又ハ代理人ノ死亡破産無資力若クハ禁治産
委任者又ハ代理人ノ死亡、破産、無資力、若クハ禁治産モ亦殆ト相似タル理由ノ為メ代理ヲ消滅セシムルモノナリ
当事者一方ノ死去代理ヲ終了セシムルハ已ヲ得サル所ナリト云フヘシ蓋シ委任者ハ代理人ヲ信用シタルモノナリト雖トモ未タ必スシモ其相続人ニ至ルマテ信用シタリト謂フ可カラ又代理人モ委任者ノ為メ行為ヲ為スコトヲ受諾シタルモ相続人ノ為メ同一ノ利益ヲ與へントスルノ理由ナキコトアルヘシ之ヲ要スルニ代理契約ハ利益ヲ主眼トシテ成立シタルモノニシテ之カ為メ資産ニ加フル所ノ利益ヲ主眼トシタルモノニ非ス是ヲ以テ人死スルトキハ契約共ニ消滅スヘシ
破産及ヒ無資力ハ此位置ニ陥リタル者ヲシテ義務ヲ履行スルコト能ハサルニ至ラシムルモノナリ是ヲ以テ当事者双方間代理ニ因リ生スル所ノ義務ヲ更ラニ増加セシメサルハ当然ナリト云フヘシ
又精神ノ錯乱ニ因リ裁判上禁治産ヲ受ケ又ハ處刑ヲ受ケタルニ因リ法律上禁治産ヲ受ケタルトキハ之ヲ受ケタル委任者ヲシテ他人ノ為メニ管理ヲ継続スル能ハサラシムルヤ明カナリ何トナレハ其管理ハ自己ノ為メニスルモ尚ホ之ヲ為スコト能ハサルモノナレハナリ又委任者禁治産ヲ受ケタルトキハ其財産ノ管理権ハ後見人ニ移ルカ故ニ後見ノ任ナキ者ヲ継続スル能ハサルヤ当然ナリ
第四代理ヲ約シタル原因タル資格ノ絶止
後見人若クハ他人ノ財産ノ管理人委任ヲ為スコトアリ又自ラ委任ヲ受ケタル者更ラニ他人ニ委任ヲ為スコトアリ是レ曩キニ第二百三十五条ニ於テ規定シタル所ナリ
右ノ如キ塲合ニ於テ後見人管理人若クハ委任者タルノ資格代理ヲ設定シタル者ノ失フ所ト為ルトキハ代理ヲ約シタル原因タリシ資格ト共ニ代理絶止セサル可カラス
又或者特別ノ資格アルカ故ニ之ニ委任ヲ為シタルモ其資格絶止シタルトキ例ヘハ委任者ノ共同社員共有者又ハ銀行者代言人ニ委任ヲ為シタルモ其人其資格ヲ失フタルトキハ資格ノ喪失ト共ニ代理終了スヘシ本条第三項及ヒ第四号ニ掲ケタル塲合ニ於テハ瞥見スレハ委任者ヲシテ廃罷スルノ権能ヲ有セシメ代理人ヲシテ抛棄スルノ権能ヲ有セシムルモ尚ホ可ナルカ如シ然レトモ廃罷若クハ抛棄ニ因リ代理ノ終了スルニハ所謂条件若クハ制限ヲ要スルモ人ノ死去又ハ資格ノ絶止ノ塲合ニ於テハ是等ノ制限及ヒ条件ヲ守ルヘキニ非ス之ヲ要スルニ第三項及ヒ第四号ニ掲ケタル事件ハ当事者ニ於テ何等ノ意思ヲモ発表セス又何等ノ条件及ヒ制限ヲモ俟タスシテ直チニ代理ヲ終了セシムルニ足ルモノト謂ハサル可カラス
然リ而シテ下第二百五十七条乃至第二百五十九条ノ三条ヲ以テ当事者ノ善意ニテ且右第三項及ヒ第四号ニ掲ケタル事件ヲ正当ニ知ラサルトキ之ヲ保護スヘキノ規定ヲ設ケタリ
第二百五十二条
前条第一号ヲ説明スルニ当リ委任者代理ヲ廃罷スルハ主トシテ委任者何時タリトモ自己ノ利益ノ為メニ設ケタル契約ノ利益ヲ抛棄スルヲ得ルカ為メナルコトヲ説明シタリ然ルニ代理人又ハ第三者ノ利益ヲ併セテ計ルカ為メニ委任ヲ為スコトナシトセス例ヘハ共有物又ハ會社ノ物件ニ関シ委任ヲ為ストキノ如キ即チ然リ斯ノ如キ塲合ニ於テハ代理人ハ委任者ノ廃罷ノ為メ其計策ヲ乱リ又ハ其利益ヲ害スルニ因リ之ヲ拒否スルノ利益ヲ有スルコトアリ是レ本条ニ仮定スル所ナリト雖トモ本条ニハ只委任者ノミノ利益ノ為メニ代理ヲ委任セシ塲合ニ限リ任意ノ廃罷ヲ許シ以テ間接ニ此意ヲ示シタルノミ
又本条ニハ謝金ヲ諾約シタルトキト雖トモ之カ為メニ廃罷ヲ妨クルモノニ非スト云ヒリ固ヨリ此塲合ニ於テハ代理人ハ其要約シタル謝金ヲ受クルノ権利ヲ失フヘキモノトス然ラスンハ別ニ本条ヲ設クルノ必要アラサルヘキナリ
然ルニ謝金ヲ得ルノ権利ハ代理人ノ正当ニ希望シタル利益ナルカ故ニ正當ノ原因ナクシテ代理人ニ之ヲ附與セサルハ不当ナルカ如シ然レトモ本条ハ此規定ヲ以テ曩キニ陳ヘタル所ヲ一層確定スルモノト云フヘシ蓋シ曩キニ陳ヘタル如ク謝金ハ代理人ノ為メ眞ニ利益タルモノニ非ス只其勞力注意及ヒ立替金ノ豫定賠償タルモノナリ然ルニ毫モ代理ノ履行アラサルニ当リ其廃罷アラサルトキハ代理人毫モ勞力ヲ尽サス注意ヲ施サス立替ヲ為ササルニ因リ謝金ヲ受クヘキノ理由アラサルモノト云フヘシ只一旦代理ノ履行ニ着手シタル後之ヲ廃罷シタルトキハ既ニ終了シタル事件ノ輕重ニ從ヒ謝金ノ一分ヲ代理人ニ拂ハサル可カラス
第二百五十三条
廃罷ハ曩キニ陳ヘタル如ク僅カニ消滅ノ條件タルニ過キサルヲ以テ既徃ニ溯リ効力ヲ生シ從来有効ニ終ハリタル所ノ事柄ヲ廃棄スルモノニ非ス蓋シ本条ヲ設ケタルハ啻ニ第三者ノ代理ヲ正當ナリト信シ代理人ト合意シタル者ノ利益ヲ計リタルノミナラス併セテ委任者ノ利益ヲ計リタルニ因ル蓋シ此規定ナキトキハ或ハ委任者ノ事務ヲ管理スルニ安全ナラサルコトナシトセサレハナリ
第二百五十四条
第二百四十九条ニ於テ数人ノ委任者アルトキハ代理ヨリ生スル所ノ義務ヲ連帶シテ負担スル旨ヲ定メタリ是ヲ以テ或ハ委任者ハ連帶ノ関係ヲ有スルニ因リ其一人連帶義務ヲ免カレント欲スルトキハ自餘ノ者ヲシテ均ク之ヲ免カレシムルヲ得ヘキカ如シ然レトモ廃罷ノ為メ共同事件ニ害ヲ及ホスコトナシトセサルカ故ニ委任者ノ一人ヲシテ自餘ノ者ノ利益ヲ損傷セシム可カラス是ヲ以テ数人ノ委任者ノ為シタル委任ハ全部ノモノトシ一人ノ廃罷ノ為メニ之ヲ終了セシメス只廃罷ヲ為シタル者ノ責任ハ将来絶止シ自餘ノ者代テ之ヲ負担スヘシ
第二百五十五条
代理ノ廃罷ハ明示ナルヲ必要トセス只黙示ナルヲ以テ足レリトスルコト恰モ代理ノ設定ヲ明示スルヲ必要トセサルカ如シ
本条ハ黙示廃罷ノ二箇ノ適例ヲ示スモノナリ然レトモ其適例タル命令的ニ非ス亦制限的ニ非ス蓋シ同一ノ事件ニ付キ新代理人ヲ選任スルモ本条ニ仮定スル如ク黙示ニテ旧代理人ニ為シタル委任ヲ廃罷スルニ非スシテ其目的ハ只旧代理人ヲ補助シ以テ代理ノ履行ヲ一層確然ナラシメントスルニ在ルコトナシトセス又委任者自ラ管理ヲ回復スルモ是レ代理人ノ一時差支アリ又ハ委任者自ラスルヲ一層管理ニ便利ナルカ故ニ暫時自ラ管理ヲ為シタルニ過キサルコトアルヘシ
其他ノ事情ニ因リ黙示廃罷アリト看做スニ至テハ裁判所ノ査定ニ任スヘキ所ナリ例ヘハ當事者間葛藤ヲ生シ不和ヲ来シ或ハ其一方ノ名譽財産ニ関スル訴訟ヲ起シタルトキノ如キハ即チ裁判所ニ於テ暗ニ代理ノ廃罷アリタルモノト認定スルヲ得ヘシ
第二百五十六条
代理人ハ代理ヲ抛棄スルノ権能ヲ有シ決シテ之ニ其権能ヲ拒絶ス可カラサル所以ハ第二百五十一条第二号ノ理由ヲ以テ之ヲ説明シタリ然レトモ亦其説明中言ヘルカ如ク代理ノ抛棄ハ或ハ代理人ヲシテ多少責任ヲ負ハシムルコトアリ因テ此点ニ付テハ第一ニ区別スヘキモノアリ即チ抛棄ノ正當ノ原因ニ出テタルヤ否ヤ是レナリ若シ其抛棄ヲシテ正當ノ原因ニ出テタルトキ例ヘハ管理スヘキ財産若クハ利益ノ所在地ト代理人ノ所在地ト非常ニ懸隔シ又ハ代理人重病ニ罹リ或ハ委任者ト絶交シタルトキハ縦令委任者代理ノ抛棄ニ因リ損害ヲ被ルヘキトキト雖トモ敢テ代理人其賠償ヲ為スニ及ハサルモノトス但第二百五十九条ノ規定ニ從フヘキノミ然ルニ之ニ反シ理由ナクシテ抛棄ヲ為シ只代理人ノ悪意又ハ自己ノ便冝ノミニ因リ抛棄ヲ為シタルトキ之カ為メ委任者ヲシテ損害ヲ被ラシムルニ至リタルトキハ代理人之ニ其賠償ヲ負担セサル可カラス
然リト雖トモ單ニ廃罷ノ為メノミニ止マラス依然代理ヲ継続スルトキハ之カ為メ損害ヲ被ルニ因リ抛棄ヲ為シ而シテ其損害ノ重大ナルトキハ以テ抛棄ノ正当ナル原因ナリト認ムヘシ
廃罷ハ黙示ナルヲ以テ足レリトシタルカ其抛棄ニ至テモ亦同シク黙示ナルヲ以テ足レリトスヘシ未タ必スシモ其明示アルヲ要スルノ理由非サルナリ然レトモ黙示抛棄ニ因リ代理人ノ責任ヲ免カルルハ必ス其抛棄正當ノ原因ニ出テタルコトヲ要ス
第二百五十七条
代理終了ノ原因アルモ當事者未タ之ヲ知ラサルニ當リ又少ナクモ其之ヲ知ルヲ得ルノ位置ニアラサルニ當リ直チニ其効力ヲ生スルハ條理ニ適合シタリト云フ可カラス是レ本条当事者代理終了ノ原因ヲ對抗セント欲スル者ヲシテ之ヲ相手方ニ告知スヘキコトヲ命シタル所以ナリ
然リ而シテ本条ニハ代理終了ノ原因ヲ告知スルノ義務ニ例外ヲ明示セスト雖トモ期限ノ到来ハ敢テ之ヲ告知スルニ及ハス殊ニ其期限ノ一定ノモノタルトキハ當事者豫メ之ヲ知ルヲ以テ更ラニ之ヲ告知スルヲ要セス然レトモ代理消滅ノ條件ニ至テハ之ニ異ナリ或ハ其到来セサルコトアルヘク又其到来スルモ関係人之ヲ知ラサルコトナシトセサルカ故ニ必ス之ヲ告知セシメサル可カラス又代理ヲ履行シタル塲合並ニ之ヲ履行スルコト不能ト為リタル塲合ニ於テハ代理人之ヲ委任者ニ告知セサル可カラス
本条ニ黙示ノ廃罷並ヒニ抛棄ヲ告知スヘキコトヲ命セス蓋シ其黙示ナルトキハ之ヲ告知スルコトアラサルヘキヤ明カニシテ又一旦之ヲ告知スル以上ハ其廃罷若クハ抛棄ハ最早黙示ニアラス明示ノモノト為ルナリ然リト雖トモ亦黙示ノ廃罷若クハ抛棄ハ相手方確然之ヲ知リタルトキニ非サレハ之ニ對シ効力ヲ及ホス可カラス故ニ其當事者間ニ効力ヲ生スルハ相手方確然之ヲ知了スルニ至リタルトキニ在リトス
第二百五十八条
代理ノ廃罷若クハ其他前諸条ニ規定シタル原因ニ因リ代理ノ終了シタル塲合ニ於テモ委任者ハ直チニ第三者ニ對シ以後其代理ノ結果ヲ負担セスト云フ可カラス若シ突然代理ノ終了シタルトキハ以後委任者其結果ヲ負担セストスルトキハ代理人ト合意ヲ為シタル第三者ノ地位甚タ不利益ニシテ斯ノ如ク偶然ノ損害ヲ被ル恐アルトキハ何人タリトモ敢テ代理人ト合意ヲ為スコトヲ欲セサルヘク却テ之カ為メニ委任者ニ一層ノ損害ヲ及ホスヘシ
然リト雖トモ亦委任者ハ第三者ニ代理ノ終了ヲ告知スルコトノ責ヲ負フヘキニ非ス何トナレハ委任者ハ代理人ト合意ヲ為シタル第三者ヲ知ラサルコトアルヘケレハナリ是ヲ以テ本条ハ偏ヘニ第三者委任者ノ代理権限終了シタルコトヲ知リタルヤ否ヤヲ区別シ詳カニ之ヲ言ヘハ其善意ナルト悪意ナルトヲ区別シ以テ其委任者ニ對シ代理ノ結果ヲ負担スヘキコトヲ得セシメ又ハ之ヲ求ムルヲ得サラシム此規定タル第二百五十条第三号ニ第三者代理人ニ権限アリト信スル正當ノ理由ヲ有シタル塲合ニ付キ掲ケタル規定ト同一ナルモノナリ
