第二編
第八章 先取特権
第一節 総則
第三百三条 先取特権者ハ本法其他ノ法律ノ規定ニ従ヒ其債務者ノ財産ニ付キ他ノ債権者ニ先チテ自己ノ債権ノ弁済ヲ受クル権利ヲ有ス
第三百四条 先取特権ハ其目的物ノ売却、賃貸、滅失又ハ毀損ニ因リ債務者ノ受クヘキ金額其他ノ有価物ニ対シテモ之ヲ行フコトヲ得但先取特権者ハ其払渡又ハ引渡前ニ差押ヲ為スコトヲ要ス
債務者カ先取特権ノ目的物ノ上ニ設定シタル物権ノ対価ニ付キ亦同シ
第三百五条 先取特権ハ不可分ニテ債権ヲ担保ス
第二節 先取特権ノ種類
第一款 一般ノ先取特権
第三百六条 左ニ掲クル原因ヨリ生スル債権ヲ有スル者ハ下ノ規定ニ従ヒ債務者ノ総動産及ヒ総不動産ニ係ル一般ノ先取特権ヲ有ス
一 訟事費用
二 埋葬費用
三 雇人給料
四 日用品供給
第三百七条 訟事費用ノ先取特権ハ債務者ノ財産ノ保存、清算又ハ配当ノ為メ各債権者ノ共同利益ニ於テ為シタル裁判上若クハ裁判外ノ行為ニ関スル費用ニ付キ存在ス
前項ノ費用中総債権者ニ有益ナラサリシモノニ付テハ先取特権ハ其費用ノ為メ利益ヲ受ケタル債権者ニ対シテノミ存在ス
第三百八条 埋葬費用ノ先取特権ハ債務者ノ身分ニ応シテ為シタル其埋葬ノ費用ニ付キ存在ス
前項ノ先取特権ハ債務者カ其同居親族又ハ其扶養スヘキ親族ノ身分ニ応シテ為シタル埋葬ノ費用ニ付テモ亦存在ス
第三百九条 雇人給料ノ先取特権ハ債務者又ハ其扶養スヘキ同居親族ノ雇人ノ最後ノ六个月ノ給料ニ付キ存在ス但其金額ハ百円ヲ超ユルコトヲ得ス
第三百十条 日用品供給ノ先取特権ハ債務者又ハ其扶養スヘキ同居親族及ヒ其僕婢ノ生活ニ必要ナル最後ノ六个月間ノ飲食料及ヒ薪炭ノ供給ニ付キ存在ス
第二款 動産ノ先取特権
第三百十一条 左ニ掲クル原因ヨリ生スル債権ヲ有スル者ハ下ノ規定ニ従ヒ債務者ノ動産ニ係ル特別ノ先取特権ヲ有ス
一 不動産ノ賃貸借
二 旅店ノ宿泊
三 旅客又ハ荷物ノ運輸
四 公吏ノ職務上ノ過失
五 動産ノ保存
六 動産ノ売買
七 種苗又ハ肥料ノ供給
八 農工業ノ労役
第三百十二条 不動産賃貸ノ先取特権ハ其不動産ノ借賃、負担其他賃貸借ノ関係ヨリ生スル賃借人ノ債務ノ為メ賃借人ノ動産ニ付キ存在ス
第三百十三条 土地ノ賃貸人ノ先取特権ハ賃借地又ハ其利用ノ為メニスル建物ニ備附ケタル動産、其土地ノ利用ニ供シタル動産及ヒ賃借人ノ占有ニ在ル果実ニ付キ存在ス
建物ノ賃借人ノ先取特権ハ賃借人カ其建物内ニ備附タル動産ニ付キ存在ス
第三百十四条 前条ノ場合ニ於テ動産カ賃借人ノ所有ニ属セサルトキハ賃貸人ハ其備附ヲ知リタル当時其物ノ第三者ニ属スル事実ヲ知ラス且之ヲ予見スルニ足ルヘキ理由アラサリシトキニ限リ其物ニ付キ先取特権ヲ有ス
第三百十五条 賃借権ノ譲渡又ハ転貸ノ場合ニ於テハ賃貸人ノ先取特権ハ譲受人又ハ転借人ノ動産並ニ譲渡人又ハ転貸人ノ受取ルヘキ金額ニ及フ
