民法理由書
参考原資料
- 民法理由書 , (一) [国立国会図書館デジタルコレクション]
- 民法理由書 , (二) [国立国会図書館デジタルコレクション]
- 民法理由書 , (三) [国立国会図書館デジタルコレクション]
- 民法理由書 , (四) [国立国会図書館デジタルコレクション]
- 民法理由書 , (五) [国立国会図書館デジタルコレクション]
- 民法理由書 , (六) [国立国会図書館デジタルコレクション]
備考
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民法理由書
財産編
総則 財産及物ノ区別
権利ヲ有スル者之ヲ権利ノ働方ノ主体ト謂ヒ権利ノ行使ヲ受クル者之ヲ受方ノ主体ト謂フ権利ノ主体ハ其働方ナルト受方ナルトヲ問ワズ凡テ人ニシテ人ニ関スル事項ハ人事編ノ規定スル所ナリ
本編ハ財産及ヒ物ノコトヲ規定ス財産ハ権利ニシテ物ハ権利ノ目的ナリ権利ノ目的トハ其上ニ権利ノ存スル所又ハ権利ノ取得セシムル所ノ物ヲ謂フ
然リト雖モ未タ権利ノ目的タラサル所ノ物アリ例エバ野獣飛禽又ハ魚類ニシテ人ノ未ダ捕獲セサル所ノモノノ如シ然レトモ此等ノ物ハ一旦人ノ捕獲ニ罹リタルトキハ直チニ権利ノ目的タルコトヲ得ベシト雖モ此他猶決シテ権利ノ目的トナルコト能ハサルモノアリ。縦ヒ其一分ニ付テハ権利ノ目的タルコトヲ得ルモ尚ホ其全体ニ付テハ然ルコト能ハザルモノアリ例ヘバ空気河海ノ水ノ如シ此ノ如キ財産タラサル物ト雖モ法律ハ其性質ヲ明カニシテ之ヲ示サザル可ラス蓋シ之ニ関スル規定就中禁止ノ規定ヲ解スルニ必要ナレバナリ総則ニ於テ同時ニ財産ノ区別ト物ノ区別トヲ示スハ此理由ニ基クモノナリ
総則ノ目的トスル所ハ主トシテ物ノ実質上又ハ法律上ノ性質ニ在リ後ニ至テ此等ノモノガ各人又ハ法人ノ資産ニ如何ナル関係ヲ有スルヤ之ヲ詳言スレバ此等ノ物ハ権利ノ目的ト為リ得ルヤ否ヤ又如何ナル程度迄権利ノ目的タルコトヲ得ルヤヲ明ニスルハ皆茲ニ掲グル原則ノ結果ニ過キサルナリ
第一条
立法者ノ主トスル所ハ定義ヲ下スニ非ス寧ロ命令許可若クハ禁止ヲ為スニ在リ又務メテ純然タル学理ノ原則ヲ掲クルコトヲ慎マサルベカラスト雖モ猶ホ或ル場合ニ於テハ法律ノ真正ノ解釈ヲ全フスル為ニ定義ヲ下スコト有益ナリ之ヲ要スルニ程度其宜ヲ得ルニ在リ而シテ是レ立法者自ラ識別スベキ所ナリ
其レ然リ故ニ立法者ハ先ツ財産ノ権利ニ外ナラサルコトヲ宣言スルノ必要ヲ感ジタリ凡ソ一個ノ物、法律ノ認メタル方法ノ一ニ依テ吾人ノ資産中ニ入ラサル限ハ未ダ吾人ノ為ニ財産ナルモノ有ラス即チ権利ナルモノ有ラス唯一個ノ物アルノミ
本条ハ財産ノ何物タルコトヲ明カニスルト同時ニ財産ガ各人又ハ国、府県、市町村、公設所、会社ノ如キ法人ニモ属シ得ヘキコトヲ明カニセリ
法人ナル語ハ本法ニ於テ創メテ之ヲ用イタルニ非ズ既ニ他ノ行政法ニ於テ之ヲ使用セリ概シテ法人ハ普通ノ各人ト同シク其有スル権利ヲ行使スルモノナリ其各人ト同一ナラサル場合ハ特ニ法律ヲ以テ之ヲ規定ス
又本条ハ権利ニ二種アルコトヲ明カニセリ物権及人権是ナリ此二種ノ権利ハ第二条及第三条ニ於テ之ヲ明カニセリ
第二条及第三条
本邦往事ノ法律ニ於テハ物権ト人権トノ間明カニ其性質ノ差異ヲ確認シタルモノナシ然レドモ往事ニ於テモ此差異ノ已ニ存シタルコトハ猶ホ今日ノ如シ何トナレバ此差異タルヤ全ク物ノ性質ヨリ来ルモノナレバナリ故ニ未タ所有者ト債権者トヲ混同シタルモノアラス又已ニ我有スル所ノ物ト単ニ他人ニ対シテ請求シ得ル所ノ物トヲ同一視シタルコトナシ本法ニ於テハ明カニ此両種ノ権利ノ区別ヲ示シ以テ此区別ヨリ生スル結果ノ適用ヲ容易ナラシメタリ
又物権及人権ヲ各別ニ其性質及主タル効力ヲ明カニシ以テ裁判上法律ノ解釈ヲ容易ニシ併セテ各人ヲシテ法律ヲ知ルニ便ナラシメタリ
物権ハ其性質上之ヲ有スルモノ直チニ物ノ上ニ行フコトヲ得ヘシ而シテ我有スル権利ノ収益ヲ為ス為ニ何人ノ干渉ヲ受クルヲ要セス之ニ反シテ人権即チ債権ハ第一ニ特定ノ人即チ債務者ニ対シテ行フ権利ナリ債権者ハ債務者ノ義務ガ或事ヲ為スニ在ルト之ヲ為サザルニ在ルトノ区別ニ従ヒ之ニ対シテ作為又ハ不作為ヲ請求スルコトヲ得ルノミ故ニ債権者カ人権ニ依テ一個ノ権利ヲ取得スルニ至ルハ債務者ガ義務ヲ履行シタルノ後間接ニ然ルコトヲ得ルノミ
其主タル効力ヨリ論スルトキハ物権ハ凡テノ人ニ対抗シ得ルノ点ニ於テ人権ト異ナリ即チ物権ハ何人ト雖モ其目的タルモノノ上ニ工事ヲ起シ又ハ主張ヲ為シテ之ヲ妨碍シ又ハ其行使ヲ妨クルモノニ対抗スルコトヲ得之ニ反シテ人権ハ或ハ契約ニ依リ或ハ法律ノ認メタル其他ノ原因ニ由テ特ニ義務ヲ有スル人ニ対シテノミ行フコトヲ得ベシ
物権ト人権ノ差異ニシテ其性質ト効力トニ関スルモノ有リ即チ物権ハ概シテ一個ノ物ニ付キ同時ニ二人以上ノ人ガ同一ノ権利ヲ有スルコトヲ許サズ之ニ反シテ人権ハ同一ノ人ニ対シ二人以上ノ人ガ同時ニ同一ノ権利ヲ有スルノ妨タラズ此区別ハ権利ノ行使ヲ受クル者カ無資力ナル場合ニ於テ緊要ナリ若シ物権ナルトキハ他人ノ物ヲ押領シタルモノノ無資力ハ決シテ其物ヲ権利者ノ手ニ取戻ス為ニ妨害タラズ然レトモ若シ一人ノ無資力者ニ対シ数人ノ債権者カ人権ヲ行使スル場合ナルトキハ凡テ其債権者間ニ質、抵当ノ如ク物権ヲ創成スル優先ノ原因ナキ限ハ平等ニ債務者ノ財産ヲ分タザル可カラス
第二条ノ直接ニシテ且主タル目的ハ物権ノ定義ヲ下スニ在ラズ之ヲ主タル権利及従タル権利ノ二種ニ区別シテ其列記ヲ為スニ在リ主タル権利ハ他ノ権利ニ関スルコトナク独立シテ存在シ得ル所ノモノニシテ本編第一部ノ目的トスル所ナリ従タル権利ハ概シテ債権ノ担保タルニ過ギス故ニ債権ヲ規定シタル後ニ至テ之ヲ掲クルコト至当ナリ故ニ特ニ債権担保編ニ於テ之ヲ規定ス
然レトモ従タル物権ニシテ人権ノ担保ニアラサルモノアリ地役ト称スル物権即チ是ナリ地役ハ本編第一部中主タル物権ノ後ニ之ヲ規定セリ
諸外国ノ法律ニ於テハ主タル物権ヲ列記シ且之ヲ規定スルモノ罕ナリ故ニ或ハ賃貸借ヨリ生ズル権利ハ物権ナルヤ将タ人権ニ過ギサルヤノ点ニ於テ疑ヲ存スルモノ有リ或ハ永借権及地上権ノ事ヲ掲ケサルカ為メ斯ノ如キ権利ハ法律ノ認ムル所ナリヤ否ヤヲ知ルニ苦ムモノ有リ
本邦ニ於テハ古来ヨリ永借権及地上権ヲ認メタルカ故ニ新法ニ於テモ明カニ之ヲ規定セリ賃借権ニ至テハ新法ハ其物権ノ性質ヲ確認シタリ賃借権ニ物権ノ性質ヲ認メタルヨリシテ土地ノ賃貸ニ在テハ耕作ノ為メ又家屋及ヒ動産ノ賃貸借ニ在テハ一般経済ノ為メ甚タ利益アルコトハ後ニ至テ之ヲ示スベシ
人権ハ物権ト同シク主タル権利及従タル権利ニ区別スルコトヲ得ヘシ然レトモ第三条ニ於テハ之ガ列記ヲ示サズ蓋シ之ヲ示スコト能ワサレバナリ人権ハ其原因ニ付テハ互ニ相異ナリト雖モ其性質其効力又ハ其消滅原因ニ至テハ凡テ同一ナリ故ニ契約ニ依テ生シタル債権即チ義務ト不正ニ加ヘタル損害ヨリ生シタル義務ト其原因相異ナルガ為メ義務ヲ証明シ及其大小ヲ定ムルノ点ニ於テハ多少ノ差異アリト雖モ強制執行ノ方法及消滅ノ原因ニ至テハ全ク同一ナリ此故ニ債権ヲ有スルモノ其債務者ヲ指示シ而シテ権利ノ目的及範囲ヲ示シタルトキハ充分ニ其有スル人権ヲ明示シタルモノナリ
各人ガ権利ヲ創成セシムル権力ニ至テハ人権ニ関シテハ物権ニ関スルヨリ甚ダ大ナリ蓋シ物権ハ其種類ニ限アルモ人権ハ然ラスシテ各人ノ欲スル所ニ従フコトヲ得ベケレバナリ而シテ法律上斯ノ如ク権利ヲ創成スル権力ニ大小ノ差等ヲ認メタルハ人権及之ト相対スル義務ハ唯当事者ノ間ニ効力ヲ有スルニ止マリ第三者ニ対抗スルコトヲ得スシテ物権ハ凡テノ人ニ対抗シ得ヘキモノナルガ故ナリ
何人ト雖トモ法律ノ定メタルモノノ外義務ノ原因ヲ造ルコトヲ得サルハ勿論ナリト雖其法律ノ認メタル原因就中当事者ノ意思ニ基ク合意ヲ以テスルトキハ殆ント無数ナル義務及ヒ人権ヲ創成スルコトヲ得ヘシ今一個ノ物ヲ有スルモノ之ヲ人ニ与フルトキハ一回ニシテ已マサルヲ得ス然レトモ或ハ与ヘンコトヲ約シ或ハ同一若クハ同一ナラサル作為又ハ不作為ヲ同一ノ人若クハ異ナリタル人ニ対シテ約スルハ何回ニ及ブモ不可ナル所ナシ人権即チ義務ノ効力ニ至テハ当事者ハ任意ニ之ヲ変更シ相互ノ利益及便宜ニ従テ伸縮スルコトヲ得ヘシ唯公ケノ秩序及善良ノ風俗ニ害アル効力ヲ約スルコトヲ得サルノミ
第四条
第二条及第三条ニ掲ケタル権利ハ一般ノ人ニ普通ナル所ノモノナリ如何ニ貧困ナル人ト雖些少ノ物ヲ所有セサルモノ有ラス又他人ニ対シテ請求スル権利ヲ有セサルモノハ有ラス之ニ反シテ本条ニ掲クル権利ニ至テハ或特別ノ人ノミ之ヲ有スルモノナリ何トナレハ世人悉ク著述者技術者又ハ発明者ニ非サレバナリ
然レトモ著述者技術者及発明者ノ権利ヲ本法ニ規定セスシテ之ヲ特別法ニ譲リタルハ右ノ理由ニ基クモノニ非ス其理由ノ主トスル所ハ此事項ニ関シテハ既ニ特別法ノ存スルカ為ニシテ又此等ノ事項ニ関スル法制ハ本邦ニ於テ未ダ確定ノモノト云フコトヲ得サレバナリ欧州諸国ニ於テハ百年以前ヨリ著述者及ヒ其親族ノ権利ニ関シ特別法ヲ設ケタルコト前後数回ナリト雖モ猶未タ完全ノ制度ヲ得ルニ至ラス今日ト雖猶屢改正ヲ看ル所ナリ
故ニ本邦ニ於テモ此事項ニ関シテハ民法中ニ規定ヲ設ケスシテ之ヲ特別法ニ譲リ以テ一方ニ於テハ猥ニ民法ヲ改ムルコトナク一方ニ於テハ此事項ニ関スル法律ノ改正ヲ容易ナラシメサルヘカラス著述者技術者及ヒ発明者ニ関シテハ種々ノ法律ヲ要ス可シ此等ノ法律ハ一方ニ於テ民法及商法ト関係ヲ有スルモノナリ何トナレハ著述者技術者等ノ私益ニ関スレバナリ然レトモ一般ノ利益ニ関スル点ヨリ考フレバ一方ニ於テ行政法ト密接ノ関係ヲ有スルモノナリ又著述者等ノ権利ヲ侵害スルモノアルトキハ之ニ刑罰ヲ科スルノ点ヨリ見レハ刑法ニモ亦関係ヲ有スルモノナリ
第六条及第十三条ニ於テ更ニ物ノ区別ノ事ニ関シ著述者ノ権利ノコトヲ説クヘシ
第五条
本条ハ特ニ規定ヲ設クルニ非ラス故ニ純然タル学理ヲ示スニ過サル如シト雖トモ編纂ノ順序ニ於テ之ヲ設クルコト必要ナリ若シ物ノ区別ニ従テ権利モ亦自カラ区別ヲ生シ此区別ノ為ニ権利ノ変更ヲ来スコトヲ法律ニ於テ明示セサルトキハ次条以下ニ於テ掲ケタル数多ノ物ノ区別ハ殆ント法律中ニ掲クルノ理由ナキカ如クナル可シ
欧州諸国ノ法律ハ概ネ主トシテ物及ヒ財産ノ一個ノ区別ヲ示スニ止マル動産及不動産ノ区別是ナリ其他ノ区別ハ唯法律ノ各部ニ於テ実際ノ必要アル毎ニ之ヲ掲クルノミ特ニ主トシテ之ヲ明示スルモノナシ此ヲ以テ法律ノ適用ヲ受クル物ノ区別ノ全体ヲ知ルニ由ナシ
本法ハ真正ノ順序ニ従ヒ先ツ法律上為スコトヲ得ヘキ物ノ区別ノ主タルモノヲ列記セリ
本法ニ掲クル所ノ区別其数十二即チ左ノ如シ
(一)有体物及ヒ無体物(第六条)
二 動産物及ヒ不動産物(第七条ヨリ第十四条迄)
三 主タル物従タル物(第十五条)
四 特定物、定量物、聚合物及ヒ包括財産(第十六条)
五 一回ノ使用ニ因テ消費スル物及ヒ然ラサル物(第十七条)
六 代替物及ヒ不代替物(第十八条)
七 分ツコトヲ得ヘキ物及ヒ分ツコトヲ得ヘカラザル物(第十九条)
八 所有ニ属スル物及ヒ所有ニ属セサル物(第廿条ヨリ廿五条マデ)
九 融通物及ヒ不融通物(第廿六条)
十 譲渡スコトヲ得ヘキ物及ヒ譲渡スコトヲ得サル物(第廿七条)
十一 時効ニ罹ルコトヲ得ル物及ヒ時効ニ罹ルコトヲ得ベカラサル物(第廿八条)
十二 差押フルコトヲ得ル物及ヒ差押フルコトヲ得サル物(第廿九条)
右ニ掲ケタル種々ノ区別ハ互ニ相排斥スルモノニ非スシテ同時ニ存スルコトヲ得ルモノナリ凡テ物ハ右ニ掲ケタル各種ノ区別ニ属スルコトヲ得ヘシ何トナレハ此区別ハ相反対セル性質ヲ示セルモノナルヲ以テ一方ニ属セサレハ必ス他ノ一方ニ属スルコト明カナレバナリ
故ニ一個ノ物アリテ或ハ動産タリ或ハ不動産タルモ之カ為メ決シテ主タルモノタリ又従タルモノタリ或ハ譲渡スルコトヲ得ヘキモノタリ又ハ譲渡スコトヲ得ヘカラサルモノタルコトヲ妨ゲズ要スルニ斯ク区別スルハ或特別ノ点ヨリ観察シテ之ヲ為シタルモノニシテ他ノ点ヨリ観察スルトキハ又他ノ区別ヲ為スコトヲ得ベシ之ヲ喩フルニ猶人ノ如シ人ハ主トシテ男女ノ性ニ因テ分ツコトヲ得ヘシ或ハ年齢或ハ国籍ニ因テモ亦之ヲ分ツコトヲ得ベシ而シテ法律ニ於テ男女ノ性ニ基キ人ノ身分ヲ規定スルモ之ガ為ニ其人ノ丁年タリ未丁年タリ又ハ外人タリ国人タル区別ヲ為スコトヲ妨ゲサルナリ
法律ハ本条ニ於テ物ノ種々ノ区別ニ三箇ノ原因アルコトヲ示セリ物ノ性質人ノ意思及ヒ法律ノ規定是ナリ
然レトモ此三箇ノ原因ハ常ニ且同一ノ程度ニ於テ凡テノ区別ニ存スルモノニ非ス
次ニ掲ケタル場合ニ於テハ三箇ノ原因均シク存スルモノナリ
動産及ビ不動産ノ区別、主タルモノ及ヒ従タルモノノ区別、特定物、量定物、聚合物及ヒ包括財産ノ区別代替物及ヒ不代替物ノ区別可分物及ヒ不可分物ノ区別是ナリ
之ニ反シテ融通物及ヒ不融通物ノ区別、時効ニ罹ルコトヲ得ルモノ及ヒ時効ニ罹ルコトヲ得サルモノノ区別ニ至テハ全ク法律ノ規定ニ基クモノナリ
所有者ニ属スルモノ及ヒ所有者ニ属セサルモノノ区別、譲渡スコトヲ得ルモノ及ヒ譲渡スコトヲ得サルモノノ区別并ニ差押フルコトヲ得ルモノ及ヒ差押フルコトヲ得サルモノノ区別ニ至テハ法律ノ規定及ヒ人ノ意思ニ基キタルモノナリ
有体物及ヒ無体物ノ区別并ニ一回ノ使用ニ因テ消費スルモノト然ラサルモノトノ区別ノ如キハ全ク其物ノ性質ヨリ生シタル区別ナリ
且若シ其本源ニ溯ッテ之ヲ考フルトキハ凡テ右ニ掲クル如キ物ノ区別ハ全ク物ノ性質ヲ以テ原因ト為スコトヲ認ムルニ至ラン人ノ意思及ヒ法律ノ規定ノ如キハ唯物ノ性質ヲ認メテ之ヲ宣示スルニ過キサルナリ蓋シ法律又ハ各人ガ物ニ与フルニ或性質ヲ以テスルハ必ズヤ其物ノ性質及ヒ之ニ因テ得ント欲スル便益ニ適否如何ヲ考ヘテ後然ルモノナレバナリ之ヲ要スルニ法律及ヒ人ハ物ノ本来有スル性質ヲ法律上ニ伸縮スルコトヲ得ルノミ未タ全ク其性質ニ反スル効力ヲ之ニ附スルコト能ハズ
第六条
法律ハ有体物及ヒ無体物ノ区別ヲ第一ニ掲ゲタリ然レトモ是レ敢テ適用上最モ重大ナルガ故ニ非ス唯其区別ノ及フ所最モ広キヲ以テナリ此区別ハ動産及ヒ不動産ノ区別ヨリモ一層広キモノナリ何トナレハ動産及ヒ不動産ノ区別ハ厳正ニ之ヲ論スルトキハ単ニ有体物ニ付テノミ適用スルコトヲ得ベシ之ニ反シテ有体物及ヒ無体物ノ区別ハ物権ト人権トヲ問ハズ凡テ権利ヲ包有スルモノナリ而シテ権利ハ其性質上動産ニアラス又不動産ニアラス然ルニ権利モ猶動産又ハ不動産トシテ規定ヲ受クルモノハ唯法律ノ推定ニ因テ権利ノ目的トスル所ノモノ又ハ其得セシメントスル所ノモノト同一ノ性質ヲ権利ニ附シタルガ故ノミ有体物及ヒ無体物ノ区別ハ占有ノ事項ニ関シテ甚ダ利益アリ従テ時効ニ関シテ重大ノ関係ヲ有ス何トナレハ有体物ノ占有ハ其物ノ現実ノ所持ヲ必要トスルモ無体物ノ占有即チ権利ノ占有ハ継続シテ権利ノ行使タル行為ヲ為スヲ以テ足レリトス
此区別ハ有体物又ハ無体物ノ譲渡ニ関シテ猶影響ヲ及ホスモノナリ
此等ノ区別ハ其必要アルニ至テ之ヲ示スベシ
法律ノ示セル有体物及無体物ノ例ハ単ニ類例ヲ示シタルニ止マリ敢テ其数ヲ限リタルモノニアラズ是レ敢テ有体物及ヒ無体物ノ列記ニ付テノミ独リ然ルニアラス他ノ物ノ区別ニ関シテモ又同一ナリ
有体物ハ其数無限ナルコト固ヨリ明カナリ無体物ニ至テハ有体物ニ比スレバ其数少ナリト雖トモ猶法律ノ示ス所ノ外左ノ物ヲ加フルコトヲ得ベシ即チ為スヘキ所為、又ハ作為又ハ抛棄及解散シタル会社ニ於ケル権利等是ナリ
空気及瓦斯ノ如キ軽重ヲ量リ得ヘキモノニ至テハ其有体物タルコト明カナリ今日屢合意ノ目的タル電気ノ如ク軽重ヲ量ルコト能ハサルモノニ至テモ猶之ヲ有体物ト見做サザルヲ得ズ何トナレバ法律ノ下シタル定義ニ従ヒ人ノ五感ニ因テ知ルコトヲ得ベキモノナレバナリ
会社及ヒ財産共通ノ場合ニ於テ其財産ノ全体ガ包括財産ト看做サルルニハ其会社カ解散セラレ又ハ共通ガ清算中ニ在ルコトヲ必要ト為ス若シ然ラズシテ会社及ヒ財産共通ナルモノヲ継続スル間ハ概シテ法人ノ性質ヲ有スルヲ以テ財産ハ皆此法人ニ属ス而シテ法律ハ会社又ハ共通ヨリ分離シテ其財産ヲ観察スルノ必要ナシ縦ヒ会社又ハ共通ニシテ法人ヲ組成セサル場合ト雖トモ仍ホ其財産ヲ以テ特ニ包括財産ヲ組成スルモノト看做スノ必要アラス是レ唯不分共有ノ特別ナル一個ノ場合タルノミ
本条ニ於テ無体物トシテ著述者技術者及ヒ発明者ノ権利ヲ掲ケタリ厳格ニ之ヲ論スルトキハ此等ノ権利ハ第一号中ニ属スヘシ然レトモ法律ハ特ニ之ヲ掲ケタリ蓋シ此等ノ権利ハ法律ガ今主トシテ規定スル所ニ非サレバナリ
著述者ノ権利ハ物権ニシテ著述者自カラ何等ノ譲渡又ハ合意ヲ為サザル限ハ自由ニ其著書ヲ処分シ之ヲ変更シ又ハ之ヲ毀壊スルノ権利著者ニ存ス然レトモ著者一度其著書ヲ公ニスルコトヲ許シ而シテ出版者発売ノ部数又ハ著書ノ大小ニ従ヒ順次ニ金員ヲ著述者ニ弁済スルノ義務ヲ約シタルトキハ著述者ノ権利ハ一個ノ人権即チ債権ニ過ギズ右ノ理論ハ技術者及発明者ノ権利ニモ亦適用スルコトヲ得ベシ
又第一號中ニ於テ凡ソ物権ト人権トヲ問ハズ権利ハ無体物中ノ第一位ヲ占ムルヲ看ルベシ然ルニ第五条ニ依レバ権利ハ物権ト人権トヲ問ハズ目的物ノ種々ノ区別ニ従ヒテ其様ヲ変スルモノナルガ故ニ皮想ノ見ヲ以テスルトキハ権利ハ互ニ其様ヲ変ゼシムルモノナルガ如キ奇観ヲ呈スルノ疑ヒ有ラン然レトモ未タ必スシモ此ノ如クナラス此困難ヲ避クルニハ権利ニ主タルモノ及ヒ従タルモノ有ルヲ考フルコトヲ要ス主タル権利ハ従タル権利ノ様ヲ変シ而シテ時トシテハ従タル権利モ亦主タル権利ノ様ヲ変スルコト後ニ至テ其実例ヲ看ルカ如シ
第七条
動産物及ヒ不動産物ノ区別ハ外国ノ法律中ニ於テ其効用最モ大ナル物ノ区別ナリトス而シテ本邦ニ於テモ亦必ズ此ノ如クナルベシ此区別ハ古来既ニ慣習ニ因テ存スル所ノモノナリ物ノ有形上ノ性質ヨリシテ其物ヲ目的トスル権利ニ此ノ如ク大ナル影響ヲ及ボスコトハ一見甚ダ驚クベキニ似タリト雖モ其至当ナルコトハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ヘシ
権利ガ物ノ価格ニ従テ同一ナラサルモ決シテ驚クニ足ラザル可シ就中物ノ価額大ナルモノハ之ヲ其小ナルモノニ比スルトキハ其管理又ハ譲渡ニ種々ノ手続ヲ必要トシ一層ノ担保ヲ要スルガ如キ是ナリ然ルニ法律ヲ以テ当初動産物及ヒ不動産物ノ区別ヲ設ケタルハ実ニ此精神ヲ実行シタルモノニ外ナラス蓋シ往時ニ在テハ動産物ヲ以テ価額甚ダ少ナキモノトナシ一般ニ不動産ヲ重ンジタレバナリ
後世奢侈ノ風漸ヤク生スルニ至リ金属ヲ以テ製シタル物宝石美術品等ノ如キハ固ヨリ動産物ナリト雖トモ社会ニ在テ甚ダ重要ノ物トナレリ然レトモ不動産モ亦農業ノ進歩建築上ノ奢侈及ビ人口ノ蕃殖ニ因テ次第ニ重要ノ度ヲ増シ終ニ不動産ト動産トヲ比較スルトキハ不動産ノ価額ハ猶ホ動産ノ上ニ存セリ固ヨリ家屋ニシテ甚タ小ナルモノ有リ土地ニシテ甚ダ狭少ナルモノ有リ此ノ如キモノハ其価ノ少ナルコト論ナシト雖モ動産ニ於テモ亦是ト異ナルコトナク其価甚ダ少ナルモノ有リ故ニ不動産ノ甚タ価額少ナルモノヲ以テ動産ノ甚ダ価額少ナルモノニ比スレバ猶其上ニ在リト謂ハサルヘカラス
如何ナル時代ヲ問ハス又如何ナル邦国ヲ分タス法律上動産ト不動産トノ間ニ此一大区別ヲ為シ来リタルモノハ右ニ掲クル外尚ホ幾多ノ理由アリ動産ハ元来屢々譲渡ノ目的タルモノニシテ此等ノ譲渡ハ法律上ノ法式ヲ設ケテ不便ヲ蒙ラシム可キニ非ス之ニ反シテ不動産ノ譲渡ハ前者ニ比スレハ固ヨリ屢々ナラサルガ故ニ此ノ如キ法式ヲ設クルモ動産ノ譲渡ニ於ケルガ如キ不便ヲ生スルコトナク而シテ一方ニ於テハ此法式タルヤ利害関係人ノ為ニ担保タリ又他ノ一方ニ於テハ第三者ノ為ニ担保ノ方法タルベシ
且動産ノ譲渡ヲ為スモノハ唯占有ノ事実ニ因テ自己ノ権利ヲ證スルノ外他ニ所有権ヲ證スルノ方法ヲ有セス且動産物ハ概シテ譲渡ト同時ニ之ヲ取得者ニ引渡スモノナリ之ニ反シテ不動産ニ至テハ譲渡ト引渡トノ間ニ多少ノ時日アル可シ故ニ譲渡人ハ其諾約ヲシテ確実ナラシムル為メ公正又ハ私署ノ證書ヲ以テ其権利ヲ證スルコトヲ必要ト為ス
動産物ハ屢輾転シテ其主ト処トヲ変ズルガ故ニ他ノ同種類ノモノト之ヲ判別スルコト甚ダ困難ナルベシト雖トモ不動産ハ一定ノ場所ニ存シ而シテ契約ノ当時其大小及経界ヲ指定スルトキハ他日ニ至リ決シテ他ノ不動産ト混同スルガ如キコトナシ
右ニ掲ゲタル理由及ヒ後ニ至テ仍ホ説明ノ機会ヲ得ベキ他ノ理由トヲ以テ動産ト不動産トノ間立法上判然タル区別ノ存スルコトヲ明カニスルニ足ルベシ
動産ト不動産トノ差異ハ法律ノ総テノ部分ニ於テ之ヲ看ル可シ就中後見人ノ管理所有権取得ノ方法、用益権、賃借権、質、先取特権、抵当、時効、裁判管轄及ヒ財産ノ差押ニ関スル如キコト是ナリ
本条ハ物ニ与フルニ動産又ハ不動産ノ性質ヲ以テスル三個ノ原因ヲ指示セリ而シテ此原因ノ各個ニ付テハ先ヅ不動産ニ関シ次ニ動産ニ関シテ逐条ニ之ヲ規定セリ
法律ガ今右ノ原因ヲ掲グルニ方リ第五条ノ列記ニ於ケルガ如ク法律ノ規定ヲ他ノ原因ト同一ニ列記セズシテ特ニ之ヲ掲ゲタルモノハ次ノ理由ニ依ル蓋シ一個ノ物ガ遷移スルコトヲ得ルト然ルコト能ハザルトハ其物ノ性質又ハ所有者ノ用法ニ因ルト云フコトヲ得ベシ然レトモ一個ノ物ガ法律ノ規定ニ因テ動産若クハ不動産タル性質ヲ有スルトキハ決シテ其物ノ遷移スルコトヲ得ルト然ラサルトニ因テ此区別ヲ為スニ非ス唯其性質上全ク動産又ハ不動産ノ区別ニ関係セサル無体物ヲ以テ特ニ法律上動産又ハ不動産ニ準ジタルノミ
第八条
第六条及次条以下ニ掲クル列記ノ多数ハ明カニ其例ヲ示スト雖トモ本条ノ列記ハ此方法ヲ用ヰズ。然レトモ之ガ為メ本条ノ列記ヲ以テ限定ノモノト信ズベカラズ物ガ不動産ナルト否トハ其物ノ天然ノ性格即チ自力若クハ他力ニ因テ遷移スルコトヲ得ルト否トニ基クモノナルガ故ニ不動産タル性質ガ認定セラルルニハ法律ガ権力又ハ人意ノ解釈ニ由テ物ノ天然ノ性質ヲ変ゼザレバ即チ足ル本条ノ末項ヲ設ケタルハ即チ此点ニ於テ疑ヒ無カラシムルガ為ナリ猶ホ後ニ至テ其適用ノ例ヲ示ス可シ
土地ハ性質ニ因ル不動産ノ主タルモノナリ性質上ノ不動産ハ要スルニ惟土地アルノミト謂フモ亦不可ナカル可シ其他ノ物ニ至テハ多少土地ニ附着スルニ因テ不動産ト為シタルノミ
土壌ハ無数ニ之ヲ細分スルコトヲ得ベシ又且其一部ヲ取テ他ニ移スコトヲ得ベキガ故ニ此点ヨリ観察スルトキハ動産ナルガ如シト雖トモ土地ヲ以テ不動産ト為スハ決シテ其有形上ノ物質ノ謂ニ非ズシテ寧ロ地面、地底及ヒ土地ノ占領スル部分ニ在リ此故ニ彼深窖ノ如キハ之ヲ直接ニ有益ナル用ニ供スル能ハズト雖トモ猶ホ或ハ之ニ水ヲ充テ或ハ建築ヲ為シ又ハ耕作ヲ為スガ為ニ之ヲ埋メ若クハ之ヲ蓋フコトヲ得ベキガ故ニ地面又ハ其占領スル部分トシテ価額ヲ有スルハ必然ナリ
縦ヒ人工ヲ施シテ土ヲ盛リ土手ヲ築クモ猶ホ第八号ニ掲ゲタル建物ト均シク其土地ハ常ニ性質ニ依ル不動産ナリ(第三号)
掘割、溝渠、地上ヲ堀タル土地ノ如キモ亦同一ノ理由ニ因リ常ニ不動産ナリトス(第二号)
樹林、竹木其他大小ノ植物、果実及収穫物ハ土地ヨリ離レザル間ハ凡テ不動産ナリトス(第五号及第六号)
唯第十二条ニ於テ之ガ例示ヲ看ルベシ
鉱物、抗石、泥炭及肥料土ニ至テハ其ノ物質及採掘方ノ差異如何ニ係ラズ固ヨリ土地ノ一部分タルコト明カナリ然レトモ其土地ヨリシテ石炭、石材等ノ如キ物料ヲ採掘シタルトキハ此物料ハ其性質ニ因テ動産ナリ(第七号)建物ヲ築造シ井戸ヲ掘リ道路ヲ開ク為ニ堀取タル土沙ニシテ其土地ニ使用セラレズ又ハ使用ニ供セラレザルトキハ法律ノ精神ニ因テ右ト同一ノ決定ヲ為スコトヲ得ベシ若シ掘取タル土砂ニシテ未タ其土地ニ使用セラレザルモ仍ホ使用ニ供セラレタルトキハ之ヲ目シテ性質ニ因ル不動産ト謂フコト能ハザルハ勿論ナリト雖トモ唯其事情ニ従ヒ所有者ノ用方ニ因テ不動産タルコトアルベキノミ
建物(第八号)ハ要スルニ動産物ヲ以テ之ヲ構成スルモノナリト雖トモ土地ニ附着スルニ依リ不動産トナルモノナリ而シテ其土地ニ附着スルハ如何ニ微弱ナルモ之ヲ問フコトナシ本法ニ於テ屢看ルガ如ク単ニ礎石ノ上ニ加ヘタルトキト雖トモ又然リトス然レトモ其物料ヲ以テ他ノ場所ニ再ビ築造スル為ニ充分ノ注意ヲ以テ家屋ヲ取毀ツコトアリ又ハ家屋ノ侭他処ニ移シ或ハ同一ノ場処ニ於テ之ヲ進退スルコト為シトセズ斯ノ如キハ法律ノ斟酌スルコトヲ要セサル特質ナリ如何トナレバ家屋ハ本法ニ於テモ決シテ遷移セラルルヲ以テ目的トスルモノニアラザレバナリ竹木其他ノ植物ニ至テハ前者ニ比シテ更ニ遷移スルコト容易ナリト雖トモ猶一旦土地ニ栽植シタル以上ハ其土地ニ附着シ而シテ土地ノ性質ヲ受クルモノト看做スコトヲ要ス家屋ニ至テモ亦此ト異ナルコトナシ
法律ガ建物ノ不動産タル性質ヲ認ムルニ当テハ之ヲ建築シタルモノノ誰タルコトヲ問ハズ故ニ建築者ガ其土地ノ所有者タルコトヲ必要トセズ此ヲ以テ或ハ用益者、借地人、地上権者其他土地ニ有期ノ権利ヲ有スルモノト雖トモ又建築者タルコトアルベシ或ハ単純ナル占有者又特ニ悪意ノ占有者ノ如キ其土地ニ何等ノ権利ヲモ有セサルモノ建築ヲ為スコトアルベシ斯ノ如キ場合ニ於テモ其建物ハ常ニ不動産タルコトヲ妨ゲズ唯此等ノ場合ニ於テ建築者ト土地ノ所有者トノ間償金ヲ接受スルノ一点ハ後ニ至テ規定スル所ノ如シ
然リト雖トモ建物ガ仍ホ土地ニ附着スルモ動産ト看做サルル場合アリ此ノ場合ニ於テハ敢テ其性質ニ因テ之ヲ動産ト看做スニアラズ全ク所有者ノ用方ニ因テ此性質ヲ認ムルモノナリ第十二条ニ於テ或ル建物ニ関シテ其例ヲ看ルベシ
建物ニハ屢単ニ夜間若クハ風雨ノ場合ニ於ケルガ如キ或時ニ於テノミ使用シ且全ク遷移スルコトヲ得ヘキ附属物アリ戸扉即チ是ナリ斯ノ如キハ用方ニ因ル不動産ニ非ズシテ全ク性質ニ因ル不動産タルコトヲ認ムルニ躊躇スベカラズ蓋シ戸扉ハ家屋ニ於テ必要ナル部分ヲ為スモノナレバナリ
大凡一個ノ物ガ性質ニ依ル不動産ナルヤ将タ用方ニ依ル不動産ナルヤヲ知ルハ決シテ忽セニスベカラザル問題ナリ何トナレハ性質ニ依ル不動産タル場合ニ於テハ何人ガ此附属物ヲ建物ニ附着セシメタルヤヲ問フノ必要ナシト雖トモ用方ニ依ル不動産タル場合ニ於テハ二個ノ条件ヲ備フルコトヲ要ス第一物料ガ之ヲ使用シタルモノニ属スルコト第二建物ノ所有者ガ之ヲ使用シタルコト是ナリ(参看第九条第一項)
牆、籬、柵(第九項)ハ建物ト均シク且同一ノ条件ヲ以テ不動産ナリ
第十項及第十一項ニ掲クル種々ノ附属物ニ至テハ別ニ説明ヲ要セズ凡テ土地若クハ建物ニ必要ト認メラレタル附属物ニシテ有形上殆ンド其一部ヲ為スニ異ナラサルモノナリ
本条ノ末項ハ右ノ精神ヲ一般ニ敷衍シタルニ過ギズ
建物ノ内部又ハ外部ノ戸扉ニ用フル鍵ハ勿論遷移スルコトヲ得ベシト雖トモ何人モ其性質ニ因ル不動産タルコトヲ認ムルニ躊躇セサルベシ何トナレバ鍵ハ戸扉ノ従タルモノナレバナリ
凡ソ家屋ノ附属物ニ付テ性質ニ因ル不動産タルヤ否ヤノ点ニ関シ争訟起リタルトキハ其物ガ果シテ建物ニ必要ナル附属物ナリヤ否ヤ裁判所ニ於テ之ヲ判定スベキナリ
又法文ハ単ニ建物ノミニ付テ規定ヲセリト雖トモ此末項ハ第十一項ニ於ケルト均シク仍ホ土地ノ附属物ニ適用スルコトヲ要ス此故ニ井戸ニ属スル轆轤、釣瓶、及縄ノ如キハ井戸ノ使用ニ必要ナル附属物ナリ溜井ニ用フル蓋モ亦然リ土地ノ一点ヨリシテ他ノ一点ニ水ヲ導ク為メ一時其土地ニ附着セシメタル金属性又ハ木製ノ樋管ニ付テモ亦同一ノ断定ヲ為スコトヲ要ス
第九条
本条ニ規定スル所ハ第二類ノ不動産ナリ此種ノ不動産ハ物ノ性質ニ因ルニアラズ又或不動産ノ必要ナル附属物タルノ故ヲ以テ不動産タルニアラズ唯永遠若クハ不定ノ時間所有者ノ用方ニ因テ不動産ニ備付ケタルガ為メ元来動産ナルモノガ不動産ノ性質ヲ得タルニ外ナラズ此種ノ不動産ト前条ニ掲ゲタル不動産トノ間ニハ数箇ノ差異アリ
第一本条ニ掲グル所ノ物ガ不動産タルニハ決シテ不動産ノ附属物タルコトヲ必要トセズ或ハ土地ノ利用、便益又ハ粧飾ヲ以テ目的トスルモ仍ホ本条ノ不動産タルコトヲ得ベシ
第二此等ノ物ハ其物ノ所有者ガ之ヲ土地ニ備附ケタルコトヲ必要ト為ス此故ニ受寄者、借主ノ如キハ受寄物又ハ借用物ヲ此方法ニ因テ不動産ト為スコトヲ得ズ
第三土地又ハ建物ニ之ヲ備附クルモノ其土地又ハ建物ノ所有者タルコトヲ必要ト為ス
第四法文ニハ特ニ之ヲ明記スルノ必要ナキガ為ニ之ヲ掲ゲズト雖トモ完全所有者ガ備付タルモノモ其ノ用方ニ因テ不動産タルハ唯其物ガ不動産上ニ存スル間ニ止マルコト勿論ナリ何トナレバ此物ガ不動産タルハ全ク所有者ノ意思ニ基クモノニシテ従テ所有者ノ意思ノ存スル間ニアラザレバ此性質ヲ有セザルコト明カナレバナリ
法律ハ本条ニ於テモ亦列記ヲ為セリ此列記モ亦限定ノモノニアラズ且本条ニ於テハ特ニ反證ヲ許シ法律上ノ推定ニ属シタルコトヲ明記セリ是レ所謂軽易ナル推定ナリ
第一号乃至第七号ハ主トシテ農業又ハ工業ノ建物ニ関シ第八号乃至第十号ハ宅地ニ関スルモノナリ此等ニ関シテハ更ニ詳細ノ説明ヲ要スルモノナシ唯二三ノ注意ヲ為スニ止メン
第六号ニ掲グル工業上ノ器械及器具ガ所有者ノ用方ニ因テ不動産タルニハ其建物ガ特ニ其種ノ工業ニ供セラレタルコトヲ必要ト為ス例之バ製糸場ノ器械製紙場、製鉄上ノ釜及乾燥機ハ概シテ不動産ナリ如何トナレバ此等ノ建物ハ特ニ此錯雑ナル工業ニ供スルモノニシテ且其器械モ亦形状大小等ヲ変スルニ非ザレバ他ノ建物ニ於テ同一ノ工業ニ使用スルコト能ザルハ普通ノ事ナレバナリ之ニ反シテ活版所ノ印刷器、字母及活字ノ如キハ之ヲ変スルコトナクシテ他ノ活版所ニ於テ使用シ得ベキコト宛モ活版所ノ建物ガ之ヲ変スルコトナクシテ他ノ工業ニ使用シ得ベク而シテ他ノ工業ノ為メ特別ノ改修ヲ要スル場合ノ外ハ何等ノ変更ヲモ加フルコトヲ要セサルト同一ナリ故ニ用方ニ因ル不動産タルコトナクシテ常ニ動産タル性質ヲ有スルモノナリ
製造用ニ供スル物料ニシテ製糸場、製鉄場又ハ其他斯ノ如キ工業場ニ在ル物ハ凡テ動産ナリ其製造ヲ終リタル物ニ至テモ亦是ト異ナルコトナシ
第九号ニハ毀損スルニ非ザレバ取離スコトヲ得ザル粧飾物ト掲グレドモ是レ敢テ此種ノ物ヲ以テ性質ニ依ル不動産ト認メタルニアラズ茲ニ有形上建物ニ附属スルノ一種ヲ不動産ト為シタルハ唯所有者ノ用方ノ推定ノ為ノミ若シ此条件ヲ備ヘタルコトナクンバ所有者ノ意思之ヲ其建物ノ附属物トスルニアルコトヲ推定セズ従テ唯粧飾ノ動産物タルニ過ギズ
第十号ニ掲グル建築用ニ備ヘタル材料ハ既ニ其場処ニ運搬シ且直チニ之ヲ建築ニ用ヰ得ベキ形状ニ在ルトキト雖トモ未ダ用方ニ因ル不動産タラズ唯使用ヲ受クルニ従ヒ其部分ノミ漸次ニ不動産トナルベシ而シテ是レ性質ニ依ル不動産ナリ之ニ反シテ修繕中ノ建物ヨリ取離シテ再ビ之ニ用フベキ材料ニ至テハ之ヲ動産ト為サズ蓋シ斯ノ如キ材料ハ建物ヨリ分離スト雖トモ是レ一時ノ事ニ止マリ到底再ビ其建物ニ使用セラルベキモノナル故ニ仍ホ之ヲシテ不動産ノ性質ヲ有セシム蓋シ一時ノ分離ノ為ニ所有権ノ性質ヲ変ゼシムベキニアラザレバナリ
池沼ノ魚、蜂房ノ蜜蜂、鳩舎中ノ鳩ノ如キハ本法ニ於テハ外国法ニ於ケル如ク之ヲ用方ニ因ル不動産ノ中ニ列記セズト雖トモ之ヲ掲グルハ敢テ此等ノ物ガ不動産タラザル故ニアラズ既ニ法律上ノ推定ヲ設ケサル以上ハ意思ノ推定ニ依リ裁判所之ヲ不動産ト決定スルコトヲ得ベキナリ
今本条ノ利益ヲ示スハ決シテ無用ノ事ニアラザルベシ不動産ヲ譲渡シ而シテ当事者ガ右ニ掲ゲタル物ヲ以テ此譲渡中ニ包含セルヤ否ヤヲ明示セサル場合ニ於テ特ニ本条ノ利益ヲ看ルベシ蓋シ法律ノ明文アルガ為ニ此等ノ物ハ不動産ノ附属物ト看做サレ反対ノ合意アラザル以上ハ代価ノ増価ナクシテ此譲渡中ニ包有スベケレバナリ
又財産差押ノ場合ニ於テモ其利益ヲ看ルベシ本条ニ掲ゲタル凡テノ物ハ動産トシテ之ヲ差押フルコトヲ得ズ不動産ト共ニ差押フルコトヲ得ベキノミ又不動産ヨリ分離シテ独リ之ヲ抵当ノ目的トスルコトヲ得ズ
之ニ反シテ所有者ハ不動産ヨリ此等ノ物ヲ分離シテ之ヲ売渡シ又ハ動産質トスルコトヲ得ルハ仍ホ家屋ノ材料園庭ノ樹木収穫物ヲ売渡シ得ルト同一ナリ
第十条
本条ニ掲クル所ノ物ハ無体ノ物ナルヲ以テ其性質上動産ト称スルコトヲ得ス又不動産ト謂フコト能ハズ且法律ハ各人ガ其意思ノミヲ以テ之ヲ不動産トスルコトヲ許サズ然リト雖トモ唯法律自カラ假想ニ基キテ之ニ不動産ノ性質ヲ附與セリ。其假想タルヤ何等ノ利益ヲ害セサルノミナラス却テ物ノ区別ヲ判明ナラシムルノ利益アリ
総則ノ規定ハ物ノ区別ヲ示スノミナラス尚進ンデ権利即チ財産ノ区別ヲ為スガ故ニ権利モ亦之ヲ動産又ハ不動産中ニ列セザルベカラズ
権利ヲ動産及不動産中ニ列スル最モ簡易ナル方法ハ其直接ニ行ハルル目的物(物権)又ハ其取得セシムベキ物(人権)ノ有形ノ性質ニ基キテ之ヲ区別スルニアリ
第三号ハ土地ノ所有者若クハ占有者ガ建物ノ築造ヲ要約シタル場合ニシテ所有者又ハ占有者自カラ築造ニ必要ナル材料ヲ出スコトナク建築師ノ材料ヲ以テ之ヲ為スベキトキハ所有者又ハ占有者カ建築師ニ對シテ有スル債権ハ不動産権ナリトス此ノ場合ニ於テ建築師ハ実ニ引続キタル三箇ノ処為ニ因テ所有者又ハ占有者ニ一個ノ不動産ヲ得セシムルノ義務ヲ負ヘルモノナリ三箇ノ処為トハ材料ノ供給、材料ヲシテ使用スベキ形状ニ至ラシムル迄ノ労働及ビ築造是ナリ
若之ニ反シテ所有者又ハ占有者自カラ建物ノ主タル材料ヲ給スベキトキハ其有スル債権ハ全ク動産ナリ如何トナレバ此場合ニ於テ建築師ハ唯材料ノ切組及築造ノ二個ノ維持義務ヲ有スルニ過キサレバナリ而シテ建築師此二個ノ義務ヲ履行シアルモ之カ為ニ債権者ハ新タニ不動産ヲ得ルコトナシ惟従前動産タリシ材料ヲ変ジテ不動産タル建物ト為シタルノミ
第四号ハ前者ニ比シテ法律ノ力更ニ大ナリ何トナレバ其ノ権利ノ目的トスル所ノモノハ右ノ場合ノ如ク不動産ナラザルモ仍ホ其権利ハ之ヲ不動産ナリト為セリ本号ノ適用ハ本法ニ於テ其例ヲ看ズ惟之ヲ許ス特別法ノ制定ヲ俟テ之ヲ看ルベキノミ
本法ハ惟法律ノ規定ニ従ヒ或場合ニ於テ動産債権ガ不動産タルコトヲ得ルノ原則ヲ認メタルノミ
然レトモ本号ニ於テ各人ガ法律ノ規定ニ因テ不動産ト為シタルモノトアルニ依リ直チニ之ヲ目シテ人ノ意思ニ因ル不動産ト為スベカラズ固ヨリ斯ノ如キ場合ニ於テ人ノ意思必要ナルコトハ論ヲ俟タズト雖トモ此意思ニ依テ動産債権ガ不動産タルハ法律ノ規定ニ因テ許シタル場合ニ限リ且法律ノ定メタル條件ニ従フコト必要ナルヲ以テ未ダ人ノ意思ノミヲ以テ足レリトスベカラズ故ニ此不動産ノ性質ハ之ヲ法律ノ規定ニ発スルモノト謂ハサルベカラズ
法律ハ将来ノ立法者ノ自由ヲ拘束スルコトナカランガ為メ如何ナル債権ガ不動産タルコトヲ得ルヤハ今之ヲ規定セズ
第十一条
本条ハ何等ノ困難ヲ看ズ性質ニ因ル不動産ヲ定メタル第八条ト相對スルモノナリ
自力ヲ以テ遷移スルコトヲ得ルモノハ動物ニ止マリ他力ニ因テノミ遷移スルコトヲ得ルハ動物以外ノ物タルコト固ヨリ明カナリ
本条ノ末段ニ於テ注意ヲ為セル例外ハ既ニ之ヲ説明セリ或種類ノ物ハ単ニ其物ノミニ付テ之ヲ観察スルトキハ全ク性質ニ因ル動産ナリ然リト雖トモ若其物ガ他ノ不動産ノ必要ナル附属物タルトキ又ハ他ノ不動産ノ利益ヲ増ス為ニ所有者ノ意思ヲ以テ之ニ備附ケタルトキハ其動産ハ不動産ト看做サルルモノナリ(参看第八条及第九条)
第十二条
性質上ノ動産物ト雖トモ人ノ意思ニ因リ恒久且ツ確定ニ之ヲ一個ノ不動産ニ附着スルトキハ之ニ不動産ノ性質ヲ附與シ得ルト同ジク仍ホ土地ニ附着シタルガ為メ性質上不動産ト為セルガ如クナルモノモ人ノ意思ニ因テ之ニ動産ノ性質ヲ保存セシムルコトヲ得ルハ至当ノコトナリトス蓋シ斯ノ如キ場合ニ於テハ其附着ハ全ク一時ノ物ニシテ殆ンド假ノ物ナルガ故ナリ
本条ハ左ノ場合ニ於テ適用ヲ受クベシ例之バ所有者ガ築造ヲ始メ又ハ既ニ之ヲ終リタル後其建物ヲ賣渡スニ当リ建築ノ足場及支柱未ダ取離サレサルモノアルトキ之ニ関シテ特別ノ合意ヲ為サザル場合ノ如キ是ナリ。此等ノ物ハ賣主ニ属セズシテ建築師ニ属スルコトアルベシ
若シ所有者ガ祝祭若クハ遊技ノ為ニ観棚若クハ假小屋等ヲ造リ或ハ失火ノ際罹災者救助ノ為ニ假小屋ヲ建テテ而シテ後此等ノ工作物ヲ取除クニ先ツテ其地所ヲ賣渡シタル場合ニ於テ特ニ動産トシテ之ヲ賣買以外ニ置クノ注意ヲ為サザリシトキノ如キモ亦同一ナリトス
花卉草木ノ培養ヲ以テ職業トスル所有者ガ苗床タル土地又従テ第八条第五項ニ依リ不動産タルガ如キ草木ヲ植栽スル土地ヲ賣渡シタル場合ニ於テモ仍ホ本条ノ適用ヲ看ルベシ斯ノ如キ草木ハ惟一時此土地ニ附着セルノミ結局他人ニ販賣スルヲ以テ其用方ト為スガ故ニ所有者ノ意思ニ因テ全ク動産タルモノナリ
若シ右ニ掲グル如キ植木師ニ非ズシテ惟大所有者ガ其所有地ノ植栽ノ保持更新又ハ其ノ土地ノ粧飾ニ必要ナル竹木ヲ培養スル為メ所有地ノ一部ヲ以テ苗床ト為シタル如キ場合ナルトキハ右ニ掲ゲタル場合ト同一ノ決定ヲ為スベカラズ此ノ如キ場合ニ於テハ苗床ハ惟其位置ヲ変ズベキノミ敢テ他ノ地処ニ遷移スルヲ以テ其用方トスルニアラズ故ニ依然性質ニ因ル不動産ニシテ其地処ト均シク賣買中ニ属スベシ
第四号ハ第九条第十号ニ相對スルモノナリ取毀ツ為ニ譲渡シタル建物収去スル為ニ賣渡シタル樹木ハ之ヲ取毀チ若クハ収去スル以前ニ於テハ其性質上仍ホ不動産タリ然リト雖トモ所有者ノ意思ニ因リ既ニ動産ナリトス
第十三条
本条ハ法律ノ規定ニ依ル動産ヲ認メタルモノニシテ此点ニ於テハ法律ノ規定ニ因ル不動産ヲ認メタル第十条ト相異スルモノナリ而シテ本条ニ掲クル所ノモノハ其性質動産タルモノヲ以テ目的トスル権利ニシテ其目的物ニ因テ動産ニ準ゼラレタルモノナリ
本条ノ各号ハ特ニ説明ヲ要スルモノ甚ダ尠ナシ
第一号ニ掲グルガ如キ一個ノ動産物ノ所有権、用益権、使用権、賃借権ハ動産権ナルコト恰モ不動産ノ所有権、用益権、使用権ガ不動産権ナルガ如シ
第二号ニ規定セル金銭、日用品又ハ商品ヲ目的トシ或ハ債権者ニ動産物ヲ得セシメントスル債権ハ其目的物ト同性質ヲ有シ即チ動産タリ法律ハ仍ホ抵当ノ如キ不動産権ヲ以テ其擔保ト為ストキト雖トモ債権ハ均シク動産タルコトヲ謂ヘリ蓋シ債権ノ性質ガ其主タル目的物ヲ以テ定マルモノニシテ敢テ其従タル目的物ニ基クモノニアラザレバナリ
第三号ノ場合ニ於テハ債権ノ直接ナル目的物ハ動産物ニアラズ又不動産物ニアラズシテ作為又ハ不作為ナリトス然ルニ作為ハ有的ナルト無的ナルトヲ問ハズ之ヲ動産ト称スルコト能ハズ又不動産ト謂フコトヲ得ズ縦令假想又ハ類推ヲ以テスルモ亦然リトス然レトモ債務者ガ若シ其ノ義務ノ履行ヲ怠リタルコトアルヲ豫想スルハ決シテ為シ難キコトニアラズ而シテ此場合ニ於テハ義務ハ結局損害ノ賠償ニ帰スベシ賠償ハ必ズ金銭ヲ以テ其ノ額ヲ定ムベシ此故ニ作為又ハ不作為ヲ目的トスル債権ハ其附随ノ目的ニ因リ之ヲ動産ト看做スモノナリ
第四号ニ掲グル会社ニ関シテハ其成立中ニ属スルモノト解散後即チ清算中ニ係ルモノトノ区別ハ既ニ之ヲ述ベタリ(第六条)而シテ成立中ノ会社ハ概シテ無形人即チ法人ヲ組織スルコトモ亦既ニ此レヲ謂ヘリ此ノ如キ場合ニ於テ民事及商事ノ会社ハ動産及不動産ヲ有スベキハ勿論ナリト雖トモ其所有権ハ会社ニ属スルモノニシテ敢テ社員各個ノ所有ニアラズ故ニ一己人ニ於ケルト同ジク会社モ亦其ノ諸種ノ動産及不動産ヲ有スト謂フコトヲ得
然レトモ社員モ亦各一個ノ権利ヲ有スルハ勿論ナリ此権利タルヤ各社員出資ノ割合ニ應ジテ会社ノ純益ノ一分ヲ得ルニアリ然レトモ純益已ニ生スルトキハ各社員ガ之ニ因テ得ル所ノモノガ金銭ナル故其権利ハ目的トスル所ニ依リ動産タリ若シ之ニ反シテ会社ガ法人タラザルトキハ会社成立ノ間ト雖トモ仍ホ会社ノ資産ガ動産又ハ不動産ノミナルト両者ヲ包有スルトニ従ヒ社員ノ権利ハ動産若クハ不動産タリ或ハ同時ニ動産及不動産タルベシ此場合ニ於テハ他ノ財産共通ノ場合ト均シク社員ハ不分共有者ナリ
第五号ニ掲グル著述者技術者及発明者ノ権利ハ主トシテ金銭ヲ得ルニアリ若シ或ハ作為又ハ不作為ヲ目的トスルコトアルモ不履行ノ場合ニ於テ義務ハ遂ニ金銭ヲ目的トスルニ了ルモノナルガ故ニ此権利ハ直接又ハ附随ノ目的ニ由テ動産ナリトス
第十四条
法人タル会社ガ法律ニ於テ定メタル原因ノ一ニ依リ解散シタルトキハ之ヲ組織シタル各社員ハ法人ノ一部ノ相続人タリ而シテ各社員ノ権利ハ会社ガ人格ヲ有セザルトキノ如ク会社ノ旧財産ノ不分共有者ナリ清算中ナル共通ノ場合ニ於テ共通者ノ各自ガ有スル権利モ亦之ト同一ナリトス
然レトモ賣買ト共有ハ共有者ノ為ニ甚ダ不利ナル地位ニシテ且此状態タル単ニ一時ノモノニ止マリ早晩分割ニ因テ之ヲ廃スベキ所ノモノナリ分割トハ協議ニ係ルト財産上ニ属スルトヲ問ハズ凡テ共有者ノ各自ニ動産不動産又ハ不動産ノ一部分ト特定セル分割部分ヲ得セシメテ不分共有者ノ状態ヲ消滅セシムルモノナリ
此場合ニ於テ新法ガ特ニ決定スルコトヲ要スル学理及実用上有益ナル問題生ズ而シテ本邦古来ノ慣習中此事ニ関シ明確ニシテ且ツ適当ナル決定ヲ看出スコト能ハザルベシ故ニ之ヲ泰西ノ法律ニ採レリ
若シ此場合ニ於テ特ニ法律ヲ設ケズ単ニ一般ノ原則即チ自然法ノ規則ニ放任セン乎其結果左ノ如クナルベシ即チ部分共有者ノ各自ハ分割ノトキ自己ノ分割部分ニ帰シタルモノニ付テ従来他ノ共有者ニ属シタル持分ヲ新タニ取得シ而シテ其同一物ニ付テ已ニ有シタル自己ノ持分ニ合シ是ト同ジク他ノ共有者ハ各々分割ニ由テ得タル物ニ付テ前者ニ属シタル持分ヲ取得スベシ此ノ如クナルトキハ此分割ヲ名ケテ所有権ノ移轉的又ハ附與的ナリト云ウコトヲ得ベシ
然リト雖トモ此ノ如クナルトキハ其ノ弊尠シトセズ部分共有ニシテ仍ホ継続シ未タ分割ニ至ラザル間ハ共有者ハ如何ナルモノト雖トモ自己ノ有スル部分ノ持分ニ非ザルヨリハ之ヲ他人ニ譲渡スコトヲ得ズ此ニ於テ乎此ノ如キ取得ヲ為サント欲スルモノ殆ンド是レアラザルベシ従テ財産ノ共通ハ大ニ障碍ヲ蒙ルベシ如何トナレバ不分ハ既ニ従来ノ共有者間ニ於テモ不便甚ダシキモノナルニ従来何等ノ関係ヲモ有セサル人ニ在テハ更ニ一層ノ不便ヲ與フベキモノナレバナリ
若シ第三者此部分ノ持分ヲ取得スルコトアリトスルモ仍ホ他ノ弊ヲ免カレズ又第三者ハ自己ノ権利ヲ全フスル為メ分割ノ処為ニ列スルコトヲ必要トセン然ルニ当事者間ニ於テスラ既ニ困難ナル分割ノ処為ニ他人ヲシテ加ハラシムルトキハ益々此困難ヲ増シ紛議ヲ生ゼシメンノミ
且ツ共有者ノ一人ガ不動産ニ付テ有スル其部分ノ持分ヲ抵当ト為シタルトキハ其ノ弊ハ愈ヨ大ナルベシ此場合ニ於テ他ノ共有者ハ他日遂ニ抵当権ヲ以テ擔保ト為シタル債務ノ弁済ヲ為シ或ハ債権者ノ贈遺ノ効力ニ因ル追奪ヲ受ケザルベカラザルニ至ラン如何トナレバ抵当ハ不可分ニシテ抵当ト為シタル不動産ノ全部ニ及ブモノト看做サレタルガ故ナリ(参看第十九条)此場合ニ於テ此共有者等ハ債務者ニ對シテ求償権ヲ有シ得ベキコト勿論ナリト雖トモ債務者ニシテ資力ナキトキハ此求償権ハ屢実際ニ於テ其効ナキコトアラン
羅馬法及之ヲ継受シタル泰西諸國ノ法律ニ於テハ此諸種ノ弊害ヲ管理シタリト雖トモ近世ニ至リ諸國ノ法律ハ次ノ権利ヲ認ムルモノ尠ナカラズ即チ分割ニ至ルマデ各共有者ノ権利ハ目的物ノ点ニ於テ確定セズ分割一タビ行ハルルトキハ各自ハ其分割部分ニ属スル物権ヲ一人ニテ所有シ而シテ他人ニ帰シタル物権ニ付テハ何等ノ権利ヲモ有セザリシモノト看做スコト是ナリ
此理論ニ基クトキハ共有者ノ一人ガ第三者ニ得セシメタル権利ノ成立スルト否トハ分割ノ結果ニ因テ始メテ行ハルルモノトス若シ他人ニ譲渡シ又ハ抵当ト為シタル物権ガ分割ノトキ此処分ヲ為シタル共有者ノ分割部分ニ帰セン乎第三者ノ得タル権利ハ全ク有効ナルモノナリ然レトモ若シ之ニ反シ他人ニ帰シタルトキハ此譲渡及抵当ハ全ク無効ナリ唯分割ガ第三者ノ権利ヲ害シテ為サルルコトヲ防グ為ニ第三者ハ分割ニ立會フノ権利ナカルヘカラズ
之ヲ要スルニ右ノ理論ヨリ看レバ分割ハ所有権移轉的ノモノニアラズシテ惟表示的ノモノナリ分割ニ因テ取得スルニ非ズ又喪失スルニ非ズ取得ノ効力ハ部分ノ始マリタル当時ニ泝ツテ効力ヲ生ジ此部分ヲ生ゼシメタル意思ヲ以テ其原因トナス
此故ニ動産及ビ不動産ノ区別ニ関シテハ包括財産ノ部分共有者ノ権利ハ分割ニ因テ之ニ帰スルモノノ性質ニ従ヒ或ハ動産タリ或ハ不動産タルベシ
第二項ハ右ノ場合ト少シク異ナリタル場合ニ関シテ同一ノ論決ヲ為セリ
通常一個ノ義務ハ其履行ヲ他日ニ期スルトキト雖トモ当初ヨリ確定セル目的物ヲ有スルモノナリ然リト雖トモ或場合ニ於テハ双方ノ合意ヲ以テ当事者ノ一方即チ債権者又ハ債務者ニ目的物ノ撰澤権ヲ有セシムルコトアリ此種ノ義務ヲ名ケテ擇一ノ義務ト謂フ(参看第四百廿八条以下)
若シ撰擇権ヲ行フコトヲ得ル物権ガ動産ト不動産トヲ論ゼズ凡テ同性質ノ物ナルトキハ債権モ亦其性質ヲ有スルガ故ニ此ニ定ムル財産ノ区別ニ関シ別ニ異ナル所ナシト雖トモ若シ擇一ヲ以テ負担セル目的物ノ一個ハ動産ニシテ他ノ一個ハ不動産ナランカ債権ハ(第一号ノ場合ニ於イテ別ニ法律ヲ以テ規則ヲ定メサルトキニ存スベキガ如シ)同時ニ両個ノ性質ヲ有スルコト能ハズ而シテ債権ニ與フルニ動産又ハ不動産タルノ性質ヲ以テシ得ベキモノハ唯負担セル両物権中ノ一ノミ然レトモ両者中孰レカ能ク権利ノ性質ヲ定ムルノ標準タルベキヤ是レ撰擇権ガ債権者ニ属スルトキハ債権者ガ請求ニ因リ此撰擇権ヲ行ヒ若シ之ニ反スル場合ニ於テハ債務者ノ弁済ニ因テ此ノ撰擇ヲ行フトキニアラザレバ知ル能ハサル所ナリ
若シ義務ガ任意ノモノナルトキハ右ト同一ナラズ本条ニ於テ擇一ノ義務ト任意ノ義務トヲ同一位ニ置カサルモノハ敢テ不注意ニ発スルニアラズ蓋シ任意義務ノ場合ニ於テ債務者ガ真正ニ負担スル所ノモノハ惟一アルノミ債務者ハ他物ヲ辨濟シテ義務ヲ免カルルノ能力アリトスルモ債権ガ動産タルヤ将タ不動産タルヤヲ定ムルハ主トシテ負担スルモノニ依ラサルベカラズ任意ニ負担スルモノニ因テ之ヲ定ムベキニアラス此性質ノ義務ニ関シ基本ノ原則ヲ定メタル第四百三十六条ニ規定アル以上ハ裁判所ガ正当ニ與へ得ベキ論結ハ右ノ一アルノミ
物ヲ分ツテ動産物及不動産物ト為ス重要ナル区別ニ関スル事項ハ本条ヲ以テ終レリ
法律ハ次条ヨリ他ノ諸種ノ区別ヲ規定セリ而シテ其ノ区別ハ已ニ述ベタル如ク遂ニ且ツ必ズ前ニ述ブル所ト同一ノ物権ヲ包含スルモノニシテ唯看察ノ点ヲ異ニシタルノミ
第十五条
法律上一個ノ物ガ他ノ主タル物ニ附属シテ其従タル物ト看做サルルヤ否ヤヲ知ルノ必要アル場合尠ナカラス此区別ハ添附ト名クル所有権取得ノ方法ニ関シテ就中大ナル利益アリ如何トナレバ此場合ニ於テハ従タル物ハ主タル物ノ従フノ原則ニ因レバナリ
法律ハ今惟此同種ノ物ノ特性ヲ示シ且ツ一二ノ例ヲ以テ之ヲ明カニスルノミ
第二条及第三条ハ已ニ権利ヲ分ツテ主タル物及従タル物ノ二種ト為セリ此区別ヨリ生スル主タル結果ハ主タル権利ノ無効ハ従タル権利ノ無効ヲ致スニアリ然リト雖トモ従タル権利ノ無効ハ必ズシモ主タル権利ノ無効ヲ致スモノニアラズ
此結果ハ保證及抵当ノ事ニ関シテ仍ホ之ヲ看ルベシ蓋シ保證及抵当ハ原則上有効ナル一箇ノ債権ニ附着スルニアラサレバ成立スルコト能ハザルヲ以テ主タル債権ニシテ無効ナルトキハ保證若クハ抵当ノミ惟リ有効ナルコト能ハザルモノナリ
又第四十一条ニ於テ主タルモノノ譲渡ハ従タルモノノ譲渡ヲ包含スルヲ看ルベシ
第十六条
本条ニ掲グルガ如ク物ヲ種々ニ区別スルハ甚ダ重要ニシテ且ツ種々ノ適用アリ其最モ重要ナルハ所有権移轉ノ点ニアリトス
賣買交換又ハ其他ノ譲渡契約ガ動産ト不動産トヲ問ハズ個々特定ノ物即チ特定物ヲ目的トスルトキハ所有権ハ当事者ノ合意ノ効力ノミニ因リ直チニ移轉スベシ之ニ反シテ合意ノ目的トスル所ノ物金銭、米、綿等ノ如キ種類ノミヲ定メタルモノノ一定ノ重量、員数又ハ尺度ニシテ即チ定量ヲ目的トスルトキハ縦令其品格又ハ出処ヲ指示シタルトキト雖トモ所有権ハ其物ガ個々特定シタルトキ即チ各当事者ノ監督ヲ以テ軽重員数又ハ長短ヲ量定シタルトキニアラザレバ移轉スルコトナシ唯物ノ引渡ヲ為シタルコトハ所有権移轉ノ為メ必要ナラズト雖トモ仍ホ指定サレタル処為ノ一ニ因テ其物ガ特定物トナリタルコトヲ必要ト為ス(参看第三百丗条)
特定物ニ関シ其引渡ヲ要スルコトナク合意ノ効力ノミヲ以テ所有権ヲ移轉セシムルコトハ近世ノ新法ニシテ至当簡易且ツ有益ナリ所有権ハ元来各人ト特定物トノ間ニ存スル純然タル無形ノ関係ノ関係ナルガ故ニ此ノ関係ハ当事者ノ意思ノ効力ノミニ因テ他人ニ移轉シ得ルコト真理ニ合セリトナス之ニ反シテ定量物ノ所有権ハ其物ノ引渡アルカ又ハ少クモ個々特定セラルルニアラザレバ理ニ於テ他人ニ移轉スルコト能ハズ蓋シ物定マラズシテ未ダ所有権存スルコトアラザレバナリ
一般合意ノ効力ノ事ヲ規定スルニ至リ仍ホ此区別ヲ示スベシ(参看第三百三十一条及第三百三十二条)
聚合物ハ其実他物ト混同スルコトナキニ足ル多少定メラレタル員数ニ於テ集合セル数多ノ特定物ナリ法律ニ掲ゲタル例ハ集合物ノ何物タルヲ知ラシムルニ足ルベシ
此区別ノ利益ハ畜群ノ用益権或ハ書庫ノ書籍及畜群ノ遺贈即チ用益権ニ関シテ仍ホ之ヲ看ルベシ
今ハ惟遺贈ノ場合ニ於ケル右ノ区別ノ主タル利益ヲ示スヲ以テ足レリト為ス今一人ガ其書庫ヲ死後ニ向テ遺贈シ而シテ書庫中ノ各書籍ヲ指示セザリシト假定セン此遺贈ヲ為シタル後遺贈者ハ仍ホ新書籍ヲ取得シテ書庫中ニ加フルコトアルベク又或ハ書庫中ノ書籍ヲ他人ニ與へ或ハ譲渡スルコトヲ得ベシ受遺者ハ遺贈者ノ死亡ノ後現状ノ侭ニテ書庫ヲ取得スベシ若シ遺贈ニシテ一個又ハ数個ノ定マリタル書籍(特定物)定マリタル冊数(定量物)ヲ目的トセン乎受遺者ハ猶遺贈者ノ為シタル譲渡ノ為ニ己レノ得ル所ヲ減少セラルルコトアルベキハ勿論ナリト雖トモ一方ニ於テ遺贈者ガ新タニ書籍ヲ取得シタルコトアリトスルモ之ヲ得ルコト能ハズ畜群又ハ商業資産ヲ組成スル商品ノ遺贈ニ関シテモ全ク是ト同一ナリ
又包括財産ヲ組成スルニハ前者ノ如キ集合ノ性質ヲ要セズト雖トモ其集合ノ度前者ニ比スレハ更ニ優レリ何トナレバ包括財産ハ資産ノ全部又ハ一分ヲ組成スルモノナレバナリ(参看六条及四十六条)此ノ如クナルヲ以テ包括財産ハ常ニ且ツ殆ンド日々ニ増減シ得ベキモノナリ特ニ包括財産ヲ掲グルコトヲ要スル所以ノモノハ蓋シ包括財産ニハ其利益(働方)ヲ減ズベキ負担即チ債務(受方)附従スレバナリ
第十七条
本条ニ掲ケタル区別ハ法律上屢其適用ヲ受クルモノニア非ズ然リト雖用益権及消費貸借ノ時効ニ関シテ仍ホ其適用ヲ看ルベシ本条ノ区別ハ次条ニ掲ゲタル区別ト混同スルコトナキヲ要ス一見スルトキハ両者甚ダ相似タルガ如シト雖其実全ク相異ナルモノナリ
第十八条
凡ソ一個ノ物本来同種類ノ物権存シテ互ニ相代ヘテ其用ヲ為スコトヲ得ルトキハ之ヲ代替物ト称ス
此ノ如ク代替物ト不代替物トヲ区別スルモノハ前条ニ掲ゲタル区別ノ如ク物ノ性質ニノミ基クモノニ非ラズ仍ホ当事者ガ明示若クハ黙示ヲ以テ此性質ヲ認メ又ハ法律ガ命令若クハ当事者ノ意思ノ推測ニ基キテ此性質ヲ認メタルコトヲ必要トナス
一回ノ使用ニ因テ消費スルモノハ当事者ノ意思ニ因テ互ニ代替シ得ベキモノト看做サルルコト普通ノ状態ナリ此故ニ金銭、米又ハ油ヲ借受ケタルモノハ其借受タル金銭米油ニ非ザルモ同額ノ金銭同一ナル品格及数量ノ米又ハ油ヲ返却シテ有効ニ其義務ヲ免カルルコトヲ得ベシ
又或ハ一回ノ使用ニ因テ消費スルモノガ当事者ノ意思ニ因リ特ニ不代替物ト看做サレ従ツテ其物ヲ以テ変換セザル可カラザルコトアリ
法律ノ規定ニ基ク代替ハ単ニ本来ノ性質相同ジキ物ノ間ニノミ存スルモノニ非ラズ猶数歩ヲ進メ元来性質異ナリタルモノノ間ニ於テモ之ヲ認ムルコトヲ得故ニ金銭ノ義務ヲ負担スルモノニシテ同時ニ地方市場ノ相場ニヨリ米、油其他ノ日用品ノ或定量ノ債権者タル場合ニ於テハ日用品ノ相場ニ従ヒ其有スル債権ヲ金銭ニ評價シ自カラ負担スル債務ト相殺ヲ認ムルコトヲ得ベシ(参看第五百廿二条)
第十九条
凡ソ物ハ其大多数ニ於テ分ツコトヲ得ベキモノナリ物ニシテ分ツベ可カラサルハ全ク例外ニ過ギズ第一有体物ハ動産ナルト不動産ナルトヲ論ズルコトナク本来有形上分ツコトヲ得ベキモノナリ権利等ノ如キ無体物ト雖トモ仍ホ之ト同ジク分ツコトヲ得ベキモノナレドモ是レ有形上ニ於テ然ルニ非ズシテ無形上ニ於テ然ルコトヲ得又二分ノ一、三分ノ一若クハ四分ノ一等ノ如ク其分数ニ於テ分ツコトヲ得ルモノナリ此故ニ所有権ノ如キハ二人若クハ数人ノ人ニ属スルコトヲ得ベク而シテ其各自ハ物ノ全部所有権ノ二分ノ一、三分ノ一等ヲ有スベシ是レ既ニ第十四条ノ下ニ於テ述ベタル不分共有権ノ場合ナリ各旧有者ノ権利ハ物ノ一部分ニ存セズシテ其ノ全部ニ存シ且ツ如何ニ之ヲ細分スルモ仍ホ其各部ニ存スルモノナリ
不分ト不可分トハ一見相似タルガ如シト雖之ヲ混ズルコトナキヲ要ス不分ハ分タザルノ謂ナリ故ニ不分ノ場合ニ於テハ権利ノ目的タルモノ未タ分タレズ然レドモ之ヲ分ツコトヲ得ベシ不可分ハ分ツ可カラザルノ謂ナリ故ニ不可分ノ場合ニ於テハ未ダ分タレザルノミナラズ分ツコトヲ得ザルナリ凡ソ物ハ分ツコトヲ得ルヲ以テ原則ト為シ或ル場合ニ於テ分ツ可カラザルモノアルハ全ク例外ニ属スルモノナルコト既ニ之ヲ述ベタリ
不可分ニ三個ノ原因アリ物ノ性質、当事者ノ意思、法律ノ規定是ナリ
物ノ性質ニ基ク不可分ハ無体物タル権利ニノミ適用スルコトヲ得ベシ之ヲ例スルニ地役ノ多数ハ全ク分ツコトヲ得ベカラザルモノナリ或ハ通行権又ハ観望権ノ如キ或ハ建築ヲ為サザル地役ノ如キ即チ是ナリ此ノ如キ場合ニ於テハ有形上分ツコトヲ得ベカラザル而巳ナラズ無形上ニ於テモ仍ホ分ツコトヲ得ベカラサルモノナリ何トナレバ通行権ノ二分ノ一ト云フガ如キハ到底解シ得ベカラザルコトナレバナリ
地役権ノ不可分ナル性質ヨリ生ズル実用上ノ結果及分ツコトヲ得ベキ地役ノ場合ハ其地役ヨリ生スル利益ニ関シテ仍ホ第二百六十八条ノ下ニ於テ之ヲ示スベシ
負債ノ義務モ亦其性質其目的ニ因テ分ツコトヲ得ベカラザル者ナリ(参看第四百四十一条ノ理由)
物ノ分ツコトヲ得ベカラザルモノハ屢当事者ノ明示又ハ黙示シタル意思ヨリ生スルモノナリ当事者ガ目的トスル所ノ結果ニシテ其一部分ノミニテハ到底有益ナルコト能ハザルトキハ是レ必ズ分ツ可カラザルモノナリ喩ヘバ大小定マリタル家屋ヲ建築スルコトヲ諾約シタルモノガ其家屋ノ半部ヲ築造スルモ未タ其義務ノ二分ノ一ヲ履行シタリト謂フコト能ハズ故ニ未ダ築造セザル他ノ二分ノ一ニ對シ債権者ニ償金ヲ與へテ建築ノ義務ヲ免ルルコトヲ得ズ苟クモ築造ノ義務ヲ負ヒタル家屋ノ全部ヲ落成セシメザル間ハ未ダ少シモ義務ヲ免カルル為メ有益ナル処為ヲ為サザルモノナリ若シ此場合ニ於テ二人ノ建築師建築ノ義務ヲ負ヒタリトセンカ其一人ガ家屋ノ半部ヲ築造スルモ之ニ由テ已ニ自己ノ義務ヲ免カレタリト云フコトヲ得ス他ノ一人ニシテ義務ヲ尽サザルトキハ自カラ家屋ノ全部ヲ築造セザル可カラズ
金銭ハ其ノ性質上分ツコトヲ得ベキモノナリト雖トモ当事者ノ意思如何ニ因リテハ金銭債務ト雖仍ホ不可分ナルコトヲ得ベシ故ニ今二人ニテ或ル不動産ヲ取得スル為ニ必要ナル金円ヲ他ノ一人ニ諾約シタル場合ニ於テハ其二人ノ各自ハ他ノ一人ニ於テ此義務ヲ履行セサルトキハ自カラ諾約シタル金円ノ全額ヲ給スルコトヲ要ス然ラザレバ債権者ノ目的ハ縦令一部分ト雖トモ達スルコトヲ得ズ何トナレバ不動産ノ二分ノ一ヲ賣渡スモノ有ラサル可ケレバナリ之ト同一ノ理由ニ依リ若シ右ニ掲グル如キ目的ヲ以テ此金員ノ債権ヲ有スルモノ二人ナル場合ニ於テハ其ノ一人ガ請求ヲ為サザルトキト雖他ノ一人ハ金員ノ全額ヲ請求スルコトヲ得ベシ
物ノ分ツ可カラザル性質ガ法律ノ規定ニ因テ生スル場合ハ甚ダ尠ナシ其例トシテ茲ニ示スコトヲ得ベキハ動産質不動産質先取特権及抵当ノ場合ナリトス然レドモ此場合ニ於テモ仍ホ法律ノ規定ニ由テ不可分ノ性質ヲ附與シタリト謂ハンヨリ寧ロ法律ハ当事者ノ意思ヲ推定シテ此性質ヲ認メタリト謂フベシ(参看債権擔保編第百五条第百廿三条第百三十二条及第百九十九条)法律ノ規定ニ依リ特ニ不可分ノ性質ヲ物ニ附與スル場合ハ特別ノ法律ニ於テ之ヲ看ルコト有ルベシ
物ノ区別ヲ説明スル当初ニ於テ既ニ言ヘル如ク物ノ種々ノ区別ハ唯総則トシテ茲ニ掲クルノミ故ニ此区別ニ関スル詳細ノ説明ニ至テハ其区別ヨリ生ズル直接ノ結果ヲ規定スル法文ノ下ニ於テ之ヲ為スベシ
第二十条
今古代ニ溯リ社會創造ノ時代ニ於テ之ヲ考フルトキハ凡ソ物ハ其場合ニ於テ未タ何人ノ所有ニモ属セサリシコト明カニシテ人ノ所有ニ属シタルハ後年ニ至テ生ジタル事実ナルコト勿論ナリ是ニ由テ之ヲ観レバ本条ノ区別ヲ掲クルニ当テハ先ヅ人ノ所有ニ属セザルモノヲ示シ而シテ後、人ノ所有ニ属スルモノヲ掲グルコト至当ナルガ如シト雖本条ハ之ニ反シ所有者ニ属スルモノヲ以テ第一ニ置ケリ其理蓋シ今日ニ在ツテ人ノ所有ニ属スルコトハ物ノ最大部分ニ普遍ナル状態ニシテ人ノ所有ニ属セザルハ実ニ其例外ニ過ギザルヲ以テナリ
本条ニ掲ゲタル物ノ細分ニ於テ法律ノ順序ニ従フトキハ第一ニ私ノ資産ノ部分ヲ為スモノニ関シテ特ニ規定スル所アルベキガ如シ然ルニ法文ニ於テ此規定ヲ為サズ直チニ公ノ資産ノ部分ヲ為スモノニ関シテノミ規定ヲ設ケタルハ畢竟スルニ民法全部ノ主トスル所ハ私ノ資産ノ部分ヲ為スモノニ在テ各人ニ属セズ即チ公ノ資産ノ部分ヲ為スモノハ惟之ニ附随シテ規定セルノミ此ヲ以テ今特ニ之ヲ明定セルヲ必要ト為ス
第廿一条
国ノ公有ニ属スルモノト其ノ私有ニ属スルモノトノ区別ハ実用上甚ダ大ナル結果ヲ有スルモノナリ就中此財産ノ譲渡管理及時効ノ点ニ於テ最モ多シト為ス
公有ニ属スル財産ハ原則上譲渡スコトヲ得ザルモノナリ又時効ニ罹ルコトヲ得ザルモノトス此等ノ財産ニシテ譲渡サレ亦ハ時効ニ罹ルニハ先ヅ公有ノ性質ヲ失ハシメ他ノ種目ニ編入セラレタルコトヲ必要ト為ス而シテ元来其財産ノ用方ノ適法ナル変更ニ依ルニ非ザレバ能ハザル所ノコトナリ
公有財産ノ管理ハ概シテ公共ノ建物ヲ使用スル官廳ノ長官ニ属スルモノナリ若シ國ノ私有ニ属スル財産ナルトキハ其財産所在地ノ地方長官之ヲ管理ス
此等ノ事項ニ関スル規定ハ行政法ニ属スルモノナリ
第廿二条
公有ニ属スル財産ノ特別ナル性質ハ國用ニ供セラルルノ一事ニ在リ本条ニ於テ法律ハ惟其ノ類例ヲ示スノミ然リト雖トモ既ニ公有財産ニ管スル原則ヲ明記シタル以上ハ本条ニ掲ゲザルモノニ付テモ其果シテ公有財産タル性質ヲ有スルヤ否ヤヲ判別スルコト甚ダ容易ナルベシ
國領ノ海ナル語ハ大洋(参看第二十五条)ニ對スルモノナリ國領ノ海ト称スル部分ハ國領ノ附属ト看做サルルモノニシテ國際法ニ従ヘバ陸上ヨリ砲丸ノ達シ得ベキ点マデノ海ヲ國領ノ海ト為ス而シテ近世銃砲製造ノ術進歩スルト共ニ各國國領ノ海ハ次第ニ其範囲ヲ擴ムルモノト云フコトヲ得ベシ
海濱ノ方ニ在テハ國領ノ海ノ限界ハ秋分春分最高潮ノ到ル処ニ在リトス是レ既ニ羅馬ノ時代ニ於テ認メラレタル原則ニシテ今日ニ於テモ仍ホ一般ノ認メタル至当ノ原則ナリ
寺社、病院、学校、博物館及書籍館等ノ如キハ本条ニ之ヲ掲ゲズ蓋シ此ノ如キ建物ノ中ニハ私有ニ属スルモノアルヲ以テナリ此故ニ此ノ如キ建物ノ性質ニ関スル問題ハ各場合ニ付テ一々之ヲ決スルコトヲ必要ト為ス
之ニ反シテ監獄ハ凡テ公有ニ属スルコト勿論ナリ
公有ハ之ヲ分ツテ国有、府縣有、郡有及市町村有ト為スコトヲ得ベシ本条ニ明記スル所ノ例ハ専ラ國有ニ関スト雖府縣、郡、市町村モ亦道路掘割及一地方ノ公用ニ供スル建物ヲ有スルコトヲ得ベシ此ノ如キ財産ハ譲渡、管理、時効等ノ点ニ於テ公有物一般ノ原則ニ従フベキコト勿論ナリ
第廿三条
國、府縣等ノ私有ニ属スル財産ノ性質ハ本条ニ於テ之ヲ指示セリ即チ此種ノ物ハ國、府縣等ガ各人ト同一ノ名義ニ於テ所有スル所ノモノニシテ且ツ金銭ニ見積モルコトヲ得ベキ収入ヲ生ズベキ所ノモノナリ
第廿四条
無主物トハ現ニ何人ニモ属セサル物ノ謂ニシテ若シ之ヲ占領スルモノ有ルトキ即チ他人ニ先チテ其ノ物ノ占有ヲ握ルノ処為ヲ為スモノ有ルトキハ之ニ依テ其人ニ属スベシ而シテ占領ノ何タルコトハ財産取得編第二条以下ニ於テ之ヲ示スベシ
不動産物ヲ遺棄スルハ其場合実際ニ於テ甚ダ罕レナリト雖若シ此ノ如キ事実アルトキハ此遺棄セラレタル不動産ノ所有権ハ直チニ國ニ帰ス若シ相続人ナクシテ死亡シタルモノ有ルトキハ其遺産ニ付テモ亦同一ナリ(参看第廿三条第二項)
第廿五条
公共物ハ無主物ト同一ナラズ又私有ニ属スルモノト同一ナラズ
公共物ガ無主物ト異ナルハ次ノ点ニアリ即チ公共物ハ各人ガ自由ニ之ヲ使用シ得ベキコト是ナリ而シテ私有ニ属スル物ト相異ナルハ左ノ点ニアリ即チ公共物ハ決シテ各人ノ専一ナル所有ニ属スコト能ハザルコト是ナリ公共物ハ各人縦令之ガ使用ヲ為スモ惟其物ノ些少ナル一部分ニ付テ利益ヲ得ルニ過ギズ敢テ其全部ノ所有権ヲ得ルコト能ハズ例之バ下流ノ水ヲ汲ミ空氣ヲ呼吸スルガ如キ是ナリ
第廿六条
本条ニ掲グル物ノ区別ハ合意ノ有効無効ノ点ニ関シテ適用ヲ看ルベシ即チ不融通物ヲ以テ目的ト為シタル合意ハ無効ナルモノナリ故ニ此ノ如キ合意ヲ為スモ此合意ハ不融通物ノ上ニ何等ノ権利ヲモ得セシムルモノニ非ラズ又此種ノ物ニ付テ義務ヲ諾約シタルモノ縦令其義務ヲ履行セザルコトアルモ是レ其義務ハ無効ナルモノナルガ故ニ不履行ヨリ生ズル損害ノ賠償ヲ為ス義務ヲ生ズルコトナシ但シ其当事者ニ於テ訴訟ヲ為シタルトキハ右ニ掲ゲタル原則ノ限ニ非ラズ
如何ナルモノガ不融通物タルヤヲ指示スルハ主トシテ行政法及刑法ナリトス然リト雖特ニ法文ノ明示ヲ俟タズシテ其物ノ性質上不融通ナルモノアリ
之ヲ要スルニ特ニ不融通物タラザルモノハ凡テ融通物タリ即チ各人ガ之ヲ処分スルコトヲ得ベキ所ノモノナリ物ハ凡テ融通スルコトヲ得ベキヲ以テ原則トナシ融通スルコトヲ得ザルハ全ク例外ニ属スルモノナリ
第廿七条
人或ハ譲渡スコトヲ得サル物ヲ以テ不融通物ト同一ナリト信スルモノ有ラン然リト雖譲渡スコトヲ得ザルト融通スルコトヲ得ザルトハ其事全ク同ジカラズ譲渡スコトヲ得ザルモノニシテ仍ホ融通物タルモノアリ法律ハ本条ニ於其例ヲ示セリ
例令バ使用権又ハ住居権ノ如キハ融通物タリ如何トナレバ賣買交換又ハ贈與等ノ如キ合意ニ因リ之ヲ設定スルコトヲ得ベク又一旦之ヲ設定シタル後更ニ合意ヲ以テ其物ノ所有者ニ之ヲ還附スルコトヲ得ベケレバナリ然リト雖此ノ如キ権利ヲ得タルモノハ之ヲ第三者ニ譲渡スコトヲ得ズ
地役ニ至テモ亦之ト相似タリ例之バ相隣所有者間ノ合意ヲ以テ地役ヲ設定スル如キハ固ヨリ為シ得ベキ所ナリト雖一旦地役権ヲ得タルモノハ其有スル要役地ヨリ之ヲ分離シテ単ニ地役権ノミヲ共有地ノ所有者以外ノ人ニ譲渡スコトヲ得ズ是又融通物ニシテ譲渡スコトヲ得ザル場合ナリ
之ヲ要スルニ物ハ凡テ譲渡スコトヲ得ルヲ以テ原則ト為シ譲渡スコトヲ得ザルハ全ク例外ニ属ス而シテ此例外タルヤ或ハ法律ノ規定ニ因テ生スルコトアリ或ハ人ノ意思即チ合意若クハ遺言ニ基クコトヲ得ベシ然リト雖トモ人ノ意思ヲ以テ斯ノ如キ例外ヲ設クルハ全ク各人ノ自由ナルニ非ラズ必ズ法律ノ特ニ此事ヲ許シタル場合ニ於テスルコトヲ必要トス
第廿八条
時効ノ性質ノ問題ハ今爰ニ説明スベキ所ニアラズ時効ハ取得又ハ免責ノ法律上ノ推定ニシテ此効力ヲ生ズル直接ノ方法ニ非ザルコトハ後ニ至テ第四十三条ノ事項ニ於イテ之ヲ述ブベク且ツ特ニ證拠編第二部ニ於テ之ヲ明カニスベシ
時効ノ性質如何ニ関スル問題ハ暫ラク之ヲ措クモ永ク継続シタル占有ハ未ダ必ズシモ時効ノ利益ヲ生ゼシムルモノニ非ザルコトハ明カナリ又其時効ノ利益ヲ生ゼシムルコト能ハザル障碍ハ物ノ性質ニ発スルコトアリ或ハ法律ノ規定ニ基クコトアリ例之バ公有ニ属スルモノ及或ル種類ノ地役(参看第二百七十八条)ハ時効ニ罹ルコトヲ得サル如キ是ナリ
時トシテハ時効ハ法律ノ特ニ保護スル或ル種類ノ人ニ對シテ進行スル能ハザルコトアリ即チ此等ノ人ニ對シテハ時効ハ停止セラルルコトアリ例令バ幼者ニ對スル場合又ハ配偶者間ニ於ケルガ如シ(参看證拠編第百丗一条及第百三十四条)然レトモ此ノ如キ場合ニ於テハ此等ノ人ニ属スル財産ガ時効ニ罹ルコトヲ得ズト謂フベカラズ
此ノ如クナルヲ以テ遂ニ時効ニ罹ルコトヲ得サルモノ有ルコトヲ認ムルヲ要ス然レトモ時効ニ罹ルコトヲ得ザル性質ハ譲渡スコトヲ得ザル性質ノ如ク全ク例外ニ属スルモノニシテ凡テ物ハ時効ニ罹ルコトヲ得ルヲ以テ原則ト為ス
第廿九条
凡テ債務者ノ有スル財産ハ其債権者等ノ為ニ共同ノ擔保タルモノナリ若シ債務者ニシテ其義務ヲ履行セザル時ハ債権者等ハ法律ノ定メタル或ル条件ト区別トニ従ッテ債務者ノ財産ヲ差押ヘ及賣却セシメ其代價ニ因テ弁済ヲ受クルコトヲ得ベシ(参看債権擔保編第一条)然リト雖或ル種類ノ財産ニ至テハ縦令債務者ノ所有ニ属スルト雖債権者ハ之ヲ差押ヘ及賣却セシムルコト能ハザルモノアリ第一ニ此種類ニ属スルハ不融通物及譲渡スコトヲ得ザルモノ是ナリ何トナレバ差押ノ結果ハ譲渡ニシテ此ノ如キモノハ譲渡スコトヲ得ザレバナリ又融通物ニシテ且ツ任意ニ之ガ譲渡ヲ為シ得ベキモノト雖仍ホ差押ニ因ル強制ノ譲渡ヲ禁ゼラレタルモノ有リ
商法ニ於テ為替手形ニ関シ(参看商法第七百六十四条)又訴訟法ニ於テ無資力ナル債務者ノ使用及職業ニ必要ナル或ル動産ニ関シ(参看民事訴訟法第五百七十条)債権者ガ差押ヲ為ス権利ノ制限ヲ看ルベシ
本条ニ於テ法律ノ規定ニ関係ヲ有スルモノノ区別ノ列記ヲ終レリ然リト雖茲ニ掲グル所ノ外仍ホ他ニ物ノ区別ヲ為スコトヲ得ベシ惟其区別ハ以上ニ掲ゲタル者ノ区別ニ比スレバ権利ニ影響ヲ及ボスコト甚ダ大ナラザルノミ
今左ニ其四個ヲ示サン
第一遺失物又ハ盗取物ノ区別此種ノ物ハ凡テ動産ノ善意ノ占有者ガ或ル條件ヲ備ヘタルトキ受クルコトヲ得ベシ利益ナル即時ノ時効ニ罹ルコトヲ得ズ此等ノ物ノ時効ニハ二ヶ年ノ占有ヲ必要ト為ス(證拠編第百四十五条)
此ノ如キモノニ関シ即時ノ時効ノ原則ニ對シテ何故ニ右ノ如ク例外ヲ設ケタルヤハ今爰ニ示スベキコトニ在ラズ何トナレバ此例外ヲ説明スルニハ先ツ原則ノ説明ヲ為スコトヲ要スベシ而シテ是レ実ニ総則ノ範囲外ニ属スレバナリ
遺失物中ニハ特別法ヲ以テ之ガ取得ヲ規定シタル水陸ノ漂流物、遺失物ヲ包有ス(参看財産取得編第三条)
第二明確ナル物 是レ明カニ其性質、数量其ノ他之ヲ供給スベキ場所等ヲ知リ得ベキ有価物ニシテ概シテ義務者ノ負担スル所ノモノナリ明確ナル物ト其他ノ物トノ区別ノ主タル利益ハ義務ノ相殺ノ点ニ存スルモノナリ(参看第五百廿条及第五百廿三条)又此区別ノ利益ハ行政執行ニ関シテモ存スルモノナリ何トナレバ行政執行ハ明確ナル物ニ付テノミ行フコトヲ得ベキモノナレバナリ
第三一定ノ價額ヲ超ユル物及然ラサル物、法律ハ他ノ證拠ニ比スレバ人證ヲ許スコト容易ナラズ此ノ如クナルモノハ敢テ普通ノ人ノ信ズルガ如ク證人ニ信ヲ措カザルガ故ニアラズ惟不法ノ訴訟ヲ豫防センガ為ナリ原告及被告ハ常ニ自己ノ権利ヲ信スルコト厚キニ過ギ従テ自己ニ利益ナル陳述ヲ為スベキ證人ニ甚ダ重キヲ置クベシ而シテ此ノ如キ證人ノ陳述ハ判事ノ前ニ於テ屢判事ノ心証ヲ生ゼシムルニ必要ナル明確ヲ缺クモノナリ之ヲ許ストキハ徒ラニ訴訟ヲ起スノ風ヲ為シ訴訟人ト一般ノ利益トヲ害スルモノ尠カラザルニ至ラン
故ニ法律ハ其價額五十円ヲ超エタル係争利益ニ関シテハ證書ヲ以テ之ヲ証スルコトヲ必要ナリト定メタリ此價額未満ニ在テハ證書ヲ必要トセズ蓋シ小ナル證書ハ大ナルモノニ比シテ甚ダ多ク且ツ甚ダ迅速ヲ要スレバナリ
金員若クハ價額ノ多少ハ第一審及控訴ノ裁判所ノ管轄ニ関シテ影響ヲ及ボスモノナリ(参看裁判所構成法)
第四壊爛スル物及然ラザル物 凡ソ物ハ歳月ヲ経ルコト久シキニ至ルトキハ凡テ皆壊爛スベシト雖茲ニ壊爛スルモノト称スルハ此ノ如ク汎博ノ意義ヲ有スルモノニ非ズ惟甚ダ速カニ壊爛スルモノヲ謂フ例令バ食用品ノ如キ多クハ此種類ニ属スルモノナリ壊爛スルモノト然ラザルモノトノ区別ノ利益ハ用益権(参看第五拾五条)及消費貸借(参看財産取得編第百七十八条)ニ関シテ之ヲ看ルベシ後見及凡テ他人ノ事務ノ管理ノ場合ニ於テモ此区別ノ適用ヲ看ルコトアルベシ
縦令直チニ壊爛スルコトナシト雖仍ホ其市場ノ價額ヲ失ウコト速カナル性質ノ物ハ法律上之ヲ直チニ壊爛スベキモノト同一視スルコトヲ要ス
第一部 物権
第一章 所有権
本編ニ於テ規定スル所ノモノハ二種ノ私権ニシテ物権及ヒ人権是ナリ故ニ本編ハ之ヲ二部ニ分タサル可ラス蓋シ各部ニ於テ物権及ヒ人権ヲ規定スルヲ要スレハナリ而シテ物権ノ規定ヲ掲クル第一部ハ更ニ之ヲ数章ニ分ツ蓋シ各物権ノ為メニ特ニ一章ヲ設クルカ為ナリ
然ルニ本編第二條ニ於テ既ニ述ヘタル如ク本部ニ規定スル所ハ主タル物権ニシテ従タル物権ハ唯地役権ノ規定ヲ掲クルニ過キス此他人権ノ擔保ニシテ且其従タル物権ニ至テハ擔保編第二部ノ主眼トシテ規定スル所ナリ
第三十條
本邦往事ノ法律ニ於テ土地所有権ノ状態如何ナリシヤヲ観察スルハ理由書中ニ於テ之ヲ為スコト妥当ニ非サル可シ
本邦ノ土地制度ハ封建ノ制度ノ為メニ著大ナル影響ヲ被リ當時之ニ関スル法則區區ニシテ殆ト一定スル所アラサリシモ維新以来此錯雑セル変體ハ漸ク其跡ヲ収ムルニ至レリ今民法ノ規定スル所ハ之ヲ確定スルモノニシテ敢テ新制度ヲ創設スルモノニ非ス
所有権ハ自由完全ニシテ殆ト絶対ノ権利ナリ此故ニ之ヲ他ノ諸物権ニ比スレハ説明ヲ要スルコト最モ少キモノナリ
所有者ハ自由ニ其物ヲ使用スルコトヲ得之ヲ詳言スレハ所有者ハ其物ノ性質ノ許ス限リ之ヲ一切ノ用ニ供スルコトヲ得
所有者ハ其物ノ収益ヲ為スコトヲ得之ヲ詳言スレハ所有者ハ其物一切ノ定期産出物ヲ収ムルコトヲ得而シテ其産出物ガ天然ノモノナルト民法上ノモノナルトニ従テ區別ヲ為スコトナシ此區別ニ付テハ用益権ノ規定ヲ説明スルニ至リテ更ニ述フル所アル可シ
又所有者ハ其物ヲ処分スルコトヲ得之ヲ詳言スレバ所有者ハ其物ヲ譲渡シ変造シ又ハ毀棄スルノ権利ヲモ有スルモノナリ
然ルニ所有権ハ右ニ説明スル如ク最廣大ニシテ自由ナルモノナリト雖モ未ダ全ク絶対ノモノト云フコトヲ得ズ蓋シ法律合意及ビ遺言ニ因リ多少ノ制限ヲ受クルコトヲ免レサレハナリ
所有権ノ制限中法律上ノ制限ハ其数最モ多シ而シテ概ネ公益又ハ相隣者相互ノ利益ニ基因スルモノナリ蓋シ所有者ノ権利如何ニ大ナルモ其行使ニ依テ他ノ所有者ノ権利ノ行使ヲ妨ケ又ハ社會ニ害スルコト有ル可カラサレハナリ
合意又ハ遺言ヲ以テ所有権ニ制限ヲ加フルハ多クハ一分ノ譲渡ヲ為スニ在リ之ヲ詳言スレハ用益権地役権抵當権等ノ設定ノ如ク他人ノ為ニ所有権ヲ虧缺セシムルニ在リ
合意又ハ遺言ハ所有権ヲ制限シ得ルト雖モ之ヲ他ノ場合ニ比スレハ此合意ト遺言トハ親ラ制限セラルル所アリ之ヲ例スルニ贈與者又ハ遺言者ハ受贈者又ハ受遺者ニ其與へタル財産ノ譲渡ヲ禁止スルコト能ハズ何トナレハ財産ノ融通ハ公益ノ命ズル所ニシテ此ノ如キ禁止ハ公益ニ反スルモノタリ従テ各人ノ任意ニ為シ得ヘキ所ニ非レハナリ
第三十一條
本條ニ定ムル所ハ所有権ノ完全ナル性質ニ加ヘタル第一ノ制限ナリ
所有権其物ヲ保存スルノ権利ハ其権利中最モ鞏固ナルモノノ如シ然ルニ何レノ時何レノ國ヲ問ハス私益カ公益ニ一歩ヲ譲ラサル可カラサル場合アルハ吾人ノ普ク認ムル所ナリ即チ公益ノ為メニ必要ナルニ当テハ所有権者親ラ其物ヲ保存スルコト能ハサルナリ版図防禦ノ工事道路掘割ノ如キハ往徃廣大ナル地所ヲ必要トスルモノナルニ各人ハ所有権ヲ有スルノ故ヲ以テ其土地ヲ此用ニ供セサルコトヲ得ルモノトセハ二三所有者ノ私意ノ為メ此等ノ工事ヲ為ス能ハサルコト有ル可シ豈斯ノ如クニシテ可ナランヤ是レ私益ハ公益ノ為メ一歩ヲ譲ル各人公用徴収ヲ免レサル所以ナリ
且此場合ニ於テ国府縣郡市町村等ハ決シテ各人ヲシテ強テ金銭上ノ損失ヲ甘受セシムルモノニ非ス其強要スル所唯各人ノ便利ヲ公益ノ犠牲ニ供セシムルニ在ルノミ何トナレハ各人ハ徴収ノ為メ財産ノ譲渡ヲ強ヒラレ諾否ノ権ヲ有セサルモ尚ホ之カ為メニ失フ所ノモノニ對シテ其多寡ニ應シ相当ノ償金ヲ受クルモノナレハナリ
公用徴収ハ已ニ数年前ヨリ官私鉄道ニ敷設ニ関シテ実際ニ行ヒ来リシナリ其原則ニ至テハ現ニ憲法ノ宣言スル所タリ(帝国憲法二十七條)本條ニ於テ動産ノ公用徴収ハ不動産トノ間ニ顕著ノ差別ヲ設ケタリ不動産ノ徴収ハ豫メ一定ノ法律ニ設ケ徴収ヲ実際ニ行フニハ唯其法律ニ規定セル行政處分ヲ為スヲ以テ足レリトス而ルニ動産ノ徴収ニ至テハ此ノ如クナル能ハズ毎回定ムル特別法ヲ必要トスルハ甚タ怪ム可キニ似タリ然レトモ動産ニ関シテ此ノ如ク特別ノ規定ヲ設ケタル精神ハ動産ノ徴収ヲシテ濫妄ニ失セサラレシメンカ為ナリ何トナレハ動産ハ之ヲ不動産ニ比シテ價格少ク随テ行政官廳ガ其徴収ヲ濫ニ為スコト無キヲ保シ難ケレハナリ
但戦乱又ハ凶災ノ場合ニ於テ消費物其他必要ナル物ノ徴求ヲ為スニ当テハ此特別法ヲ必要トスルノ限ニ在ラス蓋シ緊急ナルカ為メ此手續ヲ為スニ遑アラサル可レハナリ
第三十二条
公益ヲ目的トスル工事ニ使用スル為メ一時所有地ノ占拠ヲ為スハ前条ニ掲ケタル徴収ニ非ス蓋シ全ク之ヲ奪フニ非サレハナリ故ニ之ヲ為ス行政處分ハ一層簡易ニシテ其償金モ亦徴収ノ場合ニ比シテ少カル可キコト勿論ナリ
第三十三條
各人ノ所有地内ニ存スル物料ヲ公益ノ為メ収取スルコトハ特ニ行政法ヲ以テ規定スヘキモノナリ然レトモ法律ノ精神ハ唯其ノ地方ニ於テ行フ所ノ公益工事ノ為ニノミ物料ノ収取ヲ為サシムルニ在リ物料其地方ニ存スルモ其ノ所有者之ヲ譲渡スコトヲ欲セサルトキハ他ノ土地ニ之ヲ求メテ運搬シ来ルコトヲ得ルカ故ニ物料ノ収取ヲ強要スルコトハ土地ノ徴収ノ如ク必要ナラスト雖モ此事タル実ニ少カラサル運搬費ヲ節滅スル方法ニシテ常ニ公益ヲ稗補スルモノナリ
物料ハ動産ナルカ故ニ本條ニ定ムル所ハ実ニ第三十一條ノ規定ニ對シテ一箇ノ例外ヲ為スモノナリ何ントナレハ同條ニ従フトキハ動産ノ徴収ハ毎回特別法ヲ以テ之ヲ為ササル可カラサルニ本條ノ場合ニ於テハ之ヲ必要トセサレハナリ
第三十四條
本條第一項及ヒ第二項ハ所有者ノ有スル或ル権利ヲ確認シタルモノニシテ第三項及ヒ第四項ハ之ニ制限ヲ加ヘタルモノナリ而シテ其制限タルヤ或ハ公益ニ基クモノアリ或ハ相隣人ノ私益ヲ旨トスルモノアリ之ヲ要スルニ皆自ラ明ナル所特ニ之ヲ詳説スルニ及ハス
第三十五條
本條ハ土地所有者カ其地中ニ存スル鑛物ニ関シテ其権利ニ制限ヲ被ルコトアル可キヲ示シ而シテ之ヲ特別法ノ規定ニ譲ルモノナリ
鑛物ハ一箇ノ財産タルコト明ナリト雖モ其採掘ハ國家ノ冨源及ヒ其安寧ニ重要ナル関係ヲ有スルヲ以テ民法ニ属スルヨリ尚ホ一層行政法ニ属スルモノナリ
第三十六條
所有権ノ擔保ハ第三者カ其所有物ヲ占有スルニ當り其占有ノ善意ナルト否トニ論ナク所有者ヲシテ之ヲ取回スルコトヲ得セシムル所ノ訴権ヲ裁判所ニ於テ行フノ権利ニ在リ
此権利ノ主タルモノヲ本権訴権ト云ヒ又回復訴権ト称ス此訴権ヲ以テ訴ニ勝タント欲スルトキハ其原告ハ先ツ其所有権ノ證拠ヲ挙クルコトヲ要ス蓋シ所有権存シテ後始メテ本権訴ヲ行フコトヲ得ヘケレハナリ
然ルニ所有権ノ證拠ハ之ヲ挙ルニ頗ル困難ナルコトアルヲ以テ所有者ハ只占有訴権ヲ行フコトヲ得此種ノ訴権ヲ行フニ當テハ所有者ハ単ニ被告カ占有ヲ為スニ先チ自己ノ占有アリタルコトヲ証明スルヲ以テ足レリト為ス
然レトモ此ノ如キ場合ニ於テ占有訴権ハ二箇ノ占有者間ニ行ハルルモノナルカ故ニ最初占有シタル者其訴権ヲ行ハズシテ一个年以上ノ時日ヲ経過シ去ラシム可カラス此時以後ニ至テハ新占有者モ亦既ニ占有訴権ヲ行フコトヲ得ヘケレハナリ
占有訴権ノ諸条件ニ至テハ本編第四章ニ於テ之ヲ規定ス之ヲ例スルニ動産ノ取得時効ハ即時ノ占有ニ依テ成就スルモノニシテ右ノ理論ニ例外ヲ為スモノナリ何トナレハ時効成就スルトキハ回復訴権及ヒ占有訴権ハ最早有効ニ之ヲ行フコト能ハサレハナリ
第三十七條
本條及ビ第三十八條第三十九條ハ既ニ総則ニ於テ間接ニ指示シタル所ノ所有権ノ特殊ノ状態ヲ規定スルモノナリ財産カ不分ニテ数人ニ属スル場合之ヲ詳言スレハ分割ヲ為サスシテ数人一物ヲ有スル場合即チ是ナリ不分共有ノ場合ニ於ケル各人ノ持分ハ均一ナルコトヲ得ヘク或ハ然ラサルコトヲ得ヘシ
不分所有権ノ性質ハ各所有者ノ権利カ如何ニ些少ナルモ普ク物ノ全体上ニ存スルコト恰モ獨リ其所有者タルトキト同一ナルニアリ然レトモ自餘ノ所有者ノ権利モ亦同シク其物ノ全體上ニ存スルヲ以テ彼我ノ権利相互ニ制限セラルルモノナリ是レヲ以テ共有者自ラ直接ニ其共有物ヲ使用スルハ実際稀ニシテ概ネ之ヲ賃貸シ其貸賃(法定ノ果實)ヲ分割ス可シ蓋シ一人直接ニ之ヲ使用スルトキハ為メニ他ノ共有者ノ使用ヲ妨クルニ至ルコトアル可レハナリ若シ耕地ノ共有ノ場合ナルトキハ相共ニ之ヲ耕シ其天然ノ果実タル収穫ヲ分割スルコト蓋シ容易ニ為シ得可キ所ナリ
管理ノ行為ハ其目的トスル所特ニ物ノ保存ヲ為スニ在ルヲ以テ各共有者ハ他ノ承諾ヲ待タス単獨ニシテ之ヲ為スコトヲ得可キヤ當然ナリ然レトモ尚ホ共有者ハ相共ニ商議スルヲ以テ優レリトス蓋シ依ヲ以テ紛争ヲ未発ニ防クコトヲ得レハナリ
第三十八條
物ヲ處分スル権利ニ至テハ管理ノ権利ト同一ナラス即チ物ノ形様ヲ變ゼントスルニ當テハ総共有者ノ承諾ヲ得ルコト必要ナリトス此故ニ其一人故障ヲ述フルトキハ共有物ヲシテ依然旧形ヲ存ゼシメサル可カラス何トナレハ物ノ全体ニ通シテ各自ニ有スル不分ノ持分ノミヲ變更スルコト到底為シ難キ所ナレハナリ之ニ反シ若シ譲渡ヲ為シ又ハ抵當ト為スニ関シテハ總共有者ノ合致アラサルモ各自其不分ノ持分ヲ譲渡シ又ハ抵當ト為スコトヲ得ヘシ蓋シ少シモ他人ノ権利ヲ害スル所ナケレハナリ譲渡ノ場合ニ付テハ第二項ニ於テ譲受人ノ地位ヲ規定シタリ抵當ノ場合ニ付テハ特ニ明文存セスト雖モ亦其結果同一ニ帰ス可シ即チ若シ債務者抵當訴訟ヲ受クルニ当當リ債務ヲ辨済シテ之ヲ妨止スルコトナクンハ抵當トナリタル不分ノ部分ノミヲ賣却ス可キナリ
又物ノ賃貸ニ関スルトキハ一ノ區別ヲ為スコトヲ要ス即チ其賃貸ノ規限短クシテ管理行為ノ性質ヲ有スルニ必要ナル制限ヲ越ヱサルトキハ前條ノ規定ニ従ヒ共有者ノ各有効ニ之ヲ為スコトヲ得若シ之ニ反スルトキハ總共有者ノ承諾ヲ必要ト為スヘシ
共有地ヲシテ地役権ヲ負担セシムル権利ニ至テハ必ス總共有者ノ許諾ヲ径テ後始メテ存ス可シ何トナレハ地役権ハ智能上ヨリ論スルモ猶ホ不可分ナルヲ以テ二分一、三分一、四分一、ノ如キ不分ノ部分ニシテ之ヲ設定シ負担セシムルコトハ理ニ於テ會得シ能ハサル所ナレハナリ
第三十九條
前二條ニ指示シタル不分ノ制度ハ結果ニ於テ大ニ不都合ナキコト能ハズ蓋シ此場合ニ於テハ共有者間往往紛議ヲ発生スルコト有ル可ク且不分財産ハ長ク融通スルコト能ハサルモノト為ル可シ而シテ其理二アリ共有者ハソノ共有物全部ノ賣却ノ條件ニ付キ容易ニ一致セサル可シ是其一ナリ又縦ヒ其一人又ハ数人カ自己ノ不分ノ持分ノミヲ賣却セント欲スルモ之ヲ譲受ケテ共有者トナリ未タ相識ラサル人ト一種ノ組合ヲ結ヒタルニ同シキ地位ニ立ツコトヲ受諾スルモノハ甚タ稀ナル可シ是レ其二ナリ
此不都合ヲ救ハンカ為メ法律ハ共有者ヲシテ不分財産ノ分割ヲ請求スルコトヲ得セシム故ニ分割ヲ求ムルコトヲ許シタルハ決シテ共有者ノ私益ノ為メノミニ非ス実ニ公益ノ為メニ然ルモノナリ
是レヲ以テ共有者ヲシテ永遠又ハ終身間若クハ五年ヨリ長キ時間強テ不分ノ地位ニ在ラシムルコトヲ目的トスル合意ハ公益ニ反スル故ヲ以テ全ク無効ナリトス然レトモ五个年ヲ超ヘサル時間ニ對シテハ此ノ如キ合意ハ有効ナルヘシ何トナレハ當事者ノ意思ハ此制限内ニ於テ有効ニ不分共有承諾スルコト法律ノ許ス所ナレハナリ
共有者ヲシテ五个年間不分ヲ約諾スルノ権利ヲ有セシメタル理由ハ之ヲ疎明スルコト容易ナリトス蓋シ財産ハ現実ノ物ヲ以テ分割スルコト往往困難ナルモノナリ故ニ此場合ニ於テハ之ヲ賣却シ其代價ヲ分割セサル可カラス然ルニ或ル場合ニ於テハ財産ノ價格一時低下シ急ニ之ヲ賣却スレハ損失ト為ルコト有リ此時ニ當テ當事者ハ五ケ年間又ハ之ヨリ少キ時間相互ノ損害ト為ル可キ分割ヲ避クル為メ不分共有ノ継續ヲ確約スルヲ以テ至當ト為ス而シテ其約シタル期間満了シテ尚ホ分割ヲ為スニ不利ナル事情存スルトキハ其合意ヲ更新スルコトヲ得ヘシ唯常ニ五ケ年ノ制限ヲ超ユルコト能ハサルノミ
遺言者カ其財産ヲ数人ニ遺贈シ依テ不分共有ヲ生セシムルニ當リテヤ其遺言書中ニ五ケ年間分割ヲ禁止スルコトヲ定ムル能ハズ蓋シ相互ノ利害ヲ熟考シ以テ五ケ年間紛議訴訟ナク不分共有ヲ為スヘキコトヲ期シ得ルハ獨リ共有者等カ自ラ合意ヲ為シテ之ヲ甘受シタル場合ニ止マル可ク他人ノ意思ヲ以テ為シ得ベキ所ニ非サレハナリ
要スルニ何人タリトモ不分ノ地位ニ強制セラルルコトナシトハ本法ヲ認メタル原則ナリ然レトモ本條ハ互有ノ場合ヲ以テ此原則ノ例外ト為シタリ蓋シ数箇ノ所有地ノ使用又ハ圍障ニ供スル互有ノ財産ニシテ常ニ分割セラルヘキモノトセハ全ク其用ヲ為ササルニ至ル可ケレハナリ
互有ノ事ハ地役ノ章ニ於テ詳ニ之ヲ説明ス可シ
第四十條
数人相依テ一箇ノ家屋有シ之ヲ詳言スレハ一箇ノ家屋ヲ数箇ニ区分シ各自其一部分ヲ所有スル場合ハ本邦ニ於テ今日其実例甚タ多カラスト雖モ一層廣大ニシテ且費用ヲ要スルコト大ナル石造又ハ煉瓦造ノ家屋増加スルニ従ヒ更ニ多キヲ加フ可キコト明ナリ
本條ハ右ノ如キ場合ヲ規定スルモノニシテ各ノ権利各其目的物ヲ異ニスル故ニ前数条ニ掲ケタル如キ不分ノ共有権ニアラスト雖モ亦其目的物相連接スルカ為メ全ク分割シタル所有権トモ少シク異ル所アル特別ノ場合ナリ
本條ノ諸項ハ之ヲ解説スルノ必要ナシ一讀スレハ自ラ之ヲ了解スルコトヲ得ヘシ
又當事者カ本條ニ規定スル所ト異ナル方法ヲ以テ其相互ノ負擔ヲ規定シタルトキハ本條ヲ適用スル限ニ在ラサルコト勿論ナリ
第四十一条
所有権ニ非サル他ノ諸物権ヲ規定シタル章以下ニ於テハ啻ニ其性質其効力及ヒ其消滅ノ原因ヲ指示スルニ止マラスシテ尚ホ此等ノ物権ニ固有ナル其發生ノ原因ヲ指示ス可シ然レトモ此所有権ノ章ニ於テハ之ト異ナリ其原因即チ之ヲ取得スル方法ヲ指示スルコト無ク又其承継人カ第三者ニ對シ自己ノ権利ヲ以テ對抗スル為メニ必要ナル公示ノ條件ヲ規定スルコト無シ蓋シ其事項タル區域頗ル廣クシテ今悉ク之ヲ示スコト能ハス本編第二部及ヒ財産取得編ニ於テ之ニ関スル事項ヲ主トシテ規定シタリ故ニ本條ニ於テハ第二部及ヒ財産取得編ニ之ヲ譲リタリ
第四十二條
本法ハ未タ曾テ所有権ヲ創設スル原因ヲ列記シタルコトナシ然ルニ今本條ニ於テ其消滅ノ原因ヲ列記スルハ甚ダ解ス可カラサルコトニ似タリ然リト雖モ此消滅ノ原因タルヤ其過半ハ絶對ニ所有権ヲ消滅セシムルモノニ非ス唯一人ノ手ニ之ヲ消滅セシメテ他ノ一人ニ之ヲ創設セシメ即チ其移轉ヲナスモノニシテ消滅ノ原因タルト同時ニ取得ノ原因タルモノナリ此故ニ後ニ規定ヲ為スヘシ但シ物ノ全部ノ毀滅ノ場合及ヒ動産物遺棄ノ場合ノ如キハ全ク所有権ノ消滅ヲ致スモノニシテ敢テ他ノ人ノ之ヲ取得スル原因タラサレハ勿論ナリト雖モ此等ノ事項ハ甚ダ簡明ナルヲ以テ特ニ一章一節ノ主眼トシテ規定ヲ為スニ足ラサルナリ
本條ニ掲クル第壱号乃至第五号ノ場合ニ付テハ右ニ掲クル理論ハ明瞭ニシテ多言ヲ費スコトヲ要セス
第壱號 譲渡ハ我所有スル所ノ物ヲシテ他人ノ所有物タラシムルノ行為ニ外ナラス而シテ譲渡ト称スルモノ中ニハ賣買贈與等ノ如ク所有者ノ任意ニ出ルモノアルベク或ハ公用徴収又ハ差押ニ基ク強制競賣ノ如ク強要ノモノタルコトアルヘシト雖モ其間ニ區別スルコトヲ要セス総テ一人ヨリ他ノ一人ニ所有権ヲ移轉セシムルモノナリ
第二號 添附ノ場合ニ於テハ所有権移轉スルハ従来ノ所有者ノ意思ニ出テサルモノナリ然ノミナラス時トシテハ新所有者ノ意思モ亦毫モ関係スルコト無クシテ所有権之ニ移轉スルナリ
第三號 没収ノ場合ニ於テノ各人カ所有権ヲ失フト同時ニ物ハ國ノ所有ト為ルモノナリ然レトモ其物カ公ノ秩序ニ危害アルトキハ之ヲ毀壊スルモノトスルヲ以テ國ノ所有トシテ存スルコト久シカラザルヘシト雖モ尚ホ没収ト毀壊トハ全ク別事タルヲ妨ケス
第四號 取得ノ解除鎖除及ヒ廃罷ハ本法ニ於テ種種ノ適用ヲ受ク可シ故ニ此等ノ名称ヲ冠シタル訴権ヲ以テ之ヲ行フ場合ニ於テ更ニ説明ス可シ今ハ此等ノ訴権ニ関シテハ詳説スヘキ場合ニ非ス唯各訴権ニ付テ二三ノ例ヲ挙ケ以テ其適用ヲ指示スルニ止ム
解除ハ當事者ノ意思又ハ法律ノ力ヲ以テ所有権移轉ノ行為ヲ破却スル為ニ将来且未必ノ條件ヲ豫想ニ此移轉ニ附シタル場合ニ於テ其條件ノ成就シタルトニ為スコトヲ得ルモノナリ例ヘハ双務ノ合意ニ於テ當事者ノ一方カ其義務ヲ履行セサル如キ是ナリ又鎖除ハ承諾ノ瑕疵若クハ當事者ノ無能力ノ點汚アル場合ニ於テ譲渡ヲ取消スニ在リ廃罷ト称スルハ債務者債権者ヲ詐害スヘキ譲渡ヲ為シタル場合ニ於テ之ニ干與シタル取得者ノ如ク法律ニ豫定セル過失アル取得者ニ科スル民事上ノ責罰トモ謂ウ可キモノナリ
凡解除鎖除廃罷ノ三箇ノ場合ニ於テハ既往即チ取得ヲ為シタル當時ニ遡リテ之ヲ破却シ而シテ物件ハ旧所有者ニ復帰スルモノナリ精密ニ之ヲ論スレハ此等ノ場合ニ於テ所有権ハ初メヨリ取得者ノ手ニ存在シタルコト無キヲ以テ固ヨリ消滅スヘキノ理ナシト云フコトヲ得ヘシ然レトモ斯ノ如キハ煩苛ナル理論ニ偏シタルモノニシテ法律カ主トシテ類集列記トヲ事トスルニ當テハ之ヲ採ラサルコトヲ得ルノミナラス尚ホ力メテ避ク可キ所ナリ之ヲ要スルニ此三箇ノ場合ニ於テハ所有権ハ全ク毀スルニ非スシテ唯所有者変更シ即チ一ノ資産中ヨリ出テテ他ノ資産中ニ移轉スルモノト云フコトヲ得ヘキナリ
第五號 所有者ガ任意ヲ以テ其物ノ遺棄ヲ為ス場合ニ於テモ亦其物ハ他ノ為メニ取得セラルルコト最モ多シトス蓋シ動産物ノ委棄ナルトキハ其物ハ遺棄ニ因リ無主物ト為ル可キモ多クハ他人之ヲ先占シテ早晩之ヲ取得スル者アル可シ然レトモ此場合ニ於テ遺棄ニ依テ所有権移轉セルニ非ス無主物ノ先占ニ依テ他人カ之ヲ取得スル迄ハ仮令一分時間タリトトモ所有権ハ全ク消滅ス可シ若シ然ラサレハ無主物ナク無主物ナケレハ先占ナルモノ有ルコト能ハサレハナリ之ニ反シテ不動産ノ遺棄ハ甚タ稀ナルノミナラス此場合ニ於テハ其所有権ハ直ニ且當然國ノ取得スル所ノモノタリ又動産ト不動産トヲ問ハス数人ノ共有物ナルトキ共有者ノ一人ノミ遺棄ヲ為シタルトキハ第三者カ動産ノ先占ヲ為スコト能ハズ又國ハ不動産ノ取得ヲ為スコト能ハズ唯遺棄シタル共有者ノ権利ハ自餘ノ共有者ノ持分ヲ増加スルニ止ル可シ
是ヲ以テ所有権カ現所有者ノ手ニ於テ消滅スルノミナラス如何ナル場合ニ於テモ他人ノ資産ニ移轉スルコト無シト云フコトヲ得ベキハ唯第六号ノ一箇ノ場合アルノミ即チ所有権ノ目的タル物カ全ク毀滅シ毫モ有益ナル残餘アラサル場合是ナリ此場合ニ於テハ権利ハ絶對ニ消滅ス可シ何トナレハ目的物ナクシテ権利独リ存スルコト能ハサレハナリ
物ノ滅失ノトキ若シ過失ニ因テ此滅失ヲ生セシメタルトキハ其責任及ヒ損害賠償ノ問題ヲ生ス可シ就中第三百七十條以下ニ於テ規定スル所ヲ見ル可シ蓋シ其過失ハ義務ノ一箇原因ニシテ従テ所有者ノ為メ人権ノ原因ト為ルモノナレハナリ
第四十三條
時効ト称スル方法ニ依リ時ノ経過ガ権利ニ及ホス影響ハ頗ル著シキモノナリ
時効カ果シテ正当ノモノナルヤ否ヤニ付テハ時トシテ異論ヲ為ス者ナキニ非サリシモ其有益ナルコトハ何人モ之ヲ争フモノ無ク実ニ時効ノ必要ハ一般ノ認ムル所ト云フコトヲ得ヘシ然レトモ時効ハ単ニ必要ナルノミナラス全ク正当ナルモノナリ
時効ニハ相異ナリタル二箇ノ適用アリ即チ二箇ノ種類アリ
學者往往言語ノ簡短ヲ旨トシ時効ハ物権ヲ取得セシメ又ハ人権ヲ失ハシメ即チ債務者ヲ免除スルモノナリト云フ然レトモ學理上ヨリ論スルトキハ時効ハ時日ノ経過其他法律ノ明定シタル條件ノ具備ヲ證スルトキハ時効ヲ申立ル者ヲシテ他ノ證拠ヲ提出スル責ヲシテ免レシムヘキ正当ナル取得又ハ免除ノ法律上ノ推定ナリト云フヲ以テ至當ナリトシ且之ヲ申立ツル者ノ一往義ニ於テモ感情ヲ害スルコト少ナカルヘシ而シテ権利ノ取得ヲ推定スル時効ノ主タル條件ハ占有ニシテ義務ノ免除ヲ推定スル時効ハ債権者ノ権利ノ不行使ヲ以テ主タル條件ト為ス
右ニ述ル如ク時効ニシテ一ノ推定タル以上ハ他ノ推定ト同シク之ヲ證拠編ニ規定スルコト至当ナリ故ニ其詳細ハ同編ニ於テ之ヲ説明ス可シ
第二章 用益権、使用権及ヒ住居権
第一節 用益権
第四十四条
用益権ハ所有権ト異ニシテ此権利ヲ有スル者ニハ使用スルノ権利及ビ収益スルノ権利ヲ附與スルニ過ギズシテ之ヲ處分スルノ権利ヲ附與スルモノニ非ズ之ヲ要スルニ用益者ハ用益物ヲ使用シ且ツ是ヨリ生スル果実ヲ取得スルノ権利アルノミ然レトモ敢テ用益者ハ自己ノ有スル用益権ヲ處分スルノ権能ヲ有セサルニ非ス其處分スルコト能ハサル所ノ者ハ用益権ノ目的タル所ノ者ナリ
用益権ハ当初ヨリ一定ノ期限ヲ定メタルト然ラサルトノ区別ナク凡テ有期ノ権利ニシテ用益者ノ終身ヲ限リ継続スベキ権利ナリ然レトモ用益者ノ終身ハ用益権ノ最長期ヲ示ス者ニシテ其死亡ノ後他人ニ移転スルコトヲ得ズ若シ之ニ反シ用益者ノ死後他人之ヲ相続スルコトヲ得ル者トスル時ハ之ガ為メ所有権ハ其目的タルモノノ所得ヲ奪ヒ去ラルルヲ以テ永ク何等ノ利益ヲモ有セサル有名無実ノ権利タルニ至ルベシ
是レニ由テ之ヲ看レバ用益権ハ所有権ノ一部分ニシテ是ヨリ枝分シタル一個ノ権利タルコト明カナリ
右ニ述ブル如ク所有権ガ其主タル部分ナル収益ノ権利ヲ失ヒタルトキハ之ヲ名ケテ虚有権ト謂フ若シ単ニ使用ノ権利ヲ分離セラレタルトキハ虧缺セル所有権ト謂ヒ又少シモ枝分スル所ナキ場合ニ於テハ完全所有権ト称ス本編第二条ニ於テ完全又ハ虧缺ノ所有権ヲ以テ物権中ノ第一位ニ掲ゲタルハ蓋シ此等ノモノヲ謂ヘルナリ
茲ヲ以テ用益権ヲ設定スルコトハ左ノ如キ需要ニ應ズルモノナリ今自己ノ財産ヨリ生スル収益ヲ以テ生活ヲ為スニ充分ナラサルモノ其財産ヲ譲渡シ其報酬トシテ一個ノ用益権ヲ取得スルトキハ其用益権ハ用益者ノ年齢多キニ従テ益々大ナルモノタルコトヲ得ベシ何トナレバ用益者ハ其性質上用益者ノ終身ニ止マル権利ナルヲ以テ用益権設定ノ当時用益者タルモノ既ニ年齢多キトキハ用益権存在ノ間短キヲ以テ用益権ヲ設定スルモノ必ス多クノ収益アルモノヲ目的物ト為スベケレバナリ
遺言ヲ以テ用益権ヲ設定スルモ亦相続ニ属スル元本ノ一部分ヲ正当相続人ヨリ奪フコトナクシテ遺言者ノ配偶者親族又ハ老年ノ使用人等ヲシテ生活ノ方法ヲ得セシムル為メ遺言者ニ取リテ便利ナル方法ナリトス
又戸主タルモノ其生前中ニ於テ其相続人ニ家督ヲ譲リタル場合ニ於テハ相続人ガ他人ニ財産ヲ譲渡スコトアルモ仍ホ自己ノ生計ニ不便ヲ来スコト莫カラシムル為メ自カラ用益権ヲ包有スル場合アルベシ
第一款 用益権ノ設定
第四拾五条
純然タル用益権ガ或ル種類ノ人ノ為ニ法律ノ規定ニ因テ当然設定セラルルノ場合ハ本法中ニ於テ未ダ之ヲ看ズ婚姻中婦ノ財産ニ付テ夫ノ有スル権利ハ用益権ナルガ如シト雖モ其実唯是ト相似タルノミ(参看財産取得編第四百廿七条)然レトモ特別法ノ設定ニ因テ法律ノ規定ニ因ル用益権ノ適用ヲ看ルコトアルベシ人ノ意思ニ因テ用益権ヲ設定スル場合ハ所有権ノ譲渡ノ場合ト同一ニシテ要スルニ合意又ハ遺言ニ依ルモノナリ然レドモ用益権ノ設定ニ特別ナル一個ノ場合アリ即チ他人ニ物ヲ譲渡スニ当リ其譲渡人ガ自己ノ利益ノ為メ其物ノ用益権ヲ留存スル場合是ナリ
時効モ亦用益権ニ関シテ其適用ヲ受クベシ。例令バ一人ニテ或ル物ノ用益権ヲ買受ケタルニ其賣主ハ真正ノ所有者ニ非ザリシト假定セン此場合ニ於テ買主用益権ノ占有ヲ為シ即チ時効ノ為必要ト定マリタル時間平穏ニ用益権ノ行使ヲ為シタルトキハ用益権ハ此時ヨリ其終身間全ク其有ニ帰スルモノナリ然レドモ時効ハ物権ヲ取得スル直接ノ方法ニ非ザルヲ以テ此ノ如キ場合ニ於テ時効成就シタルトキハ用益権ハ人ノ意思ニ因テ設定セラレタル者トノ推定ヲ受クト謂フコトヲ要ス即チ真正ナル所有者ハ一ノ處為ニ因テ此用益権ノ譲渡ヲ承諾シタルモノト推定セラレ而シテ用益者ハ此處為ノ證標ヲ提出スルノ責ヲ免除セラレタル者ナリ
第四拾六条
法文ニ於テ用益権ノ目的トナルコトヲ得ベキ種々ノ財産ヲ指示スルコトニ務メタリト雖モ敢テ用益物ノ種類如何ヲ問ハズ用益権ノ効力ハ悉ク同一ナリト謂フニ非ラズ之ニ反シ用益権ノ効力ハ其目的トスル者ノ性質ニ従ヒ著シク相異ナルコト有ルベキハ次ノ二款ニ規定スル所ニ因テ之ヲ知ルベシ
本条ハ独リ人ノ意思ニ因テ設定セラレタル用益権ニ適用スベキ而巳ナラズ仍ホ法律ノ規定ニ因テ設定セラレタル用益権ニモ適用スベキ者ナリ
第四拾七条
本条ハ用益権ヲ設定スルニ付キ之ニ附スルコトヲ得ル変態ヲ示セル者ナリ即チ其成立又ハ其継続期ヲ変更スル所ノ事情ヲ規定スル者ナリ此等ノ事情トハ未必条件、期限又ハ条件及ビ期限ノ存セザルコト等是ナリ最後ノ場合ニ就テハ其用益権ヲ単純ノ者ト謂フ
本条ハ先ヅ用益権ハ有期ニテ設定スルコトヲ得ル旨ヲ明記セリ而シテ均シク有期ト称スル者ノ中ニ権利ノ始時ヲ定メタル有リ或ハ終時ヲ定メタル者アルベシ本条ニ於テ此ノ如ク特ニ期限ヲ附スルコトヲ得ト明記シタル者ハ蓋シ期限ハ處分ノ権利ト相容ルルコト能ハザルヲ以テ所有権ニ在テハ之ヲ附スルコト能ハザレバナリ然ルニ用益権ハ所有権ト異ナリテ本来處分ノ権利ヲ包有セザルヲ以テ当事者ノ意思ニ従ヒ或ル時ニ始マリ或ル時ニ終ルコトヲ得ルハ固ヨリ至当ノ事ナリトス
未必条件ニ至テハ停止ノ者ト解除ノ者トヲ問ハズ之ヲ用益権ニ附シタルトキハ其効力ハ所有権ノ場合ニ於ケルト全ク同一ナルベシ停止ノ条件ノ場合ニ於テハ権利ハ其条件ノ成就シタルトキニ非ザレバ生セズ解除ノ条件ノ場合ニ於テハ条件ノ成就ト共ニ権利ハ消滅スベシ然レドモ両個ノ場合ニ於テ共ニ期限ノ場合ニ於ケルト異ナル権利ノ発生シ又ハ消滅スルハ條件ノ成就シタルトキヨリ後ニ向テノミ其効力ヲ有スルニ非ズシテ合意又ハ遺言ニ因テ得タル権利ノ発生シタル当日ニ溯ボル者ナリ故ニ停止条件ノ場合ニ於テ條件成就シタルトキハ当初ヨリ其権利常ニ成立シタル者ト看做サレ之ニ反シテ解除条件ノ場合ニ於テ條件成就シタルトキハ其権利始メヨリ成立セザル者ト看做サル茲ニ於テ虚有者ト用益者トノ間果実ノ清算ヲ為スノ必要生ズベシ
未必条件ノ訴求ノ効力ヨリ生ズル他ノ結果ニシテ停止又ハ解除條件ノ成就前用益者ガ承諾シタル抵当権ニ関シテ生ズベキモノ有リ蓋シ用益権ニシテ成立スルトキニ非ザレバ用益権ノ抵当ハ有効ナルコト能ハズ故ニ停止條件ノ成就シタルトキハ用益者ノ與へタル抵当権ハ有効ナルベシト雖モ解除条件成就シタルトキハ其抵当権ハ有効ナルコト能ハズ
管理ノ権原ヲ以テ為スコトヲ得ベキ制限内ノ期間ヲ以テ為シタル賃貸ニ関シテハ若シ停止ノ条件ガ成就シタルトキハ当初契約ノ期間満了スルマデ全ク有効ナルベシ若シ解除条件ノ成就シタルトキニ於テ既ニ右ノ制限ヲ超エタルトキハ賃貸ハ終了スベシ(第百拾九条以下)第三項ノ規定ニ従ヘバ用益権ニ条件若クハ期間ヲ附シタルトキト雖モ仍ホ用益者ノ死亡ニ因テ用益権ノ消滅ヲ致スベシ要スルニ用益権ハ用益者ノ死亡ニ先チ他ノ原因ニ因テ消滅スルコトヲ得ルト雖モ用益者ノ死亡後ニ至ルマデ仍ホ継続スルコトヲ得ズ
第四拾八条
本条ハ各人ノ合意ニ最多ノ自由ヲ與へタル者ナリ然レドモ現ニ出生シ又ハ少ナクモ胎内ニ在ル人ノ為ニスルニ非ザレバ用益権ヲ設定スルコトヲ許サズ此ノ如ク為サザル時ハ用益権ハ人ノ終身ヨリ長クシテ久シク所有権ヲシテ収益ノ実ヲ失ハシムベケレバナリ然レドモ現ニ存スル人ノ為メナル時ハ二人ノ配偶者二人若クハ数人ノ兄弟朋友等ノ如キ多クノ人ノ為ニ用益権ヲ贈與シ又ハ遺贈スルコトヲ得ベシ一人及ビ其既ニ生レタル数子ノ為ニ之ヲ設定スルコト又均シク為シ得ベキ所ナリ此ノ如キ場合ニ於テハ数人ヲシテ同時ニ且ツ用益物ヲ分ツコトナク収益ヲ為サシムルコトヲ得ベク或ハ数人ガ収益ヲ為スベキ順序ヲ定メ以テ順次ニ用益権ヲ行ハシムルコトヲ得ベシ孰レノ場合ニ於テモ用益権ハ人ノ終身ヨリ長ク所有権ノ負担タルコト能ハザルナリ(参看第百○三条)
法律ハ単ニ胎内ニ在ルモノヲ以テ已ニ出生シタルモノト看做セリ是レ民法上普通ニ認メラレタル原則ニシテ本編ノミナラズ他ノ法律ニ於テモ之ヲ看ルベシ特ニ相續ノ事項ニ於ケル如キ是ナリ或ハ已ニ胎内ニ在ルト否トハ知リ得ベカラザル事実ニシテ其時ヲ定ムルコト甚ダ困難ナリトノ非難ヲ為スモノ有ルベシト雖モ法律ハ人ノ出生ノ時ヨリ前ニ溯ボリ或ル日数ヲ数ヘテ人ノ胎内ニ生ジタル時期ヲ推定スルコトヲ得ベシ
第二款用益者ノ権利
第四拾九条
本条ハ用益者ガ其権利ノ目的タルモノノ占有ヲ得ベキ時期ヲ定メタリト雖モ唯権利ノ発開シタル時ト云フニ止メタリ斯ノ如ク単ニ権利ノ発開シタル時ト指定シテ孰レノ時ニ権利発開スルモノナルヤヲ明カニセザル所以ノモノハ蓋シ原則ニ因テ之ヲ知ルニ足レバナリ若シ用益権ニシテ何等ノ条件ニモ拘ハラザル時ハ合意ノ場合ニ於テハ当事者双方ノ意思ノ投合ニ依リ合意成立シタル時権利直チニ発開シ遺言ヲ以テ用益権ヲ設定シタル場合ニ於テハ遺言者ノ死亡ニ因テ発開スル者ナリ若シ停止ノ条件アルトキハ権利ハ条件ノ成就シタル時始メテ発開スルモナリ
此点ニ於テ期限ハ条件ト同一ナラズ何トナレバ条件ハ権利ノ発開ヲ停止スルモノナリト雖モ期限ハ単ニ権利ノ行使ヲ停止スルモノニシテ其発開ヲ停止スルコト無ケレバナリ故ニ期限ヲ附シタル用益権ハ其期限前已ニ発開スルモノナリ然レドモ期限ノ目的ハ全ク用益者ノ収益ヲ始ムベキ時期ヲ延バスニ在ルモノナルガ故ニ期限前ニ於テ用益者ガ用益物ノ占有及ビ収益ヲ為スベカラザルハ勿論ナリ茲ヲ以テ法律ハ特ニ期限ノ到来シタル時ト謂ヘリ
用益者ガ用益物ノ占有ヲ得ルハ其権利発開シ且ツ期限ノ到来シタルコト而已ヲ以テ足レリト為サズ仍ホ法律ガ虚有者ノ利益ヲ保護スル為ニ用益者ニ課シタル三個ノ義務ヲ履行シタルコトヲ必要ト為ス三個ノ義務トハ動産ノ目録不動産ノ形状書ヲ作リ證人又ハ其他ノ擔保ヲ給スルコト是ナリ
此三個ノ義務ハ第七十条已下ニ於テ詳細ニ説明スベシ
本条ハ用益者ガ何等ノ修繕ヲモ請求スルコトヲ得ズ又何等ノ恰好ヲモ望ノノ権利ナキコトヲ明記シ以テ用益権ト賃借権トノ差異ヲ判明ナラシメタリ賃借権ノコトハ後ニ至テ之ヲ説クベシ
右ノ如ク規定スト雖モ若シ当事者ガ是ト異ナル合意ヲ為シタル時ハ此合意ニ従フベキハ勿論ナリ蓋シ合意ハ当事者ノ間ニ於テ法律ト同一ノ効力ヲ有スト云フコトハ屢々適用ヲ受クベキ普通法ノ原則ナリ(第三百四拾八条)
然レドモ虚有者ノ過失ニ因テ修繕ヲ必要ナラシメタル時ハ虚有者ハ最早之ヲ為スノ義務ヲ免レサルコト当然ナリ
此事項ニ関シテハ法律ハ一個ノ区別ヲ為セリ今之ヲ示スベシ
若シ用益権ノ発セサル後用益物現存シタル時ハ縦令仍ホ権利到来ノ以前ニ在リトスルモ虚有者ガ物ノ看守ノ注意ヲ缺キタル時ハ此一事ヲ以テ自カラ責任ヲ免ルル能ハズ然レドモ若シ権利発開ノ前ニ於テ用益物現存シタル時ハ虚有者ハ其虧損ノ處為ガ虚有者ノ任意ニ出テ且ツ将サニ生セントスル用益者ノ権利ヲ害スルノ意思ヲ以テ為サレタル者ナルトキニ非ザレハ責任ヲ有スルコトナシ
第五十条
用益権ノ発開及期限存スル場合ニ於テハ期限ノ到来ヨリシテ生スル結果ノ最大ナルモノハ用益者ヲシテ果実ヲ取得スル権利ヲ得セシムルコト是ナリ而シテ用益者ハ縦令其権利ヲ行使スルコトヲ急タルト雖モ仍ホ之ガ為ニ虚有者ヲシテ利益ヲ得セシムベキモノニ非ズ
縦令用益者ハ自カラ果実及生産物ヲ収取セザルモ已ニ其果実及ビ生産物ガ土地ヨリ離レタル以上ハ常ニ其所有権ヲ有スルモノナリ(参看第五拾二条)故ニ此ノ如キ果実ニシテ若シ猶現物ヲ以テ虚有者ノ手ニ存スルトキハ用益者ハ回復ノ訴権ニ因テ虚有者ヨリ之ヲ返還セシムルコトヲ得ベシ