凡ソ代理ノ終了シタルトキハ委任者ハ代理人ニ嘗テ附與シタリシ委任状ヲ取戻スヲ以テ至當トス
本条ニハ関係人一般ノ利益ヲ計リ委任者ヲシテ成ルヘク此権能ヲ行ハシムルカ為メ特ニ此権能ノ事ヲ記入シタリ而シテ委任者此権能ヲ行ヒ代理人ヨリ委任状ヲ取戻シタルトキト雖トモ尚ホ未タ必スシモ第三者ヲ善意ナラスト認ム可カラサルコトヲ明記シタリ実ニ代理人ノ委任状ヲ見タル時ヨリ短少ノ時日内ニ代理人ト合意ヲ為シタル者ハ各行為ノ証書ヲ作ルニ当リ一々委任状ヲ示スヘキコトヲ求メサルモ敢テ害アリト云フ可カラス故ニ本条ハ只第三者ノ善意ナルヲ必要トシ之ヲ以テ足レリトセリ然レトモ第三者ニ過失アリテ其情状重キトキハ普通ノ規則ニ從ヒ詐欺アリト認ムルヲ得ヘシ
代理人ハ委任者ヨリ委任状ヲ返還スヘキノ要求ヲ受ケタルトキハ直チニ之ヲ還附セサル可カラス然レトモ若シ代理人其行為ノ説明ヲ為シ或ハ其責任ヲ免カレ或ハ其謝金若クハ賠償ヲ求ムルカ為メ委任状ヲ必要ナリトスルトキハ原本ト同シキ謄本ヲ求ムルヲ得ヘシ只其謄本ニハ代理ノ終了シタルコト並ヒニ其謄本ヲ作リタル理由ヲ記載スヘシ
第二百五十九条
本条ノ規定ハ一ニ公義ニ基キテ設ケタルモノニシテ財産編第三百六十二条第二項ニ他人ノ事務管理ノ事ニ関シ設ケタル規定ト同様ナルモノナリ
代理人委任者自ラ事務ヲ處理スルヲ得ルニ至ルマテ仮リニ之ヲ継続スヘキノ義務ハ代理ヲ終了セシメタル者委任者ノ廃罷タルトキニ比スレハ其意思ニ出テ抛棄ニ出テタルトキヲ以テ一層重シトス然レトモ委任者ノ廃罷ニ因リ代理ヲ終了セシメタル塲合ニ於テモ尚ホ代理人ハ直チニ其委託ヲ受ケタル利益ヲ處理スルコトヲ抛棄ス可カラス斯ノ如キハ代理契約ノ原ト善意ニ成リ相手方ノ利益ヲ計リタルニ起因スル本来ノ性質ニ背クモノト云フヘシ
第十二章 雇傭契約及ヒ仕事受負契約
欧州諸國ノ法制ヲ按スルニ自己ノ勞務ヲ約シ又ハ或ル工事ヲ受負フ所ノ契約ハ一種ノ賃貸借ト看做シタリ此理論タル其実相ヲ穿ツトキハ真理ニ適スルモ彼我語辞ノ莫ナルヨリ本法ニハ彼ノ法制ヲ倣ハス特ニ此事項ヲ規定シ敢テ賃貸借ノ規定ヲ準用セス
第一節 雇傭契約
第二百六十条
勞務トハ当事者ノ一方他ノ一方ニ隨身シ又ハ其資産ノ為メニ尽スヘキコトヲ約シタル諸般ノ勞力ヲ云フ
本条ニ通常勞務ニ服スルノ約ヲ為ス人ヲ列記シタルヲ以テ之ニ依テ見レハ亦既ニ雇傭契約ノ目的タル勞務ノ性質如何ヲ知ルヲ得ヘシ固ヨリ本条ニ列記スル所ハ医師代言人理學文學技術ノ教師ノ如ク高尚ナル學藝ニ関スル業務ヲ執ル者ヲ包含スルモノニ非ス是等高尚ノ事業ニ從フ者ハ本節末条(第二百六十六条ヲ参観スヘシ)ニ規定スル所ナリ之ニ反シ第二百六十五条ニ記載スル所ノ人ニ至テハ本条ノ規定ヲ適用スヘキモノトス
本条ニ列記スル所ノ諸人年月又ハ日ヲ以テ其給料ヲ約定シタルトキト雖トモ決シテ彼ノ家屋若クハ家具ノ備ヒ付タル建物ノ一分ノ賃貸借ニ関スルトキト異ナリ給料ノ標準ト為シタル年月ヲ以テ契約ノ期限ト為シタリト云フ可カラス(財産編第百四十八条ヲ参観スヘシ)蓋シ人ノ勞務ニ服スルノ約ヲ為スニ当リ年月ヲ定ムルモ其人未タ必スシモ充分将来ノ事ヲ慮カラサルコトアルヘキカ故ニ法律ハ勞務ノ期限ヲ一定スヘキコトヲ命セス只當事者ノ定メタル期間ハ給料又ハ賃銀ヲ計算スルノ目安ト看做スヘキノミ
故ニ單ニ或ル期間ニ当テタル給料ヲ定メ雇傭契約ヲ為シ其時期ヲ定メサリシトキハ當事者ノ一方ヨリ他ノ一方ニ解約申入ヲ為スニ因リ其契約終了スヘシ
然レトモ本条ハ此点ニ付キ少シク當事者ノ自由ニ制限ヲ加ヘタリ
第一地方ノ習慣アリテ解約申入ヲ為スヘキ時期又ハ解約申入ト退去トノ間ニ存スヘキ期間ノ定メアルトキハ其習慣ニ從ハサル可カラス蓋シ雇傭契約ハ実際絶ヘス頻繁ニ行ハルル所ノモノナルカ故ニ全國一定ノ標準タル規定ヲ設ケテ此点ヲ規定スルコト能ハス故ニ地方ノ習慣ニ從フノ外アラサルナリ
第二確定ノ習慣ナキトキハ何時タリトモ解約申入ヲ為シ以テ勞務ヲ止ムルヲ得ヘシト雖トモ亦當事者間ニ恊議一致セサルトキハ二箇ノ條件ニ適合スルコトヲ要ス而シテ其果シテ條件ニ適合スルヤ否ヤハ裁判所ノ査定ニ任スルモノナリ即チ解約申入ヲ不利ノ時期ニ於テ為ササルコト並ヒニ其悪意ニ出テサルコト是レナリ
固ヨリ右ノ制限タル強イテ當事者ヲシテ之ニ服從セシメ當事者ノ意思ニ反シ一方ヲシテ勞務ニ服シ一方ヲシテ之ヲ受ケシムルニ及ハスト雖トモ若シ前記ノ条件ニ反シ勞務ヲ止メ為メニ損害ヲ生シタルトキハ過失アル者其責ニ任シ賠償ヲ為ササル可カラス
例ヘハ一家ノ主人ニ隨身セル僕婢又ハ商家ノ番頭手代等年末ニ解約申入ヲ為シ又ハ農業ノ作男収穫ノ時ニ際シ解約申入ヲ為スカ如キハ即チ不利ノ時期ニ於テ之ヲ為シタルモノト云フヘシ然レトモ解約申出ヲ為シタル者特別ノ事情アルカ為メ重大ナル損害ヲ相手方ニ及ホスヘキコトヲ知リタルトキニ非サレハ悪意ニ出テテ之ヲ為シタリト云フ可カラス
此点ニ付テハ當事者双方間ニ法律上ノ差異アルコトナシ然レトモ實際賠償ヲ請求スルニ至ル者ハ番頭手代使用人等タルヘシ何トナレハ年内何レノ時ニ在ルモ傭主ハ雇傭人ノ後任者ヲ得ヘシト雖トモ雇傭人傭主ヲ求ムルハ一層困難ナルヘケレハナリ
第二百六十一條
前条ニ依レハ雇傭契約ニハ一定ノ時期ヲ附スルニ及ハスト雖トモ亦當事者豫メ其期間ヲ一定スルコトアルヘシ本条ハ此塲合ニ於テ雇期限ニ一ノ制限ヲ設ケタリ即チ其雇傭ノ性質ニ依リ五年又ハ一年ノ期間ヲ經過スル契約ヲ為スコトヲ得サルモノトス
蓋シ人身ノ自由ト名譽トヲ貴重スル以上ハ人終身又ハ終身ニホウフツタル長日月ヲ期シテ其行為ヲ約シ勞務ニ服スルノ約ヲ為サシム可カラス又長日月ノ間雇傭ヲ約スルトキハ其間種々ノ意外ナル事件ノ発生ニ因リ輕忽ニ契約ヲ為シタルコトヲ悔ユルニ至ルコトアルヘキカ故ニ長ク雇傭契約ヲ為スハ當事者双方ノ為メ輕忽ナリト謂ハサル可カラス是ヲ以テ主人又ハ親方ノ營業ノ全般ニ関シ勞務ニ服スル使用人番頭手代等ノ傭期間ハ五年ヲ經過スヘカラサルモノトシ又職工其他ノ雇傭人ニ至テハ一ケ年ヲ超ユル期間ヲ約スルコトヲ得サルモノトシタリ是レ此期間ハ傭主及ヒ雇傭人双方ノ便冝充分ナリト認メタルカ故ナリ又傭主ニ至テモ同一ノ期間ヲ超エテ傭入ヲ約スルコト能ハス何トナレハ其期間一身上ノ便冝又ハ種々ノ事由発生シ為メニ己レノ地位ヲ変スルコトアリテ其傭入ヲ継続スルコト能ハス為メニ損害ヲ被ルニ至ルコトアルヘケレハナリ
然レトモ下ニ規定スル所ノ習業契約ニ至テハ此限ニ非サルモノトス
然リ而シテ本条ノ制限ニ從ハサルモ未タ雇傭契約ノ全体ヲ無効トスルモノニ非ス只其期間ヲ法律上ノ期間ニ減縮スヘキノミ又其期間ハ當事者ノ都合ニ從ヒ重ネテ之ヲ継続スルヲ得サル可カラスト雖トモ更ラニ約スル所ノ期間ト前約ノ期間トヲ合シテ五年又ハ一年ヲ經過ス可カラス斯ノ如キ規定ハ前諸編ニ於テ設ケタル所ノモノナリ((財産編第三十九条及ヒ本編第百九十二条ヲ参観スヘシ)
本条ニハ特ニ制限ヲ超過シタル時期ヲ約シタル塲合ニ於テハ當事者ノ一方ノ隨意ニテ制限ノ時期ニ之ヲ短縮スルヲ得ヘシト云ヘリ然レトモ當事者ノ一方ハ他ノ一方ト異ナル時期ヲ約シ以テ傭入ヲ為シ或ハ傭ハルヘキコトヲ約スルヲ得ヘシ只何レモ前記ノ制限ヲ超過セサルコトヲ要スルノミ故ニ主人ハ五年間手代ヲ傭フヘキコトヲ約シ手代ハ二年若クハ三年間傭ハルヘキコトヲ約スルヲ得ヘシ只双方ノ位置権利ニ平等ヲ要スルハ法律上ノ制限ヲ超過セサルニアルノミ
第二百六十二条
雇傭ノ時期ヲ定メ而シテ其時期法律上ノ制限ヲ超過セサルトキト雖トモ尚ホ其定期前ニ契約ノ終了スルコトアリ本条ハ其原因ヲ指定スルモノナリ
其第一ノ原因ハ當事者ノ一方ノ義務不履行ナリトス此原因ニ因リ契約ノ解除スルハ普通原則ノ然ラシムル所ナルカ故ニ敢テ本条ニ之ヲ明記セサルモ尚ホ可ナリト雖トモ前諸章ニ於テ説明シタル如ク他ノ契約終了ノ原因ヲ掲ケナカラ其最モ確然タル所ノ不履行ヲ掲ケサルニ於テハ或ハ之ヲ以テ例外ト為スノ法意ナリト解スル者ナシトセス是レ特ニ本条ニ之ヲ掲ケタル所以ナリ又雇傭契約ヨリ生スル所ノ當事者間ノ関係ノ性質ニ付テ之ヲ見ルモ當事者ノ一方其任ニ堪ヘス又ハ依然トシテ其関係ヲ継続スルトキハ重大ナル意外ノ困難ヲ之ニ及ホスコトアル塲合ニ於テハ當事者其関係ヲ絶ツコトヲ得サル可カラス然レトモ定期前ニ雇傭契約ヲ終了セシムヘキ公平ノ原因ヲ擧ケテ之ヲ法律ニ指定スルコト能ハサルカ故ニ本条ハ只正當ニシテ且已ムヲ得サル原因アルヲ以テ契約ヲ取消スニ足ルモノトセリ而シテ當事者ノ申立ツル所ノ原因果シテ正當ニシテ且已ムヲ得サルモノナルヤ否ヤハ裁判所ノ査定ニ任スヘキモノトス
例ヘハ手代若クハ僕ノ兵役ニ服スヘキトキハ契約ヲ解除セサルヲ得サルヤ疑ヲ容レス然レトモ志願シテ兵役ニ服セントスル塲合ニ於テハ之ニ異ナリ為メニ契約ヲ解除スルヲ得可カラス蓋シ雇傭人ニシテ海陸軍ニ服役スルヲ好ミ志願兵ト為リ以テ其意ニ適セサルニ至リタル雇傭契約ヲ解除シ其賠償ヲ免カレンコトヲ計ルコトナシトセサレハナリ
傭人疾病ニ罹リ又ハ廃疾不具ト為リテ其約シタル勞務ニ服スル能ハサルニ至リタルトキハ又以テ正當ニシテ亦已ムヲ得サル原因ナリト云フヘシ然レトモ雇傭人他ニ給料ヲ拂フコト多キ傭主ノ為メニ傭ハレントスルカ如キハ正當ノ原因ナリト云フ可カラス固ヨリ雇傭人給料ヲ拂フ多キ傭主ニ傭ハレントスルハ事態正當ナルモ賠償ヲ拂ハスシテ契約ヲ解除スルノ理由ト為ルニ足ラサルナリ
是ニ依テ之ヲ観ルニ勞務ニ服スルノ約ヲ為シタル者ハ何時タリトモ隨意ニ之ヲ止ムルコトヲ得ヘシ何トナレハ何人タリトモ法律上又ハ事実上其拒絶スル所ノ合意ヲ為スニ及ハサレハナリ然レトモ其拒絶正當ニシテ且已ムヲ得サル原因ニ基カサルトキハ為メニ損害賠償ヲ負担セサル可カラス