譲受人又ハ転借人ハ前払ヲ以テ之ニ対抗スルコトヲ得ス
第三百十六条 賃借人ノ財産ノ総清算ノ場合ニ於テハ賃貸人ノ先取特権ハ前期、当期及ヒ次期ノ借賃、負担其他ノ債務及ヒ前期並ニ当期ニ於テ生シタル損害ノ賠償ノ為メニノミ存在ス
第三百十七条 賃貸人カ敷金ヲ受取リタル場合ニ於テハ其敷金ヲ以テ弁済ヲ受ケサル債権部分ニ付テノミ先取特権ヲ有ス
第三百十八条 旅店宿泊ノ先取特権ハ旅客其従者及ヒ牛馬ノ宿泊料、食料ノ為メ其旅店ニ存スル手荷物ニ付キ存在ス
第三百十九条 運輸ノ先取特権ハ旅客又ハ荷物ノ運送賃及ヒ附随ノ費用ノ為メ運送人ノ手ニ存スル荷物ニ付キ存在ス
第三百二十条 保証金ノ先取特権ハ之ヲ供スル義務アル公吏ノ職務上ノ過失ヨリ生スル債権ノ為メ其保証金ニ付キ存在ス
第三百二十一条 動産保存ノ先取特権ハ其保存費用ノ為メ其動産ニ付キ存在ス
前項ノ先取特権ハ動産ニ関スル権利ヲ保存シ、追認シ若クハ実行セシメタル裁判上又ハ裁判外ノ行為ニ付テモ亦存在ス
第三百二十二条 動産売買ノ先取特権ハ其代価及ヒ利息ノ為メ其動産ニ付キ存在ス
第三百二十三条 種苗肥料供給ノ先取特権ハ之ヲ用ヰタル時ヨリ一年間ノ果実ニ付キ存在ス
蚕種又ハ蚕ノ飼養ニ供スル桑葉ノ供給ニ付キ亦同シ
第三百二十四条 農工業労役ノ先取特権ハ最後ノ六个月ノ給料ノ為メ其労役ヨリ生シタル果実又ハ製作物ニ付キ存在ス
第三款 不動産ノ先取特権
第三百二十五条 左ニ掲クル原因ヨリ生スル債権ヲ有スル者ハ下ノ規定ニ従ヒ債務者ノ不動産ニ係ル特別ノ先取特権ヲ有ス
一 不動産ノ売買
二 不動産ノ工事
第三百二十六条 不動産売買ノ先取特権ハ其代価及ヒ利息ノ為メ其不動産ニ付キ存在ス
第三百二十七条 不動産工事ノ先取特権ハ工匠、技師及ヒ請負人カ債務者ノ不動産ニ関シテ為シタル工事ノ為メ其不動産ニ付キ存在ス
前項ノ先取特権ハ工事ニ因リテ生シタル不動産ノ増価カ猶ホ存スルトキニ限リ其増価額ニ付テノミ存在ス
第三節 先取特権ノ順位
第三百二十八条 一般ノ先取特権ノ互ニ競合スル場合ニ於テハ其ノ優先権ノ順位ハ左ノ原因ニ依リテ之ヲ定ム
第一 訟事費用
第二 埋葬費用
第三 雇人給料
第四 日用品供給
一般ノ先取特権ト特別ノ先取特権ト競合スルトキハ特別ノ先取特権ハ一般ノ先取特権ニ先ツ但訟事費用ノ先取特権ハ其利益ヲ受ケタル総債権者ニ対シテ優先ノ効力ヲ有ス
第三百二十九条 同一ノ動産ニ付キ特別ノ先取特権アル諸種ノ債権競合スルトキハ其優先権ノ順序左ノ如シ
第一ノ順位ハ不動産賃貸人、旅店主人及ヒ運送人ニ属ス
第二ノ順位ハ先取特権ノ目的物ノ保存者ニ属ス若シ数人ノ保存者アリタルトキハ後ノ保存者ハ前ノ保存者ニ先ツ