然レドモ若シ其果実ニシテ已ニ消費セラレタルカ又ハ善意ナル買主ニ売渡シ且ツ引渡サレタル時ハ用益者ハ惟虚有者ニ對シテ一個ノ債権即チ人権ヲ有スルニ過ギザルベシ又虚有者若シ善意ニテ即チ用益者ノ権利アルコトヲ知ラズシテ果実ヲ収取シタルトキハ其虚有者ハ現物ヲ以テ返還スルト價格ヲ以テ返還スルトヲ問ハズ凡テ其果実ヨリシテ自己ノ手ニ存スル利益ノ限度内ニ於テノミ返還ノ義務アルニ止マル例之バ相続人ガ其相続人ノ他人ニ為シタル用益権ノ遺贈ヲ知ラザリシ場合ノ如キ是ナリ
占有ニ関スル善意ノ結果ハ占有ノ章ニ於テ之ヲ看ルベシ(第百九十四条)
用益者ガ虚有者ニ對シテ請求ヲ為スニ当テヤ物上訴権ニ依ルト對人訴権ニ依ルトヲ問ハズ虚有者ガ収穫及ビ果実ノ保存ノ為ニ為シタル有益ノ費用ハ之ヲ清算スルコトヲ要ス然ラザレバ用益者ハ費用ナクシテ果実ヲ得ルニ至リ結局虚有者ノ財産ヲ以テ自カラ富マスモノタル可ケレバナリ
用益者已ニ用益物ノ占有ヲ得タルトキハ用益者ハ自カラ用益物ヨリ生スル果実ノ収取ヲ為スコトヲ得ベシ而シテ其果実ハ虚有者ノ播種シ及ビ耕作セシ者タルト用益者自己ノ労力ノ結果タルトヲ問フコトナシ
此場合ニ於テハ用益者縦令虚有者ノ労力ノ結果タル収穫ヲ収取スルモ之ガ為メ虚有者ニ對シテ耕作ノ費用ヲ償還スルノ義務ナシ法律ニ於テ此ノ如ク定メタルハ屢々困難ナルベキ計算ヲ避ケ由テ以テ訴訟ノ原因ヲ防ガンガ為メナリ然レドモ一方ニ於テ用益者ヲシテ此利益ヲ得セシムル為メ又他ノ一方ニ於テ法律ハ虚有者ニ之ト同一ノ利益ヲ得セシメタリ即チ用益権終了ノ当時枝又ハ根ニ因テ猶土地ニ附着スル果実ハ何等ノ償還ヲ為スコトナクシテ虚有者之ヲ取得スベシ(参看第六拾九条及ビ第百○九条)
第五十一条第五十二条及ビ第五十三条
果実ノ取得ノ点ニ於テハ用益者ハ虚有者ト同一視セラル即チ用益者ハ其権利ノ継續スル間ハ凡テ果実ヲ取得スルモノナリ
惟次ノ一点ニ於テ相異ナル即チ所有者ハ果実ノ未ダ成熟セザル以前ニ於テ之ヲ収取スルコトヲ得ベシ収穫ニ先ッテ之ヲ譲渡シ又自カラ之ヲ毀滅スルコトモ亦其為シ得ル所ナリ然レドモ用益者ハ果実ノ已ニ成熟シタル後土地ヨリ離レタルトキニ非ザレバ之ヲ取得スルコトナシ
又用益者ニ関シテ法律ハ天然ノ果実ト法定ノ果実ノ間ニ区別ヲ為シタリ此区別ハ所有者ニ関シテハ更ニ必要ヲ看ズ然リト雖モ全ク自然ニ生ジタル果実ト人工ニ因テ生ジタル果実即チ人ノ耕作其他ノ労力ニ由テ得タル果実トノ間ニハ区別ヲ為スコトナシ凡テ天然ノ果実ハ其土地ヨリ離レタル時即チ其動産ト為リタル時用益者之ヲ取得スルモノナリ此ノ如ク用益者ガ果実ヲ取得スル時ヲ定ムルハ用益権消滅ノ場合ニ於テ其必要ヲ看ルモノナリ然ルニ此時期ハ果実成熟ノ時ト定ムルコト能ハズ何トナレバ果実ノ成熟ハ時ト場所ト氣候トニ従ッテ同一ナラズ殆ンド一定ヲ得ザルモノナリ又果実ノ種類ニ由テ成熟ノ期ヲ異ニスルノミナラズ同一種類ノ果実ト雖モ亦然リ同時ニ成熟スルモノニ非ザレバナリ
法律ハ本条ニ於テ果実ノ盗奪及ビ事変ニ因テ果実ノ土地ヨリ離レタル場合ニ関シ疑ヒ莫ラシムル為メ果実取得ノ問題ヲ決定セリ
第二項ニ規定スル所ハ原因ノ何タルヲ問ハズ果実ノ成熟前土地ヨリ離レタル場合ナリ若シ此場合ニ於テ果実ノ成熟ニ至ルマデ仍ホ用益権継続シタル時ハ此事情ニ於テ別ニ注意ヲ要スル所ノモノナシ然レドモ若シ果実成熟ノ期ニ先ダチ用益権消滅シタル時ハ其土地ヨリ離レタル果実ヲシテ用益者ノ手ニ帰セシムル時ハ是レ用益者ヲシテ不当ノ利ヲ得セシムルモノナリ故ニ用益者ハ虚有者ノ請求ニ基キ之ニ返還セザルベカラズ
第五十四条
獣畜ノ生産物ニ関シテモ亦土地ノ果実ニ関スルト同一ノ原則ヲ適用スベシ即チ獣畜ノ子及ビ絨毛ガ未ダ獣畜ヨリ分離セサル時ハ之ト一体ヲ為シ而シテ仍ホ生産物ノ性質ヲ有セザルガ故ニ虚有者ニ属スルモノナリ
法定ノ果実ナル語ハ天然ノ果実ニ對シテ用フル名称ニシテ法律ノ力ニ因リテ生ジタル果実ナリ此種ノ果実モ亦天然ノ果実ト同ジク定期ノモノニシテ之ニ比スレバ却テ更ニ整然タルモノナリ而シテ所有者又ハ用益者ニ對シ天然ノ果実ニ拘ワルモノタリ蓋シ法定ノ果実ハ第三者ニ附與シタルモノノ収益ノ報酬トシテ其第三者ガ約シタル義務ヨリ生ズル所ノモノナリ猶ホ第二項ニ於テ法定果実ノ主タルモノヲ列記セリ
法律ハ用益者ガ法定ノ果実ヲ取得スルハ義務者タル第三者ガ辨済ヲ為シタルトキニアリト定ムルコト能ハザリシニ非ズ然レドモ此ノ如クナルトキハ義務者ノ過失ニ因テ弁済ヲ為スベキトキニ之ヲ為サズ遂ニ義務ノ履行ヲ遅延シテ用益権ノ消滅ノ後ニ至リタルガ為メ用益者ハ更ニ得ル所ナキニ至ル如キ不幸ヲ看ルヘシ
之ニ反シテ法定ノ果実ハ弁済ヲ為スベキトキ即チ之ヲ請求シ得ベキトキニ於テ用益者取得スルモノト定メルコト難キニ非ラズ此ノ如クスルトキハ若シ用益権継續スル間ニ於テ果実ヲ弁済スベキトキハ其全部用益者ニ属シ之ニ反シテ若シ其弁済期ニ先ダチ用益権消滅シタルトキハ用益者ハ更ニ得ル所ナカルベシ
然リト雖モ此ノ如ク偶然ノ事ノ為ニ利益ト損失トヲ感ゼシムルハ法律ノ欲スル所ニ非ラズ此ノ如キハ惟混雑ト訴訟トヲ避クルニ必要ナル惟一ノ方法ナル場合ニ於テノミ之ヲ用フベシ例之バ用益者ガ其権利ノ纔カニ数日間長ク継續スルト然ラザルトニ従ヒテ全ク偶然ノ結果ニ因リ天然ノ果実ノ全部ヲ取得シ又ハ然ラザルノ区別ヲ為スガ如キ是ナリ
然レドモ法定ノ果実ヲ組成スル金額ノ給附ニ付テハ理論上ヨリ之ヲ論スルトキハ之ヲ辨済スルモノハ毎日且ツ殆ンド毎時ニ之ガ弁済ヲ為スコトヲ得ベク又為スコトヲ要スルモノト謂フコトヲ得ベシ惟実際ニ於テハ到底此ノ如クナルコト能ハズ故ニ多少相隔タリタル弁済ノ期限ヲ定メ定期ニ之ヲ為スコトヲ認メザルヲ得ズ然ルニ用益権ノ始メ若シクハ其終リニ於テ此金額ノ幾分ガ用益者ニ帰シ幾分ガ虚有者ニ帰スベキヤヲ決スルニハ此ノ金額ヲ日割ト為シ而シテ用益者及ビ虚有者ヲシテ其権利ノ継続シタル時間ノ割合ニ應ジ之ヲ取得セシムルヲ以テ最モ正当ナル方法ト謂ハザルヲ得ズ
又天然ノ果実ハ此ノ如ク正確ニ分ツコトヲ得ザルベシト雖モ金額ハ容易ニ然ルヲ得ベキコトヲ注意スベシ茲ヲ以テ法定果実ノ取得ニ関スル原則ハ若シ第三者ノ弁済スベキ所ノ物、農産物等ニシテ金銭ナラザルコト例之バ分果耕作ノ場合ニ於ケル如キトキハ其適用ヲ受クベキニ非ザルナリ(参看第百○九条)
第五拾五条
一回ノ使用ニ因テ消費スベキ物ニ関シ用益者ノ権利ヲ普通ノ場合ト異ニセザル時ハ此ノ如キ種類ノ物ノ用益権ハ殆ンド実益ナカルベシ何トナレバ消費物ハ果実即チ定期ノ生産物ヲ生ズルモノニ非ラズ其使用ハ即チ之ヲ消費スルノ謂ニシテ處分ノ権利ト区別スルコト能ハズ此ニ当リ若シ用益者ニシテ處分ノ権利ヲ有スルコトナクバ用益者ハ使用ヲ為スコト能ハズ従ッテ其権利ハ何等ノ利益ヲモ與へザルベシ例之バ法定ノ果実ヲ生ジ得ベキ金銭ト雖モ貸借又ハ之ト類似ノ方法ニ由テ他人ニ之ヲ譲渡シタルトキニ非ラザレハ此効力ヲ生スルコト能ハザルナリ
故ニ消費物ノ用益権ノ場合ニ於テハ用益者ヲシテ處分ノ権利ヲ得セシムルコト必要ナリ(参看第拾七条)然レドモ用益者ハ其権利ノ消滅シタルトキ必ズ現物ニテ同量及ビ同質ノ物ヲ返還スルカ又ハ金銭ニテ是ニ均シキ價額ヲ返還セザル可カラザルナリ
右ノ場合ニ於テ現物ヲ以テ返還スルト価額ヲ以テ返還スルトノ撰擇ハ用益者ヲシテ之ヲ為サシメズ又虚有者ヲシテ之ヲ定メシムルコトナシ一ニ用益権設定ノ時用益物ノ評價ヲ為シタルト否トノ事情ニ従ッテ此区別ヲ為セリ
消費物ノ用益権ノ場合ニ於テ用益者ノ得ベキ利益ハ特定物ノ用益権ノ場合ト異ナルコトナシ即チ用益者ハ其権利ノ継続スル間金銭ノ利息ヲ取得スルモノナリ此事タルヤ若シ用益権ノ目的トスル所ノ物金銭ナルトキハ弁ヲ竢タズシテ明カナルベシ若シ然ラズシテ消費物ヲ目的トスルトキハ用益権ノ消滅シタル時ニ非ラザレバ其価格即チ代金ヲ弁済スルノ義務ナキガ故ニ此時ニ至ルマデ用益者ハ自己ノ所有ニ属スル金銭ヲ他ノ用ニ供シテ之ガ利益ヲ収ムベキナリ
商業ノ資本ヲ組成スル商品ハ其性質上必ズシモ一回ノ使用ニ由テ消費スルモノニ非ザルベシ此ノ如クナラザル場合ヲ以テ尤モ普通ナリトス例之バ織物、衣服、家具等ノ商品ノ如シ然レドモ此等ノ商品ニシテ商業資産ヲ組成スルトキハ其用益権ヲ得タルモノハ之ヲ販賣スルヲ以テ使用ノ方法ト為ス此時ニ当リ若シ用益者之ヲ賣ルコト能ハズトセバ用益権ハ全ク無用ノモノタルベシ故ニ一方ニ於テハ用益者ヲシテ之ヲ處分スルコトヲ得セシメ而シテ用益権消滅シタルトキハ同量同質ノ商品ヲ償還セシメ若シ当初商品ノ評價ヲ為シタルトキハ其價格ヲ返還セシム実際ニ於テ尤モ多キハ商品ノ價格ヲ評價シタル場合ナルベシ
第五拾六条
本条ハ毫モ困難ナル所ナシ用益者ガ本条ニ掲グル所ノ物権ヲ使用スルハ固ヨリ当然ノ事ナリ此等ノ物ニ関シテ用益者ノ権利ハ一ニ其使用ヲ為スニ止マルモノトス何トナレバ此ノ如キモノハ果実ヲ生ゼザレバナリ然レドモ本条ノ遺言ヲ以テ本章第二節ニ規定スル使用権ト混同スルコトナキヲ要ス使用権ヲ有スルモノハ自己及ビ其家族ノ使用ノ限度内ニ於テ物ノ使用ヲ為ス権利ヲ有スルニ止マル之ニ反シテ用益者ハ本条ノ如キ場合ニ於テ単ニ使用ヲ為スニ止マルト雖モ仍ホ右ノ範囲以外ニ於テ使用スルコトヲ得ベシ故ニ他人ニ之ヲ貸與スルコトヲ得ルモノナリ
用益者ガ此ノ如キ種類ノ用益物ヲ賃貸スル権利ニ関シテハ法律ヲ以テ之ヲ確認スルト同時ニ仍ホ其制限ヲ定メタリ何トナレバ若シ此制限ヲ明記セザルトキハ如何ナル場合ニ於テモ当然用益者ハ此種ノ用益物ヲ賃貸シ得ベキモノト看做サルベケレバナリ例之バ虚有者ノ親族又ハ友人ノ写真等ノ如ク虚有者自カラ必ズ他人ニ賃貸スルコト莫カルベキ物権ニ至テハ用益者ガ之ヲ賃貸スルコト其当ヲ得タリト謂フコト能ハズ又虚有者ノ書庫就中若シ其書庫ニシテ美麗ノ粧飾ヲ要シ且ツ其保存ノ為ニ充分ノ注意ヲ為サザル第三者ノ使用ニ依リ毀損スベキモノナル時ハ之ヲ賃貸スルノ権利ヲ用益者ニ拒絶スルハ是レ又至当ノコトナリト謂フベシ
第五拾七条
終身年金権ハ定マリタル人ヨリ権利者ノ終身又ハ特ニ指定シタル第三者ノ終身ヲ期シ年金ト称スル定期ノ給付ヲ要求スルノ権利ナリ
概シテ年金権ハ人権ナリ即チ金銭又ハ消費物ヲ目的トスル一個ノ債権ナリ之ヲ設定スルコト或ハ贈與又ハ遺言ニ因テ無償ナルコトヲ得ベシ或ハ不動産、動産又ハ金銭ノ譲渡ノ報酬トシテ有償ナルコトヲ得ベシ
年金権ヲ有スルモノガ其権利ノ用益権ヲ他人ニ譲渡スコトアルヲ得ベシ此場合ニ於テハ年金権ノ用益者ハ年金権者ガ死亡セザル限リハ自己ノ終身間年金権ヨリ生スル利益ヲ受クルコトヲ得ベシ此ノ如ク用益者ガ利益ヲ受クル時間ヲ年金権者ノ終身ニ限リタルハ蓋シ年金権継続期ハ其義務ヲ負担スルモノノ意思ナクシテ他人漫リニ之ヲ延長シ得ベカラレバナリ
此場合ニ於テ法律ヲ以テ用益者ノ権利ノ範囲ヲ明示セザルトキハ或ハ疑ヲ生ジ得ベシ
用益者ハ惟用益物ノ果実ヲ収取スルコトヲ得ルノミニシテ用益物ノ滅失セシメ又ハ其本質ヲ傷ナフコトヲ得ズ故ニ用益者年金ヲ収取スルトキハ其年金ハ永久ニ受クルコトヲ得ベキモノナラザルガ故ニ遂ニ年金権消滅スルトキハ用益者恰モ年金ヲ受取ルト同時ニ其元本ノ一部分ヲ消費シタルガ如キ感アルベシ然レドモ終身年金権ニハ元本ナルモノ有ラズ年金ハ年金権ニ由テ生ジタル所ノモノナリ若シ年金権ガ権利者ノ死亡ニ因テ消滅スルコトアルモ是レ不確定ナル期限ノ到来シタル為ニ権利消滅シタルノミ敢テ年金ヲ収取シタルガ為ニ年金権ノ元本ヲ消耗シタルニハ非ラズ何トナレバ或ル場合ニ於テハ年金ヲ収取スルコト甚タ短クシテ忽チ年金権ノ消滅ヲ来スコト有ルベケレバナリ
一個ノ用益権ヲ目的物トシテ第二ノ用益権ヲ設定シタル場合ニ於テモ之ニ適用スベキ原則ハ右ト同一ナリ第二ノ用益者ハ第一ノ用益者ノ如ク用益物ノ果実及ビ生産物ヲ収取スベシ然レドモ第二ノ用益権ハ其ノ消滅原因二重ナルベシ第二ノ用益者ノ死亡及ビ第一ノ用益者ノ死亡是ナリ蓋シ第二ノ用益者死亡スルトキハ普通ノ原則ニ依リ権利者ノ死後用益権ヲ他人ニ相続セシムルコト能ハザルヲ以テ第二ノ用益権ガ消滅スルハ明カナリ又第一ノ用益者死亡シタルトキハ第一ノ用益権消滅シ従ッテ第二ノ用益権ノ目的物滅失スルガ故ニ是レ又第二ノ用益権ヲシテ消滅セシムルコト当然ナリ
第五拾八条
畜群ハ第拾六条ニ於テ規定シタル集合物ノ一種ナリ既ニ畜群ト称スル以上ハ数個ノ物ヨリ組成スト雖モ相集リテ想像上一個ノ体ヲ為スモノト看做セリ畜群ノ性質此ノ如クナルヲ以テ一頭ノ獣猶存スルトキハ其他ノ獣ハ凡テ死シタルトキト雖モ之ヲ目的トスル用益権ハ仍ホ存スルモノナリ而シテ一方ニ於テハ用益者ハ其畜群ヨリ生ジタル子ヲ以テ其缺ヲ補フノ義務アリ然レドモ又畜群ニシテ用益者ノ過失ナク其全部又ハ一部ニ於テ滅失シタルトキハ用益者ハ其價格ヲ償還スルノ義務ナシ何トナレバ特定物ノ義務者ナレバナリ
用益者ハ善良ナル管理ノ如ク収益スルコトヲ要スルガ故ニ死亡ニ因テ生ズル畜群ノ不足ヲ補フコトナクシテ其畜群ヨリ生スル凡テノ子ヲ賣却スルコトヲ得ズ又用益者ハ死亡ヨリ生スル不足ヲ補ヒ而シテ猶餘リタル子ヲ利スルニ止マルモノニハ非ズ畜群ノ中已ニ充分ノ発育ヲ為シ了リ而シテ其飼養スル利益ナクシテ徒ラニ費用ヲ要スル如キモノアル時ハ毎年之ヲ處分スルコトヲ得ザル可カラズ蓋シ是レ善良ナル所有者ノ宜シク為スベキ所ナレバナリ
不足ヲ補ヒ猶餘リタル子ヲ用益者ガ賣渡シタル後疾病其他ノ事故ニ依リ畜群ニ不足ヲ生ジ用益権消滅ノ時ニ至テ猶ホ之ヲ補充スルコト能ハザリシ時ハ用益者ガ当初為シタル賣却ハ有効ナルモノナルヤ否ヤヲ決スルモ亦右ニ掲グルト同一ノ原則ニ因ラザル可カラズ今百頭ヨリ組成セル畜群ヲ飼養セント欲スル善良ナル管理人ハ畜群ノ子ヲ得ルニ当ツテヤ決シテ已ニ不足スル所ヲ補フニ止メザルベク必ズ仍ホ其年内ニ生ズルコト有ルベキ不足ヲ補フ為メ死亡ノ平均数ニ基イテ計算シタル数ハ其餘ニ遺シ置クコト勿論ナリ而シテ用益者ガ当初受取リタル畜群ノ数ヲ減ゼザルハ実ニ其尽スベキ所ノ義務ナリ
第五拾九条
孰レノ國ニ於テモ樹木及ビ森林ニハ種々ノ性質アリテ自カラ其産物ノ収穫法ニ影響ヲ及ボスモノナリ此種ノ財産ヲ利用スル方法ヲ名ケテ採伐法ト謂フ
樹木ノ性質ニ依リ一旦採伐シタル後仍ホ其株ヨリ芽ヲ発スベキモノナレバ定期ニ之ヲ採伐スルヲ以テ通例ト為ス例之バ廿年毎ニ採伐ヲ為スガ如シ
樹林産物ニハ工作用ノ木材タルベキ或ハ薪炭又ハ粗朶ニ用フベキモノアリ要スルニ此ノ如ク定期ノ採伐ニ供シタル樹林ハ之ヲ名ケテ小樹林ト謂フ若シ其樹林ニシテ廣大ナル時ハ毎年又ハ二年毎ニ収入ヲ得ント欲スル為メ之ヲ廿区又ハ十区ニ区分スルガ如キコトアリ或ハ五分ノ一宛ヲ四年毎ニ採伐スルコトヲ定メ又ハ四分ノ一宛五年毎ニ採伐スルコトヲ得ベシ此ノ如ク採伐ノ方法一度定マルトキハ長ク之ヲ慣行スル者ニシテ是レ真ニ採伐法ヲ組成スルモノナリ然レトモ樹林ノ善良ナル管理者ノ為ス所ニ依レバ定期ノ採伐ヲ為ストキニ当リ樹林中ノ處々ニ尤モ良質ナル樹木即チ最モ能ク成長スベキ樹木ヲ保存シ決シテ悉ク採伐シ尽スコトナシ而シテ此等ノ保存シタル樹木ハ他ノ樹木ノ成長ヲ妨ゲズ他日ニ至リ高價ナル大樹木トナルベシ何トナレバ再ビ採伐ヲ為スノ期ニ至ルモ仍ホ之ヲ保存スベケレバナリ
所有者自ラ樹林ノ利用ヲ為ス場合ニ於テハ右ニ述ブル如キ保存木ト其他ノ定期採伐ヲ為スベキ樹木トノ区別ハ敢テ緊要ノ者ニ非ズト雖モ用益者ガ利用ヲ為ス場合ニ於テハ甚ダ緊要ナリトス蓋シ一個ノ樹木ニシテ既ニ保存木ノ性質ヲ有スルモノナル時ハ用益者ハ決シテ小樹林ノ如ク之ヲ採伐スルコトヲ得ズ必ズ之ヲ成長セシメサル可カラズ何トナレバ次条ニ定ムルガ如キ是レ果実ニ非ズシテ一ノ元本タレバナリ
國、府縣、郡、市町村等ニ属スル樹林ハ他ノ模範トナルベキ美良ナル利用ノ方法ニ拠ラザル可カラズ然レドモ法律ハ此等ノ樹林ヲ以テ各人ノ有スル樹園ノ上ニ位スルモノト為サズ法文ノ示ス所ニ依レバ寧ロ其反對ニ出ヅルモノト謂フベシ
採伐方ノ未タ確カニ定ラザル樹林ニ付テハ其採伐ヲ為ス一ヶ月以前ニ於テ用益者ヨリ虚有者ニ之ヲ通知スルノ義務アルモノト定メタルハ蓋シ虚有者ヲシテ採伐ノ方法ニ意見ヲ述ベ及ヒ其採伐ノ監督ヲ為スコトヲ得セシムルノ目的ニ出ヅルモノナリ
第六拾条
用益者ガ定期ノ採伐ヲ為スニ当リ所有者既ニ保存シタル新旧ノ大樹木アルトキハ用益者ハ之ヲ採伐スルコト能ハザルハ勿論ニシテ惟従前ノ所有者ノ慣習ニ於テ其樹林ニ光線ヲ引キ及ビ之ニ空氣ノ流通ヲ容易ナラシムル為ニ定期ニ其保存木ノ若干ヲ採伐スルノ定メナル時ニ限リ此種ノ樹木ヲ採伐スルコトヲ得ベシ
此規則ハ膏脂質ナル樹木ノ森林ニ付テモ亦同一ナリ蓋シ此如キ性質ノ樹木ハ一度採伐スルトキハ更ニ其株ヨリ芽ヲ発スルコトナキヲ以テ其性質上採伐ヲ為スベキ樹林ニ非ズ即チ凡テ保存木トシテ看做スベキモノナリ然レドモ習慣上其中若干ノ樹木ノ発育ヲ容易ナラシムル為メ其他ノ樹木若干ヲ定期ニ採伐シ或ハ抜去ルコト必要ナルベシ此ノ如キ慣習存スルトキハ用益者モ亦之ヲ為シ得ベシ
用益者ニ於テ保存木又ハ大樹木ヲ採伐スルノ権利ヲ有セサルトキハ惟其樹木ヨリ生ズル定期ノ産出物ヲ収取スルヲ得ルニ止マル而シテ其産出物ト云フハ木葉、果実、枯枝及ビ時々採伐ヲ必要トスル小枝ヲ謂フ又法律ハ用益者ガ枯木又ハ風ノ為ニ折レタル樹木ヲ用ヰテ其用益権ニ属シタル建物ノ修繕ヲ為スコトヲ許シタリ加之ナラズ用益者ハ猶ホ其修繕ノ為ニ必要ナル場合ニ於テハ生木ヲ使用スルコトヲ得ベシ是レ敢テ用益者ノ利益ヲ旨トスル規定ノミニ非ラズ猶ホ所有者ノ利益ヲ図ッテ設ケタルモノナリ
用益者ガ採伐シタル株ヨリ芽ヲ生セザル性質ノ大樹木及ヒ保存木ヲ使用スル権利ヲ有スルトキハ之ヲ採伐スルノミニ止マルコトヲ得ズ仍ホ之ヲ抜取リテ他ノ苗木ヲ植付クルコトヲ要ス何トナレバ善良ナル管理人ノ如ク収益スルモノト謂フコトヲ得サレバナリ
法律ニ於テ明カニ之ヲ断定セズト雖モ用益権ノ原則ニ由テ容易ニ決スルコトヲ得ベキ一個ノ問題アリ即チ左ノ如シ用益権ガ小樹木ノ第一ノ採伐ヲ為ストキニ当リ保存木ト為スニ最モ良好ナル樹木ヲ撰ンデ用益者之ヲ保存スルノ義務アルヤ否ヤノ問題是ナリ蓋シ用益者ノ利トスル所ハ保存木ヲ遺サザルニ在ルヤ明カナリ何トナレバ一旦保存シタル樹木ハ用益者其後ニ於テモ之ヲ採伐スルコトヲ得ザル可ケレバナリ
然レドモ屢述ブル如ク用益者ハ善良ナル管理人ノ為ス如ク収益ヲ為サザル可カラズ且ツ樹林ニ関シテハ特ニ近傍ノ所有者ノ慣習ニモ亦従ッテ収益セザル可カラズ然ルニ善良ナル管理人及ビ近傍ノ所有者ハ必ズ常ニ保存木ヲ遺コシ置クハ固ヨリ疑ヲ容レザルナリ惟其採伐スベキ樹木ト保存スベキ樹木トノ間ニ定ムベキ員数ノ割合ヲ定ムルニ至テハ多少ノ困難アルベシ故ニ此點ニ付キ虚有者ト用益者トノ間ニ協議整ハザル如キ場合ニ於テハ鑑定ニ附シタル後裁判所ニ於テ之ヲ判決スベキモノトス
第六拾一条
本条ニ記載シタル用益者ノ権利ハ固ヨリ些少ナルモノニシテ此収益ノ方法及ビ其範囲ニ至テハ全ク用益者ヲ以テ所有者ニ準ジタルヨリ生ズル結果ナリ即チ善良ナル所有者ハ其土地ノ利用ニ必要ナル些末ノ樹木ニシテ其土地ヲ害スルコトナク其土地ヨリ採ルコトヲ得ベキトキハ決シテ之ヲ他ヨリ特ニ購求スル如キコトナキハ勿論ナリ
第六拾二条
廣大ナル土地ノ所有者ハ行使シタル樹木ニ代ラシムル為メ又ハ生垣ヲ栽築スル為メ或ハ樹林ヲ廣ムル為ニ其土地ニ苗木ノ培養場ヲ設ケ置クコト往々是アリ
右ノ如キ培養場存スル場合ニ於テハ用益者モ亦此培養場ヲ使用スルコトヲ得ベシ蓋シ用益者ハ善良ナル管理者タルベキモノナルヲ以テ之ヲ使用スルハ殆ンド其本文ト謂フコトヲ得ベシ加之ノミナラズ苗床ノ産物ヲ其土地ノ用ニ供シテ仍ホ剰余アルトキハ法律ハ用益者ガ之ヲ賣却スルコトヲ許シタリ又用益権ノ主タル目的物ガ苗床ニシテ其他ノ土地ノ部分ト分別セラレタル場合ニ於テハ用益者ガ其苗床ヨリ生スル苗木ヲ売却スルノ権利アルベキコトハ当然ニシテ例外ニ非ラザレバナリ
然レドモ苗床ノ培養者、樹木ノ性質ニ従ヒ評價又ハ種子ヲ以テ之ガ保持ヲ図ラザルトキハ其苗床ハ自然ニ消滅スルニ至ルベシ茲ヲ以テ用益者ハ一方ニ於テ苗床ヲ使用スルノ権利アルト同時ニ之ガ保持ヲ謀ルノ義務アルモノナリ
第六拾三条
本条ノ場合ニ於テ用益者ノ権利ヲ定ムル為メ法律ガ用益権ノ発開シタル当時ニ於テ既ニ石坑ノ採掘ヲ始メタルモノナリシヤ否ヤヲ区別スルハ決シテ理由ナキコトニ非ラズ全ク用益者ノ権利ヲシテ用益権設定者ノ意思如何ニ拘ラシムルノ旨趣ニ出ヅルモノナリ而シテ設定者ノ意思ヲ考フルニ従来設定者自カラ其石坑ヨリ定期ノ利益ヲ得タル場合ナルトキハ用益者ニ此定期ノ利益ヲ得セシムルコトヲ欲セザリシモノトハ想定シ得ベカラザルナリ之ニ反シテ用益権設定ノトキ未ダ石坑ノ採掘ヲ始メザルモノナルトキハ用益権設定者ハ其地内ニ従来採掘セラレザル石坑ヲ採掘セシメ以テ其土地ノ價格ヲ減少スル如キコトヲ用益者ニ許スノ意思アラザルベシ用益権設定者ノ意思此ノ如クナル可キヲ以テ従来既ニ採掘シタル石坑ハ用益者モ亦之ヲ採掘スルコトヲ得レドモ然ラザル場合ニ於テハ用益者其石坑ノ収益ヲ為スコト能ハザルモノトス此原則ハ既ニ定期採伐ニ附セザリシ樹林ノ利用ノ事項ニ適用シタルモノト全ク同一ナリ又用益者ハ用益権ノ目的タル不動産ノ修繕ノ為メ此等ノ樹木ヲ使用スルコトヲ得ルト同ジク此ノ如キ需要ノ為ニ石其他ノ材料ヲ取ルコトヲ得ルモノトス縦令大修繕ノ為ニ非ラスシテ小修繕ノ為メナルトキモ亦然リ
之ニ反シテ用益者ハ土地ノ改良ノ為ニハ樹木若クハ石ヲ使用スルコトヲ得ザルナリ何トナレバ改良ハ千態萬状ニシテ且ツ屢之ヲ期図セシモノノ希望ニ適合セザルコト有ルベキヲ以テ立法者ハ此ノ如キ不確カナル事ノ為ニ虚有者ノ利益ヲ害スル如キコトアルヲ欲セザレバナリ
又用益者ハ其土地ニ存スル泥炭ニ付テモ右ニ掲グル所ト同ジク其泥炭坑ガ用益権発開ノ時既ニ採掘セラレタルモノニ非ラザレバ縦令自己ノ需要ノ為メト雖モ之ヲ使用スルコトヲ得サルベシ何トナレバ泥炭ハ可燃質ノ物ニシテ土地ノ利益ノ為ニ使用スルコトヲ得サルモノナレバナリ之ニ反シテ肥料土ニ至テハ常ニ土地ヲ肥沃ナラシムル為ニ用フルコトヲ得ベシ用益権発開ノ時更ニ肥料土ノ採掘ヲ為シタル場合ニ於テハ用益者ハ自カラ此肥料土ヲ使用スルノミナラズ仍ホ之ヲ賣却スルコトヲ得ヘシ何トナレバ此場合ニ於テ肥料土ハ所有者ノ為ニ果実ノ性質ヲ有スルモノナレバナリ
第六拾四条
埋蔵物ハ固ヨリ土地ノ産出物ニ非ラサルコト言ヲ俟ザル所ニシテ実ニ其存シタル土地ト全ク別物ナルモノト謂ハザルヲ得ス而シテ用益者ガ其用益物権中ヨリ発見セラレタル埋蔵物ニ付キ自カラ権利アリト主張スルニハ惟埋蔵物ハ其物ニ於テ添附ニ因リ発見セラレタル不動産ノ所有者ニ属ストノ理由ヲ以テスルノ外ナカルベシ然レドモ此添附タルヤ埋蔵物ナル言葉ノ意義ニ由テ之ヲ考フルモ全ク用益権設定ノ時当事者ノ豫想セザリシ所ナルコト明カニシテ用益者ガ之ニ付キ利益ヲ得ンコトヲ望ムハ至当ナリト謂フ可カラス蓋シ埋蔵物トハ偶然ニシテ発見セラレタルコトヲ必要トスルモノナリ又此添附ハ或ル場合ニ於ケル如ク他ノ危嶮ノ賠償トシテ所有者ヲ利スルモノニモ非ラズ故ニ用益者モ亦添附ノ利益ヲ受クベキ理由ヲ存セサルナリ若シ用益者自カラ埋蔵物ヲ発見シタル場合ニ於テハ右ニ述ブル所ト異ナリト雖モ是レ用益者タル資格ニ於テ特別ノ利益ヲ得ルニ非ラズ惟発見者タル故ヲ以テ法律ガ発見者ニ認メタル普通ノ権利ヲ有スルニ止マルノミ(参看財産取得編第五条)
第六拾五条
狩猟及ビ捕魚ハ無主物ノ所有権ヲ取得スルノ方法ニシテ此事ハ所有権ヲ取得スルノ方法中先占ト名クル方法ヲ規定スルニ方テ更ニ之ヲ詳説スベシ(参看財産取得編第三条)用益者ガ所有者ト同ジク此権利ヲ行フコトヲ得ルハ当然ナリトス何トナレバ狩猟及ビ捕魚ノ産物ハ定期ニ生スルノミナラズ殆ンド常ニ生ズルモノナレバナリ
第六拾六条
本条ニ記載セル如ク地役ノ為ニハ後ニ特別ナル一章ヲ設クベシ今ハ惟地役ハ一個ノ土地ノ所有者ヲシテ他ノ人ニ属スル土地ヨリ自己ノ土地ノ價格ヲ増加スル便益又ハ約務ヲ受クルコトヲ得セシムル所ノ権利ナルコトヲ指示スレバ即チ足レリト為ス例之バ隣地ニ於テ有スル通行権、給水権、観望権等ノ如キ即チ是ナリ地役ハ其土地ノ所有者タル分限アル以上ハ其人ノ誰タルヲ問ハズ凡テ此分限アルモノニ属スルヲ以テ之ヲ形容シテ地役ハ土地ヨリ其物ニ属スト云フニ至ル是レ蓋シ地役ヲ用益権、使用権及ビ住居権ニ對シテ土地ノ役即チ物ノ役ト称スル所以ナリ蓋シ用益権、使用権及ビ住居権ハ縦令其性質ヨリ看レハ物権ニシテ而シテ其権利ノ存スル目的物ヨリ考フレバ或ハ動産権タリ又ハ不動産権ナリト雖モ此等ノ権利ハ特定ノ人ニ属シ且ツ人ト共ニ消滅スルヲ以テ之ヲ称シテ人ノ役ト名クルモノナリ
若シ用益権ノ目的タル土地ガ其隣接スル土地ノ上ニ右ニ述ブル如キ地役ノ権利ヲ有セシトキハ用益者ニ於テ之ヲ行使スル権利アルベキコト勿論ナリ啻ニ之ヲ行使スルノ権利ヲ有スルノミナラズ此行使ハ均シク用益者ノ義務タルベシ何トナレバ此権利ノ行使ヲ怠タルトキハ不使用ニ因テ地役ノ消滅ヲ致スベシ
自己ノ懈怠ニ由テ虚有者ノ有スル権利ヲ消滅セシメタルトキハ用益者其責任ヲ免ルベキニ非ラザレバナリ而シテ不使用ニ依ル地役ノ消滅ハ承役地ノ為ニ存スル免責時効ノ如キモノニシテ仍ホ地役ノ章ニ於テ之ヲ述ブベシ
第六拾七条
凡ソ裁判所ニ於テ提出スベキ訴件ハ概シテ其目的即チ訴権ニ由テ認知セシメ且ツ効用ヲ全カラシメントスル権利ニ應ジタル名称ヲ有スルモノナリ是レ物権及ビ人権ノ区別ニ従ッテ訴権ニ物上ノ訴権及ビ對人ノ訴権アル所以ナリ
本条ニ於テ用益者ノ為ニ認許セル諸種ノ訴権ハ皆物上訴権ナリ何トナレバ用益者ノ権利、物権ナレバナリ此故ニ用益者ハ此訴権ニ依リ単ニ虚有者ニ對シテ自己ノ権利ヲ對抗スルコトヲ得ベキノミナラズ仍ホ凡テ妨碍ヲ為スモノアルトキハ何人ニ対對スルモ之ヲ對抗スルコトヲ得ベシ然リト雖モ用益者ニ此訴権アルガ為メ敢テ用益者ハ用益権ヲ設定シタル契約又ハ遺言ニ因リ特ニ虚有者ニ對シテ行フコトヲ得ベキ對人ノ訴権ヲ有セズト謂フ可カラズ
本条ニ於テ用益者ニ属スルモノト認メラレタル物上訴権ハ第三十六条ニ依リ所有者ノ有スル訴権ト同一ノ名称及ビ同一ノ目的ヲ有スルモノナリ唯一ハ用益権ニシテ一ハ所有権ナルヲ以テ其権利ノ性質ヨリ生スル一ノ差異アルニ止マル、故ニ本権ノ訴権ハ常ニ権利ノ基本ヲ決定セシメント欲スルモノナリ本条ノ場合ニ於テハ本権訴権ハ用益権ノ有無ヲ決セシメントスルモノナリ又占有ノ訴権ハ唯原告ガ事実上用益権ヲ占有スルヤ又ハ近時迄此権利ヲ占有セシモノナルヤ即チ該権利ヲ宛モ真ニ有スルモノノ如ク行使スルヤ又ハ之ヲ行使セシヤヲ決シ因テ他人ノ加ヘタル妨害ヲ排斥セントスルモノナリ而シテ原告ノ占有中第三者其者ニ妨害ヲ加フルトキハ即チ占有訴権中保持ノ訴権ヲ行フ場合トス若シ詐欺又ハ暴行ニ依リ占有ヲ剥奪シタルトキハ即チ回収ノ訴権ヲ行フベキ場合ナリ此等ノ訴権ハ占有権ノ章ニ於テ其一般ノ適用ニ関シ更ニ詳説スベシ(参看第百九十九条以下)
右ニ掲ゲタル占有訴権ノ変態ニ過ギサル二個ノ訴権アリ即チ新工告発訴権及ビ急害告発訴権是ナリ(参看第二百○一条、第二百○二条、第二百拾四条以下)
今特ニ之ヲ示サズト雖モ用益者此ノ如キ占有ノ訴権ヲ有スルハ固ヨリ明カナリ何トナレバ法文ニ於テ非理ノ占有訴権ト謂ヒ何等ノ区別ヲ設ケサルヲ以テ凡テノ占有訴権ヲ用益者ニ附與スルモノナルコト勿論ナレバナリ
用益者ハ其用益権ニ関スル物上訴権ノ外仍ホ地役ニ関スル訴権ヲ有スルモノナリ此訴権ハ分ツテ二種ト為スコトヲ得ベシ其一ハ他ノ土地ヲシテ要役地ノ利益ニ属スル働方ノ地役ヲ負担スルコトヲ確認セシメ即チ要役地ニ属スル地役ヲ維持スルモノナリ之ヲ要請ノ訴権ト為ス其二ハ要役地ガ他ノ土地ノ利益ナル受方ノ地役ヲ負担スルコトヲ争論拒絶スルモノニシテ之ヲ拒却ノ訴権ト謂フ
此二個ノ訴権ハ共ニ物権ナルヲ以テ用益者ガ権利ノ基本ニ関シテ争ヒヲ為スト単ニ権利ノ行使即チ占有ニ関シテノミ争ヒヲ起ストニ従ヒ本権ノ訴権又ハ占有ノ訴権ト区別スルコトヲ得ベシ
此場合ノ占有訴権モ亦保持ノ訴権タルコト有ルベク或ハ回収ノ訴権タルコトアルベシ
若シ用益者隣接ノ土地ニ一個ノ地役ヲ行使シ而シテ其地役ノ占有ヲ妨害セラレタルトキハ用益者ハ惟占有保持訴権ヲ行フテ地役ヲ完フスルコトヲ得ベシ之ニ反シテ若シ地役ノ占有ヲ奪ハレ而シテ未ダ一年ヲ経過セザルトキハ占有回収ノ訴権ニ由テ地役ヲ回収スベキナリ
占有ヲ奪ハレタルモノガ回収ノ訴権ヲ行フコトヲ得ル時間ヲ空シク経過セシメタルトキハ最早占有ノ訴権ニ由テ之ヲ回収スルコト能ハズ即チ働方ノ地役ノ本権ノ訴権即チ地役ノ回復ノ訴権ヲ行フコト必要ナリ
凡テ右三個ノ訴権ハ要請ノ訴権ナリトス何トナレハ用益者ハ之ヲ以テ自己ノ権利ヲ確認セシムルモノナレバナリ
右ノ場合ニ反シ隣地ノ所有者ヨリ要役地ノ上ニ地役ヲ有スル旨ヲ主張スルトキハ用益者ガ隣人ニ對シテ権利ノ有無ヲ裁決セシメントスル場合ニ於テハ用益者ノ拒却訴権ハ本権ノ訴権タルベク若シ然ラズシテ惟占有ノ事実ノミヲ裁決セシメント欲スル場合ニ於テハ其拒却ノ訴権ハ単ニ占有ノ訴権タルベシ而シテ占有ノ拒却訴権ノ場合ニ於テ若シ隣人ガ要役地ノ上ニ行使ヲ起シ以テ僅カニ其土地ヲ妨害スルニ過ギサルニ於テハ用益者ノ訴権ハ保持ノ訴権タルベシト雖モ若シ隣人ノ主張スル地役ヲ已ニ全ク占有シ而シテ未ダ一年ニ満タサルニ於テハ用益者ノ権利ハ占有回収ノ訴権タルベキナリ
又後ニ記載シタル凡テノ訴権ハ第三者ヨリ用益者ニ對シテ行フコトアルベシ此場合ニ於テハ用益者ハ被告ノ地位ニ立ツモノナリ第三者ハ用益者ニ對シ或ハ権利ノ基本ニ於テ或ハ占有ノ事実ニ於テ用益権ヲ要求シ又ハ地役権ヲ非認シテ要請訴権又ハ拒却ノ訴権ヲ提起スルコト有ルベシ此ノ如キ場合ニ於テモ其訴権ノ目的名称及ビ性質ニ於テハ全ク異ナルコトナク惟当事者ノ地位、前ニ掲ケタル所ト異ナリタルノミ法律ニ於テ此事ヲ記サザルモノハ本条ノ目的トスル所単ニ用益者ノ権利ヲ規定スルニ在レバナリ故ニ用益者ノ義務ノ履行ヲ述ブルニ方ッテ猶ホ之ヲ説クルノ機會アルベシ
第三項ニ於テ特ニ注意スベキモノアリ即チ要役地ニ関スル働方又ハ受方ノ地役ニ付テ争訟起ルトキハ用益者ハ固ヨリ原告又ハ被告トナリテ訴訟ヲ為ス権利ヲ有スレドモ仍ホ虚有者ヲシテ其訴訟ニ参加セシムルヲ以テ最モ利アリト為ス何トナレバ虚有者ハ用益者ニ比スレバ最モ能ク此訴訟ニ於テ弁護ヲ為スコトヲ得ベケレバナリ
第六拾八条
用益者ノ権利ハ元来終身ノモノニシテ且ツ人ノ著眼ヲ主トシテ期限ヲ定メタリト雖モ其権利ヲ他人ニ譲渡スコトノ點ニ於テハ決シテ用益者ノ一身ヨリ分離スルコト能ハザルモノニ非ラザルナリ夫レ然リ用益者既ニ其権利ノ全部ヲ譲渡スコトヲ得ルモノトスル以上ハ全部ノ譲渡ニ比シテ更ニ小ナル處分ノ處為ヲ為シ得ルコト固ヨリ論ヲ俟タズ例之バ賃借権又ハ抵当権ヲ設定スルガ如キ即チ是ナリ
惟抵当ハ不動産上ニ非ラザレバ之ヲ設定スルコトヲ得ザルモノナルヲ以テ用益権ヲ抵当ニ附スルコトヲ得ルニハ其用益権ガ目的物ニ因テ不動産タルコトヲ必要ト為ス
用益権ノ目的トスル物権ガ使用ニ因リ多少速カニ毀損スベキモノナル時ハ用益者ガ其権利ヲ譲渡又ハ之ヲ賃貸スルコトハ其為シ得ベカラザル所ト信スルモノ有ラン然レドモ法律ハ全ク之ヲ禁止スルコトナクシテ惟其制限ヲ設ケタルノミ(参看第五拾六条)加之ナラズ虚有者ハ用益権ノ当初ニ於テ用益者ヨリ保證其他ノ担保ヲ提供セシムルヲ以テ縦令譲受人又ハ賃借人ニ於テ収益ノ濫妄ヲ為スノ憂ヘナキニ非ラズトスルモ充分ノ担保アルモノト謂ハザル可カラズ
然レドモ用益者ハ其任意ニテ用益権ヲ永久ニ継續セシムルコトヲ得ベカラザルハ当然ナリ故ニ法律ハ特ニ用益者ガ設定シタル権利ハ其期限其他ノ点ニ関シテ用益者自己ノ用益権ト同一ノ制限及ビ條件ニ従フベキ旨ヲ明定セリ惟管理、處為ノ性質ヲ有スル賃貸借ノ場合ヲ例外ト為スノミ
第六拾九条
本条第一項及ビ第二項ハ用益者ニ権利ヲ拒絶スルモノナルガ故ニ本款ニ記載スベカラサルモノニ似タリ又該二項ハ次款ニ於テ掲グル如ク義務ヲ用益者ニ負ハシムルモノニモ非ラズ故ニ第四款即チ用益権消滅ノ事項ニ之ヲ記スルコトヲ得ベシト雖モ用益者ノ権利ヲ規定スルニ当リテハ用益権ノ終了スルトキ用益者ニ属スルガ如キ権利ニシテ法律上之ヲ拒絶スルモノヲ共ニ明示スルハ敢テ其当ヲ得ザルモノト謂フコトヲ得ズ又本条末項ハ重要ナル権利ヲ用益者ニ認許スルモノナレバ此一事モ本条ノ位置其宜シキヲ得タルコトヲ證スルニ足ルベシ
本条三項ノ規定ハ凡テ之ヲ説明スルコト甚ダ容易ナリ
其第一項ハ已ニ説明シタル第五拾条第二項ト相對照スルモノニシテ且ツ其結果ト称スルコトヲ得ベシ即チ用益者ハ収益ヲ始ムル当時ニ於テ多少成熟ノ時期ニ近ヅキタル収穫物アルトキハ其耕作ノ費用ヲ拂フトナクシテ之ヲ収取スルコトヲ得ルガ故ニ其用益権ノ終了シタルトキニ当リ未ダ土地ヲ離レザル収穫物アルベシ又之ガ負担ノ條件アラバ残シ置カサル可カラサルナリ
若シ厳正ノ公義ニ基クトキハ右二個ノ場合ニ於テ法律ノ規定スル所ト異ナル論結ヲ取ルベキモノナルベシ然レトモ羅馬法以来実際ノ利益ト簡便トノ理由ニ基キ煩雑困難ニシテ且ツ屢争訟ノ原トナルベキ両度ノ計算ヲ避ケンガ為メ偶然ノ事ヲ以テ利害ヲ決セシムルコトト為セリ蓋シ用益権ハ元来終身ヲ限ル権利ナルガ故ニ其性質上既ニ射倖ノモノナリ茲ヲ以テ更ニ弊害ヲ生スルコトナキ以上ハ此射倖ノ性質ヲシテ愈ヨ大ナラシムルコトヲ得ベシ即チ用益権ハ収穫ノ後ニ了ハルコト有ルベク又収穫ノ前ニ了ハルコトモ有ルベシ是レト同ジク始メニ於テモ用益権ニハ幸不幸ノ運アルベシ是レ遺言ヲ以テ用益権ヲ設定シタル場合ニ於テ看ル所ナリ何トナレバ此場合ニ於テハ遺言者ガ収穫ヨリ僅カ以前ニ死亡スルコト有ルベク又収穫ヲ終リテ直チニ死亡スルコト有ルベクシテ而シテ用益権ハ遺言者ノ死亡ノ時ニ生スルモノナレバナリ
又当事者ハ常ニ合意ヲ以テ右ニ掲ゲタル法律ノ規定ト異ナリタル条件ヲ定ムルコトヲ得ベシ例之バ賣買ヲ以テ用益権ヲ設定スル場合ニ於テ賣主ハ代價額ヲ定ムル為メ其費用ヲ以テ生セシメタル収穫物ノ仍ホ土地ヲ離レサルモノヲ算入セシメ又買主ハ之ニ反シテ収穫前ニ用益権ノ終了スルトキハ果実ノ一分ヲ相續人ニ附與スベキ旨ヲ要約スルガ如キハ固ヨリ当然ニ其為シ得ベキ所ナリトス
本条第二項ノ規定ハ用益者ガ用益物ニ為シタル改良ニ付キ何等ノ賠償ヲモ認ムルコト能ハサルモノト定メタリ此ノ如ク用益者ニ権利ヲ拒絶シタル所以ノ者ハ蓋シ用益者ハ自己ノ為ニ改良ヲ為シ而シテ多少久シク之ヲ収益シタルモノト推定スルノミナラズ仍ホ此改良ニ付キ虚有者ニ對し賠償ヲ求ムルコトヲ得ザラシメテ以テ争訟ヲ避ケンガ為ナリ
此規定ハ用益物ト殆ンド一体ヲ為セリト云フコトヲ得ベキ住居ノ修飾及ビ改良土地ノ改良、開墾及ヒ地均ラシ等ニ適用スベキナリ
然レトモ用益物ト全ク一体ヲ為シタリト謂ハンヨリモ寧ロ之ニ附加シタル改良ニシテ毀損ナク用益物ヨリ分離スルコトヲ得ベキモノニ至テハ更ニ虚有者ノ利得ニ帰セシムベキ理由アラザルナリ故ニ此等ノ物ニ至テハ用益者ヲシテ之ヲ取去ルコトヲ得セシメタリ惟此場合ニ於テハ用益者ハ此附加物ヲ取去リタル後用益物ヲ舊状ニ復スルノ責アルモノナリ
第七拾条
然レトモ用益者ガ前条ニ掲ゲタル附加物ヲ取去ル場合ニ於テハ一般経済上ノ利益ニ関スル問題生ス而シテ此利益タル単ニ此場合ニ止ラズ仍ホ他ノ場合ニ於テ其適用ヲ看ルベシ即チ建物ハ之ヲ築造シタル以上ハ取毀ツコトナキヲ必要トシ又竹木ハ栽植シタル以上ハ之ヲ抜キ取ラサルヲ可ナリト為ス何トナレバ取毀チ及ヒ抜取リノ為ニ手間ヲ損スルノミナラズ仍ホ其建築及ビ栽植モ無用ニ帰スルガ故ニ其手間モ亦損失ニ帰ス茲ヲ以テ二重ノ手間ヲ損スルノミナラス仍ホ之ガ為ニ材料ノ毀損ヲ致スモノナルガ故ニ勤メテ之ヲ避クルヲ以テ利益アリトス
故ニ所有者ガ其土地ニ存スル工作物ヲ保存スルハ尤モ期望スベキモノナリ蓋シ所有権ニ於テ之ヲ保存セント欲スルトキハ其期望ハ実ニ正当ノモノト謂ハザル可カラス何トナレハ其工作物ガ所有地内ニ存スルノミナラス仍ホ之ヲ取毀ツトキハ縦令一時ナリト雖モ必ズ其土地ノ毀損ヲ来スベケレバナリ之ニ反シテ用益者ハ固ヨリ工作物ノ権利ヲ有スルモノナリト雖モ其権利タルヤ惟工作物ヲ組成スル材料ヲ撤去シ若クハ栽植シタル竹木ヲ抜取ルニ在リテ実ニ金銭上ノ利益ヲ有スルニ過ギズ茲ヲ以テ用益者ニシテ相当ノ賠償ヲ得ル以上ハ之ヲ所有者ニ保存セシムルモ決シテ不当ノコトト謂フ可カラス而シテ右ノ賠償タルヤ現ニ建物及ビ竹木等ノ存スル為メ土地ニ増價ヲ生ジタル額ニ均シキトキハ必ズシモ用益者ガ費ヤシタル所ノ費用如何ニ拘ラズ相当ノ賠償ト謂ハサルヲ得ス法律ガ茲ニ当初ノ費用ヲ計算スルコトヲ許サザルモノハ之ガ為ニ無要ニシテ煩雑ナル手数ヲ要スル故ニシテ蓋シ建築等ノ費用ハ元来射利ノ目的ニテ為シタルモノノ外大概之ガ為ニ其土地ノ受クル所ノ増價額ヲ超過スルモノナレバナリ
右ニ述ブル如クナルヲ以テ此場合ニ於テハ所有者ヲシテ他人ニ先ッテ之ヲ買取ルコトヲ得セシメ即チ之ニ與フルニ先買ノ権ヲ以テスルハ至当ノ事ニシテ所有者ガ正当ノ権利アル所ナリ
此事タルヤ一方ニ於テ所有者ノ有スル處分ノ権利ニ法律上一己ノ制限ヲ加ヘタル場合ノ一例ト為スヲ得ベシ何トナレバ用益者ハ其為シタル建築又ハ植栽ノ完全ナル所有権ヲ有シ(参看第三十条)普通ノ原則ニ従ヘバ之ヲ譲渡スト否トハ全ク其任意ナルベキニ此場合ニ於テハ虚有者ノ先買権ニ對抗スルコト能ハサレバナリ
法律ハ先買ノ権利ヲ土地ノ所有者ニ與へタリト雖モ唯之ヲ與へテ而シテ其行使ヲ規定スルコトナキトキハ或ハ正当ノ程度ヲ超エテ用益者ノ利益ヲ害スルコト甚ダシカルベシ是レ本条末段ノ三項ヲ設ケタル所以ナリ
用益者ハ所有者ノ先買権ニ抗スルコト能ハズト雖モ若シ所有者何時ト雖モ此先買権ヲ主張スルコトヲ得ルモノトセバ用益者ハ甚ダ困難ナルベシ何トナレバ均シク其所有ニ属スル建物等ヲ他人ニ譲渡スコト能ハザル可ケレバナリ故ニ所有者ノ先買権ハ其行使ノ時期ヲ定メ之ヲ過ギタルトキハ先買権消滅スルモノト定ムルコトヲ要ス然ルニ此先買権ハ用益権消滅ノ時ニ於テ始メテ行フコトヲ得ベキモノナリ故ニ右ノ期限モ亦用益権消滅ノ後ニ起算スルコトヲ要ス然ルニ用益権ノ消滅ハ所有者之ヲ知ラザルコトアリ此故ニ先買権ノ行使ニ関スル期限ノ進行ヲ始メシムルニハ用益者又ハ其相続人ガ所有者ニ用益権ノ消滅シタルコトヲ通知シ而シテ所有者若シ先買権ヲ行ハント欲セバ其事ヲ述ブベキ旨ノ催告ヲ裁判外ノ法式ヲ以テ為スベキモノトス
用益権ヲ消滅セシメタル原因ガ豫ジメ虚有者ノ知ル所ナリヤ否ヤハ法律ニ於テ之ヲ区別セズト雖モ右ニ述ブル所ニ由テ考フルモ法律ノ精神ハ用益権消滅ノ原因ガ法律上虚有者ノ知ラサル所ノモノナルトキニ限リ前ニ掲ゲタル催告ヲ必要ト為スノミ故ニ用益権ガ豫ジメ定メタル期間ノ満了ニ因テ消滅シタル如キ場合ニ於テハ此催告ヲ為スコト必要ナラザルベシ又用益者カ収益ノ濫妄ヲ為シタル為メ第百○四条ノ規定ニ従ヒ虚有者ノ請求ニ由テ用益権ノ廃罷ヲ致シタル場合ニ於テモ仍ホ催告ヲ必要トセザルコト勿論ナリ
之ニ反シテ用益者死亡シタルガ為ニ用益権ノ消滅ヲ致シ又ハ虚有者ニ全ク関係ナキ未必条件ノ成就ニ由テ用益権ノ解除ヲ致シタル如キ場合ニ於テハ虚有者ハ此消滅ヲ知ラサルコト明カナルガ故ニ必ズシモ先買権ヲ行フヤ否ヤヲ催告スルコト必要ナリ
虚有者ガ先買権ノ行使ヲ為スト為サザルトノ間ニ撰擇ヲ為スニハ惟十日間ノ猶豫ヲ要スルノミ而シテ此期間ハ法律ヲ以テ一定シタル所ノモノニシテ且ツ特ニ用益者ノ催告中ニ之ヲ指定セザル時ト雖モ異ナルコトナシ蓋シ所有者ハ法律ノ之ニ與へタル期間ヲ自カラ知ラサル可ケレバナリ
凡テ法律上ノ期間ヲ定ムルニ当リテヤ必ズ多少立法者ノ専断ニ出ヅル如キモノ有リト雖モ本条ノ場合ノ如キ一方ニ於テハ先買権ヲ行使スルコトヲ得ル時期ニシテ甚ダ長キニ過グルトキハ用益者又ハ其相続人ノ利益ヲ害スルコト甚ダ大ナルノミナラズ一方ニ於テ虚有者ハ未タ用益権消滅セザル時ヨリシテ自己ノ土地ニ用益者ガ為シタル建築及ビ栽植アルコトヲ知ラサル如キコト莫カルベキガ故、豫ジメ用益権消滅ノ時ニ於テ先買権ヲ行フベキヤ否ヤヲ思考シ置クコトヲ得ベシ故ニ此ノ如ク法律上ノ期間ヲ定ムルモ決シテ所有者ノ為ニ甚ダ不都合ヲ来スコトナシ
或ハ用益権消滅ノ時ニ当リ所有者ハ失踪者タルコト有ルヲ得ベシ此時ニ当リ仍ホ右ノ期間ヲ経過シタルトキハ先買権ヲ行フ能ハサルモノトスルコト甚ダ其当ヲ得サル如シト雖モ所有者久シク其家ニ帰ラサルトキハ先買権ノ行使ニ関スル催告ニ答ヘル為メ権限ヲ有スル代理人ヲ定メ置クヲ以テ至当ト為ス然ルニ此注意ヲ為サズシテ自カラ権利ヲ失フニ至ルハ法律ノ知ル所ニ非ラサルナリ
催告ヲ受ケタル後所有者ニ於テ先買権ヲ行使スルコトヲ陳ベ又ハ之ヲ行使セサルコトヲ陳ベタルトキハ論ナシト雖モ若シ何等ノ答ヘヲ為サズシテ十日ノ期間ヲ経過セシメタルトキハ先買ノ権利ハ当然之ヲ喪失スルモノト為ス
縦令所有者ニ於テ先買権ヲ行使スルコトヲ述ベタルトキト雖モ仍ホ此陳述ハ用益者又ハ其相続人ヲシテ直チニ建物及ヒ栽植権利ヲ失ハシムルモノニ非ラズ此ノ如クナルニハ必ズヤ先ツ虚有者ガ建物及ビ栽植ノ代價ヲ弁済シタルコトヲ必要ト為ス若シ此弁済ヲ為サザルトキハ先買権行使ノ陳述アルモ之ニ基ク取得ハ全ク回収セラルベシ又所有者ヨリ弁済スベキ代價ハ当事者ガ協議ヲ以テ之ヲ定メ得ベキコト勿論ナリト雖モ若シ此協議成ラザルトキハ裁判所ハ鑑定人ニ評價ヲ為サシメタル上之ヲ決定スベシ此決定ハ凡テ裁判所ノ下シタル他ノ判決ノ如ク上訴ヲ為スコトヲ得ベシ若シ此上訴ヲ為サスシテ此判決確定シタルトキハ所有者ハ其時ヨリ一ヶ月内ニ代價ノ弁済ヲ為スコトヲ要ス若シ此辨済ヲ為サザルトキハ又先買ノ権ヲ失フベシ
然レトモ一ヶ月内ニ代價ノ弁済ヲ為サザル為メ先買権ヲ失フハ所有者自ラ引證スルコトヲ得ベキ権利喪失ノ法律上ノ期間ヲ定メタルモノニ非ラズ若シ所有者自カラ此弁済ヲ怠リタル為ニ之ヲ理由トシテ賣買ノ解除ヲ求ムルコトヲ得ルトセバ何人モ自己ノ過失ヲ理由トシテ主張ヲ為スコトヲ得ズトノ原則ニ反スルモノナリ此規定ハ全ク双務契約ノ場合ニ於テ一方ノ此義務ヲ履行セサルトキハ他ノ一方ノモノハ之ヲ理由トシテ其解除ヲ求ムルコトヲ得ルト殆ンド相類セル精神ニ出デタルモノナルガ故ニ所有者ガ代價ノ弁済ヲ為サザル場合ニ於テ其失権ヲ宣告セシムルト知ラスシテ単ニ弁済ノ要求ヲ為ス等ハ一ニ用益者ノ専ラ有スル権利ナリトス
用益者又ハ其相続人ガ先買権ノ喪失ヲ請求シタル場合ニ於テハ猶ホ所有者ニ對シテ損害ノ賠償ヲ求ムルコトヲ得ベシ何トナレバ法律ノ定メタル期間ノ満了マデ所有者ノ弁済ヲ待チタルカ為メ他ニ利益アル條件ヲ以テ建物及ヒ栽植ヲ賣却スル機会ヲ失ヒ為ニ損害ヲ受クルコト有ルベケレバナリ又用益者若クハ其相續人ニシテ代價ノ弁済ヲ受クルニ先チテ建物ヲ所有者ニ引渡シタル場合ニ於テ所有者ガ之ヲ毀損シ又ハ其他ノ濫用ヲ為スノ憂ヘナキコト能ハズ故ニ法律ハ此ノ如キコト莫カラシムル為メ用益者又ハ其相續人ハ代價ノ弁済ヲ受クルマデ其建物ノ占有ヲ為スノ権利アルモノトセリ此権利ハ独リ本条ノ場合ノミナラズ凡テ法律上多クノ適用ヲ受クルモノニシテ留置権ト名ク是レ物上担保ノ一種ニシテ本編第二条ニ掲クル所ノモノナリ
所有者ノ先買権ニ由テ譲受ケタル所ノモノ単ニ栽植ノミニ止マルトキハ用益者又ハ其相続人ハ其代價ノ弁済ヲ受クルマデ土地ノ占有ヲ為スコトヲ得ズ何トナレハ法律ガ留置権ヲ與へタルハ単ニ建物ニ止マレバナリ
第七十一条
本条ニ於テ用益者ガ調製スル義務ヲ明カニシタル動産ノ目的及ビ不動産ノ形状書ハ虚有者ノ為メ必要ナル担保ナリ然レドモ又用益者ノ為ニモ有益ナルモノナリトス蓋シ一方ニ於テハ所有者ガ権利ノ在ル所ヲ明カニスルモノナリト雖モ猶ホ同時ニ所有者ノ請求シ得ベキ所ヲ明カニシ用益者ヲシテ不当ノ要求ヲ免ルルコトヲ得セシムレバナリ
用益権継続中ハ其目的トスル所ノモノ全ク用益者ノ占有スル所ナルヲ以テ用益者ガ或ハ悪意ナルト又或ハ単ニ懈怠ニ出ヅルトヲ問ハズ之ヲ毀損スルコト決シテ難カラザルナリ加之ナラズ動産ニ在ツテハ用益権終了ノ時之ヲ所有者ニ返還スルニ当リ当初ノ員数及ビ其品格ヲ知ルコト甚ダ困難ナルベシ而シテ是レ実ニ争訟ノ原因タルベキモノナリ本条ニ規定スル所ノモノハ之ヲ避クルガ為ニ必要ナリトス
形状書トハ不動産ノ実質、有形ノ形状ヲ認證シタルモノナリ故ニ其不動産ハ新タニ修繕ヲ加ヘラレタルモノナリヤ又ハ之ニ反シテ毀損シタルモノナリヤ将タ如何ナル部分ニ於テ幾多ノ修繕ヲ加ヘタルヤ又如何ナル点ニ於テ幾許ノ毀損ヲ為シタルヤ等ノコトヲ之ニ記載スルモノナリ用益者ノ調製シタル目録及ヒ形状書ガ虚有者ニ對シテ有効ニ對向セラルルコトヲ得ルニハ此等ノ書類ヲ調製スル時虚有者ガ立會ヒタルコトヲ必要ト為ス若シ然ラザルモ猶ホ法律ノ定ムル所ニ従ツテ之ヲ召還シタルコトヲ必要ト為ス茲ニ出テズシテ用益者一人ニテ任意ニ之ヲ調製スルモ虚有者ニ對シテ何等ノ効力ナシ何トナレバ何人ト雖モ自己ノ為ニ自カラ證拠ヲ作ルコト能ハサレバナリ
第七拾二条
当事者相方ガ目録及ヒ形状書ノ調製ニ立會ヒタル場合ニ於テ共ニ能力者ナルトキハ縦令私署證書ヲ以テ右ノ書類ヲ作リタル時ト雖モ仍ホ当事者間ニ於テ有効ナルハ勿論他日其相続人又ハ承継人ニ對シテモ充分ノ効力ヲ有スルモノナリ然ルニ当事者ノ一方ガ立會ヲ為サザルカ又ハ立會ヲ為スモ能力者ニ非ラサルトキハ必ズ目録及ビ形状書ハ公正證書ヲ以テ之ヲ作ルコトヲ必要ト為ス
未成年者ハ有効ニ其後見人ヲシテ代理セシムルコトヲ得ベク婦ハ夫ニ因テ代理セラルルコトヲ得ベシ然レドモ惟代理人ト本人ノ利益ガ互ニ相反セザルコトヲ必要ト為ス例之バ一人ガ用益者ニシテ一人ガ虚有者ナル如キ場合即チ是レナリ
第七十三条
已ニ総則第十八条ニ於テ述ベタル如ク代替物トハ同種類ナル他ノ物ヲ以テ之ニ代用スルコトヲ得ベキ性質ノモノナリ故ニ代替物トハ量定物ニシテ即チ其種類、重量、員数又ハ尺度ヲ指定セラレタル所ノモノナリ一回ノ使用ニ由テ消費スルモノハ概シテ此性質ヲ有スレドモ仍ホ其以外ニ於テモ此性質ヲ有スルモノ有ルコトハ第拾七条及第拾八条ノ下ニ於テ已ニ之ヲ説ケリ
又第五十五条ニ依レバ用益物ガ代替物ナルトキハ用益者ノ権利ハ全ク所有者ノ権利ト同一ニシテ用益権消滅ノ時同一ノ物ヲ返還スル義務アルニ止マル
用益権ノ目的物ガ特定物ナルトキハ目録ニ於テ其性質形状及ビ固有ノ品質ヲ記載スルコトヲ必要トス又此一事ヲ以テ足レリト為ス或ハ用益物ニ記号又ハ印證ヲ附シテ他ノ類似ノ物ヲ以テ之ニ代フルコト能ハザラシムルモ固ヨリ為シ得ベキ所ナリ特定物ヲ以テ用益物ト為シタル場合ニ於テハ其評價ヲ為スコト必要ナルモノニ非ラズ惟或ル場合ニ於テ其評價ノ有益ナルコト有ルベキノミ例之バ物ヲ示サズ又ハ物ニ毀損ヲ生ジタル如キ場合是ナリ故ニ評價ハ通常目録中ニ於テ当事者ノ為ス所ナルベシ
然レドモ代替物ニ在ツテハ其評價ハ右ノ場合ニ比シテ一層有益ニシテ又殆ンド必要ナリト云フヲ得ベシ蓋シ評價ハ物ノ品質ヲ定ムルニ尤モ簡易ニシテ且ツ尤モ正確ナル方法ナレバナリ
代替物ノ用益権ノ時当事者ニ於テ為サシメタル用益権ノ評價ハ用益物ヲ用益者ニ賣渡シタル効力ヲ生ズルモノナリ即チ評價ノ金額ハ用益者ニ於テ恰モ買主タル時ノ如ク之ヲ弁済スルノ義務アルモノナリ惟即時ニ之ヲ弁済スルニ非ズシテ用益権消滅ノ時ニ至リ始メテ虚有者ハ之ヲ請求スルコトヲ得ベキノミ
然リト雖モ此場合ニ於テ当事者ノ意思如何ニ従ヒ或ハ評價ニ賣買ノ性質ヲ有セサラシムルコトヲ得ベシ又之ト同ジク特定物ノ用益権ノ場合ニ於テ当事者ハ評價ニ與フルニ此性質ヲ以テスルコトヲ得ベシ例之バ衣服其他使用ニ因テ容易ニ毀損スルモノノ用益権ノ場合ニ於テハ縦令特定物ナリト雖ドモ仍ホ用益権消滅ノ時現物ヲ以テ返還ヲ受ケズ其代價ヲ償還セシムルコト当事者ノ便宜トスルコト有ルベシ此場合ニ於テハ当事者ノ合意ヲ以テ特ニ評價ヲシテ賣買ノ効力ヲ有セシムルヲ得ベシ代替物ノ評價ニ賣買ノ効力ヲ有セサラシメタルトキハ用益権消滅ノ時用益者ノ償還スヘキハ当初受取リタルモノニ非ズシテ是レト同種類ナル物ノ同一ノ員数ナリトス蓋シ初ヨリ用益物特定セラレザレバナリ之ニ反シテ特定物ノ評價ニ賣買ノ効力ヲ附シタルトキハ用益者ハ必ズ其評價額ヲ返還スルコトヲ要シ所有者ハ此金額ニ非ラサレハ請求スルコトヲ得ズ
目録及ビ評價ハ用益者及ビ虚有者ヲシテ互ニ不当ノ争ヒヲ避クルコトヲ得セシムル為メ有益ナルヲ以テ法律ハ其費用ヲ両分シ用益者及ビ虚有者ヲシテ各々其一分ヲ負担セシムルコトヲ得ベキガ如シ然レドモ法律ハ此方法ヲ用ヒズシテ一個ノ区別ヲ為セリ即チ用益権ガ設定セラレタル原因ノ有償ナルト無償ナルトニ従ツテ区別セリ若シ有償ナル場合ニ於テハ目録及ビ評價ノ費用ハ当事者双方ヲシテ之ヲ分担セシムト雖モ無償ノ設定ノ場合ニ於テハ用益者ノミ費用ノ全部ヲ負担スルモノトス是レ実ニ其当ヲ得タルモノト謂フベシ何トナレバ有償ノ設定ノ場合ニ於テハ是ニ由テ利スル所ノモノ当事者双方ナルガ故ニ費用モ亦双方之ヲ分担スルコト勿論ナレドモ無償ノ設定ノ場合ニ於テハ用益者ノミ独リ其利益ヲ受クルガ故ニ費用モ亦一人ニテ負担スルコトヲ要ス不動産ノ形状書ニ関シテハ其設定ノ有償ト無償トヲ問ハズ費用ハ凡テ用益者一人ノ負担ト為ス何トナレバ形状書ハ常ニ用益者ノ利益ノ為ニ之ヲ作ルモノナレバナリ若シ形状書ナキ時ハ用益者ハ不動産ヲ完好ナル形状ニ於テ受取タル者トノ推定ヲ受クルガ故ニ用益者ノ之ヲ作ル利益ハ主トシテ此推定ヲ免カルルニ在リ
第七拾四条
用益権ノ設定者ハ用益者ノ篤実ト其善良ノ管理トニ信用ヲ置キテ目録及ビ形状書ヲ作ルノ義務ヲ免除スルコトヲ得ベシト雖トモ此ノ如クニシテ遂ニ虚有者ノ権利ヲ保存スルノ方法ヲ失ハシムル如キハ其当ヲ得タルモノニ非ラズ蓋シ虚有者ハ用益権設定者ノ相続人ナルコト屢々ナリト雖トモ仍ホ設定者ノ相続人ナル故ヲ以テ設定者ハ任意ニ虚有者ノ権利ノ擔保ヲ失ハシムルコトヲ得ト謂フ可カラズ故ニ斯ノ如キ場合ニ於テハ虚有者ヲシテ動産ノ目録及ビ不動産ノ形状書ヲ作リ以テ自己ノ利益ヲ全フスルノ道ヲ得セシムルコトヲ要ス縦令用益権ノ設定者カ用益者ニ此ノ如キ義務ヲ免除シタルトキト雖トモ然リトス惟此場合ニ於テハ用益者之ヲ作ルノ義務ナクシテ虚有者自カラ進ンデ之ヲ作ルガ故ニ其費用ハ虚有者ニ於テ負担スベキモノトス
右ノ権利ハ独リ虚有者ニ存スルノミナラズ同一ノ條件ニ従フトキハ用益者ト雖トモ亦之ヲ有スルモノナリ
右ノ場合ニ於テ代替物ヲ目的トスル用益権ニ関シ其評價ニ賣買ノ効力ヲ附スルコトハ多少疑ヒ有ルガ如シト雖トモ仍ホ用益者ハ常ニ評價ヲ監督シ而シテ之ニ意見ヲ述ブルコトヲ得ベキガ故ニ惟リ此場合ニ於テノミ評價ヲシテ賣買ノ効力ヲ有セシメザル正当ノ理由アルヲ看ズ且ツ此事タルヤ実ニ此ノ如キ種類ノ用益権ノ性質上必要ナルモノナリ
本条第二項ニ於テ第七拾二条及ビ第七拾三条ノ規定ヲ適用スルコトヲ明記シタルハ別ニ説明ヲ要セサル所ナリ
第七拾五条
用益者既ニ動産ノ目録及ヒ不動産ノ形状書ヲ作ルノ義務ヲ有シ収益ヲ始ムルノ前ニ於テ之ヲ履行スベキニ当リ本条ノ規定スル過失ヲ為シテ其義務ヲ尽サザルトキハ用益者自カラ其結果ヲ蒙ル可キコト勿論ナリ
又動産ニ関シテハ之ヲ保存スル為メ及ビ其収益ヲシテ完全ナラシムル為メ完好ナル形状ニ於テ之ヲ保持スルコト所有者ノ慣行ナルヲ以テ若シ用益者形状書ヲ作ラズシテ之ガ収益ヲ始メタルトキハ完好ナル形状ニ於テ之ヲ受取リタルモノト法律上推定ス故ニ用益者カ占有ヲ得タル当時其不動産ガ完好ナラザル形状ニ有リシコトヲ主張スベク用益者自カラ之ヲ證明スルコトヲ要ス此證明ハ普通ノ證拠方法ニ由テ之ヲ為スコトヲ得ベシ就中用益者ガ占有ヲ得ル以前既ニ不動産ニ毀損アリシコトヲ知レル證人ノ陳述又ハ現存スル用益物ノ毀損ガ用益者ガ占有ヲ得タル時ヨリ以前ニ溯ルコトヲ陳述スル鑑定人ニ依テ之ヲ證明スルコトヲ得ベシ
動産ニ関シテハ使用ニ由テ容易ニ毀損スルコトヲ得ルモノナルガ故ニ必ズシモ完好ナル形状ニテ常ニ存スルモノニ非ラズ茲ヲ以テ用益者目録ヲ作ラザルモ為メニ完好ナリシトノ推定ヲ下スコト能ハズ惟有スル所ノ物ハ如何ナル物品ナリシヤ如何ナル物質ナリシヤ如何ナル員数及ヒ品格ナリシヤヲ知ルニ在リ
此点ニ関シテハ用益者ハ猶ホ自己ノ過失ノ結果ヲ受クルノ危嶮アリ何トナレバ右ノ如キ場合ニ於テ虚有者ハ用益者ニ對シ其引渡シタル動産物ノ品質、員数及ヒ價格等ヲ甚ダ容易ニ證スルコトヲ得ベケレバナリ即チ虚有者ハ単ニ證人、證拠及ビ一般ノ事情、就中用益権設定者ノ資格其資産及ビ其地位等ニ基ク事実ノ推定ヲ以テ之ヲ證スルコトヲ得ルノミナラズ仍ホ世評ヲ以テ之ヲ證スルコトヲ得ベシ世評トハ一般ノ風聞ニシテ近隣ノ輿論ニ外ナラザルナリ(参看證拠編第三拾七条)
證人、證拠ト世評トノ間ニハ大ナル差異アリ蓋シ證人、證拠ノ場合ニ於テ證人ハ其自カラ知ル所ノモノヲ陳述スルコトヲ得ルノミナレドモ世評ノ場合ニ於テ證人ハ證明ヲ要スル事項ニ関シ他人ヨリ聴キタル所ノコトヲモ陳述スルコトヲ得ベケレバナリ
(第七拾六条及ビ第七拾七条)
債権者ニ對シ債務者ガ義務ヲ履行セサル場合ニ於テ其債務者ニ代リ自カラ此義務ヲ履行スベキコトヲ諾シ保證ト名クル特別ノ契約ニ依テ一個ノ義務ヲ約スルモノ之ヲ保證人ト名ク
保證人ノ義務ハ主タル債務者ニ對シテハ全ク好意ヨリ成ルモノナリ惟主タル債務者自カラ義務ヲ履行セズシテ保證人其為メニ義務ノ弁済ヲ為シタルトキハ主タル債務者ニ對シテ求償権ヲ有スルノミ
保證ニ関スル事項ハ債権担保編ニ於テ詳細ニ説明ヲ為スベシ(参看第三条以下)
用益者ガ供スルコトヲ得ベキ擔保ハ単ニ保證人ノミニ非ラズ其他種々ナルコトヲ得ベシ
用益者ハ本条ニ掲クル如ク返還及ビ償金ノ義務履行ノ為連帯者ヲ立ツルコトヲ得ベシ連帯者ハ通常ノ保證人ニ比スレバ一層有益ナル擔保ナリトス
用益者ガ保證人ヲ立テ又ハ連帯義務者ヲ立ツルモ其擔保人ノ資力不確カナルカ又ハ其資力確カナリトスルモ虚有者ニ於テ之ヲ承諾セザルトキハ裁判所ニ於テ虚有者又ハ用益者ノ請求ニ基キ此点ヲ裁決スルコトヲ要ス
若シ用益者ノ提供シタル担保人ニシテ資力アルモノナル時ハ虚有者ハ之ヲ以テ満足セサル可カラズ之ニ反スル場合ニ於テハ法律ニ於テ定メタル如ク對人担保ニ代フルニ物上担保ヲ以テスルコトヲ要スベシ
保證人及ビ連帯債務者ノ外ハ義務ノ履行ヲ担保スルモノ、人ニ非ラズシテ物ナリ故ニ之ヲ名ケテ物上担保ト云フ例之バ供託所又ハ当事者ノ認諾スル第三者ニ為ス金銭ノ寄託或ハ動産質、不動産質及ヒ抵当ノ如シ
第七拾八条
如何ナル場合ニ於テ動産ノ評價ガ賣買ノ効力ヲ有スルヤハ既ニ第七拾三条ニ於テ之ヲ説ケリ此ノ如ク用益物ノ評價ノ為メ用益権ノ設定一個ノ賣買タル場合ニ於テハ用益者ガ其権利消滅ノ時ニ於テ返還スベキモノハ用益物ニ非ラズシテ一定ノ金額ナルヲ以テ用益者ガ当初提供スベキ担保モ亦此全額ニ對スルモノナルコトヲ必要トス元来用益権ノ目的金銭ニ在ラズシテ惟評價ノ為ニ賣買ノ効力アリシ場合ニ於テモ既ニ此ノ如シ然ラバ始メヨリ金銭ヲ以テ直チニ用益権ノ目的物トスル場合ニ於テハ此ノ如クナル可キコト固ヨリ論ナシ凡テ此等ノ場合ニ於テ用益者ガ金銭ヲ以テ返還ヲ為スベキ場合ニ於テハ用益権消滅ノ当時用益者ガ此義務ヲ弁済スル資力ナカランコトヲ惧ルルモ決シテ其信用ヲ害スルモノト謂フ可カラズ何トナレバ其返還スベキ金銭ハ他ノ物ト異ナリ常ニ消費スルヲ以テ用方ト為スモノナレバナリ此ヲ以テ金銭ノ場合ニ於テハ常ニ其全額ニ對シテ担保ヲ供スルコトヲ要ス
然リト雖トモ動産ノ評價ガ賣買ノ効力ヲ有セサル場合ニ於テハ其評價ノ全額ニ対シテ担保ヲ供セシメザルモ亦容易ニ解シ得ベキ所ナリ何トナレバ用益者カ当初受取リタル物ヲ以テ返還ヲ為スベキ場合ニ於テ自カラ保管スル用益物ヲ消費シ又ハ全部消滅セシムル如キコトヲ豫ジメ推測スルハ用益者ニ對シ名誉ヲ害スルモノト謂ハサルヲ得ズ惟此ノ如ク用益者ヲ愧カシムルコト無クシテ始メヨリ憂フルコトヲ得ルハ惟用益者ガ或ル不注意ヲ為スベキコト是ナリ故ニ此ノ如キ場合ニ於テ法律ハ評價ノ全額ニ對シ担保ヲ要求セズシテ惟其半額ニ止メタリ蓋シ此担保ハ万一、一部ノ滅失其他毀損ノ生ジタル場合ニ於テ充分ノ担保タル可キヲ信ジタルヲ以テナリ
然レドモ用益者ガ自カラ有スル権能ニ基キ右ニ掲グル如キ動産ノ用益権ヲ他人ニ譲渡シ又ハ之ヲ賃貸シタル場合ニ於テハ所有者ハ前ニ掲ゲタル担保ヲ以テ満足スベキニ非ラズ何トナレバ此時ヨリ巳後用益物ハ用益者ノ手ニ存セズシテ第三者之ヲ占有ス可ク而シテ所有者ハ従来ノ用益者ニ對スルト同一ノ信用ヲ第三者ニ置クコト能ハザル可ケレバナリ故ニ此場合ニ於テハ評價ノ全額ニ對シテ担保ヲ供スルコトヲ要ス
此場合ニ於テ一個ノ問題生ズ可シ法文ニ於テ之ヲ決定セズト雖トモ原則ニ基キテ之ヲ断ズルコトヲ得ベシ即チ用益権ノ譲渡又ハ賃貸ノ場合ニ於テ担保ノ擴張ハ当然生スルモノナルヤ将タ保證人又ハ用益者ノ更ニ之ヲ諾約スルコトヲ必要ト為スヤ是ナリ
先ヅ保證人及ビ連帯債務者ニ付テ之ヲ考フルニ当初評價ノ半額ニ付テ保證人又ハ連帯債務者タルコトヲ約シタル以上ハ後ニ至リ右ニ掲クル如キ事情生ズルモ此制限以外ニ要求ヲ為スコト能ハズ何トナレバ此等ノ担保人ノ義務ハ其諾約ニ基クモノニシテ而シテ諾約ハ此範囲内ニ止マレバナリ縦令用益者ガ用益物タル動産ヲ窃取シ隠匿シ又ハ毀損スル等ノコト有ルモ保證人及ヒ連帯債務者ハ常ニ評價ノ半額ヲ弁済スルヲ以テ其義務ヲ尽シタルモノトス然ラバ則チ用益者其権利ヲ他人ニ譲渡シタル場合ニ於テモ猶ホ之レト同一ナラサル可カラズ
用益者ニ付テハ之レト同一ナラズ蓋シ担保ノ擴張ヲ要スルニ至リシハ全ク用益者ノ處為ニ基クモノナリ故ニ用益者自カラ金銭其他ノ有價物ヲ寄託シ以テ物上ノ担保ヲ供シタルカ又ハ動産質若クハ抵当ヲ供シタル場合ニ於テ其價格ガ担保ノ不足ヲ補フニ充分ナルトキハ次ニ掲ゲタル擴張ハ当然ニ生スルモノトス
質ニ関シテハ其場合最モ簡単ナリトス何トナレバ此場合ニ於テ用益者ガ新タニ債務ヲ負担シタルニ非ラズシテ当初ノ債務ガ増加シタルニ止マル而シテ既ニ所有者動産質ヲ取得シタル以上ハ他ニ同一ノ動産質ヲ有スル債権者アルベキ理ナシ故ニ用益権ノ譲渡又ハ賃貸ノ為メ担保ノ擴張ヲ致スモ為ニ何等ノ人ヲ害スルコトナシ
抵当ニ関シテハ多少ノ注意ヲ要スベキモノ有リ此場合ニ於テ抵当モ当然擴張スベキコト論ナシト雖トモ仍ホ所有者ハ其債権ノ二個ノ部分ニ付テ同一ノ順位ヲ有セザルコト有ルベシ例之バ当初所有者ガ抵当ヲ取得シタル後他ノ債権者同一ノ不動産ニ付キ第二ノ順位ニ於テ抵当権ヲ取得シタリト想像スベシ此場合ニ於テ抵当ノ擴張ヲ致スモ此擴張タル債権ノ部分ニ對シテハ既ニ他人ノ得タル抵当ニ先ダツコト能ハズ何トナレバ他人ガ正当ニ取得シタル抵当ノ順位ハ其後ニ至リ其承諾ナクシテ之ヲ失ハシム可キニ非ラザレバナリ又抵当ノ擴張ヲ生ズルモ所有者ニ於テ補足ノ登記ヲ為シテ之ヲ担任セザル以上ハ其以後ニ於テ抵当ヲ取得スルコト有ルベキ債権者ニ對シテモ之ヲ主張スルコト能ハザルベシ
若シ用益者ガ既ニ提供シタル担保ニシテ債務ノ全部ヲ担保スルニ足ラザル場合ニ於テハ用益者ハ更ニ物上担保又ハ對人担保ヲ以テ此不足ヲ補フノ義務アリ
不動産ヲ以テ用益物ト為シタルトキハ用益者自カラ用益権ノ行使ヲ為スト或ハ他人ニ賃貸ヲ為ストヲ区別セズ用益者ガ提供スベキ担保ハ決シテ用益物ノ價格全部ニ相当スルコトヲ必要トセズ何トナレバ縦令用益物ガ建物ナル場合ト雖トモ仍ホ用益者又ハ用益権ノ譲受人若クハ賃貸人ノ過失ニ依テ其全部ノ滅失ヲ致ス如キコトハ殆ンド想像シ得ベカラズ又土地ノ用益権ノ場合ニ於テハ其毀損ハ概シテ些少ニ止マル可キモノナレバナリ茲ヲ以テ不動産ノ用益権ノ場合ニ於テ所有者ガ要求スルコトヲ得ベキ担保ノ額ハ一ニ裁判所ノ定ムル所ニ従フベキモノト為セリ
第七拾九条
凡テ前数条ニ掲ゲタル保證其他ノ担保ハ全ク主タル義務ノ従ニ過ギザルヲ以テ此等ノ担保ヲ明カニスルハ未ダ充分ナリト謂フ可カラズ必ズヤ主タル義務ヲ明カニ指定スルコトヲ要ス然ラザレハ用益者ガ責任ヲ負フベキ場合ニ於テ裁判所ガ之ヲ言渡スニ当リ確実ナル基礎ヲ得ルコト難カル可ケレバナリ
第八拾条
本条ハ用益者ガ法律ノ定メタル担保ヲ供スルコト能ハザル場合ニ於テ用益者及ビ所有者相互ノ利益ヲ調和スルコトヲ勉メタリ即チ用益者縦令此担保ノ義務ヲ尽スコトヲ拒ミ又ハ之ヲ尽スコト能ハズトスルモ単ニ此一事ノ為メ全ク其権利ヲ失ヒタルモノトスルハ其当ヲ得タルモノニ非ザレバナリ
此二個ノ利益ノ調和ノ為メ法律ノ定メタル方法ハ法文ニ於テ詳細ニ之ヲ規定スルガ故ニ説明ヲ要スル所甚ダ尠ナシ
故ニ惟二個ノ規定ニ付テ注意ヲ為ス可シト雖ドモ是レ猶ホ容易ニ解シ得ベキ所ノ者ナリ
第一用益物ガ金銭ナル場合ニ於テ之ヲ供託所ニ寄託シ又ハ之ヲ國債券ニ代ヘテ益用スル場合ニ於テハ常ニ用益者及ヒ所有者両人ノ名義ニ於テスルモノナリ其理由ハ双方共ニ承諾スルニ非ラザレバ其金額ヲ引出スコトヲ得ズ又債権ヲ譲渡スコトヲ得ザラシムル為メナリ
第二用益物タル土地ヲ賃貸シタル場合ニ於テ用益者ハ貸賃ヲ収取スベシト雖トモ仍ホ保存ノ費用其他毎年ノ負担ヲ扣除スルコトヲ要ス蓋シ後ニ至テ説明スベキ如ク此ノ如キ負担ハ用益者ガ自カラ収益スル場合ニ於テモ之ヲ免カルルコト能ハズ然ルニ用益者ガ担保ヲ供スルコト能ハサル為メ所有者又ハ第三者ヲシテ収益ヲ為サシムル場合ニ於テノミ惟リ用益者ガ此負担ヲ免レテ利益ヲ得ルハ其当ヲ得タル者ニ非ラザレバナリ然リト雖ドモ用益物ノ賃貸ノ場合ニ於テ賃借人自カラ此等ノ負担ヲ引受ケタルトキハ貸賃中ヨリ更ニ之ヲ扣除ス可カラザルコト勿論ナリ惟此場合ニ於テハ賃借人ノ負担重キガ故ニ従ツテ其借賃モ他ノ場合ニ比スレバ少ナル可キコト勿論ナリ
第八拾一条
用益者ガ多少ノ担保ヲ供スルモ未ダ法律ノ定メタル額ニ達スル能ハザル場合ニ於テハ右ニ示シタル場合即チ用益者カ何等ノ担保ヲモ供スルコト能ハザル場合ト同一ニ之ヲ遇スルコト能ハザルナリ故ニ用益物ノ或ル部分ニ付テノミ用益者自カラ収益ヲ為スコトヲ得セシメタリ而シテ用益物ノ如何ナル部分ニ對シテ此一部ノ担保ヲ適用スベキヤ従ツテ如何ナル部分ノ収益ヲ自カラスベキヤハ一ニ用益者ノ撰擇ニ任セタルハ其宜シキヲ得タルモノト謂ハザルヲ得ズ
用益者ガ他日ニ至リテ其担保ノ不足ヲ補フコトヲ得ルニ至リタル場合ニ於テ如何ニ處分スベキヤハ法律ニ於テ別段ニ規定ヲ為サズ然リト雖トモ此場合ニ於テハ用益者ヲシテ用益物ノ全部ニ付キ自カラ収益ヲ為サシムベキコト勿論ナリ若シ前条ノ規定ニ基キ虚有者又ハ第三者ガ賃借権ヲ取得セル場合ニ於テハ用益者ハ其期間ノ満了マデ之ヲ犯スコトヲ得ザルハ明カナリ
第八拾二条
用益権ノ設定者即チ虚有者ガ当初用益者ニ担保ヲ供スル義務ヲ免除スルコト有ルベシ然レドモ此免除ヲ為スノ意思ハ決シテ自己ノ相続人ヲシテ用益物ノ滅失ノ危害ヲ蒙ラシメント欲スルニ非ラズ惟設定者ハ用益者ノ篤実、其善良ノ管理及ビ就中用益者ガ将来ニ於テ無資力ト為ルコト莫カル可キヲ信ジテ此免除ヲ為シタルモノナリ故ニ若シ用益者ニシテ他日無資力ト為ル如キコト有ラバ之ガ為ニ免除ノ利益ヲ失フベキコト当然ナリ何トナレバ此場合ニ於テ用益者ハ最早設定者ノ豫想シタル所ニ反シ信任ヲ有セザル可ケレバナリ
贈與物ニ付キ贈與者ガ自己ノ利益ニ為ニ用益権ヲ留存シタル場合ニ於テ贈與者ニ担保ノ義務ヲ免除シタル理由ハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ベシ蓋シ贈與者ハ資本ノ贈與ニ依テ恩恵ノ所為ヲ為シタルモノナリ此ノ如キ仁者ノ収益ニ付テ信用ヲ置カサルハ至当ト云フコト能ハザル可シ
然レドモ此ノ如キ場合ニ於テ用益者若シ無資力ト為リタルトキハ前条ニ規定シタル場合ト類似ノ理由ニ依リ更ニ担保ヲ供スルコトヲ必要ト為ス
第八拾四条
本条ニ於テ用益者ハ善良ナル管理人ノ如ク収益スベシト定メタルハ蓋シ用益者ガ自己ノ事物ニ加ヘルト同一ノ注意ヲ用益物ニ加フルノミヲ以テ足レリトセザルコトヲ明カナラシムルニ在リ
用益者ニシテ自己ノ負担ニ帰スル保存ノ工事ヲ為スコトナク又ハ産殖ヲ可ト為スモ以テ土地或ハ獣畜ノ生産力ヲ消耗セシメ用益物ノ毀損ヲ為シタル場合ニ於テハ用益者自カラ其責ニ任ズ可キコト固ヨリ疑ヒナシ第一ノ場合即チ保存ノ工事ヲ為サザル場合ニ於テハ懈怠アリ即チ為スベキノ所為ヲ為サザルモノナリ(消極ノ所為)第二ノ場合即チ生産力ヲ消耗シタル場合ニ於テハ為ス可カラザル所為ヲ為シタルモノニシテ過失アリ(積極ノ所為)又大修繕ハ其利害尤モ所有者ニ大ナル関係ヲ有スルモノナルニ其必要生シタル場合ニ於テ用益者之ヲ所有者ニ告知スルコトヲ怠リタルトキモ亦同一ナリ此大修繕ノ必要ガ暴風又ハ洪水等ノ為メ突然ニ生ジ而シテ所有者ガ用益物ノ存スル所ト同一ノ土地ニ住居セザル場合ニ於テハ特ニ然リト為ス
第八拾五条
本条ニ於テハ経験ヲ以テ基礎ト為シ用益者ニ對シテ一ノ過失ノ推定ヲ設ケタリ蓋シ火災ハ大概其家屋ノ住居人ノ懈怠ニ依テ生ズルモノナルガ故ニ用益物火災ノ為ニ滅失シタルトキハ之ヲ以テ用益者ノ過失ニ出ヅルモノト推定セリ
火災ノ場合ニ於テ其始マリタル場所ハ殆ンド常ニ毀滅スルガ故ニ火災ノ原因ハ屢々之ヲ知ル能ハザルコト有リ従ツテ火災ノ箇所ニ付テ調査ヲ遂グルモ充分ノ効果ヲ看ルコト能ハザルモノナリ且ツ其住居者ハ自己ノ責任ヲ恐ルルガ故ニ各自ノ過失ト為リ得ベキ所ノコトハ凡テ之ヲ陰蔽スルコト普通ノ状態ナルヲ以テ益々其実ヲ得ルコト困難ナリ
火災ノ場合ニ於テ住居者ノ過失ヲ推定スルコトハ其建物ニ住スルモノガ所有者ナラザル場合ニ於テハ特ニ至当ナリトス何トナレバ此場合ニ於テ住居者ハ其建物ノ保存ニ付キ所有者ト同一ノ利益ヲ有セズ従ツテ同一ノ注意ヲ為サザルコト有ル可ケレバナリ
之ヲ要スルニ本条ノ規定ハ甚ダ嚴酷ナルガ如シト雖トモ其実決シテ一見直チニ考フル如ク甚ダシキモノニ非ラス何トナレバ用益者ハ此推定ヲ受クルモ猶ホ凡テノ方法ニ依リ自己ニ過失ナキコトヲ證明スル権利ヲ有スレバナリ隣家ノ建物ヨリシテ火ヲ発シ遂ニ類焼ニ及ビタルトキ又ハ落雷ノ為ニ火災ニ罹リタルトキノ如キハ用益者ガ過失ナキコトヲ證明スル実ニ何等ノ困難ヲモ要セザルベシ其他ノ場合ニ於テモ判事ハ本条ニ定メタル法律上ノ推定ヲ打破ブル為メ一切ノ事実ノ推定ヲ為スコトヲ得ベキナリ例之バ用益物タル建物ガ或ル時間全ク鎖サレ而シテ何人モ之ニ住居セザリシコト明カナル場合ノ如キ是ナリ火災ニ罹リタル建物ノ用益者ガ数人ニシテ其中何人ガ過失者ナルヤ知ルコトヲ得ベカラザル場合ニ於テハ各用益者ハ第三百七拾八条ニ定メタル原則ニ従ヒ全部ニ對シテ責任ヲ免カルルコト能ハズ此場合ニ於ケル用益者ノ義務ハ連帯ノモノニ非ラズ又不可分ノモノニ非ラズ然レトモ全部ノ義務ト称スル所ノモノニシテ前二者ニ比スレバ多少軽キモノナルコト後ニ至テ之ヲ説明スベシ
第八拾六条
本条第三項及ヒ第四項ニ従ヘバ大修繕ト小修繕ノ区別ハ甚ダ容易ナルベシ何トナレバ大修繕ノ列記ヲ為シ而シテ其他ノ修繕ハ概ネ小修繕ノ性質ヲ有セシムレバナリ
小修繕ヲ以テ用益者ノ負担ニ帰セシメタルハ二個ノ理由ニ基クモノナリ第一善良ナル管理人ハ毎年ノ所得中ヨリ此種類ノ修繕ノ費用ヲ支弁スルモノナリ然ルニ用益者ハ毎年ノ所得ヲ得ルモノナルヲ以テ通常ノ負担タル小修繕ヲ為スベキハ当然ナリ第二小修繕ハ概ネ物ノ日常ノ使用ニ依テ必要ト為ルモノナリ而シテ此使用ヲ為スハ用益者ナルガ故ニ使用ノ結果タル小修繕ハ用益者ニ於テ之ヲ為サザル可カラズ用益者ガ大修繕ノ義務ヲ負担スル例外ノ場合(第二項)ハ説明ヲ竢タズシテ解スルコトヲ得ベシ例之バ用益者居室ヲ擴ムルノ目的ヲ以テ建物ナドノ壁ヲ取除キ因テ建物ノ堅牢ヲ害シタル場合ノ如ク用益者自カラ直接ノ過失ヲ為シタルコト有ルベシ或ハ屋根若クハ水管ノ修繕ヲ怠タリ依テ重大ナル毀損ヲ生ゼシムルニ至リタルコト有ルベシ共ニ本条第二項ニ掲グル例外ノ場合ナリトス
本条ニ於テ大修繕ノ何者タルヲ示スコト甚ダ完全ナル如シト雖トモ決シテ此列記ヲ以テ全ク限定ノモノト解スルコトナキヲ要ス蓋シ立法者ガ限定ノ列記ヲ為サザル所以ノモノハ甚ダシキ不都合アルヲ以テナリ建築ノ種類ハ種々ナルガ故ニ如何ニ緻密ナル列記ヲ為スモ到底法律ノ豫想シ能ハザル修繕ヲ必要トスルコト有ルベク而シテ其修繕ハ一旦限定ノ列記ニ漏レタルトキハ如何ナル種類ノモノト雖トモ必ズ小修繕ト看做スコト已ムヲ得サルニ至ルベシ茲ヲ以テ遂ニ用益者ニ於テ之ヲ負担セザル可カラス而シテ其修繕ノ性質ヨリ考フルトキハ甚ダ重要ノモノニシテ到底毎年ノ所得ヲ以テ負担シ得ベキモノニ非ラズ之ヲ例スルニ梯子ノ全部ノ再造ノ如キ是ナリ用益者ヲシテ此等ノ修繕ヲ負担セシムルハ全ク正義ニ反シタルモノト謂ハザルヲ得ズ然レトモ他ノ一方ヨリ考フルトキハ均シク梯子ト称スルモノノ中ニ於テモ甚ダ重要ナラサルモノ有リ此等ニ至テハ必ズシモ大修繕トシテ用益者ノ負担ヲ免カレシム可キモノニ非ラズ此ニ因テ之ヲ観レバ法律ノ明記セサル場合ニ於テ其修繕ノ性質如何ニ関シテハ各場合ニ付テ裁判所ニ認定ノ権ヲ有セシムルヲ以テ最モ其宜シキヲ得タルモノト為ス
例之)バ水管ノ破壊シタル場合ニ於テ其修繕ガ大修繕ナルヤ将タ小修繕ナルヤハ一概ニ之ヲ決シ得ベキニ非ラズ必ズヤ其水管ノ性質、重要及ビ之ヲ築造シタル材料ノ如何ヲ案ジテ修繕ノ性質ヲ定メザル可カラズ
要スルニ両個ノ性質ノ修繕ヲ区別スルニ当リテ裁判所ガ標準トスベキ所ノモノハ左ノ如シ若シ修繕ノ工事ガ特ニ費用ヲ要セズシテ善良ナル管理人ハ毎年ノ所得ヲ以テ之ヲ支弁ス可キモノナルトキハ此修繕ハ用益者ノ負担タルベシ之ニ反シテ元本ヲ以テスルニ非ラザレバ支弁シ得ベカラザル如キ性質ノ修繕ナルトキハ大修繕ナリ
第八拾七条及ビ第八拾八条
第八十六条第二項ニ規定シタル二個ノ場合ノ外用益者ハ大修繕ノ義務ヲ有セザルモノナリ然ラバ此二個ノ場合ノ外ニ於テ用益者ガ自己ノ任意ヲ以テ大修繕ヲ為シタルトキハ所有者ニ向テ其費用ノ償還ヲ請求スルノ権利アルヤ若シ他人来リテ此等ノ修繕ヲ為シタル場合ニ於テハ事務管理ノ原則ニ従ヒ所有者ニ向テ費用ノ償還ヲ請求シ得ベキコト勿論ナリ然レトモ用益者ハ此場合ニ於テ所有者ノ利益ノ為ニ此修繕ヲ為シタルモノト謂フコト能ハズ寧ロ自己ノ利益ノ為メ即チ物ノ滅失ヲ防ギ以テ完全且ツ重要ノ収益ヲ得ンガ為ニ此修繕ヲ為シタルモノト謂フベシ故ニ此場合ニ於テハ主務官吏ノ原則ヲ適用スルコト能ハザルハ明カナリ
然レトモ顧ミテ一般経済上ノ利益ヲ考フルトキハ用益者及ビ所有者ヲシテ進ンデ大修繕ヲ為サシムルコトヲ要スベシ何トナレバ此修繕ヲ為サザルトキハ用益物ハ滅失スルコト明カナレバナリ
用益者ハ此修繕ヲ為スノ利益ヲ有スルコト勿論ナリトス何トナレバ此修繕ヲ為サザレバ用益物ノ滅失ト同時ニ用益権ノ消滅ヲ致セバナリ然レトモ用益権ハ終身ヲ限ルモノニシテ元来射倖ノモノナリ故ニ用益者ガ多少ノ費用ヲ為シテ大修繕ヲ終リタル後幾許モナクシテ用益権消滅シタルトキ所有者ヲシテ単純ニ此修繕ノ利益ヲ得セシムルハ至当ト謂フコト能ハズ故ニ用益者若シ大修繕ヲ為スモ何等ノ償求ヲ為スコト能ハズトセバ用益者ハ大修繕ノ必要アルモ自カラ進ンデ之ヲ為スコトナクシテ屢々建物ヲシテ毀滅スルニ放任スルコト有ルベシ
虚有者ハ自カラ進ンデ大修繕ヲ為スノ意思アルコト甚ダ多カラザル可シ何トナレバ此大修繕ヲ為スモ忽チ其物ノ収益ヲ為スコト能ハズ用益権ノ終了スル時期未ダ知リ得ベカラザレハナリ茲ニ於テ所有者モ亦却テ大修繕ヲ為サズシテ用益物ヲ速カニ滅失セシメ依テ用益権ノ消滅ヲ致サンコトヲ希望スル如キコトナシト云フ可カラス又所有者自カラ大修繕ヲ為シタル場合ニ於テハ用益者ガ長ク其幾分ヲ負担スルコトナクシテ単ニ利益ヲ受クルハ其当ヲ得タルモノニ非ラズ
以上述ブル所ノ如クナルヲ以テ本条ニ於テハ用益者ト所有者ガ費用ヲ分担スルノ方法ヲ定メタリ而シテ此分担法ハ単ニ此場合ニ止ラズ仍ホ他ニ其適用ヲ看ルベキナリ即チ用益者ハ所有者ニ毎年大修繕ノ為ニ費ヤシタル元本ノ利息ヲ償還スルモノトス若シ大修繕ヲ為シタルモノ所有者ニ非ラズシテ用益者ナルトキハ最初大修繕ノ費用ヲ用益者自カラ支弁シタルガ故ニ用益権消滅ノ時ニ至リ償還ヲ受クル権利アル可シト雖トモ仍ホ当初ノ費用ノ全額ノ償還ニ非ラズシテ惟用益権消滅ノ当時仍ホ用益物ガ此修繕ノ為ニ得タル増價額ノ範囲内ニ止マルモノトス
此ノ如ク双方ヲシテ費用ヲ分担セシムルトキハ用益者及ビ所有者共ニ大修繕ヲ為スノ利益ヲ有シ従ツテ不動産ハ滅失スルコト莫カルベシ
用益者大修繕ヲ為スモ又所有者此修繕ヲ為スモ共ニ此修繕ノ必要ナルコトヲ立合ノ上證明スルコトヲ必要ナリトシタルハ其理由容易ニ解スルコトヲ得ベシ惟二個ノ場合ニ付テ一ノ差異アルコトヲ注意スルコトヲ要ス用益者ガ修繕ヲ為サント欲スル場合ニ於テハ先ヅ修繕ノ必要ヲ證セシメ而シテ猶ホ所有者自カラ此修繕ヲ為スコトヲ欲セザルヤヲ確メザル可カラズ之ニ反シテ所有者自カラ修繕ヲ為サント欲スル場合ニ於テハ単ニ修繕ノ必要ヲ證セシムルノミナラズ猶ホ修繕ニ要スル費用ノ額ヲ證スルコトヲ要ス蓋シ此證明シタル費用ニ基キ用益者ヲシテ毎年ノ利息ヲ弁済セシムルモノナレバナリ
若シ建物ノ全部ガ朽敗ノ為メ崩壊シ又ハ事変ニ依テ毀滅シタル場合ニ於テハ之ヲ再造スルコト経済上ノ利益ニ合スルハ猶ホ大修繕ニ依テ建物ノ毀滅ヲ豫防スルト同一ナリ然レトモ此崩壊ノ場合ニ於テ右ニ説明シタル両様ノ決定ヲ適用スルコトハ単ニ此建物ノ毀滅ノ為メ用益権ノ全部ノ消滅ヲ致サザル場合ニ限ルモノトス建物全ク滅失シテ用益権消滅シタルトキハ所有者ハ固ヨリ之ガ再造ヲ為スコト莫カルベシ用益者ニ在ツテハ自己ノ處為ニ依テ自由ニ消滅シタル権利ヲ再生セシムルコトヲ得ザルガ故ニ此建物ヲ再造スル権利アラサルナリ
第八拾九条
毎年通常ノ租税及ビ公課ハ果実ノ通常ノ負担ナリトス何人ト雖トモ元本ヲ以テ此ノ如キ負担ノ弁済ヲ為スモノハ非サルベシ故ニ果実ヲ取得スル用益者ニ於テ之ヲ負担セサル可カラズ
之ニ反シテ非常ノ負担ニ至テハ此ノ如クナラス此種ノ負担ハ継續セルモノニ非ラス且ツ屢々所得ヲ以テ弁済シ得ベカラザル多額ノモノナル故ニ其権利ノ性質上時間及ビ擴狭ニ於テ制限セラレタル用益権ヲシテ此ノ如キ負担ニ任ゼシムベキニ非ラス然レトモ此等ノ負担ハ用益者ガ収益スル元本ノ減少ヲ致スモノナルガ故ニ此負担額ニ對シ毎年ノ利息ノミヲ負担スベシ
本条ニ於テ非常ノ負担ト看做スベキ二個ノ場合ヲ指定セリ然レドモ此指定モ亦、他ノ列記ノ場合ト同ジク決シテ限定ノモノニ非ラズ
強要ノ借入ハ凡テノ歴史ニ於テ其実例ヲ看ルコト尠カラズ然レトモ維新以来我政府ハ全ク斯ノ如キ方法ヲ用ヒタルコトナシ又将来ニ於テモ必ズヤ強要ノ借入ヲ為スコト莫ルベシ廣ク天下ニ向テ借入ヲ為シタルコト有リト雖トモ常ニ任意ノ募集ニ應ズルモノヨリ之ヲ借入レタルニ止マル例之バ海軍擴張ノ為メ海軍公債ヲ募集シタル如シ故ニ強要ノ借入ノ事ハ法律ニ於テ之ヲ掲クルコト必要ナキガ如シト雖トモ凡テ豫見シ得ヘキ場合ニ對シテハ明文ヲ設クルコトヲ可トスルガ故ニ強要ノ借入ニ非常ノ公課タル性質ヲ認ムルハ決シテ不当ニアラサルベシ
強要ノ借入ハ非常ノ租税ト次ノ点ニ於テ異ナルモノナリ強要ノ借入ハ原則上償還ヲ為スベキモノニシテ且ツ此償還ニ至ルマデ利息ヲ附スルコトヲ得ベシ然リト雖トモ租税ハ之ヲ強要ノ借入ニ比スルトキハ其額甚ダ小ナルベシト雖トモ之ヲ負担スル人民ニ取リテハ全ク之ヲ出捐シタルモノニシテ再ビ之ヲ取戻スコトヲ得サルモノナリ
将来ニ於テ如何ナル租税ガ非常ノモノタル可キヤノ点ニ至テハ今明文ヲ以テ悉ク之ヲ明定スルコト能ハス第一此等ノ事項ハ民法ノ主トスル所ニ非ラズシテ行政法ノ範囲ニ属スルモノナリ加之ナラズ非常ノ租税ハ常ニ政治上重大ナル事情ノ生シタル場合ニ於テ其結果トシテ之ヲ賦課スルモノナルガ故ニ此ノ如キ非常ノ場合ニ於テ立法者ガ新タニ賦課スル公課ガ虚有者ト用益者ノ間ニ争ヒヲ生セシメ得ヘキコトノ如キハ立法者ガ之ヲ考フルニ遑アラザル所ナリ然レトモ本条ノ規定ハ要スルニ将来ノ立法者カ非常ノ租税タル可キ新税ヲ定ムル場合ニ於テハ適用上ノ困難ヲ生ゼサラシムル為メ非常ノ租税タル性質ヲ明カニセンコトヲ希望スルモノナリ
今日ヨリ疑フ可カラサル点ハ租税カ非常ノ性質ヲ有スルニハ単ニ新税タルヲ以テ足レリト為サス即チ用益権ノ設定後ニ新タニ課セラレタルノミヲ以テ足レリトセズ蓋シ新税ト雖トモ多クノ場合ニ於テハ収益ノ負担タル可ケレバナリ孰レノ國ニ於テモ國家ノ必要ナル費用ハ漸次ニ増加スルヲ以テ或ハ新税ヲ課シ或ハ従来存スル租税ノ税率ヲ増スガ如キハ一般財政ニ関スル法律ノ普通ノ傾向ナリトス然レトモ是レ必スシモ人民ノ負担ヲシテ重カラシムルモノニ非ラス何トナレバ不動産ノ収入ハ常ニ増加スル傾キ有レバナリ又租税ガ非常ノ性質ヲ有スルニハ単ニ臨時ノモノタルヲ以テ足レリトセス例之バ其創定ノ当時、時期ノ指定ナクシテ之ヲ賦課シ後ニ至テ之ヲ廃シタルトキハ是レ臨時ノ租税ナルベシト雖トモ仍ホ用益者ノ負担ニ属スルコト有ルヲ得ベシ之ニ反シテ新税若クハ従来存スル租税ノ税率ノ増加ガ非常ノ事情ニ由テ必要トナリタルトキ即チ之ヲ例スルニ外國若クハ内國ノ戦争又ハ凶歳其他災害ノ為ニ此必要ヲ生シタル場合ニ於テハ縦令之ヲ創定シタル法律ニ於テ臨時又ハ非常ノ性質ヲ明示セサルトキト雖トモ仍ホ之ヲ以テ非常ノ公課ト看做スコトヲ得ベシ
本条ニ於テ「又ハ明カニ事情ヨリ生スルトキ」ト掲ケタルハ蓋シ此等ノ解釋ニ関シテ疑ヒナカラシメンガ為メナリ
第九拾条
本条ニ於テハ用益者又ハ虚有者ガ租税ヲ納ムヘキ場合ニ於テ之ヲ怠リタルトキニ当リ處分ノ方法ヲ規定シタルモノニシテ其目的トスル所一ニ國庫ノ権利ヲ明確ナラシメントスルニ在リ
本条ノ規定ハ全ク自然ニ出ツルモノナリ納税ノ義務アルモノ納税ヲ怠リタル場合ニ於テ若シ土地ヨリ生スル収益カ租税ノ辨済ヲ全フスルニ充分ナル場合ニ於テハ國ハ果実ニ関シテ其有スル先取特権ニ基キ必ズヤ此果実ヲ差押ヘ而シテ之ヲ賣却セシムベシ此点ニ関シテハ特ニ法律ヲ以テ本条ニ明示スルノ必要ナシ然レトモ果実若クハ収入ナク又ハ果実若クハ収入ハ租税ニ充ツルニ足ラサル場合ニ於テ虚有者若シ自カラ之ヲ納メサルトキハ政府ハ其土地ノ全部若クハ一部ヲ完全ナル所有権ニ於テ賣却セシムベシ而シテ其代價中ヨリ租税ノ怠納ニ属スル部分ヲ収取シ仍ホ残餘アルトキハ其元本ハ虚有者ニ属スベク収益ハ用益者ニ属スベシ
法律ガ主トシテ希望スル所ノコトハ此場合ニ於テ単ニ土地ノ用益権ノミヲ賣却セシメズシテ其完全ナル所有権ヲ賣却セシムルニ在リ何トナレハ用益権ノミヲ賣却セシメントスルモ之ヲ買フモノ甚ダ尠カル可キノミナラス一方ニ於テハ虚有者ト雖トモ又自カラ租税ヲ納メサルノ過失アリト云フヲ得ベケレバナリ
第九拾一条
保険契約ヲ為シタル場合ニ於テ被保人ハ保険ニ附シタルモノノ價格ノ割合ニ応應ジテ毎年若干ノ金額ヲ拂フベシ而シテ保険人ハ豫期ノ不幸ニ遭遇シタル場合ニ於テ一定ノ金額ヲ拂フ可キコトヲ約スルモノナリ被保人ガ毎年拂フ所ノモノヲ保険料ト称シ保険人ガ拂フ可キ所ノモノヲ償金ト称ス
本条ノ一項乃至三項ノ法文ハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ヘシ
本条ハ惟虚有者カ保険ヲ約シタル場合ヲ規定スルノミ用益者ノ約シタル保険ノ場合ハ次条ニ於テ之ヲ規定セリ
立法者ハ本条ニ於テ二個ノ場合ヲ区別セリ即チ用益者ガ用益権ノ設定前ニ於テ保険ヲ約シタル場合及ビ其設定後ニ於テ之ヲ約シタル場合是ナリ
虚有者カ用益権ノ設定前ニ於テ保険ヲ約シタル場合ニ於テハ用益者ハ保険契約ノ負担ニ分任スルノ義務アリ即チ土地ノ毎年ノ負担トシテ所有者ガ拂フヘキ保険料ノ毎年ノ利息ヲ負担スルコトヲ要ス然レトモ一方ニ於テ用益者ハ此負担アルカ故ニ若シ契約ニ指定セル災害生シテ償金ヲ受取リタルトキハ用益者ハ其収益ヲ得ヘシ斯ノ如クナルガ故ニ年数ヲ経ルニ従ヒ所有者ガ拂ヒ来リタル保険料ヲ合算スルトキハ次第ニ其額増加シ従テ用益者ガ毎年辨済スベキ利息モ亦漸次ニ増加スベシト雖トモ決シテ怯ムニ足ラス何トナレハ是レ独リ用益者ノ負担増加スルノミニ非ラス虚有者ト雖トモ亦其辨済シ来レル保険料ノ元本ヲ始ヨリ負担スルモノナレバナリ
第二ノ場合ニ用益者ガ既ニ用益権ヲ得タル後虚有者ガ保険ノ契約ヲ為スモ之ガ為ニ用益者ハ何等ノ負担ニ分任スルコトヲ要セス何トナレバ保険ノ契約ハ一方ニ於テ未必ノ利益ヲ與フルト雖トモ一方ニ於テハ既定ノ負担ヲ課スルモノニシテ此ノ如キハ用益者ノ承諾ナク虚有者ノ意思ノミヲ以テ之ヲ用益者ニ課スルコトヲ得ベキニ非ラサレバナリ又一方ニ於テハ所有者ハ単ニ自己ノ有スル虚有権ノミナラス用益権ヲ合セ完全所有権ヲ保険ニ附シタル場合ニ於テハ他日保険人ヨリ償金ヲ受取ルモ自カラ直チニ之ガ収益ヲ為スコトヲ得ズ何トナレバ此場合ニ於テ所有者ハ自己ノ権利ト同時ニ他人ノ権利ヲ保険ニ附シテ一種ノ事務管理ヲ為シタル者ナレバナリ是ニ由テ之ヲ観レハ此ノ如キ場合ニ於テハ用益権ト所有権ノ評價ヲ為シ其割合ニ應シテ償金ヲ用益者及ビ虚有者ニ分配スヘキニ似タリト雖トモ民法ニ於テハ此方法ヲ用ヰズ蓋シ用益権ノ評價ハ其人ノ終身ヲ限リトスル性質ノ為ニ甚ダ困難ナルガ故ニ法律ハ他ノ方法ヲ採レリ即チ虚有者ハ保険人ヨリ受取リタル償金ノ中先ツ自カラ辨済シタル保険料ノ全額ヲ控除シ而シテ猶ホ残餘アルトキハ用益者ハ之ガ収益ノ権利ヲ有スベシ
本条第三項ハ船舶ノ保険ヲ以テ建物ノ保険ト同一視シタル者ニシテ其至当ナルコト辨ヲ竢タズ
第九拾二条
所有者自カラ用益物ヲ保険ニ附セサル場合ニ於テハ用益者ニ於テ用益物ノ完全所有権ヲ保険ニ附スルコトヲ得ヘシ是レ単ニ委任ニ基イテ之ヲ為シ得ルノミニ非ラス仍ホ委任ナキ場合ニ於テ事務管理人ノ資格ヲ以テ之ヲ為スコトヲ得ヘシ此場合ニ於テハ第一項ニ於テ指示スル如ク若シ契約ノ指示スル災害ニ遇フタルトキハ用益者ハ償金ノ中ヨリ自己ノ弁済シタル保険料ノ全額ヲ引去ルベシ然レトモ仍ホ保険料ノ利息ハ用益者ノ負担タルベシ何トナレハ特ニ虚有者ヨリ之ヲ受クルコトヲ得サレバナリ若シ契約ノ事変生シタルトキハ用益者ハ其弁済シタル保険料ヲ全ク損失スベシ何トナレバ一方ニ於テハ保険人ヨリ償金ヲ受クルコト能ハズ又他ノ一方ニ於テハ事務管理ノ原則ニ基キテ虚有者ヨリ償還ヲ受クルコト能ハス虚有者ハ用益者ガ事務管理トシテ為シタル保険契約ニ付テ金銭上ニ見積ルコトヲ得ベキ利益ヲ得ルコト莫カリシガ故ニ何等ノ費用ヲモ用益者ニ償還スル義務ナケレバナリ
本条第二項ニ規定シタル場合ハ第一項ノ場合ニ比シテ更ニ適用ヲ看ルコト屢々ナルヘシ用益者ハ実際ニ於テ特ニ虚有者ノ委任アル場合ノ外完全所有権ノ價額ヲ保険ニ付スルコト罕レナルベシ多クノ場合ニ於テハ自己ノ有スル用益権價額ヲ以テ保険ニ附スヘキナリ此場合ニ於テハ用益者一人ニテ保険料ヲ負担シ而シテ此契約ニ基キ保険人ヨリ受取ルコト有ルヘキ償金ハ用益者一人ニテ全ク之ヲ取得スルモノタルコト固ヨリ論ヲ俟タサルナリ凍雹其他天然ノ事変ニ對シ特ニ収穫物又ハ産出物ノ保険ヲ約スル如キ農業ニ関スル保険ハ将来必ズ本邦ニ於テモ他ノ備荒ノ制度ト共ニ漸ヤク行ハルルニ至ルベシ而シテ此種ノ保険ハ用益権ノミヲ保険ニ附シタル場合ト同シク虚有者ニ利益ヲ與フルコトナシ故ニ右ニ掲ケタル場合ト同一ノ規定ニ従フ可キモノトス
第九拾三条
一個ノ相續ハ総則第拾六条ニ於テ説明シタル如ク財産ノ包括ナリ而シテ相續ニハ必ズ死者ガ其生前ニ於テ弁済セサリシ債務又ハ其死亡ノ時ニ於テ始メテ生シタル債務ノ負担アルモノナリ死亡ノ時ニ於テ始メテ生ジタル債務トハ葬式ノ費用遺言ヲ以テ為シタル贈與其他ノ負担ノ如キ是レナリ
相續ノ全部又ハ其一分ヲ得タルモノハ之ヲ包括承継人ト称シ被相続人ヲ代表スルモノニシテ此資格ニ於テ凡テ相續ニ属スル債務ヲ負担スヘキモノナリ
用益者カ相続全部ノ収益ヲ得タル場合ニ於テハ是レ亦包括ノ用益者ト謂フ若シ二分ノ一、三分ノ一又ハ四分ノ一ノ如キ相続ノ一分ノミノ収益ヲ得タル場合ニ於テハ之ヲ包括名義ノ用益者ト称ス
此特別ナル場合ニ於テ用益者ハ前数条ニ掲ケタル如キ負担ニ拘ハラス更ニ特別ノ負担ヲ有スルモノナリ
凡ソ相続ノ財産ハ相続ノ負担スル債務及ヒ其他ノ負担ヲ控除シ其残餘ヲ以テ組成スルモノナリトハ動カス可カラサル原則ナリ
故ニ用益者ハ相続ニ属スル債務ノ弁済ノ後即チ自己ノ権利ノ割合ニ應シテ之ヲ負担シタル後ニ非ラサレハ財産ノ収益ヲ為スコト能ハス要スルニ用益者ハ其権利ノ目的タルモノガ相続ノ全部ナルト一分ナルトニ従ヒ全部又ハ一分ノ弁済ヲ負担スベキナリ
然レトモ用益者ノ有スル所ハ単ニ収益即チ相続ノ収入ニ止マルコトヲ注意スヘシ従ツテ用益者ナルモノ有ルトキハ必ス之ト同時ニ虚有権ヲ以テ元本ヲ相続スル相続人アルコトヲ忘ル可カラス此故ニ用益者カ相続ノ債務ヲ負担スルハ其性質ニ於テモ亦其時間ニ於テモ用益権ト同一ナルコトヲ要ス即チ単ニ相続ニ属スル債務ノ毎年ノ利息ヲ弁済スベク且ツ此義務タルヤ用益権ノ継続スル間ニ止マルベシ
此論結タルヤ用益者ハ通常収入ヲ以テ弁済スヘキ負担ニ任スルモノナリトノ原則ニ合スルモノニシテ此原則ハ常ニ其適用ヲ受ケタル所ナリ蓋シ善良ナル管理人ハ債務ノ利息ヲ弁済スルニ元本ヲ以テスルコトナク必スヤ毎年ノ収入ヲ以テ之ニ充ツル者ナレバナリ
第九拾五条ニ於テ用益者カ自己ノ義務ヲ弁済スルニ当リ用フルコトヲ得ベキ種々ノ方法ヲ指示セリ
相續ノ負担タル終身年金権ノ年金又ハ養料ニ関シテハ其性質上利息ノ性質ヲ有スルモノニシテ例之バ一定ノ元本アリテ此利息ヲ生スルニ非ラズトスルモ仍ホ右ノ理由ニ依リ用益者ハ年金若クハ養料ノ全部ヲ負担スベク単ニ之ニ對シテ利息ヲ弁済スルノミヲ以テ足レリトセス惟用益者ガ相続ノ全部又ハ一分ニ付テ権利ヲ有スルニ従ヒ又負担ノ割合ニ於テ差等アル可キナリ是レ蓋シ終身年金権ノ用益権ノ場合ニ於テ年金ノ全部ヲ用益者ニ得セシメタル第五拾七条ノ規定ト照合スルモノナリ
第九拾四条
特定財産ノ用益者ハ相続ノ用益者ト異ナリテ設定者ヲ代表スルモノニ非ラス故ニ設定者ニ債務アリト雖トモ更ニ之ヲ負担スルコトナシ若シ用益権ノ目的タル不動産ガ設定者ノ為ニ抵当ニ附セラレタル場合ニ於テハ此抵当ハ用益者ニ對シテ多少ノ効力ヲ有ス可シト雖トモ是レ猶ホ真正ナル義務ニ非ラサルナリ凡テ或ル物権ノ負担ヲ有スルモノニ付テ物権ヲ取得シタルモノハ自己ノ権利ニ先タツ他人ノ権利ヲ尊敬セサル可カラス是レ純然タル不作為ノ義務ニ非ラスシテ単ニ吾人ハ他人ヲ害スヘキ一切ノ事ヲ為サザルヲ要スル普通ノ本分ニ過キサルナリ而シテ抵当権ヲ有スルモノハ其物ガ何人ノ手ニ輾轉スルモ常ニ其所在ニ追及シ其所持者ニ向テ抵当物ノ遺棄若クハ抵当債権ノ弁済ヲ要求スルコトヲ得ヘシ抵当物ノ所持者若シ両者ノ一ヲ為ササル場合ニ於テハ債権者ハ其物ヲ差押ヘ而シテ之ヲ賣却セシメ其代價ニ付テ他ノ債権者ニ先ツテ独リ債務ノ弁済ヲ受クルコトヲ得ヘシ
若シ抵当ニ附セラレタル不動産ガ他日用益権ノ目的物ト為リタルトキハ用益者ハ第三所持者トシテ債務ノ弁済ヲ為スカ然ラサレバ用益権ノ追奪ヲ免ルルコト能ハサルベシ
若シ用益者不動産ヲ自己ノ手ニ存シテ債務ヲ弁済シタルトキハ其金額ニ付テ求償ノ権利ヲ有スヘシ何トナレハ用益者ハ設定者ノ特定承継人ニシテ設定者ノ債務ヲ負担ス可キモノニ非ラサレハナリ或ハ抵当債権カ設定者ノ處為ニ生セスシテ其前ノ所有者ニ属スルコト有ルベシ此場合ニ於テハ用益者ハ直接ニ前所有者ニ對シテ求償スルコトヲ得ベシ何トナレバ是レ一身上債務ヲ有スルモノニシテ他人之ニ代リ債務ノ弁済ヲ為シタルトキハ償還ヲ為スベキコト一般原則ノ適用ニ過ギサレハナリ此場合ニ於テ用益者ハ債権者ノ有シタル他ノ担保ヲ代位ノ原則ニ基イテ取得スルコトヲ得ヘシ代位ノ事ハ義務ノ弁済ノ事項ニ関シテ審カニ之ヲ説明スヘシ
若シ用益者ガ抵当ノ効力ニ因テ用益物ノ追奪ヲ受ケタルトキハ之カ為ニ生スル一切ノ損害ハ設定者ニ對シテ賠償ヲ求ムルコトヲ得ベシ用益者ハ之ニ関シ追奪担保ノ訴権ヲ有ス可キナリ(参看第三百九拾六条及ビ財産取得編第五拾六条)
第九拾五条
本条ノ規定スル如ク一箇ノ負担ガ虚有者及ビ用益者ノ間ニ分タルル場合ハ甚ダ多クシテ既ニ第八拾七条以下ニ於テ之ヲ明示セリ猶ホ第九拾七条ニ於テ一ノ場合ヲ看ルベシ本条ニ規定シタル三個ノ方法ハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ヘキナリ
第一ノ方法ハ直接ニ法律ノ希望スル目的ニ達スルモノナリ惟例之バ相続ノ負担ニ属スル債務ノ如ク用益者及ヒ虚有者ノ分担スベキ債務ガ猶ホ債権者ヨリ請求ヲ受ク可カラスシテ単ニ其期限ノ到達スルマデ利息ヲ生スヘキ場合ニ於テハ用益者ガ利息ヲ弁済スルハ虚有者ノ手ニ於テセズシテ此債権者ノ手ニ於テスルモノナルコトヲ注意スベシ
第二ノ方法ハ第一ト少シク異ナリト雖トモ帰スル所ハ皆同一ナリトス用益者ガ自カラ元本ヲ弁済シタルトキハ用益権継続ノ間此元本ノ生シ得ヘキ利息ヲ得ルコト能ハザルカ故ニ結局此元本ニ對シ毎年ノ利息ヲ拂ヒタルト同一ナルベシ
第三ノ方法ハ同時ニ用益者ト虚有者トヲシテ債務ニ同シキ財産ノ部分ヲ失ハシムル者ニシテ虚有者ヲシテ其元本ヲ負担セシメ用益者ヲシテ此元本ヨリ生スル利益ヲ失ハシムルモノナリ
第九拾六条
第六拾七条ノ明文ハ用益者ニ與フルニ第三者ニ對スル物上訴権ヲ以テシ他人ノ損害ニ對シテ用益権ノ担保ヲ為セリ然レトモ用益者ノ過失ニ依リ又ハ他人ノ感情ヲ害スルコトヲ欲セサル為メ時トシテ此ノ如キ侵奪ヲ為スモノ有ルモ訴権ヲ提起セサルコト有ルベシ然ルニ第三者ノ侵奪ニシテ用益物ニ関スルトキハ多クノ場合ニ於テ惟リ用益者ノ害タルノミナラズ仍ホ虚有者ノ為ニ甚タシク不利益ノ結果ヲ来タスコト有ルヘシ故ニ此ノ如キ場合ニ於テハ用益者ガ虚有者ニ対シ責任ヲ負フヲ以テ其当ヲ得タルモノト為ス何トナレハ用益者ハ其用益物ニ関シ他人ヲシテ不当ノ占有ヲ為スニ至ラシメタルトキハ縦令其占有ハ未ダ時効ヲシテ成就セシムルニ足ラサルトキト雖トモ仍ホ善良ナル管理人ノ處為ヲ為シタルモノト云フコト能ハサレハナリ蓋シ第三拾六条及ヒ第六拾七条ノ下ニ於テ之ヲ示シタル如ク又後ニ占有ノ条ニ於テ其證ヲ論スベキ如ク法律ニ定メタル時ノ間、物ノ占有ヲ為シ而シテ法律ニ定メタル条件ヲ備フルトキハ其占有者ハ種々ノ利益ヲ有スルノミナラス就中其行使スル権利ノ名義者ナリト推定セラルルノ利益ヲ有ス而シテ此理由ニ依リ回復ノ訴訟ニ付テハ被告人タル利益ノ地位ニ立ツモノナリ
然レトモ法律ハ用益者ヲシテ自カラ此侵奪者ニ對シ訴訟ヲ為スノ義務ヲ負ハシメタルモノニ非ラズ用益者カ自カラ所有者ナラサルヲ以テ他人ニ属スル権利ヲ主張シテ訴訟ヲ為ス如キハ甚タ困難ナル可ケレバナリ故ニ用益者ガ為スヘキ所ノコトハ惟他人ノ侵奪ノ場合ニ於テハ之ヲ虚有者ニ告知スルノ一事ニ在リトス
第九拾七条
用益者ハ一ノ物権ヲ有スルモノニシテ此権利ハ自己ノ関係セサル訴訟ニ拠テ害セラルベキモノニ非ラス此ヲ以テ用益権ノ目的タルモノニ関シ所有者ガ或ハ原告トナリ或ハ被告ト為ツテ訴訟ヲ為ス場合ニ於テハ用益者ヲシテ之レニ参加セシムルコトヲ要ス
若シ訴訟ガ完全所有権ニ関スル場合ニ於テハ用益者ハ其収益ニ関シテ自カラ利害関係人タリ故ニ其訴訟ニ於テ破レタルトキハ自己ノ権利ノ性質ニ相当スル一分ヲ負担スベキコト勿論ナリ而シテ屢々述ベタル如ク此尤モ簡易ニシテ且ツ尤モ正確ナル割合ハ用益者ニ於テ其権利ノ継続スル間費用ノ毎年ノ利息ヲ弁済スルノ一事ニアリ若シ訴訟ニ勝チタル場合ニ於テ敗訴者ヨリ費用ノ償還ヲ受クルコト能ハザル場合ニ於テハ其負担ノ方法モ亦右ニ掲クルル所ト同一ナルベシ
然レトモ訴訟ニ於テ勝利ヲ失ヒタル場合ニ於テ訴訟ガ用益物ノ全部ニ関シ従ツテ用益権ハ全ク消滅シ又ハ始メヨリ更ニ成立セサリシモノト看做サルルニ至ルコト有ルベシ此場合ニ於テ若シ原則ノ嚴格ナル適用ヲ為ストキハ用益者ヲシテ其終身間利息ヲ負担セシメサル可カラズ若シ用益者自カラ此ノ如クナルコトヲ欲セハ常ニ此原則ヲ適用シ得ベシト雖トモ更ニ一方ヨリ考フルトキハ此ノ如キ永久ノ義務ヲ負ハシムルコト莫クシテ一時ニ其義務ヲ免レシムルノ方法ヲ許サザル可カラス故ニ用益者ニシテ直チニ義務ノ弁済ヲ為サント欲スルトキハ用益権ノ鑑定ヲ為サシメ此ニ因テ用益者ノ生存スベキ時間ヲ假定シ依テ虚有者ニ弁済スベキ利息ノ全額ヲ算出スベキナリ
右ニ掲クル外本条ノ二個ノ規定ハ何等ノ困難ヲ看サルベシ若シ訴訟ガ収益ノミニ関スルトキハ用益者一人ニテ其費用ヲ負担スベキコト当然ナリ之ニ反シテ単ニ虚有権ノミニ関スル訴訟ナルトキハ用益者ハ何等ノ負担ヲモ為サザル可シ
凡テ用益権カ有償名義ヲ以テ設定セラレ而シテ特ニ追奪担保ノ義務ヲ免除セサル場合ニ於テハ用益者ハ担保ノ権利ノ効力ニ依テ訴訟ノ費用ヲ分担スルコトヲ要セス何トナレハ此場合ニ於テ虚有者ガ用益者ノ権利ヲ保護スル為メ訴訟ヲ為スハ其義務ニシテ義務ノ履行ニ関スル費用ハ義務者自カラ其全部ヲ負担スベケレバナリ用益権ガ無償ノ名義ヲ以テ設定セラレ単独ニ担保ノ合意ヲ為シタル場合ニ於テモ亦之レト異ナルコトナシ
第九拾八条
判決ハ第三者ヲ害スルコトナク又之ヲ利スルコトナシトハ法律上ノ一大原則ナリ故ニ若シ虚有者ガ完全所有権ニ関シ又ハ用益権ニ関シ訴訟ヲ為シ而シテ用益者ヲ参加セシムルコト莫カリシ場合ニ於テハ縦令訴訟ノ勝利ヲ失フモ用益者ノ権利ハ為ニ何等ノ損害ヲ受クルコトナカル可シ之レト同一ノ理ニ基キ若シ虚有者ガ一人ニテ完全所有権又ハ虚有権ニ関シ訴訟ヲ為シ而シテ敗訴スルコト有ルモ此判決ハ更ニ虚有者ヲ害スルコトナカル可シ
又用益者及ヒ虚有者ハ訴訟ニ参加セシメラルルヲ竢タス自カラ権利ト利益トヲ保護スル為メ進ンデ訴訟ニ参加スルコトヲ得ヘシ
然レトモ用益者ト虚有者トヲ論セス一人ニテ訴訟ヲ為シ而シテ勝利ヲ得タルトキハ右ニ掲ケタル判決ノ効力ニ関スル原則ハ召喚セラレサリシ者ノ利益ニ於テ多少ノ変更ヲ受クルモノナリ即チ召喚セラレサリシモノハ此判決ノ利益ヲ受クヘシ何トナレハ用益者及ヒ虚有者ノ間ニ存在スル権利ノ関係ニ依リ法律ハ一人カ原告又ハ被告トシテ訴訟ヲ為シタル場合ニ於テ他人ノ利益ノ為メ事務管理ヲ為シタルモノト看做スコトヲ許ス可キナリ然ルニ事務管理ノ性質中代理ト尤モ異ナルハ左ノ一点ニ在リ即チ事務管理人ガ本人ヲ代表スルハ単ニ本人ノ為ニ利益ナルコトヲ為シタル点ニ於テスルモノニシテ本人ニ不利益ノ効力ヲ生スル点ニ於テハ是レガ代理タルモノニ非ラサルナリ
実際ニ於テ次ニ掲クル如キ場合生スルコトヲ得ヘシ例之バ用益者用益権ノ回復ノ訴ヲ受ケ而シテ虚有者ヲ訴訟ニ参加セシムルコトナク敗訴ニ帰シタルトキハ訴訟ノ結果ハ虚有者ヲ害スルコト能ハズ之レニ反シテ用益者ハ全ク此判決ノ為ニ拘束セラルルモノナリ此ニ於テ其結果ハ勝訴者ハ用益者ニ代リ物ノ収益ヲ為スベク而シテ右ノ用益者ガ其用益権ヲ失フ可キ消滅原因生ゼサル限リハ虚有者ヨリ此勝訴者ノ収益ニ對シテ故障ヲ為スコトヲ得サルベシ惟更ニ他ノ事情ニ因テ虚有者ト此勝訴者トノ相互ノ利益抵触シタルトキハ固ヨリ此限リニ非ラサルナリ
第四款 用益権ノ消滅
第九十九条
本条ニ於テ用益権ノ消滅ノ原因トシテ先ツ掲クル所ノモノハ第四十二条ニ於テ所有権消滅ノ原因トシテ既ニ列記シタル所ノモノナリ
第四十二条ニ列記シタル各種ノ場合ニ関シテハ詳細ノ説明ヲ必要トセス
第一 用益権ハ譲渡スコトヲ得ヘシ故ニ譲渡ハ用益権消滅ノ原因ナリ然リト雖モ用益権ノ譲渡ハ従来ノ用益者ニ對シテノミ用益権ヲ終了セシムルモノナルコト明ナリ故ニ譲渡ノ場合ニ於テハ用益権ハ譲受人ノ手ニ尚ホ存在スヘシ用益権カ全ク終了シ何人モ之ヲ有スルモノナキニ至ルハ用益者ノ死亡若クハ当初定メタル期限ノ到来シタル後ニアリ
第二 添付モ亦タ用益権消滅ノ原因タルコトアルベシト雖モ添付ノコトハ獨リ用益権ニ関スルノミナラス尚ホ完全所有権ニ関スルモノニシテ財産取得編中ニ之レヲ規定スヘキモノトナシタルヲ以テ今特ニ用益権ニノミニ付イテテ之ヲ論スヘキニ非ス
第三 没収モ用益権ヲ消滅セシムルモノナリト雖モ其然ルハ用益者ガ没収ノ刑ヲ科スヘキ犯罪ノ正犯又ハ従犯トシテ之ニ與カリタル時ニ限ルモノナリ若シ然ラスシテ用益者之ニ関スルコトナク只所有者ノミ獨リ刑罰ヲ受クヘキ場合ニ於テハ没収ハ用益権ニ及フコトナシ前段ノ場合ニ於テ用益権ヲ没収シタルトキハ國ハ恰モ用益権ヲ譲受ケタルカ如クニ之ヲ行使スヘク後段ノ場合ニ於テハ用益権ハ依然従来ノ用益者ニ存スルヲ以テ國ノ所得セル財産ニ付テ収益ヲナスヘシ若シ亦用益物カ法律ニ於テ禁制シタル物件ナルカ為ニ没収セラレタルトキハ用益権モ等シク消滅スヘシ
第四 解除鎖除廃罷ノ訴権ノ為ニ用益権ノ消滅スルハ次ニ掲クル二箇ノ場合ニ於テスルモノナリ
(一) 用益権ノ設定カ右ニ掲クル三個ノ訴権中ノ一ヲ提起セラルヘキ原因ヲ有スルトキ假令ハ賣買ヲ以テ用益権ヲ設定シタル場合ニ於テ買主ガ代價ヲ弁済セサルトキハ用益権ハ解除セラルルコトヲ得ヘシ又用益権ヲ設定シタルモノ無能力ナリシトキ若クハ其承諾ニ錯誤強暴ノ如キ瑕瑾アリシトキハ是ニ因テ用益権ヲ鎖除スルコトヲ得ヘク若又用益権設定者ノ債権ヲ詐害シテ用益権ヲ設定シタルトキハ廃罷ノ訴権ヲ免ルル能ハサルヘシ
(二) 用益権ヲ設定シタルモノノ所有権カ解除鎖除又ハ廃罷ヲ受クベキトキハ用益権モ亦之ヲ免レサルヘシ何トナレハ此場合ニ於テハ何人モ已ニ有スル権利ニアラサルヨリハ他人ニ付與スルコトヲ得ストノ原則ノ適用ニヨリ所有者ニ非ラサルモノヨリ譲渡タル用益権ハ其設定者ノ権利ト共ニ消滅スヘキナリ
第五 用益権ノ抛棄ハ用益権ニ特別ナル消滅原因ノ一ニシテ本条第三号ニ掲クル処ナリ然レトモ抛棄ニ因テ用益権ノ消滅ヲ致スハ用益者自ラ抛棄ヲナスコトヲ必要トナス所有者一人ノ為シタル抛棄ハ用益権ヲ消滅セシムルモノニアラス
第六 用益物ノ滅失ハ第百六条乃至第百八条ニ於テ其用益権消滅ニ及ホス効力ヲ規定セリ此点ニ関シテモ亦直チニ第四十二条第六号ヲ適用スベキニ非ラス
本条ニ於テ列記セル五個ノ消滅原因ニ至ツテハ法文ニ於テ悉一之レカ規定ヲ為セリ
本法ニハ混合ヲ以テ特ニ用益権ノ消滅原因中ニ掲ケサルヲ見ルヘシ混合トハ所有権ト用益権ト一人ノ手ニ合スルヲ云フ
如斯所有権ト用益権ト一人ニ合スルハ虚有者ノ手ニ於テスルコトアリ用益者ノ手ニ於テスルコトアリ或ハ第三者此両権ヲ併有スルコトアルベヘシ
所有者カ用益権ヲ合スルハ用益権カ既ニ前ニ掲ケタル原因ノ一ニ依テ消滅シタル場合ナリトス或ハ用益者カ其権利ヲ虚有者ニ譲戻シタル場合タルヘシ此場合ニ於テハ実ニ用益権ノ抛棄ニ外ナラサルナリ或ハ用益権カ解除鎖除又ハ廃罷ヲ受ケテ虚有者ノ権利ヲ完全ナラシメタル場合アルヘシ之レ亦用益権消滅シタル為ニ収益ノ権利所有者ニ復帰シタルノミ故ニ右ノ如キ場合ニ於テハ所有権ト用益権ノ併合ハ用益権ノ一種ノ消滅原因ヲ為スモノニ非ラサルナリ
第二ノ場合即チ用益者所有権ヲ合スル場合ハ用益者ガ売買相続其他ノ方法ニ依リ虚有者トナリタルトキニ生スルモノナリ此場合ニ於テ用益者カ用益権ト虚有権ヲ併有スルハ素ヨリ明カナリ然レトモ是ヲ以テ真ニ用益権ノ消滅ヲ致シタリト云フヘキヤ用益者ハ此時以後収益ヲ為スノ点ニ於テ他人ノ監督ヲ受クルコトヲ要セス従来用益者トシテ為ス能ハサリシコトモ所有者トシテ之ヲ為スコトヲ得ヘシ