又雇傭人ノミナラス傭主ニ於テモ契約ヲ取消スコトヲ得ヘシ然レトモ其原因ニ至テハ必スシモ同一ニアラス例ヘハ傭主兵役ニ服スルニ至リタル塲合ノ如キハ固ヨリ契約終了ノ原因ト為スヘキモ其疾病ニ至テハ其原因タル可カラス何トナレハ疾病ノ如キハ雇傭人勞務ニ服スルノ障害ト為ルヘキモ雇傭人之ヲ受クルノ妨害ト為ルヘキモノニ非ス却テ主人ノ一身ニ関スル雇傭ノ如キニ至テハ一層雇傭人ノ勞務ヲ必要トスルモノナレハナリ然レトモ馬丁馭者若クハ車夫ノ主人負傷シ又ハ疾病ニ罹リ久ク車馬ニ乘スルコト能ハサルニ至リタルトキハ以テ雇傭人ノ契約ヲ解除スルノ原因ト為スニ足ル但シ事情ニ從ヒ雇傭人ニ償金ヲ附與スルコトアルヘシ何トナレハ雇傭人ハ其主人ノ負傷シ又ハ疾病ニ罹ルモ為メニ損害ヲ被ルコトアル可カラサレハナリ故ニ此塲合ニ於テハ主人ノ方ヨリ之ヲ言ヘハ契約終了ノ原因正當ノモノニアラス
主人又ハ傭主破産シ又ハ無資力ト為リテ雇傭人ヲ置クコト能ハサルニ至リタルトキハ雇傭人已ムヲ得ス服務ヲ止ムヘキモ之ヲ以テ解除ノ正当ノ原因ト為スコト能ハサルカ故ニ雇人残期ニ對スル給料ト雇傭人他ニ傭ハレ以テ受クヘキ給料ト差引キ其差額ニ相当スル償金ヲ之ニ附與セシムヘシ
主人ノ一身ニ関スル雇傭契約ヲ為シタルトキハ其主人ノ死去ヲ以テ正当且已ムヲ得サル契約終了ノ原因トス然レトモ番頭手代等ノ雇傭ハ主人ノ死去ノ為メ其營ミタル商工業ヲ廃スルニ至リタルトキニ非サレハ主人死去ノ為メニ終了スルモノニ非ス
一家ノ勞務ニ服スル雇傭人ニ至テハ戸主ノ死去ニ因リ契約終了スヘキ否ヤニ付キ実際多少ノ論議ヲ生スルコトアルヘシ然レトモ此問題タル事実ノ生スル毎ニ從ヒ決定スヘキモノナリ故ニ戸主ニ隨身シテ之ニ使ヒタル童僕ノ雇傭契約ハ其死去ニ因リ終了スヘキモ寡婦ニ隨身セル婢ノ契約ハ何等ノ結果ヲモ生セサルヘシ然レトモ厨丁御者車夫ノ雇傭ヲ継続スヘキヤ否ヤニ付キ論議起リタルトキハ裁判所ニ於テ事実上断定ヲ為スヘシ而シテ事情ニ從ヒ雇傭人ニ過失ナキトキハ其被リタル損害ノ償金ヲ之ニ附與スルニ因リ成ルヘク契約ノ解除ヲ認ムルヲ可ナリトス
主人ノ死去ニ因リ契約ノ終了スル規定ハ第一項ニ定ムル塲合ニ於ケルト異ナリ定期ノ契約ニ限ラス総テノ塲合ニ適用スルモノニシテ解約申入ニ因リ終了スヘキ塲合ニ於テモ尚ホ之ヲ適用スヘシ蓋シ主人死去シテ為メニ契約ノ終了スヘキ塲合ニ於テハ敢テ地方ノ慣習ニ依リ定マリタル時期ヲ俟ツニ及ハス又特ニ解約申入ヲ為スニモ及ハサルヘシ
雇傭人ノ死去ニ関スル規定ハ第二百六十四条ニ之ヲ掲ク
第二百六十三条
本条ニ掲クル所ノ規定ハ一概ニ原則ニ基クモノニ非ス只人情ヲ酌料シテ之ヲ設ケタルノミ故ニ其規定ハ普通法ニ反スルモノニシテ之ニ異ナル所二点アリ
第一雇傭ヲ終了セシムル原因正當ニシテ且已ムヲ得サルトキハ恰カモ不可抗力ト同シク双方何レヨリモ毫モ賠償ヲ要求スルヲ得サルヘキニ似タリ然ルニ本条ハ尚ホ償金ヲ求ムルヲ得ヘキモノトセリ
第二雇傭ヲ終了セシムル正當ノ原因モ全ク不可抗力ト同一視ス可カラスト為ス以上ハ其原因ノ出ツル所當事者何レノ方ニ在ルモ均シク償金ヲ要求スルヲ得ヘク敢テ其原因カ主人ヨリ出テタルト雇傭人ヨリ出テタルトヲ問フニ及ハサルカ如シ
然ルニ本条ノ之ニ異ナル規定ヲ設ケタルハ定期前ニ契約ヲ解除スルニ因リ各當事者ノ被ル所ノ損害ニ差異アルカ故ナリ蓋シ主人ハ容易ニ他ヨリ雇傭人ヲ求ムルヲ得敢テ其季節如何ニ拘ハラサルヘキモ雇傭人ニ至テハ通例傭入ヲ為スノ習慣ナキ季節ニ於テ直チニ解傭セラルルトキハ容易ニ他ニ傭入ラルルコト能ハサルヘシ蓋シ主人ノ傭入ヲ為ス者ニ比スレハ之ヲ望ム雇傭人一層其数多キモノナレハナリ
是ヲ以テ本条ハ社會ニ立チ位置卑キ者ヲ愍ムノ理由ニ因リ全ク不可抗力ト同一視スヘカラサル解約ノ原因ノ為メニ雇傭人職工又ハ手代等ヲシテ其頼ミタル生計ノ道ヲ突然失ハシムルヲ不可ナリト認メ一ノ特例ヲ設ケタリ固ヨリ此塲合ニ於テ主人ノ附與スル所ハ債務者ノ過失ニ原因スル真ノ損害賠償ナルモノニ非ス是レ本条特ニ償金ノ語ヲ用ヰタル所以ナリ蓋シ意外ノ損失ニ酬ユルノ意ヲ示サンカ為メナリ
又此塲合ニ於テハ當事者ノ恊議セサルトキノミ始メテ裁判所ノ干渉ヲ要スルカ故ニ本条特ニ裁判所ハ事情ニ從ヒテ償金ヲ定ムヘキコトヲ云ヘリ
例ヘハ主人ノ破産又ハ無資力ト為リタルニ因リ雇傭契約ヲ終了セシムルトキハ其死去ニ因リ之ヲ終了セシムルトキニ比シ雇傭人ノ受クヘキ償金較々多額ナルヘシ何トナレハ主人破産シテ解約ヲ為スニ至リタルハ多少之ニ責ヲ帰スヘキモ其死去ニ因リ契約ノ解除ニ至ルハ毫モ主人ニ責ヲ帰ス可カラサレハナリ又解約ノ時定期ニ近キト否トニ從ヒ裁判所ニテ定ムル所ノ償金ニ多少ノ差異ヲ生セサル可カラス
第二百六十四条
雇傭人死去スルモ其相続人ハ主人ニ對シ何等ノ償金ヲモ拂フニ及ハス此塲合ニ於テハ前条ニ規定シタル塲合ニ於ケルト異ナリ毫モ愍諒スヘキ情実アラサレハナリ然レトモ雇傭人既ニ給料又ハ賃銀ノ取越支拂ヲ受ケタルトキハ残期ノ長短ニ從ヒ相続人ニ之ヲ返還セサル可カラス
第二百六十五条
俳優其他藝人ノ座元行興者ト雇傭契約ヲ取結フニ当リテハ特ニ証書ヲ以テ其契約ノ條件ヲ定メサルコト実際絶テ稀ナルヘシ然レトモ亦或ハ當事者二三ノ要点ヲ怠リテ之ヲ約定セサルコトアルヘキカ故ニ法律ヲ以テ契約ノ缺点ヲ補フノ方法即チ之ヲ補フノ規定如何ヲ示ササル可カラス抑モ役者其他ノ藝人ニシテ公衆ノ耳目ヲ喜ハシムル所ノ業ヲ營ム者ハ多少技藝ヲ演スルモノナリト雖トモ自ラ工業ヲ為シ又ハ他人ト組合テ興行ヲ為ササル以上ハ均ク勞務ニ服スルモノト謂ハサル可カラス
故ニ雇傭契約ノ規定中特ニ是等藝人ニ関スル特別規則ヲ設クルノ必要ナク一層着実ナル勞務ニ服スル者ニ関スル規定ヲ之ニ適用スルハ毫モ不可ナルコトナシ然レトモ亦是等ノ藝人ト第二百六十条ニ規定スル人トハ全ク同一ノ階級中ニ含蓄スルモノト云フコト能ハス役者ノ如キハ僕婢ト異ナルハ勿論ニシテ使用人番頭手代ニ近キモ亦直チニ以テ使用人番頭手代ナリト云フコト能ハス故ニ是等ノ藝人ハ第二百六十条ニ指定スル所ノ雇傭人ノ部類ニ入ラス是特ニ本条ニ第二百六十条ニ定ムル雇傭人ニ関スル規則ヲ之ニ適用スト云ヘル所以ナリ
此点ニ付キ冝シク注意スヘキハ座元興行人等ハ商取引ヲ為スモノナレトモ其雇入ルル所ノ役者其他ノ藝人ニシテ技能ヲ演スル者ハ民事上ノ行為ヲ為スニ過キサルモノナリ
第二百六十六條
本条ニ規定スル所ノ問題ハ佛國其他諸國ニ於テ學者論議一致セス亦裁判例モ一定セサル所ノモノナリ即チ本条ニ指定スル所ノ高尚ナル職業ヲ營ム所ノ者ノ世話ハ如何ナル性質ヲ有スルモノナルヤノ問題是ナリ
今本条ノ説明ヲ為スニ当リ先ツ本法ニ於テ此点ニ付キ異議ヲ豫防スルカ為メ法文ニ注意シタルコトヲ一言セサル可カラス
実際本条ニ列記スル所ノ諸人ハ依頼ニ應シ世話ヲ為スモノニシテ而シテ通常其報酬ヲ得ルカ故ニ其世話ハ無償ノモノニ非ス是ヲ以テ其職業ノ貴賤ニ関シ學説数多ニ分レ
一説ニ依レハ醫師辯護士及ヒ學藝教師ノ勞務モ亦通常雇傭契約ノ目的ニ過キス而シテ之ヲ以テ雇傭ノ目的トスルモ為メニ其營業ノ面目ヲ損スルモノニ非ス何トナレハ其業ヲ營ム者ハ多少餘裕アル生計ヲ營ムヲ得レハナリト云ヒリ
然レトモ此説ヲ採ルトキハ非難ヲ免カレサル所アリ即チ此説ニ依レハ医師弁護士等ト取結フ契約ハ双務有償ニシテ當事者ヲシテ之ヲ履行スルノ義務ヲ負ハシメ違フトキハ損害賠償ノ義務ヲ負ハシムヘシ斯ノ如キハ給料ヲ授受スルヨリ一層當事者双方ノ面目ヲ損スルモノト謂ハサル可カラス
本法ニ本条ノ規定ヲ設ケタルハ即チ主トシテ斯ノ如キ結果ヲ避クルノ必要アルカ故ナリ
他ノ一説ニ依レハ医師等ハ代理ヲ履行スルモノナリト云ヒリ蓋シ代理モ亦謝金ヲ以テ其報酬ト為スコトヲ得ト雖トモ既ニ第二百三十一条ニ説明シタル如ク代理ノ謝金ハ利益ト看做スモノニ非ス為メニ代理ヲシテ無償契約ノ性質ヲ失ハシムルモノニ非ス只代理人ノ負担シタル尽力注意立替金ノ一種豫定ノ償金タルモノナリ故ニ此説ニ依レハ醫師等ニ拂フ所ノ謝金ハ此他ニ其免許學位ヲ得ルニ至ルニ必要ナリシ學費ヲモ併セテ包含スルモノト云フヘシ又医師弁護士又ハ教師等ニ拂フ所ノ謝金ハ全ク其世話ノ報酬ト為スニ足ラサルノ故ニ患者依頼人又ハ生徒ハ終始之ニ対シ多少恩義ヲ感スルモノナリ
右ノ説ヲ採レハ強制履行ヲ来スコトナキカ故ニ前説ト同一ノ非難ヲ被ルコトナカルヘシ即チ所謂代理ハ代理人ノ隨意ニ之ヲ抛棄シ又委任者ハ自由ニ之ヲ廃罷シ以テ之ヲ終了スルコトヲ得ヘシ然レトモ此説タル猶ホ他ニ一ノ非難ヲ免カレス
抑モ代理雇傭ノ性質トスル所ハ代理人委任者ヲ代表シ委任者ノ名ヲ以テ其自ラ行フコト能ハサル所ノ事務ヲ執行スルニ在リ然ルニ弁護士ノ其依頼事件ヲ執ルニ当テハ依頼人ヲ代表スルヤ明カナレトモ医師又ハ學藝ノ教師其業ヲ執ルニ当テハ毫モ依頼人ニ代表スルモノニ非ス医師ノ患者ヲ代表シ教師ノ生徒ヲ代表スト云フカ如キハ到底會得シ能ハサル所ナリ代理ノ特有ノ性質トスル所ハ委任者不在又ハ支障アルニ因リ代理人之ヲ代表スルニ在ルニ医師ノ治療ヲ為シ又ハ教師ノ教授ヲ為スニ当テハ患者又ハ生徒ト相對スルカ故ニ毫モ代理ノ条件存スルコトナシ
或ハ医師又ハ教師ハ患者若クハ生徒ノ家族ノ代理人ナリト云フ者アラン然レトモ是レ牽強附會ノ言ナルノミナラス患者若クハ生徒ニ家族アラサルコトアリテ直接ニ医師又ハ教師ニ治療又ハ教授ヲ乞フコト少ナカラス然ラハ則チ医師又ハ教師ハ毫モ代表スル所アラサルモノト云フヘシ
第三説ニ依レハ医師及ヒ患者等ノ間ニ取結フ所ノ契約ハ雇傭契約ニ非ス亦謝金ヲ出ス代理契約ニモ非スシテ此種ノ世話ヲ為ス者ト之ヲ受クル者トノ間ニ一種特別ノ契約ヲ結フモノニシテ其契約ハ此点ニ関スル特別法ナキ以上ハ無名合意タルヘシト云ヒリ故ニ此説ニ依ルトキハ此種ノ契約ハ又人定法ノ支配スル所ニシテ第一契約ノ普通規則ニ從ヒ第二是ト最モ類似スル所ノ有名契約ノ主タル規則ニ從ハサル可カラス(財産編第三百三条ヲ参観スヘシ)然ルニ之ト最モ類似スルニ因リ比附援引スヘキ規則ハ雇傭契約ノ規則タルヤ将タ代理契約ノ規則タルヤハ即チ将ニ茲ニ論セントスル所ナルカ故ニ此説ニ依ルモ亦一切ノ疑團ヲ氷解スルニ足ラス
加之第三説ニ從フモ亦第一説ニ付キ起ル所ノ非難ヲ免カレサルヘシ即チ此契約ヲ以テ無名契約ト為スモ尚ホ是ヨリ義務ヲ生シ當事者ヲ拘束スルノ効力ヲ生スヘキカ故ニ當事者一方ノ面目ト他ノ一方ノ利益トノ衝突ヲ免カレサルヘシ
是ヲ以テ本法ハ第四説ヲ採リ医師弁護師等ト取結フ所ノ合意ハ何等ノ契約ニモ非ス即チ有名契約ニ非ス亦無名契約ニ非スシテ之ニ因リ世話ヲ為ス者ト之ヲ受クル者トノ間ニ毫モ法定ノ義務ヲ生スルモノニ非ストセリ