第三ノ順位ハ売主、種苗又ハ肥料ノ供給者及ヒ農工業ノ労力者ニ属ス
第一ノ順位ニ在ル者カ債権取得ノ当時第二又ハ第三ノ順位ノ特別先取特権者アルコトヲ知リタルトキハ之ニ対シテ優先権ヲ行フコトヲ得ス
果実ニ関シテハ第一ノ順位ハ農業ノ労力者ニ第二ノ順位ハ種苗又ハ肥料ノ供給者ニ第三ノ順位ハ土地ノ賃貸人ニ属ス
第三百三十条 同一ノ不動産ニ付キ特別ノ先取特権アル諸種ノ債権競合スルトキハ其優先権ノ順序左ノ如シ
第一ノ順位ハ工匠技師及ヒ請負人ニ属ス
第二ノ順位ハ不動産ノ売主ニ属ス
逐次ノ売買アリタル場合ニ於テハ相互間ノ優先権ノ順序ハ時ノ前後ニ依ル
第三百三十一条 同一ノ目的物ニ付キ同一ノ順位ニ在ル先取特権者ハ其債権額ノ割合ニ応シテ弁済ヲ受ク
第四節 先取特権ノ効力
第三百三十二条 先取特権ハ債務者カ其動産ヲ第三取得者ニ引渡シタル後ハ其動産ニ付キ之ヲ行フコトヲ得ス
第三百三十三条 先取特権ト動産質権ト競合スルトキハ動産質権者ハ第三百二十九条第二項ノ先取特権者ト同一ノ権利ヲ有ス
第三百三十四条 一般ノ先取特権者ハ先ツ動産ニ付キ弁済ヲ受ケ尚ホ不足アルニ非サレハ不動産ニ付テ弁済ヲ受クルコトヲ得ス
不動産ニ関シテハ先ツ特別ノ担保ノ目的物ニ非サル物ニ付キ弁済ヲ受クルコトヲ要ス
一般ノ先取特権者カ前二項ノ規定ニ従ヒ配当ニ加入スルコトヲ怠リタルトキハ其動産又ハ不動産ニ付キ受クヘカリシモノノ限度ニ於テ其先取特権ヲ失フ
第三百三十五条 一般ノ先取特権ハ之ヲ以テ特別ノ担保ナキ債権者ニ対抗スル為メ不動産ニ付キ登記ヲ要セス
登記ヲ為シタル第三者ニ対シテハ其登記前ニ先取特権ノ登記ヲ為スコトヲ要ス
第三百三十六条 不動産売買ノ先取特権ハ未タ其代価又ハ利息ノ弁済アラサル旨ヲ附記シテ所有権移転ノ登記ヲ為スニ因リテ之ヲ保存ス
売買ノ登記ト共ニ代価又ハ利息ノ未済ナルコトヲ附記セサリシトキハ売主ハ何時ニテモ其附記ヲ為シテ其先取特権ヲ保存スルコトヲ得此場合ニ於テハ其先取特権ヲ以テ附記前ニ登記ヲ為シタル第三者ニ対抗スルコトヲ得ス
第三百三十七条 不動産工事ノ先取特権ハ工事ヲ始ムル前ニ其費用ノ予算書ヲ登記スルニ因リテ之ヲ保存ス
工事ヨリ生シタル不動産ノ増価額ハ配当加入ノ時裁判所ノ選任シタル鑑定人ヲシテ之ヲ評価セシムルコトヲ要ス
同一ノ工事ニ付キ数人ノ債権者アルトキハ其一人ノ為シタル登記ハ他ノ債権者ノ先取特権ヲ保存スル効力ヲ有ス
前二項ノ規定ニ従ヒ保存シタル先取特権ハ一切ノ抵当権ニ先チテ之ヲ行フコトヲ得
第三百三十八条 合式ニ保存シタル先取特権ヲ有スル債権者カ利息又ハ年金ヲ請求スル権利ヲ有スルトキハ其満期ト成リタル最終ノ二箇年分ニ付キ元本ト同一ノ順位ニテ配当ニ加入スルコトヲ得
第三百三十九条 先取特権ノ効力ニ付テハ本節ニ定ムルモノノ外抵当権ニ関スル規定ヲ準用ス