又用益者カ曽テ所有者ニ對シ義務ノ担保トシテ提供シタル証人ハ義務ヲ釈放セラレ質又ハ抵当ハ消滅スヘシ何トナレハ用益者ト所有者トハ同一ノ人ナルヲ以テ其ノ間ニ義務ナルモノアルヘカラス従テ担保ヲ要スルノ理ナケレハナリ然レトモ用益者カ曽テ其権利ヲ譲渡賃貸又ハ抵当ト為シタルコトヲ仮定セハ何人ト雖モ用益者カ虚有権ヲ取得シタルカ為メ用益権ヲ消滅セシメ従テ其ノ曽テ第三者ニ與ヒタル権利ヲ消滅セシムルコトヲ信スルモノアラサルヘシ之ニ依リテ是ヲ観レハ用益者カ虚有権ヲ取得シタル場合ニ於テモ用益権ハ原則上尚ホ存スルモノナリ然レトモ用益権カ第三者ノ利益ノ為メ或ル合意ノ目的ト為リタル場合ニアラサレハ此注意ヲ為ス利益アラサルナリ
第三ノ場合即チ第三者カ同時ニ所有権及ヒ用益権ヲ取得シタル場合ニ於テハ用益者ハ所有権ノ取得者ノ為ニ用益権ヲ抛棄シタルモノト見做サルルヲ以テ到底第一ノ場合ト異ナルコトナシ
第百条
用益者ノ死亡ノ為メ消滅ヲ致スハ尤モ通常ニシテ且最モ屢々見ル所ノ場合ナリ何トナレハ用益権ハ本来用益者ノ終身ヲ限リトスル権利ナレハナリ
然ルニ已ニ述ヘタル如ク(第四十八条)用益権ハ同時ニ数人ノ終身ヲ期シテ之ヲ設定スルコトヲ得ルモノナリ只此場合ニ於テハ数人ノ用益者カ用益権設定ノ当時已ニ出生シ若クハ既ニ胎内ニ在ルコトヲ必要ト為スノミ
本条ニ規定スル場合ハ数人ノ用益者ガ順次ニ物ノ収益ヲ為ス権利ヲ得タル場合ニ非ラスシテ同時ニ且不分ニテ即チ用益物ニ付キ各自ノ収益スヘキ部分ヲ指定スルコトナク是権利ヲ得タル場合ナリ此場合ニ於テハ法律ニ於テ特ニ決定スルコトヲ必要トナス一個ノ問題生ス即チ用益者中ノ一人若クハ数人ノ死亡ハ如何ナル効力ヲ生スルモノナルヤノ問題是レナリ
皮想ノ見ヲ以テスルトキハ死亡シタル用益者ノ持分ハ虚有者ニ復帰スヘキコト尤モ正当ナル論決ナルカ如シ然レトモ外国法律ニ於テハ概シテ羅馬法ノ理論ニ基キ全ク前ニ掲クル処ニ反スル論決ヲ認メタリ今本条ニ於テ掲クル所ノモノ又此ノ論決ニ外ナラス之レ実ニ用益権ヲ設定シタルモノノ意思ニ合シタル論決ト謂ハサルヲ得ス
其論決ヲ説明スルコト左ノ如シ今一人ノ遺嘱者アリテ假令ヘハ夫婦又ハ兄弟等ノ如ク二人ノ人ニ用益権ノ遺嘱ヲ為シタル場合ヲ仮定センニ若シ遺嘱者ノ生存中ニ用益権ノ受嘱者ノ一人カ死亡シタルトキハ何人ノ説ニ従フモ是ノ死亡者ニ帰スヘキ部分ハ増加ノ原則ニ由リテ他ノ一人ノ受嘱者ノ部分ニ合スヘキコト更ニ疑ヒナキ所ナリ然ルニ此結果ハ遺言者ノ豫メ其心中ニ於テ期セサルヘカラサル所タル以上ハ仮令用益権受嘱者ノ死亡カ遺言者ノ死亡後ニアリトスルモ右ニ掲クル結果ヲ以テ等シク遺言者ノ豫期シ且承認シタル所ト推定スルハ尤モ其当ヲ得タルモノト云ハサルヘカラス
此規定ノ利益トスル所ハ二個ノ類似セル場合ニ對シテ同一ノ決定ヲ為スノ一事ニ止マラス尚ホ用益権ノ一部分ヲ虚有者ニ復帰セシメ依ツテ用益権ノ一部ノ消滅ヲ致スカ如キコトナカラシムル点ニアリ蓋シ用益権一部ノ消滅ハ他日紛争及ヒ訴訟ヲ生セシムルノ原因タルヘキノミ
第百一条
法人ノ何者タルコトハ已ニ総則ニ於テ之ヲ説明シタリ故ニ会社市町村ノ如キハ法人ニシテ是等ノ法人ハ有効ニ用益権ヲ取得スルコトヲ得ヘシ然ルニ是等ノ法人ニ至ツテハ永久ニ存在スルモノニシテ非常ノ原因アルニ非ラサレハ消滅スルモノニアラス或ハ其存在永久ナラサルモノト雖モ尚ホ各人ノ生命ニ比スレハ甚タ長キ生命ヲ有スルコトヲ得ヘシ故ニ若シ法律ニ於テ特別ノ規定ヲ設ケス各人ト等シク是等ノ法人ニ終身ヲ期シテ用益権ヲ有スルコトヲ得セシメハ其用益権ハ会社ニ於テハ人ノ数代ノ間継続スヘク市町村ノ場合ニ於テハ遂ニ永久ノ用益権タルヘシ如斯ハ実ニ虚有権ノ價値ヲシテ非常ニ減少セシメ或ハ全ク有名無実ノモノタラシムルニ至ルヘシ故ニ本条ニ於テ法人カ用益者タル場合ニ特別ナル用益権ノ期間ヲ明定シタリ
此期間ヲ三十年ト定メタルハ立法者之ヲ相当ト認メタルニ由ル蓋シ三十年ハ人類ノ平均年齢ニ外ナラサレバナリ
第百二条
第九十九条第三号ニ於テ抛棄ヲ以テ用益権消滅ノ原因ト定ムルニ当リ其抛棄ガ用益者ノ明示シタルモノナルコトヲ必要トナセリ蓋シ法律ハ用益者カ抛棄ヲ為シタルモノナルヤ否ヤニ就テ疑アルコトヲ欲セサレハナリ故ニ苟モ明示シタル場合ノ外ハ才判所ニ於テ単純ナル事実ノ推定ニ依リ抛棄ヲ認ムルコト能ハサルモノトス本条ハ二個ノ規定ヲ掲クルト雖モ其精神トスル処ハ左ノ一点ニ帰着スルモノナリ即チ用益者ノ為シタル抛棄ハ何人ヲモ害スルコトヲ得ス今用益者カ已ニ弁済スヘキ義務アルニ当リ用益権ヲ抛棄シテ此義務ヲ虚有者ノ負担ニ帰セシムル如キアラハ之レ用益者ノ抛棄ニ因テ虚有者ニ損害ヲ加フルモノナリ如斯キハ本條ノ許ササル所ナリ用益権ノ抛棄以前ニ於テ用益者カ弁済スヘキ義務ハ用益者ガ已ニ得タル収益ト相對スルモノニシテ要スルニ其已ニ取得シタル果実ノ負担ナリ故ニ用益者ハ将来ニ向ツテ其権利ヲ抛棄スルモ既往ノ収益ノ負担タル義務ハ之ヲ免ルルコト能ハス又用益者ト用益物ニ関シ合意ヲ為シ或ハ賃借金又ハ抵当ノ如キ物件ヲ得タル第三者ニ至テモ亦用益者ノ為シタル抛棄ノ為メ損害ヲ受クヘキモノニ非ラサルナリ
或ハ以上ニ掲クル外尚ホ用益者ノ抛棄ニ因テ損害ヲ蒙ムルヘカラサル一種ノ人アルコトヲ信スルモノアラン即チ用益者ノ無特権債権者是ナリ是等ノ債権者ハ用益者ノ資産ヲ以テ共同ノ担保トナスモノナルカ故ニ用益者ニシテ用益権ヲ抛棄スルトキハ為ニ其資産ヲ減少シ因テ損害ヲ蒙ムルコトアルヘキナリ
然レトモ単ニ人権ノミヲ有スル無特権債権者ト特権タル抵当ノ担保ヲ有スル債権者トノ間ニハ著シキ差異ノ存スルアリ蓋シ抵当権ヲ有スル債権者ニ對シテハ用益者カ仮令ヒ善意ヲ以テ抛棄ヲ為シタルトキト雖モ此抛棄ハ当然効力ヲ有セサルモノナリ之ニ反シテ債権者如斯キ担保ヲ有セサルトキハ用益者ノ為シタル抛棄ハ之ニ對シテ有効ナルヲ原則トナシ只廃罷ノ為ニ無効ニ帰スルコトアルヘキノミ而シテ此廃罷ハ用益権ノ抛棄ガ債権者等ノ権利ヲ詐害シテ為サレタル場合ニ非ラサレハ請求スルコトヲ得ス如斯両者ノ間ニ差異アル所以ノモノハ無特権債権者ノミヲ有スル債務者ハ依然自由ニ其資産ヲ處分スル権利ヲ保有スルノ理ニ基クモノナリ故ニ是等ノ債権者ハ債務者ノ所為ニヨリ其資産ノ増減ニ従ツテ利害ヲ受クルコト当然ニシテ苟モ其権利ヲ詐害スルノ意思ヲ以テ債務者ノ為シタル所為ノ外ハ総テ其結果ヲ甘受セサルヘカラス
本条ノ明文ニハ単ニ用益権ノ抛棄以前ニ於テ已ニ物権ヲ取得シタル第三者 ヲ害スルコトヲ得スト明記セリ故ニ此明文ヲ以テスルモ物権ヲ有セサル普通ノ債権者ハ普通法ノ規定ニ従フヘキコト勿論ナリ
権利者ヲ詐害シテ為シタル所為ニ関スル廃罷訴権ノ理論ハ本編第弐部(第三百四十条以下)ニ於テ之ヲ見ルヘシ
第百三条
不使用トハ其文字ニ依リテ知リ得ヘキ如ク用益者カ其権利ヲ行使スルコトナカリシヲ云フ若シ如此用益者其権利ヲ行使スルコトナクシテ三十年ニ至ルトキハ法律ハ用益権為ニ消滅シタリト宣言ス而シテ此不使用ハ如何ナル場合ニ於テモ使用権ヲ消滅セシムルモノニシテ用益者カ用益権ノ行使ヲ為ササリシハ其権利ノ存スルコトヲ知ラスシテ然リシヤ将タ之ヲ知リテ尚ホ使用ヲ為ササリシヤヲ区別スルノ必要ナシ亦権利ノ行使ヲ為ササリシハ全ク任意ニ出テタルカ或ハ自己ノ意志ニ関係ナキ事情ノ為ニ妨ケラレテ然リシヤヲ問フコトヲ要セズ蓋シ其原因ノ如何ニ拘ハラス已ニ用益者ノ為ニ利益ナキ以上ハ徒ニ用益権ヲ存セシメテ著シク所有権ノ價額ヲ減少セシムルコトハ法律ノ欲セサル所ナリ用益権ノ不使用ハ時効就中義務ノ消滅ニ関スル免責ノ時効ト甚タ相似タル所アリ不使用ノ期間ハ時効ト同シク亦不使用ニ必要トスル所ハ権利者カ其権利ヲ行ハサルノ一事ニアツテ不使用ノ為ニ利益ヲ受クヘキ者(本条ノ場合ニ於テハ虚有者)カ占有ヲ為シタルコトヲ必要トセス不使用ニ基ク消滅ハ当然ニ生スルモノニ非ラスシテ用益者ニ對シ特ニ援用スルコトヲ要ス亦本条ニ規定スル如ク不使用ハ之ニ對シテ時効ヲ援用スルコトヲ得サル人即チ未成年等ノ如ク時効ノ停止ノ利益ヲ受クヘキ人ニ對シ對抗スルコトヲ得ス
不使用ト時効トヲ殆ント同一ノモノト見做スカ故ニ不使用ハ時効ト等シク三十ヶ年ノ満了ニ先タチ虚有者又ハ収益ヲ侵奪シタル第三者ニ對シ用益者カ才判所ニ為シタル請求ニ因テ中断スト論決スヘシ又時間ノ計算ニ関スル問題ハ不使用ニ付テモ時効ノ場合ニ於ケルト同一ノ規定ニ従テ決定スヘシ
然シ凡不使用ト義務ノ免責ノ時効トノ間ニハ尚ホ幾多ノ差異アルハ云フヲ俟タスシテ明カナルヘシ之ヲ例スルニ虚有者ハ用益者ニ對シテ不使用ヲ援用スルニ当リ用益者カ未タ抛棄又ハ譲渡等ヲ為シタルコトアラサルヲ認メタル時ト雖モ、尚ホ不使用ノ利益ヲ失フコトナカルヘシ(参看証拠編第九十六条)
第百四条
収益ノ濫妄ニヨル用益権ノ廃罷ハ一見スルトキハ用益権ニ特別ナル消滅原因ノ如クナリト雖モ其実強チニ然ルニ非ス総テ一己ノ権利ニ或ル条件ヲ付シタルトキ此権利ヲ行フ者其条件ヲ履行セサルトキハ此不履行ノ為ニ権利ヲ解除スルハ一般ノ原則ニシテ用益権ノ廃罷モ亦此原則ヲ適用シタルモノナリ用益権ト相類スル賃借権ノ場合ニ於テモ亦此原則ノ適用ヲ見ルへシ用益者ノ収益ノ濫妄ノ場合ニ於テ虚有者ノ利益ノ為ニ本条ニ定メタル保管ノ處分ハ他ノ場合ニ於テモ屢々適用ヲ見ル所ノモノナリ只通常保管ノ處分ハ所有権争訟ニ係ル物権ニ付テノミ適用シ且其争訟ノ継續スル間ノミ此處分ヲ為スト雖トモ本条ノ場合ニ於テハ保管ハ用益権ノ消滅スル迄継続スルコトヲ得ヘキナリ
才判所カ用益物ノ保管ヲ命スルト用益権ノ廃罷ヲ命スルトハ一ニ事実ノ軽重ニ依ツテ定マルヘキ処ナリトス
法律ハ本条ニ於テ保管又ハ廃罷ノ原因ト為スニ足ルヘキ用益者ノ二種ノ過失ヲ指示ス而シテ本条ノ處分タルヤ民事上ノ責罰ヲ科スルニアルヲ以テ本条ノ法律ハ現定ノ性質ヲ有スルモノト見做シ明文以外ノ場合ニ之ヲ適用セサルコトヲ要ス
第一ノ場合ハ一時又ハ長カラサル時間ニ用益物ニ加ヒタル毀損ニシテ殆ント収補スヘカラサル性質ヲ有スル場合ナリ仮令ハ大樹林ノ採伐ヲ為シタルカ如キ是ナリ第二ノ場合ハ継続シタル過失ニシテ遂ニ用益物ノ滅失ヲ致スヘキモノヲ云フ而シテ法律ノ規定ニ従ヒバ此種ノ過失ハ分チテ二ト為スコトヲ得ヘシ第一ハ保存ノ虧缺ニシテ用益者ニ於テ為スヘキ義務アル修繕ヲ為ササルヲ云フ第二ハ収益ノ濫妄ニシテ其種類一ナラサルヘシ之ヲ例スルニ鋼鑛又ハ石鑛ノ採掘ヲ過度ニ擴張スルカ如キ或ハ用益物タル獣畜ヲシテ過度ノ生殖ヲ為サシムルカ如キ是ナリ
土地ノ耕作ヲ為スニ当リ種々ノ方法ヲ以テ過度ナル収穫ヲ生セシムル如キハ収益ノ濫妄ト稱スルコトヲ得ス何トナレハ如此方法ヲ用ユル時ハ一時土地ノ生産力ヲ減スルコトアルハ明カナリト雖モ未タ之レガ為ニ土地ノ保存ヲ危フシ又ハ将来永久ノ生産力ヲ害スルモノニアラス
才判所カ用益権ノ廃罷ヲ宣告スルトキハ之カ為ニ用益者ヲシテ全ク利益ヲ失ハシムルニアラス蓋シ用益権ノ廃罷ハ其目的トスル所虚有者ニ担保ヲ得セシムルニアリ故ニ用益者ヲシテ用益物ヲ毀損シ又ハ其保存ヲ危フスルコト能ハサラシメハ即チ足ルヘシ反ツテ此廃罷ノ為ニ虚有者ヲシテ利益ヲ得セシムルカ如キハ決シテ至当ト云フコトヲ得ス
是故ニ廃罷ノ場合ニ於テハ才判所ハ年々ノ収益中虚有者ヨリ用益者ニ払フヘキ部分ヲ金額又ハ果実ニ付テ定ムルコトヲ要ス
才判所ハ廃罷ヲ宣告シタルトキハ用益権ハ法律上消滅シタリト雖モ其実寧ロ用益権ハ年々果実ノ幾分ヲ請求スル債権ニ変シタリト云フコトヲ得ヘシ故ニ此債権ニハ嘗テ存シタル用益権ト同一ノ期限ヲ付スルコトヲ要ス従ツテ用益者死亡スルカ又ハ用益権ノ為ニ定メタル期間満了スルトキハ此債権ハ消滅スヘシ用益物カ所有者ノ手ニ於テ其過失ナクシテ滅失シタルトキモ亦同シ用益者カ毀棄ヲ為シタルトキハ是ニ因テ債権ノ消滅ヲ致スコト素ヨリ言フヲ俟タス然レトモ収益ノ濫妄ニ至ツテハ再ヒ其問題生スルコトヲ得ス不使用ニ至テハ全ク真正ナル免責ノ時効ト変スヘシ而シテ其期間ハ甚タ短ク総テ年賦債権ニ於ケルカ如ク単ニ五ヶ年ニシテ成就スルモノナリ然レトモ此ノ時効ハ満期トナリタル各年額ニ付テ特ニ成就スルモノニシテ其他ノ年額ニ効力ヲ及ホスモノニ非ズ
本条第二項及ヒ第三項ニ付テハ詳細ノ説明ヲ要セス只一二ノ注意ヲ以テ足レリトナス
才判所カ用益権ノ廃罷ヲ為シタル当年ノ果実及ヒ所得ニ付テ用益者ノ得分トナル可キモノヲ定ムルニ当テハ宜シク用益者カ已ニ為シタル耕作其他ノ費用ト当年ニ於テ生スヘキ見積収穫トヲ斟酌ス可シ然リト雖モ翌年以後毎年虚有者ヨリ用益者ニ弁済スヘキモノニ関シテハ一定ノ平均額ヲ定メ而シテ所有者カ耕作等ノ為メニ費スヘキ所ヲ斟酌スルコトヲ必要ト為ス
本条第三項ノ適用ニ関シテ先ツ注意ヲ為スコトヲ要ス単ニ文字ニノミ拘束セラルルトキハ第三項ハ用益者カ金額ヲ以テ収益ノ幾分ヲ受クル場合ニノミ適用スヘキ如シト雖モ其実然ルニ非ス宜シク第一項ト同一ノ意義ニ解釈スルコトヲ要ス即チ用益者カ金銭ヲ以テ弁済ヲ受クルモ或ハ果実ノ現物ヲ以テ弁済ヲ受クルモ常ニ第三項ノ規定ヲ適用スルコトヲ要ス
故ニ用益権廃罷ノ場合ニ於テ用益者カ所得ノ部分ヲ取得スル時ニ関シテハ金銭ナルモ現物ナルトヲ問ハス本条ハ法定ノ果実ノ取得ニ関スル原則ヲ適用セリ即チ日割ヲ以テ取得スルコトト定メ其年ノ初ヨリシテ其時迄ノ日数ヲ計算シ之ニ基テ用益者ノ得分ヲ定ム可シ但或場合ニ於テハ未タ収穫ノ期節ニ至ラサルコト有ル可シ此ノ如キ場合ニ於テハ弁済之期ヲ収穫ノ時迄延ハス可キノミ
原則上用益者カ天然ノ果実ヲ取得スルハ果実ノ土地ヨリ分離シタル時ニ於テスルモノナルカ故ニ本條ノ場合ニ於テモ亦タ第五十二条ニ掲クル此原則ヲ適用スルコト立法上固ヨリ為シ得ヘキ所ナリ然ルニ本條ニ於テ茲ニ出スシテ特ニ規定ヲ為シタルモノハ蓋シ用益権廃罷セラルルトキハ用益者ノ地位ハ其以前ト甚タシク変更シタルカ故ニ右ノ原則ヨリ当然ニ生スル未必ノ得失利害ニ任セシメサルヲ以テ可トスレハナリ然ノミナラス此場合ニ於テハ曽テ述ヘタル如キ弊害生スルコト甚シカラス何トナレハ用益者又ハ其相続人カ日割ヲ以テ取得スルハ単ニ用益権ノ終了スル最後ノ一年ニシテ其一年ノ収穫ノ計算ヲ為スノ必要アルノミ其以前ニ在テハ用益者ハ全年存在スルヲ以才判所カ豫メ一定シタル部分ノ全額ヲ取得スヘケレハナリ
用益者カ本條ニ従テ有スル有スル三箇ノ権利ヲ明瞭ナラシムル為メニハ一箇ノ設例ヲ掲クルコトヲ要ス可シ
今用益者カ収益ノ濫妄ヲ為シタルニ依ル或ル年ノ中途ニ於テ其用益権廃罷セラレ而シテ尚ホ其翌年ヨリ満三年ヲ経過シ其次年ノ三分ノ二ニ相当スル時ニ至リテ用益権ヲ消滅セシムル他ノ原因生シタルト仮定ス可シ
右ノ場合ニ於テ用益者カ得ル所ハ左ノ如シ第一用益権廃罷ノ年ノ果実ニ付テハ其収穫ノ全部中才判所カ用益者ノ使用シタル耕作其他ノ費用ト廃罷ノ時日トヲ斟酌シテ定メタル部分ヲ取得ス可シ第二翌年ヨリ三ヶ年間ハ才判所カ各収穫ノ後所有者ヨリ用益者ニ弁済スヘキモノト定メタル果実ノ部分ヲ取得スヘシ第三最後一年ニ在テハ三分ノ二ヲ経過シテ用益権消滅ノ原因生シタルニ依リ右ニ掲クル果実ノ部分ノ三分ノ二ヲ取得スヘキナリ
第百○五条
前条ニ掲クル如ク用益者カ用益物ヲ毀損シタル等ノ場合ニ於テ用益権ノ廃罷ヲ為スハ主トシテ将来ニ向テ虚有者ノ利益ヲ担保スルニ在リ故ニ其以後ニ於テ損害ヲ生セサラシムルニ足ルヘシト雖モ其当時已ニ生シタル損害ニ至テハ用益者ニ於テ尚ホ之ヲ賠償スルコトヲ要ス例ヘハ用益者カ大樹林ノ木ヲ採伐シタル為メ廃罷ヲ受ケタル場合ニ於テ此採伐ノ為メ價額ノ重要ナル部分ヲ失ヒタル用益地ヲ返還スルモ未タ所有者ノ損害ヲ償フモノニ非ス又獣畜ヲ以テ用益物ト為シタル場合ニ於テ過度ノ生殖ヲ為サシメタル為メニ其用ヲ為ササルニ至リ依テ用益権ノ廃罷アリタルトキ或ハ車輌又ハ運送ノ用ニ供シタル牛馬等ノ用益権ノ場合ニ於テ過度ノ使役ヲ為シテ用ニ堪サルニ至ラシメ依テ廃罷ヲ受ケタルトキモ亦タ前ニ述ヘタル場合ト同シク現存ノ用益物ヲ返還スルモ所有者カ受ケタル損害ハ未タ償フ所アラサルナリ故ニ所有者ニ於テ已ニ損害ノ生シタルコトヲ証明スルニ於テハ才判所ハ其賠償ノ為メ用益者カ弁済スベキ金額ヲ決定スヘキモノトス
第百六条
物ヲ分テ主タルモノ及ヒ従タルモノト為スコトハ已ニ第十五条ニ於テ示シタル所ナリ本条ハ実ニ此物ノ区別ヲ適用シタルモノナリ若シ一箇ノ建物ヲ以テ用益権ノ主タル目的物ト為シタルトキ其建物ノ全部毀滅セハ用益権之カ為メニ終了スルコト勿論ナリ之ニ反シテ建物ハ唯用益物ノ従タルニ過キサルトキハ其毀滅ハ未タ用益権ノ消滅ヲ致スモノニ非ス蓋シ主タル用益物タル土地滅失セサル以上ハ用益権ハ建物ノ存セサル土地ノ部分ニ於テ継続スルノミナラス建物ノ敷地ニ存ス可ク且建物ノ毀滅シタル後ニ残存スル物料モ亦タ用益権ノ目的タルヘキナリ
第百七条
用益物ノ公用徴収ノ場合ニ於テハ政府ノ拂フヘキ償金ハ実ニ用益物ヲ代表スルモノタルコト更ニ疑フ可ラス果シテ然ラハ用益者ハ以後終身間此償金ニ付テ収益ヲ為ス可ク是ニ於テカ従来不動産ヲ以テ目的物ト為シタル用益権カ変シテ金銭ヲ以テ目的物ト為ス用益権トナル可シ而シテ是固ヨリ至当ナル所ナリ何トナレハ用益物ヲ代表スル金銭アル以上ハ其収益ノ用益者ニ属スルハ勿論ニシテ若シ之ヲ虚有者ニ得セシメハ虚有者ハ公用徴収ノ為メニ不当ノ利ヲ得ヘケレハナリ
右ノ点ニ付テ一ノ注意ヲ要スルモノアリ公用徴収ノ場合ニ於テ用益権ノ目的物ハ前ニ述ル如ク全ク変更スルヲ以テ若シ当初用益物タリシ不動産カ公用徴収ノ後ニ至リ滅失スルコトアルモ之カ為ニ用益権ノ終了ヲ致スモノニ非ス何トナレハ此不動産ハ此時既ニ用益権ノ目的物ニ非サレハナリ要スルニ此場合ニ於テ用益権ハ期限満了スルカ用益者自ラ抛棄スルカ又ハ用益者死亡スルニ非サレハ消滅スルコト無キナリ
縦令ヒ用益者カ当初不動産ノ用益権ヲ得ルニ当リ其収益ノ為メ保証人ヲ立ツルノ義務ヲ免除セラレタリシトキト雖モ若シ右ニ掲クル如ク公用徴収ノ為メ金銭ヲ以テ用益権ノ目的ト為スニ至リシトキハ此免除ヲ理由トシテ保證人ヲ立ツルノ義務ヲ免ルルコト能ハサル可シ何トナレハ金銭ハ之ヲ不動産ニ比スレハ甚ク消費シ易ク収益ノ方法如何ニ依リ全ク散失シ得ヘケレハナリ
之ト同一ノ理由ニ依リ若シ当初ニ於テ不動産ノ収益ノ為メ既ニ保證ヲ供シタリシトキハ償金ノ収益ヲ為スニ至リ更ニ其金額ニ付キ保證ヲ定メサル可カラス
法律ハ公用徴収ノ場合ニ付テ定メタル規則ヲ之ト相類似セル第九十條及ヒ第九十一條ニ掲ケタル二箇ノ場合ニ摘用セリ第九十條ノ場合ハ租税ノ辨済ヲ怠リタル為メ用益地賣却シタタル場合ニシテ第九十一條ノ場合ハ保険ニ付シタル建物カ火災ニ罹リタル場合ナリトス此二箇ノ場合ニ於テハ其原因ニ異ナル所アルモ元来不動産物ノ用益者ヲシテ償金ノ収益ヲ為サシムルノ一事ニ至テハ全ク同一ナリ故ニ用益者ハ公用徴収ノ場合ト同シク其他ノ還給ス可キ金額ニ對シテ保證人ヲ立ツルノ義務アル者ト定メタルナリ
第百八條
物ノ性質ノ變更カ単ニ一時ノコトニ非ラスシテ確定ナルトキハ縦ヒ之カ為メ用益物ノ滅失ヲ致ササルモ尚ホ之ヲ以テ物ノ滅失ト同一視セリ
是レ即チ用益者カ物ノ収益ヲ為スハ一ニ其用方ニ従フコトヲ要スト謂ヘル原則ヨリ生スル結果ナリトス
本條ニ於テ立法者カ示シタル用益物ノ性質變更ノ例ハ決シテ限定ノモノト解ス可カラス此故ニ例ヘハ大小樹林ノ用益権ノ場合ニ於テ若シ樹木カ全ク焼失シタルトキハ前ニ掲ケタル理論ニ従ヒ樹林ノ用益権ハ消滅シタリト断定スルコトヲ要ス且樹林ノ一隅ニ於テ僅ニ火ヲ免カレタル二、三ノ樹木存スルコトアルモ尚ホ樹林ハ之ヲ全ク焼失シタリト看做スコトヲ要ス
然レトモ若シ畠トシテ耕作ス可キ土地ノ用役権ノ場合ニ於テ水ノ為メニ浸タサルルモ其水甚タ浅ク随テ水田トシテ耕作スルニ堪ユヘキトキハ裁判所ハ用益権未タ消滅セサル旨ヲ判決スルコトヲ得ヘシ何トナレハ従来他ノ穀物ヲ作リタルモ之ニ次テ米ヲ作ルコト固ヨリ容易ニ為シ得へキ所ナレハナリ
第百九條
本條ハ本章第五十條ノ規定ト照應スルモノナリ蓋シ第五十條ハ用益権ノ開始シタル時現ニ用益物タル土地ニ附着スル果實ヲ用益者ニ得セシメ而シテ虚有者カ此果實ノ為メニ耕作其他費用ヲ投シタルモ用益者ヲシテ何等ノ賠償ヲモ為ササルトヲ得セシメタルモノニシテ本條ハ用益権消滅ノ時ニ於テ用益者ノ費用ト労力トニ依リ生シタル果實ニ関シ同一ノ利益ヲ虚有者ニ與へタルモノナリ
果実ノ成熟未タ完タカラサル時ニ於テ用益権ノ消滅ヲ致セルト用益者カ其権利ノ消滅前ニ果実ヲ収取スルコトヲ遅滞シタルトヲ問ハス総テ用益権ノ終了シタル時尚ホ土地ニ附着セル果実ノコトニ付テハ已ニ第六十九條ノ下ニ於テ已ニ説明ヲ為シタリ而シテ而シテ右ニ述フル如ク或ル場合ニ於テハ虚有者ノ生セシメタル果實ヲ用益者ニ取得セシメ又或場合ニ於テハ用益者ノ費用ニ依テ生シタル果実ヲ虚有者ノ有ニ帰セシムルハ共ニ純正ナル公義ニ合シタリト云フ可カラスト雖モ本法ニ於テ此二箇ノ決定ヲ確認シタル理由モ亦同条ノ下ニ於テ已ニ之ヲ示セリ要スルニ用益権ノ開始及ヒ終了ノ時ニ於テ繁難ナル計算ヲ避ケ以テ訴訟ノ泉源ヲ経タント欲スルニ在リ本法ノ規定ノ如クナルナルトキハ各当事者ノ為メ或ハ利益タルコトアル可ク或ハ損失タルコトアル可ク其間事ノ射倖ニ属スルモノアル可シ然レドトモ得失ノ幸福ハ当事者双方ノ為メニ全ク軒輊アラサルノミナラス必竟スルニ用益権自体スラ人ノ生命ト存在ヲ同フスル射倖ノモノタルヲ思ハハ右ノ場合ノ如キハ実ニ此射倖ノ性質ヨリ来ル一箇ノ結果ニ過キサルコトヲ知ル可キナリ
然レトモ小作人ノ已ニ取得シタル権利ニ至テハ立法者之ヲ右ノ規定以外ニ置ケリ蓋シ小作人ノ利益ハ斯ノ如ク射倖ノモノタラシムヘキ理ナケレハナリ
賃貸借ニ関シテ先ツ一二ノ注意ヲ必要トス賃貸借契約ハ賃借権ト称スル物権ヲ設定スル所為ニシテ処分ノ所為ナリト雖モ若シ其契約ノ期間カ一定ノ制限ヲ超ヘサルトキハ(第百十九條以下参看)管理ノ性質ヲ有スルモノトス此故ニ右ノ制限内ニ於テ適法ノ期限ヲ以テ用益者カ契約シタル用益物ノ賃借権ハ用益権ノ終了シタル後ト雖モ尚ホ其規限満了ノ時迄虚有者ニ對シテ有効ニ存立スルモノトス蓋シ用益者ハ有効ニ管理ノ所為ヲ為スノ権限ヲ有スレハナリ
右ノ原則ハ次章ニ於テ一般ニ之ヲ規定シ本條ハ敢テ此ノ原則ノ適用ヲ為スヲ以テ目的ト為スニ非ラス唯果実ニ関シ多少ノ疑ヲ生シ得ヘキ一箇ノ点ヲ決定シタルノミ
不動産ノ賃貸借ヲ為スニ当リテ賃借人カ約諾シ得ヘキ條件ハ一様ニ止ルモノニ非ス或ハ一定ノ金額ヲ以テ毎年ノ借賃トシ賃借人ハ之ヲ約スルコトヲ得ヘク或ハ然ラスシテ不動産ヨリ生スル毎年ノ果実ノ一分ヲ借賃トシテ所有者ニ與フルコトヲ得可シ
賃借人ノ拂フヘキ借賃カ一定ノ金額ナルトキハ用益者ハ日毎ニ即チ日割ヲ以テ取得ス(第五十四條)而シテ用益権終了ノ時以後ノ日數ニ對スル借賃ハ所有者之ヲ取得スヘシ
賃借人ノ辨論スヘキ借賃カ賃借物ノ果實ノ一分ナル場合ニ於テハ用益者ハ賃借人ト一種ノ組合ヲ為シタル如キ地位ニ在ルヲ以テ用益権終了後ト雖モ尚ホ自ラ果實ノ一分ヲ収受スルノ権利アリト信スルモノアラン然レトモ法律ハ此ノ如クナルヲ許サス蓋シ此場合ニ於ケル借賃ハ法定ノ果実ニ非スシテ自然ノ果実ナルカ故ニ用益権終了ノトキ未タ土地ヨリ離レサルモノハ用益者ニ帰スルノ理ナケレハナリ故ニ賃借人ハ唯虚有者ト果実ヲ分ツヘキノミ
第二節 使用権及ヒ住居権
第百十條
使用権ト用益権トハ甚タ相類似スル所ノモノニシテ要スルニ使用権ハ特ニ制限ヲ附シタル一種ノ用益権ト称スルコトヲ得ヘシ
法文ニ於テハ此制限ノ程度如何ヲ指示シ以テ此理論ヲ確認シタルノミナラス尚ホ明文ニ於テ直接ニ此理論ヲ示セリ
普通用益権ノ場合ニ於テ用益者ハ用益物ヲ使用シ及ヒ収益スルノ権ヲ有ス而シテ此使用及収益ノ二権利ハ用益物ノ性質及ヒ其用方ニ従テ之ヲ行使スルノ外何等ノ制限ヲモ有セサルモノナリ
之ニ反シテ特別ナル用益権タル使用権ノ場合ニ於テ使用者ハ右ノ外尚ホ自己ノ需用及ヒ其家族ノ需用ノ為メニ非サレハ使用及ヒ収益ヲ為スコト能ハサルノ制限ヲ有スルモノナリ
使用権ノ原則ハ右ニ示示ス如クニシテ次条以下数条ハ此制限ノ二三ノ結果ヲ明示セルモノタルニ外ナラス
住居権ハ建物ヲ目的物トスル権利ナルコト勿論ニシテ是レ建物ノ使用権ナリ故ニ住居権モ亦其他ノ使用権ト同シク住居者及ヒ其家族ノ需用ヲ以テ限度ト為スコト言ヲ俟タス
然レトモ右ノ制限ニ付テ誤解ヲ防ク可キ所アリ即チ使用者ノ権利ハ此ノ如ク使用者及ヒ其家族ノ需用ニ限ラレタリト雖モ之カ為メニ使用権ハ困窮ニ陥リタル人ノ為ニアラサレハ設定スルコトヲ得スト断定スルコト無キヲ要ス又従テ贈與又ハ遺贈ヲ以テ所有者カ其親族又ハ朋友ニ使用権ヲ設定シタル当時ニ於テ受贈者又ハ受遺者ハ困究ノ状ニ在リシモ他ノ使用者カ資産餘裕アルニ至リタルトキハ使用権為メニ消滅スヘシトノ論決ヲ為ス可カラス然ノミナラス却テ下ノ如キ断定ヲ為スコトヲ得ヘシ已ニ使用権カ使用者及ヒ其家族ノ需用ヲ以テ程度ト為スコト明ナル以上ハ其程度ハ使用者貧富如何ニ依テ異ナルヘク而シテ貧者ノ需用ハ小ニシテ富者ノ需用ハ自ラ大ナルヘシ故ニ使用者カ他日資産餘裕アルニ至テハ之ニ應シテ其為シ得ヘキ使用収益ノ程度モ高カルヘキハ当然ニシテ其得有スヘキ果実及ヒ其使用スヘキ家屋ノ部分ハ従前ニ比シテ増加スヘキナリ而シテ果実ニ使用権ノ性質ト使用権設定ノ意思ニ基キテ生シ来ル結果ナルノミ使用権及ヒ住居権ハ時トシテハ養料ノ代ハリトシテ使用者ニ之ヲ得セシムルコトアルヘシ然レトモ是レ決シテ此権利ノ固有ノ性質ニアラス又其本来ノ目的ニモアラサルナリ
右ノ理論ヲ推究スルトキハ既ニ自己及ヒ家族ノ需用ニ十分ナル一箇ノ使用権ヲ有スル人ト雖モ尚ホ新タニ他ノ財産ニ就キ同様ナル使用権ヲ取得シ得ルコト妨ナシ此ノ如キ場合ニ於テ使用者ノ権利ハ各使用物ニ付キ格別ニ自己及ヒ家族ノ需用ヲ限度トシテ之ヲ行ヒ得ヘキ恰モ一箇ノ使用ノミ有スルト異ナルコトナシ
第百十一條
家族ナル語ハ其意義漠然タルカ故ニ若シ之ヲ明定セサルトキハ使用者ハ使用収益ノ範囲ヲ擴張シテ濫妄ニ流ルルコト容易ナルヘク従テ使用権設定者ノ豫期ニ反スル結果ヲ生スルニ至ルヘシ是レ本條ニ於テ家族ノ限界ヲ明定スル所以ナリ
若シ使用者カ権利ヲ取得シタル後ニ至リテ新タニ婚姻シ又ハ子ヲ擧ケタル如キ場合ニ於テ其新配偶者及ヒ其子ハ使用権ノ利益ヲ受ケ即チ此等ノ者ノ需用ニ應スヘキ使用収益ハ使用者ニ於テ之ヲ為シ得ヘキコト言ヲ俟タス
本條ニ掲ケタル人々ノ需用カ使用者ノ使用ノ標準タル家族タルニハ其人々カ使用者ト共ニ住居スルコトヲ必要ナリトス此條件ハ左ノ理由ニ因テ其至当ナルヲ解スルコトヲ得ヘシ若シ其家族ニシテ他所ニ住居スルトキハ其存在且主トシテ其需用ノ程度ヲ證明スルコト甚タ難カルヘシ
雇人ニ付キテハ更ニ一箇ノ條件ヲ必要トナス即チ其雇人ガ使用者ノ随身ノモノナルコト是ナリ故ニ商業ノ為メニスル雇人馬丁耕作人ノ如キハ使用者ノ権利ノ範囲ヲ定ムル家族中ニ包含スヘカラサルコト勿論ナリ然レトモ雇人カ随身ノモノナルヤ否ヤヲ定ムルニ当テハ此等ノ人々ニ付テモ尚ホ裁判官カ事実ノ情状ニ基テ斟酌決定スヘキ所ナリトス
第百十二條
使用者ノ権利ハ普通用益者ト異リテ制限アルモノナルカ故ニ時トシテ不動産ノ果実ノ一部分ニ付テノミ権利ヲ有スルニ止ルコト有リ
然ルニ尚ホ此使用者ヲ其土地ノ全部ノ占有ヲ得セシメ一人ニテ随意ニ之カ耕作ヲ為スコトヲ得セシムル如キアラハ虚有者ノ為メ甚タ不利益ナルノミナラス動モスレハ一般ノ利益ノ為メニ有害ナルコトアル可シ蓋シ使用者ハ自己ノ需用ニ供スル物ノミヲ生セシムルトキハ己ニ利害ヲ感セサルカ故ニ唯之カ為メニノミ務メテ残餘ノ土地ノ部分ハ全ク之ヲ不生産ニ委スルカ如キコト無キヲ保ス可ラス家屋ニ付キテモ亦之ト同一ニシテ使用者唯其一部分ノミヲ使用シ残餘ノ部分ハ之ヲ使用スルコトナク随テ何等ノ注意ヲ加フルコトナク之カ保持ヲ害スル如キコト無シト云フ可ラス
若シ使用権ノ設定権原ヲ以テ使用者ノ用ニ供スル建物ノ部分ヲ指示セス又ハ使用者ノ権利ノ目的物タル土地ノ利用方法ヲ定ムルコトヲ怠リタルトキハ當事者ハ特ニ合意ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得ヘシ
若シ當事者カ右ノ点ヲ定ムルニ当リテ意思合致スルコト能ハサルトキハ裁判所ハ使用権ノ目的タル財産ノ性質ニ従ヒ且設定者ノ意思ヲ推測シテ使用者ノ使用スヘキ部分及ヒ使用方法ヲ定ム可シ
使用権ノ目的物カ土地ナル場合ニ於テハ裁判所ハ此土地ニ付キ使用者カ其随意ニ耕作シ得可キ部分ヲ使用者ニ指定ス可シ
又土地カ従来其用方ニ供セラレサリシ時ニ當リ使用者カ自己ニ有用ナル可キ諸種ノ物ヲ産出セシメンカ為メ其土地ノ従来ノ用法ニ反シテ其全部ヲ自己ノ利益ナル種類ノ耕作ニ使用セント主張スルカ如キハ決シテ使用者ニ許ス可カラサル事タリ例ヘハ衣類ヲ作ランカ為メニ綿ヲ植ユルカ如キ又ハ炭及ヒ薪ヲ得ンカ為メ樹木ヲ植ルカ如キ是ナリ實ニ権利設定者ノ豫期スル所ニ反スルモノナリ
第百十三條
使用権ノ譲渡ヲ禁シ且ツ其ノ賃貸ヲ禁スルハ前ニ掲ケタル使用権ノ制限ヨリ生スル結果ノ一タリ
若シ使用権ニシテ譲渡スコトヲ得又ハ賃貸スルコトヲ得ルモノトセハ譲受人又ハ賃借人ノ需用ハ原使用者ノ需用ト同一ナルヲ得ス且動モスレハ之ニ比シテ大ナル可シ縦ヒ譲受人又ハ賃借人ノ使用収益原使用者ノ需用ヲ限度トシテ之ヲ為スコトヲ得ヘシト定ムルモ之カ為メニ為ニ必要ナル監督ハ甚タ煩難ナルヘク且日々名状ス可カラサル争訟ノ泉源トナル可キナリ
第百十四條
本条ハ使用権及ヒ住居権カ特ニ制限ヲ附セラレタル一種ノ用益権タル性質ヲシテ愈明確ナラシムルモノナリ
使用者及ヒ住居者ハノ権利ノ目的タル物ノ全部若シクハ一分ノ現實ノ占有ヲ有スルカ故ニ動産物ニ付テハ之ヲ紛失シ又ハ窃取シ又不動産物ニ付テハ之ヲ毀損スル如キコトナキヲ保セス是ニ於テカ動産目録不動産形状書ヲ調製シ且担保ヲ供スルコトヲ必要トス
又設定権原ニ於テ明確ナル規定アラサル以上ハ日用品若クハ金額ヲ以テ使用権ノ目的ト為スコトヲ得スト断定スヘシ故ニ評價ハ賣買ト同一ナル効力ヲ有スルノ原則ハ殆ント之ヲ使用権ニ適用スルコト有ラサル可シ
公用徴収ニ関シテハ本條ニ於テ更ニ規定ヲ掲ケス若公用徴収アルトキハ使用者ヲシテ償金全額ノ収益ヲ得セシムルハ決シテ其当ヲ得タルモノニ非ス故ニ此ノ如キ場合ニ於テハ使用者ト虚有者トノ間ニ於テ右ノ償金ヲ割合ヲ定メテ両分シ其一分ニ付テノミ使用者ハ公用徴収ヲ受ケタル物ノ直接ナル収益ニ代テ収益スルコトヲ得ヘキナリ
第三章 賃借権、永借権及ビ地上権
第一節 賃借権
第百拾五条
立法者ハ本条ニ於テモ亦前条ニ於ケル如ク本条ニ於テ規定スヘキ権利ノ定義ヲ下スヲ以テ第一ト為セリ
本法ニ於テ賃貸借契約ヨリ生スル権利ヲ本編第一部中ニ列シタルヲ以テ看ルモ既ニ之ヲ物権ト為シタルコトヲ知ルベシ然レトモ仍ホ第二条ニ於テハ此権利ノ物権タルコトヲ明示セリ
賃借人ノ有スル権利ハ用益者ノ権利ト甚ダ相類スルモノナリ賃借人ハ用益者ト同ジク他人ノ所有ニ属スル物ノ使用ヲ為シ且ツ収益スルコトヲ得ヘシ而シテ賃借人ノ権利ハ或ル特別ノ点ヲ除クノ外用益者ノ権利ト同一ノ範囲同一ノ制限ヲ有スルモノナリ故ニ本条ノ規定ハ前条ノ規定ヲ以テ之ヲ補充スルコトヲ要ス立法者モ亦屢々明文ニ於テ此事ヲ掲ケタリ(参看第百廿六条第百四拾二条及ヒ第百四拾四条)然レトモ是レ固ヨリ明文ヲ竢テ後ニ始メテ然ルモノニ非ラサルナリ
用益者ト賃借人ノ権利ハ右ニ述フル如ク甚ダ相似タリト雖トモ又数個ノ点ニ於テ両個ノ権利ハ相異ナルヲ看ルベシ第一其期間ニ関シテ同シカラサルモノナリ用益者ノ権利ハ大概用益者ノ終身ヲ以テ限リト為スト雖トモ賃借人ノ権利ハ此ノ如キ射倖ノ性質ヲ有セス通常一定ノ期間ヲ以テ之ヲ設定スルモノナリ
用益者ノ権利ハ概ネ贈與又ハ遺贈等ニ基キ無償名義ヲ以テ設定スルモノナリ然レトモ賃借権ハ常ニ有償名義ヲ以テ設定スルモノトス即チ賃借人ヨリ多少ノ出捐ヲ為シテ之ヲ取得スルモノナリ
用益権カ有償ヲ以テ設定セラレタル場合ニ於テモ仍ホ之ヲ賃借権ニ比スレバ一ノ異ナル所アリ即チ用益権カ有償ヲ以テ設定セラルルモ必ズヤ一回限リニ弁済シタル賣買代價ヲ以テ之ヲ設定シタルカ然ラサレハ一時ニ交付シタル物ト交換シタルナル可シ
之ニ反シテ賃借権ヲ取得シ而シテ之ヲ保存スルニハ必ス金銭又ハ産出物ニ付テ定期ノ弁済ヲ為スコトヲ要ス
用益権ト賃借権トノ間ニハ其設定ノ方法ニ関シテモ亦一ノ差異アルヲ看ルベシ即チ用益権ハ時トシテ法律ノ規定ニ基キ設定セラルルコト有リト雖トモ賃借権ハ契約ニ基ク外他ノ原因ニ由テ設定セラルルコトナシ
又時効ハ用益権ニ関シ正当ナル取得ノ推定トシテ之ヲ援用スルコトヲ得ベシト雖トモ賃借権ニ関シテハ時効ハ此ノ如キ適用ヲ受クルコト能ハス
最後ニ用益権ト賃借権ノ間ニ存スル差異ノ最モ大ナルモノヲ示スヘシ用益権ノ設定者即チ虚有者ハ概シテ用益者ニ對シ何等ノ一身上ノ義務ヲ有スルコトナシ惟実際ニ於テ甚タ罕レナル可キ用益権ノ賣買ノ場合ニ於テ虚有者ハ賣主タル資格ノ為ニ用益者ニ對シ追奪ノ担保ヲ為スノ義務アルニ止マル之ニ反シテ賃貸人ハ賃借人ニ對シ常ニ追奪ノ担保ヲ為スノ義務アルノミナラス猶ホ一切ノ妨害ニ對シテ担保ヲ為スノ義務アリ其妨害ガ不可抗力ニ原因スル場合ニ於テモ猶ホ然リトス語ヲ換ヘテ之ヲ言ヘハ賃貸人ハ賃借人ニ引續キタル収益ノ担保ヲ為スコトヲ要ス蓋シ引續キタル収益ハ賃借人ニ於テ定期ノ借賃ヲ弁済スル義務ノ原因ト看做サレタル所ノモノナリ
固ヨリ当事者ノ合意ヲ以テ此担保ヲ制限シ又ハ全ク之ヲ廃棄スルコトヲ得ベシ然レトモ合意アラサル場合ニ於テハ当然賃借人ニ於テ此担保ニ権利ヲ有スルモノナル故ニ担保ハ契約ニ必然ナルモノニ非ラスシテ惟自然ナルモノナリ
無償ヲ以テ用益権ヲ設定シタル場合ニ於テモ猶ホ意外又ハ不可抗ノ原因ニ對シ収益ノ担保ヲ為スコト有ル可シト雖トモ是レ特別ノ合意ヲ以テ始メテ然ルモノナリ故ニ此ノ如キ場合ニ於テハ担保ハ契約ニ必要ノモノニ非ラス又自然ノモノニ非ラス全ク偶然ナル者ナリ
右ニ掲クル所ノ外用益権ト賃借権ノ間ニハ幾多ノ差異アルコトヲ注意スベシ公用徴収又ハ火災保険ノ場合ニ於ケル償金ニ関シテ用益者ノ収益権ニ付テ述ベタル所ノコトハ之ヲ賃借人ニ適用スルコトヲ得ス公用徴収ノ場合ニ於テ賃借人ハ特ニ償金ヲ受クベキナリ保険ハ賃借人ガ自カラ賃借権ヲ保険ニ附シタル場合ニ非ラサレハ賃借人ヲ利スルモノニ非ラス保存ノ修繕、租税其他ノ公課及ビ訴訟ノ費用ニ関スル用益者ノ義務ニ付テモ亦然リ賃借人ハ更ニ此ノ如キ義務ヲ負担スルコトナシ
第百拾六条
孰レノ國ニ於テモ國家及ヒ行政廳ニ属スル財産ノ賃貸借及ヒ賣買ニ関シテハ特別ノ規定アリ是レ独リ公有ニ属スル財産ニ関シテノミ然ルニ非ラス蓋シ公有ニ属スル財産ハ原則上賣却スルコトヲ得ス又賃貸スルコトヲ得サレバナリ
本条ニ掲ケタル事項ヲ規定スルハ行政法ノ目的トスル所ナリ
然レトモ民法ノ規定ハ國其他ノ行政廳ニ属スル財産ニ関シテ何等ノ適用ヲ受ケサルノ謂ニ非ラス所有者ノ何人タルヲ問ハズ民法ノ規定ハ財産ニ関スル基本ノ法則ナルカ故ニ行政法ニ於テ特別ノ規定ナキ限リハ常ニ民法ニ従フ可キモノナリ既ニ述ベタル如ク賃借権ト用益権トハ互ニ相類スルモノナルガ故ニ本節モ亦用益権ノ章ノ如ク之ヲ四個ニ分テリ即チ左ノ如シ第一款賃借権ノ設定、第二款賃借人ノ権利、第三款賃借人ノ義務、第四款賃借権ノ消滅
第一款賃借権ノ設定
第百拾七条
本条ニ於テハ惟賃借権設定ノ一個ノ方法ヲ示スノミ之ヲ理論ニ照スニ賃借権ハ他ニ至当ナル設定ノ方法ヲ有スルコト能ハサルモノナリ蓋シ賃借権ノ名称ハ此権利ヲ生セシムル原因タル契約即チ賃貸借契約ニ由テ生スルモノナルガ故ニ他ノ原因ニ依テ此権利ヲ生セシメ得ヘキコトハ殆ント解ス可カラサルモノナリ
賃借権ノ設定原因ガ合意ノ一ニ止マルコトハ既ニ賃借権ト用益権ノ差異トシテ示シタル所ナリ何トナレハ用益権ハ相續ヲ除クノ外凡テ所有権ヲ移轉スルト同一ノ方法ニ依テ凡テ設定シ得ベキモノナレバナリ
賃借権ハ一ノ物権ナリ従ッテ所有権ノ枝分権ト看做スコトヲ得ベク此ヲ以テ賃借権ハ必ズ所有権ト同一ノ方法ニ依テ設定セラルルコトヲ得ベキモノト信ス可カラズ
嚴厳正ニ之ヲ論スルトキハ賃借権ハ直接ニ遺言ヲ以テ設定セラルルコトヲ得ベシ然レドモ本法ハ之ヲ認メズシテ他ノ方法ヲ示シ以テ親戚若クハ朋友ニ遺言ヲ以テ賃借権ヲ得セシムル方法ヲ設ケタリ此場合ニ於テ遺言者ノ相続人ハ遺言ノ條件ニ従ヒ受遺者ト賃貸借契約ヲ為スノ義務ヲ有スルモノナリ此義務ヲ履行シ契約ヲ為スニ至ルマデノ間ハ相続人ハ未ダ賃貸人ニ非ラス従ッテ賃貸人ノ有スル何等ノ権利ヲモ有セサルナリ一旦遺言ニ定メタル約款及ビ条件ニ従ッテ契約ヲ結ビタルトキハ次款ニ於テ定ムル如ク幾多ノ義務ハ相続人ニ於テ之ヲ免ルルコト能ハサルト同時ニ第三款ニ於テ規定セル権利ハ相続人ノ有スル所タルベシ
若シ遺言ヲ以テ賃貸借ノ條件ヲ定メサルトキ就中賃借人ヨリ定期ニ弁済ス可キ借賃ヲ定メサル如キ場合ニ於テハ此遺言ニ効力ヲ生セシムルコト能ハサルベシ何トナレハ相続人ハ常ニ多クノ借賃ヲ請求スベク而シテ賃借人ハ成ルベク借賃ヲ減少センコトヲ欲スベク互ニ承諾ヲ為サザルコト有ル可ケレバナリ而シテ此ノ如キ場合ニ於テ法律ハ鑑定人ヲシテ之ヲ定メシム可キコトヲ許ス能ワ
ハス何トナレバ是レ単ニ鑑定ヲ為サシムルニ非ラズシテ契約ノ必要条件タル借賃ヲ定メシメ即チ鑑定人ヲシテ契約ヲ為スノ権利ヲ得セシムルニ外ナラザレバナリ
立法者ハ賃借権ノ遺贈ノ場合ニ関シテ定メタル右ノ規定ヲ賃借権ノ要約ヲ為シタル場合ニ適用シテ之ヲ一般ノ場合ニ及ボセリ賃借権ノ要約ハ借賃ノ指定ヲ包有スル場合ニ於テハ強制ノ力ヲ生スベシ要約者ニ於テ一旦之ヲ承諾ス可キコトヲ明示シタル以上ハ公式ニ賃貸借契約ヲ結フ可キコトヲ請求スルノ権利ヲ有スルモノナリ
賃借権ハ所有権及ヒ用益権ノ如ク時効ニ依テ取得スルコトヲ得ベキモノナリヤハ人ノ直チニ疑フ所ナルベシ此問題ニ對シテハ消極ノ論定ヲ下スコトヲ躊躇セサル可シ何トナレバ賃貸人及ビ賃借人ヲシテ互ニ義務ヲ負ハシムルハ時効ノ性質ニ於テ能ハサル所ナレバナリ
然レトモ新タニ賃借権ヲ設定スルコト能ハサル時効ハ一方ニ於テ一人ノ既ニ有スル賃借権ヲ他ノ一人ニ取得セシムルコトヲ得ベシ
例ヘバ所有者ガ一旦賃借権ヲ設定シタル後第三者ガ所有者ニ非ラザル他人ヨリ同一ナル物ノ賃借権ヲ取得シタリト假定スベシ此場合ニ於テハ不動産物権ノ普通ナル時効ニ依リ賃借権モ亦一ノ物権トシテ取得スルコトヲ得ベシ従ツテ時効ヲ得タルモノハ賃借シタル物ノ収益ヲ為ス権利ヲ得ルト同時ニ真正ノ所有者ニ對シテ賃借人ノ義務ヲ有スベキナリ
第百拾八条
本条ニ於テ始メテ有償ニシテ且ツ双務ナル性質ノ契約ヲ示セリ此二個ノ性質ハ法律上甚ダ重要ナル結果ヲ有スルモノナリ
然レトモ此ノ如キ性質ノ合意ノ一般ノ効力ハ今詳細ヲ説明スヘキトキニ非ラズ本編第二部ノ場合ニ於テ之ヲ論スルヲ以テ其当ヲ得タリト為ス法律ニ於テ今為スベキ所ノコト惟賃貸借契約ニ特別ノ関係ヲ有スル規定ヲ示スニ在ルノミ此点ニ於テモ猶ホ或ハ本款ノ範囲ヲ超ユルモノト謂ハサルヲ得ズ何トナレバ是レ賃借権ナル物権ノ特別ナル性質ヲ示スニ非ラスシテ物権ニ附随シ之ヲシテ効力ヲ増サシムル人権ヲ指示スルモノナレバナリ
法律ヲ規定スルニ当ツテ立法者ハ一個ノ理論ハ凡テ同一ノ所ニ於テ其全体ヲ示スヲ以テ解得ニ便ナルニ依リ之ヲ数所ニ散在セシムルコトヲ避ケサルヲ得ズ従ツテ或ハ主トシテ規定スル事項ノ範囲ヲ超ユルモ亦其所ニ於テ之レニ関係スル凡テノ事項ヲ規定スルノ必要ヲ看ルベシ若シ然ラサルトキハ賃貸人ノ人権ニ関スル一切ノ事項ハ遂ニ本編第二部ニ於テ之ヲ規定スルコトヲ要スルニ至ラン此ノ如キハ何人モ至当ト為ス能ハサル所ナルベシ
今ハ惟有償名義及ヒ双務ナル二個ノ用語ノ意義ヲ説明スベシ当事者ノ各自ガ他ノ当事者ノ為メ共ニ出捐ヲ為ストキハ其契約ハ有償名義ノモノナリ故ニ有償ノ契約ハ無償名義ノ契約ニ相反スルモノニシテ無償契約ニ在テハ当事者ノ一方ノミ利益ヲ受ケ而シテ何等ノ對価ヲ提供スルコトナシ
当事者ノ双方ガ互ニ或ル物ヲ與へ又ハ或ル事ヲ為スベキ義務ヲ負フトキハ其契約ハ双務ノモノナリ故ニ双務ノ契約ハ同時ニ有償ノ契約タルコトヲ知ルベシ然レトモ有償ノ契約ハ必スシモ常ニ双務ノモノニ非ラス即チ有償ニシテ片務ノモノタルヲ得ベシ是レ後ニ至テ其例ヲ看ル可キ所ナリ此ノ如クナルガ故ニ習慣上有償及ビ双務ノ語ハ時トシテ之ヲ併用スルコトアリ時トシテ其一ノミヲ用フルコトアリ要スルニ之ヲ併用スル場合ニ於テハ其意義尤モ廣キモノヲ第一ニ掲ケ而シテ然ラサルモノヲ第二ニ掲クルモノトス即チ有償且ツ双務ト称スル是ナリ
賃貸借契約ハ有償名義ノモノナリ蓋シ右ニ掲クル所ノ如ク当事者ノ各自ガ共ニ出捐ヲ為スベキナリ賃貸人ハ此契約ニ依リテ所有物ノ収益ヲ失フベク賃借人ハ定期ノ借賃ヲ弁済スルコトヲ要スベシ又賃貸借契約ハ同時ニ双務ノモノタリ何トナレハ当事者双方ハ共ニ此ノ契約ニ由テ義務ヲ負フモノナレバナリ即チ賃貸人ハ定期ノ借賃ヲ弁済スルノ義務ヲ有スベシ
第百拾九条
凡ソ所有者ハ其所有スル物権ニ付キ他人ノ利益ニ於テ一切ノ物権ヲ設定スルコトヲ得ベシ是レ一般ノ原則ナリ之ニ反シテ所有者ニ非ラサルモノハ所有者ヨリ特別ノ委任アル場合ノ外此ノ如キ物権ノ設定ヲ為スコトヲ得ズ此理論ヲ以テ推ストキハ法律ニ基キ又ハ裁判ニ因テ他人ノ財産ヲ管理スルノ権限ヲ得タルモノハ其管理スル物権ニ付テ他人ニ物権ヲ得セシムルコトヲ得サルルモノナリ而シテ本条ニ規定スル賃借権モ亦一個ノ物権ナルガ故ニ管理人ハ賃借権ヲ設定スルコトヲ得スト謂ハサルヲ得ス然ルニ本条ニ於テハ管理人ヲシテ此物権ヲ設定シ即チ賃貸借契約ヲ為スコトヲ得セシメタリ
然リト雖トモ之ヲ以テ右ノ原則ニ對シ純然タル一個ノ例外ナリト云フコトヲ得ス蓋シ管理人ナルモノハ合意上ノ代理人ト同一視セラル可キモノニシテ本人タル所有者ノ意思ニ基キ一切ノ管理ヲ為スモノト見做スコトヲ要ス特ニ管理人ハ其本分ヲ行フニ当ツテ凡テ本人ノ名義ヲ以テ契約其他ノ處為ヲ為スモノナリ加之ナラス賃貸借契約ノ處為タルヤ其性質上管理ノ處為ト看做ス可キモノニシテ即チ所有者ヲシテ何等ノ損害若クハ危嶮ヲ蒙ラシムルコトナク其資産ヲ増加スルノ處為ナルヲ以テ管理人ト雖トモ其権原ニ基キ為スコトヲ得ベキハ言フヲ竢タサル所ナリ
法律上ノ管理人ハ幼者ノ父又ハ後見人禁治産者ノ後見人或ハ管財人及ビ婦ノ財産ニ関シテハ其夫ヲ以テ例ト為スコトヲ得ベシ又管理ノ國府縣市町村及ヒ其他ノ官廳ニ属スル財産ニ於ケルモ亦均シク法律上ノ管理人タリ然レトモ管理人ノ管理権限ニ付テハ特別ノ行政法ヲ以テ別段ノ規定ナキ時ニ非ラサレハ本文ノ規定ヲ適用スルコトヲ得サルハ勿論ナリ
裁判上ノ管理人ハ相続人ノ缺ケタル相続財産ノ管理人、破産ノ場合ニ於ケル管理人、恵贈物ノ保管人等ヲ以テ其例ト為スコトヲ得ベシ
右ニ掲クル如キ法律上若クハ裁判上ノ管理人ガ其管理スル物ノ賃貸借契約ヲ為シ得ベキコト明カナリト雖トモ仍ホ所有者ノ意思ニ従ツテ管理ノ處為ヲ為スモノト法律上看做サルルニハ甚タシク所有者ノ承諾ヲ拘束スルコトナキ處為ニ止マル可キハ固ヨリ明カナリ此故ニ本条ニ於テハ管理人ガ其権限ニ因テ有効ニ承諾スルコトヲ得ベキ賃貸借契約ノ期間ヲ制限セリ
又既ニ賃貸借期間ノ制限ヲ定ムル理由右ニ述フル如クナル以上ハ不動産ニ関スル賃貸借ノ期間ニ比シテ動産ノ賃貸借ニ関スル期間ガ更ニ短カル可キコト当然ニシテ均シク不動産ノ賃借権ニ関シテモ土地ノ場合ト建物ノ場合トヲ比較スルトキハ建物ノ場合ニ於テ一層其期間ノ短カル可キコト又然リト為ス蓋シ土地ノ収益ヲ為シ一定ノ収穫ヲ得ル為メニハ之ガ準備トシテ費用ト労力トヲ要スルコト建物ノ収益ニ比スレハ甚ダ多ク且ツ其時間ヲ要スルコト常ニ長ケレバナリ
第百二拾条
縦令前条ノ規定ヲ設クルト雖トモ若シ更ニ法律ヲ以テ充分ノ注意ヲ為ササルトキハ管理人ハ前条ノ制限ヲ免カルルコト容易ナルベシ蓋シ管理人例之バ五ヶ年ノ賃借契約ヲ為シタル後一ヶ年ヲ経テ更ニ五ヶ年ノ期限ヲ以テ第二ノ賃貸借契約ヲ為スコトナレバ縦令制限アルモ実際ニ於テ其効力ヲ看ルコト能ハサルベシ
若シ之ニ反シテ賃貸借終了ノ時ニ接近シテ更ニ第二ノ賃貸借ヲ為スガ如キハ独リ賃借人ニ取テ利益アルノミナラズ所有者ノ為ニモ亦真正ノ利益アルモノト云ハサルヲ得ス蓋シ此ノ如クナルトキハ賃借人ニ於テハ前賃貸借終了後更ニ他ノ賃貸借契約ヲ為スマデ或ル時ノ間資本ト労力トヲ用フルニ所ナキノ不幸ヲ免カルルコトヲ得ベク一方ニ於テハ賃借物ノ所有者モ亦若干ノ時間新タナル賃借人ヲ得ルマデ財産利用ノ道ヲ得サルガ如キ不便ヲ蒙ラサル可シ
管理人カ法律ノ定メタル条件ニ従ツテ賃貸借契約ノ更新ヲ為シタル場合ニ於テハ新賃貸借ノ期間ハ旧賃貸借ノ残餘ノ期間終了後ヨリ起算シテ共ニ有効ナルコトヲ得ベシ
賃貸借契約更新ニ関シテ一ノ問題起ルコトヲ得ベシ是レ本条ニ於テ決定スル所ナリ即チ法律ヲ以テ許シタル時期ニ先チテ管理人ガ賃貸借ノ更新ヲ為シタルトキハ此更新ハ其時ニ於テ新タニ賃貸借契約ヲ為シタルト同一ノ制限内ニ於テ有効ナリト云フコトヲ得ベキヤ即チ旧賃貸借ノ残餘ノ時間ト新賃貸借トヲ合セテ一年三年五年若クハ十年ノ時間ニ満ツルマデハ有効ナリト云フコトヲ得ベキヤ例之バ一旦賃貸借ヲ為シ五ヶ年ト定メタル後二ヶ年ヲ経テ管理人之ガ更新ヲ為シタルトキハ旧賃貸借ノ期間仍ホ三ヶ年ヲ残スガ故ニ此三ヶ年ハ新賃貸借ト混合シ此更新ノ時ヨリシテ猶ホ五ヶ年ノ間賃貸借有効ニ成立スト云フコトヲ得ベキヤ此問題ニ對シテハ消極ノ論結ヲ為スコトヲ要ス何トナレバ若シ此ノ如クナルコトヲ得ルモノトセバ管理人ハ賃借人ノ望ミニ應シテ賃貸借ヲ順次ニ延長シ毎日毎時賃貸借終了ノ期ニ近カシメ且ツ財産ノ負担ヲシテ消滅セシム可キ時ヲ定メタル期間ノ効力ヲシテ皆無ニ至ラシムルコトヲ得ベカケレバナリ之ニ反シテ賃貸借契約カ其終了ノ期ニ近ツキタル場合ニ於テハ所有者ノ利益ノ為メ其継続ヲ確定スルハ有益ノ處為ナルヲ以テ管理人ガ其本分上固ヨリ為スコトヲ得ベキ所ナリ
然レトモ賃貸借ノ更新ガ法律ノ定メタル期間ニ先チテ為サレタル時ト雖トモ若シ旧賃貸借ノ期間終了シ新賃貸借ノ期間既ニ始マリタル後ニ於テ管理人ノ権限始メテ消滅シタル場合ニ於テハ此更新ヲ以テ有効ナルモノトス新賃貸借ノ期間ハ完全ニ継続スル事ヲ得ベシ是レ本条第二項ノ規定スル所ナリ
第百廿一条
所有者自カラ自己ノ財産ノ賃貸借契約ヲ為シタル場合ニ於テハ借賃トシテ其約スルコトヲ得ベキ所ノモノハ単ニ金銭ノミニ止マラス其他一切ノ物ヲ借賃トシテ承諾スルコトヲ得ヘシ然レトモ所有者ニ非ラスシテ管理人カ此ノ如キ契約ヲ為ス場合ニ於テハ其借賃トシテ承諾スルコトヲ得ベキ所ノモノハ単ニ金銭ノミニ限ル可キコト至当ナリトス如何トナレハ性質若クハ出處ノ如何ニ関ハラス産出物ノ如キハ更ニ賣却シテ金銭ト為ス如キ處為ヲ要シ是ガ為ニ多少ノ不便不利ヲ来タスコト有ルベク又現物ヲ以テ之ヲ保存セント欲セハ之ガ為ニ多少ノ費用ヲ要スベク要スルニ種々ノ困難アルモノニシテ単ニ所有者ノ利益ニ於テ財産ヲ管理スル本分アルモノハ此ノ如キコトヲ避クルヲ以テ当然ト為ス可キナリ
一般ノ原則ハ此ノ如クナリト雖トモ本条ハ特別ノ場合ニ関シテ一個ノ例外ヲ設ケタリ即チ果実分配ノ賃貸借ヲ為スコトヲ許セリ果実ノ一定不変ノ数量ヲ以テ借賃ト為スコトヲ承諾スルコト是ナリ然リト雖トモ此例外法ハ借賃タル果実ガ賃借物ヨリ生スル場合ニ非ラサレハ適用スルコトヲ得ス此ノ如ク縦令果実ヲ以テ借賃トスルモ其額ハ一定不変ナルガ故ニ毎年ノ収穫多少ノ増減アルモ借賃ハ為ニ変動ヲ来タスコトナク従ッテ賃貸借契約ハ収穫ノ幾分ヲ以テ借賃ト為シタル場合ノ如キ不確定ノ性質ヲ有セス故ニ管理人ニ於テハ賃借人ノ耕作ヲ監督シ且ツ其収穫ヲ観察スルノ必要アラサルベシ
第百廿二条
第百j拾九条ニ於テハ単ニ法律上又ハ財産上ノ管理人ニ関シテ規定ヲ設ケタルノミ合意上ノ管理人モ亦同条ノ列記中ニ掲ケテ同一ノ規定ニ従ハシムルコトヲ得ベカリシナリ然レドモ此ノ如クナルトキハ法律ノ編纂上徒ラニ混雑ヲ来タスカ故ニ特ニ本条ニ於テ之ヲ規定セリ且ツ本条ニ於テ指示セル如キ管理人ノ権限ノ伸縮ノ如キハ殆ント法律上又ハ財産上ノ管理ノ場合ニ於テ其例ヲ看サル所ナリ
第百廿三条
人事編ノ規定ニ従フトキハ本条ニ掲クル如キ人ハ制限セラレタル能力ヲ有スルニ止マル即チ惟其所有スル財産ノ管理権ヲ有スルノミニシテ其處分ノ権限ヲ有スルコトナシ
此ヲ以テ其地位甚タ管理人ト相類スルモノナリ然ルニ猶ホ長期ノ賃貸借ヲ為スコトヲ得ルモノトセバ法律ノ目的トスル所ニ反シ遂ニ不利益ナル条件ヲ以テ甚ダ長キ時期ニ對シテ財産ノ将来ヲ拘束スル如キコト有ルベシ是レ管理人ニ関スル原則ヲ以テ此等ノ人ニ適用シタル所以ナリ
第百廿四条
凡ソ契約者ノ一方カ無能力者ナル場合ニ於テハ此無能力ヲ理由トシテ其契約ノ取消ヲ請求スルコトヲ得ベシ然レトモ此無能力ニ基ク取消ハ全ク無能力者ヲ保護スル為メ其利益ニ於テ法律ノ定メタル所ノモノニシテ無能力者ニ對シテモ仍ホ此請求ヲ為スコトヲ得ベキモノニ非ラス此原則ハ一般ニ其適用ヲ受クルモノニシテ無能力ノ事ヲ説ク場合ニ於テ其證ヲ述ブ可シト雖トモ本条ニ於テハ惟其原則ノ一個ノ適用ヲ為シタルニ過キサルナリ
管理人ガ其権限ノ範囲ヲ超エ法律ノ定メタル期間ヲ超エテ賃貸借契約ヲ為シタル場合ニ於テハ恰モ自己ノ有スル財産ニ付テ単ニ管理権ノミヲ有スルモノカ其能力ノ範囲ヲ超エテ賃貸借ヲ為シタル場合ト同一ナリ従ツテ法律ヲ以テ其利益ノ為ニ管理人ノ権力ヲ制限シタル所有者ハ此権限外ノ不当ナル處為ノ為ニ拘束セラルルコトナシ然リト雖トモ管理人ト契約ヲ為シタル他ノ一方ノ者ハ所有者カ自己ノ財産ノ管理権ヲ回復シ而シテ管理人ガ権限外ニ於テ為シタル賃貸借契約ヲ認諾スル場合ニ於テハ自カラ右ノ理由ニ基イテ此賃貸借契約ヲ攻撃スルコトヲ得サルモノトス
管理人ハ一旦賃貸借ヲ為シタル後自己ノ處為ガ権限外ノモノナリシコトヲ理由トシテ之レガ取消ヲ求ムルコトヲ得ズ何トナレハ当初ニ於テ法律ノ制限ニ超エタル賃貸借契約ト雖トモ若シ其契約ノ実施セラル可キトキニ至ルマデ猶ホ管理人ノ権限継続スル場合ニ於テハ全ク有効ノ契約ト為ルコトヲ得ベキモノナレバナリ
斯ノ如ク賃借人ハ自カラ進ンデ契約ノ取消ヲ求ムルコトヲ得ズ一ニ所有者ガ取消ヲ求ムルヲ竢タサル可カラサル場合ニ於テ所有者若シ其意思ヲ示サズシテ久シク賃借人ヲ不確定ノ地位ニ立タシムル如キハ決シテ其当ヲ得タルモノニ非ラズ此故ニ賃借人ハ一定ノ期間内ニ於テ賃貸人カ契約ヲ取消スト否ト孰レニ決スルヤヲ催告スルコトヲ得ベシ若シ此場合ニ於テ賃貸人ガ意思ヲ示スコトナクシテ右ノ期間ヲ経過セシメタルトキハ賃借人ハ右ノ契約ヲ以テ全ク維持セラレタルモノト看做スコトヲ得ベシ之ニ反シテ賃貸人ニ於テ取消ノ意思ヲ述ベサル以上ハ賃借人ニ於テ無効ノ契約ナリト看做スコトヲ得サルハ勿論ナリトス
賃借人カ右ノ催告ヲ為スニ当リ期間ヲ定ムルコト甚ダ短キトキハ賃貸人ハ意思ヲ決スル為メ思考ヲ為スノ時間ヲ有セス為メニ期間ヲ経過スルモ賃借人ハ更ニ裁判所ノ定メタル期間内ニ於テ契約ヲ認諾スルヤ否ヤノ意思ヲ述ブ可キコトヲ賃貸人ニ催告スルノ必要有ルベシ此故ニ本条ニ於テハ此ノ如キ手数ヲ避クル為メ明文ヲ以テ此期間ヲ定メタリ然レトモ此期間ハ当事者ノ住處ノ距離如何ニ従ツテ仍ホ延長セラルルコトヲ得ヘシ而シテ此場合ニ於テハ此種ノ處為ニ関スル一般ノ規則ニ従ッテ此期間ノ計算ヲ為スモノトス
以上ニ述ブル所ノコトハ管理人又ハ代理人ガ其権限ヲ超エタル場合ニ於テ本人タル所有者ニ関シテ之ヲ述ベタリト雖トモ此理論ハ凡テ自カラ能力ノ範囲ヲ超エテ契約ヲ為シタル無能力者又ハ制限セラレタル能力ヲ有スルモノニモ同シク適用セラルベシ固ヨリ此等ノ人々ガ賃貸借ノ認諾ニ関シテ催告ヲ受ケタル時ニ於テ、完全ノ能力者ト為リタルコトヲ必要ト為ス是レト同一ノ理由ニ依リ管理人ノ場合ニ於テモ所有者カ既ニ財産ノ管理ヲ恢復シタル後ニ於テ催告ヲ為シタル場合ニ限ル者ナリ
若シ法律上裁判上又ハ合意上ノ管理人ノ権限ガ未ダ其終リヲ告ケサル場合ニ於テハ既ニ為シタル賃貸借ノ期間カ法律ノ制限ニ超エタルモ其後或ル時間ヲ経而シテ更ニ賃貸借ノ更新ヲ有効ニ管理人ノ為シ得ベキ時期ニ達シタルトキニ於テハ賃借人ハ管理人ニ對シテ同一ノ催告ヲ為スコトヲ得ベシ
第百廿五条
所有者ニシテ且ツ完全ノ能力ヲ有スルモノ自己ノ財産ノ賃貸借ヲ為ス場合ニ於テハ法律ヲ以テ賃貸借ノ期間其他ノ条件ニ関シ所有者ノ権利ヲ制限シ得ベキニ非ラサルナリ
然レトモ其賃貸借カ多少長キ期間ヲ有スル場合ニ於テ之ニ附スルニ特別ノ性質ト効力トヲ以テスルハ固ヨリ法律ニ於テ為シ得ベキ所ナリ
永借権ト名クル一種ノ賃借権ニ特別ナル規定ハ第二節ニ於テ之ヲ看ルベシ又同節ニ於テ地上権ト称スル一種ノ物権モ完全所有権ト混同ヲ来タサザラシムル為メ其期間ニ於テ制限アルヲ看ルベシ
第二款 賃借人ノ権利
第百二十六條
第百十五條ノ明文ヲ以テ掲ケタル賃借権ノ定義ニ依レハ賃借人ハ他人ニ属スルモノヲ使用シ及ヒ之カ収益ヲ為スノ権利ヲ有スルコト已ニ明ナリトス然レトモ使用及ヒ収益ノ権利ハ之ヲ行使スルニ於テ多少ノ程度ナカル可ラス是ニ於テカ賃借人カ使用収益ヲ為スハ如何ナル程度ニ於テスヘキヤヲ明定スルコトヲ要ス
立法者ハ賃借人ノ権利ヲ以テ用益者ノ権利ト同一ナラシムルノ原則ヲ設ケ依テ以テ特ニ用益権ニ関シテ設ケタル如キ詳細ノ規定ヲ再言スルコトヲ避タリ此故ニ例ヘハ耕地ノ賃貸借ノ場合ニ於テ之ニ附従シタル獣畜ニ付テハ賃借人ノ権利用益者ニ與へラレタル権利ト同一ナルコトノ如キ特ニ之ヲ明文ニ掲クルノ必要アラサルナリ又賃借人ハ賃借シタル樹木石坑泥炭坑等ニ付テ収益ヲ為シ漁獵ヲ為スノ権利ヲ有スル如キ事ニ至テモ明文ヲ要スルコトナクシテ明ナルコトヲ得ヘシ然レトモ右ノ原則ノ摘用ニ関シテ注意ヲ要スルモノアリ蓋シ用益者ノ有スル権利ニシテ特ニ立法者カ之ヲ賃借人ニ拒絶サルモノハ此拒絶セラレサルノ一事ノミニ因テ悉ク賃借人ノ有スル所ナリト云可カラス凡ソ物ノ中ニハ其性質上賃貸借ノ目的タルコトヲ得ヘシトモ思ハレサルモノアルカ故ニ本来賃借人ニ於テ至當ニ賃借権ヲ有スト主張スルコトヲ得可カラサルモノアレハナリ之ヲ例スルニ代替物即チ量定物終身年金権等ノ如キ即チ是ナリ
之ニ依テ之ヲ観レハ用益権ト賃借権トノ二箇ノ権利ハ甚タ相類似スト雖モ尚ホ決シテ同一ノモノナリト云フ可ラス賃借人ノ権利ハ或點ニ在テハ之ヲ用益者ノ権利ニ比スルニ一層廣大ナルコトアルヲ得ヘシ何トナレハ賃借人ハ賃貸人ニ對シテ其力ノ及フ限リノ總テノ方法ニ因テ収益ヲ己ニ得セシメンコトヲ要求スルノ権利ヲ有スヘク而シテ用益権ノ場合ニ於テ虚有者ハ用益者ニ對シテ斯ノ如キ義務ヲ有スルコト無ケレハナリ
賃貸借ノ法律上ノ効力ハ当事者ノ意思ヲ以テ或ハ擴張シ或ハ制限スルコトヲ得ルモノナリ賃貸借契約ニハ屢此ノ如キ特別ノ條件ヲ記載スルコトアルヘシ
今説明ヲ要スル所ノモノハ単ニ此等ノ効力如何ノ点ニ止マルモノタルコト勿論ナリ之ヲ増減シタル合意上ノ効力ニ至テハ各場合ニ付キ賃貸借契約ノ文義ニ従テ之ヲ遵守ス可シ蓋シ契約ハ一旦有効ニ成立シタル以上ハ當事者双方ノ間ニ在テハ法律ト同一ノ効力ヲ有スルモノナリ
第百二十七條
賃借人カ用益者ト異ナリテ動産ノ目録及ヒ不動産ノ形状書ヲ作ル義務ヲ有セサルコトハ之ヲ用益者ニ比シテ賃借人ノ為メニ甚タ利益アル差異ナリトス而シテ本法ニ於テ此差異ヲ設ケタルハ左ノ理由ニ依ルモノナリ動産ノ目録及ヒ不動産ノ形状書ヲ調製スルハ実ニ賃貸ノ利益タル所為ニシテ用益権ノ場合ニ於テハ用益者ハ概ネ無償ニテ収益ノ権利ヲ取得スルモノナルカ故ニ此ノ如キ所為ヲ以テ其負担ト為スモ不当ナラスト雖モ賃貸借ノ場合ニ於テハ賃借人ノ収益ノ権利ハ常ニ有償ニテ取得スルモノナルカ故ニ之ヲシテ此ノ如キ責ニ任セシムルハ決シテ其当ヲ得タルコトニアラサルナリ
然レトモ是レ特別ノ合意アラサル場合ヲ云フモノナリ故ニ契約ニ於テ是等ノ義務ヲ特ニ賃借人ニ負ハシメタルトキハ固ヨリ賃貸人カ之ヲ要求シ得ヘキコト勿論ナリトス
右ノ事項ニ関シ特別ノ合意アルト否トヲ論セス総テ各當事者ハ他ノ一方ノ者ヲ財産ノ目録及ヒ形状書調整ニ立会ハシムル為メ之ヲ召喚スルコトヲ要ス唯此場合ニ於テハ此調製ヲ欲スル者ニ於テ其費用ヲ負担スルコトヲ要ス(第百三十七條参看)
當事者ハ通例後来ノ訴訟ヲ避ケンカ為メ共同ノ費用ヲ以テ場所ノ形状書ヲ作ランコトノ合意ヲ為ス可シ就中家屋ノ賃貸借ノ場合ニ於テ其全部若クハ一部ニ動産ヲ据付ケ有ルトキハ當事者ハ最モ此形状書ヲ作ルコトヲ怠タラサル可キナリ
保証人ヲ立ツルノ義務ニ至テモ亦用益者ト異リテ賃借人ハ之ヲ負担セス然レトモ此担保ノ義務ノ免除ハ財産ノ目録若クハ形状書ヲ作ル義務ノ免除ニ比スルトキハ其緊要ノ程度甚タ小ナルヘシ何ントナレハ賃借人ニ別ニ担保ヲ供セサルモ賃借人所有ニ属スル財産ニシテ賃借シタル場所ニ据付ケタル動産ニ付テ賃借人ハ法律上當然ニ先取特権ヲ有シ以テ前記担保ニ代フルヘケレハナリ(参看債権担保編第百四十七条以下)然レトモ是レ不動産ノ賃貸借ノ場合ニ止ル是ヲ以テ動産ノ賃貸借ノ場合ニ於テハ全ク法律上賃貸人ノ為メニ担保ヲ存セス縦ヒ不動産ノ賃貸借ノ場合ニ於テモ其不動産ニ動産ノ据付アルトキ亦然ルト為ス故ニ此ノ如キ場合ニ於テハ賃借人ハ法律上何等ノ担保ヲ供スルノ義務アラス隋テ賃貸人ハ特ニ此等ノ担保ヲ要求スルカ若クハ前以テ借賃ヲ補ハシムルコトハ賃貸人ノ宜シク注意スヘキ所ナリ
第百廿八条
本款ノ規定ハ主トシテ賃借人ノ権利ヲ以テ目的ト為スモノナリ従テ裏面ヨリ之ヲ観察スルトキハ賃貸人ノ義務ニ関スル所ノモノナリ此ト同シク次款ハ賃借人ノ義務ヲ目的トシテ規定ヲ為シタルモノニシテ賃貸人ノ権利ニ對應スルモノナリ是レ一方ノ義務ハ他ノ一方ノ権利ニシテ必竟スルニ右次款ノ此二様ノ目的ハ元来賃貸借契約カ双務ノモノタルヨリ生シ来ル自然ノ結果ナリトス
用益者カ収益ヲ始ムルトキニ当リテハ用益物ヲ其現在ノ形状ヲ以テ受取ラサル可ラス何等ノ修繕又ハ恰好ヲ要求スルノ権利アラサルコト吾人カ既ニ説明シタル所ナリ
然ルニ賃借人ハ之ト全ク異ナリテ収益ヲ為ス為メ賃借物ヲ受取ルトキニ於テ一切ノ修繕ヲ整ヘ完全ノ形状ヲ以テ引渡サンコトヲ賃貸人ニ要求スルコトヲ得ルモノナリ且他日収益ヲ為スノ間ニ於テ必要トナリタルトキハ賃借人ニ於テ其負担ヲ免ルルコトヲ得ス又ハ賃貸人ニ請求スルコト能ハサルヘキ種類ノ修繕ニ至テモ尚ホ引渡ノ以前ニ於テハ之ヲ要求スルコトヲ得ヘシ
賃貸人ヲシテ此ノ如ク義務ヲ負ハシムルモノハ全ク賃借人ノ権利ニ對照スルモノニ外ナラス蓋シ賃貸人ハ賃貸借ノ期間賃借物ノ収益ヲ賃借人ニ得セシメ且之カ担保ヲ為スノ義務ヲ有スルカ故ニ此汎博ナル義務ノ自然ノ結果トシテ此義務ヲ免ルルコト能ハサルナリ然レトモ若シ修繕ニシテ賃借人ノ過失若クハ不注意ニ因テ必要ト為リタル場合ニ於テハ賃借人之ヲ負担スヘキコト当然ナリ蓋シ何人ト雖モ自己ノ過失又ハ不注意ノ結果ハ自ラ之ヲ負担スヘキモノナレハナリ
又賃借権ノ終了スルトキニ当リ本條第三項ニ掲クル物件カ悪變若クハ毀傷セラレタリト雖若シ物件ノ悪變性若クハ毀損カ賃貸借ノ期間ニ照シ単純ナル使用ノ所為ノ結果タルニ止リ何等ノ過失無キコト疎明セラレサルトキハ賃貸人ハ賃借人ニ對シテ之カ修繕ヲ要求スルノ権利ナシ
此條第三項及ヒ第四項ニ掲ケタル物件ノ修繕ニ関シテハ賃貸人カ修繕ノ義務ヲ有セサルト同時ニ賃借人其責メニ任ス可キモノト論決ス可カラス蓋シ賃借人ハ進テ自ラ此修繕ヲ為スコトヲ得ヘキモ元来其義務ニ非ス隨テ之ニ要スル費用モ亦タ全ク任意ノモノナレハナリ
且此ノ如キ事項ニ関シテハ地方ノ習慣ニ従フコトヲ称シタルヲ以テ若シ地方ノ習慣ヲ遵奉セサル可カラス
第百二十九條
前條ノ規定ニ従ヘハ賃借人ハ己ノ収益ヲ為スニ必要ナル修繕ヲ要求スル權利ヲ有ス然レトモ權利ハ権利者ニ於テ之ヲ行フト否ト元来任意ナルモノニシテ且通常權利ノ行使ハ權利者ニ利益ヲ與フルモノナレトモ或ル特別ノ場合ニハ却テ權利者ニ不利ナルコト有リ得ヘキカ故ニ此ノ如キ場合ニ於テハ権利ハ自己ノ権利ヲ行フコトナカルヘシ賃貸借ノ終了ニ甚タ接近スルニ當リ修繕ノ必要生スルモ賃借人ハ此修繕ノ時間其工事ノ為メニ収益ノ不便ヲ来タス可キコトヲ恐レ他ノ一方ニ於テ此修繕ヲ求メサルモ将ニ終了セントスル自己ノ賃借権ノ為メニ格別ノ不利益ヲ感セサル如キ場合ニ於テハ自ラ此修繕ヲ請求セサルノミナラス却テ之ヲ好マサルヘシ
然リト雖モ賃貸人ノ地位ヨリ之ヲ考フレハ実ニ修繕ヲ為スト否ト利害ノ関スル所大ナリ蓋シ已ニ必要トナリタル修繕ヲ為ササルトキハ之カ為メニ建物牆壁土手等カ非常ニ毀損スルコトアルヘク其甚タシキニ至テハ終ニ崩壊ヲ致スコト有ル可シ此時ニ當リ賃借人尚ホ之ヲ拒ム事ヲ得ハ賃借人ノ利益ノ為メニ賃貸人ノ権利ヲ全ク犠牲ニ供スルニ至ル決シテ其当ヲ得タルモノニ非ス是ヲ以テ法律ハ賃貸人ニ与與フルニ必要トナリタル修繕ヲ為スノ権ヲ以テシ賃借人ヲシテ之ヲ甘受スルノ義務ヲ負ハシメタリ
然レトモ元来賃借人ハ自己ノ収益ニ付キ賃貸人ヲシテ担保ヲ為サシムルノ權利
アリ此原則ハ右ノ場合ニ於テモ適用ヲ為ササル可ラス故ニ本法ハ一方ニ於テ賃貸人ノ権利ヲ保護スルト同時ニ賃借人ノ利益ヲ担保スル為メ左ノ件々ヲ明定セリ
第一若シ修繕ノ事業カ一月以上継續シテ而シテ之カ為メ賃借人カ金銭ニ見積ルコトヲ得可キ損害ヲ受ケタルトキハ賃借人ハ之ヲ理由トシテ借賃ノ減殺ヲ求メ依テ其賠償ヲ受クヘシ
第二若シ賃借人カ修繕ノ事業ノ為メ縦ヒ一日間タリトモ家屋ノ住居ス可キノ部分ノ全部又ハ其商業若シクハ工業ニ必要ナル建物ノ部分ヲ奪ハルルトキハ賃借人ハ之ヲ理由トシテ賃貸借ヲ解除セシムルノ権利ヲ有ス蓋シ賃借人ガ住屋ノ総テノ部分ヲ奪ハルルトキハ去テ屋外ニ住居セサルヲ得サル可ク若シ又其商工業ニ必要ナル建物ノ部分ヲ失フトキハ重大ナル損失ヲ受ケ殆ト其生計ノ唯一ノ方法ヲ全ク失フコトアル可レハナリ
法律上ヨリ論スレハ賃借人ノ権利此ノ如クナリト雖モ実際ニ於テハ常ニ此ノ如クナラサルヘク即チ必要ナル建物ヲ奪ハルルノコト久シキニ彌ラサルトキハ賃借人ニ於テモ此解除權利ヲ濫用スルノ恐ナカル可シ何トナレハ賃貸借ヲ解除スルトキハ賃借人ハ他ニ移轉セサル可ラス此移轉ヨリ不便ト損失トハ却テ修繕ノ事業ヨリ受クル損害ニ比シテ大ナルコ屢ナル可レハナリ然ノミナラス若シ賃借人ニ於テ此解除ヲ恐ルルトキハ修繕ニ先チ之ニ付ク或ハ場合ニ依リ危険ノ緊急ナラサルニ於テハ賃貸借終了ノ時迄修繕ヲ遷延スルコトヲ得可キコト言ヲ俟タス
要スルニ本条ノ規定ハ次款ニ掲クル賃借人ノ義務中ニ列スルコト或ハ其当ヲ得タリト為ス者アル可シ然レトモ本條ハ賃借人ノ或ル義務ヲ掲クルト同時ニ其二箇ノ權利ヲ明定スルノミナラス尚ホ賃借物ノ修繕ニ関スル事項ハ務メテ之ヲ同一ノ処ニ規定シ所々ニ分タサルヲ以テ宜キヲ得タルモノトナス是レ本條ニ於テ此明文ヲ掲クル所以ナリ
第百三十條
賃借人ノ有スル權利ハ単ニ契約ヨリ生スル人権ノミ非スシテ尚ホ一箇ノ物權アリ故ニ其權利ヲ保護スル為メニ物上訴権ヲ有シ何人ニ對スルモ自ラ裁判所ニ於テ賃借権ヲ防禦スルコトヲ得可シ若シ之ニ反シ其権利カ単ニ対對人的ノモノタルニ止ラハ賃借人ハ賃貸人ノ援ヲ以テスルニ非レハ第三者ニ對シテ自己ノ権利ヲ法庭ニ防禦スルコトヲ得サル可シ何トナレハ人權及ヒ之カ結果タル對人ノ訴権ハ特定ノ人以外ニ對シテ行フコトヲ得サレハナリ
然レトモ賃借人自ラ物権ハ物上訴権ヲ第三者ト直接ニ争フノ権利アレトモ尚ホ訴訟ノ責任ヲ自己ニ引受ケサルヲ以テ策ノ得タルモノナリトス蓋シ賃借人訴訟ヲ為ストキハ第三者ノ主張ヲ排斥スルニ足ルヘキ方法ヲ提出シ得ヘキ賃借人一人ニテ訴訟ヲ為シタル此ノ如キ證據ヲ供スルコト能ハサリシタメ敗訴スル如キコト有ルヘク此場合ニ於テハ敗訴ノ結果ハ賃借人一人ニテ之ヲ負担セサルヲ得ス更ニ何人ニ對スル求償ヲ為シ得ヘカラス然ノミナラス權利上ノ妨害ノ場合ニ於テ之ニ對シ賃借人ヲ保護スルノ任ハ賃貸人カ賃貸借契約ニ依リ担保ノ義務トシテ負担スル所ノ一ナレハナリ
賃貸人ヲシテ本条ニ掲クル如キ担保ノ義務ヲ負ハシムルニハ第三者カ賃貸人ノ収益ニ加ヘタル妨害カ権利上ノ原由即チ正当ニ権利ヲ有スルト主張スル原由ニ基クモノナルコトヲ必要トナス之ヲ例スルニ賃借物ノ所有権用益権若シクハ賃借権ヲ主張シテ賃借人ノ収益ヲ妨害スルカ如シ然ルニ若シ之ニ反シ第三者カ賃借物上ニ何等ノ権利ヲモ主張スルコトナクシテ単ニ其毀損果実ノ盗取等ヲ為シタルトキハ賃借人ハ自己ノ防禦ノ為メ賃貸人ニ告知シテ担保セシムルコトヲ得ス即チ賃借人ハ是等単純ナル事実上ノ妨害ニ對シテハ己レ自ラ防禦スルノ一方法アルノミトス
又第三者ノ妨害カ縦ヒ権利ノ主張ニ基クトキト雖モ若シ其妨害ノ原因カ賃借人ノ責ニ帰ス可キモノナル場合ニ於テハ賃借人ハ賃貸人ニ對シ或ハ防禦ヲ求メ又ハ賠償ヲ求ムル等担保ノ請求ヲ為スコトヲ得ス例ヘハ第三者ニ於テ賃借人ヨリ賃借権ヲ譲受タリト主張シ又ハ轉借セリト主張スル場合ノ如キ是ナリ本條ノ理由ハ左ノ如クナリトス即チ此等ハ自己ノ所為ノ結果ニシテ賃借人カ自ラ負担スヘキ所毫モ他人ヲシテ其責ニ任セシム可キ理由アラサレハナリ
第百三十一條
賃貸人ハ賃借人ニ對シテ一般ニ賃借物ノ収益ニ付キ担保ヲ為スノ義務アリト雖モ若シ収益ノ喪失若クハ減少ニシテ本條ニ掲示スル事件ノ如キ非常ニシテ重大ナル不可抗力ヨリ生スル場合ニ於テ法律ハ収益担保ノ原則ニ幾分ノ斟酌ヲ加ヘ以テ賃貸人ノ負担ヲ減セサルヲ得ス蓋其過重ニ失センコトヲ恐ルレハナリ
若シ単ニ理論ニ依テ考フルトキハ二箇ノ相反對セル論決ヲ案出シ得ヘシ即チ一ハ一切ノ損失ヲ専ラ賃借人ノ負担ニ帰セシムルノ論決ニシテ他ノ一ハ専ラ之ヲ賃貸人ノ負担ニ帰セシムル所ノモノナリ本法ニ於テハ此極端ニ偏スルコト無ク其間ニ於テ一種ノ折衷方法ヲ採レリ其要左ノ如シ
凡ソ賃借人カ賃借物ヨリ得ル所ノ利益カ家屋使用ノ利益ナルト土地ノ産出物ヲ取得スルニ在ルトヲ問ハス若シ前ニ述フル如キ原因ノ為メニ収益ノ減少ヲ受ケ其損失ニシテ毎年ノ利得ノ三分一未満ナルトキハ其損失ハ斟酌スルニ足ラサルモノトシテ悉ク賃借人ノ負担ニ属ス可シ
若シ之ニ反シテ右ノ損失カ毎年ノ利得ノ三分一以上ナルトキハ之ヲ賃貸人ノ負担ニ帰セシム即チ賃貸人ハ此損失ノ割合ニ應シテ貸賃ノ減少ヲ為スノ責アルモノトス
一定ノ金額等ヲ以テ借賃ヲ約シタルトキハ右ノ如ク損失ノ如何ニ依リ借賃ノ減少ヲ為ス可シト雖モ若シ然ラスシテ土地ノ果実ノ幾分ヲ以テ借賃ト為シタル場合ニ於テハ賃借人ハ本條ニ掲クル如キ収益ノ損失ヲ蒙ルコト如何ニ大ナルモ特ニ之ガ為メ本條ノ賠償ヲ得可キニアラス何トナレハ此ノ如キ場合ニ於テハ損失些少ナルトキト雖モ其負担ハ賃借人一人ニ帰セスシテ常ニ契約ノ割合ニ應シテ賃貸人ノ受領ス可キ借賃ヲ減スルモノナルヲ以テ損失大ナルトキハ従テ此減少モ当然ナル可ク特ニ本條ノ原則ヲ適用スヘキ所ナケレハナリ又此場合ニ於テ果実カ已ニ土地ヨリ離サレタル後未タ賃借人カ其幾分ヲ賃貸人ニ引渡ササル以前ニ於テ果実滅失シタルトキハ賃借人ニ於テ其損失ヲ負担セサル可ラス然レトモ若シ賃借人ヨリ賃貸人ニ對シ借賃タル部分ノ果実ヲ受取ルコトニ付催告ヲ為シ遅滞ニ附シタル後ナルトキハ此限ニ在ラサルナリ
以上ニ掲クル所ハ唯減少シタル収益ニ對シテ損失ノ賠償ヲ定メタルノミ法律ハ尚之ヲ以テ足レリト為サス本條ニ記載スル不可抗力ノ為メ収益ノ妨害ヲ受クルコト右ノ如クニシテ引續キ三年ニ及ヒタル場合ニ於テ更ニ賃借人ノ有スヘキ権利ヲ明定セリ此場合ニ於テ賃借人ハ借賃減少ノ方法ニ依テ毎年ノ損失ニ對シテハ賠償ヲ得タル可シト雖モ之ヲ以テ何等ノ損害ヲ被ルコトナシト云フ可ラス何トナレハ当賃借ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル可レハナリ故ニ将来ニ向テハ豫期ノ利得ヲ生セシム可キ他ノ賃借ヲ約スルノ自由ヲ得セシムルコトヲ要ス即チ従来ノ賃貸借ヲ解除スルノ権利ヲ有セシメサル可ラス
本條ノ規定ニ従フトキハ賃借人カ引續キ三ヶ年ノ間毎年ノ利得ノ三分一ノ損失ヲ受クルトキハ単ニ之ニ對シテ相当ナル賠償ヲ受クルノ権利アルノミナラス剰サヘ賃貸借解除ノ権利ヲ有ス可ク而シテ此損失ガ毎年ノ利得ノ三分一未満ナルトキハ何等ノ賠償ヲモ得ルコト能ハサルノミナラス縦ヒ其損失カ引續キ何年ニ及フモ更ニ賃貸借ノ解除權ヲ有セサルナリ是レ或ハ公平ヲ欠クモノナリト信スル者アラン然レトモ三分ノ一ニ満タサル其損失ハ法律上損失トシテ之ヲ斟酌スルニ足ラサル些少ノモノト為セルカ故ニ是レ全ク損失ナキト同一ナリ是ヲ以テ賠償ノ責任ヲ生スルニ足ラス又従テ此責任ノ必須ノ結果タル賃借人ノ解除ノ権利ヲ生スルニ足ラサルナリ
賃借人カ収益ノ損失ノ為メ本條ノ賠償ヲ得ルニハ其損失カ本條ニ掲クル如キ重大ニシテ且非常ナル事変ニ因テ生シタルコトヲ必要トス然レトモ本條ノ例記ハ単ナル例示ノモノニシテ決シテ限定ノモノニ非サルコトヲ注意ス可シ
本條ノ末文ハ賃借物タル建物カ不可抗力ニ因テ毀滅シ又ハ焼失シタル場合ヲ想定セリ若シ此滅失シタル部分ノ収益カ賃借物全体ノ毎年ノ収益三分一ニ満タサルトキハ前ニ述ヘタル理由ニ依リ法律ハ賃借人ノ損失ヲ斟酌スルコト無シ故ニ本條ノ末文ハ滅失セル建物カ毎年ノ収益ノ三分ノ一以上ニ相当スル場合ヲ規定シタルモノナリ此場合ニ在テ賃借人ハ収益ノ損失引續キ三ヶ年ニ及フヲ待ツコト無クシテ賃貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得ヘシ蓋シ一旦建物毀滅シタル以上ハ更ニ之ヲ再造スルニ非サレハ収益ノ損失永久ナルコト明ナリ故ニ他ノ場合ノ如ク三ヶ年ヲ待タシムルノ理ナキナリ家屋ヲ再造スルハ一ニ賃貸人ノ任意ニ属スルカ故ニ賃貸人之ヲ為ササル以上ハ賃借人カ解除ヲ請求シ得ヘキコト当然ナリトス然ルモ尚ホ一ヶ年ノ期限ヲ定メタルハ一方ニ於テ難ヲ賃貸人ニ望マス又一方ニ於テ賃貸人ノ為メ甚タシキ不利益ヲ生セシムルコトナク以テ双方ノ利益ヲ全カラシメンコトヲ期シタルナリ
此規定ハ建物ノ賃貸借ノ場合ニ於テ其一部分ノ毀滅ノトキニ当リテ其適用ヲ見ル可シ何トナレハ若シ其全部毀滅シタルトキハ賃借物ノ滅失ニ外ナラス従テ賃貸借契約ハ當然消滅ス可ケレハナリ
第百三十二條
當事者カ賃貸借契約ヲ為スニ當リ目的物タル土地若クハ建物ノ廣狭ヲ量定スルカ如キハ実際ニ於テ之ヲ為ササルコト往々之レ有リ蓋シ賃借人ハ賃貸人ノ申述スル所ヲ信任スルヲ以テナリ然レトモ賃貸人モ亦タ自ラ誤信シテ不実ノ申述ヲ為スコトアルヘク而シテ此錯誤タル時トシテハ頗ル重大ニシテ賃借人カ為メニ被ル可キ損失ハ甚タ大ナルコト有ル可シ或ハ之ト全ク相反シテ土地若シクハ建物ノ現実ノ坪数カ契約書ニ掲ケタル所ヨリ大ナルコト有ル可ク而シテ此場合ニ於テ賃借人ハ常ニ約束ノ借賃ノミヲ拂フテ約束ヨリ大ナル土地又ハ建物ノ収益ヲ為スコトヲ得ルトセハ之ニ因テ著シキ利益ヲ得ル如キハ其当ヲ得タリト云フ可ラス又必ス坪数ノ大ナルニ應シテ相当ナル借賃ノ増額ヲ拂フノ義務アルモノトセハ賃貸人ノ困難ハ時ニ甚タ大ナル可シ此等ノ事項ニ関シテ本條ハ特ニ規定スル所ナク一ニ之ヲ取得編賣買ノ章ニ譲リ同一ノ規定ヲ適用スルモノト為セリ蓋シ之ト同一ノ問題ハ賣買ノ場合ニ於テ起リ得ヘキカ故ニ之ニ関スル必要ノ区別モ賣買ニ関シテ規定スル所アル可レハナリ
第百三十三條
賃借人カ賃借地ニ付テ有スル権利ハ全ク一時ノ権利ニ過キスシテ所有権ノ如ク永久ナラスト雖モ之カ為メニ賃借地ニ建物又ハ樹木ノ植栽ヲ為スノ権利ヲ有スルコト為シト云フ可ラス蓋シ賃借地ニ従来存在スル建築又ハ植付ヲ毀損スルコトナク或ハ特ニ賃貸人ノ許可ヲ得テ之ヲ變更スルノ條件ヲ守ル以上ハ此等ノ所為ハ決シテ賃貸人ヲ害スルモノト云フコト能ハサレハナリ
又賃借人ハ賃貸借ノ終了シタルトキニ至リ賃借物ヲ旧状ニ復セシメ自ラ為シタル建築若クハ植栽ヲ収去スルノ権利ヲ有ス可キコト勿論ナリトス蓋シ賃貸ノ損害タル所ナケレハナリ
然ルニ当初賃借人カ賃貸人ノ承諾ヲ得テ従来賃借地ニ存スル建築若クハ植栽ヲ撤去シ而シテ自ラ新タニ建築又ハ植栽ヲ為シタル場合ニ於テハ賃借人ハ旧建築又ハ旧植付ヲ旧状ニ復セシムル能ハサルコト明ナリ然ルモ尚ホ自己ノ為シタル建築又ハ植栽ヲ収去スルノ権利ヲ有ス可キヤ否ヤハ一箇ノ疑問タルコトヲ得ヘシ今マ原則トシテ之ヲ概論スルトキハ右ノ如キ場合ニ於テモ尚ホ賃借人ハ収去ノ權利ヲ保有スルモノト断定セサル可カラス何トナレハ賃貸人ニ於テ別ニ此事ニ付キ自己ノ利益ノ為メニ権利ヲ留保スルコト無カリシ以上ハ旧来ノ建築ハ賃貸借ノ終了ノ後マテ存續スルコト無キヲ認メ之ヲ撤去スルモ自己ノ損害タラサルコトヲ認メタルモノナル可ク然ラハ則チ旧状ニ復セサルハ決シテ賃貸人ノ為メニ損害ヲ加ヘタリト云フ可キニ非サレハナリ
賃借人ガ収去スルコトヲヲ得可キ建物ニ付テ賃貸人ガ有スル先買ノ権利ハ之ヲ賃借人ノ義務ノ事項ニ之ヲ掲ク(第四十四條参看)
第百三十四條
凡ソ権利ハ物権ト人權トヲ問ハス一般ニ之ヲ譲リ渡スコトヲ得ヘシ蓋シ此等ノ權利ハ吾人ノ資産ヲ組成スル財産ニシテ(第一條)財産ハ或ハ例外ヲ除キ総テ之ヲ有スル者ニ於テ自由ニ處分スルコトヲ得可シ物権中ニ在テ専ハラ人ノ一身ニ属シ従テ他ニ譲渡スルコトヲ得サル所ノモノハ唯使用權及ヒ住居権アルノミナリ
賃借権ニ至テモ原則上法律ヲ以テ其譲渡若クハ轉貸ヲ禁ス可キ理由アラサルナリ然レトモ賃貸人ハ特ニ契約ニ因テ此權能ヲ賃借人ニ禁スルコト有リ得ヘシ是レ賃貸人カ奢侈ノ物件等ニ付テ使用者ノ如何ニ依リ其毀損ヲ恐ルル如キ場合ニ於テ実例ヲ見ルコトアル可キ所ナリ而シテ此ノ如キハ法律上之ヲ禁ス可キニ非ス又當事者之ヲ禁セルモ地方ノ習慣ニ於テ譲渡ヲ許ササル場合アル可シ総テ此等ノ場合ニ於テハ右ニ掲ケタル原則ニ對シテ例外ヲ認メサル可ラス
本條ハ賃借權ノ譲渡ト轉貸トノ間ニ存スル本来ノ差別ヲ明示セリ
賃借権ノ譲渡ハ其設定ノ全期間ニ對シ賃借権ヲ全ク移付スルモノナリ此譲渡ハ時ニ無償タルコトヲ得ヘシ此場合ニ於テハ賃借權ノ贈與ナリトス又時ニ有償タルコトヲ得ヘシ此場合ニ於テハ通常単一ノ代價ヲ以テ之ヲ譲渡ス賣買ナル可シ然レトモ或ハ賣買ナラスシテ交換タルコトアルヘク而シテ其有償ノ譲渡タルニ至テハ一ナリ
轉貸一箇ノ新タナル賃貸借ナリ而シテ此新タナル賃貸借ハ主タル賃貸借ニ比シテ期間一層短キコトアルヲ得ヘシ又轉貸ハ常ニ有償ニシテ無償ナルコト無シ且譲渡人ノ義務ト轉貸人ノ義務トハ其負担スル担保ノ義務ノ点ニ於テ同一ナラサルモノナリ即チ譲渡人ハ譲受人ニ對シ単ニ賃借権ノ追奪ニ付テノミ担保ヲ為スノ義務ヲ有スト雖モ轉貸人ノ轉借人ニ對スルハ此ノ如クナラス普通賃貸借ノ原則ニ従ヒ継續セル収益ニ付テ担保ノ義務ヲ免ルルコト能ハス
賃借人ハ縦ヒ賃借権ノ譲渡若クハ轉貸ヲ為スモ之ニ依テ賃貸人ニ對スル自己ノ義務ヲ免カル可カラサルコト論ヲ待タス何トナレハ自己ノ権利ハ自由ニ之ヲ處分シ得ヘシト雖モ義務ニ属スルモノハ権利者ノ承諾ナクシテ之ヲ免ル可キニ非サルナリ故ニ轉借人カ資力十分ナラスシテ賃借人ノ義務ヲ履行スル能ハサルコトアルモ賃貸人ハ之カ為メ損失ヲ受ク可キニ非ス主タル賃借人ニ對シテ依然請求スルコトヲ得ヘシ賃貸人カ此権利ヲ失フハ債務者タラシムルコトヲ賃貸人自ラ承諾セシトキニ限ル而シテ此ノ如ク債務者ヲ変更スルハ是レ法律ニ所謂ユル更改ヲ為スモノナリ
更改ニ関スル理論ハ義務ノ事項ニ属ス故ニ義務ノ事ヲ規定スルニ当テ詳細ノ説明ヲ見ル可キナリ
若シ賃貸人カ一定ノ金額等ヲ以テ貸賃ト為サスシテ果実ノ一分ヲ以テ借賃ト定メタルトキハ此賃貸借契約ハ或ル点ニ於テ會社契約ニ類スル所アリ即チ此契約ハ賃借人ノ一身ノ着眼ヲ主トシタルモノニシテ其才智及ビ正廉ヲ信認シタルモノナリ蓋シ此ノ如キ場合ニ於テハ収穫ノ多少ニ従テ賃貸人ノ得分増減ヲ来スヘケレハナリ已ニ然ルカ故ニ此ノ如キ條件ヲ以テ契約ヲ為シタル賃借人ハ原則上賃借権ノ譲渡又ハ轉貸ヲ為スコトヲ得ス此譲渡若クハ轉貸ヲ為サント欲セハ必スヤ賃貸人ノ承諾ヲ得サル可ラス
法文ハ果実ヲ以テ借賃トナスモ金銭ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得ヘキトキハ賃借人其権利ヲ譲渡シ得ヘキコトヲ許認セリ然レトモ豫メ果実ニ代フヘキ一定ノ金額ヲ約シタル場合ヲ豫想シタルモノニシテ決シテ金銭ニ代フコトヲ約シ有ル以上ハ一定セサルモ亦然リト云フノ意ニ非ス蓋シ一定ノ金銭ヲ以テ代フヘキトキハ当初ヨリ一定ノ金額ヲ以テ借賃ヲ約シタルトキト同シク此金額ヲ弁済スル以上ハ何人カ賃借人タルモ賃貸人ニ利害ノ関係アラサレハナリ
又賃借物ヨリ生スル果実ノ一分ヲ以テ借賃ト定メタルニ非スシテ其一定ノ員数ヲ以テ借賃ト為シタル場合ニ於テハ一定ノ金額ヲ借賃ト為シタルトキト同シク譲渡ヲ為スコト賃借人ノ権内ニ属ス可シ何トナレハ此場合ニ於テハ賃貸人ノ得分ハ一定シテ賃借人ノ収益方法ヲノ巧拙等ニ従ヒ増減スヘキモノニ非ス従テ譲渡ハ更ニ賃借人ノ利害ニ関セサレハナリ
若シ第一ノ賃貸借ニ一定ノ期間アラサルトキハ賃借人ト特ニ期間ヲ定メテ他ニ譲渡スコトヲ得ズ蓋シ自己ノ一意ヲ以テ賃貸人ノ有スル解約申入ノ權利ヲ害シ得ヘキニ非レハナリ
第百三十五條
抵當権ハ不動産上ニ設定スル一箇ノ物権ニシテ債権ノ担保タルモノナリ今賃借物ニシテ不動産タルトキハ賃借権モ亦不動産権ナルカ故ニ賃借人カ此不動産権ヲ目的トシテ抵當ヲ設定スルハ其当然ニ有スル権能ニ属シ而シテ特ニ之ヲ禁ヘキ理由アラサルナリ
若シ賃借人カ其賃借権ヲ以テ抵當ト為シタル場合ニ於テ債務ヲ弁済ヲ為ササルトキハ之カ担保タル賃借権ハ抵當債権者ノ請求ニ従テ賣却セラル可シ此ノ如クナルモ賃借権ノ譲渡ヲ為シタル場合ト少シモ異ナル所ナキナリ
然レトモ契約若クハ法律ニ依リ賃借権ノ譲渡ヲ禁シタル場合ニ在テハ賃借権ヲ抵當ト為シ得可カラサルコト勿論ナリ何トナレハ抵當ノ結果ハ強制ノ譲渡ニ外ナラサレハナリ
第百三十六條
賃借人カ第三者ニ對シ自己ノ名ヲ以テ訴ヲ為ス権利ヲ有スルコトハ已ニ第百三十条ノ下ニ於テ之ヲ述ヘタリ唯其規則ノ甚タ緊要ナルカ為メ本條ハ特ニ此事項ニ関シテ一般ノ原則ヲ明記セリ
賃借人カ物上訴権ヲ有スルハ単ニ第三者ニ對シテノミニ非ス賃貸人ニ對シテモ亦同シク之ヲ有スルモノナリ故ニ賃貸人ニ對シテハ賃貸借契約ニ基キテ賃貸人ノ負担シタル義務ニ相應スル對人ノ訴権ト此物上訴権トヲ併有ス可シ
第三款 賃借人ノ義務
第百丗七条
賃借人ハ用益者ト異ナリテ賃借物タル動産ノ目録及ビ不動産ノ形状書ヲ作ルノ義務ナキコトハ既ニ第百廿七条ノ下ニ於テ之ヲ述ベタリ
然レトモ是レ惟賃借人ニ於テ之ヲ作ルノ義務ナキノミ若シ賃貸人ニ於テ自己ノ権利ノ担保ノ為メ進ンデ之ヲ作ルコトヲ欲セバ賃借人ハ之ヲ拒ムノ権利アラサルノミナラズ此書類ノ調製ニ立会フノ義務アルモノナリ此ヲ以テ賃貸人ニ於テ此権利ヲ行ハント欲スルトキハ賃借人ハ賃貸人ヲシテ賃借物ノ現状ニ到ルコトヲ得セシムルノ義務アリ是レ独リ賃貸借ノ当初ニ於テ然ルノミニ非ラス賃借人ガ収益ヲ始メタル後ニ於テモ亦異ナルコトナシ賃借物ハ概シテ賃借人ノ住處ニ存ス可キガ故ニ目録又ハ形状書ノ調製ヲ要スル場合ニ於テモ賃借人ハ特ニ召喚ヲ受クルコト莫カルベシ自カラ此調製ニ立会ハント欲セハ之ニ立会フベキノミ然リト雖トモ目録及ビ形状書ガ賃借人ノ調印ヲ経タルカ又ハ其面前ニ於テ若クハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ召喚ヲ為シタル上公吏之ヲ作リタル時ニ非ラサレハ其調製ハ立會ヲ以テ之ヲ為シタリト云フコトヲ得ス従ツテ賃借人ニ對抗スル効力ヲ有セサルモノナリ縦令右ニ掲グル如キ手続ヲ経テ之ヲ調製シタルトキト雖トモ賃借人ニ於テ公平ニ異議ヲ留保シタル場合ニ於テハ例外ナルコト是レ又勿論ナリ
賃貸人自カラ目録及ヒ形状書ノ調製ヲ求ムルノ権利アルト同シク賃借人モ亦賃貸人ガ之ヲ求メサル場合ニ於テ自カラ此調製ヲ為サシムルコトヲ得ベシ然レトモ此場合ニ於テハ其証書ヲ以テ有効ニ賃貸人ニ對抗スルニハ必ス合法ニ賃貸人ヲ召喚スルコトヲ要ス
賃借人ヨリ請求シタルト賃貸人ヨリ請求シタルトヲ問ハス凡テ証書ノ費用ハ進ンデ請求ヲ為シタルモノニ於テ其全額ヲ負担セサル可カラス然リト雖トモ当事者ノ合意ニ依リテ共同ノ利益ノ為メ証書ヲ作ル可キコトヲ約シタル場合ニ於テハ縦令一方ヨリ請求ヲ為シタル時ト雖トモ其費用ハ一人ニテ負担ス可カラサルコト勿論ナリ
若シ不動産ノ形状書及ヒ動産ノ目録ヲ調製セサルトキハ賃借人ハ之ガ為ニ修繕ノ責任ヲ免カルル能ハサルコト有ルベシ何トナレバ此場合ニ於テハ当初賃借人ハ完好ナル形状ニ於テ賃借物ヲ受取リタルモノト認メラル可ケレバナリ而シテ此点ニ於テ法律ハ賃借人ニ對シ用益者ニ對スルニ比スレハ甚ダ嚴ナリトス蓋シ用益者ハ縦令形状書ヲ作ラサルモ此ノ如ク完好ノ形状ニテ受取リタルトノ推定ヲ受クルハ単ニ不動産ニ関スル場合ニ止マレバナリ(参看第七拾五条然)然ルニ本条ニ於テ賃借権ノ場合ニ於テハ動産ニ関シテモ亦同一ノ決定ヲ為シタルモノハ次ノ理由ニ依ル蓋シ賃借人ハ賃借物ノ引渡前ニ於テ一切ノ修繕ヲ要求シ完好ノ形状ニ於テ賃借物ヲ受取ルノ権利アルモノニシテ是レ実ニ用益者カ有セサル所ノ権利ナリ然ルニ此ノ如キ権利ヲ有スル賃借人ガ特ニ動産ノ形状ヲ證明スル目録ヲ作ルコトナクシテ賃借物ヲ受取リタルトキハ賃借物カ元来完好ノ形状ニ在リシカ然ラサレハ特ニ修繕ヲ要求シテ完好ノ形状ナラシメタルカ必スヤ二者一ニ居ル可キコト至当ニ推定シ得ヘキ所ナレバナリ
之ニ反シテ目録ヲ調製セサル場合ニ於テハ賃借人モ亦多少ノ不利ヲ免カルルコト能ハス此場合ニ於テ賃借人ハ用益者ニ比スレハ法律ノ為ニ優待セラルルモノト云ハサルヲ得ス蓋シ用益者ハ元来目録ヲ調製スル法律上ノ義務ヲ有スルモノナルガ故ニ若シ此義務ヲ履行セサル場合ニ於テハ法律ハ之ヲ待ツコト嚴ナラサルヲ得サレバナリ動産ノ目録ハ賃貸借終了ノ時ニ於テ賃貸人カ賃借人ニ返還ヲ請求シ得ヘキ範囲ヲ證明スルニ必要ナルモノナリ故ニ目録ノ調製ハ賃貸人ニ於テ甚ダ利益ヲ有スルモノナリ然ルニ賃貸人若シ之ヲ調製セサルトキハ当初賃貸シタル物権中不足スル所アルカ又ハ賃借人ガ價格寡キ他ノ物ヲ以テ之ニ代ヘタル物権アル時ト雖トモ賃貸人ハ当初交付シタル物権ヲ請求スル為メ有力ナル證書ヲ要セサルベシ而シテ此證拠ノ不足ハ単ニ直接ナル人證ヲ以テ補フコトヲ得ルニ止マリ虚有者ガ用益者ニ對スル場合ノ如ク世評ヲ以テ之ヲ補フコトヲ得ズ(参看第七拾五条)
第百三拾八条
賃借人ノ有スル義務ノ最タルモノハ借賃ノ弁済ナリ是レ実ニ賃借人ガ有スル引續キタル収益ノ定期ノ對価ナリトス
概シテ賃貸借契約ニ於テ当事者ハ借賃弁済ノ時期ヲ定ムルモノナリ然レトモ当事者ニ於テ之ヲ定メサル場合ニ於テハ孰レノ時期ニ於テ此弁済ヲ為ス可キヤハ法律ニ於テ定ムルコトヲ要スル所ナリ本条ニ於テ毎月末ニ之ヲ拂フ可キモノト定メタルハ要スルニ本邦ニ於テモ汎ク行ハルル習慣ヲ確認シタルニ過キス猶ホ地方ニ従ヒ其習慣ヲ異ニスルコト有ルベキヲ以テ特ニ本条第一項ノ末文ニ據リ地方ノ習慣ニシテ右ノ規定ト異ナル場合ニ於テハ習慣ニ従フ可キコトヲ明カニセリ
若シ一定ノ金銭ヲ以テ借賃ヲ定メスシテ賃借物ヨリ生スル果実ノ幾分ヲ以テ借賃ヲ定メタル場合ニ於テハ賃貸人ハ収穫期節ノ前ニ於テ之ヲ請求シ得ベカラサルコト固ヨリ明カナリ然レトモ此場合ニ於テハ必スシモ賃貸人ニ不利ナリト云フコトヲ得ス何トナレバ一年ノ借賃ノ中幾分ニ付テハ収穫ノ時マデ之レカ弁済ヲ竢タサルヲ得スト雖トモ他ノ幾分ニ對シテハ収穫ノ時一時ニ之レガ要求ヲ為スコトヲ得ベケレバナリ
若シ賃借人ガ弁済ス可キ所ノ借賃ガ果実ノ幾分ニ非ラズシテ賃借物ヨリ生スル産出物ノ一定ノ量ナルトキト雖トモ仍ホ同一ノ規定ヲ適用スベシ何トナレハ其事情少シモ異ナル所アラサレバナリ
第百三拾九条
当事者ガ借賃弁済ノ期ヲ定メタル場合ニ於テモ賃借人ガ約束ノ期日ニ於テ弁済ヲ為ササルコトハ孰レノ邦国ニ於テモ甚ダ実例多キ所ナリ又賃借人カ賃借シタル場處ニ於テ為サントスル商業又ハ工業ノ種類ニ依リ賃貸借契約ニ於テ賃借物ノ保存ノ為ニ特ニ或ル作為又ハ不作為ノ義務ヲ約シ而シテ此特別ノ義務ノ履行ヲ怠タルコトモ亦屢々実際ニ於テ生スル場合ナリトス
此ノ如ク賃借人ニ於テ其義務ノ履行ヲ怠タリタル凡テノ場合ニ於テハ賃貸人ハ二個ノ方法ノ中其一ヲ撰擇スルコトヲ得ベシ第一ハ直接履行ノ訴権ニシテ賃借人ガ当初約シタル處為ノ実行ヲ求メ又ハ禁シタル處為ヲ止ムルヲ以テ目的ト為スモノナリ第二ハ解除ノ訴権ニシテ賃貸借ヲ終了セシムルヲ以テ目的ト為スモノナリ
此二個ノ訴権ハ決シテ賃貸借ノ場合ニ特別ナルモノニ非ラスシテ普通法ノ適用ニ外ナラズ第一ノ訴権ハ作為又ハ不作為ノ義務ヲ生セシメタル契約ニ関スル一般ノ原則ニ基クモノニシテ第二ノ訴権ハ当事者ノ双方ヲシテ義務ヲ負ハシムル双務契約ニ関スル一般ノ原則ニ出ツルモノナリ(参看第四百廿一条)
賃貸人ガ解除ノ権利ヲ行使シタル時ト雖トモ仍ホ之レガ為ニ損害賠償ヲ求ムルノ権利ヲ失フモノニ非ラス即チ賃借人ガ賃借物ヲ毀損シタル如キ場合ニ於テハ其既ニ生シタル損害ニ對スル賠償ヲ求ムルコトヲ得ベク又賃貸借解除ノ後若干ノ時間其財産ヲ使用スルコトヲ得スシテ収入ノ損失ヲ生セシム可キ場合ニ於テハ此賃貸借解除ヨリ生スル損害ノ賠償ヲモ求ムルコトヲ得ベシ
第百四拾条
本条ニ規定スル事項ニ於テモ賃借人ノ義務ト用益者ノ義務トノ間一大差異アルヲ看ルベシ用益者ハ一人ニテ用益物ニ課セラルベキ通常ノ租税ヲ弁済スルノ義務ヲ有シ而シテ非常ノ租税ニ至テハ或ル範囲内ニ於テ之ヲ負担スルモノナリ用益者ガ此ノ如キ義務ヲ有スルハ次ノ理由ニ拠ル即チ用益者ハ用益物ノ毎年ノ収益ノ全部ヲ有スルモノニシテ虚有者ハ更ニ之レガ對価ヲ受クルコトナシ
之ニ反シテ賃貸借ノ場合ニ於テ賃貸人ハ自己ノ所有物ノ収益ヲ賃借人ニ得セシムルト雖トモ其報酬トシテ借賃ヲ得ルガ故ニ更ニ自カラ収益ヲ為スト異ナルコトナシ此ヲ以テ賃貸借ノ場合ニ於テ賃借物ニ賦課セラルル租税其他ノ公課ハ賃貸人ガ直接ニ賃借物ノ収益ヲ為ス場合ト同ジク自カラ其全部ヲ負担スベキコト当然ナリ
然レトモ財政ニ関スル法律ハ必スシモ民法ト同一ノ精神ヲ以テ其規定ヲ為スモノニ非ラズ従テ租税徴収ノ便宜ノ為ニ時トシテハ賃借物ニ賦課スル租税ヲ賃借人ヨリ徴収スルコト有ルベシ
例之バ地租ハ土地ヨリ生スル収穫ニ付キ先取特権ヲ國ニ有セシムルモノナリ然ルニ其土地賃借セラレタル場合ニ於テハ収穫ハ賃借人ニ属スルモノナルガ故ニ賃借人ハ自カラ地租ヲ弁済スルニ非ラサレバ政府ノ訴権ヲ免カルルコト能ハザルベシ蓋シ此租税ハ元来賃貸人ニ於テ負担セサル可カラズト雖トモ其納期ニ先ダツテ之ヲ弁済セス而シテ既ニ納期ト為リタルトキハ前ニ掲クル先取特権ニ基キ國ハ賃借人ニ對シテ要求スルコト有ル可ケレバナリ
此ノ如キ場合ニ於テ賃借人弁済ヲ為シタルトキハ借賃ヨリ之ヲ扣除シ因テ以テ賃貸人ニ對シ求償ヲ為スノ権利ヲ有スベシ
以上ニ述ブル所ノ理論ハ当事者ガ特ニ反對ノ合意ヲ為サザル時ニ於テノミ之ヲ適用スベシ何トナレバ単ニ当事者ノ私益ニノミ関スルモノナルヲ以テ当事者ノ合意ニ依リ之ヲ変更シ得ベキモノ為レバナリ
若シ賃借人ガ賃借シタル土地ニ自カラ建物ヲ築造シ而シテ此建物ニ租税ヲ賦課セラレタル場合ニ於テハ賃借人自カラ之ヲ負担ス可キコト当然ナリトス何トナレハ此建物ニ関シテハ賃借人ハ何等ノ借賃ヲ拂フコトナキガ故ニ前ニ掲ケタル理由ハ此場合ニ於テ全ク存在スルコト莫ケレハナリ
賃借人カ賃借地ニ於テ為スヘキ工業又ハ商業ニ関スル租税ニ於テモ全ク同一ナリトス例之バ営業税及ビ酒、醤油、煙草等ノ租税ニ関スル間税ノ如キ是ナリ
第百四拾一条
賃借人ノ収益ノ方法ニ至テモ多少用益者ノ収益方法ト異ナル所ナキニ非ラサレトモ要スルニ是レ又両者相類似セル一点ナリト云フコトヲ得ベシ惟賃貸借ハ実用上甚ダ重要ノ事項ナルト賃貸借ノ種類殆ント際限ナキヲ以テ特ニ本条ノ明文ヲ掲ケタリ
第百四拾二条
本条第一項ノ規定モ又賃借物ノ保存ニ関スル賃借人ノ義務ニ付キ賃借権ト用益権トノ間ニ一ノ相類似セル規定ヲ設ケタルモノナリ
賃借人ハ第三者カ収益ノ妨害又ハ侵奪ヲ為ス場合ニ於テ之ニ對シ自カラ且ツ自己ノ名義ヲ以テ訴訟ヲ為スノ権利ヲ有スルコト既ニ之ヲ述ベタリト雖トモ若シ此権利ヲ行フノミニシテ他人ノ妨害又ハ侵奪ニ関シ賃貸人ニ告知ヲ為サザルトキハ独リ自己ノ利益ヲ害スルニミナラス猶ホ本分ヲ尽サザルモノト云フベシ(参看第百三拾条)
固ヨリ賃借人ト第三者トノ間ニ下サレタル判決ハ其他ノ人ニ對シテ効力ヲ有ス可キニ非ラス従テ縦令其判決ハ賃貸人ノ為ニ不利益ナルベキ性質ノモノナリトスルモ賃貸人ハ自己ノ権利ヲ保護スル為メ訴訟ニ召喚セラレサリシモノナルカ故ニ此判決ヲ以テ對抗セラルルコト莫カルベシ(参看第九拾八条)
然レドモ若シ此判決ノ結果トシテ第三者ガ賃借物ニ付キ殆ント現状ニ回復ス可カラサル変更ヲ加ヘ又ハ賃借物ノ全部若クハ一部ニ関シテ或ル種類ノ時効ヲ得ルニ至リタル如キ場合ニ於テ賃貸人カ損害ヲ蒙ムルハ甚タ大ナルベシ而シテ是レ全ク賃借人カ賃貸人ニ告知ヲ為サズシテ此重大ナル損害ヲ生セシメタルモノナルガ故ニ賃借人ハ自己ノ過失ヨリ生シタル損害ノ責任ヲ免カルルコト能ハス且ツ賃借人自己ノ必要ヨリ考フルモ賃貸人ヲ召喚スルヲ以テ可ナリト為ス何トナレハ賃借人ハ賃貸借契約ノ性質上賃借物ノ完全平和且ツ継續セル収益ヲ賃借人ニ得セシムルノ義務アルモノニシテ他人若シ之ヲ妨害スル如キ場合ニ於テ賃貸人ハ第三者ノ主張ヲ破ルニ有力ナル證書其他ノ方法ヲ要スベシ故ニ賃借人独リ訴訟ヲ為スハ有力ナル助ケヲ捨テテ甚タシキ危嶮ヲ犯スモノト云フベシ
第百四拾三条
凡ソ賃借物カ動産ナルト不動産ナルトヲ問ハズ凡テ賃借人ノ権利ハ法律ヲ以テ一己ノ物権ナリト明定セラレタリト雖トモ之ガ為ニ決シテ所有権ノ所在ヲ変スルモノニ非ラス故ニ賃貸人ハ依然トシテ賃借物ノ所有権ヲ有スベシ惟其所有権ハ賃借権設定ノ時ヨリ終了ノ時マデ完全ナラズシテ枝分セラレタルノミ若シ賃借人ノ権利消滅スルトキハ賃貸人ノ権利ハ再ビ完全無缺ノモノトナルベシ
此故ニ賃貸借終了シタル場合ニ於テハ賃貸人ハ賃借物ヲ回復スル為メ回復ノ訴権即チ物上訴権ニ因テ請求スルコトヲ得ベシ
然レトモ又賃貸人ハ第二ノ訴権ニ依テ此請求ヲ為スコトヲ得ベシ何トナレバ賃借人ハ賃貸借契約ニ依リ賃借物ヲ保存シ及ビ之ヲ保管スルノ義務ヲ負フ者ナレバナリ
此ノ如キ場合ニ於テ賃貸人ハ物上訴権ト對人訴権トノ二者中孰レヲ撰擇スベキヤハ次ニ掲グル二個ノ事情ニ因テ之ヲ決スベキナリ
第一若シ賃借人ニシテ無資力ノ者ナルトキハ賃貸人ハ物上訴権ヲ提起スルヲ以テ尤モ利益アリトス何トナレハ對人訴権ハ賃借人ノ他ノ債権者ト平等分配ヲ為スコトヲ免カレサルノミナラス賃借物ノ現物ヲ以テ返還ヲ受クルコト能ハスシテ只其價格ニ付テ義務ノ弁済ヲ受クルニ止マルベシ然ルニ物上訴権ニ由テ返還ヲ請求スルトキハ縦令賃借人ニ他ノ債権者アリト雖トモ之ヲ排斥シ優先権ヲ以テ返還ヲ受クルノミナラス賃借物ノ全部ヲ現物ニテ回復スルコトヲ得ベケレバナリ
第二若シ然ラスシテ賃借人ガ充分ノ資力ヲ有シ而シテ賃貸人ハ却テ自己ノ所有権ヲ證明スルニ多少ノ困難ヲ有スルトキハ對人訴権ヲ提起スルヲ以テ利益アリト為ス蓋シ賃貸借契約ノ證明ハ所有権ノ證明ニ比シテ常ニ容易ナル可ケレバナリ
時トシテハ右ニ掲ケタル両個ノ訴権中賃貸人ガ単ニ物上訴権ノミヲ有シ而シテ第二訴権ヲ有セサルコト有ルベシ例之バ賃貸借契約終了ノ時ヨリ三十ケ年ヲ経過シタリト假定スベシ此場合ニ於テ賃貸人ヨリ第二訴権ヲ以テ請求ヲ為スモ賃借人ハ免責時効ヲ以テ之ニ對抗スルコトヲ得ベシ然レトモ賃貸人若シ物上訴権ヲ以テ賃借物ノ返還ヲ請求スルトキハ賃借人ハ決シテ取得時効ヲ以テ之ニ對抗スルコトヲ得ズ何トナレハ賃借人ハ元来他人ノ名義ヲ以テ占有ヲ為ス容假ノ占有者ニシテ此ノ如キ占有者ハ取得時効ヲ主張スルコトヲ得サレバナリ
第百四拾四条
一旦建物ヲ築造シ又ハ樹木ヲ栽植シタルトキハ勤メテ之ヲ毀害スルコトヲ避クルヲ要スルハ一般経済上ノ原則ナルコト既ニ述ベタル所ナリ蓋シ然ラサルトキハ築造栽植ノ労力ト毀害ノ労力トハ全ク無用ニ属スルノミナラス仍ホ其材料ハ毀損ノ為ニ著シク代價ヲ減少スベキガ故ニ常ニ二種ノ損失ヲ来タス可ケレバナリ
若シ賃貸人ニ於テ賃借人カ為シタル建築又ハ植栽ヲ取得セント欲スル場合ニ於テハ賃借人ハ之ヲ拒ムニ於テ至当ノ利益ヲ有スルモノト云フ可カラス而シテ此場合ニ於テ賃貸人ガ弁済ス可キ所ノモノハ当初賃借人ガ建築植栽ノ為ニ費ヤシタル所ニ非ラスシテ賃貸借終了ノ当時現存スル建築及ヒ樹木ノ價格ナリトス
第四款 賃借権ノ消滅
第百四拾五条
用益権消滅ノ原因ニシテ本条ニ掲ケタル賃借権消滅原因ノ列記ニ入ラザルモノアリ是レ用益権ト賃借権ト種々ノ点ニ於テ差異アルコトヲ説キタル場合ニ於イテモ述ベタル如ク敢テ賃借権ト用益権ト性質ヲ異ニスルガ為ニ消滅原因ニ於テ此差異ヲ看ルニ非ラス何トナレハ其性質ヨリ看ルトキハ賃借権ト用益権トハ甚ダ相類似スル所ノモノナレバナリ消滅原因ノ差異ハ全ク賃借権ト用益権ト原因ニ於テ異ナル所アルガ為メニ生スル所ノ結果ナリ即チ賃借権ハ有償ノ原因ニ依テ設定セラレタル者ナリ之ヲ詳言スレハ賃借人ハ賃借物ノ収益ヲ得ルノ報酬トシテ定期ノ出捐即チ供給ヲ為スコトヲ承諾シ依テ以テ収益ノ権利ヲ得タルモノナリ故ニ賃貸借ニ於テハ決シテ賃借人ノ一身ノ着眼ヲ以テ主眼ト為スモノニ非ラス之ニ反シテ用益権ハ通常無償名義ヲ以テ設定セラルルノミナラス凡テノ場合ニ於テ必ズヤ特ニ定マリタル人ノ為ニ収益ノ権利ヲ設定スルモノニシテ即チ用益者ノ一身ノ着眼ヲ旨趣ト為スベキナリ
其原因ニ於テ両個ノ権利此ノ如ク相異ナル所アルガ故ニ其結果トシテ用益権ハ必ス用益者ノ死亡ニ因テ消滅スルモノナリ
固ヨリ賃貸借契約ノ場合ニ於テモ当事者ハ賃借人ノ死亡ニ由テ賃借権ノ消滅ヲ致スベキコトヲ約シ得ヘキハ勿論ナリ然リト雖トモ此点ニ於テ特ニ合意ヲ為スコトヲ要ス単ニ種々ノ事情ニ於テ賃貸借契約ガ賃借人ノ一身ノ着眼ヲ主トシテ締結セラレタルコトヲ信セシムルニ足ルト雖トモ未タ此一事ヲ以テ直チニ賃借人ノ死亡ハ当然賃借権ノ消滅ヲ致スニ足ラサルナリ
又賃貸借ノ場合ニ於テハ三十ヶ年ノ不使用モ権利消滅ノ原因ニ非ラズ且ツ三十ヶ年間賃借人カ賃借物ヲ使用セサル如キハ実際ニ於テ決シテ是レアラサルベシ何トナレハ賃借人ハ収益ノ権利ヲ有スルト同時ニ定期ノ弁済ヲ為スノ義務アルモノニシテ賃貸人ハ必スヤ之ガ請求ヲ為ス可キカ故ニ賃借人ハ自己ノ権利ヲ忘レ又ハ知ラサルガ如キコト決シテ是レアラサル可ケレバナリ
賃借人ニ於テ賃借権ノ抛棄ヲ為スモ之レカ為ニ賃貸借ヲシテ終了セシムルモノニ非ラス何トナレバ賃借人ハ已ニ述フル如ク一方ニ於テ権利ヲ有スルト同時ニ是レト密接シタル義務ヲ有スルモノニシテ自己ノ権利ハ任意ニ之ヲ抛棄スルコトヲ得ベシト雖トモ是ニ對スル義務ニ至テハ賃借人ノ意思ノミヲ以テ免カルルコトヲ得ベキニ非ラサレハナリ故ニ任意ヲ以テ賃貸借ヲ終了セシメント欲セバ必スヤ当事者双方ガ解約ノ合意ヲ為スコトヲ必要トス然レドモ此ノ如クナルトキハ決シテ当然ノ消滅ト云フコト能ハサルナリ
収益ノ濫妄ニ至テハ本条末項ニ掲ケタル一般ノ規定中ニ包有セラルベシ即チ賃借人ノ義務不履行ヲ理由トシテ裁判所ニ於テ宣告セラレタル解除ノ場合是ナリ
本条ニ於テ特ニ掲ケタル賃借権消滅ノ五ケノ原因ハ皆賃借権ヲシテ此原因ノ生スルト共ニ当然消滅セシメ更ニ裁判所ノ宣告ヲ要セサル所ノモノナリ固ヨリ消滅ノ原因タル意思ノ点ニ於テ争ヒアルトキハ此点ニ付テ判決ヲ受クルコトノ必要アル可シト雖トモ已ニ其意思ニシテ争ヒナキ以上ハ消滅ノ点ニ付テ裁判所ヲ煩ハスコトヲ要セス此五個ノ点ニ付テ次ニ逐一之ヲ説明スベシ
第一ニ注意スベキハ本条ニ掲ケタル五個ノ原因ハ単ニ賃借人ノ権利ヲシテ消滅セシムルノミニ非ラス猶ホ同時ニ賃貸人ノ権利ヲモ消滅セシムルモノナリ故ニ賃借権ノ消滅原因ノミニ非ラズシテ賃貸借契約ノ消滅原因タルコト是ナリ
第一賃借物ノ滅失ガ賃借権ヲシテ消滅セシムルハ全部ノ滅失ノ場合ナリトス若シ然ラスシテ単ニ賃借物ノ一部ノ滅失ニ止マル場合ニ於テハ此滅失ハ唯事情ニ依リ借賃ノ減少ト為リ或ハ賃貸借ノ解除ト為ルコトア有ルベシ(参看第百三拾八条第百五拾八条)然レトモ凡テ此ノ如キハ当事者ニ於テ更ニ合意ヲ為スカ然ラサレハ裁判所ノ判決ヲ竢テ後始メテ定マルモノニシテ其結果縦令賃借権ノ解除ニ至ルモ決シテ当然ノ消滅ト云フコトヲ得サルナリ
若シ賃借物ノ滅失ガ当事者ノ一方ノ過失ニ由テ生シタルトキ就中普通ノ場合ニ於テ看ルガ如ク賃借人ノ過失ニ因テ生シタルトキハ之レガ為ニ当然賃借権ノ消滅ヲ来タス可キコト勿論ナリ然レドモ此場合ニ於テハ過失ヲ為シタル当事者ニ對シ他ノ一方ヨリ損害賠償ノ請求ヲ為シ得ベキナリ
第二賃借物全部ノ公用徴収ハ賃借物ノ滅失ノ場合ト甚タ相類スル所アリ即チ此場合ニ於テ賃借人ノ収益ハ滅失ノ場合ノ如ク事実上ニ於テ為シ得ベカラサルニ非ラサレドモ法律上為シ得ベカラサルニ至テハ全ク同一ナリトス
第三賃貸人ノ追奪ノ為ニ賃借権ガ消滅ヲ来タスハ賃借物ノ所有権ガ賃貸借契約ノ当事ニ於テ賃貸人ニ属セサリシコトノ裁判アリタル場合ナリトス而シテ此ノ如ク賃貸人ノ所有権ガ無効ニ属スルハ当初賃貸人ガ此権利ヲ取得スルニ当リ譲渡人ニ於テ完全ノ能力ヲ有セザリシカ又ハ承諾ニ瑕疵アリシ場合ニ於テ之ガ為ニ其合意ヲ無効トセラレタル場合ニ在リトス
賃貸人ノ権利ノ追奪ノ場合ニ於テ其結果トシテ当然賃借権ノ消滅ヲ来タスニハ賃貸人ニ對シテ裁判所カ一ノ判決ヲ為シタルコトヲ必要ト為ス
又追奪ノ原因タル事実カ賃貸借契約ノ以前ニ於テ存在シタルコトヲ必要ト為ス何トナレハ若シ賃貸借契約ノ成立シタル以後ニ生シタル事実ノ為メ賃貸人カ追奪ヲ受クルコト有ルモ此事タル既ニ其当時ニ於テ完全ノ権利ヲ取得シタル賃借人ニ對抗シ得ベキモノニ非ラス賃借人ハ一旦賃借権ヲ得タル後賃貸人ガ為シタル處為ノ為メ自己ノ権利ヲ減少若クハ喪失セシメラル可キニ非ラサレバナリ而シテ縦令主張セラレタル追奪ノ原因カ賃貸借契約ニ先ダツ場合ト雖トモ仍ホ追奪ノ判決ガ賃借人ニ對シテ効力ヲ生スルニハ賃借人カ訴訟ニ参加セシメラレタルコトヲ要ス然ラサレハ判決ハ当事者以外ノモノニ其効力ヲ及ホ可キニ非ラス自己ノ権利ヲ防禦スルヲ得サリシ賃借人ニ何等ノ不利益ヲ蒙ラシム可キニ非ラサルナリ
第四凡ソ一個ノ権利ガ或ル期間ヲ限リテ設定セラレタル場合ニ於テハ其期間ノ満了ノ為ニ権利ノ消滅ヲ来タスハ一般ノ原則ナリ故ニ賃借権ト雖トモ又此消滅原因ヲ適用スルコトヲ得ル勿論ナリトス然ルニ期間ハ明示ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得ベク或ハ黙示ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得ベシ明示ニテ期間ヲ定ムルトハ敢テ何年何月又ハ何日ト云フガ如ク其数ヲ明定スルノ謂ニ非ラス惟実際ニ於テハ此ノ如クナルコト尤モ屢々ナル可キノミ故ニ早晩到来ス可キモ其到来ス可キ時期ニ至テハ豫ジメ覚知シ得ベカラサルコトヲ指定シ以テ賃借権消滅ノ期間ト為スモ仍ホ明示ノ期間ト云フコトヲ得ベシ例之バ賃借人カ其ノ地ニ於テ官職ヲ奉スル間ヲ限リテ一個ノ家屋ヲ賃借シタルガ如キ此場合ニ於テ孰レノ時マデ賃借人カ職務ニ従事ス可キヤハ豫ジメ知リ得ヘカラスト雖トモ其永久ノモノナラザルハ固ヨリ明カナリ故ニ他日其職ヲ罷ムルカ又ハ他ノ場所ニ轉シタル如キ場合ニ於テハ当然賃借権ノ消滅ヲ致スベシ