夫レ然リ本法ハ明カニ當事者間何等ノ法定義務ヲモ生セシメサルヲ以テ其間ニハ純然タル道徳上ノ義務アリト為スニ過キス
然レトモ亦當事者間ノ関係ヨリ法定ノ義務発生セサルニ非ス只其義務ハ當事者間ニ為シタル約束ヨリ生スルモノニ非ス或ハ一方ノ與へタル世話ニ因リ他ノ一方ノ受ケタル利益又ハ其世話ヲ為スコトヲ拒絶シ或ハ之ヲ受クルコトヲ拒絶シタルニ因リ起リタル所ノ損害ニ起因スルモノナリ
是ヲ以テ本条第一項ニハ合意ニ因リ法定義務ノ生セサル原則ヲ定メ次テ後ノ三項ヲ以テ特ニ双方ノ責任ヲ規定シタリ
以下其原則ト例外トヲ逐次説明セン
例ヘハ医師患者ノ疾病ヲ医治スルヲ得ヘシト信シタルニ因リ之ニ治療ヲ加ヘンコトヲ約シタルニ其後治療ニ着手シタルト否トヲ問ハス自ラ誤レルヲ知リ病性ノ如何ヲ疹断スルコト能ハス自ラ其不能ナルヲ知ツテ他ノ医師ニ治療ヲ托セシメンコトヲ望ミ或ハ患者若クハ其知友医師ニ信用ヲ置カス或ハ其處方ニ服セサルコトアルモ尚ホ医師ハ依然其療治ヲ為ササル可カラストセハ條理ニ反スルノミナラス却テ患者ノ不利益タルヲ免カレサルヘシ
又弁護士原告若クハ被告ト為テ訴訟ヲ為スヘキ委託ヲ受ケタルニ最初其事件ヲ正當ナリト認メ依頼ニ應シタルモ更ラニ調査ヲ為シタル後訴訟ノ趣意不當ナルコトヲ発見シ或ハ自ラ能ク其事件ヲ担当スルノ任ニ堪ユヘシト信シタルモ其力ニ及ハサルコトヲ認メタルトキハ之ヲシテ強イテ不當ナリト認メ又ハ自己ノ不適當ナリト認メタル事件ニ付キ依然訴訟ヲ為スノ義務ヲ負担セシム可カラス
又學藝ノ教師學術言語又ハ技藝ヲ教授センコトヲ約シタルニ自己其力ノ足ラサルヲ覚エ又ハ其生徒到底実業ノ目的アラサルコトヲ発見シタルトキハ之ヲシテ其到底実効ヲ奏スル能ハスト信スル授業ヲ為サシム可カラサルヤ明カナリ
尚ホ世話ヲ乞ヒ之ヲ受クヘキ者ヨリ観察ヲ下スニ亦同一ノ結果ヲ生セサル可カラス只其理由ノ少シク異ナルノミ
例ヘハ患者一旦医師ニ治療ヲ託シタルニ其治療ノ方法却テ疾病ヨリ一層激シク痛苦ヲ感セシムルトキハ之ヲシテ強イテ其意ニ適セサル治療ヲ受ケシメ却テ其病苦ヲ増スニ至ラシムルコトアル可カラス又依頼人弁護士ニ信用ヲ置クコト能ハス或ハ一旦訴訟ヲ為サントセシモ自ラ其非ヲ悟リタルトキハ依然其弁護士ニ訴訟ヲ託シ又ハ其意ニ反シテ訴訟ヲ起サシムルノ不可ナルヤ明カナリ
又生徒一旦授業ヲ受ケタルモ到底自ラ其力ニ堪ヘス或ハ其教師ノ不適任ナルコトヲ発見シタルトキハ徒ラニ其力ノ及ハサル學術ヲ講習シ又ハ其信用セサル所ノ教師ニ從ハシム可カラス
以上論断スル所ハ自明ノ理ニ出ツルモノニシテ敢テ説明ヲ要セサルモノナリ故ニ何レノ説ニ依テ見ルモ結局其論結ニ至テハ右ト同一ナラサルヲ得ス只他ノ説ニ從フトキハ已ムヲ得ス論理ニ反セサルヲ得サルノ不可アルノミ
然リ而シテ皮相視スレハ學藝技術的ノ世話ヲ約シタル者民法上之ヲ為スノ義務アラスト云フハ無用ノ贅文タルニ似タリ蓋シ若シ其意世話ヲ約シタル者ハ形体上ハ勿論法律上患者ニ治療ヲ加ヘ訴訟ヲ担任シ授業ヲ為スノ強制ヲ受クルコトナキヲ云フモノトセハ徒ラニ自明ノ事ヲ云フニ過キスシテ此事タル既ニ財産編第三百八十二条第一項ニ通則トシテ掲ケタル所ニシテ代理ニ付テモ亦同様ナルカ故ニ特ニ茲ニ法文ヲ掲クルニ及ハス実ニ何人タリトモ自己ノ任意ニ出ツルヲ要スル合意ノ履行ニ強制セラルルコト能ハサルヤ明カニシテ人ヲシテ其欲セサル所ヲ為サシメント欲スルハ到底他力ノ及フ所ニ非ス好シ他力ヲ以テ強制スルヲ得ルトスルモ其然ルヲ得ルニハ遂ニ形体上ノ痛苦ヲ感セシメサルヲ得サルニ至ルヘシ
又患者ヲシテ自己ノ意ニ反シ医師ノ治療ヲ受ケシメ又ハ生徒ヲシテ其意ニ反シ教授ヲ受ケシムルコト能ハサルハ理ノ一層睹容キ所ナリ故ニ是等ノ事ハ敢テ法文ニ明記スルヲ要セサル所ナリ然ルニ本条第一項ヲ設ケタルハ是レ當事者ノ約束シタル世話ヲ為シ又ハ之ヲ受クルコトヲ拒絶スルモ尚ホ通常作為ノ義務ノ任意不履行ノ賠償タル所ノ損害賠償ノ責ヲ生セサルコトヲ示サンカ為メナリ(財産編第三百八十三条ヲ参観スヘシ)
是ニ依テ之ヲ観レハ本条ニハ原則トシテ医師弁護士又ハ學藝教師ノ世話ヲ與へ又ハ之ヲ受クルノ約束ハ法定上当事者何レヲモ覊束スルモノニ非ストス
然ラハ即チ當事者間ニハ自然義務アルヤ将タ單ニ徳義上ノ義務ノミ存スルヤ抑モ當事者ハ一旦約束シタルニ因リ相當ノ理由ナクシテ濫リニ其約ニ背ク可カラスト雖トモ其為ス所ノ正當ナルヤ否ヤヲ判定スルハ當事者自身ニシテ當事者ハ自ラ其主宰ト為ルモノナルカ故ニ當事者果シテ正當ノ理由ニ依リ拒絶スルカ将タ私慾ニ出テ拒絶スルカハ他人ノ敢テ窺ヒ知ルヘキ所ノ非ス或ハ甚シキニ至テハ報酬ヲ拂フヘキ者費用ヲ節減セントスルノ念慮ニ出テ又之ヲ受クル者ハ一層得ル所多カランヲ欲シテ其約ヲ破ラントスルコトアルヘシ然レトモ其間ニ存スル所ハ單ニ一片ノ徳義上ノ本分ニ過キスシテ法律ノ制裁ヲ受クヘキモノニ非ス
然レトモ一旦世話ヲ與へ又ハ之ヲ受ケタルトキハ右ニ説明スル所ト異ナルヘキヲ以テ第二項以下ニ其塲合ヲ規定シタリ
蓋シ実際医師ノ患者ニ治療ヲ施シ弁護士ノ訴訟ニ着手シ又教師ノ授業ヲ始メ任意ニテ其約ヲ履行シタルトキハ為メニ相手方ノ義務法定義務ニ変スヘキカ患者又ハ其家族訴訟人生徒若クハ其親族ハ法律上ノ方法ニ依リ其約シタル謝金ヲ拂フノ義務アルヘキカ
原則トシテコレヲ言ヘハ右ノ問題タル消極的ニ之ヲ断定セサル可カラス患者ノ全ク治癒シ若クハ輕快ニ赴キタルカ将タ其病勢動揺若クハ其死去ニ至リタルカヲ問フニ及ハス又訴訟ノ結局勝訴ト為リタルト敗訴ト為リタルトヲ問フニ及ハス又授業ノ為メニ生徒ニ利益ヲ得セシメタルヤ否ヤヲ論スルヲ要セス只誠實善意ニ出テ世話ヲ為シタルコトヲ仮定シ且下ニ論スル如ク報酬ノ標準トシテ是等ノ区別ヲ為スコトアリ
実ニ當事者双方ノ義務初メヨリ法定ニアラサル以上ハ相手方ノ所為ニ因リ其性質ヲ変スルコトアル可カラス縦令患者好テ医師ノ治療ヲ受ケ訴訟人弁護士ニ証書其他ノ書類ヲ交附シ又生徒ハ教師ノ授業ヲ受ケタルモ未タ以テ其自然義務ヲ履行シタリト云フ可カラス其約シタル所ハ金銭ヲ以テ目的トシタルニ因リ縦令相手ヨリ世話ヲ受クルモ未タ其金銭ニ関スル法定義務ヲ履行シタリト云フコト能ハス
然リト雖トモ亦既ニ実際世話ヲ授受シタル以上ハ二箇ノ義務ノ原因中一箇若クハ二箇現出スルコトアリテ其義務ハ或ル範圍ニ於テ法定ノ義務タルモノナリ
故ニ當事者中依頼ニ應シテ其世話ヲ與へタル者ハ之カ為メ力ヲ尽シ時日ヲ消費シタルニ因リ若シ為メニ相當ノ償金報酬ヲ得サルニ於テハ自己ノ損害ト為ルヘキコトヲ申立ツルコトヲ得ヘシ又或ハ相手方ニ利益ヲ與へ其利益タル金銭ニ見積ルヲ得ヘキニ因リ其償還ヲ求メント主張スルコトヲ得ヘシ蓋シ訴訟ノ勝訴ト為リ又ハ患者ノ治癒シタルカ或ハ教師ノ授業ニ因リ得タル所ノ練磨ヲ必要トスル業ヲ執ルヲ得ルニ至リ為メニ生徒ノ実業ニ就クヲ得タリシトキノ如キハ世話ヲ與へタル者償金ヲ得サレハ損害ヲ被ルノミナラス之ヲ受ケタル者亦為メニ利益ヲ得ルニ因リ賠償ノ義務ヲ生スヘキヤ明カナリ
故ニ此点ニ付キ當事者ノ恊議一致セサルトキハ裁判所ニ於テ果シテ法定義務ノ此二原因存スルヤ否ヤヲ査定スヘシ
或ハ患者医師ノ治療ヲ遺忘シ訴訟人弁護士ノ尽力ヲ顧ミス又生徒其教師ノ恩ニ感セサルコト稀ナリトセス殊ニ医師弁護士等ハ名譽ヲ重スルニ因リ却テ相手方ノ貪濫ヲ恣ママニスルヲ得セシムルコトアルヘシ然レトモ一旦裁判所ニ訴訟ノ起ルトキハ公平ニ之ヲ査定スルコトヲ要ス
尚オ本条ハ裁判所ノ判定ヲ為スニ當リ標準トスヘキ所ヲ示シタリ即チ其第一ニ標準トスヘキモノハ合意自体ニ非ス何トナレハ其合意ハ法定ノ義務ヲ生スルニ足ラサルモノナレハナリ
是ヲ以テ裁判所ハ第一相互ノ分限ヲ酌料スルコトヲ要ス例ヘハ医師ノ大家ニシテ患者ノ治療ヲ託スル者多ク平常ノ花客多クシテ其得ル所ノ報酬多キモ患者亦冨豪ナルトキハ充分ノ謝金ヲ出サシムルコトヲ得ヘシ然ルニ若シ其患者ノ資力ニ冨マサルカ又ハ患者ハ冨者ナルモ医師ノ名声ヲ駁シタルモノニ非ス其通常得ル所少ナキトキハ較々其謝金ヲ少額ニスルヲ得ヘシ勿論治療ノ結果如何ニ至テハ酌料スルヲ要スルヤ明カナリ
弁護士ト訴訟人トノ間ノ報酬ヲ定ムルニ当テモ其弁護士ノ名声ノ高下ト其訴訟人ノ資力ノ貧冨トヲ酌料スルコトヲ要ス殊ニ訴訟人ノ得タル利得ノ高ヲ定ムルニ當テハ訴訟ノ結局勝訴ト為リタルト否トヲ斟酌セサル可カラス
又教師ノ生徒ニ對シ報酬ヲ要求スルニ當テモ亦右ト同一ノ標準ニ依リ相互ノ分限ヲ酌料スルコトヲ要ス故ニ生徒ノ受業ノ為メニ得タル教育如何ハ恰モ訴訟人ノ勝訴シ又ハ患者ノ治癒シタルカ如ク裁判所ニテ酌料スルヲ要スル所ナリ
尚ホ本条ニハ其事件ニ関スル習慣ヲ斟酌スヘキモノトセリ蓋シ其習慣タル當事者双方ノ豫メ知ル所ニシテ亦其知ラサルヲ得サル所ナルカ故ニ當事者ハ暗ニ之ニ服從スヘキコトヲ黙約シタリト云フヘシ尚ホ当事者ノ合意ニ至テモ之ヲ斟料スルヲ要スト雖トモ是レ最後ニ斟酌スヘキ報酬ノ標準タルノミ
夫レ斯ノ如ク医師弁護士等ト患者訴訟人等トノ間ニ取結ヒタル合意ヲシテ當事者ノ一方之ヲ履行シタルトキ或ル範圍内ニ於テ法定ノ効力ヲ有セシムルモ敢テ其合意ヨリ法定ノ義務ヲ生セサルノ原則ト矛盾スルコトナシ蓋シ当事者一方ノ受ケタル損害不正ナルカ又ハ其一方ノ受ケタル利益不当ナルニ因リ裁判所賠償ヲ為スヘキノ規則ヲ適用スルニ當テハ又被告ノ約シタル合意ヲ多少斟酌スルハ当然ナリ実ニ一旦約束ヲ為シナカラ其約ニ從ヒ任意ニテ世話ヲ受ケタル後自ラ約シタル所ヲ尽ササラント称スルハ其人ニ悪意ナシト云フ可カラス
第三項及ヒ第四項ハ諾約シタル世話ヲ受諾セス又ハ諾約シタル世話ヲ與へサル塲合ヲ想像シ此塲合ニ於テモ尚ホ損害賠償ノ義務ヲ生スルコトアルヤ否ヤヲ断定スルモノナリ
其第三項ハ此塲合ニ於テ損害賠償ノ義務アラサルヲ原則ト定ムルモノニシテ其理由ハ曩キニ之ヲ説明シタリ
然リト雖トモ尚ホ此塲合ニ於テモ法定義務ヲ発生セシムル原因ノ現出スルコトアルヘシ
例ヘハ医師一旦患者ニ治療ヲ加ヘンコトヲ約シ弁護士訴訟ヲ代表センコトヲ約シタルニ因リ他ノ患者ノ依頼ヲ拒絶シ或ハ他ニ訴訟ノ依頼アルモ既ニ前約アルニ因リ之ヲ拒絶シ以テ其受クヘキ利益ヲ失フタルニ當リ更ラニ患者若クハ訴訟人其受クヘキコトヲ諾約シタル世話ヲ拒絶スルニ於テハ医師弁護士ハ前約ノ為メニ契約ヲ為スコト能ハサリシカ為メ利益ヲ損傷セラルヘシ故ニ其利益ヲ損傷セラレタルノ証據確然ナルトキハ其賠償ヲ得サル可カラス只其証據ヲ擧クルハ較々難カルヘキモ原則トシ此事ヲ規定スルヲ至當ト認メタリ
又右ニ仮定スル所ト異ナリ患者若クハ其家族医師ニ治療ヲ頼ミ他ノ医師ニ治療ヲ託スルコトヲ怠リタルニ其約ヲ為シタル医師治療ヲ施サス或ハ之ヲ中断シタルトキハ為メニ病苦ヲ増シ結局金銭上ノ損害ヲ惹起スルコトアルヘシ故ニ此塲合ニ於テハ医師ヲシテ其賠償ノ責ニ任セシメサル可カラス
殊ニ弁護士ノ一旦訴訟事件ヲ担當シタル後之ヲ抛棄シタルトキノ如キハ為メニ訴訟人ヲシテ損害ヲ被ラシメタルニ因リ賠償ノ責ニ任スヘキヤ明カナリ蓋シ弁護士ノ一旦訴訟事件ヲ担當シタルニ半途ニシテ之ヲ抛棄スルトキハ他ニ弁護士ヲ求ムルノ暇ナク單ニ時日ノ遷延ニ因リ訴訟ニ敗ヲ取ルコト間々是アルヘケレハナリ
學藝教師ト生徒間ニ於ケルモ亦其理由ハ右ト同一ナリ
以下何レノ塲合ニ於ケルモ医師弁護士學藝教師又ハ患者訴訟人生徒等ノ其約ニ背キタルニ因リ損害賠償ノ責ニ任スルニ至ルハ其拒絶ノ理由正當ナラサルトキニ限ルヘキヤ明カナリ
第二節 習業契約
主人又ハ親方習業者ト契約ヲ結フニ當テハ未成年ナル修業者ノ家族屡々貧困ニシテ又經歴ニ冨マサルヲ奇貨トシ恣ママニ自己ノ意ニ適スル條件ヲ承諾セシメ又ハ契約ヲ履行スルニ當リ習業者ヲ酷待スルコトアリテ徃々弊害ヲ生スルニ因リ之ヲ豫防制止スルカ為メ本法中習業契約ニ関スル二三ノ規則ヲ掲クルヲ必要ト認メタリ是レ本節ヲ設ケタル所以ナリ
然リ而シテ法典ニ掲クルヲ要スル所ノモノハ只習業者ノ権利利益ヲ保護スルノ二三ノ規則ニ過キス習業子弟ノ毎日就業スヘキ時間並ヒニ其休暇ノ時日ニ至テハ毫モ民法ニ掲クヘキモノニ非ス蓋シ民法ハ一定不動ノ性質ヲ有スルヲ以テ時ト處トニ從ヒ終始変動シ且業務ノ如何ト其実習ノ方法ニ関シ多少ノ差異アルヘキ事柄ヲ規定ス可カラス
習業契約ハ雇傭契約ノ章ニ之ヲ規定スト雖トモ通常雇傭契約ノ規則ト其規定ヲ異ニスルハ勞務ヲ受クル者其謝金ヲ出サス當事者双方並ヒニ其勞務ヲ交換スルカ故ナリ
詳カニ之ヲ言ヘハ習業者ハ其職業上ノ傳習ヲ受クルノ報酬トシテ自己ノ勞務ヲ供シ又親方ハ習業者ノ勞務ニ代ヘテ職業ヲ傳習スルモノナリ然レトモ亦契約ヲ締結スルノ時ニ當リ習業者ヨリ親方ニ多少金銭ヲ供與シ又ハ其契約完結ノ時ニ至リ習業者職工ト為ルニ因リ親方ヨリ金銭ヲ供與スルコトナシトセス加之斯ノ如キハ実際最モ多キカ故ニ習業契約ハ以テ雇傭契約ト分離セサルヲ當然トス
第二百六十七條及ヒ第二百六十八條
習業契約ハ双務契約ナリ從テ有償契約ナリ是ヲ以テ第二百六十七條ニ先血各當事者ノ主タル義務ヲ指示シタリ即チ師匠又ハ親方ハ習業者ニ其職業工業若クハ商業ヲ傳授シ習業者ハ其練習セントスル所ノ職業ニ関スル勞務ニ就クヘキモノトス尚ホ此点ニ付テハ第二百七十一条ニ詳細ノ規定アリ
本節ニハ只職業ノ事ヲ規定スルニ過キス技術ニ関スル規定ナシ是レ技術ノ教師ト生徒トノ関係ハ前節ニ規定シタル所ニシテ其趣ヲ異ニスルカ故ニ之ト工商ノ師匠若クハ親方トヲ混同セサルカ為メナリ
又本節ニハ農業ヲ以テ習業契約ノ目的トスルコトヲ仮定セス是レ一ノ例外タルニ非スト雖トモ農業ヲ練習セントスル壮年又ハ其企圖スル所ノ目的如何ニ從ヒ或ハ園庭ノ雇人ト為リ又ハ監督者ト為リテ其業ヲ練習スヘキカ故ニ其主人ニ関スル関係ハ雇傭契約ニ関スル前諸條ノ規定ニ從フヘキカ故ナリ
第二百六十七條及ヒ第二百六十八條ノ二條ハ男女ヲ問ハス未成年者ヲ二箇ノ点ニ付キ保護スルヲ趣意トスルモノナリ
第一未成年者ハ獨立シテ習業契約ヨリ生スル義務ヲ負担スルコト能ハス必ス其父又ハ後見人ノ輔佐若クハ名代ニ依ルニ非サレハ結約スルコト能ハサルモノトス
第二ニ未成年者ニ加ヘタル保護ハ其父又ハ代表人ハ未成年ノ時期ヲ超エテ其子弟ヲ習業者ト為スコト能ハサルニ在リ勿論習業契約ヲ取結ヒタル時遲キトキハ習業者ノ成年ニ達スルトキニ於テ直チニ契約ノ終了スルコト能ハサルコトアルヘシト雖トモ壮年ノ人其民法上其職業ヲ自由ニ選擇スルヲ得ルニ至リタルトキハ自己ノ結ヒタルモノニ非ス只其名ヲ以テ結ヒタル約束ノ為メニ己レノ希望外ノ業務ニ付キ自由ヲ妨害セラルルコトアル可カラス又師匠親方ニ至テモ習業者ハ未成年ヲ超エテ義務ヲ負ウ可カラサルノ制限アルコトヲ知ルニ因リ之カ為メニ意外ノ損失ヲ被ルコトアラサルヘシ加之人ヲシテ其意ニ適セサル勞務ニ就カシメントスルハ親方ノ為メ何等ノ利益モナク却テ其習業者ノ為メニ迷惑スルコト多カルヘシ
勿論習業者一旦成年ニ達シタルトキハ更ラニ契約ヲ更進シ尓後自己ノ意ニ適スル所ノ期間結約スルヲ得ヘシ但シ雇傭契約ノ制限ニ從フヲ要ス(上第二百六十一条ヲ参観スヘシ)
第二百六十九条
習業契約ノ項目ハ成ルヘク詳細ニ書面ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ可ナリトス然レトモ若シ當事者書面ヲ作ラサリシトキハ各當事者相互ニ尽スヘキ所ヲ証人ノ面前ニテ明白ニ口約スヘシ蓋シ習業契約ハ他ノ有名契約ト異ナリ賣買賃貸借貸借ノ如ク單ニ名称ヲ掲ケタルヲ以テ容易ニ其一般ヲ伺ヒ区域ヲ認ムルヲ得ヘキモノニ非ス彼ノ賣買賃貸借等ニ至テハ其契約ノ名称ヲ明カニスル以上ハ只負担物ノ輕重ヲ異ニスルノミニシテ左マテ各契約ノ性質ヲ異ニスルモノニ非ス然ルニ習業契約ニ於テハ當事者相互ノ義務千状萬態ニシテ一概ニ認定シカタキモノアリ故ニ初メヨリ明カニ詳細ニ之ヲ定メ當事者ノ一方ヲシテ妄リニ他ノ一方ノ要求スル所ヲ容易ニ争フコトヲ得セシメサルヲ要ス
然リト雖トモ亦結約者怠テ其契約ノ項目ヲ詳細ニ規定セサルコトアルヘキカ故ニ此塲合ニ於テハ其職業ニ関スル地方ノ習慣ヲ適用シ以テ契約ノ不備ヲ補フヘキモノトス固ヨリ其習慣ハ親方ノ職業ヲ行フ地方ノ慣習ヲ標準トスヘク習業者ノ住所ノ慣習ニ依ルヘキモノニ非ス蓋シ習業者ハ妄リニ其習業セントスル所以ノ規則ヲ変更セント称スルコト能ハス冝シク自ラ之ニ依遵スヘキノミ
若シ地方ノ習慣ニシテ尚ホ不充分ナルトキハ後ノ規定ニ從ヒ重要ナル点ニ関シテハ法律ヲ以テ當事者ノ緘黙ヲ補充ス
第二百七十条
本条ハ師匠又ハ親方ニ義務ヲ負担セシムルモノニシテ次キノ二条ハ習業者ノ義務ヲ定ムルモノナリ
師匠又ハ親方ハ習業者ヲシテ勞務ニ服セシムルト雖トモ為メニ之ニ給料ヲ附與スルモノニ非ス然レトモ其習業者ヲシテ宿泊セシメ食糧ヲ給シ且少ナクモ就業中ノ衣服及ヒ日用ノ衣服ヲ給與シ又其疾病ニ罹ルトキハ医薬ノ手當ヲ為ササル可カラス且親方ハ合意又ハ地方ノ慣習ノ異ナラサル限ハ職業用ノ器具ヲ無代ニテ之ヲ貸與セサル可カラス
尚ホ主トシテ師匠又ハ親方ノ習業者ニ對シ負担スル所ハ其契約ヲ取結フニ至リタル目的ヲ達セシムルニ在リ換言スレハ之ヲシテ其習業契約ノ目的タル職業ヲ學ハシムルニ在リ而シテ其職業ヲ學フヲ得セシムルノ方法中ニハ親方若クハ其職工ノ就業ニ其助手タラシムルヲ要ス故ニ他人ノ就業ヲ傍観セシムルカ為メ習業者ヲシテ終始粗造ノ業ニノミ就カシメ其将来ニ何等ノ利益モナク際限ナク無益ノ勞力ニ就カシム可カラス是等ノ点ニ付テハ法律ヲ以テ一般ノ規則ヲ定ムルコト難ク又合意ヲ以テスルモ詳細ニ之ヲ規定スルコト能ハサルヘシ故ニ習業契約ニ付テハ他ノ契約ニ於ケルヨリ一層合意ヲ履行スルニハ善意ヲ以テスヘシトノ原則ニ依遵セサル可カラス(財産編第三百三十条ヲ参観スヘシ)
又未成年ナル習業者ノ筆算ヲ知ラサルトキハ親方ハ之ヲシテ毎日人間生活ニ必要ナル筆算修習ノ為メ一時間以上ノ時間ヲ與へサル可カラス
且毎日筆算修習ノ為メ與フル所ノ一時間ハ休息時間中ニ之ヲ計算ス可カラス然ラスンハ遂ニ習業者ノ健康ヲ害シ結局習業ノ妨害ヲ為スニ至ルヘシ且此義務ハ反對ノ合意ヲ以テ之ヲ除去スル能ハス
第二百七十一条及ヒ第二百七十二条
此二条ハ習業者ノ義務ヲ規定スルモノナリ抑モ習業者ハ概ネ其師匠又ハ親方ヨリ職業上ノ傳習ヲ受クルカ為メ報酬ヲ出スモノニ非サルカ故ニ其勞務ヲ以テ之ニ報ヒサル可カラス然レトモ其勞務ハ自己ノ修得セントスル職業以外ニ亘ル可カラス故ニ日常僕婢若クハ園丁ノ為スヘキ勞務ニ服ス可カラス只偶々是等ノ勞務ヲ命セラルルコトアルヘキモ是ヲ以テ習業者ノ主タル事業ト為ス可カラス然ラスンハ其時間ヲ空費シ其企図スル所ノ職業ヲ練習スルコト遲ク且不完全ナルヲ免カレサルヘシ此点ニ付テハ亦合意ハ善意ヲ以テ之ヲ履行シ且其職業ニ関スル通常ノ慣習ハ當事者ノ黙示ニテ之ヲ受諾シタルモノト看做ササル可カラス更レハ何レノ地方ニ於ケルモ少年ノ習業者ハ親方ノ為メ使ヒ歩キヲ為シ竣切シタル工作物ヲ花主先ニ運搬シ或ハ原料ヲ運搬セサル可カラス例ヘハ印刷塲ノ習業者ハ著者又ハ出版人ノ家ニ校合ヲ持参シ紡績塲ノ習業者ハ注文主又ハ染工等ノ如キ職工ノ家ニ織布ヲ運搬セサル可カラス又少年ノ習業者ニ至テハ賣渡シタル物ヲ買主ノ家ニ持行キ金銭ヲ受領セサル可カラサル等ノ義務アルヘシ
実ニ習業者ノ使ヒ歩キハ毫モ之ヲシテ其職業ヲ修習セシムルモノニ非スト雖トモ是レ其職業ヲ練習スルノ報酬タルモノナリ只親方ノ之ヲ濫用セサルヲ要スルノミ然レトモ亦習業者若クハ其父母之ヲ拒絶ス可カラス其之ヲ拒絶スルヲ得ルハ只習業者金銭ヲ以テ親方ニ報酬ヲ出シ且屋外ニ出テ使ヒ歩キヲ為ササルヘキコトヲ要シタルトキニ非サレハ之ヲ許ス可カラス
又習業者ハ店頭若クハ工塲ヲ掃除スルカ如キモ亦一般ノ慣習ニシテ店頭ノ掃除ハ他ノ雇人ヲシテ之ヲ為サシムルヨリモ習業者ヲシテ之ヲ為サシムルヲ便利トスルノミナラス又習業者ヲシテ他日自ラ商店又ハ工塲ヲ有スルニ当リ其秩序ヲ整フルヲ知ラシムルノ便利タルモノナリ
習業者ハ其親方ノ職業ニ関スル勞務ニ服シ多少ノ時間親方ニ尽ス所アラサル可カラサルニ因リ実際其勞務ニ服スコト能ハサルトキハ直チニ其義務ヲ免カルル可カラス故ニ疾病其他不可抗力ニ因リ其勞務ヲ中絶シタルトキハ其中絶シタル時間ノ長短ニ依リ其就業ノ時間ヲ補足セサル可カラス