又賃借人ガ自己ノ家屋ヲ建築スル時ノ間他ノ家屋ヲ賃借シタル如キモ全ク同一ナリ此場合ニ於テモ家屋ノ建築落成スルノ時ハ豫シメ確定セストスルモ猶ホ之ヲ以テ明示ノ期間ト穪スルコトヲ妨ケズ
之ニ反シテ賃借人カ或ル特別ノ用ニ供スル為メ他人ノ土地ヲ賃借シ而シテ賃貸人モ亦賃借人ノ供セントスル特別ノ用方ヲ知リタル場合ニ於テハ特ニ契約ニ於テ之ヲ明示セスト雖トモ猶ホ当事者ハ暗ニ特別ノ用途既ニ了リタル場合ニ於テハ賃借権ハ当然消滅スベキコトヲ約シタルモノト謂ハサル可カラズ例之バ或ル工事ノ受負人ガ建物ノ建築ヲ約シタル場合ニ於テ工事ヲ施ス可キ土地ト接近セル土地ヲ木材ノ切組ミ其他ノ建築工事ノ為ニ賃借シタル時賃貸人ガ此賃借地ノ特別ノ用方ヲ知リタル場合ニ於テハ当事者双方ハ工事ノ落成ト同時ニ賃貸借ノ解除ス可キモノタルコトヲ約シタルモノナリ之レト同ジク其工事落成ニ至ラサル間ハ賃貸人ニ於テ敢テ賃借シタル土地ノ返却ヲ請求セサル可キコトヲ約シタル者ナリトス
下ニ掲ケタル第百四拾八条ニ於テ立法者ハ法律上ノ推定ヲ以テ当事者ガ黙示ニテ定メタル期間ノ類例ヲ示セリ
本条ノ明文ハ期間ト條件ノ性質ヲ有スルモノトヲ以テ全ク同一位ニ置ケリ条件ノ性質ヲ有スルモノトハ将来ニシテ且ツ未確定ニ属シ其成就ニ因テ賃貸借ノ解除ヲ致ス可キモノ是ナリ例之バ若シ賃借人ニ於テ他ノ土地ニ於テ官務又ハ公務ニ従事スル場合ニ於テハ賃貸借終了ス可キコトヲ約シタル如キ是ナリ
第五当事者カ賃貸借契約ノ当時ニ於テ期間ノ合意ヲ為サザル場合ニ於テ法律ハ各当事者ガ単ニ解約申入ヲ為シテ以テ賃貸借ヲ終了セシムルコトヲ許セリ惟此ノ如キ告知ニ因テ契約ヲ解除スルニハ法律ノ定メタル法式ニ従ヒ且ツ賃借物返却ノ時ヨリ若干ノ期日前ニ此告知ヲ為スコトヲ要ス
然レトモ此ノ如ク一方ノ告知ニ因テ遂ニ賃貸借契約ヲ終了セシムルハ敢テ此解約申入ニ依リ当然賃貸借ヲ終了セシムルニ非ラス若シ解約申入ヲ以テ賃借権消滅ノ原因トセバ全ク人ノ所為ニ因テ消滅スルモノニシテ当然ノ消滅ト云フコトヲ得ス而シテ本条ニ於テ当然ノ消滅原因中ニ之ヲ掲クル所以ノ者ハ他ナシ此告知ハ惟法律ノ定メタル期間ノ起算点ヲ確定シ其期間ノ終了シタル時当然賃借権ノ消滅ヲ致スモノタルニ外ナラサレバナリ
解約申入ノコトハ後ニ掲ケタル三ヶ条ノ法文ヲ以テ之ヲ規定セリ(参看第百四拾九条第百五拾条及ヒ第百五拾一条)
本条末項ニ掲ケタル所ノモノハ当然ノ消滅原因ニ非ラスシテ全ク請求ニ基ク消滅原因ナリトス即チ当事者ノ一方カ義務ヲ履行セサル為メ他ノ一方ヨリシテ契約ノ解除ヲ求ムルカ如キ又ハ合意ノ瑕疵又ハ無能力ノ原因ニ依テ契約ノ鎖除ヲ求ムルカ如キ是ナリ此等ノ事項ニ関シテハ既ニ其大要ヲ述ベタルノミナラス猶ホ後ニ至テ其詳細ヲ説クベシ
第百四拾六条
本条ノ規定ハ既ニ前条第一項ニ掲ケタル所ニ由テ其要ヲ示セリ
縦令賃借物ノ滅失ガ意外若クハ不可抗力ノ原因ニ依テ生スルコト有ルモ賃借人ガ有スル所ノ権利人権ニ非ラスシテ物権ナリトノ事情ノ為ニ賃借人ノミヲシテ此損失ヲ負担セシム可キニ非ラス何トナレハ賃貸人ハ賃借人ニ物権ヲ得セシメタルト同時ニ仍ホ継續シタル収益ヲ得セシムルノ義務ヲ有スルモノナレバナリ又他ノ一方ヨリ考フルトキハ賃借物ノ些末ナル一部ノ滅失ノ為ニ常ニ賃借人ヲシテ賃貸借解除ヲ請求スルノ権利ヲ有セシメ若クハ之ヲ理由トシテ必ズ借賃ノ減少ヲ請求スルコトヲ得セシム可キモノニモ非ラス此点ニ於テ本法ハ前ニ掲クル第百三拾一条ニ示スカ如キ区別ヲ為セリ
若シ賃借物ノ滅失ノ為ニ賃借物ノ収益ノ損失ヲ来タスコト三分ノ一ニ満タサル場合ニ於テハ賃借人ハ之ヲ理由トシテ請求スルヲ得ス即チ独リ賃貸借ノ解除ヲ求メ得ベカラサルノミナラズ借賃ノ減少モ亦請求スル権利アラサルナリ若シ之ニ反シテ其損失収益ノ三分ノ一ニ達スルカ若クハ其以上ナルトキハ賃借人ハ此損失ニ相当スル借賃ノ減少ヲ求ムルコトヲ得ベシ又賃借物ノ一部ノ滅失ノ為メ収益ノ幾分ノ損失ヲ来タスコト一時ニ止ラスシテ永久ニ此ノ如クナルコト必然ナル場合ニ於テハ賃借人ハ第百三拾一条ニ定メタル三ヶ年ヲ竢ツコトナク直チニ賃貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得ベキナリ
公用徴収ハ賃借物ノ滅失ト甚タ相類スト雖トモ一部ノ公用徴収ハ一部ノ滅失ニ比シテ二個ノ点ニ於テ異ナル所アリ
第一公用徴収ノ場合ニ於テハ其徴収セラレタル部分ノ大小如何ニ関ハラス賃借人ハ常ニ借賃ノ減少ヲ求ムルコトヲ得ベシ何トナレハ公用徴収ハ単ニ賃借物ヲ失ハシムルモノニ非ラスシテ賃貸人ハ常ニ徴収セラレタル部分ニ相当ナル償金ヲ國庫ヨリ受クルモノナレバナリ
第二賃借人ハ公用徴収ニ由テ妨害ヲ受ケ収益ノ減少ヲ来タス可キガ故ニ之ヲ理由トシテ自カラ國庫ヨリ償金ヲ受クルコトヲ得ベシ
賃借物ガ追奪セラレタル場合ニ於テモ其部分ノ多少如何ニ係ラス賃借人ハ之ガ為ニ失ヒタル収益ノ割合ニ應シテ借賃ノ減少ヲ求ムルコトヲ得ベシ何トナレバ此場合ニ於テハ賃貸人ガ完全ニ自己ノ所有セサル所ノモノヲ他人ニ賃借シタルガ為ニ追奪ヲ蒙ラシメタル者ニシテ賃貸人ノ過失タルヲ免カレサレバナリ
然レトモ賃貸借解除ノ権利ニ至テハ常ニ最初ノ収益ヨリ三分ノ一以上ノ減少ノ場合ニ止マル可キモノトス
第百四拾七条
当事者カ始メ期間ヲ定メテ賃貸借契約ヲ為シ而シテ其期間満了ノ後賃借人ハ猶ホ収益ヲ為シ賃貸人ハ之ヲ拒マサル場合ニ於テハ当事者ハ與ニ黙示ヲ以テ賃貸借ノ更新ヲ為シタルモノトス此場合ニ於テ更新後ノ新賃貸借契約ノ効力ハ前賃貸借契約ノ効力ト同一ナルヲ以テ原則ト為ス惟其期間ニ至テハ両者同一ナラズ本条末項ノ規定ニ従フトキハ更新後ノ新賃貸借契約ハ一定ノ期間ヲ有セス当事者ノ一方ヨリ解約ノ告知即チ解約申入ヲ為シタル後法律上ノ期間満了シタル時ニ於テ消滅スルモノト為ス然レトモ此ノ如ク更新シタル場合ニ於テ此新賃貸借契約ハ第三者ニ對シテ効力ヲ有スルモノニ非ラス此故ニ前賃貸借契約ニ於テ保證人又ハ担保人タリシモノ有ルモ新賃貸借契約ノ担保人ニ非ラス何トナレハ此等ノ人ハ当初担保人タルコトヲ承諾スルニ当リ契約ノ期間ヲ一個ノ条件トシテ未必ノ義務ヲ約シタルモノニシテ決シテ自己ノ承諾ナク契約ヲ更新シテ後仍ホ義務ヲ負担スベキコトヲ承諾シタルモノニ非ラサレバナリ
右ニ掲ケタルト同一ノ理由ニ依リ且ツ他ノ理由ニ依テ旧賃貸借契約ノ担保トシテ供セラレタル抵当ハ新賃貸借契約ニ移シテ担保ヲ為スモノニ非ラス第一当初抵当ヲ設定シタル後同一ノ不動産ニ付テ他ノ債権者カ第二ノ抵当権ヲ得タルコト有リトセハ此債権者等ハ必ズ自己ノ抵当権ニ先ダチ第一抵当権ノ消滅ニ依リ抵当ノ順位ニ於テ自己ノ権利ガ効力ヲ増ス可キコトヲ豫期シタル可ク而シテ此豫期タルヤ全ク正当ノモノナルガ故ニ其後ニ至リ第一ノ抵当ヲ延長シ又ハ其効力ヲ大ナラシメ以テ此豫期スル所ヲ害ス可キニ非ラサルナリ
加之ナラズ縦令第一抵当権設定ノ後ニ於テ第二ノ抵当権ヲ取得シタル債権者ナシト假定スルモ抵当権ガ一旦前賃貸借ノ終了ニ由テ消滅シ制限セラレタル以上ハ更ニ之ヲ他ノ新債権ニ移シ再ビ蘇生セシメ依テ以テ他ノ無特権債権者ノ利益ヲ害スルコトヲ得ス此ノ如クナルニハ必スヤ抵当ノ設定又ハ其擴張ニ関シテ法律ノ定メタル法式ヲ当事者カ履行シタルコトヲ必要ト為ス
賃貸借ノ担保トシテ質権ヲ設定シタル場合ニ於テモ右ト同一ノ決定ヲ為サザル可カラス何トナレハ一旦賃貸借終了ノ後第二ノ賃借ノ為ニ此質権ヲ有効ナルモノト為ストキハ他ノ債権者等ハ当初ヨリ豫期セサル担保ノ延長ニ依テ損害ヲ受ク可ケレハナリ曽テ用益権ノ場合ニ於テ用益者カ担保ヲ供シタルトキハ用益者ガ過失ニ依リ生シタル損害ノ賠償ノ為メ担保ノ擴張ヲ為ス可キコト既ニ之ヲ述ベタリ(参看第七拾八条ノ理由)此理論ト前ニ掲クル所ノ理論トヲ以テ互ニ矛盾スルモノト為ス可カラス何トナレハ用益権ノ場合ニ於テハ担保スル所ノ債権ハ当初ヨリ存在スルモノニシテ唯其効力ガ多少増加シタルニ止マル之ニ反シテ本条ノ場合ニ於テハ旧賃貸借已ニ消滅シテ更ニ新タナル賃貸借生シタルモノナルカ故ニ全ク異ナリタル債権ナリトス
黙示ヲ以テ更新シタル新賃貸借ハ一定ノ期間ヲ有セサルカ故ニ当然ノ消滅原因ヲ有セス然レトモ当事者ノ解約申入ニ因テ消滅スルコトヲ得ベキナリ
第百四十八條
本法ノ規定ハ當事者ノ意思ヲ推測シテ立法者ガ其解釈ヲ掲ゲタルモノナリ即チ賃貸借ノ継續期間ニ関シ當事者ガ特ニ其意思ヲ明示セザル場合ニ於テ立法者自カラ之ヲ推測シ其意思ニ付キ法律上ノ推定ヲ設ケタルモノナリ
右ノ如ク法律上ノ推定ヲ以テ賃貸借ノ期間ヲ定ムルコトハ家具ノ附キタル建物ニ付テノミ適用スベキ所ノモノナリ斯ノ如キ賃貸借ニ於テハ借賃ヲ定ムル為メ標準トナシタル期間ニ對シテ賃貸借存在スベシ此期間終了スルトキハ更ニ黙示ノ更新ニ因テ新タナル賃貸借成立シ得ベシト雖モ此新タナル賃貸借ハ前賃貸借ト異ナリテ定マリタル期間ヲ有スルコト無ク一方ノ解約申入ニ因テ消滅スベキモノトス
本條ニ掲グル如キ家具ノ附キタル建物ノ賃貸借ノ場合ニ於テ立法者ガ當事者ノ意思ヲ解釋シタル理由ハ左ノ如シ
概シテ家具ノ附キタル建物又ハ房室ノ賃貸借ハ短キ期間ニ對シテ之ガ契約ヲ為スモノナリ且斯ノ如キ建物ノ賃借ヲ為スハ自カラ家具ヲ有セザルガ為メニシテ自カラ家具ヲ有サザル者ハ畢竟スルニ一市内ニ於テ長ク住居スル者ニ非ラズシテ単ニ一時ノ住居ヲ為スニ過ギズ例ヘバ旅人病者ノ如キ是ナリ此等ノ人ニシテ一箇ノ期間ヲ標準ト為シ因テ借賃ヲ定メタル場合ニ於テハ必ズヤ此期間中ハ少クモ其建物ニ住居スベキ意思ヲ有スルガ故ナリ斯ノ如キ理由ナルヲ以テ立法者ハ當事者ガ借賃ノ標準ト為シタルモノヲ以テ賃貸借ノ期間トナシタルモノト推定セリ然レトモ是實ニ當事者ノ意思ノ解釋ニ過ギズ是ヲ以テ當事者ハ常ニ反對ノ意思ヲ明示シ得ベキコト勿論ナリ
家具ノ附カザル建物ニ付テハ右ニ掲ゲタル所ト同一ナル推測ヲ為スコトヲ得ズ斯ノ如キ建物ノ賃借ヲ為ス人ハ概シテ長キ時間其家ニ住スル者ニシテ且斯ノ如キ賃貸借ハ際限ナク継續シ得ベキモノナリ然ラバ則チ一个月又ハ一个年等ノ如キ期間ヲ標準トシ因テ借賃ヲ定ムルコトアリトスルモ此期間ハ唯借賃ノ相場ヲ定メタル一箇ノ方法ニ過ギザルモノナリ或ハ之ニ據テ借賃ヲ定ムルト同時ニ尚ホ借賃返濟ノ時ヲ指示シタルモノタルヲ得ベシト雖モ更ニ進ンデ之ヲ以テ賃貸借ノ期間ヲ約シタルモノト推測スルコト能ハズ又借賃返濟ノ時ニ關シテモ若シ當事者ニ於テ明カニ之ヲ定メザル場合ニ於テハ法律ニ於テ特ニ毎月ト定ムルコト既ニ第百三十八條ニ於テ述ベタル所ナリ
実際ニ於テ屢々生ズベキ場合ニシテ法律ニ特ニ規定セザルモノ有リ然レトモ此場合ハ縦ヒ法律ニ明文ヲ有セサルモ條理ニ基キ當事者ノ意思ヲ解釋スルトキハ容易ニ問題ヲ決スルコトヲ得ベシ家具ノ附キタル建物ノ賃貸借ノ場合ニ於テ其借賃ヲ定ムルコト単一ナラズシテ同時ニ一日若干一週間若干及ビ一个月若干又ハ三个月若干六个月若干及ビ一个年若干等ノ約定ヲ為ス如キコト實際ニ於テ必ズ有ルベキ所ナリ斯ノ如キ場合ニ於テ、其期間長キニ隨テ借賃ノ割合ハ之ヲ減少スルコト有ル可シ此賃貸借ノ期間ハ何レノ時ヲ以テ終ルベキモノナルヤ第一ニ疑ナキハ数箇ノ借賃ヲ定メタル場合ニ於テ其借賃ノ標準タル期間ノ撰擇ハ賃借人ノ権利ニ属シ而シテ各期間ノ終リニ於テ其借賃ヲ返済シ得ベキコト是ナリ然レトモ一度第一ノ期間ヲ経過シ第二ノ期間ニ入リタル以上ハ賃借人ハ其第二ノ期間ヲ終了スルニ非ザレバ賃貸借ノ關係ヲ脱スルコト能ハズ第二ノ期間終了後第三ノ期間始マリタル後ニ至テモ亦之ト同一ナリトス斯ノ如クナルヲ以テ右ノ場合ニ於テ黙示ノ更新成立スルハ唯最後ノ期間終了シタル後ニ於テスルモノナリ而シテ黙示ノ更新ヲ為シタルトキハ其新賃貸借ハ既ニ述ベタル如ク定メタル期間ヲ有セズ當事者ノ解約申入ニ依テ終了スベキモノナリ
特定動産物ノ賃貸借ハ其契約終了ノ點ニ關シテ法律ハ家具ノ附キタル建物ノ賃貸借ト同一ノ規定ヲ適用セリ即チ動産ノ賃貸借ハ其借賃ヲ定ムル標準ト為シタル時間ニ對シテ賃貸借ヲ為スコト當事者双方ノ黙示ノ意思ナリト看做セリ此規定ノ適用ハ主トシテ馬、車、工業用ノ器械、家用ノ器具、衣類等ノ賃貸借ニ關シテ之ヲ見ルベシ
第百四十九條
総テ明示ト黙示トヲ問ハズ賃貸借契約ヲ以テ特ニ期間ヲ定メザル場合ニ於テハ後ニ至テ詳説スル如ク此賃貸借ハ唯當事者ノ解約申入ニ依テ終了スルニ止マル可シ
此場合ニ於テ當事者ガ解約申入ヲ為サザル間ニ當初契約ノ時ヨリ時間ヲ経過スルコト甚ダ長キニ至ルトキト雖モ尚ホ其賃貸借ハ當初ノ賃貸借ニシテ依然継續スルモノナリト云フヲ要ス故ニ其間ニ黙示ノ更新ナルモノナク又従テ新タナル賃貸借ナルモノ有ルコト無シ既ニ同一ノ賃貸借継續スル以上ハ賃貸借契約ノ履行ノ為メ特ニ提供セラレタル擔保ノ如キモ當事者ニ於テ特ニ之ヲ変更スルコトナキ限リハ常ニ同一ナル可シ之ニ反シテ一旦黙示ノ更新有リタルトキハ更新後ノ賃貸借ハ舊賃貸借ト全ク異ナリ故ニ従来ノ擔保ヲシテ尚ホ将来ニ存セシメント欲セバ特ニ之ガ更新ヲ為サザルベカラズ
本條ノ規定ハ家具ノ附カザル建物ノ賃貸借ニ適用スルモノナリ
本條ニ定メタル解約ノ申入ハ一年中何時ニテモ之ヲ為スコトヲ得ベシ第一項末文ノ規定ハ蓋シ此意味ヲ明ラカニスルモノナリ而シテ立法者ガ特ニ之ヲ明文ニ掲ゲタル所以ノモノハ他ナシ歐洲諸國ニ於テハ一年中或ル時期ニ於テスルニ非ザレバ解約申入ヲ為スコト能ハザルモノト為ス法律アリ而シテ通常解約申入ノ時期ヲ一年四回ト為シ期節ノ初メニ於テ之ヲ無シ依テ次ギノ期節ニ於テ契約ヲ解クコトヲ得ルコトト為セリ斯ノ如ク解約申入ノ時期ヲ定ムルガ為ニ實際甚ダ當事者ニ不利益ヲ来スコト有リ即チ一方ノ者法律上解約申入ヲ為スベキ時期ニ於テ之ヲ失念シタルトキハ更ニ次期ノ解約申入ノ時ニ至ル迄待タザルベカラズ或ハ右ノ期日ヲ経過スルコト僅カニ若干日ニシテ突然賃貸借ヲ終了セシムルノ必要ヲ生ズルコト有リ然ルモ尚ホ次ギノ解約申入期ヲ待タザル可ラズ是實ニ當事者ノ為ニ不便甚シキモノト云フ可シ
又賃貸人ニ於テ一年中時期ノ如何ニ關セズ常ニ解約申入ヲ為スコトヲ得ルモノトセバ之ガ為ニ賃借人ハ甚ダ不利益アルトキニ於テ賃借物ノ返還ヲ為サザルベカラズ是亦賃借人ノ為ニ甚ダ困難ナルコト有ルベシ例ヘバ年末ニ近ヅキ商人ハ一年中ノ計算ヲ為シ甚ダ営業上必要ナル時ニ際シテ突然解約申入ヲ受クルガ如キ之ナリ然レトモ賃借人ニシテ斯ノ如ク豫メ解約ノ申入ヲ受ケタルトキハ法庭ニ於テ八日又ハ十五日ノ猶豫ヲ求ムルコトヲ得ベシ而シテ此ノ猶豫ノ日数ハ苟モ他ニ新タナル賃借人存セサル以上ハ裁判所ハ必ズ之ヲ與フ可シ何トナレバ総テ合意ハ善意ヲ以テ履行スベキコト普通ノ原則ナレバナリ且賃借人ニシテ尚ホ斯ノ如キ必要ノトキニ當リ賃貸借終了ヲ来スヲ恐ルルトキハ豫メ賃貸借契約ニ因リ自己ノ為ニ不利益ナル特定ノ時期ニ於テハ賃貸人ヨリ解約申入ヲ為サザルベキコトヲ約セシムルヲ得ベキナリ要スルニ商人ハ前途ノ思慮ナカルヘカラズ是レ其営業上須臾モ缺クベカラザル資格ナリトス
立法者ガ解約申入ノ時期ニ比シテ一層緊要ナリト認メタルハ此解約申入ト賃貸借終了即チ賃借物返還等ノ間ニ多少ノ時日ヲ存セシムルコト是ナリ蓋シ此時日タルヤ賃借人ニ於テハ更ニ従来ノ賃借物ト同一ナル賃借物ヲ他ニ求ムル為ニ必要ノ時日ナルベク又賃貸人ニ於テハ更ニ他ノ賃借人ヲ求ムル為ニ必要ノ時日タルベシ故ニ當事者双方ヲシテ此目的ヲ達スルニ必要ナル時日ヲ有セシムルコトヲ要ス
其理斯ノ如クナルヲ以テ賃貸借ノ目的物タル建物ノ大小如何ニ隨テ申入ト返却トノ期間モ又長短ノ差等ヲナスベキコト勿論ナリ甚ダ大ナル建物ハ之ヲ甚ダ小ナル建物及ビ中等ナル建物ニ比スレバ賃借人ヲ得ルコト甚ダ難キノミナラズ賃借物ヲ得ルコト亦決シテ容易ナラザルモノナリ
故ニ建物ノ大小ニ隨テ期間ノ長短ヲ定メザルベカラズ豫メ其前ニ於テ先ツ建物ノ大小ヲ定ムル標準ヲ立テザルヘカラズ然ルニ建物ノ借賃ノ多少ハ未ダ以テ其大小ヲ定ムルコト能ハズ何トナレバ借賃ハ建物所在ノ土地ニ隨テ変更シ又建物ノ状態ニ因テ変更スルモノニシテ必ズシモ其大小ト相應スルコトナケレバナリ此ヲ以テ立法者ハ借賃ヲ建物ノ大小ヲ區別スル標準トナサズ又其坪数ノ多少ニ因テ之ヲ別ツコトナク単ニ建物ノ性質ニ因テ大小ノ區別ヲ為セリ
完全ナル建物ハ凡テ大ナル建物ト看做サザルベカラズ完全ナル建物ト雖モ甚小ナル物屢々之アリ然レトモ既ニ完全ナル建物タル以上ハ殆ンド常ニ其建物ノ附属タル所ノ物アリ隨テ斯ノ如キ性質ノ建物ヲ賃借シタル者之ヲ返却シテ他ニ同様ノ建物ヲ得ント欲スルモ決シテ容易ニ之ヲ得ルコト能ハザルベシ又賃貸人ニ於テモ賃借人ヲ得ルコト他ノ家屋ニ比スレバ多少ノ困難ヲ見ルベシ何トナレバ完全ノ建物ハ其坪数ノ割合ニ應シテ借賃ハ一層高キコト普通ノ状態ナレバナリ
第二種ノ建物ハ完全ナラザル建物ニシテ即チ建物ノ一分ナリトス例令バ一室又ハ一階ノ如キ之ナリ。
解約申入ト賃借物返却トノ間ニ存スベキ時間ハ務メテ之ヲ短クシ完全ナル建物ニ付テハ二个月建物ノ一分ニ付テハ一个月ト定メタリ
然レトモ其期間ハ賃借人ニ於テ建物ノ造作ヲ附シタル場合ニ於テハ一个月ノ猶豫ヲ受クベシ何トナレバ賃借人ガ造作ヲ附シタル場合ニ於テ賃借人ハ其造作ノ為メ一層ノ保護ヲ受クベキコト勿論ナリ
以上ニ掲グル如ク法律上期間ヲ定メタリト雖モ當事者ハ特ニ合意ヲ以テ是ヨリ長ク若クハ短ク期間ヲ定ムルコトヲ得ベシ総テ是等ノ事項ハ當事者ノ単純ナル私益ニ關係スル規定ニ過ギザルヲ以テ法律ノ明文ヲ適用スルハ當事者ガ反對ノ合意ヲ以テ為サザルトキ又其地方ニ於テ反對ノ慣習有ラザルトキニ於テスベシ(三疑第百五十二條)
第百五十條
家具ノ附キタル建物ノ賃貸借ナルトキハ其建物ガ全部ナルト一分ナルトヲ問ハズ賃貸借ノ終了ハ第一ニ第百四十八條ノ下ニ指示シタル區別ニ従テ其時定マルベシ例令バ一定ノ時間ニ對シテ賃貸借ノ契約ヲ為シタルトキハ此指示シタル期間終了スルトキハ賃貸借ハ當然終了シテ當事者ハ解約申入ヲ為スコトヲ必要トセズ又賃貸借ノ期間ガ黙示ヲ以テ定メラレタルニ過ギズ借賃ノ標準タル時間ヲ以テ直チニ法律上ノ推定ニ因テ賃貸借ノ期間ト看做サレタル場合ニ於テモ亦之ト同一ナリ(三款第百四十八條)然レトモ若シ賃貸借期間終了ノ後ニ至リ黙示ノ更新アリタルトキハ賃貸借ハ解約申入アルニ非ザレバ終了スルコトナシ而シテ此解約申入ヨリ返却迄ノ時間ハ賃借物タル建物ノ大小ニ従テ長短アルニ非ズ當初ノ賃貸借期間ノ長短ニ従テ此區別ヲ生ズルモノナリ
然レトモ賃貸借ノ期間ハ種々ニシテ殆ド際限ナキモノナリ故ニ右ニ掲ゲタル場合ニ於テ更新後ノ賃貸借ノ解約申入ヨリ賃借物返却迄ノ時間ハ前賃貸借ノ期間ニ従テ長短ノ別ヲ為スト雖モ立法者ハ際限ナク此區別ヲ為スコト能ハズ此ヲ以テ特ニ三箇ノ區別ヲ為スニ止マリ即チ三个月以上ノ賃貸借三个月未満ノ賃貸借及ビ日々ノ賃貸借之ナリ更新前ノ賃貸借ガ三个月以上ノ期間ナリシトキハ更新ノ後解約申入ヨリ返却ニ至ル迄ノ時間ハ総テ一个月ナリトス若シ前賃貸借ガ三个月未満ノモノナルトキハ其期間ノ三分ノ一ヲ以テ解約申入ヨリ返却迄ノ時間トナシ日々ノ賃貸借ナルトキハ解約申入ノ後二十四時間ニシテ賃借物ノ返還ヲナスベキモノトス
此時間ノ甚ダ短キ理由ハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ベシ何トナレバ賃借人ニ於テ同一ノ場所ニ長ク住居スルノ意思ナク又賃貸人ニ於テモ其賃借人ヲシテ長ク其家ニ止マラシムルノ意アルニ非ズ且斯ノ如キ建物ノ賃借人ハ解約申入ヲ受クルモ容易ニ他ノ家具ノ附キタル建物ヲ賃借スルコトヲ得ベク又賃貸人ニ於テモ一時ノ賃借人ヲ見出スコト決シテ困難ナルニ非サレバナリ
本條ノ規定ハ動産物ニ關シテモ同シク適用スベシ第一若干日又ハ若干月ノ如ク明示ニテ定メタル時間ニ對シ賃貸借ヲ為シ依テ其終了ノ後黙示ノ更新アリタル場合ニ適用スベク第二或ル時間ヲ標準トシテ借賃ヲ定メタル場合ニ於テ適用スベシ
種々ノ場合ニ於テ動産物賃貸借ノ解約申入ヨリ返却迄ノ時間ハ前賃貸借ノ期間ガ三个月以上三个月未満又ハ日々ナルトニ従テ一个月以上期間ノ三分ノ一又ハ二十四時間ナルベシ
右ニ掲グル所ハ総テ動産物ヲ以テ特ニ賃貸借ノ目的ト為シタル場合ニ關スルモノナリ若シ然ラズシテ動産ガ家具ノ附キタル建物ノ一分トシテ賃貸借セラレタルトキハ動産ハ其建物ノ附従ニ過ギズ而シテ動産ノ賃貸借ノ期間ハ建物ノ賃貸借ノ期間ト全ク同一ナルベシ故ニ之ニ適用スルニ第百四十八條及ビ本條第一項乃至第三項ノ規定ヲ適用ス用法ニ因リテ不動産ト為サレ而シテ賃借物タル土地ニ備エ附ケラレタル動産物ニ付テモ亦同一ナリ
第百五十一條
土地ノ賃貸借ニ關シテハ右ニ掲ゲタル原則ニ對シ二箇ノ例外アリ
第一解約申入ヨリ返却迄ノ時間ハ前ニ掲グル所ニ比シテ甚ダ長キモノトス
第二解約申入ヲ為スノ時期ヲ明定ス
斯ノ如ク特ニ二箇ノ點ニ於テ例外ヲ設ケタルコトハ次ギニ掲グル理由ニ因テ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ベシ
當事者ノ意思ニ付テ之ヲ考フルニ賃借人ガ自ラ蕃種シ耕作シ依テ生ジタル所ノ果實ハ賃借人ヲシテ之ガ収穫ヲ為スコトヲ得セシムルニ在ルコト當然ナリ縦令一切ノ果實斯ノ如クナラズトスルモ少クモ毎年生ジ得ベキ果實ニ付テハ必ズヤ斯ノ如クナルベシ
賃借人ハ従来賃借シタル土地ト多少相類シタル性質ノ土地ヲ他ニ捜索スル時日ヲ有スルコトナクシテ突然ニ従来ノ土地ヲ返却セザルベカラザル如キ困難ノ地位ニ立タシメラルベキニ非ズ又之ト同ジク賃貸人ニ於テモ突然ニ土地ノ返却ヲ受ケ一年ノ中若干ノ間更ニ賃借人ヲ得ルコトナクシテ無用ニ其土地ヲ遺棄スル如キ不幸ヲ受クベキニ非ズ
右ノ理由中第一ノ理由ハ以テ返却ヲ一年ノ中主タル収穫ニ先ツテ為スベキモノニ非ザルコトヲ明カニシ他ノ理由ハ土地ノ賃貸借ノ解約申入ノ時間ヨリ返却迄ノ時間ハ建物其他ノ賃貸借ノ場合ト異ナリテ少クモ六个月ナルコトヲ説明スルニ足ルベシ
若シ目的物タル土地ガ牧場森林又ハ建物ヲ建築スベキ土地等ノ如ク毎年耕作ヲ為サザル土地ナルトキハ解約申入ハ何時ニテモ之ヲ為スコトヲ得ベク而シテ解約申入ヨリ返却迄ノ時間ハ常ニ一个年ナリトス
第百五十二條
賃貸借契約ノコトハ實際ニ於テ最モ緊要ナル事項ノ一ニシテ其適用最モ多キヲ以テ立法者ハ務メテ争訟ヲ防グ為メ詳細ノ事項ニ至ルマデ之ガ規定ヲ為セリ
然レトモ賃貸借ノ一切ノ事項ニ關シ全國通ジテ全ク同一ノ規定ヲ適用セシムルコトハ未ダ其必要ヲ見ザリシナリ此故ニ本條ノ明文ニ於テ前数條ノ規定ニ關シ地方ノ慣習特別ノモノアルトキハ其慣習ヲ適用スベキコトヲ掲ゲタリ
本條ハ唯地方ノ慣習ニ付テ之ヲ云ヘルニ過ギズト雖モ當事者ガ特ニ右ノ規定ニ異ナリタル合意ヲ為シ得ベキコトハ辯ヲ竢タズ故ニ當事者ニ於テ之ヲ以テ期間ヲ伸縮シタルトキハ必ズ其定メタル所ニ従ハザルヲ得ズ
第百五十三條
耕地ノ賃貸借ガ一定ノ期間ヲ以テ契約セラレタルトキハ其賃貸借ノ終了ガ収穫物ノ収去前ニ来タルコトアルベシ而シテ其原因ハ時トシテ季節ノ後レタルコトアルベク時トシテハ當事者ガ當初契約ヲ為ストキニ計算ヲ過リタルニ基クコトアルベシ其原因ノ如何ヲ問ハズ斯ノ如キ場合ニ於テ賃貸人又ハ新タナル賃借人ガ従来ノ賃借人ノ収穫物ヲ収去スルコトヲ妨グルハ決シテ至當ノコトト云フヲ得ズ
又之ト同一ノ理ニ因リ若シ賃貸借ノ終了ニ先チテ収穫物ノ収去ヲ終リタル後賃借人ガ賃借物ニ付テ更ニ利益ヲ受クベキ途ナキトキニ當リ賃貸人又ハ新ナル賃借人ガ次期ノ収穫ヲ生ゼシムル為メ準備ノ工事ヲ施サントスルニ当リ唯賃貸借未ダ終了セザルヲ名トシ何等ノ利害ノ關係ナキニモ拘ハラズ賃借人ガ之ヲ拒ム如キモ又其當ヲ得タルモノト云フ能ハズ
然レドモ若シ賃貸人又ハ新賃借人ノ工事ノ為メ尚ホ其土地ニ存スル賃借人ノ収穫物ニ對シ損害ヲ與フベキ場合ニ付テハ立法者ハ特ニ本條第二項ノ末文ニ於テ例外ト為セリ
右ニ掲グル所ハ総テ賃貸借終了ノ時ニ際シ相互ノ權利ヲ規定シタルモノナリト雖モ賃貸借ノ起初ノ時ニ於テモ之ト相類シテ相互ノ權利ヲ定メザルベカラズ而シテ立法者ガ特ニ之ヲ規定セザルモノハ畢竟スルニ明文ヲ竢タズシテ明カナルノミナラズ本條ハ賃貸借ノ終了ニ關スル法文ナルガ故ナリ
若シ賃借人ガ収益ヲ始ムルトキニ當リ賃貸人ノ費用ト労力トニ由テ得タル収穫ガ未ダ収去セラレザルトキハ賃借人ハ賃貸人ガ之ヲ収去スルコトヲ妨グベカラズ
又賃貸人ガ既ニ収穫物ノ収去ヲ為シタル後ニ於テ未ダ賃貸借ノ終了ノ時期ニ至ラザルモ賃借人ニ於テ自己ノ収益ノ為ニ必要ナル準備ノ作業ヲ為サント欲セバ賃貸人ハ賃借人ノ収益ノ時未ダ至ラザル故ノミヲ以テ他ニ何等ノ利益ヲ有セズシテ之ヲ拒ムハ正義ニ合シタリト云フベカラズ
是既ニ前段ニ掲ゲタル原則ノ適用ニシテ此原則ハ後ニ至リテ其詳ヲ説クベシ即チ契約ハ善意ヲ以テ履行スルコトヲ要ス(参看第三百三十條)
賃貸借ノ始及ビ終ニ於テ賃借物ニ附着セル果實ニ關シテ述ベタル以上ノ規定ハ賃借人ト用益者トノ間ニ存スル一箇ノ新ナル差異ニシテ且甚ダ著シキモノナリトス蓋シ第五十條第六十九條及ビ第百九條ニ於テ既ニ述ベタル如ク用益者ハ其權利ノ開始シタル當時ニ於テ用益物ニ附着スル果實ヲ當然取得シ而シテ用益權消滅ノ當時尚ホ用益物ニ附着スル果實ニ至リテハ何等ノ權利ヲモ有セザルモノナリ其斯ノ如クナルハ實ニ用益權ノ射倖ナル性質ニ属ス
賃貸借ノ場合ニ於テハ斯ノ如クナルヲ得ズ蓋シ賃借權ハ元来射倖ノモノニ非ズ當事者ガ賃貸借ノ契約ヲ為スニ當テヤ各々他人ヲシテ得セシメタル利益ニ相當スル利益ヲ得ンコトヲ期スルモノナリ又賃貸借ノ場合ニ於テハ斯ノ如ク規定スルモ決シテ煩雑ヲ来スコトナシ何トナレバ自己ノ勞力ト費用トニ由テ生セシメタル収穫ヲ取得スルノ權利アルモノハ賃借人ナルト賃貸人ナルトヲ問ハズ現物ヲ収去シ而シテ之ガ為メ何等ノ償金ヲモ要求スルコトナキヲ以テ償金ノ計算而シテ償金ノ基礎タル耕作ノ費用等ノ計算等ニ關シテ争ヲ生スルコトナケレバナリ
第百五十四條
賃借物ヲ賣却スル場合ニ於テハ賃借人ハ賃借物ヲ返還スルコトヲ要ストハ當事者ガ賃貸借契約ヲ為ス當時ニ於テ有効ノ合意ヲ為シ得ベキ所ナリ縦令其賃貸借ガ一定ノ期間ヲ有スルトキト雖モ亦然リト為ス而シテ賃貸人ハ實際屢々斯ノ如キ契約ヲ為シ自己ノ權利ヲ留保スルコトアルベシ特ニ其借賃ガ甚ダ廉ニシテ且ツ賃貸借ノ期間甚ダ長キ場合ニ於テ尤モ然リトス何トナレバ是等ノ事情ハ賃借物ノ賣却ヲ為スニ最モ障害タルベキ所ノモノニシテ他日此賣却ヲ為サント欲スル場合ニ當テハ此賃貸借ヲ消滅セシムルノ權利ヲ有スルコト最モ必要ナレバナリ
又賃貸人ハ自ラ賃借物ヲ使用スル為メ或ハ他ノ特別ノ原因ニテ定マリタル場合ノ為ニ賃貸借ヲ解除スル權能ヲ己ニ保存スルコトヲ得ベシ
此賃貸借解除ノ權能ハ賃借人モ亦自己ノ利益ノ為メ又ハ相續人ノ利益ノ為メ等シク之ヲ要約スルコトヲ得ベシ
例令バ賃借人ガ一定ノ土地ニ住居スルコトヲ要スル職務ヲ有スルニ當リ其土地ニ於テ賃貸借ヲ為シタルトキハ他日職務ノ変更及ビ住居ノ変更ノ場合ヲ慮カリ此權能ヲ要約スルコトヲ得ベシ何トナレバ単ニ期間ヲ定メテ賃借シ而シテ解除ノ權能ヲ要約セザルトキハ期間ノ満了マデ賃借人ノ義務ヲ盡サザルベカラズ而シテ一方ニ於テハ賃借物ヨリ何等ノ利益ヲ得ルコト能ハズ或ハ他人ニ轉貸スルモ徒ラニ煩雑ヲ増スニ過ギザルベシ
賃借人ハ賃貸借終了ニ先ダチ自己ノ死亡スルコトアルベキ場合ヲ慮カリテ同一ノ權能ヲ要約スルコトヲ得ベシ蓋シ賃借人ノ死亡ハ原則上賃貸借ノ終了ヲ為スモノニ非ズ然レトモ賃借人死亡シタルトキハ賃借物ハ最早有用ナラズ従テ相續人ニ取リテハ却テ不利益ナルコトアルベシ故ニ相續人ノ為ニ解約ノ權能ヲ豫期スルモ亦或ル場合ニ於テ有益ノコトアルベシ
凡テ是等ノ場合及ビ之ト相類スル場合ニ於テ契約ニ因リ解除ノ權能ヲ有スル當事者ガ賃貸借ノ終了ヲ為サント欲スルトキハ豫メ解約申入ニ由テ他ノ當事者ニ之ヲ通知スルコトヲ要ス而シテ解約申入ヨリ返却迄ノ時間ニ付テハ賃借物ノ區別ニ従ヒ前數條ノ規定シタル所ニ従フベキコト當然ナリトス
當事者ガ合意ヲ以テ解除ノ權能ヲ要約シタル場合ハ第百四十五條第四ノ場合ト全ク同一ナルニ非ズ蓋シ第百四十五條ノ場合ハ當事者ガ解除ノ條件ヲ約シタル場合ニシテ若シ其條件ヲ成就スルトキハ他ニ何等ノ所為ヲ要スルコトナク之ガ為ニ當然賃貸借ノ消滅ヲ致スモノナリ然ルニ本條ノ場合於テハ當然ノ解除ニ非ズシテ當事者唯自己ノ意思ニ依テ契約ノ解除ヲ請求スルノ權利ヲ要約シタル場合ヲ規定セルノミ
法律ニ於テ特ニ之ヲ掲ゲズト雖モ若シ解約申入ヲ為サント欲スルトキニ於テ賃貸借期間ノ残リノ時間ガ解約申入ヨリ返却迄ノ法律上ノ時間ニ比シテ一層短キ場合ニ於テハ特ニ解約申入ヲ為スコト全ク無用ニ属スベシ此場合ニ於テハ契約解除ノ權能ノ行使ニ因テ賃貸借終了スルニ非ズシテ當初ノ合意ニ依テ其終了ヲ致スベキナリ縦令當事者ガ過テ解約申入ヲ為シ又一方ニ於テ之ヲ受ケタリトスルモ之ガ為ニ賃貸借ノ期間ヲ延長スベキモノニ非ザルナリ
第二節 永借權及ビ地上權
第一款 永借權
第百五十五條
本法ハ将来ニ向テ五十个年ヲ超ユル期間ヲ以テ永借權ヲ設定スルコトヲ許サス
新タニ永借權ヲ設定スルコトハ主トシテ荒蕪地又ハ未耕地ヲ開墾シ耕作セシムル為メ有益ナリトス
斯ノ如キ場合ニ於テハ賃借人ハ長キ期限ニ因リテ賃貸借ノ利益ナカルベカラズ蓋シ是等ノ土地ハ當初ニ於テ其ノ利益甚ダ尠キモノニシテ賃借人ニ帰スル所ハ永遠ノ利益ニ外ナラザレバナリ然ルニ若シ普通ノ賃貸借ノ如キ手續ヲ経ズシテ其ノ權利ヲ消滅スルモノトセバ勞力ト費用トハ甚ダ多クシテ之ニ對スル報酬ヲ得ルニ途ナケレバナリ然ルトキハ何人モ開墾耕作ヲ企ツル者有ラザルベシ
然レトモ他ノ一方ヨリ觀察スルトキハ賃貸借ハ其種類ノ如何ニ拘ハラズ永久ニ継續セシムベキニ非ズ何トナレバ若シ賃借権ニシテ永久ナルコトヲ得バ賃貸人タル所有者ノ權利ハ永久ノ制限ヲ受ケテ物ノ自由ノ處分ヲ失フノミナラズ其相續人モ亦此權利ヲ失フベシ従テ永借権ノ目的タルモノハ就中一般ノ融通ヲナス為ニ公益ヲ害スルコトアルベシ然ノミナラス一旦契約ヲ為シ永借人ガ永貸人ニ拂フベキ借賃ヲ定メタル以上ハ永貸借継續間ハ之ヲ増加スルコトヲ得ズ従テ其借賃ハ遂ニ普通借賃ノ相場ヨリ甚ダ低廉ナルニ至ルベシ何トナレバ當初永借權ヲ設定スル土地ハ荒蕪地又ハ未耕地ナルガ故ニ之ヲ標準トシテ定ムル借賃ハ他日充分ノ収入ヲ生ズルニ至リタル土地ヲ標準トスル借賃ヨリ甚ダ小ナルベキコト明カナレバナリ又賃借人ヨリ之ヲ觀ルモ賃貸借ノ期間甚ダ長キニ過グルトキハ遂ニ之ガ為メ非常ノ困難ヲ受クルコトアルベシ特ニ賃借人ノ相續人ニ於テ然リトナス
三十年ノ期間ハ賃借人ヲシテ其開墾シタル土地ヨリ充分ノ利益ヲ得セシムル為ニ不足ナキ時間ト稱スルコトヲ得ヘシ又五十个年ノ期間ハ立法者ガ永借權ノ最長期トシテ定ムル所ノモノニシテ當初ヨリ此期間ヲ超エテ契約ヲ為スコトヲ許サズ唯其満了ノ時ニ至リ特ニ更新ヲ為ストキハ更ニ新タナル永借権ヲ設定スルコトヲ得ベシ而シテ更新ノ場合ニ於テハ當事者ハ各一切ノ事情ヲ知悉シ新ニ條件ヲ定メテ契約ヲ為スベキガ故ニ當初ヨリ甚タ長キ期間ニ對シ為シタル賃貸借ノ如キ弊害ナシ且何レノ時ニ於テ永貸借ノ更新ヲ為シタリトスルモ新永貸借ハ其更新ノ時ヨリ五十个年ヲ超ユルコトヲ得ズ
若シ當事者ガ右ノ制限ヲ超エ五十个年ヨリ長キ時間ニ對シテ永貸借契約ヲ為シ又ハ其更新ヲ為シタルトキハ契約若クハ更新ハ全ク無効ナルニ非ズシテ単ニ法律ニ定メタル最長期ニ之ヲ短縮スルモノトス此事ハ特ニ法文ニ明記スルコトヲ必要トス何トナレバ有償契約ノ場合ニ於テ法律ノ禁止ヲ犯シタル約款アルトキハ其効力トシテ契約全体ノ無効ヲ生ゼシムルコト屢々ナレバナリ(参看第四百十三條)本條ノ制限ヲ犯シタル場合ニ於テ之ガ為ニ契約ノ全体ヲ無効トスル如キハ甚ダ嚴ニ失スルモノナリ故ニ立法者ハ唯其期間ヲ短縮スルニ止マリタルナリ
法律ヲ以テ特別ノ規定ヲ設ケザル點ニ關シテハ普通賃貸借ニ關スル規則ヲ永貸借ニ適用スベキコトハ後ニ至テ之ヲ説明スベシ(参看第百五十七條)
黙示ノ更新ニ關スル規定モ亦普通賃貸借ノ規定ニシテ而シテ永貸借ニ適用スベキ所ノモノニ過ギズ即チ賃貸借終了シタル後賃借人尚ホ収益ヲ為シ従テ賃貸人ニ於テモ亦之ヲ知テ故障ヲ為サザルトキ是ナリ
此規則ハ永貸借ニモ適用スルコトヲ得ベシ故ニ永貸借ガ更新セラレタルトキハ新永貸借ハ舊永貸借ト同一ノ條件ヲ以テ継續スベシ唯其期間ニ對シテノミ新舊両者同一ナラズ即チ新永貸借ハ一定ノ期間ヲ有セズ一方ノ解約申入ニ因リテ終了スベシ而シテ法律ニ於イテ解約申入ヨリ返却迄ノ時間ニ付キ特ニ延長スル所アラザルヲ以テ第百五十一條ノ規定ヲ適用セザルベカラズ
第三者ノ權利ニ至テハ第百四十七條ノ規定ニ従テ之ヲ犯スコトナキヲ要スルハ勿論ナリ
本法實施以前ニ於テ締結セラレタル契約ニシテ永貸借契約ノ性質ヲ有スルモノニ關シテハ特ニ一箇ノ區別ヲ為シ依テ本條ニ規定スル事項ノ如キ一般ノ利益ニ關スル規定ニ付キ法律ハ既往ニ遡ボリ効力ヲ有セズトノ原則ノ適用ヲシテ幾分ノ制限ヲ受ケシメタリ
第一荒蕪地又ハ未耕地ノ賃貸借ニシテ當事者ガ永小作ト称シ又ハ一定ノ期間ヲ附セサリシモノハ之ヲシテ本法ノ規定ヲ適用スベカラザルモノトシ将来ノ立法者ヲシテ事宜ニ従ヒ適當ト認ムベキ限度ニ之ヲ短縮スルノ處分ヲ為スノ餘地ヲ遺セリ蓋シ本法自ラ之ガ詳細ヲ規定セサルガ故ニ全ク将来ノ立法者ニ之ヲ委ヌルヲ得ベシト雖モ豫メ其精神ノ存スル所ヲ示スハ決シテ無用ノコトニ非ザルナリ
第二之ニ反シテ本法實施前ニ當事者ガ契約シタル賃貸借ニシテ一定ノ期間ヲ有スルモノハ其期間ガ縦令五十个年ヲ超ユルモノト雖モ尚ホ其全期間ニ對シテ有効ナリトス素ヨリ将来ニ於テ更ニ之ヲ短縮スル法律制定セラルルトキハ格別ナリト雖モ思フニ斯ノ如キ永貸借ハ之ヲ永久無期ノ永貸借ニ比スレバ其弊甚ダ小ナルガ故ニ他日ニ於テモ更ニ之ヲ短縮スル如キ法律ハ制定セラルルコト非ザルベシ
本條ニ於テ立法者ハ法律既往ニ遡ボラズトノ一般ノ原則ハ制限ヲ受クベキコトヲ明示セリ此ノ原則タルヤ決シテ憲法上ノ原則ニ非ズ而シテ或ル特別ノ場合ニ於テ法律ヲ以テ之ニ對シ例外ヲ設ケ得ベキコトハ今日一般ニ認ムル所ナリ本條ノ如キ場合ニ於テ例外ハ實ニ必要且ツ正當ノモノナリトス法律既往ニ遡ボラズトノ原則ハ舊法ノ下ニ於テ已ニ取得シタル權利ハ法律ト雖モ之ヲ犯スコトナシトノ理論ニ基キタルモノナリ永貸借ノ當初ヨリシテ一定ノ期間ヲ以テ設定セラレタル場合ニ於テハ新法ハ充分ニ之ヲ尊敬シテ犯ス所ナシ蓋シ當事者ハ其合意ヲ以テ相互ノ遵奉スベキ法律ト為シタレバナリ然レトモ當事者ガ永遠無窮ヲ期シテ永借權ヲ設定シタル場合ニ於テハ當事者ハ前ノ場合ノ如ク其契約ノ全ク行ハレンコトヲ期シ得ベキニ非ザルナリ何トナレバ人類社會ノコト永遠無窮ナルモノハ決シテ普通ト称スルコトヲ得ザレバナリ若シ本條末項ニ掲ケタル将来ノ法律ニ於テ例令バ五十个年ト云フガ如ク甚ダ長キ期間ノ規定ニ非ザレバ永久ノ約ヲ以テ設定シタル永借權ヲ消滅セシムルコトヲ要セスト定ムル如キコトアレバ縦令一方ニ於テ永久ノ性質ヲ失ハシムルモ既ニ正理ト公義ニ合シタルモノト云ハサルヲ得ズ
永借權ガ已ニ一種ノ賃借權タル以上ハ次ニ掲グル實用上ノ問題ハ屢々起コルコトアルベシ即チ當事者ノ意思普通ノ賃貸借ヲ為スニ非ズシテ特ニ永貸借契約ヲ為スニアリシコトハ何ニ依テ之ヲ知ルコトヲ得ベキヤ是ナリ
第一當事者ニシテ契約ヲ為スニ當リ永貸借ヲ明示シタルトキハ何等ノ困難ヲ見ズ然レトモ當事者若シ此注意ヲ為スコトヲ怠リタル場合ニ於テハ裁判所此問題ヲ決スルコト一ニ一切ノ事情ニ基クノ外ナカルベシ
賃貸借ノ期間ノ指定ハ此問題ヲ決スルニ付キ最モ重要ナル點ト云フベシ若シ賃貸借ガ三十个年ヲ超ユル期間ヲ以テ為サレタルトキハ當事者ハ普通ノ賃貸借ヲ為スノ意思ニ非ズシテ特別ノ賃貸借タル永借權ヲ設定スルノ意思ナリシト推定スベシ何トナレバ普通ノ賃貸借ハ三十个年ヲ超ユル期間ヲ要スルコト能ハザレバナリ若シ其賃貸借ノ目的物ニシテ荒蕪地又ハ未開地ナル場合ニ於テハ右ノ推定ハ益々有力ノモノタルベシ然リト雖モ若シ其契約中普通賃貸借ニ於テノミ獨リ見ルコトヲ得ベキ約款ノ存スル場合ニ於テハ當事者ノ意思ハ普通ノ賃貸借ヲ為スニ在リシモノト決定スルコトヲ要ス従テ其期間ハ三十个年ニ短縮セラルベシ例令バ賃貸人ガ賃借人ニ對シテ収益ノ擔保ヲ約シタルガ如キ場合是レナリ若シ賃貸借ト永貸借トヲ判定スル為メ何等ノ確實ナル基礎ヲモ發見スルコトナク其間ニ疑アルトキハ當事者ノ意思普通ノ賃貸借ヲ為スニ在リシモノト決定スルコトヲ要ス何トナレバ永貸借ハ遂ニ一箇ノ例外ニシテ之ヲ推定スベキモノニ非ザレバナリ此ヲ以テ當事者ノ中永借権ナリト主張スル者アルトキハ之ガ證拠ヲ提出セザルベカラズ
第百五十六條
賃借権ハ唯一ノ設定方法ヲ要スルモノニシテ契約ニ依ルノ外他ニ之ヲ設定スルヲ得ベカラサルコトハ第百十七條ノ下ニ於テ詳細ニ之ヲ述ベタリ而シテ此理論ハ同ジク永借權ニ關シテ適用セラルベシ
第百五十七條
本條ノ目的トスル所ハ一ニ賃貸借ノ一種タル永貸借ノ特別ナル規定ヲ設クルニアリ此故ニ普通ノ原則ニ對シ立法者ガ明示又ハ黙示ヲ以テ特ニ例外ヲ設ケザル點ニ付テハ総テ普通ノ原則ニ従フベキモノナリトス
然レトモ永借權ハ其期間甚ダ長キガ故ニ他人ノ物ノ管理者又ハ自己ノ財産ノ處分權ヲ有セズシテ單単ニ管理權ノミヲ有スルモノニ於テ之ヲ設定シ得ベカラザルコトハ法律ノ明文ヲ竢タズシテ明カナル所ナリ(参看第百十九條以下第百二十二條)永借權設定ノ所為ハ之ヲ管理ノ所為ト云フコトヲ得ズ
第百五十八條第百五十九條及ビ第百六十條
永借權ノ主タル目的ハ荒蕪地ノ開墾ヲシテ容易ナラシムルニ在リトス此ヲ以テ之ヲ普通賃貸借ノ場合ニ比スレバ永借物ノ上ニ存スル永借人ノ權利ハ一層大ナルコトヲ要スルハ辯ヲ俟タズシテ明カナル所ナリトス
本條ニ掲ゲタル永借人ノ權利ハ通常賃借人ノ有セザル所ナリト雖モ立法者ハ此權利ヲ永借人ニ與フルト同時ニ直チニ之ニ第一ノ制限ヲ加ヘタリ然レトモ此制限タルヤ決シテ其權利ヲシテ甚ダ狭小ナラシムルモノニ非ズ又永借人ノ為ニ甚ダ不自由ヲ感ゼシムルモノニ非ズ蓋シ永借人ハ永久ニ永借物ノ價額ヲ減ズルコトナケレバ則チ足レリトス而シテ永久ニ斯ノ如ク損害ヲ加ヘザル以上ハ縦令一時永借物ノ價額ヲ減ズルコトアリト雖モ決シテ此制限ヲ犯シタルモノト云フヲ得ズ或ハ永借物ノ形質ヲ変ズルニ當テ一時其價額ヲ減ジ其産出物ヲ減ズルコトアルハ概シテ避クベカラザルコトナル可シト雖モ他日永遠ニ其價額ヲ増シ産出物ヲ増加セシム可キモノナルトキハ之ヲ目シテ永久ノ毀損ヲ生セシメタリト云フコト能ハズ
例ヘバ價額甚ダ少キ原野ヲ永借シ而シテ五穀其他食用又ハ工業用ノ産出物ヲ生ゼシムル為メ之ガ開墾ヲ為スニ當テハ一時其永借地ハ何等ノ産出物ヲモ生ゼザルコト有ル可ク縦ヒ幾分ノ産出物アルモ仍ホ従前ノ産出物ヨリ甚ダ少ナキコトアルベシ然レトモ此一時ノ損失ヲ目シテ永借人ハ其永借シタル土地ヲ毀損シタルモノト云フヲ得ズ何トナレバ永遠ノ利益ヲ生ゼシムル為ニ一時斯ノ如クナルコトアルハ必然ニ出ヅレバナリ
永借人ガ沼池ヲ乾涸セシメ之ガ開墾ヲ為スニ當テモ亦同一ナリトス沼池ニハ蘆荻等ヲ生シタルコト有ルベシ而シテ之ヲ埋メ立テ開墾スルニ當テハ此等ノ産出物ヲ得ベカラザルコト勿論ナリ然レトモ他日ニ至テハ其土地ハ甚タ膏腴ニシテ多クノ収益ヲ見ルニ至ルベシ
沼池ニ匯集シテ流通セザル水ハ單ニ無用ナルノミナラズ屢々有害ナルコトアルガ故ニ沼池ノ開墾ハ常ニ之ヲ為スコト得セシムルヲ以テ可ナリトス
之ニ反シテ永借地ニ存スル大樹木ヲ取除キ又ハ建物ヲ取毀ツガ如キハ永久ノ毀損ヲ永借物ニ加フルモノト看做スコトヲ得ベシ建物ニ關シテハ再ビ之ヲ築造スルコトヲ得ベシ即チ之ヲ築造スルコトヲ為シ得ベカラサルニ非ズト雖モ樹木ニ關シテハ殆ント回復スベカラザルコトアリトス故ニ第百五十九條及ビ第百六十條ヲ以テ之ヲ禁止セリ
永借地ニ存スル水流ニ關シテハ永借人之ヲ変更スルコトヲ得ベシ然レトモ此水流ノ変更ガ永借地ノ為ニ利益ヲ與フベキ場合ニ限ル實際ニ於テ永借人ハ此利益アルトキニ非ザレバ自カラ巨額ノ費用ヲ投シテ斯ノ如キ工事ヲ為スコトナカルベシ既ニ土地ノ利益ノ為メナルコトヲ要ス故ニ永借人ハ従来存スル水流ヲ隣地ニ轉シテ全ク之ヲ廃スル如キコト有ルベカラズ縦ヒ隣地ニ於テ之ヲ承諾スルトキト雖モ亦然リ何トナレバ水流ハ沼池ト異ナリテ常ニ工業等ノ為ニ甚ダ大ナル利益ヲ與フルモノナレバナリ
明文ニ規定スル所ハ單ニ永借地ヲ通過スル水流ノミニ關ス何トナレバ永借地ヲ通過スルコトナク單ニ其一端ヲ流ルル水流ニ至テハ永借人ノ權利ノ制限ハ永借權ノ本質ヨリ生ズルノミナラズ主トシテ對岸所有者ノ權利ノ為メニ自カラ制限ヲ受クルモノナレバナリ此点ニ關シテハ地役ノ章ニ於テ詳細ノ規定ヲ見ルベシ
小木林ノ事ハ既ニ用益權ノ章ニ於イテ説明シタル所ニシテ定期ニ採伐スルコトヲ得ベク且採伐後常ニ芽生スベキ種類ノ樹木ナリ永借人ハ斯ノ如キ樹木ヲ賃借人ト同一ニ収益スルコトヲ得ベク而シテ普通賃借人ノ収益ハ既ニ述ベタル如ク用益者ノ収益ト全ク同一ナルモノナリ然リト雖モ永借人ハ所有者ノ承諾ヲ経ズシテ斯ノ如キ樹木ヲ掘取ルコトヲ得ズ
定期採伐ニ供セザル大樹木ニ至テハ右ノ如ク収益ノ權利永借人ニ存セズ法律ハ此点ニ於テ一ノ區別ヲ為セリ即チ其大樹木ガ未ダ二十年ヲ超エザルモノニシテ且其性質上定期採伐ニ供スベキモノニ非ザルトキハ永借人ハ之ヲ採伐スルコトヲ得ベシ然リト雖モ若シ其樹木ガ既ニ二十年ヲ超エタルトキハ永借人ハ之ヲ採伐スルコトヲ得ザルモノトス二十年ヲ超ヘタル大樹木ニ付テモ仍ホ一箇ノ注意ヲ為サザルベカラズ即チ若シ此樹木ガ既ニ多クノ年數ヲ経永貸借終了前ニ於テ其成長止息スベキ程度ニ達シタルモノナルトキハ縦ヒ二十年ヲ超エタル樹木ト雖モ之ヲ採伐スルコトヲ得ベシ蓋シ斯ノ如キ樹木ハ縦ヒ之ヲ採伐スルコトナキモ永借權終了シ所有者ノ手ニ土地ノ収益ヲ回復スルトキニ至ル迄引續キ成長スルモノニ非ザルヲ以テ其前ニ於テ採伐スルモ所有者ノ為ニ利益ヲ害スルコトナケレバナリ其理由斯ノ如シ故ニ永借人ガ此種類ノ樹木ヲ採伐シ得ルニハ仍ホ所有者ガ之ヲ保存スルニ於テ利益ヲ有セザルトキニ限ルベキコト勿論ナリ
右ニ掲グル外永借地ノ處々ニ灌木其他ノ小木存スルコトアルモ此等ハ永借人ガ自由ニ採伐スルコトヲ得ベキ所ナリトス若シ之ヲ取除クコトヲ得ザルモノトスルトキハ為ニ永借地ノ変更開墾等ヲ為スコト能ハザルベシ是レ永借權ヲ認メタル法律ノ精神ヲ達スルコト能ハザラシムルモノナレバナリ斯ノ如クナルガ故ニ或ル種類ノ樹木ハ賃借人自由ニ之ヲ取除クコトヲ得ベクシテ或ル他ノ種類ノ樹木ハ特ニ所有者ノ承諾アルニ非ザレバ取除クコトヲ得ズ而シテ永借地ノ樹木ハ何レノ種類ニ属スベキヤニ至リテハ是レ事實ノ問題ニシテ若シ此点ニ關シ當事者ノ間ニ争アルトキハ裁判所ハ各場合ニ因リ一切ノ事情ニ基キテ之ヲ決セザルベカラズ
第百六十條ノ規定ハ樹木ニ關スル規定ト大イニ類似スル所ノモノナリ
永借人ハ永借地ノ主タル建物ノ取除ヲ為スノ権利ヲ有セズ若シ之ガ取除ヲ為スノ必要アルトキハ特ニ所有者ヲシテ建物ノ取除若クハ変更ノ有益ナルコトヲ認メシメ依テ其承諾ヲ受クルコトヲ必要トナス
之ニ反シテ従タル建物ニ至テハ主タル建物ノ如ク重要ナルモノニ非ズ又永借地ノ収益ノ方法如何ニ従テ勿論変更スベキモノナルガ故ニ永借人ハ之ニ關シテハ主タル建物ニ關スルニ比シテ一層大ナル自由ヲ有セザルベカラズ此故ニ永借人ガ従タル建物ノ変更ヲ為シ得ルニハ其建物ノ存立ノ時期永貸借ノ期間ヲ超エザルヲ以テ足レリト為ス此場合ニ於テハ恰モ大樹木ニシテ永貸借終了前ニ其成長止息スベキモノト同ジク永借人ニ於テ之ヲ取除クモ所有者ニシテ為ニ損害ヲ蒙ムルコト有ラザルベシ何トナレバ永貸借終了シテ所有者其土地ヲ恢復スルトキハ其建物ハ既ニ存立スベカラサレバナリ
反對ノ場合ニ於テ即チ其従タル建物ニシテ永貸借終了ノ後ニ至ル迄仍ホ存立スベキモノナルトキハ永借人ニ於テ之ヲ取除キ若クハ変更セントスルニハ所有者ノ承諾ヲ受クルコトヲ必要トス
第百六十一條
永借人ニ於テ樹木ヲ取除キ又ハ建物ヲ取毀チ依テ得タル所ノ物料ハ総テ之ヲ所有者ニ交付スルコトヲ要ス永借人ヲシテ斯ノ如キ義務ヲ負ハシメタルハ單ニ所有權ノ原則ニ合スルノミナラズ仍ホ永借人ヲシテ漫リニ此樹木又ハ建物ノ取毀ヲ為スコトヲ無カラシメンガ為ナリ蓋シ權利ニ基キテ建物又ハ樹木ノ取毀チヲ為スモ依テ得タル所ノ物料ハ更ニ自己ノ為ニ利益ヲ與フルコトナキモノトセバ永借人ハ必要ノ場合ノ外決シテ現存ノ建物及ビ樹木ヲ毀損スル如キコトナカル可ケレバナリ
第百六十二條
永借地ニ存スル鑛物ニ關シテ永借人ノ有スル權利ハ用益者ト同一ナルコト能ハズ此点ニ於テハ普通ノ賃借人ト同一視スベシ即チ永借人ハ産出物又ハ開坑ノ特許ヲ得タル者ヨリ所有者ニ拂フベキ償金ニ付キ何等ノ權利ヲモ有スルコトナシ縦ヒ永借権設定ノ當時既ニ採掘セラレタル鑛物ニ關シテモ尚ホ然リトス蓋シ鑛物ハ地底ニ於テ採掘セラルルモノニシテ地面ト全ク關係ナキモノナリ而シテ永借人ノ目的トスル所ハ一ニ地面ニ存スレバナリ
本條ノ末項ニ掲ゲタル例外ハ容易ニ其理由ヲ解スルコトヲ得ベシ何トナレバ之ニ依テ永貸借ノ目的ヲ達セシメントスルニ外ナラザレバナリ
第百六十三條
永借地ニ存スル石坑ニ付テ永借人ノ有スル權利ハ之ヲ用益者又ハ普通賃借人ノ有スル権利ニ比シテ甚ダ相似タリ唯永借権設定ノ當時未ダ採掘セラレサル石坑ニ關シテハ永借人ノ權利他ノ二者ト同一ナル能ハズ此場合ニ於テ永借人ハ提塘樹木又ハ建物ノ保持修繕ノ為ニ必要ナル材料ヲ採掘スル為メ石坑ヲ採掘スルコトヲ得ルノミナラズ尚ホ土地ノ改良ノ為ニ此採掘ヲ為スコトヲ得ベシ而シテ其理由トスル所ハ永貸借ノ主タル目的ハ従来荒蕪ニ属シタル土地ヲ改良シ其價額ヲ大ナラシムルニ在ルヲ以テナリ
第百六十四條及ビ第百六十五條
第百六十四條及ビ第百六十五條ノ法文ハ永借權ト普通賃借權トノ間ニ存スル大ナル差異アルコトヲ示セシモノナリ
屢々述ブル如ク永借權ノ目的トスル所ハ主トシテ将来荒蕪ナル土地ヲシテ耕作ヲ受ケシムルニ在ルヲ以テ此目的ニ基キ論ズルモ永貸人ヲシテ永借物ヨリ引續キ得ル収益ノ擔保ヲ為スノ義務ヲ負ハシムルコト到底理ニ於テ為スベカラザル所ナリ且第百五十五條ノ下ニ於テ述ヘタル如ク斯ノ如キハ永貸人及ビ其相続人ヲシテ甚ダ長キ時間ニ對シ非常ノ責任ヲ負ハシムルモノト言ハザルヲ得ズ
斯ノ如キ収益ノ擔保ヲ以テ永借人ノ権利ヲ保護スルコト無シトスルモ一方ニ於テ永借權ノ場合ニ於テハ普通賃借權ノ場合ニ比シテ借賃甚ダ底廉ナルノミナラズ他ノ一方ニ於テ新タニ開墾セラレタル土地ハ収益ヲ得セシムルコト甚ダ多クシテ通常其利益ハ永借人ガ時ニ自己ノ収益ニ對シテ天災其他ノ妨害ヲ受クルコトアルモ充分ニ其償ヲ為スニ足ルベシ
然レトモ右ニ掲グル如ク賃貸人ヲシテ擔保ノ義務ヲ免カレシムルモノハ單ニ永借物ノ収益ニ對シテノミ然ルモノナリ
永借權ノ成立ノ擔保ニ至テハ永貸人ト雖モ之ヲ免ルルコト能ハズ何トナレバ永貸人自カラ永貸借契約ニ因テ永借人ヲシテ永借權ヲ得セシムベキコトヲ約シ而シテ其權利永借人ニ属スルコト能ハザリシトキハ其責任ハ永貸人ニ於テ免カルベカラザルコト勿論ナレバナリ此ヲ以テ若シ第三者ガ永貸人ノ所有ニ非ザルコトヲ證明シ依テ永借人ヲ追奪シタル場合ニ於テハ永貸人ハ永借人ニ對シ此追奪ノ擔保ヲ為サザルヲ得ズ而シテ此義務ハ特ニ當事者ノ合意ヲ要セズシテ當然ニ存スル所ノモノナリ
第百六十六條
本條ノ規定モ亦永借人ト普通賃借人トノ間ニ存スル差異ヲ示シタルモノナリ何トナレバ普通賃借人ハ土地ニ關スル何等ノ租税ヲモ負擔スルコトナクシテ永借人ハ此負擔ヲ免ルルコト能ハザレバナリ此点ニ關シ永借人ハ用益者ト甚ダ相類シテ而シテ尚ホ其義務ハ用益者ニ比シ一層重大ナリトス何トナレバ用益者ハ非常ノ租税ニ關シ其幾分ヲ負擔スルニ止マリテ全部ヲ負擔スルコトナシト雖モ永借人ハ非常ノ租税モ亦一人ニテ負擔スベキモノナレバナリ
斯ノ如ク二重ニ差異ヲ設ケタル所以ノモノハ一方ニ於テ永貸借ノ場合ニ於ケル借賃ハ普通ニ甚ダ底廉ナルノミナラズ尚ホ次ギニ掲グル如キ理由アルニ因ル即チ永貸借ニ附シタル土地ハ歳月ヲ経ルニ従ヒ開墾等ノ工事ノ為メ非常ニ其價額ヲ増加スルモノナリ土地ノ價額已ニ増加スルトキハ其地租ノ如キモ亦非常ニ大ナルニ至ルベシ一方ニ於テ斯ノ如ク地租ノ増加スルニ拘ハラズ此永貸借ニ基キテ永貸人ガ毎年収受スベキ借賃ニ至テハ歳月ト共ニ増加スルモノニ非サルヲ以テ永貸人ヲシテ租税ヲ負擔セシムルハ決シテ其當ヲ得タルモノト云フベカラズ
若シ財政ニ關スル法律ノ規定ニ依リ所有者ニ對シテ租税ヲ課シタル場合ニ於テハ永借人ハ之ニ對シテ其償還ヲ為サザルベカラズ何トナレバ永借人ト永貸人トノ關係ハ本條ニ依テ之ヲ規定スベク租税ノ賦課徴収ヲ目的トスル財政ノ法律ハ國庫ニ對スル義務者ヲ定ムルノミニシテ本條ニ規定スル所ト全ク關係ナケレバナリ
第百六十七條
借賃ニ關シ永借人ガ連帯且ツ不可分ノ義務ヲ負フコトハ永貸借ニ特別ナル規定トス而シテ此特別ナル規定ノ理由トスル所ハ永貸借ノ期間甚ダ長クシテ且ツ数人ノ永借人ガ連合シテ一箇ノ永貸借ヲ為ス如キコト實際ニ屢々ナルベキトノ理由ニ基クモノニシテ要スルニ永貸人ノ為ニ一ノ擔保ヲ設ケタルモノナリ
若シ永借人ノ借賃辨濟ノ義務ニシテ連帯且ツ不可分ノモノナラストセバ永貸人ハ此借賃ヲ収受スル為メ非常ノ困難ヲ蒙ルベシ即チ實際ニ於テ屢々永借人死亡シタル為メ之ニ代ツテ永借人タル者数人アルコトアルベク茲ニ於テカ永貸人ハ各人ニ對シ借賃ノ幾分ヲ請求セザルベカラズ而シテ若シ此中ノ一人若クハ数人無資力ナル場合ニ於テハ義務不履行ニ基キテ契約ノ解除ヲ請求セントスルモ唯義務ヲ履行セザル一人ニ對シテノミ請求ヲ為スコトヲ得ルニ止マリ而シテ契約ノ一部ノ解除ニ非ザレバ請求スルコト能ハザルベシ是レ永貸人ノ為ニ甚ダシキ不便ヲ来スベキナリ若シ此例外ヲ避ケント欲セバ縦ヒ義務ヲ履行セザル者ノ一人ニ止マルモ尚ホ総テノ永借人ニ對シ全部ノ解除ヲ請求シ得ルモノト為スコトヲ要ス即チ解除ノ權利ハ不可分ナリト為サザルヘカラズ然リト雖モ已ニ解除ノ權利ヲ以テ不可分ナリトスルコトヲ認メバ其原因タル借賃辨濟ノ義務ヲ以テ已ニ不可分ノモノナリトスルノ簡明ナルニ加カサルナリ
若シ借賃ノ義務ヲ以テ連帯ノモノトシ且ツ不可分ノモノトスルトキハ右ニ掲クル所ノモノハ全ク消滅スベシ而シテ連帯及ビ不可分ノコトハ擔保編ニ於テ詳細ノ説明ヲ見ルベシト雖モ其一般ノ効力ニ關シテハ人權ノ部ニ於テモ其規定ヲ見ルベシ(第四百四十一條以下)之ヲ要スルニ数人ノ義務者中一人ノ有資力者アル場合ニ於テ債權者ハ契約ノ解除ヲ請求スルノ必要ヲ見ザルベシ何トナレバ此資力アル一人ニ對シテ義務ノ全部ノ履行ヲ求ムルコトヲ得ベケレバナリ故ニ永借人数人ナルカ又ハ相續ニ依テ数人トナリシ場合ニ於テ其中ノ一人ニシテ充分ノ資力アルトキハ縦ヒ他ノ数人ハ総テ無資力ナルモ永貸人ハ未ダ永貸借ノ解除ヲ要ムルノ必要ヲ見サルベシ而シテ総テノ義務者皆無資力ナルトキハ永貸人ハ永貸借契約全部ノ解除ヲ要ムルコトヲ得ベキナリ
右ニ述ブル如ク借賃辨濟ノ義務連帯ニシテ且ツ不可分ナルハ當事者ニ於テ反對ノ合意ヲ為サザル場合ニ限ルモノトス故ニ若シ反對ノ合意アルトキハ辨濟ノ義務ハ連帯ナラズ又不可分ナラサルコトヲ得ベシ蓋シ契約ノ法律上ノ効力ハ各人ノ合意ヲ以テ之ヲ増減シ得ベキコト一般ノ原則ナリ當事者ガ合意ヲ以テ法律ノ規定スル所ニ反スルコト能ハザルハ公ノ秩序ニ關スル場合ニ限ルモノニシテ本條ノ如キハ更ニ公ノ秩序ニ關スルモノニ非ズ單ニ各人ノ利益ニ關スルニ止マルモノナリ
此故ニ本條ニ規定スル如キ借賃ヲ以テ連帯且ツ不可分ノモノトスルハ普通賃貸借ノ場合ニ於テ法律ノ規定セサル所ナリト雖モ當事者ニ於テ特ニ斯ノ如クナルコトヲ欲セバ明示ノ合意ヲ以テ之ヲ約スルコトヲ得ベシ
第百六十八條
本條ノ規定モ亦永貸借ト普通賃貸借トノ間ニ一箇ノ差異ヲ設ケタルモノナリ普通賃貸借ノ場合ニ於テ賃借人借賃ノ辨濟ヲ怠ルコト一回ナルトキハ賃貸人ハ直ニ之ヲ理由トシテ賃貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得ベシ然レトモ永貸借ノ場合ニ於テハ斯ノ如クナルコト能ハズ法律ハ永借人ヲ遇スルコト普通賃借人ニ於ケルガ如ク嚴ナラズ蓋シ永貸借ノ場合ニ於テハ普通賃貸借ノ場合ニ比シ収益ノ事業甚ダ困難ニシテ屢々意外ニ自己ノ為ニ利益ヲ見ルコト能ハサルコトアレバナリ
然ノミナラス普通賃貸借ノ場合ニ於テハ収益ノ滅失其他収益ノ妨害等ヲ理由トシテ賃借人ハ借賃ノ減少ヲ求ムルコトヲ得ベシ然ルニ永借人ハ此ノ如キ場合ニ於テ同一ノ權利ヲ有スルコトナシ故ニ其事業ニ於テ困難ナル場合ニ當リ永借人ヲシテ義務辨濟ノ為メ若干ノ猶豫ヲ得セシムルハ最モ其當ヲ得タルモノトス
然レトモ若シ永借人ニシテ他ニ債權者ヲ有シ而シテ此債權者ノ請求ニ依リ終ニ無資力トナリ財産ノ競賣ヲ免カルル能ハザル場合ニ於テハ永貸人ヲシテ自己ノ權利ヲ保護スルノ方法ヲ失ハシムルハ到底法律ノ為スベキ所ニ非ズ故ニ此場合ニ於テハ本條第二項ニ依リ永借人ガ辨濟ヲ怠ル所ノ多少如何ニ拘ハラズ永貸人ニ與フルニ永貸借解除ノ權利ヲ以テセリ永貸人ヨリ辨濟シタル租税ノ償還ニ關シテハ縦ヒ之ヲ怠リタルコト一回ニ止マルモ尚ホ之ヲ理由トシテ永貸人ハ永借人ニ對シ契約ノ解除ヲ要ムルコトヲ得ベシ何トナレバ借賃ノ場合ニ於テハ永貸人ハ單ニ借賃ヲ収受セザルニ止マレドモ租税ノ場合ニ於テハ自カラ代ツテ辨濟ヲ為シタルモノナルガ故ニ其償還ヲ受ケザルトキハ甚シキ損害ヲ受クベケレバナリ
第百六十九條
本條ノ規定ハ永借人ガ永借物ノ収益ニ關シ永貸人ニ何等ノ擔保ヲモ求ムルコトヲ得ザルガ故ニ此擔保ノ缺乏ヲ補足スル為ニ設ケタルモノニシテ第百六十五條ニ於テモ已ニ之ヲ明示セリ
本條ハ二箇ノ場合ニ於テ永借人ガ自カラ契約ノ解除ヲ請求スルコトヲ許ス
第一ノ場合ノ適用トシテハ戦争又ハ洪水等ノ為ニ永借地ヲ毀損セラレ従ツテ三个年ノ間何等ノ収益ヲモ生セザル如キ場合ヲ仮想シ得ベシ
第二ノ場合ニ於テハ斯ノ如キ収益ノ滅失其全部ニ至ラズト雖モ尚ホ将来ニ於テ永借地ノ収益ハ永貸人ニ辨濟スベキ借賃ノ額ヲ超ユルコト能ハザル如キ場合ナリトス斯ノ如キ契約ニシテ尚ホ解除スルコトヲ得ザルモノトセバ永借人ハ之ガ為メ遠カラズシテ非常ノ損害ヲ蒙ルニ至ルベシ
第二ノ場合ノ適用トシテハ栽植シタル樹木及ヒ灌漑又ハ乾燥ノ工事等巨額ノ費用ヲ要シタルモノニシテ且ツ永貸人ハ再ビ之ヲ為スコト能ハズ又ハ為スコトヲ欲セザル作業ガ全ク毀滅セラレタル如キ場合ヲ仮想シ得ベシ斯ノ如キ原因ノ為メ将来ノ収益カ永貸人ニ辨濟スベキ借賃ヲ超ユルコト能ハザリシニ至ルトキハ永借人ハ之ヲ理由トシテ永貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得ベシ
第百七十條
永貸借ノ主タル目的トスル所ハ屢々之ヲ述ベタル如ク土地ノ改良ニ在リ而シテ永貸借ノ場合ニ於ケル借賃ハ通常甚ダ底廉ナルヲ以テ永貸借契約終了シ而シテ永借人ニ於テ契約ノ存續スル時間正當ノ利益ヲ得タル以上ハ土地ニ加ヘタル改良ノ利益ハ全ク永貸人ニ属スベキコト勿論ナリトス
然ノミナラス改良ノ種類ニ依テハ多少之ヲ加ヘタル土地ト混淆シテ分別シ得ベカラザルノミナラズ其價額ヲ定ムルコト殆ンド困難ナリトス従テ強ヒテ之ヲ為サント欲セバ為ニ非常ノ紛議ヲ生ズルニ至ルベシ茲ヲ以テ斯ノ如キ改良ハ何等ノ償金ヲ永借人ニ得セシムルコトナクシテ之ヲ永貸人ニ属セシムベキコト當然ナリトス其理由斯ノ如シ故ニ其改良ニシテ或ル條件ヲ備フルモノニ至テハ永借人ハ永貸借終了ノトキニ於テ自カラ之ヲ収去スルコトヲ得ベシ之ヲ要スルニ永借人ガ永借地ニ築造シタル建物ノ如キ是ナリ然ルニ永借人ノ栽植シタル樹木ニ至テハ永借人之ヲ収去スルコトヲ得ズ是レ他ナシ當初永借人ガ樹木ヲ植栽スルニ當テハ為ニ要セシ所ノ費用甚ダ大ナラザルベキヲ以テナリ
永借人ノ築造シタル建物ハ一方ニ於イテ之ガ為ニ要シタル費用大ナルベキノミナラズ他ノ一方ニ於テハ之ヲ永借物ト分別スルコト甚ダ容易ナル故ニ永借人ヲシテ之ヲ収去スルコトヲ得セシムルト雖モ此場合ニ於テモ尚ホ第百四十條及ビ第百四十四條ニ於テ規定シタル如ク経濟上ノ利益ヨリ觀察スルトキハ一旦築造シタル建物ハ之ヲ取毀ツコトナキヲ以テ利益アリトス何トナレバ其取毀チヲ為ストキハ當初建築ノ費用ト取毀チノ費用トハ全ク無用ニ属スルノミナラズ尚ホ其建物ヲ組織シタル材料ニ至テモ大ニ價額ヲ減ズベケレバナリ茲ヲ以テ前二條ニ規定シタル所ト同ジク永貸人ハ自己ノ意思ニ従ヒ相當ノ價額ヲ辨償シ先買權ニ基イテ之ヲ取得スルコトヲ得ベシ
第二款 地上權
第百七十一條
土地ノ價額甚ダ大ナル國ニ於テハ所有權ニ一種ノ変体ヲ生ズルモノニシテ本條ニ規定スル所ハ實ニ此変体ノ主タル性質ヲ明ラカニシタルモノナリ即チ土地其物ハ一人ニ属シ而シテ其土地ニ存スル建物即チ地上ハ他ノ一人ニ属スルコト是ナリ
本條ニ明記スル如ク地上權ガ所有權ノ特別ナル一種タル以上ハ所有權ノ章ニ於テ之ガ規定ヲ為サザルコト甚ダ怪シムベキニ似タリ然レドモ地上權ハ土地ノ所有權ニ非ズ即チ地上l權ヲ有スル者ハ土地ノ所有權ヲ有スル者ニ非ズ又其所有權ハ建物若クハ樹木ノ存在スル土地ノ表面ノ所有權ニモ非ズ且地上權者ハ賃借人及ビ永借人ノ如ク所有者ニ對シテ一定ノ債額ヲ辨濟スルモノナリ故ニ地上權ノコトハ永借權ト共ニ賃借權ト同一ノ章ニ於テ規定スルコト其當ヲ得タルモノトナス蓋シ是等ノ權利ヲ確認スル諸國ニ於テ為シ来レル慣例ナリトス
第百七十二條
本條ノ目的トスル所ハ地上權ト普通賃借人又ハ永借權等ノ間ニ存スル一大差異ヲ明ナラシムルニ在リ即チ賃借權ハ其普通賃借權ナルト永借權ナルトヲ問ハズ共ニ特別ノ契約ニ因ルニ非ザレバ之ヲ設定スルコトヲ得ズ之ニ反シテ地上權ハ不動産所有權ノ一種タルヲ以テ縦ヒ其權利ハ多少ノ制限ヲ受クルモノナリト雖モ尚ホ土地及ビ建物又ハ樹木ニ關シタル普通ノ所有權ト等シク同一ノ方法ニ因テ設定セラルルコトヲ得ルモノナリ
地上權移転ノ方法ニ至テモ此所有權移轉ト異ナルコトナシ就中相續ニ因テ移轉スルコトヲ得ベシ此点ニ關シテハ地上權ハ賃借權ト相類シテ而シテ用益權ト相異ナレリ
又本條ニ於テハ二箇ノ場合ヲ合セテ規定セルモノナリ而シテ此二箇ノ場合ハ全ク同一ナルモノニ非ズ
第一地上權ヲ設定スルニ當リ其土地ニ於テ既ニ建物及ビ樹木ノ存在スルコトアルベシ此場合ニ於テハ建物及ビ樹木ノ譲渡ヲ以テ主トナシ土地ノ賃借ハ従タルニ過ギザルナリ
第二之ニ反シ時トシテハ建物ヲ築造シ又ハ竹木ヲ栽植スル為メ特ニ土地ノ賃貸借ヲ為スコトアルベシ此場合ニ於テ地上權ハ建物ノ築造又ハ竹木ノ栽植ヲ為シタルトキ別ニ當事者ノ間ニ於テ何等ノ所為ヲ要セズシテ當然地上權ヲ生スベシト雖モ築造又ハ栽植ヲ為サザル間ハ地上權未ダ生ゼザルモノトス此場合ニ於テ地上權ハ賃貸借契約ヲ以テ定メタル條件ノ証書ニ依テ発生スト云フコトヲ得ベシ斯ノ如キ賃貸借ハ後ニ至テ説明スル如ク五十个年以上ニ至ルモ法律上何等ノ妨ゲ無シ唯斯ノ如クナルニハ當初契約ノ時ヨリ未ダ三十个年ニ至ラザル時ニ於テ建物ノ築造又ハ竹木ノ栽植ヲ為シタルコトヲ必要トスルモノナリ
第一ノ場合即チ現ニ建物又ハ竹木ノ存スル土地ニ於テ地上權ヲ設定シタル場合ニ於テハ地上權者ハ賣買交換又ハ贈與等ノ如キ地上權設定ノ行為ニ依リ不動産ノ取得者トナルコト勿論ナリ故ニ此場合ニ於テハ直ニ此地上權設定ノ行為ニ適用スルニ不動産譲渡ニ關スル規則ヲ以テス譲渡ノ能力及ビ譲渡ノ所為ニ關スル方式并に本編第二部ニ於テ規定スル第三者ノ利益ニ於テ為スコトヲ要スル公示ノ條件ノ如キ一切ノ點ニ於テ然リト為ス之ニ反シテ第二ノ場合ニ於テハ地上權設定ノ契約ハ唯賃貸借トシテ公示ノ方式ニ従フコトヲ要ス又譲渡ノ能力ニ至テハ處分ノ能力ヲ必要ト為スベシ何トナレバ地上權設定ノ行為ハ單ニ管理ノ權限ヲ以テ為シ得ベキ所ニ非ザレバナリ
第百七十三條
實際ニ於テ地上權者ガ毎年一定ノ納額ヲ所有者ニ辨濟スル義務アルコトハ最モ屢々見ル所ナルベシ何トナレバ縦ヒ當初ヨリ建物又ハ竹木既ニ存在シテ其所有權ハ全ク之ヲ地上權者ニ譲渡シタリトスルモ唯其建物及ビ竹木固有ノ價額ニ對シテ此譲渡ヲ為シタルニ止マリ其存在スル土地ノ収益ニ對シテハ何等ノ譲渡ナク従テ一定ノ納額ニ依リ之ガ報償ヲ為スベケレバナリ
又當初ヨリ建物若クハ竹木ノ存在セザル場合ニ於テ地上權者ガ單ニ築造ヲ為スノ權利ヲ取得シタルトキハ地上權者ヨリ一定ノ納額ヲ辨濟スルノ義務アルベキコト更ニ疑ナシトス
斯ノ如キ場合ニ於テハ特ニ借賃辨濟義務ノ連帯及ビ不可分(第百六十七條)並ビニ納額ヲ辨濟スル義務ノ不履行(第百六十八條)ニ關シテハ永借權ニ關スル規定ヲ適用スベキコト當然ナリトス
第百七十四條
當事者ガ地上權設定ノ契約ヲ為スニ當テハ譲渡シタル建物ニ附属スベキ土地ノ廣狭ヲ指定スベキコト最モ普通ノ事實ナリトス然リト雖モ當事者自カラ此土地ノ指定ヲ為サザル場合ニ於テハ法律ヲ以テ之ヲ決セザルヘカラズ而シテ此場合ニ於テハ唯當事者ノ意思ヲ推測シ之ヲ定ムルノ外ナキナリ然ルニ地上權ヲ取得シタルモノハ決シテ建物ノミヲ取得シ其敷地如何ニ於テハ何等ノ土地ヲモ使用スルコトナキノ意思ヲ以テ契約ヲ為シタルモノニ非ザルコト明ナリ何トナレバ若シ建物以外ニ於テ何等ノ附属ヲモ有セザルトキハ其建物ハ殆ンド使用スルコト能ハザル可ケレバナリ
此ヲ以テ立法者ハ一方ニ於テ地上權者ノ意思ト利益トヲ斟酌シ他ノ一方ニ於テハ所有者ノ為ニ甚シキ不利益ヲ蒙ムラシムルコトナク建物ノ敷地ト同一ナル坪数ノ土地ヲ以テ地上權ノ附属ト定メタリ
固ヨリ都會地點ニ於テハ土地ノ價額非常ニ大ナルガ故ニ所有者ヲシテ斯ノ如ク建物ノ敷地ト同一ナル土地ヲ之ニ附属セシムルコト甚ダ過重ノ負擔ト称稱セザルヲ得ズ然レトモ事情斯ノ如クナル場合ニ於テハ契約ヲ以テ特ニ附属地ヲ制限スルハ一ニ所有者ガ自カラ為スベキノ注意ナリトス
建物ヲ囲繞スル土地ニ付テ此附属地ノ指定ヲ為スハ當事者ノ恊議ニ基クベシト雖モ其恊議成ラザル場合ニ於テハ鑑定人ヲシテ土地及ビ建物ノ周圍ノ形状ト建物ノ各部ノ用方トヲ斟酌シテ其配置ヲ定メザルベカラズ
若シ建物ノ一方若クハ二方ニ於テ土地全ク存セザル如キ場合ニ於テ地上權者ハ之ガ償トシテ他ノ方向ニ於テ多クノ土地ヲ附属地トセンコトヲ要ムルコトノ權利無カル可シ何トナレバ元来其土地ノ形状ニ於テ附属地ヲ得ベカラザルトキハ地上權者ト雖モ當初ヨリ之ヲ取得センコトヲ豫期シ得ベキニ非ザレバナリ此故ニ本條ハ土地及ビ建物ノ周圍ノ形状ヲ斟酌スベキコトヲ明言セリ又建物各部ノ用方ニ至テモ之ヲ斟酌スルコトヲ要ス故ニ同一ノ建物中ニ於テモ家用ニ供シタル部分ト商人ノ商業ニ供シタル部分トニ付テハ同一ノ附属地ヲ必要トセザルベシ又其建物ガ商業又ハ工業ニ供セラレタルモノナルトキハ其附属地ノ配置ハ娯樂ノ用ニ供スル建物ノ附属地ノ配置ト同一ナラザルベキコト勿論ナリ
竹木ノ存スル土地ノ地上權ヲ設定シタル場合ニ於テモ亦當事者ニ於テ之ニ附属スベキ周邉ノ土地ヲ當事者自カラ指定セザルトキハ法律ヲ以テ之ヲ定メザルベカラズ何トナレバ此場合ニ於テモ當事者ノ意思ハ決シテ地上權者ヲシテ特別ニ其竹木ノ根ガ現ニ占領スル土地ノミヲ得セシムルノ意ニ非ザルコト明ラカナレバナリ
然レトモ此場合ニ於テハ地上權ノ及ブベキ土地ノ廣狭ヲ定ムルニ當リ現ニ竹木ノ根ガ廣ガリタル區域ヲ標準トスル能ハサルコト勿論ナリ何トナレバ此區域ハ一定ノモノニ非ズ年ヲ経ルニ従テ大ナルベキノミナラズ之ヲ検スルコト甚ダ困難ニシテ且竹木ノ為ニ害ヲ及ボスベケレバナリ此ヲ以テ立法者ハ地上權者ニ最モ利益アル權利ヲ與へタリ若シ土地ノ所有者ニ於テ甚ダ過重ナル負擔ナリト信セバ宜敷自カラ契約ニ依テ之ヲ減少スベキナリ
以上述ブル所ハ総テ地上權設定ノ当事建物又ハ竹木ノ存シタル場合ナリトス之ニ反シテ若シ建物ヲ築造スル為ニ土地ヲ賃借シ地上権ヲ設定シタル場合ニ於テハ地上權者ハ現在ノ土地ヲ以テ自己ノ建物ノ使用ノ為ニ必要ナル面積ヲ有スルモノト認メタルコトヲ推測スベシ故ニ他日ニ至リ更ニ従トシテ他ノ土地ヲ要ムルコトヲ得ザルベシ
第百七十五條
地上權者ガ建物ヲ築造シ又ハ竹木ヲ栽植スルハ所有者トノ間ニ結ビタル契約ニ基ク權利ニ因ルモノナルガ故ニ所有者ハ之ニ對シテ何等ノ故障ヲ為スコトヲ得ザルガ如シト雖モ若シ地上權ヲ設定シタル土地ニ隣接シテ所有者尚ホ土地ヲ有スルトキハ其間ニ於テハ建物又ハ植栽ニ關シ法律ニ定メタル距離ヲ守ルニ非ザレバ地上權者ハ是等ノ作業ヲ為ス能ハザルコトハ特ニ法律ヲ以テ之ヲ明ラカニスルコト有用ナリトス蓋シ此場合ニ於テ地上權ヲ取得シタルモノノ地位ハ土地ノ所有權ヲ買受ケタル者ノ地位ト異ナルコトナシ土地ヲ買受ケタル者既ニ其賣主ト土地ヲ接スル場合ニ於テハ右ノ地役ニ關スル規定ニ従フベキモノタル以上ハ地上權者ト雖モ亦此規定ニ従フベキコト勿論ナリトス是レ地上權者ノミ土地ノ所有者ニ對シテ此距離ヲ守ルベキノ謂ニ在ラズシテ土地ノ所有者モ亦地上權者ニ對シ同一ノ規定ニ従フ可キモノトス
第百七十六條
立法者ハ地上權ヲ以テ永借權ト同一ノ期間ヲ有スルモノトスルコト能ハズ何トナレバ永借權ニ關シテ定メタル期限ハ地上權ノ場合ニ於テ時トシテハ甚ダ長キニ過グルコトアル可シ又時トシテハ甚ダ短キニ過グルコトアル可ケレバナリ
此故ニ立法者ハ地上權設定ノ行為ニ於テ當事者ニシテ地上權ニ一定ノ期間ヲ附シタルト否トヲ區別シテ規定ヲ為セリ
當事者自カラ期間ヲ附シタル場合ニ於テハ其期間ノ長短如何ニ拘ハラズ當事者ノ行為ニ従フ可キモノトス之ニ反シテ當事者自カラ期間ヲ定メザル場合ニ於テハ立法者ハ建物ノ性質如何ニ従テ之ヲ定ムルヲ以テ其當ヲ得タルモノトス例ヘバ建物ガ石造煉瓦造又ハ木造ナルニ従テ區別スルガ如キ是ナリ斯ノ如クニシテ建物ノ堅牢ナルニ従ヒ其權利ノ期間モ亦之ヲ長カラシムルトキハ一方ニ於テハ建物ノ為ニ要シタル費用大ナルニ従テ權利モ亦長キコトヲ得ルノ結果ヲ生シ理ニ於テ甚ダ當ヲ得タルモノノ如シ然リト雖モ等シク石造又ハ木造ノ建物ニ付テモ種々ノ異状アル可キノミナラズ既ニ地上權設定ノ當事ニ於テ存在スル建物ノ如キニ至テハ築造ノ後幾多ノ年限ヲ経過シタルモノアルベシ茲ニ於テカ理論上甚ダ完全ナルガ如キモ亦立法者ハ到底之ヲ採用スルコト能ハズ遂ニ當事者ノ意思ヲ推測シ之ニ據テ地上權ノ期間ヲ定メタリ即チ地上權ハ其目的タル建物ノ存在スル時間ニ對シテ設定シタルモノト推定セリ
故ニ建物ニシテ存在スル間ハ幾年ヲ経過スルモ尚ホ地上權消滅スルコトナク建物ノ存廃ハ實ニ地上權者ト所有權者ト利害ノ相分ルル所タリ然ルニ地上權者ニシテ若シ常ニ建物ニ修繕ヲ加フルトキハ建物ハ殆ンド滅失毀損スルコトナク其結果地上權ハ終ニ永久ニシテ消滅スルコトナキニ至ルベシ此故ニ地上權者ニシテ任意ニ建物ノ修繕ヲ為スコトヲ得ルモノトセバ之ヲ濫用シテ所有者ノ利益ヲ甚ダシク害スルニ至ル可シ
立法者ハ此弊害ヲ慮カリ遂ニ建物ノ大修繕ハ土地ノ所有者ノ承諾アルニ非ザレバ地上權者濫リニ之ヲ為スコトヲ得ザルモノト為セリ斯ノ如ク土地ノ所有者ノ承諾ヲ必要ト為スガ故ニ大修繕ノ必要生ジタル場合ニ於テ地上權者ヨリ此承諾ヲ求メタルトキハ所有者ハ特ニ地上權者ト相當ノ條件ヲ定ム可キガ故ニ更ニ弊害ナカル可シ然リト雖モ此等ノ事項ハ地上權者ト所有權者トノ關係ニ止マルモノニシテ如何ナル場合ニ於テモ第三者ノ權利ハ之ガ為ニ害セラル可キモノニ非ザルナリ
竹木ニ關シテハ法律ノ規定ハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ベシ即チ土地ニ存スル竹木ニシテ有用ナル最長大ニ達シタルトキヲ以テ其期限ト為ス即チ其竹木ニシテ充分ニ成長シ尚ホ之ヲ保存スルモ何等ノ利益ナキニ至リタルトキハ地上權ハ此時期ノ到来ト共ニ消滅スルモノトス此場合ニ於テハ地上權者ハ此竹木ヲ採伐シ而シテ其權利ハ目的物ノ消滅ト共ニ終了ス可キナリ若シ竹木ガ事変ノ為ニ毀滅シタル場合ニ於テモ亦右ト同ジク地上權ノ消滅ヲ致スコト明ラカナリ
地上權ノ設定行為ニ因リテ一定ノ期間ヲ定メズ又設定後ノ行為ニ因リテ之ヲ定ムルコトナキ場合ニ於テハ地上權者ハ解約申入ニ因テ地上權ハ終了セシムルコトヲ得ベシ然レトモ此解約申入ニ基ク解除ノ權利ハ獨リ地上權者ノミ之ヲ有シ土地ノ所有者ハ之ヲ有セズ
普通賃貸借又ハ永貸借ノ場合ニ於テハ解約申入ニ因リ契約ヲ解除ス可キトキハ當事者雙方等ク此権利ヲ有スルモノナリ然ルニ地上權ノ場合ニ於テハ獨リ地上權者ノミ此權利ヲ有スルモノト定メタルハ次ノ理由ニ依ル地上權ハ其目的タル土地ニ付テハ單ニ賃貸借ニ過ギズト雖モ此賃借權存スルノミナラズ尚ホ其土地ノ上ニ於テ建物及ビ竹木ノ所有權ヲ有スルモノナリ然ルニ土地ノ所有者ニシテ自己ノ意思ノミヲ以テ他人ノ所有權ヲ消滅セシムル如キハ其當ヲ得タルモノト云フ可カラズ是レ土地所有者ニ解約申入ノ權利ヲ與へサル所以ナリ之ニ反シテ地上權者ハ其所有スル建物又ハ竹木ヨリ充分ノ利益ヲ得ルコト能ハザル場合アル可シ或ハ之ヲ他處ニ持去ラント欲スルコトアル可シ故ニ斯ノ如キ場合ニ於テ地上權者ニ與フル解約申入ニ因テ地上權ヲ終了スルノ權利ヲ得セシムルコトハ其當ヲ得タルモノト為ス可シ唯地上權者ガ此權利ニ基テ契約ノ解除ヲ為スニハ一年前ニ於テ所有者ニ通知ヲ為スカ然ラザレバ一年分ノ納額ヲ特ニ辨濟スルコトヲ以テ足レリト為ス
一定ノ期限ヲ定メテ地上權ノ設定ヲ為スハ實際ニ於テ甚ダ少キ場合ナル可シ故ニ立法者ハ此場合ニ關シテ特ニ定ムル所ナシト雖モ斯ノ如キ期限附キノ地上權ハ其期限ノ到来ト共ニ終了消滅ス可キモノナルコト辯ヲ竢タズ而シテ此場合ニ於テハ黙示ノ更新成立ス可カラザルナリ
普通賃貸借ノ場合ニ於テ期間満了ノ後、賃借人尚ホ収益ヲ為シ従テ賃貸人之ガ故障ヲ為サザル場合ニ於テハ黙示ノ更新成立スルコト一般ノ原則ナリ而シテ黙示ノ更新後ニ於テハ更ニ解約申入ヲ為スニ非ザレバ賃借權終了セザルモノトス然ルニ此更新ノ原則ニ對シ地上權ノ場合ニ於テ例外ヲ設ケタルモノハ他ナシ若シ更新ヲ許シ而シテ解約申入ヲ許スモノトセバ獨リ地上權者ノミナラズ土地ノ所有者ニモ亦此解約申入ノ權利ヲ許サザルコトヲ得ザルヲ以テナリ此故ニ立法者ハ地上權者及ビ土地ノ所有者ニ此解約申入ノ權利ヲ與へズ従テ其必要ヲ生ズル原因タル黙示ノ更新ナルモノヲ認メズ一ニ當初ノ契約ニ定メタル期間ノ満了ニ因リ地上權ヲシテ全ク消滅セシムルモノトセリ斯ノ如クナルモ地上權者ハ意外ノ損害ヲ蒙ルコトナカル可シ何トナレバ權利消滅ノ期ハ豫メ之ヲ知ルコトヲ得ベキガ故ニ建物及ビ竹木ヲ處分スル方法ハ豫メ其為ス可キ所ナレバナリ然レトモ當事者ガ明示ヲ以テ契約ノ更新ヲ為スコトハ法律ノ禁ズル所ニ在ラズ要スルニ法律ハ當事者ヲ以テ更新ヲ為シタルトノ推測ヲ為サザルノミ當事者自カラ其意思ヲ明示スルハ固ヨリ何等ノ不可ナキ所ナリ
第百七十七條
歐洲ノ或ル國ニ於テハ常ニ一定ノ期間ヲ以テ地上權ヲ設定シ従テ其期間満了シ地上權消滅シタルトキハ建物及ビ竹木ハ何等ノ償金ナクシテ土地ノ所有者ニ帰スルモノトセリ此規定ハ未ダ必ズシモ不善ナリト云フコトヲ得ズ何トナレバ地上權者ハ當初自カラ權利ヲ取得スルニ當リテ已ニ法律又ハ契約ニ因リ此嚴酷ナル條件ヲ承諾シタルモノナレバナリ
其他ノ國ニ於テハ土地ノ所有者ヨリ地上權設定ノ當時存在シタル建物ヲ地上權者ニ譲渡シタル場合ト地上權者ガ自カラ之ヲ築造シタル場合トヲ問ハズ地上權消滅ノ時ニ於テ土地ノ所有者カ之ヲ取得スルニハ其代價ヲ辨濟スルコトヲ必要ト為ス是レ實ニ法律上先買權ヲ與へタルモノナリ
本條ニ於テモ亦此先買權ノ主義ヲ採用シ用益權賃借權及ビ永借權ノ場合ト等シク一方ニ於テ地上權者ノ利益ヲ害スルコトナク又一方ニ於テ公共経濟上ノ利益ヲ全カラシメタリ
第百七十八條
立法者ハ本法實施ノ後ニ於テ各人ノ設定ス可キ地上權ノコトヲ規定シタルト同時ニ尚ホ本法實施ノ當時既ニ存在スル地上權ニ關シ本法ノ及ボス可キ効力如何ヲ定ムルノ必要ヲ感ジタリ
法律ハ既往ニ遡ラズトノ原則ニ基キ本條ハ本法實施以前既ニ設定セラレタル地上權ハ既得ノ權利トシテ之ヲ犯スコトナシ
是ニ於テ次ニ掲グル二箇ノ規定ヲ生ゼリ
第一當事者ガ特ニ一定ノ期間ヲ附シテ設定シタル地上權ニ關シテハ當事者雙方ノ為ニ既得權ヲ生シタルモノトス何トナレバ地上權者ハ其權原ノ定メタル期間ニ對シ土地ノ収益ヲ為スノ權利ヲ有スベク又土地ノ所有者ニ於テハ右ノ期間ニ對シ合意ニ基キテ納額ヲ請求スルノ權利ヲ生シタルモノナリ
此二箇ノ既得權ハ本法ニ於テ何等ノ変更ヲ加フルコトナシ然レトモ地上權ノ期間ガ單ニ地上權者ノ利益ノ為ニ定メラレタル場合ハ實際ニ於テ最モ屢々見ル所ナリ若シ此事實ニシテ証明セラレタルトキハ右ノ規則ヲ適用スルコトヲ得ズ此場合ニ於テハ地上權者ハ當初雙方ノ承認シタル條件ニ従テ自カラ其權利ヲ終了スルコトヲ得ベキナリ
第二當事者ガ期間ヲ定メズシテ地上權ノ設定ヲ為シタル場合ニ於テハ其權利ハ其建物ノ存立スル間継續スルモノトス然レトモ若シ其前ニ於テ地上權者自カラ解約申入ニ因リ之ヲ終了セシメタルトキハ此限ニ非サルナリ
地上權終了ノ時其土地ニ存スル建物及ビ竹木ノ先買權ハ本邦従来ノ習慣ニ於テ存在セザル所ノモノニシテ新法ハ實ニ之ヲ創設シタリト雖モ之カ為メ新法實施以後ニ設定シタル地上權ニノミ之ヲ適用スヘキニ非ス其前ノ設定ニ係ル地上権カ終了スル場合ニ於モ同ク所有者ハ此先買権ヲ有ス可キナリ
第四章 占有
第一節 占有ノ種類及ヒ占有スルコトヲ得ヘキ物
第百七十九條及ヒ第百八十條
最モ普通ニシテ且最モ簡單ナル意義ニ従テ之ヲ解スレハ占有トハ一箇ノ物ヲ所持シ自由完全ナル處分ヲ為シ得ルノ事實ヲ謂フモノナリ然レトモ占有ハ單ニ有対物ニ付テノミ為スコトヲ得ヘキノミナラス尚ホ無体物タル権利ニモ適用セラル可キモノナルカ故ニ右ニ述フル如ク解スルヨリハ寧ロ吾人カ現ニ有シ若クハ有セリト主張スル人權又ハ物權ノ行使ナリト定義ヲ下スヲ以テ其當ヲ得タルモノト為ス
占有ハ多少引續キタル所為ニ因テ成立スルモノニシテ其引續ク所為トハ眞ニ占有ノ目的タル權利ヲ有スル者ノ普通ニ為ス如ク引續キテ權利行使ノ所為ヲ為スヲ云フ
普通ノ場合ニ於テハ此事實ハ權利ト共ニ一人ノ手ニ存ス可ク是實際ニ於テ最モ屢々見ル所ナリ此場合ニ於テハ特ニ法律ヲ以テ之カ規定ヲ為スノ必要甚タ大ナラサルモノアリ既ニ權利ヲ有スルトキハ其權利ニ對シ法律ノ擔保アルカ故ニ此擔保ハ占有ノ事實ニモ同シク使用セラル可ケレハナリ
然レトモ若シ占有者ニシテ自カラ有セリト主張スル權利ヲ眞正ニ有セサルトキ又ハ眞正ニ此權利ヲ有スルモ其證據ヲ提出スル能ハサルトキハ法律ハ特ニ占有者ニ與フルニ法律上ノ利益ヲ以テセリ即チ權利ノ有無ヲ問ハスシテ先ツ其占有ヲ保護シ之ニ擔保ヲ與フルコト是ナリ故ニ他人若シ其占有ヲ妨害シ又ハ之ヲ侵奪シタルトキハ占有者ハ占有訴權ト名クル一種ノ訴權ニ依リテ自己ノ占有ヲ維持シ又ハ之ヲ回復スルヲ得ヘシ
右ニ述フル如ク特ニ法律ヲ以テ之ヲ確認シ而シテ特別ナル訴權ヲ以テ擔保シタル占有ナルモノハ單ニ一箇ノ事實ニ過キスト云フコトヲ得ス實ニ權利ト稱スルニ足ル一切ノ性質ヲ備フルモノナリ故ニ之ヲ占有權ト稱スルコトヲ得ヘシ是ヲ以テ本法第四章ハ占有ヲ物權ノ中ニ掲ケタリ
前段ニ掲ケタル占有ノ定義ハ唯法定ノ占有ニノミ適用スルモノナリ然ルニ第百七十九條ニ依レハ占有ハ法定占有ノ外尚ホ二種類アリ自然ノ占有及ヒ容假ノ占有是ナリ此二種ノ占有ハ共ニ一箇ノ性質ヲ缼クモノニシテ即チ自然ノ占有及ヒ容假ノ占有ノ場合ニ於テ占有者ハ其占有スル物又ハ權利ヲ自己ノモノトスルノ意思アラサルナリ此故ニ容假ノ占有ト自然ノ占有トハ法定ノ占有ト同一ノ利益ヲ得セシムルモノニ在ラス又之ト同一ノ制限ニ依テ擔保セラルルモノニ在ラス是等ノ點ハ後ニ規定スル所ニ依テ之ヲ知ル可シ
法律上法定ノ占有ニ附着セシメタル利益ハ如何ナルモノナリヤハ第三節ニ至リテ始メテ之ヲ知ル可シ今ハ唯法律上占有ノ三箇ノ種類ヲ設ケタル利益ヲ知ラシムル為メ左ノ一事ヲ述フルヲ以テ足レリト為ス即チ法定ノ占有ハ占有者ヲシテ次ニ掲クル三箇ノ利益ヲ得セシムルモノナリ
第一法定ノ占有者ハ反對ノ證據アラサル限ハ自己ノ物トシテ占有スル權利ヲ眞正ニ有スルモノナリトノ法律上ノ推定ヲ受クルモノナリ
第二法定ノ占有ハ占有者ヲシテ占有スル物ノ果實及ヒ産出物ヲ取得セシムルモノトス
第三法定ノ占有ハ占有者ヲシテ取得時效ト名クル法律上ノ推定ノ利益ヲ得セシムルコトヲ得ルモノナリ
然レトモ是等ノ利益ハ或ル區別ニ従テ多少ノ程度ヲ異ニスルモノニシテ占有カ正權原ヲ有スルト否ト又善意ナルト悪意ナルト若クハ瑕疵アルト然ラサルトニ従テ其效力同一ナラサルモノナリ是等ノ區別ハ以下數條ニ於テ詳細ノ規定ヲ為セリ
第百八十一條
本條ノ法文ハ正權原ノ定義ヲ下セリ而シテ本條ノ明文ニ従ヒ正權原タル性質ヲ有スル權利行為ハ或ハ賣買交換等ノ有償ノモノナルコトアル可シ或ハ贈與遺贈等ノ如キ無償ノモノタルコトアル可シ
賃貸借使用貸借代理ノ場合ニ於テハ正權原ニ基ク占有ト称スルコトヲ得ス何トナレハ此ノ如キ原因ニ依テ占有ヲ為ス者ハ未タ自己ノ為ニ之ヲ有スルノ意思アラサルナリ然ルニ自己ノ為ニ之ヲ有スル意思ハ法定占有ノ緊要ノ性質ニシテ之ナキトキハ未タ法定占有ト稱スルコトヲ得ス故ニ是等ノ場合ニ於ケル占有ハ唯容假ノ占有タルニ止マリ第百八十九條ニ規定ル所トス
要スルニ正權原ノ反對ハ権原アラサル場合ニシテ即チ侵奪ニ基キ占有ヲ為シタル場合ナリ之ヲ名ケテ無權原ノ占有ト云フ
第百八十二條
法定ノ占有ハ自己ノ為ニ有スル意思ヲ必要ト為スコト既ニ述ヘタル所ナリ然レトモ此意思アルモ未タ必スシモ善意ナリト云フヲ得ス即チ占有者カ其占有スル權利ノ自己ニ属スルコトヲ確信スルモノト言フ可カラス其法定ノ占有者ハ善意ナルコト有ル可ク又悪意ナルコト有ルヘシ而シテ其善意ト悪意トニ従テ占有ノ效力モ亦同一ナラサルモノトス
善意ノ占有ノ場合ニ於テハ前條ニ於テ定義ヲ下シタル如ク正權原ヲ必要ト為ス即チ外見上正當ナルモ實質ノ一條件ヲ缺キタル權原存在シテ後初メテ善意ナルモノアルヲ得ヘシ實質ノ一條件トハ占有ノ目的タル物ノ譲渡人ニ於テ其物ヲ占有者ニ譲渡スコトヲ得ルニ必要ナル分限ヲ指スモノナリ譲渡人カ其分限ナクシテ譲渡ヲ為シタルトキ占有者カ其分限ノ不備即チ其占有ノ基礎タル權原ノ瑕疵ヲ知ラサルトキハ占有者ハ善意ナリ然ルニ之ニ反シテ此分限ノ不備即チ權原ノ瑕疵ヲ知リタル場合ニ於テハ譲受人ハ悪意ノ占有者タルヲ免カレサルモノトス
然レトモ占有者カ右ノ瑕疵ヲ知ラスシテ善意タルニハ其瑕疵ノ不知カ事實上ノ錯誤ニ基クコトヲ要ス故ニ法律上ノ錯誤ニ基クモ之ヲ以テ善意ナリト云フ可カラズ例ヘハ占有者カ眞正ナル所有者ト契約ヲ為シタリト信シ而シテ其人ニ付テ錯誤アリタル場合又ハ所有者ノ正當ナル代理人ト契約ヲ為セリト信シタルニ其前ニ於テ代理ハ既ニ取消サレタル場合ノ如キハ占有者ハ法律ノ所謂善意ノ占有者ナリトス然レトモ若シ未成年者ト契約ヲ為シ而シテ有效ナリト信シタルカ如キ又ハ自己ノ權利ノ基礎タル所為ニ有效條件トシテ或ル方式ヲ履行スルコト必要ナルニ之ヲ知ラスシテ契約ヲ為シタル如キ総テ占有者ハ不正ナリト云フ可カラス然リト雖モ法律ノ所謂善意ノ占有者タルコトヲ得サルナリ
右ニ述フル如ク善意ト正直トハ同一ナラスト雖モ縦ヒ善意ナラサル場合ニ於テモ占有者ノ正直ハ尚ホ法律上何等ノ利益ヲモ與へサルモノニ在ラズ此点ニ關シテハ本條ノ指示スル如ク第百九十四條ノ規定ニ付テ利益ヲ見ル可シ
占有カ善意ナルニハ其善意カ占有ノ基礎タリ權原タル所為ノ成立スル當時ニ存在スルコトヲ必要ト為ス此當時ニ於テ善意既ニ存スルトキハ占有ハ一切ノ利益ヲ受クルモノナリ故ニ其後ニ至リ占有者カ権原ノ瑕疵ヲ発見スルコトアルモ之カ為ニ既往ニ遡ホリテ善意ノ利益ヲ失フモノニ在ラス是ヲ以テ善意ノ占有ヲ初メタルモノハ縦令後日ニ至リテ悪意トナルモ當初ヨリ悪意アリシ者ニ比スレハ甚タ短キ時效ノ利益ヲ受クルコトヲ得ヘシ然レトモ悪意トナリタル時ヨリ占有スル物ヨリ生スル果實ヲ失フ可シ即チ善意ナル間ハ果實ヲ取得スルコトヲ得ルモ悪意トナリシ時ヨリ後ニ採取シタル果實ハ自ラ之ヲ取得スルコトヲ得ス
第百八十三條
本條ニ掲ケタル占有ノ二箇ノ瑕疵存在スルモ之カ為メ必スシモ正權原及ヒ善意ナシト云フコトヲ得ス
強暴ニ依テ得タル占有ノ如キハ實際正權原ニ基クコト甚タ稀ナル可シ然レトモ若シ一人アリ他人ヲシテ其占有スル財産ヲ賣渡サシメ而シテ此契約ヲ為スニ付テ強暴ヲ施シタル場合ニ於テハ新占有者ハ賣買ニ依リ一ノ正權原ヲ有ス可ク且若シ譲渡人ヲ以テ眞正ノ權利者ナリト信シタル場合ニ於テ全ク善意ノ占有者タル可シ然レトモ賣買ヲ為スニ當リ強暴ヲ施シタルカ故ニ其占有ハ瑕疵アル占有タルコトヲ免カレサルナリ又占有者カ占有ヲ得タル當初ニ於テ強暴ヲ施スコトナキモ譲渡人ハ眞正ノ所者ナラサリシカ為ニ他日ニ至リ眞正ノ所有者発見シタルトキ之ニ對シ占有ヲ維持スル為メ暴行脅迫ヲ施シタル場合ニ於テハ當ホ強暴ノ占有者タルヲ免レサルナリ而シテ此場合ニ於テモ尚ホ占有者ハ善意ナルコトヲ得ヘシ何トナレハ自己ノ權利ヲ以テ正當ナリト信スルニ従ヒ之ニ基キ占有ノ防禦ヲ為スニ愈々暴行ヲ以テスルコトアリ得ヘケレハナリ
穏密ノ瑕疵ハ強暴ノ瑕疵ニ比スレハ最モ正權原及ヒ善意ト并立スルコトヲ得ヘシ例ヘハ譲渡人ニ属スル財産ナリト信シテ一箇ノ物ヲ買受ケタル後ニ至リ自己ノ錯誤ヲ発見シタル場合ニ於テハ眞正ノ所有者ヨリ回復ノ請求ヲ受ケンコトヲ恐レ其注意ヲ惹起スコト無カラシムル為ニ自己ノ占有ヲ隠匿スルカ如キハ実ニ當初ニ於テ善意ノ占有ナリト雖モ全ク瑕疵アル占有トナリシモノナリ
多クノ場合ニ於イテ強暴又ハ隠密ノ瑕疵ハ無權原又ハ悪意ト共ニ存スルコトアル可シ斯ノ如キ場合ニ於テモ尚ホ占有ノ所為ニ不利益ナル性質ヲ區分スルコト甚タ緊要ナリトス蓋シ無權原及ヒ悪意ハ自己ニ利益ヲ受クルノ期ヲ遅延スルモノナリト雖モ未タ全ク之ヲ失ハシムルモノニ在ラス而シテ強暴及ヒ隠密ノ瑕疵ハ全ク之ニ異ナレハナリ
果實取得ノ點ニ關シ占有ノ隠密及ヒ強暴ノ瑕疵ノ效力ニ付テハ後ニ至テ之ヲ知ル可シ
本條ハ明ニ占有ノ瑕疵カ如何ナル方法ニ依テ消滅スルモノナリヤヲ示セリ占有ノ性質ノ変更ハ唯将来ニ向テ效力ヲ有スルモノニシテ既往ニ遡ルモノニ非サルコト固ヨリ辯ヲ竢タス此點ニ於テハ前條ニ従テ善意又ハ悪意ノ效力ニ關スル所ト其理ヲ同シウス
更ニ注意スヘキモノハ此占有ノ二箇ノ瑕疵ハ關係ノモノニシテ絶對ノモノニ非サルコト是ナリ
故ニ或ル一人ニ對シ暴行脅迫ヲ以テ取得シ又ハ維持シタル占有ハ他ノ人ニ對シテ必スシモ此瑕疵ヲ有スルモノニ在ラス故ニ眞正ノ所有者他ニ存シ而シテ之ニ對シ未タ何等ノ暴行脅迫ヲ施ササル場合ニ於テハ占有者ハ之ニ對シテ占有物ノ果実ヲ取得シ又ハ取得時効ノ利益ヲ受クルコトヲ得可シ
隠密ノ瑕疵ニ付テモ亦然リ占有者カ眞正ノ所有者ナリト誤信シ此人ニ對シテ占有ヲ秘シタルモ其実眞正ナル所有者ハ他ニ存シ而シテ占有者ハ之ヲ知ラサル為メ之ニ對シテ占有ヲ秘セサリシ場合ニ於テハ此眞所有者ニ對シテ果實ヲ取得シ及ヒ時効ノ利益ヲ受クルコトヲ得ベシ
以上述フル所ト異ナリテ若シ無權原又ハ悪意ナリシ場合ニ於テハ此條件ノ不備ハ所有者ノ為メ最モ不利益ナルモノニシテ單ニ定リタル人ヨリ之ヲ以テ對抗シ得ヘキノミナラス何人ト雖モ之ヲ主張シテ對抗スルコトヲ得ヘシ即チ無權原及ヒ悪意ノ效力ハ絶對ニシテ關係ノモノニ非サルナリ
第百八十四條
自然ノ占有ハ單純ナル事實ニ過キス即チ有形ノ所為アリト雖モ未タ法律上何等ノ關係ヲモ生セサル所ノモノナリ法律ハ之ヲ認ムルコトヲ得ヘク又之ヲ觀過スルコトヲ得ヘシト雖モ未タ之ニ對シテ何等ノ保護ヲ與フルモノニ在ラス即チ自然ノ占有ハ法律上何等ノ擔保ヲ有スルモノニ非ス又法定ノ占有ヲ以テ一箇ノ權利タラシメ且種々ノ利益ヲ得セシムル效力ニ付テ自然ノ占有ハ其一分ヲモ有スルコト能ハサルナリ
自然ノ占有ノ場合ハ實際ニ於テ決シテ少ナカラサル可シ或ハ隣人ノ間ニ於テ或ハ親戚朋友ノ間ニ於テ眞正ナル所有者ノ許可ヲ受クルコトナク或ハ其知ラサルトキニ於テ動産又不動産ヲ他人カ使用スルコト屢々之有ル可シ然レトモ斯ノ如キ場合ニ於テ使用者ハ其隣人親戚又ハ朋友ニ属スル財産ヲ自己ノ有ト為スノ意思アリテ之ヲ使用スルニ在ラス又何等ノ權利ヲモ其物件ニ付テ主張スルノ意思アラサルナリ此場合ニ於テハ其占有ハ全ク自然ノ占有ナリトス
若シ眞正ナル所有者ノ許可ヲ得テ其所有物ノ使用ヲ為スカ如キハ使用貸借ノ場合ニ於テ見ル所ノ事實ニシテ又所有者ノ許可ヲ得テ之ヲ所持スルハ寄托ノ場合ニ於テ之ヲ見ル可シ総テ使用者又ハ受寄者カ他人ノ財産ヲ占有スルハ自然ノ占有タル可シ然レトモ此場合ニ於テハ次条ニ掲クル如ク特ニ容假ノ占有トス
本條ニ於テ公有ニ属スルモノハ各人ノ占有ノ目的トナルコトヲ得ルモ其占有ハ遂ニ自然ノ占有ニ過ギサルコト明カニシテ以テ第二十六條ニ掲ケタル原則ヲ全カラシメタリ即チ同條ノ原則ニ依レハ公有ニ属スルモノハ各人ニ属スルコトヲ得ヘカラス又各人ノ為ニ何等ノ權利ノ目的トナルコトヲ得サルモノナリ是ヲ以テ各人カ公有ニ属スル物ノ一分ヲ所持シ而シテ其所有者ナリト主張スル者アルモ其占有者ノ地位ハ未タ斯ノ如ク主張ヲ為ササル時ニ比シテ何等ノ利益ヲモ受クルコト能ハサルナリ
各人ハ公有ニ属スル物ノ自然ノ占有ニ非サル他ノ占有ヲ為スコトヲ得スト雖モ此理論ニ基キ公ノ法人ト雖モ尚ホ自然ノ占有ニ非サレハ得スト断定ス可カラス故ニ國ハ各人ニ属スル財産ヲ公有ニ属スル財産ノ部分トシテ法定ノ占有ヲ為スコトヲ得ヘシ何トナレハ各人ニ属スル財産ハ其性質上用方ヲ変更シ得ヘカラサルモノニ非サレハナリ各人ノ私有ニ属スル財産ハ法律上何等ノ特別ナル方式ヲ要スルコトナクシテ唯實際國用ニ供セラレタル以上ハ全ク公有ニ属スル財産中ニ移轉スヘク之ニ反シテ公有ニ属スル財産ハ一旦私有財産中ニ編入サレタル以上ニ非サレハ各人ノ財産トナルコトヲ得サルモノナリ
公有ニ属スル物ニ關シテ占有ノ禁止ヲ為シタル本條ノ規定ハ第二十六條ニ依リ融通ス可カラサル一切ノ物ニ此禁止ヲ適用スルモノニ非ルコトヲ注意ス可シ
第百八十五條
容假ノ占有ハ自然ノ占有ノ一種ナリト看做サルルコトヲ得ヘシ何トナレハ容假ノ占有ノ場合ニ於テ占有ハ其所持又ハ其行使スル權利ヲ自己ノ為ニ有セリト主張スルモノニ在ラス且此占有者ハ或ハ代理ノ契約ニ依リ或ハ事務管理ニ依リ又ハ寄托使用貸借若クハ注意ヲ施シテ其物ヲ保存シ且後ニ至テ契約對手人ニ之ヲ返還スルノ義務ヲ生セシムル他ノ契約ニ依テ所有者ノ為ニ其物ヲ所持シ又ハ權利ヲ行使スルモノナレハナリ
他ノ一方ヨリ觀察スルニ容假ノ占有者カ他人ノ為ニ占有ヲ為ス場合ニ於テハ其他人ハ容假ノ占有者ノ為セル占有ニ依テ自ラ法定ノ占有ヲ為スモノナリ唯斯ノ如キ場合ニハ自ラ占有ノ目的タル物又ハ權利ヲ自己ノ物トスルノ意思アルコトヲ要スルニ止マリ此條件備ハリタル以上ハ占有ノ三個ノ利益ト占有ニ附属スル訴権トヲ有スル者ハ右ノ二人中容假ノ占有者ニ非スシテ法定ノ占有者ナリ
若シ動産質不動産質用益權地役賃借等ノ名義ヲ以テ他人ニ属スル物件ノ占有ヲ為ス者ハ総テ之ヲ容假ノ占有者ト看做スコトヲ要ス
然レトモ是等ノ人々ハ斯ノ如ク一方ニ於テ他人ノ為ニ權利ヲ行使シ容假ノ占有者タルト同時ニ一方ニ於テハ自己ノ名義ヲ以テ自己ノ為ニ行使シ敢テ他人ノ利益ノ為ニ他人ノ名義ヲ以テ行使セサル一個ノ物権ヲ有スルモノナリ此故ニ是等ノ人ヲ指シテ容假ノ占有者ナリト稱スルハ唯其占有スル目的物ノ所有權ノ点ニ於テ之ヲ謂フモノナリ蓋シ斯ノ如キ占有者ハ現実ニ物ヲ所持シ而シテ所有者タルノ所為ヲ濫用スルコトヲ得ヘシト雖モ斯ノ如キ所為ハ未タ此占有者ヲシテ所有權ノ取得時效ヲ得セシメ得ヘキモノニ非ス唯其權原ニ基ツキ是等ノ占有者ヲシテ取得セシメタル權利ニ關シテハ容假ノ占有ニ非スシテ全ク自己ノ為ニ其占有ヲ為スモノナリ且單ニ占有ヲ為スノミナラス屢々眞正ニ其占有スル權利ヲ有スル者タル可シ何トナレハ此場合ニ於テハ此占有者ハ其權利ヲ譲渡ス分限ナキ者ト契約シタリト推測ス可キ特別ノ理由アラサレハナリ
其理右ニ述フル如クナルヲ以テ用益權其他所有權ノ支分ノ權タル物権ニ關シテ容假ノ占有者アル場合ヲ知ラント欲セハ占有者カ他人ノ為ニ他人ノ名義ヲ以テ用益權其他ノ支分權ヲ行使スル場合ヲ想像スルコトヲ要ス例ヘハ後見人、夫、管理人等ノ如キ是ナリ
占有ノ容假ハ之ヲ以テ占有ノ一個ノ瑕疵ト稱スルコトヲ得ヘク従テ強暴及ヒ隠密ト同地位ニ置クコトヲ得ヘシ然レトモ斯ノ如ク容假ヲ以テ強暴隠密ト同一視スルコトハ一ニ占有ノ容假ハ時効ノ成就ヲ妨クルノミナラス此點ニ於テハ強暴及ヒ隠密ニ比シテ其效力一層大ナルニ依ルモノナリ今時效ヲ妨クルノ點ニ於テ占有ノ容假ハ其強暴又ハ隠密ニ比シテ一層效力大ナリト云フ所以ノモノハ他ナシ強暴ト隠密トハ全ク關係ノモノナリト雖モ容假ノ性質ハ概シテ絶對ノモノナルヲ以テナリ
右ノ理由ニ基クトキハ容假モ亦一個ノ瑕疵ナリト稱スルコト未タ難カラスト雖モ其實容假ハ之ヲ占有ノ瑕疵ト稱セサルヲ以テ可ナリトス何トナレハ容假ハ未タ其性質ニ於テ占有者ノ過失ニ非ス又隠匿ニ非サレハナリ
占有ノ容假ハ其強暴又ハ隠密ノ瑕疵ト異ナリテ全ク絶對ノ性質ニシテ關係ノ瑕疵ニ非サルニ依リ容假ノ占有者ハ單ニ其利益ノ為メ且其名義ニ於テ占有スル人ニ對シテノミ自己ノ占有ヲ主張スル能ハサルノミナラス総テ何等ノ人ニ對スルモ其占有ヲ以テ對抗スル能ハサルナリ
原則上占有ノ容假ハ占有ノ瑕疵ト同シク占有ニ缺乏セル性質ノ発生ニ依テ消滅スルモノナリ例ヘハ従来他人ノ為ニ占有シタルモノカ其意思ヲ変更シ自己ノ為ニ占有ヲ始メタルトキハ其占有ハ其時ヨリシテ容假ノ性質ヲ失フヘシ
然レトモ此原則ハ容假ノ占有者ガ或ル權原ニ基キテ占有ヲ為シ而シテ其權原ニ依リ明カニ其容假ノ性質ヲ生シタルコト寄托、使用貸借、賃貸借ノ如キ場合ニ於テハ一ノ例外ヲ為スモノニシテ其適用甚タ困難ナルニ至ル斯ノ如キ場合ニ於テハ其占有ノ容假ヲ変シ全ク法定ノ占有タラシムルハ單ニ占有者ノ一己ノ意思ノミニ依テ為スコトヲ得ヘキニ非ラス斯ノ如クハ其占有ノ基礎タル權原ハ全ク無效ニ帰スヘク而シテ此權原タルヤ眞正ナル權利者ト占有者ト相議リテ定メタル所ニシテ且眞正ナル權利者ハ此契約ニ因リ自ラ財産ヲ保存セント欲シ占有者ヲ信認シタルモノナリ然ルニ占有者一己ノ意思ヲ以テ此信認ニ對シ斯ノ如キ占有ノ変更ヲ為スコトヲ得ヘケンヤ故ニ此場合ニ於テハ従来容假ナル占有カ変シテ法定ノモノトナルハ本條ニ定メタル二箇ノ所為中殊ニ其一アルヲ必要トナス
本條ノ明示セル二箇ノ所為ハ多言ヲ費スコトナクシテ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ヘシ
第一若シ容假ノ占有者カ将来ニ於テ自己ノ為メニ且自己ノ名義ヲ以テ占有スル權利ヲ行使セント欲スルトキハ占有者ハ法定ノ占有者即チ従来其人ノ為ニ且其人ノ名義ニ於テ占有ヲ為シタル人ニ對シ容假ノ占有者カ将来ニ於テ自ラ權利主ナリト信スルコトヲ告知スルヲ要ス其告知ハ若シ裁判上ノ請求ニ依テ為サレタル場合ニ於テハ之ヲ裁判上ノ告知ト稱シ而シテ裁判上ノ告知タラス唯裁判外ノ手續ニ關スル規定ニ従ヒ公吏ニ依テ合式ニ之ヲ為シタルトキハ裁判外ノ告知タル可シ
此告知ヲ為スニ當テヤ占有者ハ必ス将来ニ於テ自ラ權利主ナリト認メタル理由ヲ示ス可シ占有者若シ此理由ヲ示ササルカ又ハ之ヲ示スモ相手方ニ於テ此理由ヲ充分ナリト認メサル場合ニ於テハ相手方ヨリ之ニ對シ異議ヲ起シ遂ニ訴訟トナル可シ相手方ニ異議アルト否ヤトニ拘ハラス又其理由ノ如何ニ拘ハラス少ナクモ此異議アリタル時ヨリシテ占有ハ容假ノ性質ヲ失フヘク最終ノ決定ニ至テ始メテ是非ヲ判定スルコトヲ得ヘシ而シテ容假ノ性質ハ絶對ノモノナルト同シク容假ノ性質ノ消滅スルモ亦特別ノ人ニ對シテノミ然ルニ非ス総テノ人ニ對シテ全ク法定ノ占有トナルモノナリ
然レトモ右ニ掲ケタル告知カ數人ノ利害關係人ニ為サルルコト必要ナルニ當テ單ニ其中ノ一人ニ對シテノミ此告知ヲ為シタル場合ニ於テハ此告知ノ效力ニ因テ容假ノ性質消滅スルハ唯此告知ヲ受ケタル者ニ對シテノミ然リトス是レ即チ上段ニ於テ容假ノ性質ハ概シテ絶對ナリト謂ヘル所以ナリ故ニ右ニ述フル場合ニ於ケルカ如ク時トシテ容假ノ性質モ亦關係ノモノナルコトアリ
第二容假ノ占有者カ更ニ新ナル原因ヲ得此原因ニ依テ自己ノ為ニ完全ナル占有ヲ為スコトヲ得ヘキ場合ニ於テハ従来ノ權原ハ全ク新原因ノ為ニ変更シタルモノニシテ之ト同時ニ容假ノ性質ハ消滅シ全ク法定ノ占有始マルモノトス
此新タナル原因ハ當初容假ノ占有ヲ得セシメタル者ノ手ニ出ツルコトヲ得ヘク、或ハ第三者ノ手ニ出ツルコトヲ得ヘシ
故ニ受寄者若クハ借主トシテ他人ヨリ托セラレタルモノヲ占有シ而シテ其寄托シタル人ハ寄托物ノ眞正ナル所有者ナラサル場合ニ於テ占有者ハ此占有ヲ基礎トシテ取得時效ヲ得ルコト能ハス是レ單ニ寄托者ニ對シテ然ルノミナラズ尚ホ眞正ナル所有者ニ對シテモ亦然リトス然レトモ後ニ至リ占有者カ寄托者若クハ貸主ト一個ノ賣買契約又ハ交換ノ約束ヲ為シタルトキハ此新原因ニ依リ将来ハ自己ノ物トシテ占有スルコトヲ得ヘク従テ此占有ヲ基礎トシテ時效ヲ成就スルコトヲ得ヘシ
占有者ガ第三者ト契約ヲ為シタル場合ニ於テモ權原轉換ノ效力ハ前ニ述フル所ト同一ノ結果ヲ生スヘシ然ノミナラス此場合ニ於テハ占有者ハ善意ナルコトヲ得ヘク又悪意ナルコトヲ得ヘシ此善意ト悪意ハ時效ヲ成就セシムルニ必要ナル期間ニ關シテ長短ノ差異ヲ生セシム可シト雖モ未タ悪意アルカ為ニ時效ノ成就ヲ妨クルモノト謂フヲ得ス
眞正ノ所有者ノ手ニ成リタル權原ノ転換ニ關シテハ特ニ法律ヲ以テ之ヲ規定スルノ必要ナシ何トナレハ此場合ニ於テハ占有者ハ眞正ノ所有者ト為ルヘキカ故ニ單純ナル占有ノ問題ヲ研究スルノ必要アラサル可シ
第百八十六条第百八十七条及ヒ第百八十八條
此三條ノ法文ハ総テ占有ノ性質ノ証據ニ關スル規定ヲ設ケタルモノナリ
凡ソ一個ノ權利ヲ主張スル者ハ必ス權利ノ自己ニ属スルコトヲ証スルコトヲ要ス且若シ其權利ニシテ特別ノ條件ヲ備フルコトヲ必要トスル場合ニ於テハ此條件ノ存在スルコトモ亦權利ヲ主張スル者ニ於テ証明セサル可カラストハ一般ノ原則ナリ
然レトモ時トシテハ直接ノ証據ヲ以テ之ヲ証明スルコト甚タ困難ナル場合アリ斯ノ如キ場合ニシテ若シ之ト同時ニ數多ノ事實存在シ人生普通ノ状態ニ基キテ之ヲ考フルニ斯ノ如キ事實存スルトキハ十中ノ八九必ス或ル事實ハ眞正ナリト思量シ得ヘキ如キモノナルトキハ法律上証明ヲ求ムル條件ノ全部又ハ一部ハ存在スルモノト推定シ因テ以テ更ニ証據ヲ提出スルノ必要ナキモノト為ス然レトモ此場合ニ於テハ概シテ反對ノ証據ヲ挙ケ此推定ヲ破ルコトヲ許スモノナリ且此反對ノ証據ハ一切ノ証據方法ヲ用ヰルコトヲ得ルモノトス
本條ノ場合ニ付テ之ヲ述フルニ法定占有ニ必要ナル條件ハ占有者カ自己ノ為ニ其権利ヲ行使シタルコト是ナリ然ルニ凡ソ吾人カ占有ヲ為スハ自己ノ為ニスルコト普通ニシテ他人ノ為ニ占有スルコト甚タ稀ナルニ因リ既ニ占有ノ事實アル以上ハ法律上占有者カ自己ノ為ニ之ヲ占有シタルモノト推定ス
然レトモ此推定ニ反對シ占有者カ他人ノ為ニ占有スルノ意思ヲ以テ權利ヲ行使スルコトハ實際ニ於テ有リ得ヘキ所ナリ此故ニ此法定占有ニ對シ異議ヲ為ス者アルトキハ其占有ハ容假ノモノナルコトヲ直接ニ証明スルコトヲ要ス而シテ此証據ハ或ハ占有者ヲシテ占有ヲ得セシメタル原因ニ依テ之ヲ為スコトヲ得ヘク例ヘハ寄托、使用貸借、賃貸借等ノ場合ノ如シ或ハ他ノ事實ニ基キ因テ占有者カ他人ノ權利ヲ認ムルコトヲ証明スルコトヲ得ヘシ是等ノ事實ハ或ハ証人ヲ以テ之ヲ證シ又ハ公正證書若クハ私署證書等ヲ以テ証明スルコトヲ得ヘシ
法定ノ占有ニ對シテ異議ヲ為ス者ヨリ占有ノ權原ヨリ生スル容假ノ性質ヲ証明シタル場合ニ於テ若シ占有者カ前條ニ定メタル二個ノ方法ニ因リ其容假ノ占有ヲ変シテ法定ノ占有ト為シタル場合ニ於テハ容假ノ證明ハ其效ナカル可シ
第百八十七條ノ規定ハ法定占有ノ甚タ緊要ナル二箇ノ性質ニ關シテ二個ノ異ナリタル規定ヲ設ケタルモノナリ
第一ノ規定ニ従フトキハ占有ノ正權原ニ基クモノナルコトハ法律ニ於テ之ヲ推定セサルモノトス此事タルヤ明文ニ於テ直接ニ之ヲ掲ケスト雖モ立法者カ間接ニ示ス所ノモノタル故ニ正權原ハ之ヲ有スト主張スル者ニ於テ必ス証明スルコトヲ要ス然レトモ此場合ニ於テモ先ツ一般ノ事情ニ照ラシテ考フルトキハ既ニ占有ヲ有スル者ハ法律上正權原ニ基キテ之ヲ為シタリトノ推定ヲ受クルコト至當ナルニ似タリ蓋シ原因ナクシテ占有スルハ他人ノ財産ヲ侵奪スルノ謂ニシテ侵奪ハ實際甚タ稀ナル事實ナルヘケレハナリ然レトモ他ノ一方ヨリ考フルトキハ正權原若シ眞正ニ存在セハ普通ノ証據方法ニ依テ之ヲ証明スルコト甚タ容易ナル可ク決シテ自己ノ為ニスルノ意思ノ如ク証明困難ナルモノニ非ラス従テ法律上ノ推定ヲ以テ特ニ占有者ニ利益ヲ與フルハ殆ント其理由ナキモノナリ
之ニ反シテ一旦正權原アルコト直接ニ證明ヲ得タル以上ハ其占有ノ善意ナルコトハ法律ヲ以テ之ヲ推定スルモノトス而シテ斯ノ如ク推定ヲ設クルハ單ニ占有者ノ正直ナルコト普通ニシテ詐欺アルコトハ甚タ稀ナルカ為メノミニ非ラス尚ホ善意ノ証明ハ直接ニ之ヲ為スコト甚タ困難ナルニ因ル何トナレハ善意ヲ証明スルニハ譲渡人カ眞正ノ所有者ニ非サルコトヲ知ラサリシコト即チ譲渡人以外ノ者ニ眞正ノ權利存在シタルコトヲ知ラサリシ結果ヲ証明スルコトヲ要ス然ルニ此事實タルヤ有的ノ事實ニ非スシテ寧ロ無的ノ事實ト言ハサルヲ得ス無的ノ事實ハ其証明甚タ困難ナルモノナリ之ニ反シテ若シ占有悪意ナリトセハ占有者ノ主張ニ反對スル者ヨリ此悪意ノ証明ヲ為スコト決シテ困難ノ事業ニ非サル可シ
立法者ハ尚ホ占有ノ他ノ二箇ノ性質ニ對シテ二箇ノ相異ナリタル決定ヲ為セリ
強暴ハ一個ノ私犯ナルカ故ニ法律ハ強暴ノ推定ヲ為スコトヲ得ス何トナレハ何人ト雖モ私犯ヲ為スコトハ普通ノ状態ニ非サレハナリ然ノミナラス占有者ニ於テモ當初ニ於テ何等ノ強暴ヲモ為シタルコト無ク其占有ヲ維持スル為ニ引續キテ強暴ヲ為シタルコト無シト証明ヲ為スハ甚タ困難ノコトナリ蓋シ此事實モ亦無的ノ事實ニシテ証明甚タ難キ所ノモノナレハナリ之ト同時ニ占有ノ主張ニ反對スル者ニ於テ直接ニ証人ニ依リ相手方ノ占有カ強暴ニ基キ又ハ強暴ニ依テ維持シタルモノナルコトヲ証明スルハ右ニ掲クル所ニ比シテ甚タ容易ノコトナル可シ
右ニ述フル如ク強暴ニ關シテハ法律上強暴ナラサルコトヲ推定スト雖モ公然ノ點ニ於テハ全ク之ト反對ナリ蓋シ占有ノ公然ナルコトハ一個ノ有的ノ事實ニシテ且引續キタル事實ナリ而シテ占有者ヨリ其直接ノ証明ヲ為スコトハ甚タ容易ナルヘク殊ニ公然ノ事實ナルカ故ニ一般ノ人又少クモ其地方ノ人ハ一切之カ証人タルヲ得ヘキヲ以テ益々証據ハ容易ナリトス故ニ占有ノ公然ハ法律ヲ以テ之ヲ推定スルノ理由アラサルナリ
占有ノ継續ハ占有ノ性質ヲ変更セシムルモノニ非ラス唯之カ為ニ占有ノ效力ヲ増加セシムルモノナルコト一般ノ原則ナリ固ヨリ占有ノ第一ノ利益タル推定即チ占有者カ行使スル權利ノ眞正ニ存在スルコトノ推定ハ占有ノ継續ト全ク關係ヲ有セサルモノナリ然レトモ不動産ノ取得時效ハ一定ノ期間継續シタル占有ニ依テ初メテ成就スルノミナラス法定果實ノ取得ハ日毎ニ之ヲ為スモノニシテ特ニ採取ノ所為(第百九十四條)ヲ要セサルモ占有ノ継續ニ従テ益々其利益ヲ増加スルモノナリ且占有訴權中二個ノ訴權ノ行使ハ占有カ一箇年以上継續シタルコトヲ以テ一個ノ條件ト為セリ(第二百三條)斯ノ如クナルカ故ニ占有者ハ其占有ノ継續ヲ証明スルニ於テ甚タ利益ヲ有スルモノナリ而シテ此占有ニ反對スル眞正ノ所有者ニ於テハ此継續ヲ非難スルニ於テ大ナル利益ヲ有スルモノナリ