然レトモ日々習業者ノ就業シタルヤ否ヤヲ計算スルノ煩雑ナカランカ為メ此規定ハ一ヶ月以上引続キ勞務ニ服スルコト能ハサルトキノミニ適用スヘキモノトス
勿論其一箇月ハ三十日継続シタルヲ要ス然ラスンハ又日々就業シタルヤ否ヤヲ計算セサル可カラサレハナリ
法文ニハ明カニ其規定ヲ適用スヘキ塲合習業者ノ疾病其他習業者若クハ親族ノ方ニ在テ存シタル不可抗力ノ原因ニ出テ休業シタルトキノミナルコトヲ明記シタリ故ニ親方ノ疾病ノ為メ工塲ノ休業ヲ来シタルトキハ為メニ習業者ノ就業期限ヲ増加スヘカラス
第二百七十三条及ヒ第二百七十四条
習業契約ヲシテ終了セシムル所ノ原因ニ二種アリ一ハ當然之ヲ終了セシムルモノニシテ一ハ裁判所ノ認定ヲ経ルヲ要スルモノナリ而シテ其裁判所ノ認定ヲ経ヘキモノニ至テハ裁判所ハ之ヲ認定スルニ當リ其原因ヲ惹起シタル当事者ヲシテ損害賠償ノ責ニ任セシムルコトヲ得
当然習業契約ヲ終了セシムル所ノ原因四箇アリ左ニ之ヲ説明セン
第一師匠又ハ親方ノ死去ハ啻ニ之カ為メニ商店又ハ工塲ヲ閉鎖シ遂ニ習業者ヲシテ其習業ヲ継続スル能ハサルニ至ラシメタルトキノミナラス又社員若クハ親方ノ寡婦又ハ相続人ノ指揮ニ因リ其商店又ハ工塲ノ依然營業ヲ継続スルトキト雖トモ尚ホ契約ヲ終了セシムルモノナリ蓋シ習業契約ヲ結フニ至リタル原因ハ主トシテ其親方ノ如何ニ着眼スルモノト看做スヘキヤ当然ナレハナリ
習業者ノ死亡ニ因リ契約終了スルハ敢テ明文ヲ俟タサル所ナリ何トナレハ習業者ノ相続人ニ同一ノ事ヲ傳習スルノ義務ナキヤ明カナレハナリ然レトモ當事者双方アルトキ其一人ノ死去ニ因リ契約ヲ終了スト云ヒ他ノ一人ノ死去契約ヲ終了スルコトヲ期セサルハ少シク足ラサル所アルニ似タルノミナラス當事者何レノ死去ニ因リ契約終了スルモ其終了タル當然ニシテ何レヨリモ賠償ヲ要求スルコトヲ得サル旨ヲ示スハ至當ト認メタリ蓋シ本条掲クル所ノ契約終了ノ原因中第三ノミ獨リ當事者ニ過失アルカ故ニ之ヲシテ損害賠償ノ責ニ任セシム
兵役ハ法律上國民ノ義務ニシテ其履行ハ一切ノ私約ニ成リタル義務ニ先ンセサル可カラス故ニ兵役ニ就クヘキ結約者ハ習業契約ノ義務ヲ免カレサル可カラス但シ此原因ノ生スルハ習業者ニ多クシテ親方ニ少ナカルヘシ是レ其年齢ノ然ラシムル所ナリ
然レトモ当事者一方ノ兵役ニ就クモ其志願ニ出ツルコトアリ本条ニハ其志願ニ出テタルト然ラサルトヲ区別セス是レ雇傭契約ニ就テ為シタル所ノ区別ナレトモ茲ニ之ヲ設ケサルハ当事者ノ一方習業契約ヨリ生スル義務ヲ免カレントノ目的ノミニ出テ好ンテ兵役ニ就クコトナキカ故ナリ兎ニ角兵役ノ如キハ法律上見ル所ニ依レハ私約ニ成リタル義務ニ先ンジ実行スヘキモノナルカ故ニ何等ノ区別モナク當事者ノ現役ハ契約ヲ終了スルモノト為スヲ勝レリトス
第三當事者ノ一方重罪又ハ輕罪ヲ犯シ三ヶ月ノ禁錮以上ノ刑ニ處セラレタルトキハ相互ノ義務ヲ履行スルノ妨害タルヤ明カニシテ且其一方ニハ過失アルカ故ニ他ノ一方ニ對シ損害賠償ノ責ヲ免カレサルヘシ(次條ヲ参観スヘシ)
第四習業契約ノ期間ヲ定ムルモノハ概ネ合意ナルヘシ只法律上契約ヲ終了スヘキ期間ト認メタルモノハ習業者ノ成年ニ達シタルトキノ一ツアルノミ(上第二百六十八条ヲ参観スヘシ)
第二百七十四條ニ規定シタル塲合ニ於テハ契約當然終了スルモノニ非ス其終了スルニハ當事者ノ請求ニ因リ裁判所ニテ判決ヲ為シタルコトヲ要ス
要求ニ因リ契約消滅スルノ原因五箇アリ
第一義務ノ不履行モ亦習業契約ニ関シ其通常ノ効力ヲ有スヘキモノニシテ此点ニ付テハ敢テ詳細ノ説明ヲ要スルモノナシ只茲ニ少シク注意ヲ要スルモノハ不履行ノ原因疾病其他災害ノ如キ不可抗力タルトキト雖トモ尚ホ裁判所ハ事情ヲ斟酌シ以テ解除ヲ言渡スコトヲ得ヘシ蓋シ習業契約ハ相互ノ雇傭契約ニ属スルモノナルカ故ニ勞務ニ服スヘキ者以外ノ事若クハ不可抗力ニ對スルモ尚ホ其諾約シタル勞務ヲ担保スヘキヤ此種ノ契約ノ特質トスル所ナリ勿論之カ為メ損害賠償ヲ負担スルニ足ラスト雖トモ其諾約シタル勞務ニ對スル相手方ノ勞務ヲ受クルヲ得ヘカラス
第二習業者ニ対スル師匠又ハ親方ノ苛酷ナル取扱トハ其意義極メテ廣キモノニシテ啻ニ暴行ヲ加ヘ又ハ衣食ノ給與ヲ欠クノミナラス日常授業ノ時間又ハ勞務ノ性質ニ関シ習業者ニ命スル勞働ノ過度ヲモ包含スルモノナリ又習業者未成年ナル女ナルトキハ其淑徳ヲ害スヘキ行為及ヒ卑猥ノ言語ニ至ルマテ尽ク以テ之ニ對スル苛酷ノ取扱ト看做ササル可カラス
第三習業者ノ不品行ハ其平常ニ亘ルコトヲ要ス縦令多少ノ不品行アルモ数時ナラス前後時期久シキヲ經タルトキハ概ネ以テ契約ヲ終了セシムルニ足ラストス然レトモ有價物若クハ商品ヲ竊取シタル如キハ縦令平常ノ行為タラサルモ次項ニ從ヒ契約ヲ解除スルノ原因タルヘシ
第四師匠親方又ハ習業者ノ犯罪重輕ヲ問ハス禁錮三ヶ月以上ノ刑ニ該リタルトキハ法律上其過失重大ナリト認メ當然習業契約ヲ終了セシムルノ原因ト為スヘシト雖トモ其以下ノ犯罪ニ係ルトキハ情状輕クシテ当然契約終了ノ原因ト為スニ足ラサルモ亦當事者ノ一方ノ請求ニ因リ契約ヲ解除スルノ理由ト為スニ足ルヘキコトアリ故ニ裁判所ハ冝シク其犯罪ノ性質ヲ審按シ以テ将来当事者ノ関係ニ及ホスヘキ影響ヲ査定シ解除ヲ宣告スヘシ
第五契約ヲ履行スヘキ土地外ニ師匠又ハ親方ノ轉居スルトキハ為メニ習業者ヲシテ其親族若クハ保護者ノ居住地ヲ去ラサルヲ得サルニ至ラシムヘシ是レ其承諾ナクシテ之ニ加フヘカラサル所ノ損害ナリ
本条末項ハ自己ノ過失ニ因リ契約ノ解除ヲ来サシメタル者ヲシテ損害賠償ノ責ニ任セシムルモノナリ尚ホ前条ニ掲クル所ノ禁錮三ヶ月以上ノ刑ニ處セラレタル者モ亦同一ノ責アルモノトセリ
然リ而シテ是等ノ塲合ニ於テ過失アルニ因リ損害賠償ノ言渡ヲ被ルヘキ者ハ習業者ヨリ寧ロ師匠若クハ親方タルヘシ何トナレハ契約ノ解除ニ付キ損害ヲ被ルコト多キ者ハ親方ニ非スシテ寧ロ習業者ナレハナリ実ニ親方ハ容易ニ品行不良ナルカ又ハ疾病ニ罹リタル習業者ニ代ユルニ他ノ習業者ヲ以テスルヲ得ヘキモ習業者ニ至テハ容易ニ他ノ師匠又ハ親方ヲ得ル能ハサルコトアルヘケレハナリ
習業契約ヲ当事者一方ノ意思ノミニ依リ解除セシメ只為メニ損害賠償ヲ拂ハシムルニ止マルヘキコトヲ明記セスト雖トモ習業者ノ性質師匠又ハ親方ノ意ニ適セス或ハ其用ニ堪ヘサルトキハ親方ハ必スシモ之ニ授業ヲ為スニ及ハス又親方ハ其職業ヲ止メント欲スレハ隨意ニ之ヲ止ムルコトヲ得ヘシ又習業者モ其親族ノ忠告ニ從ヒ一旦着手シタル習業ヲ止メ又ハ師匠ヲ変更スルコトヲ得
然リ而シテ一身上ノ自由ヲ行フハ未タ必スシモ法律上充分ノ理由アラサルコトナシトセスト雖トモ決シテ之ヲ妨害ス可カラス只為メニ損害賠償ノ義務ヲ生スヘキノミ然レトモ敢テ此事ヲ記載スルニ特ニ法文ヲ以テスルヲ要セス蓋シ當事者恊議上契約ヲ解除スル能ハサルトキハ必ス其一方ノ義務不履行ニ基キ裁判所ノ干渉ヲ請求スルニ足ルヘケレハナリ
第三節 仕事受負契約
第二百七十五條
仕事受負契約ノ特殊ノ性質ニシテ之ヲシテ雇傭契約ト混淆セシメサル所ノモノハ法文ニ明記スルカ如ク第一其契約ノ目的トスル所ハ定マリタル仕事ヲ為スニ在リテ而シテ第二ニ其代價ヲ豫定スルニ在リ
仕事受負契約ニ依リ実行スヘキ仕事ハ廣義タルコトアリ廣義トハ其意義廣ク智力ト勞力トヲ合シ以テ竣切スヘキ仕事ヲ云フ例ヘハ家屋ノ建築動産物ノ製造又ハ修繕書寫計算又ハ翻約ノ如キヲ云フ又其仕事ハ單ニ勞力タルコトアリ勞力トハ技術ヲ用ヰサル事業例ヘハ土地ノ開鑿材料ノ運搬家屋ノ取崩樹木ノ植付果実ノ収穫等ノ如キヲ云フ
又仕事受負契約ニ於テハ雇傭契約ニ於ケルト異ナリ年月又ハ日ヲ以テ代價ヲ定メス約束ノ仕事ノ全部又ハ其一分ニ相當スル代價ヲ豫定スルモノナリ即チ尺度量衡ヲ標準トシ何尺ノ製造若干ト定ムルカ如シ
然レトモ合意ノ性質仕事受負契約タルニハ受負人注文者ノ材量ヲ受取リ以テ仕事ヲ為スコトヲ要ス例ヘハ土地又ハ家屋ヲ修復シ又ハ家屋ヲ新築スルニ当テハ注文者ヨリ石材ヲ受取リ又衣服其他ノ器具ヲ請求スルニ當テハ注文者ヨリ材料ヲ受取リタルコトヲ要ス
若シ之ニ反シ受負人ヨリ材料ヲ供スヘキトキハ即チ賣買アルモノナリ而シテ其賣買ハ仕事受負契約ト併セテ材料ノ賣買タルニ非ス製作ヲ終ハリタル物ノ賣買ナリトス是レ本条ノ法文ニ其賣買ハ條件付ナリト云フ所以ナリ而シテ其條件ハ即チ仕事ノ実行ヲ目的トスル停止條件タルモノナリ
此賣買ノ條件付ノ性質タル頗ル用意ヲ要スルモノニシテ重要ナル結果ヲ生スルモノナリ蓋シ注文者材料ヲ撰ミ特定物トシテ之カ交附ヲ受クルヤ直チニ其材料ノ賣買確定スルトキハ注文主ハ以後直チニ材料ノ所有者ト為ルカ故ニ其損失ヲ担當セサル可カラス故ニ其物滅失スルトキハ注文主損害ヲ被リ縦令毫モ受取ル所ナシト雖トモ尚ホ其代價ヲ拂ハサル可カラス然ルニ斯ノ如キ結果ハ當事者ノ意思ニ反スルモノト認メサルヲ得ス只結約者其意思之ニ反スルコトヲ明記セサルカ又ハ材料ノ賣買ト仕事受負契約トヲ別異ニシ材量ノ賣主ヲシテ更ラニ仕事受負ヲ為サシメタルトキノミ之ニ異ナルヘシ
然リ而シテ注文者ト受負人ト双方ヨリ材料ノ一部分ヲ供スルコトアリ此塲合ニ於テ契約ノ性質賣買タルカ将タ仕事受負タルカヲ定ムルニハ材料ノ分量又ハ價格ヲ供スル者何レカ最モ多キヤヲ審按スヘシ而シテ若シ受負人ノ供スル所注文主ヨリ多キトキハ即チ全工作物ノ賣買アリトスヘク之ニ反スル塲合ニ於テハ仕事受負契約アルモノトシ材料一部分ノ賣買ハ其中ニ包含スルモノト看做スヘシ
第二百七十六条
本条ハ前条ニ掲ケタル二箇ノ塲合ニ於ケル危険ノ理論ヲ明カニ定ムルモノナリ詞ヲ替テ之ヲ言ヘハ材料ヲ供スル者注文主タルト受負人タルトノ二箇ノ塲合ニ於テ材料ノ損失ヲ担當スヘキ者何人ナルヤヲ規定スルモノナリ
其規定ノ原則ハ何レノ塲合ニ於ケルモ同一ニシテ又材料ノ損失ト仕事賃ノ損失トニ関スルモ亦同一ナリ要スルニ損失ヲ負担スル者ハ材料ヲ有シ仕事ヲ為シタル者ニ在リ