法律ハ此場合ニ於テモ尚ホ占有者ニ利益ナル法律上ノ推定ヲ設ケタリ即チ占有者ニ於テ二個ノ隔タリタル時ニ於テ占有シタルコトヲ証明シタルトキハ此事實ニ基キテ此二個ノ相隔タリタル時期ノ間ハ継續シテ占有シタルモノト推定ス是レ尚ホ一般普通ノ状態ニ基キテ立法者カ想像ヲ為シタルモノナリ然レトモ此推定モ亦前ニ述ヘタル推定ト同シク常ニ反對ノ証明ヲ許スモノニシテ且此反對ノ証據ハ一切ノ方法ニ依テ之ヲ為スコトヲ得ヘシ
概シテ右ニ掲ケタル二個ノ時期中一ハ占有者カ眞正ノ所有者ト訴訟ヲ為ス時期ニシテ即チ一方ヨリ回復ノ訴權又ハ占有ノ訴權ヲ提起シタル時期ナリ他ノ一ハ右ノ時期ニ比シテ既往ニ属スルモノニシテ其相隔タルコト如何ニ依リ或ハ占有者ヲシテ時効ノ利益ヲ得セシムルニ足ルヘク或ハ少ナクモ占有訴權ノ利益ヲ得セシムルニ足ルヘキモノナリ占有者ニ於テ直接ニ証據ヲ挙ケ依テ二個ノ相隔タリタル時期ニ於テ占有シタルコトヲ証明セハ其二個ノ時期ノ間ニ於テ引續キ占有シタルコトハ自ラ之ヲ証明スルノ責任ナシ蓋シ斯ノ如ク間断ナク占有シタル事實ハ直接ニ証明ヲ為スコト甚タ困難ナルヘキノミナラス普通ノ事實ニ基キテ考フルモ前後二個ノ時ニ於テ占有ヲ為シタル者ハ其間ニ於テモ間断ナク占有ヲ為シタルコト眞ニ近ケレハナリ故ニ法律ハ普通ニ有ルヘキ事實ニ基キテ此推定ヲ為シタルモノナリ
第二節 占有ノ取得
第百八拾九条及ヒ第百九拾条
第百八拾九条ハ既ニ第百八拾条ニ於テ占有ノ定義ヲ掲クルトキニ当ツテ示シタル規則ヲ確定シタルモノナリ即チ法定ノ占有ハ二個ノ要素ニ因テ組成セラル一ハ事実ニシテ有体ノモノナリ一ハ意思ニシテ全ク無形ノモノナリ此二個ノ要素ニ関シテハ特ニ詳細ノ説明ヲ為スコトヲ要セス何トナレバ此二個ノ要素ガ占有ノ取得ノ為ニ必要ナルコトハ自然ノ理ニ基クモノナレバナリ
第百九拾条ニ於テ定メタル事実ト意思トノ間ノ差異ハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ベシ
占有ヲ組成スル事実ノ要素ハ必ズシモ占有ノ利益ヲ得ントスルモノノ一身ニ存スルコトヲ必要トセズ何トナレバ人ノ行為ハ必ズ其範圍ニ限リアルモノナルガ故ニ自カラ占有ノ事実ヲ行フ場合ニ限リテノミ占有ノ利益ヲ得然ラサルトキハ縦令自己ノ名義ヲ以テ他人ヲシテ占有ノ處為ヲ為サシムルトキト雖トモ自カラ占有ノ利益ヲ受クル能ハサル者トスルトキハ各人ハ殆ンド自己ノ財産ノ監督保存及ビ改良等ヲ他人ニ委托スルコト能ハサルニ至ルベシ
事実ノ要素ハ此ノ如ク他人ニ委托スルコトヲ得ベシト雖トモ占有ノ点ニ於テ他人ニ委托スルモ其効ナク即チ殆ンド委托スルコトヲ禁セラレタリト謂フコトヲ得ベキ要素アリ即チ自己ノ為ニ権利ヲ有スルノ意思是レナリ何トナレバ意思ハ事実ト異ナリテ狭隘ナル範圍アルモノニ非ラス故ニ一己ノ物ヲ有スルノ意思ト同時ニ猶ホ他ノ物ヲ有スルノ意思アルコトヲ得ベシ而シテ員数甚ダ大ナル物件ニ及ボスコトヲ得ベシ故ニ占有ノ意思ニ至ツテハ他人ニ委托スルコト必要ナラズ且ツ法律ニ於テモ意思ヲ表示スルコトハ必ズシモ一定ノ方法ニ據ルコトヲ要セズ唯自己ノ物トスル意思アルコト明カナレバ即チ足レリトス
意思ノ要素ハ他人ニ委ヌルコトヲ得ズトノ原則ニ對スル例外ハ單ニ必要ノ場合ニ限ッテ法律ノ認ムル所タリ而シテ立法者ハ二個ノ場合ニ於テノミ此必要ヲ認メタリ第一無能力者タル占有者ノ場合及ヒ法人ガ占有者タル場合是ナリ蓋シ法人ノ如キハ其法律上ノ代理者ニ據ルニ非ラザレバ自己ノ意思ヲ有スルコト能ハザレバナリ
右ニ掲ゲタル占有ノ意思ハ他人ニ委ヌルコトヲ得ズ占有ノ利益ヲ得ントスルモノニ於テ常ニ此意思ヲ有スルコトヲ要ストノ規則ハ之ヲ解シテ狭隘ニ失スルコトナキヲ要ス即チ奴僕、使用人又ハ朋友ニ委托シ之レニ物品ノ撰擇ニ関シテ多少ノ自由ヲ與へ以テ未タ個々確定セサル多少ノ物ノ占有ヲ取得セシムルコトヲ得ベク此場合ニ於テ為シタル委托ハ全ク法律上有効ノモノナリ然レトモ是レ決シテ右ニ掲ケタル原則ニ對スル例外ノ場合ニ非ラス即チ占有ノ意思ハ之ヲ他人ニ托シタルモノニ非ラズ此ノ如キ場合ニ於テ占有ヲ為スノ意思ハ委托者ニ於テ充分ニ有スルモノナリ唯其目的トスル所ノモノ多少不確定ニシテ代理者カ撰定シタル所ノ物ヲ占有セントスルノ意思ナルノミ又委托者ニ占有ノ意思存スルニハ代理者ガ委托ノ事項ヲ実行シタル時ヲ委托者ガ知ルコトヲ必要ト為サズ何トナレバ委托者ノ意思ハ委托ヲ為シタル時ニ於テ既ニ成立スルモノニシテ代理者ガ其委托ヲ実行スルト否トハ唯委托者ノ意思ノ効力ノ実際ニ生スル遅速ニ関スルノミナレバナリ本人ノ意思ニ基キテ代理者ガ占有ヲ為シタル場合ニ於テハ右ニ論スル如クナリト雖トモ若シ委任ヲ受クルコトナク全ク他人ノ為メニ事務管理ノ行為ヲ以テ占有ヲ為シタル場合ニ於テハ前ニ述ブル所ト同一ナルヲ得ズ此場合ニ於テ事務ヲ管理セラレタル本人ハ自カラ管理人ノ處為ヲ知リ而シテ之ヲ認諾シタルトキニ非ラサレハ占有ヲ取得スルコトナシ
第百九拾一条
本条ニ於テ確認スル所ノ二個ノ原則ハ其源ヲ羅馬法ニ発シ而シテ今日ニ至ルマデ欧州諸國ニ於テ採用セラレタル所ノモノナリ本条ニ規定シタル二個ノ場合ニ於テハ事実上専有ノ所在ハ更ニ変更スルコトナシト雖トモ法律上全ク其所在移轉シタルモノト看做セリ
而シテ本条ニ掲クル二個ノ場合ハ全ク相表裏スルモノナリ第一ノ場合ニ於テ受寄者、借主、賃借人等ノ如ク容假ノ占有ヲ有スルニ止マツテ所有者ノ為メニ其物ヲ占有シ又ハ所有シタルト否トヲ問ハズ寄託、貸与又ハ賃貸シタル人ノ為メニ其物ヲ占有スルニ当リ自カラ其物ノ所有権ヲ取得センコトヲ欲シ更ニ賣買ノ契約ヲ結ビ自己ノ所有権トシテ更ニ占有ヲ為ス如キ場合是ナリ
法式ヲ重ンスル法律ニ在テハ右ノ場合ニ於テ必ズヤ買主トナリタル受寄者又ハ賃借人ハ従来容假ノ占有者トシテ自己ノ手裡ニ存シタルモノヲ一旦寄託者又ハ賃貸人ニ返還シ而シテ後新タニ賣買契約ニ依リ之レガ交付ヲ受クルコト必要ナリトスベシ然レトモ事ノ迅速ト便宜トヲ主トスベキハ自然ノ理ナルニ依リ此再度ノ交付ハ意思ノ變更ニ因テ当然ニ為サレタルモノト為スコトヲ要ス即チ容假ノ占有ハ簡易ノ引渡ニ因テ法定ノ専有トナルモノナリ
第二ノ場合ニ於テハ第一ノ場合ト全ク相反セリ所有者其所有スルモノヲ賣リ又ハ占有者ガ自己ノ物トシテ占有スル所ノモノヲ賣リ而シテ賣買ト同時ニ其物ヲ買主ニ交付シタルトキハ買主ハ占有ノ意思ノミナラズ仍ホ占有ノ事実ヲ有スベキコト勿論ナリ然レトモ此場合ニ於テ或ル事情ト便宜トニ基キ賣主ニ於テ仍ホ一時物ノ使用ヲ己レノ手ニ止メント欲スル場合ニ於テハ賣主ト更ニ之ヲ約スルコトヲ得ベシ然ルニ此契約ノ後賣主ガ物ノ占有ヲ為スハ買主ノ為メニ且ツ其名義ニ於テ容假ノ占有ヲ為スモノナリ従ツテ買主ハ他人ノ所為ニ因テ自カラ占有ヲ為スモノニシテ此場合ニ於テ買主ハ賣買ノ契約ニ基キ一旦物ノ占有ヲ得而シテ直チニ使用貸借又ハ賃貸借等ノ如キ契約ニ依リテ更ニ賣主ニ物ヲ交付シタルモノト看做サル
本條末項ハ権利ノ占有ノ取得ニ関シテ同一ノ理論ヲ適用シタルモノナリ即チ自己ノ為メニ権利ヲ行使シタル者ノ意思変更シ他人ノ為メニ之ヲ行使スルノ意思アルヲ以テ足レリトス此場合ニ於テハ前ニ掲ケタル場合ノ如ク引渡等ノ想像ヲ為スコトヲ要セス権利ノ所在ノ變更ハ全ク意思ノ変更ノミヲ以テ充分ニ之ヲ解クコトヲ得ヘシ
第百九拾二条
本条第一項ノ場合ニ於テハ占有ノ継續アリ而シテ第二項ノ場合ニ於テハ占有ノ併合アリ
相続人其他包括承継人ハ其原権者ノ法律上ノ資格ヲ継続スルモノナリ其有シタル権利ト利益トヲ相続スルノミナラズ仍ホ其負担シタル義務ヲ併セテ相続スルモノナリ此原則ハ或ル場合ニ於テ例外アリト雖トモ今論スル占有ニ関シテハ資産ヲ組成スル権利ニ付キ特別ノ規定アルコトナシ従ツテ一般ノ原則ニ従ヒ原権者ト相続人トノ間ニハ同一ノ占有ヲ全ク継続スルモノト謂ハサルヲ得ス此ノ如キ理ナルニ依リ若シ原権者ノ占有ガ容假ナルトキハ其占有ハ相続人ノ手ニ移轉シタル後ト雖トモ依然容假ノ占有タルヘシ此占有ヲシテ容假ノ性質ヲ失ハシムルニハ第百八拾五条ノ規定ニ従ヒ其占有ガ原因及ヒ性質ヲ變シタルコトヲ必要ト為ス而シテ是レ相続ノ場合ニ限ルモノニ非ラスシテ当初ノ占有者自身ト雖トモ又為シ得ヘキ所ノコトナリ
原権者ノ占有ガ法定ノモノニシテ而シテ権原ナキ場合ニ於テハ相続人ニ於テモ亦無権原ノ占有ヲ有スルニ止ムベシ相続人ノ名義ヲ以テ財産ヲ相続スルハ原権者ニ属スル財産ヲ自己ニ取得スル正当ノ原因ニ非ラズ何トナレハ已ニ述ベタル如ク包括名義ノ相続ハ原権者ノ法律上ノ資格ヲ継続スルモノニシテ特ニ財産ヲ取得スルモノニ非ラザレバナリ
原権者ノ占有ニ強暴又ハ隠密ノ瑕疵アリト雖トモ此瑕疵ハ必ズシモ相続人ノ占有ノ瑕疵ヲ為スモノニ非ラズ然レトモ是レ敢テ占有者異ナリタルガ故ニ瑕疵存セズト云フノ意ニ非ラズ惟此瑕疵ハ容假ノ性質ト同ジク原権者ノ一身ニ於テモ消滅スルコトヲ得ベキモノナルニ依リ相続人ニ於テモ此ノ如キ瑕疵ヲ有セサルコト有リ得ベケレバナリ故ニ原権者ガ強暴ヲ以テ占有ヲ全フシタル場合ニ於テ相続人ハ強暴ヲ息メ又ハ原権者ノ占有ガ隠密ナル場合ニ於テ相続人ガ充分ニ其占有ヲ公ケナラシメタル場合ニ於テハ其占有ハ全ク瑕疵ナキ所ノモノトナルハ第百八拾三条ノ規定ニ従ツテ原権者自カラ自己ノ占有ヲシテ瑕疵ヲ失ハシメタル場合ト同一ナルベシ
原権者ノ占有ガ正権原ヲ以テ基礎ト為シタル場合ニ於テハ其占有ニハ善意又ハ悪意ノ区別アルベシ而シテ正権原ノ占有ノ相続ノ場合ニ於テハ相続人ノ占有モ亦原権者ノ占有ト同ジク善意又ハ悪意ノモノタルベシ然レトモ原権者ガ善意ヲ以テ占有ヲ為シタル場合ニ於テ其相続人ハ原権者ガ真実ノ権利者ニ非ラサルコトヲ知レルコト有ルベシ此ト同一ノ理ニ因リ原権者ハ自カラ真正ノ権利者ナリト信セサリシトキト雖トモ相続人ハ原権者ヲ以テ真正ニ権利ヲ有シタルモノト信スルコト有ルベシ此ノ如ク原権者ト相続人トノ間ニ意見ヲ異ニスルモ之レガ為ニ生スル法律上ノ効力ハ原権者自カラ前後意見ヲ異ニシタル場合ニ於ケルト異ナルコトナク敢テ原権者ト相続人トノ故ヲ以テ特別ノ効力ヲ生スルコトナシ而シテ原権者ガ当初善意ニシテ後其権原ノ瑕疵アルコトヲ発見シタル場合ニ於テハ其時ヨリシテ悪意ノ占有者トナルベシト雖トモ之レガ為ニ短期時効ノ利益ヲ失フノミニ非ラス何トナレハ時効ノ為ニ必要ナル占有ノ善意ハ権限ノ生シタル当時ニ於テ存スルノミヲ以テ足ルモノナレバナリ之レニ反シテ悪意ト為リタルトキヨリ後ニ採取シタル果実ノ利ハ之ヲ失フベシ何トナレバ果実ノ取得ニ関シテハ其時々善意ノ存在スルコトヲ必要トスレバナリ
右ノ場合ニ反シ當初悪意ニシテ後善意ナル場合ハ原権者ト相続人トノ間ニ於テ屢々生スルコトヲ得ベク即チ原権者ハ真正ノ権利者ナラサル場合ニ於テ相続人ハ原権者ガ充分ニ権利ヲ有シタルコトヲ信スルコト決シテ尠カラサルベシ然レトモ此場合ノ外原権者ガ当初悪意ニシテ他日自カラ善意トナル場合ハ実際ニ於テ甚ダ罕ナル場合タリ且ツ此善意ハ前ニ述ベタル短期時効ノ利益ヲ得セシムルモノニ非ラズ惟通常ノ時効ニ先ダチ又ハ権利者ノ請求ニ先ツテ採取シタル果実ノ利益ヲ得セシムルニ止マルモノナリ
包括承継人ニ関シテハ以上ニ論スル所ノ如シト雖トモ特定ノ承継人ニ至テハ全ク右ニ述ブル所ト異ナリ
特定承継人ハ原権者ノ人格ヲ承継スルモノニ非ラズ蓋シ原権者ノ人格ハ遺言ノ場合ヲ除ク外仍ホ別ニ成立スルガ故ニ特定承継ヲシテ継続セシムルノ必要ナシ特定承継人ハ原権者ノ人格ヲ継続セサルガ故ニ占有モ亦之ヲ継続スルコトナク特ニ自己ノ名義ヲ以テ新タナル占有ヲ為スモノナリ譲渡人ガ所有権ヲ有スルトキハ之ヲ譲受ケタルモノハ其所有権ヲ取得シ而シテ其間ニ於テ権利ノ所在ヲ変ジタルノミ権利其者ニ至テハ全ク同一ナリトス然ルニ独リ占有ニ至テハ特定財産ノ買主又ハ受贈者ハ賣主又ハ贈與者ノ占有ヲ取得スルニ非ラズシテ自カラ新タニ占有ヲ為スハ其間甚ダ不可思議ナルモノ有ルニ似タリト雖トモ此差異ノ理由ハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ベシ占有ハ已ニ述ベタル如ク二個ノ要素ヨリ成立スルモノナリ其一ハ有形ノモノニシテ有対物ノ所持若クハ権利ノ行使タル處為是ナリ其二ハ無形ノモノニシテ占有スルノ意思是ナリ然ルニ自己ノ占有スルモノヲ譲渡スモノハ同時ニ占有ノ事実ヲ失フト共ニ占有ヲ為スノ意思ヲ失フモノナリ故ニ其占有ハ譲渡ニ因テ全ク消滅スルモノト謂フベシ而シテ買主又ハ受贈者ハ自己ノ為ニ占有スルノ意思ヲ以テ更ニ一個ノ占有ヲ取得シ譲渡人ノ占有ト少シモ関スル所ナシ故ニ其性質及ビ瑕疵ニ至テモ亦譲渡人ノ占有ト関スルコトナク自己ノ為シタル新占有ニ之ヲ定メサル可カラズ
譲渡人ノ占有ハ縦令容假ノモノナリシ時ト雖トモ承継人ノ占有ハ法定ノモノナルコトヲ得ベシ故ニ受寄者又ハ賃借人ガ受寄物又ハ賃借物ヲ他人ニ賣渡シ之ヲ交付シタルトキハ其有シタル容假ノ占有ハ全ク止息シ而シテ譲受人ニ移轉スルコトナシ譲受人ハ新タニ一個ノ占有ヲ始メ而シテ其占有ハ全ク法定ノモノタルベシ何トナレバ譲受人ハ自己ノ為メニ有スルノ意思ヲ以テ占有ヲ取得シタレバナリ又其占有ハ正権原ノ占有タルベシ何トナレバ賣買ハ占有ノ正当ナル原因ニシテ即チ法律ノ所謂正権原ナレバナリ又此場合ニ於テ譲受人自カラ譲渡人ノ権利ノ缺乏ヲ知ラザリシ場合ニ於テハ善意ノ占有者タルコトヲ得ベシ
右ニ掲ゲタル場合ニ反シ原権者ノ占有ガ正権原ノ占有ニシテ而シテ第二ノ占有ガ容假ノ占有ナル場合ニ付テハ特ニ説明ヲ為サザルベシ何トナレバ此場合ニ於テハ法定ノ占有者ガ他人ニ委託シ又ハ賃貸シテ他人ニ容假ノ占有ヲ得セシメタリト雖トモ仍ホ法定ノ占有ハ依然寄託者又ハ賃貸人タル占有者ニ存スルガ故ニ未ダ占有ノ止息若クハ移轉ナルモノ有ラザレバナリ
譲渡人ガ法定ノ占有ヲ有スルモ其占有ガ無権原ノモノナル場合ニ於テ譲受人ノ占有ハ全ク新タナル占有ニシテ正権原ノ占有タルコトヲ得ベシ
又譲渡人ノ占有ガ正権原ヲ有シ而シテ悪意ノモノタル場合ニ於テ譲受人ノ占有ハ之レニ関スルコトナク善意ノモノタルヲ得ベシ何トナレバ譲受人ノ占有ガ善意ノモノタルニハ譲渡人ノ権利ノ缺乏スルコトヲ譲受人ガ知ラサルヲ以テ足レリトスレバナリ
是レト同一ノ理ニ依リ譲渡人ニ於テ善意ナリシ占有ト雖トモ亦譲受人ニ於テ全ク悪意ノモノトナルコトヲ得ベシ
右ニ述ブル如クナルヲ以テ譲受人即チ特定名義ノ承継人ノ地位ハ之ヲ包括名義ノ承継人ノ地位ニ比スルニ時トシテ利益ナルコトアリ又ハ不利益ナルコトアリ一概ニ之ヲ断定スルコトヲ得ズ
然レドモ羅馬法以来特定名義ノ承継人ハ自己ニ利益アル場合ニ於テハ其原権者ノ占有ヲ援用スルコトヲ得ルモノトセリ其理由ヲ考フルニ法定ノ占有ハ單ニ一個ノ事実ニ止マルモノニ非ラズ実ニ法律ノ認メタル一個ノ権利ナリ何トナレバ法定ノ占有ハ法律ニ由テ特ニ利益ヲ付セラレタルノミナラズ仍ホ訴権ヲ以テ之レガ担保ヲ設ケタレバナリ而シテ此権利ハ各人ノ資産ヲ組成スルモノニシテ実ニ融通スルコトヲ得ベキモノナリ従ツテ他ノ財産権ト同ジク凡テ譲渡スコトヲ得ベシ占有已ニ他ノ財産ト同ジク譲渡スコトヲ得ベキモノタル以上ハ譲渡人ニ於テ單ニ占有ノミヲ有シタル場合ニ於テ其権利ヲ買受ケタルモノハ必ズヤ此占有ヲ取得シタリト謂ハサルヲ得ズ然ラバ即チ自己ノ占有ニ合スルニ原権者ノ占有ヲ以テシ自己ノ利ノ為ニ之ヲ援用スルコトヲ得ルハ誠ニ至当ノコトト謂ハサルヲ得ズ
此ヲ以テ譲渡人ノ占有ガ正権原且ツ善意ノモノニシテ譲受人ノ占有モ亦此二個ノ点ニ於テ譲渡ノ性質ヲ有スルトキハ譲受人ハ自己ノ占有ト譲渡人ノ占有トヲ併セテ主張スルコトヲ得ベシ即チ短期時効ノ成就ヲシテ最モ速カナラシムレバナリ
又譲渡人ノ占有ガ無権原ノモノナルカ又ハ正権原アルモ悪意ノモノタル場合ニ於テ譲渡前已ニ廿ヶ年以上経過シ従ツテ仍ホ十ヶ年ヲ経過スルトキハ取得時効成就スベキ場合ニ於テ其占有ヲ譲受ケタルトキハ譲受人ガ自己ノ占有ノ善意ト悪意トニ拘ラズ譲渡人ノ占有ト自己ノ占有トヲ併合シテ其利益ヲ受クベシ何トナレバ譲受人ハ譲渡人ヨリ惟此占有ヲ取得シタルモノナレバナリ而シテ此事タル真正ノ所有者ノ為ニ何等ノ損害ヲモ加フルモノニ非ラズ何トナレバ十ヶ年ヲ経過スルトキハ縦令譲渡ナカリシ時ニ於テモ亦真正ノ所有者ハ均シク回復ノ訴ヲ為スコト能ハサルニ至ルベク敢テ譲渡アリシ為ニ特ニ不利益ヲ受クル所アラザレハナリ
善意ノ譲渡人ノ占有ト悪意ノ譲渡人ノ占有トヲ併合シテ之ヲ主張スルコトヲ得ベシ例令バ譲渡人ガ已ニ拾餘年間占有シ仍ホ一ヶ年ノ占有ヲ以テ短期時効ノ成就ニ至ルベキトキニ於テ之レガ譲渡ヲ為シ而シテ譲受人ハ悪意ノ占有者ナル場合ニ於テハ固ヨリ善意ノ占有ヲ必要トスル短期ノ時効ヲ受クベキニ非ラズ従ッテ一ヶ年ニシテ時効ノ成就ニ至ルベキモノニ非ラズ然レドモ更ニ拾六ヶ年ノ占有ヲ為シタルトキハ譲渡人ノ十餘年ノ占有ト併合シ三拾ヶ年ノ占有ヲ為スガ故ニ占有ヲ必要トセサル普通ノ取得時効ヲ成就スルコトヲ得ベシ
此最後ノ決定ハ固ヨリ疑フベキ所ニアラズ何トナレバ是レ原則ニ合スルモノニシテ且ツ前ニ述ベタルト同一ノ理由ニテ少シモ真正ノ所有者ニ損害ヲ與フル所ナケレバナリ
第三節 占有ノ効力
第百九拾三条
本節ニ於テ立法者ハ占有ニ附着シタル三個ノ利益ヲ明示シ而シテ占有ノ擔保タル占有訴権ノコトヲ規定セリ
占有ニ附着シタル利益ノ第一ハ法律上ノ推定ナリ即チ事実上権利ヲ行使スルモノハ真ニ権利ヲ有スルモノト推定スルコト是ナリ此利益ハ一切ノ占有ニ附着セシメラレタル者ニ非ラズ單ニ法定ノ占有ニノミ之ヲ有セシム蓋シ自然ノ占有者即チ己レノ物トシテ占有スルノ意思ナクシテ或ル権利ノ行使ヲ為スモノハ自カラ権利ヲ有スルノ意思ヲ有セサルモノナリ従ツテ法律上此権利ヲ有スルモノト推定セラレ得ベキニ非ラズ
容假ノ占有者ニ関シテモ右ノ理論ハ愈ヨ明カナルベシ何トナレバ容假ノ占有者ハ他人ノ名義ヲ以テ他人ノ為メニ占有スルモノニ外ナラズ且ツ此場合ニ於テ権利ノ存在ニ付キ法律上ノ推定ヲ受クルモノハ容假ノ占有者ニ非ラズシテ容假ノ占有者ニ因テ法定ノ占有者ヲ為スモノニ有レバナリ
法律上ノ推定ヨリ生スル自然ニシテ且ツ必要ノ結果ハ法律ニ於テ明示セズ一ニ解釋者ノ注意ニ放任スルコト又為シ得ベカラサルニ非ラズ然レドモ此ノ如クナルトキハ單ニ学説ニ止マリ其実用大ナラザランコトヲ惧ルルガ故ニ本法ニ於テハ明文ヲ以テ特ニ此結果ヲ規定セリ
占有者ハ総テ訴訟ニ於イテ被告ノ地位ニ立ツノ利益ヲ有スルモノナリ而シテ此利益ハ実ニ著シキモノナリトス蓋シ訴訟ニ於テ被告ト為ルモノハ自カラ進ンデ自己ノ権利ヲ證明スルコトヲ要セズ原告ヨリ提出シタル證據ヲ争ヒ之ヲ打破ルヲ以テ足レリトス而シテ原告及ヒ被告共ニ自己ノ権利ヲ證明スルコト能ハサル場合ニ於テハ占有者ハ原告ノ請求ヲ排斥セシメテ訴訟ノ勝利ヲ得ベシ是レ即チ被告ノ地位ニ附着シタル利益ナリトス
明文ニ於テハ占有者カ被告タルノ利益ヲ有スルハ單ニ本権訴権ニ止マルコトヲ規定セリ何トナレハ占有訴権ニ関シテハ後ニ至テ之ヲ看ルガ如ク占有者ハ必スシモ被告タルモノニ非ラズ事情ニ従ヒ時トシテ自カラ原告ト為ツテ占有訴権ヲ提起スルコト有ルベシ
最後ニ注意スベキコト有リ明文ニモ掲ケタル如ク占有者ノ利益ニ於テ立法者カ設ケタル法律上ノ推定ハ完全ナルモノニ非ラス之ヲ詳言スレバ他ノ證據ヲ以テ打破ルコト能ハサル推定ニ非ラズ即チ軽易ナル推定ナリ故ニ此推定ニ對シテハ反對ノ證據ヲ提出スルコトヲ得ベシ而シテ其證據ハ或ハ證書タルコトヲ得ベク又ハ證人タルコトヲ得ベク凡テ一切ノ證據方法ヲ用フルコトヲ得ベシ加之ナラス此ノ如ク反證ヲ許スガ故ニ占有者ニ對シテ訴訟ヲ起スコトヲ得ベシ若シ之ヲ許スコトナキトキハ占有者ハ直チニ権利ノ推定ヲ受ケ而シテ此推定ハ破ルコト能ハサルモノナル時ハ何人ト雖トモ之レニ對シテ争ヒヲ為スコトヲ得ス是レ実ニ道理ト正義トニ反スルモノト謂ハサル可カラズ
第百九拾四条
占有者ガ善意ナル場合ニ於テ是レニ特別ノ利益ヲ得セシムルコトハ遠ク羅馬法ニ其源ヲ発スルモノナリ然レドモ当初ニ於テハ未ダ善意ノ占有者ノ特有スル利益ニ付イテ充分ノ理由ヲ附スルコト能ハザリシナリ
一派ノ學者ノ論ゼシ所ニ仍レバ占有者ヲシテ果実ヲ取得セシムルハ占有シタル物権ニ加ヘタル注意及ビ耕作ノ費用ト労力トヲ償フガ為メナリト然レドモ此理由ハ二個ノ点ヨリシテ甚ダ不完全ナルモノト謂ハサルヲ得ズ第一果実ハ必ズシモ占有者ノ耕作ト注意トニ依テ生スルモノニ非ラズ例令バ樹林ノ採伐ヲ為シ又ハ原野ノ木草ヲ苅取ル如ク其採取ノ為ニ多少ノ労力ヲ要スルモ之ヲ生セシムル為ニハ耕作ヲ要セス又何等ノ注意ヲ要セス即チ自然ニシテ発生スル果実ナリトス故ニ此ノ如キ種類ノ果実ハ之ヲ天然ノ果実ト称セリ蓋シ人ノ労力ヲ主要ナル原因トシテ発生スル人工上ノ果実ニ對シテ此名称ヲ附シタルモノナリ然ルニ占有ノ場合ニ於テ善意ノ利益トシテ果実ヲ取得スルハ單ニ人工上ノ果実ノミニ止マラズ何等ノ耕作ヲモ用ヰサル天然ノ果実モ亦占有者ニ属スルモノトスルニ至レリ是レ右ニ掲ゲタル理由ノ不完全ナル第一点ナリ第二若シ果実ノ取得ハ注意ト耕作ノ報酬ナリトセバ縦令占有者ガ悪意ナル場合ト雖トモ仍ホ均シク之ヲ取得セシメザル可カラズ何トナレバ善意ナルモノ独リ注意ト耕作トヲ為シ悪意ナルモノ決シテ然ラズト云フノ理ナク此点ニ於テハ更ニ善意ト悪意トノ間ニ区別ヲ為スベキ所アラサレバナリ
他ノ学者ノ説ケル所ニ據レバ曰ク善意ノ占有者ハ其占有セルモノヨリ生シタル果実ニ関シテハ殆ンド真正ナル所有者ノ如シト此理由ハ実ニ薄弱ナルモノナリ何トナレハ此理由ノ至当ナルコトヲ解セシムルニハ更ニ他ノ理由ヲ以テ充分ノ説明ヲ為サザル可カラサレバナリ要スルニ占有者ガ果実ヲ取得スル権利アルハ全ク占有者ハ所有者ト同一視セラル可キモノナルニ由ルト云フニアリ然レドモ果シテ占有者ガ所有者ト同一視セラル可キモノナルヤ否ヤハ今一個ノ問題タル所ノコトナリトス
羅馬法ニ於ケル決定ノ至当ニシテ今日ト雖トモ仍ホ之ヲ採用スヘキ真正ノ理由ハ右ニ述ブル所ノ如クナラズシテ却テ他ニ存ス即チ善意ノ占有者ハ自カラ信ジテ真正ニ権利ヲ有スルモノト為スガ故ニ実際ニ於テハ屢々已ニ採収シタル果実ヲ消費若クハ處分シタルコト有ルベク又縦令未ダ之ヲ消費スルコトナクシテ保存シタリトスルモ仍ホ已ニ此果実ヲ有スルガ為メニ其價額ヲ以テ他日支弁スヘキ義務ヲ合意シタル如キ場合アルベシ之ヲ要スルニ羅馬ノ法学者ガ右ニ掲グル所ト相類シタル場合ニ於テ言ヘル如ク善意ノ占有者ハ自己ノ財産増加シタル為ニ其生活モ亦従前ニ比スレバ自カラ程度ヲ高メタルモノナリ此ノ如キ場合ニ於テ若シ其採収シタル果実ハ凡テ真正ノ所有者ニ返還セサル可カラズトセハ是レガ為メニ占有者ハ全ク其産ヲ傾クルニ至ルベシ固ヨリ占有者ガ当初占有ヲ取得スルニ当リ何等ノ不注意ナシト謂フコトヲ得ズ何トナレバ真正ノ所有者ヨリ譲受ケズシテ他人ヨリ之ヲ譲受ケタルモノナレバナリ然レドモ真正ノ所有者モ亦他人ガ占有ヲ為セルニ関ラズ自カラ権利者ナルコトヲ知ラシムルコト莫クシテ時日ヲ経過セシメタルハ占有者ノ不注意ニ比シテ猶ホ一層大ナル不注意ヲ為シタルモノト謂ハサルヲ得ズ何トナレハ占有者ノ不注意ハ当初占有ヲ取得シタル一時ニ止マルモ真正ナル権利者ノ不注意ハ常ニ継続シタルモノ為レバナリ
此真正ノ理由ハ前ニ掲ケタル二個ノ非難ヲ受クルモノニ非ラズ蓋シ第一ニ於テ此理由ハ天然ノ果実ト人工上ノ果実トヲ区別スルコトナク均シク之ヲ善意ノ占有者ニ取得セシムルノ理ヲ明カニスルニ足ル又第二ニ於テ独リ善意ノ占有者ニノミ適用ス可クシテ悪意ノ占有者ニ之ヲ適用スルコトヲ得ズ且ツ何等ノ説明ヲ附セズシテ單ニ問題ヲ以テ問題ヲ決スルモノニモ非ラザルナリ
用益者ガ果実ヲ取得スルニ当ツテハ單ニ其果実ガ土地ヨリ離レタルヲ以テ足レリト為ス然ルニ本条ニ従ヘバ善意ノ占有者ガ占有シタルモノヨリ生スル果実ヲ取得スルニハ此ノ如ク其果実ト果実ヲ生ジタルモノト離レタルノミヲ以テ足レリトセス必ズ占有者自カラ此果実ヲ採取スルカ又ハ占有者ノ名義ヲ以テ他人ヲシテ採収セシメタルカ二者必ス其一ニ居ラサル可カラス此ノ如ク用益権ノ場合ト占有トノ間ニ区別ヲ設ケタル理由ハ一ナラズ用益者ハ完全ナル権限ニ基キテ果実ヲ取得スルモノニシテ即チ純然タル一個ノ権利ニ基クモノナリ故ニ用益者ガ果実ヲ取得スルニハ其果実ガ用益物ト区分シテ存在スルノミヲ以テ足レリト為ス用益者ガ特ニ自カラ採取ノ所為ヲ為スコトヲ要スルノ理由アラサルナリ
是レニ反シテ善意ノ占有者ハ元来占有者ヲシテ真正ノ権利ヲ得セシメ得ベキモノト合意ヲ為シテ物ノ占有ヲ得タルニ非ラズ従ツテ其契約ニ依リ果実ヲ取得スル法律上ノ権限ヲ有スルモノニ非ラズ此ノ如クナルガ故ニ占有者ガ果実ヲ取得スルハ実ニ法律ノ恩恵ニ依ルモノナリトス而シテ立法者カ此恩恵ヲ與フルニ当リ占有者ガ自カラ果実ノ採収ヲ為シタルコトヲ以テ必要ナル條件ト定メタルハ実ニ其当ヲ得タルモノトス何トナレバ占有者自カラ此處為ヲ為シテ而シテ後初メテ法律ノ保護ヲ受クルノ價値アルベシ若シ此場合ニ於テ悉ク其果実ヲ返還スルコト必要ナリトセハ占有者ハ全ク其資産ヲ失フニ至ル可ケレバナリ
然レトモ法定ノ果実ニ関シテハ立法者ハ善意ノ占有者ヲ以テ殆ンド用益者ト同一ノ地位ニ立タシメタリ即チ占有者モ亦日毎ニ之ヲ取得スルモノトス故ニ事実上其果実ヲ採収スルニ先ッテ之ヲ取得スルコトヲ得ベシ
若シ善意ノ占有者ガ法定ノ果実ヲ取得スルニ関シテモ右ニ掲クル如ク用益者ト同一ノ規定ニ従ハズシテ常ニ天然ノ果実ト同一ノ方法ニ依リ占有者カ之ヲ採取シタルコトヲ要スルモノトセバ占有者ノ権利ハ実ニ自然ノ法則ニ因ッテ消長スルニモ非ラズ又自己ノ注意如何ニ因ツテ利害ヲ受クルニ非ラズ一ニ第三者ノ正直ト否トニ依ッテ果実ヲ取得スルト然ラサルトノ区別ヲ生スルニ至ルベシ即チ法定果実ノ債務者カ善意ノ占有者ノ取得ヲ妨ケ若クハ遲延セシムル為メ其弁済ヲ為スコトヲ拒ミ又ハ之ヲ遲延シタルトキハ遂ニ占有者ニ於テ果実ヲ取得スルコト能ハサルベシ縦令此ノ如キ場合ニ於テ占有者ハ債務者ニ對シ訴ヲ起シ且ツ判決ヲ受ケタリトスルモ未タ債務者ヨリ其弁済ヲ受ケサルニ先ダツテ真正ナル所有者ヨリ回復ノ訴起リタルトキハ遂ニ得ル所ナカルベシ此ノ如クナルハ之ヲ道理ニ照ラシ之ヲ公義ニ鑑ミテ其当ヲ得タルモノト謂フ可カラズ此故ニ法定ノ果実ニ関シテハ用益者ニ付イテ此決定ヲ採用セサリシト同一ノ理由ニ基キ善意ノ占有者ニ関シテモ亦之ヲ退ケタリ
本条第二項ノ明文ハ一個ノ新タナル決定ヲ為シタルモノニシテ此決定ハ已ニ第百八拾二条ノ下ニ於テ一言シタル所ナリ占有者ニシテ正権原ヲ有シ且ツ善意ナル場合ニ於テハ前ニ述ベタル如ク善意ノ占有者ニ附着シタル利益トシテ果実ヲ取得スベシ是レニ反シテ正権原ノ有無ニ関ハラズ悪意ナル場合ニ於テハ後ニ掲グル如ク占有者ハ果実ヲ取得スルコト能ハズ然ルニ実際ニ於テ此善意ノ占有者ト悪意ノ占有者トノ中間ニ置クヘキ一種ノ事情存在スル占有者アリ立法者ハ本条第二項ニ於テ実ニ此占有者ノ為メニ一個ノ規定ヲ設ケタルモノナリ
占有者ガ縦令第三者ヨリシテ一個ノ権利ヲ取得スベキ性質ノ権限ヲ得タルコトナシト雖トモ実際ニ於テ自カラ所有権ヲ有シ又ハ其他ノ権利ヲ有スルモノト確信シテ之レガ行使ヲ為シタル場合ニ於テハ何人ト雖トモ此占有者ヲ目シテ悪意ナリト謂フコト能ハサルベシ蓋シ此占有者ガ正直ノモノナルコトハ疑ヒナク従ツテ多少ノ斟酌ヲ受クベキモノナルコト明カナリ然リト雖トモ此占有者タルヤ單ニ自カラ権利ヲ有スルモノト確信スルニ止マリ何等ノ正権原ヲモ有セサルモノナルガ故ニ正権原ヲ有スル善意ノ占有者ト同一ノ利益ヲ之レニ與フ可カラザルコト又勿論ナリトス
先ツ如何ナル場合ニ於テ占有者ガ正権原ヲ有スルコトナクシテ善意ナルコト有ルベキヤヲ示スベシ最モ普通ナル場合ハ一人ガ正当相続人ナリト信シテ他人ノ相続財産ヲ占有シ而シテ実際他ニ一層親統近キ血族ノ存シタル場合又ハ死者ノ遺言ニ依テ其財産ヲ他人ニ遺贈シタル場合ノ如キ是レナリトス又相続ノ場合ニ於テ真正ナル相続人ガ相続財産ナリト信ジテ占有シタルニ実際相続ニ属セズ全ク他人ノ所有ニ属スル不動産ナリシ如キ場合是ナリ凡テ右ニ掲クル場合ハ事実上ノ錯誤ニ基クモノニシテ法律上ノ錯誤ニ基クモノニ非ラズ法律ノ錯誤ニ因テモ仍ホ正権原ナキ善意ノ占有者ヲ生ゼシムルニ至ルコト有ルベシ即チ当初容假ノ占有ヲ有シタルモノガ第百八十五条ニ掲ケタル二個ノ方法ニ依ルコトナク他ノ原因ニ依ツテ其性質ヲ変ジ全ク容假ノ占有ガ法定ノ占有ト為リタルコトヲ信ジタル如キ即チ是レナリ
以上ニ掲グル如ク占有者ハ其性質上善意ノ占有者ト悪意ノ占有者ノ中間ニ立ツヲ以テ其利益ニ付イテモ亦両者ノ中間ニ在ラシメザル可カラス
短期ノ取得時効ニ付テハ勿論此種類ノ占有者ニ利益ヲ與へサルヲ以テ正当ナリトス何トナレバ單ニ善意ヲ有スルニ止マリテ正権原ヲ有スルコトナク縦令錯誤ニ依ツテ確信シタリトスルモ是レガ為ニ正権原ヲ要セサルノ理由ナケレバナリ
果実ニ関シテハ先ツ正権原ニシテ且ツ善意ノ占有者ニハ何故ニ法律ガ果実ヲ取得セシムルヤヲ考フルコトヲ要ス已ニ述ベタル如ク正権原ヲ有シ且ツ善意ナル占有者ハ之ヲ真正ナル所有者ニ比スレバ不注意ノ責ム可キモノ甚ダ尠ナク而シテ其利益ヲ所有者ノ利益ニ比シテ甚ダ法律ノ保護ヲ受クベキ事情存スルニ依テ果実ヲ取得セシメタルモノナリ然レドモ此ノ如キ理由ハ正権原ナクシテ單ニ錯誤ヲ為シタル占有者ニ適用スルコトヲ得ス例令バ自カラ相続人タラサルニ誤ツテ相続人ナリト信ジタルガ如キ又ハ他人ニ属シタル財産ヲ以テ相続財産ナリト誤信シタルガ如キ凡テ多少ノ不注意ヲ免カレサルモノナリ然ルニ自カラ信ジタルノ一事ニ依リテ真正ノ所有者ノ損害ヲ顧ミズ専ラ占有者ヲシテ果実ヲ取得セシムルハ道理ト公義トニ反シタルモノト謂ハサルヲ得ス
其理右ニ述ブル如クナルガ故ニ若シ真正ノ所有者ヨリ此種類ノ占有者ニ對シ財産ノ回復ヲ請求シタル当時占有者仍ホ果実ノ全部若クハ一部ヲ保存シタル場合ニ於テ自己ノ錯誤ヲ理由トシテ此現存ノ果実ヲ自己ノ手ニ止メントスルハ不当ノ最モ甚ダシキモノナリ
此ノ如キ場合ニ於テハ実ニ占有者ハ何等ノ正当ナル原因ナクシテ他人ノ財産ニ依リ不当ノ利得ヲ得ルモノナリ若シ占有者ガ已ニ此果実ヲ消費シタリトスルモ其消費ノ方法ハ占有者ヲシテ利得ヲ得セシム可キ性質ノモノナル故ニ例令バ占有者カ其果実ヲ賣却シ而シテ其代價ハ未タ買主ヨリ弁済ヲ受ケズ又ハ弁済ヲ受ケタルモ其金員ハ未ダ消費セズ或ハ其果実ハ米穀又ハ薪等ノ如ク必要ナル日用品ニシテ占有者及ヒ其家族ノ為メニ消費シタル如キ場合ニ於テハ右ニ掲グル所ト同一ノ理由ニ依リ占有者ハ正当ニ其果実ヲ取得スルコト能ハサル可シ蓋シ此場合ニ於テハ占有者ハ自己ノ金銭ヲ使用スルコトナク他人ノ財産ヲ使用シ依テ不当ノ利得ヲ得タルモノナレバナリ
然レドモ或ル特別ノ場合ニ於テハ仍ホ此占有者ノ事情ヲ斟酌シ其責任ヲ軽カラシムルヲ以テ正義ニ合シタルモノト為ス縦令此種類ノ占有者ハ正権原ニ基ケル占有者ノ如ク純然タル善意ト善意ニ非ラサルモ仍ホ正直ナル占有者ト謂フコトヲ得ベシ且ツ一方ニ於テハ真正ナル所有者ガ多少ノ不注意ヲ為シタルガ為メニ占有者ヲシテ錯誤ヲ容易ナラシメタルノミナラズ仍ホ久シク其錯誤ナルコトヲ知ル能ハサラシメタルモノ為ルガ故ニ一朝悉ク果実ヲ返却セシメ、現物ニ於テモ相当ノ價額ニ於テモ已ニ存在セサル果実ニ至ルマデ凡テ真正ノ所有者ニ帰セシムル如キハ占有者ヲシテ遂ニ其産ヲ失フニ至ラシムルモノニシテ是レ又其当ヲ得タルモノト謂フ可カラス此ニ於テカ立法者ハ其中ヲ執リ縦令正権原ヲ有セサルモ善意ナル占有者ハ占有物ヨリ生ジタル果実ニシテ占有者ガ現ニ之ヲ有セズ且ツ何等ノ利益ヲモ得ザリシ部分ニ付テハ真正ノ所有者ニ對シ償還ノ義務ナキモノト決定セリ
是レト同時ニ法律ハ證據提出ノ責任ニ関スル問題ヲ決セリ即チ占有物ヨリ生シタル果実ニ付キ占有者ガ不当ノ利益ヲ得タルコトハ之ヲ回復セントスル占有者ヨリシテ之ヲ證明スルコトヲ要セズ故ニ真正ノ所有者ハ惟占有者ガ果実ヲ採取シタルコトヲ證明スルヲ以テ足レリトス可シ加之ナラズ占有物ヨリ生スル普通ノ果実ニ至テハ占有者之ヲ採取シタルコト縦令法律上ノ推定存セサルモ所謂事実上ノ推定ヲ以テ之ヲ證シ得ベキナリ已ニ此事実ニシテ證明セラレタルトキハ占有者ニ於テ自己ノ義務ヲ免カルルニハ自カラ果実ノ採取ヲ為サザリシコト又ハ採取ヲ為シタルモ其数甚ダ寡ナキコトヲ證スルカ或ハ採取シタル後其果実ヲ滅失シ或ハ何等ノ利益ヲ得ルコトナクシテ其全部若クハ一部ヲ他人ニ贈與シ又ハ消費シタルコトヲ證明セサル可カラス若シ此證明ヲ為サザルトキハ縦令真正ノ所有者ハ占有者ニ於テ不当ノ利益ヲ得タルコトノ證明ヲ為サザルトキト雖トモ之レガ償還ノ義務ハ占有者ガ免カルル能ハサル所ナリ
右ニ述ブル所ノ如クニシテ始メテ二個ノ反對シタル利益及ビ法律ト道義ノ原則ハ全ク調和セラレタリト謂フベシ
本条末項ニ規定スル所ハ当初善意ナル占有者ガ或ル原因ニ依テ他日善意ナラサルニ至リシ場合ナリ即チ権原ノ瑕疵ヲ知ラサリシ占有者ガ後ニ至リテ自己ノ行使スル権利ノ己レニ属セサルコトヲ知リタル場合ナリトス
善意ノ占有者カ自カラ行使スル権利ノ自己ニ属セサルコトヲ確知シタルトキハ将来ニ向ツテ善意ノ利益ヲ失ヒ即チ其時ヨリシテ果実ヲ取得スルコト能ハサルモノナリ然レドモ其以前ノ果実ニ関シテハ前ニ掲ゲタル区別ニ従ツテ依然占有者ノ有ニ帰スベキモノナリ例令バ正当ノ所有者ノ回復ガ占有者ノ善意ノ止息シタル後ニ至リ始メテ行使セラレタル場合ニ於テモ亦然リト為ス
此点ニ関シテハ果実ノ取得ニ付イテ必要ナル善意ト権利ノ取得時効ノ為ニ必要ナル善意トノ間ニ判然タル区別ヲ設クル為メ法律ニ於テ特ニ之ヲ示スコトヲ必要トナス取得時効ノ点ニ於テハ当初正権原ニシテ且ツ善意ナリシ占有ハ後ニ至リテ縦令悪意ノ占有ニ変スルモ是レガ為ニ占有者ノ性質ヲ変スルモノニ非ラズ此事ニ関シテハ時効ノ事ヲ説クニ当ツテ猶ホ説明ヲ與フベシ
普通ニ説ク所ニ仍レバ裁判所ニ提出シタル請求ハ被告タル占有者ヲシテ善意ノモノト雖トモ猶ホ悪意ノモノタラシムルノ効力ヲ有スルモノナリト此説タル決シテ其当ヲ得タルモノニ非ラス故ニ法文ニ於テハ勤メテ其誤解ヲ避ケタリ蓋シ善意ノ占有者ハ時トシテ自カラ信ズルコト甚ダ深ク縦令他人ヨリシテ訴ヲ受クルコト有ルモ之レガ為ニ従来ノ確信ヲ変セズ依然トシテ自カラ権利者ナリト思フコト有ルベシ然レドモ真正ノ所有者又ハ他ノ真正ナル権利者ヨリ占有者ニ對シテ訴ヲ起シタリトスルモ此訴訟ハ直チニ其終局ニ至ルモノニ非ラス而シテ此短カカラザル時間ノ間占有者ハ單ニ自カラ信スルノ一事ニ基キ何等ノ請求ヲ受クルモ依然トシテ果実ヲ取得スルコトハ是レ亦其当ヲ得タルモノト謂フ可カラス此ヲ以テ立法者ハ一方ニ於テ占有者ヲシテ善意ノ利益ヲ失ハシムルモ未ダ直チニ悪意ノ占有者ナリトセズ且ツ此ノ如クナルニハ占有者ニ對スル請求ガ終局ニ於テ正当ノモノト確定ノ判決ヲ受ケタルコトヲ以テ必要ノ条件ト為セリ而シテ此条件タルヤ必ズシモ法律ノ明文ヲ俟テ始メテ生スルモノニ非ラサルナリ何トナレバ縦令一旦回復ノ訴ヲ受クルモ其請求ニシテ棄却セラレタル場合ニ於テハ占有者ノ善意ハ其全力ヲ回復シ一時訴訟ヲ受ケタルカ為メニ何等ノ傷ケラルル所アル可カラサレバナリ
第百九十五条
道理上ヨリ嚴正ニ之ヲ論スルトキハ悪意ノ占有者ハ真正ノ権利者ヨリシテ何等ノ請求ナキトキト雖トモ已ニ自己ニ属スルモノニ非ラザルコトヲ知レルガ故ニ進ンデ之ヲ返還スルヲ以テ当然ト為ス然レドモ或ハ真正ナル権利者ノ何人タルヤ判断セザルガ為メ又ハ自カラ正直ナラザルカ為ニ占有物ヲ返還セサルコト有ルベシ此場合ニ於テハ真正ノ権利者ヲ害シテ自カラ不当ノ利益ヲ得ベキモノニ非ラズ且ツ若シ此占有ニ依テ真正ノ権利者ニ損害ヲ加ヘタル場合ニ於テハ自カラ之レガ賠償ノ責ニ任セサル可カラス悪意ノ占有ノ場合ニ於テハ善意ノ占有ノ場合ノ如ク占有者ヲシテ一切ノ果実ヲ返還セシムルハ之レヲシテ其資産ヲ破ラシムル者ナリト謂フコトヲ得ズ何トナレバ已ニ述ブル如ク悪意ノ占有者ハ其占有スル所ノ物全ク他人ニ属スルコトヲ知ルガ故ニ果実ハ是ヲ償還スベキコト当初ヨリ期スル處従ッテ之ヲ消費セズ又他人ニ譲渡スコトナキヲ要ス故ニ自カラ利得ヲ為サザル場合ニ於テモ之レガ為ニ生活ノ度ヲ高メタルハ其過失ト謂ハザルヲ得ズ若シ占有者ニシテ果実ヲ採収ス可キトキニ当リ其全部若クハ一部ニ付イテ採収ヲ怠タリ又ハ採集シタル後保存ノ注意ヲ怠リタルガ為ニ果実ヲシテ滅失セシメタル如キ場合ニ於テハ真正ノ所有者ニ對シテ其責ヲ免カルルコト能ハス
占有者ガ他人ノ財産ニ依テ不当ノ利得ヲ受ク可カラザルト同一ノ理由ニ依リ真正ノ所有者モ亦悪意ノ占有者ヲ害シテ不当ノ利益ヲ得ベキモノニ非ラズ然ルニ所有者ガ果実ノ回復ヲ為スニ当リ占有者ニ對シテ何等ノ償還ヲ為サザルトキハ所有者ハ占有者ノ財産ニ依テ自カラ冨ヲ得タルモノト謂ハサルヲ得ズ何トナレバ耕作収穫ノ費用果実保存ノ費用果実ヲ以テ負担スベキ租税其他ノ公課ノ如キ占有者ガ支弁シタル所ノモノ有ルベシ此ノ如キ費用ハ所有者自カラ果実ヲ採収スル場合ニ於テモ亦免カルル能ハサル所故ニ占有者之レガ立替ヲ為シタル場合ニ於テ所有者ハ占有者ニ對シテ其償還ヲ為ス可キコト勿論ナリ本条第二項ニ於テ決定スル所ハ実ニ此点ニ在リトス
是ヨリシテ説明スベキ所ハ強暴又ハ隠密ノ瑕疵アル占有ノ場合ニ於テハ果実ノ点ニ付テ如何ナル處分ヲ為ス可キヤヲ明カニスルニ在リ已ニ述ベタル如ク此ノ如キ瑕疵アル占有ハ縦令正権原ヲ有スルトキト雖トモ仍ホ時効ヲ成就セシムルモノニ非ラズ又常ニ善意ト両立スルコト能ハサルハ前段ニ於テ説明シタル所ナリ
暴行ニ由テ占有ヲ取得シ又ハ是ヲ維持シ若クハ占有ヲ隠匿シタル悪意ノ占有者ハ果実ニ付テ何等ノ権利ヲモ有セザルコト固ヨリ辯ヲ竢タズ何トナレバ已ニ悪意ノ一事ニ因テ此等ノ権利ヲ失ハシムルニ足レバナリ然レドモ正権原ト善意トヲ有シ而シテ占有ヲ維持スル為ニ脅迫ヲ行ヒ或ハ第三者及ビ特ニ真正ノ所有者ニ對シテ占有ヲ隠匿シタル占有者ニ付テハ如何ナル決定ヲ為ス可キヤ此問題ハ特ニ之レガ研究ヲ為スノ價値アルモノニシテ法律ヲ以テ次ノ理由ニ依リ占有者ノ不利益ニ於テ決定ヲ為セリ強暴ノ占有者又ハ隠匿ヲ為セル占有者ハ善意ノ占有者ニ比シテ更ニ保護ヲ受ク可キモノニ非ラズ或ハ悪意ノ占有者ヨリモ一層保護ス可カラサルモノナリト謂フヲ得ベシ何トナレハ真正ノ所有者ノ回復ニ對シテ一層大ナル妨害ヲ為スモノナレバナリ故ニ此ノ如キ占有者ハ何等ノ果実ト雖トモ之ヲ取得スルコトヲ得ズ凡テ悪意ノ占有者ト均シク償還ノ義務ヲ負ハザル可カラズ縦令何等ノ利益ヲ受クルコトナクシテ滅失セシメタル果実又ハ当初ヨリ採収ヲ怠タリシ果実ニ至テモ皆然リト為ス以上述ブル所ノ如クナルニ依リ強暴若クハ隠密ノ占有ヲ有スルモノハ單ニ所有権ノ推定ノ利益ヲ受ケ従テ回収ノ占有訴権ノ場合及ビ本権訴権ノ場合ニ於テ被告タルノ利益ヲ有スルノミナリ
第百九十六条
本条ノ規定ハ前条第二ノ規定ト同ジク何人ト雖トモ権利ヲ有スルコトナクシテ他人ノ利益ヲ害シ自カラ利益得ヲ受ク可カラズト謂ヘル原則ヲ確認シタルモノナリ惟本条ノ前条ト異ナル所ハ前条ニ在テハ果実ノ為ニ費ヤシタル費用ニ関シ本条ニ於テハ占有ノ目的タルモノニ関スル費用ナリトス
凡テ物ニ付テ為シ得ベキ費用ハ之ヲ分テ三種トス第一必要ノ費用第二有益ノ費用第三奢靡ノ費用是ナリ必要ノ費用トハ本条ニ所謂物ノ保存ノ為メノ費用ニシテ物ヲ保存スルハ何人ノ手ニ在ルモ必要ノ處為ニ属スルモノナリ故ニ保存ノ為メノ費用ヲ名ケテ必要ノ費用ト謂フ有益ノ費用トハ必要ナラザルモ仍ホ利益ヲ生ズ可キガ故ニ此名称ヲ附シタルモノナリ本条ノ物ノ増價ノ為メノ費用即チ是ナリ奢靡ノ費用トハ固ヨリ必要ナラズ又是レガ為ニ物ノ價格ヲ増加セシメズ或ハ單ニ娯楽ノ為ニ費ヤシタルガ如キ費用ヲ指スモノナリ占有者ガ其占有物ニ費ヤシタル費用ノ中單ニ娯楽ノ為ニ供シタルモノニシテ回復者ノ為ニ何等ノ利益ヲモ得セシメザルモノハ回復者ニ對シテ償還ヲ求ムルコトヲ得ズ第三種ノ費用即チ是ナリ
是ニ反シテ有益ノ費用ハ占有ノ目的タルモノニ多少ノ増價ヲ與へタル者ナルガ故ニ回復者ニ於テモ亦因テ多少ノ利益ヲ受クルモノナリ故ニ之レガ償還ヲ受クルコトヲ得ベク必要ノ費用ニ至テモ若シ占有者ニ於テ保存ヲ為サザル場合ニ於テハ回復者ニ於テ自カラ保存ヲ為シタル可キコト勿論ナルガ故ニ其費用ハ占有者ニ對シテ之ヲ償還セザル可カラズ
此ノ如ク費用ノ種類ヲ分ツテ三個ト為スコトハ遠ク羅馬法ニ発スルモノニシテ今日ニ於テモ仍ホ其当ヲ得タルモノト謂ハザルヲ得ズ故ニ近世諸國ノ法律ニ於テモ仍ホ此区別ヲ採用セリ
本法中ニ於テモ惟リ本条ノミナラズ仍ホ屡々此区別ヲ看ルコト有ルベシ
第百九拾七条
已ニ第二条ニ於イテ掲ゲタル如ク留置権ハ債権ノ擔保タル一個ノ物権ナリ留置権ハ質権ト甚タ相類シタリト雖トモ其実全ク同一ナルモノニ非ラズ留置権ハ債権者ヲシテ留置権ノ目的タルモノヲ占有シ其物ニ付テ生シタル債務ノ弁済ヲ受クルマデ之ヲ返還セサルコトヲ得セシムルモノナリ
此ノ如ク担保タル物権ヲ債権者ニ占有セシムルモノナルガ故ニ一見シテ甚ダ質権ト相類スルガ如シト雖トモ其実決シテ然ラズ蓋シ留置権ハ質権ノ場合ノ如ク債権者ヲシテ其占有スル物権ヲ賣却セシメ其代金ニ付テ他ノ債権者ニ先ダチ優先権ヲ以テ弁済ヲ受クルノ権利ヲ得セシムルモノニ非ラズ單ニ留置シタル物権ヨリ果実ヲ生シタル場合ニ於テハ此果実ニ付テ先取特権ヲ以テ債権ノ利息及ビ元本ニ充当スルノ権利ヲ有スルニ止マル此故ニ留置権ハ果実ノ充当ニ因テ完全ノ弁済ヲ永遠ニ期スルカ然ラサレバ真正ノ所有者モ又ハ其債権者等ガ留置セラレタル物ノ自由ナル處分ヲ回復スル為ニ弁済ヲ為スコトヲ竢ツニ非ラザレハ充分ニ其目的ヲ達スルコト能ハズ然レトモ債務者ハ必ズヤ物ヲ回復スルノ利益アルガ為ニ早晩留置権ヲ有スルモノニ債務ノ弁済ヲ為スニ至ルベシ
右ニ述ブル所ノ如クナルヲ以テ留置権ヲ有スル者ノ占有ハ其従来ノ占有ト同一ノ性質ヲ有スルモノニ非ラズ何トナレバ従来ノ占有者ハ法定ノモノナリシモ其後ノ占有者ハ全ク容假ノモノニ過キサルナリ
留置権ノコトハ債権担保編ニ於テ其詳細ノ説明ヲ為スベシ
立法者ハ本条ニ於テ又善意ノ占有者ト悪意ノ占有者トノ間ニ一個ノ差異ヲ設ケタリ然レドモ此差異ハ特ニ説明ヲ竢タズシテ容易ニ解スルコトヲ得ベシ即チ悪意ノ占有者ハ善意ノ占有者ト同ジク必要ノ費用及ビ有益ノ費用ニ付テ真正ノ所有者ニ償還ヲ求ムルノ権利ヲ有スレドモ其債権ノ擔保トシテ留置権ヲ有スルハ單ニ必要ノ費用ニ関シテ然ルノミ故ニ有益ノ費用ノ償還ヲ求ムル為メニハ占有シタル物権ヲ留置スルコト能ハズ
第百九拾八条
占有者ガ建物ヲ取壊シ又ハ定期ノ採伐ヲ為ス可カラサル樹木ヲ採伐シ或ハ其以前ニ於テ未タ採掘セズ従ツテ其産出物ハ未タ果実ノ性質ヲ有セザル石坑ヲ採掘シタル如キ場合アルベシ此時ニ於テ占有者ハ所有者ニ對シ損害ノ賠償ヲ為スコト至当ナリトス然レトモ此点ニ於テハ善意ノ占有者ト悪意ノ占有者トノ間ニ一個ノ新タナル差異アルヲ看ルベシ
悪意ノ占有者ハ此ノ如キ場合ニ於テ自己ノ過失ヨリ生スル義務ヲ有スルモノナリ即チ其為シタル民事上ノ犯罪又或ル場合ニ於テハ刑事上ノ犯罪ヨリ生スル責任ヲ負ハサルヲ得ズ之レニ反シテ善意ノ占有者ハ常ニ不当ノ利得ニ基ク義務ヲ有スルニ止マル此ニ於テ善意ノ占有者ノ義務ト悪意ノ占有者ノ義務トハ法文ニ於テ明定スル如ク廣狭ノ差異アルモノナリ蓋シ善意ノ占有者ニ於テハ元来自己ノ物ナリト信シ之ヲ使用シ若クハ濫用シタルモノナルガ故ニ未ダ之レヲシテ不注意若クハ収益ノ濫妄ヲ為シタリトノ過失ノ責任ヲ負ハシム可キニ非ラサルナリ
且ツ此ノ如キ場合ニ於テハ善意ノ占有者ガ單ニ自己ノ物ナリト確信シタルニ止マルヤ或ハ正権原ヲ有シタルヤヲ区別スルノ必要アラズ惟占有者ガ正直ナリシヤ将タ不正直ナリシヤヲ区別スルヲ以テ足レリト為ス
時効即チ所有権ノ取得ノ完全ナル推定ハ占有ノ効力中尤モ大ナルモノナルコトハ已ニ之ヲ述ベタリ然レドモ時効ノ事タルヤ今詳細ノ説明ヲ為サズ何トナレバ法律ノ定メタル證據ノ方法トシテ特ニ證據編ニ詳細ノ規定ヲ為セバナリ
第百九拾九条
占有ニ附着セシメタル種々ノ効力ハ以テ、占有ガ或ル論者ノ屡々説ケル如ク單純ナル事実ニ止マラズシテ全ク一個ノ権利ナルコトヲ明カニスルニ足ルベシ而シテ此権利タルヤ物ノ上ニ存スル権利ニシテ本法ノ所謂物権ナリ且ツ占有ガ事実ノミニ止マラズシテ権利ナルコト、證據ハ仍ホ占有ノ担保トシテ法律ノ與へタル占有訴権ノ存在ニ因テ益々之ヲ明カナラシムルコトヲ得ベシ
本法ニ於テモ近世殴州諸國ノ法律ト同ジク羅馬法ニ於テ認メタル諸種ノ占有訴権ヲ採用セリ本条ハ占有訴権ヲ列記シ而シテ其二個ノ目的ヲ指示スルヲ以テ目的ト為ス占有訴権ノ二個ノ目的トハ何ゾヤ曰ク妨害セラレタル占有ノ維持保存ヲ為シ且ツ奪ハレタル占有ノ回復ヲ為スコト是ナリ
占有訴権ニ関スル規則ニシテ諸種ノ占有訴権ニ共通スベキモノアリ又其間ニ於テ共通ス可カラズ單ニ或ル種ノ占有訴権ニノミ適用スヘキモノアリ此共通ノ規則ト特別ノ規則トハ次条以下ニ於テ之ヲ明示スベシ
第二百条
法律ニ於テ事実上ノ妨害ト名クル所ノモノハ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ヘシ即チ一人ガ物ノ占有ヲ為スニ当リ他人カ有形ノ處為ヲ行ヒ因テ其占有ヲ妨ゲ又ハ其占有ノ利益ヲ減少シ若クハ全ク之ヲ失ハシメントスル如キコト有ルトキハ是レ事実上ノ妨害ナリトス例令バ占有ノ目的タル土地若クハ家屋ノ全部又ハ一部ノ占領或ハ占有ノ目的タル土地又ハ庭園ヲ通シテ絶エズ通行ヲ為スガ如キ若クハ占有地ニ存スル井戸水溜等ノ水ヲ汲取ルノ處為、占有地ニ於テ地役又ハ其他ノ物権ニ基クニ非ラサレバ為スコトヲ得ベカラザル工事ヲ施コスノ處為ノ如キ是ナリ
権利上ノ妨害ハ占有者ト契約ヲ為シタル土地ノ賃借人ニ對シ裁判上ト裁判所外トヲ問ハズ或ル請求ヲ為スガ如キ又ハ其賃貸借ノ更新ヲ為ス所為ノ如キヲ謂フ何トナレバ此ノ如キ所為ハ凡テ第一ノ賃貸人即チ占有者ノ占有ニ反對スル主張ヲ包含スル所為ナレバナリ又占有者ニ對シテ或ル請求ヲ為シ而シテ占有物ノ全部若クハ一部ヲ失ハシメントスル如キモ亦権利上ノ妨害ナリトス此場合ニ於テ妨害ヲ為シタルモノガ法廷ニ於テ請求ヲ為スニ至ラザルトキハ占有者ハ自カラ進ンデ占有訴権ヲ起シ是レニ由テ妨害ヲ止メシムルコトヲ得ベシ占有者自カラ訴ヲ受ケタルトキハ固ヨリ権利上ノ妨害ヲ受ケタルモノナルコト明カナリト雖ドモ此場合ニ於テハ占有者ヨリ訴権ヲ提出スルコトナク抗弁ノ方法ニ因テ自カラ占有ヲ完フスベシ然レトモ占有者ハ本権若クハ占有ノ訴ニ於テ被告トナリタルトキ反訴ニ因テ自カラ占有訴権ヲ提出シ得ベキコトハ第二百拾条ニ於テ之ヲ看ルベシ
法文ニ従フトキハ占有ニ對スル妨害カ之ヲ為シタルモノニ於テ占有ニ反對スル主張ヲ含ムコトヲ必要ト為ス故ニ妨害者ニ於テ権利ノ基本即チ所有権ノ主張ヲ為スカ然ラザレバ占有ヲ主張スルコトヲ必要トス然ラサレハ妨害ハ占有権ニ對スル妨害ニ非ラズシテ惟占有者ノ一身ニ對シ加ヘタル妨害タルニ過キサル可シ而シテ此妨害ハ或ハ民事上ノ犯罪タルコト有ルベク時トシテハ刑事上ノ犯罪ヲ組成スルコト有ルベシ例之バ隣人ガ観望ヲ妨グル樹木ヲ毀損シ若クハ家畜ヲ殺シタル如キ所為是ナリ此場合ニ於テハ占有者ハ隣人ニ對シテ損害賠償ノ對人訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシト雖トモ保持ノ訴権トシテ占有訴権ヲ提起スルコト能ハズ
保持ノ占有訴権ノ物上訴権タル性質ニ付テハ少シク説明ヲ要スルノミナラズ仍ホ或ル区別ヲ為スコト必要ナリ且ツ此事タル本条第二項ノ理由ヲ示スニ当ツテ当然述ブ可キ所ノコトナリトス保持ノ訴権ハ二個ノ目的ヲ有スルモノナリ其一ハ妨害ヲ止ムルニ在リ其二ハ補償ヲ為サシムルニ在リ即チ償金ヲ求ムルニ在リ
第一ノ目的ヲ以テ保持ノ訴権ヲ提起スル場合ニ於テハ其訴権ハ全ク物上訴権タリ何トナレバ此場合ニ於テ保持ノ訴権ハ占有セル物ヲシテ或ル地位ニ維持シ又ハ其地位ニシテ已ニ変更セラレタルトキハ復旧セシムルヲ以テ目的トスレバナリ然レドモ償金ヲ目的トスル保持ノ訴権ニ至テハ占有者ガ蒙ムリタル損害ノ賠償ヲ受クルニ止マルガ故ニ其訴権ハ全ク對人ノモノナリトス何トナレバ妨害ヲ加ヘタルモノノ過失ニ因テ生ジタル一個ノ債権ヲ主張スルニ過ギザレバナリ
此故ニ保持ノ訴権ハ中性ノモノタルコトヲ認メサル可カラズ中性ノ訴権トハ同時ニ物上訴権ト對人訴権トノ性質ヲ有スルノ謂ナリ此問題タルヤ決シテ利益ナキモノニ非ラズ何トナレバ占有ニ對シテ妨害ヲ加ヘタルモノガ変更シタル場合ニ於テハ占有者ヨリ提起スベキ訴権ノ性質モ亦常ニ同一ナルコト能ハズ例令バ隣地ノ所有者ガ占有ノ目的タル土地ニ或ル工事ヲ施シテ妨害ヲ加ヘタル後隣地ヲ他人ニ譲渡シタル如キ場合ニ於テ此妨害ヲ止メ且ツ已ニ為シタル工事ヲ取除カシムル為ニ占有者ヨリ保持ノ訴権ヲ提起スル場合ニ於テハ隣地ノ新所有者ニ對シテ之ヲ為スコトヲ得ベシ然レドモ隣地ノ旧所有者ガ工事ヲ為シタル為ニ占有者ノ蒙ムリタル損害ノ賠償ヲ求ムルニ当テハ新所有者ニ對シテ保持ノ訴権ヲ提起スルコトヲ得ズ必ズヤ前所有者ニ對シテ此請求ヲ為サザル可カラス此場合ニ於テハ其訴権ハ全ク對人ノモノナリ此ニ於テ乎保持ノ訴権ハ全ク物上ノ性質ヲ有スル場合ノミニ止マリ對人ノ訴権ニ至テハ遂ニ私犯ヨリ生ジタル一種ノ訴権タルニ止マル可シ
新工告発ノ訴権ニ至テハ全ク物上ノモノナルコト後ニ至テ看ル可キ所ナリ危害告発ノ訴権ニ至テモ亦同一ノ決定ヲ為スコトヲ要ス之ニ反シテ回収ノ訴権ニ至テハ常ニ不法ノ所為ニヨリ源ヲ発スルモノナルガ故ニ其性質上必ズ對人ノ訴権ナリトス
本条第一項ノ法文ハ保持ノ占有訴権ヲ生ゼシムルハ如何ナル者ノ占有ナルヤヲ明カニセリ
第一不動産ニ関シテハ保持ノ訴権ニ因テ占有ノ擔保ヲ為スコト固ヨリ疑ヒナキ所ナリ而シテ茲ニ不動産ト称スルハ或ル人ガ占有シ即チ自己ノモノトシテ行使スル一切ノ不動産権ヲ指シタルモノナリ故ニ所有権ノミナラズ用益権地役権永借権質権ノ如キ皆然リト為ス
此故ニ疑ヒヲ生ジ得ベキハ惟動産ノ占有ノ場合ニ止マルノミ而シテ此場合ニ於テ或ハ動産ノ包括ト特定ノ動産トノ間ニ区別ヲ為ス可シト信スルモノ有ラン然レドモ動産ノ包括ニ関シテハ殴州諸國ニ於テモ概ネ占有ノ訴権ヲ認メタリ例之バ相続財産ノ動産ノ全部又ハ一部ノ占有ノ為ニ保持ノ訴権ヲ認メ他人若シ相続人若クハ受遺者ナリト主張シ妨害ノ所為ヲ為シタルトキハ是レニ對シテ保持ノ訴権ヲ提起スルコトヲ許セリ
本法ニ於テモ仍ホ此理論ヲ採用セリ且ツ特定ノ動産ニ関シテハ特ニ即時時効ノ規定アルガ為ニ此理論ヲ採用スルコト益々必要ト為レリ
特定動産ニ関シテハ多少ノ困難ヲ免カレズ何トナレハ動産ニ関シテハ占有ハ権原ニ均シキ効力ヲ有ストノ原則アルガ故ニ動産ヲ占有シタルモノハ其占有ヲ得タルト同時ニ即時ノ時効ニ因テ真正ノ所有者トナルモノナリ此ニ於テ動産ニ関シテハ占有訴権ニ對シ二個ノ障碍ヲ来タスニ至ル第一動産ノ占有者ハ其占有甚ダ短カキ場合ニ於テモ單ニ占有ノミナラズ真正ノ権利ヲ取得スルモノナルガ故ニ若シ他人ノ妨害ヲ蒙ムリタルトキハ是レニ對シテ有スル所ノモノハ單ニ占有訴権ニ止マラズシテ仍ホ本権訴権ヲ有スベシ第二占有ノ妨害ヲ為シタルモノハ屡々自カラ恵贈物タル動産ノ占有ヲ得タルコト有ル可キガ故ニ此場合ニ於テハ妨害者モ亦是レニ由テ即時ノ時効ヲ主張シ而シテ占有ノ訴ニ破ルルモ仍ホ本権ノ訴ニ於テ勝利ヲ得ルコト有ルベシ此ノ如クナルトキハ特定ノ動産ニ関シテハ占有訴権ノ利益殆ンド是レナキニ至ルガ如シ
然レドモ此二個ノ非難ハ未タ動産ノ占有ヲ妨害セラレタルモノニ占有訴権ヲ與フルノ必要ナキコトヲ明カナラシムルニ足ラサルナリ
第一完全ナル権利ヲ有スルモノハ其一部分ノ権利モ亦有スルモノナリトハ道理上ノ原則ナリ故ニ真正ナル所有者又ハ其他ノ権利者ニシテ同時ニ其権利ノ占有ヲ有スル場合ニ於テハ権利ノ基本ニ基キ本権ノ訴権ヲ提起シ得ベキト同時ニ單ニ占有ニ基ク占有ノ訴権ヲ提起シ得ベキコト勿論ナリ
且ツ動産ノ占有者ハ常ニ其占有ノ一事ニ由テ即時ノ時効ヲ取得シ真正ノ権利者ナリト謂フコト未ダ必ズシモ其当ヲ得タルモノニ非ラズ何トナレバ実際ニ於テ即時ノ時効ヲ成就セシムルニハ占有ガ法定ノモノニシテ容假ノモノナラザルコトヲ必要トスルノミナラズ仍ホ善意ノ占有ナルコトヲ必要トス而シテ此場合ニ於ケル善意ニハ單ニ占有者ノ確信スルノミヲ以テ足レリトセズ更ニ正権原ニ基キタル善意ナルコトヲ要ス然ルニ保持ノ訴権ハ善意及ビ正権原ノ条件ヲ缺ク場合ニ於テモ之ヲ提起スルコトヲ得ベシ然ラバ即チ保持ノ占有訴権ハ動産ノ占有者ノ為ニ其必要ナシト云フコトヲ得ズ少ナクモ此二個ノ場合ニ於テハ動産ノ占有者ハ本権訴権ヲ有セズト雖トモ仍ホ占有訴権ノ利益ヲ受クルコトヲ得ベシ
他ノ一方ニ於テ占有ニ對シ妨害ヲ為シタルモノガ自カラ恵贈ノ目的物タル動産ノ占有者ト為リタル場合ヲ假定センニ或ハ此占有者ハ自然ノ占有者又ハ容假ノ占有者タルニ過ギザルコト有ルベシ此場合ニ於テハ前ニ掲ゲタル動産ニ関シテハ占有ハ権原ニ均シキ効力ヲ有ストノ原則ヲ援用スルコト能ハズ即チ即時ノ時効ヲ得ルコト能ハズ縦令其占有ガ自然又ハ容假ノ者ナラズシテ法定ノ者ナリシトスルモ或ハ正権原ヲ有セズ又ハ善意ナラザルコト有ルベシ此場合ニ於テハ到底其占有ノミニ由テ本権訴権ヲ有効ニ提起スルコト能ハズ従ツテ此場合ニ於テモ仍ホ占有訴権ノ利益ヲ受クルコト有益ナルベシ
以上ニ述ベタル場合ニ於テハ凡テ動産ニ関シテ占有者ガ單ニ其占有ノ妨害ヲ受クルノミナラズ猶ホ占有ヲ奪ハレ而シテ保持ノ訴権ヲ提起スルコトヲ假定セリ是レ蓋シ保持ノ訴権ハ單ニ占有ヲ奪ハレザル以前ニ於テ提起スルノミニ止マラズ已ニ之ヲ失ヒタル後ニ於テモ仍ホ此訴権ヲ行ヒ得ベキコトヲ明カニセンガ為メナリ蓋シ均シク占有訴権ニシテ回収訴権ト名クル所ノモノ有リト雖ドモ此訴権ト保持訴権トノ区別ハ決シテ占有者ノ蒙リタル損害ノ大小ニ由テ区別ヲ為スニ非ラズ寧ロ占有者ニ損害ヲ生ゼシメ因テ訴権ヲ得セシメタル所為ノ性質ニ基キテ区別ヲ為スモノナリ已ニ前段ニ於テ述ベタル如ク保持ノ訴権ハ其目的トスル所占有ニ對シ他人ノ主張ヲ退ゾケ而シテ其主張ヨリ生スル効力ヲ止メ若クハ已ニ生ジタル損害ヲ補償セシムルニ在リ是ニ反シテ回収訴権ノ目的トスル所ハ占有ニ對スル主張ノ制限ヲ超エタル不法ノ所為ノ賠償ヲ為サシムルニ在リ其詳細ニ至テハ第二百四条ニ於テ之ヲ説明スベシ
第二百一条
第二ノ占有訴権ハ新工告発訴権ト名ク其適用ハ第一ノ占有訴権ニ比シテ甚ダ制限セラレタルモノナリ
第一新工告発ノ訴権ハ不動産ノ占有者ニノミ属スルモノナリ故ニ不動産物ノ上ニ所有権其他ノ物上権ヲ行使スルモノニ非ラサレハ之ヲ有セス
此ノ如ク此占有訴権ヲ不動産ノ占有者ノミニ與へタル所以ノモノハ他ナシ実ニ不動産上ニ或ル工事ヲ起シ若クハ之ヲ成就セシメタルトキト雖トモ之レガ為ニ動産ノ占有ヲ害スルガ如キコトハ殆ント是レ有ラザル可キヲ以テナリ
且ツ新工告発ノ訴権ヲ提起スルニハ工事ガ單ニ着手セラレ而シテ未ダ成就ニ至ラズ他日若シ其工事ガ成就スル乎若クハ着々其歩ヲ進ムルトキハ遂ニ不動産ノ占有者ニ損害ヲ加フルニ至ルベキ場合ナルコトヲ必要トス若シ然ラズシテ已ニ損害生ジタル場合ニ於テハ是レ工事ノ為ニ現在ノ妨害ヲ受クルモノニシテ実ニ保持訴権ヲ提起スベキ場合ナリトス此故ニ新工告発訴権ハ保持ノ訴権ト均シク占有ノ訴権ナリト雖トモ妨害ニ先ツテ提起スル所ノモノニシテ其目的ハ一ニ未必ノ妨害ヲ豫防スルニ在リ此ノ如キ損害ヲシテ未タ生ゼサルニ止ムルハ当時者双方ノ為ニ必要ナリトス何トナレバ已ニ損害ヲ生ゼシメテ後之レガ補償ヲ為スハ始メヨリ之ヲ生ゼシメサルニ若サレバナリ
本条ノ規定ニ従ヘバ新工告発訴権ヲ提起スベキ場合ハ隣地ニ於テ新タナル工事ヲ為シ之レガ為ニ占有ノ妨害ヲ将来ニ来スタ可キ恐レ有ルコトヲ必要ト為ス然レトモ隣地ナル事情ハ未ダ必ズシモ新工告発ニ必要缺ク可カラサル一個ノ条件ト云フコトヲ得ズ然リト雖トモ甚ダ相隔タル土地ニ於テ新タニ工事ヲ起スコト有ルモ之レガ為ニ占有ノ妨害ヲ将来ニ生ス可キ如キハ殆ンド実際ニ於テ是レアラサルベシ
本条ニ規定スル新工告発ノ訴権ハ單ニ真成ノ所有者ノミニ属スルモノニ非ラズシテ惟占有ヲ有スルモノニ於テモ均シク之ヲ提起シ得ベキコト固ヨリ辯ヲ竢タズ然レドモ此訴権ヲ提起スルモノガ真正ナル所有者タルトキト雖トモ是レ決シテ所有者ノ資格ニ於テ之ヲ提起スルニ非ラズ実ニ占有者トシテ之ヲ提起スルモノナリ此点ニ於テハ猶ホ次ノ注意ヲ為スコトヲ要ス即チ新工告発ノ訴権ハ法律上占有者ノ資格ヲ以テ提起スルモノナリト雖トモ実際ニ於テハ單純ノ占有者ニ比スレハ真正ノ所有者ヨリ之ヲ提起スルコト最モ屡々ナリトス蓋シ單純ナル占有者ハ其権利ノ存在スル期間ニ付テ確乎タラザル所アルガ故ニ真正ノ所有者ニ比スレバ隣地ノ新工ヨリ生スル妨害ニ付キ利害ノ関係ヲ有スルコト甚ダ尠ナケレバナリ事情此ノ如クナルニモ拘ハラズ新工告発訴権ヲ以テ一個ノ占有訴権ト為ス所以ノモノハ実ニ此訴権ヲ提起スルモノニハ其占有スル土地即チ隣地ニ於テ着手シタル新工ノ為ニ損害ヲ受ケントスル土地ガ自己ノ所有地タルコトヲ證明スルノ必要ナク唯是レガ法定ノ占有者タルコトヲ證明スルヲ以テ足レリト為ス
新工告発ノ訴権ハ地役ノ章ニ於テ再ビ其適用ヲ看ルベシ蓋シ隣人ガ地役権ヲ有スルコトナクシテ妄リニ之ヲ有スト主張スル場合ニ於テ承役地ノ占有者ハ此地役ノ負担ヲ免カレ其土地ノ自由ヲ全フスルカ為ニ此訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ
第二百二条
本条ニ於テ規定スル第三ノ占有訴権ハ急害告発ノ訴権ト名ク凡テ建物樹木等ノ如キ不動産物権其他ノ工事ノ朽壊又ハ傾倒等ノ為メ損害ヲ生ス可キ恐レアル場合ニ於テハ此訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ蓋シ真正ナル所有者ト單純ノ占有者トヲ問ハズ之レガ為ニ不動産ノ占有ヲ妨害セラルル可ケレバナリ此訴権ハ猶ホ二個ノ適用ヲ有スルモノニシテ且ツ此二個ノ適用ハ特ニ本邦ノ如キ水害及ヒ火災等ニ依テ屡々損害ヲ蒙ムル土地ニ在リテ最モ緊要ナリトス故ニ特ニ本条ノ明文ニ於テ之ヲ明示セリ
急害告発ノ訴権ニ於テ原告ハ将来ノ損害ヲ豫防スベキ處分ヲ命スベキコト又ハ損害賠償ノ為ニ相当ノ保證人ヲ立ツ可キコトヲ判事ニ請求スベシ若シ妨害ガ已ニ迫レル場合ニ於テハ建物其他ノ工作物ニシテ危害ノ原因タル可キモノハ直チニ之ヲ取除クカ又ハ充分ノ修繕ヲ加ヘシムルヲ以テ目的ト為ス而シテ是レ固ヨリ裁判所ガ命ス可キ所ノコトナリトス又若シ之レニ反シテ危害未ダ目前ニ迫ラサル乎又隣人ガ自カラ修繕ヲ為スノ意思アルコトヲ示シタル場合ニ於テハ此ノ如ク直接ノ處分ヲ施サザルモ万一ノ場合ノ為ニ損害ノ保證人ヲ立テシムルヲ以テ足レリトスル而巳ナラズ是レヲ以テ遥カニ前者ニ優レリト為ス
急害告発ノ訴権ハ水ノ使用ニ関シ地役ノ事項ニ於テ特別ノ適用ヲ受クルコト有リ
第二百三条
立法者ハ本条ニ於テ占有者カ第一及ヒ第二ノ占有訴権ヲ提起スル為ニ備フベキ資格若クハ条件ヲ定メタリ本条ニ掲ゲタル条件ノ中第一第二第三ハ既ニ前段ニ於テ説明シタル所ナリトス平穏、公然及ビ法定ノ三条件是ナリ法文ノ定メタル条件ニ由テ之ヲ考フレバ自然ノ占有者又ハ容假ノ占有者ハ保持ノ占有訴権ヲ有セズ且ツ新工告発ノ訴権ヲ提起スルコトヲ得ス縦令法定ノ占有者タルモ其占有ガ強暴ニ基クカ又ハ公然ナラサル場合ニ於テモ是レト異ナルコトナシ
最後ノ条件即チ占有ガ一ヶ年以来継續シタルコトヲ要スルノ一条件ニ至テハ本条ニ於テ始メテ規定スルモノタリ立法者ハ占有ニ附着セシメタル第一第二ノ利益ノ為ニ此一ヶ年間継続ナル条件ヲ必要トセズ即チ所有権ノ推定ヲ受ケ及ビ果実ヲ取得スル為ニハ必スシモ占有カ此ノ如キ継続ヲ有スルコトヲ必要ト為サス
又他ノ点ヨリ之ヲ考フルニ不動産ノ取得時効ヲ成就セシムル為メニハ未タ占有ガ一ヶ年間継続シタルヲ以テ足レリト為ス動産ノ時効ニ関シテハ此ノ如キ継續ヲ望ムハ甚ダ重キニ過グルモノニシテ果実ノ取得ノ為メニハ此条件ハ実ニ嚴ナリト謂ハサルヲ得ズ故ニ此等ノ点ニ於テ此条件ヲ必要ト為サザルモ保持ノ訴権及ビ新工告発ノ訴権ヲ提起シ不動産ノ占有者ガ自己ノ蒙ムル妨害ヲ退ケント欲シテ訴ヲ為スニハ此一年間ノ継續ナル條件ヲ必要ナリトシ又其継續ハ一年間ヲ以テ充分ナルモノト認メタリ
一年ノ期間ハ至当ノモノト謂ハサルヲ得ス固ヨリ期間ハ各人ノ看ル所ニ従ヒ或ハ之ヲ長ウスルコトヲ得ベク或ハ之ヲ短フスルコトヲ得ベシ而シテ必ズシモ弊害アルモノニ非ラズ然レドモ此種類ノ占有訴権ヲ提起スルニハ其占有ガ一定ノ時間継續シタルコトヲ必要トスルニ至テハ動カス可カラサル所ナリ若シ然ラズトセバ占有訴権ニ付テ被告ト為リタル者モ亦直チニ自カラ同一物、同一ノ権利ニ付キ占有ヲ主張シテ占有訴権ヲ提起スルニ至ルベク此場合ニ於テ原被双方ノ占有ハ孰レカ尤モ古ク孰レカ尤モ長キヤヲ知ルコト甚ダ困難ナル可ケレバナリ
本条ニ於テ法律ガ一年間ノ継續ヲ一個ノ條件トシテ定メタルハ動産ノ包括又ハ不動産ニ関スル占有訴権ノ場合ニ止マル若シ特定動産ノ占有訴権ノ場合ナルトキハ法律ハ之レガ為ニ占有ノ継續ヲ必要トセズ何トナレハ特定動産ニ関シテハ取得時効ト雖トモ已ニ何等ノ期間ヲ要セズシテ成就スルモノナリ時効スラ此ノ如クナル以上ハ占有訴権ノ行使ニ付テノミ占有ノ継續ヲ必要スベキ理由ハ殆ンド是レ有ラザレバナリ
第二百四条
本条ニ規定スル回収ノ訴権ハ單ニ占有ノ全部又ハ一部ヲ失ヒタル場合ニ於テ直チニ提起シ得ベキモノニ非ラズ何トナレバ此ノ如キ場合ニ於テハ占有ノ侵奪ハ一個ノ妨害ニ外ナラズ又特ニ妨害ノ最モ大ナルモノナリ故ニ占有者ハ保持ノ訴権ニ因テ常ニ此占有ヲ回復スルコトヲ得ベシ占有ノ侵奪ヲ為スニ当リ暴行脅迫又ハ詐術等ノ方法ヲ用ヒタル場合ニ於テ始メテ回収ノ訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ此故ニ回収ノ訴権ハ占有ノ侵奪ニ基クモノニ非ラスシテ実ニ侵奪ニ用ヒタル方法ノ私犯ノ性質ニ基クモノナリ此特殊ノ性質ハ本条及ヒ次条ニ於テ之ヲ明示セリ本条第一項ハ回収訴権ガ前ニ掲ゲタル如キ私犯ノ性質ヲ有スル三個ノ處為ヲ用ヒズ占有ノ全部又ハ一部ノ侵奪ヲ為シタル場合ニ於テ提起セラルベキ者タルコトヲ明記セリ且ツ回収ノ訴権ハ第二百条ニ於テ已ニ示シタル財産ノ三種即チ特定不動産、包括動産、特定動産ノ占有者ニ属スルモノナルコトヲ示セリ
特定動産ニ関シテハ回収ノ訴権ヲ許ス可キコト保持ノ訴権ニ比スレバ更ニ疑ヒナシ或ハ動産ニ関シテハ占有ハ権原ニ均シキ効力ヲ有ストノ原則ヲ以テ非難ヲ為スモノ有リト雖トモ之レガ為ニ決シテ占有訴権ヲシテ其用ナキニ至ラシムルモノニ非ラス何トナレバ回収ノ訴権ハ單ニ右ノ原則ヲ援用シ得ベキ者ノミニ之ヲ附與セラレタルニ非ラズシテ容假ノ占有者ト雖トモ仍ホ此訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ(参看次条)而シテ容假ノ占有者ハ決シテ動産ノ即時時効ノ原則ヲ援用スルコト能ハサルナリ
又本条第一項ニ依レバ占有者ガ回収訴権ニ因テ侵奪セラレタル占有ヲ回復セントスルニハ占有者自カラ当初暴行脅迫又ハ過失ヲ以テ占有ヲ取得シタル者ニ非ラサルコトヲ必要ト為ス然ラサレハ侵奪者ヲ排斥シテ独リ此占有者ノミヲ保護ス可キ理由アラサレバナリ同一ノ地位ニ立ツモノ二人アル場合ニ於テハ現在ノ占有者ヲ以テ前占有者ニ優レルモノト為スハ古来有名ナル格言ニシテ実ニ右ノ場合ニ於テ適用ス可キ所ノモノナリ然レトモ回収訴権ニ於テ原告タル占有者ノ暴行脅迫等ノ如キ私犯ノ性質ヲ有スル所為ノ為ニ回収訴権ヲ失ハシムルニハ其暴行脅迫等ノ所為ガ被告ニ對シテ必ズシモ為サレタル者ナルコトヲ要セズ縦令原告ガ曽テ此等ノ強暴ヲ施シタルコト有ルモ被告ニ對シテ然ルニ非ラズシテ他人ニ對シテ之ヲ用ヒタル場合ニ於テハ被告ハ之ヲ以テ原告ニ對抗スルノ権利ヲ有セサルベシ蓋シ此等ノ瑕疵ハ已ニ第百八拾三条ノ下ニ於テ述ベタル如ク元来関係ノモノニシテ絶對ノモノニ非ラサレバナリ
本条第二項ハ回収訴権ト其他ノ占有訴権トノ間ニ一個ノ大ナル差異ヲ設ケタリ已ニ述ベタル如ク保持ノ訴権新工告発ノ訴権及ビ急害告発ノ訴権ハ全ク物上ノ訴権ニシテ之ヲ詳言スレハ凡テノ占有者ニ對シ提起スルコトヲ得ベク縦令其占有者ガ妨害又ハ新工ノ本人タラサル場合ニ於テモ亦然リトス惟占有ヲ承継シ而シテ自カラ妨害又ハ工事ヲ止メサレバ即チ此一事ヲ以テ占有訴権ノ被告タラサルヲ得ズ若シ損害賠償ノ請求ヲ為スニ当テハ直接ニ妨害ノ原因タルモノノミ之レガ被告タルベシ今回収訴権ニ付テ考フルニ右ニ述ブル所ト大ニ異ナルモノアリ蓋シ此訴権ニ由テ占有ノ回復ヲ請求スルモ或ハ損害ノ賠償ヲ求ルモ凡テ回収ノ訴権ハ對人ノ性質ヲ有スルモノナリ故ニ侵奪者ノ包括承継人ニ對シテハ猶ホ之ヲ提起スルコトヲ得ベシ何トナレハ包括承継人ハ原権者ノ法律上ノ人格ヲ継續シ而シテ其一切ノ法律上ノ義務ヲ承継スルモノニシテ其義務ノ行為ニ基クモノナルト私犯ニ基クモノナルトニ因テ区別スルコトナシ然レトモ買主又ハ受贈者ノ如キ特定ノ承継人ニ對シテハ回収訴権トシテ提起スルコトヲ得ズ何トナレハ特定承継人ハ原権者ノ法律上ノ人格ヲ承継スルモノニ非ラサレバナリ然レトモ承継人又侵奪ノ處為ノ共通者ナル場合ニ於テハ其一身上ニ於テ回収訴権ノ被告タルコトヲ免カレサル可シ
第二百五条
本条ニ於テモ亦回収訴権ト保持訴権及ヒ新工告発訴権トノ間ニ性質上ノ二個ノ差異アルコトヲ示セリ
第一回収訴権ハ單ニ法定ノ占有者ニ属スルノミナラズ仍ホ容假ノ占有者ニモ属スルモノナリ而シテ容假ノ占有者ヲシテ回収訴権ヲ有セシムル理由ハ次ニ掲クル所ノ如シ容假ノ占有者ハ尤モ屡々他人ニ對シテ占有物管守ノ責任ヲ有スルモノナリ然ルニ其占有ノ容假ナルガ為ニ自己ノモノトシテ之レガ回復ヲ為スコト能ハサルモ若シ他人ノ侵奪ヲ受ケタル場合ニ於テハ少ナクモ其容假ノ占有ヲ回復スルコトヲ得セシメサル可カラス是レ其一ナリ又容假ノ占有者ハ他人ノ利益ニ於テ他人ノ名義ヲ以テ占有ヲ為スモノナルガ故ニ屡々其他人ノ為ニ占有訴権ヲ提起スルコトヲ得セシメサル可カラス是レ其二ナリ
第二回収訴権ヲ提起スルニハ其目的タルモノガ不動産ナル場合ニ於テモ仍ホ一年間ノ占有ヲ必要ト為サズ侵奪ヲ受ケタルモノハ必ズ先ツ其舊地位ニ復セシメラルルコトヲ要ストハ正義ニ合シタル原則ニシテ回収訴権ニ占有ノ継続ヲ必要トセザルモ亦此原則ノ適用ニ外ナラザルナリ回収訴権ヲ提起スルモノハ此原則ニ因テ被告ノ地位ヲ回復スルコトヲ得ベシ而シテ被告ノ地位ノ利益アルコトハ已ニ前段ニ於テ述ベタル所ナリ
急害告発ノ訴権ハ右ニ述ベタル回収ノ訴権ノ如ク私犯ノ處為ヲ以テ基礎ト為サズト雖トモ其目的トスル所人命財産ノ危害ヲ豫防スルニ在ルガ故ニ回収ノ訴権ト均シク容假ノ占有者ニモ属スベク且ツ此訴権ヲ有スルニハ占有ガ一ヶ年間継續シタルコトヲ必要トセサル可キハ当然ノコトナリトス
以上ニ説明シ来レル諸種ノ占有訴権ハ一トシテ自然ノ占有者ニ属スルコトナシ何トナレバ自然ノ占有者ハ何等ノ権利ヲ有セズ又法律上何等ノ推定ヲモ受クルコト能ハサレハナリ
第二百六条
一人ノ占有者ガ占有訴権ヲ提起スルニ当テヤ其被告タルモノモ亦実際ニ於テ屡々占有者ト看做サルルコトヲ得ベシ此ニ於テ乎占有訴権ノ行使ニ関スル期間ハ最モ古キ占有者ヲシテ新タナル占有者ニ勝ツコトヲ得セシムル方法ヲ以テ計算セサル可カラス然ルニ保持ノ占有訴権ニ於テ原告タラントスル者ハ少ナクモ其妨害以前ニ於テ一ヶ年ノ占有ヲ為シタルコトヲ要ス故ニ其訴権ヲ提起スルハ必ズヤ妨害ヨリシテ一ヶ年以内ニ於テセサル可カラス然ラサレバ保持訴権ノ場合ニ於テ被告モ亦其占有ノ継續ニ由テ保持訴権ヲ提起スルコトヲ得ベク茲ニ於テ乎旧占有者ハ遂ニ占有者ノ為ニ勝ヲ制セラルベシ
回収訴権ニ至テハ右ノ原則ハ常ニ嚴正ノ適用ヲ受クルモノニ非ラズ固ヨリ其訴権ガ一ヶ年以内ニ提起セラルルコトヲ要スルハ論ヲ俟タズト雖トモ此場合ニ於テハ侵奪ヲ受ケタルモノノ占有ガ一ヶ年間継續スルヲ要セサルガ故ニ回収訴権ニ於テ勝利ヲ得ルモノハ必ズシモ最モ久シク占有スルモノニ非ラサルベシ例令バ三ヶ月間占有シタル後他人ノ為ニ暴行ニ由テ占有ヲ奪ハレタル場合ニ於テ前占有者ハ侵奪ノ後十一ヶ月ヲ経テ回収ノ訴権ヲ提起シタリトセン此場合ニ於テ真占有者ハ其占有シタル時間遥カニ占有者ニ比シテ長シト雖トモ此訴訟ニ於テ勝利ヲ得ルモノハ侵奪ヲ受ケタル前占有者ナルベシ此ノ如キ原則ニ對シテ例外アル所以ノモノハ他ナシ他人ノ占有ヲ侵奪シタルモノハ法律ノ之ヲ遇スルコト他ノ占有者ト同一ナラサルニ依ル
新工告発ノ訴権ニ関シテハ右ノ原則ハ充分ニ其適用ヲ受クルモノナリ此訴権ヲ以テ原告タラントスル者ハ必ズ一ヶ年間継續シタル占有ヲ有セザル可カラズ而シテ此訴権ハ工事ヲ始メタル後一ヶ年ヲ過グルモ提起スルコトヲ得ベシト雖トモ仍ホ此ノ如クナルニハ工事ノ為メ妨害ヲ受ケテヨリ未タ一ヶ年ニ満タザルコトヲ必要トス且ツ一ヶ年以内ニ於テモ若シ工事ガ落成シタルトキハ最早新工告発訴権ヲ提起スルコトヲ得ズ然レトモ此場合ニ於テハ妨害ヲ受ケタルトキヨリ一年ノ間ハ保持ノ占有訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ
急害告発ノ訴権ニ関シテハ危害ノ存在スル間ハ訴権ノ原因常ニ生スルモノニシテ殆ント時々刻々新タニ生スルモノト謂フコトヲ得ベシ此故ニ工作物ニ修繕ヲ加フル乎又ハ全ク之ヲ取除クニ非ラザレハ此訴権ノ行使ヲ止ムルコトヲ得ズ若シ建物ノ壊倒等ニ由テ損害已ニ生ジタルトキハ急害告発ノ占有訴権ハ其目的ノ滅失ト共ニ消滅スルモノニシテ損害賠償ノ對人訴権ヲ以テ是レニ代フ可キモノトス
第二百七条
今占有ニ関シテ当事者双方ヨリ争ヒヲ起シタル場合ニ於テ判事タルモノハ当事者ノ権利ノ基本ニ関スル権原其他ノ證據ニ因テ孰レノ主張スル所ガ果シテ至当ナルヤヲ決ス可キコト最モ其当ヲ得タルモノ如シ然レトモ法律ハ現ニ之ヲ禁セリ而シテ其理由ノ主タルモノハ次ニ掲クル所ノ二点ニ在リ
第一保持訴権及ヒ新工告発訴権ノ場合ニ於テハ敢テ原告ノ占有ハ正当ノ者ナルヤ否ヤヲ決スルコトヲ要セズ惟其占有ハ法律ニ定メタル性質ト期間トヲ以テ存在スル者ナルヤ否ヤヲ決スベシ又被告ノ方ニ於テモ其加ヘタル妨害若クハ侵奪ハ権利ニ基キテ之ヲ為シタル者ナルヤ否ヤヲ究ムルコトヲ要セス然レトモ惟果シテ妨害又ハ侵奪ヲ為シタル者ナルヤ否ヤヲ決スルニ止マルベシ新工告発ノ訴権ヲ提起シタル場合ニ於テハ其工事ガ原告ノ占有ニ妨害ヲ加フルコトノ惧レアリヤ否ヤヲ決スルヲ以テ足レリトシ急害告発ノ訴権ノ場合ハ法律ニ定メタル性質及ビ原因存在スルヤ否ヤヲ決スルヲ以テ足レリトス故ニ判事タルモノ若シ当事者双方ノ真正ナル権利ノ有無ヲ審理シ其如何ニ由テ占有訴権ノ当否ヲ決スルガ如キハ当事者ノ請求セサル所ノ者ヲ裁判スルモノニシテ全ク越権ノ處為ヲ為スモノナリ
第二占有訴権ニ関シテハ裁判管轄モ亦本権ト訴権ト異ナリ是レ蓋シ其問題甚ダ簡單ナルノミナラズ其審理ノ迅速ナルコトヲ要スルガ為メニシテ当事者ニ甚ダ接近セル下級ノ判事ノ権内ニ属セリ即チ其訴権ガ物上ノ者ナルトキハ占有訴権ノ目的タル不動産所在地ノ区裁判所之レガ管轄権ヲ有シ若シ對人ノ訴権ナルトキハ被告ノ住處ノ地ノ区裁判所之レガ裁判権ヲ有ス此故ニ区裁判所判事ガ單ニ占有ノ点ノミヲ審理スルコトナク権利ノ基本ニ関シテ審理ヲ為スガ如キハ縦令権利ノ基本ニ付キ裁判ヲ與へルコトナシトスルモ実ニ其管轄以外ニ出テ越権ノ處為ヲ為スモノト謂ハサルヲ得ズ
本条第三項ヲ以テ判事ニ為シタル禁止ハ他ノ理由ヲ以テ之ヲ説明スルコトヲ得ベシ即チ判事ニシテ若シ困難ヲ避ケル為ニ訴訟ヲ中止シ而シテ当事者ヲシテ先ツ本権ノ訴権ヲ提起シ之レガ判決ヲ受ケシメントスルトキハ実ニ裁判ヲ拒ムモノト謂ハサルヲ得ス裁判ヲ拒ムハ不完全ノ裁判ヲ與フルニ比シテ一層法律ノ禁スル所ナリ何トナレバ一度裁判ヲ與へタルトキハ縦令不完全ナルモ更ニ之レガ変更ヲ求ムルノ道アレバナリ
最後ニ注意スベキハ一旦本権訴権ニ関シ裁判ヲ受ケタルトキハ最早占有訴権ニ関シテ裁判ヲ為スノ必要ナシ(参看第二百九条)何トナレバ本権ノ争ヒ既ニ決シタル後更ニ占有ノ争ヒヲ判決スルハ全ク理論ヲ轉倒スルモノナレバナリ
第二百八条
本条ノ規定ハ前条第三項ノ規定ト照應スルモノナリ前条第三項ノ規定ハ本権ノ訴起リタル後占有ノ訴起リタル場合ニ於テ本権ノ訴ヲ中止スベキコトヲ命ジ本条ハ占有ノ訴起リタル後本権ノ訴起リタルトキハ占有ノ訴ノ確定判決ニ至ルマデ本権ノ訴ノ訴訟手続ヲ中止スベキコトヲ命ゼリ然レドモ其規定ノ理由ニ至テハ前条末項ノ理由ト同一ナラズ何トナレハ前条ニ於テ占有ノ訴ノ判決ヲ猶豫スルコトヲ禁ジタルハ一ニ判事タルモノ当事者ノ請求セザル点ニ付テ判決スルコトヲ得サルニ由ル可シト雖トモ当事者ガ請求シ得ベキ所ノモノハ此ノ如ク制限セラレタルモノニ非ラズ請求ノ当否ハラ暫ク措キ苟クモ自カラ権利アリト信スル所ノ者ハ凡テ請求スルコトヲ得ベシ故ニ実際ニ於テ当事者ノ一方ガ占有ノ訴ヲ為シ他ノ一方ガ本権ノ訴ヲ為ス如キ同時ニ二個ノ請求アリ得ベキナリ
此ノ如キ場合ニ於テ占有ノ訴ノ確定判決ニ至ルマデ本権ノ訴ノ訴訟手続ヲ中止スル理由ノ主タルモノハ実ニ占有ノ事タル常ニ迅速ヲ要スル性質アルモノナレバナリ占有ニ関スル争ヒアルニ当テヤ当事者双方ハ互ニ不当ノ處為ヲ為シ或ハ暴行ヲ施コシ争闘ヲ為スニ至ル如キコト実際ニ於テ尠カラサル所ナリ之ヲ要スルニ各人自カラ裁判ヲ下シ裁判所ノ判決ヲ竢タサル傾キアルハ実ニ占有ノ事ニ関シテ最モ著シキ所ナリ且ツ占有ニ関スル證據及ヒ占有ニ對スル妨害ノ証據ノ如キハ其性質上時日ヲ経過スルトキハ権利ノ基本ノ證據ニ比スレバ甚ダ容易ニ且ツ最モ速カニ消滅ス可キモノナリ此等ノ理由アルガ故ニ占有ノ事ヲ審理シ判決スルハ本権ノ訴ニ比スレハ尤モ迅速ナラサル可カラズ
已ニ前段ニ於テモ述ベタル如ク占有ノ訴ニ於テ勝利ヲ得タルモノハ本権ノ訴ニ於テ被告ノ地位ニ立ツベシ故ニ先ヅ占有ノ訴ヲ決シ本権ノ訴訟手続ニ於テ各当事者ヲシテ其至当ニ有スル地位ヲ得ルノ方法ヲ得セシムルハ尤モ其当ヲ得タルモノト謂ハサル可カラズ
本条ノ明文ニ依テ考フルトキハ占有ノ訴ト本権ノ訴ト同一ノ裁判所ニ提起セラルルコト有ルベシ此事タルヤ前ニ述ベタル所ニ由テ考フルニ甚ダ不可思議ナルガ如ク二個ノ訴ノ中一個ニ付テハ常ニ其裁判所ハ管轄ヲ有セサル可キモノノ如シ然レトモ必ズシモ然ラス何トナレバ若シ占有ノ訴ガ第一審ニ於テ区裁判所ノ判決ヲ受ケ当事者ノ一方ガ是レニ對シテ地方裁判所ニ控訴ヲ為シタル時本権ノ訴始メテ起リタル場合ニ於テハ此地方裁判所ハ孰レノ場合ニ付テモ管轄権ヲ有スルコト明カナリ又動産ノ占有ノ場合ニ於テ本権訴権ヲ被告人住處ノ区裁判所ニ提起シ而シテ同一ノ裁判所ニ於テ同一ノ動産ニ関シ占有ノ訴已ニ起リタル場合アル可シ是レ又共ニ同一裁判所カ管轄権ヲ有スル所ナリ縦令本権ノ訴ト占有ノ訴権トヲ提起セラレタル一ノ裁判所カ其訴ノ一個ニ付テ管轄ヲ有セサル場合ニ於テモ管轄違ノ抗辨ヲ以テ第一ニ是レニ對抗シ得ベキニ非ラズ必ズヤ本条ニ基キ本権ノ訴ノ中止ヲ抗辨スルコトヲ要ス何トナレハ本条ノ適用ハ管轄ノ問題ニ比スレハ尤モ容易ニ決シ得ベキ所ノ者ナレバナリ之ヲ決スルニ当テヤ惟本権ノ訴ト占有ノ訴ト同一ノ者ニ関シテ提起セラレタルコトヲ認メ而シテ其本権ノ訴ヲ中止スレバ即チ足ルモノナリ
本条第二項ノ法文ハ本権ノ訴ニ於テ被告タル者ヲシテ更ニ原告トシテ占有ノ訴ヲ起スコトヲ許セリ是レ又其当ヲ得タルモノナリ若シ此規定ナキトキハ占有ノ妨害ヲ為シ若クハ侵奪ヲ為シタルモノハ自カラ進ンデ本権ノ訴ヲ起シ是ニ由テ損害ノ補償ヲ免カレ占有者ヲシテ占有訴権ノ利益ヲ失ハシムルニ至ルベシ之ヲ防グノ道ハ本条ノ規定ヲ設ケ此ノ如キ場合ニ於テモ仍ホ占有者ハ更ニ占有訴権ヲ提起シ本権ノ訴ニ先ツテ占有ノ争ヒヲ決セシムルノ外ナシ
第二百九条
本条ノ規定ハ甚タ嚴ニ過クルモノノ如シ然レトモ次ノ理由ニ因テ之ヲ解スルコトヲ得ベシ他人ノ為ニ占有ノ妨害ヲ受ケ若クハ之ヲ侵奪セラレ因テ占有訴権ヲ以テ請求ヲ為シ得ベシト信スル当時者ガ此訴権ヲ提起スルコトナクシテ本権ノ訴権ヲ提起シタル場合ニ於テハ当事者自カラ其占有ガ法律ニ定メタル条件ヲ備エサルコトヲ認メ又ハ其蒙ムリタル妨害若クハ侵奪ハ甚ダ重大ノ者ニ非ラズシテ未ダ以テ占有ノ訴ヲ起スノ理由トスルニ足ラズ従テ暗黙ニ此方法ヲ抛棄シタルモノト謂ハサルヲ得ズ
然レトモ此理由ニ依テ正当ノ範囲外ニ馳セサルヲ要ス蓋シ已ニ本権ノ訴ヲ起シタル場合ニ於テ占有ノ訴権ヲ抛棄シタルモノト看做スハ本権訴権ヲ提出スルノ当時未タ提出セザリシ占有ノ訴権ニ関スルモノニシテ已ニ提起シタル占有訴権ニ関シテハ此ノ如キ黙示ノ抛棄ヲ為シタルモノト謂フコトヲ得ズ此故ニ本条ニ於テハ已ニ提起シタル占有訴権ニ関シテハ原告タルト被告タルトヲ問フコトナク之ヲ継続シ得ベキコトヲ明記セリ而シテ此規定タルヤ全ク前条ノ法文ヲ以テ二個ノ訴権同時ニ提起セラレタル場合ニ於テハ常ニ本権ノ訴ノミヲ中止スト言ヘル精神ニ符合スルモノナリ
縦令本権ノ訴ニ於テ原告ト為リタルモノガ其以前ニ於テ占有ノ訴権ヲ提起セサリシトスルモ若シ本権ノ訴ヲ起シタル後自己ノ占有ノ妨害若クハ侵奪ヲ受ケタル場合ニ於テハ之ヲ理由トシテ更ニ占有ノ訴ヲ起スハ其為シ得ベキ所ナリ法律ノ明文ニ於テ道理ニ従ヒ占有訴権ノ抛棄ヲ推定スルハ惟本権ノ訴以前ノ事実ニ関スルノミ
若シ本権ノ訴権ノミ先ツ提起セラレタル場合ニ於テ敗訴シタルモノハ原告タルト被告タルトヲ問ハズ更ニ占有ノ訴権ヲ提起スルコトヲ得ズ本条第二項ニ掲ケタル此決定ハ容易ニ其理ヲ解スルコトヲ得ベシ蓋シ占有者ニ法律ノ與へタル権利ト訴権トハ全ク所有権ノ推定ヲ以テ基礎ト為スモノナリ然ルニ所有権ノ事タルヤ本権ノ訴ニ於テ判決ヲ受ケ其存スル所明確ナル以上ハ更ニ占有ノ訴ヲ以テ之ヲ争フ可カラザルコト勿論ナリ
其理由此ノ如クナルガ故ニ占有訴権提起ノ権利ヲ喪失スルコトハ單ニ確定ノ敗訴ニ帰シタルモノニ適用スベシ従テ縦令本権ノ訴ニ関シ判決アルモ未タ故障、控訴又ハ上告等上訴ノ道アルトキハ此判決ノ為メ占有訴権ノ行使ヲ妨ゲラルルコトナシ
第二百拾条
当事者等ガ訴訟ヲ為スニ当テハ必スシモ一方ノミ不当ナルモノニ非ラズ双方ニ於テ多少ノ不当ヲ免カレサルコト屡々ナリトス此ノ如キ場合ニ於テハ各当事者ハ各々他ニ向テ補償ヲ請求スル為メ原告ノ位置ニ立ツコトヲ要ス而シテ第一ニ被告ト為リタル者自カラ進ンデ原告ニ對シ或ル請求ヲ為ス場合ニ於テハ此請求ヲ名ケテ反訴ト謂フ
而シテ占有ノ事項ニ関シテハ当事者双方ガ互ニ不法ノ處為ヲ加ヘ妨害又ハ暴行ヲ施ス如キコト容易ニ之ヲ想像シ得ヘシ而シテ本条ニ於テ本権ノ訴ニ付テ被告タル者ニ與フルニ占有ノ訴ニ於テ反訴ヲ為スノ権利ヲ與へタルハ一方ニ於テ占有訴権ノ効力ヲシテ益々完全ナラシメ又他ノ一方ニ於テハ占有ノ訴ト本権ノ訴トハ之ヲ併合スルコトヲ得トノ格言アルモ已ニ第二百八条ニ於テ之ヲ述ベタル如ク右両個ノ訴権ハ同時ニ提起セラルルヲ得ベキ者タルコトヲ明カニセリ要スルニ法律上為シ得ベカラサルノコトハ本権ノ訴ト占有ノ訴トヲ併合シテ当時ニ判決ヲ為スノ一点ニ在リ本権ノ訴ト占有ノ訴ト雖トモ同時ニ提起セラルルコトヲ得ベシ故ニ若シ二個ノ訴権共ニ占有ニ関スルモノナルトキハ同時ニ之ヲ提起シ得ベキコト一層明カナルノミナラズ此場合ニ於テハ二個ノ訴権ハ同時ニ同一ノ判決ニ因テ之ヲ決スルコトヲ得ベシ
第二百拾一条
本条ノ規定ニ付テハ何等ノ困難ヲ看ズ其規定スル所ノコト惟諸種ノ占有訴権ノ目的トシテ已ニ示シタル所ノ事ヲ明確ナラシムルニ止マル
然レトモ仍ホ注意ヲ要スルモノアリ已ニ述ベタル如ク回収ノ訴権ニ於テ侵奪セラレタル物ノ返還ハ侵奪ヲ為シタル者又ハ其包括承継人ニ對スルニ非ラサレバ之ヲ求ムルコトヲ得ズ何トナレハ此訴権ハ過失ヲ以テ基礎トスルモノナレバナリ縦令其他ノ占有訴権ヲ提起スル場合ニ於テモ若シ損害賠償ヲ目的トスル場合ニ於テハ又同一ナリトス之ヲ要スルニ此二個ノ場合ニ於テハ占有訴権ハ全ク對人訴権ノ性質ヲ有スルモノナリ
急害告発ノ訴権ニ関シテハ二個ノ特殊ノ点アルヲ知ルベシ第一請求ノ目的トスル所ノ事建物ノ修繕又ハ其全部若クハ一部ノ取毀チノ如キ損害豫防ノ處分タル可ク第二未必ノ損害ノ担保トシテ保證人ヲ立テシムルニ在ルベシ
第二百拾二条
占有ノ訴ニ原告ト為リタル者或ハ自カラ主張シタル事実ヲ證明スルコト能ハサルガ為メ或ハ訴権ヲ提起スルコト法律ノ定メタル期間ニ後レタルガ為メ又或ハ法律ノ定メタル条件ヲ備ヘザルガ為メ敗訴スルコト有ル可シ此ノ如ク占有ノ訴ニ於テ敗訴シタリトスルモ是レ敢テ自カラ有スルモノトシテ已ニ行使シ来タレル所有権其他ノ権利ヲ真正ニ有スルコトノ妨害タルモノニ非ラズ何トナレハ占有ノ訴ニ於テハ占有ノ事実ニ依テ之ヲ決スルモノナルガ故ニ縦令真正ニ権利ヲ有スルコトヲ證明スル権原其他ノ方法ヲ有スルモ未タ此点ニ付テハ何等ノ判決ヲ受ケタルコトナシ故ニ更ニ権利ノ基本ニ付テ争ヒヲ為シ判決ヲ求ムルハ其固ヨリ為シ得ベキ所ナリ而シテ此場合ニ於テハ其更ニ提起スル本権ノ訴ハ決シテ不法ノ訴訟ナリト推測セラル可キニ非ラズ何トナレハ未ダ何等ノ物権ヲモ返還ス可キ義務アルモノニ非ラズ亦其敗訴シタル第一訴訟ノ費用ヲ豫ジメ償還スルノ義務ヲ有スルモノニ非ラサルナリ
本条第二項ノ規定モ亦第一項ノ規定ト同一ノ原則ニ基クモノニシテ惟一個ノ差異アルノミ占有ノ訴タル第一ノ訴訟ニ於テハ権利ノ基本ニ関スル問題即チ所有権ノ問題ハ未タ何等ノ判決ヲ受ケタルモノニ非ラザルコト第一項及ビ第二項ニ於テ共ニ然リトス惟第二項ノ場合ニ於テ已ニ判決ヲ受ケタル所ノコトハ左ノ数点ニ止マル第一原告ハ法律ニ定メタル資格ヲ備ヘ占有訴権ヲ提起シ得ヘキ占有者ナリシコト第二原告ハ占有ノ妨害ヲ受ケ若クハ侵奪ヲ蒙ムリタルコト是ナリ而シテ此訴ニ於テ被告ハ権利ノ基本ニ基ク方法ニ由テ争ヒヲ為スコトヲ得サリシナリ何トナレハ占有ノ訴ト本権ノ訴トハ同時ニ判決ヲ受クルコトヲ得ザレハナリ然レトモ已ニ占有ノ訴決セラレタル以上ハ占有ノ訴ニ於テ被告タリシ者ハ更ニ本権ノ訴ニ由テ原告ト為ルコトヲ得ベシ惟此場合ニ於テハ自カラ原告タル地位ニ立ツガ故ニ凡テ證據ノ責任ヲ負担セサル可カラス而シテ若シ此本権ノ訴ニ於テ勝利ヲ得タルトキハ其對手タル被告ハ更ニ占有ヲ返還シ且ツ此請求ノ時以後ニ採収シタル果実ヲ償還セサル可カラズ又此訴ニシテ一旦判決ヲ受ケタルトキハ同一ノ当事者間ニ於テ再ビ此事ニ付キ争ヒヲ為スコト能ハス何トナレハ権利ノ基本ニ関シ既判力ヲ生スレバナリ
然レトモ占有訴権ニ於テ被告ノ地位ニ立チ而シテ敗訴ニ帰シタルモノハ或ル時日ノ間敗訴ノ判決ノ実行ヲ免カレンガ為ニ自カラ其不当ナルコトヲ知リナカラ故意ヲ以テ本権ノ訴ヲ提起スルコトナキヲ保セス就中占有ヲ返還スルノ責ヲ免カレンガ為ニ此ノ如キ處為ヲ為スハ最モ屡々其例ヲ看ルベシ立法者ハ此危嶮ヲ豫防スルガ為ニ占有ノ訴ニ於テ敗訴シタル被告ガ更ニ本権ノ訴ヲ提起セント欲スルトキハ是レニ先ツテ裁判ヲ執行スルカ然ラサレハ此執行ニ充分ナル担保ヲ供スルコトヲ必要トセリ
裁判所構成法ノ規定ニ依リ占有ノ訴ニ関スル裁判管轄ハ之ヲ区裁判所ニ属セシメ而シテ其訴訟手續ハ民事訴訟法ニ於テ之ヲ定ム
第四節 占有ノ喪失
第二百拾三条
占有ハ一個ノ物権ナリ故ニ本条ニ於テ占有喪失ノ原因ヲ列記スル以上ハ完全ナル物権タル所有権ノ滅失ニ関スル原因ノ全部若シクハ大部分ハ本条ノ列記中ニ掲ク可キモノノ如シ(参看第四拾二条)然レトモ所有権ノ消滅原因ニシテ占有権ノ消滅原因タル可キモノハ惟本条列記中ノ第二及ビ第四ニ止マル(参看第四拾二条第五及ヒ第六)此ノ如ク滅失原因ニ付テ甚ダ相異ナル所以ノモノハ他ナシ所有権ハ全ク純然タル権利ニシテ占有ハ権利ヲ行使スル事実ニ基クモノナルガ故ナリ
占有喪失ノ原因ニ付テハ逐一是レガ説明ヲ為ス可シト雖トモ已ニ前段ニ於テ詳説シタル所ヲ考フレハ特ニ何等ノ困難ヲ看ル所ナシ
占有者ノ意思ハ占有権ヲ組織スル二個ノ原素ノ一ナリ故ニ此意思ニシテ消滅スルトキハ占有ノ要素其一ヲ欠クモノナルガ故ニ是レト同時ニ占有モ亦消滅スルコト勿論ナリ
右ニ掲ゲタル如ク占有ハ占有者ノ意思如何ニ従ッテ是ヲ二種ニ分ツコトヲ得法定ノ占有及ビ容假ノ占有是レナリ而シテ此二種ノ占有ノ相異ナル所ハ左ノ點ニ在リ即チ法定ノ占有ニ在ツテハ占有者ハ自己ノ為ニ占有スルモノニシテ容假ノ占有ノ場合ニ於テハ占有者ハ他人ノ為ニ占有スルモノナリ本条ノ規定ニ於テハ此二種ノ占有ヲ総括シ均シク意思ノ消滅ヲ以テ占有ヲ消滅セシムル者ナルガ故ニ法定ノ占有ノ場合ニ於テ自己ノ為ニ占有スルノ意思滅失シタルトキハ是レニ由テ法定ノ占有消滅スルト均シク容假ノ占有ノ場合ニ於テ他人ノ為ニ占有スルノ意思消滅シタルトキハ均シク容假ノ占有ヲ失フベシ
此ノ如クナルガ故ニ若シ自己ノ為ニ占有ヲ為シ従ツテ法定ノ占有ヲ有スルモノガ他人ノ為ニ占有ヲ始メタル場合ニ於テハ従来有シタル法定ノ占有ヲ失ヒ惟容假ノ占有ヲ有スルニ止マル又他人ノ為ニ占有シ従ツテ容假ノ占有ヲ有シタル者ガ自己ノ為ニスルト他人ノ為ニスルトヲ問ハス占有ヲ為スノ意思ヲ失ヒタルトキハ容假ノ占有モ亦消滅スベシ此場合ニ於テハ單ニ自然ノ占有ヲ有スルニ止マル何トナレハ惟有形ノ處為アルノミニシテ占有ノ一要素タル意思存セサレバナリ
右ニ掲グル所ト反對ノ場合ニ付テハ更ニ詳説スルコトヲ要セサル可シ即チ従来容假ノ占有者タリシ者カ自己ノ為ニ占有スルノ意思ヲ生シタル場合是レナリ此場合ニ於テ其意思ノ変更ガ有効ナルハ実際甚タ罕レナルベシ其意思縦令変更スルモ法律上依然トシテ容假ノ占有者タルコト最モ屡々ナリトス縦令或ル例外ノ場合ニ於テ意思ノ変更ガ法律上ノ効力ヲ有スルモ此場合ニ於テハ一方ニ於テ縦令容假ノ占有ヲ失フモ他ノ一方ニ於テハ法定ノ占有ヲ取得スルガ故ニ占有ノ喪失ト謂ハンヨリハ寧ロ占有ノ取得ト云フヲ以テ其当ヲ得タリト為ス(参看第百八拾五条)
占有者ノ意思ガ占有ノ要素ノ一ナルト均シク占有ノ處為モ亦占有ノ為ニ缺ク可カラサル所ノコトナリ此故ニ若シ占有者カ占有スルノ意思ヲ失フコトナキモ権利ノ行使ヲ廃シ占有ノ處為ヲ為サザルトキハ是レ占有ノ第二ノ条件缺クルモノニシテ其意思ノミハ未ダ以テ従来有シタル占有ヲ保存セシムルニ足ラサルナリ
然レトモ之レガ為ニ占有者ガ占有ヲ失フニハ事実ノ絶止ガ任意ノ者ナルコトヲ必要トシ若シ強制ノ者ナルトキハ法律ノ強制ニ出ツルコトヲ必要トセリ法律上ノ強制ニ基ク占有ノ處為ノ絶止ハ回収ノ占有ノ訴ノ場合又ハ回復若クハ契約解除ノ如キ本権ノ訴ノ場合ニ於テ下サレタル判決ノ実行ノ為ニ占有ノ處為ヲ廃シタルガ如キ是ナリ没収ノ判決ノ実行ノ場合モ亦是レト同一ナリトス
此等ノ場合ハ第四拾二条ニ掲ゲタル所有権消滅原因ノ或ル場合ト照應スルモノナリ全ク同一ナリト謂フコトヲ得ズ何トナレハ所有権ハ純然タル権利ナルガ故ニ契約ノ解除又ハ没取ヲ言渡シタル判決ニ由テ当然消滅スルモノナリト雖トモ占有ハ元来事実ヲ以テ其要素トスルガ故ニ此ノ如キ判決アルモ未タ実際ニ於テ其実行ヲ為サザル間ハ喪失スルモノニ非ラズ
若シ占有ノ事実ノ絶止カ任意ノモノニ非ラス又法律上ノ強制ニ基クモノニ非ラズシテ引續キタル洪水等ノ如キ不可抗力ニ基クモノナルトキハ占有ハ之レガ為ニ喪失スルコトナシ一年中或ル時期ニ於テハ近クコトヲ得サル土地ノ占有ノ如キモ亦妨害ノ為ニ占有ヲ失フコトナシ或ル動産物カ一個ノ建物ノ中ニ在ツテ其所在ヲ失シタル場合ニ於テモ亦是レト同一ナリト謂フコトヲ得ベシ蓋シ此ノ如キ場合ニ於テハ事実上仍ホ之ヲ占有スト謂フコト能ハサルモ未ダ全ク占有ヲ喪失シタリト謂フコト能ハズ
凡テ右ニ掲クル如キ場合ニ於テハ占有ハ單ニ意思ノミニ因テ保存セラルルモノナリ
本条第二号ノ明文ニ従ヘバ任意ニ非ラサル抛棄ニ由テ占有ヲ喪失セシムルニハ必ズ法律上強要セラレタル抛棄ナルコトヲ必要トス而シテ此ノ如ク定メタルモノハ一ニ暴行又ハ過失等ノ方法ニ依リ不法ニ占有ヲ侵奪セラレタル場合ヲ取除カンカ為ナリ此ノ如キ場合ニ於テ侵奪ヲ受ケタルモノハ回収ノ訴権ヲ有スルモノニシテ空シク一ヶ年ノ期間ヲ経過セシメ依テ此訴権ヲ失フニ至ラサル間ハ因テ占有ヲ喪失スルモノニ非ラス凡ソ一個ノ物ヲ回復スル訴権ヲ有スルモノハ仍ホ其物ヲ自カラ有スルト同一ナリトノ法律上ノ格言ハ実ニ此場合ノ為メニ生シタルモノナリ
第三号ノ場合ニ於テハ他人カ占有ヲ取得シタル為メ従来ノ占有者ガ之ヲ失フモノニシテ他人ノ取得ハ時ニ不法ノ者ナルコト有ルベシ然レドモ当初ニ於テ不法ノ處為ニ基クモ仍ホ其占有ニシテ一ヶ年ヨリ長ク継続シタルトキハ是レガ為メ旧占有者ハ其権利ヲ失フベシ
占有者ガ他人ノ處為ニ由テ占有ヲ妨害セラレ若クハ侵奪セラレタル時他人ガ善意ナルト否トヲ問ハス従来ノ占有者若シ一年内ニ回収ノ訴権又ハ保持ノ訴権ヲ提起セサリシトキハ占有者ハ任意ヲ以テ其占有ヲ抛棄シタルモノト謂フコトヲ得ベシ然レトモ此場合ヲ以テ前ニ掲ゲタル場合ト同一視セサルコトヲ要ス蓋シ此場合ニ於テハ占有ヲ侵奪セラレタル者ガ其地ニ在ラザル為メ又ハ侵奪ノ事実ヲ知ラサルガ為ニ訴ヲ起サザルコト有ルベシト雖トモ仍ホ其事情ニ拘ハラズ常ニ占有ヲ喪失スベシ而シテ此事タルヤ独リ占有ノ場合ノミナラズ凡テ時効ノ為メニ占有ヲ失フニ至ル一切ノ場合ニ於テ生スル所ト同一ノ結果ナリトス
占有ノ目的タルモノガ其ノ全部ニ於テ滅失シタルトキハ占有ハ権利ニ於テモ事実ニ於テモ惟リ存在スルコト能ハサルハ辨ヲ俟タズシテ明カナル所ナリ何トナレバ此場合ニ於テハ占有ノ意思アルモ其目的物アラサレバナリ
立法者ハ物ノ全部ノ滅失ノ外仍ホ権利ノ消滅ヲ以テ占有喪失ノ原因ト為セリ蓋シ物ノ滅失ト権利ノ消滅トハ必ズシモ同ジカラサレバナリ例令ハ各人ノ所有ニ属スルモノガ公有ニ属スルニ至リタルトキハ権利ハ占有者ノ為メ消滅ス可シト雖トモ物ハ依然トシテ存在ス可シ此場合ニ於テ少ナクモ法定ノ占有ハ消滅セザルヲ得ス(第百八拾四条)又一旦捕獲シタル野獣逸シテ何人モ之ヲ捕ヘサル間ハ物縦令消滅セズト雖トモ然レトモ決シテ前占有者ノ権利ニ属スルモノト謂フ可カラス故ニ其占有ハ喪失シタルモノナリ
第五章 地役
總則
第二百拾四条
役ナル名称ハ所有権ノ或ル支分権ヲ指示スルガ為メニ用ヒラレタル者ニシテ或ル物ノ所有者ニ非ラサルモノガ其物ニ付テ使用ヲ為シ便益ヲ受クル一定ノ権利ヲ有スルノ意義ヲ顕ハスモノナリ人一個ノ物ノ所有権ヲ有スルトキハ其物ハ所有者ノ為メニ一切ノ便益ヲ與へ所有者ハ一切ノ使用ニ之ヲ供スルコトヲ得ベシト雖トモ此ノ如キハ所有権ナル名称ニ由テ充分ニ之ヲ示シ得ベキ所ニシテ役ノ名称ハ所有者ガ自己ノ所有物ヨリ得ル所ノ利益ヲ顕ハス為メニ之ヲ用ヒタルモノニ非ラズ
本章ニ於テ説明セントスル所ノ役ハ特ニ之ヲ地役ト称シ又屡々物役ト称セラルルモノナリ而シテ此ノ如キ名称ニ由テ生スル所ハ用益権使用権及ヒ住居権ニ時トシテ人役ノ名称ヲ付スルニ由ル
此等ノ名称ハ多少ノ注意ヲ要スルモノ有リ何トナレハ此名称ノ為メニ多少ノ混同ヲ来タスノ恐レ有ルヲ以テナリ
物役ノ名称ハ決シテ役ノ物権タルコトヲ明カニスル為ニ用フルモノニ非ラズ何トナレハ用益権使用権及ヒ住居権ノ如キ均シク物権ナリト雖トモ仍ホ物役ト称セサレバナリ又地役ノ名称ハ其権利ノ目的トスル處常ニ不動産ナルコトヲ明カニスル為ニ之ヲ用フルニ非ラズ何トナレハ地役ニ非ラサル住居権ノ如キニ至テモ常ニ不動産ヲ目的トスル而巳ナラス其他用益権及ビ使用権ノ如キハ必スシモ不動産ヲ目的トスルモノニハ非ラサレドモ仍ホ実際ニ於テ土地家屋ヲ目的トシテ之ヲ設定スルコトヲ得ベキノミナラス此ノ如キ事物ノ上ニ此等ノ権利ノ存在スルハ実際ニ於テ屡々其例ヲ看ル所ナレバナリ
本章ニ掲グル役ニ附スルニ物役若クハ地役ノ名称ヲ以テスル理由ハ左ノ如シ用益権使用権及ビ住居権ノ如ク人役ト称セラルル所ノモノハ特定ノ人ニ属スル権利ニシテ其人ト共ニ消滅シ如何ナル近親ノ相続人ニモ移轉スルコトヲ得ザル所ノモノナリ是ニ反シテ本章ニ掲クル所ノ役ニ至テハ物ニ属シ不動産ニ属スル所ノモノナリ故ニ地役若クハ物役ノ名称ヲ附シタルノミ
此ノ如ク説明スルトキハ理ニ於イテ甚ダ不可思議ナルモノ有ルガ如シ何トナレハ一個ノ権利ガ物ニ属スルコトヲ得ト謂フニ均シケレバナリ然ルニ物ハ権利ノ目的ニシテ其主格タルコトヲ得ベキモノニ非ラズ物ハ権利ノ左右ヲ受クルモノナリ然レトモ之ヲ行使スルコトヲ得ベキニ非ラズ物ノ本分ハ常ニ受方ニシテ決シテ働方ニ非ラズ故ニ本章ニ規定スル地役ノ如キモ亦其実地役ノ利益ヲ受ク可キ土地ノ所有者ニ属スルモノニシテ決シテ土地自カラ此地役ヲ有スルニ非ラサルナリ然レトモ土地ノ所有者ハ其土地ヲ他人ニ譲渡スコトヲ得ベク又ハ相続セシムルコトヲ得ベク従ッテ其人ニ変更ヲ来タスコトヲ得ベシト雖トモ是レガ為ニ地役ノ権利ハ何等ノ毀損ヲ蒙ムルコトナク完全ニシテ土地ノ所有権ト均シク新所有者ニ移轉スルモノナリ此ノ如キ理ナルヲ以テ遂ニ用語ノ便宜ニ従ヒ地役ノ権利ハ土地ノ所有者タル人ニ属スト謂ハンヨリ寧ロ土地ニ属スルモノナリト謂フニ至ル加之ナラズ地役ノ目的トスル所ハ土地ノ改良便益増價等ヲ目的トシ決シテ土地ノ所有者ノ單純ナル娯楽ヲ以テ其目的トスル者ナルニ非ラサルコトヲ考フルトキハ地役ハ土地ニ属スルモノナリト謂フモ未ダ必スシモ不当ニ非ラサルナリ且ツ此用語アルガ為メニ遂ニ地役ノ利益ヲ受クル土地ヲ称シテ要益地ト称シ而シテ地役ノ負担ヲ有スル土地ヲ名ケテ承役地ト称スルニ至レリ
地役ノ全体ニ関スル以上ノ説明ハ地役ノ定義ヲ掲ケタル第二百拾四条第一項ノ説明ヲ為ス為メニ必要ナルベシ
本条ノ定義ニ付テハ惟地役ノ二個ノ特殊ノ性質ヲ明カニスルヲ以テ足レリト為ス
第一地役ハ要益地ノ便益ヲ増スコトヲ以テ目的トスルモノナルコトヲ要ス茲ニ便益ト称スルハ凡テ其物ノ使用ヲ容易ニシ利用ヲ便ニシ且ツ價格ヲ増加ス可キ一切ノモノヲ包含スルモノナリ此故ニ縦令娯楽ノ用ニ供ス可キモノト雖トモ若シ其性質上普通ノ人ニ適シ敢テ現在ノ所有者ノミニ利益ヲ與フ可キ性質ノモノナラサルトキハ是レカ為メニ自カラ要益地ノ價格ヲ増加ス可キモノナルガ故ニ之ヲ目的トスル役モ亦地役ト称スルコトヲ得ベシ
此ノ如ク論シ来ルトキハ如何ナル者ハ現在ノ所有者一人ノ嗜好ニ適スル娯楽ニシテ地役ノ名義ヲ以テ之ヲ設定スルコトヲ得サルヤ又如何ナル者ハ一般ノ嗜好ニ適スルモノナルカ故ニ地役トシテ之ヲ定ムルコトヲ得ルヤニ付テ区別ヲ為サザル可カラズト雖トモ此事ハ第二百六拾六条ニ至リ更ニ之ヲ説明スベシ
本条ノ規定ニ従フトキハ地役ハ要益地ノ為ニ便益ヲ得セシムルコトヲ必要トセリ是レ実ニ地役ニ缺ク可カラザル所ノ者ナリ
地役ノ設定ハ実ニ経済上甚ダ大ナル利益ヲ有スルモノニシテ他ノ一方ヲ顧ミルトキハ地役ヲ負担スル不動産ハ之レガ為ニ多少ノ不便ヲ蒙ムルコト有ル可シト雖トモ此不便ハ甚ダ小ニシテ是レガ為ニ要益地ニ於テ得ル所ノ利益ハ甚ダ大ナルガ故ニ公共ノ経済ヨリ之ヲ論スルトキハ甚ダ有益ノ制度ナリト謂ハサル可カラズ縦令此ノ如クナラズトスルモ仍ホ当事者ノ任意ヲ以テ之ヲ設定シタル場合ニ於テハ所有者ガ互ニ法律ノ範圍内ニ於テ其自由ヲ行使シタル者ナルガ故ニ決シテ無効ノモノナリト謂フヲ得ズ
第二要益地タル土地ト承役地タル土地ハ異ナリタル所有者ニ属スルコトヲ必要ト為ス若シ二個ノ土地ガ同一ノ人ニ属シ而シテ其所有者ガ一個ノ土地ノ為ニ他ノ土地ニ或ル便益ヲ得ル場合ニ於テハ是レ自カラ任意ニ所有権ノ行使ヲ為スモノニ外ナラス未タ地役ト称スルコトヲ得ズ此ノ如キ場合ニ於テハ其便益ヲ得ルノ廣狭及ヒ其継続期間等ノ如キモ凡テ所有者ノ一意ニ由テ定マル所ノ者ニシテ法律ハ未タ是レニ干渉スルノ必要ヲ看サルナリ此原則ハ種々ノ結果ヲ生ス可キモノニシテ後ニ至テ屡々其適用ヲ看ルコト有ル可シ
普通ノ場合ニ於テ地役ハ密接シ若クハ近傍ナル土地ノ間ニ於テ設定セラルルモノナリ然レトモ此条件ハ未ダ必要ノモノニ非ラズ故ニ本法ニ於テモ亦此条件ヲ定ムルコトナシ従ツテ甚ダ隔リタル土地ノ為ニ通行権又ハ給水ノ権利ヲ設定スルコトヲ得ベシ此ノ如キハ二個ノ土地ノ間ハ公道若クハ水路ニ因テ通行スルコトヲ得ベク又ハ中間ニ存スル土地ハ是レガ通行ヲ為スノ権利アル場合ニ於テ猶ホ承役地ヲ通行スルニ非ラサレハ其目的ヲ達スルコト能ハサルトキニ於テ其実用ヲ看ルベシ
地役ハ法律上永久ノ性質ヲ有スルコト必要ナラズ而シテ是レ土地ニ関スル地役ノ場合ニ於テ然ルノミナラス仍ホ建物ニ関スル地役ノ場合ニ於テモ是レト同一ニシテ建物ノ存在ト地役ノ継続トハ同一ナルコトヲ必要トセス
本条第二項ノ法文ハ地役設定ノ原因ヲ示セリ而シテ惟二個ノ原因アルノミ法律及ヒ人意即チ人ノ意思是ナリ此故ニ本法ニ於テハ土地ノ位置ヨリ生スル自然ノ地役ナルモノヲ認メズ
若シ深ク事物ノ理ヲ考フルトキハ権利ハ凡テ法律ニ由テ之ヲ確認セラルル以前ニ於テ自然ニ存在スルモノタルコトヲ知ル可シ此故ニ法律上ノ地役ト称スル所ノモノハ凡テ皆自然ノ地役ト謂ハサルヲ得ス然レトモ寧ロ各人ノ意思ヲ俟タズシテ法律ガ確認スル所ノ地役ハ之ヲ法律上ノ地役ト称スルヲ以テ優レリト為ス且ツ自然ノ道理ニ基キ立法者カ確認セサルヲ得サル地役ニ至テモ仍ホ其行使及ヒ効力ノ範圍制限ヲ規定スルヲ要ス然ルニ当事者自カラ之ヲ為サザル場合ニ於テハ法律独リ之ヲ為スコトヲ得ベキ而巳ナラズ若シ立法者ニシテ裁判所ニ非常ノ権力ヲ有セシムルコトヲ欲セサル場合ニ於テハ自カラ法律ヲ以テ之ヲ定メ豫ジメ各人ノ争ヒヲ為ス場合ノ為ニ権利ノ在ル所ヲ明カニセサル可カラズ
然レトモ法律上ノ地役ヲ設クルノ事ハ近世諸國ノ法律ニ於テモ已ニ其精神ヲ看サルニ非ラズト雖トモ本法ニ於テ特ニ之ヲ確認スルニ当テハ多少ノ躊躇ヲ為サザリシニ非ラズ
従来学説ニ於テ一般ニ認ムル所ニ従ヘバ殴州ノ法律ニ於テ法律上ノ地役ト名ケテ規定スル所ノモノハ真正ノ地役ニ非ラズシテ全ク所有権ノ普通ノ規定ニ外ナラズ是ニ反シテ純然タル地役ニ至テハ或ル所有権ノ特別ノ負担ニ過ギズトセリ
今法律上ノ地役ニ付テ之ヲ考フルニ所有権ノ行使ニ制限ヲ加ヘ相隣者ノ間互ニ相侵害スルコト莫カラシムル為メニ所有者ノ自由ヲ制抑シタルニ過キサルモノ有リ例之バ家用又ハ工業用ノ水ハ隣地ニ之ヲ排泄スルコトヲ禁ジ又雨水ノ直チニ隣地ニ落ツル如キ屋根其他ノ工作物ヲ設クルコトヲ禁スルガ如キ或ハ固有ノ牆壁又ハ溝渠ニ関シ或ル濫用ノ處為ヲ為スコトヲ禁ジタルガ如キ是ナリ此ノ如キ禁止ニ至テハ一個ノ土地ノ便益ノ為メ他ノ土地ニ蒙ラシメタル負担ナリト看做スコト甚ダ困難ナリ又此ノ如キ場合ニ於テハ一個ノ土地ハ要益地ニシテ一個ノ土地ハ承役地ナリト謂フコトヲ得ズ何トナレハ二個ノ土地ハ各々同時ニ要益地タル資格ト承役地タル資格トヲ併有スルモノニシテ所有者ハ各々同一ノ権利ヲ主張シ得ベケレバナリ
其他ノ或ル法律上ノ地役ニ至テハ前者ニ比スレバ更ニ負担ノ性質ヲ有スルモノ有リ例令バ袋地ヲ圍繞スル土地ノ所有者ハ袋地ノ所有者ノ為ニ公道ニ至ル通路ヲ得セシムルノ義務ノ如キ聨接シタル土地ノ所有者ハ互ニ経界ノ費用ヲ負担スルノ義務ヲ有シ或ル特別ノ場合ニ於テハ圍障ヲ設クルノ義務アル如キ是ナリ
然レトモ此場合ニ於テモ仍ホ袋地ノ為ニ通路ヲ供スルノ負担ノミ惟リ或ル土地ノ便益ノ為ニ設定セラレタルモノト謂フベシ何トナレバ其他ノ負担ニ至テハ相隣者双方ノ便益ノ為ニ之ヲ設ケタルモノナレバナリ
以上ノ理論ハ決シテ不当ノモノニ非ラズト雖トモ仍ホ民法ノ編纂者ハ之レニ服スルコトヲ得ズ遂ニ法律上ノ地役ナル名称ノ下ニ於テ各人ノ意思ヲ俟タズシテ法律ノ確認シタル地役ヲ規定セリ而シテ此決心ヲ為シタルモノハ左ノ理由ニ基クモノナリ
第一法律ヲ編纂スルニ方リ従来各國ニ於テ慣用セル所ト猥リニ相反スルハ決シテ利益アルモノニ非ラズ何トナレハ之レガ為ニ従来各國ノ學者ガ研究シタル所ト判決例トヲ利用スルノ便ヲ失ヘバナリ
第二相隣者間ニ於テハ地役ト称セザルコト甚ダ困難ナル種類ノ法律上ノ義務アリ即チ袋地ノ場合ニ於テ人ノ通行ヲ許ス義務ノ如キ灌漑又ハ乾燥ノ為メ水路ヲ供スルノ義務其他水ニ関スル種々ノ義務ノ如キ是ナリ公益ノ為ニ行政法ヲ以テ所有者ニ蒙ラシムル種々ノ負担ノ如キモ亦是レト同一ナリ
第三若シ嚴正ナル理論ニ従ツテ編纂ヲ為サント欲セハ遂ニ幾多ノ項目ヲ分チ其性質相似タル所ノモノモ遂ニ同一ノ所ニ規定スルコト能ハサルベシ此ノ如クナルトキハ実用上甚ダ不便ニシテ寧ロ地役ノ章ニ於テ悉ク其全部ノ規定ヲ為スノ勝レルニ若カズ
法律ヲ設定スルニ当ツテヤ屡々実益ノ為ニ理論ヲ棄テサル可カラサルコト有リ往時羅馬ノ立法者タリシヂスチニヤン皇帝言ヘルアリ簡明ハ法律ノ良友ナリト是レ実ニ今日ニ至テモ萬國ニ通ジテ動カス可カラザルノ真理ナリ
以上ニ述ブル所ノ如クナルヲ以テ本章ヲ分ツテ二節ト為ス第一節ニ於テハ所有権ノ種々ノ変更ニシテ法律上ノ地役ナル不当ノ名称ヲ付セラレタル所ノモノヲ規定シ第二節ニ於テハ真正ノ地役即チ人ノ意思ニ由テ設定セラレ一般普通ノ状態ニ反シ一個ノ不動産ガ他ノ不動産ノ便益ニ供セラルル場合ヲ規定セリ
右ノ二節ハ均シク地役ノ事ヲ規定スト雖トモ同一ニ之ヲ細分スルコトヲ得ス第二節ニ至テハ普通ノ順序ニ従ヒ第一ニ地役権ノ種類ヲ示シ第二ニ地役権設定ノ原因ヲ示シ第三ニ権利ノ効力ヲ掲ケ第四ニ権利消滅ノ原因ヲ掲ゲタリ然レトモ第一節ニ至テハ其方法ヲ用フルコトヲ得ス惟法律上ノ地役ト称スル種々ノ関係ヲ制定スベキ各場合ニ付テ適意ノ方法ヲ用ヒサルヲ得ズ蓋シ此等ノ地役ニ至テハ其原因ニ由テ分ツコトヲ得ス何トナレバ原因ハ皆同一ニシテ全ク法律ニ帰スレバナリ効力及ヒ消滅ニ関シテハ各地役ニ付テ多少ノ異動アルヲ免カレズ而シテ是レ実ニ各款ノ主タル目的トシテ規定スル所ナリ
第一節 法律ヲ以テ設定シタル地役
第一款 隣地ノ立入又ハ通行ノ権利
第二百拾五条
他人ヲシテ自己ノ所有地内ニ立入ルコトヲ得セシメサルハ所有者ノ有スル権利中最モ大ナルモノナリ然レトモ此権利モ亦甚タ重ンズヘキ他ノ権利ニ對シテハ少シク譲ル所ナカル可カラス今隣人カ土地ノ分界又ハ之レニ接近シタル部分ニ於テ建物ヲ築造シ若クハ其修繕ヲ為ス為ニ必要ヲ感ジ他人ノ土地ニ立入ヲ求ムル場合ニ於テハ其利益ハ法律ヲ以テ之ヲ保護セサル可カラズ單ニ至当ノモノナル而巳ナラスシテ実ニ其利益タルヤ甚ダ大ナルコト屡々ナル可シ而シテ一方ニ於テ所有権ニ基キ此立入ヲ拒ムハ普通ノ場合ニ於テ当然ニ有スル権利ナル可シト雖トモ多クノ場合ニ於テハ何等ノ利益ナク時トシテハ隣人ヲシテ困難ナラシメンコトヲ欲シ殊更ニ立入ヲ拒ムニ過キサルコト有ルベシ
此場合ニ於テハ單ニ隣人相互ノ私益カ互ニ相反セルニ過キサルモノト信ス可カラス若シ私益ノ抵觸ニ過キズンバ一人ノ利益ヲ保護シテ他人ノ利益ヲ害スル如キハ法律ニ於テ容易ニ為シ得ヘキ所ニ非ラス然レトモ其実此ノ如クナラズシテ実ニ経済上公共ノ利益ニ関スルモノナリ
若シ法律ヲ以テ建物ノ築造若クハ修繕ノ為ニ隣地ニ立入ヲ為スコトヲ許サザルトキハ各所有者ハ分界ヨリ甚ダ退キテ建物又ハ牆壁ヲ築造セサル可カラズ而シテ此ノ如クナルトキハ其建物又ハ牆壁ト分界線トノ間ノ土地ハ遂ニ無用ニ属スベシ
本邦古来ノ習慣ニシテ本法ガ或ル場合ニ於テ認メタル所ノモノ(参看第二百五拾七条)ニ従ヘバ建物ト建物トノ間ニハ修繕ノ為ニ必要ナル距離ヲ存スルノ慣行ナリ然レトモ此慣行ニ反シ土地ノ分界ニ於テ建物築造シタリトスルモ之ガ為ニ取毀チヲ請求シ得ベキニ非ラズ然ラバ即チ此ノ如キ場合ニ於テモ亦立入権ノ必要ヲ看ルコト有ルベシ
第二百拾六条
法律ヲ以テ隣地ニ立入ノ権利ヲ定メタルハ其目的二個ニシテ一ハ土地ヲ不用ニ属セシムルコトナク一ハ建物ノ保存ヲ完フセシメントスルニ在リト雖トモ是ガ為ニ他ノ一方ニ於テ収穫ノ保存ヲ害シ経済上ノ利益ヲ遺ルルコトナキヲ要ス此故ニ立法者ハ種々ノ利益ヲ調和スル為メ原則上築造又ハ修繕ノ工事ヲ為ス時期ニ関シテ制限ヲ設ケ若シ収穫季節ニ近ツキ築造若クハ修繕ノ為メ隣地ニ立入ヲ為ストキハ是レニ由テ隣地ノ収穫ヲ害ス可キトキニ当タッテハ此等ノ工事ヲ為スコトヲ禁セリ然リト雖トモ此ノ禁示ハ絶對ノ者ニ非ラスシテ工事ノ急要ナル場合即チ極メテ必要ニシテ猶豫ス可カラサル場合ニ於テハ例外ナリトス法律ガ此例外ヲ認メタル所以ハ一ニ建物ノ利益ハ収穫ノ利益ヨリモ概シテ甚ダ大ナルニ依ル蓋シ建物ハ必要ノ時ニ於テ修繕ヲ施コストキハ久シク存在スルコトヲ得ベク若シ之ヲ為サザルトキハ其滅失ハ之ヲ免カルルコトヲ得ズ其損害ハ再ビ回復ス可カラズシテ且ツ甚タ大ナルモノナリ之ニ反シテ収穫ハ年々ニ生スルモノナルガ故ニ一回之ヲ害スルコト有ルモ其一年ノ損害ニ止マル而巳ナラス且ツ屡々収穫ノ全部ニ損害ヲ及ボサズシテ惟其一部ニ止マルコト有ル可シ
建物ノ築造又ハ修繕ノ工事ガ隣地ノ収穫ヲ害スルコトナキ季節ニ於テモ若シ隣地ノ所有者若クハ占有者ガ不在ナル場合ニ於テハ均シク此工事ヲ為スコトヲ禁ゼリ然リト雖トモ是レ又急要ノ場合ヲ以テ例外ト為セリ已ニ述ベタル如ク隣地ニ立入ヲ為スハ隣地ノ所有権ニ對シテ害ヲ加フルモノニシテ或ル条件ニ従ヒ法律ノ特ニ之ヲ許シタル場合ト雖トモ猶ホ隣地所有者ノ監督ヲ受ケテ之ヲ為スコト至当ナルハ固ヨリ弁ヲ要セズ是レ法律ガ隣地所有者ノ不在ノ場合ニ於テ工事ヲ為スコトヲ許サザル所以ナリ所有者ノ不在ナルニ当テヤ其親戚若クハ使用人等ノ財産ヲ管理スルモノ有リ得ベシト雖トモ此ノ如キ人々カ所有者ノ為ニ監督ヲ為スハ未ダ所有者自カラ監督ヲ為スノ優レルニ若カズ一方ニ於テ此規定ヲ設クルト同時ニ他ノ一方ヨリ之ヲ考フルトキハ所有者ノ不在ノ為メ際限ナク建物ノ築造又ハ修繕ヲ遅延セシム可キニ非ラス此故ニ立法者ハ所有者ノ不在ガ一時ニ止マルコトヲ必要トセリ若シ然ラズシテ已ニ久シク不在ナルカ又ハ将来ニ向テ長ク不在ナル可キトキハ建物ノ所有者ハ之レカ為ニ空シク損害ノ生スルヲ竢ツ可キニ非ラズ故ニ隣人ノ不在ナルニ関ハラズ本条第一項ノ但書ニ従ッテ工事ヲ為スコトヲ得ベシ加之ノミナラス実際ニ於テ不在者ハ自己ノ財産ヲ監督セシムル為メ特ニ代人ヲ設置ス可ク若シ之ヲ為サズシテ遂ニ其不在中ニ隣人ノ立入ヲ蒙ムルコト有ルモ亦自カラ不平ヲ訴フ可キニ非ラサルナリ
本条第二項ノ目的トスル所ハ隣地所有者ノ便宜ヲシテ勤メテ全カラシメントスルニ在リ此故ニ如何ナル場合ニ於テモ隣人自カラ承諾ヲ為スニ非ラサレハ建物ノ築造又ハ修繕ノ工事ノ為ニ隣人ノ住居ニ供スル建物ニ立入ルコトヲ得サルモノトセリ此處ニ隣人ノ住居ト称スルハ單ニ隣地ノ所有者一人ノ住居ニ非ラズシテ其家族使用人等ノ住居スル部分ヲモ包含スルノミナラス猶ホ此等ノ建物ノ直接ニシテ且ツ必要ナル付属ヲ為ス部分モ亦同一ナリトス
右ノ規定ハ其当ヲ得タルモノタルコト明カニシテ特ニ其理由ヲ示スノ必要ヲ看ズ
立法者カ立入ヲ禁ジタルハ單ニ住家ニ関スルノミ此故ニ若シ其建物ガ住居用ニ非ラズシテ工業若クハ ノ用ニ供シタル者ナルトキハ此禁止ハ其適用ヲ受ケサルベシ
第二百拾七条
隣人ノ為メニ立入ヲ許スノ義務ハ法律ノ負ハシメタル所ニシテ此義務タルヤ全ク自然ノ理ニ適合スルモノナリト雖トモ是レガ為ニ立入ヲ蒙ムリタル土地ノ所有者ハ依テ蒙ムル所ノ損害ニ付テ賠償ヲ求ムルノ権利ヲ失フ可キニ非ラズ何トナレハ縦令法律上ノ負担ナリトスルモ之レガ為ニ其蒙ムル所ノ損害ハ全ク他人ノ處為ニ基クモノニシテ且ツ其處為ヲ為シタル他人ハ是レガ為ニ少カラザル利益ヲ得ル者ナレバナリ
立入ヲ為サレタル土地ノ所有者ガ蒙ムル所ノ損害ハ場合ニ従ツテ甚タ多少アルベシ時トシテハ工事ノ為メ工人ノ往來等ニ依リ單ニ不便ヲ蒙ムルニ止マルコト有ル可ク或ハ監督ヲ為スノ必要アルニ止マルコト有ルベシ此等ノ場合ニ於テ所有者ノ要求ス可キ償金ハ甚タ小額ナルベシ或ハ実際ニ於テ全ク之レガ請求ヲ為サザルコト屡々ナル可シ蓋シ隣人ハ互ニ其間ノ関係ヲ親密ナラシメント欲スルモノナレバナリ然レトモ此ノ如クナラズシテ立入ノ為メ庭園又ハ田圃ヲ毀損シ若クハ土蔵ノ建築等ノ如ク其工事甚タ久シキニ渉ル場合ノ如キニ至テハ是レガ為ニ請求シ得ベキ償金ハ決シテ浅少ナラサル可シ又右ニ述ブル所ノ如ク立入ヲ為シタルモノガ損害ノ償金ヲ弁済シタリシトスルモ是ガ為ニ工事ニ使用シタル材料ノ残餘ヲ取除キ及ヒ其使用シタル土地ヲ成ルベク旧状ニ復セシムルノ義務ヲ免カル可キモノニ非ラズ
第二百拾八条
本条以下ニ規定スル所ノ地役ハ袋地ノ場合ニ於ケル通行ノ権利ト名クル所ノモノニシテ之ヲ前数条ノ定メタル権利ニ比スレバ更ニ一般経済上ノ利益ニ関スル大ナルモノトス
若シ一個ノ土地ニシテ公道ニ達スルノ道ヲ有セサルトキハ此土地ハ何人ト雖トモ住居スルコト能ハス又耕作其他ノ方法ニ由テ之ヲ利用スルコト能ハサル可シ従ッテ其人モ其土地ノ利益ヲ受クルコトナク一般ノ経済ヨリ之ヲ看ルモ此土地ハ何等ノ用ヲ為サザルナリ此故ニ袋地ヲシテ公道ニ達スル通路ヲ得セシムルハ独リ其土地ノ所有者ノ利益ノ為ニ必要ナル而巳ナラズ仍ホ一般ノ利益ノ為ニ必要ナルモノナリ此ニ於テ乎其袋地ト隣接セル土地ノ所有者ノ私益ハ為メニ一歩ヲ譲ラサルヲ得ズ
然リト雖トモ袋地ノ場合ニ於ケル通行権ト称スルガ為ニ此地役ヲ以テ全ク土地ノ自然ノ位置ヨリ生スルモノト看做サザルコトヲ要ス何トナレハ此ノ如キ通行権ノ必要ヲ生スルハ実ニ土地ノ所有者ガ分割又ハ譲渡ノ處為ヲ為スニ当ツテ不注意ナルヨリ生スルモノナレバナリ此ヲ以テ自然ノ地役ナルモノヲ認ムル法律中ニ於テモ仍ホ袋地ノ場合ニ於ケル通行権ハ之ヲ自然ノ地役中ニ掲ケズ本法ニ於ケルト均シク常ニ法律上ノ地役中ニ於テ是レガ規定ヲ為セリ各人ガ不注意ノ為メ通路ナキ土地ヲ生ゼシメタルトキ法律ノ力ヲ以テ其過失ノ結果ヲ矯正シ其方法トシテ茲ニ法律上ノ地役ヲ設ケタルモノナリ本条ノ地役ハ其原因ニ於テ已ニ自然ノ者ニ非ラズ此一事ニ由テ考フルモ袋地ノ所有者ハ隣地ニ向テ通路ヲ求ムルノ権利アルモ此通路ニ對シテ多少ノ償金ヲ拂フノ義務ヲ免カル可キニ非ラス此点ニ付テハ第二百廿条ニ至テ規定スル所アル可ク又第二百廿三条ニ由テ一ノ例外ヲ認メタリ
本条第二項ノ規定ハ多少ノ困難ヲ生ジ得ベキ一個ノ問題ヲ決定セリ即チ法律上袋地ト称スルハ如何ナル土地ナルヤノ問題ニ関スルモノニシテ本法ハ一ノ土地ニシテ全ク公路ニ通スル能ハサルニ非ラサルモ其通路トスル所ハ一ニ水路ニ據ラサル可カラサル場合ニ於テハ其水路ガ縦令公流ナル場合ニ於テモ仍ホ之ヲ以テ袋地ト看做スコトヲ得ベキモノトセリ固ヨリ法律上ノ言語ニ従ヘバ下流溝渠ノ掘割等ノ如キハ一種ノ公路ト看做ス可ク而シテ此種類ノ公路ハ陸路ト相隣接スルモノナリ然レトモ水路ニ依ル交通ハ陸路ノ交通ニ比スレハ甚ダ困難ニシテ時トシテハ危嶮ノモノナルコト何人ト雖トモ認ムル所ナリ故ニ若シ大ナル土地ニシテ他ト交通スル為メ単ニ水路ヲ有スルニ止マルトキハ実際ニ於テハ殆ント常ニ充分ノ利用ヲ為スコト能ハサル而巳ナラズ單ニ住居用ニ供スルモ甚ダ不便ヲ感スベシ若シ其通路タル所ノモノ單ニ水流タルニ止マラズシテ海路ニ據ラザル可カラサル場合ノ如キ又殊ニ其海路ガ波浪常ニ高クシテ交通甚ダ困難ナル場合ノ如キハ益々其土地ヲ利用スル能ハサル可シ
此故ニ立法者ハ縦令全ク通路ヲ有セサルニ非ラズト雖トモ甚ダ不便ナル通路ヲ有スルニ止マルトキハ之ヲ以テ全ク通路ナキ袋地ト同一ニ看做スコトヲ得ベキモノト為セリ惟如何ナル通路ハ甚ダ不便ナルモノニシテ袋地ト同一ニ看做スベキモノナルヤハ事実ニ属スル問題ニシテ其事実ハ土地ノ状態ニ依リ種々ナル可シ従ツテ法律ヲ以テ之ヲ一定スルコトヲ得ズ遂ニ裁判所ヲシテ各場合ニ付キ一切ノ事情ニ照シテ認定ヲ為サシムルノ已ムヲ得ザルニ至レリ是レ即チ本条第二項ノ末文ニ於テ袋地ト看做スコトヲ得ト明定セル所以ニシテ裁判所ハ此ノ如キ不完全ナル通路ヲ有スル土地カ袋地タルヤ否ヤヲ認定スルノ権利ヲ有ス可ク而シテ此認定ニ對シテハ上告ヲ為スコトヲ得ベキニ非ラズ
袋地ナリト主張セラレタル土地ガ公路ト甚タシキ高低ヲ為シ其間ニ崖岸アル場合ニ於テハ前ニ掲ケタル場合ト同一ナル而巳ナラス一ニ裁判所ノ認定ニ任カス可キコト一層明カナル可シ多クノ場合ニ於テ高キ坂路ニ據リ僅カニ公路ニ通スルコトヲ得ル如キ土地ハ其利用ノ為ニ甚ダ不便ヲ感スルコト明カナリ然レトモ此ノ如キ崖岸アルガ為ニ其土地ヲ以テ袋地ト看做スニハ公路トノ高低ガ著シキ場合ニ於テノミ然ルヲ得ベシ且ツ此事情ノ為ニ一個ノ土地ヲ袋地ト認定スルニハ其土地ノ利用ノ方法業務ノ種類等ヲ斟酌セサル可カラズ單ニ住居用ノ家屋ヲ建築シタルニ止マルトキハ縦令公路ト其土地トノ間ニ多少ノ高低ヲ為スモ未ダ以テ此事情ニ依リ袋地ナリト看做スニ足ラサル可ク是レニ反シテ工業又ハ農業用ニ供セラレタル土地ナルトキハ同一ノ高低ノ為ニ或ハ袋地ナリト看做スコト必要ナル可シ
一方ヨリ考フルトキハ袋地ノ所有者カ圍繞地ニ通路ヲ求ムルニハ多少ノ賞金ヲ拂フコトヲ要スルガ故ニ袋地ノ所有者ハ必要ナクシテ猥リニ此通路ヲ求ムル如キコト莫カルベシ或ハ陸路ヲ有セズシテ單ニ河海ノ通路ヲ有スルニ止マリ又ハ其土地ト公路ト甚ダ高低ヲ為スモ是レガ為ニ必要ナル交通ヲ為シ得ベキ場合ニ於テハ多少ノ負担ヲ顧ミルコトナクシテ圍繞地ニ通路ヲ求ルコト勿カル可シ
元来公路ト直接ノ交通ヲ為シ得ヘキ土地ニシテ土地ノ崩壊洪水又ハ土木工事等一種ノ事情ノ為メ公路トノ交通ヲ遮断セラレタル場合ハ法律ヲ以テ特ニ之ヲ規定スルコトヲ要セズ此等ノ場合ニ於テ隣地ヲ通過スルニ非ラサレバ公路ニ達スルコト能ハサルトキハ隣地ノ所有者等ハ何等ノ償金ヲ得ルコトナクシテ此通路ヲ供セサル可カラズ要スルニ此ノ如キ事情ヨリシテ困難ヲ生ジタル場合ニ当リ之ヲ決スルハ地方警察権ニ属スルモノナリ
時トシテハ公路ノ廃止若クハ変更等ノ為メ永久ニ真正ノ袋地ノ生スルコト有リ此場合ニ於テ行政権自カラ従来沿道ノ所有者ニ新タナル公路ト交通ノ道ヲ得セシムルコト能ハザルトキハ是レ又其土地ヲ圍繞セル土地ニ向ッテ此通路ヲ請求ス可キコト勿論ナリ此場合ニ於テ通常行政権自カラ此請求ヲ為シ而シテ法律上ノ地役ヲ確認且ツ履行セシム可シ
第二百拾九条
袋地ノ場合ニ於テ法律上ノ地役ニ依リ通路ヲ得セシムルモ單ニ人ノ使用ノ為メニノミ此通路ヲ得セシムルトキハ法律ノ目的ハ未ダ全ク達シタリト謂フ可カラサル而巳ナラス殆ンド其小部分ヲ達スルニ止マレリト謂フヲ得ベシ縦令袋地タル土地ハ住居用ノ家屋アル場合ニ止マル場合ト雖トモ仍ホ常ニ人ノ往来若クハ日用品ノ運搬等ノ為メ馬車ノ通行ヲ必要トス可シ住居用ノ土地ニ於テモ已ニ然リ矧ンヤ農業商業又ハ工業等ヲ目的トスル袋地ナル場合ニ於テヲヤ
袋地ノ存在ハ建物ガ住居用ノモノタルト其他農工業用ノモノタルトヲ問ハズ其築造ガ袋地タラザリシ以前ニ在リヤ将タ袋地ト為リテ後築造ヲセラレタル者ナルヤハ之ヲ区別スルノ必要ナシ何トナレハ孰レノ場合ニ於テモ通路ヲ必要トスル経済上ノ利益ハ常ニ存スルモノナレバナリ
袋地ガ住居用ノ家屋ヲ有スルコトナクシテ其利用ノ方法タルヤ一年中或ル季節ニ於テ作業ヲ為スノ必要アルニ止マルコト有ル可シ例令バ或ル種類ノ農業又ハ森林ニ関スル作業等ノ如キ場合ニ於テ原則上此必要ノ季節ニ於テノミ通路ヲ求ムルコトヲ得ベシ然レドモ凡ソ土地ノ所有者ハ常ニ自己ノ所有地ヲ監督スルノ権利アルモノナルガ故ニ袋地ノ所有者モ亦常ニ其所有タル袋地ヲ監督スルノ権利アルコトヲ認メサル可カラズ茲ヲ以テ其監督ヲ行フ為ニ必要ナル通路ハ孰レノ時ニ於テモ隣地ノ所有者ハ之ヲ拒ムコトヲ得ザルヤ勿論ナリ惟袋地ノ所有者ニ於テモ此権利ヲ濫用スルコトナキヲ必要トス
実際ニ於テ当事者双方ガ恊議ヲ以テ通路ノ場處及ビ償金ノ額ヲ定ムルコト屡々ナル可シ然レドモ時トシテ此恊議成立スルコト能ハサル場合ニ於テハ法律自カラ規定ヲ定メサル可カラズ立法者ハ此場合ニ於テ裁判所ガ標準トス可キ二個ノ目的ヲ指示セリ其一ハ袋地ヲシテ最大便益ヲ得セシムルニ在リ其二ハ通路ヲ供ス可キ土地ノ損害ヲシテ最モ小ナラシムルニ在リ
袋地ノ為ニ供ス可キ通路ハ一直線ニ之ヲ定ム可キモノト規定スルコトナシ即チ其通路ハ最短ノモノタルヲ要セズ何トナレハ袋地ノ所有者ノ為ニ之ヲ考フルニ最短ノ通路ハ必ズシモ最モ便益ナルモノニ非ラズ時トシテハ尤モ不便ナルモノタル可シ蓋シ或ハ著シキ高低アル可ク或ハ岩石多キ部分ナルコト有ル可ケレバナリ又通路ヲ供スル土地ノ所有者ヨリ之ヲ看ルモ最短ノ通路必ズシモ損害ヲ與フルコト尤モ小ナルニ非ラス全ク是レト相反スルコト有ル可シ何トナレバ此最短ノ通路ヲ得セシムルニハ従来承役地ニ存在スル樹木ヲ取除キ又ハ重要ナル工作ヲ毀損スルコト必要ナル如キ場合アル可ケレバナリ
之ヲ要スルニ双方ノ利益ヲシテ充分ニ恊和ヲ得セシムルコトヲ要ス実際ニ於テ当事者ガ恊議ヲ以テ事ヲ定ムルコト能ハサルハ承役地ノ所有者ガ善意ナラサルニ依ルコト屡々ナル可シ此等ノ事件ヲ審理スベキ裁判所ハ或ハ自カラ実地ニ臨検シ又ハ鑑定人ヲ命シ是ニ由テ法律ノ目的ヲ達セシムルコト必要ナル可ク又決シテ困難ノコトニ非ラサルナリ
第二百廿条
袋地ノ所有者カ隣地ニ通路ヲ求ムルニ当テハ此通路ノ為ニ隣人ノ蒙ムル可キ損害ノ償金ヲ弁済セサル可カラズト雖トモ此償金ヲ弁済スルガ為ニ通路ノ設置ニ関スル費用ヲ負担スルノ義務ヲ免カルルコト能ハス例令バ地均シ等ノ費用ノ如キ又通路ノ維持ノ費用ヲ負担スルノ義務ニ至テモ同一ナリトス然レトモ袋地ノ所有者ガ為ス可キ所ノ工事ハ自己ノ権利ノ行使ノ為メ必要ナリト信ズル程度ニ止マルコトヲ得ベシ此ノ如クニシテ後始メテ相隣者間ノ善良ナル関係ヲ破ル如キ争ヒヲ避クルコトヲ得ベシ
承役地ノ所有者ハ袋地ノ所有者ヲシテ通路ヲ得セシメタル場合ニ於テ是ガ為メ建物又ハ樹木ヲ取除キ若クハ之ヲ変更セシムルコトヲ要シ従ッテ損害ヲ受クル場合ニ於テハ之レニ對シテ一回限リノ償金ヲ請求スルコトヲ得ベシ法文ニ於テハ特ニ樹木ト明記セリ若シ樹木ニ非ラズシテ其他ノ植物ニ関シ右ニ掲グル如ク取除キ又ハ変更ノ為メ損害ヲ受クルコト有ルモ之レニ對スル償金ハ後ニ掲グル償金中ニ包含セラル可キモノナリトス元来地役ハ其働方又ハ受方ニ於テ永久ナルモノトス即チ要益地ニ在テ地役権ガ永久ノモノナルト均シク承役地ニ於テモ地役ノ負担ハ永久ナルヲ以テ原則ト為ス然リト雖トモ此永久ナル性質ハ地役ノ実質ニ非ラズ即チ必要欠ク可カラサルモノニ非ラズ唯其普通ノ性質タルニ過キズ故ニ法律ノ規定ニ依リ又ハ人ノ意思ヲ以テ地役ヲシテ永久ナラサル性質ヲ有セシムルコトヲ得ベク特ニ然ラサル場合ニ於テノミ地役ハ当然永久ナルモノトス此事タルヤ已ニ第二百拾四条ノ下ニ於テ述ベタル如ク地役ノ定義中ニ於テ未ダ永久ノ性質ナルモノヲ看サルナリ
通行地役ノ原因タル袋地ノ事情ハ通常ノ場合ニ於テ之ヲ考フルニ決シテ永久無期ノモノトシテ生スルコト是レ有ラサル可シ何トナレバ袋地ナル事情ヲ消滅セシム可キ原因ハ一ニシテ足ラズ就中新タナル公路ノ開設セラレタルニ由テ従来ノ袋地ハ通路ヲ有スルニ至ルコト有ル可ク或ハ袋地ノ所有者ガ現ニ法律上ノ地役トシテ有スル通行権ヲ行フ土地ノ外ニ於テ新タニ土地ヲ取得シ是ニ由テ他人ノ土地ヲ通行スルコトナクシテ公路ニ達スルコトヲ得ルニ至リタルトキニ於テモ亦袋地タルノ事情ハ消滅ス可シ或ハ袋地ト是レガ為ニ通路ヲ供シタル承役地ト同一ノ人ニ属スルニ至リタル場合モ是レト同一ナル可シ蓋シ此場合ニ於テハ要益地ト承役地トノ混同ニ由テ地役消滅スベシ
承役地ノ所有者ガ要益地ニ通路ヲ供スルガ為メ其損害ノ償金トシテ法律ノ是レニ與フル所ノモノハ單ニ毎年ノ償金ニ止マル蓋シ是レ他日袋地タルコトノ已ム可キ場合ヲ豫想シテ設ケタル規定ナリトス而シテ此第二種ノ償金ハ之ヲ定ムルニ当ツテ左ノ二点ヲ基礎ト為ス可キモノナリ第一通路ノ為ニ土地ノ一部分ヲ領有セラレタルニ依リ承役地ノ使用収益ノ点ニ於テ蒙ムリタル減少第二承役地ノ実價ノ減少是ナリ
第二百廿一条
袋地ノ所有者ヨリ承役地ノ所有者ニ辨済ス可キ償金ハ前条第二項ノ特別ナル事情アル場合ノ外通常毎年ノ償金ノミナルヲ以テ袋地ニシテ他ニ通路ヲ得従ツテ承役地ニ強要シタル通路不用ニ属シタルトキハ此原因ノ消滅ト共ニ償金ノ義務モ亦其時ヨリシテ消滅ス可シ然リト雖トモ当事者双方ニ於テ共ニ此事実ヲ主張シ権利及ビ義務ノ消滅ヲ主張スルモノナキ時ハ其関係ハ依然トシテ継続シ他日一方ノ者ヨリ此関係ヲ終了セシメント欲スルマデ更ニ異ナルコト莫カル可シ要益地ノ所有者ハ他ニ償金ヲ拂フコトナクシテ公路ニ達スルヲ得ルニ至リタル後依然償金ヲ拂フテ承役地ニ通路ヲ取リ此事情ヲ変更スルコトヲ欲セサル如キハ甚ダ解ス可カラサルニ似タリト雖トモ或ハ袋地ガ新タニ得タル通路ハ甚タ不便ニシテ縦令年々ノ償金ヲ拂フモ承役地ニ通路ヲ取ルコト甚ダ利益ナルガ為ニ然ルコト有ル可ク承役地ノ所有者ニ於テモ他人ヲシテ自己ノ土地ヲ通行セシメ法律上ノ義務消滅シタル後ニ至ルマデ仍ホ之ヲ拒マザルハ普通ノ状態ニ反スル如シト雖トモ一方ニ於テ承役地ガ他人ニ通路ヲ供シタル為ニ蒙ムル損害ハ甚タ大ナルモノニ非ズシテ且ツ毎年償金ヲ受クルモノタルコトヲ知ラバ容易ニ之ヲ解スルコトヲ得ベシ
永久ニ毎年ノ負担ヲ有スルハ何人ト雖トモ常ニ困難ヲ感スル所ナル可シ茲ヲ以テ其債務者タルモノハ早晩之ヲ免カレンコトヲ欲スルハ普通ノ情ナリ特ニ其負担ニシテ避ク可カラサルモノニ非ラサル場合ニ於テハ最モ然リト為ス袋地ノ場合ニ於テ要益地ガ袋地タラサルニ至リタル如キ即チ然リト為ス此場合ニ於テ最後ノ一ヶ年ニ對スル償金ニ付テハ單ニ要益地ノ所有者ガ通路ヲ使用シタルトキノ割合ニ應ジテ之ヲ辨済ス可シ本条第一項ハ実ニ此点ヲ決シタルモノナリ
第二項ノ法文ヲ以テ規定シタル場合ハ右ニ掲クル所ト同一ナラズ即チ新タナル事実ノ生ジタルガ為ニ従来ノ袋地ガ公路ニ達スルコトヲ得ルニ至リタル場合ニ非ラズシテ袋地ノ所有者ガ自カラ通行権ヲ抛棄センコトヲ欲シタル場合ナリトス袋地タル事情ガ息ミタルニ非ラズシテ其所有者ガ通行権ヲ抛棄スル如キハ普通ノ場合ニ於テ適当ノ例ヲ認ムルコト能ハサル可シト雖トモ例令バ要益地ガ河海ニ據ル通路ヲ有シ又ハ公路ト著シキ高低ヲ為ス場合ニ於テ此事情ノ為ニ袋地ト看做サレタルトキニ在ツテハ此ノ如キ適例ヲ生スルコト決シテ是レナシト謂フ可カラズ或ハ其土地ノ所有者ガ車馬ノ通路ヲ必要トシタル利用ノ方法ヲ廃シタルガ為メ従来ノ通路不用トナルコト有ル可ク或ハ不便ナル通路ニ満足スルニ至リシガ為ニ此ノ如クナルコト有ル可シ
右ニ掲ゲタル如キ種々ノ場合ニ於テ袋地ノ所有者ハ毎年ノ償金ヲ弁済スルノ義務ヲ免カルルガ為ニ自カラ其義務ノ原因タル権利ヲ抛棄スルコトヲ得ベシ然レドモ権利ヲ抛棄シテ是レニ附着スル義務ヲ免カレント欲スル場合ニ於テハ義務ノ原因タル事情ガ実際ニ於テ消滅シタル為メ当然其義務ノ消滅ヲ来タス場合ト同一ナルコト能ハズ即チ袋地ノ所有者ヲシテ仍ホ其権利抛棄ノ後六ヶ月分ノ償金ヲ弁済セシムルモノトス
第二百廿二条
本条ハ袋地ノ所有者ト承役地ノ所有者トガ合意ヲ以テ永久ノ損害ノ償金ヲ元本ニテ定メタル場合ヲ規定セルモノナリ蓋シ袋地ノ所有者ガ法律上ノ義務トシテ辨済ス可キ所ノモノハ已ニ述ベタル如ク毎年ノ償金ナリト雖トモ是レ特別ノ合意ナキ場合ニ於テ法律上ノ義務トシテ存スル所ノモノナリ故ニ裁判所ニ於テハ之ヲ変更スルコト能ハズト雖トモ当事者ハ合意ヲ以テ是レニ反スルコトヲ得ベシ従ッテ毎年ノ償金ヲ定メズシテ元本ヲ以テ之ヲ定メタル場合ニ於テハ他日袋地タルコト息ミ従ッテ償金ノ義務消滅シタル場合ニ於テ此元本ヲ如何ナル方法ニ従ッテ處分ス可キヤヲ定ムルコト必要ナリトス是レ本条ノ規定アル所以ナリ
法律ハ一方ニ於テ当事者ガ永久ノ損害ニ對スル償金ヲ元本ニテ定ムルコトヲ許スト同時ニ他ノ一方ニ於テハ縦令当初ヨリ当事者ガ此合意ヲ為サズシテ毎年ノ償金ヲ弁済スル場合ニ於テモ此義務ノ買戻シニ関スル権能ヲ許セリ凡ソ其原因ノ何タルヲ問ハズ永久ニ毎年ノ弁済ヲ為スハ義務者ニ於テ困難ナルコト已ニ掲グル所ノ如クナルノミナラズ又屡々是レガ為ニ双方ノ争ヒヲ生ゼシムルモノナリ此故ニ其辨済ノ義務ニシテ一定ノ消滅期限ヲ有セス永久ニ継続ス可キモノナルトキハ法律ヲ以テ特ニ義務者ヲシテ元本ノ弁済ニ依リ義務ヲ免カルルノ道ヲ得セシムルコトヲ要ス可シ
然リト雖トモ毎年ノ償金ノ買戻シハ承役地ノ所有者ト要益地ノ所有者ノ間特ニ合意ヲ以テ之ヲ譲渡シ且ツ此場合ニ於テ要益地ノ所有者ヨリ弁済ス可キ元本ノ額ヲ定メタルトキニ非ラザレバ本条ニ於テ之ヲ許スコトナシ
袋地タルコト息ミ従ッテ要益地ノ所有者償金ヲ弁済スルノ義務ナキニ至リタル場合ニ於テハ反對ノ合意特別ニ存在スルトキノ外要益地ノ所有者ヨリ弁済シタル元本ハ常ニ其全部ノ返還ハ請求シ得ベキモノトス(第二項)而シテ此返還ニハ二個ノ適用アルヲ看ル可シ其第一ハ当初ヨリ元本ヲ以テ償金ヲ定メ而シテ要益地ノ所有者ヨリ是レガ弁済ヲ為シタル場合ニシテ其二ハ毎年ノ償金ノ買戻シノ為メ元本ヲ定メテ要益地ノ所有者ヨリ之ヲ弁済シタル場合ナリトス
右ニ述ブル所ニ従ヘバ要役地ノ所有者ガ通路ヲ使用シタル時間ノ長短如何ニ関ハルコトナク孰レノ場合ニ於テモ凡テ償金ノ全部ハ要役地ノ所有者ニ返還ス可キモノトス是レ甚ダ其当ヲ得サルモノニ似タリト雖トモ其実決シテ然ラズ何トナレハ承役地ノ所有者ハ要役地ニ供シタル通路ノ為ニ蒙ムリタル損害ノ償ヒトシテ元本ノ収益ヲ有シタル者ナレバナリ
法律ニ於テ之ヲ明定セズト雖トモ袋地ノ息ミタル場合ニ於テモ時トシテハ右ニ掲ゲタル元本ノ返還ヲ為サシム可カラサルコト勿論ナリ即チ要役地ノ所有者ガ承役地ヲ買受ケタル為メ両個ノ土地一人ノ手ニ合シ混同ノ為ニ地役消滅シタル場合是レナリ此ノ如キ場合ニ於テ要役地ノ所有者ガ曽テ元本ヲ以テ償金ヲ弁済シ若クハ毎年ノ償金ノ買戻シノ為ニ元本ヲ弁済シタルコト有ルモ此等ノ償金ハ賣主タル承役地ノ所有者ヨリ買主ナル要役地ノ所有者ニ向ツテ返還ス可キモノニ非ラズ蓋シ返還ノ義務ハ通行ノ地役ヲ免カレタルニ基クモノニシテ承役地ノ所有者ハ已ニ土地ヲ賣渡シタルヲ以テ通行地役ヲ免カレタリト謂フコト能ハサレバナリ且ツ右ノ如キ場合ニ於テハ当事者間ニ於テ賣買代價ヲ定ムルニ当リ必ズヤ承役地ノ所有者ガ受領シタル金額ヲ斟酌シタル可ク宛カモ承役地ノ所有者ガ其土地ヲ要役地ノ所有者ニ非ラサルモノニ賣渡ス場合ニ於テハ譲受人ハ他日地役消滅ノ場合ニ於テ其金円ヲ要役地ノ所有者ニ於テ償還スルノ義務ヲ引受クル為メ賣主ニ向ツテ拂フ可キ代價ノ員数ヲ小ナラシムルト同ジク要役地ノ所有者ヨリ賣買代價トシテ承役地ノ所有者ニ約シタル所ノモノモ決シテ大ナラサル可シ故ニ此賣買結了シタル以上ハ再ビ償金ノ返還ニ付テ問題ヲ生ス可キモノニ非ラズ
第二百廿三条
本条ニ於テ規定シタル特別ノ場合ニ在ツテハ袋地ヲ生セシメタル懈怠ハ單ニ袋地ト為リタル部分ヲ取得シタルモノノ一身ノミニ存スルモノニ非ラズシテ此部分ヲ譲渡シタルモノニ在ツテモ亦之ヲ免カルルコト能ハズ従ッテ此場合ニ於テ袋地ノ為ニ必要ナル通路ハ其土地ノ譲渡人ニ於テ何等ノ償金ヲ受クルコトナク之レニ供スルコトヲ要ス且ツ一般ノ理論ヨリ考フルニ一個ノ権利ヲ他人ニ譲渡シタルモノハ常ニ譲受人ニ對シテ此譲受ケタル権利ヲ使用スルノ方法ヲ担保スル義務アルモノナリ
本条ノ規定ハ特ニ法文ヲ以テ之ヲ定メサル場合ニ於テモ仍ホ賣買及ヒ分割ノ場合ニ於ケル担保ノ原則ニ基キテ之ヲ補足スルコトヲ得ベシ然リト雖トモ明文ニ於テ之ヲ掲クルモ未ダ何等ノ害アルヲ看サルナリ此規定ハ地上権ノ譲渡ノ場合ニ於テモ一ノ適用ヲ看ルコト有ル可シ
此場合ニ於テモ亦袋地タル事情ノ消滅スルト同時ニ地役権ハ当然消滅ス可ク而シテ何等ノ償還ヲ要セサルモノナリ何トナレバ当初ニ於テ要役地ノ所有者ヨリ何等ノ償金ヲ弁済セザリシガ故ニ地役消滅ノ時ニ至リ承役地ノ所有者ヨリ償還ス可キ所ノモノ是レ有ラサレバナリ然レドモ本条ニ掲ゲタル特別ノ場合ニ於ケル袋地ハ無償且ツ公共ノ利益タル公路ガ新タニ開設セラレタル為メ袋地タル事情止ムニ非ラサレバ地役消滅セサルモノト為ス此故ニ若シ要役地ノ所有者ガ隣地ヲ取得シ又ハ合意ニ由テ他ノ通行権ヲ取得シタル場合ニ於テモ未ダ地役権ハ消滅スルモノニ非ラズ
第二款 水ノ疎通使用及ヒ引入
本款ニ於テハ凡テ水ニ関スル負担ヲ規定セリ然レトモ善意ヲ以テ設定シタル負担ハ法律上ノ地役トシテ規定ス可キモノニ非ラサルコト勿論ナリ
故ニ先ツ本款ニ於テハ土地ノ自然ノ高低ニ基ク水ノ流下ニ関スル地役ノ規定ヲ看ル可シ(第二百廿四条及ヒ第二百二十六条)是レニ次イデ規定スル所ハ雨水ニ付キ相隣者ヲ害ス可カラサル各所有者ノ義務ナリ(第二百二十六条)猶ホ泉水及ビ流水ニ関スル使用権ノ制限ヲ規定シ(第二百二十七条乃至第二百三十二条)遂ニ水路ノ権利ニ関スル事項ヲ規定セリ水路ノ権利トハ或ハ灌漑ニ必要ナル水ヲ引入ルル為メ或ハ土地ヲ乾燥セシムル場合ニ於テ水ヲ排泄セシムル為メ隣地ヲ通ジテ水路ヲ設置スルコトヲ得ルノ権利是レナリ(第二百三十二条乃至第二百三十七条)
第二百二十四条
本条ニ於テ第一ニ規定スル所ノ地役ハ時トシテ土地ノ位置ニ基クモノトシ従ツテ自然ノ地役ト称セラルル所ノモノナリ蓋シ均シク水ニ関スル地役ナリト雖トモ本条ニ規定スル所ハ雨水若クハ泉水ノミニ関シ家用又ハ工業用ノ餘水ハ全ク本条ニ関係ナケレバナリ
本法ニ於テ此地役ヲ法律上ノ地役ト為シタル理由ニ至ツテハ已ニ前段ニ於テ之ヲ詳述セリ
水ハ低キニ就クコト自然ノ勢ヒニシテ殆ント人力ヲ以テ之ヲ止メ得ベキモノニ非ラズ縦令最小ナル水流ト雖トモ之ヲ止メテ多少久シキニ至ルトキハ遂ニ非常ノ損害ヲ與フルノ水トナルニ至ル可シ
法律ハ此自然ノ勢力ヲ侵サズシテ之ヲ確認セリ蓋シ立法者ノ力ヲ以テ低地ノ所有者ノ義務ヲ免カレシメ高地ヨリ流下スル水ヲ受ケサルヲ得セシメントスルモ到底其目的ヲ達シ得ベキニ非ラス法律ノ力ヲ以テスルモ水ヲシテ其源ニ溯ラシメ得ベキモノニ非ラズ然レトモ若シ水ノ流下ガ高地ニ於テ人力ヲ用ヰ作業ヲ為シタルニ関スルモノナルトキハ未タ自然ニ基クモノト謂フコトヲ得ズ従ツテ本条ニ掲ケタル法律上ノ義務ハ低地ノ所有者ニ属スルコトナシ
此ノ如クナルヲ以テ低地ノ所有者ニ水ノ流下ヲ受クルノ義務アルト否トハ其流下ガ自然ニ基クモノナルヤ或ハ人工ニ由テ然ルモノナルヤニ依リ分ルルモノナレドモ人類ノ群集セル市府其他ノ土地ニ於テハ果シテ土地ノ高低ガ古来何等ノ人工ヲ施コシタルコト莫ク全ク自然ニ出テタル者ナルヤ否ヤハ今日ニ於テ之ヲ知ルコト甚ダ困難ナルハ普通ノ状態ナリトス加之ナラズ殆ンド多少ノ人工ニ由テ形状ノ変更ヲ受ケサル土地ハ非ラサル可シ例令バ低地ハ土砂ヲ以テ之ヲ高クシ傾斜アルトキハ是レニ変更ヲ加ヘタルガ如キ是レナリ然レドモ其事タル歳月ヲ経ルニ従ツテ何人ト雖トモ之ヲ記憶セサルニ至リ多少是レガ記憶存スル場合ニ於テモ仍ホ其證明ヲ為スコト困難ナル可シ此ノ如キ事情ナルニ一方ニ於テ低地ノ所有者ハ数百年ノ後ニ於テ往時人工ヲ施コシテ地勢ヲ変更シタルコトヲ證明シ高地ヨリ流下スル水ヲ受ケサルコトヲ得ルモノトセハ是レガ為メニ高地ノ蒙ムル所ノ損害ハ非常ニ大ナル可ク且ツ屡々土地ノ状態ヲシテ舊時ノ如クナラシメ水路ヲシテ旧状ニ復セシムルコト能ハサル可シ
右ニ掲クル如キ理由アルガ為メ本法ニ於テハ縦令人工ヲ以テ水ノ疏通路ヲ創設シ又ハ之ヲ変更シタル場合ニ於テモ其工事ガ年月ヲ知ル可カラサル場合ニ於テハ全ク人工ニ依ラズシテ天然ノ地勢ニ依リ流下スル水ト同ジク低地ノ所有者ニ於テ之ヲ受クルノ義務アルモノトシ更ニ一歩ヲ進メ縦令工事ノ年月明カナル場合ニ於テモ已ニ三十个年以前ニ在ルモノハ年月ヲ知ル可カラサル場合ト全ク同一視セリ
或ル外國ノ法律ニ在ツテハ此事項ニ関シテ更ニ二個ノ規定ヲ設クルモノ有リ然レトモ本法ニ於テハ明文ニ掲クルノ必要ヲ認メサリシナリ其一ハ低地ノ所有者ハ水ノ流下ヲ妨グ可キ工事ヲ為スコトヲ得ズトノ規定ニシテ其ノ二ハ是レト同一ノ理ニ依リ高地ノ所有者ハ水ノ流下ヲ甚ダシカラシム可キ處為ヲ為スコトヲ得ズトノ規定ナリ
此二個ノ規定ハ実ニ無用ノモノト謂ハサルヲ得ズ若シ低地ノ所有者ニシテ堤防其他ノ工事ヲ為シ是レニ由テ高地ヨリ流下スル水ヲ妨クル如キ處為ヲ為スコトヲ得ルモノトセバ是レ全ク水ノ流下ヲ受クルノ義務アラザルガ故ナリ已ニ之ヲ受クルノ義務アリト謂フ以上ハ斯ル工事ヲ為スノ権利ナキコト弁ヲ竢タズシテ明カナル所ナリ高地ノ所有者ノ権利ニ至テモ是レト同一ナリトス若シ水ノ流下ヲシテ甚ダシカラシムルコトヲ得バ其流下ハ自然ナリト称スルコトヲ得ズ即チ第二百二十四条ノ法文ニ所謂人工ニ由ラズシテ流下スルモノニ非ラズ然ルニ此ノ如キ水ハ低地ノ所有者ニ於テ之ヲ受クルノ義務ナキガ故ニ高地ノ所有者ニ於テ之ヲ流下セシムルノ権利ナキハ是レ又明カナル所ナリ
右ノ理ニ基クトキハ高地ノ所有者ハ其土地ヨリ低地ニ向テ流下ス可キ水ヲ一個又ハ数個ノ小流ト為スコトヲ得ズ何トナレバ此ノ如ク集マリタル水ノ流下ハ低地ノ為ニ損害ヲ加フルコト大ナル而巳ナラス已ニ人工ヲ施コシタルモノナル以上ハ低地ニ於テ之ヲ受クルノ義務ナキ所ナレバナリ高地ノ所有者ハ其所有地内ニ於テ随意ニ水ヲ使用スルコトヲ得ベキハ勿論ナリ故ニ是レガ為ニ必要ナル場合ニ於テハ處々ニ之ヲ援用スルコトヲ得ベシト雖トモ低地ニ向テ之ヲ流下セシムルニ当テハ土地ノ自然ノ高低ニ由テ定マリタル自然ノ流下ニ復セシムルコトヲ要ス
高地ノ所有者ガ穿タシメタル噴井又ハ其生セシメタル泉水ハ自然ノ水トシテ低地ノ所有者ニ於テ之ヲ受クルノ義務アルヤ否ヤハ多少困難ナル問題ナル可シ此場合ニ於テ高地ノ所有者ガ工事ヲ施コシタルコトハ明カナルガ故ニ此一事ニ由リ法律上ノ地役ト称ス可カラサルモノノ如シ然レトモ他ノ点ヨリ考フルトキハ已ニ水ガ地上ニ出デタル後ハ自然ノ傾斜ニ従ツテ隣地ニ流下スルモノニシテ更ニ人口ヲ加ヘタルモノニ非ラズ従ツテ仍ホ本条ノ規定ヲ適用シ得ベキモノノ如シ若シ此等ノ困難ヲ避クルガ為ニ高地ノ所有者ヲシテ噴井又ハ泉源ヲ閉塞セシムル如キハ到底為シ得ベキ所ノモノニ非ラズ此ノ如キ場合ニ在ツテハ到底其水ヲ低地ニ流下セシメ而シテ低地ノ所有者ノ損害ニ對シ償金ヲ弁済セシムルノ道アルノミ又此ノ如キ場合ニ於テハ殆ンド公路ニ達スル能ハサル袋地ガ圍繞地ニ對シテ通路ヲ求ムル場合ト甚ダ相類スル事情存スト云フコトヲ得ベシ従ツテ第二百十八条ノ場合ト類似セル決定ヲ為スコトヲ要ス可シ
高地ノ所有者カ他人ノ土地ヨリ引来リタル水ニ関シテモ亦同一ノ問題起ル可シ何トナレバ一旦引来リタル水ヲ更ニ其泉源ノ地ニ返還セント欲スルモ泉源ノ所有者ニ於テ之ヲ欲セサルトキハ他ノ低地ニ向テ之ヲ流下セシムルコト止ム可カラサルニ至レバナリ
右ニ掲ケタル場合ニ於テ裁判所ハ屡々償金ノ方法ニ由テ其問題ヲ決ス可シ即チ人工ニ由テ生ジタル噴井又ハ泉源ノ水ヲ以テ灌漑用ノ為メ他ノ土地ヨリ引来リ而シテ之ヲ使用シタル残餘ノ水ト同一ノ決定ヲ為ス可シ此点ニ関シテハ第二百三十四条ニ至リ灌漑ニ供シタル残餘ノ水ハ賞金ヲ拂ッテ低地ニ流下セシムルコトヲ許セル規定アルヲ看ル可シ
低地ノ所有者ハ高地ヨリ流下スル水ヲ自己ノ土地内ニ於テ使用スルコトヲ得ベシ従ツテ其使用ノ方法トシテ損害ヲ生スル最モ少ナキ部分ニ之ヲ援用スルコトヲ得ベシ
法文ハ惟水ニ関シテ規定ヲ為スニ止マレリト雖トモ其水ト共ニ流下スル土砂等ニ至テハ均シク低地ノ所有者ニ於テ之ヲ受クルノ義務アルコト明カナリ此点ニ付テモ仍ホ常ニ自然ニ出ツル場合ニ於テノミ低地ノ所有者ニ義務アルコトヲ注意ス可シ山間ノ地方ニ於テハ自然ノ水ノ為ニ屡々土砂ヲ流下セシメ従ツテ非常ノ損害ヲ蒙ムルコト尠カラズ此ノ如キ場合ニ於テハ旧状ニ回復シ充分ノ工作ヲ為シ得ルニハ尠カラサル歳月ヲ要スルコト屡々ナリ然レドモ之ヲ豫防スルニ必要ナル工事ヲ為スハ高地ノ所有者ノ責任ニ非ラズシテ低地ノ所有者ガ自カラ免カルル能ハサル所ナリ
是レト類似スル問題ニシテ全ク反對ノ場合生スルコトヲ得ベシ即チ高地ノ所有者ハ水ノ為ニ低地ニ流下シタル土砂等ヲ取戻スノ権利アリヤ否ヤノ問題是レナリ
若シ此土砂ノ取戻シノ為メ更ニ新タナル損害ヲ低地ニ加フルコトナク又其当時低地ノ所有者ニ於テ新タニ堆積シタル土砂ノ上ニ工作ヲ為サザル場合ニ於テハ此取戻ヲ拒ムノ理由殆ント是レ有ラサル可シ是レニ反シテ若シ低地ノ所有者已ニ工作ヲ始メタル場合ニ於テ高地ノ所有者ハ其土砂ヲ任意ニテ委棄シタルモノトシテ其請求ハ退ケラル可シ
第二百二十五条
本条ニ於テ規定スル場合ニ於ケル水流ノ変更ハ人為ニ出ツルモノニ非ラズシテ全ク自然ノ事変ニ基クモノナリト雖トモ是レガ為ニ土地所有者相互ノ関係ヲシテ変更セシム可キモノニ非ラズ此故ニ本条ニ掲グル如キ事変アリタルトキハ所有者ハ常ニ水ヲシテ平生ノ疏通ニ復セシムルコトヲ得ベシ
本条ニ掲ケタル場合ノ中最モ著シキモノハ一個ノ水流カ高地ヲ流レ而シテ其一部分ヲモ未ダ曽テ低地ニ流下セシメザリシ場合ナリトス此ノ如キ水流ガ堤防ノ破壊等ノ為メ忽チニシテ低地ニ流下スルニ至ルコト有ルベシ此等ノ場合ニ於テハ侵害ヲ蒙ムリタル低地ノ所有者ハ此水ヲシテ平常ノ疏通ニ復セシムルコトヲ得ルハ当然ナリトス
然レドモ此ノ如キ修繕等ノ作業ヲ為ス場合ニ於テ何人ガ其費用ヲ負担ス可キヤハ一個ノ問題タル可シ
此事タルヤ本法ノ如ク土手其他水ヲ湛フル工作物ノ破壊ノ場合ニ於テ明カニ占有ノ訴権ヲ許セル法律ノ下ニ於テハ何等ノ疑ヒナシトス即チ土手其他水ヲ湛フル工作物ノ如キ凡テ人工ニ成レルモノナルガ故ニ是レガ維持ヲ為スハ其工作物ノ存スル土地ノ所有者ニ於テ之ヲ負担スルコトヲ要ス
然リト雖トモ右ノ場合ニ於テ破壊シ又ハ将サニ破壊セントスル工作物ガ人工ニ出デタルモノニ非ラズシテ自然ノモノナルトキハ是レト同一ナルコト能ハス此場合ニ於テハ高地ノ所有者ハ縦令工作物所在地ノ所有権ヲ有スルモ未ダ是レガ為ニ工作物ヲ旧状ニ復スル修繕ノ費用ヲ負担ス可キニ非ラズ惟低地ノ所有者ガ高地ニ於テ自カラ此修繕ヲ為スコトヲ妨ゲサルニ止マル可キナリ
本条第二項ノ場合ニ於テモ水流ノ阻塞シタルトキ是レヲシテ平常ノ疏通ニ復セシムル為メ必要ノ工事ノ費用ハ高地ノ所有者ヲシテ負担セシメタリ其理由トスル所蓋シ低地ノ所有者ハ高地ヨリ流下スル水ヲ受クルノ義務アリト雖トモ未タ水ノ疏通ヲシテ容易ナラシムルノ義務ヲ有スルモノニ非ラサルヲ以テナリ之ヲ要スルニ低地ノ所有者ハ高地ヨリ水ノ流下スルヲ妨グルコトナケレバ即チ其本分ヲ尽シタルモノトス後ニ至リ第二百三十六条及ヒ第三節ニ至テ規定スル所アルガ如ク地役ハ決シテ承役地ヲシテ或ル事ヲ為スノ義務ヲ負ハシムルモノニ非ラズシテ惟要役地ノ所有者ガ或ル権利ヲ行フヲ妨ゲザルノ義務ヲ負ハシムルノミ
水ノ疏通ニ関スル地役ハ其実際ノ効力ヲ各人ノ合意ニ由テ増減変更スルコトヲ得ベシ然レドモ全ク合意ヲ以テ之ヲ廃止スルコトハ到底許ス可カラサルモノナリ何トナレバ此事タルヤ各人ノ私益ニ関スルノミナラズ水流ノ阻塞停滯ノ為ニ高地ガ何等ノ生産ヲ為サザルニ至ル如キハ一般経済上ノ利益ニ大ナル関係ヲ有スルモノナレバナリ
是レト同一ノ理由ニ依リ低地ノ所有者ハ高地ノ所有者ガ三十ヶ年ノ間水ヲ流下セシムルコト莫クシテ経過シタルヲ口実トシ最早之ヲ受クルノ義務ヲ免カレタリト主張スルコトヲ得サルナリ通常ノ場合ニ於テ三十ヶ年間ノ不使用ハ地役消滅ノ原因ナリト雖トモ本条ノ場合ノ如キ公益ニ関スル法律上ノ地役ニ付テハ此消滅原因ヲ主張スルコトヲ得サルモノトス
此点ハ実ニ人為ヲ以テ設定シタル地役ト全ク公益ノ為ニ法律ガ確認シタル地役トノ間ニ存スル差異ノ一ナリトス(参看第二百九十条)
浸水地ヲ乾カスニ由リ出水ノ疏通ノ為メ及ビ灌漑ノ餘水ノ排泄ノ為メ通路ヲ低地ニ求ムルコトハ高地ノ所有者カ為シ得ベキ所ナリ而シテ此ノ如キ水ハ純然タル自然ノ水ト謂フコト能ハズ已ニ自然ノ水ト称スルコト不完全ナルモノニ至テモ仍ホ低地ニ流下セシムルコトヲ得ル右ノ如シ矧ンヤ其自然ナルモノニ至テハ之ヲ流下セシムルコト前ニ述フルカ如ク公共ノ利益ニ関スルモノナルガ故ニ縦令当事者ノ合意ヲ以テスルモ今此地役ヲシテ消滅セシムルコトヲ得サルモノトス
然リト雖トモ各当事者ガ自然ノ水ノ疏通ニ関スル地役ヲ消滅セシム可キ一個ノ合意ヲ為シタル場合ニ於テ此合意ヨリ生シ得ベキ所ノ効力ハ左ノ一点ニ止マル可シ或ル場合ニ於テ法律上ノ地役ハ高地ノ所有者ヨリ低地ノ所有者ニ一定ノ償金ヲ弁済シテ行使セラレタルコト有ル可シ即チ灌漑又ハ土地乾燥ノ場合ニ於ケル水ノ通路ノ地役ノ如キ是レナリ例之バ当初高地ノ所有者ガ低地ノ所有者ト契約ヲ為シ自然ノ水ヲ低地ニ流下セシメサルコトヲ承諾シタル為メ其報酬トシテ償金等ヲ受取リタル場合ニ於テハ他日水ヲ流下スルノ権利ヲ回復セントスル時ニ至リ無償ヲ以テ之ヲ回復シ得ベキニ非ラサルナリ
第二百二十六条
本条ノ明文ハ雨水ノ直チニ隣地ニ落ツル如キ屋根ト其他ノ工作物ヲ設クルコトヲ禁ジタリ何トナレハ高處ヨリ落ツル雨水ハ隣地ヲシテ多少ノ害ヲ蒙ムラシム可キノミナラズ此ノ如ク屋根ヨリ直接ニ落ツルトキハ土地ノ自然ノ傾斜ニ従ッテ隣地ニ流下スルニ比シテ其部分甚ダ汎カル可シ又一旦地上ニ落チタル後隣地ニ流下スルナクシテ雨水ノ幾部分ハ要役地ニ浸潤シ其残餘隣地ニ流ルルニ止マル可シト雖トモ若シ然ラズシテ直接ニ隣地ニ落ツルトキハ隣地ハ雨水ノ全部ヲ受クルニ至リ遂ニ工作物ノ為ニ其地役ノ負担ヲ重カラシムルニ至ル可ケレバナリ此ノ如クナルヲ以テ若シ土地ノ分界ニ於テ建物ヲ築造スル場合ニ於テハ其屋根等ノ如キハ雨水ヲシテ直チニ隣地ニ落ツルコト莫カラシムル如キ方法ヲ以テ築造スルコトヲ要ス縦令屋根ヨリ落チタル水ト雖トモ一旦要役地ニ落チタル後自然ノ地勢ニ従ツテ隣地ニ流下スルハ是レ自然ノモノニシテ承役地ニ於テ之ヲ承クルコトヲ拒ムヲ得ス
若シ所有者ガ建物ノ築造ヲ為シ又ハ其修繕ヲ為スニ当リ法律ノ定ムル所ニ反對ノ構造ヲ為ス場合ニ於テハ隣人ハ新工告発ノ訴権ニ由テ之ヲ停止スルコトヲ得ベシ
第二百二十七条
泉源ノ水ノ自然ノ流下ヲ承クルモ亦低地ノ所有者ガ法律上有スル所ノ負担ナリトス然レトモ是レ惟其負担タルノミ未タ是レニ関シ低地ノ所有者ハ何等ノ権利ヲモ有スルモノニ非ラズ此故ニ原則上泉源ノ所有権ヲ有スルモノハ任意ニ其水流ヲ変轉シ或ハ第三者ノ為ニ之ヲ處分スルコトヲ得ルモノナリ
然リト雖トモ此原則ニ對シテハ次条ニ於テ第一ノ例外ヲ設定セリ又次節ニ於テ(第二百七十六条)人為ヲ以テ設定セラレタル地役ニ付テハ取得事項ヲ適用シ得ベキコトヲ看ルベシ而シテ本条ノ場合ノ如キモ亦此取得時効ノ適用ヲ為シ得ベキ場合ナリトス右ニ述ブル如ク原則上泉源ノ所有者ハ任意ニ其水ヲ處分スルノ権利アリト雖トモ若シ隣人ニシテ取得時効ヲ得タル場合ニ於テハ水ノ流下ヲ拒ムコトヲ得ズ時効ノ場合ニ於テスラ已ニ然ルガ故ニ若シ更ニ一歩ヲ進メ権原ニ由テ水ヲ譲與シタル場合ニ於テハ隣人ヲシテ泉源ノ餘水ヲ得ルコト能ハサラシムルハ其為スコト能ハサル所ナリ
要スルニ本条ノ原則ニ對シテハ此ノ如ク二個ノ例外アリ而シテ法文ノ表面ヨリ此原則ヲ解シ甚ダ絶對ノモノナルガ如キ思想ヲ生セシメサランガ為メ特ニ此例外ヲ示セリ又自己ノ所有地内ニ於テ鑛泉存スル場合ニ於テハ其所有者ハ任意ニ之ヲ處分スルコトヲ得ス多少ノ制限ヲ受クルコト有ルヲ得ベシ蓋シ鑛泉ノ如キハ一般衛生ノ為ニ甚ダシク利害ノ関係ヲ有スルガ故ニ特ニ各人ノ私益ヲシテ此制限ヲ蒙ラシムルコト有ル可キナリ
第二百二十八条
或ル場合ニ於テ一個人ノ利益ハ一般公共ノ利益ニ為ニ一歩ヲ譲ラサル可カラズトノ原則ハ実ニ本条ノ規定ノ由テ生シタル基礎ナリトス
水ハ人ノ生活上最モ缺ク可カラサル所ノモノニシテ渇ヲ止ムルニ必要ナル水ハ何人ト雖トモ其同胞ニ向テ之ヲ與フルコトヲ拒ムコト能ハズトハ古來ノ確言ナリ故ニ立法者ハ一個人ノ所有ニ属スル水ト雖トモ仍ホ或ル場合ニ於テハ他人ノ為ニ之ヲ分與セサル可カラサルコトヲ規定シ而シテ一般ノ利益ト各人ノ利益トヲシテ成ベク調和セシメンコトヲ勤メタリ
第一泉源ノ所有者ガ所有権ノ使用ニ於テ幾分ノ制限ヲ受ケ他人ノ為ニ幾分ノ分與ヲ為ササル可カラサルニハ其水ヲ請求スルモノガ一町村又ハ一部落等ノ如ク行政権ニ由テ求メラレタル人民ノ聚合体ナルコトヲ必要トス故ニ多少ノ人民連合シテ之ヲ請求スルコト有ルモ未ダ其人々ノ間ニ於テ右ニ述ブル如キ関係アラサル場合ニ於テハ本条ノ利益ヲ受クルコトヲ得ズ或ハ多クノ工夫ヲ使用スル大製造所ノ如キ亦是レト同一ナリトス要スルニ水ヲ請求スル人民ノ多少ハ之ヲ問フコトナシト雖トモ少ナクモ其利益ハ私益ニ非ラズシテ公益タル場合ニ止マル可シ
又泉源ノ所有者ヲシテ所有権ニ本条ノ制限ヲ蒙ムラシムルニハ其水ガ住民ノ為ニ必要ナルコトヲ要ス單ニ住民ハ之ヲ使用スルヲ以テ利益ナリトスルニ止マルトキハ未タ本条ノ規定ニ合セサルモノナリ水ノ必要ニハ種々アル可シ或ハ工業ノ為ニ必要ナルコト有ル可ク或ハ農業ノ為ニ必要ナルコト有ル可シ又全ク之レニ異ナリテ家用ノ為ニ必要ナルコト有ル可シ而シテ立法者ハ本条ノ規定ヲ適用スルコト單ニ其水ガ住民ノ家用ニ必要ナル場合ニ止メタリ蓋シ立法者ハ農工業用ノ必要ハ未ダ家用ノ必要ト同一視スルニ足ラズト信ジタルニ依ル家用ニ必要ナル水トハ人畜ノ直接ノ使用ニ必要ナル水ヲ言フモノナリ
泉源ノ所有者ハ自己ニ有用ナラサル餘水ヲ流下セシムルコトヲ要ス故ニ泉源ノ所有者ガ自カラ使用シ得ベキ所ノモノハ單ニ必要ノ水量ニ止マラズ苟クモ必要ト有益トヲ問ハズ凡テ自己ノ用ニ供ス可キ部分ハ流下セシメサルコトヲ得故ニ近隣住民ノ本条ニ由テ有スル権利ニ比スレハ其区域甚ダ大ナルモノトス惟有益ト娯楽トハ之ヲ混同セサルコトヲ要ス此故ニ泉源ノ所有者ハ單ニ家用ノミナラズシテ農工業用ニ之ヲ使用スルコトヲ得ベク凡テ有益ノ用途ニ供スルコトヲ得ベシト雖トモ未ダ娯楽ノ為ニ池ヲ穿ツテ其水ヲ湛フルコトヲ得ズ蓋シ一人ノ娯楽ノ為ニ凡テ住民ノ生活ト健康トニ必要ナル水ヲ拒ム可キニ非ラサレバナリ
本条ノ明文ニ仍レハ町村又ハ部落ノ住民ニシテ泉源ノ水ノ使用ヲ得タル場合ニ於テハ其聚合及ビ引入ニ必要ナル工事ヲ泉源ノ地ニ為スコトヲ得ベシ此点ニ於テ法律ノ制限ヲ設ケタルハ彼ノ点ニ在リ即チ泉源地ニ此工事ヲ為スガ為メ一時ノ損害ヲ加フルハ到底已ム可カラサル所ナルガ故ニ之ヲ禁スルコトナシト雖トモ其損害ハ必ズ永久ノモノナラサルコトヲ必要トス且ツ縦令損害ハ一時ニ止マル場合ニ於テモ泉源ノ所有者若シ是レニ對シ償金ヲ請求セバ町村又ハ部落ノ住民ハ之ヲ弁済スルノ義務ヲ免カルルコトヲ得サルモノトス
右ニ掲ケタル償金ヲ拂フノ必要アルト否トニ拘ハラズ凡テ泉源ノ所有者ハ其完全ナル権利ヲ有スル泉源ノ利益ノ一部分ヲ他人ニ譲與シタルガ為メ相当ノ償金ヲ請求スルコトヲ得ベシ惟此償金ハ下流ノ住民ニ於テ三十个年ノ間之ヲ弁済セズシテ泉源ノ利益ヲ受ケタル場合ニ於テハ免責時効ノ効力ニ依リ最早弁済スルコトヲ要セサル可シ
惟次ノ注意ヲ為スコトヲ要ス即チ此ノ如キ場合ニ於テハ地役ガ時効ニ由テ取得セラレタルモノト謂フ可カラズ地役ハ法律ニ由テ設定セラレタルモノニシテ此設定ノ為メニハ何等ノ期間ヲモ必要トセズ又地役ノ便益ヲ受クルモノガ其使用ヲ始ムルノ以前ニ於テ已ニ存在スルモノナリ此故ニ地役ノ利益ヲ有スルモノガ得ル所ノ時効ハ惟所有者ニ對シテ償金弁済ノ義務ヲ免カルルノ一点ニ止マル
第二百二十九条
法文ニ於テ明記スルガ如ク本条ノ規定スル所ハ公有ニ属スル水流ニ関スルコトナシ舩若クハ筏ノ通ス可キ水流掘割及ビ其床地ハ公有ニ属スルモノナルガ故ニ本条ノ規定以外ナリトス(参看第二十二条)仏蘭西及ヒ其他ノ諸國ニ於テ公有ノ部分ヲ為サザル水流ハ何人ニ属スルモノナリヤノ点ニ於テ議論数種ニ分レ更ニ一定スル所アラサリシナリ或ハ之ヲ以テ國ノ私有ノ部分ヲ為スモノトシ或ハ之ヲ沿岸ノ所有者ニ属セシメントスルモノアリ又一派ノ説ニ従ヘハ此ノ如キ水流ハ何人ニモ属スルモノニ非ラズ又何人ニモ属シ得ベキモノニ非ラズ即チ人類共通ノモノナリトス或ハ水流ト床地トヲ区別スルモノアリ而シテ是レ最モ其当ヲ得タルモノノ如シ其説ニ従ヘハ床地ハ沿岸ノ所有者ニ属セシメ而シテ水流ハ凡テ共通ノモノナリトス本法モ亦此最後ノ學説ヲ確認シタリ本条及ヒ次条ノ規定ヲ適用ス可キ水流ノ性質ハ右ニ述ブル如ク其床地ノ所有権沿岸ノ所有者ニ属シ而シテ水流ニ関シテハ沿岸所有者ハ惟特別ノ使用権ヲ有スルニ止マル
公有ノ部分ヲ為サザル水流ニ関シ床地ト水ノ間ニ此ノ如ク区別ヲ設クルコトハ多少ノ説明ヲ為スコト有益ナル可シ
此種類ノ水流ノ床地ガ沿岸ノ所有者即チ水流ノ通過スル土地ノ所有者ニ属スルコトハ実ニ至当ノコトニシテ若シ之レニ反シ或ハ此床地ヲ國ノ公有又ハ私有ニ属セシムルトキハ両岸ハ各人ノ私有ニシテ其間ニ國ノ財産錯雑スルニ至リ実際ニ於テ殆ント為シ得ベキ所ニ非ラズ蓋シ常ニ困難ナル争訟ヲ生スルノ原因タルニ止マル可シ若シ此水流ノ水ヲシテ國ノ公有又ハ私有タラシメントスル場合ニ於テモ亦同一ノ非難ヲ免カルルコト能ハサル可シ
学理上ヨリ論スルトキハ茲ニ述ブル所ノ水ハ其泉源ノ土地ノ所有者ニ属スト謂フコト解シ得ベカラサルニ非ラズ而シテ泉源ノ所有者ハ國、府縣、市町村等ノ如キ法人ナルコト有ル可ク或ハ各人ナルコト有ル可シ然レトモ泉源ヨリ発シタル水ガ流下スルニ当テハ幾多ノ水流ト相合シテ稍ヤク大トナルモノナリ茲ニ於テ乎一個ノ水流ニシテ数個ノ所有権ノ併合ヨリ成ルモノ有ル可シ而シテ此ノ如キ場合ニ於テ其水ヲ数人ノ所有ニ属セシムルトキハ是レ又前ニ述ベタル場合ト同ジク絶エズ困難ヲ生スルノ原因タル可シ此故ニ泉源ノ水ト雖トモ其所有地以外ニ流下シタルトキハ最早泉源所有者ノ財産ニ非ラサルモノトスルコト最モ自然ニシテ且ツ最モ其当ヲ得タルモノトス然ラハ即チ何人ニ之ヲ属セシム可キヤ泉源地ノ所有者已ニ権利ヲ有セズトセバ何人ニモ属セサルモノニシテ沿岸ノ所有者等ノ如キ先占ノ處為ニ由テ之ヲ取得シ得ベキモノナリヤ法律ハ理論ニ基キ公益ニ照ラシ之ヲ以テ先占シ得ベキ無主物ナリトセズ全ク共通物ト為セリ即チ何人ト雖トモ其所有権ヲ有セス又之ヲ取得スルコトヲ得ズ而シテ凡テノ人之ヲ使用スルコトヲ得ベキナリ此水ノ使用ニ関シテ最モ直接ノ利益ヲ有スルモノハ其水ノ通過スル沿岸ノ土地ノ所有者ナリ此所有者等ハ本条以下ニ定メタル一種特別ノ権利ヲ有スルモノト謂フコトヲ得ベシ即チ他人ガ其所有地内ニ来ッテ流水ヲ汲取ルコトヲ妨グルノ権利ヲ有ス従ツテ他人之ヲ侵シ其水ヲ汲マント欲スルトキハ遂ニ他人ノ土地ニ侵入スルノ過失ヲ免カレサル可シ然リト雖トモ其水ハ何人ニモ属スルコトナキガ故ニ他人ノ物ヲ侵奪シタリト云フコトヲ得ズ即チ窃盗ノ處為アルモノニ非ラサルナリ公有ニ属スルモノト然ラサルモノトノ間ニ区別ヲ為シタル以上ハ最早公有ニ属セサルモノノ中ニ於テ水流ノ大小等ノ区別ヲ為スコトヲ要セズ二個ノ土地ノ間ニ流レ又ハ一個ノ土地ノ中央ヲ経過スル些細ノ水流ト雖トモ仍ホ之ヲ軽ンズ可カラス何トナレバ上流所有者ノ正当ニ使用シタル残餘ノ範圍内ニ於テ水ノ利益ヲ受クルコトハ其下流ノ所有者ニ於テ甚タ利益アル所ナレバナリ固ヨリ細流ニ至テハ其流通ノ間ニ於テ全ク乾涸スルコト有ル可シ然レトモ是レ亦一年中或ル季節ノミ然ルニ止マルコト屡々ナル可ク下流ノ所有者ハ常ニ流水ヲシテ其上流ニ復セシムルコトヲ得セシムル為メ何人ト雖トモ水路ヲ廃セサルコトヲ請求スルノ権利ヲ有ス可シ
國ノ公有ノ部分ヲ為サザル水ヲ以テ國ノ私有ニ属セシムル理論ハ單ニ理論上ニ於テ其当ヲ得サルノミナラズ猶ホ実際ニ於テ各人ガ何等ノ償金ヲ拂フコトナクシテ其水ヲ使用スルノ権利ヲ奪フコトヲ政府ニ許スノ弊アルモノナリ
第二百二十九条第一項ハ各沿岸ノ所有者ガ水路及ヒ幅員ヲ変更スルコトヲ禁セリ各沿岸ノ一方ヲ所有スルモノ猥リニ線路ヲ自己ノ所有地内ニ引入レ由テ水路ヲ変換スルトキハ對岸ノ所有者ハ全ク水ノ利益ヲ失フ可シ若シ此ノ如クナラズト雖トモ猶ホ自己ノ土地ニ於テ川床ヲ擴メ由テ幅員ヲ変更シタルトキハ其水ハ同一ノ力ヲ有セスシテ他人ニ損害ヲ與フルコト有ル可シ若シ之ニ反シ幅員ヲ狹メタルトキハ其結果ハ全ク前者ニ反對ナル可シト雖トモ是レガ為ニ他人ニ損害ヲ與フルコト有ル可キハ又明カナル所ナリ
本条第二項ニ依リ立法者カ流水ノ通過スル土地ノ所有者ニ與へタル権利ハ單ニ一方ノ沿岸ノミノ所有者ニ與へタル権利ニ比シテ甚ダ大ナリトス流水ノ通過スル土地ノ所有者ハ其水路ヲ所有地内ニ変轉セシムルコトヲ得ベシ従ツテ其水ハ土地ニ浸潤シ若クハ蒸発シテ其量ヲ減スルコト甚ダ尠カラサル可シ然レトモ仍ホ下流ノ沿岸者ニ於テ之ヲ拒ムノ権利ナシ此ノ如キ権利ヲ與へタルハ要スルニ水流ノ床地ガ両岸ヲ所有スルモノニ属スルヨリ生ジタル結果ナリトス蓋シ床地ノ所有権ヲ有スル以上ハ此床地ヲ変轉シ得ベキコト当然ナレバナリ然リト雖トモ此ノ如ク充分ノ使用権ヲ與へタルガ為メ遂ニ水流ヲシテ全ク一人ノ有ニ帰セシメ他ノ所有者ニ對シテハ殆ント水流ナキト同一ノ結果ヲ生スルニ至ルハ法律ノ欲スル所ニ非ラス此故ニ一方ニ於テハ水路ノ変轉ヲ許スト同時ニ其目的ニ由テ制限ヲ加ヘタリ即チ農工業用及ビ家用ノ為ニ水路ノ変轉ヲ必要トスル場合ニ限リ之ヲ許セリ従ツテ縦令両岸ノ所有者ト雖トモ池沼ヲ設ケテ水ノ利用ヲ為スコトヲ得ス蓋シ此ノ如クナルトキハ池沼ニ溢レタル水ニ非ラサレハ下流ノ沿岸者ニ利益ヲ與フルコト莫カル可ク且ツ其水ハ常ニ清潔ノモノニ非ラサル可ケレバナリ
此ノ如ク一人ガ権利ヲ濫用シテ他ノ利害関係人ノ不利益ヲ生ス可キ場合ニ於テ裁判所ハ之レガ保護ヲ與へサル可カラズ
本条ノ規定ハ主トシテ流水ニ関シ制定セラレタルモノナリト雖トモ仍ホ池沼ノ如キ匯集セル水ニモ又之ヲ適用ス可キコト当然ナリ池沼モ亦流水ト均シク其沿岸ノ土地ハ一人ニ属セズシテ数人ニ属スルコト有ル可シ若シ池沼ガ一人ノ所有地内ニ存シ而シテ其池沼ハ他ヨリ流下セル水ニ由テ成リタルモノニ非ラサルトキハ其水モ亦土地ノ所有者ニ属ス可シト雖トモ是レニ反シテ一方ニ於テ池沼ノ水ハ他ニ流下スルト同時ニ他ノ一方ニ於テ他人ノ所有地ヨリ流下スル水ヲ受クル場合ニ於テハ池沼ノ水ハ土地ノ所有者ニ属セサル可シ何トナレハ此ノ如ク出入ノ道ヲ有スル池沼ノ水ハ流水ト全ク同一視ス可キモノナレバナリ
此ノ如クナルニ依リ本条ハ流水及ヒ池沼ニ同一ノ規定ヲ適用セリ
沿岸者ノ一方ニ於テノミ堤防ヲ築キタルトキハ是レガ為ニ屡々對岸ニ損害ヲ加フルコト有ル可シ就中水流ノ多少回流スル場處ニ於テ最モ然リト為ス此故ニ此ノ如キ工事ヲ為サント欲スルトキハ利害関係人ノ承諾ヲ受クルコト必要ナリトス
第二百三十条
本条ニ於テハ水ノ使用ニ関シテ屡々起ルコト有ル可ク争訟ノ場合ニ於テ是レガ判決ヲ與フル標準ト為ル可キ原則ヲ裁判所ニ指示スルニ止マリ特ニ詳細ノ説明ヲ要ス可キモノナシ
第二百三十一条
本条ニ規定スル所ノ流水ハ國、府縣、市町村等ノ公有若クハ私有ノ部分ヲ為スモノニ非ラズト雖トモ仍ホ其取締ヲ為スハ行政権ニ属スルモノナリ何トナレバ其保存ハ一般経済上重大ナル利益ヲ有スルノミナラス其取締ヲ為シ以テ沿岸所有者ノ争訟ヲ豫防スルハ公共ノ秩序ニ関スルモノナレバナリ又此流水ニ関スル取締ノコトハ勿論各縣知事ノ職権内ニ属ス可キ性質ノモノナリトス何トナレバ一方ニ於テハ此ノ如キ流水ノ重要ノ度ハ甚ダ大ナラサルガ故ニ必ズシモ之ヲ行政権ノ干渉ヲ要スルモノニ非ラズ惟府縣知事ノ處分ニ對シテ故障ヲ為スモノ有ル場合ニ於テノミ上級行政権ノ干渉ヲ要スルモノ有ル可キノミ且ツ他ノ一方ヨリ之ヲ観察スルニ府縣知事ニ比シテ下級ナル行政権ニ此職権ヲ與フルモノハ決シテ其当ヲ得タルモノニ非ラス何トナレハ其職権ヲ有スルモノニシテ利害関係人ノ一人タル如キコト有ル可ク縦令然ラズトスルモ利害関係人ト甚ダ密接シテ為ニ公平ノ處分ヲ為スコト能ハザル如キコトヲ保セズ加之ナラズ此ノ如ク下級ノ行政権ニ之ヲ一任スルトキハ同一ノ府縣内ニ於テ種々ノ異ナリタル處分ヲ看ルニ至ル可シ此ノ如キハ実際ニ於テ甚タ弊害アルヲ免カレサルナリ
右ニ説明スル如キ流水ノ取締ニ関スル事務ヲ名ケテ水利規則ト謂フ而シテ水利規則ノ目的トスル所二個アリ互ニ相反スルモノナリ其一ハ水ノ疏通ヲ便ナラシムルニ在リ是レニ由テ上流ノ土地ヲシテ洪水ノ害ヲ免カレシメ又下流ノ土地ヲシテ水利ヲ失フコト勿カラシム其二ハ水流ノ保存ニシテ蓋シ水路ヲ通過スル間ニ於テ両岸ノ土地ニ浸潤シ為ニ流水ノ乾涸ヲ來タス如キコト莫カラシムルニ在リ若シ此ノ如キ事情アルニ於テハ両岸ニ於テ治水ノ工事ヲ命スル如キ必要アル可キナリ
漁業ノ事モ亦府縣知事ノ取締ヲ為ス可キ所ニシテ或ハ之ヲ為スコトヲ得ル季節ニ関シ又ハ用フルコトヲ得ベキ方法等ニ関シテ規定スル所アル可キナリ
第二百三十二条
国、府縣、市町村ノ公有又ハ私有ノ部分ヲ為ス流水ノ取締ニ関シテハ固ヨリ民法ヲ適用ス可キモノニ非ラス蓋シ此ノ如キ流水ニ関シテハ公益ノ関係ヲ以テ主要ト為スカ故ニ行政法ニ於テ規定ス可キモノタルコト弁ヲ竢タズシテ明カナリ此故ニ本条ニ於テハ惟行政法ニ於テ規定ス可キコトヲ掲クルニ止マル
第二百三十三条
本条以下ノ規定モ亦一般経済ノ利益ノ為ニ土地ノ所有者ヲシテ多少ノ負担ヲ蒙ムラシメタルモノナリ要スルニ法律ノ精神ハ此ノ如キ場合ニ於テ或ル土地ノ所有者ニ負担ヲ蒙ムラシメタルヨリシテ其蒙ムル所ノ不便若クハ損害ハ是レニ由テ他ノ所有者ガ受クル所ノ便益若クハ利益ニ及バサルコト甚タ遠シト認メタルニ依ル従ツテ一般ノ利害ヨリ之ヲ考フルトキハ土地ノ生産力及ビ價額ハ増加シタルモノニシテ結局国家公共ノ利益ヲ増加シタルモノナリ
他人ノ土地ニ水ヲ通過セシムルコト家用又ハ農工業用ノ為ニ必要ナル場合ニ於テハ其水路ニ当ル可キ土地ノ所有者ハ之ヲ拒ムコトヲ得ズ此故ニ此ノ如キ場合ニ於テ裁判所ハ惟此承役地ノ所有者ニ對シ要役地ノ所有者ヨリ拂フ可キ償金ノ規定ニ関シ干渉スルコト有ル可キノミ
本条ノ規定ニ従フトキハ何人ト雖トモ農工業用ノ為ニ必要ナル水ヲ他人ノ土地ヲ通過シテ援用スルコトヲ得ルガ故ニ此権利ヲ濫用シ承役地ニ当レル土地ノ所有者ヲシテ甚ダ困難ヲ受ケシム可キガ如シト雖トモ決シテ此ノ如キ濫用ノ恐レアルモノニ非ラズ何トナレバ縦令法律ノ認メタル地役ナリト雖トモ之ヲ行使セント欲スルニハ第一承役地ノ所有者ニ對シテ償金ヲ弁済セサル可カラズ又第二水ノ引入ニ必要ナル工事ノ設置及ヒ是レガ保存ノ費用ヲ負担スルコトヲ要スレバナリ此ノ如クナルガ故ニ若シ真ニ家用若クハ農工業用ノ為ニ水ヲ引入ルルノ必要アラサルモノ若クハ他人ノ土地ニ據ルコトナクシテ之ヲ引入ルルノ便ヲ有スルモノニシテ猥リニ他人ノ土地ニ通路ヲ求ルガ如キコト非ラサル可キハ勿論ナリ
裁判所ガ要役地ノ所有者ヨリ承役地ノ所有者ニ弁済ス可キ償金ヲ定ムルニ当テハ一方ニ於テ水路設置ノ時マデニ一時承役地ノ蒙ムル可キ損害ヲ斟酌シ他ノ一方ニ於テ水路ノ設置ヨリ将来永久ニ承役地ノ蒙ムル可キ損害ヲ斟酌ス可キモノトス
本条ノ場合ニ於テモ亦袋地ノ通行権ノ場合ニ於ケルト均シク(参看第二百二十条)二種ノ償金ヲ定メ得ベキコトハ法文ニ於テ之ヲ明定セズト雖トモ其事情甚ダ相似タル所アルガ故ニ裁判所ハ同一ノ處分ヲ為スコトヲ得ベキナリ
第二百三十四条
自己ノ土地ニ水ヲ引入ルル為メ他人ノ土地ニ其水路ヲ得ルコト必要ナルニ比スレバ不用ノ水ヲ排泄スル為メ其通路ヲ他人ノ土地ニ求ムルコトハ一層必要ナル可シ何トナレハ水ノ不足ヨリ生スル所ノ害ニ比スルニ其過量ナルヨリ生スル害ハ甚タ大ナレバナリ
本条ノ規定ハ第二百二十四条及ヒ第二百二十五条ノ規定ト比照シテ説明スルコトヲ要ス何トナレバ本条ノ規定ハ此二条ノ規定ニ對シ制限ヲ設ケ若クハ例外ヲ設ケタルモノニ非ラスシテ却テ其精神ヲ敷衍スルモノナレバナリ
第二百二十四条及ヒ第二百二十五条ノ場合ニ於テ法律ノ規定スル所ハ高地ヨリ自然ニ流下スル所ノ水ヲ低地ノ所有者ニ於テ受クルノ義務アルコト是レナリ而シテ此地役ハ何等ノ償金ヲ受クルコトナクシテ負担セサル可カラス
本条ノ場合ニ於テハ自然ニ流下スルニ非ラスシテ人工ニ依リ之ヲ流下セシメタルモノナリ時トシテハ單ニ流下セシムルニ付テ人工ヲ施コシタル而巳ナラズ是レ其水ヲ高地ニ引入ルル為ニ人工ヲ施コシタルコト有ル可シ又水ノ流下前ニ於テ人ノ之ヲ使用シタルコト有ル可ク其使用ハ屡々水ヲシテ不良ノ性質ニ変セシメタルコト有ル可シ縦令其使用ハ農業用ニ供シタルニ止マル場合ニ於テモ亦然リトス何トナレハ農業上ノ使用ハ通常水質ヲ変スルモノニシテ就中水田ニ之ヲ湛ヘタル如キハ其最モ著シキモノナリトス
本条ノ場合ニ於テモ亦前ニ掲ケタル種々ノ場合ニ於ケルト均シク若シ所有権ノ完全ニシテ且ツ独立ナルノ点ヨリ考フルトキハ低地ノ所有者ヲシテ此地役ヲ負担セシメサルコトヲ要シ轉ジテ一般経済上ノ利益ヨリ之ヲ考フルトキハ生産ノ為ニ有害ナル水ヲ排斥スルコト必要ニシテ且ツ公共衛生ノ点ヨリ観察スルモ亦同一ノ必要アル可シ故ニ立法者ハ此相反セル二個ノ利益ヲ調和セシムルコトヲ要ス是レ本条ノ規定ヲ設ケタル所以ニシテ高地ノ所有者ハ其水ガ元来高地ニ存シタルモノト他ノ土地ヨリ人工ヲ以テ引入レタルモノトヲ問ハズ使用ノ残餘ニシテ無用且ツ有害ナル場合ニ於テハ之ヲ公路又ハ下水道等ニ達スルマデ低地ニ水路ヲ要求スルノ権利ナカル可カラス
本条ニ規定シタル地役ト自然ノ水ニ関スル地役トノ間ニ存スル著シキ差異ハ左ノ点ニ在リトス即チ自然ノ水ノ場合ニ於テハ要役地ノ所有者ハ承役地ノ所有者ニ對シ何等ノ償金ヲ拂フコトヲ要セズト雖トモ本条ノ場合ニ於テハ此義務ヲ免カルルコト能ハス是レ実ニ低地ノ所有権ヲ重ンスル所以ナリ
第二百三十五条
本条第一項ノ規定ハ袋地ノ通行権ニ関スル第二百十九条ノ規定ト甚ダ相類スルモノナリ蓋シ両個ノ場合ニ於テ同一ノ理由存スルニ由ル
第二項ノ規定ニ至テハ特ニ説明ヲ要セスシテ之ヲ解スルコトヲ得ベシ何トナレハ人ノ住スル家屋ハ高地ニ比シテ一層尊敬ス可キコト勿論ナレハナリ
第二百三十六条
本条ノ規定モ亦正理ト公義トニ基クモノナルコト自カラ明カニシテ特ニ説明スルコトヲ要セス加之ナラス是レト相類スル規定ハ已ニ第二百二十条第一項ニ於テ示シタル所ナリ
往時羅馬人ガ地役ニ関シテ認メタル一個ノ原則アリ而シテ其原則ハ本条ノ場合ニ於テ適用セラル可ク又次節ニ於テモ是レガ適用ヲ看ル可シ其原則ニ曰ク地役ハ其性質上之ヲ負担スルモノヲシテ或ル事ヲ為スノ義務ヲ負ハシムルモノニ非ラズ惟是レヲシテ他人ガ或ル事ヲ為スヲ甘ンジ之ヲ拒マサルノ負担ヲ有セシムルノミト是レ実ニ法律上ノ一大原則ニシテ羅馬人ガ一旦之ヲ認メテ後諸國ニ流通シタルコト恰モ貨幣ノ如ク而シテ何人モ未タ是レニ異議ヲ唱フルモノ非ラズ然リト雖トモ未ダ此原則ヲ示シタルノミヲ以テ足レリトス可キニ非ラズ必ズヤ此原則ガ正理ト公義トニ合スルモノナルコトヲ明カニスルヲ要ス蓋シ一人ノ所有者ヲシテ甚タ大ナル利益ヲ得セシムル為メ他ノ一人ノ所有者カ其所有スル一個ノ物ヨリ受クルコトヲ得ベキ利益ノ僅少ナル部分ヲ失ハシメ此ノ如クニシテ一般ノ利益ヲ増加セシムルハ法律ノ至当ニ為シ得ベキ所ナリ然リト雖トモ若シ承役地ノ所有者ヲシテ其有スル承役地以外ノ財産ヨリ生ス可キ利益ノ幾分ヲ要役地ノ為ニ出捐セシムル如キコト有ラバ是レ実ニ至当ノ範圍ヲ超エタルモノニシテ立法者ガ為スベカラサル所ノコトナリ本条ノ場合ニ於テ承役地ノ所有者ヲシテ工事ノ費用ヲ負担セシムル如キハ実ニ然リト為ス何トナレハ承役地ノ所有者ニ於テ此費用ヲ負担スルトキハ要役地ノ所有者ハ是ニ由テ利益ヲ受ク可シト雖トモ決シテ是レガ為ニ一般ノ利益ヲ増加スルモノニ非ラス従ツテ承役地ノ損失ト要役地ノ利益トハ此点ニ於テ殆ント同一ナル可シ然ラバ即チ惟一人ノ利益ヲ奪ツテ他ノ一人ニ與へタルニ過キス是レ各人ノ財産ヲシテ不当ニ移轉セシメタルモノト謂ハサルヲ得サルナリ
本条ニ於テ規定スル地役ノ場合ニ於テハ右ニ掲ゲタル理由ノ外仍ホ承役地ノ所有者ヲシテ工事ノ費用ヲ負担セシムルコト甚タ其当ヲ得サルモノ有リ何トナレバ本条ノ場合ニ於テ承役地ノ所有者ハ水路ノ設置ノ為ニ蒙ムル妨害ト是レガ為ニ将来ニ収益ノ減少ヨリ生スル損害トニ對シ償金ヲ要求スルノ権利アルモノナリ然ルニ法律ヲ以テ若シ一方ニ於テ水路工事ノ費用ヲ是レニ負担セシムルモノトセバ必スヤ右ニ掲ケタル償金ノ外更ニ此費用ニ相当スル償金ヲ低地ノ所有者ニ得セシメサル可カラズ此ノ如クナルトキハ遂ニ低地ノ所有者ヲシテ此工事ヲ負担セシムルコトナキト同一ノ結果ニ至ル可キナリ
第二百三十七条
本条第一項及ヒ第二項ノ規定ハ他ノ数個ノ場合ニ於ケルト均シク経済上ノ理由ニ基クモノナリ
経済上ノ原則ニ従ヘハ最小ノ労力即チ最小ノ費用ヲ以テ最大ノ利益ヲ得ルコトヲ務メサル可カラズ
今農工業用ノ水ノ引入ヲ為シ若クハ不用ナル水ヲ排泄スル為メ他人ノ土地ヲ通過セシムルニ当リテ若シ同一ノ水路ヲ使用シ由テ数個ノ土地ノ利益ト為スコトヲ得バ是レ実ニ各人ノ利益タルノミナラス又一般ノ利益ナリトス縦令此ノ如キ場合ニ於テ此目的ヲ達スル為メニハ水路ノ幅員ヲ大ナラシムル為メ多少ノ労力ト費用トヲ要スルコト有リトスルモ仍ホ此費用ハ新タニ二個若クハ数個ノ水路ヲ設置スルニ比スレハ甚ダ僅少ナル可シ
二個ノ所有地ノ使用ニ供シタル残餘ノ水ヲ排泄スル為メ一個ノ水路ヲ利用スル場合ニ於テハ二個ノ土地ニ水ヲ引入ルルニ当ツテ同時ニ一個ノ水路ヲ使用スル場合ニ比シテ注意ヲ要スルトコロ甚タ尠カル可シ何トナレハ排泄ノ場合ニ於テ其水ハ已ニ不用ノモノナルガ故ニ両個ノ水ガ性質ヲ異ニスルモ更ニ利害ノ関スル所ナシ之ニ反シテ水ヲ引入ルルニ当テハ一方ノ水質如何ニ依リ他ノ水ヲシテ不良ノ者タラシムルニ至ル可シ
最後ニ注意ヲ要スルモノ有リ右ニ述ブル所ノ如ク数人ノ所有者ガ共同シテ一個ノ水路ヲ使用スル場合ニ於テハ此事情ノ為ニ要役地ノ所有者ヨリ承役地ノ所有者ニ拂フ可キ償金ニ関シ多少ノ変更ヲ来タス可キモノナルヤ否ヤ是レナリ此点ニ関シテハ場合ヲ分ツテ説明スルコトヲ要ス若シ承役地ニ従来存在スル水路ヲ以テ要役地ノ用ニ充テタル場合ニ於テハ承役地ノ所有者カ請求スルコトヲ得ベキ償金ハ決シテ新タニ要役地ノ為ニ水路ヲ設置スル場合ト同一ナルコト能ハス何トナレハ此場合ニ於テ承役地ハ所有権ノ自由ヲ失フコト水路新設ノ場合ニ比シテ甚ダ尠ナク従ツテ其損害モ亦同一ナラサルコト勿論ナレバナリ矧ンヤ承役地ハ少シモ要役地ノ為ニ占領セラレタル部分アラサルニ於テヲヤ是レニ反シテ一旦要役地ノ所有者カ承役地ニ水路ヲ設置シ是レガ為ニ承役地ノ自由ヲ減少シ且ツ土地ヲ占領シタル為メ相当ノ償金ヲ定メタル後承役地ノ所有者ニ於テ自カラ此水路ヲ利用セント欲スル場合ニ於テハ要役地ノ所有者ヨリ承役地ノ所有者ニ弁済シタル償金ハ何等ノ変更ヲ受ク可キモノニ非ラス惟此ノ如ク要役地ト承役地ト共ニ一個ノ水路ヲ利用スルヨリ生スル効力ハ左ノ一点ニ止マル可シ即チ各所有者ハ其水路ニ由テ利益ヲ受クル割合ニ應シ水路ニ関スル費用ヲ分担ス可キコト是ナリ若シ要役地ノ所有者ガ当初水路ヲ求ムルトキニ於テ承役地ノ所有者モ亦其水路ヲ利用センコトヲ求メタル場合ニ於テハ裁判所ハ此事情ヲ斟酌シ由テ要役地ノ所有者ヨリ弁済ス可キ償金ヲ得サルコトヲ得ベシ
第二百三十八条
本条ノ規定ハ之ヲ一見スルニ第二百二十九条ノ次ニ掲グルコトヲ要ス可キモノノ如シ何トナレハ本条ハ第二百二十九条ト均シク流水ニ関スルモノナレバナリ然レトモ本条第二項ノ規定アルガ為ニ第二百二十九条ノ次ニ掲ゲサリシナリ蓋シ本条第二項ノ規定ハ前条ト同一ノ原則ニ基クモノニシテ同一ノ説明ヲ要スレバナリ
沿岸ノ所有者ガ流水ヲ使用スルニ当テハ殆ンド常ニ其水ヲ高ムルノ必要ヲ生ス可シ何トナレバ屡々沿岸ノ土地ト水面トハ著シキ高低ヲ為スモノナレハナリ此ノ如キ必要ナキハ往々看ルガ如ク水ガ両個ノ土地ノ間ヲ流ルル場合ニ止マル可シ其他ノ場合ニ於テハ堰ヲ設ケテ水ヲ高ムルコト必要ニシテ且ツ堰ヲ設クルニハ必ズ両岸ニ之ヲ指示セシムルコトヲ要ス
一方ノ沿岸所有者ガ自カラ水ヲ使用スル為メ堰ヲ設ケ之ヲ他人ニ属スル對岸ノ土地ニ指示セシメタル時是レガ為メ對岸地ノ所有者ガ蒙ムル可キ損害ハ決シテ大ナルモノニ非ラス何トナレバ堰ヲ支持ス可キ杭ハ地ニ入ルコト僅カナルモノナレバナリ然リト雖トモ他人ノ土地ニ権利ヲ行使スル凡テノ場合ニ於ケルト均シク本条ノ場合ニ於テモ亦所有権ノ自由ヲ減少スルノ一事ニ至テハ争フ可カラス従ツテ是レニ對スル償金ヲ弁済スルコトヲ要ス堰ヲ支持セラレタル沿岸ノ所有者ガ自己ノ利益ノ為ニ其堰ヲ利用スルノ権利アルコトハ前条ニ基キ承役地ノ所有者ガ水路ヲ使用スルノ権利アルト同一ノ理由ニ因テ之ヲ説明スルコトヲ得ベシ且ツ此一事ハ本条第二百二十九条ノ次ニ掲ゲザリシ充分ノ理由タル可シ何トナレハ若シ是レニ反スルトキハ前条ノ下ニ於テ掲ケタル経済上ノ理由モ亦、本条ト均シク第二百二十九条ノ次ニ於テ之ヲ示サザル可カラス而シテ其位置宜シキヲ得ザル為メ却テ其効力ヲ減セシムルコト有ル可ケレバナリ
第三款 経界
第二百三十九条
若シ各所有地ノ面積及ヒ境界ヲ一見判別シ得ベク且ツ容易ニ滅失セサル標示物ニ由テ正確ニ指定セラレサルトキハ是レガ為ニ相隣者ノ間ニ於テ紛争ヲ生スルコト有ルハ実ニ免カレサル所ナリ本条以下ニ規定スル経界ノ目的ハ実ニ此争訟ヲ豫防スルニ在リ故ニ経界ハ一般ノ利益ノ為メニ必要ナルノミナラス猶ホ各所有者ノ利益ヲシテ満足ヲ得セシムル所ノモノナリ
経界ハ本章ノ始メニ於テ述ベタル如ク地役ト称スルコト甚ダ不完全ヲ免カレサル法律上ノ負担ノ一ナリトス経界ノ負担ハ相隣者相互ノモノニシテ孰レノ土地ガ承役地ナリヤ孰レノ土地カ要役地ナリヤヲ分ツコト甚タ困難ナリ何トナレハ孰レノ土地モ同時ニ承役地及ビ要役地ノ資格ヲ有スルモノニシテ経界ハ実ニ二個ノ所有地ノ相互ノ利益ノ為ニ定メラレタルモノナレバナリ
然リト雖トモ已ニ述ベタル如ク此困難ハ單ニ學理上ノ事ニ止マリ実際ニ於テハ何等ノ利益ヲモ有セサルモノニシテ却テ法律ノ簡明ヲ失スルノ弊アルニ止マルベシ
固ヨリ経界ノコトハ土地ノ法律上ノ負担ノ一ニシテ実ニ土地ニ関スル普通法ニ属ス此点ニ於テハ本法ハ第三十四条第四項ノ規定ヲ為スニ当ツテ明カニ其原則ヲ示セリ
然レトモ左ノ数点ヲ認ムルコトヲ必要ナリトス第一経界ノ負担ヲ以テ相隣者間ノ義務ト称スルガ如キハ甚ダ不当ナルコト是レナリ何トナレハ経界ノ負担ハ一個ノ債権即チ人権ト相對スルモノニ非ラズシテ所有権ノ一部分タル物権ト相對スルモノナリ第二経界ノ権利ハ相互ノモノニシテ二個ノ土地ハ同時ニ承役地ニシテ又要役地タリト雖トモ此事情ハ未ダ経界ヲ目シテ地役ト称スルニ對シ充分ノ非難ト為スニ足ラズ縦令経界ノ地役ヲ以テ二重ノ地役ナリトスルモ亦然リトス是レ実ニ事物ノ性質上已ムヲ得サルノ事ナリ蓋シ相隣者ノ各自ガ同時ニ原告タリ且ツ被告タルノ点ヨリ看ルトキハ経界ノ訴権ハ中性若クハ二重ノ性質ヲ有スル訴権ナリト謂フコト羅馬以来ノ習慣ナリ
本条ニ於テハ経界ヲ請求スル権利ニ関スル原則ヲ定メ次条已下ノ二条ハ是レニ對シ例外ヲ設ケ且ツ訴権ヲ加ヘタルモノナリ
経界ヲ判別スルノ用ニ供ス可キ標示物ノ性質ニ関シテハ法律ヲ以テ限定ニ之ヲ定ムルコトナシ即チ当事者ハ其標示物ニ各自ノ氏名ヲ記入スルコトヲ得ベク又各所有地ノ面積ヲ掲クルコトヲ得ベシ然レトモ其標示物ノ物質如何ニ係ハラス必ズ一見シテ経界ノ標示物タルコトヲ知リ得ベキモノナルヲ要ス何トナレバ刑法ノ規定ニ従ヘバ(第四百二十条)土地ノ経界標ヲ移轉スルハ一個ノ犯罪ニシテ犯罪ハ之ヲ罰スルモノヨリモ寧ロ其未タ生セサルニ当ツテ之ヲ防クノ道ヲ求ムルコトヲ要スレハナリ
経界ノ標示ニ用フ可キ物料ノ性質ニ関シテモ又法律ニ於テ制限ヲ設クルコトナシ樹、石、杭ノ如キハ最モ普通ノモノニシテ且ツ最モ滅失セサル物料タル可シ此等ノ点ニ関シテハ仍ホ地方ノ習慣ニ従フ可キモノト為セリ
第二百四十条
本条ニ於テハ三種ノ土地ヲ以テ経界ノ負担ヲ要セサルモノト為セリ而シテ此列記タルヤ決シテ限定ノモノニ非ラサルナリ
第一建物、建物アル土地ニ在ツテハ更ニ経界ヲ定ムルノ必要アラズ蓋シ其建物ニ由テ経界ヲ知ルコトヲ得ベケレバナリ此故ニ各所有者ノ一人ガ他ノ一人ヲ以テ所有地外ニ家屋ヲ築造シタルモノナリトスル時ハ経界訴権ニ由テ争ヒヲ為スコトヲ得ス必ズヤ侵奪セラレタリト主張スル土地ノ部分ニ関シ回収ノ占有訴権又ハ回復ノ本権訴権ニ依ルニ非ラザレハ請求ヲ為スコトヲ得ズ此第一ノ争ヒ決シタル後ニ至リ更ニ添附ノ問題ヲ生ス可ク従ッテ償金ヲ定ムルコトヲ要ス可シ何トナレバ建物ハ土地ニ従フモノナルガ故ニ縦令土地ノ所有者ニ非ラサルモノノ築造ニ係ルトキト雖トモ其建物ノ所有権ハ土地ノ所有者ニ属ス可ケレバナリ(参看財産取得編第八条)若シ建物ト建物トノ間ニ於テ圍障ヲ有セサル土地存シ而シテ其土地ハ相隣者各々一分ヲ有スル場合ニ於テハ前条ノ規定ニ従ヒ経界訴権ヲ行フコトヲ得ヘシ何トナレバ此場合ニ於テハ本条ニ於テ例外ヲ設ケタル理由存セサレバナリ
第二如何ナル方法ヲ用ヒタルニ係ハラズ圍障ヲ設ケタル土地ニ於テハ建物ノ存立スル場合ト均シク経界ノ必要ナルコト勿論ナリ
第三公路又ハ公流ニ由テ隔テタル土地ニ至テモ亦其経界ニ付テ不確定ナル所アラズ従ツテ経界訴権ヲ生ス可キ理由ナシ固ヨリ両地ノ間ニ存スル所ノモノ私有ノ道路若クハ水流ナル場合ニ於テハ本条ノ例外ニ属セズシテ前条ノ原則ヲ適用ス可ク従ツテ経界訴権ヲ行フコトヲ得ベキナリ
第二百四十一条
物権ハ概シテ時効ニ因リ消滅スルモノナリ即チ物権ヲ有スルモノ之ヲ行使スルコトナクシテ一定ノ期間ヲ経過セシメ而シテ他人ガ自己ノ者トシテ此権利ヲ行使シタル場合ニ於テハ是レガ為ニ物権ノ消滅ヲ來タスモノナリ然リト雖トモ或ル種類ノ物権ニ至テハ時効ニ罹ルコトナキモノ有リ経界ニ関スル権利ノ如キ実ニ此種類ニ属スルモノトス
経界ノ権利ガ時効ニ罹ルコトナキ第一ノ理由ニシテ且ツ尤モ簡明ニ又尤モ有力ナルハ左ノ点ニ在リトス即チ單ニ各人ノ利益ニ関スルノミナラズ同時ニ公益ニ関スル権利ニ至テハ時効ヲ適用ス可キモノニ非ラズ而シテ前段ニ述ベタル如ク経界ノ目的ハ紛争及ヒ訴訟ヲ豫防スルニ在ルガ故ニ此経界ニ関スル権利ハ公益ヲ目的トスルモノナルコト已ニ明カナリ
更ニ第二ノ理由ヲ示スコトヲ得ベシ一個ノ権利ガ他ノ権利ノ従タルトキハ其従タル権利ハ主タル権利ト共ニスルニ非ラサレバ時効ニ罹ルコトナシ然ルニ経界ノ権利ハ所有権ノ従タルモノナルガ故ニ所有権ガ時効ニ罹リテ消滅セサル限リハ経界ノ権利モ亦消滅スルコトナシ
第三ノ理由ハ左ノ如シ経界ノ権利ハ土地ノ限界ノ存セサルニ由テ生スルモノナリ故ニ土地ノ限界ニシテ未タ定マラサル間ハ経界ノ権利時々刻々ニ生スルモノト謂フコトヲ得ヘシ是レ実ニ部分共有者間ニ於ケル分割ノ請求権ト同一ノ理論ナリトス(参看第三十九条)分割ノ訴権ハ不分ノ止マサル間ハ常ニ提起スルコトヲ得ベキモノト為ス
然レトモ若シ相隣者ノ一方ガ他ノ一人ノ所有ニ属シタル土地ノ全部若クハ一分ニ付キ取得時効ヲ主張シ又ハ其全部若クハ一分ニ関シ一ヶ年以上継續セル法定占有ヲ主張シタル場合ニ於テハ其土地ノ所有者ハ経界訴権ヲ行フコトヲ得ザル可シ
若シ此場合ニ於テ所有者ハ所有権ノ権原ニ基キテ経界ヲ請求シ得ルモノトセバ占有者ハ法律ニ由テ享受セル占有ノ利益ヲ失フ可シ所有者ガ是レニ對シテ経界ヲ請求スルコトヲ得ルハ占有訴権ニ於テ其占有ガ未ダ一ヶ年ニ満タサルコトヲ證明セラレタル場合ナル乎若シ然ラサレハ回復ノ訴権ニ於テ取得時効ガ未タ成就セサルコト定マリシコトヲ要ス此故ニ所有者ニシテ若シ経界ヲ定メント欲セバ先ヅ右ニ掲ゲタル占有訴権又ハ回復ノ訴権ヲ提起スルコトヲ要ス可シ此訴訟ニ於テ所有者勝利ヲ得タルトキハ其有スル権限其他判決ニ由テ認メラレタル證據ニ基キ土地ノ面積及ヒ限界ヲ定メテ経界ヲ為ス可シ是レニ反シテ所有者若シ敗訴スルトキハ経界ハ被告ノ占有若クハ時効ヲ確認シテ之ヲ為ス可キナリ
第二百四十二条
前条ノ場合ニ於ケルガ如ク取得時効若クハ一年関継續セル占有ニ由テ定マリタル限界アラサル場合ニ於テハ所有権ノ證書ニ基キテ之ヲ定ムルコトヲ要ス可シ而シテ其證書紛失シ又ハ滅失シタル場合ニ於テハ證人其他普通法ノ許セル一切ノ證據ニ由テ之ヲ補フ可キナリ
然レトモ此場合ニ於テモ前条ニ規定シタル時効ノ場合ニ於ケルト同ジク所有権ノ證書ニ掲グル面積ニ関シ又ハ其證書ノ効力ニ関シテ争ヒヲ生スルコト有ルベシ此場合ニ於テハ單ニ土地ノ限界ニ関シテ争ヒ有ルモノニシテ実ニ所有権其者ニ関シテ争ヒ有ルモノナリ然ルニ経界訴権ノ判事ハ区裁判所ノ判事ナルガ故ニ必ズシモ此訴権ト同時ニ所有権ニ関スル争ヒヲ判定スルノ権限ヲ有セサルガ故ニ此場合ニ於テハ地方裁判所カ所有権ニ関スル争ヒヲ決スルニ至ルマデ経界ノ訴権ヲ中止スルコトヲ要ス此点ニ於テハ全ク占有訴権ト本権訴権トヲ提起シタル場合ト全ク相反スルモノナリ(参看第二十八条)然リト雖トモ是レ決シテ占有訴権ノ理論ニ對スル例外ヲ設ケタルニ非ラズ何トナレバ経界ノ訴権ハ是レ本権ノ訴権ニシテ占有訴権ニ非ラサレバナリ
第二百四十三条
経界ヲ定ムルニハ当事者ノ恊議ヲ以テスルコト最モ希望ス可キ所ノコトタリ而シテ当事者若シ此恊議ヲ為シタル場合ニ於テハ其證書ヲ作ル点ニ於テモ全ク当事者ノ注意ニ一任セリ蓋シ当事者ハ共ニ此證書ヲ作ルニ付テ利益ヲ有スルモノナルガ故ニ其調製ヲ怠ルガ如キコトハ殆ント是レ有ラサル可シ
若シ恊議成ラズシテ訴エヲ起スニ至リタルトキハ経界ハ判決ヲ以テ之ヲ定ム可ク而シテ其判決ヲ為スニ当テハ通常測量ヲ為シ且ツ技師ノ鑑定ヲ為サシム可キナリ又此判決ニハ土地ノ形状ヲ示シ且ツ證書ニ設置ス可キ界標ノ指示及ビ各界標ノ距離等ヲ掲ケタル図面ヲ添フ可キモノト為セリ
然リト雖トモ此図面ハ凡テノ点ニ於テ技術上ノ精確ヲ必要ト為スモノニ非ラズ故ニ各界標ノ距離ノ如キモ之ヲ図面ニ明記シタルトキハ縦令図面ニ於ケル各界標ト符號ノ間ニ存スル距離ハ是レニ合セサルトキト雖トモ仍ホ可ナリト為ス界標ト其近傍ノ異動ナキ目標トノ距離ヲ掲クル所以ノモノハ当事者ヲシテ猥リニ界標ヲ移轉スルコト莫カラシムルガ為メナリ此ノ如ク種々ノ注意ヲ施コシタルトキハ他日ニ至リ当事者ノ間ニ於テ争ヒヲ生シ又ハ界標ノ移轉ヲ生シタル場合ニ於テモ其真正ノ位置ヲ知ルニハ必スシモ測量等ノ手数ヲ要スルコト莫カル可シ
第二百四十四条
経界ニ関スル費用ハ決シテ多額ヲ要スルモノニ非ラズ而シテ此費用ハ経界ヲ定メタル相隣者ガ均一ニ之ヲ負担ス可キコト当然ナリトス何トナレハ相隣者ノ有スル土地ノ廣狭如何ニ係ハラス此経界ニ由テ受クル所ノ利益ハ実ニ均一ナレバナリ然レドモ土地ノ測量ノ費用ニ至テハ其廣狭ニ由テ多少ノ差アル可ク従ツテ其負担ハ各所有地ノ廣狭ニ應ジテ分任スルコト勿論ナル可シ是レト同一ノ理論ニ基キ土地ノ廣狭ノ外仍ホ其地勢ノ如何ニ依リ測量ノ難易アル場合ニ於テハ是レ又分担ノ割合ヲ定ムルニ当ツテ斟酌スルコトヲ要ス可シ実際上測量ヲ為シタル技師ハ直接ニ各所有者ヲシテ其所有地ノ為ニ要シタル測量費ヲ弁済セシム可シ若シ判事ノ命ニ由テ測量ヲ為シタル場合ニ於テハ各所有地ニ付キ各別ニ測量費ノ計算書ヲ提出ス可シ此ノ如クナルトキハ各所有者ノ負担ス可キ測量費ヲシテ容易ニ其当ヲ得セシムルコトヲ得ベキナリ
其他ノ費用就中證書調製及ビ訴訟ノ費用ニ関シテハ両所有者ヲシテ全ク平等ノ分担ヲ為サシム何トナレハ此等ノ費用ハ概シテ土地ノ廣狭ニ関係ナキモノナレバナリ
第一項末段ニ規定シタル例外ハ前ニ假想シタル種々ノ場合ニ於テ其適用ヲ受クベシ相隣者ノ一人ガ所有権ノ證書ノ意義若クハ効力ニ関シテ異議ヲ為シ又ハ経界ヲ有スル土地ノ一部分ニ付キ一ヶ年ノ占有ヲ為シタルコトヲ主張シ或ハ隣人ノ所有権ヲ非認シ若クハ自カラ所有権ヲ有スト主張シタル場合ノ如キ是ナリ若シ此等ノ場合ニ於テ敗訴シタルトキハ訴訟費用中此争点ニ関スル部分ハ一人ニテ之ヲ負担スルコトヲ要ス是レ実ニ訴訟費用ニ関スル普通法ノ適用ナリ
第四款 圍障
第二百四十五条
所有者ガ其所有地ノ周囲ニ圍障ヲ設クルノ権能ハ所有権ヨリ生スル自然ノ結果ナリトス而シテ今法文ニ於テ特ニ明記スル所以ノモノハ主トシテ本条ノ末段ニ掲ケタル例外ヲ示スノ必要アルカ故ナリ
一般ノ原則ヨリ論スルトキハ土地ノ所有者ハ皆ナ右ニ述フル如ク囲障ヲ設クルノ権能アリト雖モ或ル場合ニ於テハ一箇ノ土地カ袋地ニ非サルトキト雖モ猶ホ其所有者ハ他人ニ属スル隣地ヲ通行スル権利ヲ有スルコトアル可ク或ハ他人ニ属スル土地ニ於テ水ヲ汲ミ土砂其他ノ有益ナル物ヲ採取スルノ権利ヲ有スルコトアル可シ此ノ如キ場合ニ於テハ其土地ノ所有者ハ承役地タル土地ニ立入ルノ権利アルコト必然ナル可シ若シ其土地ノ境界ニ於テ門戸設置セラレタルトキハ通行権ヲ有スル者ハ其鍵ヲ有スルカ若クハ承役地ノ所有者ヲ妨害スルコト無キ限リハ少クモ晝間ニ於テ何時タリトモ之ヲ開クコトヲ得サル可ラス総テ是等ノ場合ニ於テハ承役地ノ所有者ハ原則上有スル所ノ囲障ヲ設クルノ権利ハ多少ノ制限ヲ受ク可キコト当然ナリ
尚ホ他ノ一箇ノ理由ニヨリテ本条ニ囲障ノ権利ヲ明定スルノ必要ヲ解スルコトヲ得へシ所有者カ甚タ高キ囲障ヲ設ケ是ニ由テ隣地ノ所有者ノ観望ヲ害スルコトヲ得ルヤ否ヤハ多少疑アル所ナル可シ或ル土地ニ於テハ遠景ノ観望ハ甚タ心目ヲ喜ハシムルモノニシテ従テ其土地ノ價格ヲ増加セシムルコトアリ例へハ海上冨士山ノ眺望ノ如キ或ル場合ニ於テハ行路ノ観望ニ至リテモ亦然リトナス而シテ時トシテハ隣地ノ所有者カ故意ヲ以テ其観望ヲ妨クル為メ囲障ヲ築造スル如キコトアル可シ固ヨリ隣地ニ對スル悪意ヲ以テ此ノ如キ所為ヲナスハ決シテ穏当ナリト謂フ可ラスト言フト雖モ一方ヨリ考フルトキハ隣地ヨリシテ濫リニ自己ノ所有地内ノ事情ヲ観察セシムルコトヲ防クト他ノ緊要ナル理由存スルカ故ニ本法ニ於テハ如何ナル事情アルニ拘ラス総テ囲障ノ権利ヲ以テ原則上絶對ノ物ト定メタリ
第二百四十六条
連接シタル土地ノ間ニ囲障ヲ設クルコトハ相隣者間ノ争訟ヲ豫防スル一箇ノ方法ナルコト勿論境界ト同一ナルノミナラス尚ホ之ニ比シテ一層重要ナルモノナリ
若シ連接シタル土地ニシテ囲障ヲ有セサルトキハ相隣者ノ間ニ於テ小児奴婢又ハ家畜等ノ為メニ加へラレタル妨害若クハ損害ノ為メニ屢々争ヲ生スルコトアル可シ而シテ此争ハ其回数ノ重ナルニ従テ漸ク烈ク遂ニ其結果トシテ暴行ヲ為スニ至ルコト決シテ少ナカラサル可シ此故ニ立法者ハ相隣者カ互ニ親密ナラサル場合ニ於ケルト共ニ争ヲ好マサル場合ニ於ケルトヲ問ハス総テ囲障ヲ設クルコトヲ求ムルノ権利ヲ與フルヲ以テ最モ是等ノ争ヲ防クニ適当ナルモノト認メタリ
囲障ハ如何ナル土地ニ於テモ相隣者ヨリ互ニ要求スルコトヲ得へシ或ハ人口稠密ナル市府ト其他ノ町村若クハ部落ノ如ク人口稠密ナラサル土地トノ間ニ區別ヲ為スコトヲ得へキニ似タリ人口稠密ナル土地ニ於テハ概シテ各人ノ資力裕カニシテ其土地ノ價格ハ他ノ場処ニ比スレハ大ナルモノナリ従テ囲障ノ義務ヲ負擔セシムルニモ其負擔ヲ課スルコト他ノ場処ニ比スレハ甚タ軽シトス
然レトモ囲障ノ事ニ関シテハ費用ノ多少ト負擔ノ軽重トニ深ク注意スルコトナクシテ囲障ノ有益ナル点ニ着目セサルへカラス大ナル市府ニ於テモ村落ニ於テモ相隣者ノ接近ノ為メニ奴僕耕夫及ヒ家畜等ノ所為ヨリシテ容易ニ争ヲ生シ得へク之ヲ豫防スルコト甚タ必要ナレハナリ
法律ハ如何ナル場処ニ於テモ囲障ヲ要求スルノ権利ヲ認ムルト雖モ決シテ土地ノ種類如何ニ拘ラス囲障ヲ必要トスルニ非ス即チ本法ニ於テハ二箇ノ住家又ハ農工業用ノ建物ノ間ニ在ル土地ニ囲障ノ負擔ヲ要セシメタルノミ即チ人ノ常ニ存在シ而シテ多少ノ價格ヲ有スへキ物ノ存スル土地ニ就テ此負擔ヲ定メタルノミ
若シ板ヲ以テ囲障ヲ設ケタル場合ニ於テハ之ヲ支持スル杭ハ互ニ両箇ノ土地ニ設置スルコトヲ要ス何トナレハ之カ為メニ其土地ハ多少ノ妨害ヲ受クへク而シテ其妨害ハ雙方ノ所有者均ク之ヲ受クへキモノナレハナリ
本法ニ於テハ尚ホ囲障ノ高サヲ明定セリ而シテ立法者ノ認ムル所ニ依レハ六尺ノ高サヲ以テ囲障ノ期スル所ノ目的ヲ達スルニ十分ナリトセリ
第二百四十七条
囲障ノ事ハ相隣者ニ於テ均ク義務ヲ有スル所ノモノナルノミナラス之カ為メニ相隣者ノ受クル所ノ利益ハ同一ナルモノナルヲ以テ其費用ハ當初設置ニ関スル費用ナルト又ハ其維持修繕ノ費用ナルトヲ問ハス平分シテ之ヲ負擔スルコトヲ要ス若シ両箇ノ土地カ境界ノ處ニ於テ著シク高低ヲ為シ而シテ高地ニ囲障ヲ設ケタル場合ニ於テモ此原則ニ對シテ例外ヲナスへキニ非ス何トナレハ此場合ニ於テハ設ヒ囲障ハ境界線ニ設置セラレサリシトスルモ之カ為メニ低地ノ所有者ニ無用ナル物ト云フコトヲ得ス亦タ屢々低地ノ所有者ヨリ此囲障ヲ要求シタルコトアルへキナリ
要スルニ法律ノ目的ハ土地ノ所有者ヲシテ甚タ重キ負擔ヲ要セシムルコトヲ欲セス従テ簡易ニシテ且ツ費用大ナラサル囲障ヲ要求スルニ止ル然リト雖モ若シ所有者自ラ法律ニ掲クル所ニ比シテ一層堅牢美麗若クハ高大ナル囲障ヲ設ケント欲スルトキハ法律ハ之ヲ禁スへキニ非ス然リト雖モ此場合ニ於テハ一方ノ所有者カ自ラ資力ヲ有シ従テ右ニ述フル如ク費用ノ大ナル囲障ヲ設ケント欲スル場合ニ於テ之カ為メ他ノ一人ノ所有者ヲシテ法律ノ規定以外ニ負擔ノ増加ヲ蒙ラシムル如キハ其当ヲ得タルモノニ非ス又此場合ニ於テ囲障ノ維持及ヒ修繕ノ如キハ全ク費用大ナル囲障ヲ設置シタル者ノミニ於テ負擔スルコトヲ要ス何トナレハ右ニ掲ケタル理由ノ外法律ニ於テ要求スル板屏若クハ竹垣等ノ如キ囲障ハ実際存在セサル場合ナルカ故ニ現存スル他ノ堅牢ナル囲障ノ修繕ヲ要スル場合ニ於テモ竹垣板屏等カ果シテ修繕ノ必要アル可キヤ否ヤハ事実上知リ得可カラサルモノニシテ従テ此簡易ナル囲障ニ就テノミ保存ノ費用ヲ分任スへキ一方ノ所有者ノ負擔ヲ定ムルノ途ナケレハナリ
一方ノ嗜好ニ従ヒ法律ニ定メタル板屏等ノ如キ囲障ヲ設クルコトナクシテ石又ハ煉瓦ノ牆壁ヲ築造シタルトキハ之カ為メニ土地ヲ要スルコト大ナルへシ何トナレハ牆壁ノ厚サハ板屏竹垣等ニ比シテ大ナルモノナレハナリ此点ニ関シテモ右ニ掲ケタル理論ニ従ヒ板屏等ニ比シテ大ナル部分ハ牆壁ノ築造ヲ欲シタル者ノ土地ヲ以テ之ニ充ツルコトヲ要ス若シ此場合ニ於テ土地ノ高低均一ナラサルカ為メ他ノ一方ノ隣人ニ属スル低地ニ於テ之ヲ求ムルコト必要ナリトセハ高地ノ所有者ヨリ低地ノ所有者ニ相当ノ償金ヲ拂フコトヲ要スへシ然ラサレハ高地ヲ低地ニ均キマテ掘下ケ而シテ之ニ牆壁ヲ築造セサル可ラス
第二百四十八条
相隣者ノ一人カ自己ノ費用ヲ以テ囲障ヲ築造シタル場合ニ於テ法律ノ期スル所ノ目的ハ既ニ達セラレタリト謂フ可シ何トナレハ囲障既ニ築造セラレタルトキハ何人ノ労力若クハ費用ニ依テ成レルヲ問ハス既ニ相隣者カ争ヲ生スルノ危険ハ全ク防止セラレタレハナリ此故ニ其牆壁ハ設ヒ法律ノ規定ニ従ヒ板屏又ハ竹垣等ノ如キモノナル時ト雖モ猶ホ一方ノ所有者ヲシテ費用ノ負擔ヲ分タシムルコトヲ要セス然レトモ若シ進テ一人ノ費用ヲ以テ囲障ノ建築ヲ為シタル者カ其建築ニ先チ他ノ一人ヲ囲障分擔ノ遅滞ニ付シタル場合ニ於テハ建築者ハ決シテ此ノ如キ分擔要求ノ権利ヲ失フモノニ非ス何トナレハ此附遅滞ハ建築者ニ於テ充分ニ自己ノ権利ヲ留保シタル所為ニシテ実際一旦他ノ一人ノ分担ヲ要求シタルモ之ニ應セサリシカ為メニ自ラ進テ築造ヲ為シタルニ止ルへク未タ此場合ニ於テ相隣者カ費用ヲ分担スへキモノナルヤ否ヤノ点ニ就キ争ノ決スルマテ囲障ノ築造ヲ猶豫スへキ義務アラサレハナリ
何レノ場合ニ於テモ相隣者ノ一人カ囲障築造ノ費用ニ就キ分担ノ義務ヲ免ルルコトアルモ之カ為メニ他日囲障ノ維持修繕ヲ為ス必要生シタル場合ニ於テ其費用ノ分担ヲ免ルルコト能ハス但此処ニ述フルカ如ク法律ノ制限ニ従テ築造シタル囲障ニ関スルコトヲ要ス蓋シ此場合ニ於ケル修繕ノ義務ハ修繕ノ必要生スルト共ニ隨時ニ発生スルモノナレハナリ
第五款 互有
第二百四十九條
互有ナル制度ノ眞誠ナル基礎ヲ考フレハ実ニ相隣者ノ各自カ嚴実ニ囲障ノ築造ヲ分担シタルノ一点ニ在リ即チ相隣者カ共ニ囲障ヲ築造スルニ必要ナル土地囲障ノ材料ヲ購求シ又ハ築造ヲ為スニ必要ナル費用ヲ分担シタル一点ニ在リ本條ノ法文ハ明カニ此点ヲ示シタルモニシテ且ツ法律ノ定ムル所ニ従ヒ共用ヲ以テ築造シタル囲障ト当事者ノ嗜好ニ従ヒ築造シタル任意ノ囲障トヲ包含シテ一般ニ之ヲ適用スへキモノナルコトヲ明カニセリ
又本條ノ規定ニ依レハ互有ハ一箇ノ不分共有タルコトヲ知ルへシ此故ニ本法ノ下ニ於テハ欧州ノ或ル国ニ於テ論者ノ主張セシカ如ク互有ノ牆壁ハ二分シテ相隣者各自ニ属シ即チ相隣者ハ其牆壁ニ就キ中心ニ至ルマテ各々完全ノ所有権ヲ有スルモノナリト云フコトヲ得ス且ツ本條ハ牆壁ノ敷地モ亦牆壁ト同ク不分ニテ相隣者ニ属スルコトヲ掲ケタリ
本條ニ定メタル互有ノ場合ニ於ケル共有ハ第三十九條ニ於テ既ニ掲ケタル互有ノ性質ヲ有スルモノナリ即チ何人ト雖モ分割ニ依テ此不分ヲ止メシムルコトヲ得サルモノトス不分共有者ニシテ此状態ヲ止メント欲セハ自ラ共有権ヲ抛棄スルニ非サレハ能ハス此場合ニ於テハ其抛棄ノ為メ牆壁及ヒ敷地ノ所有権ハ全ク他ノ一人ニ帰スへキナリ
第二百五拾條
相隣者ノ各自カ囲障ノ敷地及ヒ工事ノ負担ヲ分任シタリトノ推定アルコトヲ明カニセリ而シテ此推定ハ実ニ共有権ノ基礎タル所ノモノナリ
本條ニ掲ケタル推定ハ法律上ノ物ナルヤ明カナリト雖モ決シテ完全ナル物ニ非ス又不完全ノ物トナスコトヲ得ス何トナレハ相隣者中ノ一人カ囲障ノ全部ヲ負担シテ築造シタル事実際ニ於テ在ルコトヲ得へキノミナラス又屡々見ル所ノ事ナレハナリ
本條ニ於テハ右ニ述へタル法律上ノ推定ヲ破ルコトヲ得へキ四箇ノ方法ヲ掲ケタリ一年ノ専有ニ至リテハ未タ法律上ノ推定ヲ破ルニ足ラストス何トナレハ一年ノ専有ナルモノモ亦一箇ノ推定ヲ生スルニ過キサレハナリ而シテ一箇ノ軽易ナル法律上ノ推定アル場合ニ当リ之ト同一ナル性質ヲ有スル他ノ一箇ノ推定ニ依テ之ヲ破ラントスル場合ニ於テハ必スヤ法律ノ明文ヲ以テ特ニ之ヲ許スコトヲ必要トナス而シテ是レ本条ニ明挙セサル所ノ事ナリトス立法者カ一年ノ専有ヨリ生スル推定ヲ以テ互有ノ推定ヲ破ルニ足ラスト為シタル所以ノモノハ左ノ理由ニ依ル境界ニ存スル囲障ハ他ノ物件ト異リテ其性質上多少正当ナル占有ノ所為ヲ為スコト甚タ容易ナルへク殆ト専有ノ所為ノ存在若クハ其性質ニ関シテ判別ヲ為スコト能ハサル可シ此ノ如キ事情アルニ拘ラス専有ノ所為ニ重キヲ置クハ甚タ危険ナリト言ハサルヲ得ス是レ隣人ヲシテ常ニ他ノ一人ニ対シ油断ナク観察スル所アル可シト命スルニ異ナラス此ノ如クナルトキハ常ニ争ヲ生スルニ至ルハ明ラカニシテ或ハ其人ノ性質如何ニ因リ暴行トナリ若クハ争訟トナルコト容易ナルへシ
第二百五十一條
直接ノ証拠及ヒ三十箇年ノ時効ニ因テ互有ノ推定ヲ破リ得へキコトハ特ニ本条ニ於テ説明ヲ為スコトヲ要セス権限ハ完全ナル所有権ノ普通ノ証拠方法ナリ証人証拠ハ唯タ例外ノ場合ニ於テノミ許サルルモノナリト雖モ三十箇年ノ時効ニ至リテハ元来是亦権利ノ推定ナルニ拘ラス完全絶対ノ推定ニシテ互有ノ推定ヲ破ルコトヲ得へシ本条ニ於テ互有ノ推定ノ反証トシテ提出スルコトヲ許シタリ此他ノ推定ハ一箇年ノ専有ヨリ生スル推定ト異リ明確剛強ニシテ争フ可ラサル性質ヲ有スルモノナリ本条ニ定メタル四箇ノ場合ニ就テハ今マ逐一詳細ノ説明ヲ為スノ必要ナシ唯タ各場合ニ就キ一ノ注意ヲ為スヲ以テ足レリトナス
第一 何人ト雖モ自己ノ所有スル建物ノ屋根ノ雨水ハ直接之ヲ隣人ノ所有ニ落スコトヲ得サルモノナルカ故ニ若シ牆壁ノ屋根ノ水ニシテ単ニ一方ノ土地ニノミ落ツルモノナルトキハ此事情ハ充分ニ其牆壁カ雨水ヲ受クル土地ノ所有者ノミニ属スルモノナルコトヲ証スルモノナリ又後ニ示スカ如ク若シ牆壁カ互有ノ物ナルトキハ相隣者ノ各自ハ其牆壁ニ牖孔ヲ穿チ又ハ凹穴ヲ設クルコトヲ得ス此故ニ実際牆壁ノ一面ニ於テ此ノ如キ牖孔若クハ凹処ヲ設ケタルトキハ此事情ハ其牆壁カ互有ノ物ナラサルコトヲ証スへキナリ
第二 囲障ノ支持ニ要スル柱ハ其存在スル土地ノ為メニ多少ノ妨害ヲ與フルモノナルカ故ニ一方ノ所有者ニ於テ隣人ノ承諾ナク隣地ニ之ヲ設クルコトヲ得ス此故ニ若シ其柱ニシテ一方ノ土地ノミニ存スル場合ニ於テハ牆壁ノ所有権ハ其土地ノ所有者ノミニ属スルモノナルコト明カナリ
第三 何人ト雖モ特ニ地役ノ義務ヲ有スル場合ノ外如何ナル方法ニ依ルコトヲ問ハス隣地ヲ侵犯シ専行スルコト能ハサルハ所有権ノ大則ニ基キテ明カナル所ナリ此故ニ若シ土地ノ囲障タル溝渠ノ掘浚ノ泥土カ全ク一方ノ地上ニノミ存スル場合ニ於テハ其溝渠カ全ク此土地ノミニ属スルコト明カナリ
第四 生籬ニ関シテハ何人カ之ヲ殖栽シ又何人ノ土地ニ之ヲ殖栽シタルモノナルヤヲ知ルニ足ルへキ有形ノ目標ヲ求ムルコト甚タ困難ナリトス故ニ立法者ハ生籬其物ニ就キ此目標ヲ得ル能ハスト雖モ間接ニ其一箇ヲ得タリ即チ二箇ノ中一箇ノミ四周ニ於テ此囲障ヲ有スルコト是ナリ此ノ如キ場合ニ於テ他ノ三方ニハ何等ノ囲障ヲモ有セサル所有者カ一方ニ於テノミ生籬ノ敷地タル土地及ヒ植栽ノ費用ヲ負担スルコトヲ承諾シタルコト殆ト信ス可ラサルモノナリ
本条末項ハ非互有ノ推定ヨリ生スル結果ヲ示シタルモノニシテ即チ非互有ノ目標アル場合ニ於テハ相隣者中ノ何人ニ完全ナル所有権存スルモノト推定スへキヤヲ示セリ而シテ此事タルヤ既ニ掲ケタル四箇ノ注意ニ依テ明解スルコトヲ得へシ
第二百五十二条
第二百五十一条ニ掲ケタル互有ノ推定ノ基礎トスル所ハ相隣者ノ各自カ土地ノ境界ヨリ受クル所ノ利益ニ在リ而シテ土地ノ境界ハ相隣者カ共ニ其設置ニ就キ負担ヲ分任シタルモノト推測スルコトヲ得へキナリ然レトモ本条ニ規定シタル場合ノ如ク一方ノ土地ニ於テノミ建物存在シ又ハ双方ニ建物存在スルト雖モ一方ノ建物ハ他ノ一方ノ建物ニ比シテ一層高キモノナルトキハ此牆壁ハ設ヒ分界線ニ築造セラレタリトスルモ未タ双方ノ所有者カ其全部ノ費用ヲ分任シタリト信スへキノ理由有ラス此理論ハ一方ニ於テノミ建物存在スル場合ニ於テハ牆壁ノ全部ニ適用セラル可ク若シ双方ニ建物存スル場合ニ於テハ牆壁カ低キ建物ヲ踰ユル部分ニ就テ適用スルコトヲ得へシ且ツ此部分ニ就テハ牆壁ハ分界ノ用ヲ為サスト言フコトヲ得へシ何トナレハ一方ニ於テハ土地若クハ建物ニ接スルコト無クシテ唯タ空間ニ接スルノミナレハナリ
然レトモ是レ唯此ノ如キ場合ニ於テ互有ノ証拠トシテ法律上ノ推定ヲ設ケサルニ止ル故ニ互有ナルコトヲ主張スル者ニ於テ権原ニ基キ之ヲ証明スルノ権利アルハ勿論ナリ是レ此場合ニ於テハ前ニ掲ケタル場合ニ比スレハ証書ハ全ク反対ノ用ヲ為スモノナリ即チ之ヲ以テ法律上ノ推定ヲ破ルニ非スシテ却テ其不足ヲ補フモノナリ之ヲ詳言スレハ全ク相隣者中ノ一人ニ所有権専属スルコトヲ証明スルニ非スシテ相隣者間ニ不分ノ共有権存スルコトヲ証明スルモノナリ
三十箇年ノ取得時効ニ基ク証拠ノ事ハ本条ニ於テ之ヲ掲ケス蓋シ実際ニ於テ何人ト雖モ自己ニ属スル建物ノ高サニ踰エタル牆壁ノ部分又ハ其全部ニ於テ何等ノ建物ヲモ支持セサル牆壁ニ就テハ専有ヲ為スコト殆ト之アル可ラサレハナリ
第二百五十三条
本条ニ掲クル所ノ場合ハ実際争訟ヲ為スニ當リ最モ屡々争ヲ生スル所ノ場合ナリ即チ二箇ノ反対シタル権利ノ証拠カ共ニ提出セラレタル場合是レナリ此ノ如キ場合ノ証拠ハ単ニ証人証拠ニ依テ屡々提出シ得ラル可キノミナラス猶ホ事実ノ推定ニ因テモ提出シ得ルコト決シテ少ナカラス本条ノ場合ニ於テハ固ヨリ法律上ノ推定ナリ然レトモ其推定ハ種々ノ有形ノ事情ニ基クモノニシテ其事情ハ実際ニ於テ互ニ符合セサルコトヲ得へク従テ之ニ基ク推定モ亦同時ニ相反スルコトヲ得へシ
此場合ニ於テ判事ハ相反対セル証拠ノ提出セラレタル他ノ総テノ場合ニ於ケルト均シク双方ノ証拠ヲ案シ何レカ果シテ眞誠ナルヤヲ認定スルコトヲ要ス
第二百五十四条
相隣者カ互ニ分界ノ共有者タルトキハ其修繕維持ハ共通ノ分担タル可キコト当然ナリ(第一項)
本条第二項ノ規定ハ既ニ前条ニ於テ掲ケタル地役ノ基本タル原則ノ適用ヲ為スモノナリ即チ地役ハ承役地ヲシテ何等ノ作為ノ義務ヲ負ハシムルモノニ非スシテ唯タ権利者カ或ル事ヲ為スヲ妨ケサルノ義務ヲ負ハシムルニ止マルト云へル原則是レナリ本条第二項ノ場合ニ於テ分界ノ維持ノ義務ハ敢テ共有者カ土地ノ分界囲障ヨリ受クル所ノ利益ニ附隨シテ負担セルモノニ非ス寧ロ其囲障ヲ構成スル物質及ヒ其敷地タル土地ノ所有者タルカ故ニ此負担アルモノナリ故ニ若シ相隣者ノ一人ニシテ此物量ト敷地トニ関スル自己ノ所有権ヲ抛棄スル場合ニ於テハ之カ附隨タル分界維持ノ負担ヲ免ル可キコト当然ナリ
相隣者ノ一人カ設ヒ右ニ掲クル如ク物量及ヒ敷地ノ共有権ヲ抛棄シタル場合ニ於テモ尚ホ分界ヨリ生スル利益ハ屡々之ヲ受クルコト有ルへシ何トナレハ一人カ共有権ヲ抛棄スルモ他ノ一人ハ之カ為メニ必スシモ其分界ヲ取毀ツモノニ非サレハナリ然レトモ抛棄ヲ為シタル一人ハ之カ為メニ他ノ利益ヲ受クルコトヲ得ス即チ其分界ニ存スル牆壁ニ就テハ建物ヲ支持セシムルノ権利ヲ失ヒ又次条ニ掲ケタル種々ノ利益ヲ失フへシ且ツ囲障ノ敷地タル土地ノ部共有権ヲ失フモノナリ総テ此ノ如キ不利益アルカ故ニ相隣者ノ一方ハ猥リニ抛棄ヲ為シテ費用ノ分担ヲ免レント欲スルカ如キ憂無カルへシ
権利ノ抛棄ニ因テ分担ヲ免ルルノ権能ハ單ニ任意ノ囲障ノ場合ニ止ル故ニ若シ法律上相隣者カ互ニ共有シ得へキ囲障ニ関スルトキハ此権能ヲ有スルコトナシ是レ必然ノ理ニシテ特ニ説明ヲ要セサル可シ何トナレハ此場合ニ於テ相隣者ノ一方カ囲障ニ関スル所有権ヲ抛棄シタリトスルモ猶ホ其相隣者ハ一方ノ相隣者ト連接セル土地ヲ有スル者アリ而シテ法律上互ニ囲障ヲ共有スへキ場合ナルトキハ遂ニ此義務ヲ免ルルコト能ハサル可ケレハナリ
互有権ヲ抛棄スル権能ニ関シ本条第二項ニ掲ケタル他ノ二箇ノ条件ニ就テハ何等ノ説明ヲ俟タス法文ヲ一読シテ其至当ナルコトヲ了解シ得へシ
第二百五十五條
本条第一項ニ於テハ一箇ノ原則ヲ明示シ而シテ第二項以下ニ於テ其適用ヲ掲ケタリ
既ニ法文ニ於テ原則ヲ掲ケタル以上ハ其原則ノ適用ニ至リテハ更ニ法文ニ於テ明示スルコトヲ必要トセス一ニ之ヲ法律適用ノ任ニ当レル者ニ委ヌルコトヲ得へシト信スル者アラン之ヲ概スルニ此ノ如キ事ハ通常判事ニ一任スへキ所ニ似タリト雖モ然レトモ本条第一項ノ原則ニ續テ掲ケタル第二項乃至第五項ハ單ニ第一項ノ原則ヨリ生スル必然ノ結果タル性質ヲ有スルニ止マラス尚ホ特別ノ規定ヲ包含スルモノニシテ裁判所カ原則ノ適用ノミヲ以テ行フコト能ハサル所ノモノアリ故ニ之ヲ明文ニ掲クルコトヲ必要ト為ス
第二項以下ニ規定スル所ノ事項ニ至テハ法文ニ掲クル所ニ依リ明瞭ナルコトヲ得へシ故ニ詳細ノ説明ヲ為サス
第二百五十六条
凡ソ所有者ヲシテ多少ノ獨立ヲ損ハシムルコトアルモ猶ホ無用ナル築造ヲ為サシメサルコト必要ナリトハ経済上ノ原則ニシテ既ニ屡々示シタル所ノモノナリ本条ニ於テモ亦此原則ノ適用ヲ為シタルモノナリ