第一ノ塲合材料注文者ニ属シテ注文者ハ只受負人ヲシテ之ヲ製作セシムルカ為メ之ヲ交附シタリシニ仕事ノ半途ニ於テ意外ノ事若クハ不可抗力ニ因リ物ノ滅失シタルトキハ其滅失ハ恰モ注文者猶ホ其物ヲ占有シ又ハ寄託シ賃貸シ若クハ代理人ニ委託シタルトキ其物滅失シタルカ如ク結局注文者損失ヲ被ルヘシ又既ニ仕事ノ幾分ヲ終ハリタルトキハ受負人其損失ヲ負担スヘシ何トナレハ受負人ハ代價ヲ受取ル前ニ於テ先ツ仕事ヲ終了シ以テ之ヲ供スルノ義務アルモノナレハナリ
第二ノ塲合材料受負人ニ属スルトキハ仕事ノ竣工ヲ以テ賣買ノ條件ト為スカ故ニ其仕事ヲ終了スルニ至ル迄ハ材料ノ所有権受負人ニ属スルカ故ニ其損失ヲ負担スル者亦受負人タルヘシ又其仕事ニ至テハ第一ノ塲合ニ於ケルト同シク受負人其損失ヲ負担スヘシ其理由ハ亦前ノ塲合ニ於ケルト同一ナリ
然ルニ損失ノ生スル前ニ在テ既ニ仕事ノ終了スルコトアリ此塲合ニ於テハ注文者仕事ヲ検査シ之ヲ受諾スルコトヲ遲延シタルニ非サルヤ否ヤヲ区別スルコトヲ要ス
若シ注文者既ニ竣工ヲ告ケラレタルモ之ヲ受取ルコトヲ怠リ又ハ日限ヲ定メテ仕事ノ注文ヲ為シ而シテ注文者ヨリ受負人ニ就テ其物ヲ引取ルヘキコトヲ約シ受負人ヨリ注文者ニ之ヲ約セサリシトキハ注文者損失ヲ負担シ啻ニ其注文シタル物ヲ得サルノミナラス尚ホ仕事賃ヲ拂ハサル可カラス又仕事ヲ受取ルニ其一分宛ヲ以テスヘク而シテ其一分既ニ滅失前ニ終了シタルニ注文者之ヲ引取ルコトヲ遲延シタルトキハ注文者同一ノ結果ヲ負担スヘシ
之ニ反シ受負人物ヲ引渡スコトヲ遲延シ又ハ注文者ニ其竣工ヲ告ルコトヲ遲延シタルトキハ材料ノ損失ト仕事賃ノ損失トヲ併セテ負担スヘシ何トナレハ自ラ其損失ノ間接ノ原因トナリタルモノナレハナリ加之注文者有益ノ時ニ物ヲ得サルニ因リ損失ヲ受ケ又ハ嘗テ企図シタリシ利益ヲ得サリシコトヲ証明スルニ於テハ受負人ハ併セテ損害賠償ヲ負担セサル可カラス
又本条ニ物ノ一分ノ滅失アリタルコトヲ仮定セリ
物ノ一分滅失ニ関スルコトハ既ニ屡々規定シタル所ニシテ成ルヘク賃貸借ノ塲合(財産編第百四十六条ヲ参観スヘシ)條件付又ハ選擇義務ノ塲合(同編第四百十九條及ヒ第四百二十九條ヲ参観スヘシ)ニ於テ之ヲ定メタリ然レトモ尚ホ本條ノ塲合ニ於テモ異議ヲ存ス可カラス且法學家ノ所謂全部ニ垂々トスルトキハ全部ト看做スヘク無ニ近キハ皆無ニ同シトノ法則ヲ以テ足レリトセス何トナレハ全部ニ垂々トスルモノニ非ス又無ニ近キモノトモ云フ能ハサル損失アルカ故ニ其結果ヲ規定セサル可カラサレハナリ只本条ニ定メタル所ノ法則モ亦前記諸條ニ於ケルト同シク滅失者ノ半ハ以上ナルトキハ全部ノ物ト看做シ半ハ以上ナルトキハ敢テ毫モ滅失ナキモノトス但シ當事者ノ一方過失アリテ賃貸借ニ関スル滅失ノ規定(財産編第百四十六条ヲ参観スヘシ)及ヒ條件付ノ賣買ニ関スル規定(同編第四百十九条及ヒ第四百二十条ヲ参観スヘシ)ヲ適用スヘキトキハ此限ニ在ラス
右ノ規定ハ只受負人ヨリ材料ノ條件付ノ賣買ヲ為シタル塲合ニノミ限リ適用スヘキモノニシテ滅失シタル一分注文者ノ材料タルトキハ適用スヘキ限ニ在ラス尚ホ残存スル所ノ他ノ一分ハ其多少ヲ問ハス注文者之ヲ受クヘク而シテ注文者ハ残存スル所ノ材料ト分離ス可カラサル仕事ヲ受ケ而シテ其利益ヲ得ルカ故ニ受負人ニ賠償ヲ拂ハスシテ其利益ノミヲ得ルハ至當ニ非ス
今其一例ヲ擧ケンニ注文者ノ地上ニ其材料ヲ以テ障壁ヲ築クノ約ヲ為シタルニ其築造ノ半途ニ於テ洪水ノ為メニ障壁ノ一分倒壊シタルトキハ残存スル所ノ障壁全部ノ半ハ以上ナルト以下ナルトヲ問ハス必ス築造以前ノ材料ニ比シ較々價格ヲ増加シタルモノト為ルヘシ故ニ此塲合ニ於テハ注文者築造賃ヲ拂ハサル可カラス
右ニ説明スル所ハ意外ノ事若クハ不可抗力ニ因リ物ノ滅失シタル塲合ニシテ勿論其不可抗力アリタルコトヲ証明スルノ任ハ財産編第五百四十一条ノ普通原則ニ從ヒ受負人ニ在リ
然ルニ此他物ノ瑕疵ニ出テ滅失ヲ来スコトアリ若シ此塲合ニ於テ材料ヲ供シタル者受負人ナルトキハ受負人ハ材料ノ選擇冝シキヲ得サリシ責ニ任スヘキヲ以テ其材料ト仕事トヲ損失セサル可カラス然レトモ注文者ヨリ材料ヲ供シタルトキハ仕事ニ着手スルノ時ニ當リ瑕疵ノ顕然タリシカ将タ容易ニ之ヲ覺知スルヲ得タリシヤ否ヤヲ区別スルコトヲ要ス若シ其瑕疵ノ顕然タルカ又ハ容易ニ睹易キトキハ其危険ヲ示ササルノ過失受負人ニ在ルカ故ニ受負人ハ啻ニ其仕事賃ヲ得ルノ権利ヲ失フヘキノミナラス却テ注文者ニ材料損失ノ賠償ヲ拂ハサル可カラス蓋シ注文者ハ受負人ノ瑕疵ヲ知リナカラ之ヲ使用シタルカ為メニ遂ニ其材料ノ滅失ヲ避ケ之ヲ他ニ用ユルコトヲ得サルニ至リタルモノナルカ故ニ受負人ハ之ニ賠償ヲ拂ハサル可カラス
第二百七十七條
注文者ノ注文シタル仕事重大ニシテ其成功ニ至ルノ時期久シキヲヲ要スルカ又ハ區域ノ廣大ナルトキハ受負人ハ一分宛仕事ヲ調査シ之ヲ受取ラシメ以テ久シク重大ナル責任ヲ負ハス又其資本ヲ立換フルノ巨額ニ至ラサルノ利益アリ是ヲ以テ受負人ハ部分ヲ定メ注文者一分宛仕事ヲ調査シ之ヲ受取ルヘキコトヲ要約スルコトヲ得只其部分ニ相應スル代價ヲ受クルト否トハ之ヲ問フコトヲ要セス例ヘハ間数ノ長キ障壁ヲ築クニ當リ何間ヲ築造シ終ハルトキハ仕事ヲ受取ラシムヘキコトヲ要約スルヲ得ヘシ又家屋ヲ建築スルニ當リテハ基礎ヲ造リタルトキ屋骨ヲ構造シ屋蓋ヲ造リタルトキノ二期ヲ以テ仕事受取ノ時機ト定ムルコトヲ得又製茶製陶等ノ事ヲ受負フタル塲合ニ於テモ斤量又ハ数目ヲ定メ一分宛ノ受取ヲ要約スルコトヲ得ヘシ
然レトモ本条ハ注文者ヨリ材料ヲ供スヘキトキニ非サレハ此要約実際ニ行ハレサルモノト看做シタリ何トナレハ受負人仕事ノ材料ヲ賣渡ストキハ仕事ノ半途ニ於テ内金ヲ請求スルヲ得ヘク之カ為メ契約全部ノ條件付ノ性質ヲ失ハシメ受負人ヲシテ損失ノ責任ヲ免カレシムルモノニ非サレハナリ但シ反對ノ合意アリタルトキハ此限ニ非ス
又本条ニ一分宛ノ受取ハ受負人ヲシテ既成ノ工事ニ付キ危険ノ責ヲ免カレシムルモノニシテ縦令全部既成前ニ注文者ニ引渡ヲ為ササルヘキトキト雖トモ尚ホ然ルコトヲ明記シタリ但シ受負人既ニ成功セル材料ヲ保有スルトキハ充分ニ其保存ニ注意スルヲ要スルヤ勿論ナリ
又本条ニ注文者明カニ一分宛ノ仕事ヲ調査シ之ヲ受取ラサルモ受負人ニ資本ノ前金ヲ為シ又ハ仕事ノ半途ニ内金ヲ拂フタル塲合ヲ仮定シタリ此塲合ニ於テハ既成ノ仕事ニ相應スル前金又ハ内金ヲ以テ其仕事ノ調査受取ト看做スコトヲ許サス蓋シ注文者仕事全部ノ成功前ニ受負人ヨリ前金ヲ拂ハンコトヲ乞ハルルニ因リ既ニ仕事ノ四分ノ一若クハ半ハ成功セルヲ認メ之ニ應スル代價ヲ拂フモ未タ果シテ其幾分ノ成功アリタルヤヲ調査スルノ暇ナキコトアルヘキヲ以テ法律上前金又ハ内金ノ仕拂ヲ以テ調査受取ト看做ストキハ事実ニ背馳スルノ多キコトアルヘシ
是ヲ以テ一分ノ仕拂ヲ以テ仕事ノ受取アリト推定スルヲ得ルニハ他ニ事情アリテ此推定ヲ為スヲ得ルコトヲ要ス例ヘハ前金支拂ノ時ニ先チ注文者多少既成ノ仕事ヲ調査シタルコトアルトキノ如キ即チ是ナリ
然レトモ一旦前金又ハ内金ヲ拂フタル後物ノ滅失シタルトキハ本条受負人ニ他ノ保護ヲ加ヘタリ即チ物ノ滅失スルトキハ最早仕事ノ果シテ成功シタルヤ否ヤヲ調査スルコト能ハサルカ故ニ注文者ハ既成ノ仕事ニ應スル部分ニ対スル内金支拂ヲ取戻スコト能ハス只其既成ノ仕事以外ニ拂フタル所ノ物ヲ取戻スヲ得ルノミ斯ノ如キ塲合ニ於テハ物ノ滅失シタルトキ何レノ部分マテ仕事ノ成功アリタルヤ否ヤヲ証明スルニハ人証ヲ必要トス
第二百七十八條
仕事ノ成功極メテ悪キニ拘ハラス一旦之ヲ受取リタル以上ハ決シテ要求ヲ為スヲ得スト定ム可カラス
詐欺ニ出テ成功ノ悪キ塲合ニ於テ賠償ヲ求ムルヲ得ルハ一般ノ原則ノ然ラシムル所ニシテ敢テ法文ニ之ヲ明記スルヲ要セサルニ因リ本条ハ此塲合ヲ措キ尚ホ其他ノ塲合ニ於テ注文者一旦受諾ヲ為スモ後日工作物ノ使用ニ不適當ナル隠レタル瑕疵アルコトヲ証明シ以テ其受諾ヲ取消スコトヲ得ルモノトセリ
本條ハ仕事ノ隠レタル瑕疵ノ事ニ関スルヲ以テ不動産タルト動産タルトヲ問ハス均ク之ニ適用スヘキモノナリ然レトモ不動産ニ関シテハ物ノ滅失又ハ毀損ニ関スル次條ヲ併セテ適用スルコトヲ要ス
然レトモ注文者其訴権ヲ行フノ期限ハ法律ヲ以テ大ニ之ヲ短縮セサル可カラス故ニ本条ハ其期限ヲ三箇月ト為シタリ此期限タル動産物ノ賣買ニ於テ其物ニ隠レタル瑕疵アルトキ担保訴権ヲ行フノ期限ト同一ナルモノニシテ本條ニハ特ニ動産ノミヲ規定スルモノニ非スト雖トモ尚ホ動産賣買ニ於ケルト同一ノ期限ヲ採用シタルハ原則ニ付テハ次條ヲ以テ其期間ヲ一層増延シタルカ故ナリ而シテ本条ハ注文者ノ材料ニ仕事ヲ加ヘタルトキノミ適用スヘキコトヲ明記シ受負人ノ材料ヲ以テ仕事ヲ為スヘキトキハ賣買ナルヲ以テ賣買普通ノ隠レタル瑕疵ニ関スル本編第九十九條ノ規則ヲ准用スヘキモノトセリ勿論此短少ナル期間ハ詐欺ノ塲合ニ適用スヘキモノニ非ス此塲合ニ於テハ普通法ニ從ヒ訴権ノ期間ハ五年タルヘシ(財産編第五百四十四條ヲ参観スヘシ)
尚ホ期間起算ノ点ヲ法律ニ定ムルコトヲ要シタリ然レトモ其期間ハ隠レタル瑕疵発見ノ時ヲ以テスヘキニ非ス何トナレハ詐欺アラサル以上ハ注文者仕事ノ不完全ヲ発見スルヲ遲延シタルノ結果ヲ以テ受負人ニ及ホス可カラサレハナリ然レトモ亦工作物受取ノ日ヲ以テ起算点ト為スコト能ハス何トナレハ注文者其引取ヲ遲延スルコトアルヘキモ受負人ハ注文者ノ為メ物ヲ保存シタルカ為メ結局己レノ損失ヲ招クコトアル可カラサレハナリ
是ヲ以テ訴権ノ期間ハ工事全部ノ受取ノ日ヨリ起算スヘキモノトシ縦令隠レタル瑕疵其一分ニ存スルトキト雖トモ尚ホ其一分ノ受取ノ日ヨリ起算スヘキモノニ非ストス
第二百七十九條
本条ハ特ニ建築ヲ以テ仕事ノ目的トスル塲合ヲ規定スルモノナリ
本条ニ規定スル所ハ全ク新築ノ事業ニシテ縦令大修復ノ性質ヲ有スルトキト雖トモ修繕ニ止マル工事ヲ規定スルモノニ非ス是レ法文ニ築造ノ語ヲ用ヰタル所以ナリ
本条ニハ其適用ノ範圍内ニ在ル所ノ一切ノ工事ヲ列記セス只其主要ナルモノヲ摘示シ以テ其規定スル所ノ仕事ノ性質ヲ明カニスルノミ且其規定スル所ハ前条ニ於ケルカ如ク單ニ隠レタル瑕疵アリテ築造後之ヲ発見シ工作物ヲ豫期ノ需用ニ不適當ナラシメタル瑕疵ヲ発見シタル塲合ニ非ス築造ノ不適當ナルヨリ一層重大ナル結果ノ生シタル塲合ヲ規定スルモノナリ即チ其仮定スル所ニ依レハ建物ノ全部若クハ一分崩壊滅盡シ又ハ毀損ノ重大ニシテ其原因ハ不可抗力ニ非ス築造ノ瑕疵又ハ地盤ノ瑕疵ニシテ建築着手ノ際ニ強固ニスルコトヲ得ヘキモノヲ怠リタル所ノモノニ在リトス