土地ノ所有者ノ一人ニテ新タニ牆壁ヲ築造シタルトキ又ハ従来牆壁ノ存在シタル土地ヲ新タニ取得シタルトキ隣地ノ所有者ノ為メニ其牆壁ノ共有権ヲ譲ラサル可カラストスルモ之カ為メニ聊カ損害ヲ受クルコト非サルへシ唯タ其所有者カ之ニ因テ多少ノ不便ヲ感スルモノトセハ一人ニテ完全ナル所有権ヲ有スル場合ニ比スレハ共有権ヲ譲渡シタル後ハ多少其権利ニ制限ヲ受クルノ一点ニ止マルへシ就中一人ノ意思ニ従テ此牆壁ヲ変更シ又ハ取毀ツコト能ハサル可シ然レトモ此ノ如キハ石造又ハ煉瓦造ノ牆壁ニ関シテハ通常使用スルコト甚タ稀ナル所ノ権利ナリ故ニ此ノ如キ権利ヲ使用スルコト能ハサルカ為メニ蒙ル所ノ損害ハ甚タ少ナカルへシ且ツ共有権ヲ譲渡スニ当リテハ隣地ノ所有者ヨリ相当ノ償金ヲ受クルモノナルカ故ニ譲渡ヲ許容セラレタル所有者ハ益々本条ノ義務ヲ以テ嚴酷ナリトスル相当ノ理由ヲ有セサル可シ而シテ他ノ一方ヨリ観察スルトキハ隣地ノ所有者カ此共有権ノ譲渡ニ依テ受クル所ノ利益ハ甚タ大ナルモノナリ何トナレハ共有者トシテ此牆壁ヲ使用スルコトヲ得へク而シテ更ニ牆壁ヲ新築スル為メ無用ノ費用ヲ免ル可ケレハナリ
本条ノ規定ニ従ヒ共有権ノ譲渡ヲ要求スルコトヲ得ルハ唯タ牆壁又ハ建物ノ分界線ヨリ退クコト一尺ヲ越エサル場合ニ止ル若シ分界線ト既ニ存スル隣地ノ牆壁トノ間ニ一尺ヲ越ユル距離アルトキハ新タニ建築ヲ為サント欲スル者ハ自ラ所有地内ニ建物ヲ築造シ而シテ隣地ニ存スル牆壁ヲ之ニ利用スルコトヲ得ス
本条ニ於テハ右ニ掲クル所ノ外尚ホ互有権譲渡ノ共用権利ニ就キ三箇ノ制限ヲ附シタリ今マ左ニ之ヲ示スへシ
第一互有権ノ共有ハ石造又ハ煉瓦造ノ牆壁ニ就テノミ行フコトヲ得へキモノナリ(第一項)此故ニ板屏又ハ土塀ヲ以テ設置シタル囲障ニ関シテハ互有権譲渡ノ権利ヲ行フコトヲ得ス設ヒ此ノ如キ囲障カ同時ニ建物ノ分部ヲ組成スル場合ト雖モ亦然リトナス此ノ如キ制限ヲ設ケタルモノハ次ニ掲クル理由ニ基キタルモノナリ蓋シ板屏ニ関シテハ若シ互有権ノ譲渡ヲ為スへキモノトシ依テ二箇ノ家屋カ之ヲ界トシ甚タ密着スルトキハ為メニ火災ノ危倹ヲシテ大ナラシムルノ虞アルへシ且ツ各所有者ニ於テモ強制ヲ以テ隣人ト甚タ脆弱ナル分界ヲ隔テテ連接スルハ欲セサル所ナルへシ若シ実際ニ於テ之ヲ互有ト為スノ必要アリトスルモ此ノ如キ場合ニ於テハ相隣者カ互ニ合意ヲ以テ共通ノ分界ヲ設置スルノ権能ヲ有スルヲ以テ足レリト為ス是レ法律ノ冀望スル所ニシテ且ツ其禁止ス可ラサル所ナリ(参観第四項)又泥土ヲ以テ築造シタル壁ニ至リテハ建物ヲ之ニ支持セシメ得へキ堅牢ノ物ニ非サルヲ以テ本条ニ掲クル如キ強制ヲ許スへキ必要有ラサルナリ
第二若シ牆壁ト分界線トノ間ニ存スル土地カ一尺以上ナル場合ニ於テハ互有権ノ譲渡ヲ許ササルカ故ニ之ヲ共用シ得へキ場合ニ於テハ必スシモ其土地ハ一尺ニ充タサル小部分タルへシ然レトモ其部分ノ小ニシテ且ツ互有権ヲ要求スル者ヨリ之ニ対シ相当ノ代價ヲ弁済スルモノト定ムルモ猶ホ互有権ヲ取得スル者ヲシテ隣人ニ属スル土地ノ完全ナル所有権ヲ取得セシムルコトハ法律ノ必要ヲ認メサル所ナリ故ニ本条ニ於テハ互有権ヲ取得シタル者ハ此土地ノ部分ニ就キ單ニ地上権ヲ有スルニ止ルモノトス従テ之ヲ取得シタル者ハ建物ノ存在スル間其土地ニ対シテ相当ナル地役ノ金額ヲ弁済シ依テ之カ使用ヲ為スノ権利アルニ過キサルモノトス(第二項)
第三互有権共用ノ権利ハ土塀板屏等ノ如キ囲障ニ関シテ適用セラレサルノミナラス尚ホ生籬溝渠等ニ関シテモ行フコトヲ得サルモノナリ(第四項)此ノ如キ種類ノ囲障ニ関シテハ特ニ互有権共用ノ権利ヲ以テ所有者ノ自由ヲ制限スへキ必要有ラス且ツ是等ノ分界ハ永遠ニ設クルモノニ非スシテ概ネ一時ノモノタリ若シ此事情アルニ拘ラス猶ホ強制ヲ以テ互有ノ物トナシタル場合ニ於テハ所有者ノ各自ハ自己ノ任意ニテ其性質物量等ヲ変シ之ヲ変更スルコト能ハサル可シ
是レ敢テ此種ノ囲障ニ関シテハ決シテ互有権ナル物存在シ得可ラスト言フニ非ス即チ二箇ノ原因ニ因テ互有権ヲ生スルコトアル可シ法律上互有ノ生垣及ヒ溝渠等ニ関スル規定ヲ為スコトアルカ故ニ之ヲ了解シ易カラシムル為メ左ニ其二箇ノ基因ヲ示スへシ即チ第一相隣者カ当初費用ヲ分担シテ之ヲ設置シタル事第二一人ニテ設置シタル者カ任意ヲ以テ隣人ニ互有権ヲ譲渡シタル事是レナリ
本條ノ明文ハ牆壁カ未タ互有ノ物トナラサル以前ニ於テ其所有者カ設ケタル用孔アルトキ互有権ヲ得タル者カ之ヲ塞カシムルノ権利ヲ明定セリ即チ原則上互有権ヲ得タル者ハ此ノ如キ用孔ヲ塞カシムルノ権利ヲ有スルモノナリ然レトモ若シ後ニ至リテ示スカ如ク其用孔ハ人為ニ因テ設定シタル地役ノ性質ヲ付シテ之ヲ設ケラレタル場合ナルトキハ設ヒ互有権ヲ共用シタルモノト雖モ之ヲ塞カシムルノ権利ナシ(第三項)互有権ヲ共用シタル場合ニ於テ共用者ヨリ弁済スへキ償金ニ就テハ其牆壁ヲ築造スル当時ニ要シタル費用ヲ弁済スルコトヲ要セス唯タ互有権ヲ要求スル当時ニ於テ牆壁ノ有スル價格ノ半額ヲ弁済スルヲ以テ足レリトナス(第一項)土地ノ價格ハ歳月ト共ニ増加シ得ルモノナルへシト雖モ建物ノ價格ハ時ヲ経ルニ従テ常ニ減少スルモノナリ
第二百五十七條
本條第一項ノ規定ハ互有権ノ譲渡ヲ強要スル権利ニ法律ノ附シタル第二ノ制限ニ関シ前段ニ述へタル所ニ因テ殆ト説明ヲ尽セリト云フ可シ然レトモ特ニ其規定ノ制裁トシテ第三項ノ規定アルカ為メ猶ホ多少ノ説明ヲ要スルコトアリ
第一ニ注意スへキハ建物ト分界線トノ間ニ存スへキ距離ハ法律ヲ以テ一般ニ之ヲ定メサルコト是レナリ此点ニ就テハ一ニ地方ノ習慣ニ従フ可キモノトセリ
第一ニ建物ヲ築造スル者カ隣地トノ分界線ヨリ法律上ノ距離ヲ存シテ工事ヲ為シタル場合ニ於テハ此土地ノ所有者ハ何人ヨリモ更ニ請求ヲ受クルコト非サルへシ
然レトモ若シ之ニ反シテ第三項ノ距離ヲ守ルコトナク建物ヲ築造シタルトキハ其後ニ至リ隣人カ建物ヲ築造セント欲スルトキハ他日修繕ノ便ヲ得ル為メ法律上ノ距離ヨリ多キ部分ヲ自己ノ建物ト分界線トノ間ニ存シ置クコト必要ナルへシ而シテ第二ノ建築者カ此ノ如ク過分ノ土地ヲ残シ置クコトノ必要生シタルハ全ク第一ノ建築者ノ過失ニ基クモノナルカ故ニ第一ノ建築者ハ第二ノ建築者ニ対シ其損害ノ賠償ヲ為ス可キコト当然ナリ是レ第三項ノ規定ノ目的トスル所ノモノトス然レトモ損害既ニ生シタルノ後之カ弁償ヲ為サシムルハ其未タ生セサルニ当リテ之ヲ豫防スルノ優レルニ若カス故ニ立法者ハ第一ノ建築者カ建物ノ工事ヲ為ストキニ於テ隣人ノ新工告発ノ訴権ニ因リ之ヲ中止セシムルコトヲ許セリ但此事情ハ必スシモ工事ノ継続ヲ防止スルモノニ非サルナリ
第六款 他人ノ所有地ニ対スル観望及ヒ明取窓
第二百五十八條
本条ノ規定モ亦所有者ノ自由ニ一箇ノ新タナル制限ヲ加へタルモノニシテ其制限ハ他ノ制限ト均ク相隣者間ノ関係ヲシテ円滑ナラシメ互ニ妨害争訟ヲ避ケシムルヲ以テ目的トナス土地ノ所有者ハ其隣地トノ分界線ノ上ニ於テ建物ヲ設クルコトヲ得へシ而シテ其建物ハ隣人ノ所有地ニ密接スルコトアルへシ若シ之カ為メニ隣地ノ所有者カ遠景ノ観望ヲ失ヒ又日光及ヒ空気ノ流通ヲ妨ケラルルコトアルモ建物ノ所有者ニ對シ更ニ何等ノ請求ヲモ為スコト能ハサルモノナリ然レトモ建物ノ所有者モ亦分界線ノ上ニ於テ隣地ヲ直線ニ観望シ得へキ窓又ハ縁側ヲ設クルコトヲ得ス何トナレハ此ノ如キ物アルトキハ常ニ隣人ノ所有地内ノ事情ヲ観察シ其秘密ヲ侵ス如キコト有ルへキノミナラス設ヒ是等ノ事無シトスルモ猶ホ他人ノ土地ニ固形体又ハ流動体ヲ投スル如キコト屡々ナル可ケレハナリ故ニ法律ハ此ノ如キ窓等ヲ設クルニハ分界線ヨリ三尺ノ距離アルコトヲ必要ナリトス固ヨリ三尺ノ距離ヲ存スルモ未タ必スシモ右ニ述フル如キ危険ナシト言フコトヲ得ス然レトモ一方ニ於テハ此距離ノ為メニ無用ノ土地ヲ生ス可ク殊ニ人口稠密ノ場所ニ於テハ之ヨリ生スル損害甚タ小ナラサル可キノミナラス建物ニ至リテモ亦此距離ヲ守ルトキハ充分ニ大ナラシムルコト能ハス其價格ニ影響ヲ及ホスコト大ナル可キカ故ニ到底三尺以上ニ之ヲ増加スルコトヲ得ス蓋シ建物ヲ築造スルニ当リ窓ヲ設ケント欲スル部分ハ必スヤ日光ニ対シ最モ便宜ナル部分ナル可ケレハナリ
本邦ニ於テハ此点ニ関スル所有者ノ権利ノ制限ハ従来明確ニ定メラレタルモノ有ラス慣習ニ於テモ亦然リトス実際ニ於テハ屡々相隣者間ノ黙止承諾ニ因テ此距離ヲ存シタルコトアリト雖モ立法者ハ特ニ之ヲ明定スルノ必要ヲ感シタリ唯タ之ヲ欧州諸国ニ比スレハ其距離ヲ小ナラシム可キ事情アルヲ信シ之ヲ三尺ト定メタリ
第二百五十九條
本條第一項ノ規定ハ土地甚タ小ニシテ法律上ノ距離ヲ守ルコト能ハサルトキ又ハ建物既ニ築造セラレ且ツ本法ノ発布以前ニ於テ窓ヲ設ケタル場合ニ於テ其実用ヲ見ル可シ蓋シ本法発布以前ニ設ケタル窓ニ関シテモ猶ホ本法ヲ適用スルコトヲ得へク所有者ハ法律発布以前ノ既得権ヲ主張シテ将来ノ地位ヲ維持スルコトヲ得ス何トナレハ此規定タルヤ公益ニ関スルモノニシテ其主張スル事情ハ公益ニ反スルモノナレハナリ既ニ存在スル所有権カ将来ニ向テ新法ノ為メニ制限又ハ変更セラルルコトハ決シテ法律ハ既往ニ遡ラスト云フ原則ニ因テ妨ケラルルモノニ非サルナリ
窓ヲ設クルモ目隠ヲ以テ之ヲ蔽ヒタル場合ニ於テハ此窓ハ観望ノ窓ト称スルコトヲ得ス何トナレハ其窓ヨリ観望ヲ為スコト能ハサレハナリ然レトモ未タ之ヲ以テ明取窓ト言フコトヲ得ス何トナレハ明取窓ハ隣人カ看過シテ之ヲ放任スルノミナラス尚ホ多少ノ不便ヲ蒙ルコトアリト雖モ此場合ニ於テハ目隠ヲ以テ全ク之ヲ蔽ヒタルカ故ニ隣人ハ更ニ看過ニ因テ放任スル所ナク亦何等ノ不便ヲモ蒙ル所ナケレハナリ
第二項ニ規定スル場合ニ於テハ更ニ目隠ヲ設ケ以テ観望ヲ為シ得可カラサラシメタルモノニ非サルカ故ニ其窓ハ明取窓ナリトス此場合ニ於テハ法律ハ隣人ノ利益ノ為メニ二箇ノ制限ヲ加へタリ第一此窓ニ因テ隣地ヲ観望スルコト多少困難ナラシメ因テ以テ容易ニ観望スルコトナカラシムル為メ明取窓ト其下部ノ床板トノ距離ヲ定メ第二ニ小児又ハ奴婢等ノ隣地ニ向テ有害ナル物ヲ抛擲スルコトヲ拒ク為メ格子ヲ附着セシムルモノトシ且ツ其格子目ハ甚タ大ナラサルモノタルコトヲ必要トセリ諸外国ノ法律ニ従へハ明取窓ニ関シテハ尚ホ第三ノ条件ヲ必要ト為セトモ本邦ニ於テハ之ヲ必要ト為サス即チ明取窓ニハ開放シ得可ラサル硝子戸ヲ用ヰルコト是レナリ既ニ格子ヲ附着セシムル以上ハ此条件ノ如キハ極端ニ失シタルモノト言ハサルヲ得ス且ツ開閉ス可ラサル硝子戸ヲ用ヰルトキハ衛生上必要ナル空気流通ヲ害スルコト大ナルへシ法律ハ未タ軽々シク各人ヲシテ此利益ヲ失ハシムルコト能ハサルナリ
本條末項ノ規定モ亦タ其当ヲ得タルモノナリ法律ヲ以テ分界線上ニ突出シタル目隠ヲ設クルコトヲ禁シタルハ一ニ隣人ノ権利ヲ重立ルカ為メナリ此故ニ若シ隣人ニシテ格子ヲ附着シタル明取窓ヨリ猶ホ観望セラルルノ憂アルカ為メ寧ロ分界線ヨリ多少突出スルコトアルモ目隠ヲ負担スルヲ以テ優レリトスル場合ニ於テハ自己ノ権利ヲ抛棄スルコトヲ得サル可ラス此場合ニ於テモ目隠ト窓トノ距離甚タ小ナルトキハ為メニ建物ノ所有者カ光線ヲ遮ラルルコト甚タシカルへク従テ立法者ハ此点ニ就テモ亦規定スル所ナカル可ラス故ニ其距離ノ最下点ヲ明定セリ
第二百六十條
右ニ掲ケタル法文ニ従ヒ相隣者ノ一方ヨリ要求シ得へキ観望ニ関スル距離カ或ル事情ノ為メニ要求シ得へカラサルモノトナリタル場合モ亦法律ヲ以テ規定スルコトヲ要ス即チ相隣者ノ一人カ何等ノ窓等ヲ設ケサル建物ヲ築造シタル場合是レナリ此時ニ当リテヤ若シ他ノ一人カ更ニ建物ヲ築造シ如何ナル窓ヲ設クルコトアルモ之カ為メニ第一ノ建築者ニ不便ヲ感セシムルコト非サルナリ然レトモ若シ第一ニ築造シタル建物ハ分界線ヲ退クコト三尺以上ニシテ且ツ他日ニ至リ窓ヲ設ケタル場合ニ於テハ第二ノ建築者カ法律ノ距離ヲ守ラスシテ設ケタル窓ハ之ヲ塞クコトヲ要スルハ勿論ナリ
第七款 或ル工作物ニ要スル距離
第二百六十一條
本款ニ於テ規定スル所モ亦相隣者相互ノ負担ノ一ニシテ此負担タルヤ各人カ所有者トシテ有スル自由ノ幾分ヲ制限シ之ニ因テ相隣者カ互ニ土地ノ区畫ノ嚴重及ヒ円滑ナル関係ノ障碍ニ因テ蒙ルコトアルベキ損害ヲ豫防スルモノナリ
本條ニ規定スル所ノ中第一ハ井戸及ヒ用水溜下水溜ニ関スルモノナリ
井戸ヨリ生スル危険ハ決シテ其水ノ土地ニ浸潤スルヨリ生スル事ニ非ス何トナレハ井戸ノ水ハ元来地底ニ存スルモノニシテ井戸ヲ穿ツモ之ヲ増加スルコトナク却テ之ヲ減少セシムルニ過キサレハナリ唯タ之カ為メニ隣地ノ崩壊陥没等ヲ来サンコトヲ恐ルルノミ概シテ井戸ハ甚タ堅牢ナル地盤ニ之ヲ穿タル場合ノ外ハ木製ノ井戸側ヲ用ヰルモノナリ是レ井戸ニ関シテハ分界線トノ間ニ残スへキ距離ノ比較上甚タ大ナラサル所以ナリ(六尺)
用水溜ハ地下ノ水脈缺乏セル場所又ハ水脈アルモ甚タ深クシテ使用スルコト能ハサル場所ニ於テ天水若クハ泉源ノ水ヲ畜フル為メニ設クルモノニシテ之ヲ井戸ニ比スレハ隣地ニ対シ崩壊陥没ノ危険ヲ蒙ラシムルコト最モ大ナリ何トナレハ一方ニ於テハ用水溜ノ水ハ土地ノ平面ニ達スルコトヲ得へク而シテ其水路甚タ深ク且ツ大ナレハナリ然レトモ法律カ隣地トノ間ニ必要ナリト定メタル距離カ井戸ノ場合ニ比シテ大ナラサルノ所以ノモノハ土地ノ事情ニ因テ到底為シ得可ラサルコトアルへケレハナリ然レトモ此ノ如キ場合ニ於テハ用水溜ノ周邉ノ工作ヲ堅牢ニシ因テ此缼点ヲ補フへキナリ
本条第一項ニ掲ケタル第二ノ規定ハ下水溜及ヒ糞尿坑ニ関スルモノナリ其目的トスル所ハ時トシテ過用ノ残水ヲ行路ニ排泄スルコト能ハサル如キ土地ノ形状アルカ為メ漸次ニ地下ニ浸潤セシムル為メナルコトアルへク又時トシテハ糞尿等ヲ他日ニ至リ土地ノ肥料トシテ使用スル為メニ貯蔵スルニ在ルへシ此場合ニ於テ其浸潤ヨリ生スル隣地ノ害ハ前ニ掲ケタル種々ノ場合ニ比シテ甚タ大ナルへシ然レトモ猶ホ距離ニ関シテ異リタル規定ヲ為サス隣地ニ接スル周邉ニ於テ適当ナル工事ヲ施シ以テ之ヲ防クへキナリ
乾燥セル地窖ニ関シテハ(第二項)隣地トノ間ニ存スへキ距離ハ前ニ掲クル所ノ二分ノ一ナリトス何トナレハ乾燥セルカ故ニ水液ノ滲漏ノ憂アルニ止レハナリ
第三項ノ規定ハ覆蓋ヲ有セサル小溝等ニ関スルモノニシテ其大小深浅ハ種々ナルコトヲ得へシ此ノ如キ場合ニ於テハ其水ノ滲漏ヨリ生スル危険ヲ防ク為メ立法者ハ其深サノ割合ニ應シテ多少ノ距離ヲ分界線トノ間ニ存スへキモノトシ(二分ノ一)又崩壊ノ危険ニ對シテハ分界線ノ方ノ崖ヲ斜ニ削下シ又ハ石垣若クハ木柵ノ支持ヲ以テ之ヲ豫防セリ
若シ右ノ場合ニ於テ崖ノ傾斜ニ関シ争アルトキハ才判所ハ其傾斜カ四十五度ニ下ラサル角度ヲ為スへキコトヲ命シ得へシ是レ溝渠ヲ掘浚シタル泥土ヲ積ミタルトキ自然ニ生スル傾斜ノ角度ナリ
固ヨリ溝渠ト分界線トノ距離ヲ定メルニ当リテハ其崖ノ上部ヨリ起算スルコトヲ必要トナス
第二百六十二條
甚タ隣地ニ接近シテ竹木ヲ植栽スルトキハ之カ為メ隣地ハ前條ニ掲ケタル工作物ヨリ生スル所ノ損害ト全ク異リタル性質ノ損害ヲ生セシムへシ即チ此竹木ノ為メニ空気及ヒ光線ヲ失ハシメ因テ衛生ト工作トヲ害スへシ故ニ此場合ニ於テモ猶ホ立法者ハ所有者ノ自由ヲ制限スルヲ憚ラサルナリ蓋シ市府ニ在テハ竹木ハ有益ナルモノト言ハンヨリ寧ロ娯楽ノ用ニ供スルモノト称スルヲ得へク又其他ノ土地ニ在テハ土地充分ナルカ故ニ容易ニ法律上ノ距離ヲ残シテ植栽スルコトヲ得へケレハナリ
此点ニ関シ法律上ノ距離ハ植栽スル樹木ノ高低ニ従テ之ヲ定ムへキコト当然ナリ固ヨリ距離ノ票準トスへキ樹木ノ高サハ現ニ其樹木ノ有スル高サニシテ敢テ他日ニ至リ発生シタル後ニ有シ得へキ高サニ非ス然レトモ所有者カ竹木ヲ植栽スルニ当リ他日生育ノ時ヲ慮ラスシテ隣地トノ距離ヲ残シタル場合ニ於テハ其樹木カ生長シタル時ニ至リ或ハ其取除キノ請求ヲ受クルコトアルへク或ハ法律ノ定メタル高サニ截伐スルコトヲ要スルニ至ルへシ
此点ニ関シテ本法ノ規定ハ諸外国ノ法律ニ比スレハ樹木ノ所有者ヲ遇スルコト最モ寛ナルへシ何トナレハ本法ハ諸外国ノ法律ニ比シ或ハ分界線トノ間ニ存スへキ距離ヲ小ニシ或ハ同一ノ距離ニ於テモ一層大ナル竹木ヲ植栽スルコトヲ許セハナリ
本條末項ノ規定ハ容易ニ之ヲ了解スルコトヲ得へシ相隣者ノ各自カ其分界線ニ存スル牆壁囲障又ハ生籬等ニ共有者アル場合ニ於テモ此事情ハ未タ右ニ掲ケタル如キ制限ニ従フコトヲ要セサルノ理由トナラス何トナレハ共有者ト雖モ自己ノ所為ニ因テ共有物ノ安全ヲ害スへキニ非サレハナリ且ツ水液ノ滲漏又ハ土地ノ崩壊等ノ危険アル場合ニ於テハ之カ為メニ生スル損害ハ互有ノ分界ヲ踰エテ他人ノ土地ニ及ホスコトアル可ケレハナリ前顕ヨリ説明シ来レル法律上ノ距離ニ関シテハ常ニ当事者ノ特別ナル合意ヲ以テ之ニ関スルコトヲ得へシ此場合ニ於テハ此特別ノ合意ハ次節ニ至リテ規定ヲ見ルカ如ク法律上ノ地役ニ反対シテ人為ノ地役ヲ設定スルコトアリ
相隣者カ合意ヲ以テ法律上ニ存在スル相互ノ関係ヲ変更スル権能ハ他ノ場合ニ於テモ猶ホ適用ヲ見ルへシ然レトモ此権能ハ決シテ完全ノモノニ非ス即チ如何ナル場合ニ於テハ自由ニ行フコトヲ得へキモノニ非サルナリ
第二百六十三條
立法者ハ一ニ相隣者ノ安全ヲ保チ其関係ヲシテ円滑ナラシメンコトヲ欲スルニ過キサルヲ以テ若シ従来存在スル所ノ習慣ニシテ本法ノ規定ニ異ルモノアル場合ニ於テハ必スシモ本法ノ規定ヲ適用スルコトヲ必要ト為サス一ニ其集権ニ従フへキモノトセリ蓋シ其習慣ハ地方ノ必要ヨリ生スルモノニシテ概シテ其宜キヲ得目的ヲ達スルニ充分ナルモノナレハナリ
第二百六十四條
工業ノ進歩ハ一方ニ於テ社会生活ノ程度ヲ高ムルト同時ニ他ノ一方ニ於テハ單ニ其工業ノ為メ直接ニ使用セラルル者ノミナラス尚ホ工業ニ使用スル建物ノ近傍ニ住スル者ニ至ルマテ総テ人ノ生命健康ニ對シテ危害ヲ生セシムルモノナリ
此ノ如クナルカ故ニ工業ノ甚タ盛ンナル邦国ニ在テハ危険ヲ含ミ衛生ヲ害シ又ハ不都合ヲ生スル如キ工業等ニ関スル取締規則ハ甚タ夥シクシテ且ツ新タナル工業ノ発見セラルルニ従テ益々増加スルモノナリ然レトモ此ノ如キ規則ヲ設クルコトハ立法ノ関スル所ニ非ス何トナレハ其主タル目的トスル所ハ各人ノ利益ニ非スシテ実ニ一般ノ公益ナレハナリ加之立法ハ其性質上多少確乎タル物アルコトヲ要ス然ルニ此ノ如キ事項ニ至リテハ常ニ変更シ且ツ改良シテ工業及ヒ其方法ト相伴フコトヲ要スルモノナルカ故ニ立法ヲ以テ規定タルコト決シテ其宜キヲ得タルモノニ非ス是レ欧州諸国ニ於テノミ獨リ然ルニ非スシテ本邦ニ在テモ亦同一ナルへキ所ナリ
前諸款ニ共通ナル規則
第二百六十五條
国府縣市町村ニ属スル財産ハ互有及ヒ私有ニ分チ得へキコト既ニ第二十一條第二十二條及ヒ第二十三條ニ於テ明記シタル所ナリ其私有ニ属スル財産ニ関シテハ是等ノ法人ハ法律上各人ト同一ノ待遇ヲ受ケ従テ同一ノ権利ヲ有シ同一ノ義務ト利益トヲ有スへキモノナリ本條ノ明文ニ於テ本節ノ規定ハ働方及ヒ受方ニテ之ヲ適用スト掲ケタルハ蓋シ此意ヲ明カニシタルモノナリ
然レトモ互有ノ部分ヲ為セル財産ニ至リテハ私益ハ公益ノ為メニ時トシテ一歩ヲ譲ラサル可ラス
故ニ公ノ建物ハ牆壁ノ互有権共用ノ負担ヲ有スルコトナシ又公有ニ属スル土地ニ就テハ水路ノ地役ヲ行使スルコトヲ得ス然レトモ隣地ノ建物ノ修繕ノ為メニ必要ナル立入権及ヒ袋地ノ場合ニ於ケル通行権ノ如キハ公有ニ属スル土地ト雖モ猶ホ之ヲ負担スへシ雨水及ヒ泉源ノ水ノ自然ノ流下ハ此種類ノ土地モ受クルコトヲ要シ囲障及ヒ境界ノ義務モ亦免レ能ハサル所ニシテ観望植栽及ヒ工作物ニ関スル法律上ノ距離モ其守ルヘキ所ナリトス
働方即チ権利ノ点ヨリ之ヲ考フルトキハ公有ニ属スル土地ハ法律ノ所與シタル一切ノ利益ヲ有スルモノナリ故ニ行政権ハ水ノ通路境界囲障互有権ノ譲渡法律ニ定メタル距離ノ遵守等ヲ要求スルコトヲ得へカラス又各人間ニ於テ互ニ権利ノ濫用ヲ為スカ如キ憂アルへシト雖モ行政権カ之ヲ行フニ当リテハ決シテ此ノ如キ危険アラサルナリ
此ノ如ク行政権ハ法律ノ定メタル一切ノ権利ヲ行フコトヲ得へシト雖モ尚ホ公有ニ属スル財産ノ為メ働方ニ於テ地役ノ工事ヲ要求スル場合ニ於テハ其工事ニ附着シタル受方ノ条件即チ負担ヲ免ルルコト能ハス何トナレハ此点ニ於テ法律ノ効力ハ之ヲ分ツコトヲ得へカラサルモノナレハナリ
第二節 人為ヲ以テ設定シタル地役
第一款 地役ノ性質及ヒ種類
第二百六十六条
本条以下ニ規定スル所ハ純然タル地役ニシテ即チ法律上ノ地役ノ如ク所有権ノ普通法ニ属スルモノニ非ラズシテ土地ノ所有者ガ明示又ハ黙示ノ合意ヲ以テ土地ノ経済上ノ改良ノ為メ特別ニ設定シタル地役ニシテ例外ニ属スルモノナリ
已ニ第二百十四条ノ法文ノ下ニ於テ説明シタル如ク地役ト称スルハ決シテ此種類ノ役ガ土地ノ上ニ存スルガ故ニ非ラズシテ全ク想像上土地ニ属スル役ナリトシタルニ依ル地役ハ実ニ土地ノ従タルモノニシテ殆ンド其慟方ノ一個ノ品格ナリト謂フコトヲ得ベシ
又此種類ノ役ヲ名ケテ物役ト謂フコト有ルハ敢テ地役ガ物権タルコトヲ示スガ為ニ非ラス何トナレバ地役ノ物権タルコトハ特ニ此ノ如キ名称ニ由テ之ヲ明ラカニスルコトヲ要セズシテ明カナル所ナレバナリ要スルニ物役ノ名ハ其権利ガ一ノ物ニ属シ従ツテ土地ノ所有権若クハ支分権ヲ有スルモノニ非ラサレバ地役ノ権利ヲ有スルコト能ハサルノ義ヲ明カニスルモノナリ
本条ノ法文ハ第一ニ相隣セル土地ノ所有者ガ其間ニ於テ地役ノ関係ヲ設クルニ付キ完全ナル自由ヲ有スルコトヲ規定セリ而シテ地役ノ関係タルヤ通常承役地ニ奪フ所ノ利益尠ナクシテ要役地ガ是レニ由テ受クル所ノ利益ハ更ニ大ナルモノナリ此ノ如ク地役設定ノ権利ヲ以テ土地所有者ニ放任シタルモノハ蓋シ当事者相互ノ利害ヲ考へ其調和ヲ為スハ当事者ノ右ニ出ツルモノ非ラサル可ケレバナリ若シ承役地ノ負担甚ダ重クシテ要役地ノ受ク可キ利益小ナル場合ニ於テハ当事者ノ合意ニ依リ地役ノ設定ノ報酬トシテ要スル所ノ償金モ亦軽易ノモノニ非ラサル可キガ故ニ当事者ノ一方ハ必ズ之ヲ諾スルコト能ハサル可シ従ツテ当事者双方ガ其負担ヲ甘ンジ自己ノ利益ヲ害スルコト甚タシカラズトスル時ニ非ラサレハ此設定ヲ看ルコト能ハサル可キナリ
人為ヲ以テ設定シタル地役中ニハ法律上ノ地役ト正反對ナルモノ有リ即チ法律ガ相隣者ノ自由ヲ制限スルコト必要ナリト信シテ或ル規定ヲ設ケタル場合ニ於テ当事者ガ此制限ヲ免カルル為ニ是レト相反セル地役ヲ設定スルコト有リ然レトモ此ノ如キ法律上ノ地役ニ反對スル人為ノ地役ヲ設定スルニハ当時者ガ無用若クハ有害ト信ジタルトキ合意ヲ以テ之ヲ変更シ得ベキ場合ナルコトヲ要ス
次ニ掲クル所ノ事ノ如キハ相隣者ガ合意ヲ以テ有効ニ為シ得ベキ所ナリ
第一立法者ガ特ニ定メタル条件ノ備ハラザル場合ニ於テ雨水若クハ泉水又ハ家用若クハ工業用ノ水ヲ他人ノ土地ニ流下セシムルノ権利ヲ設定スルコト
第二他人ノ土地ヲ通過シテ水ヲ引入ルル為メニハ法律上要役地ノ所有者ヨリ承役地ノ所有者ニ對シテ相当ノ償金ヲ弁済ス可キモノナル場合ニ於テ承役地ノ所有者ガ要役地ノ所有者ヲシテ此償金辨済ノ義務ヲ免カレシムルコト
第三井戸、用水溜、下水溜又ハ窓ノ設置及ビ竹木ノ栽植ニ関シ法律上分界線トノ間ニ存ス可キ距離ニ付テ相隣者ノ一人ガ他ノ一人ヲシテ制限ヲ免カレシムルコト
第四相隣者ノ一人ノ為メ又ハ其双方ノ為ニ経界ノ費用ヲ分任スルノ義務ヲ廃スルコト或ハ法律上囲障強要ノ権利ヲ認メラレタル場合ニ於テ是レニ関スル負担ヲ廃スルコト又然リト為ス囲障ノ互有権ヲ譲渡ス可キ法律上ノ義務ニ関シテモ亦当事者ノ合意ニ由テ之ヲ免スルコトヲ得ベシ
然レトモ右ニ掲クル所ノ例ニ依リ相隣者ハ合意ニ基キテ如何ナル種類ノ法律上ノ地役ト雖トモ之ヲ免カルルコトヲ得ベシト信ス可カラズ合意ハ各人ノ自由ナリトノ原則ハ本条ノ場合ニ於テ一個ノ例外ヲ看ル可シ且ツ此例外ハ一般ノモノニシテ要スルニ公ノ秩序ニ反スル地役ヲ設定スルコトヲ許サザルノ一点ニ在リ今一個ノ法律上ノ地役ニシテ若シ公ノ秩序ヲ以テ其基礎ト為ス場合ニ於テハ当事者ハ如何ナル合意ヲ為スト雖トモ之ヲ免カルルコトヲ得ズ何トナレバ当事者ハ各自ノ私益ニ付テ充分ノ自由ヲ有シ得ベシト雖トモ公益ニ関シテハ此ノ如クナルコト能ハス従ツテ当事者ノ一意ニ之ヲ放任スルトキハ為ニ公益上容易ナラサル妨害ヲ醸スニ至ルコト有ル可ケレバナリ今地役ガ公ノ秩序ヲ以テ其基礎トスル時ト謂へリ蓋シ單ニ公益ヲ目的トスル場合ト謂フトキハ法律上ノ地役ニ付テハ常ニ公益ニ関係ヲ有スルコト勿論ナルガ故ニ之ヲ以テ足レリトセズ必ズヤ公益ニ関スルコト尤モ大ナル場合ニ限リ此例外ヲ設ケタルモノナリ
右ニ述ブル所ノ如クナルニ依リ次ニ別記スル事項ノ如キハ当事者ガ合意ヲ以テ為シ得ベカラザル所ナリトス
第一建物ノ修繕ノ為ニ必要ナル隣地ノ立入権ヲ廃スルコト袋地ノ場合ニ於ケル通行権ヲ廃スルコトノ如キハ当事者ノ合意ヲ以テ為シ得ベカラザル所ナリ何トナレバ第一ノ場合ニ於テハ已ニ修繕ノ必要ヲ生ジタル建物ノ價額ハ其修繕ヲ為スコト能ハザル為ニ殆ンド其全部ヲ失フ可ク第二ノ場合ニ於テハ袋地ハ出入ノ道ヲ有セサルガ為ニ同ジク價額ノ全部ヲ失フ可ケレバナリ
第二高地ノ所有者ト低地ノ所有者トノ間ニ於テ合意ヲ為スモ是レニ由テ高地ヨリ自然ニ流ルル水ヲ低地ニ於テ受クルノ義務ヲ免カレシムルコトヲ得ズ
第三低地ノ所有者又ハ高地ノ所有者ヲシテ法律ガ特ニ水路ヲ供スルノ義務ヲ負担セシメタル場合ニ於テ家用若シクハ農工業用ノ水ヲ通過セシムルノ義務ヲ免除スルコトモ亦各人ノ自由ニ契約シ得ベカラサル所ナリ
第四相隣者ヲシテ互ニ経界及ヒ囲障ヲ負担スルノ義務ヲ免カレシムルコトモ亦同一ナリ
然リト雖トモ凡テ契約ハ公ノ秩序ニ反セサル限リハ成ベク効力ヲ生ゼシム可キコト当然ナルガ故ニ右ニ掲ゲタル場合ノ中少ナクモ第二乃至第四ノ場合ニ於テハ償金ニ関シテ当事者ノ合意ガ多少ノ効力ヲ生スルコトヲ得ベシ第二ノ場合ニ於テハ一旦低地ノ所有者ガ高地ノ所有者ト契約ヲ為シ是レニ由テ高地ヨリ流下スル自然ノ水ヲ受クルノ義務ヲ免カレ高地ノ所有者ガ洪水ノ害ヲ免カルル為メ遂ニ合意ニ係ハラズ法律上ノ地役ヲ主張スルコト必要ナル可シ此場合ニ於テ低地ノ所有者ハ合意ヲ主張シ法律上ノ地役ニ反對スルコトヲ得ズト雖トモ猶ホ高地ノ所有者ニ對シテ償金ヲ求ルコトヲ得ベシ又第三ノ場合ニ於テ一旦水ノ通路ヲ求ムルノ権利ヲ抛棄シタルモノガ更ニ此法律ニ由テ享有セル権利ヲ行使セントスルトキハ承役地ノ所有者ニ對シテ特別ノ償金ヲ拂フコトヲ要ス而シテ此償金ハ法律上当然要役地ノ所有者ヨリ承役地ノ所有者ニ拂フベキ償金ト全ク別物ナリトス第四ノ場合ニ於テモ相隣者間ノ契約アルニ係ハラズ経界及ヒ囲障ハ常ニ之ヲ為スコトヲ得ベシト雖トモ一旦反對ノ契約ヲ為シタル後相隣者ノ一方ヨリ法律ニ基キテ之ヲ要求スル場合ニ於テハ一人ニテ其費用ヲ負担スルコトヲ要ス可シ第一ノ場合ニ於テモ亦例外トシテ隣人ノ立入権ヲ廃罷スル合意ニ多少ノ効力ヲ生セシムルコトヲ得ベシ即チ立入権廃止ノ合意ヲ為シタル後建物ヲ築造シ後日ニ至リ其建物ノ修繕ニ付テ隣地ニ立入ヲ為サントスル場合是レナリ一旦此合意ヲ為シタル以上ハ建物ノ築造ヲ為サント欲スルモノハ修繕ノ為メ必要ナル距離ヲ建物ト分界線トノ間ニ残コシ置クコトハ其義務トシテ為ス可キ所ナリ然ルニ建物ノ築造者ガ此距離ヲ存シ置カザリシ為メ他日ニ至テ隣地ニ立入ヲ要求スルノ必要ヲ生ゼシメタル場合ニ於テハ第二百十七条ノ適用ニ依リ隣人ニ對シテ拂フ可キ償金ノ外猶ホ是レニ對シ若干ノ償金ヲ拂フコトヲ要ス可シ又其建物ノ築造中ニ於テハ新工告発ノ訴権ニ由テ其工事ヲ停止セラルルコト有ル可キナリ
相隣者ノ一人ガ法律ニ由テ有スル牆壁互有権強要ノ権利ヲ合意ニ基キテ抛棄スルコトハ有効ニ為シ得ベキモノナルコト前段ニ於テ已ニ之ヲ述ベタリ然リト雖トモ此事タルヤ遂ニ二個ノ建物ノ間ニ二重ノ牆壁ヲ築造スルノ必要ヲ生ゼシムルモノニシテ甚ダ経済上ノ利害ニ関係ヲ有シ従ッテ此問題ハ多少ノ困難ナキニ非ラズ或ハ此断定ヲ以テ其当ヲ得サルモノト為スモノ有ラン然レドモ此経済上ノ利益タルヤ前ニ述ベタル公ノ秩序ノ如ク公益ノ最大ナルモノニ非ラズ従ツテ之ヲ理由トシテ法律上ノ地役ニ反スル合意ヲ禁止スルニ足ラサルナリ前ニ掲クル如キ合意ハ実際ニ於テ最モ屡々其例ヲ看ル可ク而シテ是レガ為ニ土地ノ所有者ガ牆壁互有権ノ要求ヲ為スノ権利ヲ失フモ是レニ由テ其土地ノ價額ニ及ボス影響ハ決シテ大ナルモノニ非ラス未ダ合意ノ自由ニ関スル一般ノ原則ニ對シテ例外ヲ為スニ足ラサルナリ猶此問題ニ関シ一切ノ疑ヒヲ解クニハ左ノ一点ヲ注意スルヲ以テ足ル可シ即チ縦令右ニ掲グル如キ特別ノ合意ガ当事者ノ間ニ成立セサル場合ト雖トモ若シ一方ノ所有者ニシテ分界線ヨリ退クコト一尺ヲ超エテ牆壁ヲ築造シタルトキハ第二百五十七条ノ明文ニ掲グル如ク隣地ノ所有者ハ是レガ為ニ其牆壁ノ互有権ヲ強要スルコト能ハザル可シ
地役ノ事項ニ関シ合意ノ効力ニ由テ生ジ得ベキ種々ノ問題ノ決定ハ一ニ之ヲ判事ノ解釋ニ委ネタリ
相隣者ノ一人ガ自カラ又ハ其傭ヒ入レタル人夫ヲ使役シテ隣人ノ土地ニ或ル工事ヲ為ス可キコトヲ契約スルハ決シテ公ノ秩序ニ関スルモノニ非ラス例令バ隣地ノ水田ニ耕種シ又ハ其収穫ヲ為シ或ハ隣地ニ存スル建物ノ修繕ヲ為シ若クハ池沼ヲ疏浚スル如キ契約ヲ為スコト是レナリ而シテ此ノ如キ契約ヲ為スニ当ツテハ当事者ノ合意ニ従ヒ或ハ其労力ニ對スル報酬ヲ定ムルコト有ル可ク或ハ全ク無償ニシテ此義務ヲ負フコト有ル可シ然レトモ孰レノ場合ニ於テモ此合意ハ有償又ハ無償ナル労役ノ契約トシテ効力ヲ生スルノミ即チ一個ノ人権ヲ生スルモノニシテ未ダ地役ヲ構成スルモノニ非ラズ
右ノ理論ヨリ生スル結果ハ甚タ緊要ナルモノナリ蓋シ右ノ場合ニ於テ契約ヨリ生スル所ノモノハ單ニ人権及ビ義務ノ関係ニ過キサルガ故ニ其義務ハ之ヲ約シタル所有者ニ次イデ其土地ノ所有権ヲ取得ス可キ凡テノ人之ヲ負担スルニ非ラズ惟約諾者一人ノ義務ニ止マル而シテ其約諾者ガ引續キ土地ノ所有者タルト否トハ之ヲ問フコトヲ要セズ又約諾者ノ相續人ト雖トモ此義務ハ承継スルコトナシ何トナレバ労役ノ義務ハ一身ニ止マルモノニシテ此場合ニ於テハ一身ナル語ハ狭隘ノ解釋ヲ為スコトヲ要ス従ツテ受方ニ於テ義務者ノ相續人ニ移轉スルモノニ非ラズ是レト同ジク其義務ハ要約者ノ死亡ニ由テモ消滅ス可キモノニシテ其相続人ノ利益タルコトヲ得ズ何トナレハ労役ノ合意ハ縦令有償ヲ以テ為サレタル場合ニ於テモ概シテ当事者双方ハ與ニ一身ノ着眼ヲ主トシテ為シタルモノナレバナリ
右ノ場合ニ於テ工事ヲ施コス可キ土地ガ他人ニ譲渡サレタルトキハ右ニ掲ゲタルト同一ノ理由ニ依リ原則上所有者ノ移轉ノ為メ合意ノ消滅ヲ致スモノナリ但シ土地ノ前所有者ガ其土地ト共ニ労役ノ債権ヲ譲渡スコトヲ明示スルハ其為シ得ベキ所ナルガ故ニ若シ此特別ノ意思ヲ示シタル場合ニ於テハ格別ナリトス
又所有者ノ一人ガ隣人ノ所有スル土地ニ付テ散歩、狩猟、捕漁、水浴等ノコトヲ為スノ権利ヲ要約シタル場合ニ於テハ未ダ隣地ノ所有者ノ一身ニ於テ何等ノ負担ヲ有スルモノニ非ラズ然レドモ他ノ一方ヨリ観察スルトキハ此等ノコトハ決シテ要役地ト主張セラレタル土地ノ一切ノ所有者ノ為ニ利益ヲ得セシム可キモノニ非ラズ此故ニ其土地ヲシテ價額ヲ増加セシム可キモノト謂フコトヲ得ズ蓋シ一切ノ人悉ク狩猟若クハ捕漁ヲ為スモノニ非ラズ人ノ年齢健康職業等ニ従ツテ此ノ如キ権能ハ縦令之ヲ有スルモ行フコト能ハサル可ク即チ全ク無用ニ属ス可シ故ニ此等ノ場合ニ於テハ地役ノ定義ヲ示スニ当ツテ述ベタル如キ土地ノ便益ナルモノヲ生セズ即チ地役ノ成立ニ必要ナル条件備ハラサルモノナリ従ツテ法律上地役ト認ムルコトヲ得ズ
然レトモ此ノ如キ要約ハ決シテ公ノ秩序ニ反スルモノニ非ラズ従ツテ無効ナルモノニ非ラズ加之ナラズ或ル場合ニ於テハ是レニ基キテ生スル所ノ権利ハ一個ノ物権タル可シ即チ完全ナル所有権タラザルモ是レガ支分権タル可シ而シテ此ノ如クナルハ其権利ノ設定ガ有償ナルト無償ナルトニ従ツテ多少ノ差異アル可ク其他ノ事情ニ従ヒ特別ノ使用権賃借権等ノ如キモノナル可シ或ハ其権利ハ普通ノ使用権若クハ賃借権ニ比シテ一層ノ制限ヲ加へラレタルモノタルコト有ル可キナリ然レトモ已ニ述ベタル如ク此契約ヨリ生スル所必スシモ物権ナルニ非ラズ故ニ或ル場合ニ於テハ使用貸借ヨリ生スル一個ノ人権ニ過キサルコト有ル可シ
更ニ注意ス可キコト有リ相隣者間ニ設定シタル負担ガ單ニ其一方ノモノニ一身上ノ労役ヲ課シ若クハ他ノ一方ニ於テ当事者其家族若クハ其一家ノ為ニ利益ヲ得セシムルニ止マルノ一事ニ依リ直チニ地役ニ非ラズト謂フコトヲ得ズ
例之バ一個ノ土地ノ所有者ガ相隣者ノ一人ノ為ニ通行権ヲ承諾シタル場合ニ於テ其通路ノ保存ハ承役地ノ所有者ニ於テ負担ス可キコトヲ合意シ得ベシ又水ノ通路ヲ供スルコトヲ諾約シタル場合ニ於テ其通路ノ設置ヲ承役地ノ所有者ニ負担セシメ且ツ修繕ノ工事ノ如キモ定期ニ於テ又ハ必要アル毎ニ承役地ノ所有者ニ於テ均シク為ス可キコトヲ諾約シ得ベシ此二個ノ場合及ビ其他是レト類似シタル場合ニ於テ其契約ヨリ生スル所ノモノハ一個ノ地役タルコトヲ確認セサル可カラズ承役地ノ所有者ガ負担スル所ノ工事ハ惟地役ノ従タル負担ニシテ此従タル負担アルガ為ニ主タル負担ノ地役タル性質ヲ変ジ得ベキモノニ非ラサルナリ此点ニ関シテハ惟地役ハ或ル事ヲ為スノ義務ヲ負ハシムルモノニ非ラズシテ單ニ他人ノ或ル事ヲ為スヲ拒マサルノ義務ヲ負ハシムルニ過キズトノ原則ト調和セシムルコトヲ要スルノミ此点ニ関シテハ後ニ至テ詳説スル所アル可シ(参看第二百八十五条)又通行ノ地役若クハ水路ノ地役ハ土地ノ所有者若クハ其家族ヲシテ一身上ノ便益ヲ得セシムルコト実際ニ於テ屡々ナリトス例令バ公路ニ達スル交通ノ用意迅速ナルコト又ハ一身用及ビ家用ニ供スル充分ニシテ且ツ清浄ナル水ノ使用ノ如キ是レナリ然レドモ此場合ニ於テモ亦一身上ノ利益ハ地役ヨリ生スル従タル利益ニ過キズ通行権又ハ水路権ノ主タル効力ハ常ニ要役地ノ経済上ノ改良ニ在ルモノナリ何トナレバ土地ノ所有者ノ何人タルヲ問ハズ凡テ公路ニ達スル距離ヲ短縮シ又ハ必要ナル水量及ヒ水質ニ付テ甚ダ便益ヲ受ク可キモノナレバナリ
前ニ述ベタル如ク地役ハ永久ナルコトヲ以テ必要ノ性質ト為サズ然レドモ本来ヨリ論スルトキハ地役ハ通常永久ナルモノナリ而シテ時間ヲ限リ之ヲ設定シタル場合ニ於テハ当事者ノ意思ハ前ニ掲ゲタル場合ノ如ク現在ノ所有者ノ利益ノ為ニ之ヲ約シタルモノナルヤ将タ土地ノ便益ノ為ニ之ヲ約シタルヤヲ判定スルコト必要ナリ何トナレバ其如何ニ従ヒ或ハ人権ニ過キザルコト有ル可ク或ハ地役タルコト有ル可ケレバナリ又此事ニ関シテハ権利者ガ土地ヨリ受ク可キ便益ノ性質及ビ当事者間ノ親戚若クハ朋友等ノ如キ関係ヲ斟酌シテ其判定ヲ為スコトヲ要ス
第二百六十七条
地役ノ権利ハ二重ニ物的ノモノナリ即チ第一其権利ハ物ノ上ニ存シ而シテ其物ヲ収受スルコト有ル可キ一切ノ人ニ對抗シ得ベキモノナルガ故ニ物権ナルノミナラズ仍ホ其権利ハ物ニ属シ従ツテ此物ヲ取得シタル人ハ凡テ是レガ利益ヲ受ク可キモノナルニ由テ物役ナリトス此事ハ已ニ前条ノ下ニ於テ詳説シタル所ニシテ本条第一項モ亦此原則ヲ確認シタルモノナリ
立法者ハ是レト同時ニ地役ガ第二条ニ示シタル如ク従タル権利ナルコトヲ明カニセリ
本条第二項ニ於テ地役ハ要役地ヨリ分離シテ譲渡シ賃貸シ又ハ抵当ト為スコトヲ得ズ此ノ如キ處分ヲ為サント欲セバ必ズ土地ト共ニスルコトヲ要スルコトヲ明カニシタルハ決シテ地役ガ従タル性質ヲ有スルガ為メノミニ非ラズ蓋シ従タルモノハ單ニ地役ニ止マラズ而シテ他ノ従タルモノニ至テハ土地ヨリ之ヲ分離シテ譲渡シ又ハ賃貸スルコトヲ得ベシ例令バ土地ノ利用若クハ娯樂用ノ為ニ是レニ備へ付ケタル動産物ノ如キ此等ノ物権ハ性質上動産ナルガ故ニ土地ヨリ分離スルトキハ抵当ト為スコト能ハサルハ勿論ナリト雖ドモ仍ホ動産トシテ質ト為シ債権者ニ交付スルコトヲ得ベキナリ
又此譲渡及ビ賃貸等ノ禁止ハ決シテ地役ガ隣人ノ一身ノ着眼ヲ以テ主トシテ設定セラレ従ツテ其権利ノ譲渡ハ不当ニ権利者ヲ変スルモノナリトノ理由ニ基キタルニ非ラズ已ニ詳説シタル如ク地役ハ其性質上所有者ノ便益ノ為ニ設定セラルルモノニ非ラズシテ土地ノ便益ノ為ニ設定セラルルコトヲ必要ト為スモノナリ又地役ヲ設定シタルモノハ要役地ノ所有者ノ変更ト共ニ地役権ヲ有スルモノノ変更ス可キコトハ常ニ期スル所ナリ
要役地ヨリ分離シテ地役ノ譲渡又ハ賃貸等ヲ為スコトヲ禁ジタル真正ノ理由ハ次ニ掲グル所ノ如シ即チ地役ハ設定権原ニ由テ其行使ニ加へタル制限ノ外仍ホ要役地ノ必要ニ由テ定メラレタル制限ヲ有スルモノナリ例之バ他人ノ土地ニ存スル水、砂、石、竹木等ヲ要役地ノ家用若クハ農工業用ノ為ニ採取スルノ権利ヲ有スルモノガ其量ヲ一定シタル場合ニ於テモ必ズシモ其要約シタル全量ヲ採取スルコト能ハザル可シ何トナレバ実際ニ於テ要役地ニ必要ナル量ハ時トシテ要約シタル所ヨリ寡ナキコト有ル可ケレバナリ此時ニ当リ若シ地役ノ全部ヲ他人ニ譲渡シ他人ヲシテ当初要約ノ全量ヲ採取スルコトヲ得セシメ又ハ要役地ノ用ニ供シタル残餘ヲ他人ニ譲渡スルコトヲ得ルモノトセバ是レガ為ニ承役地ノ負担ハ要役地ノ所有者ノ處為ニ由テ不当ニ加重セラルルニ至ル可シ此理由ハ單ニ譲渡ノミナラズ賃貸及ビ抵当ニ関シテモ均シク適用スルコトヲ得ベキナリ何トナレバ賃貸モ亦賃借人ヲシテ賃貸人ニ代リ使用セシムルモノニ外ナラズ殊ニ抵当ノ如キハ債権者ヲシテ満足セシムル為メ遂ニ抵当ノ目的タル財産ヲ廃却スルコト必要ナレバナリ
本条第二項末段ノ規定モ亦同一ノ原則ニ基キテ生ジタル所ノモノナリ此故ニ隣地ノ上ニ通行権ヲ有スル土地ノ所有者ハ其権利ノ使用ヲ他ノ隣人ニ許スコトヲ得ズ縦令自カラ其権利ヲ使用スルコトナシトスルモ亦然リト為ス
然レトモ第五十七条ニ規定スル所ニ仍レバ用益権ト称スル一個ノ人役ヲ有スルモノハ其用益権ヲ目的物トシテ更ニ他ノ用益権ヲ設定スルコトヲ得ベキモノナリ然レトモ是レ決シテ本条ノ規定ト矛盾スルモノニ非ラズ一ニ用益権ガ譲渡シ得ベキモノタルニ基キテ此権能ヲ生ジタルモノナリ何トナレバ用益権ハ第六拾八条ノ法文ニ掲ゲタル如ク其賃貸、譲渡ヲ為シ及ビ之ヲ抵当ト為ス如キハ性質上為シ得ベキ所ニシテ而シテ用益者ニ此ノ如キ権能ヲ與へ由テ以テ用益権ヨリ生スル利益ヲ受クルモノヲ変更スルコトヲ得セシメタルハ必竟スルニ用益者ハ用益物ノ一切ノ使用ヲ為シ得ベク又一切ノ果実ヲ取得スルモノニシテ用益権存在スル間ハ虚有者ハ何等ノ利益ヲモ受クルコト能ハス従ツテ用益権ノ譲渡ヲ拒ムニ至当ナル利益ヲ有セサルモノナルヲ解セバ直チニ其至当ナルコトヲ知ル可キナリ然ルニ使用権ヲ有スルモノノ如キハ其権利一身ノ需用ヲ以テ限度ト為スガ故ニ其権利ハ他人ニ譲ルコトヲ得ズ(第百十三条)是ニ由テ之ヲ観レバ右ニ掲グル所ノ種々ノ規定ハ更ニ矛盾スル所アラサルナリ
第二百六拾八条
已ニ第十九条ニ於テ示シタル如ク法律ハ原則上地役ヲ以テ不可分ノ性質ヲ有スルモノトセリ然レドモ此原則ニ對シテハ特ニ法文ヲ以テ例外ヲ認メタルノミナラズ実際ニ於テハ原則ニ従ヒ不可分ナル場合ハ例外ニ従ツテ可分ナル場合最モ屡々ナル可シ
本条第一項ニ於テ規定セル如ク要役地若クハ承役地ガ数人ノ所有者ニ属シ而シテ此数人ノ所有者ガ不分共有ノ地位ニ立テルトキハ其共有者ノ一人ハ他ノ共有者ノ承諾ナクシテ地役権ヲ抛棄シ由テ要役地ヲシテ地役ノ利益ヲ失ハシムルコトヲ得ザルハ勿論ナリトス地役ノ全部ノ抛棄ハ共有者ノ一人ニ於テ之ヲ為シ得ベカラザルコト元来他人ノ権利ヲ減ゼシムルノ権利ヲ有セサルニ由テ了解スルコトヲ得ベシ然レドモ其為シ得ベカラサル所ハ單ニ地役全部ノ抛棄ノミニ非ラズシテ自己ノ有スル不分ノ持分ノミニ付テモ亦之ヲ為スコトヲ得ズ例令バ地役ノ二分ノ一三分ノ一又ハ四分ノ一ヲ抛棄スルガ如キ是レナリ何トナレバ地役ニ由テ受クル所ノ便益ノ性質ハ決シテ分ツコトヲ得ベカラサル者ナレバナリ之ヲ例スルニ観望、通路、水路又ハ土地ノ或ル部分ニ於テ建築若クハ植栽ヲ為スノ権利ノ如キ到底分ツコトヲ得ベカラサルモノナリ
是レト同ジク地役ノ不可分ハ承役地ノ共有者間ニ於テモ同一ナリトス此故ニ承役地ノ共有者ノ一人ガ要役地ノ所有者ト合意ヲ為シ是レニ由テ地役ヲ消滅セシメタルトキト雖トモ此消滅ハ他ノ共有者ニ利益ヲ與フルモノニ非ラズ承役地ノ共有者全体ヲシテ此利益ヲ受ケシムルニハ其合意ヲ為シタル共有者ガ他ノ共有者ノ承諾ヲ得テ之ヲ為シタルコトヲ必要トス又其合意ハ之ヲ為シタル共有者ノ不分ノ持分ニ付テモ利益ヲ生スルコト莫カル可シ何トナレバ前ニ掲ゲタル理由ニ依リ地役ハ常ニ其全部ニ於テ且ツ不可分ヲ以テスルニ非ラサレハ行使シ得ベカラサレバナリ
地役ノ不可分ノコトハ地役ノ消滅ノ事ヲ説クニ至テ更ニ之ヲ述ブ可シ(参看第二百九十一条)利害関係人ノ中、原告又ハ被告トシテ訴訟ニ関係セザリシモノ有リタル場合ニ於テ此不可分ノ問題ハ既判力ニ関シ利益アルノミナラス且ツ多少ノ困難ヲ生スルコト有リ然レトモ此事ニ関シテハ本条ノ下ニ於テ詳説ス可キニ非ラズ他ノ不可分ナル物権若クハ人権ヲ規定スルニ当ツテ説明スルコト其当ヲ得タリト為ス
本条第二項ノ規定ニ依レバ地役ノ不可分ハ縦令要役地又ハ承役地ガ分割セラレタル後ニ於テモ仍ホ継續シ得ベキモノナリ例令バ甲號ノ土地ガ数人ノ共有ニ属シ而シテ乙號ノ土地ニ付テ通行ヲ為スノ権利、水ヲ通過セシムルノ権利若クハ或ル建築植栽等ヲ禁スルノ権利ヲ有シタル場合ニ於テ甲號ノ土地ガ共有者間ニ分割セラレタルトキハ各共有者ハ其有ニ帰シタル土地ノ持分トシテ通行、水路、観望等ノ完全ナル地役権ヲ有ス可シ又要役地ノ分割ニ非ラズシテ其一部分ヲ第三者ニ譲渡シタル場合ニ於テモ亦同一ナリ即チ譲受人ハ其取得シタル所ノ土地ガ従来ノ要役地ノ一部分ニ過キズト雖トモ仍ホ地役ノ全部ニ付テ利益ヲ受クルノ権利ヲ有シ而シテ譲渡人ハ仍ホ自カラ保存シタル部分ノ為ニ依然トシテ地役ノ全部ヲ有ス可キナリ是レト同一ノ理論ニ基キ若シ承役地ガ分割セラレ又ハ其一部分ニ於テ譲渡サレタル場合ニ於テハ其各部分ハ均シク地役ヲ負担ス可キモノトス惟要役地ノ地役権ヲシテ完全ナルコトヲ得セシムルニ必要ナル程度ヲ以テ其範囲ト為スノ一点アルノミ
然レトモ此場合ニ於テハ屡々本条第二項ニ掲ゲタル例外ノ適用ヲ看ルコト有ル可シ此例外ニ付テハ少シク説明ヲ為スコト必要ナリ此例外ハ要役地ノ分割ノ場合ニ於テモ仍ホ其適用ヲ看ル可シト雖トモ承役地ノ分割ノ場合ニ比スレバ更ニ罕レナル可シ
今一個ノ承役地ガ他ノ土地ノ為ニ通路又ハ水路ヲ供スルノ義務ヲ負担シ其地役カ承役地ノ或ル定マリタル部分ニ於テ設定セラレタリト假定ス可シ此地役設定ノ為ニ承役地ハ其全部ニ於テ幾分ノ價額ヲ減少シ所有者ノ自由ヲ減縮ス可ク此点ヨリ考フルトキハ承役地ノ全部ガ地役ヲ負担シタリト謂フコトヲ得ベシト雖トモ実際人ノ通行又ハ水ノ流通ノ地役ハ土地ノ全部ニ於テ之ヲ為スモノニ非ラズ惟或ル部分ヲ定メ以テ之ヲ行使スルモノニシテ是レガ為ニ必要ナルハ実ニ承役地ノ一小部分ニ止マル可シ此時ニ当リ承役地分割セラレ地役ノ行使ニ必要ナル部分ガ全ク分割シタル或ル一部ニ属スルトキハ他ノ部分ハ将来ニ於テ地役ノ負担ヲ免カル可キコト勿論ナリ
又建築若クハ植栽ヲ禁止スルノ地役ヲ設定シタル場合ニ之ヲ行フハ概シテ要役地ニ存スル建物ニ對スル部分ナル可シ蓋シ此ノ如キ地役ハ海上田野又ハ冨士山ノ眺望等ヲ失ナハシムル為ニ之ヲ設定スルモノナレバナリ此場合ニ於テ承役地ガ分割セラレタルトキハ建築若クハ植栽ヲ為ス可カラザルノ地役ヲ負担スルハ單ニ此地役ノ目的ヲ達スルニ必要ナル部分ニ付テノミ存在ス可ク従ツテ他ノ部分ニ在ツテハ全ク此地役ノ負担ヲ免カル可キナリ
若シ承役地ノ分割ニ非ラズシテ要役地ガ数個ノ部分ニ分割セラレタリト假定スルモ其結果ハ常ニ同一ナル可シ固ヨリ通路若クハ水路ニ関スル地役ノ如キハ時トシテ分割セラレタル凡テノ部分ノ為ニ依然必要ヲ感スルコト有ル可キガ故ニ或ル部分ノ為ニ地役権ノ消滅ヲ看ルコト或ハ尠カル可シト雖トモ建築又ハ植栽ノ禁止ヲ目的トスル地役ニ至テハ殆ンド常ニ分割セラレタル或ル部分ニ関シ地役ノ消滅ヲ看ル可シ何トナレバ此地役ハ元来建物ノ為メ遠景ノ観望ヲ保存スルヲ目的トスルモノナルガ故ニ建物ノ存セサル部分ノ為ニ存在ス可キモノニ非ラサレバナリ
第二百六十九条
地役権ハ其性質トシテ土地ヨリ分離シテ譲渡スコトヲ得サルモノナリト雖トモ此理論ハ未ダ地役ニ関スル訴権ノ行使ニ付テ同一ノ禁止ヲ必要トスルモノニ非ラズ即チ地役ヲ要求シ又ハ之ヲ排斥スル訴権ノ行使是レナリ此故ニ要役地若クハ承役地ノ所有者ハ自己ノ所有権又ハ占有権ヲ證明スルコトヲ要セズシテ地役権ヲ主張シ若クハ之ヲ排斥スル訴権ヲ提起シ得ベシ勿論對手人ニ於テ其所有権ニ對シ争ヒヲ為サザル場合ナルコトヲ要ス蓋シ地役権ト所有権若クハ占有権トハ必ズシモ牽連セルモノニ非ラズ然ルニ此二個ノ問題ヲ一個ノ訴訟中ニ併合スルハ常ニ無益ニシテ且ツ屡々危嶮ナルモノナリ以上ニ掲クル所ハ普通ノ場合ニ於ケル原則ナリトス
然リト雖トモ若シ原告若クハ被告ノ土地ノ所有権若クハ占有権ガ争ヒノ目的タル場合ニ於テハ是レニ附隨シテ地役ヲ要請シ又ハ排斥スル権利モ亦均シク争ヒノ目的タル可シ此時ニ当リ二個ノ問題ハ同一ノ訴訟ニ於テ判定スルコトヲ要ス惟同時ニ所有権及ビ占有権ノ問題提出セラレタル場合ニ於テハ所有権ニ先ツテ先ヅ占有ノ問題ヲ決ス可キコト曽テ占有ノ章ニ於テ述ベタル所ノ如シ
実際ニ於テ右ノ場合ハ甚タ稀レニ生スル所ナリトス而シテ此場合ノ外ハ地役ノ問題ハ常ニ所有権若クハ占有ノ問題ト分離シテ提出セラル可ク又分離シテ判決ヲ受ク可キナリ地役ノ訴権ニ関シテモ所有権ト同ジク本権及ビ占有ノ二種類アリ
本条第二項ニ仍レバ所有者ハ其所有地ガ他人ノ土地ニ對シテ地役ヲ負担スルコト非ラサルヲ主張スル為メ拒却ノ訴権ヲ行使スルコトヲ得ベシ
要請ノ訴権ト拒却ノ訴権トハ互ニ相反スルモノニシテ此両種ノ訴権ハ各々占有訴権及ヒ本権訴権ノ二種ニ細別スルコトヲ得ベシ本権訴権及ビ占有訴権ノコトハ已ニ之ヲ示シタルノミナラス所有権及ビ用益権(第三十六条及ヒ第六十七条)並ニ占有(第百九十九条以下)ノ事項ニ関シテ詳細ノ説明ヲ為シタルガ故ニ今ハ惟地役ニ関スル適用ヲ明カナラシムルニ必要ナル性質ヲ要言スルニ止マル可シ
要請訴権ノ場合ニ於テ原告ハ他人ニ属スル土地ノ上ニ地役ノ権利ヲ有スルコトヲ確言スルモノナリ是レニ反シテ拒却ノ訴権ニ在テハ原告ハ其所有地ガ他人ノ土地ノ為ニ地役ヲ負担スルコトヲ非認スルモノナリ
地役ニ関スル訴権ガ要請ノ訴権ナルヤ拒却ノ訴権ナルヤハ單ニ学理上ノ問題タルニ止マラズ実際ニ於テ利益アル問題ナリ其詳細ニ至テハ證據ノコトヲ説明スルニ当テ之ヲ述ブ可シト雖トモ今之ヲ一言スルニ要請ノ訴権ノ場合ニ於テハ原告ニ於テ普通法ニ従ヒ其要請スル所ノモノノ證據ヲ提出スル責任アルモノニシテ拒却ノ訴権ノ場合ニ於テハ原告ハ事物ノ性質上何等ノモノモ存セズト謂フガ如キ無的ノ事実ヲ證明スルコト為シ得ベカラザルコトナルニ依リ被告ニ對シ其主張スル地役権ノ直接且ツ積極ナル原因ヲ陳述セシムルノ権利アリ而シテ拒却ノ訴権ヲ行フモノハ惟被告ガ陳述シタル一定ノ原因ニ付テ其存在セサルコトヲ證明スルヲ以テ足レリト為ス而シテ此證明モ亦決シテ容易ナラサル所ノモノナリ
要請ノ訴権及ビ拒却ノ訴権ヲ説明シタルガ故ニ左ニ此二種ノ訴権ノ細分ナル占有訴権及ビ本権訴権ノ性質ヲ略言ス可シ原告ガ事実上其主張スル権利ヲ行使シ従ツテ真ニ其権利ヲ有スルモノノ如キ地位ノ有ルトキハ單ニ其事実ノ維持ヲ請求スルコトヲ得ベシ此場合ニ於テハ権利ノ基本ニ関スル問題ヲ提起スルコトヲ要セズ
例令バ他人ノ土地ニ通行又ハ観望ノ地役ヲ有セリト主張スルモノガ此権利ノ占有ヲ為シ即チ事実上其行使ヲ為シテ或ル時間ヲ経過シタル後隣人ガ突然其通路ヲ塞ギ又ハ観望ヲ遮ギリタル場合ニ於テハ地役ヲ有スト主張スル所有者ハ其通路ヲ回復スル為メ保持ノ訴権ニ由テ訴フルコトヲ得ベク若シ被告ノ處為ガ過失又ハ脅迫ニ出テタル場合ニ於テハ回復ノ訴権ニ由テ同一ノ目的ヲ達スルコトヲ得ベシ(参看第二百◯四条)又若シ隣人ガ将来ニ於テ占有ヲ害シ若クハ全ク之ヲ失ハシム可キ工事ヲ始メタル場合ニ於テハ新工告発ノ訴権ニ由テ請求スルコトヲ得ベシ本権訴権ニ據ラズシテ占有訴権ヲ提起スル利益ハ左ノ一点ニ在リ即チ占有訴権ニ於テ原告タルモノガ勝訴ニ至ルニハ自カラ主張スル地役ヲ現ニ行使シタルコトヲ證明スルヲ以テ足レリトス是レニ反シテ若シ本権訴権ニ據ルトキハ真正ニ権利ヲ有スルコトヲ證明セサル可カラズ即チ地役ノ設定権原ヲ證明スルノ必要アリ
固ヨリ占有訴権ニ於テ勝訴ヲ得タルトキハ對手者ナル隣人ニ於テ更ニ拒却ノ訴権ヲ提起シ得ベキコト勿論ナリ然レトモ此場合ニ於テハ原被ノ位置全ク轉倒シ占有訴権ニ於テ原告タリシモノハ被告ノ地位ニ立ツモノナリ従ツテ被告ノ地位ニ附着スル一切ノ利益ヲ受クルコト勿論ナリ且ツ此場合ニ於ケル拒却ノ訴権ハ最早占有ノ訴権タルコトヲ得ズ即チ回収ノ訴権等ニ由テ之ヲ争フコトヲ得ズ何トナレバ占有ノ事ハ已ニ被告ノ利益ニ於テ判決ヲ受ケタルモノナレバナリ此故ニ原告ノ提起スル所ハ必ズ本権ノ訴権ニシテ被告ハ全ク観望又ハ通行ノ地役権ヲ有スルモノニ非ラサルコトハ基本ヨリ決定セシムルヲ以テ目的トスルモノナリ是レ已ニ第二百十二条ノ下ニ於テ述ベタル所ニシテ占有本権訴権ニ於テ敗シタルトキハ更ニ占有訴権ヲ提起スルコトヲ得ズト雖トモ占有訴権ニ於テ敗シタルモノハ猶ホ本権訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ惟第二百十二条ノ場合ニ於テハ完全所有権ニ関シ本条ノ場合ニ於テハ地役権ニ関スルノ差異アルノミ
以上ノ理論ニ由テ考フルトキハ拒却ノ訴権モ亦第一ニ之ヲ提起シタルトキハ占有訴権ノ性質ヲ有スルコトヲ得ベシ例令バ土地ノ所有者ガ隣地等ノ分界線ニ於テ建物ヲ築造シ而シテ是レニ観望ノ窓ヲ設クル場合ニ於テ隣地ノ所有者ハ新工告発ノ訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ若シ建築工事已ニ了ハリタルトキハ隣人ハ其窓ヲ取除カシムル為メ回収ノ訴権ヲ提起スルコトヲ得ベシ若シ又土地ノ所有者ガ時々隣人ノ土地ヲ通行スル場合ニ於テ隣人ハ保持ノ訴権ヲ提起ス可キナリ此等ノ場合ニ於テ隣地ハ未ダ何等ノ地役ヲモ負担シタルニ非ラズ常ニ自由ノ者トシテ占有セラレタルガ故ニ隣人ハ一時他人ノ為ニ之ヲ妨害セラレ若クハ侵略セラレタリトスルモ此占有ヲ保持シ若クハ回収スルコトヲ得ベシ此等ノ訴権ハ占有訴権ニシテ且ツ拒却ノ訴権ナリトス何トナレバ其目的トスル所他人ノ権利ヲ否認スルニ在レバナリ此場合ニ於テ原告勝利ヲ得タルトキハ他日ニ至リ對手ヨリシテ権利ノ基本ニ関シ訴ヲ起コスコト有ルモ被告タルノ利益ヲ有ス可シ此第二ノ訴権ハ要請ノ訴権ナリトス何トナレバ其目的トスル所地役権ヲ確認セシムルニ在レバナリ又同時ニ本権ノ訴権ナリトス何トナレバ占有ノ有無ヲ決スルニ非ラズシテ権利ノ基本ヲ決セシムルモノナレバナリ
第二百七十条
本条ハ本款ニ掲クル所ノ規定ヲ以テ法律上ノ地役ニモ適用ス可キモノトシ由テ法律ガ一般所有権ニ蒙ラシメタル負担制限及ビ条件ガ純然タル人為ニ基ク地役ト共ニ地役タル性質ヲ有スルコトヲ明確ナラシメタリ
第二百七十一条
前数条ノ規定ハ本款ノ題目ニ掲ゲタル地役ノ性質ニ関スルモノニシテ本条以下ノ規定ハ地役ノ種類ニ関スルモノナリ更ニ之ヲ詳論スルトキハ前数条ノ規定ハ一般ノ地役ニ共通ナル性質ニ関スルモノニシテ本条以下ノ規定ハ各自ノ地役ノ特別ナル性質ニ関スルモノト謂フコトヲ得ベシ蓋シ地役ヲ設定スル点ニ於テ各人ノ自由ハ甚ダ大ニシテ其制限ハ或ル場合ニ於テ此自由ノ一小部分ヲ失ハシムルニ過ギズ且ツ当事者ノ各自ガ種々ノ地役ニ由テ受クルコトヲ得ベキ利益ハ千態萬状ナルヲ以テ地役ノ性質ニ至テモ亦必ズ同一ナラサルハ自カラ明カナル所ナリ而シテ地役ノ種類ノ異同ハ其設定方法ニ関シテモ尠カラサル影響ヲ及ボスト同時ニ其行使ノ方法及ビ消滅原因ニ至テモ同一ナルコト能ハズ是レ次款以下ニ於テ詳説ス可キ所ナリ
本条ニ掲ゲタル地役ノ種類ニ関スル三個ノ区別ハ地役ノ種類ヨリ自然ニ生ジタル結果ト謂フコトヲ得ベシ此故ニ惟リ本法ニ於テ之ヲ確認シタルノミナラズ近世殴州諸國ノ法律ニ於テモ皆之ヲ認メタリ只本法ニ於テハ其種々ノ地役ノ法律上ノ結果ニ付テ多少ノ規定ヲ設ケ以テ其性質ノ差異ヲ明確ナラシメタルノミ
立法者ハ本条ニ於テ地役ノ種類ニ関シ三個ノ区別ヲ為シ得ベキコトヲ掲グルニ止マル而シテ此三個ノ区別ハ互ニ相排斥スルモノニ非ラズシテ同時ニ存在シ得ベキモノナルコトハ本条特ニ之ヲ言ハズト雖トモ後ニ至テ充分ニ了解スルコトヲ得ベシ
例令バ継續ノ地役ハ必ズヤ表見又ハ不表見ノ地役タル可ク是レト同時ニ有的又ハ無的ノ地役タル可シ不継續ノ地役ニ至テモ亦是レト同一ナリ不継續ノ性質ヲ有スルト同時ニ表見又ハ不表見ノ性質及ヒ有的又ハ無的ノ性質ヲ有ス可シ此ノ如クナルニ依リ表見又ハ不表見ノ地役モ継續又ハ不継續ノ性質及ビ有的又ハ無的ノ性質ヲ有シ得ベク有的又ハ無的ノ地役ハ同時ニ表見又ハ不表見ノ性質及ビ継續又ハ不継續ノ性質ヲ有シ得ベキナリ次条以下ニ掲ゲタル例示ニ付テ之ヲ看ルトキハ益々其然ルヲ知ル可シ
第二百七十二条
地役ヲ分ツテ継續及ビ不継續ノ二種ト為スコトハ甚タ緊要ナル区別ナリトス
継續地役ノ主タルモノハ左ノ如シ法律ノ規定ニ従ヒ隣地ニ向ツテ窓ヲ設クルトキハ分界線トノ間ニ多少ノ距離ヲ遺スコトヲ要スル場合ニ於テ其距離ヲ遺スコトナクシテ窓ヲ設クルコト普通法ニ由テ許サザル範囲内ニ於テ樹木ヲ植栽シ又ハ穴ヲ穿ツコト土地ノ分界線以外ニ於テ屋根ヲ突出セシムルコト法律ヲ以テ定メタル地役ノ条件以外ニ於テ水ヲ引入レ若クハ排泄セシムル為メ他人ノ土地ニ水路ヲ設クルコト等是レナリ又建築植栽ノ禁止ニシテ所有者ノ有スル法律上ノ自由ヲ制限スルモノノ如キモ仍ホ継續ノ地役ナリトス
右ニ掲グル如キ種々ノ場合ニ於テハ一旦地役ヲ行使シタル以上ハ更ニ現実ノ處為ヲ要スルコトナクシテ地役ハ働方ニ於テモ受方ニ於テモ自然ニ行使セラルルモノナリ即チ一方ニ於テハ地役ハ其性質上承役地ヲシテ何等ノ事ヲ為スノ義務ヲモ負ハシムルモノニ非ラズシテ單ニ他人ノ或ル事ヲ為スヲ妨ゲサルノ義務ヲ負ハシムルニ止マルモノナルガ故ニ承役地ノ所有者ハ何等ノ處為ト雖ドモ之ヲ為スコトヲ要セス又要役地ノ所有者ニ於テモ自カラ又ハ他人ヲシテ積極ノ處為ヲ為サシメ此地役ヲ行使スルコトヲ要セズ而シテ地役ハ常ニ行使セラル可キナリ
然ルニ雨水其他天然若クハ人工ノ水ハ絶エズ隣地ニ流下スルモノニ非ラサルヲ以テ或ハ水路ノ地役若クハ屋根ヨリ落ツル水ニ関スル地役ヲ以テ継續ノモノト為スコト能ハズト信スルモノ有リ然レトモ是レ根據ナキ説ト謂ハサルヲ得ズ要役地ガ是レニ由テ受クル所ノ利益及ビ承役地ノ負担ハ已ニ土地ノ形状ニ依リ屋根ノ雨落若クハ水ノ流下ガ何時ニ於テモ人ノ力ヲ竢タズシテ生シ得ベキモノタル以上ハ継續シテ存在スルモノナリ
是レニ反シテ一旦土地ノ形状ヲ地役ノ行使ニ便ナラシメタルモ仍ホ是レニ由テ地役ガ自然ニ行ハルルコト能ハズ更ニ要役地ノ所有者ガ或ル處為ヲ為スコトヲ要スル場合ニ於テハ其地役ハ不継續ノモノナリ例令バ他人ノ土地ニ於ケル通行ノ地役水路ヲ設クルコトナクシテ他人ノ土地ニ存スル水ヲ汲ミ又人ヲシテ汲マシムル地役、家畜ヲ包容スル地役、竹木土砂等ヲ採取スル地役ノ如キ是レナリ然ルニ此ノ如キ地役ニ関シ要役地ノ所有者ガ為ス所ノ處為ハ決シテ継續ノモノニ非ラズ何トナレバ人ノ行為ハ決シテ継續ナルコト能ハサレバナリ
溝渠又ハ樋ヲ以テ水ヲ引入ルル地役ノ如キモ若シ其水ノ引入ガ絶エス為スコトヲ得ベキモノニ非ラズシテ日又ハ時ヲ定メテ時々為スコトヲ得ルニ止マルモノナルトキハ之ヲ以テ継續ノ地役ナリト称スルコトヲ得ズ何トナレバ此場合ニ於テハ水路ノ開閉ヲ為ス為メ必ズ人ノ處為ヲ要スルモノナレバナリ従ツテ此地役ハ性質上継續ノモノニ非ラズ此地役ニシテ継續ノ性質ヲ有スルニハ次ニ掲クル如キ場合ナルヲ要ス可シ即チ水路ノ開閉ガ器械ノ作用ニ依リ人力ヲ俟タズシテ定マリタルトキニ於テ為サレ得ベキモノナル場合是レナリ然レトモ此ノ如キ例ハ実際ニ於テ殆ンド是レ有ラザル可シ何トナレバ縦令器械ヲ以テ水路ノ開閉ヲ為スモ其器械ヲシテ自動セシムルニハ人力ヲ要スルコト必要ナル可シ若シ其器械ガ蒸気ノ力ニ據ルトキハ蒸気力ヲ生セシムル為メ人力ヲ要ス可ク又單純ナル機関的ノ運轉ニ力ヲ假ルトキハ人力ヲ以テ先ズ機関ノ運轉ヲ為サシムルコトヲ要ス故ニ此等ノ地役ハ行使スルニ当ツテ必ズ人ノ處為ヲ要スルモノナリ
他人ノ土地ニ家畜ヲ包容スル地役ニ関シテハ前ニ掲ゲタル所ト同一ナル疑ヒヲ生ジ得ベシ若シ何等ノ圍障ヲモ有セサル承役地ニ家畜ヲ包容スル権利要役地ノ所有者ニ存スルトキハ此地役ヲ行使スル為ニハ更ニ人ノ處為ヲ要スルコトナク従ツテ其地役ハ継續ノモノタルニ似タリ然レトモ是レ仍ホ其当ヲ得タルモノト謂フ可カラズ何トナレバ要役地ノ所有者ガ承役地ニ於テ家畜ヲ包容スルハ先ツ自己ノ所有地ニ於テ家畜ヲ所有シ而シテ之ヲ使用スルコトヲ要ス此處為タルヤ其性質上継續ノモノニ非ラズシテ之ヲ廃止スルコトヲ得ベク又再ビ為スコトヲ得ベキ所ナリ故ニ間断アルコトヲ得ベキノミナラズ又屡々間断アルモノナリ
第二百七十三条
本条ニ於テハ表見地役ノ特殊ノ性質二個ヲ列記セリ而シテ此二個ノ性質ハ決シテ同一ノモノニ非ラズ工作トハ地役ノ行使ヲ容易ナラシムル為メ人ノ為シタル工事ヲ謂フモノニシテ形跡ハ必ズシモ工作ニ非ラザルナリ例令バ人ノ通行ノ地役ノ場合ニ於テ要役地ノ分界線ヨリ承役地ノ或ル点ニ達スルマデ一体ノ部分ニ於テ草木ノ植栽ヲ為サズ又工作ヲ為サズ而シテ其他ノ部分ニ於テハ竹木及ビ植付等ノ存スル場合ニ於テハ縦令何等ノ工作ナキトキト雖トモ仍ホ通行権ノ形跡アルモノトス就中若シ其道路ガ屡々人ノ通行ヲ受ケ従ツテ草ヲ生セサル如キコト実存スルトキハ最モ然リト為ス又水ノ通路ノ地役ノ場合ニ於テ承役地ヲ出入スル水ガ自然ニ水路ヲ設ケタル如キトキモ亦同一ナリ
右ニ掲クル所ノ外表見地役ノ例トシテ次ニ掲クル所ノモノヲ示スコトヲ得ベシ観望ノ窓ヲ設クルノ権利法律ノ禁ジタル距離以内ニ於テ竹木ヲ植栽スル権利、分界線以外ニ突出シタル屋根ヲ設クルノ権利、地面ニ顕ハレタル水路ヲ設クルノ權利ノ如キ是レナリ
不表見ノ地役トシテ示シ得ベキ所ノモノハ左ノ如シ地下ニ水路ヲ設クルノ権利、給水ノ権利、家畜包容ノ権利、竹木其他ノ物料ヲ採取スルノ権利及ビ次条ニ掲グル如ク所有者ノ法律上ノ自由ヲ制限シ若クハ禁止スルヲ以テ目的トスル凡テノ無的ノ地役是レナリ
第二百七十四条
一個ノ地役ノ直接ノ効力ガ要役地ノ所有者ヲシテ法律上自己ノ所有地若クハ隣地ニ於テ其当然為スコトヲ得ベキ所ノ権利ヲ一層大ナラシムルニ在ルトキハ此地役ヲ以テ有的ノ地役ナリトス又積極ノ地役ト謂フコトヲ得ベシ是レニ反シテ其地役ノ目的トスル所及ヒ要役地ノ所有者ニ與フルニ元来承役地ノ所有者ガ自己ノ土地若クハ隣接セル土地ニ於テ為スコトノ権利ヲ有スル處為ヲ禁止スル権利ヲ得セシムルニ在ルトキハ其地役ハ無的ノモノニシテ禁止ノモノナリトス
今法文ノ順序ニ従ツテ有的地役ノ例ヲ示ストキハ左ノ数者ヲ設クルコトヲ得ベシ
第一承役地ノ上ニ或ル事ヲ為ス地役ニ於テハ水ヲ流通セシメ屋根ノ雨水落トシ其他通行、給水、家畜ノ使用、物料ノ採取等ヲ為スガ如キ是レナリ
第二要役地ニ於テ為ス所ノ事ニ関シテハ法律ノ許サザル距離ニ在ツテ観望ノ窓ヲ設ケ又ハ竹木ヲ植栽シ穴ヲ穿ツ等ノ如キ是レナリ
次ニ掲クル所ノモノハ無的ノ地役ノ例ト為スコトヲ得ベシ
第一承役地ニ於テスル所ノモノニ在ツテハ建築植栽又ハ穴ヲ穿ツノ禁止ノ如キ是レナリ而シテ此禁止ハ或ハ絶對ノ禁止タルコトヲ得ベク或ハ普通法ニ由テ定メタル距離以外又ハ其定メタル條件以外ニ於テ幾分ノ禁止ヲ為スニ止マルコト有ル可シ
第二要役地ニ於テスル所ノモノニ在ツテハ経界又ハ圍障ノ負担ヲ受ケサルノ権利若クハ互有権ヲ譲渡スノ義務ヲ免カルルノ権利ノ如キ是レナリ
前ニ述ベタル如キ地役ノ此種々ノ区別ハ凡テ地役ノ性質ニ基クモノニシテ惟其種々ナルハ性質ヲ観察スルノ点異ナルニ依ル従ツテ此区別ハ一個ノ地役ニ付テ同時ニ之ヲ適用スルコトヲ得ベシ
例令バ観望ノ地役又ハ地上ニ顕ハレタル溝渠ヲ以テ水ヲ引クノ権利ノ如キハ継續ニシテ且ツ表見ノ地役ナリ是レニ反シテ地下ノ水管ニ由テ水ヲ引クノ権利及ビ凡テ無的ノ地役ノ如キハ継續ニシテ不表見ノ地役ナリトス
地役ハ不継續ニシテ同時ニ表見ナルコトヲ得ベシ例令バ通行権ノ場合ニ於テ承役地ノ門戸及ビ一定ノ通路存スル如キ是レナリ又地役ハ不継續ニシテ且ツ不表見ノモノタルコトヲ得ベシ隣人ノ所有地ヨリ水ヲ汲ミ又ハ物料ヲ採取スル権利ノ如キ是レナリ
有的ノ地役ハ時トシテ屋根ノ水ヲ隣地ニ落トスノ権利ノ如ク表見ノモノナルコト有ル可シ又或ハ地下ノ水管ニ由テ水ヲ引入ルルノ権利ノ如ク不表見ノモノ有ル可シ是レト同時ニ凡テ水ヲ通スルノ権利ノ如ク継續ノモノタルヲ得ベク又通行権ノ如ク不継續ノモノタルヲ得ベシ是レニ反シテ無的ノ地役ニ至テハ常ニ不表見ニシテ且ツ継續ノモノナリトス
第二款 地役ノ設定
第二百七十五条
地役ノ種類ガ継続ナルト不継続ナルトヲ問ハズ表見ナルト不表見ナルトニ別ナク又有的ナルト無的ナルトニ係ハルコトナク一切ノ地役ニ適用スルコトヲ得ベキ設定ノ方法ハ合意及ビ遺言ノ二個ナリトス而シテ道理上地役ノ種類ハ殆ンド際限ナシトスルモ仍ホ一切ノ地役ニ付テ此二個ノ設定方法ヲ適用スルコトヲ得ベシ何トナレバ茲ニ規定スル所ノモノハ人為ヲ以テ設定シタル地役ニシテ合意及ヒ遺言ハ共ニ人ノ意思ヲ最モ直接ニ表示スル所ノモノニ外ナラザレバナリ
合意及ヒ遺言ノ法式及ビ有効ノ条件ニ関シテハ本条ニ於テ詳細ノ規定ヲ為ス可キニ非ラズ何トナレバ此等ノ事項ハ特ニ地役ニ関シテ格段ノ規定ヲ要ス可キニ非ラザレバナリ地役ハ物権ニシテ所有権ノ支分権ナリ此故ニ合意若クハ遺言ニ由テ之ヲ設定スルコト恰カモ他ノ物権ニ於ケルト同ジク且ツ所有権ト同一ノ方法ニ由テ取得セラル可キナリ然レトモ地役ハ必ズ不動産権ナリ此故ニ設定者ノ能力ニ関シテハ動産権ニ関スル場合ニ比シテ多少ノ制限アリトス又第三者ガ地役ノ負担アルコトヲ知ラズシテ承役地ヲ取得シ為ニ損害ヲ蒙ムル如キコト莫カラシムル為メ或ル法式ニ従ヒ其設定ヲ公示スルコトヲ要ス可シ
設定者ノ能力並ニ第三者ノ利益ノ為ニ制定セラレタル行使ノ方法ニ関シテハ本編第二部ニ規定スル所アルヲ看ル可シ
第二百七十六条
取得時効ハ常ニ人ノ處為ヨリ生スルモノナリ然レトモ時効ハ未タ権原ヲ組成スルモノニ非ラズ惟時効ニ由テ従来已ニ権利ノ存在スルコトヲ推定セシムルニ過キズ即チ時効ハ法律上ノ推定ニ由テ権利ヲ證明スルノ方法タルニ過ギサルナリ
地役ノ事項ニ関シテモ用益権及ビ所有権ノ事項ニ関スルト均シク時効ヲ許ス可キコト当然ナリ然レトモ立法者ハ地役ガ継続ニシテ且ツ表見ノ性質ヲ有スルトキニ非ラサレバ時効ヲ許スコトナシ蓋シ時効ノ基礎トスル所且ツ其正当ナル所以ハ一ニ占有ニ在リ即チ権利ヲ有セリト主張スルモノガ真ニ之ヲ有スル如ク行使シテ多少ノ時間ヲ経過シタルノ事実ニ在リ然ルニ所有権ノ時効ニ関シテハ占有カ種々ノ性質ヲ備フルコトヲ要シ就中継続ニシテ且ツ公然ノ性質ヲ備フルコトヲ必要トス本条ノ場合ニ於テモ亦法律ハ此二個ノ条件ニ重キヲ置キタルノミ固ヨリ所有権又ハ用益権ノ占有ノ場合ニ於テハ其継続ノ性質ハ占有者ノ處為ノ間断アルニ由テ妨ゲラルルモノニ非ラズ所有者又ハ用益者トシテ一個ノ物ヲ占有スルモノハ間断ナク耕作種藝収穫ヲ為シ得ベキニ非ラズ又間断ナク其土地ニ散歩シ若クハ建物ヲ占領スルコト能ハズ故ニ其為ス所ノ處為ノ全体ニ付テ観察ヲ為シ恰モ真正ナル所有者又ハ真正ナル用益者ノ為ス所ト異ナルコトナク少シモ不規則ナラサル場合ニ於テハ其占有ハ全ク継続ノモノナリトスルニ足ル公然ノ性質ニ関シテハ其處為ガ外部ヨリ看ルコトヲ得ベク従ツテ時効ノ為ニ不利益ヲ蒙ラントスルモノガ此占有ヲ覺知シ其適当ト信スル場合ニ於テ時効ノ成就ヲ妨グルコトヲ得ベキトキハ充分ニ法律上ノ要件ヲ備へタルモノトス
地役ノ場合ニ於テハ法律ノ必要トスル所右ニ掲クル所ニ止マラズ継続ノ性質ハ絶對完全ナルコトヲ要ス即チ地役ノ行使ガ一瞬間ト雖トモ間断ナキコトヲ要ス而シテ前ニ注意シタル如ク人ノ處為ハ其種類ノ何タルヲ問ハズ必ズ多少ノ間断アルモノナルガ故ニ人ノ處為ヲ要セズシテ自カラ行使ヲ受クル地役ニ非ラサレバ時効ヲ成就セシムル為ニ充分ナル継続ノ性質ヲ有スル地役ナラサルナリ其他ノ場合ニ於テハ例令バ通行ノ地役ノ如ク多少隔リタル時期ニ於テ之ヲ行使スルニ止マリ従ツテ承役地ノ所有者ハ必ズヤ他人ガ通行ヲ為スコトヲ看過シタルニ過ギズトノ理由ヲ以テ之ヲ排斥ス可キナリ
又公然ノ性質ニ関シテモ立法者ガ地役ニ時効ノ場合ニ於テ必要トスル所ハ所有権ノ時効ノ場合ニ比シテ甚ダ大ナリトス即チ地役ノ継續シタル行使ガ外見ノ工作又ハ形跡ニ由テ顕露スル場合ナルコトヲ要セリ(第二百七十三条)蓋シ外見ノ工作又ハ形跡ニ由テ顕露スルトキハ承役地ノ所有者ハ容易ニ之ヲ発見スルコトヲ得ベク従ツテ若シ其地役ガ不法ノモノナルトキハ直チニ是レニ對シテ異議ヲ為スコトヲ怠ラサル可ク又然ラズシテ時効ノ成就ニ必要ナル時ノ間何等ノ異議ヲモ為サザル場合ニ於テハ承役地ノ所有者ハ地役ヲ承諾シタルモノト推定スルコト容易ナル可キナリ
立法者ハ本条ノ場合ニ於テ間接ニ取得時効ノ成就ニ必要ナル占有ノ条件ニ関スル一般ノ規定ヲ援用セリ此故ニ取得時効ヲ地役ニ適用セントスルニハ地役ノ行使ガ容假ノモノニ非ラズ又強暴ニ出デサルコトヲ必要トスルハ勿論ナリ又正権原ノ有無及ヒ悪意ト善意トニ関スル区別ニ付テモ同一ノ規定ヲ適用スルコトヲ要ス蓋シ此等ノ事情ハ時効ノ成就ニ必要ナル期間ヲシテ伸縮セシムルモノナリ(参看第百八十一条及ヒ第百八十二条)
本条第二項ノ法文ハ已ニ第二百二十七条ニ於テ示シタル一個ノ問題ヲ解決セリ即チ土地ノ所有者カ其土地ヨリ生ジタル水ヲ自由ニ處分スルノ権利ヲ失ヒ而シテ隣人ヲシテ此水ヲ使用スルノ権利ヲ得セシム可キ時効ハ如何ニシテ成就スルモノナルヤノ問題是レナリ本条ノ明文ニ仍レバ要役地ノ所有者ガ自己ノ土地即チ低地ニ於テ工作ヲ為シタルコトヲ以テ足レリトス惟其工作ガ表見ノモノナルコトヲ必要ト為スノミ即チ高地ノ所有者ガ看ルコトヲ得ベキ性質ノ工作ナルコトヲ要スルノミ或ハ曰ク低地ノ所有者ガ其所有地ニ於テ為ス所ノ工作ハ高地ノ所有者ガ止ムルコト能ハザル所ナリ然ルニ此工作ヲ為シタルガ為ニ時効ヲ成就セシムルヲ得ルモノトセバ高地ノ所有者ハ此時効ノ成就ヲ止ムル為メ惟従来ノ水路ヲ変ジテ他ニ流下セシムルノ一方法ヲ有スルニ止マル是レ実ニ其当ヲ得サルモノナリト然レトモ其実高地ノ所有者ハ此ノ如キ手段ヲ用フルコトヲ要セス低地ノ所有者ニ對シ裁判所ニ於テ異議ヲ為スノ道アル可ク且ツ三十年ヲ過ギザル毎ニ此方法ヲ用フルトキハ常ニ時効ノ成就ヲ防クコトヲ得ベシ
第二百七十七条
地役ガ所有者ノ用方ニ依リ黙示ニテ設定セラレタルモノト看做サルルニハ其地役ガ継續ニシテ且ツ表見ノモノナルコトヲ必要ト為ス
今一個ノ説例ヲ以テ所有者ノ用方ニ依ル地役ノ設定ヲ説明ス可シ土地ノ所有者ガ其土地ニ建物ヲ築造シ而シテ其建物ニ窓ヲ設クルニ当リ建物ノ周圍ハ凡テ自己ノ所有地ナルヲ以テ更ニ其距離方向等ニ関シ注意ヲ施コスコトナク惟他人ニ属スル隣地ト其距離大ナルガ為メ隣人ハ是レニ對シテ法律上何等ノ故障ヲモ為スコト能ハサリシ場合ヲ假想ス可シ此ノ如キ場合ニ於テ建物ノ所有者ハ未ダ観望ノ地役権ヲ行使シタルモノト謂フコトヲ得ズ何トナレバ地役権ハ所有権他人ニ属スルモノノ上ニノミ存シ得ベキ所ノ権利ニシテ自己ノ所有物上ニ地役権ナルモノ有リ得ベカラザレバナリ然ルニ後日ニ至リ其所有者ガ建物ヲ他人ニ賣却シ又ハ建物ニ接近シタル土地ヲ賣却シ而シテ此契約ノ当時建物ノ窓ヲ閉塞セザリシノミナラズ賣却ノ後建物ヲ閉塞ス可キコトノ要約ヲモ為サザルコト有ルヲ得ベシ此場合ニ於テ建物ノ所有者ト是レニ接スル土地ノ所有者トハ最早同一ナラサルニ依リ前ニ述ベタル理論ニ従へバ地役権成立シ得ベキ事情存スルモノナリ然ルニ一方ニ於テ此ノ如キ状況存シ而シテ他ノ一方ニ於テ当事者ガ建物ノ窓ヲ閉塞セズ又ハ閉塞スルコトノ約束ヲ為サザリシハ縦令其意思タルヤ明示ノモノニ非ラズシテ黙示ニ過ギズト雖トモ仍ホ現存ノ形状ヲ維持スルニ在リシコト明カナリ而シテ其現存ノ形状ヲ維持スルトキハ建物ノ所有者ハ直チニ隣接セル他人ノ土地ニ法律上ノ距離ヲ存セズシテ窓ヲ設クルコトヲ許シタルモノニシテ将来ニ向ヒ真正ナル地役タル可キモノナリ故ニ此場合ニ於テハ当事者ノ黙示ノ合意ニ由テ地役権設定セラレタルモノト謂フヲ以テ正確ナリトス
右ニ掲ゲタル設例ニ在ツテハ工作物ヲ設ケタル当時其存スル土地ト是レニ接スル土地トガ一個ニシテ一人ニ属シ而シテ後分離シタルコトヲ假想セリ然レトモ其事情甚ダ相類シテ少シク趣キヲ異ニスルコト有ルヲ得ベシ即チ当初分離シタル二個ノ土地アリテ二人ノ所有者ニ属シ一個ノ土地ニハ建物存在シタルコト有ル可シ此二個ノ土地ガ後ニ至リ同一ノ人ノ所有ト為リ而シテ新タニ其建物ニ窓ヲ開キ更ニ他日ニ至ツテ再ビ建物ノ存スル土地ト他ノ土地ト異ナリタル人ノ所有ト為ル場合アル可シ又二個ノ土地ガ未ダ一人ノ手ニ帰セサル以前ニ於テ建物ニ窓ヲ設ケタルモ其窓ハ法律ノ定メタル距離ニ関スル条件ニ合セサリシ為メ不法ノモノトシテ閉塞セシメラレ他日両個ノ土地ガ一人ニ帰スルニ至リ最早法律上ノ距離ヲ守ルノ必要ナキニ依リ再ビ其窓ヲ復旧セシコト有ル可シ此場合ニ於テモ後其ノ土地ガ更ニ分離シテ二人ニ属スルニ至リタルトキハ恰モ新タニ窓ヲ設ケテ後土地ノ分離ヲ来タシタル場合ト同一ナル可シ或ハ二個ノ土地ガ一人ノ所有ト為ル以前ニ於テ隣地ニ對スル建物ノ観望ガ法律上有効ナル地役トシテ設定セラレタルモ其地役ハ承役地ト要役地ト一人ノ手ニ併合シタル為メ第四款ニ於テ掲グル如ク混同ト名クル原因ニ依リ消滅シ更ニ其土地二人ニ分属スルニ至ルコト有ル可シ此場合ニ於テモ亦一方ニ於テハ土地ノ状況更ニ變スルコトナキノミナラズ仍ホ契約ニ由テ此形状ヲ変更セシム可キコトヲ約セサルトキハ曽テ設定セラレタル地役ハ再ビ生ス可キモノナリトス
又他ノ点ヨリ観察スルニ前段ニ掲ケタル設例ニ在ツテハ二個ノ土地ノ所有者カ其ノ一ヲ自己ニ存留シテ他ノ一ヲ他人ニ譲渡シタルコトヲ假想シ而シテ其譲渡シタル土地ハ承役地ニ当ル可キモノナルヤ将タ要役地ニ当ル可キモノナルヤハ之ヲ区別スルコトナシ然レトモ此ノ如ク一個ヲ譲渡シテ一個ヲ存留シタルモノト假定スルコトナク仍ホ二個ノ土地ヲ同時ニ二個ノ異ナリタル人ニ譲渡シタル場合ヲ想像スルコトヲ得ベシ此場合ニ於テモ其決定ニ至テハ更ニ異ナルコトナシ凡テ本条ニ掲ゲタル所有者ノ用方ニ由テ地役ヲ設定シタルモノト看做ス可キナリ
第二百七十八条
前数条ニ於テ説明スル如ク地役ノ設定ニ関スル時効及ヒ所有者ノ用方ハ其地役ガ継續ニシテ且ツ表見ノモノナル場合ニ止マルモノトス此故ニ継續及ビ表見ノ二個ノ性質ヲ備具セザル一ノ地役ニ適用ス可キ設定原因ハ惟合意シクハ遺言タル権原ノ一アルノミ
第二百七十九条
本条ニ規定スル場合ハ地役ノ直接ナル設定ニ非ラズシテ已ニ存在スル地役ヲ書面ニ由テ確認スル場合ナリ即チ追認證書ト名クル所ノモノ是レナリ此ノ如ク新タニ地役ヲ設定スルニ非ラズシテ已ニ地役ガ設定セラレタルコトヲ證明スルニ止マルモノナルガ故ニ一切ノ地役ニ之ヲ適用スルコトヲ得ベシ即チ其地役ガ事実上権限ニ基キテ設定セラレタルモノナルヤ否ヤヲ区別スルコトヲ要セズ惟実際ニ於テ地役ノ設定ハ凡テ権原ニ基キタルモノナルコト普通ナル可シ又法律上其地役ノ性質ニ従ヒ権原ニ基クニ非ラザレバ設定スルコトヲ得サルモノナルヤ否ヤヲ問フコトヲ要セズ孰レノ場合ニ於テモ地役設定ノ直接證據ニ換フルニ追認證書ヲ以テスルコトヲ得ベシ此原則ハ次ニ掲グル惟一ノ場合ニ於テ例外アルヲ看ル可シ即チ其追認證書ハ地役ガ曽テ設定セラレタルコトヲ認ムルモ猶ホ其認ムル所ノ設定方法ハ其地役ノ性質上適用シ得ベカラザル者ナルトキ是レナリ此場合ニ於テハ追認證書ハ其目的トスル所ノ効力ヲ生スルコト能ハサル可シ例令バ地役ガ継續ニシテ且ツ表見ナル性質ヲ有セサルモノナルニ当リ時効ニ由テ設定セラレタルコトヲ追認スル證書ナルトキハ其追認証書ハ右ニ掲ゲタル理論ニ依リ有効ナラズ又右ノ二個ノ性質ヲ有セサル地役ニ関シ所有者ノ用方ニ由テ設定セラレタルモノナルコトヲ追認スル證書ニ至テモ同一ナリ
此追認證書ノ有益ナルコトハ地役ノ設定原因ノ何タルニ係ハラズ容易ニ之ヲ了解スルコトヲ得ベシ
権原ニ由テ地役ヲ設定シ而シテ其権原ノ證書存在スル場合ニ於テモ時トシテ其證書ノ意義甚ダ明瞭ナラサルコト有ル可シ此時ニ当リ当事者ハ互ニ相続人等ノ間ニ於テ争訟ヲ起スコト莫カラシムル為メ更ニ追認證書ヲ以テ其意義ヲ分明ナラシムルコト有ル可シ或ハ原證書滅失シタル為メ之ヲ補フノ目的ヲ以テ新タニ追認證書ヲ作ルコトヲ得ベキナリ
時効ニ関シテハ其已ニ成就シタル後ニ至リ当事者ガ裁判ヲ受クルコトナク而シテ相互ノ地位ヲ明確ナラシムル為メ時効ガ公平ニ成就シタルコトヲ認諾スルコト有ル可シ
又所有者ノ用方ノ場合ニ於テハ当事者ハ事実上此原因ニ由テ地役ヲ生ゼシム可キ情況ノ特ニ存在シタルコトヲ明カナラシムル為メ之ヲ告クルコト有ル可シ
追認證書ハ独リ本条ノ場合ニ於テノミ其用ヲ為スモノニ非ラズ其他多クノ場合ニ於テ適用ヲ看ルコト有ル可シト雖トモ此等ハ凡テ證據編ノ規定ニ付テ説明ヲ為ス可キナリ
第三款 地役ノ効力
第二百八十条
権利ヲ分ツテ主タル権利及ビ従タル権利ト為スコトハ已ニ第二条及ヒ第十五条ニ於テ之ヲ示セリ且ツ地役ハ要役地所有権ノ従タル権利タルコトモ亦前段ニ於テ屡々之ヲ述ベタリ然レトモ地役ハ他ノ従タル権利ト異ナリテ格別ナル性質ヲ有スルモノナリ即チ地役ハ一方ニ於テハ従タル権利タルト同時ニ他ノ一方ニ於テハ主タル権利ニシテ地役自カラ其附属トシテ従タル権利ヲ有スルコトヲ得ベク此従タル権利ハ地役アツテ後始メテ成立スルコトヲ得ベク又地役ノ為ニ存在スルコトヲ得ベキナリ其例ヲ挙ゲテ之ヲ述ベンニ他人ノ土地ニ於テ水ヲ汲ム権利ノ如キハ一ノ地役権タルコトヲ得ベク従ツテ要役地ノ従タル権利タルコトヲ得ベシト雖トモ他ノ一方ヨリ観察スルトキハ給水ノ権利ヲ有スルモノハ其権利ノ行使ニ必要ナル通行ノ権利ヲ有スルモノニシテ此通行権ハ実ニ給水権ノ従タル権利ナリ其他人ノ土地ニ於テ物料ヲ採取スルコトヲ得ル地役権ノ如キモ全ク是レト同一ナリ然レトモ此ノ如キ場合ニ於ケル通行権ハ元来主タル地役権ノ行使ニ必要ナル程度ヲ以テ限リト為スガ故ニ或ハ通行ス可キ場處又ハ通行ス可キ時ニ関シテ制限セラル可キモノタルコト勿論ナリ猶ホ一例ヲ示スニ他人ノ土地ヲ通シテ物料若クハ収穫ヲ運搬スル権利ヲ有スルモノハ其運搬ニ用フル車馬ニ付スルニ人夫ヲ以テスルノ権利ヲ有ス可ク是レト同ジク運搬ヲ了ハリタル後何等ノ物料若クハ収穫ヲ積マサル車ヲ挽キ来ルノ権利ヲ有ス可シ然レドモ此ノ如キ権利ヲ有スルモノハ運搬用ニ非ラズシテ單ニ其土地ヲ通過スルノ権利ナキハ前ニ掲ケタルト同一ノ理由ニ因テ明カナリ
理論ニ従フトキハ右ニ述ブル如シト雖トモ実際ニ於テハ承役地ノ所有者ニ於テ多少ノ看過ヲ為スコト有ルヲ得ベシ就中相隣者間ニ於テ善意ナルトキハ最モ然リト為ス然レトモ其間親密ナラズ互ニ権利ヲ争フニ際シテハ之ヲ決スル所ナカル可カラズ是レ実ニ法律ノ目的トシテ規定スル所ナリ
凡テ地役権ニハ其一部トシテ包含スル種々ノ権利及ビ権能アリト雖トモ仍ホ是レニ関スルコトナク地役ノ範圍ニ関シテ当事者間ニ争訟ヲ生スルコト有ル可シ此場合ニ於テ法律ハ惟裁判所カ其争ヒヲ決スルニ付キ標準トス可キ所ノ原則ヲ定ムルニ止メタリ本条第二項ノ明文ニ於テ地役ノ設定ニ関スル二個ノ原因ニ付テ準由ス可キ所ヲ示シ仍ホ時効ヨリ生スル取得ノ推定ニ関スル理論ヲ適用セリ
第一権原ニ據ル設定ノ場合即チ合意若クハ遺言ニ由テ地役ヲ設定シタル場合ニ於テハ合意若クハ遺言ニ関スル普通ノ解釋法ニ従フ可キモノトス而シテ此合意ノ解釋ニ関スル規定ハ本法中別ニ相当ノ場處ニ於テ規定スル所アルガ故ニ今特ニ明文ヲ設クルコトナシ惟左ノ注意ヲ為スヲ以テ足レリト為ス本条ハ合意ノ解釋ヲ為スニ当リ宜シク当事者双方ノ共通ノ意思如何ヲ考フ可ク徒ラニ当事者ガ使用シタル文字ノ意義ニノミ拘泥ス可カラサルコト是レナリ又遺言ノ解釋ニ関シテハ裁判所ハ遺贈者ノ意思如何ヲ考へ遺言書ノ文面ニノミ拘泥ス可カラサルコト契約ノ場合ニ比スレハ更ニ注意ヲ要スル所ナリ何トナレバ契約ハ当事者双方ガ熟議ノ上之ヲ締結シタルモノナリト雖トモ遺言ハ然ラズシテ受遺者ノ意思ニ関スルコトナク單ニ遺贈者ノミノ意思ニ基クモノナレバナリ
右ニ掲ゲタル解釋法ニ基クモ猶ホ判事ニ於テ疑ヒ有ル場合ニ於テハ宜シク承役地ニ最モ不利益ナラサル意義ニ解釋ス可シ何トナレバ土地ト土地トノ間ニ於テ地役ノ関係ナク互ニ自由ナルコトハ普通法ニシテ一個ノ土地ガ他ノ土地ノ便益ノ為ニ負担ヲ有スルハ実ニ例外法ニ属スレバナリ
第二所有者ノ用方ニ依ル設定ノ場合ニ於テ土地ノ分離ノ為ニ生ジタル地役ノ範圍如何ニ関シテハ宜シク地役ヲ生ゼシム可キ形状ヲ生セシメ又ハ維持シタル所有者ノ意思如何ヲ案シテ之ヲ定ム可シ然ルニ此意思ハ其土地ノ分界線ニ於テ所有者ガ実際行使シタル所如何ニ由テ之ヲ知ルコトヲ得ベシ又其現実ニ行使スルニ至ラザリシトスルモ一切ノ状況ニ基キ所有者ガ是レニ由テ達セント欲シタル目的如何ヲ案ジテ其範圍ヲ知ルコトヲ得ベシ例令バ土地ノ所有者ガ其所有地ノ一方ニ存スル水ヲ他ノ一方ニ引キ是レニ由テ家用又ハ農業ノ用ヲ充タサント欲シ水路ヲ設ケタル後其土地ヲ分チ他人ニ譲渡シタルトキハ要役地ノ所有者ハ此水ヲ援用スル権利ヲ有スルコト明カナリト雖トモ仍ホ工業用ノ為ニ之ヲ使用スルコトヲ得サル可シ
時効ノ場合ニ於テハ法文ニ於テ明記スル如ク実際占有ノ廣狹ヲ量リ是レニ由テ其地役ノ廣狹ヲ定ム可シ
立法者ハ此点ニ於テ時効ニ関シ古来慣用セル原則ヲ確認シタルモノナリ即チ時効ハ占有ノ存スル所ニ於テ成就スルモノナリ例令バ法律ヲ以テ時効ノ成就ノ為ニ必要ナリト定メタル時ノ間建物ノ所有者ガ法律上ノ距離ヲ存スルコトナクシテ隣地ニ對シ観望ヲ為シ得ベキ一個又ハ二個ノ窓ヲ有シタル場合ニ於テハ縦令取得時効成就シ地役権成立シタルモノト推定セラルルニ至ルモ此推定ハ従来占有シタル一個又ハ二個ノ窓ニ止マルモノニシテ更ニ第三ノ窓ヲ開クコトヲ許サザルモノナリ何トナレバ第三ノ窓ハ未タ占有シタルコトナク占有ナキ所ニ時効成就スルコト能ハサレバナリ是レハ同ジク若シ其窓ト隣地トノ距離ガ二尺ナリシ場合ニ於テハ他日建物ノ開通ヲ為スニ当リ一層隣地ニ接近シテ此窓ヲ設クルコトヲ得ズ縦令窓ノ数ニ於テ変更スルコトナク又隣地トノ距離ヲ改ムルナシトスルモ建物ノ他ノ部分ニ之ヲ変更シ或ハ左方或ハ右方ニ窓ノ位置ヲ改ムルコトヲ得ズ要スルニ孰レノ場合ニ於テモ時効ハ惟占有シタル利益ヲ與フルニ止マルモノニシテ実際行使セサル権利ハ是レガ為メ取得シタリトノ推定ヲ受ク可キモノニ非ラサルナリ
第二百八十一条
合意ノ場合ニ於テハ其当事者ノ不注意ニ依リ又遺言ノ場合ニ於テハ遺贈者ノ不注意ニ依リ地役ノ行使ニ関シ充分ノ条件ヲ定メサル如キコト屡々ナル可シ例令バ通行ノ地役権ヲ設定スルモ其通行権ハ單ニ人ノ通行ノミヲ許スモノナルヤ或ハ然ラズシテ車馬ノ通行ヲ許シ又物料ノ運搬等ヲモ許スモノナルヤ明カナラザルコト有ル可シ此場合ニ於テ裁判所ハ承役地及ビ要役地ノ性質如何ヲ斟酌シテ之ヲ定ム可ク就中要役地ノ性質ニ注意セサル可カラズ何トナレハ地役ノ廣狭其行使ノ方法ノ如キハ要役地ガ工業又ハ農業ニ供セラレタル場合ニ於テハ之ヲ娯楽ノ住居ニ供セラレタル場合ニ比シテ一層大ナル可キハ勿論ナレバナリ
不継続ノ給水権ノ場合ニ於テ汲取ルコトヲ得ベキ水量ハ右ニ掲ゲタルト同一ノ区別ニ従ツテ多少ノ差異アル可シ惟此権利ヲ行使スル時ニ関シテハ殆ンド常ニ晝間ニ限ル可シ但シ夜間ニ於テ水ヲ要スル急迫以外ノ場合ニ於テハ此限リニ非ラサルコト勿論ニシテ就中失火ノ際ノ如キハ其時ノ如何ヲ問フ可キニ非ラサルナリ
他人ノ土地ニ於テ牧畜ヲ為ス地役権ニ関シ之ヲ述ブルニ要役地ノ所有者ガ單ニ一家ノ用ニ供スル乳ヲ得ル為メ一頭又ハ二頭ノ牛若クハ羊ヲ有スルニ止マリ或ハ耕作用若クハ運搬用ノ為メ一頭若クハ二頭ノ牛ヲ有スルニ止マル如キ場合ニ於テハ縦令其所有者カ盛ンニ牧畜ノ業ヲ為スニ至リタルトキト雖トモ裁判所ハ是レガ為ニ畜群ヲ他人ノ土地ニ於テ飼養スルコトヲ許ス可カラズ然レドモ若シ在来ノ牛羊ヨリ生シタル子ノ為ニ数頭ヲ増加シタル如キ場合ニ於テハ之ヲ隣地ニ於テ飼養スルコトヲ許スハ敢テ地役権ノ程度ヲ超エタルモノト謂フコト能ハサル可シ
物料ヲ採取スル権利ニ関シテハ其物料ノ土砂ナルト木石ナルトニ係ハラズ分量ノ問題ハ最モ重要ノモノナル可シ此点ニ関シテモ常ニ地役設定ノ土地ニ於ケル要役地ノ情況如何ニ従ツテ之ヲ定ムルコトヲ要ス例ヲ挙ゲテ之ヲ述ベンニ地役設定ノ当時要役地ガ社会ニ於テ上流ノ地位ヲ有スル人ニ属シタリト假定ス可シ此場合ニ於テ設定シタル物料採取ノ権利ハ必ズヤ此ノ如キ人ノ用ニ供セラルル要役地ノ便益ノ為ニ設定セラレタルモノナル可シ故ニ或ハ庭園ニ使用スル為メ砂ヲ取リ或ハ牆壁ノ修繕ノ為メ石材ヲ取リ又樹木ノ支持ノ為メ竹木ヲ採伐スルコト其目的ナル可ク或ル場合ニ於テハ煖爐用等ノ為メ木ヲ採ルコト有ル可シト雖トモ是レ実ニ其極度ニシテ更ニ其上ニ出ヅルコト莫カル可シ建物ノ修繕又ハ再築等ノ為ニ必要ナル材木ヲ得ルコトヲ目的トシテ此地役権ヲ設定シタルモノト謂フコトヲ得ズ此故ニ他日ニ至リ要役地ガ譲渡セラレテ指物師又ハ煉瓦製造人ノ有ニ帰スルコト有ルモ其工業用ニ必要ナル土砂竹木等ヲ採収スルハ地役権ノ限度ヲ超エタルモノト謂ハサルヲ得ズ
是レニ反シテ承役地ハ要役地ノ用方ノ変更ニ依リ利益ヲ受ケ即チ負担ヲ減スルコト有ルヲ得ベシ例令バ当初前ニ述ベタル指物師又ハ煉瓦製造人ノ所有ノ時地役権ヲ設定シ他日其要役地ガ此ノ如キ工業ヲ為サザル官吏等ノ所有ニ帰シタルトキハ要役地ノ所有者ハ前所有者ト同一ナル分量ヲ採取スルコト能ハサル可シ何トナレバ此場合ニ於テハ要役地ノ為ニ必要ナルモノニ非ラサルヲ以テ採収ヲ許ストキハ要役地ノ所有者ハ之ヲ他人ニ賣却ス可ク而シテ地役権ハ未ダ此ノ如キ権利ヲ與フルモノニ非ラサレバナリ
右ニ掲クル所ノコトハ凡テ解釋ニ関スル原則ニシテ本条末項ハ更ニ此等ノ点ヲ明カナラシムルモノナリ第一裁判所ハ承役地及ヒ要役地ノ相互ノ需用ヲ斟酌スルコトヲ要ス即チ前段ニ説明シタル所ノ外縦令要役地ノ需用ガ甚ダ大ナリトスルモ是レガ為ニ承役地ノ所有者ヲシテ自己ノ用ヲ充タスノ権利ヲ喪失セシムルコトナキヲ要スルノ意ヲ明カニシタルモノナリ第二地役ノ行使ニ関シ当事者ノ間ニ争ヒヲ生ジタル場合ニ於テハ必ズ其以前ニ於ケル行使ノ実蹟ヲ照査スルトキハ是レニ依リ一方ノ處為ノ濫妄ナルコトヲ発見スルコト容易ナル可ク或ハ然ラズトスルモ従來ノ行使ガ多少ノ変更ヲ要スルモノナリトスルモ仍ホ当事者ヲシテ充分ノ満足ヲ得セシムルコトヲ得ベシ
第二百八十二条
若シ賃貸借ノ効力ニ依リ土地ノ所有者ガ隣地ノ所有者ヲシテ水ヲ汲ムノ権利ヲ得セシメタル場合ニ於テハ水ノ缺乏ガ賃貸人ノ責ニ帰ス可カラザル場合ニ於テモ仍ホ賃貸人ハ自カラ責任ヲ免カルルコト能ハサル可シ蓋シ賃貸人ハ一身上其水ノ収益ヲ得セシムルノ義務ヲ諾約シタルモノナルガ故ニ縦令意外ノ原因ニ由テ水ノ缺乏ヲ生スルモ其缺乏ノ間ハ借賃ヲ請求スル権利ヲ失フ可ケレバナリ是レニ反シテ給水ノ権利ガ賃貸借ニ基クモノニ非ラズシテ一個ノ地役権ナル場合ニ於テハ前ニ述フル所ト同一ナルコトヲ得ズ縦令其地役ノ設定ガ一個ノ賣買契約ニシテ賣主ハ賣買契約ニ依リ其当時賣買ノ目的タル物ノ存在スルコトヲ担保スル義務ヲ負ヒタルトキト雖トモ仍ホ是レガ為ニ其物ノ永久ニ継續ス可キコトヲ担保スルノ義務アルモノニ非ラズ又更ニ一歩ヲ進メテ賣主ガ特ニ或ル時ノ間水ノ継續ヲ担保シタル場合ナリトスルモ此担保ノ権利ハ働方ニ於テ他人ニ移轉スルコトヲ得ベク即チ要役地ノ譲受人ニ移轉スルコトヲ得ベシト雖トモ受方ニ於テ移轉スルモノニ非ラズ即チ担保ノ義務ハ承役地ノ譲受人ニ及ブモノニ非ラサルナリ要スルニ担保ノ義務ハ賣主及ヒ其相続人ノ一身ニ止マルモノトス
是レニ反シテ水ノ缺乏ガ承役地ノ所有者ノ處為ニ基キタル場合ニ於テハ縦令設定シタル権利ガ賃借権ニ非ラズシテ純然タル給水ノ地役権タルトキト雖トモ要役地ノ所有者ハ常ニ其責ニ任ス可キモノナリ而シテ此場合ニ於テハ要役地ノ所有者ガ給水権ノ賣主又ハ相続人タルト否トヲ区別スルノ必要ナシ何トナレバ其責任ハ自己ノ處為ヨリ生スル所ノモノナレバナリ
更ニ疑ヒヲ生ジ得ベキ一個ノ場合アリ即チ給水ノ地役ノ目的トナ為リシ水ガ自然ノ水ニ非ラズシテ承役地ノ所有者ガ自カラ一定ノ債額ヲ弁済シ是レニ由テ他人ヨリ譲受ケタル水ナルトキ即チ是レナリ例令バ一町村ガ其用水ノ水ノ一方ヲ他人ニ譲渡シ而シテ之ヲ譲受ケタルモノガ更ニ隣人ノ為ニ地役権ヲ設定シタルトキノ如シ此場合ニ於テ承役地ノ所有者ガ一定ノ債額ヲ弁済スルコトヲ止メタルトキハ其結果トシテ自カラ水ヲ受クルコト能ハサルハ勿論ナリ従ツテ要役地ノ所有者モ亦同ジク水ヲ汲ムコト能ハサル可シ此ノ如キ場合ニ於テ水ノ缺乏ノ責任ハ承役地ノ所有者ニ於テ之ヲ免カルルコト能ハサルヤハ多少ノ疑ヒアル所ナル可シ然レトモ原則トシテハ承役地ノ所有者ニ責任ナシト決定スルコトヲ要ス何トナレバ地役権ハ承役地ノ所有者ヲシテ或ル事ヲ為スノ義務ヲ負ハシムルモノニ非ラズ要役地ノ或ル事ヲ為スヲ妨ケザルノ負担ヲ有セシムルニ止マルコト其性質ナレバナリ此場合ニ於テ水ノ缺乏ニ付キ承役地ノ所有者ヲシテ責任ヲ負ハシムルニハ地役設定ノ当時特ニ承役地ノ所有者ハ債額ノ弁済ヲ止ムルコト莫カル可キコトヲ諾約シタルモノナルコトヲ要ス然ルニ此ノ如キ諾約ヲ為シタルトキハ其義務ハ一身上ノ義務ニシテ諾約者及ビ其相続人ノ負担タルニ止マリ要役地ノ一切ノ所有者ニ移轉ス可キ物上ノ負担ニ非ラズ従ツテ一個ノ地役ト称スルコトヲ得サルナリ惟地役設定ノ当時ニ於テ目的タル水ノ出處ヲ明示セラレタル場合ニ於テハ契約ノ解釋ニ基キ承役地ノ所有者ハ黙示ヲ以テ右ニ掲グル特約ヲ為シタルモノト看做スコトヲ得ベキニ止マル
本条第二項及ヒ第三項ノ明文ハ水ノ全ク缺乏ヲ来タサザルモ仍ホ要役地及ヒ承役地双方ノ用ニ供スル為メ不充分ナル場合ヲ規定シタルモノナリ仍ホ立法者ハ是レト同時ニ要役地ノ二個以上ナル場合ヲ規定セリ
單ニ要役地ト承役地トノ利害ニ関係ヲ有スルノミナル場合ニ於テハ特ニ一方ノ為ニ大ナル利益ヲ得セシム可キニ非ラズ蓋シ其間ニ優劣ヲ為スガ如キハ殆ンド其理由ヲ看出スコト能ハサレバナリ此故ニ立法者ハ要役地ト承役地トニ由テ区別ヲ為サズシテ其不充分ナル水ハ要役地及ヒ承役地ノ如何ナル使用ノ為ニ必要ナルヤヲ標準トシテ規定ヲ為セリ第一ニ本条ハ家用ニ供スルモノヲ以テ最モ必要ナルモノト認メタリ已ニ第二百二十八条ニ関シテ説明シタル如ク水ハ或ル範圍内ニ於テ人ノ生活及ビ衛生ノ為ニ必要ナルガ故ニ他ノ使用方法ニ先ツテ先ヅ此需用ニ應スルコトヲ要ス第二ニ重要ナルハ農業用ノ水ナリトス何トナレバ此使用ハ人ノ食用品其他最モ必要ナル日用品ヲ生セシムル所ノモノナレバナリ工業用ノ水ハ是レニ次グモノトス何トナレハ水ノ不充分ナルガ為ニ或ル時ノ間工業ヲ廃止スルニ至ルコト有ルモ是レガ為ニ生スル所ノ一般ノ損害ハ農業用水ノ缺乏ニ由テ収穫ノ生セサルヨリ来タル損害ニ比シテ甚ダ小ナル可ケレバナリ
要役地ガ一個ニ止マラズシテ数個ナル場合ハ実ニ当初惟一ナリシ土地ガ地役設定ノ後共有者間ニ於テ分割ニ依リ数人ニ分属シタルトキニ於テ屡々其例ヲ看ル可シ此場合ニ於テ数人ノ所有者ハ当初要役地ガ惟一ナリシトキニ於テ使用スルコトヲ得タル水ノ分量ニ付キ権利ヲ有スルコト勿論ナリト雖トモ各自独立シテ然ルニ非ラズ皆相集ツテ後始メテ此分量ノ全部ニ付キ権利ヲ有スルモノナリ此場合ニ於テ分割ハ一己ノ所為ナルニ依リ其結果トシテ要役地数個ニ分レタリトスルモ其各個ハ要役地ノ取得ニ付キ先後アリト謂フコトヲ得ズ蓋シ分割ノ日付ハ凡テ同一ナル可キヲ以テナリ故ニ本条末項ノ規定ノ充分ナル適用ヲ看ルニハ一個ノ土地ノ一分ヅツ数回ニ賣買ヲ為シ又ハ承役地ニ接シタル数個ノ土地ニ順次ニ給水ノ権利ヲ與へタル場合ヲ假想スルコトヲ要ス
右ノ場合ニ於ケル水ノ使用ノ権利ハ次ノ順序ニ従ツテ行使ス可キモノナリ第一家用ノ為ニ必要ナル水ナルトキハ使用権ヲ得タル日付ノ前後如何ニ係ハラズ平等又ハ圴一ノ権利ヲ有ス可シ第二農業用ノ水ナルトキハ之ヲ使用スル権利ノ順序ニ従ヒ其権利ニ先後アルベシ第三一切ノ要役地ノ農業用ニ供シ仍ホ餘水アル場合ニ於テハ之ヲ工業用ニ使用セシム可シト雖トモ是レ亦農業用ノ水ニ関スルト同一ノ順序ニ従ツテ使用ノ権利ニ先後アル可キモノトス
第二百八十三条
一般ノ原則ニ従へバ当事者間ノ合意ハ当事者ガ更ニ共通ノ意思ヲ以テ之ヲ改ムルニ非ラサレバ変更スルコトヲ得サルモノナリ又裁判所ノ為シタル裁判ハ其裁判ヲ受ケタル当事者ニ對シ合意ニ均シキ関係ヲ生ゼシムルモノニシテ是レ固ヨリ至当ノコトナリトス然レトモ本条ノ場合ニ於テ立法者ハ各当事者ノ一方ノミノ意思ニ依リ多少現在ノ位置ヲ変更スルコトヲ許セリ惟是レガ為ニ他ノ一方ノ当事者ニ何等ノ損害ヲモ蒙ムラシメザルコトヲ必要トセリ此ノ如ク一般ノ原則ニ對シ特ニ例外ヲ設ケタル所以ノモノハ相隣者ヲシテ互ニ円滑ナル関係ヲ有セシメンコトヲ希望シタルニ依ル若シ相隣者ノ一方ガ何等ノ正当ナル利益ヲ有スルコトナクシテ地役ノ行使ニ関スル変更ヲ承諾スルコトヲ拒ムトキハ是レガ為ニ当事者間ノ感情ヲ害シ或ハ怨恨ヲ生スルニ至ルコト容易ニ想像スルヲ得ベク此ノ如キハ立法者ガ務メテ豫防セント欲スル所ノコトナリトス
又法律ノ明文ニモ掲ゲタル如ク單ニ地役権ノ行使ノ時日、場處又ハ方法ノ変更ノミニ関スルモノニシテ地役権ノ廣狭ニ関スルモノニ非ラズ若シ地役権ノ廣狭ニ関スルモノナルトキハ本条ノ例外ニ據ルコトヲ得ズ必ズ当事者双方ノ合意ニ基ク可キモノナリ例令バ当事者ノ一方ガ自己ノ意思ノミニ由テ承役地ヨリ採収ス可キ水其他ノ物料ノ分量ノ増減ヲ求メ或ハ承役地ニ對シ法律上ノ距離ヲ存セズシテ設クルコトヲ得ベキ窓ノ数ヲ増減センコトヲ求ムルモ是レ本条ノ例外ニ属ス可カラザル所ノコトナリ加之ナラズ此ノ如キ場合ニ於テハ縦令一方ノ意思ノミニ基キ変更ヲ求ムルコトヲ得ルモノトスルモ実ニ利益ナカル可シ何トナレバ前ニ掲ゲタル場合ニ於テハ此変更ノ為ニ一方ニ害ヲ與フルコトナクシテ他ノ一方ヲ利スルモノナレドモ此場合ニ於テハ其変更ハ一方ノ為ニ利益アルハ勿論ナレトモ之ヲ欲セサル他ノ一方ニ於テハ殆ンド常ニ損害ヲ蒙ムル可ケレバナリ
第二百八十四条
地役設定ノ為ニ必要ナル工事ハ其地役ニ由テ利益ヲ受ク可キモノノ負担ニ属ス可キコト当然ナリ立法者ハ已ニ水ノ引入レニ関スル法律上ノ地役ニ付テ此原則ヲ適用セリ然レトモ是レ法律上ノ原則タルニ過キズ故ニ当事者ノ意思如何ニ由リテハ特別ノ合意ヲ以テ是レニ反シ地役設定ノ工事ヲ以テ承役地所有者ノ負担ト為スコトヲ得ベキハ勿論ナリ惟此点ニ付テハ一ノ注意ヲ要スルモノ有リ此特別ノ合意ヲ為シタル為メ承役地ノ所有者ガ工事ヲ負担スルハ地役ノ行使ニ関スル工作物ノ保持及ヒ修繕ニ付キ次条ニ於テ規定シタル合意ト異ナリ承役地ノ所有者タル資格ヲ以テ地役トシテ之ヲ負担スルモノニ非ラズ此負担ハ一身上ノモノニシテ実ニ地役設定者タル資格ニ附着スルモノナリ故ニ之ヲ以テ地役ノ本質ニ関スル原則ニ對シ例外ヲ設ケタルモノト謂フコトヲ得ズ地役ハ常ニ此場合ニ於テモ承役地ノ所有者ヲシテ或ル事ヲ為スノ義務ヲ負ハシムルモノニ非ラサルナリ蓋シ此義務ニ於ケル工事ハ地役ノ設定ニ関シ第一ノ合意ヲ為シタル後未ダ地役ノ確定ナル合意ヲ為サザルニ先ダツテ設定者自カラ為スコトヲ得ベキ所ノモノナリ此ノ如キ場合ニ於テ承役地ノ所有者ハ所有者タル資格ニ於テ此工事ヲ為シタルモノト認ムルコト殆ンド難カル可シ然ラバ即チ縦令地役ノ設定ニ関シ確定ノ合意ヲ為シタル後ニ至ツテ此工事ヲ実行スルモ此実行ノ先後ニ由テ其性質ヲ変セシム可キモノニ非ラサルナリ
是レニ反シ地役ノ行使ニ関スル工作物ノ保持及ビ修繕ノ工事ニ至ツテハ定期ニシテ且ツ継續ノ性質ヲ有スルモノナリ故ニ地役ノ設定ニ先ダツテ之ヲ為シ得ベキモノニ非ラズ従ツテ特ニ設定ノ契約ニ依リ承役地ノ負担ト定メタルトキハ承役地ノ所有者ハ実ニ承役地ノ所有者タル資格ニ於テ之ヲ諾約シタルモノタルコト明カナリ此ノ如ク此工事ノ負担ヲ以テ單ニ一身上ノモノト為サズ物上ノ負担ト為スガ故ニ此負担ハ全ク地役ノ本質ニ関スル原則ニ對シテ一個ノ例外ヲ為スモノタリ此故ニ立法者ハ次条ニ於テ此負担ヲシテ重キニ失セザラシムル為メ特ニ次条ノ第二項ニ於テ一ノ規定ヲ為セリ
第二百八十五条
本条第一項ノ規定ハ前条ノ規定ト同一ノ理由ニ由テ之ヲ説明スルコトヲ得ベシ地役ニ由テ便益ヲ受クル所ノモノハ要役地ノ所有者ナリ蓋シ要役地ノ所有者ハ自己ニ属スル権利ヲ行使スルモノナレバナリ故ニ其権利ノ行使ヨリ生スル費用ハ権利者自カラ之ヲ負担ス可キコト当然ナリトス工作物ノ保持及ビ修繕ヲシテ要役地ノ所有者ノ負担タラシムル理由此ノ如クナルガ故ニ若シ承役地ノ所有者ノ過失ニ由テ或ル修繕ノ必要ヲ生ジタル場合ニ於テハ其修繕ハ承役地ノ所有者ノ之ヲ負担ス可キコトモ亦弁ヲ竢タズシテ明カナル可シ
地役ハ承役地ノ所有者ヲシテ或ル事ヲ為スノ義務ヲ負ハシムルモノニ非ラズシテ惟要役地ノ所有者ガ或ル事ヲ為スコトヲ拒マサルノ負担ヲ有セシムルニ過ギズトノ原則ハ已ニ屡々掲ゲタル所ニシテ本条第二項ノ明文ハ此原則ニ對シ当事者ノ合意ヲ以テ例外ヲ設クルコトヲ許シタルモノナリ此例外ハ次ノ理由ニ因テモ容易ニ其至当ナルコトヲ解シ得ベシ即チ地役ノ行使ニ関スル工作物ノ保持及ビ修繕ノ負担ハ地役ノ従タル負担ニ過ギズトノ理由是レナリ加之ナラズ承役地ノ所有者ニ於テ此負担ヲ免カレント欲スルトキハ承役地ノ中地役ノ行使ニ必要ナル部分ノ所有権ヲ遺棄スルトキハ是レニ由テ負担ヲ免カレ得ベキモノト定メタルガ故ニ決シテ不当ト謂フ可カラズ此ノ如ク立法者ガ承役地ノ所有者ヲシテ負担ヲ免カルルノ方法ヲ得セシメタルモノハ要スルニ地役ノ性質ニ関スル原則ヲ重ンスルガ故ナリ
此所有権ノ遺棄ニ関シテハ二個ノ注意ヲ為スコト必要ナリトス
第一ニ注意ス可キコトハ此所有権ノ遺棄ガ單純ノモノニ非ラザルコト是レナリ若シ承役地ノ所有者ニシテ單純ノ遺棄ヲ為スニ非ラザレバ本条第二項ノ負担ヲ免カルルコト能ハザルモノトセバ此場合ニ於テ遺棄セラレタル土地ハ所有者ナキ不動産トシテ直チニ國ノ有ニ属ス可シ然レトモ本条ノ場合ニ於テハ決シテ此ノ如クナラズ即チ承役地ノ所有者ノ遺棄ハ要役地ノ所有者ノ利益ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス故ニ其実所有権ノ遺棄ト謂ハンヨリ寧ロ所有権ノ譲渡ト謂フヲ得ベク又其譲渡ハ無償ノモノト謂ハンヨリ寧ロ有償ノモノト謂フ可シ何トナレバ其譲渡ノ報酬トシテ負担ノ免除ヲ受クレバナリ
第二ニ注意ス可キコトハ此場合ノ所有権ノ遺棄ハ必ズシモ承役地ノ全部ニ付テ之ヲ為スコトヲ要セス惟地役ノ存スル部分ノミノ遺棄ヲ以テ足レリト為スコト是レナリ一例ヲ以テ之ヲ説明センニ一個ノ通行ノ地役ノ場合ニ於テ通路ノ保持修繕ガ承役地ノ負担ナルトキ承役地ノ所有者此負担ヲ免カレント欲セバ通路ニ供シタル部分ノ所有権ヲ遺棄スルヲ以テ足レリト為ス水路ノ地役ノ場合ニ於テモ全ク是レト同一ナリ凡テ此ノ如キ場合ニ於テ承役地全部ノ遺棄ヲ必要ナリトスル如キハ何等ノ理由ナキノミナラズ実ニ承役地ノ所有者ニ對シ甚タ嚴ニ過ギ殆ンド所有権ヲ遺棄シテ負担ヲ免カルルコトヲ許サザルト同一ノ結果ニ帰着ス可シ加之ナラズ地役ノ行使ニ必要ナル部分ノミヲ遺棄シテ負担ヲ免カルルコトハ惟リ本条ノミナラズ已ニ第二百五十四条ノ場合ニ於テ互有牆壁ノ保持及ビ修繕ノ負担ヲ免カルル為メ其牆壁ノ互有権ヲ遺棄スルヲ以テ足レリト為シタル決定ト全ク同一ノモノナリ人或ハ此遺棄ヲ以テ承役地ノ所有者及ヒ要役地ノ所有者ニ何等ノ利害ヲ與へサルモノナリト信スルコトアラン蓋シ一方ニ於テ此遺棄ハ承役地ノ所有者ヲシテ通路又ハ水路ノ保持若クハ修繕ノ義務ヲ免カレシムルモノナリト雖トモ其他ノ点ヨリ看ルトキハ是レニ由テ何等ノ損害ヲモ蒙ムラシムルモノニ非ラズ何トナレバ遺棄ノ以前ヨリシテ已ニ其部分ハ他人ノ為ニ通路若クハ水路タルガ故ニ承役地ノ所有者ニ何等ノ利益ヲモ與フルコト莫カリシヲ以テナリ是レト同ジク要役地ノ所有者ニ於テモ此遺棄ノ結果トシテ何等ノ見積リ得ベキ利益ヲ受クルコト莫カル可シ何トナレバ遺棄ノ以前ヨリシテ已ニ通路若クハ水路ノ便益ヲ有シ來タレバナリ是レ一應理アルニ似タリト雖トモ其実全ク二個ノ錯誤タルヲ免カレズ蓋シ一方ニ於テハ要役地ノ所有者ハ此遺棄以後其部分ニ付テ單ニ地役権トシテ通路又ハ水路ヲ有スルニ非ラズ其土地ノ完全ナル所有者トシテ之ヲ有スルモノナリ此故ニ其通路ハ之ヲ変ジテ水路ト為スコトヲ得ベク或ハ水路ヲ変ジテ通路ト為スコトヲ得ベシ又此ノ如ク相類シタル用方ニ之ヲ供スルヲ得ルノミナラズ全ク異ナリタル用方ニ充ルモ其任意ナリトス惟事実上土地ノ幅員ニ由テ制限セラルル所アル可キノミ此ヲ以テ遺棄ノ後ハ通行ノ権利ハ元來人ノ為ニ設ケタルト車馬ノ為ニ之ヲ設ケタルトヲ問ハズ当初地役権トシテ附着セシメラレタル種々ノ条件ノ為ニ拘束セラルルコトナシ又地役権ハ後ニ至テ述ブル如ク三十ヶ年ノ不使用ニ由テ消滅スルモノナリト雖トモ此場合ニ於テハ已ニ地役権ナルモノ非ラズ自己ノ所有地ニ権利ヲ行フモノニ過ギサルヲ以テ之ヲ使用セザルコト三十个年以上ニ及ブモ権利ノ消滅ヲ來タスモノニ非ラズ以上述ブル所ハ凡テ要役地ノ所有者ノ為ニ大ナル利益ニシテ且ツ其裏面ヨリ観察スルトキハ同時ニ承役地ノ所有者ノ為ニ不利益ナル所ノモノナリ何トナレバ一旦之ヲ遺棄シタル以上ハ更ニ完全ナル所有権ヲ回復スルコト能ハサレバナリ是レニ由テ之ヲ看レバ此遺棄ニ依リ承役地ノ所有者ハ幾分ノ利益ヲ失ヒ要役地ノ所有者ハ幾分ノ利益ヲ得ルモノニシテ決シテ互ニ利害ノ関係ナキモノニ非ラサルナリ
普通ノ場合ニ於テハ一部ノ遺棄ニ過キサルコト明カナリト雖トモ時トシテハ承役地ノ全部ノ遺棄ヲ要スルコト有ル可シ即チ承役地ノ全部ガ凡テ地役ヲ負担シタル場合是レナリ此ノ如キコトハ観望権ノ場合ニ於テ殆ント其例ヲ看ルコト莫カル可シ何トナレバ観望権ハ承役地ノ全部又ハ其大部分ニ之ヲ負担セシムルコト有ル可シト雖トモ此ノ如キ場合ニ於テ要役地ニ存スル建物ノ保持及ヒ修繕ヲ承役地ノ負担ト為ス如キ合意ヲ為スコトハ道理上殆ンド有リ得ベカラザル所ノコトナレバナリ然レドモ高地ヨリ流下スル水ノ為メ低地ノ損害ヲ豫防スルヲ目的トシテ堤塘ヲ設ケ又ハ高地ノ崩壊ヲ防グ為ニ石垣ヲ築キタル如キ場合ニ於テ此堤塘若クハ石垣ノ保持ノ負担ヲ当事者ノ合意ヲ以テ定ムルコト実際ニ於テ尠カラサル可シ而シテ堤塘ノ場合ニ於テ其遺棄ヲ為シタル承役地ノ所有者ハ是レガ為ニ要役地ノ所有者ヲシテ何等ノ利益ヲモ得セシムルコト能ハズ第二ノ場合ニ於テハ高地ヲ支持スル石垣ハ概シテ高地即チ要役地ニ属スルモノナルガ故ニ承役地ノ所有者ヨリ遺棄セント欲スルモ之ヲ為スコト能ハサル可シ故ニ此二個ノ場合ニ於テ全ク堤塘若クハ石垣ノ保持修繕ノ負担ヲ免カレント欲セバ必ズ承役地ノ全部ヲ遺棄スルコト必要ナリ然レドモ是レ法理ニ於テ此ノ如クナルノミニシテ実際ニ於テハ承役地ノ所有者ガ此著シキ遺棄ヲ為シテ仍ホ負担ヲ免カレント欲スル如コトキハ殆ント是レ非ラサル可シ