一分ノ滅失又ハ損壊ニ付テハ法律ニ其区域ヲ指定セス只其重大ナルヲ要ストセリ蓋シ滅失損壊ノ為メニ要求ヲ為スニ至リ而シテ其原因受負人ノ過失タル以上ハ之ヲシテ其賠償ノ責ニ任セシムヘキヤ當然ナリ
加之本条ニハ明文ヲ掲ケテ受負人ハ注文者ノ地上又ハ其注文者ノ賃借セル地上ニ建築セルト自己ノ土地ニ築造シ全部建築後ニ建物ヲ引渡スヘキトヲ問ハス又自己ノ材料ヲ供スルト注文者ノ材料ヲ使用スルトヲ問ハス均ク責任ヲ負フヘキモノトセリ蓋シ注文者ノ材料ヲ使用スル場合ニ於テモ尚ホ其材料ノ瑕疵アルトキハ受負人冝シク之ヲ使用セサルヘキノミ然ルニ甘シテ之ヲ受ケ之ヲ使用シタルハ又其責ヲ自己ニ帰セサル可カラス
尚ホ受負人ノ責任ニハ多少ノ期間ヲ附スルヲ要ス
此点ニ付キ本条ハ工事ヲ左ノ三種ニ区別シタリ
第一障壁其他ノ土工ニ付テハ受負人ノ責任二年間継続スルモノトス
第二木材ヲ以テ主タル材料トスル家屋建物但シ基礎又ハ親柱ヲ石造ニシ又屋蓋ヲ瓦葺ニスルモ尚ホ主タル部分ノ木造ナルトキハ総テ之ヲ木造ト為ス即チ本邦ニ最モ多ク観ル所ノモノナリ
第三石造又ハ煉瓦造ノ建物若クハ土藏但シ多少ノ木材ヲ使用スルモ石又ハ煉瓦ヲ以テ主タル材料トスルトキハ亦煉瓦造ト看做ス
右ノ如ク建築物ヲ三種ニ区別スルハ通常其種ノ築造物ノ継続スヘキ時期ヲ計リ受負人ノ責任ノ期間ノ長短ヲ附センカ為メナリ即チ右第一ノ塲合ニ於テハ二箇年第二ノ塲合ニ於テハ三箇年間第三ノ塲合ニ於テハ十箇年間責任継続スルモノトス勿論此三種ノ築造物ハ二年五年又ハ十年ヲ以テ其通常ノ継続期ト為スモノニ非スト雖トモ概ネ此期間ヲ經過スルモ猶ホ毀損アラサルトキハ以後多少破損スルモ受負人ノ過失即チ築造又ハ地盤ノ瑕疵ニ原因スルモノニ非スト云フヲ得ヘシ且受負人モ多少ノ期間後ニ至リテハ全ク其責任ヲ免カレ以テ将来ヲ顧慮スルコトナク他ノ工事ヲ受負フコトヲ得セシメサル可カラス
右期間ノ起算点ハ前条ニ於ケルカ如ク工事受取ノ日ト為ス故ニ注文者工事ヲ調査受取ルコトヲ遲延シタルトキハ受負人ハ其責任ノ期間ヲ経過セシムルカ為メ注文者ヲ遲滞ニ付スヘシ
第二百八十條
前条ハ受負人ノ責任ノ期間即チ建物ノ通常ノ形状ヲ存シ堅牢ニテ存立スヘキ時期ヲ規定スルモノナリ若シ此時期前ニ在テ建物ニ破損ヲ生スルトキハ受負人ヨリ注文者ニ損害賠償ヲ拂ハサル可カラス而シテ又一旦建物ノ破壊シ右ノ責任ニ基キタル賠償訴権ノ生シタルトキハ又其訴権ノ消滅スヘキ期間ヲ定ムルコトヲ要ス
其訴権ノ時効ハ甚タ短少ニシテ二箇ノ塲合ニ之ヲ区別セリ即チ全部ノ滅失アリタル塲合ト一分ノ滅失即チ毀損アルニ止マル塲合是ナリ此区別ハ訴権ノ起算点ト其期間トニ差異ヲ来スモノナリ即チ全部ノ滅失アリタル塲合ニ於テハ賠償ヲ請求スルノ権利確然発生シタルモノニシテ其範圍ハ最モ大ナルモノトス故ニ其滅失ヲ以テ時効ノ起算点ト為シ其訴権ハ一箇年間継続スヘキモノトス之ト異ナリ一分ノ滅失又ハ單ニ毀損アリタル塲合ニ於テハ既ニ訴権発生スト雖トモ其訴権タル毀損ノ漸ク甚シキニ至ルト共ニ区域漸ク大ナルニ至ルヘシ故ニ其権利ノ区域直チニ確定スルモノト云フ可カラス是ヲ以テ注文者ヲシテ強イテ即時ニ賠償ヲ請求セシム可カラス何トナレハ其賠償ハ未タ確然タラス而シテ数次ニ賠償ヲ定ムルハ煩雑ノ恐アレハナリ是ヲ以テ起算点ハ工作ノ性質ニ從ヒ受負人ノ責任ヲ受クヘキ期間満了ノ日ト為シ而シテ一旦其期間ノ満了シタル時ハ更ラニ賠償訴権ノ期間ヲ起算スヘキモ此塲合ニ於テハ其期間ハ僅カニ六箇月ト為ス
第二百八十一條
本条ニハ工事ノ半途ニ於テ計畫ヲ変更シタル塲合ヲ規定スルモノニシテ其変更ハ徃々受負人ト注文者トノ間ニ紛議ヲ生シ受負人之カ為メニ當初豫定シタル代價ノ増加ヲ請求スルコトアルニ至リ為メニ紛議ヲ生スルコトアリ
右ノ塲合ニ於テ注文者ヲシテ過當ノ増價ノ請求ヲ免カレシメ且之ヲシテ其計畫ノ変更ヲ請求シタルニ因リ正當ニ負担スヘキ増價如何ヲ明カニ知ルヲ得セシムルカ為メ計畫ノ変更ヨリ代價ノ増加ヲ生スヘキトキハ書面ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ要ストセリ是ヲ以テ此塲合ニ於テハ全ク人証ヲ禁スルモノナリ
又本条ニハ當初ノ計畫ノ変更ヲ為ストキノミ獨リ証書ヲ必要トシ原計畫ト多少異ナル増減ニ之ヲ必要トセス
尚ホ本条ハ受負人ヲシテ計畫ノ変更アリタルヲ口実トシ建物ノ堅牢ナラサルノ責任ヲ免カルルコトヲ得セシメス以テ注文者ニ保護ヲ加ヘタリ故ニ若シ計畫ヲ変更スルカ為メ建築ノ堅牢ナラサルコトヲ恐ルルトキハ之ヲ受諾セサルカ又ハ注文者ヨリ強イテ指圖ヲ為ストキハ特ニ証書ヲ作リ以テ其責任ヲ免カルヘキコトヲ要約セサル可カラス
第二百八十二条
凡ソ契約ハ當事者一方ノ意思ノミニ因リ解除スルモノ甚タ少ナシ然レトモ仕事受負契約ハ之ヲ以テ其例外ト為スコト恰モ雇傭契約ト同一ナルヘキノ理アリ(上第二百六十條ヲ参観スヘシ)蓋シ注文者一旦工事ヲ注文スルモ既ニ之ニ利ナキニ至リ又ハ其意ニ適セス或ハ代價ヲ支拂フノ資料ヲ失フニ至リタルトキ尚ホ其意ニ反シ工事ヲ竣工セシムルニ及ハサルヘキヤ明カナリ殊ニ注文者ニ属スル物ニ仕事ヲ為スヘキ塲合ニ於テハ何時タリトモ隨意ニ其契約ヲ取消シ其物ヲ回復スルヲ得セシメサルヲ得ス但シ之カ為メ受負人ニ損害ヲ及ホシタルトキハ之ヲ賠償セサル可カラス
第二百八十三條
本条ハ受負人ノ担保トシテ之ニ留置権ヲ與フルモノナリ蓋シ留置権ハ物上担保中第一位ニ位ヒスルコトハ曩キニ之ヲ説明シタルヲ以テ茲ニ之ヲ省略ス
第二百八十四条
任意解約ノ権能ハ注文者ニ之ヲ許與スルモ受負人ニ之ヲ許與セス是レ受負人ハ隨意ニ契約ヲ解除スルノ正當ノ利益アラス且充分ニ注文者ニ對シ損害ヲ賠償スルコト能ハサルヘキカ故ナリ蓋シ注文者其注文スル所ノ仕事ニ付キ得ンコトヲ豫期シタル利益ハ受負人ノ豫期シタル利益ト異ナリ充分金銭ニ見積ルコト能ハサルモノナレハナリ
然リ而シテ法律上受負人ヲシテ其意思ノミニ依リ恣ママニ契約ヲ解除スルノ権利ヲ得セシメスト雖トモ亦債務者ハ実際其意ニ反シテ為スノ義務ノ強制執行ヲ受クルコトナキカ故ニ事実上受負人契約ヲ解除セントスルトキハ結局解約ト同一ノ結果ヲ生スヘシ(財産編第三百八十二條ヲ参観スヘシ)
是ヲ以テ悪意ノ債務者ヲ拘束シ契約ヲ履行セシムルニハ之ニ充分ノ損害賠償ノ義務ヲ負担セシムルニ非サレハ能ハス
然リ而シテ仕事受負契約ハ受負人ノ意思ノミニ因リ解除スルコト能ハスト雖トモ其死去又ハ仕事ヲ履行スルノ不能ニ至リタルトキハ自ラ契約解除セサル可カラス但シ受負人又ハ職工其人ノ技術ニ巧ミナルニ因リ其人ヲ以テ契約締結ノ原因ト為シタルトキニ限ル
且右ノ塲合ニ於テハ受負人ノ過失ニ因リ契約解除スルニ非スト雖トモ亦受負人ハ第一ニ其希圖シタル利益ヲ得ルコト能ハス且其既成ノ仕事ノ代價ニ至テモ注文者ノ為メニ利得シタル所ノ物ヲ除キ之ヲ得ル能ハサルニ因リ結局解除ノ損失ヲ被ルニ至ルヘシ且注文者ノ得ル所ノ利益ハ只其工事ニ付キ生スル所ノ利益ヲ以テ標準トセス之ヲ注文スルニ當リ注文者ノ希望セシ目的ニ付キ其得ル所ノ利益ヲ以テ標準ト為ス是レ本条ニ自己ノ希望セシ目的ニ付キ利シタルノ語ヲ置ク所以ナリ
又受負人又ハ其相續人仕事ノ不能又ハ受負人ノ死亡ノ結果ヲ被ル所以ハ仕事受負契約ニ於テハ曩キニ説明シタル如ク受負人不可抗力ノ危険ヲ担當スルモノナルカ故ナリ
然レトモ本条ハ注文者ヨリ材料ヲ供シ單ニ仕事ノミヲ為ス契約ヲ為シタル塲合ノミニ限リ適用スヘキモノニ非ス尚ホ受負人ヨリ材料ヲ供スル塲合ニ於テモ亦之ヲ適用スヘシ何トナレハ受負人ノ材料ヲ供シ且仕事ヲ為スコトヲ約シタル塲合ニ於テハ其契約主トシテ賣買ノ性質ヲ有スルモノト認ムト雖トモ此報酬トシテ仕事受負契約アレハナリ
第二百八十五條
受負人殊ニ建築ノ受負人ハ更ラニ下受負人ト契約ヲ為シ之ヲシテ工事ノ諸種ノ部分ヲ担當セシメサルヲ得サルコトアリ例ヘハ一人ヲシテ壁泥ヲ付ケ一人ヲシテ石材ノ彫刻ヲ為サシメ又大工屋根屋洋漆職等ニ各自其職業ニ関スル工事ヲ受負ハシムルカ如キ是ナリ
是等ノ特別契約モ亦其実主タル契約ト同一ノ性質ヲ有スルモノニシテ下受負人ト主タル受負人トノ間ニハ受負人ト注文者トニ於ケルト同一ノ関係ヲ生スルコトアリ是ヲ以テ受負人材料ヲ供スルトキハ只下受負人ヲシテ仕事ヲ受負ハシムルニ過キス之ニ反シ下受負人材料ヲ供スヘキトキハ下受負人ハ賣主ノ位置ヲ有スルモノナリ而シテ注文主ニ至テハ此材料ヲ供セサルニ因リ受負人ト均ク買主ノ位置ニ在ルモノトス
然ラハ即チ此塲合ニ於テハ賣主タル者ハ何人ナルカ即チ主タル受負人ナルカ将タ下受負人ナルカ是レ本条ニ規定スル所ナリ
凡ソ仕事受負契約ノミヲ為スト賣買ヲ為ストヲ問ハス注文者ニ對シ債権者タル者ハ受負人ニシテ受負人ハ更ラニ下受負人ニ對シ更ラニ債務者タルモノナリ然レトモ受負人下受負人ニ弁済セサルトキハ下受負人ハ自己ノ名ヲ以テ直接ニ注文者ニ對シ其受負人ヨリ得ヘキ所ノ物ヲ請求スルコトヲ得是ヲ以テ下受負人ノ訴権ハ財産編第三百三十九條ニ定メタル間接訴権ニ非ス特ニ本条ニ示ス如ク直接ノ訴権タルモノナリ是ヲ以テ縦令受負人無資力ナルモ尚ホ下受負人ノ他ノ債権者ト其資産ヲ共分スルニ及ハス
右ノ規定ハ法律上債権ノ譲渡行ハルルニ因ルモノニ非ス此塲合ニ於テ債権ノ讓渡アリトスルハ一目可ナルカ如クナレトモ單ニ一片ノ憶測タルニ過キサルヘシ蓋シ下受負人ハ注文者ト直接ニ契約ヲ為シタルモノニ非スト雖トモ亦之ニ對シ自ラ権利ヲ得タルモノナリ即チ下受負人ハ注文者ノ財産ヲ管理シ之ヲシテ其受負人ニ注文シタル所ノ工事ノ利益ヲ得セシメタルモノナリ
右ノ権利ハ下受負人ノ資格ヲ有セサル單純ノ職工ニモ亦之ヲ附與シタリ
建築者又ハ受負人ノ築造改築修繕シタル不動産上ニ有スル先取特権ニ至テハ債権担保編ニ規定スル所ニシテ又同編ノ定ムル所ノ賣主ノ先取特権ト類似スルモノナリ