第二百八十六条
本条第一項ノ規定ハ甚タ重要ナル原則ニシテ其適用ハ種々際限ナキモノタル可シ今惟其二三ノ例ヲ示スヲ以テ足レリト為ス
例令バ通行ノ地役ヲ負担スル土地ノ所有者ハ此地役権アルガ為ニ圍障ヲ設クルノ権利ヲ失フモノニ非ラズ且ツ要役地ノ所有者ニ對シ共同ノ費用ヲ以テ圍障ヲ設クルコトヲ要求スル権利ヲ失フモノニ非ラズ惟此圍障ノ権利ノ為ニ要役地ノ所有者ノ有スル通行権ヲ妨害スルコトナキヲ要ス故ニ此場合ニ於テハ両地ノ間ニ相当ナル門戸ヲ設クルコトヲ要ス可キノミ
又給水若クハ牧畜ノ地役権ヲ負担スル土地ノ所有者ハ是レガ為ニ自カラ其所有地ニ於テ水ヲ汲ミ若クハ家畜ヲ飼養スル権利ヲ失フモノニ非ラズ惟是レガ為ニ要役地ノ所有者ガ権利ヲ有スル水ヲ缺乏セシメ又ハ牧草ヲ甚ダ不十分ナラシムル如キ濫妄ノ所為ナキヲ要ス可シ
更ニ一例ヲ示セバ観望ノ地役ヲ負担スル土地ノ所有者ハ此地役ノ為ニ六尺以上ノ樹木ヲ植フルトキハ是レニ由テ要役地ノ観望ハ其樹木以外ニ及ブコト能ハサル場合ニ於テモ仍ホ然リト為ス何トナレバ観望ノ権利ハ眺望ノ権利ニ非ラズ即チ他人ノ土地ヲ通過シテ自由ニ遠景ヲ看ルノ権利ニ非ラズ單ニ明取窓ノ如キ制限ヲ受クルコトナク自由ニ空氣及ビ日光ヲ得ルノ権利タルニ過ギサレバナリ
是レニ反シテ観望ノ地役権存スルトキハ承役地ノ所有者ハ分界線ニ於テ建物ヲ築造スルコトヲ得サル可シ縦令其建物ガ窓ヲ有セサル場合ニ於テモ亦然リト為ス何トナレバ要役地ノ建物ガ分界線ニ存スル場合ニ於テ承役地ノ所有者モ亦其分界線ニ建物ヲ築造スルコトヲ得ルモノトセバ是レガ為ニ要役地ノ建物ハ何等ノ観望ヲ有セサルニ均シカル可ケレバナリ又要役地ノ建物ガ分界線ノ上ニ存セズシテ是レト多少ノ距離アルモ其距離ガ三尺ニ満タサル場合ニ於テ承役地ノ所有者ガ分界線ニ建物ヲ築造スルトキハ是レ又要役地ノ所有者ヲシテ著シク地役ノ便益ヲ失ハシム可シ第一ノ場合ニ於テハ承役地ノ建物ハ分界線ヲ距ルコト三尺ノ處ニ於テスルニ非ラサレバ之ヲ築造スルコトヲ得ズ第二ノ場合ニ於テハ要役地ノ建物ヨリ三尺ノ距離ヲ存スル所ニ於テ築造スルコトヲ得ベキノミ
本条第二項ノ規定ハ法律上ノ地役ニ関シテ已ニ説明シタル規定ト甚タ相類スル所ノモノナリ(参看第二百三十七条及ヒ第二百三十八条)此ノ如ク類似ノ規定ヲ設ケタル所以ノモノハ実ニ一人ノ費用ヲ以テ為シタル所ノコトト雖トモ若シ二人以上ノ所有者ノ為ニ便益ヲ與フルコトヲ得ベクバ其使用ヲ許ス可キ道理アルハ本条ノ場合ニ於テモ法律上ノ地役ノ場合ニ於テモ異ナルコト莫ケレバナリ蓋シ其結果タルヤ双方ノ所有者ノ為メ費用ノ節減ヲ得セシムルモノニシテ経済上ノ利益尠カラズ是レ常ニ法律ノ希望スル所ノモノナレバナリ
第四款 地役ノ消滅
第二百八十七条
本条ニ於テハ地役ノ消滅ニ関スル六個ノ直接原因ヲ列記セリ而シテ其第四乃至第六ハ次条以下ノ法文ニ付テ詳細ノ規定ヲ看ル可キガ故ニ本条ノ下ニ於テハ惟第一乃至第三ノ原因ニ付キ多少ノ説明ヲ與フ可シ
第一原因永久ノ性質ハ地役ニ必要ノモノニ非ラザルコトハ曽テ注意シタル所ナリ固ヨリ地役ヲ設定スルニ当リ何等ノ件ヲモ是レニ附スルコトナク且ツ其地役ハ時ト事情トニ従ツテ不用ノモノト為ルコト有ル可キ特別ナル用方ニ供セラレタルモノナラザル以上ハ其地役ガ当事者ノ意思ニ於テ永久ノモノナルコト明カナリ然レトモ地役悉ク此ノ如クナルニ非ラズ即チ当事者ノ意思ハ地役ヲ以テ永久ノモノトセサルコト有ル可シ此場合ニ於テ其地役ハ全ク有期ノモノナリ有期ノ地役ノ実例ハ人為ヲ以テ設定シタル地役ニ付テ容易ニ之ヲ看ルコトヲ得ベシ
第二原因廃罷、解除及ビ鎖除ハ共ニ一切ノ物権及ビ人権ノ消滅方法ニシテ特ニ地役ノミニ関スルモノニ非ラズ故ニ此三個ノ方法ノ各々特有スル性質ニ至テハ人権及ビ人権ヲ取得シ若クハ喪失スル方法ノ事ヲ規定スルニ当ツテ之ヲ明示ス可シ故ニ今惟其二三ノ例ヲ掲グルニ過キズ債権者ヲ詐害シテ為シタル債務者ノ行為ニ付テハ廃罷ヲ為スコトヲ得ベク当事者一方ノ負担ニ属スル義務ノ不履行ノ場合ニ於テハ合意ノ解除ヲ為スコトヲ得ベク合意ヲ為シタル当事者ノ一人ガ無能力者ナリシ場合ニ於テハ其合意ヲ鎖除スルコトヲ得ベシ故ニ廃罷解除及ビ鎖除ハ之ヲ為ス場合同一ナラズト雖トモ仍ホ此三個ノ消滅方法ハ共通ナル一ノ性質ヲ有スルモノナリ即チ已ニ生ジタル所ノモノヲ取消スコト是レナリ通常此取消ハ裁判所ニ於テ言渡サルルモノニシテ惟或ル場合ニ於テ当然ニ生スルコト有ルノミ加之ナラズ廃罷ト解除ト鎖除トヲ問ハズ凡テ既往ニ溯ボリ効力ヲ生スルモノナルガ故ニ一旦取消サレタル所為ハ未ダ曽テ其所為アラザリシト同ジク当事者ヲシテ旧地位ニ復セシムルモノナリ
本条ノ場合ニ於ケル取消ハ時トシテ地役ノ設定権原ニ関スルコト有ル可ク時トシテハ更ニ基本ニ溯ボリ地役ヲ設定シタルモノガ承役地ニ有スト主張シタル権利ニ関スルコト有ル可シ第二ノ場合ニ於テモ其取消ノ結果トシテ地役権ノ消滅ヲ来タスハ固ヨリ当然ナリ何トナレバ何人ト雖トモ己レノ有セザル権利ヲ他人ニ得セシムルコト能ハザルハ法律上ノ一大原則ナレバナリ
第三原因第二百六十五条ニ依レバ公有ノ財産ハ概シテ法律上ノ地役ヲ負担スルコトナシ人為ヲ以テ設定シタル地役ニ至ツテモ亦同一ナルノミナラズ益々此ノ如クナルコトヲ要スルノ理アリ蓋シ地役権ハ完全ナル所有権ノ如ク大ナルモノニ非ラズト雖トモ仍ホ各人ニ専属スル一個ノ権利ナリ公有ノ財産ヲシテ此ノ如キ権利ヲ負担セシムルハ実ニ公有財産ノ性質ト用方トニ反スルモノト謂ハサルヲ得ズ承役地ガ公益ノ為ニ徴収セラレタルトキハ是レニ由テ地役ノ負担ヲ免カルルハ実ニ此原則ノ適用ニ外ナラサルナリ
然レトモ承役地ノ公用徴収ニ依リ地役権ノ消滅ヲ來タシタルトキハ要役地ノ所有者ハ徴収セラレタル物件ニ付キ他ノ物件ヲ有スルモノト同ジク相当ナル償金ヲ受ク可キコト勿論ナリ(参看第三十二条)
已ニ述ベタル如ク時効ハ物件ヲ取得スル直接ノ方法ニ非ラズシテ已ニ或ル原因ニ由テ之ヲ取得シタルコトヲ證明スル法律上ノ推定タルニ過キズ立法者ハ此時効ノ性質ニ関スル原則ヲシテ全カラシメンガ為ニ本条ニ於テモ亦時効ヲ以テ消滅原因ノ列記以外ニ置キ特ニ一項ヲ設ケテ承役地ノ所有者ガ地役ナキ完全ナル土地トシテ之ヲ占有シタル場合ニ於テ地役消滅ノ推定ヲ生ジ得ベキコトヲ明カニセリ
時効ニ由テ地役ノ消滅ヲ來タスハ後ニ掲クル不使用ニ由テ地役ノ消滅ヲ來タス場合ト決シテ混同ス可カラズ即チ不使用ニ依リ地役ノ消滅スル場合ニ於テ承役地ハ仍ホ其地役ヲ設定シタル所有者若クハ其相続人ニ属スルコト有ル可シ是レニ反シテ時効ノ場合ニハ一方ニ於テ要役地ノ所有者ガ使用ヲ為サザルノミナラズ是レト同時ニ第三者ガ特定名義ヲ以テ承役地ヲ取得シ而シテ何等ノ地役ヲモ負担セサル土地トシテ之ヲ占有シタルコトヲ必要ト為ス
然リト雖トモ本条ノ適用ヲ為スニハ第三取得者ガ時効ニ由テ承役地ノ所有権ヲ取得シタルコトヲ必要ト為サズ真正ナル所有者ヨリ合法ナル権原ニ由テ其所有権ヲ取得シタルヲ以テ足レリト為ス是レ実際ニ於テ最モ屡々看ル可キ所ナリ惟要スル所ノモノハ第三取得者ハ要役地ノ所有者ト合意ヲ為シ是レニ由テ土地ノ自由ヲ買戻シタルコトナキノ一事ナリ若シ然ラズシテ此自由ヲ買戻シタルモノトセバ地役ハ取得時効ノ成就スルヲ俟タズ已ニ明示ノ抛棄ニ由テ消滅ス可ケレバナリ故ニ本条ノ適用ヲ看ルハ第三取得者ガ地役ナキ土地トシテ之ヲ取得シ而シテ実際地役ノ成立スルコトヲ知ラザリシ場合ナリトス故ニ地役ガ不表見ノモノナルトキニ非ラサレバ殆ンド其例ヲ看ルコト莫カル可シ此条件備ハリタル場合ニ於テ第三取得者ガ十五ヶ年間其土地ヲ地役ノ負担ナキモノトシテ占有シタルトキ即チ要役地ノ所有者ガ地役ヲ行使セザリシトキハ時効成就シ是レニ由テ承役地ハ負担ヲ免カレタリトノ推定成就ス可キナリ
承役地ノ所有者ガ地役ノ抛棄ヲ合意ニ由テ得タル場合ニ於テ其合意ヲ為シタルモノガ要役地ノ所有者ニ非ラサルモノニシテ承役地ノ所有者之ヲ知ラズ全ク要役地ノ所有者ナリト信ジテ此合意ヲ為シタル場合ヲ假想スルトキハ均シク本条ノ適用ヲ看ル可キナリ即チ要役地ノ所有者ガ十五ヶ年間地役ヲ行使セサルトキハ為ニ其権利ヲ失フニ至ル可シ
右ニ掲ゲタル二個ノ場合ニ於テ承役地ノ所有者若シ善意ナラサルトキハ時効ノ成就ハ少シク異ナル所アル可シ即チ拾五年ヲ以テ足レリト為サズ三十ヶ年ノ経過ヲ竢ツコトヲ要ス而シテ此場合ニ於テハ実ニ要役地ノ所有者ノ不使用ニ由テ地役ノ消滅ニ至ルモノナリ
第二百八十八条
立法者ハ地役ノ設定ヲ許スコト甚ダ容易ナラズシテ却テ其消滅ヲ容易ナラシムルト雖トモ仍ホ一旦合法ニ設定セラレタル地役ハ容易ニ要役地ノ所有者ニ由テ抛棄セラレタリト看做スコトヲ許サズ即チ此点ニ関シテハ宛モ用益権ニ於ケルト均シク立法者ハ原則上惟明示ノ抛棄ノミヲ許セリ抛棄者ノ意思ヲ充分ニ明カナラシメ何等ノ疑ヒヲ生セシムルコト莫キハ実ニ明示ノ抛棄アルノミナレバナリ
立法者ガ本条第一項ノ後半ニ於テ規定スル所ハ決シテ右ノ原則ニ對スル例外ヲ設ケタルニ非ラズ惟抛棄者ノ意思ヲ推測シ由テ以テ原則ノ一個ノ適用ヲ示シタルノミ此場合ニ於テ用益者ハ直接ニ其有スル地役権ヲ抛棄スルコトヲ明示セズト雖トモ仍ホ人為ヲ竢ツコトナク常ニ地役権ノ行使ヲ組成ス可キ工事ニ付テ明示ノ抛棄ヲ為シタルモノナレバナリ其理由此ノ如シ此故ニ不継続ノ地役ニシテ其行使ハ常ニ人為ヲ要スルモノナルトキハ此規定ノ適用ヲ看ザルコト弁ヲ竢タズシテ明カナリ
抛棄ノ有効ナル為ニ必要ナル能力ニ至テハ不動産権ヲ譲渡スニ必要ナル能力ト同一ナル可シ何トナレバ地役権ハ元来一個ノ不動産権ナレバナリ
第二百八十九条
何人ト雖トモ自己ノ所有ニ属スル物ノ上ニ地役権ヲ有スルコトヲ得ズトハ已ニ示シタル所ノ原則ナリ本条ニ於テ定メタル如ク混同ニ由テ地役ノ消滅ヲ來タスハ実ニ此原則ノ自然ノ結果ニ外ナラズ
本条第二項ノ規定ハ外見上右ノ原則ニ對シテ例外ヲ設クルモノノ如シト雖トモ其実全ク然ラズシテ此原則ヲ確認シタルモノナリ一人ノ所有者ガ其所有地ノ一部ヲ利用シテ他ノ一部ヲ改良スル為メ或ル工事ヲ施コシ若シ其土地ノ各部所有者ヲ異ニスルトキハ地役権ヲ組成ス可キ形状ヲ存セシメ而シテ後此各部ガ譲渡ニ依リ数人ニ分属スルニ至リタル場合ニ於テハ一人ノ所有者ノ所為ニ由テ地役ヲ生ゼシムルコトヲ得ベク而シテ此方法ニ由テ地役ヲ設定スルハ其地役ガ表見ニシテ且ツ継續ノモノタルコトヲ要スルハ已ニ前段ニ於テ説明シタル所ナリ然ルニ二個ノ土地ノ間ニ於テ継續且ツ表見ノ地役ノ関係生ジタル後其二個ノ土地ガ同一ノモノニ帰シ而シテ一方ニ於テ地役ノ為ニ為シタル工事ガ未タ取除カレサルトキハ其土地ノ形状ハ実ニ継續且ツ表見ノ地役ヲシテ再ビ生ゼシムルコトヲ得ベキモノナリ故ニ要役地ト承役地ト一人ニ属シ従ツテ混同ニ依ル地役ノ消滅ハ確定ノモノニ非ラズ更ニ二個ノ土地ガ分離シタルトキハ其地役ハ再生スルモノナリ
本条第一項ノ末段ニ規定シタル場合ニ於テモ是レト異ナルコトナシ即チ混同ヲ來タシタル取得ノ所為ガ廃罷、解除又ハ鎖除セラレタルトキ是レナリ此場合ニ於テハ凡テ取得ノ所為ヲ為サザリシ以前ノ形状ニ復セシムルモノニシテ且ツ其地役ガ継続ノモノナルト不継續ノモノタルトヲ問ハズ又地役ノ行使ニ関スル工事ガ已ニ毀壊セラレタルト否トヲ区別スルコトナシ
第二百九十条
本章ノ場合ニ於テ已ニ之ヲ述ベ且ツ屡々之ヲ説明シタル如ク法律ヲ以テ地役ヲ保護スル所以ノモノハ実ニ地役ノ為ニ承役地ノ蒙ムル所ノ不利益ニ比シテ要役地ガ受クル所ノ便益ハ通常甚ダ大ナルガ為メナリ法律ノ保護スル理由已ニ此ノ如クナルガ故ニ苟クモ要役地ノ享クル便益ニシテ已ニ消滅シ即チ要役地ガ其地役ヲ行使セサルトキハ最早承役地ヲシテ他ノ土地ノ為ニ負担ヲ有セシムル充分ノ理由アラサルナリ此ニ於テ乎一般ノ原則ニ従ヒ土地ハ凡テ其自由ノ地位ヲ回復スルコトヲ要ス是レ即チ地役権ガ三十ヶ年間使用セラレサル場合ニ於テ法律ガ地役ヲ消滅セシムル所以ナリ
用益権ニ関シ右ニ述フル所ト相類似セル規定ヲ説明セリ
不使用ノ為ニ地役権ノ消滅ヲ来タス場合ニ於テハ其不使用ガ地役権ヲ有スルモノノ任意ナル懈怠ニ基クモノナルヤ将タ天災事変等ノ事情ノ為ニ然リシヤハ之ヲ問フコトナシ縦令天災事変ニ由テ使用ヲ為スコト能ハザリシ場合ト雖トモ仍ホ其不使用ガ三十个年ノ久シキニ及ブトキハ地役権ヲ有スルモノハ其間ニ於テ地役ノ行使ヲ妨害スル事情ヲ変ジ自己ノ権利ヲ行フコトヲ得ベキ地位ニ復シ得ルコト決シテ難カラズ然ルニ猶ホ是レガ使用ヲ為サザルハ殆ンド任意ヲ以テ懈怠スルモノト異ナルコトナシ故ニ任意ニ出ヅルト然ラザルトヲ問ハズ凡テ不使用ノ場合ニ於テハ地役権者ハ其権利ノ黙示ノ抛棄ヲ為シタルモノト看做スモ決シテ其当ヲ失スルモノニ非ラズ惟其抛棄ハ黙示ナリ故ニ第二百八十八条ニ掲ケタル規定ニ對シテハ一個ノ例外ヲ為スモノナリ然レトモ已ニ此消滅方法ガ黙示ノ抛棄ナル名称ヲ有スルコトナクシテ特ニ不使用ト称セラルル以上ハ黙示ノ抛棄ノ性質如何ニ至ツテハ深ク説明ヲ要スルコトナシ
本条第二項ノ規定ハ地役ノ種類ニ従ヒ其消滅原因タル三十个年ノ不使用ノ起算点ヲ明カニセルモノナリ故ニ通行ノ地役牧畜ノ地役又ハ給水ノ地役ノ如ク不継續ノ地役ニ関スルトキハ三十个年ハ地役ノ行使トシテ為シタル最後ノ處為ヨリ起算スルモノナリ又継續ノ地役ナルトキハ本来人ノ所為ヲ要スルコトナクシテ行使セラルルタルモノナルガ故ニ其地役ニ関スル不使用ハ人ノ最後ノ所為ヨリ之ヲ起算スルコトヲ得ズ必ズヤ地役ガ実際ニ行使ヲ受クルニ付キ有形ノ妨害生ジタルコトヲ必要ト為ス而シテ此妨害ハ必ズシモ窓ノ閉塞若クハ水路ノ廃棄ノ如ク人力ニノミ基クモノニ非ラズ時トシテハ本条第三項ニ於テ示スガ如ク事変ニ由テ生スルコト有ル可シ又無的ノ地役ニ至テハ必ズ継續ノモノナルガ故ニ其不使用ハ承役地ノ所有者ガ其地役ニ反對シタルトキ即チ地役トシテ禁止セラレタル所ニ反シ自カラ為ス可カラザル所為ヲ為シタルトキヨリ不使用ノ期間ヲ起算スルモノナリ
本条第三項ノ規定ニ関シテハ何等ノ困難アラザルナリ事物ノ形状ヲシテ舊体ニ復セシムル為メノ費用ニ関シテ定メタル区別ハ正義ニ合スルモノナルコト弁ヲ竢タズシテ明カナリ
本条ニ関シ一ノ学理上ノ問題アリ而シテ此問題タルヤ実ニ大ナル利益ヲ有スル所ノモノナリ即チ法律上ノ地役ハ人為ニ基ク地役ト均シク不使用ニ由テ消滅スルモノナルヤ否ヤノ問題是レナリ此問題ハ惟リ不使用ノ事ニ関スルノミナラズ猶ホ抛棄ニ関シテモ同一ナリトス何トナレバ不使用ハ已ニ述ベタル如ク実ニ黙示ノ抛棄ニ外ナラサレバナリ
第二百七十条ノ規定ニ仍レバ或ル種類ノ規則ハ法律上ノ地役ト人為ニ基ク地役トニ共通ナルコトヲ解スルヲ得ベシ故ニ裏面ヨリ之ヲ考フルトキハ一切ノ規定悉ク両種ノ地役ニ共通ナルモノニ非ラザルヲ知ル可シ
右ニ掲ゲタル問題ヲ決スルニハ前段ニ於テ説明シタル各人ガ法律上ノ地役ニ反對スル能力ニ関スル理論ニ溯ボルコトヲ要ス此能力ハ凡テノ場合ニ於テ各人ノ有スルモノニ非ラズ之ヲ詳言スレバ或ル場合ニ於テ此能力ハ法律ノ認ムル所ナリト雖トモ他ノ場合ニ於テハ法律ノ與へザル所ナリ
抛棄ニ関スル原則モ亦是レト異ナルコトナシ且ツ其抛棄ガ明示ナルト不使用ニ基ク黙示ナルトヲ区別スルコトナシ
隣地ノ立入権袋地ノ場合ニ於ケル通行権高地ヨリシテ自然ニ流下スル水ヲ受クルノ義務或ル場合ニ於テ圍障ヲ負担シ経界ヲ為スノ義務ノ如キハ各人ガ合意ヲ以テ隣人ノ負担ヲ免カレシムルコト能ハサル所ノモノナリ是レト同ジク明示ノ抛棄若クハ不使用ニ由テ其負担ヲ免カレシムルコト又能ハザル所ナリ
是レニ反シテ隣人ヲシテ窓又ハ或ル損害ヲ生スルコトヲ得ベキ工作物ニ関スル法律上ノ距離ヲ守ルノ義務ヲ免カレシムルコトノ如キハ各人ガ合意ニ由テ自由ニ為シ得ベキ所ノコトナルガ故ニ若シ一方ノモノガ窓若クハ右ニ掲ゲタル工作物ヲ廃棄セシムルノ権利ヲ明確ニ抛棄シタルトキ又ハ此権利ヲ行フコトナクシテ三十个年間ヲ経過シタルトキハ此権利ハ不使用ニ基キテ消滅スルモノナリ若シ水路ガ一旦設置セラレタル後未ダ其使用ヲ看ルニ至ラズシテ三十个年ヲ経過セシメタルトキハ要役地ノ所有者ハ水路ノ法律上ノ権利モ亦之ヲ失フ可シ固ヨリ此場合ニ於テハ要役地ノ所有者ハ更ニ水ノ引入等ノ為メ新タナル水路ヲ請求スルノ権利ヲ有スルコト明カナリト雖トモ此場合ニ於テハ恰モ最初権利ヲ行使スル場合ニ於テ弁済シタル如ク新タニ償金ヲ弁済スルノ義務ヲ免カレザルナリ
是レニ反シテ立入権、経界、圍障、水路、互有権ノ譲渡等ヲ請求スルコトナクシテ三十个年ヲ経過セシメタルモノハ是レガ為ニ其有スル法律上ノ権能ヲ失フコトナキハ恰モ土地ノ所有者ガ樹木ヲ植栽シ又ハ建物ヲ築造スルコトナクシテ三十个年経過シタルニ依リ建築若クハ植栽ノ権利ヲ失フコトナキト同一ナリ此ノ如キ處為ハ凡テ單純ナル権能ニ属スルモノニシテ單純ナル権能ニ属スル所為ハ本来不使用ニ基キ消滅スルモノニ非ラザルナリ(参看證據編第九十五条)
法律ノ規定スル所ニ反シ設置シタル窓ノ如キハ三十个年ヲ経過シタル後是レガ廃棄ヲ請求シ得ルモノニ非ラズ即チ右ニ掲クル所ト決定ヲ異ニスルモノナリ蓋シ此ノ如キハ單純ナル権能ニ非ラズシテ実ニ純然タル権利ナリトス従ツテ一方ニ於テハ窓ノ所有者ニ於テ外形上ノ工作物ヲ占有シ従ツテ恰モ人ノ所為ニ基ク地役権ト同ジク観望権ノ取得時効成就スレバナリ
第二百九十一条
第二百六十八条ノ法文ニ由テ示シタル地役権ノ不可分ナルコトハ本条ノ場合ニ於テ甚ダ著シキ効力ヲ生ズルモノナリ即チ不分共有者ノ一人ガ地役権ノ行使ヲ為シタルトキハ要役地ノ他ノ共有者ハ縦令三十ヶ年ノ間其地役ヲ使用スルコトナキモ是レガ為ニ地役権ハ少シモ消滅スルモノニ非ラズ若シ然ラズシテ要役地ガ共有者間ニ於テ分割セラレタルトキハ是レト同一ナルコト能ハズ何トナレバ此場合ニ於テハ要役地ハ数個ニシテ従ツテ其一部分ノ所有者ハ自己ノ行使ニ依リ自己ノ権利ヲ保存ス可シト雖トモ他ノ部分ノ所有者ハ更ニ行使ヲ為サザルガ故ニ自己ノ有スル地役権ハ喪失ス可キコト勿論ナリ
不使用ニ由テ地役権ノ消滅ヲ來タスハ物権ノ取得時効ニ類シタリト謂ハンヨリモ寧ロ義務ノ免責時効ト甚ダ相類セリト謂フ可シ何ヲ以テ免責時効ト相類セリト謂フヤ蓋シ不使用ノ場合ニ於テハ承役地ノ所有者ガ取得時効ニ必要ナル占有ノ性質ヲ有シテ地役ニ反對ナル占有ノ所為ヲ為スコトヲ必要トセザレバナリ若シ夫レ要役地ノ所有者ガ地役ヲ行使セサル間ハ承役地ノ所有者ニ於テ承役地ノ自由ヲ占有スト謂フガ如キハ実ニ牽強附會ノ説ト謂ハサルヲ得ズ凡ソ占有ハ占有スルモノヲ自己ノ物トスルノ意思并ニ使用ノ所為ニ依リ恰モ其行使スル権利ガ現実ニ己レニ属スルガ如ク處分スルノ所為ヲ必要ト為ス然ルニ此取得時効ニ必要ナル占有ノ二個ノ条件ハ要役地ノ所有者ガ地役ヲ使用セサル場合ニ於テ未ダ必ズシモ承役地ノ所有者ニ備具スルモノニ非ラズ承役地ノ所有者ハ常ニ所為ト意思トノ条件ヲ備フルモノニ非ラサルナリ
是レニ由テ之ヲ観レバ本条第二項ノ規定ハ原則トシテ不使用ト免責時効トヲ同一位ニ置タルモノナリ従ツテ其結果トシテ適用ス可キ所ノ規定如何ハ之ヲ判事ノ解釋ニ一任セリ中ニ就テ其顕著ナルモノヲ示セバ地役権ノ不使用ハ時効ニ関スルト同ジク第二百七十九条ニ掲ゲタル追認ノ證書ニ由テ中断セラル可シ若シ要役地ノ所有者数人ナル場合ニ於テ其共有者中ニ時効ノ中止ヲ受ク可キモノ存スルトキハ是レガ為ニ他ノ共有者ノ権利モ亦保存セラル可シ是レ実ニ前ニ掲ゲタル所ト均シク地役ノ不可分ヨリ生スル効力ナリトス
第二百九十二条
時トシテハ要役地ノ所有者ガ全ク地役ノ行使ヲ怠リタルニ非ラズト雖トモ仍ホ充分ニ使用ヲ為サザリシコト有ル可シ此ノ如キ場合ニ於テ要役地ノ所有者ハ地役権ノ全部ヲ失フモノニ非ラズ又其全部ヲ保存スルモノニ非ラズ即チ地役権行使ノ方法時間及ヒ場處ニ関シテ現実ニ行使シタル限度ニ減縮セラル可キナリ
第一方法ニ付テ之ヲ述ブルニ歩行スルノ権利ヲ有シ是レト同時ニ馬車ヲ通行セシムルノ権利ヲ有スルモノ三十个年間馬車ヲ用フルコトナク單ニ歩行ノミヲ為シタルトキハ是レガ為ニ馬車ヲ通行セシムルノ方法ヲ用フルコト能ハサルニ至ル可シ又隣地トノ分界線ヲ退ゾクコト三尺ニ満タズシテ数個ノ直視ノ窓ヲ設クルノ権利ヲ有スルモノ單ニ一個ノ窓ヲ設ケタルニ止マリ而シテ三十ヶ年間ヲ経過シタルトキハ此時ヨリシテ遂ニ其権利ハ一個ノ窓ニ減少セラル可シ是レト同ジク或ル方向ニ於テ隣地ノ所有者ガ一切ノ建築植栽ヲ為スコトヲ禁止スルノ権利ヲ有スルモノ隣人ガ或ル建築若クハ植栽ヲ為シタルトキ之ヲ拒マズシテ三十ヶ年ヲ過ギタルトキハ此建物及ビ植栽ニ関シテハ禁止ノ権利ヲ失フ可キナリ
第二時間ニ付テ之ヲ考フルニ晝間ト夜間トヲ問ハズ常ニ水ヲ汲ムノ権利ヲ有スルモノ三十ヶ年ノ間夜間ニ限リ水ヲ汲ミタルトキハ是レガ為メ晝間給水ノ権利ヲ失フ可シ通行権ニ関シテモ亦是レト同一ナリトス
第三場處ニ付テハ之ヲ例スルニ隣地ノ凡テノ部分ニ於テ獣畜ヲ飼養スルノ権利ヲ有スルモノ單ニ其一部分ニ付テノミ牧畜ヲ為シタルトキハ三十ヶ年経過ノ後他ノ部分ニ對シテ此権利ヲ行フコト能ハサル可シ実例ニ付テ之ヲ考フルニ承役地ガ数個ノ部分ニ分割セラレタルトキ要役地ノ所有者ガ其一個ニ付テノミ牧畜ノ地役権ヲ行使シ他ノ部分ニ付テ之ヲ怠リタルトキノ如キ是レナリ
以上ニ掲ケタル種々ノ場合ニ於テ権利ノ消滅ノ原因ガ不使用ニ基クト時効ナルトヲ問ハズ結果ニ至テハ常ニ同一ノ原則ノ適用ニ由テ異ナルコトナシ此原則ハ曽テ示シタル所ノモノニシテ時効ノ成就スル所ハ占有ノ存シタル所ニ止マルト謂フニ在リ本条ノ場合ニ於テハ猶ホ左ノ如ク言フコトヲ得ベシ即チ權利ヲ喪失スル所ハ占有ヲ怠リタル所ナリト
然レトモ此原則ノ裡面ヨリシテ地役権ハ常ニ占有ニ由テ其効力範圍ヲ定ムルモノト謂フコト得ズ若シ要役地ノ所有者ガ地役権ノ行使ニ関スル方法時間若クハ場所ヲ変更シタルトキハ是レガ為メ必ズシモ其変更ヲ主張シ由テ自カラ利益ヲ得ルモノニ非ラサルナリ此ノ如ク変更ノ為ニ便益ヲ受クルニハ必ズヤ其地役ガ表見ニシテ且ツ継續ノモノタルコトヲ要ス即チ時効ニ由テ取得シ得ベキモノナルコトヲ要ス何トナレバ変更ハ一方ニ於テ喪失シ一方ニ於テ新タニ取得スルニ外ナラザレバナリ地役ノ消滅原因中ニハ用益権ノ消滅原因ト異ナリテ収益ノ濫妄ナルモノヲ看ズ是レ実ニ地役権ト用益権トノ間ニハ事情ノ同一ナラサルモノ有ルガ為メナリ用益権者ハ用益権ノ目的タル物ノ完全ナル占有ヲ有スルガ故ニ此占有ヲ有セザル要役地ノ所有者ニ比スレハ最モ容易ニ他人ノ物ヲ毀損シ得ベキ地位ニ在ルモノナリ又同一ノ理由ニ依リ用益権者ノ占有及ヒ其所為ハ虚有者ニ於テ常ニ監督ヲ為シ得ルモノニ非ラズ是レニ反シテ承役地ノ所有者ハ自カラ承役地ヲ占有スルガ故ニ常ニ要役地ノ所有者ガ権利ヲ行使スル所為ニ付テ監督ヲ為スコト容易ナルモノナリ此ヲ以テ特ニ収益ノ濫妄ヲ地役権消滅ノ原因ト為スノ必要アラズ惟濫妄ノ所為アル場合ニ於テハ要役地ノ所有者ヲシテ普通ノ原則ニ基キ責任ヲ有セシムルヲ以テ充分ナリトス
加之ナラズ或ル特別ナル場合ニ於テハ一般ノ原則ニ従ヒ収益ノ濫妄ヲ理由トシテ地役権ノ廃罷ヲ求ムルコトヲ得ベシ是レ即チ地役権ガ有償且ツ双務ノ契約ヲ以テ設定セラレ承役地ノ利益ヲ保護スル為メ種々ノ条件ヲ定メ要役地ノ所有者ヲシテ負担ヲ有セシメタル場合ニ於テ要役地ノ所有者ガ此条件ヲ履行セザリシ場合是レナリトス是レ実ニ双務契約ニ関スル原則ニ従ヒ条件ノ不履行ニ基キ解除ヲ請求シ得ベキ場合ナリトス然レドモ此ノ如ク条件ノ不履行ヲ理由トシテ地役権ヲ消滅セシムル場合ハ第二百八十七条第二號ノ法文ニ規定シタル場合ニ属スルモノニシテ今特ニ之ヲ説明スルコトヲ要セズ且ツ此点ニ関シテハ義務ノ事項ヲ規定スルニ当ツテ充分ノ説明ヲ看ル可シ
財産編終
民法財産編
第二部 人権及ヒ義務
総則
第二百九十三条
人権ハ物権ト相並テ財産タリ以テ人ノ資産ヲ組成スルモノナリ
物権及ヒ人権ノ性質ハ相異ナル所ハ既ニ第二条及ヒ第三条ニ於テ之ヲ指示シタリ今其要ヲ再示センニ物権ハ人ヲシテ物ト直接ノ関係ヲ有セシメ其目的タル物ノ効用及ヒ利益ノ全部又ハ一分ヲ収得セシメ且其物ヲ不当ニ所持スル者ニ對シテ之ヲ取戻スコトヲ得セシムルモノナリ是ヲ以テ物権即チ物上権ノ称アリ人権ハ之ニ異ナリ権利ヲ有スル人ヲシテ其目的物ト直接ノ関係ヲ有セシムルモノニ非ス唯之ヲシテ義務ヲ負担スル者ト直接ノ関係ヲ有セシムルモノナリ是ヲ以テ人権即チ對人権ノ称アリ
物権ト人権トノ性質ノ差異ハ單ニ論理的ノ差異ニ非ス実際緊要ナル適用アリテ既ニ前第一部ノ諸章ニ於テ物権ニ関シ之ヲ掲ケタリ本部ニ関シテ之ヲ示スへシ
人権ノ性質一様ナルコトハ既ニ論明シタリト雖モ尚ホ茲ニ之ヲ再陳セン抑々人権ハ其性質一様ニシテ世上人権ノ存立スル枚挙ニ暇アラス且其発生ノ時期、原因、目的等ヲ異ニスルモノアリト雖モ其帰着スル所ハ人権ノ一種アルノミ又其制裁ヲ異ニスルモノアリト雖モ其性質ニ至テハ亦一様ナリ
本条第一項ニ依ルニ人権ハ一ニ債権ト称シ而シテ債権ハ必ス義務ト對当スルモノトス
債権ト義ムト對当スルハ頗フル密接ニシテ且自然ノ理ニ基クモノナルカ故ニ欧洲諸國ノ法典中人権ヲ規定スルニ義務ノ巻ニ於テスルヲ以テ通例ト為スニ至リタリ故ニ本法モ亦之ヲ模倣シ本部ニ於テ主トシテ義務ノ事項ヲ以テ其主眼トシ其原因、効力及ヒ消滅ヲ規定シ以テ自カラ人権即チ債権ノ事ヲ規定シタリ是故ニ本條ニハ人権ノ定義ヲ示サスシテ之ニ對当スル義務ノ定義ヲ下シタリ人権ノ定義ニ至テハ既ニ第三條ニ之ヲ掲ケタリ
其定義ニ依ルニ義務ハ法律ノ羈絆ニシテ此羈絆タル人定法又ハ自然法ニ由来スルモノトス其人定法ニ由来スルト自然法ニ由来スルトニ従ヒ其制裁ヲ異ニスルコトハ次条ニ掲クル所ナリ
先ツ義務ノ効力ヲ説明センニ義務ノ効力ハ其目的ト混淆スルモノニシテ或ル物ヲ與へ或ル事ヲ為シ又ハ為ササラシムルニ在リ
在ル物ヲ與フルトハ所有権又ハ其他ノ物権ヲ移轉スルヲ謂フ與フルノ義務ト実行シタル付與トハ之ヲ同一視ス可ラス蓋シ與フルノ義務存スルニ過キサル間ハ人権存スルニ止マルト雖モ実際付與ヲ為シタルトキハ履行ニ因リテ義務消滅シ物権之ニ継襲スルモノナリ付與ハ何レノ時ニ在リ又何レノ方法ヲ以テスへキヤハ後章ニ至リ詳カニ規定スル所アリ
或ル事ヲ為ストハ與フルノ外総テ手藝上又ハ智能上ノ事業、勤労、紹介、旅行ヲ為シ或ハ使用ノ為メ物ヲ引渡スカ如キ他人ニ有益ナル所為ヲ行フヲ謂フ
或ル事ヲ為ササルトハ債務者カ原来自己ノ財産又ハ他人ノ財産上行フコトヲ得へキ正当ナル所為ナルモ債権者ノ利益ノ為メ之ヲ行ハサルヲ謂フ例へハ自己ノ家屋ヲ賃貸シ又ハ自己ノ商資ヲ譲渡シタル者賃借人又ハ譲受人ノ為メ之ト競争シ得へキ商工業ヲ営マサルカ如キ是レナリ蓋シ賃貸人又ハ賣主ハ特別ノ合意ナキモ法律上担保ノ責ニ任スルカ故ニ此義務ハ既ニ法律上或ル限度ヲ設ケ賃貸人等ヲシテ之ヲ負ハシムルモノナリト雖モ尚ホ合意ヲ以テ其範囲ヲ伸縮スルコトヲ得斯ノ如キ場合ニ於テハ為ササルノ義務存スルコトアリ又賃借人若クハ譲受人モ亦法律ニ許シタル事ヲ為ササル義務ヲ負担スルヲ得
又或ル土地ノ所有者地役アラサル場合ニ於テ相隣者ノ為メ自己ノ所有権ニ附着セル二三ノ権利ヲ行ハサルへキコトヲ約シタルトキ例ヘハ其所有者自己ノ地内ニ於テ銃猟セサルヘク又ハ相隣地ニ北風ヲ防ク樹木ヲ斫伐セサルへシト約シタルトキノ如キハ亦為ササルノ義務アル場合ナリ又普通法若クハ特別ノ合意ヲ以テ認許シタル二三ノ所為ヲ他人ノ財産上特ニ行ハサルへキノ義ムヲ負フ場合アリ例ヘハ金銭ノ貸主カ債ム者ノ俸給ノ如キ特殊ノ財産ヲ差押へサルへキコトヲ約シタル場合又ハ所有者カ隣地ヨリ分界線上ニ侵進スル樹枝ヲ或ル期間截伐セサルコト或ハ自己ニ属スル地役ヲ使用セサルコトヲ約シタル場合ノ如キ是ナリ斯ノ如キ場合ニ於テ所有者一時其権利ヲ抛棄スルモ敢テ之ヲ以テ法律上又ハ人為上地役ヲ消滅シタリト看做スコトヲ得ス此抛棄ハ即チ為ササル義ム即チ對人的ノ義ムノ性質ヲ有スルモノト認メサル可カラス而シテ此義務タル要役地ノ譲受人ヲシテ豫メ之ヲ知ラシメタルトキニ非サレハ之ニ對シ効力ナク又承役地ノ譲受人モ明示又ハ黙示ニテ此債権ヲ得タルトキニ非サレハ其利益ヲ享クルコト能ハサルナリ
第二百九十四条
人権ハ其性質一様ナリト謂フト雖モ敢テ之カ為メ其制裁ノ程度ニ至ルマテ之ヲ同フスト謂フへカラス蓋シ其制裁力ハ之ニ對当スル義ムノ人定法上ノモノタルト自然法上ノモノタルトニ従ヒ多ヒニ差異アルモノナリ即チ制裁力ノ最モ強キ義ムハ債ム者任意ニ之ヲ履行セサルトキ債権者ヲシテ法律ニ認可スル諸般ノ方法ヲ用ヒ以テ強制執行ヲ為スヲ得へキノ許可ヲ才判所ニ訴求スルヲ得セシムルモノナリ欧州諸國ノ法律ハ羅馬法ニ倣ヒ此義ムヲ称シテ法定ノ義ムト曰へリ本法モ亦其自然義ムト異ナルコトヲ明ナラシメンカ為メ之ヲ「人定法ノ義ム」ト名ケタリ蓋シ國法ヲ以テ規定シ且制裁ヲ付シタル義ムノ謂ナリ自然ノ義ムニ至テハ其制裁不完全ニテ強制執行ヲ為スコトヲ得ス其執行ハ唯債務者ノ良心、節操ニ委シ之ヲシテ任意ニ履行ヲ為サシムルノミ自然義ムアル場合ヲ指定スルハ甚タ困難ニシテ外國ノ法律ハ之ヲ明定セス學説及ヒ判決ニ放任シタリ是ヲ以テ學説及ヒ判決其軌ヲ一ニセサルモノアリ而シテ羅馬法ノ如キモ此点ニ付テハ僅カニ其一部分ノミヲ論據トスルヲ得ルニ過キス蓋シ時代ヲ経ルニ従ヒ漸ク社会及ヒ親族ノ組織大ニ変更スルノ致ス所ナリ本法ハ自然義ムノ場合ヲ明定シ以テ此ノ如キ困難ヲ豫防シタリ然レトモ此場合タル法定ノ義ムヲ規定シタル後ニ非サレハ理會シ難キカ故ニ本部ノ末章ニ於テ別ニ之ヲ規定シタリ
本法ハ債権及ヒ義ムノ一般ノ理論ヲ示スニ物権ニ於ケルト同一ノ編纂法ヲ以テシ第一ニ義務ノ原因即チ其設定ノ方法、第二ニ其効力、第三ニ其消滅ノ事ヲ規定シタリ
本部ニ規定スル所ノモノハ一般ノ義ムニシテ固有ノ原因、効力及ヒ消滅方法アル義ムニ至テハ之ヲ次編及ヒ担保編ニ掲ク例ヘハ賣買、雇傭契約、會社、代理、貸借等ハ数多ノ点ニ付キ大ニ性質及ヒ効力ヲ異ニスル特別ノ契約ナレトモ其特別ナル所ハ此ニ之ヲ掲ゲケス然レモ亦一般ノ契約ト共通ナル数多ノ性質ヲ有スルモノニシテ之ヨリ生スル義ムハ本部ニ掲クル所ノ規則ヲ以テ其通則ト為ス
第一章 義ムノ原因
総則
第二百九十五条
凡ソ法定ノ義務ハ次ノ二編ニ於テ特別規則ヲ設ケタルモノト雖モ猶ホ必ス本条ニ列記スル四箇ノ原因ノ一ニ出ツルモノナリ自然義ムニ至テモ亦末章ニ示スカ如ク法定義ムニ固有ナル第四ノ原因ヲ除キ之ト同一ノ原因ニ出ツルモノナリ但自然義ムノ原因ハ其効力較ニ薄弱ナルノミ
本条ニ掲クル所ノ義ムノ第二及ヒ第三ノ原因ハ欧州諸国ノ法律ニ於ケルト其名称ヲ異ニス蓋シ欧州ノ諸法典ニ用ヒタル名称ハ古来因襲ノ久キヲ以テ纔カニ之ヲ存スルニ過キサルモノナレハ本法之ヲ模倣ス可カラサルカ故ナリ
或ハ判決ヲ以テ義ムノ原因ト為ササルヲ訝ム者アラン実ニ一ノ確定判決ヲ以テ訴訟人ノ一方ニ他ノ一方ノ為メ或ル物ヲ與へ或ル事ヲ為シ又ハ為ササルへキコトヲ言渡ストキハ其判決ハ其基因スル所如何ヲ問ハス更ニ義ムノ一新原因タルカ如シ且実際義ムノ執行ハ合式ノ告知アリタル判決言渡ニ據リ要求スルモノナルカ故ニ愈々此点ニ付キ擬議ヲ生スルコト有ラン然レトモ是レ單ニ一ノ迷謬タルノミ蓋シ判決言渡ハ更ニ権利ノ創設スルモノニアラスシテ既存ノ権利ヲ認定スルニ過キス若シ夫レ訴訟人ノ一方義ムアルノ言渡ヲ受ケタルトキハ其人タル前ニ掲ケタル四箇ノ原因ノ一ニ因リ嘗テ己ニ義ムヲ負担スルカ故ニシテ判決ハ毫モ既存ノ義ムニ加フル所アルニアラス彼ノ裁判費用ヲ負担スへキノ義ムニ至テモ亦判決ニ先ツ一原因ニ出ツルモノナリ詳言スレハ敗訴者ノ過失即チ非理ナル訴求又ハ辨護ヲ為シタルノ過失ニ原因スルモノナリ又執行ヲ求ムルハ判決ニ據ルト雖モ是レ未タ毫モ判決ヲ以テ義ムノ原因ト為スニ足ラサルモノナリ蓋シ判決ハ権利ノ證據ニ過キス所謂反証ヲ以テ覆スコトヲ得サル法律上ノ推定ノ一種ニ外ナラスシテ恰モ判決ノ憑拠タル書面又ハ人証ノ義ムヲ生セサルカ如ク亦其原因タルモノニアラサルナリ
第一節 合意
第二百九十六条
合意及ヒ契約ノ二字ハ習慣上又法律上動モスレハ交ニ之ヲ通用スト雖モ亦其固有ノ意義ヲ明ニスルヲ可ナリトス蓋シ合意ハ契約ニ比スレハ其意義更ニ廣ク契約ハ必ス合意ナリト雖モ合意ハ未タ必スシモ契約ニ非ス本条第二項ヲ比照スレハ此二箇ノ権利行為ノ差異自カラ明カナリ
本節ハ第一合意ノ種類第二其成立及ヒ有効ノ条件、第三当事者間並ニ第三者ニ對スル其効力、第四其解釈ノ規則ヲ逐次ニ掲載スルモノナリ
第一款 合意ノ種類
本款ハ合意ノ種類ヲ列挙スト雖モ敢テ合意ニ七箇ノ類別アルニ非ス唯同一ノ合意ヲ種々ノ点ニ付キ観察シ其体様ヲ指示スルノミ
勿論各種別中其一支派ニ属スル合意ハ他ノ支派ニ属セスト雖モ第一種類ニ属スルモノハ亦第二以下ノ種類ニモ属スヘシ是レ第一条乃至第二十九条ニ於テ物ノ区別ヲ掲ケ同一ノ物ヲ種々ノ点ニ付キ観察シタルト一般ナリ
合意ノ種類ハ各々重要ナル結果アルモノニシテ其結果タル後ニ至リ詳細ニ規定スル所アリト雖モ本款各条ノ下亦其要領ヲ指定スへシ
第二百九十七条
本条ノ区分ハ実際ノ適用上頗フル緊要ナルヲ以テ合意ノ種類中第一位ヲ占ムルモノナリ例ヘハ賣買、交換、賃貸借、會社ハ双務合意ニシテ費消貸借ハ片務合意ナリ
合意ヲ双務ト片務トニ区別スルノ利益二箇アリ即チ双務合意ニ於テハ当事者ノ一方其義ムヲ履行セサルトキハ他ノ一方合意ノ觧除ヲ請求シ自己ノ義務ヲ免カルへキノ黙示条件存スルモノト看做ス固ヨリ觧除ヲ請求スルハ一ノ権能ニ過キス故ニ此権能ヲ抛棄シテ合意ノ履行ヲ求ムルコトヲ得へシト雖モ觧除ヲ求ムルハ却テ利益ヲ保全スルニ確然簡單ナリ加之觧除ヲ求ムルモ別ニ損害賠償ヲ求ムルノ妨トナルモノニアラサルカ故ニ觧除ノ利益ハ頗フル大ナルモノナリ
片務合意ニ至テハ觧除ノ問題起ルヘキ理ナシ蓋シ義務ヲ負ヒタル一方カ任意ニテ合意ヲ履行セサルトキ他ノ一方ハ觧除ヲ為スモ徒ラニ損失ヲ被ルノミニテ毫モ補償ヲ得ル能ハス故ニ他ノ一方ハ債務者ノ財産上強制執行ノ方法ヲ行フノ外アラサルナリ此差異ハ事物自然ノ理ニ基クモノニシテ本編第二百四十一条ニ規定スル所ナリ
第二ノ際モ亦第一ノ差異ト同シク正当ナルモノナレトモ之ニ比スレハ実際ノ必要較ニ少キカ如シ故ニ外國ノ法典中此差異ノ存セサルモノアリト雖モ其之ヲ設ケサリシハ欠典ナリト謂ハサル可カラス此第二ノ差異如何曰ハク双務合意ヲ証明スル証書、私署証書ナルトキハ利益ヲ異ニスル当事者ノ員数ニ従ヒ数通ヲ作ラサル可カラス是レ證據編ニ規定スル所ナリ今唯其理由ノ要領ヲ述ベンニ当事者ハ各時宜ニ依リ才判所ニ於テ自己ノ権利ヲ主張スルカ為メ其證據ヲ所持スルヲ正当且有益ナリトス然ルニ一通ノ証書ヲ作ルニ止マルトキハ之ヲ所持スル当事者若シ其合意ヲ為シタルコトヲ悔ユルトキハ恣マニ之ヲ毀滅シ以テ濫リニ一種ノ觧除ヲ為スヲ得ルニ至ル可ク而シテ其觧除ハ其当事者ノ違約ノ責罰トナラスシテ却テ褒賞トナルニ至ルヘシ
第二百九十八条
有償合意ハ双務合意ト混同セサルヲ要ス蓋シ双務合意ニ於テハ当事者各義務ヲ負担スルカ故ニ必ス有償タルヘキヤ疑ナシト雖モ有償合意ニ至テハ未タ必スシモ双務ナリト謂フ可カラス例ヘハ利息付キ貸借ノ如キハ有償ナリト雖モ義務ヲ負フ者ハ獨リ借主ノミ即チ借主ハ元本ヲ返還シ且之ニ利息ヲ附加スルノ義務アリ貸主モ亦一時元本ヲ失フカ故ニ一ノ負担ヲ受ケ一ノ出捐ヲ為スモノナリ然レトモ是レ一ノ義務ニアラス何トナレハ貸主ハ貸付前ニ未タ曽テ何等ノ義務ヲモ負ハス又貨幣ヲ引渡シタル後ニ至ルモ何等ノ義務ヲモ負ハサレハナリ是レ利息付貸借ノ貸付物交付ニ依ルニ非サレハ組成セサル所以ナリ此点ニ付テハ次条ノ区別ニ関シ更ニ説明スル所アル可シ
利息付貸借其他総テ有償双務ノ合意ノ外尚ホ目的又ハ其他ノ元素ヲ變シ義務ノ更改ヲ為ス合意モ亦有償合意ナリトス蓋シ更改合意ニ於テハ債権者其従前ノ権利ヲ抛棄シ債務者一ノ新債務ヲ契約シ以テ当事者各出捐ヲ為スモノナリ(第四百八十九条以下参看)
本条ニ下シタル無償合意ノ定義ハ其無償ノ性質即チ当事者ノ一方之ニ因リ何等ノモノヲモ與フルコト無ク受取ルヲ得ルコトヲ明示スルモノナリ
又本条ハ第三者ノ為メ出捐ヲ為スコトヲ得ル旨ヲ示シタリ蓋シ当事者ニ非サル者ノ為メ要約スルハ或ル区別ニ従ヒ有効ナリ(第三百二十三条)然レトモ第三者ニ與フルノ義務ヲ負ヒテ受取ル者ハ有償ニテ受取ルモノナリ無償合意タルモノ、第一ヲ贈與トス次ハ無利息費消貸借及ヒ使用貸借ニシテ借主ハ純然タル無償ノ利益ヲ受クルモノナリ寄託及ヒ代理モ亦寄託人及ヒ代理人ノミ役務ヲ竭クスヲ以テ無償合意ナリトス
保証ニ至テハ保証人ハ債務者トノ間ニハ有償ナルモ保証人ハ債務者ノ為メ之ト共ニ義務ヲ負担スルカ故ニ債ム者ノ為メニハ無償ナリトス
合意ヲ有償ト無償トニ区別スルハ前条ノ区別ト同ク緊要ナルモノナリ即チ第一無償合意ニ於テハ有償合意ニ於ケルヨリ当事者ノ能力更ニ大ナルヲ要ス例ヘハ他人ノ財産又ハ自己ノ財産ヲ管理スル権ヲ有スルニ過キサル者ハ或ル有償合意ヲ為スコトヲ得ルト雖モ決シテ此等ノ財産ニ付キ無償合意ヲ為シ補償ナクシテ此等ノ財産ヲ減少スルコトヲ得ス又負担物ノ保存ニ注意スルノ義務モ贈與者ノ負フ所売主ニ比スレハ較ニ寛ナリ(第三百三十四条)次ニ無資力者ノ債権者其債務者ノ為シタル無償合意ヲ廃罷セシムルハ其有償合意ヲ廃罷セシムルニ比シ一層容易ナリトス(第三百四十二条)又有償合意中最モ重要ナル所ノ贈與ニハ特ニ方式ヲ設ケ遺贈者ヲシテ貪婪ナル者ノ欺瞞及ヒ自己ノ眩惑ノ為メ損害ニ罹ルヲ免カレシムルコトヲ目的トス
第二百九十九条
承諾ハ次款ニ於テ細説スル如ク合意ノ要素ナリ詳言スレハ承諾ハ合意成立ニ缺ク可カラサルモノナリ然レトモ亦凡ソ合意成立ノ為メニハ承諾ノミヲ以テ足レリトシ殊ニ近世特別ノ必要アルニ非サレハ権利行為ニ付キ法式ヲ要セサル時代ニ至リテハ單ニ承諾ノミヲ以テ足レリトス諾成合意ハ即チ單ニ承諾ノミヲ以テ成立スルモノヲ謂フ賣買、交換、賃貸借、會社、代理、保証等ハ純然タル諾成合意ナリ贈與ノ若キモ次条ニ説明スルカ如ク要式合意ナリト雖モ亦本条区別ノ点ニ付テ観レハ諾成合意タルモノナリ
要物合意ハ合意成立ノ時又ハ其以前ニ其目的物ヲ引渡スニアラサレハ成立セサルモノヲ謂フ使用及ヒ消費貸借、寄托及ヒ動産質是ナリ
右ノ合意ノ成立ニ引渡ヲ要スルハ決シテ立法者ノ専横ニ出テタルモノニ非ス事物自然ノ理ニ出ツルモノニシテ諸國ノ法律中多クハ既ニ此規定アリ又之ヲ法律ニ明記セサル邦國ニ於テハ実際之ヲ以テ慣例トシタリ蓋シ右四箇ノ合意ハ或ル人ヲシテ物ヲ返還シ且消費貸借ノ外物ノ返還ノ時マテ之カ保存ニ注意スルノ義務ヲ負ハシムルヲ以テ本条ノ目的トスルモノナリ然ルニ既ニ受取リタルモノニ非サレハ之ヲ保存シ且返還スルノ義務アルヘカラス但動産質ニ至テハ物ノ引渡ナキモ成立スルコトヲ得ヘク恰モ抵当不動産ヲ依然債務者ノ占有ニ委付スルカ如ク債務者ヲシテ依然動産ヲ占有セシメ以テ之ヲ債務ノ担保ニ充ツルモ敢テ道理ニ反スル所アラサル可シ然レトモ斯クノ如クンハ羅馬法ニ認メタルカ如キ眞ノ抵当即チ動産抵当タルヘシト雖モ此抵当ハ弊害アルカ為メ近代ノ法律ハ之ヲ認許セサルニ至リ本邦ニ於テモ亦之ヲ認定セサルヲ可ナリトス是ヲ以テ動産質ハ物ノ交付アリテ債権者之ヲ占有セサル以上ハ有効タラサルモノトス
要物契約ハ其数前記四箇ニ限ルモノニシテ合意取結ノ時又ハ其以前ニ於テ必ス物ノ引渡アルヲ要スルコトハ前已ニ之ヲ述ヘタル所ナリ蓋シ将来ノ債務者既ニ他ノ権原例ヘハ賃貸借ノ名義ニテ物ヲ占有シ而シテ更ニ使用、貸借、寄託又ハ動産質ノ権原ニテ其物ヲ占有スヘキノ合意アルトキハ合意前ニ引渡アルモノナリ又最初ノ要物合意例ヘハ寄託ニ因リ債務者既ニ其物ヲ占有シタルニ当リ更ニ之ヲ借用スルコト有ル可ク或ハ使用貸借ニ因リ既ニ占有シタル物ヲ其侭動産質ト為スコト有ル可シ此等ノ場合ニ於テハ債務者ハ一旦前権原ニ基リ物ヲ返還シ更ニ後ノ権原ニ因リ直ニ之ヲ受取タルト看做サルルモノナリ所謂簡易ノ引渡是ナリ(第百九十一条参看)
此他ノ場合ニ於テハ合意ノ当時物ノ引渡ヲ為スモノトス
合意ヲ諾成ト要物トニ区別スル実際ノ利益ハ前段ニ説ク所ノ由テ見レバ已ニ明カナリ即チ此区別ノ実益ハ契約ノ成否何レノ時ニ在ルカノ点ニ帰着スルモノナリ又或ハ物ヲ貸与シ又ハ動産質ニ供スヘキコトヲ豫約シタルノミニテ未タ其物ノ引渡ヲ為ササルコトアルヘシ此約束ハ未タ貸借契約又ハ動産質契約ニアラスシテ後条ニ所謂無名合意ノ一タルベシ而シテ貸借ノ約束ノミアリタルトキハ貸借合意アリタルトキト異ナリ債ム者タルモノハ将来ノ貸主ニシテ債権者タルモノハ将来ノ借主ナリ又主タル債務既ニ生シタル後動産質ノ豫約アルトキハ債務者動産質ヲ供スルノ義務ヲ負フ可シト雖モ既ニ動産質ヲ供シタリシトキハ却テ返還ヲ求ムルノ権利ヲ有スルモノタルヘシ又寄託ヲ受ク可キノ約束ヲ為シタルトキハ債務者為スノ義務ヲ負フト雖モ未タ保存且返還スルノ義務ヲ負ハサルナリ
第三百条
近世ニ至テハ合意ニ方式ヲ要スルコト已ニ例外ニシテ且其方式ハ書式ニアラスシテ公吏ノ干渉タリ即チ該公吏ハ当事者ノ陳述ヲ聴キタル後特別規則ニ従ヒ証書ヲ作リ之ヲ当事者ニ読聴カセ且之ヲ読聴カセタル旨ヲ記載シ当事者ヲシテ之ニ署名セシメ又其署名スル能ハサルトキハ其原因ヲ記載シテ自己モ亦之ニ署名スルモノトス
本法ニハ要式合意多カラス唯夫婦財産契約及ヒ贈與アルノミ(財産取得編第三百四十九条及第四百二十二条)然シ而シテ合意成立ノ為メ方式ヲ要スル場合ト其證據ノ為メ之ヲ要スル場合トハ之ヲ同一視ス可カラス證據ノ為メ方式ヲ要ス場合ニ於テハ相手方ノ自白ヲ以テ要式證據ヲ補充スルモノナリ
合意ヲ要式ト不要式トニ区別スルノ利益ハ其定義自体ニ就テ観レハ自カラ明瞭ナルカ故ニ敢テ贅説セス
第三百一条
本条ニ掲クル区別ハ外國法律ノ所謂互易契約及ヒ射倖契約ノ区別ニ當ルモノナリ唯本法ハ互易ノ名稱ニ代フルニ実定ノ名稱ヲ以テシタリ蓋シ実定ナル語ハ鞏固硬堅ノ謂ニシテ脆軟不確定ニシテ偶然ノ運賦ニ委スルモノニアラサルノ意ヲ示スモノナリ
合意中性質上必ス射倖タルモノアリ其他ノ合意ニ至テハ当事者任意ニテ射倖ノ性質ヲ付スルニ非サレハ射倖タラス
性質上射倖合意タルモノ第一ヲ博打賭事ト為ス然レトモ法律ニ於テ此等ノ合意ヲ認許スルハ例外ニシテ其場合甚タ少シ第二ヲ終身年金合意トシ第三ヲ終身用益権設定ノ合意トシ第四ヲ冒険貸借ト稱スル海上ノ貸借トシ第五ヲ陸上又ハ海上保険合意トス保険合意ハ近世ニ至リ数多ノ適用アリテ益々増加スルノ傾向アリ
此他ノ合意ハ性質上実定ナリト雖モ当事者其成立又ハ其効力ノ全部若クハ一分ヲシテ偶然ノ事ニ繋ラシメ以テ之ニ射倖ノ性質ヲ付スルコトヲ得故ニ一ノ合意又ハ之ヨリ生スル義務ニ付スルニ停止若クハ觧除ノ条件ヲ以テスルトキハ其合意ハ毎ネニ射倖ノ性質ヲ帯フルモノナリ是レ其条件偶生ナルトキ即チ意外ノ事ニ係ルトキニミナラス債務者ノ為メニハ眞ニ偶然ノ事タル債権者ノ意思ニ係ルトキト雖モ亦然リトス例ヘハ当事者ノ一方又ハ双方ヲシテ手附ヲ損失シ又ハ其二倍ヲ返還シ以テ合意ヲ取消スコトヲ得セシムル所ノ手附付ノ合意ノ如キモ亦射倖ノ性質ヲ有スルモノナリ試験ニテ為ス賣買即チ物ヲ授受スル前ニ之ヲ試味スルノ慣習アル物ノ賣買モ亦同ジ然レトモ性質上ノ射倖合意ニ非サレハ実際射倖ノ名稱ヲ付スルコトナシ
此区別ノ実益ハ他ノ区別ニ於ケルカ如ク著シカラス概ネ学者カ此区別ノ利益ナリト稱スルモノ通例唯一アルノミ即チ射倖ノ合意ハ缺損ノ為メ実定ノ合意ヲ鎖除スルヲ得ヘキ場合ニ於テモ猶ホ之ヲ鎖除スルヲ得サルコト是ナリ然レトモ本法ニ於テハ分割ノ場合ノ外缺損ヲ以テ鎖除ノ原因ト為ササルカ故ニ射倖合意ニ於テ之ヲ鎖除ノ原因ト為ササルモ以テ彼我ノ間ニ存スル差異ナリト謂フ能ハス
然レトモ尚ホ他ニ較ニ重要ナル差別ノ存スルアリ即チ当事者一方ノ条件不履行ノ為メ終身年金合意ヲ觧除スルモ実定合意ノ觧除ニ於ケルト異ナリ全ク当事者ヲシテ合意以前ノ位置ヲ復セシメサルコト是ナリ蓋シ約務ニ背キタル者ノ對手ハ既ニ不利ナル運賦ヲ受ケ来リタルモノナレハ其補償トシテ之ニ其受取リタル年金ノ金額ヲ與へ縦令法律上又ハ通常合意上ノ利息ノ割合ニ超過スル所ヲ受取リタルコトアルモ之ヲ返還セシムヘカラス
第三百二条
本条ニ掲クル所ノ区別ハ第十五条ニ於テ物ヲ主タルモノト従タルモノトニ分チタルト殆ント同様ノ趣旨ニ出タルモノナリ
合意中性質上必ス主タルモノナリ又必ス従タルモノアリ然レトモ必ス主タリ又従タル合意ハ其数極メテ寡シ蓋シ合意ノ過半ハ当事者ノ明示若クハ黙示ノ意思ニ隨ヒ或ハ主タリ或ハ従タルモノナリ担保ノ合意タル保証、動産質、抵当ノ如キ必ス従タルモノナリ(参看第二条)
然レトモ賣買、賃貸借、會社、貸借等ニ至テハ主タル合意タルコト多シト雖モ亦従タル合意タルコトアリ例ヘハ一定ノ代價ニテ一ノ家屋ヲ賣リ又別ニ代價ヲ定メテ附属ノ動産ヲ賣リタルトキハ動産ノ賣買ハ家屋ノ賣買ノ従タルモノナリ而シテ其結果ハ本条ニ指示スルカ如ク合意ノ瑕疵アルニ因リ家屋ノ賣買有効ナラサルトキハ動産賣買モ亦縦令其自體ニ於テ有効ナルモ共ニ無効ニ帰スルニ在リ賃貸借モ亦賣買ノ従タルコトアリ例ヘハ賣渡シタル家屋ニ接着スル土地又ハ一時買主ニ必要ナル農工ノ器具ヲ賃貸スルトキノ如キ是ナリ又消費貸借ヲ賃貸借ノ従トスルコトアリ例ヘハ小作人ヲシテ賃借地ノ耕耘ニ着手セシムルカ為メ之ニ元本ヲ貸與スルトキノ如シ
二箇ノ合意中孰レヲ主タルモノト做シ何レヲ従タルモノト做スヘキカヲ判定スルハ事実ノ問題ニシテ裁判所ノ宜ク事情ヲ審案シ以テ断定ス可キ所ノモノナリ合意ノ觧釈ニ関スル二三ノ規則ハ下第四款ニ掲クト雖モ更ニ本条ノ区別ヲ説クノ煩ヲ省クカ為メ少シク茲ニ注意ヲ促カサン若シ二箇ノ合意孰レカ主タリ従タルヲ査定スルニ当リ二者共ニ同一ノ日附ヲ有スルトキハ事重ク價多キモノヲ以テ主タル合意ト看做スヘキヤ勿論ナリ又其日附ヲ異ニスルトキハ日附ノ前ナルモノヲ以テ主タル合意ト做スヘシ蓋シ合意確然成立シタル後更ラニ之ヲ以テ日後ノ合意ノ従タルモノト為スハ理ノ容レサル所ニシテ当事者明カニ前ノ合意ヲ以テ後ノ合意ノ従ト為スノ意思ヲ顕表シタルトキニ非サレハ此結果ヲ生スヘカラス而シテ当事者此意思ヲ明示スルニ於テハ一ノ更改ヲ為スモノナリ
合意ヲ主タルモノト従タルモノト区別スルノ実益ハ一ノ合意ノ無効ナルトキ他ノ合意無効タルヤ否ヤノ点ニ在リ本条ハ此点ニ付キ二箇ノ規則ヲ設ケ又各則ニ例外ヲ設ケタリ
第一ノ規則ハ主タル合意ノ無効ハ従タル合意ノ無効ヲ惹起スルニ在リ其例外則ハ従タル合意カ担保ノ合意タルトキニ行ハルルモノナリ蓋シ担保ノ合意ハ主タル合意無効トナルトキ之ニ代ハルカ為メニ取結ヒタルモノナルカ故ニ主タル合意無効ノ為メ共ニ無効タラサルナリ例ヘハ未成年者ヲ保証シタル場合ニ於テハ未成年者其義務ヲ鎖除セシムルモ保証人ハ依然其責ニ任ズ可シ又買主追奪ヲ受クルコトアラハ賣主カ賠償ノ義務ニ任スヘキコトヲ明約シタル場合ニ於テ(是レ合意ナクシテ負担スル所ノ法律上ノ担保義務ニ對シ事実上ノ担保ト稱スル所ノモノナリ)買主追奪ヲ受クルトキハ賣買無効トナルヘシト雖モ担保ノ義務ハ尚ホ存立スヘシ何トナレハ此義務ハ一ニ賣買ノ無効ヲ補フヲ目的トスルモノナレハナリ
純理上之ヲ観ルニ右二箇ノ担保合意ハ従タル合意ト謂ハスシテ條件付ノ主タル合意ト謂フヲ得ヘキモノナリ然レトモ本法ハ実際ノ称呼ヲ用ヒ之ヲ従タル合意ト称シ而シテ之カ為メニ一ノ例外則ヲ設ケタリ
第二ノ規則ハ従タル合意ノ無効ハ主タル合意ヲシテ無効ナラシメサルニ在リ其例外則ハ二箇ノ合意ノ関係甚タ緻密ニシテ当事者ノ意思上之ヲ分ツ可カラサル場合ニ行ハルルモノナリ例ヘハ土地ノ賣主其賣買ノ附従トシテ買主ノ企テントスル農工業ニ必要ナル水ヲ隣地ニ於テ汲取スヘキ権ヲ譲與スヘキコトヲ約シタルニ賣主其水源ノ所有者タラサルカ為メ地役ノ設定無効トナルトキハ土地ノ賣買モ亦共ニ無効トナルヘシ何トナレハ此二箇ノ合意ハ当事者ノ意思上分ツ可カラサルモノナレハナリ
第三百三条
前六箇ノ区別ニ関シ例示シタル合意ハ概ネ有名合意ニシテ特ニ其目的ヲ指示セサルモ能ク之ヲ識別スルヲ得ヘシ即チ賣買、賃貸借貸借等ハ其称呼ヲ言ヘハ一々其定義ヲ下シ其目的ヲ示ササルモ其何者タルヲ知ルヲ得ヘシ
之ニ反シテ更改ノ若キハ一々其目的及ヒ其性質ヲ示ササル可カラス蓋シ此合意ニハ更改ノ名称アリ且法律上之カ為メ特ニ規定スル所アリト雖モ実際未タ之ヲ以テ一ノ有名合意ト看做シタルモノアラス加之更改ハ法律上新義務ノ原因即チ一ノ合意ト看做スト謂ハンヨリ旧義務ノ消滅原因ト看做スモノナリト謂フヘシ
尚ホ無名合意タルモノ二三ヲ例示センニ作為ノ交換、貸借、動産質又ハ抵当ノ豫約及ヒ寄託ヲ受クル約束ノ如キ即チ然ルモノナリ
本条ハ此種類ノ各支派ニ適用ス可キ規則ヲ指示セリ即チ有名合意ニハ法律ニ固有ノ規則アルトキハ毎ネニ之ヲ適用シ特別ノ規定アラサルトキハ合意ノ普通法即チ本部ノ規則ヲ以テ其通則ト為シ尚ホ例外則トシテ有名合意中最モ之ト類似スルモノニ特別ナル規則ヲ比附援用ス
然リ而シテ無名合意ヲ有名合意ニ對比シ何レト最モ類似スルヤヲ考フルニ当リテハ文辞ニ拘泥セスシテ事物ヲ觀察スルヲ要ス故ニ作為ノ交換ハ所有権ノ交換ニ比スヘカラスシテ雇傭契約ニ比スヘシ又使用若クハ費消貸借ノ豫約又ハ動産質ノ豫約ニ至テハ貸借又ハ動産質ニ比スヘカラス既ニ第三百二十条ノ説明中此場合ニ於テハ当事者ノ位置豫約実行後ニ比シ全ク相反スルコトヲ述ヘタリ寄託ヲ受クルノ約束ニ付テモ亦然リ故ニ此場合ニ於テハ或ル事ヲ為スノ無名合意アルニ過キスシテ一ニ本部ニ掲クル所ノ一般ノ合意ノ規則ニ従フ可キモノナリ
第二款 合意ノ成立及ヒ有効ノ條件
第三百四条及ヒ第三百五条
此両条ヲ対照スルトキハ一目シテ合意ノ成立條件ト有効条件トヲ識別シ其基本上無効ナル合意ト瑕疵アル合意即チ取消シ得ヘキ合意トヲ能ク区別スルコトヲ得ヘシ
無効ノ合意ト取消シ得ヘキ合意トノ間ニハ許多ノ大差異アリ
合意ノ無効ナルベキ即チ合意ノ成立セサルトキハ其無効ノ結果当然生スルモノニシテ特ニ裁判所ニ之ヲ請求スルコトヲ要セス唯裁判所ハ其既ニ無効ナルコトヲ宣告ス可キノミ又当事者ハ各々他ノ一方ニ對シ其合意無効ノ申立ヲ為シ以テ其執行ヲ免レ若シ既ニ執行ヲ了リタルトキハ之ヲ回復スルコトヲ得ヘシ是レ此無効ヲ絶對的ナリト謂フ所以ナリ又此無効ノ合意ハ時日ノ経過若クハ当事者ノ意思ヲ以テ更ニ有効ナラシムルコトヲ得ス若シ当事者同一ノ目的ヲ達セント欲セハ更ニ契約ヲ為スコトヲ要ス
之ニ反シ合意カ単ニ取消シ得ヘキモノナルトキハ其取消ハ裁判所ニ請求シ其認許ニ出ツルヲ要ス又此請求ヲ為スヲ得ル者ハ瑕疵アル承諾ヲ為シタル当事者又ハ無能力ナル当事者ノミ是レ其無効ニ関係的無効ノ名称アル所以ナリ又原ニ取消シ得ヘキ合意ノ瑕疵ハ明示若クハ黙示ノ認諾ヲ以テ補正スルコトヲ得
又合意ノ成立ノ条件ハ其有効ニ必要ナリト雖モ其有効ノ条件ハ其成立ニ必要ナラス然レトモ此差異ハ第三百五条ニ於テ十分ニ之ヲ明示スルカ故ニ敢テ贅弁ヲ為サス合意ノ成立及ヒ有効ノ諸条件ハ順次律文ニ指定スト雖モ此等ノ条件ハ互ニ関係ヲ有スルカ故ニ第三百四条及ヒ第三百五条ニ指示シタル順序ニ従ヒ左ニ其大意ヲ略説セン
第一 合意ノ成立ノ条件
(イ) 承諾◦承諾トハ意思ノ投合一致ヲ謂フ即チ当事者双方ノ同一ノ感情ナリ而シテ承諾ハ合意ノ成立ニ必要ナルヤ其合意ト定義ヲ同フスルヲ見ルモ亦知ル可キナリ蓋シ合意ヲ為サントスル時ニ当テハ通常当事者ノ一方ヨリ言込ヲ為スモノニシテ之ヲ承引スルトキハ即チ承諾アリト云フ承諾ノ外尚ホ二箇ノ条件完備スルトキハ合意成立ス
意思ノ合致ヲ証明スル方法如何ニ至テハ後ノ数条ニ之ヲ指定ス
(ロ)目的◦合意ノ成立ニ必要ナル第二ノ元素ハ目的ナリ第二百九十六条ニ掲ケタル合意ノ定義ニ據レハ合意ノ目的ハ物権ト人権トヲ問ハス権利ノ創設、移轉、変更又ハ消滅ニ外ナラス然レトモ合意ノ目的トシテ創設ス可キ権利モ亦能動ノ主格及ヒ所動ノ主格ヲ有スルト共ニ其目的ヲ有セサル可カラス是ヲ以テ権利ノ目的ヲ指シテ合意ノ目的ナリト略言スルコト甚タ多シ
此権利ノ目的ハ第三百四条ニ依ルニ確定ノモノタルコトヲ要シ且当事者ノ處分権ヲ有スルモノタルコトヲ要ス例ヘハ義務(即チ合意ノ目的)ヲ創設スルニ当リ其義務ノ目的或ル事ヲ為スニ在ルトキハ其作為ヲ十分ニ指定シ以テ債権者ヲシテ債務者ノ約シタル所ニ超過スルモノヲ要求シ得サラシメ又債務者ヲシテ債権者ノ得ンコトヲ期シタル所ヲ減少シ漫ニ其義務ノ範囲ヲ減縮スルコトヲ得サラシムルヲ要ス又一箇ノ特定物ヲ与フ可キトキモ亦明ニ之ヲ指示シ以テ他物ト混同セサラシムルコトヲ要ス又定量物ヲ与フ可キトキハ其量目、員数又ハ尺度ヲ明確ニ定メサル可カラス
特定物ト定量物(第十六条)トノ外ニ類又ハ種ヲ以テ指定スル物アリ然レトモ與フ可キ物ヲ指示スルニ当テ一頭ノ獣一幹ノ樹、一箇ノ石ト云フカ如ク其類ノミヲ指スヲ以テ足レリトセス若シ其類ノミヲ示スニ止マルトキハ債權者ハ指定シタル類中ノ物ニ就キ價直ノ最モ多キモノヲ要求ス可ク又債ム者ハ必ス最モ低キモノヲ提供ス可ク遂ニ債權者債務者ノ恣肆ニ疲レ又債務者債権者ノ専横ニ困ムニ至ル可シ然レトモ一頭ノ馬、一箇ノ松、一尺立法ノ石又ハ大理石ト云フカ如ク種ヲ以テ物ヲ指定スルハ偶々十分ナルコト在リト雖モ又然ラサルコト有リ蓋シ此場合ニ於テハ間々実地ノ事情ト債権者ノ目的トニ依リ合意ノ目的ヲ確知スルコト有ル可シト雖モ亦合意ノ目的十分ニ確定セサルノ故ヲ以テ合意無効ト為ルコト最モ多カル可シ
又目的ハ当事者「處分権ヲ有スル」モノナラサル可カラス「處分権ヲ有スル」ノ語ハ羅馬法以来欧州諸国ノ法律ニ用ヰタル融通物ナル語ニ当リ且融通物ノ定義トモ謂フ可キモノナリ然ルニ本法ニ「融通物」ノ語ヲ捨テ「處分権ヲ有スル」ノ語ヲ用ヰタル所以ハ其他ニ比シテ一層精確ナル所アルカ故ナリ抑融通物ト云ヒ又不融通物ト云フハ所有者ノ誰タルヲ措テ問ハス絶對的ニ謂フモノニシテ何人モ物ノ處分権ヲ有セサルトキハ其物ヲ称シテ不融通物ト云フ(第二十六条)例ヘハ製造、賣買、占有ヲ禁シタル物又ハ不正ナル所為即チ法律又ハ善良ノ風俗ニ戻ルカ為メ禁シタル所為ノ如キ是ナリ然レトモ亦或ル人ノ為メニノミ不融通物ニシテ他ノ人ノ為メニハ然ラサルモノ有リ此物ヲ以テ合意ノ目的ト為ス能ハサルハ絶對的ニ非スシテ関係的ナリ例ヘハ各人ノ財産ハ所有者ノ處分ヲ為シ得ヘキモノナルヲ以テ一般ニ融通物ナリト雖モ所有者外ノ人ニ在テハ不融通物ナリ是レ「他人ノ物ノ賣買ハ無効ナリ」ト云フ所以ニシテ所有者ニ非サル賣主ニ在テハ其賣渡物ハ不融通物ナリ然レトモ他人ノ物ヲ取得シテ而ル後ニ之ヲ譲渡サント約スルトキハ自己ノ所為ヲ約シ、為スノ義務ヲ約スルモノニシテ有効ナリ
要スルニ本法ニ「處分権ヲ有スルモノ」ナル語ヲ採用シタルハ處分権禁止ノ関係的ノ性質ヲ斟酌シタルモノナリ
付與ス可キコトヲ約シタル物既ニ合意ノ際ニ滅失シタルトキハ其合意ハ基本上無効タル可キヤ敢テ明文ヲ待タスシテ明カナリ何トナレハ滅失シタル物ハ融通スルコトヲ得ス又吾人ノ處分権ヲ有スルモノニモ非サレハナリ
(ハ) 原因◦合意ノ原因トハ当事者ヲシテ其合意ヲ承諾スルニ決意セシムル理由ニシテ当事者ノ貫徹センコトヲ期シタル主旨ヲ謂フ蓋シ契約ハ徒尓ニ為スモノニ非ス必スヤ然ル可キノ理由アリテ為スモノニシテ概ネ心情ノ満足、金銭上ノ満足、交誼上ノ満足ヲ得ントスルニ基因スルモノナリ例ヘハ贈與又ハ過失ノ任意賠償ニ於テハ之ヲ為ス者ノ得ント欲スル所ハ心情上ノ満足ニシテ有償合意ニ於テハ金銭上ノ満足ナリ又恩恵ノ性質ヲ有セス且毫モ利益ヲ生セス只社會ニ占ムル自己ノ地位又ハ或ル二三ノ人トノ交際上為ス所ノ或ル契約ニ於テハ交誼上ノ満足ヲ得ントスルヲ原因トス例ヘハ一地方ノ費用ノ為メ或ハ建碑事業ノ為メ或ハ學藝若クハ文学ヲ目的トスル結社ノ為メ醵金スルカ如キ即チ是ナリ又往々快楽或ハ奢侈ヲ目的トシテ為ス合意アリ
合意ノ原因如何ハ右ニ述ヘタル所ニ付テ見レハ明瞭ナリ此原因ハ眞実ニシテ且合法ナルコトヲ要ス
合意中必ス原因ノ存スルモノ有ルカ故ニ果シテ原因ヲ有スルヤ又其原因ハ合法ナルヤ否ヤヲ研究スルニ及ハサルモノ有リ即チ諸般ノ有名合意ノ如キ法律ノ規定ニ係リ必然原因アリ且其原因ノ合法ナルモノノ如キ是ナリ故ニ賣買ニ於テ賣主ノ合意ノ原因トスル所ハ其物ノ譲渡ノ補償トシテ一ノ金銭即チ代價又ハ代價ノ債権ヲ取得セントノ希望ニシテ買主カ合意ノ原因トスル所ハ代價ノ補償トシテ物ノ所有権ヲ取得セントスルノ希望ナリ會社ニ於テハ当事者各々孤立単独ニシテ財産労力ヲ利用スルコトヲ為サス共同シテ之ヲ集合シ以テ一層巨大ナル利益ヲ得ントノ希望ヲ以テ原因ト為ス贈與ニ於テ贈与者ノ原因トスル所ハ他人ヲ利スルノ希望ニ在リ受贈者ノ原因トスル所ハ無償ニテ物ヲ取得スルノ希望ニ在リ
之ニ反シテ法律ニ規定セサル無名合意ニ於テハ其原因ヲ探求セサル可カラス蓋シ無名合意ニ於テハ原因或ハ欠缺シ或ハ錯誤ニ係リ或ハ假装ニ係リ或ハ不法ナルコト有ル可ケレハナリ例ヘハ義務ノ更改ニ於テ当事者ノ一方新義ムヲ契約スルハ偏ニ旧義務ヲ消滅スルカ為メノミ是レ義務更改ノ原因ナリ然ルニ其旧義務ニシテ曾テ成立セサリシカ又ハ更改ノ際已ニ消滅シタリシトキハ新義ムニハ原因ナシ若シ此場合ニ於テ当事者原因アリト誤信スルトキハ錯誤ノ原因アルモノニシテ当事者双方共ニ原因ノ既ニ存セサルコトヲ知リタリシトキハ假装ノ原因アリトス錯誤又ハ假装ノ原因ハ之ヲ称シテ虚妄ノ原因ト云フ
不法ノ原因ハ最モ識別シ易クシテ且有名合意ニ於ケルト無名合意ニ於ケルトヲ問ハス実際少カラサル所ノモノナリ今主要ナル二箇ノ場合ヲ例示センニ第一、当事者ノ一方カ不法ノ所為ヲ行フ可キコトヲ約シタル場合ナリ此所為タルヤ該当事者ノ為メニハ原来義務ノ目的タル可キモノナレトモ之ヲ以テ其目的ト為スコトヲ得ス又合意ノ目的ト為スコトヲ得ス何トナレハ該当事者ハ其目的ノ處分権ヲ有セス此所為ハ融通物タラサレハナリ又此所為タル他ノ一方ノ為メニハ其求ムル所ノ結果即チ達セントスル主旨ナリト雖モ其主旨タル不法ノ原因タルモノナリ第二、当事者カ合意ノ効力ノ全部又ハ一分ヲ法禁ノ条件ニ繋ラシムルトキハ其合意ノ原因不法ナリトス蓋シ条件ハ合意ノ原因ナルカ故ニ主タル原因タルトキト従タル原因タルトキヲ問ハス不法ナルトキハ合意ヲシテ無効ナラシムルモノナリ蓋シ若シ犯罪ヲ為サハ若干円ヲ與へンコトヲ約スルモ犯罪ヲ為シタルカ故ニ若干円ヲ與へント約スルモ其間毫モ眞ニ差異アラサルナリ
合意ノ原因ハ其遠因ト混同ス可カラス其差異ハ第三百八条ニ至リ之ヲ説明ス
(ニ) 方式◦或ル合意ノ成立ニハ方式ヲ要スルコト有リ其方式ノ事ハ各合意ニ付キ之ヲ説明ス可シ蓋シ方式ハ一般合意ノ論理ニ属スルモノニ非サレハナリ
第二 合意ノ有効ノ條件
(イ) 承諾ニ瑕疵アラサルコト◦第三百五條ニ承諾ノ瑕疵ト定メタル所ノモノ只二箇アルノミ錯誤及ヒ強暴即チ是ナリ詐欺ニ至テハ外國ノ諸法典ニ於ケルト異ナリ之ヲ以テ承諾ノ瑕疵ト為サス唯之ガ為メニ生スル錯誤ノ如何ニ従ヒ或ハ錯誤ト混同シ或ハ加害所為タルニ止マリ賠償義務ヲ生スルニ過キス(参看第三百十二条)但其損害ヲ賠償スルカ為メ合意ヲ取消スコトヲ得ルト雖モ眞ニ承諾ノ瑕疵タル錯誤アリタルトキニ比スレハ其性質ヲ異ニシ且其効力較ニ微弱ナリ
(ロ) 當事者ノ能力◦或ル人ハ特別ナル位置ニ在ルカ為メ法律上其身分ト其財産トニ係リ或ル行為ノ能力ナキ者ト推定セラル本法ハ爰ニ此等ノ人ヲ指定セス第一編ニ之ヲ記載シタリ
(ハ) 欠損◦合意取消ノ特別原因タル欠損ニ付テハ此ニ詳細ノ説明ヲ為サス欠損トハ當事者ノ各自其供給スル所ノ利益ニ等シキ利益ヲ欲スル有償合意ニ於テ一方ノ得ル所ノ利益甚タ尠少ナルヲ謂フ然ルニ公益ノ点ニ付キ之ヲ観ルニ合意ハ尤モ鞏固ナラサル可カラサルカ故ニ漫ニ欠損ヲ以テ合意取消ノ原因ト為ス可カラス是ヲ以テ外國法典ニ於テハ成年者ノ間ニ於テ欠損アル為メ合意ノ取消ヲ認許スル塲合ハ唯二箇アルノミ不分財産ノ分割及ヒ賣主ニ損失アル不動産ノ賣買即チ是ナリ
本法ハ欠損ノ為メ賣買ノ鎖除ヲ許サス唯分割ニ関シ之ヲ認ムルノミ然レトモ未成年者ノ為メニ多少ヲ問ハス欠損アルヲ以テ諸般ノ合意鎖除ノ一原因ト為ス然レトモ未成年ナル無能力者ノ欠損ヲ以テ合意鎖除ノ原因ト認ムルニ由リテハ数多ノ難問ヲ生スルヲ以テ本法ハ力メテ之ヲ豫防シタリ(参看第五百四十八条)
茲ニ一ノ緊要ナル注意ヲ喚起シ以テ合意ノ成立及ヒ有効ノ諸條件ニ関スル説明ヲ完了セン
抑々合意自由ナル可キハ法律ノ基本タル原則ニシテ其適用ハ既ニ屢々之ヲ示シタリ又次款ニ於テモ此原則ヲ確認説明シ且其制限ヲ定ム然レトモ合意ノ成立及ヒ有効ノ條件ニ関シテハ此原則ノ適用甚タ少ナシ即チ當事者ハ合意ノ成立ヲ多少不確定ナル事件ニ繋ラシメ以テ其成立ノ要件ノ一ヲ加フルコトヲ得又法律上欠損ニ因リ合意ノ鎖除ヲ許ササル塲合ニ於テ之ヲ以テ鎖除ノ條件ト為シ或ハ法律ニ定メタルヨリ以下ノ欠損ヲ以テ合意ヲ鎖除スルニ足レリトシ以テ有効ノ條件ノ一ヲ加フルコトヲ得然レトモ當事者ハ合意ノ成立條件ニ関スルト有効條件ニ関スルトヲ問ハス法律上ノ條件ヲ減スルコトヲ得ス蓋シ成立ノ條件ハ事物自然ノ理ニ出テ純理ニ基クモノナレハ之ヲ減スルコト能ハサルヤ明瞭ナリ有効ノ条件ハ無能力者ノ保護ニ基クモノナリ然ルニ當事者濫ニ此保護ヲ抛棄シ就中無能力又ハ承諾ノ瑕疵ノ為メニ合意ヲ鎖除セシムル権利ヲ抛棄スルトキハ遂ニ法律ノ趣旨ヲシテ貫徹セサラシムルニ至ル可シ
第三百六條
承諾ノ性質ハ既ニ十分説明シタルヲ以テ本條更ニ之ヲ示スノ要ナシ唯本條ニ定ムル所ハ總當事者即チ要約者ト諾約者トノ承諾アルニ非サレハ合意成立セサルコト是ナリ然レトモ證人ノ如キモノニ至ルマテ總テ其合意ニ参與スル者ノ承諾ヲ要スルニ非ス勿論擔保者即チ保證人トシテ合意ニ参加スル者ハ此資格ヲ承諾スルコトヲ要スト雖モ其直接ニ関係セサル所ノ主タル合意ヲ承諾スルコトヲ要セサルナリ
第二項ニ規定シタル塲合ハ実際極メテ鮮少ナル可シ何トナレハ合意ヲ承諾スルコトヲ欲セサル者ハ敢テ之ニ與カラサル可ク就中證書アルトキハ必ス其氏名ヲ記入セシメサル可ケレハナリ然レトモ賣買又ハ賃貸ノ相談ヲ為スニ當リ数人ニテ買主又ハ借主ト為ルコトヲ欲シ而シテ合意決定ノ期ニ至リテ他ノ数名皆既ニ承諾シタルモ只其中一名其決定ノ要件ヲ承諾セサルコト有ル可シ而シテ数人中ノ一名承諾ヲ為ササルトキハ其合意ハ啻ニ其一名ノ為メ成立セサルノミナラス他ノ當事者間ニ於テモ亦成立セサルヲ以テ原則トシ合意ハ相談者数人ノ為メ分割ス可カラサルモノト推定ス然レトモ反對ノ意思ヲ證スルハ法律ノ許ス所ナルカ故ニ反證アルニ於テハ其合意ハ各同意者間ニ成立スルモノト認定スルヲ得ヘシ此塲合ハ會社ノ如キ多人数ノ企圖ニ係リ後日其中ノ一人又ハ数人カ同意ヲ拒ムコト有ル可キ事項ニ於テ屢々見ル所ナル可シ
第三百七條
夫レ承諾ハ自餘ノ意思上ノ行為ト同シク純然タル内部ノ行為ナリ然レトモ之ヲ表示スルニ非サレハ法律上ノ効力ヲ有スルコトヲ得ス且法律カ特ニ承諾ノ十分自由ニシテ且明瞭ナルコトヲ確保セント欲スル塲合ニ於テハ公吏ノ面前ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ストセリ是レ公吏ノ立會及ヒ其注意ハ當事者ノ為メ貴重ナル擔保ナルカ故ニシテ有式合意ノ塲合ニ於テハ則チ然リトス其他ノ塲合ニ於テハ當事者各自適宜ノ方法ニ依リ書面、口頭ヲ以テスルハ勿論亦容態ヲ以テ其意思ヲ表示スルコトヲ得
羅馬法以来諸國ノ法律ニ於テモ理論上容態ヲ以テ承諾ヲ表示スルハ認許シタル所ナリト雖モ纔ニ容態ヲ以テ表示シタル承諾ハ裁判所ニ於テ實際容易ニ之ヲ認メサル可シ例ヘハ當事者其容態ヲ以テ承諾ヲ表示シタリト認ムルニハ瘖啞ナルモ尚ホ其文字ヲ書スルコトヲ知ラサルヲ要シ且瘖啞者ノ暗號ヲ了知シ其智能ノ程度ヲ了知スル證人アリテ其十分合意ニ同意シタルコトヲ確證スルヲ要ス故ニ本條ハ此点ニ関シ弊害ヲ防クニ足ル可キ十分ノ注意ヲ施シタリ蓋シ容態ノ外承諾ヲ表示スル方法アラサル塲合アリ例ヘハ一ノ負傷者談話筆書スル能ハサル者緊急ナル契約ヲ為サント欲スルトキニ當リテハ之ヲシテ其ノ親族、故舊又ハ他人ノ面前ニ於テ受ケタル言込ニ對スル其承諾ヲ表示スルニ容態ヲ以テスルコトヲ得セシメサル可カラス縦令負傷者ノ意思自由ナルコトヲ確證スルカ為メニ公吏ノ立會ヲ求メタルトキト雖モ其承諾ハ必ス此不完全ナル方法ヲ以テセサルヲ得サル可シ
承諾ヲ為スノ容態及ヒ拒絶ヲ為スノ容態ハ諸國ニ於テ殆ト同様ナリ又航海ノ際用ヰル所ノ暗號アリ例ヘハ港ニ近クトキ水先案内ヲ依頼シ又ハ危難ニ遇ヒタルトキ救援ヲ乞フ暗號ノ如キ是ナリ此等ノ暗號ニ基キテ労役又ハ救援ヲ為ストキハ是レ亦合意アリト謂フコトヲ得ヘシ
容態ヲ以テ表示スル承諾ハ黙示ノ承諾ト稱セサルヲ通例トス何トナレハ容態ハ言語ノ代用ヲ為スモノナレハナリ尚ホ法律ハ外形ノ所為又ハ緘黙ニ依リテ承諾ヲ表示スルコトヲ認許シタリ外形ノ所為トハ請求ヲ受ケタル労動又ハ供給ノ全部又ハ其一分ノ執行ノ如キヲ謂フ亦言込ヲ受ケタルニ當リ其執行ノ請求ヲ為シタルトキノ如キモ亦黙示ノ受諾アリト為ス可キナリ又合意ヲ為スノ目的ヲ以テ商議シタル後定期内ニ拒絶ノ旨ヲ通告セサレハ黙示ノ承諾アリト看做ス可キ旨ヲ承認シタルトキハ緘黙ヲ以テ承諾ニ等シキ効アリト為ス可シ然レトモ當事者ノ一方ハ他ノ一方カ定期内ニ拒絶ノ旨ヲ通告セサルトキハ承諾アリタリト看做ス可キ旨ヲ命スルコト能ハス此ノ如キハ全ク不当ノ希望ナリ然レトモ承諾ヲ為ス可キ期限ヲ定メテ申込ヲ為スニ當リ若シ其期限ヲ經過スルニ於テハ其言込ナキモノト看做ス可シト言込ムハ有効ナリ
第三百八條
本條ハ書信又ハ媒介ニ依リテ取結フ合意ニ適用スルモノナリ蓋シ最モ緊要ナル商業上ノ賣買ヲ為スニ當リテハ諸大都會ノ間其距離遠隔セルカ為メ概ネ此方法ニ依ル而シテ或ハ賣主ヨリ先ツ言込ヲ為スコト有リ此塲合ニ於テハ買主ノ受諾アリタルトキニ非サレハ合意組成スルコト無シ又或ハ買主ヨリ代價ヲ指定シテ商品ヲ求ムルコト有リ此塲合ニ於テハ賣主ノ受諾アルニ非サレハ契約成立セス
本條ハ主トシテ民事ニ関シテ設ケタルモノナリト雖モ亦商法ニ於テ反對ノ規定ヲ為ササル限ハ商事ニモ之ヲ適用ス可シ
當事者先ツ書信ヲ送リ而ル後其意思ヲ變更セサルトキハ他ノ一方ノ受諾何レノ時ニ在リテ以テ合意ヲ組成シタルヤヲ探求スルコト概シテ其益無カル可シ唯受諾ノ日ノ市價ヲ以テ取引物ノ代價ト為ス可キトキノミ纔ニ受諾ノ時ヲ知ルノ必要アルニ過キス然レトモ其受諾ノ時日ニ接近シテ言込ノ取消アリタルトキハ果シテ其受諾ノ効アリヤ否ヤヲ定ムルコト緊要ナリ
今偏ニ純理ニノミ依レハ言込ハ受諾アルマテ継續シ受諾ノ時ニ存在スルニ非サレハ承諾ヲ組成スルモノニ非ス而シテ蓋シ言込ハ之ヲ取消ササル限ハ同一ナル意思ノ継続ニ因リ終始維持確認セラレタルモノト看做ス可シ然レトモ亦未タ受諾アラサル間ハ常ニ言込ヲ取消スコトヲ得何トナレハ一箇ノ意思ヲ表示シタルノミニテハ何レノ当事者ニモ權利アラス又義務アラサレハナリ若シ言込ノ言消ヲ為ス能ハサルモノト為サント欲セハ言込ヲ為シタル者カ既ニ述ヘタル如ク或ル時間之ヲ取消ササルコトヲ約シタルヲ要ス
然レトモ既ニ言込ヲ受諾シタル以上ハ復タ之ヲ取消スコトヲ得ス何トナレハ合意既ニ完成スレハナリ然レトモ亦單ニ意思上ノ受諾ヲ以テ足レリトセス
然ラハ則チ受諾ハ言込ヲ為シタル者ニ到達シタルトキ始テ其効力ヲ生ス可キカ是レ極端ニ走ルモノト謂ハサル可カラス若シ果シテ然リトセハ更ニ受諾人ニ於テ其受諾カ言込人ニ到達シタルヲ知ルコトヲ要スルニ至ル可ケレハナリ
是ヲ以テ本條ハ言込ノ言消ノ報ノ達スルニ先チ受諾ノ報ヲ發シタルトキハ其受諾有効ニシテ言込ヲ言消スコト能ハストセリ(第一項)是ヲ以テ受諾ヲ為ス者ハ言込ノ言消ノ報ニ接セサルニ先チ其受諾ノ報ヲ發スルヤ必ス権利ヲ得ルモ言込ヲ為ス者ハ受諾又ハ拒絶ノ報ニ接セサル間ハ確然タル位置ヲ有セサルカ故ニ受諾ヲ為ス者ノ位置言込ヲ為ス者ノ位置ニ比シ優レル所アリト雖モ其位置ノ相異ナルハ當然ノ事ト謂ハサル可カラス何トナレハ事ヲ發起スル者ハ自餘ノ者ヨリ一層久シク不確定ノ位置ニ在ル可キヤ自然ノ理ナレハナリ
受諾ノ發送ト言消ノ到達トノ前後ニ關スル證據ノ困難ニ至テハ何レノ主義ヲ採ルモ必ス存スルモノニシテ書信ヲ以テ取引ヲ為スニ當テハ決シテ免レサル所ナリ
言込ヲ為スニ當リ又ハ其以後受諾ヲ為ス可キ期間ヲ指示シタルトキハ(第二項)言込人指定ノ期間其言込ヲ言消ササルコトヲ黙約シタルモノトス
其レ此ノ如ク當事者ノ一方自己ノ意思ヲ吐露シタルノミニ因リ先方ノ受諾アラサルモ既ニ義務ヲ負擔スルハ少シク怪ム可キニ似タリト雖モ亦他人ニ損害ヲ加ヘタル者ハ其責ニ任スヘキ原則ニ就テ考フレハ其不當ナラサルヲ知ル可シ蓋シ受諾ノ期間ヲ定メテ言込ヲ受ケタル者ハ其期間内ニ受諾スル準備ヲ為シ之カ為メ他ノ取引ヲ為ササルコト有ル可シ然ルニ言込人漫ニ其期間内ニ言消ヲ為ストキハ之ヲ受ケタル者更ニ他ノ取引ヲ為サント欲スルモ既ニ其機會ヲ失ヒ為メニ損害ヲ被ルニ至ル可キナリ
第三項ハ第二項ノ結果ニシテ敢テ説明ヲ要セス
第四項ハ受諾者其意思ヲ變シタル場合ヲ規定スルモノニシテ言込人未タ受諾ノ報ニ接セサル以上ハ受諾者其意思ヲ變スルモ有効ナリトセリ是ヲ以テ受諾ノ報ト同時ニ言消ノ報到達スルトキハ受諾ノ報無効ナリ(加之言消ノ報受諾ノ報ニ先チ到達スルコト有ル可シ)
第一項ノ塲合ニ於テモ亦言込ノ報其言消ノ報ト同時ニ到達シタルトキハ言消ノ効アルモノトス
第五項ハ少シク説明ヲ要スル所アリ凡ソ合意ハ當事者ヲ羈束スルト同シク亦其相續人ヲ羈束スルモノニシテ當事者ノ一方又ハ双方死去シ若クハ無能力ト為ルモ之カ為メ合意ノ効ヲ損スルコト無シ是レ一般ノ原則ニシテ後ニ至リ説明スル所アル可シ唯代理、會社、雇傭契約ノ如キ二三ノ契約當事者一方ノ死去禁治産若クハ無資力ニ因リ解除スルハ例外則タルノミ
然レトモ契約ニ付キ例外則タル所ハ言込ニ付キ本則タリ抑々言込ハ未タ法律上ノ羈絆ヲ創設スルモノニ非ス唯意思ノ継続ニ因リ惧ニ継続スルニ過キス然ルニ一人ノ意思ハ遺言ニ依ル外其人ノ死去後ニ効力ヲ生スルモノニ非ス又禁治産者ノ意思ハ法律上ノ効力ナク又破産者ノ意思ハ其債権者ノ利益ノ為メニ自由ナラサルカ故ニ言込人死去シ又ハ無能力ト為ルトキハ其言込自ラ効ヲ失ウ可キナリ
然リト雖モ死去シタル人ノ相續人若クハ無能力ト為リタル者ノ代人言込ノ効ヲ喪失セシムル所ノ事變ヲ先方ニ報セサルトキハ先方カ情ヲ知ラスシテ發シタル受諾ヲ有効トセサル可カラス否スンハ受諾者ハ徒ラニ受諾ヲ為シ之カ為メニ不正ノ損害ヲ被ルニ至ル可シ
且法文ニハ明記セサルモ解釈上此点ニ付キ一ノ區別ヲ為ササル可カラス即チ受諾ノ為メ期間ヲ示シテ言込ヲ為シタルトキハ受諾者言込人ノ死去若クハ無能力ヲ知テ受諾ヲ為スモ其期間内ニ在テハ受諾ノ効アリ何トナレハ此塲合ニ於テハ既ニ片務ノ義務存スレハナリ
法文ニハ言込ヲ受ケタル者ノ死去シタル塲合ヲ規定セスト雖モ其人ニ着眼シテ言込ヲ為シタルニ非サル限ハ相續人之ニ代リテ受諾スルヲ得ルヤ明ニシテ是レ敢テ法文ヲ要セサル所ナリ又言込ヲ受ケタル者無能力ト為リタル塲合ニ於テモ法律上若クハ裁判上ノ代人之ニ代リテ受諾スルコトヲ得ヘシ
末項ニ至テハ亦冝ク一ノ區別ヲ為シテ適用ス可キモノナリ即チ差出人其郵便若クハ電信ノ差出方ニ付キ懈怠アルトキハ差出人其結果ヲ被ル可キヤ當然ナリト雖モ意外ノ事若クハ不可抗力ノ為メ到達ノ遲延スルカ又ハ到達アラサルトキハ名宛人危險ヲ負担ス可シ何トナレハ郵便若クハ電信ハ其發遣後名宛人ニ属スルモノナレハナリ
第三百九條
當事者ノ一方幼稚ナルカ劇性ナル癲狂病ニ罹リ又ハ熱病ノ為メ人事不省ナルニ因リ毫モ権利行為ヲ辨識セス意思ノ絶無ニシテ承諾全ク欠缺スル塲合ニ付テハ敢テ法律ノ規定ヲ要セス其承諾ハ瑕疵アルニ止マラスシテ毫末モ存在セサルヤ明カナルカ故ニ本條ハ此場合ヲ規定セス此ノ如キ塲合ニ於テ承諾ノ絶無ナルヤ否ヤハ宜ク裁判所ノ各事件ニ付キ認定スベキ所ナリ
然レトモ外観上承諾アルニ似テ其実或ル錯誤ノ承諾ヲ阻却スル場合ニ至テハ法律ノ規定ヲ要スルカ故ニ本條ニ之ヲ規定シタリ殊ニ錯誤ニハ纔ニ承諾ニ瑕疵ヲ付スルニ止マリ之ヲシテ單ニ取消スコトヲ得ヘカラシムルモノ有リ又毫モ承諾ノ効力ヲ損セサルモノ有ルヲ以テ其承諾ヲ阻却スルモノヲ明定スルハ一層必要ナリ歐州諸國ノ法律ハ概ネ承諾ノ種別ヲ學説ニ委スルモ是レ弊害ナキ能ハサル所ナリ且此点タル事實問題ニ属セス法律問題ニ属スルカ故ニ之ヲ規定セサルトキハ立法者其任ヲ尽クサスト謂ハサルヲ得サル可シ
本條ニ列擧スル錯誤中四箇ハ其性質及ヒ程度重クシテ錯誤者ノ承諾ヲ阻却スルモノナリ他ノ一ハ之ニ比シ毫モ合意ノ効力ヲ損セサルモノナリ
(イ) 合意ノ性質ノ錯誤◦當事者ノ一方ヨリ言込ミタル契約ハ賣買ナリシニ他ノ一方ニ於テハ交換ヲ為スト思量シ或ハ一方ハ賃貸借ヲ為スヘシト思量シタルニ他ノ一方ハ使用貸借ヲ為スモノナリト思量シ或ハ一方ハ他ノ一方ヲ以テ連帯債務者ナリト思量セシニ他ノ一方ハ保證義務ヲ負担スル意思アルニ止マリシトキノ如キハ則チ合意ノ性質ニ係リ錯誤アルモノナリ蓋シ此ノ如キ錯誤ハ實際生スルコト少ナカル可キヤ疑ナシト雖モ亦絶テ之レ無シト断言ス可カラス例ヘハ當事者ノ相談二箇ノ合意ニ渉リ而シテ其決答ヲ為スニ當リ完全ナル證書ヲ以テセスシテ一ノ書状ヲ以テシタルカ如キ塲合ニ於テハ間々此ノ如キ錯誤ヲ生スルコト有ル可シ此等ノ塲合ニ於テハ當事者各々着眼シタル所ノ合意異ナルカ故ニ意思ノ合致即チ承諾アラサルヤ明カナリ
(ロ) 合意ノ目的ノ錯誤◦例ヘハ賣買ノ如キ合意ヲ為サントスルニ當リ順次且各別ニ數夛ノ物件ニ付キ先ツ相談ヲ為シ而シテ最後ニ買主ヨリ書面ニテ相談ノ趣ヲ承諾セシ旨ヲ答ヘ言込ミタル物件ノ一ヲ買取ル可シト思料シ賣主ハ他ノ物ヲ賣渡ス可シト思量シタルトキノ如キハ則チ目的ニ係ル錯誤アルモノニシテ此塲合ニ於テハ亦意思ノ合致アラサルナリ但此錯誤ハ次條ニ規定スル所ノ物質ニ係ル錯誤ト混淆セサルコトヲ要ス
(ハ) 合意ノ原因及ヒ縁由ノ錯誤◦合意ノ原因ニ係ル錯誤ト其縁由ニ係ル錯誤トハ大ニ其結果ヲ異ニスト雖モ其性質甚タ相似タルモノナリ
原因ニ係ル錯誤ハ皮相視スレハ實際絶テ之レ無キカ如シ蓋シ先ニモ説明シタルカ如ク有名合意ニハ其性質上必ス原因ノ存スルモノニシテ其原因タル法律ニ之ヲ認メタルヲ以テ観ルモ亦必ス眞實ニシテ合法ナラサル可カラサルカ如シ然レトモ他人ノ物ノ賣買ノ如キハ虚妄ノ原因ノ為メ無効ナルモノニシテ以テ有名合意ニモ無原因ナルモノ有ル一例ト為ス可シ蓋シ該賣買ハ一面ヨリ之ヲ觀レハ賣主ノ處分スルコト能ハサル目的ヲ有スルニ因リ既ニ無効ナルモノナレトモ亦一面ヨリ之ヲ観レハ虚妄ノ原因ノ為メ換言スレハ無原因ノ為メ無効ナルモノナリ何トナレハ買主ハ合意ヲ取結フニ當リ所有權ヲ取得スルヲ目的トシタルニ非所有者ト契約シタルトキハ其目的ヲ達スルコト能ハサレハナリ
無名合意ニ至テハ當事者之ニ原因ヲ付スルモノナレハ之ニ関シ錯誤アルコト一層夛シ是ヲ以テ其原因或ハ錯誤ニ出ツルコト有リ或ハ虚事ニ係ルコト有リ或ハ不法ナルコト有リ然リ而シテ本條ニ定ムル所ハ原因ノ錯誤ニ出テタル塲合ノミ何トナレハ原因ニ関シ承諾ノ成立セサルハ獨リ此塲合ノミニ在レハナリ例ヘハ更改ヲ為スニ當リ當事者ノ一方ハ其嘗テ負擔シタル義務ノ一ヲ免ルルカ為メ新義務ヲ負担ス可シト思料シタルニ債権者ハ之ヲシテ他ノ義務ヲ免レシム可シト思料シタルトキノ如シ蓋シ此塲合ニ於テハ素ヨリ更改ノ原因アリ加之債務者ハ未タ消滅セサル数多ノ債務ヲ有スルカ故ニ數多ノ原因存スルコト有ル可シト雖モ同一ノ原因ニ付キ意思ノ合致アラサルカ故ニ亦承諾アラサルモノトス
又本條ハ縁由ニ係ル錯誤ハ合意ノ無効ヲ致スモノニ非サルコトヲ明記シ以テ學説上重要ナル点ヲ断定シタリ蓋シ縁由ニ係ル錯誤ハ承諾ヲ阻却スルモノニ非ス又之ニ瑕疵ヲ付スルモノニ非ス縦令当事者ノ一方ニ於テ詐欺ヲ行ヒ之カ為メ他ノ一方ヲシテ縁由ヲ誤ラシメタルトキト雖モ猶ホ本法ノ主義ニ依レハ承諾ノ瑕疵アリト謂フ可カラス唯不正ノ損害アルニ過キスシテ補償ヲ為スノ義務ヲ生ス可キノミ此事タル詐欺ノ事ヲ説明スルニ當リ之ヲ詳述ス可シ
是ヲ以テ合意ノ原因ト縁由トハ能ク之ヲ區別スルヲ必要トス
夫レ合意ノ原因モ縁由モ與ニ當事者ヲシテ合意ヲ為スニ決意セシムル所ノ理由ナリト雖モ原因ハ其直接ノ理由ヲ謂フモノニシテ縁由ハ其間接ノ理由ヲ謂フモノナリ
蓋シ俗語ニ於テハ原因ト云ヒ縁由ト云フモ與ニ同一ノ意義ヲ有スト雖モ法律語トシテ之ヲ用ヰルトキハ須ク之ヲ區別スルコトヲ要ス而シテ法律上之ヲ用ヰルモ亦共ニ行為ノ理由ノ謂ナリト雖モ其異ナル所ハ行為トノ関係直接ナルト間接ナルトニ在リ且合意ノ原因ハ概ネ唯一アルノミナレトモ縁由ニ至テハ其愈々間接ナルモノヲ探求セハ其数愈々多シトス
原因ト縁由トノ異ナル所夫レ此ノ如シ今其適例ヲ示シ次テ縁由ニ係ル錯誤ハ原因ニ係ル錯誤ト異ナリ無効ノ原因ニ非サル所以ヲ説明スヘシ
例ヘハ不動産ノ賣買ニ於テ合意ノ原因如何ヲ繹ヌレハ賣主ニ在テハ代價若クハ代價ノ債権ヲ得ル希望ニシテ買主ニ在テハ所有者タル希望ナリ然ルニ賣主及ヒ買主各其財産ヲ以テ他ノ財産ニ轉換スル縁由ニ至テハ果シテ如何是レ各自ノ便冝利益ニ基キ其人一身ニ限ル理由ニシテ法律モ對手モ敢テ干渉ス可カラサルモノナリ蓋シ賣主ハ其代價ヲ以テ或ハ商業ヲ營ミ或ハ工業ヲ企テ或ハ之ヲ貸與シテ利息ヲ得或ハ不動産ノ収入ニ比シ収得ノ一層確然且容易ナル用方ニ供セントスルコト有ル可シ又買主ハ不動産ヲ買入レ以テ貸借ノ為メ其元本ヲ損失スル危險ヲ免レント欲シ或ハ商店若クハ工塲ヲ設置セント欲シ或ハ單ニ自己ノ住宅ニ供セント欲スルコト有ル可シ是レ則チ合意ノ縁由タルモノナリ
又贈與ニ於テ贈與者カ原因トスル所ハ其親戚若クハ故舊タル受贈者ニ利益ヲ與へントスル希望ナリ然レトモ其之ニ利益ヲ與へントスルニ至リタル縁由ハ受贈者ノ貧困ナルカ為メナルカ将タ贈與者嘗テ受贈者若クハ其先代ヨリ恩誼ヲ蒙リタルカ為メナルカ此等ノ縁由ニ至テハ千状萬態ニシテ枚擧ニ暇アラス各當事者ノ理由トスル所ヲ知ルヲ得ル者ハ獨リ本人ノミ
以上例示セル塲合ニ於テ當事者ノ一方縁由ニ付キ錯誤アルモ之カ為メ合意ノ結果ヲ免ルルコトヲ得ス若シ之カ為メ合意ノ結果ヲ免ルルヲ得ルトキハ他ノ一方ヲシテ其與カラサリシ過失ノ為メ損害ヲ被ラシムルニ至ル可シ唯他ノ一方詐欺ヲ行ヒ對手ヲシテ縁由ヲ誤ラシメタルトキハ損害賠償トシテ合意ヲ取消スヲ得ルニ至ルコト有リ(参看第三百十二條)
(ニ) 身上ノ錯誤◦凡ソ合意ヲ取結フニ當リ對手其人ノ如何ハ大ニ結約ノ理由ト為ルモノニシテ贈與、使用貸借、寄託、代理、保證ノ如キ無償合意ニ於テハ決意ノ主タル原因タルモノナリ此塲合ニ於テ當事者ノ一方他ノ一方其人ヲ誤ルトキハ其合意ハ承諾ナキカ為メ又併セテ虚妄ノ原因ノ為メ無効ナルモノナリ
有償合意ニ於テモ當事者ノ一方主トシテ他ノ一方ノ才能、技藝ニ着眼シテ取結フ契約ニ付テハ人ノ身上ニ付テノ着眼ヲ以テ決意ノ原因ト為スコト有リ例ヘハ債權者一身ニ隨従ノ雇人ノ勤務ノ如キ又ハ工藝學術ノ應用ノ如キ作為ヲ目的トスル契約ニ於テハ則チ然リトス
又身上ノ着眼僅ニ決意ノ原素ノ一タルニ過キスシテ他ニ其原素タルモノ在ルコト有リ例ヘハ有期ノ賣買、賃貸借、利息附貸借ノ如キ契約ニ於テハ無資力ノ危險アルカ為メ債務者ノ身上ニ着眼スルモノナリ又仕事受負契約ニ於テハ要約者債務者ノ技藝ニ着眼セサルニ非サルモ其着眼ハ唯附隨ノ原因ニ過キサルナリ
又結約者何人タルモ合意ノ効力ニ影響ヲ及ホササル塲合アリ例ヘハ現金賣買、質若クハ抵當アル利息付ノ貸借其他一ニ利益ヲ旨トシ毫モ恩恵ノ意思ナク且毫モ損失ノ恐ナキ契約ニ於テハ則チ然ルモノナリ
又前記ノ理由ニ因リ有償合意ニ於テハ債務者債権者其人ヲ誤リタルノミニテハ概ネ合意ノ効力ヲ損ゼサルモノトス蓋シ債権者其人如何ニ依リ其訴追ヲ為スニ當リ寛嚴ノ度ヲ異ニスルコト有ル可シト雖モ決シテ其債権額ノ外請求スルコトヲ得ルモノニ非サレハナリ
是ヨリ本條ノ適用ヲ示サンニ身上ノ着眼ヲ以テ決意ノ理由ト為シタルトキハ其着眼ハ合意ノ原因タルカ故ニ身上ノ錯誤ハ畢竟原因ノ錯誤ニ外ナラスシテ承諾ヲ阻却スルモノナリ例ヘハ贈與者其遠系ノ親族若クハ朋友ノ子ニ贈與ヲ為サント欲シタルモ之ト面識ナキカ為メ双方ノ錯誤若クハ詐欺ニ因リ他人其贈與ヲ受取リタリトセン此贈與ハ贈與者ノ承諾ナク原因虚妄ナルカ為メ無効ナルモノナリ又贈與者受贈者其人ヲ誤リタルトキモ亦其贈與ハ無効ナリ蓋シ贈與者異ナルトキハ受贈者ニ於テ贈與者其人ノ徳行ニ乏シキヲ快シトセス又ハ其財産ノ出所不正ナルコトヲ恐レ之ヨリ贈與ヲ受クルコトヲ承諾セサルコト有ル可ケレハナリ
使用貸借ニ付テモ亦同一ノ理由ニ因リ同一ノ論決ヲ下ス可キナリ
代理ニ於テモ亦身上ニ付テノ着眼ヲ以テ双方決意ノ原因ト為スモノナリ蓋シ委任者ハ何人ヲ問ハス其利益ヲ委託スルモノニ非ス又代理人モ其識ラサル人ノ為メニ代理ノ労務ト責任トヲ受託スルモノニ非サルナリ寄託ニ於ケルモ亦同シ
保証ニ至テハ債権者、主タル債務者及ヒ保証人ノ三者利害ノ関係ヲ有スルヲ以テ何人カ錯誤シ又何人ヲ錯誤シタルカヲ區別スルコトヲ要ス即チ債権者ニ於テ債務者若クハ保証人ノ身上ニ付キ錯誤アリタルトキハ資力ノ点ヲ誤リタルニ過キサルヲ以テ其錯誤ハ前ニ示シタル第二種ノ錯誤ニ属シ本条末項ヲ適用ス可キモノナリ又債務者債権者其人ヲ誤マリタルトキハ其錯誤ハ第三種ノ錯誤ニ属シ合意ニ影響ヲ及ホスモノニ非ス又債務者保証人其人ヲ誤リタルトキハ其知ラサル人若クハ其信重セサル人ヨリ恩恵ヲ受クルヲ欲セサルコト有ルカ故ニ其人ノ保證ヲ承引セス他ノ保証人ヲ出スコトヲ得ヘシ而シテ其保証人ニシテ前保証人ト同一ノ資力ヲ有スルトキハ債権者之ヲ拒絶スルコト得ス然レトモ保証人其保証スル処ノ債務者其人ヲ誤リタルトキハ大ニ合意ニ影響ヲ及ホスモノナリ蓋シ此塲合ニ於テハ一切ノ無償合意ニ於ケルカ如ク身上ニ付テノ着眼ヲ以テ決意ノ原因トスルカ故ニ保証ハ承諾ノ欠缺原因ノ虚妄ナルカ為メニ無効ナリ
之ヲ要スルニ有償合意ニ於テハ債務者ノ身上ニ付テノ着眼合意ノ附随ノ原因タルコト多ク決意ノ原因タルコト甚タ罕レナリ唯僅カニ仕事ノ受負契約若クハ雇傭契約ニ於テハ船舶ノ製造宮殿ノ建築若クハ複雑ナル器械ノ製造ノ如ク特種ノ技術ヲ要シ又ハ會計役ノ任用ノ如キ篤実正直ヲ要スルコトアルカ故ニ身上ノ着眼ヲ以テ決意ノ原因ト為スコトアリ此等ノ塲合ニ於テハ裁判所宜シク事実ノ情況ヲ斟酌シ就中仕事若クハ役務ノ性質ヲ考ヘ以テ当事者ノ意思ヲ認定ス可シ
第三百十条
本条ニ規定スル所ハ「目的物本体」ニ存スル錯誤ニ非スシテ其物質ニ損スル錯誤ナリ此錯誤ハ目的物本体ノ錯誤ニ比スレハ実際更ニ多ク契約ヲシテ当然無効タラシメサルモ之ヲシテ取消スコトヲ得ヘカラシムルモノナリ
然リ而シテ物質ノ錯誤ニ因リ承諾ニ瑕疵ヲ及ホスハ錯誤ニ係ル物質多少合意ノ原因タルトキニ限ル然ラスンハ單ニ縁由ノ錯誤アルニ過キスシテ合意ノ効力ニ何等ノ影響ヲモ及ホスコトナシ然レトモ亦其物質一ニ決意ノ原因タラザリシヲ要ス若シ一ニ決意ノ原因タリシトキハ合意ハ当然無効タル可シ故ニ錯誤ニ係ル物質合意ノ附随ノ原因タルニ足ル可ク而モ其決意ノ唯一ノ原因タラサルトキ詳言スレハ当事者カ合意ヲ為スニ当リ期図シタル処ノ主タル物質ノ一ニシテ法文ニ所謂品質タルトキニ非サレハ承諾ノ瑕疵ト為ルモノニアラス
品質トハ物体ヲ組織スル原素ニシテ鑛物ト植物トノ相異ナルハ即チ其品質ノ異ナルカ故ニシテ又鑛物ニ金、銀、銅、鐡、鉛、石等ノ差アリ植物ニ種々ノ樹木ノ差アルモ亦其品質ノ異ナルニ因ル
抑々当事者ノ一方合意ノ目的物ノ品質ヲ誤ルトキハ其錯誤重大ナルヘシト雖モ是レ当事者大ニ其品質ニ着眼シタル時ノミ然ルニ実際当事者毫モ品質ニ着眼セサルコト往々之レ有リ而シテ軽微ナル錯誤ノ為メ当事者漫ニ契約ヲ觧除スルヲ得ルハ其当ヲ得タルモノニ非サル可シ又之ニ反シ物ノ性質ニシテ品質タラサルモ決意ノ原因タリシモノアル可キカ故ニ其錯誤ヲ措テ顧ミサルトキハ亦其宜キヲ得タルモノト謂フヘカラス
是ヲ以テ裁判所ハ当事者ノ一方カ錯誤シタル品質若クハ品格果シテ之ヲシテ決意セシメタルモノナルヤ否ヤヲ審按シ其決意ノ原因タリシトキハ承諾ニ瑕疵アルカ故ニ其合意ヲ取消ス可シ然レトモ品質若クハ品格錯誤者ノ合意ノ附随ノ原因タルニ過キサリシトキハ其合意ノ効力ヲ存ス可シ但一方ノ者他ノ一方ノ詐欺ノ為メ錯誤ニ陥リタルトキハ之ニ対シテ損害賠償ヲ求ムルコトヲ得
此点ニ付キ本条ニ一ノ推定ヲ下シ品質ハ当事者ノ決意ヲ助成スルモ品格ハ然ラサルモノト看做シタリ但何レノ塲合ニ於テモ反対ノ証據アルトキハ此限ニ在ラス
思想上ノ品格ニ至テハ之ヲ形体上ノ品格ト同一視シ毫モ当事者ノ決意ヲ助成スルモノニ非スト推定シタリ然レトモ亦反証アルトキハ此限ニ在ラス
合意ノ履行ノ時期及ヒ塲所ハ当事者ノ一方ノ決意ヲ助成スルコトナキニ非ス故ニ此点ニ付キ錯誤アルトキハ合意ノ取消ヲ求ルヲ得サル可カラス
末項ハ書損ト称スル錯誤即チ算数、氏名、証書ノ日附又ハ塲所ノ錯誤アル塲合ヲ規定スルモノニシテ第五百五十九条ヲ援用セリ蓋シ此錯誤ハ契約取消ノ理由タル可キモノニ非ス唯証書改正ノ理由タルニ過キス而シテ其改正訴権ハ時効ニ罹ルコトナキモノニシテ其理由ハ第五百五十九条ニ至リ之ヲ説明ス可シ
以上軽重ヲ異ニスル諸種ノ錯誤ヲ説明シタリ今其説明ヲ終ルニ臨ミ一ノ注意ヲ喚起セン抑モ錯誤ハ其軽重ニ從ヒ合意ヲシテ無効タラシメ或ハ之ヲシテ單ニ取消スコトヲ得ヘカラシムト雖モ亦錯誤者ノ軽忽ニ出ツルコトナシトセス又実際屡々之レ有ルナリ其対手ノ詐欺ニ出テタル塲合ハ第三百十二条ニ規定スト雖モ然ラスシテ却テ錯誤者ニ多少責ヲ帰スヘキトキハ之ヲシテ対手ニ賠償ヲ為サシム可キヤ当然ナリ蓋シ対手ハ其合意ヲ確定ノモノト看做シ之カ為メ利益ヲ期シタリシニ他ノ錯誤ノ為メ其利益ヲ失ヒ或ハ之カ為メ他ニ同一ノ契約ヲ為スノ機會ヲ失フコトナシトセズ此塲合ニ於テハ錯誤者ヲシテ損害賠償ノ責ニ任セシム可キヤ至当ナリ又或ハ之ニ反シ当事者ノ一方詐欺ナキモ其過失ノ為メニ他ノ一方ヲシテ錯誤セシムルコトアリ例ヘハ書信ヲ以テ契約ノ言込ヲ為スニ当リ目的物ノ品質若クハ品格ヲ明示セサリシトキノ如キ即チ是ナリ此ノ如キ塲合ニ於テハ裁判所ハ錯誤ノ因テ起ル所当事者一方ノ過失ナルカ将タ全ク意外ノ事情ナルカヲ考察シ又過失懈怠アルトキハ何レノ当事者ニ其責ヲ帰ス可キカヲ審査セサル可カラス而シテ取消ヲ請求スル者ニ懈怠ノ責アリタルトキハ之ヲシテ對手ニ加ヘタル損害ヲ賠償セシメ尚ホ其過失重クシテ取消ノ損害極メテ大ナルトキハ取消ヲ認許セサルコトヲ得蓋シ損害ヲ償ハンヨリ之ヲ加ヘサルニ若カサレハナリ
第三百十一条
本条ハ古来諸國ニ於テ論議アリタル重要ナル問題ヲ断定スルモノナリ即チ法律上ノ錯誤ニ因リ承諾ニ瑕疵アルトキハ事実ノ錯誤ニ付キ定メタル區別ニ從ヒ或ハ当然合意ヲ無効トシ或ハ之ヲシテ取消シ得ヘキモノタラシムルコトヲ定ムルモノナリ
抑モ何人タリトモ「法律ヲ知ラスト看做ス可カラス」トノ格言ハ論者ノ概ネ原則ナリト称スル所ノモノナレトモ本条ハ法律ノ錯誤ノ為メ合意ヲ攻撃スルコトヲ認許シ以テ此格言ニ拘泥セサルコトヲ示シタリ唯第三項ニ於テ此原則ヲ適用シタリト雖モ是レ其適用ヲ至当ノ範囲ニ限定シタルニ過キス
本条ニ規定スル所ノ法律ノ錯誤ニ五種アリ曰ク合意ノ性質ニ存スル錯誤曰ク其法律上ノ効力ニ存スル錯誤曰ク其原因ニ存スル錯誤曰ク其目的物ノ資格ニ存スル錯誤曰ク共約者ノ分限ニ存スル錯誤即チ是レナリ以下其適例ヲ示シ逐次之ヲ説明セン
(イ)合意ノ性質ニ関シ事実ノ錯誤アル塲合如何ハ前已ニ之ヲ説明シタリ
合意ノ性質ニ関シ法律ノ錯誤アルハ当事者ノ一方契約ニ付シタル名称ヲ誤マリタル塲合ニ在リ例ヘハ使用貸借ヲ消費貸借若クハ賃貸借ト誤觧シ或ハ賃貸借ヲ永貸借ト或ハ保証ヲ連帯ト誤觧スルカ如キ即チ是レナリ斯ノ如キ錯誤アル塲合ニ於テハ結約者眞ニ承諾ヲ為シタルモノニ非スシテ双方ノ意思投合一致セサルヤ明カナリ
(ロ)契約ノ法律上ノ効力ニ付キ錯誤アリタルトキモ亦同一ノ結果ヲ生スへシ但前ノ塲合ト異ナル所ハ当事者賣買若クハ賃貸借ノ如キ一ノ有名合意ヲ為スコトヲ了觧スルモ其効力ヲ知ラス若シ之ヲ知リシナラハ結約セサル可キニ之ヲ知ラサリシカ故ニ結約シタルニ在リ例ヘハ賣主法律上追奪担保ノ義務又ハ隠レタル瑕疵アルヲ知ラサル塲合ニ於テモ猶ホ其担保ノ義務ヲ負担スルコトヲ知ラサリシトキ又ハ賃貸人賃貸物ノ平穏ナル占有ヲ担保シ且其終始収益セシムルノ義務アルコトヲ知ラサリシトキノ如シ此塲合ニ於テハ当事者契約ニ因リ負担スル義務ヲ詳知セシナラハ之ヲ取結ハサルカ又ハ一層高額ナル代價ヲ要約スルカ又ハ代價ヲ減シテ特ニ其義務ヲ免カル可キ旨ヲ要約ス可カリシコトヲ証明シ以テ其義務ヲ脱却スルヲ得ヘシ
又賣主若クハ賃貸人法律ニ於テ特別ノ要約ナケレハ之ニ付與セサル所ノ権利アリト信シタルトキノ如キモ亦法律ノ錯誤アルモノナリ例ヘハ賣主法律上有セサル所ノ先取特権アリト誤信シ又ハ法律ニ於テ或ル条件ヲ履行シタル後ニ非サレハ之ニ先取特権ヲ付与セサルニ其条件ヲ知ラスシテ之ヲ履行セサリシモ猶ホ先取特権アリト誤信シタルトキノ如シ又賃貸人収穫物其他賃貸物ヨリ生シタル産出物ニ係ル先取特権ニ付キ同様ノ錯誤ヲ為スコトアリ斯ノ如ク法律ヲ錯誤シタル当事者モ亦右ノ利益ナキコトヲ知リシナラハ結約セサリシコトヲ証明シ以テ合意ノ結果ヲ免ルルコトヲ得
(ハ)契約ノ原因ニ存スル法律ノ錯誤ハ更改ノ塲合ニ於テ其実例ヲ見ルコトアリ例ヘハ当事者ノ一方法律上旧義務ヲ負担シタリト信シ之ヲ免カレンカ為メ他ノ義務ヲ承諾シタルニ其後ニ至リ前義務ノ初メヨリ無効ナルカ又ハ法律上ノ相殺若クハ混同ニ因リ消滅シタリシコトヲ発見シタリトセン此塲合ニ於テハ事実上錯誤アルニ非ス之ヲ支配スル法律ノ規定ニ付キ錯誤アルモノナレハ所謂法律ノ錯誤アリ從テ新義務ハ虚妄ノ原因ノ為メ即チ無原因ノ為メ無効ナリ
(ニ)契約ノ目的タル物ノ資格即チ当事者ヲシテ決意セシメタル所ノ主タル性質ニ関シ法律ノ錯誤アルコト有リ唯此点ニ付テハ法律ノ錯誤アルコト事実ノ錯誤ニ比シ一層少ナシ今実際多ク生ス可キ塲合ヲ挙クレハ当事者ノ一方目的物ノ公有タルヲ誤マリ融通物ナリト信シ又ハ譲渡シ得ヘカラサル物ヲ譲渡シ得ヘキモノト信シ又ハ法定ノ不動産タル権利ヲ動産ナリト信シタル塲合ナリ斯ノ如キ錯誤モ亦事実ノ錯誤ト同シク当事者ニ損害ヲ及ホスヲ以テ当事者ハ其錯誤ヲ申立テ義務ヲ免ルルコトヲ得
(ホ)又当事者ヲシテ決意スルニ至ラシメタル人ノ分限ニ付キ法律ノ錯誤アル塲合アリ例ヘハ相續人ニ非サル親属ヲ以テ相續人ト誤認シ之ト共ニ相続ノ分割ヲ為シ又ハ債権者若クハ債務者ノ相続人ト認メタル者ト和觧ヲ為シタルニ其人相続人タルノ分限ヲ有セサルニ因リ有効ニ和觧スルコト能ハサルヲ発見シタルトキノ如シ又賣主賣渡物ノ所有者タラサルニ其買主ニ示シタル証書ヲ買主ニ於テ誤觧シタルヨリ賣主ヲ眞ノ所有者ナリト誤認シタルトキノ如キ若シ買主当初ヨリ事実ヲ知リシナラハ他人ノ物ノ賣買無効ナルヲ以テ賣買契約ヲ為ササリシヤ明カナリ
以上叙述セル塲合ニ於テハ法律ノ錯誤畢竟契約ノ原因ノ錯誤ニ帰着スト謂フヲ得ヘシ而シテ其原因契約ノ主タル原因ナルトキハ其契約ハ全ク無効ナル可ク又単ニ附随ノ原因タルニ過キサルトキハ其契約ハ取消スコトヲ得ヘキノミ法文ニ「法律ノ錯誤ハ承諾ヲ阻却シ又ハ其瑕疵ヲ成ス」ト云ヘルハ即チ此区別アルカ為メナリ
然リ而シテ法律ヲ誤マリタル者ニ加ヘタル本条ノ保護ハ「何人タリトモ法律ヲ知ラスト看做ス可カラス」ト云ヘル規則ト矛盾スルカ如キモ其実然ルニアラス本条第二項及ヒ第三項ニ於テ該規則ノ適用ヲ示シ以テ彼此其範囲ヲ定メタリ
既ニ事実ノ錯誤ニ付キ述ヘタルカ如ク事実ノ錯誤ヲ為シタル者スラ猶ホ其錯誤ノ責ヲ之ニ帰スヘキト否トニ從ヒ多少其錯誤ノ結果ヲ免カルル能ハサルコト有リ法律ノ錯誤ニ至テモ亦同様ナルノミナラス猶ホ其錯誤ハ一層宥恕シ難キモノナリ蓋シ法律ノ存否ヲ知リ又ハ其条項ノ意義ヲ知ルハ敢テ難事ニ非ス若シ当事者疑團ヲ抱クトキハ宜ク多少経験アル人ニ就キ法律ノ点ヲ質問スヘシ自ラ怠テ法律ヲ誤リタルトキハ之ヲ宥恕スヘカラス是レ法文ニ「裁判所ハ宥恕ス可キ情状アルニ非サレハ合意ノ無効ヲ認許スルコトヲ得ス」ト云ヘル所以ナリ
然レトモ法律ヲ挙テ之ヲ知ルハ未タ衆人ノ必スシモ得テ能クスル所ニアラス縦令民法ノ法典アルモ其文辞通俗ナラス是故ニ如何ニ其編纂ニ意ヲ用ユルコト周到綿密ナルモ未タ疑義ナキヲ期ス可カラス法律家スラ猶ホ疑惑ヲ抱クコトアリ実ニ何レノ邦國ニ於テモ法学者裁判官共ニ法律ノ難問ニ苦ミ其説ヲ異ニスルコト甚タ多シ本邦ニ於テモ亦此結果ヲ免カルルコト能ハサル可シ故ニ法律ヲ誤マリタル当事者ハ啻ニ其善意ノミナラス法律ヲ知リ其意義ヲ觧スルコト能ハサリシ理由ヲ証明シ以テ其錯誤ノ結果ヲ免カルルコトヲ得サル可カラス此点ニ付テハ裁判所宜ク合意ノ日常行ハルルモノナルヤ将タ極メテ稀ナルモノナルヤ原告ノ社會ニ占ムル所ノ位置、其法律ヲ知ルノ手段アリシヤ否ヤヲ斟酌シ併セテ他ノ当事者ニ加フ可キ保護ヲ酌量シ以テ判決ヲ為ササル可カラス
「何人タリトモ法律ヲ知ラスト看做ス可カラス」ト云ヘル原則ニ至テハ第三項ニ之ヲ責罰、失権其他公ノ秩序ニ係ル法律ニ適用シタリ左ニ其理由ヲ説明セン
責罰ハ行為ノ性質上何人タリトモ直チニ不正ナリト認ムルヲ得ヘク從テ法律ニ禁シタル行為ノ制裁タルモノナリ若シ事ノ善悪ニ付キ疑アラハ須ク慎テ其事ヲ為ササル可キノミ
時期若クハ法律ニ定メタル行為ノ違式ヨリ生スル失権ハ原ト権利ノ行用ヲ受ク可キ他ノ当事者ノ為メ又ハ公ノ秩序、一般ノ安寧ノ為メニ定ムルモノニシテ保護ノ趣意ニ出ルモノナリ是ヲ以テ当事者一方ノ錯誤ノ為メ他ノ一方ニ損害ヲ及ホシ又ハ公衆ノ安寧ヲ害スルコトヲ縦容ス可カラス例ヘハ法律不知ノ為メ時効ニ因リ権利ヲ消滅セシメ又ハ権利保存ノ為メ定メタル訴訟手続ノ方式ニ從ハサリシ塲合ノ如シ
「公ノ秩序ニ係ル法律、規則ノ不知」ナル語ハ其意義極メテ廣シ故ニ実際当事者ヲシテ法律ノ錯誤ノ結果ヲ免カレシムルトキハ公ノ秩序ニ反スルヤ否ヤハ一ニ裁判所ノ査定ニ委ス可キ所ナリ今毫モ疑ヲ容レサル実例ヲ挙クレハ有式合意ニ於テ履行スヘキ方式、不動産物権ノ設定若クハ移轉ニ必要ナル公示、利息ノ制限ニ関スル法律ノ錯誤ノ塲合ノ如キ即チ是ナリ
尚ホ此他ノ法律ノ錯誤ヲ宥恕ス可カラサル塲合アリ例ヘハ他人ノ物ノ占有者ノ如キハ果実ヲ取得シ又ハ短期ノ時効ヲ得ルカ為メ法律ノ錯誤ヲ申立テ以テ其善意ノ理由ト為スコト能ハス
第三百十二条
詐欺ハ直チニ其一事ニテ承諾ノ瑕疵ト為ルモノニ非ス唯加害行為タルニ過キスシテ之カ為メ生シタル損害ヲ賠償スル義務ヲ発生セシムルノミ但時トシテハ詐欺ノ為メ取結ヒタル合意ノ取消ヲ言渡スコト有ルモ是レ補償ノ名義ヲ以テスルニ過キスシテ善意ノ第三者ニ此取消ノ効力ヲ及ホスコト能ハス
此規定ヲ説明スルニ当リテハ先ツ当事者ト共謀セサル第三者詐欺ヲ行フモ唯此第三者ヲシテ賠償ノ責ニ任セシムルニ過キサル所以テ論明セサル可カラス抑々詐欺ヲ行ヒタル人ノ如何ニ從ヒ詐欺ノ行為其性質及ヒ程度ヲ異ニシ当事者之ヲ行ヒタルトキハ承諾ノ瑕疵ト為リ第三者之ヲ行フタルトキハ毫モ承諾ノ効力ヲ損セストスルハ條理ノ容レサル所ナリ之ニ反シ錯誤ニ至テハ其何レノ点ニ存スルヲ問ハス法律ハ毫モ其由テ来ル所ヲ区別スルコト無ク又之ヲ區別ス可キニ非サルナリ蓋シ錯誤ハ錯誤者ノ自ラ陥リタルト他ノ当事者若クハ第三者ノ過失ニ起因スルトヲ問ハス必ス承諾ノ瑕疵タルモノナリ強暴ニ至テモ亦之ヲ行ヒタル者如何ヲ問ハス毎ネニ承諾ノ瑕疵ト為ルモノナリ斯ノ如ク詐欺ノ錯誤及ヒ強暴ト大ニ其合意ノ効力ニ及ホス影響ヲ異ニスル所以如何此問題ヲ決スルニハ先ツ詐欺ノ何者タルヲ論明スルヲ要ス抑々詐欺トハ果シテ何ヲ謂フカ羅馬法学者其定義ヲ下シテ曰ク「詐欺トハ一物ヲ仮粧シ以テ他物ト為スヲ謂フ」ト又曰ク「詐欺トハ人ヲシテ錯誤ニ陥ラシムルカ為メ用ヰル所ノ術数計策ヲ謂フ」ト然レトモ同学者モ亦未タ一切ノ計策ヲ以テ詐欺ト為シタリシニ非ス各当事者正当ニ其利益ヲ計リ成ル可ク合意ニ因リ私得スル所アルカ為メ智計ヲ用ヰルカ若キハ敢テ詐欺ト看做ササリシ此点ニ付キ同学者ハ善良ナル詐欺ト不正ノ詐欺トヲ區別シ不正ノ詐欺ノミ独リ攻撃スルヲ得ヘキモノトシタリ然レトモ近世ニ至テハ詐欺トハ必ス不良ナル計策ヲ謂ヒ「当事者ヲ誤ラシムルコトヲ目的トシ且此目的ヲ達シタル詐術」ノ意義ヲ有ス
是ニ由テ之ヲ観レハ錯誤ハ詐欺ヨリ生スル直接ノ損害ニシテ詐欺ノ果シテ承諾ノ瑕疵タルヤ否ヤヲ決スルニ当テハ先ツ之カ為メ如何ナル錯誤ヲ生シタルヤヲ考究スルヲ要ス
若シ詐欺ノ為メ第三百九条ニ列記シタル錯誤ヲ惹起シタルトキ即チ合意ノ性質、其目的、其原因、又ハ当事者其人ヲ以テ決意ノ原因トシタルトキ其身上ニ錯誤アルトキハ承諾ナキカ故ニ合意当然無効ニシテ錯誤ノ詐術ニ起因セルト当事者自ラ錯誤シタルトヲ問ハス合意ノ結局無効タルニ至テハ敢テ異ナルコト無シ唯詐欺アリタルトキハ損害賠償ヲ併セ求ムルヲ得ルノミ
又詐欺ノ為メ生シタル錯誤カ第三百九条第三項ニ規定シタル塲合ニ於テ当事者ノ身上ニ存スルカ又ハ第三百十条ニ所謂物ノ品質ニ存スルトキハ承諾ニ瑕疵アリト雖モ是レ詐欺アリタルカ為メニ非スシテ錯誤アルカ為メナリ
此他ノ錯誤ニシテ詐欺ノ為メニ生スルコト有ル可キモノ如何蓋シ当事者ノ身上ノ着眼ヲ以テ合意ノ原因トセサルトキ其身上ノ錯誤、物ノ品質ノ錯誤及ヒ縁由ノ錯誤アルノミ然ルニ此等ノ錯誤ハ前ニ説明シタルカ如ク要諾ノ瑕疵ト為リ合意ノ無効ヲ来スカ如キ重大ノ物ニ非サルナリ而シテ其当事者自ラ招キタルニ非ス詐欺ニ由来シタルモノナルトキト雖モ敢テ之カ為メニ其性質ヲ変ス可キニ非ス唯其詐欺ニ起因シタルトキハ其詐欺ハ加害行為タルカ故ニ加害者須ラク之ヲ補償スルノ責ニ任ス可キノミ故ニ此塲合ニ於テ存スル所ノ義務ハ契約ヨリ生スルニ非スシテ民事犯罪ヨリ生スルモノナリ
以下其補償ノ方法如何ヲ述ヘシ
凡ソ何レノ塲合ニ於テモ不正ニ加ヘタル損害ヲ補償スルニハ金銭ヲ以テセサル可カラス此方法タル詐欺ヲ行フタル者結約者ニ非サルトキハ一ニ之ヲ用ヰルヲ得ルノミ又結約者カ詐欺ヲ行フタルトキト雖モ其詐欺合意ノ成立ニ影響ヲ及ホサス当事者ヲシテ承諾スルノ意ヲ決セシムメタルニ非スシテ唯不利益ナル条件ヲ受諾セシメタルニ過キサルトキハ亦然リトス例ヘハ賣渡物ノ附從ノ品格ニ付キ詐欺アリタルトキノ如シ是レ論者カ所謂附帯ノ詐欺ナルモノナリ之ニ反シ結約者ノ行フタル詐欺、主タル詐欺ナルトキ例ヘハ縁由ニ関シ詐欺アリタルトキハ金銭ノ賠償ヲ以テ十分ニ損害ヲ補償スル能ハサルコト少ナシトセス故ニ此塲合ニ於テハ当事者ヲシテ其旧位置ヲ復セシメ之ヲシテ損害アル合意ヲ觧脱セシムルヲ單簡且至当ト為ス
其レ此ノ如ク詐欺ノ為メ補償ノ名義ヲ以テ合意ヲ取消スモ其取消ハ承諾ノ瑕疵アリタルカ為メ言渡ス所ノ取消ト同一ノ性質ヲ有スルモノニ非ス此二者ノ間ニハ三箇ノ差異ノ存スルアリ
第一、詐欺ヲ以テ取結ハシメタル合意ノ譲